不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 最終話 探偵の夏は続く

  • 2016.07.20 Wednesday
  • 13:59

JUGEMテーマ:自作小説

「なんでお前がここに・・・・。」
リチャード・田中はうろたえる。
何もない宙を睨み、ゴクリと息を飲みながら。
すると彼の見つめている空中から、袈裟を着た爺さんが現れた。
その爺さんは倉庫で作業着を着ていたあの爺さん、そして空港の前で倒れ、リチャード・田中に助けられたあの爺さんだった。
「お前は・・・成仏したはずでは・・・・、」
リチャード・田中は信じられないという風に首を振る。
爺さんはゆっくりと彼に近づき、『じきに逝く』と答えた。
『だがそれはお前に手錠が掛けられるのを見届けてからだ。』
「な、なんだと・・・・、」
『儂はそこの探偵に全てを話した。お前の悪事全てを・・・。』
爺さんは俺を見ながら、小さく頷く。
「リチャード・田中。」
俺は奴に近づきながら、「もう終わりだ」と言った。
「お前は確かに本物の霊能力者だ。しかし・・・・その力を悪用し、さらには善良な幽霊までも利用した。
お前は探偵なんかじゃない。ただのクソ野郎だ。」
ビシッと指をつきつけ、断罪するような目で睨んでやった。
「その爺さんは昔、ある寺の住職だった。
煩悩寺という寺のな。
今はスーパーが建っているが、それまでは寺があった。
江戸時代から続く由緒ある寺で、蔵にはたくさんの仏像が保管されていた。
その中には国宝級の物まであった。」
俺は犬に「あれを」と言った。
「ウォン!」
犬は後ろを振り向き、あの千手観音像を咥えてくる。
「これは煩悩寺の蔵にあった仏像だ。
しかしある事情からこれを手放す羽目になってしまった。」
金の仏像を見せつけながら、「火事が起きたんだ」と続ける。
「今から五年前、煩悩寺は火事によって失われた。」
そう言って爺さんに目を向けると、申し訳なさそうに俯いた。
「あの寺では、毎年子供を集めて花火をしていたそうだ。
もちろん火事があったその年もやった。
子供たちはさぞ喜んだそうだ。
だがその日の夜中、寺は燃え上がった。
理由は花火だ。
弟子の一人が火の始末を怠ったんだ。
火は瞬く間に燃え広がり、消防車が駆け付ける頃にはほぼ全焼だった。
しかし一つだけ無事だった場所がある。
仏像を保管していた蔵だ。」
決め顔を作りながら、ややもったいぶって話す。
リチャード・田中は何も言わずに眼鏡を持ち上げた。
「江戸時代から続いた寺が、花火の不始末で全焼だ。
しかも隣の家にまで延焼していた。
住職は責任を問われた。
だから大切な仏像を売り払い、その責任を取る為のお金とした。
幸い怪我人はいなかったが、寺を燃やしてしまった罪は大きい。
それに何より、何代にも渡った寺が自分のせいで失われてしまった。
住職は全ての責任を果たした後、人知れず山へ向かった。
そして・・・・・、」
俺は住職の方を見る。
今の彼に肉体はない。彷徨える魂として、この世にとどまっている。
「売り払った仏像は、様々な人の手に渡った。
その中にはこの千手観音もあった。
これはあの寺の中でも、最も特別な仏像だった。
お金には代えられない価値があったんだ。
死した住職は、そこのことだけが気掛かりだった。
自分はすでに死んだ。
しかしあの仏像が気掛かりで、今まで成仏出来ないでいた。」
爺さんは目を閉じ、数珠を握って悲しそうにしている。
小さく口元が動いているが、お経でも唱えているのだろうか?
「しかしそこへ一人の男が現れた。それがお前だ。」
ビシッと指を突きつけると、リチャード・田中は「ふ」と笑った。
「ええ、確かにあなたの言う通りです。
私は以前は古物商をやっていましたからね。
ある闇ルートからその千手観音像が入って来たのですよ。
中々価値のある仏像ですが、お金には換えにくい。
なぜならその仏像には、大きな霊力が宿っているからです。
善人が持てば庇護を与え、悪人が持てば災いが訪れる。
そういった一種の呪いのような物がかかっている。
私の取引先には、そういう目利きが出来る人間もいるので、いわく付の商品は売れないんですよ。
しかしせっかく手に入れた価値のある仏像を、そのまま手放すのはおしい。
だからそれを利用して、前から狙っていた国宝を手に入れようと思いましてね。」
そう言って犬の顔をした仏像を睨んだ。
「あなたの手にしているそれ、かなりの価値がある。
闇ルートで売れば、ピカソやゴッホの絵と同等の値が付くでしょう。」
「何十億という大金だな。一生遊んで暮らせる額だ。」
「そうです。だからこそそれを手に入れたかった。
そこで私は、その千手観音を利用することを思いついた。
その仏像の入手経路を調べると、煩悩寺という寺に辿り着いたんですよ。
寺は五年前に焼失し、住職は自殺。
しかし私は霊能力者です。
自殺した住職が、まだこの世を彷徨っていることを知りました。
なぜならその仏像には、生霊にも似た念が宿っていたからです。
これは以前の持ち主の念に違いない。
そしてその持ち主はすでに自殺している。
だったら・・・・そいつを利用すればいい。そう思ったわけですよ。」
そう言って後ろに立つ爺さんを振り返った。
「霊というのは、この世に未練があると成仏できない。
そしてこの住職の未練とは、その千手観音にある。
これは特別な仏像だから、誰の手に渡ったのかか気が気でなかったのでしょう。
そんなことなら最初から売らなければよかったのに、そこが分からない辺りがなんとも間抜けだ。」
リチャード・田中は馬鹿にしたように笑う。
俺は「爺さんを笑える立場か」と睨んだ。
「お前は爺さんに接触した。
普通の人間なら無理だろうが、お前には霊能力があるからな。」
「ええ、簡単に見つけることが出来ましたよ。この住職、まだ寺のあった場所にいたんですからね。
今ではスーパーに変わっているというのに。」
嫌味な笑いを浮かべながら、クイっと眼鏡を直す。
いちいち鬱陶しい奴だと思ったが、今はそんなことに突っ込んでる場合じゃない。
「お前は爺さんに接触し、ある話を持ち掛けた。
それは千手観音を返す代わりに、国宝の仏像を盗んで来いというものだった。」
「ええ。私は霊を従えることが出来るのでね。千手観音を返す交換条件として、国宝の窃盗を持ちかけました。」
「爺さんは断われなかったはずだ。今でもこの千手観音に未練を抱いているんだからな。」
「私にとっては好都合でした。
いくら霊を従えるといっても、普通の霊ではそこまで役に立ってくれません。
なぜなら実体のある物に触れることが出来ないからです。
しかしこの住職は違った。
彼には元々霊力が備わっており、しかも僧侶としての修行でさらにそれを磨いていた。
霊力は死後でも衰えないので、死者にとって強力な武器となる。
それがいわゆる呪いや悪霊と言われるもので・・・・、」
「ウンチクはいい。俺が言いたいのは、霊力の強い幽霊は物に触れるってことだ。
だからお前は爺さんを利用し、国宝の仏像を盗んで来させた。」
「おっしゃる通りです。」
眼鏡を直しながら、肩を竦めるリチャード・田中。
イラッとくる態度だが、冷静に先を続けた。
「お前はお目当ての仏像を手に入れた。
本当ならそこで終わりだったんだろうが、そうもいかなくなった。
なぜなら俺が現れたからだ。」
「・・・・・・・・・。」
「あんたはこの空港で、あるパフォーマンスを演じた。
悪霊に憑かれた老人を助けるというパフォーマンスを。
あれは宣伝なんだろ?
あんたは本気で日本にも事務所を構えるつもりだった。
だからああやってパフォーマンスを行うことで、周りの注目を集めたんだ。
その後に名刺を配れば、多くの人がホームページにアクセスしてくれると思って。」
「そうですよ。商売を成功させる一番の秘訣は、知名度を得ることです。
商品を売る場合なら広告を、人を売る場合ならメディアに出ればいい。
しかし今はネットの時代だから、上手くやればメディアを活用しなくても知名度は得られます。」
「でもお前は密輸犯だ。表向きは探偵事務所でも、裏では違法な取引をするはずだ。」
「さあね、真剣に探偵をしていたかもしれませんよ?」
「戯言を。」
俺はスバっと斬り捨てる。
「お前はここで宣伝の為のパフォーマンスを行った。
しかしそこへ俺が現れた。
あんたはさぞビビったはずだ。
なぜならこんなパフォーマンス中に、特殊な能力を持った人間が出て来るとは思わなかったからだ。」
「あなたを一目見て、すぐに普通の人間ではないと分かりました。」
「だから脅威に感じたんだろ?
超能力を持つ俺なら、お前が霊能力を使って悪さをしていると見抜かれるんじゃないかと。」
「ええ。一目見て特殊な力の持ち主だということは分かりましたが、どんな能力の持ち主かまでは分かりません。
だからどうにか排除しようと考えたのです。
普通の人間ならいくらでも騙せますが、相手が超能力者となるとそうはいかない。
私がこの国で仕事をする上で、きっと障害になるだろうと思って。」
「偉そうに言っておきながら、ずいぶん超能力者を怖がってるな。
もしかして・・・・以前に痛い目に遭わされたんじゃないのか?」
「な、何を・・・・?」
「尾崎周五郎。俺がかつて対決した、凄腕の超能力探偵だ。
お前は奴に勝ったというのが、それは嘘なんだろう?
奴の力は俺とは比べものにならない。
だから俺ごときに追い詰められるお前が、アイツに勝てるとは思えない。」
「そんなことはない!私は・・・・・私は・・・・・、」
「まあいいさ、こんな事は今重要じゃない。
問題はお前が俺を脅威に感じたってことだ。
だからどうにか抹殺しようと企んだ。
そして出て来た答えが勝負を持ちかけることだった。
でもその勝負に俺の勝ち目はない。
なぜならお前は最初から仏像を持っていたんだからな。」
犬の顔をした仏像を見せつけると、舌打ちしながら目を逸らした。
「勝負を持ち掛けられた後、お前は俺に仏像失踪事件の情報を寄こした。
そうすれば、煩悩寺のあったスーパーに行くだろうと踏んで。
しかしお前はすでにあの場所へ来ていた。
なぜならその爺さんに仏像を預けていたからだ。」
「・・・・・ふふふ。」
「またか。何がおかしい?」
「いえ、別に・・・・。」
リチャード・田中は「どうぞ」と先を促す。
「爺さんは二体の仏像を持っていた。
一つはこの犬の顔をした仏像、もう一つは千手観音の入った仏像だ。
ちなみに爺さんに仏像を預けていたのは、キャリーケースを持って帰るのを忘れた為だ。」
「そうですよ。本当ならあのパフォーマンスが終わった時点で、一度帰国するはずだったんです。
でもあなたが現れたので、そうもいかなくなった。
その時につい荷物を持って帰るのを忘れてしまってね。
だからそこの住職に持って帰ってもらったんです。」
「その後に爺さんにFAXを送ったな?」
「ええ、一体はお前の物、もう一体は私の物だと。
くれぐれも失くさないようにと。」
「千手観音を犬の仏像に入れていたのは、カモフラージュの為だろう?」
「そうです。もし検査で見つかった場合、偽物の方を差し出すつもりでした。」
「それはつまり、最悪の場合は爺さんに仏像を返すつもりがなかったってことだな?」
「そうなりますね。」
リチャード・田中は「ふふふ・・・」と笑う。
「だから何がおかしい?」
「いえ、そこの住職はてっきり成仏したとばかり思っていましたので。
念願の仏像を取り返し、心残りはなくなったはずだ。
なのにまだ現世を彷徨い、あまつさえあなたに真実を話すなんて。」
「爺さんは立派な坊さんさ。一時は犯罪に手を貸しても、やはり罪悪感が勝ったそうだ。」
「だからあなたに全てを話したわけですか。」
「そういうことだ。そしてすでに警察を呼んである。
ここに証拠の仏像もあるし、お前は捕まるだろう。」
俺はビシッと仏像を突きつける。
しかしリチャード・田中はまったく慌てない。
それどころか、「ははははは!」と笑いだした。
「私を捕まえる?馬鹿なことを。」
「なんだと?」
「私には霊能力があるんですよ。警察の来ていない今なら、逃げ出すことなど容易い。」
そう言ってお札を取り出し、俺の方に向けた。
「あのな、俺は幽霊じゃないぞ。そんなもんが効くはずが・・・・、」
「効きますよ。」
「なに?」
「言ったでしょう、私には相手を呪う力があると。」
「お前・・・・本当に人を呪い殺せるのか?」
「ええ。ただしそれをやると、私自身にも大きなリスクがある。
もし成功しなかった場合、こちらの命が危うくなるのでね。」
そう言ってクイと眼鏡を持ち上げる。
「しかし状況が状況だ。警察に捕まるくらいなら、リスクを覚悟で呪いを打つしかない!」
リチャードはブツブツと何かを唱え、「けえええええ〜い!」と叫んだ。
「おいやめろ!」
「呪いで殺しても罪には問われない!お前はただの自然死と判断されるだろう!」
「クソ・・・・本当に呪い殺す気か?」
リチャード・田中から異様な殺気が放たれる。
そして次の瞬間、頭の中に一秒先の未来が見えた。
俺の心臓が・・・・奴の呪いで止まってしまう未来を・・・・。
「あ・・・・・、」
俺は心臓を押さえ、死を覚悟する。
しかし・・・・・まだ生きていた。
「なんで?」
不思議に思って顔を上げると、そこには爺さんがいた。
両手を広げ、リチャード・田中のお札を受け止めている。
『むううぐううううううう・・・・・、』
「爺さん!」
『これ以上・・・・こんな輩に悪事を働かせてなるものか!』
爺さんは数珠を握りしめ、カっと目を見開く。
するとお札は青い炎を放ち、そのまま燃え尽きてしまった。
「すごい!呪いを潰した!」
爺さんの根性に驚いていると、「まだだ!」とリチャード・田中が叫んだ。
「今度こそくたばれ」と二枚目のお札を投げてくる。
爺さんは俺を守る為に、またお札を受け止めた。
『ぬううううううううおおおおお・・・・・、』
「爺さん!無理するな!なんか・・・・全体的に薄くなって来てるぞ。」
呪いのお札のせいで、爺さんはどんどん薄くなっていく。
もしこのまま薄くな続ければ、その時は・・・・・消滅するのか?
「もういい!あんた消えちまうぞ!」
『いいや・・・・儂は坊主として許されないことをした・・・・この魂に換えても、この霊能力者だけは・・・・、』
「爺さん・・・・。」
爺さんは必死に踏ん張り、二枚目のお札も燃やしてしまった。
しかしそこへ「甘いな!」と三枚目が飛んできた。
「これで最後だ!久能、あの世へ行け!」
爺さんはまた俺を庇おうとする。
しかし薄くなりすぎたせいか、お札はするりと抜けてしまった。
『探偵さん、逃げろ!』
爺さんが叫ぶ。
俺は慌てて逃げ出したが、お札は追いかけてきた。
「冗談じゃない!呪い殺されてたまるか!」
必死に逃げていると、足がもつれて転んでしまった。
「ぐおッ!」
お札は俺の上を通り過ぎ、クルリと反転してこちらに迫って来る。
「くそ・・・・万事休すか・・・・・、」
死を覚悟し、目を閉じる。
するとその時、「ぐぎゃあッ!」悲鳴が聴こえた。
「なんだ・・・?」
顔を上げると、目の前をお札が掠めていく。
そして勢いを失くして、ヒラヒラと落ちていった。
「これは・・・・呪いが力を失くしたのか?」
落ちたお札を睨み、リチャード・田中を振り返る。
すると奴は股間を押さえてもんどり打っていた。
「ひいいいいいいい!」
まるでこの世の終わりのような悲鳴を上げながら、バタバタと足をばたつかせている。
そしてその後ろには・・・・・・、
「由香里君!」
我が事務所のエースが、怖い顔をして立っている。
空手の構えをしながら、リチャード・田中を見下ろしていた。
「か、帰って来てたのか!?」
そう尋ねると、ニコリと笑った。
「ついさっきに。」
「き、君は・・・・・ここぞという時に活躍してくれるな。」
「それじゃいつも活躍してないみたいじゃないですか。」
肩を竦めながら、ニコッと微笑む。
「さっき空港に着いたら、いきなりこの犬がやって来たんです。」
「犬?」
「この子です。」
由香里君は隣に目を向ける。
するとそこには我が事務所の犬がいた。
「お、お前が由香里君を呼んできてくれたのか?」
「ウォン!」
犬は得意げに尻尾を振る。
由香里君はよしよしと頭を撫でながら、「いきなりやって来て、私に吠えるんですよ」と言った。
「まるでついて来いって言ってるみたいに。」
「い・・・・犬うう〜・・・・お前ってやつは。」
俺は立ち上がり、「偉いぞ!」と頭を撫でた。
「その子について来ると、久能さんが倒れてて・・・・。
そしてその向かいにはこの人が・・・・・、」
由香里君は悶絶するリチャード・田中を睨む。
「この子がこの人に向かってワンワン吠えるんですよ。
しかも久能さんは倒れてるし、これはタダ事じゃないって思って。
気がついたら、この人に金的蹴りを喰らわせてしました。」
そう言ってバシっと蹴る真似をする。
俺は「相変わらず威勢のいいことで・・・」と苦笑いした。
「あの・・・・この人って悪い人ですよね?」
「ああ、とんでもない奴だ。」
「よかったあ・・・・。きっとそうなんだろうと思ったけど、もし違ったら土下座でもしなきゃと思ってました。」
由香里君はホッと息をつく。
俺は「君らしいな」と笑いかけ、リチャード・田中に詰め寄った。
「おい。」
「・・・・・・・・・。」
「もうお前の負けだ。」
「・・・こ、こんな・・・・馬鹿な・・・・・、」
「まあ嘆きたい気持ちは分かるがな。しかし負けは負けだ。
そろそろ警察も来たみたいだし、大人しくしてることだな。
・・・・て言っても、しばらく動けないだろうけど。」
リチャード・田中はまだ苦しんでいる。
こりゃ下手すれば種無しだろうな。
それからすぐにパトカーがやってきて、リチャード・田中に手錠を掛けた。
茂美が「連れてって」と言うと、警察はすぐに奴を連行していった。
「そんな・・・・この私が・・・・超能力者ごときに負けるなんて・・・・、」
奴の捨て台詞が聴こえる。俺は「馬鹿な奴だ」と首を振った。
パトカーに乗せられ、リチャード・田中はサイレンの音と共に消えていく。
「・・・・・終わった。」
ホッと息をつき、身体から力が抜けていく。
すると爺さんが『ありがとう』と言った。
『あなたのおかげで、悪人のまま逝かずにすみそうだ。』
「爺さん・・・・礼を言うのはこっちだ。二度も命を助けてもらって。
何かお礼をしないとな。」
『いや・・・・もう儂にはそこまで時間は残されていない。』
そう言って千手観音を見つめ、『それが取り戻せて本当によかった』と頷いた。
『仏像は戻り、悪人は捕まった。もう・・・・思い残すことはない。』
「おい爺さん、あんたもう・・・・・、」
爺さんは透明人間のように薄くなっていく。
そして数珠を握って合掌したかと思うと、そのまま消えてしまった。
「爺さん!」
いくら呼んでも、爺さんは戻って来ない。
どうやら本当に向こうへ旅立ってしまったらしい。
「爺さん・・・・。」
しみじみと爺さんのいた場所を見つめていると、茂美が「私もこれで」と言った。
「その国宝は警察へ持って行くわ。」
「あ、ああ・・・・。」
俺は犬の顔をした仏像を渡した。
「ちゃんと届けてくれよ。ネコババせずに。」
「失礼ね。いくら私でもそこまでしないわ。」
「ああ、あとこっちの千手観音も・・・・、」
「それはいいわ。」
「え?どうして・・・・、」
「だってそれは盗難に遭ったわけじゃないでしょ?」
「いや、しかしだな・・・・・、」
「あのお爺さん、きっと久能さんにそれを託したのよ。」
「託す?」
「それは善人が持てば庇護を与え、悪人が持てば災いをもたらす物。
リチャード・田中が捕まったのは、一時でもそれを持っていたせいかもしれないわね。」
そう言ってウィンクを飛ばし、「それじゃ」と去って行く。
「あ、そうそう。」
「ん?」
「混浴の約束だけど、あれは無しってことで。」
「なんで!?」
「だって今回の件に手を貸してあげたでしょ。
本当ならお金を取るけど、でも混浴の約束の代わりとして無料でいいわ。」
「そ、そんな・・・・もう宿は予約してあるのに・・・・、」
「じゃあ由香里ちゃんと行ってくれば?」
「ゆ、由香里君と・・・・?」
「いいじゃない。お互いに全てを見せ合えば。」
「ば、馬鹿なことを・・・・・、」
「ふふふ、そろそろ距離を縮めてもいい頃だと思うわよ。」
そう言って手を振り、、「じゃあまた」と去って行く。
「なんなんだアイツは・・・・。やっぱり掴み所のない女だ。」
混浴を破棄され、むっつりと拗ねる。
すると犬が「ウォン!」と吠えた。
「おお、前にも助けられたな。」
馬鹿な犬だと思っていたが、やる時はやってくれる奴だった。
「お前がいなきゃどうなってたか分からない。後でたらふく焼き鳥を喰わせてやるからな。」
そう言って頭を撫でると、「ウォン!」と嬉しがった。
そして・・・・・、
「なッ・・・・、」
俺は目を見開いて驚く。
なんと犬が千手観音に変わってしまったのだ。
神々しく後光が射して、俺を照らす。
『善き心の持ち主よ。あなたの働き、見事なものでした。』
「い、いえ・・・・とんでもない・・・・・、」
『こうして誰かを守るなど、いったいいつ以来か・・・・・。
あの寺を離れてから、心穢れる悪人の手にしかなかった。
また善き心の持ち主に出会えて、嬉しく思います。』
「め、滅相もない・・・・・。」
まさか千手観音直々に感謝されるとは思わず、頭が下がってしまう。
いや、それよりも驚きなのは、あの犬の正体だ。
馬鹿犬どころか、まさか観音様だったなんて・・・・・。
『私は犬ではありませんよ。』
「へ?」
『その犬を通して、あなたを護っただけです。』
「そ、そう・・・・なんですか?」
『その犬もまた、善き心の持ち主。そしてあなたの傍に立つその女性も・・・・。』
そう言って由香里君を見つめる。
『探偵、久能司。』
「は、はい!」
『今その手にあるものを大切にして下さい。
仕事、仲間、そして・・・・あなたの傍にいるその方を。』
千手観音はたくさんの手を合わせながら、『私を護って下さい。そうすれば、私もあなたを護りましょう』と微笑む。
そしてパッと弾けて消えてしまった。
「あ、あの・・・・・、」
千手観音がいた場所に手を伸ばすと、そこにはあの仏像が落ちていた。
「・・・・千手観音像。まさか・・・・・本当に不思議な力が?」
信じられない思いで見つめていると、「久能さん」と由香里君に肩を叩かれた。
「どうしたんですか?ボーっとして。」
「え?いや、さっき観音様が話しかけてきて・・・・、」
「何を言ってるんです?しっかりして下さい。」
由香里君は小さく首を振り、「ほんとに私がいないとダメなんだから」と言った。
「・・・・そうだな。俺には君が必要だ。」
「ふふふ、ただいま、久能さん。」
「ああ、お帰り。」
一カ月ぶりの再会。
ほんの短い間なのに、ずいぶん長く会っていなかった気がする。
「由香里君、君がいない間に、色々な依頼があったよ。」
仏像を見つめながら、「でもさ・・・・」と呟く。
「やっぱり君がいないと張りがないんだ。
どの依頼も刺激的だったけど、でも何かが違う。
それはきっと、君が傍にいなかったからさ。」
そう言って顔を上げると、由香里君と目が合った。
「・・・・・私も一緒です。」
「君も?」
「留学は楽しかったし、良い思い出になると思います。」
「ならよかったじゃないか。」
「でも・・・・何かが違うんです。何か足りないなって・・・・。
それってきっと・・・・、」
由香里君は一瞬だけ俯き、しかしすぐに顔を上げた。
「久能さんがいなかったからだと思います。
私・・・やっぱり久能さんと一緒に探偵をやっていたいなって・・・・。」
「ああ、俺もだ。」
「だから・・・もうあんまり離れたくないなって思っちゃって・・・・、」
恥ずかしそうにしながら、「あの・・・」と呟く。
「そのですね・・・・・私・・・・、」
「由香里君。」
彼女の言葉を遮り、「今度一緒に旅行にでも行かないか?」と尋ねた。
「一緒にプールに行く約束をしたろう?」
「え、ええ・・・・。」
「あれ海にしよう。事務所を休んで、たまにパーッと遊ぼうじゃないか。」
そう言って笑いかけると、「私・・・・、」と俯く。
「あの・・・・、」
「うん。」
「・・・・向こうにいる間、久能さんのことずっと考えてたんです。
だってずっと一緒にいるのが当たり前で、こんなに長い間い会わないなんてことなくて・・・。
だから・・・・早く会いたいなって思ってて・・・・。」
「俺も一緒さ。もし今日帰って来なかったら、オーストラリアまで迎えに行くつもりだった。」
「久能さん・・・・・。」
「帰ろう。俺たちの事務所へ。」
俺は手を出し、「荷物持つよ」と奪い取る。
そして反対側の手を差し出し、そっと由香里君の手を握った。
「あ・・・・・、」
「ほら、行こう。」
彼女の手を引っ張り、事務所へ向かって歩き出す。
「なあ由香里君。」
「な、なんですか・・・・?」
「俺、少しだけエロ本を控えようと思う。」
「そ、それは・・・・良い事ですね。」
「その代わり、これからは仕事以外でも会わないか?」
「・・・・・・・・・・。」
「イヤだと言っても、俺は会いたい。傍にいてほしいんだ。」
前を見ながらそう言うと、由香里君は強く手を握り返してきた。
「・・・今度遠くへ行く時は、久能さんも一緒に行きましょうね。」
「ああ。」
由香里君と手を繋いで歩く。
まさかこんな日が来るとは思わなかった。
これから先、どんな風に変わっていくのか分からない。
でも傍にいてほしい事だけは確かだ。
並んで歩く俺たちに、犬が駆け寄って来る。
「ねえ久能さん、この子って拾ったんですか?」
「まあ色々あってね。今は事務所の一員さ。」
「じゃあ名前が必要ですね。」
「ああ。」
「それに私がいない間にどんな依頼があったのか、すごく気になります。」
「うんと話すさ。」
「お願いします!」
由香里君はニコリと笑う。
そして痛いほど手を握ってきた。
「おいおい由香里君、一カ月ぶりの再会で嬉しいのは分かるが、ちょっと強く握り過ぎじゃないのか?」
「ねえ久能さん。」
「なんだい?」
「さっき茂美さんが言ってたこと、アレどういうことですか?」
怖いほどの笑顔でそう尋ね、怖いほどの力で手を握る由香里君。
「混浴がどうとか言ってましたよね?」
「・・・・・・え!?」
ヒュンとタマタマが縮み上がる。
冷や汗が流れ、「あ、あれはだね・・・・」と誤魔化そうとした。
「混浴って・・・一緒にお風呂に入るつもりだったんですか?」
「・・・・・・違う。」
「宿がどうとかも言ってたけど、二人で旅行に行くつもりだったんですか?」
「・・・・・由香里君、笑顔が怖いよ。」
「事務所に帰ったら色々と聞かせて下さいね。・・・・色々と。」
「そうだな。でも今日は疲れてるから、それはまた今度にしよう。」
「いいえ、絶対に今日聞きます。」
由香里君はさらに強く手を握る。
俺の骨は悲鳴を上げているが、無理矢理笑って誤魔化した。
《今日は血の雨が降ることを覚悟しておくか・・・・。》
嬉しいような、憂鬱なような、でもやっぱり嬉しいような。
まあ何はともあれ、無事に事件は解決。
そして由香里君も戻って来てくれた。
犬というエージェントも増えたし、それに千手観音という心強い味方まで現れた。
未来のことは分からないが、まあそう悪いものではないだろう。
季節は夏。
九月いえどもうだるような暑さが残る。
探偵の熱い夏は、まだしばらく続きそうだった。

