ダーナの神話 最終話 新たな神話へ

  • 2014.10.27 Monday
  • 16:39
JUGEMテーマ:自作小説
『ダーナの神話 月の女神と妖精』
アメルが綴った最後の物語。
長く続いた神話は、主人公ダーナの妹、アメルの手によって完結を迎えた。
そして彼女の恋人、憲一が最後の一行を書き、麻里の神話に続く新たな物語として現実に押し寄せた。
世界は形を変え始め、黒い影はたちまち消え去った。
そして黒い影に飲み込まれた魂は、妖精へと姿を変えて復活した。
「ケンイチ・・・。」
神話を創り上げたアメルは、美しい妖精に姿を変えていた。
綺麗な緑のドレスを身に付け、憲一の手を取って浮かび上がった。
「ケンイチ・・・よかった・・・。二人で力を合わせたから、神話を書き換えることが出来たわ。」
憲一は煌めく流れ星の光を纏い、アメルを抱えて微笑んだ。
「アメルのおかげや。ほんのちょっとの勇気で大きく変わるもんや。」
「そうよ。優しいと臆病は違うんだから。優しい人は、ちゃんと勇気を持ってる。ケンイチみたいにね。」
アメルは憲一の首に手を回し、強く抱きついた。
「兄ちゃん・・・。」
アメルの神話が押し寄せたせいで、幸也に人間に戻っていた。
少しだけ残念そうに頭を掻きながら、兄の元へ駆け寄った。
「せっかく妖精になれたのになあ。また人間に戻ってしもた。」
「しゃあないやん。お前は生きてるんやから妖精にはなられへん。人間として、ちゃんとこの現実で生きていけ。」
「なんや、偉そうに言うて。やっぱり彼女が出来ると変わるもんやなあ。」
「ほっとけ。俺はもう臆病者とちゃうぞ。大事な人がおるんやからな。」
憲一とアメルは顔を見合わせて笑い、幸也は呆れたようにそれを見つめていた。
《兄ちゃん、よかったな。大事な人に出会えて・・・。》
里美のことを思い出し、背を向けて目尻を拭った。
「大丈夫?どこか痛いの?」
麻里が心配そうに顔を覗き込んで来る。幸也は首を振り、麻里の頭を撫でた。
「麻理ちゃんはええな。妖精のままで。」
「そうかな?」
「そうやで。麻理ちゃんはまたみんなに会えるやんか。お父さんやお母さん、それに俊君とも。」
「・・・うん。死んだ魂はみんな妖精になってるはずだって、ダフネが言ってたから。」
「なら楽しみやな。きっと俊君喜ぶで。」
そう言ってまた頭を撫で、じっと月を見上げるダフネに目をやった。
夕方と夜の間の、ほんの束の間の不思議な色をした空の中に、薄く輝く月が浮かんでいる。
ダフネは月を見上げながら、ぽつりと涙をこぼした。
「私・・・やっとあそこに行けるのね。あそこで・・・ダーナの神話の世界に住めるのね・・・。」
幸也はダフネの横に立ち、同じように月を見上げた。右端が薄く欠けていて、目を凝らすと表面のでこぼこが見えた。
「あの中に君の世界があるんや。ずっと夢に見てたんやろ?人間の頃からずっと・・・。」
「うん・・・。随分回り道しちゃったけど、やっとあそこに住める・・・。
みんなのおかげだわ・・・・・ありがとう。」
そう言って青い瞳を潤ませて、また月を見上げていた。
そこへアメルが飛んで来て、ギュッと抱きしめた。
「よかったねダーナ!やっと願いが叶って。」
「・・・うん。」
「みんなで一緒に、あのお月様で暮らそう。今度は・・・きっと幸せになれるよ。」
「アメル・・・・。」
姉妹は抱き合う。手を握り合い、これまでの不幸を掻き消すように笑った。
それを見ていた幸也は、一人寂しい想いを抱えていた。
《みんな・・・行ってまうんや。神話の世界へ、俺を残して行ってまうんや。
幸せやんかみんな。俺は一人残されて、どうしたらええんや・・・。》
もう里美はいない。兄も、麻里もいなくなってしまう。みんなは会いたい者に会えるし、これからずっと一緒に暮らせる。しかし自分だけが蚊帳の外だった。
ダーナの神話を食い止めることが出来たのは嬉しい。しかしそれと同時に、強い悲しみと孤独が襲ってきた。
《子供の頃からずっと神話が好きで、ずっと神話を愛してたのに。
最後の最後で蚊帳の外や。残ってへん・・・俺には何も残ってへんやんか・・・。》
ダフネとアメルは喜びの涙を流している。
しかし、幸也は悲しみと孤独の涙を流して俯いた。すると誰かがぺしぺしと頬を叩いた。
誰かと思って顔を上げると、思いがけない再会に言葉を失った。
「どうしたの、そんな顔して?そんなに自分の彼女が珍しい?」
「・・・里美・・・。」
消えたはずの里美が、妖精となって目の前にいた。
幸也はしばらく動くことが出来なかった。もう二度と会えないと思っていたのに、思いがけない再会に立ち尽くしていた。
「里美!里美・・・・。」
「おう、よしよし。泣かない泣かない。」
里美小さな手で頭を撫で、まるで子供をあやすように語りかけた。
「ずっと一人で辛かったね。ごめんね、幸也を残していっちゃって。」
幸也はぶるぶると首を振り、強く里美を抱き寄せた。
「ちょっとちょっと!力入れ過ぎよ。」
「あ、ああ!・・・すまん・・・。」
鼻をすすり、妖精となった里美を見つめた。気の強そうな顔は相変わらずで、堂々とした雰囲気もそのままだった。
「何よ、じっと見つめて。何か言ったら?それともそんなにこの姿が似合うかしら?」
「はは・・・。お前と妖精なんか一番似合わんわ。」
「あら、何よそれ。自分の彼女に向かってさ。」
懐かしいやり取りがさらに涙を溢れさせ、まともに喋ることが出来なかった。
「ねえ幸也、あなたはよく頑張ったわ。でもまだ終わりじゃない。
私やあなたのお兄さんは月へ行っちゃうけど、あなたはここで生きるの。
この現実の世界で、ちゃんと自分の人生を歩かなきゃいけないのよ。」
「・・・でも一人や。お前もここに残ってくれや・・・。」
「無理よそれは。もう二度と空想と現実は交われない。私はあの月の中でしか生きられないから・・・。
でも・・・幸也のことは絶対に忘れないわ。あのお月様から、ずっとあなたのことを見守ってるから。」
そう言って軽くキスを交わし、ゆっくりと離れて行った。
「じゃあね、幸也。幸せになってね。」
里美は手を振りながら、空高く舞い上がっていく。
そして妖精の群れに加わり、月へ向かって飛んで行った。
「待ってくれ!行かんといてくれや!俺を一人にせんといてくれ!」
必死に手を伸ばすが、もう決して届かない。里美は妖精となり、月へと旅立って行った。
「そんな・・・。行かんといてくれ・・・・。」
孤独が押し寄せ、力なくその場に崩れた。
もう自分は完全に一人・・・・。こんなことなら、自分も死んでいればよかった。
それなら妖精になって、みんなと一緒に月へ行けたのに・・・・。
幸也は項垂れ、自分だけが生き残ったことを悔やんでいた。
すると憲一が肩を叩き、「顔を上げろ」と言った。
「お前は一人とちゃうぞ。この世界には色んな可能性があるんや。」
「・・・可能性ってなんやねん・・・。」
「空想の世界は、それは天国みたいに思えるかもしれんな。でも、どんな空想の物語にも筋書きがあるんや。
登場人物はその筋書きを変えることは出来へん。それは運命みたいなもんで、どう頑張っても逆らうことは出来へんのや。」
幸也は涙を拭い、兄を見上げた。
「何を言うんねん・・・。兄ちゃんらはずっと幸せに暮らせるやないか・・・。」
「そうや。でも自分があれしたい、これしたい思っても、筋書きからははみ出されへん。あくまで物語の中でしか自分を演じられへんのや。
でもお前は違うぞ。現実の世界は筋書きなんかないんやからな。」
「・・・筋書きがない・・・?」
「そうや。筋書きがないっちゅうことは、何でも自分で変えられるいうことや。
自分のやりたいようにやれるし、生きたいように生きられる。夢を追うことも、恋人を見つけることも出来るんや。」
憲一は幸也の肩を叩き、手を取って立ち上がらせた。
そこにはダフネやアメル、麻理が笑いながら立っていた。
ダーナの神話に綴られた登場人物達は、明らかに現実の世界から浮いて見えた。
そして憲一もこの世界から乖離し始め、現実感を失った存在になっていた。
「まるで立体映像でも見てる感じやろ?」
「・・・みんな、もう行ってしまうんやな・・・。」
幸也は胸の中の孤独を押し殺し、皆を見つめた。
これから一人になる。兄の言うように恋人だって夢だって見つけられるかもしれないが、それでも皆と別れるのは寂しかった。
するとそんな幸也を見て、ダフネがそっと手を取った。
「コウヤ。ごめんなさい・・・あなたの愛しい人達を奪ってしまって。
でも約束するわ。この先どんなことがあっても、あなたのお兄さんは守ってみせる。
私は月の女神だから、あの星に住む者達を守らなきゃいけない。
だから・・・また私達に会いたくなったら月を見上げて。目に見なくても、ちゃんとそこにいるから。」
「そやな・・・。毎晩お月さんを眺めるわ。雨の日でも・・・。」
ダフネは頷き、金色の髪をなびかせて浮かび上がった。
それを見上げていると、麻理がぺしぺしと頬を叩いた。
「ああ、麻理ちゃん。君にはほんまに助けられた。ありがとうな。」
「ううん、私も物語を創るの楽しかったよ。だから月に行ったら、また物語を創ろうと思うの。
今度は俊の為に、恐竜のお話を創ってあげるんだ。」
「そうか、きっと俊君喜ぶな。向こうに行ってもみんなで仲良く暮らすんやで。」
麻理は「うん」と微笑み、ダフネの横に舞い上がった。
「コウヤ。あなたのおかげで最悪の結末は食いとめられた。一緒に戦ってくれてありがとう。」
「アメル・・・。羨ましいな、あんたみたいなええ女と付き合える兄ちゃんが。」
「うふふ、そんなこと言ってるとサトミに怒られるわよ。」
「ははは、そやな。月から文句言いに来よるかもしれんな。」
「大事な人を失う気持ちは分かるわ。私だって、もしケンイチが消えちゃったらって思うと・・・。
だから絶対に失うわけにはいかないわ。ダフネもケンイチも。」
「うん。兄ちゃんのこと、よろしく頼んだで。」
「任せて。それじゃあね、コウヤ。」
アメルは幸也のおでこに口づけをし、綺麗な羽をはばたかせて舞い上がった。
「幸也!俺らはずっとお前のこと見守ってるからな。お月さんは遠いけど、いつでもあそこにある。
だからお前も・・・俺らのこと忘れんといてくれよ。」
「当たり前や。兄ちゃんこそ浮気したらあかんで。アメルを怒らしたら竜巻で飛ばされてまうからな。」
「ははは、そら怖いな。でも俺にはアメルしかおらんからな。
彼女より大事なもんなんてないし、これからもそれは変わらへん。
俺にはもったいないくらいの人やのに、浮気なんかしたら罰が当たるわ。だいたい浮気出来るほどの男とちゃうしな。」
「そらそうや。ちゃんと身を弁えとうやん。」
ケンイチは「ほっとけ」と笑い、ダフネ達の元へ浮かび上がった。
「じゃあねコウヤ。またいつか、きっと会いましょう。」
「ああ、会えたらええな。でもまた空想が押し寄せてくるのは勘弁やで。」
「うふふ、そんなことしなくても、また私達に会える方法があるでしょ?
神話好きのあなたなら、よく知っているはずよ。」
ダフネは金色の光でみんなを包み、妖精の舞う空へ舞い上がって行った。
「さようならコウヤ!またね!」
そう言い残し、手を振りながら空へ消えていった。
妖精達もその後を追うように消え去り、辺りには夜の闇と静けさだけが残った。
夜空には黄色い月が浮かんでいて、流れる雲を明るく照らしている。
「またみんなに会える方法か。確かに知っとるけど・・・俺に出来るかな?」
ダーナや麻理、そしてアメルは自分の神話を創り上げた。
ならばその続きを綴るのは・・・・・。
いささか自信がなかったが、それでもやってみようと思った。
《下手でもええやん。思うように、自分の物語を書いてみるか・・・。》
しばらくすると、真っ暗な空が昼間のように輝いた。
憲一が魔法を使って空想を押し戻し、世界があるべき姿へと戻っていく。
空想は空想、現実は現実。
二つの世界が別れ、分厚い壁で遮られて、それぞれの場所に収まっていく。
空想と現実、この二つの世界を交えることが出来る、唯一の方法。
それは本や絵、音楽といった表現物だけで可能になる。幸也は黄色い月を見上げ、物語を創ることを決意した。
『ダーナの神話』を綴り、そして目に見える形にしようと。そこには自分なりの物語も加えて、さらに世界を広げていこうと。
兄の言った「現実の世界に筋書きはない」という言葉を思い出し、悲しみと孤独に耐えた。
《大丈夫、俺はまだ生きとる。何が起こるか分からへんのが現実なら、それを楽しむだけや。》
破壊された街が、時間を巻き戻したように再生していく。
空想が切り離されたおかげで、あるべき現実の世界へと戻っていく。
もう空想が押し寄せて来ることはない。
ダフネも兄も、アメルも麻里も、手の届かない世界へ行ってしまった。
しかしいなくなってしまったわけではない。夜空に浮かぶ月の中で、空想の世界の中に生きている。
幸也はダーナの神話を想いながら、ずっと夜空の月を眺めていた。


*****


ダーナの神話 魔法の箱舟と銀河の空


月には誰も知らない世界があった。
人が宇宙へ移り住む時代が来ても、決して見つけることの出来ない世界があった。
大きな光の壁で隔てられた現実の向こうには、ダーナの国と呼ばれる光の国があった。
そこには月の女神ダフネと、美しい妖精が住んでいた。
花が咲き乱れ、一年中鳥や虫が謳う神話の国だった。
妖精の王ケン、そしてその妃のアメルは、毎晩遠い銀河を眺めていた。
昼間はダフネや他の妖精と歌ったり踊ったりしながら過ごしたが、夜になると島の岬にやって、来て二人だけの時間を過ごした。
数え切れない幾つもの夜を過ごし、やがて二人の間に子供が出来た。
ダフネと妖精達はそれを祝福し、生まれて来る子供の為に箱舟を造った。
それは月を飛び出して銀河を駆けることが出来る、魔法の船だった。
やがて小さな妖精が生まれ、ケンとアメルはその子にダナエと名付けた。
そこには月の女神ダフネのように美しく、優しい子に育ってほしいという願いが込められていた。
ダフネはそのことを嬉しく思い、ケンとアメルに負けないくらいダナエを可愛がった。
ダナエはすくすくと成長し、花の咲き誇る島で、妖精達と楽しく過ごしていた。
そして遂に魔法の箱舟が完成し、ダナエに贈られた。
ダナエは船に乗って舵を取り、空を駆け回った。ケンとアメル、そしてダフネを乗せて光の国を思う存分駆け巡った。
毎晩のように船に乗り、高い空から宇宙の銀河を見つめた。
《いつか・・・光の国を出てあの銀河に行ってみたい。》
美しい少女へと成長したダナエは、ある日ダフネに呼び出された。
《ねえダナエ。この宇宙の中心には、大きな神様がいるのよ。》
《大きな神様?それはどんな神様なの?》
《大きな神様は、ここより大きな光の国に住んでいるの。とても大きな体をしていて、立派な椅子に座った偉い神様なのよ。》
それを聞いたダナエは、是非ともその大きな神様に会ってみたいと思った。
そのことをダフネに伝えると、行ってもいいけど条件があると言われた。
《いい、絶対に光の壁を越えてはいけないわ。その向こうにはこことは違う世界が広がっているの。
そしてそこへ飛び出したら最後、あなたは消えてなくなるわ。》
ダナエはその約束を守ると誓い、箱舟に乗ってケンとアメルの所へ帰った。
二人はダナエが旅立つことを寂しく思ったが、それと同時に祝福もしてくれた。
アメルは美しい服を作って与えてくれたし、ケンは魔法を使って箱舟を強くしてくれた。
ダナエは早速船に乗り込み、二人に別れを告げて旅立った。
月を出る前に島の妖精達にも別れを告げ、ダフネの所にも寄って手を振った。
《ダナエ。あなたの旅に、幸せと祝福がありますように。》
ダフネは光の魔法で箱舟を包み、銀河の空へと送り出した。
月を飛び出したダナエは、綺麗な青い星に望遠鏡を向けた。
そこは現実の世界の者が住む、地球と呼ばれる星だった。
《凄い!なんだか変てこりんな乗り物に乗ったり、手に四角い何かを持って喋ってるわ。》
もっと近くで見てみたいと思い、青い星へと近づいて行った。
しかし突然大きな光の壁が立ちはだかり、行く手を阻まれてしまった。
《これがダフネの言っていた光の壁なのね。この向こうに現実の世界が広がっていて、あの青い星に多くの魂が住んでいるんだわ。》
光の壁を越えて向こうへ行ってみたいと思うダナエだったが、ダフネとの約束を思い出し、そっと引き返した。
《まだ旅は始まったばかりだもの。向こうへ行ったら消えちゃうし、今は大きな神様の所を目指しましょう。》
舵をいっぱいに切り、船の横に付く車輪で、宇宙を流れる風を漕いでいった。
真っ暗な宇宙にはたくさんの星が輝いていて、その向こうに川のように流れる銀河があった。
《まずはあそこへ行ってみよう。何か不思議な出来事が待っている気がするもの。》
順調に船を走らせていくダナエだったが、後ろの方からゴソゴソと音が聞こえた。
何かと思って覗きに行くと、一人の妖精が紛れこんでいた。
それは島で一番のやんちゃ者で、コウという少年の姿をした妖精だった。
《こんな面白そうな旅を、ダナエに独り占めさせるもんか。》
コウは船の中を飛び回り、勝手に舵を切り始めた。
《ああ!ダメよ、勝手に動かしちゃ。》
ダナエは慌てて舵を取り、船の体勢を立て直した。
《一緒について来たいなら、言うことを大人しくしてなさい。じゃないと月へ送り返すわよ。》
《いいや、俺は絶対について行く。けど大人しくなんかするもんか。》
船の中で追いかけっこが始まり、二人は舵の奪い合いを始めた。
船はグラグラと傾き、あわや光の壁を超えそうになってしまった。
《もう!いい加減大人しくして!》
《やなこった!》
コウは船長気取りで舵を切り、楽しそうに鼻歌を歌いだした。
しかしすぐに飽きてしまい、また船の中を飛び回った。
《しょうがないなあ、まったく。旅の邪魔だけはしないでよ。》
ダナエはしぶしぶと口を尖らせ、舵を握って銀河の川を目指した。
宇宙の風を感じながら、踊るように舵を切っていく。
時々コウが邪魔するが、それも楽しみながら宇宙の空を駆け巡っていった。
《ねえコウ。大きな神様って、どんな神様だと思う?》
《さあねえ。きっとわがままで自分勝手な奴じゃないの。》
コウは興味もなさそうに言い、腕枕をして居眠りを始めた。
《そうそう、大人しくしといてね。銀河の川に着いたら起こしてあげるわ。》
ダナエは順調に船を走らせていく。そしてしばらく飛んでから後ろを振り返った。
月は米粒のように小さくなっていて、その隣で青い星が輝いていた。
《月があんなに小さくなってる。宇宙ってすごく広いのね。》
そう呟きながら船を走らせて行くと、やがて輪っかの掛かった大きな星が出てきた。
《ねえ見て。とっても面白い星ね。》
しかしコウは居眠りをしたままで、寝言でむにゃむにゃと言っているだけだった。
ダナエはそれを見てクスクスと笑い、輪っかの星を通り過ぎて、ぐんぐんと宇宙の風に乗った。
遠くに見える光の壁はどこまでも続いていて、銀河の遥か先まで伸びていた。
《きっとこの先に大きな神様がいるんだわ。もし会うことができたら、光の壁の向こうへ行けるようにお願いしてみようかしら。》
ダナエの夢は膨らむ。
この宇宙に無限の可能性が詰まっているように、ダナエの夢も無限に広がっていく。
通り過ぎる星はどれも綺麗で、夜空に宝石を散りばめたようだった。
近くで見ると汚い星もあったが、もっと綺麗な星もあった。
それら全てに胸を躍らせながら、遥か遠い宇宙の中心を目指していく。
ダナエは金色の髪を風になびかせ、青い瞳に星を映していた。
アメルの作ってくれた服は、どの星にも負けないくらい綺麗で、ケンのかけてくれた魔法は、どこまでも船を守ってくれる。
そしてダフネがかけてくれた光の魔法は、煌めく水面のように祝福をしてくれた。
ダナエは銀河の川に向かって舵を切りながら、ふとあることを思った。
《私、妖精なのにどうして羽がないのかしら?まあ・・・今はそんなのどうでもいっか。》
羽がなくても、私にはこの箱舟がある。舵を切れば、どこへだって飛んで行ける。
居眠りするコウの頬を突き、風を切ってさらに船を加速させていく。
流れる星に見送られながら、ダナエは新たな神話の世界へと旅立っていった。

ダーナの神話 第十一話 終わりを迎える神話

  • 2014.10.26 Sunday
  • 12:51
JUGEMテーマ:自作小説
神様は考える


遠い遠い宇宙の空の、全ての銀河が渦巻く中心に神様はいた。
それは時としてゴッドと呼ばれ、時として仏と呼ばれ、人々から親しまれ、また恐れられていた。
銀河よりも大きな目で全てを見つめ、銀河よりも大きな耳で全てを聞いている。
神様は動かない。
じっと座って、たまに居眠りをして、気が向いたら人々に力を貸した。
神様がいる場所は全てが一つに繋がる場所だった。
そこには空想も現実もなく、また光も闇もなかった。
神様は宇宙の中心にいる。
しかし、宇宙のどこにでもいた。
青い星にも、月にも、太陽や木星にも神様はいた。
気まぐれで、図々しくて、基本的に自分のことしか考えていなかった。
明日一つの星が滅びるとしても、決して神様はそれを助けない。
なぜなら、また新しい星が生まれるから。
それは神様であり、また別のものであったが、神様にとってはそんなことはどうでもよかった。
神様はそこにいるだけでよかった。
ただそこに存在する。神様はそれでよかった。
しかしたまに、ごくたまにであるが、重い腰をよっこらしょっと上げることがあった。
数ある星の中から、たまに興味を惹かれることがあったからだ。
神様は全てを知っていて、物語の結末さえも見通すことが出来る。
一人の人生の物語も、星の物語も、そしてこの宇宙の結末さえ知っていた。
しかし、神様にとっては全てが等しかった。
一人の人生の物語も、この宇宙の物語も、その大きさに関係なく全てが等しい。
生まれて、死んで、また生まれて、死んでいく。
何も変わらない。人も宇宙も、命も物質も、全てに始まりと終わりがある。
神様は、ただそれを見つめる。
そして数多くある物語の中から、これはと思うお気に入りのものには力を与えた。
その力を正しく使う者もいれば、そうでない者もいた。
しかし、神様にとってはどちらでもよかった。
幸せな結末を迎えようと、不幸な結末を迎えようと、それもまた一つの物語。
神様はそこまで口を挟まない。
神様は居眠りをしながら思い出していた。
あれはいつだったか、月に行きたいと願う少女に力を与えた。
随分不幸な生い立ちであったが、それ自体は珍しくなかった。
しかしその不幸の中で、少女は一つの物語を創った。
『ダーナの神話』
自分を主人公に据え、地球を飛び出して月へ行くという物語だった。
あの時も、神様は気まぐれに力を与えた。
一人の子供が書き上げたにしては中々よく出来ていて、少しだけ興味を惹かれた。
短い時間の暇つぶしになった礼もこめて、少女を人間以上の存在にしてやった。
しかし少女は暴走した。
月へ行きたいという願いの為に力を与えてやったのに、こともあろうに空想を現実の世界へ持ち込んだ。
これは少しばかりいただけなかった。
空想と現実が交差していいのは、神様が座っている場所だけだった。
宇宙の中心、そこは全てが一つになる場所。
この場所のみにおいて、空想と現実の壁が取り払われることが許される。
なぜなら他の誰かがそれをやってしまえば、それは何人も神様が生まれることになってしまう。
空想は自由。物語を創った本人が神になれる。
そんなものが現実に押し寄せたら、それは絶対なる神が何人も生まれてしまうことになるからだ。
これは中々困ったもので、宇宙の大きな決まりごとに逆らうことになる。
神様でさえ、宇宙の決まりごとには逆らえない。
なぜなら、神様自身も宇宙によって生み出された存在であるからだ。
もっといえば、神様自身が宇宙そのものと言い変えてもよかった。
さて、この困った少女をどうしたものか。
ダーナという少女は、一見素直に思えてとても頑固だった。
何度も優しく諭したのに、まったく聞く耳を持とうとしなかった。
神様は少しばかり責任を感じていた。
ダーナに力を与えたのは自分で、こうなる結末も見通すことが出来た。
しかし自分勝手で気ままな性格の神様は、軽い気持ちで力を与えてしまった。
大きな力を与えたのに、それを使って現実と空想を交差させようとしたのはダーナだけだった。
他の者は金やら権力やら、または恋人やら力やら、普通はそういうものに力を使う。
どうも自分の見方が甘かったと後悔していた。
時折起こるパソコンのバグのように、全てを見通しても予想もしない出来事が起こる。
これもまた神様にはどうでもよかったが、やはり少しばかりの責任は拭えない。
ポンっとあの少女を消すことは可能だし、チョイっと世界を戻すことも可能だ。
しかし何でも出来るということは、けっこう難儀なことだった。
何でも出来るということは、どうにでも出来るということで、もっといえば何でもしないといけないということだった。
神様は考える。
あの少女をどうするか?変わってしまったあの世界をどうするか?
そう考えているうちに、なんだか面倒くさくなって眠ってしまった。
「まあなるようになるさ」「いやいや、神様とてちゃんと考えねばいかんぞ」
大きな宇宙の声を聞きながら、神様は夢の中でも考えた。
考えて考えて、面倒くさくなって、もういいやと思った時に閃いた。
そうだ!あの少女の近くにいる者に、同じように力を与えよう。
そしたらまあ・・・後そいつが何とかするだろう。よし、これでいこう。
考えのまとまった神様は、満足そうに眠りについた。
そして夢の中から飛び出し、青い星まで行って、チョチョイと手を振った。
ある一人の男に力を与え、これでよしとばかりにサッと戻ってきた。
後はいつものようにじっとしているだけ。
この宇宙を見つめ、この宇宙の声を聞くだけ。
神様に夢と現実の境目などなく、眠っているときでも宇宙と触れ合える。
いつか終わりが来るその時まで、神様はじっと座って宇宙を見つめるだけだった。


