勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 最終話 タヌキの恩返し(2)

  • 2017.07.01 Saturday
  • 10:59

JUGEMテーマ:自作小説

空が夕焼けに染まっている。
地平線へ消えていく陽が、美しい絵を描いている。
流れる雲もオレンジに染まって、童謡の『赤とんぼ』を思い浮かべた。
あれも夕焼けを歌った歌だ。
幼い頃、よく子供番組で流れていた。
俺は『赤とんぼ』を口ずさみながら、家路についていた。
「思ってたより遅くなっちゃったな。」
家を出た時はまだ明るかったのに、空は夜を迎える準備に入っている。
マサカリは「いいじゃねえか」と言った。
「おかげでたんまり散歩が出来た。」
「私もお昼寝気持ちよかったわ。天気の良い日に外で寝るのは最高よね!」
「俺も満足だぞ!たんまりミミズのブルーレイ借りたからな!」
「私は不満よ。なんで全部ミミズなのよ。そんなの一枚で充分でしょ。他に見たい奴があったのに。」
「まあまあ、また借りてやるから。」
俺はブルーレイの袋と一緒に、ケーキの入った袋を揺らした。
トコブシヤって店の、すごく高いケーキだ。
《マイちゃん甘い物好きだからな。きっと喜ぶはずだ。》
ルンルンと鼻歌を歌いながら、マンションに入る。
エレベーターに乗り、最上階まで来て、部屋の鍵を取り出した。
「ただいま!」
ドアを開けると、中はシンと静まり返っていた。
「あれ?」
いつもなら「お帰り!」って飛び出してくるはずなのに、返事がない。
「寝てるのかな?」
ドアを閉め、「マイちゃ〜ん!」と呼ぶ。
しかしリビングに行くと誰もいない。
「おかしいな?」
仕事場を覗いてもいないし、他の部屋にもいない。
「トイレかな?」
そう思ったけど、どうも違うようだった。
《暗くなりかけてるのに、電気が点いてない。なんでだ?》
出掛けてるのかなと思ったけど、鍵は俺が持ったままだ。
合鍵は渡していないから、外に出たなら入って来れない。
「どこ行ったんだろ?」
もしかしてオートロックであることを忘れて、外に出てしまったとか?
それか急用が出来て、家に帰っちゃったとか?
《いや、それもないか。だってケータイ持ってるからな。何かあったら連絡してくるはずだ。》
動物たちも「コマチは?」と、キョロキョロ部屋を見渡す。
「ちょっと心配だな。」
電話を掛けてみようと、荷物をテーブルに置く。
その時、ふと何かが目に入った。
「これは・・・・・・。」
テーブルの上に、金印が置かれている。
光を失い、ただの鉄のようになった金印が。
そしてその下には、紙が挟まっていた。
まるで手紙のように、二つに折ってある。
「・・・・・・・・・・。」
嫌な予感がする・・・・・。
動物たちも何かを察して、神妙な顔になる。
俺は手を伸ばし、金印を掴む。
そして二つ折りの紙を手に取り、ゆっくりと開いてみた。
どうやら二枚重なっているようで、そこには彼女の丁寧な字が並んでいた。

            *****

『悠一君へ〜
大きな仕事を終えて、お疲れ様でした。
あの時はどうなることかとヒヤヒヤしたけど、悠一君が無事に戻って来てくれて本当によかったです。
私の家まで迎えに来てくれた時、泣きそうなほど嬉しかったです。
そしてカモンのこと、本当に辛かったね。
いつかお別れするって分かってても、実際にその時が来ると、深い深い悲しみに襲われるものです。
だけどカモンはきっと幸せだったと思います。
悠一君、それにマサカリやモンブランや、チュウベエやマリナ。
みんなと過ごした日々は、きっとかけがえないのない宝物だったはずです。
それは悠一君も同じだろうし、他のみんなも同じだと思います。
悠一君は、あのたまきさんからお墨付きをもらうほど立派になりました。
それは今までいっぱい頑張ってきたからだと思うし、その中ですごく成長したからだと思います。
本当にすごく逞しくなって、私だって免許皆伝をあげたいくらいです。
もう悠一君は一人前です。
きっと一人で何でもやっていけるだろうし、これからもどんどん立派になっていくと思います。
でもね、そんな悠一君を見ていて、私はちょっぴり悔しくなりました。
大きな力を秘めていても、全然それを使いこなせなくて、いつも空回りばっかりです。
頑張ってるつもりなんだけど、結局は悠一君に迷惑をかけてしまいます。
そんな自分が嫌になってきて、でも悠一君はどんどん前に進んで、だからやっぱりちょっと悔しいなって気持ちが出てきました。
でも誤解しないで下さい。悠一君を嫌いになったとか、そういうことじゃありません。
今でも大好きだし、ずっとずっと一緒にいたいと思っています。
だけど私だって成長したい。
せっかく幻獣に生まれたんだから、もっともっとこの力を活かせるようになりたい!
私はこれから一年間、お母さんの元で修行します。
聖獣になれば、金印なしで人間界にいられるから。
でも今は、それだけが理由で聖獣になりたいと思っているわけじゃありません。
私自身が、もっともっと強くなって、成長したいんです。
頑張れば、前より強くなれる。大きくなれる。
悠一君を傍で見ていて、そう思いました。
だったら私だって、頑張って強くなりたいです。
空回りばっかりする駄目タヌキじゃなくて、幻獣の名に恥じないようなタヌキになりたいんです。
だからすぐに修行に入ります。
ビシバシ鍛えてもらって、立派な聖獣になる為に。
本当なら今日はずっと一緒にいるはずだったけど、でもこんな手紙を残して帰ってしまうこと、どうか許して下さい。
だってこのまま悠一君と一緒にいたら、明日も明後日も一緒にいたいと思うようになってしまうから。
だから・・・・本当にごめんなさい。
きっと怒ってるだろうけど、ほんとにほんとにごめんなさい。
私は頑張る。だから悠一君も動物探偵を頑張って下さい。
これからもたくさんの動物を助けてあげて。
一緒に過ごした一年間、とっても楽しかったよ。     小町舞
追伸  その金印を持って、九女御霊神社に行ってみて下さい。
    そして本殿の左奥にある、オレンジ色の社にお供えしてみて下さい。
    きっと良いことが起こるはず!』

            *****
一枚目の手紙には、マイちゃんの想いが綴られていた。
それを読んだ俺は「怒ってなんかないよ」と呟いた。
「マイちゃんにはマイちゃんの夢や、目指したいものがある。だから怒るわけないじゃんか。」
一年修行して、彼女は聖獣になる。
大変な道のりだろうけど、でもきっと成し遂げるはずだ。
あれだけ真面目で、才能があって、そしてワラビさんに鍛えてもらうんだ。
だったら聖獣になれないわけがない。
そして金印なんかなしで人間界にいられるくらいに強くなって、また戻って来てくれる。
一枚目を読み終えて、二枚目を読もうとした。
でもこちらには妙なことが書かれていた。
『この手紙には、私の勝手な妄想が詰まっています。
ほんとに下らない妄想なので、読みたくなければ捨てて下さい。
だけど私の妄想に付き合ってくれるのなら、金印をかざしてみて下さい。
あ、だけどもし読んだとしても、真に受ける必要はないからね!』
なんか意味深なことが書いてある・・・・・。
《マイちゃんよ、こんな書き方をされちゃあ誰だって読んじゃうよ。》
俺は金印を見つめて、手紙の上にかざしてみた。
すると力を失ったはずの金印が、一瞬だけ光った。
「うお!なんで・・・・、」
驚いていると、マサカリが「見ろ!」と叫んだ。
「手紙が変だぜ!」
俺はじっと目を凝らした。
金印の光を受けた手紙は、様子が変わっていった。
最初に書かれていた文字が消えて、別の文字が浮かんで来る。
それは金色に輝いていて、マイちゃんが力を解放した時にそっくりだ。
「すげえ!まるで手品みてえだ!」
「ねえ悠一!なんて書いてあるの!」
動物たちは興味津々に身を乗り出す。
俺は黄金色の神々しい文字を、じっくりと読んでいった。

            *****

『この手紙を読んでいるってことは、私の妄想に付き合ってくれるってことでいいんだよね?
ほんとのほんとに勝手なことを書いてあるけど、全部私の戯言です。
だから真に受けないでほしいし、すぐに忘れて下さい。
では妄想語りを始めます。
あのね、私はずっと前から感じてたことがあって、それは悠一君の私への想いです。
私は悠一君が大好きで、結婚できることになってすごく嬉しいです。
だけど悠一君の方はどうなのかなって?
悠一君も私を好きだって言ってくれるけど、でもその気持ちは女の人に対する好きとは違うものなんじゃないかって思うことがあるんです。
悠一君の目はいつも優しいです。
こんなダメな私を励ましてくれるし、いつでも心配してくれるし。
それはすごく嬉しいことだけど、でも不安なことでもありました。
私を見るその優しい目は、好きな女の人を見る目ではなくて、動物を見る時の目にそっくりだからです。
マサカリ、モンブラン、カモン、チュウベエ、マリナ。それに今まで助けてきたたくさんの動物たち。
みんなを見る悠一君の目はとても優しくて、そして・・・・それは私にも同じでした。
私を見るその目は、動物を見る時と同じでした。
私が勝手にそう思ってるだけかもしれません。
でもどうしてもそんな風に感じてしまうんです。
そう感じる気持ちは日に日に膨らんで、その時こう思いました。
悠一君は私のことを、女の人として好きなんじゃないって。
マサカリやモンブランと同じように、動物として好きなんじゃないかって。
私はタヌキです。
人間に化けられるけど、正体はタヌキです。
だからきっと、私のことも動物として見ていたんじゃないかって感じるんです。
悠一君は大の動物好きだから、いつだって優しい目で見つめます。
でもその目は、私にとってちょっと辛い時がありました。
覚えていますか?去年の夏に、お稲荷さんと揉めて大変な目に遭ったことを。
あの時、遠くに離れていた藤井さんが戻ってきて、悠一君はとても嬉しそうでした。
そして藤井さんを見つめるその目は、動物を見る目とは全然違うものでした。
一人の女の人を見る目っていうか、動物への愛とは全然違う優しさがこもっていました。
こんなこと言うと笑われるかもしれないけど、私だっていちおう女です。
だからですね、なんていうか・・・・そういう所はピンときちゃうんです。
ああ、悠一君にとって、藤井さんは特別な人なんだなあって。
でも私は悠一君が好きで、だからこの一年間、一緒に動物探偵をやってきました。
藤井さんを見つめていたあの目で、いつか私のことも見てくれるんじゃないかって。
でもね、やっぱりあの目で見つめられることはありませんでした。
私を見る悠一君の目は、やっぱり動物を見つめる時のままで、優しいけど女の人への愛じゃないように感じました。
だから・・・・悠一君は私のことをどう思っていますか?
私は悠一君が好きです。男の人として好きです。
悠一君はどうですか?私のことを女の人として好きですか?それとも動物として好きですか?
答えを聞くのはすごく怖いです。
面と向かって尋ねる勇気がありません。
だからこんな手紙を残しました。
私は今から霊獣の世界へ帰ります。
聖獣を目指して一生懸命修行します。
一年間でなれるかどうか分からないけど、でもやり遂げるつもりで頑張ります。
私は自分の道を目指します。
悠一君も自分の道を目指して頑張って下さい。
一年後、私は悠一君に負けないくらいに成長できるほど、修行に励むから。
そして聖獣になったなら、その後は神獣を目指すつもりです。
こっちはすごく時間がかかると思います。
いくらお母さんに鍛えてもらっても、一年ではすまないでしょう。
悠一君、私は私の世界で生きていこうと思います。
だからもうここへは戻ってきません。
いきなり出ていくなんて、なんて酷い奴だって怒ってるでしょう。
私から結婚してって言ったクセに、私から婚約破棄するなんて、なんて酷い女だって怒ってるでしょう。
でも心配しないで下さい。
私のことなんてすぐ忘れます。
悠一君はもう自分の道を歩んでいて、たまきさんから認められるほど立派になったんだから。
だからきっと、一年後には私のことなんてどうでもよくなっているはずです。
そういえばあんなタヌキもいたなあなんて、ぼんやり思い出しながら、仕事に精を出しているでしょう。
だけどこのままお別れするのは、あまりに勝手過ぎるし、迷惑を掛けると思います。
だからささやかだけど、お礼をさせて下さい。
その金印を持って、九女御霊神社に行ってみて下さい。
そしてオレンジ色の社の前に、お供えしてみて下さい。
実はあの社には、不死鳥の末裔の神様を祭ってあるんです。
その神様にお願いすれば、あなたと彼女にかけられた呪いが解けるかもしれません。
きっとなんのことか分からないですよね。
でも分からないままでいいです。言っちゃダメだって、たまきさんとの約束だから。
だけどそうすることで、悠一君は本当に好きな人と結ばれることが出来るはずです。
これは一年間お世話になった、私からの恩返しです。
一緒に過ごした時間、本当に楽しかったよ。
きっとこの先もずっと忘れないと思う。
私は霊獣の世界で、お父さんとお母さんと一緒に幸せに暮らします。
だから悠一君も幸せになって下さい。
その金印を使えば可能なはずだから。
時を超えて、想いが結ばれるはずだから。
そうすれば、きっと幸せになれるはず。
今まで本当にありがとう。これからも動物探偵を頑張って!
さようなら、悠一君。』

