ダナエの神話〜宇宙の海〜 最終話 月への導き(3)

  • 2014.08.17 Sunday
  • 17:43

「ううむ・・・子供のようなことを言う奴よ・・・。スクナヒコナ、ここは汝の出番だ。あのタコを説得してくれ。」
「承知した。」
スクナヒコナは闇の中を見つめ、赤い目を光らせるクトゥルーに話しかけた。
「クトゥルーよ、実は我の同胞が全員空想の牢獄に閉じ込められてしまったのだ。それを助ける為に、力を貸してはくれまいか?」
「オメさんの同胞ってことは、アマテラスもいるのけ?」
「うむ、アマテラス様も空想の牢獄に閉じ込められているはずだ。」
それを聞いたスクナヒコナは、赤い目を動かしてスクナヒコナを見上げた。
「クトゥルーよ、お前は覚えているだろう?本来ならば、お前は空想の牢獄に閉じ込められるはずだったのだ。しかしアマテラス様が、なんとか空想の深海で許してやってくれと
他の神々に頼みこんだのだ。そのおかげで、お前はルシファーやサタンがいる空想の牢獄に行かずにすんだ。その恩は、今でも忘れたわけではあるまい?」
「んだ。アマテラスはオラのたった一人の友達だった。だからオラの為に、必死になって頭を下げてくれたんだ。」
「そうだな。しかしそのアマテラス様は、いま空想の牢獄に閉じこめられている。そしてそれを救い出せるのはお前しかいない。お前の持つ力なら、外から空想の牢獄が開けらるかもしれない。だからどうか、我々に手を貸してほしい。この通り。」
スクナヒコナは背筋を伸ばし、深く頭を下げた。
「・・・・分かった。オラはアマテラスの為に、オメさんたちに力を貸すだ。でも勘違いするでねえぞ。これはあくまでアマテラスの為であって、他の神々の為なんかじゃねえべ。」
「分かっておる。それでは我らと一緒に参ろう。」
スクナヒコナが手を差し出すと、クトゥルーは闇から抜け出してその手を握った。それを見たサリエルは、「では行くぞ!」と箱舟に戻っていった。
「待たせたな、皆の者。それでは神々とダナエとコウは、我と共に月へ行こう。その他のものはここに残り、ダナエが帰って来るのを待つのだ。」
サリエルの言葉にみんなが頷き、そこへカプネがやって来た。
「話は聞かせてもらったぜ。あのデカイ天使のところまで運んでやるよ。」
そう言って舵を握り、箱舟を飛ばせてメタトロンの元に向かった。そして近くまでやって来ると、ダナエはその巨体と神々しい姿を見て、思わず声を上げた。
「うわあ・・・すごい。大きいし光り輝いてる。すごいねコウ。」
「ああ、こりゃ天使の長と呼ぶに相応しいぜ。」
メタトロンは、全身から神々しい光を放っていた。その姿は天使というよりはロボットに近く、とても機械的な印象を受けた。だがその表情は威厳に満ち溢れていて、見たものを圧倒する迫力を備えていた。
二人が感心して唸っていると、メタトロンは腹に響くほど威厳のある声で言った。
「お前がダナエか?」
「え?ああ・・・そうよ。私は月の妖精ダナエ、よろしくね。」
「うむ、こちらこそよろしく。」
メタトロンは小さく頷き、「礼義を知る子だ」と褒めた。
「さて、早速だが今から私と共に月へ行ってもらいたい。」
「うん、ダフネが呼んでるんでしょ?」
「そうだ。内密の話があるので、至急戻ってもらいたい。どんな内容の話かは、彼女に会えば分かるだろう。」
「うん、でもすぐに戻って来られるのよね?」
「それは約束する。私もダフネも、邪神を倒す上ではお前が鍵になると思っている。そして邪神は必ず、この星を決戦の舞台に選ぶだろう。」
「どうして?コウは地球で決戦をするみたいなことを言ってたけど?」
「状況が変わったのだ。地球はルシファー率いる悪魔の軍団の手に落ち、我々は総力を上げて地球を奪回する必要がある。それは神獣や魔獣も加わった大きな戦いとなるだろう。ならば邪神にとって、今の地球はあまり近づきたくない場所であるはずだ。」
「ああ、そっか。神様と悪魔以外には、神殺しの神器が効かないもんね。」
「うむ、あの神器の唯一の弱点は、神や悪魔以外には効かないことだ。」
「じゃあ天使は?」
「残念ながら、我ら天使にはあの神器が通用する。天使というのは、多神教における神々に相当する存在だからな。」
「そっか・・・。だったら邪神の神器を奪っておいて正解だったわね。そうすれば、彼女はますます地球には近寄れないもん。」
何気なくそう呟くと、メタトロンは「神器を奪っただと?」と睨んだ。
「うん、昨日邪神と戦ったんだけど、その時に三つだけ神器を奪ったの。もちろんみんなの協力があってね。」
それを聞いたメタトロンは、「なんと・・・そんなことが・・・」と驚いた。
「ダフネからオテンバな娘だと聞かされていたが、まさかここまでとは・・・。これはますます邪神の討伐が期待出来るな。」
メタトロンは満足そうに言い、ダナエに手を向けた。
「さあ、もう長く話している時間はない。ユグドラシルの根っこを通り、月まで向かうのだ。」
「うん、それはいいんだけど、メタトロンさんはそんなに大きくて根っこの穴を通れるの?」
そう尋ねると、メタトロンは「問題ない」と答えた。
「今の私には、ウルトラマンティガという光の巨人の力が宿っているのだ。彼は身体の大きさを自在に変えることが出来る。ほら、こんな具合に。」
メタトロンは額に握り拳を当て、光を集めた。すると一瞬で人間大のサイズに変わった。
「すごい!その魔法教えて!」
「これは魔法ではない。ティガの技だ。よって他の者が使うことは不可能である。」
「そうなんだ・・・つまんないの。」
ダナエはいじけて唇を尖らせた。
「さあ、ユグドラシルの元へ行くぞ。早く月へ行かねば、地球が危ない。」
メタトロンは右手を前に出し、光を放ってダナエたちを包んだ。するとみんなは小さな光に変わり、メタトロンの周りを蛍のように舞い始めた。
《またすごい魔法を使った!これもティガっていう人の技?》
「これは私の技だ。やはり他の者には使えないがな。」
「さっきからつまんない・・・目の前にニンジンをぶら下げられてる馬の気持ちだわ。」
ダナエは拗ねたように言い、箱舟に残る仲間に言った。
《それじゃみんな、ちょっと月へ行って来るね。》
「はい、こっちのことは任せておいて下さい。」
「お嬢さんも気をつけてな。帰りを待ってるぞ。」
《うん、それじゃあちょっとの間だけバイバイね。》
メタトロンは額のパーツにダナエたちを吸いこみ、そのままユグドラシルの眠る海へ飛んでいった。ドリューとカプネは手を振り、彼が海の中へ消えていくのを見送った。
「ねえカプネさん。」
「なんだ?絵描きの兄ちゃん。」
「ダナエさんたちを見送ったのはいいんですけど、彼女たちが戻って来る前に邪神に襲われたら・・・・僕たちはどうすればいいんでしょうね?」
そう言って真剣な目でカプネを見つめると、プカリと煙管を吹かして答えた。
「そりゃあお前・・・・・あれだよ。アレをナニしてコレをこうしてだな・・・。」
「要するに、何も出来ないってことですね?」
「・・・・まあ、そういうことになるな。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・心配すんなよ!邪神は昨日倒したばっかりなんだぜ。魂だけじゃ大したことは出来ねえって。」
「・・・そうですよね?」
「そうだよ。それにいざとなったらユグドラシルもいるんだし、どうにかなるって。」
「そうですよね、どうにかなりますよね。」
「おう!なるなる!ははははは!」
そう言って大笑いしていると、突然大気を揺らすほどの雄叫びが響いた。
「こ、これは・・・九頭龍の声!」
ドリューは慌てて船の後ろまで走り、遥か遠くの偉人の谷を見つめた。
「カプネさん!大変ですよ!」
「何が大変なんでえ?」
「九頭龍が・・・・九頭龍の身体が・・・・、」
「ああん?あの龍神の身体がどうかして・・・・・・、うおおお!なんだありゃ!」
カプネは船から身を乗り出して叫んだ。
「九頭龍の身体が・・・・黒く染まってるぞ・・・。」
「それだけじゃありません。なんだかとても苦しんでいるように見えます。」
九頭龍は、九つの頭をもたげて暴れ回っていた。それはまるで、耐えがたい苦痛を吐きだしているようだった。
「九頭の赤茶色の身体が・・・どんどん黒く染まっていく・・・。これじゃまるで、悪魔にでもなっていくようだ。」
ドリューはゴクリと息を飲み、九頭龍の変わりゆく姿を見つめていた。するとカプネは、ぼそりと小さな声で呟いた。
「・・・・変わっていくようだじゃなくて、本当に悪魔に変わってるのかもしれねえ。」
「どういうことですか?」
「もし・・・もし邪神の奴が、九頭龍の身体を乗っ取ろうとしていたらどうなる?あんな風に、黒く染まって悪魔みたいになるんじゃねえか?」
「邪神が・・・・、いやいや!それは有り得ないですよ!だって九頭龍は神獣ですよ?神獣に邪神の神器は効かないはずです。」
ドリューは首を振り、断固として否定した。しかしカプネは、「ほんとにそうかな?」と険しい顔を見せた。
「もしかしたら邪神の奴は、九頭龍に何か仕掛けをしておいたのかもしれねえぞ?」
「仕掛け・・・・?罠ってことですか?」
「多分な。俺が邪神の神器に爆弾を仕掛けておいたみたいに、あいつも九頭龍に呪いか何かを掛けておいたのかもしれねえ。」
「で、でも・・・いくら邪神でも、あんなに大きな龍神をどうにか出来ないでしょう?」
「普通ならそうだろうな。でも今の九頭龍は弱ってるはずだ。燭龍との戦いで傷つき、それに壊した自然を元に戻す為に力を使っていたはずだ。その隙を狙われたとしたら・・・・、」
「・・・・いくら九頭龍でも・・・乗っ取られる?」
「可能性はあるだろうな。」
カプネは煙管を噛みしめ、モクモクと煙を吐きだした。
「おいおめえら!」
「へい!」
カプネに呼ばれて、十人余りの子分が一斉に集まった。
「すぐに箱舟を動かすんだ!このままここにいたら、あの化け物の餌食になっちまうぞ!」
「分かりやした!」
子分たちはササッと自分の持ち場に走り、すぐに逃げる準備に取りかかった。
「絵描きの兄ちゃん、この箱舟だけは何としても守らなきゃならねえ。こいつはあのお嬢さんの宝物だからな。」
「分かってます。それにこの箱舟を失ったら、後々に困ることになりそうですからね。」
「その通りだ。だからサッサとこの場所からずらかるぜ。俺たちがやるべきことは、お嬢さんが戻ってくるまで、この船を死守することだからな。」
「はい!あ・・・でも、もし九頭龍が他の場所を襲い始めたら・・・・?」
「その時は・・・・ユグドラシルに期待するしかねえ。俺たちは逆立ちしてもあんな馬鹿デカイ龍神には勝てねえからな。」
「・・・・ちょっと釈然としないけど、それしかなさそうですね。じゃあ僕も手伝いますよ。何をすればいいですか?」
「何もしなくていい。素人に下手な仕事をされちゃ、かえって迷惑だからな。あんたはあの化け物の絵でも描いとけよ。」
「分かりました。じゃあちょっとスケッチブックと筆を取ってきますね。」
ドリューは一目散に自分の部屋まで走って行った。
「まったく・・・絵描きってのはやっぱどこかズレてるよな。冗談で言っただけなのに。」
カプネは困ったように笑い、雄叫びを上げる九頭龍を見つめた。
「でもまあ、ああいう奴は嫌いじゃねえ。もしもの時は、命に代えてもこの船と仲間を守ってみせらあ。」
カプネは操縦室に走り、舵をレバーのように前に押した。すると箱舟の車輪が高速で回り始め、一気にスピードを上げて遠ざかっていった。
そしてその瞬間、九頭龍の雄叫びが止まった。身体は完全に黒く染まり、目は紫に輝いていた。頭からは曲がりくねった角が生え、大きなトサカは鋭く尖っていった。
《・・・・うふふ・・・うふふふふふ!いいわ!最高の身体を手に入れた!これでもう怖いものなんてないわ!》
カプネが懸念した通り、九頭龍は邪神に乗っ取られてしまった。そして大きな九つの口を開け、辺り構わず溶岩を吐き出した。
《燃やしてやる!何もかも灰に還して、この星は私が新しく創り直す!その後は地球を制覇して、宇宙の海を手中に収めてやるわ。その時、私はこの銀河の支配者となる!》
黒く染まった九頭龍は、天まで震わせる雄叫びを上げた。その恐ろしい雄叫びに、大地は震え、空は雨を降らせて泣いていた。
それはまるで、ラシルの星が邪神に怯えているようだった。神樹が眠るこの星に、かつてない危機が訪れようとしていた。



                 ダナエの神話〜宇宙の海〜 完

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第四十四話 月への導き(2)

  • 2014.08.16 Saturday
  • 18:31
ユグドラシルに海底まで案内されたジャムは、シャボン玉に包まれて大きな根っこの前に立っていた。そして根っこの奥に空いた穴を睨み、「ここへ来るのは二度目だ・・・」と呟いた。
「初めてこの星に来た時も、ここから出て来たんだ。」
《ええ、私も覚えていますよ。あなたがここから出て来たのを。すぐに海流に運ばれて遠くへ流されましたね?》
「ああ・・・でもまたこうして戻って来られるなんて思わなかったよ。」
ジャムは感慨深く言って、「じゃあ頼むよ」と頷いた。するとユグドラシルは、彼を包むシャボン玉を優しく押した。
《その穴の中に入ったら、流れに身を委ねて下さい。きっとすぐに地球まで運んでくれるでしょう。》
「分かった、それじゃ。」
ジャムはシャボン玉から手を伸ばし、穴の端に指をかけた。そして一度だけ後ろを振り返り、ダナエたちの姿を思い浮かべた。
「みんな・・・・さようなら。またいつか・・・・。」
そう言ってシャボン玉から飛び出し、穴の中へ飛び込んでいった。
「うわあ・・・なんかうす暗くて怖いな・・・。しかもトンネルみたいにデカイし。」
ジャムは根っこの穴の中を見渡し、ゾクリと震えた。根っこの穴は遥か奥まで続いていて、その先は闇に包まれていた。そして大きな穴の真ん中には、強い風が吹いていた。
「あの風に乗ればいいんだな。・・・ちょっと勇気がいるけど、地球へ帰る為だ!」
そう叫んで飛び上がろうとした時、後ろから肩を叩かれた。
「ぎゃああああ!」
ジャムは腰を抜かしてブルブルと震えた。するとよく知る声で、「そんなビビんなよ」と肩を叩かれた。
「へ・・・・?この声はまさか・・・・、」
「おう、俺だよ。一緒に地球へ帰ろうぜ。」
「や・・・やっぱりトミーか!なんでここにいるんだよ!」
ジャムの目の前には、人間に戻ったトミーが立っていた。金に染めた短い髪に、細いながらも男前な顔をしていた。
「いや、俺もちょっと地球へ帰りたくなったからさ。だからダレスさんに頼んで借金の返済を伸ばしてもらったんだ。地球に帰ったら、バリバリ働いて返さねえとな!」
そう言ってビシっと拳を握り、ジャムの手を取って立たせた。するとジャムはその手を振り払い、トミーの胸倉を掴んだ。
「お前・・・ウソばっか言うなよ!あのダレスさんがそんなワガママを聞いてくれるわけないだろ!」
「ウソじゃねえよ。ワガママを聞いてくれたからこうして地球に帰れるんだろが。」
「・・・違う・・・。俺は知ってるぞ。お前は俺を地球に帰す為に、借金を肩代わりしたんだろ?そうでなきゃ、あのダレスさんがOKするはずがない!」
トミーは何も答えなかった。ただじっと黙って、ジャムを見つめていた。
「なのに・・・なんでお前がここにいるんだよ!俺の分の借金も抱えてるはずなのに、どうして地球に帰れるんだよ!」
ジャムは泣きそうな顔で、ガクガクとトミーの胸倉を揺さぶった。
「分かったから落ちつけよ。とにかく地球に帰ろう、な?」
「嫌だ!理由を言うまで俺は帰らない!」
「何言ってんだよ。もう細かいことはいいじゃねえか。めでたく地球に帰れるんだ。それで良しとしようぜ。」
トミーはジャムの手を払い、穴の奥に向かっていった。
「待てよ!ちゃんと理由を言えよ!そうじゃないと・・・・そうじゃないと俺は、お前に一生頭が上がらない・・・・。」
ジャムは悩んでいた。あの金にうるさいダレスが、借金の返済を伸ばしてトミーを返すはずがないと。だったらきっと、トミーは馬鹿高い利子を押しつけられて、地球で永遠に働かされるかもしれないと。もしそうなったら、それは自分のせいだと思っていた。自分が地球に帰りたいなどとワガママを言うから、トミーに余計な苦労を掛けているのだと。
ジャムは暗い顔で俯き、じっと佇んだまま動かなかった。するとそんな彼の心を見透かしたトミーが、足を止めて振り返った。
「・・・・師匠がな・・・・。」
「師匠?」
「・・・師匠に、お前のことを相談したんだよ。アイツはまだまだガキで、俺がそばにいてやんねえとロクに何も出来ないって。そうしたら、ダレスさんに話をつけに行ってくれたんだよ。俺たちの借金は、私が地球に帰ったら必ず返すって。利子もつけて、何倍にもして返してやるから、あの二人を自由にしてやってくれないか?ってな。」
「そんな・・・どうして師匠がそこまで・・・・?」
「そりゃ俺たちは弟子だもん。師匠は迷惑がってたけど、内心はそこまで嫌じゃなっかたのかもな。それに、今まで一応はダナエちゃんをここまで案内して来たわけだし、その努力を認めてくれたのかもしれねえ。まあいずれにしろ、お前が気に病む必要はないってことだ。安心して地球に帰ろうぜ。」
トミーはジャムの肩を叩き、背中を押して歩き始めた。
「地球は地球で大変らしいけど、師匠の弟子だって言えば、仲間の神様が護ってくれるって言ってたからよ。邪神を倒すまでは安心して暮らせないだろうけど、それはまあ仕方のないことだよ。また平和が訪れるまで、じっと地球で待ってようや。」
「・・・・・・・・・・・・。」
ジャムは背中を押されて歩きながら、グッと歯を食いしばった。
「泣くなよ、男だろ?」
「・・・・だって・・・みんななんでそこまでして俺のことを・・・。こんなヘタレで役立たずなのに・・・そんなの悪いじゃんか・・・。」
「んなこと気にすんなよ。仲間なんだから当たり前だろ?」
トミーはポンとジャムの頭を叩き、彼の手を掴んで飛び上がった。そして穴の中を吹き抜ける風に乗り、猛スピードで地球へ運ばれていった。
「なあジャム、俺たちがあの星で過ごした時間は、きっと色褪せることはないよ。この先どんなことがあったって、ダナエちゃんたちと一緒に旅をした思い出は、絶対に消えることはないよ。だからそれを胸に、地球で頑張ろうぜ。もう闇金なんかに手を出さないように、まっとうに生きて自分なりの幸せを掴むんだ。」
「・・・・・うん・・・。」
二人は強く手を握り合い、ラシルでの旅を思い起こしていた。ダナエと出会った時のこと、コウやドリューと一緒に戦った時のこと。そのどれもが胸に鮮明に残っていて、輝かしいダイヤのように光っていた。
もしかしたらもう二度と会うことはないかもしれないが、彼女たちがずっと友達であることに変わりはない。二人は思い出を大切に胸の中にしまい、新たな人生を歩く為に地球へ帰っていった・・・・・。


