稲松文具店〜ボンクラ社員と小さな社長〜 最終話 誰かを照らす(4)
- 2016.06.04 Saturday
- 13:49
JUGEMテーマ:自作小説
『稲松文具に新社長誕生!!』
選挙の翌日、経済新聞の一面にデカデカとそう載った。
そこには俺の顔と名前も載っていて、「期待の若きホープ!」と書かれていた。
社長の椅子に座りながら、ニヤニヤその記事を眺める。
「う〜ん・・・・・いいもんだなあ・・・社長って。なんかこう・・・・いいよ、うん。何がって聞かれると難しいけど。」
稲松文具の最上階で、ゆったりと椅子に座る。
ちょっと偉そうに足を組み、葉巻でも咥えたい気分だった。
すると机の上の電話が鳴って、仰々しく受話器を持ち上げた。
「何の用かね?」
秘書からの内線電話を、カッコつけて応える。
『北川課長がお見えです。』
「うむ、通してくれたまへ。」
『かしこまりました。』
ウィーンとドアが開き、「おはようございます」と課長が入って来る。
そしてたくさんの書類を抱えながら歩いて来て、ペコリと頭を下げた。
「課長〜!」
立ち上がって駆け寄ると、課長はニコリと微笑んだ。
「俺・・・社長ですよ・・・・社長になったんですよ!」
歓喜に震えながら言うと、「もう何度も聴きました」と頷いた。
「俺ね、絶対にこの会社を盛り上げてみせますから!加藤社長みたいに立派な社長になって、みんなが満足できるような会社に・・・・、」
「ええ、それも何度も聴きました。」
「だからね課長・・・・この会社に残りませんか?俺と二人で頑張って、今よりももっと良い会社に・・・・、」
「そのお誘いも、昨日から何度も受けました。そして何度もこう答えているはずです。」
課長はニコリと微笑みながら、髪を揺らして首を傾げた。
「辞職を撤回するつもりはありません。」
「そ、そんな・・・・・考え直してくれませんか?」
「決めたことは決めたことです。」
「でも・・・・、」
「以前から決めていたことですから。」
「そこをなんとか!」
手を合わせて頼むと、「社長」とため息を吐かれた。
「ご自分の立場を理解して下さい。」
「へ?」
「あなたはもう平社員じゃないんですよ?部下に手を合わせて頭を下げるなんて・・・・みっともないです。」
「いや、課長は永遠に俺の課長なんです!身分とか関係ないですから。」
「関係あります。ここは会社なんですから。」
「それはそうだけど・・・・・、」
「もっと堂々と、そしてどっしりと構えていて下さい。」
課長は出来の悪いペットを躾けるように言う。
でも俺はどうにか食い下がった。
「な・・・なら長期休暇とかどうですか!?」
「長期休暇?」
「ええ。だって課長、以前の事件と今回の事件で疲れてると思うんです。だからしばらく休んだらどうかなあって。」
「もうすぐ辞めるのに長期休暇ですか?」
「だって有給とかたくさん溜まってるでしょ?いつも忙しくしてたから。」
「それはまあ・・・・、」
「ならここはパーッと有給を使っちゃいましょう!どっか旅行にでも行って、身体と心を落ち着けて。」
「はあ・・・・。」
「そうすれば考えも変わるかもしれないですから。」
「結局引き止めるのが目的なんですね?」
「いえいえいえ!課長の為を思って言ってるだけです。今まで頑張ってきたんだから、羽を伸ばして頂きたいなと。」
笑顔でそう進言すると、また「はあ・・・」とため息を吐いた。
「やっぱダメですか・・・・・?」
「そういうことではなくて・・・・、」
「なら・・・・どういうことで?」
「こういうことです。」
そう言って、両手いっぱいに持った書類の山を押し付けた。
「うお!重・・・・・、」
「それ、今日中に全て目を通して下さい。」
「え?この書類の山を?」
「社長たる者、現在の会社の状況を詳しく把握しておく必要があります。」
