マーシャル・アクター 最終話 約束は守れない

  • 2014.01.17 Friday
  • 18:47

〜『約束は守れない』〜

「小僧の妹め、余計なことをしおって・・・。」
フレイがブーツを履きながら不満そうに愚痴っている。
「まあまあ、これはレインが僕達を大切に想ってくれていた証ですよ。
こうしてまたこの世界で生きられるのはありがたいことです。
弟子の命と引き換えにというのはなんとも心が痛いですが・・・。」
「ふん、そんなことは分かっておるわ。
俺が言いたかったのは、なぜこの役目が俺ではないのかということだ。
どうして若い命が先に散って、俺のような剣一筋の老兵が生き返るのか・・・。」
フレイはベッドから降りて背を伸ばした。
ククリは窓から射し込む光に目を細めながら、命を散らした最愛の弟子に想いを馳せていた。
すると突然ドアがノックされ、若い女の声が響いた。
「あの・・・ジョシュ君の出発の準備が出来たみたいなので、そろそろ・・・。」
ククリはガチャリとドアを開け、彼女の頭に手を置いた。
「ああ、すまないシーナ。剣聖はどうも低血圧らしくてね。
昔はこんなことなかったんだけど、どうも最近歳のせいか・・・・痛いッ!」
頭を押さえるククリの後ろで、フレイが拳骨を作って立っていた。
「余計なことを言うでない。まだそこまで年老いておらんわ。」
「剣聖さん、おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
フレイもシーナの頭に手を置き、グシャグシャと髪の毛を掻き回した。
「きゃあ!やめて下さい!」
シーナは頭を押さえながら慌てて離れた。
そしてグシャグシャになった自分の髪を見て、泣きそう声で呟く。
「ひ、ひどいです・・・。せっかく可愛く結ってあったのに・・・。
こんなグシャグシャじゃジョシュ君に笑われちゃう・・・。」
グスンと鼻を鳴らして自分の髪を触るシーナ。
そんな彼女を見て、フレイは声を上げて笑った。
「あの小僧がそんな繊細なことを気にするものか。
綺麗に結ってあろうが乱れていようが気づくまいて。ははははは!」
「そ、そんなあ〜・・・。」
うるうると目に涙を溜めるシーナの横に立ち、ククリは呆れた顔で肩を竦めた。
「やだね〜、デリカシーの無い人は。乙女心を分かってないんだから。
女の子はこういうことを凄く気にするもんですよ。
どれ、僕が結い直してあげよう。」
手際良くシーナの髪を結いあげるククリを見て、フレイはつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「ふん、随分慣れた手つきだな。
どうせ今まで遊んできた女にやり方でも教わったのだろう。
間違って自分の弟子に手を出すでないぞ。」
あっという間に元の髪型に戻し、ククリはシーナの頭を撫でた。
「出すわけないでしょう。この子は僕にとって娘みたいなものですからね。
まあ間違って下らない男が手を出してきたら、その時はどういう目に遭わすか分かりませんけど。」
「うむ、それは同感だ。シーナよ、悪い虫が寄って来たらまず俺に言え。
次の日にはこの剣の錆びになっておるわ、ははははは!」
「ふ、二人とも怖いです・・・。」
シーナは杖をギュッと握りしめ、豪快に笑う二人を見上げていた。

             *

三人がクラナドの街の館を出ると、門の前にジョシュが立っていた。
朝陽をじっと眺めていたが、フレイ達に気づくと笑いながら振り返った。
「師匠、おはようございます。相変わらず朝が遅いっすね。
とても武術家とは思えないですよ。やっぱりそれって歳のせい・・・・・痛ッ!」
「どいつもこいつも人を年寄り扱いしおって。」
フレイの拳骨に頭を押さえながら、ジョシュは苦笑いをして顔を上げた。
ククリは可笑しそうに二人の間に入り、手を空に向けた。
「ジョシュ君、旅立つにはいい朝だね。もしかして晴れ男かい?」
「まあね。レインは雨女でしたけど、ははは。」
頭で手を組んで笑うジョシュの元に、シーナが恥ずかしそうに駆け寄ってきた。
「ジョシュ君・・・。」
「おう、シーナ!あれ・・・さっきと髪型違うじゃん。なんか可愛くなってる。」
「え!ほ、ほんとに?か、可愛いですか・・・?」
「うん、すごい似合ってるよ。
そっちの方が可愛い・・・、いや元の髪型も捨てがたいかなあ・・・。
けど元々が可愛いから、どっちも似合ってるよ。」
「・・・そ、そう言ってもらえると嬉しいです・・・。」
頬を赤らめて顔を伏せるシーナに、ややキザっぽいセリフだったかなと恥ずかしそうに頭を掻くジョシュ。
「ふん、女垂らしめ。そんなことを覚えているとククリのようになってしまうぞ。
こいつがそれだけ女に泣かされたか・・・。俺の知る限り最低でも・・・・、」
「あー、あーッ!余計なことは言わないで下さいよ。
それ全部誤解だし、若い子に僕のイメージを壊すようなことを吹き込むのはやめて下さい。」
「どこが誤解か。確かマオが言っておったな。
サラに迫られて、まんざらでもなさそうな顔で夜の街に消えていったとかなんとか・・・。」
「してませんよそんなこと!まったく・・・どんどん僕のイメージが・・・。」
腕を組んで面白そうに見下ろすフレイの前で、ククリは額に手を当てて項垂れていた。
「シーナもククリさんと二人きりの時は気をつけた方がいいかもね。」
「・・・はい。一応先生を信じていますけど、万が一ということもありますから・・・。」
「だからあ〜、なんでみんな人を女垂らしみたいに言うのさ・・・。」
「ははは、人を年寄り扱いした罰だ!」
がっくりと肩を落として項垂れるククリ。
三人は可笑しそうに笑いながら街の方へと歩いていった。
館の門を出て街の通りを歩き、ジョシュは懐かしい顔を見つけた。
「あ!お前はあの時の!」
露天の長椅子に座り込んでいるのは、この街に来た時に喧嘩をした魔導士達だった。
「あ、あんたは・・・。」
黒い法衣の魔導士が立ち上がり、驚いた顔で見つめた。
そしてジョシュの横で怖い顔をして立っているフレイに気づき、慌てて顔を逸らした。
「久しぶりだな。どうだ小僧共、あの時の続きをやるか?」
そう言って拳を持ち上げるフレイを見て、魔導士達はぶるぶると首を振った。
「い、いや・・・滅相もないです・・・。
あの時はフレイ剣聖だとは知らずに調子に乗ってしまって・・・。」
フレイは二コリと笑うと、俯く魔導士に「顔を上げい!」と怒鳴った。
そして恐る恐る顔を上げた瞬間に、ゴツンと拳骨を落とした。
「・・・・・ッ!」
頭を押さえてうずくまる魔導士に、フレイは腕を組んで見下ろしながら言った。
「これで勘弁してやる。ただ次に調子に乗っていたら・・・。」
「は、はいッ!すいません!二度と調子に乗ったマネはしません!」
魔導士達は慌ててフレイの元から走り去っていった。
「まあいいお灸ですね。
これを機にしっかりした魔導士になってくれればいんだけど。」
「何を言っておるか。ああいう若い魔導士の教育はお前の役目であろうが。
今やこのグラナドが魔導協会の本部なのだぞ。
そしてお前は魔導協会の会長ではないか。」
バツが悪そうに頭を掻くククリだったが、負けじとフレイに言い返す。
「剣聖こそまた武術連盟の会長に納まったんでしょう?
それならもう少し行儀よくですね・・・・、」
そう言いかけるククリの裾を、シーナがクイクイと引っ張った。
「ジョシュ君はもう先に行っちゃいましたよ。」
「ああ、ほんとだ!」
「無愛想な奴め。師匠を無視して置いて行くとは。」
ジョシュは通りを眺めながら初めてこの街に来た時のことを思い出していた。
あの頃は一つの肉体に二人の魂が宿っていた。
その問題を解決する為だけにここへ来たのに、気がつけば思いもしない大きな戦いに巻き込まれていた。
傷つき、失い、しかし師との出会いや、戦いの中で生まれる絆もあった。
ほんの少し前のことなのに、随分の昔のことのように感じられた。
街の門まで来ると、衛兵がジョシュに気づいて駆け寄ってきた。
何日かこの街にいてすっかり顔馴染みになった衛兵と言葉を交わし、今日この街を出ることを告げた。
気を付けてと言葉をかける衛兵に対し、ジョシュは笑って手を振り、街の外へ出た。
「ジョシュ君!待って・・・!」
シーナがはあはあと息を切らしながら駆けて来る。
「一人でスタスタ行かないで下さい・・・。
このまま別れも告げずに行っちゃうかと心配しました・・・。」
杖を握りしめて息を切らすシーナ。
ジョシュは赤く火照ったその顔をじっと見つめた。
「なんかさ・・・一人で歩いてたら分かんなくなっちゃって・・・。
色んなことがあっという間に過ぎて、気がついたらずっと一緒にいた大切な人が傍にいなくなってて・・・。
たまにさ、これって現実なのかなって・・・。」
「ジョシュ君・・・。」
シーナは一歩前に踏み出してジョシュの手を握った。
「レインさんが・・・自分の魂と引き換えにマリオンを倒してくれました。
それだけじゃなくて、最後の最後で残った力を使って私達を生き返らせてくれて・・・。
きっと、レインさんはやろうと思えば出来たと思うんです、自分を復活させること。
魂に宿った根源の力を使えば、自分は助かったかもしれないのに・・・。
私達を生き返らせる為に・・・自分を犠牲にしたんです。」
「・・・・・・・。」
シーナはジョシュの手を強く握りしめ、真っすぐに目を向けた。
頬が赤くなり、グッと息を飲み込む。
そして意を決したように口を開いた。
「ねえジョシュ君・・・私達のこと恨んでますか?
私達が生き返らなければ、レインさんがここにいたかもしれない・・・。
だから、もしそのことを恨んでるなら・・・言って下さい。
私も魔導士のはしくれです。この命を使えば、もしかしたらレインさんを・・・、」
「そんなことないよ。」
シーナの言葉を遮り、ジョシュはその手を握り返した。
ジョシュは優しい目で笑ってシーナを見つめ、少し俯いて口を開いた。
「あいつは優しい奴でさ・・・。昔っから、他人が傷つくくらいなら自分が傷ついた方がマシだっていうような奴だから。
師匠も、ククリさんも、シーナが生き返ったのも全部レインが望んだことだ。
それを俺が恨むわけがないだろう。」
「・・・・グス・・・ジョシュ君・・・。」
涙ぐんで鼻を赤くするシーナ。
ジョシュは可笑しそうに笑って彼女の鼻をつまんだ。
「ほんとによく泣くよなシーナは。
そんなに泣いてると目とか鼻が痛くなったりしないか?」
「痛いです・・・ジョシュ君が鼻をつまんでるから・・・。」
二人は顔を見合わせて笑い、恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「な〜にをイチャイチャしてるだい?」
門の向こうから現れたククリが、ニヤニヤした顔でジョシュの肩に手を回してくる。
そしてシーナに目を向けて「ああ!」とわざとらしく叫んだ。
「ダメじゃないかジョシュ君、女の子を泣かしちゃあ。
どうしたんだいシーナ?何か変なことでもされたんじゃ・・・・・、」
「してませんよそんなこと!・・・・痛ッ!」
ジョシュの後ろでフレイが拳骨を握り、怖い顔をして立っていた。
「言ったそばからこれだ。
小僧、お前はやはりククリに似てろくな男にならんかもしれん。」
「ちょっと、師匠までなんですか・・・。」
「ははは、いいじゃないか。僕と剣聖だってひどい言われようしたんだから、君だってね。」
「そうだぞ。この拳骨は師匠からの餞別だ。ありがたく受け取れ。」
そう言って拳を振り上げるフレイからサッと身をかわし、ジョシュはシーナの後ろに回り込んだ。
「そんな餞別いりませんよ。相変わらず荒っぽいんだから、ったく・・・。」
三人の取りを見ていたシーナは、口元に手を当てて可笑しそうに笑った。
「大丈夫ですよ、ジョシュ君。私が守ってあげます。」
そう言ってジョシュの頭を撫でるシーナ。
唇を尖らせ、ジョシュは苦笑いしながら彼女を見つめた。
「なんだ、シーナまで俺のこと子供扱いすんのか?
まるでレインみたいにさ?」
「だって子供っぽいから。戦ってる時は別ですけど、普段は・・・ね?」
シーナは首を傾げて二コリと微笑む。
バツが悪そうに拗ねた顔を見せ、ジョシュは腕を組んでそっぽを向いた。
「ははは、いいコンビじゃないか。
ずっと見ていたけど、冗談はこれくらいにして・・・。」
ククリは真剣な顔になり、腰に手を当ててジョシュを見つめた。
「ジョシュ君、本当に行くんだね。僕の言ったことはあくまで可能性の話だよ。
もしかしたら君の旅は無駄に終わり、ただ傷つくだけかもしれない。
それでも行くのかい?」
ジョシュは小さく俯き、無言のまま顔を上げて街から伸びる道に目をやった。
その道の先には良く晴れた空が広がり、大きな雲が低く雷鳴を響かせて流れていた。
「確かに、ククリさんの言う通り無駄な旅になるかもしれない。」
重い口調で言い、ジョシュは三人を見つめた。
その顔は希望に満ちているような、しかし後ろめたい何かをしに行くような表情だった。
「けどね、やっぱりこの気持ちは抑えられませんよ。
もしかしたらレインの魂が・・・その欠片がこの世界のどこかに存在しているかもしれないなんて聞かされたらね・・・。俺はあいつを放っておけない。」
そう言ってジョシュは右手にはめている手袋を取り、袖を捲り上げた。
その腕は肘から先が赤い金属の皮膚に変化していた。
「これはどう見てもレインのマーシャル・スーツですよ。
こいつがたまに、微かに振動することがある。
それはレインがこの世界のどこかで存在しているかもしれない証拠だって・・・。
ククリさんがそう言ったんですよ。」
ジョシュは自分の腕に触れ、そこにレインがいるかのように握りしめる。
小さくため息をつき、ククリは憂いを感じさせる顔でジョシュに語りかけた。
「ああ、確かに言ったよ。けどね、それはあくまで可能性の話さ。
それもとても小さな可能性だ。
仮にこの世界のどこかにいたとしても、それはどんな形で存在しているのかは分からない。
魂だけなのか、意識だけなのか、もしかしたら誰かの肉体に宿っているのか・・・。
それを見つけるのがどれほど大変なことか・・・。」
ジョシュは返事をせずに袖を戻し、手袋をはめた。
そして強く拳を握り、目を閉じて眉間に皺を寄せた。
それはこの世界のどこかにいるかもしれないレインを、じっと感じているようだった。
「ククリよ、何を言っても無駄だ。小僧の心はもう決まっておる。」
フレイは腕を組んでククリの前に立ち、厳しい中にも優しさを感じさせる口調で言った。
「人間・・・誰でも自分の想いを止められないことはある。
それが誰かの為というのならなおさらだろう。」
「師匠・・・。」
見上げるジョシュに笑いかけ、フレイは腰の剣を外して顔の前まで持ち上げた。
「これは俺と共に幾多の闘いを勝ち抜いてきた戦友だ。
最強の武術家が信頼を寄せる、最強の剣だ。持って行け。」
そう言ってジョシュに剣を差し出した。
「師匠・・・いんですか。剣士にとって剣は魂と同じなのに・・・。」
「かまわん。どうせもうこいつを必要とするほどの敵に出会うことはなかろう。
それにお前が言ったのだぞ、拳骨の餞別などいらんと。
だったら代わりにこいつをくれてやる、受け取れ。」
ジョシュは震える手で剣を受け取り、師に深く頭を下げた。
代わりに自分の剣を差し出すと、フレイは二コリと笑って受け取った。
師から授かった剣を腰に携え、遠く続く道を振り返って太陽を見上げた。
眩しいほどの光が目を細めさせ、この道の先を照らしている。
ジョシュは三人に顔を向け、二コリと笑って腰の剣に手を置いた。
「それじゃ行ってきます。この先どうなるか分からないけど、自分で決めた道ですから。
そんで・・・もしレインと出会えたら、二人でまたここに戻ってきます。」
ジョシュの言葉にフレイ達は頷き、笑顔を返した。
「ジョシュ君、ここには君とレインの仲間がいつでも待っている。
僕も、剣聖もシーナも、ずっと君達の仲間さ。
レインと二人で帰って来る日を楽しみにしているよ。」
「はい、必ずレインと一緒に帰ってきます。」
フレイは気恥ずかしそうに咳払いをし、受け取った剣を腰に差してジョシュを見据えた。
「小僧、はっきり言って貴様はまだまだ未熟だ。
我が奥義も一つしか伝授しておらんしな。
だから、その、なんだ・・・。
もし自分に限界を感じたらいつでも戻って来い。
俺が一から鍛え直してやる、いいな!」
「師匠・・・・・ありがとうございます。」
深く頭を下げて礼を言い、ジョシュは師から譲り受けた剣に手をかけた。
「けど次に戻ってきた時には俺の方が強かったりして・・・。」
「な、何おう!」
フレイは拳を握って顔を怒らせ、ジョシュに突っかかっていく。
「少し優しくすればいい気になりおって。
やはり貴様はひん曲がった根性を叩き直さねばならん!」
そう言っていつものくせで腰に手をかけるが、違和感を覚えて自分の手を見つめる。
「ぬうう・・・やはりしっくこんな、人の剣というのは・・・。」
「ははは、何やってんすか。さっき俺にくれたばっかりじゃないですか。
これ使ったら今の俺でも勝てるんじゃ・・・。」
「貴様!やはりそれを返せ!」
「べえ〜、一度もらったもんは返すなってのが家訓なんですよ。
これはもう俺のもんだから。」
「おのれ・・・。待たんか小僧!」
子供のように追いかけ合う二人を見て、ククリとシーナは声を上げて笑っていた。
「まったく・・・最近の若造ときたら・・・。」
怒りながら嬉しそうな顔をするフレイに、ジョシュもニコッと笑って舌を出した。
「あ、あの・・・ジョシュ君・・・。」
シーナが肩に力を入れてジョシュの元に駆け寄ってくる。
そしてもじもじとしながら頬を赤らめて俯き、何やら小さく呟いている。
「どうしたシーナ?」
首を傾げて尋ねてくるジョシュに、シーナはギュッと杖を握って彼を見上げた。
「あ、あの・・・私・・・ジョシュ君のことが好きです!
だから・・・またこの街に戻ってきて下さい!」
悲しそうに、そして恥ずかしそうに顔を赤くして、シーナは小さく笑った。
ジョシュは微笑みながら彼女の頭に手を置いた。
「うん・・・必ず戻って来る。そん時まだ俺のことが好きだったら・・・。
俺もちゃんと返事をするよ・・・。」
シーナの顔がパッと明るくなり、少しだけ濡れた目を拭って微笑んだ。
「はい・・・待ってます。必ずレインさんと会えるように毎日祈りながら。
だから無事に帰ってきて下さい、約束です・・・。」
シーナの差し出した小指に指切りをして、お互いに笑い合った。
「それじゃ、みんなしばらくの間さよならだけど・・・元気で。」
ジョシュは手を振って歩き出し、後ろを振り返ることなく前に進んで行った。
「もうレイドはいないんだから、マーシャル・スーツを発動させる時は気をつけるんだよ。」
背中に聞こえるククリの声に手を上げて応え、ジョシュは真っすぐと歩いて行く。
しばらく空を向いて歩き続けていると、雲が光って雷鳴が轟いた。
ジョシュは立ち止まって後ろを振り返り、街の方に目をやった。
米粒のように小さくなった街が見え、三人の姿はもうそこにはなかった。
ジョシュは小さく笑ってまた歩き出した。
そして心の中で呟く。
「レイン、ごめんな。お前との約束は守れないや。
お前がどこかにいるかもって聞いたら、やっぱりお前に縛られずに生きるなんて無理だ。
会いに行ったらお前は怒るかな?それとも喜ぶか?
まあ・・・どっちでもいいさ。
俺はもう一度お前と会う、そう決めたんだ。
俺だけ幸せにはなれねえ。
だからさ、また二人で手を繋いであの場所へ行こう。
今日みたいに晴れた日の空で、また一緒に花かんむりをつくろう。
あの日みたいに、喧嘩したり、笑い合ったりしながらさ・・・。」
晴れた空に浮かぶ雷雲が、雨を降らせて頬を濡らしていく。
低く唸る雷と、透き通る青い空に見守られながら、ジョシュは遠く地平線まで続く道を歩いていった。

