他所は他所、ウチはウチ なんでも海外と比べる必要はない

  • 2018.12.14 Friday
  • 11:36

JUGEMテーマ:社会の出来事

フランスですごい暴動が起きました。
ガソリンの値上げをキッカケに、色んな場所で国民の不満が爆発した結果だそうです。
フランスって世界でも最先端をいってるみたいに言われてるけど、あの暴動を見る限りそうは思えませんでした。
別に暴動を起こしたから最先端じゃないって意味ではありません。
あれだけの暴動が起きるってことは、それだけ国民に不満が溜まっていたんだろうと思うからです。
本当に進んだ国家なら、どうしてあそこまで不満が溜まるのか?
日本で「欧米は〜」とか「海外では〜」とか言う人って、いい所だけを紹介しているんでしょうね。
そんな夢の国があるなら誰だって行くでしょうし、誰だって真似するでしょう。
けど日本で海外の良さを紹介しているコメンテーターなり識者なりって、日本育ち日本在住がほとんどですよ。
行ったことも住んだこともないのに、どうして知った風なことが言えるんでしょうか。
仮に行ったことがあるとしても、一週間程度の旅行とか視察とかその程度ですよ。
そんな短い期間で何が分かるのか?
偏見かもしれないけど、インテリな人ほど欧米に対してのコンプレックスが強いように思います。
もっというなら白人へのコンプレックスです。
昔よくオカンが言っていました。
他所は他所、ウチはウチ。
隣の芝は青く見えるってなもんで、本当にフランスやアメリカのことを知っていたら、ただ褒めるだけなんてありえないはずです。
日本で暴動が起きれば恥ずかしいと考え、海外で暴動が起きれば「なんで日本人はこんな風に国に抗議できないんだ」なんて言う人がいます。
暴動は暴動なのに、日本か欧米かで全然受け取り方が違ってしまうんですよね。
フランスで起きたあの暴動、フランスのことだから好きにすればいいと思います。
他国に迷惑かけないならフランス人が自分たちの意志でやればいいだけのこと。
あれをもって「なんで日本人はフランス人のように〜」なんて意味もない戯言です。
逆に日本でああいうことが起きても「日本は恥ずかしい。海外の目が〜」なんて考える必要はないでしょう。
暴動がいいこととは思いませんが、それを非難するのに海外を持ち出す必要はありません。
日本はとにかく外国の目を気にすると言われています。
しかしそんな時こそオカンの名言です。
他所は他所、ウチはウチ。
日本にある問題を放置していいわけじゃないけど、何かと欧米を持ち上げるのには違和感があります。

煽り運転による事故は事件として扱うべき

  • 2018.12.03 Monday
  • 13:00

JUGEMテーマ:社会の出来事

東名高速で起きた煽り運転による事件。
事故じゃありません、あれは立派な事件です。
亡くなられた方、残された子供さんたち、追突してしまったトラックの運転手。
みんな煽り運転による被害者です。
今まではこういった事件でも事故と処理され、加害者に下される判決は危険運転致死傷であり、殺人になることはなかったそうです。
殺人って明確な殺意がないと下らない罪だそうで、じゃあそれをどうやって証明するかが大事になってくるのだそうです。
例えば素手で殴って相手を死なせてしまった場合、殺意の証明は難しくなります。
殺す気なんてなかった、当たり所が悪くてたまたまこうなってしまっただけだ。
そう言われたら殺意があったのかどうかは分かりません。
でもナイフで心臓を刺して死なせてしまったなら、殺す気はなかったなんて言い訳は通用しません。
なぜならナイフで心臓を刺せば死んでしまうなんて子供でも分かることだからです。
これをやれば確実に死ぬって結果が分かってるのに実行してしまったら、それは殺意があったってことになります。
殺意の証明には「結果を予見できたかどうか」が重要になるそうです。
ナイフで刺したなら死ぬという結果は容易に想像がつきます。
容易に想像がつくのに、どうして実行に移したのか?
それは殺意があったからってことになります。
東名高速の事件、あれはどう考えても危険な結果になると予見できたはずです。
高速道路ってとんでもないスピードで車が走っている場所ですよ。
自分が車に乗っていると分からないけど、いざ降りたらよく分かるはずです。
パーキングから高速の流れが見える所もありますよね。
遠目に見てもビュンビュン走ってるのに、そんな場所に車を停車させたら危ないことくらい簡単に分かります。
もし90キロだの100キロだので走ってる車に撥ねられたらどうなるか?
これも簡単に予見できます。
コンパクトカーでも一トンくらいはあるし、軽でも500キロとか600キロくらいの車重があります。
中には人が乗っているんだからもっと重くなるでしょう。
それに高速はトラックやバスなどの大型車も多く、スピードも出しています。
そんな場所で停車させたらどうなるか?
大事故に繋がる可能性が大であると予見できるでしょう。
こんな大事故に繋がるとは思わなかったなんて言い訳は通用しません。
危険な結果になるだろうと容易に想像できるんですから。
それでも強制的に停車させ、あんな事件が起きました。
人が死ぬかもしれないという危険性を予見しながらも、無理矢理停車させたのなら、これは立派な事件です。
しかも二人も亡くなられているんだから、二件の殺人罪で判決を下せばいいでしょう。
殺人は最低でも10年は刑務所に入ります。
ということは、二件の殺人なんだから最低でも20年は刑務所に務めてもらわないと困ります。
最低でもですよ。もっと重くてもいいんです。
人が死ぬかもしれないという結果を予見できた上で、あんな危険な行為に及んだんですから。
そして二人も亡くなった。
いったいどこに同情の余地があるんでしょうか。
突然両親を亡くした二人の子供さんの辛さは、一生のトラウマになってもおかしくありません。
そういうものだって加害者に背負わせないといけないでしょう。
それに追突したトラックの運転手さんも可哀想です。立派な被害者ですよ。
高速道路で車を停車させて暴行を働いているなんて、普通は予見できませんから。
全ては加害者の煽り運転から始まった行為です。
しかも煽った理由が、パーキングの出口の道を塞いでいたのを注意されて腹が立ったから。
アホです。アホの極みです。
どこにもまったく一ミリも同情の余地はありません。
被害者には一切の落ち度はなく、加害者には全ての原因があります。
これをもし事故として扱うなら、日本の法律は終わっています。
煽り運転による事故は、事故じゃなくて事件です。
裁判所はこれを事件として扱い、相応の罰を下すべきだと思います。
そうでなければ煽り運転が今後も減ることはないでしょう。
煽り運転に事故はない、全て事件として扱う。
そうすれば危険な運転も減るんじゃないでしょうか。