            *****
手紙を読み終えると、黄金色の文字が消えていった。
消しゴムにかけられたみたいに、真っ白な紙に戻っていく。
「・・・・・・・・。」
俺は白紙になった紙を握り締める。
するとマサカリが「どうすんだ?」と呟いた。
「その金色の文字、俺にも読めたぜ。」
「私も。」
「俺もだ。」
「読んでいいのか悪いのか、分からない内容だったわね。」
動物たちは俺を見つめる。
その目は何かを促しているようだった。
「・・・・・・・・。」
俺は立ち上がる。
真っ白になった手紙を睨み、ビリビリに破いた。
それをゴミ箱に捨てると、玄関に向かった。
「悠一。」
マサカリが呼ぶ。
振り向くとみんな一列に並んでいた。
「俺はアホだな。全然彼女の気持ちを分かってなかった。
こんなに悩んでたのに、まったく気づかないなんて・・・・。」
遠い昔、似たような間違いを起こした気がする。
そいつはずっと一人で寂しがっていて、俺はまったくそれに気づかない。
空白になった記憶の中に、かすかにそう浮かんだ。
「行ってくる。」
動物たちに頷いて、一目散に駆け出した。
《駅はそう遠くない!どうか間に合ってくれ!》
かすかな希望を灯して、車を走らせる。
夕暮れ時の駅からは、たくさんの人が吐き出されていた。
俺は車から飛び出し、駅の中に駆け込んだ。
「ちょっとあんた!切符は!?」
駅員さんに止められて、「これで!」とお金を渡す。
構内を抜けて、岡山方面に向かうホームに駆け下りた。
広いホームを見渡す。すると・・・・・、
「・・・・・・いた。」
ポツンとマイちゃんが佇んでいる。
電車の前に立ち、吐き出される人を見つめている。
そして人の波が途切れると、中へ乗り込もうとした。
「マイちゃん!」
大声で叫ぶと、驚いた顔でこっちを見た。
「悠一君・・・・・。」
俺は駆け寄り、彼女の手を掴む。
間一髪・・・・。
彼女の手を引き、電車から下ろす。
「悠一君・・・・。」
マイちゃんはキツネにつままれたような顔をしている。
ドアが閉じ、電車が動き出す。
大きな音を立てながら、遠くへ走り去った。
「・・・・・手紙、読んだよ。二枚目も。」
「・・・・・・・。」
「帰っちゃうの?霊獣の世界に。」
「・・・・・・うん。」
「もう戻って来ないの?」
「・・・・・・・・・。」
マイちゃんは顔を上げない。
ポンと尻尾が生えてきて、近くにいた人が驚いていた。
「私・・・・タヌキだから。」
「知ってるよ。」
「だから・・・・動物としてしか見てもらえないんだって・・・・。」
「そんなことない。」
「でも藤井さんを見る目と、私を見る目は全然違った・・・・・。
どっちかっていうと、動物を見るみたいな目で・・・・・。」
悲しい声で言って「それは辛いから・・・」と顔を上げる。
「でもいいの。だってコレだもん。そういう風に見られても仕方ない。」
尻尾を動かしながら、無理に笑ってみせる。
「悠一君には好きな人がいて、その人と結ばれるのが一番幸せなことだから。
だから・・・・もう・・・・・、」
そう言ってまた俯く。
俺は首から金印を外して、じっと見つめた。
「あの手紙に書いてあったね。これを持って九女御霊神社に行けって。
そうすれば呪いがどうとかって。」
「・・・・ごめんなさい。ほんとは言っちゃいけない約束だったのに・・・・。」
「たまきとの約束?」
「・・・・今日の朝、マンションに行ったらたまきさんがいた。
あの時、悠一君は気を失ったみたいにグッタリしてたの。
寝てるっていうより、ショックで気絶してるって感じだった・・・・。
だからたまきさんに尋ねた。いったい何があったの?って。」
ゆっくりと顔を上げ、唇を噛む。
「たまきさんは言えないって言った。でも私はしつこく問い詰めたの。
だって心配だったから。こんな風になるなんて、影のたまきさんに悪いことされたんじゃないかって。」
「あいつはもういないよ。一つに戻った。」
「でもさらわれた時に何かされたのかもしれないし!だから何度も何度もたまきさんを問い詰めた。
そうしたら教えてくれたの。悠一君の記憶を抜いたって・・・・。」
「記憶を・・・・抜く?」
「前世に関すること・・・・。」
「そうか・・・・。それで記憶が抜けたみたいになってるんだな。」
ボリボリと頭を掻いて、「たまきめ・・・」と眉を寄せる。
「でもそれは悠一君の為だったんだよ!たまきさんは間違ったことはしてないから。」
「分かってる。アイツは意味もなくそんな事をする奴じゃない。
だからあえて聞かないよ。なんでそんな事をしたのかってことは。」
「ごめん・・・・。」
また俯いて、グスっと鼻を鳴らす。
「詳しいことは言えない・・・・でもその金印を九女御霊神社に持っていけば、きっと良い事があるはずだから。
悠一君は藤井さんと結ばれて、幸せになれるはず・・・・・。
だから何も聞かずに、それを持って行って。それが私に出来るたった一つの恩返しだから・・・・。」
ズズっと鼻をすすって、背中を向ける。
「私は帰る・・・・・。いっぱい修行して、聖獣になる。悠一君に負けないくらいに頑張る!」
ゴシゴシと目を拭って、ニコっと振り返る。
「だから悠一君も頑張って。これからもたくさんの動物を助けてあげて。」
そう言って「みんなと幸せにね」と頷く。
俺は金印を見つめ、手の中で転がした。
「抜けた記憶の部分に、色々と複雑なことがあるんだろうな・・・・。
でもさ、そんなの今はどうでもいいんだ。俺はマイちゃんに会いに来ただけだから。」
小難しいことはどうでもいい。
俺が聞きたいことは一つだけだ。
「また戻って来るんでしょ?」
そう尋ねると、暗い顔で俯いた。
「聖獣になったら戻って来るんだよね?」
「・・・・・霊獣の世界で暮らします。」
「なんで?俺たち婚約してるのに。」
「でも悠一君の胸には藤井さんがいる!ずっとずっと続いてるから!それは・・・・ずっと昔から・・・・、」
「昔のことなんてどうでもいい。俺は今、マイちゃんに聞いてるんだ。」
たまきのせいで、ぽっかり記憶が抜けている。
でも一つだけ覚えていることがある。
記憶が抜ける前、アイツはこう言っていた。
「過去も未来も関係ない。俺は今を生きてるんだ。」
そう言うと、マイちゃんは驚いた顔をした。
「・・・・悠一君、もしかして思い出しちゃったの?金印の記憶を・・・・・。」
「いいや、ぽっかり抜けてるよ。」
「だったらなんでそんなこと・・・・。」
「これだけ覚えてたんだ。薄れていく意識の中で、たまきがそう呟いてた。」
「・・・・・・・・・。」
「抜けた記憶に、何があったのかは分からない。でも俺が知りたいのはそんなことじゃないんだ。
今一番知りたいのは、マイちゃんの気持ちなんだ。
今、大事なものが目の前にある。だったらそれを大事にしないでどうすんだって話だよ。」
マイちゃんは困ったように俯く。
俺は肩を竦めて「ごめん」と謝った。
「俺さ、恋愛とか男女の関係に疎いから。だから知らず知らずのうちに、マイちゃんを不安にさせてたみたいだ。」
「悠一君・・・・・。」
「あの手紙には、俺がマイちゃんを女の人として見てないって書いてあった。
でもそんなことはない。好きじゃなきゃ結婚なんてしないよ。」
「でも!藤井さんを見る目と、私を見る目は全然違う!
私を見る時は、いつだってマサカリたちを見る目と一緒だった!
きっと女の人としては意識してないよ・・・・。」
「でもあの手紙は妄想なんだろ?」
「え?」
「そう書いてたじゃない。これは私の妄想ですって。だからそう思うのは、君のただの妄想だよ。」
「・・・・・ずるい、そんな言い方。」
マイちゃんは悔しそうに俯く。
俺は小さく笑った。
「俺は動物のことには詳しいけど、それ以外のことからっきしなんだ。
いつかウズメさんにも注意されてさ。このままじゃいつか困るって。
ほんとに・・・・その通りになっちゃったよ。」
ほんとに情けない男だと思い、苦笑いが出る。
「俺はマイちゃんが好きだよ。女の人として。」
「・・・・・・・。」
「でも上手く伝わらなくてごめん。」
「・・・・・・・。」
「最近さ、ふと気づいたんだよ。そういえば婚約指輪もあげてないって。
ほんとにアホだよな、俺は・・・・。」
「・・・・・・・。」
「こんなんじゃ愛想を尽かされても仕方ない。
でもこれだけは言える。俺はマイちゃんと動物を同じになんか見ていない。
だって俺、動物は好きだけど、変態じゃないから。」
「・・・・・?」
マイちゃんは首を傾げる。
俺は顔を赤くしながら答えた。
「俺は動物とそういうことしたいとは思わないから。
マイちゃんが好きだから、その・・・・あの夜は誘ったわけで・・・・、」
恥ずかしくなってきて、意味もなく咳払いする。
「君を一人の女性として愛してるんだ。上手く伝わらなかったのは悪いと思ってるけど、でもそれは本当のことだよ。
だからまた戻って来てほしい。聖獣になったら、また俺の傍に・・・・。」
そう言ってマイちゃんの手を取り、金印を渡した。
「これは預けておく。」
「え!だってこれがないと藤井さんと・・・・、」
「藤井は関係ない。」
「でも・・・・、」
「君がたまきから何を聞いたのか知らないけど、でも俺の気持ちは変わらない。
俺は今を生きてるんだ。だから傍にある大事なものを、大事にしたい。」
「・・・・・・・・・。」
「藤井は藤井で、自分の道を歩んでる。これだって決めた道で頑張ってるんだ。
俺もアイツも、動物に関わる道を歩いてる。
そういう意味じゃ、俺とアイツはいつでも繋がってるのかもしれない。」
「・・・・・・・。」
「でもそれとこれとは別なんだよ。アイツは友達であり、なんていうか・・・・戦友みたいな感じなんだ。」
「・・・・・・・・・。」
「マイちゃん、俺が好きなのは君なんだ。だから結婚して下さい。」
金印を預けて、ギュッと握らせる。
「こんな恩返しなんていらない。その代わり、君の答えを聞かせてほしい。」
手を離し、じっと見つめる。
マイちゃんは金印を握ったまま、小さく呟いた。
「・・・・・くる。」
「え?」
「・・・・・戻ってくる。」
手を開き、色を失った金印に目を落としたまま、「戻ってくる」と言った。
「聖獣になったら、また戻ってくる。だから・・・待っててくれますか?」
今までに見たこともないほど真剣な顔だった。
俺はその視線を受け止め、強く頷いた。
「もちろん。その時までに稼げるようになって、いい指輪を買っておくよ。」
「悠一君・・・・・。」
グスっと泣いて、尻尾を揺らす。
「私頑張るから!絶対に聖獣になる!もう駄目タヌキじゃないって、自信を持って帰って来るから!」
「マイちゃんなら必ずなれる。その時まで、俺もマサカリたちと一緒に頑張るよ。」
手を伸ばし、ギュッとマイちゃんを抱きしめる。
「大好きだよ、マイちゃん。」
「悠一君・・・・・。」
大きな尻尾が揺れて、ポンと消える。
近くにいた人がまた驚いていた。
次の電車がやってきて、音を立てながら停車する。
俺は顔を近づけて、そっとキスをした。
マイちゃんは前みたいにビクっとしなかった。
もう以前のように距離はない。
素直な気持ちをぶつけ合って、下らない遠慮はどこかへ消え去った。
電車が止まり、ドアが開く。
俺たちは身体を離し、ギュッと手を握った。
「待ってるよ、聖獣になる日を。」
「うん・・・・絶対になってみせる。」
たくさんの人が吐き出され、マイちゃんは電車に乗っていく。
ドアが閉まる前、一度だけ振り返った。
「さようなら、悠一君。またね。」
「ああ、また。」
ドアは閉まり、マイちゃんは遠ざかっていく。
「またね。」
去りゆく電車に、投げかけるように呟いた。
《行っちまった・・・・・。》
一年後に戻ってくるのは分かってる。
でもこうして見送るのは寂しかった。
夕暮れは夜に変わり始め、薄いオレンジの光だけが残っている。
寂しい気持ちが増して、哀愁が膨らんだ。
「・・・・帰るか。」
ホームを後にし、駅を出る。
すると動物たちが待っていた。
「お前ら!ついて来たのか?」
みんな真剣な顔をしている。
まっすぐ見つめるその目には、なんとも言えない哀愁が漂っていた。
「なんだよその目は・・・・・。」
動物たちは駅を見上げる。
「悠一よ、ああいうのはどうかと思うぜ。」
「ん?」
「あんなにたくさん人がいる所で抱き合うなんてねえ。」
「へ?」
「俺が空から見てたんだ。人目もはばからず、『結婚して下さい!』って言ってたろ。しかもその後キスまで。」
「あ、いや・・・・・、」
「恥ずかしいわあ・・・・そんな子に育てた覚えはないのに。」
「・・・・・育てられた覚えはないけど。」
動物たちはなんとも言えない顔をする。
「なんでそんな顔してんだよ・・・・。」
「いや、こういう顔しといた方がいいかなって思って。」
「だって一年とはいえ、離れ離れになるわけでしょ?だったら喜ぶのもどうかと思って。」
「まあ悪い結果にならなくてよかったよな。あのまま捨てられることも充分にあり得たから。」
「コマチさん、ほんとに良い子よねえ。向こうへ帰ってる間に、もっと良い人が見つかったりして。」
「そうなりゃコイツはおしまいだな。」
「きっと首を括るわ。」
「いや、廃人になるだろ。」
「廃人になってから首を括るかも。」
動物たちは心配そうに首を振る。
「こりゃ俺たちがしっかりしてねえとな。」
「カモンがいない分、一匹あたりの負担が増すわね。」
「じゃあ新しいの飼うか?今度はハリネズミとか?」
「あんたねえ・・・カモンがお亡くなりになったばかりで、よくそんな事が言えるわね。
でももし飼うなら、次はアルマジロにしてくれないかしら?」
「・・・・・・・・・。」
なんでこんな場面で、いつものバカぶりを発揮するのか?
腹が立つっていうより呆れる。
「お、なんかへこんでるぞ。」
「ほんとだ。やっぱり寂しいのね。」
「モテないからな。一年は虚しい独り身だ。」
「可哀想な悠一・・・・・でも浮気はダメよ。」
「お前らな・・・・・・、」
プルプルと震えて、「もうちょっと言い方があるだろ!」と叫んだ。
「カモンが逝って寂しがってるかと思えば、いきなりこれだ。お前らの思考回路にはついて行けん。」
ポケットに手を突っ込んで、車に歩き出す。
「お前ら歩いて帰って来い。」
「怒るなよ悠一。」
「そうよ、私たちなりの慰めなんだから。」
「けどハリネズミは前向きに考えてくれ。」
「アルマジロの方がいいって。それかセンザンコウ。」
いつもみたいに馬鹿話をしながら、車に乗り込む。
するとモンブランが「どうしてアレ返しちゃったの?」と言った。
「ん?」
「金印。別に返す必要はなかったでしょ。」
「いや、アレはもらえないよ。」
「なんで?九女御霊神社には持って行かないにしても、何かの役に立つかもしれないのに。」
「だってアレは恩返しだもん。受け取っちゃったら、さよならするってことになる。」
「ああ、なるほどね。」
モンブランは頷き、「悠一にしてはカッコイイじゃない」と言った。
「俺にしてはってのは余計だ。」
車を走らせ、暮れかけた街を眺める。
カモンが去り、一年だけとはいえマイちゃんが去った。
去年の冬から一年の間に、実に色んなことがあった。
化け猫に狙われるなんて思わなかったし、禍神の戦いに巻き込まれるとも思わなかった。
それにたまきに会えるなんて思わなかったし、龍に襲われるとも思わなかった。
思わないだらけの一年で、よく乗り越えられたものだとホッとする。
でも何があるのか分からないのが人生。
先のことは誰にも分からないし、過ぎたことは変えようがない。
だったらやっぱり今を生きるしかない。
頭に残るたまきの言葉。
『今を生きなさい』
中身の濃い一年を過ごして、その大切さを知った。
その考えはこれからも変わらないだろう。
暮れゆく空を眺めながら、自分の人生を大事にしなきゃと頷いた。
「お、なんか神妙な顔してるぜ。」
「ほんとだ。一人で哀愁に浸ってる。」
「立て続けに別れが続いたからなあ。ショックで頭がおかしくなったか?」
「それは元々でしょ?神経とか脊髄とか、色々支障をきたしてるのよ。もう長くないのかも。」
「マリナ、あんたカモンの毒舌が・・・・・、」
「あらヤダ!このままじゃ二代目を襲名する羽目になっちゃうわ。私は癒し系なのに。」
「もう癒し系じゃなくなってるから気にすんな。」
「そうそう、元々刺があるんだ。自分で気づいてないだけで。」
「もう!ひどい言い方しないで。私は癒し系よ。ねえ悠一?」
「確実に二代目だ。」
「そんな・・・・、」
引つるマリナを見て、みんなが笑う。
こいつらは相変わらずで、それは一年後も変わらないだろう。
《マイちゃん、俺は待ってるよ、こいつらと馬鹿な毎日を過ごしながら。
だから立派な聖獣になって帰って来てくれ。それが一番の恩返しさ。》
夜に包まれていく街の中を、賑やかな車が通り過ぎていった。

