赤い瞳が、殺気を放って輝いている。
ケルトの武神スカアハは、友を傷つけられた怒りに燃えていた。
「お・・・お前は・・・・スカアハ!ひいいいいいいい!」
インキュバスはササッと戦車の後ろに隠れ、ブルブルと震えた。
「相も変わらず臆病な奴よ・・・。どうした?我を手篭めにしてみせい・・・・。」
「じょじょじょ・・・・冗談じゃない!お前みたいなおっかない女はこっちから願い下げだ!」
「・・・しかし、女を落とすのがお前の特技なのだろう?」
「お前は普通の女じゃないだろ!あのクー・フーリンが師匠と崇めるような奴だぞ!誰がそんな化け物を相手にするか!」
「・・・ふふふ、化け物とは言ってくれる。」
スカアハは可笑しそうに笑い、後ろで倒れるアリアンロッドを振り返った。
「アリアン・・・助けに来るのが遅れた・・・許せ・・・。」
そう言ってアリアンロッドを抱きかかえ、そっと頭を撫でた。
「スカアハ・・・遅いぞ!私は・・・私は危うく・・・・・。」
「すまない・・・。魔物の巣が多かったゆえ、助太刀するのが遅れた・・・。」
「・・・・この事は・・・絶対に誰にも・・・・・。」
「当たり前だ。私は何も見ていない。お前も何もされていない、そうであろう?」
「・・・・・・・・・・・・。」
まるで姉妹のようにアリアンロッドを抱きしめるスカアハ。そして・・・・身の毛もよだつ殺気でインキュバスを睨んだ。
「・・・悪魔よ・・・我が友に手を出した罪・・・・高くつくぞ。」
「ひいいいいい!すいませんすいません!」
インキュバスは一目散に逃げ出す。しかし次の瞬間、目の前にスカアハがいた。
「うぎゃあああああ!出たああああああああ!」
「人を化け物扱いしおって・・・。」
スカアハはガシっとインキュバスの肩を掴み、ギュッと抱き寄せた。
「女が好きなのであろう?ほれ、思う存分抱きしめるがいい。」
そう言って腕に力を込め、万力のような怪力で締め上げていく。
「ぎゃあああああああ!それは抱擁じゃなくてサバ折りだ!」
「何が違うのだ?抱きしめるなら同じことであろう?」
スカアハはさらに力を込める。腕の筋肉が膨れ上がり、血管が浮かび上がる。インキュバスは苦痛に耐えかね、何度も「勘弁してくれ!」と懇願した。
しかしスカアハは「否!」と叫び、ガツンと頭突きをかました。
「あべしッ!」
「この程度で済むと思うなよ。肉片一つ残さず、塵と砕いてくれる!」
スカアハはインキュバスを持ち上げ、頭から地面に叩きつけた。そして思い切り蹴り飛ばし、硬い拳で殴り飛ばした。
「ぐへえッ!」
「まだまだ・・・・。」
鬼の鉄拳が雨あられのように降り注ぎ、インキュバスの顔の形がベコベコにへこんでいく。
「ひゃ・・・ひゃめへ・・・・。」
「もう泣きを入れるのか?残念ながら、我の拳は止まらない。いくら謝ったところで、アリアンを傷つけたことに変わりはないのだからな!」
スカアハは両脇に拳を構え、大地を踏ん張って貫手を放った。鉄よりも硬い指がインキュバスの頬に突き刺さり、バッと鮮血が飛び散る。
「ぐおおおおお!痛ってええええ!」
思わずその場に崩れ落ち、頬を押さえてうずくまる。いくら臆病なインキュバスでも、ここまでされては黙っていられなかった。
「ぐおおおおおお!このメス豚野郎がああああ!調子こいてんじゃねえぞおおおお!」
ボコボコにされた顔で叫び、身体じゅうから紫の霧を噴出する。すると二人の立っていた場所に、バスケットコートほどの大きな穴が空いた。そして穴の底には無数の剣が生えていて、鋭い切っ先をこちらに向けていた。スカアハは剣の生えた穴の中に落ちて行く。
「はははは!そのまま串刺しになれ!」
