MIB3を久しぶりに見て思うこと

  • 2018.09.03 Monday
  • 13:47

JUGEMテーマ:映画

久しぶりに「MIB3」を見ました。
1と2はよく覚えているんですが、3はそこまで詳しく覚えていなかったんです。
だからもう一度しっかりみようと思って見たんですが、少し思うところがありました。
面白いのはとても面白かったです。
ウィルスミスとトミーリージョーンズのコンビは最高だし、テンポも早くてスイスイ楽しめます。
それにコメディだから肩の力を抜いて見られるのもよかったです。
一番好きなのってコメディなんです。
色んな名作や感動作があるけど、コメディの名作が一番好きです。
胸に響くとか衝撃を受けるって意味では他の映画になるけど、楽しむって意味ではコメディが一番だと思っているからです。
1の敵はとにかくインパクトがありました。
なんたって巨大ゴキブリの宇宙人です。
しかもかなりぶっ飛んだ奴で、人間の姿を借りている時のキャラも面白かったです。
2の敵もインパクトがありました。
宇宙から地球へ飛んできて、とんでもなくデカイ奴なのかと思ったら、ビックリするほど小さな奴でした。
そのあとは人間の姿を借りて動き回るわけですが、このキャラも好きでした。
コメディなんだけど、どこか手に負えない絶望感みたなのを感じさせる敵が出てきたのが1と2です。
て言ってもやっぱりコメディなので、身震いするようなシリアスな展開にはなりません。
面白いコメディってこの辺のバランスが上手いです。
ギャグとシリアス、脱力と緊張。
1と2はそのバランスが最高でした。
でも3を見て思ったことは、ちょっと敵がスケールダウンしているなってことです。
1と2に比べるとどうしてもインパクトが弱かったんです。
それにシリアスとコメディのバランスも、シリアスに傾きすぎているように感じました。
悪い敵をやっつける映画っていうのは、敵の質によって内容まで変わってきます。
名作RPGにはインパクトのあるボスがいるように、映画にだってインパクトのある敵が必要です。
3で出てきた敵は物凄く凶悪な宇宙人って設定なんだけど、どう見ても1のバグの方が凶悪に感じました。
目的の為なら手段を選ばないし、根っこが虫なので本能丸出しの凶暴な感じもよかったです。
2の敵の知性的な感じがよかったです。
1が手ごわい凶悪犯なら、2は一筋縄ではいかない知能犯といった感じです。
でも3の敵はただの乱暴者というか、JとKが奮闘しないといけないほどの敵なのかなと思うほど、強敵感がありませんでした。
1と2の時は二人が協力してどうにか勝てるほど手ごわい相手だっただけに、どうしても見劣りしてしまいます。
タイムトラベルや昔のKが出てくるのは面白かったです。
でもやっぱりこういう映画は敵に魅力がないといけないように思います。
ドラゴンボールのフリーザ、ダイの大冒険のフレイザード、ドラクエのゾーマ。
コマンドーのベネット、プレデターのプレデター、エイリアンのエイリアン。
魅力的なヒールがいるからこそヒーローが輝きます。
MIB3はストーリーや設定が面白いだけに、敵の魅力が物足りないのが残念でした。
インパクトのあるキャラクターがいるからこそ、映画の内容にのめり込んで、ストーリーや細かい設定まで覚えているものです。
味方がいて敵がいる。
どちらも釣り合うほど魅力がなければ、コメディであれバトルの面白さは半減するのかもしれませんね。