興味本位でエゴサーチなんてしない方がいい

  • 2018.09.28 Friday
  • 12:46

JUGEMテーマ:日常

JUGEMテーマ:社会の出来事

エゴサーチって言葉がありますね。
自分での自分のことをネットで調べることだそうです。
あれ、私は絶対にやりません。
自分の知名度を活かして商売をするような人だったらアリだと思います。
そういう人なら感情に流されずに上手く活用するでしょうから。
でも興味本位で自分調べなんてしない方がいいですよ。
陰口叩かれない人なんてそうそういません。
表面では良いこと言ってくれても、裏では何を言われているか分からない。
それは陰口を言われている本人だって同じでしょう。
きっとその人も誰かの陰口を言っていると思います。
でも現実世界ならそれでいいんです。
人間は誰でも不満を持つものだから、誰かの悪口だって言いたくなります。
大事なのは本人に聴こえないようにすることです。
でもエゴサーチなんてかけてしまうと、聴かなくてもいい陰口を聴く羽目になるでしょう。
ネットで誰かを褒めることは少ないです。
逆に貶す意見はたくさんあります。
わざわざ自分の悪口を言っている人たちの所へ行って傷つく必要がどこにあるんでしょうか。
多くの人は有名人ではないから、エゴサーチをかけても自分に関する情報が出てくることは少ないでしょう。
それよりもSNSで無視されるとか、自分だけにグループから仲間外れにされる方が堪えるかもしれません。
ネットに繋げばいつでも大量の情報が飛び込んできます。
見たくないものや聴きたくないものまで。
例えば動画サイトを見ていて、なぜかオススメに出てきた動画を再生させて、こんなの見るんじゃなかったって後悔した人もいるはずです。
検索をかけても全然関係ないサイトがたくさん表示されることもあります。
興味本位で覗いて「なんじゃこりゃ?」って首をひねることもあるでしょう。
そして人間は良い事よりも悪い事の方が印象に残りやすいものです。
芸能人はネットで自分のことを見ない人が多いそうですが、きっと悪口の方が印象に残るからだと思います。
たくさんの褒め言葉があっても、たった一つの貶し言葉で嫌な気持ちになる。
人間ってそういうものだと思います。
それに対抗するには二つの方法しかありません。
一つは余計な検索はかけないということ。
もう一つは自分自身が嫌な奴になるということです。
何に対してもふてぶてしく開き直るような。
炎上を狙って知名度を上げたり、仕事を得ようとしている人たちがそうなんじゃないかと思います。
どうせなら逆手に取って利用してやれと。
そして自分もまた誰かを貶して、気づけば自分を貶してきた相手と同じことをしているんです。
ネットはとても便利だけど、余計な情報まで飛び込んでくるものです。
調べなくても嫌なことが目に入るような場所で、わざわざ自分のことを調べたらどうなるか?
興味本位でやるようなことじゃないと思います。
人の心なんて覗かない方がいいですからね。