マーシャル・アクター 第十八話 魂の槍

  • 2014.01.17 Friday
  • 18:42

〜『魂の槍』〜
 

魔導核施設の外では悪夢の光景が広がっていた。
魔導協会の首都、セイント・パラスの街は破壊され、そこらじゅうに死体が転がっていた。
そして遠くに屍の山に立つ者がいた。
「あれは・・・・・。」
黒い身体にグレーの線が肩から太ももにかけて走り、肩と肘が角のように突き出ている。
色の違い、そして多少の形の違いはあったが、ジョシュにはそれが何者なのかはっきりと分かった。
「レインのマーシャル・スーツ。あれが女神なのか?それとも・・・。」
屍の山に立つ者は逃げ惑う街の人々を無作為に殺していた。
指から光線を放ち、恐怖におびえる人々の身体を焼いていく。
「いや、やっぱあれはレインじゃねえ!あいつがあんなことするもんかッ!」
街の衛兵やジョシュ達の作戦で陽動を引き受けていた武術家達が、力の無い人々を守る為に闘いを挑んでいた。
しかし圧倒的な力の差は闘いというより虐殺だった。
「クソッ!好き勝手しやがって!これ以上やらせねえぞ!」
ブースターを噴射し、ジョシュは槍を構えて突撃していった。
レインとよく似た黒いマーシャル・スーツは、向かってくる者達を紙人形のように簡単に葬り、幼い二人の子供の前に降り立った。
姉弟と思われる二人の子供は、恐怖に慄いて固まっている。
しかし姉の方が涙を我慢して弟を抱きしめ、身を盾にして庇おうとしている。
黒いマーシャル・スーツはその少女の頭を掴んで持ち上げ、弟の目の前に突き出した。
そしてニヤリと笑い、少女の頭を握り潰そうとした。
「やめろおおおおおッ!」
ジョシュの矢がマーシャル・スーツの腕に突き刺さり、怯んだ隙に槍を伸ばして子供に巻きつけ、間一髪で救い出した。
子供を腕に抱え、弟の方も一緒に抱えて素早く飛び去っていく。
黒いマーシャル・スーツは冷酷な目でジョシュを見つめていた。
ジョシュは離れた場所に子供を降ろし、近くにいた武術家の腕を掴んだ。
「あんた、この子達を逃がしてやってくれ!」
マーシャル・スーツ姿のジョシュを見て驚く武術家だったが、すぐに表情を切り替えて言った。
「俺はあの化け物を殺すんだ!あいつは・・・あいつは・・・。
俺の仲間を虫ケラみたいに殺しやがったんだ!絶対に許せない!」
髪の短い細身の武術家は、怒りに肩を震わせて叫んだ。
ジョシュは彼の腕を引っ張り、顔を近づけて言った。
「気持ちは分かるけどあんたじゃ無理だ。あの化け物相手じゃ無駄死にするだけだぞ。」
「分かってるさ!けど俺だけ逃げるわけにはいかないッ!
俺の仲間は街の人達を守る為に闘って・・・、」
ジョシュは立ち上がって武術家の胸ぐらを掴んだ。
「グダグダ言ってる場合じゃねえんだ!
街の人を守る為ってんならこの子達を連れて逃げろ!
死んでいったあんたの仲間だって、あんたが無駄死にすることなんざ望んでねえだろ。
頼むから、この子達を逃がしてやってくれ!」
ジョシュの真剣な眼差しが武術家の激昂した心に突き刺さる。
武術家は力なく俯き、子供達に目をやった。
「・・・分かったよ・・・。」
子供達を抱え、武術家は走り出した。
そして途中で振り返ってジョシュに向かって叫ぶ。
「いいか!もうすぐ三大組織の応援がやって来る。
それまであんたも死ぬんじゃないぞ!」
そう言い残して去っていく武術家の背中を、ジョシュは複雑な気持ちで見送った。
「三大組織の応援か。そんなもんが来たら死体の山が増えるだけだな・・・。
その前になんとしてもケリをつけねえと。」
槍を構え直し、ジョシュは黒いマーシャル・スーツを振り返った。
「やっぱりあれはマリオンの生み出した女神だよな。
なんであんな格好になってんのか知らねえけど・・・。」
ジョシュは考え込み、ハッとしたように顔を上げた。
「確かマリオンはあの女神はマーシャル・スーツみたいなもんだって言ってたな。
じゃああれが真の姿ってことなのか・・・?」
大勢の魔導士や武術家が女神から逃げる人達を守ろうと奮闘していたが、それは結果的に死人を増やすだけとなっていた。
「レイド、これ以上誰も死なせねえぞ!あいつを消し去ってやる!」
《無論だ。しかし敵の力は強大だぞ、心してかかれ。》
ジョシュは陽炎の歩を使い、気配を消して一気に敵へと近づいていった。
そして相手の頭上に舞い上がり、鋭く槍を突き出した。
「なッ!」
ジョシュの槍はあっさりと穂先を掴まれていた。
身体を捻ってブレードで斬りかかるが、それもあっさりとかわされ、逆に敵の拳をくらってしまう。
「ぐはあッ!」
凄まじい威力の拳がジョシュを吹き飛ばし、死体の山へと埋もれさせた。
「この野郎ッ!」
飛び上がって出て来たジョシュは女神に槍を投げつけた。
いとも簡単に素手で掴まれてしまったが、それは予想の範囲内であり、ジョシュは背中の隠し武器に手をかけた。
炎を纏った魔法刀で女神に斬りかかるが、これももう片方の手で掴まれてしまう。
ジョシュは怯むことなく、もう一つの隠し武器である氷の魔法刀を抜いて斬りかかった。
相手はこの動きを読んでいたようで、炎の魔法刀でそれを受け止めると槍を突いてきた。
「うおッ!」
間一髪かわしてバックステップで距離を取り、ジョシュは魔法刀を構えたまま女神に話しかけた。
「よく防いだな、まるでこっちの動きが分かってるみたいに・・・。
俺の心でも読めるのか?」
質問には答えず、女神は槍と刀をジョシュの足元に投げ刺した。
そして腰に手を当ててじっとこちらを見つめている。
「・・・・・なんだ?」
ジョシュは目の前に立つ女神に妙な違和感を覚えた。
何かが心に引っ掛かり、違和感は既視感へと変わってジョシュの不安を掻きたてていく。
女神の背後にいた魔導士や武術家が、チャンスだと思ったのか背中を見せる相手に向かっていく。
「よせ!やめろッ!」
ジョシュの叫びも虚しく、女神は魔力を纏った手を振って衝撃波を放った。
爆音を響かせながら地面を抉り、挑んで来た者達を粉々の肉片に変えていく。
「やめろ!逃げるんだ!」
次々と死の覚悟をした者が挑んで来るが、女神は蟻でも潰すかのように蹂躙し、叩き潰し、葬っていった。
「やめろおおおおおッ!」
地面に刺さった炎の魔法刀を掴み取り、氷の魔法刀と柄の先端をはめ込んで双身刀にした。
そして回転させながら投げると、高速の車輪のように相手に襲いかかった。
女神は片手で結界を張って受け止める。
しかし双身刀は回転しながら結界を切り裂こうとしていた。
「ふんッ!」
ジョシュが腕を突き出してオーラを送ると、双身刀は回転を増して結界を破壊し、そのまま女神を切り裂いていった。
そして途中で軌道を変えて空に上がると、ブーメランのようにジョシュの手の中に戻ってきた。
「どうだよ、俺の刀の切れ味は?」
女神の身体は大きく切り裂かれ、右の腕が地面に落ちていた。
それを見ていた周りの武術家や魔導士から歓声が上がる。
「すげえぞあいつ!あの化け物の腕を切り落としやがった!」
「どんなに俺達が頑張っても一太刀も入れられなかったのに・・・。」
ジョシュは合わせた刀を解除し、プラズマブレードの左右に差し込んで三つ叉の剣にした。
そして足元に刺さっていた槍を構えて女神に向ける。
「あんたら!この化け物は普通の人間じゃ歯がたたねえ。
闘いを挑んでも無駄死にするだけだ。
あんたらの気持ちは分かるが、ここは俺に任せて街の人達を避難させてくれ!」
魔導士や武術家はお互いに顔を見合わせ、納得したように頷くと、逃げ惑う人々の元へと駆け出していった。
「街の人達は任せろ!」
「あんたも死ぬんじゃないぞ!」
周りに誰もいなくなったことを確認し、ジョシュは女神に顔を向けて尋ねた。
「あのよお、お前の中からよく知ってる気を感じるんだけど・・・。
まさかとは思うが、お前マリオンか?」
女神は何も言わずに落ちた腕を拾い上げた。
それを斬られた肩に当あてると、吸いつくように元に戻っていく。
そしてジョシュの前まで歩いて来て、手を広げて言った。
「さすがはフレイの弟子。大した勘をしている。」
「勘じゃねえよ。俺の隠し武器の攻撃をあっさりとかわしたじゃねえか。
まるで最初から分かってたように。
あれはお前にトドメを刺した武器だからな、お前がマリオンならあの武器を警戒してたのは当然だろ?」
「ふむ。洞察力も大したものだ。」
ジョシュは武器を構えたままさらに問いかけた。
「完全にくたばってなかったのか?レインが消し飛ばしたはずだけど・・・?」
「ふふふ、確かにあの時私の魂は消し飛んだ。しかしあらかじめ女神のほうに自分の精神の一部を宿していたとしたら?」
「精神の一部を宿す・・・?」
不思議そうな顔をするジョシュに、マリオンは胸に手を当てて言った。
「保険だ。私の魂が消滅した時の為に。
元々、女神が動き出せば私は死んでもいいと思っていた。
ただ私が死んだ後に余計なことをする輩がいたら困るのでな。
そして私の憂いは的中し、お前やフレイが無駄にあがいて女神を殺そうとした。
もちろんお前達程度に倒されるようなものなら次世代の神として不要なわけだが、レインは別だ。
あの子の力は計り知れないからな。
レインの力を知った時、私は迷わず保険をかけておいたわけだ。」
「てめえ・・・抜け目が無さ過ぎだろ。敵だけどちょっと尊敬するぜ。」
マリオンは可笑しそうに笑い、腰に手を当ててジョシュを見つめた。
「さっきも言ったが私の魂は消滅している。
要するに、私の本体はもうどこにも存在しないわけだ。
そういう意味では、私はマリオンであってマリオンではない。」
「ふん、小難しいこと言いやがって。マリオンはマリオンじゃねえか。」
そう言い切るジョシュに、マリオンは指を振って否定した。
「違う。魂が無ければ肉体を持って動くことは出来ない。
それならなぜ私はこうしてここに立っていられるのか?
お前には分かるかな?」
「分かるかなって・・・。いったい何が言いたいんだよ・・・?」
警戒するジョシュに一歩近づき、マリオンは両手を胸に当てて答えた。
「簡単なことだ。この中には私ではない魂が入っている。
お前の愛しい妹、レインの魂がな。」
「・・・・・・・ッ!」
言葉を失って驚愕するジョシュに、マリオンはさらに近づいて言った。
「言ったはずだぞ、これは保険だと。そしてレインの力は侮れないと。
女神を追い詰めることが出来るのはレインしかいない。
ならあの子が暴走し、理性を失った時こそ魂を取り込むチャンスではないか。
私の予想通り、レインは何度も女神を粉砕した。
そして女神が再生する度にレインも力を増していき、その分理性は力に飲み込まれていく。
暴走した人間というのは強力なようで脆弱だ。
力に心を支配されたレインは不用意に女神に近づき、あっさりと取り込まれたわけだ。
ここまで思い通りにいくとは・・・まったく素直な娘だよ。
お前は実に良い妹を持っているな。」
マリオンが言い終わるやいなや、ジョシュはブレードで斬りかかった。
マリオンは予想していたように後ろに飛びのき、腕を組んで笑った。
「悔しいか?最愛の妹をいいように利用され、憎き敵の魂となったことが。
ああ、ちなみにこの肉体も素晴らしい。
女神の力と相まって素晴らしい身体だ。お前の父親は中々良い物を造って・・・、」
「黙れよ・・・。」
マリオンの言葉を遮り、ジョシュは拳を震わせて俯いた。
手に持つ槍には赤いオーラが伝わっていき、その形状を変化させていった。
三叉の中心の刃が伸びていき、左右の刃はナックルガードへと形を変えていく。
それは槍というより柄の長い長剣のような形だった。
ジョシュは進化した槍に赤いオーラを纏わせ、顔の前まで持ち上げた。
「さっき言った言葉は訂正するぜ・・・。
敵ながら少し尊敬出来るなんて言ったけど、やっぱりお前はどうしようもないクズだ。
この世界にお前なんか必要ねえ。」
「ほう、ならばどうする?」
マリオンは挑発的に笑い、顎を引いて睨みつけた。
ジョシュは槍を握る手に力を入れ、目の色を赤く輝かせて答えた。
「決まってる。お前の人生に二つ目の黒星をつけてやるだけだ。
そして二度と蘇れないように完全に消滅させる。」
槍を纏う赤いオーラが全身に伝わっていき、ジョシュのオーラが何倍にも膨れ上がる。
「なるほど・・・確かにお前は私に勝っている。
だかな、一度勝てたからといって二度目も同じようにいくと考えるなら、それは子供の甘さというものだ・・・。
その甘ったれた考えを叩き直してやろう・・・お前の命を以ってな。」
マリオンは右手を出して挑発した。
「ほざけ!」
ジョシュは一瞬にしてマリオンの目の前から消えた。
「甘いぞ!」
背後にジョシュの気配を感じて手を伸ばすマリオン。
しかしそこには誰もおらず、マリオンは首筋に殺気を感じて身を屈めた。
マリオンの頭上を赤い閃光が駆け抜けていく。
「速いな・・・。」
一撃目をかわされたジョシュはブレードを突き出して構え、稲妻、炎、氷の力を融合させて光のブレードを造り出した。
そして刃から閃光が放たれ、眩い光で周囲の空間を満たしていく。
「煙幕のつもりか?くだらん。」
マリオンは両手で瘴気を放って光を相殺し、ジョシュに熱線を放った。
しかし熱線はジョシュの身体をすり抜けて屍の山を燃やしただけだった。
「これは・・・幻影か?」
次の瞬間、マリオンの身体に赤い光が蜘蛛の巣のように駆け巡った。
「ぬううう・・・。」
マリオンの身体が細切れになって崩れ落ちる。
ジョシュは槍を地面に突き立てると、両手を開いて細切れになったマリオンに向けた。
掌に開いた穴から波動を放ち、轟音を響かせて地面を抉った。
マリオンの身体は粉々に分解され、ジョシュは槍を握って構え直した。
「おい、この程度じゃくたばらねえだろ。さっさと起きてこいよ。」
ジョシュがそう言うと、抉れた地面の中から粒子が舞い上がり、一か所に集まってスライムのように動きだした。
そして瞬く間に再生していき、何事もなかったかのようにマリオンは元の姿に戻っていった。
「ふむ・・・強いな。一回目に私と闘った時とは大違いだ。」
顎に手を当てて考え込むマリオンは、何かに気づいたようにジョシュに指を向けた。
「お前のマーシャル・スーツ、何か秘められた力があると見た。
あのククリが造ったのだからな、一癖も二癖もある代物なのだろうが・・・。
これ以上力を発揮されると厄介だ。
少し遊んでやるつもりだったが、さっさと終わらせることにしよう。」
マリオンが魔力を放つと、その周囲に六つの宝玉が現れた。
禍々しいオーラを放ち、宝玉に刻まれた紋章が青色に光っていた。
「これはレインの・・・」
「そうだ。このマーシャル・スーツに搭載された最も強力な武器だ。
それぞれの宝玉に強大な力を持った神獣や精霊が宿っている。」
「く・・・。」
ジョシュはシールドを開いて出して後ろへ飛んだ。
「この魔法の威力は知っていような?女神の身体を何度も粉砕した魔法だ。
妹の最強の奥義をもって、お前に引導を渡してやろう。」
マリオンが両手を前に向け、六つの宝玉の魔力がその手の中に集まっていく。
空気と大地を振動させる大きなエネルギーが宿り、マリオンは高く舞い上がった。
「言っておくが女神の力も加わってレインのものより強力になっているぞ。
万に一つもお前が生き延びる可能性は無い。」
マリオンの手の中にある大きなエベルギーが、その言葉が嘘ではないことを物語っている。
防ぐのは無理だと判断したジョシュは、ブースターを噴射して距離を取ろうとした。
「おっと、逃げるのはよくないな。
もしこの魔法の届かぬ場所まで逃げるつもりなら・・・、」
マリオンは街の外を逃げていく人々に目をやった。
「あの連中に向けてこれを撃つとしよう。」
「てめえ・・・どこまで卑劣なんだよ。」
ジョシュは怒りの目で睨みつける。マリオンは口元を笑わせて睨み返した。
「相手の弱みを突く、これが兵法というものだ。フレイに教わらなかったか?」
「師匠はてめえみたいなセコい戦い方はしねえ!
いつだって堂々として、正面から戦いを挑むのがあの人の流儀だ!」
「そうだったかな?私は奴に奇襲を受けた覚えがあるが・・・まあいい。
お前もフレイと同じ場所へ行くがいい、さあ・・・受け取れ。」
マリオンが手の中の強大なエネルギーを放った。
次の瞬間、ジョシュの身体が光りだし、装甲を突き破って光の柱が飛び出してきた。
「うおおおおおおおッ!」
死を覚悟するジョシュだったが、レイドは冷静に話しかけてきた。
《大丈夫だ、私に任せろ》
ジョシュの目が赤から紫に変わる。
そして次の瞬間にマリオンの魔法が炸裂し、大爆発を起こした。
地震のように大地が揺れ、熱風が街の外まで押し寄せてきて、逃げていく人々が何事かとパニックを起こした。
「きゃあああ!」
「何が起こったんだッ?」
街の人々を守るように魔導士と武術家が立ちはだかり、街の方に目をやった。
「なんだあれは・・・。」
ジョシュから二人の子供を預けられた武術家は、息を飲んで街の空を見上げた。
そこには赤く立ち昇る巨大な炎の柱があがっていた。
まるで夕焼けのように空を染め、遠く離れた場所にいても顔を覆いたくなるほどの熱を感じた。
「この世の終わりか・・・。」
武術家の呟きは、その場にいた全員の心を代弁するものだった。
街の上を吹く風が徐々に炎の柱を消していき、その中にマリオンのシルエットが浮かんだ。
彼女の周りの宝玉は未だに輝きを失っておらず、あれだけ強力な魔法を使ってもなお余力を残していた。
「・・・・・妙だな。」
マリオンは腕を組んで爆心地を見下ろした。
「ジョシュの気が消えない。まさかの今の攻撃に耐えたというのか・・・?」
近くに行って確認したいと思うマリオンだったが、何かが心の中で警報を鳴らしていた。
すると溶岩のように沸騰する大地にの中に、強力な気が集まっていくのを感じた。
燃え盛る周りの炎を吸収し、辺りの熱はあっというまに消えていく。
しばらく静観していたマリオンだったが、突然大きな殺気が自分に向けられていること感じてその場から飛び退いた。
「こ、これは・・・。」
マリオンの目に映ったのは無傷のジョシュだった。
胸部の装甲を左右に開き、胸の中に描かれた魔法陣に大きな魔力が集中している。
「これは・・・私の魔法を吸収したのか・・・。
いや、いくらなんでもそれは・・・あれだけのエネルギーを吸収できるなど・・・。」
驚愕するマリオンは、一瞬ジョシュの胸が光るのを見た。
次の瞬間、マリオンの胸から下が消し飛んでいた。
「・・・・ッ!」
マリオンが後ろを振り向くと、一筋の閃光が流れ星のように遠い空を駆けていった。
「あれが私の身体を撃ち抜いたのか・・・。」
遠くに消えて行く光を眺めていると、マリオンの身体に赤い閃光が走り、真っ二つに斬り落とされた。
「よう、万に一つも生き残ったぜ。」
ジョシュは両断されたマリオンの身体を蹴り飛ばし、ブレードから熱線を放って焼き尽くす。
そして地面に着地するとレイドに話しかけた。
「すげえなレイド!よくあんな魔法吸収できたな。」
《マリオンの指摘したことは当たっている。
このマーシャル・スーツは目に見えない力が隠されているのだ。
但しそれを引き出すには、宿主の魂が真の戦士となる覚悟が必要不可欠である。》
「真の戦士となる覚悟?」
《そうだ。今お前が纏っている赤いオーラは真に闘う覚悟を決めた戦士の証だ。
お前も気づいているだろう。
マリオンを倒すということ、それは即ちレインを殺すことだと。》
「・・・・・・・。」
《お前は先の闘いでフレイが言った言葉の意味を、徐々に理解し始めたのだろう?
無差別に罪の無い人々が惨殺され、闘いを挑む者達も紙クズのように蹂躙される。
こんな凄惨なことが許されるはずがなく、ここで終わらせなければならないと。》
「・・・ああ・・・。あの時どうして師匠があんなに怒ったのか、今なら分かるよ。
けど、レインを殺すなんて・・・。」
そう言って押し黙るジョシュにレイドは言った。
《いくら言葉を取り繕おうとも、お前の纏う赤いオーラが全てを物語っている。
そしてこの闘いの後、もしマリオンを倒すことが出来たのなら、お前も死ぬつもりなのだろう?。》
ジョシュは雲が流れていく青い空を見上げた。
まるで、そこに愛しい者達がいるかのように。
「・・・ああ、お前の言う通りだよ。
俺はこの戦いが終わったら死ぬつもりだ。
俺の大切な人は誰一人いなくなっちまうし、そんな世界を生きててもな・・・。
それに何より、レインを殺して俺だけのうのうと生きているわけにはいかねえだろ。
一番愛する者を手にかけるんだ、こっちも同じように命を懸けないと・・・。
俺が死んだらこの身体はお前にやるよ、好きなように生きてくれ。」
悟りを開いたように穏やかな声で語るジョシュ。
しかしレイドはいつものように冷静な言葉を返した。
《それは無理だ。マリオンも言っていたが、魂が無ければ肉体を動かすことはできない。
お前が死ねば、意識だけの存在の私は消え去るだけだ。》
「・・・・・そうか。じゃあ、どうしようかな・・・。
俺の勝手でお前まで死なせるわけには・・・、」
《違う、死ぬのではない。完全に消え去るのだ。
魂を持つ者のように生まれ変わったりは出来ない。》
そこで初めてジョシュの心に躊躇いが出て来た。
申し訳無さそうに俯き、赤く光る槍に目を向けて言った。
「じゃあ、俺はどうすればいい?
生まれ変わることさえ出来ないのに、お前を巻き込むなんて・・・。
レイド、俺はどうすれば・・・。」
《どうもしなくていい。お前はお前の思うようにすればいい。
私はジョシュ・ハートを勝利に導くために生まれた存在だ。その為だけにここにいる。
この闘いで勝利を収めたのなら、お前がどう行動しようと自由だ。
私のことを気にする必要はない。》
ジョシュはもう一度空を見上げた。
流れる雲の景色を邪魔するように、無数の粒子が一か所に集まり始めていた。
「まったくよお、お前は相変わらず味気ないよなあ・・・。」
《余計な感情は闘いの障害となる。
私にユーモアやヒューマニズムを求めているのなら、それは間違いだ。》
「はいはい、分かってますよ。
やっぱり俺の周りには説教臭いというか、融通の効かない奴ばっかだよなあ。」
空に集まる粒子がくっつき合ってスライム状になっていく。
ジョシュは槍を構えて再生していくマリオンを睨みつけた。
「まあどっちにしろ、こいつを倒さなきゃどうにもならないんだ。
けどこう何度も再生されるとやる気を削がれるよなあ・・・。
この化け物はいったいどうやったら倒せるんだよ?」
うんざりする声でぼやくジョシュに、レイドが希望を持たせる言葉を言った。
《大丈夫だ。私の考えが正しければ、奴は完全に再生することは出来ない。》
「ほんとかよ!それってどういうことだッ?」
《まあ見ていれば分かる。》
スライム状の物質がもぞもぞと蠢き、徐々にマリオンの身体を形成していく。
顔が形成され、肩が形成され、胸が形成されていく。
しかし胸から下は中々再生されなかった。
ドロドロとスライム状の物質が落ちていくだけで、胸から下は再生不能というように形を成していかない。
「こ、これはいったい・・・?」
《やはりそうか。私の考えは正しかった。》
「どういうことだよ?」
マリオンは魔力とオーラを溜めて必死に再生を試みようとする。
少しずつではあるが身体は形成されていく。
しかし腐った水飴のように不完全な身体だった。
《なぜマリオンが再生出来ないのか?実に簡単な答えだ。
マリオンはマリオン自身の力によるダメージを回復させることが出来ないからだ。》
「マリオン自身の攻撃?もしかしてさっきお前が撃ち返した魔法が・・・?」
《そうだ。あの強力な再生能力は女神の力によるものだ。
女神の力は根源の世界から得た純粋なるエネルギーだ。
それはオーラや魔法、単純な物理的エネルギーとは大きく異なるもので、相手を殺傷するのに媒体を必要としない。》
「媒体?」
《媒体とはエネルギーを相手に伝える為の手段や条件のことだ。
物理的エネルギーで相手を殺傷するなら、必ず実体を持った物質が必要になる。
これは魔法も一緒で、魔力そのものでは相手を殺傷出来ない。
炎や稲妻、氷や風という媒体が必要となる。
光や闇の魔法も、光の持つ熱エネルギーや、悪魔や怨霊を媒体にして呪術の行使をさせているにすぎない。
オーラも自然そのものの力を体内で練り上げ、相手にぶつけたり自分の身体に纏わせているだけで、自然エネルギーそのものは純粋なエネルギーとは異なるのだ。
しかし根源の世界のエネルギーは違う。これは媒体を必要としない純然たるエネルギーだ。
女神はこの力を元に造られたものであり、これを死に至らしめるには媒体という不純物があってはならないのだ。
同じように純粋なエネルギーをぶつけなければならない。
要するに、マリオンの力そのものがマリオンを滅ぼす剣になるということだ。》
「ははあ・・・。分かったような分からないような・・・。」
《難しく考える必要はない。
先ほどと同じように自身の力を跳ね返してやれば奴を倒せるということだ。
しかし言うは易し、やるは難しだ。
向こうも自分の弱点を暴かれたことで警戒するだろう。
先ほどのように強大な魔法はもう使うまい。
こちらを殺傷するのに最低限の攻撃を、細かく連続的に行ってくるだろう。》
「それじゃあその細かい攻撃を返してやれば済む話だ。
希望を見えたんならやってやるだけだぜ!」
《いや、それは不可能に近い。》
「なんでだよ?あいつの弱点は分かったんだぜ。
今は再生出来ないことに焦ってるみたいだけど、速く仕留めねえとあのマリオンのことだ。何をしでかすか・・・。」
ジョシュは空に浮く不完全な身体のマリオンに槍を向けて言った。
《そう簡単にはいかない。
幸か不幸か、マリオンは根源の力そのものを攻撃に使うことはできない。
もしそれが可能なら我々はとうに葬られているからな。
マリオンは根源の力で攻撃を行うとき、我々と同様にオーラや魔法という媒体を必要とするようだ。
ならばその攻撃を吸収した後、そこから純粋なエネルギーのみを取り出して撃ち返なければならない。
先ほどの魔法を吸収して撃ち返すのに時間を要したのはその為だ。
だから小さな攻撃だけを返して奴を倒すのはかなり無理がある。》
「なるほど・・・時間がかかりすぎるんだな。
それまでこっちがもつかどうかってところだが・・・・・難しいな。
となると、やっぱりもう一度大技を使わせろってことか。」
《そういうことだ。
しかしそれもまたマリオンの慎重な性格から考えると現実的ではない。》
「ならどうすんだよ?
せっかく倒す方法が分かったってのに、このままやられろってのか?」
《・・・・・いや。もう一つだけ方法がある。それはマリオンから・・・・・、》
「危ねえッ!」
頭上から光線が降り注ぎ、ジョシュは後ろへ飛んでかわした。
マリオンが目を光らせてレーザーの雨を降らせてくる。
ジョシュはシールドでその攻撃を跳ね返し、マリオンを焼き払った。
しかしすぐさま再生してジョシュの前まで下りて来る。
「やってくれたなジョシュよ・・・。よもや私の弱点に気づくとは・・・。」
マリオンは胸から下の再生は諦めたようで、傷ついた身体のまま宙に浮いていた。
「気づいたのは俺じゃねえよ。レイドだ。」
「レイド?ああ、その肉体に宿っている人格か・・・。
まったく・・・やはりククリの生み出したものよな。
余計な力が宿っている・・・。」
憎たらしそうに言うマリオンだったが、その顔には余裕が感じられた。
そして無防備にジョシュの近くに寄って口を開いた。
「ふふふ、確かにお前達の考えている通り、私は私自身の力によるダメージは再生できない。
ならばどうするか?
答えは簡単だ、このまま何もしなければいい。」
「なんだとッ?」
「驚くことではあるまい。
私の力が私を傷つけるのなら、私はお前に攻撃を仕掛けない。
それだけのことだ。」
ジョシュは槍を向けたまま可笑しそうに笑った。
そして殺気のこもった目でマリオンを見据える。
「だったらお前も俺を倒せないぜ。それに反撃してこねえなら攻撃し放題じゃねえか!」
ジョシュが振った槍を、マリオンは軽々とかわす。
続けてブレードを突き刺そうとしたが、これも空気を切った。
マリオンは闘うそぶりを見せずにただ防戦に徹していた。
「この!ちょこまか逃げやがって!」
蠅のように機敏に飛ぶマリオンに、ジョシュは矢を放った。
光の矢は逃げるマリオンを追従し、その身体を貫いていく。
続けて放った矢も命中し、動きの止まったところへブレードを振って首を斬り落とした。
「ふふふ、無駄だ。そんな攻撃では私は殺すことは出来ない。」
斬られた首が瞬く間に再生し、マリオンは笑いながら街の外へと飛んでいく。
「待ちやがれッ!」
マリオンを追って飛んで行くジョシュは、眼下でこちらを見上げる人々に気づいた。
マリオンは動きを止め、ジョシュを振り返る。
「さっさと逃げればよいものを、馬鹿な者達よな・・・。」
「おい、何する気だ・・・?」
マリオンに不穏な空気を感じてジョシュは斬りかかった。
「遅い!」
上に飛んでそれをかわすと、マリオンは目から熱線を放って眼下にいる人間を焼き払った。
一瞬のうちに大勢の人達が蒸発していく。
傍観していた人々はパニックを起こして叫び、蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。
マリオンは熱線を放ち続け、蟻を踏み潰すように無力な人々を蹂躙していく。
「やめろおおおおッ!」
槍を振って赤いオーラの刃を飛ばすジョシュ。
マリオンは嘲笑うかのようにそれをかわし、虐殺を繰り返した。
「ふふふ、どうした。私を止めてみろ。」
笑いながらジョシュの刃をかわし、マリオンは眼下で逃げ惑う人々のところへ下りていく。
「待てッ!」
マリオンは身体にオーラを纏わせ、弾丸のように群衆の中を飛んでいった。
逃げ惑う人達の身体が、砲弾でも浴びたように飛び散っていく。
応戦しようとする魔導士や武術家もいたが、何も出来ずに群衆ごと挽き肉へと変えられていった。
「やめろって言ってんだろ!俺と闘えッ!」
ブースターを噴射させてマリオンの前に回り込むジョシュ。
後ろにいる人々を守るようにシールドを構えて立ち塞がった。
「無駄だ。」
マリオンはまた高く上昇してレーザーの雨を降らす。
阿鼻叫喚の地獄が広がり、街の中と同じように次々と屍の山が積み上がっていった。
「チクショオ!ふざけんじゃねえぞてめえッ!
こんなことして何が楽しいんだ!」
ジョシュは陽炎の歩を使って素早くマリオンの背後に回り込み、槍とブレードを交叉させて斬り払った。
「消えろおッ!」
分断されたマリオンの身体に槍を向け、オーラを螺旋状に溜めていく。
「喰らえ!波動の槍閃!」
オーラの竜巻が轟音とともにマリオンの身体を粉々に砕き、風の力で空中へと吹き飛ばしていった。
「これなら再生するのにちっとは時間がかかるだろ。今のうちに・・・。」
ジョシュは眼下を逃げ惑う人々の元へと飛んでいき、先導するように前に立った。
「みんな!今のうちに逃げてくれ!
力のある者は他の人達を先導してやってくれ!」
ジョシュは群衆を導くように飛んで行く。
武術家や魔導士が人々を守るようにしてジョシュの後を追って行く。
途中で振り返って後ろを見ると、マリオンの粒子が集まりだして再生を始めようとしていた。
《ジョシュ、代わってくれ。》
レイドが表に出て来ると、立ち止まって後ろを振り返った。
《ここにいる全ての魔導士と武術家よ。今すぐ私に魔法とオーラを撃ち込むのだ。》
そう言って胸の装甲を開き、レイドは仁王立ちした。
顔を見合わせて困惑する魔導士や武術家であったが、レイドは声を荒げて一喝した。
《躊躇っている場合ではない。今すぐ私の言う通りにするのだ!》
鬼気迫るレイドの叫びに、魔導士達は戸惑いながらも杖を振りかざして魔法を放った。
胸の魔法陣が光り、レイドは撃ち込まれた魔法を吸収していく。
人々から驚きの声が上がり、武術家達も拳に溜めたオーラを撃ち出した。
レイドは魔法と同様にオーラも吸収し、体内でその力を増幅させていった。
そして踵を返して前を見据え、そのまま上昇していった。
《群衆よ、これより塹壕を作る。轟音と衝撃に備えよ。》
吸収されたエネルギーが胸の魔法陣に集まっていく。
魔法とオーラを混ぜ合わせた強力な力が眩く光り、特大の光線となって発射された。
そして大地に直撃して爆音と砂煙を上げ、群衆は耳を塞いで巻き起こる風から身を逸らした。
もうもうと砂煙が立ちこめる中に大きなが穴が姿を現し、噴火口のように高熱を放っていた。
《仕上げだ。》
ブレードに氷柱を纏わせて冷気の風を放ち、塹壕の中に充満する高熱を相殺していった。
《即席だが上出来だろう。群衆よ、早くこの中に逃げ込むのだ。》
魔導士や武術家がレイドの言葉に頷き、人々を塹壕の中へと避難させていく。
全員が塹壕の中に入ったことを確認すると、レイドはブレードを変化させてシールドと融合させた。
「何をするつもりだ?」
《このままでは上がガラ空きだ。この盾でバリアを張る。》
ブレードの力を融合させてより強力になったシールドを塹壕の上に投げるレイド。
回転しながら飛んで行くシールドに掌から魔力を送ると、塹壕を覆うように光のバリアが出現した。
《しばらくの間はこのバリアが攻撃を防いでくれるだろう》
塹壕の中の人々は不安そうに頭上のバリアを眺めていた。
「すまない。俺が弱いせいで大勢の人達を死なせてしまった・・・。
師匠が生きてたら『何をやっとるか馬鹿者!』って怒鳴られちまうな・・・。」
《仕方がない。我々だけで何の犠牲も出さずにマリオンを止めるのは無理がある。》
慰めの言葉をくれるレイドに、ジョシュは可笑しそうに言葉を返した。
「お前ヒューマニズムは不要だとか、私はそんなものは持ち合わせてないとか言ってなかったっけ?
しっかりあの人達を守ってるじゃねえか。」
《ヒューマニズムから起きた行動ではない。
宿主の意志を尊重し、それに応える行動をしただけだ。
それに群衆が危険に晒されていてはお前も満足に闘えまい?
それは大いに戦闘の妨げに・・・、》
「はいはい、分かりました。そういうことにしておきますよ。」
ジョシュは笑いながら言い、レイドは無言のままマリオンの方に目をやった。
《肉体が減った分再生が早い。あと一分もしないうちに再生するぞ。》
「だな・・・。それよりレイド、お前さっき何か言いかけてただろ。
あいつの攻撃を跳ね返す以外にも奴を倒す方法があるみたいなことを。」
スライム状の身体からだんだんとマリオンの顔が形成されていく。
レイドはそれを見つめながら、いつもと変わらない冷静な声で答えた。
《ああ、もう一つ方法がある。というより今となってはそれが一番確実な方法だろう。》
「それじゃさっさと言ってくれよ。いったいどうやったらあいつを倒せる?」
やや沈黙の後、レイドは胸に拳を当てて答えた。
《マリオンに確実なダメージを与えられるもう一つの方法。
それは魂の力を武器に変えることだ。》
「魂・・・?俺の魂か?それでいいなら早く言ってくれよ。
どうぜ負けたら死んじまうんだから。」
《違う、お前の魂ではない。必要なのはマリオンに宿っている魂。
即ちレインの魂だ。》
「レインの魂・・・?」
ジョシュは嫌な感情が湧き起こってくるのを感じた。
しかしそれは口に出さず、とりあえずレイドの言葉に耳を傾けた。
《マリオンの中からレインの魂を抜き取る。
それを純粋なエネルギーに変換し、槍に纏わせて炸裂させれば必ず致命傷となるはずだ。》
「お、おい、ちょっと待ってくれよ!」
胸の中に言いようの無い不安が広がり、ジョシュは思わず叫んでいた。
「レインの魂を抜き取るだって?
しかもそれをエネルギーに変えて炸裂させる?
そんなことしたらレインはどうなっちまうんだ?」
《消える。死ぬのではなく、魂そのものが消えてなくなり、彼女の存在は魂ごと世界から抹消される。
もちろん生まれ変わることも出来ない。ただ消え去るのだ。》
「ダメだッ!」
ジョシュはレイドの言葉を掻き消すように叫んだ。
「そんな・・・ただ消えるだけなんて・・・。生まれ変わることも出来ないなんて・・・。
しかも魂を武器に変えるなんて・・・。俺にはそんなこと出来ねえッ!」
激昂するジョシュだったが、レイドは諭すように言い返してくる。
《お前は覚悟を持ったのではなかったのか?レインの魂もろともマリオンを打ち砕くと。》
「ああ、そうだよ・・・。けどな、死ぬのと消え去るのじゃわけが違うだろ!
あいつは本当にいなくなっちまうんだぞ!この世にもあの世にも・・・。
それにレイン自身を武器に使うなんて酷過ぎるだろう!
こんなの・・・こんなんじゃあ・・・。」
心の中で項垂れるジョシュに、レイドは変わらずに冷静な言葉を返した。
《迷っている暇などない。すぐにマリオンの再生は終わる。
それに見るがいい、早々に決着をつけなければより犠牲が増えるだけだ。》
レイドは遠く広がる大地の地平線を指差した。
そこには武装した大勢の兵士が迫ってくる姿があった。
「あれは・・・三大組織の増援か?」
《そうだ。はっきりと言ってあれは増援ではなく、ただマリオンに殺されに来ているだけだ。
我々にとっては頭痛の種でしかない。
そして我々にはあの塹壕にいる者達を守るだけで手いっぱいだ。
あの増援が到着したら、お前はまたマリオンによる悲劇の惨殺を見ることになるだろう。
そうなる前にマリオンを倒さねばならない。迷っている暇などないのだ。》
「・・・・・・そんな・・・そんなこと言ったって・・・。」
ここへきて、ジョシュは初めて自分の運命を呪った。
愛する者をとるのか、顔も知らない大勢の人間をとるのか?
それはジョシュにとっては重すぎる決断だった。
「絶対にレインの魂じゃないとダメなのか?同じ魂なら俺のでもいいんじゃ・・・、」
《駄目だ。お前の魂がこの身体から抜けたら動かせなくなる。》
「じゃ、じゃあレインも魂を抜き取るだけでいいじゃねえか!
そうなりゃマリオンは動けないんだし、放っておいても問題ないだろ。
レインは今まで通り俺の肉体に入ればいいさ。」
《何を言っている。いくら動けないといってもマリオンはそのまま残るのだぞ。
奴のことだ、放っておけば必ず何かを企むに違いない。
それに一つの肉体に二つの魂は無理がある。いずれどちらかが消えてなくなるぞ。》
「そりゃそうだけど・・・・・。」
《マリオンの体内にいるレインなら、その魂も根源の力を得ている可能性が高い。
彼女の力ならマリオンを倒せるだろう。
何よりお前ならレインの魂に語りかけて、その力を得ることが可能かもしれない。
これはお前にしか出来ないことだ。》
「レインに直接言うわけかよ・・・。お前の力でマリオンを倒すけど、でもお前は消えてなくなるぞ。けど力を貸してくれって・・・。」
《そういうことだ。》
レイドは身体をジョシュに譲り渡した。
再びマーシャル・スーツの目が赤く光り出す。
《もうタイムリミットだ。マリオンが復活するぞ。》
形を成したマリオンはジョシュを睨み、そしてバリアで覆われた塹壕に目をやった。
しばららくそのまま宙に浮いているマリオンだったが、やがてこちらに向かってくる増援部隊に気づいた。
《ジョシュ、決断をしろ。もう時間がない。》
「・・・・・・・・・。」
マリオンは増援部隊にめがけて飛んでいく。
すぐに後を追おうとするジョシュだったが、何かにつっかえたように体が動かなかった。
飛んで行くマリオンがスローモーションに映る。
景色が色を失くしていく。
鼓動が恐ろしいほど速くなっていく。
マリオンが無抵抗な人々を惨殺していく姿がフラッシュバックする。
シーナのはにかむ顔が切なく思い出される。
フレイの怒る顔が懐かしく映し出される。
ククリの笑う顔が暖かく蘇る。
そしてレインの笑顔が、声が、温もりが鮮明に身体と心を満たしていった。
今までに起きた悲劇が、そして愛しい者達の姿が目まぐるしく交差していく。
最後に・・・レインが振り返って笑う姿がはっきりと見えて、ジョシュは持てる力の全てを解放した。
「うおおおおおおおおおッ!」
ジョシュの身体は赤く燃えだした。
オーラが炎のように立ち昇り、撃ち出された弾丸のようにマリオンに迫って行った。
「マリオオオオオオオォォーンッ!」
マリオンは迫り来る巨大なオーラに気づき、増援部隊の手前で動きを止めて振り返った。
次の瞬間、ジョシュの槍がマリオンの眉間を貫いていた。
ジョシュのオーラがマリオンの身体に伝わっていき、お互いの身体を赤く染めていく。
ただならぬ力を感じるマリオンであったが、余裕を持った笑みでジョシュに言った。
「すごい力を秘めているものだな。しかしこの攻撃では私は殺せんぞ。
何をどうしようとも、お前だけの力では私を葬ることは出来ない。」
「分かってるさ・・・。だから俺だけの力じゃねえ。
俺の一番大事なあいつの力を借りるのさ!」
ジョシュは槍に自分の意識を乗せ、オーラを伝ってマリオンの中に入っていく。
「レイド、しばらく頼んだぜ。」
《任せろ。何があってもマリオンをこの槍から逃さない。》
自分の中にジョシュの意識が入ってくるのを感じて、マリオンは精神防御の結界を張って防ごうとした。
《無駄だ。その程度の結界ではこのオーラは防げない。》
さらに深く槍を刺し込むレイド。マリオンは顔を歪めて問いかけた。
「お前達・・・いったい何を企んでいる・・・?」
レイドはジョシュに言われた言葉を思い出し、可笑しそうな声で返した。
《敵にこちらの考えを教えると思うか?
私はお前のことが大嫌いでな。
そんなことをするくらいなら、怨霊と生死について語り合っていた方がマシだ。》
「貴様・・・造られた人格の分際で・・・。」
口元を歪め、マリオンは初めて怒りを露わにした。
それを見たレイドは満足そうに笑う。
《怒るということは皮肉が通じたのだな。
私にもユーモアのセンスがあるということを、ジョシュが帰ってきたら教えてやらねばな。》
「・・・ふざけおって・・・。」
怒りに身を震わせながら、マリオンは目を光らせて魔法を放った。
しかしどんな魔法もオーラの前に弾かれ、マリオンは悔しそうに舌打ちをした。
「行け、ジョシュ!」
槍にオーラを込め、ジョシュの意識を完全にマリオンの中に押し込むレイド。
「やめろ・・・。」
今までにない危機感を感じてマリオンは顔を歪ませた。
《ほう。お前のような者でも恐怖を感じることがあるのか?
おそらくお前の直感は正しい。
ジョシュは必ずお前の野望を打ち砕く。
それまで我が槍に刺されたまま、恐怖に慄いているがいい。》
「ぐうう・・・おのれ・・・。」
もがいて逃げようとするマリオンを押さえつけ、レイドはただジョシュを信じて槍を握っていた。

            
              *

「なんだこりゃあ・・・何も見えねえ。」
マリオンの中に入ったジョシュは、星の無い夜空のような暗い空間を漂っていた。
意識だけの身体は霊体の時と違って力が出せず、ゆっくりと暗闇の中を進むことしか出来なかった。
遠くに微かにレインの気を感じるが、それ以外には何も見えず、何も聞こえなかった。
「とりあえずレインの気を頼りに進むしかねえな。」
のろのろとしか進めない意識だけの身体にもどかしさをおぼえながら、少しずつレインの気を感じる方へと進んでいった。
しかし途中で何かが追ってくるのを感じ、ジョシュはゆっくりと振り返った。
「来ると思ってたぜ。」
ジョシュの目に映ったのはマリオンだった。
マーシャル・スーツの姿ではなく、人間の姿をしたマリオンだった。
「若造め・・・好きにはさせんぞ。」
「ふん、何偉そうに言ってんだ。
人の魂と肉体を好き勝手に利用してる奴がよ。」
マリオンはジョシュの前まで来ると動きを止めた。
冷静な顔を装ってはいるが、その中には微かに焦りの表情があった。
「で、どうしようってんだ?お互い意識だけの状態なんだ。
闘おうったって力が出ないぜ。どうやって俺を止めるんだ?」
するとマリオンは可笑しそうに顔を歪ませた。
「ここは私の身体の中だぞ。お前と一緒にするな!」
マリオンの魔力が高まっていき、両手から黒いイバラの鞭を飛ばしてきた。
ジョシュに絡みついたイバラの鞭はその身体を締め上げ、意識体を分断しようとする。
「さあ、消えてもらおうか。」
マリオンが両手を交差させてイバラの鞭を引っ張る。
しかし真っ暗な空間に突然赤い光が降り注ぎ、イバラの鞭を焼いていった。
「これは・・・ッ?」
赤い光はマリオンにも降り注ぎ、その意識体を焼いていく。
「言っとくけど、お前の頭には俺の槍が刺さってんだぜ。
そこから中へオーラを送ることくらいわけねえよ、俺の意識を送ったみたいにな。」
「お、おのれえええ・・・・・ッ。」
赤いオーラはマリオンに絡みつき、光の球の中に封じ込めた。
自分の意識体が傷つくのも構わず、マリオンは魔法を放ってオーラの球を破壊しようとする。
「しばらくそうしてな。」
ジョシュはマリオンに背を向けて先を進んでいく。
「待てッ!許さんぞ!私の夢を、野望を打ち砕こうなどと・・・。
私は絶対に許さんぞおおおおおッ!」
背中にマリオンの叫びを聞きながら、ジョシュはレインの魂へと向かっていった。

          *

音もなく光もなく、ただ無限の闇が広がる。
レインは自分が女神に敗北し、その中に取り込まれた時から知っていた。
必ずジョシュが助けに来てくれることを。
フレイが死に、ククリも死に、自分も女神を倒せなかった時、一瞬であるが絶望を感じた。
しかしすぐに心の中を照らす光があることに気づいた。
それはジョシュだった。
ジョシュはまだ生きている。
ジョシュなら必ず女神を倒してくれる。
そして自分をここから救い出してくれる。
それはレインにとって絶対的な確信だった。
時間の流れすら分からず、自分がどれだけの間この闇の中にいるのかは分からない。
しかし今のレインには微塵の不安もなかった。
そして以前のように泣きたくなるような孤独を感じることもなかった。
それはジョシュがいるからだった。
女としてジョシュを愛することは終わりにしようと思ったが、こうして闇の中で自分の心と向かい合っていると、完全にその想いが消え去ったわけではないことに気づいた。
それが自分の正直な気持ちであり、誤魔化すことは出来なかった。
そして、そんなそぶりは二度と見せないと決めていた。
自分達は愛する双子であり、誰よりも強い絆で結ばれているのだから寂しがることなど何もなかった。
いずれ自分も誰かを好きになり、その人と結婚したり子供を持ったりするのだろうかと思うと、何とも言えない複雑な気持ちになった。
今までジョシュ以外の男性を好きになったことがなく、例え好きな人が出来てもうまくやれるのだろうかと不安になり、しかしそこには自分の知らない世界があるのだろうと考えるとわくわくする気持ちにもなった。
しかし、今のレインが決めていることはただ一つ、ジョシュが助けに来てくれても絶対に泣かないということだった。
自分は強くなったのだと、本当に成長したのだということを見せる為に。
そうでなければ、優しいジョシュの心をまた縛りつけてしまうだろうと思っていた。
そう決めたはずなのに、自分にジョシュの気が近づいてくるのを感じた時、もうすでに涙が流れていた。
泣かないと決めた自分への約束はあっさりと破られ、レインは自分からジョシュの方へと向かっていった。
その姿が見えた時には、ジョシュの名を叫びながら両手を広げ、勢いよく飛んで行って声を上げながら泣いていた。
抱きついたレインの背中にジョシュの腕が優しく回ってくる。
そっと背中を撫でるジョシュの手の温もりに、レインはわんわんと泣きじゃくった。
優しいジョシュの手、逞しい身体の温もり、しかしその瞳に悲しみが宿っていることを、彼の胸に顔を埋めて泣いているレインは気づかなかった。
ジョシュはレインの頭を撫で、頬を流れる涙を指で拭った。
顔を上げたレインの前には、今までに見たことのないくらい悲しい表情を見せるジョシュがいた。
そして目を閉じてレインの頬に両手を当て、静かに額をくっつけてきた。
辛そうな、そして泣きそうな顔でジョシュは口を開いた。
言いづらそうに、申し訳無さそうに、そして言葉に詰まりながらレインに語りかけた。
レインはただ黙ってジョシュの言葉を聞いていた。
そして全てを言い終えると、「ごめんな・・・・」と呟いて膝をついた。
レインは項垂れるジョシュの頭を抱え、そっと自分の胸に抱き寄せた。
「いいよ。それで全てが終わるなら、私は構わないから・・・泣かなくていいよ。」
ジョシュの口から短く嗚咽が漏れ、レインは彼の頭に頬を寄せて言った。
「その代わり、二つのことを約束して。
この闘いが終わったら、私の分まで生きて。
死ぬなんてダメ、そんなの許さないから。」
嗚咽しながら頷くジョシュを強く抱きしめて、レインは二つ目の約束事を伝える。
「それともう一つ、幸せになって。
好きな人と結婚して、子供を持って、ジョシュも・・・ジョシュの家族も幸せになって。
私のことに縛られて不幸になるのは、絶対にダメだからね・・・。」
ジョシュはレインの頭を抱き寄せ、肩を震わせながら言った。
「約束するよ・・・絶対に・・・。」
抱きしめるジョシュから少しだけ身体を離し、レインはその顔をじっと見つめた。
レインの澄んだ瞳にジョシュが映り、ジョシュの瞳にもレインが映っていた。
しばらく見つめ合ったあと、レインは目を閉じて顔を寄せた。
ジョシュもレインの肩を抱いて目を閉じ、そっと顔を寄せた。
少しの間、二人の唇が重なる。
レインはゆっくりと顔を離し、恥ずかしそうに微笑んだ。
「ジョシュ、愛してるよ。だから絶対に生き延びて・・・。
マリオンをやっつけて・・・この世界を生きて・・・お願い・・・。」
レインはぎゅっとジョシュの肩を握り、濡れる瞳で笑いかけた。
「うん・・・約束する。」
もう一度二人は抱きしめ合った。
レインの身体を大きな力が覆い、抱き合うジョシュを包んでいく。
二人の周りに力の波が渦巻き、一筋の光となって闇を切り裂いていった。