戦後の日本とGHQ 映画「終戦のエンペラー」

  • 2018.09.02 Sunday
  • 13:25

JUGEMテーマ:映画

JUGEMテーマ:歴史

「終戦のエンペラー」という映画を見ました。
戦後、GHQがどうやって日本を統治していったのかという映画です。
一番の問題は天皇でした。
ある将校がマッカーサーの命令により、天皇のことを調べることになりました。
その調査如何によって、天皇を裁判に掛けるかどうかが決まります。
命令を受けた将校は早速調査を開始しました。
期間は十日だけ、そう長い時間はありません。
急ピッチで東条英機や近衛文麿など、天皇に近しい人物から話を聞いて回りました。
いったい日本人にとって天皇とはどういう存在なのか?
天皇は戦争を回避することが出来たのか?
その為になにか行動を起こしたのか?
軍の幹部や大臣たちは天皇をどう思っているのか?
日本には本音の建前があるので、表面上の言葉だけを探っても意味はありません。
かつて日本人の恋人と付き合っていた将校は日本のことをよく知っています。
もちろん日本人の性格や文化についても。
しかしいくら調べても天皇がどういった存在なのかハッキリとは見えてきませんでした。
誰もが天皇を尊敬し、信奉しているのに、詳しい話になると曖昧になってしまうのです。
これでは調査のしようがありまん。
期限までに報告書を上げなければ、天皇が裁判にかけられることは避けられません。
アメリカ人であるはずの将校は、かつて日本に残してきた恋人の為に、どこか日本びいきな所がありました。
戦時中の空爆でも、恋人の住んでいる街は避けるようにと指示を出していました。
軍務に私情を挟むのは厳禁ですが、それほどまでに心に残っていたのでした。
残念ながら恋人は亡くなっていました。
将校は深く悲しみます。
しかしすぐに顔を上げ、再調査に取り掛かりました。
調べれば調べるほど分からなくなる天皇という存在。
戦争終結の為に行動を起こしたと証言する幹部もいましたが、その証拠は残っていません。
また天皇を裁判にかけるべきか?という問いに対して、誰も口を開きませんでした。
東条英機さえも裁判にかけるという署名にサインはしませんでした。
軍人も政治家も、誰もが天皇の裁判を望んでいない。
それなのに誰もが天皇という存在についての考えや証言は曖昧で、将校は困り果てました。
彼は最終的に推論のだけの報告書を仕上げます。
自分が見聞きしたこと、肌で感じたことをまとめたのでした。
報告書を受け取ったマッカーサーは怒ります。
こんなものはお前の推論ではないかと。
将校はこう答えました。
天皇に戦争責任があったのかどうか。
それは1000年経っても明らかにはならないでしょうと。
白でも黒でもない、グレーを好む日本人の価値観や性格があり、天皇はその中で信奉されているものでした。
明確な責任があったのかどうかの判断は下せないと反論したのです。
しかし確かなことが一つあって、もし天皇を裁判にかけ、処刑してしまったら、日本の統治は大変なものになるということでした。
各地で暴動や反乱が起き、それを鎮圧、監視する為に100万もの米兵が必要になる。
だったら天皇はこの国の玉座に据えたまま、我々の統治を手伝ってもらえばいいと。
それを受けたマッカーサーはこう返しました。
直接天皇に会いたいと。
将校はすぐに会談の準備に取り掛かります。
若干の壁はありましたが、機転を利かせてどうにか約束を取り次ぎます。
天皇に会う際は様々な注意が必要であると、天皇の側近の方がマッカーサーに作法を教えました。
そしていざ会談当日、マッカーサーはそれをほとんど無視しました。
天皇の顔を直視し、みずから握手を求めたのです。
それに応える天皇。
マッカーサーは写真撮影を申し出ますが、側近の方が止めました。
しかし天皇はそれを制し、撮影に応じます。
そして通訳だけを残して、二人だけの会談が行われました。
将校は部屋を出て、そっと扉を閉じようとします。
ほんの少しだけ隙間を開けたまま。
そこから見える二人の会話。
天皇は立ち上がり、マッカーサーに頭を下げました。
この戦争の責任は全て私にある。
国民に罪はない。
そう言ったのです。
天皇がマッカーサーに会いに来たのは、その身を委ねる為でした。
マッカーサーはお座りくださいと椅子に手を向けます。
そしてこう答えました。
私はあなたをどうこうする為に話をしたいのではなく、統治を手伝ってもらいたいのですと。
戦後の日本を治める為、協力しましょう。
その会話を聞いた将校はそっと扉を閉めました。
映画はここで終わりです。
とても面白かったけど、歴史モノを見る際には注意が必要です。
どうやったって作り手の価値観や願望が込められてしまうので、素直に正しい歴史と受け取るのは危険だということです。
過ぎたことなんていくらでも書き換えられるので、どの歴史が正しいのかなんて誰にも分かりません。
仮に真実が分かったとしても、見る立場によって180度意味が変わったりと、解釈にも違いが出てきますし。
ただ映画としてはとても面白かったです。
なによりマッカーサーを演じたトミーリージョーンズが最高でした。
真面目な役からふざけた役まで、渋い中にも愛嬌を感じさせる大好きな役者さんです。
終戦のエンペラー。
見てよかったと思う映画でした。

