悪路でも駆け抜けるオフロードの白バイ

  • 2018.09.24 Monday
  • 14:48

JUGEMテーマ:車/バイク

JUGEMテーマ:社会の出来事

暇さえあればバイクの動画を見ています。
そしてこの前初めて知ったことがありました。
白バイにはオフロードも存在するって。
てっきりオンロード用の速いバイクだけだと思っていたんですが、悪路を走る為のオフロード用もあるとは。
任務はオンロード用のバイクでは入れないような場所へ行って、状況を伝えたり被災者の有無を確認したりです。
主に災害時の派遣が多いようです。
車じゃ通れない、オンロードじゃ走れない。
こういう時の為のオフロードバイクです。
バイクを知らない人の為に言っておくと、モトクロスみたいな感じのやつです。
凸凹道でも走れるし、木が倒れてても飛び越えられるし、大きな岩があっても乗り越えられます。
急な斜面だってなんのその!
ライダーの腕次第であらゆる場所を走ることができるバイクです。
浅瀬の川だって渡れるんですよ。
こういったバイクなら災害時にはうってつけですね。
だから最近の白バイ隊員はオフロードの練習をする人もいます。
大会でもオフロード部門があります。
白バイにオフロードが配備されたのは最近のことで、調べてみると2014年のようでした。
東京を襲うかもしれない首都直下型地震に備えてのことだそうです。
でもオフロードの性能はどこでも活かせます。
東日本大震災の時にも活躍したそうですよ。
色んなバイクがあるけど、私が一番好きなのはオフロードです。
理由は単純で仮面ライダーブラックが乗っていたから。
バトルホッパーっていう意志を持つバイクがいたんです。
仮面ライダーブラックは孤独な戦いを強いられていたけど、バトルホッパーは常にブラックをサポートし続けました。
もう一つロードセクターってバイクがあって、こっちはオンロード用のスピードタイプです。
ロードセクターもカッコイイけど、どっちかっていうとバトルホッパーの方が好きでした。
それにオフロードのデザインそのものが好きなんです。
他の車種に比べると人気が無いそうなんですが、私はカッコイイと思います。
中にはバッタみたいなんて貶す人もいるそうですが、それってむしろい褒め言葉ですよ。
バッタみたいに身軽で飛び跳ねられるから、どんな悪路でも走っていけるんです。
バッタみたいだからこそブラックの相棒としても似合っていたわけです。
ちなみに白バイのオフロードは一般の物よりも90キロ近く重たいそうです。
210キロとか220キロとかそれくらいだったと思います。
軽いからこそ軽快な取り回しが可能なオフロードなんですが、白バイとして使うとなると色んな装備品を載せるから重たくなってしまうんでしょうね。
それを普通のオフロードを変わらない感じで乗りこなす白バイ隊員はすごいです。
オンロード用の白バイもそうですが、オフロードもかなり厳しい訓練があるんでしょうね。
それを乗り越えた者だけが白バイ隊員になれる、だからあんなに上手いんでしょう。
オフロードの白バイはほんとにカッコイイけど、でも出番がないのに越したことはありません。
なぜならこのバイクが出動するってことは、災害などで道路が塞がれたりしているってことですから。
そんな状態にならないのが一番なんだけど、万が一に備えて日々訓練を積んでいる白バイ隊員はまさにプロです。
その腕は日々磨き続けてほしいけど、出動する機会がないように願いたいですね。

