ブラック企業を辞めることは社会貢献である

  • 2020.02.10 Monday
  • 10:44

JUGEMテーマ:社会の出来事

JUGEMテーマ:仕事のこと

世に蔓延るブラック企業。
減るどころか増えている一方な気がします。
じゃあどうして無くならないのか?
ブラックな経営をする人に善人に変わることを求めるのが間違いだからです。
まず起業家や経営者というのはタフです。
少々のことでへこたれたりしないし、炎上しようがバッシングされようが上手く立ち回ってしのぎます。
そしてほとぼりが冷めたらまた同じ悪さを始めます。
なぜか?
ブラック経営者は自分が悪いとは思っていないし、世間の目さえ掻い潜れるならいくらでも悪どいことをやるからです。
最近では開き直る企業もあります。
法律?そんなの関係ねえ!これがウチのやり方なんだ!
国のルールより会社のローカルルールが上だと勘違いしているわけですが、これってブラック経営者が独裁者のような気質をしているからだと思います。
小さな国の王様気取りなんですね。
だったら雇われる側は一つしか選択肢がありません。
早々に退職することです。
頑張る人間がいるから、続ける人間がいるから、そこで働く人間がいるから、従業員がいるから潰れることがないんです。
例えば麻薬。
売りさばく側だけを処罰してもほとんど効果はないでしょう。
悪い人というのは儲かることなら平気でルールを犯します。
けど買った側も処罰となれば一気に市場は小さくなります。
売る側は悪人ですからルール無用という考え方です。
犯罪に手を染めてでも儲けようと企むんだから、普通の人より腹が据わっているでしょう。
行動力もあれば頭も良いはずです。法律を厳しくしたところで屁でもありません。
しかし買う側は安易な気持ちである場合が多いので、処罰となれば二の足を踏みます。
ブラック企業もこれと同じです。
働く人がいなくなれば自ずと減少します。
つまりブラック企業で頑張ることは良いことではなく、悪と断言してもいいです。
逆に言えばブラック企業を辞めることは社会貢献である、ということです。
払うべき給料を払わない、異常なほどの仕事量や労働時間を強いられる。それに見合ったお金がもらえない。
イジメ、パワハラ、セクハラ、差別、辛い思いをする職場で頑張ることは、社会の為にも自分自身の為にもなりません。
だからもし辛い職場で悩んでいる人がいたら、辞めることに後ろめたさを感じる理由など一ミリもありません。
こんな場所にいたくない!こんな所で人生を潰されたくない!家を出る前から吐き気がして体が震える!
いいんです、辞めればいいんですよ。
責任?義務?転職先?
いやいや、それを考える前にもっと大事なことがあります。
それはブラック企業で頑張ることそのものが悪であるということ。
つまり辞める自分こそが正しく、社会への貢献にも繋がると思えばいいんです。
自分で伝える勇気がないなら退職代行サービスを利用すればいいでしょう。
頼むお金がないならバックレればいいんです。
何度も言いますが、ブラック企業を辞めることに後ろめたさを感じてはいけません。
ブラック企業は迷惑だとか困るだとか怒ったりだとかするかもしれませんが、むしろそれはこっちのセリフだと考えて下さい。
辛い職場にいて困るのは自分、そういう状況を改善もせず、従業員を追い込んだのは会社。
体力も精神もお金も何もかも犠牲にして、会社だけが美味い汁を吸い上げて従業員には見返りがなくて、だったらその時間を返してくれと。
大事なことなのでもう一度言います。
ブラック企業を辞めることは社会貢献である。
なぜなら辞める事こそが善行なのですから。