          ******

〜みんなそれぞれ〜

『今年は良い大根が採れたんです。ほら、見て下さい!このまん丸とした肉厚の・・・・・あ、こっちはカブだった。
こっちこっち!こいつでブリ大根でも作って下さい、きっと美味いですよ。
・・・・あ、そっちの綺麗なやつは有川さんのやつじゃないんで。
これから栗川さんの家に行くんですよ。この大根を届けたら、きっと喜ぶだろうなあ。
僕たちね、あれからすごく仲良くなったんですよ。
この前なんか畑を手伝いに来てくれて。
このままいけば、もっともっと仲良くなって、いつかは文通なんかも・・・・・。
え?顔が赤くなってる?
いやいや!やましいことなんて考えてませんよ!
僕らは清く正しいお付き合いをしていますから。
有川さんのおかげで、あんな可愛い友達ができてほんとよかったです。
それじゃ僕はこれで。
これからブリ大根を作ってあげる約束なんで。
ああ、栗川さん・・・・今日こそ文通を切り出してみようかな・・・・。』
          *
『おお、有川さんじゃありませんか!以前はお世話になりました。
ああ!お金なんかいいですよ!ほら、君!すぐに返金して!
いやいや、ご遠慮ならさずに。
今日はうんと動物園を楽しんでいって下さい。
あとこれはオフレコでお願いしたいんですが・・・・なんと赤ちゃん象が生まれるかもしれんのですよ!
タミ夫と新しいパートナーの間に!
ああ、今から楽しみですなあ・・・・・。
人間にしろ動物にしろ、赤ん坊は可愛いものですからなあ。
天国のタミ子も、赤ん坊と幸せにやっていることでしょう。
これも有川さんのおかげです。
これからもこの調子で、どんどん動物たちを救ってやって下さい!
では今日は私がご案内いたします。
特別にライオンの檻の中に入れて差し上げますぞ!
あれ?どこ行くんです?
もしやライオンはお好みではないと?
ならばお任せ下さい!
ナイルワニの池の中を遊泳して頂きしょう!
あれ?有川さん?どちらへ?
有川さん!どちらへ・・・・・・、』
          *
 
