ヒミズの恋 最終話 光を見るモグラ(2)

  • 2015.04.03 Friday
  • 11:29
JUGEMテーマ:自作小説
先ほどの占いの店から出て行ってキッチリ五分後、俺はまた戻って来た。
遠目から確認すると、チャライ男とオカルト占い師が、何やら言い争っているようだった。
「なんだ?何か揉めてるのか?」
様子を窺っていると、仕事用のケータイに電話が掛ってきた。
着信を見るとオーナーからで、何かあったかのと思いながら電話に出た。
「はい、もしもし?」
『ああ、今どこにいる?』
オーナーは歳の割に高い声で尋ねる。そしてその口調は、どこか焦っているようだった。
俺は自分の居場所を伝えてから、「何かあったんですか?」と聞き返した。
『あのさ、休みのところを悪いんだけど、今日の夕方から出てもらえないかな?』
「夕方からですか?」
俺は一瞬迷った。今日は午後から友人と会い、女を紹介してもらう予定なのだ。しかし特に乗り気なわけでもなく、すぐに「分かりました」と頷いた。
「でも出勤するのはいいんですが、何かあったんですか?」
『今日の朝ね、あのガタイのいいバイトが急に辞めたいって言い出したんだよ。それも今すぐにって。』
「ああ〜・・・・なるほど・・・・。」
『シフトが入ってんだから、せめてあと一週間は出てくれって頼んだんだけど、辞めるの一点張りでさ。』
「まあ仕方ないですね。今は大丈夫なんですか?」
『夕方まではね。だから悪いんだけど、今日の四時から・・・・・、』
「はい、分かりました。少し早めに行きますんで。」
『ごめんね、それじゃ。』
「お疲れさまです。」
ケータイを切り、ポケットにしまいながら「そんな気がしてたよ」と呟いた。
続く奴と続かない奴は、だいたい雰囲気で分かる。あのガタイの良いバイトは、オツムだけでなく根性も弱かったようだ。
しかしまあ、コンビニのバイトなどそこまでしてしがみ付くもんじゃない。募集さえかければいくらでも人が来るんだから、焦る必要などないのだ。
《とりあえず占い師に金を払って、相手に断りの電話を入れるか。せっかくの誘いを断るのは申し訳ないけど、仕事だと言えば納得してくれるだろう。》
足早に通路を抜け、先ほどの占い師の元に戻る。別に五分経ったからといって何か変化があるわけでもなく、違いと言えば隣のチャライ占い師の客が変わっているくらいだった。
「悪いけど用事が出来たんで帰るよ。これお代ね。」
財布から二千円を抜き出し、占い師の前に置く。そして踵を返して去ろうとした時、「ちょっと」と呼び止められた。
「なに?五分経ったから追加料金とかいうんじゃないだろうな?」
怪訝な顔で言うと、占い師は小さく笑いながら隣を指差した。
「なんだ?」
顔をしかめてその指先を睨むと、そこにはチャライ占い師の前に座る、女の客がいた。
「なんだよ?その人がどうかしたのか?」
さらに顔をしかめて尋ねると、その女は俺の声に反応してこちらを振り返った。
「あ!」
女は目を見開き、まるで幽霊にでも出くわしたかのような顔をした。そしてサッと目を逸らし、じっと黙り込んでしまった。
チャライ占い師が「どうしたの?」と声を掛けるが、まったく顔を上げようとしない。
いったい何なのかと思ってオカルト占い師の方を睨むと、目だけで笑いながら女に手を向けた。
《なんだよ・・・・。この女がどうかしたのか?》
俺は女の横に立ち、失礼だとは思いながらも顔を覗き込んだ。すると女はビクッと肩を揺らし、さらに俯いて横を向いてしまった。
「・・・・・・・堀田さん?」
そう声を掛けると、ゆっくりと俺を見つめ、緊張した面持ちで小さく会釈を返してきた。
「ああ、やっぱり堀田さんじゃない。」
女の顔を見た時、かすかに記憶に引っ掛かる人物がいた。まさかとは思いつつ声を掛けると、まさにビンゴだったようだ。
「久しぶりですね。」
そう喋りかけると、「ええ・・・」と消え入りそうな声で頷いた。するとそれを見ていたチャライ占い師が、「え?まさかこの人?」と指をさした。
何のことか分からずにチャライ占い師を睨むと、俺のことなど気にも掛けずに堀田さんに喋りかけていた。
「ほら、今がその時だって。このまま何もしなかったら、それこそ後悔するよ?」
そう言って身を乗り出し、ポンと堀田さんの肩を叩いた。
《なんなんだ・・・・さっきから・・・・。》
わけが分からずに立ち尽くしていると、チャライ占い師が「すんません、ちょっとそのままで」と俺に笑いかけた。
そしてまた堀田さんに喋りかけ、「勇気を出せ」だの「今しかない」だのと必死になっていた。
堀田さんは俯いたまま黙っていたが、やがてスッと立ち上がって財布を取り出した。そして代金を置いて頭を下げ、そのまま逃げるように去ってしまった。
「ああ、もう!そんなんじゃいつまで経っても幸せになれないよ!きっと後悔しちゃうよ?」
チャライ占い師は後を追いかける勢いで立ち上がり、残念そうな顔で悔しがっていた。
「・・・・・ダメだな。あれじゃいくらアドバイスしても意味がない。」
意味がないのはお前の占いの方だろ。
耳触りのいい言葉ばかり並べ立てて、本当にあんなもので人が納得してるとでも思ってるのか?
一時は心が動かされても、時間が経って冷静になった時、お前のような男に金を払ったことがアホらしくなるだろう。
俺はなんだか馬鹿らしくなってきて、やはり占いなんてするんじゃなかったと後悔した。
これじゃ暇潰しどころか、かえってストレスが溜まるってもんだ。こうなりゃさっさと友人に断りの電話を入れて、早く仕事に向かおう。
ポケットにねじこんだケータイを取り出し、友人に電話を掛ける。オカルト占い師のところに別の客がやって来たので、邪魔にならないように場所を移動した。
一旦ケータイをしまい、とりあえず建物から出る。そしてアーケードの信号まで来て、また電話を掛けた。
「あ?もしもし?悪いんだけど、ちょっと夕方から仕事が入った。だから申し訳ないんだけど、今日の予定キャンセル出来るかな?」
遠慮がちにそう尋ねると、向こうから予想外の言葉が返ってきた。
なんと今日紹介するはずだった女が、急に断りの電話を入れてきたというのだ。
だからどうやって俺に謝ろうかと考えていたけど、お前も無理なら問題ないねと笑われた。
「ならお互い様ってわけだ。それじゃ飯だけ食ってくか?・・・・え?お前ももう帰ろうとしてんの?ああ、じゃあいいや。
いやいや、怒ってないよ。うんうん、そんじゃまた飲みにでも、おう。」
電話を切り、心なしか晴れやかな気分になった。
こっちから断るとなると気を遣うが、向こうが断ってきたのなら気に病む必要はない。
どこかで腹を満たして、さっさと仕事に向かうことにした。
今日は土曜日。繁華街のアーケードは、それなりの人で賑わっていた。昔ならこういう雰囲気を楽しめたものだが、今は全てが他人事のように感じられた。
今の俺には何もない。恋人も夢も、そしてやりたいことも。
ただ食う為に仕事をして、明日からは辞めたバイトの穴埋めに忙しくなるだろう。
しかしそんなことは何度も経験していて、やはり退屈な日常の一コマに過ぎない。そして何より、こんな下らないことを延々と考えている自分に嫌気がさして、無心のまま繁華街を抜けていった。
駅に着き、構内を通り抜けてコインパーキングへ向かう。しかしふと足を止め、駅の柱にもたれかかっている人物に声を掛けた。
「堀田さん?」
突然声を掛けられ、向こうはビクッとしてケータイを落としそうになっていた。
俺は軽く手を挙げ、「久しぶりです」と会釈した。
「今日は仕事は休みですか?」
そう尋ねると、俯き加減で「ええ、まあ・・・」と呟く。
「あそこのお仕事、まだ続けてらっしゃるんですか?」
「え?」
「いや、だからボディケアのお仕事ですよ。」
「いえ・・・あれはだいぶ前に辞めました。」
「そうなんですか。じゃあ今は別のお仕事を?」
「いや・・・・今は特に。少し前までディスカウントショップで働いてましたけど、ちょっと事情があって辞めました。」
「そうですか。でも意外でしたよ、あんな所で会うなんて。」
堀田さんは「はあ・・・」と頷き、ケータイを閉じてそわそわとしていた。
「あ!もしかして誰か待ってます?すいません、邪魔しちゃって・・・・。」
そう言って頭を下げ、「それじゃ」と去ろうとした時だった。堀田さんのケータイが鳴りだして、「もしもし」と小声で電話に出ていた。
《男かな?堀田さん可愛い顔してるから、けっこうモテるだろうな。》
彼氏との会話を邪魔しては悪いと思い、もう一度会釈してから踵を返した。すると聞くつもりはなかったのだが、堀田さんが話している声が聞こえて足を止めた。
「ああ、はい。いえいえ・・・・全然、こっちこそすいません・・・・いきなり断わちゃって・・・・。せっかく住原さんのお友達が紹介してして下さったのに・・・。え?いえいえ、気に入らなかったとかじゃなくて、会う前に断ってしまって・・・。
・・・・そうなんです、またいつもの悪いクセで、自分で幕を下ろしちゃって・・・・。そうですよね、これじゃダメですよね・・・。でも今日だけは、なんだかそんな気分になれなくて・・・。はい・・・はいはい・・・ええ、それじゃまた。ああ!お友達の方にもよろしくお伝えください、はい・・・それじゃ。」
堀田さんは電話を切り、疲れた顔で息をついていた。
《なんだ今の会話?彼氏じゃなかったのか?誰かの紹介とかなんとか・・・・。まさか今日俺が会う予定だった人って、堀田さん・・・・?》
頭の中でグルグルと思考が駆け巡る。しかしすぐに気を取り直して、力を抜いて表情を緩めた。
《まさかな・・・。あんなアホな占いを受けたせいで、ちょっとおかしくなってるらしい。飯食って仕事に行こう。》
そう思って背中を向け、コインパーキングに向かって歩き出した。しかし駅の出口まで来た時、ふと思い立って堀田さんを振り返った。
彼女はまだ柱にもたれかかっていて、しかも俺の方を見ていた。そして目が合うなりサッと顔を逸らし、スタスタと歩いて行ってしまった。
俺は走って彼女を追いかけ、「ちょっと」と呼び止めた。
「すいません、ちょっといいですか?」
「え、あ・・・・はい・・・・。」
堀田さんはオドオドしながらケータイを握りしめ、視線を彷徨わせていた。
「あの・・・・今は特にお仕事はされていないんですよね?」
「え?ああ・・・・はい・・・・。」
「じゃあウチで働きませんか?」
そう尋ねると、堀田さんは困った顔で首を傾げていた。
「僕、今はコンビニの店長をやっていまして。それでついさっきバイトが辞めたばっかりなんですよ。シフトが入ってるのに、それをほったらかして。」
「ああ・・・それはひどいですね。」
「まあよくあることだから、それほど気にはしていないんですが・・・。でも新しい人を雇わないといけないから、よかったら堀田さんはどうかなと思って・・・。」
「え・・・あ・・・・私が・・・・・?」
「昔同じ店で働いていたから、堀田さんが真面目な人だっていうのは知ってます。お客さんの評判も良かったし、何よりすごく仕事熱心だから。だからもしよかったらなんですが・・・・・どうですか?」
小さく笑いながら尋ねると、堀田さんは一瞬固まっていた。
まあ急にこんな話をして答えを出せというのは、無理だと分かっている。
しかし彼女が仕事熱心なのは間違いないし、それにここで会ったのも何かの縁だと感じていた。
だからもう一度「どうですか?」と尋ねた。
「ああ・・ええっと・・・それは・・・・。」
「別に今すぐ返事をしなくても大丈夫ですから。これ僕の名刺なんで、一応渡しておきます。」
「ああ・・・はい・・・ありがとうございます。」
堀田さんは頭を下げて名刺を受取り、なんとも形容しがたい表情でそれを見つめていた。
「もしその気があるなら、一週間以内に連絡をくれるとありがたいです。それじゃ。」
俺は笑って手を挙げ、駅の出口へと向かう。
空は晴れとも曇りともつかない中途半端な天気で、淀んだ空気が汗を滲ませた。
汚れた用水路を横目に歩道を通り抜け、鉄柱の脇を通ってパーキングに入る。そして車に乗ってエンジンを掛けた時、バックミラーに堀田さんが走って来る姿が映った。
「あ・・・あの!」
彼女は先ほど俺が渡した名刺を片手に、決して早いとはいえない足で駆けて来る。そして俺が車から降りると、息を切らしながら顔を上げた。
「あ・・・あの・・・・・よかったら・・・雇って下さい・・・。」
頬を紅潮させながら、乱れた髪のまま俺を見上げる。強く握ったせいか、名刺はクシャリと歪んでいた。彼女はそれを大切そうに両手で握り、頭を下げて「お願いします」と言った。
「私・・・・一生懸命働きますから・・・・お願いします。」
「・・・・いいんですか、こんなにすぐ決めちゃって。誘った僕が言うのもアレなんですけど・・・・。」
「いいんです・・・。こんなチャンスは滅多にないから・・・。」
それを聞いて、俺は思わず吹き出してしまった。
「コンビニでバイトするチャンスなんかいくらでもありますよ。」
そう答えると、彼女は強く首を振った。
「そうじゃなくて・・・・その・・・・飯田さんと一緒に働けるチャンスが・・・・・。」
「僕と・・・・・?」
「・・・・私、もう嫌なんです。何にでも目を逸らして、逃げてばっかりいたから・・・・。だからこのチャンスを逃したら・・・絶対に後悔すると思って・・・・。」
堀田さんは息を切らしながら俺を見つめ、泣きそうな顔で名刺を握りしめた。
赤い頬はさらに紅潮し、耳まで赤く染まっている。乱れた前髪の隙間から汗が滴り、鼻筋を通って落ちていく。
「もう後悔したくないから・・・・飯田さんと一緒に働かせて下さい。」
そう言って息を整え、気持ちを落ち着かせるように、忙しなくまばたきを繰り返していた。
「飯田さん・・・・私は・・・ずっと飯田さんに憧れてしました。真面目で、仕事熱心で、黙々と自分の役目をこなす飯田さんに、ずっと憧れていたんです。だからこんなことを急に言ったら迷惑かもしれないけど・・・・・。」
そこで一旦言葉を区切り、また深呼吸をした。
「・・・好きなんです、飯田さんのことが。だから・・・その・・・・ごめんなさい、急にこんなこと言って・・・・。」
堀田さんは乱れた髪を撫でつけ、目を逸らして俯いた。握っていた名刺は、もはや原型を失くし、端が破れていた。
「堀田さん。」
声を掛けると、小さく肩を揺らして顔を上げた。その顔は興奮と恐怖に満ちていて、きっと胸の中はぐちゃぐちゃだろうと容易に想像が出来た。
「まさか・・・・そんな風に思ってるとは知りませんでした。」
「ああ・・・・はい・・・・。」
「こんな風に面と向かって言われた事はないから、どういう顔をしていいのか分からないけど・・・・でも嬉しいです。」
彼女は真剣だった。だったらこっちも、真剣な言葉で返さなくてはいけない。包み隠さず、なんの嘘もなしに・・・・。
「僕は・・・・好きな人がいるんです。もう何年も前に知り合った人で、ずっと想い続けているんです。でも結局・・・なんの行動も起こせませんでした。ただ彼女に縛られてばかりで、踏ん切りがつかないまま生きてきました。だから僕は・・・堀田さんに憧れられるような人間じゃないんです。今でもまだ、その人のことを・・・・・。」
霜田さんの顔が胸に浮かび、あの時の記憶が蘇る。もう叶わないと知っている恋なのに、それでも断ち切ることが出来ない。
でも・・・ずっとこのままではいられないことも分かっている。だからここらで、俺も真剣に自分と向き合って、踏ん切りをつけるべきなのかもしれない。
これではまるで堀田さんを利用するようだけど、でも決して、彼女の真剣な想いが嫌だったわけじゃない。それどころか、むしろ嬉しかったのだ。
「堀田さん。僕は今・・・・あなたの気持ちに何て答えたらいいのか分かりません。でも・・・もしよかったら、僕と一緒の店で働いてほしい。堀田さんの気持ちに応えられるまで、少し時間がかかるかもしれないけど・・・・でも、その気持ちはすごく嬉しいです。だからほんの少しの猶予を下さい。勝手なお願いかもしれませんが・・・・いいですか?」
踏ん切りをつけるなどと言いながら、結局曖昧な答えになってしまった。
しかし堀田さんは「はい・・・」とコクコク頷き、徐々に笑顔になっていった。
その笑顔を見た時、きっと彼女も俺と同じなのだろうと思った。秘めた想いをずっと胸にしまいこみ、行動に移せずに燻ぶっていた。
俺たちが何よりも鬱陶しく思っていたのは、背を見せてばかりの自分に対してなのだ。
そして堀田さんは勇気を出して前に進み、俺は未だに燻ぶっている。
これはもう・・・やっぱり終わりにしないといけない。そうでなければ、俺は永遠に光を見ないモグラのままだろうから。
頭を掻きながら、頬に垂れた汗を拭った。そして遠慮がちに彼女を見つめ、車を指差して言った。
「あの・・・今から仕事に戻るんですが、その前に飯を食って行こうと思っているんです。だから・・・よかったら一緒にどうですか?」
「え・・・・ええ・・はい!行きます!」
堀田さんの表情がパッと弾け、短い黒髪を揺らして喜んだ。俺はドアを開けて彼女を乗せ、車を走らせてパーキングを出た。
土曜の道は混んでいて、バイパスに乗ってからも中々前に進まなかった。
「あ!勝手にバイパスに乗っちゃったけど、堀田さんの家は・・・・、」
「ええ、こっちの方向です。サービスエリアから降りて、すぐ近くなんです。」
「じゃあこのまま行きますね。何か食べたいものはありますか?」
「・・・・安い物の方がいいかな?雰囲気のあるお店って苦手なので・・・。あ!でも飯田さんの行きたい所で構いません、ええ。」
「じゃあマックにでも行きますか?新しいのが出てるはずですから。」
「いいです!それでいいです!行きましょう!」
たどたどしい会話をしながら、中々進まない道を走っていく。車内のエアコンが効き始めて、蒸し返るような暑さと共に汗が消えていく。
淀んだ雲は雨を降らせようか降らせまいか迷っているようで、薄い光の幕を投げかけていた。
堀田さんは嬉しそうに前を見つめながら、まだ俺の名刺をいじっている。
モグラの穴から這い出る日は、そう遠くないような気がした。


                                      -完-

 

ヒミズの恋 第十一話 光を見るモグラ(1)

  • 2015.04.02 Thursday
  • 10:26
JUGEMテーマ:自作小説
季節は夏の終わりだった。
お盆も過ぎ、夏祭りや花火大会もピークを過ぎて、あとはただ暑い日が続くばかりだった。
子供は学校が始まり、歳寄りは夏バテで家に籠り、勤め人はクソ暑いスーツでパソコンを叩く。
夏が過ぎるということは、日常が平穏を取り戻すことである。
浮かれた気分はお盆と一緒に送りだし、ようやく本来の日常へと戻っていくのだ。
しかしながら、暇を持て余した学生は性質が悪い。特に大学生ともなると、九月に入っても休みが続くものだから、用も無いのにコンビニへやって来たりする。
店の前でたむろするくらいはいい。車の中のゴミを捨てるのも大目に見よう。
しかしだ。酔っぱらって他の客と喧嘩をするのはいただけない。
時刻は午前一時。店の駐車場に、俺とバイトの男の子、そして口元から血を流したサラリーマンと、酔っぱらった学生三人がいた。
「警察が来るまで大人しくしとけよ。」
学生時代はラグビーで馴らしたという若いバイトが、がっちりとした腕で学生の一人を押えこむ。
「離せコラ!シバクぞ!」
「ああ?腕折るぞコラ?」
酔っぱらった馬鹿ガキの挑発に乗り、若いバイトは腕を掴んでねじり上げた。
いくら暴漢を押える為とはいえ、本当に腕を折ったら過剰防衛でこちらが悪くなる。
俺は「落ちつけ」と二人を取り成し、少し酔いの冷めたであろう他の学生に話しかけた。
「警察が来てから詳しく聞かれるだろうけど、喧嘩を吹っ掛けたのはそっちなんだな?」
「ああ・・・まあ・・・。」
今時のチャライ格好をした痩せ形の学生は、バツが悪そうに身体を揺すっていた。
「で?車がぶつかりそうになって因縁をつけたと?」
「因縁っていうか、そっちのおっさんが文句言ってきたから・・・。」
そう言ってサラリーマンの方を指差すと、まだおっさんというには若い男が怒鳴った。
「ふざけんなお前!テメエがぶつかりそうになって来たから注意しただけだろうが!」
「はあ?お前の運転が下手クソなんだろ?」
「違うよ!お前らが酒飲んで運転してるからだろ!それだけでも犯罪なのに、因縁つけて手え出しやがって・・・。きっちりブタ箱にぶち込んでやるからな!」
「調子乗んなテメエ!」
治まっていた怒りが爆発し、再び取っ組み合いを始める。慌てて止めに入ると、思い切り後頭部を殴られてしまった。それもサラリーマンの方に・・・。
《誰を守る為に身体張ってると思ってんだこの野郎!》
本気で殴り返してやろうと思ったが、そんなことをしたらさらに面倒になるのでグッと堪えた。
やがて警察が到着し、数人の警官が駆け寄ってきて制止に入った。サラリーマンは鼻から血を流し、学生の方は服が裂けて目尻を切っていた。
店にやって来た客が何事かと野次馬根性を見せ、通りを走る車はスピードを緩めて好奇の目を向けていた。