勝ち誇ったように笑うインキュバスだったが、次の瞬間には「え・・・?」と絶句した。
「な、なんだお前・・・。なんで剣の上に立ってるんだ・・・?」
スカアハは咄嗟に靴を脱ぎ、足の指で剣の先端を掴んでいた。そしてスタスタと剣の上を歩いていく。
「こんなことで我を殺せると思うたか・・・?」
「ぐ・・・ぐぬぬ・・・・なんだよてめえは!余裕ぶっこいた顔してんじゃねえぞ!」
インキュバスはスーツを脱ぎ棄て、背中から黒い翼を生やした。そしてバサバサと穴の中に舞い降りた。
「スカアハ・・・お前はさっきこう言ったな。俺は臆病者だと。」
「ああ・・・言ったぞ。それがどうした?」
「ふふふ・・・確かにお前の言うとおりさ。俺は筋金入りの臆病者だ。でもな!臆病者は怒らせると怖いんだぜ?なぜなら・・・人一倍コンプレックスが強いんだからなあ!コンプレックスは力だ!炎だ!敵を憎む心だ!それを下手に刺激したらどうなるか、思い知らせてやる!」
インキュバスの翼はメキメキと硬くなっていき、戦闘機の羽のようになっていく。そして鋭い刃がついた剣に変わった。
「いくら剣の上を歩くことが出来ても、空を飛ぶ僕には適うまい?さあ、その服を切り裂いて辱めてやる!」
インキュバスは目にも止まらぬ速さで飛び回り、すれ違いざまにスカアハを切りつけていく。
ブレードの翼がスカアハの肌を斬り裂き、赤い血が飛び散る。髪を結んでいた紐が斬られ、長い黒髪がハラリと背中まで落ちた。
「ふふふ・・・簡単には殺さない。まずはじっくりと服を剥いでやる。」
インキュバスは舌なめずりをして、いやらしい目でスカアハを睨みつけた。
「やはり変態よな・・・おのれは・・・。そんなに我の裸体が見たいなら、いくらでも見せてやるぞ?」
スカアハはサッと服を脱ぎ、下着まで脱いで地面に放り投げた。
「どうだ?服を切り裂く手間を省いてやったぞ?」
「な、なんて奴だ・・・・。俺の楽しみが・・・・。」
インキュバスはスカアハの裸体を見て、ゴクリと息を飲む。彼女の身体は、まるでギリシャ彫刻のように鍛えられた筋肉をしていた。
一切の無駄な肉がなく、全身が極限まで鍛えこまれていた。腹は六つに割れ、腕も足も引き締まった筋肉で覆われている。特に背中の筋肉に至っては、芸術品のように美しく鍛えこまれていた。
「なんか・・・予想と違う身体だな。別の意味で見惚れてしまう・・・・。」
「さあ、これが見たかったのだろう?思う存分観賞せい!」
そう言ってボディビルダーのようにポーズを取るスカアハ。一つ一つの筋肉が、まるで生き物のようにうねっていた。
「・・・美しい・・・。これが・・・これが女の身体とは思えん・・・。」
「鍛えれば男も女も関係ない。鍛練の成果は、老若男女問わず表れるのだからな。」
スカアハゆっくりと拳を握り、剣の切っ先に向かって振り下ろした。すると硬い剣は粉々に砕かれた。
「・・・・・・・ッ!」
「我が拳・・・・積年の鍛錬の結晶なり・・・・。貴様の卑劣な攻撃など、一撃で粉砕してくれる!さあ・・・かかってこい!」
スカアハは拳を手刀に変え、足を開いて構えた。その視線は真っすぐにインキュバスを射抜き、目を逸らすことを許さなかった。
「・・・あんたあ・・・・やっぱり化け物だぜ・・・。でも・・・少しだけカッコイイと思っちまった・・・・。」
インキュバスは目を閉じて項垂れる。そしてガバッと天を見上げ、大きく翼を広げた。
「いいさ!そこまで言うなら正面から挑んでやる!僕の翼で・・・お前を醜く、そしてエロく切り刻んでやる!」
インキュバスは空高く舞い上がり、勢いをつけて突撃してきた。スカアハは身体から力を抜き、手刀を振り上げたままダラリと構える。