『あ、動物探偵のおっちゃん!
何してんの?こんな昼間っから土手を歩いて。
もしかしてまた何か捜してんの?
いいぜ!今度は俺が手伝ってやる!
・・・・・って言いたいけど、今日はテニスの試合なんだよな。
俺さ、この前の大会で優勝したんだぜ!どう?すごいだろ?
将来の夢はグランドスラムなんだ。
今からバッチリ練習して、プロを目指すんだ。
学校から帰ったら毎日練習してるし、絶対になってやるよ!
・・・・・って言いたいけど、タクのやつがまたボール失くしちゃってさ。
あいつ、新しいのを買うたびにどっかやっちゃうんだよな。
おかげで買っても買ってもキリがないよ。
ドルはもっと賢かったのになあ・・・・。
え?タクのことも褒めてやれば、もっと賢くなるって?
いやあ、どうだか。
・・・・でもこれ以上ボールを失くされたらたまんないからな。
今日帰ったら、いっぱい可愛がってやるか。
それじゃ試合に行かないと。今度ゲームでもして遊ぼうぜ!』
          *
『むうう・・・・拓蔵のやつめ。
せっかく軍門に下ったのに、全然マリーと会わせてくれない。
こんなんじゃあいつの舎弟になった意味がないじゃないか!
しょうがない、こうなったらもう一度拓蔵と戦って、マリーを俺のものにする!
・・・・どわ!あ、アンタは動物探偵の・・・・・。
そ、それにそっちはモンブラン!!
す、すまない!この前はあんな事になってしまって!
でもお前を傷つけるつもりはなかったんだ。
全ては拓蔵が悪いんであって・・・・・って。え?マリーはもういない?
飼い主と一緒に引っ越していったって?
なんで!どうして!ホワイ!?
そっちのインコがそんな噂を聞いたって?
・・・・むうう、俺はそんなの信じない!マリーは俺一筋だったはずだ!
なのに俺を残して出て行くなんて!・・・・・あり得るかもな。
あいつはお嬢様育ちで、気分屋でプライドも高かったし。
しょうがない、こうなったら新しいメスを探すか。
モンブラン、ものは相談なんだが、もう一度俺と結婚してみる気は・・・・・ぎゃああ!
尻尾を噛むな!玉を引っかくな!
おいアンタ!こいつを止めろ!
は?知るかって?
それでも飼い主か!
ちょ、痛い!そんなとこ噛まないで!
だ、誰かあああああああああ!!』
          * 
『あら久しぶり。またこの土手に散歩に来たの?
言っとくけど今は翔子ちゃんはいないわよ。
なんかすごい忙しいらしくて、あちこち飛び回ってるわ。
え?アンタまたこの町に戻ってきたの?
・・・・ははあ、さては仕事が上手くいってないのね。
だからこの町が恋しくなったんでしょ?
なに?仕事は上手くいってるって?
何よつまんない、せっかくからかってやろうと思ったのに。
ていうかそっちのデブ犬は相変わらずね。
まるでパンク寸前のタイヤみたい。もうすぐ破裂するんじゃない?
ふふふ、冗談よ。
またこうして会えて嬉しいわ。
そうそう、あんたあの猫のこと覚えてる?
ウチの庭を荒らしてたタマコロ。
風の噂で聞いたんだけど、子供が出来たらしいわよ。
カレンの友達の友達の友達の、そのまた友達が聞いたんだって。
え?それ噂以下のガセなんじゃないかって。
はあ・・・・あんたは夢がないわねえ。
タマコロは幸せになった、それでいいじゃない。
そんなんだから翔子ちゃんにも愛想を尽かされそうになるのよ。
ていうかそこのデブ犬、勝手におやつもらってんじゃないわよ。
それ私のなんだからね。
まったく、そんなんだから汚いのよ、顔も雰囲気も。
・・・・泣かないでよ、冗談なんだから。
ほら、せっかくだから一緒に散歩しましょ。』
          * 
『おお、有川君じゃない!
どう?動物探偵は上手くいってる?
実は君が辞めてからさ、主任が寂しそうなんだよ。
小言を言う相手がいないって。
たまには遊びに来てあげてよ。
あ、それから僕ね、ちょっと夢が出来ちゃって。
ほらこれ、バイクを買ったんだ。
こいつで日本を一周しようかと思ってさ。
なんか君を見てたら、僕もふつふつと熱いものが湧いてきちゃって。
やりたいことがあるなら、歳なんて関係ないよね。
ずっと昔から夢だった、バイクで世界一周に挑んでみようかなって。
まずは日本一周からスタートするつもりだよ。
もうピースケには会えなくなっちゃうけど、でもあいつには飼い主がいるからね。
あんまり僕に気を遣わせちゃ悪い。
僕は僕の為に、このバイクで余生を楽しむよ。
それじゃね、有川君も人生を楽しんで!』
          *
『オラオラオラあああああ!どけどけサルども!
ここは俺様の修行場だぞ!
・・・・・ぬあ!お、お前・・・・なんでここにいるんだ!?
は?ツチノコが暴れて迷惑だから、どうにかしてくれって依頼を受けたって?
いったい誰から!?
・・・・なあにい!そこのボス代理のサルだと!
おのれ!貴様ら手を組んだってわけか!
いいだろう、新しく生み出した魔球で、みんなまとめて吹き飛ばしてやる!
喰らえ、幻の魔球52号!
・・・・・ぐは!ま、また岩の隙間に挟まって・・・・・。
おいサルども!鱗を剥ぐんじゃない!
そこのポンコツ探偵!見てないでサルを追い払え!
なに?追い払ってもいいけど、この山で暴れるなって?
むうううう・・・・それじゃあ修行が出来ないじゃないか!
しかしこのままでは破裂してしまう・・・・・。
仕方ない、お前の言うことを聞いてやる。
ほれ、今すぐ助けろ!
・・・・・おいサルども!なんでそいつに襲いかかる!
お前もお前だ!サルごときに怯むな!ズボンを引き千切られたくらいで逃げるんじゃない!
俺がどうなってもいいのか!
おい!戻ってこおおおおおおおい!!』
          *
『あ!お久しぶりです!
去年の夏はお世話になりました。
ピーチが死んだことはまだ悲しいけど、でも部屋に籠ってても仕方ないから。
だからたまにこうしてサーフィンしてるんです。
よかったら有川さんもやります?
え?寒いから嫌って。
そりゃまだまだ海は寒いですけど、でもいい波が来るんですよ。
海水浴客もいないから、気兼ねなしに遊べるし。
気が向いたらいつでも言って下さい、教えてあげますから。
あ、遼斗さんもう波に乗ってる!しかも素足で!
いいなあ、あんなの人間には無理だ・・・・・。
遼斗さんね、あれからちょくちょく家に来てくれるんです。
ピーチのお墓に手を合わせて、それに夏はダイビングの仕事も手伝ってくれたんですよ。
見た目はちょっととっつきづらいけど、でもすごく良い人なんです。
あ、人じゃないか。
・・・・うん!今行く!
それじゃ有川さん、またいつでも来て下さい。
いつか遼斗さんと三人でサーフィンしましょう!』
          *
『あらあ!誰かと思えばあの探偵さんじゃない!
私のライブを見に来てくれたのね、嬉しい!
見ての通り、今日はデパートの屋上でやってるの。
この演劇が終わったら、いよいよ私の出番よ!
あれから稽古に稽古を重ねて、いっぱい技を身に着けたの。
この前なんか、正式に契約しないかって芸能事務所の人が来てたのよ。
団長は嬉しそうだったけど、でも私は乗り気じゃないのよね。
そりゃ大きな舞台で活躍するのもいいけど、こうして身近にお客さんと触れ合える興行も悪くないじゃない?
私は目の前にいるお客さんを大事にしたいの。
せっかく来てくれたんだから、うんと楽しんでいってもらわなきゃ!
他のみんなもボスって認めてくれたし、チームワークもバッチリよ!
見せ場はなんといってもサルの猿回し。
私が五匹のサルを操って、最後には私自身が空中へ舞い上がって瞬間移動するの。
これをやるとみんな大ウケなんだから!
え?それは猿回しじゃなくて、手品なんじゃないかって?
いいのよ細かいことは!
大事なのはお客さんが喜んでくれることだもの!
ほらほら、特別に最前列に座らせてあげる!
私の瞬間移動をその目に焼き付けてちょうだい。』
          *
『いらいっしゃいませ!とどめき庵では安心安全、快適なサービスを心掛けております。
特別プランを申し込まれますと、夜には空飛ぶ龍のショーがご覧になれますよ!
・・・・・・って、貴様はあの時の探偵ではないか!
ぐうう・・・・よくもノコノコと現れたものだ。
いまこの場で成敗してくれる!
・・・・何?後ろに女将が・・・・・。
ぬあ!・・・・あ、いや、違うんだ!これはその・・・・すいません。
はいはい!それはもう反省しております!
二度とこの前のようなことは・・・・。ひい!すいません!
あ、ちょ!
痛い!耳がちぎれる!
引っ張らないで!!
お、女将!女将いいいいいいい!
・・・・コラお前!そっちは松の間だぞ!
お前みたいな貧乏人が泊まれる部屋では・・・・・。
へ?女将が許可したって?
どうぞどうぞ!安心安全、快適なサービスをご堪能下さい!
夜になれば空飛ぶ龍のショーが・・・・・。』
          *
『ふっふっふ・・・・良い屋根裏を見つけたぞ。
前のヤクザの家は追い出されたが、今度こそはここを根城にする。
・・・・・うお!なんだこのインコは!?
どっか行け!ここは俺が見つけた屋根裏だぞ!
うわ!蹴るな!つつくな!
クソ・・・・いったん撤退するしか・・・・って、こっちには猫が!
ぎゃあ!噛むな!引っかくな!
おのれ・・・・俺は諦めないからな!また必ず戻ってくる!
・・・・・って、お前はあの時のブルドッグ!
うわあ!飛びかかるな!
重い!臭い!
クソ!もういい!どっか他に新しい家を見つけてやる!
・・・・・ん?誰かが尻尾を掴んで・・・・・って、お前はあのヤクザの家の娘!
なんでこんな所に・・・・離せ!
・・・・って、別にいいか。
このまま連れて帰ってくれるなら、あそこの家で飼ってもらえるかもしれない。
おい娘!仲良くしような!
・・・・・って、思いっきり尻尾を握るな!
ていうかちょっと吠えたくらいで泣くな!
ん?向こうからデカイ熊が走って・・・・・って、あれはヤクザの親父!
ひいいいい!
俺は悪くない!このガキが勝手に泣いたんだ!
追いかけて来るなああああああ・・・・・・。』
          * 
『あ、有川さんじゃないですか!
今日はお買い物ですか?
このドラッグストア、けっこう安いから助かりますよね。
私ね、春から東京へ行くんです。
やっぱり飛行機のエンジニアになることにしました。
前に有川さんが言った通り、スパナを持ってる方が似合うみたいで。
たまにお父さんの仕事を手伝ってるんですけど、様になってるって褒めてくれたんです!
その言葉がすごい嬉しくって。
ああ、やっぱり血は争えないなっていうか、私はお父さんの子供なんだなって。
流れてるんですよね、職人の血が。
だから東京へ行って頑張ることにします!
でもクリスマスには帰ってきて、春風とお父さんとケーキを食べるって約束なんです。
だけどいつかは好きな人と一緒にクリスマスを過ごしたいなあ・・・・・・。
・・・・・あ、独り言なんで気にしないで下さい。
車の調子が悪くなったら、いつでも持って来て下さいね。それじゃ。』
          *
『あら悠一。こんな朝早くに神社に来るなんて珍しい。
ん?昨日でこがねの湯を辞めたって?
そういえばウズメが言ってたわね、『悠一君がいなくなっちゃう!人手が足りないわ!』って。
でもアンタにはアンタの人生がある、気にする必要はないわ。
ていうかバイトを辞めた分時間は出来るわけだから、その分依頼を増やしてあげるわ。
これからはもっともっと忙しくなるから、覚悟しておくように!
・・・・え?仕事をくれるのはありがたいけど、危険なやつは勘弁してくれって?
なにビビッてんのよ。あんたは私の戦友なんだから、ビシバシ戦ってもらうわよ。
え?・・・さすがに人食い狼だの、吸血鬼の退治だのはやりすぎだろって?
まあねえ・・・・どっちもアンタ死にかけてたし。
でも大丈夫!こうして生きてるんだから、悪運は強い方よ!
きっと死なない死なない!
・・・・やっぱり無理?それは動物探偵の仕事じゃない?
ていうか私とはまだまだ対等にはなれないから、しばらく依頼は控えてくれって?
はあ・・・・情けない。せっかく一人前だって認めてあげたのに。
この前だってせっかくあげたマンションを返すし、またこの町に戻って来ちゃうし。
成功したいなら、もっと欲を持たないとダメよ。
・・・・・はい?出来るなら俺の目の前から消えてくれって。
ちょっとアンタ、それどういう意味よ。
私がいちゃ邪魔だっていうの?
私は元師匠よ。少しは口の利き方ってもんを弁えて・・・・、
・・・・・ああ、なるほど。そういうことね。
いつか自分の手で私を見つけたいと。
その時に本当に対等になれる気がするからと。
まあ確かにそうかもしれないわね。
こうして再び出会ってしまったのは、偶然みたいなものだから。
私だって本当は、あんたが見つけてくれるまで姿を見せる気はなかった。
・・・・・いいわ、なら戦友って肩書は一時お預け。また師弟に戻りましょ。
でもね、それはより辛い道のりよ。
あの程度の依頼でビビってるようじゃ、私を見つけるなんて到底無理。
それに何かあっても私を頼ることは出来ないわよ。
それでもいいの?
・・・・・よろしい。
だったら自分の手で私を見つけてみなさい。
その時、アンタのことを本物の戦友だと認めてあげるわ。
でも覚悟のいる難行よ、心してかかりなさい!
・・・・自分で言ったクセに怖気づくんじゃないわよ、まったく・・・・。
私はアンタに期待してるの。もっともっと大きくなって、いつか私に手が届くって。
だから待ってるわ。自分の力で見つけに来てくれるのを。
アンタを信じてる。それじゃ・・・・いつかまた。』
          *
『悠一君へ〜
お元気ですか?まだまだ寒いけど、風邪とか引いてませんか?
マサカリ達は元気ですか?
私は修行の毎日です。
お母さんはすっごく厳しくて、普段の顔とは全然違います。
いっつも『タアアアテエエエエエ!』って奇声を上げて、怒られています。
でも私は負けません。
自分で選んだ道だから、必ず聖獣になってみせます!
悠一君はどうですか?動物探偵は上手くいっていますか?
きっとマサカリたちと楽しい毎日を過ごしているんだろうなと思います。
そして一生懸命頑張って、たくさんの動物を助けてるはずだって信じてます。
辛いこともあるだろうけど、負けないで下さい。
私は辛くなった時、あの金印を見つめています。
これを見ると元気が湧いてくるからです。
だってこれは悠一君の大事な物で、いつかは返さなくちゃいけないから。
その為には、早く聖獣になって戻らないといけません。
だから辛い時はこれを見て、自分を奮い立たせています。
必ず戻って、またみんなと一緒に暮らすんだって。
そして二人で動物探偵をやって、たくさん動物を助けていくんだって。
それに・・・・戻らないと結婚できないから。
私、早く悠一君のお嫁さんになりたいです。
その日が来るのを、お父さんもお母さんも楽しみにしています。
だからこそ、私を厳しく鍛えているんだと思います。
あと少しすれば冬が明けます。
そうすれば桜が咲いて、ポカポカと明るい季節になります。
別れとか、挫折とか、傷つくとか、誰にだって辛い季節があります。
でもそれを乗り越えたら、きっと明るい春が待ってるはず!
私たちはまだまだ冬です。
寒いし辛いけど、でも必要な季節です。
悠一君が言っていたように、今を生きるしかありません。
いつかやってくる春を信じて。
悠一君はきっと頑張ってるはず。だから私も頑張ります。
来年は必ず二人で桜を見ようね!    小町舞』
          *

