小さな出来事だからこそ

  • 2019.08.25 Sunday
  • 11:16

JUGEMテーマ:

しつこい蚊に安眠を奪われる

 

暗闇では姿を捉えることは出来ず

 

不快な羽音だけがわずかに居場所を知らせてくれる

 

電気を点け 目を凝らしても

 

寝ぼけた眼じゃはっきり見えない

 

もしこれが家の前への落雷だったら

 

もしこれが大きな事故の音だったら

 

一気に目が覚め 不快さよりも驚きに支配されるだろう

 

心底不快にさせる蚊の羽音

 

小さな出来事だからこそ

 

安眠の妨害に怒りを覚える

 

電気を消し 横になると

 

また安眠を妨害してきた

勇気の証 第九話 二人の子(1)

  • 2019.08.25 Sunday
  • 10:50

JUGEMテーマ:自作小説

温泉街の朝はよく晴れていた。
浴衣を着て朝風呂へ向かう人もいれば、大きなバッグを担いで帰り支度の人もいる。
そして帰り支度をしているのは季美枝ちゃんと運転手さんも同じだった。
「ここまで付き合ってくれてありがとうございました!」
ハチロー君を抱きながら嬉しそうに微笑んでいる。
運転手さんも「俺も長野まで来た甲斐があった」とほころんでいた。
「でも藤井さん、ほんとにいいんですか?私だけ家まで送ってもらっちゃって。」
「いいのいいの。」
肩を竦めながら手を振る。
季美枝ちゃんと運転手さんは今から帰るのだ。
季美枝ちゃんは岐阜へ、運転手さんは京都へ。
そして私は一人で東京へ向かう。
向かうんだけど、その前にやらなきゃいけないことがあるから、もう少しここに残ることに決めた。
でもそれがどんな用事かは二人には告げていない。
季美枝ちゃんは自分の猫が帰って来たと喜んでいるし、運転手さんは子猫を轢いたのは自分じゃなかったとホっとしている。
だから・・・・それでいいんだ。
二人の笑顔を壊すかもしれないことは言えない。
「じゃあ藤井さん、気をつけて東京まで行って下さいね。」
そう言ってタクシーに乗り込む季美枝ちゃん。
運転手さんも「世話になっちまったな」と帽子を上げた。
「いえ、私はなにも。」
「こうやって出会ったのもただの偶然じゃないと思ってるんだ。だからこれ、つまらないもんだけど。」
そう言いながらお土産のお菓子を渡される。
「いえいえ!ほんとにそんなのいいですから!」
「いいんだって、これくらい取っといてくれ。」
お菓子の入った紙袋を押し付け、車に乗り込んでいく。
季美枝ちゃんが窓から顔を出し、「いつでも連絡下さい」とスマホを振った。
「しばらく日本にいるんでしょ?藤井さんの仕事が終わったらご飯でも行こ。」
「ありがとう。季美枝ちゃんたちも気をつけてね。」
ププっとクラクションを鳴らし、タクシーは遠ざかっていく。
窓越しに手を振る季美枝ちゃんに手を振り返す。
そして「はあ・・・・」とため息をついた。
「いいなあ二人共、肩の荷が降りて。」
バッグを担ぎ、アタッシュケースを引いて温泉街を後にした。
『どこ行くの?』
エル君が後ろをついてくる。
『東京に行くんじゃないの?』
「もちろん行くよ。でもその前に確認したいことがあるの。」
エル君の隣には幽霊のハチロー君がいる。
子猫特有のテコテコした足取りが可愛いけど、私の視線は首輪に向いていた。
《死体はもう土に還ってるだろうなあ。でも首輪はまだ残ってるはず。》
今から向かうのは公園だ。
運転手さんが休憩中によく行っていた場所で、子猫と戯れていた公園。
その公園の植え込みを掘り起こせば首輪が出てくるかもしれない。
もしその首輪がハチロー君のモノと同じだったら、二年前に公園で亡くなったのはこの子ということになる。
場所は昨日のうちに運転手さんから聞き出しておいた。
それとなくさりげな〜く。
もし他の誰かが掘り返したりしていなければ、首輪はそこに残っているだろう。
今から緊張してくるけど、お茶を飲んで気を鎮めた。
歩くには少し遠い。
けど近くまでバスが出てるみたいなので、川沿いの道を散歩がてらに歩いていった。
久しぶりに眺める日本の景色は、まるで我が家に帰ってきたような安心感がある。
広大なアフリカの大地はもちろん素晴らしい。
日本にはない雄大な地平線と、夕陽に照らされる動物たちのシルエットは何物にも代え難い美しさがある。
けど日本の静かな風情や情緒はそれらに匹敵するほどの美しさがある。
温泉街や緑が豊かな場所は特にそう感じる。
なんてことを考えながら歩いていると、やがて見えてきたバス停には学生が集まっていて、友達とお喋りしたりスマホを見つめたりしている。
私は端っこに並び、尻目にまだ若い・・・・というより、子供の学生たちを眺めた。
運転手さんは私を二十歳と勘違いしてくれたけど、こうして高校生くらいの子たちと並んでみると、歳を取ったなと感じてしまう。
高校生の頃なんてずっと昔のような気もするし、つい最近のような気もするし、それってまだ大人に成りきれていないってことなんだろうか。
まだ学生服を着ていた頃、海外へボランティアに行くなんて考えもしなかった。
動物と話せる力はあっても、そこまでの行動を起こそうとは思わなかったからだ。
一番の転機はやっぱり有川君との出会いだ。
もし彼と動物を助ける活動をしていなければ、毎日をのほほんと過ごしていただろう。
それが悪いこととは思わない。
でもせっかく生まれ持ったこの力を無駄にはしたくない。
きっと何か意味があるはずなんだ。
その答えはまだ見つからないけど、少なくとも普通に生きていたら辿り着けないと思う。
バス停に屯する子供たちを見つめながら、しばらく人生を振り返り、この先どういう道へ転がっていくんだろうかと、楽しみでもあり不安でもあった。
「危ないッ!」
突然誰かが叫び、物思いからハっと我に返る。
次の瞬間、近づいてきたスクーターに荷物を奪われてしまった。
「あ・・・・、」
叫ぶ間もなく遠ざかるスクーター。
けど盗まれたのはお土産のお菓子なので、追いかけようかどうしようか迷ってしまう。
「待てコラ!」
私がオロオロしていると、一人の男の子が猛然とダッシュしていった。
制服を翻しながらスクーターを追いかける。
「あ、危ないよ!」
男の子に声をかけても止まらない。
とんでもない瞬足で駆け抜けていく。
けどいくらなんでもスクーターには敵わない・・・・と思っていたら、なんと追いついてしまった!
引ったくりはカーブを曲がる時にミスをしてしまって、危うく民家の壁にぶつかりそうになっていた。
一瞬だけ動きを止めるスクーター、男の子はその隙を見逃さずに距離を詰めたのだ。
そして勇敢に飛びかかる。
「離せこのガキ!」
ひったくり犯の野太い声が響く。
いくら足が速くても相手は大人だ。
しかもそこそこ大柄なので、力ではまったく敵わない。
飛びかかったはいいものの、あっさりと振りほどかれて、お腹を蹴られて吹き飛ばされていた。
「ちょっと!なんてことすんのよ!」
慌てて駆け寄るとスクーターは走り出した。
私はしっかりとナンバーを目に焼き付ける。
そしてすぐに男の子に駆け寄った。
「大丈夫!?」
苦しそうにお腹を押さえている。
彼は「これ・・・・」と言って紙袋を差し出した。