「これ・・・・全部会社の資料ですか?」
「そうです。それに経営についても学んでいただきます。」
課長はスケジュール帳を取り出し、「それを読み終えたら、経営の講座を受けて頂きます」と言った。
「講座・・・?」
「経営についての基礎知識や、会社を運営する上での法律のこと。それに経営とは何たるかを知って頂く為に、他の重役からみっちり教えを受けて頂きます。」
「ええ〜・・・・そんな・・・・、」
「全て必要なことです。しばらくは勉強が続くと思います。それもかなり大変な勉強が。」
「・・・・・・・・・・。」
「嫌な顔をしないで下さい。冴木社長は経営については素人なんですから、当然のことです。」
「・・・・・はい。」
「その間は私がお目付け役になりますので、ビシバシ鍛えさせて頂きます。」
そう言って懐から差し棒を取り出した。
そいつをビシッと突きつけ、「覚悟しておいて下さいね」と厳しい顔になった。
「勉強・・・・か。でも課長がお目付け役なら、常に一緒にいられるわけで・・・・、」
「ちなみに草刈取締役も付き添います。」
「えええ!あいつも!?」
「私だけでは大変だろうということで、気を利かせて下さったんです。」
「なんて余計な気遣いなんだ・・・・・。」
「はあ・・・」とため息をつくと、、目の前に差し棒を突きつけられた。
「顔を上げて下さい!」
「は・・・はい!」
厳しい口調で言われて、ビシッと背筋を伸ばす。
「これからはあなたが稲松文具のトップです。」
「いや、トップは会長なんじゃ・・・・、」
「でも実際に会社を取り仕切るのはあなたです。その為の社長なんですから。」
「まあ・・・そうですね・・・・。」
「これからは一切の甘えを許しません。しばらくゆっくり寝る暇もないこと、覚悟しておいて下さい。」
そう言ってピシっと差し棒を叩いた。
俺はがっくり項垂れながら、《社長って大変なんだなあ・・・・》と肩を落とした。
当たり前っちゃ当たり前だけど、こりゃ前途多難だ。
いつか加藤社長に追いつく日は来るのか・・・・ちょっと不安になってきた。
すると課長は「冴木君」と呼んだ。
「君はみんなに選ばれたの。だからそんな顔をしちゃダメ。」
「はい・・・・・。」
「ほら、顔上げて。」
そう言われて、俺はしょんぼりした顔を上げた。
「君の肩には大勢の社員の生活が懸かってるのよ。それを忘れないで。」
「そう言われると余計にプレッシャーが・・・・、」
「加藤社長みたいになるんでしょ?」
「なりたいです。なりたいですけど・・・・・なれるんですかね?」
自信のない声で言うと、「なれるよ」と返された。
「信じていればなれる。そして・・・・いつか彼を超えなきゃ。」
「超える・・・・。」
「憧れの人の背中を追うのはいいけど、でも追いかけるばかりじゃダメ。その背中を追い抜くつもりじゃないと、いつまで経っても追いつかないわ。」
「・・・・・・・・・。」
「だから私も協力する。短い時間しか残されてないけど、その時間は全て君の為に使うわ。」
そう言ってニコリと微笑み、「だから頑張ろう」と頷いた。
「君を鍛え上げることが、私の最後の仕事。」
「課長・・・・・。」
「いつか立派な社長になってくれるって信じてる。怪人の前でスピーチした言葉・・・・嘘じゃないって信じてるからね。」
拳を握り、目の前に突き出す。
俺は手に抱えた資料を置いて、その拳を見つめた。
「信じる・・・・。」
「うん。」
「信じてやれば、きっと出来る。」
「私も手伝う。」
「俺・・・・社長になったんですもんね。なれるって信じて、こうして社長になったんですもんね。」
「そうよ。」
「だったら・・・・今度は立派な社長になれるって信じます。その為に努力しないと・・・・。」
俺も拳を握り、前に突き出す。
