不滅のシグナル 最終話 不滅のシグナル(3)
- 2017.05.02 Tuesday
- 10:43
JUGEMテーマ:自作小説
威厳に満ち、それでいて険しい。
子孫たちは黙って耳を傾けていた。
自分たちが信じる神の言葉。
誰もが真剣な目で喜衛門を見つめていた。
喜衛門は争いをやめるようにとは言わなかった。
長く続いた子孫たちの因縁。
それは最早、神たる自分の言葉でも止められないと分かっていた。
ならばやることは一つ。
自分をルーツとする、不思議な力を持った子孫たちから、その力を奪う以外にない。
全ての仏像と御神体を破壊すれば、力の継承は止まる。
例え喜衛門の血を引いていても、時代と共にその血は薄くなり、人知を超えた力は消滅する。
《今日、ここで最後の御神体が壊された。せやけど悲しむ必要はない。
こんな大昔のジジイに縛られて、争いを続けることはなくなるんや。
みんな普通の人間になって、普通に生きる。それでええんや。》
耳に馴染みやすい声で、大勢の子孫に語り掛ける。
誰もが困惑する中、あの若い男だけが反論した。
「でも俺たちはあなたの子孫です。その力を受け継ぐ義務があるんです。
この力はぜったいに役に立つんですよ。
人の色が見えるとか、幽霊を従えるとか。
これを活かせば、世の中はもっと良くなるはずなんです。
ただそれを邪魔する奴らがおるから問題で。」
そう言って対立する子孫たちを睨んだ。
「喜衛門さんの力は元々神道系のモンですが、仏派のモンの方が上手く使えるんです。
それやのに、こいつらはいつまで経ってもそれを理解せえへん。」
憎しみの目で神道系の子孫たちを睨む。
「元凶はこいつらにあるんですよ。」
すると白髪の男が「何を言うか!」と怒鳴った。
「そっちが無理矢理横取りしようとしてきたんだろう!争いの原因はそちらにある。」
「お前らじゃ喜衛門さんの力は使いこなせへん。だから俺らが・・・・、」
「百歩譲ってそうだとしても、そっちにだって喜衛門の力を宿した仏像があっただろう。
御神体は私たち神道系の子孫達が預かる物だ。それをどうして仏派の人間が奪おうとするのか・・・・、」
「それを言うなら、俺たちの仏像を破壊したのは誰だ?お前たちの仲間だろう?」
「先に奪おうとしたのはそちらだ!私たちに否はない!」
「ほら、すぐにこれだ。話し合いにもならない。」
「それはこちらのセリフだ!」
二人の言い争いはエスカレートして、周りの者達まで喧嘩を始める。
喜衛門はため息をついて、田所を振り返った。
《というわけや。儂の言葉でさえ止めることは出来へん。》
「誰もかれもが、あんたの力が欲しくてたまらんのですね。それで憎しみに突き動かされて・・・・。」
《こいつらは悲しい連中や。儂の力は人知を超えたモンではあるが、今の世の中にはもっと大きな力がある。
儂のおった時代より、はるかに文明が進んでるんやからな。今さらこんなカビ臭い力を欲しがって・・・・・アホな連中やで。》
憐れむように首を振り、《お前には迷惑かけたな》と労った。
《もうこれで終わりや。レプリカに残された力も、時間と共に消える。
これから先、誰も儂の力に悩まされることはないやろう。》
「ほなもう・・・・、」
《この世には戻って来おへん。安桜山神社には、いつか新しい祭神が来るやろう。儂はもうお払い箱や。》
「あなたはそれでええとして、この人らはどうするんですか?きっと納得しませんよ。」
《しばらくは争うやろな。でも儂の力は消えるんや。いつか争うのがアホらしいなって、勝手にやめるやろ。》
「でもそれまでにまた死人が出たりはしませんか?この町みたいに、無関係な人らが巻き込まれたり。」
《するかもしれへんな。》
「・・・・失礼ですが喜衛門さん。このまま消えるのはあまりに身勝手やと思います。
あなたはまがりなりにも神様やのに、子孫らをほったらかしにするなんて。」
《どうすることも出来へん。》
「ほんまに方法がないんで?」
《無いことはない。》
「例えば?」
《ここにおる子孫どもを、全員殺すとかやな。》
「そんな・・・・、」
《やろう思たら出来るで。みんな鳥居の中や。もういっぺん呪いで満たせば、一瞬で世行きや。》
「それはやり過ぎでしょ。この人らはあんたの子孫なんですよ。」
《ほな放っていくしかないな。》
「・・・・・・・・。」
《納得できんか?》
「どうにか命を奪わずに解決出来んもんですか・・・・?」
田所は眉を寄せる。
呪いで皆殺しにするしか、子孫の争いを止めることが出来ないなんて、頷くことは出来ない。
《こいつらほんまにアホや。こんな時にまでまた喧嘩を・・・・、》
口喧嘩から殴り合いになり、殴り合いから殺し合いにまで発展しそうだった。
田所は思う。
いったいどうしてここまで狂うことが出来るんだろうと。
同じ祖先を持つ仲間ではないのか?
どこまで争えば気が済むのだろうか?
《これが人間や。考えるだけ無駄やで。》
喜衛門に言われ、「そういうもんですか?」と見つめる。
《賢いようでアホやし、学んでもすぐに忘れよる。一時は改心したって、またおんなじことを始める。
新しい世の中が来たと思っても、そのうち気づくねん。ああ、これはいつか来た道やってな。》
「そんな虚しい生き物ですか?人間は・・・・。」
《虚しいというより、ただのアホや。真剣に考えるだけ損するで。》
喜衛門は《ほな儂はこれで》と手を挙げる。
《お前もいつか天に来る。そんときゃ酒でも注いだるわ。》
「喜衛門さん、もう二度と降りて来んといて下さいね。」
《分かってるがな。》
「それと美由希らによろしくお伝えください。助けてくれてありがとうって。」
《それも分かっとる。》
そう言って陽炎のように消えていく。
田所は手を叩き、じっと頭を下げた。
そして目を開けると、レプリカから光が失われていた。
妖しい輝きは消え去って、薄汚れたただの鏡に戻っている。
田所はその鏡を持って、ゆっくりと立ち上がる。
子孫たちはまだ争いを続けていて、とうとう死人が出てしまった。
若い男の腹にナイフが刺さって、あの世へ旅立ってしまった。
仏派の人間は悲鳴をあげ、それと同時に怒り狂う。
ガタイの良い男が銃を撃って、白髪の男の頭が吹き飛んだ。
「殺せ!皆殺しにしろ!」
「お前らこそ死ね!」
暴力と殺戮、争いはエスカレートして、田所はうんざりと首を振った。
「もう好きにせえ・・・・。」
こんな馬鹿な争いに付き合うだけ無駄というもの。
さっさとその場から退散した。
山を駆け、国道まで出る。
一目散に安桜山神社まで走り、レプリカの御神体を戻した。
「またいつか、別の神さんが宿るやろ。その時、この町を護ってやって下さい。」
いつか来るであろう神に、六度目の神頼みをする。
そして車に乗り込んで、この町を後にした。
・・・・それから二日後、田所は神戸駅にいた。
険しい顔をしながら、売店で買った新聞を広げていた。
『山間の小さな町で大量死!地下から漏れた有毒ガスが原因か?』
新聞にデカデカと載った文字。
そしてあの町の写真。
駅のベンチに座りながら、田所は唸った。
「有毒ガスなあ・・・・。そら不思議な御神体を巡って殺し合いとは、誰も思わへんよな。でもなんでガスなんやろ?」
不思議に思っていると、後ろから誰かに肩を叩かれた。
「ちょっといいですか?」
振り向くと、若い女が立っていた。
その女を見た瞬間、田所は雷に打たれたように痺れた。
「あんた・・・・、」
「あの町にいた者です。」
それは若い男に耳打ちされて、寺へと走っていったあの女だった。
「・・・・俺を殺しに来たか?」
身構えると、女は「いえ・・・」と首を振った。
「もう御神体はないし、あなたを殺したって戻るわけじゃないし。」
「ほななんで追いかけてきた?」
「偶然です。」
「嘘つけ。」
「ほんとです。あの町は今は誰も入れなくて、警察や検事さんでいっぱいなんです。それに政治家の人も。」
「政治家?」
「喜衛門の子孫の中には、そういう人とコネを持つ人がいるんです。
そもそも国の偉い人達は、喜衛門のことは知っていますから。」
「そうなんか?」
「その新聞、有毒ガスって書いてあるでしょう?」
「おお、えらい意味不明やなと思ってるんや。なんでガスなんかなって。」
「なんでもいいんですよ、大量死に説明が付くような言い訳なら。
だって真実がバレたら、コネを持ってた偉い人まで追求されるかもしれないから。」
「ああ、隠蔽っちゅうわけか?」
「そういうことです。」
女は隣に座って、「私も遠くへ行こうと思って」と言った。
「あの町にいたほとんどの子孫が死にました。」
「やろな、アホみたいに争ってたから。」
「でも生き残った人もいます。喜衛門を呼び戻そうとする人もいれば、もう関わりたくないっていう人もいるし。」
「あんたはどっちや?」
「私はもういいかな。あれだけ人が死ぬのを見せつけられると、ちょっとなんていうか・・・・、」
「いつ自分が死ぬか分からんと、怖あなったか?」
「それもあるし、それになんか馬鹿らしくなって。もう喜衛門はいないんだし、仏像も御神体もないんだし、関わっても仕方ないかなって。」
「そらええこっちゃ。あんたまだ若い、まともに生きるべきやで。」
新聞を畳み、近くのゴミ箱に捨てる。
「読んでたら気が滅入ってくるわ。」
「あなたはずっと喜衛門に関わってたんですよね?」
「ずっとっちゅうか、あの町におる間だけな。色んな厄介事を押し付けられたもんや。」
「後悔してますか?」
「何を?」
「喜衛門とか、私たち子孫に関わってしまったこと。」
「後悔っちゅうか、面倒くさいなあ思ったわ。これ、今やから言うけどな・・・・、」
田所は小声になる。
女は耳を近づけた。
「喜衛門って絶対に疫病神やろ?神さんは神さんでも、傍におられたら困る神さんや。」
そう言うと、女はクスっと笑った。
「そうかもしれません。」
「・・・・で、あんたはこれからどうするの?あんな殺し合いがあったんやから、警察に捕まったりとかは?」
「無いです。だって有毒ガスですから。」
「なるほど、偉い人らは、何がなんでも事故にしたいわけか。」
「そういうことです。そもそも喜衛門に関することはタブーが多いんです。
そして今回のことで、最後の御神体が破壊された。
厄介なものが消え去ってくれて、喜んでる人もいると思いますよ。」
「偉い人の中にか?」
「偉い人もそうだし、子孫の中にも。」
「そうか・・・。なんや俺にはよう分からん世界や。」
「分からなくていいと思います。私もこれからはそういうのに関わらずに生きていこうと思いますから。」
女の口調は淡々としている。
田所は腕を組み、「嬉しそうやな?」と睨んだ。
「なんか企んでる顔や。」
「そんな。」
「あんた・・・・ほんまは喜衛門が戻って来てくれるのを望んでるんとちゃうか?」
「まさか。」
「あの子孫どもは、喜衛門の狂信者みたいなもんや。あんたかてその一人やろ?
ほな喜衛門が消えたいう事実を、そない簡単に認められるとは思えんけどなあ。」
「子孫っていったって、みんな同じじゃないですよ。ただ同調圧力が強いから、喜衛門に関心がなくても、そうだとは言えない空気だったんです。」
女は立ち上がり、「迷惑だったらごめんなさい」と頭を下げた。
「何が?」
「なんとなく誰かと話したかったんです。喜衛門や、私たちの事情を知る人と。」
「それで話しかけてきたんか?」
「あなたって人が好さそうだから、話くらいなら聞いてもらえるかなって。
でもご迷惑だったみたいで・・・、」
「迷惑やな。俺は喜衛門にもあんたらにも関わりたあない。もういかがわしいもんはゴメンなんや。」
田所も立ち上がり、女に近づく。
「だからな・・・・、」
そう言って手を伸ばし、女のポケットから何かを奪った。
「こういうことはゴメンや。」
田所はナイフを握っていた。
女の目の前に突き付けて、ユラユラと振ってみせる。
「ただ話を聞いてほしいだけで、こんなモンが必要になるか?」
「・・・・・・・。」
「殺すつもりで追いかけてきたんやろ?」
ナイフをゴミ箱に投げ捨てる。
女は小さく舌打ちをして、一目散に逃げていった。
「何が話したかったや。お前らそんなタマちゃうやろ。」
あれだけバンバン人が死ぬような場所にいた連中だ。
ならば繊細な神経など持ち合わせているわけがないと思った。
田所は後ろを振り向き、「忠告ありがとう」と言った。
「危うく刺されるとこやったわ。」
《ええって。》
あの少年がニコリと笑う。
美由希と手を繋ぎながら、《助かってよかったな》と頷いた。
「ほんまに。それもこれも、お前らのおかげや。」
《俺ら天国で待ってるからな。いつかおっちゃんも来てな。》
「いつかな。」
ニコリと頷くと、美由希が《私も・・・・》と言った。
《私も待ってる。でもその時まで、しっかりと自分の人生を生きて。》
「そやな、もうゾンビみたいな生き方は終わりにして、ちょっとは前向かなあかんな。」
《生きてるってええことよ。それを忘れんといて。》
二人は手を振りながら消えていく。
肉塊となった彼女の夫も、別れを告げるようにウネウネと動いた。
「またいつか。」
帰らない者達に別れを告げて、やって来た電車に乗り込む。
窓際の席に座り、動き出した景色を眺めた。
今、田所には何もない。
愛する人も、纏わりついていた幽霊さえも。
ようやく嫌なことが終わって、しばらく旅に出たい気分だった。
だから車も売ってしまって、路銀に換えた。
こうして電車に揺られながら、ぼんやりと景色を眺める旅をしたかった。
あの町に行くまで、神様だの幽霊だのと関わるとは思わなかった。
自分の人生で、こんなオカルトじみた出来事が待っていたなんて、一ミリたりとも想像していなかった。
今、色んなものが周りから消えて、とてもスッキリした気分だった。
濁流が押し寄せ、もう嫌だと思っていたのに、事が終われば何もかも平ら。
余計な荷物を背負わなくていいというのは、最高の喜びであった。
田所はぼんやりと景色を眺めつづける。
過行くビル、遠くに見える山。
なんだか瞼が重くなってきて、微睡み始めた。
・・・・夢か現か、微睡む中であの神社が見えた。
安桜山神社。
その境内に美由希や少年の霊が立っていて、手を振っている。
桜が咲き誇り、鮮やかな彩の中で、別れを告げている。
田所も手を振り返した。また会おうと。
・・・やがて美由希たちはいなくなる。
それと同時に桜が散って、冬に変わった。
田所は少し離れた国道に立ちながら、舞い散る雪を見上げた。
かつて喜衛門の作った天国にいた時のように、絵画のように美しい冬だった。
雪は瞬く間に積もり、何もかも白く染めていく。
真っ白な景色の中、安桜山神社だけが浮かんで見える。
雪は光を反射して、ダイアモンドのように輝いている。
田所はじっと見ていた。
喜衛門の消えたあの神社を。
・・・・やむことのない雪。
いつまでも降り続ける小さなダイア。
そんな中、一際大きな雪が、神社の中に吸い込まれていった。
その瞬間、本殿が眩く光った。
《新しい神さんが・・・・・。》
祭神が不在となった神社に、新たな神が降りた瞬間だった。
境内は妖しい輝きに満ちて、雪まで妖艶に輝く。
美しい雪景色は、一瞬にして魔性の景色に変わった。
見ているだけで、心まで・・・・いや、魂まで吸い込まれそうな、異常なまでに美しい景色に。
人知を超えたものが、再びこの世にやって来る。
喜衛門がいなくなっても、別の何かが訪れる。
新たにやって来た神がもたらすのは、幸か不幸か?
・・・・田所は考えるのをやめた。
この先、人知を超えたものが何を引き起こすのか?
それは神のみぞ知る。
ただ一つ確かなのは、あの神社は不滅であるということ。
今の神がいなくなれば、また別の神が降りてくる。
御神体に宿り、妖しい輝きを放ち、その魔性で人を惹きつける。
彷徨う魂を共鳴させるシグナルのように。
・・・・微睡みの中、田所は神社に背を向けた。
ザクザクと雪を鳴らしながら、遠くまで伸びる国道を歩いていく。
もうこの町に来ることはない。
関わることもない。
自分ではない別の誰かが、自分と同じような役目を果たし、また新たな神を降臨させるだけ。
田所は寒気を覚え、白い息で手を温めた。
背中を向けていても、安桜山神社から強烈な光を感じる。
気を抜けば、再び引き寄せられそうなほどに・・・・。
人知を超えた、不滅のシグナル。
田所は誓う。
もう決して振り向かないと。
人を超えたものには、二度と関わりたくない。
歩く度、ザクザクと雪が鳴る。
冷たい手を温めながら、逃げるように足跡を伸ばしていった。
- 不滅のシグナル(小説)
- -
- -