勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 最終話 猫神様のご神託(3)

  • 2014.12.16 Tuesday
  • 13:51
JUGEMテーマ:自作小説
たまきのいなくなった神社で項垂れていた俺は、藤井たちに気づいて顔を上げた。
「悠ちゃん・・・・。」
「・・・・いない・・・たまきがいないんだ・・・。」
「マサカリたちから悠ちゃんとたまきのことを聞いたよ。
なんていうか・・・・本当に大切な人だったんだね、悠ちゃんにとって・・・。」
藤井は俺の隣に腰を下ろし、同じように庭を見つめた。
「たまきって、悠ちゃんの心を開いてくれた人なんでしょ?」
「ああ・・・ていうか人じゃない、猫だ・・・。」
「そうだったね、猫神様なんだよね。」
そう言って藤井は俺に手を重ねる。そしてその手を握りしめ、「辛いね・・・」と言った。
「まず・・・悠ちゃんに謝らなきゃね。ごめんね、一人でほったらかしにして。ジャスミンを預けたまま、私だけ自分の夢を追っちゃって・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「ずっと悠ちゃんには悪いと思ってた。でも・・・・私には私の行く道があった。だから間違った選択じゃなかったと思ってる。自分勝手に聞こえるだろうけど、夢を追うのってそういうことだから。」
藤井は動物たちの方を見つめ、小さく笑いかける。
その目は以前の藤井と違って、すごく大人びて見えた。
「悠ちゃんと離れて暮らしているうちに、一つ気づいたことがあるんだ。なんだか分かる?」
そう言って俺の顔を覗きこみ、じっと目で訴えかけてきた。
俺は答える気になれず、ただ庭を睨んでいた。
「今は・・・何も喋りたくないかな?」
「・・・いいや、聞いてるよ。」
「じゃあ勝手に喋るね・・・。もし聞きたくなかったら、独り言だと思って聞き流して。」
そう前置きをしてから、街に目をやって喋り出した。
「悠ちゃんと離れて気づいたことっていうのはね、私はずいぶん自分に甘えていたんだなっていうこと。いつだって支えになってくれる人が傍にいて、しかも楽しい仲間がたくさんいる中で暮らしてた。けど・・・・それじゃ本当に辛い目に遭う動物は助けられないんだって気づいたの。自分自身が恵まれた環境にいるのに、どうして辛い境遇にいる動物の気持ちが理解できる?そう思わされる場面が・・・何度もあった。」
「・・・・そうか・・・大変だったんだな・・・。」
投げやりに言うと、「かなりね」と笑った。
「その時に、ああ・・・まだまだ自分は大人に成り切れてないんだなって知った。だって辛いことがある度に、悠ちゃんやこの街での生活に戻りたいって思ってたから。ここには楽しい思い出がたくさんあって、今でも胸の中で輝いてる。でも・・・・結局思い出は思い出でしかないんだよね。それだけじゃ・・・人間は前へ進めないから。」
藤井は境内から立ち上がり、街がよく見える方へ向かう。
木立の開けた場所から街を見下ろし、よく一緒に散歩した土手を眺めていた。
「あそこ・・・懐かしいね。たくさん思い出が詰まってる。あの土手の向こうには公園があって、そこが一番の思い出の場所・・・。私と・・・悠ちゃんにとって。」
藤井の視線の先には、川を挟んで大きな川原が広がっていた。
ここからでも犬を散歩させている人が見え、近くの高校の野球部が練習をしていた。
いつもと変わらない景色、いつもと変わらない光景。
藤井はそんな街を懐かしそうに見つめながら、囁くように言った。
「この街で過ごしたこと、そしてあの公園に詰まった思い出・・・・きっと私は忘れないと思う。この先どんな人生を歩んだって、きっと・・・・この胸から消えることはない。だって・・・・一番好きな人と過ごした場所だから。」
そう言ってこちらを振り向き、真っ直ぐに俺を見つめた。
「私ね・・・新しい夢が出来たの・・・・。ペット探偵を経験して、やっぱり動物に関わる仕事が好きだって思った。だからこのまま終われない。思い出は思い出として胸にしまって、前に進もうと思う。」
藤井の強い視線が、射抜くように俺を見つめている。
手元が痒くなり、蚊を叩いてから「くそ・・・」とぼやいた。
「ずいぶん刺されちゃった・・・・後でもっと痒くなるな。」
赤くなった刺し痕を押さえ、爪でバッテンを刻んで痒みを紛らわす。
飛んできた蚊を手で払い、境内から立ち上がって背伸びをした。
「なあ藤井・・・・実は猫神様からご神託があってな。」
「ご神託?」
「ああ、なんでも近いうちに俺は、選択を迫られるんだとさ。愛しい人を取るか、それとも自分の道を行くか?それによって、俺の人生は大きく変わるらしい。これは偉い猫神様からのご神託だから、きっとインチキなんかじゃない。だから・・・・ずっと考えてたんだよ。もし選択を迫られたら、いったいどっちの道を取ろうかって。」
刺された腕を掻きながら、藤井の隣に立った。
そして街を見下ろし、川原に広がるいつもと変わらぬ景色を睨んだ。
「それで・・・もし愛しい人を取ったら、俺は不幸に巻き込まれるって言われた。」
「不幸・・・・?」
「ああ、でもたった一つだけそれを避ける道があるそうなんだ。」
そう言って藤井の方を振り向くと、首を傾げて答えを待っていた。
「愛しい人を取り、なおかつ不幸な道を避ける方法・・・・。それは、どちらかが動物と話せる力を消すってことだ。」
そう答えると、藤井は何を言っているのか分からないというふうに困っていた。
「まあ・・・そういう顔になるわな。俺の言っている意味、分からないだろ?」
「ごめん・・・ちょっと意味が・・・・。」
「うん、俺もよく分からない。けどご神託なんてそういうもんだと思う。信じるか信じないかは、俺次第だって言われたしな。」
「じゃあ・・・・悠ちゃんは信じるの?そのご神託を。」
「ああ、信じるよ。なんたって猫神様からのご神託だ。俺の・・・一番信頼する奴の言葉だからな。」
「そっか・・・。なら・・・それを私に聞かせてどうするつもり?まさかどっちかが動物と話せる力を失くして、一緒にいようって言うつもり?」
藤井は問いかけるような目で見つめてくる。その目には少しだけ怒りが含まれているように感じたので、肩を竦めて笑った。
「いいや、そんなことを言うつもりはないよ。
だって動物と話せる力を消す方法なんて分からないし、もし分かったとしても消す気はない。それはお前だって同じだろ?」
「もちろんよ。これは生まれた時からあった力だもん。これのおかげで、悠ちゃんと一緒に動物を助けて来たんだから。」
「そうだよなあ。この力がなかったら、俺たちが付き合うこともなかった。だから・・・やっぱり手放せないよな、この力は?」
「絶対に無理だよ。いくらお金を積まれたってね。」
藤井はそう答えて笑った。俺も小さく笑い返し、しばらく沈黙が流れた。
俺は街を見下ろしながら、藤井はまだ俺を見つめながら、お互いに言葉を探していた。
「・・・・だったら・・・俺はやっぱり選ぶしかないんだよなあ。愛しい人を取るか、自分の道を取るか。」
そう呟くと、藤井は「もう決まってるんじゃないの?」と笑った。
「悠ちゃんって、迷ってる時はそんな顔しないもん。
もっとこう眉間に皺を寄せて、いかにも困ってますって顔をするから。」
藤井は眉間に皺を寄せ、いかにも困ってますという顔をしてみせた。
「なんだよそれ?モノマネのつもりか?」
「ふふふ、分かりやすいでしょ?でも今の悠ちゃんはこんな顔してない。もっとこう・・・・悩みながらもスッキリした顔をしてる。だからもう答えは決まってるんでしょ?」
「・・・・うん、もう決まってるよ。」
俺は藤井の目を見つめ返し、ご神託に対する答えを言った。
「俺・・・やっぱりペット探偵をやってみるよ。」
そう答えると、藤井は一瞬だけ寂しそうな顔をした。
しかしすぐに表情を戻し、「それはベンジャミンとの約束だから?」と尋ねた。
「それもある。けど・・・・それだけじゃない。」
「じゃあどうして?覚悟のいる辛い仕事なのに、わざわざそれを選ぶ理由って何なの?ただの意地?それとも・・・・コマチさんが手伝ってくれるから?」
「・・・・いいや、どっちも違うよ。」
そう答えてから、俺は猫神神社を振り返った。
そしてゆっくりと近づき、葉っぱの積もった境内を撫でた。
「俺にはさ・・・・ペット探偵をやらなきゃいけない理由があるんだ。いつもはここにいるはずの猫が、どこにも見当たらない。帰って来る様子もなさそうだし、このままだといつ会えるかも分からない。だったら・・・・こっちから会いに行くしかないだろ?」
そう言って神社を見つめると、藤井は「悠ちゃん・・・」と近づいて来た。
「やっぱり・・・・あの人は悠ちゃんにとって特別なんだね。」
「・・・・うん。俺ってやっぱりマザコンかな?」
「多分ね。でもマザコンじゃない男の人っていないんじゃない?」
「それバカにしてる?」
「ちょっとだけね。だって男の人ってみんな子供だもん。違う?」
「多分・・・・当たってる。」
肩を竦めて答えると、藤井はクスクスと笑った。
「じゃあ・・・悠ちゃんの意志はもう決まってるんだね?」
「ああ、俺はペット探偵になって、何年経ってもアイツを探し出す。でもその為には、まだまだ俺は未熟だと思う。だから・・・いつかアイツに手が届くように、前に進んでみようと思うんだ。」
そう答えると、藤井は「分かった、じゃあもう何も言わない」と頷いた。
「悠ちゃんには悠ちゃんの、そして私には私の行くべき道がある。だから・・・それでいいんだよね?」
「うん、それしかないと思う。お前が言うように、思い出だけじゃ前に進めないからな。」
俺たちは見つめ合い、神社の静けさの中に佇んでいた。
長く続いた夏は、俺たちに一つの決断をさせた。どんなに愛しい人であろうと、行くべき道は異なることもあると・・・。
「じゃあ・・・今日が最後の夜だね。今から帰るのはしんどいから、今日は泊まって行っていい?」
「ああ、でもマイちゃんたちもいるけどいいか?」
「全然平気。一緒にいられる最後の夜だから、みんなで楽しく過ごそうよ。翔子さんや稲荷のみんなも呼んで。」
「そうだな・・・・・そうするか!」
俺と藤井は何も言わずに頷き合い、社の前に立った。
そしてお賽銭を投げ入れ、それぞれの祈りを捧げた。
今・・・・この神社に主はいない。でもきっとどこかで、この願いを聞いてくれているはずだ。
短く祈りを捧げ、社に背を向けて階段に向かう。すると待ち構えていたように動物たちが駆け寄って来た。
「ようやく話がまとまったか・・・・。とっくに餌の時間を過ぎてるから、飢え死にするかと思ったぜ。」
「ちょっと食べないくらいで死にはしないわよ。せっかくのしんみりした空気を壊さないでちょうだい。」
「まさかこういう方向に話がまとまるとはなあ。ちょっと意外だったかも。」
「そうか?俺はこうなることを予想してたぜ。なんたって悠一はあの猫神にご執心だからな。ママ大好きなんだよ。」
「イヤよねえ・・・いい歳してマザコンなんて。私が恋人だったら、尻尾で巻き上げてから頭を齧ってやるわ。」
「お前ら・・・口の悪さだけは相変わらずだな・・・。」
「ふふふ、でもそれがみんなの面白いところじゃない。ねえ?」
藤井はそう言って動物たちの元に駆け寄り、「今日は盛大にパーっとやろう!」と手を叩いた。
「そうだそうだ!今日は盛大にやろう!たっぷり犬缶食わしてくれよ!」
「あんた・・・・また太る気?いい加減にしないと腹が裂けるわよ?」
藤井と動物たちは楽しそうに喋りながら階段を下りて行く。
俺は後ろを振り返り、主のいない神社を睨んだ。
「たまき・・・・俺は必ずお前に会う。その時までに、今よりもっと成長してみせるよ。だから・・・・またいつか・・・。」
神社はひっそりと佇み、暮れゆく陽の中にシルエットを浮かばせている。
もうたまきはいないけど、きっとこれからもここには来ることになる。
なぜだか分からないけど、そんな予感がした。
階段の先には藤井たちが待っていて、「早く!」と手を振っていた。
俺たちは猫神神社を後にし、スーパーへ行って酒やら肉やらを買い込んだ。
そしてみんなに連絡を取り、俺の狭い部屋に集まってこの夏の苦労を労った。
残念ながらウズメさんは来ることが出来なかった。
今回の一件の後始末に追われ、じいさんと一緒に稲荷の今後について話し合っているらしい。
だからメールだけ寄こしてくれた。「お疲れさま」・・・・と。
藤井、動物たち、マイちゃんとノズチ君、それに翔子さんとアカリさん。寺市さんと文江さんもやって来て、狭い部屋が随分と賑やかになった。
藤井は動物たちと戯れているし、翔子さんはアカリさんと笑い合っているし、寺市さんと文江さんはイチャイチャと手を握っていた。
そんな光景を見つめながら酒を飲んでいると、「みんな楽しそうだね」とマイちゃんが言った。
「なんだか大変なことばかりだったから、みんな肩の荷が降りたんだろうね。」
「まさか誰もこんな夏になるとは思わなかったからね。マイちゃんはどう?疲れてない?」
「全然平気。それよりもこれからの事が気になっちゃって、ねえノズチ君?」
「へん!気になるも何も、要するにペット探偵をやりゃいいんだろ?そんなもん俺が粉砕してやるぜ!」
「いやいや・・・粉砕しちゃマズイよ。ちゃんと依頼を受けて、動物を助けないと。」
「でも大変そうな仕事だよね。悠一君!色々あるだろうけど、一緒に頑張って行こうね!」
マイちゃんは拳を握り、やる気満々の目で見つめてくる。
《ホントにいつも前向きで明るい子だよなあ・・・・。一緒にいると元気になってくるよ。》
こんなふうにいつでも前向きでいられるなら、少々の不安なんて吹き飛んでしまうだろう。
「あのさ・・・マイちゃん。」
「なあに?」
「そんなに前向きな性格なのに、どうして人見知りなの?」
「うッ・・・それはその・・・・恥ずかしいから・・・。」
「どうして?」
「どうしてって・・・・。私・・・あんまり自分に自信が無いんだ・・・。
だからせめて、見た目だけでも明るくしようと思って・・・・。」
そう言ってマイちゃんは俯く。自信のなさそうな顔で、プチプチとノズチ君の鱗を千切っていた。
《なるほど・・・・そういう理由でこんなに明るいわけか。マイちゃんはマイちゃんで、自分なりの悩みを抱えてるってわけだ。》
俺はグラスの酒を飲み干し、マイちゃんの頭を撫でた。
「なあマイちゃん。俺だってけっこう人見知りだけど、でもどうにかんるもんだよ。だから・・・いつかきっと自分に自信が持てるようになるよ。」
「ほんと・・・?」
「ほんとほんと。それにマイちゃんの明るさがあれば、俺も元気になってくるよ。ペット探偵だってきっと上手くいく。力を合わせて頑張ろう。」
そう言って手を差し出すと、マイちゃんは「ふぐッ・・・・」と泣き始めた。
「ちょ・・・ちょっと!なんで泣くの?」
「だ・・・だって・・・・そんなふうに言ってもらったの初めてだから・・・。タヌキの間でもドジだのマヌケだの言われてたから・・・・嬉しくて・・・・。」
「そんなことないよ。きっと俺だけじゃペット探偵は務まらない。
だからマイちゃんが協力してくれれば、きっと上手くいきそうな気がするんだ。」
「う・・・・えぐッ・・・・ふごッ・・・・・。」
マイちゃんはグスグスと泣き出し、それに気づいた動物たちが「何泣かしてんだよ」と茶化し始めた。
アカリさんからは「最低ね」と言われ、翔子さんは「まあまあ」と取り成している。
寺市さんと文江さんは知らん顔でイチャついていて、マイちゃんは余計に泣き始めた。
「ちょ・・・ちょっと・・・・。もういい加減泣きやんでくれよ・・・。」
困る俺を見てみんなが笑っているが、藤井はだけは表情を崩さなかった。
物言いたそうな顔でこちらを見ていて、目が合うとサッと逸らしてしまった。
みんなそれぞれ思うところがあるようで、笑いながらも時折真面目な話をした。
気がつけば日付が変わろうとしていて、楽しかった宴会もお開きになった。
それぞれが手を振って部屋を出て行き、暗い夜の中へ家路についていく。
《楽しい夜だったな・・・。こんなにはしゃいだのは久しぶりだ。》
部屋には動物たちとマイちゃんノズチ君、それに藤井だけとなっていた。
翔子さん達が帰ったとはいえ、まだまだたくさんいる。
しかし藤井以外ははしゃぎ疲れて眠そうにしていて、ものの数分で夢の中へと旅立っていった。
「みんな・・・よく頑張ってくれたよな。ありがとう。」
押入れからタオルケットを出し、みんなに掛けてやる。
すると藤井が立ち上がり、「ちょっと散歩に行かない?」と外を指差した。
「いいけど・・・どこ行くんだ?」
「あの公園。一番の思い出の場所でしょ?」
藤井は俺を置いてドアに向かい、足音を響かせながら階段を下りていった。
「あの公園か・・・・。二人で行くのは久しぶりだな。」
部屋の電気を消し、みんなを起こさないように外に出た。
そして藤井と二人並んで、とっぷり暗くなった夜の道を歩いて行った。
田舎というのは、夜中になれば街灯さえ消える。真っ暗な中を月明かりを頼りに歩き、俺たちが出会った公園までやって来た。
「・・・・変わらないね、ここは。」
藤井は公園の中へ歩いて行く。そしてぐるりと辺りを見渡した。
遊具、砂場、奥に広がる林、そして囲いの中に飾られた機関車。
思い出深い物がたくさんあって、それらを噛みしめるように眺めていた。
「ねえ悠ちゃん・・・・。もう私に迷いはないけど、悠ちゃんはどう思ってる?この先二人が別々の道を行くことに・・・・なんの迷いもない?」
いきなりそう尋ねられて、少しだけ戸惑った。でももう俺の中で答えは決まっている。
だから迷うことなく言った。
「ああ、迷いはないよ。俺は俺の道を・・・藤井は藤井の道を行けばいい。だから・・・その・・・・別れるのは寂しいけど、仕方ないよ・・・。」
あえて避けてきた「別れる」という言葉を言ってしまい、妙に胸が詰まった。
でも誤魔化しても仕方がない。別々の道を行くということは、俺たちが別れることに他ならないのだから。
藤井は背中で俺の声を聞いていて、「そっか・・・」と頷いた。
「どうした?もしかして迷ってるって言ってほしかったか?」
「・・・正直・・・ちょっとね。でもそれはただのワガママだから・・・。だから・・・・別に・・・・・。」
藤井は背中を見せたまま、決してこちらを振り返ろうとはしなかった。
そして俺も藤井の顔を見ようとはしなかった。
だって・・・きっとお互いが知っているから。
ここで見つめ合えば、自分の道を行く決心が揺らぐかもしれないから。
散々悩んで、せっかく答えを出したのに、その想いが負けてしまうかもしれないから・・・。
だから俺たちは、しばらく顔を合わせなかった。お互いの感情が落ち着くまで・・・。
藤井は大きく鼻をすすり、目元を拭ってから振り返った。
その目は赤くなっていて、それを誤魔化すように笑っていた。
「・・・・・帰ろうか?」
「もういいのか?」
「うん・・・・。最後の思い出に、二人でここに来たかっただけだから・・・。」
夜の公園に風がなびき、俺たちの間を駆け抜けていく。
遊具は揺れ、林の葉がざわめき、機関車の囲いがキシキシと音を立てる。
俺たちは何も言わずに歩き出し、無言のまま家路についた。
部屋に入ると、藤井はすぐに眠りについた。エアコンの冷気を避けるように隅に寝転び、薄い毛布に顔を埋めていた。
俺はしばらく窓の外を眺めていた。
スヤスヤと眠るみんなの寝息を聞きながら、風と共に運ばれてくる虫の声を聞いていた。
壁にもたれかかり、じっと目を閉じる。
今から三年前、暇が欲しいという理由で会社を辞めた時、俺はまだまだガキだった。
何も知らず、何も行動を起こさず、何かを目指すこともなく、ただ日常を消化しようとしていた。
でも・・・・もうそんな日々は、遠い昔のことのように思えた。
人との出会いが、動物との出会いが、そして猫神や稲荷との出会いが、俺を変えていった。
そして・・・これからもそれは続くだろう。俺が望もうと望むまいと、良くも悪くも人生は変わっていく。
それを受け入れ、乗り越えられるかは分からない。
でも・・・変化を受け入れることは悪いことじゃない。だって・・・・人はそれを成長と呼ぶのだから。
だからこの先も、俺は変わっていく。変わっていかなきゃいけない。
目を閉じ、静かにそんなことを考えていると、いつの間にか眠っていた。
そして目が覚めた時には、窓から薄い光が射していた。
気の早い夏の太陽は、午前五時だというのに空を照らしている。
青く薄い光が街を覆い、ほんのひと時だけ涼しい空気を運んでくる。
俺はエアコンのスイッチを切り、窓を開けて風を入れた。
緩やかな風がカーテンを揺らし、部屋の中へそよいでいく。
その風に誘われるように部屋を振り向くと、もうそこに藤井の姿はなかった。
羽織っていた毛布は俺の肩に掛けられていて、テーブルの上には一枚の書置きがあった。
みんなを起こさないようにゆっくりと歩き、そっと書置きに手を伸ばす。
そこにはよく見慣れた文字で、短い文章が綴ってあった。
『あなたに出会えて本当に良かった。きっといつまでも忘れないと思う。お互いが成長した時、また会えたらいいね。いつかそんな日が来るのを待ってます。じゃあね。大好きだったよ・・・・悠ちゃん。』
「・・・・・・・・・・。」
短い文章を何度も読み返し、頭の中で藤井の声が再生される。
耳に馴染んだあの声で、何度も何度も再生されていく。
・・・・気がつけば、目を覚ました動物たちが俺を見ていた。
みんな真面目な顔でじっと睨んでいて、マサカリがぼそりと呟いた。
「泣くな悠一、男だろ。」
「・・・・うるさい。お前ら・・・ずっと起きてやがったな。」
目を逸らし、涙を拭って立ち上がる。そして散歩用のリードを持って来て、マサカリの首に繋いだ。
「ちょっと早いけど散歩の時間だ。・・・・行くか?」
「当たりめえよ!俺は四度の飯の次に散歩が好きだからな!」
リードを繋ぐと、マサカリはお尻を揺らしながら玄関へ駆けて行った。
「ほんっとに空気を読まないバカ犬よねえ。何はしゃいでんだか・・・。」
「いやいや、空気を呼んだからはしゃいでるんだ。モテない男同士、散歩でも行って傷を舐め合う為に。」
「そんないいもんじゃねえだろ。あのアホはただ散歩に行きたいだけだ。見ろよ、本当に脳ミソが詰まってるのか怪しい顔してるぜ。」
「はあ・・・あんた達はどんな時でも口が悪いわねえ。きっとこれを最後に悠一のモテ期だって終わるわ。ちょっとは同情してあげたらどうなのよ?」
「だからマリナ・・・・それフォローになってないから。」
背中に動物たちの毒舌を受けながら、靴を履いてドアを開けた。
すると「悠一君」と呼ばれ、ふと後ろを振り返った。
「マイちゃん・・・・君も起きてたの?」
「んん・・・まあね。」
「そっか。余計な気を使わせちゃったな。もう少しゆっくり眠りなよ、疲れてるだろ?」
そう言って散歩に出かけようとすると、「行ってらっしゃい」と手を振ってきた。
「ああ・・・行ってきます。」
俺も手を振り返し、マサカリを連れていつもの土手に向かった。
あの公園を通り抜け、徐々に高くなっていく日射しを受けながら、土手を越えて川原に下りて行った。
涼しい朝には犬を連れた人が何人もいて、すれ違う度に挨拶を交わす。
そして堤防の前までやって来て、対岸の猫神神社を眺めた。
「もうたまきはいないけど、あそこにはまだまだお世話になりそうな気がするんだよなあ。」
「不吉なこと言うなよ。俺はもう稲荷だのなんだのはゴメンだぜ。」
「いや、そうじゃなくてさ・・・。これからも、あそこは俺にとって大事な場所になるような気がするんだ。」
「ふん!鈍いクセに偉そうなこと言ってんじゃねえよ。次に稲荷なんかと揉めたら、預金通帳を持って家出してやるからな。」
マサカリはプリプリ怒りながら、近くの草にマーキングをしていた。
すると遠くの方から人影が歩いて来て、「有川さん!」と手を振った。
「おお!翔子じゃねえか!それにコロンも一緒だ!」
マサカリはダッシュで駆け出し、俺の手からリードがすっぽ抜ける。
「おいコラ!勝手に行くな!」
「コロ〜ン!!」
マサカリは愛しきコロンの元へ駆け寄っていく。
何度振られてもアタックするつもりのようで、その意気込みには恐れ入る。
「果たしてマサカリの恋は上手くいくか?しばらくは他の動物のネタにされるな。」
そう言って苦笑いしながら、俺も翔子さんの方へ歩いて行く。
マサカリは早くも撃沈されたようで、ガックリと項垂れていた。
そして翔子さんから撫でてもらい、案の定おやつを貰っていた。
「コロンよりそっちが目当てか・・・・。こりゃ恋が叶うのはまだまだ先だな。」
翔子さんはしょぼくれたマサカリを慰め、俺の方に手を振った。
「すいません、またおやつをもらっちゃって・・・。」
頭を下げながら走って行く途中、ビュっと風が吹いた。
その風に押されるように後ろを振り向くと、一瞬だけ幻が見えた。
俺と動物たち、そして・・・・藤井が並んで歩く姿が・・・・。
しかし幻はすぐに消え去り、何もない風景へと戻っていく。
「・・・・・・・・・・。」
俺たちは前に進む為に、あの幸せな時間を手放した。
それが良いことか悪いことかはまだ分からないけど、胸には悲しみが溢れてくる。
しかしもう涙は流さない。前に進む為に踏み出したこの足を、今さら止めることは出来ないのだから。
消えた幻は胸の中にしまい、後ろを振り返らずに走って行く。
マサカリのリードを掴み、翔子さんと朝の挨拶を交わして川原を歩いた。
翔子さんは色々と話しかけてくる。
稲松文具に戻ることにしたこと。カレンとジャスミンが仲良くやっていること。
止まらないおしゃべりを聞きながら、高くなっていく日射しの元を歩いて行った。
藤井と別れた悲しみはしばらく続くだろう。でもそれだって、いつかは一つの思い出に変わるはずだ。
決して消えることのない、輝く記憶となって・・・。
俺は翔子さんとお喋りしながら、いつものように散歩をする。
長い長い夏が、一瞬見えたあの幻のように過ぎようとしていた・・・。


            *****


あの夏のことを思い出していると、いつの間にか雪はやんでいた。
その代わりに冷たい風が吹きつけ、温くなった缶コーヒーをすすった。
「もう冷めちゃったね、コーヒー。」
マイちゃんがフラフラと缶を振り、手元に抱いて温めようとしていた。
「そんなんじゃ温まらないよ。」
「でも温いコーヒーって気持ち悪いし・・・・。」
「じゃあコーヒーより暖かいもんでも食べに行こう。いつまでもここにいたら風邪引いちゃうよ。」
そう言って立ち上がると、マイちゃんは「もういいの?」と尋ねた。
「せっかく来たんだから、もうちょっといたら?」
「そうしたいんだけど、どうも寒くて・・・・。マイちゃんは大丈夫なの?」
「全然平気。だってタヌキだから。」
「でも今は人間だろ?」
「ううん、中だけタヌキに化けてるの、ほら。」
そう言ってマイちゃんは服をめくってみせる。
「ちょ・・・ちょっと!こんな場所ではしたない・・・・・って、ホントだ・・・・。服の下だけタヌキの毛皮になってる・・・・。」
「部分変化の術っていうの。顔だけタヌキにもなれるよ。」
マイちゃんはゴニョゴニョと何かを唱え、「えい!」と叫んだ。
するとボワリと白い煙が上がり、顔だけカバになっていた。
「ま・・・また失敗してるぞ!不気味だから元に戻して!」
「え?・・・・・ああああ!何コレ気持ち悪い!」
「自分でやったんだろ!早く戻して!」
顔だけカバになった不気味な姿は、長く見ているとトラウマになりそうだった。
マイちゃんは慌てて元に戻り、それと同時に「くしゅん!」とくしゃみをした。
「ダメだ・・・・元に戻したら、身体まで人間になっちゃった・・・。寒い!」
「じゃあ早く行こう。ほら、これ巻いて。」
俺はマフラーを外し、マイちゃんの首に巻いてあげた。
「これ暖かい・・・・カシミヤ?」
「ただの合成繊維だよ。そんな高級なもん持ってるわけないだろ。」
マイちゃんは嬉しそうにマフラーを握り、顔を埋めて暖かそうにしていた。
しかしそれでもまだ寒いようで、ブルブルと身体を擦っていた。
「早く下りよ!どっかで暖かいもの食べたい!」
「分かってる。でもお尻のシッポも消そうな。モフモフしたのがズボンからはみ出てるぞ。」
「え?・・・・ああああ!またしても!!」
マイちゃんは慌ててシッポを消し、恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
俺は笑いを噛み殺しながら彼女の背中を押し、階段を下りようとした。
しかしその時、ふと後ろを振り返ってみた。
「あのおばさん・・・・まだお願い事をしてるのか?」
この寒い中で、おばさんはまだ目を閉じて祈っていた。
きっとよほどの事情があるに違いない。そうでなければ、ここまで熱心に祈ったりはしないだろう。
「マイちゃん、ちょっとだけ待ってて。」
俺はおばさんに駆け寄り、「すいません」と声を掛けた。
「あの・・・さっきからずっと祈ってらっしゃいますけど、何かあったんですか?」
そう尋ねると、おばさんは泣きそうな顔で俺の手を握ってきた。
「ね・・・・・猫が・・・・猫がいなくなったんです!一昨日から帰って来ないんですよお!!」
そう言って俺の胸倉を掴み、ガクガクと揺さぶった。
「ちょ・・・ちょっと・・・苦しい・・・・。」
「いつもはすぐ帰って来るのに・・・・。きっと事故にでも遭って帰れないんでいるんです!!ああ・・・・・私の可愛い猫・・・・いったいどこにいるの・・・・。」
「だ・・・だから・・・苦しい・・・・。とりあえず落ち着いて下さい・・・。」
「え?・・・ああ!すいません・・・なんか気が動転しちゃって・・・。」
「いや、気持ちは分かりますよ。僕も猫を飼ってるから、帰って来ないと心配ですよね?」
そう答えると、おばさんはブルブルと首を振った。
「違います!猫じゃなくて犬です!」
「は?・・・いや、でもさっきは猫って・・・・・、」
「ネコって名前の犬なんです!犬が帰って来ないんですよお・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
俺はおばさんの手をそっと外し、心の中で突っ込んだ。
《紛らわしい名前付けるな!勘違いしちゃったじゃないか!》
おばさんはオイオイと泣き始め、再び神社に祈っていた。
「どうか・・・どうかネコが帰って来ますように・・・・。」
その顔は真剣そのもので、本気で猫・・・・いや、犬を心配しているのが窺える。
しかし残念ながら、いくら祈っても意味はない。
だって・・・・この神社には、もう猫神はいないのだから・・・・。
《ここで会ったのも何かの縁か・・・・。ちょっと力になってあげよう。》
そう思って、「よかったらお手伝いしましょうか?」と尋ねた。
「へ?手伝うって何を・・・・・?」
「だから猫・・・・じゃなくて、犬を捜すお手伝いです。」
「ほ・・・・ホントに?ホントに手伝ってくれるんですか?」
「ええ、俺でよかったらお手伝いさせて下さい。」
そう言って笑いかけると、おばさんは目を見開いて俺の胸倉を掴んだ。
「ありがとうございますうううううう!!旦那はほっとけって言うし、息子は知らん顔だし!それに娘は家出中だし、私はパートで忙しいし!だから・・・・だからどうか手伝って下さい!お願いしますうううううう!!!」
「ちょ・・・ちょっと・・・・ホントに死ぬからやめて・・・・・。」
危うく殺されそうになりながら、何とかおばさんを宥めた。
するとマイちゃんが駆け寄って来て、俺のコートのポケットに手を突っ込んだ。
「おばさん、よかったらこれ・・・・連絡して下さい!」
そう言って取り出したのは、俺の名刺だった。
『ペット探偵 有川悠一』
職業と名前、そして事務所の住所と連絡先が書かれた名刺を、マイちゃんは「どうぞ!」と押し付けた。
「彼は敏腕ペット探偵なんです!アフリカのミーアキャットから、シベリアの山猫まで、どんな動物でも見つけ出すプロ中のプロですよ!」
「ちょ、ちょっとマイちゃん!何をデタラメなこと言って・・・・・、」
そう言って止めようとしたら、おばさんは「凄い!」と感激した。
「シベリアの猫を見つけるくらいなら、日本の柴犬なんてすぐ見つけられますよね!?」
「え?いや・・・今のはこの子が勝手に言っただけで・・・・、」
「いいえ!!こうして出会ったのも何かのご縁!!どうかうちのネコを見つけて下さい!この通り!」
おばさんは深く頭を下げ、なぜか俺を拝み始めた。
《な・・・なんかとんでもない誤解をしてるぞ、このおばさん・・・・。》
俺がペット探偵になって四カ月。一度も依頼が来たことはない。
だからもちろん収入はゼロなわけで、コンビニでバイトをしながら食い繋いでいた。
《仕事は欲しい・・・・。けど嘘を言って仕事を取るのはちょっと・・・・、》
そう思って断ろうとした時、マイちゃんが「やった!依頼が来たよ!」と手を叩いた。
「悠一君!何をボケっとしてるの!もっと詳しく話を聞かないと!」
「いや・・・嘘をついて依頼を取るのは・・・・・、」
「ゴチャゴチャ言ってないで、早く話を聞く!マサカリ達が飢え死にしてもいいの?」
「・・・・それは・・・良くないな・・・。」
「でしょ?だったらこういうチャンスは逃しちゃダメ!ゴキブリのようにしつこく追いかけて、ムカデのようにブスリと刺すの!」
「それ・・・・逆に相手が逃げて行くだけだよ。」
とは言ったものの、正直な所を言うと、やっぱり仕事は欲しい。
事務所を構えて四カ月、一度も依頼がないのは寂し過ぎるからな・・・・。
「じゃ・・・じゃあ・・・引き受けようかな、この依頼。」
そう答えると、マイちゃんは「そうこなくっちゃ!」と喜んだ。
「さ、さ、依頼人様。こんな所じゃアレだから、どこか店に行って話しましょう。」
「はい!その・・・・うちのネコ、よろしくお願いします!!」
おばさんは頭を下げ、マイちゃんに案内されて階段を下りて行く。
「ほら、早く来こ!悠一君が話を聞かないと意味ないよ!」
「あ・・・ああ!そうだな。」
なんだかよく分からないけど、いきなり依頼が舞い込んで来た。
いや、それよりもだ・・・・。あのマイちゃんの強引な依頼の取り方・・・・まるでやり手のビジネスマンのようだった。
《マイちゃん・・・普段は大人しいクセに、金が絡むと豹変するのか。意外と商売の才能があったりしてな。》
思わぬ彼女の一面を知って、感心しながら階段を下りて行く。
《とりあえずこの仕事を成功させれば、他にも依頼が来るかもしれない。そうやってちょっとずつ前に進んでいけば、いつかきっと・・・・。》
俺は神社を振り返り、どこかへ消えてしまった猫神のことを想った。
「たまき・・・・。今はまだ無理だけど、いつか必ずお前を見つける。
その時・・・・もっと立派に成長した姿を見せられるよう、地道に頑張っていくよ。」
神社に頭を下げ、先を行くマイちゃんを追いかけた。
俺の初めての依頼、ペット探偵としての第一歩・・・・・必ず成功させてみせる!
冬の風は冷たいけど、心は熱くなってくる。
まずは猫という名の犬を見つけないといけない。柴犬だと言っていたけど、もっと詳しく情報を集めないとな。
俺とマイちゃんは、丁重に依頼人をエスコートしていく。
山を下り、近くの喫茶店に入り、メモ帳を片手におばさんの話を聞いた。
冬の風が窓を鳴らし、再び降り始めた雪を舞い上げていった。