閉鎖的な状況が暴力を生む

  • 2018.09.07 Friday
  • 12:56

JUGEMテーマ:社会の出来事

パワハラや暴力行為が話題になっているスポーツ界ですが、どうしてここまで問題になるのか?
以前の記事では戦前の軍隊教育を引きずっているのが問題だと書きました。
でもそれだけじゃありません。
暴力行為が行われる時って閉鎖的な状況であることが多いんだと思います。
スポーツの練習場は誰でも入れるわけじゃありません。
外から隔離された閉鎖的な状況です。
要するに閉じられた空間なわけで、そこで行われたことは内部告発でもしない限りは外へ漏れないということです。
閉鎖的な状況の中で優先されるのは法律ではありません。
監督、コーチなど、力のある者たちマイルールです。
例えばブラック企業が似たようなものじゃないでしょうか。
会社の中は外から隔離された空間です。
だから法律よりも経営者のマイルールが優先され、たとえ犯罪行為であっても外に漏れない限りは許されることになってしまいます。
DVやイジメも同じでしょう。
家庭内、学校の中、悪さをしてもいくらでも隠蔽のしようがあります。
閉じられた空間の中で力を持つ者は、その空間の中では絶対的な権力者になります。
半径数メートルから数十メートルの独裁国家を築くことが出来るわけです。
歴史上には残虐な独裁者がたくさんいますが、それに似た小規模な独裁状態はあちこちで起きているのだと思います。
バレなきゃ何をやっても構わない。
だからバレそうになった時は必死に否定します。
閉鎖的な状況が壊れてしまったら、独裁者は終わりです。
マスコミが来て、野次馬も来て、SNSで拡散され、完全にオープンな状況に早変わりするからです。
そして小さな世界の独裁者ほど、世間に晒された時は気弱にうろたえているように思います。
だってもうマイルールが通用しないんですから。
そこから先は法律の世界であり、世間からの厳しい批判が待っています。
私は思います。
気の弱い人間に力を持たせるとロクなことにならないと。
ソ連のスターリンは少しでも自分の地位を脅かしそうな人がいると処刑したそうです。
カンボジアのポルポトは大人という大人を虐殺しました。
経験や知識が豊富な大人はいつ恐ろしい敵になるか分からないからです。
ゆえに知識人から先に殺していきました。
二人共ものすごく気が弱いのです。
自分の不安を解消する為に処刑だの虐殺だのをされたらたまったものじゃありません。
でもそこまでじゃなくても、小規模な独裁者は至るところにいて、似たようことをやっています。
自分の権限を振りかざして脅したり、従わない者には暴力を振るったり。
全て閉鎖的な状況が生み出しているんだと思います。
上に書いたポルポトも、始めのころは優秀な指導者と思われていたそうですよ。
けど国内の事情が明らかになると、世界中から一気にバッシングを受けました。
最期はベトナム軍が侵攻してその独裁を終わらせています。
権力を持った人間は、見えないところで何をしているか分かりません。
だからスポーツ界はもっとオープンにする必要があると思います。
家庭を全てオープンにするのは難しいです。
DVを無くす為とはいえ、全てを曝け出せばプライベートも何もあったもんじゃなくなるからです。
学校のイジメを無くす為に全てをオープンにすることも難しいです。
いつどこから変質者が入って来るか分かりません。
でもスポーツの世界はそうではないはずです。
練習はプライベートではないし、変質者がやって来てどうこうということもないでしょう。
仮にやって来たとしても、鍛えられた人が大勢いる場所なんだから、下手なことをすれば返り討ちに遭うだけでしょう。
閉鎖的な状況が改善されない限り、小規模な独裁はなくならないでしょうね。

スポーツ界の底に根付く戦前の軍隊教育

  • 2018.08.31 Friday
  • 15:20

JUGEMテーマ:社会の出来事

次から次へと起こるスポーツ界の問題。
その全てに共通するのがパワハラです。
この前ネット番組で橋下徹さんが甲子園について言及していました。
真夏の暑い日、高校生に連日投手をさせるのは間違っていると。
テレビでも新聞でも熱中症に予防しましょうとやっているくせに、その新聞とテレビが高校生を熱中症の危険に晒す甲子園の現状を後押ししていると。
この問題はドームで試合をするとか、ナイターにするとか、一年かけて時間的にゆとりをもって試合を消化するなどで解決できると言っていました。
じゃあなぜ未だに熱中症の危険がある状況で甲子園をやっているのかというと、感動を見せたいからだそうです。
その方がドラマとして盛り上がるので、演出の一環というわけですね。
いくら高校生がやりたいと言っても、そこに危険があるなら止めるのが大人の役目。
なのにその大人が感動を演出したいが為に高校生たちを危険に晒している現状は批判されても仕方ないと思います。
じゃあなぜこのような現状が改善されないかというと、橋下さん曰く、戦前の軍隊教育が残っているからだそうです。
過酷で状況で頑張るからこそ輝く。
そういった価値観は戦争中に兵隊を育てる為のものだったそうです。
そういえば私が中学、高校生の頃、新学期の初めにはなぜか体育で集団行動をさせられました。
みんなで列を作って行進。
全体止まれ!右向け右!休め!
あの頃は何も考えずにやっていましたが、橋下さんの言うことが本当だとするならば、戦前の軍隊教育は現在の教育にも引き継がれていたということになります。
スポーツの世界は特にそれが顕著なので、内部は絶対的な上下関係で構成されていることでしょう。
部下が上官の命令に逆らえば処罰を受けるように、選手が監督に逆らうのは許されないとか、後輩は先輩の理不尽な行為にも耐えなければいけないとか。
もう21世紀で、もうすぐ人工知能やロボットが職の大半を奪うかもしれないと危惧されている現在。
なのにまだこんな古臭い風習が続いているのかと思うとゾっとします。
そういえば以前に生徒の髪の色で問題を起こした高校がありました。
生まれながらに茶色い髪の毛なのに、それを黒く染めるようにと強要され、海外でも話題となっていたようです。
政治的に右寄りだとか左寄りだとか個人の自由なので好きにすればいいけど、カビが生えたような古臭い風習を強要するのは如何なものか。
そういう行為こそが社会の反発を生んで、より自分たちの居場所が奪われていくってことを、化石のような価値観を引きずっている人たちには理解できないのでしょう。
スポーツの世界も同じです。
いったいいつまで古臭い風習の中でやっているのか。
日本人でもっとも有名で成功したスポーツ選手とえいばイチローです。
でもイチローはそういった日本の古臭い風習は嫌っていたそうです。
元サッカー選手の中田英寿さんもそうだし、日本の伝統とか品格を大事にするはずの相撲界は、元はそういうものとは無縁なはずの海外の力士がトップを席巻しています。
相撲界が大事にしているのは伝統や品格ではなく、子供じみた小さなプライドのようにしか思えません。
むしろ海外からやって来た力士の方が、よっぽど日本の伝統や品格を理解しているのではないかと思います。
言ってることとやってることが違う相撲界だから、海外勢の力士たちも不満を持つんでしょう。
あんたらが大事にしてるのは、自分の名誉と稼ぎだけだろうって。
だから俺たちに負けるんだって。
絶対に言葉に出しては言わないでしょうけどね。
相撲もアマチュアボクシングもレスリングも体操もラグビーもここまで問題になって、でもそれは氷山の一角なのかもしれません。
根っこに戦前の軍隊教育のようなものが根付いているなら、それを排除しない限りいつでもどこでも同じ問題が起こるでしょうね。
もう戦争が終わって70年以上。
いい加減に精神的な負の遺産は消え去ってほしいものです。