            *


ダナエは拗ねていた。誰とも口を利かず、トミーの残した別れの手紙を睨みつけていた。
《ダナエちゃんへ〜 ごめんね、直接お別れを言わずに帰っちゃって。でもどうか許してほしい。正直なところを言うと、俺はまだラシルに残りたかった。そしてダナエちゃんたちと一緒に旅を続けて、邪神を倒したかったんだ。
でもダナエちゃんの顔を見てお別れを言うと、きっとこの星から離れられないだろうと思ったから、こうして手紙に書くことにしたよ。
ジャムはさ、俺にとっちゃ弟みたいなもんなんだ。アイツって歳の割にガキで、いっつもどこか危なっかしいところがあるだろ?だから放っておけないんだよ。俺さ、ガキの頃に弟を亡くしてて、けっこうそれがトラウマになってるとこがあるんだよな。海で溺れてる弟を助けられずに、何も出来ないまま死なせちまったんだ。
だから・・・・・もう二度とあんな思いをするのは嫌なんだ。ジャムの野郎は一人で地球に帰ったって、きっと何も出来ない。だからアイツがもう少し大人になるまで、そばにいてやろうと思うんだ。これはジャムの為っていうより、弟を亡くしたトラウマを埋める自分の為かもしれない。
だからどうか許してほしい。ずっと一緒に旅をしてきたのに、こうして手紙で別れを告げることを・・・・。でもさ、俺はずっとダナエちゃんたちのことは忘れないぜ。どこにいたって、どんなに時間が経ったって、俺たちはずっと友達さ。みんなと一緒に過ごした時間は、俺にとっては宝物で、それはきっとジャムの奴も同じだと思う。
だから・・・地球からずっとダナエちゃんたちのことを見守ってるよ。そして応援してる。
邪神を倒して平和が訪れたら、またみんなで会えたらいいな。それじゃあ、またいつか会う日まで・・・さようなら。みんな元気でな。》
綺麗な字で書かれた手紙の上に、ダナエの涙がポトリと落ちる。そしてクシャッと手紙を握りしめ、クルクル丸めて鞄の中にしまった。
「・・・・トミーの馬鹿!私にもちゃんとお別れを言っていってよ!ジャムと二人でいきなりいなくなるなんて、そんなの酷いよ・・・・・。」
ダナエは鼻をすすり、涙を拭って立ち上がった。
「みんな!早く邪神を見つけに行こう!そしてサクっとやっつけて、またみんなで集まるの!ほら、早く!」
ダナエはコウとドリューの手を取り、海辺を走って箱舟に向かった。
「ダナエさあ・・・ショックなのは分かるけど、邪神をサクッとはいかないだろ?」
「いけるわよ!あんなのちょっと硬めのおせんべいと同じもんよ!サクッとやるのよ、サクッと!」
「これは相当ショックを受けてますね・・・。でも気持ちは分かりますよ、自分だけ手紙で別れを告げられたら、僕だってショックを受けると思うから。」
「当たり前よ!トミーの奴・・・今度会ったらバックドロップだけじゃ済まさない!コブラツイストにパワーボムに、キャメルクラッチも極めてやるわ!」
ダナエは急いで箱舟に戻り、入り口に座っていたカプネのお尻を叩いた。
「カプネ!早く船を飛ばして!さっさと邪神を捜しにいくの!」
「捜しに行くっていったって、いったいどこを捜すんだよ・・・?」
「そんなのどっかその辺にいるでしょ!パッと捜してサクっとやっちゃうの!ほら、早く!」
ダナエはカプネの口を掴み、グイグイと引っ張った。
「ひゃ・・・ひゃめれ・・・口が裂ける・・・・。」
カプネは煙管を吐きだし、白目を剥いて倒れてしまった。するとそこへアリアンロッドが走って来て、ダナエの肩を掴んだ。
「ダナエ!今すぐに操縦室へ来るんだ!とんでもない客が来ている!」
「とんでもないお客さん?」
「そうだ!先ほどとてつもなく強い気を感じて、空を見てみたのだ。するとなんと、あの天使の長がこの星に来ているではないか!」
アリアンロッドは興奮気味にまくしたてた。それを聞いたダナエは、コウやドリューと顔を見合わせて首を捻った。
「天使の長って誰?その人が私に会いに来てるってこと?」
「ああ、お前に話があるらしい。とにかく急ごう!」
アリアンロッドはダナエの手を握って走り出し、勢いよく操縦室のドアを開けた。そこにはスクナヒコナとクー・フーリンが立っていて、窓の外を真剣に見つめていた。
「スッチーにクー、二人ともどうしたの?」
「おお、ダナエ殿!あの空をご覧になられよ。」
そう言ってスクナヒコナは、西の遠い空を指した。するとそこには、大きな光に包まれた何者かが浮かんでいた。
「あれは・・・巨人?」
「いや、巨人ではない。天使の長、メタトロンだ。」
「メタトロン・・・?それって、確か博臣の魂を必要としていた天使よね?」
「うむ、メタトロン殿はダフネに頼まれてこの星へやって来たそうだ。」
それを聞いたダナエは、「ダフネが!」と叫んだ。
「メタトロン殿が現れてすぐに、サリエル殿が彼の元へ向かったのだ。そしてこう言伝を預かってきた。『妖精の王女ダナエよ、私と共に来い!』・・・・と。」
それを聞いたコウは、すかさず「プロポーズかよ」と突っ込んだ。すると窓の外にいきなり黒い影が現れて、ゾンビのような恐ろしい顔を覗かせた。
「きゃあ!なに!」
「私だ、サリエルだ。」
「ああ・・・ビックリした・・・。いきなり出て来ないでよ。心臓に悪いわ。」
サリエルは「すまん」と謝り、メタトロンが浮かぶ西の空を見つめた。
「メタトロンは、お主を月に連れて帰りたいそうだ。」
「どうして・・・・?」
「詳しいことは彼の元へ行けば分かる。さあ、セバスチャンに乗れ!メタトロンの元まで運ぼう。」
サリエルは手を伸ばして馬に乗るように促した。
「そ、そんなこといきなり言われても・・・・。」
「心配せずとも、すぐに帰って来られる。ダフネも忙しい身を割いてお前に会うのだ。そう長くは月にいられないだろう、さあ。」
「・・・・って言ってるけど、どうしよう?」
ダナエは困った顔でコウを見つめた。
「まあ行くしかないんじゃない?ダフネが呼んでるんだから。」
「そうだけど・・・・でもみんなを残して私だけ行くっていうのは・・・・。」
「心配ないよ、そこの死神がすぐ帰って来られるって言ってるじゃん。俺たちのことは心配せずに、ちゃっちゃと行って来いよ。」
コウはダナエの背中を押し、ニコリと笑った。するとサリエルは、コウに向かって「お前も行くのだ」と命じた。
「え?俺も?」
「ダフネがそう命じたのだ。ダナエだけでは心配だから、お前も一緒に来るようにと。」
「ははあ・・・まあダナエは鈍チンだからなあ。俺が一緒に行かなきゃ話にならないわけか。」
お兄ちゃん風を吹かせてそう言うと、ダナエは「鈍チンって言うな!」肘をつねった。
「まったく・・・・人のことを馬鹿扱いして・・・・。でもどうしても月へ戻らないといけないみたいね。だったらさっさと行ってすぐに帰って来なきゃ。」
そう言ってセバスチャンに乗ろうとした時、サリエルはアリアンロッドとクー・フーリンに目を向けた。
「お前たちも月へ行くのだ。」
「なに?私たちもだと?」
「どういうことだ?」
「いま・・・地球は悪魔の手に落ちようとしている。それを奪回する為に、少しでも戦力が必要なのだ。だから一度月へ行き、戦力を整えてから地球に襲撃を仕掛ける・・・・と、メタトロンが言っていた。」
「ふうむ・・・そういうことならば仕方あるまい。クーよ、この星を離れるのは心苦しいが、ここは地球へ行かねばなるまい?」
「分かっている。地球には師匠も残っているからな。弟子の俺が助太刀せんでどうする!」
クー・フーリンは槍を回し、勇ましく叫んだ。するとサリエルはスクナヒコナにも目を向けた。
「日本の神よ、汝も地球へ戻るのだ。日本の神々は悪魔に敗北し、空想の牢獄に閉じ込められている。」
「な・・・・なんと!日本の神々がか!」
「日本の神々も・・・・だ。地球の神々はそのほとんどが空想の牢獄に閉じ込められている。それを助けるには、闇を操る特殊な力が必要だ。」
「闇を操る特殊な力か・・・・。となると、そんなことが出来るのは・・・・、」
「うむ、クトゥルーしかいない。しかしあのタコはへそ曲がりだからな。我の言うことなど聞かぬだろう。そこでだ、是非お主にあのタコを説得してもらいたい。そして今後は、あのタコのお目付け役として同行してもらいたいのだ。」
「なるほど・・・そういうことならお任せあれ!このスクナヒコナ、地球の同胞を救う為、粉骨砕身の覚悟で務めを果たそうぞ!」
そう言って窓の下を眺めると、そこにクトゥルーはいなかった。
「はて?先ほどまであそこにいたはずだが・・・?」
首を捻ってそう呟くと、サリエルはセバスチャンに命じた。
「セバスチャン!クトゥルーを探し出せ!」
「ビヒイイイン!」
セバスチャンはじっと目を凝らし、千里眼を使ってクトゥルーを探った。
「ビヒイイイン!」
「おお・・・闇を作ってその中に逃げておるのか。クトゥルーは遥か昔、メタトロンによって空想の深海に閉じ込められたからな。今でも彼のことを恐れているのだろう。どれ、スクナヒコナよ。我と共にクトゥルーを説得しに行くのだ。」
「心得た。」
スクナヒコナはセバスチャンの尻尾に掴まり、よじよじと登ってサリエルの肩に乗っかった。
「ではしばし待たれよ。」
サリエルはセバスチャンを蹴って大地に降り、辺りの臭いを嗅いだ。そして「ここか!」と叫んで、草が倒れた大地を鎌で切りつけた。
すると地面に大きな闇の亀裂が走り、その中から「んだ!」とクトゥルーの声が聞こえた。
「やはり隠れていたか・・・。クトゥルーよ、月へ行くぞ。地球を悪魔どもから取り返すのだ。」
サリエルがそう言うと、クトゥルーは「オラ行かね!」と叫んだ。
「どうせ表に出たら、またメタトロンにボコボコにされるだ。オラもう痛いのは嫌だから、ここから出ね!」
「ううむ・・・子供のようなことを言う奴よ・・・。スクナヒコナ、ここは汝の出番だ。あのタコを説得してくれ。」
「承知した。」
スクナヒコナは闇の中を見つめ、赤い目を光らせるクトゥルーに話しかけた。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第四十三話 月への導き(1)

  • 2014.08.15 Friday
  • 19:12
月への導き


翌日、ダナエたちは海に来ていた。マクナールの海は荒れているが、ブブカが時空の壁を作って荒波を防ぎ、小さな囲いのプールを作っていた。
ダナエたちはその中ではしゃぎ、キャッキャと笑いながら水を掛け合っていた。
「ほらほらコウ!バックドロップ!」
「やめろ馬鹿!ここ浅いんだぞ・・・・・って、へぶしッ!」
「ほらほら、ドリューも!」
「い、いえ・・・僕は遠慮しておき・・・・・・、ぶごあッ!」
ダナエは二人にバックドロップをかまし、楽しそうにはしゃいでいた。そして海岸に座るゾンビたちに手を振り、「早くおいでよ!」と手招きをした。
「・・・・なあトミー、これって風呂っていうのかな?」
「さあな。でもいいんじゃないか、みんな楽しそうだし。」
ジャムはがっくりと項垂れ、「こんなの詐欺だと・・・」と呟いた。
「これのどこがお風呂なんだよ。ただの海水浴じゃんか。みんな水着きてるし・・・。」
「コウの魔法って便利だよな。蚕の精霊に頼んで水着を紡いでもらうなんて。地球で商売したら大ヒット間違いなしだぜ。」
「そんなことはどうでもいいんだよ・・・。はあ・・・昨日から楽しみにしてたのに、結局はこれかよ・・・なんかもう・・・無力感にさいなまれて・・・・。」
ジャムは大きなため息をつき、海岸の岩場に寝転んだ。それを見たトミーは、笑いを噛み殺しながら昨日のことを思い出していた。
昨日の夜、龍神たちの争いを止めて箱舟に帰ったダナエたちは、ジャムの為にお別れ会を開いた。ダナエはずっとジャムの隣に座り、笑顔で話しかけてくれた。ジャムは喜びのあまり有頂天になり、飲めないお酒に手を出してベロベロに酔っぱらっていた。
そしてその隣では、コウとトミーが微笑ましくそれを見ていた。きっとこれがジャムと一緒に過ごす最後の夜になるだろうと、とにかく彼を盛り上げてやったのだ。
やがてジャムは力尽きて眠ってしまい、ベッドに運ばれた。そしてそこでコウが、ヒソヒソとトミーに耳打をした。
『あのな、俺とダナエが一緒に風呂に入る時は、必ず水着をきてるんだ。それでもって、俺はいっつもプロレス技をかけられる。バックドロップをかまされたり、コブラツイストを極められたり。だから明日はきっと、ジャムがその餌食になる。一生消えないほどのプロレス技の衝撃が残るだろうぜ。』
そう言って可笑しそうに笑い、寝ているジャムの顔に落書きをしたのだった。トミーはそんな昨日のことを振り返り、必死に笑いを噛み殺していた。
「ジャム、こんな所で寝てないで、早く行って来いよ。」
「・・・やだよ・・・バックドロップされたくないもん・・・・。」
「いいじゃんか、一生の思い出に残るぜ。妖精の王女にバックドロップされるなんて、願ったって実現しないことなんだから。」
肘をつつきながらそう言うと、ジャムは「・・・・そうかな?」と顔を上げた。
「そうだよ。だから早く行って来い。きっと・・・・これが最後だろうからさ。」
トミーは遠くを見つめ、嘘くさい顔で涙を拭った。
「・・・・そうだな。これが最後になるかもしれないんだよな・・・。俺、ダナエちゃんにバックドロップされてくるよ!それに水着姿の彼女も最高だしな!」
「おう!思いっきり遊んでこい!」
トミーはジャムの背中を叩き、ダナエの方に送りだした。そして自分はというと・・・少し離れた場所で海を眺めるアリアンロッドを見つめていた。
「ううむ・・・やはり女はセクシーでなくちゃ・・・。師匠の水着姿、しっかりとこの目に焼き付ける!」
アリアンロッドは、実にセクシーな水着を着ていた。一流のモデルでなければ似合わないような、身体のラインをモロに強調する色っぽいビキニだった。そのビキニの青色が、彼女の白い肌をセクシーに引き立てていた。その身体は振り向かない男はいないほどの完璧なラインで、トミーは彼女の胸、くびれ、そしてお尻と太ももに釘付けになっていた。
「し・・・師匠・・・・。そのスタイルと横顔・・・・たまらんです!」
そう叫んでジュースを掴み、ササッとアリアンロッドの方に走って行った。
「師匠!飲み物でございます!」
「ああ、ありがとう。お前もみんなと一緒に遊んできたらどうだ?」
「いえ!師匠のお供をするのが弟子の役目であります!」
「・・・・本当は私の水着姿を見たいだけだろう?さっきから強い視線を感じるぞ?」
「・・・・バレました?」
トミーは鼻の下を伸ばし、デレデレとアリアンロッドに見入った。すると「ジロジロ見るな!」と剣の鞘で頭を叩かれた。
「おのれ、コウの奴・・・・。もっと地味で目立たない水着にしろと言ったのに、よりによってこんな派手な水着を・・・・。」
そう言って頬を赤く染め、サッと海へ飛び込んでいった。
「あ!師匠もダナエちゃんたちの所へ?」
「いや、この恰好が恥ずかしいだけだ。下心丸だしの弟子がジロジロ見つめてくるしな。」
アリアンロッドはバシャっとトミーに水を飛ばし、海の中へ潜っていった。
「師匠・・・その照れ屋さんなところも可愛いです!」
トミーはビシッと敬礼し、その目にしっかりと師匠の水着姿を焼き付けた。そしてダナエたちと遊ぶトミーを見て、急に切ない顔になった。
「ジャム・・・お前を見てると、昔に亡くなった弟のことを思い出すよ。あの時はまだガキだったから弟を守れなかったけど、今は違う。だから・・・まだお前を一人で行かせるわけにはいかねえ。もう少し大人になるまで、俺が守ってやるぜ。」
トミーは何かを決意したような顔で、楽しそうに遊ぶジャムを見つめていた。


            *


海での楽しいひと時が終わり、いよいよジャムとの別れの時がやってきた。海は暮れる陽で紫に染まり、真珠のように波を映えさせていた。
ジャムは海辺に立ち、足元に押し寄せる波を見つめていた。
「この星とも・・・もうお別れか。そう思うと、なんだか寂しくなるな・・・。」
ダレスに肉体を返してもらい、人間の姿に戻ったジャムは、ラシルの星の海を心に焼きつけようとしていた。
「地球には、ここまで綺麗な海なんてほとんどない。もう・・・これが二度と見られないんだな・・・。」
感傷に浸って海を見つめていると、後ろからポンと肩を叩かれた。
「じゃあここに残る?」
「ダナエちゃん・・・・。」
「いいのよ、残っても。また一緒に旅をしようよ。」
「・・・・ありがたいけど、それは出来ないよ。だって・・・トミーに悪いから・・・。」
ジャムは知っていた。トミーが自分の借金を肩代わりする代わりに、地球に帰れるようにしてくれたことを。トミーは何も言わなかったが、あのダレスが借金を帳消しにするはずがないので、きっとそういうことなんだろうなと思っていた。
「俺・・・ここで地球に帰らないと、ジャムを裏切ることになる。それだけは嫌なんだ。だから・・・・ここでお別れだよ。」
ジャムは端正な顔立ちで笑い、やや長めの髪を揺らした。
「そっか・・・・。じゃあ私は笑顔でジャムを送り出さなきゃね。寂しいけど・・・・ジャムが決めたことだから仕方ないわ。」
「・・・ごめんね、ダナエちゃん。」
ジャムは申し訳なさそうに俯き、ダナエの後ろに立つコウたちを見つめた。
「コウ・・・お前にも世話になったな。元気でな。」
「おう、お前こそな。もちっと大人になって、まっとうに生きろよ。」
「ははは、まだガキのお前に言われたくないよ。」
肩を竦めて苦笑いし、ドリューの方にも目を向けた。
「ドリュー、奥さんと生まれてくる赤ちゃん大切にな。」
「はい、きっと立派に育ててみせますよ。ジャムさんも早く良い人が見つかるといいですね。」
「ほんとになあ・・・でもこればっかりは縁だから仕方ないよ。まあゆっくりやるさ。」
「それがいいです。何事も焦っちゃダメですよ。」
ジャムは頷き、神々の仲間にも頭を下げた。そしてグルリと辺りを見渡し、トミーがいないことに落胆した。
「トミー・・・来てないな。」
「ああ、そういえば・・・・一番の親友のなのに、いったい何をやってるのかしら?」
ダナエは腕を組んで唇を尖らせ、「ちょっと呼んでくるね」と言った。
「いやいや、いいよ。」
「どうして?トミーはジャムの一番の友達でしょ?見送りに来ないなんてあんまりだわ。」
「・・・いいんだよ。もし立場が逆だったら、きっと俺も見送りに来ないから。」
「なんで?友達が遠くへ行っちゃうのに?」
ダナエが不思議そうに尋ねると、ジャムは小さく笑った。
「だって腹が立つだろ?一番の友達が、旅をほったらかして地球へ帰っちゃうなんて。だから・・・・仕方ないよ。」
ジャムが無理に笑ってみせると、ダナエは「そんなことない」と返した。
「トミーは腹なんか立ててないわ。きっと見送るのが寂しか・・・・、むぐぐ!」
「いいんだよこれで。こういうのは男同士にしか分かんないんだから、なあ?」
コウはダナエの口を塞ぎ、ドリューに同意を求めた。
「ええ、そういうもんですよ。男同士なんて。」
そう言って笑っていると、沖の方から巨大な魚に乗ったダレスが戻って来た。
「お前ら、女々しい別れは済んだか?」
そう言ってジャムの頭を小突き、バシバシと肩を叩いた。
「ダ・・・ダレスさん・・・痛いっす・・・。」
「あ?なんだって?俺は借金を踏み倒されて懐が痛いんだけどな?」
「ええっと、すいません・・・・はは・・・・。」
ダレスはまたジャムを小突き、大きな魚の方に背中を押した。
「さ、さ、脱落者はとっとと帰りやがれ。この戦いにヘタレはいらねえんだからよ。」
「もう!そんな言い方しちゃダメよ!」
ダナエは頬を膨らませて怒り、ダレスは「はいはい」と鬱陶しそうに手を振った。そしてツカツカと歩いてその場を後にし、一度だけ振り返って言った。
「ジャム・・・・もう二度と闇金には手を出すんじゃねえぞ。地球に戻ったら、まっとうに働いてしっかりと生きろ、いいな?」
「は・・・はい!」
腰を曲げて頭を下げると、ダレスは葉巻を吹かしながら去って行った。それを見たダナエは、不思議そうに首を捻って「ダレス、沖になんか出て何してたんだろ?」と呟いた。
「まあまあ、そんなことはどうでもいいじゃんか。今はジャムを見送ってやろうぜ。」
「そうね。」
ダナエはジャムの前に立ち、まっすぐに目を見つめた。
「ジャム・・・地球に帰っても、私たちのことは忘れないでね。」
「当たり前じゃんか。忘れるわけないだろ。」
ジャムは少しだけ恰好をつけてそう言った。するとダナエは、さっと顔を寄せて頬にキスをした。
「人間に戻ったジャムって、けっこうカッコイイよ。きっとすぐに彼女が出来るよ、頑張ってね!」
そう言って手を握り、ニコリと笑いかけた。
「・・・最後の最後で、最高の思い出が出来た・・・。」
ジャムは顔を真っ赤にして、キスをされた頬を撫でた。そして大きな魚の背中に乗り、ダナエたちを振り返った。
「じゃあ行くよ。」
「うん・・・。ユグドラシルには話をしてあるから、沖まで出たら迎えに来てくれるはずよ。後は根っこの穴を通れば無事に地球に帰れるから。」
「分かってるって、エジプトだろ?向こうの神様に会ったら、コウの友達だって言えばいいんだよな?」
「うん、そしたらきっと、日本まで送り届けてくれるわ。」
「分かった。そんじゃみんな・・・・世話になったな、元気でな!」
ジャムを乗せた大きな魚は、彼を沖まで運んで行く。そして見る見るうちに遠ざかり、こちらを振り向いて手を振った。
「みんな!俺、絶対にみんなのことは忘れないから!」
「ジャム〜!絶対にまた会おうね!その時まで元気でいてね!」
ジャムは笑いながら手を振り、沖まで出て行った。そして海面に現れたユグドラシルに導かれ、海の中へと消えていった・・・・。
「行っちゃった・・・・なんか、寂しいな・・・・。」
ダナエはジンと胸が熱くなり、クスンと鼻を鳴らした。
「大丈夫だって、またいつか会えるさ。な?」
コウは慰めるように頭を撫でた。
「そうよね?きっとまたいつか会えるよね・・・。」
ダナエは涙を拭い、紫に映える海を見つめていた。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第四十二話 神樹が蘇る時(5)