悪路でも駆け抜けるオフロードの白バイ

  • 2018.09.24 Monday
  • 14:48

JUGEMテーマ:車/バイク

JUGEMテーマ:社会の出来事

暇さえあればバイクの動画を見ています。
そしてこの前初めて知ったことがありました。
白バイにはオフロードも存在するって。
てっきりオンロード用の速いバイクだけだと思っていたんですが、悪路を走る為のオフロード用もあるとは。
任務はオンロード用のバイクでは入れないような場所へ行って、状況を伝えたり被災者の有無を確認したりです。
主に災害時の派遣が多いようです。
車じゃ通れない、オンロードじゃ走れない。
こういう時の為のオフロードバイクです。
バイクを知らない人の為に言っておくと、モトクロスみたいな感じのやつです。
凸凹道でも走れるし、木が倒れてても飛び越えられるし、大きな岩があっても乗り越えられます。
急な斜面だってなんのその!
ライダーの腕次第であらゆる場所を走ることができるバイクです。
浅瀬の川だって渡れるんですよ。
こういったバイクなら災害時にはうってつけですね。
だから最近の白バイ隊員はオフロードの練習をする人もいます。
大会でもオフロード部門があります。
白バイにオフロードが配備されたのは最近のことで、調べてみると2014年のようでした。
東京を襲うかもしれない首都直下型地震に備えてのことだそうです。
でもオフロードの性能はどこでも活かせます。
東日本大震災の時にも活躍したそうですよ。
色んなバイクがあるけど、私が一番好きなのはオフロードです。
理由は単純で仮面ライダーブラックが乗っていたから。
バトルホッパーっていう意志を持つバイクがいたんです。
仮面ライダーブラックは孤独な戦いを強いられていたけど、バトルホッパーは常にブラックをサポートし続けました。
もう一つロードセクターってバイクがあって、こっちはオンロード用のスピードタイプです。
ロードセクターもカッコイイけど、どっちかっていうとバトルホッパーの方が好きでした。
それにオフロードのデザインそのものが好きなんです。
他の車種に比べると人気が無いそうなんですが、私はカッコイイと思います。
中にはバッタみたいなんて貶す人もいるそうですが、それってむしろい褒め言葉ですよ。
バッタみたいに身軽で飛び跳ねられるから、どんな悪路でも走っていけるんです。
バッタみたいだからこそブラックの相棒としても似合っていたわけです。
ちなみに白バイのオフロードは一般の物よりも90キロ近く重たいそうです。
210キロとか220キロとかそれくらいだったと思います。
軽いからこそ軽快な取り回しが可能なオフロードなんですが、白バイとして使うとなると色んな装備品を載せるから重たくなってしまうんでしょうね。
それを普通のオフロードを変わらない感じで乗りこなす白バイ隊員はすごいです。
オンロード用の白バイもそうですが、オフロードもかなり厳しい訓練があるんでしょうね。
それを乗り越えた者だけが白バイ隊員になれる、だからあんなに上手いんでしょう。
オフロードの白バイはほんとにカッコイイけど、でも出番がないのに越したことはありません。
なぜならこのバイクが出動するってことは、災害などで道路が塞がれたりしているってことですから。
そんな状態にならないのが一番なんだけど、万が一に備えて日々訓練を積んでいる白バイ隊員はまさにプロです。
その腕は日々磨き続けてほしいけど、出動する機会がないように願いたいですね。

