ダナエの神話〜魔性の星〜 最終話 魔性の星(8)

  • 2015.06.15 Monday
  • 13:34
JUGEMテーマ:自作小説
メタトロンの切り取った空間から、燭龍が現れた。
凄まじい巨体、凄まじい迫力。
黄龍、九頭龍と並ぶ三大龍神の一角が、青いマグマからダナエたちを守っていた。
「で・・・・・出た・・・・あの時の龍神が・・・・。」
「やったよコウ!これで九頭龍を止められるかも!」
二人は喜び、手を取り合って飛び跳ねる。
燭龍は灼熱のマグマを受けても平気な顔をしていて、九頭龍を睨みつける。
そしてそのまま体当たりをかました。
しかし九頭龍は動かない。いくら燭龍が山のように大きいといっても、九頭龍はそれを凌ぐ大きさである。
「むうう・・・・体格の差はいかんともし難いな。では儂も巨大化させてもらおう。」
そう言って口を開けて、海を大地を吸い込み始めた。
燭龍は周りの物質を吸い込んで、どんどん巨大化していく。
海は干上がり、大地は土を失い、まるでブラックホールのように何もかも吸収していく。
「きゃあああああ!」
「うわあああああ!」
そしてダナエやコウ、それにアドネやメタトロンまで吸いこんでしまった。
遂には海の城まで吸いこんでしまい、辺りは岩盤が剥き出しの、何もない更地になってしまった。
「・・・・うむ、ここまで大きくなればよかろう。」
目に映るもの全てを吸い込んだ燭龍は、九頭龍に匹敵するほど大きくなっていた。
そして頭の上に一輪の花を咲かせると、そこからダナエたちが現れた。
「お前たちは離れていろ。巻き添えを食うぞ。」
「ぼ・・・ボイラーさん・・・・随分大きくなったわね・・・。」
「感心しておらんで、すぐに離れるのだ。九頭龍は臨戦態勢だぞ。」
そう言って目を向けると、九頭龍はこちらに向かって突進して来た。
「いかん!すぐに退避するぞ!」
メタトロンは皆を体内に吸い込み、「でやあ!」と空に舞い上がった。
「ああ!ちょっと待って!まだ海のお城がボイラーさんの中に・・・・、」
そう言いかけた時、燭龍は「ぺッ!」と城を吐き出した。
メタトロンは宙に投げ出された城を掴み、「ここは任せるぞ!」と離れていく。
「私もすぐに駆け付ける!それまでその怪物を抑えておいてくれ!」
「心配無用。儂がすぐにこの馬鹿者を大人しくさせる。ただし・・・・少々月が滅茶苦茶になるかもしれんが。」
燭龍は再び頭の上に花を咲かせ、赤く光らせた。
「九頭龍よ!いい加減目を覚まさんか!たかが異星の邪神に乗っ取られおって!」
「グオオオオオオオオオ!」
九頭龍の体当たりが炸裂し、その衝撃で岩盤まで砕けていく。
燭龍はその衝撃を正面から受け止めて、「なんのこれしき!」と頭突きを返した。
爆音が響いて、九頭龍の頭の一つが鼻血を出す。しかし残りの八つの頭が襲いかかり、燭龍に噛みついた。
そして口から青いマグマを吐いて、灼熱で溶かそうとする。
「これしきの熱で、儂をどうにか出来るものか。」
青いマグマはとてつもなく強力だが、燭龍には効かない。それどころか、マグマを吸収し、自分の力に変えていった。
「さて・・・・奴らは遠くへ逃げただろうか?」
燭龍は後ろを振り向き、メタトロンが遠くへ飛び去るのを見つめた。
「うむ。あそこまで離れていれば、問題なかろう。」
そう言って九頭龍を睨み、頭に咲いた花を揺らした。
「言葉で止まらぬのなら、力づくで止めるのみ!九頭龍よ、正気を取り戻し、その身からクインを追い出すのだ!」
燭龍は大きく口を開け、九頭龍の頭の一つに噛みつく。そして頭の上に咲かせた花を、さらに赤く輝かせた。
その光は世界に熱と輝きを与える、森羅万象のエネルギーそのものであり、地球の核にたくわえられた、星の命ともいうべき炎だった。
その恐るべき炎が、頭の上に咲いた花から放たれる。
辺りは太陽を直視したような激しい光に包まれ、地平の彼方に一筋の閃光が走る。
たった一撃で小惑星を吹き飛ばすほどのエネルギーが、月の一角で炸裂する。
遠くを飛んでいたメタトロンにもその衝撃は襲いかかり、「なんというパワーか・・・・」と顔をしかめた。
激しい熱と風に晒され、このままでは危ないとバリアを張った。
「これが三大龍神同士の戦いか・・・・奴らはルシファーを牢獄に叩き込む時にさえ参戦しなかったが、今思えばそれでよかった。奴らが暴れたら、何もかも破壊し尽くしてしまう。」
メタトロンは熱と風が収まるまでバリアを張り続ける。そしてようやく燭龍の光が消え去ると、また遠くに向かって飛んで行った。
「とにかく私も参戦し、あの憎き邪神を討ち取らねば。その為には月の魔力が必要だ。」
月の中に広がる青い空を飛び、龍神同士が戦っている月の反対側まで退避する。
そして緑が覆う大地に降りると、そっと城を置いた。
「むうん!」
額の宝玉を光らせ、ダナエたちを外に出す。
メタトロンは城を指差し、「早く月の魔力を!」と叫んだ。
「分かってるわ!メタトロンのおかげでボイラーさんは出て来られた。それにお城だって安全な場所に避難させてくれた。だから・・・・今度こそプッチーの力を引き出してみせる!
そしてあの扉を開けてもらうの。」
コスモリングに触れて、今度こそ扉を開けて見せると、城の中へ入っていく。
そして扉の前まで来ると、目を閉じて願いを伝えた。
《お願いプッチー!どうか・・・どうかこの扉を開けて!この先には月の魔力の秘密があって、今はそれが必要なの。それにミヅキと叔父さんだって助けたい。だからお願い!》
頭の中に強く願いを描き、コウにフラれた悲しみを圧し潰していく。
そうやってじっと願いを捧げていると、どこからか波の音が聞こえてきた。
《来た!プッチーが反応してくれた!》
波の音はどんどん大きくなり、やがて頭に海の景色が浮かんできた。
ダナエはそっと目を開け、目の前の扉を見つめる。
すると辺りにも海の幻覚が浮かび、その中にぽつんと扉が建っている。
ダナエは海面の上を歩き、扉を手で押してみた。
冷たく重い石の扉が、ダナエが触れた瞬間に木の扉に変わる。美しい木目模様の、見ているだけで心癒されるような、芸術品のような美しい扉に。
手には温もりが伝わり、何の重さもなく、スッと開いて行く。
その瞬間、海の幻覚も、そして波の音も消えていく。そしてどこからか何かのヒビ割れる音が聞こえて、幻覚と幻聴は完全に消え去った。
「開いた・・・・扉が開いたわ・・・。さすがプッチー!」
そう言ってコスモリングを見つめると、大きなヒビが入っていた。
「な・・・なんで!?どうしてプッチーにヒビが・・・・、」
驚きながら見つめていると、アドネが「力を使い過ぎなのよ」と言った。
「ダナエは何度もその腕輪を使ってるでしょう。だからそろそろ限界が来てるのよ。」
「そ・・・そんな・・・・プッチーに無理させてるってこと?」
「そうよ。もし次に願いを叶えてもらったら、完全に壊れるかもね。」
「ああ・・・・そうなんだ・・・。ごめんねプッチー・・・・いっつも無理ばかりさせて。」
ダナエは労わるようにコスモリングを撫で、「これからは大事にするから、今回だけは許してね」とヒビをなぞった。
「じゃあ・・・・中に入ろう。きっとミヅキや叔父さんが待ってるわ。」
そう言って扉の中へと入って行く。アドネとコウもそれに続き、部屋の中を見渡した。
部屋の作りは先ほどと変わっていない。扇形の作りに、時計台の柱。そして六つの月の模型。
しかし先ほどとは違った部分が二つあった。
一つは月の模型が、全て同じ色になっているということ。
さっきは一つだけ黄色く染まっていたのに、今は全て青白い色になっている。
それともう一つは、時計台の柱の前には、ミヅキと幸也。そして顔のない真っ白なゴーストのような者がいた。
「ミヅキ!」
ダナエはミヅキに駆け寄り、ガバッと抱きついた。
「よかった!無事だったのね!!」
そう言って抱きしめると、ミヅキも「ダナエ・・・」と抱きついた。
「こ・・・・怖かったよ・・・。ラシルの邪神がやって来て、みんなを酷い目に・・・・、」
「うん、分かってる・・・・。ごめんね、怖い時に助けてあげられなくて。」
「だから私は一緒に連れて行ってって言ったのに!月にいる方が危なかった!!」
ミヅキは強く抱きつき、わんわんと泣いている。
するとそこへ博臣がやって来て、「ミヅキ!」と叫んだ。
「博臣!!」
ミヅキはダナエから離れ、博臣の方へ走って行く。二人は抱き合い、無事に再会出来たことを喜んだ。
「よかった・・・・ちゃんと生きててくれた・・・・。」
「博臣・・・・もっと早く来てよ・・・・アンタ強い天使に変身出来るんでしょ?だったら早く来てよ・・・・。」
「ごめん、ごめんな・・・・。もう一人で置いて行ったりしないからな。」
「当たり前よ!私も博臣から離れたくない!だって・・・・もう誰も失いたくないもん・・・・。」
ミヅキは酷く傷ついていた。目の前で妖精たちが惨殺され、その中にはサトミや彼女の赤ん坊もいた。
それが目の奥にこびりついて、病魔のように心を蝕んでいたのだ。
コウはそんな二人を見つめながら、幸也に問いかけた。
「よかったな、二人とも無事で。」
「ああ、ほんまに・・・・。もうアカンかと思ったけど、こっちの方のおかげで・・・・。」
そう言って真っ白なゴーストを振り返り、「すんでの所で助けてもらったんや」と言った。
「この人・・・ずっと月に住んでるらしくてな。ダフネやアメルが来る前から、ずっと月におったんやと。」
「へええ・・・俺たちよりも前の住人か。こんな奴初めて会ったな。」
コウは感心し、白いゴーストに近づいた。
「あの・・・・まずはありがとう。ミヅキと幸也を助けてくれて。」
コウはペコリと頭を下げる。そしてすぐに顔を上げて「それでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・・、」と尋ねた。
「あんたがいったい誰なのか、それも気になるんだけど、それよりもっと聞きたいことがあるんだ。
実は俺たち、月の魔力を求めてここへ来たんだよ。それを手に入れないと、クインに勝てそうにない。だからもし月の魔力の在り処を知ってるなら、教えてほしいんだけど・・・。」
「%$&%$'($&??`'&%」
「やっぱ何言ってるか分かんねえ・・・・。」
相変わらずの意味不明な言語に、コウは困った顔をする。すると白いゴーストは、月の模型を指差した。
それは先ほどまで黄色く染まっていた模型で、それを見てみろという風に指を動かした。
「これがどうかしたのか?」
コウは膝をついて覗きこむ。ダナエとアドネも横から覗きこんだ。
するとそこには、さっきまであったはずの物がなかった。
さっき見た時はケンとアメルの名前が刻まれていたはずなのに、今は無くなっている。
三人は首を傾げ、「?」という顔をした。
「なんで名前が消えてんだ?」
「さあ?誰かが消したとか?」
「あんなもん消えないでしょ。ちゃんと彫ってあったのに。それに黄色じゃなくなってるし、どうなってるの?」
三人はまた首を傾げ、唇をすぼめた。
すると白いゴーストが近づいて来て、コウとアドネの頭にそっと触れた。
その瞬間、何か意味不明な言語が頭に流れ込み、まるで新しいソフトでもインストールしたように、頭の中に今までにない言語が浮かんできた。
「なんだこれ・・・?頭に文字が浮かんだよな、今・・・・。」
「うん、わけの分かんない文字だった。でも・・・・今は理解出来るわ。」
コウとアドネはまたまた首を傾げる。すると白いゴーストが「死んだのだ」と言った。
「うわ!喋った!」
「ほんと。しかもちゃんと言葉が聞き取れるわ・・・。」
二人は驚き、ダナエの背中を押して、前に突き出した。
「ちょ、ちょっと!何するのよ?」
「いや、だって・・・・ここはお前の出番かなって。」
「なんでよ!?」
「なんかさ、その白いゴースト、お前に喋りかけてたみたいだから。」
「そんなことないでしょ。だったらみんなに言葉が分かるようにした意味がないじゃない。」
「そうだけど、でもやっぱりお前と話したがってるように思うんだよ。アドネもそう感じたろ?」
「うん。そのゴースト、ずっと昔から月に住んでるんでしょ?だったら月の王女であるダナエに、何か伝えたいことがあるのかもよ。」
「そんな上手いこと言って・・・・。このゴーストさんが不気味だから、私に押しつけてるだけじゃないの?」
「ううん、違うよ。」
「違う違う。まったく違うわ。」
「怪しいなあ・・・・・・。」
ダナエはブツブツ言いながら、白いゴーストの前に立つ。そして「こんにちわ」と笑顔で喋りかけた。
「ミヅキと叔父さんのこと、守ってくれてありがとう。」
そう微笑みかけると、ゴーストは「死んだのだ」と答えた。
「死んだって・・・・何が?」
「アメル。だから月の模型から名前が消えた。」
それを聞いたダナエは、キツネにつままれたような顔で「え?」と答える。
「お母さんが・・・・・?ちょっと待ってよ、それどういうこと・・・・・、」
「ダフネも死んだ。」
「はい?」
「妖精を治める者たちは、ケンを残して死んだのだ。アメルが死んだことにより、ケンとアメルの永遠の愛の誓いは無効となった。ゆえに、今この月に統治者はいない。だから次なる統治者が必要だ。月の模型に、新たなに名前を刻む者が必要なのだ。」
そう言ってダナエに近づき、目のない顔で見つめる。
「ダナエ・・・・ケンとアメルの娘。私はお前の来訪を、心から嬉しく思う。私は祝福するぞ、お前とコウの未来を。永遠の愛の誓いを。次なる月の統治者となり、その身に月の加護を受けるのだ。」
白いゴーストは手を広げ、そっとダナエを抱きしめる。
そして白い身体を輝かせて、青白い光を放った。
「ダナエとコウに、月の加護と祝福を・・・・。」
青白い光を放ちながら、ダナエに力を与えようとする。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
ダナエは慌てて離れ、「いったい何なのよ!」と叫んだ。
「意味が分からないわ!なんでいきなり私が月の加護を受けるの?それにお母さんとダフネが死んだって・・・・馬鹿なこと言わないでよ!」
ダナエは本気で怒っていた。ここへ来てから多くの仲間の死を聞かされ、それに加えて家族の死など聞きたくなかった。
必死に首を振り、「そんなの信じないわ!」と叫んだ。
「お母さんとダフネが死ぬわけない!そんなの絶対に信じるもんか!」
「二人の魂は、もう現世にはない。生き返ることも、生まれ変わることもない。だから次なる統治者が必要だ。ケンは生き残ったが、彼だけでは統治は出来ない。だから・・・・ダナエ、お前なのだ。お前が新たな統治者となり、月を治めよ。コウと永遠の愛を誓い、月の加護を受けよ。」
「だからあ・・・・・わけの分からないことばっかり言わないでよ!本気で怒るわよ!!」
「ではなぜこの扉に入って来た?ここは月の模型に名前を刻み、月の加護を受ける場所。覚悟があってのことではないのか?」
「違うわ!今の私には・・・・永遠に結ばれるような相手はいない。それにお母さんとダフネが死んだなんて絶対に信じないし!」
「戦いで命を落としたのだ。死んだことに間違いはない。」
「それ以上言わないで!!本当に・・・・怒るわよ。」
ダナエは眉間に皺を寄せ、鬼のような目で睨みつける。
「私がここへ来たのは、月の魔力が必要だから。クインはとても強い敵だから、このまま戦ってたんじゃ勝てない。それに地球には恐ろしい悪魔だっているし、メタトロンが力を必要としているの。だから・・・・その為に来ただけ。私はまだ月の女王になるつもりなんてないし、お母さんとダフネが死んだことも信じない。だって・・・月の女神はダフネで、妖精王はお父さん、妖精妃はお母さんでしょ?だから・・・・もう死んだなんて言わないで・・・・聞きたくないから・・・・。」
「いいや、死んだのだ。二人とも戦いで・・・・・、」
「言うなって言ってんでしょおおおおお!!」
ダナエは金切り声を上げ、ゴーストに飛びかかろうとした。
しかし「落ち着け!」とコウに抱えられて、「離してよ!」と暴れ回った。
「アイツいい加減なことばっかり言いやがって!なんでそんな嫌なことばっかり言うのよ!?」
「お前の気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着けって!」
「落ち着けるかバカ!コウは腹立たないの!?なんで平気な顔してるのよ!ダフネとお母さんが死んだなんて、しょうもないこと言ってるのよ!なんで怒らないの!?」
「お前が先に怒ったからだ!それとな、月の魔力なら教えてもらう必要はない!だって目の前にいるんだから。」
「はあ?何言ってんのよ・・・・どこにそんなもんがあるの!?」
「そのゴーストに決まってんだろ!そいつはお前に加護を与えて、月の統治者にしようとしてるんだぞ!だったらそいつ自身が月の魔力ってことじゃないのかよ!?」
コウはそう言って、まだ暴れるダナエの肩を掴んだ。
「俺とお前は友達だ。家族みたいに仲のいい友達だ。」
「だから何!?」
「だからお前の気持ちは分かるって言ってるんだよ。お前・・・・もうけっこう参ってるだろ?無理して誤魔化してるけどさ。」
「・・・・何よそれ・・・・分かったみたいなこと言って・・・。」
ダナエは暴れるのをやめ、コウの手を振り払う。
「私が無理してるなんて、いつものことじゃない。それこそコウなら分かるでしょ・・・・。」
そう言ってボロボロと泣き出し、「なんなのよ・・・・なんで・・・なんでえ・・・・」と崩れ落ちた。
「ああああああああああ!もうイヤだよお・・・・もう誰かが死んだなんて聞きたくないよおおおおお!ああああああああああ!」
まるで赤ん坊のように泣き叫び、天を仰いで大粒の涙をこぼす。
「うううあああああああああああ!」
身体から力が抜け、槍が落ちてコロコロと床を転がる。背中の羽は枯れたように項垂れ、喉の奥まで見えそうなほど口を開けて泣いた。
ケルトの神々の死、クトゥルーとスクナヒコナの死、そして妖精の死に、多くの天使や死神の死。
その一つ一つが心に暗い雪を積もらせて、さらにコウにフラれるという痛みが加わった。
そして最後に・・・・母とダフネの死。
降り積もる黒い雪は、とうとうダナエの心から溢れた。
とめどない怒りと悲しみは、暗い感情をさらに増幅させ、ダナエの口から叫びとなって放たれる。
「こんなんだったら・・・・みんないつか死んじゃう!コウもミヅキも、それにアドネもメタトロンも・・・・誰もかれも死んで、私だけ残ったらイヤだだよおおおおお!だったら私だって死んだ方がマシだああああ!一人にされるくらいなら、ここで死んだ方がいいよおお・・・!あああああああ・・・・・・。」
涙と鼻水、それにヨダレが洪水のように溢れ、目も当てられないくらいにぐちゃぐちゃになっていく。
そして頭を抱えて床に突っ伏し、そのまま動かなくなってしまった。
背中と肩が微かに震えているが、まるでカメのようになって動かなくなる。
コウは「ダナエ・・・・」と呟き、そっと肩を抱いた。
心配したアドネが「大丈夫・・・?」と寄って来るが、「今・・・・顔見ないでやってくれよ・・・」とコウが言った。
「幼児退行してる。赤ん坊みたいに指しゃぶってるんだ。こんなの見られたくないだろうから・・・・。」
「わ・・・・分かった・・・・。私・・・もう戻ってた方がいいかな?」
「そうだな。また俺たちが危なくなったら頼むよ。」
「うん。じゃあ・・・・ダナエのことよろしくね。」
アドネは青い稲妻を纏い、コスモリングに戻る。するとミヅキと博臣も、心配そうに近寄って来た。
「ダナエ・・・・赤ちゃんみたいになっちゃったの?」
「ああ、昔はよくこういうことがあったんだよ。今までずっと我慢してたみたいだけど、アメルとダフネのことでトドメを刺されたみたいだな。」
「お母さん・・・・亡くなっちゃったんでしょ?」
「うん・・・・。」
「コウは辛くない?仲間を亡くしたのに・・・・。」
「辛いけど・・・・でもアレだよな、不思議なもんさ。ダナエが先に取り乱したから、俺は今のところは平気さ。今は・・・・だけど・・・。」
コウはダナエの背中をゆっくりと撫でる。その優しさは、ダナエの背中を撫でるのと同時に、自分の胸の中を撫でているようでもあった。
ミヅキは膝をつき、コウと一緒にダナエを慰める。親がいなくなる悲しみはよく知っていて、少しだけ幸也を見つめてから、すぐにダナエに視線を戻した。
博臣はしばらくその様子を眺めたあと、急にゴーストの方に向かった。
「あのさ・・・・俺の中に天使が宿ってて、その天使がアンタと話がしたいんだってさ。俺にも言葉が分かるようにしてくれない?」
そう頼むと、ゴーストは博臣の頭に手を触れた。奇怪な言語が流れ込み、ゴーストの言葉を理解出来るようになる。
「俺の中の天使・・・・メタトロンっていうんだけど、アンタにお願いがあるみたいなんだ。」
そう言ってメタトロンの意志を伝えようとすると、ゴーストは奇妙な動きをした。そしてノイズのかかったテレビのように、消えたり現れたりと、姿が定まらなくなる。
「月の魔力を求めても無駄だ。・・・・月の魔力は、月を治める為にある。私は他の誰にも、月の魔力を与えるつもりはない。」
「でもさ、このままだと月までやられちゃうかもよ?そうなってもいいの?」
「滅びる運命にあるならば、それも仕方ない。」
「いや、だけどさ・・・・・、」
博臣は食い下がる。そして先を続けようとした時、額が光ってメタトロンに変身した。
「お前が月の魔力そのものだったのだな?」
メタトロンは威圧的に尋ねる。ゴーストは何も答えず、ただ奇妙なダンスを踊っている。
「事態は深刻だ。今すぐ私に協力してほしい。」
「・・・・・・・・・・。」
「月には月の掟があり、お前にもお前の流儀があるのだろう。それは分かるが、どうか私の頼みを聞いてほしい。
何もずっとお前の力を欲するわけではないのだ。クインとルシファーたちを倒したら、お前を必ず月に戻すと約束する。だからどうか、私に力を貸してほしい。」
メタトロンは威圧的な口調ながらも、その態度は真摯だった。
真っ直ぐにゴーストを見つめ、威風堂々と立っている。
それは決して嘘は言わないし、必ず約束は守るという、精一杯の誠意の表れだった。
本当なら膝をつくか、頭を下げればいいのかもしれないが、天使の長たる者、神以外の者にそこまですることは出来なかった。
だから堂々と正面に立ち、微動だにせずに返事を待った。
「・・・・・・・・・・。」
ゴーストは何も答えない。その代わり、ダンスをやめてメタトロンの目を見つめ返した。
「妖精になる覚悟があるならば、私の一部を貸してもいい。」
「妖精に・・・・?」
「人間を使えば、月の者以外にでも加護を与えられる。しかし一歩間違えば、この月は塵となる。そしてこの月の大地にいる者は、永遠に妖精となってしまう。」
「それは知っている。ならばその覚悟があると答えたら、協力してくれるのだな?」
「二度と天使には戻れない。神に仕えることもなくなる。それでもいいと?」
「・・・・良くはない。しかし正義を貫くには、危険を承知で決断する事も必要だ。ゆえに、私の答えは決まっている。」
「永遠に妖精のまま、永遠に住処を失って彷徨う運命になったとしても?」
「それでも答えは変わらない。私が考えるのはただ一つ!神の意志の代行者として、我が正義を貫くのみ!如何ような未来も恐れはしない。」
メタトロンは強い口調で、そして一句一句重い口調で言う。
彼の身に宿るのは、天使としての使命を全うすること、そして悪を打ち滅ぼす正義の炎だけである。
そんなメタトロンの答えを聞いて、ゴーストは奇怪な声で笑った。
そして・・・・ほんの、ほんの一瞬だけ、顔が浮かび上がった。
「これは・・・・人間の顔?」
メタトロンはじっと目を凝らす。しかし一瞬で顔は消えた。
ゴーストは奇妙な動きをしながら、幸也の元に歩く。そして両手でしっかりと抱きかかえた。
「うお!な・・・なんや!?」
慌てる幸也。しかしゴーストは彼を離さない。
「私の半分を天使に、そしてもう半分をダナエに与える。この人間を依り代とし、月の魔力がお前たちに降り注ぐだろう。上手くいくよう・・・・願っていろ。」
そう言って幸也の中に吸い込まれていき、彼の頭の中で奇怪な言語が溢れた。
言葉のような、歌のような、それでいて絵のようでもあるし、数式のようでもある。
そんな奇怪な言語が、幸也の頭の中に渦を巻く。
「うおおおおおお!頭が・・・・頭が吹き飛ぶうううううう!」
幸也は床に突っ伏し、辺りをのたうち回る。
それを見たミヅキは、「お父さん!」と駆け寄った。
「どうしたの!?何があって・・・・、」
「近寄ってはならん!」
「メタトロン・・・・お父さんが苦しんでる・・・どうにかしてよ!」
ミヅキはメタトロンの腕を掴み、苦しむ父を見つめた。
「あんなに苦しんでる・・・・死んじゃうよ!」
「・・・・今は見ているのだ。お前の父が、クインやルシファーを倒す鍵になるかもしれない。」
「鍵って・・・・。」
二人はじっと幸也を見つめる。そして当の幸也は、頭に溢れる奇怪な言語に苦しんでいた。
その言語は人の想像力を増幅させ、頭の中から外の世界へと呼び出す力があった。
正しく文字を理解し、それを頭の中に並べ、月の魔力からのメッセージを言葉にしなければならない。
それを終えた時、月の魔力は解放される。
しかしもし失敗したら、月は塵となる。そしてこの星にいる全ての者は妖精となり、行き場を失って宇宙を彷徨うことになる。
「お・・・・ああ・・・・。」
幸也は妙な感覚に苦しんでいた。脳ミソをミキサーで掻き回されるような、耐えがたい苦痛と気持ち悪さだった。
大量の文字、そしてイメージが交錯し、頭の隅々まで縦横無尽に駆け巡る。
しかし・・・・・少しずつ、ほんの少しずつだが、それを理解し始めた。
文字として、絵として、音として、そして・・・・やがてはパズルのように、綺麗に言葉が並び始めた。
そして頭の中に並んだ言葉を、ゆっくりと口から吐き出した。
「・・・・・神話の・・・・時代へ・・・・・還れ・・・・。」
そう呟いた瞬間、全てが消えた。まるでテレビの画面を消したように、そして読んでいた本を閉じたように、何もかもが一瞬だけ消えた。
月の全てが、ほんの一瞬だけ消え去ったのだ。
一瞬のブラックアウトの後、また元に戻る。辺りには何の変化も無く、先ほどと変わらない。
しかしゴーストはいなくなっており、幸也が床に倒れていた。
「お父さん!」
ミヅキは駆け寄り、「どうしたの!?頭が痛いの!」と揺さぶる。娘に呼ばれて、幸也は薄く目を開けた。
「だ・・・・大丈夫・・・・痛いの・・・・もう治まったみたいや・・・・。頭ん中が・・・・スッキリしとる・・・。」
そう言って笑うと、ミヅキはホッと息をついた。
その時、月全体が激しく揺れた。どこかに隕石でも落ちたかのように、一つの星がグラグラと揺れる。
そしてかすかに雄叫びが聞こえた。
「この声は・・・・・?」
コウが顔を上げると、「九頭龍だな」とメタトロンが答えた。
「メタトロン・・・。さっきのアレ、月の魔力の解放は・・・・、」
「さあな。上手くいったかどうか・・・・自分で確かめて来るとしよう。」
そう言って城の外に歩き、「ダナエ!コウ!」と振り返った。
「お前たちは、まだ戦わねばならぬぞ。」
コウは唇を結び、メタトロンの顔を見つめた。
「あのゴーストは、月の魔力の半分を私に、そしてもう半分をダナエに分け与えた。それが意味するところは何か?よく考えれば、おのずと答えが見えてくるだろう。私は・・・私の戦いに赴く。」
そう言葉を残し、城を出て行く。するとミヅキが「待って!」と叫んだ。
「お願い!私とお父さんも、あなたの中で守ってよ!」
ミヅキは必死に父を抱き起し、「お願い・・・・博臣と一緒にいたいの」と目を潤ませた。
メタトロンはしばらく迷ったが、「いいだろう」と頷いた。
「しかし私の赴く先は戦いだぞ。」
「それでもいい。こんな場所で残されるよりは・・・・。」
ミヅキは父の肩を支えながら、メタトロンの元に向かう。そしてふとコウを振り返った。
「ダナエ、まだ落ち込んでる?」
「ああ、しばらくはこのままかも。」
「そっか・・・・。じゃあちゃんと傍にいてあげてね。ダナエにとってのコウは、私にとっての博臣と一緒だから。傍にいてくれるだけで、すごく安心するの。」
「・・・・うん、ダナエは俺が支える。俺が生きてる限りは。」
そう言って、震えるダナエの肩を撫でた。
「・・・じゃあね、コウ。また・・・・。」
ミヅキは二人に別れを告げ、メタトロンの前に行く。
「あ、そうだ!ちゃんと博臣の身体を返してよ。」
「分かってる。絶対に無事に返すよ。」
「約束だからね。絶対によ。」
強く念を押し、ニコリと笑う。そしてメタトロンの宝玉へと吸い込まれていった。
「コウ、私は必ずルシファーたちを討つ!ラシルとクインのこと・・・・任せたぞ。」
メタトロンは強い眼差しを向け、その視線を受け取ったコウは、大きく頷いた。
メタトロンは城の外へ去り、元の大きさに戻って、龍神たちが戦っている場所へ向かう。
コウは両手でダナエを抱きしめ、ゆっくりと持ち上げた。そして床に落ちたダナエの槍を拾い、城の外へと歩いた。
「まだ指吸ってら。でも今はこの方がいいか。下手に暴れられるよりは・・・。」
外へ出て、ふわりと空に舞い上がる。そして箱舟を停めてある場所を目指した。
「ダナエ・・・もう一度ラシルへ戻ろう。あの邪神はここではくたばったりしない。ヤバくなったら、きっとラシルに戻るはずだ。」
コウの声は強く、そして決意に満ちている。幼児退行したダナエは、指をしゃぶりながらその声を聞いていた。
「あのゴーストは、お前に邪神を討てって言ってるんだ。だから魔力の半分を与えた。そして次にこの月へ戻って来た時、お前は月を治める女王になるはずだ。その時・・・・俺の力が必要だっていうなら、いくらでも力になる。お前が望む限り、俺はずっと傍にいるから。」
コウにとって、ダナエは誰にも代えられない存在である。
恋愛や友情を通り越した、もはや自分の分身のようにさえ思えっていた。
ダナエは今、受け入れがたい多くの仲間の死から、幼児の殻に閉じこもることで目を逸らしている。
しかし胸の中に宿る、戦いへの火が消えたわけではない。
いつか必ず自分の殻を突き破り、邪神に戦いを挑む。きっとそうであるはずだと、コウは信じていた。
その時まで、何としてもダナエを守ってみせる。その想いだけが、今のコウを支えていた。
仲間の死、そしてアリアンロッドへの消えない悲しみ。
コウの胸には、ダナエと同じくらい大きな暗い感情が溢れている。
しかしコウは強い。ダナエと違い、いつだって真っ直ぐ前を向いていられる強さがある。
次に月へ帰って来る時、それは全ての戦いが終わった時である。
自分たちの戦いはラシルにあり、あの星こそが全ての始まりだった。
コウの腕にはダナエの体温、そして息使いが伝わる。
最も大切な、そして最も愛しい者を抱え、箱舟の元へ飛んで行く。
そしてようやく船の近くまで来た頃、また大きな雄叫びが響いた。
それは間違いなく九頭龍の叫びで、苦痛を吐き出す悲鳴のようにも聞こえた。
遠い地平線の向こうで、燭龍の花が赤い輝きを放っている。
陽の出のような戦火が、月の空と大地を焼いていた。



             ダナエの神話〜魔性の星〜 -完-

ダナエの神話〜魔性の星〜 第五十五話 魔性の星(7)