  • 2014.08.14 Thursday
  • 17:29
《ダナエちゃん、俺が好きなのは・・・・君なんだよ。》
「へ?私?」
ダナエは驚いた顔で自分を指した。
《俺・・・あんまり女の子と話すのって得意じゃないんだ。でもダナエちゃんは、こんな俺に普通に接してくれた。馬鹿で情けなくて、しょっちゅう悪ふざけをしてるのに、それでもずっと友達でいてくれた・・・。だから・・・そんなダナエちゃんを本気で好きになっちゃったんだ。》
ジャムは落ち着いた声のまま、ゆっくりと気持ちを伝えた。それを聞いたダナエはキツネにつままれたように固まっていて、何も言葉が出てこなかった。
《ビックリするよね、いきなりこんなことを言われたら・・・。でも、これが俺の正直な気持ちなんだ。日に日にダナエちゃんを好きな気持ちが強くなっていって、自分でもどうしたらいいか分からなくなってた・・・。でもダナエちゃんに気に入られたいから、ヘタレのクセに化け物と戦ってさ・・・。結果何も出来ないことがほとんどだったけど、それでも何もせずにはいられなかったんだ。だって・・・少しでもダナエちゃんに認めてほしかったから・・・。》
「あ、ああ・・・・ええっと・・・・うん。」
ダナエは顔を真っ赤にして、何と答えていいのか分からずにいた。月でも男の子の妖精から告白されることはあったが、まさか一緒に旅をしている仲間から告白されるとは思ってもいなかった。それもこんな風に、正面から堂々と・・・・。ダナエは軽く混乱して、なぜかコウのお尻をつねっていた。
「いでででで!何すんだよ!」
「え?ああ!ごめん・・・ちょっとわけが分からなくなっちゃって・・・・。」
「相当混乱してるな。」
コウは苦笑いしながら、ダナエを前に押し出した。
「ほれ、どんな答えを返すにしろ、ちゃんと聞いてやれよ。」
「・・・・う・・え・・・ああ・・・・はい。」
ダナエはカチコチに固まり、意味不明にジャムに会釈をした。
「ど、どうも・・・・。」
《ごめんね、やっぱりビックリさせたよね?》
「え・・・・ええっと、ビックリっていうか何ていうか・・・。ちょっと気持ちが整理出来なくて・・・・。だってジャムは大切な仲間だし、友達だし・・・。それにそんな風に私のことを思ってるって知らなかったから・・・・。」
そう言ってモジモジと指を動かし、さらに顔を赤くした。
《俺は・・・ダナエちゃんのことが好きだ。まだまだ伝えたいことはあるけど、でもこれで終わりにしとくよ。だって・・・・本当に伝えたいことはもう言ったから。俺は・・・それで充分だよ。》
ジャムの声は、さっきとはうって変わってハキハキとしていた。なぜならジャムは、ダナエがどういう返事をするかは予想していたからだ。もし断られても、それは仕方のないことだと思っていた。しかし何もしないまま終わることは悔しかった。だからこうして気持ちを伝えることが出来ただけで、充分満足だったのだ。
しかし・・・・ダナエの方はそうはいかなかった。いきなり思いもよらぬことを聞かされ、いったいどう答えればいいのかまったく分からなかった。
自分だってもちろんジャムのことは好きだが、それは仲間としてであって、異性として彼を見たことなどなかった。だから予想外の所からパンチを食らったように、大きな衝撃を受けていた。
すると黙って見ていたトミーが、「ダナエちゃん」と呼びかけた。
「ごめんね、急にアイツにあんなことを言わせて。」
「い、いや・・・・滅相もない・・・・。」
「これがダナエちゃんにとって迷惑なことかもしれないって分かってる。でも俺はアイツの親友だから、どうしても気持ちを伝えさせてやりたかったんだ。だって・・・もし地球に帰ったら、もう二度と会えなくなるかもしれないだろ?」
それを聞いたダナエは、ナイフで胸を刺されたような気分になった。
「地球に・・・・帰る・・・。ねえ、ジャムは本当に地球に帰っちゃうの?まだ旅は終わっていないのに・・・・私たちとサヨナラしちゃうの?」
ダナエはとても寂しそうに尋ねた。今までずっと一緒に旅をしてきたのに、それがいきなりいなくなるなんて寂し過ぎると思った。しかしトミーは強く頷き、「本当だよ」と答えた。
「ダレスさんは約束を守る人だ。だからジャムの肉体だって持って来てくれてるし、きっと地球にも帰してくれる。でも・・・もう二度と俺たちとは会えなくなる可能性があるんだ。だから・・・もしよかったら返事をしてやってよ。アイツは気持ちを伝えるだけでいいって言ってるけど、それはウソだと思う。きっと・・・・ダナエちゃんの答えを待ってるはずだから。」
トミーはポンとダナエの肩を叩き、「頼む」と頭を下げた。
「・・・・そうだね。もしかしたら、これで会えなくなっちゃうかもしれないんだもんね。それにジャムは勇気を出して気持ちを伝えてくれたんだし、私も逃げてちゃダメよね。」
そう言って表情を引き締め、燭龍の巨体を見上げた。
「ジャム・・・あなたの気持ち、とっても伝わってきた。まさかそんな風に私のことを想ってるなんて知らなかったから、ちょっと驚いちゃったけど・・・・でも嬉しいよ。」
ジャムは黙ってダナエの言葉を聞いていた。どういう返事がくるかは覚悟していたが、それでも緊張のあまり胸が張り裂けそうだった。
「・・・あのね、私ってけっこう鈍いから、ジャムの気持ちに全然気づかなかった。でもこうしてハッキリと告白された以上、私もキチンと自分の気持ちを伝えるわ。」
そう言って真っ直ぐにジャムを見つめ、青い瞳を揺らした。
「ジャム・・・・・ごめんね。気持ちはとっても嬉しいんだけど、あなたの想いには応えられない。だって・・・私の頭の中は、邪神のことやこの星のことや、それに地球のことでいっぱいだから。それに今はとにかく強くならなくちゃいけないし、他のことに気を回してる余裕がないと思う。だから・・・・ごめんなさい。」
ダナエは小さく頭を下げ、長い髪を揺らした。ジャムの気持ちを棒に振るのはとても心苦しかったが、でも逆に中途半端な答えを返せば、もっと心苦しくなる。だからここは、正直な気持ちで応えようと思った。嘘偽りのない言葉で、しっかりと自分の気持ちを返そうと思ったのだ。
「ジャムが地球に帰ったら、もしかしたらもう二度と会えなくなるかもしれない。けど、私たちはいつまでも友達だよ。ジャムは今まで一緒に旅をしてきた仲間で、私の大切な友達。それだけは・・・・この先もずっと変わらないから。」
ダナエはニコリと微笑みかけ、恥ずかしそうに俯いた。
「・・・こんなのでいいかな?これが今の私の精一杯の気持ちなんだけど・・・・。ジャムは納得してくれる?」
そう言って不安そうにジャムを見つめると、彼は「ありがとう」と言った。
「まさかそこまでちゃんと気持ちを返してもらえるとは思ってなかったから・・・嬉しいよ。フラれたことがショックじゃないと言えばウソになるけど・・・・でも充分納得できた。ダナエちゃん・・・・ありがとう。」
「ごめんね・・・こんな言葉しか返せなくて・・・・・。」
ダナエはさらに俯き、なぜか胸がつまって泣きそうになった。するとその瞬間、燭龍の大きな身体が見る見るうちに溶け始めた。そして瞬く間に消え去り、その中からジャムが姿を現した。
「ジャム!」
ダナエは手を伸ばしてジャムを掴み、シャボン玉の中に引き入れた。
「ジャム・・・よかった!無事に戻って来てくれた・・・・。」
そう言って涙ぐみながら手を握り、安心したように笑っていた。
「ダナエちゃん・・・ごめんね、心配かけて。でも・・・もう俺は大丈夫だから。だってダナエちゃんやみんなが迎えに来てくれたから。」
ジャムはニコリと笑ってみんなを見渡し、とても嬉しそうにはにかんでいた。
「トミー・・・心配かけてごめん。俺・・・やっぱりお前と絶交したくないよ。」
「んなことは分かってるよ。お前は昔っから意地っ張りだからな。でもすぐに素直になるから、こうして迎えに来たんじゃねえか。」
トミーはコツンとジャムの頭を叩き、嬉しそうに笑っていた。
「俺・・・本当にお前が友達でよかったよ。それに後ろの二人も・・・・迷惑掛けてごめん。一発くらいなら殴ってくれてもいいぜ、軽めにだけど・・・・・。」
「バ〜カ、誰が殴るかよ。いっつもダナエに殴られてるじゃねえか。これ以上殴ったら顔の形が変わっちまうぞ?」
「そうですよ。それに僕たちは迷惑だなんて思ってませんよ?仲間が困ってたら助けるのは当たり前じゃないですか。」
「お・・・お前ら・・・・ありがとう・・・。俺、もしかして友達増えてる?」
「もちろんよ!ここにいるみんながジャムの友達よ、ねえ?」
ダナエが周りを見渡すと、みんなが笑顔で頷いた。
「ジャム・・・私たちはずっと友達よ。もし地球に帰ったとしても、それだけは忘れないでね。私たちが過ごした時間は、きっとこの先も色褪せることはないわ。」
「ふう・・・・ううう・・・・・みんな・・・・ふぐッ・・・・。」
ジャムは目を真っ赤にして鼻をすすり、何度も頷いていた。するとそこへ人の姿をしたユグドラシルが降りてきて、《終わったようですね》と言った。
「うん、私の大切な仲間が無事に戻って来たわ。ありがとうね、ユグドラシル。」
《礼には及びません。あなたのおかげで、龍神たちは争いを止めたのですから。ほら、見て下さい。九頭龍も正気を取り戻したようです。もう暴れ回ることはないでしょう。》
そう言って九頭龍を見上げると、あの争いが嘘のように落ち着いていた。
《むうう・・・・よもやこの俺が邪神に利用されようとは・・・。ユグドラシルのおかげですっかり目が覚めたわ。》
そう言ってダナエたちに顔を近づけ、大きな鼻息を吹きかけた。
《お前たちがユグドラシルを呼び寄せてくれなければ、この星を破壊するまで暴れるところだった。止めてくれて感謝する。》
「いいわよそんなの。でもそれよりさ・・・・この辺り一帯は滅茶苦茶になっちゃったよ?あなたの力でどうにか出来ない?」
二体の龍神が争ったせいで、偉人の谷の周りは原形を失くしていた。それに遥か遠くでも大きな災害が起きていて、その被害は甚大なものだった。
《・・・・出来ないとは言えないな。これは元はと言えば俺のせいだ。地球を支える龍神の面子にかけて、破壊された自然を元に戻そう。》
「ほんと!ありがとう!」
ダナエは手を叩いて喜び、ジャムの手を握った。
「ジャム・・・地球に帰るまでは一緒にいよう。たくさんお話をして、たくさん思い出を作ろう。」
そう言うと、ジャムは目をウルウルさせながら震えていた。
「ほんとに・・・?ほんとにいいの?」
「うん!だって私たちは友達でしょ?だったら故郷に帰る友達を笑顔で送ってあげなくちゃ!」
「・・あ・・・ありがとう・・・すっごく嬉しいよ。」
ジャムは溜まらず泣きべそをかき、ゴシゴシと目を拭った。
「じゃ、じゃあさ・・・・一つだけお願いを聞いてくれるかな?」
「うん、いいわよ。何でも言って。」
ダナエはニコニコとして頷いた。するとジャムは、とても恥ずかしそうにしながら、頬を赤くして言った。
「あ・・・あのさ、俺も一回ダナエちゃんとお風呂に・・・・・、」
そう言いかけた時、トミーが思い切り拳骨を落とした。
「痛ッ・・・・・!何すんだよ!」
「何すんだよじゃねえよ、この馬鹿!ちょっと優しくすりゃつけ上がりやがって!」
「いいじゃねえか!最後なんだから風呂くらい!」
「ダメだ!そんなことはこの俺が許さん!いくらダナエちゃんが成長したからって、まだそこまでの年頃じゃないだろ!お前いつか本当に捕まるぞ!」
「・・・うう・・・うぬぬ・・・・じゃ、じゃあ・・・もっと別のお願いを・・・、」
渋々とそう言いかけた時、ダナエは「いいわよ」と答えた。
「へ?今なんて言ったの・・・?」
「ジャムのお願いを聞いてあげるって言ったの。もしかしたらこれが最後になるかもしれないから、ワガママを聞いてあげるわ。」
その言葉を聞いたジャムは、見る見るうちに笑顔になって「いやっほう!」と叫んだ。
「おい聞いたかトミー!一緒にお風呂に入ってもいいってよ!」
「そ・・・そんな馬鹿な・・・あり得ない・・・。」
トミーは愕然として首を振り、ダナエの肩を掴んだ。
「ダナエちゃん!ダメだよ、こいつのワガママを聞いちゃ!ダナエちゃんは今ちょっと混乱してるから、冷静な判断が出来ないんだ!なあ、コウもそう思うだろ?お前からもなんとか言ってくれよ。」
トミーは懇願する目でコウを見つめた。するとコウは「別にいいんじゃない」と答えた。
「お・・・お前まで・・・・。」
「いや、だってダナエがいいって言ってるんだから、なあ?」
「うん、私は別にいいわよ。でもここにはお風呂がないから、海でもいい?」
そう尋ねると、ジャムは「いいですいいです!」と喜んだ。
「ああ・・・言ってみるもんだなあ・・・。俺・・・生まれて来て今が一番幸せかもしれない・・・・・。」
ジャムは天にも昇る思いで空を見上げていた。そしてトミーもまた、「そんな馬鹿な・・・」と空を見つめていた。するとコウは肘でトミーつつき、「心配すんな」と笑った。
「いいか・・・ジャムの奴は大きな勘違いをしてるんだ。」
「勘違い?何が?」
「俺とダナエがいつも一緒に風呂に入ってるもんだから、自分もって思ったんだろうな。でもさ、いくら俺とダナエの仲がいいからって、裸同士で風呂に入ると思うか?」
「・・・違うのか?」
「当たり前だろ。小さい頃はそうやって入ってたけど、今は違うよ。まあジャムの奴はきっとガッカリするだろうな。・・・・いや、そうでもないか。案外それはそれで喜ぶかもな。」
コウは腕を組んでジャムを見つめ、ニヤリと笑っていた。
「さて!それじゃ船に戻ろう。みんなシャボン玉から落ちないようにしてね。」
ダナエは魔法で風を起こし、空高くに舞い上がっていった。
「それじゃ九頭龍、壊した自然はちゃんと元に戻してね。」
《分かっている。少々時間はかかるが、元通りにして見せよう。》
ダナエは「お願いね」と手を振り、そしてユグドラシルの方を振り向いた。
「ねえ、あなたも一緒に来る?今日はみんなでジャムを見送る会を開くから。」
《・・・いえ、せっかくの仲間水入らずを邪魔しては悪いですから、私は海へ戻ります。》
「別に遠慮しなくていいんだよ?たくさんいた方が楽しいし。」
《・・・ありがとう。でも私は海へ戻ります。短時間で色々と力を使って、少し疲れてしまいましたから。海に戻って、ゆっくり眠ろうと思います。」
「そっかあ・・・・龍神の争いを止めたり、邪神に齧られたりで大変だったもんね。ごめんね、いっぱい助けてもらって。」
《いいんです、私はもうこの星の住人ですから、この星を守る為に当然のことをしただけです。さあ、早く行きなさい。これから先は、さらに過酷な戦いが待ち受けているでしょう。今は・・・ほんのひと時の幸せな時間を過ごして下さい。》
ユグドラシルは青い髪をなびかせ、緑の風に包まれて消えていった。
「ユグドラシル・・・私は約束する。必ず邪神を倒して、この星と地球を守って見せる。
だから・・・また一緒に戦おう。私とあなたで、必ずクインを・・・・。」
ダナエはマクナールの海を見つめ、七色のシャボン玉に包まれて飛んでいった。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第四十一話 神樹が蘇る時(4)

