ダナエの神話 次に続きます

  • 2014.04.05 Saturday
  • 20:44
『ダナエの神話〜異星の邪神〜』は、これでお終いです。
次は『ダナエの神話〜宇宙の海〜』です。
書き上がったら載せますので、よかったら読んで下さい。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第十話 月の女神と二つの世界(4)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 20:13
メタトロンがアーリマンを倒した頃、サンダルフォンは月の手前まで来ていた。
「兄ちゃん大丈夫かなあ・・・。」
不安そうに呟くと、加々美が安心させるように笑いかけた。
「大丈夫だと思うよ。彼は最強の天使なんだから、滅多なことじゃ負けないって。」
「そうだといいんだけど・・・。」
兄を心配しながら飛んでいると、天使の軍団が出迎えてくれた。
「これはサンダルフォン様!」
鎧を着た勇ましい天使が、膝をついて頭を下げた。
「ねえ、ミカエルたちはどこにいるかな?」
「ミカエル様なら、月の入り口におられます。」
「月の入り口?ああ、中の世界に入る為の入り口だね。」
「はは!」
「ありがとう。それじゃみんな、しっかりと月の警護をお願いね。」
「ははあ!」
サンダルフォンは天使たちの間を抜け、月の真上まで移動した。
「あったあった。これが月の入り口だ。」
月の真上には、七色に輝く大きな穴が空いていた。まるで虹の膜が張ったように、ゆらゆらと揺らいでいる。
その周りには、四人の巨大な天使が立っていた。サンダルフォンは彼らに手を振り、虹色の穴の近くに降り立った。
「みんな!」
「おお!これはサンダルフォン殿。どうしたのだ、突然月へ来られるとは?」
そう尋ねたのは、朱色の鎧を着た逞しい天使だった。短い黒髪に厳しい表情をしていて、長い槍を持っていた。
「ミカエル。この人を月の中に入れてあげたいんだ。」
「む?それは人間だな。どうしてその者をこの中へ?」
「ええっと・・・実はね、この人は加々美幸也といって、十五年前の事件の・・・、」
サンダルフォンはたどたどしく説明した。ミカエルは黙って話を聞いていて、「なるほど」と唸った。
「物語を書き換えてもらう為に、月へ来たと。」
「うん。ここなら安全だからね。それに妖精王のケンは、彼のお兄さんだから。」
「了解した。そういう事情ならば、その者を中に入れることを許可しましょう。人間よ、虹色の穴の中に入るがいい。」
ミカエルは穴に向かって槍を向けた。
「入るがいいって言ったって、心の準備が・・・・。」
「案ずることはない。この中には妖精の世界が広がっているだけだ。危険なことは何もない。」
「そ、そうかい・・・なら・・・・。」
サンダルフォンは穴の傍に加々美を下ろした。
「じゃあしっかり頼むよ。君の力に全てが懸かっているといっても、過言じゃないんだから。」
「プ・・・プレッシャーを与えるようなことを言わないでくれよ。」
加々美はネクタイを締め直し、じっと穴の中を睨んだ。虹色の光がどこまでも続いていて、奥がどうなっているのか全く見えなかった。
「これって・・・このまま飛び降りても大丈夫なのかな?」
「心配ない。そのまま飛び込めばよい。」
「そ、そうか・・・。じゃあ・・・・。」
目を閉じて深呼吸をし、気持ちを落ち着けた。そしてじっと穴の中を睨み、「とう!」と叫んで飛び込んでいった。
「頼んだよ、加々美幸也。」
サンダルフォンは加々美を見送ると、ミカエルに向き直った。
「月に異常は無いかい?」
「今のところは特に。地球の方は如何か?」
「ええっと・・・それなんだけど、落ち着いて聞いてくれよ。」
「それは聞いてみないと分からない。」
「うん、確かにそうだね。実は・・・・空想の牢獄から、ルシファーたちが逃げ出しちゃったんだ。」
「・・・・・・・・え?」
「いや、だから・・・空想の牢獄から、ルシファーたちが逃げ出しちゃったんだよ。だから、もしもの時には、みんなにも戦ってもらわないといけないんだ。」
「・・・・・すまん。言っている意味がよく分からない。空想の牢獄から、あの悪魔たちが逃げ出しただと?」
「うん。」
「いや・・・それは有り得ないだろう。なぜなら、あそこを開ける鍵を持っているのは、私とあなたの兄上だけなのだから。」
「ええっとね・・・それには事情があって・・・。まずね、クトゥルーは空想の深海から逃げ出して・・・・、」
サンダルフォンの口から、予想もしないことがポンポンと飛び出してきて、四人の天使は言葉を失くして固まっていた。
「・・・・・というわけなんだ。だから地球はちょっと大変なことになってて・・・、」
そう言いかけた時、後ろから怒鳴り声が響いた。
「ちょっとどころではないだろう!それじゃ何か?地球は悪魔の手に落ちたってことか?」
「ウリエル・・・声が大きいよ。」
ウリエルと呼ばれた天使は、実に猛々しい顔をしていた。紫の鎧を身に着け、頭はサッパリと丸刈りだった。
「サンダルフォン殿!あなたとメタトロン殿がいながら、どうしてこのような事態になったのか!」
ウリエルは険しい表情で剣を握りしめた。
「落ち着けウリエル。怒っても仕方ないだろう。」
「ラファエル!お前はなんとも思わないのか?」
ラファエルと呼ばれた天使は、甘いマスクをした優しそうな男だった。青い鎧を身に着け、金色の長い髪をしていた。
「何も思わないわけはないさ。しかし起こったものはしょうがないだろう?」
「地球の神々は滅び、ルシファーたちが暴れ回っているかもしれんのだぞ?しかも・・・その原因を作ったのは、スサノオとかいう神だ。こんな情けない失態があるか!」
ウリエルの怒りは収まらない。すると横に立っていたもう一人の天使が、ポンと彼の肩を叩いた。
「ラファエルの言うとおりです。起こってしまったものは仕方がありません。今やるべきことは、地球を悪魔から取り戻す方法を考えることです。」
「ガブリエル、お前も呑気だな。考えるも何も、今から地球に乗り込んでルシファーたちを討ち取ればいいんだ。」
ガブリエルと呼ばれた天使は、美しい女性の天使だった。柔和な表情に、芯の強そうな瞳。黄色い鎧を身に着け、ウェーブのかかったブラウンの髪をしていた。
「それが難しいから、考えなければいけないのです。いま私たちがここを離れたらどうなりますか?もし敵が襲って来たら、誰がここを護るのですか?月は地球を取り戻す為の最後の砦なのですよ?そこのところはきちんと理解しているのでしょうね?」
「あーあーもういい、分かった。まったく・・・お前はすぐそれだ。理詰めと質問責めで相手の口を塞ぐ。」
「でも言っていることは正しいでしょう?」
「はいはい、そうですね。まったく・・・どいつここいつも冷静な顔しやがって・・・。」
ウリエルは不機嫌そうに口を噤んだ。
「まあまあ・・・気持ちは分かるけど、焦って動くとかえって危険だから。」
サンダルフォンは皆を取りなすように笑い、ミカエルを振り返った。
「僕は今から地球に戻るよ。兄ちゃんが心配だからね。」
「うむ。もしもの時は、すぐに知らせてくれ。我々も加勢しよう。」
「うん、それじゃ。」
サンダルフォンは手を振って地球に戻って行った。


            *


その頃、加々美は妖精の世界を彷徨っていた。それはケルト神話に出て来る常若の国にそっくりだった。
「まるで楽園のような場所やな・・・・。」
辺り一面に花が咲き誇り、蝶やトンボが飛んでいる。遠くには海が見えていて、桜の木が並んでいた。鳥も動物も自由にくつろいでいて、まるでお伽話の世界にいるようだった。
あまりに美しい景色のために、つい関西弁が出てしまった。
「十五年前の事件の時・・・俺だけ地球に残された・・・。兄ちゃんも里美も月へ行ってしもて、独りぼっちになってしもたんや・・・。あの時は寂しかったなあ。」
しみじみとしながら歩いていると、妖精の群れと出くわした。
「おお!本物の妖精や。もう二度と見たくないと思ってたけど、やっぱり可愛いもんや。」
十五年前の事件の時、妖精は人間を襲って暴れていた。建物を壊し、人を殺し、加々美も死にそうになった。
苦い経験が蘇り、思わず目を瞑っていると、後ろから声を掛けられた。
「・・・幸也・・・?」
それは聞き覚えのある声だった。まさかとは思いつつ振り返ると、そこには大人びた雰囲気の妖精が飛んでいた。
「・・・あ・・・・あああ・・・・あああああ!」
「・・・やっぱり・・・やっぱり幸也だ!」
「里美!」
二人は手を握り合い、涙を浮かべて見つめ合った。
「・・・ウソ・・・・信じられない・・・。なんで幸也がここにいるの・・・?」
「ああ、これには事情があって・・・・って、そんなことはどうでもええ!まさかまたお前に会えるなんて・・・・。」
里美と呼ばれた妖精は、懐かしそうに加々美を見つめていた。気の強そうな目に、端整な顔立ちをした美しい妖精だった。
「幸也・・・元気そうでよかった・・・。」
「それはこっちのセリフや・・・。こうしてまた会えるなんて・・・まるで夢みたいやで。」
幸也はそっと里美を抱きしめた。潰さないように優しく手で包み、胸の中に抱き寄せる。
「うふふ・・・泣き虫なのは相変わらずね。もう今年でいくつよ?」
「・・・四十四になってしもたわ。えらいおっさんやろ?」
「ううん、十五年前とそんなに変わってないよ。ちょっとシワが増えたくらい。あとは顔に締まりがなくなったくらいかな。ちょっと覇気も衰えてるし。」
「めちゃくちゃ変わってるやないか。」
「ふふふ、冗談。ほんとに歳とってないよ、今でも充分若い。」
「お世辞にしか聞こえんわ。お前は妖精やから歳とらんでええもんな。」
「まあね、ふふふ。」
二人はしばらく見つめ合い、そっと身体を離した。
「ねえ、どうしてここへ来たの?」
「ああ、ちょっと複雑な事情があってな。」
「・・・最近外が騒がしいんだけど、それと何か関係があるの?」
「うん・・・。とりあえず今から兄ちゃんに会いに行こうと思ってるんやけど、どこにおるか知ってるか?」
「ええ、妖精王なら岬のお城に住んでるわ。ほら、ここから見えるでしょう?」
里美は海の端に見える、小さなお城を指さした。
「おお!あそこに住んでるんか。兄ちゃんも立派になったもんや。昔はただのフリーターやったのに。」
「そんなこと言ったら怒られるよ。今じゃ立派に妖精の世界を治めてるんだから。」
里美はピンと加々美のおでこを弾いた。二人が笑い合っていると、彼女の後ろから、「ママ〜」と子供の妖精が飛んできた。
「ママ!」
「あら、こんな所まで来ちゃったの?パパはどこ?」
「向こうの洞窟。みんなとお酒を飲んでる。」
「また昼間っからお酒か。何度注意しても治らないんだから・・・。」
里美はプクッと頬を膨らませた。
「あ、あの・・・・その子は・・・?」
「あ、この子?マヤっていうのよ。今年で五歳。」
「里美の娘か?」
「まあね。こっちに来てから仲良くなった人がいて、七年前に結婚したんだ。」
「そ、そうか・・・・そうやんな・・・。あれから十五年も経ってるんやから、子供くらいおって当たり前か・・・。」
「幸也は?結婚は?」
「・・・一回だけしたけど・・・別れたな。娘が一人おるけど。」
「へええ・・・見てみたいなあ、幸也の子供。」
「・・・・・・ダナエ・・・。」
「え?」
「ダナエとそっくりやと思う。だって・・・ダナエはうちの娘をモデルにして書いたから。」
「ほんと!」
里美は目を見開いて驚いた。
「じゃあすっごく可愛い子なんだね。それでもってオテンバだ。」
「うん、まさにその通りや。親バカかもしれんけど、ミヅキは可愛い子や。オテンバやけど中身はしっかりしとるし。」
「ふふふ、いいじゃない親バカでも。ていうか、親バカじゃない親なんて滅多にいないわよ?
特に父親と娘ならね。」
「・・・そうかもしれんな。ただ・・・あの子は俺のことを嫌ってるやろうけど・・・。」
「どうしてそう思うの?何かあった?」
里美はそっと顔を覗き込んだ。幸也は目を逸らし、作り笑顔をみせて首を振った。
「いいや、しょうもない話やから、わざわざ聞かせるようなこととちゃうよ。」
「そう・・・。私でよかったらいつでも相談に乗るから言って。しばらくはこっちにいるんでしょ?」
「そう・・・・なるやろなあ。でも遊びに来たんと違うから、なるべく長居はしたくないねん。
すぐに・・・すぐに物語を書き換えんと・・・。」
「物語を書き換える・・・?」
「・・・ああ!なんでもないよ!」
加々美は慌てて手を振り、里美の子供に笑いかけた。
「お嬢ちゃん、お母さんに抱っこしてもらって嬉しそうやな?」
「うん、ママ大好き!」
「そうか。これからもママと仲良くしいや。」
加々美はマヤの頭を撫で、里美を見つめて微笑んだ。
「それじゃ・・・もう行くわ。」
「うん。しばらくこっちにいるんだったら、いつでも家に来てよ。あの丘を越えて、その向こうの黄色い家に住んでるから。」
「うん、それじゃ。」
加々美は手を振り、踵を返して歩き出した。元婚約者との再会は、彼を複雑な気持ちにさせた。
「ちゃんと時間は流れとんやなあ。現実でも空想でも・・・・。」
里美との再会は嬉しかったが、彼女の子供を見た途端に切なさがこみ上げた。十五年も時が経っていれば当たり前のことだと分かっていても、胸に押し寄せる切なさは隠しようがなかった。
「かくいう俺も、バツイチで娘が一人・・・。しかもその娘には嫌われてる。里美のところとはえらい違いやで・・・。」
情けなさを隠すように頭を掻き、岬に立つ小さなお城を目指して行く。妖精の世界はどの角度から見ても綺麗で、現実には有り得ない世界だった。
「・・・当たり前か。ここは空想の世界なんやから。」
そこでハッと気がついた。足を止め、真剣な顔になって考える。
「そういえば・・・なんで俺はここへ来て平気なんや?」
現実の世界の者は、肉体を持ったまま空想の世界へ行くことは出来ない。もしそんなことをすれば、たちまち消えて無くなるはずだった。
「・・・光の壁が地球に降りて来てるせいか・・・?いや、でも・・・それやったら光の壁を越えてからじゃないと、ここへは入られへんはずや。でも光の壁を越えたら消えてしまうわけやから・・・・いったいどうなっとんや?」
加々美は頭を押さえて考え込み、じっと海を見つめた。すると遠い水平線から、小さな箱舟がこちらに飛んで来た。
「なんやアレは・・・・?」
箱舟は加々美に向かって真っすぐ飛んで来る。そして彼の頭上まで来ると、眩しく光って地上に降りて来た。
「な、なんや・・・いったい・・・?」
突然の出来事に身構えていると、船の中から誰かが出て来た。まるで天女のように宙に浮かび、ふわりと加々美の前に舞い降りた。
「・・・お・・・お前は・・・・・。」
「ふふふ、懐かしい気を感じて来てみれば、やっぱりあなただったのね。」
「・・・ダ・・・・・ダフネ!」
「久しぶり、コウヤ。」
加々美の前に降りてきたのは、月の女神のダフネであった。その容姿は絵に描いた女神のように綺麗で、極上の絵画のように一目で惹き込まれる美しさだった。
絹のように流れる長い髪、真珠のように滑らかな白い肌、どんな宝石よりも美しい青い瞳。
そして強さと優しさを兼ね備えた、美人とも可愛いともとれる顔立ちをしていた。
ゆったりとしたワンピース風の白いドレスに身を包み、煌めくような緑のローブを羽織っている。少女なのか大人なのか分からない姿をしているが、その雰囲気は気高く誇り高いものだった。ダフネは加々美を見つめて、ニコリと微笑んだ。
「もしかしたらと思っていたんだけど、やっぱり月へ来てくれたのね。」
「ダフネ・・・えらいべっぴんさんになったなあ。すごい成長してるから別人かと思ったわ。」
「それって喜んでいいのかしら?」
「え?褒めたつもりやけど・・・。」
「だって、言いようによっては歳をとったってことでしょ?それってちょっと失礼かなって。」
「いやいやいや!そんなつもりで言うたんちゃうよ!ていうか、十五年前はまだ子供やったやんか。それに比べたら、えらい大人っぽくなったなあって意味や。」
「あら、そう?じゃあ喜んでいいのね?」
「当たり前や。だいたい歳を気にするほど歳とってないやろ・・・。」
「そんなこと言ってると、また離婚しちゃうかもしれないわよ。まあ結婚出来たらの話だけど。」
「お、お前・・・俺がバツイチってこと知ってんのか・・・?」
「当然。だって月からは地球が丸見えだもん。あなたが離婚するのかどうか、アメルと盛り上がりながら見てたわよ。」
「ちょ・・・ちょっと〜・・・勘弁してくれや・・・・。」
加々美は頭を抱えて項垂れる。ダフネは可笑しそうに笑い、バシバシと彼の肩を叩いた。
「人間はすぐ歳をとっちゃうからね。まだ結婚願望があるなら、早い方がいいわよ。」
「人のプライベートを盗み見してた奴に、偉そうに言われたあないわ。」
「それもそうね。妖精ってある時期を境に歳を取らなくなるから、そういうところに無頓着なのよ。ああ、もちろん女神の私も歳を取らないけどね。もう少し成長したら、もうそれ以上は歳を取らないんじゃないかなあ。」
「ええなあ、それ。俺もそうなりたいわ。」
「でもけっこう退屈なもんよ。老いてこそ人生だもん。」
「歳より臭いことを言うなよ、まだ若いクセに・・・。」
「そうでもないわよ。人間として生まれたのが中世だから、数え歳でいくと・・・・・って、ちょっと、何を言わせるのよ!」
ダフネはバシン!と加々美の肩を叩いた。
「自分で言うたんやろ!一人でボケてツッコミ入れるな!」
二人は久しぶりの再会を喜び合い、他愛ない話で盛り上がった。
「ほんと・・・昔の知り合いに会うのって楽しいわ。ここって平和過ぎて刺激がないのよ。」
「女神がいう言葉とちゃうな。」
「そうなのよねえ・・・自分の立場を考えると、あんまり軽々しい発言は出来ないのよ。
ほんとはもっと楽しくやりたいんだけどさ、どこ行っても口うるさいのっているじゃない?
あんまり軽いノリでやってると、『月の女神として、そういう振舞いはどうなのか?』なんて細かいことを言う奴がいるわけよ。」
ダフネは肩を竦めてため息をつく。
「お前・・・だいぶんキャラが変わったな・・・。昔はもっと真面目な感じやったのに。」
「そりゃ変わるわよ。ずっとこんな平和な世界にいたらね。何が真面目で、何がふざけてるのか分からなくなっちゃう。」
「いっちょ前にカッコつけたこと言いよって。」
二人はクスクス笑い、その後しばしの沈黙が下りた。
「・・・ねえコウヤ。あなたがここへ来たってことは、それだけ事態が切迫しているってことよね?」
「・・・そうや。いきなりメタトロンが現れて、物語を書き換えろと言われたんや。それで彼の弟にここまで連れて来られた。」
「ダナエの物語はあなたが綴ったんだもの。それを書き換えられるのはあなただけよ。」
「分かってる・・・けど、十五年前と同じ状況になってしもたことが、なんか複雑でなあ。
あの時は俺が空想の世界を止める立場やったけど、今は逆や。俺の書いた空想の物語が、現実に影響をもたらしとる。なんか・・・ほんまに複雑やで・・・。」
そう言って困ったように頭を掻く加々美。するとダフネはとんでもないことを言った。
「じゃあやめちゃえば?」
「やめる?何をや?」
「物語を書くことよ。そんなに困ってるならやめちゃえばいいじゃない。」
「いや・・・やめるって言ったって、もう物語はおかしな方向に進んでるんやから。ここで書くのをやめたって、何も変わらんわ。」
加々美はボリボリ頭を書きながら言った。するとダフネは、「そうじゃないわよ」と首を振った。
「書くのをやめるって意味は、そういうことじゃないの。」
「じゃあどういうことや?」
「いい?物語の続きを書くのをやめるんじゃないの。物語そのものをやめちゃうのよ。」
「物語そのものを・・・やめる?」
「そう。もっと正確に言うなら、物語を白紙に戻しちゃえばいいのよ。そうすればダナエの物語は無かったことになるでしょ?」
「はあ?何を言うてんねん?そんなことをしたら、ダナエは消えて無くなるんやぞ?」
「いいじゃない、そうなっても。」
「なッ・・・。お前はいつからそんな冷たい女になったんや!」
「・・・はあ・・・。あなた、ちっとも事の重大さが分かってないわね。」
「な・・・何がや・・・・?」
「いい、よく聞いてね。」
「な、なんや・・・いきなり顔を近づけて・・・・。」
「空想は空想、現実は現実なの。」
「そ、それがどうしたんや・・・?」
「この二つの一番の違いって、なんだか分かる?」
「一番の違い・・・・?それはまあ、実体を持つかどうかで・・・・・、」
「ブブ〜!全然違うわよ。」
ダフネはプニっと加々美の鼻を押した。
「なんやねんな・・・・?俺は間違ったこと言うてないやろ?」
「言ってるわよ。ダナエも私も、そしてこの月の世界の者たちも、空想の存在でありながら、実体を持っているのよ。忘れた?」
「・・・・・あ!」
「実体があるかないか、そんなことは重要じゃないの。いい?一番の問題は、やり直しが利くか利かないかってことなのよ。」
「やり直し・・・?」
「空想の世界はね、いくらでもやり直しが出来るの。あなたがダナエの物語を白紙に戻したとしても、また一から書き直せばいいだけなのよ。そうすればダナエだって復活するわ。
けどね、もし現実の世界で誰かが死ねば、もう元には戻らないのよ。」
「それは・・・・そうやな。」
「光の壁に穴が空いたせいで、地球にはたくさんの悪魔や魔物が現れた。そして・・・多くの人が命を落としたわ。人間だけじゃない、他の生き物だって被害に遭ってる。
現実の世界で起こったことは、取り返しがつかないのよ、それくらい知ってるでしょ?」
ダフネは力強い目で睨む。かつて自分が犯した罪のせいで、多くの命を奪った罪悪感があった。
それは月の女神となった今でも消えることはない。
「私は・・・空想と現実を混ぜようとした。そして・・・多くの命を奪ってしまったわ。
本当なら、この月にいる妖精たちは・・・・ただ死ぬだけだった。でも宇宙の中心に座る大きな神様が、一度だけチャンスを与えてくれた。だからみんなここにこうしていられるのよ。」
「じゃ、じゃあ・・・・また大きな神様に助けてもらえば・・・・、」
「無理よ。大きな神様は、基本的に何もしてくれない。ただそこに居るだけで、誰かに手を貸したりしないわ。私の時は・・・多少なりとも大きな神様にも責任があったから、気まぐれに力を貸してくれただけよ。だから・・・断言してもいい。大きな神様は、今後二度と私たちを助けるようなことはしない。例え人類が滅ぼうが、悪魔が暴れようが・・・・地球が滅びようが、なんにもしてくれないのよ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「物語を白紙に戻せば、ダナエは消える。それは寂しいことだけど、また復活させることは可能なのよ。だって・・・・私たちは空想の存在なんだから。」
「で、でも・・・いくら空想の存在やからって、簡単に消してまた復活させるっていうのはちょっと・・・・。」
「いいじゃない。やり直しが利くんだから。言うなれば、ゲームと一緒よ。例え死んだって、コンテニューをすれば復活する。小説だって、気にいらなければ書き直せばいいのよ。」
「いや・・・それはあまりにも極端じゃ・・・・、」
「どうして?しょせん私たちは空想の存在なのよ?命なんてあって無いようなものなんだから。」
「そ、そんなことはないやろ!現に俺は、こうしてお前と喋ってるやないか!」
加々美は納得出来なかった。いくら空想の存在といえど、簡単に殺して、簡単に復活させるなんて・・・。ダフネの理屈は分かるが、それでも認めたくなかった。
「コウヤ・・・あなたの気持ちは分かる。でもね、もう時間が無いわ。このまま放っておくと、邪神は必ず地球を乗っ取る。空想と現実をごちゃ混ぜにして、全てを支配しようとするわ。
そんなことは・・・絶対にあっちゃいけないの!空想は空想、現実は現実。二つの世界は決して交わってはいけない。だからこそ、光の壁があるんだから。」
「・・・・そやけど・・・・。」
「私たちが月で生きている間、あなたは現実の世界で生きてきた。そしてミヅキという一人娘を授かり、そのおかげでダナエが生まれた。あなたが・・・現実の世界でちゃんと頑張って生きてきたから、二人の少女が生まれたのよ。それはとても素晴らしいことだと思わない?」
「・・・・そら思うけど・・・。」
「だったら・・・絶対に現実の世界を守らなきゃダメよ。ダナエの物語は、ミヅキが生まれたから始まった。だったら、ミヅキがいる限りはまた創れるの。でも・・・もしミヅキが死ぬようなことがあったら、あなたは平気でいられる?二度と取り返しのつかない現実の命を失ったら・・・・どんなに物語を書いても戻って来ないのよ?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「ミヅキだけじゃないわ。地球で死んだ命は、二度と現実には帰れない。空想の世界へ行くか、黄泉の国へ行くか。どちらにしたって、決して現実の世界には戻って来られないわ。
だって・・・輪廻転生なんて、空想の世界にしかないんだから。人生は一度きりで、二度とやって来ない。だから現実の世界は素晴らしいのよ。なんたって一度きりの人生しか味わえないんだから。これって最高の幸せよ?」
「・・・ダフネ・・・・。」
加々美は真っすぐにダフネを見つめた。彼女は元々人間で、死してから女神になった。
現実と空想、両方の世界を知る彼女の言葉は、重く胸に突き刺さった。
「そやな・・・・ダナエの物語を白紙に戻せば、邪神の奴も戸惑うやろな。なんたって、物語の筋書きが変わってしまうんやから。」
「そうよ。ダナエが関わった全てのことは、白紙に戻される。そうなれば、邪神の企みは大きく後退するわ。そして・・・・あなたは新しい物語を綴るの。ダナエを主人公にして、今までとはまったく違う物語を綴るのよ。そうすれば、邪神を倒すことだって不可能じゃないわ。」
「・・・そやな。何とか頭を捻って、邪神を倒せるような展開にしてみるか。」
「あなたなら出来る。物語が書き上がるまで、この月にいればいいわ。」
「ありがとう。でもあれやな、ほんまは邪神を白紙に戻せたら一番ええんやけどな。」
「それは都合が良すぎよ。だって邪神はあなたの書いた物語には登場しないんだから。」
ダフネは加々美の背中を叩き、ふわりと宙に舞い上がった。
「せっかく月へ来たんだから、ケンイチとアメルにも会っていってよ。」
「ああ、そのつもりや。今から行こうと思ってたからな。」
「じゃあ一緒に行きましょ。ほら、私の手を掴んで。」
ダフネはそっと手を差し出した。加々美はその手を優しく握る。二人は宙を舞って箱舟に乗り、妖精王のいるお城まで飛んでいった。
《物語を白紙にか・・・・。でも、なんか上手くいかへん気がするんやなあ。》
走り出した物語が止められないことを、加々美はよく知っていた。神話学者である彼は、物語とは生き物に似たようなものであると知っていたからだ。
どんなに白紙に戻そうと頑張っても、一度生み出した物語は存在し続ける。遥か昔から連綿と続く神話が、その証であった。
国を越え、時代を越え、そして・・・作者の手を越えて生き続けるのが物語である。ダナエの物語は、それを書き綴った時点で自分の運命を持つことになる。それは主人公であるダナエにもいえることだった。
そのことを感覚的に悟っていた加々美は、一抹の不安を抱えながらお城へ飛んで行く。
十五年ぶりに会った兄は、目に涙を浮かべながら弟を出迎えてくれた。
そしてその頃、遠いラシルの星では、ダナエがユグドラシルを目指して旅をしていた。作者の手を離れ、自分の意志でしっかりと歩きながら。