そして・・・・・二人の攻撃が交錯した。キン!と短い音が響き、次の瞬間にはインキュバスの硬い翼が斬り落とされていた。
「うおおおおおおお!」
翼を失ったインキュバスは、顔面から剣の切っ先に落下していく。
《ここで・・・・僕は死ぬのか・・・・。》
剣に突き刺さる刹那、インキュバスは死を覚悟した。
「・・・・・・・・・・・・・。」
しかし、鋭い剣はインキュバスの目の前で止まっていた。
翼の根元に違和感を覚えて振り返ると、スカアハが足の指でインキュバスを掴んでいた。
「な・・・なんで・・・?なぜ助ける?」
インキュバスは目をパチクリとさせ、じっとスカアハを見上げた。彼女は何も言わずにインキュバスを持ち上げ、そのまま穴の外まで放り投げた。
「・・・・・・・・・・・。」
インキュバスは言葉を失ったままスカアハを見下ろした。彼女は放り投げた服を広い、サッと身に着けて穴の外に飛び上がった
「・・・インキュバスよ・・・この勝負、まだ続けるか?」
スカアハは腰に手を当ててギロリと睨みつける。それは威風堂々たる、勇ましい武人の姿だった。
「・・・・・・・・・・・・・。」
インキュバスは黙ったまま目を逸らし、「・・・いや、もういい・・・」と素直に敗北を認めた。
「僕の負けだ・・・。好きなようにしてくれ・・・・。」
戦意は完全に消え去り、コンプレックスから湧き上がる怒りも鎮火していた。スカアハは敵の敗北宣言を受け入れ、戦いの構えを解いた。
「賢明な判断だ・・・・。これ以上の戦い、お互いの益にならぬ・・・・・。」
そう言ってスカアハは踵を返し、アリアンロッドの方に歩いて行く。
「おい!ちょっと待て!」
「なんだ?」
「い、いや・・・なんだじゃなくて・・・。どうして僕にトドメを刺さない?さっきはあんなに怒ってたのに・・・・。」
「・・・もうよい。」
「なんでだ!これじゃトドメを刺されるより屈辱的じゃないか!理由を言え!」
インキュバスは納得のいかない様子で詰め寄る。
「・・・お前は、最後の最後で正面から戦いを挑んで来たであろう?だから我もそれに応え、正面から迎え撃った。その結果・・・我が勝った。ならばこれ以上の戦いは無意味。我がトドメを刺さずとも、お前が負けたことは、自分が一番よく理解しているであろう?」
「そ、それはそうだけど・・・・・。」
「それにな、アリアンは暴力を好まぬのだ。いくら自分を辱めようとした相手とはいえ、勝敗の決した者をいたぶるのは、アリアンの意にそぐわぬ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「お前の犯した行為は許しがたいが、これ以上の戦いは無意味。それだけだ・・・・。」
スカアハはアリアンロッドの肩を抱きしめ、ゆっくりと立たせた。
「インキュバス・・・・。」
アリアンロッドはゆっくりとインキュバスに近づき、憎らしそうに睨みつけた。
「・・・私は・・・お前を許さない。しかし・・・スカアハの言うとおり、これ以上お前を傷つけることは・・・私のプライドが許さない。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「だから・・・私のことはもういい。それよりもだ!コウを助けなければならない!お前のせいで、赤い死神とやらがコウを襲うかもしれないのだろう?」
「ああ・・・死を呼ぶ鈴を、ユグドラシルの根元に放り込んだからな・・・。きっと、間違いなく死神が現れる。それも最強の死神が・・・。」
「だったら、それをどうにかして止めろ!もし・・・もしコウに何かあったら・・・その時は絶対にお前を許さない!いくら泣いて謝ろうが、その首を斬り落としてくれる!」