  • 2014.08.13 Wednesday
  • 11:20
海の外には箱舟が待機していた。みんなはすぐに箱舟に乗り込み、猛スピードで偉人の谷を目指していった。
「ジャム、待っててね・・・すぐに元に戻してあげるから。」
ダナエは船の先頭に立ち、髪を風になびかせながら呟いた。そして偉人の谷の近くまでやって来ると、カプネが「ここで止めるぜ」と叫んだ。
「これ以上近づくのは危険だ。この先はあんたらだけで行ってくれ。」
「うん、分かった。それじゃみんなはここで待っててね。」
そう言ってニコリと笑い、船の上から飛び立とうとした。しかしコウから「待てよ」と言われ、足を止めて振り返った。
「俺も行くぜ。」
「でも危ないよ?ここにいた方が・・・・、」
「いいや、絶対について行く。これはお前の為というより、ジャムの為なんだ。なあドリュー?」
そう言って後ろを振り向くと、ドリューも頷いた。
「そうですよ、ジャムさんは一緒に旅をしてきた仲間なんですから、このまま放っておくことなんて出来ませんよ。」
「ドリューまで・・・・。」
ダナエは困ったように眉を寄せた。するとトミーも手を挙げ、「俺も行く!」と叫んだ。
「俺はアイツのたった一人の友達なんだ。だから俺も行かせてくれ。」
「トミー・・・・そうだね。トミーはジャムの親友だもんね。あなたの言葉なら、ジャムだって耳を貸してくれるかもしれないわ。」
ダナエはニコリと頷き、コウに向かって「お願い」と言った。
「おう、任せとけ!」
コウは魔法を唱えて特大のシャボン玉を作り、みんなでその中に入った。
「それじゃカプネ、この船のことを頼んだわよ。」
「おう、任せとけ。」
「それとダレス。ジャムを連れて帰って来ても、怖い顔で怒っちゃダメよ?」
「知るか・・・・と言いたいところだが、そうもいかねえ。後ろで怖い神様が睨んでるからな。」
そう言ってダレスはアリアンロッドに顎をしゃくった。
「ダナエ・・・あまり無茶はするなよ。いくらコスモリングの力が復活したとはいえ、相手は地球を支える龍神たちだ。もし危なくなったら、すぐにここへ逃げて来るんだ。」
「うん、分かってる。それじゃ・・・・行って来るね。」
ダナエたちはシャボン玉に包まれたまま、ふわりと宙に舞い上がった。そして魔法を唱えて風を起こし、偉人の谷へと飛んでいった。
「なあダナエ、カッコつけて来たのはいいけど、どうやってジャムを説得するつもりだ?
ノロノロしてたら、龍神の戦いに巻き込まれて死んじゃうぜ?」
「大丈夫、私に考えがあるの。」
ダナエは自信満々でコスモリングを見せつけ、さらにスピードを増して飛んでいった。そして偉人の谷の中央まで来ると、その異様な光景に息を飲んだ。
「なにこれ・・・・大地に穴が空いてる・・・。」
龍人たちが戦っていた場所は、巨大な隕石でも落下したかのように大きなクレーターが出来ていた。その穴はとても深く、まるで地獄へ続く通り道のように思えた。
みんなは息を飲みながらそのクレーターを見つめ、近くに寄って中を覗き込んでみた。すると巨大なクレーターの中で、二体の龍神が争いを続けていた。
「ひゃああ・・・・まだ戦ってんのかこいつら・・・。」
コウは舌を巻いて絶句した。
「しかもさっきより激しさを増していますね。こりゃあうっかり近づけませんよ。」
「だな。で・・・どうするんだダナエ?何か考えがあるって言ってたけど、どうせお前のことだ。何も考えてないんだろ?」
馬鹿にしたように言うと、ダナエは「失礼ね!」とコウを叩いた。
「ちゃんと考えがあるわよ。プッチーを使って、みんなの魂をジャムの元へ飛ばすの。」
「プッチーを使って・・・・ってことは、俺たちとジャムの魂をコンタクトさせる気か?」
「そうよ。でもその前に龍神さんたちに争いをやめてもらわなきゃいけないわ。だからあの神樹に頼むしかない。この星を見守り続けている、あの大きな神樹に・・・・・。」
ダナエはコスモリングに手を当て、目を閉じて祈りを捧げた。
《お願いプッチー・・・また力を貸して。私の願いに応えて、ユグドラシルをここへ連れて来てほしいの。》
そう祈りを捧げると、コスモリングが眩く輝き出した。そしてマクナールの海に向かって一筋の力を飛ばし、海底に眠るユグドラシルを連れて来た。
「ユグドラシル!よかった、来てくれた・・・・・。」
《ダナエ・・・コスモリングを通して、あなたの声が聞こえました。私に何か用ですか?》
ユグドラシルは、透き通る青い髪をなびかせて尋ねた。それを見たコウたちは、目を見開いて驚いていた。
「これがユグドラシル・・・・・・。」
「すごい・・・・やっと会うことが出来ましたよ!」
二人は喜び、宙に浮かぶユグドラシルに目を輝かせていた。
《私はユグドラシル・・・あなた達を呼び寄せた張本人です。ここまでの道のり、大変御苦労さまでした。》
そう言って頭を下げると、二人は「いえいえ」と謙遜した。
《さて・・・今は呑気に挨拶を交わしている場合ではありませんね。どうして私を呼んだのかは、だいたい想像はつきます。あの地球の龍神たちの争いをやめさせる為でしょう?》
そう言ってダナエの方に目を向けると、「うん」と答えた。
「実はあの九頭龍っていう龍神の中には、私の仲間がいるの。けどこのまま近づいたら、龍神さんたちの喧嘩に巻き込まれて死んじゃうでしょ?だから私たちがジャムを説得する間、あなたには龍神さんたちの争いを止めてほしいの。・・・・出来る?」
《・・・・出来ないことはありません。しかし今の私では力が足りないのです。だからあなた方の力を貸して頂ければ、あの龍神たちを止めて見せましょう。》
「私たちの力を借りる・・・?それはいいけど、どうやって貸せばいいの?」
《簡単なことです。私をあなたたちの心に住まわせてくれれば、それでいいのです。》
「それ・・・さっきも言ってたね。でも心に住まわせるってどうすればいいの?」
《それも簡単なことです。ただ私を思い描いてくれればいいだけです。心の中に、私という神樹の姿を描いてくれれば、力を得ることが出来ます・・・・。》
そう言ってユグドラシルは姿を変え、見上げるほどの巨木へと変化した。
「うおおお・・・・これがユグドラシルの正体か・・・・。」
コウは唾を飲んでユグドラシルを見上げた。その姿は実に壮大で、太い幹に立派な枝をいくつも生やしていた。そして大きな葉っぱを茂らせ、樹齢を感じさせる皺の刻まれた樹皮をしていた。
《さあ・・・この姿を心に描いて下さい。そうすれば、私はあの龍神たちの争いを止めてみせましょう。》
「分かったわ。じゃあみんな、あのユグドラシルを心に描いて。」
ダナエはみんなにそう言って、自分も目を閉じた。そして心の中にユユグドラシルの姿を思い描いた。すると・・・・心の中のユグドラシルは、まるで本物のようなリアリティを持ち始めた。風のなびく音や、葉っぱの擦れる音、それに心を落ち着かせる樹の匂いまで感じ始めた。
《すごい・・・まるで心の中にユグドラシルが生えてきたみたい。》
ダナエの心の中に生えたユグドラシルは、しっかりと根を張っていた。そして葉を揺らして風を起こし、心の外に向かって緑色の風を送り始めた。そしてコウやドリュー、トミーの心からも風が吹いていた。
ユグドラシルはその風を受け取ると、巨木の姿のままで龍神たちの間に舞い降りた。
《・・・・む?なんだこれは?》
《これは・・・樹か?》
二体の龍神は争いをやめ、じっとユグドラシルに見入った。すると突然緑の風に包まれ、心が穏やかになっていった。
《おお・・・これは何と心地よい・・・。まるでこの星そのものに抱かれているようだ。》
燭龍は緑の風に身を委ね、じっと目を閉じた。そして九頭龍もまた、同じように目を閉じていた。
《むううう・・・・これは良い風だ。しかしどこか懐かしいものを感じる。俺はこの風を知っているぞ。これはかつて、地球にそびえていたあの神樹にそっくりだ。》
ユグドラシルから放たれる緑の風は、瞬く間に龍神たちを虜にした。そしてピタリと争いを止め、まるで眠っているように目を閉じた。
それを見ていたコウは、「あれじゃまるで森林浴だぜ・・・」と呟いた。
「でも喧嘩は治まったわよ?これでジャムの説得が出来るわ。早く行こう!」
ダナエたちは一目散に燭龍の前まで舞い降り、ジャムに呼びかけた。
「ジャム!聞こえる?聞こえたら返事をして!」
大きな声でそう呼びかけるが、燭龍の中からは何の返事もなかった。
「反応がない・・・。昼寝でもしてるのかしら・・・?」
「そんな仕事をサボってるみたいな言い方するなよ・・・。」
コウはげんなりして言い、トミーの方を振り向いた。
「トミー、お前が呼びかけてみろよ。たった一人の親友なら、言葉を返してくれるかもしれないだろ?」
「・・・・そうだな。一度は絶交したけど、まだアイツのことは友達と思ってるんだ。ちゃんと心を込めて呼びかければ、返事をくれるよな?」
「もちろんよ!なんたってトミーはジャムの親友なんだから!さ、さ、早く!」
ダナエはグイグイとトミーの背中を押した。
「・・・そんじゃ・・・ちょっと呼んでみるか。」
トミーはいささか緊張した面持ちで、コホンと咳払いをした。
「おいジャム!俺だ!トミーだ!返事をしろ!」
そう叫んで返事を待つが、ウンともスンとも返ってこなかった。
「ダメだな・・・アイツまだ意地を張ってんのか?」
トミーは困った顔で腕を組み、じっと考え込んだ。そして何かを思いついたように、ハッと顔を上げた。
「おい俊宏!高田俊宏!俺だ!高橋学だ!パチンコ屋のアルバイトの時に、お前の漏らしたウンコを掃除してやった高橋学だ!」
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
「まだ反応はないか。きっとまだまだ言葉が足りないんだな。よおし、それじゃあ今度はアレをバラしてやる。」
トミーは口元に手を当て、大声で叫んだ。
「コラ俊宏!バイトがだるいからってサボってんじゃねえよ!しかもネットでエア出社しやがって!みんなにバレバレだったぞ!店長なんか禿げた頭が薄くなるくらいに怒り狂ってたんだぞ!そのこと知ってんのか!」
《・・・・・・・・・・・・・・・。》
「・・・今ちょっとだけ声が聞こえたな・・・。よおし、それじゃトドメだ。これでもし返事がなかったら、俺は潔く諦めるぜ・・・。」
トミーは胸いっぱいに息を吸い込み、耳がキンキンするほどの大声で叫んだ。
「おい!お前は覚えてるか!あれは借金をする一年前のことだ!お前は好きになった女の子に声を掛けようとして、緊張のあまりこう言ったよな!『僕の遺伝子をもらって下さい!』って。あの後警察を呼ばれて、一日留置所で過ごしただろ!迎えに来たおばあちゃんが、必死に警察の人に謝ってたんだ!地元じゃちょっとした噂になって、近所のガキどもから変態王子って呼ばれてただろ!」
《・・・・さい・・・・・。》
「ああ、なんだ?聞こえねえよ?」
《・・・るさい・・・・・・。》
「ああ、そうか。まだ足りないか。じゃあ言ってやるよ。お前はおばあちゃんにこっ酷く叱られて、それがショックでおねしょをしたよな!もう大人だってのに、世界地図みたいに布団を濡らしておねしょをしてたよな!」
《・・・やめろ・・・・。》
「ああ?だから聞こえねえよ。もっと大きな声で言えよ。」
《やめろって言ってるんだ・・・・・。》
「何を?ああ、そうか・・・別の話をしろってことだな。じゃあもう一つとっておきのやつを披露してやる。あれは確かこの星へ来る直前のことだった。お前は緊張のあまり、またウンコを漏らして・・・・・、」
《だからやめろって!さっきからウンコウンコってうるさいな!ウンコくらい誰でもするだろ!》
「おお、やっと返事をしやがった。ちゃんと聞こえてんじゃん。」
《当たり前だ!人が黙ってるのをいいことに、ある事ない事喋りやがって!だいたい女の子に遺伝子をもらって下さいって言ったのはお前の方だろ!それなのになぜか俺が言ったと勘違いされて、警察にしょっぴかれたんだ!ウソばっかり言うなよ!》
「でもおねしょはほんとだろ?あとウンコも。」
《そ、それはまあ・・・・そうだけど・・・・。でも女の子の話は違うだろ!俺は元々女子に声を掛けられるような度胸はないんだ!だからそんなこと言うはずがないだろ!》
「あれ?そうだっけ?俺はてっきりお前が言ったと勘違いしてたのかな?だって最近のお前ってさ、よく俺の部屋に相談に来てたじゃん。本気で好きな子が出来たんだけど、どうやって気持ちを伝えていいのか分からないって。喋れるのは普通に喋れるけど、好きな気持ちを伝える方法が分からないから、悩んでるって言ってただろ?」
真面目な声でそう言うと、ジャムは急に黙り込んでしまった。
「なあジャム・・・もう背中を見せて逃げるのはやめろよ。そんなことしてたら、いつまでたっても弱虫のままだぞ?」
《そんなことは分かってるよ!でも・・・今さら自分を変えられないよ・・・。》
「別に変えなくてもいいんだよ。ただほんのちょっと勇気を出せばいいだけだ。そうすれば、ほんのちょっとだけ自信を持てるようになる。それを繰り返していけば、きっと強くなれるさ。」
《・・・・そんな上手くいくかな?》
「さあな。保証は出来ないけど、やってみる価値はあると思うぜ。だって・・・お前が本気で好きな相手が、いま目の前にいるんだから。ここで男を見せないでどうするよ?」
トミーはお兄ちゃん風を吹かせて親指を立てた。
「さあ、ジャム。もうグダグダ悩むのはよせよ。もしここで自分の殻から抜け出すことが出来たら、お前を地球に帰してやるからさ。」
それを聞いたジャムは、《ほんとか!》と叫んだ。
「ほんとだよ。ダレスさんに掛け合ったら、渋々だけどOKしてくれたんだ。」
《マジで・・・・?あのダレスさんが借金を帳消しにしてくれたってのか・・・?ちょっと信じられないな・・・・。」
「ウソじゃないぜ。お前みたいな弱虫をコキ使ったって、いつまで経っても借金を返せないだろうから、もう地球に帰っていいって言ってくれたんだ。」
トミーは本当のことを話さなかった。自分が借金を肩代わりしたなんて教えたら、きっとジャムが負い目に感じると分かっていたからだ。
「なあジャム・・・・お前は地球へ帰れるんだ。肉体を返してもらって、人間に戻って地球に帰ることが出来るんだよ。でもその為には・・・・自分の殻から抜け出さなきゃ。ここでハッキリと気持ちを伝えて、一歩でもいいから前に踏み出すんだ。そうすれば、きっとお前の世界は変わる。彼女がどういう答えを返すかは分からないけど、それでもお前は前に進めるんだ。」
《・・・・トミー・・・・。》
ジャムは切ない声で呟いた。その呟きを聞いたトミーは、「頑張れ、俺がついてる」と励ました。
《・・・・そうだよな・・・このままじゃいけないよな・・・。俺だって、もうそろそろ大人にならないといけないんだよな・・・。》
「そんなに気張る必要はねえよ。ただちょっとでもいいから前に踏み出せばいいだけだ。どんなことでも、最初の一歩は小さいもんだぜ?だから怖がるな、俺が見ててやるから。」
ジャムはしばらく黙ったままだった。しかし何かを決意したように、「よし!」と叫んだ。
《俺・・・伝えるよ、自分の気持ちを。まあなんとなく結果は見えてるけど、それでも伝えてみる。》
「おう、派手にぶつかって玉砕しろい。」
トミーはニコリと笑い、ダナエの方に目を向けた。そして事情を知るコウも、ジャムに向かって頷いた。ドリューも同じ男として、トミーとジャムの会話の内容は察していた。だから黙ってことの成り行きを見守ることにした。
しかし・・・・たった一人だけ何も気づかない人物がいた。それはもちろんダナエだった。
こういうことに疎い彼女は、いったい何の話をしているのだろうとチンプンカンプンだった。
《ダナエちゃん。》
ジャムは震える声で呼びかけ、歯切れ悪くゴニョゴニョと呟いた。
「なあにジャム?トミーの説得で出て来る気になった?」
ダナエは心配そうに見つめた。
《うん、俺はここから出る・・・いや、元の自分に戻るよ。でもその前に、やらなきゃいけないことがあるんだ。》
「やらなきゃいけないこと?なあに?」
鈍感なダナエはまだ気付かない。真っ直ぐな瞳で、ただジャムを見つめていた。
《あのさ・・・・実は俺・・・好きな人がいるんだ。》
「トミーとそんなことを喋ってたね。でもジャムの年頃なら、そういう人がいても普通なんじゃない?」
《・・・そうだね。だから俺は言うよ。ずっと胸の中にしまっていた気持ちを・・・ハッキリと伝えることにする!》
ジャムは決意を固めるように言い、少しだけ間を取った。そしてさっきとはうって変わって、落ち着いた声で言った。
《ダナエちゃん、俺が好きなのは・・・・君なんだよ。》
「へ?私?」
ダナエは驚いた顔で自分を指した。二人の間に、今までとは違った真剣な空気が流れていた。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第四十話 神樹が蘇る時(3)

  • 2014.08.12 Tuesday
  • 19:49
ダナエはコスモリングにおでこを付け、強く念じた。すると力を取り戻したコスモリングは、その想いに反応して輝きだした。そして・・・ダナエの魂を身体から離脱させ、邪神の方へと飛ばした。
《クイン・・・聞こえる?》
《これは・・あの妖精の声・・・?》
邪神は三体の神から距離を取り、辺りに耳を澄ませた。そして目の前にプカプカと浮かぶダナエの魂を見つけ、ニヤリと笑った。
《あんた、わざわざ食べられに来たの?》
《いいえ、違うわ。あなたの魂と交わろうと思って。》
《私の魂と交わるですって・・・?》
邪神は怪訝そうに顔を歪め、ダナエの魂を睨んだ。そこへニーズホッグが襲いかかろうとしたが、ダナエは《やめて!》と叫んだ。
《ミミズさん、今はじっと見守っていて。》
《何故ダ?邪神ガ気を取ラレテイル今ガ好機ダトイウノニ。》
《いいの、ここは私に任せて・・・ね?》
《ウムム・・・・オ前ガソウ言ウノナラ・・・・。》
ニーズホッグは動きを止め、ダナエの言うとおりに見守ることにした。
《ありがとう。さて・・・・それじゃクイン・ダガダ、あなたの魂を見せてくれない?》
《は?何を馬鹿なことを言ってるの?わざわざ敵の土俵に上がる馬鹿がいるわけないでしょ?このままひと飲みにしてやるわ!》
《怖いの?》
《はあ?》
《あなたは私と対等な場所に立つのが怖いんでしょ?だからそうやって逃げようとするのよ。ううん、きっと私だけじゃない。あなたは色んなものを怖がり、そこから目を背けようとしている。その証拠に、あんな卑怯な神器まで使って、しかも敵を罠に嵌めようとするのよ。そんなことをするのは、自分に自信がない証拠よ。》
《・・・・ふふ・・・うふふふふ、何それ?それで私を挑発してるつもり?》
邪神は可笑しそうに笑い、目を赤く光らせた。しかしダナエはまったく動じることなく、堂々とした口ぶりで言った。
《そうよ、下手クソな挑発だって分かってるけど、でも私の口車に乗ってもらわないと困るの。これ以上戦ったって、あなたに勝つ見込みはないもの。》
《だったら尚更あんたの口車に乗るわけないでしょ?とっととあの世へ行きなさい!》
邪神は口を開けてダナエに襲いかかった。しかしその時、辺りに緩やかな海の音色が響いて、ピタリと動きを止めた。
《こ・・・これは・・・・マクナールの海・・・。》
邪神は懐かしむように、その音色に耳を澄ませた。
《知ってる・・・この海の音は知ってるわ・・・。これはかつてのマクナールの海。まだ地球から侵略を受ける前の、穏やかなマクナールの海だわ。・・・・懐かしい・・・。》
邪神は、かつて自分が一国の王女であった頃を思い出していた。あの頃は何の不安もなくて、満たされた日々を送っていた。ラシルはいつでも平和で、周りには愛しい家族と婚約者がいた。そして毎日のようにマクナールの海を眺め、こんな時間が永遠に続くのだと信じていた。
《懐かしい、ほんとうに懐かしいわ・・・・。でも、この海は二度と還らない。地球の馬鹿どものせいで、ラシルの星に闘争という意志が宿ってしまったから・・・。だから私は許せない・・・。地球のゴミどもが許せないのよ!》
そう叫んでダナエを飲み込もうとした時、ハッと異変に気付いた。
《あ、あれ・・・?人の姿に戻ってる・・・どうして?》
邪神は美しい女の姿に戻っていた。不思議に思って自分の身体を見つめていると、後ろに巨大な虫が立っているのに気が付いた。
《あれは私の身体じゃない!ということは・・・今の私はまさか・・・、》
《そう・・・魂だけだよ。》
ダナエは邪神の前に立ち、ニコリと微笑んだ。
《クイン・・・あなたはプッチーの声が聞こえたのね?》
《プッチーの声・・・?》
《コスモリングのことよ。あの腕輪に反応するってことは、あなたの心にはまだ微かに誰かの言葉を聞き入れる余地があるってことよ。だからほら、こうして魂だけになっちゃったっでしょ?》
ダナエは手を広げて笑い、真っ直ぐに邪神を見つめた。
《ねえクイン・・・私もあなたも、種族は違えど王女という身分よね?だったら分かり合える部分があると思うの。》
そう言って邪神の手を取り、そのまま上に舞い上がった。
《魂と魂をコンタクトさせるってことは、お互いの本当の心を見せ合うってことよ。だから・・・あなたの心を見せてちょうだい。その代わり、私の心も見せてあげる。そしてもしお互いのことが理解出来れば、きっと争わずに済むと思う。》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
ダナエは屈託のない顔で笑いかけるが、邪神は黙ったまま睨んでいた。二人は一つも言葉を交わすことなく、さらに上へ舞い上がっていく。そして魂と魂が螺旋状に絡み合い、眩い光を放って海を飛び出していった。
《大丈夫、言葉はいらないから・・・・。ただあなたの心を見せてくれればそれでいい。》
ダナエは目を閉じ、自分の心をさらけ出していく。クインの魂に交わり、ダナエという人物の全てを見せていった。するとクインは、肩を揺らしてクスクスと笑った。
《あんた面白いわね。こんなに弱虫なクセに、今までずっと戦ってきたなんて。よく生き残れたわね。》
ダナエの心に触れたクインは、素直に賛辞を送った。しかし急に笑顔を消し、重い口調で言った。
《だったら私の心も見せてあげるわ。ああでも・・・一つ言っておくけど、私の心は一つじゃないわよ。それに魂もね。うふふ・・・・。》
《心と魂が一つじゃない・・・?どういうこと?》
《見れば分かるわ。それじゃ・・・・私の中を覗いてごらんなさい。》
クインはコスモリングの力に身を委ね、自分の全てを見せつけた。そして・・・それを見たダナエは、言葉に出来ないほどの恐怖を感じた。
《こ・・・これは何・・・?クインの他に、もう一つ別の心が・・・・。》
《そうよ、だから言ったでしょ。私の心は一つじゃないって。だって・・・私は二つの命が合わさって出来ているんですもの。このクインという命と、地を這うちっぽけな虫の魂とがね。》
《虫・・・・?ああ!そうか!もう一つの心の方は、クインと一緒になった虫の魂!》
ダナエが怯えていたのは、クインではなく虫の魂の方であった。
《虫というのは、いつでも草場の陰で生きているものよ。欲目をかいて表に出て来れば、たちまち駆除されてしまう。だから私と融合したこの虫も、そういう抗えない運命の元に生きていた。しかも最後には、私という怨霊を封じ込める道具に使われたの。ただ普通に生きていただけなのに、たまたま私の近くを通りかかったという理由だけでね。》
クインはそう言って、胸に手を当てて笑った。彼女の胸には二つの魂が光っていて、そのうちの一方はマーブル模様に歪んでいた。
《見て、この虫は魂までもが憎悪にまみれている。だからこんな茶番じゃ、どんなに頑張ったって納得させるのは無理よ。》
《そ、そんな・・・・魂と心が二つもあるなんて・・・・・・。》
予想外の出来ごとに、ダナエは唖然としていた。するとその隙をついて、クインはダナエを突き飛ばした。
《きゃあ!》
《さあ・・・もう茶番は終わり。私はそろそろ失礼させてもらうわ。私にはまだまだやらなきゃいけないことがあるから。それにもうどの道あの身体は使いものにならないしね。》
クインは傷ついた自分の身体を振り返り、ゴミでも睨むように冷たい視線を投げかけた。
《やっぱり急ごしらえの身体じゃあんなものね。だってあんた達みたいな雑魚にやられちゃうんですもの。次はもっと強い身体にしなくちゃ、うふふ・・・・・。》
クインはそのまま宙に舞い上がり、二つの魂を輝かせながら逃げて行った。
《待って!虫の魂が憎しみに歪んでいることは分かったけど、あなたはどうなの?クイン・ダガダという一人の女性は、ほんとうにそれでいいと思ってるの?》
去りゆくクインの魂にそう呼びかけると、馬鹿にしたような笑いが返ってきた。
《うふふ、思ってなきゃやるわけないでしょ?去り際に一言だけ忠告しておくけど、あんたは希望ばかり見過ぎよ。覚悟を決めたからって、何でも上手くいくわけじゃないわ。そんなに甘い考え方をしてると、いつか痛い目に遭うわよ?・・・・うふふふ・・・・。》
《待って!私はまだあなたの心は見せてもらってない!》
ダナエは必死にクインを追いかけようとするが、海の中から水柱が上がって振り返った。
《あれは・・・もしかしてクインの身体が暴れてるの?》
クインが身体だけになっても動けることは、コウから聞かされていた。ダナエは一目散に引き返し、クインの身体が立つ海底まで戻った。
《みんな!大丈夫!》
《おお、ダナエ。いま邪神の身体をブッ潰したところだぜ。》
コウは粉砕されたクインの身体の上に立ち、ガッツポーズを見せた。
《こいつまた身体だけで動きやがったんだ。でもこうなることは予想してたから、みんなで一斉にやっつけたのさ。》
倒されたクインの周りには、アリアンロッドやニーズホッグが立っていた。それを見たダナエは、ホッと胸を撫で下ろした。
《よかった・・・みんな無事だったんだね・・・。》
《ああ、傷ついた仲間はバッチリ治したぜ。そんで肝心のお前の方だけど・・・その様子じゃ上手くいかなかったみたいだな?》
《うん、途中で逃げられちゃった。》
《まあ仕方ないさ。こうして無事に帰って来ただけでも幸運ってもんだ。それより早く自分の身体に戻れよ。あんまり魂だけでウロウロしてると、身体に戻れなくなっちゃうぞ。》
コウはダナエの身体を抱きかかえ、《ほら》と促した。
《そうね・・・こうして無事に戻って来られただけでも良しとしないと。》
正直なところ、ダナエは死を覚悟していた。一か八かで挑んだ魂のコンタクトだが、その成功率が低いことは承知していたのだ。
しかし結果的にはクインを追い払うことに成功し、こうしてまた戻って来ることが出来た。それだけでも良しとしようと思い、自分の身体へと戻っていった。
「とりあえずみんなが無事でよかったわ。クインは逃がしちゃったけど、また追いかければすむ話だしね。」
あっけらかんとしてそう言うと、コウは「まだだよ」と首を振った。
「確かに邪神は追い払ったけど、まだ厄介な問題が残ってるだろう?」
「厄介な問題・・・・・?それって、もしかしてドリューのこと・・・・?」
ダナエは急に悲しい表情になり、グスンと鼻をすすった。
「泣くなよバカ。ドリューは何とかなるってずっと言ってるだろ。」
「なんとかって何よ!ドリューは死んじゃったんだよ!死んだ命を、今さらどうしようって言うのよ!」
ダナエはあえてドリューのことには触れずにおいた。ここで彼の話をすれば、涙が止まりそうになかったからだ。
「・・・・ドリューは・・・私を守る為に死んじゃった・・・。赤ちゃんだって生まれて来るのに・・・・。私は・・・なんて言ってドリューの家族に謝ればいいの?お腹の大きな奥さんに、どうやって謝ればいいの・・・・。」
ダナエはグスグスと鼻をすすって泣き出し、膝を抱えて座り込んでしまった。
「ごめんなさい・・ドリュー・・・。私のせいで死んじゃって・・・・ごめんなさい。」
ダナエは膝に顔をうずめ、オイオイと泣いていた。それを見たコウは、ため息をついて後ろを振り返った。そしてサリエルに向かって、小声で「頼む」と呼びかけた。
《いいだろう。死神族の掟に従い、お前が望む者の魂を復活させよう。》
そう言って黒いローブを翻し、白い方を表にして纏った。するとサリエルは天使に姿を変え、透明な杖を振りかざしてドリューの魂を呼び寄せた。
《さあ、死の神の命の元に、その命を現世に現すがよい!》
サリエルは透明な杖から青白い光を放ち、ドリューの魂に当てた。すると見る見るうちに彼の身体が復活して、魂はその中にスポンと入っていった。
ダナエはそんなことも知らずに、ただただ泣いていた。肩を揺らしながら、しゃっくりを繰り返し、何度もドリューに謝っていた。
「ごめんね、ドリュー・・・ごめんね・・・・。」
《ええ、気にしてないから大丈夫ですよ。》
「・・・・・・・・・ッ!」
ダナエはすっ転ぶ勢いで顔を上げた。そして目の前にドリューが立っているのを見て、目を点にして固まっていた。
《いやあ、まさかこうして生き返ることが出来るなんて思いませんでしたよ。死神の力ってすごいもんですね。》
そう言って頭を掻きながら笑うドリューに、ダナエはガバッと抱きついた。
「ドリュー!なんで?どうして?どうして生きてるの?」
《ああ・・・ええっと、そちらの死神が生き返らせてくれたんです。黄泉の国へ旅立つ途中だったのに、急に呼び戻されてしまってね。でもそのおかげでほら、こうしてまた現世に戻ってきました。おかげで生まれて来る赤ちゃんを抱き上げることが出来ます。》
ドリューは両手を広げ、素直に喜んでみせた。
「ドリュー・・・・この馬鹿!死んだらダメって言ったのに、勝手に死ぬなんて許さないわよ!もし死んじゃったままだったら・・・・私は一生自分を許すことが出来なかった。それにドリューの家族になんて謝ればいいか・・・・・。」
《すみません・・・あの時はああするしかないと思って・・・・。》
ドリューは困った顔でダナエの背中を撫で、コウに目配せをして助けを求めた。
「ダナエ、あんまり抱きついてると、ドリューが発情しちゃうから。」
《しませんよそんなこと!僕をジャムさんと一緒にしないで下さい!》
ドリューは顔を真っ赤にしてプリプリ怒っていた。するとダナエは「あああ!」と叫び、大事な何かを思い出したように頬を抑えた。
「そうだ!ジャムを助けないと!」
そう叫んでコウの首をガクガクと揺さぶった。
「ねえ大変なの!ジャムったら大きな龍神になっちゃって、滅茶苦茶に暴れてるのよ!早くあれを何とかしないと、ラシルの星が壊されちゃう!」
「ぐがががッ・・・・分かったから手を離せ・・・。」
「ああ、ごめん・・・。ほら、私って思ってることがすぐ口に出ちゃうタイプだから。」
「口じゃなくて手が出てたぞ・・・。」
コウは首を押えてケホケホと咳き込み、うんざりした顔でダナエを睨んだ。
「まったく・・・成長してもこういう部分だけは治らないんだな?」
「性分だからね。」
そう言ってニッコリ笑うダナエに、「何が性分だよ」とさらにうんざりした。
「でもまあ、とにかくだ・・・早くあの龍神どもを何とかしないといけない。でもジャムが龍神ってのはどういうことだ?あいつはここにいるはずじゃないのか?」
「ううん、ジャムは色々あって龍神になっちゃったの。それで色々と大変なことに・・・。」
「色々と説明を省き過ぎて分かんないよ。おい、スッチー。手短に説明してくれ。」
《うむ、実はジャム殿はな・・・・・、》
スクナヒコナは事の経緯を手短に説明し、「・・・というわけなのだ」と肩を竦めた。
「ああ・・・なるほどねえ。まったく、あいつも次から次へと面倒を起こしてくれるよなあ・・・。」
コウは頭を掻きながら困った顔をして、チラチラとダナエの方を見た。
「なあに?チラチラ見つめちゃって。もしかしてオシッコ?」
「違うよ!」
コウはダナエのおでこにデコピンを放ち、重たそうに口を開いた。
「実はな、ジャムはお前のことを本気で・・・・・、」
しかしそう言いかけて、途中で口を噤んだ。
「どうしたの?ジャムの本気がどうかしたの?」
「い、いや・・・別に・・・。これは俺の口から言うことじゃないから。」
「なによ、途中でやめるなんてコウらしくないよ?」
「いやまあ・・・これはデリケートな問題だから・・・。」
そう言って苦笑いし、ダナエの手を取って舞い上がった。
「とにかう行こう、ジャムの元へ。あいつを元に戻して、この星を守るんだ。」
「・・・そうだね、ジャムだって私たちが助けに来るのを待ってるはずよね。」
ダナエはコウの手を握り返し、そのまま海の外へ舞い上がっていった。
神々も海から上がり、ユグドラシルの眠る海底を後にした。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第三十九話 神樹が蘇る時(2)