ベーシックインカムのメリット

  • 2020.01.15 Wednesday
  • 11:53

JUGEMテーマ:社会の出来事

国民全員に生活出来るだけのお金、もしくは生活補助のお金を配るベーシックインカム。
あちこちで議論が交わされていますが、私は大賛成の立場です。
理由は二つ。もらえるなら欲しいから。
不況の続く昨今、毎月五万でももらえるならどれだけ助かるか。
それにくれると言われたお金を拒否する人は少ないでしょう。
もらえるなら喜んでという感じです。
しかし一番の理由は他にあります。
それは嫌々働く人を減らすことが出来るということです。
よく言われることですが、ベーシックインカムが実現すればブラック企業が淘汰されるそうです。
ああいう企業って切羽詰まった人が行くことが多いそうで、雇う側もそれを分かっているから理不尽な扱いをするんだそうです。
しかしベーシックインカムが実現すれば、生活に余裕が出来ます。
仕事を辞めてもしばらくはどうにかなるんだから、ブラックな会社を辞める踏ん切りもつきやすいでしょう。
そして何よりお店を利用するお客さんにもメリットがあります。
コンビニ、ファミレス、スーパー、お客さんと接する仕事は多々ありますが、誰でも一度は態度の悪い店員さんに当たって嫌な思いをしたことがあるんじゃないでしょうか。
あれって要するに嫌々働いているんだと思います。
もちろん多くの人が好きで仕事をしているわけではないと思いますが、露骨に態度に出る人とそうでない人がいます。
ただお店に行って気持ちよく買い物をしたりご飯を食べたりしたいだけなのに、態度の悪い店員さんのせいで台無しということもあるでしょう。
他の店員さんがどんなに頑張ろうが、他のお店がどんなに頑張ろうが、たった一人の態度で全体の印象が決まってしまうのが接客業の怖いところです。
しかし人手不足の昨今、企業も下手に注意して辞められると困るのか、ロクに注意が出来ないのかもしれません。
良い店員さんがいつの間にか辞めていて、そうでない店員さんが何年も居座っているという場合もよくあります。
しかしベーシックインカムが実現したならどうか?
働くのが嫌な人は早々に辞めていくでしょう。
つまり仕事に対してそれなりの意識を持つ人だけが残るはずです。
海外では接客系の仕事はタッチパネルの導入が進み、人が減っているようです。
日本でもセルフレジなどが増えてきましたが、海外ほどは浸透しないのではないかと思います。
機械とアルバイトなら、アルバイトの方が都合が良いと雇うのがブラック企業です。
機械は導入にそれなりのお金が掛かるし、維持費も必要です。
もし壊れたりしたら困るので、一機だけというわけにはいきません。
数台は用意するとなると、これまたメンテナンスや電気代でお金が掛かるでしょう。
それならば安く雇えて替えがきくアルバイトを選ぶでしょうね。
となるとやはりベーシックインカムの実現が望ましいと思います。
この制度は怠け者を生み出すと批判されることもありますが、怠けたい人が嫌々働く方が社会全体にとってはデメリットでしょう。
ブラック企業、不愉快な店員さん。
両方を同時に削ぎ落とすならベーシックインカムしかないような気がします。
嫌々働く人はどうぞ好きなだけ怠けてもらって、代わりに社会に迷惑を掛けないようにする。
批判もあるでしょうが、私はベーシックインカムは良い制度だと思います。

真ん中が抜ける

  • 2020.01.09 Thursday
  • 13:29

JUGEMテーマ:社会の出来事

どこも不況続きなので、エンタメの世界も例に漏れません。
ドラマ、映画、小説、漫画、アニメ、ゲーム。
数字だけ見ると昔より伸びているところもありますが、全体を見ると縮小傾向にあると感じます。
単に数字だけで測れない部分があって、一瞬の売上はよくても、後に良い影響が続きにくい構造になっているんじゃないかと思います。
となると大衆を相手にするのはやめて、理解のある場所で活躍するのは必然でしょう。
昔に比べてかなりニッチな作品が増えたように思います。
一つ一つはマニアックでも、全体を総括するときちんと商売になるんでしょうね。
逆に大衆相手の作品は可もなく不可もなく、なるべくクレームの入らないような作りになっているように感じます。
とにかく何かある度にバッシングされてしまう世の中では、大衆相手に尖った作品は発表しづらいでしょう。
テレビが一家団欒の茶の間から個人に一台へ変化したように。
音楽がウォークマンの登場によって個人の娯楽へと変化したように。
あらゆるコンテンツが個人に重きを置いています。
上手くやれば数字は維持出来るのでしょうけど、何十年か経ってから覚えている作品がどれだけあるのか疑問です。
「君の名は」は大ヒットでした。
しかし今現在に話題にしている人はほとんどいません。
けど新海監督が売れるのを度外視して作った過去の作品はファンの間で根強い人気です。
ハリウッドのゴジラは世界中で大ヒットを飛ばしていますが、過去作はあまり話題にならず、他の作品への影響も少ないように思います。
「シン・ゴジラ」はハリウッドゴジラほどの人気は出なかったけど、エヴァとのコラボなどマニアの間では根強い人気があります。
どっちがいいのかという話になると難しいけど、一つ言えるのは昔のように大ヒットを生み、なおかつ後々に大きな影響を与える作品は少ないということです。
現代は大衆と個人が乖離してしまって、個人の意見を大衆の意見と履き違えたり、大衆の意見が個人の意見とまとめられてしまったり。
いわゆる真ん中がないものだから、余計に乖離は広がっていくでしょう。
作る側としては大変でしょうね。
売れたい、けど後世にまで残ってほしい。
そんな作品を作ろうとした時に、どこにフォーカスを合わせていいのか分からないんですから。
真ん中がポッカリ抜ける。
かなり恐ろしいことだと思います。