           *

レイドは握った槍に大きな力が伝わってくるのを感じた。
《ジョシュ、無事にレインの魂を連れてくることに成功したのだな。》
レイドの身体は近距離からマリオンの魔法を浴び続けてボロボロになっていた。
しかしこの槍だけは手放すまいと強く握りしめて耐えていた。
「なんということだ・・・。おのれ貴様ら・・・ッ。」
《言ったはずだ、ジョシュは必ずお前の野望を打ち砕くと。
彼は私が仕える主人なのだからな。》
槍を伝わってジョシュの意識とレインの魂がレイドの身体の中に入っていく。
「待たせたなレイド!」
《ああ、もう少しで完全に装甲を破られるところだった。
しかしお前ならレインの魂を連れて来ることが出来ると思っていた。》
「レイド・・・あなたもジョシュと一緒に闘ってくれていたのね・・・。
ありがとう。」
《闘うのが私の使命だ。それにまだ大仕事が残っている。》
そう言ってレイドが槍を抜こうとすると、マリオンは身体からイバラの鞭を放ってレイドを巻きつけた。
「逃がさん・・・逃がさんぞレイン・・・。お前の魂は私のものだ・・・。
お前は私の野望の為にあると知れ!」
槍を伝わってマリオンの意識もレイドの中に入って来ようとする。
オーラを溜めてそれを阻止しようとするレイドだったが、マリオンの力は凄まじかった。
赤いオーラを押し返して、槍を伝って侵攻してくる。
「ふふふ、このままお前達の身体を乗っ取ってやる・・・。
邪魔な奴らだけを潰してレインの魂を頂くぞ。」
「おい、まずいぞ!何なんだよこの力はッ?」
《瀬戸際の執念とでもいうのか、常識では考えられん・・・。
ただの精神体にこれだけの力があるとは・・・。》
「ふふふ、魔導はお前達が考えるよりも奥が深い。
精神だけの存在だからこそ発揮できる力もあるのだ!」
マリオンの力に赤いオーラが弾き飛ばされ、槍は根元から折れてしまった。
《むう!しまった!》
レイドの身体の中に入ったマリオンはすぐにレインの魂を見つけ出し、強力な力で縛り上げた。
「きゃあああああああッ!」
「レインッ!」
助けに入るジョシュであったが、マリオンの強大な力に阻まれて弾き飛ばされてしまった。
「ぐう・・・クソ・・・。」
《やめろジョシュ。無茶をすれば意識ごと吹き飛ぶぞ。》
「そんなこと言ったってレインが・・・。」
マリオンに締め上げられ、レインが身体の外へと連れ去られていく。
「ジョシュッ!」
レインは叫んで手を伸ばし、ジョシュはその手を掴もうと向かって行く。
「レインを離しやがれえええッ!」
《待てッ!》
レイドは強制的にジョシュと意識を入れ換え、中に戻っていく。
「おい、何すんだ!」
《さっきも言ったはずだ、無茶をすれば意識ごと消し飛ぶと。
お前には大事な役目があるだろう。ここは私に任せろ。》
「任せろって・・・お前まさか・・・。」
手を伸ばして叫ぶレインに向かって、レイドは弾丸のように飛んで行く。
「ふん、造り物の人格ごときに何が出来る!」
マリオンは魔法を放ち、向かってくるレイドを迎撃しようとする。
青黒い炎がレイドを焼いていくが、それでもその勢いは止まらなかった。
「こいつ・・・自滅する気か・・・」
《その通りだ。》
レイドの意識体から光が放たれ、輝く弾丸となってマリオンを撃ち抜いた。
「このお・・・たかが意識体ごときがッ!」
《レイン、今だ!抜け出せッ!》
怯んだマリオンの隙を見てレインが逃げていく。
それを確認したレイドは、マリオンを押し潰すように身体の外へ追いやろうとした。
「ふざけるなよ・・・。このまま押し切られてたまるか!」
大きな魔力がマリオンの精神体に集まり、レイドに向けて放たれる。
その魔法は光線となってレイドを押し返そうとするが、レイドは怯むことなく突き進んでいった。
「やめろレイド!それ以上無茶したらお前まで消えちまうぞッ!」
《構わない。》
レイドはいつもの冷静な口調で言葉を返してきた。
ジョシュはその言葉に強い覚悟が宿っていることを感じ、何も言えずに黙りこんでしまった。
《何度も言っているが、私は勝利をもたらす為にここにいる。
例え私が消えようとも、この闘いの後、お前が勝利を手にするならそれでいい。》
「レイド・・・。」
悲しそうに呟くジョシュに、レイドは軽快な声でおどけてみせた。
《ああ、そうだ。お前がマリオンの中に入っている間に、私はユーモアというものを覚えたのだぞ。
あれは中々に痛快なものだな。なにせマリオンが悔しそうに顔を歪ませていたのだから。
もし機会があるなら、次は是非お前にも聞かせてやろう。
その時は味気無いだの、冷たいだのとは言わせんぞ。》
ジョシュは泣きそうになるのを堪えながら、同じように軽快な声で言葉を返す。
「へ、馬鹿が・・・最後にカッコつけてんじゃねえよ。
今度会ったら、次はナンパの仕方を教えてやるよ。」
《そうか。ならばその時を楽しみにしている。》
レイドはマリオンの魔法を弾きながら突っ込んでいき、最後の力を放った。
《さらばだ、ジョシュ。》
レイドの意識体が炸裂し、マリオンを身体の外へと吹き飛ばしていく。
「おのれえええええッ!このまま終わらんぞおおおおッ!。」
ジョシュの身体の中から光が溢れ、マリオンの精神体は完全に外へと弾き出された。
「レイド・・・ありがとう・・・。」
精神体となったマリオンは素早く自分の身体に戻り、その身を魔力で包んだ。
ジョシュはボロボロになったマーシャル・スーツの身体を動かし、折れた槍をマリオンに向けた。
「魂の無くなったお前にその身体を動かすことは出来ないぜ。大人しく降参しな。」
「ふふふ、降参だと?馬鹿なことを・・・。」
口元を笑わせて不気味に笑うマリオン。
彼女の魔力はどんどん強くなっていき、周りに六つの宝玉を呼び出した。
「これは・・・またレインの魔法を使うつもりかッ?」
「私を他の奴らと一緒にするな。短い時間なら身体を動かすことも問題ない。
それに魔法なら肉体に関係なく使える。」
ジョシュは胸の装甲を開いて魔法陣を光らせた。
「へへへ、だったら好都合だぜ。その魔法を吸収して撃ち返すだけだ。
そうすりゃレインの魂を使う必要も・・・、」
「誰がお前に撃つと言った?」
「なんだと?」
マリオンは穏やかな顔で笑っていた。
先ほどの焦りと悔しさが混じった表情は完全に消え去り、まるで悟りを開いた僧侶のような顔でジョシュを見つめていた。
「確かに・・・魂を失った今となっては、私の野望を叶えることは無理だ。
この勝負、お前達の勝ちと言っていいだろう。」
「だったらなんで宝玉なんか出すんだよ?やり合ったって結果は見えてんだぜ。」
マリオンは無言のまま上昇していき、宝玉を光らせて魔力を溜めていった。
「待ちやがれッ!」
後を追うジョシュから逃げるでもなく、ある程度の高さまでくると動きを止めた。
「何をするつもりだ?」
穏やかな表情のマリオンに異様な不気味さを感じ、ジョシュは折れた槍にオーラを込めて刃を作り出した。
「どうせ私の野望は砕かれるのだ。
ならばこの身を犠牲にして一矢報いるしかあるまい。
私の持てる全ての魔力を使って、何もかも吹き飛ばしてやるまでよ。」
「そんなことさせるかよッ!」
ジョシュが槍を振りかざすと、マリオンはニヤリと笑った。
「その槍で私を殺せるのか?何の為にレインの魂を取り戻したのだ?」
「・・・・・・。」
「お前はまだレインの魂が消えて無くなることを怯えているのではないか?
覚悟を決めたようで、実はその覚悟は偽りのものではないのか?」
「・・・・・・・・・。」
マリオンは宝玉の魔力を自分の身体に吸収し、ジョシュの方へと近づいていった。
「私に協力するならレインの魂が入れる肉体を作ってやろう。
もちろん私はレイン以外の魂をこの身体に入れる必要があるが、もうお前達には手は出さない。
どうだ?新しい世界で愛するレインと一緒に・・・ッ!」
ジョシュの槍が一閃し、マリオンの言葉を遮って一刀両断した。。
「グダグダうるせえよ。悟りを開いたみたいな顔して、考えてることはそれかよ。
もうてめえの屁理屈は聞き飽きた、何も喋るんじゃねえよ。」
斬られた身体を再生させ、マリオンはジョシュから離れていった。
そして宝玉の紋章を光らせてさらに力を高めていく。
「そうか・・・残念だ。ならば私のこの身をもって全てを破壊しよう。
終わりだ、ジョシュよ・・・。」
宝玉がマリオンの周りを回転しはじめ、今までで最大の力を放っていく。
マリオンの身体は中から光の柱で貫かれ、下は大地に、上は天に突き刺さり、横に伸びた光の柱は水平線より長く伸びていった。
「ジョシュ!やって!私の力を使ってマリオンを倒してッ!」
「・・・・・・・・・。」
ジョシュは槍を握ったまま俯き、心の中で歯を食いしばっていた。
そんな彼を叱咤するように、レインは悲痛な声で叫ぶ。
「マリオンはここにいる人間全員を吹き飛ばして自滅する気なのよ!
私も、ジョシュも、下で見ている人達だって・・・。
けど、あいつはきっと再生してくる!
私達を吹き飛ばして、邪魔者がいなくなった世界でもう一度自分の野望を叶えようとするに決まってる・・・・・・だから迷わないで!私を使って!
マリオンを倒して・・・この世界も・・・ジョシュも生き延びて!
そう・・・・・約束したでしょ・・・・。」
レインの言葉が胸を打ち、ジョシュは迷いを振り払ってマリオンを睨んだ。
「・・・ああ、分かってるよ。」
構えた槍をマリオンに向け、レインの魂を宿らせる。
「・・・行くぞ・・・。」
「うん!最後の闘いだよ、決着をつけよう!」
レインの魂がオーラの槍に吸い込まれていき、赤い刃が青白いエネルギーへと変化していく。
ジョシュはシールドを再生させて魂の槍を差し込んだ。
槍とシールドが合体し、十字架のエネルギー体へと変化していく。
マリオンの身体はガラスのようにヒビ割れていき、体内に溜まった膨大なエネルギーを今にも爆発させようとしていた。
ジョシュは前屈みに槍を構え、ブースターからありったけのオーラを噴射させて飛んでいく。
槍の光がジョシュの身体を覆い、青く輝く十字架が一直線に飛んで行く。
「マリオオオオオオオオオンッ!」
ジョシュを迎撃するように光の柱が伸びて来るが、十字架の槍はガラスのようにそれを砕いていく。
ジョシュとレイン、二人の力が重なり合ってマリオンの身体を貫いた。
十字架の光とマリオンの魔力がぶつかり合い、太陽のように強烈な輝きが辺りを満たしていく。
「ジョシュ・・・レイン・・・。お前達も一緒に・・・私と消えるのだ・・・。」
マリオンの魔法が槍を押し返してくるが、ジョシュはブースターを噴射して耐える。
「どこまでも往生際が悪いぜ!さっさとくたばりやがれ!」
十字架の槍はさらに深くマリオンの身体を貫き、その身体に大きな穴を開けていく。
「・・・・・消えるのだ・・・。何もかも・・・消えてなくなれ・・・。」
光の柱が生き物のように鼓動し、マリオンの中から大きな力が溢れてくる。
大地が揺れ、空が震え、この世界そのものがマリオンに怯えているようだった。
この世の終わりのような光景に、眼下の増援部隊も、そして塹壕の中の人々も、恐怖の色を浮かべて見上げていた。
マリオンの身体が大きくヒビ割れ、中から強大なエネルギーが溢れてくる。
「ジョシュ!今よ、やってッ!」
「ああ・・・分かってる・・・分かってるよ・・・。」
しかしその言葉とは裏腹に、彼の手は震えていた。
ここへ来て迷いを見せる自分を情けなく思いながら、それでもレインの魂を炸裂させることに躊躇いを感じていた。
「ジョシュ・・・。」
レインは幻影のように槍の上に現れ、ジョシュに語りかける。
「迷う気持ちは分かる・・・。
もし立場が逆だったら、きっと私はジョシュと同じことは出来ないから・・・。」
「レイン・・・。」
悲しそうに顔を逸らすレインに、ジョシュは自分の心の弱さを恥じていた。
覚悟を決めて犠牲となるレインは、自分以上の悲しみを抱えているのだと痛感した。
「けど、マリオンを倒さないと・・・。じゃないとまた大勢の人達が死んでしまう。
だからやって。躊躇わず、私の魂を炸裂させて、お願い・・・。」
そう言ってジョシュを見つめ、レインは最後の抱擁をする。
そしてジョシュの耳元で静かに囁いた。
「愛してる・・・。この魂が消えても、ずっと愛してる。
だからジョシュも、私のこと忘れないでね。
縛られるのはダメだけど、たまにでいいから思い出して・・・。
普段は心の片隅でもいいから、たまに陽の当たる場所で思い出して・・・。
そうやって私のことを思い出してくれるなら、私は消えたことにならないから。
ずっと・・・ジョシュの心にいられるから・・・・・・。」
そう言い残してレインの幻影は消えていった。
気がつけば涙が流れていた。マーシャル・スーツの身体から熱い涙がこぼれ落ちていく。
ジョシュは槍を握る手に力を込め、覚悟を決めて叫んだ。
「うおおおおおおおおおッ!」
魂の槍が光りを増し、マリオンの体内で炸裂した。
眩い閃光が地平線まで飛んで行き、光の柱を飲み込んでいく。
マリオンの身体は粉々に砕かれて、放とうとしていた魔法とともに溶けていくように消え去っていく。
星が地上に降りて来たように何もかもが光りの中に飲み込まれ、ジョシュも、地上から見上げる人々も包まれていく。
精神も肉体も、マリオンは跡形残らず光の中で消滅していった。
それと同時に傷ついたジョシュの身体は癒されていき、中から言いようもない暖かい力が溢れてくるのがわかった。
それはまるでレインに抱かれているような暖かさだった。
広がる光はオーロラのように揺らめいて少しずつ弱くなっていく。
消えゆく光の中で、ジョシュは一瞬、レインの姿を見た。
小さく微笑み、囁きながら光の中へと消えていく。
「きっと・・・またどこかで会えるって信じてる・・・さよならじゃないよ・・・。
だから・・・お別れは言わない・・・またね・・・ジョシュ・・・。」
輝く光が消え去り、憎い敵も、愛しい者も、その中に消えていった。
残されたのは静寂を取り戻した世界と、最愛の者を失った一人の青年だけだった。
全ての戦いが終わった空で、ジョシュはただレインの名を叫んで泣いていた。

マーシャル・アクター 第十七話 闘いの決意

  • 2014.01.17 Friday
  • 18:30
〜『闘いの決意』〜

ジョシュは深い意識の底にいた。
女神に向かっていったところまでは覚えている。
しかしその後大きな衝撃を受けて意識が途切れてしまった。
深い意識の底で、自分は生きている、まだ死んだわけではないのだということは分かっていた。
ただ外の状況がまったく分からず、それがジョシュの心を焦らしていた。
「クソ・・・。闘わないきゃいけねえってのに、身体が動かないのは歯がゆいぜ。
レイドに話しかけても返事はないし、いったい外の状況はどうなってんだ?
もしかしてレイドが代わりに闘ってんのかな?」
悶々と考えを巡らせる。
何も出来ずに苛々だけが募る。
しかし突然誰かの叫びが頭の中に響いてきた。
「なんだ?」
注意深くそれを感じてみると、レインの泣き声だった。
「こりゃあレインが癇癪を起した時の泣き声じゃねえか。
こんな泣き方するなんてよっぽどのことがあったに違いないな・・・。
おい、レイド!何やってんだ?返事しろよッ!」
大声で呼びかけるジョシュ。すると誰かが自分の意識に近づいて来るのを感じた。
《待たせたな、修復は完了だ。これより戦闘に戻るぞ。》
「いや、戻るぞって急に言われても・・・それより外はどうなってんだよ?
お前は知ってるんだろ?説明してくれよ。」
レイドはやや間を置いて口を開いた。
《私も見ていたわけではないから細かい部分は分からない。
しかし外の音や気配を感じるに、あまり良くない状況であることは確かだ。》
「やっぱりか・・・。レインが泣いてるからそうだろうとは思ったけど。」
《・・・・・・とりあえず意識を交代させよう。肉体の修復で少々疲れた。》
「分かった、治してくれてありがとな。後は任せてくれよ。」
《ああ。しばらくの間一人で闘うことになるが、頼む。》
そう言い残して、レイドはさらに深い意識の中に潜っていった。
「さて・・・と。」
ジョシュは意識の表層に向かい、自分の精神を肉体に同調させた。
マーシャル・スーツの目が青く光り、身体に圧し掛かる瓦礫を吹き飛ばして床の中から飛び出した。
「おお、すげえ。完全に治ってらあ。
さすがはレイド、いい仕事するぜ。」
感心して呟くジョシュだったが、すぐに周りの異変に気づいた。
「・・・・・・。」
言葉を失って茫然と立ち尽くし、天井から射す光を見上げて呟いた。
「どうなってんだこりゃあ・・・。ここで戦争でも起きたってのかよ・・・。」
魔導核施設の広大な部屋は原型をとどめていなかった。
壁が崩壊し、この部屋に繋がる通路や様々なパイプが剥き出しになっていた。
至る所が砲撃にあったかのように抉られ、千切られていた。
女神に繋がっていた根源の世界への魔法陣の扉も消し飛ばされている
床も穴と瓦礫だらけになっていて、普通の人間では歩くことすら困難な状態だった。
そして天井から射す光は、地上から届く陽の光だった。
数キロ先の地上まで続く大きな穴は、再びジョシュに言葉を失わせた。
しばらく天井の穴を呆然と見上げるジョシュだったが、ハッと気が付いて辺りを見回した。
「おい、レイン!どこだ、どこにいるッ?」
ジョシュはボロボロになった部屋を駆けながら何度もレインの名を呼んだ。
必死になって彼女の気を探ってみるが、近くにレインの存在は感じられなかった。
「嘘だろ・・・。レイン!どこだ、返事をしてくれえええッ!」
しかしレインの声が返ってくることはなく、ただ虚しくジョシュの声が響くだけだった。
「レイン・・・。はッ!そうだ!師匠!どこですか師匠ッ!」
レインの時と同様に駆け回ってフレイの気を探るジョシュ。
しかしまったくフレイの気を感じることが出来ずに立ち尽くした。
「そんな・・・師匠・・・。そうだ!ククリさんはッ?ククリさん、どこですか?
近くにいるんなら返事をして下さい!ククリさんッ!
レインも、師匠も、返事をしてくれよおおおおおおッ!」
ジョシュは膝から崩れ落ち、両手をついて項垂れた。
最悪の状況が彼の頭の中を駆け巡っていく。
「嘘だろ・・・。俺が寝てる間に、みんな・・・。」
地面についていた手が瓦礫を握りつぶし、ジョシュはそのまま何度も自分の顔を殴りつけた。
「チクショオオオオッ!なんで俺がくたばってる間にこんな・・・。
なんで俺は呑気に気を失ってたんだ!みんなが・・・みんなが闘ってる時に俺は・・・。
チクショオオオオオオオオッ!」
咆哮のように泣き叫ぶジョシュ。頭を抱えて身体を反らし、悶えながら地面にうずくまった。
「アアアアアアアアアッ!」
駄々をこねた時のレインと同じように、ジョシュは地団駄を踏み、装甲にヒビが入るほど自分を殴りつけた。
何度も咆哮がこだまし、やがて力尽きたようにぐったりと倒れ込んだ。
「はあ・・・はあ・・・。へへ、ざまあねえぜ。
レインにお前を独りにしないなんて偉そうなこと言っておきながら、俺が一人ぼっちになっちまった・・・。
レインも、師匠も、ククリさんも、シーナも・・・もう誰もいねえ・・・。
きっと・・・残ってんのはあの化け物だけだ・・・。
こんなんじゃあ・・・こんなんじゃあ・・・。
俺も女神やられた時に死んどきゃよかったぜ・・・ははは・・・。」
仰向きに寝返ったジョシュは天井の穴から見える空を眺めていた。
陽の光が眩しく顔に当たり、場違いにジョシュを平和な心にさせる。
いつもと変わらない空、そしてその中を流れていく雲、暖かな陽の光。
それらがジョシュの心から闘う覚悟や闘志を奪っていき、マーシャル・スーツの戦闘形態は解除されてしまった。
ただ目を閉じ、力を抜いて穏やかな呼吸をする。
全てが夢のようで、今までの戦いは何もかも嘘だったのではないかと思い始めていた。
「はあ・・・良い天気だな今日は・・・。
こんな日はどっかに遊びに行きたいよなあ。
レインと自然が綺麗な場所をぶらぶら散歩するのもいいし、街にナンパしに行くのもいいかもな。
そうだ、シーナを誘って買い物に行くのもいいかもしれねえ。
・・・ははは、なんだ俺は。女のことばっか考えてらあ。
レインに聞かれたら目を吊り上げて怒られちまうな、ははははは。」
穏やかな顔で笑い、ジョシュはそっと目を閉じた。
天井の穴から地上の風が吹いてきて、心地よく頬を撫でていく。
ジョシュは胸いっぱいに風を吸い込んで深呼吸をした。
そして時間が経つのも忘れ、しばらく寝転んだまま陽の光と風の匂いを楽しんでいた。
「・・・・・・・・・。」
ジョシュは眠ったように動かなくなった。
五感と筋肉を弛緩させて、ただ穏やかな気持ちに身を委ねていた。
しかし吹き下りてくる風の中に嫌な臭いを感じて目を開けた。
じっと天井の穴を凝視していると、地上から何かが降ってくる。
豆粒のようなそれは落ちて近づいてくるにつれてはっきりと形が見てとれた。
人間だった。
法衣を纏った人間が血を撒き散らしながら落下し、大きな音を立ててジョシュの横に叩きつけられた。
ジョシュは顔を横に向けた。
目の前には落下の衝撃で半分潰れた人の顔があった。
カッと目を開き、苦悶の表情で死んでいた。
潰れた顔から広がる血がジョシュの頬を赤く染め、じわりと首の辺りまで広がっていく。
じっとその死に顔を見つめ、ジョシュはゆっくと上体を起こして空を見上げた。
青い空に一筋の閃光が走った。
続けざまに炎が飛び、それを掻き消すようにまた閃光が走る。
平和な空に不似合いなその光景を眺めながら、ジョシュはレイドに話しかけた。
「おいレイド。もう起きてるか?」
《ああ、しばらく前から目を覚ましていた。》
ジョシュは空を見上げたまま無表情でレイドに尋ねた。
「起きてんなら声くらいかけろよ。」
《私は闘う為の人格だ。そして宿主の闘いに勝利をもたらす為にここいる。
ならば闘う覚悟を放棄した者に、語りかける言葉はない。》
「なんだそれ、嫌味か?」
《違う、お前の質問に答えただけだ。》
「・・・ったく。相変わらず味気ないというか冷たいというか。」
ジョシュは頬の血を服で拭い、膝に手をついて立ち上がった。
先ほどの虚ろな目とは打って変わり、強い決意を宿した目をしていた。
「あるよ。」
ジョシュは小さく呟いた。
「闘う覚悟ならある。」
《・・・・・・・。》
閃光と炎が走る空を見上げ、ジョシュは拳を握った。
「気づいたんだ。しばらくボケっとして、陽の光や風を感じてさ・・・。」
さらに強く拳を握り、ジョシュは苦悶の表情で死んでいる法衣の男を振り返った。
「いくら幻に浸ってても、目の前の現実は動かせないってな。」
法衣の男を見つめるジョシュの顔は、闘う者の表情になっていた。
《その通りだ。》
レイドは満足そうにその言葉に頷き、ジョシュは少しだけ笑って服を破り取った。
そして骸になった法衣の男の顔にそっとかけてやる。
目を閉じて黙祷を捧げ、振り返って空を見上げた。
「闘うよ、俺。たとえこの身が砕け散っても、俺は闘う。
だからレイド、もう一度俺に力を貸してくれるか?」
しばらく沈黙が流れたあと、レイドは力強く答えた。
《もちろんだ。私はその為にここにいる。お前が望むのなら、いくらでも力になろう!》
ジョシュは笑って頷き、オーラをコアに送り込んだ。
ジョシュの身体が闘う為の衣装を纏い、マーシャル・アクターへと姿を変えていく。
腰についている短い棒を槍に変化させ、シールドを展開させて空を睨みつけた。
「あそこまで飛べるか?」
《無論だ。》
溜めたオーラをブースターからフルパワーで噴射し、一気に空へと駆け上がって行く。
青い空が近づくにつれ、ジョシュの中で闘志が燃え上がってきた。
「待ってろよ、化け物女神め。俺の槍がお前を地獄まで送ってやるぜ!」
槍を高く振りかざし、ジョシュは光が溢れる地上へと飛び出していった。