           (ダナエの神話〜異星の邪神  −完−)

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第十話 月の女神と二つの世界(3)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 20:10
穏やかな瀬戸内の海が見える街に、巨大な氷の像が立っていた。
魔王アーリマン。ユミルとの戦いで氷漬けにされながら、それでもまだ生きていた。
ユミルが命と引き換えにかけた霜の呪いは、アーリマンの邪悪な力を封じ込めていたが、それも限界に達していた。
《・・・もうちょっとや・・・。もうちょっとで・・・この呪いが解ける!》
アーリマンの力は、ユミルの想像を上回っていた。永遠に凍りつかせる霜の呪いを、今にも解こうとしている。
《・・・見とれ・・・この世界を滅茶苦茶にしたるわ・・・。》
激しい怒りが身体を熱くして、どんどん氷を溶かしていく。もうもうと湯気が立ち上り、遂に霜の呪いは解かれてしまった。
アーリマンを覆っていた分厚い氷は、バキバキと音を立てて砕け散っていった。
「よっしゃああああああ!見たかボケコラあああああ!」
天に向かって雄叫びを上げ、拳を握ってガッツポーズをする。
「あの氷の木偶の坊め・・・アテが外れたなあ。ワイはもう復活したでえ!これから好き放題に暴れ回ったるでえ。そんでもって、この国を全て虚無の闇で覆い尽くしたる。死んだ部下も復活させて、ここをワイの国したるんやあ!」
アーリマンはボロボロになった街を見渡し、壊れかけたビルを蹴り飛ばした。そして遠くに報道のヘリが飛んでいるのを見つけ、背中の触手を伸ばして叩き落とそうとした。
「死ねや人間!」
ヘリは慌てて逃げようとしたが、触手はすぐ目の前に迫っていた。
「うわあああああああ!」
カメラマンは死を覚悟しながらもカメラを回し続けた。アーリマンの恐ろしい姿が全国に放送され、テレビやネットを見ていた人たちが恐怖に怯える。
「人間ども!ワイの恐怖をその目に焼き付けろ!」
アーリマンの触手がヘリを叩き落とそうとする。しかしその瞬間、眩い光がヘリの前に立ちはだかった。
アーリマンの触手は弾かれ、ヘリはその隙に遠くへ逃げて行く。
「な、なんや・・・・?ワイの邪魔をするのはどこのどいつじゃい!」
アーリマンは突然現れた光を睨みつける。すると光の中から、メタトロンが「でやあ!」と現れた。
「悪の王アーリマンよ!これ以上の暴虐は許さぬ!」
「お前は・・・確か大天使の・・・・。」
「そう、我は大天使メタトロン!貴様のような悪を討つ為、この星にやって来た!」
メタトロンは翼を広げて飛び上がり、アーリマンの目の前に舞い降りた。
「貴様は虚無の闇を広げ、この国を悪の世界に変えようと企んでいるようだな。」
「そうや。ここをワイの国にするんや。そんでもってラシルの星と繋げる。」
「そのようなことは断じて許さん!この私が成敗してくれる!」
メタトロンは拳を構え、アーリマンを睨みつけた。
「ははは、おもろいやん。出来るもんならやってみんかい!」
アーリマンも拳を構え、背中の触手を動かした。
「行くぞ!でやあ!」
「望むところや!オラあ!」
メタトロンとアーリマンは、睨み合ったままじりじりと動く。お互いの隙をうかがい、ピリピリと殺気がぶつかっていた。
「でやあ!」
先に動いたのはメタトロンだった。高く飛び上がり、強烈なチョップをお見舞いする。
アーリマンは腕をクロスさせてチョップを防ぎ、メタトロンに掴みかかった。
「ぬうん!パワー勝負なら負けへんでえ!」
「なんの!これしき!」
二人はがっちりと組み合い、プロレスのように力比べをした。
「ぬううう・・・・。」
「でやあ!」
メタトロンは一瞬の隙をつき、アーリマンを投げ飛ばした。しかしクルリと回転し、見事に着地を決めた。
「なかなかやるやないか・・・。」
サッと拳を構え直すアーリマン。メタトロンは「でや!」と叫んで飛び蹴りを放った。
「ぐはあ!」
メタトロンのキックがアーリマンの胸に直撃し、遠くへ吹き飛ばされる。ビルを壊しながら倒れるアーリマン。メタトロンはチャンスとばかりに、馬乗りになって殴りかかった。
「でやあ!たああ!」
「このお!調子に乗んやなコラあああ!」
アーリマンは巴投げでメタトロンを投げ飛ばし、素早く立ち上がった。そして背中の触手を伸ばして、メタトロンを巻き取った。
「ぐあ!しまった!」
「そのまま死ね!」
触手の先端には針が付いていた。その針がメタトロンに襲いかかる。
「でやあ!」
メタトロンは翼で身体を覆い、触手の針を弾く。そして羽を二枚抜いて、アーリマンに投げつけた。二枚の羽は赤いレーザーとなってアーリマンを貫いた。
「ぐはあッ・・・。」
触手はシュルシュルとメタトロンの身体から離れていく。自由に動けるようになったメタトロンは、「でやあああ!」と雄叫びを上げてジャンピングエルボーを放った。
「ごはあッ!」
メタトロンの硬い肘が、アーリマンの脳天を直撃する。
「まだまだ!」
メタトロンは回転しながらチョップを放った。キレのあるチョップがアーリマンの胸を抉る。
「ぐふうッ・・・。」
胸を押さえてうずくまるアーリマン。苦しそうに顔を歪め、メタトロンを睨みつけた。
「おどれえええ・・・・タダじゃ済まさへんでえ!」
「笑止!これで決める!」
メタトロンはサッとアーリマンの後ろに回り、バックドロップのように身体を持ち上げた。
「だああああ!」
そのまま高く飛び上がり、脳天からアーリマンを叩きつける。見事な脳天バックドロップが決まり、アーリマンは地面に突き刺さっていた。
「仕上げだ!」
メタトロンは腕をクロスさせ、ゆっくりと脇に構えた。渦巻き状の光が拳に溜まり、眩い光を放った。
「食らえ!リュケイオン光弾!」
恥ずかしげもなく技の名前を叫び、拳に溜まった光を撃ち出した。渦巻き状の光弾がアーリマンを襲い、大爆発を起こした。
「ぎゃああああああああ!」
アーリマンは苦しみの声を上げて焼かれていく。しかし・・・・まだ死ななかった。
「おどれこのダボハゼがあああああ!いちびってんとちゃうどコラあああああああ!」
「なんと!リュケイオン光弾を食らってまだ生きているとは・・・。」
「ワイはなあ・・・ワイはおどれら光のもんが死ぬほど嫌いなんじゃ!絶対に負けへんど!」
アーリマンの触手から高熱のガスが噴射され、メタトロンに襲いかかった。
「だあああ!」
「さっきのお返しじゃ!食らえ!」
アーリマンは高く飛び上がり、強烈なドロップキックをお見舞いした。
「でやああああ!」
メタトロンはビルに突っ込んで倒れて行く。後ろに立っていた電波塔が倒れ、メタトロンの上に倒れてきた。
「はははは!そのまま瓦礫に埋もれとけ!きっちりトドメ刺したるわい!」
アーリマンは四本の触手を大地に突き立て、宙へ浮かび上がった。
「ワイは悪の王アーリマンや!絶対に誰にも屈したりせえへんのじゃあああああい!」
触手から虚無の闇が広がり、メタトロンを飲み込もうとしていく。
「でやあ!」
「ははははは!そのまま闇に沈め!」
虚無の闇はズブズブとメタトロンを飲み込んでいく。必死にもがくメタトロンだったが、まるで蟻地獄のように沈んでいった。
「まずい!このままでは・・・・。」
翼を広げ、空に飛び上がって脱出しようとした。
「させるか!」
アーリマンは両手から黒い炎弾を放ち、メタトロンを撃ち落とした。
「だあああ!」
「はははは!ワイの闇からは誰も逃げられへんのじゃい!観念して闇に沈め!」
メタトロンは成す術なく闇に沈んでいく。
「このままでは・・・・本当に負けてしまう・・・。この私が・・・悪魔に負けるわけにはいかないのだ!」
メタトロンは顔の前で両腕をクロスさせ、「でやあ!」と叫んだ。すると身体の色がメタリックなグレーに変わり、翼の形状がブースターのように変化した。
「な、なんやいったい・・・。」
「これはパワーモード!その名の通り、パワーと頑強さがアップする!でやあ!」
ブースターから光が放たれ、闇の中から脱出した。
「なんやて!ワイの闇を抜けだしおった!」
「アーリマンよ!今度こそトドメだ!」
メタトロンは腕を十字架のようにクロスさせ、そのままゆっくり回しながら右手を前に出した。
「食らえ!ダンザインスマッシャーッ!」
強烈な十字架の光が、アーリマンの胸を直撃する。
「うぐおおおおおおお!」
「ぬううううううん!」
リュケイオン光弾よりも強力な必殺技が、アーリマンを焼いていく。しかし・・・・この技も効かなかった。アーリマンは有り得ないほどの凄まじいパワーで、ダンザインスマッシャーを弾き飛ばした。
「ば・・・馬鹿な・・・。」
「ははははは!こんなチンケな攻撃が今のワイに効くかい!」
アーリマンはメタトロンに体当たりをかまし、虚無の闇に叩き落した。
「だあああ!」
底なしの闇がずぶずぶとメタトロンを飲み込んでいく。
「はははは!ええザマやなあ、天使様よ。」
勝ち誇ったように笑いながら、メタトロンの前に降り立つアーリマン。大きな手でガシっとメタトロンの頭を掴み、闇の中に押し込んでいった。
「ぐうう・・・なぜだ!なぜこれほどまでに強い・・・・?」
「ワイの強さの秘密を知りたいか?まあええわ、冥土の土産に教えたろ。あそこを見てみい。」
アーリマンは遠くの空を指さした。そこには報道のヘリが浮かんでいて、こちらにカメラを向けていた。
「あれは人間のテレビカメラっちゅうやつや。あれを通してワイを見た人間どもが、恐怖と絶望に怯えとるんや。」
「ぐううッ・・・・それがどうした・・・・?」
「分からへんか?ワイは人間の恐怖や絶望を吸って力に変える。この国の人間ども・・・いや、世界じゅうの人間が、ワイの姿に恐怖しとるんや。だから無限に力が集まってくるっちゅうわけや。いくら最強の天使といえど、今のワイには勝たれへんでえ!」
「うおおおおおおおお!」
メタトロンはずぶずぶと闇の中に沈められていく。もはやこれまでかと諦めかけた時、一人の少年の声が響いた。
「頑張れええええ!」
「な、なんだ・・・?」
声のした方を見てみると、遠くに浮かぶタンカーの上から、幼い少年が手を振っていた。
「頑張れええええ!」
「あれは・・・人間の船・・・?まだこんなところに残っていたのか!」
少年は力いっぱい叫んでいる。必死に手を振り、メタトロンに声援を送っていた。少年の横には老人が立っていて、力強い目でこちらを見つめていた。
「ねえおじいちゃん?あれってウルトラマンだよね?」
「さあなあ・・・?でもきっと正義の味方だ。」
「じゃあやっぱりウルトラマンだよ!頑張れえええええ!怪獣に負けちゃダメだあああ!」
少年はメタトロンのことをウルトラマンだと思い込んでいた。その手にはウルトラマンティガの人形が握られていて、力いっぱい振っていた。
「少年よ・・・・ここは危ない・・・早く遠くへ逃げるのだ!」
「何をごちゃごちゃ言うとんねん。さっさと沈まんかい!」
「だああああ!」
メタトロンはさらに沈んでいく。肩まで闇に浸かり、負けることを覚悟して目を閉じた。
「ウルトラマン!負けるなあああああ!」
少年はウルトラマンの人形を掲げて叫ぶ。船の上には大勢の人がいて、誰もが心配そうにメタトロンを見つめていた。
そして少年につられるように、メタトロンに声援を送り始めた。
「頑張れえええ!」
「立てええええ!負けるなあああああ!」
「あんたウルトラマンなんだろ?だったら諦めるなよ!」
船の上からウルトラマンコールが沸き起こり、誰もがメタトロンを応援していた。
「さっきからなんや・・・ごちゃごちゃうるさいハエどもが・・・・。」
アーリマンは船を睨み、右手を伸ばして黒い炎弾を放とうとした。
「ウルトラマンってなんやねん?わけの分からんことぬかしよって・・・死ねや人間ども!」
アーリマンは右手に力を込めて、黒い炎弾を撃ち出そうとした。しかしその瞬間、メタトロンがその手を掴んだ。
「コラ!放さんかい!」
「・・・撃たせん・・・撃たせてなるものか!」
「このダボが・・・まだこんな力が残ってたんか・・・。」
アーリマンはメタトロンの手を払い、彼に向けて黒い炎弾を放った。
「だあああああ!」
メタトロンは黒い炎に包まれ、そのまま闇の中へ沈んでいった。
「ウルトラマン!」
「はははは!最強の天使も他愛ないのう。さあて、次はあのうるさい人間どもを始末するか。そのあとはこの国を闇に変えて・・・・、」
その時、背後から眩しい光の柱が立ち昇った。
「な、なんやこの光は・・・・?」
思わず振り返ると、顎に衝撃が走って吹き飛ばされた。
「でやあ!」
「ぐはあ!」
「ウルトラマン!」
メタトロンは闇の中から復活していた。強烈なアッパーでアーリマンを吹き飛ばし、空へ飛び上がった。
「アーリマンよ!まだ勝負は終わっていない!」
「そ、そんなアホな・・・お前は確かに闇の中に飲み込まれたはずや!」
「ああ、確かに私は闇に沈んだ・・・。だがしかし!こうして蘇ってきた!なぜだか分かるか?」
「な・・・なんじゃい!もったいぶらんと言わんかい!」
「よいかアーリマン。お前が人々の恐怖や絶望を吸いとって力を増すなら、私は人々の希望や勇気を受けて力を増すのだ!あの船から送られる声援が・・・こうして私に力を与えたのだ!」
メタトロンは船の上の人々を見つめ、少年に向かって頷きかけた。
「ウルトラマン・・・・。」
「少年よ、ウルトラマンなる者が誰だが知らぬが、お前の心は受け取った。」
メタトロンは顔の前で両腕をクロスさせ、元のモードに戻る。そして両手に四枚ずつ羽を抜き取り、虚無の闇に向かって投げた。
羽はアーリマンを囲うように突き刺さり、十字架の光を放つ。
「な、なんやこの光は・・・・?闇が・・・闇が消えていきよる・・・・。」
「アーリマンよ。お前の闇は絶望の闇・・・。ならば、私の光は希望の光だ!虚無の闇など、希望の光の前に消し去ってくれよう!」
「うおおおおおおお!」
十字架の光は瞬く間に闇を消し去り、アーリマンの力を封じていった。
「か・・身体が・・・身体が動かへん・・・・。」
「さあ、我が拳を受けてみよ!でやあああああ!」
メタトロンは翼を広げ、空高くに舞い上がる。そして右手を突きだし、拳を握ってアーリマンに向かっていった。
「ちょ、ちょっとタンマ!タイムやタイム!」
「問答無用!我が怒りの拳を食らうがいい!」
「うわああああああああ!」
メタトロンは黄金に輝き、アーリマンに直撃した。メタトロンの光と十字架の光が混ざり合い、天まで届く光の柱が立ち昇る。
「ぎょおおええええええええええ!」
日の出のような閃光が走り、辺りに眩い光が飛び散る。アーリマンは光の中でもがき苦しみ、やがて力尽きて倒れていった。
「でやあ!」
メタトロンは光の中から飛び出し、クルリと回転して着地した。
「やった!ウルトラマンの勝ちだ!」
船の上から歓声が沸き起こる。しかしメタトロンは「まだだ!」と叫んだ。
「・・・・・・・・・・・。」
光の柱の中から、ゆっくりとアーリマンが現れた。ボロボロに傷つきながらも、しっかりと歩いてメタトロンの前までやって来る。
「なんというしぶとい奴・・・・。」
「・・・・へん・・・けへんでえ・・・・・。」
危険を感じたメタトロンは、サッと後ろに飛びのいた。アーリマンから発せられる殺気は尋常ではなく、まるで空間が歪んで見えるほどであった。
「・・・けへん・・・負けへんのや・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・ワイは・・・ワイは・・・・絶対に光のもんには負けへんのじゃあああああああい!」
アーリマンの腕の形状が変化していく。まるでヒグマのように太くなり、大きく鋭い爪が生えてきた。それは艶やかに黒光りしていて、禍々しい気を放っていた。
「おどれこのボケええええええ!ワイを舐めんなよおおおおおお!」
「むうう・・・。」
アーリマンの禍々しい爪がメタトロンを斬りつける。
「だあああああ!」
「このまま引き裂いたる!オラああああああ!」
「でああああああ!」
「ウルトラマン!」
メタトロンは堪らず倒れこむ。斬られた傷がずくずくと疼き、激しい痛みが襲いかかった。
「まだまだ・・・徹底的に苦しめて殺したるわい・・・。」
アーリマンはブスリと爪を突き刺し、メタトロンを持ち上げた。
「だああああああ!」
「ほれほれ!もっと苦しまんかい!」
黒い爪から炎が放たれ、メタトロンを焼いていく。それは光を掻き消す呪いの炎で、メタトロンの力は見る見るうちに失われていった。
「だあああ・・・・。」
「もう降参か?根性ないのお、おどれは!」
アーリマンは高く飛び上がり、メタトロンを大地に投げつけた。ズシン!と大きな音が響き、ビルが倒れて地面が割れていく。
「だああ・・・・。」
「はははは!もう限界みたいやな。ほな・・・・そろそろあの世へ行ってもらおか。」
アーリマンはゆっくりと迫って来る。ニヤニヤと笑いながら、黒い爪を動かして・・・。
「ぐうッ・・・・もう・・・これまでか・・・・。」
メタトロンにはほとんど力が残されていなかった。あと一発・・・あと一発だけ、必殺技を撃つ力が残っているだけだった。
《どうしたらいい・・・?奴にはどんな技も通用しない・・・いったいどうしたら・・・・。》
良い考えが浮かばすに、それでも何とか立ち上がる。どうせ負けるなら、最後の一撃を放ってから負けようと思っていると、少年の叫び声が響いた。
「ウルトラマン!どうして必殺技を撃たないの?怪獣に負けちゃうよ!」
「少年よ・・・残念ながら、奴には私の技が効かないのだ・・・。」
「そんなことないよ。ウルトラマンはいつだって必殺技で怪獣を倒すんだから!ほら、こうやって!」
少年はスぺシウム光線の構えを取り、「ジュワ!」と叫んだ。
「いい?もう一回やるよ?ウルトラマンティガはこうやるんだ!」
少年は脇に拳を構え、胸の前で両手をクロスさせる。そしてゆっくりと腕を開き、「でゅわ!」とスぺシウム光線のポーズをとった。
「・・・・・・・・・・・・。」
メタトロンはじっと少年の動きを見つめる。頭の中で動きを思い描き、その技をイメージしていた。
「オラ、何をよそ見しとんじゃ!」
アーリマンはもうそこまで迫っていた。黒い爪を鈍く光らせ、凶悪に笑っている。もはや迷っている場合ではないと思い、メタトロンは少年から教えられたポーズを取った。
脇に拳を構え、力を溜める。そして胸の前で両手をクロスさせ、光の力を集めた。
「何をしとんねん?ワイをからかってんのかコラ!」
「・・・・・・・・・・・・・。」
クロスさせた両手が眩く光る。そしてゆっくりと腕を開くと、一筋の閃光が両手の間に走った。
アーリマンはその光に危険を感じ、爪を振り上げて襲いかかった。
「これで終わりじゃああああああ!」
「でやああああ!」
メタトロンは高く飛び上がり、アーリマンの攻撃をかわす。そして空中で一回転しながら、スぺシウム光線風のビームを放った。
「ぬぐあッ!」
そのビームはアーリマンを貫通し、大地を貫いた。
もうメタトロンに力は残されていない。もしこの攻撃を耐えられたら、それは負けを意味する。じっと息を飲み、アーリマンを見つめた。
「・・・・・・・・・・・。」
アーリマンは無言のまま、ゆっくりと振り返った。そして爪を構えて、ニヤリと笑う。
「・・・・・・・・ごふうッ!」
アーリマンは頭を押さえて苦しみ出す。そして・・・身体に一筋の閃光が走り、光を放ちながら倒れていった。
「こ・・・このワイが・・・このワイが負けるなんてええええええ!」
悔しそうに手を伸ばし、天を睨むアーリマン。身体の中から光が溢れ、大爆発を起こして消滅していった。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
メタトロンは船の上の人たちを見つめた。一番大きな声援を送っていた少年は、ニコリと笑って親指を立てる。メタトロンもビシッと親指を立てて頷いた。
「ウルトラマ〜ン!」
少年は手を振って船の上を走る。他の人々も、口ぐちに感謝の言葉を述べていた。
「少年よ・・・君のおかげで助かった。礼を言おう。」
「だから必殺技を撃てば勝てるって言ったでしょ。やったね!」
「ああ。さらばだ少年。」
「うん!」
メタトロンは翼を広げ、「でやあ!」と飛び上がった。
「ウルトラマ〜ン!またね〜!」
少年に見送られながら、メタトロンは黄龍の待つ雲へと戻って行った。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第十話 月の女神と二つの世界(2)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 20:08
ミヅキ達がジル・フィンと会っていた頃、地球ではメタトロン達が日本に辿り着いていた。
「この国もひどい有様だ・・・・。」
サンダルフォンは街を眺めてため息を漏らす。
「ビルは倒れてるし、高速道路はひっくり返ってる・・・。それに人間の兵器も滅茶苦茶にされてるし・・・。」
「うむ・・・そこらじゅうに魔物が暴れた形跡があるな・・・。インドほどではなくても、この国も大きな被害を受けたようだ・・・。」
スカアハはサンダルフォンの手から飛び降り、瓦礫に埋もれた車を撫でた。
「幸い人への被害は少ないようだ・・・。おそらく、魔物が来る前にどこかへ避難したのだろう。」
「でもさ、これだけ街が滅茶苦茶にされているのに、避難する場所なんてあるのかな?」
「・・・分からん・・・。しかし・・・どこかで生き延びてくれていると願いたい・・・。」
スカアハはボロボロになった街を眺め、後ろに立つメタトロンを見上げた。
「この街に・・・加々美という男がいるのだな・・・?」
「月の者たちはそう言っていた。」
「では早くその男を探そう・・・。」
「これが似顔絵だ。もし生きているなら、この街の近くにいるだろう。」
メタトロンは耳の中から小さな絵を取り出した。スカアハはその絵を受け取り、興味深く見つめた。
「・・・なんだか締まりのない顔をした男よな・・・。」
「実際に締まりのない男だそうだ。しかしやる時はやるらしい。彼の兄がそう言っていた。」
「加々美の兄ということは・・・妖精王のケンか?」
「そうだ。妖精王の話によると、加々美には一人娘がいるそうだ。数年前に離婚し、今はこの街に住んでいる。」
「そうか・・・娘がいるのか・・・。ならば魔物が溢れるこの状況は、父親としては気が気でないだろうな・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「どうした・・・?我は何かおかしな事を言ったか・・・?」
「ケルトの神よ、ここへ来るまでの道中、お前は色々と話してくれたな。ラシルの星のことや、地球に戻ってからのことを。」
「ああ・・・だがそれがどうかしたか・・・?」
「お前の話に出て来た、ミヅキという少女。彼女こそが、加々美幸也の一人娘なのだ。」
「・・・・・え?」
「高島ミヅキは、加々美幸也の娘だ。そして・・・ダナエのモデルになった人物でもある。」
「・・・・・・・・ッ!」
スカアハは驚きのあまり言葉を失う。手に持っていた絵を落とし、「それは本当か・・・?」と聞き返した。
「本当だ。十五年前、この地球ではある事件が起きた。月の女神ダフネが、空想と現実を混ぜようと企んだのだ。」
「・・・知っている・・・。何度も聞いた話だ・・・。」
「その時の事件で、加々美幸也は兄と婚約者を失った。そしてこの街の人間も大勢命を落としたのだ。その魂は妖精に転生し、月へ移り住んだ。」
「それも知っている・・・。確か月の中に存在する、空想の世界へ行ったのだろう?」
「そのとおり。妖精に転生した人間たちは、月の中の世界で幸せに暮らしていた。これにてダフネの事件は終わったわけだが・・・・加々美幸也はその物語の続きを綴ったのだ。」
「それも先ほどお主から聞いた・・・。加々美幸也はダナエというキャラクターを生み出し、彼女の物語を綴ったのだろう・・・?」
「そうだ。しかしそれは、邪神と出会うことで大きく変わってしまった。ダナエの物語は、邪神という予想外の者と出会うことで、本来の筋書きを離れてしまった。
ゆえに・・・起きてはならないことが次々と起きている。光の壁に穴が空いたせいで、十五年前と同じ事態になってしまった。しかも、今回はかなり危機的な状況にある。
神々と悪魔が争い、魔物が現実の世界で暴れている。しかも・・・ラシルという遠い星まで絡んでいるのだ。」
「一筋縄ではいかない事態になってしまったわけだ・・・。」
「我々は早急に加々美幸也を見つけ出し、ダナエの物語を書き換えてもらう必要がある。そうでなければ・・・邪神を撃退することは難しいだろう。そして・・・もうあまり時間が無いのだ・・・。」
「時間が無い・・・?どういうことだ?」
メタトロンは険しい顔で腕を組み、遠い月を見上げた。
「これは私の勘だが・・・ミヅキはラシルの星へ向かったはずだ。そしてラシルの星にはダナエがいる。この二人が接触することは、何としても避けねばならん。」
「なぜだ?この二人が接触すると、何かまずいことでもあるのか・・・・?」
「ダナエはミヅキをモデルに生み出されたのだ。ならばこの二人は表裏一体。空想と現実、それぞれの世界における同一人物ということになる。」
「・・・もしその二人が接触してしまったら・・・いったいどうなるというのだ・・・?」
「もしこの二人が出会ってしまった場合、予想もつかない悪い出来事が起こるだろう。どちらかの世界が消滅するか・・・それとも融合して二つの世界の境目がなくなるか・・・。最悪は世界そのものが消失してしまうことだ。」
「そこまでの事態になるのか・・・?」
「同じ世界に、同一人物が存在するということは許されないのだ。ミヅキとダナエは、それぞれの世界で生きる同じ人物。もしこの二人が出会ってしまったら、必ずパラドックスが起こる。
その時・・・この宇宙は形を保てなくなるだろう。それがどういう形で我々の世界に押し寄せてくるのか・・・そこまでは分からない。しかし、きっと良い結果にはならないだろう。」
「・・・ふうむ・・・それは恐ろしいな・・・。」
「心配事はそれだけではない。」
「まだあるのか・・・?」
「もし人間が光の壁の穴を通って空想の世界に行った場合、余計な力を身に付けて戻って来る可能性がある。これはなんとしても防がねばならない。」
「うむ・・・それは分かるな・・・。なにせ人間というのは、底なしの欲望を持っているから、余計な力を持ったら何をしでかすか分からぬ・・・・。」
「そのとおりだ。人間の欲深さには、悪魔も魔王も適わない。もし人間が魔法や呪術を身に付けてしまったら、それを悪用する可能性は非常に高いのだ。
そのような事態になったならば、私は人間の愚行を見逃すことは出来ない。神の代理たる役目をまっとうし、この地球上から人間を抹殺するだろう。」
「・・・なるほど・・・時間が無いとはそういう意味だったのか・・・。」
「そのような事態を防ぐ為に、早急に加々美幸也に会う必要がある。そしてダナエの物語を書き換えてもらい、最悪の結末を防ぐのだ!」
メタトロンはビシッと手を伸ばして叫んだ。
「兄ちゃん、話はよく分かったけど、どうやって加々美って人を見つけるの?こんな似顔絵だけじゃ、とてもじゃないけど探せないと思うよ。」
「うむ、問題はそこなのだ。この街に来れば会えると思っていたが、魔物の襲撃のせいで彼を探すのは困難だ。」
「じゃあどうするの?」
「シラミ潰しに探すしかあるまい。なあに、私とお前がいれば、すぐに見つけ出すことが出来るだろう。」
メタトロンは空に舞い上がり、「でや!」と叫んで目を光らせた。
「エンジェルアイ・サーチモード!」