 

栄枯盛衰

  • 2020.01.06 Monday
  • 13:17

JUGEMテーマ:社会の出来事

テレビがだんだんと人気をなくし、動画サイトに人気が集まっています。
活躍の場を求めてプロたちが続々とYouTubeに流れ込んでいますね。
そういえばある番組で大物の芸能人がこんなことを言っていました。
「一番手を狙うのは愚か者。賢い者は二番手三番手を狙う」
けっこう昔の話なんですが、これって要するに一番槍は討ち死にするってことなんでしょうね。
真っ先に開拓する精神はすごいけど、恩恵を授かるのは後からやって来た人達。
それも素人ではなくプロがやって来たとなれば、一番槍は相当厳しい状況に置かれるでしょう。
YouTubeとテレビの違い、利益の上げ方、その他諸々を多くのYouTuberが実践し、膨大なデータがあります。
あとはプロがそれを紐解いて、自身の芸をネット用にパッケージを変えればどうなるか?
中身はテレビと同じでも、さも新しいことをやっているように見えるでしょう。
それも素人よりもうんと上手くやるわけです。
物申す系の有名な某YouTuberは以前からプロの進出を危惧していました。
ほとんど仕事が奪われて居場所がなくなると。
もしそうだとしたら、今までのYouTuberがやってきたことって、プロが活躍する為の地ならしってことになってしまいます。
そしてそうなる可能性は大きいのだろうと私は思っています。
今から5年後10年後、YouTubeの世界はガラリと変わっていそうです。
メンタリストのダイゴさんとオリラジの中田さんがコラボ動画で語っていましたが、現在のYouTubeは明らかに教育系が評価される形に変わってきているそうです。
例えば登録者数はあまり意味がなく、再生数と視聴時間、何よりも動画の質が問われる時代だと。
過激なことをやれば再生数は伸びますが、単価は低くなるようです。
教育系などは再生数がそこまで伸びなくても、質がいいからとYouTubeから評価されて単価が上がるそうです。
最初の何でもありのごった煮状態を経て、ある程度形が出来て秩序も保たれつつあります。
かつてのテレビと同じですね。
昔は過激なことなどなんでもアリでしたが、今は出来ません。
もしYouTubeも同じ道を辿るとしたら、遠からずテレビと同じように人気がなくなってしまうでしょう。
オリラジの中田さん曰く、YouTubeは10倍速でテレビと同じ歴史を辿っているそうです。
もしかしたら今が一番YouTubeの面白い時期なのかもしれませんね。

 