  • 2015.06.14 Sunday
  • 14:35
JUGEMテーマ:自作小説
ダナエはコウを振り払い、城の外へと駆け出そうとした。
コウは慌ててダナエを追うが、二人とも急に足を止め。青い顔で震えだした。
今・・・・二人の目の前には、最も憎むべき敵がいある。そしてそれは、最も恐るべき敵でもあった。
・・・ラシルの邪神クイン・ダガダ・・・・。
全ての元凶となった、尽きることのない怨念に駆られた怪物。それが今、目の前に立っている。
クインは海の中に立っていて、長い黒髪と、紫のワンピースをなびかせている。
その顔は以前と変わらず美しく、見ているだけで不安になるほど、冷酷な目をしていた。
クインは海の中を歩き、ゆっくりと城の中へ入って来る。
そして嘘臭いほど真っ赤な唇を動かして、「久しぶりね、あんた達・・・・」と微笑んだ。
「ダナエとコウ・・・・だったかしら?私に何度も恥を掻かせてくれた、妖精のクソガキども。会いたかったわよ。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
クインは靴を鳴らしながら、一歩一歩近づいて来る。長い髪からポタポタと水が落ちて、廊下に染みを作っていく。
ダナエとコウは、クインが迫る度に後ずさっていく。お互いに震えながら、しっかりと手を握り合っていた。
しかしダナエは急に足を止める。そして槍を向けて、「クイン!」と叫んだ。
「ラシルからこんな所まで来て・・・・・何が目的よ!?」
そう叫んで、一歩前に出る。コウは「やめろ!」と止めたが、ダナエは止まらない。
「コウは下がってて。」
「馬鹿!一人で戦うつもりかよ!殺されるぞ!!」
「一緒に戦ったら、コウだって殺される!早くメタトロンを呼んできて!!」
「あ・・・ああ!そうだったな!アイツがいるんだった・・・・。」
コウは後ろを振り返り、魔法を唱えて虫の精霊を呼び出した。
「おい、ここへメタトロンを呼んで来てくれ!早く!」
トンボの形をした精霊は、すぐにメタトロンの元へ飛んで行った。
コウはクインを振り返り、「お前の目的なんて分かってる」と睨んだ。
「どうせ月の魔力が目当てなんだろ?」
そう言うと、クインは足を止めた。そして城の中を見渡し、「こんな場所に城があるなんて」と呟いた。
「あんた達を尾けなきゃ分からなかった。案内してくれてありがとね。」
ニコリと微笑み、途端に殺気を漂わせる。
「お前・・・・どうやって月の魔力のことを知ったんだよ?」
コウは睨みながら尋ねる。クインは「拷問して吐かせたのよ」と答えた。
「ご・・・・拷問?いったい誰を・・・・?」
「この月の妖精たち。地球へ来るついでにちょっと月へ寄ってみたの。私に恥を掻かせたガキどもの故郷が、いったいどんな所か見てやろうと思って。」
そう言ってジロジロと城の中を見渡し、ダナエとコウに視線を向けた。
「月へ来てみたら、大勢の天使と死神がここを護ってたわ。これは何かあるに違いないと思って、そいつらを潰して中に入ったわけ。」
「じゃ、じゃあ・・・・やっぱりお前がみんなを・・・・。」
「そうよ。でもその時はすぐに引き返した。私は地球に用があったからね。だから地球での用を済ませると、またここへ戻って来たの。そして中にいる妖精たちを捕まえて、次々に拷問にかけてやったわ。」
「お・・・・お前・・・・・俺たちの仲間を・・・・よくも・・・・、」
コウは怒りに震え、拳を握った。クインは可笑しそうに笑い、「腹が立つなら殴ってもいいわよ、ほら」と、頬を向けた。
「殴りたいんでしょ?早くやりなさいよ。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ふふふ・・・・あんた達二人じゃ、そんな度胸もないか。」
そう言ってまた腕を組み、冷徹な目で睨んだ。
「次々と拷問をしていくうちに、一人の妖精が教えてくれたわ。月には大きな魔力が宿ってるって。確か・・・・サトミって妖精だったわね。」
「サトミ・・・・。それって幸也の元婚約者じゃないか・・・・。」
「あの妖精、自分はいくら拷問されても、何も吐かなかった。でも腕に抱いた赤ん坊を取り上げると、途端に態度が変わったわ。だから・・・・ちょっとね、赤ん坊を目の前で痛めつけてやったわけよ。そしたら泣きながら教えてくれた。『私の知ってる事なら何でも教える!だからその子を傷つけないで!』って。」
クインはクスクス笑いながら語る。コウは怒りを抑えられなくなって、「お前ええええ!」と飛びかかろうとした。
しかしダナエに押さえ込まれ、「離せよ!」と叫んだ。
「あのクソ女・・・・・ぶっ殺してやる!」
「ダメ・・・・・殺されるのはコウの方よ・・・・。」
「でも・・・・・、」
「お願いだから我慢して・・・・。お願い・・・・。」
ダナエはじっとコウを見つめ、強く手を握った。その目はいっぱいに涙が溜まっていて、こぼれ落ちるのを必死に堪えていた。
「コウ・・・・また死んじゃうよ?だからやめて・・・・お願いだから・・・・。」
「ダナエ・・・・。」
コウは握った拳を下ろし、力を抜いた。クインは「あら?来ないの?」と、可笑しそうに肩を竦めた。
「まあいいわ。サトミとかいう妖精のおかげで、月の魔力というモノの存在を知った。それはとても大きな力だそうだから、是非手に入れたいと思ったわ。だけどそれがどこにあるのか?どうやって手に入れるのか?サトミはそこまで知らなかった。そういう存在があるということを、妖精王と月の女神が話しているのを聞いただけだと言っていたから。」
「そ・・・・それで俺たちを尾けたわけか?」
「そうよ。魔力がどこにあるのか考えていたら、一人の大きな天使がやって来た。そしてしばらくしてから、あんた達が現れた。こっそり会話を聞いてると、どうやらあんた達も月の魔力を求めているようだったから、後を尾けたわけ。」
「・・・・なんてこった・・・・全然気づかなかった・・・・。」
コウは悔しそうに歯を食いしばる。するとダナエが「その後はどうしたの?」と尋ねた。
「妖精たちは・・・・その後どうしたの?」
そう尋ねると、クインは「殺したわ」と答えた。
「サトミも赤ん坊も、月の妖精は皆殺し。こういう具合にしてね。」
そう言って右腕を龍に変え、パクパクと口を動かした。
「み・・・・みんな・・・・食べちゃったの・・・・。」
「違うわ。食べたんじゃなくて、殺してからコイツに処分させたの。だから今はこの龍の腹の中。」
「・・・・・・ぐ・・・・・ぎッ・・・・・・・。」
ダナエは槍を握りしめ、鬼のように顔をゆがめた。噛んだ唇から血が流れ、怒りのあまり混乱しそうになる。
しかしそれでも理性を保ち、クインに飛びかかるのを踏み止まっていた。
今・・・・コイツと戦ってはいけない・・・・・。まだ聞いていないことがあるのだから・・・・。
そう自分に言い聞かせて、「ミヅキと叔父さんは・・・・?」と尋ねた。
「二人はどこにいるの?まさか・・・・あの二人まで・・・・、」
「ん?何のこと?」
「とぼけないで!ここに人間が二人いたでしょ。私と同じくらいの女の子と、大人の男の人が。」
「ああ、あの人間たちのことね。」
クインは頷き、「消えたわ」と答えた。
「消えた?どういうこと・・・・?」
「妖精を殺したあと、その人間たちも殺そうとしたの。そうしたら何か変な奴が出て来てね。真っ白で妙な動きをする奴が。」
「真っ白で妙な動き・・・・。もしかして顔がないんじゃない?」
「顔がないっていうか・・・・顔のパーツが無かったわね。輪郭だけで、まるでゴーストのようにも見えた。だけどアレはゴーストじゃないわね。もっと別の何か・・・・。私もあんなの初めて会ったわ。」
そう言ってその時の事を思い出し、不思議そうに眉をしかめていた。
「いきなり目の前に現れて、人間たちと共に消え去った。アレがいったい何者なのか・・・・興味があるわね。」
上目遣いにそう言って、「まあそんな事今は関係ないわ」と笑った。
「さて・・・私には二つ用事がある。一つは月の魔力とやらを頂くこと。そしてもう一つは・・・・アンタよ。」
クインはダナエを睨み、自分の髪を撫でた。ゆっくりと、そして苛立ちを抑えるように・・・・。
「ダナエ・・・私から奪ったあの武器、返してもらえるかしら?」
「あの武器・・・・・・って、神殺しの神器のこと?」
「それ以外にないでしょ?アレは私にしか使えない。だって私が所有者なんですもの。ほら、さっさと返してちょうだい。」
髪を撫でるのをやめ、ゆっくりとダナエの方に手を伸ばす。
するとダナエは槍を向けて、「あの神器は誰にも渡さないわ」と切り捨てた。
「アレはあんたの武器じゃない。あんたの婚約者が作った武器よ。ラシルの平和を守る為にね。」
「でもその婚約者はもういない。私が殺したから。」
「でも絶対にあんたなんかの物じゃない。あんたの婚約者は、きっとあんたのような使い方なんて望んでなかったはずだもの。それにこの武器は、あんたにしか使えないなんてことはないわ。」
「いいえ、アレは私だけが使いこなせるの。他の誰でも無理よ。」
「そんなことない。だって・・・私は一度使ったもの。ラシルであんたと戦った時にね。」
そう答えると、クインは馬鹿にしたようにクスクスと笑った。
「ええ、確かに一度使ったわね。その神器を奪った直後に。」
「そうよ。だからこれがある限り、あんたには負けない。あんたなんか、神殺しの神器がなければ大したことないんだから。」
「言ってくれるわね。あんたが奪った神器は三つだけ。でも私はまだ四つも持ってる。そして何度も言うけど、アレはあんたじゃ使いこなせない。一度だけ使えたのは、コスモリングの力があったからよ。要するにマグレみたいなもの。だから次は無理よ。」
クインはダナエに近づき、「さあ」と首を掴もうとした。
「ふざけんな!!誰がお前なんかに渡すか!」
ダナエは槍を握りしめ、クインの胸を突き刺した。
「痛いわね。」
「じゃあもっと痛くしてやるわ!」
そう言って、雷の魔法を唱えた。
小さなウナギの精霊たちが集まり、槍の中に吸い込まれていく。
そして刃に電気を発生させて、クインの身体を焼いていった。
「クソガキ・・・・また私に楯突く気?」
「うるさい!聞きたいことは全部聞いたわ!あんたはここで倒す!妖精や天使や死神の分・・・・全部まとめてやり返してやる!!」
そう叫んで槍を引き抜き、「メタトロン!」と叫んだ。
するとダナエの背後から、メタトロンが翼を広げて舞い上がった。
そして「だあああ!」とクインを蹴り飛ばし、ダナエたちを守るように立ちはだかった。
「ダナエよ、よくぞ邪神から話を聞き出してくれた。」
「その女、意外と何でも喋るのよ。ペラペラペラペラ馬鹿みたいに。そうやって墓穴を掘るのがいつものパターン。」
「ふふふ・・・さすがは邪神と刃を交えただけあるな。度胸も座っているし、なにより闘争心がある。」
メタトロンはそう言って、立ち上がろうとするクインを睨んだ。
「ラシルの邪神クイン・ダガダ!月の魔力も、そして神殺しの神器も渡さぬぞ!ここで討ち滅ぼしてくれる!」
そう叫んで、翼を広げて飛びかかる。そしてクインに体当たりをかまして、城の外へと吹き飛ばした。
「ダナエ!私はあの邪神を外へ連れ出す。ここでは元の大きさで戦えないのでな。」
「だったら私も一緒に・・・・・、」
「ならん!お前たちは、早く月の魔力の在り処を見つけるのだ。そしてその封印を解き、私の元まで持って来い!」
メタトロンはそう言い残して、城の外へと飛び出していく。
そして額の宝玉を光らせて、元の巨大な姿に戻った。
「クイン!神殺しの神器を使う前に終わらせてくれる!!」
「たかが天使ごときが・・・・調子に乗るんじゃないわよ。」
クインは立ち上がり、左右の腕を巨大な龍に変化させる。
メタトロンは「九頭龍の力か」と呟き、拳を構えて戦いを挑んだ。
外ではメタトロンとクインの戦いが始まり、海底がグラグラと揺れる。
城の中も地震のように揺れて、廊下にヒビが入った。
「ダナエ!早く奥へ戻ろう!」
コウはダナエの手を引き、先ほどの部屋へ戻ろうとする。
しかし部屋の前まで来た時、壊したはずの扉が復活していた。
「はあ?なんで元に戻ってんだよ!?」
コウは扉を叩きつけ、「もう一回壊してやる」と魔法を唱えようとした。
するとダナエが「壊したって意味ないよ・・・」と呟いた。
「その扉・・・・力で壊しても意味がないの。ちゃんと扉の向こうからの質問に答えないと、中に入っても意味がない。」
「え?どういうことだよ?」
「この扉の向こうに行くには、覚悟がいるってこと。」
「覚悟?何の覚悟だよ?」
「さっき説明したじゃない。この扉の奥には月の模型があって、そこに永遠の愛を誓って、名前を刻むの。そうすることで、月の加護を受けて、この星を治める者になれる。」
「知ってるよ。でも俺たちがこの中に入ったからって、何も結婚して月の王様になるわけじゃないだろ?」
「なるよ。」
「はい?」
「なるの。質問に答えて、この扉の中に入ったら・・・・・私とコウは結ばれなきゃいけない。そして私たちが月の加護を受けて、この星を治めないといけないの。」
「いやいや・・・そんなことないだろ。だってさっき入った時は何ともなか・・・・・、」
「だから壊して入っても意味がないの!ちゃんと質問に答えないと・・・・。でもそうやって入ったら、私たちはさっき言ったとおりになっちゃうし、でもきっとここには月の魔力の秘密がある。だから・・・・・どうしたらいいか困ってるのよ・・・・。」
そう言って項垂れ、扉におでこを付けた。
「そうか・・・それでさっき入った時には誰もいなかったってことか・・・・。」
「そうよ・・・・。ちゃんとして手順で入れば、きっとミヅキや叔父さんにも会えると思う。だってこの先には、顔の無い真っ白なアイツがいるんだもん・・・・。」
「クインが言ってたな、そいつが二人を連れ去ったって。きっと邪神から守ってくれたんだぜ。」
「私もそう思う・・・・。でも・・・ここから先は・・・・、」
ダナエは目を閉じ、その先の言葉を飲み込んだ。
そうしないと、自分の想いをコウに気づかれてしまうから。
今はそんなを事を気にしている場合ではないと分かっているが、それでも口に出来ない。
想いを伝えて拒絶されるくらいなら、まだクインと戦っている方がマシだった。
しかしそんなダナエの気持ちに気づかないコウは、「そりゃ確かにどうしようもないわなあ・・・」と頭を掻いた。
「扉の向こうの奴は、『愛する者無き者、ここを通さず』って言ったんだろ?それって要するに、愛する者がいないなら、ここは通れないってことだ。だから自分の愛する者が誰なのか、それを答えなきゃいけない。でも今のお前には、異性として愛する奴なんていないから・・・・・やっぱどうしようもないわな。」
「・・・・・・・・・。」
「ああ・・・・こんなんだったら、ケンとアメルも一緒に来てくれればよかったのに!用が終われば、そのまま地球へ帰すなり何なり出来たんだから。ダフネも気が回らないよなあ。」
そう愚痴ってから、「いや、でも元々月へ来るつもりはなかったんだから、やっぱ俺たちが悪いのか」と思い直した。
「なあダナエ、その質問に答えるのは、月の妖精じゃないとダメなのか?」
「・・・・・・うん。そうだと思う・・・・。」
「ああ、そっかあ・・・・。コスモリングのアドネを呼び出せば、どうにかなるかと思ったんだけどなあ・・・・。」
「・・・・どうして?」
「だってさ、アイツってダレスのこと好きじゃん。だからいけるかと思ったんだけど、やっぱ無理だよな。」
「・・・・・そうね、アドネは死神だし・・・・。」
ダナエは沈んだ声で答える。この扉を正しい意味で開ける可能性は、自分にしかない。
拒絶されればお終いだが、もし・・・・もしこの想いをコウが受け止めてくれたら、扉は開くかもしれない。
そう思うと、心がグチャグチャになりそうなほど悩んだ。
《私は・・・自分が傷つくのが怖いからって、みんなを危険な目に遭わせてる・・・・。メタトロンも、それにダフネやお父さん、お母さんも、必死に戦ってるはずなのに・・・。それにミヅキや叔父さんだって、早く助け出してほしいはず・・・・。なのに・・・・踏ん切りがつかない!みんなを助けるより、自分が傷つくこを恐れてるなんて!!》
戦いで傷つくのは構わない。仲間を守る為なら、悪魔や邪神とだって戦ってみせる。
しかし自分と向き合うことだけは、なかなか出来なかった。
ダナエにとっては、身体が傷つくよりも、心が傷つく方が何倍も痛かった。
身体の痛みなら我慢出来る。しかし心の痛みだけは滅法弱い。
だから悩んでいた。そして優柔不断な自分に苦しんでいた。
《お城がまだ揺れてるわ・・・・。メタトロンが一生懸命戦ってるんだ・・・・。天使や死神や・・・・妖精を殺したあの邪神と・・・・・。みんな・・・・苦しかっただろうなあ・・・。拷問なんて酷いこと・・・・なんでそんな事出来るんだろう・・・・。サトミも、彼女の赤ちゃんも・・・・なんにも悪いことしてないのに、いっぱい苦しんで・・・・・なんでそんな酷い事するんだろう・・・・。》
苦痛のうちに死んでいった者たちを想うと、激しい怒りが湧いてきた。それと同時に激しい悲しみが襲ってきて、石の扉にゴツンと頭をぶつけた。
《こんな・・・こんな事で悩んでちゃダメだ・・・・。自分が傷つくのが嫌だからなんて・・・・そんなことで仲間を危険に晒すなんて・・・・。》
散々迷っていたダナエは、ようやく踏ん切りをつけた。いや・・・踏ん切りというより、今やるべき事があるはずだと、自分に言い聞かせた。
「ねえコウ・・・・ちょっといいかな?」
そう言って顔を上げると、コウは腕を組んで難しい顔をしていた。
「ねえコウ・・・。」
コウはじっと考え込んでいて、ダナエが呼んでも反応しない。そしてポツリとこう漏らした。
「アリアン・・・・・。」
その声はとても小さく、よく耳を傾けないと聞き取れないほどだった。
しかしダナエにはっきりと聞こえた。今・・・・ある意味で最も聞きたくない者の名前だったからだ。
大切な仲間なのに、恋愛感情が絡むとこういう風になってしまうのかと、自分が嫌になってくる。
「ねえコウ。」
ダナエは腹を括り、コウの肩を叩いた。
「ん?」
「この扉・・・・開けないと先に進めない。」
「んなこと分かってるよ。だから悩んでるんだろ。」
「・・・・あのね、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ。」
神妙な顔でそう言うと、コウは「お、いいアイデアでもあるのか?」と目を輝かせた。
「お前はたま〜に頭が冴えてる時があるからな。どれ、どんなアイデアか言ってろよ。」
「ええっと・・・・アイデアっていうか・・・・私の思ってることなんだけど・・・・、」
「うんうん。」
「あ・・・あのね・・・・私・・・・もしかしたら、愛する者がいるかもしれない・・・・。」
「ほうほう。・・・・・・ん?」
「やっぱそういう顔になるよね・・・。」
ダナエはこの先を言うのが億劫になり、辛そうに唇を結んだ。
しかし言うと決めたのだから、ここで引き下がるわけにはいかない。
怖い気持ちを押し殺し、息を飲んで口を開いた。
「あのね、私・・・コウのことが好きかもしれない。」
「・・・・・へ?」
「・・・いや、なんか・・・・曖昧ね、この言い方。ええっと・・・・好きかもしれないじゃなくて、好き・・・・なんだと思う。その・・・・家族とか、友達とかの好きじゃなくて。」
そう言って見つめると、コウは口を半開きにして固まっていた。
《ああ!嫌だ!こういう目で見つめられるの・・・・・。なんかすごい自分がバカみたい・・・・。》
また怯みそうになるが、もうここまで来たのだから、勢いに任せて先を続けた。
「ここを通るには、『私には愛する者がいます』って答えないとダメなの。そうじゃないと、正しく通れない。だから・・・・私はこう答えようと思うの。『私にはコウっていう好きな妖精がいます』・・・・って。」
「・・・・・・・・・。」
「でもね・・・もしコウが私のことをそういう風に好きじゃなかったら、断ってくれていい。だってそうやってこの先に進むと、さっき言ったみたいに永遠の愛を誓わないといけないから。そして・・・・もう宇宙の旅は終わりにして、二人で月を治めないといけない。だから・・・・もしそれが嫌なら・・・正直に言ってくれていいんだけど・・・・。」
ダナエは最後まで言い切った。勇気を振り絞り、目を逸らすことなく。
しかし言い終えた途端に、急に恥ずかしくなって目を逸らした。
そんなダナエを、コウは無言で見つめる。口を半開きにしたまま、何とも言えない顔で困っているようだった。
「あ・・・・ええ・・・・・ううう・・・・。」
ダナエはいたたまれなくなり、とうとう背中を向けてしまった。
頬が熱くなり、耳の先まで真っ赤に染まっていく。背中にコウの視線が突き刺さるのを感じて、もうこの場所から逃げ出したい気分だった。
しかしグッと堪えて、その場に留まる。ここで逃げてしまったら、それこそ想いを伝えた意味がない。
そして月の魔力を得るヒントも分からず、最後はクインに負けてしまうだろう。
「・・・・・あの・・・・今は緊急事態だから、こういう形で気持ちを伝えました・・・・。だから・・・・その・・・コウはどう思ってるのか、返事を聞かせてほしいんだけど・・・・。」
沈黙に耐えられなくなり、早く言葉を返してほしいと願う。
するとコスモリングの真ん中の宝石が光って、青い稲妻と共にアドネが現れた。
「このバカ!いつまでも黙ってんじゃないわよ!!」
そう言って、思い切りコウの頭に拳骨を落とした。
「痛ッ!何すんだよ!?」
「ボケっとしてないで、さっさと返事をしてやれって言ってんのよ!ダナエは勇気を出して告白したのに、なんで黙ってるのよ!!」
「いや・・・・それはそうだけど・・・・、」
「これ以上あんたが黙ってたら、ダナエはどんどん辛い思いをするだけでしょ。ダナエのことを鈍チン鈍チン言うクセに、アンタの方がよっぽ鈍チンじゃない!」
アドネは本気で怒っていた。鎌を振り上げ、「さっさと答えてあげる!」と怒鳴った。
「わ・・・分かった分かった!答えるから!その物騒なもん下ろせよ。」
コウは慌ててアドネを止め、そしてゆっくりとダナエを振り返った。
「あの・・・・ごめん、黙ってて・・・・。」
「ううん・・・・こっちこそごめん、なんかいきなりこんな・・・・、」
「仕方ないよ、状況が状況だもん。だから・・・・俺もちゃんと答えないとな。」
コウは「ううん!」と咳払いをして、ダナエの前に立った。
「あ、あの・・・・ちょっと驚いたけど、気持ちはすごく嬉しい・・・・。」
「うん・・・・。」
「でも・・・・、」
コウは言葉を止め、辛そうに顔をゆがめる。ダナエはそんなコウの顔を見つめ、爆発しそうなほどの不安を抱いた。
「あの・・・・俺・・・・アリアンのことがさ・・・・その・・・・気になって・・・・、」
「・・・・・・・・・。」
「自分でもよく分からないんだよ・・・・。アイツ・・・・最後・・・・なんだか険悪なまま別れてさ、そんでもう・・・・死んじゃったわけで・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「アイツは名のある神様だから、いずれ復活するのは分かってる。でも・・・・やっぱ気になるんだよな、アイツのこと・・・。これがどういう理由で気になるのか、まだはっきり分からない・・・・。でも気になるのは確かなんだ・・・・。」
そう言って、目を閉じて俯く。その顔は本当に辛そうで、眉間に深い皺が寄っていた。
「俺は・・・・アリアンのことが好きなのかもしれない。だからアイツが復活してきたら、また仲良くなりたいって思ってるんだ。
いつ復活してくるか分からないけど、でも俺は・・・・その時まで待とうって思ってる。それで・・・・またアイツと再会した時、ちゃんと向き合える気がするんだ。俺はアイツのこと・・・・どう思ってるのかなって・・・・。」
絞り出すようにそう言って、グッと歯を噛みしめる。そして顔を上げて、ダナエの目を見つめた。
「だから・・・・ごめん。この扉の先に行かなきゃいけないのは分かってるけど、でもそれを理由に適当な言葉なんて返せない。だってさ!お前は俺にとって、本当に大事な友達だもん!家族みたいずっと一緒にいてさ、他に代えられないくらい、大事な存在なんだよ!だからさ・・・・・ごめん・・・・・ごめんな・・・・。」
コウはまた目を閉じ、深く俯いた。それは項垂れているのか、それとも謝っているのか?それはコウにしか分からなかった。
アドネはそんなコウを見つめ、ゆっくりとダナエに視線を移す。
ダナエは真っ直ぐコウを見つめたまま固まっていて、傷ついているようにも見えるし、放心しているようにも見えた。
「ダナエ・・・・。」
心配したアドネが、背中に触れようとする。するとダナエは「うん・・・」と呟いた。
そしてコウの頭を撫で、「ごめんね・・・・アリアンが死んで辛い時に・・・・傷つけちゃったね」と切なく微笑んだ。
コウは俯いたまま首を振り、ゴシゴシと目を拭う。そんなコウを見て、ダナエは傷ついているのは自分だけじゃなかったんだと知った。
・・・コウはアリアンに想いを寄せている・・・・。
それは誰の目にも明らかで、コウの涙がそれを物語っていた。
ダナエの胸にはフラれた悲しみよりも、コウを傷つけてしまったことへの後悔で満ちていた。
それはある意味、ダナエにとってありがたかった。なぜなら傷ついているのが自分だけだとしたら、きっと深い悲しみに襲われたからだ。
コウにフラれた悲しみ、そのせいで自分が傷つく悲しみ。それらを覆い隠すくらいに、コウを傷つけてしまった後悔の方が大きかった。
自分でも酷い奴だと思ったが、それが素直な気持ちだった。
コウはしばらく泣いていて、やがて鼻を赤くして顔を上げた。
ダナエはニコリと笑いかけ、「こっちこそごめんね」と言った。
「なんでお前が謝るんだよ・・・・。」
「だって・・・・私はコウのお姉さんだから。そんなことも忘れて、弟を傷つけちゃったみたい。姉弟なんだから、そういう関係になれるわけないのにね。」
「姉弟みたいな・・・・だろ。血なんて繋がってないんだから・・・・。」
「血の繋がりだけが家族じゃないわ。それだけが家族なんて寂しいじゃない。」
「・・・・カッコつけたこと言うなよ、鈍チンのクセに・・・。」
コウはズズッと鼻をすすり、「俺のことはいいんだよ」と強がった。
「そんなことより、この扉どうすんだ?」
「そうねえ・・・・私はフラちゃったし、もうどしようもないかも・・・・。」
「んなあっさりと・・・・なんか方法を考えろよ。」
コウはゴシゴシと涙の残りを拭き、扉を睨みつけた。するとその時、城の外で大きな雄叫びが響いた。
その雄叫びは海の中を揺らし、海流をかき乱して、城の中まで大きく揺れた。
「おいダナエ・・・・今の雄叫び・・・・、」
「うん、聞いたことのある声よね。アレって多分・・・・、」
「九頭龍だ。」
「九頭龍ね。」
二人は頷き、城の外へと走った。アドネも「待ってよ」と追いかけ、三人で扉の前に並んだ。
月の深海は、激しい海流で乱れていた。そしてその先に、巨大な天使の影が一つ、それとその天使とは比較にならないほどの大きな龍がいた。
その龍はあまりにも巨大すぎる為に、深海の壁を突き破って、上の海まで頭が伸びていた。
その頭は全部で九つ。一つ一つの頭が山脈のようにそびえていて、それは大きいを通り越して、一つの島のようにさえ思えた。
「間違いない・・・・九頭龍だ・・・・。」
コウはゴクリと唾を飲み、途方もないその大きさに圧倒されていた。
九頭龍は頭の上にトサカを持っていて、コモドドラゴンのようなトカゲの顔をしていた。
その身体はあまりに巨大な為、表面には木々やコケが生えている。
しかも頭は空まで突き抜けていて、頭上には雲が渦巻いていた。
まるで九頭龍自体が一つの島、一つの自然のようになっていて、リヴァイアサンですら到底敵わぬ大きさだった。
「さすがは地球を支える龍神・・・・スケールが違うよな。」
「感心してる場合じゃないでしょ。あれはいくらなんでも大きすぎる。メタトロンでも勝ち目はないかも・・・・。」
「クインの奴・・・・あんな化け物を乗っ取るなんて、やっぱとんでもねえ奴だな。」
二人は九頭龍を見上げながら、心配そうに呟いた。
アドネは「ここから離れてた方がいいんじゃない?」と言ったが、ダナエは首を振る。
「このお城を離れるわけにはいかないわ。もし壊れたりしたら大変なことだもの。」
「だけどあの化け物からここを守れるの?」
「分からない・・・・。でも逃げるわけにはいかないわ。」
ダナエはそう言って、コスモリングに触れた。
《この腕輪は、強く願えばその想いに応えてくれる。だけどいつだってポンポン力を貸してくれるわけじゃないわ。今はまだ・・・・取っておいた方がいい。》
ダナエは城の中に戻り、どうにか扉を開けられないか考える。
《ここでコスモリングに頼るっていう手もあるけど、やっぱりお城を守ることを考えると、まだ使わない方がいいわ。》
金色の腕輪に触れながら、何か良い解決策はないかと考える。
するとその時、ふと懐かしい気配を感じた。
「今のは・・・・何?」
不思議に思いながら辺りを見渡しても、誰もいない。しかしまた懐かしい気配を感じて、「何なのさっきから・・・・」と顔をしかめた。
「誰もいないのに気配を感じるなんて・・・・もしかしてゴースト?」
そう呟くと、どこからか《ゴーストではない》と声がした。
「え?え?誰・・・・今の声?」
《覚えておらぬか?儂だ。》
「・・・・声は聞いたことあるんだけど、誰かが思い出せないの。この声・・・・どこで聞いたんだっけ?」
頭を抱えて思い出そうとしていると、城の外からまた雄叫びが聞こえた。
「九頭龍・・・・すごい声ね。ラシルで戦ってた時も、こんな声で叫んでたっけ・・・・。」
そう呟いた瞬間、「あああああ!」と叫んだ。
「お・・・思い出した・・・・この声・・・・。」
ダナエは笑顔になり、「ボイラーの龍神さんね!」と叫んだ。
《ぶふッ!その言い方はやめい。》
「やっぱりボイラーの龍神さんじゃない!ていうことは・・・・もしかしてトミーとジャムも・・・・・、」
《ここにおる。儂の腹の中にな。》
「えええええ!お腹の中って・・・・もしかして食べちゃったの?」
《そうではない。儂は今、宇宙の海という所にいてな。ここでは限られた者しか生きることは出来んのだ。だから腹の中で守っておる。》
「宇宙の海・・・・?何それ?」
《この銀河全体に広がる、血管のような道と思えばよい。空想と現実の狭間にある空間で、ここを通れば銀河内なら一瞬でどこへでも行けるのだ。》
「へええ・・・知らなかった。」
ダナエは感心し、「それで・・・・今は近くにいるってこと?」と尋ねた。
《うむ。実は九頭龍が戻って来ないので、いったんラシルへ捜しに行ったのだ。しかし向こうの惑星にもおらず、もしかしたら月にいるのではと思って、ここへ来たわけだ。》
「そっかあ・・・・。じゃあトミーとジャムがエジプトからいなくなった後、ラシルへ向かってたのね?」
《あの二人、えらく臆病でな。ユグドラシルへ飛び込んで、外へ出ようとしなかったのだ。》
「知ってるわ。スフィンクスに怯えたんでしょ?」
《そうだ。だから儂は、そのままラシルへ向かったというわけだ。しかし・・・・向こうは酷い有り様だ。大地のほとんどが破壊され、まるで荒野のようになっている。それを見た儂は、きっと九頭龍がクインに乗っ取られたのだろうと思った。そしてラシルを破壊した後、別の場所へ去ったと推測した。それがこの月だったというわけだ。》
それを聞いたダナエは、「い・・・・今なんて言ったの!?」と叫んだ。
「ラシルが破壊された?じゃあドリューたちはどうなっちゃったの!?カプネは?ダレスは?キンジロウやミズチ・・・・それにコドクは!?」
《さあな。お前の仲間のことは、知るよしもない。》
「そ・・・・そんな・・・・ラシルまで滅茶苦茶にされたなんて・・・・。」
ダナエは瞳を震わせ、「あの邪神めえ・・・・」と怒りに震えた。
「月も地球も・・・・それに自分の故郷までそんな風にして、いったい何がしたいのよ!!」
そう叫んで、城の外を見つめた。
「アイツ・・・・本当に何とかしないとダメだわ。これ以上好きにさせたら、もっと酷いことをしでかすに決まってる!」
ダナエは勇み、石の扉を睨みつけた。
「この扉さえどうにか出来ればいいんだけど・・・・・。」
ギリギリと歯を食いしばり、何か良いアイデアはないかと絞り出す。
《妖精の童よ、少し頼みを聞いてくれんか?》
いきなりそう言われて、「頼み?」と聞き返した。
《うむ。実は九頭龍・・・・というより、九頭龍の力を得たクインが、儂がここへ出るのを邪魔しておるのだ。》
「・・・・どういうこと?」
《分かりやすく言うと、儂がこの月へ出て来られないように、宇宙の海の出口を塞いでいるということだ。
儂が今ここにおることは知らんだろうが、もしもの時の為に、出口を塞いでおる。》
「ああ、なるほど・・・・。ボイラーさんは強いもんね。襲われないようにする為に、そういう邪魔をしてるってことね?」
《その通りだ。神殺しの神器と、九頭龍の力。この二つを手に入れたクインは、もはや儂くらいしか恐れる相手がおらん。
だから出口を塞いで邪魔をしておる。それをどうにかしてほしいのだ。》
「どうにかって・・・・・私に出来ることなら手伝うけど・・・・。」
《出来る。そのコスモリングに、こう願えばいいのだ。『ボイラーの龍神さんを、ここへ出してあげて!』とな。》
「それ私のマネ?」
《ああ、似ているだろう?》
「私はそんな野太い声じゃないもん。だけど・・・・やってみるわ。ボイラーさんならクインを倒せるかもしれない。だったら今こそプッチーに頼らなきゃ!」
ダナエはコスモリングを掲げ、そっと触れた。そして目を閉じ、頭の中に強く願いを描いた。
《お願いプッチー・・・・ボイラーさんをここへ出してあげて。クインを倒す為に必要なの。お願い・・・・。》
何度も何度も、強くそう願う。しかしコスモリングはうんともすんとも言わず、何の反応の示さなかった。
「なんで?どうしてよ!?」
もしかして壊れたのかと思い、ペチペチと叩いてみる。すると燭龍が《童よ、今のお前は傷ついているようだな?》と尋ねた。
《お前の声からは、どこか深い悲しみを感じる。笑顔で誤魔化しているが、何か傷つくことがあったのではないか?》
そう言われて、ダナエはギョッとした。
《そのような心持ちでは、コスモリングは反応しない。強く・・・ただそれ一点のみを願わねば、力を発揮してくれんぞ?》
「わ・・・・分かってるけど・・・・。でもさっきの今で、いきなりそんな・・・・。」
ダナエは胸を押さえ、コウにフラれた悲しみを必死に隠そうとする。
・・・思い出してはいけない。気にしてはいけない。そんなことをすれば、一晩も二晩も泣いて、長い間胸が締め付けられるから。
その時、城の外からまた雄叫びが響いた。それと同時にメタトロンの「ぬおおお!」という声が響いて、ダナエは外へ向かった。
「コウ!何があったの!?」
「ダナエ・・・・これヤバイぞ。メタトロンが追い詰められてる。」
コウは海底の戦いを指差す。するとそこには、全身にヒビが入り、右の翼がもげたメタトロンがいた。
ボロボロに傷つき、辛そうに膝をついている。
「九頭龍の奴、メタトロンの攻撃が全然効かないんだ。やっぱ大きさが違い過ぎるんだよ。」
そう答えると、アドネも「これじゃ勝ち目がないわね」と頷いた。
「せめてさ、ラシルで戦ってた燭龍・・・・だっけ?あんな大きな龍神がいれば別だけど、メタトロンだけじゃ分が悪いわ。」
それを聞いたダナエは「いる!近くにいるのよ!」と答えた。
「ボイラーさん・・・燭龍なら近くにいるの。宇宙の海って所を通って、この近くに来てるのよ!」
「はあ?なんだよそれ?」
「宇宙の海・・・・聞いたことないわね。」
「本当なの!でもクインが邪魔して出られないのよ!プッチーの力があれば呼び出せるんだけど、今の私じゃ・・・・、」
ダナエは口を閉ざして俯く。するとボロボロに傷ついたメタトロンが「今の話は本当か・・・・」と振り返った。
「燭龍が・・・・この近くにいると・・・・?」
「うん。でもクインが九頭龍の力を使って、出て来られないように邪魔をしてるの。」
「・・・・なるほど・・・・ならば私に任せよ!」
メタトロンは立ち上がり、額の前で腕をクロスさせた。
それを見たクインは「させるか!」と叫ぶ。雲にまで届く高い頭から、口を開けて青色のマグマを吐き出した。
それは普通のマグマの数千倍の熱を持ち、触れただけで大地が蒸発するような、恐ろしいマグマだった。
「今の私にとって、あの龍神だけが敵といえる。決して表に出させないわ!!」
そう叫んで、九つの口から大量に青いマグマを吐く。
それは高い空から降ってきて、細かく拡散していった。
青いマグマが、灼熱の雨となってダナエたちを襲う。
しかしメタトロンは怯まない。「でいやあああ!」と叫んで、クロスさせた腕を振りほどく。
すると額の宝玉から緑色の光が放たれ、目の前の空間を、まるで紙きれのように切り取っていった。
それと同時に、青いマグマが降り注いで来る。ダナエたちを焼き払おうと、海と大地を蒸発させながら襲いかかって来る。
「きゃあああああ!」
「わああああああ!」
ダナエとコウは城の中に身を隠し、アドネは二人を守ろうと鎌を振り上げる。
しかし・・・・ダナエたちにマグマの雨が降り注ぐことはなかった。
なぜならメタトロンが切り取った空間の中から、とてつもなく巨大な龍神が現れ、マグマの雨を受け止めていたからだ。
その龍神の名は燭龍。
トカゲと鳥を混ぜたような顔をしていて、山そのものと同じくらいに大きい。その姿は蛇に似ていて、ツチノコのように太くて頑丈な胴体をしていた。
身体は土のように茶色く、表面には木や草が生えている。
燭龍は凄まじい迫力を漲らせて、天を突くような声で吠えた。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第五十四話 魔性の星(6)