マーシャル・アクター 第十六話 激闘

  • 2014.01.16 Thursday
  • 19:56
〜『激闘』〜

「はあ・・はあ・・・急に大人しくなりおった。」
口から血を流しながら、フレイはだらりと剣を下げた。
「きっと中で何か変化があったんでしょう。
こっちとしては止まってくれてありがたいですけどね。」
死神形態のククリが杖を立てて膝をつく。
女神と死闘を演じていた二人はホッとしたように息をついた。
ククリのおかげで根源の世界からの力の供給は断たれたが、それでも女神の力は強大なものだった。
もう少し戦いが長引いていれば、確実にあの世行きになっていたことを二人は痛感していた。
フレイは目を細めて女神を見上げた。
血の涙を流し、形容しがたいほどの恐怖を感じさせる表情で、腕を振り上げたまま止まっている。
「小僧・・・いったい中で何があった?」
フレイは我が子を心配するように呟いた。
ククリが女神に近づき、ジョシュとレインの気を探ってみた。
「いつ動き出すやもしれぬぞ。気をつけろ。」
「分かっていますよ。」
目を閉じて女神の中から二人の気を探すククリ。
じっと研ぎ澄ました神経の中に、かすかな反応があった。
「どうやら妹を助けるのに成功したようだな。
この化け物の中から奴らの気が迫って来る。」
ククリと同様に二人の気を探っていたフレイが確信を持って言った。
「ですね。どうやらマリオンの妨害をかいくぐってレインの元まで辿り着いたようです。」
そう言ってククリは腰に手を当てて手を持ち上げた。
「正直この作戦は成功率一割以下だったんですけどね。
上手くいったのはあの二人の強い絆があったからでしょう。
まったく・・・若い子達は予想を裏切る結果をもたらしますよ、もちろんいい意味でね。」
「当たり前だ、俺とお前の弟子だぞ。そんじょそこらの若造と一緒にされては困る。」
相変わらず素直に喜びを表現しないフレイに笑みを返し、ククリは女神の胸元にじっと目を向けた。
しばらくすると、強烈な光と共に二人が女神の中から飛び出して来た。
レインが幽体となったジョシュの手を引き、導くようにククリの前に降り立った。
「レイン!」
ククリは駆け寄ってレインを抱きしめた。
頭に頬を擦り寄せ、彼女が生きていることを確かめると、うっすらと涙を浮かべた。
「ただいま、先生。」
「よかった、よかった・・・。
君にまでもしものことがあったら、本気で死のうかと思っていたくらいだよ。
生きていてくれてよかった・・・。」
ククリが強く抱きしめて嗚咽する。レインはそっと手を回して顔を埋めた。
「大袈裟ですよ先生。
私、信じてましたから。きっとジョシュが、ククリ先生達が助けてくれるって。」
剣を収めたフレイが、身に纏うマントを脱いでレインの肩にかけた。
「年頃の娘がはしたないぞ。さっきから小僧が目のやり場に困っとるわ。」
ククリと同じく、フレイも優しい目でレインを見つめた。
「よく一人で堪えていたな・・・。偉いぞ。」
そう言ってレインの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「フレイ剣聖・・・ありがとう・・・。」
目尻を拭いながらフレイの手を取り、レインは微笑みを向ける。
フレイとククリは顔を見合わせ、安心の笑みを浮かべて頷き合った。
「あのう・・・俺のこと忘れてないっすか?」
ジョシュが指で自分を差した。
「ああ!ごめんごめん。わざとじゃないんだよ、許してくれ。」
慌ててジョシュの元に駆け寄るククリ。
レインの時と同様に優しい目を向けてジョシュの健闘を労った。
「よかったね、マリオンに邪魔されやしないかと心配だったんだ。」
「ああ、マリオンね・・・。」
ジョシュは目元だけを笑わせてレインを指差した。
「こいつが一撃で吹き飛ばしたんですよ。俺だって苦労したってのに・・・。
あのマリオンをあっさり倒すなんて、ほんとに末恐ろしい奴ですよ。」
ククリは眉を持ち上げて驚いた顔を見せた。
「そりゃすごい!いくらジョシュ君との闘いで弱っていたとはいえ、一撃でマリオンを倒すなんて。
昔に剣聖がマリオンに闘いを挑んだけど、その時にレインがいればとっくに決着はついていたかもね。」
ベタ褒めするククリに、レインは恥ずかしそうに手を振って否定した。
「違いますよ!あれは私の精神世界の中だったから。
それに向こうは魂だけだったし、私のことを見くびって油断していたし・・・。
ジョシュが大袈裟に言い過ぎなんですよ。」
そう言うとフレイは大笑いしてジョシュの横に立った。
「いいや、お前の力は本物と見た。
なんせあのマリオンがそこのデカブツを動かす魂として選んだくらいだからな。
どう考えてもこのボンクラとは出来が違う。」
フレイは可笑しそうに笑い、ジョシュの頭を小突いた。
「もう、何なんすか、自分の弟子なのに!
ま〜た昔みたいにお前と比べられちゃってるよ、悲しいなあ〜俺。」
おどけるジョシュを見て、レインは口元に手を当てて笑った。
そしてジョシュの頭に手を置いて二ッコリと微笑みかけた。
「そういう子供みたいに拗ねるとこは変わってないよね。
大丈夫、何かあったら私が守ってあげるよ。」
「かあ〜、すぐこれだよ。もう俺はお前の助けなんかいらないの。
ここに来てからの戦いで成長したんだから、俺は。
お前にもマリオンとの死闘を見せてやりたかったぜ。」
「私は一撃で倒したけどね。」
悪戯っぽく言うレインに、顔を歪めて唇を尖らせるジョシュ。
子供じみたその仕草にまたレインの茶々が入り、二人はしばらく馬鹿を言い合っていた。
微笑んで見ていたククリだが、やがてパンパンと手を叩いて二人の間に割って入った。
「はいはい、冗談はそこまで。
そろそろジョシュ君の魂を元に戻さないと死んでしまうからね。」
ククリは言われて、ジョシュは自分の幽体を見て「ああ!」と叫んだ。
「な、なんか薄くなってきてる・・・。」
「当り前さ。魔導士でもない君が長い時間魂だけでいたら死んでしまうよ。
そうなる前に肉体に戻すから、手を出して。」
ジョシュは慌ててククリに手を差し出した。
ククリはジョシュの手を握り、魔法の詠唱を行って封魂の術を施した。
杖をジョシュのマーシャル・スーツに向け、魔力を放出してジョシュの魂と同調させていく。
そして眩い光が弾け、ククリの身体を通じてジョシュは自分の肉体へと戻っていった。
戦闘形態のまま待機していたマーシャル・スーツの目が青く光り、項垂れていた顔を持ちあげてレインの元へと歩いて来る。
「これがジョシュのマーシャル・スーツ・・・。」
一歩前に踏み出し、レインはジョシュの身体に触れた。
「すごい・・・物凄く大きな力を感じる。これがマーシャル・スーツの本当の姿・・・。」
レインは自分もこの身体を有していることを思い出し、いかに強大な力がジョシュと自分に宿っているのかを感じた。
「へへ、凄いだろ。こいつの中には俺以外の人格も宿ってるんだ。
おいレイド、俺の妹だぜ。」
ジョシュがそう言うとマーシャル・スーツの目が紫に変わり、レイドが表の人格として現れた。
そしてレインに向かって手を差し出す。
《レイドだ、よろしく。》
レインはそっとその手を握り、顔を見上げて微笑んだ。
「レインよ。あなたがマーシャル・スーツに宿った人格なのね。
ジョシュが迷惑かけたりしてない?」
レイドは一瞬目を光らせて言った。
《ジョシュの性格は把握している。
彼が年齢の割に落ち着きが無く、無鉄砲な所があるのは計算済みだ。
その上で行動しているので問題ない。》
淡々と言うレイドにレインは大笑いした。
「あははははは!ジョシュ、聞いた?
レイドがいればもう私が守ってあげなくても大丈夫だね。」
「おい、レイド!余計なこと言いやがって。さっさと代われ!」
表に出て来たジョシュは腰に手を当ててそっぽを向いた。
「まったく・・・。さっきからどいつもこいつも・・・。
俺はガキじゃねえってんだ・・・。」
「そうやって拗ねる所が子供っぽいのよ。やっぱりまだ私が必要?」
そう言うとさらに拗ねるジョシュ。レインはまた可笑しそうに笑った。
「お前らの兄妹漫才はけっこうだが、このデカブツをどうにかせん限り安心出来んのではないか?」
フレイは目で女神の方を示した。
三人が女神を見上げ、その恐ろしい形相に息を飲んだ。
「なんつう怖え顔だよ・・・。師匠達はこんな化け物と闘ってたんですね。」
「そうだよ。もう少し君達が出て来るのが遅かったら、僕たちは確実にあの世行きだっただろうね」
「うむ・・・。このような怪物を外に出させずに済んだのはよかった。
しかしまだ完全に死んだわけではあるまい。微かに気が残っているからな。」
女神は今にも拳を振り下ろさんと睨んでいた。
荒れた部屋の様子からも壮絶な闘いが展開されたことが容易に想像出来た。
「けどこんなもんを完全に消し去るとか無理じゃないですか?
下手なことしてまた動き出したら大変だし・・・。」
不安そうにそう言うジョシュに、フレイは腕を組んで唸った。
そしてククリの方に目をやって尋ねた。
「どうすればこいつをこの世から消し去ることが出来る?
お前なら何か思いつかんか?」
「そうですねえ・・・。」
顎に手を当てて考えるククリだったが、これといって良い案が浮かばずに唸っていた。
するとレインが三人の前に歩み出て言った。
「私に任せて下さい。」
ジョシュ達は顔を見合わせ、疑問符の浮かぶ顔でレインを見つめた。
「任せるって言ったって具体的にどうすんだよ?」
その問いに、レインはジョシュの身体を指差しながら答えた。
「それ、私も持ってるのよ。
私のマーシャル・スーツを発動させて、この偽りの女神を消滅させるの。
多分、それしか方法がないと思う。」
レインの言葉は説得力を感じさせるものだったが、ジョシュは首を傾げて不満そうな声を出した。
「んな簡単に言うけどな・・・。
マーシャル・スーツってのはそう簡単に扱える代物じゃないんだぜ。
これを自在に操るには、マーシャル・アクターっつって戦いに対する覚悟をしっかり持たないと・・・、」
ジョシュの言葉を遮るようにレインの身体が輝き、三人は眩しさに目を細めた。
一瞬にしてレインの魔力が何十倍にも膨れ上がり、光の中から何かが飛び出して来た。
「うおお・・・すげえ。」
ジョシュが感嘆の声を上げた。
湯気のように赤く立ち昇る魔力を纏いながら、マーシャル・スーツを発動させたレインが宙に浮いていた。
光沢を放つエナメル質な表面なジョシュと同じだが、全体のフォルムは人間に近くて女性的だった。
赤地の表面にシルバーの線が肩から太ももにかけて入っている。
頭と胸には魔法の紋章が入っており、赤い目を光らせて白い羽衣を纏っていた。
「これがレインのマーシャル・スーツか。僕が造ったのとは大分違うけど、見た目とは裏腹にすごい力を秘めているのが分かるよ・・・。」
好奇心を膨らませて見つめるククリ。フレイは「ふん」と唸って顔をしかめた。
「やはり俺はこういうものは好かん。力とは己の鍛錬のみで身に付けるべきだ。
それが分からん輩が増えるから、世の中はどんどんおかしくなって・・・、」
「まあまあ、今は緊急事態ですし、とりあえずあの女神を破壊しないと。」
ククリが苦笑いしながら取り成し、レインに目配せをした。
レインは頷き、女神の方に身体を向けて六つの宝玉を召喚した。
それぞれが人の頭くらいの大きさで、一つ一つに紋章が刻んである。
レインを囲うように浮いた宝玉が光り出し、大きな魔力を溜めていった。
「みんな、少し離れていて。」
「分かった。剣聖、ジョシュ君。」
ただならぬ魔力がレインの周りに集まり、ジョシュ達は壁際まで下がって行った。
レインは胸の前に手を持って来て女神の方に向けた。
「我が宝玉に宿りし偉大なる精霊達よ!
我が敵を打ち砕く為、その力をここに解き放ちたまえ!」
六つの宝玉の紋章が輝きだし、溜め込んだ魔力をレインの身体に送り始めた。
胸の前に構えたレインの両手の中に大きなエネルギーが集まり、凝縮されて小さな魔力の球体となった。
「来るぞ!」
フレイが叫び、ジョシュは二人の前に立ってシールドをフルパワーで展開させた。
レインは両手を持ち上げ、女神に向かって振り下ろした。
「消え去れ、偽りの女神よ!破滅の威光ッ!」
レインの手から放たれた魔力の球体は、音も無く女神の額から体内へと入っていった。
そして数秒後には女神の表面を突き破っていくつもの光の柱が飛び出し、閃光と轟音を響かせながら大爆発を起こした。
「うおおおおおおおッ!」
爆発の衝撃はジョシュ達にも襲いかかったが、フルパワーのシールドが彼らの身体を守っていた。
部屋全体が大きく揺れ、しばらくしてから光と音は消えていった。
「ど、どうなったんだ・・・?」
シールド越しに様子を窺うジョシュ。
レインは先ほどと同じ位置に浮いており、宝玉は光を失いながら消えていった。
「あの化け物はやったのかッ?」
フレイに問われて目をやると、ボロ雑巾のようになった女神が倒れていた。
皮膚は全て焼き払われ、骨の大半が剥き出しになって爛れた筋肉が僅かに残っていた。
頭の半分以上が剥き出しの骨になっていて、腐ったスライムのような醜い表情になっている。
「あの攻撃をくらってまだ形が残っているとは・・・恐るべき化け物だな・・・。」
フレイの言葉に共感するジョシュだったが、それ以上にレインの力に驚いていた。
幼い頃から神童と呼ばれたレインの力は、年齢と共に成長していたのだと痛感した。
またマーシャル・スーツの力も相まって、もはや誰も肩を並べることが出来ない強さなのではいかと若干の恐怖が湧き上がってきた。
もし、もし仮にこの力が暴走したら、いったい誰がレインを止められるというのか?
マリオンや偽りの女神よりも、もっと恐ろしい者がここにいる。
愛する妹のはずなのに、ジョシュは言いようのない恐怖と不安を抱えていた。
そして心の中で、自分と同じく恐怖に震えるレイドを感じていた。
「レイド・・・お前もやっぱり・・・。」
《ああ。私もジョシュと同じ考えだ。はっきり言ってあの力は危険すぎる。
もしあれが暴走したら・・・あの女神とは比べ物にならない被害が出るだろう。
そしてレインの精神は、あの力を完全にコントロール出来るほど強靭とは思えない。》
「だよな・・・いくら成長したからって一九の女の子だぜ・・・。
レインの奴、絶対に無理してやがんな。」
《いや、彼女自身はそう危機感は持っていないだろう。
しかしそれこそが危険だ。
油断すれば、力というのはあっさりと人の心を飲み込むものだ。
だからこそククリはマーシャル・スーツに私という人格を宿らせ、宿主の魂をサポート出来るようにしたのだ。しかしレインのマーシャル・スーツには・・・。》
「お前みたいな人格は宿ってねえもんな・・・。」
心配そうに呟くジョシュの方を振り向き、レインはふわりと彼の前に降り立った。
「どう、すごいでしょ?」
自慢気にポーズを決めるレインは、ジョシュとレイドの危惧など気づくこともなく誇らしげにしていた。
「ああ・・・マジですげえよお前は・・・けど・・・。」
「けど、何?」
レインは俯くジョシュの顔を覗き込んだ。
後ろに立つ二人は、ジョシュと同様にレインの異常なまでの力に不安を抱いていた。
しかしそれを表には出さず、レインの横に立って笑顔を向けた。
「たった一発であの化け物を仕留めるとは大したものだ。」
「そうだよ、さすがは天才魔導士。師匠の僕も鼻が高いね。」
そう言われてレインはさらに満足そうに赤い目を輝かせた。
「私一人の力じゃないわ、みんなのおかげよ。
さあ、全ては終わったわ、みんなで一緒に帰ろう。
もう何も心配事はなくなったんだし、これからはきっと平和に暮らせるわ。
ね、ジョシュ?」
「ああ・・・そうだな。」
顔を上げて頷くジョシュ。
フレイとククリも黙ったまま眉を寄せていた。
「どうしたの?もうマリオンも女神もいないし、私達を苦しめる悪い奴らはいなくなったのよ。なのに浮かない顔して、みんな変だよ・・・。」
「いや、そういうわけじゃ・・・、」
そうジョシュが言いかけた時、巨大な手がレインを鷲掴みにした。
「ッ!」
巨大な手は女神のものだった。レインを握りしめ、高く持ち上げていく。
「クソッ!あの化け物め・・・まだくたばっていなかったか!」
咄嗟に反応したフレイが剣を抜いて女神の腕に斬りかかった。
フレイの刃が一閃し、レインを掴んでいた腕が斬り落とされる。
「危ないッ!」
突然ククリが叫んで駆け出した。
走りながら印を結び、呪文を唱えて古代の魔王を呼び出そうとしていた。
「剣聖!後ろです!」
ククリに言われて振り向くと、女神の拳がフレイの目前に迫っていた。
「チィッ!」
咄嗟に剣を構えて拳を受け流すフレイ。しかし女神が吐いた瘴気が直撃する。
「がはあッ!」
邪悪な瘴気で身体を侵され、フレイは苦痛に顔を歪めて倒れた。
「師匠ッ!」
ジョシュは陽炎の歩を使って一気に駆け寄り、フレイの身体を抱きかかえて女神から遠ざかる。
追いかけて来て拳を振り上げる女神に向かって、ジョシュはブレードから稲妻を放ち、槍で眉間を貫いた。
「オオオオオオオッ!」
頭を押さえて苦しむ女神に、ククリの召喚した魔王が迫って行く。
「行け、ヴァサーゴ!」
タコを逆さまにしたような身体を持ち、濁った紫の皮膚を振動させている。
大きな一つ目に鎌の生えた複数の腕を振り上げながら、ヴァサーゴが襲いかかった。
何本もの鎌が身体に突き刺さり、女神は顔を歪ませて苦悶の叫びを上げた。
しかし負けじと瘴気の吐息を吹きかけ、ヴァサーゴの腕を引き千切る。
怪物同士が争っている隙に、ジョシュは離れた所にフレイを寝かせた。
「師匠!大丈夫っすかッ?今すぐ活泉の気を・・・、」
そう言いかけるジョシュの言葉を遮り、フレイは彼の腕を掴んだ。
「俺のことはいい!お前の妹を・・・先に・・・。」
レインに目を向けると、彼女はぐったりと倒れ込んでいた。
「レインッ!」
「俺はいいからさっさと妹のところにいってやれ・・・。」
フレイの必死の形相に気圧され、ジョシュはレインの元へと駆け寄った。
「レイン!しっかりしろ!」
レインを抱きかかえると、その身体には五つの爪痕が残っていた。
そして爪痕から邪悪な黒い気が溢れている。
「まさか、体内に瘴気を注入されたのか・・・。
待ってろよ、今すぐに治してやる!」
レインを膝に寝かせて活泉の気を練り、両手に集めて叩き込んだ。
癒しのオーラがレインの身体から瘴気を追い払い、傷付けられた身体を治していく。
「・・・う・・ジョシュ・・・。」
目を覚ましたレインに、ジョシュはホッとしたように力を抜いた。
「ったく・・・油断してるから・・・。」
「・・・ごめんね。ちょっと強くなったからって、調子に乗ってたみたい・・・。」
「立てるか?」
「うん・・・大丈夫・・・。」
ジョシュの身体に掴まりながらレインは身体を起こし、女神の方に目をやった。
怪物同士の争いはヴァサーゴに分が悪く、ほとんどの腕を千切られて身体に噛みつかれていた。
そこから直に瘴気を注入され、ヴァサーゴの身体が黒く変色していく。
「こりゃ長くはもたねえな・・・。」
そう呟くジョシュの元にククリが駆け寄って来た。
「大丈夫かレイン!」
「はい、ジョシュのおかげでなんとか・・・。」
「そうか・・・。」
安心するククリの肩に手を置き、ジョシュは倒れるフレイを指差した。
「師匠が危ないんです!」
ククリは倒れるフレイを見て頷き、杖を構えて走っていった。
「こっち任せろ!君達は・・・。」
そう言って女神に目をやるククリ。ジョシュとレインは顔を見合わせて頷いた。
「大丈夫です。今度こそあの化け物にトドメを刺してやりますよ。」
「私も闘うわ。ジョシュと二人ならきっと勝てる、任せて下さい。」
フレイの元に腰を下ろし、ククリは治癒の魔法をかけながら言った。
「頼んだよ・・・。僕たちもサポートするから。」
女神と闘っていたヴァサーゴが悲痛な叫び声を上げた。
大きな一つ目が女神の手で掴み取られ、ブチブチと嫌な音を立てながら引き千切られていた。
手に握ったその目玉をグシャリと握りつぶすと、崩れ落ちるヴァサーゴに向かって拳を振り下ろした。
血を吹きあげながらヴァサーゴの身体は肉片になって飛び散り、原型を留めずに粉砕されてしまった。
「古代の魔王が一方的にやられるとは・・・。」
ククリの言葉は女神の化け物じみた強さを表していた。
ヴァサーゴの肉片を食い漁り、女神はその力を体内に取り込むと、傷ついた身体を再生させた。
背骨は剥き出しになり、胸の周りの肋骨にだけ僅かな肉が付いていた。
翼だった部分は骨と皮だけの腕に変わり、髑髏に薄皮だけを纏わせた恐怖の顔に変形していく。
黒紫の身体からは瘴気が立ち昇り、巨大な身体を起こして雄叫びを上げた。
そこにはもはや女神の面影は無く、悪魔のミイラのような姿をした怪物がいた。
「レイン、これが本当の最後の戦いだぜ。
なんとしてもコイツをぶっ倒して俺達の家に帰ろうぜ。」
「うん、ジョシュと一緒なら私、何にも怖くない。絶対に生きて二人の家に帰る。
そして・・・そこからそれぞれの人生を始めよう。」
女神は両手を振り上げて大きく叫んだ。
そしてレインに目を向け、その手を伸ばしてくる。
「・・・欲しい・・・魂が・・・、心が欲しい・・・。」
ジョシュはシールドを展開させて槍を構えた。
「行くぜ!」
「うん!」
ブースターを噴射させ、ジョシュは高く飛び上がって女神の腕を斬り払う。
そしてそのまま突進して女神の額にブレードを突き立てた。
「くらえ化け物ッ!」
ブレードから稲妻を放射して女神の顔を焼いていくジョシュ。
「ヴォオオウウウウッ!」
女神の長い髪がジョシュの身体を巻き取り、地面に叩きつけた。
そして目を光らせて光線を放つが、ジョシュのシールドがそれを跳ね返す。
自身の熱線で顔を焼かれて怯んだところに、レインの魔法が炸裂した。
「風よ、あいつの動きを封じて!」
女神の周りに風が集まって竜巻のように渦を巻き、その身体を締め上げていく。
ジョシュはその隙に身体に巻き付く髪を斬り払い、槍を伸ばした。
女神の胸に刃が突き刺さり、魔力を吸収していく。
「自分の力で焼かれるがいいぜ。」
胸部のハッチを開けて、吸収した女神の魔力を倍増させて撃ち出した。
「ガアアアアアアッ!」
ジョシュの熱線に焼かれ、女神は腕を振り回して悶えた。
「これも追加してあげるわ。遠慮なく受け取って。」
左右に伸ばしたレインの手から、光る螺旋状の槍が出現し、女神に向かって投げつけた。
槍は高速で回転しながら女神を貫き、床に刺さって彼女の動きを封じる。
レインが指から炎を放つと、槍に引火して爆発した。
もうもうと上がる煙の中で、女神は踊り狂うように苦しんでいた。
「ちったあ効いたか?」
槍を向けながら煙の中の様子を窺うジョシュ。
すると煙のシルエットの中で、女神は背中の二本の腕を持ち上げて魔力を溜めた。
闇のエネルギーが増大していくのを感じ、レインは身の周りに結界を張った。
「ジョシュ、強力な呪術が来るわ。気をつけて!」
「気をつけてって言われても・・・。」
とりあえずシールドを構えるジョシュであったが、レインが「それじゃダメ!」と叫んだ。
《ジョシュ、私と代われ》
青い目が紫に変わり、レイドが表に出て来て左手の穴を突き出した。
「ヴォオオオオオオンッ!」
雄叫びとともに女神の手から呪術が放たれた。
レインとレイドの周りに黒い魔法陣が現れ、そこから悪魔が出て来て二人の魂を奪い獲ろうとする。
レインの方は結界に阻まれて悪魔の手が届かず、逆にレインが放った封魔の術で悪魔は消滅していった。
レイドの方にも悪魔の手が伸びるが、左手の穴が強力な引力を発生させて悪魔を吸い込んでしまった。
そして吸い込んだ悪魔を黒い弾丸に変えて女神に撃ち返す。
女神は口を開けて瘴気を放ち、弾丸を溶かすと飛び上がってレイドを踏み潰そうとした。
咄嗟にバックステップでかわすレイド。しかし追撃の拳を喰らって壁に叩きつけられ、巨大な足で踏みつけられてしまった。
《・・・・・ッ!》
強烈な力で踏みつけられ、ミシミシと音をたてて装甲が軋んでいく。
女神が手を伸ばしてレイドを掴み、口を開けて飲み込もうちした。
しかし突然女神の身体に白い羽衣が巻き付いてきて、その動きを封じた。
「今のうちに逃げて!」
《了解!》
背中まで伸びる頭飾りの刃を振り回して女神の手を斬りつけ、開いた指の隙間からブースターを噴射させて宙に舞い上がるレイド。
レインは羽衣を動かして女神を持ち上げ、合掌した両手を前に突き出して魔法を唱えた。
すると大きなシャボン玉が現れて女神を包み、、その中に強力な魔法の酸が充満していった。
黄色く濁る酸の球体に閉じ込められ、表面が溶けていく女神。
「オオオオオオオ!」
雄叫びを上げて稲妻を放ち、女神はシャボン玉を吹き飛ばした。
《隙だらけだぞ》
レイドはシールドを弓に変え、光の矢を三本番えて上に向かって撃ち出した。
放たれた矢は空中で飛散し、矢の雨となって女神に降り注ぐ。
酸で爛れた身体に無数の矢が突き刺さるが、女神はまったくダメージを受けていない様子で反撃してきた。
背骨が伸びて尻尾が出現し、背後にいるレインを捉えて締め上げた。
「きゃああああああッ!」
レインのマーシャル・スーツは、魔法には強いが物理的な力には弱いようで、ミシミシと音をたてながら身体にヒビが入っていった。
女神は尻尾の先を毒針に変え、苦しむレインの胸元に打ち込んだ。
尻尾がドクドクと脈打って、瘴気の毒が注がれていく。
「あああああああああッ!」
毒と尻尾の力で苦しみ悶えるレイン。女神は身体に巻き付いた羽衣を引き千切ると、口を開けてレインに瘴気を放った。
「ああッ!いやああああああッ!」
「代われレイドッ!」
マーシャル・スーツの目が再び青の輝きに戻り、ジョシュは陽炎の歩を使って距離を詰め、
オーラのこもった槍を一閃させて尻尾を斬り落とした。
さらに槍を伸ばして女神の首に巻きつけ、力任せに地面に叩きつけた。
「レイン!」
床に投げ出されたレインを抱え、女神から距離を取るジョシュ。
「大丈夫かッ?」
「うん・・・なんとか・・・。」
強がりを見せるレインだったが、彼女の身体は深刻なダメージを受けていた。
身体じゅうにヒビが入り、毒針を打たれた胸は穴が開いて黒く変色し、さらに瘴気のせいで全身が痺れているようだった。
「すぐに治してやるからな。」
活泉の気を練ろうとするジョシュだったが、突然レインが立ち上がり、彼の身体を突き飛ばした。
次の瞬間、女神の口から放たれた光線がジョシュのすぐ横を飛んでいった。
「な・・・ッ!」
光線はそのまま壁を貫き、激しい煙を上げていた。
「レインッ!」
ジョシュが駆け寄ると、レインは左の肩から腹の辺りまでが消し飛ばされていた。
力を失くしたようにぐったりと倒れるレインを抱き起こし、ジョシュはその大声でその名を呼んだ。
「おいレイン!しっかりしろ!レインってば!」
「・・・・ジョ・・・シュ・・・。」
かろうじて生きていることにホッとしたジョシュだったが、深い傷はすぐにでも治さなければならなかった。
背後に殺気を感じて振り向くと、女神が再び呪術を放ってきた。
魔法陣の中から悪魔が現れ、ジョシュに掴みかかって魂を奪おうとしてくる。
「この・・・ッ!」
槍で斬り払おうとするが、刃は悪魔の身体をすり抜けてしまった。
「・・・ダメ・・・。物理的な力じゃ・・・。」
レインは手を伸ばして小さく叫んだ
女神は黒い魔力を纏って、強力な呪術を乱発してくる。
ジョシュの周りには無数の魔法陣が出現し、何匹もの悪魔がジョシュの身体に纏わりついてきた。
「やべえ・・・!レイド、代わってくれ!」
《無理だ・・・何か特別な力が・・・私を抑え込んでいる・・・。》
「特別な力って・・・・?・・・ん、なんだありゃ・・・?」
真上に不気味な気配を感じて見上げてみると、能面のような顔が笑いながら浮かんでいた。
真っ白な肌に真っ黒な細い目、そし不気味に笑う口元は見ているだけで恐怖を感じた。
《・・・おそらくあれだ・・・呪術の一種だと思うが・・・あれが私を封じている・・・。》
「ちくしょう・・・。あれも女神の仕業かよ・・・。」
纏わりつく悪魔達がジョシュの身体に手を入れて魂を抜き取ろうとする。
一匹の悪魔が魂を探り当て、強く握って身体から引き離そうとした。
「うわあああああああッ!」
堪え難い苦痛がジョシュの身体を襲い、悪魔達が奇声を上げて笑った。
「・・・ジョ・・・ジョシュ・・・。
誰か・・・ジョシュを・・・助けて・・・。」
涙を流して手を伸ばすレインだったが、彼女は立ち上がることもままならなかった。
《すまないジョシュ・・・。この戦い、お前に勝利をもたらすことは・・・。》
歓喜に沸く悪魔達だったが、突然現れた光の魔法陣に気づいて動きを止めた。
ジョシュの足元、そして頭上に二つの魔法陣が浮かび、光の柱となって繋がっていく。
頭上の魔法陣は不気味な顔を押し下げながら、足元の魔法陣は悪魔を押し上げながら圧縮するように閉じていく。
二つの魔法陣がピタリと重なると、不気味な顔も、悪魔達もその中に押し込められて魔法陣とともに消えていった。
「・・・助かった・・・。」
ジョシュはガクリと体勢を崩して膝をついた。
「でもこれは・・・?」
「大丈夫か二人とも!」
杖を構えたククリが慌てて駆けて来る。
「ククリさん・・・。今のはククリさんが・・・?」
「ああ、そうだ。遅れてすまなかった。
それよりレインは?」
「レインは・・・・・。」
ジョシュは横に倒れるレインに目をやった。
「なんて酷い傷だ・・・。」
ククリはレインを抱え起こし、杖の先に癒しの魔力を集めた。
それをそっとレインの身体に当て、毒と瘴気を打ち消していく。
「傷が大きすぎる。治すのに少し時間がかかるな。」
顔をしかめて治癒の魔法をかけ続けるククリに、レインは震えながら手を伸ばした。
「私はいいですから・・・あの化け物を・・・。」
レインの手を握り、ククリは優しく微笑んで言葉を返した。
「いや、レインを治す方が先さ。心配しなくても君には心強い仲間がいるんだから。
ねえ、ジョシュ君。」
「そうだぜ。お前はそこでちょっと休んでりゃいいさ。
傷が治る頃にはあの化け物もこの世からいなくなってらあ。」
ジョシュは槍を構え直して女神を振り向いた。
その視線の先には黄金のオーラを纏う剣を振りかざして、フレイが女神と闘っていた。
「ククリさん。レインのこと頼みます。」
「ああ、僕もすぐに行くからしばらく頼む。」
力強く頷き、ジョシュは飛び上がって女神に挑みかかった。
「ジョシュ・・・無茶しないでね・・・。」
レインの視線の先には、女神に槍を振り下ろすジョシュと、剣で女神を斬り払うフレイの姿があった。
「師匠!助けに来ましたよ!」
「ぬかせ!弟子に助けられるほど落ちこぼれておらんわ。」
相変わらずのかけ合いを見せながら、二人は女神を挟み打ちするように前後から攻撃を仕掛けた。
ジョシュの槍が炎を纏い、女神の背中に突き刺さる。
そして内部から爆炎を上げて女神を前方へ弾き飛ばした。
その反対側ではフレイが居合いの構えで待ち受けていた。
「喰らえい!陽炎の太刀、龍の風!」
鞘から抜かれた剣が龍の雄叫びと共に女神を斬りつけた。
「ヴォオオオオオッ!」
女神の胸に大きな傷が入る。
怒り狂った形相で痛みに耐え、女神はフレイにめがけて四本の腕を振り下ろした。
「危ない師匠!」
咄嗟に駆け出すジョシュだったが、急に女神の身体から黄金の光が放たれ、あまりの眩さに立ち止まった。
「な、なんだ・・・?」
フレイが斬りつけた傷から空気中のオーラが大量に流れ込み、女神の皮膚を破って一匹の龍が姿を現した。
「なんだ、あれは・・・?銀色の・・・龍・・・?」
銀色に輝く東洋の龍が女神の頭上まで舞い上がり、牙を剥き出して咆哮した。
フレイは銀の龍の頭に飛び乗り、再び居合いの構えをとった。
「行けい!我が剣に宿る銀の龍よ。その爪で敵を引き裂けい!」
銀の龍は雄叫びを上げて女神に向かっていった。
「陽炎の太刀が一つ、銀龍の爪!」
銀龍が爪を振りかざし、それと同時にフレイも居合い斬りを放った。
一瞬辺りが暗くなり、その中に銀に光る三日月の剣閃が走った。
そして次の瞬間、女神の身体に一筋の光が走り、頭から一刀両断されて倒れていった。
銀の龍は雄叫びを上げて姿を消し、着地したフレイは素早く剣を構え直して女神に向き合った。
「すげえ!何すかコレ?師匠こんなこと出来たんですかッ?」
興奮するジョシュにフレイは剣をかざして見せた。
「粋な神獣がこの剣に力を残してくれたようだ。
これがなければお前が妹を助けに行っている間に、とうに俺は死んでおったわ。」
「はああ・・・なんか分からんけどすごいですね。」
感心するジョシュに向かって、フレイは声を張り上げて言った。
「ボケっとするな。まだ終わっておらんぞ!」
一刀両断された女神はもぞもぞと腕を動かして自分の身体を引き寄せ、瞬く間に再生して立ち上がった。
「マジかよ・・・あれだけ強力な技を喰らって・・・。」
「どうやらコイツは威力があるだけの攻撃では死なんようだ。
完全に仕留めるには何か特別な力がいるのだろう。」
「特別な力・・・?」
復活した女神は背中の腕を翼に変え、大きく羽ばたいてジョシュの頭上に舞い上がった。
「気をつけろ!何かしかけてくるぞ!」
フレイとジョシュは武器を構えて迎撃の態勢をとった。
女神は翼を大きく広げると、一枚一枚の羽根を立たせて羽ばたいた。
翼から抜けた羽が黒い弾丸となってジョシュ達に降り注ぐ。
「これしき!」
ジョシュはシールドを展開させて弾丸を跳ね返し、フレイは風に揺れる柳のように軽やかにかわしていった。
女神は身を屈ませてもう一度羽ばたき、ジョシュ目がけて頭から突っ込んで来た。
「馬鹿が!隙だらけだぜ!」
ジョシュは女神に向かって飛び上がり、衝突する直前で方向を変えてフレード突き刺そうとした。
「いかん!離れろ小僧ッ!」
何かに気づいたようにフレイが叫ぶが、ジョシュは間に合わなかった。
身体の右側に凄まじい衝撃を受けて装甲を破壊され、そのまま地面に叩きつけられた。
大きな音が響いて床が揺れ、もうもうと煙があがっていた。
「馬鹿め!お前が迎撃しようとしたのは幻術だというのに・・・。」
女神は翼から羽の弾丸を放ち、床に埋もれるジョシュに容赦なく打ち込んだ。
床が砕かれて破片が飛び散り、黒い炎が上がって爆発する。
「小僧おおおおおッ!」
フレイは叫びながら飛び上がり、突きの構えをとってオーラを溜めた。
「喰らえい!銀龍の咆哮!」
突きを放つと剣から螺旋状のオーラが放たれ、龍の姿に変わって女神を直撃した。
「吹き飛べい!」
フレイはさらにオーラを込めて吹き飛ばそうとするが、女神は翼を羽ばたかせて力で押し返した。
「馬鹿な・・・神獣の力が圧倒されているだと・・・。」
二度、三度と羽ばたき、螺旋の龍は吹き飛ばされて消滅していった。
女神は雄叫びを上げてフレイに向かって突撃してくる。
「チィッ!化け物が!」
陽炎の歩を使って避けようとしたが、女神のスピードは予想以上だった。
「がはあッ!」
フレイは巨大な拳をくらい、血を吐きながら壁に叩きつけられた。
大きな音を響かせて壁にめり込み、頭から血を流して気を失ってしまった。
二人を倒した女神は、部屋の隅に屈んでいるククリとレインに目を向けた。
「くそッ・・・。まだ治癒の魔法は終わってないのに・・・。」
鬼気迫る目で女神を睨むククリ。
レインは手を伸ばして彼の肩を掴んだ。
「先生・・・私はいいから逃げて下さい・・・。このままじゃ全員が・・・。」
「何を言っているんだ。例えこの命に代えても、愛しい弟子を死なせやしない。」
一旦治癒の魔法を中断し、ククリは地獄から魔王を召喚した。
「出でよ、飽食の魔王アバドン!」
床の魔法陣から巨大な口を開けた化け物が現れた。
ヘドロのように腐敗した身体を持ち、顔の半分以上もある口を開いて咆哮を上げる。
そして濃い紫の舌が、蛇のようにうねって女神に向かっていった。
ククリは続けざまにもう一体召喚した。
「出でよ、貪欲の蛇龍ニーズホッグ!」
アバドンと同様に大口を開けた蛇龍が魔法陣から這い出て来た。
全身が灰色の頑丈な鱗で覆われ、大きな顔の上に不気味に光る小さな目が付いていた。
アバドンの舌に巻き取られてもがいている女神に、ニーズホッグは蛇のように顎の関節を外し、大口を開けて襲いかかっていった。
女神は腕力で舌を引き千切り、翼を腕に変えてニーズホッグに掴みかかった。
凄まじい雄叫びをあげながら、三体の化け物が取っ組み合いを始める。
「あの二体もそう長い時間稼ぎは出来ないだろう・・・。
その間になんとか君を治してみせる。」
持てる魔力の全てを注いでレインの回復にあたるククリ。
しかし連戦続きで強力な魔法を使い過ぎた為に、ククリの身体は限界に達していた。
魔力の酷使で魂への負担が増し、口から血を吐いた。
しかしレインへの回復魔法はやめようとしなかった。
「先生!もういいです!それ以上力を使ったら先生が・・・。」
「ははは、なあに、これくらい軽いもんさ。
もし僕が死んでも、レインとジョシュ君が生き残ってくれればそれでいい。
剣聖だってそう思っているはずさ。」
背後から苦痛を叫ぶ獣の声が響いた。
女神の拳がニーズホッグの身体を貫通し、足が尻尾を踏み砕いていた。
アバドンが吠えながら体当たりをかまし、女神の腕に噛みつく。
しかし背中の拳がアバドンの目玉を抉り出し、女神は口から灼熱の業火を拭いてアバドンを焼いていく。
「もってあと二、三分ってところか・・・。」
ククリはレインの顔を持って自分の額に当て、目を閉じて自分の生命エネルギーの全てを注ぎ込んだ。
「がは・・・ッ!」
力を使い果たしたククリは血を吹き出してレインの膝に倒れた。
「先生ッ!」
傷の癒えたレインがククリを抱きかかえる。
「先生、しっかりして下さい!死んじゃダメですよ。死んだら許さないからッ!」
回復の魔法を苦手とするレインは、瀕死のククリを救う術を持っていなかった。
強く彼の身体を抱きかかえ、立ち上がってフレイの名を呼んだ。
「フレイ剣聖!ククリ先生が・・・このままじゃ先生が死んじゃう!
どうしたら・・・私はどうしたら・・・。」
レインのか細い泣き声がこだまし、気を失っていたフレイの意識を呼び覚ました。
めり込んだ壁の中で目をあけ、フレイは剣を握りしめて這い出て来た。
「まったく・・・どいつもこいつも・・・。
死ぬのは年長の者からと決まっているのに。
どうして俺より先に死の淵に立とうとするのか・・・困ったもんだ・・・。」
フレイは壁の中から部屋を見下ろした。
「小僧、ククリ・・・。すまんな、俺が不甲斐ない為に・・・。
例えこの身が砕かれようと、俺はこれ以上愛する者達を死なせたりせんぞ・・・。」
壁の中で剣を構え、最大のオーラの練って気を高めていくフレイ。
剣から眩い黄金のオーラが溢れだし、光の剣となって伸びていく。
左手でそのオーラを少しだけ吸い取り、フレイはククリに目を向けた。
「ククリよ、俺は先にいくぞ。後のことは任せた!」
そう言って左手からオーラを放ち、ククリに打ち込んだ。
フレイのオーラを受けたククリの身体が跳ねるように飛び上がり、床に落下していく。
「先生!」
咄嗟にレインが受け止め、不安そうに見つめた。
しかしククリの身体から大きな気が満ち溢れてくるのを感じ、安堵のため息をついた。
「先生・・・。」
ククリはうっすらと目を開け、手を伸ばしてレインの頭を撫でた。
「ははは・・・さすが剣聖の渾身のオーラ。どんな魔法よりもよく効くね。」
ククリはレインの腕から飛び降り、壁の中に立つフレイを見つめた。
フレイの剣に纏う特大のオーラは、彼自身の命を燃やしているものだった。
ククリは真っすぐにフレイを見つめた。
「剣聖・・・。」
フレイは僅かに笑って頷き、女神に目を向けた。
ニーズホッグは口から胴体を引き裂かれて、そしてアバドンは頭を叩きつぶされて葬られていた。
「醜い化け物め。この世界はお前など必要としていない。
マリオンが倒れた今、お前は新世界の神でもなんでもない。ただの悪魔だ!」
フレイの剣がさらに輝きを増して伸びていく。
そのオーラは彼の身体も包み込み、龍の幻影が背後に浮かんでいた。
「残された者達が必ずお前を倒すだろう。
その礎となる為、我が命の刃がお前を切り裂く!
受けてみよ、陽炎の太刀、黄色の牙ッ!」
壁を砕く勢いで飛び出し、フレイは剣を突き出して女神に向かっていった。
剣とフレイ、そして龍の幻影が一体化して黄龍の姿となり、咆哮をあげて女神に直撃した。
「ヴォウオオオオオオッ!」
身体から瘴気を放ってフレイの技を受け止める女神。
四本の腕が黄龍の頭を抑え込もうとするが、神々しいオーラがその腕を粉砕していった。
口を開けて、牙を剥き出した黄龍が女神の頭に食らいつく。
「グゴヴォオオオオオッ!」
女神は必死に身体を動かして振り解こうとする。
しかし強力な呪術も、瘴気の吐息も、全身から放つ衝撃波も、黄龍にはまったく効かなかった。
尻尾の毒針を打ち込むも黄龍の鱗を貫通することは出来ず、逆にポキリと折れてしまった。
黄龍の牙から大きな自然の気が流れ込み、女神の身体をボロボロと砕いていく。
「ヴウアアアアアアアアッ!」
発狂して踊り狂うように女神は暴れ、耳を塞ぎたくなるような奇声で叫んでいた。
突き立てた牙をさらにめり込ませ、黄龍はトドメとばかりに頭を噛み砕いた。
そして全身から黄金のオーラを放ち、凄まじい閃光と共に女神の身体を吹き飛ばした。
「うわああああ!」
「きゃああああああ!」
光が部屋じゅうに溢れ、強力なオーラの波動が広がっていく。
「くッ・・・どうなった・・・?」
徐所に光が弱まっていき、部屋が見渡せるようになると黄龍の姿は消えていた。
「女神はッ?」
レインが部屋を見渡すと、女神は燃えカスのようにバラバラに飛び散っていた。
「す・・・凄い・・・。」
驚く顔を見せて、レインはククリを振り返った。
「先生!剣聖が、フレイ剣聖が・・・自分の命と引き換えに・・・。」
女神を倒したことの喜びと、フレイが命を落としたことの悲しみが入り混じり、複雑な気持ちになっていた。
ククリはじっと女神の残骸を見つめた。
そしてこめかみに冷や汗を流しながら呟く。
「まだだ・・・まだ生きている・・・。」
ククリは感じていた。飛び散った肉片から女神の邪悪な鼓動が響くのを。
そんな馬鹿なと思って残骸に目をやるレイン。
しかしすぐにククリと同様のことを感じて後ずさった。
「そ、そんな・・・。せっかく剣聖が命を懸けたのに・・・そんな・・・。」
床に散らばった肉片から邪悪なオーラが伸びていき、お互いの肉片同士が引き合うように寄り集まっていく。
集まった肉片はスライムのようにグネグネと融合し、蠢きながらに元の姿に戻ろうとしていた。
レインは言葉を失ってその光景を見ていた。
ククリが杖を構えてレインの横に立ち、覚悟を決めた顔で彼女の肩に手を置く。
「あれは普通の化け物じゃない。古代の魔法の力と、もう一つ禍々しい力が宿っている。
よく女神の気を探ってごらん。」
ククリに言われて、レインは恐る恐る女神の気を注意深く感じてみた。
そしてとてつもなく大きな力の奥に、言いようの無い禍々しい何かが蠢いているのが分かった。
「いやあ!怖い・・・。何、この禍々しい思念は?」
頭を押さえてぶるぶると身体を震わせるレイン。ククリは一歩前に出て説明した。
「恐らくあれはマリオンに逆らって処刑された者達の思念だろう。」
「処刑された思念・・・。でもどうしてそんなものが?」
不思議そうに尋ねるレインに、ククリは辛そうに目を閉じて上を向いた。
「マリオンはね、自分の野望の為なら手段を選ばないんだよ。
マリオンの行いを正そうと諭した者、戦いを挑んだ者、そういう者達は彼女に傷一つつけることも出来ずに処刑されていった。
その無念がどれほどのものか、マリオンは知っていた。
だからこそ強力な力になると思ってそれを女神の中に取り込んだのさ。
自分の野望の為なら、死んでいった敵の無念の思いまでをも利用する。
マリオンとはそういう奴さ。」
「そんな・・・。じゃあ処刑された人達がマリオンの野望そのものになっているってことじゃないですか!」
「そうだよ。だからこそあの女神は憎くて仕方ないんだろうね、目に映るもの全てが。
古代魔法と無念の思念体達。
これが混ざり合った女神を葬るには普通の手段じゃ駄目だ。
何か特別な力じゃないと。」
「特別な力?それっていったい何ですか?」
「分からない。それさえ分かれば突破口はあるんだけど・・・。」
ククリは無理に笑っておどけて見せた。
しばらく女神を見て考え込むレインだったが、ハッとして顔を上げた。
「ジョシュはッ?ジョシュはどうなったの!」
焦ったように辺りの気を探るレイン。
女神が立つ傍に砕かれた床があり、そこから微かにジョシュの気が漏れていた。
「ジョシュ!」
駆け出そうとしたレインの腕をククリが掴んだ。
「待て!不用意に近づくな!」
「放して下さい!ジョシュを助けないと!」
「彼なら大丈夫だ。恐らく今は気を失っているだろうけど、代わりにレイドが傷の修復を行っているはずだ。」
ククリは杖で女神を差してレインを見つめた。
「いいかい、もう少しすればジョシュ君は復活してくる。
僕はそれまで時間を稼がなければいけない。その為にはレインの力が必要だ。
僕をサポートしてくれ。」
強い意志の宿った目でククリに見つめられ、レインは俯いて口を開いた。
「まさか先生まで死ぬつもりじゃないですよね・・・。」
ククリはその質問には答えず、杖を振って女神の方に歩いて行った。
「レインとジョシュ君がマーシャル・スーツの力を合わせて闘えば、必ず突破口が開けると信じている。
だから僕は僕に出来ることをやるだけさ。」
「先生・・・。」
女神の身体は完全に復活しつつあった。
「化け物め。効くかどうかは分からないが、僕の奥義をその身に味あわせてやるさ。」
完全に復活した女神の雄叫びが響き、ククリ達に顔を向けて襲いかかってきた。
「来い!偽りの女神よ!」
身体の前で杖を回転させて防壁魔法を張り、女神の突進を受け止めるククリ。
「ぐう・・・ッ!なんというパワーだ・・・。」
「先生!」
飛び上がったレインが両手から光の縄を放って女神を縛りつけ、電流を流した。
低く呻いて女神は動きを止め、腕を振り払って縄を振りほどいた。
「来たれ!地獄の墓標よ!」
ククリが魔法を唱えると、女神の周りに五つの墓標が出現した。
「墓標に封じられし悪魔達よ。その魔力と憎悪をもって敵を滅せよ!」
墓標に記された紋章から角と翼を持つ黒い悪魔達が現れ、口を開けて苦痛の叫び声を上げた。
「ゴウヴウウウウウオオオッ!」
悪魔達の叫びは魔力を帯びた超音波となって女神に襲いかかり、その身体にヒビを入れていく。
「こっちも喰らいなさい!」
レインは指を二本立てて腕を振りかざし、溜めた魔力を放出した。
「敵を貫け!インドラの槍!」
女神の頭上に槍を構えた東洋の鬼神が現れ、手に持った槍を女神に向かって投げ下ろした。
「ヴォアアアアアッ!」
槍は女神の身体を貫通して床に突き刺さり、レインは指を一本立てて上に向かって突き上げた。
「鬼神よ、我が敵を打ち滅ぼし給え!帝釈天の雷光!」
レインの指から雷が放たれ、女神に突き刺さった槍に落ちた。
凄まじい雷鳴と閃光が広がり、女神は腕を持ち上げて苦悶の表情を見せた。
ククリも負けじと印を結ん呪術を放つ。
「醜悪なる屍よ、その欲望と怒りと吐き出すがいい!死屍の晩餐!」
女神の足元に邪悪な気が渦巻き、黒く滲む液体が広がっていく。
その中からドロドロに溶けた肉体を持つ無数の餓鬼が現れ、女神の身体に纏わりついていく。
歓喜の声を上げて女神の身体に齧りつき、爪を立てて肉を喰いちぎっていった。
「ヴォオオオグウオオオオオッ!」
身体を捩じらせて女神は悶えていた。
墓標の悪魔、雷神の槍と雷、そして無数の凶暴な餓鬼どもが女神に苦痛を与えていく。
女神は堪りかねたように四本の腕を振りまわして墓標を破壊していった。
悪魔達が声を上げながら消えていき、女神は身体に刺さった槍を抜いて餓鬼どもを叩き潰していった。
「ゴウアアアアアアッ!」
そして顔を歪めて口を開け、背中の腕を翼に変えて羽ばたかせた。
黒い風が巻き起こって餓鬼は粉々に吹き飛ばされ、槍をへし折ってレイン達に投げつけた。
「クソッ!まったくダメージを受けていないのか?」
女神は多少傷ついていたものの、何事もなかったかのように襲いかかってくる。
「このおッ!」
レインは握った手を交差させ、二本の指を立てて冷却魔法を放った。
「芯まで凍りなさい!」
女神の周りに雪の結晶が輝き、次の瞬間には巨大な氷柱が出来あがっていた。
冷気が辺りに吹き抜け、女神はその中で凍っている。
「このまま次元の彼方に吹き飛べ!」
ククリは杖で円を描き、亜空間への扉を開いた。
ぽっかりと開いた黒い穴から強力な引力が発生し、女神は凍ったままその中へと吸い込まれていった。
「ふん!」
印を結んで杖を振りかざし、ククリは亜空間への扉を閉じた。
「どうだ・・・。」
注意深く見守るククリの横にレインが降り立った。
「お願い、これで決まって・・・。」
一旦は完全に消え去った女神の気が、だんだんと大きさを増して二人のいる空間に近づいて来る。
「駄目か・・・。」
バキバキと音をたてて空間がヒビ割れ、そこから四本の腕が伸びて来て強引に空間のヒビ割れを押し広げていった。
「ヴヴォオオオオオオオッ!」
怒りの形相で女神が現れ、手を伸ばしてレインに掴みかかろうとした。
素早く後ろへ飛んでかわすレインだったが、腕が伸びて来て捕えられてしまう。
「うう・・・。」
間一髪で防御結界を張ったレインだったが、女神の力は今にも結界を砕かんとしていた。
「これ以上僕の弟子を傷つけさせるか!」
ククリは地獄の魔獣ガルムを呼び出し、自らに憑依させて女神の身体に突進していった。
硬い物同士がぶつかる乾いた音が響き、女神はレインを手放して後退した。
「うおおおおッ!」
ククリは女神に杖の先を向けて飛び上がり、胸元に突き刺して毒を流し込んだ。
「どうだ化け物、死神特製の毒の味はッ!」
女神は怒りの声をあげてククリを掴み、握りつぶそうとした。
「ぐあああああッ!」
「先生ッ!」
レインは手に光を集めて弧を描き、光のチャクラムを作って投げつけた。
「ヴォオウウウッ!」
女神は口を開けて瘴気を放ち、光のチャクラムを溶かして尻尾を伸ばす。
レインは素早く横に飛んでそれをかわし、六つの宝玉を呼び出した。
「炎の精霊よ、ククリ先生を助けて!」
六つの宝玉の一つが光り、紋章から輝きを放って燃え盛る巨大な虎が現れた。
「グオオオオオンッ!」
虎は雄叫びをあげて女神に飛びかかっていった。
爪が腕の一本を斬り落とし、牙が肩を抉るように噛み千切った。
女神は口を開けて炎の虎に襲いかかるが、炎弾を吐かれて顔を吹き飛ばされてしまった。
虎は尻尾でククリを絡み取り、女神の手の中から助け出した。
「大丈夫ですかッ?」
レインか近くに飛び寄ると、ククリは「チャンスだ!」と叫んで虎の尻尾から飛び降りた。
「レイン!もう少しの間女神を抑え込んでくれ!」
ククリは女神の足元で精神を集中させ、目を閉じて瞑想を始めた。
「先生・・・まさかあの魔法を・・・。」
ククリが最大最凶の呪術を使うつもりであることを感じて、レインは結界を張ってその場から離れていった。
「はああああッ!」
手を上げて宝玉から虎に力を送り、顔を再生させていく女神に攻撃を加えた。
目を赤く光らせて虎が唸り、燃え盛る爪で女神の身体を引き裂いた。
そして二発、三発と炎の爪を叩きこんでいく。
再生した顔も叩き潰され、女神はたまらず膝から崩れ落ちていった。
「もういいわ、戻って!」
虎を宝玉に戻し、レインは呪術防御の結界を張ってさらに離れていった。
女神の足元では、恐ろしいほどの邪気を纏ったククリが杖を振り上げていた。
陰の気が杖の先端に集まり、揺らめく髑髏の幻影が浮かび上がる。
「我が最大の奥義、フルパワーで受けてみよ!骸の宴!」
ククリは渾身の力で床に杖を突き刺した。
すると途端に杖の先から邪悪な渦が広がり、部屋の半分ほども覆っていった。
そこから東洋の怨霊や餓鬼、腐敗した鬼が無数に現れた。
グリムの時と同様に歓喜の声を上げながら踊り狂い、虎によって傷付けられた女神に一気に群がっていった。
虎の爪によって燃え盛るミイラのような身体を貪り始め、嫌な音を立てながら噛み砕いていく。
「ぬううううう・・・。」
強力な魔法の連続使用、そして最大奥義の二度目の使用は確実にククリの魂を削っていく。
目と耳から血を流し、食いしばった口元からも血が流れていた。
鼓動が異常なまでに早くなり、もはや気力だけで闘っている状態だった。
しかし彼の奥義は今までのどの魔法よりも女神にダメージを与えていた。
「先生!」
レインが声を上げてククリの元へと飛んできた。
「先生、もういいです!それ以上やったら先生は・・・。」
ククリの袖にしがみ付くレイン。
彼女の防御結界の周りには、怨霊どもが集まって結界を破壊しようとしていた。
しかしそんなことも気にせず、レインはククリの傍から離れようとしなかった。
「レイン・・・君は僕の一番の愛弟子だよ。」
ククリは血の流れる目でレインを見つめた。
レインはその目をまともに見れず、悲しげに俯いてしまった。
「嘘です・・・。一番弟子はシーナだって言ってたじゃないですか・・・。」
「ははは、レインもシーナも僕にとっての一番弟子だよ。
どっちが上かなんてない。二人とも僕の可愛い弟子さ。
残念ながら、シーナを守ってやることは出来なかったけどね・・・。」
ククリは俯くレインの頭に手を置いて笑った。
「だからこそ、君まで死なせるわけにはいかないんだよ。
弟子が師匠より先に死ぬなんてあってはならないことだ。
君は僕や剣聖の意志を継いで、ジョシュ君と共にこの化け物をぶっ飛ばしてくれ。
いつだって・・・未来を紡ぐのは君達若者なんだから。」
「・・・・・・先生・・・。」
レインの頭をぐしゃぐしゃっと撫で回し、ククリは彼女の身体を突き飛ばした。
「きっともうすぐジョシュ君が復活してくる。
必ずこの化け物を倒してくれ・・・じゃあね、僕の最愛の弟子よ。」
「先生ッ!」
ククリは残る全ての力を杖に込めた。
床に広がる邪気の渦が力を増し、より強力な、そしてより多くの怨霊や鬼が溢れ出て来た。
その凄まじい波動にレインは壁まで吹き飛ばされた。
「むうううううんッ!」
身体じゅうから血を吹き上げ、ククリが最後の力を込めた。
床に広がる邪気が浮き上がって球状になり、地獄の亜空間となってククリとともに女神を飲み込んでいった。
「ククリ先生えええええーーーーッ!」
黒い風を放って空気を揺らし、地獄の亜空間は収縮して消えていった。
そしてその後には、何事も無かったかのような静寂だけが残された。
「そ、そんな・・・先生まで・・・。」
膝をついてがっくりと項垂れるレイン。
力無く腕を下げ、大きな叫びと共に顔を上げた。
「わああああああああんッ!先生えええーーッ!」
魔力のこもった拳で何度も床を殴りつけ、六つの宝玉がレインの悲しみに呼応するように光を放っている。
まるで子供のようになきじゃくり、行き場を失った魔力が乱射するレーザーのように部屋じゅうを破壊していく。
そして泣くだけ泣いて泣き止んだ頃、フラフラと立ち上がってジョシュの埋まる床の方へと歩いていった。
「ジョシュ・・・ジョシュ・・・早く目を覚まして・・・。
私・・・また一人ぼっちになっちゃう・・・ジョシュ・・・。」
大きな穴の開いた床には瓦礫が積り、まったく中が見えなかった。
しかしジョシュの気を頼りに、レインは瓦礫を掴み捨ててジョシュを捜していった。
「・・・ふうう・・・ヒック・・・。ジョシュ・・・どこ、どこにいるの・・・。」
涙も枯れて虚ろな顔でひたすら瓦礫を取り除いていくレイン。
しかし突然背後に強い邪気を感じて振り返った。
見ると床に大きな黒い滲みが浮き上がっている。
そしてそこから巨大な力を持った何かが迫って来るのを感じた。
レインは無言のまま立ち上がり、黒い滲みをただ見つめていた。
滲みは徐々に広がっていき、そこからヌッと巨大な手が出て来た。
続いて三本の腕が現れて床に爪を立て、黒い滲みの中から女神が飛び出して来た。
「・・・・・・・・・。」
レインは無表情でその光景を眺めていた。
そして虚ろな目で女神を見上げる。
「ヴォオオオオオオオッ!」
雄叫びを上げて手を伸ばし、棒立ちになっているレインを掴みあげる女神。
醜い顔を近づけて口を開いた。
「・・・欲しい・・・心・・・魂・・・・・・欲しい・・・。」
女神の声には悲しみがあった。
それはまるで、母親に乳をねだる子供のようにも感じられた。
ひたすら欲しいを繰り返し、地団駄を踏む女神。
レインは俯いて目を逸らし、消え入りそうな声で呟いた。
「あげない・・・。私の大切な人達を奪ったあんたんなかに・・・何もあげたりしない・・・。」
レインの拒絶を感じた女神は怒りの形相で力を込めた。
巨大な手に握られたレインの身体がミシミシと音を立てる。
しかしレインは表情一つ変えることなく叫んだ。
「あんたにあげるものなんてないッ!」
「ヴォゴウウウオオッ!」
女神はさらに怒って地団駄を踏み、「ホジイイイイイイッ!」と泣き喚く。
「うるさいのよ!この化け物ッ!」
虚ろな目が憎しみの色に変わり、レインは女神に向けて叫んだ。
「あんたさえいなきゃ・・・先生も・・・剣聖も死ぬことはなかった・・・。
ジョシュも酷い目に遭わずに済んだし・・・シーナだってあんたの犠牲者よッ!」
六つの宝玉が光り出し、レインの魔力が増大していく。
「許さないッ!私はあんたを絶対に許さないッ!
あんたなんか、消えてなくなればいいんだああああああッ!」
溜まった魔力が放出され、女神の腕が吹き飛ばされた。
レインは女神の頭上に舞い上がり、宝玉の魔力を両手に溜めて解き放った。
「消えてなくなれえええッ!破滅の威光ッ!」
女神の内部から光の柱が突き出て、閃光を放って大爆発を起こした。
無数の肉片になって飛び散る女神。
しかしすぐに肉片同士が寄り集まって再生を始める。
「分かってるわ、復活するんでしょ?
だったら何度でも葬ってやる!
生き返るのが嫌だってくらいに、何度でも消し飛ばしてやるッ!」
留まるところを知らないレインの魔力が何度も女神を破壊していく。
しかしその度に女神の身体は再生され、それをまたレインが破壊するという状態が延々と続いた。
もはや魔導核施設の巨大な部屋は原型をとどめておらず、レインの魔法は天井を突き破って数キロ離れた地上まで達していた。
ジョシュは朦朧とする意識の中で、怒りと悲しみで泣いているレインの叫びを聴いていた。