            *****


神話の完結


幸也とアメルは、憲一と麻里を連れて戻って来た。
黒い影はすっかり街を平らげていて、ダフネは僅かに残った妖精と人間を守っていた。
「みんな!来てくれたのね!」
「待たせてごめんね。」
アメルたちはダーナに駆け寄り、黒い影を見上げた。
「こらあとんでもない化け物やな。ゴジラでも呼んだ方がええんとちゃうか?」
憲一が言うと、幸也は「そんなことしたら、どっちが勝ってもマズイことになってまうやんか」と答えた。
「ねえダフネ。神話を書き換えるってどうすればいいの?」
アメルが尋ねると、ダフネは「これを使って」と、魔法を唱えてペンと紙を取り出した。
「私はもう書いちゃったからダメでしょ。マリも書いちゃったからダメ。
だったら・・・後はアメルが書くしかないわ。あなたは神様が生み出した命だから、もしかしたら物語を書き換えることが出来るかもしれない。」
ダフネは「はい」と渡した。
するとペン紙は、パッと弾けて光に変わった。そしてアメルの頭の中へ吸い込まれていった。
「これで頭の中で書けるでしょ?」
「ほんとだ・・・・。頭の中に、ペンと紙が浮かんでくる。」
「アメルが物語を書き終えたら、また頭の中から取り出すわ。そして・・・・・、」
ダフネはそこでケンイチを見つめた。
「あなたが物語を仕上げるの。コウヤみたいに副題をつけてもいいし、最後を書き足してもいい。
あなたならきっと物語を変えられる。そんな気がするのよ。」
そう言って目を向けられると、憲一は「俺が?」と首を捻った。
「いや・・・俺にそんなことは無理やで・・・・。幸也は特殊な魂の持主やったけど、俺は違う。
だからまた幸也に頼んだ方が・・・・、」
「無理よ。コウヤはもう登場人物の一人になっているから。
今押し寄せて来てるのは、マリの創った神話なの。だからコウヤには無理。あなたじゃないと出来ないのよ。」
そう言うと、マリはしゅんと萎れて申し訳無さそうに謝った。
「ごめんなさい。私がもっと違う物語を書いておけば・・・。」
「何言うてんねん。麻理ちゃんが物語を書いてくれたから、ダーナの神話は食い止められたんや。
それに頼んだのは俺やし、麻理ちゃんは何も悪くないよ。」
幸也はよしよしと頭を撫でて微笑みかけた。
ダフネは黒い影をじっと見上げ、自分が生み出した怪物に同情の念を抱いていた。
「あの子も可哀想よね。私が生み出したのに、今は厄介者扱いされてさ・・・。」
黒い影は次なる街を目指し、どこかへ動き出した。
遥か遠くにはまだ妖精の群れが飛んでいて、再び自衛隊の戦闘機もやってきた。
「もうぐずぐずしていられない。アメル、早く神話を創って。
ダーナの神話の続編を創って、この物語を完結させて。そして・・・神様にお願いして、空想と現実を切り離してもらうの!」
「で・・・でも・・・神様は私達のお願いなんて聞いてくれないわよ?」
そう言うと、ダフネは意地悪そうにこう答えた。
「だったら神話の中に、神様を登場させちゃえばいいのよ。そうすれば、神様も力を貸さずにはいられないでしょ?」
「ああ、なるほど!」
アメルは頷き、目を閉じて頭の中のペンを動かした。
それを見つめながら、憲一は不安そうに呟いた。
「でも・・・俺はほんまに役に立てるんか?何の力も持ってないし・・・。
だいたいこんな大それた役を俺なんかが・・・。」
憲一は不安そうに言う。気弱な顔をしながら、自信が無さそうに俯いていた。
それを見たアメルは、「大丈夫よ」と笑いかけた。
「ケンイチはやっぱり臆病なところがあるよね。でもあなたの弟は必死に戦ったのよ?
だったらお兄ちゃんのあなたが怖がってどうするのよ。」
「そやけど・・・・。」
「大丈夫、あなたは一人じゃないわ。私と一緒に戦うの。私が物語を創って、ケンイチが仕上げる。二人で神話を創るのよ。
だから怖くない、ほんのちょっとだけ勇気を出して。」
そう言って憲一の手を握り、もう一度「大丈夫」と笑った。
「・・・そやな・・・ビビってばっかじゃあかんよな。二十八年間生きてきたけど、ビビりっぱなしで何も出来へんかった。
でも俺にだって大事なもんが出来たんや。なら・・・それを守らんとあかんよな。」
憲一はアメルを見つめ、彼女の手を握りしめた。
「二人ならきっと出来る。新しい物語が創れるわ。」
ダフネはそう言って、水の橋を黒い影まで伸ばした。
「コウヤ、マリ。あの怪物を止めるのを手伝って!やっつけるのは無理だけど、アメルが物語を創るまで時間を稼がないと。」
「もちろんや!せっかく妖精になったんやし、思い切りハジケんとな!」
「私は・・・こういうの苦手。戦うなんて怖いし・・・。」
「心配せんでええ、今の麻里ちゃんは妖精なんやから。それに俺もダフネもおるから。」
「でも・・・・・。」
麻里はブルブルと震え、「やっぱり無理!」と叫んだ。
「あんな怪物と戦うなんて怖いよ!これは私が創った物語だけど、まさか本当に戦うなんて思ってなかった。
だから・・・・やっぱり出来ないよ・・・。」
麻里はその場にしゃがみ、手を握って「出来ない・・・」と震えていた。
それを見たダフネは、そっと麻里の手を取った。
「大丈夫、危なくなったら私が守ってあげる。だって私は麻理の神話から生まれたんだから。」
「・・・・・・・・・・・。」
麻里はしばらく黙っていたが、やがて「分かった・・・」と頷いた。
「よっしゃ!ほな行ってくるわ!兄ちゃんはアメルを守ったれよ。」
「分かってる。弟に彼女の心配されとうないわ。」
「なんや、女が出来たらえらいカッコつけるようになったやんか。やっぱ変わるもんやな。」
茶化すように言うと、憲一は「はよ行け」と顔を赤くして手を振った。
「それじゃ行くわよ!」
ダフネは麻理の手を引きながら、水の橋を駆けて行った。幸也は空に舞い上がり、二人の後を追って行った。
「頼むぞ・・・幸也・・・。」
憲一は三人を見送り、アメルの方に振り返った。
彼女はじっと目を閉じて、創造に耽っている。
頭の中のペンを動かし、必死に物語を書いていた。
《アメルは俺が守る。何があっても絶対にや。》
アメルは言っていた。私が心を開いたのは、ケンイチが初めてだと。
それは憲一も一緒だった。ここまで心を開いたのは、、アメルが初めてだった。
今の憲一にとって、アメルは何よりも大切な存在だった。
誰かと一緒にいる喜び、誰かを愛する幸せ、全てアメルから教えてもらった。
自分は一人ではない。アメルと出会って、初めてそう思えた。
《アメル、お前はどんな物語を描く?ダーナの影は嫌やと言うとったお前は、どんな風に神話を綴るんや?》
目を閉じ、真剣に自分の想いを描くアメル。
そんなを彼女を愛おしく思い、そっと肩に手を回した。
《アメル・・・絶対にこの神話を終わらせよう。そして・・・ずっと俺の傍に・・・・・。》
アメルは目を閉じたまま、憲一の手を握り返した。


            *


この世界の中心には、大きな大きな光の国があった。
そこには星より大きな椅子に座って、星より大きな体をした神様がいた。
神様のいる光の国から遠く離れたところに、宝石のように青い星があった。
そこには小さな神様がたくさん住んでいて、時には喧嘩をしたり、時には仲良くお酒を飲んだりして、楽しく暮らしていた。
しかしある時、世界が変わり始めた。
一人の少女が小さな神様に姿を変え、空想と現実の世界を掻き混ぜたのだ。空想の世界は、現実との壁を越えて表に出て来た。
『ダーナの神話』
少女の物語は空想の限界を超えて、時間まで遡って世界を支配しようとした。
ダーナのという小さな神様は、仲間の妖精を引きつれて世界を飛び回った。
そしてこの世界を妖精でいっぱいにする為に、人の魂を連れてきては妖精に姿を変えさせた。
たくさんいた小さな神様は、妖精に居場所を奪われ、空想の世界へと逃げていった。
ダーナは青い星で大きな神様の寵愛をうけ、妖精とともに幸せな時間を過ごしていた。
それはダーナや妖精にとっては楽園だったが、人間にとっては辛い世界だった。
誰もダーナに逆らえず、また妖精も人間に酷いことを繰り返した。
人の力ではダーナと妖精を討ち滅ぼすことは出来ず、ただ恐怖に怯えるしかなかった。
いよいよ青い星を自分のものにしたダーナは、妖精を引きつれて月を目指した。
そこにはまだ海も緑もなくて、時間をかけて自分達の楽園を築いていった。
やがて月の半分は美しい海と森に覆われた。
《ここは私の国よ。妖精達と、永遠に楽しく暮らすの。》
ずっとずっと平和で幸せな時間が続くと信じたダーナだったが、やがて災いが訪れる。
ダーナの楽園は月の表の半分にあったが、裏の半分には別の神様が住んでいた。
それは大きな大きな黒い影の邪神で、一口で山をも飲み込む恐ろしい神様だった。
黒い邪神は、勝手に月へやって来て、勝手に自分達の楽園を築いたダーナが許せなかった。
月は太陽に照らされなければずっと闇が続く静かな星で、黒い邪神はその闇が好きだった。
そして再びその闇を取り戻そうとして、大きな口を開けてダーナの楽園を食べ始めた。
せっかく創った海が飲み干され、せっかく育った森が食べ尽くされ、美しい楽園はたちまち壊されていった。
妖精達は狂ったように逃げ惑い、黒い邪神は長い舌を伸ばして妖精を飲み込んだ。
《やめて!私の国を壊さないで!》
ダーナは必死に訴えたが、黒い邪神は止まらなかった。
食べれば食べるほど体が大きくなり、おぞましい顔をさらにおぞましくして暴れ回った。
ダーナは妖精を守る為に戦ったが、黒い邪神はビクともしなかった。
そしてダーナ自身も食べられそうになり、妖精をつれて月を逃げ出したのだった。
高い宇宙の空から月を振り返ると、黒い邪神は完全に楽園を食べ尽くしていた。
そして再び闇の静けさが戻ると、満足したように月の裏側へ帰っていった。
《月にはあんなに怖い怪物がいたのね。やっぱりあの青い星に戻ろう。》
ダーナは妖精を引きつれて、青い星に向かった。
黒い邪神のせいで妖精はかなり減っていたが、また人間の魂を集めて作ればいいと思っていた。
しかし青い星に降り立つと、世界はすっかり変わっていた。
海は汚され、森は切り払われ、その代わりに高い建物がたくさん建っていた。
《これは・・・どういうこと?》
そこにはなんと、空想の世界へ逃げたはずの小さな神様がたくさんいた。
ダーナが月へ行っている間に、小さな神様はここぞとばかりに現実に押し寄せ、人間を滅ぼして自分達の国を築いていた。
《そんな・・・これじゃ妖精を作れないわ。》
悲しむダーナだったが、それ以上の悲しみが襲いかかってきた。
長い時間をかけてすっかり力を蓄えた小さな神様達は、ダーナをこの星から追い出そうとした。
強力な魔法の武器で襲いかかり、怖い顔をしてどこまでも追いかけてきた。
ダーナは妖精を守ろうとして戦ったが、魔法の武器の前では歯が立たなかった。
妖精は次々に殺されていき、やがて一匹だけになってしまった。
《この子はなんとしても守らないと。》
ダーナは金色の髪を紡いで光の柱を立て、そこに魔法をかけて頑丈なお城を造った。
そしてその中に妖精と身を潜め、息を殺して身を寄せ合った。
その妖精はアメルという名前で、ダーナとは一番付き合いの長い妖精だった。
まるで姉妹のように仲がよかった二人は、ぎゅっと手を握り合って月を見上げていた。
《ねえダーナ。お月様って、こうして眺めているととても綺麗ね。
あんなに怖い怪物がいるなんて想像出来ないわ。》
《そうね。あんなところへ行かなければ、まだみんなと楽しく暮らせたのにね。
見ているだけと、実際に触れるのとでは大違いだわ。》
この時ダーナは思った。遠く離れた場所で眺めているからこそ、美しいものもあるのだと。
手を伸ばしても届かないものは、手に触れるべきではないのかもしれない。
なぜならそこには怖い怖い怪物がいて、離れて見る美しさとは違うものがあるから。
あれはいつだったか、遠い遠い昔にダーナが人間だったころの話。
あのお月様は憧れの世界だった。不幸の中でお月様を見上げ、神話を書き綴った。
この世界を去り、お月様へ行って楽しい仲間と愉快に暮らす物語。
頭の中にあるこの物語が、現実になったらどれほど素晴らしいだろう。そう思いながら、不幸の中で死んでいった。
大きな神様はダーナを憐れに思って特別の力を与え、月へ行けるようにしてくれた。
しかしダーナはその力を使って、空想を現実に持ち出し、世界を変えてしまった。
そこまで考えた時、ダーナははたと気がきついた。
《ああ・・・私・・・何度も同じ過ちを繰り返しているんだわ・・・。》
気に入らない結末が訪れれば物語を創り変え、自分の望む世界にしようとした。
しかしその度に失敗し、同じ過ちを犯して、また神話を創り直していた。
ダーナは途方にくれ、膝の中に顔を埋めて泣いた。
《ダーナ・・・どうしたの?具合でも悪いの?》
ダーナは首を振り、そっとアメルを抱きかかえた。
《ダーナ・・・・・泣いてるの?》
アメルはダーナの涙に触れ、彼女の心を知った。
暗い暗い闇の中でじっと座りこんで、ずっと一人で泣いていたのだと。
アメルは手を握って空を見上げ、光の国に住む神様に願った。
《お願い神様。ダーナを助けてあげて。もう私達だけじゃどうしようもないの。
どうか、この変てこりんになった世界を元に戻して。》
アメルは知っていた。大きな神様は、とても面倒臭がりで気まぐれだと。
だからダーナに力を与えたし、あとはほったらかしだった。
しかそれでも必死に願った。どうかこの世界を元に戻してほしい。そして私達を助けてほしい。
泣きじゃくるダーナの傍で、何日も何日も祈り続けた。
やがて金の柱で出来た城は壊され、二人は外に連れ出されてしまった。
そして大きな鉄の柱にくくり付けられ、火あぶりの刑にされた。
《もういいわ・・・。また神話をやり直さなきゃ・・・。》
《駄目よダーナ。もう終わりにしましょう。何度繰り返しても思い通りになんかいかないわ。
だって、空想と現実は違うんだもの。一緒にはなれないわ。》
アメルは月を見上げ、囁く声で言った。
《お月様は眺めているから綺麗なの。触れてはいけないわ。》
ダーナは何も言わずに悲しい顔をした。しだいに炎が回ってきて、二人は焼かれていく。
しかしその時、小さな流れ星が二人の前に落ちて来た。それは人の姿をしていて、瞬く間に炎を消し去った。
そしてそっと二人を抱きかかえて、空に飛び上がった。
《あなたは誰?どうして私達を助けてくれるの?》
ダーナが尋ねると、流れ星の人は小さく微笑んだ。少し頼りなさそうな顔をしていているが、とても優しい笑顔だった。
アメルは一瞬にしてその人の心を見抜いた。
《なんて綺麗な心なんだろう。きっと、すごく優しい人なんだわ。》
流れ星の人は言った。自分は大きな神様の使いであると。アメルの願いを聞き届け、世界を元に戻す為にやって来たと。
『ダーナの神話』は大きな神様も大変お気に入りで、思わず力を与えてしまった。
しかしこんなことになるとは思わず、重い腰をよっこらしょっと動かして、私を使わしたのだと。
《あの気まぐれな神様がこんなことをしてくれるなんて。信じられないわ。》
驚くアメルだったが、ダーナは手を組んで喜んだ。
《ありがとう。もう終わりにできるのね。》
流れ星の人は頷き、そのまま宇宙へ飛び出した。
そして神様から与えられた力でちょいと手を振り、『ダーナの神話』を空想の世界に押し戻した。
小さな神様達は空想の世界に吸い込まれ、海と緑が復活して美しい世界を取り戻した。
消えたはずの人間が生まれて、時間をかけて広がっていく。
ダーナとアメルはそれを見て喜び、流れ星の人にお礼を言った。
《ありがとう。これで元通りになったわ。》
《よかったわねダーナ。でもさ、私達はどうなっちゃうの?》
すると流れ星の人は月を指差した。
もうあそこに黒い邪神はおらず、あの月の中に光の国を創って住めばいいと言った。
そこはほんの少しだけ空想の世界が実在することを許される場所で、二度と現実に出て来ないと約束出来るなら、大きな神様が守ってくれるという。
《よかったわ。とうとうあのお月様に住めるのね。》
ダーナは手を叩いて喜んだ。アメルは流れ星の人の手を引っ張り、月を指差した。
《ねえ、あなたも一緒に住みましょうよ。そしてもし出来れば・・・今までに死んじゃった魂を妖精に変えて、あそこに住まわせてあげて。》
流れ星の人はニコリと頷き、ちょいと手を振った。すると光が弾けて三人を包み、月の中へと吸い込んでいった。
月の中には、空想の世界でしか有り得ない美しい世界が広がっていた。
海と空が輝き、地平線まで続く大きな島には、花が咲き乱れていた。
そして多くの妖精が飛び交い、虫や鳥と戯れていた。
ここは空想が形を持つことを許される世界。ダーナとアメルは妖精と手を繋いで踊り、花が咲き乱れる島を駆け回った。
流れ星の人は、神様から与えられた最後の力を使って、この世界に魔法をかけた。
それは決して外からここへ入れないようにする為の魔法で、どんな手段を使ってもここを見つけることが出来ないようにする為の魔法だった。
仕上げに光の壁で空想と現実を遮り、大きな神様以外はそれを壊すことが出来ないようにした。
力を使い果たした流れ星の人は、アメルと同じように妖精に姿を変えた。
ダーナはアメルと流れ星の人と一緒に踊り、花かんむりを作って頭に乗せてあげた。
喜んだ二人は他の妖精を呼び集めて、力を合わせて特別な魔法を使った。
するとダーナの背が伸びて、少しだけ大人に成長した。
長い金色の髪がサラリと伸び、海のように深く青い瞳は、空のように澄んだ蒼い瞳へと変わった。
ダーナは喜び、ダフネと名前を変えた。そして月の世界をダーナの国と名付けた。
妖精達はダフネを月の女神と認め、自分達の守護神として崇めた。
ダフネはあの青い星を眺め、いつまでもここから見守ろうと決めた。
ここは現実の世界ではない。形を持って存在する、空想の世界。
二つの間には壁が立ちはだかり、もう二度と行き交うことは出来ない。
しかしダフネはそれでよかった。
それぞれの世界が、それぞれの場所で成り立っている。あの時見上げた月のように、触れてはいけないものがある。
ここは空想の世界。決して現実に手を伸ばしてはならない。
そして現実もまた、この世界に手を触れてはいけない。
神話は神様と同じように、ただそこに存在しているだけでいい。
もし自分達に興味を持つなら、いつか現実の世界の者が本にでも書くだろう。
その時だけ、空想と現実は繋がることを許される。神話が存在するのは、本や人間の頭の中だけでいい。
アメルと流れ星の人は、月の女神となったダフネの手を引いて、空に舞い上がった。
青い空からダーナの国を見下ろすと、花の中で戯れる妖精が手を振っていた。
ダフネも笑って手を振り返し、延々と続く神話の空を駆け巡った。
ダーナの神話はあるべき場所に戻った。もう二度と現実と交わることはない。
『ダーナの神話』はここにある。完結を迎えない完結、永遠の世界。
ダフネと妖精達は、その世界でずっと幸せに暮らした。

ダーナの神話 第十話 書き換えられた神話

  • 2014.10.25 Saturday
  • 11:59
JUGEMテーマ:自作小説
二人のダーナ


ダーナは病院の窓から外を眺めていた。
綺麗なオーロラが病院を覆い、その向こうで妖精が飛びまわっている。
「アメル・・・とうとう裏切ったわね・・・。」
オーロラに触れて消えていく妖精達を見つめながら、ダーナは悲しい想いを抱いていた。
空を飛び回っている妖精は、元々は人間の魂だった。
集めた人間の魂から、お気に入りの者を妖精に姿を変えたのだ。
ダーナと共に月に行けるのは、この妖精達だけ。そうでないものはこの星に残していくつもりだった。
「ひどいわアメル。あなたが殺した妖精の中には、マリの弟だっていたかもしれないのよ。
なのにどうして・・・・・・。」
アメルが自分のことを嫌っているのは知っていた。
しかしここまで完全に裏切るとは思っておらず、深く傷ついていた。
自分のことを一番理解してくれていると思っていたのに、最後の最後で見放されてしまった。
誰も彼もが自分のことを嫌い、言いようの無いなしみと悲しみが渦巻いた。
「いいわ・・・誰もいらない・・・。妖精達さえいれば、ダーナの神話は完成するんだから。
いらないものはみんな消えちゃえばいいのよ。」
暗い感情は妖精にも伝わり、さらに凶悪さを増して街を襲う。
自分の邪魔をする者は全てが敵であり、ダーナの心は憎しみだけで満たされていった。
病院に残る者達が、慌てて地下に避難しようとしていた。
そして一人の看護師が、ダーナを見つけて駆け寄って来た。
「麻理ちゃん!目が覚めたの!?」
しかし部屋の様子を見て凍りついた。
「な・・・・・。」
言葉を失って固まる看護士を、ダーナは可笑しそうに見つめた。
部屋にはいくつもの死体が転がっていた。
集中治療室に入れられていたダーナは、この部屋にいる者を全て殺していた。
「ここには海から生まれた魂しかなかったの。看護士さんは私から生まれたみたいね。
じっとしてれば殺したりしないわ。」
「麻理ちゃんが・・・殺した・・・?」
「あなたは月へは行けないけど、この星に住むことは許してあげる。よかったわね。」
二コリと微笑むダーナに恐怖を覚え、看護士は後ずさった。
しかし我に戻ってダーナを抱きかかえ、部屋から駆け出して行く。
「麻理ちゃんも避難しないと!ここにいたら危ないから!」
看護士の腕の中で、ダーナはうんざりしたようにため息をついた。そして短く何かを唱えた。
すると突然看護士は倒れ、白目を向いて絶命してしまった。
彼女の身体から魂が抜け出し、ダーナはじっとそれを見つめた。
「じっとしてれば殺したりしないって言ったのに。馬鹿よね、ほんと・・・。」
そう言ってパチンと魂を弾き、跡形もなく消し飛ばしてしまった。
「どうしてみんな私の言うことを聞かないのかしら?ほんとに困った子達。」
後ろを振り変えると、地下に逃げようとする医者や看護士が走って来た。
患者を誘導しながら、引きつった顔で恐怖に怯えている。
「この病院って、ほとんど海から生まれた魂しかいないのね。」
ダーナは再び何かを唱え、ふっと息を吐き出した。するとこちらに向かって来た者は全員倒れ、そのまま死んでいった。
可笑しそうに笑いながら病院を駆け回り、次々に死体の山を作っていくダーナ。
海から生まれた者は殺し、自分の子供は残した。
そしてダーナのお眼鏡に叶う者は妖精に姿を変え、病院の中に解き放った。
妖精達は笑いながら炎や雷を放ち、病院を地獄に変えていく。
「うん、みんないい子ね。生き残った人達は大人しくしてなさいね。
でないと妖精にやっつけられちゃうわよ。」
ダーナは歌いながら駆け回り、妖精と共に踊った。
地獄としか言いようの無い光景の中で、楽しそうにはしゃいでいた。
死ぬ者、助かる者、そして妖精に姿を変える者。
すべてはダーナの意志に逆らうことが出来ず、何もかもが彼女の手に委ねられていた。
「もういいわ。そろそろ外に出ましょうか。」
妖精を引き連れ、ダーナは屋上に向かった。
そこには最愛の妹のアメルがいるはずだが、彼女も殺すつもりだった。
邪魔をするなら、例えアメルでも生かしておかない。
死体の山を飛び越え、まるでピクニックでも楽しむかのように、スキップをしながら進んでいく。
そして屋上へ続く階段を上ろうとした時、一人の男が駆けて来た。
脇に何かを抱え、ダーナに気づくと足を止めた。
「麻理ちゃん・・・、いや、ダーナか?」
「あなたは・・・コウヤね。ケンイチの弟で、おかしな魂の持主・・・。」
「そうや。海とお前の間に生まれた魂や。」
妖精達が幸也に向かって襲いかかろうとするが、ダーナは手を上げて止めた。
「じっとしてなさい。彼とはお話をしてみたかったの。」
ゆっくりと幸也に近づき、服の裾を持ってお辞儀をした。
「初めまして、私はダーナ。あなたの兄さんのことはよく知ってるわ。」
「そうか・・・。俺は加々美幸也や。お前に大切な人を何人も奪われた。
兄ちゃんも里美も、麻理ちゃんも・・・。」
「うふふ、ごめんね。でもケンイチはアメルが連れて来てって頼んだのよ。私のせいじゃないわ。」
「分かっとる。けど・・・俺はお前が許せんのじゃ。自分勝手に命を弄んで、気に入らんものは全部壊そうとする・・・。
お前も妖精も・・・全部悪魔や!お前がダーナの神話さえ創らんかったら・・・。」
幸也は悔しそうに顔を歪める。それを見たダーナは、ニコリと笑って彼の前に立った。
「私がいなかったら、アメルもケンイチも生まれていないわ。サトミだっけ?
その人も生まれてこなかったし、むしろ私に感謝するべきなんじゃないかしら?」
幸也は口を噤み、手に抱えたバッグを見つめた。
そして麻理の創った神話を取り出し、ダーナの前に差し出した。
「これは麻理ちゃんが創った神話や。お前と同じようにケルト神話を元にしとる。」
「知ってるわ。マリの弟と一緒に読んだもの。よく出来てるわよね。」
「それだけか?他に何も感じんかったか?」
「別に。よく出来てるなあって思っただけよ。」
幸也は「そうか・・・」と呟き、麻里の神話に目を落とした。
「この神話はな、ダーナの神話と違って、最後は改心するんや。」
「改心?」
「そうや。ここにはダフネいう神様が出てくるけど、彼女はお前と同じように憎しみを抱いとる。
全ての妖精を憎んで、妖精の島を平らげてしまうんや。
せやけど、そのことを後悔して改心するんや。最後は妖精の島を復活させて、守り神になる。それで妖精達と仲良く暮らすいう物語や。」
「それが?」
「ダーナの神話は海を憎んだままで終わる。海と、そこから生まれた魂を憎んだままや。
自分がやっとる間違いにも気づかんと、そのまま終わる。
自分がどれほど愚かで阿呆か、まったく気づかんまま終わるんや!」
幸也は怒りに満ちた目で叫んだ。しかしダーナは表情を変えない。
冷たい目をしたまま、ゆっくりと妖精達を振り返った。
「麻理は辛い思いをしたことがないからね。憎しみっていう感情を知らないのよ。」
「違う!麻理ちゃんかて弟を失って辛い思いをした。
けど・・・辛い経験をしたからこそ、誰かを傷つける愚かさを知っとるんや!
この物語のダーナはそのことに気づいた。だから最後に改心したんや!」
「自分の意志を貫く覚悟がなかっただけでしょ。要するに弱いのよ。」
「そうやない。アメルは言うとったぞ。勇気と優しさが合わさったら、強さになるって。
麻理ちゃんは両方持っとった。あの子は強い子やった。
弱いのはお前の方とちゃうか?だから改心することが出来んと、一人で突っ走っとんや!
そらみんなから嫌われるわな。誰だって、自分勝手な奴と友達になりとうないからな。」
「・・・・・・・・・。」
ダーナは何も答えず、ゆっくりと手を持ち上げた。
そして幸也を振り返り、二コリと笑った。
「あなたもお説教?ほんとにうんざりするわ。
誰も彼もが偉そうに・・・いったい何様のつもりかしら?」
「説教なんかとちゃう。当たり前のことを言うとうるだけや。
お前の周りの者は、みんなお前を心配しとったんとちゃうか?アメルかて、きっとお前のことは大事に想ってるはずや。」
「そんなことないわ。アメルは私を裏切った。私の影の分際で・・・・・。」
「そうや、彼女は影やった。でもそれに我慢出来へんようになった。
兄ちゃんに出会って、アメルは変わったんや。お前のことを嫌いになったわけとちゃう。」
「アメルのことを何も知らないくせに・・・・・。やっぱりお説教じゃない。」
「そうやない。俺はただ、お前にこの神話を・・・・・、」
「ああ!もういいわ!これ以上話すことなんてんない。
あなたも汚れた魂の持主よ。だって半分は海から生まれたんでしょ?」
ダーナの顔は憎しみに満ちていた。誰も自分のことを理解してくれない悲しさ。
そして誰も自分を受け入れてくれない苛立ち。それらをもう我慢出来なくなっていた。
「ほんとはね、もっと早くあなたを殺したかった。
でもあなたみたいな魂はダーナの神話に登場しないから、手が出せなかったのよね。
でも今は違う。私の神話が現実を飲み込み始めたから、あなたも妖精に殺されるわ。
可愛い私の子供たちが、魂まで食らい尽くす!」
ダーナの手が振り下ろされ、妖精達が一斉に襲いかかってきた。
《頼む・・・・頼むぞ!》
そう願いながら、幸也は麻理の神話を前に出した。
すると妖精達はピタリと動きを止め、お互いに顔を見合わせた。
ダーナは「なに・・・?」と驚いていたが、すぐに怒鳴り声を上げた。
「あなた達、何やってるの!さっさとそいつを殺しなさい!」
しかし妖精はその言葉を無視して、幸也の足元に降り立った。
「よっしゃ・・・・。よっしゃあああ!!」
「そんな・・・。」
ダーナは言葉を失い、信じられないというふうに立ち尽くしていた。
それを見た幸也は、ホッとため息をついた。
《麻理ちゃん・・・君の物語は勝ったで・・・。》
幸也は麻理の神話を持ったまま、ダーナに近づいた。
そして放心する彼女を見下ろし、そっと膝をついた。
「ダーナ。物語は書き足すことが出来るんや。特に神話ってやつはな。」
「・・・・・・・・・。」
ダーナは答えない。俯いたまま、虚ろな目で震えていた。
『海の中の妖精』
それは麻里が創った神話。
その下にはもう一つ、別のタイトルが付いていた。
「〜ダーナの神話 妖精の物語〜」
麻理はケルト神話を元にして、この神話を創った。
そしてダーナの神話も、ケルト神話が元になっていた。
幸也はそこに目をつけ、ダーナの神話の続編を創ろうと思った。
一度走り出した神話が止められないのであれば、その結末を変えてしまえばいい。
幸也はダーナの神話には登場しない魂で、いわば物語の外の人間だった。
登場人物が話を書き換えるのは無理だが、物語の外にいる人間なら可能かもしれない。
そこでダーナの神話の続編を書こうと思ったのだが、幸也にはそれだけの想像力がなかった。
だから麻理に頼んだ。この仕事を頼むのは、彼女しかいないと思ったから。
ダーナと似た彼女が、優れた想像力で物語を書けば、それは充分に続編と成りうるだろう。
そして最後に自分が手を加えて『〜ダーナの神話 妖精の物語〜』と副題をつければ、これで続編の完成である。
これをダーナの元へ持っていけば、きっとのこ神話が現実に押し寄せるだろうと考えていた。
ダーナは神様から与えられた力で、ダーナの神話を現実に持ち込んだ。
ならばこの神話をダーナの元へ持っていけば、同じように現実に押し寄せてくるに違いない。
なぜなら、どちらも『ダーナの神話』に変わりはないのだから。
神話は一人の人間が創るものではない。長い時間を経て、多くの人が関わりながら創られていくものだ。
その間に話は書き換えられ、継ぎ足され、形を変えながら完成していく。
『ダーナの神話』はダーナだけのものではない。
その物語を読んだ者ならば、誰でもそこに自分の世界を書き足せるのだ。
想像力を持ち、物語の外にいる人間なら誰でも可能なのだ。
幸也は麻理と力を合わせて、ダーナの神話を『進化』させた。
この世界に押し寄せたダーナの神話は形を変え、ダーナが望んだ未来ではなくり始めた。
言葉を失って立ち尽くすダーナに、幸也は静かな口調で言った。
「君は・・・こういう結果になると思ってなかったんやろ?
麻理ちゃんの神話が、何か厄介なことになるとは感じとったやろうな。
でも自分の神話が変えられるなんて、一つも考えてなかったやろ?」
「・・・・・・・・・。」
幸也はダーナの手を取り、麻理の神話を渡した。
ダーナの手は小さく震えていて、受け取った神話を暗い顔で見つめていた。
苦しみの中で創り上げた自分の神話が、他人の手によってあっさりと結末を変えられたことを、認めたくなかった。
「君がどれだけ辛い思いをしたかはよう知っとる。きっと俺なら耐えられへんかったと思う・・・。」
「・・・・・・・・。」
「でもな、なんで神様が君に力を与えたんか、よう考えてみたらええ。
神様はこんなことをさせる為に力を与えたんと違うやろ?
報われへんかった君の魂を憐れに思って、本当に月へ行けるようにしてくれたんや。」
ダーナは何も答えず、ぎゅっと麻理の神話を握りしめた。その顔には無念が滲んでいた。
「この世界は誰のもんでもあらへん。なんというか・・・言うなれば公園と一緒や。
みんなの物であって、誰の物でもない。だから一人の人間が好き勝手にすることは許されへんのや。」
ダーナは唇を噛み、呻くように呟いた。
「・・・知ってるわ・・・そんなこと・・・・・。」
「知ってるんやったら、なんで途中で引き返されへんかった?
これは俺の勘やけど、君は憎しみだけで動いてたんと違うんとちゃうか?」
持っていた神話を足元に落とし、ダーナは窓から外を見つめた。
まだオーロラは輝いていて、暴れていた妖精達は大人しくなっていた。
そしてどこからか大きな黒い影が現れ、長い舌を伸ばして妖精を食べ始めた。
それは麻里の神話に登場する、ダーナの怨念だった。
黒い影の前では、さすがの妖精も成す術がない。まるで米粒のように平らげられている。
「あれは君から生まれた化け物や。けど君とは別物や。君は・・・あんなに醜くあらへんやろ?」
幸也はそっと肩に手を置いた。
足元に散らばった麻理の神話に、ダーナの目から涙が落ちる。
「俺・・・君の気持ちが分かるよ・・・。物語が現実になったらどれほど楽しいやろうって、いつも思ってた。
それは君も一緒やろ?憎しみなんかやのうて、もっと純粋な心で物語を創ったはずや。
君はただ・・・楽しい物語の世界で、幸せに暮らしたかっただけや、そうやろ?」
麻理の神話に落ちる涙は、小雨のように数を増していく。
文字は黒く滲み、まるで川のように溢れだした。。
それは吸い込まれるように宙へ消え、光となって弾け飛んだ。
飛び散った光の粒子は、小さな妖精へと姿を変えた。そしてクスクスと笑いながら、ダーナの中に吸い込まれていった。
麻理の神話がダーナに乗り移り、その姿が変わっていく。
麻里の神話が現実に押し寄せたせいで、ダーナからダフネへと変わっていく。
憎しみと悲しみに満ちていた少女は、優しき心を持つ女神へと変貌を遂げた。
今まさに目の前で神話が描かれていることに、幸也は感動と興奮を覚えた。
本の中にしかなかった神話が、こうして現実に起こっている。まるで少年のように喜びに震え、息を飲んでダフネを見つめていた。
ダフネは妖精を飲み込む黒い影を見つめながら、静かな声で呟いた。
「私・・・自分が間違っていたなんて思わないわ。でも、もう少し優しくなってもいいかもしれない。」
そう言って幸也の方を振り向き、屈託のない顔で笑いかけた。
《ああ・・・これが、これが本来のダーナなんや。純真で、優しい笑顔や・・・。》
美しく輝く金色の髪に、透き通るような白い肌、そして空のように澄んだ青い瞳。
麻理の神話では月の女神ということになっているが、その姿は充分に月の女神の威厳と美しさを備えていた。
本物の女神に会えるとは思いもよらず、幸也の目尻はうっすらと光っていた。
「ねえコウヤ。あなたは言ったわよね、神話は書き足せるって。」
「そうや。神話は形を変えていくもんや。その証拠に、君はダフネになったやないか。」
「そうね・・・。あんなに憧れた月の女神になれるなんて、麻理に感謝しなくちゃね。」
そう言って周りの妖精達を見つめ、そっと頭を撫でた。
「このままじゃこの子達はみんな飲み込まれちゃうわ。それはあまりにも可哀想よね。
私の身勝手のせいでこうなったんだから、ちゃんと守ってあげないと。」
ダフネは幸也の手を取り、屋上へ続く階段を見上げた。
「一緒に行きましょう。あの黒い影を止めるのを手伝って。」
「もちろんや。もうこの神話を終わらせよう。」
そう言った時、幸也は異変に気づいた。なんと自分まで妖精に変わっていたのだ。
「な・・・なんやこれ!?なんで俺まで妖精に・・・・、」
「何を驚いているの?麻理の神話にはあなたも登場するのよ、妖精としてね。」
ダフネは幸也の手を引き、屋上に駆け上がった。
そして勢いよくドアを開けると、アメルが空を見上げながら立っていた。
「アメル!」
幸也が叫ぶと、アメルはこちらを見て驚いていた。
「ダーナ・・・?それにその妖精は・・・。」
「俺や、幸也や。神話好きが高じて、とうとうこんな姿になってしもたわ!」
アメルはしばらく言葉を失っていたが、すぐに状況を理解した。
「幸也!うまくいったのね!ダーナの神話を食い止めることに成功したのね!」
そう言って幸也を抱きしめ、嬉しそうに踊っていた。
「ちょ、ちょっと!目え回るがな・・・。」
「あはは、ごめん。でもその姿似合ってるよ。」
アメルは嬉しかった。幸也のおかげで、悲しい結末は食い止められた。
そして・・・月の女神に変わった姉に微笑んだ。
「ダーナ・・・ごめんね・・・。私まであなたの元を離れて・・・。」
ダフネは黙って首を振り、足元に目を落としながら言った。
「いいの、悪いのは私だから。お姉ちゃんのくせに、ずっと妹に甘えっぱなしだったみたい。私の方こそ・・・ごめんね。」
「・・・・ダーナ・・・。」
幸也はアメルを見上げ、ペシペシと手を叩いた。
「なんや、みんな泣いてばっかりやな。」
「だって・・・。」
アメルは目を真っ赤にしながら、最悪の結末が食い止められたことに、心底ホッとしていた。
ダーナは変わった。幸也も無事だった。それに何より、これからも憲一と一緒に暮らせるかと思うと、涙を抑えることが出来なかった。
しばらくにこやかな雰囲気に包まれていたが、三人は笑いを止めた。
大きな黒い影が近づいて来たのだ。
目に映る物全てが憎く、負の感情しか持たない黒い影。
ダフネの憎しみから生まれた怪物が、全てを無に還そうとしていた。
「来たわね、私から生まれた怪物が・・・・・。」
ダフネは自分の分身を睨み、皆を守るように立ちはだかった。
黒い影は病院に迫り、その手を伸ばして来る。
病院を覆うオーロラが、巨大なその手を弾いた。
しかし黒い影は止まらない。何度も手を叩きつけ、遂にはオーロラを引き裂いてしまった。
「おい!やばいぞ!」
幸也が叫ぶと、ダフネは黒い影の方に歩きながら言った。
「みんなは後ろに下がってて。」
「ダーナ!危ないわ!」
アメルは引きとめようとしたが、ダフネはニコリと笑って言った。
「大丈夫、心配しないで。今の私はダーナじゃなくてダフネ。月の女神なんだから。」
アメルは心配そうに見つめ、私も戦うと言おうとした。
しかし幸也は「待て待て」と手を叩いた。
「ダーナは成長したんや。あの子の中にはもう憎しみはない。今は強くて優しい月の女神なんや。」
「でも・・・・ダーナ一人じゃ・・・・。」
オーロラを引き裂いた黒い影は、憎しみの目でダフネを睨んだ。
「あなたは私であって私じゃない。でも・・・あなたの気持ちは分かるわ。」
ダフネは目を閉じ、魔法の言葉を呟いた。
それは強力な風となって渦を巻き、黒い影を縛り上げた。
しかし黒い影の方も負けてはいない。長い舌を伸ばして、ダフネを巻き取ってしまった。
「ダーナ!」
「来ちゃダメよ!コウヤとアメルには神話を書き換えてもらわなきゃいけないの!
そして・・・空想と現実の世界を切り離して!」
「空想と現実を切り離すって・・・。そんなのどうすればいいの!?」
「アメルなら出来る!だって・・・アメルは神様が生み出した命だから。
あなただって、私と同じように神様に愛された一つの命。
だからすぐにケンイチとマリのところへ飛んでいって!」
「ケンイチとアメルのところへ・・・・?」
幸也とアメルは、顔を見合わせて首を捻った。
「いいから早く!でないと全ての妖精が飲み込まれちゃう!コウヤだって消えちゃうのよ!」
それを聞いた途端、アメルの表情が変わった。
「コウヤ!ケンイチとマリのところまで行きましょう!」
「いや、でもダフネが・・・。」
「いいから!きっとダーナには何か考えがあるのよ!」
アメルは風を集めて空に舞い上がった。
そして瞬く間に音速を越え、ケンイチとマリのいる渓流へと向かって行った。
「みんな、私のせいでごめんね・・・。」
自分の生み出した化け物のせいで、皆を危険に晒してしまった。
ダフネはギュッと胸を抑え、黒い影を睨みつけた。
「あなたの好きにはさせないわ。アメル達が戻って来るまで大人しくしてなさい!」
黒い影は、ダフネの風を振りほどいて暴れ回った。大きな手で妖精を掴み、次々に飲み込んでいく。
「やめて!その子達を食べないで!」
ダフネも黒い影の舌をふりほどき、ふっと息を吐いた。すると水の泡が立ち昇って、ぶくぶくと黒い影を包んでいった。
「みんな、今のうちに遠くへ逃げて!」
妖精達はパニックになりながら、蜘蛛の子を散らしたように逃げて行く。
しかし待ち構えていた戦闘機に攻撃され、爆炎を上げて消し飛んでしまった。
「ああ!やめて!もうその子達は暴れないから!」
妖精も負けじと応戦し、空中では激しい戦いが起こる。
雷とミサイルが飛び交い、さながら戦場のようになってしまった。
「ダメ!そんなことしてる場合じゃないのに・・・。」
黒い影はその隙に水の泡を飲み干し、妖精と自衛隊に目を向けた。
そして獣のように大きく吠え、腕を伸ばして襲いかかった。
妖精も戦闘機も鷲掴みにされ、黒い影の口に飲み込まれていく。
地上でこちらを見上げていた自衛隊や機動隊も、長い舌に巻かれて食べられてしまった。
「お願い!もうやめて!そんなことしたら後悔が増すだけよ!」
しかし黒い影は止まらない。人も妖精も、そしてビルも車も、目につくものは全て平らげていった。
街の半分は更地のように何も無くなり、応援に駆けつけた自衛隊もあっさりと飲み込まれていく。
逃げのびた妖精は、怯えながら身を寄せ合っている。
黒い影は雄叫びを上げ、舌を伸ばして襲いかかった。
「みんなじっとしてないで逃げて!」
ダフネは魔法を唱え、アーチ状の水の橋を作り出した。
それを黒い影の頭まで伸ばすと、橋を駆けて飛び乗った。
「大人しくしなさい!でないと痛い目に遭わすわよ!」
黒い影は鬱陶しそうに手を振るが、ダフネはそれをかわして何かを呟いた。
すると途端に黒い影は苦しみ始め、手をついて動きを止めた。
「みんな、今のうちにもっと遠くへ逃げるのよ!大丈夫、私が守って・・・、」
その時、突然背後で爆炎が上がった。
自衛隊の戦闘機が、黒い影にミサイルを撃ち込んだのだ。
ダフネは水の壁を造って身を守った。しかし凄まじい爆風のせいで、宙に投げ出されてしまった。
「きゃあああああ!」
ダフネは真っ逆さまに落ちていく。しかし咄嗟に妖精たちが助けに来た。
ダフネを持ち上げ、黒い影から逃げていく。
「ありがとう。でもここにいたら危ないわ。私はいいからみんな逃げて。」
しかし妖精はぶるぶると首を振って、ダフネを安全な場所まで運んでいった。
黒い影は憎らしそうにこちらを見つめるが、ダフネの唱えた呪文のせいで動けなかった。
そこへまたミサイルが直撃し、黒い影は怒りの声を上げて戦闘機を振り返った。
「ダメだって言ってるでしょ!刺激しちゃ怒るだけよ!」
必死に訴えるダフネだったが、その声は届かなかった。戦闘機は長い舌に巻き取られ、次々と飲み込まれていく。
神話の筋書きを変えない限り、黒い影は暴れ続ける。全ての妖精を平らげて、後悔の念を抱くまで破壊と殺戮は止まらない。
《アメル、コウヤ・・・。早く戻って来て・・・。》
ダフネは後悔していた。
空想を現実に持ち込むことが、どれほど危険なことかを。
幸也の言う通り、神様はこんなことの為に力を与えたのではなかった。
そのことを知っていながら、憎しみに任せて力を使ったことを悔やんでいた。
《お願い神様・・・。もう特別な力なんていらないから、世界を元に戻して。
空想の世界を、現実の世界から追い払って・・・お願い・・・。》
祈るダフネであったが、その願いが届かないことは知っていた。
神様はいつも見ているだけ。そして気が向いた時だけ力を貸してくれる。
こちらから懇願した時は、絶対といっていいほど力を貸してくれなかった。
《酷いわ・・・何もしてくれないなんて・・・。やっぱり神様は身勝手なんだ・・・。》
辛い過去が蘇り、生きている時に何もしてくれなかった神様を憎んだ。
そして余計な力を与えて、普通に死なせてくれなかった神様を恨んだ。
黒い影の暴虐は止まらない。妖精も人間も、何もかも平らげようとしている。
この破壊の先には平和が訪れる筋書きだが、もうこんな光景を見るのは耐えられなかった。
《早く・・・早く戻って来て・・・お願い!》
透き通る瞳から、海のように青い涙が流れ落ちた。

