春の鳴き声 最終話 春の鳴き声(3)

  • 2017.01.14 Saturday
  • 12:48

JUGEMテーマ:自作小説

人を捜すって大変なことだ。
相手がスマホとかを持ってるなら、すぐに見つかる。
でもそうじゃなかったら、どこにいるかなんてまったく分からない。
警察とか探偵とかって、毎日こんなことをやってるんだと思うと、ちょっと尊敬した。
《由香子ちゃん、どこやねん。》
最初にスーパーに行って、くまなく捜した。
お客さんとか店員さんにも聞き込みしたけど、でも全然目撃情報がない。
僕らは捜索場所を変えて、今度は由香子ちゃんの小学校に行った。
門は閉まっていたけど、でも勝手に乗り越えた。
すると先生に見つかって「お前ら何しとんねん」って怒られた。
でもすぐに「おお、高崎と井口やないか」って笑った。
それは三年の時に担任だった先生で、僕は「協力して下さい!」と頼んだ。
「由香子ちゃんがおらんようになったんです。」
「誰やそれ?」
「菊池さんの妹です。今はこの学校の小六です。」
「菊池?」
先生はちょっと首を傾げて、でもすぐに菊池さんの顔を見て思い出した。
「ああ、菊池か。お前の妹がどうかしたんか?」
「菊池さんの妹が、お母さんとスーパーに行ってから、おらんようになってしもたんです。」
「なんやて!」
先生は大声を上げて「それホンマか!」と怒鳴った。
「ホンマです。だから今は、由香子ちゃんが行きそうな所を捜してるんです。」
「ちょっと待っとけ。家に確認するから。」
先生は「何組の子や?」と尋ねる。
菊池さんが「五組です」と答えた。
「小六の五組やな。ちょっと電話してくるから、ここで待っとれよ。いや、ていうかお前らも職員室に来い。」
先生は駆け出していく。
でも僕らはついて行かなかった。
「先生も協力お願いします!」
「おいコラ!どこ行くねん。」
「由香子ちゃんの捜索です。なんか分かったら、菊池さんの家に電話して下さい。」
「おいちょっと、待て・・・・、」
僕らはスタコラ走って、門を乗り越える。
そして次に行ったのは、学校から離れた所の公園だ。
ここはよく小学校の子がいるので、もしやと思ってやって来た。
何人か遊んでる子がいたので、聞き込みをしてみた。
でも誰も由香子ちゃんらしき子は見てないと言った。
ここも違う。
だったら次は・・・・・、
「シュウちゃん!」
井口がいきなり叫ぶ。
「なんや?」
「あそこ!」
引きつった顔をしながら、近くのコンビニを指さした。
僕も菊池さんも目を向ける。
するとそこにはあのヤンキーたちがいた。
柴田と一緒に復讐に来た奴らだ。
コンビニの前でたむろしていて、そのうちの二人はバイクに乗っていた。
そしてそいつらの傍に、小学生くらいの女の子がいたのだ。
白いふわふわした服に、短いスカート。
髪はサラっと長くて、ヤンキーの近くでお菓子を食べている。
井口は「由香子ちゃんや!」と叫んで、一目散に駆け出した。
僕は「菊池さんはここにおり」と言って、井口を追いかけた。
「わ、私も行く。」
「アカン!危ないから!」
「行く!」
菊池さんも僕について来る。
目の前に由香子ちゃんがいるのに、それを放っておくなんて出来ないんだろう。
僕は菊池さんの手を握って、「離れたらアカンで」と言った。
「うん。」
僕がコンビニの駐車場に駆け込んだ瞬間、井口はもうヤンキーたちの前に迫っていた。
「おうコラ!何しとんじゃオドレら!」
すごい大きな声で怒鳴りながら、「殺すぞ!」と突っ込んで行く。
ヤンキーどもはビビッて、三人くらいが逃げ出した。
まあそうなるだろう。
だってスーツを着てグラサンかけた、厳ついマッチョが襲って来るんだから。
でも残りの四人はその場に残って、「なんじゃお前!」とメンチを切った。
「なんじゃもクソもあるかい!何誘拐しとんねん!」
井口はバイクに乗っていた一人を蹴り飛ばす。
ボッコ!ってすごい音が響いて、そいつはバイクと一緒に倒れた。
「なんやねんお前!」
金髪に染めたヤンキーが「殺すぞ!」と殴りかかってくる。
井口は「じゃかあしゃあ!」とそいつのパンチを払った。
パコン!と音がして、「あああああ!」と金髪が泣き叫ぶ。
腕を押さえて、「ちょ、折れた・・・・、」とうずくまった。
残った二人のヤンキーは、ビビッて立ち尽くす。
井口はサッと回転して、後ろにいるヤンキーの腹を蹴った。
「うごッ・・・・、」
腹を押さえて、じっとうずくまるヤンキー。
残った一人は「ちょっと待って・・・、」と慌てた。
「ちょ、なんなんお前・・・・いきなりなんなん・・・、」
「ああ!オドレこそなんじゃい!」
「ちょ、ごめん・・・待って待って!」
井口がずんずん詰め寄って行く。
ヤンキーは「助けて!」とコンビニに逃げ込んだ。
「待てコラ!」
熱くなった井口は、本当の目的を忘れてる。
僕らはヤンキーをボコりに来たんじゃなくて、由香子ちゃんを助けに来たのに。
それでもって、僕らの任務は失敗だった。
だって由香子ちゃんと思ったその女の子は、由香子ちゃんじゃなかったからだ。
服とか髪型とかは似てるけど、顔がぜんぜん違う。
ハッキリ言って、由香子ちゃんはもっと可愛い。
その子は井口の乱闘にビビッて、今にも泣き出しそうだった。
そして黄色い自転車に跨って、ぴゅっと風のように逃げてしまった。
《井口が由香子ちゃんやとか言うから、勢いでそうなんかなって思ってしもたやんか。》
遠目だと勘違いしたけど、でもよくよく見ると全然違う子だった。
そして最初に勘違いした張本人の井口は、店の中で追いかけっこをしていた。
「待てコラ!」
「助けて!」
「逃げられへんど!」
「誰か!警察呼んで!」
店の中を走り回って、あちこちの商品が落ちる。
二人いた店員さんの一人が、引きつった顔で電話を掛けていた。
きっと警察を呼んでいるのだ。
「ヤバ!」
僕は店に入り、「井口!」と叫んだ。
「あれ由香子ちゃんとちゃう!」
「え?」
ピタッと止まる井口。僕は「別人や」と言った。
「別人?」
「全然違う子や。」
「マジで?」
「マジで。だからヤンキーどもは関係あらへん。」
「ウソやろ。」
井口はポカンとして、急に大人しくなった。
ヤンキーはその隙に逃げていく。
バイクに乗って、一瞬で遠ざかっていった。
駐車場にはノックアウトされたヤンキーが三人、遠くにはビビッて見ているヤンキーが三人。
そして店の中はグチャグチャで、客も店員もビビりまくっていた。
ここで警察が来たら、確実に逮捕。
でも逃げたところで、防犯カメラがあるからきっと逮捕。
僕たちはどうしようもなくなって、お店の人に「すいません」と言った。
「あの、ちょっと人を捜してて、でも勘違いみたいでした。
「・・・・・・・・。」
お店の人はただ怯えている。
すると井口が「シュウちゃんは行け」と言った。
「これは俺がやったんやから。」
「いや、でも・・・・、」
「みんな捕まったら、誰が由香子ちゃんを捜すねん。」
「そうやけど・・・・、」
「それに菊池さんを一人にさせる気か?」
井口は外に顎をしゃくる。
そこには心配そうな顔をした菊池さんがいた。
メトロノームみたいに揺れながら、中に入ろうかどうしようか迷っている。
僕は首を振って「来たらアカン」と伝えた。
菊池さんをこんな面倒に巻き込むわけにはいかない
もし警察が来たって、あの子は関係ないんだって言ってやる。
その時、後ろから肩を叩かれた。
「シュウちゃん。」
井口が「行け」と言う。
「ここは俺だけでええから。」
「いや、でもこんなん警察来たら捕まるやん。」
「だから行けって言うてんねん。シュウちゃんまでおったら、絶対に事情聴かれるで。
そうなったら由香子ちゃんはどうすんねん。」
井口の顔は真剣で、グイっと僕の背中を押した。
「由香子ちゃんを見つけて、菊池さんを安心させたれ。」
「え、あ・・・・うん。」
「シュウちゃんは菊池さんを守る。その為に、俺はシュウちゃんを守る。それでええねん。」
自分で言って自分で頷いて、「行け」と僕を押した。
「・・・・・・・・。」
僕は迷った。
迷ったけど、でも井口の言う通りかもしれない。
みんなここにいたら、菊池さんだって・・・・。
《そんなんアカン!菊池さんは関係ないんやから。》
菊池さんを守る。
そう決めたんだから、僕はそれを守らなきゃいけない。
「ごめん井口、後でまた来るから。」
「ええねん、シュウちゃんの為やったら何でもやる。」
そう言ってグッと親指を立てた。
僕はもう一度「ごめん」と言って、外に駆け出した。
「行くで!」
自転車に乗って、「早く!」と菊池さんを急かす。
「でも井口君が・・・・、」
「ええから!早く!」
「でも井口君・・・・、」
「早よせんと警察が来る!」
僕は菊池さんの手を引っ張る。
菊池さんはオロオロしながら、僕の後ろに乗った。
「行くで!」
立ち漕ぎでスピードを上げていく。
すぐにここから離れないと、井口の自己犠牲が無駄になってしまう。
由香子ちゃんだって見つけられないし、菊池さんだって嫌な目に遭う。
だから僕は漕いだ。必死に漕いだ。
「はあ・・・はあ・・・・、」
人を乗せて漕ぎ続けるって、けっこうしんどい・・・・。
井口の言う通り、もっと身体を鍛えておけばよかった。
「菊池さん、僕が守るからな。」
漕ぐのに必死で後ろは見えないけど、でもきっと菊池さんは不安のはずだ。
だから元気づけようとした。
「僕が由香子ちゃんを見つける。だから大丈夫やで。」
「うん・・・あの・・・、」
「心配せんでええねん。僕が見つける。菊池さんだって守る。」
「あの高崎君・・・・、」
「だってな、僕は菊池さんを守らなアカンねん。そう決めたから。」
「なあ高崎君・・・・・、」
「僕はな、僕は・・・・・ずっと菊池さんのことが好きやってん!」
「え?いや、え・・・・、」
「最初はそうでもなかったけど、でも仲良くなって、手え繋いだりとか、デートっぽいことしたりとか・・・。
それでどんどん好きになっていってん!」
「うん、あの・・・・高崎君な・・・・・、」
「でもな、きっと最初から好きやってん。だってあの日、みんなで本骨ラーメン食べた時から、僕はずっと気になっててん。
菊池さんのこと、ずっと考えたりとか、会いたくなったりとか・・・、」
「いや、あの・・・え?」
「だからな、好きやねん!僕は菊池さん好きや!彼女になってほしい!」
「あの・・・・うん・・・・高崎君・・・・、」
「好きやー!好きなんやあー!」
なんでこんな場面で言っちゃったのか、自分でも分からない。
でもなんかこう・・・・言いたくなってしまったんだ。
ていうか我慢できなかった。
気持ちが熱くなって、顔とか頭とかが、燃えそうなほどだった。
だけど体力は減っていった。
ずっと本気で漕ぎ続けてるから、もう足がピクピクして・・・・、
「はあ・・・はあ・・・・好きやで・・・・。菊池さん、好きや・・・・。」
「え?あの・・・・うん、私も好きやで。」
遂に足に限界が来て、自転車が止まる。
僕は「はあ・・・はあ・・・」言いながら、菊池さんを振り向いた。
「それ・・・・その・・・菊池さんも・・・僕のこと・・・好きってこと・・・?」
「うん。」
「はあ・・・はあ・・・・マジで?」
「私も高崎君のこと好きやで。」
「そ、それは・・・・・友達として?それとも・・・・男として?」
「うん、あの・・・男として。」
「ほな・・・・僕の・・・・彼女になって下さい・・・・。」
「うん。」
胸がギュッと締め付けられる。限界まで締め付けられて、生暖かくてヌルっとしたものが、ブリュっと出てきた。
きっと感極まるって、こういうことを言うんだろう。
僕は自転車から降りる。
菊池さんを抱きしめて「好きや!」と叫んだ。
「好きや菊池さん!」
「うん、あの・・・・ちょっと恥ずかしいから・・・・、」
「僕、菊池さんを幸せにするからな!」
じっと菊池さんの顔を見つめて、そのままキスをした。
菊池さんはビクっとなって、石みたいに固まる。
ぼくはちょっとの間、抱きしめてキスしていた。
「ありがとう菊池さん。僕、菊池さんの為に強くなるからな。」
「あ、うん・・・・・。」
菊池さんはビックリして、顔を真っ赤にして、メトロノームみたいに揺れた。
でもすぐに「あのな・・・」と真面目な顔になった。
「由香子な、帰って来たんやって。」
「ん?」
「さっきな、お母さんから電話があって、家に帰って来たって。」
「・・・そうなん?」
「一人で家に帰ろうと思って、でも途中で道草してたんやって。」
「・・・マジで?」
「だからな、もう捜さんでええと思う。」
「ほなよかったやん!」
「うん、だからな、家に帰ろ。」
「そやな!」
「それとな、ずっとこのままやったら恥ずかしいから、ちょっと離れてほしい。」
僕は菊池さんを抱きしめたままだった。
だから慌てて離れて「ごめん」と言った。
「その・・・興奮して・・・、」
「うん。」
「キスもしてもた。なんか・・・・いきなりでごめんな。」
「うん。」
僕はまだ浮かれていたけど、でもちょっと冷静になってきた。
いきなり抱き付いてキスって、けっこうヤバかったかもしれない。
「あの・・・ごめん。」
「うん。」
「嬉しかったから・・・・、」
「家に帰ろ。」
「そやな。」
「でもな、その前に井口君の所に行かな。」
「そうやな。でもそれは俺だけでええわ。菊池さんまで行ったら、警察に話を聞かれるやろうから。」
「一緒に行こ。」
「でも僕は菊池さんを守らんとアカンから・・・・、」
「井口君友達やし。」
菊池さんは自転車から降りて、クルっと向きを変えた。
そして自分がサドルに座って、「行こ」と言った。
「あ、ええよ。僕が漕ぐから・・・・。」
「でもはあはあ言うてるから、しんどそうやから。」
「ほなちょっと待って。すぐ回復させるから・・・・、」
「でも井口君んとこ早よ行かな。」
「でも・・・・、」
「いっつもな、由香子を乗してるから大丈夫やで。」
「・・・・うん。ほな・・・、」
僕は後ろに跨る。
菊池さんはペダルを漕いで、悠遊と走り出した。
《ああ、これ・・・・僕より体力あるな、菊池さん。全然余裕やもん。》
そういえば山に登った時も、僕の前を歩いていた。
守るなんて言いながら、もしかしたら菊池さんの方が強いかもしれない。
《本気で井口に空手習おかな。》
嬉しくて、でもちょっと情けなくて、揺れながら自転車を漕ぐ菊池さんを見つめた。
コンビニに着くと、警察が来て大変なことになっていた。
ヤンキーはまだうずくまっているし、店員はビビりまくっているし。
そして肝心の井口は、なぜか堂々としていた。
警察に囲まれているのに、腰に手を当てて仁王立ちしている。
「行こか。」
「うん。」
僕らは井口の所に走る。
なんでこうなったのか話を聞かれて、とりあえず署まで来てって言われた。
その後にみんなの親やら学校の先生やらもやって来て、けっこう大事になった。
僕はお母さんに怒られ、井口はお父さんにシバかれた。
菊池さんのお父さんとお母さんもやって来て、由香子ちゃんも一緒にやって来た。
菊池さんは由香子ちゃんが無事だったことを喜んで、ずっと手を繋いでいた。
僕と菊池さんはすぐに帰されたけど、でも井口はコッテリ絞られた。
本当なら捕まるはずだったんだけど、相手のヤンキーたちが薬を捌いていたことがバレて、そっちの方が問題になった。
相手が相手だし、それに由香子ちゃんを助ける為に暴れたこと。(人違いだったけど)
それに警察にやって来た井口のお父さんが、ソッコーで井口をシバきまくって、警察やヤンキーたちに土下座したこと。
それに見た目は厳ついおっさんだけど、中身は中学生だってこと。
まあそういうのが重なって、どうにか逮捕だけは免れた。
けど家に帰ってから、捕まった方がマシだって思うくらいに、お父さんにシバかれたらしいけど・・・・。
とにかく由香子ちゃんが無事でよかったし、井口も逮捕されなくてよかった。
そして僕はというと、菊池さんと付き合うことになった。
菊池さんのお父さんが怒って、しばらく会わせてもらえなかったけど、でもお母さんがお父さんを説得してくれて、また会えることになった。
四月にかわって、桜が咲く頃、僕は菊池さんの家に行った。
もちろん井口と一緒に。
前から約束していた、お花見をする為だ。
僕、菊池さん、井口、由香子ちゃん。
本当は四人で行くはずだったけど、僕らだけにするのは危険ってことで、菊池さんのお母さんと、僕のお母さんも一緒に行くことになった。
出来るなら四人だけで楽しみたかったけど、まあこの前のことがあるから仕方ない。
お母さんが作ったお弁当を食べて、井口がまた由香子ちゃんに空手の型を教えたりして遊んだ。
ちなみに由香子ちゃんはズボンだったので、井口は少しガッカリしていたけど。
僕もよく喋ったし、菊池さんもたくさん笑った。
ほんとに楽しい花見だ。
だけど僕と菊池さんは付き合ってるわけだから、やっぱり二人きりになりたかった。
だから「ちょっと散歩してくる」って言って、菊池さんと二人で抜け出した。
満開に咲く綺麗な桜。
たくさんの花に囲まれた池を、二人で手を繋ぎながら歩いた。
            *

