ダナエの神話〜星になった神様〜 最終話 残されたもの

  • 2017.04.23 Sunday
  • 17:08

JUGEMテーマ:自作小説

透き通るほど綺麗だったラシルの海は、泥を混ぜたように濁っている。
そこから潮風が運ばれてきて、滑るように駆け抜けていく。
ダナエは船の穂先に座りながら、心地の悪い風になびかれていた。
結んだ髪がそわそわと揺れて、風と共に踊る。
空にはどんよりと暗い雲が広がり、目の前には戦いでボロボロになった大地が横たわっている。
ダナエはどこに視線を合わせるでもなく、そんな景色を眺めていた。
コウの部屋を出てから一時間、ここでずっとこうしている。
飽きることもなく、かといって満足することもなく、感情のない石のような目をしながら。
するとそこへ誰かがやって来た。
「ダナエ。」
アドネが微笑みながらやって来る。
「よ!」っと言いながらジャンプして、船の穂先に立った。
「嫌なものね、汚れた海の風って。」
濁った海を睨んで「そりゃジル・フィンも怒るわ」と肩を竦めた。
「自分の星の海がこんな風にされちゃったんだもん。腹も立つわよね。」
光の射さない空、濁り切った海、戦いで抉れた大地。
ラシルはこれでもかと言わんばかりに傷ついていた。
「きっと他の場所も同じなんだろうね。避難してるみんなは大丈夫かな?」
心配そうに言いながら、ダナエの隣に腰を下ろした。
「邪神のやつ、よく自分の星をここまでボロボロに出来るわ。
母星がどうなっちゃってもいいのかしら?」
怒りを含んだ声で言いながら、ダナエに視線を移す。
「・・・・・・・。」
ダナエは黙ったまま景色を見ている。
どんな感情をしているのか分からない目で、ただ前を見据えている。
「どうだった?」
遠慮がちに尋ねるアドネ。ダナエの反応を待つが、何のアクションもなかった。
「顔、浮かないね。良い結果にならなかった?」
「・・・・・・・・。」
「まああれよ。すぐに許してもらうってのは難しいわよ。
だってダナエの方から約束を破っちゃったんだもん。
いくらあのバカでも、それなりに怒るわよ。」
「・・・・・・・・・。」
「でも時間が経てば許してくれるわ。あんたとコウは一心同体みたいなところがあるもん。
本気でお互いを嫌いになんかなれない。
だからさ、アイツの気持ちが落ち着くまでは、我慢するしかないよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「ダナエ?」
「・・・・・・・・・・。」
「一人の方がいい?」
慰めるつもりが、かえって傷つけてしまったかなと後悔した。
しかしダナエは首を振り、少しだけアドネに目を向けた。
「もういいって。」
「え?」
「怒ってないって。だから自分を責めるなって。」
「そう。ならよかったじゃない!」
パシパシと背中を叩くが、ダナエは表情を変えない。
また前を向き、見るでもなく景色を眺めた。
「コウは優しい。私なんかより全然大人。」
「う〜ん・・・そうかな?けっこうガキっぽいところもあるけど・・・、」
「自分勝手に約束を破ったのに、もういいよって許してくれた。
もし立場が逆なら、私はもっと怒ってると思う。」
「あんたとコウじゃ性格が反対だからね。
あいつは妙なところでカッコつけるじゃない?
泣いたり怒ったりすればいい時でも、大人ぶって我慢してるしさ。」
「そんなことないわ。コウは私なんかより、ずっと大きくて逞しい。
だから私はコウを好きになった。
好きなのは昔からだけど、でも男の人としても・・・・・。」
膝を立て、ギュッと抱く。
「時間が経つほど好きになっていって、コウのいない人生なんて考えられないくらいになって・・・。
その願いがやっと叶って、でも私から約束を破って・・・・。
でもコウは強くて優しいから、私を許してくれた。
そんなコウのことが大好き。きっとこれからもずっと。」
「ダナエ・・・・。」
寂しそうに語るダナエの顔を見て、アドネは思う。
きっと良くないことがあったのだと。
しかしそれが何かは分からなかった。
コウは許してくれたのに、何を悩んでいるのか?
尋ねようかと思ったが、今のダナエはひどく落ち込んでいる。
無駄な詮索は傷つけるだけだと思い、何も聞かないことにした。
「・・・戻るね。」
今は一人にしておいた方が良いと思い、ダナエの元を去る。
「部屋にいるから。何か話したくなったらいつでも来て。」
ダナエの背中にそう言い残し、アドネは去っていく。
潮風はまだ吹いていて、絡みつくような気持ち悪さは相変わらずだ。
ダナエはしばらく景色を眺め、物思いに耽った。
雑文のように色んなことが浮かんできて、思考がとっ散らかる。
全ては自分で選んだこと。今さらもう引き返すことは出来ない。
未来は曖昧で、濁り切った海のよう。
それを見通すことなど出来ず、ならば選んだ道を行くしかない。
吹き抜ける潮風を感じながら、強く膝を抱えた。
            *
五時間で済むはずの修理は、次の日の朝が来るまで掛かってしまった。
カプネの腰痛が暴れ出し、とてもではないが修理どころではなくなってしまったのだ。
持病は回復魔法では治せないので、修理は遅れる。
カプネは「この腰がああ・・・」と辛そうにして、「誰か揉んでくれ!」と叫んだ。
本当ならダナエが揉むはずだったが、部屋に籠ったきり出てこない。
代わりにマナが揉んで、「はい、二十万」と手を出した。
カプネの腰痛はマシになったが、財布が軽くなった。
しかしそのおかげでどうにか修理に取り掛かり、ようやく翌日の朝に完了したのだった。
「船は治った。だが腰が死んだ・・・・。」
白目を剥き、ピクピクと痙攣する。
カプネの腰痛が治まるまで、船を飛ばすのは待つことになった。
地球へ行く面々は、皆気合十分だ。
シウンは猛る眼差しで大地を見つめ、ノリスは銃の手入れをしている。
マナは「寄付は帰ってから貰う!」と息巻き、アドネは目を閉じて戦いに集中する。
そしてコウも気合十分だった。
昨日は一睡もしていない。
そのせいで神経が昂り、今すぐにでも邪神と戦えるほどの闘志だった。
みんなは船の上に集まり、お互いの顔を見る。
地球は悪魔がはびこる危険な場所で、邪神との戦いだけではすまない。
地球に行ったことのあるコウとアドネは、そのことをよく分かっていた。
コウはゆっくりとみんなを見渡す。
「一応聞いとくけど、地球に行くことに迷いはないな?」
そう尋ねると、シウンが「迷いなどない」と答えた。
「何度も言っているが、俺の答えはもう決まっている。
地球へ行き、弱い者を邪神から守る。」
「そうか。なら他のみんなは?」
そう言って見渡すと、今度はノリスが口を開いた。
「神器があるなら行くっつったろ。
俺もあの野郎には借りがあるんだ。こいつでタマをブチ抜かなきゃ気が済まねえ。」
殺気を放ちながら、手入れした銃を構える。
コウは頷き「マナは?」と目を向けた。
「私はお金が貰えるならなんでもいい。」
「言っとくけど給料は出ないぞ。」
「でも地球にはお金がたくさんあるんでしょ?ここより経済が発達してるらしいから。」
「そうだけど、まさか盗みとかするつもりじゃないだろうな?」
「まさか。ただ邪神を倒したら、いっぱいお金を請求できるかなと思って。」
「出すかどうかは向こうの奴ら次第だな。
まあ交渉するなり何なり好きにしてくれ。」
「もちろん!」
マナは嬉しそうに微笑む。
「で、アドネは?」
「もちろん行くわよ。でも向こうへ行ったら邪神だけが敵じゃない。
たくさんの悪魔がうろついてるから、それなりの覚悟は必要よね。」
「ああ。地球はラシルとはまったく違う。
文明も、文化も、経済も、それに悪魔の強さも。
最初は戸惑うと思うけど、お前らほど逞しいなら大丈夫だろう。」
コウはもう一度みんなを見渡し、グッと拳を出した。
「きっと辛い戦いになると思う。でも絶対に勝つ。」
みんなも頷き、拳を出す。
「邪神を倒すぞ。」
五人の拳が誓いのように合わさる。
ノリスは「臭えことしちまったぜ」と顔をしかめ、アドネは「こういうのもいいじゃない」と笑った。
「さて、あとはカエルの親分さんの腰が治るのを待つだけだ。」
そう言って船の中に戻ろうとすると、「もう治ったぜ」とカプネが現れた。
「船ならいつでも飛ばせる。」
「・・・・・・・・・。」
「何でいお前ら?変な目で見やがって。」
カプネは松葉杖をついていた。それもプルプル震えながら。
腰にはコルセットを巻いていて、誰がどう見ても重症だった。
「んな顔すんなよお前ら。こんなもん大したことねえんだからよ。」
ニッと笑って見せるが、腰はボキっと鳴った。
「ぬぐあああああ・・・・腰がああああ・・・・。」
「お頭!」
「しっかりして下さい!」
子分たちに囲まれて、「腰が・・・腰がああああ・・・」と悶えている。
「ぐううう・・おのれ腰痛め!邪神のようにしつこい奴だ。」
歯を食いしばり、どうにか立ち上がる。
「お頭、無茶しちゃダメですぜ。」
「そうですよ。船の操縦なら俺たちに任せて下さい。」
「ばっきゃろい!この船は飛ばすのが難しいんだ。
俺でなきゃ務まらねえ。」
反乱を起こす腰に負けじと、グッと歯を食いしばる。
「やいオメエら!船ならいつでも飛ばせる!準備が出来たら声かけろや。」
そう言い残し、子分に運ばれて行くカプネ。
マナが「お金くれるならまた揉んであげようか?」と追いかけて行った。
みんなは顔を見渡し、小さく肩を竦めた。
「あれ、本当に大丈夫なのかな?」
アドネが不安そうに言う。
コウは「まあ大丈夫だろ」と答えた。
「俺もいちおう操縦できるんだ。カプネほどじゃないけど。」
「そうなの?」
「月からここまで飛ばしてきたからな。いざとなったら俺が代わるよ。」
コウはもう一度みんなを見渡し、「準備はいいか?」と尋ねた。
「今から地球へ行く。邪神を倒すまでは戻れない。それでも本当に行くんだな?」
「クドイぞ。俺の答えはもう決まっている。」
「へ!ガキは何度も確認しなきゃ気が済まねえのさ。ヘタレだからな。」
シウンとノリスはそう言って、船の中へ戻って行く。
そしてアドネも「私も迷いはないわ」と頷いた。
「邪神を倒すまでは戻らない。
でもアイツがこの星へ逃げて来たらどうするの?」
「その時は俺たちも戻る。」
「分かったわ。なら行きましょう。モタモタしてても仕方ないから。」
「だな。今すぐ船を飛ばしてもらおう。」
二人も船の中へ戻ろうとする。
するとアドネが「ねえ?」と振り返った。
「あのさ・・・、」
「なんだ?」
「その・・・・ダナエのことなんだけど・・・・。」
言いづらそうにしながら、じっとコウの顔を見る。
「その・・・答えたくなかったらいいんだけど・・・、」
「なんだよ?お前らしくないな。ハッキリ言えよ。」
「じゃあ・・・・。」
アドネは小さく咳払いして、「昨日何があったの?」と尋ねた。
「ダナエはすごく落ち込んでたわ。
私はてっきりあんたに許してもらえなかったんだと思った。」
「・・・・・・・。」
「でもそうじゃないみたい。
あんたはダナエのことを許したのに、それでもあの子は落ち込んでる。
いったい何があったの?」
アドネの目が心配そうに揺れる。
本当は聞かない方がいいんだろうと思ったが、それでも気になって仕方なかった。
「私はダナエを親友だと思ってる。それにあんただって大事な友達よ。
だからさ、出来れば仲良くしてほしいっていうか・・・いつもの二人に戻ってほしいっていうか・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「これは二人の問題だって分かってる。でも不安で仕方ないの。
だってダナエはここに残るんだよ?
何かあっても私たちを・・・ううん、あんたを頼ることは出来ない。
それなのに落ち込んだままじゃ可哀想だわ。」
ダナエだけがこの星に残る。
アドネはそのことがとても心配だった。
「私たちがいないからって、ダナエが一人きりになるわけじゃないわ。
ジル・フィンにユグドラシル。それにニーズホッグもキーマもいる。
みんな強い仲間だから、きっとダナエを助けてくれるわ。
それにドリューやマニャだっているし、何かあったら力を貸してくれるはず。
でもそれだけじゃダメなの。」
そう言って首を振り、「あんたじゃないと・・・・」と見つめた。
「ダナエは決して弱音を吐かない。
どんなに辛い時でも、明るく振る舞ってみせる。
それは自分が辛い顔をしてたら、周りを心配させちゃうからよ。」
じっと見つめながら、コウに近づく。
そして射抜くような視線を向けた。
「でもあんただけは違う。あんたにだけは弱い顔を見せるわ。
それはあんたを一番信頼してるからよ。
コウはダナエにとって特別なの。だから自分の心を曝け出せる。
あんたなら頼ってもいいって思ってる。
きっと自分を受けて止めてくれるって。良い所も悪い所も全部・・・・。」
ゴクリと喉を鳴らし、「だから助けてあげてよ」と手を握った。
「あんな悲しい顔をしたまま残していくなんて、私は出来ない。
このままじゃあの子の心は折れちゃうわ。
だから・・・・せめて安心させてあげて。ダナエを笑顔にしてあげてよ。」
ギュッと手を握り「お願い」と呟く。
「あんたにしか出来ないのよ。だから笑って私たちを見送れるようにしてあげて。
私のたった一人の親友の為に。」
アドネの声は真剣で、ダナエを心配する気持ちが溢れている。
コウは唇を尖らせながら、ポリポリと頭を掻いた。
「・・・アイツは?」
「外にいるわ。ジル・フィンと一緒に。」
「そうか。なら地球へ行く前に、手くらい振ってくるか。」
コウは羽を動かし、船の外へ飛んで行く。
アドネもそれを追いかけた。
するとダナエの周りには、他のみんなも集まっていた。
アドネは「みんないたの?」と驚く。
シウンが「旅立ちの挨拶だけしておこうと思ってな」と言った。
ノリスも「黙って行くわけにゃいかねえだろ」とタバコを吹かす。
マナも「いちおう私たちのリーダーだしね」と笑った。
「でもアレよね?もし邪神を倒したら、ラシルの人からもお金貰っていいわよね?」
「お前は金のことしか頭にねえのか?」
「それ以外に大事なことってあるの?」
「へ!金だけ見る奴は足元掬われるんだよ。ダレスみたいにな。」
「あんな金貸しと一緒にしないでよ。私はもっと賢いんだから。」
「誰がどう見たって馬鹿だろうがよ。」
「はあ?チンピラ上がりの獣人に言われたくないんですけど?」
「んだとコラ?」
「何よ?」
「お前たち、こんな時に喧嘩するな。見苦しいぞ。」
言い争うノリスとマナ。それを諌めるシウン。
アドネが「こいつらこんな時でいつも通りね」と笑った。
「ねえダナエ?」
そう言って振り向くと、可笑しそうに笑っていた。
「みんな逞しいよね。これから知らない星へ行くっていうのに。」
「それがみんなの良い所よ。」
「アドネも気をつけてね。地球にはルシファーやサタンがいるんだから。
あいつらの強さは半端じゃないわ。」
「分かってるわ。邪神を倒して、必ず戻って来るって約束する。」
アドネは小指を出す。
「指切りげんまん。知ってる?」
「うん、お父さんから教わったから。」
二人は指切りをかわし、ニコリと笑う。
「じゃあねダナエ。ラシルのことは頼んだよ。」
「うん。アドネの方こそ気をつけてね。」
アドネは頷き、ゆっくりとダナエから離れる。
そして「ほらほら」とコウの背中を押した。
「ダナエを元気にしてあげて。」
「押すなよ。」
ダナエの前に押し出されて、顔をしかめる。
バツが悪そうに頭を掻きながら、「ええっと・・・」と切り出した。
「ちょっと地球に行って来るから、ここは頼んだぞ。」
「うん。」
「それと何かあっても一人で抱え込むな。
困ったことがあったら、すぐにジル・フィンやキーマに相談するんだ。」
「分かってる。」
「それと無茶はしないこと。俺たちがいなくても、この星にはたくさんの仲間がいる。
絶対に一人で戦おうなんて思うなよ。」
「それも分かってる。」
「ならいい。」
コウは頷き、「じゃあ」と手を振る。
そして船に戻ろうとすると、アドネが「ちょっとちょっと」と止めた。
「なんだよ?」
「なんだよ?じゃないわよ。ダナエを元気にしてあげてって言ったでしょ。」
「したじゃん。」
「どこがよ?全然浮かない顔してるじゃない。」
「んなことないだろ。笑ってるぞ。」
「無理して笑ってるに決まってるでしょ。いいから何か言ってあげて。」
「もう言った。」
「ならもっと、ほら。」
またアドネに押されて、ダナエの前に立たされる。
「ええっと・・・なんだ。俺たちは俺たちで頑張るから、お前も無茶しない程度に・・・、」
そう言いかけた時、ダナエは小さく首を振った。
「いいの、気を遣わないで。」
「いや、別に気なんか遣ってないけど・・・・、」
「ここに残るのは私の意志だから。そんなに心配しなくてもいいよ。」
「別に心配なんか・・・・、」
「それに昨日のことだって同じ。
女王の地位を捨てたのも、永遠の寿命を捨てたのも、全部私の選んだこと。
だから・・・・やっぱりもう月には戻れないよね。」
そう言ってニコリと笑う。
「コウの言う通り、私は甘えてた。一緒に月へ戻ろうなんて。」
「・・・・・・・。」
「私は色んなものを捨てた。その結果、コウとの約束まで捨てることになった。
そこまでして自分の生き方を選んだんだから、それを行くしかないよね。
だからもう迷ったりしない。」
力強く言う声には、確かに迷いはない。
悲しみはあるが、それでも強い意志を感じさせるものだった。
「この戦いが終わったら、私たちはそれぞれの道を歩くことになる。
コウは月へ行って、妖精の国を復興させる。
私は船に乗って、宇宙を旅する。そして大きな神様に会いに行って、その後はどこかの星に会社を立てるわ。」
空を見上げ、果てしなく広がる宇宙を思い浮かべる。
コウも同じように空を見て、「宇宙か」と呟いた。
「どこまで続いるか分からないほど広いよな。お前にはピッタリの世界だよ。」
そう言ってダナエに視線を戻した。
「お前は月なんかに収まる器じゃない。もっともっと大きな世界で羽ばたく奴だ。」
「ありがとう。」
ダナエは頷き、コウを見つめる。
「気をつけてね。」
「ああ。」
しばらく見つめ合い、ダナエの方から「それじゃ」と手を振った。
「邪神を倒せるように祈ってるわ。」
「・・・・・・・・・。」
「大丈夫、みんなならきっと勝てる。」
「・・・・・・・・・。」
「あ、でもこの星に逃げてきたら、手伝いに来てね。
アイツは絶対に強くなってるだろうから。」
「・・・・・・・・・。」
「みんななら出来る、そう信じてるから。」
ダナエはもう一度手を振り、「じゃあ」と見送る。
するとその瞬間、コウは彼女を抱きしめた。
「ちょ、ちょっと・・・・、」
「ダナエ。」
強く抱きしめながら、ギュッと頭をくっつける。
「別々の道を歩くことになっても、俺たちは一緒だ。」
そう言って、さらに強く抱きしめる。
「お前が宇宙のどこにいようが、俺は忘れない。
月からずっとお前のことを想ってる。」
「・・・・・・・・・。」
「別々の道を歩いてたって、俺たちはずっと一緒だ。
月で生まれ育って、今までずっと一緒にいたんだから。
俺たちの絆は誰よりも深い。だからどんなに離れてたって、ずっと一緒なんだ。」
「・・・・・・・・・。」
「この先何があっても、俺の心にはお前がいる。
例え寿命が来てこの世からいなくなっても、ずっと俺の中にいる。
だからお前も俺のこと忘れないでくれ。いつかこの世から旅立つその時まで。」
それはダナエを元気づける為ではなく、自然と出てきた言葉だった。
コウは今までで一番強く抱きしめる。その温もりを刻み込むように。
「ダナエ、大好きだ。お前と会えてよかった。」
「・・・・・・・・・・。」
ダナエは足元から力が抜けていくのを感じた。
寂しい別れにならないように、絶対に笑顔でいようと決めたのに、それが崩れていく。
足元の感覚がなくなって、やがて宙に浮いているような気分になった。
「コウ・・・・・。」
ボロボロと涙が出てきて、笑顔でいられなくなる。
コウの背中に手を回し、ギュッと抱きついた。
「コウ・・・・好き。私も大好き・・・・・。」
頬を寄せ、体温と匂いを吸い取るかのように顔を埋める。
どんなに離れていても、ずっと一緒。
そう言われて、胸からこみ上げるものを押さえることが出来なかった。
「ずっと一緒にいる・・・・。私の胸の中にも、コウはずっと・・・・。」
忘れなければ、離れることはない。
お互いがお互いを想っていれば、離れていても関係ない。
どこにいようとも、目を閉じればすぐそこにいる。
ダナエの瞼の裏には、コウの姿、匂い、体温、声、仕草、全てが写真よりも鮮烈に焼き付いている。
だからこれで終わりではないのだと思った。
忘れなければ、ずっと一緒にいられるのだと。
「コウ、愛してる・・・・。」
抱き合う二人の元に、濁った潮風が吹いてくる。
絡むように二人を包み、肌にまとわりついた。
それは邪神の残した遺物。
濁った潮風は、二人の中に戦いの意志をもたげさせた。
ダナエはラシルに、コウは地球に。
二人の道はここで分かれる。
それは悲しいことだったが、ずっと抱き合ってはいられないのだと身体を離した。
二人は見つめ合い、悲しみを払うように頷く。
顔を近づけ、そっとキスをした。
「じゃあな、ダナエ。」
「行ってらっしゃい、コウ。」
二人の距離は少しずつ離れていく。
コウの向かう先には仲間が待っていて、一緒に船の中へ消えていった。
やがて箱舟の車輪が回り始めて、ゆっくりと宙に浮き上がる。
アドネは窓から乗り出し、「ダナエ〜!」と手を振った。
ダナエも手を振り「気をつけてね〜!」と見送る。
船の高度は上がっていき、遠く大地から離れていく。
するとジル・フィンが「いいのかい?」とダナエの肩を叩いた。
「今ならまだ間に合うよ?」
「ううん、私はここに残る。」
「本当にいいのかい?
神器さえ置いて行ってくれるなら、今すぐ追いかけてもいいんだよ?」
「もう決めたの。私は私の道を行くって。」
「後悔しないかい?」
「それはまだ分からない。でも選んだ道を行くしかないわ。」
「大事な人と会えなくなるかもしれないんだよ?それでもいいと?」
「・・・・いいとは思わないわ。でもいいの。
大事な人はずっと一緒だから。いつでも瞼の裏にいるもの。」
ダナエは目を閉じ、一番大事な人を思い浮かべた。
ジル・フィンは悲しそうな顔をしながら「ダナエ」と呟いた。
「前にも言ったけど、無理に大人ぶる必要はない。
君たちはまだ若いんだから、いくらでも道を選べるんだよ。
だからもし本当に辛くなったら、その時は自分の気持ちに素直になるんだ。」
そう言ってポンと肩を叩く。
ダナエは「ありがとう」と頷き、船を見上げた。
回る車輪が船を運び、雲の近くまで飛んでいく。
そして暗い雲の中へと、じょじょに姿を消していった。
その時、雲から雨が落ちてきた。
ポタポタと降り始めたその雨は、やがて激しくなる。
雨は透明で、前の様に黒くは滲んでいない。
それは現時点では、この雲に邪神が潜んでいないことを意味する。
しかし放置しておけば、いつまた邪神が生まれるか分からない。
ダナエは空を見上げ、全身で雨を受け止めた。
視界が霞み、船が見えにくくなる。
しかし視界が霞むのは、雨のせいだけではない。
目からこぼれる滴のせいで、余計に霞んでいたのだ。
遠ざかる船には、二度と会えないもしれない大事な人が乗っている。
一緒に過ごした十数年の思い出が、流れる雨のように蘇る。
ダナエは目を閉じ、コウとの思い出に浸る。
いつでも一緒にいるのが当たり前で、家族以上の存在だった。
ずっと昔から愛していて、その愛に異性への愛も注ぎ足された。
コウはダナエの全てだったし、今でもその思いは変わらない。
だから船が遠ざかるにつれて、身体をもぎ取られるような痛みを感じた。
目からこぼれる滴は、痛みの結晶。
打たれる雨に晒されて、頬へと流れていく。
もう以前のようには一緒にいられない。
しかしそれでも完全に離れるわけではない。
目を閉じれば、いつでもそこにコウがいる。
この先、どんな出会いがあって、どんな出来事が待っていても、それだけは変わらないと信じた。
瞼を開けた時、船はすでに消えていた。
暗い雲を突き抜け、ラシルから飛び立った。
広い宇宙に躍り出て、あの青い星へ向かう為に。
そこでは、今までよりもさらに過酷な戦いが待っている。
邪神、ルシファー、サタン。そして多くの恐ろしい悪魔たち。
新しい戦火はすでに起こっている。
ダナエはみんなの無事を祈り、そしてコウの未来を祈った。
彼の人生が、幸せなものでありますように。
誰もいなくなった空を見つめながら、雨に消え入りそうな声でこう呟いた。
「さようなら、コウ。元気で。」
愛しい人は去り、新たな戦場へ赴いた。
ダナエは目を拭い、ふうっと深呼吸をした。
「私には私の戦いがある。まだ終わってないんだから。」
気合を入れ、いつ邪神が現れても戦えるように闘志をたたえる。
するとその時、ふと誰かの気配を感じた。
「何?」
後ろを振り向くと、透き通るような緑の風がなびいていた。
ダナエは口を開け、その風に見入る。
「ギーク・・・・・。」
消えたはずの武神。
緑の風の中に、彼の気配を感じた。
驚くダナエの耳に、武神の声が響く。
《ダナエ、この星を君に託す。どうか再び平和を。あの美しいラシルを。》
その声と共に、緑の風は消え去った。
そしてほんの一瞬だけ、武神が微笑んでいる姿が見えた。
「大丈夫、任せて。あなたの愛した星は、必ず守ってみせる。」
ダナエの呟きと共に、武神の気配は消え去る。
星になり、いつでもラシルを見守っていた彼は、ついにこの世から旅立った。
ダナエは空を見上げ、青い空に輝いていたあの星を思い出す。
「さようなら、星になった神様。」
天に輝くあの星はもういない。
代わりに、最強の魔女キーマがこの星を見守っている。
大切なものの傍には、常に誰かがいる。
それは遠く離れていても、確かに傍にいる。
ダナエとコウ。
二人の道は分かれても、全てが断たれるわけではない。
忘れなければ、心に置いておけば、遠くても近くにいる。
武神がこの星を見守っていたように。
ダナエは踵を返し、ジル・フィンを見つめる。
その目に強い意志を宿しながら。
「それじゃ行こうか。バージェス大陸に。」
「うん。みんなを守らないと。」
初めて向かう新しい大陸。
そこには邪神の陰に怯える、ラシルの命が身を寄せている。
ダナエは考える。
そこで怯えている者達に、自分はいったい何ができるだろうかと。
先を行くジル・フィンの背中を見つめながら、自分にやれることを探さなければと思った。
激しい雨はまだ続く。
この雨を降らせている雲を晴らさない限りは、何も終わらない。
青い空は戻ってこないし、透き通る海も戻ってこない。
そして何より、平和が戻って来ない。
コウは地球へ、自分はラシルに。
それぞれが選んだ道には、新たな戦いが待っている。
ダナエの目には、今までにないほどの強い信念が宿っていた。
するとその時、髪の毛がピクピクと動いた。
「これは・・・もしかして!」
動く髪の毛を掴み、あることを思い出す。
あれはいつだったか、サンマの魚人に自分の髪を渡したことがある。
助けが必要になったら、この髪を千切ってと。
魔法をかけたその髪は、千切るとダナエの髪が反応するようになっていた。
「あの魚人さんも、バージェス大陸に避難しているはず。
だったら向こうで何かあったんだわ。」
ダナエはジル・フィンの肩を叩き、「急ごう」と促した。
自分の助けを必要とする者がいる。
ダナエの闘志は、別れの悲しみを燃やし尽くすほど強くなる。
必ずこの雲を晴らし、美しい空と海を取り戻すのだと。
激しい雨に打たれながら、ぬかるんだ大地を踏みしめた。

