ハードロックは未だ健在

  • 2018.05.23 Wednesday
  • 14:08

JUGEMテーマ:音楽

B'が新アルバムの「ダイナソー」を発売した時、ラジオに出演されていました。
その中で稲葉さんがこんなことを仰っていました。
「今時ハードロックをやっているなんてウチくらいだって周りから言われていますよと、スタッフから聞いた。」
思えばハードロック系の音楽をやる人って確かに減りました。
メタル系もほとんどなくて、今はもうそういう音楽は流行らないんでしょうね。
だからってB'zのお二人は自分たちのスタイルを変えることはありません。
むしろ自分たちのやっている音楽が新鮮に映るんじゃないかと、これからも周りに流されないスタイルでやっていくと仰っていました。
これですよ!これがB'zの魅力です!
しかしそういう系統の音楽が少なくなったのも事実で、じゃあもう絶滅しかかっているのかと思えば、意外とそうでもなかったりします。
バンドスタイルでやる人が少なくなっているだけで、メタルやハードロックは依然として力を失っていません。
ゲームや映画のBGMにはそういう系統の音楽がよく使われます。
アニメのBGMや主題歌になることも多いです。
メタルもハードロックも様式美の強い音楽です。
だから物語を盛り上げるには最高なんですよね。
ハードロックブームが去り、そういう音楽をやっていた多くのミュージシャンが、ゲーム業界やアニメ業界へ流れていったそうです。
そういう理由もあってサブカルチャーにはハードロック系の音楽が多いそうですよ。
なにも決してバンドスタイルじゃなくてもいいんです。
大事なのは曲ですよ。
私の好きな女神転生シリーズにはふんだんハードロック系の音楽が使われています。
特にメガテン3のBGMなんてめちゃくちゃカッコイイですから。
テレビやラジオで流れないからって消えたわけじゃない。
メタルもハードロックも未だ健在で、ただ昔とは違った場所へ移ったミュージシャンがいるってだけなんです。
いわば引っ越しですね。
柔らかい音楽もいいけど、熱くなるハード系の音楽も聴きたいです。
唸るようなギターサウンドやシャウトする歌声は、何よりも力をくれることがありますから。

海の向こう側 第十一話 憧れの人(1)

  • 2018.05.23 Wednesday
  • 11:39

JUGEMテーマ:自作小説

ずっと会いたかった人に会えるというのはとても嬉しいもので、長年溜め込んでいた様々な感情が言葉となって喉元に押し寄せる。
だが大量の水も小さな穴からだと少しずつしか流れ出ない。
溢れるほど喉元にせり上がる言葉の渦は、たった一つの口から吐き出すには無理がある。
嬉しいとか腹が立つとか、過剰なほど感情的になった時、かえって寡黙になるのはその為だろう。
ホームのベンチに座りながら、かつてのお姉ちゃんとはまったく違う姿になってしまったお姉ちゃんを眺めていた。
当たり前だけどお姉ちゃんは女だった。そうでないのならお兄ちゃんと呼んでいる。
それにどうしてサラリーマンをやっているのかも不思議だった。
いや、スーツを着ているからってサラリーマンとは限らないけど、確か格闘技のチャンピオンを目指して頑張っていたはずだ。
それに顔も変わっている。
昔の面影はあるものの、かつての顔立ちよりもグンと男に近づいて、もし自分から名乗らなければ俺はずっと気付かなかっただろう。
容姿も性別も仕事も、俺が知っているかつてのお姉ちゃんとはかけ離れていて、それらのことは触れない方がいいのかなと、聞きたい気持ちを堪えていた。
対してお姉ちゃんはよく喋った。
中身はどうでもいいことばかりで、あの芸能人が結婚したとか、好きだったサイトが閉鎖になったとか。
そんなの誰相手に話してもいいような内容で、だったらどうして俺を呼び止めたんだろうかと、真意を測りかねていた。
こうして再会できたことは嬉しい。
だけど深い部分に踏み込めない上っ面だけの会話に、居心地の悪さともどかしさを感じてしまう。
次から次へと飛び出してくる世間話に、ただ笑顔で相槌を打つだけの時間が過ぎていく。
偶然とはいえせっかく再会したのに、こんな風に無駄に時間が過ぎていくなんて勿体なさすぎるではないか。
この流れを断ち切りたいのなら、ここから立ち去るか、勇気を出して踏み込んだ質問をするしかない。
当然選ぶのは後者に決まっている。
背筋を伸ばして畏まり、緊張が高まっていくのを感じながら、まずは見た目が男に変わっていることについて尋ねようとした。
だがその質問を口にする前に嫌なものを見つけてしまった。
俺たちが座っているホームのベンチから離れた場所に自動販売機があるのだが、その影からこちらの様子を窺う人物がいたのだ。
ゾワっと背筋が波打つのと同時に、激しい怒りが沸いてくる。
本人は上手く身を隠しているつもりなのだろうが、まるでモグラ叩きのようにチラチラと覗かせる顔は、自分がここにいますよとアピールしているように目立っている。
今はホームに人も少なく、あのような行動はより怪しさを醸し出すだけだ。
いったいどうしてここまで追いかけられなければならないのか?
膝の上に置いていた手に力が入り、皺が出来るほどジーンズを握り締めた。
やっくん・・・・もうお前を友達とは思えない。
こんな卑怯にコソコソとつけ回し、人に不快感と恐怖を与えて何が楽しいのか?
俺に想いを寄せていたのはまあいい。
誰を好きになるかなんて自由だし、どんな法律でも人の心までは縛れない。
ただ問題なのはその行動で、ここまでするほど俺に執着しているなら、とっとと学生の時に告白でもなんでもしておけばよかったはずだ。
学生時代にずっと我慢して、卒業後も24になるまで我慢してきた気持ちなら、そのまま我慢していればいいのだ。
好きなら好きと潔く伝え、それが無理なら胸の中に気持ちを閉じ込めておく。
こんなにあちこち追い掛け回して、好きな相手を困らせて・・・・その愚かさは相手からただ嫌われるだけということを理解できないとはなんとも情けない。
せっかくこうしてお姉ちゃんに会えた今日、もうやっくんのせいで貴重な時間を潰されたくなかった。
俺が逃げ回る限り、奴はまた追い掛け回してくるだろう。
こんな因果、10億でも100億でも貰ったって断る。
お姉ちゃんに尋ねようとしていた言葉を飲み下し、ベンチから立ち上がる。
まっすぐに奴の方を睨みつけてやると、ようやく俺が気づいていることに気づいたようだった。
もはや隠れるのは不要と判断したのか、ややバツの悪そうな顔しながら、小さく手を挙げて自販機から出てくる。
笑顔を見せながら、まるで小用でも伝えに来るかのように軽快な足取りだ。
いったいなぜ笑っているのか?なぜそんなに軽い足取りなのか?
尾行がバレてしまったことの照れ隠しか?
それとも単に開き直っているだけか?
意気揚々と近づいてくるその姿を見ていると、不快感や恐怖よりも怒りの方がウェイトを占めてきた。
もう迎え撃つのはやめて、こちらから攻め入ってやるしかない。
何が嬉しいのか嬉々としている友人だった奴に向かって、一歩足を進めた。
「待って。」
後ろから手が伸びてきて上着を引っ張れる。
振り返るとお姉ちゃんも立ち上がっていて、グイと俺を引き戻してベンチに座らせた。
「あの子知り合い?」
やっくんを睨みながら背中を向けて尋ねる。
これはなんと答えるべきか?
かつての友人か?それともストーカーか?
というよりなぜかやっくんのことを知っていそうな目をしているお姉ちゃんを不思議に思い、「お姉ちゃんも知り合い?」と尋ね返してしまった。
「知ってるよ。昔から。」
一ミリも予想していない答えが返ってきて、「昔から?」とオウム返しに尋ねてしまう。
いったいこの二人のどこに接点があるんだろうか?
とても聞きたいけれど、考えている間にもやっくんは迫ってくる。
「ここにいて」とお姉ちゃんも歩き出す。
二人の距離が縮まるにつれて、俺の方が緊張に息を飲んでしまった。
先に足を止めたのはやっくんだった。
なぜか幽霊にでも出くわしたかのように顔を引きつらせ、一瞬後ろを振り向いて撤退する素振りを見せた。
何を迷っているのか知らないが、さっきまでの意気揚々とした表情は消え失せ、普段着のまま葬式に来てしまったかのような落ち着かない様子に変わる。
お姉ちゃんはただじっと見据えているだけだ。
罵倒したりする素振りは一切見せない。
ポケットに手を突っ込み、地面に張り付いているかのように仁王立ちしている。
その背中越しに見えるやっくんは実にそわそわと落ち着かない様子で、チラリと俺を見て子犬のような目をした。
そして何も言わぬまま踵を返し、戦に負けた落ち武者のように、背中を丸めて遠ざかっていった。
いったい何が起きたのか俺には分からない。
分かっていることはやっくんが去ったということ、そしてお姉ちゃんが追い払ってくれたということだ。
気がつけばベンチから立ち上がり、羨望の眼差しを向けていた。
またあの時と同じだ・・・・イジメっ子から助けてくれた時の、あの逞しいお姉ちゃん。
一気に記憶がフラッシュバックして、泣きそうな気持ちを堪えるのに必死だった。
俯き、目尻を拭い、ホームの向こうへ視線を泳がせていると、ポンと頭を撫でられた。
「座ろう。」
手を引かれながらベンチに腰を下ろすと、お姉ちゃんも隣に座り、やっくんが去った方を睨みながらこう呟いた。
「あの子私のことビビってんだ。ずっと昔に思いっきり蹴飛ばしたことがあるから。」
思わず「え?」と顔を上げると、「ほんっと昔のことだからね」と、今はそんなことするような人間じゃないぞとフォローを加えた。
「まだ弟が四歳くらいの時だったかな。海に遊びに行った時に一人の男の子と出会ったんだって。
そん時の弟はまあ姉貴の私から見てもすんごい可愛い子でさ、下手すりゃ危ない大人に連れてかれるんじゃないかってくらいだったよ。」
なるほどと頷く。
彼のイケメンぶりは俺もよく知っている。
中学時代もかなりの美形だったのだから、四歳の頃なんて天使のようだったに違いない。
「だからさ、よく女装させたりなんかしてたんだよね。あの頃は髪も長めだったから、リボンで結んだりなんかしてね。
本人は嫌がってたけど。ほんと天使みたいだったから。」
昔の彼を思い浮かべているのか、懐かしそうに上目遣いになる。
「そんでさ、あの子が四歳の時に、私と一緒に親戚に海に連れてってもらったんだよね。
初日は海で泳いでさ、夜はお祭りにも行ったよ。そん時私は中一だったから、楽しいっちゃ楽しいんだけど、やっぱ友達とかと一緒にいたい年頃でしょ?
だからちょっと退屈でもあったんだよね。ぶっちゃけ私は弟の子守役で行かされたようなもんだし。」
ポケットからタバコを取り出し、辺りを見渡しながら、小さなため息をついて懐にしまっている。
今やどこもかしこも禁煙だから、タバコを吸う者にとっては肩身が狭いのだろう。
というよりお姉ちゃんがタバコを吸うことに驚いた。
やはりもう格闘家は引退し、サラリーマンへ転職したってことなんだろうか。
「そんで祭りに行った次の日にさ、ちょっと退屈しちゃった私は弟から目を離しちゃったんだよね。
あの日は海辺にある自然公園みたいな所に行く予定だったんだけど、こちとら思春期真っ只中じゃん?
んな場所行ってられっかって思うわけよ。
だから私は行かないって断って、コンビニで雑誌でも買って暇つぶししようと思ったわけ。
そしたら弟もついて来るって言ってさ、しょうがなしに連れてったのね。
まだ小さいからちゃんと手え繋いで。
けどお店に入ってから手え離しちゃったんだよね。雑誌を立ち読みしてたから。
時間にして二分くらいだったと思うけど、振り返ったらどこにもいなくなっててさ。」
大げさに肩を竦めておどけているけど、すぐに真顔に戻って「あの時は焦った」と髪をかき上げていた。
「だってどこを探しても見つからないんだもん。まだ四歳だからそう遠くに行ってないはずだって思ったんだけど、ほんと見つかんないもんなんだよね、ああいう時って。
しかもさ、その日も弟に女装をさせてたわけよ。親戚のおっちゃんおばちゃんは可愛い可愛いって喜んで、しばらくそのままでいてって盛り上がって。
んでその格好のまま一緒にコンビニに行っちゃったんだよね。だから余計に焦っちゃって。
だって変態に見つかったら何されるか分かんないでしょ?」
「確かにすごく心配だね。結局どうなったの?ちゃんと見つかったんでしょ?」
「まあね、じゃなきゃ今頃いないから。」
笑いながらそう言われて、確かにと赤面する。
「あちこち探し回ってようやく見つけた。コンビニからけっこう離れた浜辺にいてさ。トボトボとこっちに歩いて来んのよ。
それで私に気づくなり泣きながら『お姉ちゃ〜ん』って。」
「迷子になってたんだ。」
「と思うでしょ?実際はそうじゃないんだよね。」
言いながらまた周囲を見渡し、何かに気づいたように立ち上がって、「あっちで話そう」と歩いていく。
その先にはガラス張りの小さな部屋があって、中に入ると二つの灰皿が設置されていた。
すぐさまタバコに火を点けるお姉ちゃんに、「タバコ吸うんだね」と見たまんまの質問を投げかけてしまった。
「もう格闘家は引退したからね。」
「やっぱりそうなんだ。なら今はサラリーマンってこと?」
「私にそんな堅い仕事出来ると思う?今日はたまたま用事があってこれ着てるだけ。似合わないでしょ。」
上着を広げながら自嘲気味に笑うので、「そんなことないよ」と返した。
「すごい似合ってる。エリート商社マンみたい。」
「マジで?そんなこと言ってくれるの美緒ちゃんだけだよ。周りからはスーツ着る度に似合わないって言われるんだから。」
微笑みながら煙を吹かしているその顔は満更でもなさそうだった。
サラリーマンじゃないならいったいどんな仕事をしているのか想像したけど、皆目見当もつかなかった。
「あの子は迷子になてったわけじゃなくて、知らないおじさんに誘われて店から出てったんだって。」
「知らないおじさんって・・・、」
一気に嫌な方向へ話が転がって、喉が鳴るほど息を飲んだ。
そんな俺の顔を見てお姉ちゃんはクスっと肩を竦める。
「あの子ほんとに可愛かったからね。やっぱそういう大人に目を付けられたみたいで。
けどね、幸いなことに変なことはされなかったの。なんでかっていうと別の子供が割って入ってきたから。」
「別の子が割って入る?全然違う子が来たってこと?」
「その変態さんはお菓子で弟を釣ったみたいでね、それを見てた別の子が自分も欲しがって寄って来たみたい。
しかもくれくれって大声で喚くもんだから、変態さんが狼狽えちゃったんだろうね。
あんまり目立ってもマズいから、弟を残してどっかに逃げてったんだってさ。」
「ならその子のおかげで間一髪だったってこと?」
「そういう意味では恩人だよね。けどここからが問題でさ、その子が弟に惚れちゃったの。」
「惚れる?四歳で?」
少々驚きながら目を剥くと「ませてるよね」と笑みを返してきた。
「ちなみに弟の方はなんのことだか分からなかったみたい。ミオちゃんが好きだって言われても全然ピンと来なかったってさ。
だから僕も好きだって適当に返したら、相手が本気にしちゃってね。将来はこの子をお嫁さんにするって息巻いてたらしいよ。」
タバコの灰を落としながら「どんだけませてるんだか」と笑うお姉ちゃんであったが、俺はまったく笑えなかった。
もしや?・・・と思う疑問が膨らみ、自然とこんな言葉が飛び出してしまった。
「あのさ、その恩人の子って・・・まさかやっくん?」
「そうだよ。ていうか元々彼の話をしてんじゃない。」
「そうだけど・・・・。」
自分でもどんどん表情が曇っていくのが分かる。
なぜ曇るのかは分からないが、いい気分でないのは確かであって、「どうしたの?」と心配されてしまった。
「気分でも悪い?」
「お姉ちゃんの弟ってさ、名前はミオリだったよね?」
「そ、美しいに桜の里って字で美桜里。女の子みたいな名前だけど、それが似合うくらい美形ってのがなんともね。
本人は嫌がってたみたいだけど。もっとカッコイイ名前がよかったって。
あんなアイドルみたいな見た目のくせに、中身はけっこう男っぽいんだよね。そういうのもあってまあ昔っからよくモテてたわ。」
弟の自慢をするお姉ちゃんは嬉しそうで、「バレンタインなんかしばらくチョコはいらないってほど貰ってたなあ」と懐かしんでいる。
だが俺はその笑顔について行くことは出来ない。
やっくんは言っていたのだ、まだ四歳の頃、海でミオって女の子に出会ったと。
しかしこうも言っていた。
その子は女の子なのに男っぽい格好をして、女の子が恋愛対象なんだと。
これはいったいどういうことだろう?
美桜里君は男だけど女の子の格好をしていて、恋愛が何かすら分かっていなかったはずだ。
これではまったく筋が通らないではないか。
やっくんが嘘をついているのか?
それとも奴が言っていたミオちゃんなる子は別の子なんだろうか?
曇りに曇っていく俺を不安に思ってか、お姉ちゃんは「ほんとに大丈夫?」と顔を覗き込んできた。
「なんか悩んでることでもある?」
そう問われて胸の内を語ろうか迷った。
これ以上やっくんについて掘り下げると何が飛び出してくるか分からず、ともすれば知らない方がよかったと落ち込む羽目になる可能性もある。
しかし残念ながら、疑念は好奇心へと姿を変えて、形ある答えを求めようとしてくる。
その力は自分でも止めることが出来ず、やっくんに抱いている疑問をぶつけてみた。
同時に奴にストーカーされていることも付け加えて。
お姉ちゃんは「なるほどね」と頷き、タバコを灰皿の中に落とした。
「そのミオちゃんって子、多分ウチの弟のことだね。」
「やっぱり?」
「薬師丸君はさ、なんでも自分の都合のいいように思い込むタイプだから。そのせいで平気で記憶も書き換えちゃうんだよね。おかげで弟も苦労したもん。」
「苦労?」
いったい何を?と考える前に、「美緒ちゃんと同じ」と答えた。
「実はウチの弟もあの子に追い回されたことあるんだよね?」
おどけるように語るお姉ちゃんに、俺は眉間に皺を寄せてしまった。
男が男にストーカーってことだろうか?
「追い回されるっていったいどういう・・・・、」
「だからお嫁さんになってって。」
「四歳の頃の約束なのに?」
「ていうか四歳の頃に追い回されたの。私たちは五日くらい向こうにいたんだけど、その間ずっとだから。
弟は次の日には女装をやめて普通の格好をしてたんだけど、そん時にまた会いに来たんだよね。
ちょうど私たちが海にいる時に。
あっちは家族で来てたみたいで、弟を見つけるなり薬師丸君が駆け寄って来たの。
その日は一日中弟の後ろをついてって、次の日も、また次の日も私たちの泊まってる民宿まで来る始末だったから。
でもって弟を無理矢理どっかに連れて行こうとしたり、チューしようとしたりさ。
それが帰る日まで続いたもんだから、いい加減に弟も怖がっちゃって。」
新しいタバコを咥えながら、シュっとライターを擦っている。
俺に気を遣ってか明後日の方向へ煙を飛ばしていた。
「とうとう民宿から出るのも怖がるほどになっちゃって、それで私がキレたってわけ。
テメエどこのガキだ!親呼んで来やがれ!って、思わず蹴飛ばしちゃってさ。今思うと四歳の子相手にやり過ぎだって反省してるけど。
でもあの時はほんっとしつこかったから。親戚が追い払ってもお構いなしで、こりゃもう本気でビビらせるしかないと思ったわけよ。」
タバコを挟んだ手を向けてきて、私は悪者じゃないから誤解しないようにと、暗に圧力を掛けてくるので「お姉ちゃんは間違ってない」と頷きを返した。
「で、その後はどうなったの?」
「泣きながら帰ってって、親を連れて来たよ。なんか放任主義というか、無責任そうな親でさ。思わず怒鳴りつけちゃったよ。
テメエのガキくらいちゃんと見れねえのか!って。まるで氷みたいに固まってたね。
こっちだって中一のガキだってのに、あん時はほんとに偉そうだったよ。」
情けなさそうに言うその顔は本気で後悔しているようで、過去の行いを戒めるかのように「馬鹿だったからね私」と呟く。
「んでその時はそれで終わったんだけど、それから十五年くらい経ってからまた薬師丸君に会うことがあってさ。」
もしやまたストーカーしたのかと身構えるが、お姉ちゃんはそんな俺の気配を察してか小さく首を振った。
「薬師丸君とまた会ったのは東京のジムなんだよね。」
「格闘技のってこと?」
「あの子も仕事で東京に住んでたみたいで、私の行ってたジムに入門してきたんだよ。
別に選手になろうとかそんなんじゃなくて、ただ身体を鍛えるのが目的だったみたいだけど。
入門してきた時からすごいガタイしててさ、こんなの鍛える必要ないだろって思ってたんだけど、どっかで見覚えがあるなあって。
それであの子が入ってきて三ヶ月目くらいだったかな、向こうから『覚えてますか?』って声掛けてきたの。
ああ、やっぱ昔の知り合いかなんかだったんだって思ってたら、『子供の頃に海で・・・』とか言うわけよ。
思わず叫んじゃったね、『あん時のストーカー!』って。」
そんな昔からストーカー呼ばわりされていたとは、ある意味恐れ入ってしまう。
これはもう天性の変態性の持ち主で、いくら頑張ろうとも奴からの執着を断ち切るのは困難であろう。
当然嫌な気分になり、若干の吐き気まで催してきた。
「いま幾つ?って聞いたら二十歳ですって言ってさ。なんとなく面影はあったんだけど、まさかこんなゴツイ男に成長してるなんて思わなくてさ。
あの時は蹴飛ばして悪かったねって謝ったら、いえいえこっちこそとか謙遜しちゃって。
まあそん時はそれだけだったんだけど、それからまた二ヶ月くらい経ってからだったかなあ。
仕事の帰りに偶然出くわしちゃってさ、『あ、どうも』って挨拶してくるから、『こんな所で何してんの?』ってしばらく話し込んじゃって。
その日はジムも休みだったから、『立ち話もなんだから一杯行かない?』って誘って。
最初は他愛ない話してたんだけど、そのうち向こうから悩みを語りだしてさ。
ずっと昔から好きな人がいるんだけど、気持ちを胸に閉まったままだっていうんだよね。
伝えたいんだけど嫌われたらどうしようって悩んでるみたいで。」
聞かなきゃよかったと後悔し始める。その悩みとやらはもちろん俺のことであり、そこから今現在へのストーカーに繋がっているのだろう。
耳を塞ぎたい気持ちはあれど、せっかく話してくれているお姉ちゃんの手前、平静を装って耳を傾けた。
「けっこう真剣に悩んでたからさ、こっちも本気で相談に乗ってあげようと思ったわけよ。そしたらさ・・・・、」
今度はお姉ちゃんの表情が曇っていく。苦虫を噛み潰したみたいな顔をしながら、どんどん眉間の皺が深く刻まれていった。
「ミオちゃんって答えるわけさ。」
そら来た!やはり俺のことを相談していたのだ。
予想はしていたものの、俺もお姉ちゃんと同じように苦虫を噛み潰した顔になる。
しかし次の瞬間には別の意味で顔をしかめる事になってしまった。
「ミオって答えた瞬間、しょうじき大丈夫かコイツ?って思っちゃったんだよね。まだ弟のこと好きなのか?って。」
「え?弟って・・・・、」
「だからミオって美桜里のことかなと思ったわけ。四歳の頃に惚れた相手をまだ追いかけてるんだって思ってさ、ちょっと引いちゃったわけ。
しかも未だに弟のことを女の子だって思い込んでたみたいでさ。私はちゃんと説明したんだよ、弟に会いに来る度にこの子は男だって。
でもよくよく話を聞いてみるとそうじゃないんだよね。実は高校の頃に好きな相手がいて、同じサークルだったミオって女の子が好きだって言うわけよ。」
「それってやっぱり俺の・・・・、」
「その通り。私もすぐにピンと来ちゃってさ。それってあの美緒ちゃんのことだって。
弟から美緒ちゃんが変わったってことは聞いてたからね。男みたいな格好して、恋愛対象も同性だって。
だからすごい迷った、その子は私の友達だって言おうかどうしようか。
けどこっからがすごいんだ。薬師丸君ね、どうも美桜里と美緒ちゃんのことをごっちゃにしてるみたいで。」
「ごっちゃ?」
どういう意味か分からずにまたオウム返しになってしまう。
こっちへ流れてきた煙に咳き込むと、「ごめんごめん」とタバコを遠ざけてくれた。
「美緒ちゃんのことをさ、どうもウチの弟と同一人物だと思ってるみたいでね。
美桜里イコール美緒ちゃんってなってたみたいなの。
女の子なんだけど男の子みたいな格好してて、恋愛対象は女の子だって。
けどそれって美緒ちゃんのことじゃんね。どうしてか分からないけど、美桜里と美緒ちゃんが一緒になっちゃってんのよ。」
なんと呆れるほど都合の良い考え方をするのだろうと、開いた口が塞がらなかった。
幼い頃に成就しなかった恋を引きずり、その相手に俺を重ねて見たいたことは知っている。
だがその相手がまさか美桜里君で、しかも都合よく記憶の書き換えを行っているなんて・・・・いったいどだれけ自分の中の妄想を生きているんだか。
「子供の頃に恋をした相手がいて、高校で偶然に再会できたんだって興奮気味に語るわけよ。
でもその記憶は間違ってるわけじゃん?だから訂正してあげようと思ったんだけど、ちょっと気になることを言い始めたんだよね。」
「気になること?」
気になることなんて言われたら、俺の方が気になってしまうではないか。
でもおそらく聞かない方がいい類の話な気がして、気になってしまうこの気持ちをどうにか出来ないものかと格闘したが、残念ながら無理だった。
興味津々に目を向ける俺に向かって、お姉ちゃんは「ねえ美緒ちゃん」と声色を変えた。
「薬師丸君に何か言ったことない?」
唐突な質問に「何かって?」と尋ね返す。
俺は記憶力は悪い方ではないので、やっくんに対して気になるようなことを言ったのなら覚えているはずだ。
「海の向こう側へ行きたいって言ったことない?」
「海の向こう側・・・・?」
ふと気にかかる。なぜならそれはやっくんが言っていた言葉だからだ。
奴は昔に会ったミオちゃんという女の子に「海の向こう側へ連れて行ってやる」と約束した。
なぜならその女の子が「海の向こう側へ行きたい」と願っていたからだ。
「薬師丸君はミオちゃんがそう言ったって話してた。すごく深刻そうな顔しながら、ここじゃないどこかへ行きたいって。
でもまだ四歳だった美桜里がそんなこと言うとは考えにくいじゃない?だとしたら美緒ちゃんが言ったんじゃないのかなって。」
お姉ちゃんはそう言うが、俺の記憶の中にそんな思い出はない。
膝の上に肘をつき、手の上に顎を乗せ、前屈みの体勢になりながら、じっと前を睨んで考える。
俺はやっくんにそんなことを言ったことがあるだろうか?
海の向こう側へ行きたいだなんて・・・・・。
記憶力は悪い方じゃないんだけど、どうしても思い出せないのは、やっくんにとっては特別なことであっても、俺にとってはそうじゃないせいかもしれない。
「海の向こう側・・・・・。」
呟きは空振のように全身に響いていく感じがして、目を閉じるのと同時にふと何かが思い浮かぶ。
・・・・白波がうねる海の景色、青空なのに強い風が吹いている。
遠くに見える水平線はクッキリと海と空を隔てていて、そこに蜃気楼か何かが浮かんで見えた。
ぼんやりと人の形をしていて、こっちに向かって何かを話しかけている。
姿は男の子だけど声は女の子だ。
これはただのイメージか?
それとも俺自身の記憶だろうか?
水平線に浮かぶ人物は、やがて青海のようにハッキリと姿を現す。
それはまるで今の自分にそっくりで、女でありながら男の格好をして、恋人らしき女の子と手を繋いでいる。
あの日水平線に見たもう一人の俺の幻、それとは逆の俺が、蜃気楼のごとくイメージの中に浮かんでいた。