  • 2015.06.13 Saturday
  • 13:24
JUGEMテーマ:自作小説
月には大きな魔力が宿っている。
月の光は人間や獣を魅了し、妖しく狂わせていく。
そしてその光で、全てが暗闇に閉ざされるのを防いでいる。
狂気と安らぎ、興奮と平穏。相反する力を持つ月の光は、月に宿る魔力から来ている。
その魔力は月の中に閉ざされ、何人も持ち出すことは許されない。
ただし・・・・・月を治める者だけは例外として・・・・。
メタトロンは、月の魔力を求めてやって来た。
地球を悪魔から奪い返す為に、さらなる力を必要としていた。
大きなイソギンチャクの口を通り、その下に広がる月の深海へと降りてきた。
辺りは暗いブルー一色で、まるで月明かりが照らす夜のようであった。
海底は砂漠のようになだらかで、生き物は一匹もいない。
それはとても美しい光景だが、とても不気味な光景でもあった。
美しい場所なのに、心が寒くなるほど無機質な空気が漂っていて、長居したいと思える場所ではなかった。
「月にこのような場所があるとはな。本来ならば、ダフネやケン、それにアメルしか入れぬ場所なのだろう。それほどまでに、神聖な空気を感じる。」
そう言って海底を進み、遠くに立つ城を睨んだ。
「あれが海の城か?」
体内にいるダナエに尋ねると、「そうだよ」と答えた。
「あれが昔お父さんに連れて行ってもらったお城。懐かしいなあ。」
ダナエはメタトロンの目を通して、海底に建つ城を眺めていた。
その城は白い外壁に、赤い屋根瓦をしていた。
左右に二本の煙突があり、中央には時計のついた塔がそびえている。
そして赤い扉が一つだけあって、城の周りには色とりどりの海藻がなびいていた。
「美しい城だな。あそこに月の魔力を解く鍵があるのか?」
「う〜ん・・・それは分からないけど、でもヒントがあるならここしか思い浮かばない。あと竹の森と。」
「そうか。ではとにかく行ってみよう。」
メタトロンは翼を動かし、空を飛ぶように海を進んで行く。
そして城の前まで来ると、海底に降り立った。
辺りには黄色や赤、それに紫や緑色の海藻がなびいていて、まるでメタトロンたちを歓迎しているようだった。
「美しいが、今は景色に目を奪われている場合ではないな。」
そう言って足を進め、赤い扉の前に立った。
「ふむ。そう大きな扉ではないが、今の私なら入れるな。」
メタトロンはここへ降りて来るために、人間ほどの大きさに縮んでいた。
そして目の前の扉も、ちょうど人間に合わせて作ったような大きさだった。
「月で人間と同等の大きさの者といえば、ダフネとケン、それにアメルとダナエだけだ。やはりここは、月を治める者たちの聖地なのかもしれないな。」
そう呟きながら、鉄の取っ手を引いてみる。すると鍵はかかっておらず、ゆっくりと左右に開いていった。
メタトロンはそのまま中に入り、ふと後ろを振り返った。
「なんとも不思議な・・・。扉の前で水が止まっているではないか。」
扉を開けても、海水は城の中へ入らなかった。
まるで見えない壁があるかのように、扉の前でピタリと止まっている。
メタトロンはゆっくりと扉を閉めて、城の中を振り返った。
中は真っ暗で、ほとんど先が見えない。廊下は続いているようだが、この先にはいったい何があるのか?
「ダナエよ、先は暗いようだが、真っ直ぐ進んで問題ないのか?」
「うん。このまま歩けば、勝手にロウソクが灯るの。」
「ほう。そうなのか?」
そう言われて、メタトロンは少し歩いてみる。
すると壁のロウソクが灯り、ぼんやりと先が見えた。
一歩進むごとにロウソクが灯って、まるで先へ誘おうとしているかのようだった。
メタトロンの目を通してそれを見たコウは、「月にこんな場所があったなんてなあ・・・」と呟いた。
「まさか海の下に別の海があって、こんな城があるなんて思わなかった。きっとすごく重要な場所なんだろうな。」
「だろうね。よく分かんないけど。」
「それが月の王女の言葉かよ・・・。」
コウは呆れながら言い、「でも期待は持てそうだな」と頷いた。
「きっとここは秘密の場所なんだ。普通の妖精じゃ入ることの許されない場所さ。」
「そうなのかな?私はそうは思わないけど。」
「どうしてさ?だってダフネやケン、それにアメルしかこの場所は知らないんだぜ?だったら特別な場所ってことだろ?」
「その割には簡単に入れるじゃない。絶対に入ってほしくない場所なら、もっと入りづらい場所になってると思わない?」
「そりゃあお前・・・・・・アレだよ。なんか理由があるんだよ。」
「理由って何よ?」
「ええっと・・・・・なんかこう・・・・・大事なことさ、きっと。」
コウは咳払いをして、バツが悪そうに誤魔化した。
「あはは!コウが私に言い負かされた!」
「ば、バカ言うな!誰がお前なんかに負けるか!」
「でも今困ってたじゃない。ひょっとして、今は私の方が頭が良かったりして?」
「んなわけあるか!お前に脳ミソで負けるようになったら、サルと算数の勝負をしても勝てねえよ。」
「何よそれ!?私が算数も出来ないって言うつもり!!」
「じゃあ九九の八の段を言ってみろよ。逆さまからな。」
「さ・・・・逆さまから・・・・?」
ダナエは「ええっと〜・・・・」と呟き、「逆さまってことは大きい数字からでしょ?じゃあ・・・・・8×9だからあ・・・・・、」と計算を始めた。
すると博臣が「72、64、56、48、40、32、24、16、8だよ」と答えた。
「そうそう!それよ!今まさに私が答えようとしてたの。」
ダナエはパチパチと手を叩き、「ね?」と微笑んだ。
「なにが『ね?』だよ。どうせ一発目から間違ってたに決まってるよ。」
コウはニヤニヤ笑いながら、「やっぱりまだまだ鈍チンだな」と馬鹿にした。
「何よ、九九が逆さまから言えるくらいで。コウだって子守唄を覚えてなかったクセに。」
「それとこれとは関係ないだろ。」
「あるよ。記憶力だって頭の良さじゃない、ねえ?」
そう言って博臣に笑いかけると、沈んだ表情で黙り込んだ。
「どうしたの博臣?どこか調子でも悪いの?」
心配して尋ねると、博臣は「ミヅキはどうなったんだろうな・・・」と呟いた。
「アイツ・・・・月にいるはずなんだろ。なのにどこにもいない。それってもしかして・・・・天使や死神みたいにやられちゃって・・・・、」
「そんなことないわよ!ミヅキは月の中にいたんだから、絶対に大丈夫に決まってる。」
ダナエは博臣の肩に手を置き、「ミヅキはきっと無事だよ」と励ました。
しかし博臣は納得しない。ダナエとコウを睨み、「お前らはいいよな、こうして二人でいらるんだから」と言った。
「俺はミヅキのことが心配だよ・・・・。もし何かあったらって思うと・・・・・変な慰めとか余計に腹が立つ。」
「あ・・・その・・・・ごめんね・・・。博臣の気持ちも考えないで、私たちだけはしゃいじゃって。」
ダナエは申し訳なさそうに言い、「でも信じた方がいいよ」と続けた。
「大事な人なら、きっと無事だって信じた方がいい。何かあった時に傷つくかもしれないからって、良くない方に考えるよりは・・・・。」
「じゃあお前はそういうこと出来るのか?月へ来たのだって、仲間の妖精が心配だったからだろ?そうでなけりゃ、今頃ラシルに行ってはるはずだ。」
「・・・・・・そうね。不安になるなって言う方が無理よね。」
ダナエは黙り込み、それ以上何も言わなかった。
なぜなら大事な者を失う辛さは、自分もよく知っているからだ。
ケルトの神々や、クトゥルーやスクナヒコナ。それにラシルにいる時、コウを失ったこともある。
あの時の辛さは、心が引き裂かれるほどだった。
だからこれ以上何も言うことが出来なかった。
コウはそんな二人を見つめながら、ある事を考えていた。
《天使も死神も、みんなやられてた。メタトロンはクイン仕業って言ってたけど、だとしたらミヅキや幸也も無事じゃない可能性の方が高いよな。クインは月へ来た後、地球へ向かった。でもその後また月に戻って来ていたとしたら・・・・・これはかなりマズイんじゃ・・・・。》
コウは深く考え込む。メタトロンの話では、クインは地球へ行った後に、ラシルへ戻ったと言っていた。
しかし本当にラシルへ戻ったかどうか、それは誰にも分からない。
もしまた月へ来ていたとしたら、ここで鉢合わせする可能性もある。
《クインは欲深い奴だ。もしアイツが月の魔力を狙っているとしたら、またここへ戻って来てもおかしくない。だけどこの場所を知るのは、ダフネとケン、それにアメルとダナエだけだ。だとするなら、まだ月の魔力は奪われていないことになる。こりゃあさっさと月の魔力を頂かないと、最悪はクインに奪われちまう。》
コウは顔を上げ、メタトロンの目を通して外の光景を見つめた。
「おいダナエ。なんかまた扉があるぞ。メタトロンが立ち止まってる。」
そう言ってつつくと、「ああ・・・ごめん」と外の光景を睨んだ。
「・・・・そうそう、廊下の先にもう一つ扉があるのよ。でもここは鍵が掛ってたはずなのよね。」
「じゃあどうやって開けるんだ?」
「ええっと・・・・どうだったっけ?」
「おいおい、しっかりしてくれよ。もしかして、また歌を歌うとかじゃないよな?」
「歌じゃないわ。確か・・・・・お父さんはノックしてたと思う。コンコンってノックして、それから扉の向こうから声が聞こえて・・・・。」
「声?誰かいるってのか?」
「・・・・・・うん。そういえば誰かいたと思う・・・・。」
ダナエは昔を思い出し、深く記憶を探ってみる。じょじょに記憶が鮮明になり、「そういえば・・・・、」」と呟いた。
「・・・・そうよ、なんか変な人がいたのよ。真っ白で顔がなくて、妙な動きをしてるの・・・・。アレ、すごく怖かった。私は大泣きしたんだったわ。」
そう言ってから、ハッと何かに気づいた。
「そうよ!今までこの事を忘れてたのは、あの白い変な奴が原因なのよ。とにかくアレが怖かったから、思い出さないように記憶を封じ込めてたんだわ。」
「白くて顔のない、変な動きをする奴か?」
「そうそう、想像しただけでも不気味でしょ?」
「まあなあ・・・・。でも今はとにかくこの扉を開けないと。」
コウは扉を見つめ、「メタトロン、ノックしてみるんだってさ」と教えた。
「ああ、聞こえている。」
そう言ってコンコンとノックをしてみると、しばらくしてから声が返って来た。
「%#&’$#&(?○△%’$’」
扉の向こうから返ってきたのは、意味不明な言葉だった。しかもエコーが掛っていて、余計に聞きとりづらい。
「なんだ今の・・・・?どこの言葉だよ?」
コウは顔をしかめ、「博臣は分かる?」と尋ねた。
「分かるわけないだろ。なんかゴニョゴニョとしか聞こえなかったよ。」
「俺もだよ。ダナエは?」
「・・・・・・・・・・。」
「だんまりか。じゃあ分からないんだな。」
そう言って外を見つめ、「メタトロンは?」と尋ねた。
「いや、私にも分からない。あのような言語は聞いたことがない。」
「そっかあ・・・・。じゃあきっとアレだな。この奥にいる奴は、クトゥルーみたいに遠い宇宙から来た奴なのかも。・・・・アレ?でもケンはこの扉を開けたんだろ?ということは、アイツはこの言葉が分かるってことだ。なんでだろう?俺たちが知らなくて、ケンが知ってる言葉っていったい・・・・。」
コウは腕を組み、顔をしかめて困った。そして「もう一回ノックしてくれない?」と頼む。
メタトロンは再びノックしようとしたが、「もうノックしなくていいわ・・・」とダナエが言った。
「なんでだよ?もしかしたら、上手く聞き取れなかっただけかもしれないぞ?だったらもう一回ノックした方が・・・・、」
「ううん、そうじゃないの。私には・・・・・さっきの言葉が聞き取れたから・・・・。」
「へ?今のわけ分かんない言葉をか・・・・・?」
コウは驚きながら尋ねる。ダナエは何も答えず、メタトロンに話しかけた。
「ねえメタトロン。私を外へ出してくれない?」
「む?それは構わぬが・・・・・。」
「きっとここには敵はいないわ。ルシファーもクインもいない。」
「確かにな。ここを知るのは、月の限られた者たちだけだ。ならばここへ入りようがない。」
「違う・・・・そうじゃないの。そうじゃなくて・・・・・、」
ダナエは言葉に詰まり、「とにかく私を出して」と頼んだ。
「・・・・何か訳がありそうだな。いいだろう。」
メタトロンは額の宝玉を光らせ、ダナエを外に出した。
「ダナエよ、あの意味不明な言葉を聞き取れると言ったな。いったい何と言っていたのだ?」
「うん・・・・。あれはね、『愛する者が無き者、ここを通さず』って言ってたの。」
「愛する者が無き者・・・・・?いったいどういうことだ?」
「そのまんまの意味だと思う。この扉の向こうに行くには、愛する者がいないとダメですよって。そして・・・・あの言葉は私に語りかけてた。」
「お前に?馬鹿な。お前は先ほどまで私の中にいたのだぞ。ならば扉の向こうから問いかけてきた者は、それを見抜いていたというのか?」
「多分ね。・・・・ていうか、きっとこのお城って、私がいなかったら入ることが出来なかったんじゃないかって思うの。」
「それはそうかもしれぬな。ここは月の者にとって重要な場所に間違いない。部外者が立ち入るのは難しいだろう。」
「そうだけど・・・・でも月の住人でも、一部の者しか入れないわ。さっきはそう思わなかったけど、でも今なら分かる。ここには私とダフネ、それにお父さんとお母さんしか入れない。そして・・・・この先は、愛する者がいないと通してもらえないのよ。」
ダナエは扉に触れて、じっと目を閉じた。
石造りの重々しい扉は、ひんやりと冷たさが伝わって来る。
そこには何の暖かさもなく、そして何の柔らかさもない。
石で出来ているのだから当然だが、しかし幼い頃に来た時はそうではなかった。
ケンと一緒にここへ来た時、やはり最初は石造りの扉だった。
しかし扉の向こうの声に答えると、石は途端に木に変わったのである。
触れるだけで、そして見ているだけで暖かくなるような、美しい木目調の扉に・・・・。
あの時、ケンは扉の向こうの声にこう答えていた。
『俺にはアメルという妻がおる。一番の愛する者や。』
そう答えた途端、石の扉は木の扉に変わったのだ。そして・・・・鍵が開いて、向こう側へ行くことが出来た。
ダナエは思い出す。この扉を開ける方法を。そして、この扉の先に何があったのかを。
「・・・・ダメだわ、私じゃここを開けられない・・・・。」
「なぜだ?あの言葉が分かるなら、ここを開けてくれと頼めばよかろう。」
「無理よ。愛する者がいないと、ここを開けてはもらえない。」
「それならお前にもいるはずだ。ダフネや両親、それに多くの仲間。お前は皆のことを愛しているのだろう?」
「違うの。そういう愛じゃなくて・・・・・その・・・・・、」
「ああ、異性の愛ということか?」
ダナエは無言で、コクリと頷いた。
「お父さんにはお母さんがいる。だからここを開けてもらえた。でも私にはまだ・・・・・そういう人はいないわ。」
「なるほど・・・。お前はまだ子供だ。それは仕方なかろう。」
メタトロンは扉を睨み、殺気を漂わせた。
「ダナエよ、悪いがこの扉を破壊させてもらう。」
「ええ!?壊しちゃうの?」
「今は非常事態だ。地球では多くの仲間が戦っていて、私も早く駆け付けねばならん。月の魔力を宿してな。」
メタトロンはそう言って、脇に拳を構える。そして握った拳に光を集め、扉を破壊しようとした。
ダナエは「あ!ちょっと・・・、」止めようとしたが、すぐに手を引っ込めた。
なぜなら、自分の心と向き合うのが怖かったからだ。
今のダナエには、異性として愛する者がいる。
ダナエはしばらく前から気づいていた。コウに対する自分の想いに。
今、コウに対して抱えている想いは、家族愛や友情ではない。
それ以外の強い想いが、心に根を張るように芽生えていた。
しかしその想いに目を向けるのが怖かった。もし・・・・もしもコウに拒絶されたら、とてもではないが平気でいられる自信がなかった。
仮に自分の想いを受け止めてくれたとしても、以前とは違った関係になってしまうんじゃないか?
今までのように、お互いに気兼ねなく笑い合ったり、喧嘩したり出来るだろうか?
そして・・・・コウはきっと、アリアンロッドのことが好きなんじゃないだろうか?
異性として、私が入る隙間なんてないんじゃないだろうか?
そんな後ろ向きな感情ばかりが首をもたげ、どうしても自分の心と向き合うことが出来なかった。
だからメタトロンが扉を破壊しようとするのを、黙って見ていた。
なぜならこの先に進むには、コウの事が好きだと言わなければならないから。
そうやってこの扉を潜ってしまったら最後、二人は必ず結ばれなければならないと分かっていたから。
・・・・・ここは月を治める者の、契約の場所である・・・・・。
この奥には顔の無い真っ白な人間がいて、不気味な踊りをしている。
それがいったい誰なのかは分からないが、ケンはその者に向かってこう言っていた。
『この子は俺の娘や。いつかこの月を治めるんや。大人になったら、最愛の者と一緒にここへ訪れるやろ。その時、この子を祝福したってくれ。最愛の者と、ずっとこの月で幸せに暮らせるように。かつて俺とアメルが、ここで永遠の愛を誓った時のように・・・・・。その時、この子は立派に月を治めるやろ。俺に変わって、立派に・・・・・。』
封じ込めていた記憶が蘇り、ダナエはそのことを思い出す。
この扉の奥へ進むということは、自分こそが月を治める者になるということである。
そして最愛の者と、一生添い遂げる約束を交わす場所である。
だからダナエは、どうしてもこの扉を開けることが出来ない。
今はまだ、月を治める覚悟などないし、コウと一緒に宇宙を旅していたい。
だから今はまだ、この扉を潜ることは出来ない。
ダナエは黙って見ていた。メタトロンが扉を破壊しようとするのを。
「荒っぽいやり方だが、この際は仕方ない。」
メタトロンはそう言って、「扉の向こうにいる者よ!怪我をしたくなければ離れていろ!」と叫んだ。
「むうん!リュケイオン光弾!!」
拳に溜まった光が、螺旋状の光弾となって撃ち出される。
石の扉は粉々に吹き飛び、辺りに瓦礫が散乱した。
すると壊れた扉の向こうから、「いやあ!」と人間の声が聞こえた。
「今の声は・・・・・、」
聞き覚えのあるその声に、ダナエは眉をしかめる。
すると博臣が、「ミヅキだ!今のアイツの声だよ!」と叫んだ。
「メタトロン!早く中に入ってくれ!ここにミヅキがいる!」
「ああ、私も聞いた。」
メタトロンは頷き、扉の奥へと入っていく。
そこは扇形の大きな部屋になっていて、中央に太い柱がそびえていた。
その柱は天井を突き抜けて、外まで伸びているようだった。
そしてその柱を囲うように、小さな月の模型が置かれている。
数は全部で六つ。そのうちの一つは黄色く染まっていて、他の五つは薄い青色をしていた。
メタトロンは部屋の中を見渡し、「誰もおらんぞ」と言った。
「確かにミヅキの声が聞こえたのだが、誰もいない。それにダナエの言う、真っ白で顔のない者とやらも・・・・。」
メタトロンは部屋の中央まで歩き、巨大な柱を見上げた。
「これは・・・・時計台だな。城の上に伸びていた物だ。」
柱は天井を突き破り、遥か先まで伸びている。
「なぜ時計台などがあるのか分からぬが、もっと分からないのはこの月の模型だ。全部で六つあるようだが、そのうちの一つは黄色く染まっている。残りは月の光のように青白い。いったい何の意味があるのか・・・・・。」
そう言って、扉の前に佇むダナエを振り返った。
「ダナエよ、この月の模型は何なのだ?どうして一つだけ色が違う?」
メタトロンは、月の模型に興味を引かれていた。
なぜならこの模型からは魔力が漏れていて、しかも黄色く染まった模型の魔力は、他のモノよりも大きい。
もしかしたら月の魔力に関係しているのではと思い、もう一度「ダナエよ」と呼びかけた。
「この模型は何だ?お前なら何か知っているはずであろう?」
そう尋ねると、ダナエはゆっくりと歩いて来た。
そして黄色く染まる月に触れ、「ここを見て」と指差した。
「よく見ると、ここにお父さんとお母さんの名前が彫ってあるでしょ?」
「む?これは・・・・月の言葉か?私には読めんな。」
そう答えると、「確かに彫ってあるな」とコウが言った。
「妖精王ケン、妖精妃アメル。二人は永遠の愛をここに誓い、月の加護を受ける。そして平和に月を治めるだろう。そう書いてあるぜ。」
「そうか。ではこの模型は、月の統治者の名前を刻む物なのだな。しかし・・・・妙だ。なぜかダフネの名前がない。」
不思議に思って呟くと、「だってこれは・・・・・、」とダナエが口を開いた。
「これはダフネが造ったものだから。」
「ダフネが?」
「うん。お父さんとお母さんの結婚式を取り仕切ったのは、ダフネなの。そして永遠の愛の約束として、月の模型に名前を刻んだ。
そうすることで、二人は月の加護を受けられるから。大きな魔力を宿して、月を平和に治める為に。」
「ふうむ・・・・ではこれは、月の統治の契約のようなものか。ケンとアメルは、妖精にしては力が強すぎる。あれは月の魔力によって、加護を受けていたからだな?」
「きっとね。私がお父さんから聞いたのは、月を治める為に、月の加護を受けて強くなるってことだけだから。それで、もし永遠の愛の誓いを破ったら、月の加護は消えてなくなる。その時・・・・新しく月を治める者を決めなきゃいけないんだって。そうしないと、月の世界の平和は保てない。月の魔力が無ければ、もし外から悪い奴がやって来ても、追い払うことは出来ないから。」
「なるほど・・・・。ダフネはこのような形で、月の魔力を引き出していたわけか。永遠の愛という誓約、そして月を外敵から守るという誓約。そういう誓約を経ることによって、月からの加護を得ようとした。」
「ダフネは月の女神だから、そういうことも出来たんだろうね。でも・・・他にも魔力を引き出す方法はあるのかもしれない。」
「それは私も知っている。人間を利用することで、月の魔力を得られるのだ。だがどういう方法で行うのかは分からない。分からないが・・・・これだけは言える。人間を利用して魔力を得るやり方は、大きなリスクを伴うのだ。」
そう言って月の模型に触れ、ケンとアメルの名前をなぞった。
「だからこそダフネは、誓約を設けることでリスクを押さえたのだ。永遠の愛の誓約、月の平和を守る誓約。そういう誓約の元ならば、個人が月の魔力を得る事は不可能であるし、悪用した場合も月の魔力は消えて無くなる。しかしリスクを押さえられる反面、そこまで大きな魔力は得られないはずだ。あくまで月の平和を維持する、必要最低限の力を引き出せるだけだろう。」
メタトロンはそう言って、険しい顔で腕を組んだ。
「人間を利用して魔力を引き出す場合、もし失敗したら月が塵となって消える。そして月にいた者は全て妖精となり、二度と元の姿に戻ることは出来ない。神も天使も、そして悪魔も人間も、全て妖精になってしまうのだ。それを望む者もいるやもしれぬが、私は困る。もし天使でなくなってしまったら、如何にして悪魔に対抗するのか?如何にして神に仕えるのか?そして・・・・私は天使であることに誇りを持っている。妖精になることは望まない。」
険しい目でそう言って、「それでも私は月の魔力を求める。悪魔から地球を奪い返す為に」と拳を握った。
「ダナエよ、知っていることがあるなら、包み隠さず教えてほしい。」
強い口調でそう言われて、ダナエは「え?」と顔を上げた。
「お前は何か隠しているのだろう?あの扉の前に来てから、妙に様子がおかしい。」
「そ・・・・そんなことないよ・・・。」
「本当か?私にはそうは思えぬがな。いつものお前は、もっと元気があるではないか。それが今では、飼い主に叱られた犬のような顔をしている。」
「例えが分かんないよ。私は犬じゃないし・・・。」
「覇気がないと言っているのだ。お前は月が心配でここへ来たのだろう。ルシファーたちがいるかもしれないと思いながら、それでもやって来た。ならばもっと覇気のある顔をしているはずだ。」
「それは・・・・ルシファーやサタンがここにはいないって分かって、安心したから・・・・。」
「違うな。お前は何かを隠しているのだ。そして・・・・何かを迷っている。自分の胸のうちに、強い葛藤を圧し殺している。」
そう言われて、ダナエはギョッとして目を逸らした。
しかしすぐにメタトロンを睨み返し、「そんなことないわ」と言った。
「私は何も迷ってないし、隠してなんかいない。」
「ダナエよ、私の目は節穴ではないぞ。子供の吐く嘘など、この目がすぐに見抜いてしまう。」
そういって顔を近づけ、射抜くような視線で見つめた。
ダナエはその視線に圧倒され、また目を逸らす。メタトロンは屁理屈で誤魔化せるような相手ではないので、何も言わすに黙っていようと決めた。
「・・・・・・・・・・。」
「ふふふ・・・強情だな。」
メタトロンは小さく笑い、コウを身体の外へ出した。
「コウよ、ダナエを説得してくれ。」
「ええ!?俺が?」
「お前しかおるまい。今は非常事態なのだ、なるべく早く頼むぞ。」
そう言ってコウの肩を叩き、月の模型を興味深そうにいじっていた。
「なんだよ急に・・・・。アンタ面倒くさいことはけっこう人任せなんだな。」
メタトロンの背中に嫌味を言いながら、ダナエを振り返る。
「ダナエ、どうした?何か不安に思ってることでもあるのか?」
「別に・・・・そんなのないよ・・・。」
「あるんだな。じゃあ俺に教えてくれよ。早く月の魔力を手に入れないと、最悪は敵に奪われるかもしれないんだ。ミヅキや幸也だって捜さなくちゃいけないし。」
「・・・・・・・・・・・。」
「ダナエ。黙ってないで、何とか言え・・・・、」
コウはイライラしながら尋ねる。するとダナエは背中を向け、壊れた扉の向こうへ引き返した。
「おいコラ!どこ行くんだよ!?」
「・・・・・・・・。」
ダナエは何も答えず、扉の向こうへ走っていく。
コウは「待てって!」と追いかけ、ロウソクの灯る廊下を走って行く。そしてダナエの腕を掴んだ。
「なんで逃げるんだよ!?」
「うるさい!」
「はあ?なんでキレてんだよ?」
「キレてなんかないわよ!」
「キレてるじゃねえか。いいからさっきの部屋に戻るぞ。」
そう言って腕を引っ張ると、ダナエは「離してよ!」と振り払った。
「私は戻らない!」
「はあ?なんだよお前・・・・。さっきから意味分かんねえぞ?」
「・・・・ラシルに行こう。」
「へ?ラシル?」
「元々ラシルに行くつもりだったんだし、ここには敵もいないし。だからラシルへ行こうよ。」
「何言ってんだよ・・・月へ行きたいって言ったのはお前だろ?散々止めたって、強引に来たクセに。」
「だからあ!ここには敵はいないの!それが分かっただけでも来た甲斐があったじゃない。だからラシルへ行こう。」
「じゃあミヅキや幸也はどうすんだよ?他の妖精たちだって、どこへ消えたか分からないんだぞ?」
「そ・・・・それは・・・・・、」
「それにメタトロンは月の魔力を欲しがってる。協力してやらないと、ルシファーたちを倒せないぞ?」
「・・・・・・・・・・。」
「何があったか知らないけど、とにかく戻ろう。グズグズしてると、またメタトロンに雷落とされるぞ。」
コウはダナエの肩を叩き、「ほら」と背中を押す。
しかしダナエは動こうとしない。それどころか、コウを振り切って逃げていく。
「バカ!いい加減にしろよお前!!何をガキみたいに拗ねてんだよ!?」
「いいからほっといて!私だけでもラシルに行くから!」
そう言って廊下を駆け抜け、扉を開けて外に出ようとした。
「私は・・・まだここへ来るべきじゃなかった!後はコウとメタトロンに任せるわ。ミヅキや叔父さんを必ず見つけてあげて。」
ダナエはそう言い残し、外へ出て行こうとする。しかし急に動きを止め、ブルブルと震えだした。
そして顔面を真っ青にしながら、ゆっくりと後ずさった。
「ダナエ、どうしたんだ・・・?」
心配したコウが、ダナエの元に駆け寄る。そして扉の向こうに目をやった時、「あ・・・・・」と震えだした。
「あ・・・ああ・・・・や・・・・やっぱり・・・ここへ来てやがった・・・・・。」
コウはダナエの肩を抱きながら、一緒に後ずさった。
二人の目の前には、紫のワンピースを着た、長い黒髪の女が立っていた。
その女の名はクイン・ダガダ。
全ての元凶の邪神が、月の城の前に立っていた。
「久しぶりね、あんた達・・・。」
クインは微笑みをたたえながら、ゆっくりと城の中へ入って来た・・・・・。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第五十三話 魔性の星(5)

  • 2015.06.12 Friday
  • 13:18
JUGEMテーマ:自作小説
大魔王ルシファー。元の名はルシフェル。
かつては全ての天使の頂点に立ち、神に最も近い位置に君臨する偉大な天使だった。
その姿はとても美しく、明の明星と呼ばれるほどに、暗い中でも輝きを失わない、まさに光り輝く神の使いだった。
しかし人間が誕生するのと同時に、ルシフェルは神に背くようになった。
地球という楽園のような星は、まさに神の国と呼ぶに相応しい場所である。しかし神は天使に地球を与えなかった。代わりに人間に地球を与えたのである。
敬愛する神は、天使に注いでいた愛情を、人間に向けるようになった。
ルシフェルはそのことが許せなかった。
天使こそが、そして自分こそが、もっとも神の寵愛を受けるに相応しい存在だと思っていたのに、生まれたばかりの人間にそれを奪われるなど、断じて許せなかった。
だからルシフェルは神に背いた。
大勢の天使を引きつれて神の国を離れ、地獄と呼ばれる醜い場所を住処とした。
そこにはサタンいう強大な悪魔がいて、地獄の主として君臨していた。
ルシフェルはサタンと手を組み、神に弓引くことを決意をした。
そして大勢の仲間を引き連れて、天使の軍団と戦ったのだ。
しかし天使の軍団は、ルシフェルの軍勢よりも数が多く、また神の加護を受けていた。
いかにルシフェルといえども、戦いは劣勢を強いられた。
この時、天使の軍団の中で、一際大きな活躍をした者たちがいた。
ミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルだ。
四人の天使は下級の兵士であるにも関わらず、他のどの天使よりもよく戦い、そして戦果を収めた。
ルシフェル率いる軍団は次々に討ち取られ、地獄へ叩き落とされて行く。
そしてとうとうルシフェルも敗北を喫し、地獄へ落ちてしまった。
以来、ルシフェルは消えることのない怒りと憎しみを抱くようになり、サタンと並ぶ地獄の君主となった。
やがてはサタンよりも上の地位とされ、真の地獄の支配者となってしまう。
ルシフェルは天使であることをやめ、そして天使であることの輝きを放棄した。
その引き換えとして、偉大なる悪魔として力を得ることを誓った。
名前もルシファーと改め、自らを大魔王と呼び、地獄の支配者は自分であると声高に叫んだ。
仲間の天使も悪魔に身を落とすことに賛成し、ベルゼブブやサマエルといった強大な悪魔が誕生した。
サタンは支配ということに興味がないので、ルシファーこそが地獄の君主であると認めた。
サタンは、この世がただ混沌に満たされればいいと思っているので、誰が君主であろうと問題はなかったのだ。
そしてルシファーならば、必ずや天使の軍団を打ち負かし、悪魔のはびこる世界を創ってくれると信じていた。
またベルゼブブやサマエルも、ルシファーがそういう世界を創ってくれることを期待していた。
地獄において、ルシファーの力は日に日に増していった。
異なる神話、異なる宗教の悪魔も支配下に置き、自分こそが全ての悪魔の頂点に立つ者だと認めさせたのだ。
悪に染まったルシファーは、もはや他のどの悪魔も敵わない存在となっていた。
唯一並ぶ者がいるとすれば、それはサタンだけである。
しかしそのサタンでさえ、決してルシファーには逆らおうとしない。
力は同等でも、多くの悪魔がルシファーの方を慕っているからだ。
もしルシファーに敵対すれば、サタンですらその身が危うくなる。
それほどまでに、ルシファーは恐ろしい存在となっていた。
そしてあまりにその力が増していくので、天使はそれを見過ごすことが出来なくなった。
このまま力を増して行けば、また神に弓引くようになる。
そうなれば大きな戦いが勃発し、今度は天使の軍団が負けてしまうかもしれない。
それを危惧したミカエルは、メタトロンに相談した。
メタトロンは天使でありながら、ミカエルたちとは異なる、非常に特殊な存在であった。
メタトロンは神の分身、そして神の化身とも呼ばれるほど偉大な天使であり、常に神の傍に身を置いている。
かつてルシファーが戦いを挑んで来た時も、神の傍を離れようとはしなかった。
もしミカエル達が負けた時、メタトロンこそが神を護る役目を備えているからだ。
ミカエルから相談を受けたメタトロンは、ルシファーを討つことを決意した。
しかしいくら倒したところで、名のある悪魔はいくらでも蘇って来る。
だから決して外へ抜け出すことの出来ない、空想の牢獄へ閉じ込めることにした。
メタトロンはミカエルに、神話や宗教の枠を超えて、多くの仲間を集めるように言った。
多神教の神々や、仏や菩薩。それに明王や神獣といった強力な仲間が集まり、ルシファー率いる悪魔の軍団を、牢獄へ叩き落とそうとしたのである。
そして熾烈を極める激闘の末、ようやく牢獄に閉じ込めることが出来た。
ルシファーを筆頭として、サタン、ベルゼブブ、それにハスターとヘカトンケイル。
この五体の悪魔を牢獄に閉じ込めた。
ルシファーとサタン、それにベルゼブブは、空想と現実、そのどちらの世界にも置いておけないほど危険な存在である為に。
そしてハスターは残忍で凶悪過ぎる為、ヘカトンケイルはその圧倒的なパワーを恐れられて、牢獄に閉じ込められた。
名だたる悪魔は地獄から消え、残された悪魔たちは支配者を失って勢いを削がれた。
地獄に集まっていた多くの悪魔たちは、それぞれの神話や宗教の世界に戻り、ようやく元の形に落ち着いた。
しかし・・・・ほんの些細な出来事で、ルシファーたちは表に出て来てしまった。
スサノオのミスで牢獄に穴が空き、再び地上へと現れたのだ。
ルシファーたちは、以前にも増して強くなっていた。
そしてこの地球のほとんどの神々を討ち取り、自分たちが閉じ込められていた牢獄へと落とした。
再び陽の当たる場所に出て来たルシファーは、今度こそこの星を我が者にしようと企んだ。
この地球にはびこる人類、そして天使や神々を許せなかったからだ。
ルシファーは今、喜びに満ちている。
ようやく牢獄から抜け出し、ようやくこの星を手に入れ、ようやく自分たちの世界を創ることが出来るかもしれない。
だからそれを邪魔する者は、相手が誰であろうと許さなかった。
いずれは邪神クイン・ダガダも滅ぼし、この星、そしてこの銀河全体の支配者になろうと考えていた。
その為には、まず目の前でうるさく飛び回るハエを、叩き落とす必要があった。
悪魔の城を建てる日本の近くで、毬藻の兵器と天使が戦っている。
それを感じ取ったルシファーは、一人で海を超えて来た。
いかに今の自分が強く、恐ろしく、抗うことの出来ない存在であるか、天使たちにしっかりと分からせる必要がある。
遥か前方には二人の天使がいて、それが誰であるかは一目で分かった。
ガブリエルとラファエル。かつて屈辱を味あわせてくれた、憎むべき天使の二人である。
その二人は自らの命を糧とし、光り輝く大きな力を手にしていた。
そして翼を広げ、こちらに向かって来たのである。
ルシファーは飛ぶのをやめ、腕を組んでその場に浮かぶ。
いったいどのようにして積年の怨みを晴らしてやるべきか?
瞬殺するもよし、徹底的に痛ぶるのもよし。しかし・・・・それでは物足りない。
だから天使にとって、最も屈辱的なやり方で、身も心も弄んでやろうと決めた。
地獄の君主は不敵な笑みをたたえ、十二枚の翼を広げて、迫り来る二人の天使を睨んでいた。