「あんまり遠く行ったらアカンよ。」
僕のお母さんが言う。
僕は「はいはい」と言って、池の周りを歩いた。
桜を見上げると、メジロがたくさん止まっていた。
枝の隙間を器用に飛んで、キョロキョロ周りを見ている。
「可愛いな。」
「うん。」
グルっと池の周りを歩いて、田んぼに繋がる畦道に出る。
遠くには山があって、その手前にはただっ広い田んぼが広がっていた。
たくさん蓮華が咲いていて、畦道にも桜が咲いている。
その根元には菜の花が絨毯みたいになっていて、すごく綺麗だった。
「めっちゃ綺麗やな。」
「うん。」
「前にモネって人の絵え見たことあるけど、あれみたいな感じやわ。」
「うん。」
「ちょっと遠くまで行こか。」
「うん。」
畦道に降りて、田んぼの中を歩いて行く。
まるで天国みたいに花ばかりで、ミツバチとかモンシロチョウが飛んでいた。
菊池さんはキョロキョロして、ちょっとだけ揺れている。
でも楽しそうな顔をしてて、スマホで写真を撮っていた。
「ええの撮れた?」
「うん。」
「上手いやん。」
「ありがとう。」
僕らはずっと歩いて、山の近くまで来る。
小さな川が流れていて、山に続く小さな橋が架かっていた。
僕らはその橋に立って、キラキラ光る川を見つめた。
たまに魚が泳いでるのが見えて、また菊池さんが写真を撮った。
僕は写真を覗き込むフリをして、菊池さんに身体を寄せた。
すると菊池さんがこっちを見て、僕と目が合った。
ドキドキしてきて、僕は告白したあの時みたいに抱きしめた。
すると菊池さんも抱きしめてきて、柔らかい感触と、温ったかい感じが伝わってきた。
おっぱいの感触も伝わってきて、僕はちょっとエッチな気分になる。
そしてそっとキスをした。
菊池さんはビクっとして、僕は「ごめん」と笑う。
「うん。」
またキスをして、ちょっと舌を出して、すると菊池さんもちょっと舌を出してきて、大人がするようなキスをした。
ますますエッチな気持ちになって、僕のアソコがムズムズしてきた。
菊池さんはキスをやめて、「まだそういうのは恥ずかしいから」と俯いた。
「ああ、ごめん・・・・。」
「ええねん。でもちょっとの間は、キスだけでもええ?」
「うん、なんかごめん。」
「まだそういうのちょっと怖いから、また心の準備とか出来たら、またそういうことしてもええから。」
「うん、ごめんな。」
僕らはまた手を繋ぎ、春の景色を見つめた。
すると菊池さんが「あのな・・・」と言った。
「柴田君な・・・、」
「え?うん・・・・。」
いきなりアイツの名前が出てきてビックリする。
「柴田君な、四月になる前に引っ越してたやんか。」
「そうやな。中田は四月の頭やって言うてたのに。」
僕は思い出す。
由香子ちゃんの事件があった次の日、自分から柴田の家に行ったことを。
これ以上アイツの復讐にビクビクするのは嫌だったから、自分から会いに行ったのだ。
絶対に菊池さんに手え出すなって言うつもりで。
でも家まで行ってみると、様子が変だった。
誰も住んでいないような雰囲気で、門の苗字の所も、何もなくなっていた。
僕は勇気を出して、隣の家の人に聞いてみた。
そうしたら、柴田は3月30日に引っ越したって言われた。
よく家の周りにヤンキーとかがウロウロしていて、家の窓を割られたこともあったみたいだ。
お父さんの車に泥が付いてたり、家の前に犬のウンコがばら撒かれてたり。
ポストにエッチな写真が入ってたりとか、柴田の姉ちゃんがつけ回されたりとかもあったみたいだ。
そして柴田自身は、あんまり家から出なくなってたらしい。
出掛ける時は、必ずお父さんと一緒だったとか。
そういうことがあって、30日にはいなくなっていた。
僕らは柴田の脅威から解放されて、だからお花見に来ることが出来た。
でもどうして今になって、菊池さんの口からアイツの名前が出てくるんだろう?
僕は不思議に思って、菊池さんの顔を見つめた。
「あのな、柴田君な・・・・、」
「うん。」
「いっぺん家に来たんや。」
「家?誰の?」
「私の。」
「マジで!」
ビックリして変な声が出る。
「いつ?」
「由香子がおらんようになった日の、二日くらい前。」
「え?ほな春休みが始まって、ちょっと経ってからくらいやん。」
「うん。ちょうどお母さんがおらん時でな、そんでピンポンって家のチャイムが鳴って。
てっきり高崎君やと思って出たら、柴田君やった。」
「マジか・・・。ていうか大丈夫やったん?なんもされへんかった?」
「うん。最初ビックリしてな、だって高崎君が、柴田君が復讐に来るかもしれへんって言うてたから。」
「アイツならやりかねへんからな。だから毎日菊池さんに会いに行ってたわけやし。」
「それでな、私は怖くなったけど、でも家に誰もおらんからな。由香子もお母さんと一緒に出てたし。」
「うん・・・・。」
「だからどうしようって思ってたら、柴田君が『ごめん』って。」
「え?」
「酷いことして悪かったって。」
「アイツがそう言うたん?」
「うん。」
「・・・・・・・・・・。」
「それでな、俺はもうここにおられへんから、いちおう謝っとこうと思ってって。」
僕は驚きすぎて、何も言えなかった。
だって柴田が謝りに来るなんて、そんなの考えられなかったから。
でも菊池さんは続ける。
「柴田君な、自分が不良に見張られたりとか、家に酷いことされたりとか、出かける度に脅されたりとか、すごい怖かったって言ってた。」
「うん・・・・・。」
「それでな、自分がそういう目に遭って、私とか高崎君に、悪いことしてたって思ったんやって。」
「・・・・・・・・・・。」
「自分がイジメみたいな目に遭って、すごい怖くて、だからもうこの街にいたくないって。
でもな、自分もそういうことしてたから、バチ当たったんかなって思ったんやって。
だから引っ越す前に、謝りに行こうって思ったらしくて。」
「・・・・・・・・・・。」
「でもな、高崎君に謝りに行ったら、またあの怖い友達が出てくるかもしれへんから、謝る前に殴られたりとかするかもしれへんから、私の家に来たって。」
「マジか・・・・・。」
「だからな、高崎君にもごめんって言うてたで。私から伝えといてって。」
なんて言っていいか分からずに、流れる川を見つめた。
柴田が謝るなんて、そんなのまったく想像できない。
だから『ごめん』って言葉を、素直に受け取ることが出来なかった。
「あのさ・・・・、」
「うん。」
「それ、なんで今言うたんかなって。」
「なにが?」
「柴田が謝ったのって、もう何日も前ってことやんな。でもそれを今まで黙ってたのって、なんでかなって思って。」
僕には分からなかった。
だって僕は柴田の復讐を心配していたんだから。
だからこそ毎日菊池さんに会いに行ってた。
井口だって、SPみたいなマネして。
もっと早くそれを言ってくれれば、僕は安心できたのに。
菊池さんは「あのな」と言って、僕と同じように川を見つめた。
「それ言うたら、毎日高崎君が会いに来てくれへんようになるから。」
「え?」
「柴田君が復讐に来るかもしれへんから、いっつも会いに来てくれた。
それが嬉しくて、ずっと黙ってたんや。」
「そうなん?」
僕は驚き、「そんなん関係なくても、毎日会いに行くのに」と言った。
でも菊池さんは「そうじゃなくて」と僕を見つめた。
「高崎君が、毎日私を守る為に会いに来てくれるのが嬉しかったから。」
「え、ああ・・・、」
「でもな、由香子の事件の時に、高崎君が好きって言ってくれて、私も好きって言って、それでキスまでして。」
「ああ、あの時はごめん。なんか舞い上がってて・・・・、」
「ビックリしたけどな、でも嬉しかった。
だからな、もう柴田君のこと言うてもええかなって思って。」
「・・・・・・・・。」
「黙っててごめんなさい。」
すごく申し訳なさそうな顔で、ぺこっと頭を下げる。
僕は菊池さんの頭を見つめながら、《菊池さんって、つむじが左巻きなんやな》なんて、全然関係のないことを考えていた。
肩までの髪が下に揺れて、僕はその髪に手を伸ばした。
そっと触ると、細くて柔らかい感触が伝わってきた。
柴田が謝るとか、イジメられてた事とか、今となってはどうでもよかった。
ただ目の前に菊池さんがいて、柔らかいキスの感触とか、抱きしめた時の温ったかさとか、それに一緒に話したりとか、もうそれがあればよかった。
菊池さんはまだ頭を下げていて、僕はまだ髪を触り続ける。
そして髪から手を離して、手を握った。
「怒ってなんかないで。だから謝ったりせんといて。」
「でもお婆ちゃんが、嘘ついたりした時は、ちゃんと謝りなさいって。」
「別に嘘ちゃうやん。喋らへんのは嘘とは違うから。
それにな、僕も毎日菊池さんに会いに行けてよかった。
柴田から守らなって、そう思って、強くなりたいと思ったし。
だからな、全然悪いことちゃうで。謝らんでええねん。」
「うん・・・・。」
菊池さんは顔を上げる。
まだ申し訳なさそうにしていて、ちょっとだけメトロノームが入る。
僕は握った手を引いて、菊池さんとくっ付いた。
「ずっと一緒におろな。」
「うん。」
「みんなの所に戻ろか。」
「うん。」
「そんで帰ってゲームしよか。」
「またマリオやって。」
「一緒にやろ。」
「高崎君がやってるの見てるのが楽しい。」
菊池さんの手を引きながら、来た道を戻って行く。
花でいっぱいの畦道は、この世じゃないみたいに思える。
天国か楽園みたいで、菊池さんと手を繋いだまま、ずっと歩いていかった。
ちょっと強く握ると、菊池さんもちょっと強く握り返してくる。
柔らかくて、温ったかくて、もっとくっ付きたくて、身体を寄せた。
菊池さんは少しだけ揺れて、小さなリズムを刻む。
春が鳴くように、ゆるい風が吹いた。
                
           -完-

春の鳴き声 第十四話 春の鳴き声(2)

  • 2017.01.13 Friday
  • 15:22

JUGEMテーマ:自作小説

三月の終わりごろ、桜が蕾を付け始めた。
ぽつぽつと赤い丸が、少し離れた場所からでもよく見えた。
近所の公園に並んでいる桜の木は、春を待ち遠しくしているみたいだ。
僕はちょっとの間、それを眺めていた。
すると井口が「シュウちゃん」と言った。
「早よ行くで。」
「うん。」
ペダルを漕ぎ、井口を追いかける。
「あんまり一人でボーっとしとったらあかんで。どっから柴田が狙ってくるか分からへんのやから。」
「そうやけど、でも早よ桜咲いてほしいなあって思って。」
「柴田が引っ越すまで、油断は禁物やで。」
「分かってるよ。」
「まあなんかあったら、俺がシュウちゃんを守るけどな。俺はシュウちゃんの守り神やから。」
「だからってさ、なんで毎日スーツなん?」
「大人に見せてた方が威圧感あるやん。」
「いや、柴田はお前のこと知ってるし・・・・。」
僕らは並んで走る。
常に辺りを警戒しながら、まるでシークレットサービスのように。
五分くらい自転車を漕いで、菊池さんの家の近くにやって来る。
僕たちは自転車を降りて、さらに周りを警戒した。
「ここからは歩きや。シュウちゃん気いつけや。」
「分かってるって。でも自転車でよくない?いっつも歩く意味ってなんなん?」
「尾行されとるかもしれんからや。」
「それやったら自転車の方が撒けるやん。」
「でも警戒力は落ちるねん。歩きの方が、即座に対処できるから。」
井口はサングラスを取り出す。
それを掛けると、中学生って言っても絶対に信じてもらえないほど厳つくなった。
「それ目立つからやめへん?」
「いいや、ボディガードってのは威圧感がいるんや。
あえて目立って、『なんじゃコラ』って雰囲気出すんやで。
そうすることで、敵を近づけんようにしとるんや。」
「まあ確かにその恰好やったら、誰も近づいて来おへんやろな。」
「ボディガードの基本は、敵を遠ざけることや。
敵と戦闘になるのは二流のすることなんやで。」
偉そうなことを言いながら、今度はインカムを取り出した。
周りを睨みながら、誰かと話すフリをしている。
「また小道具増えてるし。それなんなん?」
「こうやって仲間と連絡するフリをして、他にもボディガードがおるんやってことをアピールしてんねん。」
「いや、僕らしかおらへんやん。」
「だからフリしてんねん。これを見た敵は、他にも仲間がおるんやって思うやろ?」
「そうなんかなあ・・・・。」
井口は本物のSPになったつもりらしい。
僕が先を歩こうとすると、「離れたらあかん!」と言った。
「傍におらんとアカンで。」
「いや、僕を守ってどうすんねん。僕らは菊池さんのボディガードなんやで。」
「俺にとっては、シュウちゃんが最優先保護やから。」
「だから僕守ってどうすんねん。菊池さんやって言うてるやん。」
「もちろん菊池さんも守るで。シュウちゃんの好きな女の子なんやから。
でもどっちかが撃たれそうになったら、俺はシュウちゃんを守る。」
「撃たれるってなんやねん。いくら柴田でもそこまでしてこおへんわ。」
「油断大敵やで。俺に任せとき。」
インカムを摘まんで、辺りを睨み付ける井口。
はっきり言ってウザいけど、でもこいつがいるのは心強い。
やってることは馬鹿だけど、戦えば強いのは間違いなから。
僕たちは菊池さんの家まで来て、周りを警戒した。
「柴田はおらんな。」
「おらん。おったら俺がシバく。」
井口は門の前に立って、衛兵みたいに立ちはだかる。
僕はピンポンを押して、「高崎です」と言った。
すぐに菊池さんのお母さんが出て来て、「どうぞ」と言った。
「お邪魔します。」
「毎日来てくれてありがとうね。」
「いえ、こっちこそ邪魔じゃないですか?」
「全然。真紀も由香子も喜ぶから。」
そう言ってもらえて、僕はすごく嬉しい。
ちょっと照れながら、「お邪魔します」と上がった。
後から井口も入ってきて「押忍!」と言った。
菊池さんのお母さんは、笑いながら「今日もスーツなんやね」と言った。
「押忍!」
「どうぞ上がって。」
「押忍!」
こんな馬鹿な奴なのに、井口はなぜかウケがいい。
菊池さんのお母さんにも、それに由香子ちゃんにも。
井口の押忍!を聞きつけて、二階から由香子ちゃんが降りてきた。
「押忍!」
「押忍!」
二人とも手をクロスさせて、ぺこっと頭を下げる。
「あのな、由香子な、さっき怖いゲームやってな、それでな、女の人じゃなくて、男の人が叫んで、すごい怖くてな・・・・、」
由香子ちゃんは井口の手を引っ張って、二階へ連れて行く。
僕も後に続いて、菊池さんの部屋にやって来た。
「来たで。」
そう言って手を上げると、菊池さんははにかんだ。
「ボディガードの参上や。今日も守りに来たで。」
「うん。」
僕は菊池さんの横に座って、「マリオやってたん?」と尋ねた。
「ここクリア出来へんねん。」
「珍しいな、菊池さんが手こずるなんて。」
「この面だけ苦手やから。」
「ほなちょっと僕にもやらして。」
菊池さんの雪辱を果たすべく、コントローラーを受け取る。
僕がプレイしているのを、「ああ、なるほど」と見つめていた。
すごく近くに座っているので、肩がくっ付く。
僕は菊池さんの苦手な所をクリアして、「はい」と渡した。
「高崎君やって。」
「自分でやらんの?」
「高崎君がやってるとこ見るのが面白い。」
「ほな最後までやってまうで。」
アクションゲームは苦手じゃないので、それなりにカッコいいところを見せられる。
菊池さんは「すごい」とか「そこそうなんや」とか、感心してくれた。
「ほな菊池さんも。」
「うん。」
コントローラーを返すと、「一緒にやろ」ともう一個のコントローラーを渡してきた。
僕たちはいつものようにゲームを楽しむ。
春休みが始まってから、毎日のように。
でも本当の目的はゲームじゃない。
柴田の魔の手から、菊池さんを守る為だ。
幸いなことに、今のところは柴田は現れていない。
でも油断はできないから、アイツが引っ越すまでは毎日来るつもりだった。
「菊池さん。」
「なに?」
「僕が守るからな。」
「ありがとう。」
ここへ来るたびに、同じことを言っている。
でも菊池さんはいつも「ありがとう」と笑ってくれた。
柴田のせいでお花見は行けないかもしれないけど、でもこうして毎日菊池さんに笑ってもらえるなら、僕は満足だ。
後ろから「押忍!」とか「せや!」と聞こえて、僕は「ちょっと静かにせいや」と振り返った。
「ゲームに集中できへんやん。」
「俺は師範やで。」
「は?」
「弟子に空手を教えてるんや。押忍!」
「押忍!」
由香子ちゃんもマネをする。
井口から空手の型を教えてもらい、ぎこちない動きでやっていた。
どう見てもタコ踊りなんだけど、顔は真面目だ。
「そこそうとちゃう。もっと腰落とすねん。」
「腰落とすってなに?」
「こうや。足開いて、ドシンと構えるんや!」
「押忍!」
「開きすぎや、コケてまうで。」
「もうコケた。」
短いスカートで、恥ずかしげもなく足を広げて転んでいる。
井口は腕を組み「うむ」と見つめていた。
「おいコラ。そこのエロおやじ。」
「誰がエロおやじやねん。」
「お前それが目的でやってるんやろ。」
「水玉や。」
「見たら分かる。」
「俺はストライプの方が好きや。」
「変態やなお前。」
僕は「由香子ちゃん」と言った。
「危ないおっさんがおるから、ズボンに変えた方がええで。」
「危ないおっさんって誰?」
「そこのスーツ着てる人。ずっと由香子ちゃんのパンツ見てるから。」
「パンツ〜(笑)」
「な?」
「何が『な?』やねん。」
「これも修行のウチや。」
「アホかお前は。」
由香子ちゃんは「パンツ(笑)パンツ(笑)」と叫んで、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
ふわふわっとスカートがめくれて、井口は「うむ」と頷いていた。
「どや、シュウちゃんも嬉しいやろ。」
「いいや、全然。」
「なんでえな?」
「だって僕は・・・・、」
僕は菊池さんを見る。
食い入るように身を乗り出して、マリオを操作していた。
「もうベタ惚れやな。」
「うるさいな。ええやろ。」
「もうキスしてまえや。」
「それは・・・・、」
それはしたいけど、でもちゃんと告白してからだ。
そしてちゃんと付き合って、それからデートして、その時に・・・・、
そんな事を考えてると、菊池さんのお母さんがやってきた。
「これ、おやつ置いとくから。」
「ありがとうございます。」
「それとちょっと出掛けてくるから、誰か来ても出んでええからね。電話もほっといてええから。」
「あ、はい。」
ジュースとお菓子を置いて、お母さんは出ていく。
すると由香子ちゃんが「私も行く!」と言った。
「由香子も行くん?」
「行く!」
「ここでみんなと遊んどきいな。スーパーに行くだけやから。」
「スーパー行く!」
由香子ちゃんはスカートを掴んで、パタパタしながら飛び跳ねた。
「こら、はしたないことしない。」
「パンツ〜(笑)」
「ええからやめなさい。」
お母さんは由香子ちゃんの手を掴んで「ほなこの子も連れて行くから」と言った。
「ちょっとだけお留守番お願いね。」
「あ、はい。大丈夫です。」
由香子ちゃんは「パンツ〜!」と叫びながら、お母さんと一緒に出て行った。
「はあ、弟子が行ってしもた。」
「エロ師範もゲームやれや。」
「誰がエロ師範やねん。」
由香子ちゃんが帰って来るまで、僕らは三人でゲームをやった。
途中でゲームを替えて、格ゲーをする。
そうなると菊池さんの独壇場だ。
ていうか無双する。
僕も井口も歯が立たない。
井口は悔しそうにしてるけど、菊池さんが楽しいならそれでいい。
そうやってしばらくゲームをしていると、家の電話が鳴った。
菊池さんのお母さんは、電話が鳴っても出なくていいって言っていた。
なのになぜか井口は「電話かいな」と立ち上がった。
僕は「ほっとけ」と言った。
「出んでええって菊池さんのお母さんが言うてたやん。」
「でも落ち着かんやん。」
「下手に出たってしゃあないやん。大事な電話とかやったら、僕らが出ても迷惑なだけやで。」
「大事な電話やったら、なおのこと出なあかんやろ。」
「大事な電話やったら、菊池さんのお母さんのケータイに行くやろ。」
「そやな。まあ出てみたらハッキリするわ。」
「いや、やめとけって。」
僕らが揉めてる間に、電話は切れてしまった。
「あらあ、切れてもた。」
「ええねんて、他所の家の電話に出てもしゃあないんやから。」
僕らはまたゲームを始める。
すると今度は菊池さんのスマホが鳴った。
「鳴ってるで。」
「うん。」
「出んでええの?」
「・・・・・・・・。」
「ゲームに夢中やな。」
菊池さんの電話はしばらくなり続ける。
でもまったく出ようとしなかった。
「ええの?」
「高崎君がここにおるから。」
「え?」
「高崎君の電話じゃなかったら、出えへんって決めてるから。」
「そうなん?」
「私な、ほんまは電話嫌いやねん。」
「あ、え・・・・そうやったん。ごめん、僕そんなん知らんとスマホ買ってもらえって言うてもて・・・、」
「ええの。だって高崎君やったら、嫌じゃないから。」
「・・・・・・・・。」
僕の顔は、きっと赤くなっている。
すごい嬉しくて、じっと菊池さんを見つめた。
後ろから井口がつついてきて、「もうここで告れや」と言った。
「おい!菊池さんの前で・・・・・、」
「だって結果は目に見えてるやん。引っ張る意味なんかないで。」
「そ、そうかな・・・・。」
「なんなら俺出て行こか?」
「え?帰るん?」
「違うがな。家の外におるだけや。」
「あ、ああ・・・・そうやな。ええっと、どないしよ・・・・。」
井口と二人、ヒソヒソ話す。
僕は菊池さんを振り返って、ドキドキが加速していくのを感じた。
《あかん・・・なんかもう伝えたい。今ここで好きやって・・・・。》
僕は菊池さんが好きで、それで多分菊池さんも僕のことを嫌いじゃないと思う。
思うけど、でもいざ告白となったら勇気がいる。
ドキドキがバクバクに変わって、「ヤバイ・・・」と深呼吸した。
「ほなシュウちゃん、俺外におるから。」
「え、あ・・・・マジでやるん?」
「だって引っ張る意味ないって。」
「そ、そうなんかな・・・・・。」
「ほな俺は外おるから、なんかあったら呼んで。」
井口はニヤニヤしながら、バシンと背中を叩いた。
そして部屋から出て行って、僕と菊池さんだけになる。
「あ、あの・・・・井口トイレやって。」
「うん。」
「えっと・・・・ゲームしよか。」
「うん。」
画面を見つめながら、チラチラ菊池さんを振り返る。
もう心臓がヤバイことになっていて、心拍数を計ったら、針は振り切れるだろう。
でも井口の言う通り、引っ張っても意味のないことかもしれない。
僕は菊池さんが好きで、今すぐに好きだって言いたくて仕方ないから。
でもそれを止めるかのように、すごい緊張もある。
《ここは勇気を出さんとあかんとこや。
だって僕は菊池さんを守れる男になりたいんやから、こんなんでビビってたらアカンねん。》
コントローラーを置いて、じっと菊池さんを見る。
僕がゲームを中断したから、菊池さんは不思議そうに僕を見つめた。
目と目が合って、緊張の方が勝ちそうになる。
だけど負けちゃダメだ!
「あ、あの・・・・僕な・・・・、」
「うん。」
「その・・・・けっこう前からな、菊池さんに言いたいことがあって・・・・、」
「うん。」
「僕な、その・・・・菊池さんのことがな・・・・、」
そこまで言いかけた時、誰かが部屋に駆け込んできた。
「おい!由香子ちゃんがおらんようになった!」
井口が大慌てで叫ぶ。
僕は「え?」と固まった。
「さっきお母さんと買い物に行って、そんでスーパーでちょっと目え離したらおらんようになってたんやって!」
「マジで?」
「すぐ捜したらしいけど、近くにはおらんかったって。だから家に帰って来てんちゃうかって、さっきおばちゃんが戻ってきたんや。」
「それヤバイやん。」
僕も立ち上がって、「警察に言わな」と言った。
「今おばちゃんが電話しとる。」
「警察に?」
「いや、おっちゃんに。」
「ああ、そうか・・・・。ほな・・・僕らはどうしたらええんやろ?」
「捜すしかないやろ。だって由香子ちゃん普通とちゃうから、早よ見つけんと心配やぞ。」
「分かっとる。」
「あの子可愛いからなあ・・・・変なロリコンとかに目え付けられてなかったらええけど。」
井口は慌てて部屋を出る。
そして外から、「シュウちゃん!早よ!」と叫んだ。
「すぐ行く!」
僕は菊池さんを振り返り、「僕らも捜してくるわ」と言った。
すると菊池さんは、スマホを見つめてこう呟いた。
「さっきお母さんからやった。」
「ああ、それで電話掛けてきたんやな。」
「出ればよかった。」
落ち込んだように言うので、「菊池さんは悪うないよ」と慰めた。
「誰だってこんな電話って思わへんのやから。」
「・・・・・・・・・。」
「とりあえず由香子ちゃん捜してくるわ。もし見つけたら電話するから。」
そう言って出て行こうとすると「私も行く」と立ち上がった。
「いや、菊池さんはここにおった方がええよ。」
「でも私は由香子のお姉ちゃんやから。」
「いや、でもお母さんが心配するんと違うか?」
「お婆ちゃんがな、由香子を可愛がったりよって言うてたから。だから私も行く。」
「でも菊池さんは危ないって。柴田が狙っとるかもしれんから、家におった方が・・・・、」
そう言いかけて、僕はもしやと思った。
「柴田の奴、まさか由香子ちゃんを狙ったんか・・・・。」
陰湿なアイツならあり得る。
僕と菊池さんが仲が良いって知ってるとしたら、由香子ちゃんのことだって知ってるかもしれない。
だったら僕らじゃなくて、一番弱い由香子ちゃんを狙って、復讐しようとしてるのかも。
「そうやったらまずいな。マジですぐ見つけんと・・・・、」
外から「シュウちゃん早よ!」と井口が叫ぶ。
僕は少し迷ってから、「菊池さん」と言った。
「一緒に行ってもええけど、僕の傍から離れんといてよ。」
「分かった。」
「ほな行こ。」
菊池さんの手を握って、一緒に駆けだす。
菊池さんのお母さんはまだ電話していて、泣きそうな顔をしていた。
顔面蒼白って、こういう顔を言うんだろう。
後ろを通り過ぎる時、「僕らも捜してきます!」と言った。
「え!あ・・・・、」
「なんか分かったら、すぐ電話します!」
「え、ちょっと・・・真紀も一緒に・・・・、」
「僕と井口がおるから大丈夫です。」
そう答えると、菊池さんも「由香子は妹やから」と言った。
「ちょ、ちょっと待って!今お父さんと話してるから・・・・、」
菊池さんのお母さんは、僕らと電話を交互に見つめながら、あたふたしていた。
「井口!」
「遅いぞ!」
「すまん。」
僕らは自転車を置いてる所まで走る。
そしてすぐに跨って、「菊池さん、乗って!」と言った。
「うん。」
「待てシュウちゃん、俺の後ろに乗せろ。」
「いや、菊池さんは僕が守るから・・・・、」
「んなこと言うてる場合か。俺の方が漕ぐの速いんやから。」
「でも・・・・、」
「心配すんな、なんかあったら身体張っても守るから。」
「わ、分かった。ほな菊池さん、井口の後ろに。」
「うん。」
菊池さんはぎこちなく後ろに乗る。
「まずはスーパーから行ってみるか?」
井口が言うと、菊池さんが「そっちの坂からの方が近い」と言った。
「ほな飛ばすで、しっかり捕まっときや。」
「うん。」
菊池さんはギュッと井口に抱き付く。
僕はちょっと嫉妬したけど、今はそんな場合じゃない。
だって柴田が由香子ちゃんを狙ってるかもしれないんだから。
《もしあの子になんかあったら、菊池さんだって悲しむ。絶対見つけな。》
立ち漕ぎで走り出して、ギアを上げる。
一気にトップスピードまでもっていって、井口に負けない速さで飛ばした。
菊池さんはすごく不安そうな顔をしている。
井口の後ろで、ゆらゆらとメトロノームになっていた。