     〜みんなそれぞれ・・・・・〜


『ああ!お久しぶりです有川さん!どうです?ペット探偵は上手くいってますか?
私でよかったらいつでもお手伝いしますよ!・・・・って言いたいんだけど、そうもいなかくなっちゃったんですよね・・・。
実は私、来月からシンガポールに行かなきゃいけないんです。
向こうの支社でトラブルがあって、それの対応を任されちゃって・・・。
はあ・・・稲松文具を辞めて、ようやく自由になれたと思ったのに・・・。
まだまだあの会社にいなきゃいけないみたいです・・・・。
それに冴木君ったら、社長職をほったらかして私について行くとか言うんですよ。
あの子・・・・根は良い子なんだけど、どこかズレてる所があるんですよねえ・・・。
まあそれはキッパリ断って、向こうへ行くまでは特別に休みを取らせてもらったんです。
だから・・・・一度私とデートしましょうよ!
いや、別に深い意味とかじゃなくて、日本を離れる前に思い出を作っておきたいっていうか・・・・。
・・・・え?OKですか!?ホントに!?
よかったあ・・・・・断られたらどうしようかと思って・・・。すっごく緊張してたんです。
有川さん!私・・・・すっごく可愛い服を着ていきますからね!
そして一生の思い出に残るようなデートを・・・・・・って、ちょっとごめんなさい。
もしもし?ああ、冴木君。・・・・・・へ?社長を辞めた?どうして!?
・・・・・・だからあ・・・一緒に行くのは無理って言ったでしょ!!
遊びで行くんじゃないんだからね!だいたい君はいつもそうやって勝手なことを・・・・・、』




『ふん!誰かと思ったら有川か・・・・。お前の顔なんて二度と見たくない!さっさと出て行け!
え?住民票の変更だって?なんだお前?どっかに引っ越すのか?
ああ、いいぞ。いくらでも変更してやる。北海道でも沖縄でも、イタリアでもジンバブエでも、どこへでも好きな所へ行っちまえ!そして二度と顔を見せるな!お前のせいで俺は・・・俺は・・・・一番下っ端の稲荷になっちまったんだよおおお!
今の俺の仕事を知ってるか!?先輩稲荷の飯を作り、風呂で背中を流し、その後は布団を敷いてマッサージをするんだ。
それが終わったら無理矢理ゲームの相手をさせられて、上手く負けてやらなきゃいけない。
その後は市役所へ来て、お堅い公務員の仕事だ!
このみじめさがお前に分かるか!?・・・・・・え?分からない?
ちくしょう!!ほら!さっさとこの用紙に記入しろ!!
行き先はどこだ?月か?火星か?それともあの世か?
どこでもいいからとっと出て行け!俺は・・・俺は・・・・ウオオオオン!!ダキニ様あああああん!!』




『あら、銭湯に顔を出すなんて珍しいわね?もしかしてまたここで働きたいの?
言っとくけど、今はバイトの募集はしてないわよ。
ていうか、ここのオーナーがウズメさんじゃなくて、別の人に変わったのよねえ・・・・。
いったい誰だと思う?なんと・・・・寺市さんと文江さんなのよ!
あの二人・・・・仕事中だってのにイチャイチャしやがって・・・・いつか雷を落としてやろうと思ってるのよ。
ん?私?まあ・・・そうねえ・・・これと言って変わりはないかな。
あ!でも一つニュースがあってね。なんと・・・ようやく私も自分の神社を持てることになったのよ!
ねえねえ?どこだと思う?当ててみて!
・・・・・・・なんで正解を言っちゃうのよ。ホント君って空気が読めないわね。
こういう時はわざと間違えて、相手を立てるもんでしょうが。
まったく・・・・そんなんじゃいつかコマチさんにも嫌われるわよ。
けどまあ、君のおかげでこうして生きていられるのよね。
今は子供たちと幸せに暮らしてるわ。あのベンジャミンの神社でね・・・・。
悠一君・・・ありがとね。今日は特別にタダでお風呂に入ってもいいわよ。
ああ、それと悪いんだけど、サウナマットを交換しといて。タダで入る代わりに。
ああ、それとついでに脱衣所の掃除もお願い。タダで入る代わりに。
ああ、それともう一つ、トイレ掃除とタオルの洗濯と、ええっと後は・・・・・・・・、』




『ああ、有川さん。お久しぶりです。ていうか・・・なんでサウナマットを抱えてるんですか?
まあそんなことはどうもいいや。あのね・・・僕彼女が出来たんですよ!
大学のサークルの子なんですけどね、なんとその子も稲荷なんです!
ぽっちゃりしてて、ふくよかで、しかもめっちゃくちゃ優しいんですよ!
結婚式には有川さんも呼んであげますからね!
あ!そうそう・・・これあげます!近所の自販機で売ってたシューマイジュース。ほら、飲んでみて下さい。
・・・・・・どうですか?え?やっぱりマズイ?
そっかあ・・・先に有川さんに毒味させといてよかったあ・・・・。
じゃあ彼女にはこっちの高級マスカットジュースを・・・・、』




『ふえええ〜ん!稲荷の世界なんて退屈だよお〜!もう一回ウズメさんの銭湯で働きたいよお!
・・・・とういわけで、コッソリ抜け出してきちゃった。
さてさて、みんな私が来たら驚くだろうなあ。・・・・ん?ウズメさんがいない・・・。
ていうかあのツルピカのおっさんはいったい誰?アカリさんに思いっきりビンタされてるけど・・・。
・・・まあいっか!せっかく来たんだし、みんなに挨拶しなきゃ!
あれ?いたの有川君。言っとくけど、もう君のことなんか好きじゃないからね。
今の私には・・・愛しい愛しい片思いの相手がいるの・・・・。
ああ、ツムギ君・・・・あなたを想うと夜も眠れない。
とりあえず仲間を集めて、みんなで彼を罠に嵌めて、それから、それから、ええっと・・・・・、』





『いやあ、銭湯の仕事も中々に大変なものですな。
ですがウズメ殿たってのお願いとあれば、断るわけにはいきませんからな。
不慣れながらも、それなりに頑張っておりますぞ!
しかし・・・・一つ悩みがあってですな・・・・。
あのアカリさんという稲荷、いっつも怖い目で睨んで来るんです。
私はただ文江さんと仲良くしてるだけなのに、どうしてビンタをされなきゃいけないのか・・・。
この前なんか、風呂の栓を開ける棒で叩かれたんですぞ!
まったく・・・・最近の若いモンは・・・。
ですがまあ、相手は稲荷。ここはグッと我慢して、大人な態度で臨みましょうぞ。
ちなみにですな、実はおめでたいニュースが一つあって・・・・・。
なんと文江さん!ご懐妊したんですぞ!!
いやあ!私もとうとう一児の父になるのかあ・・・・。
名前はマリアにしようか?いやいや、それともユダにするか・・・・。
え?ユダだと裏切り者になるからやめとけって?そもそもどうして稲荷と人間で妊娠することが出来たのかって?
・・・・・っふっふっふ、それには事情がありましてな。おや?まだ知らない?
じゃあ直接本人に聞いてみればよろしい。
さあて、有川さんに構っている場合ではない。名前はマリアにするか?それともユダにするか?
いやいや、ここは意表をついてモーゼにする手も・・・・・、』




『聞いて下さい有川さん!私妊娠したんですよ!え?もう知ってる?
ふふふ・・・・寺市さんったら。会う人会う人に自慢しちゃって・・・・まったくもう。
あのね、実は私・・・・稲荷じゃなくなったんです!
どうしても寺市さんとの子供が欲しくて、白髭様に相談したんです。そしたらなんと、人間にしてくれたんですよ!
これでようやく寺市さんと結ばれることが出来ました。ほんとに今は幸せです。
けど・・・もう稲荷には戻れないんですよね・・・。
そう思うとちょっと寂しいけど、でも全然後悔はしていません。
いつか有川さんも、心の底から幸せになれる人と出会えますよ。
それまでは寂しいだろけど頑張って・・・・って、ああ!また寺市さんが叩かれてる!ちょっとアカリさん!
斧で叩いたら死んじゃうから・・・・・、』




『ふっふっふ・・・・ようやくアマテラス殿との食事にこぎつけたわい。
さあて、店はどこがいいかのう?ナマハゲの天ぷらか?それとも海坊主の刺身か?
・・・・・・よし!ここは無難にイタリアンにしよう!
ええっと・・・・ドラキュラの吸血ワインに、悪魔の角の蒸し焼き、それとメデューサのヘビ頭パスタの予約と・・・・。
・・・・なんじゃさっきから!今はお前さんと話しとる暇はない!儂は忙しいんじゃ!
・・・・・ん?どの店も失敗するって?
むむむ・・・・のう有川君、取り引きといこう。
良い店を教えてくれたら、代わりにウズメの着替え写真を・・・・・・、』




『あら?悠一君もお買い物?最近は何でもコンビニに売ってるから助かるわよねえ。
ああ、アカリちゃんから聞いたのね。そうなのよ、あの銭湯の仕事が出来なくなっちゃって・・・・。
だってダキニ様が罰を受けて謹慎中だから、その間は私が稲荷の長をやらなきゃいけなくて。
本当は白髭様がやってくれたら助かるんだけど、あのじいさんは女にかまけてばっかりだから。
・・・・・ん?何この写真?どうして私の着替えが・・・・・・。
ねえ悠一君?怒らないから犯人を教えて。
・・・・・そう、やっぱりあのエロジジイだったのね!
神社に戻ったらボコボコに殴り倒してズボンのお尻を引き千切って、その後トイレに突っ込んでスッポンで突いてやるわ!!
・・・・・あ、ちょっと悠一君!どこ行くの?その写真を返しなさい!ちょっと悠一君・・・・・、』




『なんだ?わざわざ面会に来たのかよ?律儀な奴だな。
けど・・・・嬉しいよ。刑が確定するまでは、独房で閉じ込められてるからな。
今回のことで親父に見限られたけど、逆に清々してるよ。
もう俺は親父には頼らない。ここを出たら、まっとうに生きていくつもりでいるんだ。
ん?坂田たちはどうなったかって?心配するな、主犯は俺だからな。
アイツらは命令されてやっただけだ。きっと情状酌量になるだろうって弁護士が言ってたよ。
・・・・・藤井のことは・・・・まだ忘れられないよ。
身勝手だっていうのは分かってるけど、でもいつか・・・・またアイツと仲良くしたい。
で?お前はどうなんだ?俺の仕事を引き継いでペット探偵をやってるんだって?
なかなか難しいだろうけど、お前ならきっと出来るよ。
なんたって動物と話せる力があって、藤井だっているんだからな。
・・・・どうした?そんな顔して?何かあったのか?
・・・・いや、言いたくないならいいさ。誰だって人に知られたくないことはあるからな。
まあ色々あるだろうけど、とりあえず頑張れよ。
お前には色んな味方がいるんだ、いつだって一人じゃないさ。
じゃあ・・・・独房に戻るよ、藤井によろしくな。』




『久しぶり、悠ちゃん。もうじき日本を離れることになったので、手紙を書きました。
私が今から行く所は、野生の王国が広がるアフリカです。
ここは野生動物の楽園でもあるけど、密猟が絶えない所でもあります。
この一年、ペット探偵の仕事をしているうちに、この国を出て活動してみたいと思いました。
苦しむ動物がいるのは日本だけじゃないから、外の世界ではどうなっているんだろうと気になったんです。
そして色々と調べてみると、目を覆いたくなるような現状がありました。
悠ちゃんは知ってますか?動物を助ける為に、戦争をしている国へ行った人がいることを。
その人はバグダッドの動物園を救う為に、単身戦場へ乗り込んで行ったんです。
そこで色んな人の協力を得ながら、なんとか動物園を救うことに成功したそうです。
この話を本で知った時、世の中には凄い人がいるんだと思いました。
自分の覚悟次第で、色んな事を変えられるんだって気づかせてくれたから。
だから・・・・私はこの国を離れます。とある動物保護団体の支援の元に、向こうへボランティアとして行ってきます。
こっちに戻って来るのはいつになるか分からないけど、でもいつか必ず帰って来ます。
その時、お互いがもっと成長出来ていたらいいね。
遠いアフリカの大地から、悠ちゃんがペット探偵として上手くいくように祈っています。
あ!そうそう!この前みんなで宴会をした時の写真、手紙に同封しておくね。
それじゃ・・・・・いつかまた。』




「・・・・・なあ悠一。いつまでも写真を見てないで、さっさと仕事に行こうぜ。」
「そうよ。せっかくの初依頼なんだから、なんとしても成功させないと。」
「そうだよなあ、このチャンスを逃したら、もう二度と依頼が来なくなったりして・・・・。」
「よし!じゃあこうしよう!悠一は置いといて、俺たちとコマチだけで探すんだ!その方が効率的だぜ。」
「それもそうね。コマチさんとノズチ君がいれば、だいたいのことは解決しそうだもんね。」
「へん!ていうかお前らもいらねえんだよ!俺とコマチだけで充分だ、なあ?」
「ダメよそんなの。ここはみんなで行って、手分けして探すの。
ほらほら、もう写真はおしまい。早くネコを見つけに行こう。おばさんが首を長くして待ってるよ。
有川探偵の初仕事、みんなで成功させるんだから!」



            勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 -完-

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第四十八話 猫神様のご神託(2)

  • 2014.12.15 Monday
  • 12:36
JUGEMテーマ:自作小説
藤井が俺を睨んでいる。いつになく真剣な目で、じっと俺の目を射抜いている。
ベンジャミンの頼みを受けてペット探偵になると言ったら、アッサリと「やめた方がいい」と言われた。
「悠ちゃんが考えてるほど、ペット探偵は甘くないよ。ただ動物が好きってだけじゃ、絶対に続かない仕事だから。」
「え・・・ええっと・・・それは・・・・、」
「本気でペット探偵を始めるつもりなら、それなりの覚悟が必要だよ。
どんなに酷いことを言われても耐える覚悟、キツイ割にはお金にならない覚悟。
それに・・・辛い状況に置かれる動物を目の当たりにする覚悟。
そういうのがなければ、絶対に続かないよ。」
「いや、でもこれはベンジャミンからのミッションで・・・・、」
「でも引き受けたのは悠ちゃんだよ?」
「ま・・・まあそれはそうだけど・・・・。」
「もし安易な気持ちで引き受けたんなら、それこそベンジャミンに失礼だと思う。
だから・・・・こんな言い方をしたら傷つくかもしれないけど、もし私をアテにしてるならやめた方がいい。
経験のある私と組めば、それなりに出来るんじゃないか?だから藤井を誘ってみようか?
もしそんなことを考えてるなら、絶対に続かないよ。」
「いや、そんなつもりは・・・・・、」
「じゃあゼロから始める気だった?自分一人の力で、ペット探偵の仕事を出来るつもりだった?」
「いや・・・そりゃちょっとは考えたけどさ。でもお前だって沖田の元に行ったじゃないか。
アイツに誘われてペット探偵を始めたんだろ?違うか?」
「・・・・・・・・・。」
藤井は潤んだ瞳のまま見つめてくる。その瞳には怒りとも悲しみともつかない色が浮かんでいて、思わず目を逸らした。
「悠ちゃん・・・・すぐに答えを出さなくていいよ。これはとっても大事なことだから、よくよく考えてから決めた方がいいと思う。」
そう言って俺の手を離し、動物たちの方へ走って行った。
《経験者は語る・・・・か。あの芯の強い藤井がここまで言うんだ。よっぽどキツイ仕事なんだろうな。》
確かに俺は安易に考えていたかもしれない。
けどベンジャミンと約束したのに、今さらやめるなんて言えない。
アイツは自分を犠牲にしてまで、報われない動物の魂を救ったんだ。
そして・・・そんなアイツがわざわざ俺に頼んできた。ペット探偵をやれ・・・と。
《ベンジャミン・・・・お前は言っていたな。何をもってクリアとするかは、自分で決めろって。だったら・・・俺はまだ何も決められないよ。だって一歩も踏み出してないんだから。だからやってみるよ・・・。自分がクリア出来たと思えるその日まで・・・・・。》
藤井が何と言おうと、俺の決意は固まっている。
しかしペット探偵について、何一つ知らないのも事実だ。
これから勉強する必要があるし、藤井の言うように覚悟も必要だ。
そう思いながら空を見上げていると、「何考えてるの?」と肩を叩かれた。
「マイちゃん・・・・。ちょっとこれからの事を考えてたんだ。」
「それってペット探偵のこと?」
「そうだけど・・・・今の聞いてたの?」
「うん、思いっきり聞こえてた。」
そう言って藤井の方を見つめ、ヒソヒソと耳打ちをした。
「・・・藤井さんって・・・・けっこう厳しいね・・・・。」
「ん?まあ・・・・甘い奴ではないな。けど良い奴だよ。」
「・・・・そっか。悠一君が言うなら、きっとそうなんだろうね。」
マイちゃんはニコリと笑い、ノズチ君を投げて来た。
「おわ!」
「ノズチ君・・・・悠一君のこと認めたみたいだよ。」
「へ?」
ノズチ君はチロチロと舌を出しながら、「へん!」と唸った。
「お前・・・・ベンジャミンから友達を助け出したんだって?中々やるじゃねえか。」
「ああ・・・どうもありがとう・・・。」
「やっぱ女の為に命を懸けるのが男だよなあ・・・。見直したぞボンクラ。」
「見直したなら、そのボンクラっていうのはやめてくれないか・・・?」
「それはこれからのお前の活躍を見てからだ!」
そう言ってマイちゃんの方に飛んで行き、「いっちょ手を貸してやるか!」と叫んだ。
「なあコマチ!藤井は乗り気じゃないみたいだ!だったら俺たちが手を貸してうやろうぜ!」
「そうだね。これからも悠一君の家にお世話になるんだし、何かお手伝いをしないとね。」
「ちょ・・・ちょっと待って!それはもしかして・・・・・、」
「決まってるでしょ!ペット探偵のお手伝いをするの!」
「そ・・・それ本気・・・?」
「もちろん!だって私は化けタヌキなんだよ?きっと悠一君の役に立てるよ、ね?ノズチ君。」
「へん!コマチは役に立っても、そっちのボンクラが足を引っ張るかもな!」
二人はやる気満々の様子ではしゃぎ合っている。
「マジかよ・・・・。でも・・・・でもこれは・・・・、」
・・・・これは嬉しかった。きっと一人では手に余るだろうと思っていたから、力を貸してくれるのはとても助かる。
「おお、喜んでるぜ、あのボンクラ。」
「ボンクラって言うな。」
「ふふふ、大変だろうけど、これから一緒に頑張ろうね!」
マイちゃんはポンポンとノズチ君を放り投げ、明るくはしゃいでいる。
すると動物たちが駆け寄って来て、ニヤニヤした顔を向けてきた。
「お前ら・・・・言いたいことは分かってる。でも何も言うな。」
「いやいや、別に俺たちは・・・・なあ?」
「そうよお〜。別に誰を選ぼうが、それは悠一の自由だからねえ〜。」
「まあ俺たちは藤井とくっついてくれたら嬉しいけど、さすがにそこまでは口を出せないからな。」
「でも相手はタヌキだぜ?マリナ、お前がコマチの立場だったら、悠一と付き合えるか?」
「無理。私はマッチョで頼りがいのある男がいいの。」
「・・・・・何も言うなって言っただろ・・・。」
俺は動物たちから顔を逸らし、誤魔化すように咳払いをした。
するといつの間にか文江さんと寺市さんがいなくなっているのに気づいた。
「ありゃ?あの二人またいない・・・。いっつも知らない間にいなくなってるな。」
そうぼやいていると、藤井が手を引っ張って来た。
「ねえ、みんな帰って行っちゃうよ。」
「へ?」
言われて目を向けると、いつの間にかみんながいなくなっている。
「どこ行ったんだ・・・・?」
「だから帰って行っちゃったんだって。私たちも帰ろ。」
藤井は俺の手を引き、ベンジャミンの神社へ向かう。
「悠ちゃんがコマチさんとイチャイチャしてる間に、みんな行っちゃったよ。」
「藤井・・・お前までからかうなよ。別にマイちゃんとは何も・・・・、」
「分かってる。でもなんか恋人同士みたいに見えたよ。意外とお似合いだったりして?」
「だからあ・・・・そんなんじゃないって!」
藤井がからかうせいで、動物たちがまた冷やかしてきた。
俺は無視を決め込むが、藤井と動物たちはさらにからかってくる。
《まったくコイツらは・・・。でも・・・嫌いじゃないな、こういうの。》
・・・・藤井と手を繋ぎ、動物たちと歩いていく。
楽しく笑い声が飛び交い、なんだかとても懐かしい気分になった・・・。
《ほんの一年前までは、こんな時間を過ごしていたんだよな・・・。でもこれからはどうなるんだろう?
この先も、ずっとみんなで笑い合っていられるのかな?》
藤井と動物たちは昔みたいにはしゃぎ合い、俺の不安もそよに笑っている。
神社に着くとみんなが待っていて、沖田も目を覚ましていた。
沖田は藤井に謝り、これから坂田と一緒に警察に行くと言った。
藤井は黙って聞いていたが、最後に「またね・・・」とだけ返していた。
みんなで社の前に立ち、主のいなくなったその佇まいを見つめた。
ウズメさんは「すぐ別の稲荷が来るわ」と言い、稲荷に変化した。
《ウズメさんも中々に怪獣みたいだよなあ・・・。さすがはダキニが一目置くだけある。》
初めて見るウズメさんの稲荷姿。それはとても迫力があり、同時に美しかった。
そして大きな尻尾でみんなを包み、「それじゃ帰りましょう」と社に飛び込んだ。
激しい風が駆け抜け、ベンジャミンの神社から遠ざかっていく。
それはまさに、この大変な夏が終わりを告げる瞬間であった。
《ベンジャミン・・・・俺は約束するよ。きっと・・・お前の期待に応えてみせる。》
天に昇った稲荷を想い、瞬く間に別の神社へと辿り着いた。
そこは俺がバイトをしている銭湯から、少し離れた場所にある神社だった。
ひっそりとした林の中に、赤い鳥居が立っている。
のどかな田園が広がり、俺の街に戻ってきたことを実感した。
「ここは私の神社ね。じゃあみんな・・・・今日のところはとりあえず解散ということで。私とアカリちゃんはこれから忙しくなるから、白髭様の所に行って来るわ。それじゃまた。」
そう言ってウズメさんとアカリさんは、再び神社をワープしていった。
残された俺たちはどうしていいか分からず、困ったように突っ立っていた。
しかしすぐに大事なことを思い出し、慌てて神社から駆け出した。
「おい!どこ行くんだ!?」
「猫神神社だよ!お前らは家に戻ってろ!」
マサカリにそう言い残し、一目散に猫神神社へ駆けて行く。
そして息を切らして走ること十数分・・・・ようやく猫神神社へ続く階段に辿り着いた。
「たまき・・・・。」
階段の先には、石造りの重々しい鳥居が見える。その先には社があって、きっとたまきが待っているはずだ。
階段はとても急だが、それでも力を振り絞って駆け上がった。
そして・・・・見慣れた神社の前に辿り着いた。
辺りはシンと静まりかえっていて、誰もいる気配がない。
「たまき!」
名前を呼びながら、グルリと神社の周りを回った。
「いるのか!?いたら出て来てくれ!」
何度も呼びながら、くまなく神社を捜していく。
境内の下、岩の後ろ、根っこの窪み、思いつく限りの所を捜したけど、どこにもいなかった。
「たまき・・・・・。」
ここにはいない・・・・。そう思うとなんだか力が抜けてきて、境内に腰かけた。
「きっと・・・まだ帰って来てないだけなんだ。明日か明後日か・・・・一週間後か・・・きっと戻って来るはずだ。
アイツが顔を見せないなんてしょっちゅうだから、きっとそのうち戻ってくるはずさ。」
そう自分に言い聞かせ、神社の庭を見つめた。
狭い庭には草が覆い茂り、蚊が飛んできて肌を刺す。
いつもなら叩き潰すのに、今日はそんな気力もなく項垂れていた。
・・・・・本当は・・・・本当はもう分かっている・・・・。
きっとアイツは、本当に俺に会わないつもりなんだ・・・・。
たまきはいつだって嘘は言わない。
だから俺に会わないと言ったなら、それはもう二度と会うつもりがないんだろう。
それは分かっている。でも・・・・認めたくなかった。
「たまき・・・なんでだよ・・・。なんで急にいなくなる・・・?お前が・・・・お前が俺の人生を変えてくれたんだろ?
心を閉ざしていた俺に、堂々としてろって励ましてくれたじゃないか・・・・。それなのに・・・・さよならも言わずにいなくなるなんて・・・・・酷いよ・・・。」
俺にとって、たまきは特別な存在だった。
ある意味じゃ、藤井よりも大切な存在だった・・・・。
マザコンと言われようが関係ない。たまきは・・・・俺の人生を導いてくれた、もう一人の母だった。
産みの親でもないし、血も繋がっていない。そもそもアイツは、人間ですらない。
それでも・・・それでも俺にとっては、間違いなく母だった。
「たまき・・・・もう会えないのか・・・?本当に・・・・俺の前からいなくなるのかよ・・・・。」
頭を抱え、声を押し殺して泣いた。
せっかく全てが終わったのに、その代償がこれとは・・・・・納得出来なかった。
だからもう一度会いたい。せめて・・・・今までのお礼を言わせてほしい。
お前のおかげでここまで来れたと・・・・。ありがとうと言わせてほしい・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・。」
頭を抱えたまま、ずっと境内に座っていた。
何度も蚊に血を吸われたが、そんなことすら気にならない。ただたまきに会いたかった・・・。
日が傾くまで、俺はずっと猫神神社にいた。
オレンジ色の陽が射しこみ、神社を赤く染めていく。
いくら待ってもたまきが来ないことは分かっていたけど、それでもここから離れたくなかった。
だからずっと神社にいた。
心配した藤井たちがやって来るまで、ずっと・・・・・。


            *****


チラホラと降る雪を眺めながら、あの夏のことを思い出していた。
気がつけばもう猫神神社の前まで来ていて、社に続く階段が伸びていた。
「なんだか本当に久しぶりって感じだな。一年も経ってないのに・・・・。」
そう呟くと、マイちゃんが「それだけ思い出深い場所ってことだよ」と言った。
「ここは悠一君にとって特別な場所なんでしょ?だからずっとここを求めてたんだよ。
ただ・・・・もうたまきさんがいないから、近づくのを避けてただけで・・・・。」
「そうだな。ここは俺にとって特別な場所だ。今までも、そしてこれからも・・・。」
神社へ続く階段を見上げると、葉を落とした木々に囲まれていた。
夏とは違って、とても寂しく感じる。階段から冷たい風が吹き下ろし、ヒリヒリするような冷気を運んできた。
「行こ。」
マイちゃんは先に走って行き、「早く!」と手招きをした。
「たまき・・・・俺はまだ諦められないよ・・・。もう一度だけでいいから、お前に会いたい。」
階段を見上げ、ゆっくりと足を踏み出す。マイちゃんは「早く早く」と手をパタパタさせ、飛び跳ねるように上っていった。
俺は枯れた葉っぱを踏みしめながら、足元を確かめるように上っていく。
葉を落とした木々を縫いながら、階段を上がって社の前に立った。
「・・・・変わってないな。まあそんなに時間が経ってないから当たり前だけど。」
時の重みを感じさせる、石造りの鳥居。そしてこれまた時代を感じさせる、ボロくて傷んだ社。
境内には葉っぱが積もっていて、ここには誰もいないという寂しさを感じさせた。
「またしんみりしてる。」
「・・・ここへ来ると、どうしてもたまきのことを思い出すから・・・。」
「仕方ないよ、急にいなくなっちゃったんだもん。こういう時は、暖かい物でも飲めば落ち着くよ、ほら。」
マイちゃんは薄いピンクのコートから、缶コーヒーを取り出した。
「買っといたんだ。きっと寒くなると思って。はい。」
「ああ、ありがとう。」
俺たちは缶コーヒーを握りしめ、葉っぱを払って境内に腰かけた。
山から冷たい風が吹き下ろしてきて、思わずブルリと震えた。
さっそく缶コーヒーを頂き、空きっ腹の胃に流し込んだ。
「・・・ああ・・・・暖かい・・・。」
「でしょ?寒い時は暖かいのが一番。心も身体もね。」
「そうだね・・・なんか気持ちまで暖かくなってくるよ。」
缶コーヒーを飲みながら、しばらく神社の庭を眺めていた。
夏に茂っていた雑草はなりを潜め、今は薄茶色の茎だけが残っている。
遠くに広がる景色も、随分と色を失くしてサッパリとしていた。
《・・・・寂しく感じる。けど・・・どこかスッキリして気持ちよくもある。》
夏のように騒がしくなく、静かな空気だけが街を包んでいた。
マイちゃんは相変わらずお喋りを始め、身ぶり手ぶりで話しかけてくる。
俺は相槌を打ちながら、ふと階段に目をやった。
一人のおばさんが、何やら神妙な顔で入って来る。
そしてお賽銭を投げ入れ、熱心に何かを祈っていた。
《ペットでもいなくなったのかな?思い詰めた顔をしているけど・・・もしかして死んだとか?》
ズズッと缶コーヒーをすすり、おばさんを見つめた。
するとまたもやあの夏のことが思い出され、小雪の舞う街を眺めながら記憶に浸った。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第四十七話 猫神様のご神託