ダーナの神話 第九話 暴走する神話

  • 2014.10.24 Friday
  • 12:09
JUGEMテーマ:自作小説
重なる魂


《初めまして・・・じゃないわね。一度会ってるものね。》
《・・・・・・・・・・。》
《うふふ、そんなに怖がらなくてもいいわ。
私はダーナ。あなたの弟から聞いてるでしょ?》
《・・・・・・・・・・。》
《シュンは天国にいるわよ。しばらくここにいたけど、シュンはとても良い子だから天国に連れて行ってあげたの。》
《・・・・・・・・・・。》
《無理よ、シュンには会えないわ。気持ちは分かるけどね。》
《・・・・・・・・・・。》
《へえ、勘が鋭いのね。あなたの言う通り、シュンは私が連れていったの。
殺したなんて人聞きの悪いこと言わないでね。
シュンは私から生まれた魂だから、私の世界にいるのが一番の幸せなのよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《ふふふ、無理よ。二度とシュンには会えないわ。
だってあなたは海から生まれた汚れた魂だもの。私の世界へは行けないわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《そう・・・。あの人から私のことを聞いたのね。
まったく変な魂よね。私と海の間に生まれるなんて。》
《・・・・・・・・・・。》
《うふふ、同情なんかしなくていいわ。別に誰かに可哀想なんて思ってほしいわけじゃないから。
私はたまたま不幸な人生を送った。けどそのおかげでダーナの神話が生まれた。それだけよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《そういうのはね、辛い思いをしたことが無い人には分からないのよ。
ほら、病気の苦しみは病気をした人じゃないと分からないっていうでしょ?
あれと一緒よ。》
《・・・・・・・・・・。》
《そうね、大事な人を失う痛みはあなたも知ってるわよね。
けどあなた自身が辛い思いをしたわけじゃないでしょ?
あなた、大人の男の人に酷いことをされた経験がある?
殴られたり、身体を汚されたり・・・そういうの経験したこと無いでしょ。》
《・・・・・・・・・・。》
《あらあら、もう黙っちゃうの?ごめんね、別に苛めるつもりで言ったわけじゃないの。
私は説教臭い言い方が嫌なだけ。最近は神様まで私にお説教するのよ。
誰もかれもが私のことを嫌いみたいなの。どうしてかしらね?》
《・・・・・・・・・・。》
《何を言ってるの?私は元々素直よ。だから一生懸命頑張ってるのよ。
それなのにコソコソと邪魔をする奴らがいるから・・・。
あなただってその一人でしょ?コウヤとかいう人から頼まれて、物語を創ったんでしょ?
知ってるわよ、あなたが創った物語がどんな話か。
だって出来上がった物語を、シュンの前にお供えしたでしょ?
だから私もシュンと一緒に読ませてもらったの。》
《・・・・・・・・・・。》
《そうよ、シュンは天国よ。でもそれは私が創った天国だから、いつでも会いにいけるの。
だって私はダーナの神話の主人公であり、神様なんだから。天国だって、私の世界の一部なのよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《そうよね、やっぱりシュンに会いたいわよね。
ほんとうはね、海から生まれた魂はシュンのいる天国には行けないの。
でもね、もし私のお願いを聞いてくれるなら、連れていってあげてもいいわよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《簡単なことよ。あのコウヤって人から、あなたの創った物語を奪い返してほしいの。
そしてもう二度と彼に協力しないって約束して。
それが出来るなら、特別にシュンに会わせてあげる。》
《・・・・・・・・・・。》
《どうして迷うの?シュンに会いたいんでしょ?心配しなくてもちゃんと約束は守るわ。
私は嘘つきの大人とは違うんだから。》
《・・・・・・・・・・。》
《大丈夫よ。あなたの物語を取り返すだけでいんだから。
彼に電話をかけて「返してほしい」っていうだけで済むでしょ?
そうするだけでシュンと会えるのよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《そう・・・・。どうしても嫌なのね。だったらシュンの魂を消しちゃうわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《だって仕方ないじゃない。あなたが協力してくれないんだから。
ああ、可哀想なシュン。意地っ張りなお姉ちゃんのせいで消えちゃうなんて。
シュンはあんなにお姉ちゃんのことが好きなのに・・・・・。》
《・・・・・・・・・・。》
《うふふ、卑怯なんて言わないでよ。あなたはシュンのお姉ちゃんかもしれないけど、私はシュンの魂を生んだ親なのよ。
子供はね、親に従うしかないの。シュンの魂は私のものだから、私の自由にしていいの。卑怯なんて言われる筋合いはないわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《・・・残念だわ。ここまで言っても頷いてくれないなんて。
あなた最近ここへ来たサトミっていう人に似てるわね。》
《・・・・・・・・・・。》
《そうよ、コウヤの大切な彼女だったけど、私がここへ連れてきたの。
でもね、すごく生意気な魂だったの。だから消しちゃったわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《どうしてあなたが悲しむの?大して親しくもない人でしょ?》
《・・・・・・・・・・。》
《そうね、あなたは優しい子だものね。私もずっと前はそうだったわ。
でもね、優しいってどういうことかしら?誰かの為に涙を流すことかしら?それとも大切な人を守ることかしら?
あなたはサトミの為に涙は流すけど、シュンの為には協力しないのね。
そういうのって優しいっていうのかな?私だったら、絶対に家族を選ぶと思うけど。》
《・・・・・・・・・・。》
《どうしても嫌なの?その理由を聞かせて。》
《・・・・・・・・・・。》
《それはコウヤがそう言ったの?》
《・・・・・・・・・・。》
《ふうん・・・あなた頭がいいのね。自分で考えて気づくなんてすごいわね。
確かにコウヤはあなたの物語を使って、私の神話を打ち消そうとしている。
ううん、正確には書き換えようとしてるのね。だからあの物語は絶対に必要なわけよ。
この役目は他の誰かじゃダメなの。コウヤが認めた人でないと意味がないのよ。
それを知っていてあの物語を創ったわけね。》
《・・・・・・・・・・。》
《ええ、分かってるわ。それはあくまできっかけで、途中から物語を創るのが楽しくなったんでしょ?
その気持ちはすごくよく分かるわ。
私もダーナの神話を考えている時だけが、一番楽しくて幸せな時間だった。
物語を創るって、すごく純粋なことだもの。》
《・・・・・・・・・・。》
《空想は空想、現実は現実。そんなの誰が決めたの?
私はたまたま神様から力を与えられて、自分の神話をこの世界に持ち出しただけよ。
責めるんなら神様を責めてよ。》
《・・・・・・・・・・。》
《さっきも言ったけど、お説教って嫌いなの。特に私と同じくらい女の子に偉そうに言われたくないわ。
何の辛い思いもせず、ぬくぬくと育ってきたくせにさ。
弟を失ったくらいでなんだっていうの?私はね、大切な人をみんな失ったのよ。
それだけじゃない。あの野蛮人にも酷い目に遭わされたわ。この痛みがあなたに分かる?》
《・・・・・・・・・・。》
《そんなのただの言葉よ。実際に何も経験していないあなたに、偉そうに言われる筋合いはないわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《ああ、分かったわ。もういい・・・・・。
あなたってどこか私と似てるような気がしたから、あまり手荒な真似はしないでおこうって決めてたのに。
私の頼みを聞いてくれるなら、シュンにも会わせてあげるし、ちゃんと元の世界に戻してあげようと思ってたのに・・・・・。》
《・・・・・・・・・・。》
《もうあなたと話し合うことなんてないわ。
私の頼みを聞いてくれないのなら手段は選ばない・・・。悪いけど、あなたは死んでね。
そしてその身体はしばらく使わせてもらうわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《今さら怖がっても遅いのよ。何度もチャンスをあげたでしょ?
わがままな子供にはお仕置きが必要なの。あなたは死んで、シュンとは別の天国に行く。
じっと待っていれば、いつか神様が生まれ変わらせてくれるわ。》
《・・・・・・・・・・。》
《うふふ、どこに逃げても無駄よ。ここは私の世界なんだから。
それじゃあさようなら・・・・マリ・・・。》


            *****


魂の叫び


幸也は病院に向かって車を走らせていた。
幸い高速は空いていて、車を飛ばして麻理のいる病院に向かっていた。
「麻理ちゃん・・・。命に別条はないっていうてたけど・・・。」


          *


夕方に電話がかかってきた。
着信は麻理の家からで、仕事の手を止めて電話に出た。
「もしもし?」
『もしもし、加々美幸也さんですか?』
知らない男の声だった。やや緊張しながら「そうです」と答えると、電話の向こうから沈んだ声が返ってきた。
『私、麻理の父親なんですが、いつも娘がお世話になっているそうで・・・。』
「ああ!麻理ちゃんのお父さんですか。初めまして、加々美幸也といいます。」
『いえいえ、こちらこそ麻理の相談に乗って頂いていたそうで・・・。
あんな子供の夢に付き合わせてしまってすみません・・・。』
電話の声は深く沈んでいて、背筋に寒気を覚えた。
《これは・・・この感覚は・・・・。誰かに不幸があった時の・・・。》
ケータイを持つ手が震え、まさかとは思いつつ尋ねてみた。
「あの・・・麻理ちゃんから電話をもらう予定やったんですけど・・・何かあったんですか・・・?」
しばらくの沈黙のあと、麻理の父は答えた。
『実は学校から帰って来る途中・・・川に落ちて溺れたんです・・・・・。』
「・・・・・・・・。」
身体から力が抜けていくのを感じた。床を踏んでいる感覚がなくなって、その場に倒れそうだった。
『幸い近くを通りかかった人が助けてくれて、救急車を呼んでくれたんです。
医者が言うには命に別条は無いらしくて、時間が経てば目を覚ますだろうと・・・。』
「あ・・・ああ・・・・よかった!生きてるんですね!?」
『はい・・・。しかし今は眠ったままでして・・・。
妻は病院に着くなり発狂したように叫び出してしまって・・・。
なにせ俊のことがありましたから。』
「確か俊君も・・・・・・。」
『ええ、川で溺れて・・・。それにまだ一年しか経っていませんから、当時のことがフラッシュバックしたのかもしれません。
妻があまりに慌てるもんだから、かえって私のほうは冷静になれたんですけど・・・。』
「とりあえず命に別条は無いんですね?」
『はい、医者はそう言っていましたが・・・・・。』
「・・・何か気になることでも?」
麻理の父はしばらく沈黙し、幸也はゴクリと息を飲んで言葉を待った。
『その・・・麻理が生きていたのはもちろん嬉しいことなんですが・・・。
でも私の職場に電話がかかって来た時には・・・その・・・麻理は死んでいたそうなんです・・・。』
「死んでいた?どういうことですか?」
『川で見つかった時には、すでに脈がなかったみたいで・・・。
病院で蘇生を施しても、息を吹き返さなかったらしいんです。』
「でもさっきは命に別条はないって・・・・。」
『はい。医者は信じられないと言っていました・・・。
生命反応は完全に停止していたのに、なぜか急に蘇ったと・・・。こんなことは考えられないって。』
「・・・そうですか・・・。」
幸也は直感的に思った。「ダーナの仕業だ」と。
『今はまったく命に別条はありません。
後遺症が残る可能性はあるけど、近いうちに目を覚ますそうです。』
「それはよかった。麻理ちゃんまで川で溺れてなんてことになったら・・・。」
『そうなんです。だから・・・非現実的かもしれないですけど、きっと俊が守ってくれたのかなって・・・。
二人はとても仲が良かったですから、きっと俊が助けてくれたんだろうって思っているんです。』
違う・・・俊はもう麻理の近くにはいない。
彼はダーナによって遠い所に連れて行かれてしまったのだ。
しかしそんなことは口に出せず、ケータイを握り直して、ペンとメモ用紙を用意して尋ねた。
「僕も病院へ行きます。場所を教えて頂いていいですか?」
しかし麻理の父はすぐには答えなかった。そしてしばらく黙った後、沈んだ声で答えた。
『すみませんが、今は勘弁していただけませんか・・・。
これから僕達の親も来るし、それに妻が・・・・・。」
「ああ、いえ、決してご迷惑になるようなことはしません。
僕も麻理ちゃんのことが心配なんです。だから・・・・、」
『違うんです。そういうことじゃなくて・・・・。』
麻理の父は言葉を詰まらせ、言いづらそうに先を続けた。
『実は妻がですね・・・加々美さんのことをあまり良く思っていないみたいで・・・。』
その言葉を聞いて固まる幸也だったが、あまり意外には思っていなかった。
麻理の母はとても丁寧で愛想のいい人だが、自分の心を表に出すタイプではないと感じていた。
彼女の言葉の端々に、自分に対する不快感を持っていることは気づいていたのだ。
しかし今はなんとしても麻理の元へ行きたかった。
彼女は確実にダーナの被害者であり、そしてダーナの神話を食い止める為にあの物語を綴ってくれたのだ。
そう思うと居ても立ってもいられず、頭を下げて懇願していた。
「お願いします!場所を教えて頂けませんか?」
『いや、だから今は無理だと・・・・、』
「無理を承知でお願いしているんです!
絶対に邪魔になるようなことはしませんし、麻理ちゃんのお母さんにも顔を会わせないようにします。
だから病院の場所を教えて下さい!」
『そんなことを言われても・・・・、』
無茶を言っていることは承知していた。
娘が息を吹き返してホッとしている所に、他人など来てほしくはないだろう。
しかし幸也の胸には言いようの無い不安があった。
これがダーナの仕業なら、放っておくわけにはいかない。
きっと彼女はこちらの意図に気づいて、妨害工作に出て来たのだ。
ならばここでじっとしているわけにはいかず、焦る気持ちを押さえながら何度も頼み込んだ。
そして渋る父親から、なんとか病院の場所を教えてもらったのだ。