アリアンロッドはインキュバスの首を掴み、青い瞳で睨みつける。
「さあ、どうずれば死神を追い払える?どうすればコウを死神から守れる?さっさと言え!」
「・・・残念だけど・・・一度呼び寄せた死神はどうにもならない・・・・。」
「なんだと・・・・。ではコウは・・・・コウはどうなるというのだ!」
アリアンロッドは両手でインキュバスの首を締め上げる。見かねたスカアハが「よせ」と止めた。
「落ち着け・・・。こやつを痛めつけたところで、どうにもなるまい?」
「そんなことは分かっている!しかしこのままではコウが!」
「・・・アリアン・・・。少し風に当たって頭を冷やしてくるがよい。今のお主は、私情に駆られて心に隙が生じておる。そうでなければ、インキュバス程度にやられはしなかったのだ。」
「仕方がないだろう!私が・・・私が不甲斐ないせいで・・・ユミルも、あの船の人間たちも死んでしまったのだ・・・。そのうえコウにまで何かあったら・・・私は・・・私はダナエに顔向けが出来なくなる。」
アリアンロッドはインキュバスを離し、悔しそうに唇を噛んだ。吹き抜けた風が長い髪を揺らし、頬になびいていた。
「・・・アリアン。気持ちは分かるが、お主は自分を責め過ぎだ。今はとにかく落ち着くことが肝心ぞ?いいから風に当たってこい。」
「断る!何としてもコイツから死神を追い払う方法を・・・・・、」
意地になって食い下がった時、スカアハの平手が飛んだ。パチン!と渇いた音が響き、アリアンロッドの頬が赤くなる。
「子供のように駄々をこねるな!今は頭を冷やしてこい。さあ・・・。」
スカアハはアリアンロッドの背中を押し、遠くへ追いやった。
「・・・・・・・・・・。」
アリアンロッドはまだ何かを言いたそうにしていたが、口を噤んでスカアハの言うとおりにした。少し離れた場所で背中を見せ、悲しそうに佇んでいた。スカアハはそんな彼女を見つめながら、インキュバスに尋ねた。
「インキュバスよ・・・その赤い死神とやらを追い払う術はないのか?」
「・・・死の鈴の音を聞きつけた死神は、必ずやって来る。もしそれを追い払おうとするなら、死神と戦うしかなくなる。」
「・・・強いのか、その赤い死神は?」
「ああ。めちゃくちゃ強いよ。だって・・・あいつは『死の運命』そのものだからな。死神がやって来るってことは、そいつに『死』が迫っているってことなんだ。それに抗うってことは、自分の運命に抗うってことなんだよ。」
「・・・それは厳しい戦いになりそうだな・・・・。」
「それだけじゃない。さっきも言ったけど、赤い死神は最強の死神なんだ。並大抵の力じゃ追い払うことは出来いない。きっと・・・スカアハとアリアンロッドが力を合わせても、傷一つ付けられずに殺されるだろうな・・・。」
「そうか・・・。ならばコウ一人の力でどうにか出来る相手ではないということだな?」
そう尋ねると、インキュバスは「実は・・・」と呟いた。
「実は・・・何だ?なにか死神を追い払う特別な方法でもあるのか?」
「・・・ないことはない。けど・・・ほとんど不可能に近いよ・・・・。」
「どんな方法か言ってみよ。もしかしたら、そこに光が見えるかもしれん・・・。」
スカアハはインキュバスの前に詰め寄り、じっとその目を覗き込んだ。
「死神は同族の言葉なら聞いてくれる場合があるんだ。だからもし死神の仲間がいれば、助かるかもしれない。」
「なるほど・・・同族の言葉か・・・・。」
「でも死神を仲間に引き入れるなんてほぼ不可能だから、ほとんど望みはないと思う。」
