ダナエの神話 続きへ

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 18:38

『ダナエの神話〜神樹の星〜』はこれで終わりです。

続きは『ダナエの神話〜異星の邪神〜』に繋がります。

出来あがったら載せますので、よかったら見て下さい。

 

ダナエの神話〜神樹の星〜 第八話 海底の廃墟(5)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 18:32

『海底の廃墟』5


ダナエの叫びを聞きつけ、邪龍ニーズホッグが怒りの形相で現れた。
「コラ!ココヘ入ルナト言ッタダロウガ!」
大きな歯をカチカチと鳴らし、巨体をよじって迫って来る。
「ああ、ミミズさん!」
「誰ガミミズダ!オレハ龍ダ!」
「どっちでもいいわ!お願い、この女をやっつけて!こいつは地球とこの星を乗っ取ろうと企む、悪い邪神なの!」
「何イ・・・・。邪神ダト・・・・・。」
ニーズホッグは小さな目を動かし、ギロリと女を睨んだ。
「オオ!ソイツハ知ッテイルゾ!カツテ、ユグドラシルト戦カッタ馬鹿女デハナイカ!」
巨体を捩って面白そうに笑い、耳障りな歯の音を響かせる。
「・・・私もあなたを知ってるわ。遥か昔、ユグドラシルと共に私に戦いを挑んできた蛇龍ね。
あの時は危うく噛み殺されそうになったのを覚えているわ。」
「オマエハ神ヤ悪魔ニ対シテハ強イガ、ソレ以外ノ者ニハタイシタ力ヲ発揮デキナイカラナ。オレノヨウナ幻獣ニハ、滅法弱イコトヲ知ッテイルゾ。」
「その通りよ。だからこそ力を集めているのよ。頭の悪い筋肉馬鹿の蛇龍に殺されるのなんて絶対に御免だから。」
「・・・ヌフフ・・・。シカシ、ココニハオマエノ仲間ハイナイゾ。サア、今ココデ二千年前ノトドメヲ刺シテヤロウ!オレノ胃袋ニ収マルガイイ!」
ニーズホッグは巨体を持ち上げて咆哮し、女に向かって突進していった。
「冗談じゃないわ。こんなミミズもどきに殺されたらシャレにならない。」
女は慌てて渦の中に飛び込もうとする。しかしダナエはその手に噛みついて歯を食い込ませた。
「逃がすもんか!ミミズさん、今のうちにやっちゃって!」
「ダカラミミズデハナイト言ッテイルダロウ!」
地面を揺らしながらニーズホッグが迫ってくる。何でも噛み砕く恐ろしい歯をカチカチと鳴らし、女に襲いかかってきた。
「このデカブツめ・・・。調子に乗るんじゃなくってよ!」
呪いの神器を呼び出し、ニーズホッグを迎え撃つ。
禍々しい刃や棍棒が巨大な蛇龍に襲いかかるが、硬い鱗に跳ね返されてボトボトと落ちていった。
「ソンナ物ハ効カン!オレハ神デモ悪魔デモナイカラナ。」
「ちッ・・・。これだから筋肉馬鹿は・・・・。」
女はダナエを前に出して盾にする。しかしニーズホッグはかまうことなく突っ込んでいった。
そして大きな口を開けて噛み砕こうとする。
「チャンス!お前だけ食われろ!」
ダナエは身軽に飛び上がって回転し、女の顔を蹴りつけて逃げ出した。
「この・・・すばしっこいガキが・・・。」
美しい顔が歪み、般若の形相でダナエに手を伸ばしてくる。しかしそこへニーズホッグの巨体がぶつかり、地面を揺らして壁を粉砕していった。
「ぐう・・・・。ミミズの分際でえ!」
女は壁にめり込んだまま両手を広げ、天を見上げて絶叫する。すると美しい姿は見る見るうちに変貌し、マイマイカブリのようなおぞましい虫に姿を変えた。それはニーズホッグに劣らないほどの巨体で、鋭い大顎をカチカチと鳴らした。
「本性ヲ現ワシタナ邪神ヨ!ソレコソガオマエノ正体、誰カラモ嫌ワレルオゾマシイ虫デハナイカ!ヨクソレデオレノコトヲミミズ呼バワリデキルモノダ!」
「黙れえええええ!この筋肉馬鹿の環形動物が!跡かたも無く溶かしてやるうう!」
湾曲したノコギリのような大顎を開き、毛の並ぶ口から強力な酸を吹き出す。
「いくら硬くても溶かしてしまえば問題ないわ!消えてなくなれ!」
霧状に噴射される呪いの酸が、ニーズホッグに降り注ぐ。しかしニーズホッグはまったく効いていない様子で笑った。
「オレニソンナ攻撃ガ効クカ!節足動物ノ分際デ調子ニノルナヨ!」
ニーズホッグは頭突きをかまして邪神を吹き飛ばし、さらに壁にめり込ませる。爆音が響いて瓦礫が飛び散り、怪獣のような巨体の両者が力と力をぶつからせてせめぎ合う。
ダナエはその戦いぶりに圧倒された。とてもではないが自分の入る隙間はないと思い、ジリジリと後ろに下がっていった。
「こんなの私じゃどうしょうもないわ・・・。あのミミズさんに任せるしかない。」
そう言って長い髪を翻し、ドリューの倒れている場所まで走って行く。
「コウは死んじゃった・・・・。でも、せめてドリューだけは助けなきゃ!」
二人も友達を死なせるわけにはいかない。コウを失くした悲しみは胸を押し潰しそうになるが、それをグッと堪えて駆けていく。そしてドリューの倒れている場所まで戻ると、金次郎が膝をついて座っていた。
「キンジロウ!」
「おお、王女さん!いったい何があったんだ?そこらじゅうに争ったあとがあるし、絵描きの兄ちゃんは倒れてるし・・・。」
「邪神よ!あいつが地球からやって来て、私達の仲間を滅茶苦茶にしたの!」
「なんだってえええええ!あの女がここにいるってのか!」
金次郎はこめかみに血管を浮き上がらせ、拳を握って立ち上がった。殺意に満ちた目で穴の奥を睨み、ダッと走り出す。
「この向こうにいるんだな?デカイ音が聞こえるぜ!」
「ダメよ、そっちに行っちゃ!戦いに巻き込まれて死んじゃうわ!」
「離しておくんな王女さん!俺はあの野郎をぶん殴ってやらねえと気がすまねえんだ!地球で好き勝手に暴れて、この星まで乗っ取ろうと企んでやがる!この坂田金次郎、じっとしているわけにはいかねえんだ!」
金次郎は顔を真っ赤にして邪神の方へと駆けて行く。ダナエはタックルを決めて転がし、馬乗りになって頬を引っ叩いた。
「ダメったらダメ!これ以上誰も死なせないんだから!」
怒りと悲しみに満ちた目から涙が流れ、金次郎の胸にポタポタと落ちていく。
「どうしたんでえ王女さん・・・。もしかして、誰か死んじまったのか?」
「・・・・コウが・・・コウが殺されちゃったのよ!」
「コウって・・・あの妖精か?」
金次郎はダナエをどかして立ち上がり、顎に手を当てて首を傾げた。
「そりゃ妙な話だな。俺はその妖精に呼ばれてここへ来たんだぜ?」
「コウに呼ばれて・・・?いったいどういうこと?」
ダナエは狐につままれたようにキョトンと固まる。金次郎はダナエの背中に手を回し、「こんなところに座ってると濡れちまうぞ」と優しく立たせた。
「俺が気を失ってると、あのコウとかいう妖精が起こしに来たんだよ。そんで画家の兄ちゃんを助けてやってくれって言うから、ここまで来たんだ。」
「それで!コウは今どこにいるの?」
金次郎の肩を揺さぶり、顔を近づけて食い入るように尋ねる。
「それが分からねえんだ。ここに来るまでは一緒にいたんだけど、気がついたらいなくなってたんだ。」
「じゃ、じゃあ、もしかしたら近くにいるかもしれないってことね?」
途端に明るい笑顔になり、手を叩いて喜ぶ。しかし金次郎は「それはどうかな」と顔をしかめた。
「あいつ言ってたんだよ、しばらくこの世にはいられないって。」
「この世にはいられないって・・・どういう意味?」
「さあな。でもけっこう悲しい顔してたぜ。」
「コウ・・・いったいどういうことなの?どうして私の前には現れてくれなかったの?」
一番コウのことを心配していたのは自分なのに、なぜ金次郎の前にだけ姿を現わすのか?
もし生きているなら、今すぐにでも姿を見せてほしいと願うダナエだった。
「王女さん、今はあの妖精よりも、画家の兄ちゃんをどうにかしないと。このままだと死んじまうぜ。」
ドリューは薄く目を開けて宙を睨んでいる。小さく動く唇から微かに息が漏れ、苦しそうに胸が上下していた。
「そうね・・・。今はドリューを助けないと。」
彼の横に膝をつき、腹の怪我の様子を窺う。
「これは・・・私の魔法じゃどうしようもないわ。お医者さんか、治癒の魔法が得意な人に見せないと。」
腹に空いた傷口からはドクドクと血が流れていて、一刻を争うほど危険な状態だった。ダナエはドリューを担いで立ち上がり、出口に向かって歩き始める。
「キンジロウ、この中へミズチを呼べる?」
「出来ねえことはねえと思うが、あんまり中へ入りたがらねえんだよ。ニーズの野郎を怖がってるからな。」
「じゃあ街の入り口まで運びましょ。手をかして。」
「おう、俺がおぶってやるよ。よこしな。」
金次郎はドリューを受け取り、身を屈めて背中におぶる。しかしその瞬間にドスンと地面が揺れて、思わず転びそうになった。
「な、なんだ!地震か?」
「違う、これは地震じゃないわ・・・。邪神とミミズさんが戦ってる音よ。」
大きな音は二度、三度と響き、苦痛に喘ぐような声も聞こえてくる。金次郎は恐怖を覚えて眉を寄せ、サッと走り出した。
「王女さん!早く行くぞ!ここにいたら俺達も危ねえ!」
「そうね・・・。早く逃げましょう!」
二人は出口に向かって駆け出した。しかしダナエはふとある疑問を感じ、周りをキョロキョロ見つめて首を傾げた。
「あれ?どうしてこんなに明るいのかしら?最初に来た時は真っ暗だったのに・・・。」
注意深く目を凝らして辺りを見つめていると、小さな光の粒子がふわふわと漂っているのに気がついた。それは蛍のように美しく、見惚れるほど幻想的だった。
「この光の粒は・・・コウね!コウ、ここにいるのね!」
ダナエは足を止めて叫ぶ。漂う光の粒子を見つめながら、手を伸ばして触れようとする。
「王女さん、何やってんだよ!早く行かねえと・・・・、」
「先に行ってて!私はここに残る!」
「何を言ってんだよ!こんな場所にいたら、いつ邪神とニーズの戦いに巻き込まれるか分からねえんだぞ!」
「分かってるわ!でも私はここに残る!金次郎は早く行って!じゃないとドリューが死んじゃう。」
ダナエは切羽詰まった声で言う。金次郎は躊躇いながらも頷き、出口に向かって走って行く。
「分かった、俺は先に外へ出てる。この兄ちゃんを街の病院に預けたらすぐ戻って来るから、それまで無事でいろよ!」
「うん、ありがとう。ドリューをお願いね。」
金次郎はドリューを背負って穴の出口に向かう。ダナエはその姿を見送り、邪神のいる穴の向こうを振り返った。
「まだ戦いは続いているみたいね。もしミミズさんが負けたら、私はきっと地球へさらわれてしまう・・・・。でも、コウを放ってはおけないわ!」
周りに漂う光の粒子は、間違いなくコウのものであった。しかしなぜ彼がそんな状態になっているのかサッパリ分からなかった。
「いったいどうしちゃったのコウ?どうやったら元に戻るの?」
青い瞳を揺らして語りかけるが、光の粒子はただ空中を漂うだけで、ダナエの声には何の反応も示さない。
「コウ・・・お願い、返事をして・・・。」
そっと手を伸ばして光を包み、手の中に漂う粒子を見つめる。その時一際大きな邪神の叫び声が聞こえて、グラグラと穴の中が揺れた。
「邪神が苦しんでる・・・。あいつの最後を見届けてやらなくちゃ!」
愛しい親友を奪った邪神の末路を見届ける為、奥の穴に向かって駆けていく。そしてクレーターのような大穴に出ると、ニーズホッグが邪神を咥えて持ち上げていた。
「すごい・・・あんなに大きな邪神を持ち上げるなんて・・・。」
思わず息を飲んで戦いに見入ってしまう。邪神は苦しそうに手足を動かし、大顎を鳴らして酸を吐いていた。
「おのれ・・・・、こんなところでくたばるものか・・・・。」
「イクラアガイテモ無駄ダ。オマエノ貧弱ナ攻撃ナドオレニハ通用シナイ。ショセンオマエハ、神ヤ悪魔二シカ勝テナイ中途半端ナ虫ダ。」
ニーズホッグの強靭な顎が、バキバキと邪神の身体を砕いていく。そして軽々と振り回して地面に叩きつけた。
「ごふうッ・・・。このミミズもどきがあ・・・・・。」
「オマエコソ虫モドキダロウガ。コノママ押シ潰シテクレルワ!」
ニーズホッグはゴムのように巨体を縮め、高く飛び上がって邪神を押し潰した。
「ぐへえええええ!」
昆虫のように硬い殻で覆われた邪神の身体は、見るも無残に砕け散る。
口から黄色い酸を撒き散らし、ピクピクと痙攣して息絶えようとしていた。
「そこだ!やっちゃえ!」
ダナエは拳を握って応援する。ニーズホッグはその声援に応えるように雄叫びを上げ、大きな口を開けて邪神の頭に齧りついた。
「コノママ噛ミ砕イテクレルワ!」
白く頑丈な歯が邪神の頭にめり込み、バキバキと嫌な音をたてる。
「私は死なない・・・こんなミミズもどきに殺されるわけにはいかない!」
邪神は凄まじい執念で痛みに耐える。そしてその邪念に呼応して、コスモリングが輝き出した。
青い宝石が黒く染まり、無数の虫が湧いてきてニーズホッグを喰らい尽くそうとする。
「ヌググ・・・コレハコスモリングデハナイカ。ドウシテ貴様ガコンナ物ヲ・・・。」
「あの少女から奪い取ったのよ。この腕輪は大きな力を秘めている。きっと役に立つと思って頂いたんだけど、やっぱり役に立ったみたいね。」
コスモリングから溢れる無数の虫は、邪神の執念の映し身だった。
持ち主の願いに呼応して力を増幅させる、これこそがコスモリングに隠された最後の秘密だった。邪神の底なしの欲望は、コスモリングによって増幅され、小さな虫となっていくらでも湧いてくる。
「うふふ、この腕輪の力なら、神や悪魔以外の者でも葬ることが出来るのね。素晴らしい物を手に入れたわ。」
ニーズホッグは巨体をよじって虫を振り落とそうとするが、次から次へと襲いかかって来る虫達には成す術がなかった。頑丈な鱗は齧り取られ、隙間から中にはいって喰らい尽くそうとしてくる。
「ヌグウウ・・・。痛イシ痒イシ気持チ悪イ!オレニ群ガルナ!」
邪神を離し、あまりの苦痛にたまらず転げ回る。
「ミミズは虫の餌になるのが運命なのよ。骨まで残さず食らい尽くされるがいいわ!」
「ムグアアアアアア!」
「ミミズさん!」
ダナエは苦しむニーズホッグを見かねて、近くに駆け寄って虫を引き剥がした。
「頑張ってミミズさん!こんな虫に負けちゃダメ!」
手で掴んでポイポイと投げ捨てていくが、あまりに数が多すぎてキリがない。どうしようかと困っていると、後ろから誰かの手が伸びてきて首を掴まれた。
「自分から戻って来るなんて馬鹿な子ね。さあ、私と一緒に地球へ行きましょう。」
女の姿に戻った邪神が、ダナエの首を掴んで引きずって行く。
「嫌よ!離して!あんたなんかに利用されたくない!」
必死に抵抗するが、邪神はお構いなしに引きずっていく。そして渦巻く空間の歪に足を入れようとした時、眩い光が背後から迫って来た。
「今度は何!」
何度も邪魔をされ、さすがに頭に血が昇って目をつり上げる。すると目の前に迫って来たのは、光の粒子となったコウだった。
「これは・・・コウの光・・・・。」
光の粒子はダナエを包むように舞い降り、頭の中にそっと囁きかけてきた。
《ダナエ、しばらくの間お別れだ。でも・・・俺はきっと戻って来る。必ず戻って来ると約束する。だから・・・その時までさよならだ。》
コウは優しい声で笑いながら語りかける。そしてコスモリングの中に吸い込まれ、邪神の力を封じて渦の奥へと押し込んでいく。
「この・・・虫モドキめ!まだくたばっていなかったのね。」
《虫はお前も一緒だろ?それも醜くて汚い虫だ。このまま大人しく地球へ消えろ!》
コスモリングから邪神の力が消え去り、代わりにコウの想いに応えて邪神を渦の中へ引き込んでいく。その力は強力で、邪神はもがきながら手を伸ばして怒り狂った。
「おのれ妖精ッ!だからお前らは嫌いなのよ!いつか、いつか必ず根絶やしにしてやるわ!」
怒りに顔を歪ませながら、邪神は渦の中へと消えていった。ダナエは立ち上がって後を追いかけようとしたが、渦巻く空間は苔に覆われて消えてしまった。
「コウ!待ってよ!行かないで!私を置いていかないでよ!」
苔をむしって必死に叫ぶが、もう渦巻く空間が現れることはなかった。
「そんな・・・嫌よ・・・置いていかないでよ・・・私を一人にしないでよお!」
指から血が滲むほど苔をむしり取り、目に涙をためて鼻をすする。遠く離れた惑星で箱舟を失い、そして親友も失った。それらの絶望と悲しみは心を押しつぶし、頭を抱えてうずくまった。
「箱舟も、コウも、それにプッチーまで奪われちゃった・・・。ひどいよ、みんな私の大切な宝物なのに・・・。せめて・・・せめてコウだけでも返してよお・・・・。」
まさかこんな展開になるとは思わず、ラシルの廃墟へ来たことを後悔していた。
ここへ来ればユグドラシルへ辿り着く手掛かりがあると思っていたのに、ただただ仲間を傷つけられて、大切なものを奪われただけだった。
『ねえ、もう戦いなんてやめて、月へ帰りましょうよ。ジル・フィンなら、何か良い方法を教えてくれるかもしれないわ。だからこのまま帰りましょう。辛いことも苦しいことも忘れて、自分の家へ・・・・ね?』
自分の魂が、自分の本当の声を語りかけてくる。この星へ来てからあまりに辛いことが多くて、ダナエの心は完全に参っていた。決して表には出すまいと決めていた言葉を自分に言われると、本当にこのまま月へ帰ってしまおうかとくじけそうになった
「私は・・・できるなら月へ帰りたい・・・。けど、コウを放っておくことは出来ないわ。
それに他の仲間だって、邪神を倒すのに協力してくれているのに、私だけ逃げ出すわけにはいかない。そんなこと、そんなことは出来ないよ・・・・・。」
月へ帰りたいという想いを抑え込み、自分の魂に言い返す。また胸の痛みが襲ってくるのを覚悟して歯を食いしばっていると、思わぬ言葉が返ってきた。
『・・・いいわ、それもまたあなたの本心だもの。でもね、あなたは気づいている。これから先の戦いは、もっともっと過酷になる。今までみたいに、ピクニック気分で楽しむことなんて出来なくなるわ。そのことは、ちゃんと覚悟しているのよね?』
「・・・分からない。自分がどこまで戦えるかなんて、今はまったく分からないわ。でも、このまま逃げ出すのは嫌なの。だから・・・このまま旅を続ける。そして必ずユグドラシルに会いに行くわ。その時に、きっと道が拓けると思うから・・・。」
自分の気持ちをしっかりと伝え、魂の声を待つ。しかしいくら待っても言葉が返ってくることはなく、胸が痛み出すこともなかった。
「何も起こらないってことは、これが私の本心なのね。・・・それなら、こんな所で泣いている場合じゃない・・・。もっともっと強くなって、絶対に邪神を倒してみせる!」
拳を握って涙を拭き、大きく息を吸って立ち上がる。すると後ろからズルズルと音がして、ニーズホッグが喋りかけてきた。
「オマエガ邪神ヲ追イ払ッタノカ?」
「ううん、私じゃないわ。私の親友が追い払ってくれたの・・・・・。」
「ソウカ。ナラバ礼ヲ言ワナケレバナラナイナ。オマエノ親友トヤラハドコニイルノダ?」
「・・・分からない。コスモリングに吸い込まれて、邪神と一緒に地球へ消えていったから。」
「コスモリング・・・・地球・・・・。ドレモ懐シイ響キダガ、感傷ニ浸ッテイル場合ジャナイナ。マサカアノ邪神ガ、地球デ生キテイルトハ思ワナカッタ。コレハナントシテモ、奴ノ企ミヲ阻止セネバランヨウダ。」
ニーズホッグは舌を伸ばしてダナエを包み、頭の上に乗せた。
「オレハオマエノ親友ウノオカゲデ、ナントカ助カッタ。ナラバソノ礼トシテ、何カ力ニナラナケレバイケナイナ。」
「ニーズホッグ・・・・。もしかして私達の味方になってくれるの?」
「味方ジャナイ。力ヲ貸シテヤルト言ッテイルダケダ。オレモアノ邪神ハ気ニ食ワナイシ、オマエノ親友ニハ借ガアル。ダカラ邪神ヲ倒スマデハ一緒二戦ッテヤロウ。」
「ありがとう!ミミズさんみたいな強い味方がいたら心強いわ!」
ダナエはパチパチと手を叩いて喜び、ニーズホッグの頭の上で立ち上がった。
「私は妖精のダナエ。月からやって来たのよ。」
「ソウカ、月カラ来タノカ。コノ星ノ者デハナイト思ッテイタガ、マサカ月ノ妖精トハ思ワナカッタ。」
そうに言ってカチカチと歯を鳴らし、巨体を動かして壁に向かって行く。
「オレハ地球カラヤッ来キタノダ。ユグドラシルノ根元ニ住ンデイタノダガ、アイツハアル日地球ヲ去ッテシマッタ。ダカラ地球ニ残サレタ小サナユグドラシルノ根ッコヲ通リ、コノ星ニヤッテ来タ。モウ二千年以上モ前ノコトダ。」
「へえ・・・ずいぶん昔から住んでいるのね。」
ダナエは感心して呟き、ポンポンと頭を撫でた。
「私はユグドラシルに会いに行かなきゃいけないんだけど、ミミズさんは何か知ってるかな、ユグドラシルに辿り着く手掛かりを。」
「知ッテイルトイエバ知ッテイル。シカシ、知ラナイトイエバ知ラナイ。」
「何それ、何かの謎掛け?」
「違ウ。奴ノイル場所ヘ続ク道ハ知ッテイルガ、ソコヘ辿リ着ク方法ヲ知ラナイノダ。」
「道のりは知っているのに・・・辿り着く方法を知らない?ますます分からないわ?」
ダナエは胡坐をかき、腕を組んで首を捻る。ニーズホッグはズリズリと壁に向かい、腹のデコボコを器用に動かして上に登り始めた。
「トリアエズココカラ出ヨウ。」
揺れる頭にしっかりとしがみ付き、後ろを振り返って眉を寄せるダナエ。ここへ来て失ったものは大きいが、いつかそれを取り戻す為に、戦いの決意を固める。青い瞳を闘志に燃やしてじっと睨んでいると、根っこの穴から金次郎が出て来た。
「キンジロウ!」
「おお、王女さん!無事だったか!」
金次郎は銀の槍を握ってこちらに走って来る。そして槍を掲げながらピョンピョン跳びはねた。
「この槍は王女さんのじゃないのか?途中で落ちてたけど。」
「ああ!忘れてた。ジル・フィンからもらった大事な槍だわ。」
金次郎は槍を掲げたままこちらに走って来る。するとニーズホッグが長い尻尾で巻き取り、頭の上に運んでいった。
「いやあ、こんな見事な槍は初めて見た。きっと王女さんの物だろうと思って拾って来たんだ。」
服の袖でゴシゴシと擦り、両手で持って丁寧に差し出す。ダナエは「ありがとう」と笑って受け取り、槍を立てて強く握りしめた。
「今の私の武器はこれだけ。プッチーも盗られちゃったし、コウもいない。
この槍だけが、私にとってのたった一つの武器・・・。絶対に失うわけにはいかないわ。」
ジル・フィンから譲り受けた銀の槍は、一点の曇りもなく輝いている。幾度も強敵と戦ってきたのに、その刀身は刃こぼれ一つしていない。
「この槍にも、プッチーと同じように秘密が隠されている気がするわ。一度ジル・フィンに会いに行って、これからのことを相談した方がいいかもしれない。」
ニーズホッグは大きな穴を登り切って街に辿り着き、ダナエ達をそっと下ろした。
「オレハイツデモココニイルカラ、力ガ必要ニナッタラ来ルトイイ。」
「うん、ありがとう。きっと協力を頼みに来ると思うわ。」
「本当ハユグドラシルマデツイテ行ッテヤリタイガ、コノ巨体デハ目立チ過ギルカラナ。」
そう言って、小さな目を動かしてカチカチを歯を鳴らして笑う。ダナエは首を振り、ニーズホッグの顔を見上げて微笑みを返した。
「力をかしてくれるってだけで充分よ。でも、また邪神がここに現れるかもしれないから気をつけてね。」
心配そうに言うと、ニーズホッグは穴の中を見下ろして小さく笑った。
「心配ナイ。アノ空間ノ渦ハ後デ潰シテオク。オレノ歯二噛ミ砕ケナイモノナドナイカラナ。」
自慢の歯をニヤリと見せつけ、ガチガチ鳴らして巨体を持ち上げる。そしてクルリと身体を反転させて、自分の住処へと帰っていった。
「またね、ニーズホッグ!」
ダナエは大きく手を振り、ニーズホッグは歯を鳴らして返事をする。そして大きな建物の陰へと消えていった。
「さて、これからが大変ね。今までよりもっと過酷な旅になるだろうから、気を引き締めなくちゃ。」
パチンと頬を叩き、気合を入れて「よっしゃ!」と叫ぶ。そして街の外で待つミズチの元へと向かった。
かつて繁栄を極めたラシルの街は、今でも充分にその面影を残している。この場所に足りないものはただ一つ、ユグドラシルだけ。あの神樹に会うことが、全ての鍵を握っている。その為にも、まずはジル・フィンに会って相談しなければいけない。
これまでの旅のこと、そしてこれからの旅のこと。
金次郎と並んでしばらく歩いていると、後ろの方から何かが砕ける大きな音が聞こえた。
「地球と繋がる空間の渦を潰したのね。これで一つ、邪神の企みが阻止されたわ。」
心の中でニーズホッグに礼を言い、前を向いて再び歩き出して行く。
「あ、そういえばドリューはどうなったの?ちゃんと助かった?」
不安そうに瞳を揺らしながら尋ねると、金次郎は「心配ねえよ」と笑った。
「あの街には良い医者がいるんだ。そいつに任せたから問題ない。まあ・・・治療費は馬鹿みたいに高く付くだろうけど、外のゾンビ達に話したら、金のことなら心配するなって言ってからな。きっと助かるよ。」
「そっか・・・よかった。」
ホッと胸を撫で下ろし、安堵の息を吐く。所々に空いた根っこの穴に注意しながら進んでいくと、ミズチがじっとこちらを見つめて待っていた。
ダナエはサッと駆け寄り、顔を近づけてきたミズチの頭を撫でて「ただいま」と笑う。
「じっと待ってたなんてお利口さんね。」
頭を撫でながら褒めると、ミズチは嬉しそうに鳴いてから口を開けた。
「おっと!へへんだ、もう昆布はくらわないよ。」
ミズチの口から飛んできた海藻をヒラリとかわし、ペチペチと頭を叩く。
「それじゃ王女さん、地上へ戻ろうか。」
金次郎は顔についた海藻をペリペリと剥がし、ミズチに投げ返して街の出口へ歩いて行く。
ダナエもトコトコとあとをついて行き、途中で立ち止まって後ろを振り返った。
「コウ・・・。きっと・・・きっとまた必ず会えるよね。」
小さな呟きは街の中に吸い込まれ、宙を漂って消えていく。ダナエは親友の姿を思い浮かべながら、悲しみを押し殺して濡れる目尻を拭った。
先を行く金次郎が早く来いと呼びかけ、頷いて走っていく。海から射す光が波の揺らぎを地面に映しているが、ダナエの心は揺らぐことなく固い決意に燃えていた。
『必ずユグドラシルに辿り着く。そして、必ず邪神を倒す。』
地面に揺れる光を踏みしめ、根っこの穴を飛び越えて廃墟の出口へと向かっていった。

 

                         (ダナエの神話〜神樹の星〜  −完−)

ダナエの神話〜神樹の星〜 第八話 海底の廃墟(4)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 18:27