            *


ガブリエルとラファエルの視線の先に、ルシファーが浮かんでいる。
メタトロンよりも大きな身体に、艶やかな黒いボディ。背中には12枚の翼を持ち、頭には長い角が二本生えている。
そして赤い髪をオールバックに撫でつけ、とても冷酷で険しい顔をしていた。
敵は最強の悪魔、大魔王ルシファー。しかしそれでも二人の天使は怯まない。
最後の戦いを挑むため、命を懸けたた大技に出た。
自身の命を糧とすることで、自らを光に変え、何十倍ものパワーを得たのだ。
身体は眩く輝き、顔は目だけとなって、鬼のように釣り上がる。
この技は数分も経てば命を落としてしまうが、それでも桁外れの力が得られる。
サマエルやテュポーンと一騎打ちをしても、決して引けを取らないほどの強さになれる。
しかしそんな命懸けの技をもってしても、ルシファーに勝てるとは思っていなかった。
ほんの・・・・ほんの少しの傷でいいから、ルシファーに負わせたい。
天使として正義を遂行する為に、ほんの一矢でも報いたかったのだ。
もはや勝つ負けるの問題ではなく、これは二人にとって、天使の在り方を問われる戦いだった。
二人は一瞬で距離を詰め、ルシファーを挟み撃ちにする。
ガブリエルの翼から、サファイアのような綺麗な水が放たれ、そしてラファエルの翼から、エメラルドのような緑の風が放たれる。
水は風に巻き上げられ、蝶の麟粉のようにルシファーに降り注ぐ。
この技は敵の力を奪い取り、弱らせていくものだった。
ルシファーの身体から黒い煙が上がり、どんどん力が奪われて行く。
辺りは黒一色に覆われ、火山が噴火したようにもうもうと煙が立ち込めた。
並の悪魔なら、この技だけで塵一つ残さず消滅してしまう。
あのベルゼブブでさえも、その力の大半は失ってしまうだろう。
しかしルシファーは平気な顔で立っていた。
恐ろしいほどの力が奪われていくというのに、まったくビクともしない。
そしてとうとう風と水の方が、黒い煙の邪気に負けて、消えてしまった。
ルシファーは鼻息一つで煙を吹き飛ばし、「何かしたか?」と笑ってみせる。
「あれは敵を弱らせる技だろう?まだまだ私は衰えていないぞ。」
そう言って手を広げ、また笑ってみせた。
ルシファーの身に宿るパワーは並外れていて、ベルゼブブを遥かに上回る。
いくら力を奪われようとも、底知れぬパワーのせいでまったくダメージにならない。
「どうした?その姿では長くはもたんのだろう?早く仕掛けてきたらどうだ?」
そう言って挑発し、余裕の笑みを見せた。
ガブリエルとラファエルは、顔を見合わせて頷く。
ルシファー相手に小細工は意味を成さず、ただ時間が過ぎていくばかりである。
ならば次の攻撃を最後として、華々しく散ろうと覚悟した。
二人の天使はルシファーの頭上の舞い上がり、螺旋状に交差する。
そして螺旋を描いたまま、二人は青と緑の光となって、一筋の弾丸のように天へ昇った。
ルシファーはそんな二人を見上げ、腕を組んだまま涼しい顔をしていた。
それはあの二人が何をどうしようとも、決して倒れない自信があったからだ。
いくら力を振り絞ったところで、毛ほどの傷も付けられない。
それは過信ではなく、両者の間にある圧倒的な力の差からくる自信だった。
ルシファーは螺旋状に絡み合う二人を見つめ、「早く来い」と言った。
そして次の瞬間、絡み合う二人の光が、クルリと向きを変えてルシファーに迫った。
勝つのは無理でも、傷くらいは残してみせる。
混ざり合う二人の光は、まるでミシン針のように細くなり、ルシファーの眉間を狙った。
「最後の捨て身技か。いいだろう、防御はしない。私に傷を付けられるかどうか、試してみるがいい。」
そう言って螺旋の光を睨み、二人の最後の攻撃を受け止めようとした。
針のように細くなった二人の光が、ルシファーの目前に迫る。
そしてその眉間を貫こうとした時、まるで影のように消えてしまった。
ルシファーは「幻影か」と呟き、それと同時に股下に衝撃が走るのを感じた。
それは熱した糸を突き刺されるような衝撃で、ゆっくりと下を向いてみた。
すると股の間に細い光がぶつかっていて、「なるほど」と唸った。
「上からの攻撃は虚をつく為のもの。眉間よりも弱い股を狙ったわけか。」
二人の光は螺旋状に回転しながら、ルシファーに傷を負わせようと股を突き上げてくる。
しかしルシファーはビクともしない。約束通り防御もしない。
激しい痛みを感じながらも、涼しい顔のまま腕を組んでいた。
ルシファーにとって、痛みは苦痛ではない。
並の悪魔なら発狂するような痛みでさえ、この魔王は平気な顔で耐えてみせる。
なぜなら、胸の中に抱く天使への怒りの方が、痛みなどよりもよっぽど強く己を焼いていたからだ。
憎悪、憤怒、屈辱、怨恨、そして復讐・・・・。
いつ、どんな時でも、それらの感情が身を焦がすほど激しく滾っている。
それは痛みとなって全身を襲い、神々や天使に対する消えない炎となって燃え続けている。
そして・・・・この宇宙の中心に座る、大きな神への背徳の表れだった。
それに比べたら、この身に走る痛みなど屁でもない。蚊ほどの痒みもなく、赤子に叩かれた痛みにすらならない。
ゆえに、ルシファーは苦痛を恐れない。
ガブリエルとラファエルの渾身の一撃を受けても、平然として立っていられる。
股の下に走る痛みは、だんだんと弱くなっていく。
それは二人の天使の力が、終わりを迎えようとしている証拠だった。
時間と共に痛みは消え去り、そして針のような光も消えて行く。
ガブリエルとラファエルは元の姿に戻り、そして身体から輝きを失わせつつあった。
・・・ほんの少しの傷でいい。
そう思って挑んだ戦いも、あっけなく終わりを迎えた。
ルシファーには一ミリたりとも傷はついておらず、二人の力は遠く及ばなかった。
もう出来ることはない・・・・やることは全てやった・・・。
これ以上は無駄な抵抗に過ぎず、それはもう戦いとは呼べなかった。
二人の天使は力を使い果たし、元の姿に戻る。
口と鼻と耳が復活し、服と鎧も元に戻る。
そして武器を下ろし、凛とした表情でルシファーを見つめた。
「終わりだ・・・・もう僕たちには何もない・・・・・・。」
「もうじき・・・・ミカエルとウリエルの後を追うでしょう・・・。私たちの魂は、再び神の御許に還される・・・。そして次なる復活の時を待ち、必ずや悪魔を討ちましょう・・・・。」
全てを振り絞った戦いは終わり、二人の命は消えて行く。身体から力が抜け、空を飛ぶことも出来なくなって、ゆっくりと海へと落ちていく。
するとルシファーが二人を抱きとめ、何も言わずに微笑んだ。
その笑顔を見たガブリエルとラファエルは、背筋に冷たいものを感じた。
このままでは死ぬよりも辛い目に遭わされる。・・・・いや、辛い目というより、敗北するよりも大きな屈辱を味わうことになる。
直観的にそう感じて、お互いに武器を向けて、それぞれの命を絶とうとした。
しかしルシファーはそれを許さない。両手で二人を握りしめ、深く爪を食い込ませる。
そして爪の先からゼリー状の物質を注入し、二人の身体に染み込ませた。
その途端、二人の身体がビクンとのけ反る。
目を見開いて口を開け、ガクガクと震えながら涙を流した。
痛いのか?苦しいのか?それともその両方なのか?
この世にある、ありとあらゆる負の感情に満たされ、ありとあらゆる痛みに苛まれ、正気が歪められていく。
真っ白な翼は腐れ落ち、黒い蝙蝠のような羽が生えてくる。
肌は灰色に沈んでいき、目は充血したように赤く染まる。
そして声にならない声で悲鳴を上げ、ラファエルは「やめろおおおおおおお!!」と叫んだ。
「殺せえええええ!!悪魔に堕ちるくらいなら死んだ方がマシだ!今すぐ殺せえええええええ!!」
断末魔の叫びを上げ、この世の終わりを見るような目で涙を流す。
その涙はやがて、血の色に変わっていった。
瞳から溢れる赤い血が、夕立の滴のように肌を伝っていく。
「うううごおおおおおおおおお!!!」
ラファエルは天に向かって手を伸ばし、そこに神の姿を見る。
天使の正義は神の為にあり、他の誰の為でもない。
その正義の為に生き、その正義を遂行することこそが、天使を天使たらしめるものだった。
それが今、悪魔の手によって汚されようとしている。
天使にとって最も屈辱的なこと。それは神に背く、背徳の意志を植え付けられることである。
ラファエルは血の涙を流しながら、耐えがたい苦痛、そして耐えがたい辱しめの中で、ただ悲鳴を上げていた。
そしてガブリエルもまた、その耐えがたい屈辱を受けていた。
ラファエルと同じように血の涙を流し、絶望しきったように表情を失っている。
そして「神よ・・・・」と一言呟くと、血の涙さえも枯れてしまった。
ラファエルの叫び、ガブリエルの絶望。
それは天使が最も忌み嫌う、邪悪な者へと堕ちた瞬間だった。
・・・・・悪魔・・・・・。
二人の輝ける天使は、その光を完全に失い、醜い悪魔へと姿を変えた。
灰色の肌に蝙蝠の翼。黒く染まった鎧と服に、血のように赤い瞳。
そして・・・・その心からは、神に捧げる正義の意思は消えていた。
代わりにルシファーに忠誠を誓う意思を植え付けられ、神に弓引く背徳の信念を宿していた。
二人が完全に悪魔に落ちたことを確認すると、ルシファーはそっと手を離した。
「・・・・・何か言うことは?」
そう尋ねると、二人は何も言わずに跪いた。
そして武器を差し出し、自分の命を貴方に委ねるという意志を示した。
「それでいい。お前たちを新たな悪魔として受け入れよう。」
ルシファーは二人の頭上に手をかざし、ニヤリと笑う。
ガブリエルもラファエルも、もはや正義の心はない。あるのはルシファーへの忠誠、そして全ての神と天使を打倒するという闘争心だけだった。
「悪魔もなかなか悪くなかろう?」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
二人は何も答えず、ただ跪く。ルシファーは「ただし、もう二度と天使には戻れぬがな」と笑った。
「さて、新たな仲間を歓迎して、初陣を飾らせてやろう。」
そう言って前方を指差し、「あそこにかつての仲間がいるな」と睨んだ。
「あの巨大な黒い影。月の女神ダフネの化身だ。悪魔に生まれ変わった初陣として、まずはかつての仲間を手にかけよ。
そしてダフネの首をここまで持って来るのだ。その時、お前たちを本物の悪魔と認めよう。」
ルシファーに命令されて、二人は影の怪物を振り返る。そして武器を構えて、黒い羽を広げた。
敵はあの黒い影。かつての仲間であるダフネ。
二人の悪魔は勢いよく飛び出し、一瞬で影の怪物に迫った。
そしてガブリエルはレーザーを、ラファエルは矢を放って、影の怪物を殺そうとした。
二人の攻撃を受けて、影の怪物は怯む。
悪魔となったガブリエルとラファエルは、その力を大きく増していたからだ。
すると影の怪物の中からダフネが現れて、「やめて!」と叫んだ。
「まだあの龍が生きてるのよ!アイツ、なぜか分からないけどちっとも死なない!今この影をやられたら、また表に出て来て・・・・・・、」
そう言いかけた時、ガブリエルのレーザーが目の前をかすめた。
ダフネは慌てて引っ込み、「なんてこと・・・・」と絶望した。
「あの二人が悪魔になっちゃうなんて・・・・ルシファーってとんでもない奴ね。」
このままでは殺されると思い、どうにか二人の悪魔から逃げようとする。
ミカエルの魂を宿したこの怪物なら、二人に勝つことは出来るかもしれない。
しかしそれでも、ダフネは逃げる方を選んだ。
ルシファーと戦って死ぬ覚悟はあっても、仲間を殺す覚悟はなかったのだ。
「私・・・・ダナエに散々偉そうなことを言っておきながら、土壇場のとこで腹を括れない・・・・。なんて情けないの!」
本当ならガブリエルとラファエルを倒して、少しでも敵を減らしておくのが上策である。
それは分かっているが、どうしてもあの二人を攻撃出来なかった。
「この影にはミカエルの魂が宿ってる。だったら・・・・やっぱりあの二人を倒すことは出来ない。天使を同志討ちさせるなんて・・・・・そんなことは・・・・、」
ダフネは影を操り、とにかく逃げていく。
そして海の中へ隠れようとした時、ラファエルの矢が影の怪物に突き刺さった。
すると黒い風が舞い上がり、動きを封じられてしまった。
そこへガブリエルのレーザーが乱射されて、影の怪物は穴だらけになってしまう。
「きゃああああああ!」
ダフネは影の怪物の中で揺られ、どんどん下の方へ落ちていく。
そして龍にぶつかって、「痛あ〜い・・・・」と頭を押さえた。
龍はすでに骨だけとなっているのに、まだ生きていた。
ダフネは「何なのよコイツは・・・・」と言いながら、龍の後ろに身を隠した。
ガブリエルのレーザーはしつこく襲いかかり、影の怪物を蜂の巣にしていく。
しかし龍の骨は硬く、とくに背骨は頑丈だった。
だからガブリエルのレーザーにも、ラファエルの風にもビクともしない。
ダフネは龍の背骨に隠れながら、「殺そうとした敵に守られるなんて、なんて皮肉なのかしら」と首を振った。
「このままじゃ、いずれ影は消滅する。その前にどうしかしないと・・・・。」
状況は絶望的であり、ここから起死回生を狙うのは難しい。
それならば、どうにかしてここを生き延びて、後でケンやエジプトの神々と合流しようと考えた。
「何か・・・・何か良い方法はないかしら?生き延びる為の方法が・・・・。」
爪を噛みながら、眉を寄せて考える。
その時、一際大きなレーザーが飛んで来て、影の怪物の上半身が吹き飛んだ。
「きゃああああ!」
ダフネは身を屈め、龍の骨の中に隠れる。
何本も並ぶ肋骨のおかげで、どうにか身を護ることは出来そうだった。
しかしこのままでは、いつやられてもおかしくない。
なぜなら影の怪物の上半身が吹き飛んだせいで、龍が丸見えになっていたからだ。
ダフネは「ああ、どうしよう!」と叫びながら、頭をワシャワシャ掻き毟る。
そしてふと気配を感じて、頭上を見上げた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「ふ・・・・二人とも・・・・随分厳つくなったわね。イメチェンかしら?」
冗談で笑いかけても、二人の悪魔はニコリともしない。
そして龍の骨を持ち上げて、ダフネを引きずり出そうとした。
「ちょ・・・ちょっと待って!あなた達は天使でしょ!?だったらルシファーなんかに負けちゃダメ!あんな奴に洗脳されるなんて・・・・・って、いやあああああ!」
ダフネはラファエルに摘まれ、外へ引きずり出される。
そして目の前まで持ち上げられて、赤い瞳で睨まれた。
「・・・・・・・・・・・。」
悪魔となったラファエルは、冷酷な目でダフネを見つめる。
そして頭を摘まみ、首を引っこ抜こうとした。
「・・ああ・・・・・私もここまでか・・・・。」
ダフネは目を閉じ、胸の前に両手を握る。
するとその時、自分が何かを握っているのに気づいた。
手を開けて見てみると、そこには赤い鈴があった。
「何この鈴・・・・?いったいどこでこんな物を・・・・?」
鈴は血塗られたように赤く、見ているだけで不安になるほど不気味な気配を感じさせた。
「これ・・・・・もしかしてあの龍の持ち物かしら?」
そう呟いた時、首に激痛が走った。
《私の首を抜いて、ルシファーの所に持って行くつもりね。》
ダフネは目を閉じ、いよいよ死ぬのだと覚悟した。
今さら死ぬのは怖くないが、それよりも嫌な事がある。
それは自分の首が、悪魔の大将の供え物になることだった。
《それだけは絶対に嫌!何とかしないと・・・・。》
ダフネは死の縁で必死に考えた。そしてふとある事を思い出した。
《そうだ!この鈴って確か・・・・・。》
この鈴がいったい何であるか?ダフネはその事を思い出した。
そしてその瞬間に首が抜かれそうになり、もう迷っている暇はないと鈴を振った。
チリン・・・チリン・・・と、涼やかな音がこだまする。
その音はとても美しいが、それと同時にとても不気味な音色であった。
ラファエルもガブリエルも、鈴の音に一瞬動きを止める。
しかしすぐに我に返り、ダフネの首を引き抜こうとした・・・・・・・・その瞬間、ラファエルの腕が何者かに斬り落とされた。
そのおかげでダフネは命拾いをする。
そして「これが鈴の主・・・・」と、ラファエルの腕を斬り落とした者を見つめた。
それは赤い衣を纏い、大きな鎌を携えた死神だった。
三つ目の黒い馬に跨っていて、赤い衣の中から、白い髑髏を不気味に覗かせている。
「コイツがクトゥルーの言っていた死神ね・・・・。何をされても死なないって言う・・・・。」
赤い死神は、鈴の音を聞き付けてやって来た。
ダフネは「死神さん、ちょっと手を貸してほしいの」と声を掛ける。
「あなたは何をされても死なないんでしょう?だったらその二人をどうにか止めてほしいの。出来ればなるべく殺さない方向で・・・・・・、」
そう言いかけた時、ダフネの首に違和感が走った。
「何・・・・?」
首に手を当ててみようとするが、なぜか手が動かない。そしてグラリと景色が揺らいだ。
「な・・・なんで?どうして手が動かないの?・・・・ていうか、景色が逆さまに・・・・、」
ダフネの目に映る景色が、上下逆さまになっている。空が下に、海が上に。
しかもすごい勢いで海へと昇っていく。
いったい何事かと思っていると、視界の端にとんでもない物が映っていた。
・・・・・それは自分の身体だった・・・・・。しかも首が無い・・・・。
「・・・・ちょ・・・・っと・・・・。これ・・・・って・・・・。」
首の無い自分の身体を見つめながら、ダフネは海へ落ちていく
そしてそのまま海の中に突っ込み、少し遅れてから、首の無い身体も落ちてきた。
《・・・・わ・・・・私・・・・・首を・・・・落とされた・・・・のね・・・・。あの・・・・死神・・・に・・・・・、》
《・・・・・・・・・・・。》
《・・・・・・・・・。》
《・・・・・・。》
《・・・。》
ダフネは思い出していた。クトゥルーから聞かされた、赤い死神の話を。
赤い死神は、必ずしも味方をしてくれるわけじゃない。
時に暴走して、目に映る全ての命を狩る事もあると。
それを知っていながら、咄嗟にあの鈴を使った。ラファエルから逃れる為に、一か八かの賭けに打って出たのだ。
しかし結果は黒。死神は暴走していて、ダフネはあっさりと首を刎ねられてしまった。
《・・・・私・・・・ツキがないのね・・・・・。》
なんだか可笑しくなってきて、死ぬ間際だというのに笑ってしまう。
そして頭を落とされても、しばらくは生きているのだなと、なんだか新鮮な体験のように思っていた。
しかし死はすぐそこまで来ていて、視界がだんだんとぼやけていく。
まるで靄がかかったように、海の景色が歪んでいく。
するとまた海の中に何かが落ちてきた。
それは首を斬られた、二人の悪魔の身体だった。そして一瞬遅れて、頭が二つ落ちてきた。
・・・・・ガブリエル・・・・・ラファエル・・・・・・。
ダフネは切なく、そして泣きそうな声で呟く。
やがて視界が黒く染まり出し、完全に命が消えようとする。
そして最後に、また何かが降って来るのを見た。
それは五体がバラバラに引き裂かれた死神と、両断された三つ目の馬。
そしてグニャリとへし曲げられた、刃の欠けた鎌だった・・・・・。
ダフネは消えゆく意識の中で、大魔王の笑い声を聴いていた。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第五十二話 魔性の星(4)

  • 2015.06.11 Thursday
  • 13:05
JUGEMテーマ:自作小説
ウリエルの命を武器にした、四大天使最大の攻撃。
それを受けても、黄金の龍はまったくダメージを受けていなかった。
ミカエルはギリギリと歯を食いしばり、悔しそうに顔をゆがめた。
「・・・お・・・おのれ・・・・毬藻の化け物め・・・。ウリエルが命を散らしたというのに、それでも足りぬのか!」
同胞を失ってまで仕掛けた攻撃が、ほとんど意味を成さない。
これではウリエルが無駄死にではないかと思うと、激しい怒りが湧いてきた。
「・・・まだだ・・・・まだ負けたわけではない・・・・。」
そう言って海を睨み、海面に浮かぶガブリエルとラファエルを見つめた。
二人は酷い火傷を負っていて、顔も翼も無残なほど爛れている。
ミカエルはそんな二人を見つめながら、「隠れていないで、お前たちも戦え!」と叫んだ。
「海の中に隠れているのは分かっている!ウリエルが命を散らしたというのに、お前たちはただ隠れるだけか!それが月の者たちのやり方か!?」
空気を震わすほど激しい怒号が響き、ミカエルの怒りは炎となって身体から噴き出す。
ダフネは「ミカエルの言うとおりだわ」と頷き、横にいるケンを振り向いた。
「ケン、ガブリエルとラファエルを助けてあげて。みんなで力を合わせなきゃ、あの毬藻は倒せない。」
「分かった。俺に任せい。」
ダフネとケンはイチジクから飛び出し、海の外へと舞い上がる。
アメルも「私も行くわ」と後を追い、ハトホルやべスもそれに続こうとした。
「エジプトの神々だって戦えるってこと、こういう場面でこそ見せなくちゃ!」
「儂もそう思う。」
そう言ってイチジクの外へ出て行こうとすると、「やめとけ」とルーが止めた。
「何よチビッ子!私たちじゃ役に立たないって言う気?」
「儂も怒るぞ。」
「そうじゃない。今出て行くのは得策じゃないって言ってんだ。」
「なんでよ?今出て行かないで、いったいいつ出て行くってのよ?」
「儂もそう思う。」
「あのなあ・・・どいつも頭に血が昇って気づいてないみたいだけど、デカイ悪魔の気配が迫ってるのを感じるんだよ。それも桁外れにデカイ気配だ。黄龍なんか目じゃないぞ。それくらいとんでもない悪魔がやって来る。」
「黄龍なんか目じゃないくらい?そんな悪魔っていったら・・・・、」
ハトホルは不安そうに呟き、その先を口をするのを躊躇った。
するとトートが「ルシファーかサタンだな」と答えた。
「私も感じるぞ・・・・・。ここまで大きな気配は、あの二人のどちらかしか考えられない。
しかも真っ直ぐこちらに向かっている。」
「ああ、その通りさ。だからアンタらが出ていったら、天使や妖精ともどもぶっ殺されるだけだ。ここで大人しく隠れてりゃ、どうにかやり過ごせるかもしれない。それでも出て行くか?」
そう尋ねると、ハトホルとべスは顔を見合わせ、ブルブルと首を振った。
「冗談じゃないわ。あんな化け物を相手にするなんて。」
「儂も同感。」
二人はエジプトにいる時、近くでルシファーとサタンを見ていた。
光のピラミッドに隠れながら、その強大な力を肌で感じていた。
「なんでアイツらがまた・・・・・。」
ハトホルはブルリと震え、自分の腕をさすった。
ルーは「あの毬藻のせいだろ」と答え、空に浮かぶ黄金の龍を睨んだ。
「あの毬藻、きっとルシファーの仲間なんだと思うぜ。」
「じゃあアイツがルシファーかサタンを呼んだってこと?」
「だろうな。どういう繋がりがあるのか知らないけど、悪魔の大将と仲良しらしい。でなきゃ奴らがわざわざ出向いて来るとは思えねえ。」
そう言ってイチジクの中で寝そべり、腕枕をした。
「ちょっとアンタ。元は戦いの神様なんでしょ?だったら戦わないの?」
「こんな姿じゃあなあ・・・・。戦うも何も、あっさりと殺されて終わりだ。なんたって相手は悪魔の大将なんだから。」
「ビビってるの、もしかして?」
「いいや、怖くはないさ。ただ戦いが楽しめないのが嫌なだけだ。せめて元の姿に戻れりゃなあ。」
「じゃあ天使たちに頼めば?彼らなら出来るでしょ。」
「無理だよ。アイツらは俺のこと嫌ってるからな。また争いを呼ぶだけだとか何とか言って、元に戻す気なんかねえよ。」
「そんなの頼んでみないと分からないじゃない。」
「分かるさ。だって俺を元に戻すって約束をしてたんだ。でもほら、俺はこの通りさ。それに本当に俺に頼るつもりなら、とっくに元に戻してる。だからいくら頼んでも無駄さ。俺の力を借りるくらいなら、全滅した方がマシなんだろうぜ。」
「アンタ・・・・よっぽど嫌われてるのね。」
「まあな。」
ルーはケラケラと笑い、腕枕をしたまま眠ってしまった。
「自由な奴ねえ、ほんとに。」
ハトホルは呆れながら言って、「これからどうする?」とトートに尋ねた。
「もし本当にルシファーたちが来るなら、私たちに勝ち目なんてないよ。」
「分かっておる。ここはルーの言うとおり、大人しくしていた方が賢明だろう。」
「だね。天使や妖精を見殺しにするみたいで悪いけど、相手が相手だもん。」
「儂もそう思う。」
「・・・生きていれば、いずれまた勝機は巡ってくるであろう。今はただ・・・・息を殺して生き延びるのみだ。」
トートは書物を開き、ブツブツと呟きながら魔法を唱えた。
するとイチジクの木は周りの景色に同化して、誰の目にも見えなくなった。
「いつか・・・・いつか必ず反撃の時は訪れる。その時まで、皆で耐え凌ぐのだ。」
トートが切ない目で言うと、ハトホルとべスも頷いた。
エジプトの神々は、いつか来るべきチャンスに備えて、海に隠れることにした。
そして・・・・天使とダフネたちは、黄金の龍に戦いを挑んでいた。
ケンの魔法でガブリエルとラファエルは復活し、稲妻にやられた怒りをぶつけていた。
二人は見事な連携で龍を翻弄し、爪も牙もかわしていく。
そして龍が稲妻を撃ちそうになると、角に目がけて攻撃を仕掛けた。
ガブリエルのレーザーが、そしてラファエルの矢が、稲妻の溜まった角を撃ち抜いていく。
ほとんどダメージにはならないが、それでも溜まった稲妻を掻き消すことくらいは出来る。
二人は龍を翻弄し続け、ミカエルたちが攻撃するチャンスを作ろうとしていた。
しかし怒った龍が雄叫びを上げて、ユラユラとたてがみを揺らした。
すると弾丸のような突風が吹きぬけて、ガブリエルがバランスを崩した。
「うう・・・・ッ!」
そこへ龍の大きな手が伸びてきて、がっしりと掴まれてしまう。
そしてメキメキと締め上げられて、「あああああああ!」と叫びを上げた。
「クソ!」
ラファエルは矢を構えて、龍の腕を撃ち抜こうとした。
しかし大きな尻尾に叩きつけられ、そのまま蛇のように巻きつかれてしまった。
「ぬううおおおおお!!」
二人の天使は龍に捕えられ、身体がバラバラになりそうなほどの力で締め上げられる。
するとそこへアメルが飛んできて、「いい加減にしなさい!」とビンタをかました。
大きな音が響いて、龍の横っ面がへこむ。そしてヨダレを吐きながら「グウウウ・・・」と唸った。
「まだまだ!」
アメルは腕まくりをして、「えいや!」と力を溜めた。
二の腕に力こぶが出来て、まるでボディビルダーのようにムキムキになっていく。
皮膚に血管が浮かび上がり、ドクンドクンと脈打った。
「月までぶっ飛びなさい!!」
そう叫んで思い切りビンタをすると、激しい爆音が響いた。
龍の横っ面は大きくへこみ、牙が折れて飛んで行く。
そして血とヨダレを吐き出して、「ギュウウウウ・・・」と情けない声を出した。
「もう一発!!」
「ギュウウウウ!!」
また牙が折れ、今度は鼻血も吹き出して、白い泡を吹いていた。
しかしそれでもガブリエルとラファエルを離そうとしないので、「しつこいわね」と怒った。
「もうビンタじゃすまさないわ!聞きわけのない子には、鉄拳制裁あるのみよ!どおおりゃああああああ!!」
アメルは拳を握り、さらに腕を太くする。
そして渾身の右アッパーを放つと、ガゴン!と音がして、龍の顎が外れた。
「グッ!・・・・ゴゴゴ・・・・・・、」
「どう!まだ足りない!?」
そう言ってもう一度拳を振り上げると、龍は髭を伸ばしてアメルを巻きつけた。
「何よ!こんなもん!!」
アメルはガシっと髭を掴み、「でいやあああああ・・・・」と力任せに引き千切ってしまう。
しかしその瞬間、背中から腹にかけて、鋭い痛みが走った。
「あ・・・・・・・、」
腹を見てみると、そこにはもう一本の髭が突き刺さっていた。
身体を貫通し、ポタポタと血が流れている。
「あ・・ああ・・・・・・、」
アメルは腹に刺さった髭を掴み、それを引き抜こうとした。
しかし「う・・・」と口を押さえ、血を吐き出した。
「アメル!」
それを見たケンが、「今助ける!」と向かって行く。
しかしダフネに腕を掴まれ、「ダメよ!」と止められた。
「今ここを離れちゃダメ!アンタの力も必要なんだから!」
「何言うとんねん!アメルが死んでまうやないか!!」
「そんなの分かってるわよ!!だからアメルを助ける為に離れちゃダメって言ってるの!!ここで行ったら、アンタもやられるだけよ!いいから私の言うことを聞いて!!」
「・・・・・・クソが!!」
ケンは悔しそうに叫び、自分の手に拳を打ちつけた。
「あなた・・・・・。」
アメルは手を伸ばし、「早くこの怪物を・・・・」と言った。
「こいつを倒さないと・・・・・あなたもダフネも・・・・・、」
「アメル・・・・・。」
妻が苦しむ姿を見て、ケンは思わず目を逸らす。
そしてダフネの元に戻り、「まだか!?まだいけへんのか!!」と尋ねた。
「もうちょっと・・・・もうちょっとだけ待って。」
ダフネは巨大な影の怪物を呼び出し、その頭の上に立っていた。
そしてその影の中にはミカエルが吸い込まれていて、目を閉じて絶命していた。
「ミカエルが自分の命を武器にしてくれるの。失敗なんて出来ないわ。」
そう言って自分も影の中に吸い込まれ、ミカエルの肩に触れた。
「今からこの怪物を大きくして、一口であの龍を飲み込むわ。だけどその為には力がいる。だからミカエルの命を炎に変えて、コイツをもっともっと巨大な化け物に変化させる。ケン・・・・あなたは私が指示したとおり、この怪物が龍を飲み込んだから、一緒に中に飲み込まれてちょうだい。そしてアメルやガブリエル、それにラファエルを助けるの。きっとみんな大きなダメージを負うだろうから、すぐに治癒の魔法をかけてあげて。」
ダフネは真剣な目でそう言って、サラサラと溶けて影と同化していった。
それと同時に、ミカエルの身体が激しく燃え上がる。
影の怪物はその炎に焼かれ、苦しみの声を上げた。
しかしその炎はしばらく燃えたあと、やがて胸のあたりに収束し始め、最後には魂のように丸い炎となった。
影の怪物は炎の魂を得て、それをエネルギーにどんどん巨大化していく。
そして龍の十倍もの大きさになったところで、巨大化を止めた。
「ミカエル・・・・あんだけ険悪な仲になってたけど、最後の最後は自分の命を武器にしてまで、悪魔を倒そうとしとる。俺らは違う種族やけど、あんたら天使の正義・・・・・感服するわ。」
自らを犠牲にしてまで悪魔を倒そうとするその心意気に、ケンは素直に賛辞を送った。
すると「いやあ!!」とアメルの叫びが響いて、すぐに後ろを振り返った。
アメルは髭に刺されたまま、龍の口に飲み込まれようとしていた。
必死に抵抗しているが、刺さった髭のせいで血を流し過ぎて、力が入らないでいる。
「アメルううううう!!」
ケンはすぐに妻の元に行き、「すぐ助けたるからな!」と叫んだ。
そして回復の魔法をかけようとした時、鬼の形相でアメルにビンタをされた。
「がは・・・・ッ。」
ケンは遠くへ吹き飛び、影の怪物にぶつかる。
そして頬を押さえながら、「アメル・・・何をすんねん!?」と叫んだ。
「あ・・・あなたは・・・・死んじゃダメ・・・・やることがあるでしょ・・・・。」
そう言って微笑むアメルの胸には、もう一本の髭が突き刺さっていた。
もしアメルの近くにいたら、ケンがその髭に刺されるところだった。
アメルはそれを防ぐ為に、鬼の形相でケンを叩き飛ばしたのだ。
「私は・・・・もうダメ・・・・。だから後のことは・・・・、」
アメルは血を流しながら、じっとケンを見つめる。
そしてゆっくり龍の口の中へ運ばれていった。
「アメル!!」
「ケン・・・・ダナエを・・・・月のみんなを・・・・頼んだわよ・・・。あなたは・・・・月の王様なんだから・・・・、」
「何言うてんねん!お前かて月の女王やろうが!!諦めるな!!」
「・・・ごめんなさい・・・私はもう・・・・。」
アメルはじょじょに口の中へ消えていく。そして涙を一筋流して、最後にこう言った。
「ビンタ・・・・ばかりで・・・ごめんなさい・・・・。でも誤解しないでね・・・・私は・・・・今でも・・・あなたの事を・・・・愛してる・・・昔と変わらずに・・・・、」
そう言って小さく笑い、龍の口に飲み込まれてしまった。
「あ・・・ああ・・・・アメルううううううう!!」
ケンは手を伸ばして叫び、「うおおおおおお!」と頭を抱えた。
「なんでや!?なんでアメルが死ななあかんねん!!こんなんおかしいやないか!!うおおおおおおおお!!」
激しい悲しみは怒りに変わり、黄金の龍を睨みつける。そして「俺もお前のとこに行くぞ!」と、怒りに任せて飛びかかろうとした。
しかしその瞬間、影の怪物がゆっくりと動き出した。
大きな口を開け、長い舌を伸ばして、グルグルと龍を巻きつけた。
「グオオオオオオオ!」
龍は必死に抵抗し、巨大な稲妻を乱発する。しかし影の怪物は稲妻に焼かれながらも、力任せに龍を引き寄せた。
長い舌がグングンと口の中に吸い込まれ、龍を飲み込もうとする。
「負けるな!そのまま飲み込め!一口で食らってまえ!!」
ケンは拳を握って叫ぶ。アメルを失った悲しみが、怒りと憎しみにの叫びに変わる。
龍は稲妻を放ち、炎を吐き、突風を起こして抵抗する。
しかしそれでも影の怪物は倒れない。ミカエルの魂とダフネの魔力が、決して龍を逃すまいと舌で締め上げる。
そしてそのまま口の中まで引きずりこんで、一口で飲み込んでしまった。
「うおおおお!!やった!やったでえ!!」
ケンはガッツポーズをして喜ぶ。そしてすぐに影の怪物の口の中へ飛び込んでいった。
「アメル・・・・お前を食べた怪物は倒したで・・・・。でも、俺はダナエに何て言うたらええねん・・・。」
アメルが死んだなどと知ったら、いったいどれほどダナエが悲しむか?
それと同時に、いったいどれほど激しい怒りに襲われるか?
あの子は優しさと激しさを兼ね備えていて、その両方の感情に苦しめられることになる。
それを思うと、とてもではないがダナエの気持ちになることは出来なかった。
「俺は最悪や・・・・。一番大切な者を守れんと、こうして生き延びるなんて・・・・。でも諦めへんぞ!こんだけ犠牲が出てんねや!最後まで戦うで。」
涙を拭い、影の怪物の中を進んで行く。辺りは真っ暗で、見渡す限りが夜のようである。
しかしミカエルの魂が燃える場所だけ、唯一明るく輝いていた。
その彼の魂の近くでは、黄金の龍が苦しんでいた。
激しく喘ぎながら、暗い闇に蝕まれて悶えていた。
鱗は剥がれ、肉は削げ、骨が見えているところもある。
いくら憎い敵とはいえ、ケンはこういう光景は苦手だった。
しかし目を逸らしてはいられない。ガブリエルとラファエルを助ける為に、黄金の龍へと近づいて行った。
「おい!しっかりせえ!」
ガブリエルは、龍の手に掴まれたまま気を失っている。ケンはすぐに回復の魔法をかけた。
するとどうにか目を覚ましたものの、身体にはまだ爪が喰い込んでいた。
ケンは「攻撃用の魔法は苦手なんやけどな・・・」と言いながら、巨大なクワガタの精霊を呼び出して、龍の指を切断しようとした。
「硬い鱗が落ちてるさかい、いけると思うんやけど・・・。」
呼び出したクワガタの精霊は、大きな顎でもって指を断ち切ろうとする。
そしてどうにか切断することが出来て、ガブリエルは解放された。
「酷い怪我や。すぐに治したるからな。」
そう言って再び回復の魔法をかけると、ガブリエルはようやく力を取り戻した。
「妖精王ケン・・・・助かりました。礼を言います。」
ガブリエルはそう言って、闇に食われて果てていく龍を見つめた。
「ミカエル・・・・あなたの犠牲に感謝します。この悪しき魔物、苦しみの果てに地獄へ堕ちることでしょう。」
「そやな。でもまだラファエルが残っとる。早よ助けに行かんと。」
二人は龍の尻尾の先まで向かい、ぐったりと項垂れるラファエルに駆け寄った。
「おい!生きてるか!?」
そう尋ねると、ゆっくりと顔を上げながら「なんとかね・・・・」と笑った。
「よかった・・・・。すぐに助けたるからな。」
ケンはもう一度クワガタの精霊を呼び出し、骨だけとなった龍の尻尾を切断した。
ラファエルはよろめきながら、「助かった・・・」と息をついた。
そしてケンに魔法をかけてもらい、どうにか力を取り戻した。
「ありがとうケン。君たちの協力のおかげで、どうにか勝つことが出来たよ。」
「いや、ミカエルが命を懸けてくれたおかげや。そうでなかったら今頃は・・・・、」
そう言いかけて、ケンはヨロヨロとよろめいた。
「大丈夫かい?」
ラファエルが咄嗟に受け止めると、ケンは「ちと魔法を使いすぎたな・・・」と苦笑いした。
「ケン、君も奥さんを失ったんんだろう。辛いだろうによく戦ってくれた。」
「・・・・アメルは・・・戦って死んだんや・・・。ミカエルと同じように・・・・。だから・・・・絶対に・・・無駄死にちゃうで・・・・。」
「もちろんだよ。天使も妖精も、とても大きな犠牲を払ってしまった。辛い限りだよ。」
ラファエルは労わるような眼差しで見つめ、ふわりと舞い上がった。
「とにかくここから出よう。長居したら僕たちまで闇に浸食される。」
そう言って影の怪物の口まで舞い上がり、ふと下を振り返った。
黄金の龍は闇に浸食されて、美しい輝きを失いつつあった。
まるでゾンビのように、とても醜い姿で悶え苦しんでいる。
その姿を見つめながら、ケンはぼそりと呟いた。
「もうじき死ぬな・・・・。とんでもない敵と出くわしてもたもんや。後はダフネに任せるしかない。」
悶える龍を見つめながら、アメルの犠牲が無駄ではなかったと、何度も自分に言い聞かせる。
そうしないと、あまりの悲しみに、胸が押し潰されてしまいそうだった。
ケンたちは影の怪物の口を通り、青い空へと出た。
あの龍はダフネが生み出した怪物の中で、時間と共に朽ちていくだろう。
しかしまだ戦いは終わらない。もっともっと強い敵が、この地球には残っているのだから。
「あの龍を消化したら、ダフネも元に戻るやろ。それまで少し休んどこうや。」
「そうだね。今はまともに戦える状況じゃない。エジプトの神々の魔法なら、敵に見つからずに休めるはずさ。」
二人はニコリと笑い合い、無理矢理笑顔を作ることで、大切な者を亡くした悲しみを誤魔化そうとした。
しかし突然ガブリエルが「まだです!」と叫んだ。
「とてつもなく恐ろしい悪魔が迫っている・・・・。この気配は・・・・・、」
ガブリエルの慌てように、二人も辺りの気配を探ってみる。
すると黄金の龍とは比較にならないほどの巨大な気配が、すぐそこまで迫っているのに気づいた。
「な・・・・なんやこの気配は・・・・・。これは・・・サタンか?」
一度サタンに襲われたことのあるケンは、ガタガタと震えながら呟いた。
するとラファエルは「いや・・・サタンじゃない」と答えた。
「この気配はルシファーだよ・・・・。もう逃げられない所まで迫っている。」
「そ・・・そんな・・・・。せっかくあの龍を倒したのに・・・・。」
もしここで全滅してしまったら、多くの犠牲を払った勝利が無駄になってしまう。
ケンは悔しそうに歯を食いしばり、「どうにか出来へんのか!?」と叫んだ。
「俺らここで死ぬっていうんか!?せっかく勝ったのに、また犠牲を払わなあかんのか・・・・。」
「いいえ、犠牲を払って勝てるならまだいい・・・。おそらく私たちは全滅でしょう。」
ガブリエルは冷静な声で答え、「だからこそ神器を渡せと言ったのです」と続けた。
「こういう事態があるから、我々はあの神器を求めたのですよ。妖精よりも戦いに長けた天使なら、あの神器を上手く活かせたのです。使いこなすのは無理にしても、ルシファーたちに脅しをかけるくらいなら出来た。それだけでも充分に力を発揮してくれたはずです。」
「・・・・・・・・・・。」
「しかしもう遅い。敵はそこまで迫っています。今さらあなたを責めたことろで何も変わりませんが・・・・ダナエに神器を持ち去らせたのは、大きな判断ミスです。そのミスが、天使も妖精も全滅の危機へ誘おうとしている。後はただ死を待つのみです。」
「・・・うう・・・・ああ・・・・おおああああああ!!」
ケンは鬼のように顔をしかめ、唇から血が出るほど歯を食いしばった。
正しいと思った自分の行動が、こんな所で裏目に出るとは思わなかった。
するとラファエルが「君は生き残るべきだ」と言った。
「ここで死ぬ必要はない。万が一のチャンスに賭けて、とにかく生き残るんだ。」
そう言って海の傍へ降りて行き、「ケンをかくまってくれ!」と叫んだ。
「エジプトの神々よ!海の中に隠れているんだろう?ならケンも一緒にかくまってやってくれ!」
ラファエルは悲痛な声で叫ぶ。すると海面からトートが顔を出して、クイクイと手を動かした。
ラファエルはトートにケンを預け、「妖精王を頼んだよ」と舞い上がって行った。
「おい!アンタらはどうすんねん!?一緒に隠れたらええやないか!」
「いや、そういうわけにはいかないよ。これから悪魔の総大将がやって来るっていうのに、隠れているわけにはいかない。」
「でも勝てへんのやろ!ほな一緒に・・・・、」
「何度も言ってるけど、悪魔と戦うのが天使の役目さ。そうでなければ、僕たちは自分の正義に背を向けることになる。天使にとって、それだけはあってはいけないんことなんだ。君たち妖精には分からないだろうけどね。」
ラファエルはそう言い残し、ガブリエルの隣へ舞い上がる。
そして東の空を睨み、武器を構えた。
「なんでやねん・・・そうまでして戦うもんなんか・・・。」
ケンには分からなかった。いかに正義の為とはいえ、勝ち目のない戦いで命を捨てるなど・・・・。
「・・・・あかん!俺だけ隠れられへん!まだダフネが残って・・・・、」
そう言いかけた時、トートはケンを海の中へ引きずりこんだ。
「おい待てって!まだダフネが・・・・・・、ぐぼぼ・・・・・。」
ケンが言い終える前に、トートはさっさと海の中へ隠れてしまう。
そしてイチジクの中に身を隠し、誰の目にも見えないように消えてしまった。
「さて、妖精王は彼らに任せるとして、君はどうするんだい?」
ラファエルは後ろを振り返って尋ねる。
すると影の怪物の中から、ダフネがひょっこりと顔を覗かせた。
「私も戦うわ。ていうか、戦わざるをえない。だっての龍、まだ私の中で生きてるのよ。もうボロボロのはずなのに、ちっともくたばろうとしない。けっこうしぶとい奴よ。」
「そうか。ならなんとしてもアイツを消し去ってくれ。そうでないと、ウリエルとミカエルが命を懸けた意味がないからね。」
「分かってる。すぐに消化して、私も一緒に戦うわ。」
そう言って影の中に戻り、まだ死のうとしない龍を完全に消し去ろうとした。
そしてそれと同時に、東の空から大きな悪魔が迫って来た。
メタトロンの一回りはあろうかというほどの巨体で、真っ直ぐにこちらに向かって来る。
ガブリエルとラファエルは武器を構え、迫り来るその悪魔を睨みつけた。
「来たなルシファー。僕たち天使の宿敵、永遠に消えることのない、深い罪を背負った堕天使め。」
「皮肉なものですね。かつては彼こそが天使の頂点に立ち、私たちを導く存在だった。最も神に近い位置にいながら、最後まで神の意志に背いた許されざる者です。たとえここで命を散らそうとも、一矢報いようではありませんか。」
二人は翼を広げ、己の命を力に変えて行く。
眩い光が身体を包み、命と引き換えにほんの僅かな時間だけ何十倍も力が増して行く。
ラファエルもガブリエルも、身を包む服と鎧が消え去り、身体全体が発行体と化す。
今の二人は、まさに光そのものだった。
口も鼻も、そして耳さえも消え、目だけが残って釣り上がって行く。
翼は大きく伸び、羽の一枚一枚が剣のように鋭くなる。
そして・・・・迫り来るルシファーに向かって、一筋の閃光となって駆けていった。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第五十一話 魔性の星(3)