デジカメのデメリット

  • 2018.05.22 Tuesday
  • 14:54

JUGEMテーマ:写真

カメラの高性能化がもたらすメリット。
それは多くの人が実感していると思いますが、デメリットについてはあまり語られません。
カメラはデジタルになってから家電の仲間入りをしました。
ということはつまり、消耗度のサイクルが上がったということでもあります。
次々に登場する高性能なカメラは、長い修行を必要とせずに高い技術が手に入るのと同じことです。
カメラが高性能化すればするほど、プロカメラマンはその首を絞められることになります。
昔、何十万と払って依頼していた写真の仕事。
今やネットの写真サイトから簡単にダウンロードできる時代です。
有料もあればフリー素材もありますが、要するにプロカメラマンを必要とする状況が減ったことでもあります。
また自分で撮れば安上がりでもあります。
高性能なカメラは初心者であってもそれなりの写真を提供してくれます。
ちょっとばかしレタッチの技術を身に付ければ、綺麗な写真、カッコイイ写真は簡単に手に入ります。
今、多くの新聞社に写真部はありません。
わざわざカメラマンを同行させなくても、高性能なカメラのおかげで一人で仕事をこなせてしまうからです。
カメラが高性能化するということは、趣味でやる人にとってはありがたいことだけど、生業としている人にとっては過酷でしょうね。
かつて街の至る所にあった写真屋さんはデジカメによって倒産の波に遭い、代わり家庭用プリンターが売れるようになりました。
昔、初めて手にしたカメラから写真に興味を持って、そこからプロの道へ入る人は大勢いたでしょう。
そもそもカメラの値段が高くて、万人が気軽に持てる物ではありませんでした。
その分手に入れた時の喜びは半端ではありませんが。
今は簡単にカメラが手に入り、簡単に綺麗な写真が撮れて、写真への間口は広がりました。
しかしそこからプロカメラマンへの夢を抱くなら、過酷な道を歩くことになります。
間口が広くなった分、写真の世界は先細りしているからです。
写真で飯を食えたらなと思う人はけっこういると思います。
カメラマンってカッコイイというイメージがあるし、好きなことをして生きていきたいと思うのが人間だし。
けどそこへ至る道はデジタルの到来によって確実に難しくなっています。
昔はとっつきにくく、でも奥は広くて深い世界でした。
今は違います。とっつきやすく、楽しみやすく、けど先へ進む道はどんどん細くなり、いつか閉じてしまうんじゃないかと思うほどです。
カメラが高性能化したデメリットはここにあります。
みんなが手軽に楽しめるのはとても良いことです。
しかし恩恵があれば被害もあるわけで、必ずどこかで煽りを食らう人が出てきます。
そういえばデジタル絵が普及し始めて、イラストレーターも仕事が大変だと聞きます。
お絵描きソフトもまたデジカメと同じように、何年、何十年と修行して身に付けるはずだった技術があらかじめ中に入っているからでしょう。
元々芸術なんて食えない世界ですが、今はさらに厳しくなっているような気がします。
デジカメの登場はカメラマンにとってありがたいものである反面、多くのカメラマンを廃業に追い込みました。
そのうちプロの現場ではスチールカメラそのものが必要なくなるかもしれないという意見もあります。
この先、動画の画質もどんどん上がっていき、好きなシーンをキャプチャしてしまえばそれで済むようになるからだそうです。
スポーツ、報道、動物など、動きをある物を映すなら動画の方が強いです。
一瞬を切り取る必要がないんですから。
昔のビデオは一時停止すると画質の荒れが目立ちましたが、4Kの時代になってそれはなくなり、これからは8Kが来ると言われています。
となれば写真というのは完全に趣味の領域へ押し込められる可能性があります。
それが写真にとって良いことなのかどうかは分かりません。
けど確実に時代が変わるでしょうね。
一眼レフを構えて颯爽と撮影するカメラマンは、もうすぐ見られなくなってしまうかもしれません。