            *


喧嘩の日の翌日、昨日と同じようにレジに立っていると、品出しを終えたバイトが「昨日のどうなったんすかね?」と尋ねてきた。
「学生の方は捕まったってさ。酒飲んで運転した上に、相手を怪我させたんだから。」
「そりゃそうっすよね。俺もマジで腕折ってやろうかと思いましたもん。」
「マジでやられると困るから止めに入ったんだよ。ただサラリーマンの方も反撃して怪我を負わせてるから、どうなるかは分からんな。」
「そういや店長も殴られてましたね。大丈夫っすか?」
「思いっきりタンコブになってるよ。でも面倒は嫌だから、警察には言ってないけどな。」
「マジっすか?俺なら絶対に慰謝料とか取りますよ。」
「そういうのが面倒だから黙ってたの。いいから残りの品出しやってくれよ。もうじき上がりだろ?」
「ああ、はい。」
ガタイは良いがオツムの弱いバイトは、三カ月経っても慣れない手つきで商品をいじっていた。
「いい加減仕事覚えろよ。」
聞こえない程度に愚痴を言い、バックヤードに戻ってパソコンの前に座った。カタカタとキーボードを叩きながら、昨日よりさらに痛むタンコブを押えた。
「・・・・やっぱ治療費くらいは貰うべきだったか?」
チラっとそう考えるも、やはり面倒はゴメンなのでこのまま我慢することにした。
面倒な事務処理を終えてレジに出ると、外は明るくなり始めていた。時計を確認すると午前五時前。あと一時間で代わりのスタッフが来る。
休憩がてらに外の掃除に向かい、駐車場に落ちている吸い殻を掃いていった。
「ずっと前から思ってるけど、どこも全面禁煙にすりゃあいいんだよ。そんなに吸いたいなら家で吸えってんだ。」
あれはまだ24の若い頃、ホテルのバイトをしている時にも同じ愚痴を言った記憶がある。
あの時は将来のことなど全く考えていなくて、ただただ漫然と日々を過ごしていた。
特にやりたい事や熱中出来るものもなく、ただ家とバイトを往復する日々。
休みの日は家に籠ってゲームをするか、冴えない友達と飯を食いに行くかのどちらかがった。
しかしそんな下らない日々の中に、一つだけ胸を熱くさせるものがあった。
それは・・・・・霜田さんだ。
あのつまらない日々の中で、唯一俺の中で輝いていたもの。ただ彼女に会う為だけに、あのつまらないバイトに行っていた。
一緒にフロントに立ち、他愛ないお喋りをしている時間。そして下らないことで笑い合う時間。
それは少なくとも、俺にとっては最高の時間だった。
彼女を好きになる気持ちは日に日に大きくなり、もはやその笑顔を見るだけで天にも昇る思いだった。
だから何度も告白しようと思ったが、それを行動に移す勇気はなかった。
もしフラれてしまったら、あの楽しい時間がなくなってしまう。それは当時の俺にとって、最も避けたいことだった。
しかし・・・・その選択は間違っていた。俺は勇気を振り絞り、彼女に告白するべきだったのだ。
そうすれば、霜田さんは今でも俺の隣にいてくれたかもしれない。
結婚が決まってあのホテルを辞める時、彼女はこう言っていた。
『今だから言いますけど、私って飯田さんみたいな人がタイプなんです。もう少し早く出会えてたら、きっと好きになってました。』
それが本当か嘘かは分からない。しかしその言葉は、今でも俺を苦しめている。
もし・・・・もしあの時行動を起こしていたら、今とは違った未来があったんじゃないかと。
それは霜田さんのことだけではなく、今の自分の現状にも言えることだった。
正直に言うならば・・・・俺はあの銭湯を辞めたことを後悔していた。
霜田さんのことを忘れる為だったとはいえ、俺は本気で仕事に打ち込んだ。そのおかげで若くして店長を任され、複数の店舗のオーナーにという話まで出ていた。
俺はあの仕事が気に入っていたし、オーナーの話だって心の底から喜んでいた。
昇進すればもっと仕事にやり甲斐が出来るだろうし、いずれは独立して自分の店まで持ちたいと考えていたほどだ。
それが今ではどうだ?ちっぽけなコンビニで雇われ店長として働き、来る日も来る日もただ時間が過ぎるのを待っている。
それに女とはほとんど縁が無く、しばらく前に付き合った彼女とは、しょうもない口喧嘩が原因で別れてしまった。
まあ今となっては、特に思い入れのある女でもなかったが。
前の仕事を辞めたこと。そして女から縁が遠ざかっていること。それらは全て、俺が悪いのだ。
いつまで経っても霜田さんを忘れられない、この情けない根性のせいなのだ。
それは分かっているのに、今でも彼女の笑顔は消えてくれない。しっかりと俺の心を掴み、万力のような力で食い込んでいる。
それに加えてあんなセリフまで言われたものだから、どう足掻いても胸の内から霜田さんを消すことは出来なかった。
『今だから言いますけど、私って飯田さんみたいな人がタイプなんです。もう少し早く出会えてたら、きっと好きになってました。』
「・・・・・馬鹿じゃないのか・・・・。結婚するなら、そんなセリフを残していくなよ。いっそ嫌われてた方が楽だった。」
霜田さんは何も悪くない。全ては俺の女々しさが原因だ。しかしそれでも、あんなセリフを吐いたことが憎らしかった。
一通り駐車場の掃除を終え、吸い殻をゴミ箱に移して店に戻る。バイト君はまだ品出しをしていて、エロ本の表紙に熱い視線を送っていた。


             *


久々の休日に、用事があって街へ繰り出した。街といっても地方の中途半端な都市だが、俺の住んでいる田舎よりは楽しみがある。
朝早くに車を駆り、空いているバイパスを飛ばして街へやって来た。
バイパスを使えば車で一時間程度の距離だが、ここへ来るのは久しぶりだった。
コインパーキングに車を止め、汚れた水路を横目に駅の方まで向かう。
「おお、かなり変わってるな。」
数年ぶりに見る駅は、俺の記憶とはかなり変わっていた。以前は壁にツタが巻いてヒビが入っていたのにいたのに、今は綺麗に建て替えられている。
建物全体がかなり大きくなり、まるでどこぞの高級ホテルのようだ。それに中に入ると、若い女性が好みそうな店がたくさん入っていた。ボロくて陰鬱な雰囲気はなくなり、華やかで明るい空間になっている。
「変わったな・・・噂には聞いてたけど。」
駅の中には大きな店がいくつも入っていて、案内板を眺めて唸った。
「ふう〜ん・・・色んな店舗が入ってるんだな。おお、ジュンク堂もあるのか?ちょっと寄ってみるか。」
本を読む習慣はないが、本が並んでいる光景を見るのは好きだった。案内板を後にして、お菓子や洋服が並ぶ通りを抜けてエスカレーターに乗る。
そして二階まで上がると、フロアは全て本で埋め尽くされていた。
「こりゃすごいな。」
店には多くの本だけではなく、多くの客が入っていた。誰もが本をとって真剣に眺めていて、レジには行列が出来ていた。
自分も何か探そうと歩きだし、芸能人やら旅行の本が並んでいる棚を抜けていった。奥の本棚には文学書や経営の本が並んでいて、その隣に生き物の本があった。
「そういや昔、ちょっとだけ動物園の飼育員に憧れてた時期があったな。」
興味を惹かれて、大きな図鑑を取って眺めていった。しかし・・・すぐに飽きてしまった。
写真を見るのは楽しいのだが、くどい説明文がどうしても受け付けない。きっとこういうところが、本を読む習慣が身に付かない原因なのだろう。
図鑑を元に戻し、ぶらりと歩いて店を一周する。誰もが熱心に本を読んでいて、その光景をじゅうぶん楽しんでから店を後にした。
来た時と反対側の出口から駅を出ると、繁華街のアーケードが変わっていた。汚いタイルは綺麗に張り替えられ、日射しの悪かった天井は透き通るアクリルに変えられている。
そのおかげでアーケードの中は明るくなり、心なしか道行く人の表情も明るく感じられた。
こういうことに税金を使ってくれるなら、住民は誰も文句を言うまい。役所もたまにはいい仕事をしてくれるものだと思いながら、近くのカフェに入った。
席に座って腕時計を確認すると、まだ午前九時半だった。午後から昔の友人と飯を食いに行き、その後はそいつが女を紹介してくれることになっていた。
長らく女に縁がない俺に気を遣って、知り合いの女性を紹介してくれるというのだ。
こっちとしては大きなお世話なのだが、特に断る理由もないのでやって来た。別に紹介される女に期待はしていないし、今は彼女が欲しいとも思わない。
それどころか、人生そのものに張りがなく、人は何の為に生きているのか?なんて、青臭いことまで考えるようになっていた。
「・・・・末期だな。そのうちうつ病にでもなっちまったりしてな。」
運ばれてきたコーヒーをすすり、ついでに注文したホットドッグで腹を満たした。ここで時間を潰すにはあまりにもやることがなく、もう一度本屋に行って暇を凌ごうと考えた。
会計を済ませて店を出る時、ふと見覚えのある顔とすれ違った。
「今のは・・・・・。」
それは眼鏡を掛けた若い男だった。締まりのない顔に締まりのない身体。もしピッタリくるあだ名があるとしたら、それはのび太君だろう。
そしてそののび太君の名前を、俺は知っている。彼はかつて俺が勤めていた銭湯でバイトをしていた、木塚君という若者だ。
木塚君は彼女らしき女性と手を繋ぎ、ニコニコしながら店へと入って行った。
「彼女出来たのか・・・よかったな。」
木塚君は実にいい笑顔で笑うようになっていた。以前は人を苛立たせるヘラヘラとした笑いだったのに、今は若者らしい素直で良い笑顔を見せるようになっていた。
その笑顔をじっと見つめ、気づかれないうちに店を後にした。
明るい日射しが照らすアーケードを歩き、さっきの本屋へ戻っていく。
しかしアーケードの切れ目の信号で足を止め、ふと左を見てみた。
《そういやこっちにも本屋があったな。同じビルに服を売ってる店もあったし、こっちに寄ってくか。》
信号の前で踵を回し、左へ進んで大きなビルの中へ入った。
このビルの二階には本屋が入っていて、その上には男用の服や靴を扱う店があった。
そして四階に上がると大きな百貨店と繋がる通路があって、たまに何かの催し物をやっていたりするのだ。
しかしそれ以外の時は、占いの店が並んでいたはずだ。普段ならそんなものに興味はないが、友人と会うまでの退屈しのぎに、ちょっと見てもらってもいいかもしれない。
エスカレーターで二階まで上がり、本屋で時間を潰してから三階へ向かう。そこで一足だけ靴を買い、隣の百貨店に繋がる四階へやって来た。
どうやら今日は何の催し物もやっていないらしく、通路には占いの店が並んでいた。
手相にタロット、四柱推命に人相学。それにいかにもオカルトチックな占いの看板があった。
「前世で見るあなたの運勢・・・・。魂の色や、身を包むオーラからあなたの悩みを解決・・・馬鹿か?」
冷めた視線でその看板を見つめ、ざっと占い所を見渡す。
どいつも冷めたような目をしている中、一人だけ活気のある占い師がいた。
それは一番奥に座っている、いかにも今時風の軽い感じの男だった。そして目の前に座る女に、耳がムズムズするような綺麗事を並べ立てていた。
しかし女はそれを熱心に聞いており、時間を延長までして男にアドバイスを求めていた。
《世の中にはこういうのを本気で信じてる奴もいるんだな。占いなんてのは、人の不安につけ込む商売だろうに。でもまあ、当たるも八卦、当たらぬも八卦っていうし、暇つぶしにはちょうどいいか。》
横一列に並ぶ占いの店を見つめ、どうせなら一番怪しげな所で見てもらおうと思った。
『前世で見るあなたの運勢』
先ほどのいかにもオカルトチックな看板の占い師を選び、「いいですか?」と頭の薄くなった男に声を掛けた。
「はい、どうぞ。」
占い師の男は笑顔で椅子を示し、手首に付けた透明な数珠をしきりに触っていた。
隣でチャライ男からアドバイスをもらっている女を横目に、パイプ椅子を引いて腰を下ろす。こういう所に来るのは初めてなので、いささか緊張した。
《さて・・・来たのはいいけど、何を占ってもらおうかな?》
こうして椅子に座ったものの、特に占ってほしいことがあるわけではなかった。元よりこんなものは信じていないので、真剣な悩みを相談するつもりはない。
しかしここで「やっぱりいいです」と立ち去るのも気が引けるし、どうしたものかと黙っていた。
《・・・・いや、これでいいか。このまま黙っていても、こいつが本物の占い師だというなら、俺の悩みを見抜けるだろ。ちょっと意地悪かもしれないけど、ちゃんと金は払うんだから別にいいよな?》
俺は腕を組んで占い師を睨み、ただじっと黙っていた。すると向こうは笑顔を消して真顔になり、小さく頷いた。
《自分が試されてるってことに気づいたか?勘はいいんだな。》
占い師は手首の数珠をしきりに触り、じっと俺のことを見つめていた。それはもう、舐めま回すようにジロジロと・・・・。
その視線に不快感を覚えていると、占い師は突然口を開いた。
「まずあなたの職業ですが、接客系の仕事ですね?それも・・・・おそらくコンビニ。その前は・・・・やはり接客系の仕事です。でも身体を使う仕事でもあった。・・・・・・きっと銭湯の店員さんだったんじゃないですか?」
ご名答。俺は心の中で、素直に拍手を送った。しかしこれだけでは、こいつが真の占い師がどうかは分からない。
なぜなら占い師にしろ接客業にしろ、どちらも人を見る仕事だ。少々目の鋭い人間なら、これくらいのことはだいたい分かる。
きっとこの占い師は、俺をじっと見つめることで、人相や雰囲気からその職業を当てただけだろう。
人間ってのは絶えず情報を発信しているものだ。だから長年占いで食っている者なら、相手の雰囲気や態度から、職業を見分けることはくらいはやってのけるだろう。
でもまあ、ここまでドンピシャで当てるとは大したものだ。俺は少しだけ面白くなってきて、黙ったまま頷いてやった。
「では次にですが・・・・・・女性のことで悩んでいますね?それも彼女や奥さんじゃない。気持ちすら伝えられない片思いの相手です。」
これに対しては頷かなかった。なぜならそんなものは、占いに来る男の大半に当てはまるものだろうからだ。
しかし占い師は諦めない。腕の数珠から手を離し、さらに真剣な目で俺を見つめた。
《ちょっと追い詰められてるか?金は払うんだから、もう少し楽しませてくれよ。》
占い師はじっと俺を睨み、何やら一人でうんうんと頷いている。そして思い出したように数珠を触り、椅子の背もたれに身体を預けた。
《数珠を触るパフォーマンスが復活したか。てことは、何か見抜いたってことか?》
占い師はしばらく何も喋らなかった。ただじっと腕を組んで、俺の目を見つめていた。
《なんだ?圧力をかけてこっちから喋らせる気か?でも生憎、そんな手には乗らない。》
俺もじっと占い師の目を見返し、お互い沈黙したまま時間が過ぎていく。隣ではチャライ男の占い師が、もっともらしい事を言って女を納得させようとしていた。
《いつまで黙ってる?もしこのまま何も言わないつもりなら、金を払う時にゴネてやるぞ。》
何も喋らないなら占いではない。だったらそんなものに金を払う必要はない。俺はテーブルに置かれた時計に目をやり、じっと占い師の言葉を待った。
「・・・・大丈夫ですよ。」
「・・・・・・は?」
思わず声が出てしまった。いきなり大丈夫ですよと言われても、なんのことかさっぱり分からない。
しょうもない言葉で誤魔化すつもりなら、ここで文句を言って立ち去ろうと思った。しかし占い師は、椅子から腰を浮かした俺を手で制した。
「あと五分後。」
「・・・・・はあ?」
「あと五分したら、またここに来て下さい。それであなたの悩みは解決するはずです。」
「・・・からかってるのか?言っとくけど、しょもないことで誤魔化すなら、金は払わないからな。」
そう言って身を乗り出すと、占い師は表情に変えずに答えた。
「構いません。でも騙されたと思って、五分経ってからここに来て下さい。それであなたの長年の悩みは解決するはずです。」
「・・・・・・・・・・・。」
俺は椅子から立ち上がり、黙って占い師を見下ろした。
「いいのか?このまま金を払わずに帰るかもしれないぞ?」
本気でそう言うと、占い師は笑って首を振った。
「構いませんよ。でも今の私に言えることはそれだけです。言葉でグダグダ説明するより、五分後にここへ来て頂いた方がハッキリするでしょう。そうすることで、あなたは想いの届かない過去の女性から、ようやく解放されるはずですから。」
占い師は微塵の迷いも見せずに言い放つ。それがハッタリか本心かは分からないが、俺は「分かったよ」と頷いて椅子を戻した。
「そこまで言うなら、五分経ってから戻ってくる。それと・・・ちょっと意地悪をしてしまったな。五分経ってここに戻って来た時、例え何もなくても金は払うよ。」
そう言うと占い師は笑って頷き、「どうぞ」と去るように促した。
隣ではまだチャライ男のうんちくが続いていて、女は泣きそうな顔で目を潤ませていた。



 

ヒミズの恋 第十話 キューピッドは報われない(2)