課長の拳と合わせ、「やって見せます」と頷いた。
「せっかく社長になったんです。だから・・・・信じてやります。みんなが満足できる会社にするって。」
「期待してる。絶対に君なら出来るって。」
「はい!」
合わせた拳から、課長の期待と優しさが伝わってくる。
脳裏に加藤社長の顔が浮かび、《弱音吐いてる場合じゃない!》と言い聞かせた。
「課長・・・・俺、絶対に立派な社長になって見せます。」
課長の手を取り、グッと顔を近づける。
「ちょ、ちょっと・・・・、」
「その時、改めて課長を誘います。ウチで働かないかって。」
「冴木君・・・・。」
「だから今は引き止めません。課長には課長のやるべき事が、俺には俺のやるべき事があるから。」
握った手を離し、「残された時間は短いけど、よろしくお願います!」と頭を下げた。
「うん、私で出来る限りのことはするから。だから一緒に頑張ろう。」
そう言って「それとあの約束も守らなきゃね」と微笑んだ。
「あの約束?」
「ほら、社長になったらデートしようって言ったじゃない。」
「・・・・・・ぬああああ!」
今の今まですっかり忘れていて、「そうですよ!」と叫んだ。
「デートです!デートしましょう!」
「うん。今度の休みにどこかへ出かけて・・・・・、」
「いいえ!これからは休む暇も無いんです!だって俺、勉強しないといけないから。」
そう言って課長の手を掴み、社長室から駆け出した。
「善は急げ!今から行きましょう!」
「ちょ、ちょっと!今からって・・・・、」
慌てて部屋を出て、「ちょっと出かけてくる」と秘書に言う。
「え?あ・・・・社長!」
「夕方くらいには戻るから。」
慌てる秘書を尻目に、課長の手を引く。
「ちょっと冴木君!」
「どこへ行きます?映画?それとも水族館?」
「そんないきなり・・・・、」
「思い立ったらすぐ行動!すごい経営者はみんなそうしてます!多分・・・・。」
俺は課長の手を引き、エレベーターに乗り込む。
「さあ・・・・どこ行こうかなあ。」
ウキウキしながらデートコースを考えていると、課長は「ほんとに君は・・・」と呆れた。
「そういう所だけは行動が早いよね。」
「もう!だって課長とのデートですから!」
「いいよ、今から行こう。でもその代わり・・・・、」
「分かってます。デートが終わったら、ビシバシしごいて下さい。俺、課長の期待に応えますから!」
グッと拳を握ると、「約束だよ」と言われた。
「課長は動物が好きでしたよね?なら動物園にしますか?」
「う〜ん・・・・ちょっと前に行って来たのよね、動物園。」
「そうなんですか?じゃあサファリパークにでも・・・・、」
「それも行って来た。」
「ええっと・・・・ならクマ牧場に・・・・・、」
「それ、近くにないよ。」
課長は可笑しそうに笑う。俺は頭を掻きむしりながら、「ええっと・・・なら他に動物の見れる所って・・・」と悩んだ。
「別に動物じゃなくてもいいよ。」
「ならどこがいいですか?どこでも課長のお好きな所に!」
そう尋ねると「なら・・・・海がいいかな」と呟いた。
「海ですか。」
「うん。海の見える所に行きたい。」
「分かりました!ならサンゴ礁のある海に行きましょう!ついでにスキューバダイビングも!」
「それも近くにないってば。」
課長はクスクスと笑う。俺はスマホをいじり、なるべくロマンチックな海が見れる場所を探した。
恋も仕事も前途は多難だけど、でも諦めない。
課長に振り向いてもらう為、そして加藤社長の背中に追いつく為に、どんな困難だって乗り越えてみせる。
自分なら出来るって、そう信じて進んでいくんだ。
冴木晴香、23歳。
平社員から社長に昇進。
予想もしない未来になってしまったけど、それは多分これからも同じだ。
嫌なこともあるだろうけど、明るいことだってきっとある。