武器と防具のバランスが取れていればもう少し平和になるかも

  • 2018.08.28 Tuesday
  • 14:49

JUGEMテーマ:社会の出来事

JUGEMテーマ:国防・軍事

武器は時代とともに凄まじい進化を遂げています。
最初は動物の骨を武器として使い、その後に石器、青銅、鉄と変わっていきます。
より硬く、そして加工のしやすい物が武器の性能を決めるからです。
また種類も増えました。
強力な武器同士で戦うということは、自分も大きな怪我を負うことになります。
そうならないようにするには離れた所からの攻撃が一番です。
投げ槍、投石器、弓矢が生まれました。
そして武器の進歩に対応するように防具も発達していきました。
盾、兜、鎧。
武器を防いでくれる防具の存在は戦場では欠かせないものです。
しかし火薬の発明によって、武器と防具のバランスは大きく崩れることになりました。
鉄砲、爆弾。
火薬を使用した強烈な武器の前には、盾も鎧兜も無意味です。
それどころか動きが鈍くなってしまうので、かえって身を危険に晒すだけでしょう。
武器には武器で対抗する。
防具がほとんど役に立たなくなってから、武器の進歩はさらに加速しました。
より確実に、より大量に殺戮できる爆撃機。
そこからにさらに発展してミサイル、核兵器・・・・。
強い武器の登場は留まるところを知りません。
嘘か本当か、人工衛星から巨大な鉄の塊を音速で落として攻撃しようとするアメリカの兵器の構想もありました。
威力は核と同等、しかも放射線が出ないから、核よりも使用に躊躇いを持つことがありません。
恐ろしい兵器です。
レーザーや超電磁砲の開発も進んでいるようで、レーザー兵器に関しては実戦配備がすんでいたと思います。
今のところは偵察機を撃ち落とすくらいだけど、もっと研究が進めばミサイルや戦闘機でも迎撃できるようになるでしょう。
ガンダムやゾイドなどのSFアニメには、強力な武器と共に強力な防具も登場します。
ビームを弾くIフィールド。
荷電粒子砲を打ち消す反荷電粒子シールド。
ビーム、実弾、レーザーなど、あらゆる攻撃を防御するEシールド。
エヴァンゲリオンのATフィールドも強力です。
強い武器があるなら、それを防ぐ防具も必要になる。
ゾイドに至っては、超頑丈な装甲のおかげで、荷電粒子砲の直撃を食らっても耐える機体があります。
要するに武器と防具のバランスが取れているわけです。
だけど現実では武器ばかりが強くなり、それに対抗する為にまた強い武器を作りと、キリがない状態です。
その研究が一歩一歩進むたびに、人類が破滅の危機に晒されていると思うのは私だけでしょうか?
強い武器を持ちたがるのが人間なら、それを防ぐほど強い防具だって欲しくなります。
けど実際はSFのようなバリアは簡単には出来ません。
映画インデペンデンスデイでも、宇宙人のUFOは核すら防ぐほどのバリアを張っていました。
正直なところ、あれっていったいどういう構造なんだろうと思います。
物体ではないシールドなわけだから、何かの力場なのかもしれません。
そして残念ながら、今の人類にはそんなバリアを張れるだけの技術はありません。
もしもSF映画に出てくるような強いバリアやシールドが実現出来たなら、戦争が起きても被害は軽減されるでしょう。
もっというならどちらが先にバリアを破るのかの戦いになると思います。
なぜならバリアが破られてしまったら勝負アリだからです。
インデペンデンスデイであれだけやられていた人間の軍隊も、UFOのバリアが消えた途端に逆転しましたから。
バリアが破られたらそこで戦争も終わり。
そして破られるまでの間は被害はほとんど出ません。
武器に伴って防具が発達すれば、例え戦争は避けられないものだとしても、被害は小さくて済みます。
いつかアインシュタインを超えるほどの天才が現れるとか、人工知能がもっと発達するとかすれば、強力なシールドやバリアも夢物語じゃないのではないかと思います。