海の向こう側 第十話 別れと再会(2)

  • 2018.05.22 Tuesday
  • 14:40

JUGEMテーマ:自作小説

嬉しいニュースというのは突如として舞い込んでくるものだ。
それが二つも同時となれば尚更で、最近の嫌な気分など一気に吹き飛ぶほど、胸の底から力が沸いてくるのを感じた。
あまりに嬉しいので、雨だというのに外へ走り、傘も差さずに海を眺めている最中である。
まず一つは、美知留が落ち着きを取り戻し、素直に取り調べに応じているらしいということだ。
あいつが逮捕されてから五日が経つが、昨日に刑事が教えてくれた。
今ではすっかり大人しくなり、随分と反省しているという。
ただしそれが心の底からの反省かどうかは分からないと言われた。
というのも美知留の親が弁護士を雇ったのだが、その弁護士と面会してから態度を急変させたからだそうだ。
あの刑事は言った。
ここから先は個人的な推察だが、あの錯乱は演技だったのではないかと。
そうすれば心神喪失状態と判断され、無罪放免になる可能性があるから。
しかし弁護士と話したことで、そっちの方面で攻めるより、しおらしく反省の色を見せていた方がいいと判断したのだろうと。
本気で病んでいるのなら素直に取り調べに応じるはずがなく、弁護士と話したからといって治るわけでもない。
おそらくは自分の身を案じての作戦であって、その作戦の成功率が低いということを弁護士に指摘され、であれば罪を軽くしてもらう方を選んだのであろうと。
なのでしおらしく反省はしているものの、殺意は明確に否定しているそうだ。
それどころか突き飛ばすつもりなんてまったくなくて、勢い余って押し倒す形になってしまっただけだと釈明しているらしい。
なるほど・・・・刑事の言う通り、無罪ではなく罪を軽くしてもらう作戦に打って出たのだろうと、俺は確信した。
殺すつもりなら殺人未遂、たまたま押し倒してしまっただけなら過失による事故。
罪は重さはまったく違うだろう。
しかしあいつは倒れる俺に向かって何度も石を投げつけた。
これはたまたまでは言い逃れ出来まい。
殺人未遂は立証できなくても、傷害罪は間違いなく成立するはずだ。
それに過失という主張が通っても、俺を突き落として危険に晒したのは間違いないわけだ。
となれば無罪放免の可能性は低いわけで、そう長くはなかったとしても、刑務所へ務める可能性はある。
俺はその間にこの街を離れればすむわけだ。
念の為に連絡先も変えて、不用意に居場所を特定されるような発信も避ければいい。
上手くいけば二度と美知留に会わずに済みそうだ。
これを喜ばすしてなんとするか。
ホッと安心したという気持ちと同時に、ざまあ見ろといった爽快感があった。
しかしこれはもう一つの嬉しい出来事に比べたら前菜のようなもの。
俺が雨も気にせずに海を眺めるほど気分が高揚しているのは、美知留なんかどうでもいいほどの喜ばしいニュースがあったからだ。
実は今朝、懐かしい友人から連絡があった。
あのお姉ちゃんの弟である。
俺は中学卒業と同時にこの街へ引っ越して来たので、卒業以来一度も会っていなかった。
何度か連絡を取ったことはあるけど、一緒に遊ぼうなんて話にはならなかった。
それがなんと彼の方から「会えないか?」と誘ってきた。
今は山陰地方のとある県に住んでいるらしく、なんと俺が前にいた街から車で一時間ほどの場所だった。
しかも結婚して子供もいるらしく、24なのに早いなと感心してしまった。
懐かしい友からの誘いは嬉しい・・・・しかしいいよと即答することが出来なかった。
というより、以前の俺なら迷わず断っていただろう。
彼に会えば鮮明にお姉ちゃんのことを思い出すに違いなく、それは俺にとって辛いことだからだ。
けど最終的には会う約束をした。
鮮明にお姉ちゃんを思い出せば、ハッキリと今の自分に向き合えるんじゃないかという気がしていた。
今こうして海を眺めているのも、嬉しいからであるのと同時に、またもう一人の俺が会いに来てくれないかなと期待しているからだ。
今日は雨で、あいにく水平線は泥のように滲んでいる。
多分・・・・いや、間違いなく今日は現れない気がした。
あの子はクッキリと水平線が見える海じゃないと現れてくれないという、根拠のない確信があったのだ。
服の隅々まで雨に濡れる頃、指先まで冷えてきて、それでもまだ海を眺めていた。
その日の夜から体調を崩し、翌日は一日中布団の中で熱と格闘していた。
ウィルスと戦ってくれる免疫はありがたいが、もう少し穏便に駆逐してくれないものかと、体温計を睨みながら思った。
だが次の日にはとんと熱が下がり、少し鼻水が出る程度に治まっていた。
彼に会いに行くのは明日、なんとしても体調を整えて行きたいと、この日も一日布団の中で過ごした。
翌日、まだ陽が昇りきらない頃に目を覚まし、二日ぶりのシャワーを浴びた。
簡単に朝食を済ませ、風邪薬を飲み、念の為に熱を計って常温に下がっていることに安心しつつ、今日は帰らないからと母に言い残して家を出た。
彼のいる街までちと遠い。電車で往復7時間はさすがに辛いので、ビジネスホテルを予約してある。
徒歩で駅まで向かい、ホームに立ちながらこの前美知留に突き落とされたことを思い出す。
やっくんの時もそうだけど、怖い思い出というのは胸に暗い影を落とすものだ。
恐怖心こそ治まったものの、足はホームの最前列に立つことを拒絶する。
せっかく朝一番に来たにも関わらず、あえて人が増えるのを待ってから、列の後ろへと張り付いた。
まったく・・・美知留は余計なことをしてくれたものだ。
おそらくこれから先、いつでもホームの最前列に立つのを躊躇ってしまうだろう。
始発にでも乗らない限りは、席に座れる可能性が低くなってしまうではないか。
かつての恋人に恨みを抱きつつ、ツートンカラーのワンマン列車に乗り込んだ。
20分ほど揺られ、俺の家がある所よりちょっとばかし都会な街に着く。
目的地へ向かう電車の六番ホームへ向かい、ここでもまた列の後ろに張り付いた。
今日は土曜日ということもあって、そこそこ人が多い。
座れるかどうか微妙なところだなと唇を尖らせながら、ポケットのスマホが震えるのを感じた。
見ると彼からのLINEで「おはよう」という挨拶の後に、「道分かるか?」とメッセージが。
「調べたから平気平気」と返すと、「もし迷ったら電話してくれ」と気遣ってくれた。
「ありがとう」と返信を打つと「気をつけて来いよ」と返ってきて、嬉しいような安心するような気分に満たされる。
彼は昔から優しく、さりげない気遣いの出来る人物だった。
そこに相手を思いやること以外の思惑はなく、やっくんや美知留のように優しさの裏に己の利益を求めようとする他意はない。
素直に相手の優しさを受け取ることが出来るというのは、こんなにも心地良いものなんだなと、まだ世界が童話に見えていた頃の感覚がふと蘇った。
やがて鮮やかなブルーの特急がやって来て、客の出し入れを完了させてから、猛スピードで駆け出していった。
俺はホームからそれを眺める。
ケチらずに特急の切符を買えばよかったかなと。
なにぶん今は無職なものだから、出来る限り出費を抑えたいと快速を選んでしまったのだ。
しかも目的地までの三分の一すらいかない間に鈍行に乗り換えないといけない始末。
少々自分のケチっぷりに後悔しながら、遅れてやって来た快速電車に乗り込んだ。
北へ向かう電車の外は、ビルが消えて田舎に変わっていく。
山と田んぼと川、最初は美しいと思いながら眺めていても、代わり映えのしない光景というのはあくびを誘う。
向こうへ着くまでかなり時間が掛かる。
暇つぶしにと持ってきた雑誌や本も、生来の速読のせいでアッサリとやっつけてしまって、うつらうつらと頭が揺れ始めた。
窓際に肘を置き、枕代わり惰眠を貪ろうとした。
しかしふと隣に人の気配を感じ、眠たい横目でチラリと眺めた。
さっきまでは空席だったはずの隣に、スーツを着た男が座っている。
ほんの少し横目で確認しただけなので顔はハッキリと見えなかったが、なんとなく若そうな印象を受けた。
以前の俺ならばこんな状況でもなんの躊躇いもなしに眠っただろう。
しかし美知留とやっくんという厄介者のせいで、無防備な姿を晒すことに抵抗を感じ始めていた。
眠気と警戒心の狭間で揺れながら、規則的な電車の揺れは眠気の方へと意識を引っ張っていく。
こんな土曜の朝っぱら、満員電車でもない中で何かされることはないだろうと思い、顔を隠すように俯きながら微睡んでいった。
・・・次に目を開けた時、隣に座っていた男性はいなくなっていた。
代わりに薄紫のカーディガンを羽織った年配の女が座っていて、瞑想でもしているかのように背筋を伸ばしたまま目を閉じていた。
眠っているのか起きているのか分からないが、この隣人なら警戒する必要もないだろう。
時計を見れば駅を出て一時間半が過ぎていて、まだまだ掛かるなともう一眠りを決め込むことにした。
しかし目を閉じた瞬間、電気でも流されたかのように顔を上げて、もう一度時計を確認した。
・・・・最悪である。乗り換えする駅を寝過ごしてしまった。
次の駅で降りるしかないと、ゆっくりと席を立ち上がり、ドア付近の手すりにつかまった。
スマホを取り出し、少し遅れるということを伝える。
彼は「焦らないでゆっくりおいで」と、またしても優しさを見せてくれた。
本当に他意のない優しさというのは嬉しい。
とにかく早く乗り換えの駅まで戻らなければと、そわそわした心が落ち着かない。
大雑把なくせに時間だけは几帳面なもんだから、遅刻とか人を待たせることには強い抵抗を感じてしまうのだ。
外を流れる景色は相変わらず山と田んぼばかりで、これを眺めているとまた眠くなる。
窓から視線を外し、車内に目を向けて気を誤魔化した。
そこそこ人はいるが、満員というわけでもない。
まあ都市部へ向かう電車ではないから当然なのかもしれないが。
若い人はほとんどおらず、年配の客が多い。
なんとなしに車内を眺めていると、ある一点で目が止まった。
車両の前の方、最前列から二番目の左側の席に、やたらとガタイの良い男が座っていた。
まさか・・・とは思いつつ、しばらく凝視していると、ふと窓の方を向いて横顔が見えた。
やっくんだった・・・・。
思わず背筋が波打ち、手すりを握る手に力が入り、じとっと汗ばんでくる。
同じ日に、同じ時間に、同じ電車に乗っているのは、果たして偶然だろうか?
頭を満たす嫌な考えを打ち払う為、奴が再びストーカーに走ろうとしているわけではないという考えを裏付ける理屈を探った。
この前、俺はやっくんにこう言った。
俺に構う暇があるならミオちゃんを探せばいいだろと。
今日、たまたまそれを実行しているだけかもしれない。
どうにかしてミオちゃんの居場所を見つけ、連絡を取り、彼女に会いに行く途中でたまたま乗り合わせただけなのかもと。
でもそうなると不自然なことがある。
同じ車両に乗っているのに、今まで気づかないということがあるだろうか?
俺の方は寝ていたからともかく、向こうは必ず気づいたはずじゃないのか?
すし詰め状態の満員ならともかく、乗客の少ないこの状況なら車内は充分見渡せるはずだ。
それとも俺がいることには気づいていたけど、寝ているから声を掛けるのを遠慮したとか?
・・・・分からない。何をどう考えても想像でしかなく、こうして同じ車両にいるという事実があるだけだ。
となるとやはり嫌な考えが首をもたげてくる。
奴はこっそりと俺の後をつけてきて、俺に気づかれないように同じ車両に乗り込んだ。
理由は一つ、再び俺へのストーカー行為を再発させから。
考えるだけでもおぞましく、美知留の時とは違った意味で恐怖がこみ上げる。
とにかく同じ空間にいることが嫌で、どうかこちらを振り向きませんようにと願いながら、奴への注意を怠らずに別の車両へと逃げ込んだ。
次の駅までどれだけ時間が掛かるのか分からないが、とにかく早く着いてくれと祈りつつ避難していった。
最後尾の車両の隅で吊り革に掴まり、警戒をしつつもスマホをいじって気を紛らわした。
しかもそれも長く続かず、もし奴が近づいて来たらどうしようと、不安と格闘するので精一杯だった。
今日は楽しい日になるはずだった。
懐かしい友達と会い、思い出話に花を咲かせ、そしてなにより自分の中に宿るお姉ちゃんの影にどう向き合えばいいのか、答えが出るチャンスなのだ。
にもかかわらず、そいつを一瞬でぶっ壊してくれたやっくんには灼熱の怒りしか沸いてこない。
どうして奴がこの電車に乗っているのかは知らないが、どんな理由にせよ今は姿さえ見たくなかった。
まさか俺を追いかけてこっちへ来たりはしないだろうなと、連結部分のドアを睨みつけた。
最後尾の車両は元いた車両よりも人が少なくて、ぐるりと乗客を見渡した。
やはりこっちも年配客が多い。だがその中で一人だけ若い男がいた。
俺から近い距離の席に座って、イヤホンを差して音楽だかラジオだかを聴いている。
細身のスーツを纏い、爽やさを感じさせる短い黒髪に、充分に男前といえる整った顔立ちをしていた。
やっくんとは対照的に中性的な顔立ちをしていて、もう少し整っていればアイドルでもいけるんじゃないかと思うほどだ。
だがその顔はなんとなしに見覚えがあり、過去に会ったことがあるかなと記憶を検索してしまった。
するとすぐさま一件だけ当てはまる人物がいた。
あの整った顔立ちは、いま俺が会いに行こうとしている旧友に若干ではあるが似ているのだ。
そっくりというわけではないが、どこか通じる面影のようなものがあって、兄弟ですと言われれば納得してしまうかもしれない。
ただ彼には男兄弟はおらず、俺が憧れたあのお姉ちゃんしかいないはずだ。
この程度の似た顔なら偶然にいてもおかしくないし、世の中似た人間が三人いると言われるほどなので、探せばあと一人くらい似た顔をした人物がいるのだろう。
この男がどこの誰だか知らないが、やっくんのことから気を紛らわすにはもってこいである。
あんな奴のことを考えるよりも、もしこの男が彼の兄弟だったらと妄想する方が何千倍も有意義だ。
この彼が兄だったら?弟だったら?
どんな会話をして、兄弟仲はどうなんだろう?
休日には兄弟揃って遊びに行ったりするんだろうか?
しばし妄想を楽しんでいると、ようやく次の停車駅が近づいてきた。
電車はスピードを落とし、ゆっくりとホームに滑り込んでからドアを開けた。
俺は誰よりも早く駆け出し、素早くホームを降りる階段へ避難し、トイレの中へと駆け込んだ。
スマホで調べると、乗り換えの駅へ向かう電車が来るのは12分後。
万が一ということもあるので、ギリギリまでここに隠れていることにした。
用もないのにトイレの個室で一人というのは中々に寂しいものである。
狭い空間をただひたすらウロウロし続け、時計を見ては秒針の遅さに苛立ち、籠城を続けてから10分後に脱出した。
奴がいないか確認する為、顔だけ出して外の様子を窺う。
どうやら視界の範囲内には潜んでいないようで、恐る恐る駅の中を横切り、ホームへと駆け上がった。
ここでも注意を払うが、奴の姿は見当たらない。
しかし油断は禁物と、常に周囲への警戒は怠らなかった。
もしこれ以上ついて来るなら、彼に会いに行くのも取りやめなければならない。
代わりに近くの交番へ駆け込んだ方がいいだろう。
身を竦めながら電車が来るのを待っていると、突然ポンと肩を叩かれた。
瞬間、電気が走ったように跳び上がり、短い悲鳴を上げながら振り返った。
追いかけてきたのだ・・・・そう思った。
これはもう彼に会いに行くどころではないと、ホームを降りて逃げ出そうとした。
駅の近くには多くの場合交番がある。
とにかくそこへ駆け込めば安全なわけで、逆に言えばそれまでに捕まれば何をされるか分からない。
美知留の時のように俺を殺そうとするのか?
それとも別の方向で暴力を働こうとするのか?
あんな奴に何かされるくらいなら死んだ方がマシである。
もちろんその前に思いっきり抵抗して一糸報いてやるけど。
後ろを振り返らず、足の筋肉が千切れても構わないほど本気で走った。
しかし奴は追いかけてきた。
後ろから迫る足音は力強く、しかも俺より速い。
瞬く間に距離を詰められているのが伝わってきて、「来るなよ!」と手持ちカバンを振り回した。
大して重い物は入っていないが、思いっきりぶつけてやればそれなりに怯むだろう。
振り返り様、身体が浮きあがるほど勢いをつけてカバンをぶつけてやった・・・・・つもりだった。
しかしそれは空を切った。
振返り様に視界に入ったターゲットは、間一髪のところで身をかがめ、実にあっさりと渾身の一撃をかわしてみせた。
外した!という焦りと共に、次こそはと振りかぶる。
だが二発目もまた不発に終わってしまった。
どういうわけか分からないが、ぶつけようとしたカバンが俺の手から消えていたのだ。
代わりに人の足らしき物が目の前を駆け抜けて、ビュンと風を切る音が響いた。
何が起きたのか分からず、凍りつくように呆気に取られる。
少し遅れてから後ろで何かが落ちる音がした。
振り向くと俺のカバンがそこにあった。
なぜ?・・・・と疑問が渦巻き、と同時に武器を失った焦りからまた逃げ出そうとした。
「待って!」
叫びが飛んできて、俺の肩をガッチリと掴む。
そのまま力任せに振り向かされて、真正面に男の顔が飛び込んできた。
思いっきり悲鳴を上げて助けを呼ぼうとしたのだが、ふとそれを思いとどまる。
やっくんに違いないと思っていたその男はやっくんではなかった。
この中性的な顔立ち、彼にどことなく似ている面影のある表情。
それはさっきまで同じ車両にいたあの若いサラリーマンだった。
追いかけてきたのはやっくんではなかった。その事については心底ホッとしている。
しかしこの男がどこの誰で、どうして俺を追いかけてきたのか理由が分からず、根っから恐怖が消えることはなかった。
きっと俺の顔が酷く引きつっていたのだろう。
「そんな怖がらないで」と掴んでいた手を離し、「大丈夫大丈夫」とホールドアップしながら悪意はないということをアピールした。
「久しぶり。」
笑顔を見せながら意味不明なことを言う。
俺の顔はさらに引きつったのだろう、また「そんな怖がらないで」と警戒を解こうとしてきた。
だがそんなことで警戒が解けるはずがない。
見知らぬ男に追いかけられて、いきなり「久しぶり」だのと意味不明なことを言われたら、余計に警戒してしまうではないか。
逃げるべきなんだろうけど、足が竦んで動くことが出来ずにいると、若いサラリーマンは俺の横を通り過ぎ、落っこちたカバンを拾い上げた。
そいつをポンポンと手で払い、目の前に差し出してくる。
「とっさで蹴飛ばしちゃった。ごめんね。」
申し訳なさそうなその顔は本気で謝っているようで、「昔のクセが抜けなくて」と苦笑いした。
「怖いよね、条件反射って。攻撃が飛んでくると思わず反撃しちゃうんだもん。美緒ちゃんに当たらなくてよかった。」
そっと俺の手を取り、「ほんとにごめんね」とカバンを握らせる。
手にしたカバンにはクッキリと靴の跡がついていて、なるほど蹴り飛ばしたんだなと納得した。
いや、そんなことは重要じゃない。
もっと大事なことをこの人はさっき・・・・。
「美緒ちゃんでしょ?」
「はい・・・。」
怖いながらも返事をする。
なんで俺の名前を?・・・と顔に書いてあったのだろう。
すかさすこう返してきた。
「中一の時にいじめられてて、友達のお姉ちゃんに助けられた子。」
淡々と語るその言葉に、さっき肩を叩かれた時よりも跳び上がりそうになる。
なんでそんな事まで?と尋ねようとしたけど、同時にまさか?という疑念が沸いてきて、何を口にしていいのか分からなくなる。
困る俺を見て、サラリーマンはまた笑顔に戻った。
「弟から聞いてたけど、ほんとに雰囲気変わったね。でも顔立ちはそのままだからすぐ分かったよ。まあこっちも人のこと言えないけど。」
やっぱり・・・と疑念が解ける。
道理で彼に似ているはずだと。
しかし頭では理解できても感情まではついて行かない。
驚きのあまり表情が凍ってしまう。
「久しぶり。」
差し出された手を反射的に握ってしまう。
俺も「久しぶり」と返した。