  • 2014.08.11 Monday
  • 18:52
《この!ちょこまかと動いて!》
「うっせうなおばちゃん、クネクネ触手を動かしてんじゃねえよ!」
倒れていた邪神は、恐ろしいほどの執念で立ち上がっていた。魂を呪われ、身体を傷けられながらも、凄まじい執念で目を覚ましたのだ。そしてコウを殺そうと、必死になって戦っていた。
「ダメだな、動きがトロいせ。いくら邪神っていっても、あれだけダメージを受けたらさすがに弱るか?」
《黙れ!毎回毎回邪魔をしやがって!今度こそブチ殺す!》
「やってみろよ、出来るもんならな。」
コウは挑発的に笑い、触手を掻い潜って邪神の頭に飛び乗った。
「特大の拳骨を落としてやる!食らいやがれ!」
そう叫んで両手を掲げ、魔法を唱えた。
「大地に眠る金属の精霊よ!このイカレタ女に鉄拳をお見舞いしてやれ!」
そう唱えて魔法を放つと、海底がモリモリと盛り上がって、アンモナイトの姿をした精霊が現れた。その精霊はコウの手に巻きつき、大きな拳へと姿を変えていった。
「おい、おばちゃん!鉄より硬い特大の拳骨をくれてやるぞ!どおおりゃああああ!」
コウは思い切り拳を振り下ろし、邪神の頭を殴り飛ばした。
《ふごおッ!》
「まだまだ!その顎を砕いてやるぜ!」
今度はボクシングのように拳を構え、強烈な右アッパーを放った。大きな硬い拳が邪神の顎をカチ上げ、バキバキと牙を砕いた。
「もういっちょ!」
《ふぶうッ!》
渾身の右ストレートが、邪神の顔を打ち抜く。すると邪神の角は割れ、顔にビキビキとヒビが入っていった。
「これで最後だ!」
コウは邪神から距離を取り、右拳を前に構えた。そして「行け!」と叫ぶと、大きな金属の拳が、ロケットパンチのように飛んでいった。
《ほごおおおおおおおッ!》
ロケットパンチは邪神の胸を抉り、そのまま遠くへ飛んで行く。そして最後は大きな爆発を起こして、白い泡の中に消えていった。
「・・・ちょっとは効いただろ。今のうちにみんなを助けよう。」
そう言って背中を向け、海底に倒れるダナエの元に向かった。
「おいダナエ!しっかりしろ!」
《・・・・・・・・・・・・・・・。》
肩をゆすって何度も呼びかけるが、ダナエはまったく目を開けなかった。
「ダメか・・・。ドリューが目の前で死んだのがよっぽどショックだったんだな。後でサリエルが生き返らせてくれるって言ったのに、全然耳に入ってなかったからなあ・・・。まあいいや、とりあえず他の仲間を助けるか。」
泡に包まれたダナエをそっと寝かせ、まずはアリアンロッドの方に向かった。
「おいアリアン!すぐ治してやるからな!」
アリアンロッドは酷く痛めつけられていた。コウはすぐに治癒の魔法を唱え、ついでに蚕の精霊に頼んで、衣服を修復してもらった。
《・・・コウ・・・・。》
「よかった!目が覚めたか!」
コウはアリアンロッドの肩を抱き起し、「もう大丈夫だ!」と微笑んだ。
「ずいぶん酷い目に遭ったな・・・。すぐに助けられなくてごめんな。ダナエの奴がいきなり気を失っちまうもんだから。」
コウはアリアンロッドの背中を撫で、いたわるように抱きかかえた。
《・・・コウ・・・私は・・・悔しい・・・。あの邪神にいいように弄ばれ、何も出来なかった・・・・。》
「・・・しょうがないよ、なんたって相手はあの邪神だもん。」
《・・・私はお前を呼んだのだぞ・・・早く助けてくれと。あのピラミッドの神殿で、たまには甘えてもいいと言うから、必死に助けを求めていたのに・・・・。お前ときたら、ダナエばかり見て・・・・・。》
アリアンロッドはコウの胸に頭を寄せ、ギュッと手を握りしめた。
《男なら約束くらい守れ!私は・・・私は危うく・・・汚されるところだった!》
「・・・ごめん、ごめんな。でももう大丈夫だから。俺が守ってやるさ、ダナエもアリアンも。」
そう言って笑いかけると、アリアンロッドは拗ねたように顔を背けた。
《やはり・・・お前にとってはダナエが一番なのだな?正直・・・少し悔しいよ・・・。》
「え?ああ・・・いや、そういうわけじゃなくて・・・・。」
照れくさそうに顔を赤くすると、突然コウの身体に触手が巻きついた。
「うわああああああ!」
《コウ!》
アリアンロッドは咄嗟に剣を振り、触手を切り払おうとした。しかし別の触手が飛んできて、思い切り弾き飛ばされてしまった。
《がはあッ!》
「アリアン!」
コウは触手に掴まれたまま、猛スピードで後ろに引っ張られた。その先には邪神が待ち構えていて、大きな口を開けて睨んでいた。
《このクソガキャああああああああああ!殺すなんてもんじゃ済まさねぞおおおおお!》
「やばい!ヒステリーが頂点に達してる!このままじゃ食われちまう!」
コウは羽を動かし、大きなカマイタチを放った。しかし邪神は海流の渦を吐きだし、カマイタチを相殺してしまった。
《妖精のクソ虫め!私はお前らが大嫌いなんだよ!お前ら妖精を見てると、自分がちっぽけな虫だった頃を思い出す!人の心を抉ってんじゃねえよ!》
「はあ?そんなもん知るかよ!どこまで自己中なんだよ!」
コウは何度も魔法を唱えて触手を断ち切ろうとするが、その度に邪神に邪魔をされてしまった。そして口の近くまで運ばれ、いよいよ飲みこまれようとしていた。
「うわああああああ!虫になんか食べられたくないいいいいい!」
《一気に飲み込んだりしないわ!スープになるまですり潰して、生まれてきたことを後悔するくらいに苦しめてやる!》
邪神は口を開け、びっしりと並ぶ鋭い歯を見せつけた。そしてそのままコウを丸齧りにしようとした時、一筋の銀色の光が横切っていった。
《な・・・なに・・・?》
思わず呆然としていると、コウを捕えていた触手がボトリと切り落とされた。
《なッ・・・なんで!》
驚きながら切られた触手を睨んでいると、七色に光る鱗粉が降り注いだ。
《これは・・・・妖精の粉?・・・もしかして!》
そう叫んで辺りを見回すと、頭上にコウを抱えたダナエが浮かんでいた。
《お前・・・・目を覚ましやがったのか!》
「うん、ユグドラシルのおかげでね。」
ダナエはそっと邪神の元に降り立ち、コウを下ろした。
「ダナエ・・・目が覚めたんだな!」
コウは嬉しそうに抱きつき、すぐに心配そうな顔になった。
「大丈夫か?急に気を失うから心配してたんだ・・・。」
「ごめんね、不安にさせちゃって。でも・・・もう私は大丈夫。だってユグドラシルに会って、勇気をもらったから。」
そう言っておでこを撫で、槍を構えて邪神を見上げた。
「邪神・・・いえ、クイン・ダガダ。あなたの話はユグドラシルから聞いたわ。元々は一国の王女だったのに、地球から侵略を受けて酷い目に遭ったんでしょ?」
《・・・それがどうした?しょうもない過去を突きつけて、私を揺さぶるつもり?》
「ううん、そんなつもりはないわ。今のあなたは、言葉で止まるような状態じゃないでしょ?」
《そうよ。身を焦がすこの怒りは、もう誰の言葉も受け付けない。私の中には無数の怨霊が宿っていて、それになにより、私自身が醜い怨霊だもの。》
邪神は触手を動かし、その先端をダナエに向けた。
《でもね、そんなことはどうでもいいの。私の中にあるのは、地球への復讐。そして、もう一つ大きな野望がある。その目的を達成する為に、妖精のクソ虫どもと遊んでる暇なんかないのよ!》
そう叫んで触手で攻撃すると、ダナエはヒラリとかわした。
「分かってる。ユグドラシルは何も言わなかったけど、今のあなたは復讐の為だけに動いているんじゃないってことくらい。そしてその野望っていうのは、とても恐ろしいものだってことも。かつてダフネが企んだように、また空想と現実を混ぜるつもりなんでしょ?
そうでないと、ここまで異常に暴れる理由が見当たらないもの。」
そう言って槍を突きつけると、邪神は可笑しそうに笑った。
《そうよ、現実と空想の壁を取り除いて、二つの世界を一つに戻す。そして地球とこの星を支配して、より大きな力を手に入れてやるわ。そうすることで、私は宇宙の海の支配者になれる。それはこの銀河を支配することに等しい。》
邪神は触手を地面に突き立て、海底を割って攻撃してきた。しかしダナエは焦ることなくそれをかわし、コウの手を取って後ろに飛びのいた。
《私の星は、弱いから侵略を受けた。そして私の国だって、弱いから滅んだのよ。だったらより大きな力を手に入れれば、誰にも支配されることは無くなる!さすがに宇宙の支配者になるのは無理があるけど、でもこの銀河を支配するくらいなら、何とか出来るかもしれない。そうすることで、私は命の連鎖の上に立つ!踏みつぶされる者から、踏みつぶす者へと変わることが出来るのよ!》
邪神は大きな口を開けて、ダナエを飲み込もうとした。しかしダナエの銀の槍が、邪神の顔を深く切り裂いた。
《ぎゃあ!なんで?たかが妖精ごときの武器でどうして!》
「これは私の武器じゃないよ。ジル・フィンって神様から譲り受けたもの。そして、この槍には不思議な力が宿っているわ。」
《不思議な力・・・?》
「ユグドラシルから勇気をもらって目を覚ました時、この槍がブルブルと震えてたわ。きっと・・・・ユグドラシルは、この槍の本当の力を解放してくれたんだと思う。それがどういう力か、自分の目で確かめてみるといいわ!」
ダナエは槍を掲げ、七色に輝かせた。すると槍の周りにぼんやりと何かが浮かび、じょじょに形を成していった。
《そ・・・それは!》
邪神は思わず後ずさった。なぜならダナエの槍の周りに浮かんでいるのは、神殺しの神器だったからだ。カプネに爆弾を付けられた三つの神器が、ダナエの槍の周りでクルクルと回っていたのである。
《どうして!どうして私の神器が!》
邪神は発狂したように叫び、ダナエを睨んだ。
《なんで私の神器をあんたが操ってるの!》
するとダナエは、小さく笑って答えた。
「それがこの槍の力よ。他の武器を吸い取って、この槍の力に変えるの。」
《そ・・・そんな・・・何よそれ!それは私の武器よ!返しなさい!》
邪神は呪いの神器を呼びだし、ダナエに奪われた神器を取り戻そうとした。しかしダナエが奪った神器が、呪いの神器を受け止めて邪神に跳ね返した。
《ぐおおッ・・・・この!よくも人の物を・・・・、》
「違うでしょ。」
《は?》
「これはあなたの武器じゃない。あなたの婚約者が作った武器でしょ?」
《・・・・あんたあ、そんなことまで知って・・・・。》
邪神の顔が、今までとは違った形に歪む。それは怒りというより、恥ずかしさからくるものだった。
「この武器を作った武神っていう神様は、きっと酷い使い方を望んでいたんじゃないわ。彼はこの星とあなたを守る為に、この武器を生み出した。だから・・・これがこの武器の正統な使い方よ!」
ダナエは神器を槍に戻し、七色の光を纏わせて突撃した。
《このクソガキ!調子に乗るなよ!》
邪神も呪いの神器で応戦し、ダナエの槍を受け止めようとした。しかし・・・・呪いの神器は全て弾かれてしまった。そしてダナエの槍が邪神を貫き、七色の光が爆ぜて邪神を苦しめた。
《ぎゃあああああああ!やめろこのガキ!》
邪神は苦しみながらも足を踏ん張り、呪いの杖をかざした。すると杖の先からヘドロのような物体が放たれ、ダナエに纏わりついた。
「きゃあ!」
《この杖には力を反転させる能力がある。弱者は強者に、強者は弱者に、そして光は闇に変わり、善は悪に変わる。あんたの力は弱者のように弱くなり、そして心は悪に染まる。》
「ううう・・・うぐぐッ・・・・。」
呪いの杖は、その力をもってダナエの力を反転させようとしていた。しかしそこへコウが飛んできて、何かを投げて寄こした。
「ダナエ!お前にはお前の武器があるだろ!これを使え!」
そう言ってコウが投げたのは、力を取り戻したコスモリングだった。
「プッチー!」
ダナエは手を伸ばしてそれを受け取り、左の腕に填めた。すると三つの青い宝石から三体の神様が現れ、杖から放たれるヘドロを吹き飛ばした。
《ダナエ!無事だった?》
アドネは鎌を振ってヘドロを切り裂き、心配そうにダナエを見つめた。
「うん、私は平気。邪神を倒す倒す為に、みんなの力を貸して!」
《お安い御用よ。それじゃブブカ、時空の波でみんなを守ってね。私は・・・あいつの魂を狩る!》
《了解した。》
ブブカは大きなヒレを動かし、時空を歪めて結界を張った。そしてアドネは鎌を振りあげ、高速で邪神に向かって行った。
《雑魚が・・・・身の程を知れ!》
邪神は呪いの斧を飛ばし、アドネを切断しようとした。しかしそこへニーズホッグが割って入り、硬い身体で呪いの斧を跳ね返した。
《ソンナ物ハ俺様ニハ効カン!》
《ぐッ・・・・またこのミミズなの・・・。しつこいわね。》
《虫ノオ前二言ワレタクナイワ!サア、俺様ノ歯デ噛ミ砕イテヤル!覚悟シロ!》
《ほんっとにもう・・・・どいつもこいつも邪魔ばかりして・・・・。カスの分際でチョロチョロしてんじゃねえわよおおおおお!》
邪神は羽を広げ、ニーズホッグとアドネに飛びかかった。そして激しい戦いを巻き起こし、一進一退の攻防を繰り広げた。
それを見たコウは、「すげえ!これならいけるかも」と拳を握った。しかしダナエは首を振り、「そんなに甘くないわ」と答えた。
「あの邪神・・・クイン・ダガダは、恐ろしいほどの執念を抱えている。だからこのまま戦い続けたって、いつか負けるのは目に見えているわ・・・・。」
「じゃあどうするんだよ?他の神様たちを復活させて、みんなで戦いを挑むか?」
「・・・いいえ、そんなことをしたって、またみんなが傷つくだけよ。だから・・・ここは私に任せて。」
ダナエはコスモリングを掲げ、ニコリと笑ってみせた。
「プッチーが復活した今なら、もしかしたら邪神を止められるかもしれない。望みは薄いけど・・・それでもやってみる価値はあるわ。」
「やってみるって・・・お前まさか・・・・、」
「うん、クインと魂のコンタクトをしてみる。」
そう言うと、コウは「ダメだダメだ!」と首を振った。
「そんなの危険過ぎるよ!いつかダンタリオンが言ってただろ。魂と魂のコンタクトは、すごく危険な面もあるって。お前が魂を見せても、向こうが魂を見せなかったら、お前は一口で食われちゃうんだぞ。そのことを分かってるのか!」
「もちろん分かってるわ。でも・・・もうこれしか方法がないと思う。危険を承知でやらなくちゃ、きっとクインは倒せない。彼女はそれくらい手強い相手よ。」
そう言って傷ついた仲間を見つめ、コウの背中を押した。
「ほら、コウはみんなの傷を治してあげて。それに・・・アリアンを守ってあげるんでしょ?」
「お前・・・・・さっきの会話を」聞いてたのか?」
「うん、こっそりとね。」
ダナエはニコリと笑い、ササッとコウに顔を寄せた。その顔はニヤニヤとニヤけていて、頬を赤くしながら言った。
「これは私の勘だけど・・・アリアンって絶対にコウに気があるわよ?」
「は・・・はあ?何を馬鹿なことを言って・・・・、」
「あはは!赤くなってる。でもアリアンは絶対に、コウのことを悪く思ってないわよ。だからここでビシッと守ってあげれば、いつか付き合うことになったりして・・・・。」
ダナエはニヤニヤしながら言い、ポンとコウの背中を押した。
「ほらほら、早くアリアンを助けてあげる。その後はスッチーたちを助けて、みんなで見守っていて。私と邪神が魂のコンタクトを取るところを、ね?」
ダナエは安心させるように笑いかけた。
「・・・・分かったよ。でも無茶はするなよ。なんたって、相手はあの邪神なんだからな。もし失敗したら・・・・・、」
「分かったから、早く行く。ほら。」
そう言ってコウの背中をドンと押し、邪神の方を振り返った。そこでは三体の神と邪神が激しく争い、一進一退の攻防を繰り広げていた。
「互角に見えるけど、少しずつクインの方が押し始めてる。急がなきゃね。」
ダナエは目を閉じ、コスモリングに触れて語りかけた。
《お願いプッチー。アドネの時みたいに、私の魂をコンタクトさせて。このままクインと戦かったって、みんなが傷つくだけ・・・。だから・・・・お願い!》
ダナエはコスモリングにおでこを付け、強く念じた。すると力を取り戻したコスモリングは、その想いに反応して輝きだした。
そして・・・ダナエの魂を身体から離脱させ、邪神の方へと飛ばした。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第三十八話 神樹が蘇る時(1)