  • 2014.12.14 Sunday
  • 13:15
JUGEMテーマ:自作小説
季節の移り変わりとは早いもので、暑い夏はあっという間に過ぎてしまった。
それから短い秋がやって来て、今では雪のちらつく冬になっていた。
あの一件から四カ月・・・・俺は電車に乗ってボロアパートに来ていた。
少し前まで俺が住んでいた場所・・・。今は入居者も少なくなり、俺が出て行って半月後に取り壊したが決まった。
「思えば・・・ここにも長いこと住んでたよなあ・・・。」
今から三年前、俺は仕事を辞めた。そして藤井と共に動物を助ける活動を始めた。
それから多くの動物に関わり、藤井と付き合うことになり、そして離れることになった。
それが今年の夏、とんでもない出来事に巻き込まれた。
稲荷だの化けタヌキだの・・・およそ常識では考えられない経験をした。
そして・・・・その経験はまだ続いている。
俺の隣には、その化けタヌキが立っているのだ。
「久しぶりだね、ここに戻って来るの。」
「ああ・・・もうじき取り壊されるからね。最後に見ておこうと思って。」
「ここには長く住んでたんだよね?」
「うん。就職してからだから、もう七年ほど住んでたよ。ここには色んな思い出がある・・・・。だから取り壊されるのはちょっと寂しいな。」
ボロいアパートはひっそりと佇んでいる。
俺の住んでいた二階の部屋には、数え切れないくらいの思い出が詰まっているけど、それももうじき無くなる。
しばらくアパートを眺め、じっくりと感傷に浸った。
そしてクルリと踵を返し、「行こうか」と呟いた。
「今日は猫神神社に行くんでしょ?」
「そうだよ。あそこへ行くのも久しぶりだ。」
「でも行って何するの?だってあそこにはもう・・・・・、」
そう言いかけて、マイちゃんは口を噤んだ。
そして慌てて話題を変え、「この前ノズチ君たらね・・・・、」と笑顔で喋りはじめた。
《別にそんなに気を使わなくてもいいんだけどな・・・。マイちゃんのこの性格、昔のままだな。》
俺は笑いを噛み殺し、彼女のお喋りを聞いていた。
猫神神社へ続く道は、俺にとって思い出深い公園を通ることになる。
ここで藤井と出会い、そして勇気を出して告白した。
しかし・・・もう藤井はいない。再び俺の前から去ってしまったのだ。
感傷に浸るのはボロアパートだけで充分だったのに、またもや切ない気持になる。
俺はマイちゃんのお喋りに耳を傾け、モヤモヤとした気持ちを誤魔化した。
公園を抜けて土手に立つと、川を挟んだ対岸に神社が見える。
山の麓にひっそりと建ち、主の不在を悲しんでいるように見えた。
「でね、その時にマサカリがノズチ君のお尻に噛みついて、そしたらノズチ君がプリッっておならをこいたの!そうしたらマサカリひっくり返っちゃって・・・・、」
マイちゃんのお喋りは止まらない。こういう時に、彼女の明るさは心を和ませてくれる。
俺はポケットに手を突っ込み、ゆっくりと土手を歩いて行った。
そして雪がチラホラと舞う中、猫神神社を見つめながら、あの夏のことを思い出していた。


            *****


ベンジャミンが天へ昇った後、すぐにウズメさんたちがやって来た。
そして無事に助け出した翔子さんを見て「よかったあ〜・・・」と胸を撫で下ろした。
「翔子ちゃん・・・怖かったでしょ・・・。どこにも怪我はない?」
「はい!有川さんが助けに来てくれましたから。」
「そう・・・悠一君が・・・。偉い!さすがはたまきの見込んだ男!」
そう言ってバシバシと俺の背中を叩き、ひっそりと佇む社を見上げた。
「ベンジャミンは・・・・もうここにはいないの・・・?」
「ええ・・・。アイツは報われない動物の魂と一緒に、天へ昇って行きました・・・。」
「・・・・そっか。ベンジャミン・・・・そこまで動物のことを・・・・。」
ウズメさんは悲しそうに目を伏せた。そして離れた場所で佇むアカリさんに気づき、彼女の方へ駆け寄って行った。
「アカリちゃん・・・・辛かったわね・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
アカリさんは何も答えず、ただ首を振っていた。そしてみんなから顔を隠すように背を向け、小さく肩を震わせていた。
ウズメさんは黙って寄り添い、その悲しみを受け止めるように肩を抱いていた。
その光景を見つめていると、「やりおったの」と声がした。
後ろを振り向くと、人間の姿に戻ったじいさんが立っていた。
「じいさん・・・・。俺・・・ベンジャミンを助けられなかったよ、ごめん・・・。」
「いやいや、そんなことはないぞ。たかが人間、ここまで出来れば充分じゃ。
それに・・・ベンジャミンも後悔はしておらぬじゃろう。
最後まで自分の意志を貫き、報われない動物の魂まで天へ運んでやったんじゃ。
奴も・・・きっと君に感謝しとるはずじゃ。」
そう言ってじいさんはスマホを取り出し、「ほれ」と見せつけた。
「アマテラス殿からのLINEじゃ。ベンジャミンは無事天の国へ辿り着いたそうじゃ。
しかし罪を重ねておるから、罰として少しの間だけ地獄へ行ってもらうがの。
じゃがそれが終わればまた天へ昇るじゃろう。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「どうした?黙りこくって。そんなにベンジャミンのことが気になるか?」
「・・・・じいさん、本当にアマテラスとLINE友達なんだな?
これ・・・アマテラスの写真か?めちゃくちゃ美人だな・・・・。」
スマホには光り輝く女神の写真が写っていた。ピースサインをしながら、その手に龍を抱えている。まるで猫でもあやすように・・・。
「お?やっぱりそう思う?でも連絡先は教えんからな!儂だって手に入れるのに苦労したんじゃから。」
そう言ってニヤニヤと笑い、嬉しそうにスマホを見つめていた。
《最初から最後まで掴みどころのないじいさんだな・・・・。》
苦笑いしながらじいさんを見つめていると、ふと大事なことを思い出した。
「そうだ!たまきは!?助かったんだろうな?」
そう言って掴みかかると、じいさんは暗い顔で俯いた。
「おい・・・どうした?まさか・・・・ダメだったとかじゃないよな?」
じいさんは言っていた。儂が責任をもってたまきを助けると。
それを信じて待っていたのに、そんな・・・・まさか・・・・、
「じいさん!たまきはどうなったんだ!?ハッキリ答えろ!」
胸倉を掴んでガクガク揺さぶると、「実は・・・・・、」と口を開いた。
「・・・・ダメじゃった・・・。儂は精一杯頑張ったんじゃが・・・無理じゃった・・・・。」
「そ、そんな・・・・たまきが・・・ダメだったなんて・・・・。」
「ああ、ダメじゃった・・・・。思い切ってデートに誘ったのに、アッサリと断られてしもうた・・・・。」
「・・・・は?」
「儂・・・・精一杯頑張ったんじゃよ。沼の力だけでは足りんから、儂の力も使って助けてやった・・・。これようやくデートに応じてくれると思ったのに・・・・『無理』の一言じゃった・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「なあ有川君!儂の何がいけなかったんじゃろうか!?やっぱりアレか?助ける時にコソコソ乳を覗いとったのがいけなかったんじゃろうか?それとも誘い文句がダメじゃったのかな?『儂・・・・良い店知ってるぜ。今度一緒にナマハゲの天ぷらでも食おう』なあ有川君!モテ期真っただ中の君なら分かるじゃろ?儂の何がいけなかった?ナマハゲじゃなくて、海坊主の刺身の方が良かったんかのう?なあ有川君!?」
「・・・・・・・・・・・。」
俺はじいさんを離し、後ろにいる動物たちを振り返った。
「マサカリ・・・・・じいさんのケツを噛み千切れ。」
「おうよ!」
「痛だだだだだ!やめんかブルドッグ!」
「うるせえ!こんな時にボケかましてんじゃねえ!」
マサカリは牙を突き立て、じいさんのケツに噛みつく。ビリビリっとズボンが破れ、じいさんは「ひゃあ!」と乙女のような声を出した。
「ひゃあ!じゃねえよ!真面目に答えろこのクソジジイ!」
もう一度胸倉を掴んで揺さぶると、「ぶ・・・無事!問題ない!」と叫んだ。
「たまきは助かった・・・。もう命に別条はない・・・・。」
「なら始めからそう言えよ!あんたの恋愛事情なんかどうでもいいよ!」
じいさんはショボンと落ち込み、「ウケると思ったんじゃがのお・・・」とお尻を押さえていた。
「たまきは助かった。もう全く、これっぽちも心配ない。」
「そうか・・・よかった・・・。で?たまきはどこにいるんだ?一緒に来てるんだろう?」
そう言って辺りを見渡していると、「ここにはおらん」と答えた。
「いない?どうして?」
「おらんもんはおらんのじゃ。ガタガタ言うな。」
じいさんは俺の手を振り払い、お尻を隠しながら遠い目をした。
《なんだ・・・?急に真面目な顔になって・・・。》
今までと違って、じいさんは険しい表情をしていた。
そしてじっと遠くを見つめながら、言いづらそうに口を開いた。
「たまきから伝言じゃ。もう・・・・君には会わんそうじゃ。」
「へ?俺には・・・会わない?どうして!!」
「・・・・それはたまきのみぞ知るじゃ。儂はそう伝言を頼まれただけじゃからな。」
そう言ってじいさんは踵を返し、お尻を隠したまま歩いて行く。
「おい!どこ行くんだよ?」
「帰る。」
「なんで!?」
「もう用は終わったからの。これからべっぴんの女神を口説きに行くんじゃ、ほんじゃまた。」
「イヤイヤ!ちょっと待てよ!」
慌ててじいさんを追いかけると、こちらを振り向いてニヤリと笑った。
「有川君、君にはもうたまきは必要ない。儂から言えるのはそれだけじゃ。」
そう言って軽快に走り出し、あっという間に遠くへ行ってしまった。
「おい!じいさん!何だよそれ!?ちゃんと説明しろ!」
こんな説明で納得出来るわけがない。そう思ってじいさんを追いかけたんだけど、全然追いつかなかった・・・・。
《クソ!なんだってんだよ!?こっちはずっと心配してたんだぞ!いきなり会わないなんてそんな・・・・、》
息を切らしながらじいさんを追いかけていると、一瞬だけこちらを振り返った。
「そんなに気になるなら、猫神神社に行ってみたらどうじゃ?もしまだ君に会うつもりなら、きっとそこにいるはずじゃ!バイなら!」
じいさんは車並みのスピードで駆けて行く。俺は追うのを諦め、息を切らして膝をついた。
「クソ・・・・何がバイならだよ・・・。ケツが破けてるクセに・・・・・。」
たまきがもう俺に会わないと言っている。そんなのをアッサリと受け入れられるわけがなかった。
そりゃあずっとアイツに甘えていていいとは思わないけど、でもいきなりさよならはないだろう・・・・。
こっちはまだお礼も言ってないのに・・・・。
「たまき・・・どうしたんだよ・・・?俺は・・・お前にまだ何も返してないぞ・・・。今まで助けてもらったお礼だって言ってない・・・。なのに・・なんでいきなり・・・・、」
地面に座り込み、がっくりと肩を落とす。・・・・いや、今は落ち込んでもしょうがないか。
じいさんが言っていたように、とりあえず猫神神社に行ってみよう。
きっと・・・・きっと俺を待ってくれているはずだ。
「今は戻るか・・・・。翔子さん達が待ってる。」
膝に手をつき、よっこらしょっと立ち上がる。するとどこからか「悠ちゃ〜ん!」と声がした。
「これは・・・藤井の声か?」
辺りを見渡すと、ベンジャミンの神社の方から一台の車が走って来た。
そして俺の手前で止まり、中から藤井が降りて来た。
「悠ちゃん!」
「藤井!」
藤井が駆け寄って来て、「よかった・・・」と俺の手を握った。
「ずっと心配してたの・・・・あの後どうなったんだろうって・・・。でも無事でよかった・・・。」
そう言って俺の顔を見つめ、薄っすらと涙を浮かべていた。
「藤井・・・・翔子さんは助けたよ。でもその代わりにベンジャミンが・・・・、」
「知ってる。翔子さんから聞いたから。」
「翔子さんから・・・・?」
「うん。だってベンジャミンの神社にワープしてきたんだもん。あの二人に運んでもらって。」
そう言って車の方に目を向けると、文江さんと寺市さんが乗っていた。
「な・・・なんで二人がここに!?」
そう尋ねて車に駆け寄ると、「悠一〜!!」と白い猫が飛び出してきた。
「ぐお!」
思い切り顔にぶつかり、その場に尻もちをついてしまう。
飛びかかってきた猫は、嬉しそうに首に抱きついてきた。
「も・・・・モンブラン!」
「えへへ!ビックリした?」
「当たり前だよ!お前・・・・助かったんだな!?よかった!」
モンブランを抱きかかえ、頭を撫でていると藤井が寄ってきた。
「間一髪だったんだよ。もう少し遅かったら助からなかったみたい・・・・。」
「そうなのか?藤井・・・・ありがとな。モンブランを助けてくれて。」
「ううん、私じゃないよ。お礼ならあの二人に言って。」
そう言って藤井は車の中の二人を見つめた。
文江さんと寺市さんは恥ずかしそうに車から降りてきて、モンブランの喉を撫でた。
「いやあ、この猫は危ないところでしたぞ。文江さんがいなかったらあの世へ行ってましたな。」
「そんな寺市さん・・・。せっかく助かったのにあの世だなんて・・・。」
「あ、あの・・・お二人が助けてくれたんですか?」
そう尋ねると、モンブランが「文江さんよ!」と答えた。
「なんか稲荷マジックを使って助けてくれたの。暖かい手を振りかざしたら、プワア〜って怪我が治っちゃった!」
「そっか。よかった、本当によかった・・・。」
俺はモンブランを抱きしめ、二人に頭を下げた。
「ありがとうございます。なんてお礼を言ったらいいか・・・・、」
「いえいえ、頑張ったのは私じゃなくて、藤井さんの方ですから、ねえ?」
「そうですぞ!そこのお嬢さんがモンブランさんを抱えて、必死に宿まで走って来られたんです。」
「そ・・・そうなんですか・・・?」
言われて藤井の方を振り返ると、なぜかバツの悪そうな顔をしていた。
「ごめんね・・・。なんか焦っちゃって、気がついたら氷ノ山の神社にワープしてたの。たまたまその二人がいてくれたからよかったけど、もしそうじゃなかったら今頃は・・・・、」
「いや、最高の選択だよ。やっぱりお前を信じてよかった。なあモンブラン?」
そう言って笑いかけると、「相変わらずドジだけどね」と答えた。
「あの時の藤井さん、混乱を通り越して、かえって真っ青になってたのよ。
もう一回別の場所にワープすればいいものを、そのまま宿まで走って行っちゃって。
あの時、ああ・・・やっぱりこれは藤井さんなんだなって思った。
だって一年経ってもドジっ子なんだもん。」
モンブランにそう言われ、藤井は顔を赤くして「ごめんね・・・」と謝った。
「謝らなくていいよ。コイツの性格を知ってるだろ?根っからひん曲がってるんだから。」
そう言ってモンブランをブラブラさせていると、翔子さん達がやって来た。
「有川さん!」
翔子さんは嬉しそうに駆け寄って来るが、藤井がいるのに気づいて止まった。
「ああ・・・ええっと・・・すいません・・・。邪魔してしまって・・・。」
伸ばした手をピタリと止め、苦笑いを見せる。
すると後から追いかけて来た冴木君が、「課長・・・」と息を切らした。
「ダメですよ・・・じっとしてないと・・・・。」
「平気よ。それにもう課長じゃないでしょ?元・課長!」
「そうでしたね・・・・。でも課長は課長だから、やっぱり課長なんですよ。」
冴木君がわけの分からないことを言っていると、御神さんが笑った。
「冴木君にとっては、翔子ちゃんは今でも課長なのよ。だから戻って来てあげれば?」
「・・・・・無理ですよ。ついこの前辞めたばっかりなのに・・・。それに私があの会社を辞めたのは・・・・、」
「分かってる。もっと大きな世界へ羽ばたきたかったんでしょ?でも冴木君が社長を押し付けられたのは、翔子ちゃんにも責任があるのよ。だったら稲松文具を去るのは、その責任を果たしてからでも遅くはないでしょ?」
「それは・・・・。」
翔子さんはバツが悪そうに目を逸らす。すると冴木君が「課長!」と手を握った。
「俺・・・・頑張りますから!稲松文具の為・・・いや!課長の為に頑張りますから!」
「どうして私の為に頑張るのよ?」
「いや・・・それはだって、その・・・・・、」
「どうでもいいけど、私はあの会社に戻る気はないから。お父さんにそれだけ言っといて。」
そう言って冴木君の手を振り払い、ツンとそっぽを向いてしまった。
「課長・・・・そんなこと言わずに戻って来て下さい。今ウチの会社がどれだけピンチか分かってるでしょ?課長がいないと、あのアホの重役連中だけじゃまとまらないんですよ。」
「そんなの知らない!自業自得じゃない!」
「課長お〜・・・・・。」
冴木君はまた手を握り、「いちいち触らないで!」と怒られていた。
なんだか稲松文具の人間にしか分からない会話が始まり、俺と藤井は顔を見合わせて笑った。
すると今度は、どこからか「逃げてえ〜!!」という声が響き、なにやらゴロゴロと転がって来た。
「あれは・・・・ノズチ君!?」
ベンジャミンの神社の方から、黒い塊が転がって来る。その後ろをマイちゃんと動物たちが追いかけていた。
「みんな逃げて!死んじゃうよ!」
「死んじゃうって言ったって・・・・逃げたらこのまま転がって行くじゃないか。」
後ろには道路が続いていて、その先には民家が並んでいる。
しかしこの妖怪に轢かれたら死ぬのは確実で、どうしたらいいのか焦ってしまった。
「な・・・なんだあれ・・・?課長!逃げましょう!」
冴木君はどさくさに紛れて翔子さんの手を引く。御神さんは誰よりも早く避難していた。
「ゆ・・・悠ちゃん・・・・どうしよう!このままじゃ・・・・、」
「ええっと・・・・受け止めるか?」
「無理だよ!ノズチ君の体当たりを食らったら死んじゃう!」
そう言っている間にも、ノズチ君は迫って来る。
俺は藤井を守るように立ちはだかり、「来い!」と足を踏ん張った。
しかしその瞬間、誰かがものすごい速さで俺の前に回り込んだ。
そしてドゴン!!と大きな音を響かせ、片手でノズチ君を受け止めていた。
「まったく・・・・乱暴なツチノコね。」
「う・・・ウズメさん!」
「悠一君も男ねえ、身を呈して彼女を守ろうとするなんて。」
ウズメさんは可笑しそうに笑って、ボールを投げるようにノズチ君を弄んでいた。
「ごめんなさい!お怪我はないですか!?」
「ん、大丈夫。」
そう言ってノズチ君を返すと、マイちゃんは「コラ!」と怒っていた。
「ダメじゃない、勝手に転がったら!」
「へん!仕方ねえじゃねえか。転がっちまったんだから。」
ノズチ君は悪びれる様子もなく、プイっとそっぽを向いてしまった。
「マイちゃん・・・よくここが分かったね。」
「うん、坂田さんが案内してくれたから。」
「そうか・・・・。で、坂田はどこに?」
「神社にいる。沖田の介抱してたよ。」
「アイツ・・・・沖田のことを見限ってなかったんだな。一人じゃないじゃないか。」
そう呟くと、藤井が「沖田君・・・洗脳されてたんだね」と言った。
「ああ、ダキニの奴にな。アイツは怖がってたよ、お前に嫌われることを。」
「・・・・・そっか。沖田君、ずっと寂しがってたんだね。」
そう言って悲しそうに目を伏せ、神社の方を見つめた。
「もし彼がちゃんと罪を償って出てきたら・・・・友達としてなら仲直りしてもいい。でも・・・・今はあんまり会いたくないかな。やっぱり色々と辛い事があったから・・・・。」
「それでいいと思うよ。お前だって色々と大変だったんだ。無理せずにゆっくり考えればいいさ。」
「そうだね。」
藤井は明るく笑い、こちらに走って来る動物たちに手を振った。
「みんな!モンブラン助かったよ!」
そう言って俺の手からモンブランを奪い、ブラブラと振ってみせた。
「おお!バカ猫が復活してやがる!」
「誰がバカ猫よ!このデブ犬!」
「口の悪さは治ってないな。まあ治るわけないか、バカだから。」
「インコにバカって言われたくないわ!この鳥頭!」
「ていうかなんであの時沖田に飛びかかったんだ?しかも正面から。やっぱりバカじゃんか。」
「あんたら・・・・後でお尻の毛を噛み千切ってやるわ!」
「まあまあ、どうせこのオスたちはモンブラン以上のバカなんだから、怒っても仕方ないわよ。」
「マリナ・・・・それフォローになってないから。」
モンブランは藤井の腕から飛び出し、動物たちの方に走って行った。
そして本気でマサカリのお尻に噛みついていた。
「痛だだだだだ!やめろこのバカ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐその姿を見て、なんだか俺まで笑えてきた。
「なあ藤井、こいつら相変わらずだろ?」
「そうだね、でもこの方がみんならしくていいじゃない。」
藤井はそっと手を伸ばしてきて、俺の手を握った。
「ねえ・・・みんなそれぞれの居場所があるんだね。」
「ん?」
「だって見てよ。みんな自分たちの仲間と楽しそうじゃない。」
そう言って藤井が見つめた先には、確かにそれぞれの居場所を持つ者たちがいた。
冴木君と言い争う翔子さん。ノズチ君を叱るマイちゃん。遅れてやって来たアカリさんと話しているウズメさん。
それに・・・・我が家の動物たちだ。
みんなそれぞれに仲間がいて、居場所がある。
俺はそんな光景を見つめながら、藤井の手を握り返した。
「誰だって自分の仲間がいて、居場所があるもんさ。今はそうじゃない人間がいたとしても、いつかはきっと手に入れられる。」
「そうかな?だってベンジャミンは孤独の中で・・・・・、」
「いいや、アイツも動物たちの魂と一緒に昇っていったんだ。だから誰だって心を開けば一人じゃない。いつか・・・・俺が心を開いて、お前に好きだと言ったように。」
そう言って藤井に目を向けると、目を見開いて見つめ返してきた。
「なあ藤井・・・お前の居場所はここだよ。」
「・・・・・・・どこ?」
「いや、だから・・・・・。」
藤井は真っ直ぐに見つめてくる。俺は恥ずかしくなって目を逸らし、一つ咳払いをした。
「・・・・今から言うこと、臭いなんて思わずに聞いてくれよ。」
「・・・・・・うん。」
「その・・・・だから、ここがお前の居場所!俺の隣が・・・・お前の居場所だろ。」
ああ!恥ずかしい!なんだってこんな臭いセリフが出て来るんだ!?
しかし言ってしまったものは仕方がない。俺は赤面しながら藤井を振り返った。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・あの、藤井さん?」
藤井は黙ったまま俺を見つめている。何も言わず、ただじっと射抜くように・・・・。
「や・・・やっぱり臭かったかな?いや、今のは忘れて!な?」
苦笑いしながら肩を叩くと、藤井は動物たちの方に目を向けた。
「・・・私ね、ずっと戻りたいと思ってた・・・・。」
「ん?どこに?」
「悠ちゃんの隣。マサカリがいて、モンブランがいて、カモンとチュウベエ、それにマリナがいて・・・・あとあの古いアパート。あのオンボロな部屋で、悠ちゃんやマサカリ達と一緒に、また昔みたいにみんなで動物を助けたかった。」
藤井の顔が、一瞬だけ辛そうに歪んだ。そしてそれを誤魔化すように、サッと顔を逸らしてしまった。
「・・・そうか。ならそうしよう。」
俺は藤井の肩を抱き、こちらを向かせた。
「実はな・・・・ベンジャミンに頼みごとをされたんだ。」
「頼みごと・・・・・?」
「ああ、ダキニの代わりに、最後のミッションを出された。・・・・なんだと思う?」
たっぷり間を取って、ちょっと演技臭く顔を作ってみる。
すると藤井は「ペット探偵のこと?」と答えた。
「あ、ああ・・・・。なんだよ、知ってたのか・・・。」
「だって言ったじゃない、翔子さんから話を聞いたって。」
「そ・・・そうだったな・・・。」
せっかくカッコをつけたのに、逆に恥をかいてしまった。
しかし気を取り直し、もう一度真剣に言った。
「俺はベンジャミンのミッションを受けることに決めた。沖田のやっていたペット探偵・・・・・俺が引き継ぐよ。」
「悠ちゃん・・・・・。」
藤井は潤んだ瞳で見つめて来る。そして俺の手を握りしめ、ニコリと微笑んだ。
「あのね悠ちゃん・・・・・。」
「ん?」
「やめた方がいい。」
「・・・・・え?」
「悠ちゃんが考えてるほど、ペット探偵は甘くないよ。ただ動物が好きってだけじゃ、絶対に続かない仕事だから。」
藤井はいつになく真剣な目で睨んでくる。俺は「ええっと・・・・」と頭を掻きながら、予想もしない反応にただ困っていた。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第四十六話 天を突く光(7)