             不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜   -完-

 

不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 第十三話話 化けの皮を剥げ

  • 2016.07.19 Tuesday
  • 12:57

JUGEMテーマ:自作小説

霊能力探偵、リチャード・田中。
俺は奴との勝負に負けてしまった・・・・。
負けたら看板を降ろさないといけない。
でないと、俺どころか由香里君まで奴の呪いで殺されてしまうかもしれない。
あまりに呆気ない勝負、あまりに早い決着。
俺は悠々と去って行くリチャード・田中の背中を見つめていた。
するとその時、犬が倉庫の方へ走って行った。
そして・・・・・・、
「おい、それは・・・・、」
犬は仏像を咥えていた。
足の付け根が欠けて、頭は犬の形をしている。
こんな仏像は二つとないだろう。
「おい、どこでこれを見つけたんだ?」
「ウォン!」
犬は倉庫に向かって吠える。
「倉庫にあったのは分かる。問題は倉庫のどこにあったのかってことだ。」
俺はじっと仏像を睨む。
これはリチャード・田中が見つけた仏像とまったく同じだ。
だったら奴が持っていた仏像はいったい・・・・・。
「まさか二つあったのか?しかし奴から送られたきたFAXには、そこんな事は書かれていなかったはずだ。
それにコイツは国宝級の仏像だ。そんなもんが同じ場所で二つも見つかるものなのか?」
謎が謎を呼び、「いったいどうなってんだ?」と眉を寄せた。
「・・・・ん?この仏像、ちょっと変だな。」
仏像は木で出来ている。大きさは30センチほど。
しかしその割には重かった。
「木造の仏像にしちゃかなり重い気がするな。もしかして中は金属なのか?」
俺は仏像を眉間に当てる。
俺の超能力の一つ、透視能力を駆使する為に。
この力は一センチ先まで透視することが出来る。
普段はエロ本の袋とじを覗くくらいしか使えない能力だが、今は役に立つはずだ。
「仏像の中身・・・・いったい何で出来ている?」
眉間に皺を寄せ、集中力を高める。
すると頭の中にある映像が浮かんだ。
「こ、これは!?」
仏像の中身が、透視能力によって露わになる。
「仏像の中に、また別の仏像が・・・・。」
透視で見えたもの、それは千手観音のようにたくさん手がある仏像だった。
「どうして仏像の中に仏像が・・・・、」
不思議に思っていると、犬が俺の手から仏像を奪った。
「おい!」
「グウウウウウ・・・・、」
仏像に牙を立て、噛み砕こうとしている。
「よせ!そんなことをしたらバチが当たるぞ!」
俺が止めても犬は聞かない。
メキメキと牙を突き立て、とうとう噛み砕いてしまった。
「ああ・・・・、」
木造の仏像が割れ、中から金ピカの千手観音が現れる。
「おお!金だ・・・・光り輝いている。」
眩いばかりの千手観音。
俺はそっと手に取り、ゴクリと息を飲んだ。
「すごい・・・・こんなの初めて見た。」
千手観音の大きさは、約15センチ。
割れた仏像より小さいが、それでもずっしりと重かった。
「金は鉄より重いからな。これいのせいで仏像を重く感じたんだ。」
俺は仏像を見つめながら、「しかし・・・」と呟く。
「どうして中に別の仏像が入っていたんだ?」
俺は仏像に詳しくないが、普通はこんな事はあり得ないはずだ。
「もしかしたらリチャード・田中の持って行った仏像にも・・・・、」
俺は奴を追いかけた。
黄金の仏像を抱えながら、奴を捜して走り回る。
「はあ・・・はあ・・・いないな。」
リチャード・田中はどこにもいなかった。
「アイツめ・・・・勝利を確信して、そのまま帰りやがったな。」
俺は奴の名刺を取り出し、そこに書かれた番号に電話を掛けようとした。
しかしその時、犬が金の仏像を奪い取った。
そしてスーパーの方へ戻って行く。
「待て!そいつを返せ!」
俺は慌てて追いかけて行く。
それとすれ違い様にパトカーが通り過ぎ、「犬は紐を着けて下さいよ」と怒られた。
「す、すいません・・・駄犬なもんで。」
苦笑いで頭を下げながら、犬を追いかける。
「待てコラ!」
スーパーの倉庫の前まで戻って来ると、犬は仏像を落とした。
「なんなんだお前は・・・・警察に怒らちまったじゃないか。」
そう言って仏像を拾うと、犬は倉庫の方へと走って行った。
「今度は何だ・・・・。」
いい加減うんざりしてきて、このまま置いて帰ろうかと本気で思う。
しかし犬は俺を呼んだ。
倉庫の前に立ち、「ウォンウォン!」と吠えてから、中へと消えて行く。
「この仏像は倉庫の中から持って来たんだったな。だったら・・・・まだ他にもあるというのか!」
俺はすぐに犬を追いかける。
そして倉庫の中へと入ると、犬は一人の老人に向かって吠えていた。
「ウォンウォン!」
「コラ!仕事の邪魔をするんじゃない。」
作業着を着た老人は、けたたましく吠える犬にうろたえる。
俺は「すいません」と駆け寄った。
「こいつバカなもんで。すぐに摘まみ出しますんで。」
そう言いながら老人に近づくと、急に顔を逸らした。
そして作業着の帽子を深く被り、スタスタと逃げて行ってしまう。
「ほら見ろ、お前のせいで怒ってるじゃないか。」
俺は老人を追いかけ、「すいません」と前に回り込む。
「仕事中にご迷惑をかけてしまって。」
「いや、別に・・・・・、」
老人はまた顔を逸らす。
クルリと背中を向け、また俺から逃げて行く。
「あ、あの・・・・、」
そこまで怒ることないだろうと思っていると、突然犬が老人に飛びかかった。
「うわあ!」
「おい!何してる!」
慌てて老人から犬を引き剥がす。
「バカかお前!いきなり人を襲うなんて!」
犬は牙を剥いて唸っている。
鼻に皺を寄せ、鋭い目で老人を睨む。
「いいか、飛びかかるなよ。」
犬を降ろし、地面に落ちた老人の帽子を拾う。
「すいません・・・お怪我はありませんでしたか?」
そう言いながら帽子を渡した時、「ん?」と思った。
「あんた・・・・・、」
「あ、いや・・・・・、」
「やっぱりそうだ。あんた空港で倒れていた爺さんじゃないか。」
悪霊に憑りつかれ、それをリチャード・田中に助けられた老人が、なぜか作業着姿でここにいる。
「あんたこんな所で何してるんだ?」
「これは、その・・・・、」
「まさかここで働いているのか?」
「・・・・・・・・・。」
「コラコラ、逃げるな。」
俺は老人の襟首を掴む。
するとその時、また犬が飛びかかった。
老人のケツに噛みつき、ポケットから何かを奪い取る。
「あ!それは・・・・、」
老人は慌てて犬を追いかける。
しかし足がもつれて転んでしまった。
「ウォン!」
犬が奪い取った物、それは一枚の紙だった。
「ウォンウォン!」
「なんだ?」
俺は紙を受け取り、「これは・・・」と唸った。
紙には文字が書いてあった。
「こいつはFAXか。」
俺は文字を読んでいく。しかし読むにつれて、眉間に皺が寄っていった。
『お前のキャリーケースに二体の仏像を入れてある。
そのウチの一体は本物の国宝で、闇ルートで売れば相当な額が手に入る。
もう一体は金で出来た千手観音が中に入っている。
こちらも国宝に近い代物だが、価値は俺の仏像より劣る。
そっちは仕事を手伝ってくれた礼として受け取ってくれ。
と言っても、元々お前の物だがな。
重さがまったく違うので、持てばどちらに金が入っているか分かるだろう。
明日中には取りに向かう。
くれぐれも失くしたりするなよ。』
俺は爺さんを見上げ、「これはどういうことだ?」と尋ねた。
「ここに書かれていること・・・・いったいどういうことだ?」
紙を揺らしながら爺さんに詰め寄る。
するとダっと逃げ出した。
しかし犬が咄嗟に回り込み、逃げ道を塞ぐ。
「爺さん、あんた何か隠してるな?」
「うう、これは・・・・・、」
「この紙はいったい何なんだ?」
「・・・・・ゴクリ。」
「あんた・・・・もしかしてリチャード・田中と知り合いなのか?」
そう尋ねると、爺さんは切ない顔で俯いた。
「私は・・・・、」
「んん?」
「私は・・・・坊主失格です。」
「なに?」
「仏に遣える身でありながら、悪に手を染めるなど・・・・人間すら失格だ。」
爺さんはその場に膝をつき、がっくりと項垂れる。
「爺さん・・・。」
俺も膝をつき、爺さんの目線に合わせた。
「もう一度聞く、あんたはリチャード・田中と面識があるのか?」
「・・・・・・・・・。」
「これは俺の想像だが、この紙は奴から送られてきたものじゃないのか?」
「・・・・・・そう・・・です。」
「やはりか。」
爺さんは顔を上げ、グッと目を閉じる。
そして俺の持っている千手観音に手を伸ばした。
「・・・・何代にも続いた家宝・・・・まさかこんな形で再会しようとは。」
爺さんは千手観音に触れながら、スッと涙をこぼした。
「爺さん、あんたの知ってることを聞かせてくれ。
あのリチャード・田中という男、いったい何者なんだ?
奴の持って行った仏像、そしてここにある千手観音像はいったい何なんだ?」
肩に手を置き、「答えてくれ」と頷きかける。
爺さんはポケットから数珠を取り出し、千手観音像を拝んだ。

            *

翌日の早朝、俺は空港へ来ていた。
今日は由香里君が帰って来る。
しかし今ここにいるのは、彼女を迎える為ではない。
俺は空港の入り口にあるポールに腰掛け、犬の紐を握っていた。
時計を確認すると午前5時半。
もうそろそろだと思い、空港前にある私鉄の駅に目を向けた。
まばらに人が出て来て、こちらへ歩いて来る。
その人影の中に、あの男の姿があった。
「よう。」
「久能さん・・・・。」
リチャード・田中は固まる。
俺は彼に近づき、「全部聞いたよ」と言った。
「あの爺さんが喋ってくれた。」
「なに?」
「あんた・・・・国宝の密輸が商売なんだってな。」
そう言うと。リチャード・田中は「はははは!」と笑った。
「何を言い出すかと思えば・・・・、」
クイッと眼鏡を直し、「見苦しいですよ」と嘲笑った。
「負けたからって、言いがかりをつけて腹いせですか。」
「そんなつもりはないさ。ただあんたの持ってるキャリーケースを見せてほしいだけだ。」
そう言って指さすと、「お断りだ」と首を振った。
「あなたに中を見せる義理などありませんよ。」
「どうしても見せないつもりか?」
「ええ。どうして私物をあなたに見せなければいけないんですか?」
「そうだな、確かに見せる義理はない。なら・・・・無理にでも覗かせてもらおう!」
俺は眉間に意識を集中させる。
すると・・・キャリーケースのフックがパチン!と外れた。
「今だ!」
指を向けると、犬が「ウォン!」と飛びかかった。
「うおおおお!」
リチャード・田中はもんどり打って倒れる。
その時にキャリーケースも倒れて、中身が飛び散った。
「・・・・・・・・。」
陶器や絵、それにアンティークな時計や年代物の書物など。
たくさんの物が散らばり、その中にあの仏像もあった。
俺はそれを拾い「これ、どうするつもりだ?」と睨んだ。
「これは国宝なんだろう?どうしてあんたのキャリーケースにある?」
リチャード・田中は犬を押しのけ、眼鏡を直しながら立ち上がる。
「今から警察に届けようと思っていましてね。」
「嘘つけ。これを持ってイギリスに帰るつもりだったんだろう?」
「まさか。」
小さく肩を竦め、散らばった物を掻き集める。
「それはあなたにお渡ししておきます。警察へ届けて下さい。」
「いや、その必要はない。なぜなら警察の方から来てくれるはずだからな。」
「な、なんだと?」
「あんたイギリスの警察にマークされているらしいじゃないか。」
「何を馬鹿な・・・・、」
「証拠が無いから捕まえることは出来ないが、要注意人物であることに間違いない。
だからあんたが日本へ渡って来た時、向こうの警察から連絡があったんだとさ。
三笠陽一という男に注意するようにと。」
そう言ってやると、リチャード・田中は顔色を変えた。
「お、お前・・・・どうして私の本名を・・・・・、」
「元々は古物商なんだろ?その中で色んな人脈が出来て、裏ルートへのコネクションも出来た。
だからあんたは古物商をやめ、国宝の密売を始めた。」
「貴様・・・・・いったいどこまで知っているんだ?」
リチャード・田中は怒りを滲ませる。
「無能な探偵ごときが、そこまで私のことを調べられるわけがない。
いったいどんな手を使った!?」
そう言ってビシっと指を突きつける。
すると彼の後ろから、一人の女がやって来た。
コツコツとヒールの音を響かせながら、ミニスカートから覗く艶めかしい足を見せつける。
「全て調べはついてるわ。」
女は小さく首を傾げ、ニコリと微笑んだ。
「なんだお前は・・・・?」
「私?オカルト雑誌の編集長よ。」
「オカルト雑誌だと?」
「そして久能さんと友達でもある、ね?」
そう言って女は笑いかける。
「茂美さん、わざわざ来てくれなくてもよかったのに。」
「ふふふ、まさか久能さんがこんな大物を捕まえるなんてね。
探偵らしい仕事をしたのは初めてじゃない?」
可笑しそうに笑いながら、キャリーケースから散らばった物を睨む。
「どれもこれも国宝に値するような物ばかり。闇ルートで捌けば儲かるでしょうね。」
笑顔を消し、険しい目で睨む。
「なんなんだお前らは・・・・。」
リチャード・田中は狼狽え、「こんな茶番はごめんだ」と首を振った。
「人を犯罪者呼ばわりするとは・・・・。こんな不快な連中と話すことなどない。これで失礼する。」
リチャード・田中は空港へ向かって歩き出す。
しかし突然足を止めた。
「な・・・なんで?」
誰もいない宙に向かって、目を見開いて驚いている。
「お前は成仏しははずじゃないのか?念願の仏像を取り戻して・・・・、」
そう言いながら、ゆっくりと後ずさった。
彼の視線の先には、目に見えない誰かがいる。
そして・・・・まるで幽霊のように、ゆらりと姿を露わした。
それは昨日倉庫で会った、あの爺さんだった。