マーシャル・アクター 第十五話 双子の絆

  • 2014.01.16 Thursday
  • 19:47
〜『双子の絆』〜

「どうなってんだ・・・ここは?レインの精神の中なのか?」
ジョシュは奇妙な風景の中にいた。
森が広がるかと思えば、空には逆さまに街が浮かんでいる。
海が壁のようにそびえ立ち、花咲く野山が川のように連なっている。
パズルのピースを滅茶苦茶に散りばめたような世界は、見ているだけでジョシュの頭を酔わせた。
「これは・・・レインの精神というより記憶なのかな?
なんか見たことのある場所もいくつか混じってるけど・・・。」
ククリにレインの中へと飛ばされ、気がつけばこのような奇妙な場所に立っていた。
「これは・・・幽体ってやつか・・・?」
自分の身体をしげしげと見つめ、普段とまったく違和感がないことを不思議に思っていた。
「まあ細かいことはいいや。とにかくレインの精神の中に入らねえとな。
なんかいくら兄妹とはいえ他人の心の中を覗き見るのは気が引けるけど、緊急事態だから仕方ねえよな。」
この世界の中では空を飛べることに気づき、ジョシュは見覚えのある場所へと順番に降りていった。
そしてそれぞれの場所にはジョシュとレインの思い出となる光景があった。
花かんむりを作った花咲く野山、初めての彼女を助けた海、森の奥には二人の家があり、武術連盟から帰って来たジョシュに抱きつくレインがいた。
立体映像が繰り返し再生されるように、それらの光景は延々とループしていた。
「・・・・・あんまり人の記憶を覗くってのは気持ちのいいもんじゃねえな。」
妙な罪悪感を覚えながらも、ちぐはぐなパズルの世界を飛び回った。
そしてある街に下りた時、見覚えのある顔がいた。
「マリオン!」
咄嗟に身構えるジョシュであったが、すぐに記憶の映像であることに気づいて構えを解いた。
「二度と見たくない顔だけど、記憶の中には生きてんだよな・・・。
そう考えるとなんか腹立ってきたな。」
近くで顔を見てやろうとジョシュは近づいていった。
マリオンの周りには見たことのない魔導士が何人もいて、何やらマリオンに話しかけている。
そしてその中にもう一人、二度と会いたくない人物がいた。
「グリム・・・ッ!」
相変わらずの嫌味な顔でマリオンの横に立っている。
無理だと知りながらもジョシュはグリムに殴りかかった。
ジョシュの拳はスルッとすり抜け、グリムは何事もなかったかのようにマリオンに話しかけていた。
そしてその背後にもう一人憎き人物がいた。ヨシムラだった。
「こいつも顔を見たくない人間の一人だよな・・・。
けど俺が知ってるのはホムンクルスのヨシムラなんだよな。
もしかしたら本物はいい奴だったりして。」
憎き敵達の顔を眺め、自分の中に抑えきれない苛立ちが湧き上がってくるのを感じた。
「まずいまずい。こいつらに腹立ててる場合じゃないよな。
もう全員くたばった連中なんだから。」
踵を返してジョシュは別の場所に飛んで行こうとした。
宙に浮いて街を離れた頃、自分の中に妙な違和感があるのに気づいた。
空中で胡坐をかき、腕を組んでさきほどの街を見下ろすジョシュ。
「なんだ・・・この違和感。何かが引っ掛かるんだよなあ・・・。」
しばらく考え込み、ハッとして顔を上げた。
「そうだ!なんでヨシムラがいるんだ?。
レインは会ったことねえはずだし、それにあいつはあんまりメディアに出ないって言ってたから顔を知ることも出来ないのに・・・。」
その時だった。ジョシュの首に何かが巻きついてきた。
それは人間の手だった。強い力でジョシュの首を締め上げていく。
「ぐ、が・・・ッ!てめえは・・・。」
身をよじって後ろを振り返ると、マリオンが笑いながらジョシュの首を締め上げていた。
「ふふふ・・・あんな幻覚に騙されるとは、やはりまだ若造よな・・・。」
マリオンの腕に手を掛け、ジョシュは身体を捻って蹴りを放った。
みぞおちにヒットした蹴りがマリオンを吹き飛ばし、ジョシュは拳を構えて睨みつけた。
「てめえ!やっぱ邪魔してきやがったか。」
殺気立つ彼を見てマリオンは笑った。
「もうこれ以上誰にも私の夢の邪魔はさせない。ここから出ていってもらおう。」
両手を開いて前に突き出し、マリオンは光を放ってジョシュを吹き飛ばした。
「ぐあああああああッ!」
地上に叩きつけられて苦しむジョシュの元に降り立ち、指を向けて笑う。
「幽体での戦いは魂を直接傷付け合うのだ。
すなわち敗北は完全なる消滅を意味する。もはや転生することも出来ん。
お前はフレイよりやっかいな存在になるかもしれんからな。
ここで魂ごと消えてもらおう。」
マリオンは指先から紫に輝く光を放ち、ジョシュの魂を焼き尽くそうとする。
「があああああああッ!」
経験したことの無い苦痛が襲い、ジョシュの幽体は抵抗する術なく焼かれていく。
「さあ、これで終わりだ・・・。」
力を込め、一際強い光がジョシュに襲いかかる。
完全に幽体が消えようとした頃、突然地面が盛り上がってジョシュを包み込んだ。
そしてマリオンに纏わりつき、動きを封じて締め上げていく。
「これは・・・レインの仕業か・・・!」
纏わりつく大地の土を焼き払い、なんとか逃げ出したマリオンだったが、ジョシュの姿は消えていた。
「逃したか・・・。」
悔しそうに呟くマリオンは、霊魂となってどこかへと飛び去って行った。

            *

「・・・・・・・・・・。」
気を失っていたジョシュは強い光で目を覚ました。
水面のように揺らめく地面に倒れているのに気づき、ふらつきながら手をついて上体を起こした。
「どこだ・・・ここは・・・?ってかマリオンはッ?」
咄嗟に身を起こして構えるが、辺りにマリオンの気配がないことを感じて構えを解いた。
「確かマリオンにやられかけて・・・あまりの苦痛に意識が飛びそうになったとこまでは覚えてるんだけど・・・。」
周りを見回してみると、晴れた日の海のように澄んだ青い空が広がっていた。
少し歩いてみると、水面のような地面は波紋をおこして広がっていく。
「ここは、もしかしてレインの精神か・・・?」
目を凝らして遠くまで見つめると、広がる地平線の中にポツンと何かが建っていた。
「なんだあれ?」
歩いてそこまで近づいてみると、それは大きな氷柱だった。
周りにいくつもの小さな氷柱が立ち並び、まるで誰かが入るのを拒んでいるようだった。
ジョシュは注意しながら足を進め、大きな氷柱の手前までやってきた。
透き通るように綺麗な氷柱は、まるでダイアモンドのような美しい光沢を放っていた。
しばらく見惚れているジョシュだったが、その中に裸でうずくまっている人間がいることに気づいた。
「レインッ!」
ジョシュは氷柱を叩いて名前を呼んだ。
「おい、レインッ!俺だ、ジョシュだ!聞こえるか?」
いくら呼びかけても返事はなく、ジョシュは力づくで氷柱を壊すことにした。
「待ってろよ、今助けてやるからな。」
拳にオーラを集め、渾身の突きを氷柱に放った。
パリッと音を立ててヒビが入り、手ごたえを感じたジョシュは続けて拳を放っていく。
やがて氷柱全体に大きなヒビが入り、ジョシュは一旦離れて体内で気練った。
「レインを傷つけないように気をつけないとな・・・。」
ジョシュは練ったオーラを左足に集中させた。
そして高く飛び上がるとクルッと身体を回転させ、渾身の後ろ回し蹴りを放った。
大きな音を立てて氷柱が揺れ、無数に入ったヒビがビキビキと軋みながらガラスのように砕け散る。
崩れる氷柱の中から投げ出されたレインを抱きかかえ、ジョシュはふわりと着地した。
「おい、レイン!しっかりしろ!迎えに来たぞ!」
軽く頬を叩き、何度も名前を呼んでいるとピクリと身体を動かした。
そしてゆっくりと目を開け、ぼんやりとした視界の中でジョシュを確認すると、レインは目に涙を溜めながらジョシュにしがみついた。
「ジョシュ!」
「まったく・・・こんな殻に閉じこもりやがって。」
わんわんと泣いてしがみついてくるレインを、ジョシュは子供をあやすように優しく撫でてやった。
「ジョシュ・・・ジョシュ・・・。怖かったよお・・・、一人ぼっちになったと思ってた。
真っ暗で何も見えなくて・・・。怖かった、怖かったよお・・・。」
「よしよし、もう大丈夫だ。もう怖がらなくていいんだ。俺が傍にいるから。
一人ぼっちなんかじゃないぞ。大丈夫だ。」
レインはジョシュの首に回した手をギュッと握り、顔を埋めてしばらく泣きじゃくっていた。
そんなレインを抱きしめたまま、ジョシュはただ優しく撫でていた。
泣くだけ泣いて落ち着いたレインは、顔を上げて泣き腫らした目でジョシュを見つめた。
「よかった・・・ずっとこのまま誰もいない世界で一人ぼっちなんだって思ってた。
また会えてよかった・・・。」
服の袖で涙を拭ってやり、ジョシュは上着を脱いでレインにかけてやった。
「ちょっとデカイけど勘弁な。」
「・・・ありがとう。」
ぎゅっとジョシュの手を握り、身体を預けるように寄りかかってきた。
「なんだよ、随分甘えちゃって。よっぽど寂しかったんだな。」
レインはコクコクと頷き、もう片方の手もギュッと握りしめた。
「ごめんね・・・私が情けないせいで迷惑かけちゃって・・・。」
「いいよ、気にすんな。」
グスっと鼻をすすり、レインは俯いて身体を寄せた。
「あの時、シーナが私を介抱してくれてたの。
けど突然あのグリムって魔導士が私をさらいに来て・・・。
シーナは私を守ろうとしてくれたんだけど・・・。
でも変なんだ・・・。グリムがなぜかシーナに親しげに話しかけてたの。
演技を続けていろとかなんとか・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・ジョシュ?」
急に暗い顔になって黙りこむジョシュを見て、レインが不安そうな目を向けた。
ジョシュはレインから顔を逸らし、一瞬辛そうな顔を見せて口を開いた。
「シーナは・・・利用されてただけなんだ。
あいつにはどうしてもマリオンに逆らえない事情があって・・・。」
「・・・・・・。」
ジョシュは大きく息を吸い込んでレインを見つめた。
「けどな、あいつは悪い奴なんかじゃないんだぜ。
いつだって、マリオンの命令に従う時は心を痛めてたんだ。
いつだって、ククリさんや俺や、レインにだって申し訳ないと思ってたんだ。
悪いのは全部マリオンなんだよ、シーナは何にも悪くねえ・・・。」
「・・・・・・・。」
しばらく沈黙が流れ、意を決したようにレインが尋ねた。
「・・・・シーナは?」
目を伏せてレインを抱く腕に力を入れるジョシュ。
そして辛そうに顔を歪めて答えた。
「死んだよ・・・。俺の目の前で・・・。
泣いてたのに、何にも出来なかった・・・。
辛かったろうに・・・。」
閉じたジョシュの目から涙が一筋こぼれ落ちた。
レインはその涙にそっと指でふれ、ジョシュの頬に手を当てて言った。
「ジョシュは・・・好きだったんだね・・・シーナのこと。」
「・・・・・うん。」
顔を伏せて静かに泣くジョシュを、レインは優しく抱きしめた。
「そっか・・・シーナ・・・可哀想だったね・・・。
ごめんね、ジョシュも辛かったのに・・・力になれなくてごめんね。」
指で目尻を拭い、鼻をすすってジョシュは遠くを見た。
「怒らないんだな・・・昔みたいに。」
「・・・昔?」
「ああ、俺に彼女が出来た時にすごく不機嫌になってたじゃん。
まったく口も利かなくなってさ。」
「ああ、あったね、そんなこと。」
レインは可笑しそうに笑った。
「あの時はやきもちの塊だったから・・・。
その後その子に酷いことまでしちゃったし・・・。」
「・・・・・・・。」
眉を寄せて黙るジョシュを見て、レインはさらに笑った。
「その顔は気づいてるなあ。あの時私が何をしたか。」
「うん・・・まあ・・・。」
「ふふふ」と声を出して笑い、レインは壊れた氷柱に目をやった。
「ほんとにねえ・・・今思うとゾッとすることしてるよね、私。
笑いごとじゃ済まされなかったかもしれないし・・・。
でもね、私だってあれから成長したんだよ。昔のまんまじゃないの。
ここで一人ぼっちの間も、寂しさを紛らわす為に色々考えてて・・・。
まあ結局孤独に負けてああやって殻に閉じこもっちゃったわけだけどね。
あはは・・・。」
ジョシュは意外だった。
孤独にさらされたレインはもっと深刻な状況になっていると思っていた。
しかし泣きじゃくって抱きついてきたのは最初だけで、今はあっけらかんとした顔をしている。
「どうしたの?」
ポカンとした顔で見つめてくるジョシュに、レインは不思議そうに尋ねた。
「ああ、なんか意外だなと思って・・・。
もっと落ち込んだり塞ぎ込んだりしてるのかと思ってたからさ。」
レインはジョシュから身体を離して立ち上がり、壊れた氷柱を見つめた。
「言ったでしょ、私だって昔のまんまじゃないって。
いつまでもジョシュ、ジョシュって言ってると思ったら大間違いなんだから。」
長い髪をわずかに揺らし、レインは後ろで手を組んで振り返った。
「それにね、ジョシュが思ってるより女はずっと強いのよ。
その気になればいつだって強くなれる、女ってそういうものよ。
だから・・・。」
レインは突然右手を突き出して炎弾を放った。
それはジョシュの横を飛び抜けていき、その後ろで何かに当たって爆発した。
「ぎゃああああああッ!」
「この声は・・・ッ!」
ジョシュは素早く立ち上がり、レインを守るようにして立ちはだかった。
燃え盛る炎の中から、マリオンが苦悶の表情を浮かべながら現れてきた。
「てめえ!やっぱり来やがったな!レインには絶対指一本触れさせねえぞ!」
幽体から火をあげながら、マリオンは苦痛の表情をみせて近寄って来る。
身体の半分が溶けてゾンビのようになり、ただれた手を伸ばしてきた。
「レイン・・。なぜわかった・・・?
完全に気配を消していたのに・・・なぜ・・・?」
レインは立ちはだかるジョシュを制し、マリオンに歩み寄っていく。
「おい、危ねえぜッ!」
「大丈夫よ。もうこんな奴怖くも何ともないから。」
全身から強力な魔力を放出しながら、レインはマリオンを睨みつけた。
おぞましい姿になったマリオンに全く恐れを見せる気配はなく、さらに近づいていく。
レインの迫力は凄まじいもので、マリオンの方が圧倒されて下がっていく。
「あなた何度も転生を繰り返しているのね。魂に人とは思えない歪みが見えるもの。
リビングデッドって知ってるわよね?今のあなたがそれよ。」
生ける屍、リビングデッド。今のマリオンはまさにそのような姿をしていた。
「燃えたからそんな醜い姿になったんじゃない。
死んだり生き返ったりを何度も繰り返しているうちにそんな姿になったんでしょ?
私の炎はあなたの化けの皮を剥いで本性を晒しただけよ。」
醜い姿のまま、マリオンは不敵に笑って魔力を高めていった。
「さすがだな・・・お前の中には私を超える力がある・・・。
だからこそ新世界の神に相応しい・・・。
どうだ、私と一緒に行かないか・・・?」
差し出されたマリオンの手をしばらく見つめ、レインはその手を握り返した。
「おい、レイン!何やってんだよ!危険だぞ、すぐ離れろ!」
助けようと飛び出すジョシュだったが、それより速くマリオンがレインに覆いかぶさった。
幽体がアメーバのように変化してレインを飲み込み、その魂を溶かして自分の物にしようとしている。
「レイン!」
マリオンに拳を打ち込むが、アメーバ状の身体はオーラも衝撃も全て吸収してしまい、全く効果がなかった。
「マリオン!てめえはどこまで執念深いんだよ!これ以上余計なマネすんな!」
いくら攻撃してもビクともしないマリオン。
ジョシュは焦りを覚えながら拳を振り続ける。。
「ふふふ・・・無駄だ。
魔導士でもないお前では、他人の精神の中で大した力は発揮できまい。
それにこの身体には物理的な力は無効だ・・・諦めるがいい。」
「ざけんな!このゾンビ野郎が!これ以上レインを傷つけんじゃ・・・・ッ!」
マリオンの中から突然大きな力が溢れてくるのを感じ、ジョシュは慌てて飛び退いた。
「これは・・・レインの気か?。」
マリオンの体内から強烈な光が溢れ出し、閃光が炸裂してアメーバ状の身体を吹き飛ばしていく。
「ぐうおおおおおおおッ!」
ほんの一部の幽体を残し、マリオンの身体は光の中に消滅していった。
そしてその光の中からレインが現れ、黄金に身体を輝かせてマリオンに手を向けた。
「言ったでしょ、あんたなんかもう怖くないって。」
「・・・馬鹿な・・・眠っている才能が目覚めたのか・・・。」
マリオンは恐れを抱いてレインを見上げていた。
そして傷ついた幽体を再生させるとその場から逃げるように飛び去った。
「無駄よ。ここは私の精神の中、この中では私から逃れる術はない。」
前に出した手をクイっと動かすと、マリオンは目に見えない強力な力で引き戻された。
「・・・なんという力・・・私の魔力がまるで役に立たんとは・・・。」
突き出したレインの手に光が集まり、輝く球体が作られていく。
「あなたはたくさんの人の大切なものを奪った。
私から、ジョシュから、ククリ先生から、それにフレイ剣聖だって・・・。
きっと、もっともっと多くの人があなたに苦しめられて、傷つけられたはず・・・。
あなたの罪は死んでも償えない・・・何もかも、魂でさえも塵に還るがいいわ。
たくさん転生を繰り返したんだし、心残りも無いでしょう?」
「待て・・・ッ!私は私の夢と理想の為にまだ消えるわけにはいかない・・・。」
レインは聞く耳持たずという感じで、二コリと微笑んだ。
「さようなら、永遠にね。」
「ま、待て・・・・・ッ!」
レインの手から放たれた光球は、雷より太いレーザーとなって一瞬でマリオンの魂を消し飛ばした。
光が消えた後には何も残っておらず、マリオンの気は完全に消滅していた。
ジョシュは呆然として固唾を飲み、黄金に輝くレインを見つめていた。
「すげえ・・・・・。」
レインが力を抜くと、身体を纏っていた黄金の輝きが消え、ニコッと微笑んでジョシュの前に歩いて来た。
「なあにその顔?びっくりした?」
「ん!ああ、まあ・・・。
お前がすごいのは知ってたけど、あのマリオンを一撃で吹き飛ばすなんて・・・。
神童の名は健在だな。」
「ふふふ、もう子供じゃないよ。私も、ジョシュもね。」
笑いかけるレインに釣られて、ジョシュも頭を掻いて笑みを返した。
そしてレインは、ジョシュに手を差し出して微笑む。
「行こう!ここを出て、全てを終わらせる為に。」
ジョシュは思った。もう以前の弱虫な心を持つレインはいないと。
心の奥に住んでいた泣き虫レインは、どこかへ飛び去ってしまったのだと。
透き通る青い目で見つめるジョシュに、レインは少しだけ目を伏せて口を開いた。
「私ね、ジョシュがここへ来て、私に何を言うつもりだったか分かるよ。」
「・・・・・・。」
澄んだ青い空、自分の晴れ渡った精神に目を向けてレインは言った。
「ここでずっと一人でいて気づいたの。
私の心の弱さやわがままが、どれほどジョシュを苦しめていたかって。
どんなに私がジョシュのことを愛しても、ジョシュが返せるのは兄妹としての愛だけ・・・。
もうずっと昔に分かってたのに・・・傷つくのが怖くて目を逸らしてた。
けどそれじゃダメなんだよね。
私のこの想いがジョシュを縛りつけて、自由を奪って・・・ジョシュは好きな女の子が出来ても付き合ったり出来なくて・・・。」
「知ってたのか?」
顔を空に向けたまま、レインは「うん」と言って頷いた。
「ほんとうに・・・酷い女だよね、私って・・・。
でも、ここで一人きりになって分かった・・・。
私が変わらなきゃ、ジョシュも、私も、お互い前に進めないって。だから・・・。」
全ての迷いを振り切ったような瞳で、レインはジョシュに向かって微笑んだ
「行こう!私達の、それぞれの道を歩く為に。
ここを出て、全てを終わらせて、平和な世界で二人が歩く道を見つけよう!」
ジョシュは大きく息を吸って吐き出し、頷いてレインの手を握った。
「せっかく色々と言葉を考えてたのに無駄になっちまったな。」
「何言ってるのよ。
ジョシュが来てくれなかったら、私はずっとあの氷柱の中から出られなかったわ。
ありがとう。」
二人はしばらく見つめ合い、ジョシュは顔を赤くしてコホンと咳払いをした。
「ああ、それとな、さっきから言おうと思ってたんだけど、マリオンが服を溶かしたせいでさ、今のお前・・・裸だぞ。」
ジョシュに言われて自分の身体を見つめ、レインは無言のまま胸を隠して横を向いた。
「気づいてたんなら早く言ってよ、エッチ。」
「いや、タイミングがな・・・。」
二人は目を見合わせて恥ずかしそうに笑い、ふわっと宙に舞い上がった。
「早く行かねえと師匠とククリさんが危ないかもしれねえ。」
「うん、分かってる。
マリオンが入って来た時に、まだ彼女の野望は消えてないんだって知ったから。
早く二人を助けに行こう!しっかり手を握っててね!」
再びレインの身体が輝きだし、二人は強く手を握ったまま一つの光になった。
そして一筋の閃光となって、精神世界の空を駆け抜けていった。

マーシャル・アクター 第十四話 偽りの女神

  • 2014.01.13 Monday
  • 19:07

〜『偽りの女神』〜

「なんという代物だ・・・・・・。」
フレイが呆れた顔で呟いた。
「マリオンの野望を止めることは出来なかったか・・・すまないレイン・・・。」
子供のように駄々をこねて泣く女神に、ククリが憐れみの言葉を発した。
ジョシュは二人の前に立ち、槍を構えて女神を見上げた。
「何言ってんですか。まだマリオンの野望は叶ったわけじゃないですよ。」
強大な力を発して泣き叫ぶ女神を、ジョシュは幼い頃のレインに重ねて見ていた。
「あいつはまだ生きてる。こうやって駄々っ子みたいに泣くのはあいつの癖だ。
そういう時は、いつだって俺が泣きやむまで慰めてやったんだ。
だから今度だって、絶対にあいつを泣きやませてみせますよ。」
ジョシュの言葉に強い意思と覚悟を感じ、フレイは嬉しそうに笑った。
「俺達が寝ている間にえらく成長したな。もう小僧などとは呼べんか。」
「そりゃあそうですよ。マーシャル・スーツの力があったとはいえあのマリオンを一人で打ち破ったんですからね。もう立派な一人前の戦士ですよ。」
ククリも感心した顔でジョシュを褒めた。
「いや、俺だけじゃないっすよ。レイドがいてくれたおかげです。な?」
《正直勝算は低かったが、ジョシュが予想外の奮闘を見せた。
この勝利は彼の力が大きい。私はサポートをしただけだ。》
レイドの言葉にジョシュは苦笑いをして頭を掻いた。
「それってけなしてんのか褒めてんのか分かんねえな。」
《どちらでもない。事実を言っただけだ。》
レイドの言葉にフレイとククリは笑った。
「まだ小僧の呼び名を卒業するのはお預けかもしれんな。」
「ええ、子供っぽいところは変わってませんからね。」
ジョシュはバツがわるそうに二人に振り返った。
「どうせ人格を宿すなら、もっと可愛い女の子にしてくれりゃよかったのに・・・。
こいつは頼りになるけど、ど〜も味気ないんだよなあ。」
《私は闘う為の人格だ。余計な感情はむしろ障害になると判断する。》
「だあ〜か〜らあ〜。そういうのが味気ないって言ってんの。ったくもう。」
二人のやり取りを聞いていたククリが大笑いした。
「いやいや、君達はいいコンビだよ。やはりレイドの人格を宿らせたのは正解だったようだね。」
「なんすかククリさんまで・・・。」
《さすがは私をプログラムをした魔導士。実に的確な意見だ。》
やいのやいのと冗談を言い合う三人を面白そうに眺めるフレイだった、真剣な顔に戻って女神を見上げ、重い口調で言った。
「さて、冗談はそのくらいにしておこうか。
とりあえずはこの化け物をどうやって仕留めるかだな。」
フレイは腰の剣を抜いて女神に向けた。
「待って下さいよ師匠。あの中にはレインがいるんです。何とか助け出さないと!」
するとフレイは顔を怒らせて怒鳴り声を上げた。
「馬鹿者ッ!あんなものが地上に出たらどうなると思う?
その強大な力を以って破壊の限りを尽くすのは目に見えておるわッ!
お前の妹には可哀想だが、なんとしてもあれはここで仕留めねばならん。
でなければ本当にマリオンの望む世界になってしまうッ!」
ジョシュは食ってかかるようにフレイの前に身を乗り出した。
「だからってなんの助けも無しにレインごと倒すなんて俺には出来ませんッ!
見て下さい!あいつは今、俺に助けて欲しくて泣いてるんですよ。」
「やかましいッ!やはり貴様はまだまだ小僧だ!」
必死に訴えるジョシュを、フレイは鬼の形相で睨みつけた。
「いいかッ!我らがここにいるのはマリオンの野望を打ち砕く為だ!
お前のそのマーシャルなんとかというのも、その為にあるものだろうがッ!
お前一人の個人的な感情で世界を滅亡させるわけにはいかんのだ。わきまえい!」
「嫌だッ!いくら師匠でもこれだけは聞き入れられねえ!俺は絶対あいつを助ける!」
「この大馬鹿者が・・・。」
ジョシュの言葉にフレイの顔はますます険しさを増していった。
そしてジョシュに剣を向けて言い放った。
「言葉で分からぬのなら身体で分からせるまでよ!」
ジョシュも槍も向けて応戦の構えをとる。
「やってみせて下さいよ。このマーシャル・スーツを相手に出来るもんならね。」
「ガキが・・・ッ。調子に乗りおのって・・・。」
飛びかかろうとするフレイを、ククリが身体を張って止めた。
「待って下さい!今は身内で争っている場合じゃないでしょう!」
「放せククリ!こういう場面で甘ったれた感情に負ければどういう結果を引き起こすか、そこの馬鹿に教え込まねばならんのだッ!」
睨みつけるフレイに、ジョシュは槍を向けたまま笑った。
「へッ!ご大層なこと言いやがって!人一人助けられないで世界が救えるかよ!
俺は愛する者を見捨ててまで世界を救いたいとは思わねえな!」
「なんだと・・・。」
ジョシュの言葉がフレイの怒りに火に油を注いだ。
肩を震わせながらフレイはククリを押しのけて詰め寄る。
そしてジョシュの首元に剣を当て、静かだが重い口調で言った。
「いいか小僧。ここへ来るまでにどれだけの犠牲があったと思っている?
俺の弟子は全員殺された。ククリの弟子も殺された。
もっと遡れば、お前の父親やククリの家族もその犠牲者と言えるだろう。」
「・・・・・・・。」
フレイの目は一点の濁りもなく澄んでいた。
そしてその瞳は力強く、ジョシュに反論させることを許さなかった。
「それだけじゃない。マリオンが、グリムが、そして奴らに与する者達がいったいどれだけの罪無き命を奪ってきたか・・・。」
フレイの目尻はわずかに濡れていた。
たジョシュは構えていた槍をそっと下ろす。
目尻を濡らすものを悟られまいと、フレイは俯いて呟いた。
「もう・・・終わらせねばならんのだ・・・。
これ以上、何の罪も無い者を死なせることは・・・あってはならんのだ・・・。」
「剣聖・・・。」
後ろで見ていたククリが懐から白布を取り出し、そっとフレイの目の前に持って行った。
「少し血で汚れていますが・・・。」
フレイは手を持ち上げて断り、指でグッと目を拭った。
そしてジョシュに背を向けて泣きじゃくる女神を見つめた。
「感情的になってすまんな・・・。
だが、俺達の背中には無念の内に消えていった多くの魂が圧し掛かっているのだ。
我が弟子の最愛の妹を犠牲にするのは許されぬことだ・・・。
しかしやらねばならん・・・。
この戦いの後、お互い生き残り、俺を憎むのなら・・・その時は俺を殺してもかまわん。」
ジョシュは毒気を抜かれたように突っ立っていた。
フレイの背中が泣いているのを感じ、言いたい言葉がうまく出て来なかった。
師の背中から顔を逸らし、呻くような呟きが出てくる。
「卑怯っすよ・・・そんな言い方・・・卑怯っすよ・・・。」
もはやフレイは言葉を返すつもりはなく、ただ背中を向けて立っていた。
ククリはそんな二人を羨ましく見つめていた。レインを失えば全ての弟子がいなくなってしまうククリにとって、この二人の師弟愛は嫉妬すら覚えるものだった。
しかし感傷に浸っている場合でないことに気付き、二人の間に割って入った。
「剣聖、ジョシュ君。二人の気持ちはどちらも間違ってはいないよ。
大勢に向けられる平等な愛情も、個人に向けられる強い愛情も、どちらも愛であることに変わりはないさ。
だから、ここは僕に任せてもらえないだろうか?」
フレイはまた指で目尻を拭い、普段の顔に戻ってククリを見据えた。
「どうせお前のことだ。何か小細工でも思いついたのだろう?」
皮肉な口調だったが、その目は笑っていた。
「ククリさん・・・。」
ジョシュも青く光る目をククリに向けた。
「師匠の言うことは正しいけど・・・でも俺はやっぱりレインを助けたいです。
何か方法があるなら教えて下さい。その為なら俺、自分の命と引き換えでも・・・。」
「まあまあ、落ち着いて。」
身を乗り出すジョシュの肩に手を当てて、ククリは微笑んだ。
「そういうこと言っちゃダメだってここへ来た時に言ったでしょう。
本当にレインを助けたいなら、君は絶対に生きていなくちゃ、ね?」
諭すように言うククリに、ジョシュは大人しく頷いて顔を俯かせた。
杖の上に両手を置き、ククリは未だに泣きやむ気配のない女神をじっと眺めた。
一旦剣を収めたフレイが、その横に立って同じよに女神に目をやった。
「もったいぶってないでさっさとその小細工を言え。」
ジョシュもククリの横に立ち、いつもの口調で尋ねる。
「そうっすよ。これ以上あいつに泣かれたら耳鳴りがとれなくなっちまう。
いったい何を思いついたのか教えて下さいよ。」
ククリは二人を交互に見てニヤっと笑い、それぞれの肩に手を置いた。
「二人とも、女性経験は豊富かな?」
一瞬何を言っているのか分からず、ジョシュとフレイは顔を見合わせた。
三人の間に沈黙が下りたが、すぐにフレイが口を開いた。
「やはりろくな策ではなさそうだな。」
フレイの冷めた目に、ククリは心外だという風に肩を竦めてみせた。
「そうっすよ。なんでレインを助けるのに女性経験なんか聞くんですか?」
ジョシュの慌てぶりにすぐさま経験が浅いことを見抜いたククリだったが、あえて口には出さずに二人に耳を貸すように言った。
「・・・・・・・・。」
ククリの作戦を聞いた二人の顔は険しいものになっていた。
「やはりろくな策ではないな・・・。」
鼻から大きく息を吐き、呆れた顔でフレイが言い放つ。
「ちょっとククリさん、真剣にやって下さいよ。
これにレインと世界の運命がかかってるですよ。」
二人に責められるも、ククリは余裕の笑みで指を振った。
「物理的な力でもダメ、魔法的な力でもダメ、オーラでも科学でもレインを女神の中から引き離すことは出来ない。なら残る方法はただ一つ。
心理的な方法を用いて、レインが自主的に女神の中から出てくるように仕向けなければならない。」
「また小難しいことを・・・。そんなに上手くいくものか。」
呆れて背中を向けるフレイを無視し、ククリは続きを話した。
「いいかいジョシュ君。レインはマリオンの力で女神像に取り込まれたわけじゃないんだ。
マリオンはあくまできっかけを作ったに過ぎず、レインは自分の意思で女神の中に閉じこもっているんだよ。これは魔導士の勘と、女心を知る男の勘だね。」
誇らしげに語るククリに、ジョシュは「はあ・・・」と呟いて首を傾げた。
「魔導士の勘はともかく、女心を知る男の勘ってのは頼りないなあ・・・。
それにククリさんが言ったことは俺も薄々感じてましたよ。
あいつは何か嫌なことがあるのと、自分の殻に閉じこもる癖がありますからね。」
ククリはパチンと指を鳴らし、杖をジョシュの顔に向けた。
「さすが双子、その通りなんだよ。
いいかい?この作戦の肝心なところは決してレインを怒らしてはならないということだ。あの子の魔導士としての才能はマリオンをも上回るからね。
そんな力を解放して完全に女神と同化した日には・・・。」
「・・・この世の終わりというわけだな・・・。」
背中を向けていたフレイが振り返って言った。
「そうです。だからそうなる前になんとかレインを取り戻さないといけないんです。
そしてもししれが無理な場合は・・・・・レインが女神と同化する前にとどめを刺す。」
「・・・・・・・・。」
沈黙するジョシュの肩に手を置き、ククリは表情を引き締めて言った。
「ジョシュ君・・・。レインを助けたい気持ちは僕も一緒だ。
だから何としてもあの子を女神から取り戻す。
けど、もし無理な時は剣聖の言う通りにしなければどれほど多くの被害が出るか・・・。納得出来ないのは分かるけど・・・その時は受け入れてほしい・・・。」
真っすぐに見つめるククリから顔を逸らし、ジョシュは槍を構えてフレイの横に並んだ。
「失敗した時のことなんて考えたくないですよ。ていうか絶対に助けてみせますから。」
ククリは俯いて苦笑いし、二人の肩に手をかけた。
「さて、それじゃ作戦の役割分担を決めようか。」
ククリは指を三本立て、そのうちの一本を折りながら言った
「まずは女神に力を供給しているあれだ。」
根源の世界と繋がる魔法陣と、そこから女神へと伸びるパイプを指差した。
「あれをどうにかしない限り、あの女神は永遠に力を得ることになる。
そうなればレインを助けるとかいう以前に、あの女神を倒すことが出来ない。」
「そんなものはあのパイプを切断すれば済むことではないのか?」
フレイの言葉に、ククリは強く首を振った。
「そんなことをしたら切断したパイプから無限にエネルギーが溢れてきますよ。
それもコントロール不可能なほど強力なエネルギーです。
そんなことになったら女神が破壊の限りを尽くすのと変わりません。
だから根源の世界と繋がるあの魔法陣をどうにかしないと・・・。」
その言葉を聞くと、ジョシュとフレイは腕を組んで顔を逸らした。
「そういう小難しいことは好かん。ククリ、お前がやれ。」
「そうっすね。やっぱここは本職の魔導士の出番ですよ。」
息の合った二人の言葉に、お手上げのジェスチャーをして苦笑いするククリ。
呆れたような、そして可笑しそうな顔で肩を竦めた。
「まったく・・・よく息の合う師弟ですね。最高のコンビじゃないですか?」
「ぬかせ。誰がこんな小僧と。」
「まったくですよ。
師匠の剣技は尊敬してるけど、人間性を一緒にされるのは勘弁ですね。」
二人は顔を見合わせて睨み合い、武器を構えた。
「小僧、貴様やはり調子に乗っているようだな。ここいらで喝を入れておく必要がある。」
「いいっすよ。さっきの続きをやりましょうか?でも泣いても許してあげませんよ。」
「なにおう・・・。」
身を乗り出すフレイを「まあまあ」と諫め、ククリは肩を竦めて苦笑いをみせる。
「師弟漫才はそのくらいにして。続きを説明しますよ。」
「ふんッ!」と悪態をつき、二人は機嫌が悪そうに背を向け合った。
「では二つ目、女神と闘って注意を引きつける役です。」
二本目の指を折って説明するククリに、フレイがニヤリと笑った。
「よし、それは俺に任せろ。」
そう言って剣に手をかけて女神を見上げた。
「即答ですね。けど相手は神ですよ。
いくら剣聖といえど一人では分が悪いでしょう。
あまり無茶をなさらないように。」
「ふんッ!何を言っておるか。
ここであれを止められなければ、この世界に未来などないだろうが。
無茶もクソもあるものか。」
「・・・確かに。」
ククリは三本目の指を折って、最後の役割をジョシュに説明した。
「さっきも耳打ちした通り、これがこの作戦の鍵だ。
まあこれは女心をよく知る僕が適任なんだけど、双子のジョシュ君なら何の問題も無いだろうね。」
格好をつけて腰に手を当てるククリに、フレイは柄の先で背中を小突いた。
「お前が得意なのは女の尻を追いかけることで、女を振り向かせるのは苦手であろうが。
だいたい小僧以外ではあの娘を説得するのは無理がある。」
ククリは苦笑いをしながら頭を掻いた。
「ははは・・・まあそうなんですけどね・・・。」
コホンと咳払いをしてジョシュに振り向き、真面目な顔で杖を向けた。
「いいかい。レインは今、心を閉ざしている。
その理由ははっきりしているんだけど、ジョシュ君なら分かるよね?」
「・・・はい・・・。」
ここへきて初めてフレイが優しい顔を見せた。
「あの娘が小僧に惚れているのは一目瞭然だ。
本人は気づかれていないと思っているだろうが、近くにいる者なら誰でも分かる。
もちろんお前もな。」
フレイの言葉に、ジョシュは女神を見上げて頷いた。
「はい・・・。でも今までどうしてたらいいのか分からなくて・・・。
俺は俺なりに伝えたいことがあるんですけど、中々タイミングが無かったというか。
それにいざ面と向かうとどう話していいのか分からないし・・・。」
ジョシュは辛そうに俯いた。
フレイは腰に手を当てて泣きじゃくる女神を見つめる。
「兄に惚れるということはさぞ辛かろうな。
あの器量と気風の良さがあれば他にいくらでも男など出来るだろうに。
何を思ってこんなボンクラに惚れたのか・・・憐れなものよ。」
暗にジョシュを責める言葉を投げかけるフレイ。
ジョシュはその言葉の意味を悟り、自分が不甲斐無いせいでレインを苦しませていることを痛感した。
ぽんと肩に手をかけてくるククリを振り返り、情けなさそうに顔を伏せた。
「ジョシュ君もレインもまだまだ若いからね。
自分の気持ちをはっきり言葉に出来ないこともあるさ。
こういうのは誰だって通る道だよ。
けどね、ここまで来たならしっかりレインと向き合わないと。
どういう答えを出すにせよ、君は君の言葉で、自分の気持ちをレインに伝えないといけないよ。例え不格好でも不器用でもいいから。」
二人の優しさに涙を流しそうになりながら、ジョシュは小さく頷いた。
「分かりました。これ以上あいつの気持ちから目を逸らすわけにはいかないですもんね。
ここは兄貴らしく、バシっと腹割って話してきますよ!」
ククリは満足そうに笑い、拳をジョシュの胸に当てた。
「それこそがあの子を偽りの女神から救い出す唯一の方法さ。
大丈夫、ちゃんと君の気持ちが伝われば必ずレインは心を開いてくれるよ。」
「はい!」
肩をぐるんと回し、闘いのオーラを纏わせながらフレイは女神の方に歩いて行く。
「ここまで来て世界の命運を握るのが弟子の色恋沙汰とは・・・。
馬鹿らしいというか何というか、歴史には残せんな。」
ククリはそんなフレイを見て声を殺して笑った。
「素直じゃないよね。あの人こういう家族愛だの兄弟愛だのに弱いから。
あれ、少し泣いてるよきっと。」
「聞こえとるぞー。」
振り返らずに怒りの声を発するフレイ。ククリは慌てて弁明した。
「ははは・・・冗談ですよ冗談・・・。」
冷や汗を拭ってククリはジョシュに向き直った。
「いいかい。レインに語りかけるには君の魂だけを女神の中に入れなきゃならない。
けど君の話じゃレインの中にはマリオンの魂もいるそうじゃないか。
当然邪魔されるだろうけど、女神の中じゃマリオンも思うように力を使えないはずだ。
なんとかマリオンの妨害をかいくぐってレインの精神まで辿り着くんだ、いいね?」
「はい!あんな奴に負けませんよ。
邪魔して来やがったらもう一回ぶっ飛ばしてやります!。」
ククリは笑って頷き、杖をかざして離魂の術を使った。
ジョシュの身体が光り、マーシャル・スーツから魂が抜けていく。
「それじゃあ頼んだよ!」
ククリはジョシュの魂を女神の中へと飛ばした。
青く光る魂が女神の胸の中へと入って行く。
「師匠に偉そうなことを言ったのだ。必ず妹を助け出して来いよ。」
女神は身をよじり、一際大きな泣き声を響かせた。