メタトロンの目から光が放たれ、加々美幸也を探していく。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・いた?」
「・・・・・・・この近くにはいないようだ。仕方ない、他を探すぞ!」
「うん!スカアハ、僕の手に乗って。」
サンダルフォンはスカアハを手に乗せ、空に舞い上がった。
「では私は東を探す。お前は西を探せ。」
「了解!」
二人は翼を広げて飛び立とうとした。しかし頭上から眩い光が降ってきて、何事かと空を見上げた。
「この光はいったい・・・・。」
「凄まじい力を感じるな。しかし悪い気ではない。」
二人はじっと空を見つめる。すると丸い光の玉が、雲を割って下りてきた。
「兄ちゃん・・・こっちに来るよ・・・。」
「案ずるな、あれは悪いものではない。しかし・・・・いったい何者だ?」
光の玉は目の前まで下りて来た。そして雷鳴のような爆音を響かせて、中から巨大な龍が現れた。
「おお・・・これはまさか・・・・。」
スカアハは身を乗り出して龍を見つめた。
「これは・・・黄龍ではないか!」
「・・・・・・・・・・・・。」
光の玉から現れた龍は、長い髭に白いたてがみ、そして大きな角が二本生えていた。目は緑に光り、右手には宝玉を握っている。
「我は黄龍。龍族の長であり、森羅万象の龍神である。」
「おお・・・やはり黄龍であったか・・・。お初にお目にかかる。我はケルトの神、スカアハと申す者だ。」
黄龍はスカアハを見つめて頷き、大天使の兄弟に視線を向けた。
「強い力を感じて下りて来てみれば、大天使の兄弟がいようとは・・・。ケルトの神よ、我は嬉しいぞ。よくぞ光の使徒を連れて来てくれた・・・。これで微かに希望が持てようというものだ・・・。」
黄龍はスカアハに笑いかけ、大天使の兄弟を見つめた。
「兄ちゃん・・・・誰、この龍は?」
サンダルフォンが小声で尋ねる。
「黄龍という龍神だ。龍族の長であり、自然を司る神獣である。」
「へえ〜・・・これが黄龍か・・・。名前は知ってたけど、初めて見たよ。」
サンダルフォンは、まじまじと黄龍を見つめた。
「神に仕える大天使の兄弟よ。よくぞ来て下さった。我は弱き命を護るため、天より降りてきたのだ。あの雲の中には、多くの命が魔物から逃れている。」
黄龍は自分が降りてきた雲を見上げた。
「この国に現れた魔物は、我が同胞が殲滅した。しかし魔物の群れはまた現れよう。ゆえに、弱き命をあの雲に避難させているのだ。」
「そうか・・・それで人間の姿が見当たらなかったんだ・・・。」
サンダルフォンは納得し、兄に言った。
「兄ちゃん、もしかしたらあの雲の中に、加々美って人がいるかもしれないよ?」
「うむ。黄龍よ、我らは加々美幸也という人間を探しているのだ。あの雲の中に入ってもよいか?」
「もちろんだ。しかしこちらもお主たちに頼みがある。」
「ほう、どのような頼みか?」
「魔王アーリマンを倒してほしいのだ。」
「アーリマンだと?」
「奴は光の壁を越え、こちらの世界に現れた。そして虚無の闇を広げ、この星とラシルを繋ごうとしたのだ。幸い、氷の巨人ユミルのおかげでそれは阻止されたが、アーリマンはまだ生きている。今は氷漬けになっているが、もし何かのきっかけで目を覚ませば、また悪さをするに違いない。」
「なるほど・・・それでこの私にアーリマンを討てと?」
「我は弱き命を護る為、この場を離れるわけにはいかない。我が同胞も、ある目的の為に下手に動くわけにはいかぬのだ。だから・・・どうかお主たちに頼みたい。」
「いいだろう。しかしお前の言うある目的とは何だ?」
「・・・邪神に対抗する戦力を温存しておくことだ。」
「戦力の温存だと?」
「地球の神々は、邪神の軍勢に戦いを挑んだ。しかしもし神々が負けるようなことがあれば、いったい誰がこの地球を護るというのか?」
「なるほど、お前たちは保険というわけか。」
「そのとおりだ。邪神の持つ神器は、我ら神獣や聖獣には通用しない。ゆえに、我らは邪神との戦いにおいては有利となる。もし神々が敗れた時、我ら神獣がこの星を護らねばならん。
そして残念ながら・・・神々は敗れた。空想の牢獄より逃げ出した、恐るべき悪魔たちの手によってな。」
それを聞いたメタトロンは、目を見開いて驚いた。
「空想の牢獄から・・・悪魔が逃げ出しただと!」
「うむ。我が同胞がそう言っていたので、間違いあるまい。ルシファーやベルゼブブ、そしてサタンが地上に現れたのだ。神々は成すすべなく倒され、全員が空想の牢獄へ閉じ込められてしまった。」
「馬鹿な!空想の牢獄から逃げ出すなど出来るわけがない。私かミカエルの持っている鍵がないと、決して開けることは出来ないはずだ!」
「いや、そうとは限らない。お主たち以外にも、空想の牢獄を開けられる者はいるのだ。」
「そんなはずはない!地球の神や悪魔に、空想の牢獄を開ける力を持つ者などいないはずだ!」
「ならば地球以外の神ならどうか?」
「地球以外の?まさか・・・・邪神の奴めが開けたというのか?」
「いや、邪神ではない。開けたのはクトゥルーだ。」
「クトゥルーだと・・・・。馬鹿な!それこそ有り得ない!奴は空想の深海に閉じ込められているのだぞ。いったい如何にしてそこから抜け出せるというのか・・・。」
「アーリマンだ。」
「アーリマン・・・?」
「先ほども言ったが、アーリマンはこの国で虚無の闇を広げたのだ。その闇は現実世界を突きぬけ、空想の世界にまで達した。クトゥルーは特殊な力を持っているから、その力を使って虚無の闇と空想の深海を繋げたのだ。そして地上に出て来た。」
「そんな・・・・なんということだ・・・・・。」
メタトロンは眉間を押さえて頭を振った。
「我が同胞の話によれば、クトゥルーはわざと空想の牢獄を開けたわけではない。スサノオが無茶をしたせいで手違いが起こったのだ。」
「スサノオ・・・確か荒くれ者の神だったな・・・。なんということをしてくれたのだ・・・。」
メタトロンはがっくりと項垂れ、大きなため息をついた。
「兄ちゃん・・・大丈夫?」
「・・・頭が痛い・・・これでまた心配事が増えてしまった・・・・。」
次から次に厄介な事が起こり、さすがのメタトロンのうんざりしていた。しかし神の代理である以上、弱音を吐いて逃げ出すことは許されない。
「黄龍よ・・・お前はこう言うつもりだろう?アーリマンを倒した後は、ルシファーたちを倒してくれと。」
「お見通しというわけか。だが奴らを放っておくことは出来ぬだろう?もしもの時は我らも加勢するゆえ、どうか頼みをきいてほしい。」
「・・・・断る、とは言えない立場なのでな。それを分かった上で頼んでいるのだろう?以外に意地悪な奴よ。」
「ふふふ・・・悪いとは思っているが、お主たち以外に頼む相手がいないのだ。なにせ地球の神々は、そのほとんどが空想の牢獄に封印されてしまったのだからな。」
黄龍はゆっくりと空に昇り、大きな雲に向かって行く。
「ついて来い。あの中にお主たちの探している人間がいるはずだ。」
メタトロンとサンダルフォンは顔を合わせて頷き、黄龍のあとを追って雲の中に入った。
「おお!これはまるで・・・常世の楽園のようだ・・・。」
雲の中は美しい自然が広がっていた。山に川、そして海まである。花々が咲き誇り、虫や動物が自由気ままに歩いている。そして人間たちは、石造りの大きな社の中にいた。
「凄いな・・・。よくもまあ、雲の中にこんな世界を創れるものだ・・・。」
スカアハは感心して雲の中を歩いた。すれ違う動物たちが、突然の来訪者に驚いて逃げていく。
「我と四聖獣の力で、この世界を創り出している。他にも多くの同胞がいるぞ。」
黄龍が顎をしゃくった先には、ユニコーンやケルベロスなど、たくさんの空想の獣がいた。
「まさかに神話の獣軍団という感じだな・・・。これなら充分な戦力になる・・・。」
「獣といえども、秘めた力は大きいぞ。とくに神獣クラスの獣になれば、その力は神に匹敵する。」
「ああ、これならば充分に邪神に対抗できるだろう・・・。」
スカアハは微笑ましく獣たちを見つめ、近くによって来たペガサスの頭を撫でた。
「スカアハ、今はお馬さんと遊んでる場合じゃないよ。早く加々美って人を見つけないと。」
「分かっている・・・。ではあの社へ・・・・って、おっと!」
ペガサスはスカアハのことが気に入ったようで、背中に乗せて社まで飛んで行く。
「ははは、人懐こい奴よ。」
「ブヒン!」
スカアハは社の前に降り立ち、中にいる人間を覗き込んだ。
「ずいぶん大勢いるな・・・。ざっと見ただけでも数万人はいそうだが・・・・。」
「もっといるぞ。社はここだけではないのだ。」
黄龍は遠くの山を見つめる。するとそこにも大きな社が立っていて、中に人間がいた。
「外に出ても大丈夫だと言ったのだが、人間はどうも怖がりのようでな。あまり外に出たがらないのだ。」
黄龍の言うとおり、ほとんどの人間は社の中で怯えていた。しかし何人かはチラホラと外に出ていて、動物と戯れたり、景色を眺めたりしていた。
そしてその中に一人、じっとケルベロスの方を見つめて、何かを書いている男がいた。濃いグレーのスーツを着ていて、真剣な顔でペンを動かしている。
「あれは・・・・。」
スカアハは似顔絵とその人物とを見比べてみた。
「間違いない!あれが加々美幸也だ!」
一目散に男の元ヘ走り出し、「もし?ちょっとよいか?」と尋ねた。
「おお!色っぽいお姉ちゃん・・・。何か用ですか?」
男は締まりのない顔で笑い、ジロジロとスカアハを見つめた。
「失礼・・・加々美幸也殿とお見受けするが・・・如何に?」
「え?・・・そうですけど・・・誰ですか、あんたは?」
「ああ・・・これは失礼・・・。我はケルトの神、スカアハと申す者だ。」
「ケ、ケルトのスカアハ!」
加々美は持っていたペンを落とし、目を見開いて言葉を失った。しかしすぐに我に返り、サッと握手を求めてきた。
「加々美幸也といいます!よ・・・よかったら握手を・・・。」
「うむ。よろしく・・・。」
加々美は嬉しそうにスカアハの手を握り、しきりに感激していた。
「うわあ・・・・本物のケルトの女神だあ・・・・こりゃすごいや・・・・。」
「加々美殿、実はあなたにお願いしたいことがあって、ここへ参ったのだ・・・。」
「え?お、俺にですか?ええ・・・・そりゃもう!何でも言って下さい!」
加々美はスカアハの手を握って嬉しそうにする。その顔は少年のように無邪気だった。
「実は頼みというのは、お主の書いた物語のことで・・・・、」
スカアハがそう言いかけた時、加々美は「ぎゃあ!」と驚いて腰を抜かした。
「これが加々美とやらか。ずいぶんと間抜けな顔をした男だ。」
「兄ちゃん、初対面の人にそんな言い方をしたら失礼だよ・・・。」
メタトロンとサンダルフォンは、膝をついて加々美を見下ろした。いきなり現れた巨大な天使に、加々美は言葉を失くして震えていた。
「こ・・・これは・・・もしかして・・・メタトロンとサンダルフォン・・・・・?」
「ほお・・・さすがは神話学者だ。我らが分かるとは。」
「ほ、本物・・・・本物のメタトロンとサンダルフォンなのか・・・?」
「如何にも!我らは神の代理として、邪悪な悪魔を打ち砕く為に地球へやって来た!」
「兄ちゃん、大きな声を出したから怖がってるよ・・・・。」
「知るか!加々美よ!お前はダナエという妖精が登場する物語を書いたな?」
メタトロンは怖い顔で睨み、ビシッと指を差した。
「は、はい・・・書きました・・・。」
「では今すぐに物語を書き換えるのだ!そうでなければ、この星は悪魔の手に落ちてしまう!」
「だから・・・この人すっごく怖がってるから・・・・。」
メタトロンは天使でありながら、人間にはあまり優しくない。それどころか、怒らせたら平気で人間を処罰する、とても厳しい天使なのだ。
その事を知っている加々美は、サッと立ち上がって背筋を伸ばした。
「あ、あの・・・お言葉ですが、仰っている意味がよく分かりません・・・。もう少し詳しく説明を・・・・、」
「ならん!時間が無いのだ!今すぐ物語を書き換えろ!さもなくば神への反逆として、この場でお前を処罰する!」
「ひいいいいいい!」
加々美はスカアハの後ろに隠れ、ブルブルと震えていた。それを見かねたサンダルフォンが、そっと兄を宥めた。
「兄ちゃん落ち着けって。この人を処罰したって何の意味もないだろ?ていうかそんなことをしたら、物語が書き換えられなくなっちゃうじゃん。」
「むッ・・・。た、確かにそうだな・・・私としたことが取り乱してしまったようだ・・・。」
メタトロンは落ち着きを取り戻し、加々美の傍に膝を下ろした。
「人間よ、脅かしてすまない。だがもう時間が無いのだ。すぐに物語を書き換えてほしい。」
「・・・いや、さっきから言っている意味が分からないんです。いったいどういうことなのか説明してもらわないと・・・。」
「・・・そうだな。何から話せばよいか・・・・。」
メタトロンは顎に手を当てて宙を睨んだ。
「お前は一人娘がいるだろう?ミヅキという名前の。」
「ええ・・・いますけど・・・それがどうかしたんですか?」
「実はな、ミヅキとダナエが接触しようとしているのだ。それだけは何としても阻止せねばならん。」
「ミヅキが・・・・ダナエと?いったいどういうことですか!」
「手短に説明するとだな、お前の娘が・・・・、」
メタトロンは要点を掻い摘んで説明した。話を聞き終えた加々美は、青い顔をして俯いていた。
「そんな馬鹿な・・・。十五年前の悪夢が・・・また蘇ったっていうのか・・・。」
「空想と現実は、もはや境目を失くしつつある。もし二つの世界が交われば、それこそ邪神の思うつぼだ。」
「邪神・・・ラシルの星・・・確かに俺の書いた物語には登場しないものばかりだ。ということは、俺が物語を書き換えても、その筋書き通りにはいかないのでは・・・?」
「分かっている。しかし流れを変えることくらいは出来るだろう。お前はこれから月へ行き、創作活動に専念してもらいたい。」
「つ・・・月へ・・・ですか・・・?」
「この地球はもはや、邪神の手に落ちる一歩手前なのだ。それに恐ろしい悪魔もうろついている。そんな場所では集中して物語を綴れまい?だから月へ行き、とにかく物語を書くことに集中するのだ、よいな?」
「は、はあ・・・・。」
加々美は混乱していた。メタトロンの話はにわかには信じ難く、頭の中を整理する必要があった。
「俺の書いた物語が・・・現実に押し寄せているのか・・・。これじゃあ・・・十五年前とまったく逆だ。あの時は・・・俺が空想の世界が押し寄せるのを阻止しようとしていたのに。」
「混乱する気持ちは分かるが、今はとにかく月へ向かうのだ。」
メタトロンはヒョイと加々美を摘まみ、サンダルフォンに預けた。
「我が弟よ、これからすぐに月へ向かうのだ。」
「分かった。この人を送り届ければいいんだね。」
「うむ。それとミカエルたちに伝えてくれ。空想の牢獄から、ルシファーたちが逃げ出したことを。もしものことがあれば、彼らにも戦ってもらわねば。」
「了解!それじゃすぐに月へ行ってくるよ。」
サンダルフォンはそっと加々美を握り、翼を広げて舞い上がった。
「あ!兄ちゃんはこれからどうするの?まさか一人でルシファーたちと・・・・。」
「いや・・・それは少々無理がある。とりあえず奴らは後回しだ。まずは・・・アーリマンを倒しに行く。」
「・・・そう。アーリマンは手強い悪魔だよ。じゅうぶん気をつけて。」
「うむ。お前も気をつけて月まで行くのだぞ。」
「分かってる。この人を送り届けたら、すぐに戻って来るよ。それじゃ!」
サンダルフォンは「てやあ!」と叫んで雲から抜け出した。そして銀色の光を纏い、超スピードで月へ飛んで行った。
「頼んだぞ、我が弟よ。」
メタトロンは弟を見送ると、後ろの黄龍を振り返った。
「私はこれからアーリマンを倒しに行く。」
「頼みをきいてもらって感謝する。奴は強敵だ・・・油断されるなよ。」
「うむ。それでは・・・・。」
メタトロンは踵を返し、空を見上げて「でやあ!」と飛び上がった。瞬く間に音速を越えて、一直線にアーリマンの元に向かっていった。
「・・・今のところ・・・我の出る幕はなさそうだな・・・・。」
少し寂しそうに言いながら、スカアハはペガサスの鼻を撫でた。
「黄龍よ・・・邪神との戦い・・・我も手を貸すぞ・・・。」
「戦力は多い方がよい・・・。是非力を貸してくれ・・・。」
スカアハ天使の兄弟が去った空を見上げ、無事に帰って来てくれることを祈った。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第十話 月の女神と二つの世界(1) 

  • 2014.04.05 Saturday
  • 20:05
「ずっと先までまっくら・・・。なんにも見えない。」
ミヅキはクー・フーリンの肩に掴まりながら、ぼそりと呟いた。
「ここは虚無の闇だからな。光も音も無いのだ。」
「んだ。オラがいなけりゃ、人間なんか一瞬で消えて無くなっちまうだ。」
クトゥルーは長い触腕で結界を張り、虚無の闇を泳いでいく。
「邪神め・・・まさか身体を捨てて逃げるとは思わなかった。しかし・・・このまま逃がしはぜん!必ず仕留めてくれる!」
「クー殿。その心意気はよいが、油断は禁物であるぞ。相手はあの邪神なのだ。いったいどんな手を使って反撃してくるか・・・・。」
スクナヒコナは、ミズキの肩の上で不安そうに呟いた。
「分かっている。いちいち注意するな。」
「分かってないから注意してるんでしょ。さっきだって、危うく殺されそうになってたじゃない。スッチーが助けてくれたからよかったけど・・・。」
ミヅキはスクナヒコナを見つめて、「ねえ」と笑いかけた。
「ミヅキ殿の言うとおり。クー殿は猪突猛進するクセがある。そんなことではいずれ命を落として・・・。」
「だあ〜!うるさい、うるさい!分かったから説教はやめろ!まったく、どいつもこいつも俺を子供扱いしおって・・・・・、」
「・・・どうでもいいけど、もう少し静かにしてけろ。でねえと邪神の臭いを探れねえ。」
クトゥルーがため息交じりに首を振った。
「でもさ・・・邪神てほんとうに恐ろしい奴だね。身体だけになっても動けるなんてさ。」
ミヅキはギュッとクー・フーリンの肩に抱きつき、邪神のことを思い出した。
「あいつ・・・すごい強かったね・・・。ヤマタノオロチがいなかったら負けてかもしれない。」
「邪神は神殺しの神器を持っておるからな。まともにやり合っても勝ち目はない。」
「でもヤマタノオロチには全然効いてなかったね。あれって神様にしか効かないの?」
「神と悪魔だけに効く武器なのだ。どんなに強い神でも、神殺しの神器には勝てん。」
「ふうん・・・でもさ、なんでそんなにすごい武器を持ってるの?」
「分からん・・・。あの神器は地球の物ではないからな。しかし邪神に対抗する為には、あの神器をどうにかせねばならん。その為の鍵が、ラシルの星にあるかもしれない。ヤマタノオロチのおかげで、なんとか邪神を倒すことは出来た・・・。しかしまだ奴の魂は生きている。なんとしても邪神の魂を仕留めねば・・・・。」
「そうだね。でもさ、どうやって邪神の魂を見つけるの?」
ミヅキが尋ねると、クトゥルーが触腕を上げて答えた。
「オラは鼻が利くだ。邪神の臭いはもう覚えたから、近くにいれば分かるはずだあ。」
「じゃあ遠くにいたら?」
「分かんね。」
「それじゃ意味ないじゃん。」
「だども、近くにいたら分かる。まったく分からないよりマシだべ?」
「変な理屈。で、この近くに邪神はいるの?」
「・・・ちょっとだけ臭いが残ってるべ。でもこれは、きっと残り香だ。邪神はもう近くにはいねえと思う。」
「それじゃあ・・・もうラシルの星に・・・、」
「多分な。」
クトゥルーは邪神の臭いを頼りに、虚無の闇を進んでいく。すると遥か遠くの方に、小さな光が見えた。
「もしかして・・・あれが出口・・・?」
ミヅキはごくりと息を飲む。
「多分そうだ。ああ・・・オラなんだか緊張してきたな。別の星さ行くのなんて久しぶりだから。」
「それはみんな同じよ。クー以外はね。」
ミヅキはそう言ってクー・フーリンの頭を撫でた。
「ええい!気安く頭を撫でるな!」
「ねえ、ラシルの星ってどんな所?地球とは全然違うの?」
「・・・そうだな・・・昔の地球に似ているかもしれん。まだ人間が文明を持つ以前のな。」
「へええ・・・じゃあ原始時代みたいな感じ?」
「そこまで昔じゃない。ローマ時代より少し前くらいだな。」
「イメージしづらい言い方ねえ・・・。」
ミヅキはワクワクしながら胸を膨らませる。まさか別の星に行けるなんて思ってもいなかったから、嬉しくて嬉しくて堪らなかった。
「ねえクー。向こうへ行ったら、ダナエっていう子に会うんでしょ?」
「そのつもりだ。ダナエ達と合流してから邪神を討つ!」
「じゃ、じゃあさ・・・私ってダナエっていう子と仲良くなれると思う?アリアンから聞いた話だと、私とすごく似てる子だって言ってたから。」
「確かに似ているな。まったく可愛げがなくて、オテンバなところとか。」
「もう!そういうことじゃなくて、もっと他にあるでしょ?」
「あとは俺を子供扱いするところだな。まったく・・・俺は神様なんだぞ。人間や妖精が偉そうに口を利ける相手じゃないというのに・・・・。」
「そっかあ・・・・じゃあやっぱり私と似てるんだね。はああ・・・・どんな子かなあ。」
ミヅキのワクワクは止まらない。ダナエは月の王様の娘で、しかも妖精である。そんな少女と自分が似ているなんて、これはきっと運命だと感じていた。
「早く会いたいなあ・・・。ねえ、博臣もそう思うでしょ?」
ミヅキは胸に掛けた勾玉を握りしめた。その勾玉の中には、博臣の魂が入っているのだ。
「博臣・・・ごめんね。きっと、きっと元に戻してあげるから・・・。」
邪神を倒したあと、ミヅキはワダツミに相談した。
『博臣を置いて行くのは可哀想だから、一緒に連れて行ってあげたいの。』
そう言うと、ワダツミは自分の勾玉に博臣の魂を入れてくれた。ミヅキはお礼を言ってそれを受け取り、胸にぶら下げている。
《博臣が可哀想だなんて言ったけど、ほんとは違う・・・。ただ・・・私が博臣と一緒にラシルへ行きたかっただけ・・・。だから、何があっても絶対に守らなくちゃ。》
勾玉を握りしめ、胸の中に隠す。ラシルへの出口はだんだんと近づいて来て、やがて眩しい光に包まれた。
「・・・・・・・・・・ッ!」
ミヅキは目を瞑り、ギュッとクー・フーリンの肩にしがみつく。暖かい風が駆け抜け、澄んだ空気が身体を包んだ。
そして・・・ゆっくりと目を空けると、宝石のような青い海が広がっていた。
「これが・・・・ラシルの星・・・。」
ミヅキたちは、ゴツゴツした岩場に立っていた。周りには青い海が広がっていて、静かな波音が響いている。
「綺麗・・・・まるで地球みたい・・・。」
思わず海の方へ歩き出すと、クー・フーリンに肩を掴まれた。
「一人でうろつくな。」
「いいじゃんちょっとくらい。見て、すっごく海が綺麗だよ。ああ・・・水着持ってくればよかった。」
ミヅキはウットリして海を見つめる。
「あのな・・・俺たちは遊びに来たわけじゃないんだぞ。」
「分かってるわよ。ちょっと言ってみただけじゃない。」
プクッと頬を膨らませて怒っていると、突然後ろから声を掛けられた。
「なんだお前らは?」
クー・フーリンは「邪神か!」と叫んで、槍を構えて振り向いた。
しかしそこに立っていたのは邪神ではなく、腹巻きを巻いた中年の男であった。その横には水の身体をした巨大な蛇が立っていた。
「きゃあ!怪物!」
ミヅキはサッとクー・フーリンの後ろに隠れる。中年の男は顔をしかめてミヅキを睨んだ。
「おいおい・・・いきなり人を怪物呼ばわりすこたあねえだろう。」
「あんたじゃなくて、その横にいる蛇みたいな奴よ!」
「ああ、こいつか?こいつは怪物じゃなくてミズチってんだ。地球から来た妖怪だ。」
「地球から来た・・・・妖怪・・・?」
ミヅキは目をパチクリさせてミズチを見上げた。
「キュウウ・・・・クルルル・・・・。」
ミズチは切ない声で鳴いて、首を傾げてミヅキを見つめる。
「・・・ちょっと可愛いかも・・・。」
犬の頭を撫でるように、そっと手を伸ばしてみる。
「・・・・・・・・・・・・。」
ミズチは顔を近づけ、フンフンと臭いを嗅いでミヅキに頬ずりをした。
「あはは!この子可愛い。」
しかしその瞬間、ミズチは「ぺッ!」と言って口から海藻を吹き出した。
「きゃあ!」
ミヅキの顔にピッタリと海藻が張り付く。それを見たクー・フーリンは腹を抱えて爆笑した。
「だはははは!よくに似合ってるぞ!」
「うるさい!もう・・・なんなのよいきなり・・・。」
ミズチは「キュッキュッキュ!」と可笑しそうに笑い、また海藻を吐き出した。
「きゃあ!やめてよ!」
「キュッキュッキュ!」
ミヅキは逃げ回り、ミズチは楽しそうにそれを追いかける。中年の男は笑いながら肩を竦めていた。
「珍しいな、ミズチがあんなに懐くなんて。最近だと妖精の王女さんくらいか、ミズチがあそこまで懐いたのは。」
そう言って腹巻きの中からタバコを取り出し、火を点けて煙を吹かしていた。
「いいよなあ、子供ってのは。無邪気だし元気だし。息子の小さい頃を思い出すぜ。」
男は目に涙を浮かべ、孫でも見つめるようにミヅキを眺めていた。
「・・・・・・・・・・。」
クー・フーリンは槍を下ろし、じっと男を睨む。そして小声でぼそりと呟いた。
「・・・キンジロウ・・・?」
「ん?なんで俺の名前を知ってんだ?どこかで会ったか?」
「おお!やっぱりキンジロウか!はははは!よかった、生きていたのか!」
クー・フーリンは男の肩を叩き、嬉しそうに笑っていた。
「なんだよあんた?俺はあんたのことなんか知らねえぞ。」
「ああ、これはすまん。俺の名はクー・フーリン。ダナエの友だ。」
「な・・・・なんだってええええええ!あの王女さんの友達だってえええ!」
キンジロウと呼ばれた男は腰を抜かし、岩場にお尻をぶつけた。
「いてて・・・。」
「大丈夫か?」
「ああ・・・平気だ。それよりあんた!あの王女さんの友達ってほんとうか!」
「ああ、俺はダナエの友人だ。あんたは覚えているか?ダナエが金色の腕輪を着けていたのを。」
「金色の腕輪・・・?そういえば・・・着けていたような、着けていなかったような・・・。」
「俺はあの腕輪に封印されていた、クー・フーリンという者だ。お前はダナエと一緒にラシルの廃墟へ行っただろう?」
「おお!知ってんのか?」
「腕輪の中から見ていたからな。あの時俺は邪神と戦ったのだ。」
「おおお!あの邪神と戦ったっていうのか?そりゃあすげえや!」
「まあな。俺はケルトの戦神だから、あんな邪神に負けたりはせん!」
本当はボコボコにされたクセに、見栄を張って嘘を吐くクー・フーリン。キンジロウは彼の話をすっかり信じ込み、羨望の眼差しで見つめていた。
「すげえ・・・あんた神様だったのか・・・。はああ・・・ありがたやありがたや・・・。」
キンジロウは腹巻きから数珠を取り出し、両手を合わせて拝んだ。
「それで・・・あの邪神はやっつけたんですかい?」
「ううむ・・・あと一歩のところまでいったのだが、残念ながら取り逃がしてしまった。」
「ははあ・・・そりゃ残念なことで・・・。」
「奴めは地球へ逃げこみ、さらに悪事を企んだ。しかし!この俺の活躍によって、邪神を追い払うことに成功したのだ!」
「ふおおおおお!さすがは神様だ!はああ・・・ありがたやありがたや・・・・。」
「だが残念なことに、奴はまたこの星に戻って来た。俺は奴を仕留めるため、こうしてラシルの星にやって来たわけだ。」
「ほえええ・・・そりゃ御苦労なことで・・・・。」
二人の話を後ろで聞いていたスクナヒコナは、呆れた顔で呟いた。
「クー殿は虚言癖があるようだな。本当は邪神に殺されかけたくせに。」
「んだんだ。見栄っ張りだべ。」