海の向こう側 第九話 別れと再会(1)

  • 2018.05.21 Monday
  • 13:33

JUGEMテーマ:自作小説

人と縁を切るというのは大変なものである。
一度深い繋がりを持った人間なら尚更で、それが恋愛関係だったとしたらもっと大変である。
愛は一瞬にして憎悪に変わり、優しさは殺意へと変貌することさえある。
ここは病院、医者が擦り傷らだけの俺に消毒液を塗っていて、その痛さときたら拷問かと泣きそうなほどだ。
最も大きな怪我をした右腕は12針も縫った。
幸い傷そのものは深くないのだが、長く伸びた切り傷は、縫合された糸によって余計に痛々しく見える。
この傷の治療も消毒が一番辛かった。
傷口に指を突っ込まれて、ガシガシと洗られたのだ。
こういう大きな傷は感染症の恐れがあるらしく、実に丁寧に丁寧に傷口の清掃を行ってくれた。
その痛さたるや思わず悲鳴を上げてしまったほどである。
その後に傷口を縫合してもらったのだが、麻酔なんて一ミリも必要なかった。
激痛の余韻のせいで、針を通す痛みなど屁でもなかったからだ。
まあそれはいい。命に関わる怪我じゃないのは幸いだ。
しかし問題はこの傷がちゃんと消えてくれるのかということだ。
医者曰くこの程度の深さなら痕は残らないそうだが、それでも気になる。
包帯の上から傷をなぞり、早く元通りになってくれるようにと願いを掛けた。
頭にも切り傷がかるからと包帯を巻かれ、姿だけ見ればかなりの重症のように思われるだろう。
とりあえずの処置を終え、今日はもういいよと処置室を出た。
外には家族と刑事が立っていて、神妙な顔で言葉を交わしたり、相槌を打ったりしていた。
それから30分ほどの間、今度は俺も刑事に話を聞かれた。
そして刑事が席を立つ時、明日警察署へ来るようにと言われた。
今日は怪我もしているし、気が動転しているだろうから、とにかく帰って落ち着くようにと。
その日、家に帰ったら帰ったで、家族からも尋問のような質問攻めにあった。
どうしてこんな事になったのかと。
実は今朝、俺は家を出て新しい街へ引っ越す予定だった。
こっちへ帰ってから一ヶ月が過ぎ、そろそろ動き出そうと旅立つことにしたのだ。
仕事も見つけ、住処も決めて、一人でここを出て行くつもりだった。
スマホには美知留から『お昼過ぎに行くからね。今日こそいい物件が見つかるといいね』と可愛らしいスタンプつきでLINEが入っていた。
俺は既読にしたままそいつを無視し、家族に『もし美知留が来ても行き先を教えないように』と念を押していた。
姉に駅まで送ってもらい、もう自分探しの度は終わったんだから、新しい街ではちゃんと仕事に励むようにと説教をされ、そのつもりだと返してやった。
それと次は美知留ちゃんみたいな子に引っかからないようにとも言われて、もちろんだと頷き返した。
切符を買い、自動改札すらないワンマン駅のホームに立つ。
振り返れば田園が広がっていて、その向こうには海が霞んでいた。
この街へ帰ってきた日、俺は幻を見た。
水平線の向こうに立つもう一人の自分を。
それは今の俺とはまったく異なるもう一人の俺で、こっちへおいでよと手招きをしていた。
幻はすぐに消え去ったけど、あの日以来胸の中に疼くものがあった。
俺はずっとお姉ちゃんの真似をしてきて、いつしかお姉ちゃんそのものみたいになってしまった。
お姉ちゃんほど強くも逞しくもないけど、それ以外の所は全て合わせてきた。
服装も恋愛対象も何もかも。
けどもう一人の俺は、今の俺を間違いだと言わんばかりに、女らしい恰好をしていた。
美緒は美緒であって、お姉ちゃんじゃないでしょ?
あの幻は何も喋らなかったけど、言葉が届くならそう言いたかったんじゃないのかなと、勝手に想像していた。
あの日から特別大きな変化があったわけじゃない。
なんだか胸の中がモヤモヤすることはあっても、悩みというほどじゃないし、生活に支障をきたしたわけでもない。
でももしかすると、こういうのが一番危ないんじゃないかなという心配をしていた。
大きな歯車は、それを支える小さな歯車によって成り立っていて、気にもとめない小さな傷から、全てが破綻してしまうんじゃないかと。
もしそうなったら、お姉ちゃんに成りすまして生きてきた自分は消えてしまうことになる。
この世界が童話のように美しいものだと思い込んでいた頃の感覚に戻ってしまい、今に至るまでの10年の人生をやり直す羽目になるかもしれない。
・・・まあそうなったらそうなったで、面白いことなのかもしれない。
そんな風に考えながら、景色に背中を向けて、電車が到着するのを待っていた。
チラホラと人が増えてきて、自然と列が出来る。
100メートルほど先にある遮断機の信号が灯り、カンカンカンと音が響いて、ディーゼル音全開のローカル列車が近づいてきた。
朝早くに来ていた俺は、列の先頭からそれを眺めていた。
大きな荷物は引越し業者が運んでくれる。
僅かな手持ちの荷物が入ったリュックを背負い直し、足元の黄色い線ギリギリに立って、ガタゴトと迫ってくる音に耳を立てていた。
電車がホームへ迫って来る。
スピードを落とし、甲高いブレーキの音が響く。
その時、列の後ろから悲鳴が上がった。
何かと思って振り向いた瞬間、目の前に美知留の顔があった。
ほんの一瞬目が会っただけだった・・・・なのにその形相ときたら、鬼と悪魔を足して二を掛けたほどおぞましいものだった。
人というのはすごいもので、一秒にも満たない時間の中で、瞬時に相手の意図を悟ることが出来る。
身に危険が迫っている時は尚更に。
美知留の目には明確な殺意が宿っていた。
こんな目をしているということは、ここへ来た理由は一つ。
俺を殺しに来たのだ。
自分を置いて遠くへ逃げる恋人に鉄槌を下す為に。
そしてここは駅のホーム、殺害方法は簡単で、迫り来る電車の前に突き飛ばせばいいだけだ。
これらの思考を一秒も経たずに処理し終えて、我が身を守る為に咄嗟に横へ飛び退いた。
しかし残念ながら気づくのが遅く、完全に美知留の突撃を回避することは無理だった。
俺を突き飛ばそうとした手が肩にぶつかって、そのまま後ろへ倒れそうになった。
しかも勢い余って美知留自身も止まることができず、俺を押し倒す形で覆いかぶさってきた。
電車はすぐそこまで迫っている。
振り向けば鮮やかなツートンカラーの車体が見えたから。
このまま線路に落ちたら確実にあの世行きだ。
美知留から逃げるはずが、美知留と心中だなんて笑えない。
死にたいなら一人でやればいいものをと、思いっきり蹴り飛ばしてやりたくなった。
そして・・・・その願いは叶った。
美知留は蹴飛ばされたのだ、俺以外の人間に。
俺たちのすぐ後ろにいた若いサラリーマンが、咄嗟に美知留の背中を蹴り飛ばしてくれたおかげで、電車の進行方向とは反対側へと落ちていった。
この時幸いだったのは、俺は先頭車両の前のドアの列に並んでいたことだろう。
急ブレーキをかけた電車は、本来止まるはずだったラインよりも少しだけ手前に止まった。
そこはちょうど俺がさっきまで立っていた場所で、サラリーマンの蹴りがなければあそこに落ちていただろう。
とはいっても車体はすぐ目の前まで迫っていて、倒れた状態から見上げると、とても大きく感じた。
恐怖はすぐに全身に伝わって、横たわったまま動くことが出来ない。
対して美知留はすぐに立ち上がり、わけの分からない奇声を放ちながら、線路の石を投げてきた。
咄嗟に腕でかばったものの、茶色く錆びたような石ころは、ゴツンとこめかみにぶつかった。
痛いというより熱い感じがして、未だ衰えない美知留の殺意に対し、恐怖を超えておぞましさを感じた。
目を向けるとまた石を投げようとしている。
そこへさっき俺たちを蹴飛ばしたサラリーマンが降りてきて、美知留を羽交い締めにした。
後ろからガッチリと抱え上げて、俺から引き離そうとしているのだが、美知留のあまりの暴れっぷりに手を焼いていた。
『誰か見てへんとて手伝えや!』
怒号のごとき救援の叫びは、ホームから次々に人を呼び寄せた。
すぐに駅員も駆けつけて、俺たち二人はようやく線路から脱出することが出来たのだった。
それから数分後に救急車が駆けつけ、病院へ運ばれ、地獄のような痛みを伴う消毒に耐えていたというわけだ。
ちなみに美知留はホームに上がった後も暴れていた。
そのせいで救急車ではなく、パトカーに乗せられて病院へ運ばれたと、さっきの刑事が教えてくれた。
ただし大人しく救急車に乗ってとしても、結局は警察のお世話になることに変わりはない。
俺と違って大した怪我もなかったので、今は警察署にいることも教えてくれた。
・・・いったいなぜこんな事になったのか?
大まかな事情は家族も知っている。
美知留のことについてはこっちへ帰って来てから相談していたので、奴がどういう人間かは理解しているからだ。
だから駅でなにがあったのかと質問攻めにされても、こっちの方が困ってしまうと答えた。
とにかく今は落ち着いて物事を考えられない。
自分で思っていた以上に気が動転していて、時間が経つにつれてそれを実感することになった。
晩飯は喉を通らず、風呂にも入らず、なんと姉の部屋で一緒に寝たのだから。
・・・そう、俺は殺されかけた。
しつこい女から逃れようとして、しかし間一髪で嗅ぎつかれ、危うく死にそうな目に・・・・。
まさかやっくんよりも美知留の方が大きな危害を加えてくるとは思わなかった。
今さらになって恐怖がこみ上げ、姉に「一緒に寝ていい?」と尋ねると、渋々ながらも頷いてくれた。
しかし結局眠ることができず、徹夜ながらもまったく眠気も感じない精神状態のまま警察へと向かった。
昨日と同じ刑事が対応してくれて、怖かったなとか、昨日は眠れたか?など、慰めの言葉をかけてくれた。
この日は間に休憩を取りつつ、一時間半ほど話を聞かれた。
俺の方からも美知留はどうなっているのか?と尋ねると、険しい顔をしながら「まともに話が聞ける状態じゃない」と返された。
かなり錯乱しているらしく、激しく俺のことを罵っているらしい。
というより目に入る全てに怒りをぶつける感じで、このままでは取り調べもままならず、医者に診てもらうことも考えていると言った。
それを聞いた俺はこう尋ねた。
もしも医者が精神疾患を抱えているとか、心神喪失状態だと診断したら、美知留は無罪になるのかと。
刑事はその可能性は有りうると答えた。
今の状態を見る限り、罪を逃れたくて気が触れた演技をしているとは考えにくく、本当に錯乱状態にある。
ただそれが事件後にそうなったのか、それとも以前から疾患を抱えていたのかで、話が違ってくるだろうとのことだった。
じゃあもし美知留が無罪になったら、刑務所に行くこともなく、すぐに自由の身になるのかと尋ねた。
刑事は渋い顔をしながら、今の時点ではなんとも言えないと答えた。
とにかく今は拘束されている身なので、あなたに危害を加えるのは無理だから安心して下さいとのことだった。
俺は大きな不安を抱えたまま警察署を後にした。
もし・・・もし美知留が無罪になってしまったら、釈放と同時にまた襲いかかってくるのではないか?
そして次は本当に殺されてしまったり・・・・。
今、美知留に対して恐怖しか抱くことが出来ないでいた。
俺が安易にヨリなんか戻してしまったせいでこんな事になっている。
時間を巻き戻すことが出来るなら、美知留なんかに頼らずに自力でやっくんから逃げるのに。
そうすれば恩を売られることもなく、命を狙われることもなく・・・・。
父の運転する車の中で、不安をかき消すために景色を眺めた。
見慣れた田園、見慣れた街並、その向こうには穏やかな瀬戸内海が広がっていて、思わず「海が見たい」と呟いた。
父はハンドルを切り、海岸線へと車を向かわせてくれた。
ゆっくりと海を眺めたかったので、ここから一人で歩いて帰ると言うと、大丈夫か?と心配された。
今は美知留に襲われる心配はないので平気だと答えると、なんかあったらすぐに呼ぶようにと、車は遠ざかっていった。
さて・・・海を見たいと思ったはいいけれど、ここへ来たところで何をするわけでもない。
いや・・・もしかしたら期待していたのかもしれない。
この前のように、海の向こう側にもう一人の自分が見えることを。
今日は若干曇っていて、海面はダイヤのような光で覆われていない。
グレーに霞んだ遠い空の下には、境界線が曖昧になった水平線が伸びている。
波音は規則的で、今日も遠くに船が見える。
たったこれだけで心が落ち着くのだから、海が人の心に与える影響はすごいと感動する。
家の方角へ向かって海岸線をなぞっていると、後ろからクラクションが響いた。
少しばかり白線からはみ出していたので、内側へと避難したのだが、それでもクラクションはやまない。
挑発でもされているのかと、苛立ちながら振り返る。
黒色の大きなSUV車が傍へ寄ってきて、ウィンドウの奥から「みっちゃん!」と男が手を挙げた。
やっくんだ。
思わず足を止めると、向こうも車を止めた。
降りてくるなり「大丈夫か!」と駆け寄ってくる。
「美知留に突き飛ばされたって聞いたんやけど。」
不安そうな顔で尋ねてくるので、小さな頷きだけ返した。
やっくんは俺の頭と腕に巻かれた包帯、あちこちのずり傷を見て、「重症やないか」と顔をしかめた。
「オカンからみっちゃんのこと聞いてな。美知留に殺されかけたってほんまなんか?」
怒りと不安が混じった目を向けてくるので、また小さく頷いた。
なぜか分からないけど、今は誰とも言葉を交わしたくなかった。
心配しに来てくれるのはありがたいが、こういう時は一人にしてほしいというもので、背中を向けて歩き出した。
「ちょっと待ってえや!」と追いかけてくるが、振り返るつもりはない。
そもそもこいつが会いになんて来なければ、美知留が会いに来ることもなかったのだ。
そういう意味では元凶はやっくんにあると言っても過言じゃない気がするが、さすがに言葉に出してそれを責めるのは筋違いな気もする。
背中を向けて無視を続けていると、「ほんまあの女だけは・・・」と美知留への不満を語りだした。
「好きなんやったらなんでそんな事するかな。相手苦しめてどないすんねん。」
不満は怒りを伴い、声色が荒くなっている。
俺は間髪入れずに、お前も一緒だろうと言い返したかった。
ケロっと美知留を罵っているが、果たしてこいつにそんな資格があるのかと問われれば、間違いなくNOだろう。
美知留のやったことを許すことは出来ないが、自分の行いを忘れて他者を非難するやっくんの根性にも辟易とする。
止まらない美知留への不満は嫌でも俺の耳をくすぐり、気分を落ち着けようと海を振り返ると、なぜか隣に並んで歩いてきた。
俺が見たいのはお前の横顔なんかじゃない。
デカイ図体は完全に視界を遮って、肝心の海がこの目に飛び込んでこないことに激しい苛立ちを感じた。
「どけよ。」
目を合わせずに、静かに怒鳴る。
思いのほか威圧的な声が出て自分で驚く。
しかしそれ以上に驚いていたのがやっくんで、「なんて?」と聞き返してきた。
「海が見えないだろ。邪魔だからどけって言ったんだよ。」
「すまん」と一歩を下がるが、どうしてか不満そうな顔をしているのは、俺の怒りが気に食わいからだろうか。
自分は心配して尋ねてきてやったのに、なぜ辛辣な言葉を投げかけるのかと。
「心配やねん。俺で役に立つことがあったらなんでも言うてえや。」
急に笑顔を見せるが、それはご機嫌取りか?それとも不満を押し殺す為か?
どちらにせよ今はとにかく一人になりたい。
だから振り向きざまにこう言ってやった。
「俺なんかに構う暇があるなら、ミオちゃんを探しに行けばいいだろ。」
また威圧的になってしまうが、別段気にする必要もないだろう。
これ以上ついて来るなら本気で怒鳴ってやろうかと、正面から目を睨んでやった。
やっくんは足を止め、「俺、来おへん方がよかったか?」と笑顔を消して尋ねた。
どうかそんなことは言わないでほしいと顔に書いてあったので、その期待を裏切る意味でこう言ってやった。
「しばらくお前とは会いたくない。絶交するとは言わないけど、いきなり何もなかったみたいに来られても正直困るんだよ。
美知留は美知留であんなことするしさ。」
「ほんまあいつは最低の女やで。まさか線路に突き落とそうとするなんて。」
「もうあいつとは会わないよ。出来るならしばらく刑務所へ行ってほしい。
けどやっくんとも距離を置きたいんだ。お前と美知留が会いに来てからロクなことがないから。」
言いたいことだけを言い、返事も聞かずに背中を向けて歩き出す。
やっくんの足音が追いかけてきたので、背中越しに「警察呼ぶぞ」と脅してやった。
ポケットのスマホを取り出し、これみよがしに振って見せる。
これ以上しつこいなら脅しじゃなくなるぞと。
そのまま歩き続けていると、後ろをついて来る足音はいつの間にか消えていた。
代わりに黒塗りのSUVが目の前を通り過ぎ、荒い運転で交差点を曲がっていった。
ようやく厄介者が去ってくれて、ホっと胸をなで下ろす。
「会いたくないんだよ、お前にも美知留にも・・・・。」
どうして俺の周りにはこうも厄介な奴が多いんだろうと、人の縁の悪さに嫌気が差してくる。
水平線を振り向き、あの時のようにもう一人の自分が何かを語りかけてくれないかと、祈りにも似た現実逃避がこみ上げた。