「取り返しました・・・・。」
「・・・・ありがとう。」
紙袋を受け取り、「立てる?」と肩を貸した。
「あ、大丈夫っす。」
「足がフラついてるじゃない。ほんとに大丈夫?なんなら救急車を・・・・、」
「マジで大丈夫っす。」
そう言って立ち去ろうとするので、「待って待って」と引き止めた。
「君、名前は?」
「名乗る程のモンでもないっす。」
「私は知りたい。じゃないときちんとお礼が出来ないじゃない。今から学校だよね?一緒に行って先生に事情を話そう。」
「いや、マジで大丈夫っすから。」
「ダメだよ。怪我してまでこれを取り返してくれたのに。」
渋る彼だったけど、私は決して手を離さなかった。
これくらいの年頃だと、恥ずかしかったり妙なプライドが邪魔をするんだろうけど、はいさようならなんて帰すわけにはいかない。
彼は正しいことをしたし、私を助けてくれたのだから。
「児玉君、いったん帰った方がよくない?」
後ろから声がする。
振り返ると同級生らしき子たちが数人立っていた。
その中の一人の女の子が「電話する」と言い出した。
「これ警察に行った方がいいよ。ちょっとお母さんに電話かけるから。」
「おい、余計なことすんなよ!」
「だって犯罪じゃんこれ。」
周りの子供たちも頷く。
そのうちバスの運転手さんもやって来て「大丈夫ですか?」と心配そうにした。
「あ、こっちは平気なんでバス出してくれていいですよ。」
女の子は家に電話を掛けながら言う。
男の子も「ほんと大丈夫っすから」と気丈に振舞った。
「待ってる子とかいるんで出しちゃって下さい。」
バス停を振り返ると、不安そうにした学生たちが遠目に見ている。
私は「ここは任せて下さい」と言った。
「この子は私が責任を持って家に送りますから。」
「いやでも・・・・、」
「私を助けてくれたんです。ちゃんと無事に送りますから。」
「・・・・分かりました。それじゃあ。」
帽子をかぶり直し、小さく会釈してからバス停へ走っていく。
すると女の子が「みんなも行きなよ」と他の子たちの背中を押した。
「先生に事情話といて。」
「一緒にいるよ」と言う同級生だったけど、「いいから」と運転手さんの後を追わせていた。
バスが通り過ぎていく時、子供たちが不安と好奇の目でこっちを見ていた。
女の子は手を振り、バスが消えるのと同時に男の子の腕を叩いた。
「なにカッコつけてんの?」
笑いながらバシバシ叩いている。
「カッコつけてなんかないだろ。」
「ビックリなんだけど。あんたが引ったくり追いかけるとか。」
「だって目の前で起きたから。」
「部活ん時だってそれくらい頑張って走ればいいのに。」
「めんどくさい。」
「理由当ててやろっか?」
ニヤニヤしながら私を見て「あんたのタイプだからでしょ?」と言った。
「あんた年上好きだもんね。特にこういう優しそうなお姉さん系が。」
「はあ?」
「だってそうじゃん。教育実習で来てた優しそうな先生にも惚れてたよね?」
ニヤニヤしながらまた腕を叩いている。
図星だったのか、耳が赤く染まっていた。
「なのに名前も教えずに行こうとするとか。せっかく頑張ったのにさ。カッコつけすぎでしょ。」
女の子から散々言われて余計に赤くなる男の子。
私は笑いそうになるのを堪えながら「児玉君っていうの?」と尋ねた。
「あ、はい・・・・。」
「すごい勇気だね、引ったくりを追いかけるなんて。」
「ああ、いえ・・・・。」
「それに足が速くてビックリした。もしかして陸上部。」
「まあ・・・・。」
「じゃあ短距離の選手なんだ。」
「中距離っす。800メートル。たまに400も走るけど。」
「中距離かあ。あれってすごく大変なんだってね。短距離のスピードと長距離の持久力がいるんでしょ?
それにお互いガンガン肘をぶつけ合ったりして、まるで格闘技みたいだってやってる子が言ってた。」
「そうなんすよ。しんどいし痛いし、ぶっちゃけあんまやりたくないっていうか。」
「でも君のおかげでこれが戻ってきた。ほんとにありがとう。」
紙袋を掲げてみせると「そんな大したことじゃないっすけど」とはにかんでいた。
「児玉君のことあんまり褒めない方がいいですよ。」
女の子が言う。
「すぐに好きになるんですよ。教育実習の先生の時だって・・・・、」
「余計なこと言うなよ!」
また照れている。
微笑ましいなと笑っていると、後ろからクラクションが鳴った。
「陽菜!」
車から慌てて女性が駆け下りてくる。
「あ、お母さん!」
「引ったくりってなに!大丈夫なの!?」
心配そうに女の子に駆け寄る。
陽菜ちゃんと呼ばれた子は「私じゃなくてこっち」と児玉君を指さした。
「そこの女の人が引ったくりにあって、児玉君が捕まえようとしたんだけど返り討ちにあっちゃって。」
「あってねえよ!ちゃんと取り返しただろ。」
「でも逃げられたじゃん。」
「しょうがないだろ、大人だしガタイのいい奴だったし。」
プンプン怒る児玉君に、陽菜ちゃんのお母さんが「へえ」と感心した目を向ける。
「すごいじゃない。盗られたもの取り返すなんて。」
「まあそんな大したことじゃないけど。」
「怪我は?なにかされたりとはしてない?」
「ちょっと蹴られたけど大丈夫だから。」
「蹴られるってどこ?」
「腹。」
「思いっきり靴の跡が付いてるじゃない!こんなの事件だわ、警察に言わないと。」
「いいっていいって。」
「いいわけないでしょ!そっちの人だって被害者なんでしょ?ねえ?」
目を向けられたので紙袋を見せた。
「児玉君のおかげで戻ってきたんです。ほんとになんてお礼を言っていいか。」
「今から警察に電話するから。それと児玉君のお母さんにも。」
「あ!私スクーターのナンバー覚えてるんです。」
「ほんと!すぐ教えて。」
眉間に皺を寄せながらスマホを耳に当てている。
それから五分もしないうちにパトカーがやって来た。
とりあえず事情を説明し、スクーターのナンバーも伝えた。
そして「とりあえずまた連絡します」と言って引き上げていった。
パトカーが帰る頃には児玉君のお母さんもやって来て、遅れて学校の先生も駆けつけてきた。
気づけば周りに何人か野次馬も集まっていて、ちょっとした騒ぎになってしまった。
大人たちは不安そうにしているけど、陽菜ちゃんは「これ新聞に載るかな」と嬉しそうだ。
児玉君は「そういうのヤなんだよなあ」と満更でもなさそうだけど。
『なあ、公園行かないの?』
エル君がポンポンと靴を叩いてくる。
私は「もうちょっと待って」と言った。
『でもハチローが退屈してるぜ。』
エル君が顎をしゃくる。
その先には勝手にどこかへ走っていくハチロー君が。
「また!」
ほんとにじっとしていない。まあ子猫なんだからしょうがないけど。
「児玉君!連絡先教えて!」
「え?・・・・いいっすよ!」
サっと取り出して番号を交換する。
陽菜ちゃんが「やったじゃん!」と背中を叩いていた。
「ごめん、ちょっと急用ができちゃって。あとで必ずお礼に行くからね!」
周りの人たちにも頭を下げ、「それじゃ失礼します!」と走り出した。
「あ、ちょっと・・・・藤井さんこれ!」
陽菜ちゃんがなにか叫んでいるけど、振り返る余裕はない。
そしてしばらく走ってから気づいた。
児玉君がせっかく取り返してくれたお土産、さっきの場所に忘れてきてしまった。

