VS変人類〜占い 師観月の挑戦〜 最終話 占い師VS変人類
- 2015.12.19 Saturday
- 14:21
目の前には杉原と高司もいて、同じようにコーヒーを飲んでいた。
見慣れた友達の顔も、俺の心に安らぎを与えてくれる。持つべきものは友だなと、感慨深く窓の外を見つめた。
「そういやあそこにいた呪い女、いつの間にかいなくなってたな。」
杉原がコンビニに目を向けながら言う。
「まあそのおかげで、またここへ来れるようになったんだけどさ。お前なんか知ってる?」
そう聞かれた高司は「知らねえよ」と答えた。
「クビにでもなったんじゃねえの?」
「やっぱそうなんかな?全然見ねえもんな。」
「そりゃ仕事中に猫に餌やったりしてたらクビになるだろ。」
「もう二度と関わりたくないタイプの女だったな。」
「顔は可愛かったけどな。でも性格があれじゃ男は出来ないだろ。」
「アレ、処女かね?」
「じゃないの。だって男がいそうな感じしなかったし。」
二人はコンビニに目を向けながら、あの女について語り合う。
そして「お前はどうよ?」と杉原が尋ねてきた。
「あの女、男がいると思うか?」
「・・・・・・・・・。」
「どうしたよ黙り込んで?」
「別に。」
「歳は幾つくらいかね?俺はけっこういってると見てんだが。」
「19。」
「19?あれが?」
杉原は口をすぼめ、高司と目を合わせる。
「あれが19はないだろ。30手前くらいに見えるぞ。」
「俺もそう思う。若くても20代の半ばくらいだろ。」
「19。」
「ほんとかよ・・・・?」
「ほんと。19で間違いない。」
「マジかよ・・・・・とてもそんな風に見えねえ。」
杉原は納得がいかないという風に目を細める。すると高司が「まあコイツが言うんなら間違いないんじゃないの」とフォローした。
「コイツ、女を見る目だけは確かだからな。」
「まあ・・・・そうだな。ていうかそれで食ってるようなもんだし。」
「占い師よりホストに向いてるよな。」
「いやあ・・・どうかな?あの世界って上下関係がキツイらしいから、コイツには向かねえだろ。」
「ああ、確かに。」
「でもこの女たらしが言うなら、やっぱり19なのかもな。」
「そんな若いのに、あんな電波な性格とはな。顔が可愛いだけに不憫だよ。」
「ならお前がもらってやれよ。」
「なんでだよ?彼女いるっつうの。」
「でも浮気されたんだろ?ていうかお前二番目だったじゃん。」
「・・・・・・・・・・・。」
「あ、マジでへこんだ?」
「それ言うなよ・・・・・こう見えてもかなりショックだったんだから・・・・。」
高司は落ち込み、「女って分かんねえ・・・」と呟いた。
「まさか他に男がいたなんて・・・・、」
「もう別れろよ。ていうか別れるべきだ。」
「んなこと分かってんだよ。でもなあ・・・・めちゃくちゃ可愛いからな・・・・、」
「顔だけで選ぶなら、あの呪い女でもいいじゃん。」
「いや、さすがにアレはちょっと・・・・、」
「なら今の女とも別れろよ。でないとずっとATMにされるだけだぞ。」
「でも可愛いから・・・・、」
「だったら呪い女でもいいじゃん。」
「アレはちょっと・・・・、」
「なんで?顔もスタイルも良かったじゃねえか。面食いのお前なら性格なんて二の次だろ。」
二人は電波女と付き合えるかどうかの話題に移り、かなり盛り上がっている。
俺はタバコに火を点けながら、「彼氏ならいるぞ」と答えた。
「ん?何が?」
杉原が目を向ける。俺はもう一度「彼氏ならいる」と答えた。
「あの女に?」
「そう。」
「マジかよ?」
「芸術家の卵と付き合ってる。」
「芸術家の卵?えらい具体的な推測だなオイ?」
「写真のモデルになったのがキッカケだ。お互いに変人だから、何か通じ合うものがあったらしい。」
「そ・・・・そうなのか。まるで見て来たような言い草だな。」
「見てはいない。でも知ってはいる。」
そう答えると、杉原は「おいおいおい・・・・」と身を乗り出した。
「お前・・・・とうとうオカルトに染まり始めたか?」
「なんで?」
「だって見てないのにどうして分かるんだよ?霊視でもしたのか?」
「しなくても分かる。」
「なんで?」
「これがあるから。」