  • 2014.08.10 Sunday
  • 19:36
神樹が蘇る時

ダナエは眠りについていた。心の殻の中に閉じこもり、全てのものに目を背けようとしていた。邪神に痛めつけられ、己の無力を感じ、強力な敗北感に見舞われていた。そして何より、またしても目の前で仲間を失ってしまった。
ドリューはダナエを守る為に命を懸けて戦い、そして散っていった・・・。それはダナエの心に深い傷を与え、どんな剣で刺されるよりも耐えがたい痛みだった。
《ごめんなさい・・・ドリュー・・・。ごめんなさい・・・ドリューの家族・・・。私が役立たずなせいで・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・。》
ダナエはひたすら謝っていた。自分の意識の中で、ひたすら謝っていた。いくら謝ったところでドリューが生き返るわけではないと知っているが、それでも謝らずにいられなかった。そして、自分を責めすにはいられなかった・・・・。
《ほんとに・・・私はいっつも失敗ばっかりだ・・・。せっかく成長したのに、何も出来やしない・・・。こんなんじゃ・・・どうしてユグドラシルに呼ばれてこの星へ来たのか分からない・・・・。》
ダナエは思い出していた。箱舟でこの星を通りかかった時、あの神樹に呼ばれたことを。
《ねえユグドラシル・・・あなたはどうして私を呼んだの?この広い宇宙なら、私なんかよりもっと強い人がいたはずでしょ?それなのに、どうして私みたいな役立たずを・・・。》
普段の明るいダナエはどこかへ消え去り、今はひたすら後ろ向きなダナエばかりが表に出ていた。しかしその後ろ向きなダナエも、彼女の人格の一つであった。こんな姿は決して人には見せまいと頑張ってきたが、やはり生まれ持った自分を隠すことは出来ない。
ネガティブで悲観的な面ばかりが心を覆い、もはやそこには一筋の光も見えなかった。
《・・・私・・・もうこの旅を降りたい・・・・。こんなに辛い目にばかり遭うんだったら、ずっと月にいた方がマシだった・・・。せっかく叔父さんが物語を書き変えてくれたんだから、それに従って大人しくしていればよかったんだ・・・。》
もはやダナエは、自分で掴んだ意志さえ手放そうとしていた。せっかく作者の手を超えて自分の意志を持ったのに、それをあっさりと放棄しようとしていた。
《ね叔父さん・・・。もう一度物語を書き直してよ。私は自分の意志なんて持たないから、物語の筋書きを変えて、何もかも無かったことにしてよ・・・・お願い。》
しかしいくらそう望んだところで、今さら引き返すことは出来なかった。ダナエはすでに加々美の手を離れており、この状況を打開するには、自分でどうにかするしかなかった。
《もう・・・私には何にも出来ないよ・・・。ううん、やろうとする気力さえない。だから・・・やっぱりこの旅を降りたい・・・。みんな、私は月へ帰って何事もなく暮らしたいわ・・・。だから・・・ごめん・・・。もうここで終わらせて・・・・。》
心の底から本気でそう思うダナエだったが、ふと柔らかい匂いを感じて顔を上げた。
《なんだろう、この匂いは・・・・?なんだかすごく落ち着く匂いだわ・・・。》
鼻をくすぐる柔らかい匂いは、じょじょに強くなっていく気がした。
《これは・・・・緑の匂いね。深い森に漂う、あの独特で落ち着く匂いだわ。》
ダナエは深くその匂いを吸いこみ、まるで森の中に立っているような錯覚に陥った。辺りを見渡せば落ち葉の絨毯が敷き詰められていて、遠くには小川が流れている。そして周りを囲む木立は、そよ風に揺れてサワサワと葉を鳴らしていた。
《不思議・・・・森の中に立っていると、とても気持ちが安らいでくる。緑が囲む世界って、海とは違った心地良さがあるわ。海はとても力強くて元気を与えてくれるけど、森はその反対で安らぎを与えてくれる。とっても優しい気持ちなって、嫌な気持ちを全部吸い取ってくれているみたい・・・・。》
ダナエは目を閉じ、何度も深呼吸を繰り返した。森の空気は暗い感情を消し去り、そして葉っぱの揺れる音はゆりかごのように安らぎを与えてくれた。
そして気がつけば、いつのまにか胸の中からネガティブな想いが無くなっていた。ダナエはそっと目を開け、もう一度目の前の森を見つめた。すると・・・そこには大きな樹が立っていた。さっきまでは何もなかったのに、突然見上げるほどの巨木が姿を現したのだ。
《すごい大きな樹・・・。でも・・・見ているだけでホッとするような、不思議な樹だわ。》
ダナエは足を進め、巨木の近くに行ってみた。するとその根元に誰かが座りこんでいて、こちらに気づいてゆっくりと立ち上がった。
《・・・・・・・・・・・・・。》
それは男とも女ともつかない。綺麗な顔をした人物だった。髪は青く、流れる川のように光が透けて見えた。そして全身に淡い緑の衣を巻きつけ、これまた深い緑の目で見つめてきた。
彼、もしくは彼女は、ダナエに向かってニコリと微笑んだ。そして近くまで歩いて来て、男とも女とも区別の付かない声で話しかけてきた。
《・・・・はじめまして、ダナエ。やっと会えましたね。》
《あなたは・・・もしかして・・・。》
《はい、私がユグドラシルです。》
ユグドラシルはまたニコリと微笑み、大きな樹に目を向けた。
《あの樹が私の本体です。今ここに立っているのは、私の意識のようなものです。》
《意識・・・?魂じゃないの?》
ダナエは不思議そうに尋ねた。身体から抜け出して姿を見せるなど、魂にしか出来ないことだ。しかしユグドラシルは微笑んだまま首を振り、《私に魂はありません》と答えた。
《私は命を持っていないのです。だから魂も持っていません。》
《命を・・・持たない?》
《私はかつて、北欧神話の中で生きる空想の命でした。しかし時代が移ろうにつれて、皆が私のことを忘れていったのです。そうするとどうなるか・・・分かりますか?》
そう尋ねられて、ダナエは小さく頷いた。
《空想の命は、みんなから忘れられると消えちゃうのよね?ついさっき、そうやって消えていった命を見たから・・・・・。》
《クインのことですね?》
《うん・・・・。彼女は生きたいって思ってたはずなのに、消えていっちゃったんだ・・・。
物語に必要のない自分は、生きている価値がないって言って・・・。でも、私は絶対にそんなことはないと思う。だって・・・命は自分のものでしょ?例えそれが空想の世界の住人でも、命は命じゃない。だから・・・クインが消えちゃった時、すごく悲しかった。》
そう言って俯くダナエを見て、ユグドラシルはそっと肩に手を置いた。
《気持ちは分かります。しかし、それが空想の世界の定めなのです。そして私もまた、一度は消えかかった身なのです。みんなが私のことを忘れ、誰も心に住まわせてくれなくなりました。その時に命を落とし、今は生きているでも死んでいるでもない状態です。》
《・・・・ゾンビ・・・ってこと?》
そう尋ねると、《そう思ってもらって構いません》と笑った。
《ただゾンビと決定的に違うのは、私は一度も死んでいないということです。それがどういうことか分かりますか?》
《・・・ええっと・・・・ごめん、分からない。》
ダナエは困ったように笑い、ユグドラシルの目を見つめ返した。
《生きても死んでもいないって、いったいどういうことなの?私には全然分からないわ。》
素直にそう言うと、ユグドラシルは《正直でいい答えだと思います》と笑った。
《そもそも、命とは何でしょうか?あなた達が命を考える時、生きているか死んでいるかのどちらかなのではありませんか?》
《う、う〜ん・・・・そうねえ・・・確かにそのどっちかになるわね。この世に生れて、それで人生を歩んで、最後は死んでいって・・・それが命ってことじゃないのかな?》
《そうですね。でも・・・私はこうしてここに立っています。生きているわけでも死んでいるわけでもなく、ちゃんとあなたの目の前にいます。これって、とても不思議なことだと思いませんか?》
《そりゃ思うわよ。ていうか・・・さっきからあなたの言っていることがチンプンカンプンなのよね。コウならちゃんと理解するのかもしれないけど、私って鈍チンだから。》
ダナエは頭を掻きながら苦笑いし、すぐに真剣な表情になった。
《ねえユグドラシル?》
《はい?》
《・・・どうして私なんかを呼んだの?この広い宇宙で、どうして私に頼ろうと思ったの?
私は大した力はないし、頭だって鈍チンだし・・・。それにいっつも失敗ばかりで、何にも上手くいかないの。だから・・・あなたが私を選んだ理由が分からない。どうしてこんな役立たずを呼び寄せたのか・・・・・教えてほしいの。》
ダナエは自分の腕をさすり、まったく自信のない顔で言った。それはいつものダナエとはほど遠い、とても暗い顔だった。するとユグドラシルは、とても涼やかな声で《顔を上げて下さい》と言った。
《確かに、あなたより有能な人はたくさんいます。あなたより強い人、あなたより頭の良い人、あなたより魔法の得意な人、そんな人は数え上げればキリがありません。しかし、それでもあなたを呼んだのには理由があります。》
ユグドラシルは自分の本体である大きな樹を見上げ、目を閉じて言った。
《あの邪神は、この星の怨念の固まりなのです。》
《怨念の・・・固まり・・・?》
《かつてこの星は、地球から侵略を受けたことがあるのです。それは空想と現実が別れる前の、もっとずっと昔の話です。地球に住む者たちは、神であれ人であれ、新たな世界を求めていました。だから鉄の箱舟に乗って、宇宙へ旅に出たのです。そしてこの星を見つけ、それを自分たちの物にしようとしました。》
《そんな・・・地球が他の星を侵略だなんて・・・・。》
《知らなくて当然です。これはもう、気が遠くなるほど昔の話なのですから。そしてこの星に降り立った地球の者たちは、元々住んでいた命を殺しにかかったのです。森を焼き払い、海を汚し、平和に暮らしていた多くの命が犠牲になりました。この星の者たちは、地球と違って争うということを知りませんでした。だから何も出来ずに、一方的に殺されるしかなかったのです。》
《・・・ひどい。この星の命はただ平和に暮らしていただけなのに、どうしてそんなことをするの?地球の命は・・・どうしてそんなに野蛮なことを・・・・。》
悲しそうに呟くと、ユグドラシルはゆっくりと振り返って答えた。
《どうして地球の者たちが、そんなに野蛮なことをしたのか?それは・・・地球の者たちが野蛮だからです。》
ユグドラシルははっきりと言い切った。それはとても事務的な口調で、何かの連絡事項を伝えるほど淡々としていた。
《ダナエ・・・地球に住む命には、みんなに共通してある意志が宿っています。それが何か分かりますか?》
《ある意志・・・・?》
ダナエはじっと考え、そしてブンブンと首を振った。
《分からない。》
《地球の者全てに宿っているある意志・・・・・それは『闘争』です。》
《闘争・・・・?》
《そうです。地球に暮らす命は、神であれ人であれ、そして虫や植物、その他の多くの動物も、この『闘争』の意志を宿しています。それは良い意味で言えば前向きな力であり、尽きることのない向上心です。しかし悪い意味で言えば、誰かを傷つけ、自分の我がままを通す欲望でもあります。地球に暮らす命たちは、その全てが生存競争という戦いの元に生きています。強ければ生き、弱ければ死ぬ。地球の掟は、昔からずっと変わらずに弱肉強食なのですよ。だから地球の者たちがこの星を見つけた時、戦って勝ち取ろうとしたのです。それは地球では当たり前のことですが、この星の者たちにしてみればそうではなかったのです。》
《それって・・・つまり・・・・。》
《はい。ラシルには闘争という概念が存在せず、皆が調和と共存という意志の元に生きていたのです。だからまさか、他の星からやって来た者に侵略を受けるなんて、考えてもいなかったでしょう。この星はいいように蹂躙され、やがては地球の者たちの手に落ちました。しかしそれでも、最後まで生き延びた者たちがいたのです。それは・・・・ダガダという小さな国の一族でした。》
《ダガダ・・・・。それって、最近どこかで聞いたような・・・・。》
ダナエは首を傾げ、そしてハッと思い出した。
《ダガダ・・・それってクインの名前だわ!・・・あれ?でもそうなると、もしかして本物の邪神の名前も・・・・、》
《はい、クイン・ダガダといいます。彼女はダガダという国の王女であり、マクナールが建っていた街にお城を構えていたのです。》
《ほええ・・・あの邪神が王女様だったなんて知らなかった・・・・。》
《ふふふ、彼女はあなたと同じで、一国の王女だったのですよ。しかし国は地球の者たちに焼き払われ、一緒に逃げ延びた仲間たちも、次々に殺されていきました。そして最後に残ったのが、クインと彼女の婚約者なのです。》
《邪神の婚約者・・・?》
《ええ、とても凛々しくて頼りになる、勇気ある青年です。彼は愛しい婚約者を守る為にはどうしたらいいのかを、必死に考えました。そして辿り着いた答えが・・・・闘争の意志を持つことだったのです。地球の者たちと同じように闘争という意志を宿し、反旗を翻すしかないと思ったのです。この邪神の婚約者こそが、のちに武神と呼ばれる神です。》
《武神・・・・それってカプネから何度も聞いたわ。確か邪神に殺されたのよね?》
《そうです。彼は地球の者たちに対抗する為に、闘争の意志を持ちました。そして得意の魔法を使って七つの神器を作り出し、それを使って戦いを挑みました。武神の神器はとても強力で、次々に地球の者たちを倒していきました。そして遂には、この星を守ることに成功したのです。》
ユグドラシルは樹の根元まで歩き、ダナエを振り返った。
《武神のおかげでこの星は守られ、そしてクインを守ることにも成功しました。しかし・・・それは新たな悲劇の始まりでもあったのです。》
そう言って目を閉じ、青い髪をなびかせて悲しそうに呟いた。
《侵略者たちは駆逐されましたが、それでもこの星に厄介なものを残していったのです。それは『闘争』という意志です。調和と共存しか知らなかったこの星の者たちは、戦うということを覚えてしまったのです。だから・・・死した魂はあの世には行かず、現世に留まりました。地球の者たちに復讐するという戦いの意志の元に・・・。そしてそれは、クインも同じでした。彼女は命こそ助かりましたが、それでも地球の者たちが許せなかったのです。クインの心は激しい怒りと憎悪にまみれ、死んだ魂を吸い寄せて醜い怨霊になってしまいました。そしてそのまま地球へ向かい、地球の者たちを皆殺しにしようとしたのです。武神はそんな彼女を止める為に、封印の術を施しました。たまたま近くにいた虫を捕まえて、その中にクインの魂を閉じ込めたのです。それこそが、今の邪神の姿というわけです。》
ユグドラシルは一息に説明し、ダナエの目を見つめた。
《ダナエ、少し混乱していますか?》
《・・・・え?ああ、うん・・・。ちょっとだけね・・・。ごめん、気にせずに続けて。》
ダナエはニコリと笑い、ユグドラシルに手を向けた。
《虫に封印されたクインの怨霊は、日に日に醜い力を増していきました。そして遂には、自分の目的の為に見境なく暴れ始めたのです。自分を止めようとする武神に戦いを挑み、彼を殺そうとしました。二人の戦いは幾度も繰り返され、やがてこの星は荒れ果てていきました。そして・・・最後は邪神が勝ちました。狡猾な罠を使って、武神を殺したのです。その時に彼の神器を奪い取り、自分の中に飲みこんでしまいました。神器は多くの怨霊の力を受け、やがて呪われた武器へと変化します。それこそが、今邪神が持っている神殺しの神器というわけです。あの武器は地球の者たち、特に神々や悪魔に対して力を発揮しますが、それはかつてこの星を侵略した時、もっとも酷く暴れ回ったのが神や悪魔だったからです。》
《そんな!神様まで暴れたっていうの?》
《ほんとに大昔の神々ですから、今の神々とは違った概念を持っていたのです。その思考や感じ方は人間に近く、しかも人間よりずっと強い力を持っていました。だからこの星で暴れ、多くの命を奪ったのです。》
ユグドラシルはダナエの横に立ち、悲しそうな顔をする彼女の頭を撫でた。
《邪神の中には、多くの怨霊が宿っています。そして邪神自身が、憎悪にまみれた怨霊なのです。その力は絶大で、しかも嫌気がするほど執念深い性格をしています。ならばそんな怪物と戦うとなった時、ただ力が強いとか、頭が良いだけでは到底勝てません。大勢の仲間を連れた、勇敢な戦士が必要になるのです。》
そう言ってダナエの手を取り、笑顔を消して見つめた。
《私があなたを選んだのは、それが理由です。こう言っては傷つくかもしれませんが、あなたは見た目とは裏腹に、とても臆病で後ろ向きな性格をしているでしょう?》
《・・・うん、ほんとのことだから、別に傷つかないよ。》
ダナエはチクリと胸が痛んだが、それを誤魔化すように無理矢理笑顔を見せた。
《今のは決してけなす為に言ったのはではありませんよ。そういう後ろ向きな性格をしているからこそ、それを乗り越えようと頑張っているのがあなたです。そしてそんなあなたの姿に惹かれて、多くの仲間が集まってきたでしょう?これは誰にでも出来ることではありません。あなたは誰よりも、周りと繋がる力を持っているのです。そして・・・それこそが私に力を与え、邪神を討つ鍵になるのです。》
ユグドラシルはダナエの手を握りしめ、彼女のおでこにそっと口づけをした。
《これはおまじない。あなたにほんの少しの勇気を与える、小さなおまじないです。だから・・・ここで旅を終えるなんて言わないで下さい。あなたは仲間と共に戦い、そして仲間と共に私を心に住まわせて下さい。そうすれば、私はかつての力を取り戻し、必ずや邪神を討つことが出来るでしょう。》
ユグドラシルはダナエから手を離し、大きな樹に背中をつけた。するとユラユラと揺らめいて、陽炎のように消え去っていった。
《ユグドラシル!》
《ダナエ・・・まだ戦いは終わっていません。あなたの大切な友が、命を懸けて必死に戦っています。》
《私の大切な・・・・って、もしかしてコウが!コウが一人で邪神と戦ってるの!》
《そうです。そして、コスモリングもあなたの帰りを待っています。》
「プッチーも・・・・。」
《大丈夫、あなたならきっと出来るはずです。邪神を倒し、地球とラシルを守ることが・・・。そして、私を孤独の世界から救い出すことが・・・・。》
《孤独・・・?あなたは孤独を感じてるの・・・?》
《はい。私は誰かの心に住まわせてもらわないと、ずっと孤独なままなのです。なぜなら、私は多くの意志を受けて成り立っている存在だから・・・。だからダナエとその仲間たちが私を心に住まわせてくれれば、孤独から解放されるのです。ダナエよ・・・もし邪神を倒したら、私とも友達になって下さい。私も・・・あなたのような光り輝く友がほしいから・・・・。》
ユグドラシルはそう言い残し、深い森と共に消えていった。辺りは夜のように真っ暗になり、さっきまでの森の世界が嘘のようになってしまった。
《最後に・・・一つ答えておきましょう。私は生きても死んでもいないと言いましたが、あれはまさにそのままの意味です。私はかつて、皆から忘れ去られて命を落としました。しかし死ぬことはなく、影のような存在としてこの世界に留まっているのです。なぜなら私は・・・・命ある者の心の映し身だからです。たった一人でも私を心に住まわせてくれるなら、こうしてこの世界に存在することが出来る。たとえ命がなくても、私のことを覚えてくれている者がいるなら、ずっとこの世界に・・・・。》
そう言い残してユグドラシルの声は消え、辺りに無音の闇が広がった。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第三十七話 海底の死闘(8)