【ネタバレあり】 何がなんでも勝利をもぎ取るロビイスト 映画「女神の見えざる手」

  • 2018.08.17 Friday
  • 12:21

JUGEMテーマ:映画

「女神の見えざる手」という映画を見ました。
主人公は優秀なロビイスト。
依頼を受ければとことんまで相手を調べ上げ、時には味方さえも裏切ってまで仕事を成し遂げます。
ちなみにロビイストとは、ネガティブキャンペーンのプロのようなものです。
例えば政治家が「○○の法案を通したい」と依頼すれば、敵対する勢力に対してマイナスイメージを抱かせるような情報を流します。
そして依頼者の勢力にはプラスになるようなイメージを流し、世間の印象を操作する仕事です。
これを実行するには、優れた情報収集力、どんな相手にも臆さない行動力、二手三手と先まで読む先見の明など、あらゆる能力が必要になります。
また敵対する勢力を味方に引き込む交渉力や、裏切り者が出ないように味方を監視することさえあります。
主人公の女性は政治家からある依頼を受けます。
アメリカで銃規制が叫ばれる昨今、味方を増やしたい。
どうにかして女性票を取り込んでほしい。
この依頼に対して主人公は食ってかかりました。
その政治家が提案した方法があまりにも前時代的だったからです。
女を馬鹿にしていると憤り、大物のクライアントに喧嘩を売り、あとで上司からこっぴどく怒られました。
そんな中、銃規制を推進するロビイストからヘッドハンティングが掛かりました。
悩む主人公でしたが、古巣にいるよりマシだと思い、その申し出を引き受けます。
銃規制派を押さえ込もうとする以前の会社、銃規制を推進しようとする今の会社。
主人公は古巣から何人かの部下を引き抜き、銃規制の戦いを有利に進めようとしました。
しかし最も信頼していた部下はついて来てくれませんでした。
かつての仲間たちと敵対する構図になってしまいます。
銃を規制するかどうか?
その駆け引きは熾烈なもので、敵は平気で卑劣な手を使ってきます。
となればこちらも同じくやり返します。
まず味方から疑いにかかりました。
あえて偽の情報を流し、裏切り者を炙りだそうとしたのです。
そして偽の情報に踊らされた裏切り者を、みんなの前で晒し上げました。
それだけではありません。
なんと味方全員に監視をつけていたのです。
行き過ぎたやり方は、仲間からの信頼も損ねていきます。
主人公はとにかく優秀なのですが、勝つ為には手段を選ばないところがあり、最後になって足元を掬われそうになりました。
自分をヘッドハンティングしてくれた仲間からも罵られ、オフィスに一人残されます。
頭を抱え、自棄を起こしたかのように種類を投げ散らかしました。
そして精神安定剤を飲み込みます。
いつでも強い自分を見せる為に、彼女は無理をしていました。
ロビイストの世界では隙を見せた者が負けます。
昼間は薬に頼り、夜は密かに男を買い、どうにかギリギリのところで心を保っていました。
勝つということに異常なまでのこだわりを持つ主人公は、どんな逆境に陥っても諦めません。
辛い過去を背負う部下がいて、その部下の過去を利用してでも世間の印象を操作しようとします。
しかし予想外のことはいつでも起こるもので、その部下が暴漢に銃で襲われました。
いきなり首筋に銃を突きつけられ、威嚇射撃までされます。
部下は怯えきり、頭を抱えてうずくまるしかありませんでした。
そんなピンチを救ってくれたのは、銃を持った一般市民でした。
パンパン!と銃声がしたかと思うと、暴漢は銃弾に撃ち抜かれて倒れていました。
銃規制を推進するロビイストが、皮肉にも一般市民の銃によって助けられたのです。
この出来事によって世間の流れは大きく変わります。
ますます追い詰められていく主人公。
やがて今までの無茶まで掘り返されて、査問委員会のような場所で、監視や書類の不正を追求されました。
もはや流れは規制反対派の勝利、それどころか主人公は自分の立場さえ危うい状態です。
しかしここまで来てもまだ諦めません。
勝つためには手段を選ばない。
主人公は虫型の盗聴器を使い、規制反対派の議員と古巣の上司が密会している現場を押さえていました。
しかもその映像をネットに上げていて、査問委員会にいる全員にその動画のアドレスを教えました。
全員のスマホに映し出される密会の映像。
そこにいるのは主人公を追求している規制反対派の議長。
そしてかつての自分の上司です。
議長は逃げ出すように議会をあとにしました。
それを追いかけるマスコミ、悔しがるかつての上司。
主人公はギリギリのところで大逆転を収めました。
しかしこの勝利は彼女だけの力ではありません。
袂を分けたはずの昔の部下、夜な夜なホテルで会っていた金で買った男、そして自分のせいで暴漢に襲われるという危険な目に遭わせてしまった部下。
勝利のみにこだわり、手段をいとわずに突っ走ってきた主人公なのに、なぜか最後に味方してくれたり、自分の意志に賛同してくれたりと、本当に嫌われているわけではなかったのです。
なんでもズバズバ物を言い、利用できるものは仲間さえ利用し、周りさえ顧みずに突き進んできた主人公。
最後まで戦い抜こうとするそのブレない姿勢は、好感度は下がっても信用は勝ち取っていたのでした。
表面上は綺麗事を装い、裏では汚いことをやっていた敵とは違っていたのです。
耳障りのいいおべんちゃらではなく、例え辛辣であっても、勝ちたいという自分に素直な主人公の方が、最終的には信頼を勝ち取ってたということだと思います。
主人公はロビイストとして立派に依頼を果たし、勝利を収めました。
しかし代償も払いました。
映画の冒頭部分で、議会で嘘の証言をしてしまったのです。
そのせいでしばらく刑務所へ入ることになりました。
幸い優秀な弁護士のおかげで早く出られましたが。
刑務所から出てきた主人公は、大きなバッグを担いで去りゆきます。
ここで映画は終わりです。
きっと主人公はまた戦いに向かうでしょう。
自分でも病的だと自覚するほど、勝利に拘るからです。
たまに超えてはいけないラインまで超えてしまい、自分でも境目が分からなくなると言っていたほどです。
こういう人に大人しい人生は似合わないでしょう。
焼け付くような逆境の中でこそ輝く、一人荒野を行く戦士のような主人公でした。
ストーリーはドキドキハラハラさせられるほど面白く、役者さんの演技も素晴らしかったです。
特に主人公を演じた女優さんの演技は最高で、強い自分と弱い自分を見事に演じ分けていました。
とても才能のある方で、大きな賞も受賞されています。
最近は映画はご無沙汰だったんですが、久しぶりに見た映画が面白いと嬉しくなるものです。
「女神の見えざる手」
最初から最後まで惹きこまれたとても面白い映画でした。

2019年のハリウッド版ゴジラの予告を見てワクワクしている

  • 2018.08.08 Wednesday
  • 12:57

JUGEMテーマ:映画

JUGEMテーマ:特撮

2019年に公開予定のハリウッド版ゴジラ。
ネットにて予告動画を見ました。
今度はキングギドラ、、モスラ、それにラドンも出てくるみたいです。
東宝の人気怪獣大集結です。
ハリウッド版のゴジラは地球環境を守る守護神という設定です。
例えば前作の怪獣、ムートーのような生き物が溢れたら環境は破壊されるわけで、そういった生き物に対するカウンターでもあります。
要するに地球環境のバランサー役です。
もしも強い生き物が現れたらそいつを倒さなきゃいけないわけだから、ゴジラが強い生き物であることに頷けます。
新しい映画の予告では、人類は相当なピンチに陥いるようです。
「私たちが病原菌に感染すると熱を出すように、地球も人類を駆逐する為に熱を出そうとしている。」
そんな意味のセリフがありました。
地球環境にとって、もはや人類は病原菌のような存在なので、大地に眠る巨神(怪獣)たちが目を覚ますという設定のようです。
問題はどの怪獣が味方で、どの怪獣が敵なのかってことです。
おそらくだけど、キングギドラが地球の出した熱なんじゃないかと思います。
空飛ぶ三つ首の龍、黄金に輝くキングギドラ。
今までのシリーズでもゴジラのライバル的存在として何度も登場しています。
ゴジラだけだと苦戦することが多いので、大抵は他の怪獣と協力して戦いを挑んでいました。
平成VSシリーズのゴジラだけは単体で圧倒していましたが。
シリーズの中でも最強と名高いゴジラなので、別格の強さなのでしょう。
おそらくだけど、ゴジラ、モスラ、ラドンVSキングギドラの構図になるんじゃないかと思います。
なにより楽しみなのは、ハリウッドのハイクオリティなCGで大怪獣たちのバトルが見られるということです。
一番好きなのは着ぐるみを使った昔ながらの特撮なのですが、今はもうCGに取って代わられました。
それなら最高に迫力のあるCGを見たいものです。
CGが一番活躍するのはSF映画です。
あの巨大な怪獣たちが、リアルなCGで暴れるのを想像しただけでワクワクします。
怪獣の迫力がもっとも表れるのは街中に立った時です。
大きさがよく伝わるからです。
そんな中でゴジラたちが暴れまわる。
映画の中だからこそ可能で、映画の中だからこそ許されるその行為。
人間が心のどこかに持っている破壊衝動を、大怪獣たちがスクリーンの中で体現してくれる爽快感!
怪獣映画の魅力はこれに尽きると思います。
賛否両論あるだろうけど、私は必ずしも怪獣映画に深いテーマが必要とは思っていません。
社会を、人を、世の中を描きたいのであれば、怪獣映画じゃなくても出来ます。
だけど心に眠る破壊衝動を人間に変わって体現し、観客に爽快感を与えることが出来るのは怪獣映画しかありません。
大きな者たちが街を闊歩し、破壊し、人間のことなんてお構いなしに戦い、暴れまわる。
そういう時、爽快感と共に、人間ってなんてちっぽけなんだろうと自覚して、自分たちはそんな大した存在じゃないんだって肩の荷が降りる感じがします。
興奮すると同時に楽になるんですよ。
人間、そんなに気張らなくていいんだって。
ゴジラが人間の味方になるなんて嫌です。
かといって完全に敵になるのも嫌です。
なぜなら大きな存在であってほしいから。
人間なんて味方にも敵にもならない、お前らなんて眼中にないってくらいに超越的な存在であってほしいから。
ハリウッド版のゴジラは守護神という設定ですが、決して人間の守護神ではありません。
地球環境を守る巨神なのです。
バランサーとしての役目を果たす為、前作以上に暴れまわることでしょう。
その姿が見られるかと思うと、来年が待ち遠しくてたまりません。