春の鳴き声 第十三話 春の鳴き声(1)

  • 2017.01.12 Thursday
  • 14:04

JUGEMテーマ:自作小説
今日で中学二年生が終わる。
春休み前の終業式、生徒みんなが体育館に集まって、校長の退屈な話を聞いていた。
昨日はゲームのし過ぎで、夜遅くまで起きていた。
何度もあくびをしていると、近くにいた先生から注意されてしまった。
頭がボーっとして、早く家に帰って眠りたい・・・・。
どうにか退屈な時間を乗り越えて、終業式から解放された。
教室に戻り、担任が春休みの間の注意事項を話す。
しっかし勉強すること、家に籠ってないで外で身体を動かすこと、興味本位で酒やタバコをやらないこと。
隣街の商店街は、夜になるとガラの悪い連中がいるから、行かないようにすること。
最近はこの辺でも怪しげな薬を売る輩がいるので、怪しい人物には近づかないこと。
もし何かあったら、すぐ親や学校に言うこと。
長ったらしい注意が続いて、またあくびが出そうになる。
だけど最後の話で、眠気が吹き飛んだ。
「ええっと・・・柴田やけど、別の中学へ転校することになった。
ちょっと家の事情で、引っ越さなアカンようになったんや。」
出かかっていたあくびが止まる。
《柴田が転校?なんで?》
今日、柴田は学校に来ていない。
でもアイツが来ないことはよくある。
しょっちゅう学校をサボっていて、特に体育祭とか合唱祭とか、そういうイベントの時はまず来ない。
多分面倒臭いんだろう。
だから今日来なかったのだって、終業式が面倒臭いんだろうと思っていた。
でもまさか転校なんて。
井口にシバかれて、復讐に来て、でもその後に仲間のヤンキーにシバかれて。
それからアイツは大人しくなった。
僕をイジメることはなくなったし、取り巻きの連中も離れていった。
いっつも一人でいて、退屈そうにしていた。
《転校するのって、やっぱりそれが原因なんかな。
菊池さんみたいに、アイツも居場所がなくなってもたから。》
僕は柴田の転校の理由について考える。
でもいくら考えても分からなくて、だんだんと飽きてきた。
《まあどうでもええか、柴田のことなんて。》
眠気が蘇って、ふわっとあくびが出る。
そらからしばらく担任の話が続いた。
まあお説教に近いような、どうでもいい話だ。
やがてホームルームが終わり、委員長が号令を掛ける。
帰りの挨拶が終わって、みんなガヤガヤと話し始めた。
本日現時刻をもって、僕の中学二年生時代は幕を閉じた。
次に学校へ来る時は三年生。
受験が待っている嫌な年だ。
だけど僕には新しい友達がいる。
菊池さんだ。
星風に行ってから、僕たちはさらに仲良くなった。
一緒にゲームをしている時、さりげなく手を握ったりしている。
この前なんか、竹屋のカレーを食べに行った帰りに、ちょっとデートっぽいこともした。
初詣の時の神社へ行って、お願い事をしたんだ。
パンパンと手を叩いて、《これからも菊池さんと仲良く出来ますように》とお願いした。
お願いが終わってから、僕は菊池さんに尋ねた。
『なんてお願いしたん?』
そうすると、菊池さんはこう答えた。
『高崎君と、ずっと仲良く出来ますようにって。』
それを聞いた時、僕は飛び上がるほど嬉しかった。
『僕も同じことお願いした。これからも菊池さんと仲良く出来ますようにって。』
すごく嬉しくて、声が上ずってしまった。
神社からの帰り道、僕はそっと菊池さんの手を握った。
僕の手より小さくて、柔らかくて、握っているだけでドキドキした。
部屋の中で握っている時よりも、外で握っている時の方がドキドキする。
ちょっと力を入れて握ると、菊池さんもちょっと力を入れて握り返してきた。
《これ、もうデートやんな。》
嬉しくて、恥ずかしくて、でも嬉しくて。
興奮して、次から次へと言葉が出て来て、なんだか僕だけ喋ってしまった。
帰り道、コンビニ寄ってパピコを買った。
二つに割って、近くの公園で一緒に食べた。
何人か子供がいて、滑り台を登って遊んでいた。
それを見つめながら、僕らは色んな話をした。
ゲームのこととか、学校のこととか、進学のこととか。
それにキティちゃんのことも話したし(これは菊池さんの独演会状態だったけど)、由香子ちゃんのこととか。
あとは井口のことも。
アイツは変わっている男なので、いくらでもネタがある。
菊池さんは可笑しそうに笑っていた。
そして春休みになったら、何をしようかって話になった。
ゲームばかりじゃ飽きるから、どこかへ出掛けようってことになった。
やっぱり春といえば花見だ。
だから僕は、三つ葉の里へ行く途中にある、あの池でお花見をしようって提案した。
僕と菊池さんと、井口と由香子ちゃんの四人で。
菊池さんは『行きたい』と言って、嬉しそうに笑った。
パピコを食べて、ゴミ箱に捨てて、僕は菊池さんを家まで送った。
並んで歩きながら、また色んなことを話した。
僕が手を出すと、同時に菊池さんも手を出してきて、指がぶつかった。
僕らはまた手を繋いだ。
家まで送り、『じゃあまた明日』と手を振った。
菊池さんも手を振って、家から由香子ちゃんも出て来て手を振った。
僕はすごく幸せだった。
家までの帰り道、ガラにもなく鼻歌を歌ったりした。
僕は菊池さんが好きだ。
もっと一緒にいたいし、友達以上の関係になりたい。
だから密かに決めていた。
あの池にお花見に行って、その時に告白しようと。
『菊池さんが好きです。僕と付き合って下さい』って。
今からドキドキして、ウキウキしていた。
でももし断られたらどうしよう・・・・。
友達のままがいって言われたら、僕はけっこうへこむだろう。
色んなことをムンムン考えながら、教室を出て行く。
すると「おい」と呼び止められた。
振り向くと、柴田の取り巻きだった中田がいた。
「お前気いつけた方がええぞ。」
「え?」
「柴田のことや。」
意味が分からなくて、「何を?」と聞き返した。
「アイツが転校する理由知っとるか?」
「いや、分からんけど・・・・。」
「アイツな、人を刺しよったんや。」
「は?」
「ほら、アイツ高校生のヤンキー連れて、お前に復讐に行ったやろ。」
「うん・・・・。」
「そんでその時、自分だけ逃げたからボコられたやん?」
「うん・・・。」
「あの後な、アイツはパシリさせられとってん。」
「パシリ?」
「自分から復讐を頼んだクセに、自分だけ逃げよったからな。
ヤンキーどもが怒って、柴田をボコったんや。でもそれで終わりじゃなくて、ごっつうイジメみたいに遭ったらしいで。」
「イジメ・・・・。」
「まあイジメ言うても、俺らがお前にやっとったみたいなんとちゃうくてな。
なんかある度にパシリにされて、そんでヤバイ薬とか売らされてたらしい。」
「ヤバイ薬って・・・麻薬とか?」
「いや、脱法の薬。あのヤンキーどもな、ちょっとヤバイ人らとも関わりがあるんやって。」
「ヤクザとか?」
「ヤクザじゃないねん。だから余計に性質が悪いねん。」
「どういうこと?」
「ヤクザやったら、子供使ってそんなんしてる時点でソッコー捕まるから。
でもそうじゃなくて、族上がりのけっこうヤバイ人とかおんねん。」
「その人らの方が性質悪いん?」
「だってヤクザは暴対法ってのがあるやん。知らん?」
「うん・・・・。」
「そういう法律があるから、ヤクザってあんまり悪いこと出来へんねん。
でも族上がりのヤバイ人らって、ヤクザとは違うから、けっこう好きなことしよんねん。
だから性質悪いっていうか、マジで危ない奴らやってこと。」
「そうなんや・・・・。」
僕の知らない世界、知らないこと。
なんでコイツがそういうのに詳しいのか分からないけど、でも僕はちょっと怖くなってきた。
「だから柴田を使って、中学生とか小学生とかにも売ろうとしてたらしいで。」
「小学生とかに!」
「そんでな、そんな事してたら、いつかヤバイことになるやん。」
「そらそうやろ。」
「だからそうなる前に、柴田は逃げることにしたんや。
でもただ逃げるんじゃなくて、ヤンキーの一人を刺したんやって。」
「刺すって・・・ナイフとかで?」
「いや、カッターって聞いたけど。」
「・・・・・・・・・。」
「でもカッターって折れやすいやん。だから刺した時に折れて、そんな深くは刺さらんかったらしいけど。」
「ほな・・・それでどうなったん?警察に捕まったん?」
「いや、警察は入ってない。
だって刺された方だって、薬とかサバいてたわけやからな。
そんなんバレたら面倒臭いことになるやん。
まあ脱法やから捕まることはないんやろうけどさ。
でも叩いたら埃なんかなんぼでも出る連中やから、警察はないねん。」
「そうなんや・・・・。」
「そんで刺したあと、柴田はソッコーで逃げた。
それからヤンキーどもに粘着されるようになって、ここにおったら危ないってことになったんや。
だから転校すんの。」
「マジか・・・・。」
僕の顔は引きつっていたと思う。
弱い奴しか狙えない、しょうもない奴だと思ってたのに、まさかそんなに怖い連中と関わりがあったなんて。
そう思うと、井口に頼んでシバいておらったことが、すごく怖くなってきた。
もしあの時だってカッターとかナイフとかを持ってたら、ヤバいことになってたのは井口の方かもしれないんだから。
「だから気いつけえよ。」
中田が心配そうに言う。
「アイツな、お前らのことごっつ恨んでんねん。」
「お前らって・・・僕と井口?」
「それしかおらんやん。俺がヤバイことになったんは、アイツらのせいやって言うてたから。」
「ほなまた復讐に来るかもってことか?」
「そうなるかもしれへん。俺もアイツとはほとんど直に会ってないからな。
でもたまに連絡が来るから、そんでこの話を聞いたってことや。」
「・・・・・・・・。」
「アイツが引っ越すのは来月の頭や。それまでなるべく家から出ん方がええで。
あのマッチョなダチにもそう言うときや。」
「分かった・・・・。」
さっきまでのウキウキ気分はどこへやら。
一瞬で暗闇の中に叩き落とされた気分だった。
《せっかく楽しい春休みになると思ったのに・・・・。》
柴田が引っ越すのは、来月の頭。
ということは、みんなでお花見だって無理かもしれない。
それに井口だって危ないかもしれないわけだから、こんなの楽しんでられる状況じゃなかった。
頭に重りを乗せられたみたいに、顔を上げられなくなる。
その時「なあ」と中田が言った。
「イジメて悪かったな。」
「え?」
「アイツがおらんようになって、ちょっと目え覚めたっていうか。」
「・・・・・・・・。」
「俺ら楽しんでイジメやってたと思う。
でも柴田がおらんようになって、なんかな・・・・お前らに悪いことしたなって思って。」
「うん・・・・。」
「アイツな、ちょっとヤバイとこがあんねん。
だから最初はキレさせたらヤバイって思って合わせてたんやけど、いつの間にかアイツとおんなじ性格になってもて。
まあ俺らも元々ガラのええ方ちゃうけどさ。」
「・・・・・・・・。」
「だから悪かったな。イジメて。」
「うん・・・・。」
まだ怒ってないと言えば嘘になる。
だけど中田だって、ある意味僕と同じように柴田に怯えてたんだろうと思った。
そう思うと、別にコイツに腹は立たなかった。
「お前さ、最近菊池とも仲がええんやろ?」
そう言われて「なんで知ってんの!?」と驚いた。
「初詣の時におったやん。」
「自分らも来てたん?」
「ここら辺で初詣って言うたら、あの神社しかないやん。」
「まあそうやけど・・・・。」
「それに竹屋にもチョイチョイ一緒に行ってるんやろ?」
「それも知ってんの!?」
「あんな近くの店行って、バレへん方がおかしいやろ。他の奴もよう行くわけやし。」
「ああ、そうか・・・・・。」
言われて納得。
でもコイツらに菊池さんとのことがバレたのは、なんか嫌な気分だった。
だって好きな人とのことって、嫌いな奴には知られたくないから。
なんかこう・・・・汚された気分になる。
「みんなあえて触れへんだけで、他の奴もけっこう知ってるで。」
「マジか・・・・。」
「まあそんなんはどうでもええねん。俺が言いたいんは、菊池にも謝っといてってこと。」
「ああ、うん。」
「アイツにもけっこうキツイことしたからな。悪かったって言うといて。」
「分かった。」
「ほなまああれや、柴田のことだけ気いつけろよ。」
「うん。」
中田は仲間の所に戻って行く。
僕はなんとも言えない気分になって、急いで学校を出た。
家に帰ると、すぐに井口に電話した。
でもアイツは出なくて、だからLINEを打った。
《柴田が俺らのこと復讐に来るかもしれん。
取り巻きの奴が言うとってんやけど、アイツけっこうヤバイかも。》
そう送ってから、今度は菊池さんに電話した。
こっちはすぐに出て《もしもし?》と聞き慣れた声がした。
菊池さんの声を聴いた瞬間、ちょっとだけ落ち着いた。
「もしもし?あのな、ちょっと話があるんやけど。」
《うん。》
「僕らのことイジメてた奴らおるやん。」
《うん。》
「あいつらの中で、中田っておったやろ。ちょっと髪染めてる。」
《うん。》
「今日な、終業式が終わった後に、アイツに言われたんや。
イジメて悪かったって。だからごめんって。」
《うん。》
「そんでな、菊池さんにも悪かったって。謝っといてって言われた。」
《うん。》
「あいつらもな、柴田のこと怖がってたんや。
そんでアイツに合わせるウチに、イジメとかするようになってもたんや。
だから今日謝ってきた。悪かったって。」
《うん。》
菊池さんは淡々としている。
怒るでもなく、喜ぶでもなく、いつもと変わりがない。
ということは、もう柴田たちのことはどうでもいいんだろう。
アイツらが謝ろうと謝るまいと、菊池さんにとっては過去のことなんだ。
「それを言いたくて電話したんや。」
《うん。》
「ああ、それとな・・・・こっから先はちょっと話が長くなるんやけど、ええかな?」
《うん。》
「ほな話すで。これは中田が言うてたんやけど、柴田って人を刺したみたいでな。」
《え?》
さすがにこれには驚いていた。
だって人を刺すなんて、ニュースでしか聞かない言葉だから。
きっと菊池さんは激しく揺れていると思う。
動揺して、石のメトロノームになってるはずだ。
だけどこれは言わないわけにはいかない。
なぜなら場合によっては、菊池さんにだって危険が及ぶかもしれないんだから。
あの陰湿な柴田のことだから、僕と井口だけじゃなくて、菊池さんにだって手を出すかもしれない。
だって僕と菊池さんが仲が良いってことが、中田にもバレてたんだから。
ということは、柴田にだってバレてる可能性がある。
そうなれば、わざと菊池さんを傷つけて、僕に復讐しようとするかもしれない。
考えすぎかもしれないけど、でもあり得ないとは言えない。
僕が思っていたよりも、ずっと危ない奴なんだから。
中田から聞いた話を、菊池さんに説明していく。
話している間、菊池さんはずっと黙っていた。
何かが擦れる音が聞こえるから、激しく揺れてるんだろう。
それとコトコト物音も聴こえるから、落ち着かなくなって、周りの物をいじってるんだろう。
石みたいになった菊池さんの顔が、簡単に想像できた。
柴田が転校すること、いかに危ない奴かってこと、そして復讐に来るかもしれないこと。
引っ越すのは来月の頭だから、それまではなるべく家から出ないようにすること。
菊池さんは物音を立てながら、小さな声で《うん》と頷いた。
僕は「また連絡するから」と言って、電話を切った。
ふうっと息をついて、冷蔵庫からジュースを持って来る。
それをチビチビ飲みながら、もし本当に復讐に来たらどうしようと、堪らなく不安だった。
《やっぱ大人にも言うた方がええか?いや、でもなあ・・・・言うたところで、大人なんかアテにならんし。》
大人がしっかりしているなら、僕も菊池さんもイジメられることはなかった。
由香子ちゃんがエッチなことをされることもなかったし、菊池さんが三つ葉の里へ行けなくなることだってなかった。
悪い薬を作るのも大人だし、そもそも悪いことで捕まる奴のほとんどが大人だ。
大人は子供を守るどころか、苦しめてる。
だったらやっぱり、大人なんてアテに出来ない。
警察に行ったって何もしてくれないだろうし、親や先生に言ったところで役に立たない。
だったら僕がしっかりしていないと。
もし・・・もしも柴田が菊池さんに復讐して、菊池さんが酷い目に遭ったとしても、大人はなぜか柴田を庇うだろう。
優しい子や良い子よりも、悪い子の方を庇うのが大人だ。
だから僕が菊池さんを守らないと。
僕が狙われるのは怖いし、井口だって狙われてほしくない。
でもそれ以上に、菊池さんが狙われてほしくなかった。
だからどんな事があっても、僕が菊池さんを守る。
男女平等とか言うけど、僕は好きな子を守れる男でありたい。
今まではそんなこと考えもしなかったけど、でも菊池さんと仲良くなってから、僕は強くなりたいって思ったんだ。
これからもずっと、菊池さんと仲良くしたいから。
ブブっとスマホが震えて、LINEが届く。
それは井口からで、すぐ僕の家まで来るって書いてあった。
怖いし、不安だし、復讐なんて絶対に起きてほしくないと思う。
だけどもし何かあったら、僕は戦う。
弱っちいけど、でも戦う。
スマホを握る手が、興奮と不安でべっとりしていた。

春の鳴き声 第十二話 居場所を求めて(2)