          *


高速を飛ばせば一時間半くらいで麻理のいる病院に着く。
そう思うと気づかないうちにスピードを出していて、白バイに切符を切られてしまった。
ゴールド免許が台無しになってしまったが、今はとにかく麻理の元へ急がなければならない。
しかし高速を抜けて一般道に下りると、渋滞に捉まった。
時刻は午後六時前を差していて、ちょうど仕事終わりの帰宅ラッシュだった。
「くそ!こんな時に・・・。」
ハンドルを叩き、のろのろと進む車の列を睨んだ。
しかしその時、ふっと目の前を何かが通り過ぎた。
「なんや・・・?」
注意して見ていると、また何かが通り過ぎた。
「これは・・・・、」
ふわふわと車の前を飛び交っているのは、小さな妖精だった。
お伽話に出て来るような可愛らしい姿をしていて、羽を動かしながら自由自在に飛んでいる。
「・・・・・・・・。」
幸也は車から降りて妖精を見つめた。
まるで空を遊泳するように飛び周り、クスクスと笑いながら高く舞い上がって行く。
それを目で追っていくと、その先にはとんでもない光景が広がっていた。
「な、なんやこれ・・・・・空が・・・。」
そこにはムクドリの大群のように飛びまわる、無数の妖精がいた。
空を埋め尽くすほどたくさんの妖精が飛びまわる光景は、とても可愛らしいなどと言えるものではなかった。
「気味が悪い・・・なんなんやこれ・・・・。」
あまりの不気味な光景に立ち尽くしていると、後ろからクラクションを鳴らされた。
早く行けよと怒鳴られたが、それでも動くことが出来なかった。
《これは・・・他の人間には見えてへんのか・・・?》
すると突然ケータイが鳴りだし、慌てて確認してみるとケンイチからだった。
「なんでや・・・?兄ちゃんの番号は消えたはずやのに・・・。」
電話に出てみると、あの時と同じように兄の声が聞こえてきた。
《こう・・・や・・・。き・・・る・・・か・・・?》
「兄ちゃんか?」
《もう・・・ぐ・・・かん・・・つ・・・する・・・。だ・・・な・・・わ・・が・・。》
「もう・・・ぐ・・・?どういうことや?いや、それより今えらいことになってんねん!
空に妖精が飛びまわってて・・・・・、」
そう言いかけた時、突然誰かに胸ぐらを掴まれた。
「てめえ!いい加減にしろよ!さっさと車動かせっつってんだよ!
ベラベラ電話してんじゃねえよ!後ろの渋滞見えねえのか!」
「す、すんません・・・。すぐ動かします。」
慌てて車に乗り込み、前の交差点を左折して近くのコンビニに停めた。
「もしもし、兄ちゃん!」
《・・・は・・・や・・・く・・・。もう・・・す・・・ぐ・・・おわ・・・る・・・。》
「・・・・・もうすぐ終わる?何が終わるんや?」
《・・・この・・・せ・・・か・・い・・・が・・・、だ・・・な・・・に・・・・。》
「・・・・この世界が・・?」
《・・・よう・・・せ・・い・・は・・・、う・・・み・・・を・・・け・・・す・・・。》
「妖精は・・・海を消す・・・。もしかしてダーナの神話の終わりが近づいてるんか?」
《・・そう・・・・。よう・・・せ・・・は・・・、う・・み・・と・・・か・・ら・・・。》
「・・・・妖精は海と・・・から・・・?どういうことや?」
《う・・・み・・・から・・・れ・・・た・・・まし・・・い・・・こ・・・ろ・・す・・。》
「こ・・・ろ・・す?・・・もしかして・・・海から生まれた魂を殺すいうことか?」
《そう・・・。だか・・・ら・・・は・・・や・・・く・・・おれ・・・の・・とこ・・・。》
「それは分かってる、兄ちゃんのところに行ったらええんやろ?
でも今すぐには無理や。今は麻理ちゃんいう子が・・・・・・、」
その時、突然地面を揺るがすほどの轟音が響いた。
辺りに眩い閃光が走り、ビリビリと空気が震えて車の窓ガラスが振動する。
「な、なんや・・・?」
再び閃光が走り、鼓膜が破れるかと思うほどの爆音が響いた。
「これは・・・落雷・・・?」
近くの街路樹が燃え上がり、人々が悲鳴を上げて逃げていく。
少し離れた場所では何人かが倒れていて、身体から煙を上げていた。
「これは・・・妖精の仕業か・・・?」
空を舞っていた妖精は、笑い声を上げながら再び雷を落とした。
コンビニに直撃した雷は、火花を上げてガラスを吹き飛ばし、中から人が逃げ出してくる。
次々に降ってくる雷は建物を壊していき、通行人を焼いていった。
悲鳴が響いて人々が逃げ惑い、車は我先に逃げようと信号を無視して事故を起こしていた。
そして妖精の群れの一部が街まで下りて来て、大きく息を吸い込んで火を吹いた。
ビルや店が一瞬にして炎に包まれ、中にいた客が火だるまになって駆け出してくる。
燃えた人々は踊り狂いながら炎にまかれ、次々と道路に倒れていった。
辺りは悲鳴と怒号が飛び交い、歩道は妖精に殺された人々で埋め尽くされていく。
車は衝突を繰り返して歩道に乗り上げ、大型トラックがビルの壁面に突っ込んだ。
雷と炎、そして人々の悲鳴と死体、まるで地獄絵図のような光景が広がっていた。
「・・・やばい・・・ダーナの神話が終わりに近づいとんや・・・。」
自分もここにいてはまずいと思い、エンジンを吹かして駐車場を飛び出した。
しかし高速で突っ込んで来た車が衝突し、幸也の車はひっくり返って道路を転がっていった。
ドアが大きく歪んで外れ、回転する車から投げ出された。
「うわああああ!」
車と同じように道路を転がっていき、何かにぶつかって止まった。
「や、やばい・・・殺されるッ・・・。」
立ち上がろうとして地面に手をつくと、ぐにゃりと柔らかいものに触れた。
「うわあ!」
幸也がぶつかったものは死体だった。
雷に焼かれ、煙を上げる無惨な死体に、恐怖で足が動かなくなった。
手をついて地面を這い、逃げ惑う人々の間を縫っていく。
ピカピカと空が輝き、その度に雷鳴が響いて雷が落ちてくる。
後ろを振り返ると妖精の群れが一斉に炎を吹き出していて、高速道路が焼かれていた。
高熱に耐えられなくなった高架が溶け始め、その下に避難していた人達を押し潰しながら崩れていった。
「はあ・・・はあ・・・、地獄や・・・ここは地獄やッ・・・。」
もはや麻理の病院に向かうどころではない。このままでは自分も死んでしまう。
幸也は力を振り絞って立ち上がり、全力で走った。
後ろを振り向かず、この地獄から抜け出す為にひたすら走った。
しかし・・・すぐにその足は止まった。
「そんな・・・逃げ場がないやん・・・。」
前方の遠い空からも、大量の妖精が押し寄せていた。
空を見渡すと四方八方から妖精が飛んで来て、夕焼けの空を埋め尽くしていた。
「・・・・・・・・。」
幸也は言葉を失って立ち尽くし、クスクスと笑う妖精達を見上げた。
何も考えることが出来ず、ただひたすら妖精を見つめていると、あることに気がついた。
「こいつら・・・殺す人間を選んどるんか・・・?」
一見無作為に虐殺をしているように見えるが、注意深く観察するとそうではなかった。
これだけの雷と炎にさらされながら、まったく傷を負ってない人間がいるのである。
炎に焼かれた店から数人の人間が駆け出してくるが、火ダルマになっている人の中に無傷の人がいる。
さっき崩れた高架の下からも、まるで何事もなかったかのように這いだして来る人がいた。
ここで幸也は兄の言葉を思い出した。
『妖精は海から生まれた魂を殺す』
「そうか・・・。ダーナから生まれた命は助かっとんや。
ということは・・・この世界はもうほとんどダーナの神話に飲み込まれてるんや・・・。」
遠くからバタバタとヘリコプターの音が聞こえ、幸也は後ろを振り返った。
「あれは・・・自衛隊のヘリか・・・?」
三機の武装したヘリコプターが上空に現れ、妖精の群れに向かって攻撃を始めた。
「他の人にもこいつらが見えてるんか?」
自衛隊のヘリは妖精に向かって機関銃を放った。
しかし撃ち出された弾は妖精の前でピタリと止まった。妖精達はクスクスと笑い、両手を前に出した。
すると止まっていた弾が反転して、自衛隊のヘリに向かっていった。
被弾したヘリはバランスを崩し、そこへトドメとばかりに雷が降り注ぐ。
爆炎があがり、三機のヘリは成す術なく撃墜されていった。
「無理や・・・。こいつらは神話の中の生き物なんや・・・。人間の武器では勝たれへん・・・。」
人々の悲鳴の中に、大きな怒声が響く。目を向けると、機動隊が現れて妖精を見上げていた。
驚く表情を見せながらも、街の人を避難させようと誘導している。
《無駄や・・・。逃げ場なんかない。避難する場所なんか無いんや。
助かるのはダーナから生まれた魂だけや。》
機動隊の列に雷と炎が襲いかかり、一瞬にして全滅させられてしまった。
かなりの人数がいたはずなのに、機動隊の人間は全員が死んでいた。
「あれだけ人数がおったら、ダーナから生まれた魂もあったはずやのに・・・。
もしかして抵抗する奴は容赦なく殺していくんか?」
無傷で生き残った人間が、妖精にめがけて石を投げていた。
しかし雷を落とされて、あっさりと殺されてしまった。
「こいつら・・・抵抗する者には容赦ないんや・・・。
里美かてダーナから生まれた命やのに、文句言うただけで消されてしもた・・・。
こいつらは妖精なんかやない。ダーナも妖精も、全部悪魔やないか!」
激しい怒りが湧き起こり、倒れた街路樹の枝を持って妖精に襲いかかった。
「この化け物どもが!好き勝手しやがって・・・。
何の権利があってこんなことするんじゃ!お前らなんか妖精とちゃう!
ただの化け物じゃ!悪魔と一緒じゃ!くたばれ!」
枝を持って暴れ回る幸也を、妖精たちはクスクスと笑った。
「なんじゃい!殺すんやったら殺せ!その代わり一匹でも道連れにしたるわ!」
幸也は枝を振り上げて殴りかかった。しかしあっさりとかわされてしまい、バランスを崩して道路に倒れた。
妖精達から大きな笑いが起き、幸也の周りに集まって両手をかざした。
頭上にバリバリと電気が溜まり、巨大な雷球が浮かび上がる。
《ごめん兄ちゃん・・・俺はここまでやわ・・・。
ダーナの神話を食い止めることは出来へんかった・・・。許してや・・・。》
妖精達は手を振り下ろし、雷球から雷が放たれた。
閃光と轟音が響き、幸也は目を閉じて死を覚悟した。
「・・・・・・・・・・・・。」
しかしいくら待っても雷は落ちて来ず、不思議に思ってゆっくりと目を開けてみた。
すると目の前に一人の女性が立っていて、両手を広げて雷を受け止めていた。
「あんたは・・・・アメル・・・。」
アメルは幸也を振り返って二コリと微笑む。
そして受け止めた雷を撃ち返し、妖精経ちを消し飛ばした。
「諦めちゃダメよ。あなたしかダーナの神話を止められないんだから。」
そう言って幸也の車を指差した。
「あの中にマリの創った神話があるでしょ?あれを持ってダーナの所まで行きましょう。」
「いや、ダーナの所まで行くって言われても・・・。」
「いい、よく聞いてね。悲しいことだけど・・・・マリは死んだわ。」
「え?どういうことや?麻理ちゃんは生きてるって・・・・。」
アメルは悲しそうに首を振り、幸也の目を見て言った。
「マリは殺されたわ。もちろんダーナがやったの。今はケンイチと一緒に、あの渓流の傍にいるわ。」
「いや、でも麻理ちゃんは生きてるって、あの子のお父さんが言うてたで。
だから俺は病院に行こうとして・・・・、」
「違うわ、マリは死んだの。彼女の魂はもうこの世にはいないわ。」
「ほな・・・麻理ちゃんが生きてるいうのはどういうことや?」
「ダーナがマリを殺したあと、その身体を奪い取ったのよ。
だから病院にいるのはマリじゃなくてダーナよ。」
「麻理ちゃんが・・・・・死んだ・・・・。」
麻理の父は、彼女が一度死んだと言っていた。そしてその後息を吹き返したと。
《じゃあその時に、ダーナが麻理ちゃんの身体を奪い取ったいうことか?》
麻理はもう死んでいる。この世にあるのは彼女の肉体だけだ。
そう思うと、涙を流して俯いた。
《また・・・またや・・・。なんで俺の周りの大事な人は・・・・・。》
アメルはそっと幸也の涙を拭い、慰めるように肩を撫でた。
「辛い気持ちはよく分かる・・・。けど今は悲しんでいる場合じゃないわ。
今すぐにマリの神話を持ってダーナの所へいかないと、取り返しのつかないことになる。」
幸也は鼻をすすりあげ、顔を上げて頷いた。
「そうやな。こんな地獄をみたいな光景を見せられたら、じっとしてるわけにはいかんわ。
俺・・・・何が何でもダーナを止めてみせる!絶対にや!」
アメルは励ますように頷いた。幸也はもう一度涙を拭い、車に駆けて行った。
妖精達が幸也のあとを追うが、アメルは両手を広げて叫んだ。
「待ちなさい!私はアメル。ダーナの妹であり、ダーナの影よ。
私の言葉に従って、大人しくしていなさい!」
妖精達は一瞬動きを止めたが、クスクスと笑って幸也に襲いかかった。
「もう・・・無理ね・・・。私の言葉じゃ止められない・・・。」
アメルは広げた両手をかざし、その中に風を集めていった。
それは渦巻くつむじ風となり、幸也に向かっていった。
妖精達は幸也に向かって炎を吹いたが、アメルの放った風が彼を守った。
「妖精よ。その人を傷つけることは許さないわ!」
アメルは再び風を集め、空まで届く風の柱を造った。
それは巨大な竜巻に変わり、飛び交う妖精達を次々と飲み込んでいった。
「コウヤ、あなたは私が守る!私の愛するケンイチの弟だもの。絶対に死なせたりしないわ!」
幸也は麻理の神話が入った鞄を掴んで、アメルの元に駆け寄った。
アメルは彼の手を取り、竜巻の中に飛び込んだ。
凄まじい勢いで空まで持ち上げられ、竜巻のてっぺんから投げ出される。
そのまま高く舞い上がり、麻理のいる病院に向かって飛んで行った。
「す、すごい・・・。」
幸也は興奮して街を見下ろす。
すると妖精達は、先ほどよりも激しさを増して街を襲っていた。
「アメル!あいつら何とか出来へんのか!?」
「無理よ。ダーナを止めない限りいくらでも湧いてくるわ。」
「で、でも・・・このままやったら街の人が・・・・、」
言いかける幸也の言葉を遮り、アメルは笑った。
「コウヤ、あなたはケンイチに似てとても優しい人だわ。
でも・・・ケンイチにはないものを持っている。」
「兄ちゃんにないもの?特殊な魂のことか?」
「ううん、違うわ。あなたにはあって、ケンイチにはないもの。それは勇気よ。
ケンイチはとても優しい人だけど、ちょっと臆病な所がある。
けどあなたは勇気を持った人。優しさと勇気、二つ合わされば強さに変わる。
不思議な魂と、強い心を持ったコウヤなら、きっとダーナの神話を止められるわ。」
アメルの身体が輝き、ぐんぐんと速度を増していく。
前方の空では、自衛隊の戦闘機やヘリが妖精と戦っていた。
こちらに気づいた妖精の一部が襲いかかってくるが、アメルは構うことなく突っ込んでいった。
妖精は特大の雷を放ってきたが、アメルは風を起こしてそれを防いだ。
「オテンバでヤンチャなダーナの子供達。ここはあなた達のいる世界じゃないわ。」
アメルはひゅっと息を吸い込み、勢い良く吹き出した。
それは荒れ狂う風となって妖精達を巻き込み、空の彼方へと消し去ってしまった。
そして戦闘機の横を飛び抜け、少しだけ振り返ってまた息を吹き出した。
戦闘機やヘリに纏わりついていた妖精達は、激しい風の中に消えていった。
パイロットはゴーグルを上げて、驚いた顔を見せていた。
《凄いなアメル・・・。さすがダーナの妹や。こら兄ちゃん尻に敷かれるで。》
アメルはさらにスピードを上げる。そして音速を越えて、あっという間に病院まで辿り着いた。
「やばい!病院まで襲われとる!」
「大丈夫、私に任せて。」
そう言って屋上に降り立ち、空に向かって手を上げた。
《夕焼けに浮かぶ幼い月よ・・・。ほんの少しでいいから、私に魔力を分け与えて。》
アメルがそう願うと、夕焼けの空に月が輝いた。
そして青と緑が織り重なるオーロラが現れ、、病院を包んでいった。
妖精は雷や炎を放つが、オーロラは音も無くそれを吸いこんでいく。
強引に中に入ろうとする妖精もいたが、オーロラに触れた瞬間に、砂のように崩れ去った。
「すごい・・・。何やこれ・・・?」
「ほんの少しだけお月様に力を貸してもらったの。でも長くは続かないわ。
あなたはその間にダーナの所へ行って。」
「アメルは?」
「私がここを離れたらオーロラが消えちゃうわ。だから早く!」
幸也は「分かった」と頷き、麻理の神話が入った鞄を握りしめた。
「絶対にダーナを止めてみせる。その時までアメルも無事でおれよ!」
「うん。コウヤのこと・・・信じてるわ。」
幸也は手を振り、病院の中へと走って行った。
「大丈夫、あなたならきっとダーナの神話を止められる。
それまで私は、絶対にここを守ってみせるわ!この命に代えても。」
アメルは空を見上げ、オーロラの外を飛び回る妖精を睨んだ。
妖精も憎らしそうにアメルを睨み、しつこく雷や炎を放ってくる。
「無駄よ。あなた達じゃこれは破れない。それにもしこのオーロラが消えても、私は戦う。
私はダーナの身代わりなんかじゃない。自分の意志で・・・自分の大切なものの為に戦うんだから!」
アメルは憲一と出会い、初めて恋をした。そして愛する人と共に過ごす喜びを知った。
そんな愛する人の弟が、命を張って戦おうとしている。ならば自分も、命を懸けてそれを守ろうと決めていた。
《コウヤは必ずダーナを止めてくれる。それまで・・・死んでもここは守ってみせる!》
アメルの気迫は妖精にも伝わり、じりじりとオーロラから離れていく。
しかしダーナの神話の完結は、もうすぐそこまで迫っていた。
遠い地平線の向こうでは、徐々に海が消えようとしていた。

ダーナの神話 第八話 新たな神話

  • 2014.10.23 Thursday
  • 13:48
JUGEMテーマ:自作小説
ダーナと神様


《ねえ神様、みんなひどいのよ。みんなが私を悪者扱いするの。
アメルもケンイチも、彼の弟も・・・・。ねえ神様、私は悪い子なんかじゃないわよね?》
『・・・・・・・・・・。』
《私は物語の主人公なのよ。それにこの神話は私が創ったのに・・・。
どうしてみんな私を悪者にしようとするの?
私はただ、みんなとお月様へ行って幸せに暮らしたいだけなのに・・・。》
『・・・・・・・・・・。』
《私は海なんて嫌い。例えお月様に行ったあとでも、あの星に海が残るなんて許せない。
あんなものは、どの世界にも必要ないものなのよ。》
『・・・・・・・・・・。』
《分かってるわ・・・。でも嫌なの・・・私は海が嫌い。
海を見るのも、潮風が香るのも、波音が聞こえるのも、全部嫌・・・。
だって・・・あそこには苦しい思い出しかないもの。
あの野蛮人が私をいたぶって汚した場所だもの・・・。
あいつの魂が生まれて、眠っている場所だもの。それにあいつに似た魂もたくさん・・・。》
『・・・・・・・・・・。』
《知ってるわ。でも、もう理屈じゃないの。そんなこと言ったら、私の神話は台無しになっちゃう・・・。
何の為にたくさん魂を集めたのか分からなくなっちゃう・・・。》
『・・・・・・・・・・。』
《そうね。私の創った天国は偽物よ。生まれ変わりはあるけれど、本物の天国じゃない。
いつかお月様に行く為の仲間集めなんだから・・・。
気に入らない魂は消すけど、お気に入りの魂はずっとあそこにいるの。
だって、その方がみんな幸せでしょ?私の創った神話の中には、苦しみなんてないんだから。》
『・・・・・・・・・・。』
《それは違うわ。私から生まれた魂に自由なんてない。だって私が生みの親なんだから。
親は子供を自由にしていいのよ。あの野蛮人がそうしたように。》
『・・・・・・・・・・。』
《そうね、こんなのあの野蛮人と同じ考えね。でも、どうして私だけ辛い目に遭わなきゃいけないの?
主人公の私が辛い目に遭ってるんだから、脇役達はそれに従うしかないのよ。
なんたって、ダーナの神話は私が一番偉いんだから。》
『・・・・・・・・・・。』
《なんで?どうしてそんなことを言うの?神様は私の味方なんでしょ?》
『・・・・・・・・・・。』
《無理よ。今さら良い子になんかなれない・・・。
そんなこと言うくらいだったら、最初から私に力を与えなければよかったのよ。
偉そうに言ってるけど、神様にだって責任はあるでしょ?》
『・・・・・・・・・・。』
《嫌よ、今さら神様の創った天国なんかに行きたくないわ。
そんなとこに行ったら、私の今までの努力が無駄になっちゃうじゃない。
それにあそこには汚れた海の魂がウヨウヨしているんでしょ?
私は絶対そんなところに行くたくない。》
『・・・・・・・・・・。』
《決まってるわ。私は物語を完成させるだけ。空想の世界だけでは終わらない、本物の物語を創るの。
だって、頭の中だけなんて寂しいじゃない。
神話は作りものなんかじゃない。ちゃんと人の頭の中にあるのよ。
だったらそれを現実に持ち出して何が悪いの?
ダーナの神話はどの神話よりも素晴らしいんだから。
確かにケルト神話を元にして創ったけど、でも私の想像力から生まれた神話よ。
だから、ケルト神話よりもずっと素晴らしいの。
世界中のどの神話より、みんなを幸せに出来るわ。》
『・・・・・・・・・・。』
《そんなことないわ!私は間違ってなんかいない!神様から与えられた力を、正しいことに使ってるわ!
そもそも、私がこんな風になっちゃったのはあの野蛮人のせいよ!
もし神様があの時助けてくれていたら、私は幸せな人生を送れた!
なのに・・・死んだ後に手を差し伸べるなんて・・・・。
そんなことするくらいだったら、生きてる内に助けてよ!
神様だって、自分がいいように世界を楽しんでいるだけじゃない!
私だけが間違っているみたいに言わないでよ!》
『・・・・・・・・・・。』
《無駄よ、もう何を言ってもね・・・。そんなに止めさせたいなら、私を消しちゃえばいいんだわ。
神様ならそれくらいわけないでしょ?
でもそうしないのは、神様が私のこと愛しているから。そして、私の神話を楽しんでいるからよ。
だから・・・私は絶対に止めない。結末はすぐそこまで来ているんだから。》
『・・・・・・・・・・。』
《もうお話することなんてないわ。私はやらなきゃいけないことがあるの。
おかしな魂の持主が、私の神話を邪魔しようとしているから。
ダーナの神話を邪魔する奴は、誰だって許さないわ。
あの神話は私の楽園なんだから、誰にも汚させたりしない。》
『・・・・・・・・・・。』
《そうね、神様は今まで通り、高い所から世界を見ているだけでいいのよ。
いちいちちょっかい出さなくても、私がちゃんと素晴らしい世界を創ってあげるわ。
そしたら神様もそこで一緒に暮らしましょ。きっと楽しいわよ。》
『・・・・・・・・・・。』
《わかった・・・。じゃあまたね。悪い魂をやっつけたら、また会いに来るわ・・・・・・。》


            *****


二つの物語


目覚まし時計の音で目を覚まし、幸也はベッドから降りてトイレに向かった。
シャワーを浴び、簡単な朝食を用意して黙々と食べる。
時計を見ると昼前を差していて、すっかり生活のリズムが乱れていることを感じた。
「里美がおらんようになってからダメダメやな、俺。」
つくづく神話以外のことに取り柄がなく、溜まった洗濯物を洗いながら考えた。
《俺にとって、里美の存在がどれほど大きかったか分かるな。
あいつがおらんと、ほんまに俺はダメ人間かもしれん・・・。》
およそ欠点らしい欠点が無かった里美は、どんなことでもテキパキとこなした。
神業のように見える正確な仕事で、あっさりと何でも解決した。
改めて彼女のありがたさを痛感し、洗濯機のスイッチを入れて部屋に戻った。
そしてまだ新聞を入れてなかったことに気づき、ポストを確認してみた。
「ん?なんやこれ?」
そこには新聞やチラシに混じって、大きな茶封筒が入っていた。
差し出し人を見てみると、『野本香織』と書いてあった。
「野本香織・・・・・、ああ!麻理ちゃんのお母さんか。」
慌てて封筒を持って部屋に入り、ハサミで丁寧に封を開けた。
そして中から出て来たのは、可愛らしい文字が並んだ原稿用紙だった。
「麻理ちゃん・・・書いてくれたんやな・・・。」
嬉しくて涙が出そうになるのを堪える。
水を飲んで気持ちを落ち着け、部屋に戻って原稿用紙を眺めた。
「短期間でようこれだけ書いたな・・・。麻理ちゃん物書きの才能があるんかもな。」
麻里の才能に感心し、原稿用紙に書かれたタイトルを読んだ。
『海の中の妖精』
「なかなかメルヘンチックなタイトルやな。どれ、読ましてもらおか。」
幸也はじっくりと文字を追い、麻理が創った物語の中に没頭していった。