企業の発行するお金

  • 2019.10.25 Friday
  • 13:18

JUGEMテーマ:社会の出来事

JUGEMテーマ:経済全般

最近電子マネーを使うようになりました。
スマホでなんでも決済できるって便利なんですが、ふと疑問に思うことが一つあります。
私が使っている電子マネーは月末にボーナスポイントが入ってきます。
スマホ会社、ポイントカード、これらを連携させることで入ってくるポイントのようです。
月額の使用料に応じてボーナスポイントも高くなるみたいです。
そしてそのポイントを普通にお金として使えることに驚いています。
電子マネー残高を見てみると普通にお金が増えているんですから。
わずかな金額ではありますが、動労収入でも物を売ったお金でもありません。
ただスマホを使っているだけで月末に何百円か入ってくるんです。
これ、Tカードやポンタカードのポイントだと、使える場所や使えるサービスが限られています。
けど電子マネーは現金と同じように使える。
つまり何もせずに月末にお金が入ってくるということです。
ちょっとしたベーシックインカムみたいだなと驚いているんですが、これが進めばさらに驚くことが起きるんじゃないかと思いました。
まずお金は国が発行するものとは限らないようになるってことです。
電子マネーは国が発行するもの、企業が発行するもの、この二つの考え方があるそうです。
国が発行するものとしては、現金を電子化してしまおうって考え方です。
現在では国が発行するお金は電子化されていません。
クレジットカードがこれに相当するのかもしれませんが、電子マネーとは少し違います。
電子マネーは口座がなくても使えますから。
今のところ電子マネーは企業だけが発行しています。
これがもっともっと進めば国が発行するお金の価値は、電子マネーの価値を保証する担保としての意味しか残らなくなるんじゃないでしょうか。
そして国が発行するお金の価値を保証しているものは、その国の信用です。
円なら日本、ドルならアメリカ、ユーロならヨーロッパと。
じゃあもし企業の信用が国を上回ったらどうなるんでしょうか。
電子マネーは企業の信用が担保になり、国が発行するお金をバックボーンに持つ必要はなくなります。
つまり企業の力が国を上回るってことです。
もしそうなったら政治って力を失うでしょうね。
民主主義、共産主義、社会主義。
保守と革新、王制と民主制。
どれも意味を失って、世の中を動かしたいなら大きな会社に入って出世するしかない。
つまり一部の超エリートだけが世の中を動かす力を持つようになる。
昔のSF映画ってけっこうこういう設定がありました。
企業が国より強いみたいな。
ロボコップだと警察署さえ民間企業が運営しています。
もしそうなったら「ウチのサービスを使ってくれれば電子マネーを毎月付与するよ」なんてこともありえますね。
もちろん他の企業は反発するでしょうけど、だったら買収してしまえとか、潰してしまえってな感じで、誰も逆らえなくなったりして。
世の中の価値はお金だけじゃないどころか、一から十まで全てがお金で決まってしまうのかもしれません。
私は経済のことなんて素人だし、SF映画を妄想してこういう未来を考えてしまう程度です。
けど電子マネーを使うようになってふとそんな妄想が過ぎりました。

 

便利な車ゆえの弊害

  • 2019.04.23 Tuesday
  • 13:50

JUGEMテーマ:社会の出来事

JUGEMテーマ:車/バイク

便利な世の中になりました。
テクノロジーが進歩したおかげで至れり尽くせりです。
しかし進歩したテクノロジーのおかげで、今までにない問題も出てきました。
便利になったのはいいんですが、あまりにテクノロジーを信用しすぎて、人間の注意力が落ちているように思います。
アクセルとブレーキの踏み間違えによる事故が増えています。
アートマ車はとても便利だけど、便利ゆえの罠があります。
操作が簡単なので、自分が上手くなったかのように錯覚してしまうことです。
マニュアル車の場合、自分でギアチェンジしないとスピードは上がりません。
しかしオートマ車の場合はアクセルを踏み続けるだけでスピードが上がります。
そして発進の時もマニュアル車の方が難しいです。
半クラッチしながらアクセルをゆっくり踏まないとエンストしてしまいます。
オートマ車の場合はいきなりアクセルを踏み込んでも発進します。
アクセルとブレーキを間違って強く踏み込んだ場合、マニュアル車であればエンストする可能性が大きいです。
仮に発進できたとしても、ギアチェンジしない限りは一速以上のスピードは出ません。
そしてガードレールなどにぶつかった場合、これまたエンストして止まる可能性が高いです。
でもオートマ車はそうじゃないんですよね。
アクセルを踏むだけで走り出し、スピードが上がる。
マニュアル車の場合ならば運転手がやらなきゃいけない操作を車がやってくれます。
便利ではありますが、そうやってスムーズに車が走るのは車の機能のおかげであり、運転手の技術ではありません。
だから勘違いしてしまいます、自分の運転はまだまだ大丈夫とか、これくらいの注意力でも平気だろうとか。
でも実際はそんなことはなくて、マニュアル車だろうとオートマ車だろうと、一番大事なのは運転手の注意力です。
昔、上岡龍太郎さんが仰っていました。
「なんでも機械に任せたら人間は終わりだ」と。
どんなに便利な機械であれ、それを使うのは人間なんだから、機械を信用しすぎるのはよくありません。
いくら進歩していくら便利になろうとも、しょせん機械は道具です。
便利になった車は人間がやるべき操作や、人間が身に付けるべき技術を肩代わりしてくれますが、注意力や状況判断までは肩代わりしてくれません。
どんなに便利な車であっても、注意だけは怠らないようにしたいですね。