傍に立つ課長の笑顔が、いつもより眩しく感じた。
選挙の翌日、経済新聞の一面にデカデカとそう載った。
そこには俺の顔と名前も載っていて、「期待の若きホープ!」と書かれていた。
社長の椅子に座りながら、ニヤニヤその記事を眺める。
「う〜ん・・・・・いいもんだなあ・・・社長って。なんかこう・・・・いいよ、うん。何がって聞かれると難しいけど。」
稲松文具の最上階で、ゆったりと椅子に座る。
ちょっと偉そうに足を組み、葉巻でも咥えたい気分だった。
すると机の上の電話が鳴って、仰々しく受話器を持ち上げた。
「何の用かね?」
秘書からの内線電話を、カッコつけて応える。
『北川課長がお見えです。』
「うむ、通してくれたまへ。」
『かしこまりました。』
ウィーンとドアが開き、「おはようございます」と課長が入って来る。
そしてたくさんの書類を抱えながら歩いて来て、ペコリと頭を下げた。
「課長〜!」
立ち上がって駆け寄ると、課長はニコリと微笑んだ。
「俺・・・社長ですよ・・・・社長になったんですよ!」
歓喜に震えながら言うと、「もう何度も聴きました」と頷いた。
「俺ね、絶対にこの会社を盛り上げてみせますから!加藤社長みたいに立派な社長になって、みんなが満足できるような会社に・・・・、」
「ええ、それも何度も聴きました。」
「だからね課長・・・・この会社に残りませんか?俺と二人で頑張って、今よりももっと良い会社に・・・・、」
「そのお誘いも、昨日から何度も受けました。そして何度もこう答えているはずです。」
課長はニコリと微笑みながら、髪を揺らして首を傾げた。
「辞職を撤回するつもりはありません。」
「そ、そんな・・・・・考え直してくれませんか?」
「決めたことは決めたことです。」
「でも・・・・、」
「以前から決めていたことですから。」
「そこをなんとか!」
手を合わせて頼むと、「社長」とため息を吐かれた。
「ご自分の立場を理解して下さい。」
「へ?」
「あなたはもう平社員じゃないんですよ?部下に手を合わせて頭を下げるなんて・・・・みっともないです。」
「いや、課長は永遠に俺の課長なんです!身分とか関係ないですから。」
「関係あります。ここは会社なんですから。」
「それはそうだけど・・・・・、」
「もっと堂々と、そしてどっしりと構えていて下さい。」
課長は出来の悪いペットを躾けるように言う。
でも俺はどうにか食い下がった。
「な・・・なら長期休暇とかどうですか!?」
「長期休暇?」
「ええ。だって課長、以前の事件と今回の事件で疲れてると思うんです。だからしばらく休んだらどうかなあって。」
「もうすぐ辞めるのに長期休暇ですか?」
「だって有給とかたくさん溜まってるでしょ?いつも忙しくしてたから。」
「それはまあ・・・・、」
「ならここはパーッと有給を使っちゃいましょう!どっか旅行にでも行って、身体と心を落ち着けて。」
「はあ・・・・。」
「そうすれば考えも変わるかもしれないですから。」
「結局引き止めるのが目的なんですね?」
「いえいえいえ!課長の為を思って言ってるだけです。今まで頑張ってきたんだから、羽を伸ばして頂きたいなと。」
笑顔でそう進言すると、また「はあ・・・」とため息を吐いた。
「やっぱダメですか・・・・・?」
「そういうことではなくて・・・・、」
「なら・・・・どういうことで?」
「こういうことです。」
そう言って、両手いっぱいに持った書類の山を押し付けた。
「うお!重・・・・・、」
「それ、今日中に全て目を通して下さい。」
「え?この書類の山を?」
「社長たる者、現在の会社の状況を詳しく把握しておく必要があります。」
「これ・・・・全部会社の資料ですか?」
「そうです。それに経営についても学んでいただきます。」