  • 2015.04.01 Wednesday
  • 11:32
JUGEMテーマ:自作小説
大きな百貨店の一角に、小さな占い所のスペースがあった。
横に並んで数人の占い師が場所を陣取り、手相だのタロットだのと書いた紙を立てている。
俺はその一番奥まった所に、小さな机を置いていた。目の前には結婚相手が見つからないと悩んでいる女がいて、切実に自分の胸のうちを語っていた。
「別にそんないい暮らしをしたいわけじゃないんです。でも年収800万っていうのは譲れなくて・・・。これでもかなり妥協した方なんです。最初は年収2000万で考えていたんですが、そこまで稼ぐ男は少ないって知ったから。それに顔や性格に関してだって、以前より条件を緩めたんです。なのに中々いい相手が見つからなくて・・・。
ずっと頑張ってるのに、周りだけがどんどん幸せになっていくし、すごく不安なんです・・・・。もしかしたら、何かよくないものが憑いてるかもしれないと思って、神社でお祓いも受けました。でもやっぱり上手くいかないんです・・・。だからずっと苦しくて、友達に相談したらここを紹介されたんです。観月さんは本物の占い師だから、きっと悩みを解決してくれるって。その友達も、観月さんに見てもらってから彼氏が出来たって言ってたし・・・。
だからどうか、私に合う男がどこにいるか教えてほしいんです。よろしくお願いします。」
そう言って涙ながらに頭を下げ、畑でむしったかぼちゃのような顔を俯かせた。
「そうかあ・・・そりゃ辛いね。誰だって自分の理想とする恋人と出会いたいもんね。それでその人と結婚出来たら、こんなに幸せなことはないもんね?」
「そうなんです・・・私はただ幸せになりたいだけで・・・決してお金とかが目的じゃないんです。」
「分かるよ、あなたは間違ってない。お金は大事じゃないけど、生きて行くうえで重要だもんね。どうせ結婚するなら、稼ぎのある男の方が安心して暮らせるってもんだし。経済的に余裕があると、心にも余裕が出来るから、幸せになる確率も上がるよね。」
優しい口調でそう言うと、かぼちゃ女は目を見開いて俺を見つめた。
「・・・分かってくれるんですか・・・私の気持ち・・・。」
「当たり前でしょ。そういう悩みにアドバイスするのが俺の役目だもん。何でも恥ずかしがらずに言ってよ。」
努めて柔らかい笑顔で語りかけると、女は堰を切ったように泣き始めた。
「・・・ありがとうございます・・・。そんな風に言われたのは初めてだから・・・すごく嬉しくて・・・・。」
「いいよ、泣きたいだけ泣いちゃえ。内に溜めこむとよくないからね。」
それから女はしばらく泣き続け、聞くのもうんざりするしょうもない妄想を語り始めた。
その内容はまるで、少年漫画に出て来る有り得ないヒロインを恋人にしたいという男と同列だった。
家庭的で優しくて、しかも美人でスタイルが良くておっぱいも大きい。しかも料理が上手くて細かい気遣いが出来て、少しくらいの浮気なら許してくれる。
そんな誰もが羨む女なのに、なぜか冴えない主人公の男を好きになってくれる。僕はそんな女の子と付き合いたいんです。
果たしてこれを女に聞かせたら、いったいどんな反応が返ってくるだろう?
馬鹿じゃないの?と一蹴されるか、もしくはゲラゲラと笑われるだけだろう。
しかしながら、ここに相談に来るほとんどの女は、少年漫画のヒロインに恋をする男と大差ないのだ。
有り得ない妄想をぶちまけ、自分の行いも顧みず、ただただ無茶な要求を突きつけようとする。
もしプライベートで出会ったなら、鼻の穴にポッキーを詰め込んでから、額に『肉』と書いて捨てておくだろう。
しかしこれは仕事だ。それも人生を捧げた、俺の天職だ。ならば相手が誰であれ、そいつの望む事を言ってやらねばならない。
かぼちゃみたいな顔してようが、きゅうりみたいな顔してようが、俺の眼力でもって相手の心を見抜き、そいつが最も欲している言葉を掛けてやる。そしてその後に、少しずつ現実的な考え方にシフトさせていくのだ。
その為には、まず相手の妄想をうんうんと聞いてやることが重要だ。
いくらうんざりしても、決して笑顔を崩さずに頷いてやるのだ。
かぼちゃ女はひたすら自分の妄想を語りまくり、もうそろそろ十五分が過ぎようとしていた。
「ああ、ごめん・・・。もう時間なんだよね。まだ全部胸の内を語ってないと思うんだけど、どうする?延長する?」
「はい・・・お願いします。」
「じゃあ延長料でプラス二千円になるからね。」
俺は手元の時計を確認し、また笑顔で話を聞いてやった。
女はたっぷり時間を使って語り、再度延長をもうけてようやく喋り終えた。すると憑き物が落ちたようなスッキリした顔で、バッグの中からお茶を取り出して飲み始めた。
「はあ・・・・少しだけ楽になりました・・・。」
「それはよかった。さっきも言ったけど、どんなことでも内に溜めこむのはよくないんだ。」
「そうですね、こうして人に話すだけで・・・すごく気が楽になりました。」
かぼちゃ女はニコリと笑い、ここへ来てから一番可愛い笑顔を見せた。
「今の笑顔すごく可愛いじゃん。」
「え?そうですか・・・・?」
「うん。思ってることを全部話して、スッキリしたからじゃないかな?人間って、素直な笑顔が一番魅力的だもん。いつだってそういう笑顔を見せられるようになれば、恋人なんかすぐに出来るよ。」
「そう・・・ですかね?」
「そうだよ。だって考えてごらん。恋人っていうのは、まず男女である前に人間なんだよ。だからいくら君の条件を満たした男がいたとしても、人間的に腐ってるような奴は嫌だろ?」
「はい、それは当然です。」
「じゃあさ、まずは男とか女とかを考えるより、もっと君っていう人間らしい部分を見せればいいんじゃないかな?
男が女に対して一番求めるものは、容姿じゃなくて中身なんだよ。一緒にいて心が落ち着くような、そういう優しい人間的な部分を持った女性に惹かれるんだよ。
君が結婚相手を見つける為に努力してることは認めるよ。けどね・・・それが明後日の方向にいったら意味がない。化粧も大事だし、ファッションも大事だけど、人としてもっと大事な部分があるんじゃないかな?」
「・・・それは・・・例えば・・・?」
女は真剣な目で見つめてくる。身を乗り出し、射抜くような視線で俺を貫こうとする。
ここまで来れば、もう完全に俺の言葉に心を開いている証拠だ。後は気取らず奢らず、現実的で当たり前のことを言ってやればいいだけだ。
「まずは相手がどんな男であれ、しっかりと笑顔で挨拶することだよ。今みたいな気取らない笑顔で、嫌な上司にでも笑って挨拶する。思い出してごらんよ。子供の頃、幼稚園に行ったらみんなに笑顔で挨拶をしてただろ?あれと一緒でいいんだよ。
そうするとね、そういう君の姿を、周りの男はちゃんと見ているもんなんだ。ああ、この人は誰にでも分け隔てなく笑顔で挨拶をする良い人なんだって。そういう当たり前の部分が、やがて信頼に繋がって男を惹きつける。誰にでも笑顔で挨拶するっていうこと、きちんと出来てる?」
「・・・・いえ・・・・多分、出来てないです。」
「そうだよね?相手を見て態度を変えてるんじゃないかと思う。でもそれじゃダメなんだ。いくら女を磨いたところで、人間としての部分がきちんとしていないんじゃ、どんな男からも敬遠されるよ。君だって、相手によって態度を変える男は嫌だろ?」
「・・・・はい。」
「それとね、もっと素直に笑ったり話したりすることだよ。別に誰かを楽しませようとか、好かれようとかしなくていいんだ。もし話すことが思い浮かばなかったら、ただ相手の話を聞いてあげるだけでもいい。男ってのは意外とお喋りだから、聞き上手な女性は好かれるんだ。
誰にでも笑顔で挨拶する。そして人の話はちゃんと聞いてあげる。この二つが出来るようになるだけで、君はグンと男から好かれるようになるよ。これは男として、絶対に保証する。」
俺は身体から力を抜き、かぼちゃ女の視線を受け止めて微笑んだ。
「大丈夫、簡単なことだからきっと出来るよ。そうするとね、君に好意を抱く男はたくさん出て来る。そうすれば出会いも増えるから、きっと心の底から好きになれる男と出会えるよ。」
「そう・・・ですね。挨拶と話を聞くだけなら・・・・難しくないですね。」
「うん、簡単なことだよ。昔に親から教わったことを忘れなきゃいいだけだからね。でもどうしても辛くなったら、またここへおいで。水曜と木曜以外ならいるから。ああ、名刺渡しておこうか?」
「はい、お願いします。」
女は俺の差し出した名刺を両手で受け取り、熱心な目で見つめていた。
「ああ、それともう一つだけ。」
俺は表情を変え、真剣な目で女を見つめた。
「これはプロの占い師として忠告させてもらうけど、オカルトを前面に出してる占い師は信じちゃダメだよ。」
「オカルト・・・・ですか?」
「前世が見えるとか、守護霊が見えるとかいう奴だよ。ああいうのはね、人の心の弱味につけ込んで、いくらでも金を巻き上げようとするんだ。しかもそういう奴に限って屁理屈が上手い。だから君みたいな迷ってる女性は、奴らにとって絶好のカモなんだ。絶対に騙されないように気をつけること、いいね?」
「・・・分かりました。」
かぼちゃ女・・・・、もういい加減この言い方は失礼か。女は名刺をしまい、来た時よりもかなりスッキリした顔で笑った。
「その笑顔がいいんだよ。これは占い師の俺が言うのもなんだけど、自分の人生を変えられるのは自分だけなんだ。俺だって今はこんな仕事をしてるけど、前は喫茶店のバイトだったんだよ。」
「ほんとですか?」
「ほんとほんと。毎日マスターと奥さんの喧嘩を仲裁しててさ。しかもいくら時給が良いっていったって、しょせんはバイトだからね。だからここらで本気で人生を変えてみようと思って、今の仕事に就いたわけさ。だから君にだって出来るよ。占いに頼るのもいいけど、それでも自分の人生を変えられるのは自分だけってことを覚えておいて。」
「・・・・はい。ありがとうございます。」
女は深く頭を下げ、丁寧に椅子を戻して去っていった。
その後ろ姿を見送っていると、隣で陣取っているおっさんの占い師が口を挟んできた。
「あのさ・・・ああいう言い方やめてくれない?」
「何がですか?」
「いや・・・だからさ・・・オカルトの占いがどうとかって・・・。こっちはそれで商売やってるんだから、ああいうのは困るよ。」
「へええ・・・だったら幽霊とか前世とか見えちゃうんですか?」
「見えるよ、見えるから言ってるんだよ。」
おっさんは自信満々に胸を張って言う。俺は小声で「馬鹿じゃねえの・・・」と呟いた。
「え?なんか言った?」
「いえ、なにも。」
そう言って笑顔で頭を下げ、胸の中で悪態をついた。
《霊感商法でリピーター増やしてる野郎が・・・・。こっちは生まれ持った眼力を活かして商売してるんだよ。それもちゃんと相手のことを考えて言葉を選んでる。脅しすかしてるようなやり方してる奴が、偉そうに意見するんじゃねえよ。》
この仕事を初めて早や一年、俺はそれなりに儲かってる。口コミで評判が広がり、実際に結婚相手や恋人を見つけた奴だって大勢いるんだ。
それをこんなインチキ野郎と一緒にされたくない。俺はこの仕事に誇りを持ってるから、絶対に相手を不安にさせるようなことを言って、金を巻き上げたりはしないんだ。
まあ・・・占いなんか信じない奴からしたら、みんな同列に見えるんだろうけど。
そもそも占いなんてのは、要は人生相談みたいもんだ。俺は占い師を名乗っているけど、手相も見れないしタロットも出来ない。
いや、そもそもそういうのを覚える必要さえないんだ。だって・・・相手の本質を見抜く、この観察力と洞察力があるんだから。
あとは言葉遣いと、客の扱いさえ間違えなければ、どうってことはない。
俺の仕事で幸せになった人たちがいるかと思うと、それはやはり嬉しいことだった。
ここへ相談しに来てよかったと言ってくれるお客さんもいるし、そういう時は本当に嬉しくなる。
だから・・・これこそが俺の天職だ。一生を捧げても構わない、俺の生きる道なんだ。
しばらく時間が空いてから、また一人の客がやってきた。印象はパッとしないが、よく見るとそれなりの美人だった。
《あれ・・・・この人どこかで会ったな・・・。》
女は「いいですか・・・?」と遠慮がちに尋ねて来る。俺はニコリと笑って「どうぞ」と椅子を示し、そこでやっとこの女のことを思い出した。
《そうだ。この人は前にカフェに来てた人だ。主婦と二人組で、チーズケーキを頼んでたっけ・・・・。》
女は椅子に座ると、ポツポツと悩みを語り始めた。なんでも昔に好きになった男が、今でも忘れられないらしい。
まあ・・・こういう相談もよくある。さっきと同じように、まずは話をしっかり聞いてやろうか。
俺のおかげで幸せを掴んだ恋人たちは数知れず。しかし肝心の俺はというと、この仕事に就いてから、女との縁は遠ざかっていた。
遊んだりセックスしたりする女はいるけど、好きな人とは上手くいかなかった。口説くつもりがいつの間にか恋愛相談に乗っていて、その子には別の彼氏が出来てしまったのだ。
しかしまあ・・・これも覚悟の上だ。だってずっと昔から経験してるもの。
キューピッドは報われないって。


 

ヒミズの恋 第九話 キューピッドは報われない(1)

  • 2015.03.31 Tuesday
  • 13:18
JUGEMテーマ:自作小説
ちょっと値段の張るホテルの一階に、個人で経営するカフェが入っていた。
人通りの多い繁華街ということもあり、平日の昼間でも多くの客が入って来る。
ここへバイトで入って早や三年。学生時代に小遣い稼ぎで始めただけなのに、卒業した後でも続けていた。
客の去ったテーブルを周り、トレーにコーヒーカップを乗せていく。
清潔な布巾でサッとテーブルを拭き、また隣のテーブルに移動した。
すると二人組の女性客から声を掛けられ、特製チーズケーキを注文された。
俺は笑顔で応対しながら、心の中では悪態をついていた。
《くそッ・・・・この忙しい時に面倒な注文しやがって・・・・。》
特製チーズケーキとは、マスターご自慢の当店人気スイーツだ。
どこぞの関西の山の牧場から牛乳を仕入れ、かつてパティシエだった腕を振るって作るのだ。
味は抜群、値段はほどほど、だから注文の絶えない目玉商品である。
しかし作るのには少し時間がかかる為、忙しい時間帯に注文が入ると作業が遅れる。
マスターは喜んで作るけど、待たされる客の嫌味は俺が引き受けることになる。
オバハンにはネチネチと愚痴を言われ、オッサンにはややキレ気味で怒鳴られる。
あれはいつだったか、あまりに酷い言われ方をしたので、思わずオッサン客の胸倉を掴んでしまったことがある。
もちろん・・・その後はマスターにこっ酷く叱られたけど・・・。
《そんなにウチの目玉商品っていうなら、いくらか作り置きしとけばいいんだよ。多少は味が落ちるかもしれないけど、どうせ素人が食うんだから気づきゃしないのに。》
しかしマスターの性格からすると、絶対にその提案は受け入れないだろう。
見た目は若いくクセに、昭和の職人みたいな性格をしてるもんだから、一切の妥協が許せないのだ。
まあその甲斐あって、この店は繁盛してるんだけどさ・・・・。
厨房に戻って特製チーズケーキの注文を伝えると、マスターは嬉々として作り始めた。
先に注文が入っていたサンドイッチは、あっさりと奥さんの仕事へとシフトしていく。
こういう事がたびたび続くと、店が終わってから喧嘩が始まるのだ。そしてその仲裁役も俺が引き受けることになる。
そう思うとなんだかげんなりしてきて、厨房の二人に背を向けた。
《もうここも辞め時かなあ・・・・。カフェの割には時給は悪くないけど、ずっとここでバイトってのもなあ・・・。》
大学の三回生からここへ来ているので、今年で24になる。まだまだ若さを謳歌出来る年齢だけど、さすがにずっとカフェの店員というわけにもいかない。
でもだからといって、特にやりたい仕事だの、夢だのがあるわけじゃないんだけど・・・・。
《やっぱもう少し真面目に就活しとけばよかったなあ・・・。ちょっといい大学だからって、ナメてたのがいけなかったか?》
俺の通っていた大学は、全国でもそこそこ名の知れた所だ。
だから真面目に出席して、真面目に就活すれば、それなりの企業に就職出来るはずだった。
はずだったのが・・・・俺は怠けた。生来が自由気ままな性格なものだから、授業は必要最低限しか出なかった。
それに就活だって、きっとどこかへ入れるさとタカを括り、四回生になっても合コンばかりしていた。
後輩の合コンに無理矢理参加して、一回生の垢抜けない女の子をアパートに連れ込みまくっていた。
《ほとんどが処女だったなあ・・・。高卒で童貞は多いってのは知ってるけど、女の子だってけっこう経験が無いってのは知らなかったなあ。まあでも、その分オイシイ思いはさせてもらったけど。》
これから綺麗になり、そして多くの男とセックスするだろう女の子を抱くのは、なんとも言えない興奮があった。
だって・・・これから先どんなにイイ男と付き合ったって、初めに抱いたのはこの俺なんだから。
《うん、まあ・・・女に関しては俺は勝ち組だよなあ。世の中にはモテないが為に婚活する奴だっているんだし、そう思うと敗者ではないよな。》
そう思いながら髪をいじり、大きな鏡に映る自分を見つめた。
《顔は悪くない。スタイルだってそこそこいいはずだ。それに女の子の扱いだって上手いし、セックスだって自信がある。けど・・・そんなもんが通用するのは、やっぱ若いウチだけだよな。大人になれば、やっぱ金とか地位の方が重要になるし。それに若い女はもう飽きたな。ちょっと年上の、エロイ感じのお姉さんとかと寝れたら、けっこう楽しいかも。・・・・・じゃあやっぱり、ここの店員じゃダメだ。せっかくイイ大学を出たんだから、もっとイイ場所で働かないと。》
鏡に映る自分を飽きることなく眺め、色んな角度からチェックしてみる。外見に関してはどこにも非の打ちどころがなく、マジで俳優とかアイドル並だと思った。
《・・・芸能界・・・・か?このルックスなら、別に難しくないかも。いや、でも待てよ。今は下手にテレビの方に行くより、ネットから発信していった方がいいかも。俺ってけっこう笑いのセンスがあるから、ようつべとかで動画を流せば、それなりにファンが付くかも・・・。実際にメグウィンとかヒカキンとか、ようつべの動画で食ってる人だっているんだし、上手くいく可能性はあるよな。》
何となく思いついただけなのに、考えれば考えるほど上手くいきそうな気がしてきた。
うむ、このポジティブな思考だって、俺の立派な武器だよな。
あれやこれやと夢を膨らませ、ひたすら鏡を眺めていると、「ケーキ上がり」と奥さんに呼ばれた。
それをトレーに乗せ、さっきの女二人組の所へ運ぶ。
別にこんなショボイ女どもに興味はないけど、いつものクセで思わずチェックを入れてしまった。
《一人は家庭持ちだな。けっこう若く見えるけど、主婦特有のオーラが出てる。あんまり美人じゃないし。それと・・・もう一人もイマイチだな。胸は大きいけど、全体的にパッとしない。美人の部類に入れてもいいけど、俺の好みではないな。それに雰囲気や喋り方からして、絶対に処女だ。きっと二十代後半くらいだろうけど、それで処女ってのはちょっとナシだな。下手にやったら結婚とか迫られそうだし。》
自分で言うのもなんだけど、俺の女チェックの目はかなり正確だ。今までに外したことはほとんどない。
この素晴らしい眼力のおかげで、いったいどれだけのカップルを成立させたことか。
モテない友達に女を紹介してくれと頼まれ、そいつにピッタリ合いそうな女を紹介してやったことは何度もある。
そうやって成立させたカップルは全部で十五組。そのうちの半数は破局したけど、残りの七組は今でも続いている。
しかも二組のカップルに至っては、結婚まで辿り着いたのだ。
我ながらいい仕事をしたと実感はあるし、友達が幸せになるのは嬉しいことだ。
俺のことを表面的にしか知らない奴は、よく女たらしと馬鹿にしてくるけど、実際はそんなことはない。
これでも友達や家族はけっこう大事にしてるんだから。
しかしいくら友達が幸せになったところで、俺が幸せにならないんじゃ意味がない。
ショボイ女たちのテーブルにケーキを置き、モヤモヤした気持ちで厨房へ戻っていった。