改めて思うネットの怖さ でも全ては使う人間次第

  • 2019.02.08 Friday
  • 12:06

JUGEMテーマ:社会の出来事

仕事中にくだらないイタズラをして動画に上げるという行為が話題になっています。
飲食店での動画ですが、衛生観念の欠如どころのレベルではありません。
面白がってわざとやっているようにしか見えないからです。
いけないことだと知りながらあえてやっている。
しかもそれを動画で拡散。いったいなにがしたいのか分かりません。
ローガンポールは死者を冒涜するような動画を上げました。
もちろん許されない行為ですが、意図は見えます。
過激なことをやって再生数を稼ぎ、お金が欲しかった。
最低な行為ですが、目的そのものはお金だと見抜けます。
しかし最近騒がれている仕事中のイタズラ行為は意図が見えません。
そんなことしたってお金になるどころか、損害賠償を起こされて大金を払う羽目になるかもしれないのに。
社会的信用も失うし、何一ついいことなんてありません。
ただ目立ちたいだけなのか?
それとも完全なるお馬鹿さんなのか?
あるいは両方か?
モラルの低下どころかすでに崩壊しています。
モラルの低下といえば、援助交際がパパ活と名前を変えて増加しているそうです。
そもそも援助交際もパパ活も売春行為であり、法律で禁じられています。
お金を払う方も受け取る方も、名前が変われば罪を逃れられると思ってるんでしょうか?
18歳未満の年少者は罰を受けないそうですが、もしそれを見越してやっているならば、これも少年法の改正によって刑事罰を盛り込まないといけないでしょう。
そうでなければ名前を変えていくらでも復活します。
子供を守る為ならば、時にキツイお仕置きは必要なはず。
この前の教師を挑発して殴られた生徒と同じように、子供だからとなんでも許されると思うのは大間違いです。
ちょっと叱られて終わる程度ならば、悪さをする子供は反省なんてしません。
ああ、この程度で許してくれるんだとばかりに、また大人の目を盗んで悪さに走ってしまうでしょう。
子供による万引きも暴行も売春も、場合によっては大人と同等の罰でいいと思います。
本当に子供を守りたいなら過度に保護するんじゃなくて、相応の罰でもってでも更生させるのが一番です。
そしてお金を払って売春しようとする大人の方はもっと厳罰でいいと思います。
悪いと知りながらやっているんだから、その責任は当然子供よりも重くなるべきでしょう。
もちろん大人でありながらお金を受け取って行為に及ぶ方もキツイ罰でいいと思います。
しかしその反面、子供が虐待で命を落としたり、地獄のような拷問を我慢しなきゃいけない現状もあります。
ハッキリ言って虐待する奴はクズ!です。
父親だろうと母親だろうと祖父母だろうと教師だろうとなんだろうと、強者が立場をふりかざして弱者をいたぶるなら、そいつは間違いなくクズ!です。
子供がそれで命を落としてしまった場合、殺人罪以外の選択肢はないし、死刑でも足りないほどだと思っています。
親にも様々な事情があるのは分かります。
もしかしたら親自身が会社で辛いパワハラに遭っていたり、プライベートで周りからイジメの的にされていたりして、ストレスに耐えかねて子供に当たってしまうこともあるでしょう。
そういうのは多少はあると思うし、親だって人間だから完璧なんてまず無理です。
でもそれはそれ、これはこれ。
虐待レベルともなれば立派な犯罪です。
そういえば不倫は夫婦間だけでなく、不倫相手にも慰謝料を請求できるわけですが、虐待もこれと同じようにしたらどうでしょう。
親が裁かれるのはもちろんのこと、もし仮にその原因を作った相手が他にいたとしたら、そいつも同様に罰を受けさせるというものです。
子供ってのは社会全体で守るものです。
だから虐待の原因を追究していって、親だけに責任がないと分かった場合、間接的に虐待を助長させたってことで、その親に過度なストレスを与えた人物まで処罰するんです。
そうまでしなきゃ虐待はなくならないでしょう。
離婚して養育費を払わない父親は多いそうです。母親の負担が増しますね。虐待を助長させます。
ママ友ってのはなかなか面倒な部分もあるそうで、あのママが嫌いだからとイジメの的にしたならば、イジメを行ったママたちにもこれまた虐待を助長させた責任があります。
子供を守るなら、俺は知らない、私は関係ないは通らないでしょう。
全部まとめて相当の罰でいいと思います。
とくに今はネットでのイジメが酷いですから、やり過ぎた奴らには逮捕でもかまわないでしょう。
無言電話だってあまりにやりすぎると逮捕されるんです。
ネット上の過激なイジメだって同じ対応でいいかと思います。
もちろん会社でのパワハラセクハラも。
なにか問題が起きても、アイツがやったんだ、自分は関係ないと思ってみても、ネットは見えない繋がりがありますから、知らずに誰かを傷つけることもあります。
間接的に虐待やイジメを助長させることは大いにありうるので、ほんとに怖い世の中になったなと思います。
だから気をつけないといけません。
動画の拡散も、安易な気持ちでの出会い系サイトの利用も、SNSでの悪口も。
ネットはただの道具。
全て使う人間次第だと思います。