  • 2017.01.11 Wednesday
  • 14:27

JUGEMテーマ:自作小説

ヤクザみたいなおじさんが、ニコニコ笑っている。
明らかに場違いな感じの人だけど、この人は星風のサポートメンバーの一人だ。
いつもは他のグループを支援していて、たまにこっちを手伝いに来るらしい。
名前は山田。
本名かどうかは分からない。
でも短い自己紹介の時に、「みなさんのサポートをさせていただきます。よろしくお願いします」と丁寧に挨拶した。
顔はヤクザみたいだけど、仕事は普通のサラリーマンらしい。
ようやくみんな揃って、ラクさんが仕切り直してから、フリートークが始まった。
井口のバイ発言、それに山田さんの登場で、場の雰囲気は変わった。
空気が動いたおかげで、ようやく喋り出す人が出てきた。
まず最初に喋ったのは、ゴエモンさんだ。
「僕がここへ来たのは、他に話の合う人がいないからです。
友達はいちおういるけど、でも素で喋ると浮いてしまうので、みんなに合わせています。
でもそれってけっこう疲れるので、やっぱり自分は発達障害なのかなって思ってます。」
それを聞いたおっぱいの大きな夏さんが、「それ分かる」と頷いた。
「私も家族とここの人しか言ってなくて、普通の友達といる時は合わせてるから。
けっこう疲れるけど、でもこれからも言うつもりはありません。
あとそれと、病院に行って診断を貰ったら、手帳の申請が出来るから、もしやるならやった方がええと思う。
障害者枠で働けるし、それに手帳を持ってると助かることもあるし。」
「どんな事が助かるんですか?」
「映画とか電車とかバスとか、手帳を持ってると割引になることがあるから。」
「ああ。」
「自分が発達障害って診断されても、人に言うかどうかは自由やし。
それに手帳を持ってるのだって、言わんかったら分からへんし。
私は手帳を持ってて、状況に応じて使い分けてるから。」
「状況ってなんですか?」
「だから普通の子と遊ぶ時は、言ってないから使えへん。
でも一人で映画見る時とかは使うようにしてる。」
「ああ。」
「更新は二年ごとで、それをせえへんかったら無くなる。
でも持ってると色々便利なこともあるから、貰っといた方がええと思う。」
ゴエモンさんは納得したように頷いた。
「ほなまた病院行ってみます。」
すると今度はサチさんが話に加わった。
「私、今の職場では発達障害ってことは言ってないんです。
でも言った方がええんかどうなんか迷ってて、どうしたらいいんかなって。」
この質問には遊さんが答えた。
「僕はいちおう言いました。
今おる支店の店長に言うたんですけど、でもビックリされました。
そこから他の人にも話が伝わったみたいで、ちょっと困ってる感じでしたね。」
「どんな風に困るんですか?」
「ん〜と・・・どうしたらええか分からへんみたいな感じで。
まあそれだけで、他はなんもないんですけどね。
職場にもよると思うけど、僕はいちおう伝えました。
だからって今までとあんまり変わりません。
差別とかもないけど、でも働きやすくなったわけでもないし。
みんな『ああ、そうなんや』って感じで。
仕事さえちゃんとしてくれるんやったら、別にええでって感じなんやと思います。」
「私の職場は、けっこうキツい人が多いんです。
私がそう思ってるだけかもしれへんけど。
でも伝えたら、ちょっとは理解してもらえるんかなって思って。」
「ん〜っと・・・・発達障害であることを伝えて、働きやすくなるっていうのを期待するんやったら、難しいかもしれんかなあと。」
「やっぱりそうなんですか?」
「だってみんな普通の人やし、それに専門家でもないし。
だからこっちが発達障害なんですって伝えても、向こうからしたら『じゃあどうしたらええの?』って感じになると思うんですよ。
それやったら、最初から障害者枠のある会社に行った方がええと思いますよ。
この人は元々そういう人なんやってことで、ある程度は理解してくれると思うし。」
「ああ・・・分かりました。どうも。」
「それでももし伝えるんやったら、その先を考えといた方がいいと思いますよ。」
「先ってなんですか?首になるかもってことですか?」
「いや、そうじゃなくて、言われた方としては『じゃあどうしたらええの?』って感じになると思うんですよ。
『それをカミングアウトして、こっちにどうしての欲しいの?』みたいな。
ただカミングアウトするだけやったら、相手を困らせるだけと思うんです。
そうならんように、『私は発達障害で、こういう事は苦手なんです』とか、『その代わりこっちは得意やから頑張ります』とか。」
「ああ〜。」
「具体的にこういう待遇を改善してほしいとか、苦手な部分は理解してほしいとか、そういう事を伝えないと、カミングアウトしても意味ないんですよ。
少なくとも僕の職場ではそうでした。」
「分かりました、ありがとうございます。」
会話が終わり、しばらく沈黙。
すると今度は由香子ちゃんが喋り始めた。
「あのな、ここに来る前な、梅が咲いててな、それで梅は白いのと赤いのがあるんやけど、真っ赤なやつは木瓜の花でな・・・・・、」
由香子ちゃんの梅の花講座が始まる。
お母さんが「由香子」って止めたけど、お構いなしに喋りつづけた。
「ほんでな、桜はな、ほとんどソメイヨシノでな、これな、全部クローンでな、一つの株から増やしたやつでな・・・・、」
今さらだけど、由香子ちゃんの知識の多さには驚く。
この子は興味のあることなら何でも知っている。
それは菊池さんも同じで、キティちゃんの話題になると由香子ちゃんモードになってしまう。
《発達障害の人って、好きなことには詳しいよなあ。でも延々としゃべり続けるのがちょっと辛いけど・・・・。》
お母さんが「由香子、ずっと喋ってたら悪いから」と止める。
でも止まらない。
梅、桜、薔薇、そしていつの間にかヤギやカメムシの話になっていて、誰もついていけない。
ある意味沈黙より気まずい空気になって、いったい誰が由香子ちゃんの独演会に終止符を打つのか、僕は救世主を求めていた。
すると一人のメシアが「あの・・・」と手をあげた。
さっきから由香子ちゃんに見惚れてるゴエモンさんだ。
「由香子さんは、普通の学校に行ってるんですか?」
「えっとな、四年生までは三つ葉の里に行っててな・・・・、」
「由香子!」
お母さんが慌てて止める。
でもゴエモンさんは興味津々らしく、「それってこの前ニュースでやってたところですよね?」と言った。
「なんか園長さんが捕まったってやってました。横領とかで。」
「ええ、そうなんですよ。そこに通ってたことがあるんです。」
お母さんは営業スマイルみたいにニコニコして、「由香子、ちょっとじっとしとこ」と宥めた。
でもゴエモンさんは質問を続ける。
「三つ葉の里って、僕も一回だけ行ったことがあるんです。
あそこって、なんか暗い雰囲気やったから、僕は通いませんでした。」
「ああ、そうなんですか。」
お母さんはまた営業スマイル。
でも心の中では《これ以上ツッコムな!》と言ってるのが分かった。
お父さんはさらにムッとした顔になって、今にも出ていきそうだった。
するとそんな空気を察して、山田さんが「ちょっといいですか?」と話題を変えた。
「あの、私はここに参加させてもらうのは四度目なんですが、前からちょっと思うことがあって。」
かなり気を遣った口調で言う。
主催者のラクさんは「どうぞ」と頷いた。
「あのですね、このグループにはこのグループのやり方があるのは分かるんです。
でもですね、ある程度はトークテーマを決めるとか、どういった部分にスポットを当てるとか、考えた方が話しやすいんじゃないかなあと。」
「いや、ここはみんなで作り上げる空間やから、あえてテーマとかそういうのは決めない方向でやってるんですよ。」
「はい、それは理解してるんですが、どうもチグハグな感じがしてしまうんです。」
「チグハグ?」
「ええっと・・・・以前に参加させてもらった時も、今回と似たような感じで、最後まで何をしたいのか分からない感じだったっていうか。
それだったら、例えば困っている人に具体的なアドバイスをすることを考えるとか、逆に抽象的でもいいから、心の部分にスポットを当てるとか。」
「ああ・・・・。」
ラクさんはちょっとショックを受けたような顔をする。
そして「僕自身も発達障害があるから、上手くいかない所はあるんです」と返した。
「分かります。支援グループにも色々あって、行政と連携してる大きな団体とか、逆に星風みたいに小規模な活動をしてるところもあります。
それでここみたいな小規模な所って、当事者グループであることが多いんですよ。」
「知ってますよ、僕自身が発達障害ですから。だから僕自身もトークに参加してるんです。
ファシリテーターって役目はあるけど、でも一参加者として話もします。」
「ええ・・・・。」
山田さんはまだ何か言いたそうにしている。
でも相手を傷つけないように、言葉を探っているようだった。
そこへ夏さんが手をあげて、「私はこれでいいと思うんですけど」と言った。
「私も他のグループに参加してたことがあります。」
「はい。」
「それで山田さんの言う通り、グループによって違いがあって、でもどのグループのやり方がいいかは、人ぞれぞれだと思うんですよ。」
「それはもちろんそうだと思います。」
「私は今は、このグループにしか来ていません。
ここが一番落ち着くし、自分に素直に喋れるんで。」
「はい。」
「それに遊さんだって、ここが一番居心地がよかったから、ここのサポートメンバーになったんです。
それにブーちゃんは三年もここに来てるし。」
「ええ。」
「だからグループのやり方をどうこう言うのは、ちょっと違うと思います。
だって他にもグループはあるから、色々行ってれば、自分に合う場所もあるやろうし。」
「それはその通りです。ただこうして四回来させてもらって、なんていうか・・・・初参加の人にとっては、ちょっと喋りづらいんじゃないかなと。」
そう答えると、ラクさんは「そうなんですか?」と驚いた。
「その・・・・なんて言うか、何度も参加してる人は、ここのやり方を分かってるわけだから、それなりに喋れると思うんです。
だけど初めての方は、そうじゃないこともあると思うんですよ。」
すると夏さんが反論。
「でもゴエモンさんもサチさんも、今日が初めてです。
だけどちゃんと質問とかしてるし、私たちもそれに答えてるし。」
「ええ・・・・・。」
「それにトークに参加するかどうかは自由だから、あえて話さない人もいます。
テツさんは毎回ほとんど喋らないけど、でもしょっちゅう来てますよ。」
そう言ってテツさんの方を向く。
テツさんは相変わらず肌着のままで、どこに視線を合わせているのか分からない顔をしていた。
山田さんは反論しようとしたけど、すぐに「そうですね」と頷いた。
また沈黙が続く。
すると菊池さんのお父さんが、お母さんにヒソヒソと話しかけていた。
お母さんは頷き、お父さんは「すいません」と手を上げた。
「ちょっとトイレへ行かせてもらってよろしいですか?」
ラクさんは「どうぞ」と言う。
お父さんはムッとした顔のまま出て行った。
「あれ、多分戻って来んな・・・・。」
井口が小声で言う。
僕は「しッ」と口に指を当てた。
その時由香子ちゃんが「オシッコ行きたい」と言った。
それを聞いたゴエモンさんが、「ここ出て左にすぐありますよ」と教えた。
お母さんは「どうも」と頭を下げて、由香子ちゃんと一緒に出て行った。
「うわ、みんな出て行ってもたで・・・・。」
「いや、由香子ちゃんはほんまにトイレやろ・・・・。」
「かなあ?」
「まあ分からんけど。」
正直なところ、僕は由香子ちゃんやお父さんやお母さんのことはどうでもいい。
いや、由香子ちゃんはそうでもないかな。
だって友達だから。
でも一番心配なのは、やっぱり菊池さんだ。
なんたって今日は菊池さんの為にここに来たんだから。
「菊池さんもなんか喋る?」
「・・・・・・。」
「しんどい?」
「ちょっと・・・・。」
「辛くなったらいつでも言うてな。僕からラクさんに言うてあげるから。」
「ありがとう。」
菊池さんのメトロノームはずっと続いていて、握った手も汗でびっしょりだ。
相当緊張してる。
僕は井口をつつき「あんまり辛そうやったら、僕らが連れて出よか」と言った。
「そやな。」
僕らがヒソヒソ話している間に、またフリートークが始まっていた。
今度はサチさんとブーちゃんが喋っている。
「ほなサチさんも、ちょっと喋りにくいんですか?」
「ええっと・・・・はい。」
それを聞いたラクさんは、また驚いた顔をしていた。
「その・・・・さっき質問したけど、でも誰も喋らへんから、とりあえずなんか言うてみようと思って・・・・、」
「でも喋りたくなかったら、別に喋らんでもええんやで。」
「ああ、はい・・・・・。」
サチさんは黙り込んでしまう。
すると遊さんが「僕はね」と話し始めた。
「基本的には相手の話を聞くようにしとるんですよ。
だからサチさんが言いたいことがあるんやったら、遠慮せんと言うたらいいと思います。」
「ええっと・・・じゃあ・・・・、」
言いづらそうにしながら、頑張って喋り始める。
「その・・・流れが分からないっていうか、いや、ここが悪いとかそんなんじゃなくて、切り出すタイミングが分からへんっていうか・・・、」
するとラクさん「自分のタイミングでええよ」とアドバイスする。
しかしサチさんは「そのタイミングが分からないんです」と答えた。
「その・・・初めての人には、ちょっとしんどいかなって・・・・、」
サチさんはゴエモンさんの方を向いて「そう思いません?」と尋ねた。
ゴエモンさんも初参加だから、同じ気持ちだと思ったんだろう。
でもゴエモンさんは「別にそうでもないなあ」と答えた。
「あ、そうなんですか?」
「う〜ん・・・・なんて言うか、初めてやから、上手くいかへんのはしゃあないかなあって。」
「・・・・・・・・・。」
「でもそれは、サチさんが悪いとか、ここのグループが悪いとかじゃなくて、なんかこう・・・・回数とか重ねていったら、上手く喋れるんかなあって思う。」
「・・・・・・・・・。」
黙り込むサチさん。
すると今度は山田さんがフォローを入れた。
「その・・・さっきも言いましたけど、私としては、やっぱりもうちょっとテーマなりスポットなりを絞った方がええんちゃうかなと。
もちろんここのやり方を批判してるわけじゃなくて、その・・・一つのことを掘り下げてみることで、気持ちが楽になったりすることもあるんです。
僕が普段支援してるグループはそういうやり方なんで。
もちろんここに強制は出来んし、するつもりもありません。
だけどファシリテーターの役目って、場を円滑進めるようにすることですよ。
この役目ってけっこう難しくて、仕切り過ぎてもあかんし、かといってほったらかしにしてもあかんし。」
それを聞いたラクさんは「いや、ほったらかしにはしてませんよ」と反論した。
「ファシリテーターも参加者なんです。
いかにも自分がファシリテーターってやると、場が壊れると思うんですよ。
僕はここに集まってくれた人たちに、この場をとか、この空間を作ってほしいんです。」
「いや、ラクさんを批判したわけじゃありませんよ。僕はただ、僕のおるグループと違うやり方をしてるんやなあと思っただけです。
もし気に障ってもたんやったらすみません。」
ペコリと頭を下げる山田さん。
ラクさんは「大丈夫ですよ」と答えたが、かなりショックを受けたような顔をしていた。
その時、由香子ちゃんとお母さんが戻ってきて、席に座った。
そしてお母さんが僕の方へ来て「真紀はどうやった・・・・?」と尋ねた。
「ずっとこのままです・・・・。」
「ほな何も・・・・?」
「ええ、喋ってません・・・・。」
「けっこう辛そうな感じやな・・・・。」
「もしかしたらここ、菊池さんには合わんのかもしれません・・・・。」
「ああ・・・・。」
「どうしますか・・・・?」
「・・・・お父さんはもう帰る気満々なんよ。でもせっかく来たんやから、もう少しだけおろう思って・・・・。」
「じゃあ・・・・あと20分くらいおって、そんで菊池さんが今のまま辛そうやったら、帰ることにしますか・・・・?」
「ごめんやけどそうしてくれてもええか・・・・?」
「いえ、誘ったのは僕なんで・・・。こっちこそすみません・・・・。」
「ええのええの、高崎君のせいとちゃうから・・・・。もし帰ることになっても、それはそれで仕方ないから・・・・。」
お母さんは席に座り、由香子ちゃんの肩を抱いていた。
それから20分の間、僕たちにとってはよく分からない話が続いた。
グループの進め方とか、初心者にとってはどういうやり方がいいとか。
僕は俯き《思ってたのと違うなあ》と落ち込んだ。
《もっとこう・・・発達障害の人の為に、色々アドバイスをしたり、話を聞いてくれる所かと思ってたけど、ちょっと違うみたいや。》
こういうグループに参加するなんて初めてなので、これが普通なのかどうかは分からない。
でも少なくとも、三つ葉の里のような場所じゃないことだけは確かだ。
ここが居心地が良いって人もいるし、そうじゃない人もいる。
サチさんは「ちょっとしんどくなってきました・・・」と言って、「休憩させて下さい」と部屋を出て行く。
ラクさんはショックを受けたような顔で固まっているし、山田さんは変な笑顔で場を取り成そうとしている。
テツさんは何も喋らないし、ゴエモンさんと夏さんは言い争いみたいになっているし、ブーちゃんは黙ったままムッツリしていた。
遊さんは何を考えてるのか分からない顔で、銅像の《考える人》みたいなポーズをしていた。
そして菊池さんはというと、ずっと石のままだ。
メトロノームみたいに揺れる石。
表情も身体も、カチコチに固まっている。
僕は緊張しながら、そっと肩に手を回した。
慰めるようにポンポンと叩いて「帰ろか?」と言った。
「うん・・・・。」
僕らは席を立ち、ドアに向かった。
菊池さんのお母さんが「すみません」とラクさんに話しかける。
「娘の体調が悪いようで、今日は帰らせて頂いてよろしいでしょうか?」
「え?ああ・・・大丈夫ですか?」
ラクさんも立ち上がり、心配そうにした。
「ちょっと具合が悪いみたいで。色々ご迷惑をおかけしてしまってすみません。」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。」
菊池さんは本当に辛そうだった。
俯いたまま、僕の手を握って揺れている。
由香子ちゃんの方はピンピンしてるけど。
ラクさんは「大丈夫?」と声をかけ、菊池さんは「はい・・・」と答えた。
「またいつでも来てね。」
「はい・・・・。」
「あ、それとお母さん、これ来月の予定表です。」
そう言ってプリントを渡した。
「気が向いたらいつでも来て下さい。」
「ああ、ご丁寧に。すいません。」
プリントを受け取ったお母さんは、「あの・・・参加料の方は?」と尋ねた。
「ああ、ええっと・・・どうしようかな。途中で帰るわけだから、今回はいいですよ。」
「いえいえ、それは悪いです。」
菊池さんのお母さんは、財布から一万円を取り出す。
「一人1500円だから、これ六人分で。」
「いや、今回は参加料は・・・・、」
「そういうわけはいきません。こちらの都合で帰らせていただくんですから。」
「そうですか・・・じゃあお釣り出しますんで、ちょっと待って下さい。」
ラクさんは奥のテーブルに行って、ゴソゴソとバッグを漁った。
「じゃあこれお釣りで。」
「すみません。」
千円を受け取って、「それじゃあ失礼します」と頭を下げる。
僕と井口もペコリと頭を下げた。
そして菊池さんも、ちょっとだけ頭を下げた。
由香子ちゃんだけ「あんな、帰りにな、コンビニに行ってな、アイス買ってもらうんや」と喜んでいた。
「ガリガリ君か、ピノか、それか大福のやつか。ホンマはお風呂のあとじゃないとアカンのやけど、でも今日はな、帰りに買ってもらってな、それで・・・・、」
「由香子、さようならしなさい。」
「さようなら。」
「さようなら、またいつでもおいで。」
ラクさんは笑顔で手を振る。
その奥では、ゴエモンさんも「さようなら」と手を振った。
僕らは市役所を出て、菊池さんのお父さんの車に向かう。
お父さんは運転席に座って、スマホをいじっていた。
お母さんはドアを開け、「やっぱり帰ることになったわ」と言った。
「だから言うたやろ。最初からおかしいって。」
「まあ合う合わへんは人ぞれぞれやから。真紀にはアカンかっただけで、ここがええ言うての人もおるし。」
「次はこういう所じゃなくて、ちゃんと専門家とか、それなりの資格を持った人がおる所にやな・・・・、」
「そんなん分かってるがな。でも実際に行ってみんと、どういう所か分からへんやろ。」
「ちゃんとしとる所やったら、最初会った時にそれなりの挨拶をするもんや。
でもここは・・・・、」
お父さんとお母さんは、ちょっとした喧嘩みたいになる。
僕は菊池さんの手を引いて「帰ろ」と言った。
「うん。」
「どうしたん?」
「・・・・・・・・。」
「まだしんどい?」
「あのな・・・・、」
「うん。」
「ごめんな・・・・。」
「何が?」
「せっかく連れて来てくれたのに・・・・。」
「ええねんて。菊池さんはなんも悪くないんやから。」
「でもな、お婆ちゃんがな・・・・、」
「うん。」
「人に親切にしてもらったら、ちゃんとありがとうって言いなさいって。」
「うん。」
「それで迷惑をかけた時、ごめんなさいって言いなさいって。」
「迷惑なんかとちゃうよ。なあ?」
そう言って井口を振り返ると「押忍!」と答えた。
「お前いつまでそれやってんねん。」
「だって俺、シュウちゃんの守り神やから。」
「またそれかい・・・・。そのキャラ面倒臭いから、普通にしてえや。」
「いや、しばらくはこれで行くで。」
「ウザいわ。」
井口は車に乗っていく。
由香子ちゃんの隣に座って「押忍!」と手をクロスさせた。
由香子ちゃんも面白がって、「押忍!」とマネする。
するとそれを見た菊池さんが、ちょっとだけ笑った。
「帰ろか。」
「うん。」
今日ここへ来たのが良かったのか、それとも悪かったのか?
僕には分からない。
だけど少なくとも、星風は菊池さんの新しい居場所にはなりそうになかった。
ここがいいと言う人もいれば、そうじゃない人もいる。
発達障害を抱えていたって、みんな同じってわけじゃないんだ。
一人一人性格も違うし、好みだって違う。
発達障害を抱えてるからって、一括りには出来ない。
でもよくよく考えれば、そんなの当たり前のことだ。
だって人間なんだから。
発達障害がどうこうじゃなくて、人はそれぞれ違うもんだなと、星風に来てみて分かった。
だからいつか、菊池さんに合う場所が見つかるはずだ。
三つ葉の里みたいに、笑顔でいられる場所が。
帰り道、また梅の花が見えた。
桜みたいに自己主張は強くないけど、でも控えめな美しさが好きだ。
車を降りるまで、僕らは手を繋いでいた。

春の鳴き声 第十一話 居場所を求めて(1)