日本人は信仰という観点からではなく、儀式という観点で宗教を見ている

  • 2018.08.14 Tuesday
  • 12:27

JUGEMテーマ:宗教

とある本に「日本人は信仰という観点ではなく、儀式という観点で宗教を見ている」と書いてありました。
神様を信じる、教えを大切にする。
普通は宗教ってそういうものだと思うんですが、日本人はちょっと違うようです。
よく言われることですが、年末年始は三つの宗教儀式のオンパレードです。
クリスマスを祝い、除夜の鐘を突きに行き、年が開ければ初詣に参ります。
それに結婚式はキリスト式か神式、葬式は仏式が多いです。
キリストの誕生日はキリスト式に倣い、年の瀬には除夜の鐘で仏式、新年初めは神社へお参りという神式。
異なる宗教には異なる神様がいて、異なる儀式を持っています。
つまりそれぞれ異なるフォートマットがあるわけで、それを状況に応じて使い分けているということになります。
神式は慶事を担当しているので、七五三やお祭り、それに結婚式という儀式の際に用いられます。
仏式は弔事を担当しているにで、葬式や法事という儀式の際に用いられます。
もちろん神式の葬式、仏式の結婚式もありますが、それを選ぶ人はそう多くないでしょう。
よほど敬虔な信者でもない限りは、状況に応じた儀式を選びます。
キリスト式は慶弔の両方を担当していますが、日本ではキリスト教徒が少ないこと、それに勝手なイメージでなんとなく華やかそうという理由から、慶事に向けられることが多いのだと思います。
他の国の人からすれば、不思議だったり、時に怒りが沸いたりするかもしれません。
だけど決して宗教や神様を馬鹿にしているわけではなく、日本人なりの独特な宗教観ゆえの現象です。
儀式という観点から宗教を見ているのが日本人なら、信心以上に「形」というものに拘るからです。
例えば敬虔なイスラム教徒が日本の会社で働くことになったとした場合、勤務中であってもお祈りの時間に席を立つことを許してくれることが多いと思います。
日本人には敬虔なイスラム教徒の信心は測りかねますが、一日に数回捧げるお祈りが大事な儀式であるということは分かります。
例えその人の心の中までわからなくても、儀式という目に見える形は分かるわけですから、「この人にとっては大事なことなんだな」と理解を示すことが可能です。
敬虔なクリスチャンの場合でも同じでしょう。
日曜日は絶対に教会にミサに行かなければいけないという場合、日曜出勤は免除されるか、もしくはミサが終わってからでいいという具合になるでしょう。
日本の宗教でも同じです。
葬式どの宗教でも休ませてもらえるとして、だけど数年後に死者を弔う法事の場合でも、ちゃんと休みを取ることが出来ます。
それに地域によってはお祭りがあるから会社や学校の休みが認められることもあります。
お祭りは地域の大事な行事であり、地域の結束という意味で重要な儀式だからです。
信心がどうこうと語られても、人の心の中まで覗くことができないので、理解されることもあれば、誤解を生んで喧嘩になることもあるでしょう。
しかし儀式という目に見える形から宗教を見ていれば、この問題はある程度解決できます。
「この行為は自分の信心にとって絶対に欠かせない大事なことなんだ!」
そう言われては頷くしかないからです。
例え相手の宗教に対して無知であっても、その人にとっては重要なことなんだと理解しやすいメリットがあります。
宗教を儀式という観点から見ることで、社会も人間関係も円滑に回すことができます。
人によってはいい加減だと思うかもしれませんが、そういう柔軟なやり方のおかげか、日本では大きな宗教戦争は起きていません。
たまに新興宗教が無茶をすることはありますが、伝統的な宗教の場合、社会を巻き込むほどのトラブルは起きていません。
いっぱい神様がいて、いっぱい宗教があって、しかも区切りがあるのかないのか分からない適当な宗教観。
この適当さのおかげで、宗教的には日本は平和を保っています。
だからこそオウムの起こした事件は衝撃的でしたが。
日本人は宗教を押し付けられるのは嫌うけど、そうじゃないなら最大限に相手の宗教を尊重します。
イスラム教でもキリスト教でもユダヤ教でも仏教でも神道でも、周りに大きな迷惑さえ掛けないなら、こっちも相手の信仰を非難することはありません。
信心は心の問題だから、完全に相手の信仰を理解することは難しいです。
だから完璧な排除もしないし、完璧に受け入れることもしません。
相手と良い距離を保ちつつ、状況に応じて宗教儀式を使い分ける。
日本が宗教的に平和なのは、そういった独特な宗教観のおかげだと思います。