メカゴジラの系譜

  • 2018.05.21 Monday
  • 13:31

JUGEMテーマ:映画

JUGEMテーマ:特撮

ゴジラシリーズ最大の敵といえば二つ。
キングギドラとメカゴジラです。
メカゴジラはゴジラを模して造られた特殊なメカで、圧倒的な強さによって何度もゴジラを窮地に追い詰めました。
メカゴジラには系譜があって、大きく三つに分かれます。
昭和メカゴジラ、平成メカゴジラ、そして機龍です。
昭和メカゴジラは宇宙人が生み出した巨大ロボ。
最初はゴジラそっくりの皮をまとって、偽ゴジラとして現れました。
しかし熱線を受けて皮が剥がれ、その正体を現します。
こいつはとにかく全身が武器の塊で、バリアまで備えている恐ろしい奴です。
外観はブリキっぽさを感じるいかにもメカって感じのデザイン。
もっとも好きなメカゴジラとして挙げる人も多いです。
一度目の襲来ではゴジラに敗れ、二度目で雪辱を果たそうとするものの、これまた負けてしまいました。
どちらも良い線まで追い詰めていたんですが、この時代のゴジラは地球を守るヒーローのような役割だったので、敗北させるわけにはいかなかったのでしょう。
昭和ゴジラシリーズの中ではキングギドラに匹敵するほどの猛者です。
次は平成メカゴジラ。
VSシリーズの四作目に登場しました。
こいつは23世紀の未来の技術を使って造られました。
前々作で未来人の造ったメカキングギドラというのが出てきたんですが、ゴジラにやられて海底に沈んでいました。
その技術を応用して生み出されたのが平成版メカゴジラです。
未来の科学というオーバーテクノロジーを使用しているせいか、とにかく圧倒的な強さを見せつけました。
火力はもちろんのこと、防御面に関しても秀逸です。
全身を覆う特殊な金属のおかげで熱線を無効化することが出来ます。
それどころか熱線のエネルギーを蓄え、増幅して打ち返すプラズマグレネイド砲という強力武器まで持っています。
しかもこのメカゴジラ、ガルーダと呼ばれる巨大な戦闘機と合体できるのです。
ガルーダと合体したメカゴジラは大幅に機動力がアップし、さらに優勢になります。
そしてゴジラの第二の脳である腰の神経を破壊し、あと一歩というところまで追い詰めました。
追い詰めましたが・・・・ラドンが命を呈してゴジラにエネルギーを与えた為、パワーアップした熱線を食らってやられてしまいました。
全メカゴジラの中でもっとも火力と防御力に優れる機体であり、BGMも重厚感に溢れていてカッコイイです。
最後は機龍。
正確には三式機龍と呼ばれるメカゴジラです。
機龍は他のメカゴジラと違い、かなり特殊な造りになっています。
なんと初代ゴジラの骨を元に造られたのです。
機龍の世界では初代ゴジラ以降はゴジラが現れていない設定であり、しかもオキシジェンデストロイヤーにより溶解したゴジラの骨が、そのまま海底に残っていました。
そいつをフレームに使うことで生み出した機龍は凄まじい強さを発揮しました。
今までのメカゴジラとは違い、動きも俊敏で格闘戦もこなします。
しかしゴジラの骨を使っているせいで、ある弱点を抱えていました。
一つはゴジラの雄叫びによって動きを止めてしまうこと。
そしてそのあとに暴走してしまうことです。
機龍は完全なるメカではなく、ゴジラの骨を使ったアンドロイド的な機体です。
優れた能力を発揮する反面、完全なコントロールが難しいというリスクを抱えていました。
更には小美人(モスラと一緒にいる妖精みたいな二人組)から、機龍を海へ返すようにと忠告を受けていました。
死者を復活させて兵器にするなんて(フレームに使ったゴジラの骨のこと)、命への冒涜であると。
また機龍に引き寄せられてゴジラが現れているんだとも言いました。(これもゴジラの骨を使っている為)
機龍は一作目ではゴジラと引き分け、二作目ではゴジラを抱えて日本海溝に沈んでいきました。
まるで人間の手の届かない場所で共に眠るかのように。
かなり切ない結末でした。
昭和メカゴジラは宇宙人が侵略の為に送り込んだ完全なる悪者。
平成メカゴジラは打倒ゴジラを目指して人類が造り上げた最強メカ。
機龍は対ゴジラ用メカではあるものの、人類の手によって死の眠りから無理矢理寝覚めさせられた悲しき命。
しかも同族と戦わせられるというのがまた悲劇です。
けっこう悲しいんですよ、機龍の運命って。
私はデザインだけで言うなら機龍が好きです。
しかし強さを感じたのは平成版メカゴジラ。
そして総合面では昭和ゴジラが一番かなと思います。
完全な悪役っていうのが良いです。
見た目も悪そうな感じだし、全身武器の塊で、しかも最初は偽ゴジラとして地球人を欺こうとする狡猾さ。
しかもその正体を最初に見破ったのはアンギラスという怪獣です。
人の方がすっかり騙されていたというわけです。
色んな意味で映画を盛り上げる最高の悪役ですよ。
ダイの大冒険で言うならフレイザードのような感じですね。
感傷や情けは一切持たず、ただただ主人公を苦しめる悪役です。
こういった徹底した悪役って大事ですよ。
清々しいほどの悪者だからこそ、より主役が引き立つんです。
でも結局はどのメカゴジラが好きかは好みの問題だと思います。
キングギドラと並ぶゴジラの永遠のライバル、メカゴジラ。
その系譜を辿ってみると、ゴジラと同じく時代によって在り方を変えています。
そういう意味ではメカゴジラもまたある意味生き物かもしれないですね。

海の向こう側 第八話 見えない境界線(2)