  • 2017.01.10 Tuesday
  • 15:02

JUGEMテーマ:自作小説
発達障害支援グループ「星風」
三つ葉の里が駄目になって、でも菊池さんの新しい居場所を作る為に、僕らはここへ来た。
でも肝心の菊池さんは緊張しっぱなしで、メトロノームみたいに揺れている。
何度も肩がぶつかって、僕は何度も「大丈夫やで」と励ました。
ギュッと手を握って、ちょっとでも菊池さんの不安を紛らわそうとした。
ワークショップが始まって、まずはみんなの自己紹介から。
主催者のラクさんがトップバッターだ。
「星風を主催しているラクといいます。
三年前に発達障害の診断を受けて、それからこのグループを立ち上げました。
僕自身が障害を持っているので、出来ること出来ないことがあります。
だけどここへ来てくれた皆さんが、なるべく良い時間を過ごせるように頑張ります。」
ラクさんの紹介はアッサリしていた。
次は隣にいる遊さんが自己紹介した。
「ええっと・・・・遊といいます。ハンドルネームじゃなくて本名です。
僕は一年半前に診断を受けて、その時に発達障害だと分かりました。
それまでやっていた仕事が上手くいかなくて、診断をもらってからすぐに辞めました。
それから半年ほどニートをやてってて、今は新しい仕事が見つかりました。
星風には一年前から参加しています。
他にも色々こういうグループに行ったんですが、ここが一番自然体でいられるので、頻繁に通うようになりました。
そんで三ヶ月くらい前に、ここのサポートメンバーになりました。
あんまり喋る方じゃないんですが、今日はファシリテーターとしてみなさんを支援したいと思います。
よろしくお願いします。」
ペコっと挨拶する遊さん。
井口が「なんか頼りなさそうな人やな」と小声で言った。
「僕も思うけど、そういうのは言わん方が・・・、」
「分かってる。基本は黙っとくから。」
星風のメンバーの挨拶が終わって、今度は参加者が自己紹介する番だ。
まずは遊さんの隣にいる男の人から。
歳は若そうで、多分20代くらいだ。
でもなぜか靴を脱いでいて、シャツも脱いで肌着だけになっていた。
髪はボサボサで、鬚も濃い。
その人は立ち上がって、「テツ」ですと言った。
そしてそれだけ言って、紹介は終わりだった。
えらく早い自己紹介だった。
次は女の人で、まだ大学生くらいの人だ。
けっこう美人で、すごい大きなおっぱいをしている。
井口も熱い視線を送っていた。
《こいつホンマにバイなんやな。この前俺にキスしたクセに。》
まあそんなことはどうでもいい。
今は自己紹介を聞かないと。
女の人は立ち上がって「夏」ですと言った。
「夏が好きなので、夏ってハンドルネームにしています。
ワークショップにはよく参加していて、今回で七回目くらいです。
ええっと・・・・高校の時に発達障害って診断されて、今は手帳を持っています。
でも人には言ってません。
知ってるのは親とここの人だけです。友達にも言ってません。
ええっと・・・・喋るのが下手で、それに数字を覚えるのも苦手です。
大学を出て就職して、だけど続かなくて、しばらく短期のバイトばかりやってました。
だけど今の仕事は一年くらい続いていて、このまま頑張れば正社員になれるかもしれません。
ええっと・・・・以上です。」
大学生かと思ってたけど、社会人だったようだ。
でもすごく若く・・・・ていうか幼く見える感じがした。
どう見ても井口の方が年上に見える。スーツを着てることを差し引いても。
次は井口の番だ。
スッと立ち上がって、「押忍!」と叫んだ。
空手の挨拶みたいに、手をクロスさせながら。
《なんでそんな挨拶やねん。》
僕は心の中でツッコンだ。
他のみんなもポカンとしてる。
「井口健吾といいます。家が空手の道場をやっていて、三歳からやっています。
今は高校受験の為、鋭意勉強中です。押忍!」
周りからどよめきが起こる。
なんでかって?
だって来年高校受験って言ったからだ。
どこからどう見ても二十歳を超えた大人なのに、中身はまだ中二だ。
ラクさんが「すごいね」と笑った。
「強そうやなあ。」
「押忍!」
いちいちデカイ声で叫ぶから、他の参加者がビクっとする。
僕は「もうちょっと声落とせや・・・」と言った。
「自分は友達の付き添いで来ました。
今日は見聞を広めるつもりで、勉強させていただきます。
よろしくお願いします、押忍!」
また手をクロスさせて、背筋を伸ばしたまま座った。
次は僕の番だ。
「ええっと・・・・高崎修二といいます。友達の付き添いで来ました。
手を繋いでるこの子の友達です。」
立ち上がる時、手を離そうかどうしようか迷った。
でも菊池さんはギュッと握っているので、離すのはよくないと思って、握ったままにした。
ちょっと恥ずかしいけど、でも菊池さんの為だ。
「さっきの井口君も友達です。
ここのホームページを見つけて、友達を誘って来ました。
こういう所は初めてで、上手く喋れるか分かりません。
ちょっと緊張してますけど、よろしくお願いします。」
無難な紹介をして、ホッと息をつく。
次はいよいよ菊池さんの番だ。
メトロノームは強くなって、不安そうに俯いている。
顔だけじゃなくて、全身が石になったみたいに、立ち上がることも出来ない。
「菊池さん。」
「・・・・・・・・・。」
「大丈夫やで、手え握ってるから。」
「うん・・・・・・。」
「怖い?」
「うん・・・・・。」
不安な表情のまま、じっと俯いている。
するとラクさんが「無理しないでええで」と言った。
「どうしても嫌やったら、飛ばしてくれていいからね。」
「・・・・・・・・・。」
「名前はそこの札で分かるから。ええっと・・・・菊さんでええんかな?」
「はい・・・・。」
「じゃあ菊さん、よろしくお願いします。」
「お願いします・・・・。」
消えてしまいそうな声で呟く。
僕は「大丈夫やで」と握った手を揺らした。
次は菊池さんのお母さんで、「この子の母です」と菊池さんを見つめながら言った。
「ここへ参加させて頂くのは初めてになります。
私自身発達障害の子を抱えているので、今日はみなさんのお話を聞かせて頂いて、今後に活かせたらと思っています。
分からないことが多々あるので、ご迷惑をお掛けするかもしれません。
よろしくお願いします。」
そう言って深く頭を下げた。
次は由香子ちゃんの番で、立ち上がる前から喋っていた。
「ええっとな、由香子はな・・・・・、」
お母さんの方を見ながら困っている。
「名前を言うんやで。」
「うん。菊池由香子っていいます。」
「みなさんの方を向いて。」
「うん。菊池由香子っていいます。」
前を向き、元気いっぱいに名乗る。
由香子ちゃんの可愛さはここでも輝いていて、向かいにいた高校生くらいの男の子が見惚れていた。
「えっとな、由香子はな、小学六年生でな、小学四年生までは三つ葉の里に行っててな、でもそこの先生にトイレの裏でな・・・・、」
そこまで言いかけて、慌ててお母さんが止めた。
「すいません、喋り出すと止まらないんです。
落ち着かないところがあって、ご迷惑をおかけすることがあると思います。すいません。」
そう言って由香子ちゃんを座らせた。
ラクさんは「まあ子供だから仕方ないですよ」と笑った。
次は菊池さんのお父さんで、ムッとした顔で立ちあがった。
「この子たちの父です。
娘は二人とも発達障害を抱えていて、それでも毎日楽しく暮らしています。
大変なことも多々ありますが、この子たちがいてくれて本当に良かったと思っています。
しかし理解が及ばない部分もあって、知らずに傷つけていることもあるかもしれません。
今日ここでみなさんのお話を参考にして、より娘たちへの理解を深められればと思っています。」
そう言って、ムッとしたまま座った。
次は向かいに座る人達の番だ。
右に座っている女の人が、「サチです」と立ち上がった。
さっきの夏って人と同じくらいの歳に見える。
長い髪をしていて、金髪に近いくらいの茶髪だ。
パッと見はヤンキーっぽいけど、でもちょっとオドオドしている。
「あの・・・・初めての参加になります。
去年大学を卒業して、就職しました。
でも周りに上手く合わせらなくて、怒られてばっかりで鬱病みたいになってしまいました。
子供の頃からそうで、イジメられたこともあります。
でも大学の時はけっこう友達が出来て、けっこう楽しかったです。
去年の秋くらいに診断を受けて、今は手帳を申請している所です。
普通に働くのが難しいなと思っているけど、でも夢があるので頑張りたいです。
よろしくお願いします。」
自己紹介を終えて、ホッとしたように座る。
次は高校生くらいの男の子だ。
由香子ちゃんに見惚れていたけど、自分の番が来て立ち上がる。
不安なのか、ずっと眼鏡をいじっていた。
「あのう・・・ゴエモンといいます。
がんばれゴエモンってゲームが好きなので、この名前にしました。
僕は病院で発達障害って言われたわけじゃないけど、でも本を読んでいて、そうなんじゃないかなと思いました。
今年は成人式があって、行くかどうしようか迷いました。
でも中学の時の友達から電話があって、誘ってくれたので行ってきました。
それでその時に、昔好きだった子と会って、ちょっと仲良くなれたことが嬉しかったです。
今はちょくちょくLINEをしてて、でも残念ながら向こうは彼氏がいるみたいです。
それが最近ショックだったことです。
でも嬉しかったこともあって、車の免許に受かりました。
車はまだ持ってないけど、バイトして貯金するつもりです。
よろしくお願いします。」
ペコッと挨拶して、また由香子ちゃんに見惚れていた。
この時、僕はあることを思った。
発達障害の人って、実際の年齢より若く見えるんだなってことだ。
おっぱいの大きい女の人も、ヤンキーっぽい女の人も、それに眼鏡の男の人も。
みんな成人していて、僕が思ってたよりも年上だった。
井口みたいに、大人にしか見えない中学生もいるのに。
そして次は最後の人だ。
この人も眼鏡で、すごい天然パーマだった。
顔はムスッとしてて、何を考えてるのか分からない。
20代くらいに見えるけど、でも実際はもっと若いのかもしれない。
今から面接でも受けるみたいに、すごく背筋を伸ばして座っていた。
「ええっと・・・・ブーです。ブーちゃんって呼んで下さい。
別に太ってないですけど、なんとなくこの響きが好きなので、ブーって名前にしています。
今日はちょっと疲れてて、一昨日からあんまり寝ていません。
だから今日はちょっと押さえ気味に行こうかなと思ってます。
僕は多分この中で一番ワークショップに参加しています。
ラクさんがここを立ち上げた時から通ってるから、三年くらいいます。
まあその・・・・あんまりベテランが喋るのもアレなんで、なるべく初参加の人が話せるように、ちょっと様子を見ていこうかなと。
まあそんな感じです、はい。」
ちょっと上から目線な感じの自己紹介だった。
これでとりあえず全員の紹介が終わった。
するとラクさんが「ええっと・・・一人遅れて来るから、とりあえず始めましょうか」と言った。
「後からもう一人サポートメンバーの方が来られます。
その人は他のグループの人なんですが、支援者としてちょくちょくウチを手伝ってくれています。
・・・はい、それじゃ始めましょう。」
ラクさんのア合図と共に、フリートークの時間が始まる。
テーマは自由、話す内容も自由。
トークに参加したければすればいいし、嫌ならしなくてもいい。
なんか曖昧過ぎて、最初のウチは誰も喋らなかった。
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
みんな黙っている・・・・・。
誰一人口を開こうとしない。
もう開始から三分くらい経っているのに、沈黙のままだ。
僕は井口の肘をつついて、「なあ・・・」と言った。
「気まずうない・・・・?」
「そやな・・・・・。」
「なんで誰も喋らへんのやろな・・・・?」
「緊張してんとちゃう・・・・・・?」
「でも初参加の人ばっかりちゃうで・・・・。向かいの天パの人なんか、三年くらいおるって言うてたし・・・・。」
「あの人はあんまり喋らん方向で行くって言うてたやん・・・・。」
「でもさあ・・・・・、」
「まあそのうちファシリテーターいう人が喋るんちゃう・・・・?」
「ああ、あれな。紙に書いてあったな。話が進みやすいようにする人のことやろ・・・・?」
「まあもうちょっと様子見ようや・・・・・。」
「せやな・・・。」
小声でヒソヒソ話していると、ラクさんが「どうぞ」って手を向けてきた。
「え?」
「え?」
「あ、どうぞって何が・・・・?」
「え?」
「いや・・・・、」
「あ、自由ですからね。喋りたくなかったら構わんから。」
「はあ・・・・。」
なんだ、今の・・・・?
「井口、今のって・・・・、」
「小声で喋ってるから、遠慮せんとどうぞって意味やったんちゃう・・・・?」
「ああ、なるほど・・・・。」
「ていうかシュウちゃんから喋ったら・・・・?」
「なんでえな・・・・。」
「だって全然会話がないやん・・・・。」
「でもさっきは様子見ようって言うてたやん・・・・。」
「そやけど、ちょっと気まずずぎやろ・・・・・。」
「ほな井口が喋れや・・・・・。」
「そやな、俺から行くわ。」
そう言って立ち上がると、「押忍!」と叫んだ。
「自分はバイです!」
場が静まり返る。
半分くらいの人はポカンとして、もう半分の人は意味が分からないみたいな顔をしていた。
「自分はバイです!」
なぜか二回言う。
僕は「ちょっとお前・・・」と止めようとした。
するとヤンキーっぽい女のサチさんが、「バイってなんですか?」と尋ねた。
「バイというのは、男も女もイケるという意味です。」
「イケる?」
「普通、男は女が好きじゃないですか。」
「はい。」
「それで、男が好きな男はホモって言われます。」
「はい。」
「自分は女も好きだし、男も好きってことです。」
「・・・・・それって、どっちも恋愛対象になるってことですか?」
「押忍!」
「・・・・・・・・・。」
サチさんは明らかに引いていた。
それは他の人たちも同じで、特に菊池さんのお父さんは余計にムッとした顔になった。
井口が変なことを言ったせいで、余計に空気が気まずくなる。
しかし井口はそれだけ言って「以上です!」と座った。
「お前さあ・・・・、」
「次シュウちゃんの番やで。」
「は?」
「俺とシュウちゃんが喋ったら、菊池さんだって喋りやすくなるやろ?」
「ああ、そういうこと・・・・。」
「今日は菊池さんの為に来たんやから、俺らがサポートしたらな。」
「そうやな。僕ら友達やもんな。」
緊張するけど、でもこれは菊池さんの為だ。
僕はふうっと息をついて、椅子から立ち上がった。
するとラクさんが「座ったままでいいですよ」と言った。
「え?」
「別にいちいち立たなくても、座って話して構わないですから。」
「あ、ああ・・・・はい。」
恥ずかしくなって、顔を赤くした。
井口のせいで、僕まで釣られて立ってしまったじゃないか・・・・。
「あ、あの・・・・僕は・・・・、」
緊張した声で、何も決まらないまま喋ろうとした。
その時ドアが開いて、ヤクザみたいな顔のおじさんが入ってきた。
「遅れてすいません。」
喋り出そうとしていた僕は、タイミングを失う。
メトロノームになった菊池さんが、何度も僕にぶつかっていた。

春の鳴き声 第十話 星風の会(2)

  • 2017.01.09 Monday
  • 14:19

JUGEMテーマ:自作小説

三月の終わり頃、けっこう暖かくなってきて、遠い山の梅が咲いている。
僕は菊池さんのお父さんの車の窓から、流れる景色を眺めていた。
梅はけっこうたくさん咲いていて、桜とは違った綺麗さがある。
花弁はちょこんと小さくて、桜みたいに「咲いてるで!」って自己主張しない。
ちょっと控えめな感じで、どうぞ楽しんでくださいって咲き方が好きだった。
「綺麗やな。」
隣にいる菊池さんに言うと、緊張した顔で「うん」と言った。
「星風行くの怖い?」
「緊張する。」
「そら初めてやからな。」
今日、僕たちは星風に行く。
菊池さんのお父さんの車で、隣街に向かっていた。
メンバーは僕、菊池さん、井口、由香子ちゃん、菊池さんのお父さんとお母さんだ。
菊池さんのお母さんは、星風に行くのをOKしてくれた。
ずっと家にいるよりも、外に出た方がいいからって。
菊池さんのお父さんも、菊池さんのことを心配していて、「俺も行くわ」って車を出してくれた。
そうなれば由香子ちゃんも来るわけで、「あのな、梅ってな、中国から来てな、ほんでな・・・」と、梅の知識を披露していた。
井口は約束通りスーツを着ていて、伊達眼鏡まで掛けている。
こうすれば確かに中学生に見えないけど、でも今日はわざわざ変装する必要はなかったのに。
だって菊池さんのお母さんが、星風に電話して色々確認してくれたからだ。
中学生は保護者が必要だけど、でもそれは親じゃなくてもいいらしい。
親戚とか、学校の先生とか、そういう人でも構わないそうだ。
だから『娘の友達も行きたいって言ってるんですが、いいですか?』って聞いた。
そしたら別に構わないって答えたそうだ。
誰か大人がいれば、別に構わないって。
今日は菊池さんの親がいるから、井口がスーツを着なくてもいい。
いいんだけど、せっかく親父のを借りたからって、どうしても着たかったらしい。
「なあ。」
「ん?」
「普通の服でよかったやん。」
「いや、今日はこれで行くって決めてたんや。」
「ほな向こうに着いたらなんて言うの?俺の兄貴やって言うつもり?」
「いいや、友達やって言う。」
「ほんなら中学生ってことになるやん。スーツ着てるのおかしいって。」
「ええねん、ええから。」
「まあ好きにしたらええけど。」
この前の夜、俺の唇を奪ってから、コイツはちょっと変わった。
元々変わってる奴だけど、さらにおかしくなった。
「俺はな、これからシュウちゃんの守り神になるから。」
「また始まった。」
「これからはシュウちゃんを守る男になんねん。もちろん友達としてな。」
「ええけど、東京の高校行くんやろ?」
「休みは帰って来るやん。俺らはずっと友達やで。」
「そらそうやけど、もう変な気起こすなよ。次この前みたいな頼みをしたら、もう付き合えへんで。」
「あれが最後や、男子に二言はないねん。」
「ほなええけど。」
井口は井口なりに、色々と考えて生きている。
この前のことだって、相当悩んでそうしたんだと思う。
だから一回だけならOKしたけど、さすがに二度目はキツイ。
僕はこいつのことを信用してるけど、でも部屋で二人きりは避けようと思った。
車はバイパスに乗って、グングンスピードを上げる。
道路を囲うバリケードのせいで、梅は見えなくなってしまった。
「あのな、梅ってな、赤いのと白いのがあってな、でもな、真っ赤のは梅じゃなくてな、木瓜の花でな・・・・、」
由香子ちゃんの独演会は終わらない。
僕は「うんうん」と聞き流して、不安そうな菊池さんを見つめていた。
振り子みたいに揺れて、僕に肩がぶつかる。
「大丈夫やで。」
「うん。」
「嫌な所やったら、行かんかったらええだけや。」
「うん。」
「星風の人も、しんどかったら途中で帰ったらええって言うてたんやから。」
「うん。」
「僕もおるし、井口もおるし、由香子ちゃんもおるし、お父さんもお母さんもおるから、大丈夫やで。」
「うん。」
何度も肩がぶつかって、僕は何度も「大丈夫やで」と慰めた。
三十分くらいバイパスを走って、隣の街に着く。
星風は市役所の三階にある、ちょっと大きめの部屋で集まっているらしい。
菊池さんのお父さんはナビをいじりながら、「市役所ってどの辺や?」と困っていた。
ちょっと道に迷って、同じ場所を走ってしまう。
でもどうにか到着して、広い駐車場に車を停めた。
この街の市役所は大きくて、学校の二倍くらいの大きさがある。
建物は二つに分かれていて、手前が年金とか税金とか、なんか色々そういう手続きをする所だ。
奥の建物は、市民体育館と一緒になっている。
プールもあるし、○○教室みたいな習い事もやっている。
かなりに昔に、まだじいちゃんが生きてる頃、一回だけ囲碁教室に連れて来てもらったことがある。
そういえばこんな場所だったなと、ちょっと記憶が蘇ってきた。
星風は奥の建物でやっている。
僕たちは広い駐車場の横を通って、入口にやって来た。
自動ドアを入った所に、大きなホワイトボードがある。
今日はどんな教室をやっているとか、どんなイベントをやっているとかが書かれていた。
井口はそれを睨んで、「三階やな」と言った。
「フリースペースって所でやってるらしい。」
井口がボードを睨んでいる間に、菊池さんたちは先に行ってしまった。
「早く。」
「おう。」
みんなでエレベーターに乗って、三階まで昇る。
チンとドアが開くと、すぐ近くの部屋から歌が聴こえてきた。
「なんやこれ?」
「歌謡曲の同好会らしいで。ボードに書いてあった。」
上手いのか下手なのか分からない歌を聴きながら、フリースペースの部屋に向かう。
するとドアの前に若い男の人が立っていた。
菊池さんのお母さんが行って、何かを話しかける。
若い男の人はドアを開けて、「どうぞ」と言った。
「なんか不愛想な人やな。」
井口がヒソヒソと言う。
「そうやな。普段の菊池さんみたいな感じや。」
「まあそういう人が集まる場所やから。」
まずは菊池さんたちが入って、僕らもそれに続く。
中はけっこう広くて、明るい雰囲気の部屋だった。
縦長の机が幾つもあって、パイプ椅子が並んでいる。
そして参加者らしき人が四人いた。
椅子に座っていたり、壁にもたれかかっていたり。
そわそわ落ち着かない人もいた。
その中で、髪が薄い太っちょの男の人がやって来た。
眼鏡をかけていて、首から「ラク」って名前の名札を掛けている。
なんかオタクみたいな見た目で、グレーのシャツがよれよれだった。
「あの、今日参加される・・・・、」
挙動不審な感じで、僕たちに手を向ける。
菊池さんのお母さんが「予約していた菊池といいます」と頭を下げた。
「ええっと・・・全部で六人ですね、保護者の方も合せて。」
「はい。あの・・・・、」
「はい?」
「ここの責任者の方で?」
「はい、ラクと言います。ハンドルネームですけど。」
そう言って名札を見せた。
「お電話でもお伝えしたと思うんですが、娘の友達も来ているんですがよろしいでしょうか?」
「ああ、ええ。大丈夫ですよ。」
「ウチの娘二人が発達障害で、ここには初めて参加させて頂きます。
ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。」
菊池さんのお母さんは頭を下げる。お父さんも小さく頭を下げた。
ラクって人は、「ああ、はい」とぎこちなく頷いた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
挨拶が終わった後、ラクって人は何も言わず僕らを見ていた。
そして椅子に座ってる人の所へ行って、何かを話し始めた。
僕たちはどうしていいか分からずに、その辺に突っ立っていた。
壁には時計が掛かっていて、開始までまだ10分くらいある。
その間に新しい人が二人来て、部屋の中をぶらぶらしていた。
時間が過ぎて、開始時刻の二時までもう少しだ。
でも誰も何も言わなくて、ただぶらぶらしている。
ラクって責任者の人も、椅子に座ってる人と話しているだけだった。
僕たちはどうしていいか分からずに、ちょっとそわそわした。
イライラしてきた菊池さんのお父さんが「不親切やな」と愚痴った。
「普通は『座ってお待ちください』とか、何かしら言うもんと違うんか?」
「まあまあ。」
菊池さんのお母さんが宥める。
「それにラクっていうあの責任者の人、ロクに自己紹介もないやんか。
普通は本名くらい言うて、こうこうこういうモンですって、初めての人間には言うもんと違うか?」
「そやけど、責任者の人も発達障害らしいから。」
「三つ葉の里の時は、もっとちゃんとしとったのにな。」
「せやけどあそこは潰れたやんか。それに由香子にあんなことして・・・・、」
「もうそれは言わん約束やろ。子供らがおる前では。」
「そやったな・・・・。」
それから開始時間まで、誰も声を掛けてこなかった。
時計は二時になって、でも誰も動こうとしない。
「もう始まりと違うんか?」
菊池さんのお父さんのイライラが加速する。
すると入り口に立っていた若い男の人が入ってきて、みんなに何かを配り始めた。
僕たちの方にも来て、それを渡す。
「なんやこれ?」
「細かい字で色々書いてあるな。」
僕らが渡されたのは、星風の決まり事を書いたプリントだった。