ドイツの哲学者が来日して語っていた日本の良いところと悪いところ

  • 2018.08.11 Saturday
  • 13:47

JUGEMテーマ:社会の出来事

JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

ドイツの哲学者が日本へやって来て、東京、大阪、京都を巡るという番組がありました。
才能溢れる期待の若手だそうです。
三つの都市を巡り、対談したり街を歩いたりして、色んな感想を述べていました。
東京は文化や政治や経済が高度に発達し、それらが混在する面白い街だけど、抑圧的だと言っていました。
この街では激しい淘汰が行われていて、東京という環境についていけない者は淘汰される生きていけない厳しい場所であると。
大阪ではロボット工学の権威の先生と対談していました。
世界的に有名な先生だそうで、自分を模したロボットを作って、世界中で講演されているそうです。
どの国の人も素直に驚いてくれるけど、ドイツでは反応が二つに分かれると言っていました。
半分は他の国と同じように驚き、もう半分は強い拒絶を示すと。
どうしてですか?とドイツ人の哲学者に尋ねると、ドイツでは哲学が根本にあるからだと答えていました。
人間の尊厳は不可侵である。
それを破壊する可能性のあるものには拒絶感があるのだと。
なぜなら人間の尊厳が破壊された時、ナチスのような歴史を繰り返すからだと。
ロボットがもっと発達し、人間との境目がなくなってしまえば、そこに待っているのはコンピューターによる管理者会なので、人間の尊厳は失われる。
それはつまり、人間が強制収容所へ送られるのと同じことである。
だから拒絶を示すのだと答えていました。
その哲学者の先生自身も、ロボットは科学的には興味深いけど、同時に人型ロボットには拒絶を感じると言っていました。
ロボット工学の先生は、ドイツ人がそのような考え方をしていると初めて知りましたと答えていました。
京都では古いお寺や日本庭園を巡っていました。
お寺の天井に描かれた絵を興味深く見上げ、庭園の石を見つめながら「まるで意識が宿っているようだ」と言っていました。
ほんとはそんなはずないのにそう感じると。
他にも日本の大学で意見を交わしたり、講演会を行ったりと、とてもバイタリティ溢れる人でした。
車での移動中、最近新幹線で起きた殺人事件のことを知って驚いていました。
運転手の人が自分なりの意見を述べていました。
今の時代は子供が遊ぶ場所がなくなって、なんでも大人に締め付けられて、自分の気持ちの発散の仕方を知らないのだろう。
だから大人になってから、そういうのが爆発して、ああいった犯罪に走るのだろうと。
そうい意味のことを言っていました。
哲学者の先生は険しい表情でそれを聞いていました。
日本は文化も政治も経済も発達して、科学技術だって進んでいます。
それは哲学者の先生も認めていたし、世界を良くする為には日本の協力が必要不可欠だと訴えていました。
しかし抑圧的な社会であるとも言っていました。
そういえば昔、マザーテレサが来日した時にも同じような言葉を残していたはずです。
日本はなんでも揃った豊かな国だけど、精神的には貧しく見えると。
哲学者にしろシスターにしろ、海外の人の目には、日本はそういった具合に映るようです。
そして今、日本人自身もそう感じているはずです。
こんな抑圧された社会はないと。
自殺率、ブラック企業、虐待やDVやイジメ。
ひどい時にはこの前の新幹線のような事件や、相模原の障害者施設を襲った事件があります。
死者は19人、負傷者は26人というとんでもない事件です。
犯人は動機を語っていましたが、あれって結局は自身の精神的なストレスから至った行為ではないかと思います。
秋葉原の事件、それにネオ麦茶事件。
どれも抑圧からくるストレスに耐えかねて犯行に至ったんじゃないでしょうか。
誰でもよかったとか、ムシャクシャしていたとか、そういった動機で事件を起こす人たちも。
日本って基本的には平和だけど、たまにとんでもない事件が起こります。
哲学者の先生は言っていました。
悪には二つあって、一つは破壊を目的とした悪。
もう一つは管理された社会の中で起こる悪があると。
後者は完璧な秩序は悪であるということだそうです。
日本はあまりに秩序が行き過ぎて、その抑圧に耐えられなくなった時、犯罪や自殺、法律を無視した経営や家庭内の暴力が起こっているのかもしれません。
秩序が壊れすぎてもダメだけど、行き過ぎてもダメ。
なぜなら心が破壊されて、色んなトラブルや犯罪が起きるから。
きっとあの哲学者の先生は言いたかったのだと思います。
日本人よ、もうちょっと楽になれって。
マイケルムーア監督が来日した時も同じことを言っていました。
日本人よ、マジで休めって。
頑張って、戦って、いついかなる時でも秩序を重んじることだけが正しいことじゃないのでしょうね。
マザーテレサも、マイケルムーア監督も、あの哲学者の先生も、ピタリと日本の良いところを言い当て、ピタリと悪いところも言い当てています。
行き過ぎた怠惰は悪だけど、休息のない社会にも平和があるとは思えません。
国一つが強迫神経症みたいになってしまって、そこから抜け出すには休むしか方法がないと思います。
これは実際に強迫神経症に罹ったことがある私が言うんだから間違いないです。
薬よりも診療よりも、休息が一番に心を癒してくれました。
でも安易に休息が出来ないのが今の日本です。
疲れても横になることさえ許されない社会なら、大きな不幸を抱えているのと同じことかもしれません。