『海底の廃墟』4


紫のワンピースを着て、恐ろしいまでに冷酷な気を纏う女。
その姿を見て、ダナエは思わず呟いてしまった。
「じゃ・・・邪神・・・・。」
その呟きを聞いた途端、女の表情が変わった。笑顔は消え、能面のように冷たい表情で威圧する。
「どうして知ってるのかしら?わたし、あなたに会った覚えはないはずだけど。」
ダナエはしまったと思い、口を閉じて俯いた。女はダナエの顎を掴み、無理矢理こちらを向かせてさらに顔を近づける。
「ねえ、どうしてあなたが私のことを知っているの?どこかで会ったことがある?
それとも・・・誰かに聞いたとか?」
ダナエは最後の言葉にピクリと反応し、肩が小さく揺れた。女はそれを見逃さず、しばらくダナエを睨んでから立ち上がった。
「なるほどね、これで謎が解けたわ。」
美しい黒髪をサラリと流し、踵を返してドリューの横に立つ。そしてクルリと振り向き、またニコニコと笑顔を向けた。
「最近私の部下がコソコソと動きまわっていたんだけど、あなたが原因だったのね。しばらく泳がせて尻尾を掴んでやろうと思っていたんだけど、その必要もなくなったわ。
あの金貸しは早急に処分して、裏切り者がどういう目に遭うか、見せしめとして痛めつけてやらなくちゃ。うふふ・・・。」
女は楽しそうに笑う。そして手の平からニュルニュルと剣を伸ばし、ダナエの首元に突きつけた。
「悪いけど、あなたはここで死んでね。この場所が地球と繋がっているだなんて知れたら、それこそ一大事だから。」
「ここが・・・地球と・・・?」
「そうよ。光の壁の穴を利用して、地球とこの星を繋げたの。この道を造るのに苦労したんだから。だから絶対にこの場所を誰かに知られるわけにはいかないの。目撃者には死んでもらわないとね。」
女は軽い用事でも済ませるように言い、ダナエの首元に剣を押し付けた。
「まあ運が悪かったと思って諦めてちょうだい。それじゃあ・・・さようなら。」
女の剣がダナエの首に押し込まれる。しかし寸前のところで首を捻ってかわし、銀の槍を握って立ち上がった。
「あなたが・・・あなたが邪神・・・。みんなを酷い目に遭わせて、この星と地球を乗っ取ろうと企んでいる悪魔。私は・・・絶対にそんなことは許さないわ!」
「うふふ、元気な子供ね。でも馬鹿だわ。親はどういう教育をしているのかしら?」
「私は馬鹿じゃない!月の妖精王ケンと、その妃アメルの子!そして、月の女神ダフネの祝福を受けて生まれた子よ!誰にも馬鹿にさせたりしないわ!」
ダナエは槍を構え、戦う気満々で睨みつける。すると女は言葉を失って目を開き、ゆっくりと剣を下ろした。
「ねえ、今の言葉は本当?妖精王ケンと、その妃アメルの子って・・・。」
「ほんとうよ!私は月の妖精の王女!魔法の箱舟に乗って月を旅立ち、ユグドラシルに呼ばれてこの星へやって来た。あなたをやっつける為に!」
ダナエの怒りは増し、金色の髪が光ってゆらゆらとざわめき出す。青い瞳は波のように揺れ、槍を握る手に力が入っていった。
女は腕の剣をシュルシュルと元に戻し、俯いて小さく笑いだす。可笑しそうに肩を震わせ、髪を掻き上げて天を見上げた。
「何がおかしいの!また馬鹿にするつもり?」
「いいえ、そうじゃないわ。まさかこんな偶然があるなんて思わなくて。」
その声は軽快に弾んでいて、口の端を歪めて微笑んだ。
「あなたの名前・・・ダナエというんじゃないかしら?」
「・・・そうよ、どうして知ってるの?」
「どうしても何も、私はあなたを探していたからよ。あの箱舟を手に入れたのはいいけど、自由に使いこなせなくて困ってるの。きっと持ち主じゃないと、完璧には扱えないようになってるのね?」
「当たり前じゃない。あれはお父さんとお母さんが、私の誕生を祝って贈ってくれた物なのよ。
そして月の女神が祝福の魔法をかけてくれた。だから、私以外の誰にも乗りこなすことは出来ないわ!」
「うんうん、きっとそうだと思った。だからね、あなたを誘拐して、あの船に縛りつけるつもりだったの。そして適当に拷問でもして、言うことをきかせようと考えていたのね。
それがこんな場所で手に入るだなんて、今日はとってもツイてるわ!」
女は髪を振り乱し、高らかに笑う。ダナエは女の言葉に腹を立て、槍を向けて突撃した。
「誰があんたなんかに捕まるもんか!ここで倒してやるわ!」
銀の槍が女の胸に迫る。しかし女はあっさりと素手で掴み、逆にダナエを殴り飛ばした。
「きゃあッ!」
「ダナエ!」
コウは慌てて飛び寄る。しかし女に叩き落とされて気を失ってしまった。
「コウ!」
地面に落ちたコウを拾い、胸に抱き寄せる。そして背中を向けて、身を呈して守った。
「うふふ、お馬鹿さん。私が欲しいのはあなただけ。そんな虫モドキに用は無いわ。」
女はダナエの頭を掴み、凄まじい怪力で持ち上げた。
「あああああああ!」
まるで万力で締めつけられているような痛みを感じ、意識が遠のきそうになる。しかしグッと歯を食いしばって堪え、怒りに満ちた目で女を睨んだ。
「そんな顔しちゃダメよ、せっかくの可愛い顔が台無しになっちゃうわ。うふふ。」
「うるさい!あんたのせいでどれだけたくさんの人が苦しんでると思ってるの!人も妖怪も、それに神様だって・・・・。みんなみんな、あんたのせいで苦しんでる!この自分勝手のわがまま邪神め!反省しなさい!」
身を捩ってガンガンと女を蹴りつける。怒りと憎しみに満ちた目で睨み、今までに出会った邪神の被害者を思い浮かべて涙が溜まっていく。
しかし女は、そんなダナエを見つめて面白そうに笑い、さらに頭を締め付けた。
「ああああああああッ!」
「さすが月の妖精の王女、気が強いこと。」
鼻が触れるほど顔を近づけ、指でそっとダナエの頬を撫でる。首に掛けた大きな数珠が怪しく光り、嘘臭いほど赤い唇が艶やかに輝く。
「私があなたを欲しがっていたのは、あの箱舟の為だけじゃないわ。この星と地球を乗っ取るうえで、月は必ず障害となる。あの星は大きな魔力を秘めているし、やっかいな月の女神や妖精がいるから、きっと私の邪魔をしてくるはず・・・。でもあなたを人質に取っておけば、月の連中も簡単に手が出せないはずよ。なんたって月の妖精の王女様なんだから。」
「うう・・・私を・・・利用しようっていうのね・・・。」
「その通りよ。あなたを地球へ連れていって、苦しい苦しい拷問にかけて、言うことを聞くようにしてあげるわ。さあ、それじゃ行きましょうか。」
紫のワンピースを翻し、クルリと回って穴の奥へ向かう女。ダナエは頭を締め付けられる痛みに耐えながら、何とかこの状況を打開しようと考えていた。
《ここで私が連れ去られたら、ドリューはあのまま死んじゃうかもしれない・・・。
やっぱりここは、プッチーの神様に頼るしかないわ。》
あの強い神様達なら、この邪神を何とかしてくれるかもしれない。ダナエは祈るような思いでコスモリングに語りかけた。
《プッチーに宿る神様よ、お願い!この悪い邪神をやっつけて、みんなを助けて!》
コスモリングに宿る神は、その想いに応えて姿を現わした。右の宝石から眩い光が放たれ、銀色の髪をなびかせてアリアンロッドが舞い下りる。
「これは・・・いったい何が起きたの?」
女は瞬きをしてアリアンロッドを見つめる。そしてダナエの左腕に注目し、「これね」と手を伸ばした。
「汚い手で触れるでない!」
アリアンロッドの剣が一閃し、女の腕を斬り落とす。そしてダナエを助け出して、そっと地面に寝かせた。
「大丈夫かダナエ?」
「うん・・・なんとかね・・・。」
「どうしてもっと早く呼ばない?危うく連れ去られるところだったんだぞ。」
「そうだけど・・・なるべく自分の力で戦いたかったから・・・。ごめんね。」
小さく笑うダナエを見つめ、アリアンロッドは呆れたように首を振った。
「相変わらず強情な子だ。しかし・・・だからこそお前を気に入っているのだがな。」
アリアンロッドも微笑みを返し、ダナエの頬を撫でてから立ち上がる。よく磨かれた細身の剣をピュッと振り、怖い目で女を睨んだ。
「貴様が邪神か・・・。美しい見た目とは裏腹に、禍々しい邪気を感じる。」
「あなたは・・・地球の神ね。たしかケルト神話の・・・、」
「アリアンロッドだ。今はわけあってこの星に身を寄せているが、地球の危機とあれば黙って見ていることは出来ん。今ここで、お前を成敗するッ!」
チャキっと剣を鳴らし、刃を立てて斬りかかる。目にも止まらぬ剣さばきが、あっという間に女を切り裂いた。
「ふん・・・ずいぶん呆気なかったな。しょせん異星の邪神などこの程度か。」
空を切り裂いて剣を振り、ゆっくりと鞘に収める。そしてダナエの元へ駆け寄ろうとした時、何かが腹を貫いた。
「がはあッ・・・これは・・・剣・・・・?」
「ふふふ、油断しちゃいけないわ。たかが地球の女神さん。」
アリアンロッドは腹を貫く剣を握り、その身から引き抜いた。そしてガクッと膝をついて血を吐く。
「ごふッ・・・・。これは・・・ただの剣ではないな・・・・。」
「これはラシルの星の呪われた剣、神殺しの太刀よ。これで斬られた者は、たとえどんな神であっても死に至る。さて、その首を頂きましょうか。」
女は黒光りする剣を握って近づいて来る。アリアンロッドは力を振り絞って立ち上がり、痛みに耐えながら剣を構えた。
「この程度でやられはしない!討てるものなら討って・・・・、がはあッ!」
今度は地面から矢が飛んで来て、またしても腹を貫かれてしまった。さすがのアリアンロッドもたまらず倒れ込む。
「相手の武器が一つとは限らない・・・。ほら、こんな具合に。」
女が両手を広げると、周りにいくつもの武器が浮かび上がった。弓矢に斧、槍に棍棒、そして指輪に杖。どれもが禍々しく黒光りしていて、恐ろしい邪気を発していた。
「これらは全て呪いの神器。どんな神でも殺せる忌まわしき武具よ。さあ、地球の女神よ、思う存分受け取りなさい。」
女は笑いながら剣をふりかざし、アリアンロッドに向けて振り下ろした。すると宙に浮かんでいた武器が一斉に飛んで来て、アリアンロッドの身体を切り裂き、痛めつけていった。
「あああああああああああああッ!」
「ふふふ、いい悲鳴だわ。そおれ、もっと舞いなさい。」
女は剣を掲げ、オーケストラの指揮者のように振り回す。呪われた神器は音楽を奏でるようにリズミカルに飛び周り、ひたすらアリアンロッドを攻め立てていく。鋭い刃が、硬い棍棒が、そして杖から放たれる呪術が、幾重にも襲いかかってアリアンロッドを痛めつけていく。
「ふうあああああああああああッ!」
絶叫を響かせて血を流し、たまらず倒れそうになる。しかし次々に襲いかかる武器のせいで、倒れることすら許されず、ただただ翻弄されて苦痛の踊りを舞わされる。
「アリアンロッド!」
ダナエは手を伸ばして叫び、再びコスモリングに願った。
「お願いプッチーッ!他の神様も全部呼び出して!」
悲痛な叫びはコスモリングの宝石を揺らし、他の二人の神も飛び出してくる。黒い風の中からスカアハが、稲妻の中からクー・フーリンが現れ、呪いの神器を打ち払ってアリアンロッドを助け出した。
「・・・無事か?」
スカアハが心配そうに呼びかけると、アリアンロッドは「なんとかな」と笑ってみせた。
「うおおおおおおおお!戦い!戦いだああああああああッ!」
クー・フーリンの顎がメキメキと割れ、鬼の形相へと変貌していく。身体は筋骨隆々と逞しくなり、もじゃもじゃと手足に毛が生えて長い髪がうねり出した。
「唸る!俺の槍が唸り狂っているぞおおおおおッ!」
猛獣のように雄叫びを上げ、ゲイボルグを振りかざして突進する。
「野蛮な神ね。あなたみたいなのはあまり好きではないわ。」
女は手を動かし、呪いの神器を操る。そしてクー・フーリンに向かって一斉に飛ばした。
「笑止千万!こんな児戯が通用するか!」
クー・フーリンは槍を逆手に持ち、女に向かって投げる。槍は無数の矢に変化し、呪いの神器を打ち払って女に突き刺さった。
「チャンス!このまま切り裂く!」
矢を槍に戻し、すれ違いざまに女を斬りつける。しかし斬られたのはクー・フーリンの方で、自慢の鎧が割れて血が流れ出した。
「ぬうう・・・面白い!それでこそ戦いがいあ・・・・、」
そう言いかけようとした時、背後から呪いの神器が飛んで来た。そして鈍い音を立てて背中を貫通し、「がはッ・・・」と血を吐いて倒れた。
「うふふ、勢いだけのお馬鹿さん。そのまま呪われてしまいなさい。」
呪いの神器が突き刺さったクー・フーリンは、身体にじわじわと黒い滲みが広がっていった。
あれだけ威勢のよかった荒ぶる神が、ピクリとも動かずに沈黙していた。
「うふふ、やはり地球の神は大したことがないわね。」
馬鹿にしたように言って髪を掻き上げると、頬に硬い物がめり込んで吹き飛ばされた。
「・・・隙だらけよな・・・異星の邪神よ・・・・。」
スカアハは拳を構えて足を広げ、黒い風を纏わせた。燃えるような赤い瞳は、その輝きを増して真紅に染まっていく。
「・・・不意打ちとはやってくれるわ・・・。私の顔を殴った代償、高くつくわよ。」
女は平気な顔で立ち上がり、全ての神器を集めて身体の中に吸い込んだ。そして高く右手を持ち上げ、指を立てて目を瞑る。
「矮小なる青き星の神よ・・・ラシルに眠る奈落の底へ沈みなさい。」
女の指からゆらゆらと糸が伸び、スカアハに纏わりつく。
「これしき・・・ふんッ!」
全身から気を発して吹き飛ばそうとするが、女の放った糸はビクともしない。それどころかさらに強く締め付け、皮膚から血が滲み出す。
「・・・ならば魔術で消し去るまで!・・・むうんッ!」
目を閉じて片手で印を結び、地獄から悪魔を呼び出して糸を断ち切ろうとする。
「そんなことでこの糸は切れないわ。私の呪術はそんなに甘くなくてよ。」
女はクイっと指を引っ張る。すると糸が生き物のように暴れ出し、一瞬にして悪魔達を切り裂いた。
そしてさらにスカアハの身体を締め付け、ハムのように縛り上げて骨に食い込んでいく。
「ぐうあああああああああああ!」
「ああ・・・いいわ・・・。その悲鳴をもっと聞かせて!」
恍惚としてゾクゾクと身を震わせ、うっとりとしながら糸を引っ張っていく。
スカアハはあまりの苦痛に耐えかね、思わず膝をついて倒れ込んだ。そして地面に渦巻き状の空間が現れ、蟻地獄のように中に引きずり込まれていく。
「スカアハ!」
アリアンロッドは剣を振って糸を切ろうとする。しかし強靭な糸はビクともせず、逆にアリアンロッドを締め上げてしまった。
「ああああああああああ!」
「ふふふ、馬鹿な女が二人・・・。仲良くラシルの奈落へ落ちるがいいわ。」
スカアハとアリアンロッドは、糸に縛られて成す術なく奈落におちていく。女は楽しそうに二人の苦しむ姿を見つめ、スカアハの頭に足を乗せて笑った。
「ほんとうに地球の神は脆弱ね。ユグドラシルが生まれた星だから、どれほど強力な神がいるのかと警戒してたけど・・・・誰もかれもが取るに足らない神ばかり。
力はあってもオツムのない者、オツムはあっても力のない者。果ては神のくせに誘惑や煩悩に負けたり、戦う前から逃げ出す者もいる。確かにあれじゃあ、ユグドラシルも嫌気がさすはずだわ。うふふふ。」
「おのれ・・・好き勝手なことを・・・・。」
故郷の神々を散々に馬鹿にされ、アリアンロッドの頭に血が昇っていく。持てる力の全てを注いで糸を切ろうとするが、皮膚に食い込んで血が流れるだけであった。
「無駄よ、あなた達ていどの力じゃそれは切れない。私は用があるからこれで失礼するけど、せいぜい心ゆくまで苦しみもがいてちょうだい。」
女は二人の顔を蹴り飛ばし、ダナエの髪を掴んで持ち上げる。そしてコスモリングを興味深く見つめ、力任せにむしり取ろうとした。
「痛いッ!やめて!」
「しっかり填まって取れないわね。じゃあ腕を斬り落としましょうか。」
アリアンロッドに斬られた腕を再生させて、手の平からシュルシュルと剣を伸ばす。そしてギラリと怪しく輝かせ、ダナエの腕に当てた。
「止めろ!その子を傷つけるな!」
アリアンロッドは身を捩って剣を振り、真空の刃で女の腕を斬り払う。
「あらら、また斬られちゃった。せっかく再生させたのに・・・。」
若干怒ったように目をつり上げ、弓矢を呼び出して呪いの矢を放つ。
「ぐッ・・・。」
それはアリアンロッドの胸を貫通し、ぐったりと項垂れて動かなくなってしまった。
「アリアン!しっかりせよ!」
スカアハは手を伸ばして助けようとするが、鋭い糸に手を絡め取られて激痛に叫んだ。
「ぐうあああああああ!」
「ほんとに馬鹿な女達。なんだか同情すらわいてくるわ・・・。」
冷たい瞳で見下し、また腕を再生させて剣を伸ばす。
「ちょっと痛いけど、我慢してね。」
「・・い・・・いやだ・・・・やめて・・・・。」
抗うことの出来ない恐怖に、ダナエの心は負けそうになる。ギュッと目を閉じて顔を逸らし、唇を噛んで必死に涙を堪えていた。
するとその時、目を覚ましたコウがダナエの腕から飛び上がった。
「手え離せこの野郎!」
鋭い羽が女の顔を切り裂き、赤い血が飛沫のように飛び散る。
「・・・ああ、まったく・・・。邪魔ばかりで嫌になっちゃう。」
ウンザリして首を振り、片手でコウを掴んで握りつぶそうとする。
「うぎゃああああああ!」
「コウ!やめて!」
「私ね、妖精って嫌いなのよ。虫モドキの分際で偉そうに人の形をしてるでしょ?しかも魔法なんて厄介なものまで使うし。地球に帰ったら、妖精によく効く殺虫剤でも開発しようかしら。」
ゴキブリでも見下ろすかのようにコウを睨み、ギリギリと握りしめて潰そうとする。
「やめて!お願いだからもうやめてよお・・・。プッチーならあげるから、もうやめて・・・。」
堪えていた涙が流れ落ち、頬を伝って地面に落ちていく。ダナエの絶望に呼応するようにコスモリングが輝き、三人の神を吸い込んで宝石の中に戻した。そしてドクンと脈打ち、ダナエの手からするりと抜け落ちた。女はゆっくりと屈んでコスモリングを掴み、良いオモチャを手に入れたとばかりにニヤリと笑う。
「これは中々面白い道具ね。何かの役に立つかもしれないからもらっておくわ。」
「お願い・・・それをあげるからコウを離して・・・・。」
悲痛な声で喉を詰まらせ、懇願するように見つめる。女はニコリと頷き、コウを目の前に差し出した。
「コウ・・・・・。」
ダナエは手を伸ばし、コウを受け取ろうとする。しかし女はズイっと顔を近づけ、意地悪く笑った。
「腕輪の代わりに、この妖精は返してあげる。・・・・・・死体でね。」
女はコウを握る手にグッと力を込める。ミキミキと嫌な音がして、コウは絶叫した。
「うぎゃあああああああ!」
「いやあ!やめて!お願いだから・・・・、」
コウの悲鳴に重なるようにダナエの叫びが響く。そしてその手がコウに触れようとした瞬間、女は力任せに彼を握りつぶした。
パシュっと鋭い音が響き、コウの小さな身体は光の粒子となって砕かれた。それは幻想的な蛍のように宙を舞い、キラキラとダナエの頭上に降り注ぐ。
「・・・コウ・・・・・・・。」
何が起きたのか分からず、ダナエはしばらく固まっていた。宙を舞う光は場違いなほど美しく、月から見た銀河の星空とよく似ていた。
しかし心の奥から声にならない声が湧きあがり、口を開けて叫んでいた。
「いやあああああああああ!コオオオオオオオウ!」
降り注ぐ光に手を伸ばし、コウを掴もうと必死に手繰り寄せる。しかし光の粒子はスルリと手をすり抜けるばかりで、小雨のように地面に落ちていく。
常軌を逸した泣き声は、まるで自分のものとは思えないほど根っこの穴の中にこだまする。泣いているのは自分なのに、それを冷静に見つめる別の自分がいることに驚き、それがまた悲しみの叫びを増幅させた。
「いやああああああ!コウ!いやだああああ!うわああああああああああん!」
「あらあ・・・まさかこんなふうになるなんてねえ。これは以外だったわ。」
てっきり死体が出来あがると思っていたのに、光の粒子に変わるとは思っていなかった。美しい光の雨は女にも降り注ぎ、それが腹立たしくて手で振り払う。
「なんだか羽虫が舞ってるみたいで気持ち悪いわ。やっぱり妖精なんてロクなものじゃないわね。」
鬱陶しく思いながらダナエの髪を引っ張り、地球へ通じる奥の道へと歩いていく。
「今日は収穫だらけだわ。妖精の王女は捕獲できたし、部下の裏切りの尻尾を掴むことも出来たし、それにこの腕輪と不思議な絵も手に入った。なんだか上手くいき過ぎて、ちょっと怖いくらいね。」
それでもご機嫌な足取りで地球へ繋がる穴に向かい、ルンルンと鼻歌を歌い出す。ダナエは手足をもがいて暴れ回り、ひたすらに女を罵った。
「この!許さない!あんたは絶対に許さないんだから!この馬鹿女!冷徹邪神!私は絶対にコウの仇を討ってやる!覚悟してろよこのウスラトンカチ!」
「あらあら、可愛い女の子がそんな言葉を使うものじゃないわよ。」
「うるさい!お前は喋るな!絶対に・・・絶対にコウの仇を討ってやる!私がこの手で八つ裂きにしてぶっ殺してやるわッ!うわああああああああ!」
「うるさい子供ね。あんまり喚くと、またお仕置きすることになるわよ?」
女は髪から手を離し、頭を締め付けて指を食い込ませる。
「ああああああああ!」
「痛いのが嫌なら大人しくしてなさい。まあどっちみち地球に戻ったら拷問するんだけどね。
ああ・・・考えただけでも胸が高鳴る。どんなふうに痛めつけてやろうかしら。」
女は宙を見上げて目をうっとりさせ、クリスマスプレゼントを待つ子供のようにキラキラと表情を輝かせる。ダナエは歯を食いしばって痛みに耐え、さらに暴れ回った。
「拷問なんかされたって、絶対にお前になんか協力しない!」
「うふふ、みんな最初はそう言うのよ。でもね、人でも神でも、限界を超えた痛みには耐えられなくってよ。特に私の拷問はね・・・・ふふふ。」
「うっとりして喋るなこの馬鹿女!殺す!お前は絶対にぶっ殺してやるわッ!」
目の前でコウを殺されたショックは、ダナエの心をぐちゃぐちゃにかき乱していた。言いようのない悲しみと怒りが混ざり合い、今にも燃え尽きそうなほど心と身体が熱くなる。
目から流れる涙は激しさを増し、雨に打たれたように顔を濡らしていった。
「好きなだけ吠えてなさい。いくら喚いても状況は変わらないんだから。」
女はズルズルとダナエを引っ張って行き、隕石でも衝突したかのような大きな穴に出た。
「ここはかつてユグドラシルが生えていた場所。今でもわずかに神樹の力が残っているわ。」
クレーターのような巨大な穴には頭上から光が射していて、波打つ海の光が地面に揺らいでいた。女はダナエを引きずって穴の奥に向かい、苔が密集している場所に向かって息を吹きかけた。すると苔がワサワサと逃げていき、その中から渦巻く空間の歪が現れた。
「ここを通れば光の壁を超えて地球に行けるのよ。これは現実と空想の境目を飛び越える、真なる神の掟に逆らう道。だからこそ、この秘密の穴には意味がある。地球とこの星、そして空想と現実、二つの世界を、完全に私のものにすることが出来るんだから。」
女は渦巻く歪みに指を入れ、金庫のダイヤルを回すようにクルクルと円を描く。すると歪の渦巻きが逆向きに回り始め、その奥に地球の姿が映し出された。
「さあ、地球に行きましょう。たっぷり可愛がってあげるから。」
女は渦の中に足を踏み入れる。ダナエは何とか抵抗しようともがいたが、凄まじい怪力の前にビクともしなかった。
「くそッ・・・。いやだ・・・こんな奴に利用されるなんて、絶対に嫌だあああああ!」
バタバタを足と叩きつけ、爪を立てて地面に指を食い込ませる。女はかまわずに力任せに引きずり、ダナエの爪はパキンと割れて血が流れ出した。
「こんな・・・こんな奴に好き勝手にされるなんて絶対に嫌だ!こんな勝手な奴に負けるなんて絶対に嫌だ!この手を離せ!そしてコウを・・・・コウを返せえええええええッ!」
ダナエの心の叫びは、街に張り巡らされた根っこの穴に響き渡る。
肺と喉から絞り出したその声は、あらゆる場所に反射して幾重にも共鳴する。女は足を止めて振り返り、泣き喚くダナエを怪訝な目で見つめた。
「これは・・・ただの泣き声じゃないわね。とても強い魔力を感じる・・・。」
ダナエの叫びは、波のようにビリビリと空気を揺らした。その声にとてつもなく不吉なものを感じ、女は急いで地球へ戻ろうとする。
「やっぱり月の王女だけあって、秘めた力は大きいわね。トラブルが起こらないうちにサッサと戻らなきゃ。」
女は焦って渦の中へ入っていく。しかしその背後から、女の危惧するトラブルの種がやってきた。
「コラアアアアアア!ココ二入ルナト言っダロウガアッ!」
女の背後から迫って来た者。それはラシルの街の番人、ニーズホッグだった。

 

                      (つづく)

ダナエの神話〜神樹の星〜 第八話 海底の廃墟(3)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 18:25

