ダナエの神話〜宇宙の海〜 最終話 月への導き(3)
- 2014.08.17 Sunday
- 17:43
「ううむ・・・子供のようなことを言う奴よ・・・。スクナヒコナ、ここは汝の出番だ。あのタコを説得してくれ。」
「承知した。」
スクナヒコナは闇の中を見つめ、赤い目を光らせるクトゥルーに話しかけた。
「クトゥルーよ、実は我の同胞が全員空想の牢獄に閉じ込められてしまったのだ。それを助ける為に、力を貸してはくれまいか?」
「オメさんの同胞ってことは、アマテラスもいるのけ?」
「うむ、アマテラス様も空想の牢獄に閉じ込められているはずだ。」
それを聞いたスクナヒコナは、赤い目を動かしてスクナヒコナを見上げた。
「クトゥルーよ、お前は覚えているだろう?本来ならば、お前は空想の牢獄に閉じ込められるはずだったのだ。しかしアマテラス様が、なんとか空想の深海で許してやってくれと
他の神々に頼みこんだのだ。そのおかげで、お前はルシファーやサタンがいる空想の牢獄に行かずにすんだ。その恩は、今でも忘れたわけではあるまい?」
「んだ。アマテラスはオラのたった一人の友達だった。だからオラの為に、必死になって頭を下げてくれたんだ。」
「そうだな。しかしそのアマテラス様は、いま空想の牢獄に閉じこめられている。そしてそれを救い出せるのはお前しかいない。お前の持つ力なら、外から空想の牢獄が開けらるかもしれない。だからどうか、我々に手を貸してほしい。この通り。」
スクナヒコナは背筋を伸ばし、深く頭を下げた。
「・・・・分かった。オラはアマテラスの為に、オメさんたちに力を貸すだ。でも勘違いするでねえぞ。これはあくまでアマテラスの為であって、他の神々の為なんかじゃねえべ。」
「分かっておる。それでは我らと一緒に参ろう。」
スクナヒコナが手を差し出すと、クトゥルーは闇から抜け出してその手を握った。それを見たサリエルは、「では行くぞ!」と箱舟に戻っていった。
「待たせたな、皆の者。それでは神々とダナエとコウは、我と共に月へ行こう。その他のものはここに残り、ダナエが帰って来るのを待つのだ。」
サリエルの言葉にみんなが頷き、そこへカプネがやって来た。
「話は聞かせてもらったぜ。あのデカイ天使のところまで運んでやるよ。」
そう言って舵を握り、箱舟を飛ばせてメタトロンの元に向かった。そして近くまでやって来ると、ダナエはその巨体と神々しい姿を見て、思わず声を上げた。
「うわあ・・・すごい。大きいし光り輝いてる。すごいねコウ。」
「ああ、こりゃ天使の長と呼ぶに相応しいぜ。」
メタトロンは、全身から神々しい光を放っていた。その姿は天使というよりはロボットに近く、とても機械的な印象を受けた。だがその表情は威厳に満ち溢れていて、見たものを圧倒する迫力を備えていた。
二人が感心して唸っていると、メタトロンは腹に響くほど威厳のある声で言った。
「お前がダナエか?」
「え?ああ・・・そうよ。私は月の妖精ダナエ、よろしくね。」
「うむ、こちらこそよろしく。」
メタトロンは小さく頷き、「礼義を知る子だ」と褒めた。
「さて、早速だが今から私と共に月へ行ってもらいたい。」
「うん、ダフネが呼んでるんでしょ?」
「そうだ。内密の話があるので、至急戻ってもらいたい。どんな内容の話かは、彼女に会えば分かるだろう。」
「うん、でもすぐに戻って来られるのよね?」
「それは約束する。私もダフネも、邪神を倒す上ではお前が鍵になると思っている。そして邪神は必ず、この星を決戦の舞台に選ぶだろう。」
「どうして?コウは地球で決戦をするみたいなことを言ってたけど?」
「状況が変わったのだ。地球はルシファー率いる悪魔の軍団の手に落ち、我々は総力を上げて地球を奪回する必要がある。それは神獣や魔獣も加わった大きな戦いとなるだろう。ならば邪神にとって、今の地球はあまり近づきたくない場所であるはずだ。」
「ああ、そっか。神様と悪魔以外には、神殺しの神器が効かないもんね。」
「うむ、あの神器の唯一の弱点は、神や悪魔以外には効かないことだ。」
「じゃあ天使は?」
「残念ながら、我ら天使にはあの神器が通用する。天使というのは、多神教における神々に相当する存在だからな。」