 

不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 第十二話 超人対決!超能力者VS霊能力者

  • 2016.07.18 Monday
  • 12:01

JUGEMテーマ:自作小説

霊能力探偵 リチャード・田中・ジョンソン・前田・アラン
由香里君を迎えに行ったら、こんな男と出会った。
由香里君は便の遅れて帰国できず、代わりに妙な男から勝負を持ち掛けられてしまった。
『久能さん、私と勝負しましょう。逃げることは許しませんよ。』
自称霊能力者のあの男は、死にかけていた老人を復活させた。
それも徐霊という方法で。
とても信じられないが、しかし確かにこの目で見た。
こんな男と勝負などしたくないが、逃げれば呪い殺すと言う。
まさかとは思いつつ、ちょっぴり不安になったので、泣く泣く勝負を受けてしまったのだ。
男から受け取った名刺には、名前と連絡先、そしてホームページのアドレスが載っている。
奴が言うには、このアドレスにアクセスした時点で勝負開始だそうだ。
由香里君の帰国は明日。
それまでにこんな勝負を終わらせて、気持ちよく迎えに行きたい。
「さて、それじゃ言われた通りにアクセスしてみるか。」
ノートパソコンを立ち上げ、アドレスを打ち込む。
すると怪しげなページが出てきた。
「なんだこりゃ?」
真っ黒な地に、赤い文字でこう書かれている。
霊能力探偵、リチャード田中。
本名が長すぎるので、どうやら短縮しているらしい。
ていうかそんなことはどうでもいい。
問題なのは、その下に書かれていることだ。
『こんにちは。霊能力探偵のリチャード田中と申します。
イギリスで探偵をしておりますが、この度日本でも事務所を構えることにしました。
今、この国では紛い物の霊能力者や超能力者がはびこっています。
多くは偽物ですが、私は違います。
霊の声を聴き、霊の姿を見つめ、常人には無い力で依頼を解決することが出来ます。
もし嘘だと思うなら、ページの上にあるアドレスへメールを下さい。
すぐさま依頼を解決してみせましょう。
また我こそはと思う能力者がいたら、いつでも挑戦を受けます。
本物の霊能力にて、あなたが紛い物であることを証明してみせましょう。』
自信満々の文章から、あの男の顔を思い出す。
俺は「胡散臭いことこの上ないな」と辟易とした。
しかし勝負を受けた以上、挑戦せねばなるまい。
俺は奴のアドレスへメールを送ろうとした。
するとその時、突然事務所の電話が鳴った。
「まさか・・・・、」
嫌な予感を抱きながら、「久能探偵事務所です」と答える。
『もしもし?私が誰だか分かりますね?』
「ああ、さっきの霊能力者だ。」
『ホームページは御覧になられましたか?』
「見たよ、大層な自信だな。」
『私は本物ですからね。いつ、どこで、どんな能力者が相手でも、勝負を受けて立つ覚悟があります。』
奴の声は勇ましい。俺は気後れしながら、「やはり勝負をしないとダメか?」と尋ねた。
「別に色んな能力を持つ探偵がいたっていいじゃないか。どうして勝負なんか持ち掛ける?」
そう尋ねると、『ははははは!』と笑った。
『久能さん、あなたは本物なんですよ。』
「なに?」
『ホームページにも書いてある通り、多くの能力者は偽物だ。
それが霊能力であろうと超能力であろうとね。』
「確かに俺には超能力がある。しかしあんたの霊能力に比べると、随分貧弱な力なんだ。
だからそう目の仇にしなくても・・・・、」
『能力が強いか弱いかの問題ではない。本物か偽物かが重要なのです。
あなたは本物の能力者で、しかもそれを鼻にかけていない。』
「だって鼻にかけるほどのモンじゃないからな。
こんな能力なら、頭が良いとか足が速いとか、そっちの方が役に立つと思うぞ。」
『いいえ、そんな力を持つ人間は大勢います。
しかし本物の超能力を持つ人間はごくわずかだ。
私はね・・・・それが許せないんですよ。』
奴の声に怒りが灯る。
俺は「プライドか?」と尋ねた。
『そうです。本物は私一人でいい。だからあなたを倒し、この世で唯一無二の特別な探偵になりたいのです。』
「昔そう言って勝負を仕掛けてきた奴がいたよ。俺より遥かに優れた超能力者なのに、なぜか目の仇にされた。
理由はあんたと同じで、異常なまでのプライドの高さだよ。」
そう言うと、リチャード田中は『尾崎周五郎ですね』と答えた。
「知ってるのか?」
『もちろんです。彼とは以前に対決をしたことがありましてね。』
「あんたも奴と戦ったのか?」
『ええ、かなり昔の話ですが。』
「で、結果は?」
ゴクリと息を飲みながら、答えを待つ。
すると笑いながらこう答えた。
『尾崎は私の相手ではありませんでした。』
「なに?なら勝ったというのか?」
『私の一方的な勝利に終わりました。彼は大きなショックを受け、以後私の前には現れていません。』
「そんな・・・・俺はかなり苦戦したというのに・・・・、」
『確かに彼の能力はすごい。でもね、それはしょせん超能力に過ぎないんです。』
「どういうことだ?」
『霊能力には敵わないという意味です。。
超能力も素晴らしい力ではありますが、その力には限界がある。
いくら強力であろうとも、人の限界を超えられないんですよ。
しかし霊能力にはそれがない。
霊能力者は霊と交信し、そして従えることも可能です。
この意味が分かりますか?』
「まったく分からない。どういうことなんだ?」
『ふふふ・・・・すぐに分かりますよ。』
リチャード田中は不敵に笑う。
俺は不安を覚え、冷や汗を流した。
《こいつは思っていた以上の強敵だ。やはり勝負なんて受けるんじゃなかったな・・・。》
今さらながら後悔していると、リチャード田中は口を開いた。
『さて、無駄話はこれいくらいにしましょう。
今この時点から勝負を開始します。』
声を落とし、『勝負の内容を説明します』と言った。
『今から五年前、この国である失踪事件が起きました。』
「失踪事件?」
『ええ。ですが失踪したのは人ではありません。仏像です。』
「仏像・・・・?」
『有名な寺院に保管してあった、国宝級の仏像が無くなってしまったのですよ。
警察がいくら捜査しても見つからず、事件は迷宮入りしました。』
「警察でも無理だったのか・・・・。まさかそんな事件を勝負の題材にしようというのか?」
『そうです。普通の探偵なら無理でしょうが、私たちは特別だ。
だから必ず見つけることが出来るはずです。』
「いや、俺にはそんな自信は無いが・・・・、」
『私にはあります。そしてあなたよりも先に見つけ、絶対に勝利してみせますよ。』
リチャード田中は勝ち誇ったように笑う。
勝負が始まる以前から、すでに勝ちを確信しているようだ。
『事件の詳しい内容はすぐにそちらへ送ります。』
「ならFAXで送ってくれ。」
『分かりました。では番号を教えて下さい。』
番号を伝えると、電話の向こうからメモを取る音が聴こえた。
『勝負は明日の午後12時まで。それまでに仏像を見つけた方が勝ちです。』
「分かった。」
『ではご健闘を。』
リチャード田中は不敵に笑いながら電話を切る。
俺は「薄気味悪い奴だ」と受話器を置いた。
「出来るなら関わりたくない奴だが、そうもいかない。
どうにかして奴より早く仏像を見つけないと。」
しばらくすると、FAXがカタカタと鳴り始めた。
そして一枚の紙を吐き出し、「どれ」と目を通した。
『20XX年8月15日。○○市の煩悩寺という寺から、一体の仏像が盗まれた。
仏像の大きさは30センチ、木造で足の付け根が欠けている。
前日までは蔵に保管されているのを住職が確認している。
しかし事件のあった当日の朝、忽然と消えていた。
警察は盗難事件として捜査を開始。
外部犯、内部犯、両方の可能性で捜査を進めたが、まったく目ぼしい成果は上げられなかった。
捜査は難航し、現在では事実上の捜査は打ち切られている。』
FAXにはそう書かれていて、下には仏像の写真が載っていた。
白黒なので細かい部分は分からない。
しかしその顔はとても特徴的だった。
「仏像・・・・だよな?どうして犬の顔してるんだ?」
不思議に思いながら、「まあ特徴があった方が捜しやすいか」と頷く。
「事件のあった寺は・・・・この近くじゃないか!」
俺は立ち上がり、「すぐに話を聞きに行こう」と事務所を出た。
するとまたしても犬がついて来た。
「ウォン!」
「お前も行くのか?」
「ウォンウォン!」
「別に構わんが・・・邪魔だけはするなよ。」
俺はすぐに事件のあった寺まで向かった。
すると・・・・・、
「そんな・・・・どうして?」
なんと寺が無くなっていたのだ。
代わりに大きなスーパーが建っている。
「寺って・・・・無くなることがあるんだな。」
驚いていると、犬が「ウォン!」と吠えた。
「どうした?」
「ウォンウォン!」
「おいコラ!どこへ行く?」
犬はグイグイと引っ張る。
その先にあったのは、スーパーの前に屋台を出している焼き鳥屋だ。
「ウォンウォン!」
「おい、今は食い物を欲しがってる場合じゃないぞ。早く仏像を捜さないと・・・・、」
「ワフッ!」
「痛たたた!噛むんじゃない!」
犬は足に噛みつく。
そして物欲しそうに焼き鳥を見つめた。
「分かったよ、でも一本だけだぞ。」
財布を取り出し、一本だけ買ってやる。それも皮を。
しかし犬は喜んで食べた。
「それ食ったら仏像を捜しに行くぞ。」
「ウォン!」
あっという間に平らげ、まだ欲しそうにする。
「もうダメだ。焼き鳥食ってる場合じゃないんだから。」
「ウォンウォン!・・・・ワフ!」
「いくら吠えても無駄だ。これ以上邪魔するなら事務所に置いてくぞ。」
厳しい顔で怒ると、「ワフン・・・」と項垂れた。
「食い物が欲しけりゃ仕事しろ。お前だって事務所の一員なんだから。」
紐を引っ張り、焼き鳥屋から離れる。
しかし犬は踏ん張って動かない。
「おい!もう行くぞ!」
「ウォンウォン!」
「だからいくら吠えても無駄だ。餌はこれが終わってから・・・・、」
「ウォンウォンウォンウォン!ワフ!」
「なんだよそんなに吠えて。」
犬はけたたましく吠え続ける。
そしてまた俺を引っ張った。
しかし今度は焼き鳥屋にではない。
スーパーの裏にある、大きな倉庫へと向かって行った。
「どうしたんだ?」
「ウォン!」
倉庫の前まで来ると、犬は立ち止まった。
そしてシャッターの開いた倉庫の中に「ワフン!」と鳴いた。
「なんだ?この倉庫から食い物の匂いでもするのか?」
俺は倉庫の中を覗く。すると・・・・、
「どうも久能さん。」
「・・・・・お前もここへ来ていたのか。いや、それよりも・・・・、」
倉庫から出て来たのはリチャード田中だった。
そしてその腕には仏像を抱えていた。
「お前・・・・それはもしかして・・・・、」
「ええ、五年前に無くなった仏像です。」
そう言って目の前に見せつける。
仏像はFAXに載っていた通り、足の付け根が欠けている。
それに何より特徴的な顔をしていた。
「犬の顔をした仏像・・・・。」
俺はゴクリと息を飲み、「本当に見つけやがったのか」と唸った。
「しかもこんな短時間で・・・・、」
「だから言ったでしょう、私なら見つけられると。」
「いや、しかし・・・・いくら何でも早すぎる。いったいどんな手を使って・・・・、」
「霊ですよ。」
「なに?」
「霊と交信し、私の手足となって働いてもらったのです。」
「馬鹿な、そんなのあり得ない・・・・。」
「しかし現にこうして仏像を見つけた。霊の力を借りてね。」
リチャード田中は「ふふふ・・・」と笑う。
「勝負ありです。」
「待て、俺はこんなの納得しないぞ。絶対にインチキか何かに決まっている!」
「いいえ、これはインチキではありません。霊能力のおかげです。」
そう言ってポンと肩を叩き、「では」と去って行く。
「明日までに看板を降ろしておいて下さい。」
「ふざけるな!俺はこんなの認めないぞ!そんな・・・・幽霊の力を借りて見つけたなんて・・・、」
事実を受け入れることが出来ず、必死に食ってかかる。
しかしリチャード田中は一笑にふした。
「約束です。看板を降ろして下さい。」
「断る。こんな勝負は認めない。」
「では死にますか?」
「なんだと?」
「霊能力を使い、あなたを呪い殺すと言ったのですよ。」
「ふん!出来るものならやってみろ。」
「いいでしょう。ではあなたの事務所のスタッフを、全て呪い殺させてもらいます。」
「なに?全てのスタッフだと・・・・?」
「久能さん、その犬、そして・・・・本条由香里をね。」
「な・・・・なんだと?」
「あなたのことは調べさせてもらいました。
空手の強い可愛いお嬢さんが助手をなさってるようだ。」
「き、貴様・・・・由香里君にまで手を出そうというのか!」
カッと熱くなって、胸倉を掴む。
「そんなことは絶対にさせない!」
「無理ですよ、呪いを止めることは出来ない。
超能力では霊能力に勝てないのですから。」
そう言って俺の手を払い、「あなたは負けたのです」と睨んだ。
「敗者は勝者に従うしかない。だから看板を降ろして下さい。
でないとあなたの大切な助手まで・・・・・、」
ニヤリと笑い、クイっと眼鏡を直す。
「ではこれで。」
仏像を片手に、悠々と去って行くリチャード田中。
俺は呆気に取られ、奴の背中を睨むことしか出来なかった。
「馬鹿な・・・・いくら何でもこんなすぐに見つけるなんて・・・・。」
奴は言った。霊の力を借りて見つけたと。
「・・・・そんなこと・・・・信じられるものか!」
グッと拳を握り、去りゆく奴の背中を見つめる。
するとその時、犬が突然駆け出した。
「おいコラ!」
手から紐が離れ、倉庫の中へ走って行く。
そして・・・・しばらくすると、ある物を咥えて出て来た。
「おい、それは・・・・、」
「ワフ!」
俺は信じられない思いで見つめる。
犬が咥えていた物、それはリチャード田中が持っていたのと、まったく同じ仏像だった。

 

不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 第十一話 霊能力探偵、現る!