今日はお休みです

  • 2019.08.24 Saturday
  • 11:16

今日はお休みです。

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    胸に渦巻く流砂

    • 2019.08.23 Friday
    • 11:31

    JUGEMテーマ:

    言いたいことが渦巻くほど

     

    言いたいことが言えなくなる

     

    どうでもいい時は

     

    自分でも驚くほど舌が回るのに

     

    大事なことを伝えるのは難しい

     

    余計な言葉が邪魔をして

     

    大事な言葉がどこかに飲み込まれてしまうから

     

    渦巻く胸の中は流砂のようで

     

    大事なものを飲み込んでいく

    勇気の証 第八話 猫を迎えに(2)

    • 2019.08.23 Friday
    • 10:35

    JUGEMテーマ:自作小説

    陽は沈み、遠い空にだけわずかな光が残っている。
    暗くなる前に東京へ着くどころか、夜ギリギリになって長野へ到着した。
    あのあと三ヶ所も渋滞している所があったので、これでもまだ早く着いた方かもしれない。
    目的地である渋温泉へ向かった私たちは、どこか空いている宿がないか捜していた。
    今から用を終えて東京へ向かっても仕方ない。
    友人にそう連絡したら『多分そうなると思ってたよ』と笑われた。
    『マナコのことだから、途中に困ってる人や動物がいたら助けるんじゃないかと思ってたよ。』
    こっちの行動はお見通しで、歯がゆいから恥ずかしいやら。
    『急がなくていいさ。これもきっと神様の思し召しなんだよ。』
    これは彼の口癖である。
    なにか予想外の出来事が起きた時、いつもこう言って前向きに捉えるのだ。
    我ながらいい友人を持った。
    さて、幾つか宿を回ると、素泊まりだけどどうにか宿を取ることが出来た。
    荷物だけ置いてすぐに出かける。
    渋温泉は冬になると雪がすごいそうで、道路から温水が出る仕組みになっている。
    今は夏だけど、冬になったらまた来てみたい。
    夜になるとあちこちの宿やお店が輝き、幻想的な世界にタイムスリップしたような風情があった。
    千と千尋の神隠しのモデルになったのも頷けるほどだ。
    けどあいにく今は観光をしている暇はない。
    この温泉街の外れに古い宿があって、私たちはそこを目指している。
    行き交う観光客を縫って目的の場所までやって来た。
    『いいぶさ』
    表の看板を確認し、「ここだよね?」と猫を抱いた彼女に尋ねる。
    「そうです!」
    スマホを見ながら頷いている。
    「ここにハチローがいるかもしれない。ああでも違ってたらどうしよう・・・・。」
    不安そうに目を閉じている。
    私は運転手さんと顔を見合わせ、なにも言えずに俯くことしか出来なかった。
    「藤井さん。」
    彼女が不安を押し殺すように私を見る。
    「戻って来るまでここで待っててもらえませんか?」
    「え・・・・ああ、それはいいけど。」
    「藤井さんも用事があるのは分かってます。けど一人ぼっちっていうのは不安で。」
    「大丈夫、戻って来るまで待ってるよ。」
    「ほんとですよ!勝手にどっか行ったりしないでね!」
    「約束する。季美枝ちゃんが戻ってくるまでここにいるから。」
    「じゃあ・・・・ちょっと行ってきます。」
    しっかりと茶トラの猫を抱きしめ、色あせた暖簾を潜っていく。
    ガラガラと引き戸を開けて、「すいませ〜ん!」と中へ消えていった。
    「・・・・・・・・。」
    運転手さんが背中を向ける。
    温泉街の灯りを見つめながら禁煙パイポを咥えた。
    「この辺りはよく走ったもんだ。」
    二年ほど前まで長野で仕事をしていたそうで、その頃にハチロー君と知り合ったのだという。
    お昼どき、いつも車を停めている休んでいる公園には子猫がいて、よくタイヤの上で昼寝をしていたそうだ。
    運転手さんはハチロー君を可愛がった。
    首輪が付いていたのですぐに飼い猫だと分かったけど、そうじゃないなら自分が飼おうと思ったほどだという。
    「いつも昼飯の残りをあげてたよ。ほんとは良くないんだろうが、可愛いんでついな。」
    咥えたパイポを揺らしながら笑う。
    「飲み仲間はいても、寂しさを紛らわしてくれる相手はいなかった。だからずいぶん癒されたもんだよ、そいつには。」
    そう言って私を振り返り、「そこにいるんだろ?」と尋ねた。
    「ええ。足元に。」
    「いいなあ、俺にもハチローが見えたらなあ。」
    腰を屈め、じっと一点を見つめている。
    「お前、もう俺のこと覚えてないんだってな。」
    「まだ小さいですから。二年の前のことだと仕方ないですよ。」
    「覚えててほしかったな。じゃなきゃ謝っても意味がない。」
    立ち上がり、「なんであの時・・・」と呟いた。
    「いつもみたいにちゃんと確認しなかったんだろうな。昼時になればお前がタイヤの上で寝てるって分かってたのに。」
    そう、運転手さんはタイヤの上を確認せずに走り出したのだ。
    そして仕事終わり、会社へ戻って車を洗おうとした時に気づいた。
    タイヤになにかの染みが付いていることを。
    まさか!とは思ったけど、悪い方向へは考えないことにした。
    ここしばらく忙しくて、いつものように確認せずに走り出してしまったけど、まさかそんなはずはないと。
    けど翌日、いつもの場所へ行ってみてもハチロー君は現れなかった。
    翌日も、その翌日も。
    思い切って保健所に電話してみたけど、そういう子猫は預かっていないと言われた。警察に聞いても同じだった。
    役所へ電話しても、猫の死骸を引き取った覚えはないそうで、『あの時ハチローはタイヤの上にはいなかった』と自分に言い聞かせた。
    けど何日経っても現れず、胸のモヤモヤは広がっていくばかり。
    飼い主が外へ出さないようにしただけなのか?
    それともただこの場所へ来なくなっただけなのか?
    あるいは自分が・・・・・。
    考えても答えは出なくて、今日こそは来るんじゃないかと公園に行ってみた。
    けど・・・来ない。
    代わりによくここを散歩しているおじいさんと出会った。
    思い切って『この辺で子猫を見なかったか?』と尋ねてみた。
    ・・・・帰ってきた答えは運転手さんが一番聞きたくないものだった。
    『ああ、あの子猫か。可哀想になあ。きっと車に轢かれたんだろう。』
    かなり酷い状態だったらしく、公園へやって来る子供がショックを受けてもいけないと思って、隅の植え込みに埋めたのだという。
    それでもまだ自分のせいだと思いたくなくて、なんとその場所を掘り返したのだ。
    掘っている途中、何度もやめようかと思ったそうだけど、確認せずにはいられなかった。
    どうか違っていてくれと願っていると、鈴のついた白い首輪が見えた。
    ・・・・それ以上掘り起こすのをやめた。
    丁寧に土を戻し、ギュっと目を閉じて手を合わせたのだそうだ。
    それからすぐに長野のタクシー会社を辞めて、知人の伝手で関西のトラック会社に勤めた。
    けどあまり慣れることが出来なくて、またタクシーの運転手へと戻ったという。