  • 2014.12.13 Saturday
  • 12:28
JUGEMテーマ:自作小説
社の中に飛び込むと、激しい風に包まれた。
そしてその風に運ばれ、ワープゾーンへの先へと辿り着いた。
アカリさんはゆっくりと俺を下ろし、「気をつけて」と言った。
「ここがベンジャミンの社の中・・・。」
社の中は、とても大きなお堂のようになっていた。
薄暗い部屋にかがり火だけが灯り、しかも壁には数多くの動物の絵が描かれている。
奥には巨大な稲荷像があって、その前に二人の人影が見えた。
「悠一!」
マサカリたちが駆けよって来て、俺と同じように奥の人影を睨んだ。
「なんかやべえ気をビンビン感じるんだ・・・。あの人影は間違いなく・・・・、」
「ああ、分かってる。お前らはここにいろ。」
俺はアカリさんと並んで、奥の人影に近づいて行った。
徐々に人影の姿が露わになり、予想していた通りの人物が現れる。
「翔子さん!!」
「有川さん・・・来てくれたんですね・・・・。」
翔子さんは無事だった。多少疲れた顔をしているものの、どこにも怪我はなさそうだった。
しかし手足は縛られていて、自由に身動き出来ないでいる。
その隣では、稲荷像を見上げるベンジャミンがいた。
「ベンジャミン・・・・翔子さんを助けに来た。彼女を解放してやってくれないか?」
そう呼びかけると、ベンジャミンは稲荷像を見上げたまま答えた。
「・・・・好きにしたらええ。」
「なんだよ、やけにアッサリしてるな。もう観念したか?」
「ああ・・・・どうやら事はワイの思い通りに行かへんかったようや。ダキニは負け、白髭や他の神々まで関わって来た。もう・・・ワイはお終いや。」
そう言ってクルリと振り向くと、その手には気を失った沖田を握っていた。
「沖田!!ベンジャミン・・・・まさか殺してないだろうな?」
「さあ・・・どうやろな?」
ベンジャミンはニヤリと笑い、沖田を下ろして頭を踏みつけた。
「・・・・こんなアホにそそのかされて誘拐まで企てのに、全てがパアや。もうこんな女にも用はない、返すで。」
ベンジャミンは翔子をさんを持ち上げ、手足のロープを噛みきった。
そして「ほれ」と俺の方に投げて寄こした。
「ちょ・・・ちょっと!なんてことを・・・・、」
翔子さんは放物線を描いて飛んで来る。俺はレシーブのように足を踏ん張り、彼女を受け止めようとした。
しかしアカリさんが尻尾を伸ばし、アッサリと翔子さんを受け止めた。
「翔子ちゃん!無事だった?」
「アカリさん・・・・ですか?」
「そうよ。こんな姿を見るのは初めてだもんね。ビックリした?」
「・・・いえ、嬉しいです、助けに来てくれて・・・・。」
翔子さんはホッとしたように尻尾に抱きつく。そして俺の方を見て、身軽に飛び下りてきた。
「有川さん!!」
翔子さんは駆け寄り、飛びつくように抱きついてきた。
その身体は小さく震えていて、いかに大きな不安の中にいたかが分かる。
「翔子さん!よかった・・・無事でいてくれて・・・。」
俺もそっと背中に手を回すと、翔子さんはさらに強く抱きついてきた。
「・・・・正直・・・・怖かったです・・・・。」
「当然ですよ、こんな所に閉じ込めらていたんだから。でももう大丈夫です、助けに来ましたから。」
そう言って抱いた腕をほどくと、「離さないで下さい!」と叫んだ。
「もう少し・・・このままでいさせて下さい・・・・。」
「しょ・・・翔子さん・・・・・?」
「・・・助けに来てくれるんなら、きっと有川さんだって信じてました・・・・。冴木君や祐希さんもいたけど・・・・でも絶対に有川さんだって・・・・。」
「・・・・いや、それはその・・・・勢いでですね・・・・この中に入ってしまって・・・。」
「そんなことないです!だってここからでも外の声が聞こえてたから・・・。みんながどうすることも出来ない中、有川さんだけが飛び込んで来てくれた・・・・。だから・・・信じていてよかった・・・・。」
翔子さんは俺の首に手を回し、さらに強く抱きついてくる。
それを見ていた動物たちは、案の定ニヤニヤとからかい始めた。
「おいおいおい〜・・・・なんだよ悠一?ここへ来て翔子へ乗り換える気かあ〜?」
「黙れブルドッグ・・・・。」
「まあまあ、どうせ悠一にとって最後のモテ期なんだ。藤井と二股ってのもアリだぜ?」
「インコもうるさいよ。」
「ははは!女の扱いに慣れてないもんだから、どうしていいのか分からねえんだ!見ろよ、どこに手を置いていいのか困ってるぜ!さっきからソワソワしてる!」
「だからうるさいよ・・・・。こういう展開になると思ってなかったんだから・・・。」
「ウッソだあ〜!ちょっとは期待してたんでしょ?ねえねえ?ここなら藤井さんも見てないから、思い切ってキスくらいしちゃいなさいよ!」
「・・・もう勘弁してくれ・・・。これ以上飼い主をオモチャにするな・・・。」
顔を赤くして困っていると、翔子さんは小さく笑った。
「ごめんなさい・・・・ワガママ言っちゃって。もう大丈夫です。」
そう言って身体を離し、動物たちの頭を撫で始めた。
「みんなもありがとうね、助けに来てくれて。」
・・・・・正直言おう・・・ちょっとだけこんな展開を期待していた。
でもそれは決して妙な下心とかではなくて、やっぱりこういう時にはこう・・・期待するもんだよ、うん・・・。
別に二股だとか、藤井を裏切るつもりなど毛頭ない!ええ、それはもう・・・本当にない!
「見ろよ、悠一の奴まだ顔が真っ赤だぜ。」
マサカリはまだからかってくるが、これ以上相手をしていたらキリがない。
俺はベンジャミンの方を向き、ここから出るよう説得した。
「なあベンジャミン・・・。お前のことを心配してる人だっているんだ。だからとりあえずここから出て、ウズメさんやゴンゲンのじいさんと話してみたらどうだ?あの人たちなら、きっとお前の想いを理解してくれると思う。」
そう呼びかけると、ベンジャミンは何も言わずに稲荷像を見上げた。
もはや怒りはないようで、その代わりにドス黒い何かが背中を覆っている。
「・・・・ワイはな・・・・別に稲荷でいたいとか、そういうことはどうでもええねん・・・。ただ・・・人間の手せいで無惨に殺される動物を救いたかっただけや・・・。でも・・・どう頑張ってもそれは無くならへんのやなあ・・・・。」
「ベンジャミン・・・・お前の気持ちはよく分かるよ。だって俺だって今までに・・・・、」
「よく分かるやと?ほう、ほなお前は・・・愛しい者を殺されたことがあるんか?」
「い・・いや・・・そういう経験はないけど・・・・・。」
「それやったらワイの気持ちは分からへん・・・・。誰が何と言おうと・・・この心は埋められへんのや・・・・。」
ベンジャミンは稲荷像に手をつき、「コレが俺の理想や」と言った。
「こんなデカイ稲荷になれたら・・・・誰も怖くあらへん・・・・。
でも・・・それは無理やわなあ・・・・。稲荷が自分で造った像を拝むなんて・・・ヤキが回っとる証拠や・・・。」
ベンジャミンは悲しそうな声で言い、クルリとこちらを振り返った。
「・・・もう最後や・・・ワイの人生はここで終わる・・・・・。それやったら・・・・最後の華くらい咲かせようやないか!!」
そう叫んで稲荷に変化し、自分で自分の心臓を貫いた。
「ベンジャミン!」
アカリさんが慌てて駆けより、ベンジャミンの傷口に手を当てた。
「アンタ何してるのよ!こんなことしたって何も変わらないのに・・・・・。」
「アカリ・・・・ワイはな・・・どうせ一人や・・・・。だから・・・もうええねん・・・・。」
「いいって何がよ!?私はアンタと同じで、大事な者を人間に殺された!だから私ならアンタの気持ちが分かる!一緒に白髭様に謝ってあげるから、こんな所で自殺なんかするんじゃないわよバカ!!」
「アカリ・・・お前は・・・ええ女やな・・・・。俺と再婚でもするか・・・・?」
ベンジャミンは冗談混じりに笑う。するとアカリさんも「そうね・・・」と笑い返した。
「あんたが本気なら考えてもいいわ。でも今はそれより傷を治さないと!」
そう言って必死に傷口を押さえ、何かを唱えていた。
アカリさんの手先がぼんやりと光り、傷口の血が止まっていく。
「・・・・ダメだ・・・・血は止まっても、心臓が傷ついてるから・・・・・。」
どうやら稲荷の力でも、ベンジャミンの傷は治せないらしい。それでも必死に助けようとしていた。
しかしベンジャミンは「もうええ・・・」と呟き、巨大な稲荷像を見上げた。
「もう・・・もうええんや・・・・。なあアカリ・・・・もうやめてくれ・・・・。」
「嫌よ!勝手にくたばらせてたまるか!」
「いいや・・・・とっくにくばったってんねん・・・・。ホンマやったら、キツネの時にくたばってる・・・・。運よく藤井が見つけて・・・助けてくれたけど・・・・ホンマはあの時に死ぬはずやった・・・。だからもうええねん・・・。」
「よくない!せっかく繋がった命なんだから、無駄にするなバカ!」
アカリさんは何がなんでもベンジャミンを助けようとしている。
同じ過去、同じ境遇を持つ稲荷として、どうしても彼を死なせたくないという想いが、ヒシヒシと伝わってきた。
そんなアカリさんを見つめながら、ベンジャミンは「アホな奴や・・・」と笑っていた。
そして・・・・・アカリさんの奮闘も虚しく、静かに息絶えていった。
「ああ・・・そんな・・・・ベンジャミン!!死なないでよ!勝手に死ぬなんて許さない!戻って来なさいよ!!」
アカリさんは動かぬベンジャミンに叫び続けた。それは大きな部屋の中にこだまし、痛いほど耳を揺さぶる。
動かなくなったベンジャミンは静かにその声を聞いていて、稲荷像を見上げたままこの世から去ってしまった。
そしてその身体から、白い何かが抜け出してきた。
それはユラユラと宙を漂い、やがて稲荷像に吸い込まれていった。
するとただの石像だった稲荷像が、突然雄叫びを上げた。
その雄叫びは雷鳴のように響き渡り、悲しみとも怒りともつかない感情を吐き出しているようだった。
そして・・・・・石の身体にヒビを入れながら、ゆっくりと動き出した。
「おいおいおい!なんかえらい事になっちまったぜ!!」
マサカリが慌てて俺の後ろに隠れる。
巨大な稲荷像が突然動きだし、その巨体でこちらに向かって来る。
「・・・・悠一、早く逃げよう。食われちまう・・・。」
カモンも胸ポケットに隠れ、「早く早く!」と急かす。
「そ・・・そうだな・・・。翔子さん!早く逃げましょう!」
俺は翔子さんの手を引き、慌てて逃げ出した。
しかし扉は固く閉まっていて、押しても引いてもビクともしなかった。
「クソ!なんで開かないんだ!外から鍵でも掛ってるのか!?」
必死に扉を引っ張っていると、翔子さんが「待って!」と叫んだ。
「あの石像・・・・私たちを襲うつもりはないみたいですよ・・・。」
「へ?」
言われて振り向くと、稲荷像はピタリと止まっていた。
そして壁に描かれた動物の絵を見渡し、悲しそうに吠えていた。
「どうしたんだ・・・・なんか悲しんでるみたいだけど・・・・。」
不思議に思っていると、翔子さんが「あれ・・・ベンジャミンの魂なんだわ・・・」と呟いた。
「彼が死ぬ時、身体から白い何かが抜け出したでしょ?あれはきっとベンジャミンの魂なんですよ。それであの稲荷像に宿っているんです。だからあんなに悲しい声を・・・・。」
翔子さんは稲荷像の前まで歩き、「ベンジャミン?」と呼びかけた。
「あなたは・・・ずっと寂しがってたんでしょ?ここへ閉じ込めている間、あなたはずっと辛そうな目をしていた・・・。
心の内に抱える傷が、今でも癒えないんだね・・・・。」
「翔子さん・・・・?」
「有川さん、ベンジャミンはきっと・・・・報われない動物の魂を助けてあげるつもりなんです。」
翔子さんはそう言って、壁の動物の絵を見渡した。
「ベンジャミンが言っていました。ここに描かれている絵には、報われない動物の魂が宿っているって・・・。だから・・・きっと助けてあげるつもりなんですよ・・・。最後の力を使って・・・。」
「報われない動物の魂って・・・・どういうことですか?」
「分かりません・・・・。けど・・・とても悲しい目でそう言っていました。これは私の勘ですけど、きっと目の前で無惨に死んでいった動物の魂じゃないかと・・・。それを絵に描いて、ここに飾っていたんだと思います。」
「でも・・・どうしてそんなことを?」
そう尋ねると、翔子さんは再び稲荷像を見上げた。
「きっと寂しかったんだと思います。彼の目は、ずっと孤独を宿しているように感じたから。だから自分と同じような境遇の動物を、絵に描いて飾ったんだと思います。絵に描かれた動物の魂が寂しくないように。そして・・・自分自身の寂しさを誤魔化す為に・・・・。」
翔子さんはじっと稲荷像を見上げる。それは孤独なベンジャミンを労わるような、とても優しい眼差しだった。
そして稲荷像に近づこうとした時、アカリさんが「離れて!」と抱きかかえた。
「近づいちゃダメ!あれは・・・もうじき壊れるわ・・・。」
稲荷像は身体じゅうヒビだらけになっていて、今にも崩れそうだった。
そして・・・・やがてビキビキと前足が折れ、そのまま前のめりに倒れていった。
「ああ!」
翔子さんが短く叫んで手を伸ばす。ベンジャミンの魂が宿った稲荷像は、頭を残して砕け散ってしまった。
痛々しいその姿は、まさに彼の心の傷を表しいているようだった。
「・・・・有川・・・・。」
ベンジャミンは目を動かし、ギロリと俺を睨んだ。
その目は赤く血走っていて、もう彼の力が限界であることを物語っていた。
「ワイは・・・・もうじき逝く・・・・。だから・・・ついでにこの部屋の動物たちも連れて行く・・・。報われへんまま現世に残ったら・・・あまりに惨めやからな・・・。」
「ベンジャミン・・・・。お前・・・翔子さんの言うとおり孤独だったん・・・・・、」
「同情なんかいらん・・・・。その代わり・・・・ワイの頼みを聞いてくれや・・・。」
「頼み・・・・?」
「ああ・・・。お前・・・まだダキニのミッションが残っとるやろ?」
「ええっと・・・そうだっけ?これが最後だったような・・・。」
本当はあと一つ残っているんだけど、知らないフリをして誤魔化した。
すると「バレバレやアホ」と笑われた。
「だから・・・ワイがダキニ代わって・・・最後のミッションを出したる・・・・。」
ベンジャミンの声がだんだんと掠れていく。目も力を失くし、今にも終わりを迎えそうだった。
「お前・・・・沖田の仕事を引き継げや・・・・・。」
「お・・・沖田の・・・・?」
「そや。そこで寝とるボンクラの仕事を引き継ぐんや・・・・。」
そう言ってベンジャミンが見つめた先には、沖田が転がっていた。
「ああ、ヤバイ!アイツのこと忘れてた!」
俺は慌てて駆け寄り、沖田を抱え起こした。気を失ってはいるけど、どこも怪我はなさそうだった。
「・・・もう・・・そいつに・・・ペット探偵は無理や・・・・。だからお前がやれ・・・。それで・・・・その目に映った・・・報われない動物たちを・・・・助けて・・・・・・、」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・ベンジャミン?」
ベンジャミンは静かに息を引き取った。・・・・と思ったら、急に目を開けて雄叫びを上げた。
「グオオオオオオオオオオオオン!!!」
「な・・・なんだ!?」
ベンジャミンの稲妻のような雄叫びがこだまする。すると壁に描かれた絵から、動物たちの魂がワラワラと出て来た。
それはゆっくりと稲荷像に吸い込まれ、淡く光って震えだした。
「マズイ!悠一君!早く逃げるわよ!」
アカリさんは扉に体当たりして、力任せに押し開けた。
その先にはワープゾーンが広がっていて、波紋のように空間が揺らいでいた。
「ここにいたら私たちまで巻き込まれる!さあ早く!」
アカリさんは翔子さんを抱えて逃げて行く。ワープゾーンに飛び込み、空間を波打たせて消えてしまった。
「おい悠一!俺たちも早く行こうぜ!」
「そうだ!稲荷と心中なんてゴメンだぜ!」
「いや、意外とあの世の方が楽しかったりして・・・・。」
「じゃあカモンだけ行けば?私はゴメンよ。」
動物たちはワープゾーンの前に並び、急かすように俺を待っていた。
「・・・・そうだな、確かに心中なんてゴメンだ。でも・・・・。」
俺は稲荷像を振り返った。報われない動物の魂が、その身を依り代にして昇天しようとしている。
そして・・・ベンジャミンはその糧となるつもりだ。
「ベンジャミン・・・お前の出したミッション・・・出来るかどうか分からないけど、挑戦してみるよ。
でもさ・・・いったい何をもってクリアとするんだ?」
そう尋ねても、ベンジャミンはもう答えない。じっと横たわり、動物の魂を昇天させようとしている。
「・・・じゃあな、ベンジャミン。藤井にもお前のことは伝えておくよ。」
俺は沖田を担ぎ上げ、扉に向かって走った。そして動物たちと一緒にワープゾーンへ飛び込んだ。
激しい風が身を包み、外へと運んで行く。
その時・・・後ろからベンジャミンの声が聞こえた。
激しい風の中に、彼の最後の言葉が飛んでくる。
《何をもってクリアとするかやって?そんなもん自分で決めろ・・・・。》
ベンジャミンの言葉は風の中に消えていく。
そしてあっという間に外まで辿り着き、社の前に投げ出された。
「痛ッ!」
着地を失敗して、思い切り背中を打つ。ゲホゲホと咳き込んでいると、翔子さんが駆け寄って来た。
「有川さん!大丈夫ですか!?」
「ええ・・・・まあ・・・何とか・・・・。」
「・・・・よかった・・・。中々出て来ないから、ベンジャミンと一緒に逝っちゃったのかと心配しました・・・。」
「まさか・・・。でもアイツの出したミッションは受けることにしましたよ。
ペット探偵・・・・出来るかどうか分からないけど、やってみることにします。」
「そうなんですか・・・。でもどうやったらクリア出来るんですか?ベンジャミンは何も言ってませんでしたけど・・・・。」
「いや、最後にこう言われましたよ・・・。それは自分で決め・・・・・、」
そう言おうとした時、後ろから大きな音が響いた。
何かと思って振り向くと、社からいくつもの光の筋が立ち昇っていた。
それは瞬く間に空まで届き、あっという間に消えていった。
「あれは・・・動物たちの魂か・・・・?」
じっと天を睨んでいると、最後に一番大きな光の柱が上がった。
それは流れる雲を割り、ダキニの時と同じように光が降り注いだ。
「ベンジャミン・・・・お前も一緒に昇っていったか・・・・。今度はもう少し大人しい奴になって戻って来てくれよ。」
天からの光は、しばらく社を照らしていた。しかし流れる雲に遮られ、薄く掠れて消えていった。
社に目を向けると、何事もなかったかのように静まりかえっている。
そして風に乗って、どこからか声が聞こえてきた。
それは風の鳴る音か?それともただの幻聴か?
ハッキリとは分からないくらいに小さな声が、俺の耳を掠めていった。
《期待してるぞ・・・。》
翔子さんが手を握ってくる。そして動物たちも周りに集まって来た。
きっと・・・みんな今の声が聞こえたんだろう。
光が消えた空は、いつもと変わりなく雲を運んでいる。
主を失った社は、次なる稲荷を待つようにひっそりと佇んでいる。
耳鳴りがするほど静かな中で、俺たちはじっと天を仰いでいた。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第四十五話 天を突く光(6)

  • 2014.12.12 Friday
  • 12:20
JUGEMテーマ:自作小説
ダキニの尻尾にじいさんが噛みついている。
稲荷の姿に変化して、大きな牙を突き立てていた。
「じ・・・じいさん・・・。すっかり忘れてた・・・・。」
じいさんは俺を見つめ、ニヤリと笑う。そして力任せにダキニを投げ飛ばした。
「このジジイ!まだくたばってなかったか!!」
ダキニは空中で一回転し、爪を振って襲いかかってきた。
じいさんは間一髪でそれをかわし、「忘れるなんて冷たいのお」と笑った。
「有川君、早くベンジャミンの所へ行って来い。ここは儂が何とかするから。」
「な・・・なんとかって・・・じいさん勝てるのか?」
「・・・・・微妙に無理。」
「じゃあダメじゃんか!」
「仕方ないじゃろう。ダキニは恐ろしいほどパワーアップしとるんじゃから。しかしまあ・・・時間は稼いでみせるわい。」
「時間・・・?」
「ウズメがオオクニヌシ殿に伝えたんじゃろう?ならばもうじき使いの者を寄こして下さる。それまでの辛抱じゃ。」
そう言って大きな尻尾を振り、「行け!」と叫んだ。
「これより先は神の争い事!人間が立ち入れる領域ではない!」
「じいさん・・・・。」
俺は思った。きっとじいさんは死ぬ気だと・・・・。
でも・・・それは納得いかない。出会って半日も経ってないけど、それでもこの憎めないじいさんを死なせたくはなかった。
「じいさん・・・人間だって戦えるぞ。だってこんなに良い物を持ってるんだからな!」
俺は文江さんのプロマイドを握りしめ、ダキニの前に立った。
「おいダキニ!これをやるよ!」
そう言ってプロマイドを放り投げると、パクリと咥えた。
「何これ?・・・・・ヨモギの写真?」
「そうさ。なんでも幽霊を追い払う力があるらしいぞ。ありがたく取っとけ!」
「はあ?何をわけの分からないことを言ってんの?」
ダキニはペッとプロマイドを吐き捨て、じいさんに襲いかかった。
「エロじじい!両足とも棺桶に突っ込んでやるわ!」
「むうん!年寄りとて甘く見るなよ!」
巨大な稲荷がぶつかり合い、激しい戦いが起きる。
ダキニは勢いに任せて押し切ろうとするが、「あれ?」と動きを止めた。
「・・・・なんだか・・・力が・・・・抜けてるような・・・・。」
そう言って自分の身体を見ると、中からたくさんの浮幽霊が出て来た。
「ちょ・・・ちょっと!勝手に出るんじゃない!!」
浮幽霊たちはワラワラと出て来て、文江さんのプロマイドに向かって行く。
そして膝をついて手を合わせ、《ありがたや・・・ありがたや・・・》と祈り始めた。
《成仏したい・・・》《どうか天国へ・・・》《なんて優しい笑顔のおばさん・・・私を神様の元へ導いて下さい・・・》
浮幽霊たちは口々にそう願い、一人一人天へと昇っていく。
それを見たダキニは、「何なのよアレは!?」と叫んだ。
「なんでヨモギの写真にあんな力があるわけ!?」
信じられないというふうに首を振ると、じいさんが「人柄じゃな・・・」と答えた。
「ヨモギは稲荷の中でも特に優しい。それに最近はクリスチャンになったとか。」
「それが何!?どうして下っ端稲荷にあんな力が・・・・、」
「だから人柄じゃろう。苦しむ魂は、いつでも救済を求めるおるものじゃ。ヨモギの持つ優しさ、それにクリスチャンとしての慈愛の精神が、浮幽霊たちを鎮めておるのじゃ。」
「そ・・・そんな!そんなのってアリ!?だってアイツは稲荷で、クリスチャンだからってそんな・・・・、」
「別に不思議なことではないぞ。元々この国の神々は自由奔放。仏教に帰依した八幡神だっておるし、異国の神を祭る神社もある。であれば、稲荷がキリストの神を崇めたとて、万物を神とする八百万の精神には反すまい?」
「そ・・・そんな・・・何なのよそのいい加減な理屈は!?私はそんなの認めない!!せっかく妖怪から神になったのに・・・・こんな馬鹿げたことって・・・・。」
「いい加減じゃからこそ、お主は妖怪から神に成れたのであろう?そうでなければ、妖怪のまま悪者とされておったはずじゃ。」
「・・・うう・・・うぐぐ・・・・ウウウオオオオオオオオオン!!」
ダキニは天に向かって吠えた。稲妻のような叫びは空まで届き、割れた雲から一筋の光が射した。
その光はダキニの顔を照らし、見る見るうちに人の姿に戻っていく。
「ダキニよ・・・・これ以上争っても無駄じゃ。天におわす太陽の女神が、お主の悪行をしかと見ておられる。もしこれ以上暴れるようであれば、お主は本当に神の座を追われるぞ?」
「・・・・・・・・・・。」
「もうじきここへオオクニヌシ殿の使いが来る。それまで大人しくしていることじゃ。」
「・・・・うう・・・ああ・・・ああ・・ああああ・・・・・。」
ダキニはその場に膝をつき、天を仰いだまま黙り込んだ。
「じいさん・・・・いったいどうなってんだ・・・・?」
「もう大丈夫じゃ。これ以上暴れたりはせん。」
「で・・でも・・・ダキニのことだから、またいつ暴れ出すか・・・・、」
「問題ない。もしそうなたっとしても、儂が止めて見せる。お前さんのおかげで、ダキニは力を失くしたからのう。」
そう言ってじいさんは文江さんのプロマイドを見つめ、小さく笑った。
「有川君よ、たまきは責任を持って儂が助けよう。だから行って来なさい。友を助ける為、ベンジャミンの社へ・・・。」
じいさんは大きな尻尾を動かし、早く行けというふうに振った。
俺は放心しきったダキニを見つめた。天から射す光はまだ降り注いでいて、彼女の顔を美しく照らしている。
その顔は憑き物が落ちたようにスッキリしていて、そのままずっと天を仰いでいた。
「・・・・ダキニ・・・もう悪さはしないでくれよ。お前だって、この国を治める神様の一員なんだから。」
俺はダキニに背を向け、沼を後にした。
後ろから沖田とマサカリたちがついて来て、俺の横に並ぶ。
「なんだか分からないけど、とりあえずダキニは大人しくなった。後はベンジャミンだけだ。」
「そうだな・・・。アイツ・・・俺たちの説得に応じてくれるかな?」
「さあな・・・。でもけしかけたのは俺だから、責任は取るさ。藤井のことや、お前の猫を蹴飛ばしたことも含めてな。」
沖田は前を走り、「早く来い!」と叫んだ。
「翔子さんも心配だけど、モンブランのことも気になる。どうか無事でいてくれよ!」
モンブランのことはとても心配だけど、藤井が一緒にいてくれる。それだけで大きな心の支えだった。
とりあえず俺は、翔子さんを助けることに集中しないといけない。
藤井のいない一年、翔子さんには色々と助けてもらった。仕事を紹介してくれたり、動物を助ける活動を手伝ってくれたり。
しかも・・・こんな俺を好きだと言ってくれた・・・・。
《翔子さん、今行きますからね!無事でいて下さいよ!》
山道を駆け抜け、あの小さな神社に辿り着く。
沖田がそっと手を伸ばすと、鳥居の先の空間がグニャリと歪んだ。
「じゃあ行くぞ、俺の手を掴め!」
沖田の差し出した手を掴み、鳥居を睨んで息を飲む。
動物たちも周りに集まって来て、神妙な顔で俺を見上げた。
「これが最後だな・・・・。翔子さんを助けて、もうそろそろこんな厄介事は終わらせよう。」
俺たちは頷き合い、鳥居の中へ飛び込んで行った。
小さな鳥居は掃除機のように俺たちを吸い込み、ベンジャミンのいる神社へ飛ばしていく。
激しい風が身を包み、遠い道のりを超えてワープしていく。
そして・・・・見たこともない神社に出た。
大きく頑丈そうな鳥居に、お金の掛っていそうな新しい社。
その新しい社の前に、三人の人影があった。一人はアカリさん、しかし後の二人は知らない人物だった。
一人は若い男で、もう一人は気の強そうな美人。
みんなが俺の方を見つめていて、アカリさんが足早に駆けよって来た。
「悠一君!無事だったんだね!」
「ええ・・・ウズメさんが来てくれたから。でも今はそれより・・・・、」
俺は目の前の社を睨み、ゆっくりと歩いて行った。そして鐘の前で立ち止まり、閉じられた扉を見つめた。
社の奥から獣臭い気配が漂っている。怒るベンジャミンの気が、社全体を覆っていた。


            *


この神社はヤバイ・・・。なぜって?僕の勘がそう言っているからさ。
別にモルダーとスカリーじゃないけど、思わずそう言いたくなってしまう。
《ベンジャミンの奴・・・よっぽど気が立ってるな。まあ無理もないか、人質を取って立て篭もってるんだから。》
ベンジャミンは追い詰められている。
稲荷の長になる為に誘拐をしたのに、今では稲荷でいられるかどうかも怪しいのだから。
《きっと普通に説得しても出て来ないだろうな。かといって今さら沖田が謝ったところで、ちょっと無理そうだな・・・。》
社から漏れるベンジャミンの怒りは、身も凍るほどのものだった。
ここまで怒っているとは思わなかったので、もう沖田に謝らせる作戦は通用しそうになかった。
《勢い込んで来たのはいいけど、どうやって説得するか全く考えてなかったなあ・・・。
下手に刺激すると危険だし、かといってこのままだとジリ貧だ。いったいどうすれば・・・・、》
社を睨みながら考えていると、「あの・・・・・、」と声がした。
振り返ると、そこには先ほどの若い男が立っていた。オロオロとした仕草で、上目づかいに俺を見つめている。
《誰だこの人?高そうなスーツを着てるけど、翔子さんの会社の人か?》
じっと男を睨んでいると、「・・・有川さんですよね?」と尋ねられた。
「え?ああ、俺は有川だけど・・・・アンタ誰?」
そう尋ね返すと、男はピシッと背筋を伸ばした。
「ぼ・・・僕は冴木晴香といいます!稲松文具の社長をやっております!」
「しゃ・・・社長!?」
「はい!・・・・て言っても、就任したのはつい最近ですけど・・・・。」
冴木とやらは、苦笑いしながら頭を掻いた。
《まだ随分若いな。きっと俺より年下だろう。それなのに社長って、いったいどれだけ仕事が出来るんだろう。》
感心した眼差しで見つめていると、冴木君は恥ずかしそうに手を振った。
「こんな若僧が大企業の社長だなんて、ちょっと信じられないでしょ?」
「・・・正直、ちょっと疑わしいな。もしかして前の社長の息子さんとか?」
「いえいえ!そんなんじゃありません!これにはちょっと事情がありまして・・・・、」
冴木君が説明しようとした時、もう一人の見知らぬ人物が口を開いた。
「今はそんな話をしている場合じゃないでしょ?翔子ちゃんの身が懸かってるんだから。」
そう言ったのは、肩からカメラをぶら下げた美人だった。
女性にしてはかなり逞しい筋肉をしていて、ラフな服装から引きしまった二の腕が覗いていた。
「有川悠一さん・・・・で間違いなないのよね?」
そう言って気の強そうな顔をこちらに向けた。
「ええ、そうですけど・・・・あなたは?」
「ん?翔子ちゃんの友達よ。御神祐希っていうの。フリーのライターをやってるわ。」
御神さんとやらはカメラを掲げ、ニコリと微笑んだ。
「あなたのことは翔子ちゃんから聞いてるわ。随分と彼女のお気に入りなんだってね?」
「お・・・お気に入り・・・ですか?」
「知らないの?翔子ちゃんってあなたのことを話す時は、すんごく嬉しそうなんだから。きっとアレは恋してるわね。」
そう言ってニヤリと笑い、冴木君の肩を叩いた。
「社長も負けちゃダメよ〜。ウカウカしてると有川さんに取られちゃうわよ。」
「だから・・・その社長っていうのはやめて下さいよ!どうせ今だけなんだから・・・。」
「それもそうね。本当ならそのクビさえ危ういだもんね。」
そう言ってまた冴木君の肩を叩いていた。
「あ、あの・・・・、」
「ああ、ごめんね。今は冴木君のことなんてどうでもいいわね。」
御神さんは社の前に立ち、険しい顔で睨んだ。
「実はね・・・私は翔子ちゃんと一緒に、密猟者を追いかけていたのよ。」
「み・・・密猟者?」
「ええ。彼女から相談を受けてね、私たちで調べていたの。」
「そういえばそんなこと言ってたな。そっちの筋に詳しい人がいるって。じゃあそれが御神さんだったわけですか?」
「そういうこと。商売柄色んな所に顔が利くもんでね、アレやコレやとコネを使って追いかけていたのよ。」
「アレやコレや・・・ですか?」
「そう、アレやコレやでね。」
そう言ってウィンクを飛ばし、再び社を睨んだ。
「そのアレやコレやの甲斐あって、ようやく密猟者を捕まえることが出来たってわけ。情報は全て警察に渡したから、刑務所行きは確実ね。」
堂々と言い切るその姿は、どこかたまきに通じるものがあった。
どうやら俺の周りには、気の強い女が多いらしい。
「でもね、密猟者を追ううちに、ちょっと厄介な出来事があったのよ。」
「厄介な事・・・・?」
そう尋ねると、御神さんは社を指差した。
「この中に立て篭もってるお稲荷さんに出くわしたのよ。」
「べ・・・ベンジャミンに!?」
「あのベンジャミンっていう男、裏じゃかなり有名な金貸しでね。そいつが私に絡んで来たのよ。」
「絡むって・・・・脅されたってことですか?」
「いいえ、その逆。密猟者を捕まえるのにに手を貸してくれたのよ。自分の知りうる限りの情報を教えてくれて、何ならボディガードまでしようかって言ってくれたわ。」
「なんでボディガードですか?」
「だって相手は密猟者だもの。何かあったらマズイでしょ?」
「ああ、確かに・・・・。」
「ありがたい話だけど、私は自分の身くらいは自分で守れる。だから情報だけ教えてもらったわ。けど・・・どうにも引っ掛かったのよねえ。有名な金貸しが、どうして密猟者を捕まえるのに手を貸すんだろうって。だからこれもアレやコレやのコネで調べていくうちに、どうもベンジャミンは、密猟者を憎んでいるんじゃないかと思ったわけ。アイツは金貸しのクセに、やたらと動物には優しいのよ。それに・・・過去には密猟者を殺したことがあるみたいだし・・・・。」
それを聞いた俺は、沖田の方に目をやった。沖田は目を逸らし、険しい顔で怒りを抑えていた。
《この御神って人・・・どんなコネを持ってるんだよ。よくここまで調べたな。》
感心しながら見つめていると、ニコリと笑われた。
「あの・・・・今の話は翔子さんも知ってるんですか?」
「いいえ、彼女は知らないわ。ベンジャミンには会ったことすらないから。」
「いや、そんなはずはないですよ。翔子さんは一度ベンジャミンに会っています。その時に俺を助けてくれたんだから。」
そう言うと、御神さんは「それホント?」と目を向けた。
「ええ、ベンジャミンが言いがかりをつけて、金を寄こせと言ってきたことがあるんです。その時に翔子さんが助けてくれたんですよ。」
「・・・・・そう。じゃああの子黙ってたのね。」
御神さんは「まったく・・・」と呟き、「何か理由があるんでしょ?」と尋ねた。
「ええ。俺を助ける為に、七億も肩代わりしてくれたんですよ。」
「七億?ちょっと大きな数字ね。」
ちょっとどころではないと思うが、御神さんは「七億か・・・」と呟いていた。
「あの子・・・きっと私や冴木君に余計な心配をかけまいと黙っていたのね。相変わらず意地っ張りな子だわ。」
そう言ってから、突然カメラをいじり出した。
「ベンジャミンのことを調べていくうちに、アイツが金貸し以外のことをやっているのに気づいたの。」
「金貸し以外のこと・・・・?」
「ええ、動物を助けるボランティアをしてたのよ。ほら、コレ。」
そう言ってカメラの液晶を見せられると、そこにはやたらと厳つい顔の男が写っていた。
高そうな白いスーツに、プロレスラーのようなガタイ。それに写真でも分かるほど堅気じゃない雰囲気を出している。
そんなゴツイ男が子犬を抱きしめ、笑顔で周りに話しかけていた。
「これがベンジャミンが人間の時の姿か・・・。まさか動物愛護のボランティアまでやってたなんて・・・。」
「意外でしょ?金貸しが動物のボランティアだなんて。ベンジャミンは無類の動物好きなのよ。
だから密猟者を捕まえるのに手を貸してくれたわけ。
けど・・・ちょっとやり過ぎな所もあってね。見つけた密猟者をその場で殺そうとしたのよ。」
「こ・・・殺すですって!?」
「ええ、なんとか私が止めたけど、あの時のベンジャミンの顔・・・・人間のものじゃなかったわ。まるで猛獣みたいな顔をしていた。私も商売柄色んな人に会ったけど、あんな奴は初めてだった・・・。だから事が終わったら会わないでおこうとしたんだけど、アイツは執拗に絡んできた。」
「どうしてですか?もう密猟者は捕まえたのに・・・。」
「密猟者を捕まえたからよ。アイツは私の腕を買って、これからも一緒に動物を助けようって言いだした。でも私は動物愛護団体じゃないからね。キッパリと断ったわ。そうしたら・・・・私にストーカーを始めたのよ。執拗に付き纏うようになって、さすがの私も身の危険を感じた。だからしばらくアイツの前から姿をくらましたんだけど・・・・その隙に翔子ちゃんを狙ったみたいね。」
俺はカメラの画像を見つめながら、そこに写るベンジャミンのことを考えていた。
《お前・・・本当に動物を助けることに命を懸けていたんだな。そこまでの想いがあるから、誘拐までしても稲荷の長になろうと・・・。》
はっきり言って、ベンジャミンには同情を覚える。愛しい者を人間に殺され、稲荷になってからも冷遇されていた。
それでも困っている動物を助けようと、必死にもがいていたんだ・・・。
じっと画像に見入っていると、沖田が「あの・・・・、」と入って来た。
「あんたらは北川翔子の友人なんだな?」
そう尋ねると、冴木君が「ええ・・・」と答えた。
「そうですけど・・・・あなたは・・・?」
「沖田ってもんだ。・・・密猟をやっている。」
「み・・・密猟者!?」
「ああ・・・そこの美人さんが追いかけていた人種と同じだよ。」
そう言って御神さんに視線を飛ばすと、彼女は興味も無さそうに笑った。
「もう密猟の件は終わったわ。だからあなたをどうこうしようなんて思ってないわよ。」
「分かってる・・・。俺が言いたいのは・・・・北川翔子が誘拐されたのは、俺の責任ってことだ。」
「どういうこと?」
「俺がベンジャミンをそそのかしたんだ・・・。アイツの思惑を利用して、誘拐をけしかけた。
だから・・・こうなったのは全て俺の責任だ。申し訳ない・・・。」
そう言って沖田は頭を下げる。冴木君と御神さんは顔を見合わせ、険しい表情をしていた。
「あんたが・・・課長をこんな目に遭わせたんだな?」
さっきまで大人しかった冴木君が、急に鋭い目で睨む。そして御神さんも「なるほど・・・」と呟いた。
「ウズメさんて人が、神社に向かって沖田がどうとか叫んでたのよ。あれはアナタのことだったのね・・・。」
御神さんは沖田に近づき、グイッと胸倉を掴んだ。
「翔子ちゃんはね、私の大事な友達なの。もし何かあったら・・・・タダじゃ済まさないわよ?」
「・・・ああ、その時は好きにしてくれ。」
沖田は御神さんの手を払い、社の前に立った。
「さっきのあんたらの会話は聞いてたよ。ベンジャミンの奴・・・動物愛護のボランティアをしてたんだってな?」
「ええ、そうよ。厳つい顔に似合わずね。それがどうかした?」
「・・・・いや、ちょっとな・・・・。」
そう言って俺を睨み、「藤井からあの事を聞いているか?」と尋ねてきた。
「あの事・・・・・・って、どの事?」
「最近やたらとペットがいなくなるって話だよ。聞いてないか?」
「ええっと・・・ああ!確かそんな話をしてたな。」
藤井は言っていた。最近ペットが盗まれる事件が相次いでいると。
そして・・・・こんなことも言っていた。
沖田の車のトランクから、猫の声が聞こえたと。「助けて」と呟く猫の声が・・・・。
「なあ沖田。お前・・・もしかしてそのペットの盗難に関わってるのか?」
「・・・・・・・・・・。」
「黙るなよ。もしかしてお前が犯人とかじゃないよな?ペット探偵の仕事を得る為に、自作自演してたとかじゃないよな?」
そう尋ねてみたものの、実はかなり黒に近いんじゃないかと疑っている。
沖田はじっと黙っていた。重々しく口を閉ざし、俺の視線から逃げるように目を逸らした。
「・・・・俺は・・・野生動物は嫌いだ・・・。ママを殺したからな。でも・・・ペットは好きなんだ。ママを失くす前から犬を飼っていたから、ペットは好きだ・・・。」
そう言って社を見上げ、懺悔でもするかのように続けた。
「ペット探偵を始めたのは、俺の仲間を殺したベンジャミンを捜す為だった。けど・・・意外とやりがいがあった。そして・・・多くの苦しむペットたちに出会ったんだ。どんなペットだって、その運命は飼い主の手に委ねられている。だから・・・不幸な境遇にある動物を助けようと・・・・・、」
「お前・・・・もしかしてさらったのか?その・・・不幸な境遇のペットとやらを・・・・。」
「ああ・・・見ていられなかったからな。盗んだペットは、俺が責任を持って里親を探したよ。でも全部は無理だった。だから・・・・離れた所に家を借りて、そこで面倒を看ている。」
「じゃあ・・・お前が犯人なんだな?」
「そうだよ、ペットの盗難は俺が犯人だ。でも悪いことをしたとは思っていない。人間に運命を握られているペットは、人間の手でしか運命を変えられない。だから・・・・俺が変えてやったよ。なるべく良い方向にな。けどベンジャミンの奴まで同じ事をしているとは思わなかったよ。」
沖田はさらに社に近づく。ヒリヒリと殺気の漂う社に、臆することなく近づいて行く。
「ベンジャミンは・・・俺と似ているのかもしれない。大切な者を失くし、消えることのない怒りを抱いている。そして俺は野生動物を、アイツは人間を殺し、埋められない悲しみを誤魔化してきた。でも・・・まさかお互いに動物愛護のボランティアをしていたとはな。まあ俺のは犯罪だけど、それでも不幸な境遇のペットを助けようって想いは一緒さ。」
そう言って肩に掛けた銃を構え、社に向けた。
「おい!何する気だ!?」
「ベンジャミンを殺す。もうそれ以外に北川翔子を救う手は無いだろう?」
「よせ!稲荷にそんなもん効かないよ!ダキニの時に思い知っただろ!?」
「でも丸腰よりはマシだろ?この社からはビリビリとアイツの怒りが伝わって来る。もうどんな説得にも応じないよ。力づくでも人質を助けないと。」
「でも・・・人間の勝てる相手じゃない。強硬な手段に出たって、お前が殺されるだけだ。」
「いいさ、そうなっても。」
「よくないよ!人を見殺しに出来るか!」
俺は沖田の腕を掴んで止めようとした。しかしアッサリと振り払われ、尻もちをついてしまった。
「なあ有川・・・・藤井はもう完全に俺のことを嫌ってるよ。」
「はあ?なんだよこんな時に・・・・、」
「それに・・・俺はいくつも罪を重ねた。密猟にペットの盗難、あとは藤井の誘拐だ。それにベンジャミンにも誘拐をそそのかした。」
「だから何だよ?こんな時に懺悔なんかしたって・・・・、」
「もう無いんだよ!」
「はあ?さっきから何を言って・・・・、」
「俺には何も無い!藤井もいない!ママもいない!坂田達も・・・・俺を見限るだろう。でも全部自業自得さ!別に刑務所に行くのは構わない!でも・・・出て来た後は何も無いんだ!また・・・またママを失った頃に戻るだけだ・・・・。」
「沖田・・・・。」
沖田の肩が震えている。自分の歩む先には何も無いという悲しさに、その肩を震わせている。
今の沖田が最も恐れているのも、それは孤独だ。
そして・・・その気持ちは俺にもよく分かる。
かつて誰も心を開ける相手がおらず、マイちゃんと出会うまでは友達さえいなかった。
しかし・・・今は違う。孤独というのは、自分が心を閉ざした瞬間から始まる。
周りが自分から遠ざかっていくんじゃない。自分が周りを遠ざけていくんだ。
孤独というのは、そうやって自分の殻に閉じこもった瞬間から始まる・・・。
今の沖田は、まさにその状態だった。周りが見えず、ただ母を失った時の悲しみに暮れている。
きっとコイツは、お袋さんを亡くした時からずっと心を閉ざしたままだったんだろう。
藤井という一筋の光はあったが、それさえも遠ざけようとしている。
だから・・・その勘違いを訂正してやらないといけない。
「なあ沖田・・・。藤井は確かにお前に良い印象を持っていない。でもな、きちんと謝れば許してくれるさ。藤井は心の狭い奴じゃない。だからお前が心の底から謝れば、きっと許してくれる。だから何も無いなんてことはないよ・・・・。とにかく今は銃を下ろして、俺の話を聞いて・・・・、」
そう言って沖田に近づいた瞬間、突然社の扉が開いた。
そしてその向こうから大きな手が伸びて来て、沖田の頭を鷲掴みにした。
「沖田!!」
慌てて駆け寄ると、沖田は社に向かって銃を撃った。放たれた弾丸が扉の向こうに飛んでいき、グニャリと空間が歪んだ。
《ここもダキニの社と同じなんだ・・・。この中が別の場所へ繋がっている!》
俺は沖田に飛びつき、力いっぱい引っ張った。
「ベンジャミン!お前だろう!?いい加減そこから出て来いよ!俺たちと話をしよう!」
そう呼びかけると、短く返事があった。
《・・・有川さん・・・・・。》
「こ・・・これは翔子さんの声!翔子さん!無事なんですか!?今すぐ助けますからね!」
《・・・有川さん・・・この稲荷は・・・すごく寂しがってる・・・・。
だから・・・・助けてあげて・・・・。有川さんなら・・・きっと・・・・、》
翔子さんの声が細く、そして弱々しく聞こえる。どうやらかなり参っているようだ。
「翔子さん!しっかりして下さい!今すぐに助けて・・・・て、うおおおおおお!!」
沖田はズルズルと引きずられ、社の中へ飲み込まれていく。
《クソ!ベンジャミンと力比べしたって勝てるわけがない・・・。このままじゃ俺まで・・・、》
俺も沖田もズルズルと中に引きずられていく。そして社に飲み込まれようとした時、誰かが俺の身体を引っ張った。
「あんた・・・無茶してんじゃないわよ!」
「アカリさん!」
アカリさんは俺の身体に手を回し、足を踏ん張って支えている。しかしそれでもベンジャミンの力には勝てない。
「この馬鹿力・・・・昔っから変わってないわ!」
そう叫んで稲荷に変化した。稲荷の姿になったアカリさんを見るのは初めてだけど、ベンジャミンよりも一回り小さい。
これでは勝負は見えている・・・・。
それでもアカリさんは必死に引っ張った。俺の身体に腕を回し、最後にはズボンに噛みついて引っ張り出した。
「ちょ・・・ちょっとアカリさん!ズボンが破ける!!」
「ひょんはほとひっへるはあい!?あんはもひっはりははい!!」
「何言ってるか分かんないですよ!って・・・・・ぬあああああああ!!」
沖田はズルズルと引きずられ、そのまま社に飲み込まれてしまった。
「なんてこった・・・・早く助けないと!」
そう言って飛び込もうとすると、マサカリたちまでついて来た。
「俺たちも行くぜ!」
「ここからが本番!俺のいいとこ見せちゃうよ!」
「いやいや、ここは俺が活躍して、ハムスターの地位に貢献だ!」
「はあ・・・どいつも役に立たなさそう・・・・。」
「お前ら・・・・ついて来る気か?」
「はん!当たり前だろ!ていうか先に行くぜ!!」
「あ、コラ!勝手なことを・・・・、」
動物たちは「お先!」と言って、社の中へ飛び込んでいった。
それを見たアカリさんは、「私たちも行くわよ!」と俺を抱えた。
「ここまで来たらベンジャミンとやり合うしかない!」
「やり合うって・・・アカリさん勝てるんですか!?」
「無理に決まってるでしょ!だからって黙って見てるわけにはいかない!悠一君も腹を括りなさい!」
そう叫んで飛び込もうとすると、冴木君と御神さんまで追いかけて来た。
「あんた達は来なくていい!悪いけど足手まといになるからそこで待ってて!!」
アカリさんに怒鳴られ、二人はピタリと足を止めた。
きっと稲荷の姿を見るのは初めてだったんだろう。怯えた表情でコクコクと頷いていた。
「悠一君!翔子ちゃんを助けるわよ!」
「分かってます!これが最後ですからね!」
「そうよ・・・もうここで終わりにしないと・・・・。行きましょう!」
アカリさんは尻尾で俺を掴み、社の中へ飛び込んだ。激しい風が駆け抜け、別の場所へと運んで行く。
この奇妙で不思議な夏も、これで最後になるだろう。
俺は激しい風を受けながら、ワープゾーンの先へと抜けて行った。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第四十四話 天を突く光(5)