          ******
星風へようこそ!
ここは発達障害の方が集まって、自由に発言をする空間です。
悩んでること、言いたいこと、自分の気持ちなど、なんでも好きに喋って下さい。
しかしトラブルを避ける為に、以下のことを注意してください。
          *
*誰かが喋っている時は、最後まで聞くこと。
*意見を返すのはOKですが、攻撃的な言動は慎むこと。
*相手の人格を否定しないこと。
*興奮して暴れないこと。(物を壊した場合は自己責任となります)
*勧誘行為はしないこと。(政治、宗教、商売など)
*その他迷惑になるような行為があった場合、責任者が退席を命じることがあります。
 責任者の指示に従って頂けない方は、今後の参加が禁止になることもあります。
          *
最初は簡単な自己紹介から始まります。
本名でもいいし、ハンドルネームでも構いません。
机の前の札に、呼んでほしい名前を書いてください。
最近あった出来事、思っていることなど、なんでもいいので紹介の時に話して下さい。
ただどうしても嫌な場合は、名前だけで構いません。
          *
自己紹介が終わったら、各自好きなようにトークをしてください。
テーマはなんでもOKです。
悩んでいること、困っていること、今思っていることや、感じていることなど。
話したくなければ、黙っていても構いません。
時間は3時間で、途中で10分ほどの休憩を挟みます。
ただトークに参加するかどうかは自由ですので、各々で休憩に行ってもらっても構いません。
また気分が悪い、体調が悪い、トイレに行きたいなどがあったら、遠慮せずに言って下さい。
          *   
トークテーマは自由ですし、トークに参加するかどうかも自由です。
ただしファシリテーターを一人か二人置いて、こちらからトークテーマを投げたり、話を掘り下げたりすることがあります。
(ファシリテーターとは、場が円滑に進むようにする役割のことです。)
          *
トークが終了後、30分ほど今日話し合った内容を振り返ります。
自分が思ったこと、感じたことなど、なんでも話して下さい。
もし何もなければ、話さなくてもOKです。
          *
初めて参加される方は緊張していると思います。
でも心配することはありません。
分からないことや困ったことがあったら、何でも聞いて下さい。
*保護者や付き添いの方もトークに参加していただけます。
 ただし相手を批判するような言葉や、馬鹿にするような行為だけはしないようにお願いします。
 例 「君は甘えているだけだ」「そんな悩みはみんな同じだ」など
          *
発達障害支援グループ「星風」は、医師の診断の有無を問わず、世の中での生きづらさや、理解を得られずに
困っている方の為に活動しています。
主催者の「ラク」そしてサポートメンバーの「遊」もみなさんと同じように発達障害を抱えています。
今日この場が、少しでも皆さんにとって有意義なものであるように願っています。

          ******

プリントに目を通して、「やってさ」と井口を振り向く。
「僕らも話してええって。」
「そやな。でもなるべく黙ってる方がええかもな。」
「うん。僕らにとっては大したことじゃない言葉でも、相手にとったらけっこう傷ついたりするかもしれんし。」
「俺ら菊池さんと由香子ちゃんを知ってるからな。
何気ないことでも、けっこう不安させることがあるもんな。」
「まあどうしても喋りたくなった時だけでええんちゃうか。」
「今日は菊池さんの為に来たんやからな。それでええと思うで。」
僕と井口は、基本は菊池さんを見守ることにした。
菊池さんのお父さんとお母さんも同じようで、あんまり喋りたそうな顔はしていなかった。
だから参加するのは菊池さんと由香子ちゃんだけだ。
由香子ちゃんは今も一人で喋っていて、プリントで鶴を折っていた。
そして肝心の菊池さんは、メトロノームみたいにユラユラしている。
顔は石みたいになって、カチコチに緊張していた。
「大丈夫?」
「うん。」
「みんな一緒やから心配せんでもええで。」
「うん。」
「あの、よかったら・・・・、」
「うん。」
「手え握ったろか?」
「うん。」
僕はそっと手を出す。
菊池さんも手を出して、僕の手を握った。
「大丈夫やからな。」
「うん。」
「困ったことがあったら、なんでも僕に言うて。」
「うん。」
菊池さんの顔は不安なままだ。
でも僕がいることで、ちょっとでも落ち着いてくれたらと思った。
菊池さんの役に立てるなら、それはとても嬉しいことだから。
責任者のラクさんが「では好きな席に座って下さい」と言った。
僕は菊池さんと手を繋いだまま、隣同士に座る。
井口は僕の左側に、由香子ちゃんはお父さんとお母さんの間に座った。
由香子ちゃんはずっと喋りっぱなしで、ラクさんが話してもいてもお構いなしだ。
菊池さんのお母さんが「すいません」と頭を下げる。
ラクさんは「いいですよ」と笑った。
「ええっと、星風を主催しているラクと言います。隣にいるのはサポートメンバーの遊さんです。」
受付にいた若い男の人が、ペコっと頭を下げる。
「じゃあ今からワークショップを始めます。
紙に書いている通り、まずは順番に自己紹介からしていきたいと思います。
まずは僕からするので、僕の右側の人から順番にお願いします。」
ラクさんは自分のことを紹介し始める。
僕はその間、なんて自己紹介しようかなと考えていた。
すると菊池さんがメトロノームみたいに揺れて、僕の肩にぶつかった。
「大丈夫やで、みんなおるから。」
「うん。」
石みたいな表情、石みたいな声。
さっきより緊張してるみたいだ。
僕はギュッと手を握りしめて、「心配ないから」と笑いかけた。

春の鳴き声 第九話 星風の会(1)

  • 2017.01.08 Sunday
  • 13:59

JUGEMテーマ:自作小説
二月が終わって、三月がやって来る。
暦だと春だけど、まだまだ寒い。
晴れた昼間は暖ったかいけど、でも朝と夜はストーブがないと辛かった。
それなのに、お母さんはさっさとストーブをしまってしまった。
ウチで飼ってる猫が、カーテンを引き千切ってストーブの上に落としてしまったからだ。
危うく火事になるところで、お母さんは大慌てでカーテンを叩いた。
でも全然消えないので、ストーブの上に置いていたヤカンのお湯を掛けた。
火は消えたけど、ストーブはお湯びたし。
畳もべちょべちょになって、仕事から帰って来たお父さんがめちゃくちゃ怒った。
あんまり猫が好きじゃないお父さんは、お母さんと大喧嘩した。
『そんな猫捨ててこい!』
『猫を捨てるなら家を出て行く!』
お母さんも意地になって、もう収拾がつかなかった。
だから僕が言ったんだ。
「ストーブしまったら」って。
するとほんとにしまってしまった。
おかげで猫が捨てられることはなくなったけど、僕はストーブなしで春を待たないといけなくなった。
暖房は喉がイガイガするから、ウチの家族は誰も使わない。
だから頼りなのはコタツだけで、学校から帰った僕は猫みたいに丸くなっていた。
頭だけ出して、あとは全部コタツの中。
膝を抱えて、猫と一緒にゴロゴロしていた。
「あんた来年受験なんやから、今年から本腰入れて勉強しいよ。」
掃除機を抱えたお母さんが、僕の頭をつつく。
「掃除機かけるからどいて。」
「ええ、寒い・・・。」
「部屋で布団入っとき。」
そう言われて、僕は面倒くさく這い出た。
《ストーブしまえなんて言わんかったらよかった。》
まだコタツで丸くなっている猫に《お前のせいやからな》と睨んだ。
二階へ上がり、たまには真面目に勉強しようかなと、教科書を広げる。
でも一時間ほどで飽きてきて、ゲームを始めた。
するとスマホが鳴って、僕はすぐ手に取った。
相手は菊池さんからで、LINEを開く。
《おはよう。》
《おはよう。今起きたん?》
《うん。》
《今ゲームしてる。家に来る?》
《行きたいけど、でも風邪気味やから。》
《そうなん?大丈夫?》
《昨日熱出た。今日はマシ。》
《まだしんどい?》
《ちょっとだけ。でもゲームは出来るくらい。》
《じゃあ僕がそっち行こかな。》
《うん。》
《ほな今から行くわ。なんかゲーム持って行く?》
《怖いやつ。》
《分かった、じゃあすぐ行くな。》
《うん。》
LINEを閉じて、すぐにモコモコのジャンバーを羽織る。
ブンブン掃除機を掛けてるお母さんに、「ちょっと出て来る」と言った。
「早よ帰っといでよ。暗らあなる前に。」
「うん。」
ダッシュで家から出て、一目散に自転車を漕ぐ。
でもゲームを忘れたことを思い出して、また家に戻った。
僕の家から菊池さんの家まで、自転車で7分くらい。
立ち漕ぎで飛ばして、すぐにやってきた。
ピンポンを押すと、菊池さんのお母さんが出て来た。
僕は「こんにちは」と挨拶した。
「こんにちわ。すぐ呼んでくるね。」
2階へ上がっていって、菊池さんと一緒に降りてくる。
ついでに由香子ちゃんもついてきて、「あのな、きょう学校でな・・・」とマシンガントークが始まった。
「お邪魔します。」
靴を揃えて、家に上がる。
菊池さんのお母さんは「いつもありがとうね」と言った。
「仲良うしてくれて。」
「あ、はい。」
「高崎君と仲良うなってから、真紀も明るうなって。」
「ああ、はい。」
ニコッと笑いながら、菊池さんと一緒に2階に上がった。
由香子ちゃんもついて来て、三人でゲームをする。
「これ、怖いやつ。」
「ありがとう。」
嬉しそうに受け取って、プレステの蓋を開く。
由香子ちゃんが「それ怖いやつやろ」と興味津々だった。
ゲームが始まって、菊池さんも由香子ちゃんも画面に釘付けになる。
それを後ろから見ながら、《菊池さん元気になってよかった》と思った。
三つ葉の里が駄目になって、しばらく落ち込んでいた。
だけど一週間くらいしてから、いきなり僕の家にやって来た。
『ゲームしよ。』
いきなりやって来てビックリしたけど、僕はすごく嬉しかった。
部屋には井口がいて、菊池さんを見るなり『ほな帰ろかな』と立ち上がった。
コイツには、僕が菊池さんを好きなことを伝えてある。
だから気を利かせてくれたわけだ。
だけど菊池さんは『井口君もおりいな』と引き止めた。
戸惑う井口だったけど、僕も『一緒に遊んだらええやん』と言って、三人でゲームをした。
菊池さんは黙々とゲームをやって、ほとんど喋らなかった。
きっとまだ落ち込んでいたんだろう。
僕は一緒に遊ぶことで、ちょっとでも元気になってくれたらなと思った。
すると井口が肘をつついてきて『これええぞ』と言った。
『何が?』
『さっき俺が帰ろうとしたら、引き止めたやろ?』
小声でボソボソ言う井口。僕は『だからなんなん?』と聞いた。
『あのな、お前と二人きりになるのが恥ずかしいんや。』
『なんで?自分から来たのに。』
『そらシュウちゃんい会いたかったからやろ。
でも緊張してたはずやで。だって菊池さんも、シュウちゃんのことが好きやから。』
『はあ?』
僕は嬉しいような分からないような、変な気持ちになった。
『なんでそんなん分かるん?』
『だってあの引っ込み思案な菊池さんが、自分から来たんやで。
そんで俺におってくれっていうのは、二人きりやと緊張するからや。』
『そうなんかな・・・・。』
『もし俺がおらんかったら、絶対にガチガチやったと思うで。
それでもシュウちゃんの家に来たってことは、絶対に好きなんやんか。』
『ほんまかな。』
『ほんまやって。』
なぜか井口まで嬉しそうに笑う。
僕は『そうなんかな?』と呟いた。
あの日以来、妙にドキドキしてしまって困る。
困るけど、でも嬉しい。
こうしてまた会えるようになったわけだし、もし僕のことが好きなら、付き合うことだって出来るかもだから。
僕たちは前より仲良くなって、もっとたくさん喋るようになった。
そこで菊池さんにこう提案した。
『スマホ買ってもらったら?』
『うん。』
菊池さんは頷いて、お母さんに頼んだ。
最初はダメって言われたらしいけど、でもどうしても欲しいと頼んだ。
なんでそんなに欲しいのかって聞かれたので、高崎君と話す為だって答えたらしい。
僕は仲の良い友達で、遊ぶ時にいきなり家に行ったりしたら悪いから、連絡を取らないといけないからって。
お母さんは渋ってたらしいけど、でも結局買ってもらえることになった。
だから今、僕と菊池さんはいつでも話せる。
電話でもLINEでも。
そして菊池さんがスマホを買ってもらってから、毎日電話かLINEをした。
菊池さんは家からほとんど出ないけど、でも毎日話せるなら問題ない。
けど由香子ちゃんまでスマホを欲しがって、お母さんは困ってるらしいけど。
ゲームをする菊池さんと由香子ちゃんを見つめながら、僕は色々考える。
この先もっと仲良くなったら、ホントに付き合うかもしれない。
そうしたら手を繋いだり、キスしたり、セックスだってするのかも。
でもあんまり色々考えてると、アソコが立ってくるからやめることにした。
僕も「やらせて」とゲームに加わる。
仲間が殺人鬼に殺されて、女の悲鳴が響く。
由香子ちゃんはビクッと固まって、菊池さんの腕に抱きついていた。
「なあ菊池さん。」
画面を見つめながら「この前のアレどうする?」と尋ねた。
「星風っていうグループのやつ、行ってみる?」
「う〜ん・・・・、」
「いや?」
「う〜ん・・・・、」
「まだ聞いて三日目やもんな。だからもうちょっと迷ってもええで。」
「・・・・行く。」
「え?」
「行く。」
「行くん?」
「うん。」
「ほんまに?」
「うん。」
「ほな予約せなな。」
「うん。」
「あ、でもその前に菊池さんのお母さんに聞かなな。」
「うん。」
「じゃあお母さんがええでって言うて、予約取れたら行こか?」
「うん。」
「じゃあ約束な。」
僕は指切りをする。
そして指を離す前に、ちょっとだけ手を握った。
そうしたら菊池さんも握ってきて、ちょっとの間だけ手を繋いでいた。
そわそわして、むずむずして、ちょっとイヤらしい気持ちになって、すごく嬉しかった。
すると由香子ちゃんも手を握ってきて、楽しそうに笑った。
「あのな、由香子もな、スマホ欲しいんやけどな、お母さんは高校生になるまでアカンて言うてな。
でもお姉ちゃんは中二やのに買ってもらってな、だからお父さんに私も中二になったら買うてって言うてな・・・・、」
由香子ちゃんの不満をたくさん聞かされる。
でも菊池さんと仲良くなったことで、由香子ちゃんとも仲良くなった。
僕は二人も新しい友達ができたわけだ。
この日は楽しくゲームをして、「お邪魔しました」と帰った。
菊池さんのお母さんは「またいつでも来てな」と言ってくれた。
その日の夜、僕は晩御飯を食べてから、井口に電話した。
「今日な、菊池さんにあのことをもう一回聞いたんや。」
《あのこと?》
「星風のことやん。」
《おお、どうやった?》
「行くって。」
《よかったやん。調べた甲斐があったな。》
「でもお母さんに聞いてからやけど。それと予約取らなあかんし。」
《まあいけるやろ。お前と一緒やったら、菊池さんのお母さんもOKしてくれると思うで。》
「そうかな?」
《好きな子の親に気に入られるってことは、ええことやで。》
「そうなん?」
《だってそうやん。もし長く付き合って、そんで結婚とかになったら、親に挨拶せなアカンわけやんか。
それやったら、今のウチに気に入られてる方がええで。》
「いや、まだ付き合ってもないし。結婚とかそんなんまだまだ先やろ。」
僕より井口の方が興奮して、《そっち行ってもええか?》と言った。
《ちょっと勉強のし過ぎで、息抜きしたいねん。》
「ええで。」
《ほなすぐ行くわ。》
電話を切ってから三分くらいで、井口はやって来た。
「お前どんだけ自転車飛ばしてきてん。早過ぎやろ。」
井口はちょっとだけ息が上がっていて、マッチョな足で胡坐をかいだ。
「だって家におったら親父がうるさいからさ。勉強か空手かどっちかやから。
まあ空手は好きやからええんやけど。」
「逃げてきたわけか?」
「まあな。進学校も楽ちゃうで。」
井口の顔はちょっと疲れていて、かなり勉強が大変なんだろう。
僕は「電話して悪かったな」と謝った。
「ええよ、息抜きせんとやってられへん。」
「まあちょっとゆっくりせえよ。ジュース持って来るわ。」
「おう。」
僕たちはジュースで乾杯して、しばらく駄弁っていた。
そして「なあ・・・」と僕が切り出した。
「菊池さん、楽しんでくれるかな?」
「ああ、星風?」
「まあ行ってみんとどういう所か分からへんけど、でも楽しんでくれたらええなって。」
「それは行ってみるまで分からんな。」
「もし嫌な所やったら、余計に落ち込んだりせえへんかな?」
「それやったら帰ったらええんちゃう?別に学校とかと違うんやし。」
「そやな。」
「ていうかさ、俺もちょっと星風のホームページを見たんやけど・・・・、」
井口はスマホをいじって、難しい顔をした。
「ここさ、高校生以下は保護者がおらんとあかんらしいで。」
「そうやねん。だから菊池さんのお母さんがOKしてくれんとアカンのや。」
「でもシュウちゃんも行くんやろ?」
「そやで。」
「ほなシュウちゃんのお母さんにも来てもらわなアカンのとちゃうん?」
「いや、僕は付き添いやし。」
「でも中学生やから、シュウちゃんだけじゃアカンかもしれへんで。」
「菊池さんのお母さんが来てくれるんやったら、僕も入れると思うけど。」
「それやったらええけどな。」
「ほなもし無理やったらどないしよ。」
そう尋ねると、井口は「俺が行ったる」と答えた。
「俺がな、スーツ着ていくから。」
「は?なんでスーツ?」
「ほら、俺って中学生に見えへんやろ?だからスーツ着てたら、シュウちゃんの保護者やって信じてもらえるかもしれへんやん。」
「う〜ん・・・・そんな上手くいくかな?」
「でも俺っていっつも駅で止められるんやで、子供料金買うと。」
「それは中学生に見えへんってだけで、俺の親ほど歳取っては見えへんやろ。」
「いや、親じゃないねん。兄貴でええねんて。」
「ああ、兄貴か。」
僕はポンと手を叩いた。
「それやったらいけるかもな。」
「やろ。だから俺も一緒に行くわ。」
「ほな頼むわ。でも勉強はええのか?」
「構へんって。一日くらい休んだ方が、頭も働くから。」
そういうわけで、井口も一緒に星風に行くことになった。
確かにコイツなら、スーツを着てれば大人に見えるだろう。
あとは菊池さんのお母さんがOKしてくれるかどうかだけだ。
もしOKなら、菊池さんがLINEしてくれる。
僕は「ほな息抜きにゲームするか」とプレステの電源を入れた。
すると井口は「なあ」と真面目な顔になった。
「シュウちゃんさ・・・、」
「なに?」
「ほんまに菊池さんと付き合うことになったら、どうする?」
「どうするって、そらデートとかするやろ。」
「キスとかも?」
「そらするやろ。ていうかさ、セックスだってするかもしれへんやん。」
「そやな。そらするわな。」
おっちゃんがお酒を飲むみたいに、ジュースを一気する井口。
「ああ〜・・・」とため息をついて、「絶対にうまくいかなアカンで」と言った。
「何が?」
「俺な、シュウちゃんに幸せになってほしいねん。」
「だから僕の恋に協力してくれるんやろ?」
「そうやで。でもな、僕かてシュウちゃんのことが好きや。」
「やめいや、きしょいから。」
「ああ、ごめん。でもな、ケジメは付けなアカンと思うねん。」
「ケジメ?」
井口はジュースを置いて、床に手をついた。
「シュウちゃん、一つだけお願いや。」
「な、なにが・・・?」
「キスさせてくれ。」
「はあ!?」
「頼む、この通りや!」
頭を床につけて、置物みたいに土下座する。
僕は「いやいやいや」と手を振った。
「男同士でキスなんて嫌やで。」
「分かってる。でもこれは俺の為やねん。」
「お前の為?」
「俺な、高校は東京に行くねん。」
「マジで?」
「めっちゃ頭のええ学校やから、本気で勉強せなあかん。」
「だからそんなに疲れてんのか。」
「そうや。だから高校生になったら、僕はもうシュウちゃんとはほとんど会われへん。
だからな、ここらでケジメを付けときたいんや。」
そう言って頭を上げて、「一回でええねん」と見つめた。
「一回だけシュウちゃんとキスして、もうシュウちゃんのことは忘れようと思うねん。」
「忘れるって・・・・友達やめるってことか?」
「違うがな。シュウちゃんをそういう目で見るのは終わりにするってことや。」
「そんなん言われても・・・・、」
「頼む!一回だけ!」
マッチョな肉体で土下座するから、小さい岩みたいに盛り上がる。
でも本気で頼んでいるのは確かで、僕は少し迷った。
《ほんまにこれ一回で終わるんかな・・・・。》
僕は不安だった。
でも今まで何度も助けてもらったし、コイツは親友だし。
だから迷った挙句、「一回だけやったら」と頷いた。
「ホンマに!」
「でもこれ一回やで。」
「分かってる。」
「それと舌とか入れんなよ。唇合わせるだけやから。」
「うん、大丈夫や!」
「ほな・・・・、」
僕はカチコチに固まって目を閉じた。
井口が近づいてくるのを感じて、ちょっと仰け反る。
「シュウちゃん、好きや。」
《やめいや・・・・。》
井口の鼻息が顔にかかる。
そして口に柔らかい物が当たった。
《うわあ〜・・・・きしょい。》
「シュウちゃん、好きや。」
《この状態で喋るなや!口が動いてキモイねん。》
井口のキスはしばらく続く。
それから三日くらい、僕はブルーな気持ちだった。