  • 2018.05.20 Sunday
  • 11:23

JUGEMテーマ:自作小説

散りかけの桜に混じった眩しい新緑が、駅から降りた俺を出迎えてくれる。
一年ぶりに帰ってきた故郷はなかなか新鮮に見えた。
駅は相変わらず自動改札もない旧式だし、線路の向こうに見える田園も変わっていない。
なのにこうも新しく感じるのは、一年という時間が俺を変えたからか?
知らない間に成長し、大人になっていたのか?
そんな風に思いたいけれど、おそらく違うだろう。
多分俺は成長なんかしていない。
もしも垢抜けた大人になっていれば、やっくんにも美知留にも振り回されることはなかっただろう。
「どう?懐かしいでしょ?」
隣に立つ美知留がバスガイドのように手を向ける。
あそこにコンビニが建ったとか、誰それさんの家の犬が亡くなったとか。
いくら新鮮に感じたとはいっても、高校の頃から住んでいる街である。
観光案内は必要なく、適当に相槌を打ちながらロータリーを横切り、細い路地へと入っていった。
駅前の景色にも大きな変化はなく、駄菓子屋やスナックも健在である。
オンボロの駐輪場もそのままだし、突き当たりのブロック塀の上が欠けているのも変わりない。
懐かしさとは、新しさを感じることでもあるんだなと、ちょっとばかし哲学的な気分に浸ってみる。
景色を楽しみながらしばらく歩くと、遠くに大きなスーパーマーケットが見えてきた。
全国展開している大手のチェーンだけど、俺がいる頃にはあんなのはなかった。
変わらない場所もあれば、変わっていく場所もある。
交差点で赤信号を上目に立ち止まっていると、「じゃあ私はここで」と美知留が手を振った。
「今日はゆっくり休んで。」
「引越しの手伝いありがとう。」
「うん、またね。」
交差点の手前を左に曲がり、パチンコ屋や個人の書店が並ぶ細い道を去っていく。
地元に帰るのにあれだけ反対していたのに、こうもあっさりついて来たってことは、やっぱり俺と一緒にこの街を出て暮らすつもりなのだろう。
それはもちろんお断り願いたいけど、でもどうしてここへ帰って来ることを嫌がっていたのか?
若干気になることではあるが、下手な詮索は秘密の共有につながって、かえって俺たちの仲を深めてしまうかもしれない。
このまま聞かないでおくのがベストだろうと、青に変わった信号を渡った。
家に向かう途中、なんとなく海が見たくなって、少しばかり寄り道をした。
開けた海岸線に近づいていくと、穏やかな瀬戸内海が横たわっていた。
波は小さく、海面は滑らかで、晴天の陽射しをダイアモンドのように反射している。
波音も穏やかで、仏か菩薩かと思うほど、優しさと包容力に富んだ海である。
同じ海でも日本海とはまったく異なるその表情、水平線までとろけそうなほど穏やかで、しばらく海岸沿いの道から眺めていた。
少し西側には港があり、小さなクルーザーが幾つも繋がれている。
お金を払えば沖まで乗せていってくれるのだ。
まだ俺が子供の頃、家族で釣りに出かけたことがある。
俺は坊主だったが、姉は次々に大物を釣り上げていた。
それがなんとも羨ましくて、本当は楽しいと感じていた釣りを自らやめてしまった。
クルーザーの中でいじけていたのは良い思い出である。
沖の方に目を細めると、幾つかの船が見えた。
遠く霞んでいるそのシルエットは、クルーザーではなく漁船のようであった。
ポンポンポンポンと小さなの船のエンジン音が頭の中で再生される。
今日は大漁だったんだろうかとか、あの船は家族でやっているんだろうかとか、色々なことを想像してしまう。
そして漁船の向こうに佇む水平線に、やっくんが語っていた思い出が蘇った。
『いつか海の向こう側へ連れていったる。』
ミオちゃんに約束したその言葉が叶うかどうかは、神のみぞ知るところだ。
ただ・・・俺も想像してしまう。
海の向こう側にはいったい何があるんだろうと。
地理的なという意味ではない。
ここは瀬戸内海、海を隔てた向こうには幾つもの島があって、そのさらに向こうには四国の影が浮かんでいる。
まるで水墨画のように霞んでいるその様は、自然が描く芸術である。
それはそれで美しいんだけど、そういった地理的なことや情緒的なことではなく、もっとこう・・・観念的な話だ。
空と海とが交わる水平線は、ここではない遠い世界への入口のようにも夢想できるし、あそこで全てが終わっているんじゃないかと哲学的な感傷にも浸れる。
何も無いようで全てが詰まっている場所。
目に見えないその向こう側には、その場所まで行ってしまえば消えてしまう何かが潜んでいる。
遠い遠い向こう側には、鏡写しのようにこっちの世界が映っていて、そこにはもう一人の自分が立って俺を見ているのかもしれない。
そのもう一人の自分はきっと、ここに立つ俺とは何もかもが違うはずだ。
おそらくだけど、もっと女らしい服装をして、男に恋をして、美知留と付き合うこともなければ、やっくんに人違いされることもなかっただろう。
中学の上がるまでは、俺は実に女の子らしい女の子だったと思うし、クラスの男子に片思いしていた時期もあった。
友達も大勢いたし、誰とでもよく喋る明るい子だった。
そう、中学に上がる頃までは、俺は今のような俺ではなかった。
悩みはあれど子供特有の可愛らしいレベルのものだったし、泣くことはあっても次の日には忘れていた。
あの頃、大きな不安なんて一つもなくて、純粋に毎日が楽しいと思えていた。
世界は美しく、いつでも輝いているものだと、それが当然だと信じて疑わなかった。
そう信じたまま俺は小学校を卒業し、春休みの間に、父の仕事の関係で引っ越すことになった。
それまで住んでいた街はそこそこの都会だった。
いわゆる中核都市ってやつで、大都会ってわけじゃないけど田舎でもない。
物珍しい何かがあるわけじゃないけど、生活にはまったく不便のない良い街だった。
しかし引っ越した街はそうではなかった。
日本有数の大都市で、元いた街が田舎に思えるほどのレベルだ。
新しい環境の中で、俺は中学へと上がった。
そこで待ち受けていたのはイジメだった。
あれは入学式を終え、その翌日に登校した下駄箱でのことだった。
背の高いイケメンから『おはよう』と声を掛けられたのだ。
その子は入学式の日にたまたま隣に立っていた子で、しかも帰り道も同じだった。
俺たちはほんの少しばかり話をして、ほんの少しばかり仲良くなった。
越して来たばかりで、中学に上がったばかりで、俺には友達なんて一人もいなかった。
そんな中で出会ったその子とは、こっちへ越してきて始めての友達になれるんじゃないかと嬉しく思ったものだ。
だからその翌日、下駄箱で声を掛けてくれたのも嬉しかった。
俺も『おはよう』と笑顔で返し、教室まで並んで歩いた。
俺は一組、向こうは三組、『じゃあ』と手を振って教室に入ったのだが、入口付近にたむろしていた女子のグループから威圧的な視線を向けられた。
俺を敵視している・・・・一目でそう分かる視線だった。
それからである。そのグループからちょくちょく嫌がらせを受けるようになったのは。
わざとらしく聴こえるような陰口、わざとらしくこっちを見てから爆笑。
一ヶ月も立つ頃にはトイレで水を掛けられるようになっていた。
上履きや持ち物を隠されるなんてしゅっちゅうで、俺が給食当番だった時は、皿に盛ったおかずを目の前でゴミ箱に捨てられたこともあった。
見かねた教師が注意したこともあったけど、そんなものは焼け石に水。
教師が、いや学校が大した事を出来ないってことを、彼女たちは知っていたからだ。
一学期も終わりを迎えようとする頃、俺は学校へ行ったり行かなくなったりと、不登校のボーダーラインをウロウロしていた。
家族は力になってくれたけど、学校の問題は家族の力だけでは解決しない。
親は無理して行かなくてもいいと言ってくれたけど、完全なる不登校になるのは負けを認めるようで嫌だった。
だからどうしても今日は無理だ・・・と思う時以外は、なるべく学校へ行くようにしていたのだ。
どうして自分がイジメに遭うのか?
始めは分からなかった。
俺が地方から越してきた田舎者だから?
それとも遊びのノリで楽しんでいるだけ?
その答えは夏休みに入ってから解けた。
八月の頭、少し離れた場所で祭りがあった。
不登校気味な俺に気を遣って、姉が一緒に行こうと誘い出してくれたのだ。
大きな神社の参道に並ぶ屋台、ゴミゴミしいほど行き交う人々。
そして夏特有の開放的な空気。
力強い活気に当てられて、久しぶりに少しだけ楽しい時間を過ごした。
あちこちに浴衣を着た女の子がいて、自分も着てくればよかったなあと羨ましく思った。
淡いながらも鮮やかな浴衣が祭りを行き交う中、俺は見つけてしまったのだ。
俺をイジメているグループの主犯格の女子が、あのイケメンと手を繋いで歩いているところを。
イケメンは俺に気づき、笑顔で手を振ってくれた。
その瞬間、イジメっ子のそいつは実に・・・・実に不満そうな顔で、グイっと彼氏の手を引いた。
あんな汚物に関わるなとでも言いたげな表情で。
祭りから帰り、姉にその出来事を相談すると、その子はクラスを仕切っているボス的な子なんじゃないの?と言われた。
だとしたら何なんだろうと首をひねる俺に、姉はこう説明してくれた。
その子が付き合うのはスクールカーストで上位に位置している男子だけ。
そして友達は自分に近いレベルの女子だけ。
それ以外の者に対しては、男子だろうが女子だろうが冷たい態度を取る。
そういったボス的な女子は耳が速いから、あんたが地方から越して来た田舎もんだってことも知っていた。
だから昼ドラにあるような、どこの馬の骨とも分からん女に○○さんは渡さないわ!的な心理が働いたんじゃないか・・・と。
言われて納得、姉の指摘は当たっていた。
と同時に、あんたは女の子にしては色々と鈍い、この先心配だと言われた。
でもそんな事を言われたって、当時の俺には分からなかった。
姉の言っていることは理解できるが、胸の中ではピンと来なかったのだ。
どうして女の子は鈍いと苦労するんだろう?
どうしてあの子はその程度のことでイジメに走るんだろう?
別に俺があのイケメンと仲良くしたからって、付き合うなんてことにはならないはずなのに。
入学式とその次の日、ちょっと仲良く話をしていて、それが気に食わないからってイジメにまで走る心理が理解できなかった。
そして理解できないまま、夏休みは終わりを迎えた。
また過酷な日々が始まる・・・・けと不登校にはなりたくない。
二つの悩みに挟まれながら、言いようのないほど憂鬱な気持ちで登校したのを覚えている。
朝、校門をくぐる前に、今日も一日どうにか乗り切るんだぞと自分に言い聞かせた。
下駄箱に群がる生徒の多くが日に焼けていた。
きっと楽しい時間を過ごしたんだろう。
対して自分は姉に気遣われて祭りに行っただけ。
もちろん姉には感謝しているけど、楽しい時間を過ごしたであろう同級生たちを眺めていると、余計にみじめな気分になった。
鉛のように重い憂鬱を抱えながら教室へ踏み込む。
さあ、今日も一日奴らが攻めてくるぞと、痛みに耐える覚悟をした。
しかし意外なことに、その日は何も起こらなかった。
悪口を言われることもなければ、トイレで水を掛けられることもない。
持ち物も隠されなかったし、素っ頓狂なほど平穏に終わった。
それは翌日も続き、そのまた翌日も同じだった。
理由は分からないけど、どうやらイジメのターゲットから外されたらしい。
それどころか、俺が傍を通ると目を逸らし、そわそわと道を開けた。
以前とは打って変わって、イジメどころか俺から距離を置くようになった。
ある時、例のイケメンが俺のクラスに来ていて、親しく声を掛けてきた。
これはマズいんじゃないか?・・・と思いながら、元イジメっ子を振り返る。
案の定不満そうにこちらを睨んでいたが、目が合うなり教室から出て行ってしまった。
そのさらに数日後、いつものように一人で下駄箱に向かい、一人で校門を出て、未だ友達ができなことを悩みながら下校していた。
イジメがとまったのは嬉しいが、友達がいなんじゃ楽しくない。
周りのクラスメートは次なるターゲットになることを恐れてか、なかなか俺には近寄って来なかった。
話しかけると笑顔で返してくれるのだが、それ以上は距離を縮めてくれない。
いったいどうすればいいのか困り果てていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
振り返れば例のイケメンが立っていて、一緒に帰ろうと誘われた。
俺は少々迷った。あまり親しくしていると、またイジメが再発するんじゃないかと。
けどいつまでもあんな奴のことを気にしてビクビクしているのも馬鹿らしい。
そうなったらそうなったで構うもんかと、中学生活の初めての友達を得る為に、一緒に帰ることにした。
最初は他愛ない話をした。
俺が前に住んでいた街の話とか、好きなミュージシャンの話とか。
久しぶりの家族以外との会話は楽しくて楽しくて仕方なかった。
俺はこれでもかと饒舌になり、彼もまた楽しそうに相槌を打ってくれた。
そして家の手前の交差点まで来た時、じゃあねと手を振った。
これからも仲良くしてほしかったので、また明日と。
するとちょっと待ってと呼び止められて、なぜか頭を下げられた。
ごめん・・・・と。
いったい何を謝っているのか分からなかったけど、彼はすぐに理由を口にした。
どうやら彼女が俺をイジメていることを知っていたらしく、何度もやめるように注意したのだという。
しかしその度に機嫌を悪くして、その度に俺へのイジメが増していったらしい。
何度も助けようと思ったらしいが、下手をすればもっとイジメが過激になるかもしれない。
それに彼女のことは好きだったので、あまり怒らせて別れを切り出されるのが怖かったという。
どうしたものかと悩んでいたけど、一人じゃ解決できそうにないので、お姉ちゃんに相談してみたのだそうだ。
実は彼のお姉ちゃん、地元ではちょっと名の知れた人物なのだという。
というのもかつてはレディースの総長をやっていたらしく、当時はヤンチャな生徒も道を避けるほどおっかない人だったそうだ。
しかし高校を卒業するのと同時に、ピタリとそういった道からも卒業し、真面目に働き出した。
理由は夢が出来たからだ。
持て余すほどの情熱がくすぶっていたレディース時代、OBの一人が格闘家として海外で活躍しているのを知った。
なんでもフランスにはサバットという格闘技があるそうで、曰くフランス式のキックボクシングみたいなものらしい。
向こうではかなり盛んなのだという。
日本にも教えてくれる所があるらしく、OBに連れられてそこへ行った時、すっかりハマってしまったのだそうだ。
自分の道はこれしかない!
持て余していた情熱をぶつける場所を見つけて、高校卒業と同時に習い始めたのだそうだ。
そしていつかはチャンピオンになることを目標に、上京して仕事をしつつ、サバットに精を出しているのだという。
そのお姉ちゃんがお盆に帰郷してきた。
彼女がイジメに走っていることを伝えると、私に任せとき!と彼女の家まで案内させられたという。
今は丸くなっているとはいえ、かつてはヤンキーも道を避けて通るほどだった人物。
しかも今は格闘家浸けの毎日で鍛え上げられた肉体をしている。
家から呼び出された彼女は、最初のうちは少々狼狽えたものの、すぐに生意気な態度に変わったという。
対してお姉ちゃんは優しく丁寧に語りかけ、弟の話は本当なのかと問い正していった。
だったらなに?といきり立つ彼女であったが、それでもお姉ちゃんの物腰は柔らかかった。
しかしあまりに生意気すぎるその態度に、遂に堪忍袋の緒が切れる瞬間がやってきた。
テメエこのガキ!と胸ぐらを掴み上げ、お前みたいな女にウチの弟はもったいない!と、凄まじい剣幕で怒鳴り始めた。
怯えた彼女は家の中に逃げ込み、籠城を決め込んだ。
そしてその日の夜に彼に電話を掛けた。
私をこんな目に遭わせるなんて酷いとか、もうアンタなんか別れてやるとか、かなりの怒りっぷりだったという。
そしてこのままで終わると思うなよと、脅し言葉を浴びせた。
私にもヤンキーのお姉ちゃんがいて、彼氏は暴走族で、だから明日にでもアンタのお姉ちゃんに復讐してやる!と喚いた。
だがそんな日がやって来ることはなかった。
なぜならその彼女のお姉ちゃん、彼のお姉ちゃんが総長をやっていた時代のことを知っていたからだ。
彼女は青くなっただろう。
彼のお姉ちゃんが昔どういう人物だったのかを知り、人脈も暴走族どころではないことも知り、復讐を断念せざるを得なかった。
後日、彼のお姉ちゃんが彼女のお姉ちゃんに、もうイジメはやめるように教育しとけと怒ったらしく、それが理由でピタリとやんだのだった。
彼は言った。
大好きな彼女にイジメなんてしてほしくなかったと。
これはつまり、俺の為というより彼女の為であった。
しかし悲しいかな、彼はフラれてしまった。
メールで一言、「もう別れる」とだけ告げられて終わったそうだ。
となればもう隠しておくこともないかなと、俺に事の顛末を打ち明けてくれたのだった。
イジメがやんだ理由を知った俺は、是非とも彼のお姉ちゃんにお礼を言いたかった。
連絡先を教えてもらい、電話で何度もありがとうと伝えた。
お姉ちゃんはとても優しい声で、気にしなくてもいいよと笑ってくれた。
そしてその年の終わり頃、こっちへ帰って来ていたお姉ちゃんに会うこが出来た。
向こうからご飯でも行かないかと誘ってくれたのだ。
弟と一緒に迎えに来てくれた俺のヒーローは、想像していた人物像とはまったく違う人だった。
レディースの総長をやっていたんだから、すごくおっかない見た目の人かと思っていたんだけど、全然そんなことはなかった。
格闘技をやっているせいか肉体はガッチリしているものの、表情や雰囲気はとても優しい人だった。
髪はとても短く、ジーンズに無地のTシャツといった服装をしていて、鍛えられた肉体と相まって男っぽくも見えた。
挨拶はとても丁寧で、礼儀正しくて、出迎えた俺の母も感心していた。
今時の若い子でこんなにしっかりした子がいるなんてと。
その日、俺は中学へ上がってから初めて友達が出来た。
一緒にご飯を食べ、色んな話を聞いてもらい、色んな話を聞かせてもらった。
昔は荒れに荒れまくっていて、冗談抜きでナイフみたいに尖んがっていたこと。
道端でヤンチャそうな子と目が合う度に喧嘩をしていたこと。
授業なんてサボりまくりで、服装を注意してきた教師の脛を蹴飛ばしたこともあるという。
大勢の仲間を引き連れては夜な夜な爆音で街を走り、追いかけてくるパトカーにバットで応戦し、ウィンドウを割ったこと。
しつこく説教をしてくる警官にグーで殴りかかったこと。
とにかく世の中全てが腐ったように見えていて、全て敵だと思っていたこと。
そして今はそれらの行いを全てを恥じていると語った。
道端で出くわしたら土下座しなきゃいけない人が何人もいて、本当に馬鹿なことをしていたと後悔を滲ませた。
夢が見つかり、その道で一生懸命頑張っていると、過去の自分はただ甘ったれていただけなんだと気づいたそうだ。
いったいどれほどの人を傷つけ、どれほどの人に迷惑を掛けたのか、考えただけでも情けなくなってくると。
昔がそんな状態だったからこそ、自分より若い子が間違った道に進んでいるのが我慢ならないらしい。
身をもって荒んだ時代を知っているから、弟の彼女のことも他人事とは思えず、どうにかしてやれないかと思っての、テメエざけんじゃねえ!という怒号だったという。
と同時に、イジメの的になっていた俺のことを、自分が傷つけてきた人たちと重ねてしまったらしい。
自分はイジメはしなかったけど、身勝手な行いで人を傷つけてきた。
そういう人たちとイメージが被ってしまって、罪滅ぼしのような気持ちがあったのだという。
俺は色んな話を聞かせてもらって楽しかった。自分とは無縁の世界の話はとても新鮮だったのだ。
そして次は美緒ちゃんの話を聞かせてよと言われて、時間も忘れるほどたくさん話をした。
お姉ちゃんはうんうんと笑顔で頷いてくれたり、時々冗談を言って笑わせてくれた。
その中で、俺は友達ができないことの悩みを相談した。
イジメがやんだのは嬉しいけど、一人ぼっちじゃ寂しいと。
するとお姉ちゃんは、じゃあ私と友達になろうよと言ってくれた。
辛い時はいつでも連絡をくれたらいいし、こっちに帰って来てる時は一緒に遊ぼうと。
こっちへ越してきて初めて出来た友達に、思わず涙してしまったことをよく覚えている。
それからお姉ちゃんはとても仲良くしてくれた。
相変わらず学校ではなかなか友達が出来なかったけど、お姉ちゃんがいるだけですごく救われた。
そして中学二年の夏休み、お姉ちゃんから東京へ遊びに来ないかと誘われた。
俺は即行きます!と返事をして、一人で東京になんてと反対する両親を説得し、夏休みを迎えた七月の終わり頃に上京した。
お姉ちゃんは東京の色んな場所へ案内してくれて、丸一日二人で楽しんだ。
夜、お姉ちゃんのアパートでご飯をご馳走になり、なんて楽しい日なんだろうと、すさまじい満足感に満たされていた。
お姉ちゃんはお酒が入って、いつもより饒舌になっていた。
美緒ちゃんもちょっと飲む?と誘われて、どうしようかなと迷う俺に、真面目だなあと笑っていた。
コップ半分に注いでもらったワインはとても美味しくて、お代わりをもらってすぐに酔っ払ってしまった。
これ親には内緒にしといてよと言われ、うんうんと頷きながら、ふんわりと気持ちのいい感覚に浸っていた。
そんな気持ちのいい感覚の中、どんどんお酒がすすむお姉ちゃんは、ふとこんなことを漏らした。
『実はさ、私同性愛者なんだよね。』
いきなりのことでピンと来なかった俺は、狐につままれたみたいな顔をしていたと思う。
それを引いていると勘違いしたのか、お姉ちゃんは慌ててこう言った。
別に美緒ちゃんを襲おうとか思ってないからねと。
ただ周りに同じ人がいなくて、いや・・・・いるのかもしれないけど、この国じゃ表に出す人は少ないから、出会うことは難しいんだと嘆いていた。
未だに恋人がいたことはないし、ちょっと切なさそうな笑顔を見せた。
俺はどう返していいのかまったく分からず、ただゴクゴクとワインを飲んでいて、もうやめときなと取り上げられた。
お酒の時間は終わり、酔ってるからお風呂はやめといた方がいいと言われ、寝袋を広げて布団のように敷いてくれた。
こんなのしかなくてごめんねと、タオルケットを渡されながら。
部屋の電気が消え、うつうつと眠りに落ちていく。
今日は本当に楽しい日で、明日もう一日一緒に遊べるなんてと考えていると、すごく幸せな気分で堪らなかった。
そうやって極上の気分で微睡んでいると、ベッドの上からお姉ちゃんがこう呟いた。
『さっきのは聞かなかったことにして。』
俺はすぐに理解した、同性愛のことを言っているんだと。
そしていったい何を思ったのか、こんなことを口走ってしまった。
『お姉ちゃんみたいな人が恋人だったらいいなあ。』
酔っていたせいか、微睡んでいたせいか、それともその両方か?
なんでか分からないけど、自分でも何を言っているのかよく理解しないまま口走っていた。
それから一分も立たないうちに眠ってしまった。
翌日、お姉ちゃんは元気な笑顔でおはようと言ってくれた。
そして昨日と同じように色んな場所へ連れて行ってもらった。
お姉ちゃんが昨日言っていたことは気になるけど、覚えていないフリをした。
きっと人に聞かれたくなかった話だろうし、お姉ちゃん自身が聞かなかったことにしてと言っていたから。
余計なことさえ詮索しなければ、今日も一日楽しい時間を過ごせる。
そう信じて浮かれていたんだけど、お昼ご飯を食べてからすぐのこと、お姉ちゃんはこう言った。
悪いんだけど、急な用事が入ったから今日は泊めてあげられないと。
一緒に遊ぶ時間はもうおしまいで、申し訳ないけど今から帰ってくれないかと。
・・・帰ってくれないかと言われても、今日も泊まる予定だったから、明日帰る予定で新幹線の切符を購入していた。
それに何より、まだ続くはずだった楽しい時間を打ち切られて、悲しいやらショックやらで何も答えられなかった。
悲しむ俺を見つめながら、大人は忙しいから我慢してと頭を撫でられた。
それから駅まで送ってもらい、こっちの都合で早めに帰ることになったんだからと、新幹線の切符を買ってくれた。
お姉ちゃんは改札の手前で立ち止まり、またねと笑いかけてくれた。
俺はただただ残念で、小さな声でまたねと返すことしか出来なかった。
切符を片手に背中を向ける。
改札を通ろうとした時、お姉ちゃんの小さな呟きが降ってきた。
『美緒ちゃんが大人だったらよかったのにね。』
振り返ると、お姉ちゃんは俺よりも悲しそうな目をしていた。
あの気丈で強気なお姉ちゃんがこんな顔をするなんて・・・・。
自分の中のイメージが崩れていくのを感じて、一度も振り返らないままホームを駆け抜けていった。
そしてその日以来、お姉ちゃんは会ってくれなくなった。
連絡も疎遠になり、一緒に遊ぶことも、一緒に話す機会も、二度と訪れなかった。
しかし俺の胸にはずっとお姉ちゃんのことが残っていた。
イジメっ子を追い払ってくれた強さ、レディース時代のぶっ飛んだ話、友達になってくれた優しさ、同性愛者だと教えてくれたあの夜のこと。
そして「美緒ちゃんが大人だったらよかったのにね」と悲しそうな目をしていたこと。
時間が立つほどにそれらが胸の内で混ざっていって、一つの結晶のように実を結び始めた。
そして受験を控えた中学三年に上がる頃、俺はいつの間にか同性を恋愛対象として見るようになっていた。
同時に服装も男っぽくなり、長かった髪も短く切ってしまった。
別に男になりたかったわけじゃない。
なのにこういう具合になってしまったのは、お姉ちゃんという存在があったからだ。
中学三年の夏休み、彼の家を訪ねて、お姉ちゃんに会えないかと頼んだことがある。
しかし今は日本にいないと言われて断られた。
姉貴はサバットの本場であるフランスに行っていて、しばらく日本には帰ってこないだろうと。
俺はしょんぼりと肩を落とし、いきなり尋ねてごめんと言い残して、たった一人の夏休みを過ごした。
そして高校へ上がる頃、ようやく気づいたのだ。
どうして同性を好きになり、男っぽい格好をするのかということを。
それは胸の内にある結晶が、お姉ちゃんそのものだったからだ。
あの日呟いた「お姉ちゃんみたいな人が恋人だったら」という言葉。
あれは正確には「私自身がお姉ちゃんみたいな人になれたら」という、信仰とか崇拝に近いほどの憧れだったのだ。
イジメを受けるまでは、この世界が童話のように素晴らしいものと信じていたけど、実はそうじゃないということを体験した。
俺はただ耐えるばかりで何もできず、そこへヒーローのように颯爽と現れたお姉ちゃんに対して、自分が持っていない物全てを持った超人のような眼差して見つめていたのだ。
そしてそのお姉ちゃんにはもう会えない。
寂しいし切ないし悲しいし、おかげで友達もいなくなってしまったし。
そんな辛い状況を抜け出す方法はただ一つ、俺自身がお姉ちゃんになるしかなかった。
同性を恋愛対象として見るのも、男っぽい格好でいるのも、全てはお姉ちゃんを真似てのこと。
もう会えない最大の憧れの人になることで、もう会えないことへの寂しさと不満を打ち消そうとしていたのだ。
それはいつしかただの真似ではなくなり、本当にそういう人間に変わってしまった。
高校時代の三年間、俺はある意味俺ではなくなり、生まれ変わりかと思うほど、以前とは似ても似つかない人間になっていた。
その状態が今でもずっと続いているのである。
・・・・一年ぶりに帰ってきた故郷の海はあまりに懐かしく、感傷を伴って思い出を再生させて、感情的に消耗するほど観念を加速させた。
もしもお姉ちゃんと出会わなかったらどうなっていたんだろう?
イジメに耐えかねて引きこもりになっていただろうか?
それともどうにか過酷な日々を耐え抜いて、不名誉だった中学時代の日々を、高校生活で挽回しただろうか?
どちらの道を歩むにせよ、お姉ちゃんと出会っていない未来の先に、今の俺はいない。
お姉ちゃんになる必要がないのだから、同性を好きになることもなければ、男っぽい格好をすることもなかっただろう。
となればやっぱり美知留と付き合うこともなかったし、やっくんにミオちゃんと勘違いされることもなかったはずだ。
遠い水平線の向こうには、決して届かない別の世界があるような気がする。
そこには今の俺とは違った俺が住んでいて、向こうは向こうで不思議な目でこっちを見つめているかもしれない。
どうして俺は今でもお姉ちゃんの真似をしているんだろう?
どうして俺は今でもお姉ちゃんになりたがっているんだろう?
もう一人じゃないし、イジメられてもいないし、あの頃みたいに鈍感すぎる子供でもないのに。
じっと海を眺めていると、ふと何かが見えた気がした。
横たわる水平線の向こう、もう一人の俺が立っている。
長い髪をして、女らしい服装をして、俺に手招きをしている。
もう帰っておいでよと、お姉ちゃんになろうとするのはやめなよと、そんな風に言っている気がした。