「そっか・・・。だったら邪神の神器を奪っておいて正解だったわね。そうすれば、彼女はますます地球には近寄れないもん。」
何気なくそう呟くと、メタトロンは「神器を奪っただと?」と睨んだ。
「うん、昨日邪神と戦ったんだけど、その時に三つだけ神器を奪ったの。もちろんみんなの協力があってね。」
それを聞いたメタトロンは、「なんと・・・そんなことが・・・」と驚いた。
「ダフネからオテンバな娘だと聞かされていたが、まさかここまでとは・・・。これはますます邪神の討伐が期待出来るな。」
メタトロンは満足そうに言い、ダナエに手を向けた。
「さあ、もう長く話している時間はない。ユグドラシルの根っこを通り、月まで向かうのだ。」
「うん、それはいいんだけど、メタトロンさんはそんなに大きくて根っこの穴を通れるの?」
そう尋ねると、メタトロンは「問題ない」と答えた。
「今の私には、ウルトラマンティガという光の巨人の力が宿っているのだ。彼は身体の大きさを自在に変えることが出来る。ほら、こんな具合に。」
メタトロンは額に握り拳を当て、光を集めた。すると一瞬で人間大のサイズに変わった。
「すごい!その魔法教えて!」
「これは魔法ではない。ティガの技だ。よって他の者が使うことは不可能である。」
「そうなんだ・・・つまんないの。」
ダナエはいじけて唇を尖らせた。
「さあ、ユグドラシルの元へ行くぞ。早く月へ行かねば、地球が危ない。」
メタトロンは右手を前に出し、光を放ってダナエたちを包んだ。するとみんなは小さな光に変わり、メタトロンの周りを蛍のように舞い始めた。
《またすごい魔法を使った!これもティガっていう人の技?》
「これは私の技だ。やはり他の者には使えないがな。」
「さっきからつまんない・・・目の前にニンジンをぶら下げられてる馬の気持ちだわ。」
ダナエは拗ねたように言い、箱舟に残る仲間に言った。
《それじゃみんな、ちょっと月へ行って来るね。》
「はい、こっちのことは任せておいて下さい。」
「お嬢さんも気をつけてな。帰りを待ってるぞ。」
《うん、それじゃあちょっとの間だけバイバイね。》
メタトロンは額のパーツにダナエたちを吸いこみ、そのままユグドラシルの眠る海へ飛んでいった。ドリューとカプネは手を振り、彼が海の中へ消えていくのを見送った。
「ねえカプネさん。」
「なんだ?絵描きの兄ちゃん。」
「ダナエさんたちを見送ったのはいいんですけど、彼女たちが戻って来る前に邪神に襲われたら・・・・僕たちはどうすればいいんでしょうね?」
そう言って真剣な目でカプネを見つめると、プカリと煙管を吹かして答えた。
「そりゃあお前・・・・・あれだよ。アレをナニしてコレをこうしてだな・・・。」
「要するに、何も出来ないってことですね?」
「・・・・まあ、そういうことになるな。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・心配すんなよ!邪神は昨日倒したばっかりなんだぜ。魂だけじゃ大したことは出来ねえって。」
「・・・そうですよね?」
「そうだよ。それにいざとなったらユグドラシルもいるんだし、どうにかなるって。」
「そうですよね、どうにかなりますよね。」
「おう!なるなる!ははははは!」
そう言って大笑いしていると、突然大気を揺らすほどの雄叫びが響いた。
「こ、これは・・・九頭龍の声!」
ドリューは慌てて船の後ろまで走り、遥か遠くの偉人の谷を見つめた。
「カプネさん!大変ですよ!」
「何が大変なんでえ?」
「九頭龍が・・・・九頭龍の身体が・・・・、」
「ああん?あの龍神の身体がどうかして・・・・・・、うおおお!なんだありゃ!」
カプネは船から身を乗り出して叫んだ。
「九頭龍の身体が・・・・黒く染まってるぞ・・・。」
「それだけじゃありません。なんだかとても苦しんでいるように見えます。」
九頭龍は、九つの頭をもたげて暴れ回っていた。それはまるで、耐えがたい苦痛を吐きだしているようだった。
「九頭の赤茶色の身体が・・・どんどん黒く染まっていく・・・。これじゃまるで、悪魔にでもなっていくようだ。」
ドリューはゴクリと息を飲み、九頭龍の変わりゆく姿を見つめていた。するとカプネは、ぼそりと小さな声で呟いた。