『よう悠一、いつまで手紙読んでんだ?』
『まったくデレデレしちゃって。鏡で顔見てみなさい。すっごくだらしないから。』
『まあまあ、唯一自分を見てくれる女だから、喜んでも仕方ない。』
『ほんとにねえ。でもこれから大丈夫かしら?たまきだってどっか行っちゃったし。』
『アホだよなあ。自分から茨の選ぶんだから。』
『カモンがいたらボロクソ言われてるわね。』
『カモンじゃなくてもボロクソ言いたいな。』
『悠一、もう手紙は終わりにしましょ。何度読んだって帰って来るのが早くなるわけじゃないんだから。』
『・・・・・お!どうやらお客さんだぜ。』
『あらほんと!ほらほら、営業スマイルで迎えてあげて。』
『あとお茶淹れろ。』
『それと座布団。ボロいアパートなんだから、汚れた畳に座らせちゃ失礼よ。』
『・・・・あの、こちらは有川動物探偵事務所ですよね?』
『おうおう!こりゃまた可愛いお嬢さんだぜ。』
『ほんと、どっかコマチさんに似てるわ。』
『コマチ?誰ですかそれ?』
『なッ・・・・俺たちの言葉が分かるのか!?』
『信じられない・・・・・。他にも動物と話せる人がいたなんて・・・・。』
『世の中は広いなあ。』
『ほんとにねえ。』
『私、人間じゃありませんけど・・・。』
『え?』
『ん?』
『霊獣です。』
『へ?』
『はい?』
『弟を捜してほしくてやってきました。』
『お・・・・、』
『弟・・・・?』
『チェリーって名前のハクビシンです。私と同じ霊獣なんです。』
『ちぇ、チェリー!』
『それって屋根裏のアイツのことじゃ・・・・、』
『ていうかアイツも霊獣だったのかよ!』
『世の中狭いわ・・・・。』
『あの・・・・チェリーのことをご存じなんですか!?』
『知ってる知ってる。』
『ついこの前会ったもんね。』
『ヤクザに追いかけられてたな。』
『ほんとにねえ、世の中どうなってるんだか。』
『お、教えて下さい!チェリーはどこにいるんですか!?』
『まあまあ、そう慌てるない。』
『悠一、お仕事よ。話を聞いてあげて。』
『俺お茶淹れるわ。』
『ほらほら、この座布団に座って。』
『ああ、どうも・・・・。』
『そう緊張しないでいいわ。まずはお名前を教えて。』
『ハクビシンのツクネといいます。ええっと・・・霊獣をやっています。』
『・・・・動物探偵の有川と申します。まあまあ、そう緊張なさらずに。
まずは詳しくお話を聞かせて下さい。』
      
                 勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜   完

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第六十六話 タヌキの恩返し(1)