一撃必倒の拳

  • 2018.05.20 Sunday
  • 11:20

JUGEMテーマ:格闘技全般

餓狼伝という格闘小説があります。
バキの板垣先生作画で漫画にもなっています。
この板垣先生作画の漫画版では日本拳法の使い手(原作では伝統空手)が出てくるんですが、彼は一撃必倒を理念にしています。
パッと見は金髪の厳つい兄ちゃんなんですが、中身は根っからの武道家。
ですから近代格闘技のようなコンビネーションブローは使わず、一発で倒すことに重きを置いているんです。
「動く時は倒す時」
その言葉通り、一発がとても重いです。
拳を回転させず、縦にしたまま打つ日本拳法の直突きが得意です。
重量級の選手でも一撃でノックアウトする威力です。
初戦は元ボクサーの空手家。
しかし一撃でこれを沈めました。
次はレスリング選手との対決。
相手はとにかくパワーがあり、そしてタフです。
しかしこの時もコンビネーションブローは使いませんでした。
前蹴りで動きを止めてから直突きを打ったんですが、逆にカウンターをもらってしまいます。
一気にピンチに追い込まれるんですが、それでも最後は直突きの一撃でKOしました。
三戦目では古武術の使い手と戦います。
下馬評はほぼ10対0で自分が有利だったんですが、その慢心からか相手の企みに自ら乗ってしまい、膝を折られて負けました。
もしも慢心がなかったとしたら、ほぼ確実に勝っていたでしょう。
コンビネーションを重視する現代の格闘技では、一撃必倒を理念に置いて戦う人は少ないでしょう。
一発で無理なら二発三発と叩き込む。
それもなるべく速く。まるでマシンガンのように。
一撃の重さよりも手数が重視されるということです。
大砲が廃れて機関砲が主流ということですね。
たくさん打った方がヒットする確率が上がるし、その分ダメージを与えられます。
もし判定になっても、積極的に攻めたと評価されて勝てるかもしれないですしね。
けど格闘技好きとしてはやはり一撃必殺は見たいです。
もちろん華麗なコンビネーションもカッコイイですが、一撃KOのインパクトに勝るものはないですから。
「動く時は倒す時」
実際はとてつもなく難しいけど、もし実行できる選手がいたら人気爆発でしょうね。
ワンパンチで全てを終わらせる。
これほどカッコイイ格闘家はいませんよ。

人を撮るのは大変

  • 2018.05.19 Saturday
  • 15:24

JUGEMテーマ:写真

最近ご無沙汰だったカメラ雑誌をちょくちょく読んでいます。
昔はアサヒカメラや日本カメラを毎月読んでいたんですが、久しぶりに読んで驚くこともあります。
個人情報の取り扱いに敏感な昨今、街角スナップはかなり肩身の狭いを思いをしているようです。
街中だとどうしても人が写るわけですが、これがトラブルの元になることもあるみたいですね。
問題になるのは肖像権、そして盗撮行為ではないのかという事です。
肖像権に違反しているかどうかの判断ってけっこう難しくて、弁護士さんによっても意見が分かれるみたいです。
たくさん人がいる街中で撮影して、行き交う人々が景色の一部となっているような状態なら大丈夫。
しかしその中でも特定の人の顔が大きく写り込んでいた場合はトラブルになる可能性がある。
大まかに分けるとこんな感じなんですが、この判断が難しいんです。
そもそも誰かに撮られても気にしないって人もいれば、絶対に嫌だという人もいます。
私の知り合いが以前に海の写真を撮っていた時のこと、盗撮を疑われて通報されそうになったと言っていました。
デジカメだったので撮った写真を見せることで、よからぬ行為をしていたわけじゃないと納得してもらえたそうですが。
海で撮る場合、夏以外だとそこまで気を使う必要はありません。
特に冬なんてほとんどい人がいないですから。
けど夏に海水浴客が来る海岸だと盗撮を疑われることがあるようです。
明らかに家族を撮ってるとか友達を撮ってると分かる状況ならいいんですが、そうでないなら「いったい何を撮ってるんだ?」と思われる危険は潜んでいます。
あと公共の場でシャッターを切る行為も、実はリスクが潜んでいるんですよ。
例えば電車の中。
あるカメラマンの実体験だと、車内に若いカップルがいたので、いい画になると思ってシャッターを切ったそうです。
しかしその瞬間、「今盗撮しただろ!」と通報されそうになったそうです。
カメラマンはそうではない事を説明しました。
自分はカメラマンで、君たちの光景が微笑ましいから撮ったのだと。
しかしカメラマンの言い分はカップルにとっては言い訳にしか聞こえなかったのでしょう。
最終的にはその写真を削除することで通報は免れたそうです。
確かにカメラマンにはカメラマンの言い分があることは分かりますが、いきなり撮られた相手からすると、言い訳にしか聴こえないのも分かります。
昔と違い、写真を撮られたらどう使われるか分からない時代です。
いたずら目的で拡散なんてされたら・・・と思うと、不安になる人が増えるのも仕方ないでしょう。
肖像権にしても同じで、昔はここまで騒がれませんでした。
今の時代、人を撮るってかなり大変なんですね。
けどカメラ雑誌のコンテストには人を写した写真は今でも多いし、写真作家の写真集にもそういう写真はたくさんあります。
厳しい時代ではあるけど、それでも自らのテーマとして撮る人がいるってことです。
人が写っている写真って面白いですよ。
特に時間が経ってから見るとより面白いです。
大正とか昭和の歴史を振り返る本には、必ずその時代その時代の人たちが写っているわけですが、人を見ると時代の変化を感じ取れるからすごく良いんです。
と同時に昔から写真に写ることを嫌う人は必ずいるわけで(私も撮られるのはあまり好きじゃありません)、実際は昔から人を撮るトラブルってあったのかなと思ったりします。
カメラや写真を通じても、人と向き合うというのは大変なことですね。