            *


それから四日後、俺はマスターにバイトを辞めることを伝えた。
いきなりそんなこと言われても困るよとか言ってたけど、ずっとあそこにいたら困るのは俺の方だ。
でも三年間お世話になったわけだし、後味悪くして辞めるのは嫌だった。
だから高卒でニートの弟を引っ張り出して来て、無理矢理面接を受けさせた。
まあ俺の弟ということもあって、ニート歴二年ながらも採用された。
最初は戸惑ってたみたいだけど、今はきちんと働いているようだ。
これでマスターもとりあえずは納得してくれたし、弟はめでたくニートを卒業出来たし、親はホッと一安心してくれた。
うん、またしても俺は、周りの人間を幸せにしてしまったようだ。
しかし他人の幸せは、しょせん他人のものでしかない。
これは俺の人生なんだから、やっぱり俺が幸せにならないと意味がないのだ。
というわけで、あのバイトを辞めてから一ヶ月後、しばらく自由を満喫してから行動を起こすことにした。
「この一カ月・・・たっぷり遊んだし、セックスもいっぱいした。これからは、マジで俺の人生を変える為に生きないと。」
とりあえず、ようつべに動画を上げることは決定した。しかしどんな動画を上げれば人気が出るのか?それを相談する為に、信頼出来る友達に集まってもらった。
呼んだのは二人、高校の時からの友達で、しかも俺の尽力によって彼女を獲得した非モテ男たちだ。
どちらも顔は悪くないクセに、女を前にすると異常に緊張してしまう。今はかなり改善されているけど、それでも俺から言わせればまだまだ甘ちゃんだった。
だが今日俺の部屋に集まってもらったのは、女とは別のことだ。
二人の非モテ男を前にして、ベッドに腰掛けながら尋ねた。
「俺さ・・・・これからビッグになろうと思う。だからネットに動画配信するんだけど、何がいいと思う?」
腕を組んで高みから二人を見下ろし、意見を拝借する。しかし非モテ男たちは、退屈そうな顔で「帰っていい?」とぬかしやがった。
「なんでだよ?俺はお前らに彼女を見つけてやったんだぜ?だから恩を返せよ。」
もっともな意見をぶつけてやると、ジャニーズ系の顔をした杉原が口を開いた。
「いや・・・いきなり呼ばれて、何を言ってるか分かんね。しかも今時ビッグになるとか、言い方が古くね?」
「そんなのはいいんだよ、ただの言葉なんだから。ほら、お前ら何かアイデア出せよ。もし俺が成功したら、ちょっとは分け前をくれてやるから。」
そう言うと、杉原は困った顔で隣の男を見つめた。
「なんか・・・面倒くさいこと言いだしやがった。どうする?」
そう尋ねると、もう一人の友人である高司が「どうもしなくていいだろ」と答えた。
「確かに彼女を見つけてもらった恩はあるけど、もう別れた後だしなあ。今さら恩返ししなくてもいいだろ?」
「だな。ごめん、俺ら明日仕事があるから帰るわ。」
そう言って二人は立ち上がり、「じゃあまた」と本当に帰ろうとしやがった。
「待て待て!せっかく来たんだからもうちょっといろよ。」
「でもお前の戯言に付き合わされるんだろ?じゃあヤだよ。」
「戯言じゃねえよ。いいからまず座れ、それとお茶飲め。」
渋る二人を無理矢理座らせ、オカンが持ってきた不味いこぶ茶をすすらせた。
「いいか、ちゃんと聞けよ。俺にはそなりのビジョンがある。」
「ビジョンて(笑)。」
「笑うな。別に俺は、夢物語を語るわけじゃない。今年で24なんだし、ビッグになるとか言ったって、石油王とか逆玉とか狙うわけじゃないんだ。」
「例えがおかしくね?」
「だからいいんだよ、だたの言葉なんだから。」
だんだんイライラとしてきて、語気が荒くなってしまう。
杉原と高司は、これ以上俺を怒らせたら面倒だと思ったらしく、とりあえずは大人しくなった。
「それでいい。これから話すことをよく聞けよ。そして驚け、讃えろ。あとはアイデア出せ、いいな?」
「分かったから早く言えよ。」
俺はニコリと頷き、机から一枚の紙を取り出した。
「昨日のうちにプランを纏めたんだ。ちゃんと読むから聞いとけよ。」
「前置きが長いんだよ、早く言え。」
高司に急かされ、俺はベッドの上に立って紙を読み上げた。
「まず一つ、俺はようつべに動画を投稿し、ファンを獲得する。」
「うん。」
「二つ目、動画に人気が出たら、自分のホームページを作る。そんで広告とかバンバン入れて、広告料を稼ぐ。」
「おう。意外と普通だな、お前にしてはだけど。」
杉原が退屈そうにこぶ茶をすすっている。
馬鹿め・・・ここまでは普通なんだよ。俺が一番力を入れたのは、最後の三つめのプランなんだから。
しばらく間を置き、たっぷり引っ張ってから三つ目のプランを読み上げた。
「では最後、前の二つのプランが成功したのち、新規事業としてカップル斡旋会社を立ち上げる。以上!」
全てのプランを読み終え、ベッドから降りてこぶ茶をすする。オカンは相変わらずお茶っ葉と湯の配分を間違えていて、このお茶を一杯飲めば塩分過剰で何らかの病気になりそうだった。
「しょっぱい・・・。で、どうだった?いい線行ってるだろ?」
非モテ男たちに視線を投げかけると、言葉を失って顔をしかめていた。
「お!いいねえ、その表情。それでこそプランを読み上げた甲斐がある。」
ニコニコしながら言うと、二人は唇を尖らせてなんとも言えない顔をしていた。
「ああ、いいよ、分かってる。コイツ何馬鹿なことを言ってんだと思ってるだろ?でもな、それでこそこのプランに意味があるんだよ。」
「・・・・どこが?」
杉原はマジで馬鹿にしたように尋ねる。その態度にちょっとムカついたけど、でもこれはいい反応なのだ。
「いいかお前ら。マイクロソフトを立ち上げた、かのビル・ゲイツはこう言った。本当に素晴らしいアイデアというのは、周りに笑われるくらいでないといけない・・・・と。」
「ふうん、で?」
「このプランの肝がどこにあるかっていうと、まず動画で人気を獲得しなきゃいけないんだ。それでもって金を集め、カップル斡旋会社を立ち上げる。だから最初の段階でつまづくと、後々のプランに支障をきたすんだよ。」
「最初から支障をきたしてると思うけど?」
「そんなことないよ。」
胸を張ってそう言うと、高司がこぶ茶の湯呑を弄びながらため息をついた。
「その自信はどこから来るんだよ?」
「自信ならある。それはお前らが証明してるだろ?」
「は?」
「は?じゃねえよ。いいか、お前ら非モテ男の彼女は、いったい誰が作ってやったと思ってるんだ?いや・・・お前らだけじゃない。合計で十五組のカップルが、俺の力で幸せを掴んだんだ。」
目に力を込めて力説すると、杉原が「でも半分はダメになっただろ」と反論した。
「半分はな。でももう半分は上手くいってる。しかも結婚までした奴らもいるんだ。これってさ、俺には人を見抜く目があって、さらには相性の良い者同士をくっつける能力があるってことだろ?だったらさ、それを商売に活かさない手はないと思う。でもそこに漕ぎ付ける為には、まず動画の配信からなんだよ。分かるだろ?」
「うんにゃ、全然。」
二人は同時に首を振り、呆れた顔で立ち上がろうとした。
「まあ待て待て。別にお前らを巻き込むつもりはないんだ。」
「もう巻き込んでるっての。」
「いいや、巻き込まない。これは俺が考えたことだから、俺が責任をもってやる。そんでもし儲かったら、ちゃんと報酬を払うからさ。」
二人の肩を叩きながら言うと、渋々という感じで座り込んだ。
「・・・まあ、お前が嘘をついた試しはないからな。」
「だな。口にした約束は守る男だ。」
「だろ?だからさ、どんな動画を上げれば人気が出るか考えてほしいんだよ。俺ってルックスはいいし、笑いのセンスもある。だからバラエティ方面で行こうと思うんだけど、お前らはどう思う?」
俺は真剣な目で、そして真剣なハートで二人を睨んだ。この二人なら、きっと俺のハートが本物だってことに気づいてくれるはずだ。
そして最初に気づくのは・・・・・・、
「なあ、それ本気で考えてんの?」
ビンゴ!やっぱり高司が喰いついた。こいつは鈍感なようでけっこう鋭いから、相手が本気ならきちんと反応を返してくれるのだ。
「ああ、本気だよ。じゃなきゃわざわざお前らを呼んだりしない。」
「ううん・・・そうか、本気なのか・・・。だったらちょっと俺にも意見が・・・・。」
よしよし、予想通りの反応だ。やっぱりお前は良い友達だ。
そして次は絶対に、杉原の奴が高司を思いとどまらせようとする。
「お前・・・本気にすんなよ。こいつの言ってることって滅茶苦茶だぜ?」
「いや、でも・・・こいつが嘘をついたことってねえじゃん?こうやって俺らを集める時って、たいがい本気で何かをやろうとしてる時だろ?ほら、高校の修学旅行の時だって、ムカツク音楽のセンコーを、上手いこと別の新幹線に乗せたじゃん。そのおかげで、あのババアは東京じゃなくて岡山に行っちゃったんだ。おかげで修学旅行は楽しかったじゃん。」
「そりゃそうだけど・・・・。」
「それにさ、大学ん時の夏休みだって、族につけ回されたことあったろ?」
「ああ、しょうもないことで因縁つけられてな。家まで追いかけて来てしつこかったな。」
「あの時だって、こいつの機転で解決したんだ。警察に嘘のタレこみ流して、海辺の公園に機動隊を呼び寄せただろ?」
「うん、族が遊具を破壊して、子供にも暴力振るってるとか言ってな。」
「そんでもって、こいつがオトリになって、族を海まで引っ張って行ったんだ。そしたら機動隊と族が衝突して、とんでもない騒ぎになったろ。」
「ああ、新聞にも載ったな。」
「でも俺らは助かった。それもこれも、全部こいつのおかげなんだよ。だからさ、こいつが本気になった時って、すげえ力を発揮するってことなんだよ。今回だって、本気で商売を始めようとしてるはずだ。ならダチの俺らが協力しないでどうするよ?」
「いや、理屈は分かるけどさ、それでも・・・・。」
杉原はまだ渋っている。しかし心は揺さぶられているようだ。そこへ高司が最後の追い込みをかける。
「それに何だかんだ言ったって、俺らに彼女が出来たのはこいつのおかげだぜ?もしあれがなかったら、俺たちは今でも童貞のままかもしれない・・・・。」
「24で童貞か・・・。それがいいのか悪いのか・・・・。」
「いや、ダメだろ。童貞で30超えたら魔法使いになれるとか言ってる連中と、同じ目で見られたいのか?」
「ああ、それは嫌だな。」
「だろ?俺たちは現実の女を手に入れて、紙に書かれたペラペラな女の子で我慢しなくてよくなったんだ。それだけでも恩の字じゃねえかなあ・・・。」
高司よ・・・お前には人を口説き落とす才能があるかもしれない。もし商売が上手くいったら、こいつを重役として雇ってやろうか?
杉原はずいぶんと悩んでいる様子だったけど、やがて腹を決めたように顔を上げた。
「確かに・・・お前の言うとおりだな。実を言うとさ、俺もちょっと最近退屈してたんだわ。だからまあ・・・ちょっとくらいなら手伝ってやってもいいかな。」
よしきた!それでこそお前らだ!さすがは俺の見込んだ友、そして同志だ。
もしかしたら落ちるまでに時間がかかるかもしれないと思っていたけど、案外すんなりといった。
きっとこいつらも、今の自分の人生に満足していないんだろう。ここはいっちょ、俺と一緒にその退屈から飛び出してもらおう。
「さて諸君。話はまとまったな?」
「いや、話はこれからだろ。」
「まあそうだな。で、高司君・・・君はさっき何かを言いかけていたね?いったいどんな意見か聞かせてもらおうじゃないの?」
「急にキャラ変えて喋ってんじゃねえよ。」
そう言って小さく笑い、病を誘発するこぶ茶を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「そうだな・・・お前の考えは面白いと思うけど、やっぱ現実的じゃねえよなあ。」
「ほほう・・・ではどうすればいい?」
「まず動画の配信ってのはやめよう。今時そんなのやってる奴はごまんといるよ。それに成功したとしても、会社を立ち上げるほど儲かるとは思えない。」
「じゃあどうするんだ?金がなきゃカップルの会社を立ち上げられないぞ?」
眉を動かしながら尋ねると、高司は顎に手を当てて考え込んだ。
「まずさ・・・そこから考え直してみたらどうだ?」
「カップルの会社をか?悪いアイデアじゃないと思うんだけどなあ・・・。」
「いや、確かにお前は人を見抜く目を持ってるよ。女だけじゃなくて、人間そのものを見抜く目を持ってると思う。」
「おおう、偉く褒めてくれるねえ。」
「言っとくけどお世辞じゃないぜ。本当にそう思ってるんだ。でもカップルの斡旋ってのは、あんまり需要がないと思うな。」
そう呟くと、杉原もそれに同意した。
「俺もそう思う。結婚の斡旋っていうならともかく、カップルの斡旋ってのは無いわ。」
「どうして?俺なら上手くやれるぞ?」
「・・・・上手くやれるかどうかじゃなくて、きっと客が来ないと思う。結婚と違って、恋愛なんてそこまで重いもんじゃないだろ。それに恋人が出来なくて悩んでる奴がいたとしても、わざわざ斡旋所に行くかね?恋愛に情熱を燃やすなんて、若い奴がほとんどだぜ?そりゃ歳がいってもそういう人はいるかもしれないけど、でも斡旋所ってのはなあ・・・。恋愛って自由なもんだから、そんな堅苦しいことは敬遠されるだろ?それに下手すれば、ただの出会い系サイトと何にも変わらないと思うぞ?」
「そうそう、だいたい未成年なんかに来られた日にゃ、援交や売りを疑われて警察沙汰になるかも。お前の人を見抜く目は認めるけど、やっぱりカップルの斡旋所っていうのはやめた方がいいな。」
二人は真剣に意見を聞かせてくれる。何だかんだと言いながらも、こうやって協力してくれるあたりが泣かせるところだ。
「分かった。お前らがそこまで言うなら止めとくよ。動画の配信も・・・ちょっと安易だったかもしれない。でもさ、そこまで言うなら代案を聞かせてくれよ。これは俺の人生の転期になるかもしれないんだから、ちゃんと考えてやりたいんだよ。」
「その割にはプランが三つだけだったけどな。」
「それも誰でも思いつくような。」
「だからお前らに相談してんだろ?さあ、早く君たちの意見を聞かせてくれたまえ。」
「だから急にキャラ変えてんじゃねえよ。」
それから俺たちはトコトン話し合った。ああでもないこうでもないと意見をぶつけ合い、気が付けば日付が変わっていた。
そして・・・・高司の意見で一つの答えが出た。それは最初に考えていたプランとは駆け離れていたけど、なかなか上手く行きそうな気がした。
まあプランはプランであって、確定じゃないもんな。上手くいきそうな方法があったら、そっちの方がいいに決まってる。
進む道は決まったんだ。俺は必ず、この道でビッグになってやる。その為なら一生を捧げても構わない。
だんだんと夜が開け始めた頃、二人は寝むそうな目をして帰っていった。お前ら・・・・本当にいい友達だぜ。
俺はさっそく準備にとりかかり、まずはネットを開いて情報を集めた。
その頃には、地位だの金だのは頭の中から消えていた。俺の思い描くビッグは、そんなチンケなものじゃない。もちろんイイ女とどうこうとかでもない。
ただ・・・・歴史に名を残したかった。人に聞かれたら笑われるかもしれないけど、本気でそう思ったんだ。
俺が生きた証を、この世に刻みつけてやる。でもやっぱり・・・イイ女は欲しいかな。
だってキューピット役ばかりじゃ、俺が報われないもの。

ヒミズの恋 第八話 冷めても夫婦(2)

  • 2015.03.30 Monday
  • 13:18
JUGEMテーマ:自作小説
駅に着く頃には、少しだけ肩が濡れていた。
滲んだ水滴をハンカチで払い、一緒に切符を買ってホームまで歩いた。
「それじゃ・・・私は向こうの電車なんで。」
堀田さんは足を止め、私とは別のホームを指して頭を下げた。
「うん、気をつけて帰ってね。ああ、それと・・・あの店長のことは早く忘れないとダメよ。」
「はい。ああ、でも・・・同じ職場だから毎回顔を合わせるんですよね・・・。ちゃんと忘れられるかな?」
「大丈夫だって。他に好きな人が出来たら忘れられるわよ。もしどうしても辛かったら、あんなとこ辞めちゃえばいいのよ。まだ若いんだから、バイトくらいいくらでも見つかるでしょ?」
「そう・・・ですかね?」
「そうよ。可愛い顔してるんだから、どこかの受付嬢とか。それにコンビニとかだったら、よっぽどのことがない限り落とされないでしょ。」
「・・・・はい。どうしても辛かったらそうします。」
そう言ってまた頭を下げ、短い黒髪を揺らしてホームの階段を上って行った。途中で振り返ってニコリと会釈をしてきたので、小さく手を振って見送った。
「ほんとに良い子ね・・・。若い頃なら敬遠してたタイプだけど、子持ちのアラサーになるとああいう子の方がホッとするわ。」
私も自分の乗る電車のホームに向かい、ベンチに座ってぼんやり宙を眺めた。しばらくそのまま座っていると、スマホがブルブルと震えてバッグを振動させた。
誰かと思って画面を睨むと、さっき別れたばかりの堀田さんからだった。
《今日はありがとうございました。次は相談とかじゃなくて、一緒にどこかへお茶しに行きましょう。》
さっそく挨拶のメールを返すあたりが、律儀な堀田さんらしい。語尾には可愛らしい絵文字が付いていて、そこに女の子らしさを感じて小さく笑った。
「もっとこういう部分を表に出せばいいのに。後は自信さえ持てば、いくらでも男なんて出来るんだから。」
私も簡単な返事を送り、《またお茶しようね》と絵文字付きで送った。すると送信を終えたスマホが、またブルブルと震え始めた。
誰かと思って画面を睨みつけると、それは旦那からの着信だった。
「なんであいつから・・・・?」
今は仕事中のはずで、よほどの事がない限りは電話なんて掛けてこないはずだ。しかも喧嘩の真っただ中なので、やはり電話を掛けてくるなんてあり得ない。
これはかなりヤバイことがあったに違いないと思って、深呼吸をしてから電話に出た。
「もしもし・・・?」
いつもより低い声で呼びかけると、返事はなかった。
「もしもし?どうしたの?」
なんだか心配になってきて、思わず声が上ずってしまう。
この前雄介にあんなことがあったばかりだから、嫌な考えが浮かんでしまう。
もしまた子供たちに何かあったらと思うと、心臓が破裂しそうなほど動機が早くなった。
「ねえ?何かあったの?もしかして・・・また子供に何かあった?」
強く電話を握りしめて尋ねると、突然後ろから肩を叩かれた。
驚きのあまり、ヒュっと短い息を漏らして飛び上がりそうになる。そして恐る恐る後ろを振り向くと、そこにはケータイを耳に当てた旦那がいた。
「・・・・は?なんで?」
驚く私を見つめて、旦那はケータイをしまって照れくさそうに笑った。
《なに・・・?どういうこと・・・?》
まったく状況が飲み込めずにいると、旦那は私の隣に腰を下ろした。
「ちょっと外回りがあったから、サボりついでに喫茶店に入ってた。そしたらお前を見つけてさ。」
そう言って前を向いたまま話しかけ、向かいのホームに停まる電車を見つめていた。
安物のスーツは少しだけ皺が出来ていて、口元の辺りからツンとタバコの臭いがした。
それを見た私は、旦那と同じように向かいの電車を見つめて自分の手を握った。
《そういえば・・・喧嘩してからアイロンすら当ててなかったな・・・。もしかして、ずっと皺の付いたスーツで仕事してたの?》
安物のスーツに刻まれた皺が、妙に生々しく見えて目を逸らした。
アイロンくらい自分で掛ければいいものを、どうして何もせずに出勤するんだろう?
いつもなら馬鹿にしたように文句を言うけど、今日はそんな気分にはなれなかった。
前を見つめている旦那の顔は、どこか寂しく、そして疲れているように見えたからだ。
《この人も・・・一応は身体張って働いてんのよね・・・。それってやっぱり・・・家族の為・・・・?》
不意に浮かんだ言葉のせいで、やたらと感傷的になってしまう。この旦那と結婚して九年、まだたった一回しか昇進してなくて、お世辞にも仕事が出来るとは言えない。
それでも頑張って働いているのは・・・やっぱり家族の為なんだろうな・・・。
そう思うと、なぜかに急に泣きたい気分になってきた。
《家族の為に尽くしてたのは・・・私だけじゃない・・・。私は・・・いつからこの人のことを無能呼ばわりするようになったんだろう・・・。》
結婚当初は、周りから冷やかされるくらいに仲の良い夫婦だった。それがいつの間にかお互いの間に溝ができ、喧嘩の絶えない殺伐とした仲になってしまった。
ほんのちょっとした言葉遣いで、ほんのちょっとした感情の昂りのせいで、そして・・・ほんのちょっとしたわがままのせいで・・・。
そんなちょっとしたことばかりが降り積もり、私たちは喧嘩の絶えない夫婦になってしまった。
別にどっちが悪いとかじゃないし、何かこれといった大きな原因があるわけでもない。
それなのに・・・どうしてこここまで、お互いを憎むようになったんだろう?
胸に溢れた泣きたい気持ちは、堰を切ったように目元までせり上がってくる。しかし絶対に涙を見られるのは嫌なので、横を向いてハンカチを当てた。
「・・・ごめん。」
旦那は唐突に謝った。前を向いたまま、申し訳なさそうに唇を噛んで・・・・。
「ちょっとだけ嘘をついた。」
「え?何が・・・・?」
何のことか分からずに尋ね返すと、旦那はやっと私の方を見て口を開いた。
「・・・仕事で外回りをしていたのは本当だ。でも・・・喫茶店に入ったのはサボる為じゃない。お前の姿が・・・窓の外から見えたから・・・・。」
「え?・・・じゃあ・・・私を見つけたから店に入ったってこと?」
そう尋ねると、旦那は小さく笑って頷いた。
「ずっと声を掛けようと思ってたんだけど、誰かと喋ってたからさ。だから・・・気がついたら、お前を追ってここまで来てた。」
そう言ってまた顔を逸らし、動き出した向かいの電車を睨んだ。その横顔には、スーツと同じように皺が刻まれていた。
出会った頃は私より綺麗な肌をしていたのに、今じゃおじさんへまっしぐらの荒れた肌をしている。
それもこれも、全ては九年という時間が刻んだものだ。もちろん、私だって出会った頃よりは老けている。お互いに歳を取り、それでも世間ではまだ若いと言われる年齢だけど・・・。
だけど、二人で過ごした九年という時間は、確実にお互いに刻まれているのだ。
その間に長男が生まれ、次男が生まれ、慌ただしいながらも楽しい時間を過ごしてきた。
《ダメだ・・・。感傷的な気分が止まらない・・・。なんで・・・・・。》
目元に込み上げてくる熱いものは、とうとう旦那に見られてしまった。
向こうは一瞬ギョッとしてたけど、すぐに表情を崩してハンカチを差し出してきた。
「これ・・・アイロンも掛けてないし、三日間使い続けたやつだけど。」
「いらないわよ、馬鹿・・・。余計汚くなる・・・。」
旦那のハンカチから目を逸らし、また横を向いて目尻を拭った。するとまた目の前にハンカチを差し出されて、タバコの臭いが鼻をついた。
「じゃあ洗ってくれよ、これ。」
「はあ?」
赤い目で睨むと、くちゃくちゃになったハンカチを握りながら、皺のついたスーツを指差した。
「これも・・・アイロンを掛けてほしい。」
「・・・いきなり何言ってんの?馬鹿じゃないの、喧嘩中に・・・。」
唐突な言われ方に少しだけ腹が立ってくる。そのおかげで目尻の熱いものはなりを潜めてくれたけど、まだ胸の中は感傷的なままだった。
旦那はスーツの下のシャツを触り、「これもクシャクシャだよ」と笑った。
「あのさ・・・・もう喧嘩はやめないか?」
「なによ急に・・・。そっちが原因を作ったんでしょ?なんで私に文句言うのよ?」
違う!こんなことは言いたくないのに、いつものクセで辛辣な言葉が飛び出してくる。
いったいどんな反撃が来るのだろうと身構えていると、旦那はクチャクチャのハンカチを見つめて呟いた。
「・・・・俺さ、大して仕事も出来ないし、特に気遣いが出来る男でもないよ。それは自分でよく分かってる。でも・・・それでも、今持っている大切なものを失いたくないんだ。その大切なものを守る為なら、上司の靴でも舐めるし、机にかじりついてでも仕事を続けてやる。それに・・・出来る限りは、家族の為に時間を使いたいんだ。だから・・・・この前はついカッとなって余計なことを言っちゃったな・・・。別に家族で遊びに来ても、ケータイで誰かと話したっていいのに・・・・それが我慢できなくてつい文句を言ってしまった、ごめん・・・。」
旦那は私の方を向き、サッと頭を下げた。その時、またスーツの皺が目に飛び込んできて、グッと涙を堪える羽目になった。
「俺は・・・今でもお前のことが好きだよ。子供が生まれたからって、別にお前のことを女として見てないわけじゃない。昔に出会った頃のように、今でもちゃんと・・・お前のことを愛してる。それが上手く伝えられなくて、お前が怒ってるのなら・・・それは俺が悪い。だから・・・何も出来ない男だけど・・・これからもずっと傍にいてほしいんだ。お前と子供たちと・・・ずっと一緒に。」
私は・・・・とんでもない不意打ちを食らった気分だった。見えない所から頭を殴られたみたいに、耐えようのないショックを受けていた。
だって・・・こんな場所で、こんないきなり、こんなことを言われると思わなかったから・・・。
普段は絶対にこういうことを言う人じゃないだけに、余計に胸に突き刺さる。
もう目尻に溢れる熱いものは、とてもじゃないけど我慢出来なかった。周りに人がいるのもはばからず、顔を覆って泣いてしまった・・・。
旦那はそっと背中に手を置いてきて、慰めるように撫でてくれた。服越しに手の平の温かさが伝わり、胸の奥に堪えていた本音が飛び出してしまう。
「・・・・ごめん、私の方こそ・・・。無能だの、馬鹿だのって酷いことばかり言って・・・ほんとうにごめん・・・。」
「いいよそんなの、事実なんだし。でもそんな無能で馬鹿な男を選んだお前だって、けっこう馬鹿かもしれないぞ?」
「・・・・そうだね。私もじゅうぶん馬鹿だと思う・・・。」
私はしばらく俯いて泣いていた。きっと周りの人たちの視線が突き刺さっていると思うけど、そんなことはどうでもよかった。
旦那が・・・この人がずっと、私の手を握っていてくれたから・・・。
「・・・・ごめん、子供みたいに泣いちゃって・・・。」
赤く腫れた目を押さえ、まだ目尻を拭いながら旦那の顔を見つめた。
「いま仕事中でしょ・・・?もう大丈夫だから、仕事に戻って来て。」
「ああ、そうする。ただでさえ稼ぎが少ないから、減俸されたら一家飢え死にだ。」
「そんなことないよ。あんたは頑張ってる。いくら稼ぎが少なくても、ちゃんと家族を見ててくれるもん・・・。」
「ははは・・・稼ぎが少ないところは否定しないんだな。」
下らない冗談で私たちは笑い合った。こうして心の奥から笑うなんて、いったい何年ぶりだろう?
忘れていた昔の感情が蘇り、今までにないくらい胸のつかえが取れた気がした。
「それじゃ・・・気をつけて帰れよ。」
「うん、あんたもね。」
旦那は膝に手をついて立ち上がり、手を振ってホームの階段に向かう。
「あ!今日何か食べたいものある?」
そう尋ねると、「卵かけご飯」と返ってきた。
相変わらずの貧乏性だなと笑いを堪え、「もっといいもの作っとくよ」と手を振り返した。
旦那は背中を向けて手を挙げ、ホームを下りて仕事に戻っていった。
「カッコつけた去り方しちゃって、全然似合わないよ。」
笑顔で旦那の背中を見送り、まだ赤い目のままベンチに座り直した。じっとこちらを見ていた人たちは、私と目が合うとサッと顔を逸らした。
《見世物じゃないっての、まったく・・・。でももし立場が逆だったら、絶対に私も野次馬になってるな。》
そう思うとなんだか可笑しくて、旦那が去ったホームの階段を見つめていた。
やがて電車が到着し、空いた車内の椅子に腰を下ろす。天井には、テレビのCMで流れているカレールーの広告がぶら下がっていた。
《久しぶりに、あの人の好きなものでも作ってやるか。奮発してトンカツも入れてさ。》
動き出した電車にアナウンスが流れ、ゆっくりと走り出す。
これからも喧嘩はあるだろうけど、今日の気持ちを忘れなければ乗り越えられるはずだ。
とりあえず、今日帰って来たらスーツにアイロンをかけてやることにした。