『海底の廃墟』3


色とりどりの海藻が波に任せて身を揺らし、優雅な舞踏会を開いている。
その周りをこれまた鮮やかな魚達が遊泳し、歌うように口をパクパク動かしていた。
「すごい・・・。これがラシルの海・・・・。」
ダナエの住む月の王国にも海はあるが、こんなに鮮やかな景色は広がっていない。思うがままに絵具を垂らしたような愉快さと楽しさは、ラシルの海の豊さを表していた。
「この星の海はすげえよ。とっくの昔に地球の海が失くしちまったもんを、今でもちゃんと持ってるんだ。」
「きっとラシルの星の人達は、海を大切に思ってるのね。」
「ああ、みんなこの海を大事にしてる。まあ、一部そうじゃない奴らもいるらしいが・・・。」
金次郎は舵を切るように海藻の手綱を掴み、ミズチの進路を変えていく。
「ラシルの廃墟の周りは海が荒れてるんだ。だから慎重に近づかないといけねえ。」
巧みな手綱さばきでミズチを操り、まるで空を飛ぶように海の中を駆けていく。目に見えない海流の動きを読み取り、決して潮の流れに逆らわずに先へ進んでいく。
「さすが漁師さん!自由自在に海を進めるのね。」
「海には流れがあるんだ。それを見極めるには、海底のでこぼこやら魚の動きやらに注意しなきゃならねえ。あとは長年の勘ってやつよ。」
熟練のレーサーのように華麗なドリフトを決め、荒れる海流を乗り越えてイソギンチャクの群れの上を飛んでいく。そしてしばらくそのまま進むと、海に沈む大きな街が見えてきた。
「王女さん。あれがラシルの廃墟だ。」
「あれが・・・・。」
ダナエはガラスに顔を張りつけるようにして、ミズチの腹の中から覗き込む。遠くの方に陽炎のように揺らめく七色の泡があり、その中に美しい街が建っていた。
「うわあ、立派な街ねえ・・・。とても廃墟とは思えないわ。」
「廃墟っていっても、中はボロボロってわけじゃねえんだ。ただユグドラシルの力が消えて、かつての力を失くしているだけなのさ。」
金次郎はミズチを廃墟の傍に寄せ、七色の泡の前に降りた。
「さて、それじゃ外に出るか。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!外に出るかって言っても、ここは海の中なのよ?」
カナヅチのダナエは不安そうに金次郎のズボンのゴムを引っ張る。
「おいおい、モモヒキが伸びちまうから離してくれ・・・。」
「ああ、ごめんなさい。ほら、私って思ってることが行動に出ちゃうタイプだから。」
「初めて会った王女様の性格なんか分からねえよ。」
金次郎は迷惑そうにズボンのゴムをさすり、ミズチの口の方へ向かう。
「心配しなくても大丈夫だよ。ついて来れば分かるから。」
「で、でも・・・・。」
ダナエは海が好きなくせに、水の中が苦手であった。高い所が苦手なジャムと同じようにブルブルと震え、コウを握ってギュウギュウと締めつける。
「ぐげ・・・・やめれ・・・。」
コウはペチリとダナエの手を叩き、ケホケホと咳をして肩に止まった。
「心配すんなって。もし溺れたら俺が魔法で助けてやるから。」
「でも・・・・。」
するとドリューもダナエの肩を叩き、安心させるように笑いかけた。
「大丈夫ですよ。いつもの張り切ったダナエさんはどうしたんです?」
二人に励まされ、ダナエは渋々頷いて「分かった」と呟く。そしてミズチの口の中まで来ると、金次郎がピュイっと口笛を鳴らした。
するとミズチは口を開け、プクプクと泡を吐き出した。ダナエ達はその泡につつまれて、外へ押し出される。
「な、大丈夫だっただろ?」
金次郎は皺を寄せて二コリと笑う。ダナエはホッと胸を撫で下ろし、笑って頷いた。
「それじゃミズチ、ちょっとここで待っててくれ。」
ミズチは「キュキュ」と鳴き、廃墟の周りを遊泳し始めた。金次郎はそれを見送ると、七色の泡に近づいてトントンとノックをした。
「お〜い、ニーズ!ちょっとここを開けてくれや。」
友達の家に来たように気軽に呼びかけると、廃墟の奥から何かを引きずる音が聞こえてきた。
そして建物の陰からヌッと巨大な影が現れ、こちらに近づいて来る。
「おう、ご無沙汰。ちょっと中に入れてくれよ。」
金次郎が手を振ると、巨大な影はさらに近づいて来て、その姿を露わにした。
「・・・キンジロウ?」
ダナエ達の前に現れたのは、ミズチよりもさらに二回りほど大きな龍だった。
「うおおおお・・・・。今度はブブカよりデカイのが現れたぞ・・・。」
シロナガスクジラの倍以上大きな龍は、やたらと大きな口を開いてニっと笑った。そしてキラキラ光る真っ白な歯を見せつけ、顔の割に小さな目をギョロリと動かした。
「こいつはニーズホッグってんだ。ユグドラシルの根っこに住みついてる龍で、根っこの穴を通ってこの星へやって来たのさ。」
紹介を受けたニーズホッグは、巨体を持ち上げて叫んだ。
「オ、オ、オ、オレハニーズホッグ!・・・・ヨロシク!」
「おいおい・・・喋り方が馬鹿丸出しだぜ。大丈夫か?」
コウは腕を組んでニーズホッグを見上げる。その巨体は龍というより、蛇とミミズを足して二で割ったように感じられた。歯と同じくらいピカピカ光る白い鱗を見せつけ、ニーズホッグはスンスンと鼻を動かす。
「キンジロウ・・・オマエ、今日ハ・・・中入レナイ。」
「はあ?なんでだよ?いつもは入れてくれるじゃねえか。」
「今日ノオマエ・・・土産モッテナイ・・・。ダカラ中ニ入レラレナイ。」
そう言われて、金次郎は「ああ、しまった!」と頭を掻いた。
「いっけねえ・・・。手ぶらで来ちまった・・・。」
顔をしかめて舌打ちをし、困ったように宙を睨みつける。ダナエは顔を覗き込み、「何かあったの?」と尋ねた。
「実はな、ニーズに渡す手土産を忘れて来ちまったんだよ。こいつは何かあげないと、中には入れてくれないからなあ・・・。」
「手土産かあ・・・。何かあったかな?」
ダナエは自分の鞄をゴソゴソと漁る。そしてジャムから受け取った山菜を取り出した。
「これじゃダメかな?」
ニーズホッグに向かって山菜を近づけると、スンスンと鼻を動かしてそっぽを向いた。
「オレ・・・ソンナノ・・・イラナイ・・・。何カ別ノモノヲヨコセ。」
「なんだよ、馬鹿のくせにわがままだなあ。他に何かないのかよ?」
「う〜ん、他に手土産としてあげられそうな物はないわねえ。困ったわ、どうしよう。」
せっかくここまで来たのに、中に入れないとは思ってもいなかった。ダナエは唇を尖らせ、必死に鞄の中を漁る。しかしめぼしい物は何も無く、お手上げのジェスチャーで首を振った。
するとドリューが何かを持ってニーズホッグに掲げた。
「もしよかったら、僕の描いた絵でどうかな?けっこう上手く描けてる自信があるんだけど。」
ドリューが掲げたのは、先ほど描いた絵だった。ニーズホッグは興味深そうに顔を近づけ、真剣な目で絵を鑑定している。
「フウム、ナカナカイイエジャナイカ・・・。シカシ・・・コノ絵ノタッチハ、ドコカデ見タキガ・・・・・。」
ニーズホッグは急に真剣な口調になり、むむっと眉間に皺を寄せる。
「多分それは、僕のお父さんが描いた絵じゃないかな?」
「オマエノ・・・親父ガ・・・・?」
「今から十五年前、僕は父に連れられてここへ来たんだ。その時に君は、夜の海の絵を受け取ったはずだ。」
ニーズホッグはじっと絵を見つめ、何かを思い出すように口元を歪めた。そして「ヌヌ!」と目を開き、大きな口を開けて叫んだ。
「覚エテイルゾ!オマエハアノ時ノ子供ダ!廃墟ノ中デ小便ヲモラシ、父親二怒ラレテイタアノ子供ダ!・・・タシカアノ時、オマエノ親父カラ絵ヲモラッタンダ。綺麗ナ空ノ絵ダッタ。モウアレカラ、二十年二ナルノカ・・・。」
ニーズホッグは、時の重みを感じるようにしみじみと海面を見上げる。
するとドリューは目を細めて冷めた顔をした。
「全然違う。それ僕じゃないよ。」
「・・・エ?ソウダッタカ?」
「そうだよ。僕はオシッコなんか漏らしてないよ。それにあげた絵は空じゃなくて海の絵だし、ここへ来たのは十五年前だよ。」
「・・・ヌウウ・・・。ソウイウコトハ先ニ言ッテモラワナイト・・・。」
「いやいや、最初にちゃんと言ったじゃん。こいつやっぱアホだぜ。」
コウは呆れ顔でニーズホッグを指差す。
「僕の父は確かに君に絵をあげたはずだよ。そして廃墟の中に入れてもらったんだ。だからもしよかったら、今回もこの絵をあげるかわりに中へ入れてくれないかな?」
ドリューは真剣な目で絵を差し出す。もしここで断られたら、それは自分の絵を否定されることに繋がる。
彼の心臓はバクバクと音を立て、激しく緊張しながらニーズホッグの返事を待った。
「・・・・イイダロウ。ソノ絵ハナカナカイイデキダ。ダガシカシ!」
大きな歯をガチガチと鳴らし、巨体を持ち上げて吠えるように叫ぶ。
「入ッテイイノハ、廃墟ノ真ン中マデダ。ソレ以上先ニ進ンデハナラン!
イイナ?」
今までのオチャらけた雰囲気と違い、ニーズホッグは幻獣の威厳をもって睨む。それは拒否することを許さないほどの迫力で、ドリューは思わずダナエを見つめた。
「ええっと、ああ言ってますけど・・・・どうしますか?」
ダナエは口元に手を当てて、「う〜ん」と考える。そして首を傾げながらニーズホッグを見上げた。
「ねえ、どうして真ん中より先に入っちゃいけないの?」
「ソレハナ、ソノ先ニオレノ住処ガアルカラダ。他所者ニズカズカ入ラレテハ困ノダ。」
「なるほど・・・。プライベートを見られたくないってわけね。いいわ、分かった。廃墟の真ん中より先には入らない。だから中に入れてもらってもいい?」
長い髪を揺らし、機嫌を窺うように見上げる。ニーズホッグはその目をじっと見返し、小さな目を閉じてコクリと頷いた。
「イイダロウ。シカシ一ツ忠告シテオクガ、廃墟ノ中ハ危険ダゾ。ナゼナラ、ココデハ・・・・、」
「魂と魂が直接会話をするんでしょ?大丈夫、それを分かったうえで来てるから。」
「・・・ソウカ、ナラバ何モ言ウコトハナイ。中ヘ入ルガイイ。」
ニーズホッグは廃墟を覆う泡の一部を齧り取り、大きな穴を開けた。
「それじゃ行こうか。」
ダナエの言葉にみんなは頷き、穴を通って中に入っていく。それと同時に身を包んでいたミズチの泡も消え、廃墟を漂う不思議な空気が押し寄せてきた。
「なんだろうこれ・・・まるで夢の中にいるような感じ・・・・。」
廃墟の中は独特の空気で満たされていた。現実であって現実でないような、地面に足をついているのに浮いているような、まるで異世界に迷い込んだような気分にさせられる場所だった。
「ねえ、コウ。不思議な場所ね。」
そう言ってコウを振り返ると、急に目がくらんで倒れそうになった。
「おいおい、大丈夫か王女さん。」
「うん・・・なんだかちょっと目眩がして・・・。」
クラクラする頭を押さえながら顔を上げると、金次郎の胸の辺りが光って見えた。
「これは・・・もしかして魂?」
よく見ると自分の胸も光っていて、言葉を発する度に脈打っていた。
「これこそが、魂と魂の会話なんだよ。自分がほんとうに思っていること以外を口にすると、途端に胸が締め付けられるんだ。そしてその後に、自分が自分に問いかけて来る。『おい、今の言葉は本当にお前が望んだ言葉か?』ってな。だから嘘を吐いたり、自分を誤魔化したりする度に苦しむことになるから、よく気をつけることだ。」
「そうか・・・これが魂と魂をコンタクトさせる時の危険なのね・・・。」
ゴクリと息を飲み、真剣な目で胸の光を見つめる。触ってみると、心臓のように鼓動を刻んでいるのを感じて、なんだか落ち着かない気分になってきた。
「ダナエ、何か喋ってみろよ。」
「何かって、何を?」
「いや、お前が嘘を吐かないかどうか試してやろうと思ってな。」
「・・・なるほど、また私を馬鹿にして遊ぶつもりね。いいわ、かかってらっしゃい!」
口を真一文字に結び、腰に手を当てて胸を張る。コウはクスクスと笑い、憎たらしい笑顔を浮かべながら言った。
「じゃあ質問。ダナエは、現実と空想の世界のルールをちゃんと理解している。」
「もちろんよ。実体があるかないか、それと不思議な力があるかないか。そうでしょ?」
「ピンポ〜ン。じゃあ次、ダナエは鈍チンである。」
「・・・最近はちょっとだけ賢くなってきた・・・と思う・・・。」
意地を張って自信が無さそうに言うダナエ。すると急に魂がうずき出し、熱いやら痒いやらで居ても立ってもいられなくなった。
「なにこれ・・・気持ち悪い・・・。」
そして魂から声が響いてくる。『あなたは鈍チンでしょ?』と。
「うう・・・やだ・・・。自分から馬鹿にされるとすごく傷つく・・・。」
涙目で胸を押さえ、「ごめんなさい、嘘つきました」と素直に謝る。すると途端に魂は大人しくなり、気持ち悪さがスッとひいていった。
「なるほど、こういう具合になるのか。勉強になった。」
コウは他人事のように頷き、笑いながらダナエの肩を叩いた。そして金次郎も苦笑いをみせながら禁煙パイポを咥えた。
「今のは大した嘘じゃなかったからこの程度ですんだけど、本当に自分を誤魔化すような嘘を吐いた時は、もっと辛い目に遭うから気をつけろよ。」
「・・・うう・・・先に進むのが怖い・・・。」
すっかり気落ちして、俯いたままトボトボと歩いていく。するとドリューが慌てて引き止め、元いた場所に引き戻した。
「ダメですよ、勝手にうろついたら。ここはけっこう迷いやすいんですから、下手したら出られなくなっちゃいますよ。」
「そうなの?」
「この廃墟は元々ユグドラシルの住処でしたからね。街のいたる所に根っこを張り巡らせた跡があるんです。そこへ迷い込んだから最後、無限地獄のように出られなくなる可能性があるんですよ。だから絶対に一人でうろついたらいけません、分かりました?」
「うん、分かった。一人でウロウロしない。」
するとまた胸がうずき出し、身をよじって笑い出した。
「あはははは!今度はくすぐったい!」
「お前・・・また嘘吐いたな・・・。」
コウは呆れ顔で肩を竦め、お手上げのポーズをする。ダナエはゲラゲラ笑い転げ、必死にごめんなさいを連発していた。
「こりゃ気をつけないとな。まあ俺は正直だからいいけど。」
コウは可笑しそうにニコニコと笑う。
「じゃあ街の真ん中まで案内してやるよ。ついて来な。」
金次郎はパイポを揺らしてスタスタと先を歩いて行く。後ろではズリズリと音を響かせて、ニーズホッグがどこかへ去っていった。
「うう・・・私この場所苦手かも・・・。なるべく喋らないようにしよ・・・。」
胸を押さえながら立ち上がり、金次郎のあとをついていく。かつて繁栄を極めた街は、今でも立派な建物をそのままに残していた。
教会のような大きな建物、モザイク模様のレンガの家、お城のように立派なデパート。そして街のいたる所に緑があって、ライオンを象った石像が建つ噴水があった。ダナエは目を輝かせ、キョロキョロと辺りの街並を見渡す。
「すごいねコウ。とっても立派で綺麗な街だわ。」
「そうだな。残念ながら、月の王国より遥かに進んでるって感じだぜ。」
後ろからシャカシャカと音が聞こえて振り返ると、ドリューが一心不乱に街並をスケッチしていた。
「根っからの画家だな、あいつは。」
「それだけ絵が好きなのよ。好きにさせてあげましょ。」
ドリューのペンの勢いは止まらない。ダナエはそれを微笑ましく見つめ、ふとある疑問が浮かんだ。
「ねえキンジロウ。昔ここに住んでいた人達はどこへ行ったの?」
そう尋ねると、金次郎は「さあなあ」と口元を歪めた。
「街の奴らに聞いた話じゃ、ユグドラシルと一緒に邪神と戦って死んだらしい。生き残った者はこの街を捨てて、別の場所へ移っていったみたいだぜ。」
「そっか・・・。ここに住んでいた人達、きっとこの場所を離れたくなかっただろうね。」
「そりゃあそうだろ。なんたって、自分の故郷を追われるわけだからな。悔しかったに違いないと思うぜ。」
金次郎は同情の念を抱きながら、複雑な街並をスイスイと歩いて行く。所々に大小様々な穴が空いていて、身軽にピョンと飛び越えていく。
「この穴に落ちるなよ。出て来られなくなるから。」
「ああ、これがユグドラシルの根っこの穴なのね。これだけ色んな場所に穴があるってことは、街じゅうに根が張り巡らされていたのね。」
「そうさ、それだけユグドラシルがデカイ樹ってことだろうよ。」
深い穴に注意しながら、ダナエは金次郎のあとをついていく。目に映る街並はとても美しいが、それに心を奪われてばかりはいられない。ここへ来たのは、ユグドラシルに関する情報を手に入れる為だった。
「ねえ、ユグドラシルが生えていた場所ってどこなの?」
「街の中心辺りだな。今から行くところさ。」
「じゃあそこへ行けば、何か分かるかもしれないってことね?」
「どうだろうな?あそこはドデカイ穴が空いてるだけで、何も残っちゃいねえと思うが。」
「・・・そっか。でもとりあえず行ってみる価値はあるわよね。」
「まあなあ、俺はあんまりあの辺はウロウロしねえから、よく探したら何かあるかもしれねえな。」
二人はお喋りをしながら歩いていく。その後ろをついて行くコウは、振り返ってドリューに言った。
「おい、絵を描くのもいいけど、お前もちゃんと案内しろよ。
それが条件で連れて来てやった・・・・・って、あれ?どこいったあいつ?」
後ろにいるはずのドリューの姿は、忽然と消えていた。シャカシャカとスケッチをする音も聞こえなくなり、不思議に思って辺りを飛び回った。
「お〜いドリュー、どこだ〜?まったく、また勝手にどっか行ったのか?一人でウロウロするなとか偉そうなこと言ってたくせに。」
不満そうに唇を尖らせ、しばらく辺りを捜してみる。すると根っこの穴の近くに、ドリューのペンと絵が落ちていた。
「これは・・・・まさか!」
コウは穴の中を覗き込む。暗くて深い穴はまったく底が見えず、ドリューの姿を捜すことは出来ない。口に手を当てて大声で呼んでみても、まったく返事はなかった。
「こりゃあ大変だぞ!」
コウは慌てて金次郎とダナエを呼び、穴の近くに落ちているペンと絵を指差した。それを見たダナエは膝をついてペンを拾い上げ、引きつった顔で穴の中を見つめた。
「どういうこと・・・?もしかして、穴に落っこちたってこと?」
「だろうな、それしか考えらない。きっと絵を描くのに夢中で、足元の穴に気づかなかったんだろう。」
コウは絵を拾い、周りの景色とスケッチを見比べた。
「ほら、同じ風景だ。きっとこの絵を描いてる時に落ちたんだよ。」
「そんな・・・。危ないから注意しろって言ったのはドリューなのに・・・。」
ペンを握りしめ、穴に向かってドリューの名を叫ぶ。しかしウンともスンとも返事はなく、立ち上がって穴を見下ろした。
「助けに行こう。」
ペンを鞄にしまい、ダナエは穴に飛び込もうとする。しかし金次郎に「やめとけ!」と止められた。
「この中は迷路みたいになってんだ!一度入ったら出て来られないぞ。」
「それでもいい!ドリューをほっとくことなんて出来ないわ!」
ダナエはジタバタと手足をもがき、金次郎の腕を振り払う。そして思い詰めた顔で彼を見つめ、鞄にしまったペンを握りしめた。
「ドリューは私の友達なの。だからこのままほうっておくなんて出来ないわ。例えこの穴が危険な場所だったとしてもね。」
ダナエの目は力強く、そして真っすぐに金次郎を見据える。青い瞳はぶれることなく澄んでいて、胸の光がうずくこともなかった。
「魂がうずかないってことは、本気で言ってるんだな。」
「当然よ、私はこんな時に絶対に嘘を言ったりしないもの。ドリューは大切な友達。
だから何としても助けに行きたいの。」
金次郎は顔をしかめたまま腕を組み、躊躇いがちに頷いた。
「分かった。王女さんの頼みとあっちゃしょうがねえ。この坂田金次郎、命に換えてもお守りし、根っこの穴を案内しよう。」
「ほんと!ありがとうキンジロウ!」
ダナエは手を取って喜ぶ。金次郎は恥ずかしそうに「よせやい」と頭を掻き、忙しなくパイポを揺らしていた。コウは首を傾げながら二人の間に割って入り、指を向けて尋ねた。
「でもさ、案内するって言ったって、あんたこの中を知ってんのか?」
「うんにゃ、全然。」
「じゃあ意味ないじゃん!なんで案内するなんて偉そうに言ったんだよ!」
「いいんだよ!男ってのは、こういう時はカッコをつけるもんなんだ!」
「勢いだけじゃねえかあんた・・・。なんか不安になってきたぜ・・・。」
コウは呆れた顔で息を吐く。金次郎はそんなコウを無視して穴の前に立ち、屈伸運動を始めた。
「それじゃ王女さん、俺が先に入ってみるから、合図をしたら下りてきな。」
初老の顔を眩しく輝かせ、親指を立ててカッコをつける。ダナエは「気をつけてね」と手を握り、心配そうに見守った。
「それじゃ行ってくるぜ!あばよ!」
金次郎は威勢よく穴に飛びこむ。しかしたるんだ腹が穴につっかえて、身動きが取れなくなってしまった。
「ぐあ、しまった!」
「何やってんだよあんたは・・・・。」
コウは金次郎の頭に舞い降り、馬鹿にするように額を叩く。
「くそ・・・。なんて恥さらしな格好だ。こんなんじゃお天道様に顔向けできねえ。」
悔しそうに唇を噛み、思い詰めた表情でダナエを見上げる。
「王女さん、俺を足で踏んづけて中に押し込んでくれ!」
「そんな・・・足で踏むだなんて・・・。」
「いいからやってくれ!このままじゃ海の男の名が泣くってもんだ。さあ、早く!」
金次郎は覚悟を決めた目で睨む。ダナエは困ったようにコウと顔を見合わせ、「どうしよう?」と呟いた。
「いいんじゃない、踏んづけてやれば。本人がやってくれって言ってるんだし。」
「でも・・・さすがに足で踏むなんて・・・。」
いくらオテンバとはいえ、初老の男を踏みつけるのには抵抗があった。どうしたものかと考えていると、良いアイディアが浮かんで手を叩いた。
「そうだ!足じゃなくてアレを使えばいいんだわ。」
明るい声でそう言って、ダナエはコスモリングから銀の槍を呼び出した。そしてピュンっと振って風を斬り、金次郎の前に刃を突き立てた。
「キンジロウ、これで頭を叩いてあげるわ。足で踏むより下品じゃなくていいでしょ?」
ダナエはニコニコと笑い、本気の目で言う。金次郎はブルブルと首を振って「待ってくれ!」叫んだ。
「そんなもんで叩かれたら、俺の頭が割れちまう!」
「大丈夫!上手いことやるから。そおれッ!」
銀の槍が振り下ろされ、柄の部分が「メキッ」とめり込む。
「ふべらッ!」
金次郎の脳天に凄まじい衝撃が走り、鼻血を吹き出して穴の中に落ちていく。そしてしばらく待つとメキョっと音が聞こえて、呻く声が響いた。
「お〜い!キンジロウ!中はどうなってる?」
ダナエは穴に顔を近づけ、大声で呼びかける。しかしいつまで待っても返事はなかった。
「おかしいわ・・・。何かあったのかしら・・・。」
「ああ、お前のせいでな・・・。きっと今頃気を失ってるぜ。」
コウはため息交じりに首を振り、スイっと穴の中へ飛んで行った。そして光の魔法を使って手の平を輝かせ、暗い穴の中を照らした。
「コウ、中はどうなってる〜?」
「坑道みたいに奥へ続いてる。キンジロウは白目を剥いて気を失ってるけどな。」
「下りても大丈夫そう?」
「大丈夫、大丈夫!早く来いよ。」
ダナエは槍を握りしめ、えいっと飛び込んだ。そして着地と同時に柔らかいものを踏み、「ぐへ」
と声が聞こえた。
「おいおいダナエ!お前の足がキンジロウの大事な所にめり込んでるぞ。」
「え?大事な所?・・・きゃあ、エッチ!」
サッと飛び退き、咄嗟に銀の槍を振る。またしてもキンジロウの頭に柄がめり込み、白目を動かしてピクピクと痙攣していた。
「お前・・・トドメを刺すなよ。こりゃしばらく起きないぞ・・・。」
「ああ、ごめんキンジロウ!わざとじゃないのよ、ちょっと反射的に・・・。」
慌てて駆け寄り、金次郎の頭を優しく撫でる。
「そいつはもうダメだ。ここへ置いて行こう。」
「もう!死んだみたいに言わないでよ。ちょっと気を失ってるだけじゃない。」
ちょっとどころか大層に気を失っている金次郎は、しばらく目を覚ましそうになかった。
その顔は苦笑いのように歪み、笑っているのやら泣いているのやら分からなかった。
「ほんとにごめんね。あとで迎えに来るから、今はここで寝ていてね。」
申し訳無さそうに言い、銀の槍を握って立ち上がる。そして穴の奥を見つめ、注意深く観察してみた。
「ドリューはいなさそうね・・・。どこかへ行っちゃったのかしら?」
心配そうに呟いて少しだけ歩いてみると、地面に点々と足跡が残っていた。
「おお・・・これはドリューの足跡かもしれないぞ。」
コウは足跡の傍に舞い降り、手の光を先に向ける。根っこの道はウネウネと曲がりながら先まで続いていて、途中でいくつもの道に別れていた。
「こりゃ確かに迷いそうだな。この足跡を辿っていくしかなさそうだ。」
「そうね、とにかく先に進んでみましょ。早くドリューを見つけないと、何かあったら大変だから。」
二人は足跡を辿り、慎重に進んでいく。地面は僅かにぬかるんでいて、ダナエの足跡も点々と残っていく。
「これは海水が染み出てるのかな?」
「だろうな。転ばないように気をつけろよ。」
地面からは微かに潮の香りが漂っている。それは先へ進むにつれて強くなり、ダナエは不安になって足を止めた。
「ねえ、いくら海底に浮かんでいる街だっていっても、ちょっと潮の香りが強すぎない?」
「そうか?俺はそこまで感じないけど、ダナエは鼻が利くから臭うのかもな。」
頭は鈍チンだが、五感の鋭いダナエはすぐに異常を感じ取る。潮の香りは鼻をつき、そして妙な胸騒ぎがして槍を構えた。
「この先に・・・何か良くないものがある気がする・・・。」
「良くないもの?なんだよそれ?」
「分からない。でも・・・きっと良くないものよ。」
ゴクリと唾を飲み、震える足で進んでいく。冷たい汗が背中に流れ、鼓動が速くなっていく。この先に、見たくないものがある気がしてならない。出来ればここで引き返したかったが、ドリューを見捨てるわけにはいかず、何とか自分を奮い立たせて進んでいった。
するとコウも何かに気づいたようで、鼻をヒクヒク動かして眉を寄せた。
「これ・・・潮の香りだけじゃないな・・・。不安を掻きたてるこの臭いは・・・・血?」
そのことはダナエも感じていたが、あえて口にしなかった。血の臭いがするなどと言ってしまえば、本当に血生臭いことが起こりそうで、ブルブルと首を振って否定した。
「きっと何か別の臭いよ。この街には私達以外誰もいないんだから、血の臭いなんてするはずがないわ。」
しかしそう言った途端に胸がうずきだし、立っていられないほど痛み出した。
思わず膝をつき、胸を押さえて顔をしかめる。
「おい、大丈夫か?顔色が悪いぞ。」
「うん・・・平気・・・。でも・・・やっぱりちょっと苦しいかな・・・。」
大きな手に握られているように胸が痛み、自分の声が自分に語りかけてくる。
『ダナエ、ほんとうは分かっているんでしょう?この先で、ドリューが死んでいるかもしれないって。勘のいいダナエなら、きっと気づいているはず。』
頭の中に自分の声が響き、ケラケラと笑っている。何度も何度も同じことを語りかけ、面白そうに笑っている。
「違う!私はそんなこと思ってない!ドリューは・・・ドリューは死んでなんかいないわ!」
『いいえ、きっとドリューは死んでいる。なぜだか分からないけど、彼はきっと死んでいる。あなたの勘が、そう告げているでしょ。この血の臭いは、絶対にドリューのものだって。だから嘘をついちゃダメ。ちゃんと認めないと。自分の心を、自分の思考を、そして、自分の感覚を。』
「嫌だ!もうやめて!自分の声でそんなことを聞きたくない!」
『でもあなたは思ってるわ。だって、これはダナエの魂の声なんだから。嘘も偽りも無い、ダナエの本当の声なんだから・・・。ふふふ、ねえ、ダナエ。自分と向き合うって怖いでしょ?
これが・・・これがほんとうのあなた。一見明るくみえるけど、誰よりも心配症で、誰よりも不安に駆られる・・・。だから認めましょうよ。ドリューは死んでるって。ふふふ。』
「うるさい!私はそんなこと思ってない!嘘を吐いてるのはあんたの方よ!」
ダナエは狂ったように槍を振り回し、見えない敵に向かって刃を斬りつける。しかしいくら槍を振ったところで自分の魂を切り裂けるはずもなく、しかもそのせいでさらに魂は痛みだした。
『ダメダメ、そんなことしても余計に傷つくだけよ。ほら、認めましょ。ドリューは死んでいる。そして、あなたは怖くて怖くてここから逃げ出したいって。友達の死を見るのは怖くて仕方ないから、ここから逃げ出したいって言いなさい。そうすれば胸の痛みも治まるし、私の声も聞こえなくなるから、うふふふ。』
「やめて!お願いだからもうやめてよお・・・・・。」
握っていた槍を落とし、頭を抱えてうずくまる。胸の痛みは熱いほど暴れ出し、息をするのも辛くなって咳込んだ。
「認めない・・・そんなの認めないわ・・・。あんたの言うことなんか、絶対に認めないんだから・・・。」
拳を握って自分の胸を殴りつけ、またゴホゴホと咳き込む。見かねたコウが背中をさすり、心配そうに顔を覗き込んだ。
「どうしたんだよ・・・。胸が痛いのか?」
「・・・・違う・・・あんたの声なんか信じない・・・。信じないから・・・。」
胸の痛みを堪え、頭に響いてくる声を無視して立ち上がる。ふらつく足取りで先へすすみ、震える足を悔しそうに叩いた。
「おいおい、無理すんなよ・・・。ちょっと休んでいくか?」
「いいえ、先に進みましょう。私なら大丈夫だから。」
「大丈夫って・・・めちゃくちゃ冷や汗が出てんじゃん。顔も真っ青だし。」
「いいの!行くって言ったら行くの!私は・・・自分なんかに負けない。」
真一文字に口を結び、親の仇でも睨むように前を見据える。こうなっては誰の言葉も受け付けず、ひたすら意地を張り通す。
そのことをよく知っているコウは、説得するのを諦めて頷いた。
「分かったよ、でもあまりカッカするなよ。何があるか分からないんだから、冷静になるんだ。
いいな?」
暴走しないように釘を刺し、ダナエを先導するように飛んで行く。穴の奥から漂う臭いはさらに強烈になり、鼻を押さえて顔をしかめた。
「こりゃやっぱり血の臭いだ・・・。でもいったい誰の血だ?」
「・・・・・・・・・・。」
ぬかるむ足元に気をつけながら、息を飲んで歩みを進めて行く。するとふと誰かの気配を感じて、分岐する道に身を隠した。
「誰かいるな・・・。でも、これはきっとドリューの気配じゃない。」
コウはゴクリと喉を鳴らし、ダナエを見つめた。その顔は完全に血の気が引いて真っ青になり、カタカタと唇が震えていた。
「俺・・・なんだかこの先を見たくないな。すごく嫌な予感がするんだ。それに・・・身も凍るような恐ろしい気配を感じるし・・・。」
コウの背中にぞわりと悪寒が走る。この先にはとても恐ろしい何かがが潜んでいる。ニーズホッグかとも考えたが、あの巨大な龍より、もっと強い気を感じていた。
「なあダナエ、一旦引き返すか?これ絶対にヤバイぜ。俺達だけじゃ酷い目に遭うかもしれない・・・。」
恐ろしい悪寒に腕をさすりながら、ブルリと身を震わせる。しかしダナエは首を振り、強く槍を握りしめた。
「ダメよ、ここで引き返したらドリューを見つけられない。それに、いざとなったらプッチーの神様が助けてくれるわ。」
「・・・・そうだな。俺達にはプッチーがあるんだもんな。あの強い神様達なら、どんな敵だって怖くないよな?」
コウは無理に笑って自分を納得させる。ダナエも相槌を打ち、爆発しそうな鼓動を押さえながら先へ進んだ。
「コウ、もっと先を照らして。」
「OK。」
手の光をさらに輝かせ、穴の奥の方に向ける。すると赤い液体がじわりと地面に滲んでいて、その向こうに誰かがうつ伏せに倒れていた。
「あれは・・・・ドリューッ!」
ダナエは一目散に駆け寄り、ドリューの身体をゆすった。
「ドリュー!ねえドリューったら!しっかりして!」
大声でゆさぶってもピクリとも動かず、その身体は氷のように冷たかった。ダナエは泣きそうになるのを我慢しながら、ドリューを抱え起こした。
「ドリュー!しっかりしてよ!」
そう叫んで身体を裏返すと、腹の辺りからじっとりと血が滲んでいた。
「きゃあああああ!ドリュー!」
我慢していた涙がこぼれ落ち、大量の血を見てパニックになる。するとそこへコウが飛んで来て、「どけ!」とダナエを突き飛ばした。
「・・・・・・死んでる?いや、まだ少しだけ息があるな。早く治さないと!」
コウは宙に舞い上がり、両手を掲げて呪文を唱える。
「水の精霊、土の精霊、ドリューの身体に力を与えて・・・・、」
すると突然低い女の笑い声が響き、身体じゅうに悪寒が駆け抜けた。思わず魔法を唱えるのをやめ、咄嗟に後ろに下がる。
「誰ッ!」
ダナエは槍を握って前に出る。逃げ出したくなる恐怖を必死に我慢して、コウとドリューを守るように立ちはだかった。
穴の奥からはまた笑い声が響き、カツカツとヒールの音が迫ってきた。そして暗い穴の奥から、一人の美しい女性が姿を現わした。
「ふふふ・・・子供がこんな所で何をしているのかしら?」
女は長い黒髪をなびかせ、紫のワンピースを翻してダナエの前に飛んできた。
「・・あ・・・・ああ・・・・・・。」
女の鋭い眼光に圧倒され、ダナエは震えながら下がっていく。ぬかるみに足をとられて尻もちをつき、思わず槍を落としてしまった。
「何をそんなに怖がってるのかしら?可笑しな子ね、うふふ・・・・。」
女は美しくも冷淡な顔を笑わせ、首にかけた大きな数珠を触った。そしてその手には、ドリューの描いたスケッチが握られていた。
「ああ!・・そ・・・その絵は・・・・。」
思わず指を差し、ガチガチと顎を震わせる。女は絵を持ち上げ、首を傾げて微笑んだ。
「これ?そこの画家さんが描いた絵よ。よく出来てるわよね、中に入ることが出来る絵なんて。
あら?でもよく見れば、このスケッチに描いてある女の子ってあなたじゃない?」
女はヒールを鳴らして近づき、膝をついてダナエの顔を覗き込む。そしてそっと顎に指を当て、観察するように見つめた。
「あなた・・・この星の魂じゃないわね。それに地球の魂でもない。これは・・・月ね?
あなたは月から来た魂。うふふ、珍しいこともあるものだわ。この星に地球以外の魂がいるなんて。」
女は目を細めて二コリと笑う。ダナエはその顔に恐怖を覚え、無意識に言葉を発した。
「・・・じゃ・・・邪神・・・・。」

 

                         (つづく)

ダナエの神話〜神樹の星〜 第八話 海底の廃墟(2)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 18:23