俺はスマホを取り出し、銀鷹君から送られてきたLINEを見せた。
そこには電波女と一緒に写っている銀鷹君がいた。
仲良さそうに寄り添い、頭をくっ付け合っている。
そして写真の下に、『付き合うことになりました!』とメッセージが添えてあった。
それを見た二人は「何これ!?」と叫んだ。
「おい!なんだこりゃ!?」
「呪い女が満面の笑みでピースしてる・・・・・逆に怖い。」
二人はまじまじと写真を見つめながら、信じられないという風に目を寄せ合っていた。
「その二人、俺が占った客だ。」
「マジで!?」
杉原が目を見開いて驚く。
「このインディアンみたいなオッサンと、あの呪い女を占ったのか?」
「まあな。ちなみにインディアンの方はオッサンじゃない。また17のガキだ。」
「ああ・・・なるほど・・・これがお前の言ってた変人どもってわけか。」
「他にも変人はいるぞ。若ハゲの霊能力者に、男みたいな女と結婚してるマッチョマン。どいつもこいつも俺の自信を打ち砕きやがった。」
「ならこの二人も・・・・・、」
「ああ。どっちも俺を苦しめた強敵だ。みんな理解不能な連中だよ。」
「・・・・そうか。あの呪い女みたいな客ばっかりだったら、そりゃ自信も失うわな。」
「さっきその女の歳を当てたけど、それは本人から聞いたことだ。」
「そうなの?」
「俺の見立てじゃ、30手前のバツイチだったからな。」
「え?この女バツイチなの?」
「なわけねえだろ。まだ19だぞ。」
「なら何一つ当たってねえじゃん。」
「うむ、見事にな。」
「いや、偉そうに言うなよ。」
杉原は椅子にもたれかかり、「それ致命的じゃんか」と指をさした。
「お前の占いって、女を見抜く眼力がものを言うんだろ?そんでペラペラ屁理屈並べ立ててさ。」
「屁理屈は余計だ。」
「でもその眼力が衰えてきたとなると、これはやっぱり致命的なんじゃ・・・・、」
「違う、衰えたんじゃない。通用しない相手がいるってことだ。」
タバコを吹かしながら、コンビニの方に顔を逸らす。わざとらしく目を細め、「世の中ってのはなあ・・・・」と切り出した。
「俺が思う以上に変わった奴らがいる。しかも意外と多い。」
「占いに来る時点で、そうまともじゃないだろ。」
「んなことねえよ。悩みを持ってる奴は、けっこう来たリするんだ。」
「でもこの先変人の客が増えるとなると、それは困るよな?」
「・・・・変人も困るけど、それ以上に困ってることがある。」
「何?」
「女を見抜く俺の眼力・・・・・今まで正しかったのかなって疑ってるんだ。」
真面目な顔でそう言うと、二人は顔を見合わせた。そしてワンテンポ遅れて「だははははは!」と笑った。
「なんだよお前!すんげえ自信失くしてるな。」
「よっぽど変人どもが強烈だったんだよ。だからこんなに落ち込んでんだ!」
二人はなぜか爆笑し、涙目でコーヒーをすする。
俺はタバコの煙を飛ばして、「何がおかしい?」と睨んだ。
「いや・・・・だってさ。お前の女を見る目は悪くないよ。」
「そうそう、実際に結婚まで漕ぎ着けたカップルだっているわけだし。」
「ならなんで笑う?俺は本気で落ち込んでんだぞ。」
そう言ってまた煙を飛ばすと、杉原は「それで最近サボってたんだな」と頷いた。
「お前、もう一カ月くらい占いをやってないんだろ?」
「自信がない。何言ってっも屁理屈にしかならないような気がするんだよ。」
「いや、元々屁理屈だから。」
「でもそれなりに筋の通った屁理屈だ。だけどそれが変人には通用しない。商売上がったりだよ。」
「ならここらで転職するか?今ならウチで整備士を募集してるぞ。」
「・・・いや、いい。」
「なんで?もう26なんだし、そろそろ本気で人生考えないと。なあ?」
そう言って高司に同意を求めると、「まあそうだな」と頷いた。
「30過ぎたら就職だって難しくなるわけだし、ここらで地に足のついた職を見つけた方がいいんじゃね?」
「だよな?俺もそう思う。」
「二年も自分の好きなことやってきたんだぜ?もうそろそろ本気で人生考えても良い頃だろ。でないとお前自身が変人になっちまうぞ。」
「まあそうなったらなったで面白いけどな。あの呪い女みたいな奴とくっ付いたりして。」