インキュバスは諦めたように首を振った。するとスカアハは、ニヤリと笑って「そうでもないぞ」と答えた。
「どういうことだ?まさかあんたらの仲間に、死神がいるっていうのか?」
「実はな・・・死神の落ちこぼれのペインという奴がいるのだが、こやつはコウの友人の友人なのだ。」
「なんだって!死神が友達だって!」
「ダナエという妖精の少女がいるのだが、ペインという死神と友達になったのだ。だから・・・ペインの力を借りれば、なんとか赤い死神を追い払えるかもしれない・・・・。」
「そうか・・・。それが本当なら、上手くいく可能性はあるな。」
「しかし一つ問題があってな。ペインはラシルの星にいるのだ。ゆえに・・・結局はユグドラシルの穴を無事に越えないといけないわけだが・・・・。」
スカアハは腕を組んで考える。死神のいるユグドラシルの穴を抜けないと、ペインの力を借りられない。これでは何の解決にもならなかった。
「インキュバスよ、赤い死神とやらは・・・無事にユグドラシル根っこを通り抜けた後でも追いかけて来るのか?」
そう尋ねると、「分からない」と答えた。
「死神はけっこう気まぐれなところがあるんだ。逃がした獲物を追いかける時もあれば、放っておく場合もある。けど・・・赤い死神から逃れるなんて、至難の業だと思うぜ?
なんたって、奴は一度も獲物を取り逃がしたことがないからな。無事にユグドラシルの穴を抜けても、後を追いかけて来る可能性は充分にあるな。」
「ふうむ・・・ならばもしコウがラシルへ辿り着けたら、やはりペインの協力がいるわけか。
その事をどうにかして伝えないといけないわけだが・・・・・。」
難しい顔でそう呟くと、「その役目は私が引き受ける!」と声が掛かった。
「アリアン・・・どうだ?頭は冷えたか?」
「さあな。しかし今の話を聞いたらじっとはしていられない。すぐにでもコウの元へ向かわないと。」
「・・・まだ少し私情に駆られているところがありそうだな。」
「私情に駆られて何が悪い?神といえど、心なき機械ではないのだ。仲間を想うことは当たり前だろう?」
「・・・そうだな。元々お主はそういう奴だ。ただし・・・油断は禁物だぞ?相手は最強の死神だ。いくらお主といえど、一瞬の油断が死を招くことになるだろう。」
「分かっている。そういう危険な敵が迫っているからこそ、コウを放っておくことが出来ないのだ。」
アリアンロッドは剣に手を掛け、東の空を見上げた。
「もうじき・・・ここにはインドの神々が戻って来る。その時はカルラも一緒に戻って来るだろうから、彼に頼んでエジプトまで乗せて行ってもらう。そして私も・・・ユグドラシルの根っこを通り、ラシルの星まで向かう!」
アリアンロッドは剣を掲げて叫んだ。陽の光を受けた刃は、彼女の熱い心を照らすように輝いていた。
すると・・・剣の切っ先が差す空から、強力な力を持った者たちが大勢押し寄せて来た。
「来たか・・・インドの神々が・・・・。」
カルラを先頭にして、名だたるインドの神々が戻って来た。
「スカアハ、もう魔物の巣は全て潰したのだろう?」
「うむ。しかし油断は出来ない。またいつ魔物の巣が復活するか分からないからな。やはりここはインドの神々に守ってもらった方がいいだろう。」
「私も同感だ。それに・・・・なんだか嫌な予感がするのだ。きっと・・・きっとアジアの地を中心にして、大きな戦いが起こる。これは予感というより、確信に近いものだ。」
「・・・日本に現れたアーリマン。日本近海に出現した光の壁。それに・・・インドに現れた無数の魔物。これらのことを考えると、確かにアジアを中心として異常現象が起きている。