『海底の廃墟』2


小屋に戻った男は、テーブルの前に胡坐を掻き、またタバコを吹かし始めた。
「・・・大丈夫か、ダナエ?」
コウが心配そうに顔を覗き込む。ダナエは「平気」と答えて、ずかずかと小屋の中に上がりこんだ。
「おい、勝手に入ってくるな!」
「ねえ、お願いだから私達の話を聞いてくれないかな?」
「だから、俺は誰とも話したくねえつってんだろ!」
苛立たしく膝を揺らし、モクモクと煙を吐き出す。テーブルの上のウィスキーをつかみ、ボトルのままゴクゴクと呷り出した。
「・・・・じゃあ勝手に話すから聞いていて。」
ダナエは男の前に座り、まっすぐに見つめた。入り口で様子を窺っていたコウ達は、息を飲んで二人を見守る。そしていざという時はすぐに助けられるように、いつでも飛び出せる体勢でいた。
「あのね、私達ラシルの廃墟へ行きたいの。でも船は出てないって言うから、ペンギン船長さんに教えられてここへ来たわけ。あなたはラシルの廃墟へ行く方法って知ってるかな?」
ダナエの声は優しかった。それは僅かに男の心を揺さぶったが、それでもこちらを見ようとしなかった。
「あなたは地球から来たんでしょ?実はね、私もこの星の住人じゃないの。」
「・・・あんたも・・・・?」
男は興味を惹かれ、酒を置いてダナエを見つめた。
「私は妖精のダナエ。月から来たんだ。」
そう言って二コリと微笑みかける。男の肩がピクリと反応し、唾を飲む音が聞こえた。
「月から・・・。」
「そうよ。月の空想の世界からね。あなたは見たところ人間でしょ?だったら地球の現実の世界から来たのかな?」
男は頷き、タバコを消して外の景色を見つめた。
「あんたの言う通り、俺は地球から来た人間だ。ずっと漁師をやっていたんだが、俺のミスのせいで息子を死なせちまってよ。ダツって魚がいるんだが、知ってるか?」
「さあ・・・聞いたことのない魚だわ。」
「ダツってのは、口の先が針みたいに尖ってんだ。そんでもって、光に向かって泳いで来る。
だからダツのいる夜の海では注意しなきゃいけねえ。下手にライトで照らそうもんなら、急に海から飛んで来て刺されちまうんだ。」
「へえ・・・怖い魚なのね。」
「いいや、ダツは別に人間を刺そうなんて思っちゃいねえよ。夜の海ではダツに気をつけろってのは、漁師にとっちゃ常識だ。なのに俺と来たら・・・・。」
男は悔しそうに口元を歪め、拳を握って震わせた。
「俺ときたら、うっかり息子にライトを持たせちまってよ・・・。飛んで来たダツが首に刺さって死んじまった。何年も漁師やってんのに・・・・情けねえ・・・。」
男の目に薄っすらと涙が浮かぶ。ズズっと鼻をすすり、服の袖でゴシゴシと拭った。
「母ちゃんはショックで元気を失くしちまうし、俺はとにかく自分が許せなかった。何日も仕事をほったらかして、海沿いの公園をほっつき歩いてたんだ。そしたら・・・・。」
「そしたら?」
男は言いにくそうに喉を鳴らし、ウィスキーのボトルを掴んで足元に抱えた。
「そしたら、怪しい女が歩いて来てな。『息子さんを生き返らせたくない?』って聞くんだよ。」
その言葉を聞いた途端、ダナエは男に掴みかかる勢いで身を乗り出した。
「そ、それ詳しく聞かせて!」
「な、なんだよ急に!やろうってのか!」
「いいから聞かせて!ゴチャゴチャ言わずにその怪しい女のことを話すッ!」
ダナエはテーブルに叩きつけて怒鳴る。男はビクッと肩を竦め、驚いた様子で目を逸らした。
「な、なんか浮気がバレた時の母ちゃんみたいだな・・・。」
「いいから話す!早く!」
「わ、分かったよ・・・。落ち着けって・・・。」
外で見ていたコウ達はクスクスと笑う。ダナエはジロリと睨みつけて黙らせ、行儀よく座り直した。
「ごめんね、大きな声出しちゃって。」
「いいよ、俺もさっき手え出しちまったし・・・・。ええっと、怪しい女のことだったな。
えらい美人だったのを覚えてるんだ。でもどこか冷たい感じの雰囲気で、紫のワンピースを着てたなあ。」
「やっぱり・・・・。」
ダナエがぼそりと呟くと、男は「何がやっぱりなんだ?」と怪訝な目を向けてきた。
「今はあなたの話を聞かせて。そしたら、私の知ってることを教えてあげるから。」
男はハテナマークの浮かぶ顔で首を傾げ、ボトルの酒をグイッと呷った。
「まあいいや。とにかく、海辺の公園でボケっとしていると、その怪しい女が声を掛けて来たんだ。『息子を生き返らせたいか?』なんて、答えは決まってるじゃねえか。俺は迷わず生き返らせたいって答えたよ。そしたら後をついて来いっていうから、その女について行ったんだ。
しばらく歩くと見たこともない場所に出て、こんな場所あったっけ?と不思議に思ってると、ボロい図書館に案内されたんだ。」
あの時のことを思い出しながら、男は遠い目で海を見つめる。
新しいタバコに火を点け、チビチビと酒を嘗めて先を続けた。
「図書館の中もボロかったなあ。とっくの昔に廃館になってるような感じだった。俺の地元にこんな場所があったっけって疑問に思ってると、一冊の本を渡されたんだ。何にも書かれていない真っ白な本で、タイトルだけ書いてあったな。ええっと、どんなタイトルだったか・・・。」
男はタイトルが思い出せないのを苛立たしく思い、トントンと膝を叩く。
「空っぽの神話ってタイトルじゃない?」
ダナエが言うと、男は「そうそう!それだ!」と大きく頷いた。
「でも何であんたが知ってるんだ?」
「ちょっとね。ま、ま、気にせず先を続けて。」
「おかしな奴だな・・・・・。」
眉に皺を寄せて煙を吐き、また海の方を向いて話を続ける。
「あの真っ白な本を渡して、女はこう言ったんだ。『神様を殺せば、あなたの息子は生き返る』ってな。その時、本と一緒に弓矢も渡されたな。これで神様を殺せるって。」
「・・・それで、神様を殺したの?」
そう尋ねると、男は「馬鹿言っちゃいけねえ!」と怒鳴った。
「そんな罰あたりな事が出来るか!俺は漁師として、海に敬意を払って生きて来たんだ。
それをあの女は、『この弓矢で海の神様を殺せ』なんてぬかしやがるから、『そんなこと出来るか!』って本を押し付けて帰って来たんだよ!」
「その怪しい女の人は、海の神様を殺せって言ったのね?」
「ああ、ワダツミっていう海の神様だ。俺達漁師にとっちゃ、海の神様は守り神と一緒だ。
それを殺すなんて出来るわけがねえ。いくら息子を生き返らせる為だったとしてもな。」
「けっこう信心深いのね。」
「そんなんじゃねえや。俺はただ海に感謝してるだけだ。海のおかげで漁師をやってるわけだし、海のおかげでおまんまが食えるわけだ。それに、生まれた時からずっと海の近くで育ってきたから、俺にとっちゃ育ての親も同然なのさ。」
海を語る男の目は優しかった。荒い口調はなりを潜め、敬意と優しさに満ちた目で遠くの海を見つめている。
「海が好きなのね。」
「ああ、好きで好きでしょうがねえ。だから・・・絶対に海の神様を殺したりなんか出来ねえ。
俺はきっぱり断って家に帰って来たんだ。でもそれからすぐに、母ちゃんが倒れちまってよ。
病院に運ばれたんだけど、ポックリ逝っちまった。俺は息子と母ちゃんを失くして、一人ぼっちになっちまった。しばらく落ち込んでたんだけど、漁師の仲間が色々と励ましてくれて、仕事を再開することにしたんだ。それで久しぶりに漁に出た時に、運悪く船から落ちて死にそうになった。ああ、俺はこのまま母ちゃんと息子の所に行くんだなあ。でも、それも悪くねえかなあって思ってると、海の底からゴボゴボ泡が上がって来てよ。俺を包んでそのまま海底に連れて行ったんだ。そしたらなんと、どうなったと思う?」
男は真剣な顔で身を乗り出し、酒臭い息を吹きかける。ダナエは身を反らして鼻を摘まみ、「どうなったの?」と聞き返した。
「なんと・・・海の底にワダツミがいたんだよ!ほら、昔の人が着る白い服あるだろ?弥生時代の服みたいなさ?」
「さあ・・・ちょっと分からないけど・・・。」
「それを着た凛々しい神様が、俺の前に現れたんだよ!それで長い矛を向けてこう言ったんだ。『お前は今、悪い神の怒りを買って狙われている。事が済むまでの間、別の星で身を隠すがいい』ってな。そのあと意識が遠のいていって、気が付いたらこの海岸に倒れてたわけだ。」
話に一息つけるように、男は足を崩して背伸びをした。ダナエは口元に指を当ててじっと考え込み、「それっていつのこと?」と尋ねた。
「今から半年くらい前かな。あれ以来ずっとこの星に住んでる。いったいいつまでここにいればいいのやら・・・。」
男は幼い子がホームシックにかかったように寂しげな声を出す。遥か遠くの故郷を思い、寂しさを紛らわすように酒を呷った。
「俺はな、この星が気に入ってるんだ。素直で真面目な奴が多いし、一応仕事だってさせてもらってるしな。それになんていっても、海が綺麗だ。地球じゃ汚れまくってる場所が多いけど、この星の海はダイアモンドみたいに輝いてらあ。
でも・・・それでもよ・・・やっぱり地球に帰りてえ・・・。俺は地球の海で生まれて、地球の海で育ったんだ。だから、やっぱり最後は地球の海で死にてえ・・・。」
「故郷が恋しいのね?」
「・・・あたりめえだろ?自分の故郷が懐かしくない奴なんているかよ。でもどうやって帰ったらいいのか、さっぱり分からねえんだ。こりゃあいよいよ、この星に骨を埋める覚悟をしなきゃいけねえかもしれねえなあ・・・・。」
諦めの混じった声で、男はタバコを吹かす。『故郷は遠くにありて想うもの』有名なフレーズを心の中で響かせ、無理矢理自分を納得させようとしていた。
ダナエはそんな男を見つめ、やはり自分の勘が間違っていなかったことを確信した。荒っぽい態度とは裏腹に、男は繊細で純粋な心の持ち主だった。そしてコウの方を見つめ、チョイチョイと手招きをした。
「なんだよ?」
「ねえ、このおじさんに邪神のことを話してもいいかな?」
「う〜ん、どうだろう?このおっさんにはショックが強すぎるんじゃないかなあ?」
コウは険しい顔で首を捻る。すると男は「何をコソコソ話してんだ?」と怒った目を向けた。
「この星と地球の間で起きていることを、あなたに話そうかどうしようか相談してたの。」
「この星と地球の・・・・?なんだよそれ、詳しく聞かせろい。」
グリグリとタバコを灰皿に押し付け、ズイっと身を乗り出す。コウは唇を尖らせ、困った顔で天井を見上げた。
「いや、でもなあ・・・。わざわざあんたに話しても・・・・。」
「はあ?なんだよそりゃ?俺はベラベラ自分のこと喋ったんだぞ!てめえらも話せよ、ほら早く!」
男は貧乏揺すりを始め、トントンとテーブルを叩いた。これ以上機嫌を損ねると、またいつ怒りだすか分からないので、コウはため息交じりに頷いた。
「分かったよ。でもショックを受けても知らないぜ?」
「へッ!ガキが何言ってやがんだ!俺はずっと海で戦ってきたんだぜ。明日お月さんが落っこちてきてもビビりゃしねえよ。」
「そうか、なら安心だな。実はこの星と地球はな・・・・・、」
コウは身振り手振りを交え、分かりやすく丁寧に説明した。それは鈍チンのダナエでも、一瞬で理解出来るほど噛み砕いた説明だった。
「・・・・というわけさ。分かったか?」
「・・・・・・・・・・。」
コウの話を聞き終えた男は、鼻水を鳴らして放心していた。吸いかけのタバコの火が指に触れ、「あちッ!」灰皿に投げ捨てる。
「めちゃくちゃショック受けてんじゃん。月が落ちてもビビらないんじゃなかったのか?」
「・・・ば、馬鹿野郎!これは持病のリュウマチがだな・・・・。」
「リュウマチで鼻水が垂れて肩が震えるかってんだよ・・・。あんたけっこう気が小さいな?」
「ち、違わい!ただ・・・ちょっとビックリしただけで・・・・。」
新しいタバコに火を点け、落ち着かない様子でモクモクと煙を吐く。それを見たダナエはクスクスと笑った。
「でもさっきの説明で分かったでしょ?どうして私達がラシルの廃墟へ行きたがってるのか。
あそこはユグドラシルのいた場所だから、きっと手掛かりになるものがあると思うの。」
「・・・あんたらの話は分かったよ。そういう事情があるなら、協力してやらんこともない。」
「ほんと?やったねコウ!」
ダナエはパチパチと手を叩いて喜ぶ。男は「ふん」と鼻を鳴らし、入口のトミー達を押し退けて外へ出た。
「でもな、言っとくけどあそこは危ない場所なんだぞ。それなりの覚悟がなきゃ、行っても後悔すると思うぜ。」
「危ないって・・・・どういうふうに危ないの?」
「・・・あそこはな、心の弱い奴や、自分に嘘を吐く奴が行くと発狂するんだ。俺みたいに正直者なら別だけど、そうじゃない奴にとっては廃人になることだってある。」
「廃人に・・・・?」
「そうだ。あの場所は、魂と魂が直接会話をする場所なんだよ。だから一切の嘘や誤魔化しは利かないし、常に自分の心が剥き出しになるんだ。もしあんたに魂と魂で会話をする覚悟が無いなら、行くのはやめた方がいい。」
「魂と魂が・・・・。それって、確かプッチーの持つ力だったはず・・・。」
ダナエは思い出していた。病の村でダンタリオンが教えてくれた、コスモリングに隠された秘密のことを。あの時彼は言っていた。魂と魂をコンタクトさせることは、どんなに強い敵でも倒せる武器になる。しかし、とても危険な行為でもあると。
一歩間違えば命取りに成りかねない。ダンタリオンの言葉には、確かにそういうニュアンスが含まれていた。
「魂と魂か・・・・。ちょっと怖いけど、ここで怖気づくわけにはいかないわ。私は先へ進まなきゃいけないんだから。」
コスモリングを触りながら頷き、立ち上がって男に駆け寄った。
「お願い、私をラシルの廃墟へ連れて行って!覚悟ならあるから。」
「・・・そうかい。なら連れて行ってやるよ。後悔しても知らねえけどな。」
男はそう言って岩場を駆け下り、海面ギリギリの波打ち際に立つ。
「それじゃちょっと呼ぶから待ってろ。」
「呼ぶ?呼ぶって何を・・・・、」
ダナエが問いかけようとした時、男は指を咥えて口笛を鳴らした。それは鼓膜がビリビリ震えるほど高い音で、キリキリと頭が痛んできた。
「なんだよこの音・・・。口笛というより超音波じゃねえか・・・。」
トミーとジャムは耳を押さえてうずくまる。ダナエも顔をしかめて甲高い口笛に耐えていた。
すると遠くの海面が盛り上がり、ザバッと白波が立ち上がった。
「なんだ・・・何かこっちに来るぞ・・・。」
コウは警戒して羽を動かす。盛り上がった海面はじょじょに押し寄せてきて、水柱が立ち昇って巨大な龍が現れた。
「うわあああああ!怪獣だああああああ!」
ジャムはトミーの後ろに隠れてブルブルと震える。すると男は「怪獣じゃねえ」と一喝し、龍に向かって手を伸ばした。
「こいつはミズチってんだ。海ヘビの妖怪さ。」
「ミズチ・・・?」
よく見ると、ミズチは水で出来ていた。中にはポツポツと光る真珠が浮いていて、身体じゅうに海藻を巻き付けている。そして鋭い目を向けてコクリと首を捻っていた。
ダナエはコウと共にミズチを見上げ、そっと岩場を下りて近づいてみた。
「やめろダナエちゃん!危ないぞ!」
「そうだよ!喰われちまうぞ!」
トミーとジャムは冷や汗をかきながらコソコソと岩場の陰に隠れる。しかしダナエは怯えることなくミズチに近づいていった。
「初めまして。私は妖精のダナエよ、よろしくね。」
二コリと笑って手を差し出すと、ミズチは口からプッと水を吐き出した。
「きゃあ!」
慌てて飛び退くと、硬い岩場を貫通して穴が空いた。
「おいおい、あんまり近づくとミズチが怖がるだろ。こいつは見た目のわりに臆病なんだから。」
「なら先に言えよ。危うく頭に穴が空くところだったぜ・・・。」
コウはプリプリと怒って頬を膨らませる。
「わりいわりい。でもこいつに悪気はねえんだ。なんたってこいつは言葉が分からないから、近づく者はとりあえず攻撃しちまんだよ。」
「言葉が分からないの・・・?」
「ああ、こいつは元々は地球にいたんだが、別の妖怪と喧嘩して死にかけたんだよ。そこをワダツミに助けられて、この星へ飛ばされたんだ。それでまあ、死にかけた時のショックで言葉が話せなくなっちまって、ついでに他人の言葉も分からなくなっちまったわけだ。」
「そうなんだ・・・なんだか可哀想ね。」
「こいつは俺と一緒で、心に傷を負ってんだ。だから協力して生きていこうって約束したんだよ。なあミズチ?」
ミズチは身体を波打たせて、下手くそなピアニカのように気の抜けた声を出す。
「だったらあなたとミズチは友達ってわけね?」
「そうだよ。俺はこいつの力を借りて漁師をやってんだ。そんで儲けた金で、こいつの好物のスイーツを買ってやる。これぞ共存共栄ってやつだろ?」
男は可笑しそうに笑ってポンポンとミズチを叩く。
「でもさ、ミズチは言葉が分からないのに、どうしてあんたはそんなに親しくなれたんだ?」
コウが尋ねると、男は「ふふん」と自慢そうに鼻を持ち上げた。
「俺はな、こうみえてもちょっとした特技があるんだ。」
「特技?もしかして、ペンギン船長さんが言ってたテレパシーのこと?」
「なんだよ、知ってんのかよ・・・。驚かせてやろうと思ったのに。」
不満そうに口を曲げ、男はミズチを見上げながら言った。
「まあテレパシーなんてたいそうなもんじゃねえけど、何となくお互いの考えてることが分かるんだよ。こうして手を触れると特にな。」
男はミズチに触れ、話を聞くようにうんうんと頷いている。
「ミズチは何て言ってるの?」
「ちょっと怯えてるな。でもあんたのことは嫌いじゃないみたいだぜ。きっと悪い奴じゃないって見抜いたんだろうな。」
「そっか、私もミズチのこと嫌いじゃないよ。見た目は大きくて怖いけど、中身はいい子だって分かるもの。よろしくね。」
ダナエはもう一度手を出し出す。ミズチは躊躇いがちに顔を近づけ、プッと海藻を吹き出した。
「だはははは!顔に昆布がくっついてるぞ!」
コウは指を差して大笑いする。ダナエは昆布を剥ぎ取り、コウの顔にペチっと投げつけた。
「なんだか今日はご機嫌ななめみたいだな。いつもならもっと愛想がいいんだけど・・・。」
ミズチは不機嫌そうに鳴き声を上げ、空に向かって海藻を吐き出した。
「う〜ん、困ったなあ。ミズチがこれだと、ラシルの廃墟に行けねえぞ。」
男はガシガシと頭を掻きむしり、難しい顔で海を睨む。
「もしかして、ミズチにラシルの廃墟まで連れて行ってもらうつもりだったの?」
「そうだよ。それ以外に方法はねえからな。なあ、ミズチよ、いったい何をそんなにヘソ曲げてんだよ。何か嫌なことでもあったのか?」
男は腕を組んでミズチを見上げる。そしてゆっくりと手を伸ばし、ミズチの声を聞いてみた。
「・・・ふむふむ、ほおほお・・・。ああ、そうだったか。そりゃ悪かったなあ・・・。」
「今度は何て言ってるの?」
「最近スイーツを食ってないから機嫌が悪いらしい。そういやここんとこ、あんまりあげてなかったからなあ・・・。あんた、何か甘い物を持ってるか?」
「甘い物かあ・・・。ちょっと持ってな・・・・・、」
そう言いかけてあることを思い出し、岩場を振り返って叫んだ。
「ジャム!確かサトウキビみたいに甘い山菜を持ってたわよね?あれ持って来て!」
岩場に隠れていたジャムはヒョコっと顔を覗かせ、腰に着けた袋をゴソゴソと漁って黄色い山菜を取り出した。
「これだね?はい、どうぞ。」
ポイっとその山菜を投げ、また岩場に隠れてしまった。
「もう、ほんとに臆病なんだから・・・。」
ダナエはミズチを見上げ、受け取った山菜をそっと差し出した。
「はい、これあげる。サトウキビみたいに甘いのよ。」
山菜を千切ってぽりぽりと齧り、二コリと笑ってみせる。ミズチは興味を惹かれて鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅いで舌を伸ばした。
「どう、甘いでしょ?」
「・・・・・キュルウウウウウ・・・・・。」
ミズチは不満そうな声を出す。そしてまたダナエの顔に海藻を吐きつけた。
「だはははは!お前ずいぶん気に入られてんじゃん。その昆布も似合ってるぞ。」
ダナエはぺリぺリと海藻を剥ぎ取り、細い目でコウを睨む。そして後ろを振り返って、大声で叫んだ。
「ジャム!ありったけの甘い山菜をちょうだい!」
「え?でもそんなことしたら、ダナエのちゃんのスイーツが作れなくなっちゃうよ?」
「いいからちょうだい!この子に全部あげるの。」
ジャムは袋ごと山菜を投げて寄こした。ダナエはその中にある全ての黄色い山菜を取り出し、ミズチの口に近づけた。
「まだ食べ足りないんでしょ?これ、全部食べていいわよ。」
屈託の無い笑顔で二コリと笑いかけ、スッと山菜を差し出す。ミズチはヒクヒク鼻を動かし、長い舌でペロリと平らげた。
「美味しい?」
「クックックックック!」
今度はニワトリみたいな声を出して大喜びする。しかし急に顔をしかめ、ペッペと何かを吐き出した。
「あはははは!引っ掛かった!苦い山菜を一個だけ混ぜといたんだ。」
「・・・・グエッ・・・。」
不味そうに何度もペッぺと唾を吐き出し、コホコホと咳き込んで口を開ける。
「ミズチも昆布をぶつけたから、これでお合いこね。」
ダナエはピョンと岩場を下り、波打ち際に立ってミズチに触れた。
「ねえ、私達はどうしてもラシルの廃墟に行きたいの。連れて行ってくれないかな?」
ミズチは顔を持ち上げ、ダナエの青い瞳をじっと見つめる。そして男の方に振り向き、何かを伝えるように「キュッキュ」と鳴いた。
「お?うんうん、そうかそうか。」
男は頷き、ミズチに手を触れる。そして何度も「ふむふむ」と頷き、「ああ、頼むわ」と手を上げた。
「今度は何?」
「こいつがさ、ずいぶんあんたのこと気に入ったんだよ。こんなふうに悪戯をやり返されたのは初めてだって。だから困ってることがあるなら何でも協力してやるって言うもんだから、こいつらをラシルの廃墟へ連れて行ってやってくれって頼んだんだ。そしたらOKだってよ。」
「ほんと!やったあ!」
これでやっとラシルの廃墟に行けると喜び、後ろに隠れているトミー達に手招きした。
「二人とも、ミズチがラシルの廃墟へ連れて行ってくれるって。出ておいで。」
岩場の陰からチョロチョロと包帯の切れはしが覗き、二人はゆっくりと顔を出した。
「・・・・食べない?」
ジャムが怯えた顔で尋ねる。
「食べない食べない。せいぜい昆布を吐かれるくらいだから。」
ダナエは明るく言う。トミーとジャムは顔を見合わせ、岩場を下りてミズチを見上げた。
「・・・でけえ。長さだけならブブカよりあるんじゃ・・・。」
「俺、怪獣苦手なんだよ。デカイし怖いし・・・。」
「怪獣が得意な人なんて滅多にいないわ。それにミズチは怪獣じゃなくて妖怪よ。ほら、二人も挨拶して。」
ダナエに背中を叩かれ、二人はボソボソと呟いた。
「トミーです。」
「ジャムです。よろしく・・・。」
ミズチはまた変な声を出してトミーに海藻を吐きつけ、ジャムを咥えて持ち上げた。
「ぎゃあああああ!食べないって言ったのにいいいいい!」
「大丈夫よ、きっと遊んでるだけだから。」
シャチがボールで遊ぶように、ミズチはポンポンとジャムを突き上げる。ダナエはニコニコとしてその光景を見つめ、後ろを振り返って首を傾げた。
「あれ、ドリューは?」
彼は小屋の前から姿を消していて、辺りを捜しても見つからなかった。
「お〜い!ドリュー。どこにいるの〜?」
キョロキョロと見渡しながら大声で叫ぶと、小屋のすぐ後ろにある高い木にドリューはいた。
「ドリュー。何してるの?」
「ああ、絵を描いているんです。ダナエさんとコウさんの絵を。海をバックにしてね。」
ドリューは一心不乱に絵を描き続ける。それは普段の気弱なドリューと違い、鋭い目で戦いに赴く戦士のような表情だった。
「そういや朝一番に画材を買ってたもんなあ。」
コウはドリューの所まで飛び上がり、横から絵を覗き込んだ。
「おほ!こりゃ上手い。ミズチもよく描けてるじゃん。」
「ええ、あんな妖怪中々見られないですからね。しっかり描かないと。」
「でもいつまでも待ってられないぜ。今からラシルの廃墟に行くんだから。」
「分かってますよ。もう少し・・・ここをこうして、こういう具合にして、フィニッシュ!」
パシッと筆を走らせ、自分のサインを書き込んで仕上げを済ませる。
「うん、中々良い出来だ。それじゃ行きましょうか?」
ドリューは鞄に絵をしまいこみ、画材をギュウギュウに詰め込んで木から飛び降りた。
「すいません、お待たせしました。」
「ふふふ、ドリューはほんとに絵が好きなのね。どれ、私にも見せて。」
ダナエは鞄から絵を抜き取り、目をキラキラさせてうっとりする。
「うわあ、綺麗・・・。すごいねドリュー。」
絵は鮮やかな海のブルーと、岩場の渋い茶色がマッチした見事なものだった。ダナエは髪をなびかせて山菜を持ち、ミズチはそれに向かって舌を伸ばしている。
コウは横から興味深そうに見つめ、輝く海の光が三人を優しく照らしている。
トミーとジャムも興味を惹かれて覗き込み、「おお!」と感嘆の声を上げた。
「上手いなあ・・・。でも俺達が入ってないぞ。」
「ほんとだ、ここの岩場にいるはずなのに・・・。」
「いいえ、ちゃんといますよ、ほら。」
ドリューが指差した先に、岩場から頭だけを覗かせる二人がいた。
「おいおい、なんだよこれ?もっとカッコよく描いてくれよ。」
「これじゃ俺の良い男が台無しじゃん。」
ドリューとゾンビ達はぎゃあぎゃあと言い争いを始め、コウが余計なチャチャを入れてバトルを加熱させる。
「元気な奴らだな。地球の漁師仲間を思い出すぜ。」
男は懐かしそうに目を細め、ラシルの廃墟が眠る海を見つめた。
「ねえ漁師さん。あなたの名前は何ていうの?」
「ん?俺は坂田金次郎ってんだ。」
「へえ、キンジロウか。いい名前ね。」
ダナエは金次郎に並んで海を見つめ、青い瞳に水平線を映して言った。
「ねえキンジロウさん。あなたはきっと地球へ帰れるわ。私が約束する。」
そう言って、二コリと笑いながら小指を向ける。
「へッ・・・。そういうのは偉そうに断言しちゃいけねえよ。もし約束が守れなかった時、相手はすげえ傷つくんだぜ。」
「ううん、私は本気で言ってるの。悪い邪神をやっつけて、必ずキンジロウが地球に帰れるようにしてあげる。妖精の女王の名に誓って、約束するわ。」
金次郎は驚いた顔でダナエを見つめ、思わずタバコを落としそうになった。
「あ、あんた・・・妖精の王女様だったのか?」
「そうよ。月の妖精の王女なの。でもただのオテンバだってよく言われるけどね。」
ダナエは何でもないことのようにサラリと言う。
すると金次郎は急に畏まって頭を下げ、ダラダラと冷や汗を流した。
「こ、これは、大層に偉そうな口を聞いて・・・その・・・ご愁傷さまでした!」
「あはは、やめてよ。そんなふうにペコペコしないで。」
「い、いや・・・そんな偉い方だと知っていれば、まんじゅうの一つもお出ししてですな、その、えっと、なんだ・・・・へへえ!」
金次郎は岩場に手をつき、平民のように頭を下げる。
「だからやめてってば!そういうつもりで言ったんじゃないんだから・・・。」
恐縮しきりの金次郎を立たせ、二コリと微笑んでまた小指を差し出す。
「せっかくこうして出会えたんだから、お友達になりましょ。そして、あなたが安心して地球に帰れるように約束するわ、ね?」
ダナエは金次郎の目の前に小指を持ち上げる。
「そ、そんな・・・俺みたいなのが、月の妖精の王女様の友達だなんて・・・。そんなのバチが当たっちまう・・・・。」
金次郎はプルプルと肩を震わせ、鼻を赤くして目に涙を溜めていく。ダナエはそんな彼を微笑んで見つめ、その手を掴んで指切りげんまんをさせた。
「はい、これで金次郎さんと私は友達ね。」
「うう・・・こんな俺のバッチイ指を・・・。酒とヤニで汚れた薄汚い初老のこの指を・・・。」
滝のように涙が流れ出し、アメーバのように鼻水を垂らし、金次郎は海に向かって叫ぶ。
「勉造おおおおおおお!かあちゃああああああん!俺は妖精の王女様とお友達になったぞお!
俺みてえなロクに九九が言えない人間でも、軽トラにハイオク入れちまうような人間でも、こんなに凄い人と友達になれるんだああああ!」
金次郎の叫びは海に響き渡り、なぜかミズチまで吠え出す。そしてしばらく海を眺めて佇んだあと、ダナエに振り向いて言った。
「王女さん。この坂田金次郎、命に変えてもラシルの廃墟までお連れして、中をご案内差し上げます。」
金次郎は膝をついてダナエを見上げ、ミズチを叩いて言った。
「おいミズチ。今からラシルの廃墟に行くから、王女さん達を中に入れて差し上げろ。」
ミズチは返事をするように鳴き、口を開けてダナエを飲み込んだ。
「きゃあああ!」
「ダナエ!」
そして慌てて飛んで来たコウもペロリと飲み込み、ついでにドリューも飲み込んだ。
「おいおい、何してんだよお前!みんな食われちまったじゃないか!」
トミーがガクガクと金次郎の胸ぐらを揺さぶる。
「離せこのゾンビが!ミズチをよく見ろ!」
金次郎はトミーを突き飛ばし、ミズチの腹の中を指差す。するとそこには、飲み込まれたダナエ達が大きな泡につつまれてふよふよと浮いていた。
「おお・・・食われたんじゃなかったのか・・・。」
「当たり前だ!俺はいつもああやって漁に出掛けるんだ。」
ふんと鼻を鳴らし、トミーに一瞥をくれてからミズチに近づいていく。そして長い舌にくるまれ、金次郎もミズチの腹の中へ入っていった。
「悪いがこれ以上は定員オーバーだ。お前らはそこの小屋で留守番してろ。」
「はあ?何を勝手なことを言ってんだよ!」
トミーは拳を振り上げて怒る。ジャムも同じように拳を振り上げ、岩場を跳びはねながら抗議した。
「お前なんかにダナエちゃんを任せられるか!何かあったらぶっ殺してやるぞ。」
「うるせえな。ミズチにビビって岩場に隠れてた奴が偉そうに言うんじゃねえ。」
金次郎が指を振って合図を出すと、ミズチは口を開けてゾンビ達に吠えた。
「シャアアアアアアアアッ!」
「ぎゃあああああああ!」
「怖ええええええええ!ママああああ!」
「はははは!お前らは大人しく留守番してろ。もうすぐ商人が魚を買い付けに来るはずだから、小屋の隅にある箱を渡しとけ。」
金次郎はまた合図を飛ばし、ミズチは一声鳴いて海中に潜っていく。
「トミー、ジャム!悪いけど今回は我慢して。あとで肩もんであげるから。」
トミーとジャムは唇を尖らせ、渋々頷いて手を振った。
「OK、今回は大人しく留守番してるよ。気をつけてな。」
「なんなら俺がダナエちゃんをマッサージして・・・・、ぐげッ!」
トミーの拳がジャムの頬にめり込み、ダナエ達は可笑しそうに笑う。
「それじゃまたあとでね!」
ダナエは手を振り、コウやドリューと楽しそうにはしゃぐ。トミーとジャムは羨ましそうにそれを見つめ、がっくりと肩を落として小屋に戻って行く。
ミズチは口から潮を吹き上げ、ダナエ達を乗せてラシルの廃墟に泳いでいった。

 

                      (つづく)

ダナエの神話〜神樹の星〜 第八話 海底の廃墟(1)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 18:21

『海底の廃墟』1


美しいシャンデリアをぶら下げた部屋に、星の明かりが射している。
街を見渡せる豪華なホテルの最上階で、ダナエはうっとりと夜の漁火を眺めていた。
「綺麗・・・・。まるで海の宝石みたい・・・。」
トミーが予約してくれた宿は、超が付くセレブしか泊れない高級ホテルだった。しかもダナエが泊る部屋は、一泊で100万チョリスもするスイートルームだった。
「どう、いい部屋だろ?」
トミーがブランデーを回しながらニヒルに笑ってみせる。
「うん・・・まさかこんな場所に泊れるなんて思ってなかったわ。」
ダナエのうっとりはさらに加速し、これ以上うっとりすると、喜びのあまり天にも召される勢いだった。
しかしふと現実的な問題が頭をよぎり、恐る恐るトミーに尋ねた。
「ねえ、確かに良い部屋なんだけど・・・・値段ってどれくらいなの?」
「まあまあ・・・そんなの気にしない気にしない。」
「で、でも・・・あんまり高すぎると、旅のお金が無くなっちゃうんじゃないかしら?」
そう言うと、トミーはカッコをつけてブランデーを揺らし、小さく指を振った。
「実はね、このホテルって、ダレスさんの融資を受けて建てられたものなんだ。」
「融資?それって、お金を貸すってことよね?」
「そうだよ。このホテルのオーナーは、昔とんでもない貧乏人だったそうで、ダレスさんの所に金を借りに来たんだよ。そしてそのお金で小さなホテルを立てて、地道に頑張ってきた。
そして・・・今はこんな豪華ホテルのオーナーになるほど、大成功を収めたってわけさ。」
「へえ、なんか分かんないけど・・・すごいね。」
「うん、まあ・・・ダナエちゃんには興味のない話だったね。要するに、ここはダレスさんの顔が利くってこと。だから俺が子分だって伝えたら、タダで泊っていいって言ってくれたのさ。」
「でも、タダなんてなんだか悪いわ。私、ちょっとトイレ掃除でも手伝ってくる。」
ダナエはパタパタと部屋を出て行き、一階のカウンターに走って行った。
「真面目な子だなあ。俺も結婚して子供が出来たら、あんな子が欲しいな。」
ブランデーを飲み干し、トミーは屋内プールに向かう。包帯を取り去って屈伸運動をし、綺麗な飛び込みを決めた。
「トミーの奴はしゃいでるな。ゾンビがプールで泳ぐって、かなりシュールな光景だぞ。」
枕に寝そべってジュースをすすっていたコウが呆れ顔で言う。
「でもコウさん。私までこんな所に泊らせてもらっていいんでしょうか?なんだか落ち着かなくてソワソワするんですが・・・。」
「何言ってるんだよドリュー。あんたは昔、お城みたいな家に住んでたんだろ?
だったらこれくらいの部屋はどうってことないんじゃないの?」
「そんなことないですよ。お金持ちだったのは随分昔のことですから、今は貧乏生活が身に染み付いているんです。あんまり高い食事をしたせいで、なんだかお腹の調子もおかしいし。」
ドリューの腹はギュルギュルと鳴りっぱなしで、何度もトイレに駆け込んでいた。
「繊細だねえ、あんたは。でも芸術家っていうのはそんなもんか。」
フカフカのソファで足を組んだジャムが、偉そうに指を向ける。
「・・・僕、やっぱり芸術家気質なんだと思います。だから、もう一度絵を始めてみようかなって思ってて・・・・。」
「おお、いいじゃんか!なんだったら俺がモデルになってやるぞ。タイトルは夕暮れに佇むゾンビの横顔だ。」
「・・・遠慮しておきます。もしモデルを頼むなら、ダナエさんとコウさんにお願いすると思います。」
そう言うと、コウは嬉しそうにドリューの頭に乗っかった。
「おう、いつでもいいぜ。きっとダナエも喜ぶだろうしな。」
「ほんとですか!じゃあ明日さっそく画材屋に行かなきゃ!」
ドリューは嬉しそうに拳を握る。そして皿に盛られた果物を取って、チビチビと齧りながら言った。
「みなさんは、ユグドラシルを目指して旅をしているんですよね?」
「そうさ。この星と地球を救う為にな。」
「だったら、僕に一つ提案があるんですけど。」
「提案?ほうほう、聞こうじゃないかね。」
コウは胡坐を掻き、腕を組んで偉そうに笑う。ドリューはブドウの粒をプチプチ千切りながら、漁火の輝く夜の海を見つめた。
「みなさんは、ラシルの王国ってご存知ですか?」
「ラシルの王国?俺はこの星の者じゃないからな知らないな。ジャムは聞いたことあるか?」
「いいや、ないね。でもラシルってこの星の名前だろ?」
そう言うと、コウは「ほお!」と声を上げて驚いた。
「この星ってラシルっていうのか?」
「そうだよ。今まで教えたことなかったっけ?」
「聞いてないよ。知らなくても特に困らなかったけど。」
コウは唇を尖らせ、やや不機嫌そうな顔でドリューを振り返った。
「で、そのラシルの王国ってのがどうかしたのか?この星と同じ名前だけど、何か関係あるとか?」
そう尋ねると、ドリューは「大アリですよ」とブドウを噛み潰した。
「この星のラシルという名前は、ラシルの王国から来ているんです。そしてラシルの王国の名前は、あのユグドラシルから来ているんですよ。」
「へえ。ならラシルの王国は、ユグドラシルに関係してるってことだな?」
「はい。というより、ユグドラシルの周りに建てられたのがラシルの王国なんです。あの神樹はここから見える海の、もっとずっと先の島に根付いていたんです。でも邪神との戦いでその島は失われました。僕が産まれる、ずっとずっと昔のことですけどね。」
「ずっとってどれくらい?」
「う〜ん、そうですねえ・・・・だいたい二千年くらい前かな?」
「二千年!ずっごい昔の話なんだなあ・・・。」
コウは感心して一頷き、ドリューと同じように夜の海を見つめた。そしてその先に浮かんでいたラシルの王国を妄想し、勝手に悦に浸っていた。
「二千年前かあ・・・・ロマンがあるなあ・・・。」
「おや、コウさんは歴史好きですか?」
「まあね、こう見えてもけっこう博識なんだぜ、俺。」
親指立て、ビシッと顔を作ってみせる。ドリューは可笑しそうに笑い、ブドウを口に入れてグニュリと噛み潰した。
「ユグドラシルが生えていたラシルの王国には、病や飢えというのはまったく無かったそうです。そしていつでも不思議な力が溢れていて、魂と魂を直接つなぐことが出来たそうです。」
「魂と魂を・・・?」
「ええ、言葉に頼らずに、お互いの意思を理解し合うことが出来たそうです。だからラシルの王国では、争いというのはほとんどなかったとか。」
「へええ・・・魂と魂をねえ・・・。それってテレパシーみたいなもんか?」
「僕も詳しいことは分かりません。父に聞かされただけなので。でもね、一度だけラシルの王国に行ったことはあるんですよ。」
「え?でもラシルの王国は二千年前に無くなったんじゃ・・・・?」
そう尋ねると、ドリューは首を振って椅子から立ち上がった。そして窓から夜の海を見つめ、まるでその先にラシルの王国があるかのように目を細めた。
「ラシルの王国は今でもありますよ。あの深い深い海の底に、廃墟として存在しているんです。」
「この海の中に・・・。」
コウもドリューの横に並んで海を眺める。漁火と街の明かりが入り混じり、海面に揺らいで美しいアートを創り出している。
「まだ僕の家がお金持ちだったころ、父に連れて行ってもらったんです。
ラシルの廃墟の周りには大きな力が渦巻いていて、中に入るには廃墟に住む幻獣に認めてもらわなければいけないんですよ。だから父は素晴らしい絵を描いて、それを幻獣にプレゼントしたんです。そのおかげで中に入れてもらい、かつて神樹が息づいていた場所をじっくり見て回ることが出来たんです。あの時の光は今でも忘れられない。美しくて、幻想的で、でもすごく切なくて・・・。」
ドリューはラシルの廃墟を思い出し、画家の炎をたぎらせて創作意欲に駆られた。芸術の神の血を引く彼は、美しいものや感動的なものを見ると、居ても立ってもいられないくらいの熱い衝動が湧き上がる。
「ああ!じっとしていられない!何か、何か描く物はッ?」
クセ毛の頭を描きむしり、大きなクローゼットに向かって走り出す。引き出しを放り出して中のものをポイポイ投げ捨て、また頭を描きむしって部屋の中を走りまわる。
「誰か!誰か僕にペンと紙をッ!」
膝をついて天を見上げ、まるで雨乞いでもするかのようにお辞儀を繰り返す。
「落ち着けよ、俺の包帯をちょこっとやるから。」
ジャムがプチプチと包帯を千切って差し出す。
「そんな小さいのじゃ駄目だ!もっと、もっと大きな紙をくれえッ!」
「ぐがが・・・首を絞めるな・・・・。」
ドリューの目は血走り、ガクガクとジャムの首を揺さぶる。するとそこへダナエが戻って来て、嬉しそうに笑いながら手に持った物を見せびらかした。
「見て見て!トイレ掃除と洗い物のお手伝いをしたら、色鉛筆のセットをもらっちゃった!」
胸の前に色鉛筆セットを掲げ、ルンルンと部屋の中をスキップしていく。そして取っ組みあうドリューとジャムを見つけ、ニコニコしながら首を傾げた。
「あら?なにプロレスごっこしてるの?」
「ち、違う・・・こいつが俺の首を絞めるんだ・・・・ぐるじいッ・・・・。」
「ペンを!僕にペンと紙を!絵を描かせてくれええええッ!」
もはや殺す勢いで首を絞め、発狂したようにジャムを振り回す。
「ちょっとちょっと!それ以上やったら死んじゃうわよ!」
「もう死んでるけど・・・・苦しいから助けて・・・・。」
ダナエは高く飛び上がり、勢いをつけてジャンプキックを放つ。
「とおりゃああああッ!」
「へぶしッ!」
ジャムの顔面に蹴りがヒットし、もんどりうって床を転げていく。
「ダメよドリュー。いくらゾンビでも首を絞めたりなんかしたら。」
「はあ・・・はあ・・・絵を・・・絵を描かせてくれ・・・・。」
「絵?お絵描きしたいの?ならここに色鉛筆があるわよ、ほら。」
木作りの箱に入った色鉛筆セットを見せると、ドリューはサッと奪い取って壁に走っていった。
「あらら・・・。壁に絵を描き始めちゃった・・・・。」
ドリューは何かに取り憑かれたようにペンを振るい、凄まじい勢いで絵を描いていく。
「うふふ、さすが芸術の神様の子供よね。私もあれくらい熱中できるものがほしいな。」
羨ましそうに言ってクルリと回り、ルンルンとスキップをしながらバスルームへ向かっていく。
「今からお風呂に入るけど、コウも一緒に入る?」
「いいや、俺はあとでいいや。それよりジャムの首がおかしな方向に曲がってるけど、いいのか・・・・?」
「大丈夫でしょ、ゾンビだし。コキっとやれば元に戻るわよ。」
明るい声で言い、ダナエは手を振ってバスルームのドアを開けた。そして中から顔だけ覗かせて、唇を尖らせて呟いた。
「もしまたジャムが覗こうとしたら、バキ!ってやっちゃってね。」
「覗きたくても覗けないだれろ、あれじゃあ・・・・。」
コウは肩を竦めて首を振り、ジャムの頭を掴んで「コキ!」っと回した。
「大丈夫か?」
「うん、なんとか・・・・。」
「すまんな、あいつけっこう悪ノリするところがあってさ。悪気はないから余計にタチが悪いんだよ。」
「なんで俺が蹴られるんだよ・・・。まあダナエちゃんだから許すけど。」
コキコキと首を鳴らし、ジャムはふらふらと立ち上がる。するとコウは肩に手を掛け、うんうんと頷きながら言った。
「確かにさっきのはやり過ぎだよ。後で俺からよく言っておく。」
「いや、別にいいけど・・・・・。」
「うんにゃ、ちゃんと注意しないとダナエの為にならない。今はバスルームにいるんだけど、出てきたらちゃんと注意するから。今はバスルームだから無理だけどな、バスルームだから。」
そう言ってポンポンと肩を叩き、必死に絵を描くドリューの方へ飛んで行く。そして後ろを振り返ると、ジャムはバスルームの前に移動していた。
「あいつ・・・いつか捕まるな。」
どうでもいいことのように呟き、一心不乱に絵を描くドリューを眺めた。
「ふええ・・・すごいもんだな。さすがプロの芸術家。」
部屋の壁には、壮大な神殿が立つ美しい街が描かれていた。薄いブルーを基調としていて、周りには光輝く海が銀色に塗られていた。
それは海に浮かぶ神の国のように神秘的で、見る者を引きつける不思議な力があった。
しかしどこか寂しげな雰囲気が漂い、じっと見つめていると切なさが込み上げてくる。
「これがラシルの廃墟か・・・?」
「そうです。子供の頃に一度行ったきりだけど、この景色ははっきりと覚えているんです。
だから・・・僕はもう一度ここへ行きたい!この目で、あの景色をもう一度!」
「なるほど、それで俺達にラシルの王国の話をしたわけだ。」
「ええ、でもそれだけじゃありませんよ。ここにはユグドラシルの力が眠っているといわれているんです。」
「ユグドラシルの力が?」
「ラシルの王国は、ユグドラシルの力で成り立っていた国なんです。だから今でも、その力が残っているといわれているんですよ。だからここへ行けば、きっとユグドラシルへ辿り着く手掛かりになるはずです。」
「ううん・・・でもあの神樹のいる場所は分かってるんだよな?確かマクナールの街っていうとこの海だろ?」
「そうですけど、あそこは簡単に行ける場所じゃないんです。途中に厄介な国があるし、邪神の力で呪いがかかっている場所もあるんです。だから、普通に行っても辿り着けないと思いますよ。」
「ジル・フィンもそんなことを言ってたな・・・。じゃあそのラシルの廃墟へ行く事は、ユグドラシルへ辿り着く上で大きな手掛かりになりそうだな。」
「だからここへ行こうと言っているんです。この街の港から船が出ているはずだから、それに乗れば海まで潜って行けますよ。」
「そうか。じゃあ明日の朝一番に港へ行ってみるか。」
「でも、船に乗るにはけっこうなお金がかかるんですよ。」
「ふ〜ん、どれくらい?」
「80万チョリス。」
「高けえッ!」
「だから願いしてるんですよ。僕はお金が無いから、コウさん達に払って乗せていってもらう。そしてコウさん達は、僕に廃墟の中を案内してもらう。これって、ウィン、ウィンの関係でしょう?」
「何がウィン、ウィンだよ。お前って画家のわりにはそういうとこちゃっかりしてるよなあ。」
「貧乏人は金にうるさくなきゃ生きていけないんです。でも廃墟には気難しい幻獣がうろついていますから、きっと僕が案内した方が安全ですよ。」
「分かったよ。俺達もユグドラシルへ辿り着く手掛かりは欲しいからな。あんたの提案に乗るよ。」
「そうこくちゃ。さあ、僕は絵を描き上げるぞ!」
新たな旅の指針が決まり、コウは頭の後ろに手を組んで枕に寝転がる。鈍チンのダナエが風呂から上がって来たらどう説明してやろうかと考えていると、だんだんと眠くなってきて目を閉じた。そして「もうすぐだな・・・」と意味深な言葉を呟くと、バスルームからガシャン!と大きな物音が聞こえてきた。
「もう!また覗いて!今度は本当にダレスに言いつけるからね!」
「い、いや・・・これはコウがそそのかして・・・・。」
「問答無用ッ!」
「ぷぎゃッ!」
また大きな物音が響いて、バスルームのドアを突き破ってジャムが壁にぶつかった。
「この!ごめんなさいしなさい!」
ダナエはバスタオルを巻いて銀の槍を振りかざし、バシバシとジャムの頭を叩く。
「ひいいいいい!ごめんなさい!」
「ダナエもジャムも、ほんとに人の予想通りに動くよなあ。実にからかいがいがある。」
バタバタと暴れる音を聞きながら、コウは腕枕をして寝返りをうつ。
プールからあがって来たトミーが、部屋を駆け回る二人を見て首を捻った。
「何やってんだ・・・・あいつら。」