  • 2017.06.30 Friday
  • 10:18

JUGEMテーマ:自作小説
カモンは旅立って行った。
幸せだったと言い残し、手を振りながら空に消えた。
俺はしばらく見送っていたけど、急に意識が朦朧とした。
何も見えなくなって、何も聴こえなくなる・・・・。
夜の海に抱かれているような、夜空を飛んでいるような、不思議な感覚だった。
しばらく真っ暗な中を漂う。
でもどこかから光が射してきて、「うん・・・・」と目を開けた。
「・・・・・・・・。」
辺りは明るくなっていた。
夜だったはずなのに、朝みたいに眩しい・・・・・。
すると誰かが目の前にやって来た。
「おはよう。」
「マイちゃん!」
「よく寝てたみたいだね。」
「寝る・・・?」
俺はベッドの上にいた。
布団がかけてあり、「なんで?」と顔をしかめる。
「それ、たまきさんが持って来たんだよ。」
「たまきが?」
「悠一君、疲れて寝ちゃったでしょ?だからたまきさんが持って来てくれたの。だって全然家具がないから。」
マイちゃんは殺風景な部屋を見渡す。
新しい部屋なので何もないのは当然だが、すごく寂しく感じる。
「俺、朝まで寝てたんだな。」
「もうお昼前だよ。」
「マジで!」
俺は慌てて飛び起きる。
「動物の餌やらないと!それにマサカリの散歩!」
「それもたまきさんがやってくれた。」
「アイツが・・・・?」
「悠一君の目が覚めたら、よろしく言っといてって。」
「そうか・・・・・。」
ベッドに腰掛け、「ああ〜・・・・」と頭を押さえる。
「なんか気分悪い・・・・。」
「大丈夫?」
「うん・・・・。けど変な感じなんだ。記憶の一部がすっぽり抜けてるような・・・・。
昨日ここへたまきが来た。それで・・・・何か話した後に、いきなり頭を掴まれたんだ。
その後気を失って、それで・・・・夢を見たんだ。なんか仙人みたいな爺さんが出てくる夢を・・・・・、」
そこまで思い出した時、頭の中に電気が走った。
「ああ!」
「どうしたの?」
「カモン・・・・・。」
そう、昨日カモンが旅立った。
帰って来たら、もうお迎えが来ていた。
そしてその後たまきが来て、それで・・・・・、
「・・・・そうだ、夢の中にカモンが出てきたんだ。龍に乗った仙人みたいな爺さんと一緒に。」
おぼろげに記憶がよみがえる。
詳しいことは思い出せないけど、でもカモンに会ったことだけは覚えている。
じっと頭を抱え込んでいると、「悠一君」とマイちゃんが呼んだ。
「辛かったね、カモンのこと。」
「・・・・・ああ。でも最後にお別れを言えたから。」
「え?だって悠一君が帰って来た時、カモンはもう・・・・・、」
「夢の中に出て来てくれたんだよ。それで・・・・幸せだったって言ってくれた。
俺やマサカリたちといられて、楽しかったって。」
あの時、カモンは本当に幸せそうな顔をしていた。
ただの夢だけど、でも・・・・本当に会いに来てくれたんだと思う。
最後のお別れを言う為に。
「俺にも幸せになれって言ってくれたよ。マイちゃんやマサカリたちと一緒に、楽しくやれって。」
「・・・・・・・・・。」
マイちゃんはじわっと涙ぐむ。
そこへ動物たちもやって来て、「それ本当か?」とマサカリが言った。
「アイツ・・・・本当にそう言ってたのか?」
「ああ。ただの夢かもしれないけど、でも俺は本当に会いに来てくれたんだと思う。」
「そうか・・・・。そう言ってくれるなら、悪い気はしねえよな。」
マサカリは嬉しそうに頷く。
モンブランは目が真っ赤で、一晩中泣いていたようだ。
「私にも会いに来てよ!カモンのバカ!」
マリナも切ない顔で「ほんとにねえ」と言った。
「でも・・・・これ以上悲しむのは良くないかも。だって泣いてたらカモンに馬鹿にされちゃう。
天国から毒舌が飛んでくるわ。」
チュウベエも「だな」と頷く。
「悠一、そろそろ弔ってやろう。あのちっこいネズミを。」
「そうだな。光雲和尚の所に行こう。」
カモンは昨日と変わらず、箱の中で眠っている。
綺麗な花と、好きだった物に囲まれて。
俺たちはみんなで手を合わせてから、そっと箱を閉じた。
そしてお寺に行って、和尚に御経を上げてもらった。
ちゃんと焼香も用意してあって、みんなで念仏を唱えた。
葬式が終わり、火葬に入る。
和尚の奥さんのヨモギさんが、庭に穴を掘って火葬場を作ってくれていた。
そこへカモンを寝かせて、薪を並べていく。
俺は先っぽの長いライターを持ち、付け火用の紙に火を灯す。
メラメラと燃え上がって、煙が昇っていった。
みんな神妙な顔で炎を見つめる。
やがて薪は燃え尽き、火が小さくなっていく。
棒でたたいて残り火を消し、穴の中の灰を掬った。
アイツは小さいので骨は残らない。
代わり灰を小瓶の中に入れた。
それを和尚に渡して、「お願いします」と頭を下げた。
「お任せ下さい。今日中に墓を作りますでな。」
お礼を言って、お寺を後にする。
帰りの車の中、誰も喋らなかった。
なんだか気が抜けたみたいに、みんな空を見上げている。
・・・しばらくこんな日が続くだろう。
でもいつか、また馬鹿みたいに騒げる日が来る。
その時、本当の意味でカモンを弔えるようが気がした。
寂しさを抱えながら、家に戻る。
すると部屋の前にたまきがいた。
周りには何かの業者らしき人達がいて、その人たちにお金を渡していた。
「毎度!」
そう言って業者はこちらに歩いて来る。
俺たちの脇をすり抜けて、エレベーターに消えていった。
「なんだあの人たち?」
じっと睨んでいると、「お帰り」とたまきが言った。
「お葬式は終わった?」
「ああ。ていうかさっきの人たちは?」
「引越し業者よ。」
「引越し・・・・?」
「家具を運んでもらってたの。」
そう言って「ほら」と中に手を向ける。
「・・・・・おお!」
タンス、テレビ、冷蔵庫、こたつ、ソファ、他にも色んな家具が揃っている。
動物たちは興奮して「すげえや!」と駆けこんだ。
「おい見ろ!このソファふかふかだぜ!」
「あ、このクッション私専用ね。」
「おい、これブルーレイ内蔵のテレビだぞ!しかもデカイ!」
「大きな冷蔵庫ねえ。いっぱい餌が入りそう。」
ウキウキしながらはしゃぐ動物たち。
俺は「これ・・・まさかお前が?」と尋ねた。
「ええ。」
「いや、悪いよこんなの。」
「いいのよ。些細なお礼。」
「些細って・・・・豪華過ぎるだろ。」
「そう思うなら、この部屋に負けないくらい仕事をすればいいわ。だってここは事務所でもあるんだから。」
たまきは玄関の傍にあるドアを開ける。
中には事務用の机と椅子、それにパソコンやプリンターが揃っていた。
「・・・・・すご。」
「良い感じでしょ?」
「良い感じ過ぎるよ・・・・・。なんでここまでしてくれるんだ?」
「アンタに期待してるから。これからも頑張ってくれるって。」
クスっと肩を竦めて「たまに私にも使わせてね」と言った。
「お前も?」
「いいでしょ別に。」
「いや、構わないけど・・・・・でもお前って普段は何してるんだ?ていうかどうしてこんなに金持ってるんだよ?」
「秘密。」
クスクス笑って、「まあそのうち分かるわ」と言った。
「さて、今日はこれで帰るわ。」
「なんか悪いな・・・・・色々と良くしてもらって。」
「いいのよ。また大きな仕事を持ってくるから。」
「え?」
「来週の火曜は空けといてね。依頼を持ってくるから。」
「ま、マジで!?」
俺は喜ぶ。
マイちゃんも「やったね!」と手を叩いた。
「悠一君!特大の顧客が出来たね!」
「ああ!たまきが常連になってくれたら、食いっぱぐれることもない!」
喜んでハイタッチする。
でも次にたまきが言った一言で、俺たちは固まった。
「今度は人食い狼の捕獲ね。」
「へ?」
「え?」
「ヨーロッパから渡ってきた魔獣なの。すでに何人かの犠牲者が出てるみたい。」
「ま・・・・、」
「魔獣・・・・。」
「魔獣は恐ろしいわよ。化け猫なんかより遥かに残忍だからね。きっと命懸けの仕事になるわ。」
遠い目をしながら、「無事に終わればいいけど」と呟く。
「まあそういうことだから、来週の火曜は空けといて。」
そう言って「それじゃまた」と去って行く。
「おい待てよ!なんだよそれ!?」
慌てて追いかけると、たまきはマンションから飛び降りた。
「うわあ!」
「きゃあ!」
俺は引きつる。マイちゃんは目を閉じる。
「・・・・・・・。」
恐る恐る見下ろすと、平気な顔で歩いていた。
「ここ九階だぞ・・・・・・。」
さすがはたまき。
いったいどこをどう見て、俺と対等なんて言ったんだろう?
一生頑張っても、アイツの足元にも及びそうにない。
「まあ・・・・いいか。仕事をくれるっていうんだから、頑張ればいいだけだ。」
人食い狼とは恐ろしいが、俺一人で相手にするわけじゃあるまい。
たまきがいればどうにかなるだろう。
「おい悠一!お前ここ座れよ!ふかふかだぞ!」
マサカリがソファの上で寝転んでいる。
モンブランはクッションを抱きしめ、チュウベエはテレビをいじっている。
マリナは冷蔵庫を見上げ、勝手に野菜室を開けていた。
「ほらほら、私たちも入ろ!」
マイちゃんに背中を押されて、新居に入る。
「すごいな・・・・。本当にこんな所に住んでいいのかな。」
そわそわして落ち着かない。
あまりに良い部屋、あまりに良い家具、それに仕事場まで用意してもらって、なんだか窮屈な思いがした。
「どうしたの悠一君?あんまり嬉しそうじゃないけど。」
「ちょっとね・・・・・。」
「・・・・ごめん、まだ喜べないよね。だって昨日の今日で・・・・・、」
「いや、カモンのことじゃないんだ。
なんていうのかな・・・・・・・なんて言うんだろう?」
なんか釈然としない。
だってこんなに贅沢なもの、本当に貰ってもいいんだろうか?
そりゃ嬉しくないわけじゃないけど、でもなあ・・・・・なんか違う気がする。
《たまきは報酬だって言ってたけど、これは明らかに報酬の範囲を超えてるよ。》
高級分譲マンションに、立派な家具がたくさん。
・・・・・・うん、やっぱりこれは報酬とは言えないよな。
「みんな!ちょっと聞いてくれ。」
先生みたいにパンパンと手を叩く。
「んだよ?この幸せを邪魔すんなよ。」
「そうよ。悲しいことがあったんだから、幸せに浸らせてよ。」
「おい悠一!チュタヤに言ってブルーレイ借りようぜ。この大きなテレビで見たい。」
「私は冷蔵庫の中をいっぱいにしたいわ!お肉、野菜、それにお肉!もうぎゅうぎゅうのパンパンにするの!」
みんなウットリしながら言う。
嬉しさ半分、悲しみを誤魔化すの半分ってところだろう。
「あのさ、俺から一つ提案があるんだけど。」
「このソファは俺のだぜ。」
「このクッションは私のよ。」
「これは俺のテレビだ。」
「この冷蔵庫は私の。」
「俺はどれもいらない。だからこの部屋を返そう。」
動物たちの目が点になる。
『このバカ何言ってんだ?』
そんな感じの目だ。
「おい悠一!そりゃいったいどういうことでい!」
「そうよ!せっかくもらったのに、なんで返すなんて言うの!?」
「俺はこれでテレビが見たい!」
「みんな!落ち着いて!悠一は悲しみでおかしくなっちゃったのよ。だから温かい目で見守ってあげましょ。」
動物たちはぎゃあぎゃあと喚く。
俺はもう一度手を叩いた。
「はい注目。」
「みんな注目してるってんだ!」
ぎゃんぎゃん吠えるマサカリを無視して、先を続けた。
「もう一度さ、あの町に戻らないか?」
「あの・・・・、」
「町・・・・・?」
みんな首を傾げる。
俺は「龍名町」だよと言った。
「前に住んでた町だ。」
「んなとこ戻ってどうすんだよ?」
「そうよ。前のボロいアパートはもうないのよ?」
「またどこか借りるさ。俺の給料で払える所を。」
「おいおい・・・・こんなに良い部屋なんだぞ?それを捨てるって言うのか?」
「せめてこの冷蔵庫だけでも持って行かない?」
「いいや、全部返す。」
部屋の鍵を握って、「これはいらない」と呟いた。
「こんなのもらったら、きっと俺はダメになる。
いくらたまきの気持ちだって言っても、これは俺の人生なんだ。
こんな贅沢がしたいなら、自分の手で掴んでいかないと。」
報酬は報酬でも、度を超えた報酬はもらわない。
それだってプロの流儀だろう。
青臭いかもしれないけど、でも俺はそう思う。
動物たちはいっせいに「え〜・・・・」とブーイングを飛ばす。
飛ばすけど、本気で嫌がっているようには思えなかった。
散々文句を言った後に、しょうがないかと納得してくれた。
「まああの町に戻るのも悪くねえかもしんねえな。
あそこの川原の土手は、お気に入りの散歩コースだし。」
「ていうかまたカレンに会えるわ!マサカリだってコロンに会えるじゃない。」
「う〜ん・・・・あの辺のミミズは美味いからなあ。悪い話じゃないか。」
「高い建物が少ないから、お日様もよく当たるしね。」
みんなうんうんと頷いて、「付き合ってやる」と偉そうに言った。
「なんでふんぞり返ってんだよ・・・・・。」
「だってお前のワガママだし。」
「ねえ?振り回される私たちの身にもなってほしいわ。」
「こいつはアホなんだよ。たまきからお墨付きをもらったって、それは変わらない。」
「悲しいわあ・・・・アホの飼い主なんて。・・・・あらヤダ!カモンみたいな毒舌が出ちゃった。」
「ならみんなOKってことだな。」
「まあな。でも引っ越すまではこの部屋を堪能しようぜ。」
「そうよ。それくらいならバチは当たらないでしょ。」
「おい悠一!チュタヤ行くぞ!ブルーレイでミミズを見るんだ。」
「それより肉よ!この冷蔵庫にいっぱい詰め込みましょう!」
うん、ちょっと普段らしくなってきた。
俺はマイちゃんを振り返り、「いい?」と尋ねた。
「え?」
「だって一年後にはマイちゃんだってここに住む予定だったんだから。
それがボロいアパートに変わるかもしれないけど・・・・・いいかな?」
「うん、それはいいんだけど・・・・、」
「どうしたの?」
「ちょっと・・・・気になることがあって。」
急に暗い顔になって、俯いてしまう。
「マイちゃん?何か悩んでるの?」
肩を抱きながら、顔を覗き込む。
するとサッと離れていった。
《なんだ・・・・?いつもなら骨が折れるくらい抱きついてくるのに。》
不思議に思っていると、マイちゃんは急に笑顔になった。
「ごめんごめん!私もちょっと寂しくなっちゃって。」
「寂しい?」
「だってカモンが亡くなったんだもん。それに・・・・、」
「それに?」
「ノズチ君、またどっか行っちゃったんだ。」
「・・・・・・ああ!そういえば忘れてた。」
影のたまきにホームランをかまされてから、まったく見ていない。
「アイツあれからどうなったの?」
「一度家に戻って来たんだけど、すぐ出て行っちゃった。『全部ホームランなんて悔しい!山で鍛え直す!』って。」
「ノズチ君らしいね。」
クスっと笑うと、マイちゃんはまた暗い顔になった。
《なんだ?いったいどうしたんだ?》
心配していると、頭にチュウベエが飛んできた。
「おい悠一!チュタヤ行くぞ!」
「今からかよ?」
「当たり前だろ。この部屋返すんだから、今のウチに楽しまないと。」
「へいへい・・・・付き合いますよ。」
チュウベエを乗せて出かけようとすると、「俺も行く!」とマサカリがついて来た。
「お前もかよ。何も買わないぞ。」
「べらんめえ!散歩だ散歩!」
そう言ってリードを咥えてきた。
「たまきのやつ、こんなモンも買ってくれたのか?」
マサカリは「これ気に入ってんだ」と笑う。
「ピンクだけどオシャレだ。これ付けてくれ。」
かなりお気に入りなようで、ウキウキしている。
《意外と派手な柄が好きなんだな、コイツ。まあこれくらいなら貰っといてもいいかな。》
カチっとリードを付けてやると、「私も!」とモンブランが飛んできた。
「お前もかよ!」
「たまにはみんなでお出掛けもいいじゃない。マリナも行こ。」
「そうねえ。今日はお日様も出てるし、外に出ようかしら。」
「へいへい、分かりました。そんじゃ揃ってお出掛けしますか。」
マリナを首に巻き、モンブランを抱え、頭にチュウベエを乗せ、手にはマサカリのリード。
なんちゅうフル装備だ・・・・・。
「おい悠一、スマホにアイツの写真があっただろ?」
チュウベエはパタパタと羽ばたく。
「アイツって・・・・カモンか?」
「あれ壁紙してやれ。遺影代わりに。」
「嫌な言い方するなよ・・・・・。」
スマホを取り出し、カモンのドアップの写真を壁紙にする。
チュウベエと喧嘩して、顔を蹴られて歪んでいる写真だ。
《これはこれで面白い写真だけど、遺影には向かないな。
もっと良いのがあったはずだから、落ち着いたら遺影を作ってやるか。》
画面の中のカモンに笑いかけ、「ほんじゃ行くか」と出かける。
「マイちゃんも一緒に行こうよ。」
そう言って振り返ると、「私はいい」と首を振った。
「どうして?こんなにいい天気なのに。」
「ええっと・・・・お留守番してる。」
「でも明日になったら帰っちゃうんだろ?そうしたら一年後まで会えないのに。」
「う、いや・・・・そうだけど・・・・ほら!水を差しちゃ悪いから!」
「水?」
「今日は悠一君とマサカリ達で楽しんできなよ!」
そう言ってニコッと笑う。
お尻から尻尾が出て来て、フリフリと揺れた。
《なるほど・・・・気を遣ってるのか。》
相変わらず優しい子だ。
「分かった。じゃあお留守番お願いね。」
「うん!みんなで楽しんできて。」
笑顔で見送ってくれるマイちゃん。
俺は「変な奴が来ても入れちゃダメだよ」と言った。
「平気平気。そんじょそこのら悪い人には負けないから。」
「それもそうだな。それじゃちょっと行ってくる。」
靴を履き、外に出る。
マイちゃんは「いってらっしゃい」と手を振った。
パタンとドアが閉じて、オートロックの音が鳴った。
「そんな気を遣わなくていいのに。俺たちは結婚するんだから。」
ドアを見つめ、「でもマイちゃんらしいか」と呟く。
マサカリが「行こうぜ」とリードを引っ張る。
モンブランは「コマチさんの為に何か買って来てあげましょ」と言う。
チュウベエが「良いミミズ獲ってやる」と頷き、マリナは「もうちょっとマシなもんにしなさいよ」とツッコんだ。
エレベーターを降り、外に出ると、一気に陽射しに包まれた。
「ほんとに良い天気だな。」
最近は大変なことばかりだったので、ホッと気持ちが和らぐ。
それはみんなも同じで、ホッとしたように表情が緩んでいた。
「気持ちいい〜・・・・・。」
「このままどこかでお昼寝したい気分ね。」
「それよりまずチュタヤだ!ミミズのブルーレイ借りるぞ。」
「生のやつ見とけばいいでしょ。もうちょっと面白そうなの借りましょうよ。」
《なんて立ち直りの早い奴らだ・・・・。でもまあ・・・それがコイツらのいいところか。》
俺はスマホを取り出し、画面の中のカモンを見つめた。
《こっちは楽しくやってるぞ。お前はどうだ?桃源郷で楽しくやってるか?
お盆でもお正月でもいいから、たまには帰ってこいよ。》
空を見上げ、旅立った家族を思い浮かべる。
動物たちのお喋りを聞きながら、街へと繰り出していった。