これはおそらく・・・邪神が日本近海にいるせいだろう。」
「いや、それだけではないような気がする。もっと・・・もっと別の大きな力が働いているような・・・そんな気がするのだ。」
「大きな力?それは邪神以上の存在がいるということか?」
「分からない・・・。曖昧な言い方ですまないが・・・。」
「・・・そうか・・・邪神以外の大きな力を感じるか・・・・。」
スカアハは小さく笑い、アリアンロッドの肩を叩いた。
「お主の勘はよく当たるからな。しかも悪い予感ほど的中する・・。」
「それは嫌味か?」
「ふふふ・・半分はな。」
二人は小さく笑い、後ろで立ち尽くすインキュバスの方を振り返った。
「さて、お前の処遇をどうしようか・・・。私のことは許すと言ったが、死神を呼び寄せてコウを危険に晒した罪は重い・・・。本来ならここで打ち首にしたいが・・・・。」
「い、いやいや!待ってくれ!打ち首だなんてそんな・・・・。」
インキュバスは慌てて逃げ出した。しかしスカアハに先回りされ、ガシっと首を掴まれる。
「ぐげッ・・・苦しい・・・。」
「インキュバスよ・・・もし助かりたいというのなら、我らに協力することだ。」
「きょ、協力って・・・いったい何を・・・・?」
「簡単なこと。お前には・・・邪神のスパイをしてもらいたい。」
「じゃ、邪神のスパイだってえええええ!」
インキュバスは無理無理というふうに首を振った。
「それは勘弁してくれ!もし僕がスパイだとバレたら、いったいどんな目に遭わされるか。」
「ならばここで首を落とされるか?」
「そ、それも嫌だ・・・・・。」
「ならば我らに協力せよ・・・。それ以外に、お前の生き残る道はない!」
スカアハは怖い目で睨む。インキュバスは「そんなあ・・・」と項垂れた。
「お前は人の影に潜む力を持っているだろう?その力を使って、邪神の影に入りこむのだ。そして奴の動向を探れ。」
「で、でも・・・僕にそんな大それた役目が務まるかな・・・?」
「務まるか、務まらないか・・・それは大した問題ではない・・・。要はやるかやらないかだ。
どっちにするか・・・潔く決めよ!」
スカアハはバキバキと拳を鳴らし、殺気を放って威圧する。
「わ、分かりました!やります!やりますとも、ええ・・・。」
「それでよい・・・。ならばお前はすぐに邪神の元ヘ行き、出来るだけ向こうの情報を集めて来るのだ。」
「・・・うう・・・・なんでこんなことに・・・。」
「言っておくが・・・もし裏切ったりしたら・・・・・。」
「分かってます!分かってるから怖い目で睨まないで・・・・。」
インキュバスはがっくりと項垂れ、スカアハに完全服従を誓うしかなかった。
遠い東の空からはインドの神々が近づいて来て、先陣を切っていたカルラが二人の元に舞い降りた。
「待タセタナ。インドノ神々ヲ呼ビ戻シテ来タゾ。」
「手間を掛けてすまない。とりあえず魔物は全滅させたが、またいつ現れるか分からない。油断は出来ない状況だ。」
「分カッテイル。ダカラコソコノ国ノ神々二戻ッテ来テモラッタノダ。シカシ残念ナガラ、ソウ長クハココニ留マレナイ。」
「何故だ?せっかくこの国を守る為に戻って来たのに・・・・。」
そう尋ねると、カルラは難しい表情で唸った。
「今現在・・・光ノ壁デハ熾烈ナ戦イガ繰リ広ゲラレテイル。神々ト邪神ノ軍勢ガ、一進一退ノ攻防ヲ続ケテイルノダ。故二、アマリ長クハココニイラレナイ。」
「そうか・・・光の壁ではそこまで激しい戦いが・・・・。」
アリアンロッドは口元に手を当てて険しい顔をした。すると隣に立っていたスカアハが「クーも参戦しているのか?」と尋ねた。