閉鎖的な状況が暴力を生む

  • 2018.09.07 Friday
  • 12:56

JUGEMテーマ:社会の出来事

パワハラや暴力行為が話題になっているスポーツ界ですが、どうしてここまで問題になるのか?
以前の記事では戦前の軍隊教育を引きずっているのが問題だと書きました。
でもそれだけじゃありません。
暴力行為が行われる時って閉鎖的な状況であることが多いんだと思います。
スポーツの練習場は誰でも入れるわけじゃありません。
外から隔離された閉鎖的な状況です。
要するに閉じられた空間なわけで、そこで行われたことは内部告発でもしない限りは外へ漏れないということです。
閉鎖的な状況の中で優先されるのは法律ではありません。
監督、コーチなど、力のある者たちマイルールです。
例えばブラック企業が似たようなものじゃないでしょうか。
会社の中は外から隔離された空間です。
だから法律よりも経営者のマイルールが優先され、たとえ犯罪行為であっても外に漏れない限りは許されることになってしまいます。
DVやイジメも同じでしょう。
家庭内、学校の中、悪さをしてもいくらでも隠蔽のしようがあります。
閉じられた空間の中で力を持つ者は、その空間の中では絶対的な権力者になります。
半径数メートルから数十メートルの独裁国家を築くことが出来るわけです。
歴史上には残虐な独裁者がたくさんいますが、それに似た小規模な独裁状態はあちこちで起きているのだと思います。
バレなきゃ何をやっても構わない。
だからバレそうになった時は必死に否定します。
閉鎖的な状況が壊れてしまったら、独裁者は終わりです。
マスコミが来て、野次馬も来て、SNSで拡散され、完全にオープンな状況に早変わりするからです。
そして小さな世界の独裁者ほど、世間に晒された時は気弱にうろたえているように思います。
だってもうマイルールが通用しないんですから。
そこから先は法律の世界であり、世間からの厳しい批判が待っています。
私は思います。
気の弱い人間に力を持たせるとロクなことにならないと。
ソ連のスターリンは少しでも自分の地位を脅かしそうな人がいると処刑したそうです。
カンボジアのポルポトは大人という大人を虐殺しました。
経験や知識が豊富な大人はいつ恐ろしい敵になるか分からないからです。
ゆえに知識人から先に殺していきました。
二人共ものすごく気が弱いのです。
自分の不安を解消する為に処刑だの虐殺だのをされたらたまったものじゃありません。
でもそこまでじゃなくても、小規模な独裁者は至るところにいて、似たようことをやっています。
自分の権限を振りかざして脅したり、従わない者には暴力を振るったり。
全て閉鎖的な状況が生み出しているんだと思います。
上に書いたポルポトも、始めのころは優秀な指導者と思われていたそうですよ。
けど国内の事情が明らかになると、世界中から一気にバッシングを受けました。
最期はベトナム軍が侵攻してその独裁を終わらせています。
権力を持った人間は、見えないところで何をしているか分かりません。
だからスポーツ界はもっとオープンにする必要があると思います。
家庭を全てオープンにするのは難しいです。
DVを無くす為とはいえ、全てを曝け出せばプライベートも何もあったもんじゃなくなるからです。
学校のイジメを無くす為に全てをオープンにすることも難しいです。
いつどこから変質者が入って来るか分かりません。
でもスポーツの世界はそうではないはずです。
練習はプライベートではないし、変質者がやって来てどうこうということもないでしょう。
仮にやって来たとしても、鍛えられた人が大勢いる場所なんだから、下手なことをすれば返り討ちに遭うだけでしょう。
閉鎖的な状況が改善されない限り、小規模な独裁はなくならないでしょうね。

スポーツ界の底に根付く戦前の軍隊教育

  • 2018.08.31 Friday
  • 15:20

JUGEMテーマ:社会の出来事

次から次へと起こるスポーツ界の問題。
その全てに共通するのがパワハラです。
この前ネット番組で橋下徹さんが甲子園について言及していました。
真夏の暑い日、高校生に連日投手をさせるのは間違っていると。
テレビでも新聞でも熱中症に予防しましょうとやっているくせに、その新聞とテレビが高校生を熱中症の危険に晒す甲子園の現状を後押ししていると。
この問題はドームで試合をするとか、ナイターにするとか、一年かけて時間的にゆとりをもって試合を消化するなどで解決できると言っていました。
じゃあなぜ未だに熱中症の危険がある状況で甲子園をやっているのかというと、感動を見せたいからだそうです。
その方がドラマとして盛り上がるので、演出の一環というわけですね。
いくら高校生がやりたいと言っても、そこに危険があるなら止めるのが大人の役目。
なのにその大人が感動を演出したいが為に高校生たちを危険に晒している現状は批判されても仕方ないと思います。
じゃあなぜこのような現状が改善されないかというと、橋下さん曰く、戦前の軍隊教育が残っているからだそうです。
過酷で状況で頑張るからこそ輝く。
そういった価値観は戦争中に兵隊を育てる為のものだったそうです。
そういえば私が中学、高校生の頃、新学期の初めにはなぜか体育で集団行動をさせられました。
みんなで列を作って行進。
全体止まれ!右向け右!休め!
あの頃は何も考えずにやっていましたが、橋下さんの言うことが本当だとするならば、戦前の軍隊教育は現在の教育にも引き継がれていたということになります。
スポーツの世界は特にそれが顕著なので、内部は絶対的な上下関係で構成されていることでしょう。
部下が上官の命令に逆らえば処罰を受けるように、選手が監督に逆らうのは許されないとか、後輩は先輩の理不尽な行為にも耐えなければいけないとか。
もう21世紀で、もうすぐ人工知能やロボットが職の大半を奪うかもしれないと危惧されている現在。
なのにまだこんな古臭い風習が続いているのかと思うとゾっとします。
そういえば以前に生徒の髪の色で問題を起こした高校がありました。
生まれながらに茶色い髪の毛なのに、それを黒く染めるようにと強要され、海外でも話題となっていたようです。
政治的に右寄りだとか左寄りだとか個人の自由なので好きにすればいいけど、カビが生えたような古臭い風習を強要するのは如何なものか。
そういう行為こそが社会の反発を生んで、より自分たちの居場所が奪われていくってことを、化石のような価値観を引きずっている人たちには理解できないのでしょう。
スポーツの世界も同じです。
いったいいつまで古臭い風習の中でやっているのか。
日本人でもっとも有名で成功したスポーツ選手とえいばイチローです。
でもイチローはそういった日本の古臭い風習は嫌っていたそうです。
元サッカー選手の中田英寿さんもそうだし、日本の伝統とか品格を大事にするはずの相撲界は、元はそういうものとは無縁なはずの海外の力士がトップを席巻しています。
相撲界が大事にしているのは伝統や品格ではなく、子供じみた小さなプライドのようにしか思えません。
むしろ海外からやって来た力士の方が、よっぽど日本の伝統や品格を理解しているのではないかと思います。
言ってることとやってることが違う相撲界だから、海外勢の力士たちも不満を持つんでしょう。
あんたらが大事にしてるのは、自分の名誉と稼ぎだけだろうって。
だから俺たちに負けるんだって。
絶対に言葉に出しては言わないでしょうけどね。
相撲もアマチュアボクシングもレスリングも体操もラグビーもここまで問題になって、でもそれは氷山の一角なのかもしれません。
根っこに戦前の軍隊教育のようなものが根付いているなら、それを排除しない限りいつでもどこでも同じ問題が起こるでしょうね。
もう戦争が終わって70年以上。
いい加減に精神的な負の遺産は消え去ってほしいものです。