    そして毎日のように思い出すのだそうだ。
    ハチロー君のことを。
    せめてちゃんと弔ってやるべきだった。
    そう後悔している時に私と出会ったというわけだ。
    ハチロー君にその時の話を聴くと、『よく分かんない』と答えた。
    子猫だから記憶が曖昧なんだろう。
    けど運転手さんの話を聞く限り、公園にいた子猫はハチロー君で間違いないはずだ。
    《季美枝ちゃんにどう説明しよう。》
    彼女も以前は長野に住んでいて、就職と同時に地元を離れた。
    可愛がっていた子猫も連れていくはずだったけど、ある日窓から抜け出して、二度と戻ってこなかったという。
    長野を離れてからもずっとハチロー君のことが気がかりで、週に一度は実家に電話を入れて、家に帰って来ていないか確認するほど心配しているのだ。
    《やっぱりここはほんとのことを言うべきだよね。でも運転手さんの気持ちを考えると・・・・私一人じゃ決められない。》
    長野へ向かう道中、運転手さんはずっと元気がなかった。
    なにかを言いたそうに口を開きかけて、でも途中でやめてしまうのだ。
    きっと迷っているんだろう。
    それでもやっぱりきちんと話した方がいいと思う。
    背中を向けている運転手さんに「あの・・・・」と呼びかけた。
    するとその瞬間、民宿から季美枝ちゃんが出てきて「藤井さん!」と叫んだ。
    「いた!ハチローいました!」
    「え?」
    「ほらこの子!」
    嬉しそうに腕に抱いた猫を見せる。
    白と茶色のぽっちゃりした猫だった。
    「ハチローが帰ってきました!」
    「・・・・・・・。」
    私は呆気に取られながらも、じっと猫を見つめた。
    たしかに白と茶色の猫だけど、幽霊のハチロー君とはまったく模様が違う。
    ハチロー君は白地に茶色のブチって感じだけど、この子は茶色地に白のブチって感じだ。
    一目で別の猫だと分かる。
    「よかったあ!ほんとによかったあ・・・・。」
    泣きそうになりながら抱きしめている。
    よかった、もちろんよかった。それはそうなんだけど・・・・、
    《運転手さんも固まってる。》
    ポカンと口を開けたままこっちを見ていた。
    だけどすぐにホっとしてため息をついていた。
    「藤井さん!ハチローが戻ってきましたよ!」
    「う、うん・・・おめでとう!」
    「ここまで乗せてもらって助かりました!運転手さんもありがとう!」
    猫を抱いたまま私たちの手を握る。
    「でねでね!これも何かの縁だから、ウチへ泊まってってくれって女将さんが。」
    「そんな、悪いわよ。」
    「女将さんも大事な猫が帰ってきて喜んでるんです。あの茶トラの子、車とかトラックの上でよく寝てたらしいんですよ。
    だからそのままどこかに運ばれていって、もう二度と戻って来ないんじゃないかって諦めてたそうなんです。
    それがこうしてまた会えるなんてって涙ぐんでました。」
    「みんな無事に会えてよかったね。私も一緒に来た甲斐があったよ。」
    「もうほんとにどうお礼を言っていいのか。途中で事故した時はめちゃくちゃ焦ったけど、藤井さんみたいな良い人のおかげで助かりました。」
    そう言って握った手をブンブン振ってくる。
    「でね、もう夜だし、猫を見つけてくれたお礼に泊まっていってくれって言われたんです。もちろん藤井さんと運転手さんも。」
    「気持ちは嬉しいけど、他に宿を取っちゃったから・・・・、」
    「そんなのキャンセルすればいいじゃないですか。」
    「だけど・・・・、」
    「どうせ素泊まりなんだし、すぐにキャンセルすれば平気ですよ。なんなら私から言ってあげます。」
    「平気平気!私が言うから。」
    スマホを取り出そうとする彼女を止めて、すぐにさっきの宿へ電話を掛けようとした。
    すると運転手さんが「俺は向こうに泊まるからいいよ」と手を振った。
    「いいんですか?せっかくのご好意なのに。」
    「いいのいいの。だいたい俺まで泊まるとなると、もう一つ部屋が必要だろう?さすがにそこまでは悪いから。」
    クルっと背中を向けて「明日また迎えに来るから」と去ってしまった。
    気を遣っているというのもあるだろうけど、それ以上に一人になりたいんだと思う。
    「なんか行っちゃいましたね。せっかく女将さんが泊まっていいって言ってくれてるのに。」
    「きっと一人でゆっくりしたいんだよ。だってここまで運転してきたんだし。」
    「でも部屋は別々なんだから気にしなくていいのに。」
    「まあまあ。」
    彼女の背中を押し、中に入る。
    女将さんはとても朗らかな人だった。
    丁寧にもてなしてくれたし、料理も美味しかった。
    そして夜、季美枝ちゃんと二人でお酒を飲んでいると、「藤井さんって」と身を乗り出して言われた。
    「なんか不思議な感じがしますよね。」
    「不思議?」
    「なんだろう?なんか普通の人とは違う感じがする。」
    「それは・・・・どういう感じで?」
    「上手く言えないけど、な〜んかいろんな声が聴けるんじゃないかなって。」
    「声?」
    「動物とかお化けとか。」
    一瞬引きつってしまった。
    なんて鋭いことを言うんだろう。
    私は「普通も普通だよ」と笑って誤魔化した。
    「普通じゃないですよ。だって仕事を辞めてまで海外に動物保護のボランティアに行ってるんでしょ?」
    「やろうって本気になれば行動に移せるものだから。」
    「普通はなかなかそこまでいかないですよ。私なんか・・・・・、」
    しばらく季美枝ちゃんの愚痴を聞く。
    勉強を頑張ってきたのに志望していた大学へ入れなかったとか、就職も第一志望は落ちたとか、恋人と上手くいってないとか。
    若い子なら誰でも抱く悩みだけど、語る本人にとっては大問題だ。
    私は気の利いたアドバイスなんて返せないから、ただ黙って相槌を打っていた。
    季美枝ちゃんには申し訳ないけど、それは誰もが通る道だと思うし、こういうのはあえて聞き役に徹していた方がいい。
    案の定、吐き出すだけ吐き出して満足したのか、布団に倒れて寝息を立て始めた。
    ハチロー君はとても大人しい猫で、彼女の腕に抱かれたままじっとしている。
    子猫の時から二年も会っていなかったんだから、まず彼女のことは覚えていないはずだ。
    なのにこうして懐くということは、ハチロー君が良い性格をしているのも理由だけど、季美枝ちゃんが本物の猫好きだからだと思う。
    動物はそういうことをちゃんと見抜くのだ。
    私はハチロー君に「よかったね」と小声で話しかけた。
    「季美枝ちゃんのところに帰ることが出来て。」
    「知らない人だけど、ちゃんと飼ってくれそうだからまあいいや。」
    「おっとりしてる。」
    クスっと微笑みを返してから「でも」と続けた。
    「ここの女将さんに保護されるまでの間ってどこで何をしてたの?」
    「ブラブラしてた。」
    「野良猫だったってこと?」
    「うん。人間から餌もらったりとか。」
    「けっこう人から可愛がられるタイプだよね。餌には困らなかったんだ。」
    「子猫の時からずっと。さっきのオジサンもそうだし。」
    「オジサン?」
    「ほら?タクシーの人。」
    「タクシーの人って・・・・あの運転手さん?」