「それはそれで見てみたいな。こいつらな案外上手くやるかも。」
二人は勝手な話題で盛り上がり、俺の意見などそっちのけだ。
でもまあ・・・・そう言われても仕方がない。杉原も高司も固い職に就いてるわけで、こいつらからしたら俺なんて遊んでる風にしか見えないだろう。
だけど俺にだってまだ信念はある。
自信は失ったけど、でも逃げる気にはなれない。
むっつり黙ったままタバコを吹かしていると、「そういえばさ」と杉原が口を開いた。
「ちょっと前のことなんだけど、俺らの周りを嗅ぎまわってる奴がいたんだよ。」
「嗅ぎまわる?」
突然気になることを言い出し、思わず顔をしかめた。
「なんか頭の禿げたオッサンでさ、仕事場とか家の周りをウロウロしてんだよ。そんで一度だけ話しかけられたことがある。」
「・・・ほう・・・・頭の禿げたオッサンねえ・・・・。」
天井に煙を飛ばし、ポワっと輪っかを作る。
すると高司も「お前もか!」と驚いた。
「実は俺んところにも怪しい奴が来たんだよ。なんかこっちのことをジロジロ見てさ。気味悪かったな。」
「マジかよ・・・お前もかよ。」
「あれさ、もしかして探偵か何かじゃね?」
「ああ、なるほどな。誰かの浮気を調べてたとか?」
「可能性はあるだろ。」
「でもそうなると、俺とお前の共通の知り合いを調べてたことになるよな?でないと俺らん所に来ないだろうから。」
「俺とお前の共通の知り合いかあ・・・・。けっこういるから分かんねえな。」
「でも探偵が調べるなら、やっぱり浮気調査だろ。だったら結婚してる奴だ。」
「俺とお前の共通の知り合いで、なおかつ既婚者・・・・。何人か思い当たるな。」
「ほら、木根とか浮気しそうじゃね?あいつけっこう女遊びが酷いから。嫁さんには隠してるらしいけど。」
「かもな。でも園田も怪しいな。あいつ昔っから性欲の塊みたいな男じゃん?一人の女で満足してるとは思えない。」
「そう考えると、どいつも怪しく思えてくるな。」
「まあなあ・・・。でも浮気しない奴の方が少ないんじゃね?俺だって彼女に浮気されてたわけだし。」
「いや、お前のは浮気とは言わない。ただの金づるって言うんだ。」
こいつらは女みたいにコロコロ話題を変えやがる。
俺は短くなったタバコを消しながら、「それは探偵じゃねえよ」と答えた。
「多分そいつは占い師だ。」
「占い師?」
「自称霊能力者のな。」
「霊能力者なんてみんな自称だろ。」
杉原は馬鹿にしたように笑う。
「あ、そういえばお前ん所にも霊能力者がいるんだろ?」
「隣にな。まだ25なのに禿げ散らかしてる。」
「25でハゲか・・・・辛いもんがあるな。」
「同情は不要だぞ。だってお前らの周りを嗅ぎまわってた怪しい奴ってのは、多分そいつだ。」
そう答えると、二人して「マジで!?」と驚いた。
「マジマジ。ていうかあのハゲしか考えられない。」
「でも・・・なんでそんな事すんだよ?」
「多分俺の情報を集めてたんだろ。」
「お前の情報?・・・・・それ、まさかストーカーされてるんじゃ・・・・、」
「違えよバカ。霊能力の下準備だ。」
「霊能力の下準備?なんだそれ?意味分かんねえ。」
「ホットリーディングって言ってな。霊能力者とか超能力者がよくやる手法なんだよ。
事前に相手のことを調べておいて、その情報を元に霊視や占いをするんだ。そうすりゃいくらでも相手の事を当てられるだろ?」
「ああ、なるほどね。下準備ってそういう意味か。」
「テレビに出てる霊能力者とかがよくやる手法らしいぜ。」
「ふうん、占いもけっこう手間が掛かるんだな。普通の仕事やった方が効率的じゃね?」
「名前が売れれば大金が手に入るからな。やるだけの価値はあるんだろうぜ。」
「なるほどねえ。でもさ、なんでお前がそのホットリーディングとやらをされてたわけ?占い師が占い師を占っても意味ないだろ?なんか事情でもあるのか?」
「さあな。でも嫌われてるのは間違いない。元々反りが合わなかったし、俺もあのハゲのことは嫌いだ。」
「ならそのホットリーディングってやつで情報を集めて、お前に嫌がらせでもしようとしてたってわけか?」
「みたいだな。まあ失敗に終わったけど。」
「大変だな、占い師の世界も。どこ行ったって競争社会なのは変わらないってことか。」