ヒミズの恋 第七話 冷めても夫婦(1)

  • 2015.03.29 Sunday
  • 13:12
JUGEMテーマ:自作小説
結婚して九年にもなれば、夫婦の間には色々とわだかまりが出来るものだ。
一つ一つは小さな事でも、それが降り積もれば雪崩のように圧し掛かることだってある。
愛し合って結婚したはずなのに、気がつけばお互いの顔色を窺い、なるべく不機嫌にならないように言葉を選び合っている。
それでも定期的に喧嘩をしてしまうのは、やはりもう夫婦として限界が来ているのだろうか?
今から二ヶ月ほど前、近所のスーパー銭湯で息子が倒れた。
旦那と一緒にサウナに入っていたのだが、暑さに耐えきれずに一人で抜け出したのだ。
そして身体を冷やそうと水風呂に飛び込み、急性の心臓麻痺を起してしまった。
幸い一命は取り留めたものの、あと少し救助が遅ければ、後遺症が残っていたかもしれないと医者に言われた。
息子が入院したその夜、病院にいることも忘れて旦那と大喧嘩をしてしまった。
「あんたがちゃんと見てればこんなことにはならなかった!だいたい小学生に上がる前の子供をサウナに入れるなんて馬鹿じゃないの!」
自分でも耳がキンキンするほどの声で怒鳴ってしまい、旦那は一瞬だけたじろいでいた。
しかしすぐに表情を引き締め、屁理屈にもならない言い訳をしてきた。
「元はといえば、お前が風呂の湯を張ってなかったのが悪いんだろ!そうじゃなきゃ銭湯なんかに行かなかったんだ!」
「はあ?何それ?銭湯に行こうって言い出したのはそっちでしょ!だいたい結婚当初は、風呂掃除は交代でやるって約束したじゃない!それを何年か前から急にサボり出して・・・・そのクセに一人で酒飲んでくつろいでんじゃないわよ!」
旦那の見苦しい言い訳のせいで、私はまた金切り声をあげる羽目になってしまった。
「それにさ、あんた雄介が死にかけてる時に、何もしてあげなかったんでしょ?店長さんがしっかり対応してくれたからよかったけど、あんた一人じゃあの子は死んでたんだよ?その辺分かってる?」
そう責めると、旦那は言葉を失くして黙り込んでしまった。
私はここぞとばかりに罵り、いかにお前が無能かと淡々と説明してやった。
黙って聞いていた旦那は、やがて業を煮やして「やかましい!」と叫び、私に平手打ちを食わして去ろうとした。
「待てコラ!逃げてんじゃないわよ!」
ぶたれた頬の痛みも忘れ、気がつけば旦那に殴りかかっていた。見かねた看護師さんたちが止めに入り、あとで医者にこっぴどく叱られてしまった・・・。
あの日以来、私たち夫婦の亀裂は修復不可能なほど大きくなってしまった。顔を見るだけで胸がムカムカしてくるし、それはきっと向こうも一緒だろう。
しかし死ぬような目に遭った息子にいらぬ不安を抱かせたくないから、表面上は仲の良い夫婦を演じてきた。
しかしそれもとうとう限界に達したので、一度しっかりと話し合うことにしたのだ。
「このままじゃお互いにラチが明かないと思う。雄介も元気になったことだし、今度の休みにどこか行かないか?」
あの無能な旦那にしては、なかなか良い提案だと思った。
どこか景色が綺麗な場所にでも行けば、多少は気持ちが柔らかくなるかもしれない。
それを期待して樽山高原に行ったんだけど・・・・案の定喧嘩をしてしまった。
途中までは和やかな雰囲気で楽しんでいたのに、私のケータイに電話がかかって来たのが癪に障ったらしい。
「家族で遊びに来てるんだから、そんなもん切っとけよ。」
何気なしに言ったであろう旦那の言葉に引っ掛かり、よせばいいのに言い返してしまった。
「パート先の同僚から相談があるって言われたの。前からちょくちょくい相談に乗ってたし、今回もお願い出来ないかって頼まれたのよ。」
やや荒い口調でそう返すと、旦那は明らかに不機嫌になって私を睨んできた。
「その同僚って・・・男じゃないだろうな?」
「はあ?」
何言ってんだコイツ・・・。
二人も子供を抱えて、しかもパートまでしてる専業主婦のどこに浮気なんかする余裕があると思ってんだ?
だいたいお前の稼ぎが少ないから、こうしてパートをしてんだろう?
あんたと一緒にいたら、いくら不満が溜まったって浮気すら出来ないのよ!
・・・・という言葉を飲みこみ、口も利かずにその日は終わってしまった。
あの日以来、旦那とはほとんど口を利いていない。一応は毎日作ってやっていた弁当も、次の日からキッパリと止めてやった。
子供たちはそんな私たちの不穏な空気を感じているらしく、旦那と一緒にいる時にはあまり近づいて来なくなってしまった。
子供たちに余計な心配を掛けていることは心苦しいけど、私にだって意地がある。
これでも一生懸命家族に尽くしてきたのに、こともあろうにあの馬鹿男は浮気を疑いやがった。
もうこうなれば・・・本気で浮気をしてやろうかとまで考えていた。
《そういえば・・・飯田さん昔に比べてカッコよくなってたなあ。元々好みのタイプだったし、しかもまだ独身らしいし・・・。それに雄介の命まで助けてもらったんだから、ますます高感度が上がっちゃったなあ・・・。》
飯田さんの顔を思い浮かべ、もし出来るなら彼と不倫できないかと本気で考えてしまう。
《でも飯田さん、あの店辞めちゃったんだよね。ずいぶん仕事の出来る人だったらしいけど、どうして急に・・・・。もしかして、雄介のことで責任を追及されたとか?スタッフの人たちはその事と辞めたことは関係ないって言ってたけど、ほんとにそうなのかな?》
心に芽生えたわずかな疑惑は、やがて飯田さんに対する罪悪感へと変わっていった。
《もし雄介のせいで会社を追われたのなら・・・それって完全にあの馬鹿のせいじゃない。
だったらいっそ、あの馬鹿と別れて飯田さんと・・・・・って、ここまで考えるのはさすがに馬鹿らしいか。》
頭の中からあり得ない妄想を振り払い、平日の繁華街を歩いて行く。
今日は火曜日の、しかも昼飯時の終わった緩やかな時間帯だった。
平日のこの時間、地方都市の繁華街はずいぶんと閑散としていた。
《ああ・・・この方がいいわ。若い頃は賑やかな方が好きだったけど、今は絶対に静かな方がいい。》
一週間ほど前に、パートの同僚から電話をもらった。それこそが旦那と喧嘩をする原因になったんだけど、今はそのことはどうでもいい。
あの日、同僚の若い女の子はすぐにでも相談に乗ってほしいことがあると言ってきた。だから翌日の月曜に会えないかと聞かれたんだけど、私は断った。
《誰が祝日の人の多い時に、こんな繁華街に来るかっての。相談には乗ってあげるけど、ちょっとは気を遣ってほしいもんだわ。こっちはもう子持ちの三十二で、独身の二十代と同じ感覚にされちゃ困るのよ。》
私は適当な理由をつけて断り、今日のこの時間を指定した。案の定、平日の昼時は人が少なく、落ち着いて街を歩くことが出来た。
《自慢じゃないけど、この歳でもまだナンパされるのよね。だから若い男がうろついてないこの時間はホッと出来るわ。でもまあ・・・どんな男が寄ってきたって、二人の子持ちだって言うと逃げていくけどさ。》
人通りの少ない繁華街を尻目に、通りの奥にあるホテルを目指した。
そこは一階に美味しいコーヒーを出すお店が入っていて、ここで同僚の子と待ち合わせをすることが多かった。
ホテルに着いて窓から中を窺うと、向こうはもう先に来ていて、いつものテーブルに座っていた。
自動ドアをくぐって中に入り、手を振りながら近づいて行く。
「お待たせ、ちょっと遅れてごめんね。」
「いえ、そんなに待ってないですから。」
彼女の名前は堀田恵子。少し前まで飯田さんのいた銭湯で、ボディケアとかいうマッサージのような仕事をしていた。
今は私と同じディスカウントショップでパートをしていて、最近はそれなりに仕事に慣れてきたようだった。
人付き合いは少しぎこちない所はあるけど、礼儀と愛想はいいので職場での評判はいい。
私自身も、彼女とはすごく仲が良い。まあそのおかげで、ちょくちょく面倒くさい相談を受けることになるんだけど・・・。
「今日は平日だから人が少ないね。おかげで真っ直ぐここまで歩いて来られたわ。」
当たり障りのない会話で笑いかけ、店員さんを呼んでコーヒーを注文した。
堀田さんはニコリと笑って短い黒髪を揺らし、手にしたカップをテーブルに置いた。
「すいません・・・いつもいつも相談に乗ってもらって。」
「いいのよ。ずっと家にいたって息が詰まるし、こういう事でもでもなきゃ若い子と喋る機会なんてないし。」
「住原さんだってじゅうぶん若いですよ。」
「でももう三十二よ?」
「三十二は全然若いと思いますよ。それに住原さんってすごく若く見えるから、学生だって言っても通ると思いますよ。」
「それは言い過ぎ。」
鋭くツッコミを入れたものの、実はかなり嬉しかったりする。
もちろんお世辞だって分かってるけど、若いと言われて喜ばない女はいないだろう。
細身のイケメンな店員さんがコーヒーを運んで来て、「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げていく。
その背中を見送りながら、私は堀田さんに尋ねた。
「堀田さんみたいな若い子だったら、ああいう店員さんみたいな子がタイプじゃないの?細くてイケメンで、なんか優しそうだし。」
そう問いかけると、堀田さんはブルブルと首を振ってコーヒーをかき混ぜた。
「ああいうナヨッとしたのは苦手なんです。私はもっと男らしいというか、真っ直ぐで寡黙なタイプが好きなので・・・。」
「ふう〜ん・・・若い子だったらああいうのが好みだと思ったけど・・・。けっこう古いタイプの男がいいのね?」
「ええ。だから・・・その・・・今のバイトの店長を・・・・・。」
堀田さんは恥ずかしそうに言って苦笑いし、見る見るうちに顔が赤くなっていった。
その反応がとても素直で可愛くて、思わず頭を撫でてしまいそうになった。
「堀田さん、けっこう純粋ね。」
「・・・よく垢抜けてないって言われます・・・。」
「いいじゃない。今時の何考えてんだか分かんない子より、堀田さんみたいな素直な子の方が好きだな。」
「・・・あ、ありがとうございます。」
そう言ってまた顔を赤くして、リスのようにはぐはぐとコーヒーを啜っていた。
《良い子・・・。でも今の恋は叶わないだろうな。》
堀田さんは恋をしていた。相手は今パートで勤めているディスカウントショップの店長で、今年で四十になるおじさんだ。
今のご時世に四十でおじさんと言ったら怒られるかもしれないけど、二十七の堀田さんからすればじゅうぶんにおじさんだと思う。
そのおじさんはとても寡黙な人で、常に淡々と仕事をこなす人だ。
仕事の技量は可もなく不可もなくだが、客に対しての愛想は抜群にいい。
どうやらそれが、堀田さんの目には真面目で男らしい人に映ったようだ。
でも私から言わせれば、あのおじさんはただただ日々の業務を忠実にこなしているに過ぎず、やはり可もなく不可もなくの男だった。
特別に顔がいいわけでもなく、しかも田舎のチェーン店のディスカウントショップの店長なんて、将来稼ぐ見込みもない。
悲しいかな、まだ若い堀田さんにはそれが分からないようだけど、あまり説教臭いうんちくを述べるのも大人げない。
ここは黙って彼女の話を聞いてやって、気のすむまでお茶に付き合ってやるべきだろう。
かく言う私だって、今の無能な旦那と結婚してしまったのだから・・・。
「それで、今日の相談もやっぱり店長のことよね?あれから何か進展はあった?」
そう尋ねると、堀田さんは小さく首を振った。
「住原さんのアドバイス通り、こっちから食事に誘ってみたんです。ああいうタイプは、自分からは動かないっていうから。」
「うんうん、いいじゃない。それで食事の誘いはOKしてくれたんでしょ?」
「はい。それも住原さんの言った通り、向こうはアッサリOKしてくれました。」
「そりゃそうでしょうよ。四十になる独身男が、二十七の若い女の子に誘われて嫌なわけがないもん。しかも堀田さんってけっこう可愛いから。」
「あ・・ああ!恐縮です・・・。」
堀田さんはまんざらでもない様子で喜びを隠した。
こいつ・・・自分の顔が悪くないことを、しっかり分かってやがるな・・・。
でも自分に自信を持つのはいいことだ。堀田さんの容姿なら、たいていの男は誘いを断らないだろう。
それにこう言っっちゃアレだけど、すごく胸も大きいし・・・。
要するに、外見に関しては充分にボーダーラインを越えているということだ。
後は内面の方なんだけど・・・・こっちはかなりの問題がある。
この子はとにかく自分の殻に閉じこもることが多い。
いや、閉じこもるっていうか、自分の世界で自己完結するといった方が正しいかもしれない。
何事も行動を起こしてみなければ分からないのに、ちょっとしたことで結論を急ぎ、自分から幕を下ろそうとするのだ。
初めて相談を受けた時も、とにかくネガティブな意見が多かった。
店長はもう立派な大人だし、きっとまだまだ垢抜けない私なんか相手にするはずがないとか、私は喋るのが苦手だから、寡黙な店長と付き合ったら、会話がなくて長続きしないんじゃないかとか。
聞いているだけでイライラするような、かなり後ろ向きな発言ばかりしていたのだ。
だから私は言ってやった。
『相手が大人だから好きになったんじゃないの?それに寡黙だから好きになったんじゃないの?だいたい付き合う前から、長続きするかどうか考えてどうするのよ?今までにもそうやって自分で勝手に線を引いて、何もせずに逃げてきたんじゃないの?』
遠慮もせずにそう言うと、堀田さんは目を見開いて驚いていた。
『どうして分かるんですか?』
真剣な顔でそう聞かれて、私は爆笑した。『誰が見ても分かることよ』と。
それ以来、色々と相談を受けては指南をしてきた。その甲斐あってか、堀田さんはじょじょに前向きになりつつあった。
以前はロクに声すら掛けられなかったのに、今では普通に店長と会話をしている。
その会話の内容だって、日に日にのお互いのプライベートな部分にまで及んでいるようだ。
そして遂に、愛しい彼を食事に誘うという大仕事をやってのけた。普通なら別に大したことじゃないんだけど、堀田さんにとっては勇気の要る行動だったに違いない。
私は心の中で素直に賛辞を送り、話の続きを促した。
「で?食事に誘ったまではいいけど、その後はどうなったの?うまくいかなかった?」
「いえ・・・食事自体は楽しかったんですけど・・・・その後が・・・。」
「その後?食事の後に何かあった?」
少し興味が湧いて身を乗り出すと、堀田さんは言いにくそうに困った笑いを見せた。
「私は食事だけのつもりだったんですけど、向こうはそうじゃなかったみたいで・・・。店を出てからしばらく一緒に歩いて、急に真顔で言われたんです。よかったら・・・今日はずっと一緒にいないかって・・・。」
それを聞いて、私はさもありなんと納得した。
「要するに、家に誘われそうになったってことね?」
「はい。しかも今日はずっと一緒ってことは、まあ・・・そういうことをするつもりってことですよね?」
「そりゃそうでしょうね。家に行って一晩泊まったら、やることなんて限られてるくるし。」
「そうなんです。はっきり言って、いきなりそこまでのことはしたくなかったから・・・丁重にお断りして帰って来たんです。それ以来、なんだか店長の態度が冷たくなっちゃって・・・・・。」
私はわずかに冷めたコーヒーをすすり、胸の中でそれ見たことかと悪態をついた。
あの店長は寡黙で男らしいわけではなくて、ただ単にコミニケーションが下手で、しかも淡々と仕事をこなしているだけに過ぎないのだ。
しかし異性に対して経験の浅いであろう堀田さんは、それを見抜くことが出来なかった。
だいたいからして、四十を超えて独身の男なんて、ほとんどの場合はどこかに大きな欠点があるのだ。
中にはそうでもない人もいるかもしれないけど、少なくともあの店長はダメだ。
下手をすれば、一度も女性と付き合ったことさえ無いかもしれない。
しかしそんな男に惚れるということは、もしかしたら堀田さんも・・・・・。
「ごめん、ちょっといい?」
「はい?」
「あの・・・答えたくなかったら全然いいんだけど・・・・。」
「ええ。」
「・・・堀田さんて・・・・今までに一度も男性とお付き合いしたことはないのかな?」
「・・・・・それは、どういう意味ですか?」
堀田さんの顔がわずかに強張る。
どうやら私の質問の意味は理解しているようだが、あえて分からないフリをするつもりらしい。
彼女には悪いと思ったが、ここまで聞いておいて「いや、やっぱりいいわ」というわけにもかないだろう。
私はわざとらしく咳払いをして、もう一度尋ねた。
「だから・・・その・・・・処女じゃないよね?ってこと。」
そう聞いてしまってから、これはさすがに失礼かなと思った。
いくら何でも、そこまで垢抜けていないわけはないだろうと思ったからだ。
しかし予想に反して、堀田さんは赤い顔で俯いてしまった。
何かを答えようとブツブツと口を動かしているが、あまりに声が小さすぎて聞き取れなかった。
「ごめん・・・別に馬鹿にして聞いたわけじゃないのよ。ただちょっと・・・どうなのかなって思ってさ。」
堀田さんの顔は、耳まで赤く染まっている。これではまるで、「私は処女です」と答えているようなものだった。
「ごめん、聞かない方がよかったみたいね。気を悪くしないで。」
明るい笑顔で笑いかけ、この重苦しい空気をなんとか変えようとした。
しかし堀田さんはまだ顔を赤くしていて、まったく顔を上げようとしなかった。
《こりゃまずいこと聞いちゃったかな・・・・・。ちょっと詮索しすぎたか?》
誰にだって人に知られたくないことはあるわけで、私はそれを尋ねてしまったようだ。
我ながら何と無神経だったことかと反省し、頭を下げて素直に謝った。
「ごめん。今のは忘れて。・・・・ああ!今日はここ奢るわ。この前はごちそうしてもらったし。」
「い、いえ・・・そんな・・・。」
「いいからいいから。」
遠慮する堀田さんを手で制し、店員さんを呼んで特製チーズケーキとやらを二つ頼んだ。
「まあまあ、失恋した時は食うに限るわよ。なんか食べたいものがあったら、なんでも注文して。」
「ああ・・・すいません・・・。」
人に気を遣う堀田さんは、私の好意を無碍にするのを躊躇ったようだ。
安い値段のパンケーキを一つだけ注文し、またリスのようにはぐはぐと食べていた。
《可愛い子・・・。でも今のままじゃ、この先苦労しそうね。》
純粋で素直なのはいいことだけど、さすがに二十七にもなればそれなりのしたたかさや図太さも必要になる。特に女の場合は。
そういうちょっと汚れた大人な部分を持たなければ、仕事に関しても恋に関しても苦労は絶えないだろう。
この先堀田さんにどういう恋が訪れるか分からないけど、まあ相談に乗るくらいならいつでも受けてやるつもりだった。
それから私たちは、他愛の無いお喋りに花を咲かせた。やっぱり・・・若い子と話すのは楽しい。
会計を済ませて店の外に出ると、小雨がパラついていた。
「ああ・・・そういえば昼過ぎから雨だって言ってたっけ・・・。傘持って来てないわ。」
「私もです。でも駅までそう遠くないから、商店街のアーケードを通ればそんなに濡れませんよ。」
「そうね。それじゃ駅まで一緒に行こうか。」
「はい。」
来た時よりも若干人が多くなった道を抜け、商店街の中を通って駅に直進する。
堀田さんはずいぶん私に懐いたようで、ペラペラと饒舌に喋っていた。
そして話せば話すほど、とにかく純粋で素直な子だと分かった。
なんだか私は、歳の離れた妹が出来たような気分だった。