虚像の世界

  • 2018.07.29 Sunday
  • 14:01

JUGEMテーマ:テレビ全般

JUGEMテーマ:社会の出来事

ミュージシャンはCDが売れなくなった代わりにライヴが盛況だそうです。
テレビの視聴率もスポーツ中継は好調のようです。
バラエティ番組がつまらないと言われていますが、テレビとは関係ない舞台の上のサンドウィッチマンの漫才は大人気のようです。
これって多くの人が虚像の世界に飽き飽きしているんだと思います。
スポーツは筋書きのないリアルだし、漫才は最初からフィクションと分かって上で楽しむものです。
ミュージシャンのライヴは生の演奏を体感できるリアルがあります。
さもリアルに見せかけて、実は台本ありきで進んでいく報道やバラエティに、視聴者はうんざりしているんだなって分かりますね。
フィクションならフィクションと最初から言えば、これはコントなんだなとか、ドラマなんだなと楽しめます。
要はそういうものを作れるだけの力がないから、嘘をリアルに見せかける必要があるんでしょう。
嘘をリアルと見せかけた茶番はもうたくさん。
私は電波オークションに賛成しています。
数少ない決まった局だけが放送権を手にしていることの異常さはありません。
そもそも放送権ってテレビ局のものじゃないんですよ。
あれは総務省が権利を貸出しているだけで、一部の企業が独占していいものじゃありません。
日本のように娯楽産業がさかんな国で、限られた局しかテレビ放送を出来ない仕組みってどう考えてもおかしいです。
地方に行けばたくさんローカル局があるけど、結局はキー局の系列というだけで、独立したテレビ局は少ないです。
東京から全国へ発信できる局を増やさない限り、テレビがつまらなくなるのを止める術はないと思います。
決まった局とだけ争っていていい番組ができるわけありません。
しかもそれぞれ個性を発揮するならともかく、横並びの番組の多いことも問題です。
特に報道が横並びになることは、面白いとかつまらないとか以前に怖さを感じてしまいます。
そして何より問題なのがNHKでしょう。
誰か一人でもいいからテレビに出ている人がNHKの受信料を問題視してくれたらなと思います。
テレビの世界にいる人は誰も逆らえないみたいな感じの。
民法に対しては強気に出る政治家も、NHKの受信料を大声で問題にすることは少ないです。
ただ今のところは法律で義務化されておらず、罰則もありません。
そうなればありがたいなんて言ったNHKの偉い人がいましたが、その発言の内容はさも払って当然みたいな文言でした。
24パーセントが払っていないから公平ではないとのです。
なら100パーセント誰も払わなくなれば公平なので、それでいいんじゃないでしょうか。
この発言をした偉い人、NHK会長の籾山さんという人なんですが、ゴルフに行く為にハイヤーを使っておいて、その料金の請求がNHKになっていたことがあるそうです。
なんで個人のゴルフで使ったハイヤーの料金をNHKに回すのか?
会長ならなにしてもいいのか?
内部告発で明らかになりましたが、それがなければ永遠にバレないままだったでしょう。
モリカケ問題をずっとやっていますが、他のテレビ局は是非こういう問題をこそ大々的に扱ってほしいものです。
テレビの世界は虚像であり、その裏側にはドロドロした利権が絡んでいるんだろうなあというのは、今や多くの人が知っていることでしょう。
こんな状態でテレビの人気が回復するわけがありません。
ほんとうに未来のない業界だなと思います。
インターネットが何もかも万能で素晴らしいとは言いません。
災害時などはやはりテレビの力が大きいです。
けど今のままでいいとも思いません。
放送の為の電波をオークションにかけ、新規のテレビ局を増やしていく。
そしてNHKの受信料は強制をNGとする。
この二つをやるだけで明るい未来がありそうなのに。
私の場合、一週間のテレビ視聴時間は1時間ほどです。
単純にテレビの前に座っている時間がもったいないと感じるようになったからです。
電波オークションが出来ないのも、NHKの受信料が強制なのも、テレビがメディアの王様だからこそまかり通ることです。
早く王座から陥落する日が来ないかなと待ちわびています。
そうなった時、ちょっとは報道もマシになって、ドラマやバラエティも面白い番組が戻ってくるんじゃないかと思います。