  • 2016.07.17 Sunday
  • 14:06

JUGEMテーマ:自作小説

八月が終わり、今日から九月。
月を跨いだからといって、特に何かが変わるわけでもない。
相変わらず暑さは厳しいし、セミの声はうるさい。
依頼は大したのは来ないし、あまりに暑くてエロ本を読む気力さえ失せる。
しかし九月になったことで、一つだけ変化が訪れる。
留学に行っていた由香里君が、今日帰って来るのだ。
だから俺は空港まで彼女を迎えに来ていた。
しかし中には入れない。
なぜなら犬がいるからだ。
「別にお前は来なくてもよかったのに。」
我が事務所の新しいエージェント、犬。
こいつが事務所へ来て、今日で三日になる。
柴と何とかレトリバーが混ざったような雑種だが、頭はそこそこいい。
お座りもお手もするし、伏せもお回りもする。
それに頼んでもないのにチンチンまでやってみせた。
賢いことは間違いない。しかしそれでも問題はあった。
俺がエロ本を読んでいると、必ずと言っていいほど隣に来るのだ。
真剣な目で見つめ、早く捲れとばかりに引っ掻いてくる。
こいつは犬のはずだが、どうして人間のエロ本に興味があるのか・・・・・?
まったくもって意味不明な犬だが、まあそれはいい。
一番の問題は、俺がどこへ行く時にもついて来るということだ。
本屋だろうがコンビニだろうが、それに便所だろうが空港だろうが、いくら怒ってもついて来る。
今もハッハッハと舌を出しながら、俺の隣に座っていた。
このクソ暑いのに、どうしてわざわざついて来るのか?
おかげで空港内に入れないではないか。
「ほんとにお前はストーカー気質だな。犬の世界に警察があったら捕まってるぞ。」
「ウォン!」
「尻尾を振るな、褒めてるんじゃない。」
犬はあっけらかんとした顔で、せっせと尻尾を振っている。
俺は肩を竦め、空港から吐き出されてくる人たちを眺めた。
時刻は午前10時半。もうすぐ由香里君が出て来るはずだ。
「一ケ月ぶりだな。少しカッコつけて出迎えてやるか。」
いつもはズボンの外に出ているシャツをインする。
ボタンも一番上まで留め、ボサボサの髪も力任せに撫でつける。
そして役者のように顔を作り、出てきたら「やあ」とニヒルな笑顔を見せるつもりだった。
だったが・・・・由香里君は現れない。
「変だな・・・・10時半には着くって言ってたのに。」
腕時計を見ると、11時を過ぎている。
いったいどうしたのかと思っていると、ポケットのスマホが鳴った。
「由香里君からだ。」
「もしもし?」と出ると、『ああ、久能さん』と返ってきた。
『すいません、帰るのが遅れそうです。』
「遅れる?何かあったのかい?」
『こっちの天候が悪くて、便が遅れそうなんですよ。』
「ああ、そうだったのか。大丈夫なのか?」
『けっこう荒れてるみたいです。帰国するのは明日になりそうで。』
「そうか。いや、それならいいんだ。全然由香里君が出て来ないから、どうしたのかなと思ってね。」
そう言うと、『もしかして迎えに来てくれてたんですか?』と驚いた。
「ああ、今空港の前にいるよ。」
『そうだったんだ・・・・。ごめんなさい、だったらもっと早く連絡してればよかったですね。』
「いやいや、いいんだよ。天候が悪くちゃ仕方ない。明日また来るさ。」
そう答えると『久能さん・・・』と小さな声が返ってきた。
「どうした?」
『ふふふ。』
「何がおかしいんだい?」
『いえ、別に。』
「なんだよ?誰かにお尻でも触られてるのか?」
『違います!』
「冗談さ。」
『その・・・ちょっと嬉しいなと思って。』
「ん?」
『だってわざわざ迎えに来てくれるなんて。』
「そりゃ君はウチの助手だもの。迎えにくらい行くさ。」
『ふふふ、わざとカッコつけた口調になってますよ。』
「これが本当の俺さ。もし明日も帰れなかったら、オーストラリアまで迎えに行こうか?」
キザったらしく冗談を言うと、少し間があった。
「由香里君?」
『・・・・・・・・。』
「どうした?」
『いえ、別に・・・・・、』
「どうした?そんな風に口ごもるなんて、君らしくないぞ。
やっぱり誰かにお尻を触られてるんじゃ・・・・・、」
『だから違います!』
「冗談、本気で怒らないでくれ。」
電話を離し、キーンとする耳を押さえた。
「まあとにかく・・・明日また来るよ。」
怒っているであろう由香里君の顔を思い浮かべ、肩を竦める。
すると『ねえ久能さん』と呟いた。
『もし明日も帰らなかったどうします?』
「ん?」
『明日も明後日も、その次の日も私が帰らなかった・・・・その時はどうしますか?』
唐突なことを尋ねられて、「そうだなあ・・・」と考える。
「その時は迎えに行くさ。」
『ホントですか?』
「だって君がいないと事務所が回らないもの。俺はサボってばっかだし。」
『それ所長のセリフじゃないですよ。』
「でも事実さ。君がいなけりゃ回らない。だから迎えに行くさ。」
『・・・じゃあ、もし私がいなくても回るなら、その時はどうします?』
「どうしますって・・・・、」
『久能さんだけで上手くいくなら、私はいらないってことですよね?』
「いや、実際困るわけで・・・・、」
『もしもの話です。もしそうだったら・・・・迎えに来てくれないってことですか?』
由香里君の声のトーンが、いつもとは違う。
普段はもっとハキハキ喋るのに、今は言いにくいことを口ごもっているような感じだ。
俺は「どうした?」と尋ねる。
「そっちで何かあったか?」
『いえ、そういうわけじゃないんです。留学は楽しかったし、来てよかったなって思ってます。』
「ならどうして・・・・、」
『別に・・・・何となくです。』
「そうか、何となくか。」
俺は頷き、笑いながら答えた。
「行くさ。」
『え?』
「もちろん迎えに行くよ。もし俺だけで上手くいくとしても、やっぱり由香里君にはいてほしい。
じゃないとしっくり来なくてさ。」
『久能さん・・・・。』
「たった一ケ月なのに、君がいるのといないのとじゃ大違いだ。
事務所にいても喋る相手がいないし、エロ本を読んでても誰も怒ってくれない。」
『やっぱりそういうものを読んでたんですね。』
由香里君の声に怒りが宿る。きっと電話の向こうで目を吊り上げているだろう。
俺は「誰もツッコんでくれないってのは、寂しいもんさ」と答えた。
「だから明日帰って来なかったら、君のいるオーストラリアまで迎えに行くよ。」
そう答えると、またしばらく間があった。
「由香里君?」
『・・・・・・・・。』
「どうした?」
『帰ります。』
「ん?」
『明日には絶対に帰りますから、待ってて下さいね。』
由香里君の声に元気が戻る。
俺は「待ってる」と頷いた。
『じゃあ・・・・また明日。』
「ああ。」
電話を切り、「どうしたんだろう?」と首を傾げた。
「なんかいつもと違う感じだったな。やっぱり向こうで何かあったんじゃ・・・・・。」
少し心配になり、明日帰って来たら聞いてみることにした。
「さあ犬、今日は帰るぞ。」
紐を引っ張り、空港を後にする。
すると突然犬が「ウォン!」と吠えた。
「どうした?」
「ウォンウォン!」
犬は鼻に皺を寄せながら、けたたましく吠える。
そしてグイグイと引っ張った。
「コラ!なんで空港に戻る?」
犬は空港へ走る。
そして中央口の前にある植え込みまで来ると、俺を見上げて「ワフ!」と鳴いた。
「なんだ?人が集まってる。」
植え込みの傍に、大勢の人が集まっている。
一体何があったのだろうと思っていると、犬はさらに引っ張った。
人混みを掻き分け、中心にまで俺を連れて行く。
「おい!さっきからどうしたんだ?」
紐を引っ張り、犬を引き寄せる。
するとその時、異様な光景が目に入った。
「な、なんだ・・・・・?」
人混みの中心で、歳老いた男が倒れているのだ。
ぐったりと仰向けになっていて、どうやら気を失っているようだ。
「これは・・・・、」
倒れた男は苦しそうな顔をしていた。
胸に手を当て、グッと指を食い込ませている。
「まさか・・・・心臓発作か!?」
俺は男に駆け寄り、「大丈夫か!?」と呼びかけた。
「しっかりしろ!」
肩を叩き、顔色を窺う。
「・・・・こりゃまずい、息をしてないぞ。」
俺はネクタイを緩めながら「すぐに心肺蘇生をしないと」と老人の胸に手を当てた。
そしてグッグと心臓マッサージをしながら、「誰か救急車を!」と叫んだ。
するとその時、一人の男が俺の前に立った。
「どいて下さい。」
俺を押しのけ、倒れた老人の胸に手を当てる。
《なんだコイツは?もしかして医者か?》
男は高そうなスーツを着ている。
髪はオールバックに撫でつけ、細身の眼鏡を掛けている。
歳は俺より少し上くらいの、40前後といったところだろうか。
少し頬がこけているが、その顔には深い知性を感じた。
「あの・・・・アンタは・・・・、」
「し!黙って。」
男は老人の胸に手を当て、何かの音を聴こうとしているようだった。
《もしかして心音を確認してるのか?ならやはり医者か?》
じっと目を閉じ、静かに耳を澄ます男。
すると突然カッと目を開き、「出て行けえ〜いいいいい!」と叫んだ。
「な、なんだ・・・・・、」
あまりの大声に、俺は少しばかり身を引いた。
「これはお前の身体ではない!今すぐ立ち去れい!」
男は鬼のような形相で叫ぶ。
俺もギャラリーも呆気に取られた。
「もう一度言う!これはお前の身体ではない!早々に立ち去れい!」
男は真剣な顔で、そして真剣な声で叫ぶ。
俺は思った。
《コイツ・・・・アホなのか?》
立ち去れと言っても、老人の傍にいるのはこの男だけだ。
それに・・・これはお前の身体ではないって、いったい誰に向かって言ってるんだ?
「あの・・・・アンタさっきから何を言ってるんだ?この暑さで頭でもやられて・・・・、」
そう言いかけた時、男は懐からお札を取り出した。
「もし立ち去らないと言うのなら、力づくで追い出すことになるぞ?」
お札を構え、倒れた老人を睨む。
するとその時、老人はビクンと反り返った。
「うお!」
俺は慌てて飛び退く。
老人は何度もビクン!と仰け反り、口を開けて「ああああああああああああ!」と悲鳴を上げた。
《おいおい・・・・いったいなんなんだこりゃあ?》
老人は叫び続けていたが、やがて大人しくなる。
そしてそのすぐ後に、口から黒い煙のようなものを吐き出した。
それは宙へ霧散して、ゆっくりと消えていった。
俺は眉を寄せながら呆気に取られる。
「なんだ一体・・・・?」
するとギャラリーの中から「目を覚ましたぞ!」と声がした。
「なに?」
老人に目を向けると、ゆっくりと身を起こそうとしていた。
そして辺りを見渡し、「儂はいったい・・・」と不思議そうな顔をした。
「なんでこんな場所で倒れとるんだ?確か飛行機から降りた所までは覚えてるんだが・・・・。」
老人は首を傾げ、見知らぬ場所で迷子になった子供のような顔をした。
するとお札を持った男が、「もう大丈夫です」と頷いた。
「悪いモノは追い払いました。」
「は?あんた誰?」
「私ですか?通りすがりの通行人です。」
「そりゃ通行人なら通りすがりだろ・・・・。」
「あなた・・・とても性質の悪いモノに憑りつかれていましたよ。
もしかして旅行先で悪さをしませんでしたか?」
「悪さだって?そんなことしとらん。」
「では入ってはいけない場所に入ったとか、死者に対して不敬を働くようなことは?」
男は鋭い目で尋ねる。
すると老人は狼狽え、「実は・・・・、」と口を開いた。
「海外にいる息子夫婦に会いに行っとったんだが、その息子にこう言われたんだ。
お父さん、家の傍にある池にだけは絶対に近づかないで。
あそこは昔に人体実験が行われていた場所で、幽霊の目撃例が多いんだ。
下手に近づくと不幸が起こると言うから、くれぐれも近寄らないように・・・と。」
「それで・・・・あなたはそこに近づいてしまったと?」
「そんな事を言われたら、かえって興味が湧いてな。
でも行ってみれば何の変哲もないただの池だった。
なんだか拍子抜けしちまって、『幽霊め!いるなら出て来い!』と石を投げ込んだ。」
老人は親に怒られる子供のようにシュンとする。
「それから体調がおかしくなってな。
本当なら後三日は息子夫婦の所にいるつもりだったんだが、向こうで病気にでもなったら敵わん。
だからこうして戻って来たんだが・・・・、」
そう言って目を閉じ、「やっぱりあの池に近づいたのがマズかったのか?」と尋ねた。
男はクイっと眼鏡を直しながら、「おそらくそれが原因でしょう」と答えた。
「入ってはいけない場所や、行ってはいけない場所というのはあります。
面白半分にそういう場所へ行くと、後で痛い目を見ることになる。」
そう言って「私がいなければ、あなたは死んでいましたよ」と睨んだ。
「し・・・・死ぬだって!?」
「悪霊があなたを乗っ取ろうとしていたんです。
あのまま放っておけば、あなたの魂は追い出され、そのまま死んでいたでしょう。」
「そ、そんな・・・・、」
「次からは気をつける事です。」
そう言ってまた眼鏡を直す男。
老人は青い顔で震え、「ナンマイダ、ナンマイダア〜!」と手を合わせていた。
「・・・・・・・・・・。」
俺は呆気に取られたまま固まっていた。
悪霊?憑りつく?
いったい何を言っているんだ?
怪訝な目で男を睨んでいると、「あなた・・・」と近づいてきた。
「普通の人間ではありませんね?」
「はい?」
「特殊な力を感じます。」
俺は目を見開き、口を開けて驚いた。
《どうして分かる!?俺に超能力があることが!》
そう思っていると、男は小さく笑った。
「あなたは特殊な力の持ち主だ。そして・・・・この私も。」
「私もって・・・・まさかあんたも超能力者か!?」
「いえ、私は超能力なんて凄い力は持っていません。」
「ならいったい・・・・、」
ゴクリと息を飲みながら尋ねる。
すると男は不敵に笑った。
「霊能力者です。」
「れ、霊能力・・・・・・?」
「死者の声が聴こえるんですよ。」
「まさか、そんな・・・・、」
「それに姿も見えます。」
「姿も・・・・・。」
「そして悪い霊を追い払うこともね。」
そう言ってビシッとお札を構えた。
「幸いさっきの悪霊は大人しく出て行ってくれました。
しかしもしあのまま出て行かなかったら・・・・・、」
「行かなかったら・・・・・?」
「力づくで追い払ったでしょう。」
「・・・・・・・・・。」
「その顔、信じていませんね?」
「ええっと・・・・まあそりゃ。」
「信じる信じないはあなたの勝手です。しかしこれは事実なんですよ。」
男は眼鏡を直しながら、くるりと背を向けた。
「あなた・・・・名前は?」
「俺か?俺は久能司という。探偵をやっている。」
「探偵?」
男は振り向き、「それは奇遇ですね」と笑った。
「実は私も探偵なんですよ。」
「何!あんたもか?」
「イギリスに事務所を構えていましてね。
近々日本でも事務所を出そうと思い、下見に来たわけですよ。」
男はそう言って眼鏡を直す。
別にズレてもいないのに治すのは、ただのクセか?それともカッコをつけてるのか?
おそらく後者だろうと思うが、あえてツッコまずにおいた。
「久能さん。」
男は俺に近づき、「私と勝負をしませんか?」と言った。
「勝負だと?」
「あなたは超能力探偵、そして私は霊能力探偵。
それぞれ特殊な力を持った探偵です。
しかし一つの国に、二つも特殊な探偵は必要ない。
私がこの国へ来たからには、あなたには退いてもらいたいのです。」
「何を勝手なことを。」
俺は男に詰め寄り、「この国で探偵をやりたきゃやればいいだろう」と言った。
「わざわざ勝負なんて受ける義理はない。」
そう言って踵を返し、その場から立ち去ろうとした。
するとその時、犬が「ウォン!」と吠えた。
そして俺を男の方へ引っ張る。
「おいコラ!そんな奴相手にするな。さっさと帰るぞ。」
「ウォン!」
犬は牙を剥いて唸る。
男は眼鏡を直しながら「ふ!」と笑った。
「どうやら飼い主より、犬の方が度胸があるようだ。」
「なんだと!?」
「その犬もまた、普通ではないようです。」
「・・・・はい?」
「私たちと同じだと言っているんですよ。」
男は背中を向け、ゆっくりと去って行く。
「久能さん、逃げることは許しませんよ。あなたは私と戦うのです。それも今から。」
「い・・・・今から!?」
「実は今日、ある依頼を受けていましてね。それも兼ねて日本へやって来たのですよ。」
男はポケットから名刺を取り出す。
それを俺の方へ投げると、なぜか犬がキャッチした。
「それは私からの挑戦状です。」
「いや、挑戦状って言われても、ただの名刺じゃないか。」
「ホームページのアドレスが載っています。そこへアクセスして下さい。
その時が勝負の始まりだ。」
「いや、だから勝負なんて・・・・、」
「もし逃げた場合は・・・・・あなたを呪い殺します。」
「の・・・・呪い殺す・・・・・?」
「私にはそういう力もあるんですよ。ですからくれぐれも逃げようなどと思わないことです。」
クイッと眼鏡を直し、「ではまた」と去って行く。
「なんなんだアイツは・・・・。」
男は悠々とした足取りで去って行く。
その背中は自信に溢れていて、微塵も自分が負けるなどと思っていないようだった。
「いったい何者なんだアイツは?」
去りゆく背中を睨んでいると、犬が「ウォン!」と吠えた。
「奴の名刺か。どれ・・・・・、」
名刺には名前と電話番号、それにホームページのアドレスが載っていた。
「リチャード・田中・ジョンソン・前田・アラン。・・・・どういう名前だよ。」
長ったらしいその名前からは、いったいどこの国の人間なのか分からなかった。
顔立ちは日本人っぽいが、日系外国人ということもある。
「・・・・逃げたら呪い殺すか。まさかな・・・・。」
ふっと笑い飛ばすが、もし本当だったら・・・・。
「とりあえず事務所に帰るか。後のことは・・・・その時考えよう。」
紐を引き、犬と共に空港を後にする。
由香里君のお迎えに来ただけなのに、なんだかとんでもない事になってしまった。
いつもの事と言えばいつもの事だが、しかしあの男・・・・かなり危険な臭いがする。
「・・・・まあいいさ。そこまで言うなら受けてやろうじゃないか。
こんなモンはパッパと終わらせて、また明日由香里君を迎えに来ないとな。」
名刺をいじりながら、由香里君が帰って来るであろう空を見上げた。

 

不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 第十話 私が飼う!

  • 2016.07.16 Saturday
  • 11:23

JUGEMテーマ:自作小説

幼い少女がストーカーに悩まされている。
俺はその子から依頼を受けて、ストーカーの捕獲に乗り出した。
そしてそのストーカーは今目の前にいる。
ハッハッハっと荒い息遣いで、舌を出しながら腰を振っている。
それも市民公園の犬の銅像に覆いかぶさって。
「知らなかったなあ、犬にも変態がいるとは。」
俺はストーカーに近づき、「おい」と呼んだ。
「それは銅像だ。本物の犬じゃない。」
そう言っても通じるはずがなく、まだ腰を振っっている。
「犬って無機物に欲情したりするんだな。初めて知ったよ。」
俺はまじまじとストーカーを見る。
そう、少女を追いかけますストーカーとは、この犬のことだ。
正確には少女の連れているメス犬を狙っている。
柴?秋田?それとも何とかレトリバー?
俺は犬に詳しくないが、それでも雑種であることだけは分かる。
そこそこ大きな身体をしていて、尻尾はフサフサだ。
毛は汚れているが、色艶はいい。
このご時世に野良犬とは珍しい。
俺が子供の頃はよくいたもんだが、最近ではとんと見なくなった。
犬は必死に腰を振り続ける。
しかし残念ながら、どんなに頑張っても子孫は残せない。
だって相手は銅像なんだから。
そこへ今回の依頼者である、カイちゃんがやって来た。
「ね?ここでもストーカーしてるでしょ?」
「そうだな。狙われてるのはサンマだけじゃなかったんだな。」
そう言ってカイちゃんの連れた犬を見る。
「今なら簡単に捕まえられそうだ。」
俺は犬の後ろに回り、ヒョイと持ち上げた。
「けっこう重いな。」
犬は俺に抱かれても腰を振っている。
いったいこいつの繁殖本能はどうなっているんだ・・・・?
「おじさん、その子病院に連れて行かないと。」
「分かってる、去勢するんだろ?」
「そうじゃなくて、サンマに噛まれたところ怪我してるから。」
そう言って犬の前足を指さす。
これはさっきサンマに襲い掛かった時に受けた、痛々しい反撃の痕だ。
「少し血が出てるな。」
「バイ菌とか入るから、病院に行った方がいいよ。」
「いや、この程度なら大丈夫だろう。それにサンマは飼い犬だから、噛んでも変なバイ菌は入ったりしないさ。」
「ほんとに?」
「多分。」
こいつを病院へ連れて行くとなると、費用は確実に俺持ちだ。
カイちゃんには申し訳ないが、そこまでする義理はない。
なんたって今回の依頼料、缶ジュース一本分だからな・・・・・。
どうしても病院へ連れて行きたないなら、あとはカイちゃんの家の人に任せるしかない。
「さて、捕獲は完了。カイちゃんの家に連れて行こう。」
「うん!」
俺たちは来た道を引き返し、カイちゃんの家に向かう。
犬はしばらく腰を振っていたが、やがて大人しくなった。
「これあげる。」
カイちゃんは鞄から餌を取り出し、犬に向ける。
俺は腰を落とし、口を近づけてやった。
美味そうに平らげ、次を要求する。
そうして全ての餌を平らげクセに、まだ欲しそうにしていた。
「もうないよ。」
カイちゃんは手の平を見せ、何も持っていないとアピールする。
すると不思議なもので、犬はそれ以上餌を要求しなくなった。
「大したもんだ、ちゃんと伝わるんだな。」
犬が賢いのか?それともカイちゃんの犬の扱いが上手いのか?
俺には分からないが、お互いに何か通じる何かがあるのかもしれない。
やがてカイちゃんの家に着くと、「ちょっと待ってて」と中へ消えていった。
そしてしばらくすると、中国の仙人みたいな爺さんが出てきた。
俺の方へ来るなり、「どうも孫が世話になって」と頭を下げる。
「いえ、仕事ですから。」
そう、これは仕事だ。例え缶ジュース一本分の料金とはいえ、貰った以上は仕事になる。
爺さんはマジマジと犬を見つめ、「野良だな」と言った。
「タマあ付いとる。飼うならとらんと。」
そう言って手を向けるので、爺さんに犬を渡した。
「この犬をどうするかはお任せします。私はもう仕事を果たしたので。」
「子供のワガママに付き合わせて申し訳ない。よかったら中で酒でも・・・・、」
「いやあ、それはちょっと。まだ朝ですし・・・・、」
「なんじゃい。だらしない恰好のわりに真面目だな。」
爺さんはつまらなさそうに言う。どうやら酒の相手が欲しかったらしい。
「では私はこれで。」
頭を下げ、家を後にしようとする。
するとその時、開けっ放しになった玄関から、「私が飼う!」と聞こえた。
「ちゃんと世話するから!」
悲鳴にも近いカイちゃんの叫び。
俺は爺さんに顔を寄せ、「やっぱりご両親は反対なんで?」と尋ねた。
「まあなあ・・・すでに一匹飼うとるし。」
「あの犬、サンマより大きいですからね。カイちゃんじゃ散歩に連れて行くのも大変でしょう。」
「散歩は儂が連れて行ってもいい。ただなあ、親が反対してるなら、いくら儂がOKと言うても・・・・、」
「カイちゃんね、あの犬をストーカーと呼んでいたんですよ。」
「ストーカー?」
「ええ。散歩の時にいつもサンマを狙って来るそうなんです。」
「なるほど。」
「最初は嫌がってたみたいなんですが、そのうち愛着が湧いてしまったそうで。」
「別段可愛い犬でもないのにな。」
そう言って抱いた犬を見つめる。
「でもまあ・・・昔の犬はみんなこんな感じだった。
今は人間だけでなく、犬まで小綺麗になっとる。」
「綺麗な犬が散歩する公園の隅に、明日の生活さえ見えない人が佇んでいたりしますからね。
なんだかおかしな景色だなあと思うことはあります。」
「時代だな。」
爺さんは「よっこらしょっと」と犬を抱き直す。
「まあとにかく、迷惑をかけて悪かった。」
「いえ、依頼料を貰っていますので。」
「もし何なら、改めて来てくれ。多少なら払うから。」
「お気遣いありがとうございます。
しかし依頼者はカイちゃんで、彼女から正式にお金を頂いています。
追加料金を取るような仕事でもありませんし、これで充分ですよ。」
ポケットを叩き、貰った20円をチャリンと鳴らす。
「欲のない男だな。」
爺さんはニヤリと笑う。
家からはまだカイちゃん声が聴こえていて、「私が飼ううううう!」と雷鳴にも近い叫びを上げている。
「では私はこれで。」
頭を下げ、今度こそ家を後にする。
途中で振り返ると、爺さんは家の中に消えていた。もちろん犬も。
しかしまだカイちゃんの叫びは続いていて、「こりゃ大変だな」と肩を竦めた。
「まあ飼うかどうかはカイちゃんの親が決めることだ。後がどうなるかは知らないが、俺の仕事はここまで。」
これ以上子供のワガママに付き合うつもりはない。正直なところ、あの犬がどうなるかも気にならない。
カイちゃんの叫びを背中で聴きながら、ゆっくりと事務所へ帰る。
ポケットの小銭がチャリチャリと鳴った。