「そういうのとは違う。ただ単にあいつが俺のこと嫌ってただけだ。」
憎きあのハゲの顔を思い出しながら、新しいタバコを咥える。
カチリと火を点け、天井に向かって煙を飛ばした時、高司のケータイが鳴った。
「あ!」
「どした?」
「仕事用のケータイなんだよこれ。出たくねえなあ・・・・。」
「出なきゃいいじゃん。」
「そういうわけにもいかないんだよ。」
「なんで?嫌なら無視すりゃいいだろ。」
煙を飛ばしながら言うと、「あのな・・・」と睨まれた。
「俺は人に雇われる身なの。自由気ままなお前とは違うんだよ。」
「さいですか。」
「ちょっとすまん。」
そう言って席を外し、外へと出て行く。窓から様子を眺めていると、ケータイ片手にお辞儀をしていた。
「大変だなあいつも。」
「まあ営業職だからな。最近は土日だってけっこう働いてるぜ。」
「休日出勤ですか、精が出ることで。」
「まあ高司には向いてるよ。あいつけっこう人当たりがいいし、俺らん中で一番体育会系だし。だから契約だってけっこう取ってるみたいだし、少々のことでへこたれないし。」
「それは言えてるな。あいつのメンタルは鉄とまでは言わなくても、ステンレスくらいは硬そうだ。」
「営業は向いてる人間には天職だっていうからな。ノルマさえ上げりゃ給料も比例するし。」
「出来高制か。なら俺の仕事と似てるな。」
「技術職なのは俺だけだ。」
「おい、占い師だって技術職だぞ?」
「屁理屈こねるだけの仕事で何言ってんだ。技術職ってのは、何かを生み出す仕事のことなんだよ。」
そう言ってスパナを回す振りをして、「俺みたいな仕事が技術職だ」と胸を張った。
「どこが?イカれた車直してるだけじゃねえか。」
「直さなきゃ走れないだろ?死ぬかもしれない車を復活させてんだ。充分にクリエイティブだろが。」
「クリエイティブって。お前からそんな言葉が出るとは思わなかった。」
「ふん、何とでも言え。俺はこの仕事に誇りを持ってんだ。」
「昔っから車好きだったもんな、お前。」
「まあな。ずっと好きなもんに触れられるってのは幸せなことだ。」
そう言ってグイっとコーヒーを飲み干し、「んじゃ俺も行くわ」と立ち上がる。
「お前も?」
「午後から仕事なんだよ。」
「みんな休日出勤だな。もっと日曜を大事にしろよ。」
「そうしたいけど、この不況じゃ休んでる方が損だ。それに車イジッてる時は幸せだし、別に嫌々行くんじゃねえよ。」
テーブルの伝票を摘まみ、「ここは奢るわ」とカウンターへ向かう。
そして急に振り返って、「お前はいつまでサボってんだ?」と尋ねた。
「何が?」
「占いだよ。もうこのまま行かないつもりか?」
「さあ、分かんね。」
「でも一カ月も休んでんだろ。あんまりサボってると、客だって離れて行くんじゃねえか?」
「ちょっと考える時間が欲しいんだよ。」
「そうか。まあお前の仕事のことだからな、納得いくまで悩んだらいいけど。」
そう言って「でもマジでヤバくなったら言えよ」と指をさした。
「俺ん所ならいつでも募集してる。本気でやる気なら、俺が一から車のこと教えてやるから。でもその代わり根性はいるぞ。」
「なんだよ?今日はえらく優しいな。」
「これでも一応お前を心配してんの。高司だって同じだぜ。」
「そうなの?」
「そりゃ占い師なんて不安定な仕事してんだ。いつどうなってもおかしくねえだろ。」
「気持ちはありがたいけどな、でも同情はいらん。お前らに心配されるほど落ちぶれてないしな。」
「そんな減らず口が叩けるんならまだ大丈夫だな。」
杉原は笑いながら会計を済ませ、「そんじゃまた」と手を挙げる。
俺も「おう」と返すと、コンコンと窓がノックされた。
見ると高司が《すまん》と言いたそうな表情で、手を拝むようにしていた。
ケータイを指さしながら、『し・ご・と』と口の動きで伝える。
「お前もか。またな。」
手を挙げて言うと、高司も手を挙げて応える。そして足早に車の方へと去って行った。
「みんな忙しいねえ。」
冷めたコーヒーをすすりながら、一人タバコを吹かす。
「やっぱあいつらからしたら、俺も変人の部類なんかな?でも俺なんかよりももっと変人がいるわけで、だったら俺は何だ?