    「子猫の時しょっちゅう公園に行ってたんだよ。それで車のタイヤの上で寝てた。その車の人がよく餌をくれたんだよ。」
    「ちょ、ちょっと待って!」
    慌てて止める。
    なんかちょっと混乱してきた・・・・。
    「君ってさ、子猫の時は飼い猫だったんだよね?」
    「うん。」
    「その時に白い首輪って付けてた?」
    「付けてた。」
    「その首輪って鈴は・・・・、」
    「付いてたよ。」
    「・・・・ちなみになんだけど、子猫の頃の記憶はハッキリしてるの?」
    「してる。さっきのオジサンだって覚えてるし。」
    「じゃあいま君の隣で寝てる季美枝ちゃんは?」
    「知らない。」
    「彼女、君の飼い主じゃなかったの?」
    「違う。」
    「ほんとに?」
    「全然違う人。それに僕捨てられたんだもん。新しい家に引っ越すから、柱とか傷つけられたら困るからって。」
    「・・・・・・・。」
    「だから子猫の時から野良猫。人間に飼われてたのはちょっとの間だけ。」
    「だから運転手さんのところで餌をもらってたのね。」
    「うん。でも他にもっといい餌場を見つけたから、途中から行かなくなったけど。」
    ますます混乱してきた。
    これっていったいどういうことなんだろう?
    このハチロー君は季美枝ちゃんの飼い猫じゃなかった。
    けど運転手さんから餌はもらっていた。
    そしてもう一匹のハチロー君・・・・今は部屋の隅っこでエル君とじゃれ合ってるけど、もしかしたらこの子が季美枝ちゃんの飼ってた猫なのかもしれない。
    けどそうなるとおかしなことが。
    季美枝ちゃんが抱いているハチロー君は茶色地に白のブチ、もう一匹のハチロー君は白地に茶色のブチ。
    なのに季美枝ちゃんはこの子で間違いないと言っていた。
    なら幽霊のハチロー君も季美枝ちゃんの猫ではないということになる。
    ・・・・そもそも運転手さんが轢いたかもしれない子猫って、ほんとに幽霊のハチロー君だったんだろうか?
    勝手にそう思い込んでしまっただけなのかも・・・・。
    「ねえハチロー君。」
    「なに?」
    「ごめん、君じゃなくて・・・・、」
    「ああ、そこの幽霊。」
    「見えるの!」
    「猫はそういう奴多いよ。声だって聴こえるし。あの子猫もハチローっていうんだろ?自分で言ってたし。」
    「そうなんだ・・・・猫は霊感が強いっていうもんね。見えても不思議じゃないか。」
    「あんたと季美枝って子が話してる間、暇だからそこの二匹とおしゃべりしてたんだ。エルってやつは家の車に轢かれて死んだって言ってた。
    でもって俺と同じ名前のハチローってやつは病気で死んだって。」
    「びょ、病気?事故じゃなくて?」
    「病気って言ってた。」
    「ほんとに?事故じゃなくて?」
    「僕に聞かれても知らない。」
    プイっとそっぽを向き、大きなあくびを放って「もう寝る」と目を閉じてしまった。
    「おやすみ。」
    「あ、ちょっと・・・・、」
    それからは何を話しかけても返事はなかった。
    鼻ちょうちんを膨らませて夢の中だ。
    こうなったら本猫に直接聞くしかない。
    「ねえハチロー君、君って事故で亡くなったんじゃないの?もう一匹のハチロー君は病気だって言ってるけど。」
    『うん。』
    「どっちなの?事故?」
    『うん。』
    「病気?」
    『うん!』
    遊びに夢中で聞いてない。
    私はサっとハチロー君を抱えて「真面目な話をしてるのよ」と言った。
    「辛いことだろうけど思い出してほしい。君はどうやって亡くなったの?」
    『知らない。』
    「知らない?どうして?」
    『知らない。』
    「覚えていないの?」
    『うん。』
    「ほんとに?」
    『うん。』
    「ほんとは覚えてるんでしょ?」
    『うん。』
    これは埓が明かない。
    どうしようかと困っていると、エル君が『誰か来たぞ』とドアに尻尾を向けた。
    女将さんかなと思って開けてみると、そこには運転手さんが立っていた。
    「いきなりすまんな。ちょっといいか?」
    そう言って外へ顎をしゃくるので、「なにかあったんですか?」と尋ねた。
    「これを。」
    「あ!私たちの荷物。」
    あとで取りに行こうと思って、向こうの宿に置きっぱなしだった。
    「すいませんわざわざ。」
    「別にいいんだよ。それよりな、実は子猫のことなんだが・・・・、」
    「はい。」
    「多分あいつだと思うんだよ。」
    「あいつ?」
    「季美枝ちゃんの所に戻ってきた猫。俺が可愛がってたのは多分あいつだ。」
    「ほんとですか・・・・?」
    「じっくり考えてみたんだが間違いないと思う。顔の模様とか尻尾の模様も同じなんだ。」
    「でも二年前のことでしょう?そう長く一緒にいたわけじゃないし、勘違いってことはないんですか?」
    「最初はそう思ったよ。でも・・・うん、間違いない。ほら、あいつ頭の上に白い点があるだろう?」
    言われて確認してみると、たしかに小さな白い点がある。
    「それに尻尾、先っぽだけ白くてあとは茶色だ。」
    これも間違いない。でもそれだけじゃ同じ猫とは断言できない。
    猫は犬と違っていろんな模様があるから、似たような子がいたっておかしく・・・・・、
    「あと変な声で鳴くんだ。」
    「変って・・・どんな声ですか?」
    「ダエァ〜みたいな。」
    「そんな声では鳴いてませんでしたよ。普通にミャアーって・・・・、」
    「ダエァ〜。」
    「・・・・・ッ!」
    後ろから変な鳴き声がした。
    振り返るとハチロー君が寝返りを打っていた。
    「ダエァ〜。」
    「あれだよ!あの声だ!!」
    指をさしながら叫ぶ。
    「寝てる時にああいう声で鳴いてたんだ!あんな変な鳴き声の猫なんていないだろう?」
    「たしかに・・・・。」
    「あいつだよ。あいつで間違いない!」
    グっと拳を握り締め、「俺は殺してなかったんだ!」と笑った。
    「公園に埋まってた猫は誰か他の奴が轢いたんだろう。俺はなにもしてなかった、あいつは生きてたんだ!」
    ダダっと部屋に駆け上がり、「お前無事だったんだな!」と抱き寄せた。
    「よかった!いやあよかった!」
    季美枝ちゃんが「なに・・・?」と目を覚まし、「ぎゃあ!」と悲鳴をあげて後ずさった。
    「オジサンなんでここにいるの!」
    「ハチロー!よかった・・・よかったなあ!」
    「は?なんで泣いてんの?」
    季美枝ちゃんが私を見る。
    けど私だって分からない。
    運転手さんはハチロー君を轢いてなくて、ハチロー君は季美枝ちゃんの飼い猫じゃなくて、じゃあ幽霊のハチロー君はいったい・・・・。
    首輪が付いてるってことは飼い猫なんだろうけど、その飼い主はどこの誰?
    運転手さんが植え込みを掘り起こして見つけた猫の死体は無関係だったの?
    ・・・・・分からない。
    だけど奇妙な出来事に関わっていることだけは分かる。
    《これ、明日になっても東京へ行けないかも。》
    一度寄り道をしてしまうと、なかなか元の道へ戻れない。
    友人が言っていた通り、ほんとうに神様の思し召しなんだろうか。
    私の不安をよそに、エル君と幽霊のハチロー君は無邪気に遊んでいた。