「そこ、コソコソうるさいぞ。」
クー・フーリンはコホンと咳払いをしてから、キンジロウに尋ねた。
「ところでキンジロウよ、ダナエはどうした?もうここにはいないのか?」
そう尋ねると、キンジロウは遠い目をしながら海を見つめた。
「王女さんなら、もう行っちまったよ。ジル・フィンとかいう神様に会いに行くって言ってたなあ。」
「そうか。ジル・フィンの元へ・・・・。」
「王女さん、えらく険しい顔をしてたなあ・・・。でもまあ、無理もねえか。大事な友達を亡くしちまったんだ。きっと辛くて堪んねえだろうなあ。」
「大事な友を亡くした?」
「ああ、一緒にいたコウって妖精が殺されただろう?王女さん、すんげえ悲しんでたぜ。我慢して気丈に振舞ってたけど、ありゃあ心の中はどしゃ降りだろうな。」
「・・・・・・・・・・・・。」
ダナエは知らない。コウがまだ生きていることを。クー・フーリンは早くそのことを伝えねばと思い、ジル・フィンの元ヘ向かうことにした。
「キンジロウ、話を聞かせてもらって助かった。俺はすぐにジル・フィンの元ヘ向かう。縁があったらまた会おう。」
そう言って颯爽と去って行くクー・フーリン。しかしスクナヒコナに矢を撃たれて頭を押さえた。
「痛ッ!何をする!」
「何をする!ではない。こっちは何のことかさっぱり分からん。」
「分からんでいい。」
「いいことあるか!手短に説明せい。」
「それは無理だ。俺は説明が苦手だからな。」
「偉そうに言うことか・・・。」
「とにかくダナエに会えばいいんだ。ゴチャゴチャ言ってないでついて来い。」
「やれやれ・・・大事なことも聞かずに、何がついて来いだ・・・。」
スクナヒコナは呆れて首を振り、キンジロウを見上げた。
「もし、そこの殿方。」
「ん?誰か呼んだか?」
「ここだ、ここにおる。」
「ここってどこだよ?」
「だからここだ。お主の足元におるだろう。」
「え?俺の足元・・・・、おお!一寸法師がいやがる!」
「一寸法師ではない!我は国津神のスクナヒコナと申す者だ。」
スクナヒコナは胸を張って名を名乗る。
「国津神って・・・もしかして八百万の神さんのことか?」
「その通り。」
「ほえええ!こりゃ失礼しました!」
キンジロウはパンパンと手を叩き、「ははあ・・・」と頭を下げた。
「一日に二人も神様に会えるなんて・・・今日は御利益のある日だ。」
「そうかもしれんな。ちなみにあそこのタコも神なのだ。」
「え?あんなでかいタコが神様?」
馬鹿にしたように言うと、クトゥルーは「タコでねえ!」と目をつり上げた。
「オラはクトゥルーってんだ。遥か昔に宇宙からやって来たんだあ。」
「ほええ・・・そんな遠いところからわざわざ・・・ナンマンダ、ナンマンダ。」
「キンジロウ殿。感激するのもいいが、ちょっとお尋ねしたいことがあるのだ。」
「ええ、ええ!そりゃもう、何でも聞いて下さい。」
「お主・・・この辺りで女を見なかったか?紫のワンピースを着た、長い黒髪の女なのだが?」
「いや、見てないですなあ。ていうか、紫のワンピースに長い黒髪の女ってまさか・・・。」
「そう、邪神のことである。」
そう尋ねると、キンジロウは「邪神ですってええええ!」と腰を抜かした。
「いてて・・・。また尻を打っちまった・・・。」
「大丈夫か?」
「へ、平気です・・・。それより、邪神ってあの邪神のことですかい?」
「そうだ。奴は身体を捨てて、魂だけとなってこの星に逃げたのだ。もしかしたら見ていないかと思ってな。」
「はああ・・・俺はさっき漁から戻って来たところだから、ちょっと分かりませんなあ。」
「そうか・・・。いや、失礼。もしかしたらと思って尋ねただけだ。」
スクナヒコナは手を振り、「それでは」と言ってクー・フーリンの後を追って行く。
「あ、あの!ちょっと・・・、」
「何だろうか?」
「もし王女さんに会ったら、伝えてほしい事があるんです。」
「ああ、言伝か。構わぬぞ。」
「ミズチがまた王女さんに会いたがってるから、いつでも来てくれって。」
「・・・・ミズチだけか?」
「え?」
「お主もダナエとやらに会いたいのだろう?」
「ああ・・・いや・・・そりゃまあ・・・。」
「恥ずかしがらずに言えばよいだろう。」
「・・・王女さんと別れる時は、言えなかったんです・・・。えらく悲しんでたし、余計なことを言って気を使わせてもアレだし・・・。でも・・・最近よく考えちまうんです。もし息子が生きていたら、孫の顔が見られたのかなと・・・。」
「・・・お主、御子息を・・・?」
「亡くしました、海の事故でね。しかも原因を作ったのはこの俺だ・・・。でも・・・もし息子が生きていたら、孫の顔が見られたのかなって思っちまうんですよ・・・。俺のせいで息子を死なせておいて、こんなことを考えるのは勝手だって分かってるんですがね・・・。歳のせいか、どうも最近はそんなことばかり考えちまって・・・。」
キンジロウは頭を掻きながら切ない笑顔を見せる。そして申し訳なさそうに唇を噛んだ。
「あの王女さんを見てると・・・俺にもこんな孫がいたらなあ、なんて考えちまって。なんだか情けない話ですが・・・。へへへ・・・神様にお話すようなことじゃなかったですね。」
「いいや、そんなことはないぞ。誰でも一人は寂しいものだ。それにお主の話を聞いていて思ったのだが、ダナエという子は人を惹きつける魅力があるようだな。」
「ええ!そりゃもう!あの子がいるだけで、周りがパッと明るくなるんですよ。ありゃあ人徳ってやつですよ、ええ。」
「そうか。ならダナエとやらに伝えておこう。またお主が会いたがっているとな。」
「時間が出来たらでいんです。俺にはミズチもいるし、いちおう飲み仲間だっていますから。でもその・・・ねえ・・・たまに寂しくなっちまうっていうか・・・。」
「うむ、心配せずともきちんと伝えておく。それでは。」
スクナヒコナは手を振って去って行く。
「あ、あの!ちょっと・・・・。」
「何だ?まだ何かあるのか?」
「いや・・・あの子を置いて行っていいのかなと思って・・・?」
「ん、あの子?・・・・ああ!忘れておった!」
スクナヒコナは慌ててミヅキの元に駆け寄った。
「ミヅキ殿!いつまで遊んでおられるのだ?もう行きますぞ。」
「い・・・行きますぞって言ったって・・・・。」
ミヅキはミズチの頭に乗っていた。顔にいっぱい海藻を張り付け、泣きそうな顔をしている。
「おいミズチ、もう放してやんな。」
キンジロウが言うと、ミズチは嫌々とばかりに首を振った。
「キュッキュッキュ!」
「おお、そんなにその子のことが気にいったのか?」
「キュウウウ・・・キュッキュッキュ!」
「そうだな。確かにその子は、あの王女さんに似てらあ。」
「キュウウウウウ。」
「そりゃ無理だよ。ずっと一緒にはいられないって。いいからもう放してやんな。後でお前の好きなスイーツを買ってやるからよ。」
「キュウウ・・・キュッキュ!」
ミズチは頭を振り、ポイっとミヅキを放り投げた。
「きゃあああああ!落ちるううううううう!」
クトゥルーがサッと触腕を伸ばしてキャッチする。
「おつかれだべ。」
「・・・死ぬかと思った・・・・。」
ミヅキは顔に張り付いた海藻をぺリぺリと剥がし、大きなため息をついた。
「それでは行こうかの。キンジロウ殿、お達者で。」
「へい!みなさんも。」
キンジロウは手を振り、ミズチは「キュッキュ!」と鳴いて海藻を吹き出していた。
「ねえクー。これからどこに向かうの?」
ミヅキはクトゥルーの頭の上から尋ねた。
「ジル・フィンという神の元ヘ向かう。ダナエはそこにいるはずだ。」
「ふうん・・・で、ジル・フィンって神様はどこにいるの?」
「シーラ海という海だ。あいつは海の神だからな。」
「ふうん。それってここから遠いの?」
「そう遠くはない。徹夜で歩いて一週間くらいだ。」
「めっちゃ遠いじゃん!」
「途中で抜け道があるから大丈夫だ。そこを通ればすぐに行ける。」
「よかった・・・。一週間もぶっ通しで歩いてられないもん。」
ミヅキは疲れたように寝転がった。そしてスクナヒコナを抱き寄せ、スヤスヤと寝息を立て始めた。
「疲れておったのだな。まあ無理もない。」
スクナヒコナは呪文を唱えてまじないをかけた。それは楽しい夢をみられるまじないで、ミヅキは気持ちよさそうに眠っていた。
しばらく歩くと街が見えてきた。それは深い渓谷の中に立つ街で、金持ちの集まるオシャレな場所だった。
「クー殿。あそこで少し休んでいってはいかがか?」
「駄目だ。そんな時間はない。」
「しかしミヅキ殿は疲れている様子だ。ほんの少しくらいならよいのではないか?」
クー・フーリンはミヅキを振り返る。ぐっすりと眠っている様子を見て、小さく舌打ちをした。
「・・・仕方ない。ほんの少しだけだぞ。」
「かたじけない。」
街に着くと、すぐに宿を借りた。ミヅキは二時間ほど眠ってから目を覚まし、「ここどこ?」とキョロキョロとしていた。
「街の宿だ。お前の為に少しだけ休んでいたのだ。」
「へええ・・・優しいところあるじゃない。よしよし。」
「だから頭を撫でるな!」
ミヅキは多少であるが元気を取り戻した。そしていざ出発しようとしてから、とんでもないことに気がついた。
「・・・誰か、この星の金を持っているか?」
「いや、残念ながら・・・・。」
「私も持ってない・・・・。」
「誰も持ってるわけねえべ。」
「・・・・・・・・・・・。」
クー・フーリンはフロントのお姉さんにニコリと笑いかけ、お金がない事を伝えた。すると奥から支配人が現れ、怖い顔で怒鳴られた。四人は宿で働かされ、丸一日を無駄にした。
翌日、慌てて出発したが、時すでに遅し。ジル・フィンのいる海に辿り着いた時には、ダナエはいなかった。
「ああ、クソ!どこにもいない!」
クー・フーリンは悔しそうに舌打ちをする。
「スクナヒコナよ!お前が宿で休んでいこうなんて言うからこんな事になったんだ!」
「かたじけない・・・。ここは責任を取って切腹を・・・・。」
スクナヒコナは小さな刀を取り出し、クー・フーリンに向かって「介錯をお願いする」と目を閉じた。
「こらこら、そんなことしなくていいから。」
ミヅキはヒョイとスクナヒコナをつまみ上げて、手の上に乗せた。
「いないもんは仕方ないじゃん。どっか他を探そうよ。」
「探すって言ったって・・・いったいどこを探すというんだ!」
「いちいち怒らない。スッチーが怖がるでしょ。」
「私は怖がってなどおらん!ええい、やはり切腹を・・・・、」
「だからやめなさいって。」
「なんだべ、このコントは。」
クトゥルーは呆れたように海を見つめる。すると何かに気づいて、「あれを見ろ!」と叫んだ。
「なんだ?」
「あの海の中から、誰か出て来るべ。」
クトゥルーの差した方を見ると、海面に白い泡が溢れていた。そして光の柱が立ち上り、一人の男が姿を現した。
「おお!あれは・・・。」
男は金色の絹を纏っていた。手には大きな杖を持っていて、海のような青い瞳をしていた。
「ジル・フィン!俺だ!クー・フーリンだ!」
ジル・フィンはニコリと頷き、杖で海面を突いた。すると海底から岩が浮かんで来て、一筋の道が出来た。
「みんな、行くぞ。」
クー・フーリンはジル・フィンの元ヘ走り出した。
「ジル・フィン!俺たちはダナエを捜しているんだ。ここへ来なかったか?」
そう尋ねると、ジル・フィンは小さく頷いた。
「来たよ。一昨日にね。」
「では・・・もうここには・・・?」
「いない。ダナエはもう行ってしまったよ、マクナール海峡を目指してね。」
「マクナール海峡・・・ということは?」
「ああ、ユグドラシルを目指して旅立ったということさ。」
「そうか・・・。ならば俺もマクナール海峡へ向かうしかな・・・・、」
そう言いかけた時、後ろからドンと突きとばされて海へ落ちた。
「ぶはあ!おい、何をする!」
「ごめんごめん、わざとじゃなかったの。」
ミヅキは申し訳なさそうに謝り、ジル・フィンを見つめた。
「・・・あなたが・・・海の神様?」
「そうさ。大海の主、ジル・フィンという。」
「へええ・・・なんだか男前ねえ。別にタイプじゃないけど。」
ミヅキのストレートな物の言い方に、ジル・フィンは肩を竦めて笑った。
「君はあの子とよく似ているね。」
「あの子って・・・もしかしてダナエのこと?」
「そうさ。でもまあ・・・似ているのは当然か。」
「・・・どういうこと?」
ミヅキが不思議そうに尋ねると、ジル・フィンはニコリと笑って答えた。
「君の名前は、高島ミヅキというんだろう?」
「なんで知ってるの!」
「ついでにお父さんの名前も当ててやろう。君のお父さんは、加々美幸也という神話学者だ。ちなみに売れない小説家でもある。」
「ええ!なんで!なんで知ってるの!」
ミヅキは口を押さえて驚いた。
「ミヅキ・・・君はね、ダナエと双子のようなものなんだよ。」
「双子・・・?」
「ああ、ダナエは君をモデルにして生み出されたんだ。君のお父さん・・・加々美幸也によってね。」
「・・・・・・・・・。」
ミヅキは声を失くして固まる。その反応を予想していたように、ジル・フィンは可笑しそうに笑った。
「どうでもいいから俺を忘れるな!」
海から上がったクー・フーリンが、槍を振り上げて怒っていた。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第九話 決戦!邪神の軍勢(2)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 20:02
「何かが来る・・・・・。」
アマテラスはゴクリと息を飲んで後ずさった。
暗い穴の中から、いくつかの邪気が迫って来ていた。それも身も凍るほどの凶悪な邪気だった。
神々は息を飲んで身構える。すると・・・穴の中から、空想の牢獄に閉じ込められていた化け物たちが姿を現した。
「・・・ようやく・・・ようやく外に出て来られた・・・。」
艶やかな黒いボディをした魔王が、嬉しそうにニヤリと笑った。背中に12枚の翼を持ち、頭には長い角が二本生えている。綺麗な赤髪をオールバックになでつけ、いかつい顔をしていた。
「ル・・・ルシアファー・・・・空想の牢獄から逃げ出したのか・・・。」
ダンタリオンが怯えながら後ずさる。
「脆弱な神どもが揃っているな。かつて私を空想の牢獄に閉じ込めた罪、今こそ思い知らせてやる!」
ルシアファーは天に向かって両手を挙げた。すると暗い穴の中から、恐ろしい悪魔たちが続々と現れた。
巨大な蠅の姿をした、偉大なる魔王ベルゼブブ。人の顔に風の身体を持った、宇宙を駆ける邪神ハスター。いくつもの顔と腕を持つ、怪力の巨人ヘカトンケイル。そして最後に出て来たのは・・・・・真っ白な顔をした、美しい人間の女であった。彼女の後頭部には男の顔が縫い付けられていて、喘ぐように絶叫していた。
空想の牢獄に閉じ込められていた化け物は、その全てが地上に出て来ていた。神々は言葉を失くし、おぞましい悪寒が背中を這った。
「ぜ・・・・全部出て来ているではないか!これはどういうことだスサノオ!」
ゼウスが怒って掴みかかる。
「うるさい!出て来たものは仕方ないだろうが!とりあえず・・・まとめてぶっ倒したらいいんだ!」
「それが無理だから怒っているんだろう!お前は事の重大さが分かっていない・・・・、」
ゼウスが怒って殴りかかろうとした瞬間、彼の腕は斬り落とされた。
「・・・・・・・・ッ!」
「ゼウス・・・この色情神め・・・。俺は忘れんぞ・・・お前に食らった稲妻の痛みを・・・。」
「ハスター・・・。」
ハスターは何とも形容しがたい悪魔だった。陰険な男の顔がポツリと浮かび、その下はユラユラと揺れる風の身体をしていた。しかし決まった形というものはなく、ノイズがかかったテレビのようにざらついている。
「お前を殺し、空想の牢獄に閉じ込める。その後はクトゥルーだ。あいつは俺の宿敵・・・決して許しはしない。」
ハスターはゼウスに襲いかかった。風のような身体でゼウスを覆い、一瞬にして全身を切り刻んでしまった。
「ぬぐあッ・・・・。」
「父上!」
娘のアテナが、しもべの女神ニケを連れて助けに入る。アテナは自慢の槍で突き、ニケは彼女の勝利を祈る。しかし・・・・ハスターには効かなかった。それどころか、父と同じように身体を斬られてしまった。
「ああ!」
「アテナ様!」
助けに入ったニケも、首に巻きつかれて呪いをかけられ、ものの数秒で絶命してしまった。
「お前ら!ボケっとしてるな!儂らも戦うのだ!」
スサノオの声を合図に、神々は戦いを始める。空想の牢獄から抜け出して来た悪魔は、それを迎え撃つように応戦した。
光の壁では、神々と最強の悪魔たちとの戦いが始まった。数では神々の方が勝るものの、個々の強さでは、牢獄の悪魔の方が上だった。
神々はどんどん命を落とし、名のある神でさえも力尽きていく。
「・・・おのれええ・・・・こんな所で・・・・。」
「もう・・・終わりだわ・・・・。」
トールとアルテミスが討ち取られ、オーディンまでもが危うくなる。
「北欧の神の力、舐めるなよ!」
オーディンの持つ神の槍、グングニルがルシファーに突き刺さる。しかし・・・まったく効いていなかった。
「こんなオモチャで何が出来る?貴様ら多神教の神など、しょせんは取るに足らぬ存在だ。」
ルシファーは腹に刺さったグングニルを抜き、枝でも折るようにポキリと折ってしまった。
「な、なんと!私の自慢の槍が・・・・、」
「貴様ら全員・・・・空想の牢獄へ行ってもらおうか!」
ルシファーが翼を広げると、黒い後光が射した。傷ついた神や、力の弱い神は、その後光に触れただけで命を落としていく。もはや誰もルシファーに近づくことさえ出来なかった。
その横では、ヴィシュヌとブラフマーが、ベルゼブブと睨み合っていた。
「蠅の悪魔、ベルゼブブ・・・ルシファーに次ぐ実力者か・・・。」
「ブラフマー殿、シヴァの気が近づいているのを感じます。彼が戻るまで、何とか持ち堪えましょう。」
ベルゼブブは二人の神を睨み、余裕の笑みを浮かべた。
「インドの神々か。遊び相手としては充分だが・・・儂を討ちとれると思うのは、少し思い上がっているのではないか?」
「ぬかせ!我らの命と引き換えにしても、お前を空想の牢獄へ封じてやる!」
ヴィシュヌは天に向かって祈りを捧げた。そしてブラフマーは大地に向かって祈りを捧げた。
祈りを聞き届けた天と大地は、目には見えない強力な力を発した。天の力と大地の力が、ベルゼブブを挟んで押し潰そうとする。
「ぬうう・・・・小癪な・・・。」
ベルゼブブの身体はミシミシと悲鳴を上げる。インドの最高神の力が、凶悪な魔王を粉砕しようとしていた。そこへシヴァとインドラが戻って来て、二人に加勢した。
「インドラ!特大の雷を落としてやれ!」
「おまかせを!」
インドラは印を結び、天に向かって「ひゃあああああああ!」と叫んだ。するとどこからともなく雷鳴が響き、眩い稲妻がベルゼブブを貫いた。
「ごふう・・・・し、痺れるではないか・・・。」
「駄目だ・・・。ほとんど効いていない・・・。」
インドラの雷も、ベルゼブブにはほとんど効果がない。
「ならば俺の光線でトドメを刺してやる!」
シヴァはベルゼブブの前に立ち、額の目から強力な光線を放った。五十万度の灼熱が、身動きの取れないベルゼブブに襲いかかる。
「うほおおおおおおおう!」
さすがのベルゼブブも堪らず声を上げる。しかし余裕の笑みで耐えてみせた。
「どれもこれも悪くない攻撃じゃが・・・儂を討ち取るには力が足らんな。」
インドの三大神の攻撃も、ベルゼブブにはほとんど効かなかった。
「さて、今度はこちらの番じゃな。儂の攻撃・・・・耐えてみせい!」
ベルゼブブは大きな目を光らせ、背中の羽を震わせた。すると大地に巨大な髑髏が現れて、気持ちの悪い笑い声を上げた。
「蠅とは死に群がる虫・・・ゆえに、儂は死を運ぶ悪魔でもある。貴様らの命、我が眷属によって、跡形残らず食らい尽くしてくれよう!」
ベルゼブブがパチンと指を鳴らすと、髑髏の口と目から、大量の蠅が湧いてきた。
「むうう・・・なんだこの蠅は!いくらでも湧いてくるではないか!」
ベルゼブブの呼び出した蠅は、彼によって殺された者たちの魂だった。絶望と苦痛だけの感情を持ち、命ある者を徹底的に貪るのだ。
インドの神々は蠅に取りつかれ、なす術なく食らい尽くされていく。
「おのれああああああ!この程度でくたばるかあああああ!」
怒ったシヴァは光線を乱射するが、いくら倒してもキリがなかった。堪らず膝をつき、その場に倒れてしまう。髑髏はインドの神々を飲み込み、空想の牢獄に閉じ込めた。
そこから少し離れた場所では、ギリシャの神々が戦っていた。ハスターとヘカトンケイルを相手に苦戦を強いられていた。
主力であるゼウスとアテナが傷を負い、思う存分力が出せない。ポセイドンもハデスも奮闘するが、ハスターの不可解な攻撃と、ヘカトンケイルの怪力の前に手を焼いていた。
「やばいぜ、このままじゃ・・・。いっそのこと逃げるか?」
盗人と商人の神のヘルメスが、ツンツンとアポロンの肘を突く。
「そんなこと出来るか!アルテミスがやられてしまったんだぞ!兄として黙っていられん!」
アポロンは得意の音楽を奏で、ヘカトンケイルの気を引く。
「今だ!誰か攻撃を!」
一瞬の隙をつき、ハデスが剣を振ってヘカトンケルの腹を切り裂いた。ポセイドンも三又の槍で顔を潰し、腕を斬り落とした。
ヘカトンケイルは堪らず倒れこむが、そこへハスターが襲いかかってきた。身体の風を膨らませ、ギリシャの神々を一気に飲み込む。
「ぐおおおおおお!」
ハスターの風は時空を駆ける力を持っていた。ギリシャの神々は空想の牢獄へ閉じ込められ、残りはゼウスとアテナだけになってしまった。
「ぐぬう・・・おのれハスター・・・。」
「クトゥルーが穴を空けたおかげで、空想の牢獄は脆くなっている。それゆえに我らは抜け出すことが出来た。もしお前たちに我々と同じくらいの力があるのなら、きっと空想の牢獄から抜け出せるだろう、はははは!」
ハスターは知っている。地上の神々の力では、決して空想の牢獄から抜け出せないことを。
「神というのは時間が経てば復活するから、いくら倒してもキリがない。ゆえに殺すのは得策ではない。一番良い方法は、二度と抜け出せない牢獄に閉じ込めておくことだ。」
「だから・・・我らの仲間を空想の牢獄に送ったのか・・・?」
「地上から神々を消し去るには、最善の方法だ。そして邪魔者がいなくなったあと、クトゥルーと決着をつける。奴が本気を出せば・・・この俺とて危ういかもしれんがな。」
クトゥルーの本当の恐ろしさを知るハスターは、ブルリと身振るいした。
「我々クトゥルー神話の神は、地球の神とは比べ物にならない力を持っている。長きに渡って宇宙を旅して、やっとこの星に辿り着いたのだ。今までに出会った強敵に比べれば、お前たちなど取るに足らない存在だ。そんなことだから・・・・あんな異星の邪神ごときに遅れを取るのだ。」
「貴様・・・邪神を知っているのか!」
ゼウスは驚いて尋ねた。
「牢獄の中にいても、お前たちの喚き声が聞こえていたぞ。あんな雑魚に慌てるなど、やはりこの星の神は大したことがない。今こそ、我らがこの地球の支配者にな・・・・、ふべらッ!」
「黙って聞いていれば好き勝手に言ってくれおって!この星の神が弱いかどうか、自分で確かめてみるがいい!」
大日如来を駆るアマテラスが、ハスターに向かって拳を振り下ろした。
「おっと・・・そんな鈍間な攻撃は食らわな・・・・・、へぶしッ!」
「私もまだ死んでおらんわ!アマテラス殿!こやつにトドメを刺しましょうぞ!そして二度と復活できないように、宇宙の彼方にまで飛ばしてやる!」
「おのれらああああ・・・・覚悟せいやボケええええええ!」
ハスターは怒り狂って暴れた。そして・・・そこから離れた場所では、スサノオが人間の女と睨み合っていた。女は肩までの短い黒髪で、彫りの深い美人だった。白いワンピースを身に着け、後頭部に縫い付けられた男の顔が絶叫を上げていた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
女は黙ってスサノオを睨む。人間の姿をしているが、その雰囲気はおよそ人のものではなかった。
「・・・お主・・・人の姿を借りた悪魔だな。それも・・・もっとも恐ろしい悪魔だ。」
スサノオは見抜いていた。この女がただの人間ではないと。人の姿は仮初めのもの。彼女の身に宿る魂は、この場にいる誰よりも邪悪な気を放っていた。
「ひ弱な人間の姿をしているが、その正体は・・・・・悪魔王サタンだ!」
スサノオは剣を振り上げて斬りかかった。しかし女は、指一本でそれを受け止めた。
「・・・・・・・・・・。」
女は顔を上げ、ニコリと微笑む。するとグルンと首が一回転し、後頭部が前に来た。縫い付けられた男の顔が、スサノオを睨んで雄叫びを上げる。
「なんともおぞましい悲鳴・・・儂の肝が冷えておるわ。」
豪胆なスサノオでさえ、背筋に冷たい汗が流れた。女は剣を握りしめ、バキバキと砕いてしまった。
「儂の剣が・・・こうも容易く・・・・、」
そう言いかけた次の瞬間、スサノオの腹に激痛が走った。
「ぐふうッ・・・・。」
続いて顎に衝撃が走り、その次はこめかみに衝撃が走る。
「がはあッ!」
スサノオの巨体がいとも簡単に吹き飛ばされ、ドクドクと血を流していた。女の拳にはスサノオの血が付いていた。それをペロリと舐め、白いワンピースを翻して飛び上がった。
そして胸いっぱいに息を吸い込み、スサノオに向かって吐き出した。悪魔王の白い息吹が、ゆっくりとスサノオを包む。
「ぬうう・・・この息はいったい・・・・・。」
白い息はスサノオの皮膚に染み込んでいく。すると彼の身体は、石膏のように白く固まり始めた。
「儂を石像に変えるつもりか!」
スサノオは立ち上がり、腕の筋肉を膨らませて力を込めた。
「ぬおおおおおお・・・・儂の鉄拳、耐えてみい!」
鋼鉄の何百倍も硬いスサノオの拳が、女に向かって振り下ろされる。ドシン!と大きな音が響き、地震のようにグラグラと大地が揺れた。
「・・・・・・・・・・・・。」
女はぺちゃんこに潰れていた。踏み潰された蟻のように、見る影もなくなっている。
しかし・・・死んでいなかった。致命的なダメージを受けたにも関わらず、ゆらりと立ち上がって笑い出した。
「気味の悪い奴よ・・・今度こそ潰してくれる!」
再びスサノオの拳が襲いかかる。またしてもぺちゃんこにされる女だったが、それでも立ち上がってきた。
「うぬうう・・・こやつ不死身か・・・。」
スサノオの身体は白い息に侵されていた。下半身は完全に石膏のように固まり、徐々に胸の辺りまで迫ってくる。
「ぬうう・・・・まずい・・・・。」
慌てるスサノオだったが、成す術はなかった。首の辺りまで白く固まり、ついには全身が石膏になってしまった。
「・・・・・・・・・・・・。」
女は石膏になったスサノオを見上げ、グルリと頭を回転させた。元の顔が前に来て、じっとスサノオを見つめる。
「・・・・・いい身体・・・・。」
艶めかしく微笑み、スサノオに触れる。そしてそっと目を閉じ、身体から黒い靄が抜けだした。
それは悪魔王サタンの魂であった。人間の身体を捨て、スサノオの身体に侵入する。
サタンが入っていた人間の身体は、干からびたカエルのようになって倒れた。後頭部の男の顔が、後ろを向いたまま絶命していた。
「・・・・・・・・・・・・。」
サタンはスサノオの身体に侵入したあと、彼の魂を追い出した。スサノオの魂がポン!と身体から飛び出て、グルグルと宙を彷徨った。
「・・・手に入れた・・・・新しい身体・・・・。」
サタンはスサノオの身体を乗っ取ってしまった。白い石膏がバキバキと剥がれ、中から真っ白に染まったスサノオが現れる。
「・・・・いい身体・・・・役に立ちそう・・・・。」
新たな身体を手に入れ、試運転でもするかのように手足を動かす。宙を漂っていたスサノオの魂は、《儂の身体を返せ!》と怒っていた。