武器と防具のバランスが取れていればもう少し平和になるかも

  • 2018.08.28 Tuesday
  • 14:49

JUGEMテーマ:社会の出来事

JUGEMテーマ:国防・軍事

武器は時代とともに凄まじい進化を遂げています。
最初は動物の骨を武器として使い、その後に石器、青銅、鉄と変わっていきます。
より硬く、そして加工のしやすい物が武器の性能を決めるからです。
また種類も増えました。
強力な武器同士で戦うということは、自分も大きな怪我を負うことになります。
そうならないようにするには離れた所からの攻撃が一番です。
投げ槍、投石器、弓矢が生まれました。
そして武器の進歩に対応するように防具も発達していきました。
盾、兜、鎧。
武器を防いでくれる防具の存在は戦場では欠かせないものです。
しかし火薬の発明によって、武器と防具のバランスは大きく崩れることになりました。
鉄砲、爆弾。
火薬を使用した強烈な武器の前には、盾も鎧兜も無意味です。
それどころか動きが鈍くなってしまうので、かえって身を危険に晒すだけでしょう。
武器には武器で対抗する。
防具がほとんど役に立たなくなってから、武器の進歩はさらに加速しました。
より確実に、より大量に殺戮できる爆撃機。
そこからにさらに発展してミサイル、核兵器・・・・。
強い武器の登場は留まるところを知りません。
嘘か本当か、人工衛星から巨大な鉄の塊を音速で落として攻撃しようとするアメリカの兵器の構想もありました。
威力は核と同等、しかも放射線が出ないから、核よりも使用に躊躇いを持つことがありません。
恐ろしい兵器です。
レーザーや超電磁砲の開発も進んでいるようで、レーザー兵器に関しては実戦配備がすんでいたと思います。
今のところは偵察機を撃ち落とすくらいだけど、もっと研究が進めばミサイルや戦闘機でも迎撃できるようになるでしょう。
ガンダムやゾイドなどのSFアニメには、強力な武器と共に強力な防具も登場します。
ビームを弾くIフィールド。
荷電粒子砲を打ち消す反荷電粒子シールド。
ビーム、実弾、レーザーなど、あらゆる攻撃を防御するEシールド。
エヴァンゲリオンのATフィールドも強力です。
強い武器があるなら、それを防ぐ防具も必要になる。
ゾイドに至っては、超頑丈な装甲のおかげで、荷電粒子砲の直撃を食らっても耐える機体があります。
要するに武器と防具のバランスが取れているわけです。
だけど現実では武器ばかりが強くなり、それに対抗する為にまた強い武器を作りと、キリがない状態です。
その研究が一歩一歩進むたびに、人類が破滅の危機に晒されていると思うのは私だけでしょうか?
強い武器を持ちたがるのが人間なら、それを防ぐほど強い防具だって欲しくなります。
けど実際はSFのようなバリアは簡単には出来ません。
映画インデペンデンスデイでも、宇宙人のUFOは核すら防ぐほどのバリアを張っていました。
正直なところ、あれっていったいどういう構造なんだろうと思います。
物体ではないシールドなわけだから、何かの力場なのかもしれません。
そして残念ながら、今の人類にはそんなバリアを張れるだけの技術はありません。
もしもSF映画に出てくるような強いバリアやシールドが実現出来たなら、戦争が起きても被害は軽減されるでしょう。
もっというならどちらが先にバリアを破るのかの戦いになると思います。
なぜならバリアが破られてしまったら勝負アリだからです。
インデペンデンスデイであれだけやられていた人間の軍隊も、UFOのバリアが消えた途端に逆転しましたから。
バリアが破られたらそこで戦争も終わり。
そして破られるまでの間は被害はほとんど出ません。
武器に伴って防具が発達すれば、例え戦争は避けられないものだとしても、被害は小さくて済みます。
いつかアインシュタインを超えるほどの天才が現れるとか、人工知能がもっと発達するとかすれば、強力なシールドやバリアも夢物語じゃないのではないかと思います。