  • 2014.12.11 Thursday
  • 12:17
JUGEMテーマ:自作小説
文江さんのプロマイドを握りしめたまま、俺は沼の傍で立ち尽くしていた。
目の前には二つの人影があって、そのうちの一つは仰向けに倒れていた。
「たまき!!」
倒れた人影に向かって、その名前を叫びながら駆け寄っていた。
「しっかりしろ!たまき!!」
「・・・・・・・・・。」
たまきは血を流して倒れていた。人の姿に戻り、白い肌を赤く染めていた。
「たまき!たまき!!」
抱き起して揺さぶると、ほんの薄く目を開けた。何かを言おうとしているが、口を開けた途端に血を吐いた。
「喋るな!余計血が出るから!」
俺はたまきの肩を抱き、傷ついた身体に目をやった。
「これは・・・酷い・・・・。」
たまきの胸には大きな穴が開いていた。はだけた着物の胸元から、赤黒い血が滲んでいる。
それに身体のあちこちに切り傷があって、見るのも痛々しいほどだった。
「たまき・・・死ぬなよオイ!」
たまきは何かを言おうと口を動かす。しかしまた血を吐き、苦しそうに咳き込んだ。
「たまき・・・・ごめん・・・。見捨てて逃げてごめん・・・。」
そう言って項垂れると、そっと手を伸ばしてきた。
「たまき・・・・。」
その手を握りしめると、苦しそうに口を開いた。
「・・・どう・・・して・・・戻って・・・来たの・・・・?」
「だって・・・だって見捨てられないから!散々助けてもらったのに、見殺しになんか出来るわけないよ!」
「・・・馬鹿ね・・・せっかく・・・逃げる時間を・・・作ってあげたのに・・・。」
たまきは呆れたように笑った。そして俺の手を握りしめ、血を吐きながら続けた。
「・・・あんたは・・・本当に・・・・あの人に似てる・・・・。気が・・・弱いクセに・・・・誰かの為に・・・無茶をする・・・・。」
「・・・仕方ないだろ・・・そういう性分なんだから・・・・。」
「ふふ・・・・あの人も・・・同じようなことを・・・言っていたわ・・・・。だから・・・やっぱり似てる・・・・。」
そう言って声を出して笑った。そして俺の頬に触れ、ツラリと涙を流した。
「・・・あの人は・・・報われないまま・・・逝ってしまった・・・・。だから・・・あんたには・・・そうなってほしくないの・・・・。それなのに・・・・また戻って来るなんて・・・本当に馬鹿な子・・・・。」
そう呟いた後、ビクンと身を逸らして血を吐いた。
「たまき!もう喋るな!」
「・・・悠一・・・私を・・・起こして・・・・。」
「はあ?何を言ってるんだよ?」
「いいから・・・早く・・・・。」
たまきは俺の肩を掴み、鋭い目で睨んだ。その目は死にかけている者の目ではなかった。強い意志を宿した、燃え上がるような眼光だった。
俺は頷き、そっとたまきを起こしてやった。すると前の前に立つダキニを睨んで、ゆっくりと頭を下げた。
「・・・ダキニ・・・・勝負は・・・私の負けよ・・・。」
それを聞いたダキニは、満足そうに微笑んだ。
「たまきの口から敗北宣言を聞けるなんて・・・・やっぱり今日は最高ね。」
そう言って肩を揺らしながら笑い、腕を組んで見下ろした。
「でもその目は何か言いたそうね?まあだいたい想像はつくけど、一応聞いてあげるわ。長年の付き合いだからね。」
「・・・・感謝するわ・・・・。」
たまきは俺の肩を握りしめ、震えながら立ち上がった。
「たまき!立ったらダメだ!余計に血が・・・・、」」
「・・・あんたはそこにいて・・・・。邪魔したら許さないわよ・・・・。」
たまきは血走った目で俺を睨む。こんな目を向けられるのは初めてだったので、何も言えずに黙り込んだ。
《いったい何をするつもりなんだよ・・・そんなボロボロで・・・・。》
不安になりながら見ていると、たまきはダキニの前に膝をついた。
そして地面に手をつき、深く頭を下げた。
「私の負けです・・・・。だから・・・どうかこの子だけは見逃してやって下さい・・・・。」
「たまき・・・・。」
「お願いです・・・・。私はどうなってもいいから・・・この子だけは・・・どうか・・・・。」
俺はいたたまれなくなって目を逸らした。
《こんな・・・こんなたまきの姿なんて見たくない!俺の為だっていうのは分かっている。けど・・・・こんなのはたまきじゃない!》
いつだって凛としていて、誰にも媚びないのがたまきだ。それなのに・・・・それなのに!俺のせいでこんな・・・・、
「もういいよたまき!俺は・・・・、」
そう言いかけた時、ダキニがクスクスと笑った。
「ああ!ほんっとに今日は最高!!あのたまきが土下座して謝るなんて!生きててよかったあ〜!」
ダキニは心底嬉しそうに微笑む。その顔は至福の喜びに満ちていて、まるで天国にでも昇ったかのようだった。
「たまき・・・顔を上げて。」
そう言われて、たまきはゆっくり顔を上げた。
「あんたの土下座・・・胸に響いたわ。だから願いを聞いてあげる。」
「・・・・ありがとう・・・。」
「でもね、無罪放免ってわけにはいかないわ。そこの坊やはまがりなりにも私に楯突いたんだもの。それなりの罰は受けてもらう。」
「待って・・・・・罰なら私が受けるから、この子には何もしないで・・・・、」
たまきはふらつきながら立ち上がり、ダキニに掴みかかった。そして「お願い!」と何度も叫んだ。
「ああ・・・・いいわあ・・・・なんか濡れてきちゃう・・・。後で抱いてあげましょうか?」
ダキニはゾクゾク身体を震わせ、たまきを押しのけた。そして俺の前までやって来て、凄まじい力で首を締め上げた。
「ぐがッ・・・・・。」
「悠一!!」
たまきは慌てて助けようとしたが、足がもつれて倒れ込む。そして盛大に血を吐いて、震えながら手を伸ばした。
「お願い!やめて!!お願いだから・・・・、」
「・・・・・イヤ。」
ダキニはニコリと微笑み、俺の目に指を向けた。
「本当は殺したいんだけど、たまきに免じて許してあげるわ。でもその代わり・・・・悠一君から光を奪うわね。」
「ひ・・・光・・・・?」
そう尋ねると、「目を潰すのよ」と微笑んだ。
「それくらいは当然の罰だからね。まあ動物と話せるんだし、目が見えなくてもそこまで困らないでしょ?」
「い・・・・嫌だ!離せこの野郎!」
「野郎はないでしょ、野郎は。一応女なんだから。」
ダキニは不機嫌そうに唇を尖らせ、俺の目を潰そうとしてきた。
「嫌だ!」
「ああ、動いちゃダメよ。他の所に穴が開くわよ?」
そう言ってブスリと肩に刺してきた。
「痛ってええええええ!!」
「悠一!!」
たまきは手を伸ばして叫ぶ。しかしもう立ち上がる力はない。力なく倒れ込み、悔しそうにダキニを睨んだ。
「やめてって言ってるでしょ!!それ以上手を出すんじゃない!!」
「あら?そんな言い方していいの?指が狂ってどこに刺さるか分からなくなるけど・・・。」
そう言って俺の頭に指を当て、クスクスと笑った。
「たまきともあろうものが、こんな坊やにそこまで執着するなんて・・・見損なったわ。」
「・・・・あんた・・・それ以上その子を傷つけたら許さない・・・・。」
「へえ?どうやって?」
「あんたなら分かるでしょ・・・・。恨みを抱いて死んだ神は、鬼や悪魔でも恐れる悪霊になる。もしそれ以上その子を傷つけたら・・・・私は絶対に許さない。悪しき霊魂となって、永遠にあんたを苦しめ続けてやるわ。」
「・・・・・それ本気?」
「本気よ・・・・。あんたとタメ張る私が悪霊になったら、どうなるかくらい分かるでしょ・・・・。」
たまきは赤く目を光らせ、歯を剥き出して睨んだ。
彼女の周りに黒い影が立ち昇り、まるで悪霊のような恐ろしい気配を放ち出した。
それを見たダキニは言葉を失い、じっと考え込んだ。
「・・・・仕方ないわね。こんな坊やの為に呪われるなんてゴメンだわ・・・。」
そう言って俺を離し、たまきの前に立ちはだかった。
「お望み通り、悠一君は助けてあげる。でもあんたには死んでもらうわよ?」
「・・・分かってるわ・・・・。どの道もう長くない・・・さっさとやって。」
たまきは死を覚悟したように力を抜いた。そして俺に向かって、「ごめんね・・・」と微笑んだ。
「わざわざ助けに来てくれたのに・・・・無駄になっちゃったわね・・・・。」
「たまき!嫌だよ!死なないでくれ!!」
「・・・・仕方ないのよ・・・・負けたんだから。でも私が死んだって、あんたは自分を責める必要はないのよ・・・・。たかが猫一匹死ぬだけ・・・・すぐに忘れるわ・・・・。」
「そんなことない!!俺は・・・・まだお前に何も返してないのに・・・・。」
悔しかった・・・。何も恩を返せず、ただ死ぬのを見ているしかないなんて・・・・。
しかしそこでふと思い出した。どうして自分がここに戻って来たのか、この手に握りしめている物を見て思い出した。
《そうだよ・・・・俺はたまきを助ける為にここへ来たんだ・・・・。
死にかけたアイツを見て動揺してたけど・・・・すっかり忘れてた・・・。》
このプロマイドを使えば、きっとダキニの中の浮幽霊を追い出せる。
でも・・・・その後はどうする?例えダキニを弱らせることが出来たとしても、俺の力では到底・・・・、
じっと考え込んでいると、たまきが「悠一」と呼んだ。
「ねえ悠一・・・最後に一つだけ言わせて・・・・。」
そう言って俺の目を見つめ、とても厳しい顔をしてみせた。
「あんたは・・・近いうちに選ばなければいけないわ・・・・。」
「選ぶ・・・・?」
「・・・藤井さんよ。あの子と共に歩むのか、それとも自分の道を行くのか・・・・。それがこの先の人生を分ける・・・・。」
「藤井が・・・・。そんなの決まってるよ!俺はあいつと一緒に・・・・、」
「いいから最後まで聞きなさい・・・。前にも言ったとおり、あの子はあんたに不幸を運んで来る。
今日みたいに・・・命の危険に晒されるような不幸を・・・・。」
「いや、これは藤井じゃなくて俺が勝手に・・・・、」
「違うわ。これはあの子が運んで来た災い・・・。今回は運良く生き延びたけど、次はどうなるか分からない・・・。だから・・・・あの子と別れなさい・・・。それがあんたの為よ・・・・。」
たまきは険しい顔でそう言った。間違った道に進む我が子を諭すように、穏やかな声でそう言った。
「・・・・それも・・・やっぱりご神託ってやつか?」
「そうよ、猫神のご神託・・・・。でも・・・受け入れるかどうかはあんた次第だけどね・・・。」
そう言って微笑むと、ダキニが苛立たしそうに「まだ終わらないの?」と唇を尖らせた。
「もう寸劇は充分でしょ?やっちゃっていい?」
「・・・・そうね・・・。でも最後にこれだけ・・・・。」
たまきは目を閉じ、お告げでも聞くかのように耳を澄ました。
「・・・一つだけ・・・・たった一つだけ、藤井さんと共に歩む方法があるわ。」
「そ・・・それはどんな方法!?」
「・・・どちらかが・・・動物と話せる力を消すのよ・・・。そうずれば、不幸を避けて同じ道を歩める。あの子と結ばれて、幸せな人生を送れるわ・・・・。」
「動物と・・・・話せる力を消す・・・・?」
いったい何を言っているのか分からなかった。動物と話せる力を消すって言ったって、いったいどうやって・・・・。
「なあたまき、それはどうすれば・・・・、」
そう尋ねようとした時、ダキニが「もうお終い」と遮った。
「充分待ったでしょ?これ以あんた達の寸劇は見てられないわ。」
ダキニはたまきの首を掴み、手の甲に血管を浮かび上がらせた。
「一撃でへし折ってあげる。長年のよしみだから、最後は楽に逝かせてあげるわ。」
そう言って指を食い込ませ、たまきの首を折ろうとした。
「やめろ!頼むからたまきを殺さないで・・・・・、」
そう言おうとした瞬間、短い音が響いた。それは空気を切り裂くような、乾いた音だった。
「これは・・・銃声!?」
乾いた音はもう一度響き、ダキニが「痛いわねえ」と唸った。
「誰よ?この私に鉄砲玉なんて食らわせたのは?」
そう言ってたまきから手を離し、前方の木立を睨んだ。
するとその中から、銃を構えた沖田が現れた。
「沖田!?なんでここに・・・・、」
「なんでもクソもあるか!そこの女ギツネを殺す為に決まってるだろ!」
そう叫んで銃を構え、ダキニの額に撃ち込んだ。
「だからあ・・・・痛いって言ってるじゃない。こんなもんぶつけないでよ!」
ダキニは銃弾を掴んでいた。額に当たったと思ったのに、いつの間にか掴んでいたらしい・・・。
「うるさい!お前・・・よくも人のことを利用してくれたな!」
「ん?何が?」
「とぼけるな!俺を洗脳してただろ!?」
「・・・・・・?」
ダキニは肩を竦めて首を振った。沖田は「とぼけても無駄だ!」と言い、銃を構えたまま近づいた。
「もう全部分かってんだよ!お前はわけの分からない術で俺を洗脳して、正気を狂わせていたんだろう?」
「知らないわ。」
「ウソつけ!お前は俺をさらった時に、こっそり洗脳をかけていたんだ!そして俺に有川を殺させようとした!」
「あれは自分でやったんでしょ?私は知らない。」
「まだとぼけるのか?いくら俺でも、人に銃を向けるほど堕ちていない!お前は俺を洗脳し、有川を殺させようとしたんだ!」
「何それ?こんな坊やを殺すくらい、自分でさっさとやるわよ。」
ダキニは話にならないという風に首を振った。
すると木立の中から誰かが現れ、「それはどうかしら?」と呟いた。
「・・・・ウズメ・・・あんたどうしてここにいるの!?」
ダキニは驚いて後ずさった。ウズメさんはニコリと笑い、「この子たちが呼びに来たんです」と手を向けた。
そこにはマサカリたちがいて、サッと俺の方に駆けよってきた。
「悠一〜!生きてたか!」
「マサカリ・・・・お前がウズメさんを呼んで来てくれたのか?」
「おうよ!あの後沖田が目を覚ましてな。ケツを噛み千切ってやろうとしたら、急に俺たちをつれて神社をワープしたんだ。
そうしたらベンジャミンの神社に出て、お前のピンチを伝えてくれたんだよ!」
「沖田が・・・・・。」
驚いて彼に目を向けると、「さっきは悪かったな・・・」と謝った。
「自分でもおかしいと思ってたんだ・・・。ダキニさらわれてから、どうにも自分じゃない違和感があった。お前に銃を向けるわ、挙句の果てには藤井を襲うわ・・・・。でも目が覚めたら、なんだかスッキリしてた。あの十字架で刺されたおかげかな?」
そう言って頬の傷を指して笑い、再び銃を向けた。
「お前が去った後、俺はベンジャミンの神社へ向かった。アイツに翔子を解放するよう説得しようと思ってな。そしたらお前らの言うウズメって奴がいた。俺はすぐにこの場で起きていることを伝えたってわけだ。」
「沖田・・・・。お前・・・ただのマザコンじゃなかったんだな!良い奴じゃないか!」
「いいや、良い奴じゃないし、ただのマザコンだ。今でもお前は嫌いだし、藤井を取られた嫉妬は消えない・・・。」
沖田は真剣な顔でそう言い、マサカリ達を見つめた。
「そいつらがな、必死にキャンキャン吠えるんだよ。ウズメに向かって、まるで気が狂ったように・・・。俺は動物の言葉は分からないけど、きっとお前を助けようと必死だったんだな。」
そう言ってマサカリたちに笑いかけると、照れくさそうに「はん!」と唸った。
「別にそんなんじゃねえよ・・・。ただ飼い主を助けるのは、ペットとして当たり前なわけで・・・、」
モジモジしながらそう呟くと、チュウベエが「ツンデレかよ」と突っ込んだ。
「うるせえな!インコは黙ってろ!」
「べ・・・別にアンタの為にやったわけじゃないんだからね!ただたまたまウズメがいたから、一応伝えただけなんだから!
・・・・・・ここまで言えよ、デブ。」
今度はカモンにからかわれ、「ぬうう・・・」と震えて怒っていた。
これ以上動物たちの漫才に構っていられないので、沖田に目を戻した。
「話を伝えると、ウズメはすぐに動いてくれた。まず俺にかかった洗脳を解いてくれて、その後別の神社へ行ったんだ。」
「別の神社・・・・?」
「ああ、伊破神社って所へ向かった。ウズメはそこで、オオクニヌシっていう神様に祈りを捧げたんだ。もし何かあった時は、力を貸してくれるようにってな。」
それを聞いたダキニは、「ウズメ・・・・」と睨んだ。
「余計なことするんじゃないわよ!これは稲荷の問題なんだから、他の神を干渉させないでよ!!」
「いいえ、もう稲荷だけの問題ではありません。あなたはこの国の神のルールを犯し、しかもその手で罪のない人間まで殺そうとした。これは到底許されることではありません。」
「それは悠一君のこと?殺してないじゃない。まだちゃんと生きてるわ。」
「ではどうして沖田を洗脳したんですか?あなたは沖田を利用して、悠一君を殺そうと企んだんじゃありませんか?自分が直接手を下せば、罪の無い人間を殺した責任を問われるから。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「もうオオクニヌシ様には全てを伝えました。きっと今頃、他の神々もこの光景をご覧になっていることでしょう。スマホやパソコン越しにね。」
そう言ってウズメさんは、ニコリとウィンクを飛ばしてきた。
「よく頑張ったわね悠一君。後は私に任せなさい。」
「ウズメさん・・・・・。」
ウズメさんが来てくれたおかげで、一気に安堵が押し寄せた。するとなんだか気が抜けてきて、その場にへたり込んでしまった。
「よかった・・・・助かった・・・・。」
ウズメさんはそんな俺を見てニコリと微笑みながら、そっとたまきを抱き上げた。
「たまき・・・・。こんなにボロボロになるなんて、らしくないわね。」
「・・・・そこの馬鹿が・・・・浮幽霊を利用するなんて・・・反則技を使ったからね・・・・。そうでなきゃ・・・・私が遅れを取ったりはしないわ・・・・。」
ウズメさんは「そうね」と頷き、たまきを沼に浸からせた。
「ここでじっとしてなさい。きっと山の気が傷を癒してくれるわ。」
「もう・・・無理よ・・・・。あまりに力を使い過ぎた・・・・・・。」
「弱気になっちゃダメ。私も手伝うから。」
そう言ってたまきの手を握り、「大丈夫」と励ました。
「悠一君、もうここは大丈夫よ。さすがのダキニ様も、これ以上は何も出来ない。この国の神様を敵に回しちゃうからね。」
「ウズメさん・・・・ありがとう・・・・。もうダメかと思ってた・・・・。」
「ふふふ、まだ弱気になる時じゃないわ。君には最後の大仕事が残ってるでしょ?」
ウズメさんは俺の肩を叩き、「翔子ちゃん・・・待ってるわよ」と言った。
「沖田に連れて行ってもらいなさい。そしてベンジャミンを説得して、必ず翔子ちゃんを助け出すの。」
「はい。それとベンジャミンも・・・・・、」
「知ってる、アカリちゃんと約束したんでしょ?彼女も向こうで待ってるわ。だから早く行ってあげて。」
そう言って俺の背中を押し、再びたまきを励ましていた。
「たまき・・・・生きろよ。俺はまだ何も返してないんだから、こんな所でくたばるなよ。」
「・・・・そうね・・・・まだ死ねないわ・・・。あんたがもう少し強くなるまでは・・・・。」
たまきは目を閉じ、「行って来なさい・・・」と言った。そしてウズメさんの手を握ったまま、眠るように気を失った。
俺は貫かれた肩を押さえ、じっと痛みを我慢した。
こんな傷は、たまきに比べたら屁でもない。アイツは死にかけながらも、俺を助けようとしてくれたんだから・・・・。
「沖田!ベンジャミンの神社まで案内してくれ!」
「ああ。でもこの女ギツネはどうする?放っておいていいのか?」
「・・・大丈夫だろ。コイツは計算高い奴だから、これ以上余計なマネはしないさ。」
ダキニはじっと黙っていた。宙を睨みつけ、静かに怒りを殺していた。俺は彼女の横を通り抜け、沖田の元に向かった。
するとその時、沖田が「危ない!」と叫んで銃を撃った。弾丸は俺のすぐ横をかすめ、後ろにいるダキニ当たった。
「有川!しゃがめ!」
そう言われて反射的にしゃがむ。するとさっきまで頭があった場所に、ダキニの爪が振り下ろされた。
「な・・・なんだ!?」
「・・・・もういい・・・もういいわ・・・・。」
ダキニはクスクスと笑い、凶悪に顔を歪めた。
「どうせ私の所業はこの国の神にバレた・・・。今さら大人しくした所で、稲荷の座を追われるのは目に見えている。
だから・・・全員殺す!!この場にいる者を、肉片一つ残さず叩き潰す!!」
ダキニは「ごおおおおおおお!!」と雄叫びを上げ、再び巨大な稲荷に変化した。
「どいつもこいつもカスばっかり!!チマチマ人の邪魔してくれやがって!!魂ごと食らい尽してやらああああああ!!」
そう叫んで俺を睨み、「まずはお前からああああ!!」と飛びかかってきた。
沖田は慌てて銃を撃つが、そんな物は全く効かない。まるで刀剣のような牙を剥き出して、俺に襲いかかってきた。
「うわあああああああ!!」
巨大な牙が目の前に迫り、もうダメだと固まった。しかし・・・・突然ダキニの動きが止まった。
「・・・なんだ・・・?」
震えながらダキニを見つめると、彼女の尻尾に何かが噛みついていた。
「ああ・・・・じいさん!!」
巨大な稲荷に変化したじいさんが、ダキニの尻尾に牙を突き立てている。
そして俺を見つめてニヤリと笑い、力任せにダキニを投げ飛ばした。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第四十三話 天を突く光(4)