    面影

    • 2019.08.22 Thursday
    • 11:27

    JUGEMテーマ:

    土手の向こうに 遠い日の面影を見る

     

    ベンチには誰もいない 草だけが揺れている

     

    砂利道に足跡は付かず 辿った道はどんな形だっただろう

     

    あの日の面影だけに引かれるまま

     

    知らない場所へ突き進む

    勇気の証 第七話 猫を迎えに(1)

    • 2019.08.22 Thursday
    • 10:19

    JUGEMテーマ:自作小説

    日本という国はよく出来てるなあと、海外から帰ってくると感心する。
    他の国では首都に相当するほどの街がいくつもあるんだから。
    しかも山林がほとんどの中、限られた平地に機能的に収まっている。
    それでもって交通機関も発達しているから、都市から都市への移動も便利だ。
    私がボランティアに行っている国では、予定していた電車が次の日に来ることさえある。
    それでも苦痛に感じなかったのは、あの広大な大地と、雄大な時間のおかげかもしれない。
    誰もがのんびりしているし、時間に急かされることもない。
    友達の家へ行ってくると出かけて、到着するまで一週間なんて人もいた。
    それが当たり前の世界では、待つということは苦痛にならない。
    けど日本は違う。
    何もかもが機能的すぎるあまり、ほんのちょっと電車やバスが遅れただけでもイライラする人が多い。
    かく言う私もOL時代はそうだった。
    電車が少し遅れただけでイライラと足踏みをしていた。
    思えば会社勤めをしていたあの頃、精神的な余裕というのはほとんどなかったかもしれない。
    もともとマイペースな方だし、ちょっとやとっそで不機嫌になることなんてなかったのに、社会人になってからはどこか変わってしまった。
    日本と他国との優劣なんて付けられるものじゃないけど、今はもう会社勤めの頃に戻りたいとは思わない。
    どんなに高い給料をもらったとしても。
    私は海外へ行って変わった。
    ・・・・そう信じていたんだけど、そんなのはまやかしだった。
    だって今、私はすごくイライラしているからだ。
    「全然動かない・・・・。」
    渋滞である。
    ラジオによれば高速の出口で事故があったらしく、数キロにわたってこの状態が続いているとのことだった。
    私はタクシーの後ろに座って、ノロノロと進んでいく隣の車を眺めていた。
    「あの・・・大丈夫ですよね?夜までには東京へ着きますよね?」
    「多分。」
    壮年の運転手さんがルームミラーに映る私に向かって言う。
    「多分じゃ困るんです。向こうで友人が待ってて大事な仕事があるんです。もうとっくに始まってるはず。」
    「そう言われてもこれじゃあ。」
    目の前には積み木のようにギッシリと車が詰まっている。
    路肩をスイスイとバイクが走っていって、羨ましいなと思ってしまう。
    だけど途中で白バイに止められていて、なんとも言えない気分になって目を逸らしたけど。
    《こんなことなら新幹線で行けばよかったな・・・・。》
    フク丸君が成仏したあと、私はすぐに東京へ向かおうとした。
    次こそは寄り道せずに東京へ行く!
    そう決めて駅へ入ろうとした時だった。
    エル君がまたどこかへ走り出したのだ。
    止めても聞かなくて、一台のタクシーへと向かっていく。
    そして『ここにも猫の幽霊がいるぞ!』と叫んだのだった。
    タクシーの下を覗くと子猫が一匹丸くなっていた。
    『危ないよ』と手招きすると、車体とタイヤの隙間に隠れてしまった。
    『そんな場所にいたら危ないってば!もし車が動き出したら・・・・、』
    『あんた何してんの?』
    白髪の運転手が窓から身を乗り出し、怪訝な目で睨んでいた。
    私は『猫がいるんです』とタイヤの隙間を指さしたけど、『どこにもおらんぞ』としかめっ面をされた。
    『そこですよそこ!白と茶色が混ざった子猫がいるでしょう?』
    『だからどこ?』
    『だからそこに・・・・、』
    『見えるわけないじゃん。』
    エル君が言った。
    『その猫は幽霊なんだぜ。』
    『・・・・・・あ。』
    『だいたいもう死んでるんだから車が動き出しても平気だよ。』
    『だよね・・・・・。』
    『そろそろ霊感に慣れたら?』
    『ごめん・・・・。』
    言われて気づく。
    恥ずかしくなって咳払いすると、運転手さんが『しょうもないイタズラならよしてくれよ』と怒った。
    『俺の車になにかするつもりだったんじゃないだろうな?』
    『いえいえそんな!』
    『最近の若いヤツはイタズラのビデオをインターネットに載せたりするんだろ。油断も隙もあったもんじゃない。』
    『違います!私はただ猫を助けようとしただけで・・・・、』
    『だからどこに猫がいるんだ?』
    『・・・・・見間違いだったようです。ごめんなさい。』
    『ほれ見ろ。どうせ悪さするつもりだったんだろう。今日日の学生は常識がない。あんたどこの大学?』
    『私は学生じゃないですけど・・・・、』
    『ウソつけ。まだ二十歳そこそこだろう。成人しても中身は子供のまんまだ二十歳なんて。』
    『二十歳・・・・・に見えますか?』
    『なんだ?もっと子供なのか?だったら親呼んで注意しなきゃならんな。』
    運転手さんは『家の番号は?』と仁王立ちで見下ろしてくる。
    私はサっと顔をそむけ、笑顔になるのを堪えていた。
    《二十歳かあ・・・・二十歳ってことにしとこうかなあ。》
    相手は年配の方だから、年下はみんな子供っぽく見えるのかもしれない。
    そもそも童顔なので余計にそう見えるんだろう。
    だとしても普通に嬉しい。
    だって成人式をやったのなんて10年近く前なんだから。
    エル君が『なんで笑ってんの?』と顔を覗き込んでくる。
    『え?いやべつに。』
    どうにか表情を戻し、運転手さんを振り返って言った。
    『すみません、ほんとにただの勘違いだったみたいです。車の下に子猫がいるように見えたからつい。でもなにもいないから大丈夫です。』
    立ち上がり、『失礼しました』と頭を下げた。
    そして踵を返そうとした瞬間、『なあ』と呼び止められた。
    『子猫って言ったな?』
    『はい。』
    『白と茶色の子猫だって?』
    『ええ。でもただの見間違いでした。』
    『・・・・ほんとにいたのか?』
    『ええっと・・・・いたような気がしただけです。』
    『首輪は?』
    『はい?』
    『首輪はしとらなんだか?』
    『ええっと・・・・、』
    エル君に目配せをしたら、『しょうがないなあ』と言って車の下に潜り込んだ。
    『・・・・どう?』
    『白い首輪をしてる。鈴も付いてる。』
    『ありがとう。』
    『何をブツブツ言っとるんだ。』
    『ああ、いえ!たしか首輪はしていたと思います。白くて鈴のついたやつを。』
    『おお、ほんとか!』
    なぜか喜んでいる。
    『知ってるんですかその猫?』と尋ねたら、『実はな・・・・、』と切り出した。
    私は運転手さんの話を聞き、『そうだったんですか・・・・』と複雑な気分になった。
    『でもそれは不幸な事故ですよね?運転手さんの責任ってわけじゃ・・・・、』
    『分かっとる。でも気に病んどるんだ。』
    切ない目をしながら『成仏させてやりたい』と呟いた。
    『あんた幽霊が見えるのかね?』
    『そうみたいです。』
    『えらく曖昧だな。』
    『今朝からなんですよ、見えるようになったのは。動物としゃべれるのは生まれつきなんですけど。』
    『信じられん・・・・と言いたいところだが、実際にあんたの言うことは当たっとる。あいつは白と茶色の子猫で、白くて鈴のついた首輪をしとったんだ。』
    険しい顔で考え込んでから、『聞いてくれんか?』と言われた。
    『何をです?』
    『弔ってやりたい。その為にはどうすればいいか。』
    運転手さんも鬼頭さんと同じで優しい人だった。
    私は『いいですよ』と頷いてから、車の下にいる子猫に話しかけたのだった。
    ・・・・・これが一時間前の出来事。
    子猫を成仏させる代わりに、無料で東京まで乗せていってくれることになったのだ。
    さすがにそれは悪いですよと断ったけど、成仏させるには長野まで行かなきゃならない。
    そこまで行くならついでだと思えと言われて、お言葉に甘えたのだった。
    だけど・・・・進まない。
    長野に寄って子猫を成仏させて、それから東京へ向かうとなると、明るいうちには無理だろう。
    友人には遅れると言ってあるけど、そこまで遅くなるとは思ってないはずだ。
    《やっぱり今日じゅうには無理かもしれないって連絡しとこうかな。》
    渡りに船だと思ったタクシー、けどここは日本だってことを忘れていた。
    渋滞なんて当たり前だし、イライラだってしてしまう。
    そんな私をよそに、隣ではエル君と子猫がじゃれ合っていた。
    この子猫の名前はハチロー君。キュルンとした丸い目が愛らしい。
    よほど気が合うのかニャアニャアと楽しそうだ。
    「あんまり暴れちゃダメだよ。」
    『幽霊だから平気だって。死んでるって便利だろ。』
    「そういうこと言わないの。」
    するとエル君、『じゃあいっぺん幽霊になってみればいいじゃん』と返してきた。
    『お腹も空かないし怪我も病気もないし最高なんだぜ!』
    「その代わりもうご飯食べられないじゃない。」
    『そうなんだよな、こればっかりはどうもなあ。』
    『僕も猫缶食べたい。』
    ハチロー君が言う。
    「そうよね、まだまだ楽しいこと経験したかっただろうに。」