            *

綺麗な木目の桟橋が、穏やかな海に架かっている。
ダナエ達は港の船乗り場で、いかついペンギンの船長に向かい合っていた。
「どういうことだよ、船が出てないって!」
コウはバタバタと羽を動かして怒鳴りつける。
「仕方ねえだろ。ラシルの廃墟は危険な場所なんだ。あそこへ行く便は二年も前に廃止になってんだよ。」
「そんな・・・。せっかく期待して来たのに・・・・。」
コウはがっくりと項垂れ、じろりとドリューを睨んだ。
「す、すいません!てっきりまだ船は出てるものだと思って・・・。」
ハンカチで額の汗を拭き、ペコペコと頭を下げる。
「お前ってずっとこの街に住んでたんだろ?なんで知らなかったんだよ。」
トミーに肘で突かれ、さらに恐縮して身を丸める。
「だって・・・港になんか来る用事は無いから・・・。」
「なんだよ、ったく・・・。締まらねえなあ。」
唇を尖らせ、険しい顔で海を睨むトミー。するとペンギンのオヤジが海岸沿いに見える小さな小屋を差した。
「どうしてもラシルの廃墟へ行きたいってんなら、あそこの小屋にいる男に聞いてみるんだな。」
ダナエ達は岸壁の傍にある小屋を見つめた。今にも崩れそうなボロボロの屋根に、いつ海に飲み込まれてもおかしくない岩場に建っている。
「すげえ場所に住んでるんだな。で、なんであそこの男に聞いてみ必要があるんだ?」
コウが尋ねると、ペンギンオヤジは煙管を吹かして答えた。
「あそこには他所の星から来た奴が住んでるのさ。しかもテレパシーが使える。」
これで説明は終わりだというふうに、ペンギンオヤジは去って行く。
「待て待て!何にも説明になってないよおっさん!」
「おっさんって言うな。俺はまだ二九だ!」
「嘘つけ!どう見たって還暦じゃねえか!」
「てめえ!俺のどこが還暦だ!舐めたこと言ってるとスリ身にして魚の餌にするぞ!」
ペンギンオヤジはペシンとコウを跳ね飛ばし、プリプリ怒って去って行った。
「痛ってなあ・・・。覚えてろよあのオヤジ。」
赤くなった頬を押さえながら、コウは困った顔でダナエを見つめた。
「なあ、どうするダナエ。あの小屋に行ってみるか?」
「そうねえ。せっかくここまで来たんだし、とりあえず行ってみようよ。」
「・・・そうだな。じゃああの小屋まで出発だ。」
ダナエ達は港を抜けて海岸の端っこまで出る。そして荒れた岩場を慎重に進み、何とかボロ小屋まで辿り着いた。
「すいませ〜ん。誰かいますか〜?」
ダナエはバシバシと戸を叩く。するとメキョっと音がして穴が開いてしまった。
「あ!やっちゃった・・・。」
中からドタドタと足音が聞こえ、勢い良く戸が開いた。
「誰だ!人の家の戸を壊す奴は!」
顔の真ん中に大きな切り傷の入った男が出て来て、ジロリとダナエ達を睨む。浅く焼けた肌に逞しい筋肉、そして真っ白な髪に威圧的な眼光をしていた。
「ご、ごめんなさい!壊すつもりはなかったの。ちょっと力加減を間違って・・・。」
「こんなボロい小屋なんだから、叩いたら壊れることくらい分かるだろ!弁償だ!弁償をしろ!」
あまりの剣幕にダナエは怖気づき、助けを求めるようにコウを見つめる。
「しゃあねえなあ。おいトミー、財布。」
「あいよ。」
包帯の中からスルスルと財布を取り出し、お札を一枚抜いて男に渡す。
「・・・なんだ?妙に金を持ってるなアンタら・・・。」
「ええ、まあ。そういう商売なもんで。」
トミーはニコニコと頭を下げ、包帯の中に財布をしまう。
「ふん!大金を稼ぐ商売にロクなもんはない!さっさと帰れ!」
男はぴしゃりと戸を閉める。ダナエは慌てて「待って!」と呼びかけ、また戸を叩いて壊した。
「ああ・・・・また・・・。」
再び足音が響き、男はギリギリと歯切りしをしてダナエを睨みつけた。
「てめえ・・・わざとやってんだろ!」
「ち、違うわ!あんまりにもこの小屋がボロいからつい・・・・。」
「人様の家をボロいって言うな!」
「ご、ごめんなさい・・・。でも、私達あなたにお話があって来たの。」
「ああん・・・話い・・・・?」
男の顔が険しく歪み、ギロリと睨んでタバコを咥えた。
「あのね、私達ラシルの廃墟に行きたいの。それでね、港のペンギン船長さんに聞いたら、あなたに話をしてみろっていうから・・・。」
「ペンギン・・・?ああ、あの老けた若僧か。二九のくせに還暦みたいな顔しやがって。
もういっそのこと、本当にジジイになっちまえばいいのになあ。はははは!」
「・・・・・・・・・。」
「何だよ、じっと睨んで。喧嘩売ってんのか?」
「いや、なんか・・・あなたの持つ雰囲気がこの星の人と違うから・・・。
私の良く知っている人に、あなたとそっくりな人がいるの。」
「ほお、そりゃ変わり者だな。もしかして宇宙人とかか?」
男は馬鹿にしたように笑い、ふっとタバコの煙を吹きかける。
「さっきペンギン船長さんに聞いたんだけど、あなたってこの星の人じゃないんだってね。」
「・・・ち、お喋りな若僧が・・・。で、それがどうしたよ?」
「あなたのやって来た星、もしかし地球じゃないの?」
そう言うと、男の顔色が変わった。ニヤニヤ笑いが消えて、タバコを投げ捨てて踏み潰す。
「・・・お前誰だ?なんで俺が地球から来たって分かる?」
「さっき言った、あなたに良く似た人っていうのはね、地球から来た金貸しさんなの。
今は狼の獣人になってて、ダレスっていうんだけど・・・。」
「ダレス・・・。知らねえな。」
「ダレスは怖いところもあるけど、でも本当はとっても優しくて頼りになる人なの。
そして・・・あなたからも同じ雰囲気を感じるわ。そうやって偉そうにみせてるけど、実はすごくいい人なんじゃないかしら?」
長い髪を揺らし、二コリと笑って男に尋ねる。
重い沈黙が二人の間に降りたが、男は突然笑いだして手を叩いた。
「はははは!俺がいい奴?こりゃ面白い!」
腹を抱えてゲラゲラ笑い、そして急に怒り出してダナエを殴りつけた。
「馬鹿言ってんじゃねえぞこのガキッ!俺のどこがいい奴だ!俺はなあ・・・俺は自分の息子を・・・。俺のせいで息子を・・・・・。」
男は悔しそうに唇を噛み、拳を振り上げてダナエに殴りかかろうとする。
「ダナエッ!」
コウはかまいたちを放ち、男の顔を斬りつけた。
「うお!てめえ・・・・。」
そこへトミーが殴りかかり、男を吹き飛ばした。
「ぐはあッ!」
「何してんだてめえッ!ぶっ殺すぞッ!」
トミーは倒れた男をガンガン蹴りつけ、髪の毛を掴んで頭を持ち上げた。
「どういうつもりだお前!何をいきなり殴ってんだよ、ああ!」
「痛てえなあ・・・。キレてんじゃねえよゾンビが・・・。」
「・・・てめえ。調子に乗ってるともっと痛い目に遭わすぞ。」
トミーは拳を握って男を殴ろうとする。
しかしダナエがその腕を押さえて、「やめて!」と叫んだ。
「暴力はダメよ!拳を下ろして!」
「だって・・・こいつはダナエちゃんを・・・。」
「平気よこれくらい。すぐ治るから。」
ダナエは髪を一本ぬいて、息を吹きかけて頬にこすりつけた。赤く腫れていた頬が元に戻り、口元から流れていた血も治まった。
「魔法か・・・。便利なもん持ってるよなあ、この星の奴らは・・・・。」
男は吐き捨てるように言い、口の中の血をペッと吐き出した。するとダナエはもう一本髪を抜き、男の傷を治してやった。
「ごめんね。私、何かあなたの気に触ることを言っちゃったみたいね。」
「・・・・なんだよ、善人ぶりやがって・・・。俺は感謝なんかしねえぞ。」
「いいわよそんなの。私はあなたにお話があって来ただけだから。」
ダナエはニコリと笑いかけ、男の手を取って立たせた。
「おいてめえ。もう暴れるんじゃねえぞ。」
トミーは目をつり上げて睨みつける。男は「へ!」と悪態をつき、腕を払って小屋の中に戻っていった。
「帰れよ。俺は誰とも話なんかしたくねえ。」
男は拗ねた少年のようにむくれてタバコを咥える。
彼のぶっきらぼうな態度は、何かの心の傷を隠すものだとダナエは感じていた。

 

                      (つづく)

ダナエの神話〜神樹の星〜 第七話 半神半人の画家ドリュー(3)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 17:11

『半神半人の画家 ドリュー』3


ジャムは絵の世界をさ迷っていた。不思議なことに、彼の身体は地球にいた頃の人間の姿に戻っていた。
「懐かしいなあ・・・この身体。やっぱり人間の身体は最高だ。」
ジャムは中々の美形であった。柔らかい栗色の髪に、アイドルのような端整な顔立ち、そしてスラリとしたスタイルを持つ好青年だった。
「でも・・・絵の世界って不思議な所だな。まるで全ての時間が止まっているように感じる。
でも景色は美しいし、もう少しいてもいいかな。」
夕陽に輝く海を見つめながら、柔らかな潮風が吹く道を歩いて行く。遠くの方には立派なお城が建っていて、夕陽を反射して綺麗に輝いていた。
「あそこまで行ってみるか。」
海沿いの道を横に逸れ、お城へと続く深い森の中へ入っていく。すると途端に不気味な感覚に襲われ、思わず足を止めた。
「なんだ・・・何かいるのか?」
誰かに見つめられている視線を感じ、怯えて肩を竦める。すると森の奥から何かの影が飛び出し、ユラユラと歩きながらこちらへ近づいて来た。
「ひいえええええ!なんか出たああああああ!」
慌てて道を引き返し、ダッシュで逃げて行く。しかしいくら走っても、森の外へは出られなかった。
「なんで!なんで森から出られないんだ?道に迷ったのか?」
後ろを振り向くと黒い影が迫って来て、ジャムは絶叫して逃げ惑う。
「来るな!あっち行け!」
草をかき分け、木の枝を振り払って木立の中へ逃げて行く。木々の間からは海が見えていて、そちらに向かって全速力で駆けて行く。
「はあ・・・はあ・・・。なんだここは!どうやったら外に出られるんだ?」
海は近くに見えているのに、いくら走っても森からは出られなかった。そして遂に黒い影に追いつかれ、ポンと肩を叩かれた。
「ぎゃああああ!」
恐怖で飛び上がった勢いで枝に頭を打ちつけ、足元の石を踏んづけて転んでしまう。
「ひいいいいい!お助けえ〜!俺は喰っても美味くないから見逃してえ〜!」
地面に頭を擦りつけ、両手を合わせて必死に拝む。すると黒い影はそっとジャムの手を握り、「俊宏」と呼びかけた。
「・・・・え?なんで俺の本名を知ってるんだ?」
不思議に思って顔を上げると、そこにはジャムのよく知る人物がいた。
「マ・・・ママ!」
「俊宏、久しぶり。元気にしてた?」
栗色の長い髪をした女性は、口元に小さな皺を刻んで微笑みかけた。
「な・・・なんで?なんでママがここにいるの?ずっと昔に死んだはずなのに・・・。」
ジャムの目がウルウルと潤み、今にも泣きそうな顔で母を見つめる。
「ママ・・・会いたかった・・・。俺・・・会いたかったよお・・・。」
「よしよし・・・。ごめんね、俊宏を残して逝っちゃって。寂しかったね。」
母はジャムを抱き寄せ、小さな子供をあやすように背中をさすってやる。そして小さく唇を動かして、囁くように言った。
「ねえ俊宏。ずっとお母さんと一緒にいようか?」
その声は優しく、ジャムの心の幼い部分を強く揺さぶった。
「いいの?俺・・・ずっとママと一緒にいられるの?」
「もちろんよ。だって私達は親子でしょ?俊宏はお母さんの可愛い子供だもの。」
ジャムの目から滝のように涙が溢れ、ダラダラと鼻水が落ちていく。幼い頃の気持ちが蘇り、切なさと愛おしさが胸を満たして、強く母に抱きついた。
「ママ・・・俺、ずっとママと一緒にいたい!パパは俺のこと嫌ってるから、ママの方がいい!」
「じゃあお母さんと一緒に行こう。ずっと二人でいられる世界へ・・・。」
「うん・・・・。」
ジャムは母の胸に顔を埋め、わんわんと泣き続ける。しかし彼は気づいていなかった。
今自分が抱きついている相手が、恐ろしい死神だということを。
優しかった母の顔は消え、剥き出しの髑髏がジャムを見つめている。そして背中に背負った大きな鎌を振り上げ、ジャムの首に振り下ろした。
しかし死神の鎌がジャムの首を刎ねる寸前に、銀の槍が飛んで来て鎌を弾いた。
「ジャムッ!」
「この声は・・・ダナエちゃん?」
ジャムは顔を上げ、こちらに走って来るダナエを見つめた。
「早くその死神から離れて!じゃないと永遠にここから出られなくなるよ!」
「え?死神?」
ジャムは自分を抱く母の顔を見つめる。そして首を捻って言った。
「どこに死神がいるんだよ?これは俺のママだよ。」
「何言ってるの!髑髏の顔をして、大きな鎌を持ってるじゃない!」
ダナエは必死に叫ぶが、ジャムは首を捻ったまま不思議そうにしていた。するとドリューがダナエの後ろを走りながら言った。
「無理だよ!彼の目には、あの死神が最も愛しい者に映っているんだから。」
ドリューの言う通り、ジャムの目には死神が母の姿に映っていた。そしてしっかりと死神に抱きつき、その胸に顔を埋める。
「俺のママを死神呼ばわりするな!いくらダナエちゃんでも許さないぞ!」
「そうじゃない!それは本当に死神なのよ!」
ダナエは全速力で森を駆け抜け、死神に向かって飛び蹴りを放った。
「とおりゃああああッ!」
スニーカーの底が死神の顎にめり込み、遠くへ弾き飛ばしていく。
「ああ、ママ!なんてことするんだよ!」
ジャムは慌てて死神に駆け寄ろうとする。しかしコウが両手を広げて立ちはだかった。
「行くな馬鹿野郎!この絵から出られなくなってもいいのか?」
「構わない!ママと一緒にいられるのなら、ずっとここにいても構うもんか!」
「このわからずやめ・・・。ちょっと眠ってろ!」
コウは土の魔法を唱え、アッパーのように拳を振り上げる。すると地面の土が拳の形に盛り上がり、ジャムの顎を殴り飛ばした。
「ぐへえッ!」
強烈なパンチでノックアウトされ、ジャムは白目を剥いて気を失った。
「ごめんねジャム・・・。でもあなたを助ける為だから許して。」
ダナエはジャムの身体を抱え、銀の槍を拾って死神に向ける。
「彼は私の友達よ!手を出さないで!」
「・・・・・・・・・・・。」
死神は鎌を振り回して浮き上がり、じっとダナエを睨みつけた。
「・・・その者はアンデッド・・・。我はこの絵を守る為、死者の侵入は許さない・・・。」
死神の鎌が恐ろしい殺気を纏い、ギラリと光って威圧する。するとドリューはダナエの前に立ちはだかって、両手を広げて叫んだ。
「待て!僕はこの絵を描いた画家だ。」
「・・・お主が・・・?」
「そうだ。お前はさ迷える死神だろう?天国にも地獄にも行き場を失くし、勝手にこの絵に入り込んで住処としている。でもこの絵はお前だけの物じゃない。誰もが心を癒せる、安息の場所なんだ。だからこのゾンビを傷つけるのはやめてくれ!」
「・・・・それは無理な頼みだ。」
死神は低い声で言い、ゆらりと鎌を回した。
「我は死神。死を司り、死を守る神である。ならば死の掟に逆らうアンデッドを見過ごすわけにはいかぬ。死者は黄泉の国へ旅立つべきであり、この世界に留まることは許されぬのだ。」
「それはそうだけど・・・でも僕の絵の中で、好き勝手なことをしてもらっては困るんだ。
この絵は友達への誕生日祝いとして描いたものであって、死神に住処を与える為に描いたわけじゃない!さっさとここから出て行ってくれないか!」
「・・・・・・・・・・・・。」
ドリューに説得され、死神はだらりと鎌を降ろす。
「ああ・・・分かってくれたか。」
ドリューはホッと胸を撫で下ろすが、次の瞬間に死神が怒鳴りつけた。
「そんなことは知らぬ!ここは我の住処なり!いくら作者といえど、一度手放した絵にものを言う筋合いはないはず!これは私の絵、私の世界だ!」
「僕は著作権は放棄してないぞ!君はこの絵の権利を侵害しているんだ!」
「知らぬと言っておる!死神に著作権など関係ない!そして死ね!」
死神は黒い衣を翻し、鎌を振って襲いかかってきた。
「うわあああああ!殺されるう!」
ドリューは頭を抱えてしゃがみ込む。するとコウが魔法を使って死神を迎え撃った。
「お前だってアンデッドみたいなもんだろ!この絵から出ていきやがれ!」
荒ぶる竜巻が死神を飲み込み、空高く舞い上げていく。
「おのれこしゃくな!この程度の魔法でどうにか出来ると思うなよ!」
死神は髑髏の口を開き、一瞬にして竜巻を吸い込んでしまった。
「我は死を司る神なるぞ!妖精ごときが敵うものか!」
そう言って吸い込んだ竜巻を吐き出し、コウを吹き飛ばしていった。
「ぎゃああああああ!」
「コウ!」
「ふふふ・・・・さて、そのゾンビの首を狩り、永遠のこの絵の中に埋め込んでやろう。
誰も私の世界を汚すことは許さない!」
まるでカンフー映画のように華麗に鎌を振り回し、高速で飛びかかって来る。
「ごめんねジャム!ちょっとここで寝てて!」
ダナエはジャムを放り投げ、彼はゴチンと地面に頭を打ちつけた。
「さあ来い死神!空の彼方までぶっ飛ばしてやるわ!」
ダナエも華麗に槍を振り回し、高く飛び上がって死神に斬りかかった。
「ぬうん!」
「えい!」
銀の槍と死神の鎌がぶつかり、激しい火花が飛び散る。
「ぬうう・・・やるな娘。流派を聞いておこうか・・・。」
「りゅ、流派?ええっと、そうね・・・月影のダナエ流・・・・とか?」
「そうか、月影のダナエ流か。我の鎌は『次元流地獄殺法・二の太刀要らず流』なり!
いざ、尋常に勝負!」
「望むところよ!月までぶっ飛ばしてやるわ!」
ダナエの槍と死神の鎌が交差し、目にも止まらぬ速さで攻防を繰り広げる。
「ちょっと!どこが二の太刀要らずよ!何度も鎌を振ってるじゃない!」
「あれは敵を油断させる為の名前だ。我が鎌は流派にとらわれない!」
「あなたねえ・・・さっきから言ってることが滅茶苦茶じゃない!」
「滅茶苦茶でけっこう!要は勝てばいいのだ!そおれ、死ねい!」
死神は黒い衣の中からもう一本鎌を取り出し、二刀流の構えで襲いかかってくる。
「この卑怯者!武器を隠してるんじゃないわよ!」
「だから勝てばいいのだ!そして死ね!」
二本の鎌がダナエの頭上に迫る。
「遅いわ!」
ダナエは咄嗟にしゃがんでそれをかわし、クルリと回って蹴りを放つ。死神のこめかみに強烈なキックがヒットし、鈍い音が響いた。
「ぬう・・・。こしゃくな・・・。」
「まだまだ!喰らえ、月影の槍さばき!」
銀の槍が居合い斬りのように一閃し、死神の鎌を一本弾き飛ばした。
「ああ、我の鎌が!」
「それ、もういっちょ!」
返す刃で死神を斬りつけ、もう一本の鎌も宙に跳ね上げられる。
「しまった!我の武器が・・・・。」
「これでトドメ!」
ダナエは死神の頭上に飛び上がり、クルッと回って思い切り槍を叩きつけた。
「ふべしッ!」
硬い銀の槍がめり込み、死神の髑髏にヒビが入る。
「まだ意識があるのね。なら今度こそトドメよ!」
ダナエは両手をクロスさせ、パリパリと稲妻を発生させた。
「ぐぎゃああああああ!」
青白い電撃が死神を感電させ、白い髑髏から煙が上がる。しかし死神は倒れない。
最後の力を振り絞って、ダナエに掴みかかってきた。
「鎌はなくとも戦うことは出来る!我が衣の中に吸い込まれるがいい!」
死神の黒い衣が開き、中に蠢く無数の怨霊が呻き声を上げた。
「いやあああああ!怨霊は嫌い!」
「お前もこの怨霊の一人にしてやる!さあ、近こう、近こう寄れえええい!」
「やだやだ!絶対にやだ!離してよこの骸骨お化け!」
ダナエは両手を突っ張って抵抗し、何度も死神の顎を蹴り上げる。
「無駄だ!我が死の呪いを受け、衣の中に吸い込まれるがいい!」
蠢く怨霊達が手を伸ばし、ダナエに絡みついて中に引き込もうとする。
「さ、触らないで!コウ、助けてええええええ!」
するとその時、誰かがダナエの横を駆け抜けた。そして死神の顔を殴りつけ、ダナエを抱えて怨霊から引き離した。
「この野郎!ダナエちゃんに手を出すな!」
ダナエを助け出したのはジャムだった。膝を震わせて怯えながらも、目に闘志を燃やして死神を睨みつけている。
「ジャム!目を覚ましたの?」
「ああ、ダナエちゃんに投げられたとき、石に頭を打ちつけた衝撃でね。でもおかげで正気に戻ったよ。」
ジャムはニコリと笑い、ダナエを守るように立ちはだかる。
「コラ死神!よくもママに化けやがったな!許さねえぞ!」
勇ましく吠えて拳を構え、ボクシングのようにシュッシュとパンチを振る。
「おのれ・・・人間の分際で我の顔を殴りおって・・・。許さぬぞ!」
死神は鎌を拾って立ち上がり、髑髏の顔を怒らせて向かってくる。するとコウが死神の頭上で羽ばたき、両手を向けて叫んだ。
「そりゃこっちのセリフだぜ。怒りの鉄槌を喰らえ!」
コウは金属の魔法を唱えて巨大なハンマーを作り出し、死神を叩きつけた。
「ほげえッ!」
大地を揺るがす轟音が響き、死神は地面にめり込んだ。
「お、おのれえ・・・・。許さぬ、許さぬぞお・・・・・。」
「まだ意識があるのか・・・。しぶとい奴だな。」
コウは呆れた声で呟き、死神の傍に舞い降りる。そして小さなハンマーを作って、ポコンと殴りつけた。
「ぐふう・・・・。」
ついに死神はノックアウトされ、がっくりと倒れて意識を失った。
「終わったか・・・。」
コウはホッと胸を撫で下ろしてダナエの肩に止まる。竜巻で傷んだ羽をさすりながら、頭を抱えてうずくまるドリューに呼びかけた。
「おい、もう終わったぞ。」
「・・・・・ほんとに?」
ドリューは顔を上げてチラチラと様子を窺い、気を失っている死神を見て「おお!」と声を上げた。
「すごいですね!死神をやっつけるなんて。」
「へへへ、まあな。大したことなかったぜ。」
コウは自慢気に鼻をこすり、ジャムの前に舞い上がった。
「お前なかなかやるじゃん。死神を殴り飛ばすなんて。」
「あ、ああ・・・夢中だったから・・・。」
我に返ったジャムは、自分のやったことを思い出して青ざめていた。
「俺にもこんな勇気があるなんて・・・知らなかったな・・・。」
拳には死神を殴った感触が残っていて、少しだけ赤く腫れていた。
「ジャム、ありがとう。あなたのおかげで助かったわ。」
ダナエはニコリと笑ってジャムの拳を握り、ふっと輝く息を吹きかけた。すると腫れていたジャムの拳はたちまち治り、痛みはスッと引いていった。
「ダナエちゃん・・・俺、幻を見てたんだ。ずっと昔に死んだママが現れて、俺のことを抱きしめてくれた。でも・・・あれは偽物のママだったんだな・・・。」
「ジャム・・・。」
「俺ってさ、歳の割にガキっぽいだろ?なんだか俺の中の時間って、ママが死んだ時から止まったままなんだよ。身体だけ大きくなって、心は成長してないんだ。だから小さなことでもすぐビビるし、ダナエちゃんみたいな優しい女の子に惹かれるのも、ママの面影を追っかけてるからなんだ・・・。でも・・・・それじゃダメなんだよな。
いくらママが恋しくても、もうどこにもいない。それに俺はもう大人なんだから、いつまでも子供のままじゃダメなんだよな。」
ジャムは自分の拳を見つめ、ギュッと強く握りしめた。
「ママのことは今でも好きだけど、俺がこんなんじゃ浮かばれないだろうし、もっとしっかりしなきゃな!ダナエちゃん、俺、絵の外に戻るよ。ここにママはいない。ママがいるのは、きっと天国だから。」
ジャムはダナエを見つめて小さく笑った。その顔は少しだけ大人びていて、止まっていた心の時間が動き出していた。
「ジャム。私はあなたのことを大事な友達だと思ってるわ。だから、この先も一緒に戦っていきましょ!きっとジャムは強くなる。誰にも馬鹿にされないくらいに強くなれるわ。」
「・・・ありがとう、ダナエちゃん。」
二人は固い握手を交わし、屈託のない笑顔で笑い合った。
「でもさ、どうして俺がジャムだって分かったの?今は人間の姿をしているのに。」
「え?人間の姿?ずっと包帯を巻いたゾンビのままだけど・・・・?」
「いや、ちゃんと人間の姿に・・・・・・って、あれ?」
自分の身体を見ると、ゾンビの姿に戻っていた。ジャムは首を傾げ、「変だな?」と呟く。
するとドリューがその疑問に答えた。
「それはただの幻だったんですよ。あの死神が母親に見えたように、自分の姿も人間に見えたんでしょうね。ここは心を癒す絵の世界ですから、自分が一番望む姿に映るんですよ。」
「ははあ・・・それじゃ俺は、何としても人間に戻りたいと思ってるわけか。」
ジャムは人間だった頃の姿を思い出し、爛れたゾンビの身体をじっと見つめた。するとダナエが肩を叩き、二コリと笑いかけた。
「旅が終われば元に戻れるわよ。だって、ダレスがそう約束してくれたでしょ?」
「そうだな・・・。絶対にユグドラシルまで辿り着いて、肉体を返してもらわなきゃ。」
ジャムは強く拳を握り、胸の中に闘志が湧き上がるのを感じた。
「まあみんな無事でよかったよ。それでさ、この死神はどうするわけ?ずっとここに置いておくわけにもいかないだろ?」
コウは死神の頭に座り、ペシペシと髑髏を叩く。死神は「ううん・・・」と呻き声を出し、ピクピクと痙攣していた。
「きっともうすぐ目を覚ますぜ。とりあえず縛っとこうか。」
近くのツタを切り取り、グルグルと死神の手を縛りあげる。そして鎌を取り上げ、遠くへポイっと放り投げた。
「・・・おのれ・・・。貴様ら・・・許すまじ・・・・。」
「お、目を覚ましたか?」
コウはまたペシペシと髑髏を叩く。死神はじたばたと身をよじってハンマーの下から抜け出し、ふわりと宙に舞い上がった。
「この絵は誰にも渡さん!ここは我だけの世界だ!他所者は去れ!帰れ!出て行け!」
物凄い剣幕で捲し立て、「ペッぺッ」と唾を吐く。
「うわ、汚ね!死神のクセに下品だぞお前!」
「言っている意味が分からんわ!死神が上品だと誰が決めた?いや、そんなことはどうでもいい。この絵は我のものなり!貴様らは入ってくるでない!あっちいけ!」
「あっち行けって・・・・子供かよお前は・・・。」
コウは呆れた顔でお手上げのジェスチャーをする。そしてダナエと顔を見合わせ、「どうする?」と首を傾げた。するとダナエは死神の前に立ち、長い髪を揺らして尋ねた。
「ねえ死神さん。どうしてそこまでこの絵にこだわるの?」
「それは・・・この絵が好きだから・・・・。」
ゴニョゴニョと口ごもる死神。それはまるで、先生に問い詰められた子供のようであった。
「・・・何か知られたくないことでもあるの?」
「そんなことはない!我はただ・・・この絵の居心地がいいからだな・・・その・・・。」
オシッコを我慢する子供のようにウネウネと身体を動かし、サッと顔を逸らす。
するとジャムが「お前もしかして!」と指を差した。
「お前あれだろ?友達がいないんだろ?地獄にも天国にも、一人も友達がいないんだろ?
だからこうやって絵の中に閉じこってるんだ!違うか?」
「・・そ・・それは・・・・・。」
死神の顔がプルプルと震え、恥ずかしそうに赤くなっていく。その目は今にも泣き出しそうで、歯を食いしばって俯いた。
「だはははは!図星だ!お前あれだろ!いっつも部屋の隅っこにいて、便所で一人でメシ喰うタイプだろ、ええ?」
ジャムは勝ち誇ったように指を差し、ニヤニヤと顔を近づける。
「・・・・・・・ち・・・・ちがう・・・・・・・・。」
「いいや!違うくない!だいたいクラスに一人はいるタイプだ!お前は誰にも相手にされない、一人ぼっちの寂しい死神なんだろ!なあ、そうなんだろ!」
死神は言葉を失くして俯き、ジャムは馬鹿にしたように下から顔を覗き込む。
「あ〜、泣いてやんの!死神のくせに泣いてやんの!だははは!かっこわり・・・・、」
意地悪を続けるジャムの頭に、ダナエの拳骨がゴツンと落ちた。
「ふべしッ!」
ジャムは頭を押さえてうずくまり、涙目になってダナエを見上げた。
「いい加減にしなさい!」
ダナエは目をつり上げて、腰に手を当ててジャムを睨んでいた。
「ダナエちゃん・・・。」
「いい、ジャム?人は誰だって、言われたら嫌なことってあるのよ。そういう部分を面白半分にからかっちゃダメなの!」
「いや・・・こいつ人じゃなくて死神なんだけど・・・、」
「死神だって傷つくの!現に泣いてるでしょ?言い訳しないのッ!」
「は、はい・・・・。」
「人にはね、分かってても言っちゃダメなことってあるのよ。そういうのを口に出して言うと、相手は本気で傷つくんだから。ジャムだって、マザコンだとかロリコンだとか、意気地なしだとか弱虫だとか、ハゲてるとか言われたら嫌でしょ?」
「い、いや・・・俺は別にハゲてないけど・・・・。」
「例えばの話!分かったらちゃんと反省する、いいわね?」
「は、はい・・・ごめんなさい。」
「私じゃなくて、死神さんに謝る!」
ジャムは立ち上がり、泣きべそをかく死神に頭を下げた。
「悪かった・・・すまん。この通り・・・。」
「・・・・・・・・。」
死神はゴシゴシと目を擦り、振り向きざまにジャムを殴り飛ばした。
「ぶへッ!・・・・何すんだよ!」
「うるさい!我の心を抉りおって!貴様など泣かしてやる!」
「なんだ、やろうってのか!俺はもう弱虫じゃないぜ!かかってこいや!」
二人はボカボカと殴り合いを始める。ダナエは「まったく・・・」とため息を吐き、ドリューの方に振り向いた。
「ねえドリュー。この死神さんどうする?」
「う〜ん、そうだなあ・・・。もう悪さをしないっていうなら、ここへ置いてもいいけど。」
「そうね・・・。居場所を奪うのは可哀想だもんね。」
ダナエは喧嘩を続ける二人を振り向き、スッと槍を持ち上げた。
「えい!」
「ふべしッ!」
「ぶへえッ!」
「あなた達、もう喧嘩は終わりにしなさい。」
ダナエは地面に槍を突き立て、怖い顔で二人を睨んだ。
「おのれ・・・手を縛られていなければお前など・・・・。」
「なんだよ、良い訳か?ダサい死神だな・・・・、ぐへッ!」
またダナエに頭を叩かれ、ジャムは脳天を押さえてしゃがみ込む。
「いいからもう終わり!」
「なんで俺だけ・・・・。」
頭を押さえるジャムの横を通り抜け、ダナエは死神の前に立つ。そして手を縛るツタを斬り払い、青い瞳を真っすぐに向けて言った。
「ねえ死神さん。もう悪いことはしないって約束するなら、この絵の中にいてもいいわよ。」
「ぬうう・・・我は悪さなどしておらん!ただ死神としての使命を・・・・、」
「じゃあこの絵から出て行く?」
「そ、それは・・・・・・。」
死神は言葉に詰まり、プイッとそっぽを向く。まるで意地を張る子供の様に身体をゆすり、チラチラとダナエの様子を窺っていた。
「・・・我は・・・他に行く場所がないのだ。死神の中でも一番弱いし、ろくに死者の魂を狩ることも出来ん・・・。だから・・・その・・・アンデッドをいじめていい気になっておったのだ。」
「うん、多分そんなところだろうと思った。じゃあさ、こうしない?あなたはこの絵の守り神になるの。」
「絵の・・・守り神・・・?」
「そうよ。この絵に悪いゾンビや悪霊が入って来たら、鎌を使って追い払うの。そうでない者には手を出さない。例えアンデッドでもね。」
「むうう・・・・。それなら構わないか?いや、でもやっぱりこの絵は我の・・・・、」
死神はまだ納得がいかない。難しい顔で腕を組み、優柔不断にブツブツと独り言を呟いている。
ダナエはそんな死神の前に回って顔を見つめ、スッと手を差し出した。
「じゃあ私と友達になってくれない?この絵は私の絵だから、友達のあなたに守ってほしいの。
それならどうかな?」
すると死神は顔を上げ、驚いた表情で「友達とな?」と目を輝かせた。
「うん、友達。それならもうあなたは一人じゃないし、この絵を守る理由も出来るでしょ?」
「・・・それは、本気で言っているのか?」
「もちろん!嘘で友達になってくれなんて言わないわ。」
ダナエは笑顔で差し出した手を持ち上げる。死神はじっとダナエの目を見つめ、その瞳に嘘がないか見抜こうとする。
「うむむ・・・綺麗な目だ。決して嘘や悪さをする者の目ではないな。」
今までに散々他の者から馬鹿にされてきた死神は、人の目から嘘を見抜く術に長けていた。そうすることで、無駄に傷つくことがないように自分を守ってきた。
そして死神の目は、ダナエを信用の出来る人物だと判断し、差し出された手を握った。
「まさか死神と友達になりたがる者がいるとはな・・・。しかしお主の言葉に嘘はない。
ならば我はこの絵の守り神となり、お主との友情を守ろう。」
死神はがっちりと握手をして、その手を小さく揺さぶった。
「ありがとう。じゃあ友達なんだから名前を教えてくれない?私は妖精のダナエっていうの。
あなたは?」
「我は死神のペイン。まだ死神の子供であるが、いつかは偉大な死神の皇帝となるだろう。」
するとコウはペインの頭に乗っかり、可笑しそうに笑った。
「死神の皇帝か。すごいこと言うなお前。」
「夢は大きくあるべきだ。文句を言われる筋合いはない。」
「そうよね。夢は大きい方がいいもの。じゃあペイン、私達は外の世界へ帰るけど、この絵のことをよろしくね。」
「うむ。ダナエとの友情の務め、見事果たしてみせよう。」
ペインは宙に浮き上がり、落ちていた鎌を拾って海の方へ飛んでいった。
「ここは心を癒す静寂の場所。しばしの間この景色を楽しみ、心を潤していくがいい。では!」
ペインはカッコウをつけて去って行く。途中でカラスに突かれて落っこちそうになっていたが、手を振って遠くの空へ消えていった。
「なんだか可笑しな奴だったな。」
「そうね。でもジャムも無事だったし、友達も出来たし、これで安心して外へ帰れるわ。」
ダナエは槍を握って夕陽の海を見つめる。コウもダナエの肩にとまって同じように海を見つめ、ジャムもその横に並んで美しい景色を楽しんだ。
ドリューの描いた絵の世界は、時間が止まっているかと思うほど静寂で、鮮やかに広がる風景が三人の心を優しく包んでいった。
「・・・・・みんな僕の絵に感動している。・・・もう一度画家をやってみようかな。」
三人の後ろでドリューが小さな決心をする。
四人はしばらくの間美しい絵の世界を楽しみ、心が洗われる思いでいた。
するとふとコウが首を傾げ、ダナエに尋ねた。
「なあ、何か忘れてないか?」
「ん?そうだっけ?」
「・・・・なんか引っ掛かるんだけどなあ・・・・。ま、いっか!」
四人は再び景色を眺める。美しい絵の世界に心を奪われ、ひたすら心が癒されていた。
外の世界では、トミーが待ち合わせの噴水広場で待ちぼうけをくらっていることも知らずに。
「遅いなダナエちゃん達・・・どこ行ったんだろ?」

ダナエの神話〜神樹の星〜 第七話 半神半人の画家ドリュー(2)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 17:09