ゴジラとガメラと人間

  • 2018.06.11 Monday
  • 12:30

JUGEMテーマ:特撮

JUGEMテーマ:映画

ガメラ映画を立て続けに見ました。
レギオンとイリスです。
以前に見たことはあるんですが、もう一度しっかり見直してみようと思い、楽しみながら観賞。
そして特撮映像の最高峰といわれる所以を再確認しました。
非常に少ない予算の中、あれほど見事な作品を生み出せることに驚きます。
怪獣モノって映像に迫力が無ければ、まったくストーリーに引き込まれないものです。
レギオン、イリスは90年代に作られたとは思えないほどの迫力がありました。
圧巻なのはイリスが出てくるガメラ3で、ギャオスとガメラの戦闘シーンです。
空が赤く染まり、雲を突き破って燃え盛る何かが落ちていきます。
それはガメラの火球で焼かれたギャオス。
あまりに巨大な為、落ちていくスピードがゆっくりに見えるのがいいですね。
大勢の人が空を見上げ、唖然としたまま立ち尽くします。
ギャオスは地面に激突し、爆炎を上げながらもまだ生きていました。
そこへガメラが追いかけてきます。
手足の穴からジェットエンジンのようにバーナーを噴射しながら、その巨体を地上へと降り立たせました。
地鳴りが響き、人々は大パニックです。
ガメラは口の中に灼熱を蓄え、しぶといギャオスに止めの火球を放ちます。
大きな炎が立ち上り、さながら戦場のように様変わりしてしまう街に、怪獣映画に必要不可欠な迫力と緊張感が漲ります。
もう一匹現れたギャオスに対して、何発も火球を浴びせ、その余波で街は更なる灼熱地獄へ。
ガメラはゴジラと違い、どちらかというと良い奴なんです。
ウルトラマンのような正義のヒーローというわけではありませんが、ゴジラのように誰にでも平等に絶望をもたらす破壊神というわけでもありません。
街が炎に包まれてしまったのは、あくまでギャオスを倒す為。
しかし巻き添えをくらった人々、そして破壊されてしまった街のせいで、多くの人から不安と怒りを買ってしまい、人類の敵であるとみなされるようになってしまいました。
前作のレギオンでは、人間はガメラの味方をしました。
敵の怪獣レギオンは宇宙からやって来た侵略的外来種であり、それに立ち向かうガメラに共感を覚えたからです。
自衛隊はレギオンに向けてミサイルを発射し、苦戦を強いられるガメラを援護しました。
しかしそれでもレギオンは倒れません。
ガメラは英断を迫られました。
使えば勝てるが、その代償として地球環境を大きく傾けてしまう技があるのです。
迷った挙句、地球環境のバランスを保つのに必要なマナというエネルギーを体内に集め、特大のプラズマ砲を発射。
さすがのレギオンもこれには耐え切れず、遂に打ち砕かれました。
しかし強敵を粉砕することは出来たものの、マナの大量消費はギャオスの大繁殖を招くという結果が待っていました。
次作のイリスではそれが災いし、人間はガメラに味方をしませんでした。
前回と違って援護を受けるどころか攻撃されてしまいます。
それでもガメラはイリスを追いかけ、満身創痍になりながらも、今までにない技を編み出して、どうにかイリスを倒すことに成功しました。
最後には再び人類からの信頼を取り戻し、自衛隊は日本へ迫り来るギャオスの群れを攻撃対象に切り替えました。
ガメラのせいで両親を失い、その憎しみからイリスをもって復讐を果たそうとしていた少女でさえも、ガメラへの憎しみを解きました。
瀕死の状態ながらも自分を助けてくれたガメラを前に、憎しみだけで突っ走っていた自分の心と決別した瞬間です。
人と怪獣の関係性は、作品によって異なります。
決して人間を許さないゴジラと、そのゴジラを討伐しようと奮闘しながらも、どこかで畏敬を念を抱いている人間たち。
これがゴジラと人の関係です。
ガメラは地球環境の為に戦います。人類も地球の一部とみなし、悪い怪獣が現れた時は、人間の代わりに立ち向かってくれます。
人間はそんなガメラに対し、時に味方として協力し、時に敵として攻撃を加えながらも、未だガメラとの距離を測りかねています。
しかし一部の人たちはガメラを理解し、その行動を受け入れ、自分たち人間にも襟を正すべきところがあると自戒しています。
これがガメラと人の関係です。
ゴジラと人の戦いというのは、ある意味で人間対人間に置き換えられます。
なぜならゴジラは人類の傲慢が生み出してしまった怪物だからです。
戦争、核実験、人類の恩恵のみを考えた科学万能主義。
ゴジラは人の過ちが具現化した怪獣なので、人の悪い部分の写し身ともいえます。
ガメラは地球の意志の代行者のような存在です。
地球環境の守護神として、悪い怪獣のカウンター的役割を持ち、自然の一部である人類を守ることも珍しくありません。
ただしガメラが戦えば人間は否応なしに巻き込まれ、命を落とす者も大勢います。
人はガメラに戦いを挑むこともありますが、ガメラは結果的に人間に被害をもたらすことはあっても、自らの意志で傷つけることはありません。
ゴジラとガメラの決定的な違いは何か?
それは自分と向き合うのか、他者と向き合うのかってことだと思います。
人の業が生み出したゴジラに向き合うということは、自分たち自身の醜い部分に向き合うということです。
対してガメラと向き合うということは、人類とはまったく異なる大きな力を持った存在を理解できるかどうかということです。
片や人類の贖罪、片や人類への試練。
背負うべきものと、乗り越えるべきもの。
それがゴジラと人間、ガメラと人間の関係性の違いだと思います。
怪獣映画はB級として扱われることもありますが、作品が内包するテーマは非常に幅広くて深いものだったりします。
ゴジラもガメラもただのモンスターではありません。
怪獣なのです。