海の向こう側 第七話 見えない境界線(1)

  • 2018.05.19 Saturday
  • 15:19

JUGEMテーマ:自作小説

血液型占いというのはどこまでアテになるのだろう。
O型は大雑把で細かいことは気にしないというが、それは科学的検証に基づいてこのことだろうか?
どうもそうは思えない。
だって俺は細かいことを気にしてしまうタイプだからだ。
昔からよくA型と間違われ、その度に訂正するのも面倒なので、A型だと思い込んでいる友人もいる。
例えばやっくん。
あいつは俺がA型だと誤解していて、『まじか!俺B型やからなあ!』と、高校の時に悔しそうな顔をしていた。
今思えば俺に惚れていたからだろう。
あいにく血液型占いなんて信じないので、やっくんとの相性がどうであるかの判断材料にするつもりはない。
問題なのは、しこりが残ったまま奴が去ってしまったことである。
一昨日、美知留とやっくんが大喧嘩をして、警察沙汰にまでなってしまった。
そして今日、俺との約束を守ってこの街を出ていった。
SNSに『またいつか』とメッセージだけを残して。
一昨日にやっくんがどうして俺に会いに来たのか理由を聞いた時、やはりこいつはストーカー気質なんじゃないかと怯えてしまった。
けれど今になって思えば、子供の頃の約束を守ろうとした純粋な奴だっただけなのではと思い始めていた。
たとえそれが人違いだとしても。
であれば最後の最後、やっくんに対して冷たい態度を取ってしまったことになる。
俺が尋ねたから胸のうちの語っただけなのに、それを拒絶してしまうとはなんとも自分勝手だと反省した。
ミオちゃんなる子を俺だと思い込んでいた誤解を解けたことは嬉しかったが、しっくり来ない終わり方にモヤモヤしていた。
友達でいようなんて言ったくせに、この先もう二度と会わないような気がする。
あれが最後だったんだから、握手くらいしてから別れた方がよかったのかなと、高校以来の友人を失った悲しみは増すばかりだった。
いや・・・それだけじゃないな。
今こうしてモヤモヤしているのはもう一人の厄介者のせいでもあるだろう。
今日で引き払うボロい家の中、俺は少ない荷物をダンボールに詰めていた。
隣人の小言を聴きながら。
「そうやって縛るとバラけちゃうよ。私がやるから置いといて。」
美知留はなんとも上機嫌に引越しの手伝いをしてくれる。
なぜならこういった手間のかかる作業の時こそ、いかんなくそのお節介ぶりを発揮して、母親のように振舞うことが出来るからだ。
それともう一つ、やっくんが去ったことが何より嬉しいのである。
あの日、美知留は警察に連れて行かれた。
結果は書類送検、もしも検察が起訴すれば裁判となり、有罪ともなれば前科持ちになってしまう。
素直に被害者に謝れば、反省しているとみなして起訴まではしないと警察は言ったらしい。
だがその説得は美知留には逆効果だった。
あんな奴に頭を下げるくらいなら、頭を坊主にしてから素っ裸で警察署の周りを走る方がマシだと突き返したのである。
燃え始めた怒りはとどまるところを知らず、やっくんのことは当然ボロクソに貶したとして、警察まで罵倒し始めた。
本人曰く、それはもうケチョンケチョンに貶めたそうだ。
やっくんはやっくんで美知留に復讐できる良いチャンスと踏んだのだろう。
なにがなんでも起訴してくれと懇願したそうだ。
素直に謝れば何もなく帰って来られたかもしれないのに、ここまでしてやっくんに対する嫌悪を貫き通したのだから、ある意味で清々しい。
二人の戦いはお互いに痛み分けとなったわけだが、美知留にとってはそうではないらしい。
なぜなら以前と同じように俺に小言が言えるからだ。
母親的な立場にあると思い込むことで、俺を自分の物にしているつもりなんだろうか。
・・・・でもはっきり言おう。
ずっと美知留と一緒にはいられない。
やっくんの脅威があった時、確かにこいつに助けられたし、必要としている自分がいたし、感謝もしている。
でも今思い返せば、ああいう危機的な状況の中ならば、助けに来てくれる人なら誰でもヒーローに思えてしまう。
それは恋愛感情とは異なった気持ちであり、言うなれば吊り橋効果ってやつと似ているんじゃなかろうか。
危険な時間を共にすると恋愛関係に発展するというけれど、それは傍に誰かがいるという安心感を恋愛感情と錯覚したものだ。
吊り橋を渡ってしまえばどうということはなく、落ち着きを取り戻したとなれば、錯覚は自然に解ける。
美知留のことは嫌いではないけど、恋愛関係を維持するとなれば、この母親ごっこに否応なく付き合わされる羽目になる。
幸い肉体関係までは復活していないので、関係を終わりにするなら早いうちに切り出した方がいいだろう。
もちろん烈火の如き罵倒は覚悟しないといけないけれど。
「なあ美知留。」
何気ない感じで声を掛ける。
しかし女の勘というのはすごいもので、美知留は背中を向けて作業をしながらこう答えた。
「今さら別れるとか無しだからね。」
一歩踏み込んだだけでカウンターパンチを食らってしまった。
出だしから牽制されると闘志も萎えるというもので、別れ話を切り出すのが億劫になってしまう。
再び闘士を取り戻すまで気合を溜めようとしたけど、その隙を見逃すほど美知留は甘くなかった。
手際よく荷物を縛り、極上の笑顔で振り返る。
「いったん地元に帰って、それから私たちの新しい門出が始まる。そうでしょ?」
「いや、そのことなんだけど・・・・、」
「この際はっきり言うけど、美緒の気持ちは問題じゃないから。」
「・・・どういうこと?」
意味が分からずに唇をすぼめると、「だって助けてあげたじゃない」と返してきた。
「あのゴリラに襲われそうになって、間一髪のところで私が来たのよ。そうじゃなきゃ今頃どうなってたか。」
「分かってる。美知留のおかげで無事だったんだから感謝してるよ。」
「でしょ?なのにいざあのゴリラがいなくなったらお払い箱ってわけ?それズルくない?」
「ズルい・・・?」
「美緒はね、ちょっと自分勝手なところがあるよ。あのゴリラのことにしたって、甘い顔を見せずに突き放しておけばここまでしつこい事はなかったはずだもん。
でもそうしなかったのは自分勝手だから。友達を突き放すなんて可哀想って思う自分が可哀想だから、冷たい態度に出られなかったのよ。」
「そんな事ないよ。俺は本気であいつの好意には困ってたし。」
「でも去ってくれて嬉しいんでしょ?」
「嬉しいっていうか・・・・なんか嫌な終わり方しちゃったなって。高校ん時からの友達なのに。」
「じゃあこう言い換える。あいつがいなくなって今は安心してるでしょ?」
「まあな、それは否定しないよ。」
美知留の言う通り、確かに安心はしている。
もしあいつがいつでも近くに住んでるかと思うと、安心して外を出歩く自信はない。
特に夜は警戒するだろう。
すると美知留は嬉しそうな顔で「私は?」と尋ねた。
「え?」
「私が傍からいなくなったらどう思う?安心する?」
「安心っていうか・・・・、」
「いいよ、正直に答えて。」
そう言われても正直に答えて怒られたこと数知れずである。
だが今日は上唇が一ミリも上がっていないので、今現在は不愉快な気分ではないのだろう。
だったら・・・と、正直な気持ちを答えた。
「安心ていうより、ホッとすると思う。」
「それはなんで?」
「なんでって・・・・、」
「遠慮しなくていいって。絶対に怒ったりしないから。」
「ほら」と手を向けられて、「じゃあ・・・」と切り出す。
「小言が多いんだよ。それでもって俺のことを縛ろうとするだろ、まるで母親みたいにさ。正直なところうんざりしてるんだ。」
遠慮はいらないとのことなのでストレートにぶつけてみた。
「俺は美知留の子供でもないし生徒でもない。なんでもかんでも上から目線であれこれ縛られたら堪らないよ。だからずっと一緒にはいられない。」
怒るかもしれないと思ったけど、美知留の感情に火が着くことはなかった。
それどころか笑顔を絶やさないまま「他には?」と尋ねた。
「他って・・・、」
「まだ不満そうな顔してるから。言いたいことあるんでしょ?」
「あるにはあるけど・・・いきなりは出てこない。」
「じゃあ待つわ。ずっと溜めてたものがあるならこの際吐き出しちゃえばいいじゃない。」
いつになく太っ腹な美知留に警戒心を抱いてしまう。
こいつがなんの計算もなしに、果たしてここまで寛大になるだろうか?
その答えは否であると、かつて付き合っていた俺は知っている。
「なにを考えてるんだ?」
怪訝な目を向けると、「それも不満?」と笑い返してきた。
「不満っていうか怖いんだよ。だって美知留がここまで何言っても許してくれるなんて事なかったからさ。」
「ああ、そんなこと。」
なんでもないという風におどけて見せる。
まとめた荷物をポンポンと叩きながら、「だってこれからまた一緒に暮らすわけだし」と強く言い切った。
「不満を溜めたまま新しい生活を始めたって上手くいかないでしょ?こういうのは先に吐き出した方がいいのよ。」
「要するにまったく別れる気はないってことだな?」
こっちも強めに問いかけると、「私だって馬鹿じゃないからね」と真顔になった。
「前は美緒のことを理解してなさすぎた。母親みたいにあれこれうるさく言って、それが気に食わなかったんでしょ?」
「ちゃんと分かってるならもっと自由にしてくれたらよかったのに。」
「失敗を経験したからこそ学んだことだもん。こうしてまた美緒と一緒にいられる。その時間を失わない為にはもっと理解しなくちゃ。」
なるほど、確かに前より賢くなっている。
しかしその物言いはやはり上から見下ろす感じのものであり、表面上は変わっても中身はそのままなんだろうと感心できない。
今は何を言ってもこんな要領でやり返されるだけだろう。
俺がいくら頑張っても暖簾に腕押しは目に見えているので、いったん切り上げることにした。
「ちゃっちゃと作業をすませよう。」
背中を向け、食器を新聞紙に包んでいく。
すると美知留は「もういいの?」と言いながら傍へ寄ってきた。
俺の手から食器を奪い、手際よく全てをダンボールに収めてしまった。
「美緒は不器用だよね。こんなのすぐ終わる作業なのに。」
次から次へと作業をこなしていき、そのスピードは俺の仕事を早回ししているかのようだった。
ほとんどの荷物をさっさと片付けてしまい、ちょうどお昼時だったこともあって「ご飯にしよっか」と台所に立った。
冷蔵庫の中に大した物はない。
当然だろう、今日引っ越すんだから。
しかし美知留は乏しい材料の中からそれなりのおかずを用意して、さらに昨日の残りのご飯からチャーハンを作った。
あっという間に食卓が彩り、味も抜群である。
「棚の中にインスタントラーメンがあったけど、今日はあれですますつもりだったんでしょ?」
カップ麺の収まっている棚を振り返り、「あんまり身体に良くないよ」と心配そうな表情を作った。
「たまにだったらいいけど、どうせしょっちゅう食べてるんでしょ?」
「まあ・・・。」
「ちゃんと料理出来るんだから怠けちゃダメだよ。ああ、それと・・・・、」
突然立ち上がり、風呂場から空っぽの洗濯カゴを持ってくる。
「どっさり溜まってたから昨日のうちに全部洗濯しといたからね。」
「ありがとう・・・。」
「もう全部畳んで詰めてあるから。あ!あとこれ職場に持ってって。」
再び台所へ立ち、棚の下から菓子折りを取り出す。
「たった一年でもお世話になった職場でしょ?無理言って早めに辞めさせてもらえることになったんだから、お菓子くらい持ってかないと。
もう大人なんだからこういう所はちゃんとした方がいいよ。」
俺の隣にそっと置いて、「これ持ってきちんと挨拶してくること」と念を押した。
「ていうかもうあのゴリラはいないんだから最後まで働けばいいのに。」
「辞めるって決めた時はやっくんに困ってたからさ。どうせあとちょっとだしこのまま帰るのもいいかと思って。」
「無責任だなあ。」
しょうがないわねという風に肩を竦める。
「あ!それから・・・・、」
「まだあるのか・・・・?」
「朝からずっとチャック開いてる。」
「・・・・・早く言えよ。」
胡座を掻いてたもんだから思いっきり開いている。
恥ずかしくなって身体を背けた。
慌ててジッパーを上げていると、「ね?」と笑われた。
「なにが?」
「美緒のダメなところ。」
「・・・要領が悪いってか?チャックも開いてたし。」
「隙が多いよね、相変わらず。そんなんだからあんなゴリラにつけ込まれるんだよ?」
「自分でも分かってるよ、時々抜けてるって。」
「時々ねえ。」
見下ろすような目でクスっと微笑む。
なるほど・・・・言葉であれこれ言うよりも、どれだけ俺が不器用で要領が悪いかを、しっかり者の自分との比較で見せつけた方が効果的だ。
とても上手いマウンティングの仕方であると感心する。
きっと美知留は予想していたのだろう。
俺の口から「小言が多い母親気取り」という不満が出ることを。
それを理由に別れを求めることを。
だから上手くそれをねじ伏せてみせたのだ。
こっちに先手を打たせておいて、全てを上から潰す作戦である。
昔の美知留ならとにかく先手先手でまくし立てて来たはずだが、今は余裕を持って後から打ち返してくる。
その証拠に勝ち誇った顔で頬杖をついていた。
「別にね、美緒がダメっ子だって言いたいわけじゃないの。私だって感情的でカッとなりやすいところがあるから、お互いに一長一短よね。
ただ美緒と別れてから気づいたことがある。あの頃の私はあまりにも束縛し過ぎてたんだなあって。」
「しょうじき窮屈だったよ。今だから言うけど。」
「分かってる。だから私も変わらなきゃって思った。これは美緒の為だけじゃなくて私自身の為でもある。
美緒がいなくなって、冷静に自分を見つめることが出来て、いかに自分にも悪いところがあったか自覚出来たのよね。
あんなんじゃ別れを切り出されても仕方ないなって反省したもん。」
上手いこと言う。
自分にも非があった、でもそれはあなたも同じ。
お互いに悪いところは改めて、新しい形になって出発しましょう・・・・ってことだろう。
でもこういう論法の悪いところは、しょせん理屈でしかないってことだ。
恋だとか愛だとか、そういうものは理屈で割り切れるものじゃない。
むしろ感情の方が大きなウェイトを占めるはずだ。
だったらやっぱり理屈だけで割り切れない。
美知留は賢くなって、以前にはなかった武器を手に入れた。
理屈で攻めるという武器を。
もし美知留と初対面なら俺は負けていただろう。
けどこいつとはかつて付き合っていた中である。
いくら上辺を取り繕おうとも、果たして根っこまで変わるものか?
三つ子の魂百までという諺があるように、人の心は早い時期に形作られて、後々にマイナーチェンジをすることはあっても、根底にあるシステムまでは変わらないだろう。
「少しの間考えさせてくれないか?」
そう切り返すと「いいよ」と頷いた。
「ようやくあのゴリラが去ってくれてホッとしてる所だもんね。今はさっさと引越しの準備を終わらせよ。」
ササっと昼飯を平らげて、残った荷物を纏めていく。
美知留は相変わらず手際がよくて、のそのそとする俺を振り返ってはニコリと微笑みを飛ばす。
美緒には私が必要でしょ?と、暗に語りかけられているかのようだった。
今は迷っても、必ず私の所に戻ってくる。
そんな自信に満ち溢れた目だった。
なるほど・・・・小言が無言の圧力に変わっただけではないか。
やはり人は変わらない。
となれば、いずれやっくんもストーカーに逆戻りする可能性が大かもしれない。
地元に帰ったならば、誰にも黙ったままどこかへ出て行こうと決めた。

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