《サタンめ!儂の身体を乗っ取るなど許さんぞ!》
「・・・だから何?ウザいから消えて・・・。」
サタンはピン!とデコピンを放った。スサノオの魂は弾き飛ばされ、それを受け取ったベルゼブブが髑髏の口に放り込んだ。
《ぬあああああああああ!》
スサノオの魂は空想の牢獄へ送られてしまった。残った神は、ゼウスとアテナ、大日如来を駆るアマテラス。そして・・・光の軍団を率いたアフラ・マスダだけだった。
アフラ・マスダは威厳のある老人の顔をしていて、川のようにユラユラと流れる金色の法衣を纏っていた。その力は強大で、ルシファーと正面から戦っていた。
そして配下の天使も強かった。スプンタ・アールマティを含め、六人の天使がルシファーと戦っていた。巨人のように大きな身体を持ち、白い法衣を纏うウォフ・マナフ。身体じゅうが燃え盛り、烈火のごとき正義感を持つアシャ・ヴァヒシュタ。金属の皮膚を持ち、頭に王冠を乗せているクシャスラ。
そしてアールマティと同じく、美しい女天使が二人。金色の長い髪を持ち、水のヴェールを身に着けたハルワタート。綺麗に編んだ緑色の髪を持ち、木目模様の入ったドレスを纏うアムルタート。六人の天使たちが、アフラ・マスダと共にルシファーを相手に奮闘している。
「なかなか手強いな・・・。だが、私を殺すには至らない。」
ルシファーは翼を広げて舞い上がり、両手を広げて咆哮した。辺りから光が消え去り、夜のように闇が訪れる。それはアーリマンの生み出す虚無の闇とは違い、全てを地獄へ誘う悪魔の闇だった。
アフラ・マスダは強烈な光を放って闇に対抗した。六人の天使も、六芒星のように陣形を整え、光の線を結んで結界を張る。しかしルシファーの闇の力は強力だった。彼らの結界にヒビを入れ、中に闇が侵入してくる。
「のおおおおおおお!」
「あああああああああ!」
アフラ・マスダの光は掻き消され、地獄へ誘う闇が襲いかかる。
「このまま負けられませんわ!みんな、今こそアレを!」
アール・マティが叫ぶと、六人の天使たちはアフラ・マスダに融合した。
「ぬうううううりゃああああああ!」
天使の力を吸収したアフラ・マスダは、眩い光を放って闇に対抗する。
「ほほう・・・やるではないか。しかし無駄だ・・・。その程度では私の闇は消せない。」
ルシファーが力を込めると、空間が波打つようにグニャリと歪んだ。アフラ・マスダは空間の歪みの中へ飲み込まれていく。
「負けぬ・・・・これしきで・・・・。」
「まだ耐えるか・・・。では仕方ない。お前も空想の牢獄へ行け。」
ルシファーがパチンと指を鳴らすと、また空間が波打った。アフラ・マスダと六人の天使が分離され、そのまま空想の牢獄へ飲み込まれていった。
ルシファーとベルゼブブ、そしてサタンは、勝利を確信してニヤリと笑った。ベルゼブブは辺りを見渡し、首を捻ってルシファーに尋ねた。
「ヘカトンケイルがいませんな?もしや・・・・、」
「・・・死んだ。怪力しか取り得のない奴だ。やられてもおかしくはない。」
「・・・・役立たずね・・・。」
「サタン・・・そのいかつい顔で女言葉を喋るな・・・気持ち悪い・・・。」
三人の魔王は、残った神々を睨んだ。ゼウスにアテナ、そして大日如来とアマテラスは、ハスターに苦戦を強いられていた。
「どうした?一つも俺にダメージが通っていないぞ?」
「ぐぬう・・・・悔しいが・・・普通の攻撃ではどうしようもない・・・。以前より強くなっているし・・・。」
「父上・・・もはやこれまでかもしれません。」
「何を言う!私は全知全能のゼウスなるぞ!こんな宇宙人モドキの悪魔になどやられたりは・・・・・、ぐっはあ!」
ハスターの風がゼウスの胸を貫いた。
「父上!・・・・あああああ!」
アテナの胸も貫かれ、父の上に倒れる。ハスターは二人を風で包み、空想の牢獄へと送り込んだ。
「他愛ない・・・これで残るわ・・・・。」
ハスターはゆっくりと後ろを振り向く。そこにはボロボロになった大日如来がいた。
「日本の最高神が二人・・・貴様らを仕留めれば全て終わる・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
アマテラスは焦っていなかった。それは・・・微かに繋いだ希望が、きっと状況を変えてくれると信じていたからだ。自分はここで倒れるが、それでも皆が死ぬわけではない。
まだ・・・まだ仲間が残っている。クー・フーリンとスクナヒコナ、それにクトゥルーとワダツミもいる。そして・・・・あのミヅキという少女。人間でありながら、どこか光るものを感じさせてくれた。それは淡い期待に過ぎないが、それでも希望としては充分だった。
「ハスターよ・・・。私はここで敗れるだろう。だがしかし!地球はお前たちの手に落ちることはない。一時は奪われるかもしれぬが、きっと・・・・きっと彼らが取り戻す!その時の為、私はこの命に代えてもお前を討ち取ろう!」
「はははは!どうやって?ゼウスも適わぬこの私に、お前たちがどう挑むというのだ?」
「日本の神々の力は・・・・あらゆるものを融合させることにある。万物に魂が宿る八百万の神の力・・・・とくと見るがいい!」
アマテラスは胸の前で手を合わせ、光そのものに姿を変える。彼女の身体は全身が輝き、そして大日如来も輝きだした。二人の神は光になって混ざり合い、一人の神となって現れた。
「ぬおおおおお!これは・・・・・。」
アマテラスと大日如来が融合し、女神のような、そして仏のような姿をした神になっていた。
髪は白銀のように美しく、ユラユラと揺れるようになびいている。顔は男とも女とも区別がつかず、美しくも精悍であった。そして平安時代の貴族のような、ゆったりとした白い服を纏い、手には大きな太刀を持っている。首には勾玉、そして腰には数珠が巻いてあった。
「ハスターよ・・・・我が攻撃は一度きり、それに全てを懸ける・・・。」
大日アマテラスは、太刀を抜いて大上段に構えた。どこからともなく後光が射し、神々しく輝き出した。
「無駄だ・・・そんな力は俺には通用しない。」
ハスターは攻撃してみろと言わんばかりに手を広げた。
「では・・・・てやああああああ!」
大日アマテラスの太刀が振り下ろされる。しかし・・・ハスターには効かなかった。まるで霧のように身体をすり抜け、大地に突き刺さる。
「だから言っただろう、通用しないと。さて、これが最後の攻撃だったな。今度は俺の攻撃を・・・・、」
そう言いかけた時、ハスターは違和感を覚えた。いくら前に進もうと思っても、その場から動くことが出来ないのだ。
「なんだ・・・どうなっている?」
「我が太刀の力だ。これは敵を斬る為のものではなく、動きを封じてしまう為のものだ。」
「何いい・・・・・。」
ハスターは必死に動こうとするが、全く前に進まない。後ろにも横にも行けず、身体の形を変えることも出来なかった。
「さて・・・それでは最後の攻撃をさせてもらう!大日アマテラス、モードチェンジ!」
大日アマテラスは、手を合わせて目を閉じる。するとニョキニョキと腕が生えてきて、千手観音の姿に変わっていった。アマテラスは元の姿に戻り、コクピットの椅子に座る。
「いくぞよ!」
アマテラスがパチンと指を鳴らすと、彼女の衣装がパイロットの服に変化した。長い髪を後ろで縛り、気合を入れてレバーを握った。
千手観音は拳を構える。それを見たハスターは慌てながら叫んだ。
「おい待て!攻撃は一度きりじゃなかったのか!神が嘘をつくつもりか!」
「はい?誰もさっきのが最後の攻撃だなんて言ってませんけど?」
「そ、そんなことあるか!刀で斬りかかっておいて、攻撃じゃないなんて通用しないだろう!」
「だから?」
「だ・・・・だからって・・・。」
「そんなのはそっちが勝手に勘違いしたんでしょう?こっちに愚痴られてもねえ・・・。」
「そ、そんな屁理屈があるか!さっきのは間違いなく攻撃だ!二度目の攻撃は止めろ!それとも日本の神は嘘をつくのか!」
ハスターは必死に攻撃を止めさせようとする。アマテラスは呆れたように「はあ・・・」ため息を吐いた。
「古代の邪神よ、いいことを教えてあげよう。」
「な、なんだ・・・?」
「確かにお前は強い。しかしその分思い上がっている!それゆえに足元をすくわれ、敵の術中に嵌るのだ。以前もそうやって封印されたのを忘れたか?」
「・・・・・・・ッ!」
「あの太刀はオトリ。これからが本当の・・・そして最後の攻撃ぞ!」
千手観音は二十四本の腕で拳を握り、ハスターを殴り飛ばした。
「ぐはあ!」
「まだまだこれからよ!」
アマテラスはレバーを握りしめ、高速で前後に動かした。
「はいやあああああああああ!」
「ぐはああああああああああああああ!」
千手観音の拳が、マシンガンのようにハスターをどつきまわす。そのスピードはさらに加速していった。
「はいやあああああああああああああああ!」
「ぶべらあああああああああ!」
アマテラスはコクピットから立ち上がり、レバーを壊す勢いで動かし続けた。
「ああああたたたたたたたたたたたた!ほあたああああああああ!」
「ぐっはあああああああああッ・・・・・・。」
もともと形という形を持たないハスターであったが、さらに形が崩れて吹っ飛んでいく。まるでボロ雑巾のようにボロボロになり、千手アマテラスの方を睨んで、プルプルと手を伸ばした。
「こ・・・こんなの・・・・ありなのか・・・ぐはあ!」
ハスターは力尽きた。サラサラと砂糖のように崩れ去り、跡形も無く消えていった。
「・・・我の役目は・・・・・果たした・・・・。」
そう言って手を下げる千手アマテラス。その後ろには、三人の魔王が立っていた。
「さっさとやれ。もはや無駄な抵抗はしない・・・・。」
「そうか。引き際をわきまえるとはよい心がけだ。」
ベルゼブブがニヤリと笑い、大地に髑髏を呼び出した。千手アマテラスは髑髏の口の中に吸い込まれ、空想の牢獄へと沈んでいった。
「さて・・・邪魔者は消した。そろそろ地上に出るとするか。」
ルシファーは海面を見上げ、海から飛び出していく。サタンとベルゼブブもそれに続いた。
すると彼らの後から、生き残った邪神の軍勢もついて来た。
「我々もお供させて下さい。」
ロキが膝をついて頭を下げる。
「・・・いいけど、ちゃんと役に立ってね・・・。」
サタンに睨まれ、邪神の軍勢はブルリと震えた。
「そう脅かすな。手駒は多い方がいい。」
ルシファーがサタンを宥め、インドの方角を睨んだ。
「遥か先から、強い力を持った者が来る・・・。これは天使の気だな。それも最上級の天使の気だ・・・。メタトロンか、もしくはミカエルか?」
ルシファーはじっと考える。このままここにいれば、強力な天使と戦うことになる。別に負ける気などしないが、無駄な戦いは避けたかった。
「皆の者、いったんここから離れよう。そして・・・私も一度邪神に会ってみたい。いったいどの程度の器なのか・・・・この目で確かめんとな。」
そう言うと、ロキがサッと前に出た。
「はは!ではエジプトへ参りましょう。」
「エジプト?なぜそんな所へ?」
「邪神は身体を捨て、魂だけとなってラシルの星に向かいました。そしてエジプトには、ユグドラシルの分身が生えているのです。」
「なるほど・・・ユグドラシルの根元の穴を通って、ラシルへ行けということか?」
「はは!」
「・・・・だそうだ。行くか、お前ら?」
ルシファーはサタンとベルゼブブを振り返る。
「そうですなあ・・・邪神に会うにはそれしか方法が無さそうですし。」
「・・・私は・・・・どっちでもいい・・・。」
「ふうむ・・・。ならば向かうとするか。もうこの星は我らのものだ。暇つぶしに邪神とやらに会いに行くのも悪くはない。おいロキ!邪神の元まで案内するのだ。」
「ははあ!」
ルシファーたちは、迫りくるメタトロンを避けながらエジプトを目指した。
事態は悪い方へと転がっている。神々は敗北し、地球は悪魔の手に落ちてしまった。あと一歩まで追い詰めた邪神も、ラシルの星へ逃げられてしまった。
しかし・・・全ての希望が途絶えたわけではなかった。
ラシルに向かったコウとアリアンロッド、日本に向かうスカアハと天使の兄弟。それにクー・フーリンとミヅキもいる。
地球とラシルを救う希望は、完全に絶たれたわけではないのだ。
アマテラスは、それらの希望を信じている。いつか・・・いつかかならず邪神を倒し、悪魔を退けて平和をもたらしてくれると。
暗い暗い空想の牢獄から、アマテラスは皆の無事を祈っていた。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第九話 決戦!邪神の軍勢(1)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 19:59
ここは光の壁。空想と現実を遮る壁は、日本海に下りていた。光の壁から放たれる力は、海を押しのけて特殊な空間を生み出している。
その空間の中に、地球の神々と悪魔が集結していた。
どちらも一進一退の攻防を繰り広げ、中には命を落としていく者もいた。
「アタバクううううう!」
「ぐうう・・・・。」
毘沙門天は手を伸ばして叫ぶ。アスラの剣が、アタバクの腹を貫いたのだ。
「しっかりせい!」
「毘沙門天殿・・・・どうやら私はここまでのようです・・・・御武運を・・・・。」
「アタバクうううううう!」
アタバクは毘沙門天の腕の中で息を引き取った。息を引き取ったといっても、時間が経てば復活するのだが、毘沙門天の怒りは頂点に達する。
「おのれアスラ!許さぬぞ!」
「むふふふ・・・・弱小な神が・・・・。」
アスラは六本の腕に、四つの顔を持っていた。肌は灰色で、腰にはヒョウ柄の布を巻いている。
その形相は恐ろしく、角ばった顔につり上がった目をしていた。
「たかが鬼神ごときが、俺様に勝てるつもりか?そおれい!」
「ぬぐあああああ!」
アスラの剣が毘沙門天を斬りつける。
「まだまだ。」
六本の腕から繰り出される攻撃は、毘沙門天をボロボロに切り裂いていく。
「ぐっはああ・・・・。」
堪らず倒れる毘沙門天。アスラは勝ち誇ったように剣を掲げ、彼の頭を踏みつけた。それを見た毘沙門天の配下の鬼神達が、彼を助けようと戦いを挑んだ。しかしアスラによって全て斬り伏せられ、次々に倒れていった。
「むはははは!大したことがないな、日本の神々は、ええ?」
「お、おのれえええ・・・・・。」
毘沙門天は悔しそうに顔をゆがめる。そこへ天津神と国津神が駆け付け、アスラに戦いを挑んだ。
「足をどかせ!この木偶の坊!」
タケミカヅチが稲妻を放ち、ヒノカグツチが炎を吐く。
「効かん、効かん。」
アスラはどんな攻撃も受け付けなかった。そして口から煙を吐き、配下の悪鬼どもを解き放つ。
ミニチュア版のアスラがたくさん現れて、天津神と国津神に襲いかかった。
「うおおおおおお!」
インドの悪神は、もはやアスラ一人だけとなっていた。しかしアスラの強さは凄まじく、スサノオとヤマタノオロチという主力を欠いた日本の神々では、到底太刀打ち出来なかった。
「皆の者!負けるでない!」
不動明王が激を飛ばし、アスラに斬りかかる。
「まだ元気なのがいたか。しかし・・・弱い弱い、弱過ぎるわあああああ!」
「ふべらああああああ!」
六本の剣が不動明王を貫き、一瞬にして絶命させられる。
「ぐうう・・・・なんという強さ・・・・。」
毘沙門天は諦めそうになっていた。しかし・・・まだ一人だけ、アスラに対抗出来る神が残っていた。
「私が相手をする!皆の者は下がっておれ!」
アマテラスが手を広げてアスラの前に立つ。
「アマテラス殿!お一人では危険です!下がって下さい!」
「そうはいかぬ。同胞が傷つけられておるのだ。私だけ守られているわけにはいかぬ。」
「し、しかし・・・・もしあなたに何かあったら・・・後で私がスサノオ殿にシバかれてしまいます。」
「それだけが理由か?」
「・・・・・?」
「そなた・・・・私に惚れておるのだろう?」
「・・・・・・ッ!」
「もしそうであるなら、ここは何とか立ち上がり、皆を守ってほしい。この悪神は、私が何とかしよう。」
毘沙門天は、顔を真っ赤にしてアマテラスを見つめる。
「・・・・分かりました。アマテラス殿の頼みとあらば、この毘沙門天、同胞を守ってみせましょうぞ!」
「・・・頼むぞ。」
毘沙門天は、槍を掲げてミニチュア版のアスラに挑む。アマテラスは前を向き、アスラと向かい合った。
「恐ろしき悪神よ・・・・私がお相手しよう。」
「むふふふ・・・・光り輝く太陽の女神か・・・。相手としては悪くはない。だがしか〜し!
それでも俺様には勝てん!」
アスラは剣を構え、アマテラスに斬りかかってきた。
「なんの!アマテラスフラッシャアアア!」
アマテラスは両手を前に出し、大きな鏡を呼び出す。その鏡にアスラの姿が映り、ピカリと光った。
「うあ!眩しい!」
アスラは思わず目を閉じる。強烈な光が広がり、次の瞬間には、鏡の中からもう一人のアスラが現れた。
「な、なんと!俺様がもう一人!」
「我が鏡は、敵を映す神器なり。さあ、自分と戦うがよい!」
鏡の中から現れたアスラは、アマテラスと同じように光り輝いていた。そして剣を振り上げ、敵のアスラに斬りかかっていく。
「妙な技を・・・・、自分に負けてたまるか!」
ブラックアスラとホワイトアスラの凄まじい戦いが始まる。その頃、日本の神々とは離れた場所で、コウの仲間が戦っていた。
「皆の者!陣形を崩すなよ!」
それはソロモンの魔人が一人、ダンタリオンだった。三つの顔を持っていて、正面は老人、右は少年、左は美しい女であった。黒いガウンに貴族の服の纏い、立派な顎髭をたくわえていた。
彼はラシルの星でコウ達と知り合い、共に戦うことを約束したのだった。
「アスモデウス!もっと右へ!そうそう・・・穴を開けるな!それとべリスはもっと勇敢に!
敵に背を向けてどうする!」
72人の魔人達は、各々の特殊能力を駆使して戦う。敵を幻術で惑わせたり、呪いの言葉を掛けたり・・・。しかし敵もなかなか強力だった。
「おのれ・・・厄介な魔法ばかり使いやがって・・・・。」
敵はメソポタミアの魔王、パズスであった。ライオンのような頭に、ゴリラのような逞しい身体。背中には四枚の黒い翼が生えていて、尻尾はサソリのようになっていた。
パズスは、どんな神にも屈しない凶悪な魔王であった。凶暴さと残忍さなら、この魔王の右に出るものはいないと言われるほどだ。
パズスは額の角を光らせ、口から疫病の息を吐いた。それは神でさえも殺してしまう恐ろしい疫病で、ソロモンの魔人達は次々に倒れていった。
「うぬう・・・・さすがは凶悪さが売りの魔王・・・。一筋縄ではいかんか。」
敵はパズスだけではなかった。ケルトの魔王バロールと、その仲間の悪神たちが襲いかかってくる。
「・・・・・・皆、石になれ・・・・・。」
バロールは大きな一つ目の顔をしていた。その身体はアスリートのように逞しく、獣のようにフサフサとした黒い毛が生えている。バロールの最大の武器は、その大きな一つ目だった。
彼の目を見た者はみんな石にされてしまう。
バロールは大きな目を向け、ダンタリオン達を石に変えようとした。
「いかん!皆の者!奴の目を見るな!」
ダンタリオンは慌てて指示を出す。仲間はみんな目を瞑るが、その隙に敵に攻撃されてしまった。パズスの爪がソロモンの魔人を切り裂き、ケルトの魔女、モリーアンが呪術を放つ。
「くッ・・・。このままでは・・・・。」
ソロモンの魔人は押されていた。するとそこへ、美しい女天使が助太刀に現れた。
「おお・・・あなたは・・・・。」
「ソロモンの方々、助太刀いたします!」
加勢に現れたのは、スプンタ・アールマティという美しい天使だった。彼女はアフラ・マスダという善の神に仕える天使で、アーリマン率いる闇の軍勢と対峙する存在だった。
ショートカットの髪は、サファイアのように美しい青色で、丸みのある顔に、優しそうなブラウンの瞳をしていた。
背中には真っ白な翼が生えていて、ラベンダー色の短い法衣に、朱色の鎧を身に着けていた。
「退け!悪しき者どもよ!」
アールマティは頭上に両手を掲げた。彼女の身体から光の粒子が放たれ、味方を守るように結界を張った。
「この中なら、バロールの魔眼は通用しません。目を開けても大丈夫ですわよ。」
「・・・・おお!ほんとうだ!」
アールマティの張った結界は、呪いを打ち消す光の空間だった。
「でも防げるのは呪いだけです。油断しているとやられてしまうますわよ。」
そう言ってサッとダンタリオンの前に立ち、手の平から弓矢を作り出した。
「そこ!」
「痛ッ!」
放った矢がパズスに命中する。
「おのれ女・・・・ズタズタに切り刻んでやる・・・・。」
「出来るものなら・・・・どうぞ。」
アールマティはニコリと微笑む。パズスは怒り、疫病の息を吐いて襲いかかった。
その少し離れた場所では、これまた大規模な戦いが起きていた。北欧神話の神々と、ギリシャ神話の神々がタッグを組んで戦っていたのだ。
敵は魔王ロキと、彼の子供の怪物たち。そしてティタン族と呼ばれる巨人と、その統領のクロノスであった。
ゼウスの雷霆が雷を降らし、オーディンの槍が巨人を貫く。アテナは的確な指示で陣形を整え、トールは怪力に任せて敵を砕いていく。
しかし相手も負けていない。ロキの仕掛けた狡猾な罠に嵌った神々は、彼の息子のフェンリルに食われていく。クロノスは時を操り、敵の動きを封じて大鎌を振っていく。さらには神の力では倒せないギガース族も参戦し、戦いは泥沼化していった。
地球を守りたい神々と、地球を奪いたい邪神の軍勢。光の壁では、かつてない規模の大戦争が起こっていた。
「むはははは!いくら足掻こうと無駄だ!この戦、我ら邪神の軍勢に分がある。」
ブラックアスラは、一瞬の隙をついてホワイトアスラを切り裂いた。やられたホワイトアスラは、幻のように消えていく。
「よいか、日本の女神よ!邪神は神殺しの神器を持っている。もし我らを倒したとしても、お主らに邪神を倒す術はない!」
「果たしてそうであろうか?」
「・・・・思わせぶりな言い方だな?何を企んでいる?」
「それを敵に教えると思うか?」
「・・・それはそうだな。ならば貴様を倒し、厳しい拷問にかけて聞き出してやろう!」
アスラは六本の剣を振り上げて襲いかかってくる。アマテラスは落ち着いた様子で目を閉じ、両手を広げた。
「観念したか?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「そういうわけではなさそうだな。ではこのまま斬り捨ててやろう!」
アスラの剣がアマテラスの頭上に迫る。しかしその瞬間、彼女の背後に巨大な勾玉が現れた。
「なんだこれは・・・・。」
勾玉はアスラの何倍も大きかった。濁った緑色をしていて、淡い光を放っている。
「異国の悪神よ・・・日本の神々を甘く見るでないぞ!」
アマテラスは天に向けて手を伸ばす。巨大な勾玉は彼女の頭上に浮かび、ブルブルと震えて日本の神々を吸い込んでいった。
「な・・・何をするつもりだ・・・・?」
「神々の融合、トランスフォーメーション!来たれ、大地を照らす如来よ!」
日本の神々を吸い込んだ勾玉は、ニュルニュルと溶けて形を変えていく。どこからともなく後光が射し、パッと光って巨大な仏像が現れた。
「な、なんだこれは!」
「これこそは大日如来!天を照らし、大地を慈しみ、生きとし生けるものを愛する仏の姿!」
アマテラスは宙に浮き上がり、大日如来の肩に立った。
「私もこの仏も、日の元の国を照らす善神なり。断じて異国の悪神に負けたりはせぬ!」
アマテラスは大日如来のこめかみにあるボタンを押した。するとパカっと口が開き、いそいそと中に入っていった。そして胸の辺りにある操縦室に下りて行き、起動スイッチを押してレバーを握った。
「さあ行くぞ、我が友よ!」
モニターに如来の顔が出て来て、「魂を同調させて下さい」とアナウンスが流れる。
「そうそう・・・忘れておった。」
コクピットの脇にある数珠を掴み、胸にかけている勾玉と一緒に、モニター横のトレイに入れた。大日如来とアマテラスの魂がシンクロして、意思の疎通が可能となった。
「では参るぞ!」
「御意。」
モニターの中の如来が頷く。アマテラスは左右のレバーを動かし、ぎこちない様子で操縦していった。
大仏の右手が拳を握る。そして高く振り上げ、ピタリと止まった。
「さっきから何なんだ・・・・・。」
アスラは茫然として大仏を見上げた。自分より遥かに巨大なので、迂闊に手は出せない。しかしじっとしていると、何をされるか分からなかった。
「こ・・ここは一旦距離を取って・・・・・。」
そう言いかけた時、いきなり如来が殴りかかってきた。振り上げた拳が、アスラの真横に叩きつけられる。
「・・・・・・・・ッ!」
驚いて固まっていると、如来は拳を開いて平手にした。
「如来ビンタ!オン!」
アマテラスがレバーを動かすと、バチコ〜ン!と如来のビンタが炸裂する。
「ふべらああああ!」
アスラは遠くまで弾き飛ばされ、一撃で瀕死の状態に陥った。
「な・・・なんだ、このデタラメなパワーは・・・。」
「これぞ神と仏のフュージョン、神仏の融合の力なり!」
「くそ・・・・。ふざけた戦い方をしやがって・・・・。」
アスラは立ち上がり、剣を掲げて雄叫びを上げた。
「ならば神も仏も粉砕してくれる!食らえ!カルマの業火!」
アスラの剣から紫の炎が立ち上り、髑髏の顔が浮かぶ。そしておぞましい叫びを上げながら飛んで来た。
しかし・・・・仏のボディには効かなかった。髑髏の炎はあっさりと跳ね返され、如来の後光によって消滅していった。
「・・・・・・・・・・・・。」
アスラは言葉を失くす。自分の最大の必殺技が、何のダメージも与えられずに跳ね返されてしまった。これ以上戦っても勝ち目はないと思い、一目散に逃げ出した。
「逃がすものか!」
アマテラスはレバーの横に付いているボタンを押した。如来は合掌してお経を唱え、口から文字が飛び出してきた。その文字はアスラの身体に張り付き、身動きを封じてしまった。
「まだまだ!」
今度はアマテラスが祝詞を捧げる。彼女の口から祝詞の文字が飛び出し、アスラに纏わりついて力を奪っていった。
「お・・・おのれ・・・・この俺様がこんな・・・・。」
「さあ、仕上げぞ!」
アマテラスは、左右のレバーを力いっぱい引く。如来のエネルギーが解放され、金色に輝いて宙に浮き上がった。
そして・・・・仏のポーズを取ったまま、猛スピードでアスラに向かって飛んでいった。
「むおおおおおお!来るなあああああ!」
座禅して仏のポーズを取ったまま迫りくる大仏。それは得も言われぬ恐怖だった。しかしお経の文字のせいで、まったく身動きが取れない。そこへ超高速で大仏が迫って来る。
「わあああああああ!やめろおおおおお!」
如来はそのまま突き進み、アスラを吹き飛ばしていった。
「ま・・・まさか・・・・この俺様がああああ・・・・・。」
仏の強烈な体当たりによって、アスラは光の粒子に砕かれた。
「よし!私たちの勝ちぞ!」
アマテラスはガッツポーズをして喜ぶ。しかしまだまだ敵は残っている。苦戦している仲間を助ける為、レバーを握って飛んでいった。
・・・・激しい戦いだった・・・。名のある神以外は、邪神の軍勢と相討ちになって死んでいく。それでもこの地球を守る為、命を懸けて必死に戦った。
アールマティの父であるアフラ・マスダと、彼の配下の光の軍勢も駆け付け、戦いは神々に有利になっていく。魔王や悪魔は次々に討ち取られ、中には逃げ出していく者もいた。
このままいけば神々が勝利する。それは誰の目にも明らかだった。しかし戦いとは常に予想外の事が起きるもので、邪神の軍勢の後ろに、突然スサノオが現れた。
「皆の者!攻撃を止めい!」
スサノオは剣を掲げて叫んだ。いきなりの出来事に、全員の動きが止まる。