マーシャル・アクター 第十三話 マーシャル・アクター

  • 2014.01.13 Monday
  • 19:02
〜『マーシャル・アクター』〜

《くそ・・・身体が動かねえ・・・。寝てる場合じゃねえのに・・・。》
意識はあるが五感と身体がまったく反応せず、ジョシュは外の様子を窺うことが出来ずに焦っていた。
《レインを助けなきゃならねえのに・・・。
それに師匠やククリさんだって・・・動いてくれよ!》
マリオンの攻撃はジョシュに致命的なダメージを与えていた。
辛うじて生きてはいるが、放っておけば一時間ともたずに死んでしまうほどの傷を負っていた。
《これマジでやばいなあ・・・。何か、何か手はないのかよ・・・。》
焦りばかりが先走って、ジョシュはまともに考えることが出来ない。
《マリオンは俺の魂をレインの肉体に入れるって言ってたな。
あいつが心を閉ざしてるからって・・・。レイン寂しがってんだろなあ・・・。
気が強いように見えて、実はけっこう弱いんだよなあ・・・。》
わずかに鼓動を始めるマーシャル・スーツのコアだったが、レインのことだけを考えているジョシュは気づかない。
《俺が彼女に振られた時も、あいつ文句言いに行って・・・。
魔法で殺しかけた時は冷や冷やしたけど・・・気づいてないつもりだろうけどバレバレだっての。あの時なんだよなあ、あいつの俺に対する気持ちに気づいたのは・・・。
レインが異常に俺に構う理由が分かって、でもこっちはどうしたらいいのか分かんなくて・・・。何度もあいつのことを真剣に考えたけど、やっぱ俺はレインを妹以上に見れなくて・・・てか俺がこのことに気づいてることすら知らねえだろうな・・・。》
マーシャル・スーツの鼓動は徐々に大きくなっていく。
《でも・・あいつの傷つく顔は見たくないから・・・。
知らねえだろうなあ、俺があれからまた女の子に告白されたこと。
けっこう好みの子だったけど、レインが傷つく顔を見たくないから断って・・・。
レイン、知ってるか?俺はさ、いつかお前に好きな男が出来るまで、女の子とは付き合わないって決めてんだ。
お前が泣くくらいなら恋愛くらい我慢してやるさ・・・。だってお前は、俺の最愛の妹なんだから・・・。》
傷ついたジョシュの身体が、マーシャル・スーツの鼓動とともに再生していく。
内側からオーラが溢れ、その身を包んで姿を変えていく。
《けどなレイン、どんなに仲が良くたって、どんなに愛し合っていたって、兄妹ってのはいつかそれぞれの道を歩かなきゃいけないんだ。
どんなに寂しくったって、いつかは一人で歩いていかなきゃいけないんだ。
それは孤独になることとは違うぜ・・・。
俺達が最愛の兄妹ってのは変わらねえ。お前が困ってりゃ、俺はいつだって飛んでって助けてやる。
けど・・・それでも・・・俺は俺の、お前はお前の道を行かなきゃならねえ・・・。
だから、だからよお・・・こんな所でくたばってる場合じゃねんだよおッ!》
マリオンは女神像の頭の上で瞑想にふけっていた。
来るべき新時代に向けて確固たる思想を作り上げ、レインの精神に刷り込む為であった。
長年に渡る夢があと一歩で実現に向かう喜び、自分が神の一部となれる喜び、様々な喜々感がマリオンの心を包んでいた。
一点の曇りもない明鏡止水の心で瞑想にふけっている。
しかし突然心に乱れが走り、マリオンは瞑想をやめて立ち上がった。
「なんだ?この嫌な感じは・・・?これは・・・敵意か?」
女神像の頭の上から下を見下ろそうとした時、一筋の風が駆け抜けていった。
「なんだ・・・?」
肩に違和感を覚え、そこに手を当てるとあるはずの右腕がなかった。
「ッ!」
彼女の足元には斬り落とされ右腕が転がっていて、砂となって消えていった。
そして背後に異様な気を感じ、杖を構えて振り返った。
「貴様・・・。」
「よう。」
次の瞬間、ブレードがマリオンの身体を貫いていた。
「ぐあ・・・ッ!」
慌てて身体を引き抜き、マリオンはレインの所まで逃げるように飛び降りた。
「発動させたのか・・・マーシャル・スーツを・・・。」
マリオンは女神像の頭を見上げた。
その上にはマーシャル・スーツを纏うジョシュがいた。
光沢のある機械的な騎士の鎧、竜の尻尾を思わせる背中まで伸びた頭飾り。
右手には鈍く光る銀色の三又槍を持ち、左手の付け根からはプラズマを纏うブレードが伸びていた。
そして青く光る眼が殺気を纏ってマリオンを見据えている。
「お前の言ってた意味が分かったぜ。俺はマーシャル・アクターとして未熟だってこと。」
突然マリオンの目の前から消え、ジョシュは一瞬にして背後に回った。
「速いな・・・。」
杖から稲妻を出して反撃するが、マーシャル・スーツの装甲が弾き飛ばしてしまった。
「これは・・・魔法防御加工を施してあるのか!」
女神像から飛び降りようとするマリオンだったが、空中でジョシュの槍が身体に巻きついてきて締め上げられた。
「ぐ・・・なんだこの槍は・・・?」
「刃の根元が鎖みたいに伸びるんだ。便利だろ。」
そのままマリオンを引き寄せ、無防備な所へもう一度ブレードを突き刺した。
「ぐおおおッ!貴様、いいのか?シーナの身体だぞッ?」
「お前はシーナじゃねえ。」
ジョシュの目が強く光った。
「マーシャル・スーツに宿る人格、レイドってんだけど、俺がくたばってる時に尋ねてきたんだ。私は闘う為の衣装だ、お前にそれを纏う覚悟はあるかって。」
マリオンは槍を振りほどこうと魔力を溜めたが、巻き付いた槍が魔力を吸い取っていく。
そしてより強くマリオンを締め上げていった。
「お前言ったよな。俺に甘さがある限り、絶対に自分には勝てないって。
それで全てが分かったよ。こいつを発動させるには、甘さがあっちゃいけないんだって。
何がなんでも敵を打ち砕く、そういう覚悟がなきゃ闘う衣装は纏えない。
だから俺はレイドに答えたよ。俺はお前を纏う時、戦いの鬼になるってな。
それこそが戦う衣装を纏い、戦いを演じるマーシャル・アクターだ!」
ジョシュのブレードからプラズマが放たれ、マリオンを焼き尽くしていく。
だがプラズマの炎の中でマリオンは不敵に笑った。
「・・・ふふふ。私も余計な助言をしてしまったものだ・・・。
まだ若造と甘く見たのが失敗だったな・・・だがッ!」
「な、なんだ・・・?」
急にマリオンの気が膨れ上がっていき、危険を感じたジョシュは槍をほどいて離れた。
「ふふふ・・・なにも切り札を持っているのはお前だけではないのだぞ・・・。
我が身体にも、戦いの神が宿っておる・・・。見よ!これが私の闘う衣装だ!」
《ジョシュ!危険だ。もっと離れた方がいい》
頭の中にレイドの声が響き、ジョシュは女神像から離れた。
「どんどん気がでかくなってく・・・。」
強大なオーラと魔力でマリオンの身体は膨れ上がり、シーナの姿は見る影もなくなってしまった。
「おい、レイド!いったい何が起ころうとしてんだよ?」
《おそらく何かの神の化身になるつもりだろう。》
「何かって・・・いったい何の神だよッ?」
《戦いの神と言っていたが・・・おそらく多神教における戦いを担う神の化身だろう。
ジョシュよ、死闘が予想されるぞ。心してかかれ。》
「んな曖昧なこと言われたって・・・それにレインや師匠やククリさんだって助けないといけねえし・・・。」
《分かっている。だがマリオンを討たないと仲間は助けられない
仲間を死なせたくなければ奴を倒す以外に道はない。》
「・・・・・だよな。あいつが全ての元凶なんだ。サポート頼むぜ、レイド!」
《無論だ。》
マリオンの身体から光が放たれ、波状に拡散していく。
《くるぞ!》
膨張したマリオンの身体から閃光が走り、雷鳴のような轟音を響かせた。
そして輝く光の中から戦いの神の化身となったマリオンが姿を現した。
「なんて姿だ・・・・・。」
三つの顔に六本の腕、細身ではあるが筋肉質な身体、赤、青、黒が交互に巻き付けられたような色彩、そして破れかけた真っ白な法衣を身に着けていた。
六本の腕がそれぞれ合掌をしており、人間より遥かに高貴なオーラを纏っていた。
《あれは、おそらく阿修羅だろう》
「阿修羅?何だそりゃ?」
《東洋における鬼神だ。その力と闘争心は凄まじい。
いくらマーシャル・スーツといえど、勝てるかどうかは微妙な相手だ。》
「マジかよ・・・。戦いの前に不安になるようなこと言うなよ。」
《希望的観測は身を滅ぼすだけだ。勝ちたいなら目の前の敵を正しく見ることだ。》
阿修羅となったマリオンは神々しいオーラを纏って地面に降り立った。
「この姿になるのは本当に久しぶりだ。私の師、シーター大魔導士と闘った時以来だな。」
圧倒的な迫力に身を固くするジョシュだったが、すぐに弱気を振り払って槍を構えた。
「阿修羅だろうがなんだろうがやってやるぜ!お前を討ち滅ぼして全てを終わらせてやる!」
「ふふふ、いくら力を得ようともお前ごとき若造にやられたりはせん。さあ来い!」
「うおおおおおおおッ!」
左腕の魔法シールドを展開させ、ジョシュは飛び込んでいった。
三つある阿修羅の顔の一つから熱線が吐き出される。
「効くかよ!」
ジョシュのシールドに当たった熱線は跳ね返されてマリオンに直撃した。
爆炎をあげるマリオンに向かってジョシュの槍が伸びていく。
しかし途中で槍の動きは止まり、穂先を掴んだマリオンが爆炎の中から飛び出してきた。
「むん!」
槍を持ち上げてジョシュを投げ飛ばし、自分も飛び上がって鉄拳の嵐を見舞った。
シールドで防御するが、隙をついてマリオンの蹴りが入る。
「うおおおおおおッ!」
床を砕いて地面に激突するジョシュ。
マリオンは六本の手で印を結び、オーラと魔力を織り交ぜた光の砲弾を撃ち出した。
「やべッ!」
《大丈夫だ》
マーシャル・スーツの胸部が開き、中にあるファンが回って光の砲弾を吸収していった。
《これは返すぞ》
レイドは威力を倍増させてファンから光の砲弾を撃ち出した。
マリオンは余裕の笑みで砲弾を蹴り飛ばし、天井にぶつかった砲弾が爆発を起こして穴を開けた。
ジョシュは舞い上がった煙に乗じて身を隠し、マリオンの頭上から槍を突き刺そうとする。
「甘いッ!」
身体をよじって槍をかわし、二本の腕でジョシュを掴むマリオン。
「この!離せよ!」
特大のプラズマを発生させてブレードを振り下ろすが、あっさりと白刃取りを決められてしまった。
「ぬるい打ち込みだな。この剣は頂くぞ。」
腕を振ってブレードを折り、無防備なところへ熱線を吐き出した。
「うおおおおおおッ!」
装甲の魔法防御の限界をあっさりと超える威力の熱線は、ジョシュを壁まで吹き飛ばした。
ぶつかった衝撃で壁が壊れ、ジョシュの上に崩れ落ちていく。
「くそ・・・なんちゅう化け物だよ・・・。」
瓦礫を退かして立ち上がるジョシュにプラズマブレードが飛んできた。
《危ない!》
レイドが咄嗟に槍を伸ばしてブレードを叩き落とす。
そしてシールドを変形させて弓を作り出した。
右手の甲に仕込まれた短い針がオーラを帯びて光の矢と化し、弓に番えて撃ち出した。
マリオンは飛び上がって矢をかわすが、まるでロックオンしたミサイルのように進行方向を変えてマリオンに突き刺さった。
もう一発放った矢も、かわそうとするマリオンを追従して突き刺さり、レイドは槍を伸ばして束縛した。
《ジョシュ、今が好機だ。》
「やるなレイド!」
ジョシュは左の掌に開いた穴にオーラを溜めて増幅し、マリオンに接近してゼロ距離の射程から撃ち出した。
掌から放たれたオーラの波動が爆音を響かせて閃光を放ち、マリオンの身体を貫通して穴を開けていった。
「もう一発!」
二発目のオーラは顔の一つを吹き飛ばし、そのまま槍を振り回してマリオンを床に叩きつけた。
砕けた床が煙を上げ、ジョシュは槍にオーラを込めて横一文字に払った。
オーラの光刃がマリオンに直撃し、とどめに胸部のファンから魔力とオーラを混ぜた特大の光線を放った。
壁にめり込むマリオンに直撃して地震のように部屋を揺らし、大爆発を起こした。
「よっしゃ!こんだけ連続で決まればさすがのマリオンも復活できねえだろ!」
ガッツポーズを取るジョシュにレイドが釘を刺した。
《いや、油断するな。奴はまだ本気を出していない。》
「そうか?結構本気で戦ってただろ。」
槍を構えてじっと見つめていると、抉れた床の中から何事もなかったようにマリオンが飛び出して来た。
潰れた顔と穴の開いた身体はそのままだったが、それ以外は何一つダメージを受けていなかった。
ぼろぼろになった法衣を脱ぎ去り、コキっと肩を鳴らすマリオン。
つまずいて転んだ時のように冷静に身体の汚れを払っていた。
「マジかよ・・・。あんだけの攻撃を受けてダメージが無いなんて・・・。」
《だから言ったはずだ、油断するなと。》
マリオンはパチンと指を鳴らし、傷ついた身体を一瞬で治してしまった。
「ふふふ、今のは中々良い攻撃だったぞ。
この身体になった私に傷を付けただけでも賞賛に値する。」
マリオンの底知れぬ力に、ジョシュは心の底から恐怖を抱いた。
《恐れている場合ではないぞ。闘志の低下は敗北に繋がる。》
「分かってるよ!分かってるけど・・・まさかここまでなんて・・・。」
腕をだらんと下げ、マリオンはスタスタと普通に歩いて近づいて来る。
「くッ・・・。」
ジョシュはシールドを展開させて槍を構え、迎撃の体勢をとった。
「どれ、少し驚かせてやろう。」
マリオンの身体が柳のように揺れてジョシュの目の前から消えた。
「なッ・・・これは!」
次の瞬間、ジョシュの顔面に蹴りが入っていた。
「うおッ!」
バランスを崩しながらも槍で反撃するが、もうそこにマリオンの姿はなかった。
次の瞬間、ガゴッ!っという鈍い音が響き、マリオンの拳がジョシュの腹部の装甲にヒビを入れていた。
「このおッ!」
反撃したジョシュの蹴りを軽々と掴み、残った五本の手が貫手を放つ。
「うぐあああああッ!」
マリオンの貫手は装甲を貫通して中の機械部分にまで達していた。
「どれ、お前も感電してみるがいい。」
刺さった指から稲妻を放つマリオン。雷光と雷鳴が部屋に響き渡る。
「うわあああああああッ!」
「そうれ、もっと強くなるぞ!」
落雷のような轟音が響き、数億ボルトの電気がジョシュの身体を焼いていく。
《まずい!このままでは・・・。》
レイドは強引にジョシュから意識を奪い取った。
青く光る目が紫に変わり、龍の頭飾りの先端を刃に変えて振り回した。
ジョシュを突き刺していたマリオンの腕が切断され、レイドは背部のブースターを最大出力で噴射した。
レイドはマリオンに体当たりをくらわせ、遠くへ吹き飛ばした。
しかし空中で一回転したマリオンは、綺麗に着地して構えをとった。
「なるほど、マーシャル・スーツに宿っている人格か・・・。レイドとか言ったな?」
《そうだ。ジョシュを守る為に一時的に入れ替わっている。
あれ以上感電させられては痛みによって、精神に致命的なダメージを負ってしまうのでな。》
切断された腕をあっさりと再生させ、嬉しそうに笑いながらマリオンは腕を組んだ。
「なるほど・・・。主人格に死なれてはお前も困るというわけか・・・。」
《その通りだ。彼がいなければ私の存在理由はなくなってしまう。》
「ふむ・・・。」
顎に手を当て、三つの顔の目を閉じながらマリオンは呟いた。
「要するにお前の最大の任務は宿主の魂を守ることか?」
《それは私の存在理由であり、任務というわけではない。
私にとって一番重要なことは、主人たる魂に勝利をもたらすことだ。》
「ならここで戦いをやめることは・・・。」
《できない。ジョシュが戦いを拒否するか、もしくは彼の魂のエネルギーがつきかけて死に直面した時にのみ戦闘形態は解除される。
だが彼は私の中で意識を失っている。またこの形態を解除することはお前に殺されることを意味する。よってこれより先も戦い続けるしかない。どちらかが死ぬまで。》
マリオンは残念そうに頷いて腕組みをといた。
「そうか・・・ここまで私と戦える青年を殺すのは忍びないと思ったのだが・・・。
仕方あるまい・・・。
当初の予定通り、ジョシュを殺して魂だけをレインの中に入れるとしよう。」
六本の腕を広げ、魔力を溜めていくマリオン。
膨張していく凄まじい力にレイドは圧倒された。
《魔導士としての本領を発揮するか・・・。》
「そうだ。白兵戦は元々得意とするところではない。
ただお前達の遊びに付き合っていただけだ・・・。
だがそろそろ遊びに時間を費やすわけにもいかない・・・。
新たな世界の幕開けが待っているのだからな。」
炎、氷、稲妻、風、光、呪術、六つの力が六つの掌に宿り、マリオンはその全てを同時に撃ち出した。
《・・・防ぎきれるか・・・。》
シールドのパワーを最大にして稲妻を跳ね返し、真空の刃を槍で斬り払った。
しかし続けざまに飛んでくる巨大な炎弾が直撃し、爆炎がヒビ割れた装甲から内部を焼いていく。
横へ跳んで爆炎から逃れるも、地面を這う氷柱に脚を凍らせられ、頭上からレーザーの雨が降り注ぐ。
《むううう・・・》
シールドを持ち上げて跳ね返すが、凄まじい衝撃のせいで装甲に入ったヒビが大きさを増していく。
ブースターから強力な熱風を吹き出して氷を溶かし、オーラを込めた槍の一撃で頭上のレーザーを掻き消した。
しかし槍を突き上げて無防備になったところへ呪術の黒い炎が纏わりつき、怨霊の顔を浮かび上がらせて恐ろしい声と共に燃え上がった。
まともに呪術を受けて倒れるレイド。マリオンは飛び上がって傍に降り立った。
「完全に決まったな・・・。よく闘ったがここまでだ・・・。」
レイドの頭を掴み、完全に沈黙したことを確認すると興味も無さそうに放り投げた。
「さすがはククリの造り出したマーシャル・スーツだ。中々よく出来た代物であった。
しかしこの私を討つには少々及ばなかったな・・・。
せめて中の魂がこんな若造ではなく、フレイくらいの使い手であればもう少し戦えたかもしれないが・・・まあ、どうでもいいことだ。」
自分の身体に傷をつけた敬意として、マリオンは黙祷を捧げた。
「・・・・・・妙だな。魂が身体から出て行かない。まだ息があるというのか?」
マリオンは不思議そうにマーシャル・スーツを見つめる。
そしてその一瞬の隙をレイドは見逃さなかった。
槍を伸ばして地面を走らせ、マリオンの身体に巻きつけると魔力を吸収し始めた。
「なんと!死んだと思わせたのは演技であったかッ!」
レイドは再生したプラズマブレードをマリオンに向け、シールドを弓に変えて撃ち出した。
刺さったブレードがマリオンの体内で閃光を放って弾け飛ぶ。
「おのれッ!」
すぐさま傷を再生させようとするが、槍が魔力を吸収して力を奪い取っていった。
槍を伝って魔力が注がれ、傷ついたマーシャル・スーツが回復していく。
「生意気な・・・。」
慌てるマリオンだったが時はすでに遅かった。
立ち上がったレイドが胸のファンを開いて熱線を放とうとしている。
《ジョシュ、さすがにマリオンの魔法の六連発は効いた。私はしばらく休ませてもらう。
後の戦いは任せたぞ。》
「おう!こっちはじっくり休ませてもらってばっちり回復したぜ。後は任せろ!」
レイドの中で意識を回復させたジョシュが力強く言った。
《頼んだぞ》
レイドの胸から熱線が放たれ、魔力を失って弱ったマリオンを焼いていく。
「ぐおおおおおおッ!」
熱線の光の中でマリオンはもがき苦しんだ。
三つの顔が叫び、六本の腕が踊り狂っている。
マーシャル・スーツの目が再び青の輝きに戻り、巻き付けていた槍をほどいてジョシュは飛び上がった。
「なんかおいしいとこだけもらって悪いけど、これでとどめだぜッ!」
シールドを展開させてそこに槍を差し込み、オーラと魔力を注ぎ込んだ。
シールドと槍が一体化して光の十字架を作り出す。
「舐めるなああああああッ!」
渾身の魔力で熱線を吹き飛ばし、マリオンが鬼の形相で飛びかかってくる。
ジョシュはブースターをフルパワーで噴射し、迫りくるマリオンに十字架の槍を向けて突撃した。
六本の腕で拳を握り、半分は魔力、半分はオーラを込めて身体を回転させるマリオン。
「喰らえ、魔法とオーラの我が奥義!阿修羅金剛撃ッ!」
魔力とオーラが螺旋状になって六つの拳から撃ち出される。
マリオンは螺旋の波動と同化して、高速で回転しながら弾丸のように飛んできた
「てめえの必殺技ごと粉砕してやるぜ!陽炎の太刀・十字閃槍!」
マリオンの拳とジョシュの槍が激しくぶつかる
力と力の衝突が眩い閃光を放ち、大きなエネルギーが二人の間で渦を巻く。
「うおおおおおおッ!」
僅かにジョシュのパワーが勝り、十字架の槍がマリオンの拳を砕いて彼女の身体を貫いていった
十字架の光が消えてジョシュが現れ、身体から煙をあげて膝をついた。
「ぐ・・・ッ!なんつう技だよ・・・。」
マーシャル・スーツの装甲がヒビ割れ、槍を握っている手が痺れて動かせなかった
立ち上がってマリオンを振り返ると、上半身の半分が抉られてふらつきながら立っている。
しかしすぐさま奥義の構えに入り、ジョシュに拳を向けた。
「お前の動きはもう見切った!二度は通用せんッ!」
残った三本の腕で拳を握り、さっきと同じ技を撃って来るマリオン。
「クソ・・・ッ!」
ジョシュはシールドをフルパワーで展開させてマリオンの奥義を受け止めた。
「無駄だ・・・。この盾ごと貫いてくれるッ!」
「うおおおおおおッ!」
ビキビキと音を立ててシールドが軋む。
マリオンのパワーに堪え切れずに、ジョシュは膝をついた。
「なんて力だ・・・。身体が半分抉られてるのに・・・・、ん?」
ジョシュはその言葉でハッと何かに気がついた。
《どうしてマリオンは傷ついた身体を再生させなかったんだ?
完全な状態で撃てばもう勝負はついているはずなのに。
・・・もしかして。》
ブースターを噴射させ、ジョシュはなんとか立ち上がった。
そしてシールドに持てる力の全てを注いでいく。
「お前の奥義は確かに強力だ。だけどその分エネルギーを使うんだろ?
再生出来なかったのはその為だ。」
マリオンがニヤリと笑う
「ふふふ、そうだ。しかしお前を倒すには十分な力だ・・・。
このまま我が奥義に貫かれ、砕け散るがいい!」
マリオンの技に堪え切れずにシールドにヒビが入り始めた。
「ぐううう・・・ッ。魔法で出来たシールドにヒビ入れるなんてどんな力だよ・・・。
けどな、これさえ防げばお前にもう力は残ってねえだろ。そうなりゃ俺の勝ちだ!」
勝ち誇ったように言うジョシュに、マリオンは声を上げて笑った。
「甘いな!我が渾身の奥義はお前ごとき若造に防げるものではない!」
マリオンの回転がスピードを増して威力が上がっていく。
シールドのヒビは大きくなり、もはや限界寸前のところまできていた。
「終わりだッ!死ねええええいッ!」
「うおおおおおおおッ!」
バキイイイィィンッ!っと大きな音を立ててシールドは砕け散り、マリオンはジョシュの身体めがけて突っ込んでいった。
爆音と衝撃が部屋を揺らし、女神像が大きくぐらつく。
地面にクレーターのような穴を開け、立ち昇る煙の中にマリオンが立っていた。
「痕かたも無く消し飛んだか・・・?」
そう呟きながら辺りの気配を窺う。
しかしすぐに違和感に気づき、辺りを窺うと魔力を放つ金属の破片が散らばっていた。
マリオンが粉砕したのはシールドだけだった。
足元に散らばる残骸を蹴り飛ばして拳を握り、再び奥義の構えをとった。
「どこだ・・・。」
真上に微かな空気の振動を感じ、マリオンは刹那の反応で奥義を撃ち出した。
「馬鹿め!お前の動きは見切ったと言っただろう!」
迫りくるジョシュの槍を拳で跳ねのけ、無防備になったところへマリオンが飛んでくる。
「馬鹿はお前だッ!」
槍の握っていた手とは反対側の手が背中にかけられている。
マリオンの拳を流れる水のように軽やかにかわし、背中の隠し武器の魔法刀で斬りつけた。
「な・・・ッ!」
残った腕のうち二本が斬り落とされ、切断面から炎が上がった。
マリオンは残った腕で反撃するが、ジョシュは槍を手放してもう一本ある背中の魔法刀で斬り落とした。
今度は斬られた部分が凍りつく。
「馬鹿なッ!」
驚愕するマリオンを蹴り飛ばして地面に叩きつけ、ジョシュは陽炎の歩を使った。
「く・・・・ッ!」
すぐに立ち上がって迎え撃とうとするも、腕が全て斬り落とされたマリオンにもう奥義は撃てなかった。
「動きは見切っても隠し武器までは見切れなかっただろ?」
背後から気配を感じ、マリオンは振り返って口から熱線を放った。
それをあっさりとかわすと、ジョシュは氷の魔法刀をマリオンに投げ刺した。
脚にささった魔法刀は氷柱を作り出してマリオンの動きを封じ込め、絶対零度の低温が身体を蝕んでいく。
「お、おのれ・・・この程度で・・・・・ッ!」
氷を砕こうと力を溜めるマリオンの目の前に、炎の魔法刀の刃が迫っていた。
「・・・・・ッ!」
ジョシュは音も無く刀を振り下ろし、氷漬けになったマリオンを一刀両断した。
真っ二つに斬られた身体から灼熱の炎が上がり、マグマのようにマリオンの身体を溶かしていく。
「そんな・・・この私が・・・こんな若造に・・・。」
悲哀と驚愕に満ちた顔で雄叫びをあげながら、マリオンは灼熱の業火の中に消えていった。
「・・・終わったか・・・。」
マリオンの気は完全に断たれた。
しばらく刀を構えたまま様子を窺うジョシュだったが、再生してくる気配がないことを確認して構えを解いた。
「・・・・・・・・。」
燃え盛るマリオンの身体を見ていると揺らめく霧がたちあがり、その中から幻影のようにマリオンの霊体が現れた。
「やっぱ完全にくたばってなかったか!」
再び刀を構えるジョシュに、霊体となったマリオンは静かに微笑んだ。
燃え盛る自分の身体に目を落とし、しばらくそのまま佇んでいた。
「見事だな・・・。」
呟くように口を開き、落ち着いた表情でジョシュを見つめるマリオン。
「お前の剣技、そしてそのマーシャル・スーツ。実に見事なものだった。
潔く敗北を認めよう・・・。お前の勝ちだ。」
「・・・なんだよ、やけに素直じゃねえか。」
先ほどとは打って変わって穏やかな顔を見せるマリオンに、ジョシュは逆に不気味さを感じていた。
「そんな顔をするな。お前の勝ちだと言っただろう・・・。
お前は私の生涯において唯一黒星を付けたのだ。誇るがいい・・・。」
「褒められても何にも嬉しくねえな。どうせまだ何か企んでるんだろう?」
マリオンは無言のまま自分の身体から離れ、女神像の元へと歩いて行く。
愛おしそうにそれを見つめ、宙に浮いてレインの元へと降り立った。
「おい、レインに何をするつもりだッ?」
ジョシュもその後を追ってレインの所へと飛び上がった。
「確かに私はお前に負けた。
しかしだからといって私の夢を終わらせるわけにはいかない。
新たな世界、そして新たな神の誕生は誰にも止められん。
お前の魂でレインの心を開くつもりだったが、敗れた今となってはそれも無理だ。
ならば、残る方法は一つ!私自身がレインの中に入り込み、この子の心を支配する。
無理が出るやり方だろうが・・・このまま夢を終わらせるよりはマシだ・・・。」
マリオンの身体が光って霊魂となり、レインの身体の上に漂う。
「ふざけんなッ!これ以上レインを傷つけさせるかッ!」
魔法刀で斬りかかるが、マリオンは舞い踊る蝶のようにかわしてレインの肉体に入っていった。
「しまったッ!」
女神像が一瞬だけ光って波動を放ち、胸元のレインを吸収していく。
「レインッ!」
慌てて手を伸ばしたが間に合わず、地震のような音をたてて女神像が動き出した。
冷たい石の身体がライトブルーの金属の肌へと変化していく。
瞳のない目に光が宿り、赤く輝かせて翼を広げた。
つま先から胸の辺りまでが金色の鱗に覆われていき、両手を広げて悲鳴の産声を上げた。
それは耳を塞ぎたくなるような悲痛な絶叫だった。
「クソッ!レイイイィィンッ!」
羽ばたく女神から振り落とされるジョシュ。
根源の世界の力を取り出す魔法陣が光り出し、パイプを流れて女神に力を送っていく。
「アアアアアアアアッ!」
悲しみとも苦しみともつかない絶叫を上げて顔を覆い、身をよじっただけで空気が振動した。
「こりゃあ・・・・・。」
女神の強大な力に、空気に漂う原始の精霊達が怯え、波のように大気をうねらせている。
「こんなもんが地上に出たらとんでもないことになるな・・・。」
女神はただひたすら身体をよじって泣いていた。
ジョシュはその姿を見てある種の懐かしさを覚えた。
「これは、レインが泣いてる時とそっくりだ・・・。」
まだ子供だった頃、滅多に泣かないレインが泣き出すと手がつけられなかった。
耳を塞ぎたくなるような大声を出し、滝のように涙を流し、慰めようとすると暴れ回った。
普段とのあまりの変貌ぶりに、そういう時のジョシュはかえって冷静になれた。
そして、それは今回も同じだった。
女神の力は、とてもではないがジョシュ一人の手に負えるものではなかった。
しかしこの懐かしい泣き方が、ジョシュに平静を保たせていた。
「こうなるとしばらくこのままだからなあ・・・。今のうちに師匠達を助けるか。」
泣き喚く女神に踵を返し、振り向いて言った。
「レイン・・・すぐに助けてやるからな。」
体内で活泉の気を練り、まずは血を流して倒れているククリの方へ向かって行った。