『半神半人の画家 ドリュー』2


コドクの家を出ると、曇った空から冷たい風が吹いてきた。ダナエはブルリと腕をさすり、髪を掻き上げて歩いて行く。
「さっきまでは晴れてたのに・・・。なんだか一雨来そうね。」
「まあ海辺ってのは風が強いから、すぐに天気が変わるもんさ。」
ダナエは海岸沿いの道に向かい、強い風に逆らうように進んで行く。そしてふと立ち止まり、腕を組んで考えた。
「ねえ、なにか忘れてるような気がしない?」
「ん?そうか?別に忘れ物はないと思うけど・・・。」
「・・・・・・そうね!何も忘れてないわよね。大丈夫、大丈夫。」
そう言ってポンと手を叩き、再び歩き出して行く。すると後ろの方から自分を呼ぶ声が聞こえ、クルリと振り返った。
「ダナエちゃ〜ん!」
「置いてかないでくれ〜!」
「ああ・・・そういえばあの二人を忘れてた・・・。」
トミーとジャムは息を切らして走って来て、ぜえぜえと項垂れた。
「酷いよダナエちゃん・・・。俺達を置いて行くなんて・・・。」
「俺・・・てっきり昨日の夜に風呂を覗こうとしたのがバレて、嫌われたのかと思ったよ。」
「ごめんね、忘れてたわけじゃないのよ。ただちょっと思い出せなかっただけで。」
ダナエは「あはは」と苦笑いをみせる。
「ていうかお前達はどこにいたんだよ?朝から顔を見なかったけど。」
コウが尋ねると、二人は小さな布袋を掲げた。
「この辺は山菜が採れるらしくて、コドクの奥さんと一緒に行ってたんだよ。」
「山菜料理を作ったら、ダナエちゃん喜ぶかなと思ってさ。」
二人は布袋から色とりどりの山菜を取り出した。ダナエはそれを見て目を輝かせ、嬉しそうに手を叩いた。
「わあ、ありがとう!私こういうの大好き!」
「これって、料理だけじゃなくて薬にも使えるらしいんだ。」
トミーはゼンマイのような黄色い山菜を摘まみ、ダナエに差し出した。
「これなんか甘い匂いがするんだぜ。」
「どれどれ・・・・・・・。ああ!ほんとだ!」
「山菜のくせに、たっぷり糖分を含んであるんだ、ほら。」
トミーは黄色い山菜を齧り、それを見たダナエも山菜を口の中に入れた。
「ほんとだ、すごく甘いね。まるでサトウキビみたい。」
「おい、俺にもくれよ。」
コウはサッと手を伸ばし、ポリポリと齧って「確かにサトウキビみたいだ」と頷く。
するとジャムは黄色い山菜を摘まんで、誇らしそうに胸を張った。
「俺さ、こう見えても料理が得意なんだ。特にスイーツは自信ある。だから後でダナエちゃんの為に、ケーキを作ってあげるからね。」
「わあ、嬉しい!ありがとね。」
ダナエはニコニコと笑ってジャムの手を取り、笑顔を崩さずに低い声で言った。
「でもねジャム、女の子のお風呂を覗くなんて最低よ。次にやったらダレスに言うからね。」
「ひいいいいい!ご、ごめん!それだけは勘弁を!」
ジャムは土下座をして地面に頭をこすりつけ、必死に謝る。
「よし!それじゃ冗談はこれくらいにして、先へ行きましょう。ねえ、これからどこへ向かえばいいと思う?この近くに街や村はあるのかしら?」
そう尋ねると、トミーは腕を組んで首を捻った。
「う〜ん、ここから一番近い場所だと、渓谷の岬かな?」
「渓谷の岬?」
「ああ、深い谷底の岬に街があるんだよ。でもな〜、あそこはな〜。」
「どうしたの?何か問題でもあるの?」
「問題っていうか何ていうか・・・・。あそこの連中はみんなお高くとまってるから、他所者には厳しいんだよ。行っても相手にされなかったり、宿すらかしてもらえなかったり。」
「そうなんだ・・・。じゃあ他に何処かある?」
「岬の街を越えた所に小さな村があるけど、寄っても意味はないと思うよ。
それより向こうの街となると、かなり歩かなきゃいけないなあ。」
「そっかあ・・・・。ねえ、どうするコウ?」
「う〜ん、そうだな・・・・・。」
コウはダナエの肩に座って腕を組み、難しい顔で考える。
「とりあえずその渓谷の岬って所に行ってみようぜ。なんとなく、なんとなくだけど、何かありそうな気がするんだよな。」
「実は私もそう思うの。何があるのかよく分からないけど、何かがありそうな気がする。
ううん、その街に呼ばれてるって言った方が正しいのかな・・・。不思議な感覚だけど、そう感じるの。」
「よっし!じゃあ決まりだな。トミー、その渓谷の岬へ案内してくれ。」
「オッケー。じゃあこっちだ。」
トミーとジャムは先頭を歩き、海岸沿いの道を抜けていく。途中にある大きな吊り橋を渡り、何もない広い草原の道をひたすら歩いて行った。
すると道の遥か先に、山のように盛り上がった大きな岩があった。トミーはそれを指差して言う。
「あの岩の向こうに深い谷があるんだ。その中に岬の街がある。」
「へえ、でもどうやって中に降りるの?」
「あの近くに鳥人がいるんだよ。そいつに金を払えば街まで運んでもらえる。」
「お金かあ・・・・。コウ、持ってる?」
「いいや、この星のお金なんて持ってるわけないだろ。」
そう言うと、ジャムはゴソゴソと包帯の中を漁り出した。そして高そうな革の財布を取り出し、ニヤリと笑って中を見せた。
「ほれ、お金ならこの通り。」
財布の中には分厚い札束と、数枚の金貨が入っていた。
「うわあ!すげえ大金だ!お前・・・これどっから盗んで来たんだよ?」
「違うよ!ダレスさんが渡してくれたんだ。これからの旅の足しにしろって。」
「ほええ〜。あいつもいい所があるんだな。金の亡者だと思ってたのに・・・。」
コウはお札を一枚抜き、繊細に描かれた絵をしげしげと見つめた。
「あれ?この絵って・・・なんか見たことあるような・・・。」
「え?どれどれ?ちょっと私にも見せて。」
ダナエは横から覗き込み、お札に描かれた絵を睨んで、「ああ!」と声を上げた。
「これってほら!あれよ、あれじゃない!」
「なんだよあれって?ボケでも始まってるのか?」
「違うわよ!ほら、コドクからもらったこの絵よ。」
そう言って鞄の中からあの絵を取り出し、白い布を取り去った。
「よく見て。絵の内容は全然違うけど、雰囲気がそっくりじゃない?」
「んん・・・・、ああ、確かに似てるな。」
「どれどれ、俺達にも見せてくれよ。」
トミーとジャムが興味津々で覗き込む。
「・・・・分からない。同じか、これ?」
「お前は鈍い奴だなあ。俺には分かるぜ。これは同じ作者の絵だ。」
ジャムは胸を張って言い、トミーは「ほんとかよ」と肘で突いた。
「私も絶対に同じ人が描いた絵だと思う。ということは・・・・。」
ダナエはコウと目を合わせる。
「半神半人の画家、ドリューだな。」
「コドクの友達よね?ドリューっていう人、お札の絵まで描いてたんだ。」
ダナエはじっとお札を見つめる。そこには山羊の角を持ったくせ毛の男が、スーツを着た姿で描かれていた。横には水車の絵が描かれていて、滴る水まで繊細に描写してある。
「ほんとに綺麗な絵ね。私、これを描いたドリューっていう人に会ってみたいわ。」
ダナエはウットリとお札を見つめる。
「こんなにたくさんお金をもらって、ダレスに感謝しなくちゃね。
はい、ジャム。お財布にしまっておいて。・・・・・・・・・って、ジャム?」
「・・・・・・・・・・。」
ジャムはドリューの絵を見つめ、虚ろな表情でフラフラと立っていた。そして気絶したように倒れ込み、スヤスヤと寝息を立て始めた。
「ジャム!どうしたんだ、しっかりしろ!」
「う〜ん・・・ママ・・・・。」
「なんだよこいつ・・・いきなり眠っちまって。どうしたんだ?」
トミーは不思議そうに首を傾げる。
「なあダナエ・・・これって・・・。」
「うん、きっと絵の中に心が吸い込まれたんだわ。」
「絵の中に・・・吸い込まれる?」
トミーはさらに首を傾げ、「どういうこと?」と尋ねる。
「その絵には魔力が宿っていて、じっと見つめていると心が吸い込まれるの。でも心が癒されれば元に戻るはずだから大丈夫よ。」
「・・・そうなのか?しょうがねえなあ・・・まったく。」
トミーはブツブツ言いながらジャムを抱き起こし、「よいしょ」と背中におぶった。
「でもダナエちゃん、こんな不思議な絵をどこで手に入れたんだ?」
「コドクからもらったのよ。疲れた心を癒してくれるから、持っていけって。」
「そうなのか。あの蛇の妖怪もいいところがあるんだな。」
「あら、コドクは最初から良い妖怪じゃない。」
ダナエは白い布で絵をくるみ、鞄に戻して歩き始めた。
「しばらくしたら、きっと外に出て来るよ。今は岬の街へ行きましょ。」
「そうだな。それじゃ財布は俺が預かってと・・・。」
ジャムの手から財布を取り、包帯の中にしまう。そして大きな岩に向かって歩き続け、近くで本を読んでいた鳥人に声を掛けた。
「あの、すいません。」
タカの顔をした鳥人は、鋭い目を向けて「ああ?」と威嚇した。
「私達岬の街へ行きたいんだけど、乗せて行ってもらえないかしら。」
そう尋ねると、鳥人は「へッ!」と悪態をついた。
「お前らみたいな貧乏人を運ぶのはごめんだね。どうせ金なんか持ってないだろ?」
「ううん、そんなことないわよ。ほら。」
ダナエはトミーから財布を受け取り、分厚い札束と金貨をみせた。
「むほ!こりゃ失礼。すぐに街まで運んであげよう。」
鳥人は本を懐にしまい、大きな翼を広げた。
そして隣に置いてあった運搬用の籠を掴み、バサバサっと空に舞い上がった。
「さあ、さあ。この籠に乗ってくれ。街まで運んで行くから。」
「ありがとう。それじゃみんな、行こうか。」
ダナエ達は籠に乗り込み、鳥人に運ばれて深い谷を降りていった。
「すごい眺めだな。まるで奈落の底にいるみたいだ。」
コウは谷の周りを見つめて声を上げる。深い谷はゴツゴツした岸壁に囲まれていて、まるで燃えるような赤色をしていた。
「この岩は赤竜岩っていうんだ。まるで竜の鱗みたいに頑丈で、岬の街の資金源なのさ。」
鳥人は自慢気に説明し、ダナエは「へえ」っと赤竜岩に手を伸ばした。
「なんだか湿ってるわ。岩というより土みたい。」
「それが特徴なんだよ。でも凄く硬いんだぜ、ほれ。」
鳥人は足の鋭い爪で赤竜岩を蹴りつけるが、硬い音が響いて傷一つ付かなかった。
「岬の街にはこの岩を使った武具がたくさんあるんだ。どれも値段が高いけど、質はいいからよかったら買ってくれよ。」
「おお、そりゃいいや。旅の役に立つかもしれないから、良さそうな物があったら買っていこうぜ。」
コウは興奮気味に言い、ダナエは「そうね」と頷いた。
鳥人は翼を羽ばたかせて風を切り、谷の中を飛んでいく。そして海の方へ突き出した岬の上へ舞い下り、そっと籠を降ろした。
「へいご到着。」
「ありがとう。じゃあおいくら?」
「へへへ、金貨一枚。もしくは三万チョリス。」
するとトミーはジャムを落として叫んだ。
「おいおい!いくら何でも高すぎだろ!前に来た時は二千チョリスだったじゃねえか!」
「値上がりしたんだよ。いいからさっさと払えよ。」
「いいや、いくら何でもボッタクリだ。地球で言えば、タクシーで一キロ走って三万と一緒じゃねえか!」
「はあ?何をわけの分かんねえこと言ってんだよ。払えないってんなら、牢屋にぶち込むことになるぜ。」
鳥人は翼の中に隠していた剣を握り、トミーの喉元に突きつけた。
「待って待って!払うから剣を収めて!」
ダナエは財布から金貨を一枚取り出し、鳥人に渡した。
「へへへ、お嬢ちゃんの方が話が早いや。それじゃ毎度あり〜。」
鳥人は籠を掴んで飛び上がり、岩の向こうへと戻って行った。
「なんだよありゃあ・・・。いつからあんな値段になったんだよ。」
「まあまあ、文句を言っても始まらないから。とりあえず街へ入ろ。」
ダナエに促され、トミーは渋々頷いた。そしてジャムをおぶって街の入り口に向かう。
「うわあ!立派な門。まるで城門みたい。」
煌びやかな装飾が施されたアーチ状の門をくぐり、ダナエ達は街の中へ入った。
「うおお・・・。なんかどいつもこいつもオシャレな格好をしてるなあ。」
コウは目をキラキラさせて飛び回る。
街の中に様々な種族が溢れていた。魚人に精霊、レプラコーンに妖精。鬼や妖怪、それに怨霊までもが普通に歩いていた。
皆がオシャレな格好をしていて、中には虹色のアフロを極めているゾンビまでいた。
「すごい・・・。みんな綺麗でカッコイイなあ。」
ダナエはアフロのゾンビを見つめてウットリしていた。
「そうか・・・。あれはオシャレというより現代アートに近いんじゃ・・・。」
「いいじゃない。どんな服や髪型にしたって自由、それがオシャレってものよ!」
ダナエは嬉しそうに走り出し、街の中をスキップしていった。
「やれやれ・・・。やっぱこういうところは女の子だよなあ。」
コウはため息をついて後を追いかける。するとトミーが羽を摘まんで飛び止めた。
「俺は先に宿を探しておくよ。ジャムを寝かさないといけないし。」
「ああ、それもそうだな。泊るとこがなきゃ野宿になっちまうし、頼むよ。」
「OK!街の広場に噴水があるから、二時間後にそこで待ち合わせにしよう。ダナエちゃんと一緒にじっくり遊んできな。」
「サンキュ。それじゃまた後で。」
コウは手を振り、街の中に消えていったダナエを追いかける。すると大きな服屋の前で、じっとショーケースの中を眺めていた。
「ダナエ。何見てんだ?」
「コウ、見てこれ。すごくオシャレな服がある。」
コウはじっとショーケースの中を覗き込む。すると可愛いチュニックに、ブラウンのミニスカートを着けたマネキンが立っていた。
「へえ、お前こんなのが好みなのか。俺はてっきりこっちの方が好きかと思ってたよ。」
そう言ってコウが指差したのは、虎模様の巻きスカートに、赤と紫のコートを着たマネキンだった。その手には棍棒を持ち、頭は七色のアフロに輝いている。
「・・・んん、それも悪くないけど、やっぱりこっちかな。僅差で。」
「僅差かよ・・・。お前の美的センスはよく分からんわ。」
呆れた顔をして首を振り、チュニックの服の値段を見て声を上げた。
「な、何だこれ!三十万チョリス!スカートは一七万、中に着てるタンクトップは十二万!
何のブランドなんだよいったい!」
「えっと・・・・モロロン・サンチンって書いてあるよ。」
「ダセえ!」
「ちなみにブーツは二十万だって。」
「高けえ!」
コウはブルブルと首を振り、ダナエの服を引っ張った。
「ダメダメ、そんな高い服は。もちっと安い店があるだろ。」
「でもザッと見て回った限りじゃここが一番安かったよ。」
「なんだって!あの短時間に店を見て回ったのか?」
「うん。」
コウは呆れてため息を吐き、ダナエの肩を叩いた。
「いいかダナエ。オシャレしたい気持ちは分かるけど、この街で買うのはやめよう。いくら何でも高すぎる。ブランド名もダサいし。」
「・・・・やっぱり無理かあ。ダレスにもらったお金、ちょっとくらいなら使ってもいいかなて思ったんだけど・・・。」
「ちょっとってレベルじゃないよ。それよりさ、これからの旅のことを考えて武具を見に行こうぜ。」
「そうね。ちょっと残念だけど、服は諦めるわ。」
ダナエは財布を見つめ、鞄にしまおうとする。しかしコウは違和感を覚え、ガシっとその手を掴んだ。
「ちょっと待て!財布の金が減ってないか?」
「ん〜ん。減ってないよ。」
「いや、どう見ても札束の厚みが減ってるじゃん!」
「気のせいよ。」
「・・・・・ダナエ。俺の目を見ろ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「お金・・・・使ったな?」
「・・・・・・・・うん。」
「ここで服を買ったな?」
「・・・・・・・・・多分。」
コウはがっくりため息を吐き、目を瞑って首を振った。
「はあ・・・・。ちょっと目を離した隙にこれだよ。」
「だって・・・・欲しかったんだもん・・・。」
ダナエの鞄からは買い物袋が覗いていて、コウはズルズルとそれを引きずり出した。
「これか。おい、レシート寄こせ。」
「なんで?」
「返品するからに決まってるだろ。」
「えええええ!やだああああああ・・・・・。」
ダナエは服を奪い取り、ギュッと抱えてブルブルと首を振った。そして捨てられた子猫のような目でコウを見つめる。
「そんな目えしたってダメだ。さあ、レシートを出せ!」
「・・・・・・もらってない。」
「嘘つけ!」
「ほんとだもん!もらうの忘れたんだもん!」
ダナエは服の入った袋を抱きしめて背中を向ける。コウは腕を組んで睨みつけたが、やがて諦めたように店のドアに向かった。
「分かった。じゃあ俺が店員さんにもらってくる。」
「ええ!ちょっと待ってよ!」
「いいや、待たない。旅の重要な資金を、こんなダサい名前のブランドに使うなんて許さない。」
コウは怒った顔でドアノブに手を掛ける。すると急に勢いよくドアが開き、ガツンとおでこをぶつけてしまった。
「痛い!」
「ああ、すみません!大丈夫ですか?」
ドアの奥から出て来た店員が、申し訳無さそうにコウの頭を撫でる。
「ああ、ちょっとタンコブが出来てる。どうしよう・・・・・。」
羊の角を持つクセ毛の男は、オロオロと慌てている。コウはおでこを押さえてその男を見つめ、ズイっと詰め寄った。
「あんたなあ、どこ見てドア開けてるんだよ!」
「ひいい・・・すいません。」
「まあちょうどいいや。さっきダナエが買った服を返品したいから、レシートをくれよ。」
「さっきの・・・・もしかしてそこのお嬢さんのお客様のことですか?」
「そうだけど・・・・なんで知ってるんだよ?」
すると山羊の角を持つ男は、ポケットからレシートを取り出して頭を下げた。
「さっきお買い物をされたお客様に、これをお渡しするのを忘れてしまったんです。だから今から届けようと思って・・・・。」
「ああ、これがダナエの買った服のレシートか。どれどれ・・・・。」
コウはレシートを受け取って内訳を見つめる。
そこには、インナー三点、トップス二点、スカート二点、ボトムスが三点、そして靴とアクセサリーがそれぞれ一点ずつとなっていた。
「こ、これは・・・・・・。」
コウは恐る恐る合計金額を見つめる。すると計十二点のお買い上げで、102万2400チョリスとなっていた。
「高けえッ!買い過ぎにもほどがあるだろ!」
コウはダナエから買い物袋を奪い取り、逆さまにして中身をぶちまけた。するとたくさんの服やスカート、そして靴が出て来た。
「おいおい・・・。なんでこんな小さい袋に、これだけの服が入ってるんだよ・・・。」
すると山羊の角の男は、いそいそと服を拾い上げて言った。
「特殊な魔法で中身を圧縮出来るようになっているんですよ。でも外に出せば、ほら、この通り元に戻ります。」
「見せびらかさなくていいよ。とにかくこれ全部返品ね。」
するとダナエが泣きながらコウに飛びついて、ガクガクと揺さぶった。
「おねがい!服とズボンと靴を、一つずつでいいから残して!」
「ダメだよ!どっか別の街で買ってやるからな、今は我慢しろ。」
「そんなあ・・・・。」
ダナエはがっくりと項垂れ、そして服とボトムスと靴を素早く奪い取った。ついでにアクセサリーも。
「あ、コラ!返せ!」
「嫌よ!これだけは譲れない!」
ダナエはしっかりと服を抱きかかえ、意地でも放さない。コウは諦めて首を振り、残った服を指差して男に言った。
「じゃあこれは返品ね。まだ着てないからいけるでしょ?」
「は、はい!じゃあすぐに代金をお返ししますんで!」
男は服を抱えて立ち上がり、店の中に戻って行った。
「まったく・・・・こんなワガママは今回だけだからな。」
「・・・・ごめんなさい。」
コウは袋を差し出し、ダナエはいそいそと服をしまう。そこへヤギの角の男が戻ってきて、頭を下げながら代金を手渡した。
「じゃ、じゃあ、これが代金です。」
「・・・・すごい厚みの札束だな。よくもこれだけ買おうとしたもんだ。」
コウはお金を受け取り、ふと男の顔を見つめた。
「あ、あの・・・・・何か?」
「・・・いや、最近どこかであんたの顔を見たなあと思って・・・。どこだったっけかな?」
コウは腕組みをして首を捻り、「ああ!」と手を打った。
「これじゃん!このお札じゃんか!これに描かれてる男の人って、あんたとそっくりじゃんか!」
山羊の角にクセ毛、そしてどこか気の弱そうな男の顔は、お札の顔にソックリだった。
「ああ、それ僕が描いたんですよ。モデルは僕の父です。」
「やっぱりそうか・・・。じゃああんたがドリューなんだな?」
「そうですけど・・・・どうして知ってるんですか?」
不思議そうな顔を見せるドリューにニヤリと笑いかけ、コウはダナエの鞄からあの絵を取り出した。
「実はな、コドクからあんたの描いた絵をもらったんだ。」
「コドクから?それほんとうですか!」
「ほんと、ほんと。ほら。」
白い布を取り去って絵を見せると、ドリューは「おお・・・」と呟いた。
「これは間違いなく僕が描いたものです。でも、どうしてコドクの絵をあなた達が?」
「まあ・・・それには深い事情があってな。」
コウは今までの事情を掻い摘んで説明した。話を聞き終えたドリューは青ざめた顔で震え、コウを握って揺さぶった。
「コドクは!コドクは無事なんですか!」
「ぶ、無事だよ!ちゃんと説明しただろ!今は結婚もしてるし、子供も出来る予定なんだよ。」
「そうか・・・。結婚してから音沙汰が無いから心配してたけど、そんな事情があったのか。」
ドリューはコウを放し、自分の描いた絵を見つめた。
「これは昔に僕が住んでいた家の絵なんです。懐かしいなあ・・・。」
「え?それあんたの家?どう見てもお城だけど?」
「父は有名な画家で、一枚二億チョリスから取り引きされていたんですよ。」
「に、二億チョリス!」
「まだ僕が子供の頃の話ですけどね。そしてコドクはこの景色が好きだったから、誕生日プレゼントに描いてあげたんですよ。あの時はすごく喜んでたなあ。」
ドリューはしみじみと絵を見つめる。薄っすらと目に涙を浮かべ、袖で鼻水を拭っていた。
「ほんとに懐かしいなあ・・・。またコドクに会いたいよ。」
「会いに行けばいいじゃん。ここから近い場所に住んでるんだから。」
そう言うと、ドリューはぶるぶると首を振った。
「今は無理なんです。とにかく働いて、お金を貯めないといけないから。」
「え?なんで?あんたの家は金持ちじゃないの?」
「・・・昔の話です。父は・・・もういませんから・・・。」
「いない・・・?どうしてさ?」
するとドリューは空を見上げ、さらに涙を浮かべた。
「ずっと前に亡くなったんです。神様だけがかかる病気になっちゃって・・・。その時の治療費の為に全ての絵を売っちゃったから、今は貧乏なんですよ。」
「・・・そうなのか。なんか悪いこと聞いちゃったな。」
「いいんですよ。ずっと昔の話だから。それにね、今度は僕がパパになるかもしれないから。」
「おお!あんたも結婚してるのか?」
「ええ、だから一生懸命働いてお金を貯めないといけないんです。」
「ふうん・・・。でもさ、こうやってお札の絵を描くくらいだから、画家として儲けてるんじゃないの?」
「ははは、そんなに甘いものじゃありませんよ。色んなシガラミとか、足の引っ張り合いとかあってね。芸術の世界って、外から見るのと中から見るのじゃ大違いなんですよ。」
「そうか・・・なんか色々大変なんだなあ。」
ドリューはじっと昔の絵を見つめ、一瞬悲しそうな顔を見せてから背中を向けた。
「もう絵のことは忘れることにしたんです。今は産まれて来る子供のことが一番だから。」
切ない背中を見せながら、ドリューはドアを開けて店に戻っていった。コウは後ろを振り向き、ダナエに呼びかけた。
「おいダナエ。お前は何か話さなくていいのか?この絵を描いた人に会いたいって言ってたじゃんか。・・・・・・・って、あれ?あいつどこ行った?」
いつの間にかダナエはいなくなっていて、コウは辺りを見回した。
「お〜い!ダナエ!どこ行ったんだ〜?」
大声で呼びかけると、ダナエはドリューの店から現れた。
「えへへ!どう、似合ってる?」
ダナエは買ったばかりの服を着て、嬉しそうにクルリと回った。
「お前何してたんだよ?」
「何って・・・・店の試着室で着替えてたのよ。ほら、けっこういい感じでしょ?」
ラベンダー色のノースリーブのブラウスに、若草色のハーフ丈のカーゴパンツ。そして歩きやすそうなオシャレなスニーカー。それらはダナエの活発なイメージによく似合っていた。
「ほら、この星型のペンダントも可愛いでしょ。ねえねえ、似合ってる?」
「うん、まあ似合ってるのは似合ってるけど・・・。いや、それよりさ、さっきの店員の男って、この絵を描いたドリューなんだぜ。」
「ええ!あの人が?」
「子供が産まれるから、ここで働いて金を貯めてるらしいんだ。
お前この絵を描いた人に会いたいって言ってただろ?何か話してくれば?」
そう言うと、ダナエはコウの手を掴んで店に入った。
「ドリューさん!」
店内に響く大声で呼びかけ、客や他の店員が何事かと振り向く。
「あなたはさっきの・・・。僕、また何かミスをしましたか?」
「ううん、そうじゃなくて、この絵を描いた人に会いたかっただけ。」
ダナエはコウの手から絵を奪い取り、ニコニコと掲げてみせた。
「これすごいね!絵の中に入れるなんて!」
「ああ、それね。ただ見るだけじゃなくて、中に入れたら面白いと思ってそうしたんです。
もしかして、もう絵の中に入ったとか?」
「いいえ、私はまだだけど、ゾンビの友達が入っちゃったの。」
「えええええ!ゾンビが!そりゃまずい!」
ドリューは頭を押さえて大声で叫ぶ。
「まずいって・・・、何がまずいの?心が癒されたら外に出て来られるんでしょ?」
「それは生きている者が入った場合です。アンデッドがその中に入ると、恐ろしい魔物に呪われてしまうんですよ。」
「ええ!そうなの!じゃ、じゃあどうしたら・・・・・。」
「中の者を助け出すには、別の人が絵に入って外に連れ出すしかないんです。
もしこのまま放っておくと、そのゾンビは絵の一部になって永遠に出られなくなる・・・。」
「そんな・・・・。じゃあ今すぐ助けに行かないと!」
ダナエはじっと絵を見つめ、中の世界へ行こうとした。
「待って下さい!多分あなた一人じゃ無理です。絵の中の世界は複雑だから、簡単にそのゾンビを見つけ出すことは出来ない。」
「じゃああなたも一緒に来て!私の友達を助ける為に力をかして。」
「そうしたいのは山々なんですが、今は仕事中だから・・・・・・。」
ドリューは肩を竦め、店内を見渡す。高飛車そうな客達がヒソヒソと話し合い、冷たい目を向けている。そしてカウンターの奥からスーツを着たナメクジの妖怪が出て来て、ドリューの肩を叩いた。
「ちょっとドリュー君・・・・。そんな大声出したら他のお客様に迷惑じゃないか。」
「す、すみません・・・・・。」
「ここは高級ブランドショップなんだから、印象が第一なんだよ。だいたい君は仕事のミスも多いし、お客のウケも良くない。もしこれ以上店に迷惑をかけるなら、もう来なくていいからね。」
「そ、それだけはご勘弁を!今はお金が必要なんです!」
「じゃあきちんと働くように。いいね!」
「は、はい!すみませんでした。」
ナメクジの妖怪はプンプンと怒りながらカウンターの奥に戻っていく。ドリューはシュンと落ち込み、ダナエを見て苦笑いした。
「・・・まあ、見ての通りです。今ここで勝手に抜けたらクビになってしまう・・・。
申し訳無いけど・・・・あなたに協力は出来ません。」
「・・・・そんな。じゃあジャムはどうなるの・・・?」
ダナエは悔しそうに唇を噛み、じっと絵を睨みつける。するとコウはヒソヒソとダナエに耳打ちして、ニヤリと笑いかけた。
「これならドリューも頷いてくれるんじゃないか?」
「・・・確かに。でも上手くいくかな?」
「大丈夫だって。あいつ言ってたじゃん、困った時はいつでも来いって。どうせアコギな商売して稼いでるんだから、たまに良いことに金を使わせてやろうぜ。」
「・・・そうだね。」
ダナエは迷いながら頷き、ドリューに話しかけた。
「ねえドリュー。お金のことだけど、何かとなるかもしれないわ。」
「どういうことです?」
「あのね、私の仲間にたくさんお金を持ってる人がいるの。その人に頼めば、赤ちゃんを産んで育てるくらいのお金は用意してくれるかもしれない。」
「ほんとですか!」
「うん、困った時は力をかしてくれる約束だから。それに顔の広い人だから、ここをクビになったとしても、何か仕事を見つけてくれるかもしれないし・・・。だからどうかな?
私の友達を助ける為に、力をかしてくれない?」
ダナエに真剣な目で見つめられ、ドリューの心が動く。しかしブルブルと首を振り、「やっぱり無理です」と俯いた。
「美味い話には騙されるなって、父からよく言われたんです。そんなに都合よくお金を用意出来るなんて、ちょっとどうかなと・・・・・。」
「まあ・・・俺も逆の立場だったらそう思うわな。」
コウは納得するように頷き、ドリューの肩に止まった。
「でもこの絵の中に閉じ込められてるゾンビは、そのアコギな商売をしている奴の子分なんだよ。だからそいつを助ければ、きっとお金の都合はしてもらえると思うぜ?」
コウはドリューの顔を覗き込んで言う。そして彼の目に迷いがあるのを感じ、トドメとばかりにさっき返してもらった大金を見せつけた。
「ほれ、この金を用意したのは俺達の仲間だ。言っとくけど、財布の中にはもっと金が入ってるぞ。金貨だってあるんだ。」
「ほ、ほんとうですか・・・・」
「ほんと、ほんと。この金をくれた奴、ダレスっていうんだけど、もしそいつがあんたの為に金を用意してくれなかったら、俺達の持ってる金を全部やるよ。何なら今渡したっていい。
だからさ、俺達の友達を助けるのを手伝ってくれよ、な?」
コウはいやらしく金をチラつかせる。ドリューの喉がゴクリとなり、そっと金に手を伸ばしてきた。
「あ!触った!今触ったな!この金を掴もうとしたよな?」
「え?い、いや・・・つい手が伸びて・・・・、」
「言い訳は無用!それこそがお前の本心だ!さあ、迷うことなくこの金を受け取れ!そして俺達と一緒に絵の中に行くんだ!さあ!」
「・・・・・・・・・、ゴクリ。」
ドリューは金の誘惑に負け、コウの手から札束を奪い取った。そしてササっと懐にしまうと、カウンターの奥に行って大声で叫んだ。
「オーナーッ!今日で辞めさせていただきます!今までありがとうございました!」
そして鞄を掴んで戻って来て、ダナエ達と一緒に外へ出た。
「辞めるって言ったら、『あ、そ。ご苦労さん』で終わりました。」
「あんた・・・よっぽど仕事が出来なかったんだなあ・・・。」
コウが憐れみの目を向けて肩を叩く。するとダナエはドリューを見つめて、申し訳無さそうな顔で言った。
「ごめんね、無理言って・・・。次の仕事はちゃんと見つけるから・・・。」
「いいんですよ、どうせあの仕事は向いてなかったんです。きっと近いうちにクビになってましたから。」
ドリューは少し寂しそうな顔で俯き、強がるように苦笑いをみせた。
「ねえ、ちょっと尋ねたいことがあるんだけど?」
「なんですか?」
「私ね、なんだかこの街に呼ばれているような気がしたの。これって、あなたの絵と関係あるのかなと思って。」
そう尋ねると、ドリューは「う〜ん・・・」と首を捻った。
「きっとその絵に宿る魔力が、私に引かれたんだと思います。」
「じゃあコドクからこの絵をもらって、この街に来たのって運命かな?」
「さあ・・・。偶然じゃないですか?」
すると、ダナエはつまらなさそうな顔で「そうなんだ・・・」と俯いた。
「ははは、ダナエはロマンチストだから、これは運命ですって言ってほしかったんだよな?」
コウに肩を叩かれ、ダナエはさらに俯く。
「でも今はそんなことより、ジャムを助け出さないとな。早く絵の中に入ろうぜ。」
「そうですね。だったら私の家へ行きましょう。絵の中に心が吸い込まれている間は、身体は眠ったままになりますから。」
「でもいいのか?あんたの家には妊娠した奥さんがいるんだろ?」
「いえ、僕は一人でこの街に住んでいるんです。妻は少し離れた村にいるんですよ。」
「ああ、単身赴任ってやつ?」
「まあそんな感じです。」
お喋りをしている間に、三人はドリューの家の前に着いた。
「この街にしては質素な建物だよなあ。木造の一階建てで、しかもツタが生えてる。」
「出稼ぎの人はこんなものですよ。お金を持っているのは街の人だけです。さあ、どうぞ。」
ドリューに案内され、ダナエとコウは「お邪魔します」と言って中に入る。
「中はもっと質素だな。テーブルに椅子、ベッドに箪笥だけか・・・。」
「奥にキッチンもありますよ。小さいですけどね。」
ドリューはパンパンとベッドの埃を払い、「さ、どうぞ」と二人を促した。
ダナエはベッドの端に腰かけ、あの絵を取り出す。そして白い布を取り去り、じっとその絵を見つめた。
「ジャム、今助けに行くからね。」
ドリューも隣に腰掛け、じっと絵を見つめる。コウはダナエの肩に止まり、目を細めて絵を睨んだ。
三人の心は徐々に絵の中に吸い込まれ、眠るようにベッドの上に倒れ込んだ。
絵はダナエの手からカランと音を立てて床に落ち、その中に三人の姿が浮かび上がっていた。

                         (つづく)

ダナエの神話〜神樹の星〜 第七話 半神半人の画家ドリュー(1)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 17:07
『半神半人の画家 ドリュー』1


ダナエ・・・。私の声が聞こえますか?私の声が届いていますか?
私はユグドラシル。あなたをこの星へ呼び寄せた、古き神樹です。
私はあなたに謝らなければいけません。ほんとうのことを話さず、あなたをここへ呼び寄せたのですから。
もし邪神と戦わなければならないと分かっていたら、あなたは私の願いを聞いてくれたでしょうか?この星に来てくれたでしょうか?
私は、あなたに希望を感じました。だからこの星へ呼び寄せました。
あなたならきっと、邪神の野望を砕いてくれると信じて・・・。
今日は私のことを語ろうと思います。私はあなたのことを知っているのに、あなたは私のことを知りませんからね。
北欧神話という物語を知っていますか?地球で生まれた、古い物語です。
オーディンやロキ、トールという名前は聞いたことがあるかもしれませんね。有名な神ですから、今でも人々の心に根付いています。
故に空想と現実が切り離されたあとでも、力を失わずに地球に残っています。
しかし・・・私は違いました。私が人々の記憶に蘇ることは、ほとんどありません。
私は誰かの心に住まわせてもらわないと、生きていけないのです。私はかつて北欧の神々を見つめ、神の世界に根を張って暮らしていました。
あの頃は、神も人も、私のことを見て、私のことを心に住まわせてくれていました。
しかし・・・時が経つに連れて、それは失われていきました。神も人も、私のことを忘れ始めたのです。
空想と現実が切り離され、人々は私を思い出さなくなりました。かつて世界を見つめた神樹がいたことを、心の中から消し去ってしまったのです。
そして、それは神々も一緒です。時代が過ぎ、世の中が変わると、神々もその在り方を変えました。空想に生きる神々は実体を持ちません。ゆえに、人々の心こそが、自分を支える力になっていたのです。
武勇のある神、美しい神、頭の良い神、魔術の得意な神、そういう神々は人々の支持を得て、今でも忘れ去られることはありません。
しかし・・・私はどうでしょう?神樹といっても、要は大きな霊力を宿した樹に過ぎません。
そんなパッとしない地味な神は、人々の心の隅に追いやられるのです。力を失くし、表から姿を消して、空想の世界の深い深い場所で、細々と生きていくしかないのです。
でも・・・そういう神こそが世界を支えていたということを、忘れないでほしいのです。
かつて私に力があった頃、地球の命を、そして地球という星を守っていました。
強い者も、弱い者も、良い者も、悪い者も、みな愛しい我が子のように思い、大きな力で守っていました。
しかし世界が変貌を遂げると、私は不要になりました。子が親の元から巣立つように、誰も私を頼らなくなりました。
みんな、自分の力で生きていくようになったのです。これはとても嬉しいことです。
しかし・・・寂しいことでもありました。誰もが自分のことだけを考え始め、辿った道を振り返らなくなったのです。
ダナエ・・・あなたは、父と母を愛していますか?きっと、愛していると答えるでしょうね。
あなたの心から、父と母が消えることはないでしょう。
でも私は違います。私の子らは、みんな私のことを忘れてしまったのです。会いに来ることはおろか、思い出すことさえ無くなってしまったのです。
これを孤独といいます。
そう・・・・私は今、孤独なのです。地球の者だけでなく、この星の者にまで、忘れ去られようとしているのです。
そうなれば、私はこの星にいられなくなるでしょう。次なる星を求め、旅に出なければいけません。
もし私がいなくなれば、この星の豊かな森や海は力を失うでしょう。命を育み、飢えを失くし、病を遠ざける力は無くなってしまうのです。そうなれば、この星はあっさりと邪神の手に落ちてしまうでしょう。私はこの星も、そして地球も愛していますから、邪神の企みに飲み込まれるのを黙って見てはいられません。
ダナエ、あなたは知っていますか?悪しき者の手に世界が委ねられれば、どういうことになるかを。神々の争い、人々の争い。私は、地球で嫌というほど見てきました。その度に皆が傷つき、多くの命が失われていくのです。そして悪神や独裁者が覇権を握ると、他の者を踏みにじり、散々に苦しめるのです。
私はもう・・・そういう光景は見たくありません。
だから・・・私のことを思い出させて下さい。皆の心に、私を住まわせて下さい。
そうすれば、私は力を取り戻し、再び邪神を討つことが出来ます。
そして・・・私を孤独から救い出して下さい。この寂しい一人の夜から、明るい陽の元へ連れ出して下さい。
ダナエ、あなたは希望の光。人を惹きつけ、神に愛される、希望の光そのものです。
私は多くの友を持つあなたが羨ましい・・・。だから、私もあなたの友達にして下さい。
・・・・・私は待っています。この揺らめく青い海の中で、あなたが会いに来てくれるのを待っています・・・・・。
        