課長はスケジュール帳を取り出し、「それを読み終えたら、経営の講座を受けて頂きます」と言った。
「講座・・・?」
「経営についての基礎知識や、会社を運営する上での法律のこと。それに経営とは何たるかを知って頂く為に、他の重役からみっちり教えを受けて頂きます。」
「ええ〜・・・・そんな・・・・、」
「全て必要なことです。しばらくは勉強が続くと思います。それもかなり大変な勉強が。」
「・・・・・・・・・・。」
「嫌な顔をしないで下さい。冴木社長は経営については素人なんですから、当然のことです。」
「・・・・・はい。」
「その間は私がお目付け役になりますので、ビシバシ鍛えさせて頂きます。」
そう言って懐から差し棒を取り出した。
そいつをビシッと突きつけ、「覚悟しておいて下さいね」と厳しい顔になった。
「勉強・・・・か。でも課長がお目付け役なら、常に一緒にいられるわけで・・・・、」
「ちなみに草刈取締役も付き添います。」
「えええ!あいつも!?」
「私だけでは大変だろうということで、気を利かせて下さったんです。」
「なんて余計な気遣いなんだ・・・・・。」
「はあ・・・」とため息をつくと、、目の前に差し棒を突きつけられた。
「顔を上げて下さい!」
「は・・・はい!」
厳しい口調で言われて、ビシッと背筋を伸ばす。
「これからはあなたが稲松文具のトップです。」
「いや、トップは会長なんじゃ・・・・、」
「でも実際に会社を取り仕切るのはあなたです。その為の社長なんですから。」
「まあ・・・そうですね・・・・。」
「これからは一切の甘えを許しません。しばらくゆっくり寝る暇もないこと、覚悟しておいて下さい。」
そう言ってピシっと差し棒を叩いた。
俺はがっくり項垂れながら、《社長って大変なんだなあ・・・・》と肩を落とした。
当たり前っちゃ当たり前だけど、こりゃ前途多難だ。
いつか加藤社長に追いつく日は来るのか・・・・ちょっと不安になってきた。
すると課長は「冴木君」と呼んだ。
「君はみんなに選ばれたの。だからそんな顔をしちゃダメ。」
「はい・・・・・。」
「ほら、顔上げて。」
そう言われて、俺はしょんぼりした顔を上げた。
「君の肩には大勢の社員の生活が懸かってるのよ。それを忘れないで。」
「そう言われると余計にプレッシャーが・・・・、」
「加藤社長みたいになるんでしょ?」
「なりたいです。なりたいですけど・・・・・なれるんですかね?」
自信のない声で言うと、「なれるよ」と返された。
「信じていればなれる。そして・・・・いつか彼を超えなきゃ。」
「超える・・・・。」
「憧れの人の背中を追うのはいいけど、でも追いかけるばかりじゃダメ。その背中を追い抜くつもりじゃないと、いつまで経っても追いつかないわ。」
「・・・・・・・・・。」
「だから私も協力する。短い時間しか残されてないけど、その時間は全て君の為に使うわ。」
そう言ってニコリと微笑み、「だから頑張ろう」と頷いた。
「君を鍛え上げることが、私の最後の仕事。」
「課長・・・・・。」
「いつか立派な社長になってくれるって信じてる。怪人の前でスピーチした言葉・・・・嘘じゃないって信じてるからね。」
拳を握り、目の前に突き出す。
俺は手に抱えた資料を置いて、その拳を見つめた。
「信じる・・・・。」
「うん。」
「信じてやれば、きっと出来る。」
「私も手伝う。」
「俺・・・・社長になったんですもんね。なれるって信じて、こうして社長になったんですもんね。」
「そうよ。」
「だったら・・・・今度は立派な社長になれるって信じます。その為に努力しないと・・・・。」
俺も拳を握り、前に突き出す。
課長の拳と合わせ、「やって見せます」と頷いた。
「せっかく社長になったんです。だから・・・・信じてやります。みんなが満足できる会社にするって。」