日本人は信仰という観点からではなく、儀式という観点で宗教を見ている

  • 2018.08.14 Tuesday
  • 12:27

JUGEMテーマ:宗教

とある本に「日本人は信仰という観点ではなく、儀式という観点で宗教を見ている」と書いてありました。
神様を信じる、教えを大切にする。
普通は宗教ってそういうものだと思うんですが、日本人はちょっと違うようです。
よく言われることですが、年末年始は三つの宗教儀式のオンパレードです。
クリスマスを祝い、除夜の鐘を突きに行き、年が開ければ初詣に参ります。
それに結婚式はキリスト式か神式、葬式は仏式が多いです。
キリストの誕生日はキリスト式に倣い、年の瀬には除夜の鐘で仏式、新年初めは神社へお参りという神式。
異なる宗教には異なる神様がいて、異なる儀式を持っています。
つまりそれぞれ異なるフォートマットがあるわけで、それを状況に応じて使い分けているということになります。
神式は慶事を担当しているので、七五三やお祭り、それに結婚式という儀式の際に用いられます。
仏式は弔事を担当しているにで、葬式や法事という儀式の際に用いられます。
もちろん神式の葬式、仏式の結婚式もありますが、それを選ぶ人はそう多くないでしょう。
よほど敬虔な信者でもない限りは、状況に応じた儀式を選びます。
キリスト式は慶弔の両方を担当していますが、日本ではキリスト教徒が少ないこと、それに勝手なイメージでなんとなく華やかそうという理由から、慶事に向けられることが多いのだと思います。
他の国の人からすれば、不思議だったり、時に怒りが沸いたりするかもしれません。
だけど決して宗教や神様を馬鹿にしているわけではなく、日本人なりの独特な宗教観ゆえの現象です。
儀式という観点から宗教を見ているのが日本人なら、信心以上に「形」というものに拘るからです。
例えば敬虔なイスラム教徒が日本の会社で働くことになったとした場合、勤務中であってもお祈りの時間に席を立つことを許してくれることが多いと思います。
日本人には敬虔なイスラム教徒の信心は測りかねますが、一日に数回捧げるお祈りが大事な儀式であるということは分かります。
例えその人の心の中までわからなくても、儀式という目に見える形は分かるわけですから、「この人にとっては大事なことなんだな」と理解を示すことが可能です。
敬虔なクリスチャンの場合でも同じでしょう。
日曜日は絶対に教会にミサに行かなければいけないという場合、日曜出勤は免除されるか、もしくはミサが終わってからでいいという具合になるでしょう。
日本の宗教でも同じです。
葬式どの宗教でも休ませてもらえるとして、だけど数年後に死者を弔う法事の場合でも、ちゃんと休みを取ることが出来ます。
それに地域によってはお祭りがあるから会社や学校の休みが認められることもあります。
お祭りは地域の大事な行事であり、地域の結束という意味で重要な儀式だからです。
信心がどうこうと語られても、人の心の中まで覗くことができないので、理解されることもあれば、誤解を生んで喧嘩になることもあるでしょう。
しかし儀式という目に見える形から宗教を見ていれば、この問題はある程度解決できます。
「この行為は自分の信心にとって絶対に欠かせない大事なことなんだ!」
そう言われては頷くしかないからです。
例え相手の宗教に対して無知であっても、その人にとっては重要なことなんだと理解しやすいメリットがあります。
宗教を儀式という観点から見ることで、社会も人間関係も円滑に回すことができます。
人によってはいい加減だと思うかもしれませんが、そういう柔軟なやり方のおかげか、日本では大きな宗教戦争は起きていません。
たまに新興宗教が無茶をすることはありますが、伝統的な宗教の場合、社会を巻き込むほどのトラブルは起きていません。
いっぱい神様がいて、いっぱい宗教があって、しかも区切りがあるのかないのか分からない適当な宗教観。
この適当さのおかげで、宗教的には日本は平和を保っています。
だからこそオウムの起こした事件は衝撃的でしたが。
日本人は宗教を押し付けられるのは嫌うけど、そうじゃないなら最大限に相手の宗教を尊重します。
イスラム教でもキリスト教でもユダヤ教でも仏教でも神道でも、周りに大きな迷惑さえ掛けないなら、こっちも相手の信仰を非難することはありません。
信心は心の問題だから、完全に相手の信仰を理解することは難しいです。
だから完璧な排除もしないし、完璧に受け入れることもしません。
相手と良い距離を保ちつつ、状況に応じて宗教儀式を使い分ける。
日本が宗教的に平和なのは、そういった独特な宗教観のおかげだと思います。