普通の奴でもない、かといって変人でもない。いったいどこに位置してるんだろうな?」
一人呟きながら、店の中を見渡す。
すると離れた席にポツンと座る美人がいて、思わず見つめた。
《すんごい美人だな。しかも日曜の昼時に、一人で喫茶店に来て本を読んでる。映画とかドラマの中でしか見たことないけど、ほんとにあんな奴がいるんだなあ。》
物珍しく見ていると、ついつい俺の目が疼き出す。
あんな美人が、休日に一人で本を読んでいる。しかもわざわざ喫茶店で。
いったいどういう理由でここへ来て、どういう理由で一人で本を読んでいるのか?
歳は幾つだ?恋人はいるのか?結婚は?子供は?
どんな性格で、どんな思考の持ち主で、どんな仕事をしていて、どんな人生を歩んでいるのか?
無意識に分析を始め、気がつけば占いモードに入っていた。
《・・・・ああ、なるほどね。俺もあいつらと同じだわ。仕事の日でもないのに、仕事をしようとしてる。
これってつまり、仕事を仕事と思ってないってことだ。これをやる事こそが、自分の人生だって思ってるんだな。》
俺は変人か?それとも普通の人間か?
それは分からないけど、でも確かなことがある。
俺もこの先も占い師を続けていたいってことだ。
色んな変人に当たって自信を失くしていたけど、でもそんなものはまた取り戻せる。
これこそが自分の仕事なんだって思えるなら、辞める理由なんて一つもないんだから。
《自信くらいいくらでも取り戻せる。でも天職を捨てたら一生後悔する。》
杉原も高司も、そろそろ本気で人生を考えろと言うが、本気で考えるからこそ普通の仕事には就けない。
俺は本を読む女を見つめながら、もし彼女が客として来たらどうしよかとシュミレーションした。
すると向こうもこちらに気づき、ふと目が合ってしまった。
俺は笑顔で軽く頭を下げる。
女は訝しそうに眉を寄せていたけど、やがて読書に戻った。
《歳は27ってところかな。彼氏はいない、でも男性経験がないわけじゃなさそうだ。見た目は大人しそうだけど、でも芯はブレないタイプと見た。
思ったことはそのまま口にせず、一度頭の中で整理してから喋りそうな感じだな。そうするのは思慮深いからっていうのもあるけど、多分相手を気遣ってのことだ。
でもそれって逆に言えば、大抵の相手は言い負かせるほど弁が立つってことでもあるよな。格闘技やってる奴が、素人と戦う時は手加減するみたいな感じで。》
冷めたコーヒーをすすり、さらに観察を続ける。
《こういうタイプの女は、残念ながら男には縁が少ない。顔は良いし、性格も悪くなさそうだけど、男って自分よりも弁の立つ女なんて敬遠するからな。》
弁が立つということと、口喧嘩が強いということは別で、口喧嘩が強いだけの女なら、男はそこまで敬遠しない。
しかし理詰めで弁が立つ女というのは、男にとってはある種の天敵だ。
感情論で負ける分にはいいけど、理論や知性で負けると男の立つ瀬がなくなるからだ。
《そういうのを情けないって言う女もいるけど、じゃあ果たしてそういう女は、自分よりもファッションセンスが良くて、自分よりも綺麗な顔した男と付き合えるかって話だ。
男には男のプライドがあって、女には女のプライドがある。どっちのプライドも異性に突かれると嫌なもんだから、相手を立てない奴は男女共に嫌われる。
悪いけど、本を読んでるあの女はそういうタイプだな。自分じゃセーブしてるつもりでも、男のプライドを逆撫ですることが多そうだ。
電波女ほどじゃないにしても、彼女もある種の変人と言ってもいいかもしれないな。》
そう分析していると、マスターがこちらに歩いて来た。
ちょっと薄くなった頭をテカらせながら、「観月君さ」と呼んだ。
「今あそこに座ってるお客さんなんだけど・・・・、」
「ああ、あの本を読んでる人?」
「あの子ね、最近よく来るんだけど、どうも悩んでるらしいんだよ。」
「悩んでる?何を?」
「その・・・・仕事も恋愛も上手くいかないらしくて、その原因が分からないんだとさ。」
「へえ、そうなんだ。」