王道にして傑作 ジャッキーチェンの酔拳

  • 2018.06.07 Thursday
  • 16:02

JUGEMテーマ:映画

ジャッキーチェンの名作、酔拳。
1も2もめちゃ面白いです。
何が面白いって、ジャッキーのアクションはもちろんのこと、キャラクターがとてもコミカルで分かりやすいんですよ。
主人公のジャッキーはフラフラ遊んでばかりのドラ息子。
けど根は悪い奴じゃなくて、誰にでも気さくで陽気な奴です。
困っている人を放っておけず、自分からトラブルに首をつっこむこともしょっちゅう。
1ではその才能と情熱を買われ、酔拳の師匠に拾われます。
苦しいの修行の中、主人公は武術家としてだけじゃなく、人間としても成長していきます。
それに師匠が良い味出してるんですよ。
下手にひねったりしてなくて、みんなが想像するようないかにも武術の達人って感じのおじいちゃんです。
いつも酔っ払っているせいか鼻は真っ赤。
けど武術の腕は一流で、一見無防備に見えて隙がありません。
2では主人公の両親が良い味を出していました。
堅物で真面目な父親と、こっそり隠れて麻雀したり宝石を質に入れたりする母親。
かなり対照的な性格なんですが、とても良い夫婦って感じです。
父親は鬼のように厳しく、母親は息子以上に破天荒なところがあります。
だけど二人とも誰よりも息子のことを愛しています。
父が厳しくするのは息子を思ってのこと、母はイタズラっ子みたいなところがありながら、いざという時は息子の為に一肌脱ぎます。
そして息子も両親の愛情は充分に分かっていて、だけどちょくちょく衝突したり。
酔拳は1も2もキャラが立っています。
ていうか立ちまくりです。
王道といえば王道のキャラなんだけどそれが良いんです。
分かりやすいって大事ですよ。
この人はこういう人なんだって理解しやすいですから。
そうするとストーリーもサクサク進むんですよね。
色々な演出があるんだけど、無駄がほとんどなくて、テンポよく最初から最後まで突っ走ります。
ターミネーターなんかもそうです。
キャラクターがしっかり確立されていて分かりやすいです。
二重三重に裏のあるキャラクターや、どんな奴なのか測りかねるキャラクターも良いですけど、分かりやすいに勝るキャラクターはいないと思っています。
元ジャンプ編集長の鳥嶋和彦さんは、漫画はキャラが全てと言っていたけど、これってエンタメ全般で言えると思います。
映画だってエンタメ重視のものはキャラが一番大事でしょう。
魅力のないキャラクターだと感情移入できないし、複雑なキャラクターだと物語も分かりづらくなってしまいますから。
見る人を一瞬にして引き込む酔拳はエンターテイメントの王道であり傑作です。