            *

翌日、昼過ぎに出勤すると、事務所の前にカイちゃんがいた。
その隣には昨日の犬もいて、ハッハッハと舌を出しながら口を開けている。
「おはよう。」
手を挙げながら近づき、「昨日はどうだった?」と尋ねる。
カイちゃんは寂しそうな顔で犬の紐を握っている。
「うん、まあ・・・・その顔を見れば分かるよ。」
そう言うと、カイちゃんは勢いよく立ち上がった。
そして俺の手に紐を押し付ける。
「おじさんの家で飼っていいよ。」
「いやいや、飼っていいよじゃなくて、これは君が・・・・、」
「これで餌を買ってあげて。」
そう言って30円を俺の手に握らせる。
「じゃあね、おじさん!」
「おいコラ!」
カイちゃんは俺の声を無視して、サッと走って行ってしまう。
通路の角を曲がり、トタトタと階段を降りていく足音が響いた。
「おい待て!これは君が飼うんだろう!?」
階段まで追いかけるが、すでに姿はない。
「なんて足の速い子だ・・・・。」
俺は犬を見つめ、そして渡された30円を見つめた。
「これで餌を買えって言われてもな・・・・・。」
30円で買える食い物。
うまい棒とBIGカツと・・・・他に何かあったかな?
俺は渡された紐を見つめながら、「マジかよ・・・」と呟いた。
「なんで俺が飼わなきゃいけないんだ?こんな事なら、最初から子供のワガママなんて付き合うんじゃなかった。」
飼うつもりはない。
しかし保健所へ連れて行くのは躊躇われる。
だからといって、今さらに野放しにするわけにもいかないし・・・・・。
「おいお前、どうしてちゃんとアピールしなかった?自分を飼って下さいって。」
じっと犬の顔を見つめ、「もっと上手いことやらないとダメだろうが」と怒る。
「どうせまたサンマに襲いかかったんだろう?家に行った初日で焦るからそうなる。」
グチグチ説教をしていると、犬は突然どこかへ駆け出した。
手から紐が抜け、「待て!」と追いかける。
「・・・・・いや、いいか。このまま放っておこう。」
犬は自分から逃げたのだ。俺が逃がしたわけじゃない。
これなら野放しにしたことにもなるまい。
「・・・・・・さて、今日も暇だろうし、読書でもするか。」
事務所へ入り、机の引き出しを開ける。
しかし一冊も俺の愛読書がなかった。
「あれ?エロ本がない?」
普段なら最低でも三冊は常備してあるのに、まったく見当たらない。
由香里君がいるとポイポイ捨ててしまうが、あいにく彼女は留学中だ。
「どうして俺の愛読書が・・・・、」
そう呟いて、「ああ!」と思い出した。
「そうだ・・・・カイちゃんの依頼を受けた後、全部家に持って帰ったんだった。
さすがに子供に見つかっちゃまずいから・・・・。」
ボリボリと頭を掻き、「なんってこった・・・・」と嘆く。
「これじゃ読書も出来ないじゃないか。」
パソコンやスマホで見るという手もあるが、どうしても読書がしたい。
はあっと息をつき、「仕方ない、買って来るか」と腰を上げた。
するとその時、事務所のドアがカリカリと鳴った。
「なんだ?」
何かで引っかくような音が鳴り響き、「誰だ?」とドアを開ける。
するとそこには逃げたはずの犬がいた。
「お前戻って来たのか?いや、それよりも・・・・、」
犬は口にある物を咥えていた。
それはボロボロになったエロ本だった。
「お前・・・・どこでこんなモンを・・・・、」
そう言いかけて「まさか!」と気づいた。
「公園か!お前が腰を振っていた、あの市民公園だな!?」
犬はエロ本を落とし、「ウォン!」と吠える。
「ふむ、公園にはほとんどの場合、植え込みか木立がある。
そしてそういう場所には、よくこういう本が落ちているんだ。」
ボロボロになったエロ本を拾い、「昭和62年・・・・年代物だな」と唸った。
「こんなの中々手に入らない。お前は優秀だな。」
「ウォン!」
「うむ。お前は俺の言いつけ通り、自分を飼ってもらえるようにアピールしたんだな。偉いぞ。」
よしよしと頭を撫で、「お前とは通じるものがありそうだ」と頷いた。
「まあ犬の一匹くらいならどうにかなるだろ。今日から我が事務所の一員として迎えよう。」
「ウォン!」
犬は尻尾を振って喜ぶ。
俺も「はっはっは!」と笑った。
でも・・・・・一つ疑問が。
「なあお前。どうしてこれが俺の愛読書だと知ってたんだ?」
ボロボロになったエロ本を振りながら、真剣に尋ねる。
するといきなりお座りをして、渋い顔になった。
「・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
無言で見つめ合う俺たち。
俺の目には犬が。
犬の目には俺が。
「・・・・・なんか・・・・、」
「・・・・・・・・・・・・。」
「俺たち似てるのかもな。」
「ウォン!」
言葉は通じなくても、目を見れば通じるものがある事は分かる。
「お前は銅像に腰を振り、俺はエロ本がないからと嘆く。うん・・・・やっぱり似てるな。」
類は友を呼ぶ。
何も言わずとも、コイツは俺の趣味を見抜いたのかもしれない。
「まあアレだ。とりあえず餌でも買いに行くか。」
「ウォン!」
今日、我が事務所に仲間が増えた。
それは犬。
しかも俺と似たような奴だ。
由香里君が帰って来たら、果たしてこれをどう思うか?
とりあえず帰国するまでは黙っておこう。
彼女がどういう顔をするのか見てみたいからな。
俺たちは事務所の階段を下りて行く。
カイちゃんから渡された餌代が、ポケットの中でチャリチャリ鳴った。
「なあお前?うまい棒とBIGカツ、どっちがいい?」
犬は白けた目で俺を睨んだ。

 

不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 第九話 ストーカーを捕まえろ!

  • 2016.07.15 Friday
  • 13:09

JUGEMテーマ:自作小説

八月も残すところ後わずか。
あと三日もすれば九月に変わる。
しかしまだまだ暑さは厳しく、セミの合唱はこれでもかと冴えわたっている。
時刻は午後5時。
空には薄い雲が出ている。
そのおかげで直射日光に焼かれることはないが、それでも暑いものは暑い・・・・。
しかしへたっている場合ではない。
俺はある依頼を受けて、鋭意張り込み中なのだ。
電柱の陰に隠れながら、先を行く少女を追いかける。
犬を連れて歩き、時折キョロキョロと辺りを窺っていた。
俺は親指を立てて、《大丈夫》と小声で言う。
少女は頷き、ゆっくりとした足取りで犬の散歩を続けた。
「おのれ・・・か弱い少女を狙うストーカーめ。この久能司がとっ捕まえてやるぞ!」
怒りに燃えながら、散歩の後をついていった。
この仕事の始まりは、一昨日の夕方に遡る。
とても暇な一日で、そろそろ閉めようかと立ち上がった時だった。
突然事務所のチャイムが鳴り、「はいはい」とドアを開けた。
「申し訳ないが、今日はもう終わりなんですよ。また明日にでもお越しを・・・・、」
そう言おうとして、「あれ?」と首を捻った。
「誰もいない。」
もしかしてピンポンダッシュかと思い、ドアを閉めようとした。
すると「あの・・・」と声がして、ドアの裏から人が出てきた。
「ぬあ!」
「・・・・・・・・。」
「こ・・・・子供?」
まだ小学校低学年くらいの女の子が、犬を連れている。
「あ、あの・・・・お嬢ちゃんがピンポンしたのかな?」
「はい・・・・。」
「そうか。で、何の用かな?」
笑顔で尋ねると、その子は「ストーカーに狙われているんです」と言った。
「す、ストーカー!?」
「ずっとついて来るんです。」
「・・・・そいつはどこにいるんだ?」
「このビルの前。」
俺は「ちょっとここで待っててね」と言い残し、ビルの外へ向かった。
辺りを見渡すが、誰もいない。
遠くの通りをサラリーマンや学生が帰宅しているだけだった。
「怪しい奴はいないな。」
事務所に引き返し、「誰もいないよ」と言う。
「ほんとに?」
「ああ。」
「でもずっとついて来たんです。」
「いつから?」
「犬の散歩の時から。」
「どんな奴だい?」
「大きくて怖いんです。乱暴だし、すぐ襲って来るし。」
「お・・・・襲って来るだと!?」
俺は少女の顔を見つめ、「大丈夫だったのか?」と尋ねた。
「サンマが追い返してくれたから、平気でした。」
「サンマ?」
「この子。」
そう言って犬の紐を引っ張る。
「なるほど・・・・勇敢な犬だな。」
その犬は柴が混ざったような雑種で、凛々しい顔をしていた。
「三才、メスです。」
「そうか。えらいぞサンマ、ご主人様を守るなんて。」
頭を撫でると、嬉しそうに尻尾を振った。
「でもお嬢ちゃんを一人で帰すのは危ない。
それにもし本当に襲われたのなら、それは立派な事件だ。
とにかく警察に電話しないと。」
俺は「中で待ってなさい」と少女を招き入れた。
「家の番号は分かる?」
「うん。」
「じゃあまずは警察に掛けるから、その後家に電話しよう。」
「うん。」
俺は受話器を持ち上げ、110番する。
「・・・・ああ、もしもし?警察ですか?実はですね・・・・・、」
女の子がストーカーに襲われたらしいと言おうとすると、突然電話が切れてしまった。
「・・・・・なんだ?」
少女が机の傍まで来て、電話を切っていた。
そして真剣な目で俺を見上げる。
「あの・・・・・、」
「うん?」
「おじさんって、探偵なんですか?」
「そうだよ。人呼んで超能力探偵さ。」
カッコを受けて笑うと、少女は「?」と首を傾げた。
「いや、その・・・・どうやらスベッてしまったようだな、ははは・・・・。」
苦笑いで誤魔化し、「でもどうして電話を切ったんだい?」と尋ねた。
「これは立派な事件だから、警察に言わないと。それに家にも電話して、お父さんかお母さんに迎えに来て・・・・、」
「あのね、お願いしたいんです。」
「お願い?何を?」
「私、そのストーカーを捕まえたいんです。」
「つ、捕まえる・・・・?」
少女は真剣な顔で頷く。
俺は頭を掻きながら、「これはまた何とも・・・・」と顔をしかめた。
しかし少女は本気だった。
真面目な顔で、どうしてもストーカーを捕まえたいのだと語る。
そしてそのストーカーについて、詳しく話してくれた。
話を聞いた俺は、「それはちょっとなあ・・・・」と肩を竦めた。
「気持ちは分かるけど、やめた方がいいんじゃ・・・・、」
「でも私は捕まえたいんです。じゃないと、また怖い目に遭う子が出て来るから。」
「その考えは立派だと思うが、それは俺にじゃなくて、ご両親に相談した方が・・・・、」
「ダメだって言われました。」
「なら捕まえても結局は無駄だと思うけどなあ。」
「でもおじいちゃんは、捕まえてきたらお願いを聞いてくれるって言いました。」
「なるほど・・・・おじいちゃんはOKなわけか。」
俺は腕を組み、う〜んと唸る。
別に暇なので引き受けてもいいが、相手は子供だ。
もし何かあった場合、これは俺の責任問題ということに・・・・。
「・・・・あのねお嬢ちゃん、探偵にお願いをする場合は、お金がいるんだ。
でも君は子供だから、お金は持ってないだろう?
だからやっぱりその依頼は受けられないよ。」
そう言って断ると、少女は「お金ならあります」と言った。
肩から掛けている鞄を漁り、小さな財布を取り出す。
そしてチャラチャラと音を立てながら、チャリンと俺の机に置いた。
「はい。」
「・・・・・・・・。」
「お金をあげるから、お願いを聞いて下さい。」
「・・・・・何とも寂しい依頼料だな。」
俺は苦笑いしながら、「分かった」と頷く。
「でも家の人にはちゃんと話をしておくんだ。
もしご両親が反対したら、依頼は受けられない。それでいいね?」
「うん!」
少女は嬉しそうに頷き、犬の紐を引っ張って行く。
「あ、お嬢ちゃん、君の名前は?」
「犬川カイ。」
「そうか。ならカイちゃん、明日ここで待ってる。」
「うん!」
少女は嬉しそうに去って行き、そして翌朝またやって来た。
「お父さんとお母さんはダメって言ったけど、おじいちゃんはOKだって。」
それを聞いた俺は、「う〜ん・・・」と唸った。
「さすがにおじいちゃんの許可だけじゃあなあ。」
「ならお金を奮発します。」
そう言ってまた小銭を取り出す。
机の上に20円。
昨日の分と合わせても、缶ジュース一本しか買えない。
しかしこの子にとってはなけなしの金だろう。
こうして追加料金まで貰ってしまったわけだし、断るのは野暮というものか。
「まあいいか。危険なことをするわけじゃないし。」
俺は頷き、「君の依頼を引き受けよう」と言った。
・・・・・そして今日、カイちゃんとの依頼を果たす為に、こうして張り込みをしているわけだ。
彼女は犬を連れながら、辺りを警戒している。
時折俺を振り返り、不安そうな目をしながら。
《大丈夫、俺がついてる。》
グッと拳を握り、励ますように頷きかける。
カイちゃんも頷き、サンマを連れて歩いて行った。
やがて住宅地を抜け、市民公園に差し掛かる。
緑が豊かな遊歩道を進み、犬の像の脇を抜けながら、また住宅地へと入って行った。
「子供のクセに遠くまで歩くもんだ。」
なかなかの健脚だなと感心していると、サンマがふとアレの態勢に入った。
足を踏ん張り、お尻をプルプルさせている。
カイちゃんはサッとナイロン袋を取り出し、アレが地面へ落ちる前に受け止めた。
「まだ小学二年生なのに偉いな。そのまま放置していく大人もいるというのに。」
この子は良い子に育つ。
なんだかジーンと感動していると、ふと眉間に痛みが走った。
「こ、これは・・・・・、」
意識が眉間に集中し、集中力が高まっていく。
そして次の瞬間、一秒先の未来が見えた。
「危ない!」
俺は駆け出し、カイちゃんの前に立ちはだかる。
すると曲がり角から、一匹の犬が飛び出してきた。
「出やがったなストーカー!」
手を広げ、そこそこ大きな犬を迎え撃つ。
しかし股間にタックルを喰らい、「ぬごおおおお・・・・」と悶絶した。
「い・・・・犬のクセに正確に急所を狙って来るとは・・・・・、」
プルプル震えながら、犬を振り返る。
「あ!マズイ・・・・・、」
犬はサンマの後ろに回り、交尾の態勢に入っていた。
カイちゃんが必死に紐を引っ張るが、さすがに二匹分の体重には敵わない。
「待ってろ!今助ける!」
そう言って立ち上がると、サンマが「ウォン!」と吠えた。
背中に圧し掛かる犬に噛みつき、鼻に皺を寄せている。
犬は慌てて飛び退き、噛まれた前足を痛そうに舐めた。
「おじさん!その子がストーカー!」
「分かってる!この久能司に任せておけ!」
俺は手を広げ、じりじりと犬に近づく。
またタックルを喰らってはマズイので、最大限腰を引きながら。
すると犬は背中を向け、ダッと駆け出した。
「あ、逃げる気か!?」
すぐに追いかけたが、さすがに犬の足には敵わない。
「くそ・・・・・せっかくチャンスだったのに。」
犬は遠くへ走り去り、角を曲がって消えていく。
するとカイちゃんが「追いかけよ」と言った。
「いや、追いかけたいのはやまやまだが、さすがに犬の足には・・・・・、」
「あの子ね、他にもストーカーしてるんだよ。」
「本当か!」
「さっき市民公園に行ったでしょ?そこにいると思う。」
「分かった!ならすぐに向かおう。」
俺たちは来た道を引き返し、さっきの市民公園に戻る。
すると・・・・・、
「いた・・・・・。」
カイちゃんの言う通り、確かに犬はいた。
そして彼がストーカーしているもう一匹の犬とは・・・・、
「なんてこった。犬にも変態がいるとは・・・・・。」
犬は交尾の態勢に入り、必死に腰を振っている。
その相手とは、公園に建てられた犬の銅像だった。

 