            *


昔々、この世界にはたくさんの妖精がいた。
花が咲き乱れる幸せな島で、みんなが平和に暮らしていた。
そしてその島はちょっと変わった所にあって、自由に行き来できる場所ではなかった。
深い深い海の底に入った亀裂の、もっと深い海に浮かぶ島だった。
そこにはたくさんの命が暮らしていた。
妖精もたくさんいたし、それ以外の動物も幸せに暮らしていた。
人も、馬も、鳥や虫も、みんなが平和に暮らしていた。
ある時、その場所へ他所者達がやって来た。
彼らは遠い国からやって来た神様の一族で、ダーナ神族と呼ばれる者達だった。
他の神様との戦争に負けて、住む場所を求めてここへやって来たのだ。
妖精たちは、喜んで彼らを迎え入れた。
《ここにはたくさんの幸せと、たくさんの喜びがあるから、私達と一緒に暮らしましょう。
何の争いもない平和な世界で、戦いの傷を癒してください。》
ダーナの神々は妖精に感謝し、そこに生きる者達と平和に暮らした。
しかし一人だけ、それが気に食わない者がいた。
逞しい身体に鎧を身に着け、鋭い槍を持った戦いの神様は、平和に暮らすことを拒んだ。
そして仲間の神々を唆して、この場所を自分達だけのものにしようと言い始めた。
やがて平和だった島に、争いの時がやってきた。
戦いの神と、彼に味方するダーナの神々。そして元々ここに住んでいた妖精や生き物達。
両者の間に激しい争いが起こった。
しかし妖精は戦うのが下手で、ダーナの神々にやられていくばかりであった。
それでも妖精は不思議な魔法で神々に対抗したが、馬や鳥や虫は、成す術なくやられていった。
その中で、たった一人だけ妖精に味方するダーナの神がいた。
それは金色の髪に、青い瞳をした少女の神だった。彼女は妖精の為に力を貸してくれた。
少女はダフネという名前の神様で、水を上手く使ってダーナの神々を倒していった。
そして妖精の中にも勇敢な者がいて、シュンという少年の姿をした妖精が果敢に戦った。
ダフネとシュンは必死に戦い、妖精や動物を守った。
そして奪われていた島の半分を取り戻し、妖精達は喜んだ。
しかしそれは悲劇の始まりでもあって、戦いを知らない妖精達が、戦うということを知った瞬間でもあった。
すると、今度は妖精同士の間で争いが起こった。
ダーナの神々と和解して、皆で平和に暮らそうという者達。
ダーナの神々を追い出して、元々この島にいた者だけで暮らそうという者達。
悲しいことに、妖精同士の戦いは激しさを増し、多くの妖精が命を落としていった。
ダーナの神々はその隙を突いて、再び妖精に戦いを仕掛けてきた。
口の上手い戦いの神は、妖精の一部を仲間に引み、さらに激しく襲い掛かってきた。
シュンは大きな怪我を負って動けなくなり、代わりに姉のマリが戦うことになった。
マリはとても臆病な妖精で、弟の代わりなんて出来ないと言った。
しかしマリの父と母は、この島の平和の為に戦ってくれと頼んだ。
そして臆病者のマリの為に、コーヤという一人の妖精を仲間につけてくれた。
コーヤはとても物知りで、マリのどんな質問にも答えてくれる賢い妖精だった。
それでもマリは怖かった。戦いなんて嫌だと泣いた。すると、それを見かねたダフネが言った。
《今はみんな争うことばかり考えて、正気じゃなくなっているわ。
神々も妖精も、戦って勝つことしか頭にないのよ。
だからみんなを正気に戻さないといけないわ。
シュンもコーヤも、あなたのお父さんもお母さんも、みんな争うことなんて望んでいない。
私だって、自分の仲間と戦いたくなんてないわ。
でもね、逃げてるばかりじゃダメなのよ。どんなに嫌でも、戦わなければいけない時ってあるの。
大事なのは、何の為に戦うかってことよ。》
ダフネの言葉に、マリは考え込んでしまった。
戦いそのものが嫌いなのに、戦う理由なんて考えられなかった。
そんなマリをよそに、ダーナの神々との争い、そして妖精同士の争いは続いていた。
取り戻した島の半分も奪われ、ダーナの神々はそこに大きなお城を立てた。
そして街を造り、子供を産んでダーナの世界を築いていった。
島の半分は完全にダーナの神々のものになり、島からは完全な平和は失われていった。
それでも腰を上げようとしないマリの代わりに、シュンは傷を負ったまま戦いに臨んだ。
ダフネとコーヤを引き連れ、島に平和を取り戻す為に戦い続けた。
マリは自分だけじっとしているのが恥ずかしくなり、覚悟を決めて立ち上がった。
アメリアという仲良しの妖精を引き連れ、シュン達の元へ向かった。
そこでは激しい戦いが起こっていて、ダフネの水が荒れ狂い、シュンの魔法が神々を苦しめていた。
物知りのコーヤはすっかり神々のことを調べ上げていて、彼らの弱点を攻めていた。
マリはアメリアと一緒に戦いに加わり、島に平和を取り戻す為に戦った。
しかしダーナの神々の守りは固く、対立する妖精からも攻められた。
そして遂には追い詰められ、逃げ場を失ってしまった。
《みんな、私の周りに集まって。》
ダフネは水を紡いで大きな家を造り、その中でみんなを守った。
神々と妖精の争いは続いていて、マリ達は一歩も家の中から出ることが出来なくなってしまった。
《いったいいつになったら、この争いは終わるのかしら?》
外からは昼も夜も戦いの声が響いていて、マリは眠ることも出来なかった。
《誰もかれもが自分勝手なんだわ。戦う者なんて、みんなそうよ。》
かつての平和な島を思い出し、マリは自分の殻に閉じこもってしまった。
魔法の糸を紡いで繭を作り、その中から出て来なくなってしまった。
そしてシュンやダフネの言葉も無視して、繭の中で深い眠りについてしまった。
困ったシュン達は、なんとかマリに出て来てもらおうと楽しい歌を歌った。
踊ったり笑ったり、マリの気を惹こうと頑張った。
しかしまったく出て来る様子のないマリに愛想を尽かし、誰も歌を歌わなくなった。
水の家はみんなを守ってくれたが、その中は退屈で仕方なかった。
するとコーヤとアメリアは手を繋いで、水の家を出て行くと言った。
みんなが知らない内に、二人は恋に落ちていたのだ。
《アメリアのお腹には僕の赤ちゃんがいるんだ。いつまでもこんな所にいられないよ。》
物知りのコーヤはこの島にある安全な洞窟を知っていて、そこでアメリアと暮らすつもりだった。
二人は羽を広げて飛び立ち、どこかへ消え去ってしまった。
やがて水の家もだんだんと形が保てなくなり、シュンとダフネも家から出て行くことにした。
《いつまでもここにいたら戦いは終わらない。僕は平和を取り戻す為に戦うよ。》
未だに傷の癒えない身体を引きずって、シュンは戦いの中に飛んでいった。
ダフネはマリの繭にそっと手を触れ、足元に水で作った宝石を置いた。
《いつかその繭から出て来る気になったら、この宝石を持っていくといいわ。
きっと、マリに大切なことを教えてくれるから。》
ダフネはそう言い残してシュンの後を追っていった。
マリは自分を情けなく思いながらも、まだ繭の外に出る気にはなれなかった。
外では相変わらず激しい戦いが続いていた。
神々も妖精も、一歩も引かずに戦っていた。
戦いを知らなかった妖精が、戦うことを覚えて魔法の使い方も変わっていった。
動きを止めたり眠らせたりする魔法から、炎を吹いたり雷や竜巻を起こす魔法を覚えていった。
ダーナの神々は、妖精に戦いを覚えさせてしまったことを後悔していた。
自分達のせいで、大人しかった妖精が手強い敵に姿を変えてしまったからだ。
魔法の槍や剣を持って奮闘するが、妖精は巧みに戦って神々の武器を奪い取ってしまった。
一番強い戦いの神様も、自慢の槍を奪われてしまった。
それは一振りするだけで山をも貫く魔法の槍で、それを奪われた戦いの神様は戦う気力を失った。
そしてブルブルと震えながら、お城に籠ってしまった。
大将を失ったダーナの神々は、妖精の繰り出す魔法の前に次々と倒れていった。
やがて妖精達はダーナの街を壊し始め、奪った魔法の武器で酷い行為を始めた。
許しを乞う者を討ち取り、逃げ惑う者を飲み込んでいった。
あんなに勇ましかった戦いの神様は、お城の中で怯えるだけだった。
妖精達は街を壊し終えると、お城の周りを取り囲んだ。
そして魔法の武器を一斉に投げつけた。
立派なお城はあっという間に壊され、中に籠っていた神々は宙に投げ出された。
妖精は炎や竜巻を起こし、ダーナの神々を倒していった。
雷を降らせ、毒の息をばら撒き、全ての神々を滅ぼすつもりだった。
最後に残された戦いの神様は、地面に頭を付けて許しを乞うた。
《もう二度と悪いことはしない。この島からも出て行くから、どうか許してほしい。》
あんなに勇ましく堂々としていた戦いの神様は、恐怖のあまりに白髪の生えたおじいさんになってしまった。
妖精達はクスクスと笑った。
そして戦いの神様の頼みを断り、大きな火柱を造って焼いてしまおうとした。
戦いの神様は死ぬことを覚悟して、さらによぼよぼのおじいさんになってしまった。
そこへシュンとダフネが駆けつけて、妖精と戦いの神様の間に立ち塞がった。
そして両手を広げ、おじいさんを守るようにして叫んだ。
《もう勝負はついている!こんなおじいさんを焼くなんて酷過ぎるぞ!》
《妖精は優しい心の持ち主なんでしょう?だったらもう許してあげて!》
二人は必死に訴えたが、妖精達は迷うことなく火柱を放った。
戦いの神様も、そしてシュンとダフネも火柱に飲み込まれてしまった。
天までつく大きな火柱は、あっというまに三人を焼いてしまった。
ダーナの神々は一人残らずこの島からいなくなった。
《私・・・許さないわ・・・。あなた達を・・・絶対に許さない・・・。》
火柱の中で、ダフネは大きな憎しみを抱いて消えていった。
まだ繭の中にいたマリは、戦いの声が聞こえなくなったことに気づいて繭から出て来た。
水の家はすっかり消え去っていて、大きなお城のあったダーナの街はどこにもなくなっていた。
《妖精が全部やっつけちゃったんだわ・・・。》
空にはたくさんの妖精が飛び周り、喜びの歌を歌っていた。
それは美しい歌声だったが、とても悲しい歌にも聞こえた。
マリは近くに飛んで来た妖精に、シュンとダフネのことを尋ねた。
《ねえ、二人はどこにいるか知らない?》
すると妖精は笑いながら答えた。
《みんな火柱に飲み込まれたよ。悪い神様と一緒にね。》
《じゃあ二人はもういなくなっちゃったの?》
《そうだよ。悪い奴らはみんなやっつけた。これで全て元通りさ。》
妖精はそう言い残して、空高く舞い上がっていった。
《そんな・・・。シュンとダフネがいなくなっちゃったなんて・・・。》
マリは座り込んでわんわんと泣き始めた。
自分が繭の中に閉じこもっている間に、シュンとダフネが消えてしまった。
あまりに寂しくて、そしてあまりに自分が情けなくて、ずっと泣き続けた。
その間に何度も太陽が昇り、何度も月が輝いた。
あまりにずっと泣き続けるので、溢れた涙が洪水となって島を飲み込んでいった。
せっかく平和になった島は、マリの涙の中に沈んでしまった。
それでも泣き続けるマリを見かねて、ダフネの魂がそっと囁いた。
《思い出して。私があなたに残してあげたものを・・・。》
そう言われて、マリはダフネが置いて行った水の宝石を思い出した。
足元に浮かぶ宝石を拾い、その美しさに目を奪われていった。
その宝石の中に詰まっていたのは、ダフネの記憶だった。
彼女は元々ダーナという名前だったこと。とてもとても辛い過去を背負い、海を憎んでいたこと。
しかし仲間との出会いで優しくなれたこと。そしてダフネと名前を変え、月の女神になったこと。
そこには平和と優しさを願うダフネの想いが詰まっていた。
水の宝石は弾けて虹色の光となり、マリに降り注いだ。
その瞬間、消えたはずの島が再び現れ、そこにはシュンやコーヤやアメリアもいた。
ダーナの神々がやってくる前の、平和な島が復活していた。
マリは大喜びでみんなの元に駆け寄り、何日も歌いながら踊って過ごした。
ダフネの魂は、みんなの周りをぐるぐると回りながら一緒に歌い、やがて天に昇っていった。
《マリ。もうすぐ新しい争いがやってくるわ。それは憎しみに取り憑かれた私の怨念よ。》
《ダフネの怨念?それはダフネの分身のようなもの?》
《違う。あれは私であって私じゃない。私から生まれた恐ろしい怪物よ。
ダーナの神々より、もっと恐ろしい怪物・・・。》
そう言い残し、ダフネは空へと消えていった。
マリは不安な気持ちになり、みんなと踊るのをやめた。
そしてダフネが言い残した言葉を伝えると、やがてやってくるダフネの怨念に備えた。
あれから長い年月が立ち、マリもシュンも立派な大人の妖精になっていた。
コーヤとアメリアの間には子供が生まれ、島には平和が続いていた。
しかしそれを打ち破るように、黒い影が島を襲った。そして長い舌を伸ばして、みんなを飲み込んでしまった。
シュンもコーヤもアメリアも、全てが黒い影の中に飲み込まれてしまった。
マリはたった一人残され、黒い影に怯えて洞窟の中に逃げ込んだ。
その黒い影とは、ダフネの怨念だった。
目に映るものが何もかも憎くて、なんでも飲み込もうとした。
マリは洞窟の中でぶるぶると震えながら祈っていた。
《シュン、ダフネ、コーヤ、アメリア・・・。私まだ消えたくないわ。
もっとみんなと一緒に、楽しく暮らしたかった・・・。》
ダフネの怨念は洞窟の中に隠れているマリを見つけ出し、長い舌を伸ばしてペロリと飲み込んでしまった。
マリは綿飴のように消え去り、島には誰もいなくなってしまった。
島に咲き誇っていた花は枯れてしまい、馬や虫や鳥も全ていなくなってしまった。
ダフネの怨念は誰もいなくなった島を見つめて、急に悲しみ始めた。
そして自分が愚かなことをしたと嘆いた。
もし出来ることなら、自分が飲み込んだものを全て吐き出して、元に戻したいと思った。
海よりも深い悲しみと、夜よりも暗い孤独に耐えきれずになって、ダフネの怨念は島を抱きしめながら溶けてしまった。
黒い影は島じゅうに染みわたり、深い森を造った。
やがて海を漂う生き物の中から、島へ移り住む者が出て来た。
それは森を生きていく為に姿を変え、妖精の心と神様の体を持った生き物になった。
優しい心を持ち、神様のような強い力を持っていた。
そして天に輝くお月様から祝福されて、子供を産んだ。
生まれた子供は光となって島に飛び散り、色んな生き物に姿を変えた。
妖精や馬、鳥や虫やイタチ、そして人間が生まれた瞬間だった。
この時から妖精は、恥ずかしがり屋になって姿を見せなくなった。
深い森の奥で、誰にも会わないようにひっそりと暮らした。
島に生える緑には、ダフネの怨念の後悔が詰まっていた。
そしてもう二度と妖精を傷つけないと誓い、特別の住処を与え、他のどんな生き物からも守った。
そして誰もこの島に入って来られないようにする為に、海から浮かび上がって空に出た。
ぐんぐんと空を昇り、雲を突き抜けて舞い上がっていった。
そして空のてっぺんにある天の国に着いた時、ダフネの魂が微笑みながら手を振った。
《もう二度とこの星へ戻ってきちゃダメよ。だって、みんなが幸せな国なんて誰もが羨むから。
そうしたらまた誰かが島に入って来て、争いが起きちゃうわ。
私から生まれた、私じゃない魂よ・・・。あなたはあのお月様へ向かいなさい。
あそこは誰の手も届かない静かな世界。その代わり、二度とここに戻ってきちゃダメ。
それが約束出来るなら、私がお月様まで引っ張っていってあげるわ。》
島に宿るダフネの怨念は、全ての憎しみを取り除いて綺麗な魂になっていた。
そして自らをダーナと名乗り、ダフネに引っ張られてお月様まで飛んでいった。
島はお月様の裏側に舞い降りた。
青い星に住む者達が、こっちを見て羨ましがらないように。
そして月に住む魂が、青い星に行きたがらないように。
二つの世界は隔てられ、分厚い壁が作られて行き来できないようになった。
《私から生まれた憎しみの心はもうないわ。
あなたはダーナ。私だけど私じゃない、ダーナという一つの魂よ。
これからも妖精を守ってあげてね。》
ダフネは特別な魔法をかけ、島の平和と幸せが長く続くようにした。
そして笑って手を振りながら、青い星へ帰っていった。
ダーナは嬉しさで涙を流し、それは島から溢れて海を創った。
月の裏側は青い海で満たされ、島はその中に潜っていった。
島に住む者達は、やがて全てが妖精になった。
長い時間をかけ、馬や虫、それに人間までもが妖精に変わった。
恥ずかしがり屋の妖精は、もう隠れる必要がなくなって森の外へ出て来た。
そして花が咲き乱れる島で、ずっと平和に暮らした。
やがてダーナの魂は、島から離れて海と同化した。
そしてダフネとそっくりの姿となって。妖精達を見守るようになった。
ダーナは月の女神となり、妖精は彼女を守り神と崇めた。
ダーナと妖精達は、いつまでも幸せに暮らした。


            *


「ふう・・・・・。」
物語を読み終えた幸也は、キッチンに行って水を飲んだ。
そして麻理の創った物語を思い返していた。
「よう出来とる。とても子供が創ったとは思えんな・・・。
麻理ちゃん、あれからようさん本を読んだんやろうなあ。
ケルト神話を元にして創ったいうても、ほとんどオリジナルや。」
幸也は部屋に戻り、麻理の家に電話をかけた。
数回のコールのあと、麻理の母親が出た。
『もしもし野本です。』
「ああ、麻理ちゃんのお母さんですか?加々美です。」
『ああ、どうも!この前はあの子にお電話くださってありがとうございました。お忙しかったでしょうに。』
「いえいえ、とんでもありません。何か分かったら教えるって約束してましたからね。
それより麻理ちゃんが書いた物語を読ませてもらいました。なんというか・・・ほんまに面白い物語でした。
とても子供が創ったとは思えん出来やと思います。」
『ああ、あれですか。なんだか最近部屋に籠っていたから、いったい何をしてるんだろうと思ってたんです。
そしたら物語を書いてるんだって言って。
友達との遊びも断って、宿題や家の手伝いもせずに一心不乱に書いていたんですよ。」
「そこまで一生懸命書いてくれてたんですか・・・。なんかそれ聞いたら、余計にありがたい気持ちになってきました・・・。」
『加々美さんから頼まれたんだと言っていましたが、最後の方は好きだから書いているんだと言っていました。
出来上がった時はすごく嬉しそうにしていて、私や主人に読んでくれってせがんでいたんです。
私はあんまり本を読まないので、あれが良い出来なのかどうかは分からないですけど、主人は褒めていました。
麻理はすごく嬉しそうにしていましたよ。』
「僕もすごく良い出来やと思います。麻理ちゃん文章も上手いし、話もちゃんと考えてあるし。
難しい言葉なんかも使ってるから、よっぽど真剣に書いたんやなと思います。」
『ありがとうございます。でもあそこまで何もかもほったらかしてやるっていうのは、ちょっと心配でもったんです。
再来年は中学に上がるんですが、出来れば私立へ行かせたいと思っているんです。
だからもっと勉強の方に力を入れてほしいんですが・・・。』
「なんかすいません・・・。大事な時期に無理なお願いをしてしもたみたいで・・・。」
『いえいえ、そういう意味で言ったんじゃないんです!
あの子は昔から一つのことに集中すると、周りが見えなくなるところがあって・・・それが少し心配なんです。
でもあんなに一生懸命になる麻理を見たのは久しぶりで、少し嬉しい気持ちもあるんです。
俊が亡くなってから、どこか上の空みたいなところがありましたから。』
「好きなことがあるのはええことですよ。僕もよう母に怒られてました。
神話ばっかり読んでないで勉強せえって。でもそのおかげで神話に関する仕事をしとるわけですからね。
一つのことに没頭するいうのも、中々悪いもんとちゃうかなって。
まあ子供を持ったことがない僕が言うのもあれなんですけど・・・。」
『いえ、おっしゃることは分かります。
私は昔から何かに夢中になったことが無いから、そういうものを持っている人が羨ましいなと思っていたんです。
でもやっぱり自分の子供のことになると、シビアになるというか・・・。
大きな成功なんてしなくてもいいから、人並みに幸せになってほしいと思っているんです。
亡くなった俊の分まで・・・・。』
電話の向こうで涙ぐむ声が聞こえ、幸也は間を置いてから言った。
「今、麻理ちゃんはいますか?」
『いえ、今は学校に行っていますから。』
「ああ、そうか・・・。平日の昼間ですもんね・・・。」
『三時過ぎには帰ってくると思いますから、後で電話させましょうか?』
「すいません、お願い出来ますか。」
『加々美さんから電話があったって言ったら、きっと喜ぶと思います。
自分の物語の出来が気になって、早く加々美さんの意見を聞きたいと言っていましたから。』
「そうですか、ほなその時にじっくり感想を言わせてもらいます。それじゃ失礼します。」
『はい、失礼します。』
幸也はケータイを置き、椅子の背もたれに身体を預けた。
「そっか、学校やんな。里美がおらんようになってから、時間の感覚が止まってるから忘れとったわ。」
麻理から電話がくるまでの間、幸也は何度も『海の中の妖精』を読み返した。
もし自分にも物語を創る力があれば、果たして神話学者の道に進んでいたかは分からない。
胸を躍らせる物語はたくさんあるが、自分はいつも受け取る側だった。
そう思うと、ダーナと麻理が少し羨ましく思えた。
「俺の周りには、俺の持ってないもんを持っとる奴が多いな。
そういう人からは、俺はどういう風に映ってんねやろな。」
神話好きが高じてそれに関わる仕事に就き、その中で里美や麻理と出会った。
そう思うと、幸也は少しだけ可笑しくなった。
「ある意味、俺って女に振り回されとるんかもしれんな。
ダーナにしたって女の子やし、どうも俺は女難の相が出とるんかもしれん。
兄ちゃんの彼女、えらい美人やし、性格も良さそうやったなあ・・・。
でも兄ちゃんはけっこうモテてたからなあ。自分じゃ全然気づいてなかったけど。
言い寄ったのは、案外アメルの方からかもしれんな。」
あんまり愚痴をこぼしていると里美に悪いと思い、机に立てた彼女の写真に謝った。
「お前はちゃんと俺の中におるよ。魂が消えたかて、俺の中からは消えへん。
この先もずっと、お前のことだけは忘れたりせえへんからな。」
幸也は写真を持ち、里美に微笑みかけた。
写真の中の彼女が、ツンと怒っているように感じた。

ダーナの神話 第七話 世界を蝕む神話

  • 2014.10.22 Wednesday
  • 13:43
JUGEMテーマ:自作小説
ダーナの過去


ダーナはとても不幸な少女だった。
彼女が生まれるのと同時に母親は死に、父親に育てられた。
漁師だった父はとても逞しく、ダーナのことを何よりも大切にしてくれた。
しかしある時父は死んだ。
荒れた波に船をひっくり返され、帰らぬ人となった。
親を失い、兄弟もいなかったダーナは孤独に悲しむことになる。しかし父の知り合いの漁師が、彼女を養子として引き取ると言った。
その男もまた、海のせいで妻と息子を失っていた。
初めは優しく接してくれていた義父だったが、やがておかしな行動を取り始めた。
必要以上にダーナの身体に触れるようになり、おでこにしてくれていたキスも、なぜか唇に重ねるようになっていた。
ダーナは幼いながらも違和感を覚え、徐々にエスカレートしていく過度なスキンシップを嫌悪するようになっていた。
ある時、義父のキスを拒むと、途端に表情を変えて殴りつけた。
そして倒れるダーナに覆いかぶさり、おぞましい行為に走った。
ダーナは叫び声を上げ、必死に抵抗した。しかし子供と大人では、力の差は歴然だった。
義父のおぞましい行為は、ダーナと身体を心を汚していった・・・。
それからは地獄の日々が始まった。
本性を露わした義父は、事あるごとに暴力を振るった。
幼いダーナに全ての家事を押し付け、飯がまずいと言っては殴り、部屋が汚いと言っては蹴り、態度が悪いと言っては罵った。
そして数日おきに、あのおぞましい行為に走った。
彼女は周りに助けを求めたが、誰もが外面の良い義父の言葉を信用し、ダーナの言葉は信じてもらえなかった。
海の傍に立つ家には、潮風と波の音が響く。
ダーナは義父の仕打ちの中で、常に海を感じることになった。
それに漁師である義父は、海の臭いでまみれていた。おぞましい行為を受ける度に、その臭いに吐き気を覚えた。
義父の仕打ちから解放されると、屋根に上がって月を眺めるのが日課になっていた。
手を伸ばしても絶対に届かない月は、きっとこの世界とは違う世界が広がっているんだろうと感じた。
いつかあそこに行ってみたい。
あのお月様で、楽しい仲間達と笑いながら暮らせたら、それはどんなに幸せだろう。
ダーナは現実の苦しさから逃れる為、空想の世界に浸るようになった。
家の中にあった「ケルト神話」を読み耽り、あの野蛮人の義父がどうしてこんな本を持っているのだろうかと不思議に思いながらも、神話の世界に没頭していった。
義父はそんなダーナが気に食わず、本を海へ投げ捨ててしまった。
心の拠り所を無くしたダーナは、頭の中で神話の世界を思い描くようになっていた。
義父がいない時は日向ぼっこをしながら。義父に苦しめられている時はその苦痛から逃れる為に。
現実と空想の境目がなくなるほど、頭の中の世界に没頭していった。
彼女は自分で創った物語に『ダーナの神話』と名付けた。
《私が主人公で、素晴らしい仲間達とお月様で暮らすの。いつかきっとそうなるわ。》
その空想はいつか現実になると信じながら、地獄のような日々に耐えていた。
しかし、その義父も海の事故で亡くなった。
船から海に落とされ、岸壁に叩きつけられて死んだのだ。
ダーナはようやく地獄の日々から解放された。しかし・・・またしても一人になってしまった。
誰も帰って来ない家でじっとしていると、旅をしながら絵を描いている男に出会った。
彼はとても裕福な家で育ち、金と時間を持て余していた。
そして旅の途中でダーナを見つけるなり、モデルになってくれと頼まれた。
男は明るい太陽の下ではなく、暗い部屋に蝋燭を灯してダーナを描いた。
その方が、君の中に宿る悲しみや怒りが表現出来るからといって。
初めて会った人間に心の内を見透かされ、ダーナは驚いた。
そして男の描き上げた絵に感心し、この絵を欲しいと頼んだ。
彼は心良く絵をくれた。
そして男もダーナのことを気に入り、彼女の生い立ちを聞いて同情を覚えた。
よかったら家へ来るかと誘われ、迷わず頷いた。
男の家はとても立派で、まるでお伽話に出て来る屋敷のようだった。
家の中に案内されたダーナは、彼の妻と娘に紹介された。
男の家族はダーナのことを憐れに思い、養子として引き取った。
それからのダーナは、とても幸せな日々を過ごした。
あの義父との時間が地獄なら、ここはまさに天国だと思った。
新しい家族はいつだって優しくしてくれて、本当の家族のように接してくれた
義母は読み書きを教えてくれたし、義妹のアメルはいつも一緒に遊んでくれた。
ある日、ダーナは自分の考えた『ダーナの神話』を語った。
義母はあまりによく出来た話に感心し、それは是非紙に書いて残すべきだと言った。
頭の良かったダーナはすっかり読み書きを身につけていて、義母の言う通り紙に物語を記し始めた。
それは『ダーナの神話』が、文字という形で現実の世界に姿を現した瞬間だった。
家族との幸せな日々、そして神話を綴る楽しさ、さらにアメルという可愛い妹。
全てが満たされ、全ての苦痛が過去にものになっていた。
ダーナは疑わなかった。
この時間は永遠に続くもので、絶対に壊れることはないのだと。
しかしそんな確信をあっさりと壊すような出来事が起こった。
使用人の火の不始末のせいで、火事が起こったのだ。
義母はダーナとアメルの手を引き、燃え盛る廊下を駆け抜けた。しかし背中に大きな火傷を追い、その場で息絶えた。
地下のアトリエにいた義父は、慌ててダーナ達の元まで駆けつけた。そして二人を抱えて、燃え盛る家の中を駆け出した。
しかし行く手を炎に阻まれ、背後にも火が迫っていた。
義父は近くにあった窓を開き、咄嗟に二人を投げ落とした。
そして義父もまた、炎に巻かれて死んでいった。
庭に投げ落とされたダーナは、その衝撃で身体を痛めていた。
息が出来ないほど痛かったが、それでも何とか立ち上がった。
隣で倒れるアメルを起こし、庭の外へ逃げようとした。
しかし・・・アメルは死んでいた。
落下の衝撃に耐え切れず、ピクリとも動かなくなっていた。
ダーナはアメルを抱きしめ、大声で泣いた。
突然の火事。死んでしまった家族。永遠に続くと思っていた幸せは、一瞬にして崩壊してしまった。
ダーナはそんな現実を受け止めることが出来ず、ただ泣いていた。
そしてその時、門の外からこちらを眺めている人影に気づいた。
それはこの家の使用人たちだった。
使用人たちは我先にと逃げ出していた。火事を起こした張本人も、まるで他人事のようにこちらを見ているだけだった。
その時・・・ダーナの中に怒りが湧いてきた。
それは燃え盛る炎よりも激しい怒りで、自分自身が燃え尽きてしまいそうなほどだった。
こちらを見ている使用人達。それらがあの義父と重なって見えた。
普段は良い顔をしておきながら、その内側では自分のことしか考えていない。
娘だろうが雇い主だろうが、都合のいいように利用する。表では良い顔をしているが、その内側は醜いほど歪んでいる。
おぞましく汚れた魂の持主。
この時・・・ダーナは自分の神話に書き足した。
この世界には汚れた魂を持つ者がいて、それは海からやって来た者達だ・・・と。
ダーナにとっての悪の象徴は、漁師の義父だった。
海で生き、海で死んでいった命。
彼と彼に似た者は、全て汚れた魂の持主で、海とは悪魔の巣窟であると。
潮の香りは義父の家を思い出させ、波音は地獄の日々を蘇らせる。
ダーナには海が魔界のように思えた。そしてそんなものは消してしまうべきだと考えた。
動かなくなったアメルを寝かし、ダーナは裏口に向かって走った。
そして山へ続く道を駆けのぼり、深い森まで辿り着いた。
木によじ登り、夜空に輝く月を見上げた。
もう生きることなどどうでもよかった。
ただこの場所で、死ぬまでこうしていたかった。
ダーナは食べることも眠ることもせず、ひたすら木の上で月を眺めていた。
あの屋敷は、ダーナにとっての月だった。ひたすら憧れた月の世界だった。
全てが満たされた、幸福な世界だった。
それが失われた今、今度は本当にあの月へ行きたいと願った。
ずっと月を見上げていたダーナだったが、やがて力尽きて木から落ちてしまった。
《神様・・・どうか生まれ変わったら・・・私をあの月へ連れて行って・・・。
もう・・・こんな世界は嫌・・・。お願いだから・・・お月様に・・・。》
ダーナはそう呟いたきり動かなくなった。そして森の生き物の糧となり、この世界から消え去った。
しかし人々が「神」と崇める大きな存在は、ダーナのことを気に入った。
それは彼女が創った『ダーナの神話』を気に入ったからだった。
そしてほんの少しだけ、自分の力を分け与えた。
ダーナの肉体は滅んだが、その魂と想いは残った。
そして彼女の創った『ダーナの神話』は、空想を超えて現実に押し寄せて来た。
死したダーナは自らの神話の中で生き続け、物語の主人公を演じ続けた。
空想と現実、それは徐々に境目を無くし、やがて世界そのものが変わり始めた。
歴史も、時代も、そして全ての命が変化の波を受け、歪んだ世界へと形を変えた。
ダーナは今も主人公を演じている。
自分の創った神話に浸り、ひたすら主人公を演じ続けている。
そして・・・『ダーナの神話』の結末は、もうそこまで迫っていた。
空想の壁を乗り越え、『ダーナの神話』を現実のものとする為に・・・・・。


            *****


筋書きのない神話


退院してからすっかり落ち着きを取り戻した麻理は、学校が終わると一目散に家に帰るようになっていた。
友達からの誘いも断り、息を切らしながら家に走った。
勢い良くドアを開け、部屋に入ってランドセルを投げ出す。
そして机に座って紙とシャーペンを取り出した。
横にはこの前買ったケルト神話を置き、息をついてからページを開いた。
「よっし!やらなくちゃ!」
麻理はペンを走らせ、紙を文字で埋め尽くしていく。
ケルト神話を元に、自分なりの神話を考えて書き綴っていく。
数日前に幸也から電話をもらい、ある頼みごとをされた。
それは神話を書いてくれないかというものだった。
《麻理ちゃんなりの神話でええねん。出来たらケルト神話を元にしてほしいんやけど、お願い出来るかな?》
麻理は喜んで引き受けた。
ちょうどケルト神話を読み終えたばかりで、そのことを伝えると幸也は笑っていた。
《すごい偶然やな、数ある中でそれを選ぶなんて。でも・・・もしかしたら運命なんかもしれんな。》
幸也は『ダーナの神話』と、そしてダーナという少女について語ってくれた。
随分オブラートに包んで語っていたが、勘のいい麻理は、彼の言葉の奥にあるものを感じ取っていた。
《きっとダーナはすごく辛い目に遭ったんだ。子供の私に聞かせられないような・・・。》
幸也からの電話を切ると、麻理はすぐに神話を書き始めた。
これがどういう意味を持つのかは分からない。
しかしとても大事なことであると感じていた。
きっと幸也は自分で神話を綴る力はないのだろう。
学者として物語の分析は出来ても、自らが物語を生み出す想像力は持っていない。
だから自分に頼んできたのだ。
いつか幸也に言われた言葉を思い出した。
《麻理ちゃんは俺に似とるかもしれんな。》
あの時は麻理もそう思ったが、今は違った。彼が学者なら、私は作家だと。
物語を生み出し、形にしていく。頭の中の世界を、紙の上に呼び起こすことが出来るのだと。
そう思うとちょっぴり優越感に浸れた。
しかし想像力だけでは手に負えないこともある。だからたまに幸也に電話をかけて、分からないことを質問した。
彼は的確な答えをくれて、その度に麻理のペンは勢いを増していった。
そしてもうすぐ完成する。
ケルト神話から想像力を膨らませ、麻理の神話が出来上がっていく。
これを書きながら、麻理は気づいたことがあった。
《きっとダーナは私と似てるんだ。あの子も私と同じくらい鋭くて、想像力のある子だったんだ。・・・ただ幸せに恵まれなかっただけで・・・・。》
もし出来ることなら、ダーナと会ってじっくり話をしてみたいと思った。
俊が手を振って去っていった日、ダーナは楽しそうに微笑んでいた。
自分の生み出した物語の中で生き続けることは、何よりも幸せで楽しいことなのだろう。
その気持ちは麻理にも分かる。
しかし物語は物語で、現実には有り得ない。いや、あってはいけない。
神話は神話だからこそ面白い。だから楽しめる。
入院している時、医者は言った。
もしかしたら、神話の中には本当に起きたことがあるかもしれないと。
そして実際に、神話の中には本物の歴史が含まれていることもある。
大人になったら、私も物語の中から現実にあったものを見つけ出したいと思った。
しかし自分で物語を書いているうちに、そんなことはどうでもよくなった。
遺跡は見つかっても、アテナやポセイドンは見つけられない。
どんなに科学が発達したって、魔法の武器や道具は創れない。
なぜなら、それは空想の世界のことだから。現実の世界では、どこを探したって見つけられないから。
だから人は夢や希望を詰めるのだ。空想の中にそれを託し、世界を創り上げていくのだ。
そこには確かに夢があるし、胸がワクワクする何かがある。
そういえば俊は恐竜が好きだったことを思い出した。
麻理は何の興味も無かったが、俊はしょっちゅう恐竜の図鑑を眺めていた。
あれだって、とっくの昔にこの世界からいなくなっている。どこを探したって会えない。
だからこそ夢があるのだ。もし現代に恐竜が生き残っていたら、俊もあれほど夢中になったりはしなかっただろう。
空想と現実は決して交わってはならない。そんなことが起きれば、とても不幸なことになってしまう。
神様や魔法の道具が存在するのは、物語の中だけで充分だ。
本を開けばいつでも会えるし、何なら自分が創り出すことも出来る。
そう思うと、物語を創るのは楽しくて仕方がない。
《この紙の上は全てが自由で、何にも縛れらる必要なんてないんだ。》
何かに取り憑かれたように、麻理はペンを走らせていく。
文字の間違い?そんなのどうでもいい。文法?それもどうでもいい。
そんなの後からいくらだって直せる。大事なのは、自分が思い描く世界を創り出すことだ。
下手くそでもいいから、この紙の上に創り出すことだ。
書けば書くほど世界が広がり、麻理は一心不乱に部屋に籠った。
宿題もそっちのけで、ただ神話の中に没頭していった。
この物語には俊が出て来る。幸也も出て来る。ダーナも麻理も、お父さんやお母さんだって、みんな出て来る。
みんなが神様や妖精と喧嘩をしたり、仲直りをしたり・・・時には恋だってする。
心の中から溢れてくるエネルギーは止めようがなく、次々に文字が浮かんでくる。
しかしさすがに手が痛くなってきて、ペンを置いて息をついた。
「ダーナが書いた物語、読んでみたかったなあ。きっと面白いはずなのに・・・。
おじさん、きっとこれを使ってダーナの神話に対抗するつもりなんだ。
でも物語って比べるものじゃないのにな。ずっと神話を読んでいるのに、そんなことも分からないのかな?」
再びペンを持って書き始めようとした時、母から声がかかった。
「麻理〜。ご飯よ、下りて来なさい〜。」
「は〜い。ちょっと待って〜。」
ペンを置いて手をぶらぶらさせ、ウェットティッシュで拭った。
そして机の上に飾ってある俊の写真を見つめ、小さく微笑みかけた。
「これが出来上がったら、俊にも見せてあげるからね。その後は恐竜の物語を創ってあげる。楽しみにしててね。」
麻理は椅子から立ち上がり、ドアを開けてトタトタと階段を下りていった。