  • 2014.12.10 Wednesday
  • 12:46
JUGEMテーマ:自作小説
口の中に突っ込まれた銃口から、火薬の臭いが広がる。
沖田は鬼のような形相で俺を睨み、今まさに引き金を引こうとしていた。
《ヤバイ!・・・今度こそ死ぬ・・・・。》
そう思った時、頼りないブルドッグが勇気を振り絞って助けに来てくれた。
「悠一を殺すなああああ!」
そう言ってなぜか俺の方に体当たりをする。コイツ・・・目をつぶってやがったな・・・・。
しかしそのおかげで銃口が逸れ、弾丸は俺のすぐ横ににめり込んだ。
近くで銃声を聞いたせいで、耳がキンキンする・・・・。それでも何とか立ち上がり、沖田の銃を蹴り飛ばした。
硬い音が響き、銃が宙を舞っていく。沖田は俺を突き飛ばして銃を掴もうとするが、チュウベエとカモンがそれを邪魔した。
チュウベエが沖田の目に糞を落とし、カモンが鼻の穴に手を突っ込む。
そして遅れてやって来たマリナが、尻尾を足に巻きつけて転がした。
「またお前らか!」
沖田は怒りで顔を真っ赤にする。しかし・・・・もう勝負はついていた。
俺は銃を構え、「動くな」と頭に突きつけた。
「本当にお前って奴は・・・往生際が悪いにもほどがあるだろ。」
「黙れ!化け猫なんかに甘えてる奴に言われたくない!お前こそ重度のマザコンだ!」
「・・・・そうかもな。」
素直に認めると、沖田は意外そうな顔で振り向いた。
「お前の言うとおり・・・確かに俺はたまきに甘えっぱなしだ。それに恵まれた環境にいるのも事実だよ。」
「なんだ・・・やけに素直に認めやがって・・・。同情でも誘うつもりか?」
「そんなんじゃないよ。実はさ・・・俺も薄々そう思ってたんだよ。たまきはすごく良い奴だけど、このまま甘えててもいいのかなって・・・・・。だから・・・全てが片付いたら、アイツに会うのは控えようと思ってる。」
「ははは!控えようだって!それが甘えてるって言ってるんだよ!男ならハッキリ言えよ!もうあの化け猫とは会わないって。」
沖田は笑いながら迫って来る。まったく銃を恐れず、自ら額に銃口を当てた。
「お前みたいな甘っちょろい奴が、人を撃てるのか?」
「・・・・・・・・・・。」
「どうした?撃ってみろよ?それともアレか?やっぱりたまきママがいなきゃ何も出来ないか?」
「・・・・・・・・・・。」
「さっさと撃てやコラアアア!!化け猫に甘える変態野郎があああ!!」
「・・・撃てない。」
「え?なんだって?」
「撃てないよ・・・・。だって・・・コレもう弾が入ってないから。」
俺はカチリと引き金を引いた。しかし弾は出て来ない。引き金を引いた音が小さく鳴るだけだ。
「さっき銃を取った時、威嚇で撃とうとしたんだ・・・。でも弾は出てこなかった。だから撃てない。
そして・・・お前のその強がりがハッタリだってことも知ってる。」
「はあ?」
「これはお前の銃だろ?じゃあ弾切れだってことくらい知ってたはずだ。
カッコつけてごちゃごちゃ言ってたけど、弾が無いなら怖くないもんな?」
「・・・・何が言いたい?」
「もうお前も限界なんだろ?顔に十字架刺されてさ、しかも目を覚ましたら怪獣の尻尾で叩かれたんだ。
強がってるけど、もう立ってるのも辛いはずだ。だからゴチャゴチャ言って強がってみせることで、俺を追い詰めようとしてるんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・。」
「なんだ図星かよ。単純だな、お前は。」
馬鹿にしたように笑うと、「ざけんなああああ!」と殴りかかってきた。
しかし今の沖田のパンチなんて、藤井のパンチをよけるよりたやすい。
俺はヒラリとかわし、すれ違いざまに銃で思い切りカチ上げてやった。
「ごはあッ!」
硬い銃口が顎を捉え、沖田は血を吐いて倒れていく。
「ぐおお・・・・。」
「沖田・・・・確かにたまきに関しちゃお前の言う通りだよ。俺はあいつに甘えすぎかもしれない。けどな、藤井に関しちゃ違うぞ!俺とアイツは対等だと思ってる。どっちが甘えるとか無いんだ!だからお互いに好きなわけだし、大事に想ってる・・・。けどお前はそうじゃない!いつまでもママの面影を追いかけて、藤井に甘えてるだけだ!」
「・・・し・・・知ったようなことぬかすな・・・・。」
「うるせえよ!今は俺が喋ってんだ!お前は黙れ!!」
「ぐはあ!」
もう一度銃で叩きつけ、髪を掴んだ顔を上げさせた。
「お前は言ったよな?藤井はママの代わりになれるって。だったらどうして傷つけるような真似をした!?」
「・・・うるせえよ・・・死ね!」
そう言って俺の足に唾を吐く。血の混じった唾が、ドロリと足を垂れていった。
「お前なんかに俺の気持ちが分かるか・・・・くたばれ!」
そう言ってまた唾を吐く。いったいこの意地はどこから来るんだろう・・・?
もう完全に負けているのに、どうしてここまで強がるんだろう・・・?
《沖田の言うとおり、俺にはコイツの気持ちなんて理解出来ない。けど・・・なんか歪んだ愛情みたいなものを感じるんだよな。》
沖田は鬼のような目で俺を睨む。もうボロボロのはずなのに、目の力だけは衰えていなかった。
「・・・なあ沖田。お前さ・・・・もしかしてだけど・・・・・お袋さんのことが好きだったのか?」
そう尋ねると、マサカリが「何当たり前のこと聞いてんだよ」と突っ込んできた。
「コイツは重度のマザコンなんだぜ。ママのこと大好きに決まってるだろうが。」
「いや、そうじゃなくてだな・・・・。その・・・何と言うか・・・・ライクじゃなくて、ラブの方だったんじゃないかと・・・。」
「ん?どういうことだ?」
「だから・・・・コイツはお母さんにだな・・・その・・・恋をしていたんじゃないかと・・・・。」
「はああ?何気持ち悪いこと言ってんだよ!お母さんに恋ってお前・・・・それはもうマザコン以上じゃねえか。」
「そうだよ。でも・・・どうもそう思えて仕方ないんだよ。だってコイツは本当に藤井を愛してるよ。今まで見てたけど、藤井に手を上げることは一つもなかった。十字架で顔を刺されても、藤井を殴ったりはしなかったんだぜ?」
「はん!痛くて動けなかっただけだろ!」
「そうかな?コイツみたいな格闘技の達人なら、いくらでも反撃出来たと思うんだよ。でもそうしなかったのは、藤井を傷つけたくなかったからだ。けどその割には平気でキスしたり身体を奪おうとしてただろ?だからだな・・・その・・・・きっとコイツは・・・・、」
この先を言うのはとても恥ずかしい。でも今さら黙るわけにもいかないので、思い切って先を続けた。
「きっと沖田は・・・お袋さんのことを一人の女性として見ていたんだと思う。実際にお袋さんとはどういう関係だったのか分からないけど、歪んだ愛情を持っていたことは確かだ。」
そう言い切ると、沖田は突然笑い出した。
「はははは!そうだよ!俺はママのことが好きだった!」
「マジかよ・・・・有り得ねえぜ・・・。」
マサカリが気持ち悪そうに顔を歪める。
「でもな、言っとくけど手は出してないぜ。俺だってギリギリの所では踏み止まってたんだ。でも・・・藤井はママじゃない。アイツはママであって、ママじゃないんだ!だから結婚だって出来るし、子供だって産める!こんな女には二度と巡り合えない!」
「それで藤井に執着してたのか・・・・。」
「アイツは他のどんな女でも代わりは利かない・・・。でももう終わりだよ。きっとアイツは俺を見限るだろう。だって・・・お前の飼ってる動物に手を出しちまったんだからな。あの白い猫・・・モンブランっていうのか?アイツを蹴り飛ばした時、藤井は本気で怒ってた・・・・。あの優しい藤井が、十字架の首飾りで顔を刺すなんて・・・普通じゃ考えられないからな。」
「じゃあなんでここまで粘ったんだ?もっと潔く負けを認めてもよかっただろ。」
「お前が気に食わなかったんだよ!他に理由なんかあるかよ!」
「それは藤井と付き合ってるからか?それともたまきに甘えてるからか?」
「両方だよ!だいたいお前は女に囲まれ過ぎなんだよ!なんだよあの翔子とかいう美人はよ!?ベンジャミンから写真を見せてもらったけど、見た目も中身も抜群なんだろ?それに加えてウズメやアカリって美人もいるらしいじゃねえか!あとコマチとかいう化けタヌキもいるんだろ?お前はいったい何なんだよ!見た目も中身も良い女に囲まれ過ぎなんだよ!!ハーレム作ってんじゃねえよクソが!」
「そんなもん知るかよ!ただの嫉妬じゃねえか!」
「いいや、違うね。お前には男の友達はほとんどいないはずだ。周りにそういう女ばっか集めるのは、マザコンの証拠なんだよ!!どうしてそんな良い女が一人くらい俺の所に来ないんだ!」
「だから知るかっての!いい加減くたばれこの野郎!!」
「げふうッ!」
銃で叩きつけると、ようやく気絶してくれた。
「この野郎・・・好き放題言いやがって・・・。当たってる部分もあるから傷つくじゃねえか!」
そう叫ぶと、動物たちから「自覚してんだな」という目で見られた。
「そんな目で見るな。俺も今の現状がいいとは思ってないよ。」
「じゃあ早く事を終わらせないとな。そんで藤井と結婚でもして、子供でも作れよ。
責任ある男になれば、ちっとは成長すんだろ。」
マサカリにもっともらしいことを言われ、悔しくなって唇を尖らせた。
「とにかく・・・・沖田はぶっ倒した。後はたまきの方だけど・・・・、」
そう呟いて目を向けると、巨大な何かが倒れてきた。
「な・・・なんだ!?」
思わず飛びのくと、それはボロボロに傷ついたたまきだった。
「たまき!しっかりしろ!」
「・・・・不覚だわ・・・・ダキニにやられるなんて・・・・。」
たまきは身体じゅう傷だらけになっていて、痛々しいほど血を流していた。
すると向こうからダキニが歩いて来て、「うふふ・・・」と見下ろした。
「よく頑張ったけど、これで終わりよ。ようやく長年の腐れ縁が断ち切れる・・・・。今日は良い日だわ。」
ダキニは心底嬉しそうに笑った。それを見たたまきは、悔しそうに口元を歪めた。
「あんた・・・いくら何でも強過ぎじゃない?ゴンゲンさんを倒した後に私まで倒すなんて・・・・。いったいどんな手を使ったのよ!?」
「うるさいわね。敗者は黙ってなさいな。」
ダキニはそう言ってたまきの顔を踏みつけた。
「最悪・・・・コイツに顔を踏まれるなんて・・・・。」
「うふふ・・・私は最高。あんたの顔を踏める日が来るなんて。」
そう言ってグリグリと足を動かし、たまきに顔を近づけた。
「まあいいわ。もうじき死ぬんだから、私の強さの秘密を教えてあげる。」
ダキニは沼の方に目を向け、「あそこをよく見て」と言った。
「あの沼の上に、白っぽいものがフワフワ漂ってるでしょ?」
「・・・それがどうしたのよ・・・?」
「あれはね、この山で死んだ魂よ。沼に溜まった山の気に引かれて、わんさか集まって来るの。どの魂も浮かばれない浮幽霊だから、放っておくと悪霊になっちゃうわね。」
「だから・・・それがどうしたってのよ?」
「簡単なことよ。私は沼の気を吸い込むのと同時に、あの浮幽霊たちも吸い込んだ。報われない魂たちが、私の中で力になってるってわけ。」
それを聞いたたまきは、「あんた・・・」と怖い目で睨んだ。
「神様でありながら、報われない魂を利用したっていうの!?」
「そうよ、悪い?」
「悪いって・・・・・それじゃ妖怪の頃と同じじゃない!今のあんたは神様なのよ!よくそんな酷い事が出来るわね!また妖怪に堕ちるつもり!?」
「仕方ないじゃない、あんた達が私の邪魔をするんだから。でも心配しないで。あんたを殺したら、吸い込んだ魂は元に戻してあげるから。」
「当たり前よ!今すぐ戻しなさい!早く!」
たまきは牙を剥き出して叫ぶ。しかし「うるさいわね」と顔を蹴られてしまった。
「偉そうに言える立場じゃないってこと・・・・ちゃんと分かってるの?」
「何がよ!?」
「今あんたが死んだら・・・そこの坊やたちはどうなるかしら?」
ダキニはニヤリと笑って俺たちを睨んだ。鋭い牙がギラリと光り、いつでも俺たちを殺せるぞと脅しをかけてくる。
「悠一君はあんたのお気に入りなんでしょ?なんなら彼を先に殺してあげましょうか?あんたの目の前で・・・・。」
「ふざけるんじゃないわよ!そんなことさせ・・・・・・、」
「だからうるさいって。立場を弁えなさい。」
ダキニは爪を立てて顔を踏みつける。たまきは痛そうに顔を歪め、「悠一・・・」と呟いた。
「ここから逃げなさい!私が何とか時間を作ってあげるから!」
「で・・・でも・・・たまきは・・・・・、」
「私のことはいいから!早く逃げるの!」
たまきは残った力を振り絞り、ダキニを押しのけて立ち上がった。
深い傷から血が流れるが、それでも倒れない。俺たちを守るように立ちはだかり、「早く行って!」と叫んだ。
「動物たちと沖田を連れて逃げるの!そして・・・ウズメにこのことを知らせて!」
「う・・・ウズメさんに・・・・?」
「ダキニのやっていることは、この国の神様のルールから外れているわ!だからウズメにこのことを伝えて、他の神様に助けに来てもらうの!それ以外に手は無い!」
「いや・・・でもたまきは・・・・・、」
「いいから早く行く!私は・・・もう限界なのよ・・・。」
たまきは苦しそうに歯を食いしばっていた。傷からは血が溢れ、立っているのもやっとという感じだった。
「ダメだよ!このままじゃお前が死んじゃうじゃないか!見殺しになんて出来ない!」
「いいのよ・・・見殺しにしても・・・・。」
「なんで!?いいわけないだろ!」
そう叫ぶと、たまきは小さく笑った。
「私はね・・・今までに何度もあんたみたいな子を見てきたわ。やる気はあるクセに、気が弱くていつも空回りしてるような子を・・・・。そういう子を見るとね、放っておけないのよ・・・なんでか分かる?」
「分からないよ!そんなことはどうでもいいから、一緒に逃げよう!」
そう叫んでも、たまきは頷かなかった。そして俺の目を見つめ、「似てるのよ・・・・」と呟いた。
「あんたは・・・かつて私を飼ってくれていた人によく似てるの。まだ私が普通の猫だった頃、あんたみたいな人に飼われていた・・・・。その人は根っからのお人好しで、いつも損ばかりしていたわ。そして何一つ報われることのないまま逝ってしまった・・・。」
たまきは昔のことを思い出すように、淡々と語った。
その目はわずかに潤んでいて、昔の飼い主に想いを馳せているようだった。
「私は何もしてあげることが出来なかった。普通の猫なんだから当然なんだけど、でも・・・・悔しかったわ。
だからあんたみいな子を見ると、放っておけないのよ。
幸い今の私には力がある。この力が役に立つなら・・・命なんて惜しくはないわ。」
そう言ってダキニの方を向き、「さあ行って!」と叫んだ。
「私のことは気にせずに早く行くの!後ろを振り返らずに、とにかく逃げるのよ!」
「たまき・・・・・。」
こんな・・・こんな話を聞いたら、ますます見殺しになんか出来ない。
だから俺も戦うと言おうとした瞬間、マサカリにお尻を噛まれた。
「痛ッ!」
「ボケっとしてないで行くぞ!」
「で、でも・・・・・、」
「いつまでもウジウジしてんじゃねえ!せっかくたまきが逃げる時間を作ってくれるんだ!無駄にする気かよ!?」
マサカリはそう言って、マリナとカモンを背中に乗せた。
「悠一は沖田を運べ!ほら、さっさと行くぞ!」
「・・・・・・・・・・。」
たまきはダキニと睨み合っている。ボロボロの身体で、最後の力を振り絞って戦おうとしていた。
「うふふ・・・感動の寸劇はもう終わったかしら?」
「うるさいわね・・・さっさと来なさいよ。こっちはもう限界なんだから・・・・。」
「そうね。長年のライバルをこれ以上苦しませるのは・・・・・最高だわ!」
ダキニは牙を剥き出し、俺の方に飛びかかってきた。
「まずは坊やから!たまきの目の前で殺してやるわ!」
ダキニの巨体が目の前に迫る。鋭い牙が、俺の命を狩ろうと襲いかかってきた。
しかし咄嗟にたまきが立ちはだかり、正面からその牙を受け止めた。
「うぐうッ・・・・。」
鋭い牙が横腹に刺さり、口から血を吐く。
「悠一!早く行って!お願いだから!」
「た・・・たまき・・・・。」
「辛いのは分かる!でもあんたにはまだやる事が残ってるでしょ!翔子ちゃんがどうなってもいいの!?」
そうだった・・・・まだ翔子さんがいるんだった。もしここで俺まで死んだら、誰が彼女を助けるんだ・・・・。
「わ・・・分かった!すぐにウズメさんに伝えて、助けに来てもらうからな!それまで死ぬなよ!」
俺は沖田を担ぎ上げ、マサカリの元へ走って行った。
「お前ら、俺が先導するからついて来い!」
チュウベエが先を飛んで行き、マサカリもそれに続いた。
俺は一度だけたまきの方を振り返り、その姿を目に焼き付けた。
「たまき・・・頼むから死なないでくれよ!」
そう言って走り出すと、後ろから声が響いた。
「悠一・・・・あんたはとても優しい子よ。だからもっと勇気を持ちなさい。そうすれば・・・・きっと強くなれるから・・・・。」
走りゆく背中に、たまきの言葉が突き刺さる。
俺は後ろを振り返ることをせず、ただひたすら目の前のチュウベエを追いかけて行った。
人を一人担いで走るのは、並大抵のことではない。でもこの場面で弱音は吐いていられない。
息が苦しくなって顎が上がるが、チュウベエが「頑張れ!」と励ましてくれた。
そして・・・・走り出してから数分後、ようやく神社の前にやって来た。
小さな鳥居に、これまた小さな社。俺は沖田を下ろし、鳥居の中に手を入れてみた。
「・・・・まだ行けるみたいだな・・・・。」
鳥居の先の空間がグニャリと歪む。ここをワープするには、行き先を強くイメージすればいいはずだ。
「ええっと・・・・どこだ?どこに行けばいい?」
今から向かうのはウズメさんの所だ。でも彼女がいるのはベンジャミンの神社で、俺はそこへ行ったことがない。
「ダメだ・・・これじゃイメージ出来ない!どうすれば・・・・・。」
ワープは出来るのに、行きたい場所に行けない。これは・・・・実に困った・・・。
ウロウロしながら考え込んでいると、ふと思い浮かんだ。
「・・・そうだ!文江さんがいるじゃないか。彼女ならきっとベンジャミンの神社を知ってるはずだ。」
俺は氷ノ山の近くの神社をイメージし、鳥居の中に手を伸ばそうとした。
しかし・・・ふとその手を止めた。
「おい悠一!早くしろよ!」
マサカリが怒ったように急かす。しかし俺は手を引っ込め、ポケットからある物を取り出した。
それは寺市さんから渡された、文江さんのプロマイドだった。
「何そんなもん眺めてんだよ!早く行こうぜ!」
「・・・・いや、俺は戻る。」
「はあ?何を言ってんだよお前は・・・・。たまきが命懸けで逃がしてくれたのに、それを無駄にする気・・・・、」
「そうじゃない!たまきを助けに戻るんだ!」
俺は文江さんのプロマイドを握りしめ、来た道を引き返した。
「おいコラ!戻れって!」
「すまんマサカリ!そこで沖田を見張っててくれ!もし暴れたらケツを噛み千切ってやればいいから!」
「何を言ってんだよ!おい悠一!」
マサカリはワンワン吠えて引き止めようとするが、俺は止まらなかった。
この手に文江さんのプロマイドを握りしめ、ひたすらたまきの元へ走った。
《寺市さんは言っていた・・・。このプロマイドには、悪い霊を追い払う力があるって・・・・。
それなら・・・・これを使えば勝機があるかもしれない!》
ダキニがあそこまで強くなったのは、沼に集まる魂を吸い込んだからだ。報われない魂が力となり、ダキニを強くしているんだ。
だったら・・・・その魂を追い払えばいい!ダキニの身体から追い出して、成仏させてやればいいんだ!
「待ってろよたまき・・・今行くからな・・・。」
沖田の言うとおり、俺はたまきに甘えっぱなしだった。
彼女の優しさに甘え、見殺しにしてまで逃げようとしていた。
でも・・・・そんなことは許されない!散々世話になったんだ!ここで恩を返さないで、いったいいつ返すというのか!
「きっと・・・たまきは不安なんだ・・・。俺をかつての飼い主と重ねて、報われないまま人生を終えるんじゃないかと心配してるんだ。だったら今度は俺がたまきを助ける!そうすれば、たまきだって安心出来るはずだ。俺はもう・・・気弱なお人好しじゃないって!」
息を切らしながら、あの沼に向かって走る。手に握ったプロマイドに希望を込め、たまきを助ける為に駆けて行く。
大した道のりじゃないのに、遥か遠くまで走っているように感じた。
そして・・・ようやく沼が見えて来た。それと同時に、大きな叫び声が聞こえた。
その叫びは木々を揺らし、天を突くほど響き渡った。
胸に不安が込み上がる・・・・。嫌な予感ばかりが心を覆っていく。
その時、また叫び声が響いた。それは一つの命が終わりを告げるような、か細く悲しい叫びだった・・・。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第四十二話 天を突く光(3)

  • 2014.12.09 Tuesday
  • 09:51
JUGEMテーマ:自作小説
沖田を倒したと思ったら、一番厄介な敵が残っていた。
・・・・・ダキニだ。
ダキニはじいさんを倒し、俺の前に立った。そして・・・俺を殺した。
目の前が真っ暗になり、五感が失われていく・・・。
光も無く、音も聞こえない・・・。
そして地面に立っている感覚も無くなって、いよいよあの世へ昇天しようとしていた。
思えばこの夏が始まってから、よく戦ったものだ。
稲荷だの誘拐だの、俺の日常とは程遠い出来事ばかりが起こり、その中で必死に戦ってきた。
《よく頑張った方だよなあ・・・俺は。でも・・・残された者はどうなるんだろう?
藤井や動物たちは、俺が死んだことを悲しむかな?》
これから天へ召されるというのに、この世への未練が消えない。
藤井が、動物たちが、マイちゃんが、それに翔子さんやたまきの顔が思い浮かび、なんだか泣けてきた・・・。
《神様・・・出来ることなら、最後のお別れだけ言わせて下さい・・・。このままみんなとさよならなんて・・・・ちょっと寂し過ぎるから・・・。》
大して信心深くもないくせに、こういう時だけ神様に祈ってしまう。
人間とはなんと身勝手で自己中心的な生き物であることか・・・・。
・・・でもまあ・・・死んだものは仕方がない・・・・。
有川悠一、二十九歳・・・ここに天寿を全うし、天国だか地獄だかに行くのだ。
さよなら藤井、さよなら動物たち・・・・さよならみんな・・・・・。
そう思って目を閉じていると、ふとよく知る匂いを感じた。
《この匂いは・・・・アイツの・・・・。》
どこか柔らかく、それでいて懐かしさを覚えるこの匂い・・・・。
これは猫神神社にいるアイツの匂いだ。
《これは・・・たまきの匂いだ!間違いない!でも・・・どうしてアイツの匂いが・・・・。》
不思議に思っていると、頬に何かが触れていることに気づいた。
《なんだこれは・・・?なんか柔らかくて、それでいて落ち着くような・・・・。》
真っ暗な闇の中に柔らかい何かがある。俺は手を動かし、そっと触れてみた。
《・・・・あったかい。それに・・・この触り心地の良さ・・・・。この感触は間違いない!これは絶対にアレだ!》
藤井という彼女がいる俺は、もちろん童貞ではない。だから・・・この柔らかい感触をよく知っている。
そう・・・これは男が大好きなアレだ!しかも藤井のよりずっと大き・・・・・・、
「なにを人の胸を揉んでるのよ。」
「いぎゃあ!」
頭に衝撃が走る。鈍い痛みが脳天を突きぬけ、思わずうずくまった。
「悠一、しっかりしなさい。まだ敵は残ってるのよ。」
「え?」
頭を押さえながら声のした方を見ると、微かに光があった。
《なんだ・・・?俺は死んだんじゃないのか?》
光の射す方に向かって手を伸ばすと、また柔らかいアレに触ってしまった。
「何度も揉まない!お金取るわよ。」
「ぎゃふ!」
また頭に衝撃が走る。さっきからいったいなんなんだ・・・・?
頭を押さえてうずくまっていると、「そろそろ出て来なさい」と首根っこを掴まれた。
そしてそのまま引き上げられて、明るい場所に出た。
キョロキョロと辺りを見回していると、目の前にたまきの顔があった。
「うわあ!なんでお前がここにいるんだよ!?」
「なんでとは失礼ね。助けに来てあげたんじゃない。」
「へ?助けに・・・・?」
「そうよ。私が来るのがもう少し遅かったら、あんた死んでたわよ。」
そう言ってたまきは目の前を指差す。するとそこには頭を押さえてうずくまるダキニがいた。
「いたあ〜い・・・・。奇襲なんて卑怯よお・・・・。」
「ダキニ・・・・タンコブが出来てる。」
ダキニはおでこにタンコブが出来ていて、涙目でうずくまっていた。
「いったい何があったんだよ!?」
そう叫んでたまきを振り返ると、ふとおかしなことに気づいた。
「あれ?なんだこの黒いのは・・・・?」
俺の身体は真っ黒な糸に覆われていた。しっかりと身を守るように、グルグルと巻きついている。
「それは私の髪。」
「へ?たまきの髪の毛・・・・?」
言われて見てみると、たまきの髪の毛がヘビのように伸びていた。そして俺に巻きついて、まるで鎧のように硬くなっている・・・。
「もしかして・・・これが守ってくれたのか?」
そう呟いて髪の毛に触れると、シュルシュルとほどけていった。そしてたまきの頭へと戻っていく。
「間一髪だったのよ。私がここへ来た時、あんたはダキニに殺されようとしていた。ほんとに間に合ってよかったわ。」
たまきはニコリと微笑み、俺のおでこをつついた。
「さて・・・それじゃそろそろ着物から出てくれる?これじゃ動きづらいから。」
「へ?着物?」
「私の着物よ。あんたったら髪の毛で包んだ後、もぞもぞ動いて中に入って来たの。
まあその方がしっかり守れるから放っておいたんだけど、あんなにおっぱいを揉まれたらねえ・・・。普通ならシバキ倒してるわよ?」
たまきの言うとおり、俺は彼女の着物の中に入っていた。
苦笑いしながら頭を掻いていると、「早く出てくれる?」と怖い笑顔で言われた。
「ごめん・・・・。」
ササッと着物から抜け出すと、たまきは帯を締め直していた。そしてダキニの方に歩き、腕を組んで見下ろした。
「まさかゴンゲンさんが負けるなんて・・・。アンタどれだけこの沼から力を吸い取ったのよ?」
そう尋ねると、ダキニはタンコブを押さえながら立ち上がった。
「いきなり拳骨なんてやってくれるじゃない・・・。私の部下はどうしたの?」
「みんなノビてるわ。そしてあんたもすぐにそうなる。」
「・・・うふふ、見くびってもらっちゃ困るわね。アンタなんかに負けるようじゃ稲荷の長は務まらない・・・。長年の恨み・・・・ここで晴らしてあげるわ。」
ダキニは目を赤く光らせ、巨大な稲荷に変化した。
それはじいさんと変わらないくら大きく、そして迫力があった。
違いがあるとすれば、尻尾が九つに分かれていることだ。ウネウネと蛇のように動き、怪しい妖気を放っていた。
「あんたさえいなくなれば、邪魔者は全て消える。さあ・・・決着をつけましょう。」
「望むところよ・・・。」
たまきは身も凍るような殺気を放ち、見る見るうちに巨大な猫に変化した。
いや・・・これは猫というより、虎に近いかも・・・。
真っ白な毛に、猛獣のような猛々しい顔。
首には大きな鈴がぶら下がっていて、周りを火の玉が二つ回っている。
「すげえ・・・・これがたまきの正体・・・・。」
たまきはダキニと同じくらい大きかった。10トントラックの一回り・・・、いや二周りは大きい。
巨大な両者が睨に合う姿は、まるで怪獣映画のようであった。
「悠一!危ないから離れてなさい!!」
「わ・・・分かった!」
たまきに言われて慌てて逃げ出した。するとどこからか「こっちこっち!」と呼ばれた。
「早くこっちに隠れろ!」
声のした方に目を向けると、マサカリが注連縄のかかった大きな岩の後ろに隠れていた。
周りにはチュウベエたちもいて、「早く来い!」と手招きをしていた。
「お前たち・・・無事だったんだな!」
「当たり前よ!この俺様がみんなを守ってやったからな!」
偉そうに言うマサカリだったが、その足はまたしても震えていた。
「とにかく無事でよかったよ。」
そう言いながら岩に隠れると、足に硬い何かが当たった。
「ん?なんだコレ・・・・?」
「ああ、銃だ。」
「銃!?沖田のやつか?」
「そうだよ。役に立つかと思って持っといたんだ。偉いだろ?」
マサカリはどうだと言わんばかりに胸を張る。
「何かの役にって・・・俺は銃の扱いなんて知らないぞ?」
「俺だって知らねえよ。でも引き金を引けばズドン!ってなるんだろ?」
「そりゃそうだろうけど・・・・・、」
銃を持って見つめていると、突然雷のような轟音が響いた。
「な・・・なんでいなんでい!!」
マサカリはお尻を向けて隠れる。コイツ・・・本当にビビりだな・・・。
「見て!たまきとダキニが戦ってる!」
マリナが沼の方を指差す。するとそこでは怪獣大戦争が行われていた。
両者はその巨体をぶつからせ、噛みついたり噛みつかれたりを繰り返している。
血が飛び交い、雷のような咆哮が飛び交い、まるでゴジラとガメラの戦いを見ているようだった。
「すげえやこりゃ・・・。おい悠一!スマホで動画撮れ!ネットにアップすりゃ話題になるぜ!」
チュウベエが興奮して言うと、「待て待て」とカモンが取り成した。
「ここはテレビ局に売ろう。きっといい金になるぞ。」
「それは名案だな!これで貧乏生活からも解放されるってわけだ!おい悠一!早く撮れ!」
「うるさいから黙ってろ。」
「むぎゅ!」
「ふぎゃ!」
金のことしか頭にない二匹を押さえつけ、たまきとダキニの戦いに見入った。
両者の戦いは互角。いや・・・・わずかにダキニが押している・・・・。
きっと沼の力でパワーアップしているせいだろう。
「このままじゃたまきが負ける・・・。でもこんな戦いに助太刀なんて出来ないし・・・。」
そう呟くと、マサカリが「銃を撃て!」と叫んだ。
「そいつで援護するんだ!」
「無駄だよ・・・。こんなもんが効く相手じゃないだろ。」
「でもこのままだったらたまきが負けちまうぜ!」
「分かってるよ!でも下手に手を出したらたまきの足手まといになる。」
「じゃあどうすんだよ!?」
「今考え中だ!お前は尻でも出して隠れてろ!」
うるさいマサカリを無視して、銃を見つめて考えた。
《こんなもんが通用するわけないし、かといってたまきが負けたらそれこそお終いだ・・・。いったいどうしたら・・・。》
怪獣同士の戦いは、徐々にダキニが押し始めた。
たまきは必死に応戦しているが、ジリジリと後退させられている。
いったどうしたものかと悩んでいると、「うう・・・」と誰かの声が聞こえた。
「おい見ろ!沖田が目を覚ましたぜ!!」
カモンが叫んだ先には、頭を押さえながら立ち上がる沖田がいた。
「目を覚ましやがったのか・・・・。」
沖田はブルブルと頭を振り、ふらつく足取りで立ち上がる。
そして怪獣同士が戦う姿を見て、「うおお!!」と驚いていた。
「なんだこりゃ・・・。どうなってんだいったい・・・・?」
信じられないという風に口を開け、怪獣の戦いに見入っている。
「何やってんだアイツ・・・。そんな所にいたら巻き込まるぞ・・・。」
俺は立ち上がり、「早く逃げろ!」と叫んだ。
「そこから離れるんだ!死んじまうぞ!!」
「有川・・・どうなってんだコレは!?」
「見りゃ分かるだろ!怪獣が戦ってんだよ!早く逃げないと危な・・・・・、」
そう言いかけた時、ダキニの尻尾が沖田の頭をかすめた。
「うおおおお!」
「沖田!」
沖田は交通事故に遭ったかのように、ゴロゴロと転がっていった。そして近くに生えていた木にぶつかり、ピクリとも動かなくなった。
「クソ!・・・・すぐ行くから待ってろ!!」
そう言って飛び出そうとすると、マサカリがガブリと噛みついてきた。
「痛ッ!何すんだよ!?」
「沖田なんかほっとけよ!お前まで死ぬぞ!」
「ダメだ!アイツには生きててもらわなきゃ困るんだよ!そうでなきゃ翔子さんを助けられない!」
「無駄だよ!アイツが心の底から謝るなんてことはねえ!」
「・・・・そうだとしても・・・このまま見殺しには出来ない!」
沖田は憎き敵だ。でもだからと言って、今にも死にそうな状況でほうってはおけない。
俺は銃を構え、沖田の元に駆け出した。
「おい悠一!戻れって!」
マサカリの声が追いかけて来るが、それを無視して走った。
そして沖田の元まで来ると、「大丈夫か?」と抱え起こした。
「しっかりしろ!傷は浅いぞ!」
「・・・適当なこと言うな・・・・頭が吹き飛ぶかと思ったぜ・・・。」
沖田は頭から血を流していて、焦点の定まらない目で俺を睨んだ。
「なあ有川・・・・・。」
「なんだ?どっか痛いのか?」
「ああ・・・痛いよ・・・。胸が痛い・・・。」
「胸?頭じゃないのか?」
「頭は大丈夫だ。それよりも胸が痛い・・・・。お前ごときに負けて・・・プライドがズタズタだからな・・・・。だから・・・抉られるほど胸が痛いんだよおおおお!!」
そう言って沖田は俺を殴り飛ばした。
「がはあッ!」
「有川!藤井は渡さない!お前ごときにアイツはもったいない!」
沖田は馬乗りになり、俺の手から銃を奪った。そして眉間に突きつけ、勝ち誇ったように笑った。
「形勢逆転だな・・・・・。」
「お前・・・頭は大丈夫か?こんな場所にいたら俺たちまで・・・・、」
「問題ない、見ろ。」
沖田は怪獣が戦っている方に向かって顎をしゃくる。するとそこには、劣勢を強いられるたまきがいた。
「あの猫はお前の味方なんだろう?アイツはもうじき負けるよ。」
「どうして分かる・・・・?」
「見れば分かるよ。これでも俺は格闘技が得意なんでな。いくら怪獣同士の戦いでも、どっちが勝ってるかくらいは分かる。
あの猫・・・・確かたまきって言うんだろ?ベンジャミンから聞いたよ。」
「それがどうしたんだよ?」
「お前は散々人のことをマザコン呼ばわりしてくれただろう?」
「ああ、したよ。だって事実なんだからな。いい歳こいてママ、ママ言ってるんだから、マザコン以外の何者でもないだろ。」
そう言って笑ってやると、沖田はあっさりと頷いた。
「そうだな・・・確かに俺は重度のマザコンだよ。でもそれはお前も同じだろう?」
「はあ?なんで俺が・・・・、」
「いいか有川!俺は子供の頃にママを亡くした!!その後は金と面子のことしか頭にないクソ親父に育てられた!親父が俺を庇うのは、自分の身を守りたいからだ!俺はな・・・・ママを亡くしてからずっと一人ぼっちだった・・・・。誰にも心を開けない・・・。寄って来るのは親父の金と力を宛てにしたクズばかり・・・・。でもそんな時に藤井と出会った。アイツは俺が求めていた、本物の優しさを持っていた・・・。だから・・アイツならママの代わりになってくれると信じていたんだ・・・。」
沖田の顔が苦しそうにゆがむ。歯を食いしばり、震える瞳で俺を睨んでいた。
「俺は藤井を大切にした。だって・・・・本当にアイツのことが好きだったから・・・・。でもアイツは俺の元を離れた。ショックだったけど・・・仕方ないと諦めるしかなかった・・・。俺はまた一人ぼっちに戻り、坂田たちと悪さを続けた・・・・。それが良い事だとは思わなかったが、それ以外に寂しさを誤魔化す方法がなかった・・・。」
「お前・・・・・孤独だったんだな?」
そう呟くと、「その通りだ」と認めた。
「俺は孤独だった・・・。ママを亡くし、藤井を失い・・・・もう信頼出来る人間は誰もいなかった・・・・。でもお前はどうだ!?藤井を手に入れ、動物と話せる力まで持っている!あんなトカゲでも、家族と呼べるくらいに寂しくなかったんだろう!?」
「そうだよ。動物たちは俺の家族だ。でも動物と話せる力を嫉妬されても困る・・・・、」
「そうじゃない!俺が言いたいのはな、そこまで色んなものを持っていながら、たまきとかいう化け猫にベッタリ甘えてやがったことだ!!」
沖田は俺の眉間に銃を押し付け、今にも引き金を引こうとした。
その顔は鬼のように歪んでいて、まるでキツネにでも取り憑かれているようだった。
「なんだお前は!藤井がいながら、動物がいながら、優しい優しいママみたいな化け猫に甘えやがって!!困った時にはいつでも相談に乗ってもらって、追い詰められた時にはいつでも助けてもらえる!しかも・・・・金に困った時には、小遣いまでもらってるらしいじゃねえか!!」
「そ・・・そんなことないよ!俺はたまきに甘えてなんか・・・・、」
「ウソつけ!!ダキニからそう聞いたんだ!たまきとかいう美人で優しい化け猫がいて、そいつは有川を実の子供のように可愛がっていると!だから・・・・だからお前みたいな気の弱い奴が、ここまで生きて来られたんだと!」
「ちょ・・・ちょっと待てよ!それは誤解・・・・、」
「うるさい!!お前は喋るな!今は俺が喋ってんだよ!」
沖田は俺の顎を掴み、口の中に銃を突っ込んだ。
「ぐごご・・・!」
「いいか有川!俺はそんなのは認めない!お前はただでさえ藤井がいるんだ!それに加えて動物と話せる力まで持ってる!それなのに・・・・・それなのに化け猫なんかに甘えてんじゃねえよおおおお!!なんだよあのたまきってのは!?ええ!?えらい美人なんだろ?ママみたいに優しくしてくれるんだろ?ふざけんじゃねえよ!俺は一人ぼっちなんだぞ!それなのに・・・・なんでお前だけそこまで恵まれてるんだよおおおお!!」
沖田の怒りが爆発し、引き金にかけた指を引こうとした。
《ヤバイ!・・・今度こそ死ぬ・・・・。》
口に突っ込まれた銃口から鉄の味がする。火薬の臭いが広がり、震えながら銃口を噛みしめていた・・・。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第四十一話 天を突く光(2)