「でね、僕・・・・・勝手なこと言っちゃったんだよね。」
「勝手なこと?」
マスターは申し訳なさそうな顔をしながら、「実は・・・」と切り出した。
「ウチの常連に、ものすごく当たる占い師がいるって言っちゃったんだよ。その人は日曜に来ることが多いから、もしよかったら占ってもらったらって。」
「ああ、そういうこと・・・・。」
「店に誰もいないと、よく僕に話しかけてくるんだよ。どうして自分は上手くいかないんだろうって。でもそれがいったん始めると、もう長いのなんのって・・・・。」
マスターは辟易としたように言って、クシャっと顔を渋らせた。
「ならマスターはこう言いたいわけだ?あの子に捕まると、延々と愚痴を聞かされて仕事にならないと。」
「まあそんなところ。大きな声じゃ言えないけどさ。」
「それをどうにかする為に、俺を引き合いに出したと?」
「だって観月君占い師なんでしょ?だったらあの子を見てあげてよ。もし満足すれば、延々と愚痴ることもなくなるだろうから。」
そう言ってマスターは「この通り!」と手を合わせた。
「もし上手くいったら、コーヒー奢ってあげるからさ。」
「それ、全然占い料に足りないんですけど・・・・、」
「そう言わずに。顔馴染みのマスターの頼みだと思って・・・・この通り。」
マスターは何度も拝むように手を合わせる。俺はタバコを消しながら「いいよやっても」と立ち上がった。
「でも最近ちょっと失敗続きでさ、上手くいくか分からないよ?」
「いいのいいの。あの子に観月君を紹介するって言っちゃった手前、何もしないわけにはいかないから。」
「いい加減な・・・・・。」
残ったコーヒーを飲み干し、水で口直しをする。心の中で《よっしゃ!》と気合を入れ、読書女の元に向かった。
「どうも、占い師の観月真一と言います。」
笑顔で自己紹介しながら、向かいの椅子に座る。
女は少し緊張していたが、「草木恵梨香です」と頭を下げた。
「仕事や恋愛で悩んでるんだってね。マスターから聞いたよ。」
「ええ・・・・少し・・・・、」
女は目を寄せながら、まじまじとこちらを見る。俺の発する一言一句の奥に、いったいどういう意図があるのか?それを見抜こうとしているのがバレバレだった。
《そんなに相手を探ってちゃ、仕事も恋愛も上手くいかないのは当たり前だっての。もうちょい肩の力を抜いたらいいのに。》
こういう手合いには、まず相手を有利に立たせる必要がある。正確には、主導権はあなたにありますよと錯覚させるのだ。まあ実際は俺が手綱を握ってるんだけど。
でもそう錯覚させる為には、相手の警戒心を解かないといけない。
だから俺は、あの変人どものことを語ってやった。
多少誇張しながら、身振り手振りを交えて。
女は驚き、笑い、そして感心している。
《うんうん、変人のエピソードに共感を抱いているみたいだな。通じるもんがあるってことは、こいつもやっぱり変人なんだろう。だったらこれはリベンジだ。この先、俺が占い師としてやっていけるかどうか・・・・この女で試してやる。》
自信はないけど、俄然やる気は出てくる。
銀鷹君、マッチョマン、オカルト占い師、そして電波女。変人は変人で真面目に生きていて、それだけはちゃんと伝わってきた。
それに高司や杉原のように、普通の奴らも真剣に生きている。
だったら俺も、真剣に生きねばなるまい。まだどっちの人種か自分でも分からないけど、どっちにしたって真剣に生きていくしかないのだ。
女はだいぶ気持ちがほぐれたようで、ポツポツと自分のことを語り出した。
マスターの持って来たコーヒーに目を落としながら、綺麗な顔には似合わない辛辣が言葉が飛び出してくる。
決して暴言ではないが、相手の心を抉るような鋭い言葉だ。
《この女、まるでナイフだな。そりゃ敬遠されるっての。》
角砂糖を二つほどつまみ、カップの中にポチャリと落とす。
「ブラックもいいけど、たまには甘いやつも飲んでみたら?気持ちが和らぐよ。」
女のコーヒーにも砂糖を入れ、ゆっくりとかき混ぜてやった。
-完-