春の鳴き声 第八話 消えた居場所(2)

  • 2017.01.07 Saturday
  • 14:34

JUGEMテーマ:自作小説

風邪を我慢して三つ葉の里に行ってから、二日後のこと。
朝のニュースでこんなのが流れた。
《児童支援センター、三つ葉の里の園長が、経費の一部を横領。》
ニュースはとても短くて、すぐに他のニュースに変わる。
芸能人の麻薬とか、今シーズンの阪神の活躍とか。
僕は般若みたいな顔で、画面を睨んでいた。
隣には井口がいて、僕と同じように難しい顔をしている。
「あのおばちゃん先生、ほんまに悪いことしてたんや。」
井口がボソっと言って、ソファにもたれかかる。
「なあシュウちゃん。あそこロクなとこじゃないな。」
「そやな。菊池さんのお母さんが言うたこと、ホンマやったんや。」
「由香子ちゃんにはエッチなことするわ、経費はパクるわ。滅茶苦茶やんか。」
僕も井口も、酸っぱいような顔をして、大人みたいに腕を組んでいた。
そこへお母さんがやって来て、「あんたら掃除するからどいて」と言われた。
「二階でゲームしとき。」
「うん。」
僕らは二階に行ったけど、ゲームをする気にはなれなかった。
だって菊池さんのお母さんが言ってたことが、本当のことだったんだから。
「もう三つ葉の里は終わりやな。」
井口はボリボリと足を掻きながら「菊池さん可哀想にな」と言った。
「あそこすごい楽しみにしてたんやろ。こんなんやったら、居場所を奪われたも同然やん。」
「いや、それは言い過ぎやろ。だってちゃんと家があるんやから。」
「でも楽しみにしとった場所がなくなってもたんやで。」
「やっぱりショック受けてるかな?」
「そらそうやろ。だって昨日は電話しても、出てくれへんかったんやろ?」
「うん。菊池さんのお母さんがな、今は落ち込んでるから、ちょっと話せそうにないって。」
「じゃあ会いにに行っても無理かな。」
「今はそっとしとく方がええと思うわ。会いたいけど、でも菊池さんがストレスになるかもしれんし。」
そう、僕は菊池さんに会いたい。
この前三つ葉の里まで行った時みたいに、すごく会いたい。
でもあの時の菊池さんは泣いていた。
お母さんに呼ばれて、やっとトイレから出てきた。
ドアを開けて、振り子みたいに身体を揺らしながら。
僕は何か言おうとしたけど、菊池さんは僕のことなんか見てなかった。
お母さんの所へ行って、寂しそうに泣いてるだけだった。
由香子ちゃんが話しかけても、ずっと泣いてばかりで。
あの日、僕は菊池さんのお母さんの車に乗って帰った。
家まで送ってもらう間に、三つ葉の里で何があったのかを教えてもらったんだ。
あそこのおばちゃん先生は、園のお金を勝手に使っていた。
使っていたって言っても、そんなに大金じゃない。
服とか香水とか、あとは自分が食べるお菓子とか。
でもダメなものはダメなので、おばちゃん先生は偉い人に怒られたらしい。
しかも以前に由香子ちゃんの事件があったから、あんまり騒ぎになると、それもバレてしまうかもしれない。
だからおばちゃん先生は、色んな偉い人から文句を言われて、辞めなきゃいけなくなった。
本当ならこれで終わるはずだったんだけど、誰かがその話をバラしてしまったから、こうしてニュースになってしまった。
僕には詳しいことは分からなかったし、菊池さんのお母さんもそこまで詳しいわけじゃないみたいだった。
でも確かなことはあって、それは三つ葉の里はしばらくお休みにするってことだ。
いつ再開するか分からないから、今は誰もあそこに行けない。
菊池さんはそれが嫌で、一人で勝手に来ていたらしい。
誰にも言わずに家を出て行って、歩いてここまで来たんだ。
心配したお母さんが、もしやと思ってここに来て、わんわん泣く菊池さんを慰めた。
あの日の菊池さんは、柴田にイジメられてた時よりも暗い顔をしていた。
あれから二日経つけど、きっと今だってそんな顔をしてるだろう。
僕は菊池さんを励ましてあげたかった。
でもやっぱり今行くのは良くないだろうな。
もうちょっと時間が経てば、きっと落ち着くはずだ。
その時に会いに行って、慰めようと誓った。
僕と井口は、それからしばらく話し合った。
これから三つ葉の里はどうなるんだろうとか、菊池さんは別の所に通うのかなとか。
いや、もしかしたら学校に戻って来るかもしれない。
この先どうなるかは、きっと菊池さんにも分からないだろう。
もどかしいし、そわそわするし、ゲームをしても全然楽しくなかった。
「なんか菊池さんの為に出来ることないかな?」
ボソっと呟くと、井口は「新しい所探してみるか」と答えた。
「新しい所?」
「三つ葉の里みたいな、発達障害の子が通うとこ。」
「そんなん菊池さんのお父さんとかお母さんがやるやろ。」
「そうかもしれんけど、シュウちゃんそわそわし過ぎやねん。
菊池さんの振り子がうつったみたいや。」
「マジで!?」
「なんで喜んでんねん。」
「だって僕も発達障害やったら、菊池さんと同じ所に通えるやん。」
「無理やろ。シュウちゃんのはそわそわしてるだけやから。」
「やっぱそうか。ほなやっぱり、菊池さんが学校に戻って来ればええんや。」
「う〜ん・・・・それはどうやろなあ。」
僕たちは何も結論を出せない。
その日は展した会話もなく、井口は「もう帰るわ」と言った。
まだ夕方前だったのに、受験勉強があるからって。
「悪いなシュウちゃん。勉強せえ勉強せえって親父がうるさいから。」
「井口のお父さんは文武両道やな。」
「いや、親父は学歴ないで。だから俺にええ大学行ってほしいねん。」
「姉ちゃんの方が行ったらええやん。何もお前が行かんでも。」
「いや、あの姉貴はアカンねん。BL本ばっか読んで、将来は漫画家になる言うてるし。」
「マジで?いまのうちからサインもらっとこかな。」
「でもエロい漫画やで、絶対。」
「ほな・・・・ええかな。」
僕たちはしょうもない会話をしてから、「ほなな」と別れた。
井口はすごいスピードで自転車を漕いでいく。
僕はそれを見送ってから、部屋に戻った。
「う〜ん・・・・井口の言う通り、やっぱり調べてみよかな。三つ葉の里みたいな所があるか。」
スマホで色々と検索する。
発達障害ってワードを入れて、そういう施設がないか調べてみた。
けっこうたくさん出て来るけど、この近くでは三つ葉の里だけだった。
けっこう離れた街に一つあるみたいだけど、でも毎日通うには遠すぎる。
「やっぱこういう施設って少ないんかなあ。」
ポチポチとスマホをいじって、他にもないか探してみる。
すると施設じゃないけど、ちょっと面白いものを見つけた。
「発達障害の人らが集まるグループか。これやったら菊池さんも楽しいかもしれんな。」
それは「星風」ってグループで、月に二回ほど隣の街で集まりをやっているらしい。
ワークショップ?っていうのをやっていて、集まった人たちが何時間か話をするみたいだ。
自分の悩んでることとか、困っていることとか。
このグループのリーダーも発達障害の人で、他にサポートメンバーが二人いる。
一人はこれまた発達障害で、もう一人はどこかの施設から手伝いに来てるらしい。
毎日やってるわけじゃないけど、でも近くで発達障害の人が集まるのは、これしかなさそうだった。
「菊池さんが落ち着いたら、教えてあげよかな。」
喜ぶかどうかは分からないけど、でも家以外にだって居場所が欲しいはずだ。
だってあんなに三つ葉の里を楽しそうにしてたんだから。
僕は「星風」ってグループのサイトを、お気に入りに登録する。
その日は適当にゲームをして、適当に勉強して、エッチな画像を検索して、ベッドの上でオナニーした。
そしてオナニーの途中に、ふと菊池さんの顔が浮かんできた。
この時、僕は菊池さんをブスだと思わなくなっていた。
いや、顔はブスなんだけど、でもそんなのどうでもよくなっていたんだ。
なんか菊池さんの顔がすごく可愛く思えて、ていうか菊池さん自体がすごく可愛いと思った。
だから射精するまで、菊池さんのことを思い浮かべた。
あの日握った手の感触を思い出すと、いつもより気持ち良いオナニーになった。
もう認めよう・・・・僕は菊池さんが好きなんだ。
また一緒に遊びたいし、手を繋ぎたい。
キスだってしたいし、エッチなことだってしたいと思ってる。
でも多分しないだろうけど。
想像では出来ても、いざ本人を前にしたらドキドキして、普通に喋れなくなると思う。
だから菊池さんでエッチなことを考えるのは、オナニーの時だけにしないとと思った。
いつもよりすごく気持ちよくて、二回も連続でしてしまった。
僕は菊池さんが好きだ。
だから今度井口にからかわれたら、誤魔化すのは難しい。
きっとそわそわして、表情にだって出るだろう。
あいつは余計にからかって、今までよりも気を遣うはずだ。
だったら次に会ったら、僕から言ってやる。
菊池さんが好きだって。
そうすれば、アイツは僕を応援するだろう。
だって僕の恋には協力するって言ってたんだから。
僕は色んな妄想をする。
もうオナニーは終わったので、エッチな妄想はしない。
その代わり、菊池さんと付き合ったらって妄想をした。
一緒にゲームはもうやったから、また手を繋ぎたい。
そうやってどこかにデートに行ったり、誕生日にはプレゼントしたり。
もしも菊池さんが音楽が好きだったら、ミュージシャンのライブに行くのもいいなと思った。
僕の好きなミュージシャンを気に入ってくれるかどうか分からないけど、でも今度会ったら話してみよう。
《菊池さん、いま何しとる?早く元気になってや。》
オナニーが終わって、菊池さんを想像してしまったことが恥ずかしくなるし、申し訳ない気持ちになってくる。
丸めたティッシュを、ポンとゴミ箱に投げた。

春の鳴き声 第七話 消えた居場所(1)

  • 2017.01.06 Friday
  • 15:37

JUGEMテーマ:自作小説
年が明けて、正月も過ぎて、冬休みも終わって、一月もこの前終わった。
ついでに節分も終わって、一年で一番寒い時期になった。
菊池さんとカレーを食べに行った時のように、今日も雪が積もっていた。
ほとんど雪が降らないこの辺じゃ、とても珍しいことだ。
まあそれだけ寒い冬ってことで、僕は風邪を引いて休んでいた。
昨日は熱が高くてしんどかったけど、今日は少しマシだ。
体温計は37度5分って表示されて、昨日より1度も下がってホッとする。
でもまだまだしんどいので、ベッドで大人しくしていた。
風邪を引くと、ロクにゲームも出来ない。
漫画を読んでも頭に入って来ないし、チョコチョコっとスマホをいじるくらいしかすることがなかった。
さっきから井口とLINEをしている。
アイツの学校は進学校だから、今からすでに受験勉強が始まっている。
冬休みの間はたっぷり遊んだけど、高校受験が終わるまでは、これからのように遊べないかもしれない。
僕は少し寂しいなと思いつつ、でも新しく出来た友達のことを考えていた。
《菊池さん、いま何してるやろう?》
年末に菊池さんと友達になって、冬休みが明けるまでたくさん遊んだ。
ほとんどがゲームだったけど、でも一緒に山を登ったりもした。
僕の住んでる所はすぐ近くに山があるので、いつでも登山に行ける。
しかもそんなに高くないから、散歩みたいな感じで登ることができる。
元日、僕と井口と菊池さんで、初詣に行った。
そこは山の麓の神社で、山の上まで道が続いているのだ。
だからお参りをした後、みんなで上まで登った。
スポーツマンの井口は平気な顔で登って、菊池さんも息を切らさずに登っていた。
僕だけが「はあはあ」いいながらしんどくて、みんなの足を引っ張った。
井口が「おんぶしたろか?」と言ったけど、即行で断った。
だってアイツは俺のことを友達以上に思ってるわけで、それを知ってしまったらべったりくっ付くなんて出来ない。
だから少し距離を取りつつ、友達をやっている。
距離を取るっていうのは、肉体的にって意味だ。
歩く時は少し離れるし、家にいる時も少し離れる。
でもその分、菊池さんとの距離が近くなった。
一緒に山に登った時も、すぐ隣に並んでいたし。
息切れする僕を、何度も振り返って待ってくれた。
頂上に登った時だって、木のベンチに一緒に座った。
僕が持ってたジュースだって、二人で飲んだし。
まあ間接キスしちゃったわけだ。
前よりたくさん話すようになったし、「うん」って短い返事で終わることも少なくなった。
僕らはすごく仲の良い友達になったんだ。
井口と菊池さん、それに僕。
3人で過ごした冬休みは、すごく楽しかった。
もちろん冬休みが終わった後だって、何度も菊池さんと遊んだ。
相変わらず勘違いしている井口は、僕に気を遣って、ちょくちょく二人きりにさせた。
それで後から「どうないや?」と聞いてくるのだ。
どないもこないもないけど、でも菊池さんといると落ち着く。
会うのも楽しみになっていたし、できれば毎日会いたいくらいだ。
そしてつい最近のこと、僕は菊池さんと手を握った。
僕の部屋でゲームをしている時、僕がふざけて「怖いゲームやろか?」と言ったのだ。
菊池さんは迷っていたけど、でも「うん」と答えた。
だから怖い怖い殺人鬼が出て来る、夜中は一人でプレイできないようなゲームをやった。
途中で仲間が殺されて、女の悲鳴が響く。
この悲鳴がものすごくリアルで、しかも声が大きい。
何度聴いてもビクっとするくらい怖いのだ。
そしてその悲鳴が出た瞬間、菊池さんは固まった。
いつもは振り子みたいに身体を揺さぶっているのに、ピタッと石になった。
僕は「怖い?」と聞いた。
菊池さんは「うん」と答えた。
「じゃあもうやめる?」と聞くと、「ううん」とクビを振った。
でもまだ怖そうにしているから「手え握ったろか?」と冗談で言った。
そしたら菊池さんの方から手を出してきて、僕が握るのを待った。
僕も手を出して、その手を握った。
それから一時間ほどプレイしていて、その間はずっと握ったままだった。
すごくプレイしづらかったけど、でもずっと握っていた。
ゲームが終わると、繋いだ手は汗でびっしょりだった。
思えば、家族以外の女の人の手を握ったのは初めてかもしれない。
いや、正確には幼稚園の時とかはみんなで手を繋いでいたから、初めては言い過ぎだな。
でも大きくなってからは初めてだ。
だからあの時、僕はちょっとドキドキした。
女の子の手って、すごく柔らかいんだなあと、ずっと握っていたいと思ったんだ。
だって俺が知っている身近な手といえば、ゴリラモドキの井口の手だ。
もちろん手を握り合うなんてことはないけど、でもあのゴツイ手には何度も触ったことがある。
ふざけてプロレスやってる時とか、アイツが自慢そうに拳を見せつけてきた時とか。
アイツの手が野球の硬式ボールだとしたら、菊池さんの手はソフトテニスのボールくらい柔らかい。
同じボールでも全然違う。
だからゲームが終わって手を離す時、ちょっと残念だった。
ていうかちょっとだけやるつもりだった怖いゲームを一時間もやったのは、手を握っていたかったからだ。
あの時のことを思い出して、また手を繋ぎたいなと思った。
僕は井口とのLINEを終えて、菊池さんのことを考える。
今は三つ葉の里に行っているはずで、友達とキティちゃんの話で盛り上がってるだろう。
畑をやったり、勉強をしたり、色んなことをやって、友達と喋って、きっと楽しく笑ってると思う。
この時、僕は真剣に考えていた。
僕も三つ葉の里へ通えないかなと。
あそこに通うようになれば、もっと菊池さんと一緒にいられる。
でも僕は普通の子で、菊池さんは発達障害だ。
発達障害でも精神病でもない僕は、残念ながら三つ葉の里へは通えない。
《僕が発達障害か、菊池さんが普通の子やったらよかったのに。
それやったら僕が三つ葉の里に行くか、菊池さんが学校に来るのに。》
ベッドに潜り込んで、菊池さんのことばかり考える。
そしてこの時、僕は「あれ?」と思った。
《これ、もしかしたら菊池さんのこと好きなんかな?》
ずっと菊池さんのことばかり考えている。
遊ぶ時以外だって、菊池さんと一緒にいたいと思ってる。
でも菊池さんはブスで、なんだか変わった所もたくさんあって、きっと僕が好きになるタイプじゃないはずだ。
なのにいつもこうやって考えてるのは、井口の言う通り、菊池さんと付き合いたいと思ってるのかもしれない。
《菊池さん、いま何してるやろう?会いたいな。》
熱が治まっても、身体はしんどい。
頭だってちょっと痛いし。
だけど家にいるのは退屈で、とにかく菊池さんに会いたかった。
だから僕は実行に移すことにした。
ベッドから出て、パジャマを着替える。
マスクを着けて、一階に降りて、「お母さん」と言った。
「ちょっと薬局行ってくる。」
「なんで?」
お母さんは猫の餌をやっていて、ちょっとだけ僕を振り返った。
「喉が痛いねん。だから薬買うてくる。」
「喉の薬やったらあるやんか。」
「いや、あれじゃない奴がええねん。」
「ほなお母さん行ってくるわ。あとちょっとしたら猫の砂買いにいかなアカンから。」
「いや、僕が行く。ずっと家におったら、逆にしんどいから。」
「でもあんた学校休んどるんやで?外に出たらあかんよ。」
「マスクしてるし、僕やって分からへんよ。」
「お巡りさんに補導されたらどうするんよ?お母さんが行くから、部屋で寝とき。」
「いや、僕行きたいねん。すぐ帰って来るから。」
お母さんに背中を向けて、玄関で靴を履く。
「すぐ帰ってきいよ。」
「うん。」
納得してない感じで、お母さんがやってくる。
僕が家を出ると「気いつけてな」と言った。
「自転車乗ってくな。」
「転ばんように気いつけよ。」
「うん。」
自転車に跨って、ゆっくりと漕ぐ。
ギアを上げていって、すぐに家から離れた。
薬局を通り過ぎ、大通りに出る。
そこから川へ走り、大きな橋を渡って、スーパーを通り過ぎた。
スーパーの向かいには山があって、ここがこの前登山した所だ。
通り過ぎる時に神社が見えて、初詣の時を思い出した。
あの時おみくじを買って、僕は大吉だった。
井口は小吉で、菊池さんは末吉。
とりあえずみんな吉で、凶は出なかった。
だから今年は、みんな悪い年にはならないはずだ。
風邪でしんどいけど、でもこの先に楽しいことがありそうな気がして、自転車を漕ぐのは辛くなかった。
三つ葉の里まで一時間。
途中に田んぼがあって、ポツポツと民家があって、小さい川に小さい橋があって、春になるとたくさん桜が咲く池がある。
《春になったら、みんなでお花見に行かなな。》
冬の池は寒そうで、でもあと二ヶ月もすれば桜が満開になる。
菊池さんの好きなカレーの弁当でも買って、ここでお花見をしたら、どれだけ楽しいだろう。
そう思うと、早く会いたくなった。
ぜえぜえ言いながら、負けじと自転車を漕いだ。
そして頑張って頑張って、二時間くらいかかって三つ葉の里にやって来た。
「やっと着いた・・・・。」
僕は座り込み、何度も咳をした。
ほんとなら一時間で着く道も、さすがに風邪の時は時間がかかる。
ドロっとした唾が出て来て、喉の奥が痛くなった。
鼻水もヒドイし、熱も上がったような気がする。
「さすがにここまで来るのは無理があったか・・・。」
しばらく休んで、門の前に行く。
するとシンと静まり返っていた。
「なんや?休みなんかな?」
ここは土日と祝日が休みのはずで、平日は開いてるはずだ。
今日は金曜日だから、休みのはずじゃないんだけど。
ぴょんぴょんジャンプして、中を覗く。
この前おばちゃん先生がいた事務所も覗いてみるけど、誰もいなさそうだった。
「やっぱり休みなんかな。」
でも門は開いているから、どっちか分からなかった。
「休みやったら閉まってるよな。」
どっちだろうと思いながら、「入ってみよかな」とウロウロする。
「・・・・寒いな。」
二時間も自転車を漕いで、汗を掻いた。
その汗が冷えてきて、背中がぶるっとなった。
「ずっとおったらまた熱が出るな。」
下手したらインフルエンザに罹ってしまうかもしれない。
だから僕は、中に入ってみることにした。
怒られるかもしれないけど、でも休みかどうか確認しないと。
ちょっと迷いながら、門の中に入る。
ぐるっと見渡して、誰もいないか確かめた。
「おらんな・・・・。」
事務所に近づいて、中を覗く。
電気が点いていなくて、窓の外からだとすごく暗く見えた。
「誰もおらんな。」
電気もストーブも点いてなくて、すごく寂しい感じがした。
今度は校舎を見ていく。
幼稚園くらいの大きさの校舎が、三つ並んでいる。
ドアの前には下駄箱があって、靴は入っていなかった。
もちろん中にも誰もいない。
一つ目の校舎を終えて、次の校舎も見る。
ここもいない。
そして三つめの校舎の下駄箱で、菊池さんの名前が書いてあるのを見つけた。
「ここが菊池さんの教室なんやな。」
小さな校舎を覗いて、誰もいないか確かめる。
十個くらい机が並んでいて、黒板や本棚があった。
ピアノもあって、後ろの方には荷物を入れる棚があった。
「・・・・なんにもないな。」
ここもいない。
となると後は畑だけど、ここからでも畑は丸見えだ。
だから誰もいないことはすぐに分かった。
「誰もおらんのに、なんで門が開いてるんやろ。」
僕は不思議に思って、また周りを見渡した。
「あ、あそこかな。」
門から少し離れた所にトイレがある。
近くには動物の小屋みたいなのもあって、小さな花壇もあった。
誰かがいるとしたら、あのトイレしかない。
僕は緊張しながらトイレに向かった。
ちょっと大きめの公衆トイレみたいな感じで、入口に男子用と女子用のマークがあった。
僕は男子用の方に入って、中を覗いた。
暗い・・・・。
入り口にスイッチがあったので、電気を点けた。
オシッコ用のトイレに、ウンコ用のトイレがある。
オシッコ用は四つ、ウンコ用は三つあって、ドアは閉まっていた。
僕は「誰かいますか〜?」と言いながら、ウンコ用のドアを叩いた。
でも返事がないので、思い切って開けてみた。
「・・・・・・・。」
ウンコ用のトイレには誰もいない。
奥に用具入れがあるけど、人が入れるほど大きくなさそうなので、確認はしなかった。
今度は女子用に向かう。
もし女の人がいたら、僕は変態って言われて、警察を呼ばれるかもしれない。
そう思うと怖かったけど、でもここまで来たんだから、覗いてみることにした。
中に入って、電気を点ける。
ウンコ用・・・っていうか、男でいうウンコ用の個室が六つある。
そして奥にある一つだけ、ドアが開いていた。しかも誰かがいるような気配がする。
「・・・・・・。」
僕は怖くなって、いったん外に出た。
「やっぱ誰かおるんや・・・・。」
心臓がドキドキしてきて、もう一度入るのが怖くなった。
だから入り口から覗いて、「誰かいますか〜!」と叫んだ。
でも返事はなくて、また叫んだ。
「誰かいますか〜!」
ドアの開いたトイレから、ちょっとだけ物音が聴こえる。
僕の心臓はビクンと跳ね上がって、ここから逃げ出しそうになった。
だけど勇気を振り絞り、もう一度叫んだ。
「誰かいますか〜!」
そう言ってしばらく待っていると、トイレから人が出てきた。
僕はその人を見て、ちょっとの間固まった。
「菊池さん?」
「うん・・・・。」
誰もいない三つ葉の里で、菊池さんが出てきた。
「あの、なんで菊池さんだけおるん?今日は誰もおらんの?」
「うん。」
「今日は休みなん?」
「違う。」
「ほななんで・・・・、」
聞き終える前に、菊池さんはまたトイレに戻ってしまった。
僕は「菊池さん」と近づく。
するとバタンとドアが閉められて、鍵を掛ける音がした。
「菊池さん、なんで一人でおるん?今日は休みなん?」
「違う。」
「ほななんで誰もおらんの?」
「・・・・・・・。」
「なんかあったん?」
「うん。」
「何があったん?」
「・・・・・・・・・・。」
「何があったん?」
「・・・・・・・・・・。」
「言いたくないん?」
「うん。」
「なんで?」
「・・・・・・・・・。」
トイレの中から、身体を揺する音がする。いつもより激しい感じで。
《なんか落ち着かんようになってるな。何があったんやろ?》
その後は何を質問しても答えなかった。
僕はトイレの外に出て、菊池さんが出て来るのを待った。
でも全然出て来ない。
一時間くらい待っても、ちっとも出て来なかった。
《何があったんやろ?》
僕は色々考えたけど、でも分からなかった。
だったら・・・・、
「・・・・もしもし?あのな、ちょっと困ったことになっとんやけど・・・・、」
こういう時は、井口を頼るのに限る。
今どんな状況なのかを話して、どうしたらいいかを尋ねた。
するとその時、車が近づいて来る音が聞こえた。
《誰か来た・・・・。》
トイレから離れて、門の所に行く。
すると僕の手前で、真っ赤な軽自動車が停まった。
「あ!」
僕は思わず声を上げる。
だってその車の中に、由香子ちゃんが乗っていたからだ。
運転席にはお母さんがいて、僕と目が合って驚いていた。
「どうも。」
頭を下げると、中から由香子ちゃんが出てきた。
「あのな、由香子な、ここに来る前にお菓子買ってもらってな、それでお風呂の前やけど食べてもええって言われてな・・・・、」
由香子ちゃんのマシンガントークが始まる。
その後にお母さんが出てきて、怖い目で僕を睨んだ。
なんだか良くない雰囲気を感じて、僕は黙り込む。
電話の向こうから、井口のやかましい声が聴こえていた。