            *

村に戻ったダナエは、皆に深く感謝された。
これで元いた場所へ帰れると泣く者や、手を取り合ってはしゃぐ者。色んな反応を見せる者がいたが、誰もが笑顔だった。
その夜は村人のもてなしで楽しい時間を過ごし、戦いの疲れもあって早々に眠りについた。
そして次の日の朝、コウと一緒に社の見える海岸に来ていた。
「波が穏やかになって、すごく綺麗ね。」
「ああ、もうブブカはここの守り神さ。海王星へ帰るまでの間だけど。」
「でもいいじゃない。しばらくこの村に残る人だっているみたいだし、悪い奴が来てもブブカが追い払ってくれるもの。」
気持ちのいい潮風がダナエの髪をなびかせ、コウの顔にかかる。
「お前髪伸びたよなあ。いい加減切ったら?」
「いいの、長いのが気に入ってるんだから。それよりさ、昨日話したことだけど・・・・。」
「ああ、ユグドラシルの夢のことか?」
「うん・・・。あの話を聞いて、なんだかユグドラシルが可哀想に思えてきて・・・。
みんなの為に一生懸命戦ったのに、地球でもこの星でも忘れられちゃうなんてさ。」
「まあそういうもんじゃないの?人も神様も、けっこういい加減なもんだから。」
「でも・・・この星にはきっと、ユグドラシルのことを大切に想っている人だっているはずよ。
旅を続けていれば、そういう人にだって出会えるかもしれないわ。その時は、私の旅に協力してくれないか頼んでみようと思うの。」
ダナエは、透き通る青い瞳を揺らして海を見つめる。
「あ〜あ、しんみりし始めた・・・。しばらくこのままだな、こりゃ。」
「何よ。しんみりしたっていいじゃない。」
「程度によるな。お前のしんみりやウットリは、日が暮れるくらい長いからさ。」
コウは悪戯っぽくデコピンを放ち、サッと逃げて行く。ダナエは怒って追いかけ、潮風に吹かれながら海岸を走って行った。
すると遠くの方から自分を呼ぶ声が聞こえ、足を止めて振り返った。
「あ!あれは・・・・。」
村の方から大きな人影が歩いて来る。そして手を上げ、朗らかな声で言った。
「お嬢さん、無事で何よりだったな。」
「魔人さん!」
ダナエはダンタリオンに向かって駆け出し、息を弾ませて彼の前に立った。
「お帰りなさい!いつ戻って来たの?」
「ついさっきいだ。村人から、お嬢さんがここにいると聞いてな。」
ダンタリオンは顔をほころばせ、ダナエの頭を撫でた。
「見事にブブカを倒したそうだな?」
「倒したわけじゃないわ。友達になったのよ。それに、私は何にも出来なかったし・・・。」
「ははは、そう自信のなさそうな顔をするな。君が村人の頼みを引き受けなかったら、時空の歪みが消えることはなかったのだから。」
「そうかな?」
「ああ、そうだとも。」
ダンタリオンはニコリと笑い、ダナエも釣られてニコリと笑った。そして何かを思い出したように声を上げ、ゴソゴソと内ポケットを漁った。
「魔人さん、これ余ったの。私はもういらないから、魔人さんにあげるわ。」
そう言ってガラスの棒に入った細菌兵器を差し出す。
「おお、まだ一本残っていたか。」
ダンタリオンはそれを受け取り、じっと見つめてから懐にしまった。
「確かにお嬢さんが持つには危険かもしれんな。これは私が預かっておこう。」
「うん、ていうかそれ、ブブカには効かなかったんだけどね。」
「そうなのか?強力な兵器なのに。」
「だって時間を戻して傷を治しちゃうんだもん。」
「ははは、さすがは異星の神。常識外れのことをする。」
ダナエとダンタリオンは笑い合い、並んで村の方に帰っていく。
「おいおい、俺を置いていくな!」
コウは慌てて追いかけ、ダナエの肩に止まってプリプリ怒っていた。
三人は蛇の妖怪の家に帰り、ドアを開けて中に入った。するといかつい顔をした狼が座っていて、「よう!」と手を上げた。
「ダレス!」
ダナエはダッと駆け寄り、彼の横に座った。
「あなたもここへ来てたのね。」
「ああ、そこの爺さんを送るついでにな。」
ダレスはいかつい顔を笑わせ、葉巻を咥えて火を点けた。
「さすがの俺も驚いたぜ。いきなりそこの爺さんがやって来て、邪神を倒すのに力をかせなんてぬかしやがるからよ。」
「じゃあ魔人さんを、ちゃんと地球に連れて行ってあげたのね?」
「もちろんだ。邪神をぶっ飛ばそうなんて馬鹿を追い返すわけにはいかねえからな。
いや・・・それより、俺が驚いたのはお前だ。」
「私?」
「ああ、泥の街を出て行って、すぐに仲間を見つけるなんてよ。しかも相手はソロモンの魔人ときたもんだ。やっぱり・・・お前を見込んだ俺の目に狂いはなかった。」
ダレスは満足そうに笑い、蛇の妖怪が運んで来たコーヒーをすすった。
「ダナエさんも飲みますか、コーヒー?」
「うん、ていうか自分で淹れるわ。お世話になってばかりじゃ悪いもの。」
ダナエは椅子から立ち上がって台所に向かい、馬鹿みたいに砂糖を入れて美味そうにすすった。
「蛇のようか・・・じゃなかった。コドクさん。あなたもコーヒー飲む?」
「いえ、私はいいです。これから何か大事なお話をするみたいだし、邪魔にならないようにこっちで座ってますから。」
「ごめんね、あなたの家なのに。」
コドクはニコリと笑ってチロチロと舌を出し、ダナエは甘ったるいコーヒーを持ってダレスの向かいに座った。
「詳しい話はゾンビどもから聞いたぜ。ずいぶんご苦労だったみたいだな?」
「うん、でもブブカとも友達になれたし、時空の歪みも消えたし。」
「ははは!おてんばなガキだ。」
ダレスは煙を吐き、苦いコーヒーをすすって指を立てた。
「今日俺がここへ来たのは、こんな与太話をする為じゃねえ。ちょっとやっかいなことになりそうなんで、一応伝えておこうと思ってな。」
「やっかいなこと?」
ダナエは首を傾げ、コウと顔を見合わせた。突っ立っていたダンタリオンはダナエの向かいに座り、「邪神のことだ」と呟いた。
「邪神・・・?邪神がどうかしたの?」
ダナエは不安そうに眉を寄せる。コウはダナエの肩から舞い上がり、テーブルに座って腕を組んだ。
「なんか重要な話らしいな。そういうのはちゃんと俺を通してもらわないと困るぜ。
なんたってダナエは鈍チンなんだから。」
「もう!怒るよ!・・・鈍チンなのは認めるけど・・・。」
「ははは!チビはガキんちょのマネージャー気取りか?まあいい、お前に話した方が早いかもな。」
「ダレスまで・・・。人を馬鹿みたいに言わないでよ。」
ダナエは唇を尖らせて拗ね、そっぽを向いてしまった。
「まあまあ、ちょっとお前らの冗談に乗っかっただけだ。気を悪くするな。」
ダレスは大きな身体を背もたれに預け、ミシミシと椅子を鳴らした。
そして彼の顔から笑顔が消え、険しい表情になって口を開いた。
「これはそこの爺さんを連れて地球に行った時のことなんだが、ちょっと有り得ない奴を見かけてな。」
「有り得ない奴?」
「ああ、そこのチビが以前に話してくれたんだ。カプネってカエルの盗賊のことをな。」
するとコウは思い出したように手を打ち、「酒場の時だ」と指を向けた。
「そうだ。あの時お前は言ったよな。俺と似たような境遇の奴がいるって。地球で邪神にそそのかされて神を殺し、この星に逃れて来た男のことを。」
「ジル・フィンを殺して、この星にやって来たのさ。で、カプネがどうかしたのか?
まさか地球にいたとかじゃないよな?」
恐る恐る尋ねると、ダレスは煙を吐きながら言った。
「そのまさかだよ。カプネは地球にいやがった。それも、邪神の手下になってな。」
「な、なんだってえええええええ!」
コウは頬を押さえて絶叫する。思わずテーブルから転げ落ちそうになり、ダナエがサッと受け止めた。
「それほんとう?」
「嘘言ってどうすんだよ?俺がそこの爺さんを連れて向こうに行った時、ちょうど邪神の奴がいやがったんだ。そんで慌てて爺さんをクローゼットに隠すと、話があるからついて来いって言われてな。何の話かと思ってついて行くと、デカイ湖に案内されたんだ。すると、そこにカプネって奴がいたわけさ、大勢子分を連れてな。」
「カプネが・・・地球に・・・。」
ダナエは口元に手を当て、ゴクリと息を飲んだ。
「邪心から『今日から仲間になった盗賊のカプネよ。仲良くしてやって』と紹介されたよ。
その時ピーンと思い出した。こいつは、そこのチビが言っていた盗賊のカエルだってな。」
「で、でも!」
ダナエはダレスの言葉を遮って立ち上がった。
「カプネは邪神を恨んでるのよ!どうして手下になんかなったの?」
するとダレスは首を振り、「知らねえ」と言った。
「紹介されただけで、カプネは子分を連れてすぐに出掛けちまったからな。・・・現実の世界に。」
「現実の世界?」
「地球は現実と空想が切り離されているだろ?でもこの二つを繋ぐ場所は、けっこうたくさんあるんだよ。教会や墓地、寺院や神社。他にも大きな気や霊気が集まる場所は、空想と現実の世界を結ぶ道があるんだ。だからそこを通れば、空想から現実の世界へ行ける。」
「え?でもそんなことをしたら、消えてなくなっちゃうんじゃ・・・。」
ダナエは首を傾げて不思議そうにする。するとコウはため息をつき、指を振って説明した。
「ほんっとにお前は鈍チンだなあ。今までに何回その説明を聞かされたんだよ・・・。」
「え?何が?私、何か変なこと言った?」
「ああ、言ってるよ。いいか、空想と現実、この二つの世界を行き来して消滅するのは、互いの世界に影響を及ぼす場合だけだ。だから現実の世界の者でも、肉体という実体を失えば空想の世界へ行けるし、空想の世界の者でも、実体を持たない者は現実の世界へ行ける。」
「・・・ええっと・・・そうだっけ?」
「そうだよ、今までに何回も聞いた話だろ。それでもって、今のダレスの話にはおかしなところがあるんだよ。そうだよな?」
コウに問いかけられ、ダレスは大きく頷いた。
「やっぱりお前は話が早い。さすがはマネージャーだ。」
「へへん、まあね。」
コウは腕を組んで胸を張り、偉そうに鼻を持ち上げる。ダナエはチンプンカンプンのまま、顔をしかめてコウを突いた。
「何を一人で納得してるのよ。詳しく教えて。」
「しょうがないなあ。」
コウはクルリと回って飛び上がり、ダナエの鼻を指で押した。
「いいか、ジル・フィンが言ってたことを思い出せ。この星の者達は、空想の世界の者であるにも関わらず、実体を持っているんだ。だったら、どうしてカプネの子分達が現実の世界へ行けるんだよ?」
「ああ・・・そういえば・・・。」
「カプネはいいさ、肉体を奪われてこの星へ来たんだから。でもな、子分達はそうじゃないぜ。
あいつらはこの星で生まれた命だ。だったら、現実の世界に行った途端に消えて無くなるはずなんだよ。なのに、どうしてカプネは子分達を現実の世界へ連れて行ったのか?」
「・・・消えることを忘れてたとか?」
ダナエは真剣な顔で答える。するとコウはまたため息を吐き、お手上げというふうに首を振った。
「もう、何よ!さっきから人を馬鹿にして!もったいぶらないで教えてよ。」
「・・・あのな、どうして俺達はこの星から出られないんだっけ?」
「それは・・・箱舟を盗まれたからよ。」
「だよな?そしてそれを盗んだのはカプネだ。だからあいつは箱舟に乗って、光の壁を越えて地球に行ったかもしれないってことなんだよ。」
「え?え?何で?そんなことしたら、消えて無くなっちゃうんじゃないの?」
「・・・だから、お前は何度同じ説明をすれば気が済むんだよ・・・。」
コウは諦めたように首を振り、テーブルに座りこんだ。
「俺達が箱舟を奪われた時、カプネは光の壁を越えることが出来ないと思っていたよな?」
「うん、だってあれを越えたら消えちゃうから。」
「でもジル・フィンの話を聞いて、それは間違いだって分かったじゃんか?実体が無いなら、光の壁を越えても大丈夫だって。」
「さっきコウが説明してくれたことね。」
「そうだよ。でもな、ここでもおかしなことが起きてるんだよ。地球へ行く為には、光の壁を越えなきゃいけない。なのにどうしてカプネの子分達は、消滅することなく地球に辿り着いたのかってことさ?」
「・・・ああ・・・ええっと・・・・分からなくなってきた・・・。」
ダナエは頭を押さえ、熱が出たように呻き出す。
「難しく考えるなよ。いいか、ブブカが言ってたことを思い出すんだ。」
「ブブカが・・・・?」
「昨日の夜にお前が聞かせてくれただろ?ブブカがこの星へ来た理由を。」
「うん、光の壁に穴が開いて、海王星の空想と現実がごっちゃになったせいよ。」
「だったらさ、考えられることは一つ。カプネ達は箱舟に乗って宇宙に飛び出し、光の壁の穴を越えて現実の世界へ行ったんだ。」
「光の壁の穴を・・・・・。」
「あの穴は邪神が開けたものなんだろ?邪神はその穴を通って地球に行き、空想と現実、両方の世界で生きることが出来るようになった。これってさ、光の壁の穴を使えば、空想と現実の壁を越えられるってことなんだよ。
邪神は空想の世界の神で、しかも実体を持っている。なのに、地球の現実の世界でも消えることなく生きている。これは、空想や現実という世界に縛られる必要がなくなったからだよ。
何とかして光の壁を越えた者は、何の制約も無しに空想と現実を行き交うことが出来るんだ。
だから邪神は現実の世界でも不思議な力を使い、ダレスやカプネに神殺しをさせることが出来たんだ。」
「・・・・・・なるほどねえ。」
「お前絶対に分かってないだろ?」
「うん、まったく。」
コウは説明するのを諦め、ダレスの方に向き直った。
「ダナエにはあとで俺から説明するよ。先を続けてくれ。」
ダレスは可笑しそうに口元を歪め、煙を吐き出して頷いた。
「お前の言った通りだ。カプネの子分が現実の世界に行けるのは、光の壁を抜けたからさ。
邪神の奴に、そう聞かされたからな。」
大きく煙を吐いて葉巻をもみ消し、ポイっと灰皿に投げ捨てる。
「どうして邪神の奴が地球で思い通りに動けるのか、これで謎が解けた。こんな重要なことを教えてくれるなんて、それだけ俺が信頼されている証拠さ。
そして・・・お前達に伝えなきゃならんことはあの箱舟のことだ。」
「カプネが地球に行ったってことは、箱舟も地球にあるってことだよな?」
「ああ、そうだ。そして・・・あの箱舟は邪神の手に落ちた。」
「ええええ!邪神に盗られちゃったの!」
ダナエは目を向いて絶叫する。
「まあ当然だろうな。邪神の奴があんな便利なもんを放っておくはずがねえ。きっとあれを使って、他の星まで乗っ取るつもりなんだろうぜ。」
「そんな・・・。私達の箱舟が・・・・。」
「あれは宇宙を駆ける船なんだろ?邪神が嬉しそうに言ってたぜ。」
「・・・私の大事な箱舟が、邪神に利用されるなんて・・・・絶対に許せない!」
ダナエは拳を握り、ドンとテーブルに叩きつける。
「邪神が俺を湖に連れて行ったのは、その箱舟を見せる為だったのさ。特殊な魔法をかけて、深い深い湖の中に隠してやがったよ。」
「湖の底に?でもあの箱舟は水に浸かると壊れるはずだけど?」
コウが尋ねると、ダレスは首を振った。
「だから特殊な魔法をかけているって言っただろ。でかいシャボン玉みたいのに包まれて、湖の底に浮かんでるのさ。そして・・・あの箱舟は邪神の意志で操ることが出来るようになっていた。あいつがピュッと口笛を吹くと、湖の底から浮かんできたからな。」
「・・・・そんな・・・。私の船なのに・・・・。」
ダナエはシュンと俯き、泣きそうな目でコウを抱き寄せた。ダレスは新しい葉巻を吹かし、ダナエの頭をグリグリと撫で回した。
「そうショゲた顔をするな。この俺様が、何の手も打たずに帰って来たと思うか?」
ダレスはニヤリと笑いかける。ダナエは顔を上げ、ズズっと鼻をすすった。
「・・・どういうこと?」
「俺はな、これでも邪神に信頼されている部下なんだ。なんたって俺のおかげで会社は黒字続きなんだからな。」
「どうせ強引な取り立てをやってるからだろ?」
コウは唇を尖らせ、皮肉っぽい口調で言う。
「へッ!闇金なんかに手を出す方が悪いんだよ。こういう所に金を借りに来る連中にロクなのはいねえんだから。」
ダレスは不機嫌そうに顔を歪め、勢い良く煙を吐き出した。
「まあそんなことはどうでもいいんだ。要するに、俺は邪神からの信頼が厚いわけだ。
だから・・・あの船のことを任せてもらえないかと頼んでみたんだ。そしたら・・・邪神の奴はOKを出しやがった。近いうちにこの船を動かすから、その時はお前に任せるってな。」
「それほんとう!」
ダナエの顔はパッと明るくなり、ギュッとコウを抱きしめた。
「ほんとうだ。まったく、邪神も馬鹿な奴だよな。俺が裏切ろうとしていることも知らずによ。
だからもしあの船を動かす時が来たら、お前の所に持って来てやるよ。」
「ああ!ありがとうダレス!」
ダナエは椅子から立ち上がってダレスの手を握る。
「まあ上手くいくかどうかは分からんが、やれるだけはやってみるつもりだ。もし失敗したら、邪神の奴にぶっ殺されるだろうが・・・・。」
「・・・あんまり無茶しないでね。箱舟は取り返してほしいけど、そのせいでダレスが死んだら・・・・。」
「なんだ、俺のことを心配してくれるのか?」
「当然じゃない。あなたは私の仲間なんだから!」
ダナエはダレスの手をギュッと握りしめ、長い髪を揺らして笑いかけた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。やっぱり、あんたを見込んだ俺の目は正しかった。
信頼出来る仲間ほど頼りになるもんはないからな。」
ダレスはダナエの手を握り返し、煙を吹かしながら立ち上がった。
「俺が伝えたかったのそれだけだ。これからも、何か分かったら教えに来てやるよ。」
「ありがとう。私もダレスみたいな仲間がいて頼りになるわ。」
「もし何か困ったことがあったらいつでも来い。俺に出来ることなら力になってやるからよ。
じゃあな。」
ダレスは踵を返し、大きな手を振って去って行く。
「あんまり無茶はしないでね!それと、乱暴な取り立てをしちゃダメよ。」
「良い子にしてたら借金の取り立てなんか出来ねえよ。それじゃな。」
パタンとドアが閉じられ、ダレスはカツカツと足音を響かせて去って行った。ダナエはなんだか頭がボーっとしてきて、椅子に座ってため息をついた。
「カプネが邪神の手下になってるなんて・・・。あの夜に、私と一緒に戦おうって言ったのは嘘だったのかしら・・・・・。」
「だから盗賊の言うことなんて信じるなって。あいつはきっと、最初から箱舟が狙いだったんだよ。お前はすぐ人を信じるから、あっさりと騙されただけだ。」
「そんなことは・・・・、」
「無いって言える?実際にカプネは箱舟を盗んで、邪神に渡したんだぜ。」
「それはそうだけど・・・・・。」
何か言いかえしたいと思うダナエだったが、何も言葉が出て来ずに黙りこんだ。甘ったるいコーヒーをすすり、目を瞑って疲れた顔を見せる。
「お疲れだな、お嬢さん。」
黙って聞いていたダンタリオンが、ダナエの肩をポンと叩く。
「昨日はブブカと戦って、その前はウルズと戦って、そして今日は箱舟が邪神に盗られた話を聞かされて・・・・なんだか気が滅入っちゃうわ・・・。」
「ははは、確かに疲れること続きだな。ではここで一つ、良いニュースをやろう。」
「良いニュース?」
ダンタリオンはコクリと頷き、指を立てて言った。
「地球にいる儂の仲間なんだが、邪神を倒すことに手をかしてくれるそうだ。」
「ほんとに!」
「ああ、アスモデウスという仲間に邪神のことを話したら、快く引き受けてくれた。
地球でも邪神に怒りや恨みを持つ者は大勢いるらしくて、ソロモンの魔人達もシビレを切らしておったわ。もうあの邪神の蛮行には我慢出来ないとな。
そしてお嬢さんやこの星のことを話したら、是非一緒に戦いたいと言ってくれた。」
その言葉を聞いたダナエは、ふるふると瞳を震わせて飛び上がった。
「やった!一気に仲間が増えたわ!ありがとう魔人さん!」
満面の笑顔でダンタリオンに抱きつき、ピョンピョンと跳びはねる。ダンタリオンは苦笑いしながらダナエの頭を撫でた。
「これこれ、はしゃぎ過ぎだぞ。」
「いじゃない!嬉しい時は喜ばないと!」
「ははは、素直な子だな。」
ダンタリオンは孫をあやすように笑いかけ、大きな手でダナエの肩を叩いた。
「喜ぶのはいいが、そう楽観出来る状況ではないぞ。ソロモンの魔人達がシビレを切らすということは、それだけ地球が追い詰められている証拠だ。
地球の魔王や悪魔の中には、邪神と手を組む者もいるそうだからな。アスラやアーリマン、アバドンやテスカトリポカなど、名の知れる悪神達も邪神に与している。こちらもそれ相応の仲間を集めなければ、太刀打ちすることは出来んだろうな。」
「そうね、喜んでばかりはいられないわ。私は私のやるべきことをやらなきゃ・・・。」
「うむ、皆それぞれ自分の役割があるからな。だから儂はしばらくの間、あのダレスという男の元へ身を寄せようと思う。そして地球にいるソロモンの魔人達と連絡を取り合い、向こうでも仲間を集めようと思っているのだ。」
「ああ、それは名案ね!」
「地球にも、きっと儂らに手をかしてくれる者はいると思う。だから儂は地球で仲間を集め、お嬢さんはこの星で仲間を集める。そして何か困ったことがあった時は、お互いに助け合う。
これこそが一番良い方法だと思うのだが、どうかね?」
「うん、私もそう思う!じゃあ魔人さんも今からダレスの会社に戻るのね?」
「うむ、しばらくは厄介になろうと思う。」
ダンタリオンはダナエの頭に手を乗せ、顔を近づけて笑いかけた。
「お嬢さんは勇気のある強い子だ。しかし少々無茶をするところがある。だからその妖精の言うことをよく聞き、無事に旅を続けるのだぞ。」
「うん、魔人さんもあんまり無理しないようにね。邪神に見つかったら大変なことになっちゃうから。」
「分かっておるよ。さて、それでは儂もそろそろ行こうとするか。」
ダンタリオンはポンポンとダナエの頭を叩き、踵を返してドアに向かった。
「ではお嬢さん、また会おう。」
そう言って手を振り、パタンとドアを閉めて去っていった。
「たくさん仲間が増えたわね。なんだか心強いわ。」
ダナエはコウに笑いかけ、台所に行ってコドクに話しかけた。
「ごめんなさい、もう話は終わったから。」
「いえいえ、お気になさらず。」
コドクは嘗めていた蜂蜜を置き、ダナエの方に近づいて来た。
「ダナエさんのおかげで、村のみんなは元いた場所に帰ることが出来ます。ほんとうに、何とお礼を言ったらいいのか・・・。」
「もう、昨日から何回目よ、それ。」
「それくらい感謝しているってことですよ。」
コドクはチロチロと舌を出して笑う。
「コドクさんは、しばらくここに残るのよね?」
「ええ、妻が妊娠しているし、病気の神さえいなければここは悪い場所じゃありませんから。」
「そうね。緑は綺麗だし、海もあるし。それにこれからはブブカが守ってくれるから。」
「まさかブブカが守り神になるとは思いませんでしたよ。これも、やっぱりダナエさんのおかげですね。」
コドクは二つの頭を揺らして笑い、「ちょっと待っていて下さい」と言って、トタトタと二階へ上がっていった。そしてその手に一枚の絵を抱えて下りて来て、ダナエに差し出した。
「これ、よかったら持って行って下さい。何かの役に立つかもしれないから。」
「わあ、綺麗な絵。」
コドクが差し出した絵は、立派なお城を描いた美しい風景画だった。
「この絵はドリューという半神半人の画家が描いたものなんです。」
「半神半人?」
「ええ。父親が芸術の神様で、母親が地球から来た人間の魂なんです。私の昔からの友達で、誕生日にこの絵を贈ってくれたんですよ。」
「へえ、素敵な友達ね。」
「ドリューはとても良い奴なんです。繊細で優しくて、でもちょっと傷つきやすくて。
この村に連れて来られてから会ってないけど、きっと今も絵を描いていると思いますよ。」
コドクは誇らしそうに友達を自慢する。ダナエはもらった絵を見つめ、その美しい色使いに見惚れていた。
「これは印象画って奴だな。オレンジの夕焼けに立派なお城。手前には深い森。遠くには海も描いてるな。」
コウは絵の近くに舞い降り、顎に手を当てて見つめる。ダナエは美しいその絵に心を奪われそうになり、まるで魂まで絵の中に吸い込まれそうになった。
「・・・ずっと見ていられる。綺麗・・・・。」
だんだんとダナエの目がうっとりしてくる。そして絵に顔を近づけ、トロンとした表情でフラフラと倒れそうになった。
「おいダナエ!どうしたんだ、しっかりしろよ!」
「・・・・・・・・。」
「おい、ダナエって!」
コウはペチペチとダナエの頬を叩く。するとコドクは懐から白い布を取り出し、サッと絵の上に掛けた。
「・・・・・・ほえ?・・・あれ、なんか私・・・・ぼーっとしてた?」
「思いっきりしてたよ。いったいどうしたんだ?」
コウは心配そうにダナエの顔を見つめる。鼻を突き、耳を引っ張り、唇を持ち上げた。
「もう、やめてよ!」
「いや、意識はしっかりしてるかなと思って・・・・。」
ダナエはプリプリ怒り、コウを掴んで脇をくすぐる。
「だははははは!やめろ!」
コドクは二人のやり取りを見て笑い、絵を指差して言った。
「その絵には不思議な力があるんですよ。見た者の心を奪い、絵の中に誘う魔力が宿っているんです。」
「この絵に・・・魔力が?」
ダナエはコウを放し、白い布のかかった絵を見つめた。
「ドリューは半神半人の画家ですから、普通の画家にはない力を持っているんです。
彼の絵には魔力が宿っていて、見た者の心を吸い込む力があるんですよ。でもドリューの絵に心が吸い込まれることは、決して悪いことじゃないから安心して下さい。
その絵に吸い込まれた者は美しい絵の世界に心が癒されて、嫌なことをすっかり忘れてしまうんです。そして、心が元気になったらちゃんと外に戻って来られるんですよ。」
「へえ、絵の中の世界か・・・。なんかロマンチック。」
ダナエはウットリして白い布を取ろうとする。しかしコウはその手を掴んで止めさせた。
「よせよ。お前はただでさえウットリしたら元に戻らないのに、絵の中に入ったりなんかしたら、一生戻って来られないかもしれないよ。」
「大丈夫よ、ちゃんと戻って来られるってコドクが言ってるじゃない、ねえ?」
「はい、心配はいりません。私も今までに何度もその絵に助けられました。いつ病気の神の実験台にされるか不安で仕方のない夜を、その絵のおかげで乗り切ることが出来ましたから。」
コドクは俯き、しみじみとした目で絵を見つめる。
「でもいいの?そんなに大切な絵をもらっちゃって。」
「構いません。病気の神がいなくなった今、もう私に心配事はありませんから。
ダナエさんの心が疲れた時、是非その絵を見て下さい。きっと元気になれますよ。」
「・・・・分かった。そこまで言うなら頂くわ。大事にするね。」
ダナエはニコリと笑い、白い布で絵を包んだ。コドクはついでに肩かけ鞄も渡し、布で包んだ絵をその中に入れてくれた。
「これ結構丈夫な鞄なんですよ。持って行って下さい。」
「何から何まで悪いわ・・・・。ほんとうにもらっていいの?」
「ええ、ブブカを鎮めてくれたお礼です。受け取って下さい。」
「ありがとう、コドク。」
ダナエは鞄を肩に掛け、コウと顔を見合わせて頷いた。
「それじゃ、私達もそろそろ行こうか?」
「だな、あんまり長居しちゃ悪いし。」
ダナエはコドクの手を取り、別れの握手をする。
「じゃあねコドク。奥さんと、産まれてくる子供を大切にね。」
「はい、ダナエさんも気をつけて旅を続けて下さい。」
「うん、それじゃ。」
ダナエはドアを開け、手を振ってコドクの家をあとにした。
ブブカとの戦いは熾烈なものだったが、それでもなんとか村人を助けることが出来た。
海の風に髪をなびかせながら、新たな旅路へつくダナエだった。


                      (つづく)

ダナエの神話〜神樹の星〜 第六話 魚神パラパラ・ブブカ(4)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 16:55