マーシャル・アクター 第十二話 魔導大師マリオン

  • 2014.01.13 Monday
  • 18:53
〜『魔導大師マリオン』〜

フレイ、ククリのタッグチームとマリオン。
そしてジョシュとヨシムラ。
それぞれの間に、戦いの先を取らんとする激しい気のせめぎ合いが起きていた。
「どうした、好戦的なお前らしくもない。早くかかってきたらどうだ?」
マリオンがフレイを挑発する。
「ぬかせ、貴様相手にうかつに飛び込めるか。」
「そうですよ、あなたは相手の裏をかく達人ですからね。
地雷があると分かっている場所をわざと踏みに行く輩はいません。」
二人の慎重な態度を見てマリオンは笑った。
「大きな口を叩いていたわりには消極的だな・・・。
いいだろう・・・こちらから攻めやる・・・。」
マリオンが人差し指を立て、魔力を集中させると灼熱の炎がたちあがった。
もう片方の指にも魔力を集中させ、巨大な氷塊を生み出す。
「まずは小手調べだ・・・。」
二本の指をふっと軽く吹くと、炎は虎に、氷塊は鷲に変わって飛びかかって来た。
「これしきッ!」
氷の鷲を横一閃に斬り払い、その回転を利用して後ろ回し蹴りを放つフレイ。
バキンッ!と氷の砕ける音がして鷲は崩れ落ちた。
しかし崩れ落ちたその場が一瞬にして凍り、フレイは膝の下まで氷で固められてしまった。
「チィッ!」
すかさずマリオンが稲妻を放ち、動きを止められたフレイに追撃を加えた。
「うおおおおおッ!」
オーラを纏った腕を交差させて防御したものの、稲妻は確実にフレイにダメージを与えていた。
「く・・・ッ。やはり強いな・・・。」
ククリも炎の虎の猛攻を冷却魔法で防御していた。
「ふんッ!」
杖の先から吹雪を放ち、虎の動きを止める。
「消えろッ!」
印を結んで氷柱の槍を作り出し、虎に向けて撃ち出した。
「グオオオオオオンッ!」
虎は雄叫びを上げて苦しみ、消滅する寸前に最後のあがきとばかりに爆炎を放った。
灼熱の爆風がククリに襲いかかる。
「まずい!」
自分の体を氷で覆い、火炎は防いだが風圧で吹き飛ばされてしまった。
「痛たた・・・。まったく、よく詠唱を必要とせずにこんな強力な魔法を撃てるな・・・。」
膝をつく二人を見下ろしてマリオンは口元を笑わせている。
「どうした・・・。こんな小手調べで参ったわけではあるまい・・・。」
フレイとククリはゆっくりと立ち上がり、服の汚れをはらった。
「やれやれ・・・前に闘った時とは段違いの力だな。」
「ですね。僕達の知るマリオンのイメージは捨てた方がよさそうだ。」
「ふふふ、ごたくを並べていないでさっさと来い・・・。」
マリオンは手を持ち上げて挑発する。
「ククリ!無駄に長引かせると何が出てくるか分からん。ここで決めるぞッ!」
「ええ、最大の攻撃をもって当たりましょう。」
二人が奥義の構えに入った。
「ふふふ・・・受けて立ってやるぞ。・・・来い!」
フレイ達が戦う少し離れた場所で、ジョシュはヨシムラと睨み合っていた。
「どうしたよ科学者さん?ビビって足が出ないか?」
手を招いて挑発するジョシュ。ヨシムラは剣を向けて余裕の笑みで返した。
「それはあなたの方でしょう。剣の無い剣士など無力に等しいですからな。」
「ほざけ。学者が剣をまともに扱えるかっての。お前なんざ素手で十分だ!」
ジョシュは床を蹴って飛びかかった。右の正拳がヨシムラの顔めがけて放たれる。
「ふん、この程度!」
剣で斬り払おうとするヨシムラだったが、ジョシュの拳は寸前で止まった。
「ばーか、フェイントだっての。」
体を沈ませて、ジョシュはヨシムラの顎に回転蹴りを放った。
「ぐう・・・!」
後退するヨシムラにジョシュの追撃が襲いかかる。
「おらああああ!」
鮮やかなコンビネーションブローがヒットし、身体を曲げたヨシムラにアッパー気味の掌底が決まった。
「ぐぼあッ!」
ヨシムラの体が宙に舞い、握っていた剣が弧を描いて飛んで行く。
音を立てて床に落ち、顎を押さえて憎しみの目を向けてきた。
「はあはあ・・・おのれえええ。この野蛮人めえ・・・。」
よろめきながら立ち上がると、目の前に剣を構えたジョシュが立っていた。
「う・・・。」
息を飲んでヨシムラは後ずさる。
「俺の剣、返してもらったぜ。」
「・・・・・・。」
ヨシムラは震えながら後退し、やがて壁にぶつかって立ち竦んだ。
「な、なぜだ・・・。さっきは圧倒できたのに・・・。」
ジョシュは「ふふん」と鼻を持ち上げて笑う。
「あの時は前をナメてたからだ。
最初からある程度やるってわかってたら、あんな失態は犯さねえよ。」
ジョシュの眼光ヨシムラを射抜き、剣が首に当てられる。
「ま、待ってくれ!」
慌てて膝をつき、ヨシムラは膝をたたんで土下座した。
「私もシーナ君と一緒でマリオンに逆らえないんだ!」
「なにい・・・。」
ヨシムラは顔を上げて救いの目を向ける。
「わ、私もホムンクルスなんだ・・・本物のヨシムラ博士はとうに殺されている。
グリムという魔導士がやったんだ!もちろんマリオンの命令でな。」
「・・・グリム・・・またあの野郎か・・・。」
剣を握るジョシュの手に力が入る。
「私は彼の死体を元に生み出されたただのホムンクルスだ。
マリオンはヨシムラ博士の頭脳だけを欲していたからな・・・。
私は好きで悪さをしたわけじゃない、全てはマリオンの命令なんだ。
だから頼む!殺さないでくれ!ひどい事をしたのは謝る・・・。
だから、だからどうか許してくれ!この通りだ!」
ヨシムラのホムンクルスは手を持ち上げて祈るように懇願する。
ガチガチと震える彼を見て、ジョシュは構えていた剣を下ろした。
「はあ・・・。んなこと言われたら何も出来ねえじゃんか・・・。」
ヨシムラが顔を上げてジョシュを見る。
「じゃ、じゃあ・・・。」
「・・・いいよ、もう。ホムンクルスは生みの親には逆らえないんだろ?
だったら仕方ねえじゃねえか。」
「ああ・・・ああああ。・・・ありがとう、ありがとう!」
祈りのポーズをとったままヨシムラは何度も頭を下げた。
「お前のことをどうするかは師匠やククリさんと相談して決めるよ。
それまでそこで大人しくしてるんだな。」
「も、もちろんだ!大人しくここで座っている。」
短く鼻で息を吐いて、ジョシュはフレイ達の方を振り返った。
「おわあ!すげえ戦いだなこりゃ・・・。
俺が加勢するとかえって足手まといかなあ・・・。」
巨大な力を放って隙を窺う三人を見て、ジョシュは心底感心した。
「あのマリオンってのただ者じゃねえなあ・・・。」
「・・・・・・・・。」
「うん、やっぱここで大人しく見てるか!」
剣を足元に置き、ジョシュはどかっと腰を下ろした。
「・・・・・・・・・・・・。」
完全に力を抜き、三人の戦いを見守るジョシュ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
ガキィンッ!という鋭い音が突然響いた。
そしてジョシュの座っていた場所にヨシムラの鉤爪が突き刺さっていた。
「な、消えたッ!」
鉤爪を引き抜き、焦った顔で辺りを見回すヨシムラ。
「クソッ!どこだ!」
そう言って後ろを向いた瞬間、鉤爪は手首から斬り落とされていた。
「・・・・・ッ!な、何だッ?」
パニックを起こすヨシムラの首に、背後からジョシュの剣が当てられた。
「やっぱりクズだな、てめえは・・・。」
ジョシュは怒ったように、そして呆れたように呟く。
「い、いや・・・違うんだこれは・・・。」
ヨシムラの額を冷や汗が流れ落ちた。
「ん、何が違うんだ?」
ジョシュは惚けた顔で尋ねる。
「こ、これもマリオンの命令なんだ!あいつが私の脳に念を送ってきて・・・。
そ、それで君を殺せと言ったんだ!ほんとだよ、信じてくれ!」
「ほう、そうかい・・・。」
必死に訴えるヨシムラに、ジョシュはマリオンの方を指差した。
「あのマリオンって奴、あいつの気は完全に師匠とククリさんに向けられてる。
当然だよな、あの二人相手によそ見してたら一瞬でやられる。
だからさ、こっちに意識を向ける余裕なんてないんだよ・・・。分かる?
まあ素人のお前には気の流れなんて分かんねえか。」
「う・・・ぐ・・・ッ。」
ヨシムラの顔が泣き笑いの表情でだらだらと冷や汗を流し、唇を震わせて俯いた。
「あ、あ、今のは間違いで・・・、そうだ!プログラムされているんだよ!
わ、私の身体はきっと、敵を目の前にすると自動的に闘うプログラムが組み込まれているんだ!そうに違いない!く、くそう・・・マリオンの奴めえ・・・・ッ!」
首に当てられている剣に力が入っていくのを感じ、ヨシムラは怯えた目でジョシュを見上げる。
「まったくよお・・・。よく次から次へとそんな嘘を思いつくなあ・・・。」
「う、嘘じゃない!本当なんだ!信じてく・・・、」
ジョシュの眼光が殺気を増し、ヨシムラはその迫力に気圧されて黙りこむ。
「うるせえよ、お前の屁理屈はもう聞き飽きた。続きはあの世でやってくれ。」
「・・・・・うぐ・・・ぐおおおおおおおッ!」
ヨシムラは雄叫びを上げて鉤爪を振りかざし、ジョシュに襲いかかった。
しかし次の瞬間、ジョシュの剣が音も無く彼の首を斬り落としていた。
ゴロゴロと床を転がって行く頭と、その場に崩れ落ちる胴体。
シーナの時と同様に、ヨシムラは乾いた砂となってさらさらと崩れ去っていった。
剣についた血を払い、ジョシュは砂となったヨシムラを見下ろす。
「向こうに行ったらシーナに伝言頼むわ、生まれ変わったらまた友達になろうってな。
・・・ていうか会うわけねえか。お前は確実に地獄行きだもんな。」
砂となったヨシムラを一瞥して、ジョシュはフレイ達の方に目をやった。
「くそ・・・!やっぱ生身じゃこの戦いには参戦出来ねえな・・・。
マーシャル・スーツさえ発動すりゃあ助太刀出来るのに。
・・・・・そういやマリオンが言ってたマーシャル・アクターって何なんだ?
俺はまだ未熟だとかなんとか言ってたけど、こいつを操るには俺にはまだ足りない何かがあるってことなのか・・・?」
しばらく考え込むジョシュだったが、すぐに表情を切り替えて顔を上げた。
「いや、今はそんなことより大事なことがあるじゃねえか。」
そう言って顔を上げ、女神像の方に駆けて行った。

           *

マリオン、フレイ、ククリの三人の間には巨大な気がぶつかり合って大きな渦が出来ていた。
いつでも奥義を撃てるフレイとククリだったが、マリオンの気が二人に牽制をかけていた。
「どうした・・・、見合っていないでさっさと来い・・・。」
迂闊に攻撃すればカウンターを喰らうことは必至で、フレイはなんとか隙を見つけ出そうと気の流れを窺っていた。
しかしマリオンの気に死角はなく、フレイはククリに目配せをした。
ククリは小さく頷き、杖の先をマリオンに向ける。
紫の炎が杖の周りに燃え上がり、地面を伝ってマリオンの足元へと伸びて行った。
「ふん、この程度の呪術で何をするつもりだ?」
マリオンは指先から光を放ち、いとも簡単に紫の炎を消し去った。
しかし背後に殺気を感じて振り返ると、東洋の呪術文字が浮かび上がり、強力な邪気を発していた。
ククリは印を結んで呪術を唱え、魔力を込めて杖を振り上げた。
「なんと・・・!」
マリオンの背後から棍棒を握った巨大な鬼が現れた。
「なるほど・・・さっきのは囮か・・・。」
鬼の金棒を片手で受け止めると、心臓に指をつき刺して一瞬のうちに燃やし尽くしてしまった。
「ふん、この程度の召喚術で何をしようというのだ?これならまだシーナの方が・・・・。」
そう言いかけた次の瞬間、フレイの剣がマリオンの首元まで迫っていた。
「見え見えだな・・・。」
余裕の笑みでフレイの剣も片手を受け止めると、そのまま電撃を放った。
「ぐおおおおおおッ!」
マリオンの電撃を受けて床に崩れ落ちるフレイ。
しかし頭上からククリの魔力を感じ、もう片方の手で念動力のシールドを張った。
「うおおおおおッ!」
ククリは渾身の力で杖を突き刺し、魔力を集中させてシールドを貫いた。
「ふふ・・・残念。ここまで届いていないぞ・・・。」
額の寸前で止まった杖を指で弾き、マリオンはニヤリと笑う。
「いや、先だけ突き刺されば十分だ!」
するとククリの杖の先に渦巻く穴が出現し、怨霊が溢れてきてマリオンの体に纏わりついた。
「なめているのか?こんな雑魚でなにが出来る・・・?」
「一瞬でも隙が出来ればそれでいいッ!」
オーラを放って電撃を吹き飛ばし、フレイが素早く立ち上がって斬り込んだ。
「なめるな!」
目を光らせて衝撃波を放とうとするマリオン。しかしククリがそれを許さなかった。
「させるか!」
ククリの杖から瘴気が溢れてマリオンの力を吸い取っていく。
「殺ったッ!」
フレイの剣はマリオンを頭から斬り下ろし、彼女の身体を真っ二つに切り裂いていた。
「・・・・・ぐッ!」
身体を裂かれてもなお生きているマリオンは、傷口から白い糸を伸ばして再生しようとする。
「させるか!」
フレイが身を低くして剣を構える。
「ゆくぞククリ!」
「ええ、これで終わりです!」
ククリの杖から放たれた吹雪が、瞬く間にマリオンの身体を凍らせていく。
すかさずフレイがVの字を描いて剣を振った。
「くらえい!飛燕の太刀ッ!」
湾曲した剣閃が走り、凍ったマリオンの身体が切り裂かれる。
四つに分断されたマリオンが、氷の塊となって床に崩れ落ちていく。
「これはおまけですよ!」
ククリは杖を回転させて空間を歪ませ、亜空間へと繋がる歪みの中へマリオンの身体を吸い込ませた。
フレイは剣を構え直してマリオンの気を窺う。
「・・・・、ふむ。奴の気は完全に消えたな。終わりだ。」
そう言って剣を収めて安堵の表情を見せる。
「ふう・・・見事に連携が決まってよかったですね。
あそこまでやれば復活することはないでしょう。」
二人は顔を見合わせて頷いた。
「さて、小僧はどうなったか・・・。まさかあの程度の雑魚にはやられんだろうが。」
フレイは部屋を見渡して呟く。
「彼なら心配ないですよ。あなたが直々に鍛えたんですから。」
ククリは踵を返し、悲しみの表情でシーナの元へ向かった。
「シーナ・・・。」
砂になった彼女を手に取り、悲しみの目を向けるククリ。
「僕はまた、大切な者を守れなかったな・・・。
情けないにもほどがあるよ・・・まったく・・・。」
ククリの手からさらさらと砂がこぼれ落ちていく。
「ククリ、お前も弟子を失ってしまうとは・・・・・。」
ククリの後ろに立ち、フレイは哀悼の意を捧げて黙祷した。
そんなフレイを見てククリは目を見開いて驚き、震える声で尋ねた。
「僕も?まさか六部衆は・・・・・。」
「死んだよ、全員な。そしてかつての弟子もこの手にかけてしまった・・・。
剣聖などと呼ばれているが・・・・情けない師であるのは俺も一緒だ・・・。」
「・・・・・・。」
しばらくの沈黙のあと、フレイは顔を上げた。
「だが今は感傷に浸っている時ではない・・・。これ以上弟子を失わなない為にもな。
あの小僧の妹はここにいるはずだ。なんとしても無事に救い出さねば。」
惜しむように握った砂を落とし、ククリは何も無くなった手の中をじっと見つめた。
「そうですね。あの子も僕の大切な弟子・・・いや、家族だ・・・。」
フレイは頷き、ジョシュの名を呼んだ。
「小僧ッ!どこだッ?あんな雑魚にやられたなど許さんぞ!返事をしろッ!」
フレイの声が反響し、それに被せるようにジョシュの声が返ってきた。
「ここ、ここ、ここっすよ!」
二人が声の方に目をやると、ジョシュは女神像の胸元にいた。
「この像の胸元にレインがいるんです!でも身体が半分埋まってて・・・。」
「そうか!すぐに行くから待っていろ!」
颯爽と駆け出し、フレイは巨大な女神像の胸元まで一足で飛び上がった。
「レイン・・・君はいつか自分の中にある孤独が怖いと言っていたね。
けど大丈夫さ。僕も、あの二人も君を一人になんかさせやしない。」
何とかレインを助けようとする二人を見て、ククリは濡れる目尻を拭った。
「これは力でどうにかなるものではないな・・・。」
埋め込まれたレインの身体を見てフレイは言った。
「そうっすね・・・何か魔法的な処理がしてある感じもするし・・・。」
「ふむ・・・・・。無理は控えるべきか・・・。」
フレイは立ち上がり、佇むククリを怒鳴りつけた。
「ククリッ!いつまでそんな顔をしているッ!さっさと手を貸せ!」
フレイの呼び掛けに顔を上げ、ククリは小さく笑って頷いた。
「ええ、今いきます。」
そしてレインの元に駆け出そうとした時、誰かがククリの袖を引っ張った。
「ッ?」
身構えて振り向くククリだったが、目の前に立つ人物を見て思わず息を飲んだ。
「シーナ・・・・・。」
そこには砂となって崩れ落ちたはずのシーナが立っていた。
「先生・・・私・・・。」
真っすぐにククリを見つめ、シーナは杖を握る手にぎゅっと力を入れた。
気が付けばククリは彼女を抱きしめていた。
「シーナ・・・どうして・・・?いや、そんなことことより・・・すまない・・・。
さぞ怖かったろうに・・・。守ってやれなくて・・・ほんとうにすまない・・・。」
「先生・・・。」
シーナはククリの背中に手を回して強く抱きついた。
「マリオン大使が・・・生き返らせてくれたみたいです・・・。
なぜだかわからないけど・・・でも・・・また先生に会えてよかった・・・。」
「シーナ・・・大丈夫だ・・・。もう二度とこんな目に遭わせたりしない・・・。
僕が必ず守ってやる!愛しい弟子をこれ以上誰にも傷付けさせやしない!。」
死神の目からこぼれる涙が、震えるシーナの肩を濡らしていった。
ジョシュとフレイはそんなことも知らずに、レインを助けようと悪戦苦闘していた。
「くそう・・・。やっぱオーラの力じゃ無理か・・・。」
「だな・・・。お前の言う通り魔法的な力が加わっているのだろう・・・・。
ククリの馬鹿はいつまで感傷に浸っているつもりだ?自分の弟子のことであろうに。」
フレイは焦れながらククリに呼びかけようと立ち上がった。
「おいククリ!いつまでしょげて・・・・・・ッ!」
目を見開いて固まったフレイを見て、ジョシュも立ち上がった。
「そんな・・・馬鹿な・・・。」
「どうしたんすか?」
ジョシュはフレイの視線の先を追った。
「ッ!」
二人は絶句して立ち尽くした。そこには血を流して倒れているククリがいた。
事態が把握出来ずにしばらく固まっていたが、やがて弾かれたようにジョシュが飛びだした。
「ククリさんッ!」
「待てッ!」
フレイが腕を掴んで引き止める。
「俺が行く・・・。お前は妹を見ていろッ!」
フレイは剣に手をかけて飛び上がった。
次の瞬間、雷鳴を響かせて稲妻が走り、フレイは煙を上げながら床に落ちていった。
「師匠ッ!」
ジョシュは剣を掴んで飛び出そうとしたが、背後に異様な気を感じて振り返った。
そして自分の目に飛び込んできたものを疑い、まばたきをして立ち竦んだ。
「な・・・なんで?どういうことだ・・・?」
女神像の頭の上にシーナが立っていた。
一瞬パニックになり、ジョシュは言葉が出て来なかった。
しかしすぐに彼女の纏う気に違和感を覚えて剣を構えた。
「・・・お前。シーナじゃねえな・・・。」
「ふふふ、鋭いじゃないか。ククリよりよほど見込みがあるかもしれんな・・・。」
シーナは不敵な笑みでジョシュに杖を向けた。
「・・・マリオンか?」
「ふむ、とっさに私の名前が出てくるか。さすがはフレイの弟子よな。」
ジョシュは倒れるククリに目をやった。
「ククリさんをやったのはお前か・・・?」
「ああ・・・。シーナの姿を見たら飛びついてきた・・・。
気を探ればすぐに私とわかったものを・・・相変わらず甘い奴よ・・・。」
「てめえ!シーナの身体を利用して騙し討ちしたのか!」
その言葉にマリオンは可笑しそうに笑い、胸に手を当てた。
「そうだ。このマリオンにとって肉体の死など関係ない・・・。
魂さえ無事なら何度でも蘇ってくるさ・・・。」
「・・・ゾンビもびっくりの化け物だな・・・。」
マリオンはジョシュの目の前に飛び下り、すぐ傍まで歩いていった。
「どうした?お前の剣の間合いだぞ。斬らんのか?」
無防備に手を広げて挑発するマリオン。ジョシュは剣を構え直して睨みつけた。
「望み通りやってやらあッ!」
首にめがけて剣を振り下ろすジョシュだったが、突然その動きが止まり、剣を握る手が震えていた。
「どうした?斬れ。」
「う・・・・・ぐ・・・・ッ。」
歯を食いしばって力を入れるが、これ以上剣を振り下ろすことを身体が拒否していた。
「シーナの身体は斬れんか・・・?」
マリオンが挑発的な顔で言う。
ジョシュの剣はカタカタと震えるばかりで、一ミリも動かすことが出来なかった。
「やはりまだ子供よな・・・。そのような甘さでは、例えマーシャル・スーツを発動させても私に勝ち目はないぞ!」
人差し指をジョシュの額に突きつけ、マリオンはニヤリと笑った。
指先から衝撃波が放たれ、ジョシュの身体は吹き飛ばされて壁に激突し、糸の切れた人形のように床に落ちていった。
マリオンは眼下に倒れる三人を無表情で眺めていた。
そして興味を失くしたように背を向け、レインの元に膝を下ろした。
「ふふふ、皆お前には手が届かなかったようだ・・・。愛する兄も、その兄の師も、そして恩あるお前の師も・・・。しかしこれは残念なことではない・・・。
お前はすぐに訪れる新時代の神となるのだから・・・。
私はその手足となって働いたに過ぎない・・・。
お前が神として目覚めた暁には、この私さえ不要なのだ・・・。」
マリオンの言葉を聞き、閉じたレインの目から涙が一筋こぼれ落ちた。
「悲しむことはないぞ。お前の愛する兄の魂はその身体の中に住まわせてやる・・・。
永遠に一緒にいられるのだ・・・喜べ・・・。」
マリオンは立ち上がり、女神像の上で両手を広げた。
「これより全てが変わるのだ!世の理も、人の在り方も、そして魔導の意義も。
この世界そのものが新しく生まれ変わるのだ!
科学、武術、現代の脆弱な魔法。
その全てが必要ない!
真なる力が世界を満たし、この宇宙の真理を体現する一端となる!
魔導とは、真なるものを求め、導く奥義なり!」
傷つき倒れた戦士達の背中に、虚しくマリオンの声が降り注いでいた。

マーシャル・アクター 第十一話 シーナの秘密

  • 2014.01.13 Monday
  • 18:49
〜『シーナの秘密』〜

「あの二人が簡単にやられることはないだろうけど、やっぱ心配だな。」
通路を進みながらジョシュは不安そうに言った。
「大丈夫ですよ。剣聖さんもククリ先生もすごく強いですから。
相手がマリオン大師でもない限りひけはとりませんよ。」
二コリと笑ってシーナが言葉を返す。
「だよな・・・どっちかつうと俺達の方が心配されてんだろうな。」
「そうですね。この先にはマリオン大師以外にどんな敵が待ち構えているか分からないですから。」
腰の剣に手を当てながら、ジョシュは常に敵の気配を探っていた。
「そういえばさ、シーナっていつからククリさんの弟子やってんの?」
何気ない質問だったが、シーナは一瞬だけ暗い顔を見せた。
しかしすぐに笑顔に戻って答える。
「二年くらい前からです。もともとセイント・パラスの魔導士だったんですけど、出来が悪くて追い出されちゃって。それを拾ってくれたのがククリ先生なんです。」
「ふーん、けどククリさんはシーナのことベタ褒めだったじゃん。
それにあの召喚術を見せられたら出来が悪いなんて言えないと思うけどなあ。」
顎に手を当てて考えるジョシュに、シーナは慌てて付け加えた。
「ああ!その・・・、私があんなに魔法を使えるようになったのはククリ先生の指導のおかげなんです。それまでは本当にダメな子で・・・。」
「ははは、自分でダメな子って。」
可笑しそうに笑ってジョシュはシーナの肩を叩いた。
「でもその気持ちは分かるぜ。俺も昔は何にも出来ない弱虫でさ。
ずっとレインに助けてもらってたんだ。俺兄貴なのにだぜ。
そんな俺を見かねて父さんが武術連盟にやったんだ。
けどレインの奴は俺とは対照的に昔からすごくてよ、周りから神童って呼ばれてさ。
双子なもんだからよく比較されて、あん時は辛かったなあ・・・。」
「へえ、ジョシュ君にもそんな時があったんですか?」
意外そうな顔でシーナが見つめた。
「私・・・もっとジョシュ君のことが知りたいです・・・。」
俯き加減で目を逸らしてシーナが呟く。
「ん?何か言った?」
キョトンとした顔で振り向くジョシュに、シーナは慌てて手を振った。
「い、いえ!何でもありません・・・。」
「ふーん、でも言いたいことがあるならはっきり言えよ。俺達はもう仲間なんだから。」
「・・・・・はい。」
シーナは杖を強く握りしめて顔を逸らした。
しばらく会話が途切れ、二人は周りを警戒しながら先へ進んだ。
「ッ!」
何かの気配を感じてジョシュは足を止めた。
「気をつけろシーナ。誰かいるぞ。」
そう言ってジョシュは剣を構えた。
通路の先から気配が近づき、ジョシュは身を固くした。
気配がシルエットとなって姿を現し、さらに近づいて来て二人の前で立ち止まった。
「やあやあ、魔導協会の本部へようこそ。ジョシュ・ハート君。」
白衣を着た白髪の科学者が手を広げて言った。
長い口髭を触り、大きな眼鏡を指でクイっと持ち上げて二コリと笑う。
「・・・誰だてめえ?何で俺の名前を知ってる?」
剣を前に突き出し、威圧的な口調でジョシュがすごむ。
「ああ、申し訳無い。私は次世代文明管理会の議長を務めているヨシムラという者だ。
あまりメディアには出ないので顔は知られていないことが多くてね。」
キザな口調で肩を竦めてみせ、人を小馬鹿にしたような顔でヨシムラは笑った。
「・・・そうか。で、なんで俺のことを知ってんだ?」
「さあね、どうしてだと思う?」
眼鏡のブリッジに手を当て、横を向くヨシムラ。
ジョシュはヨシムラに得体のしれない危うさを感じていた。
「シーナ、気をつけろよ。こいつ多分ただの科学者じゃねえ。」
「・・・・・・。」
ヨシムラはジョシュに向き直り、不敵な笑みを浮かべた。
「うむ。武術家のわりには察しがいい。外にいた連中とは一味違うようだね。」
「外にいた連中・・・・って。マオさん達のことか?」
「ああ、そんな名前だったかな。六部衆ということは知っているんだがね。」
ポケットに手を突っ込み、興味も無さそうに言った。
「・・・お前・・・。もしかして六部衆に何かしたのか?」
ジョシュは一歩前に出て剣を八相に構えた。
「ううん・・私は何もしていないが、かつての六部衆の仲間がねえ・・・。
まあなんというか、少し奴らを実験台にね・・・。」
思い出し笑いで声を上げるヨシムラに、ジョシュがくってっかかる。
「実験台だと・・・、いったい何をしやがった!」
「まあまあそんなに怒らずに。かつての奴らの仲間であるグエン老子が、挑発に乗って挑みかかってきた六部衆を軽くミンチにしただけさ。」
「ミ、ミンチだと・・・・・、まさか・・・。」
顔を傾げて口元を笑わせ、小さな子供をあやすようにヨシムラは言う。
「死んだよ、全員ね。それもかなり惨たらしい死に方だ。
いくら六部衆とはいえ、相手がマーシャル・スーツでは赤子同然だった。
奴らの技は何一つ通用せず、ただ一方的にやられていったよ。
ある者は頭をもぎ取られ、ある者は胴を踏み潰され、ある者は目玉をくり抜かれ、最終的には皆挽き肉された。
ああ、あのマオ君だっけ?六部衆のリーダーの。
彼女だけは頭は綺麗な状態で持って行ったみたいだね。
かつての恋人に情でも湧いたねえ?
まあどっちにしろ、凄惨な殺され方だったよ。
おかげでこちらとしてはマーシャル・スーツの有益なデータが取れてよかったんだけど。」
簡単な用事でも報告するかのようなヨシムラの口調に、ジョシュは怒りで我を忘れそうになる。
「て、てめえ・・・、なんてことを・・・・・。」
犬歯を剥きだして身を震わせるジョシュを、ヨシムラは「まあまあ」と宥めた。
「私がやったんじゃないんだよ。グエン老子がやったんだ。
それにね、私はもっと引っ掛かる言葉を私は言ったはずだよ。
マーシャル・スーツという単語をね。どうしてそれに反応しないかな?
あんなカス共の死に方などどうでもいいだろう。」
「てめええええええッ!許さねえッ!」
気が付けばジョシュは飛びかかっていた。
疾風のような動きで間合いに入り、ヨシムラの頭をめがけて剣を振り下ろす。
しかし彼の頭を割るはずだった剣は、額の手前でピタリと止まっていた。
「な・・・・・ッ!」
「ふふふ、ひ弱な科学者の頭を割るなんて簡単だと思ったのかな?」
ジョシュの剣はヨシムラにしっかりと握られていた。
「バカな!素手で俺の剣を止めるなんて・・・。」
引いても押してもビクともせず、ヨシムラは余裕の笑みでボディブローを叩きこんだ。
「がは・・・ッ!」
「おや、こんなひ弱な老人のパンチで膝をつくなんて・・・、最近の若者は随分と情けないな。」
「てめえ・・・、やっぱりただの科学者じゃねえな・・・。」
しゃがんだ体勢から飛び上がって頭突きを入れ、顔を蹴り上げて剣を引き抜いた。
シーナの所まで下がったジョシュは剣を構え直して言った。
「シーナ!どういうカラクリかわかんねえけどコイツ強えぞ。援護してくれ!」
「・・・・・。」
何も言わずにシーナは杖を振りかざし、岩石の精霊を召喚した。
「よし!俺がなんとかあいつの動きを止める。その隙にその岩のデカブツでトドメを刺してくれ。」
膝を屈め、飛びかかる体勢を作ってジョシュは叫んだ。
「行くぜ!・・・・ッ!」
床を蹴って飛び出そうとしたジョシュだったが、突然何かに身体を掴まれて持ち上げられた。
岩石の精霊が大きな手でジョシュを握り、彼の動きを封じ込めている
「お、おい!何やってんだよ!俺を捕まえてどうするんだッ?」
杖を振り上げ、シーナは精霊の言葉を囁いて岩石の精霊に指示を出した。
「うわああああッ!」
巨大な岩の手がジョシュの体を締め上げる。
「ふふふ、残念でしたね。こんなに近くに敵がいたなんて。」
眼鏡を持ち上げながらヨシムラが近づいて来る。
「な、何言ってんだ・・・、おい、シーナ!こいつを離せ!お前もやられちまうぞ・・・。」
必死に叫ぶジョシュの言葉を、シーナは顔を背けて無視した。
「やれやれ、何と言う鈍さだ・・・。」
ジョシュの前に立ち、肩をすくめて呆れた顔を見せるヨシムラ。
「やはり武術家というのは脳みそまで筋肉のようだ。私はお前達のような野蛮人が嫌いでね。本当なら今すぐ殺してしまいたいが・・・、生憎君の肉体には興味がある。」
「お、俺の肉体・・・?」
「ああ、マーシャル・スーツのことだよ。あのククリという魔導士が造り出したね。
きっと我々が造り上げた物とは色々と異なる性能を持っているはずだ。
私が興味があるのはそれだけですよ。」
ジタバタともがきながら、ジョシュは鋭い視線でヨシムラを睨みつけた。
「そういやさっきもマーシャル・スーツがどうとか言ってたな・・・。
お前らの組織も同じもの造ってんのかよ?」
「ええ、正確には魔導協会との合作ですがね。君達の所と同じですよ。」
「俺達と同じって・・・、まさか!お前らマリオンとかいう奴と手を組んでるんじゃ・・・。」
「ははは」と鼻で笑い、ヨシムラは眼鏡を押し上げた。
「今頃気付いたんですか?私がこんな所にいる時点でそのくらい推測できるでしょ。」
ヨシムラの手がジョシュの首を鷲掴みにする。
「シーナさん、暴れると困りますからしっかりと押さえつけといて下さいよ。」
「・・・・・・。」
ジョシュは首をよじってシーナを振り返った。
「シーナ・・・どうしたんだよ?なんでこいつがお前に命令してんだ・・・?
俯いてないで何か言ってくれよ!」
「・・・・・。」
ジョシュに体を背け、シーナは細い肩を震わせていた。
「ごちゃごちゃと五月蠅い奴だ。さっさと眠るがいい。」
ヨシムラの手から電流が放たれる。
「ぐわあああああああッ!」
力任せに暴れ回るジョシュだったが、岩石の精霊にしっかりと握られ、ヨシムラの手から逃れることは出来なかった。
「うわああああああッ!」
薄れゆく意識の中で、ジョシュはシーナの涙交じりの呟きを聞いた。
「・・・ごめんね・・・ジョシュ君・・・。」