映画で一番大事なのはロマン

  • 2018.06.02 Saturday
  • 12:59

JUGEMテーマ:映画

JUGEMテーマ:特撮

映画に求めることは人それぞれ違うでしょう。
ストーリー、キャラクター、演出など、色んな要素があります。
けど私が一番大事だと思っているのはロマンです。
整合性の取れた破綻のないストーリーはもちろん素晴らしいですが、ロマンがなければ意外と心に残らないものです。
多少ご都合主義でもいいから、見た人にインパクトを与えるにはロマンが必要です。
80年代、90年代に作られたSFや特撮映画の中には、未来を描いたものがあります。
もしくはタイムマシンで未来からやってきた人間が登場したり。
今見るとありえないような未来設定なんですが、そんな事はどうでもいいんです。
文明の進んだ未来ならスマホくらいあるんじゃないかと思ってはいけません。
未来のことは誰にも分からないから、適当でいいと言っているわけじゃないですよ。
真剣に予想して作ることは大事です。
しかし一番大事なのはロマンがあるかどうかです。
名作と呼ばれる映画にはロマンがありますよ。
細かい設定とか過去との矛盾とか、そりゃツッコミどころ満載の作品だってあります。
だけど整合性ばかり気にして小さくまとまった映画なんて面白くもなんともありません。
科学検証や歴史検証をしたいが為に映画を見るわけではないんですから。
あまり細かいところばかりつついていると、それこそ映画が面白くなくなります。
その作品を見て、面白いと思うかどうか、感動するかどうかが一番大事でしょう。
ウルトラマンが三分以上戦うなんてザラだし、殺人鬼がうろつく中で探偵役だけが運良く狙われないのだって、ミステリーではお約束です。
整合性よりも守らなきゃいけない部分があって、そいつを整合性に寄せてしまったら最後、ただの駄作になってしまうでしょう。
大事なのは辻褄じゃないんですよ、ロマンです。
辛口批評家の多い小説家の世界でも、「じゃあアンタが書いてみろ」と言われて筆を取った評論家が、細かい設定を気にするあまりつまらない物語しか書けなかったという話もあります。
作品においては、整合性って後からついてくるものです。
決して先に立ったらいけないんです。
極端な話、リアリティを求めるならBGMが流れることもリアリティに欠けるんですよ。
たまにミュージカルを批判する人がいます。
どうして途中で歌と踊りが入るんだって。
けどね、そんなこと言ったらBGMも一緒なんですよ。
なんで場面ごとに都合の良い音楽が流れるんだってなってしまいますから。
BGMのない映画なんて、面白さは半減どころじゃないですよ。
おそろしく退屈なものになってしまうでしょう。
面白く見せるにはリアルにない物を持ってきたり、整合性なんて無視してロマンに走る情熱みたいな物の方がずっと大切なんです。
VSゴジラシリーズなんて、自衛隊のミサイルはロケット花火です。
ロックオンできるのがミサイルの強みなのに、的外れな方向に飛んでいくなんてしょっちゅうですよ。
戦艦はゴジラの手の届きそうな場所に展開しているし、戦闘機やヘリコプターさえも同じです。
まるでハエみたいに叩き落とされるなんて珍しくないですからね。
何度も熱線で一掃されているにも関わらず、戦車やメーサー部隊は相変わらず熱線の射程内から攻撃していますし。
でもそれでいいんです。
あれはゴジラの強さを際立たせる為の見せ場ですから。
現実的にどうかよりも、どうしてこのシーンがあるのかと考えれば、ちゃんと納得できるものなんですよ。
昔に比べて面白い映画が減ったという意見もあります。
けど昔に比べて細かいところにツッコミを入れる人が増えたのも事実だと思います。
いいじゃないですか、細かいところなんて。
現実じゃなくて、空想が先に立つのが映画なんです。
少々の矛盾や破綻なんて、大きなロマンの前では大して気にすることじゃないんですよ。
映画は現実を写す鏡じゃありません。
人の憧れや夢を、空想の中で形にするものなんです。
だから映画で一番大事なのはロマンだと思います。

特撮物の怪獣やヒーローの大きさはプロが考え抜いたもの

  • 2018.05.27 Sunday
  • 13:38

JUGEMテーマ:特撮

JUGEMテーマ:映画

巨大な怪獣やヒーローが出てくる特撮物の魅力は、なんといっても巨大な者同士の戦いです。
人間を遥かに超える巨体がぶつかるのは、なんとも言えない迫力と爽快感があります。
しかし難しいのはどれくらいの大きさにするのかってことです。
初代ゴジラの身長は50メートル。
しかし最新作のシンゴジラでは120メートルに近いほどの身長になっています。
これはゴジラシリーズ最大です。(アニメの怪獣惑星を除く)
なにもいきなりここまで大きくなったわけではありません。
今までのシリーズで少しずつ大きくなっていきました。
逆に縮んだこともあります。
100メートルからまた初代なみの50メートルくらいに。
初代ゴジラが産声を上げた時代、高い建物はそうたくさんありませんでした。
しかし高度経済成長を経てあちこちに高層ビルが並ぶようになると、50メートルでは大きさが伝わりにくくなります。
人間が街を発展させるのと同時に、ゴジラも身長を伸ばしたわけです。その大きさを伝える為に。
これはゴジラだけに見られる現象ではなく、ガメラやウルトラマンも同じです。
シリーズを追うごとに巨大しています。
ガメラも最初は60メートルくらいしかなかったんですよ。
ゴジラと同じく、高いビルが少ない時代に生まれたからでしょう。
ウルトラマンも同様で、もし今の時代に誕生していたら、初代ウルトラマンの身長は100メートルを超えていたかもしれません。
けどなんでも大きくすればいいってわけじゃありません。
大きすぎるとかえって迫力が伝わりにくいんですよ。
ゴジラやガメラを超えるような巨大怪獣はいくらでもいるけど、あまり大きいとピンとこないんです。
例えばウルトラマンティガに出てきたガタノゾーアという200メートル級の怪獣はとても巨大に感じました。
まるでティガが子供に見える大きさでしたからね。
けど後のシリーズだと大きさが数キロもあるような怪獣も登場します。
これだとウルトラマンは小人のようになってしまい、数キロの巨大怪獣からすると、ウルトラマンも人間も変わらないほどの大きさになってしまいます。
大きいはずのウルトラマンが小さく見えることで、巨大怪獣の大きさが伝わるかというと、必ずしもそうではないと思います。
ガタノゾーアくらいの大きさであれば、ウルトラマンとの比較で大きさを体感しやすいです。
しかし数キロだの惑星クラスだのといった巨体になってしまうと、その巨大さを体感しにくいものです。
基本的には大きい方が強いわけで、もし○○と○○が戦ったら?という議論でも、体格と体重はとても重要なファクターです。
小さいと強さが伝わりにくくなってしまうからです。
小さすぎてもいけないし、大きすぎてもいまいち伝わりにくい。
ヒーローや怪獣の大きさの設定はとても難しいものだと思います。
色んな特撮物があって、数多くのシリーズがあって、けどだいたいの場合は50〜100メートルの間で統一されているようです。
それくらいの大きさが見ている人に一番伝わりやすいのでしょう。
そういえばスカイダイビングよりもバンジージャンプの方が恐怖を感じると聞いたことがあります。
理由はスカイダイビングの方が高すぎて、いまいちどれほどの高さにいるのかピンと来ないからだそうです。
逆にバンジーでよくある30メートルくらいの高さが、人がもっとも恐怖を感じる高さだと言われています。
実際の高さと、人間が感じる恐怖の度合いは比例しないってことです。
これは特撮物にも同じことが言えるでしょう。
人がその巨体を見上げた時、あまりに巨大すぎるものはやはり伝わりにくいんだと思います。
30メートルの高所でもっとも恐怖を感じるように、50〜100メートルくらいの大きさがもっとも巨大さを感じるんだと思います。
巨影都市ってゲームには様々な怪獣やヒーローが出てくるんですが、この中でもっとも大きいのはゴジラシリーズです。
けど体感的に大きいと感じたのは、50メートル級のウルトラマンや、80メートル級のエヴァンゲリオンです。
ゴジラやキングギドラは大きすぎて、近距離だと全てを見渡すこと出来ません。
だから全身を見る場合は距離を取る必要があるんですが、そうなると今度はその巨体の為に、景色の一部というか、なにか大きな現象が起きているとしか感じにくかったりします。
もちろん巨大だということは充分に伝わります。
けどもしこれ以上大きかったらと思うと・・・果たして素直に大きいと感じることができるかどうか。
巨影都市に登場したゴジラは90年代のデザインなので、大きさは100メートルくらいでしょう。
だからやはりこれくらいの大きさが、巨大さを体感できる限界なんだと思います。
小さすぎても大きすぎてもその迫力は伝わらない。
特撮における怪獣やヒーローは、見る側の心理や体感まで考慮した上で、いかにすれば迫力が伝わるかを考え抜かれたものです。
特撮の巨大生物や巨大メカを大きいと感じられるのは、プロの知恵や努力の賜物ですね。