  • 2014.08.09 Saturday
  • 18:51
邪神は身体に怨霊を浮かび上がらせたまま、ダナエを包むシャボン玉に突進していく。
しかしその時、頭上から眩い光が降り注いだ。
《なに・・・・?》
足を止めて頭上を見上げると、そこには白馬に乗った天使がいた。
《天使・・・・?なぜ天使がこんな所に・・・・?》
不思議に思って見つめていると、天使は透明な杖をかざして光の弾丸を放ってきた。
《おのれ・・・・お前もこのガキの仲間か!次から次へと鬱陶しい・・・・。》
邪神は触手を振って光の弾丸を跳ね返し、白馬の天使に襲いかかった。
《セバスチャン!》
《ビヒイイイン!》
天使は馬を蹴り、邪神の触手をかわしながら旋回した。そしてダナエの前に降り立つと、傷ついた彼女を見つめて唸った。
《かなり痛めつけられているな。どれ、私の力を分け与えよう。》
そう言って透明な杖を振りかざすと、その先から青白い光が放たれた。
《妖精の王女ダナエよ。これは月の光だ。すぐにその身を癒し、力を与えてくれるだろう。》
そう語りかけると、ダナエは「・・・私を知ってるの?」と目を向けた。
《我は月に住む死神なり。一度顔を合わせているはずだが、この姿では分からぬか?》
そう言って白馬の天使は笑い、白いローブを脱いで裏返した。ローブの裏は表とは反対に真っ黒に染まっており、それを羽織ると死神の姿に変わった。
《ほれ、これで思い出したであろう?》
そう問いかけると、ダナエは「アドネの館の死神!」と指をさした。
《そうだ。我はコウという妖精に一本取られ、彼の願いを叶えてやることにしたのだ。》
「じゃ・・・じゃあコウは無事なのね?」
《うむ。もうそこまで来ているはずだ。》
そう言って死神のサリエルが後ろを振り向くと、邪神の触手が迫ってきた。
《遅い。》
サリエルはヒョイっと鎌を一閃し、あっさりと触手を切り払った。するとそこへ邪神の牙が襲いかかってきたが、その牙でさえ簡単に切り落としてしまった。
《ぬうう・・・私の攻撃をこうも容易くかわすなんて・・・。いったい何者!》
《我は死神のサリエル。死を守る番人にして、神に仕える天使なり。そして今は月に身を寄せている。》
《月・・・?月ですって?》
邪神は不思議そうに首を捻った。
《どうして死神が月なんかに身を置いているの?》
《貴様に教える義理はない。それよりも・・・・自分の身を心配することだ。》
《は?何を言って・・・・、》
邪神がそう言いかけた時、首の付け根に激痛が走った。
《ぎゃあああああああ!》
《このくされ外道め!今こそ俺の槍で退治してくれるわ!》
邪神の首元には、怒りに顔をゆがめるクー・フーリンがいた。そして魔槍ゲイボルグを首に突き刺し、尖端を枝分かれさせて掻き回した。
《ぎゃあああああああ!ふざけんじゃねえぞテメエ!》
邪神は首を振ってクー・フーリンを振り落とし、爪を振りかざして襲いかかった。すると今度はそこへ、キラキラと光り輝く妖精が飛んできた。
《あ・・・あんたは!》
《よう、おばちゃん。久しぶり。》
コウは虹色に煌めく光を纏って、邪神に笑いかけた。
《あんたのおかげで酷い目に遭ったよ。肉体は失うわ、仲間は傷つけられるわ。》
《それはこっちのセリフよ!事あるごとに邪魔をしやがって・・・・すり潰してやるわ!》
《おお、おっかねえ。これだからヒステリックな女には近づきたくないぜ。》
コウはあっさりと邪神の攻撃をかわし、毒で苦しむアリアンロッドたちの上に舞い上がった。
《七色に煌めく光の精霊よ!俺の仲間から毒を消し去ってくれ!》
そう叫んで羽をはばたくと、七色の光は小さな天使に姿を変えて飛んでいった。そして瞬く間にアリアンロッドたちから毒を吸い取り、ニコッとピースをして消えていった。
《よっしゃ!・・・て、やべ!あの光を使ったから息が・・・・。》
コウは慌ててシャボン玉を作り出し、その中に入って仲間の元に駆け寄った。
「アリアン!来てたんだな!」
《ああ、ついさっきだがな。それよりお前も無事でよかった。》
アリアンロッドは微笑みながらコウを見つめ、剣を拾って邪神を睨んだ。
《しかし今は再会を喜び合っている場合ではない。あの悪魔をどうにかしなければ・・・。》
《だな。じゃあちょっとの間そっちは任せるわ。俺はダナエを見てくる。》
《ああ、頼んだぞ。》
コウは慌ててダナエの方に飛んでいく。アリアンロッドはそれを見送ると、後ろに立つ二人に話しかけた。
《さて・・・二人とも、もう毒は消えたな?》
《うむ、コウ殿のおかげで全快だ。》
《んだ。オラもばっちりだべ。》
《そうか・・・ならば行くぞ!今日ここで、あの憎き邪神を討ち取ってくれる!》
《おおう!》
《んだ!》
アリアンロッドは剣を構え、スクナヒコナは矢を番え、そしてクトゥルーは足をうねらせて邪神に挑みかかった。
《邪神!いつぞやの借り、今ここで返すぞ!》
《ラシルの廃墟で会った脆弱な神か・・・・。あんたごときに何が出来るっていう・・・ふべらあああああああ!》
アリアンロッドは虹を纏い、幾つにも分身して斬りかかった。
《脆弱かどうか・・・その身で思い知るがいい!》
そう言って剣を逆手に構え、分身したまま飛び上がった。
《食らえ!月影空蝉の太刀!》
分身したアリアンロッドの背後に月の幻が浮かび上がる。そしてその月が消えるのと同時に、一瞬だけ辺りに闇が訪れた。そして次の瞬間・・・・邪神の足が一本斬り落とされ、海流に飲まれて流されていった。
《うごう!よくも私の足を・・・・、》
悔しそうに顔を歪める邪神だったが、そこへ今度はスクナヒコナの矢が飛んできた。
《こんなオモチャが効くと思って?》
小さな矢は邪神の硬い身体に跳ね返され、ぽとりと地面に落ちる。しかし落ちた矢からニョキニョキと木が生えてきて、幾つものひょうたんを実らせた。
《邪神よ、せっかくの戦いだ。それなりに楽しく参ろう。》
そう言ってスクナヒコナは矢を構え、全てのひょうたんを射抜いていった。すると貫かれたひょうたんから酒があふれ、邪神の身体に染み込んでいった。
《ほれ、たっぷり飲め。それはどんな敵でも酩酊する妖かしの酒だぞ。》
ひょうたんの酒が染み込んだ邪神は、まるで泥酔したようにふらふらと倒れ込んだ。
《おのれ・・・なんてふざけた攻撃・・・・。》
《言ったであろう。せっかくの戦いだ、酒でも飲んで楽しくやれい。》
邪神は何とか立ち上がろうとするが、強烈な酔いのせいでフラフラと倒れ込んだ。
《こ・・・こんな醜態を晒すなんて・・・許さない!》
《んだんだ、オラもオメさんのことは許さねえべ。》
背後からクトゥルーの声が響き、邪神は思わず振り返った。すると無数の棘が飛んできて、顔にプスプスと突き刺さった。
《あぎゃあ!な・・・何よこれは!》
《それは支配の棘だ。オメさんはもうオラの操り人形だべ。》
クトゥルーは可笑しそうに笑い、まるでマリオネットでも操るように足を動かした。するとその動きに連動して、邪神までもがクネクネと動き出した。そして自分の爪で自分を切りつけ、痛そうにもがいていた。
《ぐうう・・・・またしても醜態を・・・。私を辱める気か!》
《何言ってんだ。オメさんのやってることは最初から恥ずかしいべ。力で何かを支配しようとするなんて、恥ずかしい奴のやるこだ。》
《この・・・タコの分際で偉そうに!こんな棘なんかで私を支配出来るなんて思うなよ!》
そう言って身体に浮かぶ怨霊をうごめかせ、クトゥルーの棘とひょうたんの酒を飲み込ませていった。
《ちょっと遊んでやれば調子に乗って・・・・くたばれガキども!》
邪神は目を輝かせ、羽をひらいて飛び上がった。そしてグルリと一回転すると、そのまま海底に向かって落下してきた。
《全員まとめて海底に飲み込まれるがいいわ!》
邪神は猛烈な勢いで海底に体当たりし、大きな亀裂を作ってマグマを噴火させた。
《この海底のすぐ下には、溶岩の通り道があるのよ。全員まとめて灼熱の地獄に飲み込まれるがいいわ!》
邪神の作った大きな亀裂から、赤いマグマが吹き上げてくる。辺りは一瞬で真っ白な泡に包まれ、さらに亀裂が広がっていった。
《まずい!クトゥルーよ、とりあえず闇に避難だ!》
《いんや、避難なんてしねえ。マグマを闇に飲みこませればいいだけだ。》
クトゥルーは海底に闇を作り出し、噴出したマグマを飲みこませた。しかしそこへ邪神の体当たりが炸裂し、角が突き刺さって血を流した。
《いだだだだだ!》
《このタコ!調子に乗ってんじゃないわよ!》
邪神はそのままクトゥルーを持ち上げ、スクナヒコナの方に叩きつけた。
《ぬぐああああああ!》
スクナヒコナの上にクトゥルーの巨体が落とされ、さらには爪で切り刻まれてしまった。
《ぐべえッ!》
《ふん!しょせん軟体動物なんてこんなものね。》
勝ち誇ったように胸を張ると、背中に痛みが走って振り向いた。
《調子に乗ってるのは貴様の方だ!》
《いかれた脳筋馬鹿の神か・・・。あんたもこいつらと一緒にくたばりなさい!》
邪神は羽を広げてクー・フーリンを弾き飛ばした。そして大きな牙を復活させ、ガッチリとクー・フーリンを挟み込んだ。
《ぬぐおおおおおお!》
《鎧ごと潰してやるわ。》
クー・フーリンの赤い鎧が、メキメキとへこんでいく。そして腹に牙が突き刺さり、口から血を吐いて槍を落とした。
《ぬぐお・・・・。》
《雑魚が・・・・身の程をわきまえなさい。》
あっというまに三体の神を倒し、後ろに立つアリアンロッドの方を振り向いた。
《さあて・・・あんたもくたばりなさい。》
《・・・邪神め、相変わらず傍若無人な・・・・。》
アリアンロッドは再び分身し、さっきと同じ技を放った。
《食らえ!月影空蝉の・・・・、》
《それはもう見たわ。》
邪神は赤い目を光らせ、分身したアリアンロッドを照らした。
《・・・・・そこね!》
《ぐはああああああッ!》
邪神の赤い光は、分身の中から本物のアリアンロッドを見抜いた。そして彼女の腹に角を突き刺し、地面に叩きつけて踏みつけた。
《はがあッ!》
《やっぱり脆弱じゃない。ほらほら、もっと苦しめば?》
《あああああああああ!》
邪神の足がアリアンロッドを蹂躙する。しかしその時、背後に身も凍る殺気を感じて飛びのいた。
《死神・・・・。》
サリエルは凍りつくような目で邪神を睨んでいた。そしてセバスチャンを蹴り、鎌を振りあげて雄叫びを上げた。
《ボオオオオオオオ・・・・・。》
《なによこれは・・・気持ちの悪い声ね。・・・・ん?身体が動かな・・・うぐうッ!》
邪神の胸は突然痛み出し、まるで魂が引き裂かれるような感覚に陥った。そこへサリエルの鎌が振り下ろされ、首を斬り落とされてしまった。
《・・・そんな・・・・この私が死神ごときに・・・・。》
邪神の頭はユラユラと海を漂い、ゆっくりと海底に落ちていった。しかしサリエルはまったく喜ぶ表情をみせず、鎌から青白い光を放ってアリアンたちを助けていった。邪神はその隙に首だけで動き、すぐに身体とくっついてしまった。
《皆の者よ・・・・ここは各個で戦わず、上手く連携を取って攻めるのだ。》
サリエルのおかげで傷が癒えたアリアンたちは、一斉に邪神を取り囲んだ。
《まったく・・・これだけの神を相手一歩も引かんとは、敵ながら大した奴だ。》
アリアンロッドは剣を構え、周りの仲間を見渡した。
《こいつは一人一人の力では到底倒せない。私が合図をかけるから、奥義を以て一斉に攻めるのだ!》
皆は頷き、それぞれが自分の必殺技の態勢に入った。
《・・・ほんと、嫌になっちゃうわ・・・。諦めの悪い虫って性質が悪いのよね。》
《黙れ!虫は貴様の方だろう!》
《・・・・そうね。私は虫よ。そして・・・かつては一国の王女でもあった。》
《一国の王女・・・・?》
《あんた達に話すようなことじゃないわ。どっちにしたって、全員ここで死んでもらうんだから。》
邪神は羽を開き、黒い風を纏った。するとその風の中から、禍々しい気を放つ七つの武器が現れた。剣に槍、そして弓矢に斧、それと棍棒と杖、最後に指輪。そのどれもが禍々しい気を放っていて、闇のように黒く染まっていた。
《もうあんた達の相手をしている暇はないわ。私はユグドラシルを喰い尽くす為にここへ来たんだもの。》
《ユグドラシルを喰い尽すだと?》
《私の一番の脅威になるのは、あの神樹だけ。だからあいつさえ倒せば、もう敵はいなくなる。今までは僅かながら力を蓄えていたから無理だったけど、もうそれも残り少なくなっている。地球から呼び寄せた馬鹿な龍神が暴れてくれているおかげで、この星が壊れかかっているからね。》
それを聞いたアリアンロッドは《どういうことだ!》と剣を向けた。
《あの九頭龍とかいう馬鹿デカイ龍神が暴れてくれれば、この星は滅茶苦茶になるでしょ?そうするとユグドラシルは、この星を守る為に必ず力を使うと考えたわけ。そして案の定、私の予想通りになった。ユグドラシルは九頭龍の暴虐からこの星の命を守る為に、残された力を全て使おうとしているのよ。燭龍とかいう別の龍神がやって来たのは予想外だったけど、でもこれは良いハプニングだわ。だって・・・一人で暴れるより、二人で暴れてくれた方がこの星が滅茶苦茶になるもの。そのおかげで、ユグドラシルも急速にエネルギーを消耗しているみたいだし。》
《貴様ッ・・・・どこまでも狡猾な!》
《うふふ・・・頭が回るって言ってほしいわね。地球を支える龍神だかなんだか知らないけど、しょせんはただのトカゲ。あんなものを手懐けることくらいわけないわ。》
そう言って可笑しそうに高笑いし、地球の神々を睨みつけた。
《さて・・・もう終わりにしましょ。しょせんあんた達なんて私の敵じゃないんだから。》
《ぬかせ!そんな呪われた神器に頼らなければ、何も出来ない分際で!》
《あんただって自分の剣を持ってるじゃない?同じでしょ?何が違うの?》
邪神は馬鹿にしたように笑い、周りに浮かぶ七つの神器を動かした。
《あんた達程度なら一つでも充分なんだけど、さっさとやっちゃいたいから全部使わせてもらうわ。》
《出来るものならやってみろ!私たちはそう簡単に負けたりはしない!》
アリアンロッドは虹を纏い、剣をゆらりと動かした。
《行くぞみんな!一斉に奥義を放ち、邪神を仕留めるのだ!》
そう言って剣を振りあげ、みんなに合図してから一斉に飛びかかった。
《馬鹿ね・・・・本当に地球の者は馬鹿ばっかりだわ・・・。》
邪神はうんざりしたように言い捨て、七つの神器を飛ばした。アリアンロッド、スクナヒコナ、クトゥルー、クー・フーリン、そししてサリエル・・・・。みんながそれぞれの必殺技を放ち、神殺しの神器を掻い潜って邪神に挑みかかった。
だがしかし・・・・神殺しの神器は突然動きを変え、神々に襲いかかった。みんなは必殺技を以て迎撃しようとしたが、神殺しの神器にはまったく効かなかった。
アリアンロッドの剣は折れ、スクナヒコナの弓矢は砕かれ、クトゥルーの足は斬り落とされ、クー・フーリンの槍は叩き潰され、そしてサリエルの鎌までもがグニャリと曲げられてしまった。
武器を失った神々は成す術を失くし、七つの神器に翻弄されていく。弓矢がスクナヒコナの小さな身体を貫き、槍がクトゥルーの頭を突き刺し、棍棒がクー・フーリンの腕を叩き折り、杖と指輪は呪いを放ってサリエルに激痛を与えた。そして・・・・最も強力な神器である神殺しの剣が、アリアンロッドの身を切り裂いた。
みんなは一瞬にして倒れ、そこへこれでもかといわんばかりに追撃が加わる。神々は悲鳴を上げ、己の無力を感じながらただただ敗北の味を舐めさせられた。
《うああああああああああ!》
《うふふ・・・・確かケルトの女神だったかしら?私ね、あなたみたいな正義感に燃える女は反吐が出るほど嫌いなのよ。他の奴より苦しませて殺してやるわ。》
邪神は剣を自由自在に動かし、徹底的にアリアンロッドを痛めつけていった。鮮血が飛び散り、アリアンロッドの顔は苦痛に歪んでいく。
《ぐああああああああああああ!》
《うふふ・・・ごめんねえ。私ってサドっ気が強いから、あなたみたいにいい声で鳴かれたら、ゾクゾクして燃えちゃうのよ。》
邪神は舌舐めずりをして、苦しむアリアンロッドを見て楽しんでいた。
《まだまだ、もっと踊ってちょうだい。苦痛と恥辱にまみれて、絶望の中で死んでいくがいいわ。》
神殺しの剣は、幾度もアリアンロッドを切りつけていく。もはや彼女に成す術はなく、ひたすら翻弄されて、倒れることすら許されなかった。そこへ邪神の触手が襲いかかり、服を引き裂いていく。そして露わになったその身に、彼女が最も嫌う類の攻撃を仕掛けていった。
《さあ、もっともっと鳴きなさい。快感と痛みの狭間で、気が狂うほどもだえ苦しめばいいわ。その時・・・いかに自分が無力か悟るでしょう。》
《ふううあああああああああ!》
剣に痛めつけられ、触手にその身を弄ばれ、身も心もズタズタに引き裂かれていく。他の神々もただただ神殺しの神器に痛めつけられ、彼女を助ける余裕はなかった。
《あら?もう鳴くのはお終いなの?だったら力を与えてあげるわ。弱者は生かさず殺さず、飴と鞭を使い分けて楽しむオモチャだから・・・うふふ。》
邪神はダナエの時と同じように、触手をアリアンロッドの口に押し込んだ。そしてドクドクと力を注ぎ、傷を癒して力を与えていった。
《むぐううううううう!》
《あら、そうやって触手を咥えてる方がいいわね。その方がエロティックで痛めつけがいがあるわ。力も簡単に注げるしね。》
《むううううううう!》
アリアンロッドは、己の無力に絶望を抱き始めていた。かつてここまで苦戦する敵に出会ったことはなく、心の中の正義がくじけそうになっていた。そしてその目から涙を流し、地球で共に旅をした仲間に助けを求めた。
《・・・コウ・・・お前はあのピラミッドの神殿でこう言ったはずだ・・・。辛かったら甘えてもいいと・・・。なら・・・助けてくれ!もうこれ以上・・・・痛みと屈辱の連鎖には耐えれらない・・・。コウ・・・ダナエばかり見てないで・・・私を・・・・・。》
アリアンロッドの心は、もう限界に達していた。しかしその時、突然神殺しの剣が動きを止めた。
《あら・・・どうしたのかしら?》
不思議そうに首を捻る邪神だったが、弓矢と棍棒までもが動きを止めてしまった。
《変だわ・・・どうして急に動きが止まったのかしら・・・?》
剣、弓矢、棍棒の三つの神器は、まったく邪神の意志に反応しなくなってしまった。そしてボトリと地面に落ち、緑の淡い光を放ち始めた。
《どういうこと?どうして急に動かなくなったの?それにあの淡い光はいったい・・・。》
邪神は目を凝らして三つの神器を見つめた。すると三つの神器に、小さな丸い玉が付いているのを見つけた。
《あれは何?・・・・何かを丸めて固めたような物だけど、いったいいつあんな物が付いたのかしら?》
邪神は考える。この神器は我が身と同じくらいに大切なものだから、決して他人に触らせることはない。ならばあの小さな玉は、いったいどこで付いたのか?
《これは私の魂と直接繋がる神器だから、絶対に他の者には触れさせない。でもかといって、私はあんな玉を付けた覚えはないし・・・・。》
じっと考える邪神だったが、ハッとあることを思い出した。
《・・・そうだわ。あの時、カプネとかいうカエルにこの神器を見せたんだわ。箱舟を差し出す代わりに、これを見せろってうるさかったから・・・・。間違いない!これはあのカエルの仕業だわ!》
そのことに気づいた邪神は、顔を歪ませて怒り狂った。
《あのガマ野郎!害の無い無力な獣人だと思ったら、とんだ喰わせ者だわ!箱舟は盗み去るし、おまけに私の神器に下らない仕掛けを・・・・・。許さない!あいつも拷問リストに追加してやる!そして地獄より辛い目に遭わせて・・・・、》
そう言いかけた時、神器に付いた丸い玉が炸裂した。それは花火職人であるカプネが作った特製の爆弾で、しかも強力な呪術士の呪いまで掛っていた。
小さな玉は海の水を押しのけて大爆発を起こし、巨大な泡の柱を立ち上らせた。そしてその爆発のせいで神器にヒビが入り、さらには呪いまでかかってしまった。
《ぎゃああああああああ!》
神器を傷められた邪神は、身をのけ反って苦しんだ。神殺しの神器と邪神の魂は繋がっているため、そのダメージは直接邪神を傷めつけたのだ。そして彼女の魂にも呪いが掛り、その力の半分を封じ込められてしまった。
《うごうおおおおおおおお!ふざけるなあのカエル野郎おおおおおお!殺す!絶対にブチ殺してやるうううううう!》
邪神は怒りに燃え、それに反応して身体中の怨霊も雄叫びを上げた。しかしカプネの爆弾が与えたダメージは絶大で、邪神はひっくり返って足を縮こめた。
それはまるで、死んだ虫のポーズそのものであった。