「弟よ、いきなりどうしたのだ?そなたは邪神と戦っているはずでは?」
「その通り。しかし・・・・逃げられてしまったのです。」
「逃げられる?どういうことか?」
スサノオの衝撃的な一言に、神々の間に不安が走る。邪神の軍勢はその隙にそそくさと退却しようとするが、「動くでない!」とスサノオに殴り倒されてしまった。
「言うことを聞かぬ者は、ミンチになるまでシバき倒すぞ!分かったかコラ!」
ロキの胸ぐらを掴み、ガクガクと揺さぶって脅しをかける。
「わ・・・分かったから・・・・手を離せ・・・・。」
「いいか皆の者!我ら地球の者たちで争っている場合ではないのだ!あの邪神はな、身体だけ残して逃げて行きおった。」
「どこへ逃げたのだ?」
ヴィシュヌが慌てた様子で尋ねる。
「・・・おそらく、ラシルの星。それ以外に考えられぬ。」
「しかし邪神のいる場所から、ラシルの星へ逃れる術があるのか?」
そう尋ねられると、スサノオはバツの悪そうな顔で頭を掻いた。
「皆の者・・・怒らずに聞いてほしいのだが・・・これは儂のせいなのだ。」
「スサノオ殿の・・・・どういうことか説明してもらおうか?」
神々は怖い顔で睨みつける。アマテラスはハラハラしながら、如来の中で息を飲んでいた。
《我が弟・・・・やはりトラブルを起こしたか・・・。あれほど無茶をするなと言うたのに。》
姉の心配をよそに、スサノオはケロっとして答えた。
「実はな、邪神の馬鹿を空想の深海に閉じ込めようと考えたのだ。」
「空想の深海だと?」
今度はゼウスが顔をしかめる。スサノオは「うむ」と頷き、先を続けた。
「我ら日本の神は、邪神を討つべく出雲の地に集まっていた。しかしそこへ、突然クトゥルーが現れたのだ。」
「クトゥルーだと!あの化け物がか!」
トールは鼻息を荒くして詰め寄る。
「虚無の闇を通って、空想の深海から逃げ出して来たのだ。」
「虚無の闇って・・・・いったい誰がそんなものを・・・・。」
アテナが憂いのある顔で呟くと、アールマティが答えた。
「きっとアーリマンの仕業でしょう。奴めは我々の防衛網をすり抜け、現実の世界へ出て行ったのです。」
「左様、アーリマンのせいで日本の地に虚無の闇が広がった。それは現実の世界の深い部分にまで達し、やがて空想の世界にまで到達した。そこからさらに広がっていき、空想の深海の近くにまで達した。クトゥルーは特殊な力を使い、虚無の闇を通って抜け出して来たのだ。」
「ううん・・・なんとも予想外な話・・・・。」
北欧の女神のフレイヤが、眉をひそめて呟いた。
「儂はクトゥルーの力を利用して、邪神を空想の深海に閉じ込めようと考えた。そして・・・作戦は上手くいこうとしていた。共に連れていったヤマタノオロチが活躍してくれたおかげで、邪神を追い詰めることが出来たのだ。」
「ヤマタノオロチ・・・あんな化け物を・・・・。」
ダンタリオンが首を振りながらゾクリとしていた。
「邪神の神器は龍や魔獣には効かぬから、ヤマタノオロチはえらく活躍してくれたのだ。そして共に連れていった神々も、よく奮闘してくれた。特にあいつ・・・・ルーの息子の・・・何て言ったかな?」
名前が出て来なくて困っていると、バロールが助け舟を出した。
「ルーの息子なら・・・・・クー・フーリンのことか?」
「そうそう!それだ!・・・・・って、貴様はこっちを見るな!石になってしまうだろうが!」
スサノオは思い切りバロールを殴りつけた。
「ぐはあッ!・・・・・ひどい、名前を教えたのに・・・・。」
バロールはドクドクと出血し、ドシンと倒れてしまった。
「あのクー何とかいう奴は、先陣を切って戦いを挑んでいたな。そして皆の奮闘のおかげで邪神を追い詰め、クトゥルーの力を使って、空想の深海に閉じ込めようとした時だった。邪神は・・・・魂だけ抜け出して、虚無の闇に逃げていきおったのだ。」
「なんと!それはまずいではないか!」
オーディンが槍を向けて怒った。
「だから怒らずに聞けと言っただろう。本当はもっと上手くいくはずだったのだ。しかし・・・ちょっとした手違いが起きてしまってだな・・・・。」
「手違い?どんな?」
「確実に邪神を閉じ込めるために、ワダツミが呪術をかけようとしたのだ。しかし儂はまどろっこしいのは嫌いだから、余計なことはせんでいいと怒鳴った。そのせいで邪神は魂だけ抜け出し、虚無の闇へ逃れていった。いやあ・・・あの時はやっぱり、ワダツミの言うとおりにしておけばよかったなあ。がははははは!」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・なんだその目は?逃げられたものは仕方なかろう。言っておくが、どんな非難も受けるつもりはないぞ。謝ることもせん!」
スサノオは喧嘩腰でふんぞり返った。
「・・・・・・・ダメだこりゃ・・・・。」
神々から諦めのため息が漏れる。アマテラスは皆に頭を下げて回り、弟の非礼を詫びた。
「我が弟よ、その後はどうなったのだ?」
「うむ、その後はですな・・・一応あとを追いかけたのです。こちらにはクトゥルーがいますから、奴の力を使って邪神を捕えようとしたのですが・・・・ここでも手違いが・・・。」
「またか!今度はどんな手違いだ!」
神々は一斉に詰め寄る。
「まあまあ・・・皆さん落ち着きなさい。ほんの些細なことです。」
「いいから早く言え!今度は何をやらかした!」
ブラフマーがプルプルと拳を握って睨みつける。
「大したことではない。ちょっとだけ・・・空想の牢獄に穴を開けてしまったのだ。」
「・・・・・・・・・・。」
「いや、ほんのちょっとだけだ!その後はすぐにクトゥルーに閉めさせた。儂も邪神を追いかけることに必死になっていたから、クトゥルーを急かしてしまったのだ。そして思わず拳骨を落とすと・・・・クトゥルーは空想の牢獄に向かって虚無の闇を広げてしまったのだ。」
「お主は・・・いったい何をしたか分かっているのか?空想の牢獄には、現実でも空想でも受け入れられない化け物を封じているのだぞ・・・・。」
神々は呆れてものも言えなかった。空想の牢獄とは、現実の世界ではおろか、空想の世界からも追い出された危険な存在を閉じ込める場所だった。その牢獄は空想の深海の少し上の方にあって、特殊な檻で囲まれていた。通常はその檻を開けるには、メタトロンか四大天使の持っている鍵が必要になる。しかし闇と空間を操るクトゥルーのせいで、その檻に穴が空いてしまったのだ。それは超が付くほど危険な、そして恐ろしい行為だった。
「空想の牢獄からは、誰か逃げ出したのか!」
ヴィシュヌが尋ねると、スサノオは「さあ?」と首を捻った。
「さあ?そんな曖昧な返事があるか!」
「さっきも言っただろう!邪神を追いかけるのに必死だったと。だから誰かが逃げ出したとしても、気づかなかったかもしれん。」
「・・・なんということだ・・・・・。」
神々はがっくりと項垂れる。空想の牢獄に閉じ込められている化け物は、かつて神々が総力を上げて戦った怪物だ。メタトロンや四大天使も手伝い、皆で力を合わせて閉じ込めたのだった。もしそんな化け物が表に出て来たら、邪神の他にも悩みの種が出来てしまう。
スサノオはちょっぴり反省したが、それでも「すまん」の一言で済ませてしまった。
「我が弟よ、そなたと共に行った者たちはどうしたのだ?ここにへは来ていないようだが。」
アマテラスがそう尋ねると、スサノオは「おお、それそれ!」と手を叩いた。
「実はですな、未だに邪神が暴れておるのです。奴めは魂が抜けた後でも動いておる。
執念というか怨念というか・・・魂が抜けても、そういうものは残っているのでしょう。
今はワダツミやクーが戦っているはずです。」
「なんと!それではすぐに応援へ向かわないと!」
「そうです。だからここへやって来たのです。ほれ、儂の後ろにクトゥルーの開けた穴がありますから、ここを通ればすぐに邪神の元ヘ。」
スサノオの後ろには、大きな穴がポッカリと空いていた。
「なるほど、では今すぐに邪神の元ヘ向かおう。他の方々、共に参りましょうぞ。」
アマテラスが呼びかけると、数人の神は頷いてくれた。しかし残りの神々は、あまり乗り気ではないようだった。
「どうされたのだ?早く行かねば邪神が・・・・・、」
「アマテラス殿、申し訳ないが、我々は行く気にはなれませんな。」
「オーディン殿・・・・なぜです?」
「元はといえば、あなたの弟君が犯した失態。それを我らが助ける必要はありますまい?」
「なんと!今はそのようなことを言っている場合では・・・・、」
すると、今度はギリシャの神々も首を振った。
「私も反対だな。」
「ゼウス殿まで・・・・。」
「申し訳ないが、お主の弟は少々やんちゃ過ぎるところがある。邪神は魂が抜けているのであろう?ならばあなた方だけでも充分に戦えると思うが?」
「しかし・・・戦力は多い方が・・・・・。」
「もし邪神を倒し損ねたら、我々が始末をつけます。とりあえずのところは、あなた方日本の神々だけでどうにかなさってはいかがか?なあ、皆の者?」
オーディンはこれみよがしに言って、周りに同調を求める。ほとんどの神々が、彼らの意見に賛成のようだった。
アマテラスはがっくりと項垂れ、「誰も手を貸してくれぬのか・・・」と落ち込んだ。
「あの・・・我々は共に戦いたいと考えているのですが。」
そう言って手を挙げたのは、アールマティだった。
「あなた方の国には、アーリマンが出現しているのでしょう?奴めは我らの宿敵。ならば、日本の神々に助力いたしましょう。」
「おお・・・なんと嬉しいお言葉・・・。」
ゾロアスターの神々は、アマテラスの申し出を引き受けてくれた。
「我々もお力添え致しますぞ。」
今度はダンタリオンが手を挙げた。
「私は、遠いラシルの星で戦う友と約束したのです。邪神を倒す為、共に戦うと。スサノオ殿の話を伺っているとい、そちらにはクー・フーリンが味方しているようですな?彼は私の友人の友人なのです。それならば私の友も同然。・・・・ご覧の通り、ソロモンの魔人は半分以下に減ってしまいましたが、それでもお力にはなれるでしょう。どうか共に行かせて頂きたい。」
「なんと・・・ソロモンの方々もお力を貸して下さるのか・・・・。」
ダンタリオンの紳士な態度に、思わず涙ぐんだ。
「聞いたか我が弟よ!そなたのせいで事態は悪化したというのに、力を貸して下さる方々がいるのだぞ。きちんとお礼を・・・・。」
そう言ってスサノオに目をやると、ゼウスとオーディンに喧嘩を吹っかけていた。
「ガタガタ言ってねえで一緒に来りゃいいんだ!ぶっ飛ばすぞコラ!」
「やれるものならやってみろ!」
「我らに喧嘩を売るとどうなるか・・・身を持って知らせてくれよう!」
三人の神は取っ組み合いを始める。見かねたインドの神々が仲裁に入り、必死に三人を引き離していた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
ため息をついて、がっくりと項垂れるアマテラス。
「どうしていつもこう・・・我が弟は・・・・。」
昔から弟のやんちゃぶりに悩まされていた。いつまで経っても姉の苦労は絶えない。もう一度天の岩屋戸に閉じこもろうかと、本気で考えていた。
「その苦労・・・お察し致しますぞ。」
ダンタリオンに同情され、ますます弟のことが情けなくなってきた。
「落ち着け、いい歳した神がみっともないぞ。」
ヴィシュヌが諭すように言うと、ようやく三人の神は落ち着いた。
「喧嘩などしている場合ではなかろう。邪神の元ヘ行く者は行く。そうでない者はここに残り、光の壁の警護にあたる。それでよかろう。」
ブラフマーが冷静な意見を飛ばすと、ゼウスとオーディンは渋々という感じで頷いた。しかしスサノオの怒りは収まらないようで、まだ喧嘩を吹っかけようとしていた。
「やめよ!これ以上私に恥をかかすでない!」
アマテラスは如来パンチでスサノオの頭を殴りつけた。
「・・姉上・・・。」
「早く邪神の元ヘ向かうぞ。仲間が戦っているのだろう?」
「・・・・そうでしたな。分からんちんのアホ神どもと喧嘩をしている場合ではない。」
「貴様!まだ言うか!」
ゼウスはこめかみに血管を浮かばせて睨みつける。
「まあまあ・・・彼は血の気が多い神ゆえ、そう怒らずに。」
ヴィシュヌはニコニコとゼウスを宥め、アマテラスの方を振り返った。
「我らインドの神は、一度自分の国に戻ろうと思っております。なんでも、あの地では無数の魔物が暴れているとか。シヴァが向かったので心配はないと思いますが、それでも放っておくわけには参りませんので。」
「ヴィシュヌ殿、いつもいつも喧嘩の仲裁を申し訳ない。ほれ、そなたも礼を言え。」
「・・・・まあ・・・恩に着る・・・・。」
憮然とするスサノオを見て、ヴィシュヌは笑いを堪えた。
「さて、それでは行きましょう、姉上。」
「うむ。卑劣で野蛮なる邪神め・・・・必ず討ち取ってくれる!」
アマテラスは気合を入れて穴に向かった。すると穴の中から何かが迫って来て、思わず飛びのいた。
「何かが穴の向こうから出て来るぞ!」
神々に不安と戦慄が走る。身の毛もよだつ何者かが、穴の向こうから現れようとしていた・・・。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第八話 神の遣いメタトロン(4)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 19:55
インドの渇いた大地で、巨大な天使と魔獣が睨み合っていた。
「世界を破滅に導く、おぞましい魔獣め。我が光をもって粉砕してくれる!」
メタトロンの目がピカッと光り、魔獣を挑発した。
「ギエエエエエエエン!」
魔獣は雄叫びを上げ、メタトロンに突進して来た。
「だあああああ!」
それを正面から受け止めるメタトロン。魔獣の頭を掴み、強烈なチョップをお見舞いする。そしてサッと横に回り、力任せに持ち上げた。
「ギエエエエエエン!」
「ぬううううううん!」
メタトロンは魔獣を担いだまま飛び上がり、脳天から投げ落とす。魔獣は頭から大地に突き刺さり、バタバタと足を動かしていた。
「でやあ!」
メタトロンは翼を広げ、空高く舞い上がる。そして羽を四枚抜いて大地に投げた。
その羽は魔獣を囲うように大地に突き刺さり、十字架の光を放った。
「ギエエエエエエエン!」
羽から放たれる光は、魔獣の動きを完全に封じた。頭から地面に突き刺さったまま、まったく身動きが取れない。
メタトロンは脇に拳を構え、力を溜める。そして「でやああああ!」と叫んで、魔獣に向かって一直線に飛びかかっていった。
凄まじいスピードでメタトロンの拳が直撃し、光の柱が立ち上る。その光は大地に刺さった羽の光と交わり、巨大な十字架となって炸裂した。
「ギエエエエエエエエエエエン!」
大天使の放つ聖なる光が、黙示録の魔獣を焼いていく。邪悪な力が消滅し、魔獣の身体がボロボロと朽ちていった。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
やがて光がおさまり、メタトロンはサッと飛びのいた。黙示録の魔獣は完全に沈黙し、力なく倒れていく。
「やった!さすが兄ちゃんだ!」
サンダルフォンはガッツポーズをとって喜ぶ。しかしメタトロンは「まだだ!」と叫び、拳を構えた。
「・・・・・・・・ギエエエエン・・・・。」
魔獣はまだ生きていた・・・。メタトロンの放つ十字架の光に焼かれながら、それでもまだ死んでいなかった。足をばたつかせて地面から抜け出し、ブルブルと頭を振って立ち上がった。
「グウウウウ・・・・・。」
憎らしそうにメタトロンを睨む魔獣。七つあった頭は、そのうちの三つが無くなっていた。
メタトロンの強烈な攻撃のせいで、魔獣も相当なダメージを受けていたのだ。それでもなお、この魔獣の闘志は衰えない。それどころか、憎しみを糧にして力が増していく。
「ああ・・・なんて化け物だ・・・・。」
サンダルフォンは思わず絶望する。先ほどのメタトロンの攻撃は、彼の必殺技の一つであった。
それをまともに受けて生きているなど、とても信じられなかった。
「グウウウ・・・・・ギエエエエエエン!」
「さすがは黙示録の魔獣、一筋縄ではいかんか・・・。ならば!」
メタトロンは顔の前で腕をクロスさせ、大きく翼を広げた。
「こちらも本気で挑むまで!神の代理たる我が力、とくと見よ!」
メタトロンの腕に力が溜まり、青白く輝いていく。
「むううううううん・・・・はあああ!」
クロスさせた腕を振り下ろすと、メタトロンの形状が変化した。白銀の身体は、真っ白な真珠のように変わり、ボディは鋭角的に角ばっていく。それは天使というより、巨大なメカのようだった。
大きな翼は、戦闘機の翼のように直線的に伸び、額には美しいエメラルド色のパーツが浮かび上がった。
「世界の終末に現れる、呪われし獣よ・・・・。我が意志の元、貴様を塵に還さん!」
「ギエエエエエエエン!」
メタトロンと魔獣は、お互いに突進していった。巨体がぶつかって大地を揺らし、激しい取っ組み合いが起きる。
魔獣は至近距離から灼熱の炎弾を吐き出す。メタトロンは咄嗟に手を出してバリアを張り、その攻撃を跳ね返した。
「ギエエエエエエエン!」
魔獣は自分の炎で焼かれ、苦しみの声を上げる。
「でやあ!」
その隙にメタトロンは回し蹴りを放ち、魔獣を遠くへ吹き飛ばす。そして高く飛び上がり、空中で回転しながら飛び蹴りを放った。
「ギエエエエン!」
強烈なキックが、魔獣の頭を一つ吹き飛ばす。そして続けざまに放ったチョップが、また頭を斬り落とした。
「まだまだ!」
メタトロンは翼を広げ、一回転しながら斬りつける。また魔獣の頭が斬り落とされ、七つあった頭は、残り一つだけとなってしまった。
「ギエエエエエエ・・・・・。」
魔獣は堪らず後退し、恨めしそうな目でメタトロンを睨んだ。
「まだ闘志は衰えぬか・・・・。ならば、カッチリとトドメを刺してやるまで!来い!」
「ギエエエエエエン!」
魔獣は最後の力を振り絞り、胸の刻印を輝かせる。
「はあああ・・・・・。」
メタトロンも拳を握り、それを両脇に構えた。足を開いて腰を落とし、拳に眩い光が集まっていく。
サンダルフォンは息を飲んでその光景を見守っていた。これがお互いの最後の攻撃になる。
決着を見逃すまいと、しっかりと目を開いていた。
「ギエエエエエエン!」
先に動いたのは、黙示録の魔獣の方だった。後ろ脚で立ち上がり、胸の「666」から呪われた光線を解き放つ。
そしてメタトロンもまた、それを迎え撃つように動いた。脇に構えた拳を、頭上でクロスさせる。人差し指と中指を伸ばし、それを額の前で構えた。すると額にあるエメラルド色の丸いパーツから、螺旋状の光線が放たれた。
魔獣の光線と、メタトロンの光線。二つの光がぶつかり、激しいせめぎ合いが起こる。
「ぬううううう・・・・・。」
「ギエエエエン!」
一進一退で押し合っていた二つの光線だが、やがてメタトロンの光線が勝り始めた。敵の光線を押し返し、そのまま黙示録の魔獣にぶつかって、海まで吹き飛ばしていった。
「ギエエエエエエエン!」
メタトロンの光線は止まらない。それどころか、より威力を増していく。魔獣はその光線に押され、海面の上を飛ばされていった。
そして・・・・遠い水平線まで飛ばされた時、日の出のような激しい光を放って、大爆発を起こした。
「ギエエエエエエン・・・・・・・。」
魔獣の叫びが山彦のように響き、遂には粉々に砕かれて消滅した。
世界を破滅させるという黙示録の魔獣は、天使の長、メタトロンによって跡形もなく吹き飛ばされた。
「・・・・・・・・・・・・。」
敵の沈黙を確認したメタトロンは、再び腕をクロスさせる。そして元の姿に戻り、弟の元に駆け寄った。
「我が弟よ・・・よく戦った・・・。憎き魔獣は粉砕した。安心するがいい。」
「さすがは兄ちゃんだ!いや、それより・・・スカアハが目を覚まさないんだよ。どうしよう。」
「・・・・かなりダメージを受けているようだな。魔獣の炎が直撃する前に助けたつもりだが、それでもダメージを負ってしまったのだろう。どれ、我が力を与えよう・・・・。」
メタトロンは手の平に光を集め、それをスカアハに分け与えた。
「・・・・・うう・・・・う・・・・。」
「スカアハ!」
メタトロンの光のおかげで、スカアハはようやく目を開けた。
「我は・・・・まだ生きているのか・・・・。は!黙示録の魔獣はどうなった!」
慌てて身を起こし、辺りを見回すスカアハ。するとメタトロンに気づいて「おお!」と声を上げた。
「来てくれたのか!」
「我が弟の友よ・・・礼を言おう。汝のおかげで、弟は黙示録の魔獣に立ち向かった。」
「・・・・いや、我はきっかけを作ったに過ぎぬ・・・。それどころか、身を呈して守ってくれたのだ・・・・。礼を言うのはこちらだ・・・。」
スカアハは立ち上がり、サンダルフォンをじっと見つめた。
「黙示録の魔獣・・・恐ろしい敵であった・・・・。メタトロン殿が倒してくれたのだな?」
「うん・・・・兄ちゃんがやっつけたよ。」
「さすがは天使の長だ・・・。しかし、お主もよく戦った。おかげで我はこうして生きている。
感謝の言葉に絶えぬ・・・・・。」
「やめてくれよ、そんなの・・・・。どういう顔していいか分かんないからさ。」
サンダルフォンは照れ臭そうに頭を掻く。しかし、まんざらでもなさそうに胸を張っていた。
「サンダルフォンよ、お主に尋ねたいことがあるのだ。」
「なんだい?」
「お主は先ほどこう言っていたな。黙示録の魔獣が出て来ることは分かっていたと。どうしてそんなことが分かっていたのだ?」
「ああ・・・それは・・・・。」
サンダルフォンは神妙な顔になって、兄の顔を見つめた。
「それについては、私から説明しよう。」
メタトロンは立ち上がって腕を組んだ。
「黙示録の魔獣は、世界が終る時に現れる怪物だ。ゆえに、本来ならばこのインドの地に現れるはずはなかったのだ。」
「・・・どういうことか?」
「今、この地球では激しい戦いが起こっている。それは光の壁がある日本海だ。ならば、普通に考えるなら奴もその場所に現れるはずだ。なぜなら、光の壁がある場所こそが、この星の命運を分ける戦場なのだから。」
「確かに・・・・。あれほど強力な魔物なら、邪神の軍勢にとって大きな戦力となろう。
だが、なぜあの怪物はインドへ現れたのだ・・・・?」
そう尋ねると、メタトロンは空を指さした。
「それは・・・・月の魔力に引かれたせいだ。」
「月の・・・・魔力・・・?」
「あの獣を、月の魔力で引きつけてインドに出現させたのだ。もし光の壁に現れたら、神々の軍勢は劣勢を強いられることになるからな。」
「それはそうだが・・・・そんなことが可能なのか・・・?」
「可能である。月の魔力なら、地球で起きる現象を左右することは可能なのだ。そしてそれを行うには、月の主であるダフネの協力が必要だ。」
「月の主・・・ダフネ・・・。それは確か・・・かつて世界を騒がせた・・・・、」
「そう・・・空想と現実を混ぜようと企んだ、お騒がせな女神である。あの時はダーナと名乗っていたが、今では月の女神となって改心している。それゆえに、地球で起きている惨状に胸を痛めているのだ。」
「なるほど・・・・だからメタトロン殿は、月へ行っていたわけか・・・。ダフネの協力を仰ぐ為に・・・・。」
「いかにも。本来なら光の壁に現れるはずだった黙示録の魔獣を、月の魔力で引きつけてインドへ出現させた。この地の者たちにとっては甚だ迷惑であっただろうが、地球を救う為だ。
迷っている暇はなかった。」
「ならば・・・・インドに現れた魔物の巣も・・・・?」
「あれも月の魔力のせいだ。無限に湧いてくる魔物の巣は、何としても光の壁に出現させるわけにはいかなかった。もしそのようなことになれば、これまた邪神にとって有利となる。」
「それならば・・・・・光の壁を地球へ引き下ろしたのも・・・・・、」
「月の魔力だ。いや、正確に言うならば、ダフネの仕業だ。」
「なぜそのようなことを・・・・?」
「光の壁を、あのまま宇宙に放置しておくことは出来ない。なぜなら、地球の神の多くは宇宙へ飛び出す力を持っていないからだ。ならば宇宙に光の壁を放置しておけば、邪神は何の苦労もなくそれを破壊することが出来る。奴めは宇宙を駆ける箱舟を手に入れ、それによって宇宙でも活動が出来るようになったのだからな。」
「ダナエの箱舟のことだな・・・・。」
「あの箱舟は、月の女神ダフネ、そして妖精王ケンと、その妃アメルの力が宿っている。それを邪神に奪われてしまったのは、大きな痛手だ。我が配下の天使たちが、必死になってあの箱舟を探しているが、未だ見つからない。あれを取り戻すことは、現時点で最優先課題の一つである。」
「・・・・ようやく分かってきた。あの時アリアンが感じていた、邪神以外の大きな力とは、月の魔力のことだったのだな。」
「月と地球は兄弟のようなものだ。互いに強く影響を及ぼし合う。ゆえに、月は絶対に邪神に奪われるわけにはいかない。例え地球が奪われても、月が無事なら地球を奪還することは可能なのだ。」
「なるほど・・・・月は地球の神々に残された最後の砦というわけか・・・・。」
「その通りだ。ゆえに我が配下の強力な天使たちが護りについている。天に名を轟かす、かの四大天使がな。」
「おお!それは心強い。だが、まだ疑問が残っている。なぜ光の壁を日本海に引き下ろしたのかということだ。それにインドに現れた無数の魔物と、黙示録の魔獣。どう考えても、アジアを中心に事が起こっているように思う・・・。月の女神ダフネは、なぜアジアでこのような現象を引き起こすのだ?光の壁にしろ、黙示録の魔獣にしろ、もっと人気の少ない場所に引き寄せた方がよかったのではないか?」
「もっともな疑問だが、それには理由がある。」
メタトロンは日本のある方角を向き、遠い目をした。
「月の女神ダフネと、妖精王ケン、そしてその妃アメルは、日本に縁が深いのだ。かつてダフネが空想と現実を混ぜようとした時、その舞台となったのが日本だ。それに妖精王ケンは、元々は日本に住んでいた人間であるし、アメルも日本に生えていた大木が妖精になったものだ。
月の一族にとって、あの国は馴染みが深いのだ。」
「それだけの理由で、あの国の近くに光の壁を下ろしたというのか・・・?」
「・・・・・月に住む妖精は、そのほとんどが日本にいた人間の魂なのだ。かつてダフネが暴れた時に、命を落とした人間が妖精に転生し、月へ移り住んだ。それゆえに、月の一族はあの国に対する思い入れが強い。そして・・・あの国には、ある重要な人物が住んでいる。」
「重要な・・・人物?」
「妖精王ケンの弟であり、ダナエの生みの親だ。」
「ダナエの生みの親だと!いったいどういうことだ?ダナエは妖精王の子供ではないのか?」
スカアハは身を乗り出して尋ねた。
「確かにダナエは妖精王の子供だ。だがしかし!その筋書きを作ったのは、妖精王の弟である加々美幸也という人間なのだ。」
「加々美・・・・幸也・・・・。その人間が、いったいどうしてダナエを・・・・?」
「加々美幸也は、かつてダフネが日本で暴れた時に、その騒動を治めるのに活躍した人間なのだ。彼は全ての騒動が終わった後、ダフネの物語の続きを綴った。」
「物語の続き・・・・?」
「実を言うと、ダフネ自身がかつては人間だったのだ。しかしあまりに不幸な生い立ちの為に、自ら命を絶った。自分で作った神話を残してな。それを見た我が主、宇宙の偉大な神は、ダフネにほんの少しだけ力を与えた。」
「力を・・・与えた・・・・?」
「ダフネの書いた神話を、現実世界に召喚出来るという力だ。その為に空想と現実は入り乱れ、世界の秩序が崩壊し始めた。加々美幸也はそれを食い止める為に、ダフネの神話の結末を書き換えた。そのおかげで世界の秩序は守られ、ダフネは月へと旅立った。」
「なるほど・・・。それで、その後はどうなったのだ?」