ドイツの哲学者が来日して語っていた日本の良いところと悪いところ

  • 2018.08.11 Saturday
  • 13:47

JUGEMテーマ:社会の出来事

JUGEMテーマ:思想・啓発・哲学

ドイツの哲学者が日本へやって来て、東京、大阪、京都を巡るという番組がありました。
才能溢れる期待の若手だそうです。
三つの都市を巡り、対談したり街を歩いたりして、色んな感想を述べていました。
東京は文化や政治や経済が高度に発達し、それらが混在する面白い街だけど、抑圧的だと言っていました。
この街では激しい淘汰が行われていて、東京という環境についていけない者は淘汰される生きていけない厳しい場所であると。
大阪ではロボット工学の権威の先生と対談していました。
世界的に有名な先生だそうで、自分を模したロボットを作って、世界中で講演されているそうです。
どの国の人も素直に驚いてくれるけど、ドイツでは反応が二つに分かれると言っていました。
半分は他の国と同じように驚き、もう半分は強い拒絶を示すと。
どうしてですか?とドイツ人の哲学者に尋ねると、ドイツでは哲学が根本にあるからだと答えていました。
人間の尊厳は不可侵である。
それを破壊する可能性のあるものには拒絶感があるのだと。
なぜなら人間の尊厳が破壊された時、ナチスのような歴史を繰り返すからだと。
ロボットがもっと発達し、人間との境目がなくなってしまえば、そこに待っているのはコンピューターによる管理者会なので、人間の尊厳は失われる。
それはつまり、人間が強制収容所へ送られるのと同じことである。
だから拒絶を示すのだと答えていました。
その哲学者の先生自身も、ロボットは科学的には興味深いけど、同時に人型ロボットには拒絶を感じると言っていました。
ロボット工学の先生は、ドイツ人がそのような考え方をしていると初めて知りましたと答えていました。
京都では古いお寺や日本庭園を巡っていました。
お寺の天井に描かれた絵を興味深く見上げ、庭園の石を見つめながら「まるで意識が宿っているようだ」と言っていました。
ほんとはそんなはずないのにそう感じると。
他にも日本の大学で意見を交わしたり、講演会を行ったりと、とてもバイタリティ溢れる人でした。
車での移動中、最近新幹線で起きた殺人事件のことを知って驚いていました。
運転手の人が自分なりの意見を述べていました。
今の時代は子供が遊ぶ場所がなくなって、なんでも大人に締め付けられて、自分の気持ちの発散の仕方を知らないのだろう。
だから大人になってから、そういうのが爆発して、ああいった犯罪に走るのだろうと。
そうい意味のことを言っていました。
哲学者の先生は険しい表情でそれを聞いていました。
日本は文化も政治も経済も発達して、科学技術だって進んでいます。
それは哲学者の先生も認めていたし、世界を良くする為には日本の協力が必要不可欠だと訴えていました。
しかし抑圧的な社会であるとも言っていました。
そういえば昔、マザーテレサが来日した時にも同じような言葉を残していたはずです。
日本はなんでも揃った豊かな国だけど、精神的には貧しく見えると。
哲学者にしろシスターにしろ、海外の人の目には、日本はそういった具合に映るようです。
そして今、日本人自身もそう感じているはずです。
こんな抑圧された社会はないと。
自殺率、ブラック企業、虐待やDVやイジメ。
ひどい時にはこの前の新幹線のような事件や、相模原の障害者施設を襲った事件があります。
死者は19人、負傷者は26人というとんでもない事件です。
犯人は動機を語っていましたが、あれって結局は自身の精神的なストレスから至った行為ではないかと思います。
秋葉原の事件、それにネオ麦茶事件。
どれも抑圧からくるストレスに耐えかねて犯行に至ったんじゃないでしょうか。
誰でもよかったとか、ムシャクシャしていたとか、そういった動機で事件を起こす人たちも。
日本って基本的には平和だけど、たまにとんでもない事件が起こります。
哲学者の先生は言っていました。
悪には二つあって、一つは破壊を目的とした悪。
もう一つは管理された社会の中で起こる悪があると。
後者は完璧な秩序は悪であるということだそうです。
日本はあまりに秩序が行き過ぎて、その抑圧に耐えられなくなった時、犯罪や自殺、法律を無視した経営や家庭内の暴力が起こっているのかもしれません。
秩序が壊れすぎてもダメだけど、行き過ぎてもダメ。
なぜなら心が破壊されて、色んなトラブルや犯罪が起きるから。
きっとあの哲学者の先生は言いたかったのだと思います。
日本人よ、もうちょっと楽になれって。
マイケルムーア監督が来日した時も同じことを言っていました。
日本人よ、マジで休めって。
頑張って、戦って、いついかなる時でも秩序を重んじることだけが正しいことじゃないのでしょうね。
マザーテレサも、マイケルムーア監督も、あの哲学者の先生も、ピタリと日本の良いところを言い当て、ピタリと悪いところも言い当てています。
行き過ぎた怠惰は悪だけど、休息のない社会にも平和があるとは思えません。
国一つが強迫神経症みたいになってしまって、そこから抜け出すには休むしか方法がないと思います。
これは実際に強迫神経症に罹ったことがある私が言うんだから間違いないです。
薬よりも診療よりも、休息が一番に心を癒してくれました。
でも安易に休息が出来ないのが今の日本です。
疲れても横になることさえ許されない社会なら、大きな不幸を抱えているのと同じことかもしれません。