EUに抗議されるいわれはない 日本の死刑制度

  • 2018.07.07 Saturday
  • 15:13

JUGEMテーマ:社会の出来事

オウム幹部の死刑執行に対し、EUの駐日大使らが抗議したそうです。
このニュースを見た瞬間、言いようのない苛立ちと共に、相変わらずの欧州人の傲慢さを感じました。
本来は欧州だからって一括りに出来ないんですが、国を代表する立場の人たちが抗議しているので、一括りで批判されても仕方のないことでしょう。
個人個人違うなんて言い出すと、国同士の話って出来なくなることもありますから。
このニュースを見た時、いったいどの面下げて日本を批判しているんだろうと呆れました。
オウムは毒ガスを撒いたテロリストです。
でもってEUもテロに悩まされています。
ISISです。
日本は一度たりともテロリストに空爆などしたことはありませんが、さて向こうはどうか?
民間人の誤爆さえ気にせずに空爆する連中です。
イスラム系の難民が増えて困っているそうですが、そもそも歴史を振り返れば、中東にあれこれちょっかいを出して面倒事を増やしているのは欧州自身です。
そして都合が悪くなると空爆です。
現場での犯人射殺も同様でしょう。
日本では現場で射殺というのはまずありませんが、向こうではそう珍しいことではないでしょう。
逮捕し、裁判にすらかけずに人の命を奪う行為が普通にあるわけです。
いったいどの口が日本の死刑制度を批判しているんでしょう。
民間人を巻き込む空爆、裁判すらすっとばす射殺というある種の極刑。
人の命を軽んじているのは明らかにEUの方です。
イスラム系の難民で色々困っていても、他の国はこう思っているでしょう。
自業自得だと。
EU自身の歴史を振り返れば、戦争と植民地と奴隷の歴史です。
中東の人やアフリカの人や異宗教の人たちが押しかけて大変みたいですが、全ては自分たちで蒔いた種です。
イギリスはそれを嫌がってEUを離脱しましたが、あそこも昔から狡猾な国です。
三昧舌外交で戦争の種を蒔いて、自分は知らんぷりなんですから。
散々人の命を軽く扱ってきた国々がようやくしっぺ返しを受ける時がきたってだけです。
同情なんて不要でしょう。
ただ日本にとって迷惑なのは、そんな状態にあっても相変わらず傲慢ぶりを発揮していることです。
日本は主権国家です。
国内の法を他国から変えるよう指示されるいわれはありません。
むしろ抗議してきたEU代表部に抗議し返し、謝罪を求めてもいいくらいだと思っています。
果たしてアジアからEUの法律を変えるように要求して通ることがあるでしょうか?
こんなのほぼ100パーセントないと言い切れます。
今でもアジアを下に見ているからです。
日本や中国の資本がなければ成り立たいないような国もあるのに。
かつて日本が近代化する時、ヨーロッパは日本のお手本になり、先生として色んなことを教えてくれました。
日本が近代化することが出来たのは日本だけでなく、ヨーロッパのおかげでもあります。
日露戦争の時もイギリスの協力がなければ負けていたでしょう。
でもかつてのヨーロッパはとうに死んで、今では綺麗事だけを口にする人が力を持ち、政治家もそういう人たちの顔色を窺うのが仕事のようです。
もはやEUは世界のリーダーでもないし、中心でもありません。
人様の国を批判する前に、自分の国を心配しておけばいいのに。
日本の死刑制度をどうするかは日本国民と、国民によって選ばれた政治家が決めることです。
EUにはなんの権限も資格もありません。
いつの時代でも人様の国に口を挟みたがる傲慢なヨーロッパ。
日本の死刑制度を批判するなら、せめて日本以上に治安の良い国を作ってからにしてほしいものです。