         ダナエの神話〜星になった神様〜    完

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百二十三話 残されたもの(2)

  • 2017.04.22 Saturday
  • 16:13

JUGEMテーマ:自作小説

喧嘩をするほど仲がいい。
ダナエとコウは、今までたくさんの喧嘩をしてきた。
その度に仲直りして、そしてまた喧嘩をした。
そうやって二人の絆は深くなって、今では切っても切れないほど強くなっている。
しかし今回の喧嘩は違った。
コウは初めて自分の為に怒っている。それも本気で。
だからダナエは怖かった。
この喧嘩はいつもと違う・・・・。
下手をすれば、二度と修復不可能になってしまうかもしれない。
いつもなら、勢いに任せてコウの所へ行く。
謝ることもあるし、自分が正しいと貫き通すこともある。
しかし今回ばかりは勢いに任せられない。
自分の為に怒っているコウと仲直りするには、いったいどうしたらいいのか?
頭の中で幾つも言葉を思い浮かべ、なんと切り出そうかと悩んでいた。
コウの部屋へ向かう足取りは重い。
まるで重りを付けられたように、力を入れないと持ち上がらなかった。
部屋が近づくにつれて、鼓動が速くなる。
足の重りも重くなる。
それでもどうにか部屋の前までやってきて、「ふう・・・」と深呼吸した。
「大丈夫、落ち着いて・・・・。」
胸に手を当て、何度も頷く。
震える手を持ち上げて、コンコンとノックした。
「コウ。」
返事を待つが、何も返って来ない。
もう一度ノックして、「入っていい?」と尋ねた。
するとドアが開いて、「なんだ?」と顔を覗かせた。
「あの・・・・邪神のことについてなんだけど・・・・、」
「ああ。」
「私の案でいくことになったわ。」
「そうか。」
「でもすぐに船を飛ばせないの。
ちょっと傷んでるみたいで、カプネたちが修理してくれてる。」
「うん。」
「五時間くらいで直るって言ってたから、それまでは休んでろって。」
「分かった。」
コウは頷き、そのままドアが閉めようとする。
「あ、待って!」
「なんだ?」
「その・・・・話し合いたいんだけど・・・・、」
「何を?」
「だから・・・私が永遠の寿命を手放したことについて・・・・。」
ダナエは俯き、手をもじもじとさせる。
小さく深呼吸して、ゆっくりと顔を上げた。
「その・・・・ごめんなさい。」
頭を下げて謝ると、コウは「いいよ」と頷いた。
「お前なりの考えがあったんだろ?」
「うん・・・。でも一言も相談せずにこんなことしちゃって、やっぱりコウに悪かったって思ってる。
だから・・・きちんと謝らせてほしいの。」
「もう謝ったじゃん。」
「そうだけど・・・でも私の気持ちを聞いてほしい。どうしてこんなことしたのか。」
「寿命のある人生に憧れた。それだけだろ。」
「もちろんそうだけど、でもどうしてそれに憧れたのかってことを。
それにコウはどう思ってるのかも聞かせてほしい。
その上でもう一度きちんと謝らせてほしいの。
だって・・・・私から約束を破っちゃったから・・・・。」
最後の方は聞き取れないほと小さな声になっていた。
コウがどう反応するのか?
それを想像すると怖かったが、グッと堪えて目を見つめた。
「あの・・・・やっぱり怒ってるよね?」
沈黙になるのが怖くて、自分から言葉を繋ぐ。
するとコウは「いいや」と首を振った。
「お前が勝手なことするなんて、いつものことだ。だから怒ってない。」
「で、でも!ずっと一緒にいようって約束して、それを破っちゃったんだよ?
私から好きだって言って、ずっと一緒にいたいって言い出したのに・・・。」
「それもいつものことだろ。自分から何か初めて、余計なトラブル起こすんだ。
今さらって感じだよ。」
コウの声は冷たい。
ダナエは「コウ・・・」と唇を噛んだ。
何か言わないと、もうこれ以上話し合ってくれない。
そしてこのドアが閉じられて、仲直りできないまま地球へ行ってしまう。
「その・・・私は・・・・コウを傷つけた。
自分のことばかり考えて、勝手なことをして・・・・。
いつものことかもしれないけど、でも今回はそうじゃないわ・・・・。
だっていつか私は死ぬもの・・・・。もう永遠じゃないから。」
ずっとコウの目を見つめていようと思ってのに、だんだんと顔が下がっていく。
足だけでなく、全身に重りを乗せられたように、気分が重くなった。
「この先何十年って時間が過ぎて、私がおばあさんになって、いつか寿命がくる。
その時、私は自分の夢を叶えて満足してるかもしれないけど、コウは違う。
コウはただ私が死ぬを見送るしかなくなる。」
「・・・・・・・。」
「私知ってるのに!残された者がどれだけ辛い思いをするかってことを。
いつかコウが邪神に殺された時、私は気が狂いそうになった・・・・。
自分でもこんな言葉が出て来るんだっていうくらいに、汚い言葉で邪神を罵って。
その後、コウが戻ってくるまで、ずっと傷ついたままだった。
みんなには明るく振る舞ってたけど、でもいつも悲しいままで・・・・、」
大切な者が死んで、残されたものがどれだけ悲しむか。
ダナエは痛いほど知っていた。
それなのに、その悲しみをコウに背負わせようとしている。
今になって、自分がどれだけ勝手なことをしたのか理解した。
悔やんでも遅く、謝って許してもらえるようなことじゃない。
必死に繋ごうとしていた言葉は、胸につかえて出てこなくなった。
「・・・ごめん・・・・ごめんなさい・・・・。」
ボロボロと泣いて、ただ謝ることしかできない。
するとコウはポンと頭を叩いた。
「泣くなよ、大人になったんだから。」
「ごめん・・・・。」
コウは「いいよ」と頷く。
そっとダナエを抱きしめて、ポンポンと背中を撫でた。
「お前はいっつも勝手だ。でもそんなお前が好きだから一緒にいるんだ。」
「コウ・・・・。」
ダナエはしばらくコウの胸で泣いた。
本当ならコウの方が泣きたいだろうに、なぜか自分が慰められている。
それが情けなくて、申し訳なくて、コウの顔を見つめた。
「私・・・・死ぬまでコウと一緒にいる・・・。
いつかお別れしちゃうけど、でもその時まではどこにも行かない。
何があっても一緒にいる!だから・・・・ごめんなさい。」
「もういいって。謝らなくて。」
そう言ってダナエの涙を拭った。
「お前の気持ちはよく分かった。だからもう自分を責めるな。」
「だって・・・・、」
「お前は一度こうだと思ったら、絶対に後ろに退かないからな。
寿命のある人生に憧れたんなら、いつかきっとそうしてたはずだ。」
「でもそうする前に相談するべきだった!」
「仕方なかったんだろ?あれが最後の進化だから。」
そう言われて、ダナエは目を丸くした。
「知ってたの・・・・?」
「当たり前だ。だって月の魔力を手放したんだから、お前はもう月の王女じゃなくなる。
なら進化はあれが最後だ。
そして進化する時にしか、寿命をどうこうすることなんてできないよ。」
「・・・・・・・。」
ダナエはギュッと抱きつく。
コウはちゃんと自分の気持ちを理解してくれていて、その上で怒っていた。
なのにこうして許してくれる優しさに、なんの言葉も出なかった。
またしばらく泣き続け、それからズズッと鼻をすすった。
頬も鼻も真っ赤になって、目も腫れぼったくなる。
そんなダナエの顔を見て、コウは可笑しそうに笑った。
「こんな短い時間に、よくそれだけ泣けるな。」
「だって・・・・、」
「でもそれもお前のいい所だよ。泣きたくても泣けない奴ってのはいるからな。」
コウは自嘲気味に言う。
泣きたい時に泣けないのは、自分自身のこと。
なぜなら自分が泣いてしまったら、ダナエが泣くことが出来なくなるからだ。
「いいよ、もういいんだ。」
「コウ・・・・・。」
ダナエはゴシゴシと目を拭い、コウの手を握りしめた。
「約束する・・・・寿命がくるその時まで、絶対に一緒にいるって。」
「うん。」
「もうこんな勝手なことはしない。コウを傷つけるようなことはもうしない。」
「そう自分を追い込むなって。自分勝手なのがダナエなんだから、しょうもない約束したら困るだけだぜ。」
「ほんと!ほんとだから!」
「分かった分かった。」
コウはもう一度ダナエを抱きしめて、「もう泣くな」と慰めた。
「コウ・・・・ありがとう。」
もしかしたら、二度と仲直りできないかもしれないと思っていた。
なのにこうして許してくれて、抱きしめてくれる。
《私・・・コウに甘えてばっかりだ。だから今度は私がコウを支えなきゃ。
何かあった時に、今日のコウみたいに大きな優しさで・・・・、》
そう思いかけた時、「なあ」とコウが言った。
「実はさ、俺も考えてることがあるんだ。」
「なに・・・?」
ダナエは顔を上げ、真っ直ぐに見つめる。
「俺さ、この戦いが終わったら月へ戻ろうと思う。」
「え?」
ダナエは固まる。どういう意味か分からず、パチパチと瞬きをした。
コウは小さく笑って、部屋の中に入っていく。
ベッドに腰掛け、ポンポンと隣を叩いた。
「・・・・・・。」
ダナエも部屋に入り、ゆっくりとドアを閉める。
そして隣に腰掛けて、コウの顔を見つめた。
コウは窓の外に目をやり、暗い雲を見上げる。
目を細め、その視線の先に何かを描くように。
ダナエは同じように窓の外を見つめ「ねえ?」と尋ねた。
「月を思い浮かべてるの?」
「ああ。」
「その・・・・月へ戻るってどういうこと?」
「どうもこうも、そのままの意味だよ。
この戦いを無事に終えることが出来たら、俺は月へ帰る。
そしてあの星を復興させるんだ。」
「復興・・・・。」
「邪神のせいで、月は滅茶苦茶にされた。
あの星の妖精は全部食べられて、今は誰もいない。」
「・・・・・・・・・・。」
ダナエはギュッと手を握る。
故郷が滅茶苦茶にされた時のことを思い出し、胸が張り裂けそうになった。
「邪神のせいで・・・・私たちの故郷まで滅茶苦茶にされた・・・・。
アイツだけは許せない・・・・。」
怒りが滲み、「私も手伝う!」と言った。
「月は私たちの星だもん!だからこの戦いが終わったら、私も復興を手伝う!」
コウの手を握り、「一緒にやろう!」と頷いた。
「大変だろうけど、二人ならきっと出来る!
邪神に壊された大事なものを、元に戻そう!」
意気込んでそう言うと、コウは首を振った。
「いや、お前はいい。」
「な・・・なんでよ!私だって月の妖精よ!?」
「知ってるよ。」
「それに一人で復興なんて無理よ!」
「だろうな。」
「だったら私も手伝う!ううん、やる!これは私たちがやらなきゃいけないことだから!」
ダナエは力強く言う。
この戦いが終わったら、自分の夢はいつでも追える。
ならその前に、やらべきことをやらないといけない。
あの美しい月の景色を蘇らせて、また妖精の国を建てるのだ。
しかしコウは首を振る。「お前は来なくていい」と言って。
「これは俺の仕事なんだ。だからお前は来なくていい。」
「なんでよ!?なんでそんなこと言うの!月は私たちの故郷なのよ?
どうして自分だけでやるなんて言うのよ!」
ダナエは立ち上がり、顔を真っ赤にして怒る。
コウは窓の外を見つめたまま、その言葉を無視して続けた。
「俺は月に帰る。そしてあそこを復興して、統治者を目指すつもりなんだ。」
「統治者?」
思いもしないことを言われて、ダナエの勢いは削がれた。
《統治者?いったいどういうこと?》
眉間に皺を寄せながら、「それって・・・・」と尋ねる。
「コウが月を治めるってこと?」
「そうだよ。」
「で、でも・・・・そんなの・・・・、」
「そんなの・・・・なんだ?」
「だ、だって!月を治めることができるのは、統治者の血を引く者だけよ。」
「知ってる。」
「知ってるならどうして統治者なんて・・・・、」
「その血を継ぐ者が、月の統治を放棄したから。」
そう言われて、ダナエは固まった。
「ダフネとアメルが死んで、ケンは行方不明。
なら次に月を治めるのは、お前しかいない。」
「・・・・・・・・・。」
「でもそのお前も月の王女じゃなくなった。
だったら他の誰かが統治者にならなきゃいけない。」
「・・・・・・・・・。」
「俺は月を元に戻す。そして統治者になる。
まあ月の魔力が俺を認めてくれたらの話だけど。」
コウは立ち上がり、窓の傍へ行く。
この星からでは月は見えないが、まるでそこにあるかのように目を細めた。
「俺は月が好きだ。ジル・フィンがラシルを愛するように、俺だって月を愛してる。
でもお前と宇宙の旅に出たのは、あの時はみんな健在だったからだ。
ダフネもアメルもケンもいた。
だから俺たちがどうこうしなくなって、月は安泰だった。」
「・・・・・・・・・。」
「でも今は違う。誰かがあの星を復興しないと。
俺は月の妖精だから、それをやる義務がある。」
コウの口調は静かだが、とても力強い。
ダナエは何を言い返すことが出来ずに、ベッドに座り込んだ。
「別にお前を責めてるわけじゃないぜ。
あの星を飛び出した時点で、お前は月に戻らないって分かってた。
そして俺もそれに付き合うつもりだった。
でも統治者がいなくなった今、それは出来ないんだ。」
「・・・・・・・・。」
「お前は王女の地位を捨て、永遠の寿命まで捨てた。
そこまでの覚悟で選んだ道なら、月へ戻るべきじゃない。」
コウは振り返り、ダナエの横顔を見つめる。
彼女の顔はとても切なくて、目の焦点が定まっていない。
ダナエはショックを受けている。
それは分かっているが、、それでもこう続けた。
「お前はもう月へ戻っちゃダメなんだ。
そこまでして選んだ道なら、甘えは許されねえぜ。」
「・・・甘えるなんて・・・・そんなつもりは・・・・、」
「じゃあ寿命まで月で過ごすか?」
「そ、それは・・・・、」
「一生あの星にいられるか?」
「・・・い、いるわよ!だって月は私の故郷で・・・・、」
「・・・・・・・・。」
「わ、私の・・・・・、」
最後まで言い切ることが出来ない。
なぜなら自分から統治者であることを放棄したのだから。
コウは無言の目で睨む。
大きなプレッシャーをかけるように。
「もしどうしても月へ戻るっていうんなら、一生あの星にいてもらう。」
「・・・・・・・・。」
「でもそうなると、月の魔力を手放したことは無意味になる。」
「・・・・・・・・・。」
「永遠の寿命まで放棄して選んだ自分の道だ。
お前・・・・そんなんで一生あの星で過ごして満足なのかよ?」
コウの問いは真剣で、ダナエの胸を抉る。
この部屋へ来る前、こんなことを言われるなんて思いもしなかった。
コウは許してくれるか?仲直りできるか?
そのことしか頭になかった。
しかしコウの言葉を聞くうちに、いかに自分が身勝手なのかを思い知らされた。
コウはずっとダナエのこと、そして月のことを考えていた。
それなのに、自分はただ自分のことばかり・・・・・。
頭が真っ白になって、何も言うことが出来ない。
一つも言葉が浮かんでこない。
ぼやける視点で、ただ床を見つめていた。
コウは窓の外を睨みながら、ダナエに背中を向ける。
「地球へ行って邪神を倒すことが出来たら、そのまま月へ帰る。
そしてもう二度とラシルには戻ってこない。」
「二度と・・・・。」
ダナエはピクンと顔を上げる。
「だけど邪神がラシルに戻って来たら、その時は俺も戻って来る。
そしてアイツを倒したら、俺の旅は終わりだ。」
「・・・・・・・・・。」
コウの目に迷いはなく、強い意志を感じさせる。
ダナエは彼の背中を見つめたまま、「終わり・・・・」と呟いた。
二度と戻らない。
俺の旅は終わり。
頭の中に、グルグルとリフレインする。
近くに立つコウの背中が、すごく遠くに見える。
二つの言葉がそこらじゅうに溢れているかのように、胸を締めつけた。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百二十二話 残されたもの(1)

  • 2017.04.21 Friday
  • 17:11

JUGEMテーマ:自作小説

みんなは船の中に集まっていた。
広いテーブルを囲いながら、難しい顔で座っている。
誰も口を開かない。
重い沈黙だけが流れ、壁時計の音だけが響いている。
邪神をあと一歩のところまで追い詰めながら、仕留めることが出来なかった。
それは大きなショックだったし、痛いほど悔しい。
本当なら今すぐにでも邪神を追いたい。
この船を飛ばし、地球へ向かいたい。
しかしそう出来ない事情があって、誰も口を開くことが出来なかった。
沈黙は続く。
それはあまりに重く、耐えかねたカプネが「なあ」と顔を上げた。
「その・・・・そろそろどうするか決めようや。このままじゃ時間が過ぎるだけだぜ。」
そう言うと、ノリスは「んなこた分かってらあ」と天井を仰いだ。
「ほんとなら今すぐにでもぶっ殺しに行きてえ。
だがよ、アイツとやり合うには神器が必要だ。
それをここに置いていけってんだから、無茶言いやがる。」
ノリスはテーブルの奥に目をやる。
そこにはジル・フィンが立っていた。
彼はニコリと微笑み、肩を竦めた。
「無茶を言っているのは承知だよ。でも神器はここに置いていってもらいたい。」
窓の外には、暗い雲が広がっている。
今は大人しくしているが、いつまた黒い渦を巻くか分からない。
「あれがある限り油断はできない。」
「へ!ならお前らだけでどうにかすりゃいいだろうが。」
「無理さ。」
「どこが?ユグドラシルもいるし、キーマだっているんだ。
どうにか戦えるだろうがよ。」
「大量に出てきたらさすがに無理さ。」
「なら俺たちはどうすりゃいいんだ?
神器なしで邪神とやり合っても、結果なんか見えてるぜ。」
タバコを灰皿に押し付け、苛立ったように立ち上がる。
「神器なしでやれってんなら、俺は降りる。」
そう言うと、ダナエがピクリと顔を上げた。
「勝ち目のねえ喧嘩したって仕方ねえだろ。お前らも降りた方が賢明だぜ。」
肩を竦め、みんなを見渡しながら言う。
するとシウンが「俺は降りない」と答えた。
「例え神器がなくても俺は戦う。」
「でも勝ち目はねえだろうがよ。」
「勝ち負けの問題じゃないんだ。アイツを放っておけば、今より酷いことになる。
なら誰かが戦わないといけない。」
「へ!超人さんは正義の味方ってか。」
「そういうつもりじゃない。俺ただ、俺と同じような目に遭う奴を減らしたいだけだ。
誰かに騙され、利用され、全てを奪われる。
あのダレスでさえ邪神の被害者と言えるだろう。
そういう奴を一人でも減らしたい。だから戦うんだ。」
「そうかい。なら好きにしな。」
不機嫌そうに言いながら、部屋から出て行く。
一瞬だけ振り返り、「どうするか決まったら呼んでくれ」と言い残した。
彼が遠ざかる足音を聴きながら、誰もが真剣に考える。
果たして神器なしで邪神と戦えるのか?・・・・と。
「ねえ、ちょっといい?」
アドネがジル・フィンに手を挙げた。
「なんだい?」
「私もノリスの言うことに賛成かな。」
「なら君も降りると?」
「違うわ。そうじゃなくて、やっぱり神器は必要だと思う。」
「しかし雲からたくさんの邪神が現れたらどうする?今度こそラシルは終わりだよ?」
「そうかもしれないけど、でも邪神を倒さないことには、ラシルは本当の平和はないわ。
もし仮にあの雲を消すことが出来たとしても、邪神が生きてる限りは油断できない。
またこっそりラシルに戻ってきて、雲を生み出すかもしれないし。」
「だったらなおのこと神器は置いていってもらいたい。
邪神がここへ戻ってきた時、戦う手段がなくなる。」
「それは私たちだって同じよ。このまま地球へ行って、どうやって邪神と戦えばいいの?」
アドネの不安は誰もが同じだった。
邪神と戦うには、やはり神器が必要になる。
「ジル・フィンには悪いけど、私は神器を置いていけない。
すぐに地球へ行って、邪神を倒すことが平和への近道よ。」
そう言って「みんなもそう思うでしょ?」と見渡した。
シウンは「どっちでも構わない」と答えた。
「さっきも言ったが、俺は神器なしでも戦うつもりだ。」
「でも実際問題・・・・・、」
「分かってる。しかしこのまま邪神を放っておくことは出来ないだろう。」
「それこそ分かってるわよ。だけどノリスの言う通り、勝ち目がないんじゃ意味ないわ。」
「・・・・だとしても、俺はアイツを追う。それが俺の答えだ。」
シウンは立ち上がり、「みんなの答えが出たら聞かせてくれ」と言った。
「俺の答えはもう出ている。どっちになろうとも地球へ行くつもりだ。」
シウンの目に迷いはない。
力強い足取りで部屋を出て行く。
そしてこう言い残した。
「邪神は地球でも誰かを傷つけるだろう。そして真っ先に弱い奴が犠牲になる。
そんな時、強い奴は弱い奴を守ってやらなきゃいけない。
きっとその為に、俺は超人になったんだ。」
シウンの決意は固い。
自分も弱者として、ダレスから酷い目に遭った。
しかし今は違う。超人に生まれ変わり、強者になった。
弱い者は、誰かの助けを必要としている。
自分も弱者だったからこそ、誰よりもその気持ちが分かるのだ。
そしてその手を差し伸べるのは、自分の役目だと信じていた。
遠ざかるシウンの足音は、決意を表すかのように強い。
その足音を聴きながら、マナがクスクスと笑った。
「ほんとに熱血バカよね。」
「まあ単純ではあるわね。でもそれがシウンの良い所だけど。」
「あ、ちなみに私は地球へ行きたくない。」
「どうして?」
「お金にならないから。」
「ならお金が貰えるなら行くわけ?」
「まあね。」
「・・・・・・・・・。」
「何?」
「あんたあれでしょ?お金貰って地球へ行ったら、こう言うつもりでしょ?
邪神と戦うのは別途料金がかかりますって。」
「まあね。」
「いくら欲しいのよ?」
「前金で十億。邪神を倒したら二十億。」
「ダレスが生きてたら払ってくれたかもね。」
アドネは首を振り、「お金で解決できるなら安いもんよ」と言った。
「一つの星の命運が懸ってるんだもん。
それくらいで邪神を倒せるなら、みんな喜んで寄付してくれるわ。」
「ほんとに!?」
マナはパッと笑顔になり、「私地球へ行く!」と言った。
「でも神器を持って行けるとは限らないわよ?」
「でも前金で十億だから。倒さなくても問題なし。」
「問題ありよ・・・・。」
マナは「じゃあ寄付を呼びかけなくちゃ」と部屋を出て行ってしまった。
「能天気ねほんとに。」
肩を竦めながら、「あんた達はどうするの?」と尋ねた。
「ダナエ、コウ。いつまでも喧嘩してないで、話し合いに参加してよ。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
二人は目を合わせない。
ダナエはコウに怯え、コウはダナエに怒っている。
いつもとまったく立場が逆転して、アドネは少しだけ笑ってしまった。
「ごめんね、笑っちゃって。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「まあこれはあんた達二人の問題だから、私がとやかく言えないわ。
でも相談くらいなら乗るわよ。」
「ねえよ、相談なんて。」
「ダナエは?」
「私は・・・・、」
ダナエは顔を上げ、コウの方を見ようとする。
しかしすぐに顔を逸らし、俯いてしまった。
「今は・・・・私たちのことより、邪神のことを話し合わないと。」
そう言って表情を引き締めた。
「私は・・・・、」
「うん。」
「ここに残る。」
「え?」
アドネは思わず聞き返す。
ダナエのことだから、ぜったいに地球へ行くと思っていた。
「ダナエは邪神を追いかける気がないの?」
「ううん・・・邪神は絶対に倒すわ。」
「じゃあどうして残るのよ?」
「だってみんなが地球へ行っちゃったら、ラシルはどうなるの?」
「どうなるって・・・ユグドラシルとキーマがいるじゃない。」
「でもジル・フィンは言ってたじゃない。
その二人だけだど、ラシルを守るのは難しいって。」
「だからこそ神器を置いていけって言ってんのよ。まあ私は反対だけど。」
「だから私が残る。私は二つも神器を持ってるし、それに前よりもずっと強くなったし。
だからみんなは自分の神器を持って、地球へ行ってほしいの。」
「ああ、なるほど!それはいい考えかもね。」
アドネは「ねえジル・フィン」と笑いかけた。
「ラシルと地球、それぞれに神器を持たせればいいじゃない。それなら問題ないでしょ?」
「・・・・・・・・・・。」
「何よ、浮かない顔して。」
せっかく良い案が出たと思ったのに、ジル・フィンは納得していなかった。
眉間に皺を寄せ、「ダナエ」と呼んだ。
「神器の最大のメリットは、神獣を呼び出せることなんだ。
ラシルと地球で分散させたんじゃ、それが出来なくなる。」
「そんなの分かってるわ。だから私が残るって言ってるんじゃない。」
「しかし神獣がいなければ邪神に対抗できない。」
「じゃあ地球はどうなるの?
あの星が邪神のモノになったら、きっとラシルにも攻めてくるわ。
それも地球のおっかない悪魔をたくさん連れて。」
「そうなるだろうね。でも僕はこの星の神なんだ。
だから一番に考えるのはラシルのことさ。」
ジル・フィンは黒く汚れた海を見つめる。
暗い雲から降った雨のせいで、ラシルの海は汚れ切っていた。
「僕はラシルの海神だ。だからこの星の海が汚れるのを見ていられない。」
「ジル・フィンの気持ちは分かるわ。だけどそれは地球だって同じじゃない。
あの星だってたくさんの命が住んでいて、それが邪神に滅茶苦茶にされるかもしれないのよ?」
「地球には地球の神がいる。彼らがラシルのことを考えると思うかい?」
「そういうことじゃなくて、どっちの星のことも考えないと。
ラシルと地球、どっちかだけ助かればいいなんてことはないわ。」
「それぞれの星に神がいて、それぞれの星のことを考えればいいんだ。
たくさんの星々のことを考えるのは、宇宙の中心にいる大きな神だけでいいんだよ。」
ジル・フィンが一番に考えるのはラシルのこと。
それは当然のことだし、間違ったことではない。
ダナエにもそのことは分かっていたが、だからといって地球を見捨てるような真似は出来なかった。
「私はあの星が嫌い。いっつも戦ってばかりだもの。
それも何かの為に戦うんじゃなくて、戦いの為の戦いをやってるわ。」
かつて地球に行った時、あの独特の空気に馴染めなかった。
美しい星ではあったが、それと同時に不気味な生々しさがあった。
それはいつでも戦いをしているせいだし、必ずと言っていいほどどこかで殺し合いが行われているからだ。
しかし大きな魅力もあった。
「地球の命はみんな寿命を持ってる。限られた時間の中を、精一杯生きてるわ。
あの輝きはラシルにも月にもないものだった。」
「ラシルの住人だって寿命はあるよ。地球が特別なんじゃないさ。」
「そうだけど、でも・・・・難しいな。
あの独特の生々しい空気は嫌いなんだけど、でもそんな中だからこそ、短い命が輝くのかなって・・・・。
ドロっとした世界の中で、まるで花火みたいに飛び散ってるの。」
一瞬の輝き。
地球にだけあった、あの何とも言えない妙な魅力。
ダナエはその魅力に惹かれて、自ら永遠の寿命を手放した。
それほどまでに、あの星の命から魅力を感じた。
ジル・フィンは腕を組みながらこう答えた。
「君の気持ちはよく分かるよ。なぜなら君には地球の人間の血が流れているからね。
そういうものに魅力を感じたとしても、不思議じゃないさ。」
「じゃあ・・・・、」
「しかし神器は置いていってもらう。」
「・・・・やっぱりダメ?」
「すまないね。僕が一番愛しているのはこの星なんだ。
その輝きを取り戻す為には、絶対に神器が必要なんだ。」
頑なに譲らないジル・フィン。
しかしダナエも諦めない。
どうにか説得しようと口を開きかけた。
すると突然コウが立ち上がり、部屋を出て行こうとした。
「コウ、君はどっちなんだい?地球へ行くのか残るのか?
そして神器はどうしたい?」
ジル・フィンが尋ねると、コウは迷うことなく答えた。
「地球へ行く。」
「では神器は?」
「持ってく。」
「僕はうんとは言わないよ。」
そう答えると、コウは強い目で振り返った。
「あれはあんたのもんじゃない。武神が俺たちに託したんだ。」
「いや、あれはラシルの財産さ。武神がこの星の為に残したんだからね。」
「じゃあ力づくで取り返してみろよ。」
「物騒なことを言うね。僕は戦いは好まない。だから君たちに納得してほしいんだ。」
「俺だってうんとは言わねえよ。これは持って行く。
だけど全部じゃない。二つはこの星に残してく。」
そう言ってダナエを見つめた。
「このバカが残るって言ってんだ。それでいいだろ。」
「しかし二つだけじゃ神獣は呼び出せない。」
「もしもの時はそいつが命懸けで戦うよ。
なんたって一瞬の輝きを大事にしてるんだ。
邪神と相討ちになったとしても、そいつにとっちゃ本望だろうぜ。」
コウは辛辣な口調で言い放つ。
するとアドネが「ちょっと!」と立ち上がった。
「あんた今のはヒドイわよ!」
「どこが?」
「それじゃダナエがどなってもいいみたいな言い方じゃない。」
「別にそんなこと言ってないだろ。」
「いいや、そんな風に聴こえた。
いくら喧嘩してるからって、そういう言い方はあんまりよ。」
アドネはダナエを振り返り「気にしなくていいからね」と言った。
しかしコウは「そんな奴ほっとけよ」と突き放す。
「ラシルに残るのも、永遠の寿命を手放したのも、そいつの勝手なんだから。
その結果どうなろうと、全部自分の責任だ。」
「だからあ!なんでそんな言い方・・・・、」
アドネはさらに喰ってかかる。
しかしダナエは「いいの」と止めた。
「コウが怒るのは当然だから。」
「でもあんな言い方・・・・、」
「ありがとね、アドネ。心配してくれて。
でもコウの言う通り、これは自分で決めたことだから。
だからその結果どうなろうと、それは私の責任。」
「ダナエ・・・・。」
ニコリと笑うダナエだったが、その笑顔は寂しそうだった。
コウは一瞥をくれ、何も言わずに出て行く。
アドネは交互に二人を見つめて、「もう!」と怒った。
「なんでそんなに喧嘩するのよ!」
「私のせいよ。永遠の寿命を手放すなんて大事なことを、勝手に一人で決めちゃったから。」
「でもダナエにはダナエの考えがあったんでしょ?
アイツったらそれも聞かずにさ・・・・、」
「ううん、コウが怒ってるのはそういうことじゃない。」
ダナエは視線を落とし、自分の手を見つめた。
進化を終えても、姿形は変わっていない。
しかし自分でも気配が変わったのは分かる。
妖精の中に、少しだけ人間の気配が混じっていることを。
「あの時、私は決断を迫られたわ。」
「決断?」
「銀色の光に包まれて、最後の進化をしようとしていた時。
あの時しか、永遠の寿命を手放すチャンスがなかったの。」
「どうして?進化ならまたするんでしょ?
ならその時に決めればよかったじゃない。」
「ううん・・・私はもう進化はしない。
だって今までの進化で、もう妖精としては大人になったからね。
これからは普通に歳を取るだけなの。」
「でも今までは何度も大きな進化をしてきたじゃない。
だったらこれからも・・・・、」
「それは私が月の王女だったから。」
「え?今でも王女でしょ?」
アドネは首を傾げる。
ダナエは「もう違うわ」と答えた。
「私は月の魔力を手放した。その時点でもう月の王女じゃなくなったの。」
「どうしてよ?あの魔力を手放したからって、何か変わるわけ?」
「月の魔力は月を治める為にあるのよ。そしてその力は、月の統治者が引き継ぐの。
でも私はその魔力を放棄した。
それってつまり、月の統治者にはなりませんよっていうのと同じ意味なの。」
ダナエは窓の外を見つめ、去っていった月の魔力を思い浮かべた。
「月の魔力は新しい統治者を探すわ。
それが誰になるのか分からないけど、少なくとも私じゃない。
一度手放した者には、二度とを戻って来ないから。」
「なら今までの大きな進化は、ダナエが月の王女だったからってことなの?」
「そうよ。月を治めるにはそれなりの力がいるもの。
でも今はもう違う。だからあれが最後の進化。
そして・・・・その時しかチャンスがなかった。
永遠の寿命を手放すチャンスが・・・・・。」
再び手元を見つめて、ギュッと握りしめる。
「・・・前から考えてたんだ。寿命のある人生を生きてみたいって。
でも誰にも言わなかった。
だって言う機会ならいくらでもあると思ってたし、今は邪神を倒す方が先だって思ってたから。
だけど・・・・ちゃんと言うべきだった。少なくともコウには・・・・。」
ダナエは目を閉じ、コウの顔を思い浮かべる。
怒ったり笑ったり、喧嘩したり。
目まぐるしく表情が変わっていく中で、最後に向けられたあの目が浮かんだ。
「コウは本気で怒ってた。こんな大事なことを、一言も相談しなかったから。
私たち、ずっと一緒にいようって約束したのに、その約束を破っちゃったのよ。
私の勝手のせいで・・・・。」
瞼の裏に浮かぶコウは、今もダナエを睨みつけている。
妖精の寿命は永遠で、だからこそ永遠の愛を誓える。
それを一言も告げずに、一方的に破ってしまった。
「いくらあの時しかチャンスがなかったからって、やっぱり言うべきだった。
いつでも言えるなんて思ってたから、コウを傷つけて・・・怒らせた。」
「ダナエ・・・・。」
「私からなのに・・・・好きって言ったの。好きになったのも私の方からなのに・・・。
コウに一度フラれて、でもそれでもずっと好きで、それで昨日の夜に初めてあんなことになって・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「私はずっとコウを追いかけてた・・・・。いつだって守られてるのは私の方で、いつだって助けられて・・・・・。
ワガママばかり言って、困らせてばっかりで・・・・でも・・・コウはいつでも傍にいてくれた。
一度死んだのに、私の為にまた戻って来てくれた・・・・。
全部私の為に・・・・。」
ダナエの声がだんだん掠れていく。目尻が濡れて、顔が下がっていく。
アドネは手を伸ばし、そっと肩を抱いた。
「一緒にいようって約束した・・・・。ずっと一緒にいようって・・・。
でも私からそれを破ったの・・・・。何も言わずに・・・・勝手に破った!」
「・・・・・・・・・。」
膝の上でギュッと手を握り、「ごめんなさい・・・」と呟く。
アドネは何も言わずに肩を抱いていた。
今は何を言っても、ダナエの胸には届かない。
友達として出来ることは、ただ傍にいてやることだけだった。
昔のダナエなら、声を上げてワンワンと泣いただろう。
しかし今の彼女はグッと堪える。
妖精年齢で成人して、以前のような子供ではなくなったから。
そんなダナエを見て、アドネは少しだけ寂しく思った。
前みたいにワンワン泣いた方が、ずっと楽だろうにと。
そうすれば抱きしめてやれるし、慰めの言葉もかけてやれる。
《ダナエ・・・もう大人になっちゃったのね。》
ずっと妹のように思ってきたのに、あっという間に大人になってしまった。
アドネにとっては、嬉しさよりも寂しさが勝った。
「部屋に戻ろうか?」
そう言うと、ダナエは首を振った。
ズズッと鼻をすすり、ゴシゴシと目を拭う。
「ごめん・・・・こんなの今は関係ない話なのに・・・・。」
「いいのよ、だって友達なんだから。」
「今は・・・私とコウのことを話してる場合じゃない・・・・。
これから私たちがどうするかを決めないと。」
グッと表情を引き締め、ジル・フィンを振り向く。
「ごめんね・・・話の腰を折っちゃって。」
「いいさ。色んなことがある年頃だからね。」
ジル・フィンはポンとダナエの頭を撫でた。
「ダナエ、あんまり無理して大人っぽく振る舞う必要はないんだよ。」
「無理なんかしてないわ。ただ・・・ずっと子供じゃいられないから。」
「君が望もうと望むまいと、大人にならなきゃいけない時がやってくる。
僕にはまだその時が来たようには思えないけどね。」
もう一度頭を撫でて、「君の言う通りにしよう」と頷いた。
「僕はラシルを守りたい。
でもあまり自分の主張だけを通すのは、君たちを苦しめてしまうようだ。」
「ジル・フィン・・・・。」
「だからここはダナエの案で行こう。君はここに残り、僕たちと一緒に戦う。
他のみんなは邪神を追って地球へ行く。そして神器はそれぞれが持てばいい。」
「いいの?ほんとに?」
「いいとは思わないけど、でも君たちがいなければ、ここまで戦うことは出来なかった。
だったら僕のワガママだけ通しちゃ悪いさ。」
そう言って肩を竦め、部屋から出て行く。
「ありがとう・・・ジル・フィン。」
「僕は海にいる。何かあったら呼んでくれ。」
「うん。ああ、それと・・・・、」
「なんだい?」
「ユグドラシルは?ニーズホッグもいなくなってるみたいだけど・・・。」
「二人はバージェス大陸に向かったよ。避難している人達が大勢いるからね。
誰かが守っていないと。」
「ミミズさんも一生懸命頑張ってくれたし、会ったらお礼を言わなきゃね。」
ジル・フィンはニコリと頷き、船から出て行った。
アドネは「さて」と立ち上がる。
「私はノリスたちに知らせてくるわ。」
「あ、じゃあ私も行く。」
「あんたはコウに知らせてあげなよ。」
「え、でも・・・・。」
「だってしばらく離れ離れになるかもしれないんだよ?
だったらきちんと話し合わなきゃ。」
バシっとダナエの肩を叩き、「大丈夫」と励ます。
「アイツ拗ねてるだけなのよ。根っから怒ってるわけじゃないわ。」
「だけど私から約束を破っちゃったんだよ?絶対怒ってるに決まってる・・・。」
「だとしても、このままでいいわけがないわ。」
アドネは厳しい顔で見つめる。
「あんたらの仲が悪いと、こっちまでヤキモキしちゃうのよね。
これはみんなの為だと思って、ちゃんと話し合ってきなよ。」
「みんなの為・・・・。」
「ダナエとコウが私たちの中心でしょ?
その二人がしょげてちゃ、戦う気も起きないってもんよ。」
「アドネ・・・。」
アドネは微笑みを残し、部屋から出て行く。
ダナエは俯き、じっと目を閉じた。
「そうだよね。ちゃんとコウと向き合わなきゃ。」
自分を励ますように言って、「よし!」と立ち上がる。
「一番大事な人なんだもん。逃げてちゃダメだわ。
ちゃんと私の気持ちを伝えないと。そしてコウの気持ちも聞かないと。」
頬を叩き、気合を入れる。
すると後ろから「いつもの嬢ちゃんに戻ったな」と声がした。
「カプネ。」
「船に戻ってからずっとしょげた顔してたからよ。」
「ごめんね、心配かけちゃって。」
「良いダチを持ったな。」
「うん。」
ダナエは仲間の顔を思い浮かべ、「私って周りに恵まれてる」と頷いた。
「アドネもシウンも、それにノリスもマナも・・・ううん、今までに出会ったたくさんの仲間に支えられてきた。
もし一人だったら、絶対にここまで辿り着けなかったわ。」
「みんな嬢ちゃんに惹かれて集まってきたんだよ。俺だってそうだ。」
「ふふふ。」
「なんだ?」
「カプネ、泣いてる。」
「ち、違わい!これは煙管の煙が染みただけで・・・・、」
ズズッと鼻をすすり「チクショウ!」と唸る。
「歳取ると涙脆くなっていけねえぜ。
お前えらみたいな若いモンが、色んなもんにぶつかって頑張ってるのを見ると、どうしても・・・・ぐふッ!」
ハンカチを取り出し、ブチ〜ンと鳴らす。
ダナエはクスクス笑って、カプネの手を握った。
「私はここに残るから、みんなを地球まで運んであげてね。」
「おう・・・・。」
「ほんとはユグドラシルの根っこを通れば早いんだけど、地球と月は悪魔の手に落ちてるだろうから・・・・、」
「分かってら。俺に任せとけ!」
ドンと胸を叩き、自信満々に頷く。
ダナエは「おじいちゃんがいたら、カプネみたいな感じなのかな」と笑った。
「ば、バッキャロウ!まだおじいちゃんなんて歳じゃねえや!」
「ごめんごめん、でもカプネも大事な仲間。いつも助けてくれてありがとね。」
「照れるからやめろよチクショウ。」
ううん!と咳払いをして、椅子から立ち上がる。
「おお〜・・・長く座ってたから腰が痛てえ。」
「後で揉んであげようか?」
「おお、頼むわ。」
ゴキゴキっと肩を回し、モコっと腰を捻る。
「ただよ、地球へ行くのはいいんだが、今すぐってわけにはいかねえ。」
「そんなに腰痛がひどいの?」
「そうじゃねえ。船が傷んでんだ。」
そう言ってポンポンと壁を叩いた。
「激戦ばっかりだったからなあ。あちこちにガタが来てる。」
「ええ!まさか壊れたりしないよね?」
不安そうに尋ねると、「それはねえ」と笑った。
「こいつは相当丈夫な船だ。しっかり直せばすぐに飛べる。」
「よかったあ〜・・・地球へ行けないならどうしようかと思った。」
「だがちょっとばかり時間がかかる。
俺は子分どもとすぐに取り掛かるからよ、嬢ちゃんたちは休んどいてくれ。」
「うん、お願い!・・・・ちなみにどれくらい掛かりそう?」
「そうだな・・・・ざっと五時間ってところか。」
「五時間ね。ならみんなにそう伝えとく。」
「おう。ただし・・・・、」
「ただし?」
「腰痛がひどくならなけりゃな。こいつが暴れ出したら、今日中ってわけにはいかねえかもしれねえ。」
「大丈夫、その時はバキバキに揉んであげるから。」
ダナエはポキポキと指を鳴らす。
カプネは「お手柔らかに頼むぜ」と笑った。
「じゃあお願いね、おじいちゃん。」
「だ、だから誰がおじいちゃんでい!」
カプネは顔を真っ赤にして怒る。
ダナエはクスクス笑って、ほっぺにチュっとした。
「それじゃまた後でね。」
手を振りながら出ていくダナエ。
カプネは「ったく・・・」と煙を飛ばした。
「おじいちゃんか・・・・。まあそれも悪くねえかもしれねえな。」
この船は地球へ行き、また戦火を駆け巡る。
その為にもしっかりと直さないといけない。
「若い奴らが頑張れるように、もうひと働きするか。」
痛む腰を押さえ、ポキっと鳴らした。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百二十一話 遠い空の彼方に(6)

  • 2017.04.20 Thursday
  • 17:04

JUGEMテーマ:自作小説

槍の切っ先が邪神に触れる。
眉間を貫き、頭の中心に刺さる。
これで終わる。
長く続いた戦いが、ようやく幕を引く。
邪神はこの世から去り、ラシルに平和が戻ってくる。
誰もが息を飲み、その瞬間を待った。
しかしそんな希望はあっさりと崩壊した。
なぜならダナエの槍が刺さった瞬間に、邪神は消えてしまったからだ。
「そんなッ・・・・、」
しっかりと翼で包んだので、逃げることなど出来ないはず。
なのに邪神は消えた。
ダナエは一瞬パニックになる。
しかしすぐに謎は解けた。
邪神は人の姿に戻っていたのだ。
ダナエの槍が、完全に頭を貫く前に・・・・・。
ダナエと邪神。
二人の目が合う。
ほんの短い時間だが、時が止まったように見つめ合った。
「・・・・・・・・・。」
邪神は何かを呟いた。
ダナエは耳を澄まし「なに?」と尋ねる。
しかし邪神はクスクスと笑うばかりで、それ以上何も言わなかった。
その代わり、口を開けて業火を吐き出した。
ダナエは風を起こし、業火を振り払う。
そして・・・・、
「しまった!」
業火が消えた時、邪神はどこにもいなかった。
手品のように、忽然と消えていた。
「逃げられた!」
ダナエは歯を食いしばり、悔しそうに唸る。
邪神は時空を歪め、どこかへ逃げる準備をしていた。
最後に響かせた雄叫びは、悲しみと寂しさを吐き出すものではなく、時空を揺らす為のものだったのだ。
そのことに気づいたダナエだったが、時すでに遅し。
あと一歩のところまで追い込んだのに、トドメを刺すことが出来なかった。
「うう・・・・くッ・・・・・。」
ギリギリと歯を食いしばり「じゃしいいいいいいいいん!」と吠える。
生まれてきてから一番大きな声で吠えて、がっくりと項垂れた。
「何してるの私!こんなところまで来て失敗するなんて!」
地面に槍を突き立て、ガツンと頭をぶつける。
ダナエを包んでいた緑の鳥は、そのまま離れて空に舞い上がった。
そして一声鳴いたあと、静かに消え去った。
「そんな!ラシルの神獣が・・・・、」
愕然とするダナエ。
するとキーマがこう言った。
《大丈夫、いなくなったわけじゃないわ。》
「ホントに!?」
《神器の力を合わせれば、また現れるはずよ。》
「そう・・・・よかった。」
ダナエはホッとする。
邪神まで逃がして、その上神獣の鳥まで消してしまったら、いったいどうしたらいいのか途方にくれるところだった。
「あの鳥がいるなら、この星は安心だわ。でも・・・・・、」
ダナエの胸には不安があった。
邪神がどこかへ逃げる前に、小さく呟いた言葉。
はっきりとは聞き取れなかったが、その中にこんな言葉が混じっていた。
「地球って言ってた・・・・。邪神はきっと地球へ逃げたんだわ。」
ダナエは立ち上がり、邪神の消えた場所を睨む。
「邪神を倒すには、地球へ行かなきゃいけない。
でもそうなると、神器も持って行かなきゃいけないわ。
これがないとアイツは倒せないから。」
地球へ神器を持っていけば、ラシルを守る神獣も連れていくことになる。
しかしそれは出来なかった。
なぜならこの星の空は、まだ暗い雲に覆われているからだ。
「これをほったらかしたまま、地球へ行くわけにはいかないわ。」
不安を煽る暗い雲。
これを晴らすことが出来るのは、ラシルの神獣だけ。
しかし地球へ神器を持っていかないと、邪神を討ち取ることは出来ない。
それにあの星には強い悪魔がウヨウヨしていて、神器なしではどこまで戦えるか分からなかった。
ダナエは悩む。
唇を噛み、「どうしたら・・・」と困った。
「ねえコウ。どうしたらいい?神器は置いていくべきかな?
それとも・・・・、」
そう言いかけた時、ダナエの頬に痛みが走った。
「コウ・・・・。」
ダナエは驚いた顔でコウを見る。
ジンジンと痛む頬を押さえながら、目を丸くしていた。
「・・・・・・・・・・。」
コウはじっとダナエを睨む。
その顔は本気で怒っていて、ダナエは目を逸らした。
「ごめん・・・・邪神を逃がしちゃった。」
申し訳なさそうに言うと、コウは「また殴られたいか?」と睨んだ。
「え?」
「俺がそのことで怒ってると思ってるのか?」
「違うの?」
「・・・・・・・・・・。」
コウの目は怒りに染まっていて、ダナエはまた目を逸らした。
「・・・・・ごめん。」
ダナエはすぐに分かった。
どうしてコウが怒っているのか?
グッと唇を噛み、また「ごめん・・・」と呟く。
「で、でもね!仕方なかったの!邪神を倒す為に・・・・、」
そう言いかけた時、また頬に痛みが走った。
パチンと音がなり、ショックで固まる。
「・・・・・・・・・。」
コウは本気で怒っている。心の底から・・・・。
ダナエは身を竦め、コウから顔を背けた。
・・・・叩かれるのは怖くない。しかし嫌われるのは怖かった。
コウは絶対にこんな目で睨むことはなかった。
どんなに喧嘩しようと、どんなにぶつかろうと、本気で怒った目を向けることなんてなかった。
いや、あるにはあったが、それはダナエの為を思ってのことだ。
ダナエが無茶をした時に、その身を心配して怒ることはあった。
しかし今は違う。
コウは自分の為に怒っているのだ。
ダナエはそんなコウの目を見るのが怖くて、顔を背けることしか出来なかった。
二人の間に不穏な空気が漂う。
すると見かねたアドネが「ちょっとちょっと・・・」と止めに入った。
「どうしたのよあんた達。なに本気で喧嘩してんの?」
アドネはダナエの顔を覗き込み、「大丈夫?」と頬を撫でた。
「ちょっとコウ!何があったか知らないけど、どうしてダナエを叩くのよ?」
「うるせえ。」
「なんですって?」
「そんな奴殴られて当然だ。」
コウはアドネを押しのけて、ダナエの胸倉をつかむ。
「こっち向け。」
「・・・・・・・・・。」
「俺の目え見ろ。」
顎を掴み、グイっと顔を上げさせる。
「だから何やってんのよ!なんでそんな乱暴なこと・・・・、」
「こいつはな、俺を裏切ったんだ。」
「え、裏切る・・・・?」
アドネは首を傾げる。
他の仲間も、訳が分からないという風に首を傾げた。
「ねえ、裏切るってどういうことよ?ダナエが何か悪いことでもしたの?」
「こいつはな、妖精であることを捨てたんだ。」
「妖精を捨てる?・・・・どこがよ?何も変わってないように思うけど?」
「見た目はな。でも気配はどうだ?」
そう言われて、アドネはダナエの気配を感じてみた。
すると・・・・、
「あれ?これって・・・・人間?」
「ああ、人間の気配が混じってるんだ。」
「でもどうして?ダナエは妖精でしょ?」
「コイツの親父は元人間なんだ。だから元々人間の血が流れてるんだよ。」
「ああ、そっか。ダナエのお父さんは、地球の日本って所にいたんだもんね。
でもどうして眠ってた血が出てきたの?」
アドネは不思議そうに尋ねる。
何かキカッケがなければ、眠っていた血が目覚めることなどないからだ。
「ねえ、何があったのよ?どうしてダナエは人間の目を目覚めさせちゃったの?」
アドネは心配そうに尋ねる。
コウの顔は険しいままで、ダナエの顔は沈んだまま。
二人の空気は今までにないほど険悪だった。
それがたまらなく不安で「ねえったら」とコウを見つめた。
「何があったの?」
「・・・・放棄したんだ。」
「放棄?何を?」
「永遠の寿命。」
「え・・・永遠の寿命?」
「俺たち妖精には寿命がねえ。」
「知ってるわ。ちなみに私もね。」
「ああ。死神だって同じだ。神も悪魔も、それに神獣や魔獣、妖怪や精霊。
そういう奴らは寿命がないんだ。」
「神や悪魔なんて、死んでも復活することがあるしね。」
「そうだよ、俺たちは普通の生き物とは違うんだ。
限られた時間の中を生きてるわけじゃない。
病気や怪我でもしない限りは、いつまでも生き続ける。
そしていつまでも生き続けられるからこそ、永遠の約束を誓えるんだ。」
コウの顔はさらに険しくなる。
怒りと悔しさ、そして寂しさと悲しさ。
ダナエを睨む目の中に、複雑な感情が渦巻いていた。
それを感じ取ったアドネは「なるほどね」と頷いた。
「どうしてアンタが怒ってるのか分かってきたわ。」
「・・・・・・・・。」
「でもダナエの気持ちも聞かずに怒るのは、ちょっと酷いんじゃない?
この子だって自分なりに考えてのことなんだろうし。」
そう言ってコウの手を掴んで、ダナエの胸倉から離した。
「あんたの気持ちも分かるけど、今は邪神を追うのが先よ。」
「・・・・分かってる。ちょっとイラついただけだ。」
コウは背中を向け、箱船の方へと歩いてい行く。
「ちょっと!なんで船に行くのよ?」
「邪神を追う為だ。」
「追う為って・・・・アイツがどこに逃げたか分かるの?」
「ああ。きっともうこの星にはいない。」
「この星にはって・・・・じゃあどこにいるのよ?」
「ここ以外に行く星っていったら、一つしかないだろ。」
「一つしかって・・・・・まさか!」
コウは振り返り、小さく頷く。
アドネは「だったら・・・」と険しい顔をした。
「急がなきゃいけないわ!向こうだって大変なことになってるんだから。
そこに邪神まで現れたら、それこそあの星は・・・・、」
「だから早く追いかけようぜ。」
コウは一人で船に向かう。
アドネは「ちょっと」と呼び止めたが、それを無視して行ってしまった。
「何よアイツ・・・自分だけ拗ねちゃって。」
そう言ってダナエを振り返る。
「ねえダナエ、気にすることないよ。」
「・・・・・・・・。」
「さっきまで邪神と戦ってたんだから、アイツも気が立ってるだけなのよ。
少しすれば落ち着くって。」
ポンポンとダナエの肩を叩き、「船に戻ろ」と言った。
すると「よう」とノリスが呼んだ。
「さっきからまったく話が見えねえ。いったいなんだってんだ?」
タバコを吹かしながら、不機嫌そうにする。
「ええっと、とりあえず船に戻ってから話すわ。」
アドネはダナエの背中を押して、船に歩いていく。
ノリスは「しょうもねえ痴話喧嘩ならゴメンだぜ」と言った。
「あのクソ野郎を追っかけなきゃいけねえんだ。
んな時に下らねえことで揉めんじゃねえぞ。」
ポケットに手を突っ込みながら、ダナエの背中を睨む。
「いったい何なんだ?」
「さあ?」
シウンとマナは、小さく肩を竦めた。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百二十話 遠い空の彼方に(5)

  • 2017.04.19 Wednesday
  • 17:29

JUGEMテーマ:自作小説

「ダナエ!早く精霊を出せ!このままじゃ・・・・、」
コウがそう言いかけた時、ダナエは元の姿に戻った。
悪魔にも蜂にも天使にも進化せずに、妖精の姿に戻った。
「コウ・・・・。」
一言呟いて、ガックリと気を失う。
「ダナエ!」
「・・・・・・・・・。」
ダナエはまったく動かない。呼吸すらしていない。
鼓動だけがかすかにあった。
「馬鹿野郎!無茶するから・・・・。」
コウはすぐに回復魔法をかけようとする。
しかし《待って!》とキーマが止めた。
《様子が変だわ。》
「変?」
《見て、全身が銀色に輝いている。》
ダナエの周りに、煙のような光が浮かんでいた。
白銀のように綺麗な光が、彼女を包み込んでいる。
その光は液体に変わり、なんとダナエを溶かしてしまった。
「おい!どうなってんだ!」
《慌てないで。あの子の魂はまだここにいる。》
「でもドロドロに溶けちまったぞ!」
《おそらく・・・最後の進化をしようとしているのよ。》
「最後の進化?」
コウは首を傾げる。
キーマは《思い出して》と言った。
《ダナエは自ら月の魔力を手放した。
それはつまり、月の統治者になるのを放棄したのと同じことよ。》
「それがなんなんだよ?」
《ダナエはもう月の王女様ではないってことよ。
特別な妖精ではなくなったわけね。
今までのように大きな進化は、きっとこれが最後になる。
そして・・・・、》
「そして?」
コウは息を飲んで答えを待つ。
キーマは首を振り、《すぐに分かるわ》と言った。
ダナエはまだ銀色の液体のままだ。
それはスライムのようにドロドロしていて、とても不気味な光景だった。
コウは不安を抱きながら、「ダナエ・・・」と呟くしかなかった。
するとその時、「オオアアアアアアア!」と凄まじい悲鳴が聞こえた。
「なんだ!?」
《邪神が暴れてるみたいね。》
鳥の翼に包まれていた邪神が、癇癪を起した子供のように暴れている。
その暴れっぷりは凄まじく、今にも鳥の翼から抜け出しそうだった。
「まずい!」
コウは慌てて飛びかかる。
「もうダナエを待っていられねえ!みんな、トドメを刺すぞ!」
アドネたちは頷き、邪神に挑みかかった。
《どいつもこいつも邪魔ばかりしやがって!許さない!皆殺しにしてやる!》
邪神の力が何倍にも膨れ上がっていく。
そして暴れるだけ暴れて、急に動きを止めた。
「なんだ・・・?動かなくなっちまった。」
邪神は糸が切れたかのように、ピクリとも動かない。
しかしその時、「おい!」とノリスが叫んだ。
「卵産んでるぞ!」
「卵?」
邪神のお尻から、大きな卵が産み落とされる。
それと同時に邪神は息絶えた。
がっくりと項垂れて、化石のように朽ちてしまった。
「どうなってんだ一体?」
誰もが呆然とする中、キーマが叫んだ。
《その卵を破壊して!》
「なに?」
《早く!じゃないと邪神もまた進化してしまう!》
キーマは《急いで!》と促す。
コウは「なんか分からねえけど、卵を破壊すりゃいいんだな」と頷いた。
「それで終わるならやってやるぜ!」
拳を構え、卵に殴りかかる。
しかし拳が触れた瞬間に、衝撃を跳ね返された。
「ぐはッ・・・・。卵にも反射能力があるのかよ・・・・。」
自分のパンチをモロにくらって、その場にうずくまる。
するとノリスがコウの頭を踏みつけながら、卵に飛びかかった。
銃を向け、マグマの弾丸を発射する。
卵は爆炎を上げたが、まったくの無傷だった。
「おい!人の頭を踏むな!」
「お前こそ油断してんじゃねえよ。」
ノリスは続けて銃を撃つが、卵は割れない。
「チッ!けっこう硬えな。誰か頼むわ。」
そう言うと、アドネが鎌を振り上げた。
「私に任せて!」
大きな鎌を振り下ろすと、少しだけヒビが入った。
「もう一発!」
また卵を斬りつけると、バキバキと音を立てて、大きな亀裂が走った。
「あとちょっとね。」
もう一度鎌を振り上げ、完全に叩き切ろうとする。
しかしその時、卵の中から邪神の手が出てきた。
アドネの鎌を掴み、そのまま投げ飛ばしてしまう。
「きゃあ!」
「アドネ!」
アドネは空中で一回転して、「この!」と斬りかかる。
「しつこいにもほどがある!とっととくたばんなさい!」
そう言って鎌を振り下ろそうとした時、シウンが「待て!」と止めた。
「何よ!?」
「今斬りかかったらやられる!」
シウンは卵を指さす。
殻は粉々に割れて、中から邪神が現れた。
冷酷な顔、長い髪、異様な殺気。
一致纏わぬ姿で、殻の上に立っている。
それを見たアドネたちは、思わず後ずさった。
「・・・もういいわ。もういい。」
邪神はゆっくりと歩き始める。
パキパキと殻を踏みしめながら、アドネたちには目もくれずに歩いていく。
そして空を見上げ、「あの星へ行かなきゃ」と呟いた。
「こんな星はもうどうでもいい。銀河の侵略はあの星から始めることにするわ。」
邪神は手を広げ、ゆっくりと息を吐く。
次の瞬間、彼女は巨大な虫に変化した。
いつものようにマイマイカブリに似た姿。
しかしその色は、磨き上げた真珠のように、見惚れるような白をしていた。
邪神は羽を広げ、空へ舞い上がる。
そして高速で羽を動かして、時空を揺さぶった。
「空間が波打ってる!あいつどこかへワープする気だ!」
コウは邪神を見上げ、「逃がしちゃダメだ!」と叫んだ。
「進化して強くなってる!時空を揺さぶるなんて新しい力まで手に入れてる!
今ここで仕留めないと、本当に銀河が支配されちまう!」
そう言って邪神に飛びかかるが、アドネたちは動けなかった。
「何してんだよ!さっさと行くぞ!」
「う、うん・・・・。」
「何ビビってんだ!」
「だって・・・・あいつの目を見た瞬間に、言いようのない寒気が走って・・・。」
「ああ・・・肝が冷えるほどだった・・・・。迂闊に飛びかかったら、俺たちはこの世にいなかっただろう。」
「だからなんだってんだ!今さらビビッてどうする!」
「・・・・そうよね。ここまで来たんだもん。」
アドネは鎌を握り直す。
シウンも「弱気になっては駄目だな」と拳を握った。
ノリスとマナはあっけらかんとしていて、「やるんだろ?」と尋ねた。
「お前の言う通り、今さらビビッてもしょうがねえ。」
「私、タダ働きは嫌だけど、あいつを見逃すのはもっと嫌。」
「俺だって同じだ。だからやるしかねえ!全員でな。」
コウは迷いを見せずに突っ込む。
拳に竜巻を纏わせて殴りかかった。
「待てガキ!また反射されるぞ!」
ノリスが慌てて銃を撃つ。
邪神の反射能力が消えて、コウのパンチがめり込んだ。
神器の宿った拳が、邪神の顔面を切り裂く。
次にアドネとシウンが飛びかかって、同時に攻撃を仕掛けた。
アドネの鎌が首を斬りつけ、硬い甲殻を割る。
シウンの熱線が炸裂し、邪神を燃やし尽くそうとする。
「このまま一気に終わらせるぜ!」
コウは何度も邪神を殴る。
アドネもシウンも、邪神を滅多打ちにしていった。
ノリスは銃で援護し、マナもリング状の光を飛ばして、邪神を締め上げた。
コウたちの攻撃は確かなダメージを与えている。
このまま攻め続ければ、倒すことは可能だった。
しかし邪神も黙ってはいない。
クスクスと笑って、天を仰いだ。
そして口の中から、大量の強酸を巻き散らした。
茶色とも緑色ともつかない、妙な色をした強酸が、コウたちを蝕んでいく。
「うおおおおお!」
「あああああああ!」
マナが慌てて結界を張ったが、邪神の酸はたやすくそれを溶かしてしまう。
「みんな!離れろ!」
コウが叫ぶと同時に、邪神は雨のように酸を振らせた。
「ぐううおおおおお!」
「まずい!このままじゃ完全に溶かされるぞ!」
猛烈な酸の雨は、夕立のように降り注ぐ。
コウたちは必死に逃げるが、途中で力尽きてしまった。
「そんな・・・・なんて奴だ・・・・、」
どうにか箱舟まで逃げようとするが、立ち上がることすらできない。
辛うじてシウンだけが立っていて、その後ろにノリスとマナが隠れていた。
「ダメだ!このままでは・・・・、」
シウンは熱を上げて抵抗するが、強酸を防ぐことはできない。
身体に染み込んで、何もかも溶かそうとする。
「俺の熱でも防げないなんて・・・いったいこの酸は何で出来ているんだ!?」
遂にシウンも膝をつく。
酸はマナにも振りかかり、小さな身体を溶かそうとした。
「ああああああ!」
「マナ!」
「大丈夫・・・・大きくなれば平気だから・・・・。」
ドッペルゲンガーの力を借りて、人間ほどの大きさに変わる。
しかしそれでも酸の浸食を免れることは出来なかった。
遠くではアドネも倒れていて、「みんな・・・」と手を伸ばしていた。
「なんてこった・・・一気に形勢逆転だな・・・・。」
ノリスは自嘲気味に笑う。
するとその時、箱船が動いて、みんなの上に飛んで来た。
「大丈夫かオメエら!?」
カプネが窓から顔を出す。
コウは「馬鹿!」と叫んだ。
「中にいろ!死ぬぞ!」
「俺だけじっとしてられるか!今すぐ助けてやっからな!」
カプネは舵を切り、船を邪神の方に向けた。
「このまま体当たりしてやるぜ!」
箱船は猛スピードで邪神に突っ込む。
しかし寸前のところでかわされて、真っ白な業火を吹きつけられた。
「うおおおおおお!」
白い業火は船を焦がしていく。
カプネは慌てて舵を切り、そのまま墜落してしまった。
「カプネ!」
手を伸ばすコウだったが、また酸が降り注いで「うおおおお!」と叫んだ。
「溶ける・・・・このままじゃ・・・・みんな溶けちまう・・・。」
進化した邪神は圧倒的だった。
酸による攻撃だけで、コウたちを追い詰めていく。
「この酸・・・・降り注ぐ一粒一粒に結界が張ってある・・・・。
そして身体に触れた途端に、結界が弾けて溶かし始めるんだ・・・・。
防ぐには・・・・この結界以上の力を出さないと・・・・・、」
シウンの熱でも防げなかったのは、この結界の為。
コウは歯を食いしばり、どうにか立ち上がった。
「俺が・・・・俺がどうにかしないと・・・・、」
魔力を溜め、風の魔法で酸を巻き上げようとする。
しかし魔力が溜まりきる前に、また倒れてしまった。
立ち上がろうとしても、それを嘲笑うかのように溶かされていく。
「もう・・・ダメだ・・・・。どうにも・・・・でき・・・な・・・、」
そう呟きかけた時、《諦めちゃダメ》と声がした。
「キーマ・・・・、」
《お嬢さんはまだ戦ってるのよ。最後の進化を遂げる為に、自分と戦ってる。
だから諦めちゃダメ。》
キーマは手を広げ、大きな結界を張った。
酸はキーマの結界に弾かれて、雨粒のように流れていく。
邪神は酸を吐き出すのをやめて、さらに羽を羽ばたいた。
空間が歪み、どこかへワープしようとする。
《このまま逃げるつもりね。でもそうはさせないわ!》
キーマは手を掲げ、超重力の渦を起こした。
邪神はその渦に引っ張られて、大地へと叩きつけられる。
《今よ!やっちゃって!》
キーマが合図すると、ニーズホッグが襲いかかった。
頑丈なこの竜は、強酸を浴びても平気な顔をしていた。
そして大きな口を開けて、邪神の頭に噛みついた。
「コノママモギ取ッテクレル!」
メキメキと音を立てながら、邪神の頭を食い千切ろうとする。
しかし邪神も負けてはいない。
身体を捻り、ニーズホッグを投げ飛ばした。
「ヌウウ・・・・往生際ノ悪イコトヨ!」
二体の怪物は、巨体をぶつけ合って戦う。
キーマは《援護するわ!》と言って、超重力の渦をぶつけた。
邪神の動きは鈍り、そこへニーズホッグの頭突きが炸裂する。
大きな音が響いて、邪神の大顎が割れてしまった。
「アアアアアアア!」
悲鳴のような鳴き声を上げて、怒りを表す邪神。
刃物のような脚を振り上げ、ニーズホッグを叩きつけた。
「グオッ・・・・、」
硬い鱗が切り裂かれて、肉に食い込む。
しかし「コレシキ!」と、怯むことなく突っ込んだ。
《今のうちにみんなを回復させて!》
「わ、分かった!」
コウは傷ついた仲間を助けに向かう。
みんな大怪我を負っているが、まだ息はあった。
「すぐに治してやるからな。」
コウは両手をかかげ、三つの魔法を同時に使った。
水、風、土。
癒しの精霊を呼び出して、頭上に解き放つ。
ウンディーネが、シルフが、そしてノームがたくさん現れて、仲間たちの元へと吸い込まれていく。
そしてコウの中にも吸い込まれ、酸の傷はたちまち治っていった。
「ああクソ!またやられた!」
アドネが悔しそうに叫ぶ。
シウンも怒りを滲ませながら、大地を叩きつけた。
「ちょっと油断したらこのザマだ・・・・情けない!」
ノリスはタバコを咥え、「まあいつものこった」と笑った。
「上手くいきそうな時ほど危ないってな。生きてるだけで儲けもんだぜ。」
するとマナは「何が儲けもんよ!」と怒った。
「治療費貰わないと気がすまない!」
「んじゃ請求してやるか?」
「当然!」
「私もやり返さないと気がすまない。毎度毎度いたぶってくれやがって・・・。
この鎌で首を落としてやる!」
「アイツは自分が一番強いと思っている。それが間違いだということを、灼熱の拳で思い知らせてやる。」
あれだけボロボロにやられたのに、誰も闘志が衰えない。
それこどろか、余計に火が点いていた。
それを見たコウは「お前らさ・・・」と肩を竦めた。
「ほんとに逞しいよな。今まで一緒に旅してきた仲間の中で、一番逞しいかもしれない。」
「伊達にあんた達と旅してないからね。もうこんなの慣れっこよ。」
「怖がるくらいなら、玉砕覚悟で突っ込んだ方がマシだ。」
「俺は玉砕なんざゴメンだね。ただ借りは返さねえと気がすまねえ。」
「ほんっとにね。星一個買えるくらいの慰謝料と治療費がほしいわ。ああ腹立つ!」
みんな邪神の方を睨んで「ぶっ殺す!」と叫んだ。
「うん、ほんとに逞しい。お前らと一緒なら、どこまでも戦えそうな気がするよ。」
コウはグルんと肩を回し、ボキボキと拳を鳴らした。
「さあて、んじゃ今までの分やり返すか。」
全員が頷き、邪神へ飛びかかっていった。
みんなそれぞれの持ち味を活かして戦う。
コウはスピードで攪乱し、隙を見ては切り裂く。
アドネは常に死角へ回って、急所へ一撃を加える。
シウンは堂々と正面に立ち、燃え盛る拳で殴りつける。
ノリスはみんなの背後を移動しながら、正確な射撃で射抜いていった。
マナはニーズホッグの頭に乗って、みんなを応援する。
そして絶対に安全な時だけ攻撃を仕掛けた。
それぞれが個性を活かし、特性を活かし、自分の戦いに専念している。
でも決してバラバラではなく、見事な連携が取れていた。
《大したもんだわこの子たち。
自由に戦ってるクセに、まるでテレパシーで繋がってるみたいに動きが合ってる。》
キーマは可笑しそうに笑う。
べったりくっ付くわけでもなく、かといって離れすぎるわけでもない。
全員が絶妙な距離感を保った、最高のチームだった。
《私もやるわ!ここでクインを討つ!》
凄まじい猛攻を受けて、さすがの邪神もよろめく。
しかしどんなに打ちのめされても、決して倒れなかった。
憎しみ、欲望、執念・・・・邪神を支える原動力は、底なし沼のように尽きることがない。
傷ついても傷ついても立ち上がり、死にもの狂いの反撃を続けた。
戦いは拮抗し、お互いに疲弊してくる。
体力も魔力も、そして精神力も奪われていく。
それでも誰も膝をつかない。
魂の一滴が枯れるまで、意地でも戦い続けた。
だが均衡を保っていた戦いは、じょじょに邪神が押し始めた。
強酸が、業火が、鋭利な脚が、コウたちを確実に苦しめていく。
そして一瞬の隙をついて、またあの魔法を使った。
火、氷、風、雷、土、光。
六つの魔法が同時に炸裂して、辺り一帯を吹き飛ばす。
まともにくらえば即死。
しかしノリスの弾丸が攻撃を跳ね返し、キーマの結界がみんなを守った。
どうにか生き延びることが出来たが、邪神は再び六つの魔法を炸裂させた。
「ぐううあああああ!」
「きゃああああああ!」
みんなボロボロに傷つき、邪神の周りに倒れる。
「はあ・・・はあ・・・ちくしょう・・・・負けるか・・・・。」
コウは手をついて立ち上がる。
他の仲間も、それに続くように立ち上がった。
「負けねえ・・・・負けねえぞ・・・・。」
いくら打ちのめされようとも、闘志は衰えない。
ここで負けたら最後、今までの戦いは全て無駄になる。
燃え盛る闘志は、限界を超えて力を発揮した。
しかしそんな闘志を打ち砕くかのように、邪神はまた六つの魔法を炸裂させた。
火が、氷が、風が、雷が、土が、光が、コウたちにトドメを刺そうとする。
「負けねえ・・・・負けねえぞ・・・・、」
迫りくる強大な魔法、それを前にしてもコウたちは諦めない。
これを喰らえばもう終わる。
それが分かっていても、邪神に向かって突き進んだ。
するとその時、鳥の鳴き声が響いて、大きな翼が邪神を包んだ。
六つの魔法は、武神の鳥によって防がれる。
コウは鳥を見上げ、こう呟いた。
「ダナエ・・・・。」
武神の鳥の中に、進化を終えたダナエがいた。
その姿は以前とまるで変わらなかった。
今までの進化と違って、妖精の姿のまま。
しかし以前とは一つだけ違うところがあった。
「この気配・・・・まるで人間みたいだ。」
ダナエは進化した。
それによって以前と変わったのは、妖精らしからぬ気配を持っていることだった。
まるで人間と妖精を混ぜたような、二つの気配を放っているのだ。
《終わったみたいね。》
「キーマ・・・・。どうしてダナエから人間の気配を感じるんだ?」
《彼女には人間の血が眠っていたからよ。》
「人間の血が・・・・?」
そう言われて、コウには思い当たることがあった。
「ダナエの親父は元人間なんだ。今は妖精だけど、元々は地球に住んでた人間だった。
だったらアイツの中にも、人間の血が宿ってたってことか?」
《そうよ。》
「でもどうして今になって人間の血が目覚めるんだよ?
アイツはずっと妖精のままだったんだぞ?」
《それは永遠の寿命を放棄したからよ。》
「な、なんだって?」
コウは顔をしかめる。
信じられないことを言われて、すぐには理解できなかった。
「それってどういうことだよ?なんで自分から永遠の寿命を捨てるんだ?」
《ダナエがそう望んだから。》
「だからなんで!?永遠の寿命っていうのは特別なもんなんだぞ!
普通の生き物には絶対にないものなのに。」
コウは首を振る。
なぜなら永遠の寿命を手放すということは、妖精であることを否定することになるからだ。
病気や怪我、呪いにでもかからない限り、妖精は死なない。
それどころか、ある一定の年齢に達すると歳も取らない。
不老不死に近いのが妖精なのに、それを手放すなど考えられなかった。
「アイツは妖精でいるのが嫌になったっていうのか?」
《そうじゃないわ。ダナエは限りある命を選んだってだけ。》
「限りある命?」
《人間の命には限りがある。どんなに願っても、定められた時間の中でしか生きられない。
ダナエはそんな人間の生に惹かれたのよ。》
「そんな馬鹿な!なんで限りのある命に憧れるんだよ?」
《それは輝きがあるからよ。》
「輝き?」
《地球の生命は。誰でも命に限りを持っている。
きっとダナエは、そんな地球の生命たちに輝きを見たんでしょうね。》
「・・・・・・・・。」
《ダナエは決して妖精であることを捨てたりしないわ。
あの子は自分が妖精であることに誇りを持っているもの。》
「じゃあ・・・どうして・・・・、」
《限られた時間の中で、精一杯生きてみたい。そう願ったからよ。》
コウは納得できなかった。
あれほど地球を嫌っていたのに、どうして地球の人間と同じような生を望むのか?
それに何より、どうして限られた命なんか選んだのか?
「ダナエ・・・・お前は俺を置いて歳とって、俺を置いて死ぬつもりなのかよ。
そんなの・・・・身勝手すぎるだろ。」
コウは怒っていた。
ずっと一緒にいようと誓ったのに、自分を置いて死ぬつもりなんて。
この先何十年かしたら、ダナエはいなくなってしまう。
そんな大事なことを、何の相談もなしに決めたことがショックだった。
「ふざけんな!なんだよそれ!お前・・・・お前は自分がよけりゃそれでいいのか!?
俺のことなんか考えねえのかよ!」
どうしようもない悔しさが滲んで、ダナエから目を逸らす。
「なんで・・・なんでそんな勝手なことするんだよ!
もう元に戻れねえぞ!後からどんなに願っても、手放したもんは戻ってこないんだ!」
ダナエは妖精であることを捨てた。そしてずっと一緒にいようという約束を捨てた。
コウにはそう思えて仕方なかった。
寿命のない妖精だからこそ、永遠の愛を誓える。
その永遠を手放すということは、一緒にいようという約束を破ったのと同じに思えた。
「ふざけてる・・・・アイツ・・・・なんだよ勝手に・・・・。
こっちの気持ちも考えないで・・・・ふざけんなよ・・・・。」
コウは硬く拳を握る。
「おおおおおおお!」と雄叫びを上げながら、邪神に飛びかかった。
《ダメ!無防備に突っ込んじゃ!》
キーマが止めるが、コウの耳には届かない。
怒りと悔しさだけを滲ませて、邪神を殴り飛ばした。
「お前が・・・・お前さえいなけりゃ!
お前なんかいるから、俺たちはこの星へ来る羽目になったんだ!
お前さえいなかったら・・・・俺とダナエはずっと一緒にいられたんだああああ!」
拳から神器の剣が伸びてきて、邪神の顔を貫く。
「お前なんか最初からいなけりゃよかったんだ!このまま消して去ってやる!」
《コウ!ダメよ!離れて!》
キーマは慌てて引き離そうとする。
しかしそれより早く邪神が動いた。
巨大な脚でコウを叩き、そのまま踏みつけたのだ。
そして顔を近づけ、真っ白な業火を吐き出した。
「うわあああああああ!」
《コウ!》
キーマの助けも間に合わず、コウは真っ白な業火に飲み込まれる。
しかし誰かがコウの前に立ちはだかり、業火を防いでいた。
「・・・・・・・・。」
「ダナエ・・・・。」
ダナエはコウを振り向き、小さく頷く。
いつもと変わらないその姿。
しかしいつもと違う気配が混じっている。
「ダナエ・・・どうして・・・・、」
コウの呟きは、ダナエの耳に届いた。
悲しみ、悔しさ、怒り。
小さな呟きの中に、色んな感情が混じっている。
それを感じ取ったダナエは「ごめんね・・・」と返した。
「でも今は邪神を倒さないと。だから・・・力を貸して。」
ダナエは槍をかかげる。
すると武神の鳥が羽ばたき、緑色の風を起こした。
その風は邪神を包み込んで、完全に動きを封じてしまう。
「みんな!鳥に神器を向けて!」
ダナエは槍と弓を呼び出し、鳥に向ける。
「コウも。」
「・・・・・・・・・。」
コウは怒っていた。悔しかった。
しかし今は邪神を倒すことが先。
感情を押し殺し、鳥に拳を向けた。
神器の剣が伸びてきて、拳の中から飛び出していく。
他の仲間も神器を向けた。
斧が、棍棒が、杖が、指輪が。
全ての神器が鳥に向けられて、そのまま吸い込まれていった。
ラシルを守る神獣は、神器を吸い込んで力を増す。
そして一筋の風になり、ダナエの中に宿った。
彼女の全身がエメラルドに輝く。
大きな大きな神獣の力が、ダナエの中に渦巻いた。
「邪神、もう終わりにしよう。」
ダナエは空高く昇る。まるで鳥のように。
すると背中の羽が、緑の翼に変わっていった。
《・・・・・・・・。》
邪神は憎しみと欲望を募らせて、ダナエを睨む。
首をもたげて、悔しそうに吠えた。
《ああああああああああああああ!》
その雄叫びはとても悲しく、そして切ない。
子供が泣くような、夢が壊れたような、胸を揺さぶる叫びだった。
ダナエは翼を広げ、槍を構える。
周りに風が起きて、その風は鳥の姿へと変わっていった。
「邪神・・・・もう楽にしてあげる。武神が向こうで待ってるよ。」
ラシルの神獣を纏いながら、邪神目がけて飛びかかる。
真っ直ぐに槍を向けて、真っ直ぐに見つめながら。
邪神はまだ吠える。泣き声のような寂しい声で、ひたすら吠え続ける。
《ああああああああああああああ!》
ダナエは大きく翼を広げ、邪神に迫る。
邪神の悲しい叫びは胸を揺らすが、それでも迷いはない。
翼を広げ、邪神を包み込む。
そしてしっかりと槍を握りしめて、「たあああああああ!」と飛びかかった。
槍の切っ先が邪神に触れる。
眉間を貫き、頭の中心に刺さる。
これで終わる。
長く続いた戦いが、ようやく幕を引く。
邪神はこの世から去り、ラシルに平和が戻ってくる。
誰もが息を飲み、その瞬間を待った。
しかしそんな希望はあっさりと崩壊した。
なぜならダナエの槍が刺さった瞬間に、邪神は消えてしまったからだ。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百十九話 遠い空の彼方に(4)

  • 2017.04.18 Tuesday
  • 17:29

JUGEMテーマ:自作小説

「みんなはどこに・・・・?」
辺りを見渡していると、黒い染みの中から邪神が迫ってきた。
慌てて飛び退き、空へ舞い上がる。
「逃がさない!」
邪神の群れが下から迫って来る。
ダナエはさらに上へ飛んだ。
すると空からも黒い染みが落ちてきて、邪神に変わった。
「上からも!?」
空を覆う暗い雲。
その雲の半径三十キロほどが、黒い渦に変わっていた。
この渦がある限り、邪神はいくらでも湧いてくる。
ダナエは息を飲み「この雲を消す以外にどうにも出来ないわね」と言った。
「邪神はこの雲そのものが自分だって言ってたけど、それなら今すぐにでもラシルじゅうに自分をばら撒けるはず。
でもそんな事にはなっていない。
ということは、雲だけじゃ自分を生み出せないってことだわ。
あの黒い渦からじゃないと、自分をばら撒くことが出来ないんだ。」
ダナエは考える。
さすがにラシル全体を覆う雲を消し去るのは難しい。
しかし黒い渦だけならどうにか出来るかもしれない。
あの神器を使えば、一点にこの渦を集めて・・・・、
そう考えていた時、後ろから「ダナエ!」と声がした。
「無事だったのか!」
「コウ、早くここから逃げて!」
ダナエはコウの手を引っ張って飛んでいく。
するとさっきまでダナエがいた場所に、邪神たちが群がってきた。
「逃げ足の速いガキ。」
恨めしそうな目で睨んで、ダナエを追いかけて来る。
「コウ!邪神はこの黒い染みを広げて、銀河を塗り潰そうとしてるの!」
「うん、多分そんなとこだろうと思った。」
コウはそう言って大地を指さした。
そこにも黒い染みが広がっていて、仲間たちが邪神と戦っていた。
「みんな・・・・。」
ダナエは目を閉じ、「早く終わらせないと」と唇を噛んだ。
「邪神はあの雲そのものなの。だけど雲を全部消すなんて無理だわ。」
「じゃあどうするんだ?」
「雲はとりあえず置いといて、あの黒い渦をどうにかしないと。」
「でもあれだって相当な大きさだぜ?俺たちだけじゃどうにも・・・、」
「出来る。」
ダナエは言い切る。強い目で頷きながら。
「何か考えがあるみたいだな。」
「神器の槍を使うの。」
「槍を?まさかあの槍で黒い渦を一点に集める気か?」
「それしかないわ。でもきっと邪魔してくるはず。だから・・・私を守って。」
「もちろん。」
コウは頷き、ダナエを雲まで運んでいく。
「自分で飛ぶわ。」
「いや、俺の方が速い!」
コウの背中にはギンヤンマの羽が生えていた。
それも飛行機のように大きな羽が。
「飛ばすぞ!」
コウは結界魔法を唱えて、自分たちを守る。
そして本気で羽ばたき、一瞬で音速を超えた。
「すごい!まるでカルラみたいに速いわ!」
カルラとは地球で仲間になった、仏教の神だった。
音速の何十倍もの速さで飛ぶことができる。
コウは「さすがにアイツほどじゃないけどな」と笑った。
コウはすぐに雲まで辿り着く。
そして「後は頼んだぞ」と後ろを振り返った。
邪神の群れがすぐそこまで迫っている。
コウは胸いっぱいに息を吸い込み、「ノリ〜ス!!」と叫んだ。
するとノリスはピクピクと耳を動かして、空を見上げた。
「あの野郎・・・あんなところまで行ってやがる。
弾が届くわけねえだろ。」
そう言うと、アドネが「任せて!」と叫んだ。
「コイツでぶっ叩いて、あそこまで飛ばしてやるわ!」
大きな鎌を振り上げて「さあ!」と頷く。
「んじゃ頼む。」
ノリスはアドネに向かって銃を撃つ。
弾丸は大鎌にぶっ叩かれて、コウたちのいる空まで飛んでいった。
「・・・・・・ビンゴ!」
遠い空で爆炎が上がる。
ノリスは「ホームランだな」と笑った。
しかし目の前に邪神が迫ってきて、「やべえ!」と慌てて飛び退いた。
コウは空から「助かった!」と手を振る。
そして大きな羽を羽ばたいて、邪神の群れに挑んだ。
「雑魚め。」
「そりゃお前らだ。」
コウはマッハ3の速さで群れに突っ込む。
円を描くように飛び回ると、何体かの邪神がバラバラに切り裂かれた。
「へへ!風の魔法を放って、羽に神器の力を宿したんだ。」
高速で動くギンヤンマの羽は、名刀のごとく群れを切り裂いていく。
邪神は「ガキい・・・」と怒った。
「そっちのガキとまとめて吹き飛ばしてやる!」
全ての邪神が、六つ同時に魔法を放とうとする。
もしこれが炸裂すれば、辺りの全てが消し去ってしまうだろう。
しかしコウは臆することなく飛び回った。
「恐ろしい魔法なら、使う前に止めればいいだけだ!」
そう言って、邪神の手に浮かぶ六つの魔法を切り裂いた。
「邪神!確かにお前は強い!でもな・・・・・、」
風の魔法を唱えながら、群れの頭上に舞い上がる。
「いっつも戦い方が大雑把なんだよ!そりゃ思い上がってる証拠だぜ!」
羽の周りに風が集まり、刃のように駆け巡る。
「神器の力を宿したかまいたちだ!細切れになれ!」
羽を群れに向けると、幾つものかまいたちが襲いかかった。
細切れにはならなかったが、それでも脚を切り落とすほどのダメージを与えた。
「調子に乗るなよクソガキ!」
邪神は青い業火を吐き出す。
コウは結界を張りつつ、かまいたちで反撃した。
「コウ・・・ありがとう。」
ダナエは神器の槍を構え、黒い渦を睨む。
「こうして近くで見ると、ほんとに不気味ね。」
夜のダムにいるような、なんとも気味の悪い感じ、そしてえも言えぬ暗い気配が漂っている。
ダナエは深呼吸してから、神器の槍を突き刺した。
黒い渦は波打ち、槍の刺さった場所に魔力が集まってくる。
「ここにいたら吸い込まれるわ。離れないと。」
ダナエは黒い渦から遠ざかる。
その時、また渦の中から邪神の群れが現れた。
「来たわね。」
十体もの邪神が、六つの魔法を唱えようとしている。
ダナエは槍の神器を消して、弓矢の神器に持ち替えた。
「これは魂に刺さる武器。だったら・・・・、」
弓矢をつがえ、目の前の邪神を射抜く。
すると矢は反射されることなく突き刺さった。
「やっぱり!」
魂に刺さるということは、身体をすり抜けるということだ。
そのおかげで反射されることはなかった。
矢の刺さった邪神は苦しみ、大地へと落ちていった。
「攻撃が効くなら怖くなんてないわ!」
手をかざすと、たくさんの矢がどこからともなく現れる。
それを番えて、何本もの矢を同時に放った。
全ての邪神は射抜かれて、大地へ沈んでいった。
しかし次から次へと現れて、数にものを言わせて迫ってくる。
「お前らゴキブリに邪魔させないわ!」
邪神の群れは一斉に青い業火を吐く。
業火は一つに重なり、大蛇のように襲いかかってきた。
「無駄よ!」
ダナエは羽を透明にかえて、攻撃を回避する。
そしてサッと群れの後ろまで回って、次々に射抜いていった。
「コウの言う通りだわ。邪神はいつだって思い上がってる。
ならつけ入る隙はいくらでもある!」
高い空の上で、ダナエとコウは必死に戦う。
地上でもアドネたちが奮闘していた。
みんな神器の扱いに慣れてきて、前よりも上手く戦っている。
邪神は強いが、それでも神器を使いこなせば勝てない相手ではなかった。
「月の魔力なんかなくなって、私たちは戦える!」
ダナエは炎の魔法を唱える。
それを神器に宿すと、矢は炎の鳥となって邪神を撃ち抜いた。
「ぎいやあああああああ!」
魂が焼かれ、絶叫する邪神。
「ぬう・・・ぐううう・・・・ほんとに小賢しいガキども!」
「言ったでしょ、私は諦めないって!」
「無駄よ!この雲がある限り、私はいくらでも生まれてくる!」
「だったら何度でもぶっ倒すだけよ!」
「やってみろおおおおお!」
「喧嘩上等よ!ボッコボコにしてやる!」
ダナエは鬼のような顔で矢を射る。
しかしその時、頭上から大きな音が響いた。
見上げると、黒い渦がブルブルと震えている。
「まずい!もう爆発するわ!」
ダナエはサッと空から離れていく。
「コウ!」
「分かってらあ!」
コウと戦っていた群れは、残り二体だけとなっていた。
彼は羽を広げて、二体の間を飛び抜ける。
「ガキいいいいいい!」
邪神が追いかけてくる。
しかし二体とも細切れになって、大地へ散らばっていった。
「はは!思い上がってるからそうなるんだよ!」
ダナエとコウは急いで渦から遠ざかる。
邪神は「そんな・・・・」と嘆いた。
「あんなガキどもに、ここまでコケにされるなんて・・・・。」
悔しがっても、もう渦が爆発するのを止められない。
コウの言う通り、慢心が敗北を招いてしまったのだ。
「残念だけど、このまますんなり銀河を塗り潰すことは無理みたい。
だからって諦めたりしないわ。」
邪神はダナエを睨む。
ダナエが諦めないのは、いつでも希望を絶やさないからだ。
しかし邪神には希望などというものはない。
あるのは果てしない欲望、そして執念だけ。
「諦めない・・・・私はしつこいのよ。あんたを殺してやる。必ず・・・・。」
邪神は黒い渦を見上げる。
槍で刺された場所に魔力が集まり、今にも爆発しようとしていた。
「渦が消えても、雲が晴れるわけじゃない。
だけどまた渦を広げるのは、ちょっと時間がかかるわ。
なら・・・その間にあの星へ行く。
ルシファーとサタン。
奴らをこの星に連れてきて、暗い雲の糧にしてやる。
そうすれば、もっと短時間で銀河を塗り潰すことができるはずだから。」
底なしの欲望は、ダナエの持つ希望以上に強力だった。
邪神は決して諦めない。
目的が達成されるのをこの目で見るまでは、どんな事があっても・・・。
「でもその前に、やっぱりあのガキを始末しないと。
生かしておいたらまた邪魔をしてくるはず。」
仲間の元へ避難したダナエを睨んでいると、頭上から衝撃が走った。
巨大な魔力の塊である黒い渦が、とうとう爆発したのだ。
その衝撃は空を伝い、別の大陸の空気まで揺らすほどだった。
空にいた邪神の群れは一撃で壊滅。
反射能力さえ役に立たないほどの衝撃を受けて、砂塵に帰した。
そして大地にいたダナエたちにも、その衝撃は襲いかかった。
みんなは箱舟の中に避難して、衝撃波から逃れる。
しかしあまりに強烈な衝撃波は、箱舟をひっくり返して、海まで押し込むほどだった。
「おい!この船は海ん中でも平気なのか!?」
ノリスが叫ぶと、ダナエは「もちろんよ」と答えた。
「宇宙でも飛べる船だからね。海の中でも問題ないわ。」
「なら安心だ。」
船がひっくり返ったせいで、みんな逆さまに倒れている。
しかし船そのものは少しの傷を負っただけで、衝撃波からみんなを守ってくれた。
箱船は海から飛び上がり、陸へと着陸する。
ダナエはすぐに外へ駆け出した。
「・・・・すごい、光が射してる。」
「どれどれ。」
みんな甲板に出て来て、明るい光に目を細めた。
「本当だ。俺が空けたような小さい穴じゃなくて、もっと大きな穴が空いてる。」
青い空、射し込む光。
それはまさに希望そのもので、心が洗われるほど気持ち良かった。
「やっぱり空は青い方がいいよね。」
「ああ。でも雲はまだ残ってる。てことは・・・・、」
「邪神はまだ死んでない。そのうちきっと復活して・・・・、」
そう言いかけた時、ダナエの上に何かが迫ってきた。そして・・・・、
「きゃあ!」
「ダナエ!」
地上にいた群れのうち、一体だけ邪神が生き残っていた。
ダナエはあっという間にさらわれる。
「邪神!」
弾かれたようにコウが飛び出す。
邪神は後ろを振り返り、青い業火を吐いてきた。
「今さらそんなもん効くか!」
拳を振り、業火を切り裂く。
それと同時に、反対側の拳から竜巻を飛ばした。
しかし邪神には効かない。
反射能力が竜巻を跳ね返してしまう。
「クソ!」
慌ててかわすコウ。
その時、背後から銃声がした。
「これで反射出来ねえだろ。」
「ノリス・・・・。」
「船長さんを助けに行こうぜ。」
みんなは船から飛び出し、邪神を追いかける。
誰よりも先に追いついたのは、もちろんコウだった。
「ダナエええええ!」
羽を伸ばし、ダナエを掴んでいる邪神の脚を切り裂こうとする。
しかしコウが助ける前に、ダナエは邪神に矢を撃ち込んでいた。
「ぐぎッ・・・・、」
「あの爆発でよく生きてたわね。びっくりするほどのしつこさだわ」
もう一発矢を撃ち込むと、邪神は大地へ落ちていった。
ダナエは慌てて邪神の脚から逃れて、空へ舞い上がる。
「これでトドメよ!」
両手を掲げ、左右に別々の魔法を溜める。
右手には雷、左手には炎。
「六つ同時ってわけにはいかないけど、私だって同時に魔法を使えるわ。」
激しい炎と雷が起こって、ダナエの手の中で混ざり合う。
二つの魔法が融合して、眩いプラズマとなった。
それはシウンの熱線に似ていたが、違う部分もあった。
ダナエの手にあるプラズマは、鳥の形をしていたのだ。
まるでフェニックスのような、神秘的な姿をした鳥に。
そしてその鳥に、どこからか風が吹いてきた。
ダナエは後ろを振り返り「コウ!」と叫んだ。
「俺の魔法も混ぜてやる!」
コウは風の魔法を放ち、プラズマの鳥の中に吸い込ませる。
風をまとい、鳥は優雅に羽ばたいた。
すると「私の力も乗っけてやるわ!」とアドネが叫んだ。
鎌を振り上げ、怨霊の群れを飛ばしたのだ。
プラズマの鳥は黒く締まり、憎しみに歪んだ顔をした。
「なんかおっかない鳥になっちゃったな。」
コウが呟くと、「文句ある?」とアドネが怒った。
「いえいえ、まったく。」
肩を竦めながら首を振ると、今度はシウンの熱線が飛んできた。
鳥の中に吸い込まれて、真っ白なプラズマに輝く。
「俺の怒りもぶつけてくれ。」
シウンはグッと拳を握る。ダナエはニコリと頷いた。
「なら俺の分もついでだ。」
ノリスの銃弾が鳥を射抜く。
すると空間が波打って、鳥は無色透明に変わった。
「デカイ一発をくれてやれ。」
「ノリス・・・。」
ダナエは「みんなありがとう」と頷く。
その時、「私を忘れないでよ」とマナが飛んできた。
「なんでいっつも私を忘れるのよ。」
「あ、ごめん・・・わざとじゃないのよ。」
「顔が白々しいんだけど?」
マナはぷくっと頬を膨らませる。
「私だけ何もしないってわけにはいかないからね。はい。」
両手を掲げ、リング状の光を放つ。
それを吸い込んだ鳥は、だんだんと緑色に変わっていった。
翼を羽ばたき、天に向かって舞い上がる。
辺りに風が起きて、鳥の羽が降り注いだ。
「これは・・・・、」
ダナエはゴクリと息を飲む。
みんなの力を合わせた鳥が、まるで神獣のように神々しく輝き出した。
「緑の羽に、神獣のような輝き。これってきっと・・・・、」
「きっと武神の言ってた鳥だ。」
「コウ・・・。」
二人は鳥を見上げ、目を細める。
「ねえコウ・・・・雲の隙間から星が見えるわ。」
「星?」
「武神の星よ。見えない?」
「いや、俺には・・・・。」
「私にはハッキリ見える。武神があの空の向こうに・・・。」
瞳に映る大きな星は、間違いなく武神の星。
ダナエは「やるわ」と頷いた。
「あなたの残した神器の力で、ラシルを覆う雲を晴らしてみせる。」
七つの神器を全て合わせた時、ラシルを守る神獣が現れる。
ダナエはその神獣を呼び出す為に、自分の神器を手に持った。
左手には弓、右手には槍。
そして弓で槍を番えて、緑の鳥を射抜いた。
その瞬間、鳥は空を覆うほど巨大になった。
翼は海を覆い、雄叫びは空を響かせる。
緑色だった身体は、まるでエメラルドのように輝き出した。
「すごい・・・・、」
「なんて荘厳な・・・・、」
アドネたちはその鳥に見入る。
息を飲み、瞬きさえも忘れていた。
コウも「こりゃすげえや・・・・・」と驚くばかりだった。
「なんて大きいんだ。空も海も、あの鳥の色に染まって見える。」
天を染める大きな鳥。
それはフェニックスのようにも見えたし、鳳凰のようにも思えた。
しかし地球にいるどんな神獣とも違っていた。
「神獣というより、神様が鳥に変わったみたいだ・・・。」
コウの呟きに、「きっとそうよ」とダナエが頷いた。
「あの鳥は武神そのものなんだから。
この星を愛して、今でも守ろうとしている。
全てはラシルの為に、そして・・・・かつての婚約者の為に。」
そう言って地上を睨むダナエ。
そこには邪神がいて、ダナエたちよりも驚いた顔で鳥を見つめていた。
「武神は今でも、邪神を愛しているのかもしれない。ううん・・・きっとそうだわ。
だからこそ、これ以上悪さをしてほしくないのよ。この想い、あなたに伝わる?」
死んでもなお邪神に想いを抱く武神。
ダナエにはその気持ちが痛いほどよく分かった。
もし自分が武神の立場でも、きっと同じだろうと思ったからだ。
月を忘れることなんて出来ないし、コウを忘れることなんてもっと出来ない。
もし自分が星になったとしても、月やコウには何かあれば、きっと助けに来る。
例え相手に気持ちが伝わらなかったとしても・・・・・。
邪神の目は憎しみに歪んでいる。
それ以上に欲望に染まっている。
その執念はあまりに強烈で、今さら覆すことは出来ない。
武神もそのことは分かっているはずで、しかしそれでも彼女を放っておくことは出来なかった。
改心させることが無理なら、これ以上悪さを重ねないようにするしかない。
魂までもが穢れきってしまわないように、その命を絶とうとしているのだ。
ダナエは武神の想いに涙する。
少しだけ目を閉じ、目尻を拭った。
そして次に目を開けた時、目の前に武神がいた。
「ギーク・・・・。」
《ダナエ。辛い役目を押し付けてしまってすまない。》
武神は心の底から申し訳なさそうに言う。
ダナエは首を振り、「何も言わないで」と答えた。
「分かってる、あなたの気持ちは。だから謝ったりなんかしないで。」
《君は本当に強い子だね。どうしてユグドラシルが君を呼んだのか、僕にも分かるよ。》
「違うわ。私が強いんじゃなくて、みんなが支えてくれるからここにいるだけ。
もし一人ぼっちだったら、とうの昔に諦めてる。」
《誰も一人で戦えやしないよ。
もし一人で何でもやろうとしている者がいたら、それはとても寂しい奴さ。》
そう言って邪神に目を移した。
《僕は今でもクインを愛している。でも彼女は一人でいいと思ってるんだ。》
寂しそうに言いながら、小さく首を振る。
《でもね、それでも僕は見捨てられない。今でも大好きなんだよ、彼女とこの星が。》
武神は手を広げ、鳥の方へと飛んでいく。
《僕はいつまでもこの星を見守る者でありたい。この翼でラシルを抱いていたいんだ。
そして・・・・クインも・・・・。》
武神は遠ざかり、鳥の中に消えていく。
ダナエは手を伸ばし、「待って!」と叫んだ。
「いなくなったりしないよね!いつまでもこの星を見守るんでしょ!?」
《もちろんさ。でも僕はもう死んでるんだ。
だから行くべき場所に行かなきゃいけない。》
「だったらこの星はどうなるの!?
クインをやっつけても、あなたがいないと何かあった時に・・・・、」
《ユグドラシルがいるさ。あの神樹が守ってくれる。》
「でも・・・・、」
《それにこの鳥は残る。ラシルを守る神獣として、いつまでもこの星を抱きしめているさ。》
武神は完全に鳥の中に吸い込まれる。
もう彼の魂は天にはない。
眩いほど輝いていたあの星は、どこを探してもなくなっていた。
武神を吸い込んだ鳥は、邪神に目を向けた。
そして大きな翼を向けて、彼女を包み込んだ。
《ダナエ、やってくれ。》
「でも・・・・、」
《今ならクインは動けない。君の一撃で、彼女を楽にしてやってくれ。》
ダナエは躊躇う。
もしこのまま邪神を倒せば、きっと武神も消えてしまう。
そう思うと、邪神にトドメを刺せなかった。
すると横からコウの手が伸びてきて、ダナエの手に触れた。
「やるしかないぜ。」
「分かってる。分かってるけど・・・・。」
「キーマもお願いってさ。」
「え?」
そう言われて振り向くと、コウの後ろにキーマが浮かんでいた。
「キーマ・・・・・。」
《私はダレスとの戦いで死んだ。
でもこうしてまだ現世にとどまっているのは、ギークのおかげなの。》
「武神の?」
《彼はいつでもこの星を見ていた。でも近いうちに、自分は消えることを覚悟していたの。
クインを倒す為にね。》
「なら・・・・自分の代わりにキーマに星になってもらったわけ?」
《そういうことね。
せっかく死んで楽になれると思ったのに、まだまだそうはいかないみたい。
いったいいつになったら自由になれるんだか。》
面倒臭そうに言うキーマだったが、《でもこれも運命よね》と笑った。
《ギークはいなくなる。でもあの鳥は残るし、ユグドラシルも私もいる。
だからこの星のことは心配ないわ。》
「分かってる!でも・・・、」
《ギークになんにも恩返しできないのが辛い?》
「そうよ。だってたくさん助けてもらったのに、最後は私の手で邪神をごと消せって言ってるようなものじゃない。そんなの私・・・・、」
ダナエの躊躇いは強くなる。
キーマは彼女の頭を撫でながら、《優しい子ね》と笑った。
《でもね、ギークの望みはラシルを守ることなのよ。
そしてクインを救うこと。
だからこそあなたの手で、全てを終わらせてほしいのよ。
それこそがギークへの恩返しになるわ。》
「どうしてそれが恩返しになるの?」
《だってギークはあなたを見込んでるもの。
あの子は僕と似ている。でも僕なんかよりもずっと強い。
彼の隣に並んでから、ずっとそう言っていたわ。》
キーマは空を指さす。
武神の星が輝いていた隣に、彼女の星が浮かんでいた。
《ダナエ、あなたの手で終わらせて。みんなそれを望んでる。》
キーマも、コウも、そして他の仲間たちも、ダナエを見守っている。
まだ躊躇いはあったが、みんなの眼差しが彼女の胸を押した。
「分かったわ。でもあの邪神を倒しても、雲を消さない限りは意味がない。
それはどうすれば・・・・、」
《いいえ、あれが最後の邪神よ。》
「え?どういうこと?」
《ラシルを抱く神獣が、きっとこの雲を晴らしてくれる。
だから最後の一匹を倒せば、もう生まれてくることはない。》
「なら・・・・ギークが捕まえてるあの邪神さえ倒せば・・・、」
《全てが終わる。》
それを聞いたダナエは、急に表情を変えた。
躊躇いはなくなり、その目に闘志を燃やす。
「全てが終わる。だったら・・・・私の全てをぶつけるわ!」
銀の槍を呼び出し、邪神に向ける。
「今の私にできるすべてのこと。それをこの一撃に乗せる!」
ダナエは槍を掲げ、大声で叫んだ。
「来い!全ての精霊!」
ダナエの声に呼ばれて、蛾と蜂の精霊が現れる。
「みんな!私の中に宿って!」
ダナエはすでに蝶の精霊を宿している。
その中に、さらに二体の精霊が吸い込まれていった。
「おいおい・・・・そんなことして大丈夫なのか?」
コウが心配そうに尋ねると「さあね」と笑った。
「さあねって・・・・一匹ずつでも大きな力を持ってるんだろ?
三つも宿したお前の身体がもたないんじゃないか?」
「でも私はやる。これで全てが終わるなら、迷うことなんてないわ!」
体内に宿った三つの精霊は、お互いに異なる進化をしようとする。
悪魔に、蜂に、そして天使に。
三つの進化は反発し合う。特に悪魔と天使の力は強くぶつかり合った。
「あああああああ!」
「ダナエ!」
全身が引き裂かれそうな痛みが走る。
頭が、心臓が、骨が、神経が、血管が、筋肉が、全てが四方八方へ引っ張られて、今にも粉々になりそうだった。
「ダナエ!やめろ!死んじまうぞ!」
コウが心配そうに肩を抱く。
ダナエは歯を食いしばり、「うぎぎぎ・・・・」と耐えた。
「みんな・・・・喧嘩しないで・・・・。だって・・・みんな私なんだから。
悪魔も・・・・蜂も・・・・天使も・・・・全部私なんだから・・・。」
異なる進化の力は、ダナエを異様な姿へ変えていく。
顔は悪魔に、身体は蜂に、手足は天使に。
羽は透明になったり灰色になったりと、万華鏡のように目まぐるしく変わった。
「うう・・う・・・あああああああ!」
「ダナエ!もうよせ!」
ガクガクと震えて、「いやああああああ!」と悲鳴を上げる。
目から血を流し、口から泡を吹いた。
「ダナエ!早く精霊を出せ!このままじゃ・・・・、」
コウがそう言いかけた時、ダナエは元の姿に戻った。
悪魔にも蜂にも天使にも進化せずに、妖精の姿に戻った。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百十八話 遠い空の彼方に(3)

  • 2017.04.17 Monday
  • 17:15

JUGEMテーマ:自作小説

邪神は気配だけをちらつかせる。
怒ったダナエは「それならこっちから見つけてやるわ」と言った。
大きな蛾の羽を羽ばたき、灰色の鱗粉を飛ばした。
それは嵐のように吹き荒れて、黒い景色を覆っていった。
ダナエはじっと目を凝らす。
悪魔の姿になれば、目は虫の複眼のように変わる。
何かが動けばすぐに気づくのだ。
「・・・・・そこね!」
後ろを振り向き、槍を振る。
すると何者かに止められた。
「ふふふ・・・見つかったか。」
「邪神・・・・。」
人の姿に戻った邪神が、不敵に笑う。
「あんたやっぱり死んでなかったのね。」
「当然でしょ。お前らに殺されるようじゃ、銀河の支配なんてとても出来ないわ。」
「だったらもう一度勝負よ!今度は逃がさない!」
槍は邪神に握られている。
しかしダナエはお構いなしに斬りかかった。
「たああああああ!」
悪魔の姿になると、槍の形状も変化する。
刃はノコギリ状になって、チェーンソーのように回転するのだ。
槍を握っていた邪神の手は、ズタズタに切り裂かれた。
「真っ二つしてやる!今度こそ終わりよ!」
このまま頭まで切り裂こうとした時、邪神はサッと槍をかわした。
「逃がさない!」
オレンジ色のレーザーを撃って、邪神を射抜く。
これに撃たれれば魔力が衰えるが、邪神には効かなかった。
「無駄よ、月の魔力のないお前じゃ手も足も出ない。」
「そんなのやってみなきゃ分からないわ!」
「ふふふ・・・じゃあやってみなさい。」
ダナエは高速で斬りかかる。
ノコギリのような槍は、邪神を真っ二つに切り裂いた。
「お見事。でも残念、私を殺すには力が足りないわ。」
頭から股の間まで真っ二つにされたのに、邪神は平然と笑っている。
「両断されても死なないなんて・・・・まさかこれは幻術?」
「そんなチンケな術は使わないわ。これは本物の私。」
「ならどうして死なないのよ!」
「知りたければ私に勝つことね。」
邪神は瞬く間に元通りになる。
そして長い髪を伸ばして、ダナエを絡め取った。
「くッ・・・・、」
「その悪魔の姿じゃ、大した力は出せないでしょ?」
「ふざけんな・・・・あんたなんかすぐにやっつけて・・・・ごほッ!」
邪神の拳が腹にめり込む。
「他の姿に進化したら?」
「ごほ・・・・げほッ・・・・、」
「まあ無理か。そんなことしたら、たちまちこの景色の中に飲み込まれるから。」
周りに広がる黒い染み。邪神は手を広げ、「綺麗でしょ」と微笑んだ。
「真っ暗な虚無の闇。ここには何もない。」
そう言いいながら、またダナエを殴る。
「あがッ・・・・・、」
「あら、ごめんなさい。勢い余って鼻づらにブチこんじゃった。」
「うう・・・ぐうッ・・・・、」
「鼻血まみれよ。綺麗な顔が台無しね。」
「邪神んん・・・・ああああ!」
今度は腕を殴られる。強烈な一撃がめり込んで、ボキリと折れてしまった。
「ああ!ああああ・・・・・、」
「何もない闇の中は気持ちのいいものよ。だってここから全てが始まるんだから。
余計なものは消え去って、新しいモノが生まれる。
星も、生命も、それに宇宙だって。」
「な、何を言って・・・・・ぎゃああああ!」
「人の話は黙って聞くものよ。」
「あ・・・・がッ・・・・、」
指で喉を突かれ、ダラリと血を吐く。
「もし・・・・もしもこの宇宙を消し去ることが出来たら、私が新たな創造神になれる。
この私が新しい宇宙を生み出して、全ての上に君臨できるわ。
だけど残念ながら、私にそれだけの力はない。
なにせ宇宙は広すぎるからね。一個人でどうにか出来る物じゃないわ。」
「うう・・・ごほッ・・・・、」
「だから私は妥協することにした、宇宙が無理なら、せめて銀河の支配者になろうと。
でも銀河だって相当な大きさよ。
これを支配するとなると、骨が折れるわ。」
「だ・・・・だったら・・・・諦めれば・・・いいじゃない・・・・。」
「あら?まだ喋れるのね。大した根性だわ。」
「私は・・・・前から聞きたかった・・・・。」
「何を?」
「あんたは・・・・どうしてそんなに・・・・支配に・・・こだわるんだろうって・・・。」
「それで?」
「あんたが・・・・強いのは・・・・誰もが・・・認めるわ・・・・。
地球の悪魔で・・・さえ・・・あんたには・・・・怯えてる・・・・。」
「地球なんてスケールの小さいこと言われてもね。
しょせんは銀河の端にある、ちっぽけな星よ。
もちろんそこに巣食う者達だって一緒。人も悪魔もね。」
「でも・・・・みんな真剣に生きてるわ・・・・。
限られた時間の中を・・・・精一杯・・・・、」
「そうかしら?地球の自殺者ってラシルより多いのよ。
それにこの星の生命だって寿命は限られてる。
だったら地球よりもマシな星だと思うけど?」
「・・・私は・・・・地球が嫌い・・・・。いつでも・・・戦ってばかりで・・・、」
「そういう星よ。クズが集まるクズの星。
あの星の人も神も悪魔も、近いうちに滅ぼすつもりよ。」
「・・・・だけど・・・それでも・・・私は・・・あの星が気になる・・・・。
ラシルとも・・・月とも違う・・・・煌めく輝きがある・・・・・。
戦ってばかりだけど・・・・でもその中でも・・・・必死に生き抜こうとしているから。」
ダナエは顔を上げ、邪神の目を睨む。
「私は・・・妖精だから・・・寿命がない・・・・。
だけど・・・永遠なんてほしいと思わない・・・・。
地球の生命みたいに・・・・苦しい中でも・・限られた時の中で生きてみたい・・・。」
「それで月の魔力を手放したってわけね。アホすぎて物も言えないわ。」
「限られた時間の中を・・・・真剣に生きる・・・・そこに・・・・喜びや幸せがある。
そんな気がするから・・・・・私は月の魔力を手放した・・・・。」
ダナエは思う。もし月の魔力を手放していなかったら、きっと邪神を倒していただろうと。
しかしそれでもあの力を手放したことに後悔はない。
なぜなら大きすぎる力は、いつか身を滅ぼすと分かっていたからだ。
自分だけでなく、周りも巻き添えにして。
邪神にいたぶられるのは悔しいが、それでも後悔はなかった。
「あんたを倒さないと・・・・ラシルも地球も平和にならない・・・。」
「もう諦めることね。月の魔力がないんじゃどうしようもないでしょ。」
「・・・どうして・・・・、」
「ん?」
「どうしてそんなに・・・・支配したがるの・・・・?」
「欲しいから。」
「何を・・・・?」
「全てを。」
「・・・・・・・・・。」
「本当はこの宇宙の全てが欲しい。でもそれが無理だから銀河で妥協した。
でも銀河の支配も相当に難しいわ。
だからね、私はこの銀河をゼロに戻すことにしたの。」
「ゼロ・・・・?」
いったい何を言っているのか、ダナエには分からなかった。
邪神はニコリと笑い、こう答えた。
「全てを黒く塗り潰して、何もかもゼロにする。
その後に銀河を再建するのよ。この方が手っ取り早いでしょ。」
「それって・・・つまり・・・・、」
「この銀河にあるものは、全て破壊する。もちろんラシルも地球も。」
「・・・・・・・・・。」
「その後に星を生み出し、辛抱強く生命が誕生するのを待つわ。
そして私こそが銀河の支配者であり、創造神だと教え込む。
これならお前たちみたいに、刃向う者も出てこないでしょうから。」
邪神はクスクスと笑う。ダナエは顔を歪め「最低・・・」と呟いた。
「気に入らないからって、全部壊すなんて・・・・。
その後に、自分の都合の良いように創りかえるなんて・・・・、」
「最低だから邪神と呼ばれてるのよ。今さらでしょ。」
「許さない・・・・・そんなこと絶対にさせない・・・・、」
「残念ながら、もう始まってるの。この黒い染みはどんどん広がる。
やがてラシルを飲み込み、地球も飲み込み、銀河全体を覆うわ。
その時、何もかもが黒く塗り潰される。ゼロに戻るのよ。」
「もういい・・・もう・・・・・、」
ダナエは邪神の髪を掴み「これほどけ・・・」と命令した。
「お前を粉々に砕いてやる・・・・でなけりゃ銀河の外までブッ飛ばしてやる。」
「怖い顔、そういえば前にもそんな顔を見せたことがあったわね。」
顎に指を当てながら、「あれは・・・」と思い出す。
「確か初めてお前らと会った時。もう一人の妖精のガキを握り潰した時ね。」
「・・・・・・・・・。」
「あの時のお前は、今と同じ顔をしていた。
殺すだの八つ裂きにしてやるだの、散々私を罵ってたわね。」
「・・・・・・・・・。」
「大事な友達が殺されて、完全にキレてたわ。
でもね、だからってお前には何も出来なかった。
途中でニーズホッグが助けに来なかったら、お前は私の奴隷となっていたはずよ。」
「・・・・・・・・・。」
「あの時とまったく似たような状況ね。
あんたは怒ってるけど、でも何も出来ない。
そして今度ばかりは誰も助けに来てくれないわ。」
それを聞いたダナエは、「あんたまさか・・・・」と目を血走らせた。
「まさか・・・・またコウを殺したんじゃ・・・・、」
「コウを、じゃない。コウも、よ。」
「・・・・・・・・・。」
「お前の仲間は皆殺し。今頃虫の餌にでもなってるんじゃない。」
「・・・・ぐッ・・・・ぎいいいいッ・・・・・、」
ダナエの胸に殺気が溢れる。
ドス黒い感情で満たされて、怒りと憎しみで我を忘れそうになる。
そんなダナエを見て、邪神はゲラゲラと笑った。
「冗談。」
「・・・・・は?」
「お前の仲間は手にかけていない。」
「まだ生きてるの?」
「さあね。この黒い染みに飲み込まれてなければ、生きてるんじゃない?」
「・・・・・・・・。」
「本当は首でも落として持って来ようかと思ったんだけど、こっちもそこまでの余裕はなくてね。
なんたって私のことを粉々にしてくれたから。」
「みんな・・・まだ生きてる・・・・。」
「死ぬわ、もうじき。」
「・・・・死なせない。」
「死ぬ。みんな死ぬの。あんたもここで。」
邪神はダナエの顔を思い切り殴る。
嫌な音が響いて、醜く歪んだ。
「いい顔、もっとへこましてあげるわ。」
何度も何度も殴りつけ、ダナエの顔が変わっていく。
見るも無残に腫れあがり、鼻も歯もボロボロに折れてしまう。
それでもダナエの目は死なない。
邪神を睨みながら、「させない・・・・」と呟いた。
「何もかもゼロに戻すなんて・・・・そんなことさせるもんか・・・・。」
目を閉じ、闘志を燃やす。
邪神はゲラゲラと笑って、「もういい」と睨んだ。
「次は脳ミソをぶちまけてやるわ。」
そう言って拳を握り、力を溜めた。
「さよなら、おバカな妖精。」
邪神の拳が頭にめり込む。
しかしダナエの頭は砕けなかった。
「あら?」
「・・・・今度はこっちの番。」
そう言ってニヤリと笑うダナエ。
その姿は先ほどとは変わっていた。
「悪魔の姿じゃなくなってる。今度は・・・・蜂?」
邪神は首を傾げる。
蜂の姿になれば、身体はとても硬くなる。
だから邪神の拳を防ぐことが出来た。
「言ったでしょ、今度はこっちの番だって。」
ダナエは邪神の胸に槍を刺す。
マーブル模様がグルグルと回って、邪神の血を吸っていった。
そして強力な毒に作り変える。
「あんたの血を返すわ。」
毒に変わった血が、邪神の体内に戻っていく。
「ぐッ・・・・・、」
ビリビリと痛みが走って、辛そうに顔をゆがめた。
「面白い技ね。でもこんなのじゃ勝てないわよ?」
「でしょうね。ならもう一発毒をお見舞いしてやる!」
そう言って尻尾の毒針を突き刺した。
邪神の体内に二つの毒が注れて、激しい痛みが走った。
「痛いし痺れる。不愉快だわ。」
邪神は辛そうに歯を食いしばる。
ダナエはその隙に、自分を縛る邪神の髪を切り払った。
そして槍を向け、こう叫んだ。
「邪神!アンタはあの暗い雲の中に隠れてたんでしょ!?」
「・・・・・・・。」
「粉々にしたアンタは、本物のアンタじゃなかった。あれも兵隊だったんでしょ!」
「ふふふ・・・・。」
「何がおかしいのよ!」
「私はあの雲の中に隠れてたんじゃない。あの雲が私なの。」
「なんですって?」
「言ったでしょ?この銀河を黒く塗り潰すって。」
邪神は不敵に笑う。
その顔は狂気に歪んでいて、ダナエはぞっと青ざめた。.
「まさか・・・・自分が黒い染みになって、銀河を塗り潰すつもりだったの?」
「そうよ。私自身の手でゼロに戻す。その方が確実でしょ?」
「だったら!だったら・・・・結局あの雲をどうにかしない限りは・・・・、」
「私は消えない。いくら倒しても無駄なのよ。」
そう言って手を広げる邪神。
するとダナエの周りにたくさんの邪神が現れた。
「そんな!」
「だから言ったでしょ。もう諦めなさいって。」
数十人の邪神が、一斉に襲いかかる。
拳を握り、ダナエを殴り回した。
「ぐうううッ・・・・・、」
いくら硬い蜂の姿でも、さすがに限界がある。
それに黒い染みに侵されて、また身体が黒く染まり始めた。
ダナエはどうにか邪神の群れから抜け出して、もう一度悪魔の姿になった。
「何やっても無駄よ!」
邪神の群れが襲いかかる。
ダナエは羽ばたき、灰色の鱗粉を巻き散らした。
辺り一面に嵐のように吹き荒れて、邪神の群れを飲み込んだ。
「こんなのじゃ私は倒せない。いい加減足掻くのはやめなさい。」
「そうじゃないわ、これは私の為よ。」
「あんたの為?」
「悪魔の姿じゃないと、すぐに黒い染みに侵される。
でもこの姿じゃあんたには敵わない。」
「だから言ってるでしょ、もう諦めなさいって。ほんと馬鹿ね。」
「私は絶対に諦めない!あんたなんかに屈しないわ!」
そう言ってもっともっと羽ばたいて、たくさんの鱗粉をばら撒いた。
灰色の嵐は大きくなって、巨大な竜巻のように吹き荒れる。
「灰色の鱗粉は邪悪な力よ。
だから嵐の中にいれば、黒い染みを防げるはず!」
ダナエは両手を上げ、「来い!」と叫ぶ。
するとどこからともなく蝶の精霊が現れた。
ダナエは蝶の精霊と融合し、また天使のような姿に変わる。
「この嵐があれば、悪魔の姿じゃなくても戦える!」
「なるほどね。なら戦いなさいよ。何やっても無駄だけど。」
邪神はクスクスと笑いながら、ステルス機のような巨大な虫の姿に変わった。
「まともにやっても勝ち目はない。だけど手がないわけじゃないわ。」
羽を無色に変えて、バタバタと羽ばたく。
ダナエは身体だけ亜空間へ逃がして、邪神の攻撃をかわした。
しかしこのままではこちらからも攻撃できない。
だからすぐに元の次元へ戻ってきて、反撃を開始した。
羽をオーロラに変えて、強力な磁場を発生させる。
そして雷の魔法を唱えた。
雷は磁場に包まれ、大きな雷球に変わる。
それを見た邪神は「無駄よ」と言った。
「そんな攻撃はいくらでも反射できる。」
「誰もあんたにこれを撃つなんて言ってないわ。」
「なら何をするつもり?」
「こうするのよ!」
磁場を操作して、雷球を高く飛ばす。
そしてある程度の高さまで飛ばした時、磁場を消し去った。
雷球は一気に膨れ上がり、凄まじい稲妻を放つ。
真っ暗な景色に閃光が走り、耳をつんざく轟音が響いた。
「もう一発!」
また雷球を生み出して、同じ場所で炸裂させる。
すると真っ黒な景色の中に、小さな穴が空いた。
「しまった!」
邪神はダナエに飛びかかる。
しかしそれより早く、ダナエは穴の空いた場所へ羽ばたいた。
《真っ黒な染みに覆われてから、まだそう時間は経っていないわ。
ならラシルの全てが黒い染みに覆われたわけじゃない。
外へ出れば、きっとみんながいるはず!》
雷球を炸裂させたのは、黒い染みの中から抜け出す為だった。
そしてダナエの読み通り、まだラシルは真っ黒には染まっていなかった。
この黒い染みの外には、ちゃんと大地と海が広がっていたのだ。
「みんなはどこに・・・・?」
辺りを見渡していると、黒い染みの中から邪神が迫ってきた。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百十七話 遠い空の彼方に(2)

  • 2017.04.16 Sunday
  • 17:07

JUGEMテーマ:自作小説

《だから何!?パワーでは圧倒的に私が勝ってるのよ!特殊な力なんかなくても・・・、》
そう言いかけた時、コウが「なくても勝てると思うのは、思い上がりだぜ」と遮った。
拳を握り、邪神を殴る。
すると硬い甲殻を切り裂いて、内臓にまでダメージを与えた。
《ごあッ!なんでお前ごときの攻撃で・・・・、》
「そりゃ特殊能力を使ってるからさ、な?」
そう言ってダナエを振り返ると、ニコリと笑った。
「進化して手に入れた三つめの能力。
これがある限り、特殊能力を封じられたあんたじゃ勝てないわ。」
ダナエの羽は無色透明になっている。
パタパタと動かすと、光の加減でキラキラと光った。
この羽には大きな能力が秘められていた。
後ろの景色まで透き通るほどの透明なこの羽を動かすと、自分自身も透明になれるのだ。
そして透明になっている間は、ほんの少しだけこの次元とズレた所にいる。
分かりやすく言うと、身体だけ亜空間へ避難させて、意識だけがこの次元にとどまっているのだ。
この状態になると、どんな攻撃も喰らわなくなる。
いかに強力な魔法であっても、身体は別次元にいるのだから、ダメージにはならないのだ。
だがその代わり、自分からも攻撃を仕掛けることが出来なくなる。
殴っても蹴っても、相手の身体をすり抜けてしまうからだ。
また魔法も使えなくなるというデメリットがあった。
ダメージを無効にする代わりに、相手にもダメージを与えることが出来なくなる。
言うなれば緊急避難用の技だった。
この技のおかげで、邪神の放った六つの魔法を切り抜けることが出来た。
ではどうしてコウも助かったのか?
それはこの技にはもう一つ秘密があるからだ。
無色透明な羽には、一つだけ色を与えることができる。
青でも赤でも緑でも、好きな色を塗ることができるのだ。
ではどうやって色を塗るかというと、この羽に魔法を当てる。
炎の魔法なら赤くなるし、風の魔法なら緑になる。
今、ダナエの羽は、下の方だけ紫に染まっている。
これは重力魔法を当てた証拠だった。
この羽に色を塗ると、透明になっている間でも、一つだけ魔法が使えるようになる。
邪神が六つの魔法を炸裂させる直前、コウは重力魔法を羽に当てた。
するとダナエは技を発動した後でも、重力魔法だけは使用可能になる。
ダナエは技を発動させて、まず自分だけ亜空間へ避難した。
その後に重力魔法を使い、空間に穴を空けた。
その穴は、ダナエが避難している亜空間へと繋がる穴だ。
コウはその穴を通り、ダナエはいる空間へと逃げ込んだ。
しかしそのまま飛び込んでは死んでしまう。
生身の妖精は亜空間で生きていけないからだ。
そこでコウは、結界魔法を使うことにした。
結界魔法は精霊の力を借りて行うのではなく、自分の魔力だけで行わなくてはならない。
以前のコウなら無理であったが、今なら出来る自身があった。
キーマから少しだけ教えを乞うたおかげで、魔力の使い方が各段に上達していたからだ。
ソナーや透視よりも高度な結界魔法は、とにかく難しい。
マナのように先天的に使えるなら別だが、後から習得するには相当な修練が必要になる。
しかしコウは使いこなした。
ダナエを助ける為に戦艦に乗り込んだ時のように、また高度な魔法を使いこなした。
結界を張り、ダナエがいる亜空間へ逃げ込む。
ここにいる限り、コウもダメージを喰らうことはない。
やがて六つの魔法が終わって、ダナエとコウは元の次元へ戻ってきた。
透明な羽から生み出されるこの技は、どんな攻撃でもダメージを受けない、とても強力な技だった。
しかし大きな危険もある。
透明な羽に色を塗れば、一つだけ魔法が使えるが、もしダナエが死んでしまった場合、羽に色を与えた者も死んでしまうのだ。
相手からの攻撃を受けず、かつ自分だけ攻撃することが可能。
とてつもなく大きなアドバンテージを得ることができるこの技には、それ相応のリスクもあるのだ。
自分が死ねば、仲間も道連れにしてしまう。
だからこそ、ダナエはこの技の使用を躊躇っていた。
しかしこの技を使う以外に、邪神に勝つ方法はない。
ダナエはコウを信じて力を貸してもらった。
そしてコウもまたダナエを信じた。
二人は力を合わせ、邪神の魔法をしのいだのだ。
そして元の次元に戻ってきた後、邪神こっそりとある魔法をかけた。
まずコウが結界魔法を唱える。
邪神には反射能力があるが、結界魔法は跳ね返されることがない。
なぜなら直接邪神の身体に触れる魔法ではないからだ。
コウは邪神を包むほど大きな結界を生み出した。
それは結界の表面に魔法を張りつかせるという、特殊な能力を備えたものだった。
次にダナエが重力魔法をかける。
本来ならダナエに使えない魔法だが、コウが羽に色を塗ってくれたおかげで使用できる。
ダナエは強い重力を生み出して、こっそりと邪神に放った。
邪神はダナエたちが死んだと思っているので、油断してまったく気づかない。
ダナエの重力魔法は、コウの結界魔法に張り付いた。
邪神に気づかれないように、視界の後ろ側に。
なぜそんなことをしたかといと、コウの攻撃力を上げる為だ。
もしコウが重力魔法が張り付いた場所を殴れば、強力な重力に引っ張られて威力が増す。
先ほど邪神を切り裂くことが出来たのはこの為だった。
しかし邪神には反射能力もあるし、姿を消す力もある。
それに他にも、必ず何かしらの能力を備えているはずだった。
もし特殊な能力を使われたら、ダナエの技さえ通用しなくなるかもしれない。
それを憂慮して、金色の鱗粉を塗った槍を刺したのだ。
鱗粉の効果はしばらく続く。
ノリスの銃よりも持続時間が長いので、邪神はしばらくの間は攻撃を跳ね返すことが出来なくなる。
姿を消すことも、他の能力さえも封印される。
ダナエとコウの連携は、見事に邪神の裏を掻いたのだ。
《私はいっぱい食わされたってわけね。》
邪神は大したことでもないという風に笑った。
《力の無い者達が知恵を出し合い、みみっちい生き残りをかける。
切なさすぎて泣けてくるわ。》
「へ!強がってんじゃねえよ。今のお前には大したことは出来ねえぜ。」
コウはまた殴りかかる。
邪神の脚が千切れ、船の上から落ちていった。
「みんな!今がチャンスよ!」
ダナエが叫ぶと、アドネたちは一斉に飛びかかった。
「アドネの鎌は誰の首でも落とす!あんたの命を狩ってやるわ!」
鎌は黒く染まり、邪神と同じくらいに大きくなる。
それを一閃させると、邪神の首に食い込んだ。
「このまま首を落としてやる!」
食い込んだ鎌は、神経まで断ち切る。
しかし邪神は平然と立っていた。
「次は俺だ!」
シウンが飛び上がり、両手に熱を溜める。
そして邪神の首の付け根に振り下ろした。
大きな音が響き、首の付け根にヒビが入る。
拳の熱が中まで伝わって、邪神の体内から熱線が溢れた。
《・・・・・・・・・。》
しかしそれでも表情を変えない邪神。
小さくため息をつき、首を振った。
「今度は俺だ!」
ノリスは二丁を向け、無色透明の弾丸を連射する。
邪神の魔力はみるみる落ちていき、弱体化した。
「そんじゃアタシも。」
マナはリング状の光を放つ。
大きな光の輪が、邪神の頭を締め付ける。
「これで思い通りには動けないはず。」
邪神を操るのは無理でも、動きを止めるくらいなら出来る。
マナは「今のうちにやっちゃって!」と叫んだ。
「次ハ俺様ノ番ダ!」
ニーズホッグは体当たりをかまし、邪神をひっくり返らせる。
「コノママ臓物ヲ食イ千切ッテクレル!」
歯をカチカチ鳴らして、邪神の腹に噛みつく。
メキメキと音がなって、大きな歯が食い込んだ。
そしてずるずると内臓を引きずり出してしまった。
「マズイ肉ダ。口ノ中ガ腐リソウダ。」
噛み千切った内臓を吐き出し、また腹に齧りつく。
「俺ももう一発いかせてもらうぜ!」
コウは風の魔法を唱え、拳に竜巻を宿す。
「ケツから頭の先まで抉ってやるぜ!」
拳を脇に構え、邪神に突っ込む。
そしてお尻を目がけてアッパーを放った。
神器の力を宿した拳から、竜巻が放たれる。
邪神のお尻を貫通し、腹の中を通り、神経や肉をズタズタに切断しながら、頭のてっぺんまで飛び抜けた。
みんなの攻撃が決まって、邪神は見るも無残な姿になってしまった。
子供にいたぶられたバッタのように、脚がもげて身体が破れている。
しかしそれでも表情を変えない。
悲鳴の一つもあげずに笑っていた。
《あれだけ弱かった奴らが、ここまでになるなんて。
ゴキブリからネズミに昇格してあげるわ。》
「余裕かましてんじゃねえよ。お前はもうボロボロだぜ。」
コウはまた殴りかかる。
竜巻が駆け抜けて、邪神を痛めつけた。
「ダナエ!もうコイツに力は残ってねえ。トドメを刺してやれ!」
「う、うん・・・・。」
「どうした?」
「なんでもないわ。私も本気の一撃をお見舞いしてやる!」
そう言って手をかざすと、どこからか神器の弓矢が現れた。
「これで魂を貫く!二度と復活することのないようにね!」
弓矢を構え、邪神の胸を狙う。
「この矢に全てを乗せるわ!」
ダナエは雷の魔法を唱える。
空から大きな稲妻が走って、弓矢に宿った。
「まだまだ!もっと力を!」
ダナエは魔力を高める。
すると矢の形が変わっていった。
「おいダナエ、これって・・・・、」
「うん、神器の槍を矢として使うわ。」
「神器を同時に使うのか?」
「そうよ。神器の弓で、神器の槍を飛ばす。私のありったけの魔力を乗せてね。」
そう言って、今度は羽の形を変えた。
無色透明の羽が、オーロラの羽に変わる。
それを羽ばたくと、強力な磁場が発生した。
「邪神をS極に、神器をN極にして、お互いに引き合うようにする。
そうすれば威力も増すわ。」
「なるほどな。」
ダナエはしっかりと狙いを定める。
コウは「外すなよ」と言った。
「誰が外すもんか。」
ダナエの目に鋭い殺気が宿る。
そして邪神の胸を目がけて、神器の槍を放った。
磁場の力で、凄まじい勢いで飛んで行く。
槍は邪神の胸を貫き、魂そのものに刺さった。
「弓矢の神器は魂を射ることができる。そして槍の神器は傷口に魔力を集め、爆発させる。
これが決まれば、いかに邪神でも復活出来ないわ。」
ダナエの狙い通り、槍は魂に刺さった。
そして邪神の魔力が、魂に集まり始めた。
しかしそれだけでは終わらない。
神器に宿した雷の魔法が、魂を突き破るように炸裂した。
目も眩む閃光が飛び散り、バリバリと放電する。
その電気は、磁場の力によって邪神を包み込んだ。
シウンの熱線を火球に変えた時と同じように、雷を雷球に変えている。
雷球となった雷は、いつまでも邪神を苦しめた。
「神器の力と、進化して手にれた力。同時に使えばきっと勝てる。
でもこれでも倒せなかったら、その時はもう・・・・。」
ダナエの胸に不安が落ちる。
これで倒せるという自信がある。
しかしそれと同時に、「もしかしたら・・・」という不安もあった。
邪神はとにかくしぶとい。
怨念ともいうべきしぶとさが、邪神の最大の恐ろしさだった。
雷球は邪神を焼き続ける。
そして神器の槍も、魔力を集めて爆発させようとしている。
これが決まれば、邪神の魂は粉々に砕け散る。
いかに大きな力を持っていようとも、魂が砕かれたら立ち直ることは出来ない。
ダナエは願う。どうかこれで決まってくれと。
魂に刺さった槍が、邪神の体内にあるすべての魔力を集める。
大きな魔力が一点に集中して、邪神の魂は今にも弾け飛ぼうとしていた。
魔力を失った邪神の身体は、死んだ虫のように動かなくなる。
胸の辺りだけがピクピクと痙攣して、辛うじて生きているような状態だった。
やがて雷球も消え去って、邪神は真っ黒に焼かれていた。
そして胸から眩い閃光が走り、魂もとろも粉々に吹き飛んでしまった。
頭も脚も、それに羽も胴体も、砂塵のように宙を舞う。
「よっしゃ!」
「やったわ!」
ノリスとアドネは手を合わせて喜ぶ。
シウンとマナも嬉しそうに頷いた。
「俺たちの勝ちだ。」
「しぶとい奴だった。タダで戦うには割りの合わない化け物だわ。」
みんなホッとした様子で笑い合う。
そしてコウも「やったな」と笑った。
「ダナエ、これで邪神はお終いだ。」
「うん・・・・。」
「もうちょっと嬉しそうな顔しろよ!」
そう言ってバシバシと背中を叩いた。
「ねえコウ。」
「なんだ?」
「本当にこれで終わりなのかな?」
「終わりなのかなって・・・粉々に吹き飛んだじゃねえか。」
「そうだけど・・・・、」
「魂だって粉々のはずだぜ。生きてるわけねえって。」
「そう・・・だよね。私たちの勝ちなんだよね。」
「ああ。だからもっと喜べよ。」
みんなは嬉しそうにはしゃぐ。
コウは「やったな!」と言って、アドネたちの所へ行った。
「ほんとにこれで終わりだといいんだけど・・・・。」
ダナエは空を見上げる。
そこにはまだ分厚い雲があった。
「邪神を倒したのに、どうしてこの雲は晴れないの?
倒したなら消えるはずなのに・・・・・。」
未だに空を覆う暗い雲。
これが消えない限り、ダナエの胸は晴れなかった。
するとジル・フィンがやって来て「よくやった」と肩を叩いた。
「まさか本当に邪神を倒すなんて。」
「・・・・・・・・。」
「どうした?勝ったのに嬉しそうじゃないね。」
「だって・・・・まだ雲が晴れないから。」
「ああ、これか・・・。まあすぐには消えないかもしれないね。」
「邪神がいなくなったのに?」
「こ雲は邪神とは関係なしに存在してるんだろう。」
「だけどこれを生み出したのは邪神なんだよ?だったらこの雲だけ残ったりするかな?」
「ならダナエは、まだ邪神が生きていると言いたいのかい?」
「分からない。勝ったのは間違いないけど、でも本当に倒したのかどうかは分からないわ。」
「その根拠は?」
「だから分からないの。
雲が消えないせいだけじゃなくて、なんかこう・・・しっくりこないのよ。」
「それは今までアイツに苦しめられてきたからだよ。
きっとダナエの胸の中に、軽いトラウマがあるんだろう。」
「そうなのかな?」
「時間が経てば、きっと信じられるようになるさ。邪神はもういないんだってね。」
「そうだよね・・・もういないよね、きっと。」
「ああ、奴はもういない。」
ジル・フィンは優しく笑いかける。
ダナエは「もういない」と呟き、自分を納得させようとした。
しかしどうしても胸の中の不安は消えない。
この目で邪神が死ぬところを見たのに、それでも気持ちは晴れない。
空を覆う暗い雲のように、ダナエの胸はまだ沈んでいた。
《どうしてこんなに不安になるの?
魂が砕け散ったんだから、絶対に生きていないはずなのに。》
根拠のない不安は、解消することができない。
広い広い砂漠の中で、あるかどうかも分からないオアシスを探すように、ダナエの心はひたすら迷走していた。
喜ぶ仲間を見ても、その輪の中に入ることが出来ない。
暗い顔をしたまま、また空を見上げた。
「・・・・あれ?さっきより暗くなってる。」
グレーに染まっていた空が、だんだんと黒に近づいている。
まるで墨汁をぶちまけたかのように、黒い染みが広がっているのだ。
「ねえジル・フィン、空がおかしなことに・・・・、」
そう言って振り向いた時、そこには誰もいなかった。
「あれ?ジル・フィン?」
周りを見渡すと、他の仲間もいなくなっている。
それどころか箱船さえ消えていた。
「そんな・・・・なんでみんないなくなってるの?」
いったいどこへ行ってしまったのだろうと、辺りを探す。
その時、空から真っ黒な染みが落ちてきた。
「これは・・・・、」
空を見上げ、思わず悲鳴を上げる。
「いやあ!」
暗い雲の中に、真っ黒な渦が広がっていた。
そこからポタポタと黒い染みが降っていたのだ。
「なんで!?いったいどうなってるのよ!」
降り注ぐ黒い染みに、ダナエは慌てて逃げ出した。
すると目の前も真っ黒に染まり、横も後ろも、そして足元さえも黒く滲んでいった。
「なによこれ・・・・どうなってるの?」
ダナエ以外の全てが、真っ黒に塗り潰されようとしている。
そして・・・やがてはダナエ自身も黒く染まり始めた。
「いやあ!」
指の先から黒く染まり、しだいに肘の辺りまで上ってくる。
ダナエは羽をアゲハチョウに変えて、金色の鱗粉を振り撒いた。
「なんだか分からないけど、おかしな力が働いているんだわ。
だったらこの鱗粉で消し去ってやる!」
バタバタと羽ばたき、たくさんの鱗粉を飛ばす。
しかし真っ黒な染みに侵されて、たちまち消えてしまった。
「そんな・・・・鱗粉が効かないなんて。」
すでに肩まで黒く染まり始めている。
このままでは完全に真っ黒になり、やがては周りの景色に滲んでいきそうな気がした。
「どうにかしなきゃ!」
頭を捻り、ピンチを切り抜ける方法を考える。
「この黒い染みは、きっと邪悪なものだわ・・・・。
だったらこの方法なら防げるかも。」
ダナエは槍を掲げ、ある精霊を呼び寄せる。
それは蛾の精霊だった。
「お願い!私を悪魔の姿に!」
蛾の精霊はダナエと融合し、その姿を変えさせる。
天使のような輝きは消え去り、代わりに悪魔のような姿に変貌した。
「・・・・助かった。」
悪魔の形態に進化することで、どうにか黒い染みを防ぐことが出来た。
「邪悪なものなら、こっちも悪魔になれば防げるわ。」
嫌っていた悪魔の姿だが、案外役に立つと微笑んだ。
「さて、みんなはどこに行ったんだろう?ていうかこの黒い染みは何?」
周りは全て黒一色。しかも渦潮のようにうねっている。
「これは空から降ってきたものだわ。ならあの暗い雲が関係してるのかしら?」
ダナエはとりあえずこの場から離れた。
どこか遠くまで飛べば、この黒い染みが晴れるのではないかと思ったのだ。
しかしいくらとんでも黒いまま。
星のない夜の中に、一人投げ出されたような気分だった。
「嫌な感じ。まるで虚無の世界を漂ってるようだわ。」
何の光もない世界は、不安と同時に、なぜか安心をもたらした。
「不思議なものね。真っ暗な方が落ち着くってこともあるんだから。
でもこの黒い染みからは、やっぱり邪悪なものを感じる。」
それからもしばらく飛び回ったが、やはり真っ黒なままだった。
「どうしよう・・・どうやったらここから出られるんだろう?
悪魔の姿になっちゃったから、重力魔法で空間に穴は空けられないし・・・・困ったわ。」
途方に暮れるダナエ。
その時、背後に嫌な気配を感じた。
「今・・・・確かにアイツの気配が・・・・。」
振り向いても誰もいない。
すると今度は足元から気配がした。
「また!」
慌てて飛び退き、「邪神ね!」と叫ぶ。
「あんたやっぱり生きてたのね!」
目を吊り上げて、ギュッと槍を構える。
「これはあんたのせいでしょ!いったいみんなをどこへやったの!?」
今度は頭上から気配を感じて、「たあ!」と槍を突いた。
しかし何の手応えもなかった。
「隠れてないで出て来なさい!」
邪神は気配だけをちらつかせる。
怒ったダナエは「それならこっちから見つけてやるわ」と言った。
大きな蛾の羽を羽ばたき、灰色の鱗粉を飛ばした。
それは嵐のように吹き荒れて、黒い景色を覆っていった。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百十六話 遠い空の彼方に(1)

  • 2017.04.15 Saturday
  • 08:22

JUGEMテーマ:自作小説

地球から遥か遠くに浮かぶ、空想の星ラシル。
地球とよく似た環境で、宇宙から見ると瓜二つだ。
しかし今、この星は暗い雲に覆われている。
宇宙から眺めると、濃いグレーに染まっていた。
ラシルは暗い雲によって蝕まれていく。
放っておけば、ラシルの生命を根絶やしにしてしまうだろう。
その全ての元凶、邪神クイン・ダガダ。
地球の悪魔でさえも恐れる、銀河の支配を企む欲望の怪物。
その怪物は今、新たな進化を遂げて、凄まじい力を手にしていた。
月の魔力を放棄したダナエでは、まったく手も足も出ないほどに。
          *

「なんて強いの・・・・・。」
意気込んで挑んだものの、邪神の強さは圧倒的だった。
一番強いダナエが歯が立たないのだから、他の仲間ではどうにも出来ない。
何も出来ないまま、ただただ追い詰められていった。
「クソ!このままやられてたまるか!」
シウンは自爆を覚悟で突っ込む。
しかし「ダメ!」とダナエが止めた。
「お願いだからそういうことはやめて!」
「だがこのままでは全滅するだけだ!」
「だからって命を武器にしないで!」
ダナエは先頭に立ち、みんなを守るように羽を広げた。
「みんな私の後ろにいて。」
「お前一人で戦うつもりか?」
「それしかないじゃない。下手にみんなでかかれば、余計な犠牲者が出るだけよ。」
「俺たちは仲間だろう!なのに信用していないのか!?」
「してるわ!だけど・・・邪神は強すぎる。まさかここまでなんて・・・・、」
ダナエは悔しそうに歯を食いしばった。
《だから言ったでしょ。月の魔力がないお前らなんか怖くないって。》
邪神はゲラゲラと笑い、青色の業火を吐き出す。
「きゃああああああ!」
「ダナエ!」
コウが助けに入ろうとするが、「来ちゃダメ!」と止めた。
「これ普通の炎じゃないわ!雷と融合させてる!」
「雷と・・・・?」
「まるで電気を流されてるみたいに、全身に鋭い熱が伝わってくる!」
「だったら俺たちも一緒に・・・・、」
「ダメったらダメ!一瞬で焼け死ぬわよ!」
コウは「クソ!」と唸った。
金色の鱗粉のせいで、クワガタモードは解除されている。
このまま助けに入っても、確かに焼け死ぬだけだった。
ダナエは風の魔法を唱え、竜巻を起こす。
青い業火は竜巻に遮られて、空へ昇っていった。
《ふふふ・・・だから言ったでしょ。この結界を張ったままでいいのかって。》
邪神は金色の鱗粉を見上げる。
《これがある限り、私は姿を消すことが出来ない。
でもその代わり、お前らも特殊な力は使えなくなる。
せっかく手に入れた神器でさえね。》
「くッ・・・・・、」
《でも正々堂々と戦えって言ったのはあんただから、文句はないわよね?》
邪神は脚を振り上げ、鞭のように叩きつけた。
ダナエは間一髪かわしたが、風圧でバランスを崩した。
「きゃあ!」
《終わりよ!》
再び青い業火が襲いかかる。
ダナエは《もうダメだ・・・・》と目を閉じた。
《ごめんみんな・・・・私が月の魔力を捨てたばっかりに・・・・。》
邪神の言う通り、月の魔力があればここまで苦戦しなかっただろう。
しかし捨てた物を取り戻すことは出来ない。
自分たちの力で邪神を倒すしかないのだ。
青い業火はダナエを包み、灼熱の苦痛を与える。
「ああああああああ!」
「ダナエえええええ!」
コウは青い業火の中へ飛び込んでいく。
アドネは「ダメよ!」と手を伸ばしたが、間に合わなかった。
「俺が行く!」
シウンがコウの後を追いかける。
「俺がこんな炎くらい吸い取ってやる!」
そう言って業火の中に飛び込み、炎を吸収しようとした。
しかしほんの少し吸い込んだだけで、全身に激痛が走った。
《ぐううッ・・・・そうか、この炎には雷も混ざって・・・、》
シウンは炎や熱なら吸収できる。
しかし電気は吸い取ることが出来ない。
それどころか、あまりに電撃を喰らい過ぎると、身体が弾け飛ぶ危険があった。
《超人の肉体は電撃を無効化することができる。
だが限界を超えてしまうと、その瞬間粉々に・・・・。》
痛みを堪えながら、それでも炎を吸い尽くそうとする。
「ううう・・・・ぐうう・・・おおおおおおおおお!」
全身がバラバラになりそうな痛みを堪えながら、どうにか業火を吸い尽くす。
しかしその瞬間、手足が弾け飛んでしまった。
「ぐうおおおおお!」
「シウン!」
アドネが「しっかりして!」と抱きかかえる。
「すぐに治してあげるから!」
「お・・・・俺はいい・・・。あの二人は・・・・、」
ダナエとコウは無事だった。
シウンが守ったおかげで、軽い火傷ですんでいる。
「コウ!早くシウンを治して・・・・、」
アドネがそう言いかけた時、頭上から青い光が降り注いだ。
「ま、また・・・・、」
アドネの真上に邪神の顔があった。
口を開け、青い業火を吐こうとしている。
「俺を盾にしろ!」
「馬鹿!これ以上は死んじゃうでしょ!」
シウンを抱えて逃げ出すアドネ。
しかし邪神の脚に捕まってしまった。
「しまった・・・・、」
「馬鹿野郎!何やってんだ!」
ノリスが咄嗟に駆け出す。
二人を助け出し、業火から逃げ出した。
「気いつけろ!」
「ごめん・・・・。」
「つうか走れ!炎が迫って来る!」
青い業火がすぐそこまで迫ってくる。
「やばい!このままじゃ焼かれちまう!」
足元に炎が迫り、靴が溶けていく。
しかしその時、突然邪神の動きが止まった。
「なんだ?」
振り向くと、ニーズホッグが邪神に噛みついていた。
「邪神!イツマデモ好キ勝手ハサセンゾ!」
《ミミズの分際で・・・・。》
邪神は身体を捻り、ニーズホッグを軽く投げ飛ばす。
《お前もここで焼け死ね。》
青い業火が吐き出され、ニーズホッグを襲う。
しかしどこからか水が飛んできて、その業火を包んでしまった。
《私の炎を・・・・。》
「僕もニーズホッグと同じ気持ちさ。これ以上お前の好きにはさせない。」
《ジル・フィン・・・・。》
ジル・フィンは杖をかざし、邪神に水のロープを巻き付けた。
《この程度で動きを止められるとでも?》
邪神は高らかに笑う。
そして《お前ら全員吹き飛べ!》と叫んだ。
万華鏡のような目がチカチカ光って、邪神の回りに六つの球が浮かぶ。
「これは・・・・、」
ジル・フィンは息を飲み、「みんなここから逃げろ!」と叫んだ。
《もう遅い。》
邪神の周りに浮かぶ六つの球は、それぞれに異なる魔力を宿していた。
火、氷、風、雷、土、そして光。
それを見たマナは「噓でしょ・・・」と慄いた。
「異なる属性の魔法を、六つ同時に使えるっていうの?」
属性の違う魔法を同時に使うのは、そう珍しいことではない。
ダナエもコウも、今までに何度もやっている。
しかし六つ同時というのは、とんでもない荒業だった。
「みんな早く逃げるんだ!」
ジル・フィンは邪神から離れていく。
アドネもシウンを抱えて走り出し、ノリスもマナも逃げ出した。
ニーズホッグも、いそいそと駆け出す。
しかしダナエとコウは逃げなかった。
その場にとどまり、邪神を見上げている。
「何をしている!早くこっちへ!」
ジル・フィンが水のロープを向ける。
しかしそれを掴もうとはしなかった。
「ねえコウ・・・・信じていいよね?」
「ああ。俺もお前を信じる。だからやってくれ。」
二人はヒソヒソと話しながら、何かを頷き合っていた。
「二人とも!そこにいちゃダメだ!」
「ジル・フィン。私たちは逃げないわ。」
「何を言ってるんだ!六つの魔法が同時に襲ってくるんだぞ!
しかも一発一発が凄まじい威力をしているはずだ!」
「でも逃げない。だってまだ出来ることがあるから。」
「出来ることだって?」
「新しい進化をして、今までにない力が三つ使えるようになった。
だけど三つ目の力だけは、使うのを躊躇ってたの。
でも・・・・私はやることにした。コウを信じて。」
ダナエとコウは見つめ合い、小さく頷いた。
「じゃあいくよ、コウ。」
「おお!やってくれ。」
ダナエの羽が、また別の形へと変わっていく。
美しいアゲハチョウの羽が、だんだんと薄くなっていったのだ。
そして完全に色が無くなって、無色透明の羽になった。
それはグラスウィングバタフライという、最も美しいと言われる蝶の羽だった。
色がないので、向こう側まで透けて見える。
しかし羽を動かすと、光の加減で様々な色に見えるのだ。
羽ばたけばキラキラと光り、生ける芸術のような美しさだった。
遠くから見ていたアドネが、「本物の天使みたい・・・」と呟く。
しかしその瞬間、邪神の魔法が炸裂した。
火、氷、風、雷、土、光。
六つの魔法がコンビネーションブローのように襲いかかる。
まずは炎が炸裂した。
シウンの熱線と同等の威力を持った炎が、一瞬で二人を飲み込む。
「ダナエ!コウ!」
アドネが駆け出そうとする。
しかしジル・フィンに止められた。
「ちょっと!どいてよ!」
「行けば死んでしまうよ。」
「それはあの二人も一緒でしょ!助けなきゃ!」
「いや、あの二人には勝算があるようだ。」
「勝算?」
「今は信じて見守ろう。」
ダナエは言った。まだ手は残されていると。
それがどういう手なのか分からないが、ジル・フィンはその言葉を信じることにした。
《ダナエ、君はハッタリを言う子じゃない。だから・・・期待してるよ。》
炎の魔法は生き物のようにうねり、熱風を巻き散らす。
すると今度は氷の魔法が襲いかかった。
光り輝く雪の結晶が、炎の中に落ちていったのだ。
その瞬間、激しい炎は一瞬で消え去った。
代わりに激しいブリザードが吹き荒れて、絶対零度近くまで温度が下がる。
「うおおおお!ここもやべえぜ!」
冷たい風が押し寄せて、ノリスは顔を覆う。
「もう少し遠くへ離れよう。」
みんなは箱舟の近くまで避難する。
それでも身を切るような寒さが襲ってきた。
辺りは一瞬で白銀の世界に変わる。
しかし今度は風の魔法が炸裂して、大きな竜巻が起こった。
それは氷の魔法全てを飲み込むほど巨大で、たちまち冷気は掻き消されてしまった。
その代わり、大地を抉るほどの威力で風が吹き荒れる。
あまりの風速に、空の雲まで吸い寄せられるほどだった。
「なんて風だ・・・・飲み込まれたら一瞬でバラバラだ。」
シウンが顔を覆いながら言う。
「みんな、箱舟の中に隠れよう。」
ジル・フィンがみんなを船の中に押し込む。
すると次の瞬間、立っていられないほどの強い地震が起きた。
「うわあああああ!」
「きゃあああああ!」
船の中で転げ回って、頭や背中を打つ。
「痛あ〜い・・・・、」
「なんだってんだチキショウ!」
「今度は大地の魔法のようだね。」
ジル・フィンは窓の外に目をやる。
しかしすぐに「これは・・・」と息を飲んだ。
「違う!これは雷の魔法だ!」
「雷ですって?」
「なんで雷で地震が起こるんだよ?」
「外を見てごらん。」
みんなは窓に駆け寄る。そして言葉を失った。
さっき大地が揺れたのは、土の魔法のせいではなかった。
あれは特大の雷が落ちたせいで、空気と大地が震動していたのだ。
「なんだありゃあ・・・・、」
ノリスは空を見上げ、ポカンと口を開ける。
そこには大きな雷球が浮かんでいた。
箱船よりも遥かに巨大で、隕石が空に浮かんでいるかのような迫力だった。
「あんなもんが落ちたら・・・・、」
目を見開き、ゴクリと息を飲む。
「また揺れるだろう。何かに掴まってた方がいい。」
そう言った次の瞬間、空に浮かぶ雷球が弾けた。
辺りは真っ白に輝き、少し遅れて轟音が響く。
空気が揺れ、大地も揺れ、グラグラと船が傾いた。
「うおおおおおお!」
「きゃあああああ!」
目もくらむ閃光、鼓膜が破れそうな轟音、立っていられないほどの大きな揺れ。
誰もが心の底から怯えた。
「こんな魔法を喰らって、あの二人は本当に大丈夫なの?」
アドネが心配そうに呟く。
しかし雷の後に、さらに大きな衝撃がやってきた。
なんと箱船から半径十キロもの大地が、突然沈み始めたのだ。
「なんだ!?地面が下がってるぞ!」
「いやあ!飲み込まれる!」
みんなはパニックになる。
ジル・フィンは「落ち着くんだ!」と言った。
「カプネ!すぐに船を飛ばしてくれ!」
そう叫ぶと、天井のスピーカーから声が返ってきた。
「バッキャロウ!エネルギーが空っぽなんだよ!」
「ならすぐに補充する!」
ジル・フィンは動力部まで駆けていく。
そして急いで魔力を注いだ。
「どうだい!?」
「これなら何とか飛べらあ!」
カプネは急いで船を飛ばす。
車輪が回り、大地から離れていった。
その瞬間、大地は深く沈んでいって、中からマグマが溢れ出した。
「危なかった・・・・。」
ジル・フィンはほっと息をつく。みんなの所へ戻る途中で、ふと窓の外を見てみた。
「・・・・なんてことだ。」
土の魔法はまだ終わらない。
これからが本領を発揮する時だった。
沈んだ大地からマグマが吹き上げ、その後には別の何かが盛り上がってきたのだ。
「これは・・・・固まった溶岩が、新たな大地として浮かんできてるのか?」
半径十キロもあるマグマの塊が、ものすごい勢いで飛び出してくる。
その衝撃で、周囲の大地はガラスのようにヒビ割割れていった。
「まずい!また陥没するぞ!」
割れた大地は脆くなり、また沈んでいく。
最終的には半径二十キロの大地が深く沈んでしまった。
「なんという威力だ・・・・。」
大地の一部がぽっかり抜け落ちる。
ジル・フィンの背中に冷たい汗が流れた。
「ここまでパワーアップしてるのか、邪神は・・・・。」
急いでみんなの所へ戻ると、窓の外に釘付けになっていた。
ジル・フィンも横に並び、「どうした?」と覗き込む。
「最後の魔法が・・・・。」
アドネが空を指さす。
火、氷、風、雷、土ときて、最後の光の魔法が炸裂する。
空に閃光が走り、地上に向けて光の束が降り注いだのだ。
「あれは・・・・レーザーか?」
ジル・フィンの目に、太さが三キロはありそうなレーザー光線が映る。
それは沈んだ大地をさらに抉り、マントルの底まで貫通していった。
そして・・・・、
「うおおおお!」
太さが三キロもあるレーザーが、無数の光の束に分かれていったのだ。
まるで竹ぼうきのように拡散して、縦横無尽に大地を駆ける。
「ラシルが・・・・焼かれる・・・・。」
今までに見たこともないほど、凄まじい威力の魔法。
ジル・フィンは「これではもう・・・・」と呟いた。
「あの二人は生きてはないだろう・・・・。」
ダナエは言っていた。勝算はあると。
しかしこれだけの威力の魔法を見せつけられると、その言葉も虚しく感じられた。
一発一発が絶大な威力を秘めているのに、それが六発も降り注いだのだ。
「ダナエ・・・・これでも勝算があるのかい?」
きっともう生きていないだろうと思いながら、それでも二人に語り掛ける。
やがてレーザーは消えて、辺りに静けさが戻った。
「・・・・・・・・・。」
誰もが言葉を失う。
六発の魔法が炸裂した後には、マグマの海だけが広がっていた。
遥か遠くまで赤い波に覆われて、とても生物がいられるような環境ではなくなっていた。
全員の胸に同じ気持ちが溢れる。
あの二人はもう生きてはいないと。
窓に張り付き、ごうごうと滾るマグマの波を見下ろした。
「・・・・・うう・・・う・・・。」
アドネが俯き、嗚咽する。
膝をつき、がっくりと項垂れて「ダナエえ・・・コウ・・・・」と呟いた。
他の仲間も暗い表情に変わる。
シウンは悔しそうに歯を食いしばり、ノリスは無言で二人がいた場所を見つめている。
マナも浮かない顔をしながら目を伏せていた。
「なんで・・・・なんでよ・・・。なんで逃げなかったのよ・・・・。」
アドネの言葉が宙を舞い、みんなの胸を締めつける。
「何が勝算よ!こんなの・・・こんなのどうにもならないじゃない!」
そう言ってジル・フィンに掴みかかった。
「あんたが見殺しにしたんだ!
私は助けようとしたのに、勝算がどうとか勝手なこと言って!」
ガクガクと揺さぶり、胸倉を締め上げる。
「あんたこの星の神様なんでしょ!だったらなんで見殺しにしたのよ!」
「僕はあの二人を信じたんだ。今さら後悔してもどうにもならない。」
「あんたの気持ちなんか聞いてないわよ!
あの時あんたが邪魔しなければ、私は二人を連れて逃げてた!
それなのに・・・・、」
ボロボロと涙をこぼし、ジル・フィンを睨みつける。
「責任取れ!責任取って生き返らせろ!」
「残念だが、僕に死者復活の力はない。」
「だったら誰かに頼んでやってもらえ!」
「アドネ、ちょっと落ち着こう。」
「あんたが怒らせてんのよ!いいからダナエとコウを返せ!」
耳がキンキンするほどの声で怒鳴るアドネ。
見かねたノリスが「やめろ」と引き離した。
「まだ死んだと決まったわけじゃねえ。」
「でもあれだけ凄い魔法だったのよ!大地もめちゃくちゃだし、きっともう・・・、」
「確かに生きてる可能性は低いだろうな。だが今はやることがあるだろうが。」
「やること・・・・?」
「邪神はまだ生きてる。」
そう言われて、アドネはやっと落ち着きを取り戻した。
「そうよね・・・自分の魔法で死ぬわけないもんね・・・・。」
「あの二人がどうなったかは分からねえが、邪神を倒さなきゃいけねえことに変わりはねえ。」
アドネはズズッと鼻をすすり、窓の外を見つめる。
「邪神がどこにもいない。きっとまた消えたんだわ。」
ステルスを使う邪神は、ダナエの鱗粉がなければ見つけることは困難だ。
いつ、どこから襲って来るか分からない恐怖に、大きな緊張が走った。
するとその時、船の上から「オイ!」と声がした。
「この声はニーズホッグ・・・・。」
「邪神ダ!」
「なんですって!?」
「船ノ前ニイルゾ!」
みんなは急いで甲板に向かう。
すると船首のすぐ先に邪神が飛んでいた。
《逃げられると思った?ゴキブリども。》
「・・・・・・・・。」
姿を消して襲って来ると思っていたのに、堂々と正面から挑んできた。
邪神は船の上に降りて、《さあ》と脚を広げた。
《あの二人が死んで悲しいでしょう?仇を討ちなさい。》
そう言って挑発するが、誰も動くことができない。
《どうしたの?恐怖で動けない?》
不敵に笑いながら、ゆっくりと近づいてくる。
《それとも力の差に絶望したかしら?》
巨体が迫り、万華鏡のような目で見つめてくる。
《ふふふ、月の魔力さえあれば、どうにか出来たかもしれないのにね。
それをあっさり手放すなんて・・・・お前らの大将は本当に馬鹿。》
口を空け、青い業火を溜める。
《あのガキが馬鹿なことしたせいで、お前らも死ぬの。
あの世で会ったら、せいぜい罵ってやりなさい。》
邪神は今にも青い業火を吐こうとしている。
しかしそれでも誰も動かない。
それは邪神に怯えてるからでもなく、絶望しているからでもない。
むしろその逆で、大きな希望を抱いていた。
なぜなら邪神のすぐ後ろに、あの二人が飛んでいたからだ。
《さあ、これでお終い。》
邪神は青い業火を吐き出す。
その瞬間、ノリスが銃を撃った。
神器の宿った弾丸が、青い炎を跳ね返す。
邪神は《無駄よ》と笑って、また業火を吐こうとした。
「無駄かどうか、すぐに分かるぜ。」
ノリスはもう一発お見舞いする。邪神に当たり、爆炎を上げた。
「これでテメエの反射能力は消えた。」
《だから何?お前らの攻撃くらいじゃビクともしな・・・・、》
そう言おうとした瞬間、首筋に激痛が走った。
《な、何・・・・?》
後ろを振り向くと、そこにはダナエがいた。
《あんた!なんで生きてるの!?》
「さあ、なんででしょう?」
ダナエはニコリと笑いながら、槍を突き刺していた。
「邪神、やっぱりあんたは強い。神器の力なしじゃとても勝てないわ。」
ダナエは槍の神器を使っていた。
この槍で刺されたら、傷口に全ての魔力が集中する。
そしてやがては吹き飛んでしまうのだ。
《・・・・と思ってるんでしょ?甘いわね。》
邪神は大きく吠えて、体内の魔力の流れを操作した。
すると傷口に集まっていた魔力が、再び全身へと流れ始めた。
《こんなことしても無駄よ。》
「それはどうかしらね?」
ダナエはニコリと笑う。
次の瞬間、邪神は身体に違和感を覚えた。
《何?なんか妙な感覚が・・・・、》
「槍の先に、金色の鱗粉を塗っておいたの。」
《金色の鱗粉?》
「特殊効果を打ち消す鱗粉よ。あんたは今、自分でその鱗粉を体内に巡らせたわけ。」
《まさか!その為に神器の槍を・・・・、》
「この槍で刺せば、一か所に魔力が集まる。
そうなれば、あんたは必死に魔力を全身へ戻そうとするだろうと思った。
そして思い通りにそうしてくれたわ。」
《く・・・クソガキいいいい・・・・・。》
邪神の目がチカチカと光る。
金色の鱗粉を体内に拡散してしまった以上、しばらくは特殊な力は使えなくなる。
「この鱗粉が効いている限り、あんたは反射能力もステルス能力も失う。」
《だから何!?パワーでは圧倒的に私が勝ってるのよ!特殊な力なんかなくても・・・、》
そう言いかけた時、コウが「なくても勝てると思うのは、思い上がりだぜ」と遮った。
拳を握り、邪神を殴る。
すると硬い甲殻を切り裂いて、内臓にまでダメージを与えた。
《ごあッ!なんでお前ごときの攻撃で・・・・、》
「そりゃ特殊能力を使ってるからさ、な?」
そう言ってダナエを振り返ると、ニコリと笑った。

ダナエの神話〜星になった神様〜 第百十五話 神器の力(12)

  • 2017.04.14 Friday
  • 17:11

JUGEMテーマ:自作小説

「邪神・・・・とうとう動き出したわ。」
墜落した戦艦からは、まだもうもうと黒い煙が溢れている。
その中心で、巨大な影が動いていた。
その影はダナエたちに殺気を向けている。
まるで針の上に立たされるような、恐ろしい殺気を。
コウはゴクリと息を飲む。
「さっきの邪神の群れは、きっと時間稼ぎだ。あいつが完全に羽化るすまでの。」
「ええ。そして今・・・・完全に目覚めた。
あいつのパワーは、私たち全員よりも遥かに上だわ。」
邪神はゆっくりと歩きながら、黒い煙から出てくる。
その姿は、予想よりもスッキリしたものだった。
もっと禍々しい姿だと思っていたのに、ダナエたちは拍子抜けした。
「なんだあれ?あんな恰好なら、さっきの群れの方が強そうだぜ。」
「見た目に騙されちゃダメよ。」
「でも魔力だってそんなに感じねえ。もしかしたら羽化を失敗したのかな?」
新たに生まれ変わった邪神。
その姿はまるでステルス戦闘機のようだった。
マイマイカブリのような姿形はそのままだが、表面がツルツルの平らになっている。
全身は真っ黒で、所々に白い線が走っていた。
六本の脚は、以前よりも細くなっている。
自慢の大顎も、これまた小さくなっていた。
しかし目だけは前よりも大きい。
顔からはみ出しそうなほど大きくなって、万華鏡のように輝ている。
「全然強そうに見えない。魔力だって大したことなさそうだし。
やっぱり羽化に失敗したんだよ。」
「私はそう思わない。あの狡賢い邪神が、失敗した姿で出て来るなんて思えないわ。」
ダナエは気を引き締める。
「みんな!見た目に惑わされちゃダメよ!あいつは今までよりも強くなってるはず!」
アドネもシウンも、そしてノリスもマナも、コウと同じように拍子抜けしていた。
「ねえダナエ・・・あれ、ほんとに強いのかな?」
「強いかもしれないし、弱いかもしれない。
だけど強いと思って挑めば、痛い目に遭うことはないわ。」
「確かにそうね。だったら気を引き締めなくちゃ!」
アドネは鎌を振り上げ「みんな!気合入れていくわよ!」と叫んだ。
ダナエは「私が先頭を行く。みんなはその後に続いて!」と飛んでいった。
しかしコウが「待て!」と止める。
「いきなり近づく奴があるかよ。」
「ぼうっと見てる方が危険だわ。あいつは何をするか分からない奴なんだから。
こっちから攻めて、先手を取らないと。」
「ならまずは磁場で引き寄せればいいだろ。」
「・・・・あ!」
「はあ・・・・さっきはあんなに上手く戦ってたのに、どうしてその事を忘れるかね?
やっぱりバカチンだな。」
「バカチン言わないでよ。」
ダナエはムスっと怒って、羽を羽ばたいた。
オーロラの光が飛んでいき、邪神を包む。
「よし、そのまま引き寄せろ。」
「うん!」
ダナエは強力な磁場を発生させ、邪神を引っ張った。
すると簡単にこちらに引き寄せられてきた。
「抵抗するかと思ったのに、やけに大人しいわね。」
「かえって怖いな。油断するなよ。」
「何よ、さっきまで弱いとか言ってたクセに。」
「愚痴はいいから、慎重に引き寄せろよ。」
「分かってるってば。」
邪神はズリズリとこちらへやって来る。
そしてある程度まで引き寄せた時、急に磁場が消えてしまった。
「あれ?」
「どうした?」
「磁場が消えちゃったの。」
「なんで?」
「分からない。羽を動かしても、すぐに消えちゃう。」
《馬鹿なガキ・・・・。》
「なんですって?」
《月の魔力を手放すなんて・・・・これでお前らに勝ち目はない。》
「そんなのやってみなくちゃ分からないわ!」
《私が恐れていたのは、あの魔力だけ。
それを失った今、お前たちなんてゴキブリと一緒よ。》
邪神は高らかに笑う。そして突然姿が消えてしまった。
「消えた!?」
「気配を探れ!どっかにいるはずだ!」
ダナエたちは必死に邪神の気配を探る。
しかしまったく何も感じなかった。
ノリスが「逃げたのか?」と言う。
シウンは「そんなはずはない」と首を振った。
「あいつは俺たちに殺気を向けていた。逃げるはずがない。」
「でもどこにいねえぜ。」
忽然と消えてしまった邪神。
気配すらも消えて、本当に逃げてしまったかのようだった。
しかしその時、ダナエの触覚がピクピクと反応した。
「・・・・いる。まだいるわ!」
触覚に神経を集中させて、微かな気配を探る。
「・・・・・・アドネ!後ろ!」
「え?」
アドネは後ろを振り向く。しかし誰もいない。
「何よ?誰もいないじゃな・・・・、」
「しゃがんで!」
アドネの頭を押さえつけ、槍を振る。
すると何かとぶつかって、ダナエの槍は弾き返された。
《勘の良いガキ。》
「やっぱりまだいるわ!油断しないで!」
ダナエはまた触覚に神経を集中させる。
その時、目の前に紫色の波が広がった。
「何?この波は・・・・。」
「ソナーだ。」
コウは両手を広げ、魔力を波状に飛ばしていた。
「奴に当たれば跳ね返ってくるはずだ。」
「いつの間にそんな魔法を使えるようになったの?」
「キーマのおかげさ。」
「?」
コウは魔力を飛ばし続ける。
そして微かな動きを感じ取った。
「シウン!後ろだ!」
シウンは咄嗟に振り向き、両手でガードする。
次の瞬間、凄まじい衝撃で叩かれて、地面にめり込んでしまった。
「ぐおッ・・・・、」
「シウン!」
「大丈夫だ・・・・。不意打ちだったもんで油断しただけだ。」
そう言って地面から這い出て、「邪神め・・・」と呟いた。
「コウよ、やっぱりアイツは弱くなってるのかもしれない。」
「なんだって?」
「さっきの一撃、はっきり言って大したことはなかった。
これならまだ兵隊の邪神の方が強い。」
「そう・・・なのか?」
「それに本当に強くなったなら、コソコソ隠れながら戦う必要はないだろう。
もっと堂々としていればいいはずだ。」
「言われてみれば・・・・、」
「間違いない、アイツは弱くなってる。」
「ということは、やっぱり羽化に失敗したんだな。」
これはチャンスだった。
弱体化したとあれば、倒せる可能性は充分にある。
「みんな!俺が位置を探る!指示した場所に攻撃してくれ!」
「了解!」
みんなは武器を構えて辺りを窺う。
しかしダナエは「違う」と首を振った。
「羽化に失敗だなんて、そんなヘマをするような奴じゃないわ。」
「でもアイツは弱くなってるんだぜ?失敗したとしか考えられないだろ。」
「・・・・試してるのかも。」
「試す?何を?」
「自分の力を。」
「どういうことだ?」
「アイツも私と一緒なのよ。進化して、あまりに大きな力を手に入れたんだわ。
それをそのまま使うのは危険だから、こうやって力の使い方を試してるのよ。」
「要するに、これは準備運動ってことか?」
「きっとね。強い力は自分まで滅ぼす危険がある。
そうならない為に、ちょっとずつ力を解放してるんだと思うわ。」
「なら準備運動が終わったら・・・・、」
「本気で来ると思う。」
コウの背筋に冷たい汗が流れる。
邪神は弱体化したのではなく、ただ準備運動をしていただけ。
もし本気で来られたら全滅しかねない。
「あいつは目に見えないし、気配すらほとんどない。
いちいちソナーで居場所を探ってたんじゃ、とても戦えない・・・・。」
困った顔で言いながら「どうにかならないのか?」と尋ねた。
「手はあるわ。」
「ホントか!?」
「進化して手に入れた力は、磁場を操る力だけじゃない。他に二つあるのよ。」
そう言って羽の形を変えた。
オーロラのようだった羽が、アゲハチョウの羽に変わる。
その羽を羽ばたくと、金色の鱗粉が降り注いだ。
「これは?」
「まあ見てて。」
キラキラと降り注ぐ綺麗な鱗粉。
まるで砂金をばら撒いたように、辺りが黄金色に輝いた。
「金!金よ!」
マナが手を挙げて喜ぶ。
「集めて売らなきゃ!」
小さな結界を作り、その中に鱗粉を溜めていく。
すると鱗粉に触れた途端に、結界は消えてしまった。
「あれ?なんで?」
不思議そうに首を傾げていると、背後から邪神が現れた。
「きゃあ!」
マナは慌ててノリスの後ろに隠れる。
「姿が見えるようになった・・・・。」
ダナエは「怖がってる場合じゃないわ」と言った。
「ノリス!」
「分かってらあ!」
ノリスの銃から弾丸が放たれる。
邪神を直撃して、爆炎を上げた。
「これで反射能力は消えたはずだ。やるなら今のうちだぜ。」
そう言うのと同時に、シウンとアドネが飛びかかっていた。
「たあああああ!」
「おおおおおお!」
二人の攻撃が同時に炸裂する。
しかし邪神はビクともしない。
平然とその場に立っていた。
《この鱗粉は何?》
「これは特殊な結界を生み出す鱗粉よ。」
《特殊な結界?》
「この鱗粉の中では、基本的な魔法しか使えなくなるの。
火を放ったりを風を起こしたりは出来るけど、結界魔法や幻術みたいな魔法は使えなくなるわ。」
《なるほど・・・・特殊効果を防ぐ結界ってわけね。》
「この中じゃ小細工は通用しないわ!正々堂々と戦いなさい!」
《正々堂々ですって?六対一のクセによく言うわ。》
邪神はゲラゲラと笑う。
《でもまあ・・・準備運動はこれくらいでいいかしら。
身体も温まってきたし、本気でやらせてもらうわよ!》
万華鏡のような大きな目が、チカチカと輝く。
その瞬間、邪神の魔力が膨れ上がった。
「なッ・・・・、」
驚いて後ずさる仲間たち。
ダナエは先頭に立ち、「援護をお願い!」と言った。
みんな臨戦態勢に入る。
邪神は不敵に笑った。
《ねえ?》
「なによ。」
《この結界を張ったままでいいの?》
「だからなにがよ?」
《・・・いいえ。別に困らないならいいけど。》
またゲラゲラ笑い、《それじゃやりましょうか》と殺気を向けた。
《もうお前らみたいなガキに振り回さるのはゴメンでね。
ここでケリつけさせてもらうわ。》
「それはこっちのセリフよ!この戦いで最後にしてやる!」
ブンブンと槍を回し、気合を入れ直す。
蝶の羽を広げ、邪神に飛びかかっていった。

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