ユーチューバーを非難する前にユーチューブの体制を非難すべき

  • 2019.02.01 Friday
  • 12:45

JUGEMテーマ:社会の出来事

ユーチューバーのラファエルさんがアカウントをBANされました。
理由は動画内容が過激で危険だからだそうです。
これを境に過激な動画を投稿しているユーチューバーも、今後どうなるか分かりません。
私はラファエルさんの動画は好きです。
ローガンポールみたいに死者を侮辱するような行為、他人に迷惑をかけるような行為は非難されたりして当然ですが、そうじゃないなら大らかな目で見た方がいいと思います。
大人はウーチュバーを批判する人が多いですが、今の30代以上の人って、昔の過激なバラエティを見て笑っていたんですよ。
寝起きバズーカーとか平気でやっていましたからね。
あるプロレスラーは熊と戦わさせられたり。
そういえばテリー伊藤さんもずいぶん過激な演出をしていたはずですが、今は社会を切るようなコメンテーターに鞍替えしてしまいました。
ユーチューバーよりも過激なことをやっていた昔のバラエティ、それを見て笑っていた今現在30代以上の視聴者。(私も含めて)
いったいどこにユーチューバーを非難する資格があるのか?
もう何度も書いているけど、こんなことやってるからテレビの人気がガタ落ちして、若い人や子供はユーチューブに行ってしまうんですよ。
大人たちは作る側も見る側も、今のユーチューバーとは比較にならないほど下品で過激なものを楽しんでいたんです。
散々自分たちが堪能しておきながら、いざ若い人たちがやると文句つけるのは筋違いもいいところです。
子供たちへの影響がという意見もあるでしょう。
もちろん大事な意見です。
しかしなんでも子供基準で考えてしまったら、大人の楽しめる作品は消え去り、多様性さえもなくなっていくでしょう。
子供はいつか大人になります。
その時、周りを見渡して子供基準でしかものを作れない世の中だったら、きっとつまらないと感じるでしょう。
そして年配者からこう言われるのです。
最近の若い人は夢がないだの元気がないだの。
そういう世界にしたのは自分たちなのに、自分の責任は棚上げして勝手なことを言うでしょう。
けどまあこういうことは昔から続いていることです。
紀元前から最近の若いモンはって愚痴があるそうなので、今に始まったことではありません。
一番の問題は、ユーチューブという大きな影響力を持つ媒体が、ユーチューブだけで運営されていることです。
これってテレビに例えるなら、この世界に一社だけ飛び抜けた影響力を持つテレビ局があって、その局が全て独断で物事を決められるのと同じです。
なぜならユーチューブって、国よってはテレビを超えるメディアになっているんですよ。
それだけ影響力が大きな媒体、果たしてユーチューブという一つの会社だけでルールを決めていいのか?
動画サイトは他にもあります。
だからユーチューブが気に入らないならどうぞ他のサイトへというのは通用しません。
上にも書いたようにテレビに匹敵するような媒体だからです。
ユーチューブはユーチューブが提供しているサービスですが、ここまで大きな影響力を持つようになったなら、自分の好き勝手というわけにはいかないでしょう。
テレビの場合は複数の局があり、BPOという倫理委員会もあります。
だから一つの局がテレビのルールを決めることは出来ません。
でもユーチューブの場合は出来てしまいます。
これって独占商法と同じでしょう。
社会に大きな影響力を持つ商売は、一社だけに運営を任せるのは危険です。
ユーチューブはユーチュバーに倫理や道徳を求めるだけでなく、自分たちの経営が正しいのか見直した方がいいと思います。