  • 2015.06.10 Wednesday
  • 12:25
JUGEMテーマ:自作小説
ダナエはたちは月に向かった。
そしてメタトロンと共に、月の魔力の核心へ迫ろうとしていた。
その頃、日本から西へ離れた海の上では、激しい戦いが繰り広げられていた。
ダフネと四大天使が、毬藻の兵器と戦闘になっていたのだ。
毬藻の兵器は藻を紡いで触手のように伸ばし、四大天使を絡め取っていた。
そしてアメルとケンも触手に掴まり、エジプトの神々は海に叩き落とされてしまった。
無事なのはダフネだけで、どうにかして皆を助けようと奮闘していた。
「なんなのよコイツは・・・。攻撃しても全部吸収しちゃうし、どうやって戦えばいいの?」
毬藻にはどんな攻撃も通じなかった。
ミカエルの炎、ガブリエルの水、ラファエルの風、ウリエルの土、どんな攻撃も吸収してしまって、その度に大きくなっていった。
またケンとアメルの魔法も効かず、ダメージを与える方法がまったく分からなかった。
「傷つける方法が分からないんじゃ、倒しようがない・・・。こっちはどんどん消耗していくだけだわ。」
ダフネは魔法を唱え、自分の背後に大きな影を呼び出した。
その影は巨人のように大きく、雄叫びを上げて毬藻に襲いかかっていく。
「とにかくみんなを助けないと。私の分身よ!アイツの動きを止めてちょうだい!」
ダフネが呼び出した影は、かつて世界を食らい尽そうとした怨霊だった。
影の怪物は大きな口を開け、長い舌を伸ばして毬藻を巻き取る。
しかし毬藻も負けてはいない。触手を伸ばして影の怪物を絡め取った。
両者の間で綱引きが起こり、激しい力比べが始まる。
ダフネはその隙に触手の隙間を掻い潜り、アメルの元へと舞い降りた。
「アメル!しっかりして!!」
「ダフネ・・・・。」
触手に捕まったアメルは、酷く弱っていた。
身体から力を吸われ、もう魔法を唱えることも出来ない。
「なんて奴・・・。この毬藻、相手のエネルギーも吸い取るっていうの?」
ダフネはすぐに魔法を唱え、風の精霊を呼び出した。
すると鷲の姿をした精霊が現れて、アメルを絡め取る触手を切断しようとした。
しかし毬藻にはそんな攻撃は効かない。鷲の精霊ごと触手で巻き取り、吸収してしまった。
「駄目だわ・・・。コイツには魔法の類は効かないみたいね。」
ダフネは悔しそうに唇を噛み、「ううううう!」と触手を引き千切ろうとした。
しかしダフネの腕力ではビクともしない。それどころか、自分まで触手に絡まれてしまった。
「あ・・・しまった!」
叫んだ時にはすでに遅く、手足と首をグルグルに巻かれてしまう。
「ぐッ・・・・・苦しい・・・・、」
「ダフネ!」
アメルはどうにか手を伸ばして助けようとする。
しかし力が入らず、がっくりと項垂れてしまった。
「だ・・・誰か・・・・ダフネが・・・・、」
助けを求めようと周りを見渡すも、誰もが毬藻に苦しめられていた。
ケンは青い顔でグッタリとしていて、四大天使も襲いかかる触手に苦戦している。
エジプトの神々はまだ海の中に沈んでいて、もう絶体絶命かと諦めかけた。
「この毬藻・・・強すぎるわ・・・。火も水も、それに風も土も効かない・・・・。それに妖精の魔法じゃビクともしないし・・・これじゃまるで・・・・、」
アメルは絶望しきったように呟く。これではまるで、黄龍や燭龍のように、名だたる神獣と同等の強さだった。
森羅万象を司る龍神たちは、火や水、それに風や土といった自然の力は通用しない。
なぜなら自分自身が自然の力から成り立っているので、そういう力はまったくダメージにならないのだ。
「これじゃまるで・・・・黄龍や燭龍と戦っているようなものだわ・・・・。私たちじゃ勝ち目がない・・・・・。」
何気なくそう呟いた言葉は、四大天使の耳にも届いた。
四人の天使は顔を見合わせ、何かを通じ合わせるように頷いた。
「たかが毬藻に、いつまでも苦戦するわけにはいかない!」
ミカエルは炎を使って攻撃するのをやめ、その身から眩い光を放った。
その光を槍に纏わせ、思い切り振り下ろす。
するとどんな攻撃も通用しなかった毬藻の触手が、あっさりと斬り落とされた。
「やはりか!」
ミカエルは触手から抜け出し、他の天使を絡める触手も斬り払っていった。
「皆の者!この毬藻に火や水は厳禁だ!己の力に変えるだけだぞ!」
そう叫ぶと、ガブリエルが「そのようですね」と頷いた。
「この毬藻、どうやら神獣と似た性質を持っているようです。ならば・・・・・・!!」
ガブリエルは杖の先に光を集め、まるでレーザーのように撃ち出した。
毬藻はそのレーザーに焼かれて、痛そうに触手を動かす。
「やはり・・・・。この毬藻、森羅万象の自然の力は通用しませんが、天使の持つ光ならダメージを与えることが可能なようです。」
「うむ。威力は劣るが仕方あるまい。それぞれの属性での攻撃は控えて、天使の光で戦うのだ!」
ミカエルの号令と共に、四人の天使は一斉に攻撃に転じる。
ミカエルの槍が毬藻を貫き、ガブリエルの杖からレーザーが放たれ、ラファエルの光の矢が触手を撃ち落としていった。
そして・・・・ウリエルは怒りに燃えながら、剣を頭上に掲げた。
刃に眩いばかりの光が集まり、輝く剣となって、高く伸びて行く。
「毬藻の分際で、我ら四大天使を苦しめるとは許しがたし!!我が剣にて断罪してくれる!!」
そう叫んで剣を振り下ろすと、巨大な光の刃が毬藻を一刀両断した。
「やったぞ!真っ二つになりやがった!!」
ウリエルはもう一度剣を構え、さらに斬りつけようとする。
しかし毬藻は細かい藻を無数に伸ばして、すぐに元通りにくっついてしまった。
「再生能力もあるのか・・・・。これではいくら斬っても意味がない。」
ウリエルは苛立たしそうに口元を歪め、それでも剣を振り下ろした。
毬藻はまた一刀両断されるが、すぐに再生してしまう。
「コイツを倒すには、一瞬で全てを消滅させるか、あるいは呪術のようなもので命を絶つしかない。」
ウリエルの言葉に、他の三人も頷く。
しかしそれほどまでに強力な攻撃を仕掛けようとすると、どうしてもそれぞれの属性の力が必要だった。
ミカエルは困ったように眉を寄せ、毬藻を睨む。
「下手に炎や水で攻撃すれば、また吸収されるだけだ。しかしだからといって、このままでは埒が明かん。誰か強力な呪術でも使える者がいれば・・・・、」
そう言いかけた時、ダフネの呼び出した影の怪物が、叫び声を上げた。
全身に触手を巻かれて、まるでボンレスハムのようにギュウギュウに締めつけられていたのだ。
そしてバラバラに引き裂かれ、塵となって消えてしまった。
「パワーもあるようだな。下手に刺激すれば、どんな攻撃が飛び出してくるか分からない。いったいどうすれば・・・。」
ミカエルは毬藻を睨みながら、何か良い方法はないかと考える。
すると「助けて!」と声が響いて、そちらに目を向けた。
「ダフネとケンが死んじゃう!早く助けて・・・・。」
「いかん!すぐに行くぞ!」
アメルの叫びを聞いて、ミカエルはダフネとケンを触手から救い出す。
二人とも力を吸われて、ぐったりと気を失っていた。
「ガブリエル!治癒の水を!」
そう叫ぶと、ガブリエルは「無理です」と答えた。
「私の水は怪我や毒を癒すことは出来ますが、失くした力を取り戻すことは出来ません。」
「むう・・・・そうだったな。ではウリエルの土ならどうだ?」
「出来ないことはないが、気が進まんな。」
「なぜだ?早くしないと死んでしまうぞ?」
「いいではないか、死んでも。どの道これは戦いなのだし、犠牲は付き物だろう?」
「それはそうだが、助けられる者を見殺しにするというのか?」
「死んでくれた方がありがたいと言っているのだ。そのダフネとやら、妙に知恵が回るし、口も上手い。神器の事で対立した時、厄介なことになるぞ。助けるメリットがどこにある?」
「む、むう・・・・・。」
ミカエルは言葉を失くし、手に乗せたダフネとケンを見つめる。
するとガブリエルまで、「そういう選択肢もあるかもしれません」と頷いた。
「ガブリエルまで・・・・、」
「私はウリエルほど辛辣な言い方はしませんよ。ですが助けるメリットがない事には同意です。まあ・・・・判断はお任せします。命令とあれば、私たちはミカエルに従うだけです。」
そう言ってウリエルを振り向くと、「命令ならばな」と頷いた。
「・・・・・・・・・・・。」
ミカエルは黙ったままダフネとケンを見つめる。
すると触手が再び襲いかかって来て、ラファエルが咄嗟に撃ち落とした。
「みんな、言い争っている場合じゃないよ。早くコイツをどうにかしないと。」
そう言って次々に光の矢を放ち、迫り来る触手を見事に迎撃していた。
ミカエルはまだ迷っていた。ガブリエルたちの言うことも分かるが、助かる者を見殺しにするのは抵抗があった。
するとそこへアメルの声が響いた。
「お願い!二人を助けて!」
アメルの声は、胸を裂くほど悲痛に満ちていた。
するとウリエルが、アメルを触手から救い出して、自分の手に乗せた。
「妖精の女王よ。同胞を助けたいというのなら、交換条件を飲んでもらえまいか?」
「条件・・・・?そんなことより早く二人を・・・・、」
「ならば神器を渡すと約束してもらおう。月の女王が約束したとあれば、ダフネもケンも無碍には出来まい?」
「そ・・・そんな・・・・。卑怯よ!こんな場面でそういう取り引きを持ちかけるなんて!!」
「卑怯ではない。あの神器は妖精には危険過ぎる代物だ。納得出来ないというのなら、お前たちを助ける義理はない。」
「な・・・・何を言うのよ・・・・。エジプトを飛び立つ時、一緒に戦うと約束したじゃない・・・・。」
アメルは泣きそうな顔で訴えるが、ウリエルは意に介さない。厳しい目で睨むだけであった。
天使には天使の正義が、妖精には妖精の想いがあり、その二つが交わることはないのかと、アメルは胸が引き裂かれる思いだった。
「・・・・・分かった。神器は渡すように、私から説得する。だから二人を助けて・・・・。」
そう言って、「お願いだから・・・」と顔を覆った。
もし・・・もし自分がケンほど回復の魔法が得意なら、すぐにでも治してあげたかった。
天使の交換条件など飲まずとも、自分の力で・・・・。
しかしアメルは優しい性格とは裏腹に、治癒系の魔法は苦手としていた。
だから二人を助ける為に、涙を飲んで頷くしかなかった。
ウリエルは「約束を忘れるなよ」と釘を刺し、ミカエルの手に横たわる二人を見つめた。
そして土の魔法を使って回復させようとした時、ダフネの胸元からルーが出て来た。
「あ〜あ・・・そんな約束しちゃって。ほんとにいいのか?」
そう言って宙に舞い、アメルの肩に降りた。
「あんたも戦場で戦おうってんなら、もっと腹を括りなよ。んな弱々しい考えしてっからつけ込まれるんだぜ?」
「あ・・・あなたは戦いの神様だからそう言えるのよ。でも妖精はそうじゃないわ。なんでもかんでも戦いで片づけられない!!」
「いいや、同じだね。そもそも妖精の起源は、俺たちケルトの神々なんだ。あんたらだって、どっかに戦う本能があるはずさ。」
ルーは肩を竦めながら、可笑しそうに言う。するとウリエルに摘ままれて、「あ?」と睨みつけた。
「戦いの神よ、お前が関わるとロクなことにならない。邪魔をしないでもらおうか?」
「俺は今この美人さんと話してんの。野郎なんかお呼びでないぞ。」
「黙れ!余計な事を吹き込むなと言っているんだ。この場で捻り潰されたいか?」
そうやって威圧すると、ルーは腹を抱えて笑った。
「ウリエル。俺とやろうっての?メタトロンだっててこずるような俺相手に、お前が喧嘩を売ると?」
ルーは険しい目でウリエルを睨みつける。その目は戦神の激しさを宿していて、妖精とは思えないほどの迫力を放っていた。
「もし俺が元の姿に戻ったら、お前らを遊び相手に選んだっていいんだぜ?こっちから天使の国へ乗り込んで行ってさ、滅茶苦茶に暴れたっていいわけ。」
そう言って馬鹿にしたような目で笑う。その挑発的な態度に、ウリエルの頭に血が昇った。
「妖精無勢があ!!」
怒りに任せて捻り潰そうとした時、ミカエルに腕を掴まれた。
「やめよ、安い挑発に乗るな。」
「しかし・・・・ッ!」
「もう何もせずともよい。治すことも、争うことも不要だ。」
そう言ってアメルの腕に、ダフネとケンを預けた。
「月の女王アメルよ。私は妖精王ケンにこう言った。我ら天使と妖精の間に、大きな溝が出来てしまったと。そしてその溝は、さらに深くなってしまったようだ。それもこれも、素直に神器を渡してくれれば起こらなかった事だ・・・・。」
ミカエルは目を閉じ、険しい顔で天を仰いだ。
「妖精相手に、実に大人げない行動の数々であった。非礼を詫びる。」
そう言ってアメルを見つめ、「共闘はする。しかし同盟関係は破棄だ」と言った。
「ダフネの説得で、我ら天使と妖精は同盟関係にあった。しかしあの神器だけは、どうしても譲ることが出来んのだ。ゆえに・・・・悪魔を討つ為の共闘はするが、もはや仲間ではない。」
「そんな・・・・・。」
アメルは途方に暮れ、深い悲しみに俯いた。
ミカエルはそんなアメルを見つめながら、彼女の肩に座るルーに視線を移した。
「早く二人を治してやれ。妖精になれば魔法が得意になるのだろう?」
「まあね。」
「・・・・貴様はこのような場面でも、争いを呼ぼうとしていたな。アメルを宥め、ウリエルを挑発し、天使と妖精の間に争いが起きればと企んでいたのだろう?」
「ああ、悪い?」
「・・・だから貴様のような者には関わりたくないのだ。」
そう言って舞い上がり、「アメルよ」と呼びかけた。
「そのルーという男、決して油断してはならんぞ。ただその場にいるだけで、いくらでも争いを呼ぼうとする。厄病神と呼ぶに相応しい男だ。」
そう忠告してから、毬藻を睨みつける。そして「こんな場所で、こんなわけの分からない化け物に負けるわけにはいかない」と目を険しくした。
「皆の者!四大天使の名誉にかけて、この毬藻を討つ!最悪は・・・・我らのうち、誰か一人の命を犠牲にしてもだ。」
その言葉にガブリエルたちは頷く。そして即座に、ミカエルが何を言いたいのかを理解した。
四人のうちの誰かを犠牲にしてでも勝つ。それは四大天使の命を使った、自爆技を解禁しろと言っているのだ。
毬藻は何本も触手を伸ばし、ミカエルたちを絡め取ろうとする。
しかし光を纏った武器に切り払われ、もはや触手では倒せないと判断した。
するとブルブルと巨体を震わせて、触手を天に向かって伸ばし始めた。
「何かするつもりだな・・・・。皆の者!これ以上余計な事をさせるな!最大の攻撃力で一気に叩きのめすぞ!」
ミカエルの怒号が響き、ガブリエル達は上下左右に飛び散って行く。
そしてそれぞれの武器を掲げると、四人の間に大きな光の十字架が現れた。
アメルはその隙に退散し、海の近くへと降りていく。
するとハトホルとべスが海面から顔を出して、「こっちこっち!」と手招きをした。
「あなた達!無事だったの?」
「当たり前でしょ。いいから早く海の中へ。」
ハトホルに促され、アメルは海の中へと潜って行く。
そこには海底から大きな木が生えていて、これまた大きなイチジクを実らせていた。
そのイチジクはリンゴ飴のように、半透明に透き通っていた。
ハトホルはアメルの手を取り、そのイチジクの中へと逃げ込んだ。
「ここなら安全よ。」
そう言って手を広げ、「貸して」とダフネとケンを抱きかかえた。
「凄く弱ってるわね。でも大丈夫、私の乳を飲めばすぐに元気になるわ。」
「ち・・・乳・・・?」
何を言っているのか分からず、アメルは顔をしかめる。すると「ハトホルの乳は、一口飲めば元気全快ですぞ」と誰かが言った。
「きゃ!あ・・・・あなたはトート?」
「驚かせて申し訳ない。ここはハトホルに任せてくだされ。」
トートは安心させるように笑いかけ、じっと海面を見上げた。
「あの毬藻・・・・どうも神獣の気配がするのだが・・・・まさか・・・・。」
ブツブツと一人で呟き、またせっせと書物に書きこんでいた。
アメルは「いったい何なの・・・?」と不安そうに言って、ふとハトホルを見つめた。
そして「きゃあ!」と口元を押さえた。
「ちょ、ちょっと!あなた何をしてるの!?」
「何って、乳を飲ませるんじゃない。」
「ち・・・乳って・・・・おっぱいのことだったの!?」
ハトホルは胸の下まで服を下げていて、二つの乳房が露わになっていた。
そしてダフネを腕に抱き、まるで赤子のように乳を吸わせた。
「ちょ・・ちょ・・・ちょっと・・・・、」
アメルは口をパクパクさせて、信じられないという風に見つめていた。
「私の乳は、ホルス様を助けたことだってあるのよ。大丈夫、すぐに元気になるから。」
そう言って自分を乳を飲ませ、慈しみの溢れる目でダフネを抱いていた。
すると力を失っていたダフネが、じょじょに元気を取り戻し始めた。
ゆっくりと目を開け、目の前に乳房があるのに気づいて「んん!」と驚いた。
「ダメダメ。大人しく吸ってて。まだ全快じゃないんだから。」
ハトホルはしっかりとダフネの頭を抱え、自分の乳を吸わせる。
ダフネはバタバタと手足をバタつかせて、ギブアップという風にハトホルの腕を叩いていた。
「うんうん、元気が出て来たわね。じゃあもうお終い。」
そう言って抱いていた手を緩めると、ダフネは「な・・・・何なのいったい!?」と顔を真っ赤にしていた。
「なんで私があなたのおっぱいを飲んでるわけ!?しかも・・・・甘いわね、これ。なんかイチジクみたいな味が・・・。」
「そうよ。私はイチジクの女主人って名前も持ってるから。だから私のお乳は栄養満点。疲れも吹き飛んで、怪我や病気だって治しちゃうんだから。」
ハトホルはニコリとそう言って、「よいしょ」とケンを抱きかかえた。
「さて、それじゃあなたもお乳を飲んで。」
ぐったりしたケンを赤子のように抱え、豊満な乳房に近づける。
するとアメルが「ちょっと待った!」と止めに入った。
「ま・・・待って!ちょっと待って・・・。」
「なに?」
「ああ・・・・ええっと・・・・。その人は私の夫だから・・・・、」
「知ってるわ。船の中で紹介してたじゃない。」
「え・・・ええ、そうね・・・。だからその・・・妻がいるのに・・・その・・・ねえ?あなたのおっぱいを吸わせるのは・・・、」
「心配しないで。別に変な意味で吸うんじゃないんだから。これは元気を取り戻す為よ。」
「そ、それは分かってるんだけど・・・・でもやっぱり目の前でそういうことをされるのは・・・・、」
アメルは困り果てて、あわあわと肩を震わせる。
するとルーがツンツンと頬をつついて来て、「俺が治してやろうか?」と尋ねた。
「俺の魔法ならチョチョイのチョイだぜ。」
「わ・・・悪いけど遠慮するわ・・・。だってあなたに関わるとまた争いが・・・・、」
「もう関わってるじゃん。今さら心配したって遅いんだぜ。」
「だから・・・・これ以上関わりたくないって言ってるの!いいからほっといてちょうだい。」
そう言ってルーを振り払うと、目の前に元気を取り戻したケンがいた。
「きゃあ!あ・・・・あなた・・・・、」
「アメル。すまんかったな、あっさりやられてしもて。俺が元気やったら、みんなを治せたのに・・・・。」
「そ・・・そうね・・・。」
アメルは苦笑いで頷き、ケンの口の端に乳が付いているのを見つけた。そして指でそっと拭きとり、とても険しい表情をした。
「どうしたアメル?」
「・・・・・あなた、ごめんなさい・・・。」
「ん?何がや?」
ケンは不思議そうに首を傾げる。すると次の瞬間、アメルの強烈なビンタが炸裂した。
「ぐへあッ!」
バチコーン!と音がして、ケンは吹き飛ばされる。そしてイチジクの壁にぶつかり、頭からズルズルと落ちていった。
「ああ!ごめんなさい!!」
アメルはケンに駆け寄り、「こんなに強く叩くつもりじゃなかったのに!」と嘆いた。
「な・・・・なでやねん・・・・。なんでビンタ・・・・?」
「だって・・・・ついカッとなっちゃって・・・。あなたを助ける為に必要な事だって分かってたけど、つい怒りが・・・本当にごめんなさい。」
アメルはギュッとケンを抱きしめる。彼女の腕の中で、「ほな叩くなや・・・・」とケンが白目を剥いていた。
「よかった。みんな元気になったみたいね。」
ハトホルはニコリと言い、「一人だけ死にかけてるけどね・・・」とダフネがツッコんだ。
「私のお乳はよく効くでしょ?あなた・・・アメルさんだっけ?あなたも飲む?」
「い・・・いえいえ!けっこうです!」
「なんでよ?あなただって力を吸われたんじゃないの?」
「こ、この二人に比べると大したことないから!だから大丈夫よ・・・・うん。」
「そう?遠慮しなくていいのに。」
そう言って、ハトホルは「よいしょ」と服を直した。
「ねえトート。あの四人は毬藻に勝てそう?」
そう尋ねると、「難しいだろうな」と答えた。
「あの毬藻、どうやら強力な神獣を吸収しておるようだ。」
「強力な神獣?麒麟とかエンシェントドラゴンとか?」
「いやいや、それ以上だろう。」
「それ以上って・・・・もう三大龍神くらいしかいないじゃない。まさか黄龍や燭龍が吸収されたとでも言うつもり?」
「そうとしか思えない。森羅万象の力は通用せず、しかも四大天使を翻弄するほど強い神獣となると、それしか考えられない。
問題はどの龍神を吸収しているかだが、まず燭龍は有り得ない。」
「そうだね。あの若い人間の男の子に宿ってたみたいだから。あの子たちユグドラシルに逃げちゃったし。」
「そして九頭龍も可能性は低い。ダフネ殿の話によると、あの龍神はラシルへ現れて、邪神に乗っ取られたとか?」
そう言ってダフネを振り向くと、「乗っ取られたかどうかは分からないわ」と答えた。
「でもラシルから帰って来ていないのは事実よ。黄龍がそう言ってたから。」
「では残るのは、その黄龍しかおらん。しかし黄龍は桁外れの強さをしているから、あんな毬藻の怪物に負けるとは考えにくい。
となると・・・・・これは黄龍が自らあの毬藻に吸収されたとしか考えようがない。」
そう結論を出すと、ハトホルは「まさかあ」と笑った。
「なんで黄龍が毬藻の化け物に吸収されるのよ?」
「分からん。分からんが・・・・それしか説明が付かない。」
トートはせっせと書物に書きこみ、そしてパタンと閉じた。
「四大天使は負けるだろう・・・。見よ、あの戦いを。彼らは本気で戦っているにも関わらず、何も出来ずに苦戦している。勝負は見えているぞ。」
そう言って、海面の先に広がる空を指を差した。そこでは四大天使が必死に戦っていた。
光の十字架で毬藻を焼こうとしているが、倒すまでには至らない。
毬藻は十字架の光に焼かれながらも、触手を振り回して天使を叩きつけていた。
そしてブルブルと身を震わせて、黄金色に輝き出した。
「見よ、あれこそまさに神獣の光、黄龍の力ではないか!」
トートは目を見開いて叫ぶ。
四大天使も、この光が黄龍の輝きであることを見抜き、「なぜだ!?」と顔をしかめた。
「あれほど強い龍神が、このような化け物に吸収されたというのか?」
ミカエルは信じられないという風に首を振る。しかし黄龍が自ら吸収されていったとは考えなかった。
天使のミカエルにとって、こんな化け物に自ら吸い込まれて行くなど想像も出来ないことで、きっと黄龍は負けてしまったのだろうと考えた。
「おのれ化け物め・・・・。こやつはルシファーの生み出した、新たな悪魔かもしれん。」
黄龍が負けるほどの相手となれば、自分たちではまともに戦っても勝機はない。
ミカエルは険しい顔で毬藻を睨みながら、「ウリエル!」と叫んだ。
「・・・・もはや我らの命を武器にする他ない・・・・。お前の闘志と怒り、我らの剣としてくれ。」
その言葉を聞いて、ウリエルは真剣な目で頷いた。
「悪魔を討つことこそが天使の役目!我が命が役に立つというのなら、それは喜ぶべきことだ。」
ウリエルは嬉しそうに言って、「使え、俺の命を!」と叫んだ。
そして自分の剣で胸を突き刺し、そのまま絶命した。
胸に刺さった剣はウリエルの血を吸い取り、血塗られた恐ろしい刃に変わる。
ガブリエルはそっとウリエルの遺体を抱きとめ、ゆっくりと剣を引き抜いた。
「ウリエル、あなたの命・・・無駄にはしませんよ。」
そう言って剣を片手に、杖から水を放ってウリエルを包んだ。
ウリエルの身体はその水に分解されて、粒子となって宙へ消えていく。
「ミカエル!」
ガブリエルはミカエルに剣を投げ渡す。ミカエルはその剣を受け取ると、自分の持っている槍と融合させた。
「ウリエルの命を刃とし、この毬藻を討つ!仲間を犠牲にしたのだ、失敗は許されんぞ!!」
「ええ、もちろんです。」
ガブリエルは翼を広げ、自分の背後にクリスタルの分身を呼び出す。
ラファエルも弓矢を構え、矢の先に光を集めた。
「醜い化け物め・・・我ら天使の正義・・・邪魔はさせんぞ。」
ミカエルはウリエルの剣を吸い込んだ槍を掲げ、持てる限りの全ての力を集める。
槍は太陽のように激しく輝き出し、悪を討つ光となる。
そこへガブリエルが杖を向け、クリスタルの分身から光を放った。
そしてラファエルも矢を放ち、二人の光もミカエルの槍に吸い込まれていく。
ウリエルの魂の剣に、ミカエルとガブリエル、そしてラファエルの光が混ざり合う。
槍はプラズマのようなエネルギー体の刃に変わり、目が開けられないほど眩く輝いた。
ミカエルはその槍を構え、翼を広げて突撃していく。
「塵に還るがいい!!」
四大天使の究極の奥義が、毬藻を貫かんと挑む。
しかし毬藻もじっとしているわけではなかった。
黄金色の輝きを放ちながら、突然大きな龍に姿を変えたのだ。
それを見たトートは、「やはり黄龍が宿っていたか!」と目を見開いた。
毬藻は黄金の龍に姿を変え、ミカエルを迎え撃った。
長い角の先から、黄色い稲妻を放つ。その稲妻は四方に拡散し、何百キロも先まで届くほどの威力だった。
「ああああああああ!!」
「うおおおおおおお!!」
近くにいたガブリエルとラファエルは、稲妻から身を守ろうと結界を張る。
しかしあっさりと結界が打ち砕かれて、黄色い稲妻に焼かれていった。
二人の天使は煙を上げながら海へ落ちて行く。そしてミカエルも稲妻の直撃を受けて「ぐううおおおおおお!!」と苦しんだ。
しかしウリエルの魂が宿った槍が、稲妻を二つに切り裂いていく。
ミカエルは痛みを堪え、「これしきいいいいいい!」と突撃していった。
「悪魔に負けるわけにはいかんのだああああ!!なんとしても悪魔に敗北だけはああああああ!!」
ミカエルの身体が激しく燃え上がり、槍を構えて飛んで行く。
そして・・・・・光の刃となった槍が、黄金の龍の眉間に突き刺さった。
「このまま吹き飛べえええええええい!!」
槍を眉間の奥深くまで刺し込み、素早く手を離す。
するとウリエルの魂が宿った槍は、四方八方に光を放ちながら、天地に向かって巨大な光の柱を伸ばした。
その光の柱はじょじょに太くなって行き、やがて黄金の龍を飲み込む。
ミカエルは「ウリエルの魂の輝きだ・・・」と呟き、目を閉じて天を仰いだ。
「この光の柱は、我ら天使の裁きなり。身も心も、そして魂までも滅するがいい・・・。」
そう言って光の柱の中で、じっと目を閉じていた。
ダフネたちは海の中から、その様子を眺めていた。
強烈な光は海まで明るく照らし、まるで海底から太陽が昇ってきたかのようだった。
「すごい光ね・・・・あれなら倒せるんじゃない。」
ダフネが尋ねると、「そう上手くいくとは思えないが・・・」とトートが呟いた。
「黄龍の力は、メタトロンと同等かそれ以上だ。いくら四大天使の命を武器にしようとも、易々と勝てるとは思えない。」
トートは険しい目で光の柱を睨み、事の成り行きを見守った。
やがて・・・・眩いばかりの光の柱は、じょじょにその光が薄くなっていった。
そして完全に光が消え去ると、そこにはほとんど無傷の黄金の龍がいた。
眉間に大きな穴が空いているものの、それ以外に傷を負った様子はない。
ミカエルは「馬鹿な・・・・」と慄き、悔しそうに歯を食いしばった。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第五十話 魔性の星(2)