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第六十五話 戻る者と旅立つ者(3)

  • 2017.06.29 Thursday
  • 14:06

JUGEMテーマ:自作小説

カモンが旅立った夜、俺は光雲和尚に電話した。
アイツを弔ってあげてほしいと頼んだのだ。
和尚は快く引き受けてくれた。
よかったら墓も立てようとまで言ってくれた。
お寺にハムスターのお墓・・・・なんと贅沢な。
きっとカモンも喜んでくれるだろう。
そういえば戒名も欲しがっていたから、それもお願いできないかと尋ねた。
『有川さんの頼みですからな、喜んで付けさせて頂きますぞ。』
俺はお礼を言って、明日には連れて行くと電話を切った。
カモンは小さな箱の中で眠っている。
大好きだった餌、それにホームセンターで買ってきた花を詰めて、綺麗にしてあげた。
カゴの中に付いているクルクルを外して、それも入れてあげた。
これ、かなりのお気に入りだったからな。
最近はめっきり使ってなかったけど、昔はよくこれで走っていた。
あ、ついでにこのブランコも入れてあげないと。
小さな箱にはギッシリ物が詰まって、その真ん中にカモンが眠る。
モンブランはずっと傍に張り付いて、悲しい目で見つめている。
マリナは潤んだ目をしながら、窓の外を見上げている。
マサカリはカモンとの思い出に浸るように、しんみりと座っていた。
チュウベエは「俺がボケたら、天国からちゃんとツッコめよ」と相変わらずだ。
みんなそれぞれの想いを抱えながら、別れの時を惜しんでいる。
俺は少し離れた場所に座って、その様子を眺めていた。
今日は有川家始まって以来の静かな日かもしれない。
・・・・時が経てば、みんな元気を取り戻すだろう。
そしていつもみたいにはしゃぐに違いない。
でもそこには一匹足りない。
いつもと同じ光景は、もう二度と戻って来ないのだ。
そう思うと、少し涙が出てきた。
目が潤んで、グイっと拭う。
さっきまで全然涙が出なかったから、少し不安だった。
俺、カモンの死を悲しんでないのかなって・・・・・。
静かな夜の中、ただ時間が過ぎていく。
マサカリは餌をねだらないし、モンブランは恋バナをしない。
マリナは窓際でウットリしないし、チュウベエは相方を失って漫才を出来ない。
俺は家具のない殺風景な部屋を見渡して、また涙を拭った。
するとその時、部屋のチャイムが鳴った。
立ち上がり、廊下の壁際に行く。
このマンションには良い物が付いている。
チャイムを鳴らしたら、室内にある液晶に外の様子が映るのだ。
今時当たり前のシステムなのかもしれないが、貧乏な俺にとっては無縁の代物だった。
誰が来たのかと液晶を覗き込むと、たまきが立っていた。
玄関に向かい、ドアを開ける。
「こんばんわ。」
たまきはニコリと微笑む。
「どう?気に入ってくれた?」
部屋を見つめて、クスっと首を傾げる。
「ああ、すごく良い部屋だ。俺なんかにはもったいないよ。」
「その割には浮かない顔してるわね?もしかして広すぎて落ち着かなかった?」
「いや、そうじゃないんだ。」
俺は部屋の中に手を向ける。
たまきは「お邪魔します」と上がる。
そして何があったのかをすぐに理解した。
「いつ?」
「俺がこっちに戻って来てすぐ。」
「そう。」
たまきはカモンの傍に行き、膝をつく。
目を閉じ、手を合わせ、弔いの言葉を呟いた。
「今まで悠一の力になってくれてありがとう。」
モンブランはグスっと潤んで、またわんわん泣き出す。
たまきはしばらく手を合わせてから、俺の方へやって来た。
「辛いでしょうけど、別れは避けられないもの。泣いてもいいけど、気を落とさずにね。」
「ああ・・・・。」
グイっと目尻を拭って、鼻をすする。
「ちょっと話があるの。いいかしら?」
そう言って隣の部屋を指差す。
動物たちを残して、二人で隣の部屋に向かった。
何もない部屋に、ほんのりと月明かりが射している。
たまきは窓際に立ち、「いい部屋でしょ?」と尋ねた。
「ああ、恐縮するくらい。」
「これはアンタが自分の力で手に入れたものよ。遠慮なく使って。」
そう言ってニコッと微笑んだ。
「さて、いきなりだけど本題を切り出すわね。」
真剣な顔になって、俺を睨む。
「悠一、あなたは今回の件で、知らなくてもいいことを知ってしまった。」
「・・・・・?どういうこと?」
「前世の記憶よ。」
とても厳しい声で言う。
俺は首をかしげた。
「何度も言うけど、前世は前世。魂は同じでも、イーとアンタは別人よ。
だから・・・・その記憶を消させてもらう。」
たまきの目が紫に光る。
妖しい輝きが全身を包み、俺に向かって手を伸ばした。
「前世の記憶なんて持つもんじゃない。そんなものを持っていたら、これからの人生で必ず支障をきたすわ。」
「・・・・俺の記憶を消すのか?」
「前世に関することだけね。他は覚えてるから大丈夫よ。」
「ホワンが救われたことや、お前の依頼を解決したことは・・・・、」
「残る。」
「なら・・・・イーとイェンのことは?」
「消えるわ。」
「・・・・・・・・・。」
「正確には、あの金印で見た記憶を消すだけ。
前世の追体験によって、あの記憶は自分の一部のように残ってしまったはずよ。」
「・・・・ああ。俺の人生の中で、実際に起きたことみたいに焼きついてる。」
「消すのはそれだけよ。現世において、アンタ自身の目と、耳で知り得たことは残る。だから怖がることはないわ。」
「だけどこれは俺の記憶だ。わざわざ消さなくても・・・・、」
「知らなくてもいいことなのよ。」
「でも依頼を解決するには、前世の記憶が必要だった。これがなきゃ・・・・、」
「もう終わった。」
「だけどお前からの依頼だぞ?お前が頼むから、俺はイーのことを思い出して・・・・、」
「それも分かってる。申し訳ないと思ってるわ。だからこそのこの部屋じゃない。」
そう言って広い部屋に手を向ける。
「あんたは一人前になったし、これからは私と肩を並べて仕事が出来る。
でもね、やっぱり前世の記憶なんて必要ないのよ。」
「・・・・・いや、これは消さない。」
「前世のことを覚えてるなんて、不幸でしかないのよ?今の人生を縛られることになる。」
「でも!これは忘れちゃいけないんだ!だって仙人が言ってたから。俺と藤井には・・・・、」
「呪いが掛かってるって?」
「・・・・・知ってたのか?」
たまきはクスっと頷く。
「あの金印に詰まっていた記憶は全て知っている。」
「そ、そうなの・・・・・?」
「以前にコマチさんが暴走したでしょ?あの時、私は彼女から金印を取り上げた。
その時にね、全部見えたのよ。イーの記憶が。」
「マジかよ・・・・・。」
「まるで激流のように、私の中に流れ込んできた。きっとイーが見せたんだと思うわ。」
「・・・・・・・・。」
「だから全部知っている。私に神獣としての素質がなかったことや、仙人が余計なことをベラベラ喋ったこともね。」
そう言って「あの爺さん、ホントお喋りなんだから」と顔をしかめた。
「今度会ったら、もうちょっと仙人らしくしろって言っとかないと。」
「なら・・・・なんで教えてくれなかったんだ?
あの金印に詰まった記憶を知っていれば、もう少し早くホワンを助けることが出来たかもしれないのに。」
「無理よ。言葉で言ったって、アイツは納得しない。
ギリギリまで追い詰められて、その時にイーの想いを知る必要があった。
そうすることで怨念が晴れるはずと思ったからね。
だけど事前にアンタに言ってしまえば、きっと言葉で説得しようとするはず。
そうなれば確実に依頼は失敗。だから黙ってたのよ。」
「・・・・全部、お前の計算だったのか?」
「怒ってる?」
「・・・・いや、強かな奴だって知ってるから、別に怒ってはないよ。
でもさ、やっぱりこの記憶は消したくない。
だって仙人が言ってたんだ。俺は前世の前世で、神獣を殺してしまったって。
悪意はなかったけど、でもそのせいで罰を受けることになった。
動物と話せる力を使って、一万の魂を救えって呪いを・・・・。」
俺は思い出す。
記憶の中で、仙人から聞いた話を。
今から二千年前、俺は中国にいた。
前世の前世の時の話だ。
その時、俺には恋人がいた。
藤井だ。
アイツも前世の前世で中国にいて、俺と一緒に暮らしていた。
ある時、俺たちの前に神獣がやって来た。
その神獣は炎の鳥で、いわゆる不死鳥ってやつだ。
不死鳥は500年に一度、生まれ変わる。
死んで、でもすぐに蘇って、それで永遠の命を保つのだ。
ではどうやって生まれ変わるかというと、死ぬ前に卵を残す。
そこから生まれたヒナは、あの世から転生した不死鳥。
新たな命ではなく、以前の不死鳥が再び命を吹き返すわけだ。
不死鳥は俺たちの前にやって来て、あることを頼んだ。
『もうじき卵を産むから、それを預かってほしい。』
卵の間は無防備なので、誰かに守ってもらう必要がある。
しかし誰でもいいというわけではない。
もし悪人の手に渡ってしまえば、そいつは永遠の命を手にいれることになるからだ。
この卵を食べてしまえば、そっくりそのまま不死鳥の力が手に入る。
だから預ける相手は慎重に選ばないといけない。
不死鳥は言った。
『お前たちなら大丈夫だろう。悪人でもないし、欲深いわけでもない。
腹が減ったからといって、焼いて食う間抜けでもないだろうし。』
そう言って、俺たちの前で卵を生んだ。
『羽化するまで三日かかる。それまでどうか頼んだぞ。』
不死鳥は火柱となって、そのまま消え去った。
俺たちは大事に卵を預かった。
人に知られてはまずいので、こっそりと家の中に隠しておいた。
だけどその晩、泥棒に入られて、卵を盗まれてしまった。
不死鳥の卵はとても綺麗で、ルビーのように輝いている。
こんな美しい物を、泥棒が放っておくわけがない。