もしシンゴジラの続編を作るなら「ゴジラVSエヴァンゲリオン」を見たい!

  • 2018.05.18 Friday
  • 14:15

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アニメ版のゴジラ第二部が公開されますね。
私はまだ見ていないんですが、かなり興味があります。
一昨年にシンゴジラが公開されて、意味ありげな終わり方をしましたが、こちらは続編が出るのかどうかは分かりません。
かなり賛否が分かれた映画ですが、私は面白かったです。
ネットの意見などを覗いていると、ゴジラファンとエヴァファンでバトルがあったりするようです。
私はゴジラファンなんですが、でもどちらの意見も分かるんですよね。
ずっと続いてきたゴジラシリーズ、そこに庵野監督という新しい風が吹き込んできたわけですが、これをどう見るか?
人によって意見は様々ですが、これに決着をつけるには続編を作るしかないでしょう!
シンゴジラ二作目を作るなら、いっそのこと「ゴジラVSエヴァンゲリオン」にすればいいと思います。
もしくはエヴァの新作で「新たなる使徒」みたいなタイトルでシンゴジラを登場させるとか。
どっちにしろゴジラとエヴァに戦ってほしい!
ゴジラVSウルトラマンとか、ゴジラVSガメラとかは、色んな大人の事情があるから無理でしょう。
そういう意味ではゴジラVSキングコングはよく作ったなあと感心します。
ていうかキングコングの最新映画で、ゴジラへと話がつながるんじゃないかって描写があったそうです。
ということはつまり、再びゴジラとキングコングが相まみえるかもしれないということ。
これを興奮せずになんとする!
ハリウッドがゴジラVSキングコングをやるなら、日本はゴジラVSエヴァンゲリオンをやればいいんです。
さっきも言ったけど、ゴジラがエヴァに出演したっていいわけですよ。
きっと面白いと思いますよ。
だって想像しませんか?
もしこの両者が戦ったらどうなるんだろうって。
ゴジラの熱戦はATフィールドを貫けるのか?
エヴァの打撃は重量級のゴジラに通用するのか?
私はパワーならゴジラ、スピードならエヴァに分があると思っています。
熱戦がATフィールドを貫通出来なかったら、ゴジラはどう戦うのか?
逆にATフィールドが破られてしまったら、エヴァはどう戦うのか?
正面からぶつかる肉弾戦だとゴジラが強いでしょうね。
少々の攻撃では怯みませんし、再生能力も強いですし。
しかし死角を取ればエヴァが有利でしょう。
プログレッシブナイフで切り裂くことが出来るでしょうから。
けど油断してはいけません。
実はゴジラには熱戦以外にも武器があるんですよ。
周囲360度に向けて衝撃波を放つ体内放射という技があるんです。
シンゴジラはこれを使いませんでしたが、ゴジラであることに変わりはないんだから、使えても不思議じゃありません。
エヴァが下手に接近したり掴みかかったりすると、体内放射で吹っ飛ばされるでしょうね。
けど暴走状態のエヴァならすぐさま立ち上がって反撃に出るでしょう。
背びれや尻尾からも出るシンゴジの熱戦すらかわして、上手く格闘戦に持ち込むくらいはしそうです。
でもゴジラはゴジラでとにかくタフだから、よほどのことがない限りノックアウトは取れません。
倒れたゴジラにマウントパンチを連発しても、逆に腕に噛み付かれたり、熱戦で反撃されたりと危険が伴うでしょう。
けど暴走状態のエヴァなら、もし腕が食いちぎられたとしても、やっぱりそれくらいじゃ止まらないでしょうね。
今度は自分の方から噛み付いて、肉を噛み千切ろうとするかもです。
でもゴジラはとにかく硬いから、噛みちぎるまで時間がかかりそうです。
その間に尻尾でバチコン!と叩かれたり、蛇のように絡ませて締め上げてくるかも。
けどエヴァならそれをああしてこうして、でもゴジラならここをそうしてなにして・・・・って、キリがないですね。
想像はしょせん想像でしかなく、実際に戦うまではどちらが勝つか分かりません。
もしもシンゴジラの続編を作るなら、ゴジラVSエヴァンゲリオンを是非見てみたいです。