            *****


兄の憂い


憲一は憂いていた。アメルに膝枕をしてもらいながら、木々の間から空を見上げていた。
「コウヤはうまくやってくれるかな?」
「大丈夫や、あいつは俺と違ってしっかりしとるからな。」
あくびをして目をこすり、身を起こしてアメルを抱き寄せた。
そして今度は憲一が膝枕をしてやった。
「ありがとう。」
アメルは目を閉じて憲一の手を握った。
「なあアメル?」
「なあに?」
「・・・・いや、なんでもない・・・。」
アメルはクスッと笑い、目を開けて憲一を見つめた。
「何回も同じことを聞くわよね、ケンイチって。どうして私があなたを好きになったのか聞きたいんでしょ?」
「・・・・そうや・・・。」
「何度も答えてるのに満足しないの?」
「俺は・・・自分に自信がないんや。なんでアメルみたいな美人が、俺のこと好きなんか分からへん・・・。」
何度もやり取りした会話だが、アメルは面倒くさがることなく答えた。
「私はずっと長い間生きてるのよ。だから今までに色んな魂を見てきた。
その中でケンイチの魂が一番綺麗だったから好きになった。それだけよ。」
「魂か・・・・。よう分からへんねん。いくら説明されてもピンと来こおへん。心っていうならまだ分かるけど・・・。」
「だったらそれでいいわ。心でも魂でもどっちでもいい。こういうのって、言葉じゃ表せないから。」
「そうやな・・・。ここへ来てから、そのことは実感しとる。
ダーナの神話とか、神様とか、理屈では説明がつかへんもんな。」
「そうよ。だから私がケンイチを好きことも、言葉になんて出来ない。
あなたを好きっていうその気持ちがあるだけ。何度もそう言ってるのに、やっぱり納得しない?」
「いや、頭では分かるんやけど、なんというか・・・・。
俺は女性と付き合ったことなんてないから、こういう時どういう顔をしたらええか分からんのや・・・。」
「そのままでいいのよ。ケンイチはケンイチだから、格好をつけたり誤魔化さなくても大丈夫よ。
そんなことしたって、私はすぐ見抜いちゃうから。」
「・・・そうか。なら・・・俺も自分に素直になった方がええってことやな?」
「そうよ。ずっとそう言ってるじゃない。自分の気持ちを誤魔化す必要なんてないって。」
ケンイチはアメルの手を握りしめ、目を逸らして俯いた。
「俺も・・・アメルのことが好きや・・・。ここへ来て長いこと経つけど、ずっと前から好きやった・・・。
でもどう伝えてええか分からんかったから・・・。」
アメルはケンイチの気持ちに気づいていた。
しかしこうして言葉にして伝えられると、やはり嬉しかった。
「ねえケンイチ、言葉ってすごいね。私、今飛び上がりそうなほど嬉しいわ。
ずっとケンイチの気持ちには気づいていた。けどちゃんと言葉で伝えられると、すごく嬉しい・・・。」
アメルは身体を起こし、恥ずかしそうに俯くケンイチに抱きついた。
「ケンイチ・・・。私、ずっと一人ぼっちだったわ。
ここにはたくさんの人が来たけど、誰にも心を開いたことはなかった。
でも・・・それでいいと思ってた。私は一人でいるのが好きだったから。」
「・・・・・・・・・。」
「でもね、ケンイチと出会って変わった。本当に好きな人が出来るって、こういうことなんだって。
そうなるとね、もう一人ぼっちに戻りたいとは思えない。
ケンイチがいなくなるなら、私も一緒に消えてしまいたい・・・。
そう思うくらい、ケンイチの事が好き・・・・。」
気がつけば、ケンイチもアメルの背中に手を回していた。
そしてその温もりを感じて目を瞑った。
「コウヤがダーナの神話を食い止めたら、私達はここにいられなくなるわ。きっと現実の世界から追い出される。
その時・・・・もしかしたらケンイチは・・・。」
「分かっとる。消えてしまうかもしれへんのやろ?俺っていう登場人物は、ダーナの神話に記されてへんからな。
言うなればモブキャラってやつや。」
それを聞いたアメルは、悲しい声で言った。
「そんなの嫌・・・。ケンイチがいなくなるなら、私の生きている意味なんてない。
どうせダーナの影として創られただけだし、ケンイチと一緒に消えてしまいたい・・・。」
「アメル・・・。」
ケンイチは彼女の頭を撫でながら、気の利いた言葉が返せない自分を情けなく思った。
自分が死んだのはアメルが望んだからだ。しかしそのおかげでこうして出会うことが出来た。
《アメルと出会えたことは、俺にとって一番の幸せや。
でも・・・幸也は大切な人を失った。だからこれ以上あいつを不幸な目に遭わせたくない。》
幸也にダーナの過去を見せたのは、ある理由があったからだった。
それはダーナの神話に対抗する為に、新たな神話を綴ってもらうこと。
神話には神話で、空想には空想で対抗する。それが一番良い方法だと思った。
《でも・・・幸也を巻き込んだのは申し訳ないと思ってる。
俺らがコソコソやってるのは、きっとダーナも気づいてるやろう。だからこそ・・・幸也の身が心配や。》
ダーナに対抗する唯一の希望は、特殊な魂を持つ幸也だけ。
逆にいえば、ダーナが何かを仕掛けて来るとしたら、それは幸也に対してだ。
憲一はアメルも大切だが、弟の身も案じていた。
《誰か他に頼れる人間はおらんかな?》
そう思っても誰も思い浮かばない。イライラと焦りが募り、思わずアメルを抱き寄せた。
《幸也・・・気いつけろよ。油断してるとお前も里美さんみたいに・・・。》
憲一の暗い雰囲気を感じ取り、アメルは顔を上げた。
「ケンイチ・・・。コウヤが心配なのね?」
「・・・あいつは大事な人を亡くした。せやけどそれに負けんと懸命に生きとる。
だから・・・これから幸せにならんとあかんのや。絶対にダーナに傷つけさせたりさせへんぞ・・・。」
「ケンイチ・・・。気持ちは分かるけど、ダーナに逆らったりしたらダメよ。
そんなことしたら消されちゃうわ。もしそうなったら私は・・・・・。」
「大丈夫や、俺にそんな度胸はないから。でも・・・もし幸也になんかあった時は分からんけどな。」
「・・・・ケンイチ・・・。」
二人は身を寄せ合うように抱き合った。
そして手を握り合い、どうか幸也が無事でいてくれるように願った。

ダーナの神話 第六話 消えゆく魂

  • 2014.10.21 Tuesday
  • 11:31
JUGEMテーマ:自作小説
消えゆく魂


幸也はまだ実家にいた。
予定ではとっくに自分のマンションへ帰っているはずだったのに、そうもいかなくなっていた。今、彼の手には一枚の絵があった。
写実的な西洋画で、ハガキ大の小さな額に入っていた。
そこにはウェーブのかかった金髪をなびかせ、青い目でこちらを見つめる美しい少女がいた。
背景は暗く、蝋燭の火が一本灯っているだけだった。
「この子がダーナ・・・。」
じっと見ていると吸い込まれるほど美しい瞳をしているが、それと同時に怖さを覚える目でもあった。
一見純粋な少女に見えるが、その表情の奥には暗い感情が宿っているように感じた。
絵を足元に置き、窓の外を見つめて四日前のことを思い出した。
「あの二人の言うたこと、とてもじゃないけど信じられんわ・・・。
なんちゅうか・・・・まさに神話の中の出来事いう感じやなあ・・・。」


            *


四日前の朝、幸也は車を走らせて兄の言った場所に向かった。
山登りの経験などほとんどなかったので、ちゃんと登山用のウェアを着用して、ブーツも履いていった。
リュックには水と食料を詰め、戦場に赴くような決意で出発したのだった。
しかしその山は随分小さく、道もなだらかなだった。わざわざこんな格好をしてくるまでもなかったなと思った。
「山を登ること自体は簡単やけど、渓流なんてどこにあんねん?あんまり道外れて遭難しても嫌やしな・・・。」
そう思いながらひたすら歩いていると、突然に何かが心に引っ掛かった。
「なんや?今・・・なんか違和感が・・・。」
足を止め、脇に逸れる細い獣道に目をやった。
この奥から何かを感じ、気がつけばそちらに向かって進んでいた。
中々険しい道で、転ばないように注意しながら歩いていった。すると微かに水の流れる音が聞こえ、慎重に進んでいった。
「おお、渓流や・・・。」
綺麗な水が草に覆われた岩肌を流れていく。
幸也は膝をついて水に触れてみた。
「冷たッ!山の水っちゅうのは夏でも冷たいもんやなあ。」
ズボンで手を拭き、立ち上がって周りを見渡した。すると対岸に大きな木がそびえているのを見つけた。
「おお、なんかすごい木やな。荘厳というか、迫力があるというか・・・。」
幸也はしばらく見惚れ、これが兄の言っていた木だと確信した。
「向こうまで行かなあかんわけやけど・・・。」
渓流の流れは遅く、また大した深さもないようだった。
川の中から所々に岩が突き出ていて、それを上手く渡っていけば対岸に着けそうな感じがした。
「よっしゃ!行くか。マリオになった気分でピョンピョン跳んでいけばええんや!」
意気込んで最初の一歩を踏み出すが、岩に張り付いた苔で足を滑らせ、盛大に川へ落ちてしまった。
「うわあ!冷たい!」
慌てて岩にしがみつき、這い上がって身体を震わせた。
「最悪や・・・いきなり落ちるなんて。着替え持って来てへんのに。」
裾を掴んで水を絞り出し、凍えながら立ち上がった。
「マリオは無理や。もっと慎重に行こう・・・。」
足を滑らせないようにゆっくりと岩を渡っていき、なんとか対岸の木に辿り着いた。
「おお・・・近くで見るとますます迫力があるなあ。」
幸也は木に近づき、そっと触れてみた。
「・・・・・・ん?」
何かおかしな事に気づき、手を離して木を見上げてみた。
「・・・・・動いとる?・・・・んなアホな。」
もう一度手を触れてみると、そこには確かに鼓動のようなものを感じた。
幸也は驚き、そして興味を覚えて耳を当ててみた。
ドクン、ドクンと波打つ鼓動がはっきりと聞こえる。しばらく耳を当てていると、人の声が聞こえた。
《・・・よ・・・こそ・・・。・・・わ・・・し・・は・・・あめ・・・る・・・。》
「・・・・・ッ!」
これにはさすがに驚いて後ずさった。
「な・・・なんや?どうなっとるんや・・・?」
《・・・だい・・・ぶ・・よ・・・。・・こわ・・ら・・・い・・・で・・・。》
「・・・・・これは・・・あの時とそっくりや・・・。」
数日前に聞いた兄の声は、電波の悪いケータイのようにプツリプツリと途切れて聞こえた。
そして今の声もそれと同じように聞こえた。
幸也は興奮し、木に向かって叫んでいた。
「兄ちゃん!兄ちゃんなんかッ?」
《ちが・・・う・・・。・・わた・・し・・・は・・・あめ・・・る・・・。》
「・・・あめる?あめるって兄ちゃんが言うてたあのあめるか?」
《・・・そう・・・。・・わた・・・し・・・が・・・あめ・・る・・・。》
「・・・・・この木が・・・あめる・・・。」
てっきりあめるとは人の名前だと思い込んでいた。
名前からして外国人かもしれないとは思っていたが、まさか木の名前だったとは驚きだった。
幸也はしばらく立ち竦み、アメルに問いかけた。
「なんかよう分からんけど、あんたがアメルか・・・。兄ちゃんにここへ来いって言われたんやけど、あんた兄ちゃんのこと知ってんのか?」
《ケン・・・イチ・・・は・・・、・・・とも・・・だ・・・ち・・・。》
「友達・・・。昔っから変わったとこがある人やったけど、まさか木と友達とは・・・。」
《もう・・い・・・ど・・・、わた・・・に・・・ふ・・・れて・・・。》
「・・・もう一回触るんか?」
《・・そう・・・。あ・・・なた・・・の・・・、い・・しき・・・なか・・に・・・。》
「・・・なんか分からんけど、それで兄ちゃんに会えるんやったら・・・。」
幸也は言われた通りにアメルに触れた。
すると木の鼓動が大きくなり、頭の中を揺らすほど強烈に響いてきた。
「ちょっとッ・・・、なんやこれ・・・。」
《・・・ダメ・・・。て・・・を・・・はな・・・さ・・・い・・で・・・。》
鼓動はどんどん大きくなり、意識を揺さぶって視界をぼやけさせていく。
真っすぐに立っていることができなくなり、膝をついて目を閉じた。
《なんやこれ・・・。まるで・・・眠りに落ちていくような・・・。
いや、違う・・・。これは・・・夢の中に立ってるような・・・。》
不思議な感覚が意識を覆い、現実と非現実の区別がつかなくなっていく。
自分と自分でないものを隔てる壁が壊され、まるでどこにも自分がいないような、しかし全てが自分であるような感覚に陥っていった。
全てが混ざり合って景色が歪み、一瞬だけ意識が途切れた。
そして・・・目を覚ました時には、頭はスッキリとしていた。
「なんやったんや今のは・・・。」
膝をついて立ち上がると、目の前にそびえていた大木は消えていた。
それ以外の景色にまったく変化はなく、ぐるりと辺りを見回してみた。
「どうなっとんや?なんで木が消えとるんや?」
そう呟いて木があった場所を振り向くと、そこには二人の人間が立っていた。
一人は長い金色の髪に、青い瞳をした美しい女性。まるで中世のヨーロッパに出て来るような布服を着ていた。
その隣には青いTシャツにジーパンを履いた、頼りなさそうな青年が立っていた。
「兄ちゃんッ!」
幸也は叫んで兄の元に駆け寄った。
震える目で兄を見つめ、泣きそうになるのを我慢しながら唇を噛む。
「幸也・・・久しぶりやな。」
そう言って憲一はニコリと笑いかけた。
「嘘やろ・・・信じられへん・・・。兄ちゃん・・・。」
堪えていた涙が流れ落ち、小さく嗚咽を漏らした。
「ええ大人が泣くなや。みっともない。」
「そんなこと言うたって・・・。泣くやろ普通・・・。」
目の前に立つ人物は、五年前に亡くなったはずの兄だった。あまりの嬉しさに涙を流し、兄に話しかけた。
「俺・・・ずっと思っててん。兄ちゃんは絶対に事故死なんかやあらへんって。
兄ちゃんみたいな臆病な人が、川に落ちるような危ない場所に行くわけないし・・・。」
「えらい言われようやな。」
憲一は可笑しそうに笑い、隣に立つ女性を見つめた。
「こいつが俺の弟の幸也や。あんまり似てへんやろ。」
「そんなことないわ。私はよく似てると思う。」
金髪の女性は二コリと微笑み、手を差し出した。
「初めまして、私はアメル。あの大木に宿る魂よ。」
「・・・初めまして・・・加々美幸也です・・・。」
アメルと握手をかわし、まじまじと彼女を見つめた。
どう見ても日本人ではなく、まるで神話の中に出て来そうな、美しい女神や精霊を思わせる容姿をしていた。
「兄ちゃん・・・この人は・・・?」
「彼女は俺の友達や。こっちに来てからずっと仲良うしてもらってんねん。」
「ははあ・・・、兄ちゃんがこんな美人と・・・。」
「なんや、さっきからチクチク刺さる言い方するな。」
憲一とアメルは笑い合い、幸也は夢でも見ているような気分だった。
「なんか・・・分からへんことだらけやわ・・・。」
これを理屈で解釈するのは無理だと思い、放心状態になった。
しかしすぐに大事なことを思い出し、兄に詰め寄った。
「そうや、里美は!?あいつはどこにおるんや!?」
憲一とアメルは笑顔を消して口を噤み、幸也と目を合わせようとしなかった。
「兄ちゃん!里美は?死んだはずの兄ちゃんがここにおるんやったら、里美も近くにおるんやろ?あいつにも会わせてくれや!」
「それは・・・・・。」
言い淀む憲一に良くない雰囲気を感じ、胸に不安が込み上げてきた。
誰かに不幸があった時に漂う独特の雰囲気。
これは何度経験しても慣れるものではなかった。
「里美は・・・ここにおらんのやな?」
「うん・・・。ちょっとの間だけ一緒におったけど・・・。」
「そうか・・・。ほな天国に行ったっちゅうことやな?」
「・・・・それは・・・。」
言いづらそうにする憲一に代わり、アメルが口を開いた。
「サトミはもういないわ。天国にも地獄にもいない。」
「どういうことや?」
顔を強張らせて尋ねると、アメルは平静を保ったまま言った。
「消えちゃったわ。ううん、正確には消された。サトミの魂は、ダーナが塵に還しちゃったのよ。」
「消された?どういうことや・・・?」
「そのままの意味よ。サトミはダーナの怒りをかって、その魂を消滅させられた。
サトミっていう存在自体が、塵となってこの世界の一部に戻ったってことよ。」
「な・・・なんやて・・・。消されたやって?」
幸也の顔が震える。アメルは彼の悲しみを受け止めるように、真っすぐ見据えていた。
「・・・ほな・・・サトミはもうどこにもおらんいうことか?天国に行かれへんかったいうことか?」
「そうよ。残念だけど・・・サトミはもうどこにもいないわ。どんなに待ったって、生まれ変わることもない・・・。」
「そ、そんな・・・。なんでや!なんでそんなことになってしもたんや!
ダーナいう奴がやったんやな?そいつの怒りをこうて、サトミは消されてしもたんやな?」
「うん・・・。」
幸也は拳を握り、アメルに食ってかかった。
「ならそのダーナいう奴をここへ呼べ!俺が・・・俺が里美の仇を討つ!
消されるなんて・・・そんなん・・・。俺は許さへん、絶対にそいつを許さへんぞ!
今すぐここへ呼べ!それが無理やったら俺をそいつのとこへ連れて行け!」
憲一は二人の間に割って入り、幸也を引き離した。
「やめろ!落ち着かんかい!」
「五月蠅い!兄ちゃんに俺の気持ちがわかるか!?
里美はな、兄ちゃんを失って傷ついてた俺を助けてくれたんや!
ずっと俺のこと支えてくれてたんや!もうじき・・・もうじき結婚するはずやったんや!
やのに、やのになんで・・・・・なんでや・・・・・。」
幸也は憲一の胸倉を掴み、その場に泣き崩れた。
もしかしたら里美に会えるのではないかという期待があった分、ショックは大きかった。
いつでも凛としていて、堂々といていて、自分を引っ張ってくれた。
こんな不甲斐ない男には不釣り合いな、出来過ぎた女性だった。
『出来る女はね、手を焼く男に惹かれるものよ。完璧な男なんてつまらないしね。』
いつかそう笑っていたのを思い出し、兄の足元に突っ伏して泣いた。
たくさん助けられて、たくさん支えてもらったのに、何も返せなかった。
あまりに自分が不甲斐なく、悔しさと悲しさでいっぱいだった。
「幸也・・・。」
憲一は弟の背中を撫で、その悲しみを分かち合うようにじっと目を瞑っていた。
「悲しむ気持ちは分かるけど、今は時間がないんや。俺の話を聞いてくれんか?」
「・・・うう・・・く・・・。」
憲一は泣き崩れる幸也を立たせ、優しく肩を叩いた。
「すまん、辛いよな・・・。でも今は俺とアメルの話を聞いてほしいんや。
でないと取り返しのつかんへんことになる。」
優しい口調だったが、その声には鬼気迫るものがあった。
幸也は顔を上げ、瞳を震わせながら兄を見た。
「ええか幸也。ダーナはな、この世界から海を無くそうとしとる。あの子が人を殺して魂を集めてんのはその為や。」
「人を・・・殺す・・・?」
「そうや。あの子は自分から生まれた命は、自分の好きにしてええと思ってるんや。
里美さんが死んだのは偶然なんかやあらへん。ダーナが殺したんや。」
「そうか・・・。やっぱり事故死なんかとちゃうかったんやな!
兄ちゃんが死んだのも、里美が死んだのも、全部ダーナいう奴のせいなんやな?」
「・・・いや、俺の場合は・・・・、」
憲一は言いづらそうに顔を伏せた。するとアメルが先を続けた。
「ごめんなさいコウヤ・・・。ケンイチを殺したのは・・・私なの・・・。」
「あんたが・・・?」
「うん、私がダーナに頼んで、ケンイチをここへ連れて来てもらったの・・・。」
「なんでや?なんでそんなことすんねん・・・。兄ちゃんが死んで、残されたもんがどれだけ悲しんだか・・・あんた分かってんのか・・・?」
幸也は憎しみの目でアメルを睨んだ。
「幸也・・・今はそのことはええねん。」
「ええことあるかい!みんなどれだけ悲しんだと思ってんねん!
俺もオカンも、それに由美だって・・・家族はみんな悲しんだんや!!」
「・・・ごめんなさい・・・。」
アメルがそう呟くと、「何がごめんなさいや!」と掴みかかった。
憲一は「落ち着け!」と止めに入り、自分の方を向かせた。
「ええから!今は聞いてくれ!もうすぐダーナの神話の結末がやってくるんや!
そうなったら海は消えて、そこから生まれた命も全部失われてしまうんや!」
「なんや・・・何を言うてるかまったく分からん・・・。」
「分からんでもええ。ただお前に力を貸して欲しいんや。
ほんまはもっと早うにお前を呼ぶべきやったけど、ダーナが神様に会いに行く日しか無理やったんや。
でももうすぐ帰って来よるから、今はとにかく聞いてくれや、な?」
憲一はアメルを振り向き、彼女に向かって頷いた。
アメルは長い金髪を揺らして幸也の前に立ち、彼の手を握った。
「コウヤ・・・。あなたはとても不思議な魂を持っているわ。
ダーナと海の間に生まれた、本当に不思議な魂を。」
「ダーナと海の間に・・・?」
「そうよ。普通はね、どちらかの魂しか持たないはずなのに、あなたは両方の魂を受け継いでいるの。
そういう人は、本来は『ダーナの神話』には登場しないはずの魂なのよ。
もっと分かりやすく言えば、あなたは物語の外にいる人っていうことよ。」
幸也はチンプンカンプンだった。するとアメルは彼の頭の中を見透かすように笑った。
「理解出来なくてもいいわ。言葉には限界があるからね。だから・・・直接見た方がいい。
『ダーナの神話』がどういう物語なのか、そしてダーナという少女が何者なのか、実際に見せてあげる・・・。」
アメルは目を閉じ、強く幸也の手を握った。
幸也は再び意識を揺さぶられ、視界がぼやけていく。
倒れそうになった身体を憲一に支えられながら、アメルの手を通じて自分の中に何かが入ってくるのを感じた。
世界が、意識が、すべて溶け合って、再び意識を失った。
次に目を覚ました時、幸也はのどかな港町に立っていた。
そして、そこから始まった全ての物語を見た。
ダーナという少女の生い立ち。彼女が辿った運命、彼女が綴った神話、彼女の最期。
そして・・・『ダーナの神話』のせいで、世界が変貌していく様を。
現実と夢が混ざり合い、チグハグなパズルのように成り立つ世界。
現実と非現実が行き交い、空想が大きな壁を越えてこちらへ押し寄せて来ようとしている。
たった一人の少女の妄想が、現実になりつつある。
ダーナ神話の結末は、すぐそこまで来ていた。
「これは・・・・ええことなんか、悪いことなんか?」
『ダーナの神話』の最後では、人はいなくなっていた。
代わりに、とある者がそこらじゅうに溢れて・・・いや、飛び交っていた。
それは神話の中でしか登場しない、空想の生き物だった。
「これがダーナの神話・・・・・。」
そこでプツリと意識が途切れ、目を覚ました時には元の場所に倒れていた。
目の前には大木がそびえ、兄とアメルの姿は消えていた。
再び木に触れてみても、もう何も感じなかった。
しかし大木の根元に何かが落ちていることに気づき、それを拾った。
「これは・・・ダーナやないか。彼女の肖像画や・・・。」
絵の中に描かれた少女と目が合った時、どこからともなくアメルの声が聞こえてきた。
《コウヤ・・・。彼女の物語を見たのなら、あなたのやるべきことは分かるはず・・・。
どうか・・・ダーナの神話を食い止めて・・・。物語の外に立つあなたなら、きっと出来るはず・・・・・。》
アメルの声は消え、幸也は絵を持ったまま大木を見上げた。
「兄ちゃん、アメル・・・。」
アメルが見せてくれたダーナの生い立ち、そして『ダーナの神話』。
それを見た幸也は、アメルの言葉の意味を理解していた。
それは自分がやるべきことを理解した瞬間でもあったが、幸也は迷っていた。
「時間が無いのは分かっとる。せやけど、少しだけ時間をくれ・・・。考える時間を・・・・。」
絵をリュックにしまい、兄とアメルに別れを告げてその場を後にした。


            *


あの日からずっと考えていた。
『ダーナの神話』を食い止めるということは、空想の世界を在るべき場所へ戻すこと。
そうなれば、彼女から生まれた命はこの世界から消えてしまうことを意味していた。
しかしそれは消滅を意味するのではなく、この現実と呼ばれる世界から去っていくことだった。
兄もアメルも、本来はこの世界に存在する魂ではなかった。
二人には二人のいるべき場所があり、それはダーナが綴った神話の世界の中だ。
幸也は絵を見つめたまま、ぽつりと呟いた。
「こんな女の子が・・・あんな酷い目に・・・。さぞ辛かったやろうなあ・・・。」
瞳を潤ませながら、絵の中の少女を見つめた。
もし自分がダーナと同じ立場だったら、おそらく耐えられない。
そして、そんな彼女が描いた『ダーナの神話』も、今なら理解出来るような気がした。
現実から逃れる場所は空想だけ。
それはどんなことにも縛られない自由の世界。
何の苦しみもない、自分だけの理想の世界。
暗い過去を持つダーナは、自分が置かれた現実とは正反対の空想を描いた。
「残念や・・・。神話は神話やから楽しめるのに・・・現実に起こったらそれは・・・もう神話とは呼べへんのとちゃうか?
空想は空想やから楽しいのに・・・。せやけどダーナを責めることは出来んな。彼女を追いこんだんはその現実なんやから。」
幸也はダーナの絵を胸に抱え、思考も感情も放り投げて目を瞑った。
暗い瞼の裏に、ダーナの顔がはっきりと浮かんでいた。