虚像の世界

  • 2018.07.29 Sunday
  • 14:01

JUGEMテーマ:テレビ全般

JUGEMテーマ:社会の出来事

ミュージシャンはCDが売れなくなった代わりにライヴが盛況だそうです。
テレビの視聴率もスポーツ中継は好調のようです。
バラエティ番組がつまらないと言われていますが、テレビとは関係ない舞台の上のサンドウィッチマンの漫才は大人気のようです。
これって多くの人が虚像の世界に飽き飽きしているんだと思います。
スポーツは筋書きのないリアルだし、漫才は最初からフィクションと分かって上で楽しむものです。
ミュージシャンのライヴは生の演奏を体感できるリアルがあります。
さもリアルに見せかけて、実は台本ありきで進んでいく報道やバラエティに、視聴者はうんざりしているんだなって分かりますね。
フィクションならフィクションと最初から言えば、これはコントなんだなとか、ドラマなんだなと楽しめます。
要はそういうものを作れるだけの力がないから、嘘をリアルに見せかける必要があるんでしょう。
嘘をリアルと見せかけた茶番はもうたくさん。
私は電波オークションに賛成しています。
数少ない決まった局だけが放送権を手にしていることの異常さはありません。
そもそも放送権ってテレビ局のものじゃないんですよ。
あれは総務省が権利を貸出しているだけで、一部の企業が独占していいものじゃありません。
日本のように娯楽産業がさかんな国で、限られた局しかテレビ放送を出来ない仕組みってどう考えてもおかしいです。
地方に行けばたくさんローカル局があるけど、結局はキー局の系列というだけで、独立したテレビ局は少ないです。
東京から全国へ発信できる局を増やさない限り、テレビがつまらなくなるのを止める術はないと思います。
決まった局とだけ争っていていい番組ができるわけありません。
しかもそれぞれ個性を発揮するならともかく、横並びの番組の多いことも問題です。
特に報道が横並びになることは、面白いとかつまらないとか以前に怖さを感じてしまいます。
そして何より問題なのがNHKでしょう。
誰か一人でもいいからテレビに出ている人がNHKの受信料を問題視してくれたらなと思います。
テレビの世界にいる人は誰も逆らえないみたいな感じの。
民法に対しては強気に出る政治家も、NHKの受信料を大声で問題にすることは少ないです。
ただ今のところは法律で義務化されておらず、罰則もありません。
そうなればありがたいなんて言ったNHKの偉い人がいましたが、その発言の内容はさも払って当然みたいな文言でした。
24パーセントが払っていないから公平ではないとのです。
なら100パーセント誰も払わなくなれば公平なので、それでいいんじゃないでしょうか。
この発言をした偉い人、NHK会長の籾山さんという人なんですが、ゴルフに行く為にハイヤーを使っておいて、その料金の請求がNHKになっていたことがあるそうです。
なんで個人のゴルフで使ったハイヤーの料金をNHKに回すのか?
会長ならなにしてもいいのか?
内部告発で明らかになりましたが、それがなければ永遠にバレないままだったでしょう。
モリカケ問題をずっとやっていますが、他のテレビ局は是非こういう問題をこそ大々的に扱ってほしいものです。
テレビの世界は虚像であり、その裏側にはドロドロした利権が絡んでいるんだろうなあというのは、今や多くの人が知っていることでしょう。
こんな状態でテレビの人気が回復するわけがありません。
ほんとうに未来のない業界だなと思います。
インターネットが何もかも万能で素晴らしいとは言いません。
災害時などはやはりテレビの力が大きいです。
けど今のままでいいとも思いません。
放送の為の電波をオークションにかけ、新規のテレビ局を増やしていく。
そしてNHKの受信料は強制をNGとする。
この二つをやるだけで明るい未来がありそうなのに。
私の場合、一週間のテレビ視聴時間は1時間ほどです。
単純にテレビの前に座っている時間がもったいないと感じるようになったからです。
電波オークションが出来ないのも、NHKの受信料が強制なのも、テレビがメディアの王様だからこそまかり通ることです。
早く王座から陥落する日が来ないかなと待ちわびています。
そうなった時、ちょっとは報道もマシになって、ドラマやバラエティも面白い番組が戻ってくるんじゃないかと思います。

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