ダナエの神話〜宇宙の海〜 第三十六話 海底の死闘(7)

  • 2014.08.08 Friday
  • 17:47
海中に放り出されたダナエは、ゴボゴボと息を漏らしながらパニックになっていた。カナヅチの彼女は、水中ではまったく成す術がない。そこへ邪神の爪がギラリと光りながら迫ってきた。
「ごぼ!ぐべぼべぼぼ!」
ダナエはさらにパニックになって、目を瞑って顔を背けた。しかし間一髪のところでアリアンロッドが助けに入り、復活を遂げた剣で爪を受け止めた。
アリアンロッドは目で「下がっていろ!」と言い、剣を振って虹を飛ばした。その虹は邪神を貫き、時間の流れを遅めて動きを鈍らせた。
そしてクトゥルーとスクナヒコナも、一斉に攻撃をしかけた。スクナヒコナはまじないをかけた矢を飛ばし、邪神の眉間を刺した。その矢には妖気を抑えるまじないが掛っていて、邪神の力を僅かながらに封じ込んだ。そこへクトゥルーが足を撒きつけ、海底に闇を作り出して邪神を飲み込もうとした。三人の神から一斉に攻撃を受け、邪神はわずかにたじろぐ。しかしすぐに体勢を立て直し、背中の羽を開いて、毒の粉をばら撒いた。
《・・・会いたかったわ、妖精のクソガキ。》
邪神はダナエの頭の中に話しかけ、クスクスと笑った。
《思えばあんたに会ってからケチがつき始めた。以前の屈辱の借りもあるし、徹底的に痛めつけて殺してやるわ。》
邪神の羽から放たれる毒の粉は、三人の神の神経を麻痺させていく。そして身も裂けるような激痛を与え、あっさりと膝をつかせた。
《みんな!》
苦しむ仲間を見て、ダナエは正気を取り戻した。そして魔法を唱えて助けようとした時、隣で溺れるドリューに気づいた。
《ドリュー!》
息が出来ずに苦しむドリューを見て、咄嗟に手を伸ばして引き寄せた。そして魔法を唱えて再びシャボン玉を作り出し、二人でその中に避難した。
「ドリュー!大丈夫!」
「・・・・・ぐほ!」
ドリューは倒れて水を吐き、苦しそうに胸を押えていた。しかしすぐにニコリと笑い、「大丈夫ですよ」と立ち上がった。
「ダナエさん・・・僕のことより、あの邪神を何とかして下さい。でないと・・・この星と地球は・・・・。」
「うん、分かってる!でも今はみんなを助ける方が先よ!」
そう言ってまた魔法を唱え、海底に眠る大地の精霊に呼びかけた。
「土の精霊よ、私の仲間から毒を消し去って!」
そう叫んで魔法を放つと、海底からワラワラとカニの形をした精霊が現れた。そして苦しむ仲間の元に向かい、パクパクと毒の粉を食べていった。
「・・・・ダメだ。この程度の魔法じゃ毒を消せない!」
治癒系の魔法が苦手なダナエでは、邪神の毒を消し去ることは出来なかった。しかし黙って仲間がやられるのを見ているわけにはいかず、今度は攻撃用の魔法を唱え始めた。
「火の精霊・・・雷の精霊・・・・二つの力を合わせて、邪神を打ち砕いて!」
ダナエは魔法を唱えて、頭上で腕をクロスさせた。すると鷹の姿をした火の精霊と、蛇の姿をした雷の精霊が現れた。二体の精霊は泡から飛び出し、邪神に向かって飛んでいく。
そして邪神にぶつかって、爆炎と雷を炸裂させた。
海中に泡が溢れ、一気に蒸発して水蒸気爆発を起こす。それはまるで、海底火山が噴火したたように強烈な爆発だった。
「どう?パワーアップした私の魔法は!」
ダナエは槍を構え、もうもう立ち上る白い泡を睨んだ。やがて泡は消え、その中から邪神が姿を現した。
《クソガキ・・・・やってくれるじゃない。でもしょせんは妖精の魔法・・・私に傷を負わせる力は持っていないわ。》
邪神は涼しい顔で立っていた。身体には傷一つなく、まるで魔法が効いていない様子だった。
「・・・予想はしてたけど、ちょっとショック・・・。」
《うふふ・・・さて、今度はこっちの番ね。あんたの悲鳴を聞かせてちょうだい。》
邪神は羽の付け根から長い触手をいくつも伸ばし、海底に突き立てた。
「ドリュー!何か仕掛けてくるわ!私の後ろに下がってて!」
「は・・・はい!」
ダナエはドリューを守るように立ちはだかり、邪神の攻撃に備えた。すると突然海底にヒビが入り、その中から邪神の触手が現れた。その触手は尖端が鋭く尖っていて、泡を貫いてダナエに襲いかかった。
「しまった!」
慌てて槍で受け止めようとするダナエだったが、触手の一本に足を巻き取られてしまった。
「ぐうッ・・・この!」
槍を振って切り払おうとすると、今度は腕に別の触手が巻きついてきた。
「まずい!逃げてドリュー!」
「に・・・逃げるって言ったって、ここは海底ですよ・・・。」
「いいから逃げて!このままここにいたら・・・・きゃああああああ!」
ダナエの手足は触手に巻き取られ、ギリギリと引き伸ばされていく。そして首と胴体にも触手が巻きつき、ミシミシと音を立てながら締め上げていった。
「うあああああああああああ!」
「ダナエさん!」
ドリューは助けよと飛びかかったが、触手に弾かれて泡の外に出てしまった。
「ごぼぼ!」
「ド・・・ドリュー・・・・。」
ダナエは仲間を守ろうと必死に身体を動かすが、触手によってまったく身動きが取れなかった。
《うふふ・・・・とりあえず、これはただの準備よ。ここからが本番、いい声で鳴いてね。》
邪神は嬉しそうに言い、ダナエの羽に触手を巻きつけた。そして虫の羽でも千切るかのように、嫌な音を立てて引きちぎっていった。
「あああああああああああ!」
《あら?こんなので痛がってたらもたないわよ?》
そう言ってクスクスと笑い、今度は肩に触手を突き刺した。
「あがああああああああ!」
《まだまだ・・・私の怒りはこの程度じゃ治まらない。もっともっと鳴いてちょうだい。》
邪神は触手を鞭のようにしならせ、ダナエを滅多打ちにしていった。それは気が遠くなるほどの激痛で、ダナエはガクガクと震えて痛みに耐えるしかなかった。
《ダナエさん!》
ドリューは咄嗟に絵筆を振り、死神のペインを呼び出した。
《頼むペイン!ダナエさんを助けてくれ!》
しかしペインは、邪神に恐れをなしてブルブルと震えているだけだった。
《無理だ・・・・。我ではこの化け物に勝てない・・・・。》
邪神を見ただけで戦意を喪失したペインは、あっさりと筆の中に逃げ込んでしまった。
《おい待てよ!お前は死神の皇帝になるんだろ!だったら敵を前にして逃げるな!》
ドリューは何度も筆を振って呼びだそうとするが、ペインはまったく出て来ようとしなかった。
《クソ!死神のクセに情けない奴め!》
そんなことをしている間にも、ダナエはさらに痛めつけられていく。見るも無残に打ち砕かれ、もはや声を上げる気力すらなかった。
《あら?もうへばったの?でもまだまだ終わらないわ。この私に楯突くとどうなるか、その身にきっちり刻みこんであげる。》
邪神はダナエの口に触手を押し込み、力を注いでいく。すると痛めつけられた傷が復活し、そこへまた邪神の触手が襲いかかってきた。
「うあああああああああ!」
《ダナエさん!・・・・・ダメだ、もう息が続かない・・・・。》
ドリューは苦しそうに顔をゆがめ、遠のく意識の中で手を伸ばした。するとその時、おでこに何かが刺さった。
《痛ッ!なんだ・・・・?》
ズキリと傷むおでこに手を当てると、そこには小さな矢が刺さっていた。
《これは・・・・スクナヒコナさんの矢だ!》
ドリューは咄嗟にスクナヒコナの方に目を向けた。すると彼は、毒に苦しみながらも矢を構え、頭の中に話しかけてきた。
《ドリュー殿・・・・お主にかけた封印のまじない、今解いたぞ。その身に宿るお父上の血、今こそ目覚めさせる時だ!》
《お父さんの血・・・・。そうか!そういうことか!》
ドリューは納得し、おでこに刺さった矢を抜いた。
《僕にだって力は宿っているんだ!それを今こそ解放しないでどうする!》
スクナヒコナの封印のまじないが解け、ドリューの中に宿っている神の血がたぎっていく。すると身体が熱くなり、全身に力がみなぎってきた。
《僕は芸術の神の子、ドリューだ!こんな虫みたいな化け物に仲間を殺させるものか!》
ドリューの身体はさらに熱くなり、心の中までも煮えたぎっていく。すると頭の角は大きくなり、クセ毛の髪が伸びて筆の形になっていった。
《邪神!お前を僕の筆で倒してやる!》
そう叫んで髪の毛の筆を動かし、海底に邪神を描いた。そしてふっと息を吹きかけると、海底に描かれた邪神が、絵の中から飛び出してきた。
《なにこれ?もしかしてあの絵描きがやったの?》
《そうだ!お前なんかに、僕の仲間を殺させやしないぞ!》
ドリューは叫びながら筆を振り、絵に描いた邪神に指示を飛ばした。
《やれ!あいつを倒してダナエさんを助けるんだ!》
《・・・馬鹿ね。しょせんは絵に描いた餅じゃない。いったい何が出来るっていうの?》
邪神はダナエを放り投げ、絵の邪神に挑みかかった。ドリューはその隙にダナエを助け、ぐったりした彼女に呼びかけた。
《ダナエさん!しっかりして!》
「・・・・・・・・・・・・・。」
ダナエは手足を投げ出し、まったく動かなかった。ドリューの呼び掛けに対して微かに口を動かしたが、すぐに目を閉じて気絶してしまった。
《ダナエさん!クソ!邪神め・・・・・・、》
怒りに燃えて邪神を睨んだ時、大きな爪が目前に迫っていた。
《うわああああ!》
《あんな絵で私を抑えられると思ったの?たかが絵描き無勢が・・・・身のほどを知れ!》
絵の邪神はあっさりと打ち負かされ、ドリューに危険が迫る。そして・・・・大きな爪で切り裂かれ、血を流して気絶してしまった。
《あんたは後で痛めつけてやるわ。でも・・・今はこのクソガキよ。まだまだ私の怒りは治まらない。徹底的に痛めつけて、死んだ方がマシだって思う目に遭わせてやるわ!》
邪神は気絶したダナエを触手で掴み、口元へ運んだ。
《私の中にはいくつもの怨念が宿っている。かつて地球のクズどもに蹂躙された魂たちが、今でもその怒りを失わずに残っているわ。妖精の王女ダナエ、あんたは私の腹の中で、いかに地球の命が醜いか知るでしょう。私がこんな姿になったことや、邪神と呼ばれるようになった所以もね。》
邪神は目の前にダナエを持ち上げ、赤い目を鈍く光らせた。そして大きな口を開けて、ゆっくりとダナエを飲み込もうとした。
《正直なところ・・・あんたに罪はないわ。でも私の邪魔をした報いは受けてもらう。この腹の中で、いかに地球という星の命が醜いか思い知るがいい!》
邪神は口の中にダナエを放り込んだ。しかしその瞬間、また絵に描いた邪神が襲いかかってきて、強烈な体当たりをかまされた。その勢いでダナエを吐きだし、怒った目でドリューを睨んだ。
《このッ・・・また邪魔をして!》
邪神はあっさりと絵の邪神を葬り、ドリューの前にたちはだかった。
《邪神!これ以上誰も傷つけさせない!》
ドリューは胸に大きな傷を負いながらも、まだ戦おうとしていた。髪の毛の筆を振り、五つの邪神を描いて絵の中から呼び出した。
《いけ!あの化け物を喰い尽せ!》
《無駄よ。何匹呼びだそうが所詮はただの絵。私を傷つけることは出来ない!》
五体の絵の邪神は一斉に邪神に飛びかかり、激しい戦いを始めた。ドリューはその隙にダナエを助け出し、長い髪でくるんだ。
《ダナエさん!聞こえますか!》
「・・・・・・・・・・・・・・。」
《気を失ってるのか・・・。いや、それより呼吸をどうにかしないと。》
ダナエは神々と違って、水中ではまったく息が出来ない。ゆえにその顔は酸欠で青く染まり、心臓も止まろうとしていた。
《ダナエさん・・・・ちょっと失礼しますよ。》
ドリューはダナエの口から直接息を吹き込み、胸を叩いて心臓を刺激した。
《お願いです!目を覚まして!》
必死の思いで人工呼吸と心臓マッサージを繰り返し、何度もダナエに呼びかけた。するとダナエは、大きく咳き込んで水を吐きだし、薄っすらと目を開けた。
《よかった!ちょっと待ってて下さい。すぐに助けてあげますから。》
そう言って海底にシャボン玉を描き、それを呼びだしてダナエを中に入れた。
《そこなら空気があるはずです。ダナエさんのことはきっと守ってみせますから、じっとしてて下さいね。》
「・・・・・・・・・・・・・・。」
ドリューは安心させるように笑いかけた。それを見たダナエは、小さく口を動かして首を振った。
「・・・ダメ・・・ドリューが死んじゃう・・・・。」
《いいんですよ、そうなっても。僕たちはずっとダナエさんに助けられっぱなしだったから、たまには格好をつけさせて下さい。》
しかしダナエは頷かなかった。手を伸ばし、泡から手を出してドリューの腕を掴んだ。
「ドリューには・・・奥さんがいるでしょ・・・。それにもうすぐ赤ちゃんも生まれてくるんだから・・・こんな所で死んだらダメ・・・・。」
《・・・・そうですね。でも僕は、大切な仲間を見捨てたまま家族の元には帰れません。ここで僕だけ逃げたら、きっと胸を張って赤ちゃんを抱けなくなるから。》
ドリューはそっとダナエの手を離し、覚悟を決めて邪神を睨んだ。
《僕の力じゃ、あの化け物は倒せません。でもきっと・・・もうすぐコウさん達が来てくれるはずです。そうなったら、みんなで力を合わせてあいつを倒して下さい。それまでは僕が時間を稼ぎます。》
「・・・ダメ・・・ダメだよ・・・・。」
ダナエは嫌々という風に首を振る。しかしドリューは背を向け、髪の毛の筆を振って挑みかかった。
《邪神!さっきはたかが絵描きだなんて言ってくれたな?》
《あら?それがどうかした?》
邪神はあっさりと絵の邪神を葬り、ドリューを睨んだ。
《確かに僕はただの絵描きだ。でも神の血を引いている!だからこの命と引き換えに、お前に一矢報いてやる!》
《うふふ・・・プライドだけは一人前ね。いいわ、あんたから先に殺してあげる。》
《出来るもんならやってみろ!うおりゃあああああああ!》
ドリューは髪を振り乱し、海底にありったけの邪神を描いた。そしてそれを呼びだすと、さらに別の絵を描いていった。それは・・・・あの燭龍だった。本物の大きさには到底及ばないが、それでも渾身の力で描き上げた。
《お前たち!少しでもいいから邪神を足止めしろ!》
絵の邪神と燭龍は、ドリューの命令に従って邪神に挑みかかった。そしてドリュー自身も、持てる力の全てを使って戦いを挑んだ。
《だから無駄だって言ってるでしょ。しょせんたかが絵なんだから。》
邪神は背中の羽を開き、それを羽ばたいて海を掻き乱した。すると大きな海流が発生して、瞬く間に絵のモンスターたちを粉砕していった。
《こんなもので何かが出来るわけがないわ。さあ、あんたも死になさい。》
そう言ってドリューに触手を突き刺そうとした時、違和感を覚えて動きを止めた。
《これは・・・・何?足元に文字が浮かんでる・・・。》
邪神の足元には、ラシルの言葉で『滅』と書かれていた。
《これはあんたが書いたの?》
邪神が問いかけると、ドリューは疲れた顔で倒れ込んだ。
《僕は・・・芸術の神の子だ・・・・。だから・・・書道だってお手の物さ・・・。》
ドリューの髪の毛は、いつのまにか文字を書く為の筆に変化していた。それを動かしてニヤリと笑うと、自分の胸にも『滅』と刻んだ。
《あんた・・・いったい何をするつもり?》
《何って・・・さっき言っただろ。僕の命と引き換えに、お前に一矢報いるって・・・。》
《・・・あんた・・・まさか・・・・?》
邪神はゴクリと息を飲み、慌てて『滅』の文字から遠ざかった。
《逃げても無駄だ!もうその文字はお前に張り付いている!》
《なんですって?》
そう言われて自分の身体を見ると、胸に『滅』の文字が書かれていた。
《・・・僕は・・・ダナエさんと出会って・・・とても楽しい時間を過ごした。たくさんの仲間にも出会えたし、何より自分に正直になれた。だから・・・もう一度絵描きを目指そうと思ったんだ・・・。でも、それもここで終わりさ・・・。》
ドリューはゆっくりと立ち上がり、髪を乱したままニコリと笑った。
《あんた・・・やめなさい!たかがあんな妖精の為に命を投げ出す気?》
邪神は怯えていた。なぜなら胸に刻まれた『滅』の文字から、身も凍るほどの恐ろしい力を感じていたからだ。
《あんたは絵描きを目指すんでしょ?だったら私が雇ってあげるわ。地球とこの星を支配したら、あんたに永遠に絵を描かせてあげる。だから自爆なんて馬鹿な真似はやめなさい。絵を描き続けるのが絵描きでしょう?》
そう諭すと、ドリューはニヤリと笑って「いいや」と首を振った。
《やることやって、最後は野垂れ死ぬのが絵描きさ・・・・。》
そう言って胸に手を当て、深く息を吸いこんでから『滅』の文字を光らせた。
《待って!あんたはこの星の住人でしょう!だったら地球の奴らがかつて何をしたか教えてあげ・・・・・、》
しかし邪神が言い終える前に、ドリューは胸の文字を光らせて爆発した。
《このクソ馬鹿野郎があああああああああ!》
邪神は怒り狂って触手を振り乱す。そして次の瞬間・・・・胸の文字が激しく光って、ドリューと同じように爆発した。
《うごおああああああああああ!》
邪神の胸は吹き飛び、白い泡に飲み込まれていく。それは邪神の肉体だけでなく、魂にまでも大きなダメージを与えた。さすがの邪神も、これには堪らず倒れ込んだ。苦しそうに胸を掻きむしり、辺りを転げまわって絶叫していた。
《おのれええええええ!許さない!絶対に許さないわあああああああ!》
激しい怒りは、胸の痛みを通り越した。その怒りはやがて邪神の姿を変え、身体中に多くの怨霊の顔を浮かび上がらせた。
《叫んでる!私に宿る仲間の魂が、憎しみと怒りに叫んでる!まだ・・・まだこんな所でくたばってたまるかああああああああ!》
邪神は胸の傷をものともせずに立ち上がり、ドリューが立っていた場所を踏みつけた。
《あのクソ絵描き野郎!殺す!お前の家族も仲間も、一人残らずブチ殺してやるわ!》
そう叫んでダナエを睨み、大きな牙を鳴らして迫っていった。
《まずはお前だあああああああ!なぶって犯して切り刻んて・・・・全ての苦痛を与えてから殺してやるううううう!》
邪神は身体に怨霊を浮かび上がらせたまま、ダナエを包むシャボン玉に突進していく。
しかしその時、頭上から眩い光が降り注いだ。
《なに・・・・?》
足を止めて頭上を見上げると、そこには白馬に乗った天使がいた。

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