「我が弟子クー・フーリンは、日本の神々と共に邪神の元へ向かったと聞いた。奴は無事なのだろうか・・・?」
「分カラナイ。邪神ノイル海ヘハ行ッテイナイカラナ。シカシスサノオ殿ガ一緒ナノダ。キット無事デイルハズダ。」
「スサノオ・・・日本の荒ぶる戦神か・・・。彼の強さは幾度となく耳にしている。彼ならクーを任せても大丈夫であろう・・・・。」
スカアハは少しばかりクー・フーリンのことを心配していた。いくら手の付けられない暴れん坊だといっても、大切な弟子に変わりはないのだから。
東の空からはすぐそこまでインドの神々が迫っていて、その凄まじい迫力がビリビリと伝わってきた。
「シヴァ殿にインドラ殿、それにパールバティ殿・・・他にも強力な神が大勢いるな。これならよほどの事がない限り、インドの地は大丈夫だろう。」
アリアンロッドは安心したように言い、「はて?」と首を捻った。
「ヴィシュヌ殿とブラフマー殿がおられないようだが?」
「皆ガ皆モドッテ来タワケデハナイ。先ホドモ言ッタヨウニ、光ノ壁デハ激シイ戦イガ起コッテイルノダ。何人カノインドノ神々ハ、向コウデ邪神ノ軍勢ト戦ッテイル。」
「そうか・・・私はかなり無理を言ってしまったわけだな・・・。」
「ソウ落チ込ムナ。コチラ二向カッテイルインドノ神々ハ、自分カラ志願シテ来テクレタノダ。
誰ダッテ、自分ノ国ガ蹂躙サレテイルノヲ黙ッテ見テハイラレナイカラナ。」
「そう言ってもらえるとありがたい。」
アリアンロッドはインドの神々を振り返り、大きく手を振った。
「インドの神々よ!魔物は殲滅したが、まだ油断は出来ない!どうかこの国を守り、魔物の拡散を防いでほしい!」
大きな声でそう叫ぶと、六本の腕に青黒い肌を持つシヴァが、額にある第三の目を開いて光線を放った。
「・・・・・・・ッ!」
その光線はアリアンロッドの頭上を飛びぬけていき、遠くの海に当たって爆発した。
灼熱の炎が燃え上がり、海の水が蒸発してキノコ雲が立ち上る。すると海の中から「ぎゃあああああああ!」と恐ろしい声が響き、ティアマットが姿を現した。
「ティアマット!こんな所まで来ていたのか!」
驚いて言葉を失っていると、シヴァはまた光線を放った。それはティアマットの横に着弾し、またもや大爆発を起こす。
「ギエエエエエエン!」
叫び声を上げながら姿を現したのは、七つの頭を持つ巨大な赤いドラゴンだった。立派な王冠をかぶり、胸には「666」という数字が刻まれていた。
「あ、あれは・・・黙示録の魔獣!あんなものまで出現していたのか・・・。」
黙示録の魔獣は、七つの口を開けて灼熱の砲弾を吹き出した。シヴァは光線を放って迎撃し、二つの攻撃がぶつかって凄まじい爆発が起きた
「うおおおおおおおお!」
「・・・・・・・・ッ!」
熱風が押し寄せ、二人は顔を覆った。そしてゆっくりと目を開けると、爆発が起きた中心に、クレーターのように大穴が空いていた。
「な、なんという力の激突だ・・・・・。」
目を見開いて絶句していると、後ろから「邪魔だ!」と怒鳴られた。
「この地は我らインドの神が守る。異国の矮小な神は必要なし。とっとと失せい!」
シヴァはアーリマンに匹敵するほどの巨体だった。
「シヴァ殿!私はケルトの神、アリアン・・・・・・、」
「知っている。カルラから聞いた。この地の危険を知らせてくれたことについては礼を言おう。だがしかし!インドを守るのは我らの役目なり!異国の神は必要なし!今すぐ失せろ!」
「なッ!なんという無礼な口のきき方か!」
アリアンロッドはカチンときて、剣に手を掛けた。するとシヴァの後ろから女神がやって来て、「おやめなさい!」と止めた。
「我が夫を怒らせてはなりません。」