不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 第八話 寂しい公園

  • 2016.07.14 Thursday
  • 11:47

JUGEMテーマ:自作小説

俺はある大金持ちから依頼を受けていた。
世界に名だたる自動車会社の会長、城ヶ崎仙介。
彼には50以上も歳の離れた妻がいるが、妻に内緒で浮気中である。
こう言うととんでもない男だと思うかもしれないが、城ヶ崎会長はそのような人ではない。
俺のような貧乏人には縁のない話だが、城ヶ崎会長ほどの大物になると、子供たちの相続争いやら何やらで、色々と大変なのだ。
現在の妻と結婚したのは、愛があるからではない。
なんと言うか・・・利害の一致のようなものだ。
だから城ヶ崎会長は、はっきり言ってしまえば妻を愛していない。
そして妻の方も、彼を愛していない。
花菱モーターズ会長という肩書を持つ、大企業のトップを愛しているのだ。
その城ヶ崎会長は、ひょんなことから浮気に走ってしまった。
自分の会社の社員である、、柚田美佳子という女性に恋をしてしまったのだ。
柚田さんはバツイチの子持ちで、シングルマザーとして仕事と子育てに奮闘中である。
城ヶ崎会長は、花菱モーターズ会長の城ヶ崎ではなく、城ヶ崎仙介という一人の男として、この親子に出来る限りのことをしてあげたいと願っている。
しかしながら、柚田さんはちょくちょく別れた夫と会っているという。
いったいどういう理由で以前の夫と会っているのか?
その真意を探る為、俺が雇われたというわけだ。
城ヶ崎会長は言った。
もし柚田さんが以前の夫に未練があるなら、私は潔く身を引くと。
しかしそうでないのなら、出来る限りのことをあの親子にしてあげたいと。
俺は彼の頼みを受け、柚田さんのオフィスの近くにある公園で、張り込みを行っていた。
洞窟のような遊具に隠れ、パンを齧りながら双眼鏡を覗いていた。
見張るのはもちろん柚田美佳子。
オフィスで忙しそうに働いているが、突然双眼鏡の前が暗くなってしまった。
何かと思って顔を上げると、そこには小学生くらいの少年がいた。
少年は遊具で遊びたいので、俺にどけと言う。
まあ確かに遊具は子供が遊ぶ物であって、探偵が張り込みで使う為にあるわけではない。
俺はいそいそと出て行って、少年に遊具を譲った。
しかしふと気になることがあった。
その少年の顔に見覚えがあったのだ。
スマホを取り出し、城ヶ崎会長からもらった柚田美佳子の情報を確認する。
ここには彼女の息子の写真も載っていて、それは遊具を譲れと言ったさっきの少年と、まったく同じ顔だった。
「あの子が・・・柚田さんの子供か。」
少年は一人で遊んでいる。
今は平日の昼間だが、学校は夏休みだ。
だから昼間から遊んでいてもおかしくはないが・・・・・。
「なんだろうな?せっかくの夏休みに、一人で公園に来て遊ぶもんなのか?」
そう思った時、「ああ、そうか・・・」と思い当たった。
「あの子は友達の輪に入れてもらえないんだったな。」
柚田さんの家は貧乏で、だから少年はオモチャやゲーム機を買ってもらえない。
まあそれが原因で蚊城ヶ崎会長と柚田さんが出会ったんだが。
暑い夏の公園で、一人で黙々と遊んでいる少年。
それは何とも寂しい光景に思えた。
・・・・今、俺は依頼を受けて仕事をしている。
柚田さんの真意を確認する為に。
ならばここであの少年に接触するわけにはいかない。
もしあの子から俺のことがバレたら、それはすなわち城ヶ崎会長が探偵を使って、柚田さんを調べているということばバレれるのと同義だ。
俺は踵を返し、公園から離れる。
しかしどうしてもあの少年が気になった。
「本当は友達と遊びたいだろうにな。」
少年はせっせと遊具遊びに励んでいる。
しかしその表情はまったく楽しそうではない。
どちらかというと、寂しさを誤魔化す為に遊んでいると思えた。
もちろんあの子の本意など、俺には知るよしもないが・・・・。
「・・・・まあ相手は子供だ。身分を隠せばバレることもあるまい。」
俺は公園へ引き返し、「なあ?」と声をかけた。
「その遊具は俺が先に使ってたんだ。」
「なんだよおっさん。遊具は子供が遊ぶもんだぞ。」
う〜ん・・・なかなかマセている。
俺は肩を竦め「俺もその遊具で遊びたいんだ」と言った。
「バッカじゃねえの、大人のクセに。」
「大人でも子供に帰りたい時はある。」
「今日は平日の昼間だぜ?なのに公園でブラブラしてていいのかよ?」
「そういう仕事なんだ。」
「どんな仕事だよ。」
少年は馬鹿にしたように言う。
「おっさん・・・・もしかしてリストラされたのか?」
「ん?」
「だってシャツはしわくちゃだし、髪はボサボサだし。それにヒゲも汚いし。」
「うん、まあ・・・・いつもこんな身なりだ。」
「それにまともな勤め人なら、昼間は仕事だよな?」
「勤め人か・・・難しい言葉知ってるな。」
「お母さんがよく言うんだよ。お母さんは勤め人だから、忙しいんだって。」
「そうか・・・君のお母さんは、君の為に一生懸命働いてるんだな。」
「ウチお父さんがいなくてさ、まあだからってどうってことないんだけど。」
少年はそう言って、別の遊具に走って行く。
「おいおっさん、ブランコ押してくれよ。」
すでにブランコに乗りながら、キイキイと鳴らしている。
「お父さんがいないからどうってことないか・・・・。俺にはそうは思えないけどな。」
少年はマセた態度で俺を牽制するが、その態度は明らかに喜んでいた。
「よし!じゃあ思いっきり押してやろう。」
俺は少年に駆け寄り、ブランコを押した。
「もっと強く押してよ。」
「飛んでも知らんぞ。」
俺はグッと少年の背中を押す。
ブランコは大きく傾き、少年はその勢いで靴を飛ばした。
「おお!遠くまで飛んだじゃないか。」
「俺、けっこうこれ得意なんだぜ。」
「子供の時には俺もよくやったよ。」
「じゃあおっさんもやれよ。」
少年は隣のブランコを押し付ける。
「いいぞ、じゃあ勝負だ。」
「勝負な。でも負けたら何してくれる?」
「ん?何かしてほしいのか?」
そう尋ねると、少年はしばらく間を置いて答えた。
「・・・・・ゾンビウォッチング。」
「ゾンビ・・・・?」
「ゲームがあるんだよ。マンテンドーDDSってやつ。それのゲーム。」
「ああ、知ってる。マンテンドーDDSは俺も持ってるからな。」
「マジで!?」
「君は持ってないのか?」
「・・・・前はちょっとだけ持ってたけど・・・・、」
「うん。」
「でもお母さんが返しちゃったよ。。」
「誰に?」
「何か変な爺さん。外国の人みたいな恰好してて、すげえ金持ちなの。」
「そうか・・・。」
「せっかく買ってくれたのに、なんでお母さんは返しちゃったんだろ・・・・。
あれがあれば他の奴と対戦できるのに・・・・。」
少年は悲しそうに言う。
靴が脱げた足をぶらぶらさせながら、地面の土を蹴飛ばした。
「分かった。なら君が勝ったら、俺のマンテンドーDDSをやろう。」
「マジ!?」
「ただしゲームソフトを買ってやることは出来ない。」
「だったら意味ないじゃん。」
「いくら勝負に負けたって、そこまでは出来ないさ。
ソフトは誰か他の人に買ってもらうんだな。」
「んだよ、ケチくせえおっさん。」
「よし、じゃあやるぞ!」
ブランコを漕ぎ、思い切り靴を飛ばす。
かなり遠くまで飛んで行き、公園の植え込みの中に落ちていった。
「よしよし、けっこう飛んだな。」
「やるじゃん。でも俺はもっと飛ばせるぜ。」
少年もブランコを漕ぎ、靴を飛ばそうとする。
しかしその時、「伸二!」と女の声がした。
「あ!」
少年はブランコから降りて、女の方へ走って行く。
「あれは・・・・、」
俺もブランコから降り、その女を見つめた。
「柚田美佳子・・・・。」
城ヶ崎会長の浮気相手、そして少年の母親がそこにいた。
「あんたなんで片っぽだけ靴ないの?」
「遊んでたんだ。」
「誰と?」
「リストラされたおっさん。」
そう言って俺に指を向ける。
「まずッ・・・・、」
隠れようとしても遅く、「どうも・・・」と苦笑いを浮かべる。
柚田美佳子はずかずかと俺の方へ来て、「あなた誰?」と睨んだ。
「ええっと・・・・暇を持て余したしがないサラリーマンで・・・・、」
「サラリーマンがこんな昼間から公園で遊んでるわけないでしょ。」
「・・・・ごもっとも。」
「靴が片っぽない・・・・。てことは、本当にこの子と遊んでたのね。」
「ええっと・・・・なんて言うか・・・・、」
答えに窮していると、伸二少年はこう言った。
「このおっさん、勝負に勝ったらマンテンドーDDSくれるって言ったんだ。」
「マンテンドーDDS・・・・それってゲーム機のこと?」
「うん。でもソフトはダメって言われたけど。」
「・・・・・・・・・・。」
柚田美佳子はジロリと俺を睨む。
「あ、あの・・・・・、」
「オモチャで子供を惹きつけようとしたの?」
「い、いえいえ!そういうわけではなくて・・・・・、」
「もしかして・・・・あんたも金持ちの道楽で・・・・、」
「いやいや、違います!私はただの貧乏人でして、決して城ヶ崎会長のようなお金持ちでは・・・・、」
そう言おうとして、ピタリと固まった。
「・・・・・・・・・。」
「今・・・・なんて言ったの?」
「・・・・・・・・・。」
「城ヶ崎会長って言ったわよね?」
柚田美佳子は怖い顔で詰め寄る。
「あんたいったい誰?どうしてあの人のこと知ってるの?」
「そ、それは・・・・、」
「その口ぶりだと、あの人が伸二にゲームを買ってあげたことも知ってるみたいね。
あんた・・・・あの人とどういう関係?」
「・・・・・・参ったな。」
頭を掻きながら、探偵失格だなと肩を落とす。
すると伸二少年が「もう行こうよ」と母親の手を引っ張った。
「こんなおっさんどうでもいいからさ。今日はあの人とご飯食べるんでしょ?」
伸二少年はグイグイと手を引っ張り、「俺腹減ったよ」と言う。
しかし柚田美佳子は動かない。
地蔵のようにその場に根付いている。
「・・・・・伸二。」
「なに?」
「もうあの人と会うのはやめよう。」
そう言って踵を返し、「やっぱり金持ちは信用ならない」と背中を怒らせた。
「どうしたの?今日もいつもの定食屋に行くんでしょ?」
「ううん、今日は家に帰って食べよう。」
「でも・・・・、」
「窓からあんたが見えて、仕事を抜け出してきたのよ。
でも・・・・もうあの会社には戻らない。
あの爺さん・・・・こんな奴を寄こして私たちのことを見張ってるんだから。」
柚田美佳子は俺を振り返る。
その目は怒りと悲しみに満ちていて、グッと唇を噛んだ。
「また今日から二人だからね。」
そう言って息子の手を引いて行く。
俺は「待って下さい」と追いかけた。
「柚田さん、お話したいことが・・・・、」
「ついて来ないで。警察呼ぶわよ。」
「実はある人に依頼されて、あなたに会いに来たんです。」
俺は彼女の前に回り込み、「少しだけお話を」と言った。
「話すことなんてないわ。」
「ほんの少しでいいんです。」
「お断り。」
「・・・・どうしてそこまで頑なになるんですか?何か理由が?」
「あんたに関係ないでしょ。」
「それはごもっとも。しかしですね、俺はその子と勝負をしていまして・・・・、」
伸二少年に目を向け、「今度は君の番だ」と言った。
「俺は植え込みまで飛ばした。君はどこまで飛ばせる?」
「勝ったらゲーム機くれる?」
「もちろんだ、男の約束だからな。」
俺はグッと親指を立てる。
伸二少年はブランコに駆け寄り、ギイギイと漕ぎ始めた。
「あ、コラ・・・・、」
「やらせてあげて下さい。」
「何よあんた!ほんとに警察呼んで・・・・、」
「私は伸二君と勝負をしていたんです。もし彼が俺より飛ばせたら、ゲーム機をあげるとね。」
「あんた・・・・やっぱりあの人と関係あるのね。そんなことして、伸二の気を引こうと・・・・、」
「そうじゃありません。俺はただあの子と遊んでいただけです。
勝負はたまたま始まったことだけど、でも約束は約束ですから。」
ニコリと笑いかけ、伸二少年を振り返る。
するとその瞬間、靴は宙を舞った。
大きな孤を描きながら、俺より遠くへ飛んで行く。
植え込みを越え、公園のフェンスを越え、外の歩道に落ちていった。
「見た!?ねえ見た!」
伸二少年はブランコを揺らしながら喜ぶ。
「うむ、見事な靴飛ばしだった。約束通り、ゲーム機は譲るよ。」
「マジ!ほんとに!?」
「ああ、ほんとだ。」
「うおおおお!」
伸二少年は靴下のままはしゃぐ。
「しかしソフトは買わないぞ。」
「分かってるよ。」
「誰かに買ってもらうか、友達から借りるかすればいい。」
「貸してくれる奴なんていないよ。誰かに買ってもらう。」
そう言っては母に駆け寄り、「あのさ・・・・」と手を掴んだ。
「本体はこのおっさ・・・・親切なおじさんがくれるって。
だからソフト・・・・・買ってくれない?」
手をゆすりながら、切ない顔で母に訴える。
「・・・・・伸二。」
柚田美佳子は首を振り、「ごめんね」と言った。
「お母さん、明日からまた仕事を探さなきゃいけないから、ソフトを買ってあげる余裕はない。」
「じゃああの人から・・・・、」
「それはダメ。あの人にはもう会わない。」
「なんで?もしかして・・・・お父さんと会ってるから?」
「・・・・お父さんと会ってるのは、ちょっとお金のことでね。」
「ウチ貧乏だもんね。お父さん全然お金払ってくれないし。」
「・・・・そうね。約束通りちゃんと払ってくれたら、こんなに困ることもないのに。」
柚田美佳子は疲れた顔で俯く。
しかしパッと笑顔になり、「帰ろう」と言った。
「仕事を探すのは明日から。今日はずっと一緒にいよう。」
「マジで!?」
「マジマジ。」
二人は笑いながら頷く。
そして・・・・・、
「ええっと・・・・あなた・・・、」
「久能司と申します。」
「久能さん・・・・その・・・・本当にゲーム機を頂いても・・・・?」
「構いません。男同士の約束ですから。」
グッと親指を立てると、伸二少年も親指を立てた。
「明日またこの公園に来ます。ゲーム機を持ってね。」
そう言って伸二少年を見つめ、「そしたらまた勝負しよう」と笑いかけた。
「明日もう一度勝負して、俺が負けたらソフトも買ってやる。」
「マジ!?」
「ああ、だから明日またここに来い。」
喜ぶ伸二少年。
俺は彼の頭をグシャグシャと撫で回した。
「・・・・ということです。また明日ここへ来て下さい。」
柚田美佳子に頷きかけると、「あの・・・」と口を開いた。
「あなたは・・・・あの人の部下の方ではないんですか?」
「はい?」
「いえ・・・・てっきり私たちを見張ってるものだと思って・・・・。」
「見張る?」
「・・・・いえ、何でもありません。」
柚田美佳子は不安そうに俯く。
「・・・・帰ろうか。」
そう言って伸二少年の手を引き、公園から去って行く。
「おじさん!約束だからな!また明日な!」
「おう!」
「ちゃんとゲーム機持って来てよ!」
「分かってる。」
「それと俺が勝ったらゾンビウォッチングも・・・・、」
「男に二言はない。」
伸二少年は「約束だかんな!」と手を振る。
去りゆく親子を見つめながら、俺は大きく息をついた。
「・・・・・・さて。」
親子とは反対側に目を向け、公園の奥にある木立を見つめる。
するとハットを被り、ステッキを持った老人がサッと身を隠した。
「・・・・・・・・・・。」
俺は彼の元まで歩き、「城ヶ崎会長」と呼びかけた。
「もう出てきたらどうですか?」
「あ、いや・・・・・、」
「残念ながら、最初からそこにいることは分かっていました。
これでも探偵なもんでね。」
そう言ってカッコをつけるが、気づいたのはついさっきのことだ。
チラチラとこちらを見る人影があったので、もしやと思ったのだ。
城ヶ崎会長は恥ずかしそうにしながら出て来る。
ハットを深く被り、「ううん!」と咳払いした。
「会長、まず先に謝っておかねばなりません。」
「・・・・ええ。」
「依頼は失敗しました。彼女の本意を探るどころか、もうあなたには会わないと言われてしまいました。」
「・・・・聞こえていました。目は衰えてきましたが、耳はいい方でね。」
「彼女はこう言っていましたよ。私のことを見張ってるんだろう?と。」
「・・・・・・・・・。」
「そしてこうも言いました。あなたは会長の部下の方ではないんですか?と。」
「・・・・・・・・。」
「これはつまり、会長が日常的にあの親子を見張っていたということじゃありませんか?」
「いや、そんなことは・・・・、」
「しかし随分怯えていましたよ、柚田美佳子は。」
「・・・・・・・・。」
「きっとあなたは、彼女が前の夫に会うのが気が気でならなかったんでしょう?
だから部下を使って見張っていた。
しかし彼女はそれに気づき、あなたを警戒し始めていた。」
「・・・・・・・・・・。」
「そこで私に依頼したんです。
自分の会社の者でなければ、気づかれることもないと。」
声を落としながら言うと、城ヶ崎会長は深く帽子を被りながら、顔を逸らした。
俺はそれをYESと受け取り、先を続けた。
「あなたは本当に柚田さんのことが好きだったんですね。
前の夫とヨリを戻すなら、それでも構わないなんて・・・・本心では思っていないんでしょう?
どうにかして自分の傍にいてほしい、だから見張っていた。・・・・・違いますか?」
そう尋ねると、「どう思われようと自由です」と答えた。
「私は彼女のことが好きだった。
出来ることなら、今の妻と別れ、彼女と再婚したいと・・・・・、」
「でもそれは無理だった。
もしそんなことを切り出せば、真面目な彼女に軽蔑されてしまう。
せっかく若い妻を迎えたのに、もう新しい女に乗り換えるのかと。」
「・・・・口にしかけたことはありました。ですが彼女に軽蔑されるかと思うと、とても口には・・・・・、」
「でも諦めきれなかった。だから常に見張っていた。
前の夫とヨリを戻すなら、どうにかそれを阻止しようと・・・・、」
そう言おうとすると、「それは違う!」と怒った。
「そこまでするつもりはなかった!」
「じゃあどうして見張っていたんですか?」
「・・・・答える義理はない。」
「そうですね。依頼人に恥を掻かせるのが探偵の仕事ではありません。
全ては私の妄想ですし、寛大な心で聞き流して下さい。」
俺は懐に手を入れ、小切手を取り出した。
「これ、銀行へ持って行くつもりだったんですがね、お返しします。」
そう言って突きつけると、城ヶ崎会長はは首を振った。
「申したはずです。どのような結果になろうと、依頼料は払うと。」
「・・・・そうですか。ならこのお金の中から、伸二君にソフトを買ってあげることにします。」
「あの子に?」
「さっき約束したんですよ。明日もう一度ここで勝負をすると。
もし彼が勝ったら、ソフトを買ってやるんです。」
小切手を見つめ、「きっとあの子が勝つでしょう。ソフトを買ってあげたら大喜びしますよ」と頷いた。
「残ったお金は募金でもします。失敗した仕事の依頼料を受け取るわけにはいきませんので。」
「・・・・それはあなたのお金だ。どうぞご自由に。」
会長は背中を向け、木立の奥へ去って行く。
「会長、あの親子はまた明日ここへ来るんです。
よかったら会長も一緒に靴飛ばしでもしませんか?」
そう尋ねると、一瞬だけ足を止めた。
しかし何も答えずに去ってしまう。
遠くに停まっているベンツに乗り込み、そのまま遠くへ消えて行った。
俺は手にした小切手をいじりながら、会長が去った木立を見つめていた。
 
           *

翌日、俺は約束通り公園に来ていた。
ブランコに座りながら、小さな靴を見つめる。
「あいつ靴を忘れていきやがった。」
昨日飛ばした伸二少年の靴、それを手にしながら、あの親子が来るのを待った。
横にはゲーム機とソフトを置いていて、今日会ったら渡そうと思っていた。
しかし・・・・来ない。
昨日と同じ時間にやって来たのだが、二時間待っても来なかった。
「時間を指定してなかったからな。もうしばらく待ってみるか。」
小さな靴を弄びながら、暑い公園に佇む。
すると遠くから人影がやって来て、「どうも」と帽子を取った。
「会長。」
城ヶ崎会長はニコリと笑い、隣のブランコに座った。
「今日も暑いですな。」
「ええ、このままいけば、10年後には外に出られなくなりそうです。」
「私が子供の頃は、夏といえば外を駆け回ったもんだが・・・・そういう光景も見られなくなるんでしょうな。」
公園にはまばらに親子連れがいるが、夏にしては子供が少ない。
まあ無理もない。この暑さだと、下手に外へ出れば熱中症になってしまう。
「久能さん。」
会長が口を開き、「今日柚田さんから電話がありました」と言った。
「本日で退職させて頂きたいと。」
「やっぱり辞めるんですね。」
「田舎の実家へ帰るそうです。今頃は新幹線に乗っているでしょう。」
「え?でも今日はこの公園へ来る約束ですが・・・・・、」
「ゲーム機は彼女が買ってあげたそうです。ソフトも一緒にね。」
「そう・・・・なんですか。」
「退職金が入るから、奮発してあげたそうです。あの子もさぞ喜んでいるでしょう。」
城ヶ崎会長は空を見上げ、「せめて直接会って別れを言いたかった・・・」と涙ぐんだ。
「情けないとお思いでしょう?いい歳こいた爺さんが、フラれて泣くなど・・・・、」
「いえ。失恋は幾つになっても痛いものですよ。」
城ヶ崎会長はハンカチを取り出し、目尻を拭う。
それを手の中で弄びながら、「今日はこの後仕事は?」と尋ねた。
「いえ、とんと。」
「なら・・・・よければ酒でも付き合ってもらえませんか?」
「いいですよ。俺の行きつけの店があるんです。
馬鹿っぽい店ですが、辛いことは吹き飛ぶこと請け合いです。」
会長は小さく頷き、ブランコから立ち上がった。
「あれ、まだ残ってますかな?」
「はい?」
「依頼料ですよ。」
「ええ、まだ手元にありますが・・・・、」
「なら久能さんの奢りということで。」
そう言って肩を竦める会長。
俺は笑って頷いた。
「フラれた相手に奢ってもらうわけにはいきません。
この久能司、会長の心ゆくまでお付き合い致しましょう。」
失恋の痛手は、男同士で飲みながら寂しく癒すのに限る。
ゲーム機とソフト、そして小さな靴を抱えながら、会長と共に公園を後にする。
うだるような熱の中、振り返った公園はとても寂しく見えた。

 