ヒミズの恋 第六話 のび太君の恋(2)

  • 2015.03.28 Saturday
  • 13:27
JUGEMテーマ:自作小説
翌週の金曜日、僕は生まれて初めて女の人とデートをした。
先輩はずいぶんとオシャレをしていて、いつもより女の子らしく見えた。
それに髪も後ろに下ろしていて、それが丸い顔とよく似合っていた。
職場では美人と思わなかったけど、こうしてプライベートで会うと、けっこう可愛いかなと思えたりするから不思議だ。
僕は緊張しながらも、いつものようにヘラヘラと笑っていた。
先輩はそれを「やめなさい」と注意し、僕の手を取ってズンズンと繁華街を歩いて行った。
「パチンコ・・・やったことる?」
「いや・・・ないです?」
「じゃあ競馬は?」
「いや・・・あんまりギャンブルは・・・ちょっと・・・・。」
「釣りの方が好き?」
「ええ。」
「他に趣味とかあるの?」
「・・・車・・・とかですね。たまに峠を走りに行きます。」
そう答えると、先輩は意外そうな顔で口を開けていた。
「木塚君って、もしかして走り屋?」
「いやいや、違いますよ。ただ趣味なだけです。」
「ふう〜ん・・・・じゃあ今度連れて行ってよ。」
「え?ああ・・・・はい。」
引きつったヘラヘラ笑いで頷くと、先輩は満足そうに笑っていた。
その日は丸一日、先輩とデートをする羽目になった。でも・・・・結論から言うと楽しかった。
別に特別なことをしたわけじゃない。ただご飯を食べに行って、映画を見に行って、その後にショッピングモールや動物園をウロウロしたりと・・・まあ定番のデートコースだと思う。
デートをしたことがないから分からないけど・・・・。
でもとても楽しい一日だった。お金はけっこう使ってしまったけど、またあのきついバイトを乗り切ればすぐに溜まるだろう。
今日はきっと、僕にとって記念すべき日となるに違いない。
生まれて初めてのデートなんだから、この先一生忘れることはないだろう。
だんだんと日が暮れてきて、車を停めてあるコインパーキングに向かう。
僕はちょっと気を利かせて助手席のドアを開け、「どうぞ」と手を向けた。
そうすると先輩はかなり喜んで、「ありがとう」と満面の笑みを見せてくれた。
その時・・・僕は初めて、この先輩にドキっとした。あの屈託のない笑顔が、すごく胸に突き刺さったのだ。
だから先輩を家まで送って行く途中、やたらと緊張して上手く喋れなかった。デートの時はちゃんと言葉が出て来たのに、今はどんなに考えても話すことが浮かばないのだ。
《これが誰かを好きになるってことなのかな?でも・・・嫌な気分じゃないな。》
狭い軽四の中で、二人は何も喋らない。でもこうして二人で車に乗っているだけで、すごく幸せな気持ちになれた。
《これが・・・これが恋ってやつのかな。今までずっと女の人を怖がってたから、どこかで壁を作ってたけど・・・・。でも今は・・・すごく楽しい気分だ。》
もうすぐ先輩の住むマンションに到着する。高速を降り、広々とした幹線道路を直進し、三つ目の信号を曲がれば、このデートは終わってしまう。
それが嫌だったので、ほんの少しだけスピードを落とした。そうすれば、もう少しだけ先輩と一緒にいられるから・・・。
「ねえ木塚君。」
マンションに着く手前になって、先輩が小声で呼びかけてきた。
「はい・・・・。」
「このままバイバイするの・・・ちょっと寂しくない?」
「え?ああ・・・・・。」
「ヘラヘラしなくていいから、素直に答えて。」
いきなり思いがけない質問を飛ばされ、目が泳いでしまった。なんと答えようかと考えているうちに、車はマンションの前に到着した。
エンジンをかけたまま、ドアロックを解除する。プレーヤーからは小さな音量で音楽が流れていて、車内に妙な空気が漂い始めた。
僕は何も答えられないまま、じっと固まっていた。そしていつものようにヘラヘラ笑いが出て、なんとかこの空気を誤魔化そうと必死になった。
「木塚君?」
「・・・・ええ・・・あ・・・・。」
何も答えられずにヘラヘラ笑いを見せると、先輩は怒った顔で降りてしまった。
「何度も言うけど、それやめた方がいいよ。こっちが真剣に聞いてるのに、ヘラヘラ笑って誤魔化すだけなんて・・・。
今日一日デートして仲良くなれたと思ったのに、最後の最後でそうやって誤魔化すなら・・・・もう一緒に遊んだりしない方がいいね、じゃあ。」
「あ!いや・・・・。」
先輩はスタスタと歩いてマンションの中に入ってしまう。一度だけ足を止めてこちらを振り向いたが、興味のなさそうな顔で去ってしまった。
「い・・・今のは追いかけるべきだったのかな・・・・?」
僕は半分車から降りかけていて、追いかけようかどうしようか迷っていた。そしてしばらく悩んだ挙句、車に乗り込んでそのまま帰ることにした。
「分からない・・・。なんでいきなり怒ったんだろう?そんなにヘラヘラ笑いが気に障ったのかな?」
女性に疎い僕にとって、女心は謎だらけだった。そして後日このことを友達に話すと、「お前馬鹿じゃねえの?」と笑われた。
「せっかく童貞を捨てるチャンスだったのに、なにをミスミス帰って来てるんだよ。もう一生、お前に女は出来ないね。」
同じ童貞の友達に偉そうに言われ、腹が立ったのでやけ食いしてやった。
翌日、職場に行くと先輩から無視をされた。この前はあれだけ話しかけて来たのに、今はなんの興味もないという感じで目も合わせてくれない。
やっぱり女は謎だ・・・・・。僕は鎌を片手に仕事を始め、暑さに耐えながら草を刈った。
マムシに出くわさないことを祈り、小川の流れる深い茂みまで入っていく。
近くの遊歩道には賑やかな親子連れがいて、高原の景色をバックに写真を撮っていた。
「僕も・・・いつかあんな風に家族を持つのかな?・・・・全然想像出来ないけど。」
楽しむ親子連れを横目に、単純でキツイ仕事をこなしていく。そして休憩所でジュースを飲み、アイスを買って頬張った。
「また腹が出てきたな。身体を動かす仕事だから、痩せるはずなんだけど。」
腹には大量の肉がついていて、まるで中年のおじさんのようにたるんでいた。その肉をぶよぶよと掴んでいると、目の前を先輩が通り過ぎていった。
思わず目が合ってしまい、気まずい空気になる。僕はヘラヘラ顔で軽く会釈をし、すぐに俯いてアイスを頬張った。
「・・・・ガキね。いっつも甘ったるいもんばっか食べてんじゃないわよ。」
「え?ああ・・・・え・・・・。」
「ヘラヘラすんなよ。あんたさ、何のなのよ?いつでもヘラヘラヘラヘラしてさ。過去に何かあったんでしょ、きっと?イジメられるとか、親に虐待されたとか。違う?」
そんなに怖い顔で睨まれても、こっちとしてはどうしていいのか困ってしまう。それを誤魔化す為にまたヘラヘラ笑うと、先輩は僕の隣に腰を下ろして口を開いた。
「・・・・私はね、ずっと親に虐待されてた。おばあちゃんやおじいちゃんまで一緒になってね。」
「・・・ぎゃ・・・虐待ですか・・・?」
唐突な自分語りに、思わずたじろいでしまう。アイスがどんどん溶けていくが、この場面で食べるのも失礼なので、我慢するしかなった。
「幼稚園に上がったころから、ずっと虐待を受けてた。意味もなく殴られたり、柱に縛り付けられたり・・・。
ご飯だって食べさせてもらえないこともあったし、いっつも罵しられてたわ。
だから高校を卒業してすぐに、家を出て働き出したの。あの頃の私は、誰に対しても敵意を剥きだしだった。
まるであんたがヘラヘラ笑うみたいに、私はいっつも目を細めて睨みつけてた。
でもそれは・・・相手が嫌いだからじゃなくて、自分が傷つくのが怖かったから・・・。だからこっちからガンを飛ばして、人を遠ざけてたわ。」
「・・・・それは・・・辛かったですね。」
「下手に同情しなくていいわよ。」
先輩はタバコを取り出し、中々火の点かないライターに苛立たしそうに舌打ちをした。
「辛い過去を持つ人って、どうにかしてそれを誤魔化そうとするでしょ?だから・・・木塚君も、何かを抱えてるんじゃないかと思ったの。だってそうじゃなきゃ、そんなにヘラヘラ笑ったりしないでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・・。」
僕は・・・・正直驚いていた。まさかここまで自分のことを見透かされるなんて、なんとも言えない恥ずかしさを感じていた。
溶けかけていたアイスが指に垂れ、そのまま足元へ落ちていく。今の僕は、いつものようにヘラヘラと笑うことが出来なかった。
先輩はそんな僕を見て「ごめん」と謝り、タバコを灰皿に投げ入れた。
「聞かれたくないよね、こんなこと。でも・・・すごく気になって仕方なかったんだ。」
そう言って立ち上がり、背伸びをして首を回した。
「私ね、木塚君みたいなタイプは嫌いじゃないよ。ベラベラ喋るチャラい男より、君みたいな大人しいタイプの方が好きなんだ。
だから・・・デート出来て楽しかったよ。」
先輩は僕の肩を叩き、「早くアイス食べな、溶けちゃうよ」と言い残して去っていった。
アイスはもう根元まで溶けていて、食べようと思う状態じゃなかった。僕はさっさとゴミ箱に投げ入れ、先輩を追いかけて呼び止めた。
「あの・・・。」
「ん?」
「・・・僕をデートに誘ったのは・・・・僕のことが好きだったからですか・・・?それとも、単なる同情ですか?」
そう尋ねると、先輩は小さく笑って「どっちも」と答えた。
「でも恋愛に同情を持ちこむなんて・・・ほんとはやっちゃダメだよね。木塚君に失礼だもん。」
「いや・・・そんなことは・・・・、」
もう・・・ヘラヘラ笑いは見せられなかった。ここでまた誤魔化しの笑顔を見せれば、先輩は二度と口を利いてくれないような気がしたから。
しばらく沈黙が流れ、先輩は俺に近づいて真剣な顔を見せた。
「恋愛に同情はよくないよ。それに・・・君って思ってたより子供だった。年下の男は嫌いじゃないけど、さすがに付き合うにはちょっと子供過ぎるかなって・・・。だってせっかくこっちから部屋に誘ってるのに、さすがにそこは誤魔化しちゃダメでしょ?」
ああ・・・やっぱりアレがダメだったのか・・・。
女の人からのああいう誘いを誤魔化すなんて、きっと恋愛においてタブーだったんだ。
僕はそんなことも分からずに、ヘラヘラヘラヘラと誤魔化して・・・・。
そう思うと、なんだか胸の中がカッと熱くなってきた。そして気がつけば、自分でも信じられないようなことを言っていた。
「あの・・・また、チャンスをもらえますか?」
僕は真剣だった。今まで生きてきた中で、多分今が一番真剣だと思う。だって・・・もうそろそろ、のび太君を卒業したかったから。
いや、違うな。のび太君だって、最後はジャイアンと戦ったんだ。なら・・・僕にだって・・・・。
「・・・もう一回だけ・・・デートしてもらえませんか?」
先輩は僕の言葉を聞いて、少しだけ表情を動かした。でもすぐに真顔に戻り、「ごめん」と呟いた。
「こっちから誘っといて悪いけど・・・でももうちょっと大人な人がいいから・・・。」
「じゃ、じゃあ・・・大人になりますよ、僕。」
「それが子供だて言ってるの。気持ちは嬉しいけど・・・ちょっと無理かな。あ!でも友達として遊ぶなら全然いいけどね。それでいい?」
すごく気を遣って喋っているのが、ヒシヒシと伝わる。これはもう・・・僕を男として見ていない証拠だ。
だけどせっかく仲良くなれたんだから、こんな所で終わらせるわけにはいかない。
僕は「はい」と頷き、ヘラヘラではなくニコリと笑って、その場を後にした。
その日はモヤモヤとした気持ちのまま仕事を続けた。これはフラれたのかな?でも友達ならいいって言ってくれたし、完全に嫌われたわけじゃないみたいだ。
だったら、またチャンスはある。辞めようと思っていたバイトだけど、もう少し続けて先輩と仲良くなってみせる。
そうしたらもう一度デートをして、その時は・・・・もう誤魔化し笑いは絶対にやめよう。
仕事を終えて家に帰ると、ご飯も食べずに布団に横になった。
疲れた身体はすぐに眠くなり、風呂にも入らずに寝てしまった。本気で恋をすることで、自分の中の何かが変わりそうだった・・・。


            *


あの日から二週間、僕は頑張って先輩に話しかけた。下手な喋りだったと思うけど、先輩は笑顔で応じてくれた。
だから思い切って、もう一度デートに誘ってみた。するとあっさりとOKをもらい、ウキウキした気分で日々を過ごしていた。
今度は失敗できないので、入念に下調べをした。どこの店がいいか?どんな服を来ていけばいいか?
生憎友達はほとんどが童貞なので、相談相手にはならない。だから恥を忍んで兄に相談すると、色々とアドバイスを授けてくれた。
すると兄の奥さんもノリノリで会話に加わってきて、一緒に色々と考えてくれた。
これで準備はOK。あとは三日後のデートに向けて、とにかく冷静になるように自分に言い聞かせるだけだった。
そして次の日、バイトに行く前に新聞を見て腰を抜かしそうになった。
いつもはテレビ欄しか見ないのだが、何となく他の紙面を覗いてみると、なんと先輩が載っていたのだ。
それも良い意味ではなく、悪い意味で・・・・。
先輩は男を騙してお金を盗っていたそうで、その額は二千万円にもなるという。しかも一人だけではなく、複数の男から騙し取っていたらしい・・・。
僕はショックを受けた。まさか好きな人が犯罪を起こして捕まるなんて・・・自分の中でどう受け入れていいのか分からなかった。
兄には「デートする前に気づいてよかったな」と言われ、兄の嫁には「また新しい人が見つかるよ」と当たり障りのないフォローを入れられた。
その日は鎌を片手に草を刈りながら、ずっと先輩のことを考えていた。
先輩は真剣な顔で自分の過去を語っていた。あれは嘘をついている言い方ではなく、本気で自分のことを語る喋り方だった。
けど・・・それは演技だったのか?僕が一回目のデートで振られたのは、この男は金にならないと思われたからなのか?
今となっては真実は分からず、僕はただただ悩むしかなかった。
そして・・・以前にも増して女性恐怖症になってしまった。お客さんに声を掛けられた時でも、相手が女の人だと、色々と勘繰るようになってしまった。
綺麗な顔して、心の中ではいったい何を企んでいるんだろうと。仲の良い家族連れを見ても、もしかして浮気をしているんじゃないかと疑ってみたり・・・。
そのうち兄の嫁にも不信感を抱き始め、顔を合わす度に目を逸らすようになっていた。
本格的に暑い季節に突入する頃、僕は完全な女性恐怖症となり、女なんて信じられないと見るのさえ嫌になってしまった。
どうやら・・・また意気地無しののび太君に逆戻りしてしまったらしい。こういう時、もしドラえもんがいてくれたら、きっと一発で解決してくれるのに・・・。
そんなあり得ない妄想を抱きながら草を刈っていると、賑やかな家族連れの声が聞こえた。
腰を上げて目を向けてみると、そこには見覚えのある顔があった。
「あれは・・・確か銭湯で倒れた子供じゃ・・・・。」
仲の良い家族連れの中に、青い帽子を被った少年がいる。それは間違いなく、あの銭湯で倒れた子供だった。
それに傍に立つ両親にも見覚えがあった。パニックを起こして何も出来なかった父親と、なりふり構わず男風呂に入って来た母親だ。
少年は弟と一緒にキャッキャと騒いでいて、お父さんに写真を撮ってもらっている。
すると母親の方がケータイを取り出し、「パート先からだ。ちょっとゴメン」と言ってこちらに歩いて来た。
僕は咄嗟に顔を逸らし、草刈りに戻る。母親は僕のすぐ近くに立って、家族の様子をチラチラを窺いながら電話に出ていた。
「・・・もしもし・・・ごめん。今家族で遊びに来てるの・・・。え?明日?いや・・・明日は無理だよ、だって旦那が連休だもん・・・。ええっと・・・じゃあ来週の火曜は・・・?うん、そうそう・・・いつものホテルで・・・。うん・・はい・・・それじゃ・・・・。」
母親は素早く会話を終え、ケータイを閉じて家族の元へ走っていった。そして先ほどと何一つ変わらない様子で、家族にニコニコと笑いかけていた。
「・・・・浮気・・・・だよな?それしか考えられないよな?」
チラリと母親の様子を窺うと、子供と手を繋いで歩いていた。そして夫の方を向き、とても幸せそうな笑顔を見せていた。
夫も妻の笑顔を受けてニコニコと笑い、とても幸せそうにしていた。来週の火曜に、妻が浮気相手と会うなんて知らずに・・・・。
「・・・なんか切ないな・・・。結婚してあんなんになるんじゃ、僕は嫌だな・・・・。いや、彼女さえも・・・ほしいとは思わないかも・・・。」
もう女のことを考えるのはやめようと思った。色々と疲れるし、何より面倒くさい。
そんな気持ちを誤魔化す為に、ひたすら仕事をしていった。腰の痛みは日に日に増すが、そんなものは気にせずに草を刈っていった。
僕はこの日、初めてマムシを狩ることが出来た。足で首ねっこを踏みつけ、鎌を振って絶命させた。
細い首を切り落とした感触は、いつまでもこの手にこびりついていた。