ダーナの神話 第五話 ダーナとアメル

  • 2014.10.20 Monday
  • 11:34
JUGEMテーマ:自作小説
ダーナとアメル


遠い昔、ダーナは水と同化した。
アメルは彼女に代わって、この世界を緑の国に変えようとした。
アメルはダーナと同様に海が嫌いだったし、天に輝く月に憧れていた。
しかし彼女が海を嫌う理由は、必ずしもダーナと同じではなかった。
《自由になりたい・・・》
アメルの心には常にその想いがあった。
自分を創った神様はどうしてこんな役目を与えたのか?
私はダーナではないのに、どうして彼女の意志を継がなければならないのか?
アメルは理不尽であると感じていた。
自分はダーナではなく、アメルという一つの命なのに、常にダーナの影を演じなければいけない。そう思うと、ダーナが恨めしく感じられた。
《彼女さえいなければ・・・・・・。》
しかしダーナがいなければ自分が生まれて来なかったのも事実で、そういう意味では葛藤を抱えていた。
《ダーナは私の母というわけじゃないわ・・・。先に生まれた姉のようなもの・・・。妹は、ずっと姉に従わなければいけないの・・・?》
ある時神様にそのことを尋ねてみたが、答えはもらえなかった。
《神様はいつもそう。やるだけやって、あとは放ったらかし。無責任で、我が強くて、きっと自分のことしか考えていないんだわ・・・。》
今まで何度も自分の存在を消してしまおうと考えた。
とてもとても長い間、孤独に包まれ、自分を縛る運命にうんざりしていた。
ダーナが連れてくる友達は嫌いではなかったが、アメルは一人を好んだ。
仲良くはするけど、決してダーナの友達に心を開くことはなかった。
しかしある時、転機が訪れた。
一人の青年が自分の傍にやって来たのだ。彼を一目見た時、アメルは感じた。
《この人は・・・私と同じかもしれない。そしてとても澄んだ心を持っている。》
アメルは彼と仲良くなりたい思い、必死に話しかけた。
すると彼はその声に反応し、アメルを見上げた。
《もう一度・・・もう一度私に触れて!》
その声を気味悪がった青年は、踵を返して逃げ出そうとした。
《待って!行かないで!》
その叫びは届かず、彼は渓流を渡って逃げようとしている。
《ああ・・・どうしたら・・・。彼は・・・彼はきっと私の・・・。》
言いようの無い感情が胸に込み上げ、気がつけば叫んでいた。
《ダーナ、お願い!彼を・・・彼を私のところへ連れて来て!》
その願いに応えてダーナは現れ、クスクスと可笑しそうに笑った。
《どうしたの、そんなに慌てて?もしかしてあの人に一目惚れしちゃった?》
《・・・・・いいから・・・連れて来てよ・・・。》
ダーナはまたクスクスと笑い、くるりと青年の方を向いた。
《珍しいわね、アメルがそんなこと言うなんて。まあ別にいいわよ。あなたは私の妹だから、その願いを叶えてあげる。》
そう言うと、ダーナは風を起こして青年を渓流に落とした。
そしてしっかりと水でくるみ、わざと溺れさせて命を絶った。
ダーナはその青年の魂を連れて来て、ニコリと笑って言った。
《この子がアメル。あなたとお話したかったんだって。とってもいい子だから、友達になってあげて。》
ダーナは消え、アメルは彼に歩み寄った。
見るからに頼りなさそうな風貌に、気の弱さと自信の無さそうな顔。
しかし胸の奥には強い意志が宿っているのを感じて、アメルはニコリと微笑んだ。
《・・・私はアメル・・・この木に宿る魂よ・・・。その・・・・よかったら・・・友達になってくれないかな?》
《・・・・・・・・・。》
青年は何も答えず、アメルは緊張して俯いた。
《・・・名前・・・よかったら教えてくれないかな・・・?》
《・・・・ケンイチ・・・・。》
《そう・・・良い名前ね・・・。》
《・・・・・・・・・。》
お互いかなりの恥ずかしがり屋であるせいか、打ち解けるまでに時間がかかった。
しかし一度仲良くなってしまえば、あとはどんどん会話が弾んだ。
アメルは自分のことやダーナのことを聞かせ、ケンイチも家族のことや自分のことを話した。
とても幸せな時間だった。
恐竜が生まれるずっと前の時代からこの世界にいるが、こんなに楽しい時間は初めてだった。
《ケンイチ・・・ずっとここにいて・・・。天国なんかに行かないで・・・。ずっと・・・・私と一緒に・・・。》
アメルはすっかり心を奪われていた。
自分がダーナの影であることも忘れて、ケンイチとの時間を楽しんでいた。
ある時、それを見かねたダーナが言った。
《ねえアメル。随分ケンイチのことを気に入っているのね。よかったら、彼がずっとここにいられるようにしてあげましょうか?》
アメルにとっては嬉しい言葉であったが、素直に頷くことは出来なかった。
ダーナは必ず見返りを求めてくる。
純粋な少女を気取っているが、実は誰よりも腹黒いことを知っていた。
アメルは時間をもらい、ケンイチに相談した。
《ねえ・・・ダーナはあなたがずっとここにいていいって言っているんだけど、あなたはどうしたい?》
《・・・それは・・・・・・。》
《もちろん、ずっとここにいたら生まれ変わりは出来ないわ。
それにもう気づいているかもしれないけど、ダーナは純粋な女の子なんかじゃないわ。だって・・・あなたは・・・・。》
《分かっとる、あの子がやったんやろ?》
《・・・うん。でもそれは・・・・・。》
《アメルが頼んだからや。初めてダーナに会った時に聞かされた。お前が俺のことを気に入ってるって・・・。》
《ダーナが・・・そんな事を・・・。》
アメルはダーナを憎らしく思った。
いや、充分に彼女がやりそうなことではあったが、それでも怒りが湧いてきた。
《ねえケンイチ・・・。ダーナはね、とても悲しい過去があるわ。
だから・・・世界から目を背けようとした。・・・いいえ、今でもそうしてる。
好き勝手に命を奪ってここに連れて来て、自分の願いを叶える為の道具にしようとしてる。》
《・・・・・・・・・。》
《あの子は・・・許せないのよ・・・海に生きる者が・・・。だから・・・海を無くそうとしている・・・。》
《うん・・・。俺も海は嫌いや、昔からな。》
《ダーナは知っているわ・・・。私が彼女のことを心良く思っていないことを・・・。
だからケンイチをずっとここにいられるようにしてあげたら、必ず何かの見返りを求めてくる。
私はダーナから生まれた命じゃないから、彼女の意志に背くことは出来る。けど・・・ケンイチは・・・。》
《・・・・・・・。》
《もしダーナの見返りがとんでもないものだったら、きっと私は断ると思う。
だけどケンイチは・・・きっと魂ごと消されちゃうわ・・・。そして・・・私にあなたを守る力はない・・・。
ダーナに歯向かうには、私は力が無さ過ぎるから・・・。》
アメルは悲しそうに俯き、この前ここへ来た女性のことを思い出していた。
《あの人・・・サトミっていったっけ?とても意志の強い人だった・・・。》
《・・・俺の弟の嫁さんになるはずやった人や・・・。》
《うん、そう言ってたね・・・。たまにいるのよ、正面からダーナに歯向かう人が。
あの人・・・魂ごと消されちゃって・・・もう生まれ変わりも出来ないわ。可哀想に・・・・・。》
里美はここへ連れて来られた時、ダーナが何をしようとしているのかを聞かされた。
その為にあなたの魂が必要なのだと言われ、断固として拒否した。
《子供の妄想になんか付き合ってられないわ。あなたのしようとしていることは間違っている。絶対にそんなことは許さないわ。》
里美はダーナの怒りを買い、あっさりと塵に還されてしまった。
そしてダーナはニコリと微笑んだ。
《出来の悪い子はいらないわ。私だってずっと馬鹿な親に我慢していたんだから、偉そうに言われると腹が立つのよね。》
ダーナの過去を知るアメルは、ただ黙っているしかなかった。
ケンイチはダーナに何かを言おうとしていたが、アメルが慌ててやめさせた。
《私は良い子しか要らないの。そうじゃない子は親にぶたれても仕方ないのよ。
それが嫌なら私みたいに神様に気に入られて、神様の仲間にしてもらえばいいのよ。
そんなの絶対無理だろうけど。》
今までに何度も見てきた光景だったが、その度にアメルは心を痛めた。
《神様・・・どうしてこんな子を神様の仲間にしたの?こんなのって酷いわ・・・。》
そう呟くと、ダーナは可笑しそうに笑った。そして何も言わずに去って行った。
ケンイチはアメルを慰め、塵となった里美を悲しむように目を伏せていた。
《すまん幸也・・・。里美さん、無くなってもうたわ・・・。
お前に会わせることは出来へんかった・・・。許してくれ・・・。》
ケンイチの悲しそうな声を聞き、アメルはダーナに対する怒りと憎しみが強くなった。
自分から生まれた命だから、自分の好きにしていい。
ダーナはそう思っている。
アメルは彼女がそういう考えを持つようになった経緯を知っていた。
《ダーナ・・・これでいいの?あなたのやっていることは、あなたが昔に親から受けていた仕打ちと同じじゃない・・・。
どうして自分から生まれた命を大切にしようとしないの・・・。》
アメルはケンイチと出会った時から決めていた。
もうダーナの影を演じるのはやめようと。
ダーナに怯えて、彼女の運命に縛られるのは終わりにしようと。
その為の鍵が、もうすぐここへやって来る。
何の因果か、ケンイチの弟はとても変わった魂の持主だった。
『ダーナの神話』
それはダーナが作った物語。
暗い部屋で父の暴力に怯えながら、頭の中に描いた物語。
その物語の結末は、この世界から海が消えて、ダーナとその仲間が月に移り住むというもの。
少女は自分の物語を抱えたまま、暗い夜空の元で息絶えた。
神話とは全てが作り物。しかし例外もある。
『ダーナの神話』は空想の世界にとどまることを知らず、現実の世界にまで影響を及ぼした。
彼女は今でも信じている。
自分の作り上げた神話が、やがてこの世界を変えるのだと。
行き場を無くしたダーナの魂は、怨霊ともいうべき執念となって今も漂い続けている。
アメルは知っている。
ダーナは恐ろしく不幸で寂しい少女だと。
自分の書き上げた物語と同じ結末がやってきても、きっと彼女は満足しない。
《神様・・・。どうしてあんな子を気に入ったの?どうしてダーナに力を与えたの?》
気まぐれで無責任な神の悪戯を、アメルは心の底から憎んでいた。


            *****


夢と現実


麻里は三日間入院していた。そしてだんだんと落ち着いてきたので、家に帰れることになった。
医者は麻理にPTSDの診断を下し、弟の死が心の傷になっているのだろうと言った。
両親は納得して頷いていたが、麻理は釈然としないまま医者の言葉を聞いていた。
《違う・・・。私はトラウマなんかじゃないもん・・・。私の夢に出て来たのは、ほんとの俊なのに・・・。》
麻理は全てを話した。
夢に出て来た俊のことや、ダーナやあの女の人のことを。
医者はうんうんと頷いて聞いていたが、全く信用していないと分かっていた。
大人とは形だけ格好良く見せるが、心では全く違うことを思っている。
だからこそ両親や医者には何も期待していなかった。
学校の先生も習い事の先生も、大人はみんな嘘付きの達人であると思っていた。
しかしあの神話学者だけは違った。
《たまにいるんだ、ああいう人。大人なのに子供みたいっていうか・・・。でも絶対に嘘をつかない大人がいるんだ。
もう一回、あの人に会って話を聞いてもらいたいな・・・。》
幸也からもらった本は、退屈な入院生活で唯一の楽しみだった。
この本を開いている時だけが、全ての嫌なことを忘れられた。
それを見ていた医者が、ニコリと笑って麻理に言った。
「ギリシャ神話の中に、トロイ戦争っていうのが出てくるだろう?
あれはね、実際にあった話なんだよ。ずっと作り話だと思われていたんだけど、一人の学者がトロイの遺跡を見つけ出すのに成功したんだ。
みんなが作り話だと思っていたのに、一人の学者によって本物だってことが分かったんだね。
そう考えると、もしかしたら他にも本当のことがあったりしてね。」
その話を聞いて、麻理は素直に感心した。
今自分が読んでいるこの本の中にも、もしかしたら本当のことがあったのかもしれない。
トロイ戦争以外にも、実際に起きたことが・・・。
そう考えるとワクワクして仕方なかった。
いつか自分も、神話の中にあるものを現実に見つけてみたい。
それは小さな夢に変わり、麻理は漠然と自分の将来を思い描くようになった。
そして退院してから二日後、麻理は母と一緒に隣街の大きな本屋に来ていた。
幸也からもらった本を何度も読み耽り、どうしても他の神話も知りたくなった。
最初は図書館に行き、借りられるだけの本を借りた。
ギリシャ神話一つとっても数多くの本があり、しかも本ごとによって微妙に内容が違っていたりした。
「アポロンはアルテミスのお兄さんじゃないの?この本だと弟になってるけど・・・。」
それぞれの神話にいくつもの本があり、どれを借りればいいのか分からなくなってしまった。
「う〜ん・・・とりあえず手当たり次第に借りてみることにしよ。」
ギリシャ神話に北欧神話、日本神話にケルト神話。
他にもインド神話やアステカの神話も借りた。
母には「そんなに読めるの?」と言われたが、麻理は「絶対に読む」と言って両手いっぱいの本を借りたのだった。
そして借りた本を読み進めるうちに、ある言葉が麻理の注意を引いた。
「ダーナ神族・・・・・。これってダーナと関係あるのかな?」
それはケルト神話に出て来る神々の一族だった。
麻理は注意して物語を読み進めたが、『ダーナの神話』に当てはまるような内容は出て来なかった。
図書館で借りた本は初心者向けの分かりやすい本で、細かい所は省いてあったからだ。
麻理はもっと詳しくこの神話を知りたいと思い、母に頼んで隣街の大きな本屋まで連れて来てもらったのだった。
数多く並ぶコーナーから神話の書棚を見つけ出し、目をキョロキョロとさせてケルト神話を探した。
「あ!あった。」
小走りに駆け寄り、ズラリと並ぶ本に目を向けた。
「たくさんありすぎて分かんない・・・。」
困ったように呟き、一冊一冊手に取って確認してみることにした。
子供向けのものから本格的に書かれた物までたくさんあって、どれにしようかと悩んでいた。
あまりに簡単すぎると細かい内容は書かれていないし、逆に難しすぎると子供の自分には読みづらいかもしれない。
「こんな時にあの加々美っていうおじさんがいたら、どれがいいのか教えてくれるのに。」
しかし本を選ぶのも楽しみの一つだと思い、ページを捲ってじっくりと読んでいった。
「麻理、決まった?」
「ちょっと待って。もうちょっと・・・。」
本を読む習慣がない母は、雑誌を二冊だけ抱えて麻理を見ていた。
「麻理がこんなに本にハマるなんてね。あの本そんなに面白かったの?」
「うん、色んな物語があってすごく楽しいの。喧嘩をしたり恋をしたり、あとは悪い神様と戦ったり、まるで人間みたいですごく面白いよ。」
「そう、あの本をくれた加々美さんに感謝しなきゃね。」
「私・・・絶対にまたあの人に会いたい。お母さん、加々美さんに連絡してくれない?いっぱい聞きたいことがあるの。」
「・・・今は無理だと思うわ。随分仕事が忙しいみたいだから・・・。」
「・・・・・そっか。じゃあ我慢する。」
母は麻里に里美のことを伝えていなかった。
加々美から電話があった日、麻理に伝えようとしたのは里美が亡くなったことではなかった。
幸也が麻理の代わりに、里美に謝っておくということを伝えようとしただけだった。
しかし麻理は母の暗い雰囲気を感じ取り、パニックを起こして気を失った。
《この子は敏感すぎる所があるから・・・。きっと良くないことがあったって気づいたのね。》
母は麻理の鋭すぎる感性に不安を抱くことがあった。
おそらく麻理は気づいている。あの里美という女性が亡くなったことを。
傍で見ていると超能力かと思えるほど鋭い勘を持つ麻理は、どんな些細な嘘でも見逃さない。
母は麻理と接する時、なるべく言葉を少なくしていた。
言葉が上手くない自分は、下手なことを言えばあっさり嘘だと見抜かれてしまう。
愛しい我が子であったが、それと同時に若干の恐怖を感じることもあった。
「お母さん先にお会計済ましてくるから、ゆっくり選んでていいわよ。」
「うん・・・。」
麻理は本に夢中で空返事をし、完全に神話の中に没頭していた。
これがいいことなのかどうなのかは分からなかったが、今はこのままにしておこうと決めていた。
好きなことがあるのは悪いことではないし、何より本を読んでいる間はとても楽しそうにしている。
少し浮世離れしたところがあって心配だったが、こうして本に夢中になる姿は子供そのものであった。
母はそんな麻理の姿に安心し、雑誌を抱えてレジに向かった。
麻理は本から顔を上げて母を見つめ。そっと心の中で呟いた。
《お母さん、私のこと心配してばっかり・・・。私ってそんなに変わってるかな?》
少しだけ寂しそうに見える母の背中を見つめ、麻理は再び本に目を戻した。
今読んでいる本は中々いい。
簡単すぎず、かといって難しすぎず、読みやすいのに読みごたえがあった。
誰が書いているのかと名前を見たら、「著 加々美幸也」とあった。
「これってあのおじさんだ・・・。」
麻理は迷うことなくこの本を選び、両手で持って母の元に駆けて行った。

ダーナの神話 第四話 死者からの伝言

  • 2014.10.19 Sunday
  • 14:38
JUGEMテーマ:自作小説
彼女の影を追って


幸也は実家に帰っていた。
かつて自分の部屋だった場所で寝転び、窓から空を見上げていた。
「田舎は・・・風があってええわ。エアコンより自然の風の方が気持ちええ・・・。」
里美の葬式の帰りに岡山の実家に寄り、もう三日も滞在していた。
教授からは「しばらく休んでいい」と言われ、言葉に甘えて傷心を癒していた。
同僚が自分の仕事を肩代わりしているのかと思うと心苦しくなったが、今は働く気になれなかった。
辞めたはずのタバコに火を点け、残っていたチューハイを飲み干して空を見上げた。
「まさかなあ・・・二度も大事な人を失うなんて・・・まったく予想出来へんかったわ。
兄ちゃんの死から立ち直ったところやのに、とんでもない不意打ちやでこれは。」


            *****


あの日、カップ麺を食べ終えてからダーナの神話について調べていると、突然ケータイが鳴った。
番号を見ると里美の実家からで、少し緊張しながら電話に出た。
「はい、もしもし。」
畏まった声で言うと、向こうから沈んだ声が返ってきた。
「もしもし、幸也君か・・・?」
「ああ、お義父さん。」
無意識に椅子から立ち上がり、頭を下げる。
「・・・・・・・・。」
何も喋ろうとしない義父を不審に思い、幸也は自分から切り出した。
「あ、あの・・・里美はそっちにおるんですかね?
朝に一回メールが来ただけで、それから返事も寄こさへんし・・・。」
電話の向こうで唾を飲む音が聞こえ、幸也は強くケータイを握りしめた。
嫌な予感がする・・・。
五年前、兄が死んだ報せを受けた時と同じ感覚に見舞われる。
言いようのないほど暗く、そして重い沈黙。
まるで嵐の前の静けさのように、人を不安に陥れるこの空気。
ケータイを持つ手が震え出し、ゴクリと唾を飲んだ。
「あのな、幸也君・・・。落ち着いて聞いてな・・・。」
「・・・・・・・・。」
今度は幸也が沈黙する番だった。
出来ればこのまま電話を切ってしまいたいが、なんとか堪えて義父の声に耳を澄ました。
「今日の昼前に警察から電話があってな・・・。里美が川で倒れとるのを見つけたと・・・。」
幸也は目を瞑り、息を飲んでケータイから耳を離した。
鼓動が跳ねあがり、途端に呼吸が荒くなる。
「もしもし、幸也君。」
義父が呼びかけるが、幸也はしばらく目を瞑っていた。
大きく息を吸い込んで呼吸を整え、ゆっくりとケータイに耳を当てた。
「すいません。大丈夫です。」
「・・・もう、何が言いたいか分かると思うが・・・。」
義父はそう切り出して一言呟いた。
「里美が亡くなった。」
「・・・・・・・・はい。」
「今日の朝出掛ける言うて車に乗って行ってな・・・。友達と会うから言うとったけど・・・。
土手沿いの道を走ってる時にトラックとすれ違うて、脇に寄せた時にハンドル切り損ねて土手から落ちたらしい・・・。」
「・・・はい・・・。」
「急な土手やからゴロゴロと車が転がっていったらしいてな・・・。そのまま川に突っ込んだんやと・・・。
ほんで・・・ほら、あいつ車に乗る時ドアロックかけへんやろ?
そやから転がって行く途中で運悪くドアが開いてしもたみたいで、車の下敷きになるような形で川に投げ出されたんやと・・・。」
「・・・はい・・・。」
「警察が言うには、その時の衝撃で意識が飛んだんちゃうかいうことらしいわ・・・。
あいつ運動神経は良かったから、川に落ちたくらいでどうこうなったりせえへんからな。
そんなに大きい川でもないし、流れも速あないし・・・。ちゃんと意識があったら自分で泳いで岸に辿り着いたやろ・・・。
身体を調べたら、頭の後ろにデカイ傷があったからしいから、警察の言うことに間違いはないんやろけど・・・。でも・・・いきなりこんな・・・。」
「・・・・・・・・・。」
義父の声が詰まり、小さく嗚咽が聞こえてくる。
それがかえって幸也を冷静にさせ、短く息を吐いた。
「里美は今どこに?」
「病院や・・・。事故を見とった人が救急車を呼んでくれたらしいてな・・・。
せやけど病院に着いた時にはもう・・・。」
「・・・そうですか・・・。」
「警察に言われて病院に行ったら、霊安室に案内されてな・・・。顔を確認したら間違いなく里美やったわ・・・。
オカンは泣き崩れよるし、俺は頭ん中真っ白になってしもてな・・・。だって・・・今日の朝まで・・・生きとった・・・のに・・・。
元気よう・・・行って来ます言うて・・・・・。それが・・・なんで・・・。」
「・・・・・・・・。」
義父の声を黙って聞いていたが、それが誰の為の涙か分からなかった。
娘を失った自分の為か、それとも亡くなった里美の為か、いや、その両方か?
どうしてこんなことを考えているのだろうと思い、意外に自分が冷静であることに気づいた。
「お義父さん。とりあえずそっちに行きます。」
「・・・そやな。病院の名前と住所言うとくわ。ええっと・・・・・、」
幸也は素早くメモを取り、駅まで車を走らせ、新幹線の切符を買った。
ホームで待つ間、ずっと里美のことを考えていた。
《信じられへん・・・。あいつが・・・。》
里美は大胆な性格であったが、決して注意が浅い人間ではなかった。
勇敢でありながら慎重であり、行動的でありながら思慮深い女性だった。
それがハンドルを切り損ねて川に転落するなど、とてもではないが想像出来なかった。
《あいつがそんな事故で亡くなるなんて・・・納得出来へん・・・。》
五年前の兄の死に疑問を持ったように、今度は里美の死に疑問を抱いていた。
《あいつがそんな死に方するか?あのしっかり者の里美が・・・。》
それが運命だと言われればそれまでだが、生憎幸也は現実主義者だった。
運命なんてものは神話の中だけで充分であり、胸を躍らせるのはあくまで本の中だけだった。
《神様も運命も、全部人間の作りもんや。物語としては楽しんでも、実際に信じるほど純粋とちゃうで・・・。里美は絶対に事故死なんかやあらへん。》
到着した新幹線に乗り込み、幸也はじっと窓の外を見つめた。
正直、里美を失った悲しみを今はあまり感じていなかった。
しかし時間が経てば、真綿で首を絞められるようにジワジワと悲しみが押し寄せて来る。
それは兄を失った時に経験済みで、やがて来るであろう悲しみは覚悟しておかなければならない。
里美の死、兄の死、そして二人の死に対しての疑問。
色々と考えを巡らせていると、ふと何かが思い浮かんだ。
「あれ?ちょっと待てよ・・・。こら偶然か?」
幸也の頭に浮かんだこと、それは二人の嫌いなものだった。
幸也の兄、憲一は海が嫌いだった。
とにかく自然が好きな兄であったが、なぜか海だけは嫌っていた。
趣味でやっていた写真でも、海を写したものは一枚も見せてもらったことがない。
「兄ちゃん・・・昔からずっと海は嫌いや言うてたな。だから夏休みはいっつも川やった。」
そして海が嫌いだという人物が、身近にもう一人いた。
それは里美だった。彼女もまた海を嫌い、一度も二人で海に行ったことがない。
夏になればプールか川が定番だった。湖も好きだと言っていたはずだ。
いつか尋ねたことがある。どうして海が嫌いなのかと。すると彼女は言った。
『特に理由なんてないわ。物心ついた時から嫌いだったのよ。
だから家族で海に行こうって言われても、絶対嫌だって駄々こねてたなあ。
なんかさ、海って汚い感じがしない?水が汚れてるとかそういう意味じゃなくてさ。
なんかこう・・・自分とは相容れないみたいな感じでさ。』
あの時幸也は「変わってるなあ」と答えたが、里美は「いつもそう言われる」と笑っていた。
兄と里美が海を嫌いだったのは、きっと偶然だろう。
しかし何かが引っ掛かる。
その時、またしてもあることが思い浮かんだ。
「そういや麻理ちゃんの弟さん・・・。川で亡くなったいうとったけど・・・。
もしかしてその子も海が嫌いやったんと違うかな?
夏休みに家族で遊びに行くんやったら、普通は海に行きたがると思うけど・・・。」
そうは思っても推測でしかなく、近いうちに麻理に確認しようと思った。
やがて新幹線は広島に到着し、幸也はゆっくりとホームに降り立った。
動かなくなった里美に会うのは勇気のいることだが、ここで足を引き返すわけにはいかない。なんとか自分を奮い立たせて病院へ向かった。
義父に教えられた病院に辿り着き、項垂れた彼女の両親と挨拶を交わした。
息を飲みながら、里美の待つ部屋へと足を踏み入れる。
そして・・・そこには兄が死んだ時とまった同じ光景が広がっていた。
「里美・・・。」
動かなくなった彼女の頬に触れ、そっと名前を呼びかける。
いつものようにに元気に出掛けて行って、今はピクリとも動かずに死んでいる。
この凄まじい違和感は強く思考を揺さぶり、兄が死んだ時と同じように吐き気を催した。
それをぐっと堪えて彼女の顔を見つめ、もう一度名前を呼びかけた。
「里美・・・・・。」
《・・・・・・・・。》
「・・・・・ん?」
彼女の名前を呟くと、突然何かが聞こえた。
じっと耳を澄まして辺りの様子を窺うが、彼女の両親も、案内してくれた医者や看護士も、誰も口を開いていなかった。
幸也は里美を見つめ、もう一度呼びかけた。
「里美・・・。」
《・・・う・・・・や・・・・。》
「・・・・・・ッ!」
今度ははっきりと声が聞こえた。それは里美の声だった。
幻聴かと思って自分の耳を疑うが、あまりにリアリティのある声だった。
「里美・・・・・。」
今度は顔を近づけて名前を呼んだ。
すると彼女の身体の方からではなく、後ろから声が響いた。
《・・・こう・・・や・・・。・ち・・・こ・・・ち・・・よ・・・。》
幸也は息を飲み、ゆっくりと後ろを振り返った。
しかしそこには誰もおらず、霊安室の薄暗い壁があるだけだった。
《・・・ごめ・・・ね・・・。こう・・・のこし・・・ごめん・・・ね。》
《え?なんや?なんて言うてるんや?》
耳を澄まして彼女の声を聞き取ろうとするが、電波の悪いケータイのように、はっきりとは聞き取れなかった。
《・・・ここ・・・は・・・。こう・・・の・・・にい・・・が・・・る・・・。》
《なんて?分からへんわ。里美よ、どこにおるんや。出て来てくれや!》
うまく彼女の声が聞き取れないことにもどかしさを感じていた。
しかし何か伝えたいことがあるのは確かだと思い、じっと彼女の遺体を見つめて耳を澄ました。
《・・・あな・・た・・・の・・・に・・・さん・・・。ケン・・・チ・・・さん・・・。》
《え?兄ちゃん?兄ちゃんがどうした?》
《・・・ここに・・・る・・・わ・・・。・・ケン・・・イチ・・・さん・・・が・・・。》
「兄ちゃんがおんのか!?」
幸也は叫んで霊安室を見渡した。
薄暗い部屋の中をじっと見回していると、里美の両親や医者が怪訝な目を向けてきた。
「あ、ああ・・・すいません・・・。動揺してもて・・・。」
そう呟くと、義父が里美の傍に立った。
「このアホが・・・。大事な人をようさん残して逝きよって・・・・。」
スッと涙がこぼれ落ち、声を押し殺して泣いていた。
その姿を見つめながらも、幸也は里美の声に耳を澄ました。
しかしもう彼女の声が聞こえることはなく、霊安室には里美の両親のか細い泣き声だけが響いていた。
幸也は頭を下げて部屋から出て行き、トイレで盛大に吐いた。
死と生、現実と非現実が入り混じって思考を揺さぶられ、鳥肌が経つほど気持ち悪さを覚えていた。
昼に食べたカップ麺がトイレの水に浮かぶのを見つめながら、膝をついて項垂れた。
「なんやねん・・・。分からん・・・もう分からんわ・・・。怖いし・・・気持ち悪いわ・・・。なんやねんもう・・・・。」
便器にもたれかかり、膝を抱えて震えた。
もし身体の何処かに思考のスイッチがあるなら、今すぐに切ってしまいたかった。
とにかく今は、何も感じたくないし、何も考えたくない。
そう思ってうずくまっていたが、それを邪魔するようにケータイが鳴り響いた。
一度は無視したが、再び鳴り出して音が響く。
幸也はポケットに手をつっこみ、虚ろな目で液晶を確認した。
「・・・これは、どういうことや・・・?」
ケータイに表示された名前。それは絶対にかかってくるはずのない相手からだった。
『憲一』
じっとケータイを見つめ、背筋が寒くなるのを感じた。
着信音が鳴り響き、死んだはずの兄の名前が表示されている。
「・・・・・・・・。」
ケータイを持つ手が震え出し、爆発しそうな鼓動でそれを見つめた。
確かに兄の番号は登録したままにしてある。
兄が死んでから、何度か消そうと思ったが無理だった。
メモリーから兄を削除するということは、どうして心が拒絶していたからである。
しかしとっくに解約してあるはずの番号からかかってくるとは、いったいどういうことか?
もしかしたら新しい番号の持ち主が、間違えてかけてきたのではないか?
いや、きっとそうだ。そうに決まっている。
幸也は息を飲み、そっと通話ボタンを押してみた。
「・・・・・・。」
黙ってケータイに耳を当てる。
しかし何の声も返ってこず、思い切って「もしもし」と呟いてみた。
《・・・こう・・・や・・。》
「・・・・・ッ!」
思わずケータイを落としそうになりる。電話から聞こえる声、それは間違いなく兄の声だった。
《・・・き・・・える・・か・・・?・・・おれ・・や・・・ケ・・・イチ・・・や・・・。》
「兄ちゃん・・・。まさか・・・そんな・・・。」
震える手でケータイを握りしめ、信じられない思いで兄の声を聞いていた。
「もしもし・・・。ほんまに兄ちゃんか・・・?」
《・・・そう・・・や・・・。こう・や・・・ひさ・・・し・・・りやな・・・。》
「そんな・・・信じられへんわ・・・。なんで?なんで兄ちゃんが掛けてきてんの・・・?」
電話の声は間違いなく兄のもので、幸也は全身が泡立つのを感じた。
背中に悪寒が走り、それでも必死に兄の声に耳を澄ました。
《・・さ・・とみ・・・さん・・。ざん・・・ねん・・・やった・・・な・・・。かわい・・・そう・・に・・・。》
「兄ちゃん!里美が近くにおんのか?ていうか兄ちゃんはどこにおんねん!?
もしかして生きてんのか?あん時死んだんは兄ちゃんとちゃうかったんか!?」
そんなはずがないことは分かっていた。あの時川べりで発見された遺体は、間違いなく兄だった。ならばなぜ・・・?
「兄ちゃん!俺分からんことだらけやねん!兄ちゃんの死も、里美の死も、それに二人の声が聞こえるんだって、いったいどうなってんのか・・・。
なあ、教えてくれや兄ちゃん!あの時兄ちゃんはなんで死んだんや?足滑らせて川に落っこちるような人とちゃうやんか。
里美かてハンドル切り損ねて土手から落ちるほど鈍臭あない。
何か・・・何か別の理由があったんちゃうか?単純な事故やのうて・・・・もしかしたら誰かに何かされたとか・・・教えてえや兄ちゃん!」
《・・・・・・・・・・。》
「なんで黙ってんねん!何か言えや!俺・・・もう限界やねん・・・。」
幸也は頭を抱えて項垂れた。そしてまたもや吐き気が催してきた。
《・・・て・・・くれ・・・。あ・・・そこ・・・に・・・て・・・。》
「なんて?よう聞き取れへん。もっぺん言うてくれ!」
《あの・・や・・ま・・・けい・・・りゅ・・・。・・・そこ・・・る・・・から・・・。》
「あの山・・・けい・・・・、あの山の渓流か!兄ちゃんが落ちたとこか!?」
《・・・とお・・・か・・・ご・・・。そ・・・に・・・てく・・・れ・・・。》
「とお・・か・・・、十日後か?そこに行ったらえんか?」
《・・・で・・・い・・・き・・・。・・・あ・・・める・・・。》
「で・・・い・・・き・・・?なんのこっちゃ分からん。」
《・・・でか・・・きが・・・・ある・・・。そこ・・・て・・・くれ・・・。》
「・・・・・でかい木か?渓流のデカイ木のとこに行ったらええんやな?」
《・・・あめる・・・が・・・おる・・・。・・・かの・・・じょ・・に・・・。》
「・・・あめる?あめるって何や?」
《・・・あめ・・・る・・・おれ・・・の・・・と・・も・・・だ・・・。》
「と・・も・・・、友達か?あめるいう人は兄ちゃんの友達なんやな?
ほんなら十日後に渓流のデカイ木のとこに行ったら、そのあめるいう人がおるんやな。
その人に会うたらええんやな?」
《・・・あめ・・る・・・ひ・・・じゃ・・・ない・・。かの・・・は・・き・・・。》
「かの・・・は・・・き・・・?どういう意味や?」
《・・・あめ・・・る・・・き・・・。・・・で・・か・・き・・・や・・・。》
「・・で・・か・・・き・・・、デカイ木か?あめるはデカイ木の傍におるんやな?」
《・・・ち・・・が・・・。・・・あめ・・る・・が・・・で・・か・・・き・・・。》
「・・・・?分からへん。何を伝えようとしてんねや・・・?」
その時、突然トイレのドアがノックされた。
「幸也君・・・ここにおるんか?」
義父の声だった。幸也はケータイを押さえて返事をした。
「すいません。ちょっと動揺してたから落ち着こうと思って・・・。もうすぐ出ます。」
「そうか・・・。いや、無理せんでええさかい、落ち着いたら出ておいで・・・。」
「はい、すみません・・・。」
義父は足音を響かせて去る。幸也は再びケータイに耳を当てた。
「もしもし兄ちゃん。さっきのはどういう意味なんや?」
《・・・・・・・・。》
「もしもし、兄ちゃん!」
《・・・・・・・だ・・・・な・・・・。》
「だ・・・・な・・・・・?」
《・・・すべ・・・は・・・だ・・・な・・・・が・・・・・・・・・・、》
そこでプツリと電話は切れてしまった。
「もしもし、兄ちゃん!兄ちゃん!」
幸也は耳を離し、もう一度兄と話そうとメモリーを検索する。
しかし何故か兄のメモリーは消去されていた。
「なんでや・・・?消した覚えなんかないで・・・。」
着信履歴にも兄の名前は残っておらず、不気味に思いながらケータイをしまった。
嘔吐したものがそのまま残っていることに気づき、水を流してトイレを出た。
重い足取りで里美の待つ部屋に向かいながら、兄の言った言葉を思い出していた。
「十日後に自分が落ちた渓流に来い・・・。そこにあめるという兄ちゃんの友達がおる・・・・・。
その人に会うたら、何かが分かるっちゅうことか・・・・?」
霊安室の前で項垂れる義父を見つけ、さらに足取りが重くなった。
里美の声を聞いたなどと言えるわけがない。幸也は黙って霊安室に向かって歩いていく。
そして兄が最後に言った言葉を思い出していた。
「・・・だ・・・な・・・が・・・。いったいどういう意味なん・・・・・、」
そう呟きかけて足を止めた。
雷に打たれたような衝撃が走り、身体を震わせて立ち竦んだ。
「だ・・な・・・。ダーナのことか・・・?」
麻理が見る夢のこと、兄と里美は海が嫌いだったこと、二人の死に対しての疑問。
そして『ダーナの神話』という聞いたこともない神話のこと。
幸也は鈍い方ではないが、理論立てて物事を考えるのが苦手だった。
頭の中に浮かぶ様々なピースが、どのようにして繋がるのかは分からない。しかしどこかで全てが繋がっているということは感じていた。
そしてその中心にいるのは、おそらくダーナと呼ばれる少女だろう。
「分からへん・・・。まったく分からへんけど・・・何かが引っ掛かって・・・。」
幸也は霊安室に入り、動かぬ里美の前に立った。
《教えてくれ里美・・・。いったい何がどうなっとんや・・・。》
呼びかけても返事はなく、幸也はそっと彼女の手を握った。