拳だけが暴力じゃない 度を超えた口撃も立派な暴力

  • 2019.01.29 Tuesday
  • 14:55

JUGEMテーマ:社会の出来事

教師が高校生を殴る動画が話題になりました。
体罰が厳しい昨今、ニュースでも取り上げられて騒がれました。
色々な意見がありますが、私は先生が正しいと思っています。
動画見る限り、あれは明らかに生徒の方が挑発しています。
体罰は反対ですが、あの先生の行為は体罰とは違い、売られたケンカを買っただけなのではないでしょうか。
学校の中、生徒と教師。
どうしても指導とか体罰という目で見てしまいがちですが、必ずしもそうではないと思います。
単純に生徒がケンカを吹っかけているだけだったり、逆に教師の横暴な暴力もあるでしょう。
どちらも指導や体罰とは関係のないことです。
学校の中って、ある意味で治外法権のようになっています。
まず暴行事件が起きても警察が入りたがらない。
学校の外でケンカが起きた場合、すぐに警察が飛んできます。
しかし校内でのケンカやイジメなどは教育上の問題とみなされ、外のルールとはちょっと違う対応になってしまうんですよね。
イジメの場合でも、集団で殴る蹴るの暴行は立派な犯罪なのに、なぜ教育上の問題や学校の問題と見なされてしまうのか?
ああいうのって普通に刑事事件なんだから、教育の範疇ではないはずです。
今回の動画も同じで、あれを教育とか学校の問題で扱っていいのか疑問です。
学校側は謝罪をしたそうですが、これは生徒に悪いと思っているからではなく、謝ることでさっさと鎮火したかっただけでしょう。
よく言われることだけど、臭いものに蓋しただけで、なにも解決していないように思います。
教育評論家の尾木ママは「こんなの序の口で、手を出す以外にも停学処分にするなど対処方法はあった」とコメントしています。
このコメントを知った時、やっぱり学校の中って治外法権のようになっているんだと感じました。
あれが序の口と感じる時点で大いにズレています。
教師はぜったいに手を出せない、その上で散々な挑発をすることのどこが序の口なんでしょうか。
申し訳ないけどまったく同意できません。
あの先生は売られたケンカを買っただけです。
そこにはもう生徒と教師という関係性はありません。
ケンカを売る人と買う人がいるってだけです。
教師は生徒の望み通りケンカを買いました。
あれ、見事な右ストレートでした。
綺麗に決まりましたね。
無駄な動きがなくスっと出ていました。
生徒は一発でノックアウト。
自ら望んだケンカなので仕方ないんじゃないでしょうか。
ただ一つだけ気になることもあります。
あの先生の殴り方、見事すぎるんです。
普通、素人が殴ろうとしたら拳を振り上げてしまいます。
そしてなんとなく顔を狙って拳を振るだけなんです。
だから一発KOなんてほとんど起きない現象なんですよ。
でもあの先生、なんの無駄な動きもなく、ノーモーションで右ストレートを放っています。
しかもかなり正確に顎を狙っています。
ノーモーションの右ストレートで顎を打ち抜く。
素人技とはちょっと思いにくいんですよね・・・・・。
もちろんただの推測でしかありません。
ありませんが、もし仮にボクシングや空手の経験者だったとしたら、ちょっと頂けないかなとは思いました。
格闘技経験者の拳だと、素人が受けたら大怪我をしたり、下手したらワンパンチで死ぬ可能性もあるからです。
顎が割れたり、頚椎を損傷したり、倒れていく時に後頭部を打ったり。
・・・・でもまあどちらにせよ、最初にケンカを吹っかけたのは生徒の方です。
殴るのはよくない行為というのは当たり前だけど、じゃあその原因を作ったのは誰か?
あの教師はちょっとやそっと挑発されたわけじゃありません。
相当罵られています。しかも生徒の側は動画をネットに上げるつもりだったとも言われています。
拳だけでなく言葉も立派な暴力になりえます。
そういう意味では最初に暴力を振るったのは生徒の側でしょう。