           *

誰かの話声が聞こえる。近くに誰かの気配を感じる。俺の身体に誰かが触れている。
ぼんやりとした意識の中でジョシュは感じていた。
いったい誰が何を喋っているのか分からないが、確実によくない状況であることは理解していた。
《クソ!あれからいったいどうなったんだ・・・?身体もまったく動かないし・・・。
何かで固定されてんのか?それにシーナのあの言葉・・・。
分からねえことだらけだぜ。》
そこでハッと気が付いてジョシュはマーシャル・スーツに呼びかけた。
《おい!出て来いよ!この状況をなんとかしてくれ。》
だがマーシャル・スーツの人格からは何の返事も返ってこなかった。
何度も呼びかけるがやはり返事はなく、コアにオーラを送ってみても発動しなかった。
《チクショウッ!どうなってんだ?》
心の中で悪態をつくジョシュであったが、何かの物音が聞こえて神経を集中させた。
耳を澄ましていると、コツコツと床を鳴らして近寄ってくる足音に気づいた。
少しずつ意識を取り戻していったジョシュは、ゆっくりと目を開いてみた。
ジョシュの目に濃い紫の髪を束ねた女の顔が飛び込んできた。
「お目覚めか・・・。気分はどうだ、ジョシュ・ハート君?」
「だ、誰だ・・・、お前は・・・?」
その女は白地に紫の線が二本入った細身の法衣を纏い、紋章の入った大きな羽衣を羽織り、そして左の頬には古代文字の刺青、額には法具と思われる金色の鉢がねを巻いていた。
女は二コリと笑ってジョシュの顔に手を当てて答えた。
「私はマリオンという者だ。魔導協会の会長を務めている。」
「ッ!・・・てめえが・・・マリオン・・・。」
身体を起こそうとしたがまったく身動きがとれなかった。
何かに締め付けられる感覚があり、目を向けてみると台座の上に金属のベルトで縛りつけられていた。
「ぐッ!おい、これを外しやがれ!」
暴れるジョシュを細い目で見つめ、両手で頭を抱きかかえてマリオンは顔を近づけた。
「そう興奮するな。私はお前に会いたかったのだぞ。」
愛しい者を愛撫するようにジョシュの顔を撫でまわし、長い前髪を垂らしてじっと見つめるマリオン。
「なんなんだお前は・・・、頭がイカれてんのか?」
「ああ、とっくの昔にな。」
マリオンは上体を起こし、背後にある巨大な石像を指差した。
「あそこを見ろ。お前の最も大切な人間がいるぞ。」
「俺の最も大切な・・・ッ!まさかレインがッ?」
ジョシュはマリオンの指差す石像に目をやり、じっくりと見回した。
女神を象ったその石像はいくつもの太いパイプが繋がれていて、それは魔法陣の描かれた巨大な扉へと続いていた。
冷酷さと残忍さを感じさせる表情、天使のような翼、体に巻き付く細い羽衣、両腕は自分の体を抱きしめていて、その目は遠い空を見上げているようだった。
そしてその女神像の胸元に、同じ格好で埋め込まれている人物に気づいた。
「レインッ!」
固定された体をバタバタと暴れさせて、ジョシュは何度もその名を叫ぶ。
「チクショオオオオーッ!外せこの野郎ッ!レイイイイィィンッ!」
金属のベルトが食い込んでジョシュの腕から血が流れる。
「ふふふ、威勢がいいですな。」
ヨシムラが可笑しそうに笑う。
「てめえ!何が可笑しいッ?それにシーナはどうしたッ?
まさかあの子にも何かしたんじゃねえだろうなッ!」
眼鏡を外してハンカチで拭き、口元だけを笑わせてヨシムラは答えた。
「何を言ってるんです?何かされたのは君の方でしょう。
心配せずとも彼女ならそこにいますよ。」
顎でしゃくって石像の足元を示すヨシムラ。
ジョシュが目をやると、シーナは石像の女神に両手をかざして魔力を注いでいた。
「シーナ!」
名前を呼ばれるとシーナはビクっと身を震わせた。
「大丈夫か?何もされていないか?
きっとすぐに師匠とククリさんが助けに来てくれる!
俺だってこんなもんくらい!ウオオオオオオッ!」
「ははは、無駄だよ。君程度の力じゃそれはどうにもならないさ。」
歯を食いしばって力を入れたせいで、ジョシュの腕からはさらに血が流れた。
「シーナ!俺は分かってる!お前はやりたくてこんなことしてんじゃないよな。
何かこいつらに弱みでも握られてるんだろ?じゃなきゃお前がこんなことするはずねえ!
もし本当に悪い奴ならククリさんが弟子に取ったりするもんか!
師匠だって、悪人ならすぐに見破ってぶん殴ってるはずだ!
それにな、俺だって短い時間だけど一緒にいて、お前とはきっと良い友達になれると感じた!俺は昔よく苛められたから性根の悪い奴はすぐ分かるんだ。
お前はそんな奴じゃない!だから自分を責めたり、気に病んだりすることはねえんだぞ!
悪いのは全部こいつらに決まってるんだ!」
背中でジョシュの叫びを聞き、シーナは小さく肩を震わせていた。
顔を見ずとも、ジョシュは彼女が泣いていることは分かっていた。
「シーナ・・・もう調整はいい・・・。こっちへ来なさい。」
マリオンに呼ばれ、シーナは床に置いた杖を拾って歩いてきた。
「シーナ・・・。」
ジョシュの呼び掛けに答えず、長い前髪を垂らして顔を見せないようにしている。
「ジョシュ・ハート・・・。お前の言う通り、この子は好きでこんなことをしているわけではない。ただ、私の命令に逆らえないだけだ。」
「やっぱりそうか・・・。」
ジョシュは悔しそうに顔を歪めた。
杖を強く握り、シーナはジョシュから顔を逸らす。
マリオンが彼女の肩に手をかけ、我が子でも見つめるように優しい眼差しを向けた。
「この子は私が生み出したのだ。古代魔法と科学の力を使ってな。
人工生命体、ホムンクルスというやつだ。」
「ホムンクルス・・・。」
シーナの後ろに回って両肩に手を置き、マリオンは彼女の頭に顔を寄せた。
「そうだ。ホムンクルスにとって、生みの親である術者は絶対だ。
いくら嫌がっても、最終的に私の言う事には逆らえない。」
「シーナ・・・。」
「・・・・・・。」
シーナの頭から顔を放し、頬を撫でながら抱きしめるマリオン。
「この子を造ったのは、ククリの動向を探るスパイとして送り込む為だ。
あいつが私に敵意を持っているのは知っていたし、放っておけば厄介な事をしでかす力も持っている。
だからこの子を生み出し、送り込んだのだ。
ククリは優れた魔導士だが一つだけ弱点があってな。あいつは情に脆いのだ。
とくにこんな若い娘ともなれば、例え敵だと見抜いても殺すことは出来ん。
奴へのお目付け役として最適というわけだ。」
マリオンの話を聞き、ジョシュは怒りと悲しみが混じった目でシーナを見つめた。
「そんな・・・そんなことの為に・・・シーナは・・・。」
「・・・・・・。」
シーナの頬を滴が滑り落ちた。
「シーナ!ホムンクルスだろうがなんだろうが関係ねえ!お前は俺の友達だ!
そこのマリオンをぶっ倒して必ず自由にしてやる!」
ジョシュの言葉にヨシムラは眉を持ち上げて笑い、お手上げのジェスチャーをした。
「若者の青臭い青春劇は歯がゆくて見ていられませんな。」
「クソッ!こんなもんくらい!ていうか何でマーシャル・スーツが発動しねえんだ!
こういう時こそ役に立てよッ!」
ヨシムラが興味深そうに見つめ、「なるほど・・・自由に扱えるわけではないようだ。
人格が宿っている影響かな?」と好奇心の宿る目で呟いた。
「ちくしょお・・・・・。」
「・・・・・・・。」
シーナの頬を伝う滴が大きくなっていく。
マリオンはシーナから離れ、彼女の頭に人差し指を突き付けた。
「この子は本当によく働いてくれた・・・。私も実の娘のように可愛がった。」
マリオンから殺気を感じ、ジョシュは大きく目を開いて叫んだ。
「おい!何する気だ!シーナから離れろッ!」
本当に自分の娘を見るような優しい目を向け、マリオンは指先に魔力を溜めた。
「私はな・・・例えそれがどんなに愛しい者であっても・・・用が無くなれば処分することにしている・・・。下らない感情に振り回されては身を滅ぼすからな・・・。」
マリオンの指先が鈍く光り始めた。
「やめろッ!そんなに大事に思ってんならその子に手を出すなッ!
自分の娘みたいに思ってんだろ!だったら何で傷付けようとするッ?
そいつは俺の友達なんだ!ククリさんにとっても大事な・・・・・。
だからやめてくれ!おい、シーナ!ボケっとしてないで早く逃げろッ!」
「無駄だ・・・。この子は私に逆らえない・・・。」
ここへ来てシーナは初めて顔を上げた。
静かに涙を流しながら、青い瞳でジョシュを真っすぐ見つめる。
そして囁くような声で言った。
「ジョシュ君・・・私・・・・・ジョシュ君のことが好・・・・・、」
言い終える前にマリオンの指が光り、シーナは乾いた砂人形に変わっていた。
こぼれ落ちる涙も砂に変わり、海辺の砂の城のようにボロボロとその場に崩れ去っていった。
「あ・・・ああ・・・ああああああああッ!」
ジョシュの目から大粒の涙が溢れ、砂になったシーナを見て泣き喚いた。
「なんで、なんで殺すんだよッ!愛してるなら・・・なんでこんなことを・・・。」
マリオンは微笑みながらジョシュの傍へ寄り、優しく頬を撫でた。
「仕方ないのだ・・・。愛するが故に障害となることもある・・・。
まだ子供のお前には分からんだろうがな・・・。」
「分かってたまるかッ!てめえらマジで許さねえッ!おい、マーシャル・スーツ!
いつまでも黙ってないで出て来いよッ!こいつらをぶちのめすんだ!力を貸せ!」
必死の叫びも虚しく、マーシャル・スーツからは何の反応も返ってこなかった。
「無駄だ。お前はまだマーシャル・アクターとしては未熟すぎるからな・・・。」
「マーシャル・アクター・・・?」
涙で濡れる顔で、ジョシュはオウム返しに呟いた。
「ほう、その言葉は私も初めて聞きますな。」
ヨシムラが興味深そうに眼鏡を持ち上げた。
「お前は知らんでもよい・・・。あまり好奇心を見せすぎるとシーナと同じ運命を辿ることになるぞ・・・。」
「・・・・・・。」
マリオンは砂になったシーナに目を向け、それからレインを見つめ、ジョシュに語りかけた。
「お前の大事な者達は皆凄惨な運命を辿ることになるだろう・・・。
そしてそれは・・・、お前自身もだ・・・。」
ヨシムラに目で合図をし、マリオンは手に魔力を溜めてジョシュの胸に当てた。
「おい、何をする気だ?」
「心配することはない・・・。お前の魂をレインの中に入れるだけだ。
最愛の者同士、永遠に一緒にいられるぞ・・・、意識の中でだがな・・・。」
ヨシムラが女神像から伸びる細いコードを持って来た。
「おまえらは・・・いったい何をするつもりなんだ・・・?」
無言でジョシュを見下ろし、マリオンは目を閉じて笑った。
「いいだろう・・・何も知らずにというのは少し憐れすぎるかもしれん・・・。」
マリオンはヨシムラにそのまま待つように言い、女神像を見て語り出した。
「あの女神像は根源の世界から力を受ける依り代だ。
そしてレインは女神像の魂にあたる存在だ・・・。」
理解が出来ないジョシュの顔を見て、マリオンは噛み砕いて説明をした。
「根源の世界とは・・・地獄のさらに奥にある空間のことだ・・・。
そこには純粋にエネルギーだけが存在している・・・。
物質はもちろんのこと、精霊や神獣、悪魔でさえもそこに存在することは許されない。
古代魔法とはこの根源の世界から力を取り出す術のことなのだ・・・。
あの女神像は巨大なマーシャル・スーツと考えればよい。
それを動かす心臓部になるのがレインだ・・・。
あの子の魔力は凄まじい・・・。あと十年も修行すれば・・・私ですら超える魔導士になれたかもしれん・・・。」
「・・・・・・。」
マリオンはシーナを見る時以上に愛おしい目を向けていた。
「古代魔法とレインの力であの女神像に命を与えれば、間違いなくこの世を支配する神となる。もっというなら・・・あの子が新たな世界を統率し、導いていく女神となるのだ。」
「・・・・・・そんなことの為にレインを・・・。」
ジョシュの言葉を無視し、マリオンは続ける。
「しかし一つ問題があってな・・・。レインは強く心を閉ざしているのだ。
あの状態ではまともに女神像を動かすことは出来ない・・・。
そこであの子の精神を探ってみた。
するとそこにはただまっ黒な世界だけが広がっているだけだった・・・。
ただ一つ、お前という存在を除いてな。」
「俺が・・・?」
マリオンの視線を受けてジョシュはレインを見た。
「そうだ。あの子の中には強くお前が存在している。・・・いや、あの子の精神そのものがお前という存在の上に成り立っているのだ・・・。ならばやることは一つ・・。
レインの中にお前の魂を住まわせ、あの子の心を開いてやるのだ・・・。
永遠の孤独を味わうか・・・永遠に愛する者と一緒にいるか・・・。
あの子が選ぶ答えは火を見るより明らかだ・・・。レインは必ずお前の魂を受け入れる。
あの子は孤独に堪えられるほど強くはない・・・。喜んでお前を迎え入れるだろう。
その時こそ・・・新たな神が誕生し、この下らん世界を終わらせて、新たな世界へと生まれ変わるのだ。そして・・・お前はその為の鍵だ・・・。」
説明を終えたマリオンは魔力を溜めた手でジョシュの胸を掴んだ。
「うわああああああああッ!」
身をよじって苦しむジョシュにマリオンが微笑みかける。
「喜べ、レインと永遠に一緒にいられるのだから・・・。」
「レ・・・レイン・・・。」
涙を流して自分の無力さを呪うジョシュ。
自分の魂が肉体から抜き取られていくのを感じ、唇を震わせて無念の思いを抱いていた。
しかし、意識が途切れていく中で何かが空を切り裂くのを感じた。
ぼやける視界の中で、強く、大きく、逞しい背中がジョシュを守るように立っていた。
「あ・・・あああ・・・。」
無力の涙が安堵の涙に変わり、ジョシュはその者の名を口にした。
「・・・し・・・師匠・・・・・。」
剣を構えたフレイが二コリと微笑んでジョシュを振り返る。
「遅れてすまなんだな、小僧。」
ジョシュもその顔を見て小さく笑いを返した。
「フレイ・・・またも私の邪魔をするか・・・。」
ジョシュの魂を抜き取ろうとしていたマリオンの腕は切り落とされていて、彼女は憎らしそうに顔を歪めていた。
「ああ、ついでに僕も邪魔させてもらいますよ。」
黒く邪悪な影がマリオンの足元に伸びてきて、彼女を囲うように紺色の炎を上げた。
「チィッ!呪術か、小賢しいッ!」
素早く片手で印を結び、マリオンは自分を覆う紺色の炎を消し去った。
マリオンは目を吊り上げて呪術を放った主を睨みつける。
「ククリ・・・お前も私に牙を剥くか・・・。」
マリオンの言葉を無視し、ククリは大広間の中を見回した。
「シーナはどこだ?」
心配そうな目でシーナを捜すククリに、ジョシュは血が出るほど唇を噛んで、涙を滲ませながら答えた。
「シーナは・・・もういません・・・。マリオンが・・・マリオンがシーナを・・・。」
「なんだと・・・・・ッ!」
顔の色を失って身体を震わせるククリに、ジョシュは床に落ちている砂を指差した。
「そ・・・そんな・・・。シーナ・・・。」
ククリは歯を食いしばって強く目を閉じた。
震える身体で拳を握り、獣のように顔を歪めて小さく呻く。
マリオンは斬られた腕を再生させ、砂となったシーナに目を向けて言った。
「あの子は私が生み出したホムンクルスだ。お前へのスパイとしてな。
よい子だったが・・・用がなくなったので処分した。」
「・・・・・・。」
ククリはゆっくりと目を開けて、砂になったシーナを見つめた。
怒りと悲しみが入り混じった瞳で顔を俯け、またもや大切な者を守れなかった悔しさが心を押し潰すほど溢れてくる。
「・・・すまない・・・。」
ククリは目を閉じて眉間に皺を寄せながら呻いた
「シーナ・・・すまない・・・守ってやれなくて。・・・不甲斐ない師を許してくれ・・・。」
「ふふふ。」
魔力を高めて殺気を放っていたマリオンは、急に力を抜いて穏やかな表情に戻った。
「無能の部下に裏切り者の弟子・・・そして我が首を狙う敵・・・。
どうも私は人に恵まれんな・・・。」
マリオンの言葉に、フレイは剣を下げて馬鹿馬鹿しそうに笑った。
「まるで人運がないような言い方だな。全ての原因はお前であろうが!」
マリオンは言葉を返さずに、ただ宙を見つめている。
「・・・まったくだ。昔からあなたは自分のことしか考えていない・・・。
誰がそんな人間に心を寄せるものかッ!」
ククリの顔が死神の異名をとる姿へと変化していく。
「お前のような邪悪な存在は何一つ世の為にならん。今日こそこの剣の錆びにしてくれる。」
フレイは剣を収め、居合いの構えをとった。
「小僧ッ!お前は一旦退けい!妹は必ず俺が連れて帰ってやる!」
「でも俺・・・縛りつけられて・・・。」
「バカもんッ!」
フレイは強く怒鳴りつけた。
「そんなオモチャはとっくに斬り払っておるわ。さっさと行けいッ!」
言われて自分の体を確認すると、ジョシュを固定していた金属のベルトはバラバラに斬り裂かれていた。
「すげえ・・・いつの間に・・・。」
「感心しとらんで早く行け!」
自由になった身体を起こすジョシュだったが、突然何かが巻きついてきた。
「ふふふ、逃がしませんよ。あなたの肉体には興味があるといったでしょう。」
ヨシムラが腕を鉄の鞭に変化させてジョシュを縛りつけていた。
「チィッ!」
フレイが斬り払おうとするが、マリオンが稲妻を放って阻止した。
オーラを纏った剣で打ち払い、フレイはマリオンを睨みつける。
「私相手によそ見をしていていいのかな?」
「・・・・・確かにそれは危険だな。」
フレイはもう一度居合いの構えをとってマリオンに向き合い、ジョシュに向かって言った。
「小僧、残念ながらそっちまで手が回らん。その雑魚は自分で何とかしろ。」
「分かってますって。こいつには借りがあるんでね。」
ジョシュは台座から高く飛び上がり、ヨシムラの顔面に蹴りを入れた。
そしてよろけるヨシムラにさらに回し蹴りを放った。
「この!よくも私の顔を・・・。」
腕に力を入れて鞭を引っ張るヨシムラだったが、ジョシュはビクともしなかった。
「こんな鞭くらいなわけないぜ。」
体内に溜めたオーラを足先に集中させ、ジョシュはヨシムラの手元を蹴り上げた。
「ぬおッ!」
鉄の鞭が根元から粉砕され、ジョシュは体を縛っている鞭を振りほどいた。
「さっきみたいにはいかないぜ、科学者さんよ。」
「おのれ・・・。」
ヨシムラは砕かれた腕を再生させ、掌から剣を造り出した。
「ああ!それ俺の剣じゃねえか!何パクってんだ!」
「ふふふ、返して欲しければ自分で奪い取ってみることだ。」
ジョシュの剣を握ってゆらゆらと振りながら、ヨシムラは猫のように背中を丸めた。
ジョシュは足幅を広く取って腰を沈ませ、左手を前に、そして右手は拳を握って腰の横に構えた。
二人は睨み合ったまま動かず、お互いの隙を窺って睨み合っていた。
そして、その様子を横目で見ていたフレイがククリに言った。
「こっちも始めるか。」
「ええ。」
フレイとククリも臨戦態勢に入る。
「この私に挑むか・・・。よかろう・・・。
言っておくが、今の私はお前達が知っている以前の私とは比べ物にならぬぞ・・・。」
新時代の神になるかもしれない女神像のもと、それぞれの戦いが始まった。

マーシャル・アクター 第十話 死神ククリ

  • 2014.01.12 Sunday
  • 19:44
〜『死神ククリ』〜

「まるでこの世の終わりみたいな風景だな・・・。」
亜空間に飲み込まれたククリは、乾いてヒビ割れた大地に立っていた。
枯れた木がちらほらと立っていて、空は分厚い雲で覆われていた。
全てが色を失くし、生気のない灰色の空間であった。
「そろそろ姿を見せたらどうだ?」
ククリの声に呼応するように、大地のヒビからもくもくと黒い煙が現れた。
「相変わらず悪趣味なセンスだな。僕ならもう少しカラフルな空間を作るけどね。」
杖を向け、ククリは黒い煙に語りかけた。
「ふふふ、お前に悪趣味と言われたくはないな。」
黒い煙が集まり、人の形に変わっていく。
陰気で、そして邪悪な気を纏ってグリムが姿を現した。
「魔導協会でのお前の異名、死神ククリに悪趣味さで敵う奴なんていないよ。」
黒い法衣を纏い、狡猾そうな笑みを浮かべてグリムが言う。
「心外だな。その呼び名は周りが勝手に付けたんだよ。僕はこんなにいい人なのに。」
ククリは両手を開いておどけてみせた。
「普段と戦闘時のギャップがそう呼ばせているのさ。
お前にくらべりゃ俺なんか可愛い方だよ。」
法衣を脱ぎ捨て、化け物の身体を露わにするグリム。
「・・・醜いな・・・。そんな身体になってまで何がしたい?
世界の覇権とやらは人間を捨ててまで得る価値があるのかい?」
何も答えずに、グリムはただ笑みを浮かべていた。
「僕はね・・・・・」
ククリが目を伏せて語り出す。
「僕は・・・人生で一番大切なものを失ってしまったよ。
いや、奪われたというほうが正しいのかもしれない。
死神と恐れられ、醜い呪術を得意とし、マリオンの一番弟子ということが僕の周りから人を遠ざけていった。」
ククリはヒビ割れた大地の中に視線を落としていた。
「妻と子供だけさ。本当に僕を愛してくれたのは。
たとえ人から嫌われ、恐れられようとも、妻と子供が愛してくれるのなら・・・。」
ククリは目を閉じ、杖を握りしめた。
「他には何もいらなかった・・・。僕のすべきことはただ、家族の愛に応え、妻と子供達を笑顔にしてやることだけだった・・・。
妻と子供達の笑顔があるなら・・・僕は何もいらなかった。」
腰に手を当て、グリムは興味深そうに聞いている。
ククリは淀んだ空を見上げ、力を抜いて佇んでいた。
「グリムよ・・・君に分かるかい?愛する者を奪われる痛みが・・・・・。
人生で最も大切なものを失う悲しみが・・・・・。」
空を見上げるククリの髪が、青から白黒に変わっていく。
纏う法衣の色も、白と黒が浸食するように変化していった。
「僕はね・・・僕の大切なものを奪った君が許せない・・・。
もう二度とこの顔を見せまいと思っていたけど・・・やっぱり君だけは許せない・・・。」
そう言ってグリムを睨むククリ。
その顔は真っ白に変化し、目の下から首にかけて黒い線が走っていた。
目は灰色に変色し、瞳は渦を巻く白黒模様になっていた。
「ふふふ・・・その顔は久しぶりに見るな。
死神ククリを知る者なら誰でも背筋が凍るだろう・・・、だが!」
グリムは魔力を溜め、両手を交差させた。
割れた大地から無数の死霊が湧き上がり、グリムの身体に吸収されていく。
交差させた手を解き放つと、全身に死霊の顔が浮かび上がってきた。
「どうだい?素晴らしいだろう、この身体。マリオン大師より授かった古代魔法の力さ。
このおかげで僕のネクロマンサーとしての力は何倍にも増幅された。」
「やはり醜いな・・・。」
「くくく、お前も充分醜いさ。さて、死神が死霊の魂を狩るのか、死霊が死神の魂を喰らい尽くすのか・・・、試してみようじゃないか。」
「望むところだ。」
ククリは杖を構え、呪術で飽食の魔王を呼び出した。
「いきなり大技だな。」
地面を割って飛び出てくる飽食の魔王に、グリムは体から死霊の群れを放った。
飽食の魔王の大口に溢れんばかりの死霊が飛び込んでいき、その大群を喰らった魔王はもがき苦しみ出して内部から破裂してしまった。
「やるじゃないか・・・。」
杖を前に出し、右手の指で印を結ぶククリ。緑の波状の魔力が杖の先端から繰り出され、グリムの周りに呪殺の魔法陣が幾つも浮かび上がる。
「チッ!」
舌打ちして呪術を解除しようと魔法を唱えるグリムだったが、魔法陣の中に現れた悪魔の顔が不気味な笑い声を出して動きを止めてしまった。
「むんッ!」
ククリのかけ声とともに魔法陣が紫の炎で燃え上がり、悪魔がおぞましい叫び声をあげてグリムの体にしがみついてきた。
「オオオオオオオオオーーッ!」
苦痛の声を吐き出し、しがみついた悪魔がグリムの体を地獄へと引きずり込んでいく。
「ぬううう・・・この程度で・・・!」
抵抗するグリムだったが、その体は悪魔達によって完全に地獄へと引き込まれていった。
「・・・やったか?」
杖を下ろして辺りの気を窺うククリ。完全にグリムの気が消え去ったことを確認して、亜空間を去ろうとした。
「ッ!」
油断していたククリの背中に激痛が走った。
血を垂らし、膝をついて振り返ると、グリムの爪が背中を引き裂いていた。
「馬鹿な・・・完全に地獄に引き込んだはずなのに・・・。」
冷や汗を流して苦痛に顔を歪めるククリに、グリムは身体の死霊を解き放った。
「うおおおおおッ!」
体内に侵入した死霊が暴れまわり、ククリを痛めつけいく。
転げ回るククリの頭を踏みつけ、グリムは血の付いた爪を舐めた。
「あの程度の呪術じゃ俺を地獄へ送れないよ。こいつらが身代わりになってくれるからね。」
そう言って自分の身体に蠢く死霊達を撫で回した。
右手の五本の爪を剣のように伸ばし、死霊で苦しむククリに突き刺す。
「ぐはあッ!」
血を吐いて身を捩るククリ。
グリムは刺した爪から毒を注入し、ククリの神経を麻痺させた。
「・・・・ッ!」
爪を刺したまま、グリムは下品に笑って頭を蹴った。
「あれれ?お前ってこんなもんだったっけ?
俺の知ってるククリはもっと強かったはずなんだけど・・・。」
二発、三発と頭を蹴り飛ばし、血を吐く姿を見てグリムは楽しんでいた。
「あの時もこんな感じだったよなあ?」
爪を引き抜き、ククリの髪を掴んで持ち上げ、笑みを浮かべた顔を近づけるグリム。
「フレイが魔導協会を強襲してきた日、俺はどさくさに紛れてお前の家を襲った。
お前さえいなくなりゃ俺がマリオン大師の右腕になれると思ったからな。
さすがのククリも、家族と居る所をいきなり襲われては何も出来なかったよなあ。
俺にやられて動けなくって、目の前で嫁とガキ共の泣き叫ぶ声を聞きながらお前は叫んでたっけ。」
爪をククリの頬に当て、ゆっくりと裂きながらグリムは恍惚と目を細めた。
「最高だったぜえ、お前の嫁は。旦那の目の前で服を引き裂かれて犯されまくって。
叫び声と喘ぎ声が入り混じって、お前も正直興奮してたりして、はははははは!」
ククリは歯を食いしばり、鬼神の形相で家族の仇を睨みつけた。
「そうそう、ガキ共も傑作だったなあ。柱に磔にしてこの爪で少しずつ刻んでいってよお。
『痛いよ、痛いよ、助けてよお父さん』って、馬鹿じゃねえの!
そのお父さんのせいでこんな目に遭ってんるんだっての!
お前の嫁犯してる時も、お前のガキ共を刻んでる時も、最高に気持ち良くて笑えたぜえ!」
抱腹するほどグリムは笑い、ククリの髪を掴んだまま爪で斬りつけていく。
「あの時フレイがお前の叫び声を聞きつけて駆け込んできて・・・。
危うく俺は奴に真っ二つにされるところだった。」
笑いの表情が怒りの形相に変わり、グリムは五本の爪をククリの額に突き付けた。
「奴にはいつも肝心なところで邪魔される。下らねえ正義感振りかざしてな。
俺はあの手の奴が反吐が出るほど嫌いだ。
あいつの弟子だった奴が今頃闘っているだろうけど・・・あのグエンって若造じゃ勝ち目はないな。
いくら力があろうが中身は思い上がった甘ったれ小僧だからな、フレイはその隙を見逃すまいよ。」
二人の闘いの場面を想像するように、グリムは遠くへ目を向けた。
「しかしだ、今の俺ならフレイにもひけをとらない。もしこちらが不利になっても、あのジョシュとかいうガキを人質にとれば済むことさ。奴は情に脆いからな。」
爪を突き付けられたククリの額から血が流れる。
「どうせならあの時みたいにまたお前の目の前でいたぶってやろうか?
家族を失い、せっかく出来た仲間もまた同じ目に遭わされる。
最高の演出だぜえ!はははははははは!」
黙って聞いていたククリが、額に当てられた爪を掴んだ。
「言いたいことはそれだけか・・・。」
「ああ?」
「言いたいことは・・・それだけかと聞いている!」
ククリの体から腐敗の気が放たれ、掴んでいた爪を溶かしていった。
そして染みが広がるようにグリムの体を浸食していく。
「くッ!小賢しいことを・・・。」
腐り始めた右手を自分で斬り落とし、グリムは危険を感じて距離を取った。
ククリの中に大きな陰の気が溜まっていき、それに呼応するように足元から地獄の悪魔達が溢れ出て来た。
「グオオオオオオオッ!」
禍々しい姿の悪魔達は聞くだけで絶命するような恐怖の雄叫びを上げた。
「おお、これこそ俺の知っているククリだ・・・。」
そう言ってゴクリと唾を飲むグリム。
「俺の名は死神ククリ。苦痛と災いをもたらす異形の魔導士・・・。
今は人の理を捨て、悪魔の化身とならん・・・。」
素早く右手を再生させて、グリムは両手で印を結んで後ろへ飛んだ。
「ふふふ、やはりお前は死神の名に相応しい男だよ。
普通の人間ならこの光景を見ただけで恐怖のあまり発狂するだろうな。
しかし言ったはずだ。俺も古代魔法の力を得たと!」
印を結んだグリムの前に呪いの文字が浮かび上がり、ヒビ割れた地面から数え切れない程の怨霊が苦痛の声とともに溢れ出てきた。
ククリの前には悪魔達が、グリムの前には怨霊達が集まり、やがて一つの巨大な悪魔と悪霊へと変化していった。
「見よ!これぞ悪霊達の王、恐怖の化身レギオンだ!」
グリムの頭上におぞましい姿の巨大な悪霊が現れた。
吐き気を催すような腐敗した無数の顔が連なっており、各々の顔が苦痛の言葉を叫んでいる。
普通の人間ならば見るだけで命を落とすほど凶悪な瘴気を放ち、アメーバのように体が歪み、無数の顔が浮かび上がっては潰れていく。
そしてククリの前にも巨大な悪魔が姿を現していた。
「我が名はアスモデウス!古代の石柱に刻まれし七十二の悪魔の一人なり!
術者との盟約に従い、敵を汚し、蹂躙し、喰らい尽くさん!」
人間、山羊、馬、獅子の四つの頭を持ち、悪魔の翼が生えた魔獣の身体。
それぞれの頭が息を吐く度に、地面が腐敗の瘴気で溶けていく。
「ふふふ、古代の魔王か・・・面白い。
レギオンよ!欲望のままに敵を飲み込み、喰らい尽くせ!」
「ヴォオオオウヴヴヴオオオーッ!」
レギオンが禍々しい声を上げて迫って来る。
「古代の魔王よ!術者の命に従い、我らの敵となるものを討ち滅ぼせ!」
「オオオオオウウーッ!」
アスモデウスも雄叫びを上げてレギオンを迎え撃った。
最凶の悪霊と古代の魔王が絶叫を響かせて激突した。
「ヴオオオオオオオオオッ!」
アスモデウスの四つの頭が悪霊を喰らい始めた。大木のように太い腕と剣のような爪で敵を引き裂き、悪霊の中に体を突っ込んで中から喰らい尽くそうとしている。
「ヴォオオウヴェアアアーッ!」
レギオンもアメーバのよう体でアスモデウスを包み込み、皮膚を剥がして食っている。
「ヌウウウウンッ!」
「オオオオオオッ!」
ククリとグリムがそれぞれの化け物に魔力を注ぎ込む。
わずかにククリの魔力が勝り、巨大化したアスモデウスが大口を開けてレギオンの身体の半分を飲み込んだ。
死霊が飛び散り、魔王がそれを踏み潰し、喉を震わせて次々とレギオンの体を裂いて口に運んでいく。
どんどん小さくなっていくレギオンは、もはや消滅寸前であった。
「やはり古代の魔王の力は半端じゃないな。」
感心したようにグリムが言い、しかし余裕のある笑みで両手を振りかざした。
「だがここは俺の空間!この結界の中では俺は無敵に近いと知るがいい!」
グリムが雄叫びを上げると、大地のヒビからまたもや大量の悪霊が溢れだして来た。
悪霊達はレギオンと融合し、消滅しかかっていた身体を瞬く間に再生させていった。
「もっとだ!もっと来いッ!」
次々に溢れて来る悪霊を吸収し、レギオンはアスモデウスの倍以上に巨大化していった。
「ヴウウウヴェアアアアーッ!」
恐怖を呼び起こす咆哮が空気を震わせ、さらにおぞましさを増したドス黒い身体でレギオンが迫ってくる。
アスモデウスも雄叫びを上げて迎え撃つが、レギオンの巨大さと瘴気に飲み込まれて姿が見えなくなってしまった。
気持ちの悪い音を出して体内のアスモデウスを消化するレギオン。
古代の魔王は圧倒的な悪霊の力にもがき苦しんでいた。
「ヴウウウウウオオオオーッ!」
苦痛の叫び声を上げるアスモデウス。
かつて世界を震撼させた七十二人の魔王の一人が、凶悪な悪霊に汚され、蝕まれ、蹂躙されていた。
「ヴヴヴヴウウウ・・・・。」
か細く聞こえていたアスモデウスの叫び声は、やがて終末を迎えた蝉のように静かに消えていった。
レギオンの体内には骨だけとなったアスモデウスが残り、死霊どもがその骨に群がって次々に食い尽くしていった。
「はははははは!古代の魔王も意外と大したことないな!
悪を統べる魔王が悪霊に蹂躙されてちゃ世話ないぜ!」
目の前の敵を喰い滅ぼしたレギオンは、次なる標的に向けて迫って行った。
「ククリよ、これで終わりだ!お前も魔王と同様に悪霊どもに汚され、食い尽くされるがいいッ!」
両手を前に突き出し、グリムが邪悪なエネルギーを注いだ。
「ゴオオオオヴヴヴウウウヴェアアアッ!」
「・・・・・・・。」
杖を構えるククリの身体を、レギオンはあっさりと飲み込んでしまった。
「ははははは!一瞬で消滅しちまいやがった!」
腹を抱えて笑い、グリムはレギオンに命じた。
「おい!奴の魂は俺がいたぶってやる!食うんじゃねえぞ。」
レギオンの体内に飛び込み、死霊達が群がる場所へと進んで行く。
「どけどけ!そいつは俺のオモチャだ!」
群がる死霊を踏み潰し、中に手を入れてククリの魂を探る。
「んん〜、どこだあ〜?」
嬉しそうに死霊の中を探っていると、突然その腕を掴まれた。
「ッ!」
慌てて引き抜こうとするグリムだったが、凄まじい力にビクともしなかった。
「てめえッ!生きてやがるのかッ?」
死霊の群れをかき分けてククリが姿を現した。
「驕るなよ!たかが悪霊ごときが死神を殺れると思っているのかッ?」
「このおおおおッ!」
必死の形相で逃げようともがくグリム。
ククリは杖を振りかざし、持てる魔力の全てを注いだ。
「来たれッ!東洋の怨霊どもよ!我が敵を存分に喰らい尽くすがいいッ!」
「ま、まずいッ!この魔法は!」
自分の腕を引き千切り、グリムはレギオンの外へと逃れた。
「我が奥義をもって真の恐怖を味わうがいいッ!」
杖を大地に突き刺し、ククリは叫んだ。
「くらえええええいッ!骸の宴!」
大地に刺さった杖の先から東洋の呪殺文字が広がり、亜空間に広がっていく。
紫の炎が燃え上がり、ククリの足元から東洋の怨霊が大量に湧き出て来た。
「エエエエエエエエヴヴヴヴウウウッ!」
巨大な髑髏に腹を空かした餓鬼、腐り果てた鬼に恐ろしい顔をした呪縛霊、転生に失敗した妖怪や苦悶の表情の浮かべる亡者。
東洋の地獄より溢れてくる化け物達がグリムの亜空間を満たしていく。
あまりの憎悪に、悪霊の王であるレギオンが恐怖の声を上げる。
歓喜の声を上げながら暴れ回る東洋の怨霊達は、悲鳴を上げて逃げ惑うレギオンを追いかけ回し、引き千切り、かぶりつき、叩き潰し、酒池肉林の様相で喰らっていった。
そして小さな叫びを上げながら、悪霊の王は東洋の怨霊の腹の中に消えて行った。
グリムの造り出した亜空間はもはや地獄と化していた。
「この化け物どもめえ!」
必死に抵抗し、亜空間から逃れようとするグリムを怨霊達が弄ぶ。
笑いながらグリムの身体を喰いちぎり、美味そうに頬張っていた。
しかし古代魔法の力でグリムの肉体はすぐに再生し、そこをまた食われるという苦痛の連鎖が続いていた。
「ぐおおおおお!痛いいいい!苦しいいいいい!」
のたうち回ってもがくグリムを笑いながら食っていく怨霊達。
「ク、ククリ!頼む、助けてくれッ!俺が悪かった!だから・・・グオオオオッ!」
ククリは冷たい目を向け、ただグリムが苦しむ様を眺めていた。
「お、俺達は同じ釜の飯を食った仲間だろう!頼む、俺は改心する!
だからこの怨霊達を引っ込めてくれえ!ぎゃああああああああッ!」
必死に懇願するグリムの前に歩み寄り、冷徹な顔で見下ろしながらククリは言った。
「断る。」
「・・・・・・ッ!」
苦痛から絶望の表情へと変わり、グリムは顔を歪めてさらに懇願した。
「た、頼むよおおおおッ!一生のお願いだ!俺はマリオンに利用されていただけなんだよ!悪いのはあいつなんだ!な、昔の仲間を見捨てないでくれえええッ!」
地面に爪を立て、地獄に引き込まれるのを必死に抵抗しながら訴えるグリム。
ククリは二コリと微笑んで言った。
「言い訳なら地獄の閻魔に聞いてもらえばいいよ。無駄だろうけどね。」
「・・・・・ッ!」
地面に突き立てていた爪がポキリと折れ、グリムは泣き笑いの顔で地獄へと引きずり込まれていく」。
「グオオオオオオッ!」
一旦は完全に地獄に飲み込まれたものの、鬼の形相で飛び出してきて手を伸ばした。
「てめえも道連れだああああああッ!」
その手はククリの目の前まで迫ってきたが、怨霊達が纏わりついて地獄へと引き戻していく。
「君に死なんて生温いよ。肉体を持ったまま永遠に地獄で苦しむがいい。」
完全に姿が消えたかと思いきや、手だけを伸ばしてもがくグリム。
しかし怨霊がその手を絡め取り、今度こそ地獄へ引きずりこんでいった。
暴れ回っていた怨霊もそれを追うように地獄へと帰って行く。
ククリは普段の顔に戻り、がくりと膝をついて肩を落として項垂れた。
「・・・・・まったく・・・今日は最悪な日だよ。
二度とこの魔法は使うまいと思っていたのに・・・昔の心の傷も抉られるし・・・。」
しばらく茫然と佇み、ただ虚ろな目をしていた。
そして両手でパンッっと顔を叩くと、杖をついて立ち上がった。
「落ち込んでいる場合じゃない。早くジョシュ君達の後を追わないと。」
杖をかざして亜空間を脱出したククリは、「今行くからな。」と呟き、ジョシュ達の元へと駆けて行った。

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