  • 2015.06.09 Tuesday
  • 11:13
JUGEMテーマ:自作小説
ダナエとコウは月に向かった。
すると月にはメタトロンも来ていて、お互いに「なぜここにいるんだ?」と不思議に思った。
ダナエは舵を切り、メタトロンの方へと飛んで行く。
「お〜い!ここで何してるの〜!?」
ダナエは船を止め、外に出て手を振った。
メタトロンはダナエたちの近くまでやって来て、「それはこちらのセリフだ」と尋ねた。
「どうしてお前たちがここにいるのだ?エジプトにいるのではなかったのか?」
「ええっと・・・・そうだったんだけど、色々とあって・・・・、」
そう言いながら、ダナエはコウを振り返った。そして「お願い」とニコリと笑う。
「お前・・・相変わらず説明が苦手なんだな。」
「仕方ないでしょ。私が話したら、きっと途中から分からなくなっちゃうもん。」
「へいへい・・・俺が説明しますよ。」
コウは肩を竦めながら首を振り、ここへ来た経緯を話した。
「・・・・ってわけなんだよ。俺は反対したんだけど、ダナエが強引にここへ来ちゃって。」
説明を終えると、メタトロンは険しい顔で黙り込んだ。
「やっぱそういう顔になるよな。ほら見ろダナエ。メタトロンだって、ルシファーやサタンがいるような場所に乗り込むなんて、自殺行為だって顔してるぞ。」
そう言ってダナエはつつくと、メタトロンはズイっと顔を寄せた。
「うお!ほらほら・・・・めっちゃ怒ってるじゃん。今からでも遅くない、ラシルへ行こ・・・・・、」
コウが怯えながら言いかけた時、メタトロンは「ルシファーとサタンだと!?」と叫んだ。
「奴らもここへ来ているというのか!?」
「え?・・・・いや、だって・・・・だからアンタもここへ来たんじゃないの?」
「馬鹿な!?いくら私とて、単身では奴らに勝ち目はない!私がここへ来たのは、月の魔力を手に入れる為だ。」
「は?月の魔力・・・・・?」
「そうだ。月はクインによって侵略を受け、天使と死神たちは全滅した。そして奴めは地球までも手に入れよと企んでいる。そのせいでクトゥルーとスクナヒコナは死に、毬藻の兵器までクインの手に落ちて・・・・、」
「ちょ・・・ちょい待ち!今なんて言った!?クインが月を侵略だって?それはどういう・・・・、」
コウが身を乗り出して尋ねようとした時、ダナエがそれを押しのけた。
「今なんて言ったの!?クトゥルーとスッチーが・・・・死んじゃった?」
「そうだ。クインによって殺された。」
「そ・・・そんな・・・・・。なんで・・・・、」
ダナエは呆然となり、握った槍を落としそうになった。思いもよらないことを聞かされたせいで、頭はグルグルと混乱していく。
「クトゥルーとスクナヒコナだけではない。アマテラスも死んだのだ。」
「な!・・・・なんでよ!?あんなに強い神様なのにどうして!?」
また仲間の死を聞かされ、ダナエの頭はますますパニックになる。
メタトロンは険しい顔をしたまま、「他にも死んだ者は大勢いる」と答えた。
「天使に神獣、多くの犠牲が出たのだ。それほどインドでの戦いは激しかった。しかし皆が活躍してくれたおかげで、どうにか制圧出来そうだ。」
「・・・そんな・・・・そんなに仲間が・・・・、」
ダナエは俯き、ギュッと槍を握りしめる。すると追い打ちをかけるようにメタトロンが言った。
「ダナエよ、お前たちの親しい仲間・・・・ケルトの神々も命を落とした。」
「へ?」
「スカアハ、クーフー・リン、アリアンロッド、この三人も命を落としたのだ。」
「・・・・・・・・・。」
ダナエは混乱を通り越し、頭が真っ白になった。身体から力が抜け、槍を持つ手が重くなる。
すると今度はコウがダナエを押しのけ、「嘘言うなよ!」と叫んだ。
「あの三人が死んだだって!?そんなわけないよ!だってクインと戦っても生きてたんだ!!だったらこの星の悪魔にやられるなんて・・・・、」
「いや、悪魔に負けたのではない。ルーを抑え込むために命を落としたのだ。」
「ルー・・・・?それってもしかして、あの三人が封印してたっていう・・・・、」
「ああ、ケルトの太陽神ルーだ。ルーはこの私ですら手こずるほどの猛者だ。しかも戦えば戦うほど、さらなる争いを呼ぶ。アマテラスはケルトの神々と協力し、命を賭してルーを妖精に変えた。その為に、ケルトの神々も死んでしまったのだ。」
「・・・な・・・・なんだよそれ・・・・。戦いで死んだんじゃなくて、身内のせいで死んだってのか・・・・?」
「そうだ。ルーがいれば永遠に争いが終わらなくなる。だから命を賭して止めたのだ。」
「・・・・そ・・・そんな・・・・そんな事の為に・・・・アリアンは・・・・、」
コウは激しい怒りを感じて拳を震わせた。
「なんだよそれ!アイツは戦いで死ぬのは覚悟してた!でも身内のせいで・・・・そんなことのせいで・・・・、」
怒りはすぐに悲しみに変わり、声が掠れていく。
そして背中を向けて、顔を見られないようにした。
「・・・アリアン・・・・俺・・・・最後は喧嘩したままだった・・・・。涼しい顔してたけど・・・・アイツ・・・・絶対に自分の気持ちを抑えてたんだ・・・。急に髪なんか切って・・・・よそよそしい感じになって・・・・。」
そう呟いてから、「生き返るよな・・・?」と尋ねた。
「アリアンは強い神様だから・・・・ちゃんと戻って来るよな?」
背中を向けたまま尋ねると、メタトロンは「ああ」と答えた。
「復活はするだろう。ケルトの神々も、そしてアマテラスもクトゥルーも、スクナヒコナも復活する。しかし私たちが悪魔を倒さねば、復活してもまたやられてしまうだろう。」
そう言って優しい目でコウを見つめ、「今は戦わねばならぬぞ」と励ました。
「友を亡くすことは辛かろう。しかし悲しんでいるだけでは、戦いは終わらない。」
「・・・・・分かってるよ・・・・でも・・・・、」
「よいかコウ。その悲しみを糧とし、さらに強くなるのだ。心を引き裂く痛みを、己の力に変えろ。そうでなければ、アリアンロッドも報われぬだろう。」
「・・・・・・・・・。」
コウはしばらく泣いていた。誰にも見られないように顔を背けたまま、じっと泣いていた。
するとダナエが背中に触れて、「コウ・・・」と呼びかけた。
「・・・・辛いね・・・・大事な仲間がいなくなるのは・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
コウは何も答えず、背中を向けて震えていた。
ダナエは後ろからそっと抱きしめ、コウの頭を撫でた。
辛いのはダナエも一緒だったが、コウが泣いているから冷静になれた。
だからコウが落ち着くまで、ずっと抱きしめていた。
「妖精の子供たちよ、お前たちの苦しみは分かる。だが今は私の質問に答えてほしい。」
そう言うと、コウは涙を拭いてからメタトロンを振り向いた。
目は赤く腫れて、しっかりと涙の筋が残っている。
しかし瞳には強い闘志を宿していて、また怒りに燃えていた。
「それでいい。戦う心を忘れてはならぬぞ。」
メタトロンはニコリと頷き、月の中に広がる海を振り返った。
「先ほども言ったが、私がここへ来たのは月の魔力を得る為だ。あれは海の底に眠っているはずなのだが、どう封印を解いてよいのか分からぬ。お前たち月の者なら、何か知っているのではないか?」
そう尋ねると、ダナエとコウは顔を見合わせ、「?」と首を傾げた。
「月の・・・・、」
「魔力・・・・?」
「何それ?」
「何だそれ?」
二人は同時に尋ねた。メタトロンは「知らぬのか!?」と驚き、困ったようにため息をついた。
するとコウが「ああ、ダフネが言ってた奴だな」と手を叩いた。
「月には大きな魔力が宿ってるって、ダフネが言ってたんだ。」
「うん、私たちも初めて知ったけどね。」
二人は顔を見合わせて頷く。メタトロンは「今まで知らなかったのか・・・」と呆れ気味に言った。
「では月が魔性の星と呼ばれるのは知っていよう?」
「ん〜ん。」
「全然。」
「・・・・そうか。お前たちは生まれも育ちも月だったな。では知らぬのも無理はないか。」
メタトロンは納得して、「よいか」と指を立てた。
「地球ではな、満月の夜は悪さをする者が増えるのだ。逆に新月になると、息を引き取る者が多くなる。なぜだか分かるか?」
そう尋ねても、二人はまた首を傾げる。ダナエは腕を組んで眉をしかめ、コウは唇を尖らせた。
「ごめん・・・。俺たちずっと月の育ちだから、満月とか新月とか言われても、あんまりピンと来ないんだ。もちろんそれがどういう意味かは知ってるけど・・・・なんかやっぱりピンと来なくて。」
「ま、まあ・・・仕方あるまい。要するにだ、地球から月の全体が見える夜を満月、月の見えない夜を新月と呼ぶわけだ。そして月が丸々見えるという事は、その分多くの月の光が降り注ぐことになる。その光には魔性の力があって、人や獣の心を昂ぶらせてしまうのだ。だから狼男が現れたり、犯罪が増えたりする。」
「うん。」
「逆に新月の場合は、月からの光がまったく届かない。そうすると人も獣も力を失い、怪我や病で床に臥せる者は、息を引き取ることが多くなる。地球の生命は、太陽の光だけでなく、月の光も必要としているからだ。月の光には魔性の力があるから、ある程度それを浴びないと力が衰えてしまうわけだ。」
「なるほど・・・・それで魔性の星って言われるのか。」
「そうだ。そしてその魔性の力はどこから来るかというと、月の中に蓄えられた、大きな魔力からやって来る。私はルシファーとサタンに対抗する為に、その魔力を宿しに来たのだが・・・・、」
そう言ってまた海を振り返り、険しい顔をした。
「月の魔力の核なとなる物が、あの海底に眠っているはずなのだ。しかし魔力の解放の仕方が分からぬ。ここにいる妖精に聞けば分かると思っていたのだが、一人も見当たらない。」
「妖精が・・・・いない・・・・?」
コウは不安そうに呟き、「まさかやられちゃったってことか!?」と尋ねた。
「いや、死体はないので断言は出来ない。しかし月にはいないようなのは事実だ。ゆえに私は困っていたわけだ。お前たちなら何か知っているかもと思ったのだが・・・・・、」
そう言ってまたため息をつき、「どうしたものか・・・」と困った。
ダナエとコウは心配そうに眉を寄せ、じっと見つめ合った。
「妖精のみんな・・・・ここにはいないって。」
「うん。どっかへ隠れたのかな?」
「そうであってほしい・・・・。だって天使も死神もみんな死んで、その上妖精までなんて・・・・、」
「悪い方に考えちゃうよな・・・。でも今はどうにかして月の魔力とやらを解かないと。でないとルシファーたちを倒せない。」
二人は暗い顔をして俯く。そしてダナエが「ミヅキと叔父さんもいないの?」と尋ねた。
「あの二人もここにいるはずよ。見てない?」
「ああ。妖精と同様、ここにはいないようだ。」
「・・・・・ダフネは言ってたわ。ルシファーたちはミヅキと叔父さんを利用して、月の魔力を解放しようとしてるって。」
そう呟くと、メタトロンは「ダフネが何と言っていたのか、もう一度詳しく聞かせてくれぬか?」と尋ねた。
ダナエは「いいよ」と頷き、コウに向かって「お願い」と微笑む。コウは「へいへい・・・」と頷き、なるべく詳しくダフネから聞いた話を伝えた。
するとメタトロンは「なるほどな・・・」と険しい顔になった。
「月の魔力を解放する為には、人間の協力が必要だ。空想の世界を見つめ、なおかつ想像力豊かな者が・・・・。ならばミヅキと幸也を利用するのは考えられるが、問題はその方法だ。人間を利用しなければ魔力を解放出来ないことは、私も知っている。しかしその具体的な方法が分からないのだ。」
そう唸ってから、腕を組んで考え込んだ。
「ここにはルシファーたちはいない。しかしミヅキと幸也は見当たらない。・・・・となると、もしや奴がここにいるということか?あの二人の人間を使い、月の魔力を得ようと企んでいるのでは・・・・。」
メタトロンは険しい顔のまま、しばらく宙を睨んでいた。
「ダナエ、コウ。私は悪い予感がするのだ。」
「悪い予感?」
「ああ。もし私の嫌な予感が当たっているとすれば、ここでじっとしていることは出来ない。早く月の魔力を我が身に宿さねばならん。しかし私は月の者ではないので、良い考えが浮かばない。お前たち・・・・月の魔力に関して、本当に何も知っていることがないのか?もう一度よくよく考えて、思い出してほしい。」
「分かった。もしメタトロンが今より強くなったら、ルシファーとサタンだってぶっ飛ばせるもんね。」
ダナエは自分に言い聞かせるように言って、「う〜ん、月の魔力ねえ・・・」と考え込んだ。
そしてじっと考えるうちに、ふとある事を思い出した。
「ねえコウ。昔にさ、お母さんから子守唄を聴いたよね?」
「ん?子守唄?いや・・・・俺は親がいないから聴いたことは・・・・・、」
「違うわよ、私のお母さん。私たちが小さい頃に歌ってたじゃない。」
「ああ、アメルの子守唄か。そういえば歌ってくれてたよな。でもあれがどうかしたのか?」
「あの歌にさ、妖精とか月のお姫様とか出てくるじゃない?」
「そう・・・・だっけ?」
「そうよ。あれって地球のお伽噺を元にしてるんだって。お父さんもお母さんも地球の生まれだから、地球のお伽噺を知ってたのよ。だからそれを元にして、あの子守唄を作ったんだって言ってた。」
ダナエは昔を思い出し、アメルの子守唄を口ずさんだ。
「とおくでみていた花の子に♪つきのひめさまほほえんで♪いっしょにかえろううみのしろ♪うみにだかれてゆめのなか♪たけのもりかこまれて♪いっしょにあそぼうまたあした♪」
母の声を真似ながら、幼い頃によく聴いた歌を口ずさむ。
するとコウもハミングして、「懐かしいな」と笑った。
「よく覚えてるな、お前。」
「だっていつも歌ってくれてたから。それでさ、いつだったかこの歌の意味を、お母さんに尋ねたことがあるの。そうしたらこれは、月の妖精たちがずっと平和に暮らせるようにっていう歌だって言ってたわ。」
「月の妖精が?」
「うん。花の子っていうのは、妖精の少年のことだって。そして月のお姫様と目が合って、二人で仲良く海へ行くの。そこにはお城があって、二人で仲良く暮らすんだって。なんだっけな?ウラシマタロウ・・・?のリュウグウジョウ?みたい所で。ふたりはずっと海のなかで暮らして、そして竹の生える森の中で結ばれるの。」
「なるほど・・・。んじゃ最後のいっしょにあそぼうまたあした♪っていうのは?」
「ああ、それはずっと幸せが続くようにってことだって。また明日ねって笑顔で言い合えるなら、喧嘩なんてしないでしょ?」
「ああ、そういうことか。・・・・・・で?それが何だってんだ?」
コウが真面目な顔で尋ねると、ダナエは少しだけ恥ずかしそうに頬を赤くした。
「あのね、今から言うこと・・・・・馬鹿にしないで聞いてくれる?」
「しないよ。いいからモジモジしてないで言えよ。」
「ええっと・・・・この歌ってね、もしかしたら私とコウをモデルにしてるんじゃないかって思うの。」
「は?俺とお前?」
「うん。だってこの歌を作ったのはお母さんだから、きっと私たちのことを歌ったんじゃないかなって。花の子は妖精の少年で、それはきっとコウのことだと思う。そして私は妖精王の娘だから、月のお姫様。」
「なんか・・・自分で言うと滑稽だな。いや、実際に月の王女なんだけど・・・・・。」
コウは頭を掻きながら笑う。しかしダナエにジロリと睨まれ、「静かに聞きます・・・」と黙り込んだ。
「コウと私は目が合って、そこで友達になる。そして海の中へ行って、立派なお城で暮らすようになるの。」
「う〜ん・・・お前と二人きりで城の中か。なんだか息が詰まりそうな・・・・、」
「・・・・・・・・・・・・。」
「すいません・・・・。」
「それでね、私たちは海の中で仲良く暮らして、その後は竹の森の中で結ばれる。」
「ええ!俺とお前が結ばるだって!?馬鹿言っちゃいけないよお前!なんでそういう展開になって・・・・・・、」
「あくまで子守唄の設定だから!!いいから黙って聞く!!」
「ぐぎゃッ!」
ほっぺたを思い切り引っ張られて、コウは涙目で黙るしかなかった。
「それでずっと二人は仲良く暮らすの。この歌には私たちだけじゃなくて、この星の妖精が、争いなく幸せに暮らしてくれたらって願いも含まれてると思う。」
「まあ・・・あのアメルのことだからな。そういう風に思っててもおかしくない。」
「でね、問題は海の中のお城と、竹の生えてる森のなのよ。実は・・・・私この二つを知ってるのよね。」
そう言うと、コウは「何だって?」と顔をしかめた。
「海の中に城があるだって?そんなもん知らないぞ俺。」
コウは信じられなかった。この月の妖精なら、月の中に広がる世界のことは隅々まで知っている。
なぜなら月の世界はそう広くはないからだ。だから月に住む者ならば、この世界で知らない場所などないはずである。
「俺は海の中の城なんて知らないし、竹の生える森だって見たことない。お前の見間違いじゃないのか?」
そう尋ねると、ダナエは「そんなことない」と首を振った。
「昔に一度だけ連れて行ってもらったことがあるの。」
「誰に?」
「お父さんに。ダフネとお母さんには内緒やでって言って、お城と竹の森へ連れて行ってくれた。それでもし私が将来結婚する時、もう一度ここへ来ることになるんやって言ってたもの。」
「マジかよ・・・。」
コウは信じられないという風に首を振るが、ダナエは「本当のことよ」と言った。
そしてメタトロンの方を振り向き、「もしかしたら、海のお城と竹の森に行けば、何かヒントがあるかもしれないわ」と答えた。
「そうか。月にはそのような場所が・・・。どこにあるかは覚えているのか?」
「うろ覚えだけど・・・・多分分かると思う。」
「ではすぐに案内してくれ。」
メタトロンはそう言って、額に拳を当てた。そして「むん!」と唸ると、額の宝玉が輝き、ダナエとコウが光の玉に変わってしまった。
それを自分の体内に吸い込むと、「私の頭の中から案内してくれ」と言った。
「ああ、またこれね!私たちをラシルから月へ運んだ時の技。」
「メタトロンってさ・・・・本当に便利な技いっぱい持ってるよな。一個分けてくれない?」
「駄目だ。」
「冗談だっての。真に受けるなよ。」
頭の固い奴だと思いながら、コウはダナエと二人でメタトロンの中に浮かんでいた。
周りは黄金の光に包まれ、果てしなく空と大地が続いている。
この広大な世界はメタトロンの精神であり、二人がここへ来るのは二回目だった。
相変わらずとてつもない大きさの心をしているなと感心していると、「お〜い!」と誰かが手を振った。
「あ!あれは博臣じゃねえか!」
「本当だ!お〜い!」
ダナエとコウは博臣に駆け寄り、「なんか久しぶりな感じね」と笑い合った。
「お前ずっとこんな場所にいて退屈しないの?」
コウはただっ広い精神世界に手を向け、顔をしかめて尋ねる。
しかし博臣は「全然」と答え、「ここはけっこう落ち着くんだよ。悪魔にも襲われないしね」と笑った。
「ある意味じゃ一番安全な隠れ家だぜ?」
「まあそうだよな。最強の天使の中にいるんだから。」
「ねえ?ここに勝手に家を建てたら怒られるかな?」
「当たり前だろ。他人の心に家を建てるって・・・・どういう神経してんだよ。」
三人でワイワイ喋っていると、目の前にヌッとメタトロンの顔が現れた。
「うお!」
「きゃあ!」
「騒いでいないで、さっさと案内をするのだ!」
「は・・・はい!」
「ごめんなさい・・・。」
メタトロンに怒られて、二人はシュンと項垂れる。
博臣が「怒らせると怖いんだぞ・・・」と、ヒソヒソ耳打ちをした。
「そうね。なんか怖いお父さんって感じ・・・。こういうの雷オヤジっていうんでしょ?」
「職人肌なんかね?なんか逆らえない迫力があるよな・・・・。」
「全部聞こえているぞ。」
メタトロンに睨まれ、二人はまた「ごめんなさい・・・」と謝る。
そしてダナエが案内して、海の中へと潜って行った。
月の世界の海は、ラシルと変わらないくらい透き通っていた。
海中でも遥か先まで見通すことが出来て、魚が緩やかに泳いでいる。
海底では海藻がダンスを踊っていて、豊かな海であることを物語っていた。
メタトロンの中にいても、彼の目を通して外の世界が見える。
ダナエは「このまま真っ直ぐ」と言って、じっと海の先を睨んだ。
「もう少し行くとね、緑とか黄色とか、綺麗な海藻がたくさん生えている場所があるの。その海藻の中に大きなイソギンチャクがいるから、それを通れば海のお城に行けるわ。」
「うむ。色とりどりの海藻だな。」
メタトロンは言われた通りに海を進み、やがてたくさんの海藻が生えている場所を見つけた。
「ほう・・・これは見事な。」
海藻は実に綺麗な彩をしていて、まるで絵画のように鮮やかな絨毯を敷いているようだった。
そしてその海藻の下に、とても大きな何かが隠れているのを見つけた。
「あれは・・・イソギンチャクか?」
「そうよ。あそこまで行ってみて。」
ダナエに言われて、メタトロンは海藻が揺らめく場所まで降りて行く。
そしてでこぼこした海底に足を着き、大きなイソギンチャクを覗き込んだ。
「これか?」
「うん。このイソギンチャクは、普段は口を閉じてるの。だけど歌を歌ってあげると口を開くのよ。」
「歌とな?どんな歌を歌えばいいのだ?」
「なんでもいいわよ。なんなら私が歌おうか?」
「ああ、頼む。」
ダナエはコホンと咳払いをして、アメルの子守唄を歌ってみせた。
しかしその歌は恐ろしいほど音痴で、逆にイソギンチャクの口が閉じてしまった。
「ああ!なんてこと・・・・。」
ダナエはショックを受けて、「コウ・・・代わりに歌ってよ」とつついた。
「嫌だよ、俺だってけっこう音痴なんだぞ。」
「じゃあ博臣は?」
「俺もちょっと歌には自信が・・・・。ミヅキは上手いんだけどなあ。」
「ああ・・・みんな音痴じゃダメだわ。」
そう言って項垂れると、「ウオッホン!」とわざとらしい咳払いが聞こえた。
「ウオッホン!ん・・・んん!あ!・・・あああああああ!ええ声ええええええええ!!」
「メタトロン!?」
三人はビクンと顔を上げる。そしてお互いに顔を見合わせてから、「お願いします!」と頭を下げた。
「うむ。では・・・・ウオッホン!ん・・・んん!・・・・・かッ!ううん!!あ・・ああああああああ!!」
メタトロンは喉の調整をして、渋くて高い声を響かせた。
そして実に見事な歌声で、「アメイジング・グレイス」を熱唱した。
「めっちゃ上手い・・・・。」
「なんてハスキーな歌声・・・・。この歌も素敵だし、涙が出そう・・・・。」
「天使って歌が上手いんだな・・・。ずっと聴いてたいよ・・・・。」
最強の天使の歌声は、ダナエたちだけでなく、イソギンチャクの心にも届いた。
イソギンチャクはブルブルと震え出し、触手を躍らせながら、パックリと口を開いた。
「やった!これで中に入れるよ!」
「うむ。私の歌声も捨てたものではないだろう?」
三人は「最高でした」と褒めちぎり、メタトロンはまんざらでもなさそうだった。
しかしイソギンチャクが口を開けても、メタトロンが通れるほどの大きさではなかった。
「このままでは通れんな。」
「そうだね。じゃあ私たちだけで行って来ようか?」
「いや、お前たちだけで行っても意味がない。私も行かねば。」
「でもそんなに大きくちゃ通れないんじゃ・・・・、」
「問題ない。今の私はティガの力を得ているのだ。大きさなど問題にならぬ!」
そう言って顔の前で腕をクロスさせ、「むううん・・・」と光を溜めていった。
そして「でやあ!」と腕を振り払うと、メタトロンは人間の大きさまで縮んだ。
「よし!これで通れるぞ。」
メタトロンが小さくなって、ダナエとコウは驚きを隠せない。
「もう何でもアリだな、この天使・・・・。」
「なんかブッ飛んでるよね。凄いっていうか、呆れるっていうか・・・・。」
二人の驚きもよそに、メタトロンはイソギンチャクの前に立つ。
口の中は真っ暗だが、奥の方ではほんのりと何かが光っていた。
メタトロンは口の奥を睨みながら、「いざ!」と飛び込んで行った。
この先には海の城が建っていて、月の魔力を解くヒントが隠されているかもしれない。
ルシファーとサタンに対抗する魔力を求めて、皆はイソギンチャクの口の中を落ちていった。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第四十九話 魔性の星(1)

  • 2015.06.08 Monday
  • 13:42
JUGEMテーマ:自作小説
セト。それはエジプトの神々の中でも、最も欲深く、最も凶悪な神である。
自身が王座に就くためには、平気で兄を惨殺し、その息子ホルスの目玉まで抉ってしまった。
しかしあまりに悪行を重ねるので、やがて誰からも見放されてしまった。
セトは永遠にエジプトの王座に就くことはなくなり、それと同時に激しい憎しみを抱えることになった。
彼は自分こそが王に相応しいと信じているし、自分に味方しない者は全て敵だと思っている。
彼の頭の中にあるのは、エジプトの神々の頂点に立つこと。
その為ならば、異星の邪神の軍門に下ることさえ厭わなかった。
クインの配下となったセトは、もしこの場所に敵が現れたら、全て殺せと命令されていた。
そしてクインが地球を支配したあかつきには、エジプトの王にしてやると約束してもらった。
セトは長年の夢を果たす為、エジプトに現れたミカエル達に襲いかかる。
まずはダフネとアメル、そしてケンに毒針を撃ち込み、そしてミカエルにも毒針を飛ばした。
しかしあっさりと弾かれ、しかも砂を巻き上げられて、姿を晒してしまうことになった。
セトは四大天使の強さを知っている。だから正面から戦いを挑んでも、勝機がないことは分かっていた。
そこで悪知恵を働かせ、どうにかこの場を乗り切ろうと考えた。
「・・・・・・・・・・・。」
セトは金色の杖を揺らし、何やらぶつぶつと唱える。
ミカエルは嫌な予感がして、槍を構えてセトに向かって行った。
「邪悪な悪神め!我が槍に貫かれ、滅するがいい!!」
ミカエルの槍が激しく燃え上がり、一撃でセトを葬る。
「ウオオオオオオオオ・・・・・。」
セトは炎に焼かれて、肉片一つ残さず燃やし尽くされた。
「セト・・・エジプト一の邪悪な存在。生かしておけば何をしでかすか分からん。」
ミカエルはセトが消滅したことを確認すると、ピュンと槍を振った。
そして後ろを振り返り、「ダフネたちはどうだ?」と尋ねた。
「問題ありません。大した毒ではないので、すぐに良くなるでしょう。」
ガブリエルはダフネ達を両手に包み、その中に淡く輝く水を溜めていた。
その水のおかげで毒は消え去り、ダフネたちは目を覚ます。
「気がついたようです。」
ガブリエルはそっとダフネたちを下ろすと、「気分はどうですか?」と尋ねた。
「・・・・私たち・・・・不意打ちを食らったのね・・・・。」
ダフネが首筋を撫でながら尋ねる。ミカエルは「セトがやったのだ、すでに葬ったがな」と、まだ炎が残る砂漠に顎をしゃくった。
「セトは力は無いが、何をしでかすか分からないほど凶悪だ。早いうちに仕留められてよかった。」
「そうね。後々絡んで来られたら厄介だもの。」
そう言ってガブリエルを振り返り、ニコリと礼を言った。
「ありがとう。やっぱり天使は頼りになるわ。」
「褒めても何も出ませんよ。」
「ううん、あなた達がいなきゃ、悪魔と戦うことは出来ない。主要な神々が牢獄に閉じ込められている今、天使だけが頼りなのよ。」
「そう言ってもらえるのはありがたいですが、これは一時的な共闘かもしれませんよ?あの神器を巡って、私たちはいずれ対立するでしょう。」
「そうなったらそうなった時のことよ。でも今は他にやる事がある。そうでしょ?」
そう言ってミカエルを振り返ると、「うむ」と頷いた。
「もうここに用はない。」
ミカエルはダフネたちを肩に乗せ、空へ舞い上がろうとした。
しかし「待ってくだされ」とトートが呼び止めた。
「是非私たちもお供させて頂きたい。」
トートが前に出てそう言うと、ハトホルとべスも頷いた。
「クインのせいで、ホルス様や大勢の仲間が死んじゃった。私たちだけここでお留守番っていうのは、納得いかないわ。」
「儂もそう思う。」
エジプトの神々は、自分たちも連れて行ってくれと懇願する。
四大天使は顔を見合わせ、あまり乗り気ではないように顔をしかめた。
「無礼な言い方かもしれないが、ここから先は危険な戦いになる。お主たちの力では無駄死にする可能性が・・・・、」
「何を仰るか!我らエジプトの神は、決して弱くはありませんぞ!」
「そうよそうよ!そりゃあ喧嘩はあなた達の方が強いかもしれないけど、私たちだってけっこう戦えるのよ。」
「儂もそう思う。」
「いや、しかしだな・・・・これ以上の無駄な犠牲は・・・・、」
「無駄じゃないわ!無駄死になんかしないわよ!ねえ?」
「ねえ?」
ハトホルとべスは、何が何でも連れて行けと言う。トートも「どうか我らも」と強い目で見つめた。
ミカエルはどうしたものかと腕を組んだが、ダフネが「いいじゃない」と笑った。
「みんなで一緒に行きましょうよ。」
「ダフネよ。同情で無駄な犠牲を出すつもりか?」
「だから無駄じゃないって。きっと彼らは強いわ。そうでなきゃ、ここまで自信を持って連れて行けなんて言えないもの。ねえ?」
「ねえ?」
「ねえ?」
ハトホルとべスは嬉しそうに首を傾げ、勝手にミカエルの肩に登った。
「おい!勝手なことを・・・・、」
「では私めも。」
トートもミカエルの肩に上り、よっこらしょっと胡坐を掻いた。
「トートよ。お主は自分で飛べるだろう。」
「いやいや、ミカエル殿ほど速くは無理でしょう。足を引っ張るわけにはいきませんので。」
そう言って書物を開き、せっせとペンを動かしていた。
するとラファエルが「まあまあ、いいじゃないか」と微笑んだ。
「みんな戦いたいって言ってるんだ。僕らと同じで、同胞の無念を晴らしたいのさ。」
「・・・・どうなっても知らんぞ。」
ミカエルは渋々という感じで、空に舞い上がった。
「まずはインドだな。現れたのはサリエル、リヴァイアサン、テュポーンと聞くが・・・・いずれも強敵だ。心してかからねば。」
そう言って翼を羽ばたき、エジプトを後にする。
ビュンビュンと風を切って、四人の天使が悪魔を討つ為に飛んで行く。
するとアメルが何かの気配を感じて、ふと後ろを振り向いた。
「どうしたのアメル?」
「・・・・今・・・誰か後ろにいたような気がしたんだけど・・・・。」
「そう?誰もいないわよ?」
「・・・・そうね。多分気のせいだわ。」
アメルは前を向き、流れる雲を目に映す。
しかしまた何かの気配を感じて振り返ったが、やはり誰もいなかった。
「・・・・・何なの、さっきから?」
アメルは不思議に思いながら、不安げに眉を寄せる。しかしすぐに気を取り直し、「きっと気のせいよね」と呟いた。
四大天使、エジプトの神々、そしてルーにダフネたち。
強大な悪魔を討つべく、空を駆けてインドへと向かって行った。


            *


その頃、日本から西へ離れた海の上で、毬藻の兵器と黄龍が睨み合っていた。
いや、睨み合うというより、お互いの意志を疎通させていた。
メタトロンに頼まれて、黄龍は毬藻を破壊しに来た。しかし・・・まだ戦いは始まっていなかった。
黄龍は四聖獣を従えながら、じっと毬藻を睨みつける。
毬藻は藻で紡いだ紐を幾つも伸ばしていて、それはまるで心臓から血管が伸びているような姿だった。
そしてその紐の一本が、黄龍の方へと伸びていた。
黄龍は自分も髭を伸ばし、毬藻の紐と絡ませる。
そしてお互いの意志を疎通させて、コミュニケーションを図っていた。
藻の紐を通って、毬藻の意志が伝わって来る。それと同時に記憶まで伝わって来て、鳳竜とイツァム・ナーが相討ちになった事を知った。
「・・・・鳳凰と白龍は消えたか・・・・。残念ではあるが、敵の機械竜を葬ることが出来た。それだけでも充分というものか。」
死んでいった鳳凰と白龍を想い、さらに深く記憶を読み取る。
そしてクトゥルーとスクナヒコナが死んでしまったことを知った。
黄龍は顔をしかめ、もう少しコミュニケーションを図る。
自分の髭を通じて、こちらの意志を伝えてみたのだ。
《我は黄龍という龍神だ。ある天使から頼まれて、お前を破壊しに来た。しかしもし戦わずに済むというのなら、それに越したことはない。私はあの天使と違って、出来る限り力による解決は望まない。ゆえに、お前の声を聞かせてほしい。クインに乗っ取られていようとも、自分の意志はあるのだろう?ならばその声を聞かせてくれ。》
すると毬藻は黄龍の声に応え、自分の意志を返してきた。
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
《ほう・・・。お前も戦いは望んでいないと。しかし神器を埋め込まれている以上、クインの命令には逆らえないというのだな?》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
《いや、我はお前の敵ではない。メタトロンはお前を破壊しろと言ったが、必ずしも奴の頼みを聞く義理はないのだ。我はメタトロンの配下でもなければ、同胞でもないからな。》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
《なるほど。お前の受けている命令は、歯向かう者は抹殺しろということか。ならば戦いを望まない我は、お前にとって敵ではないと事になるな?》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
《いや、怒ってはいない。お前は我の生み出した祠の雲を乗っ取ってしまったが、それはクインに命令されてのことだろう?何度も言うが、我はお前に敵対しない。それどころか、我が同胞になってくれれば嬉しいと思っている。》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
《お前も仲間を望むか。しかし神器が埋め込まれている以上、それは出来ないと。》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
《我の力なら、その神器を取り除くことも可能だ。しかしその代わりとして、我の同胞になってくれぬか?
今やこの地球は悪魔の手に落ち、多くの生態系が破壊されてしまった。
これでは地球は死の星になってしまう。お前が力を貸してくれるのなら、また美しい星に戻すことが出来るかもしれない。》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
《そうか・・・・肉体が欲しいか。雲のような仮初の肉体ではなく、本物の肉体が・・・・。》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
《ふむ。この地球そのものを肉体として使いたいというのだな?しかしいかにお前があらゆるモノの心臓になることが出来るとはいえ、さすがに一つの星を肉体とするには限界があろう。ゆえに・・・・我がその繋ぎとなってやろう。我が身を依り代として、いずれこの地球の心臓になればよい。その時、お前は誰よりも大きな龍神となり、この星の生命、そして自然を支える神になるだろう。》
《・・・・・・・・・・・・・・・・・。》
《構わぬ。我は誰のものでもない。我が肉体も、我が意志も、我のものではないのだ。我を含めた三大龍神は、いわば地球の分身のようなもの。ゆえに、我は誰のものでもないのだ。そして・・・・お前もそうなればいい。誰のものでもない、この星そのものになれば・・・・・、》


            *


エジプトを離れたダフネたちは、インドまでやって来た。
見渡す限りに天使と悪魔の骸が転がっていて、凄惨な戦いの爪痕に心を痛めた。
「みんな死んでるわね・・・・。生きている者は誰もいない。」
宙を舞いながら、ダフネは眉をひそめた。
これが必要な戦いであったとはいえ、多くの仲間が死んだ事に変わりはない。
天使にせよ悪魔にせよ、まるでゴミ山のように死体が積み上がる光景は、強く胸を締め付けた。
しかし悲しんでばかりはいられない。ミカエル達と共に辺りを飛び回り、インドに現れた悪魔を捜した。
「ねえルー。ここに現れたのは、サリエル、リヴァイアサン、それにテュポーンで間違いないのよね?」
そう尋ねると、ルーは「おうよ」と答えた。
「図体だけの無能な悪魔だよ。俺が元の姿なら、コテンパンにやっつけたね。」
そう言いながら、可笑しそうにケラケラ笑った。
「仲間がやられたんだから、笑ったりしないの。」
「だってしょうがねえじゃん。俺は戦いの神だから、戦いが楽しくてしょうがないわけさ。戦いを思い出すと、自然に笑っちまうんだよ。」
「根っからの喧嘩好きなのね。奥さんの苦労が絶えなさそう。」
「良い女だから、大目に見てくれるんだよ。あんたも良い女だけどな。」
ルーはダフネの肩の上で、ニヤニヤしながらそう言った。
「褒めてくれてありがと。でもここには悪魔はいないみたいよ?みんな必死に捜してるけど、ネズミ一匹いやしない。どこかへ移動したんじゃないかしら?」
ダフネは死体の山の上を飛びながら、辺りに目を凝らす。
ミカエルやケンも同じように悪魔を捜すが、やはりどこにも見当たらなかった。
「いないねえ、ここには。あんな図体のデカイ化け物なんだ。ここにいりゃ捜さなくても見つかるよ。」
ルーは退屈そうに言い、「よっと!」とダフネの胸元に入り込んだ。
「あ、ちょっと!何を勝手に・・・・、」
「いいからいいから。悪魔がいたら起こしてくれよ。」
そう言って目を瞑り、スヤスヤと寝息を立て始めた。
「まったく・・・・なんて自由な奴なのよ。」
ダフネは呆れたように首を振るが、その表情はまんざらでもなかった。
遠くへ行っていたミカエル達が戻って来て、「いないようだ」と首を振る。
ダフネも「そうみたいね」と頷き、口元に手を当てて「う〜ん・・・」と唸った。
「ここにいないってことは、いったいどこに行ったのかしら?」
「ルシファーたちの所へ戻ったのかもしれない。しかしそのルシファーがどこにいるのか分からないが。」
ミカエルは険しい顔で呟き、ふと西の空を見つめた。
「・・・・・日本へ戻ってみるか?」
「日本へ?どうして?」
「敵の所在が分からない今、下手に捜すより、仲間を求めた方が賢明かもしれない。メタトロン殿はアーリマンと戦う為に日本に残ったのだから、戻れば会えるかもしれない。」
「・・・・そうね。すれ違いになるかもしれないけど、ここでじっとしてるよりかはいいか。」
ダフネは頷き、インドの大地に刻まれた、大きな戦いの爪痕を見つめた。
「クレーターみたいに地面がへこんでる所があるわ。あれが悪魔の仕業だとしたら、とんでもないパワーを持ってることになる。」
ダフネが見つめる先には、隕石が衝突したようなクレーターが幾つもあった。
それはリヴァイアサンが歩いた足跡で、攻撃でも何でもなく、ただ移動しただけの跡だった。
しかしそんなことを知らないダフネは、それが何者かの攻撃によって出来たものだと思い込む。
「ダフネよ。敵の巨大さは尋常ではない。パワーがあるどころの話ではないのだ。」
「そうみたいね。なんでも山みたいに大きいんでしょ?」
「山と言うより山脈だな。オツムが弱いことが唯一の弱点だが、まともにやりあって勝てる相手ではない。」
「あのクレーターを見る限りじゃそうみたいね。」
ダフネは海へと続くクレーターを睨み、敵の強大さを知る。そしてグッと表情を引き締め、気合いを入れ直した。
「とりあえず今は日本に向かいましょ。まだメタトロンがいるかも。」
ミカエルは頷き、ダフネと妖精たち、そしてエジプトの神々を肩に乗せた。
「カルラほどは速くないが・・・・・飛ばすぞ。」
そう言って翼を羽ばたき、風を切って進んで行った。
このまま真っ直ぐ飛べば、日本へ辿り着くことが出来る。
流れる青い空を眺めながら、ダフネはどうかメタトロンが日本にいてくれることを願った。
《みんなには言ってないけど、一つだけ心配なことがある。クインがラシルじゃなくて月に向かったとしたら、月の魔力を奪われる可能性があるわ。もしそんなことになったら、もう手が付けられない。早いとこルシファーたちを倒して、月へ戻らないと。》
胸の中には不安が込み上げ、その焦りが顔に出る。
するとアメルが手を重ねて、「大丈夫?」と尋ねた。
「なんだか辛そうよ。やっぱり戦いの疲れが溜まってるんじゃ・・・・、」
「大丈夫よ。疲れが溜まってるなんてみんな同じだから。心配しなくても平気。」
「でもダフネは指揮官じゃないの。他のみんなよりも心労は多いはずだわ。もし心配な事があるなら、何でも言ってね。」
「・・・・・ありがとう、アメル。」
ダフネはアメルの手を握り返し、ニコリと微笑んだ。
《私が不安にしてちゃ、みんなにまで不安が伝染っちゃうわ。もっとしっかりしてないと。》
自分を励まし、流れる空の先を見つめる。
そして焦る気持ちを押し殺しながら、早く日本へ着いてくれと願った。
しかし・・・・すんなりと日本まで行くことは出来そうになかった。
なぜなら道行く先には、毬藻の形をした巨大な物体が浮かんでいたからだ。
しかもウネウネと触手のような物を伸ばしていて、その姿はとても不気味であった。
「ダフネよ、あれは何だ?」
「分からない。でも・・・・どうやら味方じゃないみたいよ。ビシビシと敵意を感じるもの。」
「私も同感だ。あんな悪魔は見たことがない。」
「悪魔かどうかは分からないけど、仲良くはなれそうにない感じね。すんなり通してくれるとも思えないし、気をつけて進んでちょうだい。」
「分かっている。しっかり掴まっていろ!」
四大天使は四方に散らばり、毬藻を囲うような陣形で飛んで行く。
もし向こうから攻撃を仕掛けてきた場合、一カ所に固まっているのはまずい。
何かあった時は、すぐに包囲して叩きのめすつもりだった。
毬藻のような物体はダフネたちに気づいて、ゆっくりとこちらに迫って来た。
日本に着く前に、不気味な敵との戦いが始まろうとしていた。