ヒミズの恋 第五話 のび太君の恋(1)

  • 2015.03.27 Friday
  • 13:13
JUGEMテーマ:自作小説
昔からのび太君と呼ばれていた。
しまりのない顔にしまりのない身体。そして勉強もスポーツもダメで、そのクセにプライドだけは一人前にある。
だから小中高とずっと一貫してのび太君とからかわれた。しかも僕の傍にはドラえもんがいないもんだから、困った時には誰も助けてくれないのだ。
あれは中学二年の時だったか、軽くイジメを受けたことがある。
暴力を振るわれたり、お金を盗られたりとかはなかったけど、地味に傷つく嫌がらせをされたのだ。
靴が片方なかったり、弁当箱が運動場のど真ん中に置かれていたり。男子だけじゃなくて、女子も一緒になって嫌がらせをしてきた。
親しげに話しかけてきて、それとなく好きな子を聞かれる。そして次の日に登校すると、クラスじゅうがそのことを知っているのだ。
おかげでわざわざ違うクラスからその子がやって来て、「キモイからマジでやめて」と泣きそうな顔で言われた。
あれ以来、僕はちょっとした女性恐怖症になってしまった。
数少ない友達にこのことを相談すると、「もっと酷いイジメに遭う奴だっているんだからマシな方だろ」と流されてしまった。
酷かろうかマシだろうが、イジメはイジメに変わりないわけで、それはやはり相手の心を傷つけるのだ。
高校を卒業するまでその傷を引きずり、大学生になってからも色々なことに対して億劫になった。
バイトやサークルにだって入らなかったし、ゼミの飲み会にだって参加しなかった。
だから大学時代は、ほとんど友達がおらず、昼休みにスズメに餌をやるのが日課になっていた。
そして特に臆病になったのは、女性に対してだった。大学に入って間もない頃、一度だけ合コンに参加したことがある。
どういう経緯で僕なんかが誘われたのかは知らないけど、なんだか断ることが出来ずに、あの時は参加してしまったのだ。
そして女性陣と顔を合わせて最初に言われたのが、「君、のび太君に似てるね」だった。
周りは爆笑の渦になり、案の定「ドラえも〜ん!」とからかわれた。
気の弱い僕は怒ることも出来ずに、ただただヘラヘラと笑っているかしかなかった。
どうやら・・・昔からのび太君と呼ばれ続けたせいで、根性までのび太君と一緒になってしまったらしい。
その情けないのび太君根性は今でも健在で、ことるごとに無意味なヘラヘラ笑いをみせてしまう。
以前にやっていた銭湯のバイトでは、「笑ってるとなんでも許されると思ってるのか?」と店長に怒られてしまったし、気を寄せていたボディケアのバイトの女性には、ロクに声も掛けられなかった。
店長や先輩には毎日のように怒られ、そして好きな女の人はいつの間にか辞めていたので、僕もあの銭湯のバイトを辞めてしまった。
しばらくは釣りでもしながらブラブラ過ごそうと思ったんだけど、最近子供の生まれた兄から「ちゃんと働け」と怒られてしまった。
「お父さんもお母さんも、お前の釣り代の為に仕事をしてるわけじゃないんだぞ。もう二十歳を超えてるんだから、自分の趣味代くらいは自分で稼げ。」
ぐうの音も出ない正論に、僕はまたヘラヘラしながら頷くしかなかった。
だから何か仕事を始めようと思ってバイト情報誌を持って帰って来たんだけど、どれも気乗りしないものばかりだった。
野菜工場のライン作業、エッチなホテルのベッドメイクング、あとはコンビニや飲食店の店員とかばかりだった。
どれもこれもやりたくない仕事だけど、ずっと働かないでいると、いつ兄にシバキ倒されるか分からない。
どうしようかと困っていた所へ、高校の時の友達から面白いバイトがあるぞと紹介された。
「お前さ、樽山高原って知ってるだろ?あそこの管理施設がバイトを募集してたぞ。」
「ほんとに?」
樽山高原とは、僕の住んでいる街からかなり北に上った所にある有名な高原だ。
『スウェーデンの森』という有名な恋愛映画のロケ地にもなった場所で、まるで尾瀬のミニチュア版のように綺麗な所だった。
僕はすぐにそこの電話番号を調べ、バイトの募集をしていないか聞いてみた。すると・・・・友達の情報はガセだった・・・。
今は特にバイトを募集していないと言われ、しょんぼりしながら「そうですか・・・」と電話を切ろうとした。
しかし「ちょっと待って」と言われ、「キツイ仕事でいいならあるけど、やってみる?」と言われた。
まあせっかくなので面接だけでも受けようと思い、樽山高原までやって来た。そこで仕事の内容を聞かされ、それなりに時給が良かったこともあって引き受けた。
だから僕は今、鎌を片手に草を刈っている。そして草の中に潜んでいるかもしれないマムシを狩っている。
ここは高原といえども、元々は木々の生えた山だった。それを切り開いて観光地にしているので、マメに手入れをしないとすぐに木々だらけになってしまうのだ。
それにどこからか色んな植物の胞子も飛んでくるらしく、鬱陶しい雑草も後を絶たない。
だからそれらを刈らないといけないんだけど、以前にこのバイトをしていた人は、腰を痛めて辞めてしまったらしい。
ずっと中腰になって草を刈ってるもんだから、いつ腰痛持ちになってもおかしくない仕事というわけだ。
おまけにマムシの駆除までしないといけないので、安全面を考慮してかなり厚手のジーパンを穿かないといけない。
上着も長袖のトレーナーだし、手には軍手、足元は長靴だ。
もうじき夏だってのに、この格好で高原の草を刈っていくのは辛すぎる・・・。まだ始めて十日くらいだけど、もうそろそろ辞めたくなってきていた。
「くそ・・・やるんじゃなかったな、こんなバイト・・・・。」
立ち上がって腰を叩き、足元に置いていた水を飲む。遠くにはパラパラと観光客が歩いていて、楽しそうに記念写真を撮っていた。
「いいなあ・・・カップルで楽しそうだな。僕も・・・いつかあんな風に女の人と付き合ってみたいな。」
僕がこのバイトを引き受けたのは、たんに時給がよかったからだけじゃない。
ここはあの恋愛映画『スウェーデンの森』のロケ地になった場所だから、もしかしたら僕にもそういう出会いがあるんじゃないかと期待していたのだ。
「あの映画だと、二人でこの高原を歩くんだよな。いいなあ・・・僕もあんな可愛い子と一緒に歩きたいな。」
遠くを歩くカップルを見つめて、羨ましく呟いた。そしてその姿を自分に置き換え、可愛い子とデートをする妄想に浸った。
「・・・・・・仕事するか。」
彼女は欲しい。そして正直・・・・エッチなことだってしたい。だけど今は仕事だ。
別にサボっていても見つからないんだけど、身体を動かして仕事をしている方が何かと気が紛れるのだ。
一心不乱に雑草を刈り続け、途中でマムシに出くわして逃げ出した。ここへ来て十日間、マムシを狩ることは一度も出来ていなかった。
だって・・・怖いんだもん、マムシ・・・・・。


            *


一通りの仕事を終え、食堂と売店のある大きなコテージに向かった。
今日は日曜日ということもあって、中はそれなりに賑わっていた。僕はお客さんの邪魔にならないようにコテージを通りぬけ、裏手のドアを開けて外に出た。
そこには従業員用の小さなベンチがあって、ジュースとアイスの自販機が並んでいた。
まずはジュースを買い、乾いた喉を潤す。次にアイスを買って、ベンチに座って包み紙を剥いた。
「・・・疲れた・・・。」
息と一緒に声が漏れて、それを近くを取りかかった先輩に聞かれてしまう。
「お疲れ。大変だね、草刈り。」
「・・・ああ、お疲れ様です。」
先輩はふっくらとした丸い顔でニコリと笑い、ジュースを買って僕の隣に座った。
「この仕事キツイでしょ?マムシもいるし。」
「ええ、正直かなりキツイです。」
ヘラヘラ笑いながら相槌を打つと、先輩は後ろで括った長いを髪を締め直した。
「私も一回だけやったことあるんだけど、マジできつかった。昔は業者に依頼してやってもらってたんだけど、最近は儲けが悪いから従業員にやらせてるのよ。」
「じゃあ・・・先輩もやったことあるんですか?」
「さっきやったことあるって言ったじゃん。ちゃんと人の話聞いてる?」
「ああ、すいません・・・・。」
ごめんなさい、あんまり聞いていませんでした・・・。先輩はやや不機嫌そうに僕を睨み、甘ったるいジュースに口をつけていた。
「木塚君さ、あんまりヘラヘラするのはやめたほうがいいよ。」
「え?」
「え?じゃなくて、君っていっつもヘラヘラヘラヘラしてるでしょ?それってあんまり相手に良い印象与えないよ。」
「ああ、すいません・・・。」
「ほら、またそれ。それってさ、面倒なことを避けて誤魔化そうとしてるだけでしょ?そういう笑顔って、逆に相手を不愉快にさせるだけだよ?」
「・・・はあ・・・・。」
そんなことを言われても、こっちはどうしたらいいのか困ってしまう。昔っからヘラヘラするクセがついているもんだから、今さらやめろと言われても、はいそうですかというわけにはいかない。
かといってこれ以上先輩を不機嫌にさせるのも嫌なので、いつもより大人しめにヘラヘラしてみせた。
すると先輩は急に真面目な顔になり、ジュースを置いて僕を睨んだ。
《やばい・・・怒らせたかな・・・。》
先輩は射抜くような鋭い視線を向けて来る。決して美人とはいえないその顔が、少しだけ歪んでさらに美人から遠ざかった。
僕は目を逸らして俯き、手にしたアイスを頬張った。いった何を言われるのだろうと不安になり、アイスの味さえ分からなくなった。
「何かあった?」
「・・・・え?」
「木塚君って、あんまり自分を出したがらないからさ。だからそうやってヘラヘラして誤魔化してるんでしょ?
そういう人って、だいたい人に知られたくない何かを抱えてるもんよ?」
「そう・・・ですか・・・?」
「私が聞いてるのよ。」
先輩はイライラしたようにタバコを取り出し、灰皿を引き寄せて煙を吹かした。
「あ・・・タバコ吸うんですか?」
「たまにね。イライラした時だけ。」
《僕・・・なにかまずいことを言ったのかな?それとも、ずっとヘラヘラしてたのが気に食わないのか・・・?》
先輩のイライラはタバコの煙を吐き出す度に増していき、ピリピリと空気を震わせているようだった。
これ以上ここにいてもいいことはないと思い、またヘラヘラ笑って「失礼します」と去ろうとした。
「ねえ、今度の休みって何してる?」
「はい?」
唐突な質問に、足を止めて振り返る。今度の休みに何をしてるかだって?そんなのを聞いてどうするんだろう?
「ヘラヘラしてないで答えてよ。」
「え・・ああ・・・・何もしてないと思います。多分釣りに行くんじゃないかと・・・。」
「じゃあ何もしてなくないじゃない。釣りが好きなの?」
「はい・・・・。」
「ふう〜ん・・・・私はね、競馬とパチンコが好き。」
「あ・・・・ああ!それは・・・・。」
返答に困ってたじろいでいると、先輩は僕の方に煙を飛ばした。
「今さ、あんたこう思ったでしょ?ああ、なんか分かるわ。この人絶対にそういうのが好きな人だと思った・・・って。」
「い、いや・・・・そんなことは・・・・、」
「思ってない?」
先輩は怖い目でジロリと睨んでくる。僕はその眼光に圧倒され、ヘラヘラ笑いを消して素直に答えた。
「・・・・ちょっと思いました。」
怒られる・・・・と思ったけど、意外なことに先輩は怒らなかった。それどころか、満足そうに笑って頷いていた。
「いいよ、その方が。ヘラヘラ笑ってないで、ちゃんと思ってることを言った方がさ。」
「え・・・ああ・・・はい。」
「だから・・・ヘラヘラしなくていいって。」
そう言ってタバコを消し、ジュースの缶をゴミ箱に投げ入れる。そしてポケットからスマホを取り出し、「メルアド教えて」と詰め寄られた。
「え?メ、メルアド・・・・?」
「またヘラヘラしなくていいから。早く教えてよ。」
「あ・・・ああ!ケータイ取ってきます。」
素早く踵を返して事務所に戻り、ロッカーのカギを開けてケータイを取り出した。
「なんだあの人・・・・。なんでいきなりメルアド?」
まったく意味が分からなかったが、とりあえず言われるままにケータイを持って行き、メルアドを教えた。
すると先輩はすぐにメールを送ってきて、自分のメルアドも教えてくれた。
「あんたツイッターとかやってる?」
「え?いや・・・やってないです。」
「じゃあラインくらいはやってるでしょ?」
「いや・・・それも・・・・。」
「ふう〜ん・・・・友達少ないってことね。」
先輩は勝手に納得してスマホをしまい、またベンチに座ってタバコを吹かし始めた。
「木塚君って、確か水曜から金曜までが休みよね?」
「ええ・・・はい。」
「じゃあ私と一日かぶるわね。今度の金曜、釣り行くのはキャンセルして私と遊ぼうよ。」
「え・・あ・・・先輩と?」
思わず顔が引きつってしまう。いったいなぜ僕をデートに誘うんだろう?社交的な先輩のことだから、他にいくらでも男の人がいるだろうに・・・・。
しかしそれでも先輩は、「ねえ、遊ぼう」と誘ってくる。僕は・・・なんだか嫌な予感がした。
小学生の頃からのび太君と呼ばれ続けた僕が、女の人にモテるわけがない。じゃあそのモテない僕を誘うということは、きっと何か魂胆があるのだ。
《さっき先輩は言っていたな、競馬とパチンコが趣味だって・・・。だったらもしかすると、借金とか抱えてるかもしれない。
きっとデートしている時に上手いこと言って、僕からお金を取るつもりなんだ。いや・・・断定は出来ないけど、その可能性はあるよな。》
こういう後ろ向きな考え方が、のび太君と呼ばれるゆえんだと分かっている。それでも面倒なことに巻き込まれるのは嫌なので、なんとか断ろうとした。
「あの・・・申し訳ないですけど・・・・、」
「じゃあ決まりね。またメールするから。」
先輩はニコニコとして肩を叩き、灰皿にタバコを投げ捨てて去って行った。
「なんだあれ・・・。誰も行くなんて言ってないのに。」
先輩の後ろ姿を見送りながら、溶けたアイスをゴミ箱に投げ入れる。
灰皿からは煙が上がっていて、ジュースの残りをかけてタバコの火を消した。

ヒミズの恋 第四話 我が道は穴倉(2)