  • 2014.12.08 Monday
  • 12:49
JUGEMテーマ:自作小説
ここはダキニの神社。しかも本殿の中だ。
神社の中に入るのなんて初めてだった。それも稲荷が住んでいる神社になんて・・・・。
中は薄暗い和室で、奥には祭壇があった。
大きな稲荷の像が鎮座し、周りを注連縄で囲ってある。
そして稲荷象の前には鏡が置かれていて、その下には呪符のような物がぶら下がっていた。
「なんか不気味ね・・・お化けでも出そう・・・。」
モンブランがそう呟くと、どこからか声が響いた。
「有川君、何をしておる?早くこっちに来い。」
「ん?これはじいさんの声・・・。どこにいるんだ?」
「ここじゃよ、鏡を覗いてみい。」
「ん?鏡?」
そう言われて鏡を覗くと、そこにはじいさんが映っていた。
「なんで鏡の中にいるんだよ!?」
「ここもワープゾーンと同じじゃよ。そのまま前に進めばこっちに来られる。」
「ホントかよ・・・・。」
疑わしく思いながら、ちょっとだけ前に進んだ。すると波紋のように空間が歪み、慌てて下がった。
「いちいちビビるでない。ダキニはこの先におる。早く来い。」
「分かってるよ・・・・ちょっと驚いただけだ。」
俺は息を整え、動物たちを見渡した。
「よし!それじゃ行くぞお前ら・・・・、」
「お先!」
「俺も!」
「待て待てい!俺より先に行くんじゃねえ!」
モンブラン、チュウベエ、そしてマサカリが俺を置いて行ってしまった・・・。
「おいコラ!早く行け!」
「そうよ!藤井さんの為に命を懸けるんでしょう!」
カモンに殴られ、マリナに噛みつかれ、「分かってるよ!」と叫んだ。
俺は鏡の前に立ち、思い切って飛び込んだ。
するとワープする時と同じように、激しい風が走った。そしてすぐに別の場所に出て、グルリと辺りを見渡した。
「ここは・・・山の中?」
辺りは深い森に覆われていて、鷹が空を飛んでいた。
近くに綺麗な沢が流れていて、気持ちの良い風がそよいでいる。
「どこなんだここは?」
そう首を捻ると、いきなりじいさんが現れた。
「うお!いきなり出て来るなよ・・・・。」
「だからいちいちビビるではい。ここは長野の山奥じゃ。」
「はあ・・・?長野?」
「ここにはダキニの別荘があるんじゃよ。ほれ、後ろに小さな社があるじゃろう?」
そう言われて振り向くと、そこには小さな社があった。俺の背丈の半分くらいの大きさで、小さな赤い鳥居が立っている。
「この山には、ダキニに忠誠を誓った稲荷たちがおる。しかしまあ・・・それはたまきがやっつけとるじゃろう。」
「へ?たまきが・・・?」
「そうじゃよ。そもそも儂がダキニの元に出向いたのは、たまきに頼まれたのがキッカケじゃ。たまきはベンジャミンのことで、ダキニの元に話し合いに向かった。しかしまったく聞く耳を持とうとしないので、儂の所に相談に来たんじゃ。」
「そ・・・そうなの?」
「たまきは儂に会いに来た後、ここへやって来た。」
「どうして?」
「儂とダキニが戦いになった時、奴の部下に邪魔をされては困るからな。だからたまきがここへ乗り込み、ダキニの部下どもに睨みを利かせておったわけじゃ。でもまあ・・・どうせダキニの部下のことじゃ。たまきに襲いかかり、逆に返り討ちに遭っておるじゃろう。」
「・・・・たまきって・・・強いんだな?」
「うむ。奴も神獣の類じゃからな。元々は中国におるセンリという神で、猫が神格化された存在じゃ。大陸におる時から、ダキニとたまきは仲が悪かったそうじゃ。」
「なるほど・・・昔っからの腐れ縁ってやつか。」
「まあそういうことじゃな。さて、ゴタクはこれくらいにしよう。
ここから少し歩いた所に、あの植物園と同じような沼がある。きっとダキニはそこにいるはずじゃ。」
そう言ってじいさんはノシノシと歩いて行った。
「いよいよご対面ね・・・悠一!ビビっちゃダメよ!」
モンブランに励まされ、「分かってる」と頷いた。
「うんうん、足は震えてるけど、気持ちはあるみたいね。」
そう言ってトコトコと歩き出し、「早く」と急かした。
俺は覚悟を決め、「よっしゃ!」と頬を叩いた。そして動物たちと並んで、じいさんの後をついて行った。
「ねえ悠一、ちょっと勇気の出る話をしてあげましょうか?」
モンブランがニヤニヤしながら俺を振り返る。
「勇気の出る話?・・・いや、別にいいかな。」
「そう言わずに聞きなさいよ。」
モンブランは不満そうに俺の足を叩き、勝手に喋りはじめた。
「私が沖田のバッグに入って尾行した時のことなんだけどね。」
「それは尾行とは言わない。」
「いいから黙って聞いてよ!あの後さ、バッグの外から二人の会話が聞こえたのよ。」
「二人って・・・沖田と藤井のか?」
「そうよ。あのおじいさんも言っていたけど、沖田って心から藤井さんに惚れ切ってるみたいでね。悠一と別れて、俺の元へ戻って来てくれって頼んでたの。」
「な、なんだって!沖田の野郎・・・・俺のいない間にそんなことを!」
「もし俺の元に戻って来てくれるなら、密猟だってやめるし、ベンジャミンを説得して翔子さんを解放するって。だからもう一度お前とやり直して、ゆくゆくは家庭を持ちたいって言ってた。」
「か・・・家庭だと!アイツ・・・藤井をさらっておいてよくもぬけぬけと・・・。」
胸の中に怒りが燃え、今すぐにでも沖田をぶん殴りたくなった。
震えていた足はおさまり、早く沖田に会いたくなる。あの面をぶっ飛ばす為に・・・・。
「ありがとうモンブラン。おかげで震えが止まったよ。」
そう言うと、モンブランは「そうじゃないのよ」と首を振った。
「まだ先があるの。」
「先?」
「沖田はポロポーズとも取れる言葉で気持ちを伝えた。でも・・・藤井さんは断固として拒否したの。なんでか分かる?」
「そんなもん決まってるだろ。沖田のことが嫌いだからだ。アイツは密猟者だし、しかも藤井をさらった。そんなんでポロポーズしても、OKするわけないだろ。」
「まあそれもそうだけど、でも藤井さんの断り文句はそうじゃなかった。藤井さんはこう言って断ったのよ。『私には悠ちゃんがいる!だから絶対に沖田君の所へは戻らない!』・・・ってね。」
モンブランは藤井の声マネをしながら言った。そしてさらにこう続ける。
「私と悠ちゃんには、誰にも代えられない絆がある。だからきっと悠ちゃんは助けに来てくれる。私は彼を信じてる・・・・。
どう?ここまで言われたら、ビクビクしてはいられないでしょ?」
「・・・・・・・・・・・。」
「なんで黙ってるのよ!何とか言ったら?」
「・・・・いや、なんか胸が熱くなっちゃって・・・。さっきは怒りで熱かったけど、今は別の熱さというか・・・・。」
胸が熱い・・・。怒りではなく、もっと違った熱さが胸を満たしている。俺は・・・この熱さを知っているぞ。
これは・・・かつて藤井に告白した時と同じ熱さだ。気弱な俺が、力を振り絞って告白した時の・・・、
「勇気ね。」
モンブランはニヤリと笑った。
「私のおかげで勇気が出たでしょ?」
「・・・・そうだな。なんか懐かしい気分だよ。」
「じゃあもうビビったりしない?」
「ああ、もう何にも怖くな・・・・・、」
そう言いかけた時、後ろから「ウォン!」と吠えられた。
「な・・・なんだ?」
「だはははは!ビビってやんの!カッコつけた後すぐにビビってやんの!ダサいぞ悠一!」
「マサカリ・・・・ガキみたいなことしてんじゃねえよ!」
「なんでい!ビビらないって言ったのはお前だろ!」
「ビビるとビックリするのじゃ違うだろ!こんな時にふざけるな!」
マサカリの肉を引っ張りながら争っていると、じいさんが「うるさいぞ」と怒った。
「もうじき沼が見えてくる。ケンカしておる場合でないぞ。」
じいさんの言うとおり、少し先には沼があった。
かなり大きな沼で、周りを木立に囲まれている。そしてその中に人影が見えた。
「誰かいるな・・・・もしかしてダキニか?」
人影は三つある。そのうちの一つは沼に浸かっていて、他の二つはその傍に立っていた。
息を殺して近づくと、その姿がハッキリと見えた。
沼に浸かっているのはダキニだ。そして傍に立つ二人は沖田と藤井。
ダキニは温泉にでも浸かるようにリラックスしていて、美しいその顔を微笑ませていた。
「あれが人間の姿のダキニ・・・たまきに負けず劣らずの美人だな。」
ダキニは美しい顔をしていた。吊り上がった目が気の強い印象を与えるが、顔立ちは整っている。
金色の髪がサラリと伸び、瞳は赤く染まっていた。
「悠一、もしかして見惚れてる?」
モンブランに言われ、「そんなわけないだろ」と答えた。
「いったい何をしてるんだろうと思っただけだ。アイツの怪我は文江さんが治したのに、どうして沼に浸かる必要があるんだろうって。」
そう呟くと、じいさんが「力を溜めておるんじゃ」と答えた。
「ダキニは儂が追って来ることを予想しとる。だからあの沼から力を吸い取り、儂と戦うつもりでいるんじゃ。」
「マジかよ・・・。じゃあダキニはパワーアップしちゃうじゃないか。じいさんは勝てるのか?」
「さあのお・・・・やってみなければ分からんが、最善は尽くすつもりじゃ。」
「なんか頼りないな。もし負けたらどうする?」
「お前さんは本当にビビりな男じゃな。やる前から負けることを考えてどうする?」
「いや・・・だってもしじいさんが負けちゃったら、俺たちだけじゃどうしようもないから・・・・。」
「そんなもん気にするな。儂には儂の仕事が、お前さんにはお前さんの仕事がある。儂はダキニを、お前さんは沖田を。そうじゃろう?」
じいさんはニコリと笑い、「それにもしもの時はたまきがおる」と言った。
「儂が負けたら、たまきがどうにかしてくれるじゃろう。だから不安になるな。」
「たまきか・・・・。そうだよな、アイツがいるなら大丈夫だ。」
たまきなら何とかしてくれる。その意見には俺も賛成だ。
じいさんは大きな尻尾を伸ばし、俺たちを包んだ。
「では行くぞ!儂はダキニを、お前さんは沖田を狙え!くれぐれも藤井ちゃんが傷つかんようにな。」
「分かってる。お前ら・・・しっかり頼んだぞ!」
動物たちに言うと、全員が「ラジャ!」と敬礼した。
そして次の瞬間、じいさんは高く飛び上がった。
「ダキニいいいいい!覚悟せいいいいいい!」
じいさんの巨体がダキニを襲う。俺たちはポイっと投げ出され、沼の傍に落っこちた。
「痛ッ!」
着地を失敗してお尻から落ちる。「痛ててて・・・」とお尻を撫でていると、こめかみに何かが突きつけられた。
「・・・有川・・・・やっぱり追って来たか・・・。」
「沖田・・・・。」
沖田は俺のこめかみに銃を突きつけていた。その隣では藤井が捕まえられていて、「悠ちゃん!」と叫んだ。
「やめて沖田君!」
「やめない。コイツがいるから藤井は戻って来ないんだ。」
「そういうことじゃないでしょ!いいから銃をどけてよ!」
藤井は沖田の手を振り払い、銃を奪おうとした。しかし沖田はビクともしない。
それどころか藤井を抱き寄せ、強引に唇を重ねた。
「んん!!」
「てめえ!何やってんだ!」
頭がカッと熱くなり、銃を払って殴りかかった。
しかしアッサリとかわされ、すれ違いざまにひざ蹴りを入れられた。
「ぐッ!・・・・。」
「そんなパンチ食らうわけねえだろ。」
そう言って思い切り俺の頭を蹴り飛ばした。
「悠ちゃん!」
頭がクラクラする・・・・。蹴られた額から血が流れ、目に入って視界がぼやけた。
それでも寝ているわけにはいかない。目に入った血を拭い、沖田を睨みつけた。
「藤井・・・・今助けてやるからな。」
そう言って身体を起こすと、目の前に銃を突きつけられた。
「有川・・・藤井は渡さない。お前はここで死ね。」
「何言ってやがる。俺を殺したら殺人だぞ?いくらお前の親父でも庇ってもらえない。」
「いいや、問題ない。ダキニが俺に味方してくれるからな。」
「なんだって?どういうことだ!?」
「利害の一致だよ。俺は藤井が欲しい、だからお前を消す。そしてダキニは俺を利用し、ベンジャミンを殺しに行く。俺はダキニに利用されてやる代わりに、お前を殺したことを揉み消してもらう。それだけさ。」
「はあ?お前を利用してベンジャミンを殺しに行くだって・・・?」
「ああ。ベンジャミンは人間を憎んでいるんだ。だから俺みたいな密猟者が心から謝るフリをすれば、きっと心を許すだろう。
そして外へ出て来たところをダキニが殺す。そうすれば翔子とかいう女は無事に助かるから、ダキニは責任を問われずに済むってわけだ。簡単な利害の一致だろう?」
「・・・・・・・・・・・・。」
なんてこった・・・。沖田は俺が考えていたことと同じことを企んでいやがったのか。
もしそうなら、俺はここで殺される。そうすれば藤井は沖田から逃げられないわけで、ええっと・・・ええっと・・・どうしよう・・・・。
「ははは!困ってるな有川!どうせアレだろ?俺を捕まえてベンジャミンに謝らせようとか考えていたんだろ?」
「う・・・それは・・・・。」
「図星かよ。単純にも程があるだろ。」
沖田また俺の顔を蹴り飛ばした。俺は大の字に倒れ込み、顎を押さえてうずくまった。
「なあ有川・・・・藤井はお前なんかにはもったいない女だ。コイツは本当に良い女だぞ。見かけが綺麗な女はいくらでもいるけど、中身は腐ってやがる奴が多い。でも藤井は違う!コイツは俺のママと同じように、汚れの無い心を持っている。だから俺の新しいママになってくれるかもしれないんだ!」
「この・・・・ただのマザコン野郎じゃねえか・・・・・。」
「そうだよ、マザコンで悪いか?そもそも男が女を求めるのは、母性に飢えてるからだ。この世にマザコンじゃない男なんていない!シスコンだってロリコンだって、全部マザコンと一緒なんだ!お前だってそうだろう?藤井の中の母性に惹かれてるはずだ。なら俺とお前の何が違う?言ってみろこの野郎!!」
沖田は俺の脇腹を蹴り飛ばす。強烈なキックがめり込み、息が出来ないほど苦しくなった。
「悠ちゃん!」
「藤井・・・・・。」
藤井は沖田の腕を振り払おうとするが、やはりビクともしない。「離してよ!」とビンタをしたが、逆に喜んでいるだけだった。
「ママに叩かれた時のことを思い出す・・・・もっと叱ってくれ・・・。」
そう言って藤井を抱きしめる。そしてまた唇を重ねようとした。
「イヤ!やめて!」
「どうして?一緒に仕事をしている時はよくキスをしたじゃないか。身体だって許してくれただろう?」
そう言って俺の方を見てニヤリと笑う。
「ウソ!そんなことさせてない!悠ちゃん!こんなの全部デタラメだからね!」
「分かってるよ・・・・そんなの真に受けるわけないだろ・・・・。」
藤井は顔をゆがめて泣きそうになっている。もし本気で藤井が好きなら、どうして傷つけるような真似をする?
沖田は藤井が好きなわけじゃない。今でも死んだ母の面影を追いかけているだけだ・・・。
「おいマザコン野郎・・・・さっさと俺の女を放せよ・・・・。」
「いいや、俺の女だ。」
沖田はまた俺を蹴り飛ばす。今度はこめかみにヒットし、グラグラと意識が揺らいだ。
《ああ・・・これヤバイ・・・・。》
足元が震え、立ち上がることすらままならない。沖田はそんな俺を見てニヤリと笑い、また藤井を抱き寄せた。
「なあ藤井・・・有川に死んで欲しくないよな?」
そう言われた藤井は、怒りのこもった目で沖田を睨んだ。
「もし・・・もしお前が戻って来てくれるなら、有川を見逃してやってもいい。どうだ?」
沖田は満面の笑みでそう問いかける。藤井は唇を噛んで悔しがっていたが、やがてふっと力を抜いた。
「ほんと・・・・?ほんとに悠ちゃんを助けてくれるの?」
「約束する。俺がお前との約束を破ったことなんてないだろ?」
「・・・・・・・・・。」
「俺はな、もう密猟なんて遊びは終わりにするつもりでいたんだ。だから全ての罪を坂田たちになすりつけ、お前と一緒にペット探偵を続けたいと思ってる。」
「ウソ!私に罪をなすりつけるつもりだったんでしょ?」
「そんなわけないだろ。お前は何があっても守る。その為なら坂田たちなんて下らない犠牲だよ。だから俺と一緒になろう・・・。そうすれば有川は助けてやるから。」
沖田は優しい笑顔でそう言った。藤井はしばらく迷っていたが、やがて「分かった・・・」と頷いた。
「藤井!そんなのウソに決まってるだろ!」
「悠ちゃん・・・・。このままだと本当に殺されるよ。だから・・・ごめんなさい・・・。」
「藤井・・・・。」
藤井は悲しそうに俯く。それを見た沖田は「交渉成立だ」と笑い、その場に藤井を押し倒した。
「ちょ・・・ちょっと!」
「藤井・・・もうお前は俺のママだろ?だから有川に見せつけてやろう。俺とお前の愛情を・・・。」
そう言って藤井に覆いかぶさり、強引にその身体を奪おうとした。
「やめて!私はママなんでしょ!?だったらこんなことしないで!」
「いいや、ママだけど血は繋がっていない。だから抱いたって問題ないよ。」
沖田は藤井の服に手を掛け、今にも行為に及ぼうとしていた。そして俺の方を見て、勝ち誇ったように笑った。
「いやあ!悠ちゃん!」
「藤井!やめろこの野郎!」
沖田はわざとこんなことをしている。藤井は自分のものだと見せつける為に、平気で彼女を傷つけよとしている。
《やっぱりコイツは藤井のことが好きなんじゃない!ただのマザコン変態野郎だ!!》
このままでは藤井が傷つく。しかし助けようにも足が立たない。
沖田の強烈な蹴りは、俺の身体から自由を奪っていた。
「はははは!そこでじっと見てろ!俺と藤井が結ばれる瞬間をな。」
「沖田・・・・いい加減しろよこの野郎・・・・。」
怒りはいくらでも湧いて来るが、立ち上がる力は湧いてこない。
「・・・やめて・・・・お願いだから・・・・。」
藤井は必死に助けを求める。俺は震える足を叩き、何とか立ち上がった。
しかし・・・その時だった。沖田は突然「いぎゃあ!」と叫んだ。
「な・・なんだこの犬は!」
「グウウウ・・・・・・。」
マサカリは足を震わせながらも、その牙を沖田のケツに突き立てていた。
そしてブンブンと首を振り、さらに牙を食い込ませていく。
「このクソ犬があ!」
沖田は銃を掴もうと手を伸ばす。しかし「あれ?」と呟いて辺りを見渡した。
「こ・・・コラ!そこのイグアナ!俺の銃を返せ!」
「・・・・・イヤ。」
マリナはニコリと笑い、銃を咥えたまま逃げていく。すると今度はモンブランが沖田の前に立ち、ニコリと微笑んだ。
「なんだこの猫・・・・って、痛だあ!!」
モンブランの爪が沖田の顔を抉る。
「この最低男!藤井さんから離れなさい!!」
目にも止まらぬモンブランの爪が、沖田の顔を傷だらけにしていく。
「痛だだだだだ!!・・・お・・・お前ら・・・・殺してやる!」
沖田は立ち上がり、尻に噛みつくマサカリを投げ飛ばした。
「ぎゃあ!」
「このクソ犬め・・・・死ね!」
そう言ってマサカリを蹴り飛ばそうとした時、沖田の顔に何かが降ってきた。
「な・・・なんだこの白いのは・・・・・。」
「俺の糞だ。ありがたくもらっとけ。」
「い・・・インコ?」
一瞬固まる沖田。チュウベエはニヤリと笑い、足に掴んでいたカモンを投下した。
「このマザコンクソ野郎!俺の拳法を食らいやがれ!」
カモンはカンフーのように拳を構えて、「ほあたあ!」と目を突いた。
「ぎゃあああ!何をするこのネズミ!」
沖田は目を押さえながら手を振る。カモンはヒラリとそれをかわし、「とう!」と飛び上がった。
「チュウベエ!」
「はいさ!」
チュウベエはクルリと旋回し、見事にカモンをキャッチした。そしてまた糞を落としていく。
「や〜いや〜い!ウンコまみれのマザコン野郎!!悔しかったら追いかけて来い!」
「な・・・なんなんだコイツらは・・・・人間様を馬鹿にしやがって・・・・。」
沖田は怒りで震える。そして石を掴んで投げようとした。
「このインコとネズミめ!串刺しにして殺してやる!」
そう叫んで石を投げようとした時、「ダメ!」と藤井が飛び付いた。
咄嗟のタックルが見事に決まり、沖田は頭から倒れていった。
「痛ッ!」
「動物たちに手を出さないで!」
藤井は馬乗りになり、ポコポコと沖田を殴る。う〜ん・・・やっぱりこいつは動物のこととなると目の色が変わる・・・。
「藤井!どうして俺を殴る?早くどけ。」
「どかない!動物たちは私が守ってみせる!」
「いいから早くどけ!」
沖田は軽々と藤井を抱え、そっと脇に下ろした。
「みんな逃げて!」
藤井は叫ぶが、動物たちは逃げない。それどころか戦う気満々で向かって行った。
「藤井さんが好きなら、傷つけるようなマネするんじゃないわよ!」
モンブランが正面から飛びかかる。しかし沖田はアッサリとかわし、モンブランを殴りつけた。
「ぎゃん!」
「このクソ猫が・・・・よくも人の顔を・・・・。」
そう言って鬼の形相でモンブランを踏みつけ、思い切り蹴り飛ばした。
「ぎゃふ!」
モンブランは血を吐きながら飛んでいく。そしてポトリと落ちて、まったく動かなくなってしまった。
「いやあ!モンブラン!」
藤井は慌てて助けようとしたが、沖田がそれを許さなかった。
「あんな猫はどうでもいい。さっきの続きをしよう・・・・。」
「イヤ!離してよ!!」
「離さない。有川を助けたいんだろう?だったら大人しくしろ!」
「イヤだ・・・・もうやめて!」
動かなくなったモンブランに、傷つけられようとしている藤井。
人間というのは辛い現実に直面した時、理性が吹き飛んで痛みさえ忘れる。
俺は拳を握って駆け出し、「沖田ああああああ!」と叫んでいた。
「有川・・・・素人が俺に勝てるかよ。」
身体が熱い・・・拳に力が入る・・・。目の前に沖田が迫り、振り上げた拳で殴りつけた・・・・・つもりだった。
《なんだ!?》
殴りかかったその瞬間、逆に俺が抑え込まれていた。うつぶせに転がされ、腕を極められている。
「誰があんなテレフォンパンチを食らうか。この腕を折ってやる。」
「あだああああ!」
肘の関節に激痛が走り、今にも折れそうなほど締め上げられた。
「もうやめて!お願いだから!」
藤井は沖田を止めようとするが、非力なその腕では何も出来ない。
俺の腕はもう限界に達し、痛みのあまり気を失いそうだった。
「いやあ!誰か助けてええええ!!」
藤井の叫びがこだまする・・・・。悲痛な叫びは山じゅうに響き渡ったが、誰も助けに来なかった。
もう腕がもたない・・・・吐き気を催すほどの痛みが、意識を奪っていく・・・・。
動物たちが沖田に飛びかかるが、もはや気にもとめていない。このマザコン野郎は、ただ俺の腕を折るつもりでいた。
そしてその後は・・・・きっと殺されるだろう・・・・。
《モンブラン・・・藤井・・・・。誰か・・・・誰でもいいからこいつらを助けてやってくれえええ!》
消えかかる意識の中で、心の底からそう叫んだ。
しかしその時、ふと腕が楽になった・・・・。痛みはあるが、もう腕は極められていなういようだ・・・。
《なんだ・・・どうしたんだいったい・・・・。》
腕を押さえながら立ち上がると、沖田が顔を押さえながら倒れていた。しかも覆った手の隙間から血を流している・・・。
「何があったんだ・・・・?」
痛む腕を我慢しながら、ゆっくりと近づく。するとそこには、引きつった顔で何かを握りしめる藤井がいた。
「藤井・・・・お前がやったのか・・・?」
「・・・・・・・・・・。」
藤井の顔はまだ引きつっている。俺は手を伸ばし、そっと藤井の肩を抱いた。
「おい、しっかりしろ!」
「・・・・え?ああ・・・・。」
「お前が沖田をやったのか?」
「え?わ・・・分からない・・・・・。気がついたら・・・これを握って・・・沖田君を殴ってた・・・。」
そう言って藤井は手の中の物を見せる。
「これは・・・・文江さんが渡してくれた十字架じゃないか!」
銀に輝く十字架が、赤く汚れて血を垂らしていた。
「そうか・・・俺の首からこれを取って・・・・・。」
藤井の手からそっと十字架を取り、手の中に握りしめた。
「ありがとうな、藤井・・・・。おかげで助かったよ。」
「・・・・う・・うん!でも・・・それよりモンブランが!」
「ああ、早く助けないと。」
俺たちはモンブランの元に駆け寄った。モンブランは口から血を流し、苦しそうに息をしていた。
「モンブラン!大丈夫か!?」
「・・・・・・・・・・・。」
モンブランの横腹が大きく擦れている。きっと沖田に蹴られたせいだろう。
それに呼吸も荒いし、小さく痙攣していた。
「すぐに病院へ連れて行かないと!」
「じゃああの神社を使おうよ!走ってたら間に合わない!」
「そ、そうだな・・・。じゃあ行くぞ!」
俺はモンブランを抱え、ワープしてきた神社に走り出した。しかしその時、沖田が「待て!」と叫んだ。
「このイグアナがどうなってもいいのか?」
沖田はマリナを掴み、その頭に銃を突きつけていた。
「マリナ!」
「動くな!このトカゲを撃ち殺すぞ!」
そう叫んで、さらに銃を押し付けた。
「ゆ・・・悠一・・・・。」
「マリナ・・・。心配するな、俺が助けてやる。」
俺はモンブランを藤井に預け、「行け!」と叫んだ。
「で、でも・・・悠ちゃんは・・・・、」
「俺はマリナを助ける。だから早くモンブランを病院へ!」
「だけど・・・・、」
「いいから早く行け!」
「わ・・・・分かった!すぐ戻って来るからね!無事でいてよ!」
藤井はモンブランを抱えて駆け出して行く。沖田が「行くな藤井!」と叫んだが、俺は手を広げて立ちはだかった。
「どけ有川!撃つぞ!」
「そんなとこから撃ったら藤井に当たるかもしれないぞ?」
「そんなヘマするか!いいからどけ!!」
「お断りだ。お前こそマリナを放せ。」
俺は真っ直ぐに近づいて行った。沖田の銃口がピタリと俺に狙いをつける。
「お前・・・・たかがイグアナの為に死ぬ気かよ?」
「俺にとっちゃただのイグアナじゃない。大事な家族なんだ。いいから離せ。」
「ははは!こんな爬虫類が家族か?寂しい奴だな!」
「生憎動物と話せるもんでね。言葉が通じればイグアナ相手でも寂しくない。」
「カッコつけたことぬかしやがって・・・・。もういい、マジで殺してやるよ。お前も・・・お前の家族とやらもな。」
「悠一・・・・・。」
マリナが泣きそうな顔で見つめてくる。
「大丈夫だよマリナ。もうたまきが来てくれたから。沖田の後ろで怖い顔して睨んでるよ。」
そう言って指をさすと、沖田とマリナは後ろを振り返った。
その瞬間、俺は十字架を握って駆け出した。
「なんだ・・・誰もいないじゃな・・・・、うぎおお!」
俺は十字架を握ったまま沖田に突進した。尖った先端が沖田の顔に突き刺さり、叫び声を上げて倒れ込んだ。
「マサカリ!この銃を!」
沖田の手から銃を奪い、マサカリの方に投げる。すると落ちた瞬間に「パンッ!」と発砲して、近くの木の枝が折れた。
「危なねえな!殺す気か!」
「悪い。それを頼む。」
マサカリは銃を咥え、サッと遠くへ逃げて行った。
「おい!人の銃を奪うな!」
沖田は追いかけようとしたが、顔の傷を押さえてうずくまった。
「ずいぶん古臭い手に引っ掛かったな。お前・・・・実は馬鹿だろ。」
「ぐうう・・・・この野郎があ・・・・。」
沖田は傷口を押さえながら、痛みに耐えて立ち上がって来ようとする。
俺はマリナを置き、助走をつけて沖田を蹴り飛ばした。
「ごはあ!」
「さっきのお返しだ!もう一発食らえ!」
「ぐふう!」
さすがの沖田も堪らず倒れ込み、手を伸ばして俺の足を掴んだ。
「この・・・・お前ごときに・・・・・。」
「もうお前の負けだ。いい加減観念しろ。」
「誰が・・・・・お前なんかに・・・・・。」
「往生際が悪いな。じゃあトドメの一発だ。」
俺は沖田の髪を掴み、ニコリと微笑んだ。
「さっき殴るはずだった分だ!取っとけこの野郎!!」
「げぶあッ!」
渾身の一撃が顎を打ち抜く。もう一発殴ってやろうと思ったが、もう沖田は動かなかった。
大の字に倒れ込み、白目を剥いて気絶していた。
「やったぜ!ざまあ見ろってんだ!」
「俺たちの勝ちだな!後でミルワームでも奢ってもらおう!」
カモンとチュウベエが嬉しそうに飛びまわる。マリナは「よかった・・・」と呟き、指で涙を拭っていた。
「もう終わりだ。後はじいさんがダキニをやっつけてくれれば・・・・、」
そう言って沼に目を向けると、目の前に誰かが立ちはだかった。
「うふふ、久しぶりね〜悠一君。元気にしてたあ〜?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
ダキニが甘ったるい声を出しながら、ニコニコと笑っていた。そして・・・・その手には人間の姿に戻ったじいさんを引きずっていた。
「さすがの白髭ゴンゲンも、寄る年波には勝てなかったのかしら〜?うふふ・・・・あっさり決着がついちゃったから、ずっと君たちの戦いを見てたのよお〜。悠一君たらいつになく奮闘しちゃって、ちょっとだけ見惚れちゃった!」
「・・・・・・・・・・・・。」
「とってもカッコよかったけど、もうお終いにしなきゃね〜。君のことは覚えておいてあげるわ。だからあ・・・・・死んで。」
ダキニの目に殺気が宿る。そして俺に向かって手を伸ばしてきた。
鋭い爪が目の前に迫り、思わず目を閉じた。
そして・・・・・・・目の前が真っ暗になった。何も見えず、何も聞こえなくなる。
地面を踏んでいる感覚さえなくなって、まるで宙に浮いているような感じだった。
手足を動かそうとしても、まったく反応しない。それどころかだんだんと意識が薄れていく・・・。
《身体に・・・力が入らない・・・。これが・・・これが死ぬってことなのか?
せっかく沖田を倒したのに、こんな所で死ぬっていうのか・・・・。》
いくら目を開けても何も見えず、真っ暗な部屋の中に閉じ込められているようだった。
意識はだんだんと遠ざかり、藤井や動物たちの顔が浮かんでくる。
そして・・・・暗い暗い闇の中で、なぜか『アイツ』の匂いを感じていた・・・・・。