長い事件に一つの区切り オウムの幹部たちの死刑執行

  • 2018.07.06 Friday
  • 16:58

JUGEMテーマ:社会の出来事

とても長い事件に一つの区切りがつきました。
地下鉄サリン事件で死刑判決を受けていた囚人たちの死刑が執行されました。
麻原彰晃こと松本智津夫が捕まったというニュースは今でも覚えています。
たしか上の階と下の階の間にある隠し部屋みたいな所にいました。
刑事が見つけた時、「麻原か?」と尋ねると、素直に「そうです」と答えたそうです。
太っていたせいか一人で隠し部屋から降りることが出来ず、手伝ってもらった刑事に「重くてすいません」とも言ったそうです。
隠れているのを発見した時はかなり怯えていたそうで、もしかしたら捕まるのは時間の問題だと分かっていたのかもしれませんね。
裁判が始まり、多くの幹部が彼を見放しました。
きっと自分たちを庇ってくれると思っていたら、そんな言葉は一切なく、裏切られた気持ちになったからとのこと。
審理中にあくびをしたりと、まるで自分だけは助かるとでも言いたげなその態度に、洗脳を受けていた信者たちも目が覚めたそうです。
死刑は以前から確定していましたが、執行するまでに長い時間がかかりました。
裁判がまだ終わっていなかったからです。
この長い審理期間こそが、彼らがしでかした罪の重さを物語っていると思います。
オウムに関する本は色々出ています。
テレビでもたまに特番を放送しています。
若い人たちの間で少しずつ信者が増えているそうですが、その子たちはリアルタイムにオウムが何をしでかしたのかを知りません。
日本には信心の自由があるので、国がアレフやひかりの輪というオウムの流れを汲む団体を潰さない以上は、それを信仰するのは自由ということになります。
だけど何も知らずにそこへ入るのは正しいことなのか?
上にも書いたようにオウムに関する本はたくさんあるし、テレビの特番だってあります。
今でもYOUTUBEで見られますよ。
違法アップロードだろうけど、これに関しては製作者だって文句を言わないんじゃないかと。
本もいいけど映像を見るのも大事です。
当時の空気感とか、世の中の雰囲気とか、目を通して感じることができるからです。
坂本一家殺人事件、二度に渡るサリンの散布。
しかも二度目は地下鉄で行なった為にとんでもない被害が出ました。
化学兵器によるテロは世界で初めてで、海外のニュースでも大きく扱われたそうです。
地下鉄での化学兵器の散布がいかに犠牲者を出すのか。
それを海外のテロリストにも知らせてしまった事件でもあります。
オウムに関する本は本当にたくさんあって、著者によって見解や分析は異なります。
だから何が真実かなんて分からないんだけど、彼らが一つの家族を皆殺しにして、二度も化学兵器をばら撒いたことだけは確かです。
もしこれからアレフやひかりの輪の信者になろうという人がいたら、そのことだけは知っておくべきだと思います。
決して遊び半分やノリで入っていい宗教ではないんですよ。
当時のことを知る人たちは今でもオウムを許していません。
松本智津夫に対して、あれだけの組織を作り上げたんだから、活かして研究すべきだと、元2ちゃんねる管理人のひろゆきさんが言っていました。
あれだけ優秀なんだから殺すのはもったいないと。
ああ、この人って思っていたよりも頭が悪いんだなあと思いました。
ひろゆきさんって、けっこう知ったかするところがあります。
知りもしないことを知ったふうに語って、反論されると俺としてはどうでもいいなんて返すことも。
どうでもいいなら黙っていればいいものを、フランスからちょくちょく帰国して知ったかしながら喋るあたり、なんだかんだで構ってほしいさみしがり屋なのかもしれません。
あれだけの事件を起こした組織を作り上げた人間、生かしておくことの危険性は考えないんでしょうか?
今でも影響力があるんですよ。
死刑が確定しても、あれは陰謀だと主張する人たちがいて、麻原彰晃に心酔する人を増やすだけかもしれないのに。
ひろゆきさん、人に対してよく頭が悪いと言うけれど、ご自身の頭の悪さこそを自覚した方がいいと思います。
オウムの事件はあんな適当でのらりくらり生きている人がどうこう言える内容じゃありません。
今回の死刑執行で一つの区切りが付きました。
だけど麻原彰晃(松本智津夫じゃなくて)の影響力が完全に消えるのはまだまだ先だと思います。
もう二度と毒ガステロだの一家惨殺だのと起きてほしくありません。

頭が良すぎて苦労する人

  • 2018.07.02 Monday
  • 15:00

JUGEMテーマ:日常

JUGEMテーマ:社会の出来事

頭がいいねと言われて嫌な気分になる人は少ないでしょう。
誰だって賢い方がいいに決まっていますから。
平等な社会をなんて言っても相変わらず学歴は重視されます。
そのことでコンプレックスを持つ人も多いでしょう。
ちなみに私は大学を中退して写真の専門学校に行きました。
看護の専門学校とか美容師の専門学校とか、将来的に役に立つ学校なら最終学歴として誇れると思います。
けど写真の専門学校なんてぶっちゃけ学歴にはなりません。
大学だって中退してるわけだから、最終学歴とは思っていません。
だから私の最終学歴は高卒だと思っています。
学歴を重視するってことは、やっぱり多くの人が知能の高さに価値を置いているってことです。
実際に頭が良いですからね、高学歴の人って。
もちろん低い学歴でも成功を収める人はいるけど、割合からいったら高学歴の方が断然多いでしょう。
だから企業だって官庁だって高学歴な人を優先的に取るのでしょう。
頭が良いということはとても有利なことです。
だけど飛び抜けて頭が良すぎるとかえって問題があるみたいです。
ほとんどの人がIQ100から110くらいの中、一人だけ160とかだと話が噛み合わないからです。
頭の良い人ほど要約して喋るので、100の人からしたら160の人が何を言っているのか分からなくなります。
もっと分かりやすく説明してよと。
逆に160の人からしたら100の人の話は無駄が多く聞こえてしまうのでしょうね。
余計な説明はいいから要点を言ってくれと。
ほとんどの人が100〜110の間なのに、一人だけ頭が良すぎると完全に浮いてしまいます。
そのうちのけ者にされたり、上手く話が伝わらないせいでかえって馬鹿だと思われたり。
本当に頭の良い人なら馬鹿でも分かるように説明出来るはずと言う人もいるけど、私はそうは思いません。
上手く伝える能力と頭の良さは別物でしょう。
誰にでも分かりやすく伝えられるなら一番いいけど、そういうのも一つの才能だと思います。
知能というよりそういったスキルを持っている人です。
じゃあそのスキルを身につければいいじゃんって話になるけど、誰にだって得手不得手があるので、万人が獲得できるものでもありません。
そんな事が可能ならコミュニケーションが苦手で悩む人なんていないだろうから。
昔からなんでもホドホドがいいなんて言われますね。
でもとびきり頭が良く生まれてくる人だっているでしょう。
本人が望んでなかったとしても。
賢すぎるせいで周りに馴染めない。
とことん知能の高い人だけが持つ悩みなんでしょうね。

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