度を超えた口撃は立派な暴力ですよ。
自業自得、バチが当たったとしか思いません。

真面目が良いとは限らない

  • 2019.01.23 Wednesday
  • 11:57

JUGEMテーマ:社会の出来事

JUGEMテーマ:子供

私が学生の頃、至るところにヤンキーがいました。
茶髪金髪なんて当たり前で、赤とか緑もいましたいね。
ボンタンに短ラン、裏ボタンは派手。
けど面白いのは意外と学校をサボらないんです。
授業もちゃんと出ているし、授業を妨害するということもありませんでした。
面倒臭がっていたのは体育くらいです。
でも体育だからこそやる気になるヤンキーもいました。
けっこう気のいい人が多かったんですよ。
もちろん怖い人やイジメをする人もいましたが。
でもイジメってヤンキーよりも、ヤンキーの一つ下のちょっといきがっているグループがやっていた印象があります。
私が中学時代にいた副番長的なヤンキーが、商売をやって成功しているそうです。
幾つか店を持ち、異なるジャンルも掛け持ちしているんだとか。
若い頃にヤンチャしていたヤンキーは、色んなところで迷惑をかけているものですが、大人になってからはしっかりしている人が多いんじゃないかと思います。
もちろんその筋へ行ってしまうとか、道を踏み外して塀の中という人もいるでしょう。
けど塀の中へ行く人は、ヤンキーではなかった人だって大勢いるはずです。
大人になってからの悪さって、特段にヤンキーだった子がやっているわけじゃありません。
若い頃にヤンチャした方がいいのか?
それとも良い子でいた方がいいのか?
これってとても難しい問題です。
細かな迷惑ってヤンキーの方が多いけど、残忍な事件を起こす人って、学生時代に良い子を演じていた人に多いんじゃないでしょうか。
子供だって人間です。
大人と同じように羽目を外したい時もあれば、大人の言うことなんて聞かずに自由に遊びたい時だってあります。
子供は大人が思う「子供はこうあるべき」を体現する道具ではなく、自分なりの考えや感情を持った一人の人間です。
重大事件の犯人の家庭環境に迫ると、鬱屈した問題があったりするものです。
強い力で抑圧され、自分を出すことすら許されない。
教育や躾といったレベルではない抑圧の中で、人間としてまともに育つとは思えません。
ただしヤンキーの場合は、似たような状況に置かれたとしても、外で発散することが可能です。
サボらすに学校へ来ていたのも、そこに行けば仲間がいるからかもしれません。
友達同士の繋がり、ヤンチャしながらも色んなことを経験、大人になって落ち着いたらまっとうな仕事に就いたり、成功を収めたりも、そういう理由からなんじゃないかと思います。
こち亀で有名なセリフがありますね。
昔に悪さをしていた奴が更生したからって褒めることはない。
元々真面目な奴の方がよっぽど偉いんだと。
正論だと思います。
けどずっと真面目できた子が、果たして好き好んで真面目な子をやっていたのか?
そうせざるえを得ない状況の中に置かれていたり、ほんとはもっと弾けたいんだけど、その一歩が怖いから真面目に徹していただけだったり。
昔から今に至るまで真面目だからって、根が真面目な人間とは限りません。
それでもずっと真面目を続けられるならいいんですが、耐え切れなくなって犯罪でしか鬱憤を晴らせないような形になってしまったら・・・・。
こち亀のあのセリフって、真面目であることが間違いなく良いことであり、真面目な人は人として元々が真面目だっていう思い込みの元に成り立っています。
私はこち亀の説教臭いセリフって好きになれなくて、それって作者の秋本治先生のカチカチに固定された価値観ありきで成り立っていませんか?と尋ねたくなります。
ヤンキーの悪さを肯定するわけじゃありません。
成人式での暴挙や、爆音で街中を走り回る行為は許せないものがありますから。
しかし人の評価って、その時その時だけの行いではなく、人生のトータルで決まるものだと思っています。
一時悪さをしたから永遠に悪者のレッテルを貼られるならば、一時良いことをした人は、その後に悪さをしたとしても、良い人のレッテルに守られて罪を問えないことになってしまいます。
人の価値はそんな単純なものじゃないはずなのに。
もっと言うなら、真面目を良いことだと子供に押し付けると、真面目の中で苦しんでいる子をさらに追い込むことになります。
ヤンキーとまでいかなくても、そこまで真面目じゃなくていいよって言ってあげれば、心にかかる重圧もマシになるでしょう。
だから昔にヤンチャをしていても、後に更生したならば、褒めることは全然悪いことじゃないと思います。

 

calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930  
<< April 2020 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM