春の鳴き声 最終話 春の鳴き声(3)
- 2017.01.14 Saturday
- 12:48
JUGEMテーマ:自作小説
相手がスマホとかを持ってるなら、すぐに見つかる。
でもそうじゃなかったら、どこにいるかなんてまったく分からない。
警察とか探偵とかって、毎日こんなことをやってるんだと思うと、ちょっと尊敬した。
《由香子ちゃん、どこやねん。》
最初にスーパーに行って、くまなく捜した。
お客さんとか店員さんにも聞き込みしたけど、でも全然目撃情報がない。
僕らは捜索場所を変えて、今度は由香子ちゃんの小学校に行った。
門は閉まっていたけど、でも勝手に乗り越えた。
すると先生に見つかって「お前ら何しとんねん」って怒られた。
でもすぐに「おお、高崎と井口やないか」って笑った。
それは三年の時に担任だった先生で、僕は「協力して下さい!」と頼んだ。
「由香子ちゃんがおらんようになったんです。」
「誰やそれ?」
「菊池さんの妹です。今はこの学校の小六です。」
「菊池?」
先生はちょっと首を傾げて、でもすぐに菊池さんの顔を見て思い出した。
「ああ、菊池か。お前の妹がどうかしたんか?」
「菊池さんの妹が、お母さんとスーパーに行ってから、おらんようになってしもたんです。」
「なんやて!」
先生は大声を上げて「それホンマか!」と怒鳴った。
「ホンマです。だから今は、由香子ちゃんが行きそうな所を捜してるんです。」
「ちょっと待っとけ。家に確認するから。」
先生は「何組の子や?」と尋ねる。
菊池さんが「五組です」と答えた。
「小六の五組やな。ちょっと電話してくるから、ここで待っとれよ。いや、ていうかお前らも職員室に来い。」
先生は駆け出していく。
でも僕らはついて行かなかった。
「先生も協力お願いします!」
「おいコラ!どこ行くねん。」
「由香子ちゃんの捜索です。なんか分かったら、菊池さんの家に電話して下さい。」
「おいちょっと、待て・・・・、」
僕らはスタコラ走って、門を乗り越える。
そして次に行ったのは、学校から離れた所の公園だ。
ここはよく小学校の子がいるので、もしやと思ってやって来た。
何人か遊んでる子がいたので、聞き込みをしてみた。
でも誰も由香子ちゃんらしき子は見てないと言った。
ここも違う。
だったら次は・・・・・、
「シュウちゃん!」
井口がいきなり叫ぶ。
「なんや?」
「あそこ!」
引きつった顔をしながら、近くのコンビニを指さした。
僕も菊池さんも目を向ける。
するとそこにはあのヤンキーたちがいた。
柴田と一緒に復讐に来た奴らだ。
コンビニの前でたむろしていて、そのうちの二人はバイクに乗っていた。
そしてそいつらの傍に、小学生くらいの女の子がいたのだ。
白いふわふわした服に、短いスカート。
髪はサラっと長くて、ヤンキーの近くでお菓子を食べている。
井口は「由香子ちゃんや!」と叫んで、一目散に駆け出した。
僕は「菊池さんはここにおり」と言って、井口を追いかけた。
「わ、私も行く。」
「アカン!危ないから!」
「行く!」
菊池さんも僕について来る。
目の前に由香子ちゃんがいるのに、それを放っておくなんて出来ないんだろう。
僕は菊池さんの手を握って、「離れたらアカンで」と言った。
「うん。」
僕がコンビニの駐車場に駆け込んだ瞬間、井口はもうヤンキーたちの前に迫っていた。
「おうコラ!何しとんじゃオドレら!」
すごい大きな声で怒鳴りながら、「殺すぞ!」と突っ込んで行く。
ヤンキーどもはビビッて、三人くらいが逃げ出した。
まあそうなるだろう。
だってスーツを着てグラサンかけた、厳ついマッチョが襲って来るんだから。
でも残りの四人はその場に残って、「なんじゃお前!」とメンチを切った。
「なんじゃもクソもあるかい!何誘拐しとんねん!」
井口はバイクに乗っていた一人を蹴り飛ばす。
ボッコ!ってすごい音が響いて、そいつはバイクと一緒に倒れた。
「なんやねんお前!」
金髪に染めたヤンキーが「殺すぞ!」と殴りかかってくる。
井口は「じゃかあしゃあ!」とそいつのパンチを払った。
パコン!と音がして、「あああああ!」と金髪が泣き叫ぶ。
腕を押さえて、「ちょ、折れた・・・・、」とうずくまった。
残った二人のヤンキーは、ビビッて立ち尽くす。
井口はサッと回転して、後ろにいるヤンキーの腹を蹴った。
「うごッ・・・・、」
腹を押さえて、じっとうずくまるヤンキー。
残った一人は「ちょっと待って・・・、」と慌てた。
「ちょ、なんなんお前・・・・いきなりなんなん・・・、」
「ああ!オドレこそなんじゃい!」
「ちょ、ごめん・・・待って待って!」
井口がずんずん詰め寄って行く。
ヤンキーは「助けて!」とコンビニに逃げ込んだ。
「待てコラ!」
熱くなった井口は、本当の目的を忘れてる。
僕らはヤンキーをボコりに来たんじゃなくて、由香子ちゃんを助けに来たのに。
それでもって、僕らの任務は失敗だった。
だって由香子ちゃんと思ったその女の子は、由香子ちゃんじゃなかったからだ。
服とか髪型とかは似てるけど、顔がぜんぜん違う。
ハッキリ言って、由香子ちゃんはもっと可愛い。
その子は井口の乱闘にビビッて、今にも泣き出しそうだった。
そして黄色い自転車に跨って、ぴゅっと風のように逃げてしまった。
《井口が由香子ちゃんやとか言うから、勢いでそうなんかなって思ってしもたやんか。》
遠目だと勘違いしたけど、でもよくよく見ると全然違う子だった。
そして最初に勘違いした張本人の井口は、店の中で追いかけっこをしていた。
「待てコラ!」
「助けて!」
「逃げられへんど!」
「誰か!警察呼んで!」
店の中を走り回って、あちこちの商品が落ちる。
二人いた店員さんの一人が、引きつった顔で電話を掛けていた。
きっと警察を呼んでいるのだ。
「ヤバ!」
僕は店に入り、「井口!」と叫んだ。
「あれ由香子ちゃんとちゃう!」
「え?」
ピタッと止まる井口。僕は「別人や」と言った。
「別人?」
「全然違う子や。」
「マジで?」
「マジで。だからヤンキーどもは関係あらへん。」
「ウソやろ。」
井口はポカンとして、急に大人しくなった。
ヤンキーはその隙に逃げていく。
バイクに乗って、一瞬で遠ざかっていった。
駐車場にはノックアウトされたヤンキーが三人、遠くにはビビッて見ているヤンキーが三人。
そして店の中はグチャグチャで、客も店員もビビりまくっていた。
ここで警察が来たら、確実に逮捕。
でも逃げたところで、防犯カメラがあるからきっと逮捕。
僕たちはどうしようもなくなって、お店の人に「すいません」と言った。
「あの、ちょっと人を捜してて、でも勘違いみたいでした。
「・・・・・・・・。」
お店の人はただ怯えている。
すると井口が「シュウちゃんは行け」と言った。
「これは俺がやったんやから。」
「いや、でも・・・・、」
「みんな捕まったら、誰が由香子ちゃんを捜すねん。」
「そうやけど・・・・、」
「それに菊池さんを一人にさせる気か?」
井口は外に顎をしゃくる。
そこには心配そうな顔をした菊池さんがいた。
メトロノームみたいに揺れながら、中に入ろうかどうしようか迷っている。
僕は首を振って「来たらアカン」と伝えた。
菊池さんをこんな面倒に巻き込むわけにはいかない
もし警察が来たって、あの子は関係ないんだって言ってやる。
その時、後ろから肩を叩かれた。
「シュウちゃん。」
井口が「行け」と言う。
「ここは俺だけでええから。」
「いや、でもこんなん警察来たら捕まるやん。」
「だから行けって言うてんねん。シュウちゃんまでおったら、絶対に事情聴かれるで。
そうなったら由香子ちゃんはどうすんねん。」
井口の顔は真剣で、グイっと僕の背中を押した。
「由香子ちゃんを見つけて、菊池さんを安心させたれ。」
「え、あ・・・・うん。」
「シュウちゃんは菊池さんを守る。その為に、俺はシュウちゃんを守る。それでええねん。」
自分で言って自分で頷いて、「行け」と僕を押した。
「・・・・・・・・。」
僕は迷った。
迷ったけど、でも井口の言う通りかもしれない。
みんなここにいたら、菊池さんだって・・・・。
《そんなんアカン!菊池さんは関係ないんやから。》
菊池さんを守る。
そう決めたんだから、僕はそれを守らなきゃいけない。
「ごめん井口、後でまた来るから。」
「ええねん、シュウちゃんの為やったら何でもやる。」
そう言ってグッと親指を立てた。
僕はもう一度「ごめん」と言って、外に駆け出した。
「行くで!」
自転車に乗って、「早く!」と菊池さんを急かす。
「でも井口君が・・・・、」
「ええから!早く!」
「でも井口君・・・・、」
「早よせんと警察が来る!」
僕は菊池さんの手を引っ張る。
菊池さんはオロオロしながら、僕の後ろに乗った。
「行くで!」
立ち漕ぎでスピードを上げていく。
すぐにここから離れないと、井口の自己犠牲が無駄になってしまう。
由香子ちゃんだって見つけられないし、菊池さんだって嫌な目に遭う。
だから僕は漕いだ。必死に漕いだ。
「はあ・・・はあ・・・・、」
人を乗せて漕ぎ続けるって、けっこうしんどい・・・・。
井口の言う通り、もっと身体を鍛えておけばよかった。
「菊池さん、僕が守るからな。」
漕ぐのに必死で後ろは見えないけど、でもきっと菊池さんは不安のはずだ。
だから元気づけようとした。
「僕が由香子ちゃんを見つける。だから大丈夫やで。」
「うん・・・あの・・・、」
「心配せんでええねん。僕が見つける。菊池さんだって守る。」
「あの高崎君・・・・、」
「だってな、僕は菊池さんを守らなアカンねん。そう決めたから。」
「なあ高崎君・・・・・、」
「僕はな、僕は・・・・・ずっと菊池さんのことが好きやってん!」
「え?いや、え・・・・、」
「最初はそうでもなかったけど、でも仲良くなって、手え繋いだりとか、デートっぽいことしたりとか・・・。
それでどんどん好きになっていってん!」
「うん、あの・・・・高崎君な・・・・・、」
「でもな、きっと最初から好きやってん。だってあの日、みんなで本骨ラーメン食べた時から、僕はずっと気になっててん。
菊池さんのこと、ずっと考えたりとか、会いたくなったりとか・・・、」
「いや、あの・・・え?」
「だからな、好きやねん!僕は菊池さん好きや!彼女になってほしい!」
「あの・・・・うん・・・・高崎君・・・・、」
「好きやー!好きなんやあー!」
なんでこんな場面で言っちゃったのか、自分でも分からない。
でもなんかこう・・・・言いたくなってしまったんだ。
ていうか我慢できなかった。
気持ちが熱くなって、顔とか頭とかが、燃えそうなほどだった。
だけど体力は減っていった。
ずっと本気で漕ぎ続けてるから、もう足がピクピクして・・・・、
「はあ・・・はあ・・・・好きやで・・・・。菊池さん、好きや・・・・。」
「え?あの・・・・うん、私も好きやで。」
遂に足に限界が来て、自転車が止まる。
僕は「はあ・・・はあ・・・」言いながら、菊池さんを振り向いた。
「それ・・・・その・・・菊池さんも・・・僕のこと・・・好きってこと・・・?」
「うん。」
「はあ・・・はあ・・・・マジで?」
「私も高崎君のこと好きやで。」
「そ、それは・・・・・友達として?それとも・・・・男として?」
「うん、あの・・・男として。」
「ほな・・・・僕の・・・・彼女になって下さい・・・・。」
「うん。」
胸がギュッと締め付けられる。限界まで締め付けられて、生暖かくてヌルっとしたものが、ブリュっと出てきた。
きっと感極まるって、こういうことを言うんだろう。
僕は自転車から降りる。
菊池さんを抱きしめて「好きや!」と叫んだ。
「好きや菊池さん!」
「うん、あの・・・・ちょっと恥ずかしいから・・・・、」
「僕、菊池さんを幸せにするからな!」
じっと菊池さんの顔を見つめて、そのままキスをした。
菊池さんはビクっとなって、石みたいに固まる。
ぼくはちょっとの間、抱きしめてキスしていた。
「ありがとう菊池さん。僕、菊池さんの為に強くなるからな。」
「あ、うん・・・・・。」
菊池さんはビックリして、顔を真っ赤にして、メトロノームみたいに揺れた。
でもすぐに「あのな・・・」と真面目な顔になった。
「由香子な、帰って来たんやって。」
「ん?」
「さっきな、お母さんから電話があって、家に帰って来たって。」
「・・・そうなん?」
「一人で家に帰ろうと思って、でも途中で道草してたんやって。」
「・・・マジで?」
「だからな、もう捜さんでええと思う。」
「ほなよかったやん!」
「うん、だからな、家に帰ろ。」
「そやな!」
「それとな、ずっとこのままやったら恥ずかしいから、ちょっと離れてほしい。」
僕は菊池さんを抱きしめたままだった。
だから慌てて離れて「ごめん」と言った。
「その・・・興奮して・・・、」
「うん。」
「キスもしてもた。なんか・・・・いきなりでごめんな。」
「うん。」
僕はまだ浮かれていたけど、でもちょっと冷静になってきた。
いきなり抱き付いてキスって、けっこうヤバかったかもしれない。
「あの・・・ごめん。」
「うん。」
「嬉しかったから・・・・、」
「家に帰ろ。」
「そやな。」
「でもな、その前に井口君の所に行かな。」
「そうやな。でもそれは俺だけでええわ。菊池さんまで行ったら、警察に話を聞かれるやろうから。」
「一緒に行こ。」
「でも僕は菊池さんを守らんとアカンから・・・・、」
「井口君友達やし。」
菊池さんは自転車から降りて、クルっと向きを変えた。
そして自分がサドルに座って、「行こ」と言った。
「あ、ええよ。僕が漕ぐから・・・・。」
「でもはあはあ言うてるから、しんどそうやから。」
「ほなちょっと待って。すぐ回復させるから・・・・、」
「でも井口君んとこ早よ行かな。」
「でも・・・・、」
「いっつもな、由香子を乗してるから大丈夫やで。」
「・・・・うん。ほな・・・、」
僕は後ろに跨る。
菊池さんはペダルを漕いで、悠遊と走り出した。
《ああ、これ・・・・僕より体力あるな、菊池さん。全然余裕やもん。》
そういえば山に登った時も、僕の前を歩いていた。
守るなんて言いながら、もしかしたら菊池さんの方が強いかもしれない。
《本気で井口に空手習おかな。》
嬉しくて、でもちょっと情けなくて、揺れながら自転車を漕ぐ菊池さんを見つめた。
コンビニに着くと、警察が来て大変なことになっていた。
ヤンキーはまだうずくまっているし、店員はビビりまくっているし。
そして肝心の井口は、なぜか堂々としていた。
警察に囲まれているのに、腰に手を当てて仁王立ちしている。
「行こか。」
「うん。」
僕らは井口の所に走る。
なんでこうなったのか話を聞かれて、とりあえず署まで来てって言われた。
その後にみんなの親やら学校の先生やらもやって来て、けっこう大事になった。
僕はお母さんに怒られ、井口はお父さんにシバかれた。
菊池さんのお父さんとお母さんもやって来て、由香子ちゃんも一緒にやって来た。
菊池さんは由香子ちゃんが無事だったことを喜んで、ずっと手を繋いでいた。
僕と菊池さんはすぐに帰されたけど、でも井口はコッテリ絞られた。
本当なら捕まるはずだったんだけど、相手のヤンキーたちが薬を捌いていたことがバレて、そっちの方が問題になった。
相手が相手だし、それに由香子ちゃんを助ける為に暴れたこと。(人違いだったけど)
それに警察にやって来た井口のお父さんが、ソッコーで井口をシバきまくって、警察やヤンキーたちに土下座したこと。
それに見た目は厳ついおっさんだけど、中身は中学生だってこと。
まあそういうのが重なって、どうにか逮捕だけは免れた。
けど家に帰ってから、捕まった方がマシだって思うくらいに、お父さんにシバかれたらしいけど・・・・。
とにかく由香子ちゃんが無事でよかったし、井口も逮捕されなくてよかった。
そして僕はというと、菊池さんと付き合うことになった。
菊池さんのお父さんが怒って、しばらく会わせてもらえなかったけど、でもお母さんがお父さんを説得してくれて、また会えることになった。
四月にかわって、桜が咲く頃、僕は菊池さんの家に行った。
もちろん井口と一緒に。
前から約束していた、お花見をする為だ。
僕、菊池さん、井口、由香子ちゃん。
本当は四人で行くはずだったけど、僕らだけにするのは危険ってことで、菊池さんのお母さんと、僕のお母さんも一緒に行くことになった。
出来るなら四人だけで楽しみたかったけど、まあこの前のことがあるから仕方ない。
お母さんが作ったお弁当を食べて、井口がまた由香子ちゃんに空手の型を教えたりして遊んだ。
ちなみに由香子ちゃんはズボンだったので、井口は少しガッカリしていたけど。
僕もよく喋ったし、菊池さんもたくさん笑った。
ほんとに楽しい花見だ。
だけど僕と菊池さんは付き合ってるわけだから、やっぱり二人きりになりたかった。
だから「ちょっと散歩してくる」って言って、菊池さんと二人で抜け出した。
満開に咲く綺麗な桜。
たくさんの花に囲まれた池を、二人で手を繋ぎながら歩いた。
「あんまり遠く行ったらアカンよ。」
僕のお母さんが言う。
僕は「はいはい」と言って、池の周りを歩いた。
桜を見上げると、メジロがたくさん止まっていた。
枝の隙間を器用に飛んで、キョロキョロ周りを見ている。
「可愛いな。」
「うん。」
グルっと池の周りを歩いて、田んぼに繋がる畦道に出る。
遠くには山があって、その手前にはただっ広い田んぼが広がっていた。
たくさん蓮華が咲いていて、畦道にも桜が咲いている。
その根元には菜の花が絨毯みたいになっていて、すごく綺麗だった。
「めっちゃ綺麗やな。」
「うん。」
「前にモネって人の絵え見たことあるけど、あれみたいな感じやわ。」
「うん。」
「ちょっと遠くまで行こか。」
「うん。」
畦道に降りて、田んぼの中を歩いて行く。
まるで天国みたいに花ばかりで、ミツバチとかモンシロチョウが飛んでいた。
菊池さんはキョロキョロして、ちょっとだけ揺れている。
でも楽しそうな顔をしてて、スマホで写真を撮っていた。
「ええの撮れた?」
「うん。」
「上手いやん。」
「ありがとう。」
僕らはずっと歩いて、山の近くまで来る。
小さな川が流れていて、山に続く小さな橋が架かっていた。
僕らはその橋に立って、キラキラ光る川を見つめた。
たまに魚が泳いでるのが見えて、また菊池さんが写真を撮った。
僕は写真を覗き込むフリをして、菊池さんに身体を寄せた。
すると菊池さんがこっちを見て、僕と目が合った。
ドキドキしてきて、僕は告白したあの時みたいに抱きしめた。
すると菊池さんも抱きしめてきて、柔らかい感触と、温ったかい感じが伝わってきた。
おっぱいの感触も伝わってきて、僕はちょっとエッチな気分になる。
そしてそっとキスをした。
菊池さんはビクっとして、僕は「ごめん」と笑う。
「うん。」
またキスをして、ちょっと舌を出して、すると菊池さんもちょっと舌を出してきて、大人がするようなキスをした。
ますますエッチな気持ちになって、僕のアソコがムズムズしてきた。
菊池さんはキスをやめて、「まだそういうのは恥ずかしいから」と俯いた。
「ああ、ごめん・・・・。」
「ええねん。でもちょっとの間は、キスだけでもええ?」
「うん、なんかごめん。」
「まだそういうのちょっと怖いから、また心の準備とか出来たら、またそういうことしてもええから。」
「うん、ごめんな。」
僕らはまた手を繋ぎ、春の景色を見つめた。
すると菊池さんが「あのな・・・」と言った。
「柴田君な・・・、」
「え?うん・・・・。」
いきなりアイツの名前が出てきてビックリする。
「柴田君な、四月になる前に引っ越してたやんか。」
「そうやな。中田は四月の頭やって言うてたのに。」
僕は思い出す。
由香子ちゃんの事件があった次の日、自分から柴田の家に行ったことを。
これ以上アイツの復讐にビクビクするのは嫌だったから、自分から会いに行ったのだ。
絶対に菊池さんに手え出すなって言うつもりで。
でも家まで行ってみると、様子が変だった。
誰も住んでいないような雰囲気で、門の苗字の所も、何もなくなっていた。
僕は勇気を出して、隣の家の人に聞いてみた。
そうしたら、柴田は3月30日に引っ越したって言われた。
よく家の周りにヤンキーとかがウロウロしていて、家の窓を割られたこともあったみたいだ。
お父さんの車に泥が付いてたり、家の前に犬のウンコがばら撒かれてたり。
ポストにエッチな写真が入ってたりとか、柴田の姉ちゃんがつけ回されたりとかもあったみたいだ。
そして柴田自身は、あんまり家から出なくなってたらしい。
出掛ける時は、必ずお父さんと一緒だったとか。
そういうことがあって、30日にはいなくなっていた。
僕らは柴田の脅威から解放されて、だからお花見に来ることが出来た。
でもどうして今になって、菊池さんの口からアイツの名前が出てくるんだろう?
僕は不思議に思って、菊池さんの顔を見つめた。
「あのな、柴田君な・・・・、」
「うん。」
「いっぺん家に来たんや。」
「家?誰の?」
「私の。」
「マジで!」
ビックリして変な声が出る。
「いつ?」
「由香子がおらんようになった日の、二日くらい前。」
「え?ほな春休みが始まって、ちょっと経ってからくらいやん。」
「うん。ちょうどお母さんがおらん時でな、そんでピンポンって家のチャイムが鳴って。
てっきり高崎君やと思って出たら、柴田君やった。」
「マジか・・・。ていうか大丈夫やったん?なんもされへんかった?」
「うん。最初ビックリしてな、だって高崎君が、柴田君が復讐に来るかもしれへんって言うてたから。」
「アイツならやりかねへんからな。だから毎日菊池さんに会いに行ってたわけやし。」
「それでな、私は怖くなったけど、でも家に誰もおらんからな。由香子もお母さんと一緒に出てたし。」
「うん・・・・。」
「だからどうしようって思ってたら、柴田君が『ごめん』って。」
「え?」
「酷いことして悪かったって。」
「アイツがそう言うたん?」
「うん。」
「・・・・・・・・・・。」
「それでな、俺はもうここにおられへんから、いちおう謝っとこうと思ってって。」
僕は驚きすぎて、何も言えなかった。
だって柴田が謝りに来るなんて、そんなの考えられなかったから。
でも菊池さんは続ける。
「柴田君な、自分が不良に見張られたりとか、家に酷いことされたりとか、出かける度に脅されたりとか、すごい怖かったって言ってた。」
「うん・・・・・。」
「それでな、自分がそういう目に遭って、私とか高崎君に、悪いことしてたって思ったんやって。」
「・・・・・・・・・・。」
「自分がイジメみたいな目に遭って、すごい怖くて、だからもうこの街にいたくないって。
でもな、自分もそういうことしてたから、バチ当たったんかなって思ったんやって。
だから引っ越す前に、謝りに行こうって思ったらしくて。」
「・・・・・・・・・・。」
「でもな、高崎君に謝りに行ったら、またあの怖い友達が出てくるかもしれへんから、謝る前に殴られたりとかするかもしれへんから、私の家に来たって。」
「マジか・・・・・。」
「だからな、高崎君にもごめんって言うてたで。私から伝えといてって。」
なんて言っていいか分からずに、流れる川を見つめた。
柴田が謝るなんて、そんなのまったく想像できない。
だから『ごめん』って言葉を、素直に受け取ることが出来なかった。
「あのさ・・・・、」
「うん。」
「それ、なんで今言うたんかなって。」
「なにが?」
「柴田が謝ったのって、もう何日も前ってことやんな。でもそれを今まで黙ってたのって、なんでかなって思って。」
僕には分からなかった。
だって僕は柴田の復讐を心配していたんだから。
だからこそ毎日菊池さんに会いに行ってた。
井口だって、SPみたいなマネして。
もっと早くそれを言ってくれれば、僕は安心できたのに。
菊池さんは「あのな」と言って、僕と同じように川を見つめた。
「それ言うたら、毎日高崎君が会いに来てくれへんようになるから。」
「え?」
「柴田君が復讐に来るかもしれへんから、いっつも会いに来てくれた。
それが嬉しくて、ずっと黙ってたんや。」
「そうなん?」
僕は驚き、「そんなん関係なくても、毎日会いに行くのに」と言った。
でも菊池さんは「そうじゃなくて」と僕を見つめた。
「高崎君が、毎日私を守る為に会いに来てくれるのが嬉しかったから。」
「え、ああ・・・、」
「でもな、由香子の事件の時に、高崎君が好きって言ってくれて、私も好きって言って、それでキスまでして。」
「ああ、あの時はごめん。なんか舞い上がってて・・・・、」
「ビックリしたけどな、でも嬉しかった。
だからな、もう柴田君のこと言うてもええかなって思って。」
「・・・・・・・・。」
「黙っててごめんなさい。」
すごく申し訳なさそうな顔で、ぺこっと頭を下げる。
僕は菊池さんの頭を見つめながら、《菊池さんって、つむじが左巻きなんやな》なんて、全然関係のないことを考えていた。
肩までの髪が下に揺れて、僕はその髪に手を伸ばした。
そっと触ると、細くて柔らかい感触が伝わってきた。
柴田が謝るとか、イジメられてた事とか、今となってはどうでもよかった。
ただ目の前に菊池さんがいて、柔らかいキスの感触とか、抱きしめた時の温ったかさとか、それに一緒に話したりとか、もうそれがあればよかった。
菊池さんはまだ頭を下げていて、僕はまだ髪を触り続ける。
そして髪から手を離して、手を握った。
「怒ってなんかないで。だから謝ったりせんといて。」
「でもお婆ちゃんが、嘘ついたりした時は、ちゃんと謝りなさいって。」
「別に嘘ちゃうやん。喋らへんのは嘘とは違うから。
それにな、僕も毎日菊池さんに会いに行けてよかった。
柴田から守らなって、そう思って、強くなりたいと思ったし。
だからな、全然悪いことちゃうで。謝らんでええねん。」
「うん・・・・。」
菊池さんは顔を上げる。
まだ申し訳なさそうにしていて、ちょっとだけメトロノームが入る。
僕は握った手を引いて、菊池さんとくっ付いた。
「ずっと一緒におろな。」
「うん。」
「みんなの所に戻ろか。」
「うん。」
「そんで帰ってゲームしよか。」
「またマリオやって。」
「一緒にやろ。」
「高崎君がやってるの見てるのが楽しい。」
菊池さんの手を引きながら、来た道を戻って行く。
花でいっぱいの畦道は、この世じゃないみたいに思える。
天国か楽園みたいで、菊池さんと手を繋いだまま、ずっと歩いていかった。
ちょっと強く握ると、菊池さんもちょっと強く握り返してくる。
柔らかくて、温ったかくて、もっとくっ付きたくて、身体を寄せた。
菊池さんは少しだけ揺れて、小さなリズムを刻む。
春が鳴くように、ゆるい風が吹いた。
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