【ネタバレあり】ゲイのカップルとダウン症の少年を描いた映画「チョコレートドーナツ」

  • 2018.05.15 Tuesday
  • 14:20

JUGEMテーマ:映画

「チョコレートドーナツ」という映画を観ました。
舞台はアメリカ、二人のゲイと一人のダウン症の少年の物語です。
主人公は歌手を目指すゲイの男。
夜な夜なクラブで歌っては、うだつの上がらない毎日を過ごしていました。
自宅のボロアパートに帰れば、いつも向かいの部屋から大音量で音楽が響いてきます。
クレームを付けても逆ギレされるばかりで、やれやれとばかりに場末のしがない生活に諦観を抱いていました。
しかしある日のこと、その向かいの部屋でひと悶着ありました。
ダウン症の少年が一人ぼっちにされていたのです。
この子は母親と二人暮らしだったのですが、なんと母親が違法薬物で逮捕されてしまいました。
福祉施設に連れて行かれたその少年は、何日か後に自宅に帰ってきます。
母親のいないその子を哀れに思い、主人公は自分が面倒を見ることを決意します。
と言っても一人では難しいので、恋人のゲイに協力してほしいと頼みました。
まだゲイに偏見がある時代のこと、男同士のカップルが子供を預かるなんて認められるわけがありません。
だから検事局に務める彼氏の手を借りて、嘘を書いたの書類を提出してその子を引き取ることにしました。
刑務所にいる母親にも会いに行き、あなたが出所するまでは私たちに面倒を見させてほしいと頼みました。
めでたく母親の許可も得て、二人のゲイと一人のダウン症の少年の暮らしが始まりました。
最初のうち、慣れない子育てに困惑することもありました。
医師からはダウン症の子供を育てる難しさ、過酷さも忠告されましたが、それでも自分で決めたことです。
パートナーと一緒にその子の面倒をしっかりと見ました。
学校にも通わせ、幸い理解のある先生にも出会い、三人の生活は上手く行くかに思えましたが、そうは問屋が卸しません。
少年を引き取るのに提出した書類に嘘を書いていたことがバレて、その子は福祉施設に連れて行かれました。
ちなみにどんな嘘をついていたかというと、主人公とそのパートナーは恋人同士なのに、従兄弟であると偽ったのです。
同性愛への偏見が強い時代、ゲイのカップルが子供を引き取るのはほぼ無理です。
だから嘘をついたわけですが、これが仇となって三人の暮らしは突然終わりを迎えました。
なんとしても少年を取り戻したい主人公は、裁判所に申請を出します。
もしこのまま少年を放っておけば、一生幸せになることは無理だと分かっていたからです。
母親が出所して一緒に暮らせるようになっても、薬物依存のせいでまともに育ててもらえません。
もし母親が親権を放棄したら、自由の利かない施設で一生を過ごすことになります。
少年の未来を守るために、必死に裁判長に訴えました。
しかし申請は却下。
ゲイを快く思わない人たちからの妨害、無理解な裁判官のせいで、少年を取り戻すことは叶いませんでした。
少年は出所してきた母親と一緒に暮らすわけですが、これもまたゲイの二人を妨害しようとする人の策略でした。(かつてパートナーの上司だった検事局の偉いさんです)
母親は予想よりもずっと早くに出所してきました。
子供を引き取るなら、すぐに釈放してやると言われたのでしょう。
本物の母親が子供と一緒に暮らしたいと言ったら、とてもではないけど太刀打ち出来ません。
この日の為に雇った敏腕弁護士でさえお手上げでした。
二人は泣く泣く少年のことを諦めました。
それからしばらく時間が経ってからのことです。
主人公は悲しみを抱えたまま、歌手としての道を歩みました。辛い気持ちを吐き出すかのように、舞台の上で熱唱します。
そしてパートナーだった彼は、裁判官や妨害を行った人たちにある手紙を書きました。
それは新聞に載っていたある三面記事のことを綴った手紙です。
ダウン症を抱えた一人の少年が家を抜け出し、三日間彷徨った挙句、橋の下で死んでいたという内容です。
もちろんその少年とは、二人が引き取ろうとしていたあの少年のこと。
母親に引き取られたあと、その子はまた辛い生活を強いられる羽目になりました。
母は相変わらず大音量で音楽を掛け、間男との情事に勤しむばかりで、我が子のことなど見ていません。
その間男も少年を邪険にする始末。
少年は母の元から去り、自分の家へ帰ろうとしました。
あのゲイのカップルがいた家に。
そして散々探し回った挙句、辿り着くことなく野垂れ死んでしまいました。
裁判官、そして妨害を行った検事局の人など、みんなこの手紙を読んでショックを受けていました。
映画はここで終わりです。
これは実話を元にしたストーリーだそうで、多くの映画賞を獲ったそうです。
ゲイへの偏見、ダウン症の子供に対する周囲の冷たい態度。
しかしそんなことにも負けずに、その少年を愛し、守ろうとした二人のゲイ。
そこに立ちはだかる法律の壁。
この映画を見て思ったことはただ一つ、誰が悪いというわけでもなく、主人公たちの愛情に時代が追いついていなかったせいで、誰も正しい判断を下せなかったということです。
こういう時、誰かを悪者にしても意味がなくて、時代そのものが変わらない限りは、何度でもこの少年のような子供が現れるんだと思います。
最後に亡くなってしまった少年は可哀想です。
けどその死が新聞に載り、その子を愛した人が手紙を書き、妨害をした人や無理解な裁判官の心に響いた最後の描写には希望を感じました。
ある意味では、あの少年は命懸けで偏見や無理解に挑んだのです。
周囲の決めたことではなく、自分の決めた道を歩こうとしたのですから。
短い生涯だったけど、その人生にはとてつもなく大きな意味があったと信じたいです。
ちなみにタイトルがチョコレートドーナツなのは、その少年の好物のお菓子だったからです。
内容もタイトルも切なく、そして最後まで目が離せない映画でした。

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