    そう言って膝に抱くと、運転手さんはバツが悪そうに咳払いをした。
    「あ、すいません・・・別に嫌味ってわけじゃないんですよ。」
    「いいさ、ほんとのことだから。しかしその子猫、ほんとに俺を恨んだりしてないのか?」
    「ええ。」
    「俺のせいで死んじまったってのに。」
    「多分ですけど、子猫だからよく事情が飲み込めてないんだと思います。」
    「でも俺が車を動かしたせいで死んだことくらい分かるだろ?」
    「死ぬってことがよく分かってなみたいで。こうして幽霊になっちゃったせいで、死んだ実感がないのかも。」
    「自分がどうなったかも理解できないとは・・・・可哀想だな。尚更きちっと弔ってやらんと。」
    そうは言ってもノロノロ渋滞じゃいつになったら着くか分からない。
    やがてじゃれ合いにも飽きたのか、ハチロー君は『つまんない』と言って、スルリとドアをすり抜けてしまった。
    「あ、ちょっと・・・・、」
    『俺が追いかける!』
    エル君が飛び出して行くけど、二匹ともなかなか戻ってこなかった。
    《このままじゃ・・・・、》
    私と運転手さんだけで長野へ行っても仕方ない。
    本当はダメだけど、「ちょっとすいません」とドアを開けた。
    「ダメだよ!ここ高速なんだから!」
    「すぐ戻ります!」
    「危ないって!」
    ノロノロ進む車の隙間を駆け抜けて行く。
    クラクションを鳴らされたり、「危ねえぞ!」と怒鳴られたりしたけど、「ごめんなさい!」と頭を下げながら路肩へ走った。
    「どこ行ったんだろう?」
    大声で二匹の名前を呼ぶ。
    すると白バイが近づいてきて、「なにしてるんですか!」と怒られてしまった。
    「ここ高速ですよ。」
    「ごめんなさい!猫が逃げ出しちゃって・・・・、」
    「猫?」
    「スルっとドアをすり抜けて・・・・、」
    「すり抜ける?」
    「あ。いえ・・・・窓から逃げ出して行ったんです。見つけたらすぐに戻りますから。」
    「ダメだって、事故が起きたらどうすんの。だいたいここ歩くのは違反なんだから。」
    「ですよね・・・すみません。」
    マズいことになったと身を丸めていると、『ねえねえ!』と声がした。
    『これ面白いよ。すごい速いんだ。』
    「ハチロー君!」
    白バイの陰から現れる。
    エル君も出てきて『これに乗っていけばすぐ着くんじゃない?』と言った。
    「乗っていけばって・・・そんなの乗れるわけないでしょ。」
    『これ運転できないの?』
    「バイクの免許は持ってないのよ。それに白バイはお巡りさんしか乗っちゃいけないの。」
    『じゃあお巡りさんに連れてってもらえばいいじゃん。』
    「無理に決まってるでしょ。」
    『なんで?』
    「お巡りさんはタクシーの運転手さんとは違うの。悪い人を捕まえるのが仕事なんだから。」
    『じゃあ藤井ちゃんは悪い人なんだ?』
    「え?」
    『だって捕まってるから。』
    「それはエル君たちを捜す為に外へ出たから・・・・、」
    「何を一人でブツブツ言ってるんですか?」
    怪訝な目を向けられて、「ちょ、ちょっと独り言を・・・」と誤魔化そうとした時だった。
    背後から物凄い音が響く。
    雷が落ちたのかと思うほどの轟音で、ビクっと身を竦めた。
    「なに!?」と振り返ると、後ろの方で事故が起きていた。
    車同士の衝突だろうか。
    一台は中央分離帯に乗り上げ、もう一台は横転している。
    白バイの隊員さんはバイクに跨り、慌てて向かった。
    「大丈夫ですか!」
    お巡りさんに手を引かれながら、横転した車から若いカップルが出てきた。
    もう一台の車の運転手も、オロオロと落ち着かない様子で立ち尽くしている。
    幸い大きな怪我をした人はいないようだけど・・・。
    「あんた今のうちに!」
    タクシーの運転手さんが連れ戻しにやって来た。
    私は「待って!」と猫たちを抱えた。
    けどまた逃げられてしまう。
    『行ってみようせ!』
    『うん!』
    二匹とも事故のあった方へ走っていく。
    「ごめんなさい!先に長野へ向かってて下さい!」
    「おい!」
    引き止める手を振り払い、二匹の所へ駆け寄る。
    「何してんの!」
    二匹は横転した車に乗り込もうとしていた。
    連れ戻そうとしたら、「近づいちゃダメだよ!」とお巡りさんに押し戻された。
    「だって猫が・・・・、」
    「猫?さっき言ってたやつ?」
    「そうなんです!車の中に・・・・・、」
    言いかけてやめる。
    《見えるわけない・・・・。》
    さっきエル君に注意されたばかりだ。
    いい加減霊感に慣れろって。
    お巡りさんは車の中を確認してくれるけど、もちろん答えは決まってる。
    《どうせ何もいないって言われるんだろうなあ。余計に変な人だって疑われて・・・・、》
    「この子?」
    「へ?」
    「猫ってこの子?」
    そう言って茶トラの猫を抱えてきた。
    「・・・・違います。」
    「じゃあこの猫は誰の・・・・・、」
    「シュウちゃん!」
    若いカップルの女の子が猫を奪い取る。
    「よかったあ・・・無事だった。ねえお兄ちゃん!」
    「ああ・・・・。」
    お兄ちゃん?
    どうやら兄妹のようだった。
    お兄さんの方は事故のショックで顔が真っ青になっている。
    妹さんは猫が無事だったことに喜び、エル君とハチロー君は『よかったよかった』と車から出てきた。
    「もしかして車の中に猫がいることを知ってたの?」
    『いいや偶然。』
    「だよね。」
    二匹はこっちへ戻ってきて、『もう飽きたから行こ』と言った。
    『長野ってところに行くんだろ?』
    『僕が生まれたとこだよ。』
    私を通り抜けて『タクシーは?』なんて言っている。
    「あのねえ!君たちが勝手なことしてる間に先へ行っちゃったのよ!」
    「行ってないぞ。」
    「え?」
    振り向くと運転手さんが立っていた。
    路肩に車を止めて待っていてくれたみたいだ。
    「まだいてくれたんですか?」
    「渋滞で全然進まんからな。いいから早く乗れ。いつ切符を切られるか分からん。」
    タクシーへ顎をしゃくる。
    私は二匹を抱え、「失礼しました!」とお巡りさんに頭を下げた。
    「おいちょっと!」
    すぐに呼び止められる。
    今なら逃げ出せるかと思ったけど甘かったみたいだ。
    「高速なのに車から降りたことは謝ります!でも決して悪ふざけとかじゃなくて・・・・、」
    「もうしちゃダメだよ。」
    「え?」
    「今は状況が状況だから。」
    「じゃあ・・・・・、」
    「今回だけね。」
    「あ、ありがとうございます!」
    ペコっと頭を下げ、「じゃあ!」とその場をあとにする。
    急いでタクシーに乗り込もうとすると、「待って!」とまた呼び止められた。
    でも今度はお巡りさんじゃない。
    さっきの妹さんだった。
    「タクシーに乗せて下さい!」
    「あなたも?でも事故したんだからお巡りさんに話をしないといけないんじゃないの?」
    「運転してたのは兄です。それにこっちはぶつけられた方だし。」
    「だけど同乗してたんでしょ?なら詳しい話とか・・・・、」
    「急いでるって言って抜けてきました。」
    そう言って「この子を急いで連れて行かないといけないから」と腕に抱いた猫を見せつけた。
    「もしかしてどこか悪いの?」
    「ていうウソをついて抜け出してきました。」
    「じゃあほんとの理由は?」
    「今すぐ長野へ行きたいんです。」
    「長野・・・・。」
    「あなたあのタクシーに乗ろうとしてましたよね?」
    「そうだけど。」
    「譲ってくれません?」
    「はい?」
    「だってお兄ちゃんの車はあんなことになっちゃったし、こんな場所で他にタクシー呼べないし。だからあなたのアレ譲ってほしいんです。」
    譲ってなんて言われても、じゃあ私はどうしたら?って思ってしまう。
    だったらいっそのこと・・・・、
    「実は私も長野へ行くの。」
    「ほんとに!?長野のどこ?」
    「渋温泉ってところだけど。」
    「私と一緒じゃん!ねえお願い!一緒に乗せてって!!」
    「別に構わないけど・・・どうして長野に?」
    「私の猫がいるかもしれないから。」
    「あなたの猫?」
    「実は今抱いてるこの猫、二週間くらい前に拾ったんだけど、迷い猫のサイトで捜索願が出てたんです。
    すぐに連絡を送ったらこの子で間違いないって。だけどその人も迷い猫を保護してたんです。」
    「ならその猫があなたの猫だったってこと?」
    「多分。」
    「ハッキリしないのね?」
    「写真を送ってもらったんですけど、イマイチ分からないんです。だって行方不明になったのは子猫の時だから。」
    「ならけっこう前の話ね。」
    「二年くらい前です。その時は長野に住んでて、渋温泉ってところで子猫を拾ったんですよ。白と茶色の猫で、真っ白な首輪を付けてました。」
    「長野で白と茶色の・・・・。ちなみに名前は?」
    「ハチローです。」
    「・・・・・・・・・。」
    言葉を失ってしまう。
    だって彼女の捜してる猫、もしかして私が抱いてるこの幽霊なんじゃ・・・・。
    しかし当のハチロー君はまったく彼女に興味を示さない。
    まるで知らない人間であるかのように。
    《子猫だから覚えてないのかな。》
    さて、どうしよう。
    今すぐ事実を伝えるべきか?
    それとも黙っておくべきか?
    「お願いです!私も一緒に乗せてって!」
    必死にお願いする彼女。
    運転手さんが「いつまで待たせるんだ?」と窓から顔を覗かせていた。