「その後、加々美幸也は新たな物語を綴った。月へ旅立ったダフネの物語をな。その時に登場したのが、ダナエという妖精の少女だ。ダフネから始まった物語は、ダナエを主人公に変えて進んでいった。」
「つまり・・・その加々美幸也という人間が物語を綴らなければ、ダナエは生まれなかったということか・・・・。」
「ずいぶんと複雑な話だが、そういうことだ。しかしいくら加々美幸也が物語を綴ろうが、それは空想の世界の話。現実と交わるはずがなかった。」
「確かに・・・・。なぜなら光の壁があるからな。」
「左様。光の壁がある限り、空想と現実は交わらない。だが・・・・事件は起こった。宇宙を旅するダナエは、ある星の近くを通りかかった時に、ユグドラシルの声を聞いたのだ。
そしてその星へ降り立ってみると、邪神という凶悪な神がいることを知った。邪神は空想と現実の壁を取り払い、なおかつ地球の支配まで企んでいた。
ここで・・・ここで初めて、ダナエの物語と、邪神という存在が交わることになってしまった。
加々美幸也の綴っていた物語は、邪神という予期せぬ存在と出会うことで、本来進むべき道を外れてしまったのだ。」
「なるほど・・・物語の外の存在に触れてしまったわけだ・・・。筋書きが変わってしまうのも無理はない・・・・。」
「ダフネや妖精王は、予想外の出来事に慌て始めた。邪神が地球でコソコソ活動していることは知っていたが、まさかダナエが邪神に接触するとは思ってもいなかったのだ。
そしてどうにかしてダナエを守る為、光の壁を日本の近くに下ろした。あの国に住む、加々美幸也に事態の異変を気づいてもらう為に。」
「しかし・・・・そのような回りくどいことをせずとも、ダフネ自身が加々美とやらに会いに行けば済む話ではないのか?」
そう言うと、メタトロンは小さく首を振った。
「それが出来ぬから、光の壁を下ろしたのだ。月に住む一族は、決して地球へ行くことは出来ない。なぜなら、かつてダフネが地球で暴れた為に、ある罪科を背負わされたからだ。」
「ある罪科?それはどういう・・・・?」
「ダフネは、己の力を使って世界の秩序を崩壊させようとした。その罪は重く、本来ならば我が主の裁きを受けても仕方がなかった。しかし彼女にそのような力を与えてしまったのは、他ならぬ我が主だ。ゆえに、我が主はダフネの罪を減刑した。地球から離れ、二度とこの星に降り立たないというのなら、月に住まわせてやるというものだ。
その罪科は、月に住む全ての者に背負わされている。それゆえ、ダフネは加々美幸也に会いに行くことが出来なかったわけだ。」
「ふうむ・・・・だから光の壁を下ろし、加々美に事態の異変を伝えようとしたわけか・・・。」
「加々美は、ダナエの物語を綴った張本人である。彼なら、上手く物語を書き進めればダナエを守ることが出来るかもしれない。」
「なるほどな・・・。しかし邪神はどうする?奴はダナエの物語には登場するはずのない存在なのだぞ?いくら加々美といえど、邪神をどうこうすることは出来まい?」
「その通り。しかし、邪神を倒せる可能性を作ることは出来るかもしれない。上手くダナエを活躍させれば、邪神を討ち倒せる可能性は大いにある。」
あまりに意外な話ばかりが続いた為に、スカアハは自分の頭を整理する必要があった。しばらくの間、じっと黙って考える。
「メタトロン殿の話を聞いていると、この先の戦いは加々美幸也という人間が鍵になりそうだ。
我々は彼に会い、最悪の結末を防ぐために、新たな物語を綴ってもらわなければならないな。」
「左様、我々はなんとしても加々美に会わなければならない。まだ生きていればの話だが・・・。」
メタトロンは翼を広げ、空中に舞い上がる。
「これから日本に向かう。ケルトの女神よ、共に来るか?」
「もちろんだ。我も是非、加々美という人間に会ってみたい。」
「ならば共に行こう!我が弟よ、彼女を運んでやるがよい。」
「うん。それじゃスカアハ、手に乗って。」
サンダルフォンはスカアハを手に乗せ、兄の横に舞い上がる。
「では、いざ日本へ。でやあ!」
メタトロンとサンダルフォンは、マッハ15で日本へ飛んでいく。シヴァとインドラは、遠く離れた場所からその光景を見つめていた。
「・・・・なんか知らんが、終わったようだな。」
「いやあ、よかったよかった。」
「いいことあるか!インドが滅茶苦茶にされたのだぞ!もう・・・もう二度とこんな事は許さん・・・・。」
「・・・そうですな。では我々も光の壁へ戻りましょう。邪神さえ倒せば、平和は取り戻せるのですから。」
「うむ。では歩くのが面倒臭いのでおぶっていってくれ。」
「ええ〜・・・・。」
インドラはシヴァをおぶって光の壁に向かって行く。インドは大きな被害を受けたが、全ての神々が帰ってくれば、復興するのはたやすい。
インドは静けさを取り戻し、渇いた砂が吹き荒れていた。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第八話 神の遣いメタトロン(3)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 19:53
友を見送ったスカアハは、目の前にそびえる怪物を睨んだ。
「なんとも恐ろしい化け物よ・・・。しかし、負けるわけにはいかぬ!」
拳を握り、黒い風を纏って黙示録の魔獣に飛びかかる。シヴァを中心としたインドの神々も、最強の魔獣を討ち倒そうと奮闘した。
そして・・・・戦いは熾烈を極めた。世界が終る時に現れるという魔獣は、想像を絶する強さだった。
胸に刻まれた「666」の数字から放たれる光が、シヴァの光線さえ上回る威力でインドの大地を焼いていく。
神々は次々に倒れ、遂にはシヴァとインドラ、そしてスカアハだけとなってしまった。辛うじて生き残ったパールバティも、息も絶え絶えに苦しそうに横たわっていた。
「・・・まさかこの私が・・・・ここまで追い詰められようとは・・・・。」
想像を遥かに上回る黙示録の魔獣の強さに、破壊の神シヴァでさえも遅れをとっていた。共に生き残っていたインドラさえ、もはや戦う気力が根こそぎ削がれていた。
「シヴァ殿・・・このまま戦っても勝ち目はない・・・。奴には我らの力がほとんど通用しないのだから・・・。」
「・・・仕方あるまい。コイツが現れるということは、世界に終わりが近づいているということだ。それは神々でも抗えぬ、常世の掟のようなものだ・・・。しかしだからといって、ミスミスこの化け物を取り逃がすわけにはいかん・・・。いったいどうすれば・・・・。」
困り果てた神々をよそに、黙示録の魔獣は暴れ回る。そして・・・傷つき横たわっていたパールバティを、パクリと飲み込んでしまった。
「ああ!私の妻が・・・・。おのれえええああああ!」
シヴァは額の目に全ての力を込め、破壊の光線を放つ。その直撃を受けた黙示録の魔獣は、わずかに後退してパールバティを吐き出した。
シヴァはさっと手を出して受け止め、心配そうに妻を見つめた。
「おい!無事か!しっかりしろ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
パールバティは目を閉じたまま動かない。そして徐々に肌が黒く染まり、美しい顔が鬼のような形相へと変化していった。
「・・・おお・・・これは・・・・我が妻が・・・・。」
シヴァは怯えながら後ずさる。パールバティはガバッと起き上り、「がああああああああ!」と雄叫びを上げた。そして見る見るうちにシヴァを同じくらいにまで巨大化し、背中からニョキニョキと腕が生えて、額に第三の目が現れた。
「おお・・・我が妻が・・・破壊の化身、カーリーになってしまった・・・。これはもう、敵を仕留めるまで戦いをやめんぞ・・・。」
カーリーは手にした剣を振り回し、黙示録の魔獣に達向かって行く。そして狂ったように斬りかかり、突き刺し、口から毒を吐いた。
だが・・・・黙示録の魔獣は動じない。それどころか、さらに怒りをかって凶暴にさせてしまった。
「ギエエエエエエンッ!」
耳をつんざく高い雄叫びを上げ、七つの頭がカーリーに噛みつく。その力は強大で、一瞬のうちにカーリーを引き裂いてしまった・・・。
「なんと!カーリーまでもがあんなにあっさりと・・・・・。」
さすがのシヴァもこれには舌を巻いた。
「シヴァ殿・・・。いくら黙示録の魔獣とはいえ、あの強さは異常です。おそらく・・・我らでは相性が悪いのかもしれない・・・・。」
「相性が悪い・・・?どういうことだ?」
「奴めは異教の悪魔ゆえ、我らの力が通用しにくいのでしょう。ならばここは、神ではなく強力な天使に任せた方が賢明かもしれません。」
「強力な天使か・・・・ふうむ・・・。しかし残念ながら、我らはほとんど天使とは交流がないゆえ、どうやって頼めばよいのだ?」
「それは・・・・・どうしましょう?」
自分で提案しておきながら、インドラは困ったように笑う。
「我らの仲間は、時が経てば復活するだろう・・・。しかし蹂躙されたインドの地は中々元には戻らぬ・・・・。何としてもここでコイツを食い止めたいのだが・・・。」
インドの神々は、例え死んでもいくらでも転生出来る。しかしその間は、何も出来ずに黙示録の魔獣が暴れているのを見ているしかない。シヴァはますます困って頭を掻いた。
「う〜む・・・参った・・・。ヴシュヌとブラフマーにも来てもらえばよかったなあ。まあ今さら言ってもアレだが・・・・。」
「しかしシヴァ殿・・・なぜこんなに強力な悪魔がいきなり出現したのでしょうな?ここまでの強さなら、光の壁で戦っていた方が役に立つのでは・・・?」
インドラは不思議そうに首を傾げる。それについてはシヴァも「分からん」と答えるしかなかった。
「いずれにせよ、この化け物は我らの目の前にいるのだ。問題は、どうやってコイツを倒すかだが・・・・。」
その時、横に立っていたスカアハが「少しいいだろうか・・・。」と尋ねた。
「ああ・・・お主も生き残っていたのか。てっきりくたばったのかと思っていた。」
「勝手に殺さないでもらおうか・・・・。先ほどより話を聞いていると・・・天使の力を借りたいと思っているようだが?」
「うむ。我らの力は中々通用しにくいようだ。しかし天使の持つ光の力なら、コイツを倒せるやもしれん。」
「・・・ではこの場は我に任せて頂きたい・・・。我の旧友に、力を持つ天使がいるのだ。
その者に掛けあえば・・・最上級の天使を招いてあの怪物を仕留められるかもしれぬ・・・。」
「それは本当か!ならばすぐにその天使を呼べ!」
「・・・では私を空の上まで放り投げてもらいたい・・・。奴は雲の中にいることが多いゆえ、上手くいけば掴まえられるかもしれぬ・・・。ただしもし出会えなければ・・・・諦めるほかないが・・・。」
スカアハは腕を組んで空を見上げる。まるで大昔の友がそこにいるように・・・。
「シヴァ殿、ここはあの者に協力を仰ぎましょう。このままでは黙示録の魔獣を止められない。」
「・・・そうだな。では一つお願いするか。異国の神よ、我が手に乗れ。」
スカアハはシヴァの差し出した手に乗り、真っすぐに雲を見上げた。
「では行くぞ!準備はいいか?」
「いつでも構わぬ・・・やってくれ!」
「それでは・・・・ぬうりゃああああああ!」
シヴァは渾身の力でスカアハを投げ飛ばした。彼女は風を切って舞い上がり、グングンと空を上っていく。そして瞬く間に雲の中に到達し、口に手を当てて大声で叫んだ。
「おお〜い!サンダルフォン!いるか〜?私だ!スカアハだ〜ッ!」
雲の中にスカアハの声が響き渡る。しかし何の返事もなかった。
「サンダルフォン!いるなら返事をしてくれ!黙示録の魔獣が暴れているのだ!お主の力を貸してくれ〜!」
いくら叫んでも返事はなく、スカアハはじょじょに落下していく。
「くッ・・・。やはりそう都合よくいかんか・・・・。」
黒い風を身にまとい、落下するスピードを減速させる。そしてもう一度大声で叫んだ。
「サンダルフォ〜ン!いるなら出て来てくれえ〜!」
悲痛な叫びは雲の中に吸い込まれ、一筋の光が降り注いだ。
「おお・・・あの光は天使の光・・・・。」
雲から射す光がスカアハを包み、次の瞬間には巨大な天使が現れた。
「スカアハ!久しぶり!」
「おお、サンダルフォン・・・。来てくれたか。」
サンダルフォンは、実に不思議な姿をしていた。金属で出来た身体に、青く光る翼。その顔は無機質な機械のようで、金色の法衣を纏っている。
彼は優しくスカアハを受け止め、顔を近づけた。
「会いたかったよ。ほんとに久しぶりだ・・・・。」
「我も再会出来て嬉しいぞ。しかし今は思い出に浸っている時ではない。インドの大地にて、黙示録の魔獣が暴れておるのだ。」
「なんだってえええええ!あの最強の魔獣が!」
「うむ。なぜいきなりあんな化け物が現れたのか・・・・我にも分からん。しかしこのまま放っておくことは出来ぬ!どうかお主の兄に掛け会い、あの怪物を仕留めてくれ!」
「う〜ん・・・兄ちゃんかあ・・・。来てくれるかな?」
サンダルフォンは困ったように頭を掻いた。
「どうした・・・?何か都合でも悪いのか・・・?」
「そういうわけじゃないけど・・・・今喧嘩中なんだよね。まだ仲直りしてないんだ。」
「・・・・・・・・。」
「でも・・・事情が事情だから、とりあえず話してみるよ。兄ちゃんなら、黙示録の魔獣でもやっつけられるはずさ。」
「うむ、是非そうしてくれ。」
サンダルフォンは手首に着けた腕輪に話しかける。
「・・・もしもし?今どこ?・・・・・え?月?あのさ、ちょっとお願いがあるんだけど、実はスカアハが・・・・・、」
サンダルフォンは、兄のご機嫌を窺うように話していた。時折「ごめんよ・・・」と呟き、困った顔をみせていた。
「うん、うん・・・それじゃお願い。はあ〜い。」
プチっと通話を切り、「来てくれるって」と笑った。
「それはよかった・・・。で、どのくらいで到着するのだ?」
「ええっと・・・今さっき月を出たところだから、五分くらいじゃないかな?」
「そうか・・・ならばそれまでは我々だけで耐えねばならんな。」
スカアハは大地を睨み、グッと拳を握った。
「サンダルフォンよ!下の大地では、インドの神々が奮闘しておる!我々もすぐ加に勢しよう!」
「ええ〜・・・・僕に黙示録の魔獣と戦えっていうの?あんまり乗り気になれないんだけど。」
「そんなことを言うな!あの魔獣には、インドの神々の攻撃が効きにくいのだ。お主の光の力なら、しばらくは足止め出来るかもしれぬだろう?」
「それはそうだけど・・・・。」
サンダルフォンは気弱な顔で俯く。そしてもじもじと指を動かしていた。スカアハはそんな彼を見上げ、励ますようにポンと叩いた。
「・・・弱気になるな・・・男の子であろう?」
「・・・うん!俺、いっちょ頑張る!」
「その意気だ。では黙示録の魔獣の元へ向かおう!」
サンダルフォンは、スカアハを手に乗せたまま一気に降下していてく。隼のように翼をたたみ、風を切って落ちていった。
「・・・・・あれか!」
黙示録の魔獣の姿を捉え、クルリと回転して飛び蹴りを放った。
「ギエエエエエエエン!」
強烈なキックをくらい、たまらず倒れこむ黙示録の魔獣。しかしすぐに起き上って雄叫びを上げた。
「こここ・・・・来い!ぶん殴ってやる!」
サンダルフォンはブルブルと震えながら構えた。黙示録の魔獣は雄叫びを上げ、サンダルフォンを突き飛ばした。
「うぎゃあッ!」
思い切り頭を打ち付け、痛そうにうずくまっていた。それを見ていたシヴァは、呆れた顔で呟いた。
「大丈夫なのか・・・あいつは?」
「うむ・・・。少々気の弱いところはあるが、実力はある。やる気さえ出してくれれば、きっと活躍してくれると思うのだが・・・・・。」
しかしスカアハの願いもむなしく、サンダルフォンはやられっぱなしだった。黙示録の魔獣に馬乗りにされ、ガツガツと噛みつかれている。
「痛いなあもお!やめろよ!」
「ギエエエエエエエン!」
サンダルフォンの身体は硬質な金属で出来ている。そのおかげで魔獣の牙は通らない。
しかしこのままでは、いつやられてもおかしくない状態だった。
「見ていられん・・・。助太刀してやるか。」
シヴァは右手を掲げ、チャクラムを投げた。チャクラムの鋭い刃が黙示録の魔獣を切りつけ、注意がこちらに逸れる。
「今だ!そいつを蹴り飛ばせ!」
しかし彼は、ブルブルと震えて動かなかった。
「怖い・・・・こいつ怖いよ・・・・。」
「くッ・・・・。なんと情けない奴・・・・・。」
シヴァは顔をしかめて舌打ちをする。
「おい異国の神!あんな奴で勝てるのか?」
「・・・もうすぐ彼の兄がやって来る。それまでの辛抱だ・・・・・。」
スカアハは拳を握って駆け出し、黒い風を放った。その風は渦を巻き、スカアハを高く舞い上げていく。
「ぬおりゃあああああああ!」
黙示録の魔獣に渾身の手刀を叩きこむ。すると大きな角にヒビが入った。
「まだまだ!」
続けて蹴りを放ち、ガツンガツンと魔獣の頭を殴っていく。
「サンダルフォン!お主は偉大な天使であろう!ならば戦え!お主の兄、メタトロンが来るまでの間、この獣と戦うのだ。我も力を貸すゆえ、立ち上がれ!」
スカアハは攻撃の手を緩めない。何度も魔獣の頭を殴っていく。
「ギエエエエエエエン!」
怒った魔獣は後ろ脚で立ち上がり、頭を振ってスカアハを振るい落とした。
「くッ・・・・。」
咄嗟に身を捻って着地するが、次の瞬間に、魔獣に飲み込まれてしまった。
「スカアハあああああああ!」
サンダルフォンは手を伸ばし、「うおおおおおおおお!」と立ち上がる。
「この怪物め!スカアハを返せ!」
拳を握り、強烈なボディブローを食らわせる。重たい音が響き、魔獣の腹がベコン!とへこんだ。
「ぐええええええええ!」
強烈なパンチを食らい、たまらず口を開ける魔獣。サンダルフォンはその隙に、魔獣の口に手を突っ込んでスカアハを助け出した。
「スカアハ!しっかりしろ!」
「・・・・・・・・・・・・・。」
スカアハは半分溶けかかっていた。黙示録の魔獣の強力な胃酸は、一瞬にして彼女の身体を蝕んでいたのだ。
「なんてことだ・・・。このままじゃ死んじゃう・・・。」
サンダルフォンは両手でそっと彼女を包みこんだ。彼の手に暖かい光が溢れ、傷ついたスカアハの身体を癒していく。
「お願いだ・・・治ってくれ。」
スカアハを助けようと懸命に頑張る。そこへ魔獣が襲いかかり、サンダルフォンの上に乗りかかった。
「うわあ!」
「ギエエエエエエン!」
ガシガシとかみつき、頭突きを食らわせる魔獣。
「やめろ!スカアハが・・・スカアハが死んじゃうだろ!」
目からビームを放って反撃するが、かえって相手を怒らせてしまっただけだった。
「グウウ・・・・・・。」
黙示録の魔獣は力を溜め、胸の「666」の刻印から光線を放とうとする。
「ああ・・・・やばい・・・・。」
いくら偉大な天使といえど、黙示録の魔獣の放つ光線には耐えられない。もうダメだと諦めかけた時、シヴァの剣が魔獣を貫いた。
「男子たるもの、簡単に諦めてどうする!最後まで戦えい!」
「で、でも・・・・。」
「でももへったくれもあるか!この程度の化け物・・・・ぬえええええええい!」
シヴァは剣を刺したまま魔獣を持ち上げる。そして思い切り地面に叩きつけた。
「ギエエエエエエン!」
魔獣は怒り狂い、胸の刻印から光線を放った。
「なんの!」
シヴァも負けじと額の目から光線を放つ。二つの力が激突し、はげしいせめぎ合いが起こった。
「ぬううううう・・・・・ぐおあああああああ!」
シヴァの光線は押し切られてしまった。後ろにいたインドラも一緒に吹き飛ばされ、遠くまですっ飛んでいった。
「ギエエエエエエン!」
黙示録の魔獣は勝ち誇ったように雄叫びを上げ、サンダルフォンの方を睨んだ。
「ああ・・・待ってくれ・・・。まだスカアハは治ってないんだ・・・・。」
必死に懇願するサンダルフォンだったが、魔獣はお構いなしに突っ込んで来た。
「ぐああああああああ!」
角がぶつかり、金属の身体にヒビが入る。
「痛い!やめろって!」
翼を振って追い払おうとするが、魔獣は止まらない。サンダルフォンの身体はビキビキと割れていき、ついには倒れ込んでしまった。
「・・・ダメだ・・・。ここでやられたら・・・スカアハが・・・・・。」
何としても彼女だけは守ろうと思い、残された力を使って傷を癒していく。暖かい光が溶けた身体を復活させ、スカアハは薄く目を開けた。
「・・・サ、サンダルフォン・・・・。」
「スカアハ・・・・もうちょっとだ・・・。もうちょっとで、傷が治るぞ・・・・。」
僅かに残った力を振り絞り、スカアハを癒していくサンダルフォン。しかし黙示録の魔獣は攻撃の手を止めない。何度も角を打ちつけ、鋭い牙で噛みついてくる。
「痛だだだだだあ!足が千切れるうううう!」
「グウウウウ・・・・・。」
魔獣は牙を突き立て、彼の足をかみ砕こうとする。
「サンダルフォン!我のことはもうよい!今すぐここから逃げよ!」
「・・・そんなことしたら・・・また君が食べられちゃう。大丈夫、すぐに兄ちゃんが来てくれるから・・・・。」
「サンダルフォン・・・・・。」
魔獣の攻撃に耐えながら、ニコリと笑ってみせる。
「このお!離れろ!」
サンダルフォンの羽が目に突き刺さり、魔獣は思わず後ずさった。
「ギエエエエエエエン!」
魔獣はさらに怒った。前足の爪で羽を抜き取り、恐ろしい形相で雄叫びを上げた。
「グウウウ・・・・・。」
鋭い目でサンダルフォンを睨み、口の中に灼熱の業火を溜めていく。
「や、やばい・・・・。今度こそやられるかも・・・・・。」
恐怖で泣きそうになるが、それでもスカアハだけは守ろうとした。彼女を庇うように魔獣に背中を向け、そっと胸に包みこむ。
「サンダルフォン!逃げるのだ!このままではお主が・・・・、」
「嫌だ!このまま逃げたら・・・・君はきっと食べられてしまう!」
「サンダルフォン・・・・なぜそこまで我を守ってくれるのだ・・・・?」
そう尋ねると、サンダルフォンは苦笑いをみせた。
「・・・兄ちゃんと喧嘩をしたのは・・・僕が情けなかったせいなんだ。邪神が地球を奪おうとしているのに、僕は何も行動を起こそうとしなかった・・・・。
今日だって・・・本当は黙示録の魔獣が現れることを知っていたんだ・・・。それなのに、僕は君が来るまで・・・・・。」
サンダルフォンは悔しそうに歯を食いしばる。自分に対する情けなさから、怒りがこみ上げてきたのだ。
「兄ちゃんに言われてたんだ・・・。黙示録の魔獣が現れたら、お前が戦えって・・・。兄ちゃんは大事な用があるから・・・こっちに戻って来るまでは・・・お前が戦えって・・・・。
でも、僕はそれを断った・・・。だから・・・・だから兄ちゃんと喧嘩を・・・・。」
スカアハは彼の気持ちを知り、「ふふふ・・・」と小さく笑った。
「・・・そうだったのか。それで我のことを・・・・・。」
彼女の傷はほとんど癒えていた。サンダルフォンの手から立ち上がり、魔獣の前に立って拳を構えた。
「何やってんだよ!隠れてないと死んじゃうぞ!」
「構わぬ・・・・。命がけで我を守ろうとしてくれた友を、みすみす死なせるわけにはいかぬからな・・・・。」
そう言ってニコリと微笑み、魔獣と向かい合う。
「さあ・・・来るがいい!我が力の全てをもって、その灼熱の業火を受け止める!」
「ギエエエエエエエン!」
スカアハは分かっていた。自分の力では魔獣の炎を受け止めきれないことを。しかし何もせずに友を見殺しにすることは出来なかった。
「スカアハ!ダメだ!」
サンダルフォンは手を伸ばしてスカアハを守ろうとする。しかし次の瞬間・・・・魔獣の口から灼熱の炎弾が撃ち出された。
「スカアハああああああああ!」
黙示録の魔獣の業火が、ケルトの女神を襲う。激しい火柱が立ち上り、キノコ雲が出るほどの爆発が起きた。
「うわああああああああ!」
その爆発はサンダルフォンにも襲いかかり、あまりの高熱に身体が溶けていく。
「う・・・うううう・・・・・。」
痛みに耐えながら目を開けると、魔獣はすぐ目の前に立っていた。
「く、来るなああああああ!」
ブンブンと拳を振って追い払おうとするが、魔獣は彼の腕に噛みついた。バキバキと音を立て、牙が食い込んで腕が砕かれそうになる。
「あああ・・・ごめんよスカアハ・・・・ごめんよ兄ちゃん・・・・・。」
友を守れなかったこと、そして兄の言いつけを守れなかったことを悔やみながら、死を覚悟した。魔獣は胸の刻印を光らせ、サンダルフォンにトドメを刺そうとしていた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
サンダルフォンはじっと目を閉じる。何も出来なかったことを悔やみながら、最後の時を迎えようとしていた。
そして・・・・・黙示録の魔獣の胸から、強烈な光線が放たれた。あらゆるものを無に還す呪われた光が、光り輝く天使の命を奪おうとしていた。
しかし・・・・彼は死ななかった。サンダルフォンと魔獣の間に、見えない壁のようなものが立ちはだかり、呪われた光線を防いでいる。
「・・・・な、なんだ・・・・・・?」
思わぬ出来事に息を飲んでいると、サンダルフォンの前に光の柱が立ち上った。
「ああああ!この光の柱は・・・・・・。」
思わず声を上げ、傷ついた身体を起こす。光の柱は天高く昇っていき、凄まじい轟音と共に一人の天使が現れた。
「に・・・兄ちゃん!」
突如現れた一人の天使・・・それはサンダルフォンの兄、メタトロンであった。
「弟よ・・・お前の戦い、しかと見ていたぞ。」
メタトロンは、弟と同じように金属の身体をしていた。それは白銀に輝く美しい身体で、白地に青い線が入った法衣を纏っていた。その顔は機械のように無機質だが、とても凛々しい印象を与えるものだった。
「お前の友・・・死んではいない。安心するがいい。」
そう言ってメタトロンは手を差し出した。
「スカアハ!」
彼女はメタトロンの手の上で倒れていた。気を失ってぐったりとしているが、大きな怪我はなかった。サンダルフォンは彼女を受け取り、「よかったあ・・・」と涙ぐむ。
「さて・・・とにかくこの獣を倒さねばな。」
メタトロンは黙示録の魔獣を振り向き、ギュッと拳を構えた。
「ギエエエエエエン!」
「獣と交わす言葉などない。来るがいい!」
最強の天使と、最強の魔獣の戦いが始まった。

ダナエの神話〜異星の邪神〜 第八話 神の遣いメタトロン(2)

  • 2014.04.05 Saturday
  • 19:51
赤い瞳が、殺気を放って輝いている。
ケルトの武神スカアハは、友を傷つけられた怒りに燃えていた。
「お・・・お前は・・・・スカアハ!ひいいいいいいい!」
インキュバスはササッと戦車の後ろに隠れ、ブルブルと震えた。
「相も変わらず臆病な奴よ・・・。どうした?我を手篭めにしてみせい・・・・。」
「じょじょじょ・・・・冗談じゃない!お前みたいなおっかない女はこっちから願い下げだ!」
「・・・しかし、女を落とすのがお前の特技なのだろう?」
「お前は普通の女じゃないだろ!あのクー・フーリンが師匠と崇めるような奴だぞ!誰がそんな化け物を相手にするか!」
「・・・ふふふ、化け物とは言ってくれる。」
スカアハは可笑しそうに笑い、後ろで倒れるアリアンロッドを振り返った。
「アリアン・・・助けに来るのが遅れた・・・許せ・・・。」
そう言ってアリアンロッドを抱きかかえ、そっと頭を撫でた。
「スカアハ・・・遅いぞ!私は・・・私は危うく・・・・・。」
「すまない・・・。魔物の巣が多かったゆえ、助太刀するのが遅れた・・・。」
「・・・・この事は・・・絶対に誰にも・・・・・。」
「当たり前だ。私は何も見ていない。お前も何もされていない、そうであろう?」
「・・・・・・・・・・・・。」
まるで姉妹のようにアリアンロッドを抱きしめるスカアハ。そして・・・・身の毛もよだつ殺気でインキュバスを睨んだ。