「・・・・変わっていくようだじゃなくて、本当に悪魔に変わってるのかもしれねえ。」
「どういうことですか?」
「もし・・・もし邪神の奴が、九頭龍の身体を乗っ取ろうとしていたらどうなる?あんな風に、黒く染まって悪魔みたいになるんじゃねえか?」
「邪神が・・・・、いやいや!それは有り得ないですよ!だって九頭龍は神獣ですよ?神獣に邪神の神器は効かないはずです。」
ドリューは首を振り、断固として否定した。しかしカプネは、「ほんとにそうかな?」と険しい顔を見せた。
「もしかしたら邪神の奴は、九頭龍に何か仕掛けをしておいたのかもしれねえぞ?」
「仕掛け・・・・?罠ってことですか?」
「多分な。俺が邪神の神器に爆弾を仕掛けておいたみたいに、あいつも九頭龍に呪いか何かを掛けておいたのかもしれねえ。」
「で、でも・・・いくら邪神でも、あんなに大きな龍神をどうにか出来ないでしょう?」
「普通ならそうだろうな。でも今の九頭龍は弱ってるはずだ。燭龍との戦いで傷つき、それに壊した自然を元に戻す為に力を使っていたはずだ。その隙を狙われたとしたら・・・・、」
「・・・・いくら九頭龍でも・・・乗っ取られる?」
「可能性はあるだろうな。」
カプネは煙管を噛みしめ、モクモクと煙を吐きだした。
「おいおめえら!」
「へい!」
カプネに呼ばれて、十人余りの子分が一斉に集まった。
「すぐに箱舟を動かすんだ!このままここにいたら、あの化け物の餌食になっちまうぞ!」
「分かりやした!」
子分たちはササッと自分の持ち場に走り、すぐに逃げる準備に取りかかった。
「絵描きの兄ちゃん、この箱舟だけは何としても守らなきゃならねえ。こいつはあのお嬢さんの宝物だからな。」
「分かってます。それにこの箱舟を失ったら、後々に困ることになりそうですからね。」
「その通りだ。だからサッサとこの場所からずらかるぜ。俺たちがやるべきことは、お嬢さんが戻ってくるまで、この船を死守することだからな。」
「はい!あ・・・でも、もし九頭龍が他の場所を襲い始めたら・・・・?」
「その時は・・・・ユグドラシルに期待するしかねえ。俺たちは逆立ちしてもあんな馬鹿デカイ龍神には勝てねえからな。」
「・・・・ちょっと釈然としないけど、それしかなさそうですね。じゃあ僕も手伝いますよ。何をすればいいですか?」
「何もしなくていい。素人に下手な仕事をされちゃ、かえって迷惑だからな。あんたはあの化け物の絵でも描いとけよ。」
「分かりました。じゃあちょっとスケッチブックと筆を取ってきますね。」
ドリューは一目散に自分の部屋まで走って行った。
「まったく・・・絵描きってのはやっぱどこかズレてるよな。冗談で言っただけなのに。」
カプネは困ったように笑い、雄叫びを上げる九頭龍を見つめた。
「でもまあ、ああいう奴は嫌いじゃねえ。もしもの時は、命に代えてもこの船と仲間を守ってみせらあ。」
カプネは操縦室に走り、舵をレバーのように前に押した。すると箱舟の車輪が高速で回り始め、一気にスピードを上げて遠ざかっていった。
そしてその瞬間、九頭龍の雄叫びが止まった。身体は完全に黒く染まり、目は紫に輝いていた。頭からは曲がりくねった角が生え、大きなトサカは鋭く尖っていった。
《・・・・うふふ・・・うふふふふふ!いいわ!最高の身体を手に入れた!これでもう怖いものなんてないわ!》
カプネが懸念した通り、九頭龍は邪神に乗っ取られてしまった。そして大きな九つの口を開け、辺り構わず溶岩を吐き出した。
《燃やしてやる!何もかも灰に還して、この星は私が新しく創り直す!その後は地球を制覇して、宇宙の海を手中に収めてやるわ。その時、私はこの銀河の支配者となる!》
黒く染まった九頭龍は、天まで震わせる雄叫びを上げた。その恐ろしい雄叫びに、大地は震え、空は雨を降らせて泣いていた。
それはまるで、ラシルの星が邪神に怯えているようだった。神樹が眠るこの星に、かつてない危機が訪れようとしていた。
ダナエの神話〜宇宙の海〜 完
- ダナエの神話〜宇宙の海〜(小説)
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