「期待してる。絶対に君なら出来るって。」
「はい!」
合わせた拳から、課長の期待と優しさが伝わってくる。
脳裏に加藤社長の顔が浮かび、《弱音吐いてる場合じゃない!》と言い聞かせた。
「課長・・・・俺、絶対に立派な社長になって見せます。」
課長の手を取り、グッと顔を近づける。
「ちょ、ちょっと・・・・、」
「その時、改めて課長を誘います。ウチで働かないかって。」
「冴木君・・・・。」
「だから今は引き止めません。課長には課長のやるべき事が、俺には俺のやるべき事があるから。」
握った手を離し、「残された時間は短いけど、よろしくお願います!」と頭を下げた。
「うん、私で出来る限りのことはするから。だから一緒に頑張ろう。」
そう言って「それとあの約束も守らなきゃね」と微笑んだ。
「あの約束?」
「ほら、社長になったらデートしようって言ったじゃない。」
「・・・・・・ぬああああ!」
今の今まですっかり忘れていて、「そうですよ!」と叫んだ。
「デートです!デートしましょう!」
「うん。今度の休みにどこかへ出かけて・・・・・、」
「いいえ!これからは休む暇も無いんです!だって俺、勉強しないといけないから。」
そう言って課長の手を掴み、社長室から駆け出した。
「善は急げ!今から行きましょう!」
「ちょ、ちょっと!今からって・・・・、」
慌てて部屋を出て、「ちょっと出かけてくる」と秘書に言う。
「え?あ・・・・社長!」
「夕方くらいには戻るから。」
慌てる秘書を尻目に、課長の手を引く。
「ちょっと冴木君!」
「どこへ行きます?映画?それとも水族館?」
「そんないきなり・・・・、」
「思い立ったらすぐ行動!すごい経営者はみんなそうしてます!多分・・・・。」
俺は課長の手を引き、エレベーターに乗り込む。
「さあ・・・・どこ行こうかなあ。」
ウキウキしながらデートコースを考えていると、課長は「ほんとに君は・・・」と呆れた。
「そういう所だけは行動が早いよね。」
「もう!だって課長とのデートですから!」
「いいよ、今から行こう。でもその代わり・・・・、」
「分かってます。デートが終わったら、ビシバシしごいて下さい。俺、課長の期待に応えますから!」
グッと拳を握ると、「約束だよ」と言われた。
「課長は動物が好きでしたよね?なら動物園にしますか?」
「う〜ん・・・・ちょっと前に行って来たのよね、動物園。」
「そうなんですか?じゃあサファリパークにでも・・・・、」
「それも行って来た。」
「ええっと・・・・ならクマ牧場に・・・・・、」
「それ、近くにないよ。」
課長は可笑しそうに笑う。俺は頭を掻きむしりながら、「ええっと・・・なら他に動物の見れる所って・・・」と悩んだ。
「別に動物じゃなくてもいいよ。」
「ならどこがいいですか?どこでも課長のお好きな所に!」
そう尋ねると「なら・・・・海がいいかな」と呟いた。
「海ですか。」
「うん。海の見える所に行きたい。」
「分かりました!ならサンゴ礁のある海に行きましょう!ついでにスキューバダイビングも!」
「それも近くにないってば。」
課長はクスクスと笑う。俺はスマホをいじり、なるべくロマンチックな海が見れる場所を探した。
恋も仕事も前途は多難だけど、でも諦めない。
課長に振り向いてもらう為、そして加藤社長の背中に追いつく為に、どんな困難だって乗り越えてみせる。
自分なら出来るって、そう信じて進んでいくんだ。
冴木晴香、23歳。
平社員から社長に昇進。
予想もしない未来になってしまったけど、それは多分これからも同じだ。
嫌なこともあるだろうけど、明るいことだってきっとある。
傍に立つ課長の笑顔が、いつもより眩しく感じた。
稲松文具店 〜ボンクラ社員と小さな社長〜 -完-