不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 第七話 大金持ちの密かな恋

  • 2016.07.13 Wednesday
  • 11:33

JUGEMテーマ:自作小説

季節は夏。
それも突き刺すような陽射しが照り付ける真夏だ。
今は八月の下旬で、盆は過ぎている。
昔は盆が過ぎれば暑さも治まったものだが、地球温暖化の昨今、涼しくなるどころか、ますます暑さが増すというものだ。
俺は額を流れる汗を拭い、双眼鏡を覗き込む。
「こんな暑い日に張り込みなんてなあ・・・・エアコンの効いた部屋でビールでも呷りたい。」
ゴクリと唾を飲み、双眼鏡に映るオフィスの窓を睨む。
「あれが例の愛人か・・・・えらく美人だな。」
オフィスの中では事務員の服を着た美女が仕事をしている。
カタカタとパソコンを叩いているようで、時折スマホを確認している。
「あんな美人が愛人とはねえ・・・・やっぱり社長ともなると違うもんだ。」
事の始まりは、一昨日の昼頃まで遡る。
いつものように鼻くそをほじりながらエロDVDを見ていると、事務所のチャイムが鳴った。
俺はすぐにDVDを消し、鏡でエロい顔になっていないかを確認してから、「はい」とドアを開けた。
「当探偵事務所に何か御用でしょうか?」
営業スマイルを振り撒きながらドアを開けると、そこには白髪の紳士が立っていた。
パリッとしたスーツに、チェック柄のシャツ。
首元には蝶ネクタイをしていて、頭にはハットを被っている。
ズボンはくるぶしの辺りまで折っていて、手にはステッキを持っていた。
《なんだこのイギリス風の紳士は?》
じっと見つめていると、「依頼をお願いしたいのだが」と言った。
「え?・・・・ああ!はいはい、どうぞ中へ。」
「失礼する。」
白髪の紳士は帽子を取りながら事務所へ入る。
「どうぞそこへお掛けになって。」
ソファに座らせ、台所に向かう。
いつもなら昆布茶か玄米茶を淹れるが、イギリス風の紳士にそれは似合うまい。
昔に買ったきりの紅茶を引っ張り出し、熱いお湯を注いだ。
賞味期限はとうに過ぎているが・・・・まあ大丈夫だろう。
消費期限じゃないんだから、腹を壊すことはないはずだ。
紅茶を運び、「本日はどのようなご依頼で?」と笑いかけた。
白髪の紳士は一口紅茶をすすり、「これは・・・・」と唸る。
「どうかしましたか?」
「これ、珍しい味ですな。」
「ええ、滅多に手に入らない上物です。中世の貴族が愛したという名品中の名品で・・・・・、」
「賞味期限が過ぎてる。」
「・・・・・・・・・。」
「飲んでみて下さい。」
「・・・・・これは失礼。お取替えいたします。」
紅茶を捨て、昆布茶を淹れる。
白髪の紳士はズズッとすすり、「実はですな・・・」と切り出した。
「私、妻に内緒で浮気をしておりまして。」
「ほう。」
内緒でなければ浮気ではないと思うが、話の腰を折るのは悪い。
手を向けて先を促した。
「私は今年で75になります。妻には10年前に先立たれました。」
「しかしさっきは妻に内緒でと?」
「新しい妻です。二年前に再婚したのですよ。」
「そうでしたか。それは失礼しました。」
「ちなみに今の妻は22です。」
「に・・・22?」
「私、恥ずかしながらこの歳で婚活パーティーなるものに参加しましてな。
そこで今の妻と知り合ったのです。」
「ははあ・・・それは何とも。」
75で22と再婚だと?
世の中どうなっている!
俺なんてこの前行った喫茶店で、若いウェイトレスからお釣りを渡される時に、空中で落とされたというのに!
怒りを抑え、笑顔を保つ。
「さぞ驚きでしょう。こんな老いぼれが22の娘と結婚などと。」
「いえ、そんな・・・・、」
「いいのですよ、いくらでも笑って下さい。」
白髪の紳士はズズッと昆布茶をすする。
「私が再婚を望んだのは、二つ理由があります。
一つは前の妻に先立たれて寂しかったから。
もう50年以上も連れ添った仲で、傍にいるのが当たり前になっていました。
それがいなくなってしまって、心に穴が空いたような感じになってしまいましてな。」
寂しそうな目をしながら、窓の外を見つめる白髪の紳士。
俺は「さそお辛いでしょう」と頷いた。
「もう先立たれて10年も経ちますからな。さすがに心の傷は癒えました。
しかし寂しさだけは埋まらず、婚活パーティーなるものに・・・・。」
そう言って目を伏せ、恥ずかしさを誤魔化すように蝶ネクタイをいじった。
「なんとなくお気持ちは分かります。まだ未婚の身で言うのはおこがましいですが。」
「ははは、お気遣い頂き感謝します。」
「それで・・・・二つ目の理由は?」
手帳を取り出し、ペンを握る。
すると白髪の紳士は急に表情を引き締めた。
さっきまでは感じの良い老紳士だったのに、今は眼光鋭い戦人のようになっている。
「実は私、こういう者でして。」
白髪の紳士は名刺を取り出す。
そこにはこう書かれていた。
「花菱モーターズ 城ヶ崎仙介」
それを見た俺は、腰を抜かしそうになった。
「あ、あの・・・・花菱モーターズって・・・・世界に名だたる大企業で、しかも自動車で世界シェア二位のあの・・・・?」
「はい。」
「そして城ヶ崎仙介といえば、その会社を興した伝説の経営者・・・・そして現花菱モーターズ会長の・・・・、」
「そうです。」
「・・・・・マジか。」
俺はまじまじと名刺を見つめ、「大変失礼を致しました」と頭を下げた。
「まさか花菱モーターズの会長様とは知らず、とんだご無礼を・・・・、」
「いえいえ、会長などとは名ばかりで、今ではただの隠居ジジイです。」
「いや、そんな・・・・、」
「そうお気遣い下さるな。今は依頼をお願いしに来た、ただの浮気ジジイです。」
「はあ・・・・。」
俺は恐縮のあまり、名刺を持つ手が震えた。
《マジかよ・・・・世界に名だたる大企業の会長が、どうして俺なんかの所へ・・・・、》
探偵事務所なんていくらでもあって、こんな場末のしょうもない所へ来る理由とはいったいなんだ?
そもそもここまで凄い人なら、探偵など雇わなくても、知りたいことは何でも調べられるのではないのか?
頭の中でグルグルと渦が巻く。
城ヶ崎会長は「お話を続けても?」と尋ねた。
「え?・・・・ああ!どうぞどうぞ!」
「先ほど申した二つ目の理由なのですが、それは遺産にあります。」
「遺産・・・・ですか?」
「私、そこそこ大きな会社の経営をしておりましたもので、蓄えだけは人様よりもあるのです。」
「それはもう凄まじい額でしょうね。俺なんかが一生懸っても稼げないくらいの。」
「嫌味に聴こえたら申し訳ない。
しかしその蓄えを巡って、息子たちがいらぬ諍いを起こしましてな。」
「なるほど・・・・相続争いですか?」
「別に全部くれてやっても構わんのですが、下らない諍いの為に会社に迷惑がかかるのだけは避けたい。
そこで新しい妻を迎え、息子たちに牽制をかけたのです。
これ以上下らない争いを続けるなら、お前たちには一円たりとも残さないという意味で。」
そう語る城ヶ崎会長の目は、猛獣のように鋭かった。
《きっとこの眼光が城ヶ崎会長の本性なんだろうな。
穏やかな爺さんを気取っちゃいるが、怒らせたら一番怖いタイプだ。》
俺はいとまいをただし、「ならば・・・」と口を開いた。
「新しい奥さんを迎えたのは、これ以上の相続争いをやめさせる為だと?」
「ええ。もし下らない喧嘩をやめないのなら、遺産は全て妻の手に渡ることになります。
もちろん後から奪おうなどと企んでも無駄です。
信頼できる部下や友人に、妻のことはよろしくと頼んでありますので。」
「それならば、息子さん達はこれ以上の争いは出来ないわけだ?」
「その通りです。私の目論見通り、息子たちは大人しくなりました。」
「このまま喧嘩を続ければ、一円も入って来ないわけですからね。」
「遺産の半分は息子たちに。残りの半分の半分は寄付して、その残りを妻に渡すつもりです。」
「ははあ・・・・なんとも立派な方だ。さすがは花菱モーターズの会長。
私ならいくら頑張ってもそこまでの人格者として振る舞えません。
死ぬ前に全部キャバクラで使ってしまうでしょうね。」
そう言うと、城ヶ崎会長は「ははははは!」と笑った。
「キャバクラで使い切れる額なら、そうするのも悪くありませんな。」
可笑しそうに笑い、また元の穏やかな表情に戻る。
「会長が再婚なされた理由は分かりました。
しかしどうしてその・・・・・、」
「浮気をと?」
「ええ。今回の依頼は、その浮気に関することなんじゃありませんか?」
「仰る通りです。」
会長は頷き、懐から写真を取り出した。
そこには30代くらいと思われる美人が写っていて、ニコリと笑っていた。
横には会長が立っており、後ろには富士山が見える。
「この女性がその浮気相手の方ですか?」
「ウチの会社の事務員です。」
「会長が事務員の方と浮気を・・・・、」
「愛人ですよ。」
「あ・・・・愛人。」
エロい響きに、ゴクリと唾を飲む。
多分俺には一生縁のない話だろう。
「彼女の名前は柚田美佳子。歳は33で、バツイチの子持ちです。」
「ば・・・バツイチで子持ち?」
会長は頷き、ズズッとお茶をすする。
「私は毎朝近所の河原を散歩するのが日課でしてな。
あの日もいつものように河原の土手を歩いておりました。
すると小さな子供が泣いているのです。
聞けば学校でイジメられているとのこと。
家が貧乏で、ゲームやオモチャを買ってもらえずに、友達の輪に入れてもらえないそうなのです。」
「ああ、そういうのは私の時代にもありましたよ。
子供ってのは可愛いけど残酷なものですからね。」
「ええ。悪意が無い分余計に性質が悪い。
昔の政治家も言っていましたが、子供は小さな猛獣ですよ。」
残り少なくなったお茶を飲み干し、ふうっと息をつく。
「代わりをお持ちします。」
「いえいえ、もうじき終わるのでけっこうですよ。」
そう言ってニコリと笑い、表情を引き締めた。
「見かねた私は、その子にゲーム機を買ってやりました。
今流行りのゾンビウォッチングとかいうゲームです。
その子はたいそう喜んでくれました。
しかし・・・・次の日にトラブルが起こったのです。」
「トラブルですか?」
「その子の母親が、私の所へ怒鳴り込んできたのですよ。
昨日買ってあげたゲーム機を持ってね。」
「え?でもその子の母親は、会長の所の社員では・・・・、」
「そうです。事務服を着たまま、会長室まで乗り込んできたのですよ。
秘書の制止も振り切ってね。」
そう言って小さく笑い、組んだ手を見つめた。
「私の部屋まで乗り込んで来た彼女は、こう言ったのです。
私たち親子は、お金持ちに同情されるほど落ちぶれていません!
このゲームはお返しします!・・・・とね。」
「ははあ・・・・それはまた何とも強気な・・・・、」
「そして去り際にこう言ったのです。
貧乏人だからって、誇りまで失くして生きているわけじゃありません。
こんな事をするような人が会長なら、こんな会社には用はありませんと。
そう言って退職届を叩きつけていきました。」
「またえらく豪気ですね。」
「子供を抱えたシングルマザーなのに、退職届を叩きつけていったんです。
普通ならそんなことは出来ませんよ。
しかし彼女はそうした。
それはきっと、私があの親子のプライドを傷つけてしまったからです。
お金があるからと、見知らぬ子に安易にゲーム機を買い与える。
それは金持ちの傲慢に過ぎないと言いたかったのでしょう。」
「でもその方は会長の会社に勤めているんでしょう?
それならば給料もそれなりにあるはずでは・・・・?」
「いえ、彼女は正社員ではないのです。アルバイトと社員の中間にある、準社員というやつでしてね。
それにウチの会社といっても、ほとんど下請けのような所ですから。」
「なるほど・・・・それなら子供を抱えての生活は苦しいですね。」
「私はひどく落ち込みました。
よかれと思ってやったことが、あの親子を傷つけてしまった。
これは何か罪滅ぼしをしなければと思い、食事に誘ったのです。」
「食事ですか?」
「なるべく安い所にね。
この前の無礼のお詫びとして、近所の定食屋でご飯でもいかがですか?と。」
「で、彼女はなんと?」
「向こうも謝ってきました。
あの時はカッとなっていて、大変失礼なことをしてしまったと。
もし出来ることなら、きちんと頭を下げてお詫びしたいと言ってくれました。」
「なるほど。お互いに謝りたかったわけだ?」
「ええ。私たちは定食屋で再会し、あの日のことをお互いに謝りました。
そして・・・・それからちょくちょく会うようになったのです。」
「あの・・・・先ほど愛人と申されましたが、それはもう男女の関係になったということで・・・、」
「心はね。」
「はい?」
「肉体関係はありません。
私はもう75ですし、それに向こうもそういうことは求めていないようですし。」
「はあ・・・となると、それはただの友達では?」
最もな疑問をぶつけると、会長は首を振った。
「いいえ、私は彼女を愛しているのです。例え肉体関係がなくても、彼女を恋人と思っております。
少なくとも私の方は・・・・。」
そう言って自信のない顔をした。
先ほどの鋭い眼光はどこへやら?
今では気の弱い爺さんに見える。
「実は依頼したいのはそのことで、彼女の心を探ってほしいのです。」
「それは・・・相手の気持ちを知りたいということですか?」
「はい。どうも彼女は以前の夫にちょくちょく会っているようなのです。」
「なるほど・・・・ヨリを戻そうとしている可能性があると?」
「もしそうならそれで、私は構いません。
好きな男と結ばれるのが、一番いいのですから。
しかしそうでないのなら、私はあの親子に出来る限りのことをしてあげたい。」
「いやあ・・・しかし会長はご結婚されているわけでしょう?
あまりに派手なことをされるのは・・・・、」
「ははは、妻が結婚したのは、私ではありません。」
「はい?」
「城ヶ崎仙介という男と結婚したのではなく、花菱モーターズ会長の城ヶ崎と結婚したのですよ。」
「・・・・はいはい、なるほどね。」
「ですがそれはこちらも同じです。お互いに愛があって結ばれたわけではない。」
そう言って少しだけ寂しそうな顔をした。
「しかし柚田さんは違う。私は本当に彼女のことが・・・・・。
だからあの親子に出来る限りのことをしてあげたい。
花菱モーターズの会長としてではなく、城ヶ崎仙介という一人の男として。」
そう言って立ち上がり、「どうかよろしくお願いします」と頭を下げた。
俺は神妙な顔で、「あの・・・」と尋ねた。
「どうして私なんでしょうか?
会長ほどの方なら、こんなしがない探偵を頼らなくても・・・・、」
「これは個人的なことですので、会社を関わらせるわけにはいきません。
もし知れたら、私はともかく彼女が会社にいられなくなるでしょう。」
「なら彼女はまだ退職はしていない?」
「私が退職届を突き返しました。
あなたのような誇り高い人間を、辞めさせるわけにはいかないとね。」
「なるほど・・・・。」
「それに・・・・久能さんは超能力を使える探偵であると耳にしました。
あなたならきっと彼女の心を探ってくれるでしょう。」
「いや、俺はテレパシーは使えないんですけど・・・・、」
「しかし数多くの依頼を解決なさっている。
私の調べた限りでは、解決出来なかった依頼は一つもないはずだ。」
「それは買いかぶりですよ。俺なんか脱サラしただけのしがない探偵で・・・・、」
そう言おうとすると、会長は口を塞ぐ真似をした。
そして懐から二枚の封筒を取り出し、俺に向けた。
「こちらの封筒には私の個人的な連絡先、そして彼女に関することが載っています。」
「・・・・分かりました、受け取りましょう。で、もう一つの封筒は?」
「依頼料です。」
「ああ、お金は後からでいいですよ。必ずしも依頼が成功するとは限りませんから。」
そう答えると、会長は首を振った。
「もし上手くいかなかったとしても、お金はお支払いします。どうぞ受け取って下さい。」
「いいんですか?失敗した場合は、依頼料は半分になりますが・・・・、」
「構いません。どういう結果であれ、全額お支払いします。」
「分かりました。では・・・・。」
受け取った依頼料の封筒は、とても薄い。
紙切れ一枚しか入っていないような・・・・。
「では私はこれで。何か分かったらご連絡下さい。」
そう言って帽子をかぶり、丁寧に頭を下げて出て行った。
窓から見送ると、大きな黒塗りのベンツが停まっていた。
周りには厳ついボディガードがいて、会長が少しだけ顔を覗かせる。
俺が頭を下げると、向こうも会釈を返してきた。
そしてベンツに揺られながら、事務所を後にした。
「大変だな。一人で動きたくても、周りがそれを許さないんだろう。」
こんな依頼をするくらいだから、きっと一人で来たかったに違いない。
しかし花菱モーターズの会長ともなると、その立場はほとんど公人と変わらない。
完全な自由は許されないのだろう。
「まあいい。依頼料さえもらえるなら、相手が大企業の会長だろうと問題ないさ。」
そう言って封筒を開けると、一枚の小切手が入っていた。
その額・・・・なんと二千万!
「・・・・・やっぱ違うな、デカい会社の偉い人は。
ていうか金銭感覚が狂ってるだけかもしれないが・・・・。」
くれるというなら、貰っておくのが道理。
俺は窓の外を見つめ、さっそく仕事に取り掛かることにしたのだった。
・・・・・そして今、会長の愛人である柚田美佳子を見張っている。
別れた夫と会っているということらしいが、今の所はそんな気配はない。
まあ仕事中だから当たり前だけど。
俺はオフィスから離れた公園に身を隠し、張り込みを続ける。
洞窟のようになった遊具の中に潜み、パンとジュースを飲みながら仕事に勤しんだ。
親子連れが怪しい人でも見るような視線を向けて来る。
中にはそそくさと逃げて行く親子もいた。
「・・・・完全に不審者だな。」
もぐもぐとパンを食べ、張り込みを続ける。
するといきなり双眼鏡が真っ暗になった。
「なんだ?」
顔を上げると、子供が双眼鏡を覗き込んでいる。
「おい君、今は仕事中なんだ。邪魔しないでくれるか?」
そう言って追い払おうとすると、その子は「お前がどっか行け」と言った。
「なんだと?」
「お前がいるからここで遊べないだろ。」
「・・・・確かに俺のせいで遊具を占領してるが・・・・。」
やれやれと思い、よっこらしょっと遊具から出る。
しかしその時、ふとその子の顔に見入った。
「・・・・・なあ君?」
「何?」
「もしかして・・・・・、」
「?」
「いや、何でもない。」
俺は遊具から離れ、スマホを取り出す。
ここには会長から渡された、柚田美佳子に関する情報を撮影してある。
その中に、彼女の息子の写真もあった。
「・・・・間違いない、あの子だ。」
俺が隠れていた遊具で遊んでいる少年。
それは会長の愛人の息子だった。

 