  • 2015.03.26 Thursday
  • 12:39
JUGEMテーマ:自作小説
土曜の夜は、ひっきりなしに客が入る。平日の昼間が嘘のように、目が回るほど忙しくなる。
次々に入ってくる客の対応に追われ、ボディケアを施す指にも限界がやってくる。
でも力を抜くと文句を言われるので、痺れた指に鞭を打ちながら施術をしていった。
そして午前0時、ようやく営業が終わった。指はまだ痺れていて、でもそれが仕事をしたという充実感を与えてくれた。
「仕事ってこういうもんよね。一日が終わったあとに疲れてないと。」
今日も一日よく働いたと満足出来るし、布団に入ればぐっすりと眠れる。
仕事の充実感にゆったりと浸っていると、先輩から「タオル洗って来い。あとベッドシートも。」と荒い口調で言われた。
私はニコリと笑って頷き、大量の洗濯物を抱えて外に出た。砂利で舗装された道を歩き、離れた場所にあるリネン室まで運んでいく。
そして思い切り洗濯機に投げ込み、白い洗剤をぶちまけてスイッチを押した。
「あのデブ禿げ男め。何年も続けてるクセに仕事でイラついてんじゃないわよ。忙しいほど儲かるってのに、どうして暇を好むかね?」
グチグチと文句を言いながら、リネン室の外に出て指を揉んだ。
空には少しだけ雲が出ていて、それが月にかかってとても綺麗だった。その下には大きな川が流れていて、うっそうと茂る木々が小さく揺らめいていた。
飯田さんの転勤を心配しだしてから四日間、まだ何も行動を起こせずにいた。
頭の中ではあれやこれやとシュミレーションを立てているんだけど、いざ行動に移そうとすると足が震えるのだ。
「ダメだな、私は・・・。子供の頃から何も変わってない。こんなんじゃ・・・いつまで経っても幸せになれない。」
自分を責めながら、そして自分に嫌気を感じながら、月の流れる夜空を睨む。するとふと後ろに気配を感じて、あわてて振り返った。
「お疲れ様です。」
「あ・・・・ああ!お疲れ様です!」
飯田さんが、大きなゴミ袋を持って通り過ぎていく。きっと駐車場の掃除に向かうんだろう。
でもいつもは若いバイトの子がやっている仕事なのに、どうして今日は飯田さんが行くんだろう?
不思議に思って彼の背中を見つめていると、これはチャンスかもしれないと思った。
《今なら・・・これをネタに声を掛けられる・・・。向こうも営業は終わっているんだし、ちょっとくらい話しかけても大丈夫かもしれない。》
私は一歩踏み出し、飯田さんの背中に声を掛けようとした。でも・・・・・口が開かない。
足は震えるし、口の中が乾いて呂律も回りそうにない。でもだからといって、このまま見送っていいのか?
もし・・・・もし明日どこかへ転勤だなんてことになったら、もう話しかけるチャンスは無いんだ!
ここで一歩踏み出さなければ、フラれることすらなく終わってしまう。もう・・・もうそんなのは嫌だ!
「飯田さん。」
気がつけば、勢いに任せて名前を呼んでいた。向こうは不思議そうな顔で振り向き、「はい?」と視線を返してきた。
「あの・・・・今日はご自分で掃除に行かれるんですね?」
声が震えている・・・。それに途中で噛みそうになったし、きっと顔だって引きつっている。
それでも飯田さんは、「ええ。」と笑いを返してくれた。
「ずっとお世話になった店だから、最後に掃除くらいしとこうと思いまして。」
「え?ああ・・・・。もしかして、どこかへ転勤されるんですか?」
心臓が飛び出しそうなほど緊張して尋ねると、飯田さんは「いえいえ」と笑った。
「ここを辞めるんです。」
「・・・・・・え?辞める?この店をですか?」
思いがけない返事に、一瞬頭の中が白くなる。
「この店というより、今の会社を辞めるんですよ。」
そう呟く飯田さんの顔は、どこか疲れているように見えた。それは仕事で疲れた顔ではなく、何かを背負っているような、あまり良くない感じの疲れ方に思えた。
「・・・・もしかして、この前の子供さん事故のせいで・・・・?」
「いえ、それは関係ないんです。まあ確かにあんなことは初めてだったから、かなり動揺はしましたけどね。でも辞める理由は別にあるんです。あの子は関係ありませんよ。」
「そうなんですか・・・・・。」
笑顔で返そうと思ったのに、思わず暗い顔になってしまった。それと同時に声も沈み、タイミング悪く先輩がこちらに歩いてきた。
「ごめん、これも洗っといて。店長と俺の制服。」
お呼びでない先輩の登場で、私たちの会話は途切れてしまう。先輩は私に制服を押し付け、スタスタと去って行った。
そしてそれを見た飯田さんも、軽く会釈を残して踵を返した。彼はいつものようにキビキビとした足取りで砂利道を抜け、駐車場へ続くドアを開けて消えていった。
「・・・・・・・・・・・・・・・。」
せっかく・・・・せっかく勇気を出して声を掛けたのに・・・・あのデブ禿げのせいで!
思わず制服を放り投げ、先輩が去った方を睨みつける。激しい怒りが胸を熱くして、ネガティブな感情を焼いていくほど燃え上がった。
気がつけば、私は飯田さんを追いかけていた。ドアを開けて駐車場へ飛び出し、ゴミを拾う彼に駆け寄った。
「あの・・・すいません!」
「はい?」
いきなり追いかけてきた私に驚いたのか、飯田さんは怪訝そうに眉を寄せた。
普段ならこれだけで引き下がってしまうけど、今はあのデブ禿げのせいで怒りに燃えていた。だから勢いに任せて、自分が思っていることを口にすることが出来た。
「あの・・・どうして辞められるんですか?あんなに一生懸命仕事をされてたのに・・・。」
私の声は明らかに上ずっていた。それは緊張からくるものではなく、妙な興奮からくるものだった。
もう・・・ここでどうなってもいいや!
どうせ私の恋なんて成就するはずないんだし、何に出来ないまま終わるくらいなら、潔くぶち当たって玉砕しようと決めた。
「飯田さんみたいに仕事の出来る人が辞めるなんて、何か深い理由があるんですよね?
いきなりこんな質問をするのは失礼だって分かってるけど、よかったら教えてくれませんか?」
・・・・違う!私が言いたかったのは、こんなセリフじゃない。もうあれやこれやと考えるのはやめて、素直に自分の気持ちを伝えたかっただけなのに・・・。
腹を決めたつもりが、土壇場の所でまた二の足を踏んでしまった。
言うだけ言って固まる私を、飯田さんはしばらくじっと見つめていた。そして手にしたゴミ袋に空き缶を投げ入れ、険しい表情で口を開いた。
「・・・・ちょっと事情があって、この店にいづらくなったんです。だから辞めるだけですよ。」
「・・・じゃ、じゃあ・・・会社まで辞めなくてもいいじゃないですか?転勤願いとか出せば・・・。」
「そういう問題じゃないんです。ここの会社にいる限り、きっと彼女のことを忘れられないから・・・だから辞めるんです。」
その言葉を聞いた途端、身体から力が抜けそうになった。
《彼女・・・・、彼女って言った・・・。じゃあ・・・女絡みで辞めるってこと?飯田さんって、そんな理由で仕事を放り出す人だったの?》
憧れていた飯田さんに対して、ほんの少しだけ軽蔑の念が芽生えた。なぜなら、私が彼を好きになったのは、いつだって熱心に仕事に打ち込んでいたからだ。
どんなに嫌な客でも笑顔で接し、性質の悪いクレーマーには毅然とした態度で言い返す。
それに銭湯の従業員にも好かれているようだし、この前の子供の時だって、冷静に対応して命を救った。
私は・・・私はそういう人に憧れていた。昔から自分に自信が無いものだから、飯田さんみたいにいつでも堂々と振舞う人に憧れていたんだ。
それなのに・・・女絡みで仕事を辞めるなんて・・・・。
心に芽生えた小さな軽蔑は、やがてムクムクと根を伸ばして大きくなっていく。けど、ここで感情的になったりしてはいけない。
私は早とちりするクセがあるから、女絡みで飯田さんが辞めるなんて、まだ決めてつけてはいけない。
「あの・・・彼女っていうのは、前の彼女さんとかですか?」
失礼な質問だと分かっていたけど、聞かずにはいられなかった。私の心に芽生えた軽蔑の念を取り払う為、飯田さんの気持ちを確認したかったのだ。
飯田さんは答えない。ゴミ袋を持ったまま、駐車場に落ちているタバコの吸い殻を拾っている。
そして背中を見せながら、いつもより低い声で答えた。
「そんないいもんじゃないですよ。僕が一方的に好きになって、気持ちを伝えられないまま終わったんです。
でもひょんなことから再会しちゃって、また昔の気持ちが蘇ってきたんですよ。
向こうはもう家庭を持っているってのに、まだ彼女のことを忘れられない。だから踏ん切りをつける為に、ここを辞めることにしたんです。」
そう答える飯田さんの背中は、寂しくもあり、また怒っているようでもあった。
多分・・・寂しさの方は、その彼女の対しての気持ちだろう。上手くいかなかった恋を、未だ引きずることが苦しいのだ。
そして、怒りは私に対してのものだ。対して親しくもないのに、いきなり不躾な質問をしたもんだから、きっと怒っているのだ。
これ以上何かを尋ねても、飯田さんは何も答えてくれないだろう。彼女でも友達でもない私に対して、質問に応える義理なんてないんだから・・・。
私はしばらく飯田さんの背中を見つめていた。黙々とゴミを拾うその背中を見て、勝手に彼に対して抱いていた幻想が消えていくのを感じた。
《なんだ・・・・この人も私と同じなんだ・・・。上手くいかなったことを、いつまでもくよくよと悔やんでいる。
だからそれを忘れる為に、必死に仕事で誤魔化していたんだ。それを・・・仕事熱心で堂々とした人だと勘違いしていただけ・・・。》
ここに入ってから一年、ずっと抱いていた憧れの感情は、駐車場の吸い殻のように無惨に消え去ってしまった。
《自分と似たような人なんか、絶対に嫌だ。だって・・・もしそんな人と付き合ったら、毎日自分と顔を合わせるようなもんじゃない。
そんなのは、例えお金をもらったって絶対に嫌だ。》
あれだけ熱かった胸の中が、波でも引いていくように冷めていった。それと同時に彼に対する憧れも消え、おのずと恋心も消滅していった。
私は彼の背中に会釈し、何も言わずにその場を後にした。
リネン室の前には投げ捨てた制服が散らばっていて、ツンと鼻をつく汗臭い匂いがした。
「自分で洗濯しろってんだ・・・あのデブ禿げ・・・。」
憎らしく制服を睨み、ゴトゴトと動く洗濯機に投げ入れる。そしてリネン室のドアを思い切り閉め、砂利道を歩いて店に戻った。
その日の夜、全ての閉めの作業が終わってから、店長に伝えた。
「今月でここを辞めさせてほしいんです。」
店長は少しだけ驚いた顔をしていたけど、すぐに「分かった」と了承してくれた。
次の日に出勤すると、飯田さんの姿はなかった。その代わりに歳のいった大柄な店長がやって来て、いかつい顔とは対照的な、丁寧な口調でお客さんに接していた。
飯田さんのいない職場、退屈を我慢できなくなった仕事、そしてまたしても上手くいかなかった自分の恋・・・。
私は何事に対しても無感動なまま仕事を続け、月が変わる前に職場を去った。
今は仕事を探して職安に通う毎日で、いい加減自分の歳を考えるとバイトも気が滅入ってきた。
「今年で27か・・・。もうそろそろ、人生をはっきりさせないとなあ・・・。」
世間は言う。27はまだまだ若いと。しかしあと三年もすれば30で、そうなると途端に意見が変わる。
もうそろそろフラフラするのはやめて、人生を固めろと。
だから人の意見は聞かない。私が信じるのは、自分の考えと自分の感性だけだ。
今までもそうやって生きてきたし、これからもそうやって生きて行くつもりだ。
親や友達には、もっと周りの意見を大事にしろと言われるけど、そんなものは私には必要ない。
だって・・・人の意見を聞いて、道が啓けた試しなんてないんだから。
職安のパソコンの画面を睨んでいると、この前辞めた店の募集があった。それを見つけた途端、また飯田さんのことを思い出した。
もう好きじゃないはずなのに、なぜか胸に熱いものがこみ上げてくる。それが堪らなく嫌で、そして苦しくて、パソコンを閉じて席を立った。
カウンターで番号札を返し、建物を出るときに若い男とすれ違った。
「あれ・・・・?あの子って、あの銭湯でバイトしてた子じゃ・・・・。」
頼りなさそうな顔でフラフラと職安に入っていくのは、まちがいなくあの銭湯にいたスタッフだ。いつもぎこちない挨拶を返し、ふらつく足取りでサウナマットを運んでいた子だ。
若いバイト君は、なぜか昼間から職安に来ていた。そして受付で番号札をもらい、パソコンの前に座ってタッチパネルを操作していた。
「ここに来るってことは、あそこを辞めたってことよね?でも・・・まだ二カ月くらいしか経ってないはずなだけど・・・・。」
バイト君はしまりのない顔でパネルをいじっている。
いったい今度はどんな仕事を探すつもりか知らないけど、そんな甘ったるくて頼りない根性では、きっとどこへ行っても続かないだろう。
「ゆとり・・・・ってやつ?まあどうでもいいけど。」
バイト君からプイっと顔を逸らし、外に出て生温い空気を吸い込む。
「・・・・根性ないのは私も一緒か。今までに何かを出来た試しなんてないし、願いが叶ったこともない。
ずっと・・・・暗い穴倉で生きて来た気がするな。」
ネガティブな感情が首をもたげ、またしても私を攻撃してくる。人生が上手くいかないのはお前自身のせいだと、ケラケラ笑いながら責め立てて来る。
《うっさい。知ってるよ、そんなこと・・・・。》
足早に職安を後にして、車を止めてあるホームセンターまで向かう。
もうすぐ梅雨のせいか、吹き抜ける風が気持ち悪く絡みついた。

ヒミズの恋 第三話 我が道は穴倉(1)

  • 2015.03.25 Wednesday
  • 12:41
JUGEMテーマ:自作小説
客の少ない昼間の銭湯で、小さなカウンターに立って時計を見上げる。
時刻は12時15分。ちょうど昼飯時のこの時間は、一番客が少ない時間でもある。
退屈なあくびを噛み殺し、カウンターを横切って浴室に向かう客に頭を下げた。
「ごゆっくりどうぞ。」
顔なじみの客は手を挙げて男風呂の暖簾をくぐり、角を曲がって消えていった。
「はあ・・・・暇・・・。」
首を回して肩を揉み、まったく針が進まない時計を睨みつける。
ここはスーパー銭湯の店舗に入っているボディケアの店で、美容エステや垢スリも行っている。
休日ともなればそれなりに客が入るけど、平日の昼間は死にそうなほど退屈だった。
かといってカウンターで退屈そうな顔をするわけにもいかないので、それなりに表情を引き締めておかないといけない。
客が増えるのは夕方から。その時まではとにかく暇を持て余すから、何を考えて時間をやり過ごそうかと悩んでいた。
「ここへ来て一年か・・・。そろそろ辞め時かなあ・・・・。」
思わず本音が出て、店長に聞かれていなかいか警戒した。
しかしあのおたふく団子みたいな店長は、客のいないベッドの上で居眠りをしているだけだった。
「・・・いい身分よね、こっちは退屈で死にそうなのに。それに客が来ないと給料も出ないし。」
私は正社員ではない。委託社員という、なんとも微妙な肩書だった。
私の給料は時給でも月給でもなく、施術を施した客の売り上げから、50パーセントが懐に入るというものだ。
だから客が来なければ給料はゼロなわけで、出勤してから二時間半、私の給料は一円も発生していない。
「どうせ暇な時間帯なんだから、店番なんか一人でいいのよ。委託社員なんて、結局は経営者に都合がいいだけじゃない。」
これが時給制のアルバイトなら、ボケっと突っ立っているだけでも給料が発生する。
しかし委託業務となると、ボケっと突っ立ているだけでは一円にもならない。
だから暇な時間帯に三人も従業員を置いても、会社は痛くも痒くもないわけだ。だって人件費が発生しないんだから・・・。
「やっぱりここへ来たのは間違いだったかな?仕事自体は面白いんだけど、こうも暇で儲からないんじゃ、続ける意味も無くなるって感じだし・・・。」
あまりの退屈にとうとうあくびが出てしまい、しまったと思って口元を押さえる。
すると目の前を誰かが通り過ぎて行き、「お疲れ様です」と頭を下げた。
「あ・・ああ!お疲れ様です!」
私は畏まって頭を下げ、咄嗟に笑顔を作ってみせた。なぜなら、目の前を通り過ぎたのは、このスーパー銭湯の店長さんだったからだ。
名前は飯田といって、まだ若いのに有能な店長さんだった。
飯田さんはサッと私の前を通り過ぎ、奥へ続く通路を歩いて、バックヤードに消えていった。
「・・・髪切ったんだ。短い方が似合ってるな。」
前はロン毛とは言わないまでも、かなり髪が伸びていた。それはそれで似合っていたけど、今の短い髪型のほうがよほどカッコイイ。
飯田さんが消えた方をしばらく見つめていると、ふと人の気配を感じて振り向いた。
「これ、マッサージかなにか?」
地味なポロシャツにスラックス姿のおじさんが、興味深そうに尋ねて来る。
どうやら一見の客が、うちの看板に興味を持ったらしい。
私は咄嗟に笑顔を作り、軽く会釈をして説明していった。
「こちらはボディケアのお店になります。お客様に癒しとリラクゼーションを提供するサービスです。」
「ボディケア?マッサージじゃないの?この看板の写真にマッサージしてる人が載ってるけど?」
「こちらは民間療法になりますから、マッサージとは名乗れないんですよ。でも技術自体はマッサージ師にひけを取らな・・・・、」
「素人?」
「え?」
「だから素人なんでしょ?マッサージの資格を持ってないんでしょ?」
「・・・はい。」
おじさんはしかめ面で睨んできて、私は愛想笑いで返す。こういうツッコミはもう何度も経験していて、さして腹が立つこともない。
私は落ち着いたまま、淡々と説明していった。
「確かにマッサージ師の資格は持っていませんが、お客様に満足していただけるサービスを行っております。
それに料金もマッサージのお店よりはお安くなっていまして・・・・、」
「そりゃそうだろ。素人にプロと同じ料金なんか払えないよ。」
おじさんは馬鹿にしたように笑い、手を振って去って行った。
「・・・・そんなにマッサージにこだわるなら、高い金払ってそれなりの店に行けっての。」
小さく悪態をつき、再び訪れた退屈な時間を乗り過ごす。
やがて休憩に行っていた先輩が帰ってきて、受付を代わってもらう。
もう何年もこの仕事を続けている男の先輩は、少し薄くなっ頭を撫でながら尋ねて来た。
「誰か来た?」
「いえ、暇なままです。」
「まあ平日だし仕方ないよな。休憩行っといでよ。ついでに戻ってくるときに乾燥機からタオルを持って来て。」
「了解です。それじゃ休憩頂きます。」
頭を下げてフロントを後にし、奥へ続く通路を通ってバックヤードに向かった。
「別に休憩するほど疲れてないのが悲しいな・・・。」
ドアを開けてバックヤードに入り、忙しく動き回る銭湯のスタッフに頭を下げる。
「お疲れ様です。」
「お疲れです。」
最近入った若い男の銭湯スタッフが、慣れない様子で挨拶を返してきた。
ここは銭湯のスタッフと共同の休憩所なので、こちらは新人のバイト君にも気を遣って挨拶をしないといけない。
若いバイト君はいくつものサウナマットを抱えて、よろめきながら浴室へと続くドアを潜っていった。
「いいな、あっちの方がやる事が多くて退屈しなさそう。」
羨ましく思いながら奥へ歩き、殺風景なテーブルの椅子に腰を下ろした。
「はあ・・・全然お腹減ってない。でも食べとかないと。」
よっこらしょっと立ち上がり、ロッカーから総菜パンとお茶を取り出す。
そしてケータイを片手にパンを齧り、どうでもいいネットのニュースを流し見していった。
「中東で人質事件、人身売買が目的か?」
ざっと時事ネタを読み飛ばし、その後は芸能人の恋愛だの、芸をするアルパカだのどうでもいい記事を眺めていった。
そしてあっという間にパンを食べ終え、お茶を流し込んでケータイを閉じた。
はっきり言って、この場所は息が詰まる。あまりに殺風景すぎて落ち着かないし、何より銭湯のスタッフに気を遣う。
私はいつものように自販機でアイスを買い、外の喫煙所に向かうことにした。
別にタバコは吸わないけど、中にいると気が滅入るのだ。外の空気を吸って、しばらくぼんやりしたかった。
それに・・・外の喫煙所に向かうには、もう一つ理由がある。私は彼がいることを期待して、ゆっくりと外へ出るドアを開けた。
「・・・・・お疲れ様です。」
「ああ、お疲れ様です。」
飯田さんは灰皿の横に腰を下ろし、タバコを吹かしながら小さく笑った。
うん・・・やっぱり短い髪の方が似合う。端正なようでけっこう濃い顔立ちをしているから、こういう爽やかな髪型の方が絶対にいい。
「またアイスですか?」
「はい、好きなんですよ。」
「美味しいですよね、セブンティーンアイス。僕も子供の頃はよく食べましたよ。」
飯田さんはカップのコーヒーに口を付けながら、私のアイスを見てニコリと笑った。
《これ!この人普段は難しい顔してるけど、笑うと可愛いんだよ・・・。》
私は小さく会釈をしながら、飯田さんからやや離れた場所に座った。本当はもっと近くに座りたいけど、そういう仲でもないので、そういう風には座れない。
アイスを舐めながら、横目でチラチラと飯田さんを窺う。向こうもスマホを片手にタバコを吹かしていて、私の方はチラリとも見ない。
だから私もケータイを取り出し、あなたを意識していませんよという雰囲気を装った。
本当は飯田さんのことが気になって仕方ないのだけど、それを表に出せない辺りが私の意気地なしなところだ。
でも・・・しばらくこうしていれば、向こうから話しかけてくれる。それは単に気を遣ってか、それとも沈黙が気まずいだけか?
もし私のことが気になるからというのなら嬉しいんだけど、そこまでは相手の気持ちは推し量れない。
今はただ・・・飯田さんから話しかけられるのを待つだけだ。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
来ない・・・。いつもならとっくに話しかけてきているのに、今日はスマホから顔を上げようともしない。
もしかしたら、この前の事が気になってるのかな?
数日前に、ここの銭湯で子供が意識を失って死にかけた。飯田さんの迅速な対応で事無きを得たけど、あれ以来じょじょに覇気を失くしているような気がする。
やっぱりこの店の責任者として、大きな責任を感じているのかな?
休憩時間の終わりが迫り、私はちょっとだけ焦り始める。別に今日話せないからといって、二度と喋る機会が無いわけじゃない。
明日も、それに明後日も・・・、いや、明後日は私が休みか。でもとにかく、まだまだ飯田さんと喋れる機会はあるのだ。
だから・・・・だからいつか、こっちから話しかけて、少しでも距離を縮めないといけない。
相手が動くのを待っているばかりじゃ、恋は叶わないのだから。
アイスはとっくに食べ切っていて、興味も無いのにケータイの画面を睨む。しばらくそうしていると、飯田さんはふと立ち上がってタバコを消した。
そして何も言わないまま、スタスタと歩いて中へ戻ってしまった。
それを見て、これはどうも変だなと思った。いつもなら必ず「お疲れ様です」と挨拶をしてから去るのに、今日は無言のままだった。それもチラリとも私の方を見ないで。
「やっぱり・・・この前の事故のことを気にしてるのかな?もしかして・・・あれが原因で他の店に飛ばされたりして・・・。」
何の気なしに呟いて、もしそうだったとしたらと焦った。
飯田さんとはこの店にいるから喋る機会があるわけで、もし他の店へ行かれたら、もう話す機会は二度と無くなってしまう。
いくら会いたいと思っても、こっちから押しかけられるような仲じゃないのだから。
その日の私は、仕事でミスを連発した。料金を間違えて客に怒鳴られ、乾燥機からタオルを持って帰らずに先輩に嫌味を言われ、さらに店の看板を倒してヒビを入れてしまった。
それもこれも、全部飯田さんのせいだった。もし彼が転勤してしまったらどうしようかと不安で、ロクに仕事に身が入らなかったのだ。
仕事を終えて家に帰ると、狭いワンルームの部屋で悶々と考えた。
奮発して買った低反発枕に顔を埋め、これからどうやって飯田さんにアプローチしようかと悩んでいた。
「もし本当に転勤になっちゃうとしたら、早く行動を起こさないといけない・・・。
でも・・・・こっちはほとんど飯田さんのことを知らないから、どう近づいていけばいいのか分からないな・・・。」
自分でそう言って、その言葉がおかしいことに気づく。
「いや・・・こっちを知らないのは向こうも同じか。ていうか、知りたいとすら思ってないかもしれないけど。」
一旦そう考え出すと、もうネガティブな思考が止まらない。まるで堰を切った濁流のように、延々と嫌な想像が浮かんでくる。
もしかしたら、飯田さんには彼女がいるのかもしれない。いや、彼女どころか、実は妻帯者だったりして・・・。
それで子供もいて、休みの日には家族で出かけたり・・・。
でも指輪はしてないから、結婚の可能性は低いな。けど仕事中は邪魔だから外す人だっているし、それだけじゃ判断出来ないか。
だいたいもし結婚していなかったとしても、私に興味を持つとは限らない。こんな地味な女なんか、まったくタイプじゃないかもしれないし。
喫煙所で一緒になるのだって、本当は嫌だったりして。今日話しかけてこなかったのだって、私をウザいと思ったから・・・・。
溢れだしたネガティブな感情は留まるところを知らず、私の淡い恋心までも浸食していく。
こういう暗い感情の流れは、今までに何度も経験していた。せっかく好きな人が出来ても、後ろ向きな考えばかりが浮かんできて、行動を起こすことが出来ない。
そしてあれやこれやと無駄な時間を過ごしている間に、相手はさっさと彼女を見つけてしまうのだ。
恋は自分から動かないと叶わないことは知っているけど、残念ながら私には勇気がなかった。
恋でも、夢でも、そして仕事でも、いざという場面では必ず二の足を踏んでしまう。だから・・・・本当に欲しいものは、一度も手に入ったことがない。
まあ、私の人生なんてそんなものだと諦めれば楽なんだろうけど、そこまで達観するにはまだ早すぎる気もする。
進んでは戻り、戻っては進み、ネガティブとポジティブな思考の応酬は、風呂を上がって眠りにつくまで続いた・・・。

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