「・・・悪魔よ・・・我が友に手を出した罪・・・・高くつくぞ。」
「ひいいいいい!すいませんすいません!」
インキュバスは一目散に逃げ出す。しかし次の瞬間、目の前にスカアハがいた。
「うぎゃあああああ!出たああああああああ!」
「人を化け物扱いしおって・・・。」
スカアハはガシっとインキュバスの肩を掴み、ギュッと抱き寄せた。
「女が好きなのであろう?ほれ、思う存分抱きしめるがいい。」
そう言って腕に力を込め、万力のような怪力で締め上げていく。
「ぎゃあああああああ!それは抱擁じゃなくてサバ折りだ!」
「何が違うのだ?抱きしめるなら同じことであろう?」
スカアハはさらに力を込める。腕の筋肉が膨れ上がり、血管が浮かび上がる。インキュバスは苦痛に耐えかね、何度も「勘弁してくれ!」と懇願した。
しかしスカアハは「否!」と叫び、ガツンと頭突きをかました。
「あべしッ!」
「この程度で済むと思うなよ。肉片一つ残さず、塵と砕いてくれる!」
スカアハはインキュバスを持ち上げ、頭から地面に叩きつけた。そして思い切り蹴り飛ばし、硬い拳で殴り飛ばした。
「ぐへえッ!」
「まだまだ・・・・。」
鬼の鉄拳が雨あられのように降り注ぎ、インキュバスの顔の形がベコベコにへこんでいく。
「ひゃ・・・ひゃめへ・・・・。」
「もう泣きを入れるのか?残念ながら、我の拳は止まらない。いくら謝ったところで、アリアンを傷つけたことに変わりはないのだからな!」
スカアハは両脇に拳を構え、大地を踏ん張って貫手を放った。鉄よりも硬い指がインキュバスの頬に突き刺さり、バッと鮮血が飛び散る。
「ぐおおおおお!痛ってええええ!」
思わずその場に崩れ落ち、頬を押さえてうずくまる。いくら臆病なインキュバスでも、ここまでされては黙っていられなかった。
「ぐおおおおおお!このメス豚野郎がああああ!調子こいてんじゃねえぞおおおお!」
ボコボコにされた顔で叫び、身体じゅうから紫の霧を噴出する。すると二人の立っていた場所に、バスケットコートほどの大きな穴が空いた。そして穴の底には無数の剣が生えていて、鋭い切っ先をこちらに向けていた。スカアハは剣の生えた穴の中に落ちて行く。
「はははは!そのまま串刺しになれ!」
勝ち誇ったように笑うインキュバスだったが、次の瞬間には「え・・・?」と絶句した。
「な、なんだお前・・・。なんで剣の上に立ってるんだ・・・?」
スカアハは咄嗟に靴を脱ぎ、足の指で剣の先端を掴んでいた。そしてスタスタと剣の上を歩いていく。
「こんなことで我を殺せると思うたか・・・?」
「ぐ・・・ぐぬぬ・・・・なんだよてめえは!余裕ぶっこいた顔してんじゃねえぞ!」
インキュバスはスーツを脱ぎ棄て、背中から黒い翼を生やした。そしてバサバサと穴の中に舞い降りた。
「スカアハ・・・お前はさっきこう言ったな。俺は臆病者だと。」
「ああ・・・言ったぞ。それがどうした?」
「ふふふ・・・確かにお前の言うとおりさ。俺は筋金入りの臆病者だ。でもな!臆病者は怒らせると怖いんだぜ?なぜなら・・・人一倍コンプレックスが強いんだからなあ!コンプレックスは力だ!炎だ!敵を憎む心だ!それを下手に刺激したらどうなるか、思い知らせてやる!」
インキュバスの翼はメキメキと硬くなっていき、戦闘機の羽のようになっていく。そして鋭い刃がついた剣に変わった。
「いくら剣の上を歩くことが出来ても、空を飛ぶ僕には適うまい?さあ、その服を切り裂いて辱めてやる!」
インキュバスは目にも止まらぬ速さで飛び回り、すれ違いざまにスカアハを切りつけていく。
ブレードの翼がスカアハの肌を斬り裂き、赤い血が飛び散る。髪を結んでいた紐が斬られ、長い黒髪がハラリと背中まで落ちた。
「ふふふ・・・簡単には殺さない。まずはじっくりと服を剥いでやる。」
インキュバスは舌なめずりをして、いやらしい目でスカアハを睨みつけた。
「やはり変態よな・・・おのれは・・・。そんなに我の裸体が見たいなら、いくらでも見せてやるぞ?」
スカアハはサッと服を脱ぎ、下着まで脱いで地面に放り投げた。
「どうだ?服を切り裂く手間を省いてやったぞ?」
「な、なんて奴だ・・・・。俺の楽しみが・・・・。」
インキュバスはスカアハの裸体を見て、ゴクリと息を飲む。彼女の身体は、まるでギリシャ彫刻のように鍛えられた筋肉をしていた。
一切の無駄な肉がなく、全身が極限まで鍛えこまれていた。腹は六つに割れ、腕も足も引き締まった筋肉で覆われている。特に背中の筋肉に至っては、芸術品のように美しく鍛えこまれていた。
「なんか・・・予想と違う身体だな。別の意味で見惚れてしまう・・・・。」
「さあ、これが見たかったのだろう?思う存分観賞せい!」
そう言ってボディビルダーのようにポーズを取るスカアハ。一つ一つの筋肉が、まるで生き物のようにうねっていた。
「・・・美しい・・・。これが・・・これが女の身体とは思えん・・・。」
「鍛えれば男も女も関係ない。鍛練の成果は、老若男女問わず表れるのだからな。」
スカアハゆっくりと拳を握り、剣の切っ先に向かって振り下ろした。すると硬い剣は粉々に砕かれた。
「・・・・・・・ッ!」
「我が拳・・・・積年の鍛錬の結晶なり・・・・。貴様の卑劣な攻撃など、一撃で粉砕してくれる!さあ・・・かかってこい!」
スカアハは拳を手刀に変え、足を開いて構えた。その視線は真っすぐにインキュバスを射抜き、目を逸らすことを許さなかった。
「・・・あんたあ・・・・やっぱり化け物だぜ・・・。でも・・・少しだけカッコイイと思っちまった・・・・。」
インキュバスは目を閉じて項垂れる。そしてガバッと天を見上げ、大きく翼を広げた。
「いいさ!そこまで言うなら正面から挑んでやる!僕の翼で・・・お前を醜く、そしてエロく切り刻んでやる!」
インキュバスは空高く舞い上がり、勢いをつけて突撃してきた。スカアハは身体から力を抜き、手刀を振り上げたままダラリと構える。
そして・・・・・二人の攻撃が交錯した。キン!と短い音が響き、次の瞬間にはインキュバスの硬い翼が斬り落とされていた。
「うおおおおおおお!」
翼を失ったインキュバスは、顔面から剣の切っ先に落下していく。
《ここで・・・・僕は死ぬのか・・・・。》
剣に突き刺さる刹那、インキュバスは死を覚悟した。
「・・・・・・・・・・・・・。」
しかし、鋭い剣はインキュバスの目の前で止まっていた。
翼の根元に違和感を覚えて振り返ると、スカアハが足の指でインキュバスを掴んでいた。
「な・・・なんで・・・?なぜ助ける?」
インキュバスは目をパチクリとさせ、じっとスカアハを見上げた。彼女は何も言わずにインキュバスを持ち上げ、そのまま穴の外まで放り投げた。
「・・・・・・・・・・・。」
インキュバスは言葉を失ったままスカアハを見下ろした。彼女は放り投げた服を広い、サッと身に着けて穴の外に飛び上がった
「・・・インキュバスよ・・・この勝負、まだ続けるか?」
スカアハは腰に手を当ててギロリと睨みつける。それは威風堂々たる、勇ましい武人の姿だった。
「・・・・・・・・・・・・・。」
インキュバスは黙ったまま目を逸らし、「・・・いや、もういい・・・」と素直に敗北を認めた。
「僕の負けだ・・・。好きなようにしてくれ・・・・。」
戦意は完全に消え去り、コンプレックスから湧き上がる怒りも鎮火していた。スカアハは敵の敗北宣言を受け入れ、戦いの構えを解いた。
「賢明な判断だ・・・・。これ以上の戦い、お互いの益にならぬ・・・・・。」
そう言ってスカアハは踵を返し、アリアンロッドの方に歩いて行く。
「おい!ちょっと待て!」
「なんだ?」
「い、いや・・・なんだじゃなくて・・・。どうして僕にトドメを刺さない?さっきはあんなに怒ってたのに・・・・。」
「・・・もうよい。」
「なんでだ!これじゃトドメを刺されるより屈辱的じゃないか!理由を言え!」
インキュバスは納得のいかない様子で詰め寄る。
「・・・お前は、最後の最後で正面から戦いを挑んで来たであろう?だから我もそれに応え、正面から迎え撃った。その結果・・・我が勝った。ならばこれ以上の戦いは無意味。我がトドメを刺さずとも、お前が負けたことは、自分が一番よく理解しているであろう?」
「そ、それはそうだけど・・・・・。」
「それにな、アリアンは暴力を好まぬのだ。いくら自分を辱めようとした相手とはいえ、勝敗の決した者をいたぶるのは、アリアンの意にそぐわぬ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「お前の犯した行為は許しがたいが、これ以上の戦いは無意味。それだけだ・・・・。」
スカアハはアリアンロッドの肩を抱きしめ、ゆっくりと立たせた。
「インキュバス・・・・。」
アリアンロッドはゆっくりとインキュバスに近づき、憎らしそうに睨みつけた。
「・・・私は・・・お前を許さない。しかし・・・スカアハの言うとおり、これ以上お前を傷つけることは・・・私のプライドが許さない。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「だから・・・私のことはもういい。それよりもだ!コウを助けなければならない!お前のせいで、赤い死神とやらがコウを襲うかもしれないのだろう?」
「ああ・・・死を呼ぶ鈴を、ユグドラシルの根元に放り込んだからな・・・。きっと、間違いなく死神が現れる。それも最強の死神が・・・。」
「だったら、それをどうにかして止めろ!もし・・・もしコウに何かあったら・・・その時は絶対にお前を許さない!いくら泣いて謝ろうが、その首を斬り落としてくれる!」
アリアンロッドはインキュバスの首を掴み、青い瞳で睨みつける。
「さあ、どうずれば死神を追い払える?どうすればコウを死神から守れる?さっさと言え!」
「・・・残念だけど・・・一度呼び寄せた死神はどうにもならない・・・・。」
「なんだと・・・・。ではコウは・・・・コウはどうなるというのだ!」
アリアンロッドは両手でインキュバスの首を締め上げる。見かねたスカアハが「よせ」と止めた。
「落ち着け・・・。こやつを痛めつけたところで、どうにもなるまい?」
「そんなことは分かっている!しかしこのままではコウが!」
「・・・アリアン・・・。少し風に当たって頭を冷やしてくるがよい。今のお主は、私情に駆られて心に隙が生じておる。そうでなければ、インキュバス程度にやられはしなかったのだ。」
「仕方がないだろう!私が・・・私が不甲斐ないせいで・・・ユミルも、あの船の人間たちも死んでしまったのだ・・・。そのうえコウにまで何かあったら・・・私は・・・私はダナエに顔向けが出来なくなる。」
アリアンロッドはインキュバスを離し、悔しそうに唇を噛んだ。吹き抜けた風が長い髪を揺らし、頬になびいていた。
「・・・アリアン。気持ちは分かるが、お主は自分を責め過ぎだ。今はとにかく落ち着くことが肝心ぞ?いいから風に当たってこい。」
「断る!何としてもコイツから死神を追い払う方法を・・・・・、」
意地になって食い下がった時、スカアハの平手が飛んだ。パチン!と渇いた音が響き、アリアンロッドの頬が赤くなる。
「子供のように駄々をこねるな!今は頭を冷やしてこい。さあ・・・。」
スカアハはアリアンロッドの背中を押し、遠くへ追いやった。
「・・・・・・・・・・。」
アリアンロッドはまだ何かを言いたそうにしていたが、口を噤んでスカアハの言うとおりにした。少し離れた場所で背中を見せ、悲しそうに佇んでいた。スカアハはそんな彼女を見つめながら、インキュバスに尋ねた。
「インキュバスよ・・・その赤い死神とやらを追い払う術はないのか?」
「・・・死の鈴の音を聞きつけた死神は、必ずやって来る。もしそれを追い払おうとするなら、死神と戦うしかなくなる。」
「・・・強いのか、その赤い死神は?」
「ああ。めちゃくちゃ強いよ。だって・・・あいつは『死の運命』そのものだからな。死神がやって来るってことは、そいつに『死』が迫っているってことなんだ。それに抗うってことは、自分の運命に抗うってことなんだよ。」
「・・・それは厳しい戦いになりそうだな・・・・。」
「それだけじゃない。さっきも言ったけど、赤い死神は最強の死神なんだ。並大抵の力じゃ追い払うことは出来いない。きっと・・・スカアハとアリアンロッドが力を合わせても、傷一つ付けられずに殺されるだろうな・・・。」
「そうか・・・。ならばコウ一人の力でどうにか出来る相手ではないということだな?」
そう尋ねると、インキュバスは「実は・・・」と呟いた。
「実は・・・何だ?なにか死神を追い払う特別な方法でもあるのか?」
「・・・ないことはない。けど・・・ほとんど不可能に近いよ・・・・。」
「どんな方法か言ってみよ。もしかしたら、そこに光が見えるかもしれん・・・。」
スカアハはインキュバスの前に詰め寄り、じっとその目を覗き込んだ。
「死神は同族の言葉なら聞いてくれる場合があるんだ。だからもし死神の仲間がいれば、助かるかもしれない。」
「なるほど・・・同族の言葉か・・・・。」
「でも死神を仲間に引き入れるなんてほぼ不可能だから、ほとんど望みはないと思う。」
インキュバスは諦めたように首を振った。するとスカアハは、ニヤリと笑って「そうでもないぞ」と答えた。
「どういうことだ?まさかあんたらの仲間に、死神がいるっていうのか?」
「実はな・・・死神の落ちこぼれのペインという奴がいるのだが、こやつはコウの友人の友人なのだ。」
「なんだって!死神が友達だって!」
「ダナエという妖精の少女がいるのだが、ペインという死神と友達になったのだ。だから・・・ペインの力を借りれば、なんとか赤い死神を追い払えるかもしれない・・・・。」
「そうか・・・。それが本当なら、上手くいく可能性はあるな。」
「しかし一つ問題があってな。ペインはラシルの星にいるのだ。ゆえに・・・結局はユグドラシルの穴を無事に越えないといけないわけだが・・・・。」
スカアハは腕を組んで考える。死神のいるユグドラシルの穴を抜けないと、ペインの力を借りられない。これでは何の解決にもならなかった。
「インキュバスよ、赤い死神とやらは・・・無事にユグドラシル根っこを通り抜けた後でも追いかけて来るのか?」
そう尋ねると、「分からない」と答えた。
「死神はけっこう気まぐれなところがあるんだ。逃がした獲物を追いかける時もあれば、放っておく場合もある。けど・・・赤い死神から逃れるなんて、至難の業だと思うぜ?
なんたって、奴は一度も獲物を取り逃がしたことがないからな。無事にユグドラシルの穴を抜けても、後を追いかけて来る可能性は充分にあるな。」
「ふうむ・・・ならばもしコウがラシルへ辿り着けたら、やはりペインの協力がいるわけか。
その事をどうにかして伝えないといけないわけだが・・・・・。」
難しい顔でそう呟くと、「その役目は私が引き受ける!」と声が掛かった。
「アリアン・・・どうだ?頭は冷えたか?」
「さあな。しかし今の話を聞いたらじっとはしていられない。すぐにでもコウの元へ向かわないと。」
「・・・まだ少し私情に駆られているところがありそうだな。」
「私情に駆られて何が悪い?神といえど、心なき機械ではないのだ。仲間を想うことは当たり前だろう?」
「・・・そうだな。元々お主はそういう奴だ。ただし・・・油断は禁物だぞ?相手は最強の死神だ。いくらお主といえど、一瞬の油断が死を招くことになるだろう。」
「分かっている。そういう危険な敵が迫っているからこそ、コウを放っておくことが出来ないのだ。」
アリアンロッドは剣に手を掛け、東の空を見上げた。
「もうじき・・・ここにはインドの神々が戻って来る。その時はカルラも一緒に戻って来るだろうから、彼に頼んでエジプトまで乗せて行ってもらう。そして私も・・・ユグドラシルの根っこを通り、ラシルの星まで向かう!」
アリアンロッドは剣を掲げて叫んだ。陽の光を受けた刃は、彼女の熱い心を照らすように輝いていた。
すると・・・剣の切っ先が差す空から、強力な力を持った者たちが大勢押し寄せて来た。
「来たか・・・インドの神々が・・・・。」
カルラを先頭にして、名だたるインドの神々が戻って来た。
「スカアハ、もう魔物の巣は全て潰したのだろう?」
「うむ。しかし油断は出来ない。またいつ魔物の巣が復活するか分からないからな。やはりここはインドの神々に守ってもらった方がいいだろう。」
「私も同感だ。それに・・・・なんだか嫌な予感がするのだ。きっと・・・きっとアジアの地を中心にして、大きな戦いが起こる。これは予感というより、確信に近いものだ。」
「・・・日本に現れたアーリマン。日本近海に出現した光の壁。それに・・・インドに現れた無数の魔物。これらのことを考えると、確かにアジアを中心として異常現象が起きている。
これはおそらく・・・邪神が日本近海にいるせいだろう。」
「いや、それだけではないような気がする。もっと・・・もっと別の大きな力が働いているような・・・そんな気がするのだ。」
「大きな力?それは邪神以上の存在がいるということか?」
「分からない・・・。曖昧な言い方ですまないが・・・。」
「・・・そうか・・・邪神以外の大きな力を感じるか・・・・。」
スカアハは小さく笑い、アリアンロッドの肩を叩いた。
「お主の勘はよく当たるからな。しかも悪い予感ほど的中する・・。」
「それは嫌味か?」
「ふふふ・・半分はな。」
二人は小さく笑い、後ろで立ち尽くすインキュバスの方を振り返った。
「さて、お前の処遇をどうしようか・・・。私のことは許すと言ったが、死神を呼び寄せてコウを危険に晒した罪は重い・・・。本来ならここで打ち首にしたいが・・・・。」
「い、いやいや!待ってくれ!打ち首だなんてそんな・・・・。」
インキュバスは慌てて逃げ出した。しかしスカアハに先回りされ、ガシっと首を掴まれる。
「ぐげッ・・・苦しい・・・。」
「インキュバスよ・・・もし助かりたいというのなら、我らに協力することだ。」
「きょ、協力って・・・いったい何を・・・・?」
「簡単なこと。お前には・・・邪神のスパイをしてもらいたい。」
「じゃ、邪神のスパイだってえええええ!」
インキュバスは無理無理というふうに首を振った。
「それは勘弁してくれ!もし僕がスパイだとバレたら、いったいどんな目に遭わされるか。」
「ならばここで首を落とされるか?」
「そ、それも嫌だ・・・・・。」
「ならば我らに協力せよ・・・。それ以外に、お前の生き残る道はない!」
スカアハは怖い目で睨む。インキュバスは「そんなあ・・・」と項垂れた。
「お前は人の影に潜む力を持っているだろう?その力を使って、邪神の影に入りこむのだ。そして奴の動向を探れ。」
「で、でも・・・僕にそんな大それた役目が務まるかな・・・?」
「務まるか、務まらないか・・・それは大した問題ではない・・・。要はやるかやらないかだ。
どっちにするか・・・潔く決めよ!」
スカアハはバキバキと拳を鳴らし、殺気を放って威圧する。
「わ、分かりました!やります!やりますとも、ええ・・・。」
「それでよい・・・。ならばお前はすぐに邪神の元ヘ行き、出来るだけ向こうの情報を集めて来るのだ。」
「・・・うう・・・・なんでこんなことに・・・。」
「言っておくが・・・もし裏切ったりしたら・・・・・。」
「分かってます!分かってるから怖い目で睨まないで・・・・。」
インキュバスはがっくりと項垂れ、スカアハに完全服従を誓うしかなかった。
遠い東の空からはインドの神々が近づいて来て、先陣を切っていたカルラが二人の元に舞い降りた。
「待タセタナ。インドノ神々ヲ呼ビ戻シテ来タゾ。」
「手間を掛けてすまない。とりあえず魔物は全滅させたが、またいつ現れるか分からない。油断は出来ない状況だ。」
「分カッテイル。ダカラコソコノ国ノ神々二戻ッテ来テモラッタノダ。シカシ残念ナガラ、ソウ長クハココニ留マレナイ。」
「何故だ?せっかくこの国を守る為に戻って来たのに・・・・。」
そう尋ねると、カルラは難しい表情で唸った。
「今現在・・・光ノ壁デハ熾烈ナ戦イガ繰リ広ゲラレテイル。神々ト邪神ノ軍勢ガ、一進一退ノ攻防ヲ続ケテイルノダ。故二、アマリ長クハココニイラレナイ。」
「そうか・・・光の壁ではそこまで激しい戦いが・・・・。」
アリアンロッドは口元に手を当てて険しい顔をした。すると隣に立っていたスカアハが「クーも参戦しているのか?」と尋ねた。
「我が弟子クー・フーリンは、日本の神々と共に邪神の元へ向かったと聞いた。奴は無事なのだろうか・・・?」
「分カラナイ。邪神ノイル海ヘハ行ッテイナイカラナ。シカシスサノオ殿ガ一緒ナノダ。キット無事デイルハズダ。」
「スサノオ・・・日本の荒ぶる戦神か・・・。彼の強さは幾度となく耳にしている。彼ならクーを任せても大丈夫であろう・・・・。」
スカアハは少しばかりクー・フーリンのことを心配していた。いくら手の付けられない暴れん坊だといっても、大切な弟子に変わりはないのだから。
東の空からはすぐそこまでインドの神々が迫っていて、その凄まじい迫力がビリビリと伝わってきた。
「シヴァ殿にインドラ殿、それにパールバティ殿・・・他にも強力な神が大勢いるな。これならよほどの事がない限り、インドの地は大丈夫だろう。」
アリアンロッドは安心したように言い、「はて?」と首を捻った。
「ヴィシュヌ殿とブラフマー殿がおられないようだが?」
「皆ガ皆モドッテ来タワケデハナイ。先ホドモ言ッタヨウニ、光ノ壁デハ激シイ戦イガ起コッテイルノダ。何人カノインドノ神々ハ、向コウデ邪神ノ軍勢ト戦ッテイル。」
「そうか・・・私はかなり無理を言ってしまったわけだな・・・。」
「ソウ落チ込ムナ。コチラ二向カッテイルインドノ神々ハ、自分カラ志願シテ来テクレタノダ。
誰ダッテ、自分ノ国ガ蹂躙サレテイルノヲ黙ッテ見テハイラレナイカラナ。」
「そう言ってもらえるとありがたい。」
アリアンロッドはインドの神々を振り返り、大きく手を振った。
「インドの神々よ!魔物は殲滅したが、まだ油断は出来ない!どうかこの国を守り、魔物の拡散を防いでほしい!」
大きな声でそう叫ぶと、六本の腕に青黒い肌を持つシヴァが、額にある第三の目を開いて光線を放った。
「・・・・・・・ッ!」
その光線はアリアンロッドの頭上を飛びぬけていき、遠くの海に当たって爆発した。
灼熱の炎が燃え上がり、海の水が蒸発してキノコ雲が立ち上る。すると海の中から「ぎゃあああああああ!」と恐ろしい声が響き、ティアマットが姿を現した。
「ティアマット!こんな所まで来ていたのか!」
驚いて言葉を失っていると、シヴァはまた光線を放った。それはティアマットの横に着弾し、またもや大爆発を起こす。
「ギエエエエエエン!」
叫び声を上げながら姿を現したのは、七つの頭を持つ巨大な赤いドラゴンだった。立派な王冠をかぶり、胸には「666」という数字が刻まれていた。
「あ、あれは・・・黙示録の魔獣!あんなものまで出現していたのか・・・。」
黙示録の魔獣は、七つの口を開けて灼熱の砲弾を吹き出した。シヴァは光線を放って迎撃し、二つの攻撃がぶつかって凄まじい爆発が起きた
「うおおおおおおおお!」
「・・・・・・・・ッ!」
熱風が押し寄せ、二人は顔を覆った。そしてゆっくりと目を開けると、爆発が起きた中心に、クレーターのように大穴が空いていた。
「な、なんという力の激突だ・・・・・。」
目を見開いて絶句していると、後ろから「邪魔だ!」と怒鳴られた。
「この地は我らインドの神が守る。異国の矮小な神は必要なし。とっとと失せい!」
シヴァはアーリマンに匹敵するほどの巨体だった。
「シヴァ殿!私はケルトの神、アリアン・・・・・・、」
「知っている。カルラから聞いた。この地の危険を知らせてくれたことについては礼を言おう。だがしかし!インドを守るのは我らの役目なり!異国の神は必要なし!今すぐ失せろ!」
「なッ!なんという無礼な口のきき方か!」
アリアンロッドはカチンときて、剣に手を掛けた。するとシヴァの後ろから女神がやって来て、「おやめなさい!」と止めた。
「我が夫を怒らせてはなりません。」
「あなたは・・パールバティ殿・・・。」
パールバティは艶やかな長い黒髪に、柔和で穏やかそうな顔した、美しい女神だった。花の模様の入った色っぽいサリーを身に着け、夫であるシヴァを見上げた。
「あなた、失礼じゃありませんか!せっかく我が国の危険を知らせてくれた方なのに。」
「その点については礼を言っただろう。戦いには邪魔だから失せろと言っただけだ。」
「なにおう・・・。黙って聞いていればいい気になりおって・・・・。」
アリアンロッドは剣を抜いて立ち向かおうする。
「おやめなさい!夫を怒らしてはなりません。彼は破壊の神なのですから、暴れ出すと手がつけられないのです。」
「しかし・・・あんな無礼なものの言い方をされては・・・・・、」
納得のいかない様子で食い下がると、スカアハが「よせ」と止めに入った。
「今はインドの神と争っている場合ではないぞ。お主はカルラ殿にエジプトまで運んでもらうのだろう?」
「そ、それはそうだが・・・・。」
「カルラ殿に話は通した・・・。お前をエジプトまで運んでくれること、快く承諾してくれたぞ・・・礼を言え。」
「そ、それは・・・・ありがとう・・・・。」
「気二スルナ。我ガ翼ヲモッテスレバ、エジプトナド近イカラナ。」
「・・・ということだ。お主はすぐにエジプトまで行って、コウを助けてくるのだ・・・。」
「・・・なんだか上手く誤魔化されたような・・・・。」
アリアンロッドは唇を尖らせながらスカアハを睨む。
「・・・しかし、確かに神々で争っている場合ではないな。カルラよ、申し訳ないがまたお願い出来るか?」
「ウム。デハ我ノ背中二乗レ。スグニ運ンデヤロウ。」
カルラは翼を広げ、ふわりと宙に舞い上がる。アリアンロッドはサッと彼の背中に飛び乗り、スカアハに手を振った。
「ではラシルへ行って来る!必ず皆と一緒に戻って来るから、スカアハも無事でいてくれ。」
「ああ・・・ダナエ達によろしく。」
カルラは「行クゾ!」叫んで、空高く舞い上がった。すると黙示録の魔獣が、カルラに向かって灼熱の砲弾を放ってきた。
「イカン!」
咄嗟に旋回してかわしたが、続けて灼熱の砲弾が飛んでくる。
「グッ・・・・。」
二発、三発と砲弾をかわしていくが、凄まじい熱のせいで空気の流れが歪んだ。
「ヌウウッ・・・・。」
そしてカルラの体勢が崩れたところへ、特大の砲弾が飛んで来た。
「マズイ!」
何とか旋回してかわそうとするも、砲弾は凄まじい勢いで飛んでくる。回避は間に合わず、直撃は避けられなかった。
しかしその時、シヴァの放った光線が砲弾を消し飛ばした。間一髪でカルラとアリアンロッドは助かり、体勢を立て直してエジプトへ飛んで行く。
「シヴァ殿・・・助かった。」
「だからさっさと失せろと言ったのだ。ここは任せて自分の役目を果たして来るがいい!」
シヴァは手にした槍を構え、ティアマットに投げつけた。巨大な槍が彼女を貫き、一撃の元に絶命させた。
「さあ、皆の者!黙示録の魔獣が来るぞ!あれは神に仇成す最強の獣だ!心してかかれ!」
シヴァは武器を振りかざして叫んだ。神々は雄叫びを上げ、黙示録の魔獣に向かって行った。
「頼むぞ、インドの神々・・・。」
アリアンロッドは眼下で繰り広げられる戦いを見つめ、腰の剣に手を掛けた。
「カルラよ!もっと飛ばしてくれ!早く・・・早くコウの元ヘ行かないと!」
「デハ本気デ飛バスゾ!落トサレナイヨウニシッカリ掴マッテイロ!」
カルラは大きく羽ばたき、音の壁を越えて空を駆けていった。
「アリアン・・・お主の帰り・・・信じて待っているぞ。」
スカアハは二人を見送り、インドの神々と共に、黙示録の魔獣に戦いを挑んだ。

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