「あなたは・・パールバティ殿・・・。」
パールバティは艶やかな長い黒髪に、柔和で穏やかそうな顔した、美しい女神だった。花の模様の入った色っぽいサリーを身に着け、夫であるシヴァを見上げた。
「あなた、失礼じゃありませんか!せっかく我が国の危険を知らせてくれた方なのに。」
「その点については礼を言っただろう。戦いには邪魔だから失せろと言っただけだ。」
「なにおう・・・。黙って聞いていればいい気になりおって・・・・。」
アリアンロッドは剣を抜いて立ち向かおうする。
「おやめなさい!夫を怒らしてはなりません。彼は破壊の神なのですから、暴れ出すと手がつけられないのです。」
「しかし・・・あんな無礼なものの言い方をされては・・・・・、」
納得のいかない様子で食い下がると、スカアハが「よせ」と止めに入った。
「今はインドの神と争っている場合ではないぞ。お主はカルラ殿にエジプトまで運んでもらうのだろう?」
「そ、それはそうだが・・・・。」
「カルラ殿に話は通した・・・。お前をエジプトまで運んでくれること、快く承諾してくれたぞ・・・礼を言え。」
「そ、それは・・・・ありがとう・・・・。」
「気二スルナ。我ガ翼ヲモッテスレバ、エジプトナド近イカラナ。」
「・・・ということだ。お主はすぐにエジプトまで行って、コウを助けてくるのだ・・・。」
「・・・なんだか上手く誤魔化されたような・・・・。」
アリアンロッドは唇を尖らせながらスカアハを睨む。
「・・・しかし、確かに神々で争っている場合ではないな。カルラよ、申し訳ないがまたお願い出来るか?」
「ウム。デハ我ノ背中二乗レ。スグニ運ンデヤロウ。」
カルラは翼を広げ、ふわりと宙に舞い上がる。アリアンロッドはサッと彼の背中に飛び乗り、スカアハに手を振った。
「ではラシルへ行って来る!必ず皆と一緒に戻って来るから、スカアハも無事でいてくれ。」
「ああ・・・ダナエ達によろしく。」
カルラは「行クゾ!」叫んで、空高く舞い上がった。すると黙示録の魔獣が、カルラに向かって灼熱の砲弾を放ってきた。
「イカン!」
咄嗟に旋回してかわしたが、続けて灼熱の砲弾が飛んでくる。
「グッ・・・・。」
二発、三発と砲弾をかわしていくが、凄まじい熱のせいで空気の流れが歪んだ。
「ヌウウッ・・・・。」
そしてカルラの体勢が崩れたところへ、特大の砲弾が飛んで来た。
「マズイ!」
何とか旋回してかわそうとするも、砲弾は凄まじい勢いで飛んでくる。回避は間に合わず、直撃は避けられなかった。
しかしその時、シヴァの放った光線が砲弾を消し飛ばした。間一髪でカルラとアリアンロッドは助かり、体勢を立て直してエジプトへ飛んで行く。
「シヴァ殿・・・助かった。」
「だからさっさと失せろと言ったのだ。ここは任せて自分の役目を果たして来るがいい!」
シヴァは手にした槍を構え、ティアマットに投げつけた。巨大な槍が彼女を貫き、一撃の元に絶命させた。
「さあ、皆の者!黙示録の魔獣が来るぞ!あれは神に仇成す最強の獣だ!心してかかれ!」
シヴァは武器を振りかざして叫んだ。神々は雄叫びを上げ、黙示録の魔獣に向かって行った。
「頼むぞ、インドの神々・・・。」
アリアンロッドは眼下で繰り広げられる戦いを見つめ、腰の剣に手を掛けた。
「カルラよ!もっと飛ばしてくれ!早く・・・早くコウの元ヘ行かないと!」
「デハ本気デ飛バスゾ!落トサレナイヨウニシッカリ掴マッテイロ!」
カルラは大きく羽ばたき、音の壁を越えて空を駆けていった。
「アリアン・・・お主の帰り・・・信じて待っているぞ。」
スカアハは二人を見送り、インドの神々と共に、黙示録の魔獣に戦いを挑んだ。