春の鳴き声 第六話 氷の友情(2)

  • 2017.01.05 Thursday
  • 14:32

JUGEMテーマ:自作小説

菊池さんはゲームが上手かった。
僕の家から持ってきた格闘ゲームを、井口の家でやっていた。
今までほとんど格ゲーはやったことないのに、始めてから一時間後には僕より上手くなっていた。
「なんや、シュウちゃん全然あかんやん。」
井口が代わり、菊池さんと対戦する。
でも僕と同じように負けた。
「井口もあかんやん。」
「俺格ゲー苦手やから。」
「空手やってんのに?」
「ゲームと実際にやるんじゃ違うって。そんなんやったら、メジャーリーガーはみんな野球ゲームが上手いんかっちゅう話やん。」
「まあそうやな。ていうか菊池さんが強いねん。」
「ほな別のゲームにしよか。」
「Wiiやらしてよ。」
「今日は姉ちゃんおるからアカン。」
「借りれへんの?」
「この前勝手に使ったからな。バレてもてめっちゃキレられた。」
「ほな別のゲームにかえよ。」
格ゲーを終了して、車のレースゲームをやる。
でもこれまた菊池さんは上手くて、僕らはコテンパンにされた。
「すごいな菊池さん。」
「うん。」
「めっちゃ上手いやん。」
「毎日由香子とやってるから。」
「ほな由香子ちゃんも上手いんか?」
「うん。」
「菊池さんより?」
「うん。」
「マジで?すごいな由香子ちゃん。」
ゲームの間は、菊池さんの独壇場だった。
でもあんまり楽しそうじゃなくて、なんか黙々と作業しているみたいな顔だった。
《ゲームよりキティちゃんの方が好きなんやろうなあ。》
もう一度キティちゃんの話をしようと思ったが、それを察した井口が《やめとけ》と睨んでくる。
「また長なる・・・・。」
「そやな・・・・。」
小声で言い合って頷く。
しばらくゲームで遊んでから、お菓子を買いにコンビニに行くことになった。
すると井口が「シュウちゃんはここにおれ」と言った。
「なんで?みんなで行こうや。」
「何言うてんねん。菊池さんと二人きりになれるチャンスやぞ。」
井口はボソボソっと耳打ちする。
僕は「だから・・・」と返した。
「そういうのじゃないって。」
「遠慮せんでええから。」
「ほんま違うって。」
「ほなちょっと行って来るから。」
そう言い残して、井口は出て行ってしまった。
「なにを勘違いしてんねん。」
部屋には僕と菊池さんだけ。
いったい何を喋ろうかなと考えていると、誰かが部屋に入ってきた。
それは井口の姉ちゃんで、僕は「お邪魔してます」と挨拶した。
「健吾は?おらんの?」
「さっきコンビニに行きました。」
「あ、そうなんや。」
「お菓子買いに行っただけやから、すぐ戻って来ると思いますよ。」
「ほなここで待っとくわ。」
井口の姉ちゃんは、僕の隣に座る。
「あ、私のこと気にせんとゲームしといて。」
「あ、はい。」
井口の姉ちゃんはゴソゴソと部屋を漁っていた。
机の引き出しを開けたり、タンスを覗いたり。
そしてベッドの下を覗いた時に、「あった!」と叫んだ。
「あいつまた勝手に・・・・、」
何かを見つけて、そのまま部屋を出て行く。
「なんか探してたんですか?」
「ちょっとな。健吾が帰ってきたら、あとで部屋に来るように言うて。」
「あ、はい。」
「ほなお邪魔。」
そう言ってさっさと部屋を出て行く。
その時、井口の姉ちゃんが持っている物がチラリと見えた。
《え?あれって・・・・、》
僕は一瞬だけ変な顔になった。
だって井口の姉ちゃんが持っていたのは、男と男がエッチなことをする漫画だからだ。
いわるゆBL本ってやつだ。
《なんであんなモンが井口の部屋にあったん?》
井口の姉ちゃんはああいう漫画が好きだ。
けっこう筋金入りのオタクで、そのクセ体育会系でもある変わった人だった。
お父さんが空手の先生だから、井口の姉ちゃんも昔から習っている。
だから井口ほどじゃないにしても、女とは思えない筋肉をしてる。
まあそれはいいんだけど、問題はどうしてあんな漫画がここにあったのかってことだ。
井口にそんな趣味が?
そんなの聞いたことない。
だってアイツには半年前まで彼女がいて、中一の時には初体験を済ませている。
俺の持ってたエロ本を勝手に読んでたこともあるし、ホモとかじゃないはずなのに。
《・・・・もしかしてバイってやつかな。男と女、両方好きみたいな。》
そう考えた時、《待てよ》と思った。
《てことは、俺と一緒におる理由ってそれなんかな?
あんなハイスペックな奴が、こんなショボイ奴とおるんやもん。
それやったら何か理由があるわけで、もしかして俺のこと狙ってるとかか?》
まさかとは思うけど、もしそうならかなり怖い。
だってアイツはムキムキマッチョの空手マンで、力で来られたら勝てない。
《うわ!それ絶対に嫌や!俺、童貞の前に処女失ってまうやん!》
変な顔をしながら引いていると、「おう」と井口が戻ってきた。
「お菓子買うて来たで。」
「お、おう・・・・。」
たくさんお菓子の入ったビニール袋を、僕らの前に置く。
「色々買うて来たからな。菊池さんも好きなん食べて。」
「うん。」
菊池さんはシュークリームを取り出して、モグモグと食べ始める。
「あのな・・・・、」
シュークリームを食べながら、不安そうな顔で僕を見た。
「なに?」
「これ、お母さんには言わんといて。」
「なにが?」
「お菓子な、いっつもお風呂上がった後じゃないとあかんのや。」
「ああ、この前由香子ちゃんが言うてたな。」
「だから黙っといて。」
「別に言わへんよ。」
「うん。」
菊池さんは安心してシュークリームを頬張る。
井口もアイスを取り出して、一気にかぶりついていた。
「シュウちゃんも食べえな。」
「あ、うん・・・、」
「なに?変な顔して。」
「いや、さっき井口の姉ちゃんが入ってきてな。」
「そうなん?」
「そんで帰って来たら、部屋に来いって。」
「なんや、まだWiiのこと怒ってんのかな?」
面倒臭そうに立ち上がって、「ジュースもあるで」と僕に渡した。
「あ、うん・・・、」
「ちょっと待っといて。」
部屋を出て、姉ちゃんの所へ行く井口。
僕は壁に耳を当てて、盗み聞きしようとした。
すると菊池さんが「あかんで」と言った。
「え?」
「そういうことしたらアカンて、お婆ちゃんが言うてた。」
「そ、そうやな・・・、」
菊池さんに注意されてしまった・・・・。
僕は大人しく座り込んで、ジュースを飲んだ。
「ゲームしよ。」
菊池さんがコントローラーを渡してくる。
僕は「そやな」と一緒にプレイした。
相変わらず菊池さんは強くて、僕はコテンパンだ。
そして菊池さんは僕に勝つたびに、どんどん身体の揺さぶりが強くなった。
「そんな動いててようゲームできるな。」
「由香子はもっと動くで。」
「ゲームしにくくない?」
「全然。」
そう言って、菊池さんはニコッと笑った。
《あ、初めてやん。俺に笑ったん。》
菊池さんの笑顔といえば、三つ葉の里でしか知らない。
でも僕と一緒に遊んでる時に笑ってくれた。
それがすごく嬉しくて、僕も笑い返した。
「なあ菊池さん。」
「なに?」
「明日も遊ぼか?」
「ええで。」
「明日は僕の家でゲームしよか?」
「ええで。」
「菊池さんの好きなゲームがあったら、持って来てええで。」
「うん。」
なんだかよく分からないけど、でも嬉しい。
別に恋とかじゃなくて、なんか分からないけど嬉しかった。
「あのさ・・・、」
「うん。」
「僕ら友達になろか?」
「うん。」
「ほんなら、冬休み中はもっと遊ばんとな。」
「うん。」
「また三つ葉の里に行ってもええ?」
「ええで。」
「僕もあそこに通おかな。」
「高崎君は普通の子やから、来たらアカンのやで。」
そう言って、またニコッと笑った。
僕も笑って、「菊池さんも普通の子やん」と言った。
「違うで。私な、小さい頃に病院に行って、ADHDって言われたから。」
「え?なにそれ?」
「こうやってな、ずっと身体を動かしたり、キョロキョロしたりとか。そういうのがな、普通の子と違うんや。」
「でもそれくらいみんなやるやん。」
「みんなやるけど、大人になったらやらへんようになるんや。
でも私は大人になってもやるから、ちゃんと先生とか専門家とか、そういう人の所へ行かなあかんの。」
「そうか、なんか大変やな。」
「だからな、高崎君は普通の子やから、三つ葉の里は来たらアカンの。」
「うん、ほなまた家の前に誘いに行くわ。」
「ええで。私もゲーム持って行くから。」
「うん。」
僕たちはまた笑う。
今日、僕と菊池さんは友達になった。
普通友達って、自然にそうなるものだと思うけど、「友達になろか?」って言って友達になったのは初めてだ。
だから菊池さんは、今日から正式な友達だ。
それから僕たちは、ゲームのことでずっと話していた。
途中で危うくキティちゃんの話をしそうになって、慌てて別の話題に変えたけど。
僕は菊池さんが嫌いじゃない。
友達になるくらいだから当たり前なんだけど、でも一緒にいるとすごく落ち着く。
井口だって仲の良い友達だけど、アイツとは全然違った感じの友達だ。
なんていうか・・・ちょっと僕と似てるかもしれないと思った。
同じ目線で話せるというか、同じ高さに立っているみたいな。
ちょっと会話が続きにくいところはあるけど、でももっと仲良くなれば自然に話せると思う。
新しい友達が出来て、僕は嬉しかった。
その時、井口が不機嫌な顔で戻ってきた。
「クソ!あのアホ姉貴!」
バタン!とドアを閉めて、「最悪や」と頭を掻いた。
「どうしたん?」
「あのなシュウちゃん・・・・、」
「うん・・・・。」
「誤解せんといてや。」
「何が・・・・?」
井口は俺の横に座って、ゲームの画面を睨んだ。
「俺な・・・・、」
「うん・・・・。」
「シュウちゃんのこと、友達以上に思ってんねん。」
「・・・・は?」
「でもな、気にせんといて。」
「いや、何を言うてんの・・・・?」
「俺、シュウちゃんは大事な友達やから。」
「うん・・・・。」
「だからシュウちゃんが傷つくこととか絶対にせえへんし、シュウちゃんが好きな子できたら協力するし。」
「・・・・・・・・・。」
「さっきな、姉ちゃんがBL本持って出て行ったやんろ?」
「うん・・・・。」
「俺な、女も好きやけど、男も嫌いじゃないねん。」
「それ・・・・バイってやつやんな?」
「よう知っとるな。」
井口は笑う。でも僕は笑えなかった。
「そんな心配せんといて。絶対にシュウちゃんが嫌がるようなこととかせえへんから。」
「ホンマに・・・・?」
「約束する。だからな、これからも友達でおってや。」
「ええけど・・・・でもビックリやわ。」
僕はまともに井口を見れなかった。
だってまさかとは思っていたことが、ホントにそうだったなんて。
「で、どないなん?」
小声で話しかけて来て、僕は「何が?」と返す。
「ちょっとは菊池さんと仲良うなった?」
「友達になったで。」
「おお!進展やん。」
「それとな、明日は僕の家でゲームすんねん。」
「マジか!」
井口はバンバン僕の背中の叩く。
「ほな明日は二人きりやな。」
「なんでやねん。お前も来たらええやん。」
「だってさっき言うたやん。シュウちゃんの恋は応援するって。」
「いや、だからそういうのと違うから。」
「告ってキスくらいしてまえや。」
「だから違うって。」
「そんでそのまま初体験も済ませてまえ。」
「そんなんと違うんやって。」
「俺の余ってるゴムあげよか?」
「いらんわ。」
「ええねんて、ええねん。」
「何がええねん・・・。ホンマ違うで。お前こそ誤解すんなや。」
僕は必死に否定する。
するとゲームをしていた菊池さんが「イヤらしいことするん?」と尋ねてきた。
「は?」
「明日高崎君の家に行ったら、私にイヤらしいことするん?由香子がされてたみたいなこと。」
「いやいや!そんなんせえへんよ!井口が勝手に言うてるだけやから。」
「ほんまに?」
「うん、絶対。てか俺ら友達やん。友達にそんなことせえへんよ。」
「うん。」
「ホンマやで。大丈夫やで。」
「分かった。」
菊池さんはまたゲームに戻る。
僕は井口を睨んで、「しょうもないこと言うなよ」と怒った。
「なんでえな?ええやんか。」
「よくないわ。僕と菊池さんは友達なんや。だからそういう目で見てへんねん。」
そう言っても、井口は全然信じていない感じだった。
「まあええわ。明日はお前も来いよ。」
「いやいや、せっかく友達になったんやから、二人で遊びって。」
「変な気い遣うなや。」
「ええねん、シュウちゃんが楽しそうやったら、それでええねん。」
それから一時間ほどゲームをして、僕たちは菊池さんを送って行った。
家の前まで来ると、僕は「また明日な」と手を振った。
「うん、また明日な。」
菊池さんは家に戻って行く。
玄関を開けた時、由香子ちゃんの顔が見えた。
菊池さんに駆け寄って、マシンガンみたいに話しかけている。
そして僕らに気づいて、ニコッと笑った。
「ほな明日。」
菊池さんは手を振る。
僕も手を振って、「また明日な」と言った。
玄関が閉まって、僕は菊池さんの家から離れていく。
井口が後ろからついて来て、「なんか淡々としてるな」と言った。
「なにが?」
「友達やのに、すごい淡々としてる感じがするで、お前ら。」
「そうか?」
「だって菊池さん無表情やん。シュウちゃんもやし。」
「それが落ち着くねん。菊池さんとおる時は、僕もああいう顔しとった方が、なんかやりやすい。」
「俺はもっと表情がある方がええな。お前らの友情って、なんか氷みたいやもん。」
「氷?」
「冷たいっちゅうか、いつかバキっと割れそうな感じや。」
「そんなことないよ。」
「だからな、今のウチに男と女になっとけって。燃えるかもしれんで?」
「だからそういうのと違うって。」
「いや、どう見てもそういうのやろ。」
「あのさ、なんで俺と菊池さんをそんなにくっ付けたがろうとするん?」
「ん〜・・・・そやなあ・・・、」
井口はちょっと黙ってから、「幸せになってほしいから」と答えた。
「は?」
「シュウちゃんは俺の大事な友達やし、それに嫌いじゃないし。」
「それ変な意味でってこと?」
「そういう感情もある。」
「きしょいねん・・・。お前との友情の方が、いつかバキっといきそうやわ。」
「いや、でも何度も言うけど、シュウちゃんが嫌がることとか、傷つくことは絶対にせえへんから。」
「マジやんな?」
「ていうかさ、こんなん一生言う気なかってん。
それがアホ姉貴のせいで、おかしな感じになったから。
自分の姉貴じゃなかったら絶対にシバいてるわ。」
井口は本気で怒ってるようで、「次なんかやりよったら、アイツのWii勝手に売ったる」と息巻いた。
でも僕は、そういうのはいつかバレるんじゃないかと思った。
今回はたまたまBL本がキッカケだっただけで、いつかはきっと・・・・・。
僕は菊池さんの家を振り返り、ちょっと考える。
《もしかして、僕もいつか菊池さんのこと好きになるんかな。》
もしそうなったら、僕たちの友情にヒビが入るかもしれない。
井口の言う通り、バキっと割れる氷みたいに。
積もった雪は、晴れてきた空のせいで溶けかかっている。
車が何度も通り、地面はべちょべちょだ。
足元が滑り、凍りかけた雪がバキっと割れた。

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