不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 第六話 悪夢の正夢

  • 2016.07.12 Tuesday
  • 11:29

JUGEMテーマ:自作小説

古代アトランティスにあったオーパーツ、謎の髑髏。
どういうわけか、それが俺の手元にある。
昨日月刊ケダモノの編集長がやって来て、俺の手に預けていったのだ。
この髑髏の所有者は、幸運か不運に見舞われるという。
その噂が真実かどうか確かめる為に、俺が一日預かることになったというわけだ。
「どうしてこんな気味の悪い物を預かっっちゃったんだろうなあ。」
月刊ケダモノの編集長、椿茂美は、依頼の度に色仕掛けを使ってくる。
ハマるまいと注意していても、いつの間にか虜になっているのだ。
「あれこそ魔性の女だ。今度という今度は約束を守ってもらわなければ。」
この依頼を終えたら、茂美とエロイこと・・・・もとい大人の時間を過ごせる。
今まではなんやかんやと言い訳をして、結局そういうことはさせてもらえなかった。
だが今回ばかりは違う!
茂美・・・・明日の夜は覚悟しておくことだ!
俺はテーブルの上に置いた髑髏を睨む。
人の手に乗るくらいの大きさで、頭に角らしき物が生えている。
しかも目玉の穴は三もつある。
なんとも不気味な髑髏だが、預かるのは一日だけ。
幸運が起きるか不運に見舞われるかは知らないが、仕事である以上こなさなければなるまい。
今日は休みなので、家でダラダラ過ごす。
エロ本を読み、借りて来たエロDVDを眺め、芸人が騒ぎまくるバラエティを見ていた。
時刻は午後二時。
預かってから六時間以上経つが、何も起こらない。
俺はカップ麺で昼飯を済ませ、だらりと寝そべった。
どこかへ出かけたいが、コイツを置いて行くのは不安だ。
かと言って持ち歩くなんて嫌だから、今日は家にいるしかない。
頭はまだ二日酔いが残っていて、じわじわと痛む。
昨日ビッグ・マダムでしこたま飲んだせいで、頭痛と胸やけに苛まれていた。
「不思議なもんだ・・・・二日酔いになると、二度と酒なんか飲むかって思うのに、また飲んじまう。
人間の自制心なんて、そう大したもんじゃないな。」
哲学めいたことを考えていると、いつに間にか眠っていた。
「・・・・・・ああ!」
悪夢にうなされて、ガバッと飛び起きる。
「また悪夢か・・・・。前と同じで、事務所が焼ける夢だ。
由香里君は愛想を尽かし、俺の元から去ってしまう。
その元凶は・・・・茂美だ。」
頭を押さえ、「もうそろそろあの女とは縁を切った方がいいのかもしれんな」と呟く。
「これ以上関わっていたら、本当に俺の身が滅びかねない。
今回に依頼を終えたら、もう二度と仕事は引き受けな・・・・、」
そう言いかけた時、ふと気づいた。
「あれ・・・・髑髏がない。」
テーブルの上に置いた髑髏が、いつの間にか消えている。
「寝ぼけて蹴落ととしちまったのかな?」
そう思って部屋を捜すが、どこにもなかった。
「どこいったんだ?」
まさか空き巣が入ったのかと思い、ドアや窓を確認してみる。
しかしそのような形跡はなかった。
「おかしいな。」
ボリボリと頭を掻き、このまま見つからなかったらマズイと思った。
「困ったな・・・茂美からの預かりモンなのに。」
くまなく部屋を捜すが、どこにも見当たらない。
「・・・・まあいいか。失くしたもんはしょうがない。
茂美には上手いこと言って誤魔化しておくか。」
二日酔いは治まり、その代わりにまた酒が欲しくなる。
俺は今夜もビッグ・マダムへ繰り出すことにした。
「人間ってのは学習しない生き物だ。これでまた二日酔いだな。」
靴を履き、アパートの外に出る。
外は蒸し返すような空気で、しかも陽は落ちていた。
「随分眠ってたもんだ。」
暑い夜道を歩きながら、陽気に口笛を吹く。
するとその時、ポケットでスマホが鳴った。
「もしもし?」
『ああ、久能さん?』
「茂美さんか。何か用か?」
『あのね、落ち着いて聞いてほしいんだけど・・・・、』
「どうした?あんたらしくない神妙な声出して。」
『実はね・・・・久能さんの事務所、燃えてるのよ。』
「な・・・・・なにいいいいいい!?」
『今消防車が来てるわ。幸いボヤで済みそうだけど、急いで事務所まで・・・・、』
茂美が言い終える間に、電話を切って走り出した。
途中でタクシーを捕まえ、急いで事務所に向かう。
すると赤いランプを点滅させた消防車が来ていた。
「お・・・俺の・・・俺の事務所があああああああ!」
事務所からはモクモクと黒い煙が上がっていて、消防車が放水している。
「なんでこんな事に・・・・。」
火の始末はちゃんとしたはずだ。
タバコも消したし、コンロも確認した。
なのにどうして・・・・。
「久能さん!」
茂美がやって来て、「大変だったのよ」と言った。
「ウチの出版社は久能さんの上の階でしょ?だから煙が上がってきちゃって・・・・、」
「あんたの所はどうでもいい!どうして・・・・どうして俺の事務所が燃えてるんだ!?」
泣きそうな目で尋ねると、茂美は例の髑髏を取り出した。
「ああ!なんであんたがそれを・・・・、」
「実はね・・・・、」
茂美は言いにくそうにもじもじとした。
「これの持ち主である農家のおじいさんが、すぐに返してくれって電話してきたのよ。
約束じゃ一週間は預かってもいいってことになってたのに。」
「農家の爺さんだと?それは古代アトランティスの髑髏じゃないのか!?」
「まさか。嘘に決まってるでしょ。」
「んなッ・・・・・、」
「最近これと言ったネタがなかったらから、何でもいいからでっち上げようってことになってね。
そしたらウチの出版社のスタッフのお爺さんが、変わった骨を持ってるって言うのよ。
だからそれをネタにして、面白おかしく記事にしようとしたわけ。」
茂美はわざとらしい表情で、「ごめんねえ」と謝った。
しかし俺は「OKOK」と首を振った。
「そんなのはいい、いつものことだからな。」
「そう言ってくれると助かるわ。」
「だがな、どうして俺の事務所が燃えてるんだ?ていうかそれは俺の家にあったはずだろ?なんであんたが持ってる?」
「合鍵で開けたのよ。」
「あ、合鍵・・・・?いつの間にそんなものを・・・・、」
「けっこう前からよ。」
「言えよそういうことは!ていうかなんで合鍵なんか持ってるんだ!」
「だって久能さん、前に渡してくれたじゃない。
これを預けておくから、いつでも部屋に来てくれって。」
「そ、そうだっけ・・・・・?」
「ビッグ・マダムで飲んでる時にそう言ったわよ。あの時はベロベロに酔ってたから覚えてないのね。」
茂美はクスリと笑う。
「でね、コレを久能さんの家に取に行ったわけよ。
でも途中で落として壊しちゃってね。」
「こ、壊すだと・・・?」
「うん、この角の所・・・・バキっていっちゃったのよ。
だからおじいさんに渡す前に、どうにか直さなきゃと思って。」
「それと火事と何か関係があるのか?」
俺はグッと睨みつける。
茂美はクスっと肩を竦めた。
「そのおじいさん、近所に住んでるから、ウチの出版社まで取りに来てたのよ。
だから壊れたまま持って帰るとマズイじゃない?
それで久能さんの事務所に行って、ちょっと接着剤を借りようと思って・・・・、」
「ちょっと待ってくれ。今なんて言った?俺の事務所?」
「そうよ。」
「どうやって入った?鍵が掛かってたはずだろ?」
そう尋ねると、茂美は事務所の鍵を取り出した。
「なんであんたが持ってる!?」
「だから合鍵よ。家の鍵を渡してくれた時に、これも一緒に渡してくれたじゃない。」
「そ・・・・そうだっけ?全然覚えてないが・・・、」
「酔ってたからね。」
茂美はニコリと笑う。
俺は「ほんとかよ・・・」と睨んだ。
「とにかく、私は久能さんの事務所に入った。
でも接着剤が見当たらないから、別の方法を使ったの。」
「別の方法?」
「この髑髏、蝋で出来てるのよ。」
「ろ、蝋って・・・・ロウソクの蝋か?」
「ええ。」
「・・・・おい待て。ということは・・・・、」
「そうなの、コンロの火を使って、角を溶接しようとしたのよ。」
「・・・・・・・・。」
「幸い溶接は上手くいったわ。でもね、その時に近くにあったエロ本に火が燃え移っちゃったのよ。
これはいけないと思って、慌てて消防車を呼んだわけ。」
茂美は「危なかったわあ」と息をつく。
「だって久能さん、エロ本を山積みにしてるんだもの。
火は一気に燃え広がって、私まで焼け死ぬかと思った。でもこの髑髏だけは守らないとと思って。」
そう言って「間一髪だったわ」と頷いた。
「どこが間一髪だ!俺の事務所が燃えてるじゃないか!」
「だって火が大きかったから。私じゃ消せないし、それに消防車も呼んだし。
出来る限りのことはしたわよ。」
「そういう問題じゃない!あんたのせいで俺は無職になるかもしれないんだぞ!」
「そうなったらウチで雇ってあげるわ。超能力探偵VSスカイフィッシュとか特集を組んであげる。」
「いらないよ!」
俺は頭を押さえ、「今度という今度は我慢できない!」と叫んだ。
「茂美さん、これは犯罪だぞ。」
「まあ。」
「警察に通報させてもらう。」
「あら?」
「やっていい事と悪い事があるからな。」
俺はスマホを取り出し、110番しようとした。。
するとその瞬間、由香里君から電話が掛かってきた。
『もしもし久能さん!事務所が燃えたって本当ですか!?』
「な、なんで知ってるんだ?」
『さっき茂美さんから電話があったんですよ!』
「茂美から?」
『事務所から出火したって。久能さん・・・・怪我とかしてないですよね?』
由香里君が心配そうに尋ねてくる。
俺は「平気さ」と答えた。
「今日は体調が悪くて休みにしてたもんでね。」
『そうなんですか!よかったあ・・・・、』
「それより由香里君、聞いてほしいことがあるんだ。
この火事の原因なんだが・・・・、」
そう言いかけると、由香里君は「知ってます」と答えた。
『空き巣が入ったんでしょ?』
「あ・・・・空き巣?」
『茂美さんがそう言ってました。盗みに入ったついでに、コンロの火を使ってコーヒーを飲もうとしてたって。
でもその時に、近くにあった仕事の書類に燃え移ったせいなんでしょ?』
「いや、そうじゃないんだ。書類に燃え移ったんじゃなくて、大量のエロほ・・・・・、」
そう言いかけて、俺はピタリと口を止めた。
『どうしたんですか?』
「いや、なんでもない・・・・、」
『さっき何か言いかけてましたよね?コンロの近くにエロほ・・・・・、」
「・・・・・・・・・・。」
『・・・・久能さん。まさかコンロの傍にエッチな本を置いてたんじゃ・・・・、』
「違うよ!そんな物置くはずないだろう!」
『事務所はそういう物を禁止にしたはずですよ?なのに・・・・、』
「だから違うって!その・・・火事になって、ちょっと気が動転しててさ。
だから茂美さんの言ったことが正解だ。全部空き巣のせいなんだよ。」
『ほんとですか?』
「ほんとほんと。残念ながら空き巣には逃げられてしまったけどね。でも事務所は大丈夫、火は消えかかってる。
だから君は心配しないで、留学を楽しんでくれたまえ、それじゃ。」
『あ、ちょっと久能さ・・・・、』
電話を切り、ゆっくりと茂美を振り返る。
「あ、あんた・・・・、」
「警察を呼べば、真実を話すことになる。でもそうなったら、由香里ちゃんの留守中に大量のエロ本を積み上げていたことになるわ。
しかもそれに燃え移って火は広がった。」
「だが元はと言えばあんたが・・・・、」
「なら全てを由香里ちゃんに知らてもいいの?」
「お、脅す気か・・・・?」
「そうじゃないわ。ただね・・・・悪夢が正夢になったら困るんじゃないかと思っただけ。」
「なんだと?」
「だって事務所が燃えて、その上由香里ちゃんにまで愛想を尽かされたら・・・・ねえ?」
茂美はクルクルと髑髏を回しながら、踵を返した。
「もちろん悪いとは思ってるわよ。だから依頼料は通常の10倍払うし、もちろん事務所の修理代も払う。」
「と、当然だ!焼けた事務所で仕事が出来るか。」
「それと今回ばかりは約束を守らないとね。」
「約束?」
「ふふふ、旅館のタダ券があるのよ。しかもそこは混浴。」
「こ・・・混浴?」
「一緒に行きましょう。由香里ちゃんには内緒で。」
「・・・・・ゴクリ。」
「あ、でも日帰りだからね。それ以上のことは期待しないで。」
そう言い残し、「それじゃまた」と去って行く。
「あ、そうそう。消防と警察の方には上手く言っとくわ。どっちの署長も私の友達だから、明日にでも営業出来るはずよ。安心してね。」
「・・・・約束、忘れるなよ。」
「ふふふ、じゃあね。」
茂美は今度こそ去って行く。
俺は火が消し止められた事務所を見上げた。
「なんて一日だ・・・・。」
悪夢が正夢になる・・・・こんな事があるだろうか。
「・・・・いや、正夢じゃないな。事務所は燃えたけど、由香里君が去ったわけじゃない。
しかし真実を話せば、呆れて去ってしまう可能性が・・・・、」
大量のエロ本に燃え移って火事になる。
こんな事を由香里君に言うわけにはいかない。例え茂美のせいだとしても。
「あの髑髏・・・・やっぱり本物なんじゃないか?とんでもい不幸が起きたぞ。」
呆然としながら、焼けた事務所を見上げる。
するとスマホが鳴って、メールを知らせた。
相手は由香里君からで、『ほんとに大丈夫ですか?』と心配している。
『私早めに切り上げて帰ります!事務所が燃えたなんて知ったら、呑気に留学なんてしてらません。』
「相変わらず心配性だな。」
俺は「平気だよ」と返した。
「火はもう消えた。修理費は茂美さんが出してくれるとさ。」
『茂美さんが?どうして?』
「ええっと・・・・日頃お世話になってるから、修理費用くらいならって言ってくれたのさ。」
『そうなんですか?でもやっぱり心配です。久能さん一人じゃどうにも出来ないだろうし、明日にでも帰ります。』
「俺は子供か。」
小さく笑いながら返信を打つ。
それから少しして、写真付きでメールが送られてきた。
『大丈夫です!私がついてますからね!』
グッと拳を握りながら、励ますような表情をしている。
俺は「君がいれば百人力だよ」と送った。
「でも本当に大丈夫さ。何かあったら連絡するから、留学を楽しんできなよ。」
『ほんとのほんとに大丈夫ですか?』
「ああ、大丈夫だ。」
『ほんとにですか?私もう帰る準備をしてるんですけど。』
「気が早いな。本当に平気だよ。心配してくれてありがとう。
留学を終えて帰って来るのを待ってるよ。」
そう返すと、またしばらく空きがあった。
そして・・・・こんな写真が。
『水着買ったんです。帰ったらこれを着て一緒にプールに行きましょうね!』
「・・・・・ゴクリ。」
エロくはないが、明るくて健康的な感じの水着が、由香里君の魅力を惹きたてている。
「いい写真だ。壁紙にしとくよ。」
『そう言うだろうと思いました。でもエッチなことに使うのはダメですからね。』
「分かってる。一緒にプールに行くのを楽しみにしてるよ。」
俺も自分の写真を送る。
根起きて飛び出してきて、髪がボサボサになった写真を。
由香里君は「面白いから壁紙にしておきます」と言ってくれた。
健気で逞しい助手のおかげで、少し元気が出た。
しかも水着の写真までもらえるとは・・・・。
早速壁紙にして、息子が元気になっていくのを感じる。
「この火事がなけりゃ、こんな写真も手に入らなかった。
まあ・・・・今回はプラマイゼロってことで、よしとするか。」
画面の中には水着の由香里君がいる。
しかし俺はすぐに別の壁紙に変えた。
拳を握って、励ますような表情をしている由香里君に。
「この方が君らしい。水着も嬉しいけど、こっちの方が元気が出るよ。」
ポンと画面を叩き、励ます由香里君に笑いかけた。

 

不思議探偵誌〜探偵の熱い夏〜 第五話 謎の髑髏

  • 2016.07.11 Monday
  • 10:37

JUGEMテーマ:自作小説

悪夢を見た・・・・。
二日酔いの頭を押さえ、嫌な寝汗がシャツに張り付いている。
「なんて夢だ・・・・・。」
布団から這い出て、酔い覚ましの水を呷る。
冷たいシャワーで汗を流し、コーヒーとタバコで気分を落ち着けた。
「事務所が燃えて、俺は無職に転落。
由香里君は呆れ果て、俺の元を去ってしまう・・・・。
その原因となったのは・・・・、」
先ほどの悪夢を思い出していると、部屋のチャイムが鳴った。
ガチャリとドアを開けると、そこにはスーツ姿の美人が立っていた。
「おはよう久能さん。起きてた?」
ワンレングスの長い髪を揺らしながら、艶めかしい笑顔を見せる女。
スーツの胸元は大きく開いていて、スカートはばっちり太ももが見える短さ。
それに何より、遠くからでも息子が元気になるほどのエロイ・・・・もといスタイルの良い身体をしている。
「・・・・茂美さん、実はあんたの夢を見てたんだ。」
そう答えると、「あら?」と笑った。
「嬉しいわ、そこまで私のことを考えてくれてるなんて。」
「悪夢だったけどな。あんたがクソみたいな依頼を持ち込んだせいで、俺の事務所は炎上。
由香里君まで去ってしまう夢だ。」
「確かに悪夢ね。事務所と由香里ちゃん、この二つを失ったら、久能さん首括っちゃうんじゃないの?」
「だから悪夢だと言ってるだろう。」
俺はシッシと手を払い、「悪いが帰ってくれ」と言った。
「今日はあんたの顔は見たくない。」
「せっかく依頼を持って来たのに?」
「今日は事務所は休みだ。明日頼むよ。」
「急ぎの仕事なのよ。」
そう言って自分の所で出版している雑誌を取り出した。
『月刊ケダモノ』
幽霊だのUFOだの、それに未確認生物だのを扱うオカルト雑誌だ。
いったいどこの誰がこんな三流雑誌を読んでいるのか知らないが、潰れることなく発行し続けている。
「朝からオカルト雑誌を読む気にはなれないな。」
「まあまあ、そう言わずに。」
茂美は表紙に印刷された、怪しげな髑髏を見せつける。
そしてページを開き、その髑髏の記事を読んだ。
「古代アトランティスに眠る謎の髑髏。
この髑髏を手にした物は、幸運を得るか不幸に落ちるかのどちらかと言われている。
我々取材班は、古代アトランティスの末裔が住むと言われる場所を直撃した。」
「さすがは月刊ケダモノ、何とも胡散臭い。もう戻っていいか?」
「まあまあ、最後まで聞いて。」
茂美は足を組み替え、大きく開けた胸元を強調する。
俺は若干腰を引きながら、「先を続けてくれ」と言った。
「我々はアトランティスの末裔と豪語する、謎の老人との接触に成功。
そして世界三大オーパーツの一つとされる、謎の髑髏をこの目で確認した。
所有者に幸福、もしくは災いをもたらすとされるこの髑髏。
その噂は果たして真実なのか?
現在鋭意取材中。この続きは追って報告する!」
そう締めくくり、パタンと雑誌を閉じた。
「うむ、月刊ケダモノらしい記事だな。
そんな物を読むくらいなら、クリアしたドラクエのレベルを上げていた方がマシだ。
とっとと帰ってくれ。」
そう言ってドアを閉めようとすると、茂美が「待って」と足を挟んできた。
「久能さん・・・・、」
「断る。」
「まだ何も言ってないわよ?」
「どうせその取材を俺に任せる気なんだろ?
超能力探偵!謎の古代オーパーツに挑む!とかなんとか謳って。」
「あら、よく分かったわね。さすがは超能力者だわ。」
「誰でも分かることだ。そしてそんな下らない依頼は引き受けない。誰か他の人間に・・・・、」
「久能さん。」
茂美は俺の胸に手を触れ、ゆっくりと指をなぞらせる。
そして顔を近づけ、開けた胸元をギュッと押し付けてきた。
「お、おい・・・・、」
「お願い・・・こんな事を頼めるのは久能さんしかいないの。」
「い、いや・・・・そう言われてもだな・・・・、」
「依頼料は弾むから、引き受けてくれない?」
茂美はさらに胸を押し付ける。
俺の腕は二つの柔らかいものに挟まれ、さらに腰を引く羽目になってしまった。
茂美は「ふふふ」と笑い、太ももまで押し付けてきた。
「久能さんったら・・・若いわね。もう元気になってる。」
そう言って下に視線を落とし、クスクスと笑った。
「また色仕掛けか。しかしもうそんな手には乗らないぞ。」
「どんなに嫌がっても、下は素直に反応してるわ。」
「どこのエロ本のセリフだよ。言っておくがな、俺は絶対にそんな仕事は引き受けな・・・・、」
「もし引き受けてくれたら、私の全てを久能さんに見せても・・・・、」
「前向きに検討しよう。」
ビシっと表情を引き締め、俺も茂美の腰に手を回す。
しかしその手はパシッと払われ、「せっかちは嫌いよ」と笑われた。
「ますはお仕事・・・・ね?」
「あ、ああ・・・・・。で、俺は何をすればいい?
その記事に乗ってる場所へ行って、調査でもすればいいのか?」
「いいえ、もっと大事なことを頼みたいの。」
「大事なこと?」
「謎の髑髏の噂が本当かどうか調べて欲しいのよ。」
茂美は腕を組み、「超能力探偵VS古代アトランティスのオーパーツ、面白そうでしょ?」と言った。
「OKOK・・・・分かってる。きっとそう来ると思ってたんだ。」
「すでに髑髏は手に入れてあるわ。ほら。」
そう言ってバッグの中から真っ白な髑髏を取り出した。
「ぎゃあ!」
「驚きすぎよ。」
「そんなもん持って来るなよ・・・・。」
「だって持って来なきゃ対決出来ないでしょ?」
茂美はクルクルと髑髏を回す。
それを俺の手に押し付けると、「明日またこの時間に来るわ」と言った。
「それまでその髑髏を預かっててちょうだい。」
「おい!こんな気味の悪いもんを持ってろっていうのか!?」
「ほんの一日だけよ。」
「いや、しかしなあ・・・・、」
「その髑髏の噂は本当なのか嘘なのか?
それを調べる為に、久能さんに預かってほしいの。
大丈夫よ、たったの一日だから。」
「他人事だと思って簡単に言ってくれるな。」
俺は手にした髑髏を睨み付ける。
大きさは人の手に乗るくらいで、しかも変わった形をしている。
頭から角らしき物が生え、しかも目玉の穴が三つもあるのだ。
「これ・・・いったいどんな生き物の髑髏なんだ?」
「さあね。人間っぽいけど、本当の所は分からない。」
「怪しいにもほどがあるだろ。」
嫌味ったらしく言っても、茂美は笑顔で受け流す。
くるりと踵を返し、「じゃあね久能さん」と手を振った。
「明日また来るわ。」
「・・・・分かったよ。でも依頼料は忘れるなよ。」
「分かってるわ。」
「それと・・・・茂美さんの全てを見せるという約束も・・・・、」
「もちろんよ。」
茂美は振り返り、小さく唇を舐める。
ギュッと胸元を寄せ、ウィンクを飛ばした。
「・・・また明日ね、久能さん。」
エロイ太ももとエロイお尻を振りながら、茂美は去って行く。
「息子よ・・・・明日は良い日になりそうだな。」
髑髏を持ったまま、反り立つ息子を撫でていた。
数分後、アパートの住人に通報されたのは言うまでもない。

 

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