    悩んだまま

    • 2019.08.21 Wednesday
    • 10:45

    JUGEMテーマ:

    子供の頃に抱えていた不安は今も消えない

     

    20年前の悩みも 10年前の怒りや悲しみも

     

    ここまで来ればもう分かる

     

    不安も怒りも悲しみも

     

    いつまで経っても消えることはないんだと

     

    10年後への期待 20年後への期待

     

    未来の自分はきっとこう思う

     

    あと10年経てばと

     

    だから消えない 悩みを抱えたまま生きていく

     

    それが普通 それが自然

     

    どうにか自分に言い聞かせながら

     

    悩んだまま前を見る

    勇気の証 第六話 金運の鳥(2)

    • 2019.08.21 Wednesday
    • 10:25

    JUGEMテーマ:自作小説

    「なるほど、フク丸と会ったんですか。しかも動物と喋れるなんて驚きだ。」
    牛丼屋で特盛を掻き込みながら男性が言う。
    この人は鬼頭零士さんといって、数年前まで祈祷師をやっていたそうだ。
    だけど詐欺行為をして捕まり、つい先月に出所したのだという。
    よほどお腹が減ってたんだろう、ガツガツと牛丼を頬張り、すぐに空にしてしまった。
    だけどまだ満腹そうに見えないので、「お代わりいりますか?」と尋ねた。
    「いやいや!そんな・・・・、」
    「いいんですよ、フク丸君の飼い主さんに会えるなんて思ってなかったし。何かの縁だと思って。」
    もう一杯特盛をお願いして、鬼頭さんの胃袋が満足するのを眺めていた。
    ここまで豪快に食べる姿は清々しい。
    瞬く間に空にしてしまって、一気に氷水を飲み干した。
    「ふう、久々に人間らしいモンを食った。」
    うっとりしながらお腹を撫でている。
    紅しょうがをつまみながら、「助かりました」と笑った。
    「ここ一週間くらいまともに食ってなかったんです。野垂れ死にするところでした。」
    「食べられないのって辛いですよね。海外へボランティアに行ってるんですけど、お腹を空かせて辛そうにしている人を大勢見てきました。」
    「普通に食い物にありつけるって、それだけで幸せなもんです。なのに俺ときたら・・・・、」
    紅しょうがをもうひとつまみしてから、「金に目がくらんで」と続ける。
    「フク丸が来てからどんどん金回りがよくなってね。こいつは間違いなく幸運を運ぶ鳥だと思いましたよ。」
    「事情は聞きました。最初は貧しい人の力になってたんですよね?」
    「赤ひげ先生気取ってね。この力で困ってる人を助けることに快感を覚えていた。」
    そう言ってテーブルに座るエル君を撫でた。
    普通の人なら見ることも触れることも出来ないだろう。
    でも鬼頭さんにはそれが出来る。
    幽霊と触れ合うことも、そして追い払うことも。
    エル君は嫌そうな顔をしながら、私の膝の上に逃げてきた。
    『こいつ最悪だぜ。俺のこと成仏させようとしやがった。』
    「いいじゃない、成仏して天国へ行けば。」
    『ヤだよ。まだ幽霊を楽しみたい。それにアンタだってさっき止めてたじゃんか。』
    「だってすごい苦しそうにしてたから。」
    『無理矢理成仏させられようとしたからな。食いしばって抵抗してたんだ。』
    そう言ってチョイチョイと私の牛丼に手を伸ばすけど、スカスカっとすり抜けるだけだった。
    『チェッ!』
    すごく悔しそうだ。
    幽霊になってからお腹は減らないらしいけど、食べ物を見ると食欲がわくという。
    だからこそフク丸君を食べようとしていたんだけど。
    「鬼頭さん、ちょっと質問いいですか?」
    「なんでも聞いて下さい。」
    食事のお礼だと言わんばかりに大きくなったお腹をさすっている。
    「フク丸君は鬼頭さんが出所してることを知ってるんですか?」
    「知ってますよ。あいつこの辺りをウロついてるみたいだから。でも近づくと逃げて行くんですよ。」
    「フク丸君が言ってました、幽霊は生きた人間と関わっちゃいけないって。でもほんとは鬼頭さんに会いたいんだと思います。」
    あの子はなにかを隠していた。
    無理な詮索は良くないから聞き出せなかったけど、おそらくそのせいで素直になれないんだろう。
    「あの・・・・、」
    「はい?」
    「やっぱり気になるんです、フク丸君と鬼頭さんになにがあったんだろうって。もちろん言いたくないならいいですけど。」
    「さっきも言いましたけど、なんでも聞いて下さい。」
    「じゃあ・・・・、」
    思い切って尋ねようとした時だった。
    後ろから「早くどけよ・・・・」と小声がした。
    振り向くとお客さんが並んでいた。
    店員さんも物言いたそうな顔でこっちを見ている。
    ここは牛丼屋、話し込む場所じゃない。
    私はお会計をすませてから「別の場所で話しましょう」とドアを開けた。
    『アカン!』
    「きゃあ!」
    ドアを開けた瞬間、バタバタと何かが飛んでいった。
    あれはフク丸君!
    『まて!』
    逃げる鳥を見て本能が刺激されたのか、エル君が追いかけていく。
    「あ、ちょっと・・・・、」
    「平気です。あの猫はあなたに懐いているみたいだから戻ってくるでしょう。」
    「だといいんですけど・・・・・。」
    とりあえずお店を出て公園へ向かう。
    ベンチに腰掛けると「ああやってね」と鬼頭さんが言った。
    「ちょくちょく近づいて来るんです。」
    「ならやっぱり鬼頭さんに会いたいんですよ。でも何かが邪魔をしてる。それって鬼頭さんが捕まったことと関係があるんじゃありませんか?」
    そう尋ねると「まあ」と頭を掻いていた。
    「俺が金に溺れるようになったのは自業自得なんです。けどフク丸は自分のせいだと思ってる。」
    「どうして?」
    「実はですね・・・・あいつ俺の家へ来てからすぐに死んじまったんですよ。」
    「ええ!死ぬって・・・病気かなにかだったんですか?」
    「前の飼い主がロクに世話をしてなかったみたいでね。ずいぶん弱っていたんです。」
    「それって潰れたペットショップの社長さん?」
    「ええ。慰みで飼ったはいいものの、倒産したショックからロクに面倒を見られなかったようです。
    俺にフク丸を寄越したのは世話が面倒になっただけなんですよ。」
    「ひどい!」
    また怒りが沸いてくる。
    いくら解決してもこういう問題は無くならない。
    いい加減に日本も法整備して、飼う資格のない人は飼えないようにしてほしい。
    そうでなきゃいくら私みたいな人間が頑張ったところでイタチごっこに過ぎないのだ。
    目がつり上がっていたんだろう。
    鬼頭さんが「藤井さん?」と不安そうにしていた。
    「ごめんなさい・・・・そういう話を聞くと熱くなっちゃって。」
    「動物愛護のボランティアをされてるんですよね、なら当然ですよ。動物に興味のなかった俺でも酷いと思いましたから。」
    優しい人だと思った。
    あんまり熱くなると脱線するから、呼吸を整えてから「じゃあ・・・」と話題を戻した。
    「フク丸君はすぐに死んじゃって、それで幽霊になったってことなんですね?」
    「そうです。俺は成仏させてやろとしたんですが、あいつは嫌がった。
    だから何度も言ってやったんです。この世に留まり続けたっていいことはないぞって。
    でも成仏させてやろうとする度に暴れてね。無理矢理にってわけにもいかないし、どうしたもんかと困ったんですよ。」
    「フク丸君自身が言ってました。幽霊がこの世に留まるのは良いことじゃないって。でもあの子は留まり続けてる。」
    「あいつはあいつなりに考えたんですよ。この世に留まることを納得してもらうにはどうしたらいいか?悩んだ挙句に出した答えがお金です。」
    「お金?」
    「あいつは本当に幸運の鳥なんですよ。どうしてか分からないけど金運を左右する力があるみたいでね。
    おそらくだけど、前の飼い主の会社が倒産しやのはあいつの仕業でしょう。
    動物への扱いが酷かったから、それを恨んで潰したんだと思います。」
    「自分の好きな人にはお金を運んで、そうじゃない人にはお金を遠ざけるってことですか?」
    「ええ。最初は昔の依頼者が出世払いの約束を果たしてくれたんだと思っていました。
    でもそうじゃなかった。ある日あいつが言ったんですよ。『おカネ、おカネ』って。」
    そう言って手の中を見つめている。
    まるでそこにお金があるかのように。
    「カネカネ言うフク丸を見てピンときました。金運に恵まれるようになったのはこいつのおかげなんだって。」
    どこか寂しそうな目をしながら、消えたお金を握り締めるように手を閉じた。
    「人間ってね、一度贅沢を味わうと昔には戻れないんですよ。フク丸が成仏したら俺はまた貧乏になるかもしれない。
    それが怖くて成仏させようとはしなくなった。そして俺自身が金に溺れ、金持ちだけを助けたり、とことんまで吹っかけたりした。
    けど金が増える度に霊力は落ちていったんです。」
    「フク丸君がいればいくらでもお金が入ってくる。だったら腕を磨かなくてもいい。・・・・・そう思ったんですね。」
    「おっしゃる通りです。でもそれがいけなかった。いくら金があっても慢心してちゃ上手くいかない。
    やがて金のことばかり考えるようになって、やっちゃいけないことを始めたんです。」
    「それは・・・・詳しく窺っても?」
    「依頼者に霊感グッズを売りつけるようになったんです。これ買わないと不幸になぞるって。」
    「ああ・・・・・。」
    「これがけっこう売れたんですよ。それに味をしめてねずみ講みたいなことまでやっちまって。最後には人を雇って組織的に・・・・、」
    「完全に違法じゃないですか。」
    「だからこそこんなナリですよ。」
    手を広げて今の自分を見せつける。
    「ムショを出たはいいものの、こんな不景気じゃまともな仕事に就けなくてね。祈祷師なんて潰しの利かない仕事だし。」
    「もう一度祈祷師はやらないんですか?」
    「やる資格なんてありませんよ。もうそういう道へはとても。」
    寂しそうな目を伏せながら、「俺のせいなのに・・・」と呟く。
    「金に溺れたのは俺のせいです。けどフク丸はそう思わなかったみたいで。
    何度もムショに来ては『スンマヘン』って言うんですよ。あいつ九官鳥だから、簡単な言葉なら喋れるでしょう?
    だからスンマヘン、スンマヘンって。」
    落ち込んだ気分を誤魔化したいのか、無精ヒゲをなでている。
    でも私は一つおかしいと感じていることがあった。
    「もしフク丸君が幽霊じゃなかったとしても、きっと鬼頭さんに金運を運んでいたと思いますよ。」
    「俺もそう思ってます。幽霊がどうとかじゃなくて、俺に金運を与えたことを後悔してるんでしょう。別にあいつが悪いわけじゃないのに。」
    鬼頭さんの言う通り、幽霊がどうとかは関係ない。
    フク丸君は鬼頭さんに会いたいけど会いづらくて、その言い訳として幽霊がどうのと言ってるんだ。
    これが人間同士ならまた違う展開になっていただろう。
    だって言葉を交わせるから。
    互いの気持ちに誤解があったとしても、会って話すことでわだかまりが溶けることもある。
    けど人間と九官鳥とではそれも無理だ。
    だったらここは・・・・・、
    「私が力になります。」
    「あなたが?」
    「鬼頭さんとフク丸君をつなぐ力に。」
    キョトンとする鬼頭さんだったけど、すぐに私の言ってることを理解した。
    「たしかにこのままじゃフク丸は成仏できない。・・・・お願いできますか?」
    「もちろん!」
    それから数分もしないうちにエル君が戻ってきた。
    その口にフク丸君を咥えて。
    バタバタと暴れるフク丸君、私は離してあげてと言って、彼を鬼頭さんの腕に抱かせた。
    じっと見つめ合う一人と一羽。
    最初はお互いに戸惑っていたけど、やがて鬼頭さんの方から口を開いた。
    私はお互いの言葉を訳す。
    エル君は不思議そうな顔でそれを眺める。
    お互いに語り尽くし、もう言葉が尽きたとき、鬼頭さんは「今までありがとう」と手をかざした。
    フク丸君は抵抗することなく目を閉じる。
    一羽の鳥が空に吸い込まれるように羽ばたいていった。

    夏の背中

    • 2019.08.20 Tuesday
    • 11:59

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    夜になると茂みからコオロギの声が聴こえる

     

    リリリリと秋の音がする

     

    かぶせるようにセミの合唱が響く

     

    夜も深まる頃 またコオロギの声だけに戻る

     

    朝陽が昇るまで 外は秋の音で満たされる

     

    居残ろうとする夏に 秋が足を踏み入れている

     

    もうすぐ季節が変わる

     

    まだまだ暑いけど

     

    夏が背中を向け始めた

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