            *****


あの日以来ずっと考え続けていた。
兄の死、里美の死、そして死んだ兄からの電話・・・・。ずっと考えていると、ふとあることを思い出した。
「そうや、麻理ちゃんの家に電話しよか。俊君が海を嫌いやったかどうか・・・確認してみんとな。」
ケータイを取って麻理の家に電話を掛ける。
数回のコールの後、「もしもし、野本です」という声が聞こえた。
「ああ、どうも。加々美です。」
『加々美・・・・・、ああ!あの公民館の?』
「そうです。今お電話大丈夫ですか?」
『はい。もしかして麻理の夢のことでしょうか?』
「いえ、それと違って・・・ちょっとお尋ねしたいことがありまして。」
『はあ・・・。何でしょうか?』
幸也は身体を起こし、若干トーンを落として尋ねた。
「あの、もしかしたらなんですけど・・・俊君は海が嫌いやったんちゃうかと思いまして・・・。」
しばらくの沈黙の後、麻理の母は低い声で答えた。
『ええ・・・確かにあの子は海が嫌いでしたけど・・・それが何か?』
「ああ、ちょっと確認したいと思いましてね。麻理ちゃんの言う『ダーナの神話』というのを調べていくうちに、どうもこの神話は海が重要な気がしまして。」
『ああ、そういうことですか。なんだかすみません。あの子の為にお時間を使わせてしまって・・・。』
「いやいや、好きでやっとることですから。それより麻理ちゃんはあれからどうです?夢に苦しんだりとか、そういうことはありませんか?」
『はい、大丈夫です。実は最近、夢の中に俊が出て来なくなったと言って。』
「俊君が出て来ない?」
『ええ、きっと天国に帰ったんだろうと言ったんですが、納得してくれたみたいです。
それと先生から頂いた本に夢中で、今はとても楽しそうに読んでいるんです。』
「ああ、それはよかった!麻理ちゃんきっと頭がええと思ってね。
子供向きの本言うたけど、実は子供が読むにはちょっと難しい部分もあるんです。
せやけど麻理ちゃん、ちゃんと理解して読んでるみたいですね。」
『はい、それはもう楽しそうに。よかったら代わりましょうか?』
「いや、大丈夫です。今のところはまだ何も分かってませんからね。もし何か分かったら、またお電話させてもらいます。」
『そうですか。気を遣って頂いてありがとうございます。
あの一緒にいらっしゃった女性の方にもよろしくお伝え下さい。」
「・・・ああ・・・ええと・・・・。」
『どうかなさったんですか?』
幸也は一瞬口を噤んだ。里美のことを言うべきか言わざるべきか?
しかし気がつけば彼女のことを話していた。
「実は・・・先日事故にあって亡くなってしまいまして・・・。」
『え?事故?事故ってあの女性の方がですか?』
「はい。車に乗っている時に土手から落ちて・・・そのまま川で溺れて・・・・。」
『・・・・・・そうですか。』
麻理の母の沈んだ声を聞いて、幸也はしまったと思った。
彼女の息子も川で亡くなっていたことを思い出し、嫌な気持ちにさせてしまったかなと後悔した。
『麻理がね・・・またお二人に会えるのを楽しみにしていたんです。
先生には色々と神話のことを尋ねたがっていたみたいだし、あの女性の方には謝りたいと思っているみたいで・・・。』
「謝る?どうしてですか?」
『自分を慰めようとしてくれたのに、冷たい態度を取ってしまったからだというんです。昔からそういうのを気にするところがありまして・・・。』
幸也は驚き、少しだけ微笑ましく思った。
「その気持ち僕も分かりますよ。麻理ちゃん優しいんでしょうね。
優しくて頭のいい人間っていうのは、けっこう人に気を遣ってしまうから。
ああ、別に僕の頭がいいって言ってるわけじゃありませんけど・・・。」
ケータイの向こうから麻理の母の笑い声が聞こえ、少しだけ恥ずかしくなった。
『先生の仰る通り、麻理と先生は似てるかもしれませんね。』
「こんなおじさんと似てるなんて言われたら、麻理ちゃん怒るかもしれませんけどね。
まあ、ええっと・・・お尋ねしたかったのは俊君のことだけですから。なんか長々と話してもてすんません。」
『いえ、とんでもありません。また何か聞きたいことがあったら遠慮なく聞いて下さい。』
「ありがとうございます。里美・・・、僕と一緒にいた女性のことですけど、彼女には僕から伝えておきます。麻理ちゃんが謝りたがっていたよと。
麻理ちゃんにはそう伝えておいて下さい。」
『分かりました。先生もあまり無理をしないで下さいね。麻理の夢のことはいつでも構いませんから。』
「ええ、それでは失礼します。」
『はい、失礼致します。』
電話を切り、幸也はふうっと息をついた。
「麻理ちゃん、あの本喜んでくれたか。あげた甲斐があったな。」
立ち上がって窓の傍に立ち、外に広がる風景を見渡す。
まさに田舎と呼ぶに相応しい景色で、田んぼと雑木林、そして遠くに見える山々の緑だけが広がっている。
幸也はケータイのカレンダーを開き、赤いチェックが入った日付を睨んだ。
「明後日か・・・。」
それは兄から指定されたあの場所へ行く日だった。
ここから少し離れた場所にある、山の渓流に立つ大きな木。
そこに行ってあめるという人物に会う。
兄の口ぶりからして女性と思われるが、幸也にとってそれは意外なことだった。
「兄ちゃんに女の友達がおったとはなあ。どんな人か興味があるわ。」
友達も恋人もいないと思っていたが、もしかしたら付き合っていた人がいたのかもしれない。
ただの友達がわざわざそんな場所まで来るはずもなく、これはきっと兄の恋人だったに違いない。そう思うと、幸也は少しだけ嬉しくなった。
「兄ちゃんにもそういう人がおったか・・・。何もないまま終わったわけとちゃうんやな。
せやけど、生きてるうちに紹介くらいしてくれたらよかったのに。」
幸也は笑いながらケータイを閉じた。
翌日は近所をぶらぶらと歩いて傷心を紛らわし、夕方から地元の友人と飲みにいった。
里美のことは話さず、ただ酒を飲んで騒ぎ、一時ではあるが全ての悲しみや煩わしさから解放されていた。
しかし明日のことが頭から消えず、早々に切り上げて帰って来た。
そして母に明日出掛けることを伝え、そのまま部屋の布団に倒れ込んだ。
「兄ちゃん・・・里美・・・。俺は・・・これからどうしたらええんやろなあ・・・。
どっちもおらんようになってしもて・・・俺は・・・これからどうしたら・・・。」
酔った頭はすぐに眠りに落ち、少しだけ夢を見た。幼い頃、兄と一緒に遊んだ夢を。
そして里美と出会い、彼女に支えられた日々の夢を。夢は夢と分かっていて、それでも幸也は思った。
《誰か・・・夢と現実を入れ換えてくれや・・・。俺の大事なもん・・・全部返してくれ・・・。》
まどろむ夢の中で、二度と帰らない者達との時間を楽しんでいた。

ダーナの神話 第三話 去りゆく愛しき者

  • 2014.10.18 Saturday
  • 14:48
JUGEMテーマ:自作小説
アメルの想い


「ケンイチ・・・ここにもお友達が増えたね。」
「・・・・・・・・。」
「私は一人でいる方が好きなの。でもケンイチは別よ。
ケンイチってとっても心が綺麗だもの。だから一緒にいても苦痛にならない。」
「・・・・・・・・。」
「シュンはもうすぐ天国に行っちゃうものね。
お姉さんをつれて行こうとしてるみたいだけど、一人じゃ寂しいのかな?」
「・・・・・・・・。」
「さすがに生きている人間をつれて行くのは無理じゃないかな?
でも天国に行けばたくさんお友達がいるから、あんまり寂しくないはずだと思うけど。」
「・・・・・・・・。」
「ケンイチはいつ天国に行けるかって?それは・・・・・もっと先かな・・・。ケンイチは私と一緒にいるの嫌かな・・・?」
「・・・・・・・・。」
「うん、ありがとう。私もケンイチのこと好きだよ。私ね、心が綺麗な人が好きなの。今はね、みんな汚れてるでしょ?
ダーナから生まれた命はみんな綺麗なのに、海から生まれた命はそうじゃないの。
海からやってきた者達は、醜くて、争ってばかりで、自分のことしか考えてないのよ。
ケンイチやシュンは・・・ううん、ここに来る命は、みんなダーナから生まれた命よ。
だからとっても綺麗なの。みんなすごく綺麗な心を持っている。
その中でも、特にケンイチの心は綺麗・・・。だから・・・もっと私と一緒にいて。
できれば・・・天国なんかに行かないで・・・ずっと私と一緒に・・・。」
「・・・・・・・・。」
「そうだね、いきなりこんなこと言われても困るよね・・・。
でもね、私は長い間待っていたの。私と心を通わせることが出来る人を。
それが・・・ケンイチだったの。今はお友達でいいわ。けど、全てが終わったら・・・・・私と・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「ごめんね。自分のことばかり言って。けどね、私だけじゃなくて、ダーナもケンイチのことはお気に入りみたいよ。
だってこんなに長くここにいた人は初めてだもの。いつか・・・みんなで住みましょう・・・・あのお月様に・・・。」
「・・・・・・・・。」
「知ってるわ、ケンイチも海が嫌いなんでしょ。あんなの・・・無くなればいいんだわ・・・。
あんなものがあるから・・・私はいつまでも縛られて・・・。でもいいの・・・こうしてケンイチと出会えたんだから。
ダーナには感謝しなきゃね、あなたをここへ連れて来てくれて。」
「・・・・・・・・。」
「ケンイチも気づいてるんでしょ?あなたの死は偶然なんかじゃないって。
あれはダーナがやったことよ。あなたはほんとはもっと長く生きるはずだった。
おじいちゃんになるまでね。でも・・・死んだ者は同じ形では生き返れないから・・・。」
「・・・・・・・・。」
「生まれ変わりはね、全ての魂にあるわけじゃないわ。特に海からやって来た者はね。
死んだからそこでお終い、海を母に持つ者は汚れてるから仕方ないのよ。でもね、ダーナは違う。ダーナはとっても優しいから、ちゃんとまた生を与えてくれるの。」
「・・・・・・・・。」
「また弟さんのこと?ケンイチは本当に弟のことを大事に想ってるのね。
でも弟さんが生まれ変われるかどうかは分からないわ。だって彼は・・・、」
「・・・・・・・・。」
「そんなに悲しまないで。ケンイチが悲しむと、私まで悲しくなっちゃう・・・。」
「・・・・・・・・。」
「ありがとう。優しいね、ケンイチは。今日はまた新しいお友達がやって来るのよ。ダーナが言っていたからね。
私はケンイチさえいればいいけど、他のみんなは喜ぶわね、きっと。」
「・・・・・・・・。」
「どんな人かって?それはダーナしか知らないわ。そんなに焦らなくてもうすぐやって来るわよ。」
「・・・・・・・・。」
「ふふふ、ケンイチはほんとに人見知りね。私もあなたのこと言えないけどね。
大丈夫よ、きっとすぐ仲良くなれるわ。だってここへ来るのはみんなダーナの子供なんだもの。
ねえケンイチ。今日は一緒に歌を歌いましょう。ほら、手を繋いで、一緒に。ふふふ。」


            *****


幸也の傷


幸也は椅子に座り、ズボンを膝上まで捲っていた。
くるぶしからふくらはぎにかけて大きな傷が走っていて、それを見つめながら兄のことを思い出していた。
「兄ちゃん・・・。」
まだ小学校の二年生だった頃、幸也は自転車に乗って少し離れた公園へ向かっていた。
しかしバランスを崩して側溝にはまり、右足に大きな怪我を負ってしまった。
怪我をした足から大量の血が流れ、恐怖で助けを呼ぶことさえ出来なかった。
血はドクドクと流れ出てくる。
幸也は涙目でそれを見つめ、自分の死を覚悟した。
今思うと大袈裟であるが、まだ幼い子供だった幸也にとっては一大事であった。
このままここで死ぬのだ。そう思っても無理はなかった。
側溝の水に赤い血が吸いこまれ、幸也は低い声ですすり泣いた。
しかし自分を見下ろす人影に気づき、そっと見上げてみた。するとそこには兄がいた。
「お前・・・何してんねん。」
当時小学六年生だった兄は、困ったような、そして心配したような顔で見つめていた。
そして幸也を引き上げ、足の怪我を見て顔をしかめた。
「こっからやったら、学校のが近いか・・・。」
そう言って幸也をおぶり、学校まで歩いていった。
保健室に向かう途中、一人の教師が幸也たち見つけて悲鳴を上げた。
「あんたら・・・どうしたんそれ!?」
教師は慌てて救急車を呼び、二人は保健室に連れて行かれた。
救急車が来るまでの間に消毒をされ、幸也は悲鳴を上げて泣いた。
「痛いッ!」
「我慢せい。バイ菌入るぞ。」
兄は幸也の手を握って励ましてくれた。
それから一分もしないうちに救急車がやって来て、二人は幸也の担任と学年主任に付き添われて病院へ向かった。
父と母が到着するまで、兄はずっと幸也の傍にいてくれた。
大きな注射を打たれ、傷口を縫う時に絶叫していた幸也を、ずっと励ましてくれた。
あの時、それまで嫌いだった兄を見直したのだった。
無口で無愛想で、友達もいなくて・・・いつも一人で学校から帰り、いつも一人で休日を過ごしていた兄が恥ずかしかった。
友達からからかわれることもあった。
しかしあの日を境に兄を見る目が変わった。
よくよく注意して見ていると、さりげなく下の兄妹に気遣いをしているのが分かった。
妹の誕生日にはバイト代でプレゼントを買い、幸也が大学に合格した時はお祝いをくれた。
寡黙で大人しくて、パッとせずに地味で、しかし誰よりも繊細で優しい心を持った兄は、幸也にとって大切な存在であった。
その兄が五年前にいなくなってしまった。
登り慣れた山で渓流に落ち、二日後に下流の川べりで発見された。
その時のショックたるや、言葉では言い表せないものだった。
母は泣き、妹は言葉を失い、幸也は放心して立ち竦んだ。
二日前までは生きていたのに・・・今もうは動かなくなってしまった。
あの時、脳を揺さぶられるほどの不思議な感覚に襲われ、吐き気がして草むらの陰で吐いた。
兄が亡くなってからしばらくの間、その感覚に襲われっぱなしで、仕事に支障をきたすほどだった。
当時まだ友人関係だった里美が心の支えになってくれたおかげで、なんとか自分を保つことが出来た。
もし彼女がいなかったら、兄を失ったショックから立ち直れなかっただろうと思っていた。
里美と付き合いだしたのは、兄を失ってから二年後だった。
向こうから告白してきて、その半年後には同棲を始めていた。
次第に落ち着きを取り戻していく幸也に対し、里美は言った。
《一緒になろうか。》
プロポーズも向こうからだった。
幸也に断る理由はなく、あっさりとOKした。しかしこんな自分の何が良くて結婚を申し出たのか、未だに分からなかった。
里美は美人で頭も良く、明るい性格とズバ抜けた行動力を持っている。
いったいどれだけの男が彼女に憧れ、撃沈していったことか。
その中には自分より遥かにいい男もいたであろうに・・・・謎だった。
一度だけ里美にそのことを尋ねてみたことがあった。どうして俺を選んだのかと・・・。すると彼女はこう言った。
《出来る女はね、手を焼く男に惹かれるものよ。完璧な男なんてつまらないしね。》
幸也には全く理解不能だったが、それ以上は追及しなかった。
自分と一緒にいてくれるだけでもありがたい。
兄を失ったショックから立ち直らせてくれた彼女には、いくつ感謝の言葉を述べても足りない。
だからもう少しマシな男になろうと努力しているのだが、根っからの神話好きは治らなかった。
神話なんて金にならないのに、大学で助教授なんてやっている。給料だって安いし、いつ出世できるかも分からない。
出会った時から世話に成りっぱなしで、きっとこの先も頭が上がらないのだろうなと、半ば諦めていた。
幸也はズボンの裾を下ろし、机のパソコンに向かって座り直す。
感傷に浸るのもいいが、今はやらなければいけない事がある。
三日前に会った少女、野本麻理との約束を果たさなければいけない。
『ダーナの神話』
海が嫌いで、この世界から海を無くそうとしている。そして月に移り住む。
キーワードを入れて検索すると、いくつかのサイトがヒットした。しかしそれらの条件を満たすようなページは一つもなかった。
大学の図書館、知り合いの教授、そして職場の同僚、どれを当たっても『ダーナの神話』に対する答えは得られなかった。
「ダーナはケルト神話の神や・・・。せやけど月に住むっちゅう話は無いしなあ・・・。
考えられるんやったら竹取物語やけど、これはケルトとは関係ないしなあ・・・。
それに海を無くすっちゅうのはいったい・・・。」
麻理と会った日からずっと調べているが、何の手掛かりもなかった。
ふと時計を見ると昼の十二時を回っていて、幸也は立ち上がってキッチンに向かった。
戸棚を開けてカップ麺を取り出し、お湯を注いで待つ。その間にケータイを取り出し、未読メールをチェックした。
数件入っているメールは仕事や友人からのもので、里美からの連絡は入っていなかった。
「いっつもは何回かメール寄こす癖に。朝に来たきりやな、返信もないし・・・。」
里美は三日目前から出張で関西に行っていた。
心理学者の助手としてちょくちょく地方に行く事がある彼女は、出張の際には必ずと言っていいほどメールを寄こした。
神話しか取り柄がない幸也を気に掛け、まるで子供扱いでメールを送ってくる。
それなのに今日はほとんどメールがない。何かあったのかと心配になるが、ふとあることを思い出した。
「そういや広島の実家に寄るとか言うてたな。きっと実家で寛いでるんやろ。」
ケータイを閉じ、三分経ったカップ麺をすする。そして再び『ダーナの神話』に考えを巡らせた。
「ダーナ・・・海・・・月・・・なんやろなあ・・・。」
謎の神話に没頭しながら、ズズっと麺をすすった。


            *****


少女の確信


野本麻理は頭の良い子だった。
十日前に幸也からもらった本を読み耽り、自分なりに考えを巡らせていた。
「ギリシャの神様って、なんか人間みたい・・・。」
浮気性なゼウスに、嫉妬深いヘラ。そして勇ましくプライドの高いアテナに、野蛮で粗暴なアレス。
各々の神様に強烈な個性があって、それがトラブルの引き金になったり、または喧嘩して和解したり。
今まで漠然と持っていた神様に対するイメージが変わったしまった。
それぞれの個性的な神様が織りなすエピソードは、麻理を神話の世界へ没頭させていった。
下手な漫画や小説を読むよりよっぽど面白いやと思い、夜の九時を回っても読み耽るので、何度か父に怒られてしまった。
それでも寝たふりをしながらこっそりと読み続け、麻理は本の中に心を奪われていった。
「こういう神様が人間を創ったなら、なんか分かるかも。」
神様が人間を創ったのなら、神話の中の神様が人間臭いのは当たり前である。
麻理はそう考え、俄然と神話に興味が湧いてきた。
しかし彼女が神話の中に没頭するのは、他にも理由があった。
それは俊のことだった。弟を亡くして以来、夜になるといつも辛かった。
公園で一緒に遊んだことや、夜更かししてこっそりとテレビゲームをしたことを思い出して、毎晩泣いていた。
しかしこの本を開いている時だけは、その悲しみから逃れることが出来る。
頭の良い麻理は、そのことを理解しながら読んでいた。
「あ、もう十時だ。今日は終わりにしとこ。」
電気を消し、本を閉じてベッドに潜り込む。
そして二段ベッドの上段を見上げ、麻理は小さく呟いた。
「俊・・・。今日も夢に出て来てね・・・。」
麻理は目を閉じ、弟の顔を想い描いた。
しかしその日、俊が夢に出て来ることはなかった。
あんなに毎晩出て来た、いや、会いに来てくれたのに、今日はまったく姿を見せなかった。
次の日も、その次の日も。
あれから一週間、俊はまったく麻理の夢に出て来なかった。
そのことを母に言ったら、「きっと天国に帰ったのよ」と言われた。
もし本当にそうなら、仕方ないかなと思った。
もう会えないのは寂しいけど、天国に帰ったのなら仕方ない。
いつか自分も天国に行ったら、もう一度会いたいな。
麻理はそう思いながら、今日も神話の本を開いた。
もう何度も繰り返し呼んでいるのに、まったく飽きない。
いや、読めば読むほど色々なことに気づかされ、それについて考えるのが楽しかった。
「俊・・・私が天国に行ったら、いっぱい神話のこと聞かせてあげるからね。」
そう呟いて本を読んでいると、家の電話が鳴った。
母が「はいはい」と受話器を持ち上げ、よそいき用の声で「もしもし野本です」と言う。
そして神妙な顔になって何かを呟き、何度も小さく頷いていた。
麻理は本から目を離し、注意深く母を見つめた。
何故だか分からないが、胸の中に言いようのない不安が込み上げて来て、気がつけば本を持つ手が震えていた。
母は電話を切り、俯き加減で麻理の傍に来る。そしてそっと膝をついた。
「あのね、麻理・・・、」
「嫌だ!」
言いかける母の言葉を遮り、麻理は泣きそうな顔で叫んでいた。
これは・・・この顔は知っている。母のこの顔を、私は見たことがある。
それは俊が死んだ時と同じ顔だっだった。あの時の母も、こんなふうに暗い顔をしていた。
きっと良くないことがあったに違いないと思い、麻理は身体を震わせて耳を塞いだ。
「聞きたくない!何にも聞きたくない!」
「麻理・・・。」
母はそっと麻理を抱きしめ、震える背中をさすった。
彼女が落ち着くまで、ずっとそうしていた。
麻理は母の胸の中で目を閉じ、頭の中にひたすら俊の顔を思い描いた。
俊はニコニコと笑っているが、やがて手を振って去っていく。
その後ろで金色の髪をした少女が微笑み、麻理に手招きをしていた。
《あなたも、こっちへ来る?》
屈託の無い笑顔で微笑む少女に、麻理は恐怖を覚えた。
それと同時に、雷に打たれたように確信した。
この子がダーナだ。
毎晩俊が言っていた、金髪で青い瞳の少女。
いつか海を無くすのだと言っている、あのダーナだ。
《うふふ、冗談よ。あなたはこっちへ来られないわ。だって海から生まれた汚れた魂だもの。
シュンは綺麗な心を持っているけど、あなたは違う。あなたは俊と同じ場所には行けないのよ。》
ダーナは無邪気な声で笑い、手を振って去って行く。
彼女の向こうに俊の姿が見え、麻理は手を伸ばして叫んだ。
《俊!行かないで!》
思い切り叫んだが、俊は振り向くことなく走り去って行った。
《待ってよお・・・行かないで・・・。》
ダーナは項垂れる麻理を見つめて笑い、踊りながら去って行く。
その向こうには三人の大人が立っていた。男の人と、ダーナに良く似た女性。
まうで恋人同士のように寄り添いながら立っている。
そして二人から少し離れた所に、一人の女性が立っていた。
《え?なんで・・・・・。》
麻理は目を疑った。
泣くのも忘れ、その女性に見入った。
《麻理ちゃん・・・。》
それはあの神話学者と一緒にいた女性だった。あの時みたいにスーツに身を包み、凛とした顔で立っている。
そして短い髪を揺らしながら、とても悲しそうな表情を見せた。
彼女と見つめ合っていると、ダーナは踊りながら手を叩いた。
まるでリズムを取るように、そして鼻歌を歌うように・・・。
そこで麻理の意識はプツリと切れた。
次に目を覚ましたのはベッドの上で、父と母が心配そうにこちらを見つめていた。
「お父さん・・・お母さん・・・。」
「麻理、ごめんね。こんなに傷ついていたのに、気づいてあげられなくて・・・。」
母は麻理の頭を撫で、父は麻理の知らない人と話をしていた。
真っ白な服にネクタイを締め、メガネを掛けて難しい顔をしている人だった。
《これ・・・お医者さんだ・・・。私・・・今病院にいるんだ・・・。》
医者が何かを話しかけ、麻理は小さく口を動かして答えた。
「ダ・・・が・・・、あの・・・しん・・わ・・・。おね・・・さ・・・。」
言いたい事が上手く伝えられず、もどかしさを覚えながら口を動かした。
医者は笑って頷き、父と話してからどこかへ行ってしまった。
《待って!私の話を聞いて。あのお姉さんがダーナの所にいるの。ダーナが、きっとダーナが連れて行ったんだ!
俊も溺れて死んだんじゃない!ダーナがやったんだ。全部あの子が・・・・・。》
涙を流す麻理に、父と母がうんうんと頷きながら頭を撫でてくる。
《違う!何にも分かってないくせに!全部、全部ダーナっていう子が悪いの!
あの子が俊を連れていっちゃったの。私達から俊を奪ったんだよ!》
麻理の心の叫びは伝わることはない。しかしそれでも懸命に訴え続けた。
しかし眠気が襲ってきて、トロンと瞼が重くなった。
母は麻理の手を握り、目尻を濡らしながら言った。
「大丈夫、お母さんもお父さんも傍にいるから。安心して。」
《違う・・・そうじゃない・・・。誰か・・・私・・・の・・・声を・・・きい・・・、》
徐々に視界がぼやけていき、麻理は深い眠りの中に落ちていった。
夢の中では、俊が笑いながら手を振っていた。
しかしそれは本物の俊ではない。記憶に中に生きる、ただのイメージでしかないと分かっていた。
もう俊はいない。
ダーナによって、どこか遠い所に連れていかれてしまった。
きっと・・・もう二度と会えない。
麻理は涙を流し、記憶の中の俊を見つめていた。

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