勇気のボタン〜猫神様のご神託〜 第四十話 天を突く光

  • 2014.12.07 Sunday
  • 13:03
JUGEMテーマ:自作小説
「さて・・・何から話そうかの。」
沼から這い上がったじいさんは、俺たちと一緒に大木の元までやって来た。
樹齢二千年を超える大木は、まるで精霊でも宿っているかのように荘厳だった。
その下を綺麗な小川が流れ、脇にある竹筒からは湧水が流れている。
じいさんは備え付けのコップで水を飲み、渋い顔で目を瞑っていた。
「・・・・・・・・・・。」
じいさんは瞑想をしているように動かない。じっと目を閉じ、深く思索に耽っているようだった。
俺たちは息を飲んでじいさんを見つめる。
彼の言葉を待ち、じっとその顔に見入っていた。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・ぐう・・・・。」
「寝てんじゃねえよ!」
思い切りじいさんの頭を叩くと、「無礼な!神様を何だと思っとる!」と怒られた。
「すいません・・・吉本新喜劇のノリでつい・・・・。」
「おお、あれか。ありゃあ面白いな。儂はチャーリー浜とポットの人が好きじゃった。」
「俺も好きですよ。でも今はそんなことより、あなたの知っていることを教えて下さい。
いったいダキニとの間に何があったのか?そして・・・・どうしてダキニは沖田と藤井をさらったのか?あなたならご存知なんでしょう?」
そう尋ねると、わざとらしく顔を作って頷いた。
「・・・いいじゃろう、今こそ全てを話してやろう。長くなるがよいか?」
「お願いします!」
俺たちは再び息を飲む。じいさんは演技臭い目で空を見つめ、「あれは今でも鮮明に覚えとる・・・」と呟いた。
「あの日も今日みたいによく晴れていたんじゃ。儂は野山を駆け、人里まで下りて行った。するとなんと!怪しげな女が民衆を導いているではないか!儂は興味を惹かれ、女に尋ねた。お前さんは何をしているんだ?と。すると女はこう答えた。これからこの国の行く末を占うのだと。」
「・・・・・へ?占い?」
「うむ。女は見事な呪術で未来を占い、今年は稲が豊作であろうと伝えた。そして儂の未来まで占ってくれたんじゃ。本日のラッキーカラーは青!午前中は不運に見舞われるけど、午後からラッキーなことが続くでしょうと。ちなみにその日のラッキーアイテムは埴輪だったな。」
じいさんはしみじみとしながら言う。俺は「ちょっと待って下さい!」と止めた。
「それっていつの時代の話ですか?」
「ん?卑弥呼の時代。」
「聞いてませんよ!そんな時代の話なんて!今の時代の話をして下さい!」
「なんじゃ・・・人が一生懸命話しとるのに。そういうことは最初に言わんか。」
じいいさんは不機嫌そうに言い、「あれは田中角栄が・・・・・、」などと話し始めた。
「だから・・・・そういうことじゃなくて!ついさっき起こったことを話して下さいよ!」
「何を怒ってる?」
「怒るに決まってるでしょう!この場で田中角栄の話なんかされたって困るだけですよ!」
「そうカッカするな。ストレスは身体に悪いぞ?」
「あんたがストレスの原因だよ!いいから質問に答えろこのジジイ!」
「誰がジジイか!?儂は泣く子も黙る白髭ゴンゲンじゃぞ!アマテラス殿とだってLINE友達なんじゃぞ!」
「知るかよ!神様がLINEなんか使ってんじゃねえ!」
なんだこのじいさんは・・・・まったく話が通じないじゃないか・・・・。
そう思っていると、向こうも「なんじゃこの若僧は、まったく話が通じんわい」と怒っていた。
《ダメだこりゃ・・・まともに質問しても答えてくれそうにない・・・・。》
せっかく重要な話が聞けると思ったのに、相手はただのエロじじいときている。
《・・・・・ん?エロじじい?》
俺はパッと閃き、マイちゃんを前に押し出した。
「なあじいさん、この子が質問するから、ちゃんと答えてやってくれないか?」
「え?私?」
マイちゃんはオロオロしながら「ムリムリ!」と首を振った。
「こんな偉い神様に質問なんか出来ないよ!」
「大丈夫だって、相手はただのエロじじいなんだから。」
「だから・・・・そういう失礼なこと言っちゃダメだってば!」
「でも向こうは喜んでるみたいだぞ。」
「え?」
じいさんはニコニコと笑顔を振りまき、スマホを取り出して「LINEやってる?」と尋ねた。
「いえ・・・LINEはちょっと・・・・。」
「じゃあツイッターは?それともフェイスブック?」
「いえ・・・SNSは不安なのでちょっと・・・・・。」
「なんじゃ、最近の若いモンにしては珍しいの。まあいいや、それならメルアドを・・・・・、」
そう言いかけた時、俺は「ちょっと待った!」と割って入った。
「なんじゃ貴様!儂とその子のランデブーを邪魔するな!」
「この子とランデブーしたいなら、とりあえず質問に答えてくれよ。じゃないとメルアドは教えられない。」
「ぬうう・・・・貴様!さてはその子のジャーマネだな!?」
「ジャーマネって・・・・。俺はこの子の友達だよ。」
「ウソだ!本当はジャーマネなんだろう?それでその子はどこぞの事務所のアイドルに違いない!素人にしては可愛い過ぎるからのう!」
「・・・・そうだよ、最近流行りの化けタヌキアイドルなんだ。」
そう答えると、マイちゃんは「ウソです!」と叫んだ。
「ちょっと悠一君!変なウソつかないでよ!」
「でも向こうは信じてるみたいだぞ?」
「え?」
じいさんはニヤニヤ微笑みながら、「なんでも聞いてくれ」と言った。
「アイドルのメルアドをゲット出来るチャンスなんて滅多にない。なんでも質問に答えてやるぞ。」
「おお!聞いたかマイちゃん?今のうちに質問するんだ!」
「・・・・・・・・・・。」
マイちゃんは呆れた様子でため息をつき、「この人が稲荷の長じゃなくなった理由が分かる気がする・・・」と呟いた。
「すみません白髭様・・・・聞きたいことがあるんですが。」
「ゴンゲンでよい。」
「ええっと・・・じゃあゴンゲン様。ダキニと何があったんですか?どうして沼なんかに埋まっていたんです?」
そう尋ねると「よくぞ聞いてくれた!」と叫んだ。
さっきから聞いてるじゃねえかエロじじい・・・・・そう思ったのは内緒だ。
「儂はダキニの身勝手な行いに腹を立てておったのじゃ。だから再三注意したんじゃが、奴はまったく聞く耳をもたんかった。
そして奴の強引なやり方に反発して、儂に相談する者まで現れおった。これはいよいよダキニには任せておけんと思い、儂自らが制裁の乗り出したんじゃ。しかし・・・・不意を突かれてやられてしもうた・・・・。奴め・・・姑息にも儂の弱点を攻めて来よった・・・・。」
「弱点・・・ですか?」
「うむ。儂は若い女子に弱いでな。奴は藤井という可愛い子ちゃんを盾にして、儂から逃れようとした。」
それを聞いて、思わず「藤井だって!?」と叫んだ。
「そうじゃ。儂はダキニに制裁を加える為、奴の社に出向いた。そこで激しく口論となり、戦いが始まってしもうたのじゃ。
儂に勝てないと悟ったダキニは、ワープゾーンを使って氷ノ山の麓の神社に逃げた。」
「それって・・・たまきに化けたダキニが倒れてた神社だな?」
マサカリが言い、俺は「そうだろうな」と頷いた。
「儂は神社をワープしてダキニを追いかけた。そしてその先でも激しい戦いになったのじゃ。
しかしそこへ二人の人間が現れた。沖田という男と、藤井という可愛い子ちゃんじゃ。
ダキニは二人を人質に取り、そして藤井ちゃんを盾にした。」
「・・・・・・・・・・・・。」
なんだろう・・・このじいさんに藤井をちゃんづけで呼ばれると腹が立つな・・・・。
「悠一、顔が引きつってる。」
モンブランに言われ、俺は表情を戻した。
「藤井ちゃんを盾に取られた儂は、手を出すことが出来なんだ。するとその時に沖田とやらが銃を取り出したのだ。そしてダキニ向けて『藤井を放せ!』と脅した。儂はその隙をついて藤井ちゃんを助けたわけじゃ。しかしダキニは諦めんかった。再び藤井ちゃんを奪おうと、渾身の力で襲いかかってきたのじゃ。そして・・・儂はどてっ腹に穴を空けられ、ダキニは全身に怪我を負って倒れた。」
「どてっ腹に穴って・・・じいさんよく生きてたな。」
チュウベエが感心したように呟くと、「神様じゃからな」と笑った。
「しかし放っておけば致命傷になりかねん。だから沖田と藤井ちゃんを抱えて、植物園の近くにある神社へワープしてきた。
そして二人を連れたままこの植物園へやって来て、あの沼に浸かっていたというわけじゃ。」
「それで沼に埋まってたのか・・・。じゃああの沼は怪我を治す力があるってことか?」
「うむ。山の気をたっぷり吸いこんでおるからの。でも神様にしか効果はないぞ。人間が入っても溺れるだけじゃ。」
そう言ってじいさんは腹を撫でた。
「さっきお前さんたちはこう言っていたな。ダキニがたまきに化けていたと。」
「おうよ!すっかり騙されたぜ。」
マサカリが答えると、じいさんは「ふうむ・・・」と唸った。
「ダキニは儂の攻撃で致命傷を負い、動くことが出来なかったはずじゃ。
しかしそこへたまたまお前さんたちがやって来たので、たまきの姿に化けたのじゃろう。
お前さんたちはすっかり騙され、奴がダキニとも知らずに怪我を治してやった・・・・そうじゃな?」
「ああ、そうだよ。さすがは偉い神様だな、何も説明していないのに見抜くなんて。」
「話を総合すればだいたい分かることじゃ。」
俺はちょっとだけじいさんを見直した。さすがは偉い神様だけある。その目はずっとマイちゃんの太ももを見つめているけど・・・・・。
「話は分かったけどさ、どうして沖田と藤井をここへ連れて来たんだ?」
そう尋ねると、じいさんは「それはな・・・」と呟いた。
「それは三つの理由があるからじゃ。」
「三つの理由?」
「うむ。一つ目はダキニから守る為。そしてもう一つは・・・・・、」
「もう一つは?」
「・・・藤井ちゃんがタイプだったから。助けたら儂に惚れるかなと思って。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「・・・なんじゃその目は!決してやましい下心などないぞ!」
「惚れてもらおうと思ってる時点で下心丸出しだよ!」
「そんなことはない!下心と恋心は違うのじゃ!」
「アンタの場合は一緒だよ!だいたい藤井は俺の彼女なんだ!手を出されちゃ困るんだよ!」
そう怒ると、じいさんはこの世の終わりみたいな顔をした。
「な、なんと・・・・あの可愛い子ちゃんが・・・こんなポンコツの彼女・・・・。世も末じゃな。」
「うるさいよ!いいから話を続けろ!」
じいさんはブツブツ文句を言いながら、渋々話を続けた。
「三つめの理由じゃが・・・・これは沖田という男が気になったからじゃ。」
「沖田が・・・?」
「うむ。あやつ・・・・どうも動物に対して憎しみを抱いておるようじゃ。瞳の奥に深い怒りと悲しみが見えたでな。放っておくと何をしでかすか分からん危険性がある。それはいつか周りに不幸をもたらし、自分自身が破滅するじゃろう。」
「・・・あいつは密猟をしてるんだ。過去にお袋さんを亡くしていて、それが原因で動物を憎んでる。俺は奴を捕まえる為にここまで来たんだけど、逆に藤井をさらわれてしまった・・・・。」
そう答えると、じいさんは「情けない奴じゃ」と笑った。
「彼氏のクセにロクに彼女も守れんとはの。やっぱり藤井ちゃんは儂が頂くか。」
「勝手なことを言うな!藤井は俺の彼女だ!」
「ほう・・・ならば命を懸けて助けることが出来るか?」
「命を・・・・・・?」
「お前さんは藤井ちゃんに惚れとるんじゃろう?だったら命を懸けられるかと聞いておるんじゃ。どうなんじゃ?」
「いや・・・いきなりそんなことを聞かれたって・・・・。」
唐突な質問に、思わず返事が出来なかった。するとじいさんはまた「情けないな」と笑った。
「お前さんのことはたまきから聞いておる。しかし・・・・たまきが言うほど大したタマではないようじゃな。」
「なんだって?・・・じいさんさっきもそう言ってたな。もしかしてたまきと知り合いなのか?」
「かなり昔からの友人じゃよ。あいつはいい女じゃな。美人だしスタイルもいいし、何より性格がいい。
男を見る目は厳しいが、弱い者には助力を惜しまん。特に・・・・弱いながらも前に進もうとする者にはな。」
じいさんは俺を睨んでニヤリと笑い、目の前の小川に目をやった。
「あの沖田という男は、藤井ちゃんに並々ならぬ想いを抱いておる。もし命を張る覚悟がないのなら・・・・助けることは難しいじゃろう。」
そう言ってまた俺の方を睨み、鋭い視線を飛ばしてきた。
「儂はな、普段はチャランポランじゃが、やる時はやる男じゃよ。あの沖田という男・・・・心に深い傷を抱えておる。
だからこうして出会ったのも何かの縁と思い、助けてやろうと思ったんじゃ。」
「どうしてだ?沖田は悪人なんだぞ?藤井はさらうわ、ベンジャミンっていう稲荷を利用して翔子さんをさらうわ・・・同情する価値なんかないよ。」
そう切り捨てると、じいさんは「そこじゃよ」と指をさした。
「どうして沖田がそこまで悪さをするのか・・・・よくよく考えてみればよい。心に傷を抱えた者というのは、誰かに助けを求めておるもんじゃ。しかし自分からは言い出せないから、悪さをして気を引こうとする。まあアレじゃな。男の子が好きな女の子にイタズラするのと同じじゃ。」
「好きな女の子のスカートをめくるっていうアレか?全然レベルが違うよ。誘拐までしてるんだから。」
「しかし動機は同じじゃよ。そこでだ・・・有川君よ。儂はいっちょお前さんを試してみることにする。」
「はい?俺を試す?」
「うむ。沖田と藤井ちゃんはダキニにさらわれた。これをお前さんだけで追いかけるのは難しい。だからダキニの元までは儂が連れて行ってやる。しかしその代わり、お前さんは命を懸けで藤井をちゃんを助けるのだ。どうだ?出来るか?」
じいさんは試すような目つきで笑いかけてくる。さっきからチョイチョイ俺のことを馬鹿にしているが、ここで言い返さないとさらに馬鹿にされるだろう。
「もちろんだよ。藤井の為なら何だってやってやる。」
「おお!よくぞ言った!それでこそたまきの見込んだ男じゃ。」
じいさんは満足そうに笑い、バシバシと俺の肩を叩いた。
「よいか、ダキニは今追い詰められておる。ベンジャミンが誘拐などしたせいで、奴は稲荷の長として責任を問われるじゃろう。今まで反感を持っておった稲荷どもが、一気に手の平を返すやもしれぬ。そうなれば、稲荷の間で大きな争いが起きることになるのじゃ。」
「・・・・ダキニは・・・恐れてるんだな。稲荷の長を追われること、そしてじいさんのことを・・・。」
「奴は元々妖怪じゃからな。この国へ来てから神様の地位を得たが、それまでは無法者の妖怪、皆に嫌われておったわ。
しかし内に秘めたる力は大きい。だから同じキツネとして、奴に稲荷の長を任せることにしたのじゃ。そして・・・・その選択は間違っておらなんだと信じておる。奴は確かに身勝手なところはあるが、それでも長らく稲荷を纏めてきた。だからこの先も稲荷の長を任せるつもりじゃ。」
じいさんはとても優しい目でそう言った。元稲荷の長として、これからの稲荷の未来を憂いているようだった。
「だから・・・何としても藤井ちゃんを助けてやってくれ。そして沖田も救ってやるのじゃ。そうすることで、もしかしたらベンジャミンもお前さんの友達を解放するやもしれぬ。」
「どうしてそんなことが言えるんだ?」
「どうしてとな?その理由はお前さんが一番よく知っておるはずじゃ。なぜなら・・・沖田を利用してベンジャミンを救うつもりでいたのじゃろう?」
「な・・・なんでそのことを!?あんたまさか・・・・人の心まで読めるのか?」
驚きながらそう尋ねると、「がはは!」笑われた。
「お前さんはこう考えているんじゃろう?沖田を捕まえ、そしてベンジャミンの前に連れて行って謝らせる。密猟などして悪かったと・・・・。ベンジャミンは人間によって愛しい者を殺された。それが原因で人間を憎み、復讐を果たす為にあのような行為に及んでおる。しかし沖田のような密猟者が心から謝ることが出来たなら、ベンジャミンの人間に対する印象は変わるかもしれない。奴は根っからの悪者ではないから、沖田が本気で謝罪すれば、きっとその気持ちは通じるはずだと・・・・違うか?」
「・・・当たってるよ。ベンジャミンは稲荷の長になって、人間に復讐するつもりでいる。それをやめさせるには、人間に対しての憎しみを取り払うしかないから・・・・。」
「そうじゃな。ならば藤井ちゃんだけでなく、沖田も救ってやらねばなるまい?それも心の方をな。そうでなければ、沖田は心からベンジャミンに謝るなんてことはせんだろう。」
じいさんは諭すように言い、後ろで手を組みながら大木を見上げた。
「しかし・・・・もし失敗すれば、ベンジャミンはお前さんの友達を殺すだろう。そうなれば、儂はベンジャミンに制裁を加える必要がある。奴に厳しい罰を与え、普通のキツネに戻して野に返すじゃろうな。それにダキニにも稲荷の長を退いてもらわねばならん。奴は稲荷を追われ、元の妖怪に戻って悪さを働くじゃろう。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「もしそうなった時・・・・儂は容赦はせん。この国を守る神獣として、奴を完膚無きまでに叩き潰すじゃろう。」
そう語るじいさんの声には迫力があった。ただのエロじじいとは違う、殺気の漲る声だった・・・。
「よいか有川君。君の肩には大勢の者の運命が懸っておる。藤井ちゃん、沖田、それにベンジャミンとダキニじゃ。君が命を懸けて戦わねば、到底皆の運命は守れまい。酷なようじゃが・・・・その責務、しっかりと果たせるかどうか、この目で見届けさせてもらう。」
じいさんは怖い顔で俺を睨み、ギラリと目を光らせた。その時一瞬だけ恐ろしい獣の顔が見えて、ゾクリと肝が冷えた。
「・・・・やるよ。俺は色んな人と約束したんだ。藤井、たまき、それにアカリさん・・・・。みんな俺のことを信用してくれている。だから・・・じいさんの言った責務ってやつを、必ず果たしてみせる。」
「うむ、その意気じゃ。」
じいさんはニコリと微笑み、マサカリたちの方を向いた。
「ダキニはきっと自分の社に逃げたじゃろう。今からそこへ行くわけじゃが・・・・ここにいる全員を連れて行くわけにはいかん。奴の社は危険じゃからな。有川君が必要だと思う者だけを連れて行くことにする。」
そう言って俺の方を見つめ、「さて、誰をお供にするんじゃ?」と尋ねた。
するとモンブランが「はいはい!私は行くわよ!」と手を挙げた。
「悠一のお供といえばモンブランと決まってるの。他のへなちょこどもはここでバッタでも食べてればいいわ。」
そう言うと、「おうおうおう!待てやコラ!」とマサカリが吠えた。
「誰がバッタなんか食ってられるか!俺だって悠一と一緒に行くぜ!」
「ブルドッグなんかいらないわよ。邪魔なだけじゃない。」
「んだとお・・・・猫よりゃマシだ!お前はその辺でクソでもしてろ!」
「下品なこと言わないでよ!汚いのは顔だけにしときなさいよ、このデブ犬!」
「ああ〜ん!誰がデブだ!ぽっちゃり体型と言え!」
モンブランとマサカリが醜く争っていると、カモンが「俺も行くぞ」と胸ポケットに登ってきた。
「このアホ二匹じゃ心許ないからな。頭の切れる奴が必要だろ?」
そう言ってカッコをつけると、チュウベエが「げっ歯類の脳ミソじゃたかが知れてる」と笑った。
「ここは俺の出番だ。なんたって有川家で一番頼りになるのが俺だからな。」
「ほざけ鳥頭!オカメインコはバッタでも食ってろ!」
「ひまわりの種を頬張る奴に言われたくない。お前こそオガクズの中で眠ってろ、ほっぺにひまわりの種を詰めてな。」
「んだとお〜・・・・そのオカメ模様に歯形を付けてやる!」
こっちはこっちでケンカが始まり、それを見たマリナが「はあ・・・バカな子たちねえ」とため息をついた。
「ねえ悠一、みんな連れて行ってあげればいいじゃない。だってみんな藤井さんのことが好きなんだもの。力になりたいのよ。」
そう言ってウィンクを飛ばし、よじよじと登ってきて首に巻き付いた。
「・・・・そうだな。みんないつだって一緒だったんだ。全員で藤井を助けに行くか?」
俺はみんなを見渡し、「ケンカするな!力を合わせないと藤井を助けられないぞ」と言った。
「みんなで行こう。きっと藤井もそれを待ってる。」
そう言うとピタリとケンカをやめ、ササッと俺の傍に寄ってきた。
「悠一軍団・・・久々の全員出動ね。」
モンブランが言うと、みんなから「なんだそれ?」と突っ込まれていた。
「じいさん、今聞いたとおりだ。俺は動物たちを連れて行く。」
「そうか。ならば他の者はここに置いて行ってよいな?」
「ああ、また後で迎えに来るよ。」
そう言ってマイちゃんたちの方を見つめ、「ごめん、悪いけどここで待っててくれ」と言った。
「後で必ず迎えに来る。だから・・・・ちょっと行ってくるわ、藤井の所に。」
するとマイちゃんはノズチ君を抱きしめ、「分かった」と頷いた。
「でも気をつけてね・・・・きっと無事に帰って来てよ。」
「うん、約束する。」
俺はマイちゃんの頭を撫で、ノズチ君と坂田にも頷きかけた。
「ちょっと時間がかかるかもしれないけど・・・・ここで待っててくれよな。」
そう言うと、ノズチ君は「へん!」と悪態をついた。
「ポンコツに期待なんかしてねえよ!けど・・・・藤井は絶対に助けて来い。そうでなきゃケツをすり潰すぜ。」
「お前は相変わらずだな・・・・。」
苦笑いをしながら頷くと、坂田も「気とつけてな」と言った。
「もし沖田を捕まえたら、俺はアイツの悪事を証言するよ。きっと俺も捕まるだろうけど、もうアイツとの関係は終わりにしなきゃいけない。だから・・・・必ず沖田を連れて来てくれ、頼んだぞ。」
「ああ、任せといてくれ。」
残る者たちに別れを告げ、俺はじいさんの前に立った。
「さあ、いつでもいいぞ。ダキニの元へ連れて行ってくれ。」
「うむ、ではとりあえず近くの神社まで行こう。儂が運んでやるからしっかり掴まっておけ。」
そう言ってじいさんは「むん!」と唸った。すると一瞬にして巨大なキツネに変わり、立派な顎髭を揺らした。
「でけえ・・・・まるで恐竜みたいだ・・・・。」
動物たちは息を飲んでじいさんを見上げた。俺もその迫力に圧倒され、何も言葉が出てこなかった・・・。
いつか見た実物大のティラノサウルスの模型よりも大きく、しかも全身の毛が金色に光り輝いている。
それに口からは大剣のような牙がはみ出していて、手足の先には俺の腕より太い爪が並んでいた。
《こりゃあもう怪獣だな・・・・。キツネっていうより猛獣みたいな顔をしているし、何より眼光が凄い・・・・・。》
稲荷の姿になったじいさんは、これまた巨大な尻尾で俺たちを包んだ。そして「行くぞ・・・」と言った次の瞬間、とんでもない速さで駆け出した。
「ぬううああああああああ!落ちるううううううう!」
俺は必死にじいさんの尻尾にしがみつく。あまりの速さに目も開けられず、まるで自分が風になったような感覚だった。
じいさんは俺たちが落っこちないように尻尾で包んでくれているが、それでも怖いことに変わりはない。
もし何の安全装置もなしにジェットコースターに乗り込んだから、きっとこういう感じになるのだろう。
《怖いよお・・・早く着いてくれ!》
・・・・じいさんは駆ける。風より早く、そして鳥のように舞いながら・・・・。
気がつけばほんの数秒で神社の前まで来ていて、そのまま鳥居の方に向かって行った。
「ちょ・・・ちょっとじいさん!あんたの巨体じゃ鳥居を潜れないよ!」
「いや、問題ない。」
じいさんはそのまま鳥居に突っ込む。しかしぶつかると思った次の瞬間、鳥居がグンと大きくなって、じいさんが通れるサイズになった。
「すげえ・・・・・。」
俺たちはじいさんと一緒に鳥居を潜り、ワープゾーンを通って別の場所に出た。
そこはダキニの神社の庭だった。以前来た時と同じように、大きな本殿がそびえている。
「着いたぞい。」
じいさんは俺たちを下ろし、社に向かって吠えた。
「おい!誰かおらんか!?」
そう叫ぶと、社の中から一匹の稲荷が出て来た。
「誰だ?馬鹿でかい声を出してるのは?」
出て来た稲荷は不機嫌そうに顔をしかめる。そして・・・俺はその顔に見覚えがあった。
「ああ!お前はツムギじゃないか!」
「あんたは・・・有川じゃないか!どうしてこんな所に・・・・・、」
そう言いかけた時、ツムギは言葉を失って固まった。そしてじいさんの前に駆けより、サッとひれ伏した。
「お・・・お久しぶりでございます!白髭様!」
「ツムギか、久しぶりじゃの。元気にやっとるか?」
「は・・・はい!それはもう元気にしております、ええ!」
「そう畏まるな。ダキニに会いたいんじゃが、ここにおるのはお前だけか?」
「は・・・はい!・・・・いや、違います・・・・。」
「どっちなんじゃ、ハッキリせい。」
「ええっと・・・・それはその・・・・何と言いますか・・・その・・・・。」
ツムギは困り果てたように言葉を濁す。するとじいさんは「口止めされとるな?」と笑った。
「中にダキニがおるんじゃろう?そして誰も通すなと言われておるはずじゃ。」
「・・・・う・・・いや・・・それは・・・・・、」
「無理に答えんでもよい。お前はダキニに懐いとるからな、アイツを裏切るような真似は出来まい。」
「・・・・すみません・・・・どうかお許しを・・・・。」
ツムギは子猫のように丸くなり、ただただじいさんに怯えていた。まあこの迫力の前じゃ無理もないけど。
じいさんはツムギの横を通り、「中に入るぞ」と言った。
「え?いや・・・それはその・・・・、」
「まあまあ、気にするな。お前は外で待っておれ。」
ツムギはオロオロと困り果て、俺の元に駆け寄って来た。
「おい有川!いったいどうなってるんだ!?」
「どうって言われても・・・ダキニを追いかけて来たんだよ。」
「お前なあ・・・・あの御方が誰だか分かってるのか?」
「知ってるよ、若い女の子が好きなエロじじいだ。」
「こ・・・コラ!なんてことを・・・・、」
ツムギは慌てて俺の口を塞ぐ。そして顔を寄せてこう言った。
「・・・・頼むから帰ってくれないか?誰もこの中に入れるなとダキニ様に言われているんだ・・・・。」
「そうか、じゃあじいさんに直接言ってくれ。」
「言えるわけがないだろう!僕みたいな若い稲荷が、おいそれと口を利ける御方じゃないんだ・・・・。」
「でももう中へ入って行っちゃったぞ。」
「な・・・なにい!?」
じいさんは大きな尻尾を振りながら、扉を潜って社の中へと消えていった。
「な・・・なんてこった・・・・・。誰も入れるなと言われているのに・・・・。」
ツムギはその場に立ち尽くし、ブルブルと震えていた。
「それじゃそういうことなんで、俺たちもちょっとお邪魔しますよ。」
震えるツムギの肩を叩き、俺たちも社に向かった。
そして中に入る前にチラリと振り返ると、ツムギはこの世の終わりみたいな顔で放心していた。
「俺・・・・今度こそ首が飛ぶな・・・・・。」
気の毒な彼を尻目に、じいさんを追って神社の中へ入っていった。

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