            *


エジプトからダフネたちが飛び去った頃、もう一組エジプトから飛び去った者たちがいた。
それはダナエとコウであった。
地球を離れてラシルへ行けと言われ、箱舟を駆って宇宙へ飛び出していた。
しかしダナエは迷っていた。このままダフネたちを置いて行ってもいいのか?地球は大丈夫なのか?
強い迷いを抱えながら、月と地球の間を飛んでいた。
ダナエは操縦席に座りながら、舵を握って地球を振り返る。
「ダフネ・・・・どうしてあんなに焦ってたんだろう?」
そう呟くと、コウが「神器を守る為だろ」と答えた。
「あそこにいたら、ミカエル達に神器を奪われちまう。それを防ぐ為さ。」
「本当にそれだけかな?」
「そうじゃないの?どっちにしたって、俺たちはラシルへ行く予定だったんだ。問題ないじゃん。」
「でもまだルシファーやサタンを倒してないんだよ?しかもあいつらは月にいるっていうし・・・・。」
ダナエは知らなかった。まだルシファーたちが地球にいることを。
窓から月を見つめて、「妖精のみんなは大丈夫なのかな・・・?」と不安そうにした。
「天使や死神はみんなやられちゃったったらしいけど、妖精たちはどうなんだろ?ミヅキと叔父さんも心配だし。」
「心配だよな・・・・。でも月へ行くってのはやめた方がいい。俺たちだけじゃ、あの化け物どもに勝てないんだから。」
コウはダナエの肩に手を起き、「変な気は起こすなよ」と諌めた。
「お前のことだから、今から月へ行ってみんなを助けるとか考えてたんだろ?」
「そうよ。悪い?」
「考えるだけなら悪くないよ。俺だって同じ気持ちだからな。でも実際に行ったらダメだ。俺たちはラシルへ行くんだから。でないと、いったい誰がクインを倒すって言うんだよ。」
「そうだけど・・・・。」
「それに向こうじゃドリューやカプネが待ってるんだぜ?早く戻ってやんないと。」
「・・・・そうだね。そうだって分かってるけど・・・・、」
コウの言うことはもっともであるが、ダナエは釈然としなかった。
この箱舟なら、今すぐに月へ戻ることが出来る。
窓の外にはその月が見えていて、もし妖精やミヅキたちが酷い目に遭っていたらどうしようかと辛くなった。
「ねえコウ。ちょっとだけ・・・・、」
「ダメ。」
「まだ何も言ってないじゃな・・・・、」
「ダメなもんはダメだ。」
「・・・・・ケチ。」
「そういう問題じゃないだろ。だいたいラシルに行くのは、お前も賛成だったはずじゃないのかよ?
トミーもジャムも、向こうに戻ってる可能性があるんだから。」
「トートがそう言ってたね。」
ダナエはトートの話を思い出した。
「あの二人・・・・地球へ帰ったはいいけど、スフィンクスにびっくりしてユグドラシルに逃げ込んだんだよね?本当に臆病なんだから。」
「いや、でも気持ちは分かるぜ。あいつらはもうゾンビじゃないんだ。死んだらそこでお終い。だったらスフィンクスなんかに飛びかかられたら、怖がって当たり前だよ。」
「でもじゃれてるだけだってトートが言ってたよ。襲うつもりなんてないって。」
「あのなあ・・・あいつらは人間なんだぜ?それがスフィンクスみたいなデッカイ獣にじゃれつかれてみろよ。ビビるに決まってるじゃん。」
「そういうもんなの?」
「さあ?人間はそうじゃないの?人間じゃないから分かんないけど。」
コウは肩を竦め、遠くに浮かぶ月に目をやった。
「トミーとジャムはラシルへ戻ってるさ。だから月のことは心配だけど、今はラシルへ・・・・・、」
そう言いかけた時、ダナエは「やっぱりごめん!」と叫んで、月へ舵を切った。
「おい!ダメだって言ってるだろ!」
「それはもう聞いた。」
「じゃあやめろよ!月へ行ったらルシファーたちが・・・・、」
「だから行くんじゃない。きっと妖精のみんなが助けを待ってる。早く行かなきゃ。」
ダナエは月を目指し、高速移動用のペダルを踏もうとした。
コウは「させるか!」と足を押さえつけ、舵を横へ切ろうとした。切ろうとしたが・・・・まったく動かなかった。
「あれ?なんで動かないんだよ?」
「だってこれは私の船だもん。私にしか動かせないの。」
「そ、そういえば・・・・。でも月へか行かせないぞ!そんなのノコノコ死にに行くようなもん・・・・って、痛ッ!」
ダナエはコウのほっぺをつねり、ムギューっと引っ張った。
「ほひ!はひふんだ!?」
「月には私たちの仲間がいるのよ?それを放っておいていいはずないでしょ?」
「ほへはほうはへほ・・・・、」
「さあ、一気に月まで行くわよ!あんな奴ら、この船の大砲でぶっ飛ばしちゃえばいいのよ!!」
そういって足元のペダルを睨み、「ええ〜っと・・・右のペダルが一番遅いやつよね」と呟いた。
「これを踏みながらレバーを引くと、速さを調節出来るのよね。ここから月までだと・・・・・半分くらい引けばちょうどいいスピードになるかな?」
左右のレバーを掴み、真ん中辺りまで引いてみる。そして右のペダルを踏み込むと、船の車輪に虹色の粒子が集まってきた。
船は高速で車輪を回転させて、一気に宇宙を駆け抜ける。
そして瞬く間に月へ辿り着き、ダナエは慌ててペダルから足を離した。
「あああ!通り過ぎちゃった!!」
止めるタイミングを間違えて、大きく通り過ぎてしまう。すぐに舵を切り、船を反転させた。
「ねえコウ。もうすぐ着くわよ。戦いの準備はいい?」
そう尋ねると、コウは部屋の隅で気絶していた。
「ちょ・・・ちょっと!どうしたの!?」
「・・・どうしたもこうしたも・・・・いきなり止めるから・・・・。」
コウは壁にぶつかって、白目を剥いていた。頭を押さえながら立ち上がり、フラフラとよろける。
「ああ・・・・なんてこった・・・。月まで来ちまった・・・・。」
窓の外の月を見つめ、青い顔をしながら頭を押さえる。
「大丈夫よ!私たちだけじゃなくて、この腕輪には三人も強い味方が宿ってるんだから!」
ダナエはコスモリングを掲げ、やる気満々で月へ近づいて行く。
そして月面を見渡して、「近くには誰もいないようね」と言った。
「月の上まで行かないと中に入れないわ。すんなり入れるといいんだけど・・・・。」
不安そうに呟きながら、月の上へと移動していく。すると無数の白い物体が漂っているのに気づいて、「あれは・・・・、」と息を飲んだ。
宙に漂う白い物体。それは無惨にも引き裂かれた、天使や死神の屍だった。
ベルゼブブが襲って来た時のように、目も当てられない凄惨な光景が広がっている。
ダナエは言葉を失くし、辛そうに唇を噛んだ。
「酷いもんだな・・・・。」
コウも険しい顔で呟き、「あんまり見るなよ」と言った。
「お前って、こういうのずっと記憶に留めちゃうだろ。あんまり見てると辛くなるぞ。」
「・・・・・・・・・・。」
コウが自分の為にそう言ってくれるのは分かる。しかしそれでも、この凄惨な光景から目を背けたくなかった。
なぜなら天使も死神も、月を守る為に戦ってくれたからだ。
自分の故郷の為に命を散らした者たちを、見るのが辛いからといって目を逸らすことは出来なかった。
「・・・・・・・・・・。」
ダナエは唇を噛んだまま、船を進めて行く。そして月の真上まで来た時、ゆっくりと船を降ろして行った。
「・・・・悪魔はいないみたいだな。てことは中にいやがるんだ。気いつけろよ。」
「分かってる・・・・。」
着陸した少し先には、大きな穴が空いている。
普段は閉じているこの穴が開いているということは、誰かが中に入った証拠である。
ダナエは慎重に船を進め、穴の中へと降りて行った。
「・・・・・特に荒されてはいないみたいね。悪魔も見当たらないし。」
月の中は、以前と変わらず美しいままだった。
澄んだ空が広がり、宝石のような海が広がり、そして花が咲き誇る大地が広がっている。
城はヘカーテたちのせいで滅茶苦茶に壊されたままだが、それ以外は特に変わった様子はなかった。
「どこかに隠れてるのかな?」
「かもな。油断してるといきなり襲われるかも。この船って結界とか張れないのか?」
「ええっと・・・・確かそういう事も出来たと思うけど・・・・・、」
「ちょっと説明書見せろよ。どこに置いてあるんだ?」
コウはゴソゴソと操縦室の中を漁り、椅子の下に落ちている説明書を見つけた。
「あったあった。お前こんな所に置いとくなよ。失くしても知らないぞ。」
そう言ってパラパラと説明書をめくり「ええっと・・・・目次はどれだ?」と目を細めた。
「・・・・・おお、ちゃんとあるじゃん。船を守る方法の所に書いてあるよ。でも結界じゃないみたいだな。これは・・・・・船を硬くする方法だってさ。大砲のボタンを押しながら、舵を固定して取り外す・・・・って、なんじゃこりゃ?そんなことしたら操縦出来なくなるじゃんか。」
ブツブツと言いながら顔をしかめていると、ダナエが「ちょっとアレ!」とコウの襟首を引っ張った。
「痛たた!なんだよ乱暴な・・・・、」
「アレ見てよ!あそこに立ってるのってメタトロンじゃない?」
「はあ?なんで月にメタトロンが・・・・・て、本当だ!!何してんだあの天使?」
ダナエが指差した先には、塔のように巨大な天使が立っていた。
白銀の身体に白い翼、それに厳つい顔に鋭い眼光。それはどう見てもメタトロンだった。
彼は海の傍に立ち、じっと海面を睨んでいる。そして辺りをキョロキョロと見渡し、まるで何かを捜しているようだった。
「ねえコウ!メタトロンがいるなら心配することないわ。だって滅茶苦茶強いんだから!」
「そりゃそうだけど、でもなんで月なんかに・・・・、」
「直接聞けばいいじゃない。とにかく行ってみましょ。」
ダナエは舵を切り、メタトロンの方へと進んで行く。
すると向こうもこちらに気づいて、翼を広げて飛んで来た。
「いったいなぜ月にいるんだ?」という顔をしながら。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第四十八話 散りゆく仲間(8)

  • 2015.06.07 Sunday
  • 12:23
JUGEMテーマ:自作小説
ミカエルに頼まれて、カルラはインドまでやって来た。
サリエル達と戦おうとしていたルーを掴み、遥か上空まで舞い上がる。
そしてインドの大地を睨んで、「天使ヤ神獣ハドウシタ?」と尋ねた。
「ドコニモ姿ガ見当タラナイガ、ドコヘ消エタノダ?」
「みんな負けたんだよ、あのデカイ悪魔どもに。」
ルーは眼下にそびえる三体の悪魔を指差した。
「ナント!同胞達ハ敗北シタトイウノカ!?」
「だからそう言ってるだろ?同じこと言わせるなよ。」
「イヤ・・・シカシダナ、ココニハ黄龍ヤアマテラス殿モイタノダゾ?ソレナノニ全滅シテシマッタトイウノカ?」
「いんや、アマテラスは悪魔にやられたんじゃない。俺を妖精にする為に、力を使い果たしたんだ。」
「オ主ヲ・・・・?」
カルラは首を傾げ、じっとルーを見つめた。
「・・・・アア!オ主ハマサカ・・・・・、」
「俺はルーってんだ。ケルトの太陽神さ。」
「ソレハ知ッテイル。私モシバラクココデ戦ッテイタカラナ。シカシ何故妖精ニナッテイル?」
「だからあ・・・アマテラスが俺を妖精に変えたの。そのせいでアイツは死んじゃって、しばらくお茶にも誘えない。災難だよなあ、まったく。」
ルーはそう言って、ボリボリと頭を掻いた。
「・・・・オ主ノセイデアマテラス殿ガ・・・・。」
カルラは怒りに震え、鋭い目でルーを睨んだ。
「おいおい、俺に怒るなよ。これはアマテラスが勝手にやったことなんだ。俺から頼んだんじゃないぜ?」
「何ヲ言ウカ!オ主ノ暴走ヲ止メル為ニ、アマテラス殿ハ命ヲ投ゲ出シタノダロウ!?キットソウニ決マッテイル!」
「うん、まあ当たってるけどな。ははは!」
「ムウウ・・・・ヤハリ傍若無人ナ・・・・。」
カルラはさらに怒りに震える。しかしグッとその怒りを抑えて、「黄龍ハドウシタ?」と尋ねた。
「知らね。俺が卵から出て来た時にはもういなかったからな。悪魔にやられたとも思えないし、どっかに行ったんじゃねえの?」
「ムムウ・・・・何トイウコトダ。天使ヤ神獣ハ敗北シ、黄龍ハココニハイナイ。マサカノ事態ダ。」
そう呟いて眼下の悪魔を睨み、「トリアエズエジプトマデ戻ロウ。ミカエル殿ニ指示ヲ仰ガネバ」と言った。
カルラは翼を羽ばたき、エジプトまで向かおうとする。するとその時、下から凄まじい突風が襲いかかった。
「グオオオオオオオ!」
あまりの激しい風に、まるで竜巻に巻き込まれたようにグルグルと回る。
その風は翼が千切れそうなほどで、何枚も羽が抜けていった。
「何ナノダコノ風ハ!?五体ガバラバラニナッテシマイソウダ!!」
「ああ、これはリヴァイアサンの鼻息だよ。俺を吹き飛ばすつもりだったんだ。」
「ヌウウ・・・アノシーラカンスメ!コノママデハ身体ガバラバラニナッテシマウ。」
リヴァイアサンの鼻息は強烈で、カルラの翼をもってしても抜け出せないほどだった。
するとそこへサマエルが飛んで来て、翼を広げて立ちはだかった。
「まだ生き残ってるのがいたか。」
そう言って口を開き、炎を吐いた。
「ヌオオオ!」
サリエルの業火が、リヴァイアサンの突風に巻き上げられて、灼熱の火柱と化す。
そのせいでさらに風が激しくなり、カルラは火柱に飲み込まれそうになった。
しかしルーが咄嗟に魔法を唱え、一瞬で炎を掻き消した。
「酸素が無きゃ火は燃えないだろ?風の精霊に頼めば、酸素くらい簡単に消せるぜ。」
「ルーめ・・・・やはり侮れない奴。」
サリエルは口元を歪め、憎らしそうにルーを睨んだ。
「妖精になった分、腕力は劣っても魔法は得意になるもんさ。でも俺はこういう戦い方は好きじゃねえ。もっと派手に暴れたいんだよ。」
「貴様と戦う気はない。しかしそっちの鳥人間には死んでもらう。インドにいる天使や神々を全滅させろというのが、ルシファー様の命令だからな。」
「じゃあ俺も入ってんじゃん。」
「今のお前は妖精だ。見逃しても命令に逆らうことにはならない。」
サリエルは12枚の翼を広げ、目を赤黒く輝かせた。
するとサリエルの背後から後光が射して、黒い炎の輪っかが浮かび上がった。
「おお、何かして来る気だな?」
ルーは嬉しそうに目を輝かせる。いったいどんな攻撃が来るのだろうかと、ワクワクしていた。
「何度も言うが、お前と戦う気はない。しばらくどいていてもらおう。」
サリエルは背後に浮かぶ黒い炎の輪っかを、カルラに向かって飛ばした。
するとどんどん小さくなっていって、拘束具のようにカルラを締め上げてしまった。
「グオオオオオオ!!」
千切れそうなほど身体を締め上げられて、翼が燃えていく。
そして掴んでいたルーを放してしまった。
ルーは空中に投げ出されて、小さな羽を動かしてバランスを取る。
そこへサリエルの尻尾が襲いかかり、「うお!」と慌ててかわした。
「なんだよ、やる気なんじゃねえか。だったらこっちも本気で・・・・、」
そう言いかけた時、下からまた突風が吹いた。
ルーはその突風に舞い上げられ、遥か遠くへ吹き飛ばされていった。
「邪魔者はいなくなった。あとはこの鳥人間さえ殺せば、ルシファー様の命令は完了だ。」
黒い炎の輪っかは、ギリギリとカルラを締め上げる。
翼の骨は折れ、羽は燃やされ、いつ身体が切断されてもおかしくなかった。
「・・・・・・・・ッ!」
あまりの痛みに、声を上げることも出来ない。
役目を果たせずにここで死ぬのかと思うと、無念でならなかった。
《スマヌ・・・エジプトニイル仲間達ヨ・・・・。私ハココデ果テルヨウダ・・・。》
抵抗するのをやめ、目を閉じて身体から力を抜く。
しかしそこへ「オラオラオラああああ!!」と叫び声が響いて、吹き飛ばされたはずのルーが戻って来た。
「あんなもんで俺をどうにか出来るか!お前ら全員、身体の表と裏をひっくり返してやんぜコラあああ!!」
勢いよく戻って来たルーを見て、サリエルは「なぜだ!?」と驚いた。
「今のお前に、リヴァイアサンの鼻息に耐えるパワーはないはずだ!」
「アホかお前!妖精になりゃ魔法が得意になるつったろ!」
そう言って、ルーは両手の指を開いてみせた。
するとそこにはキラキラと光る細い糸が結ばれていた。
その糸はサリエルの翼に巻きついていて、まるで伸縮するゴムのようにルーを引っ張っていたのだ。
「こ・・・・これは・・・虫の糸?」
「おうよ!虫の精霊に頼んで、とびきり頑丈な糸を紡いでもらったんだよ。」
「ぐぬ・・・いったい何時の間に・・・・、」
サリエルは死霊を放ち、虫の糸を斬らせようとした。しかし糸はとても頑丈で、死霊程度ではビクともしない。
「斬るのが無理なら、燃やすだけだ!」
そう言って黒い炎を吹き出し、糸を焼き切った。
「バ〜カ、今頃遅いんだよ。」
ルーはサリエルの下に潜り込んで、まるで羽虫のようにうるさく飛び回った。
そして「これで完了」と笑うと、カルラの方に飛んでいった。
「ありゃりゃ、もう死にかけてるな。まあ一応助けてやるけど。」
カルラはブクブクと白い泡を吹いていて、翼は完全に焼け落ちていた。
ルーはそんなカルラを助ける為に、ある特殊な生き物の精霊を呼び出すことにした。
「この黒い炎の輪っかを外すことは無理だ。だったら・・・・いっそのことカルラが焼き斬られるまで待って、それから助けりゃいい。」
そう言ってルーが呼び出した精霊は、大きなプラナリアだった。
いくら切られても再生するこの生物の力を借りれば、カルラを助けることが出来る。
そう思って呼び出したのだが、肝心なことを忘れていた。
プラナリアは、焼き切られた場合は再生しないのだ。
再生するのは力を加えて切断した時だけであり、焼かれれば普通に死んでしまう。
ルーは「やべやべ」と慌てて、翼からカマイタチを放ってカルラを両断した。
切られた上半身が宙へ舞い、下半身は炎の輪っかで燃え尽きてしまった。
ルーはすぐにプラナリアの精霊を蹴り飛ばし、切断された傷口に叩き込んだ。
すると瞬く間に身体が再生して、カルラはどうにか一命を取り留めた。
しかしサリエルの攻撃で傷つけられた上半身は、プラナリアの力でも回復しない。
翼は燃やされたままなので、そのまま落ちていってしまう。
「しゃあねえなあ。」
ルーは再び虫の精霊を呼び出し、糸を紡いでカルラを巻き取った。
「うぎぎぎ・・・・重い・・・・。妖精になると腕力が出ねえから困るんだよなあ・・・・。」
必死にカルラを支えながら、今度は水の精霊を呼び出す。
するとクリオネのような精霊がワラワラと集まって来て、カルラの中に吸い込まれていった。
「ムウウ・・・・身体ガ・・・・。」
ルーの魔法のおかげで、カルラの傷が癒える。翼は復活して、どうにか飛べるようになった。
しかし完全に回復というわけにはいかず、少し動くだけでバラバラになりそうなほど身体が痛んだ。
ルーは「治ったか?」と肩を叩く。カルラは「グギャ!」」と叫び声を上げた。
「ああ、完全には無理だったか。俺って治癒の魔法は苦手だから。」
そう言ってまた肩を叩き、カルラは悲鳴を上げた。
「イヤ・・・・助ケテクレテ感謝スル・・・。シカシ・・・・長クハモチソウニナイ・・・・。早クエジプトマデ・・・・、」
カルラはルーを掴み、エジプトまで羽ばたこうとする。
しかし目の前にサリエルがいるのに気づいて「ヌオ!」と後ずさった。
そしてすぐに逃げようとしたが、「ム?」と異変に気づいた。
「コレハ・・・・ドウナッテイルノダ?」
サリエルは、蜘蛛の巣に引っ掛かった虫のように、細い糸でがんじがらめにされていた。
落っこちないように必死に翼を羽ばたいていて、その姿は笑えるほど滑稽であった。
「ああ、それ俺がやったんだよ。」
「オ主ガ!?」
「虫の精霊を呼び出して、蜘蛛の糸で巻きつけたわけ。」
「ナント!イクラ魔法ガ得意ダカラトイッテ、サリエルノ動キヲ封ジ込メテシマウトハ・・・・。」
「俺の魔法は一味も二味も違うぜ。でもそのうち糸を斬るだろうから、アンタ逃げるなら今のうちだぜ?」
「・・・・ソウダナ。私デハコノ悪魔ニ勝テナイ。オ主ヲ連レテ、スグニ逃ゲルトシヨウ。」
カルラは翼を動かし、サリエルの横を通り過ぎる。
そして瞬く間に音速を超えて、エジプトを目指した。
「おいコラ!俺は連れて行かなくていい!アイツらと戦うんだから!」
「駄目ダ。オ主ニハ一緒ニ来テモラウ。私ノ命ハソウ長クハナイ。キットエジプトニ辿リ着ク頃ニハ死ンデイルダロウ。ダカラオ主ノ口カラ、インドデ起キタ事ヲ伝エテホシイ。」
「はあ?そんなもん自分でやれ・・・・、うおおおおお!!」
カルラは何度も翼を羽ばたき、羽を散らしながらエジプトを目指した。
その直後、サリエルは口の中に炎を溜め、顔に巻き付いた糸を焼き払う。
そして「おのれ・・・」と悔しそうに唸った。
「太陽神ルーめ・・・・・やはりアイツと関わるとロクなことにならない。しかし・・・ここまでコケにされては、さすがに黙っていられないな。」
そう言って後を追いかけようとしたが、ふと異変に気づいた。
「これは・・・・どういうことだ?まったく前に進めないぞ。」
翼を羽ばたいても、ちっとも前に進まない。何度も何度も必死に羽ばたくが、全然進む気配がなかった。
それどころか、何かに引っ張られるように、グイグイと後ろへ下がっていった。
「な、なんだ!?」
後ろを振り向くと、そこにはキラキラと光る糸が張っていた。
その糸は遥か下まで伸びていて、リヴァイアサンの頭に張り付いていた。
「ぐお!おのれルーめ!いつの間にか私とリヴァイアサンを結んでやがる!」
リヴァイアサンは海を目指し、南の方へと歩いていた。
あまりの巨体の為に、長く陸上にいると疲れるのだ。だから海で休もうとしていた。
「おい!戻れ!」
「・・・・・・・・・・・。」
「聞こえてないのか。クソ!図体がデカイだけの鈍感め・・・。」
サリエルは炎を吐き、リヴァイアサンと繋がる糸を焼き払った。
そしてすぐにルーの後を追おうとした。
しかしカルラはとっくに飛び去っていて、どんなに目を凝らしても見つけることは出来なかった。
「逃げたか。エジプトへ行くとか言っていたが、間抜けな奴らだ。もうあの場所には何もない。ルシファー様たちは日本へ向かったのだからな。」
サリエルは地上に戻り、じっと辺りを見渡す。そしてもう敵が残っていないことを確認すると、「私たちも日本へ行くぞ」と言った。
「もうじき、我ら悪魔の王国が誕生する。その地は日本の伊勢という所だ。あそこには大きな気が溜まっているから、それを利用して悪魔の城を建てるのだ。」
その言葉にテュポーンは頷く。しかしリヴァイアサンは全く聞いておらず、ノシノシと海へと向かって行った。
「リヴァイアサン。お前も日本へ向かうのだぞ。途中で居眠りしたら許さんからな。」
「・・・・・・・・・チッ。」
リヴァイアサンは舌打ちを残し、モソモソと海へ入って行く。
サリエルとテュポーンはその巨体を動かして、インドの大地を進んでいった。
インドでの戦いは悪魔の勝利に終わり、サンダルフォンたちは全滅してしまった。
カルラは消えかかる最後の命を燃やしながら、ミカエルたちの待つエジプトへと向かう。
そして・・・・ラファエルの手の上で息を引き取った。
ルーはカルラの代わりに、インドでの出来事を説明した。
まるでアトラクションを楽しんだ子供の様に、ケラケラと笑いながら・・・・・。


            *


砂漠の真ん中に、透明なピラミッドが建っている。
水のように透き通っていて、繊細なガラス細工のようにも思える美しさだった。
そのピラミッドの前には、三人のエジプトの神が並んでいた。
一人はハトホルという女神で、多産と母性を司る女神だった。
とても優しそうな顔をしていて、頭には牛の角が生えている。
髪は柔らかくパーマがかかっていて、真っ白なシルクのドレスを身に着けていた。
手にはイチジクを持っていて、それはメノウのように柔らかく透き通っていた。
二人目はトートという神だった。トートはトキの顔に人の身体、そして背中に翼と尾羽を持っていて、とても賢い神様だった。
右手にはペン、左手には書物を持ち、思慮深い表情をしている。
トートは知恵の神様で、エジプトの神々の中で一番頭が良い。
紫の布服がパタパタと風になびき、手にしたペンでせっせと何かを書き記していた。
そして三人目はベスという神であった。
べスは小人のように小さな身体に、小人のように小さな手足をしている。
しかし顔だけやたらと大きく、髪はぼさぼさ、髭はもじゃもじゃのお爺さんの顔をしていた。
そしてライオンの耳と尻尾をしていて、ヒョウ柄のマントを羽織っている。
べスは羊と羊飼いを守る神様であるが、その他なんでも引き受ける万屋のような神様でもあった。
踊りや結婚、それに出産や戦いの神様としても役割を持ち、さらには魔除けの力も持っている。
庶民に広く親しまれ、とても愛嬌のある神様だった。
生き残ったエジプトの神様はこの三人だけで、他の神々は邪神クイン・ダガダによって倒されてしまった。
クインは毬藻の兵器を我が物にした後、エジプトまで向かったのである。
そしてこの地に生えるユグドラシルの分身を持ち去ろうとした。
エジプトの神々はそうはさせまいとして、ピラミッドから出て来て戦いを挑んだ。
クインは神殺しの神器を操り、次々にエジプトの神々を討ち取っていった。
近くにいたルシファーとサタンは、クインの戦いをただ眺めているだけだった。
やがてエジプトの神々のほとんどが討ち取られ、遂にはホルスとアヌビスを残すだけとなってしまった。
そこへスフィンクスがやって来て、ホルス達に加勢した。
クインはスフィンクスを睨みつけると、スッと左手を前に出した。
するとその腕が大きな龍に変わり、一口でスフィンクスを食べてしまった。
その時、砕かれたスフィンクスの身体から、セトという凶悪な神が出て来た。
セトはスフィンクスの中に封印されていたのだが、そのスフィンクスが噛み砕かれたので、外に出て来た。
ホルスとアヌビスは、宿敵セトを討ち取らんと戦いを挑んだ。
しかしクインに邪魔をされ、神殺しの神器に貫かれて敗北した。
ホルスとアヌビスも負けてしまい、残ったのはハトホル、トート、そしてべスだけになってしまった。
幸い三人はピラミッドの中に隠れていて、クインに見つかることはなかった。
そして息を殺しながら、外の様子を窺っていた。
クインはルシファーたちと何かを話していて、真剣に頷き合っていた。
遠く離れた所から様子を窺っているので、何を話しているのかは聞こえない。
しかしルシファーとクインの表情から、真剣な話をしていることは分かった。
そしてその直後、ルシファーとサタンは、配下の悪魔を引き連れてどこかへ去って行った。
クインはユグドラシルの分身を見上げ、力任せに根っこから引き抜いた。
そこへセトがやって来て、クインの前に膝をついた。
まるで自分から部下にしてくれと志願するように。
クインはそれを認めたようで、セトに何やら指示を出していた。
セトはコクコクと頷くと、砂に潜って消えてしまった。
クインはユグドラシルの分身を持ち上げたまま、グルリと砂漠を見渡した。
そしてふとトートたちと目があった。
しかし光のピラミッドはクインには見えない。すぐに目を逸らして、また辺りの様子を窺っていた。
そしてピカッと光った後、テレポーテーションのように消えてしまった。
生き残ったトートたちは、このままここにいてはまずいと思った。
光のピラミッドは宙に浮いており、いくら誰の目にも見えないとはいえ、些細なことからバレてしまう可能性もある。
だから砂の中に移動して、じっと息を殺していた。
そして助けを呼びに行ったカルラが、助っ人を連れて戻って来てくれるのを待っていた。
ピラミッドに隠れたまま、砂漠の下でひたすら待った。
するとそこへ現れたのは、カルラではなくミカエルたちだった。
ミカエルを筆頭とした四大天使の他に、大きな船まで飛んでいる。そしてゆっくりとエジプトの砂漠に降りて来た。
エジプトの神々は、ピラミッドの中にある魔法の筒から、その様子を覗いていた。
四大天使のことはもちろん知っている。しかし大きな船の方は、初めて見るものだった。だから、いったい誰が乗っているのだろうと警戒した。
魔法の筒に、船の中の様子が映し出される。
するとそこには、四人の妖精と一人の女神がいた。
それを見たトートは、「むむ?」と唸った。なぜなら妖精の中に、知っている顔がいたからだ。
「これはコウ殿ではないか!」
するとハトホルとべスも「どれどれ?」と覗きこみ、「ほんとだ!」と驚いた。
「ねえトート、きっと私たちを助けに来てくれたんだよ。外に出よう!」
「儂も賛成!」
「待て待て。もう少し様子を見てからだ。」
はやる二人を宥めて、トートは魔法の筒を覗きこむ。
やがて女神と妖精の一人が部屋を抜け出し、別の部屋へと移動していった。
そして残された三人の妖精と天使の間で、何やら言い争いが始まった。
空気はだんだんと険悪になり、四大天使は船から離れていく。
妖精たちは困った顔をしていて、何やら悩んでいるようだった。
その様子を見たトートは、筒から目を離して唸った。
「むうう・・・何やら揉めているようだな。それにカルラ殿も戻って来ないし、いったいどうしたものか?」
腕を組んで考え込んでいると、ハトホルとべスは「コウに会いに行こう!」とピラミッドを出て行ってしまった。
トートは「待たぬか!」と後を追いかけ、船の傍までやって来た。
すると先ほど部屋を出ていった女神と妖精が、船の後ろに立っているのが見えた。
ハトホルとべスが「お〜い!」と手を振ると、向こうもこちらに気づいた。
女神と妖精はトートたちのところまで降りて来て、ニコリと微笑む。そして女神の方が「私はダフネ、月の女神よ」と名乗った。
「あなた達はエジプトの神様ね?」
トートが「そうだ」と頷くと、ダフネはどうして自分達がここへ来たのかを説明した。
そしてここでいったい何があったのか?ルシファーたちはどこへ消えたのか?ということを尋ねた。
トートが詳しく説明すると、ダフネは口元に手を当てて「クインがここに・・・」と呟いた。
「なんだか予想外の事態ばかりね。もう作戦も何もあったもんじゃないわ。」
ダフネは肩を竦めて笑う。するとトートが一歩前に出て、「頼みがある」と言った。
「このエジプトは、悪魔によって汚されてしまった。ホルス様もオシリス様もやられてしまい、生き残ったのは我ら三人だけ。」
「気の毒ね。仲間がやられるとこを見るなんて、さぞ辛かったでしょう?」
「いや、辛いのは命を落としたホルス様たちの方だ。このままでは、ホルス様が復活した時、エジプトは悪魔に汚されたままだ。
私はどうしてもそれだけは避けたい。だから・・・・このエジプトに再び平和をもたらす為に、どうか力を貸してほしい。」
「もちろんよ。私たちは悪魔を倒す為にここまで来たんですもの。」
ダフネはニコリと微笑みかける。トートは感激し、「ではこれをあなたに預けておく」と、懐からネックレスを取り出した。
そのネックレスは金で出来ていて、鷹を象っていた。
「これはアメン・ラー様の力が宿った首飾りだ。」
「アメン・ラー?」
「初代エジプトの神々の王だ。大きな力を持つ神だったが、今は引退して隠居生活を楽しんでおられる。」
「そうなの?でもどうしてこれを私に?」
「この首飾りは、死者蘇生の力を持っている。一度だけ、死んだ命を復活させることが出来るのだ。ホルス様を生き返らせようかと思ったが、今蘇られたところで、どうすることも出来ないだろう。だから・・・・あなたに預けておく。もしもの時は、これを使って窮地を乗り切るといい。」
そう言って、アメン・ラーの力が宿った首飾りを握らせた。
ダフネはじっとその首飾りを見つめ、「分かったわ」と受け取った。
そして自分の首にかけて、「死者蘇生か・・・・。出来れば、これを使うような事態にならなければいいけど・・・」と呟いた。
「この船にね、私たちの仲間がいるの。紹介するわ。」
微笑みながらそう言って、トートたちを船の中に案内した。
そして操縦室に戻ると、ケンが険しい顔をして困っていた。
「ダフネ、ちょっと困ったことになったんや。」
そう言って、ミカエル達と揉めてしまったことを話した。
ミカエルは神殺しの神器を渡せと言い、ダナエはそれを拒否した。
そのせいで、ミカエル達との間に険悪な溝が出来たと相談した。
それを聞いたダフネは、「分かった、私が何とかする」と答えた。
「あのね、実はみんなに紹介したい神々がいるの。トートとハトホル、それにべスよ。」
ダフネはそう言って、エジプトの神々を招き入れ。ケンは「おお!これがエジプトの神さんか、よろしく」と言って握手を求め、トートも「こちらこそ」と頷いた。
ハトホルとべスは不思議そうに船の中を見渡し、興味津津の様子だった。
そこへコウがやって来て、「お前ら、無事だったんだな!」と笑った。
「ああ!やっぱりコウだ!」
ハトホルは手を叩いて喜び、べスもニコニコと笑っていた。
そこへダナエがやって来て、「トミーとジャムは!?」と尋ねた。
「あの二人はどこへ行っちゃったの!?もうここにはいないの?」
そう言って、なぜかトートの首を締め上げた。
「ぐふ!く・・・・苦しい・・・・。」
ダフネが「落ち着きなさい」と止めに入り、ダナエを引き離す。
そしてエジプトの神々から聞いた話を伝えた。
すると誰もが険しい表情になり、重苦しい空気が流れた。
「邪神が・・・・・地球に・・・・。」
ダナエは俯き、槍を握りしめる。コウも瞳を揺らしながら、怯えた表情で息を飲んだ。
するとダフネは二人の肩に手を置いて、こう言った。
「ダナエ、コウ。あんた達はこの船に乗って、すぐにラシルまで行きなさい。ここにいたらミカエルに神器を奪われるわ。そして向こうにいる仲間と一緒に、必ずクインを倒すの。」
そう言ってすぐに二人を出発させた。
ミカエル達にばれないように、光のピラミッドに隠れながらこっそりと・・・・・。


             *


厳つい顔を歪めながら、ミカエルは目を閉じている。
今までの説明を聞いて、何とも言えない顔で唸っていた。
「ダフネよ、話は分かったが、それでは納得するに足らん。」
「あら?どうして?」
「当然だろう。エジプトの神々から話を聞いたならば、なぜ私にも相談しなかった?」
「だって神器を奪うつもりだったんでしょ?だったらそれを話したところで、結局はダナエから神器を奪うことに変わりはないじゃない。」
「つまり・・・・私たちを信用していないと?」
「かもね。力づくで神器を奪おうとしてたんだから、信用なんか出来るはずがないわ。非はそっちにもあると思うけど?」
四大天使を前にしても、ダフネは凛として言い返す。
あの神器を誰かに渡してはいけないということは、ダフネもよく分かっていた。
もしミカエル達の手に渡ってしまえば、必ず自分たちの正義の為に利用しようとする。
天使としてはそれでよくても、他の者にとってはそうはいかない。
あの神器を持つということは、どんな神や悪魔でも殺せるということである。
それはすなわち、天使だけに大きな力が集中してしまうことになるのだ。
どうしてもそれを避けたかったダフネは、すぐにダナエを逃がした。
そうしなければ、いずれ力づくで神器を奪いに来ると分かっていたから・・・。
「ねえミカエル。今大切なのは、神器のことじゃないわ。」
「ほう?話を逸らす気か?」
「そうじゃないってば。エジプトの神様から話を聞いて、私たちはとんでもない思い違いをしていたってことに気づいたの。」
「思い違い?」
「そうよ。ルシファーとサタンは月に向かったと思ってたけど、そうじゃないわ。まだ地球に残ってる。」
「なぜそう思う?」
「だってルシファーたちは、ここでクインと接触してたのよ。そんな状況でわざわざ月へ行き、あの星の魔力を得ようとしてごらんなさい。たちまちクインに気づかれて、あの神器で殺されるに決まってるわ。」
「・・・・・・・・・。」
「ルシファーとサタンは、もう完全にクインの支配下に入ってる。心の底から服従なんてしないだろうけど、今のところは従っているのよ。だからクインに何かを命令されて、この場所を離れた。」
「何かを命令か・・・。ずいぶんと曖昧な言い方だな。」
「推測でよければ答えるけど?」
「では聞かせてもらおう。」
「クインはこの地球も支配するつもりでいる。そしておそらくだけど、この星をラシルと似た環境にするつもりでいるんだと思うわ。その為には、この星の汚れを浄化しなきゃいけない。ダナエの話だと、ラシルはとても自然が美しい所だって聞いたわ。でも地球はそうじゃない。海も空気も、ラシルほど綺麗じゃないわ。だったらそういうものを浄化しなければ、ラシルと同じ環境にはならないと思うの。」
「なるほど。あの欲深い邪神のことだ。そういう考え方をしているかもしれんな。」
「だからきっと、悪魔を使って地球の汚れを浄化するつもりでいるんだわ。」
「悪魔を?奴らが蔓延れば、さらに汚れるだけだと思うが?」
「それは違うわ。汚れるんじゃなくて、壊されるのよ。だからルシファーたちを使って、地球という星を、いったん砂漠のような何もない星にするつもりなの。文明も自然も、全てを徹底的に破壊して、その後にラシルと似たような環境作りに取りかかる。それがクインの狙いなんだと思うな。」
「ならばルシファーたちは、この星の自然を壊す為に・・・・いや、この星の全てのものを破壊する為に、ここを離れたというのか?」
「多分ね、クインにそう命令されたんじゃないかな?だってここは元々砂漠だから、壊すものなんてないでしょ?」
ダフネはそう言って、乾いた砂が広がる景色に手を向けた。
ミカエルは腕を組み、難しい顔で唸った。
「・・・・・ふむ。理屈は分かるが・・・・。」
「まあただの推測だから、あまりアテにはしないで。だけどきっと、ルシファーたちはこの星に残ってる。だから私たちは、月へ行く必要なんてないわ。この星に残って、ルシファーとサタンを討つ!そうしなきゃこの戦いは終わらない。だけど問題は、奴らがどこにいるかってことよ。」
「もしお前の推測通りだとすれば、確かにルシファーたちの居場所が問題だ。」
「でしょ?だから神器がどうこう言ってる場合じゃないわ。どうせアレは私たちじゃ使いこなせないんだし、一歩間違えば敵に奪われる可能性だってある。だったらあんな物にこだわるよりも、これからどうやってルシファーたちを討つべきか、それを考えなきゃ。」
ダフネにそう言われて、ミカエルは深くため息をついた。
「それで私を言いくるめたつもりか?言っておくが、あの神器をお前たちに持たせておく気はない。いずれ必ず、私たちの管理の元に置く。」
「・・・・ということは・・・・?」
「ああ、お前の言う通り、今はルシファーたちを捜す方が先だ。奴らをこの星に蔓延らせておくわけにはいかない。」
「さっすが大天使長ミカエル!話が分かるわ!」
ダフネはわざとらしく肩を竦め、ニコリと微笑んだ。
「じゃあとりあえずこの場所から離れましょ。インドにはまだ悪魔が残ってるそうだから、そいつらをとっちめてルシファーの居場所を吐かせればいいわ。」
「そうだな。我が同胞を全滅させた悪魔どもめ・・・・決して許さんぞ。」
ミカエルは激しい炎を上げ、ガブリエル達を振り返った。
「神殺しの神器を諦めるわけではない。しかしもしルシファーたちがこの星にいるというのなら、当初の作戦通り、奴らを討つ事が先だ。メタトロン殿や黄龍とも合流して、まずはインドに現れた悪魔を討つ!これは同胞の弔い合戦だ!!」
槍を掲げて叫ぶと、ガブリエル達も頷いた。
「よかった・・・これでまた一緒に戦えるわ。」
ダフネはホッと胸を撫で下ろす。今の状況で天使と仲互いするのは、お互いに自殺行為である。
強大な悪魔を討つためには、種族を超えて協力する必要があった。
「さて、それじゃインドへ行きましょう。かなり手強い悪魔らしいけど、負けるわけにはいかな・・・・、」
そう言いかけた時、首筋にチクリと痛みが走った。
「何?毒虫でもいるの?」
ズキズキと痛む首筋に手を当てると、細い針が刺さっていた。
「これは・・・・、」
ダフネは咄嗟に針を抜き、じっと見つめる。するとだんだん気分が悪くなってきて、その場に膝をついた。
「ダフネ!どうしたの?」
アメルが心配そうにダフネの肩を抱く。するとアメルの首筋にも痛みが走り、その場に倒れてしまった。
「おい、どうしたのだ?」
ミカエルが二人を手に乗せて、心配そうに尋ねる。すると今度はケンが倒れ、苦しそうに首を押さえていた。
「これは・・・・首に何かが刺さっているぞ!」
トートが叫び、それと同時に四大天使は身構える。
そして・・・・・砂の中から何かが飛んで来て、ミカエルは「むん!」と掴み取った。
「これは・・・針?といことは、やはり誰かが狙っているのか?」
天使たちの間に緊張が走り、じっと辺りの気配を探る。
周りは見渡す限りの砂漠で、身を隠すような場所はない。
「針は砂の中から飛んできた。ということは、敵は砂に身を隠しているということか。」
ミカエルはラファエルを振り返り、「砂を巻き上げてくれ」と言った。
「了解、砂の中にいる敵を丸裸にしてやるさ。」
そう言って弓矢を構え、天に向けて放った。
すると辺りの風が、矢を追うように舞い上がり、砂を巻き上げていった。
天使たちは目を凝らし、砂の中に潜む敵を捜す。
そして少し離れた場所に、何かの尻尾が見えた。
「そこか!」
ミカエルは槍の先から火柱を放った。
灼熱の業火が蛇のように地面を走り、砂に隠れる敵をあぶり出す。
そして・・・・・燃え盛る炎の中から、一人の悪魔が出てきた。
「あ・・・・あれは・・・・、」
トートは震えながら指をさし、ハトホルとべスもゴクリと息を飲んだ。
「・・・・・・・・・。」
砂の中から出てきた悪魔は、陰険な目でミカエル達を睨む。
顔はジャッカルのように獰猛で、紫の肌に黒い腰布を巻いている。
その手には金色の杖と、クリスタルの髑髏を持っていた。
それはエジプトの神々の宿敵であり、底なしの欲望を持つ、セトという悪神だった。
セトは金色の杖をユラリと動かし、手にした髑髏の目を光らせていた。