『魚神 パラパラ・ブブカ』4


ダナエが次元の狭間に飛ばされた頃、コウは巨大なクラゲを相手に苦戦していた。
「くそッ!以外とすばしっこいな!」
倒すことは造作もないが、下手をすればトミーとジャムを傷つける恐れがあった。
「いくらアンデッドでも、なるべく仲間は傷つけたくないし・・・。でもモタモタしてるとダナエが・・・・。」
クラゲは毒の針を飛ばし、執拗に攻め立ててくる。コウはヒラヒラとそれをかわし、羽を動かして風の刃を撃とうとした。
「ああ、くそ!また逃げやがった!」
クラゲは海中を遊泳するようにユラリと動き、コウの攻撃のタイミングを外す。しかしチュルックはその動きを読んでいて、長い触手で鞭のように叩きつけた。大きな音が響いてクラゲはよろめき、地面スレスレまで落ちてくる。
「今だコウ!やっちまえ!」
「ナイス!チュルック。」
コウは風の刃を放ってクラゲの触手を全て切り落とし、その動きを封じた。
「動きが鈍ったな!それだけ鈍けりゃ目を瞑ってても当たるぜ!」
クラゲは何とか体勢を立て直そうと浮き上がる。しかしそこへコウが突撃し、すれ違いざまに羽で切りつけた。
「・・・・・ッ!」
「それもういっちょ!」
「・・・・・ッ!」
まるで燕返しのようにVの字に切りつけ、クラゲの身体はパックリと割れた。すると飲み込まれていたトミーとジャムはズルリと滑り落ち、クラゲの中から解放された。
「よっしゃ!こうなればこっちのもんだ!」
コウは両手で印を結んで土の魔法を唱えた。
「土に宿る大地の精霊!このクラゲを吸い込み、分解してしまえ!」
そう叫んで地面に手を向けると、洞窟の岩を突き破って土が盛り上がってきた。
「・・・・・・・・・ッ!」
クラゲは土に飲み込まれ、水分を吸収されてしぼんでいく。そして土の精霊によって細かく分解されてしまった。
「やった!」
「やるじゃねえかコウ!」
二人はハイタッチして喜び合った。そしてトミーとジャムに飛びより、バチバチと頬を叩いた。
「おい!しっかりしろ!」
「・・・ん?」
「・・・・う〜ん・・・ママ・・・?」
トミーとジャムは目を開け、身体を起こして「うお!」と驚いた。
「どこだここは?」
「あれ・・・ママは・・・。」
「ここは社の中だ。お前らはでかいクラゲに飲み込まれてたんだよ。」
「クラゲ・・・・・ああ!そういえばジャムを助けようとしたら、急に空間が歪んで・・。」
「思い出した・・・。変な洞窟に迷い込んで、クラゲに食べられたんだっけ・・・。」
トミーとジャムは立ち上がり、キョロキョロと回りを見回した。
「うわ!なんだ・・・でかいイカがいる!」
「ぎゃあ!また喰われる!」
「安心しろ。あいつはダナエの友達だ。」
「ダナエちゃんの?」
トミーは怯えた目でイカを見つめ、そしてダナエの姿が見えないことに首を傾げた。
「あれ?ダナエちゃんは?」
「先に行っちまったよ。俺はお前らを助ける為に残ったんだ。」
コウは胸を張り、腰に手を当てて二人を見下ろす。
「そうか・・・お前が俺達を・・・・。」
「お前・・・いい奴だったんだなあ・・・。」
二人は感動して目を潤ませ、コウの手を握った。
「でもお前、なんか雰囲気が変わってないか?」
「俺も思った。ちょっと逞しくなってるっていうか・・・。」
「まあな。進化して成長したんだ。ていうか今はそんなことはどうでもいいんだよ!早くダナエの所へ行かないと!」
するとチュルックが近づいて来て、細い糸を手繰って言った。
「急がないとダナエと同じ場所に行けなくなるぞ。空間の歪は、時間が経つとワープする先が変わるんだから。」
すると突然、ジャムが怖い顔でチュルックに詰め寄った。
「おいお前!ダナエなんて呼び捨てにしやがって!いったいダナエちゃんとどういう関係なのさ!」
「俺とダナエは友達だ。」
「にゃにい〜・・・。友達だとお〜・・・。」
ジャムは顔を歪ませて睨みつけるが、トミーに拳骨を落とされてしまった。
「今は漫才やってる場合じゃねえんだよ!コウ、早くダナエちゃんの所へ行こう!もし何かあったら・・・・。」
「分かってるよ。ええっと・・・あれ?糸が切れてる・・・。」
「何いい!」
「だってほら、動かなくなってるもの。それに何の手ごたえもないし・・・きっとどこかで千切れたんじゃないか?」
「ううむ・・・じゃあもう一回やるか?」
「だな。ちょっと時間がかかるけど、迷うよりはマシだ。」
コウは魔法を唱えて糸を作り、チュルックはミニゲソを飛ばす。そしてしばらく待っていると、すぐに反応があった。
「もう合図が来たか。きっとブブカのいる場所が近いんだ。すぐに行こう!」
みんなは頷き、糸を手繰って走っていった。空間の歪みに飛び込み、ガザミやクラゲを蹴散らし、ブブカのいるプラネタリウムの部屋まで辿り着いた。
「うお!なんだここは・・・・。」
トミーは宇宙の景色を見て思わず声を上げる。コウは回りを見渡し、ダナエの姿を捜した。
「ダナエ!どこだ!」
必死に名前を叫んで飛び回っていると、地面にダナエの服が落ちているのに気がついた。
「ダナエ!」
慌てて飛びより、服を掴んで回りを捜す。
「槍とプッチーも落ちてる・・・。まさか、どこかへ連れて行かれたのか・・・?」
コウの背中に嫌な汗が流れる。駆け寄って来た三人もダナエの服を見つめ、不安そうに顔を歪ませた。
「ダナエちゃん・・・ここにいないのか?」
「分からない・・・。でも服や槍があるから、ここへ来ていたことは確かだ。」
コウはコスモリングを掴み、じっと見つめた。
「プッチーの神様は・・・ダナエを守ってくれなかったのか?」
コスモリングは青い宝石を光らせ、一瞬だけドクンと脈打った。
「な、なんだ・・・・。」
三人の神が宿る三つの宝石は、キラキラと光って眩しく輝き出す。すると右の宝石から目も開けられないほどの光が放たれ、そして左の宝石からは黒い風が舞いあがった。
「うわあああああ!」
トミーとジャムは慌てて逃げていく。チュルックは何事かと忙しなく触手を動かし、じりじりと後ずさる。
「これは・・・プッチーの神様が出て来ようとしてるのか・・・?」
コウはコスモリングを握って舞い上がり、息を飲んで見守った。すると右の宝石からアリアンロッドが飛び出し、左の宝石からスカアハが現れた。
「ああ!あんたは!」
コウは手を広げ、長い銀髪をなびかせるアリアンロッドに飛び寄った。
「コウ。少し見ない間に成長したな。」
アリアンロッドは手の平にコウを乗せ、ニコリと微笑んだ。
「ダナエは!ダナエはどこに行ったか知らないか!」
コウは小さな手を広げて尋ねる。するとアリアンロッドは首を振り、目を閉じて言った。
「ダナエは次元の狭間に飛ばされてしまった・・・。ここにはいない。」
「次元の狭間って・・・なんでそんな所に!」
すると横にいたスカアハが、鋭い目を向けて答えた。
「・・・パラパラ・ブブカという、異星の神の仕業なり・・・。」
「ブブカが・・・。」
「奴は波を操る力を持っている。だから時空を歪め、ダナエを次元の狭間に飛ばしたのだ。」
コウは目を見開いて固まり、そしてアリアンロッドの服を掴んだ。
「そんな!どうしてダナエを助けてくれなかったんだよ!あんたらはプッチーに宿る神様だろ!ダナエを守るのが役目じゃないのかよ!」
コウは悲痛な叫びで訴える。小さな手でアリアンロッドの服を揺さぶり、怒った目で睨みつけた。
「・・・仕方がなかったのだ。私達は表に出られる状況ではなかったからな・・・。」
「どういうことさ?」
アリアンロッドは横に立つスカアハを見つめた。スカアハはその視線を受けて頷き、武道服の胸元を開いてみせた。
「・・・ここに青痣がある。・・・我が弟子がつけたものだ・・・・。」
「あんたの弟子?」
「・・・我が弟子クーフーリンが、腕輪の中で暴れていたのだ・・・。どうして自分は外に出られないのかと・・・・。美しい容姿を暴虐の戦鬼に変え、無理矢理外に出ようと暴れた・・・。我らはそれを抑える為・・・・あの少女に力をかすことが出来なかった。」
「クー・フーリン・・・。それって、前にアリアンロッドが言ってた戦いの神様だよな?」
「そうだ。ひとたび荒れ狂えば、その闘争心が治まるまで手がつけられない・・・。
だから私も・・・ほら、この通りだ。」
アリアンロッドは肘まで袖を捲ってみせた。そこにはスカアハと同じように青痣があり、しかも切り傷から血が滲んでいた。
「今はなんとか抑え込んだが、またいつ暴れ出すか分からない・・・。」
「そんな・・・それでダナエを助けることが出来なかったのか・・・・。」
コウは悔しそうに眉を寄せ、クー・フーリンが宿る宝石を見つめた。青い光の中に何かがチラチラ光り、大きな力を発していた。
「・・・我が弟子、未だ怒りが止まず・・・。度重なる我らや少女の戦いに触発され、滾る闘志を抑えられずにいる・・・・。危険である・・・・。」
「何だよ・・・それじゃまるで狂犬じゃないか・・・。」
コウはゾッとしてコスモリングを落としそうになった。スカアハはコウの手からコスモリングを奪い、自分の左腕に填めた。
「・・・汝が持つには危険過ぎる物・・・。しばし預かっておこう・・・・。」
「・・・・いいよ、あげるよそんなの。」
コウは悲しそうに俯き、アリアンロッドの手の上で座り込んだ。
「要するにあんたらの内輪揉めのせいで、ダナエを助けることが出来なかったんだ・・・。
次元の狭間に飛ばされたなんて・・・いったいどうやって助けたらいいんだよ・・・。」
がっくりと項垂れ、頭を掻きむしるコウ。トミーとジャムはアリアンロッドに駆け寄り、悲痛な顔で頼み込んだ。
「ダナエちゃん・・・どうにかなんないんですか!」
「そうですよ!師匠達ならきっと何とか出来るんでしょ?」
しかしアリアンロッドは首を振り、スカアハも無理だという風に目を瞑った。
「残念ながら、私達に次元を飛び越える力は無い・・・。」
「そんな!このままじゃダナエちゃんが可哀想過ぎるぜ!」
「師匠!何とかしてあげて下さいよ!」
トミーとジャムはアリアンロッドに詰め寄り、必死に懇願する。するとチュルックも触手を伸ばし、重い声で言った。
「俺からもお願いするよ。ダナエは・・・こんな俺と友達になってくれたんだ。ずっと独りで寂しい思いをしていた俺に、希望をくれたんだよ!だからさ、助けてやってくれよ!
あんたらは強い神様なんだろ?なあ、この通り!」
チュルックは目を瞑り、大きな頭を下げる。トミーとジャムも泣きそうな目で見つめていた。
「・・・気持ちは分かるが・・・私達の力では・・・・・。」
アリアンロッドは申し訳なさそうに俯き、ゴクリと喉を鳴らした。コウは彼女の手の平の上でじっと座り、頭を抱えたまま黙りこんでいた。
するとスカアハは目を閉じたまま腕を組み、低い声で小さく呟いた。
「・・・危険ではあるが・・・・ルーを呼んでみるか・・・・。」
「ルー?」
コウは顔を上げて聞き返す。するとアリアンロッドは血相を変えて詰め寄った。
「馬鹿なことを言うな!ルーを呼び出す為には、クー・フーリンを召喚せねばならんのだぞ!
今の奴は怒りに狂っている・・・。私達はともかく、ここにいる妖精やゾンビ達は確実に消し飛ばさるぞ!」
「・・・百も承知している・・・。だが、それ以外に方法はあるまい?・・・ブブカとやらがどこぞへ去っている今しか、ルーを呼ぶ機は無し・・・・。」
「しかし・・・・。」
アリアンロッドは険しい顔で唇を噛む。コウは二人の顔を見比べ、手の平から舞い上がって尋ねた。
「ルーって何なのさ?」
アリアンロッドは天を見上げ、そこに誰かがいるように目を細めた。
「ルーとは、太陽神ルーのことだ。ケルトの最高神にして、クー・フーリンの父。
その力は計り知れず、彼ならダナエを助けることが出来るかもしれない。」
「マジか!じゃあすぐにそいつを呼び出してくれよ!」
「・・・そう簡単にはいかない。ルーを呼び出すには、コスモリングに宿る三人の神の力が必要だ。だからクー・フーリンもここへ召喚しなければならない。しかしそんなことをすれば、ここはたちまち戦場に変わり、お前達は死んでしまうだろう。」
アリアンロッドは語気を強め、宙に舞うコウを睨んだ。しかしコウはその視線を押し返し、覚悟を決めた目で言った。
「俺は構わない。それでダナエが助かる可能性があるなら・・・やってくれ!」
すると後ろにいたトミーとジャムも頷いた。
「俺もコウに賛成だ。このままダナエちゃんを放っておくことは出来ねえ!」
「そうだ!どっちにしろ俺達はもう死んでるから、何されたって大丈夫だぜ!」
「しかしクー・フーリンの魔槍は魂まで貫くぞ。いくらゾンビといえど、無事にはすまないと思うが・・・いいのか?」
「・・・ええっと、それは・・・・その・・・・。」
「・・・いや!それでも構わない・・・・・って言いたいけど・・・やっぱ怖いわ。」
ゾンビ達は勢いを失くして項垂れる。するとチュルックは二人の頭を叩き飛ばし、目をつり上げて怒鳴った。
「お前達はダナエの友達だろう?だったらビビってんじゃねえ!俺はコウに賛成だ。
せっかく出来た友達を見捨てたり出来ない。そんなに怖いなら、お前らはここから逃げてろ!」
チュルックに怒鳴られ、ゾンビ達はさらに落ち込む。
「・・・分かったよ。ダナエちゃんの為だもんな・・・。」
「怖いけど・・・俺は我慢する。師匠!そのルーとかいうのを呼んでくれ!」
「お前達・・・本当にいいのか?どうなっても責任を持てないぞ。」
アリアンロッドは、これが最後の忠告という感じで怖い顔をして尋ねる。しかし誰も首を振る者はおらず、真っすぐにこちらを見て頷いた。
「まったく・・・怖いもの知らずとはこのことだ。しかし、それだけダナエが愛されている証拠かもしれんな。」
アリアンロッドはクスリと笑い、スカアハと顔を見合わせて頷いた。
「ではスカアハ・・・奴を呼び出すか。」
「・・・うむ。・・・皆の者、我らの後ろに隠れておれ・・・死にたくなければな・・・。」
コウ達はササっと二人の女神の後ろに隠れる。アリアンロッドは腰の剣を抜いて構え、スカアハは目を閉じてコスモリングに念じた。
「海の力が宿りし腕輪よ・・・。我が弟子、クー・フーリンをここへ・・・・。」
すると中央の宝石が青白く光り、バリバリと稲妻が走った。
「うおお・・・・。」
ジャムが身を竦めてトミーの後ろに隠れる。宝石から放たれる稲妻は激しさを増し、まるで落雷のように降り注いだ。
そして、それと同時に空間が歪み、どこかへ消えていたブブカが姿を現わした。
「大きな力を感じて戻って来てみれば・・・まだ賊が残っていたか・・・。これ以上誰にも私の邪魔はさせない!一人残らず、次元の彼方へ吹き飛ぶがいい!」
ブブカはヒレを動かし、口から時空の波を放った。それは宝石から放たれる稲妻とぶつかり、プラネタリウムの部屋に閃光が飛び散った。
「うわああああああ!」
「怖えええええええ!」
ゾンビ達はアリアンロッドの服にしがみ付き、ブルブルと震える。
「・・・これは・・・予期せぬ事態なり・・・。」
スカアハのこめかみに冷や汗が流れる。アリアンロッドも険しい表情で剣を構え、コウ達を守るように立ちはだかる。
閃光が消えた部屋にはブブカの巨体が浮かんでいて、その下に一人の男が立っていた。
「・・・ようやく・・・ようやく出て来られた!これで思う存分戦えるぞお!」
男は長い黒髪を振り乱し、二股に分かれた白い槍を掲げた。そして赤い鎧をガシャガシャと鳴らして、スカアハに近づいて来た。
「師匠!ひどいじゃないですか!俺だけ閉じ込めるなんて!」
「・・・お主は戦いの鬼神なり・・・易々と外へ出すわけにはいかぬ・・・。」
男は目をつり上げて怒り、「ふん!」と鼻息を吐いてそっぽを向いた。
「これが・・・クー・フーリン・・・。」
コウはアリアンロッドの後ろから顔を覗かせ、じろじろと見つめた。
「いかにも!俺が戦の神、クー・フーリンだ!・・・よろしくな。」
クー・フーリンはさっと手を差し出し、コウの小さな手を握った。
「ああ・・・どうも・・・。」
コウは手を握りながら、じっとその顔を見つめた。
クー・フーリンの顔は精悍ながらも端整な顔立ちで、紫の瞳には戦士の迫力と鋭さが宿っていた。高い鼻に少し大きな口元、そしてキリリとした男らしい眉毛が気の強さを感じさせた。
「なんか思ってたより良い奴そうだな・・・。」
トミーは前に出てクー・フーリンに近づこうとしたが、アリアンロッドに首根っこを掴まれて引き戻された。
「後ろで大人しくしていろ!こいつはいつ噛みつくかも分からない狂犬なのだぞ!」
アリアンロッドは剣を構えてギロリと睨む。そしてスカアハは、クー・フーリンの後ろに浮かぶブブカを指差して言った。
「・・・宙に浮かぶ異星の神・・・我らに敵意を抱いている・・・。我が弟子よ、ここは一つ、あやつと剣を交えてみてはどうか?」
「ん?異星の・・・、おお!」
クー・フーリンは後ろを振り向き、ブブカの巨体を見て奇声を上げた。
「こんな見事な敵がいたとは・・・。ううん・・・唸る!俺の槍が唸るぞおおおおお!」
美しい顔が大きく歪み、顎は二つに割れていく。そして手足にモジャモジャと毛が生えてきて、髪は生き物のようにうねり出した。
「・・・おおおおおお・・・うううううう・・・・・。」
綺麗な肌も浅黒く変化し、身体じゅうに血管が浮かんで筋肉が膨れ上がる。その顔は鬼のような恐ろしい形相となり、魔槍ゲイボルグを握って雄叫びを上げた。
「うおおおおおおおおおおお!」
ブブカはクー・フーリンの異様な雰囲気に恐怖を感じ、口を開けて時空の波を放った。
「お前も次元の彼方へ消え去れ!」
空間が歪み、陽炎のようにクー・フーリンに襲いかかる。しかし彼は槍を振りかざして飛び上がり、ブブカの頭に乗って叫んだ。
「俺の槍を喰らえええええい!」
魔獣の骨で出来た白い槍が、ブブカの頭に突き刺さる。すると槍の先端が鋭く枝分かれして、ブブカの体内をズタズタに切り刻んだ。
「ぐおおおおおおおお!」
あまりに激痛に身をよじり、ブブカは空間を歪ませてクー・フーリンを弾き飛ばした。
「・・・おのれええ・・・・・。よくも私の身体を・・・・。」
青い皮膚からドクドクと血を流し、ヒレを広げて羽ばたいた。すると時間の波がブブカの身体を覆い、たちまち傷を消し去ってしまった。
「私にそんな攻撃は効かない!時間を巻き戻せば、ほれ、おの通りだ。」
「・・・いいぞお・・・それでこそ戦いがいがある・・・。もっと俺を楽しませろ!」
怒りと喜びでクー・フーリンの顔が歪む。そして槍を構え、高く投げ飛ばした。
すると槍は無数の矢に変わり、ブブカの頭上に降り注いた。
「無駄だ!こんな単純な攻撃は通用しない!」
ブブカは小さく鳴いて、パッと姿を消してしまった。矢の雨は地面に突き刺さり、槍に戻ってクー・フーリンの手に飛んで来た。
「・・・おかしな技ばかり使いやがる・・・。正々堂々と戦え!」
そう叫んだ瞬間、巨大な時空の波が足元から立ち昇った。クー・フーリンは高く舞い上がり、天井に叩きつけられて血を吐いた。
「むぶふッ!」
そこへブブカの体当たりが炸裂し、天井にめり込んで槍を落としてしまった。
「おいおい・・・これやばいんじゃないか・・・。クー・フーリンが負けちまうぞ・・・。」
コウは心配そうに二人の戦いを見つめる。しかしスカアハとアリアンロッドは、落ち着いた顔で首を振った。
「クーはまだ全然本気を出していない。これからもっと凶悪になるぞ。」
「・・・我が弟子・・・ここからが本番なり・・・・。」
天井に突き刺さったクー・フーリンは、ズボっと抜け落ちて地面に降り立つ。そして槍を拾い、コキコキと首を鳴らして笑った。
「あははははははは!中々面白い戦いだ!しかしお前の動きと技は見切った!もう俺には通用しない!」
クー・フーリンの筋肉はさらに盛り上がり、顔は凶悪に歪んでいく。黒い髪が血のように赤くなり、犬歯が牙のように伸びて雄叫びを上げた。
「ヴォオオオオオオオォ!」
「しぶとい奴め・・・。」
ただならぬ気迫にブブカは怯む。じりじりと後ろに下がり、大きな背びれを忙しなく動かした。
「単純な力だけでは私に勝てない!貴様の力など恐るるに足らず!」
ブブカは背ビレと胸ビレをバタバタ動かし、大気を揺さぶった。すると部屋の空気が細かく震え出し、超振動となってみんなに襲いかかった。
「隠れていろ!前に出るなよ!」
アリアンロッドは両手を広げ、虹色の膜を張る。そしてスカアハも黒い風を巻き上げ、竜巻の盾を作り出した。
虹の膜と黒い竜巻は超振動を跳ね返し、コウ達を守る。しかしクー・フーリンは、超振動の衝撃をモロに受けてしまった。
「このまま分子レベルまで砕いてやる!そおれい!」
ブブカのヒレがトンボの羽のように高速で羽ばたく。超振動は威力を増し、クー・フーリンの身体をミシミシと痛めつけていった。
「大丈夫なのか・・・クー・フーリンは?」
コウは二人の女神の間から顔を覗かせた。するとクー・フーリンは平気な顔で立っていて、ニコニコと笑っていた。
「うむ。ほどよい振動で血行が良くなった。ちょっと痒いな。」
そう言ってポリポリと首筋を掻き、槍を構えて叫んだ。
「この程度がお前の本気なら、俺に傷一つ付けられない!さあ、今度はこっちの番だぞ!」
クー・フーリンの身体から赤い気が立ち昇り、部屋じゅうに殺気が満ちていく。
「伏せろ!」
二人の女神はコウ達の頭を押さえつけ、地面に伏せた。するとゲイボルグの刃が嵐のように暴れ回り、プラネタリウムの部屋のズタズタに切り裂いていった。
その刃はブブカにも襲いかかり、巨体を切り裂こうと迫ってくる。
「無駄だと言っているだろう!単純な攻撃は通用しな・・・・・、ッ!」
そう言おうとした次の瞬間、ブブカの背ビレは斬り落とされていた。
「ば、馬鹿なッ・・・・。」
大きな背ビレを失い、ブブカの力が弱まる。クー・フーリンはその隙を見逃さず、地面を蹴って突撃した。そしてすれ違いざまにブブカの胸ヒレを斬り落とし、ついでに尻尾のヒレも切断した。
「お前の波の動きは見切った!もはや俺の槍を防ぐことは不可能!」
ブブカは力を失くし、真っ逆さまに落ちていく。その先にはクー・フーリンが待ち構えていて、トドメとばかりに槍を突いてきた。ゲイボルグはブブカの額の目に突き刺さり、穂先が枝分かれして体内を切り刻んだ。
「ごうええええええええうううういいいいいい!」
耳を塞ぎたくなる絶叫がこだまし、ブブカは血を吹いて地面に倒れ込んだ。大きな身体がピクピクと痙攣し、ブクブクと泡を吹いて白目を剥いていた。
「やった!ブブカを倒したぜ!」
コウはゾンビ達とハイタッチして喜ぶ。チュルックも触手を握って、「よっしゃ!」とガッツポーズをみせた。
するとドスン!と大きな音が響き、ゆらゆらと地面が揺れた。
「なんだ!」
コウは慌ててクー・フーリンの方に振り返った。すると、彼は鬼神の形相でブブカを蹴り飛ばし、何度も何度も槍で突き刺していた。
「おいおい!もう勝負は着いてるんだぜ!ちょっとやり過ぎだろ!」
コウは眉を寄せて顔をしかめる。ゾンビ達も「こりゃひでえ・・・」と怯えた。
「クーは完全に敵を消し去るまで戦いを止めない。もしブブカが跡かたも無く消し飛ばされたら、次は私達に襲いかかってくるだろう。」
アリアンロッドの言葉に、コウ達は不安そうに息を飲む。
クー・フーリンは攻撃の手を緩めることなく、何度も槍を突き刺していた。もはやブブカは虫の息で、微かに口元が痙攣しているだけだった。
「おい、もう止めろ!それ以上やったら・・・・、」
見かねたコウが飛び出そうとする。しかしアリアンロッドに引き戻され、ポイっとトミーの手に投げられた。
「何すんだ!あんたらはあれを放っておくつもりか!」
コウを小さな指をビシッと突きつけて怒鳴る。すると二人の女神は顔を見合わせて頷き、クー・フーリンに向かって飛びかかっていった。
「クーッ!お前の敵はこっちだ!」
アリアンロッドが剣を振り下ろして斬りつける。クー・フーリンはそれを素手で受け止め、槍を突いてきた。
「させぬ!」
スカアハは身体を捻ってクー・フーリンの槍を蹴り飛ばし、彼の顔面を思い切り殴り飛ばした。
「・・・いい!いいぞ!もっと戦いをくれえええええええ!」
魔槍ゲイボルグの刃が嵐のように振り乱れ、二人の女神に襲いかかる。
「ぬうんッ!」
「笑止ッ!」
三人の神は戦いを始め、目にも止まらぬ速さで攻防を繰り広げる。刃の火花が飛び散り、轟音が響いて部屋を揺らす。みんなは呆気に取られて見ていたが、我に返ったコウが弾かれたようにブブカの元へ飛んで行った。
「おい、お前!大丈夫か!」
「・・・・・・・・・・・。」
ブブカは返事をしない。口元だけを小さく動かし、何かを呟こうとしている。
「何だ!何か言いたいことがあるのか?」
コウは耳を近づけ、ブブカの呟きを聞き取ろうとした。
「・・・・しに・・たく・ない・・・。まだ・・・しにた・・く・・・ない・・・・。」
「ブブカ・・・。」
「・・・せめ・・て・・・もう・・・いち・・ど・・・こきょう・・・へ・・・・。」
ブブカの小さな目から涙が流れる。コウは頷き、宙に舞い上がって両手を広げた。
「心配するな、俺が助けてやる!でも・・・もう悪さをするのは無しだぜ。」
そう言って笑いかけると、ブブカは返事をするように呻いた。
「よし!じゃあすぐに治してやる!」
コウは目を閉じて息を吸い込み、胸の前で手を握って魔法を唱えた。
「水の精、土の精・・・そして海の精よ・・・。憐れな異星の神を、ここに復活させてくれ。」
コウの手の中に淡い光が集まり、蛍のようにゆらゆらと舞い上がる。そして空中でパッと弾けると、地面を突き破って土と水が溢れてきた。
命の水がブブカの傷を癒し、豊かな土が失ったヒレを再生させていく。ブブカの身体はみるみるうちに復活し、綺麗な青い皮膚が蘇っていく。そしてどこからともなく海水が滴ってきて、ブブカの心と身体に力を与えていった。
「・・・おお・・・おおお・・・・。私が・・・生き返っていく・・・・。」
大きな目を動かし、空間を波打たせてブブカは舞い上がった。
「・・・やった・・・・・。」
コウはニコリと笑い、力を失くしてパタリと地面に落ちてしまった。するとブブカが大きな胸ビレでそっと受け止め、小さな目を動かしてコウを見つめた。
「妖精よ・・・。お前のおかげで私は助かった。礼を言う。」
「・・・いいっていこと・・・。でも、ちょっと疲れた・・・。」
コウは目を閉じ、ぐったりと力を失くす。ブブカは大きな口を開けてコウを飲み込み、ぶるぶると喉を震わせた。
「ああ!コウが喰われちまった!」
「何すんだてめえ!せっかく助けてもらったのに!」
トミーとジャムが駆け寄り、拳を握って叫ぶ。しかしブブカが睨むと、「ぎゃあッ」と慌てて逃げていった。
「心配せずともいい。あの妖精はすぐに力を取り戻す。」
ブブカは口をモゴモゴさせて、ペッとコウを吐き出した。すると元気いっぱいになったコウが、羽を広げて飛び回った。
「おお、コウ!」
「無事だったか!」
トミーとジャムは笑顔で駆け寄ってくる。
「ブブカが力を分けてくれたんだ。おかげで完全復活だぜ!」
コウはビシッと親指を立てて笑った。
「・・・まさか、この私が誰かに助けられるとは思わなかった。・・・あの少女には可哀想なことをしてしまったな。すぐに次元の狭間から呼び戻そう。」
「おお、マジか!すぐにやってくれ!」
コウは羽を広げて喜び、ブブカの頭上に舞い上がった。
「では・・・・そおれい!」
ブブカは大きな口を開け、身体じゅうのヒレを動かして息を吸い込んだ。すると空間が揺らぎだし、宙に丸い穴が開いた。そして・・・・その穴の中から、赤ん坊の姿をしたダナエが現れた。ブブカはダナエを口の中に吸い込み、元の姿に戻していく。そして舌の上に乗せて、コウの前に運んでいった。
「ダナエ!」
コウは心配そうに飛び寄り、ギュッと抱きついた。そしてダナエの頬を優しく叩き、小さく呼びかけた。
「ダナエ、しっかりしろ。」
「・・・・ううん・・・。」
ダナエはゆっくりと目を開け、ぼやける視界で回りを見つめた。そしてコウの姿に気づき、ガバッと身を起こして叫んだ。
「コウ!」
「ダナエ!よかった〜・・・。」
コウはダナエの首元に抱きつき、ホッと胸を撫で下ろして鼻をすすった。
「大丈夫か?どこも痛くないか?」
「・・・うん、大丈夫。でも・・・・不思議な夢を見てたの・・・。」
「不思議な夢?」
「そう・・・。ユグドラシルが出て来て、自分の記憶を見せてくれたの。そしてその夢が終わった時に、誰かが私を呼ぶ声が聞こえて・・・。あれはコウの声だったのかな?」
「・・・さあな。でもとにかく戻って来てくれてよかった。」
コウは宙に舞い上がり、ゾンビ達を見下ろした。
「お前ら、悪いけどダナエの服を持ってきてくれ。」
「お、俺!俺が持って行く!」
「お前はダメだ。すっこんでろ!」
トミーはジャムを蹴り飛ばし、ダナエの服を持ってコウに駆け寄った。
「サンキュ。おいダナエ、これ。」
「うん、ありがとう。みんな、心配かけてごめんね。」
ダナエはいそいそと服を着て、ブブカの舌からピョンと飛び降りた。
「ブブカ、あなたが私を戻してくれたの?」
「ああ、お前には悪いことをしてしまった。謝ろう、この通りだ。」
ブブカは目を瞑り、申し訳無さそうに小さくヒレを動かした。ダナエは首を振り、「いいよ」と優しく笑いかけた。
「私はそこの妖精に助けられた。荒ぶる神にヒレを斬りおとされ、波を操ることも出来ずに、ただただ痛めつけられていた。あれは・・・恐怖だった。」
「荒ぶる神?」
ダナエが首を傾げると、コウは戦いを続ける三人の神を指差した。
「ほれ、槍を握った鬼神みたいなのがいるだろ?あれがプッチーに宿る、最後の神様さ。」
「あれが・・・・すんごい顎が割れてる。それにちょっとしゃくれてるし・・・顔も怖いし。
でも・・・悪い神様じゃないっていうのは分かるわ。ただ、ちょっと気性が荒いだけで。」
激闘を繰り広げる三人の神を見つめ、ダナエは落ち着いた顔で言う。
荒れ狂うゲイボルグの刃が目の前をかすめるが、それでも表情を崩さなかった。
「なんか、やんちゃ坊主って感じよね。昔のコウみたい。」
「馬鹿を言うな!俺はあんなに荒れてなかっただろ!」
怒るコウを見つめてクスクスと笑い、ダナエは銀の槍を拾った。そして激しい戦いを続ける三人の神の元へ近づく。
「馬鹿!危ないから戻れ!」
「いいから、いいから。私に任せて。」
コウの言葉を無視して、ダナエはクー・フーリンの後ろに回る。荒れ狂うゲイボルグの刃が頭上をかすめるが、それでも平気な顔で近づいていった。そして彼の後ろに立つと、槍を握って突き出した。
「えい!」
「ぎゃあッ!」
クー・フーリンの背中に、銀の槍がプスリと刺さる。
「誰だ!この俺の背中を刺す不届き者・・・・・、痛ッ!」
振り向いたクー・フーリンの眉間にまた槍が刺さる。ダナエはニコニコとして槍を構え、自己紹介をした。
「私は妖精のダナエ。あなたがプッチーに宿る三人目の神様ね?」
「いかにも!我こそは戦の神、クー・フーリン!荒れ狂う戦いを司り・・・・・、痛ッ!」
クー・フーリンの顎の割れ目に、プスリと銀の槍が刺さる。
「おのれ・・・不意打ちとは卑怯な・・・。」
「ねえ、もう戦いは止めましょうよ。ブブカだって大人しくなったんだし、あなたも・・・ね?」
ダナエはニコリと笑って、長い髪を揺らす。クー・フーリンはしげしげとダナエを見つめ、槍を向けて尋ねた。
「ダナエ・・・・・。ふうむ、中々いい目をしているな。この私に臆さないとは。」
「全然怖くないわ。だって、あなたはただのやんちゃ坊主でしょ?だから私がお姉さんになってあげるわ。退屈な時は一緒に遊んであげるから、もう大人しくしようね。」
「むむう・・・。神を相手になんと偉そうなものの言い方・・・。」
クー・フーリンは怒った顔で睨んだが、ダナエはまったく動じない。
「・・・そこまで言うなら大人しくしてやってもいい。しかし、一つ条件がある!」
「なあに?」
「私が戦いたい時は、いつでも外に出すこと。その条件を飲むなら、もう暴れるのはやめよう。」
「ああ、それは無理。」
「何い〜・・・。」
クー・フーリンの怒りは増し、般若のように目をつり上げる。
それでもダナエは笑顔を崩さずに言った。
「そういうのをわがままっていうのよ。何でも自分の思い通りにいかないの。だいたい、暴れるのを止めるのに条件を突きつけるなんて、どうかしてるわ。」
「ぐ・・・ごごごご・・・おのれええええッ・・・・。」
「ねえ、あなたが暴れたら、みんなが迷惑するの。だからちょっとだけ大人しくなろ、ね?」
ダナエは槍を下ろして微笑みかける。クー・フーリンはじっとダナエを睨んでいたが、「ふん」と悪態をついてそっぽを向いた。
「中々気の強い少女だ。その性格・・・気入ったぞ。それに免じて、この場は刃を引こう。」
そう言ってアリアンロッドとスカアハに振り向き、槍を下ろして元の美男子に戻った。
「師匠!アリアン!俺は腕輪の中へ戻る。しかしまた必ず出て来るぞ、いいな!」
クー・フーリンはビシっと指を刺し、稲妻となってコスモリングの中に戻っていった。
「ふう・・・なんとか治まったか。ダナエ、お手柄であった。」
アリアンロッドは剣を収めてダナエの肩に手を置いた。そしてスカアハはコスモリングを外し、そっとダナエに差し出した。
「・・・助けてやれずにすまぬ・・・。我が弟子が暴れていた故に・・・。」
ダナエは笑って首を振り、コスモリングを受け取った。
「いいわよ、こうしてみんな無事だったんだから。それに・・・ユグドラシルと会うことが出来たしね。」
「ユグドラシルと?」
アリアンロッドは興味深そうな目で見つめる。
「うん・・・。自分の記憶を語ってくれたの。それを聞いて・・・私は何がなんでもユグドラシルに会いに行かなきゃって思ったわ。」
決意の宿った目でコスモリングを見つめ、それを左の手首に填める。コスモリングがパッと光って、ダナエの手首にピッタリ収まった。
「でも今はその話をしている場合じゃないね。」
そう言ってブブカの方を振り向き、真っすぐに見つめて言った。
「ねえブブカ。時空の波を消し去って、みんなが外へ出られるようにしてあげて。
私は必ず邪神をやっつけて、あなたの故郷だって元に戻してみせる。だからお願い。」
ダナエの声は、真っすぐに透き通っていた。その言葉に嘘がないことを感じ、ブブカは大きく頷いた。
「・・・いいだろう。いつか私の故郷が元に戻るなら、時空の歪みを消し去ろう。」
ブブカは天に向かって大きく吠え、身体じゅうのヒレを動かして時空を歪めた。それは強力な波となって広がっていき、この辺りを覆う時空の歪を相殺していった。
「これでもう時空の歪はない。村の者も、そして社の中の者も外へ出られるぞ。」
「ありがとう!やったねチュルック、海へ帰れるよ!」
ダナエはチュルックの触手を握って嬉しそうに振る。
「・・・ありがとよお・・・。やっと、やっと青い海に帰れる・・・。」
チュルックは大きな目からドバドバと涙を流し、おいおいと泣いた。
「ダナエよ、私達もそろそろコスモリングに戻る。」
アリアンロッドは長い銀髪をなびかせて微笑んだ。ダナエは頷き、コスモリングを掲げた。
「今回は力になれなくてすまなかった。次は絶対にお前を守ってみせる。」
「・・・・我が弟子も、少しは大人しくなるやもしれぬ・・・礼を言う・・・・。」
「うん、また力をかりる時が来ると思う。その時はよろしくね。」
二人の女神は頷き、コスモリングの中へ戻っていった。
「よし!これでとりあえず一件落着ね。」
ダナエはみんなを振り向き、ニコリと笑って言った。
「帰ろう。村の人達に、外へ出られるようになったことを教えてあげなくちゃ。」
するとブブカが近づいてきて、大きな胸ビレを広げた。
「では私が外まで送ろう。さあ、私の周りに集まれ。」
ダナエ達はブブカの下に集まり、その巨体を見上げた。
「では行くぞ。」
ブブカが口を開けると、グニャリと空間が歪んだ。ダナエ達のまわりに風が舞いあがり、次の瞬間には社の外に出ていた。
「すげえ・・・。便利な力だなあ。」
コウは感心して呟く。すると蛇の妖怪が海から現れて、ブブカを見て怯えた。
「ひえええええ!」
「あ、大丈夫よ。もう悪さはしないから。」
ダナエが言うと、蛇の妖怪は「ほんとうに?」と疑わしそうな目で見つめた。
「ほんとほんと、それにもう時空の歪みは無いから、みんな村の外へ出られるよ。」
「おお!それはよかった!早くみんなに知らせないと。さ、さ、私の背中に乗って下さい。」
ダナエは頷き、コウを肩に乗せて飛び上がる。トミーもあとに続いて社から飛び上がり、蛇の背中に乗った。
「おいジャム!いつまでもビビってんじゃねえ!早く来い!」
「で、でも・・・。」
ジャムは相変わらず怖がり、社にヒシっとしがみ付いている。それを見かねたチュルックが長い触手でジャムを巻き取り、蛇の背中まで運んでいった。
「わ、悪いな・・・・。」
「いいさ、みんなダナエの友達なんだ。だったら、みんな俺の友達さ。」
チュルックは久しぶりの海を見つめ、懐かしそうに涙を浮かべた。
「よかったねチュルック。」
「ああ、やっと帰ってくることが出来た。ありがとう・・・ダナエ。」
「ふふふ、海の生き物達と仲良く暮らしてね。また会いに来るからさ。」
「ああ、楽しみにしている。それじゃあな!」
チュルックは触手を振り、泡を立てて海へと潜っていった。そして頭上に浮かんでいたブブカは、社を見つめてヒレを動かした。
「ダナエよ・・・。お前こそが、邪神の企みを砕く者かもしれぬ。それまで、私はこの社の中で待とう。我が故郷、海王星に帰れるその時を。」
「うん、約束は守るわ。きっと邪神をやっつけてみせる!」
ブブカは頷き、ヒレを動かして空間を歪めた。そしてパッとダナエ達の前から消え去り、声だけを響かせて言った。
「私は故郷に帰るのを待つ間、この海、そしてこの地に暮らす者を守ろう。そして、もし力が必要になったらいつでも会いにくるがいい。惜しむことなく助力しよう。」
ブブカの声は消え、そして荒れていた海が穏やかな波へと変わる。
「ありがとうブブカ。あなたも私の友達よ。」
ダナエは煌めく海面を見つめ、長い髪をなびかせた。そして蛇の妖怪を振り返り、大きな声で言った。
「さあ、村へ帰ろう!みんなにこのことを報告しなくっちゃ!」
蛇は頷き、穏やかな海面をスルスルと泳いでいく。遠くに見える海岸には、村人達が心配そうにこちらを見つめていた。ダナエは手を振り、ニコリと笑ってみせる。
魚神の社は、海の光を受けて佇んでいた。

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