ダナエの神話〜魔性の星〜 第四十七話 散りゆく仲間(7)

  • 2015.06.06 Saturday
  • 12:49
JUGEMテーマ:自作小説
天使と妖精。
片や神に使える、勇猛なる光の戦士。
邪悪な者には鉄槌を下し、神に弓引く者には容赦はしない。
もちろん慈愛を見せることもあるが、その本質は常に悪を監視する、正義の代行者である。
片や妖精は、ケルトの神々をルーツとする存在である。
その分布は広く、世界中の至る所に棲んでいる。
中には地球を飛びだし、月に棲む者もいる。
妖精は天使とは違い、種族全体で共有する理念はない。
基本的にはイタズラ好きで、その容姿は子供っぽい。
そして性格も子供っぽいところがあり、楽しいことや面白いことに目がない。
本質的に異なる両者は、これまで手を取って戦ってきた。
本来なら相容れない思想同士であるが、利害の関係により共闘することもある。
今のミカエルたちとダフネたちが、まさにそうであった。
ラシルの邪神クイン・ダガダ。そして大魔王ルシファーに、悪魔王サタン。
どの敵も強大で、底なしの欲望を抱えている。
天使は己の正義の為に、妖精は地球と月を守る為に、手と手を取って戦ってきた。
しかし・・・・今その関係が崩れようとしていた。
ミカエルは、ダナエの持つ神殺しの神器を渡すように言ったが、それを拒否された。
神殺しの神器は、どんな神器さえも上回る力を秘めている。
これさえあれば、ルシファーやサタンでさえ恐るるに足らない。
それと同時に、もしこの武器を自分たちに向けられたら、それは死を意味する。
そういう理由から、ミカエルは何としても神殺しの神器を欲しがった。
だがダナエは渡すことを拒否した。だからミカエルは、一旦は引き下がった。
しかしそれは、ダナエの意志を汲んで諦めたわけではない。
妖精の子供などに、神殺しの神器を預けておく気など毛頭なかったのだ。
しかし四大天使ともあろう者が、妖精の子供に乱暴を働くのは抵抗があった。
力づくでならあっさりと奪えるが、そんな事をしてしまったら、自分たちの名を汚すことになってしまう。
だからどうにか暴力以外の方法で奪えないものかと、ガブリエルたちと相談していた。
知的なガブリエルは、とことんまで理詰めで説得して、それでも応じなければ力づくもやむを得ないと言った。
勇猛果敢なウリエルは、今すぐにでも力づくで奪うべきだと主張した。
飄々とした性格のラファエルは、向こうの気が変わるまで待つべきだと提案した。
そしてミカエルは、皆の意見を踏まえながら、なるべく力による解決は用いない方向で決めた。
どの天使よりも誇りや面子を重んじる彼は、やはり妖精相手に力は振るいたくなかった。
それは妖精を傷つけたくないからではなく、自分たちの名誉の為だった。
だから時間を置いてから、再度説得することに決めた。
さっきは強気に迫ってしまった為に、妖精たちに恐怖を与えてしまった。
だから今度は、もっと柔和に、そしてもっと友好的に、妖精たちを説得することにした。
ミカエルの意見に、ガブリエルも頷く。ウリエルは「まどろっこしいやり方だ」と反論したが、ガブリエルの理詰めに負けて、渋々頷いた。
ラファエルは相変わらずの飄々とした態度で、特に異論はない様子だった。
意見がまとまった天使たちは、しばらく箱舟から距離を置いていた。
今近くに寄れば、また向こうは身構えてしまうかもしれない。
それでは説得が失敗してしまうので、妖精の方から近づいて来てくれることを待つことしたのだ。
箱舟は砂漠の上に降りていて、時折吹く砂嵐に晒されている。
操縦室には全ての妖精が揃っていて、ダフネが皆に何かを話しかけていた。
それを遠目に見つめながら、ミカエルはカルラが戻って来るのを待っていた。
黄龍がここへ来てくれれば、月への偵察くらいなら可能になる。
そしてメタトロンも合流した所で、本格的に月へ攻め込めばいいと考えていた。
カルラの翼なら、そう時間はかからずにインドまで行ける。
そして少し待っていれば、必ず黄龍と共に戻って来てくれると信じていた。
しかし・・・・来ない。
いくら待ってもカルラは戻って来ない。
ミカエルは腕を組み、インドのある東の空を睨む。
「いったい何をしているのだ?インドでの戦いが激しいのか?」
そう呟くと、「もう少し待ちましょう」とガブリエルが言った。
「まだインドで戦いが続いているとしたら、カルラも参戦しているのかもしれません。」
「そうだな。インドにはサンダルフォン殿と黄龍、それにアマテラスもいる。よもや負けることはあるまいが、敵の数は多い。制圧するまで時間がかかっているのかもしれんな。」
ミカエルは腕を組んだまま、じっと西の空に目を向ける。
するとふとおかしなことに気づいた。
「む?ガブリエルよ・・・・。」
「何ですか?」
「箱舟の様子が変ではないか?」
「変?どういう具合にです?」
「いや・・・先ほどから、陽炎のように揺らいで見えるのだが・・・・・。」
「・・・・そうでしょうか?私には普通に見えますが?」
「・・・・いいや、確かに揺らいでいる。あれではまるで、幻を見せられているようだ。」
ミカエルは目を凝らし、じっと箱舟を睨む。
するとラファエルが、「砂漠の暑さのせいかもね」と言った。
「ここには砂漠が広がるだけだ。それに加えて灼熱の太陽が照りつける。揺らいで見えてもおかしくはないよ。」
「そうだろうか?これが熱せられた空気の歪みとするならば、周りの景色も同じように歪んでないとおかしいのではないか?」
そう言ってミカエルは、箱舟の周りに手を向けた。
「見てみろ、箱舟の周りは揺らいでおらんぞ。それにピラミッドも揺らいでいない。陽炎のように見えるのは箱舟だけだ。」
ミカエルは顔をしかめ、何かを思案する。そしてハッと顔を上げて、「まさか・・・・、」と唸った。
そして翼を広げて箱舟まで向かおうとした時、「おい!戻って来たぞ!」とウリエルが叫んだ。
「カルラだ!西の空から戻って来る。」
天使たちは西の空を見つめる。
遠くの方に小さな影が映っていて、鳥のように羽ばたいていた。
「・・・確かにカルラですね。しかし様子が変です。」
ガブリエルは眉を寄せて呟く。
「いつものようにスピードがない。まるで怪我でもしているような・・・・。」
「怪我をしたんだろ、戦場まで行ったんだから。」
ウリエルは苛立ったように言い、「そんなことより、もっと奇妙なことがある」と指摘した。
「アイツ・・・黄龍を連れて来ていないぞ。」
ウリエルの言うとおり、西の空に見える影は、カルラだけだった。
もし黄龍が来たのであれば、その巨体ですぐに分かるはずである。
「カルラは傷ついて戻り、黄龍を連れていない。ということは、まさかインドは・・・・、」
ラファエルは口元に手を当てて呟き、ふわりと宙にと舞い上がった。
「きっと何かあったんだ。カルラを迎えに行って来る。」
「ええ、頼みます。」
ガブリエルは頷き、ミカエルを振り返った。
「どうしますか?予想もしていない事態になりそうですが?」
「・・・・・・・・・。」
「ミカエル?」
「予想もしない事態か・・・・。もうとっくにそうなっているようだがな。」
ミカエルは険のある声で言い、箱舟まで飛んで行く。そして近くに降りると、「やはりな」と頷いた。
「おい、出て来てもらおうか。」
そう言って槍を構え、箱舟に向けた。
「出て来ないというのなら、このまま突き刺すだけだぞ?」
脅すように尋ねるが、返事はない。ミカエルは槍を握った腕に力を込め、思い切り突き刺した。
「むうん!!」
槍が箱舟に当たり、重く、そして鈍い音が響く。
すると箱舟は蜃気楼のように消えさり、それと同時にガラスのような透明なピラミッドが現れた。
「もう一度言う。隠れていないで出て来い。」
そう言って槍を構え、今度は炎を纏わせる。
「いつまでも籠城するのなら、このピラミッドごと焼き払うのみよ。三つ数える間に出て来い。」
ミカエルは透明なピラミッドを睨み、その瞳に炎のような激しい怒りを宿した。
するとピラミッドの頂上がパックリと割れて、その中からダフネが現れた。
「ちょっとちょっと、これ借りモノなんだから、乱暴にしないでよ。」
そう言って宙に舞い上がり、ミカエルの足元に降り立った。
「何か用かしら?」
ダフネは首を傾げ、肩を竦める。可愛らしく笑顔を作り、ニコニコと愛想を振りまいた。
「ダフネよ、なぜこのような事を?」
「ん?何が?」
「とぼけるな。この槍で貴様ごと葬ってもいいのだぞ?」
ミカエルは槍の燃え上がらせ、その矛先をダフネに向けた。
「いいか、嘘をつくことは許さん。私の質問に素直に答えるのだ。」
鬼のような表情をしながら、殺気のこもった目でダフネを睨む。
その目は激しい怒りの炎に燃えていて、もし質問をはぐらかすなら、本気で殺そうと思っていた。
その気迫を感じ取ったダフネは、ふと笑顔を消す。真顔に戻り、正面からミカエルを見返した。
「いいわよ、何でもどうぞ?」
そう言って手を向けると、ミカエルは「なぜあの妖精を逃がした?」と尋ねた。
「ここにはダナエはいないのだろう?それに戦の箱舟もない。」
「そうよ。」
「それはつまり、神殺しの神器もここにはないということだ。」
「そうね。」
「お前はこのピラミッドで私たちの目を欺き、神殺しの神器を持ったダナエを逃がした。おそらく箱舟に乗せて、どこは遠くへ逃がしたのだろう?」
「ええ。だってここに置いておくと、いつあなた達に神器を奪われるか分からないから。」
「なるほど・・・。そこまでは分かる。しかしなぜこのような事をした?」
「ん?なぜって・・・・さっき答えたじゃない。あなた達に神器を奪われないようにする為に・・・・、」
「そうではない!なぜ我々を裏切るような真似をしたのか聞いているのだ!!」
ミカエルは空気が震えるほどの声で怒鳴って、ギリギリと歯を食いしばった。
そして槍の穂先を、ゆっくりとダフネに近づけた。
激しい炎のせいで風が舞い、ダフネの髪が煽られる。
「私たちはルシファーとサタンを討つ為に、共に戦っていたのではないのか?それならば、なぜこちらの目を欺くような真似をした?お前は月の長のでありながら、私たち天使を敵に回そうというのか?」
ミカエルの声には、怒りを通り越した憎しみが宿っていた。
ギリギリのところで踏みとどまっているが、いつダフネを焼き殺してもおかしくはなかった。
「いいか、月の女神よ。今は非常事態なのだ。こういう時こそ、お互いに信頼し合い、種族を超えて絆を結ばねばならぬ。お前たちが神器を渡したくないことは分かるが、わざわざこんな物で欺いてダナエを逃がすとは・・・・いったいどういうことか!?これは私たちに対する挑発にしか思えぬぞ!!」
そう言って槍を振りあげ、思い切りピラミッドを叩いた。
赤い炎が龍のように舞い上がり、あまりの灼熱にピラミッドの側面が溶けてしまった。
「このピラミッドは、エジプトの神々の物だろう?それを貴様が手にしているということは、私たちの目を欺くために、エジプトの神々も力を貸したということだな。」
「否定はしないわ。だけど誤解しないで。エジプトの神様たちは、天使を裏切るつもりなんて毛頭ないから。あなた達の目を欺いたのは私の判断よ。怒りがあるなら、この私にぶつけてちょうだい。」
そう言って手を広げ、怒りを抑えられないのら、いつでも突き殺せとアピールした。
ミカエルは再びダフネに槍を向け、「エジプトの神々はどこに隠れていたのだ?」と尋ねた。
「カルラの話では、どこにもいないという事になっていた。しかしこうして彼らのピラミッドがあるではないか。ということは、貴様は最初からエジプトの神々を見つけていたのだな。そして私たちに神器を渡さぬ為に、エジプトの神々はいないという事にしておいた。そうすれば、このピラミッドで私たちの目を欺けるから!」
槍に再び炎が纏い、ピラミッドを叩きつける。
高熱と衝撃のせいで、とうとうピラミッドの壁に穴が空いてしまった。
「やめて。中にはケンとアメルがいるの。それに生き残ったエジプトの神様も。」
「エジプトの神の生き残りだと?」
「そうよ。」
ダフネは強く頷き、澄んだ瞳でミカエルを見つめた。
「ミカエル、あなた達の目を欺いたことは謝る。でも仕方なかったのよ。」
「仕方ないとはどういうことだ?私は裏切りというのが一番許せない。それを正当化しようというのか?」
「そうじゃないわ。ただ私の話を聞いてって言ってるの。その上で、どうしても私を許せないのなら、その槍で突き殺せばいい。」
そう言って一歩前に出て、微動だにせずにミカエルを見据える。
その目は恐ろしいほど澄んでいて、瞳の奥には嘘のない覚悟があった。
「・・・・本気で死を覚悟しているようだな。」
「当然。だって仲間を騙すような事をしたんですもの。」
「ふむ、そういう自覚はあるわけか。」
ミカエルは槍を下ろし、怒りの炎を解いた。
「いいだろう、月の女神よ。お前を殺すかどうか、話を聞いてからにしてやろう。」
「ありがとう。」
ダフネは小さく微笑み、口元を笑わせた。
すると頭上からラファエルが降りて来て、「大変だよ!」と慌てた。
「インドがまずい事になってる。どうやら悪魔に負けたみたいだ。」
「な・・・なんだと!?」
収まったミカエルの怒りが、再び噴き出す。
ラファエルは手に乗せたカルラを見せて、痛ましそうな表情をした。
カルラはぐったりと横たわり、身体じゅうに切り傷を負っていた。
「カルラから聞いたんだ。インドに増援の悪魔がやって来て、僕たちの仲間はほとんど殺されたって。」
「そ、そんな馬鹿な!?サンダルフォン殿も黄龍も、皆やられたというのか!?」
「いや、黄龍はインドにはいなかったそうだよ。」
「なぜだ!?」
「分からない。カルラが行った時にはもういなかったそうだから。」
「ど・・・・どうなっているのだ・・・?我らの同胞が悪魔に敗北し、黄龍はインドにいないだと?・・・・いったいなぜ・・・。」
ミカエルは眉間に皺を寄せ、信じられないという風に瞳を揺らした。
「カルラよ!インドで何を見たのだ!?詳しく話せ!!」
怒号のように問いかけるが、カルラは何も答えない。
ラファエルの手の平で、静かに目を閉じているだけだった。
「おいカルラよ!!私の質問に答えるのだ!お前はインドで何を見て・・・・、」
「無駄だよ、もう死んでる。」
ラファエルは落ち着いた声で言い、両手でカルラを包みこんだ。
「かなり酷い怪我を負っていたんだ。僕の風でも癒せないほどの。きっと最後の力を振り絞って、ここまで飛んできたんだろう。今まで生きていたのが不思議なくらいさ。」
そう言って両手の中に風を集め、カルラの遺体を宙に舞い上げた。
「でもそこまでしててでも、僕たちに伝えに来てくれたんだ。カルラはよく働いてくれたよ、立派な奴さ。」
ラファエルの風が、カルラを天高く運んでいく。
そしてそのまま風に溶けて、青い空の中へと消えていった。
「インドでいったい何があったのか?カルラから聞くことは出来なかった。けどね、その代わりにこんな奴を運んで来てくれたよ。」
ラファエルは自分の髪の中に手を入れ、モゾモゾと動かした。
そして手を取り出すと、指の間に小さな妖精がつままれていた。
「コイツ、カルラにくっついて来たみたいなんだ。」
そう言って指につまんだ妖精を見せる。
ミカエルは顔を近づけ、「なんだこの妖精は?」と睨んだ。
「ずいぶんとひねくれた顔をしているが、どこかで見たような・・・・・、」
そう言ってじっと睨み、「まさか・・・・」と呟いた。
「ラファエルよ・・・・まさかこの妖精は・・・・、」
「うん、ルーだよ。」
「やはりか!メタトロン殿との一騎打ちに負けて、別の次元へ旅立っていたはずでは・・・・、」
そう言いかけると、ルーは「負けてねえぞ!」と叫んだ。
「心が折れるまでは、負けたとは言わねえ!俺はまた挑戦するつもりでいるんだ。」
「むう・・・このやんちゃぶり、やはりルーか。」
「おうミカエル!ちょっとさ、俺を元の姿に戻してくれよ。こんなんじゃ戦い辛くてしょうがねえ。」
ルーはしかめっ面で腕を組み、じっとミカエルを睨んだ。
ミカエルとラファエルは顔を見合わせ、目と目で何かを話し合って、コクリと頷いた。
「ルーよ、戻してやってもいいが、その前にインドで何が起きたのか教えてくれまいか?」
「おう、いいぜ!あのへなちょこどもの負けっぷり、ぞんぶんに語ってやらあ!」
ルーは腕まくりをして、饒舌に喋り出す。
まるで小粋な落語のように、身ぶり手ぶりを交えながら。
忙しなく動きながら、身体全体で言葉を表現してみせる。
身体は小さくとも、内に宿るエネルギーは、戦神の時と何ら変わりない。
そんな彼の首元で、十字架が揺れていた。
それは最凶の死神から身を守る、あの赤い十字架だった。


            *


カルラがインドへやって来る、少し前のことだった。
インドでの戦いは勝利に終わり、誰もが喜んでいた。
サンダルフォンはホッと胸を撫で下ろし、自分もやれば出来るんだと胸を張った。
しかしそこへ、思いもよらない敵が現れた。
それはエジプトからやって来た悪魔の増援で、ルシファーたちの腹心ともいえる、恐るべき悪魔たちだった。
その数は三体。一体はサマエルという悪魔で、あのベルゼブブに次ぐほどの実力者だった。
その姿は血塗られた龍のようで、12枚の翼を持っている。
サンダルフォンよりも一回り大きな身体をしていて、大きな魔力を秘めていた。
そしてもう一体はリヴァイアサンという悪魔だった。
この悪魔もベルゼブブに次ぐほどの実力者で、ルシファーからの信頼も厚い。
その姿はシーラカンスにそっくりで、身体の横から虫のようにいくつも足が生えていた。
特筆すべきは身体の大きさで、まるで山脈そのものが歩いているほどだった。
全長は50キロメートルを超え、身じろぎ一つで大地震が起こる。
尾びれを振れば4000メートルの津波が発生し、息を吐けば台風が巻き起こる。
全身を覆う鱗は、その一枚一枚が200メートルもの厚さがあり、どんな攻撃も通さない。
さらに圧倒的なパワーの持ち主であり、その気になれば自分の身体一つで、オーストラリア大陸を支えられるほどだ。
そして最後の一体は、テュポーンという怪物だった。
これはギリシャ神話に登場する最大最強の魔物であり、ギリシャの神々が総がかりで挑んでも殺せないほどの化け物だった。
その姿はカバによく似ていて、身体の割に異常なほど口が大きい。
さらに蛇のように長い尻尾を持っていて、頭には一本の角が生えていた。
テュポーンも身体は大きく、リヴァイアサンには劣るものの、体長はゆうに30キロメートルはある。
全身から赤い汗を流し、まるで血の滝のように肌を伝っている。
目は釣り上がり、口には大きな牙が四本も生えていて、これまた怪力の持ち主だった。
この三体の悪魔の強さは、他の悪魔とは一線を画す。
悪魔の序列はルシファー、サタン、ベルゼブブ、そしてこの三体の悪魔と続いている。
それ以外の悪魔たちは、この悪魔たちからは大きく劣る存在だった。
アーリマンのように強さが変動する悪魔は例外として、インドに現れたこの三体は、他の悪魔たちの遥か上にいる存在である。
そんな悪魔が突然現れ、サンダルフォンは混乱してしまった。
激しい戦いの中で、天使や神獣は傷ついている。
それに加えて、今はメタトロンも黄龍もおらず、アマテラスさえもいない。
こんな状態では、とてもではないがサマエル達とは戦えなかった。
サンダルフォンはすぐに退却しようとしたが、そうもいかなかった。
やんちゃ者のルーが、サンダルフォンの指示を無視して、悪魔たちの方へと飛んで行ってしまったのだ。
そして散々に悪魔を挑発して「倒せるもんなら倒してみろい!」と戦いを煽った。
そのせいでサリエルたちは怒り、雄叫びを上げながら向かって来た。
サンダルフォンはルーを捕まえ、すぐに退却の指示を出した。
しかし時すでに遅し。三体の悪魔たちは、その猛威を振るい始めた。
サリエルは強力な呪術で、一息に1000人もの天使を呪い殺してしまった。
リヴァイアサンは大地を叩きつけ、震度10の大地震を発生させた。
そのせいで大地は網の目のようにヒビ割れ、多くの神獣たちが飲みこまれてしまった。
テュポーンは大きな口を開け、まるで掃除機のように息を吸い込んだ。
するとありとあらゆるものが口の中に吸い込まれ、大地も空気も、そして遠くに広がる海でさえも吸い込まれていった。
もちろん天使や神獣も吸い込まれ、テュポーンの胃袋で溶かされてしまった。
三体の悪魔が一回ずつ攻撃しただけで、天使と神獣の軍勢は、その数を半分に減らしてしまう。
あと二回も攻撃を受ければ、間違いなく全滅してしまうだろう。
このままでは不味いと思い、サンダルフォンは仲間を逃がす為に、自分が盾となった。
そこへ麒麟やヤマタノオロチ、それにワダツミが加わり、サマエル達と戦闘を始めた。
サンダルフォンは金色の身体を輝かせ、青い翼を広げて舞い上がる。
そして羽の一枚一枚を刃に変え、天から雨のように降らせた。
しかしリヴァイアサンが盾となり、その硬い鱗で全て弾いてしまった。
ヤマタノオロチは八つの頭から炎を放ち、サリエルを焼き払おうとする。
それは鉄でも一瞬で蒸発するほどの炎だったが、サリエルには効かない。
なぜなら呪術でもって、死霊を集めて結界を張っていたからだ。
そして死霊の群れを飛ばして、ヤマタノオロチを食らい尽そうとした。
ヤマタノオロチは必死に応戦し、狂ったように炎を吐き出す。
死霊の群れは全滅したが、ふと頭上を見上げると、そこにはリヴァイアサンの巨体な足があった。
自分を遥かに超えるその巨体に、ヤマタノオロチは言葉を失くす。
そしてそのままリヴァイアサンに踏みつけられ、頭が三つ潰れてしまった。
まだ生きてはいるが、ほとんど瀕死の状態になってしまう。
ワダツミは麒麟と連携して、テュポーンに戦いを挑んでいた。
杖の先から水を放ち、その水でテュポーンの大きな口を塞ごうとした。
しかしまったく水の量が足りないので、テュポーンの口は塞がらない。
ワダツミは力を集中させ、海から水を飛ばした。
大量の海水がテュポーンの口に押し込まれ、胃袋をパンクさせようとする。
そこへ麒麟が突撃していって、鋭い角で切りつけた。
テュポーンの顔の横がスパッと切れたが、かすり傷程度にしかならない。
怒ったテュポーンは後ろ脚で立ち上がり、胃袋に溜まった海水を吐き出した。
麒麟とワダツミはその海流に飲み込まれ、成す術なく足掻く。
そこへテュポーンの尻尾の一撃が襲いかかり、二人は海流の外へと叩き出された。
巨大な尻尾の一撃は、ワダツミにとっては致命傷だった。
地面に横たわり、ピクピクと痙攣する。
テュポーンは息を吸い込み、吐き出した海水ごとワダツミを飲み込んでしまった。
麒麟は怒り、天に向かって角を向ける。
すると晴れた空が雲に覆われ、麒麟に稲妻が落ちた。
「オオオオオオオン!!」
雷の力を得た麒麟が、胸いっぱいに息を吸い込む。
すると口の中から白い雲が吐き出されて、テュポーンを包みこんだ。
そして嵐と落雷を巻き起こし、テュポーンを攻撃した。
だがこれもほとんど効かない。あまりの巨体ゆえに、嵐も雷もダメージにはならない。
麒麟は顔をしかめ、角を振りかざして突進していった。
サリエル、リヴァイアサン、テュポーンは桁外れに強い。
サンダルフォンたちは必死に戦うが、勝てる見込みはほとんどなかった。
どんなに頑張ってもかすり傷程度しか負わせることが出来ず、次第に追い詰められていく。
このままではやられるのは時間の問題で、インドは悪魔の手に渡ってしまう。
死闘の末に悪魔を駆逐したのに、最後の最後で負けてしまう。
サンダルフォンはその事が悔しくて、ギリギリと歯を食いしばった。
もう・・・・自分の力ではどうしようもない・・・。
せめてメタトロンか黄龍がいてくれれば、どうにか戦えたかもしれない。
しかしタイミング悪く、二人はいなくなってしまった。
もうこの場に、サリエル達とまもとに戦える者はいない。
・・・そう諦めかけた時、ふと気づいた。
そう、まだこの場にはサリエル達と戦える者がいる。
それはケルトの太陽神ルーだった。
ルーは戦の神であり、どんな神よりも戦いが上手かった。
彼なら勝てるとまではいかなくても、ある程度の時間は稼いでくれるかもしれない。
その間にメタトロンか黄龍に助けを求めに行けば、まだどうにか戦えるはずだ。
もうそれしか手は残されていないと思い、サンダルフォンはルーを元に戻そうとした。
妖精から神に戻すことは、力のある天使や神ならそう難しくはない。
サンダルフォンはルーを元の姿に戻す為に、彼の名を呼んだ。
しかしどこにも見当たらず、いったいどこへ消えたのかと辺りを見渡した。
すると遠く離れた場所に座り込んで、モゾモゾと何かをいじっていた。
いったい何をしているのか見つめていると、ルーは赤い十字架を拾って、それに糸を巻きつけていた。
そして首からぶら下げて、満足そうに笑っていた。
「あの十字架は・・・・、」
サンダルフォンは、ルーの首元にぶら下がる十字架を見つめる。
しかしそこへサリエルの攻撃が襲いかかり、地面にたたき落とされてしまった。
「うわああ!」
大地に叩きつけられて、サンダルフォンの腕にヒビが入る。
そこへリヴァイアサンが迫って来て、2キロも幅のある大きな足で踏みつけられてしまった。
「がは・・・・ッ。」
地震のように大地が揺れ、踏みつけた場所にクレーターが出来る。
サンダルフォンは手足がバラバラになり、青い翼もぺちゃんこに潰されていた。
身体には蜘蛛の巣のようにヒビが入り、目は虚ろになっている。
そして意識を失い、ピクリとも動かなくなった。
「・・・・・・・・・・・。」
リヴァイアサンはサンダルフォンを見下ろしながら、クチャクチャと何かを食べていた。
それはヤマタノオロチだった。
ヤマタノオロチは生きたまま喰われていて、この世の終わりのような悲鳴を上げていた。
自分よりも遥かに大きな者に食われる恐怖。それは今までに経験したことのない恐怖で、生き残った五つの頭が、ボタボタと血を吐きながら助けを求めていた。
リヴァイアサンはそんなヤマタノオロチを美味そうに頬張り、ついにはゴクリと飲み込んでしまう。
そして大きなゲップをしてから、地面に横たわるサンダルフォンを睨んだ。
「・・・・・・・・・・・・。」
サンダルフォンはもはや虫の息で、放っておいても死んでしまう。
リヴァイアサンは可笑しそうに笑い、大きな舌を伸ばして、サンダルフォンも食べてしまった。
山脈のような巨大の悪魔には、サンダルフォンもヤマタノオロチも成す術がなく、何も出来ずに敗北してしまった。
そしてワダツミも命を落としていた。
テュポーンの一撃で死にかけていた彼だが、最後の力を振り絞って立ち上がった。
しかしサリエルの放った死霊にとり憑かれ、味方である麒麟を攻撃し始めた。
いきなりワダツミから攻撃を受けて、麒麟はうろたえる。
しかしすぐに操られていることを見抜いて、鼻から息を吹いて死霊を吹き飛ばした。
ワダツミは正気に戻ったが、そこへまたサリエルの呪術が襲いかかる。
ワダツミは死霊に身体を貪られ、そのまま絶命していった。
三種の神器が宿った杖がコロコロと転がり、リヴァイアサンの足元で止まる。
リヴァイアサンは舌を伸ばして、そのまま杖を飲み込んでしまった。
サンダルフォン、ワダツミ、ヤマタノオロチは敗北し、そして死んでしまった。
残されたのは麒麟だけで、もう勝ち目はないことを覚悟した。
しかしそこへ、逃げたはずの天使や神獣が戻って来て、サリエル達と戦い始めた。
仲間が殺されるのを見て、自分たちだけ逃げることは出来なかったのだ。
麒麟や天使や多くの神獣、皆が必死に戦いを挑むが、無惨にも命を散らしていく。
そしてあっという間に数を減らして、とうとう麒麟と一人の天使を残すだけになってしまった。
ただ一人生き残った天使は、勇猛果敢にサリエルに挑んで行く。
悪魔を討つことが天使の使命であり、たとえ勝てないと分かっていても、戦いを放棄することは出来なかった。
サリエルは大きな翼を動かし、一撃で最後の天使を葬ってしまう。
残りは麒麟だけとなり、天に向かって咆哮した。
そしてサリエルに向かって、命を散らすように突進していった。
残された武器は自分の命だけ。どうせ死ぬのなら、せめて一矢報いようと自爆するつもりだった。
麒麟は角を輝かせながら、一直線にサリエルに向かって行く。
この角に全ての力を集めて、爆発させるつもりだったのだ。
無念に死んでいった天使や神獣たち。たった一撃でもいいから、悪魔にそれなりの傷を与えたかった。
麒麟はサリエルに向かって、空を駆けていく。自分の命を燃やしながら、この角で傷を与えてやろうと挑んで行く。
しかし横から大きな舌が伸びて来て、グルリと巻き取られた。
それはリヴァイアサンの舌だった。リヴァイアサンは舌で麒麟を巻き取り、そのまま口へ運ぶ。
そしてよく噛んでから、ゴクリと飲み込んでしまった。
死を覚悟した麒麟の攻撃は失敗に終わり、全ての天使と神獣が殺されてしまった。
インドには、もう一人たりとも天使も神獣も残っていない。
今生き残っているのは、妖精になったルーだけであった。
遠くから戦いを見ていたルーは、ケラケラと笑っていた。
「アイツら弱っちいなあ。俺ならもっと上手く戦うぜ。」
赤い十字架をぶら下げながら、サンダルフォンたちの負けを笑う。
サリエルはルーの方を睨みながら、じっと何かを考えていた。
サリエルは、この妖精がルーであることを見抜いていた。
そしてルーが手の付けられない暴れん坊であることも知っていた。
下手に手を出せばどうなるか?そのことを考えると、放っておいた方がいいかもしれないと考えていたのだ。
ルーは戦いの天才であり、いくら妖精の姿をしているとはいえ侮れない。
手を出せば厄介な事になりそうだし、かといって放っておいても何をしでかすか分からない。
眉間に皺を寄せ、難しい問題を解くように思案していた。
するとルーはそんなサリエルの悩みもよそに、自分の方から近づいていった。
テュポーンが口を開けて襲いかかろうとしたが、サリエルが翼を上げてそれを止めた。
「下手に手を出すな。何をしてくるか分からない。」
「・・・・・・・・チッ。」
テュポーンは舌打ちをして、不満そうに足を揺すっていた。
リヴァイアサンは興味深そうにルーを見つめ、「食っていい?」と尋ねる。
「駄目だ。飲み込んだ途端に、お前の胃袋が破裂するかもしれない。」
「こんなに小さいのに、俺の胃袋が破裂するもんか。」
「そういう問題ではない。こいつはルーだと言っているんだ。余計なちょっかいを出せば、どんな反撃か来るか分からない。お前たちは大人しくしていろ。」
サリエルはシッシと二体を追い払い、ルーに向き直った。
「お前はケルトの太陽神ルーだな?」
そう尋ねると、ルーは「おうよ」と答えた。
「お前らさ、あんな弱っちいの倒して喜んでんじゃねえだろうな?」
ルーはニヤリと笑い、挑発的な口調で尋ねる。
テュポーンとリヴァイアサンはカチンと来たが、サリエルが「よせ」と止めた。
「誰も喜んでなどいない。私たちはルシファー様の命を受けてやって来ただけだ。」
「ふーん・・・・。で?」
「何がだ?」
「あの弱っちい奴らを倒して、それからどうすんの?」
「答える義理はない。とっとと去れ。」
「嫌だね。俺は戦いが好きなんだ。お前ら俺と戦ってくれよ。」
「馬鹿な・・・。妖精の姿で私たちと戦えるものか。」
「だったらなんで襲ってこない?楽に勝てるんだろ?」
「お前は戦を呼ぶ不吉な神だ。強い弱いの問題ではなく、そんな者と関わりたくないだけだ。」
「へえ、それが悪魔のセリフかね?戦いが怖いって?」
「挑発しても無駄だ。お前に用はない。とっと去れ。」
「だから嫌だって。戦えよほら。」
ルーはニヤニヤ笑いながら、サリエルの頬をはつった。
そして鼻の頭に小便をかけ、ついでにオナラもこいた。
サリエルは眉一つ動かさずにルーを見つめていて、ふと横を振り向いた。
「リヴァイアサン、鼻息でコイツをどこかへ飛ばせ。」
そう命令すると、リヴァイアサンは待ってましたとばかりに吠えた。
先ほどからルーの態度に苛々していたリヴァイアサンは、この生意気な妖精をどうにかしてりたいと思っていたのだ。
だから思い切り息を吸い込んで、鼻息でバラバラに吹き飛ばしてやろうとした。
「お?やる気だな?」
ルーは嬉しそうに微笑み、「よっしゃ来いや!」と腕まくりをする。
するとその時、ルーの前に疾風が駆け抜けた。
そして気がつくと、大きな鷹の足に掴まれていた。
「うお!なんだこりゃ!?」
ルーはバタバタと暴れながら、「お前は誰だ!?」と自分を掴む者を睨んだ。
「私ハカルラトイウ者ダ。」
「カルラ?・・・・ああ!あの・・・アレか!アレだな!」
「知ッタカブリヲシナクテモイイ。」
カルラはルーを掴んだまま、遥か上空まで舞い上がっていった。

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