俺たちは慌てて泥棒を追いかけた。
どうにか捕まえることはできたけど、でも卵は返ってこなかった。
なぜならこの泥棒騒ぎを聞きつけたお役人が、卵を奪いに来たからだ。
『これこそは不死鳥の卵!不死の命を得る秘宝ではないか。』
その役人は欲深いやつで、町の者たちからも嫌われていた。
権力をふりかざして悪さをするし、欲の為なら平気で人を殺すような奴だった。
俺たちは困った。
これはえらいことになったぞ・・・・と。
もしあの役人が卵を食べてしまえば、永遠の命を持つことになる。
そうなれば永遠に悪さをするだろう。
どうにか取り返したいけど、普通に行っても追い返されるだけ。
だったら屋敷に忍び込んで、こっそりと奪い返すことにした。
人気のない夜、俺たちは屋敷に向かった。
けど俺たちは忍者じゃない。泥棒のプロでもない。
どうにか侵入したはいいものの、あっさり見つかって捕らえられてしまった。
『賊めが。この卵を奪いに来たか!』
俺たちは処刑されることになった。
けどその前に、役人は俺たちの前で卵を持ってきた。
『いつ賊に奪われるか分からん。とっとと食ってしまおう。』
これみよがしに、俺たちの目の前で食べようとした。
家来に命令して、卵を割るように言う。
もし役人がこれを食べてしまったら、悪人が永遠の命を持つことに・・・・・。
俺たちは一瞬の隙をついて、卵を奪い返した。
家来が襲いかかってくるが、『これがどうなってもいいのか!』と卵を盾にした。
役人は『やめろ!』と家来を止める。
俺たちは屋敷を逃げ出し、深い山の中に逃げ込んだ。
三日・・・・その間だけ守ることが出来ればいい。
預かってから一日経っているので、あと二日、山の中に潜んでいれば・・・・。
そう思ったけど、そんなに甘くはなかった。
次の日、役人は大勢の家来を連れて、山狩りを行ったのだ。
これではいつ奪われるか分からない。
もっともっと深い山に逃げようと、ひたすら走った。
でもその時、恋人の足に矢が刺さった。
敵が追いついてきたのだ。
俺たちは周りを囲まれて、逃げ場を失った。
『さあ、卵を渡せ。』
手を向ける役人。
俺たちは目を見合わせて、コクリと頷いた。
そして・・・・・、
『ああ!何をする!!』
深い深い谷の底に、卵を投げ落とした。
慌てる役人、ざわつく家来。
そして俺たちも谷底に身を投げた。
どうせ捕まったら殺される。
卵を渡そうが渡すまいが、どの道死ぬことになる。
ならばこうするしかなかった。
不死鳥は死ぬが、悪人が永遠の命を持つよりはマシだ。
そして俺たちもまた、自分の命を絶つしかない。
神獣を殺してしまったという罪、そして捕まったら殺されるだけではすまないという恐怖。
散々に拷問を受けて、生き地獄の上に殺される。
それならば、ここで命を絶った方がいい。
俺たちは手を繋ぎ、また来世で会おうと約束して、谷底に沈んだ。
そして約束通り、来世で出会った。
イーという男と、イェンという女に生まれ変わって。
でも俺たちの魂は、呪いを受けていた。
谷底に沈んだあの日、死んだ俺たちの前に、霊魂となった不死鳥が現れた。
『お前たちを信じて預けたのに、生まれ変わることができなくなってしまった。』
俺たちは謝ったけど、不死鳥は許してくれなかった。
『人間が神獣を殺すなど、あってはならない大罪!如何な理由があろうともだ!』
不死鳥は真っ黒な炎に変わって、俺たちの魂を焼いた。
『神獣殺しの大罪、人が償うには重すぎる。その魂を焼き払い、二度と同じ間違いが起きぬようしてやる。』
俺たちはの魂は消えかかった。
灼熱と苦痛に焼かれて、拷問のような苦しみを受けながら。
でもそこへ、龍に乗った仙人がやって来た。
『待て待て、そこまでやるのは可哀想じゃ。』
仙人は不死鳥を説得してくれた。
この者たちはああするしかなかった。
悪人の手から卵を守るには、これしか方法はなかったと。
仙人が説得してくれたおかげで、不死鳥は怒りを鎮めた。
だけど完全には納得してくれなかった。
『仙人の顔に免じて、魂を焼き尽くすことは許してやる。だがその代わり、呪いを受けてもらうぞ。』
不死鳥は黄金色に輝き、俺たちの魂を包んだ。
『お前たちに特別な力を与える。その力を使い、一万の魂を救うのだ。
それが終わるまで、お前たちが結ばれることはない。』
俺たちの魂には呪いが刻まれた。
一万の魂を救うまで、何世代にも渡って続く呪いが・・・・。
この呪いを解くまで、俺たちは永遠に結ばれることはない。
なんと大変な難行・・・・・一万って・・・・・。
すると仙人がこう言った。
『これをくれてやろう。』
首からかけた金印を、俺たちの前に差し出した。
『人の身では、神獣の呪いを解くのは厳しいじゃろ?だからこれを授けよう。』
金印はとても綺麗で、不思議な光を放っていた。
『お前たちは1000年後に生まれ変わる。その時、どちらかの手にこの金印が渡るようにしておく。』
どうやって?と俺たちは尋ねる。
『そうじゃな・・・・生まれ変わったお前たちの先祖にでも預けるか。
そうすれば時を超え、その手に渡るじゃろう。』
仙人は『まあ頑張れ』と肩を叩く。
『お前たちは悪くない。ただ運がなかっただけじゃ。遠い未来、お前たちは結ばれて、必ず幸せになる。この儂が約束する。』
そう言い残し、『ほんじゃ』と去って行った。
不死鳥も羽ばたき、天に昇っていく。
『高い空から見ているぞ。一万の魂を救い、いつか呪いを解く日を。』
大きな翼を羽ばたいて、空に昇っていく。
そこには仙人が待っていて、並んで雲の中に消えていった。
・・・・・これが仙人から聞いた話、俺と藤井が受けた呪い。
それは来世まで続き、そのまた来世まで続いている。
もしもこれを忘れてしまったら、大変なことになる。
「俺はやらなきゃいけないんだ。一万の魂を救い、必ずこの呪いを解く。そうしないと藤井まで辛い目に・・・・、」
そう言いかけたとき、ガシっと頭を掴まれた。
「痛だだだだ!」
たまきは指を立てて、俺の頭を握り締める。
「ちょ、ちょっとッ・・・・・、」
「忘れなさい、全て。」
「待ってくれ!これを忘れたら、いったいいつ呪いが解けるか分からない!
だって一万だぞ!モタモタしてたら、今世で終わらない。来世まで続いて、そのまた来世まで続くかもしれないんだ!」
「いいじゃない。」
「え?」
「続いてもいいじゃない。」
「な、何言ってるんだ!こんな呪い、さっさと解かないと・・・・、」
そう言いかけると、たまきは首を振った。
「今を生きなさい。」
強い目で言う。
その眼光に圧されて、俺は黙り込んでしまった。
「何度も言うけど、前世は前世。そして来世は来世よ。今のアンタには関係ない。」
「関係あるだろ!だって呪いが・・・・、」
「ならその為だけに動物を助けるの?」
「え?」
「アンタは呪いから解放されたいが為に、動物探偵を続けるの?」
「そ、それは・・・・違うけど・・・・、」
「今までは呪いのことなんて知らなくても、その目に映る動物を・・・・・いいえ、困っている者を助けようとしてきた。」
怖い目が柔らかくなって、小さく微笑む。
「呪いなんて関係ないのよ。アンタ自身がそうしたいからそうしてきた。だったら・・・これからもそれでいいじゃない。」
「・・・・でも、それだったら俺と藤井はどうなる?呪いのせいで、永遠に結ばれないままで・・・・、」
「あら?コマチさんと結婚するんじゃないの?」
「へ?」
「彼女のこと愛してるんでしょ?」
「も、もちろんだよ!でもさ、次に生まれ変わったら、その時はどうなるか分からないだろ?だから・・・・、」
「だから今を生きるのよ。」
たまきはまた厳しい目になる。
「次はどうなるか分からない。だったら分からないことを気にしてもしょうがない。
今、目の前にあるアンタの人生を大事にしなさい。仕事を、マサカリたちを、そしてコマチさんを。」
ギュッと指を立てて、メリメリと食い込ませる。
「痛だだだだだだ!」
「前世は前世、来世は来世、例え呪いが続いたとしても、そんなの関係ないわ。」
「ちょ!頭が割れる!!」
「アンタは有川悠一という一人の人間。過去や未来に囚われず、自分の人生を生きればいいのよ。」
「ぎ、ギブ!ほんとに割れる!!」
「そうやって今を大事に生きていれば、いつか必ず光が射す。」
「あ・・・・ああああ・・・・・また・・・・仏さんと天使が・・・・、」
「今というこの時が一番大事だってこと、忘れないで。」
たまきがそう呟いた瞬間、俺の意識は遠のいた。
・・・・頭の中に、紫に光る手が入ってくる。
ゴソゴソと俺の記憶を探って、金印によって追体験した部分を掴んだ。
その瞬間、ふと痛みが治まった。
仏さんと天使は相変わらずで、舌打ちとラッパを投げていく。
・・・・・その時、どこかから俺を呼ぶ声がした。
『よう悠一、また死にかけてんのか。』
『・・・・カモン!』
俺の後ろから龍が飛んでくる。
仙人が乗っていて、その手の上にカモンがいた。
『あ、あんたは!?』
『がはは!1000年ぶりじゃな。』
『なんでアンタがここに!?』
『ジャンケンで勝ったから。』
『は?』
『そこに仏さんと天使がおるじゃろ?だから儂も混ぜておらおうと思って。』
『・・・・・・・・。』
『なんじゃその顔は!儂がお迎えだと不満なのか!』
『・・・・・いや、そいういうわけじゃないけど。なんかイラっとして。』
『ふん!相変わらず儂に敬意をもたん奴じゃな。』
『でも怒ってるぞ、仏さんと天使。』
仏さんは鬼のような顔でメンチを切り、天使はラッパでどついている。
『痛いじゃろうがこの!儂が勝ったんじゃから、儂がお迎えするんじゃ!』
仙人、仏さん、天使の喧嘩が始まって、ボコボコにどつき合う。
龍は迷惑そうな顔をしていた。
しばらく喧嘩が続き、仏さんと天使はキレたまま帰って行く。
仙人は鼻血と青痣でボロボロになっていた。
『はあ・・・・はあ・・・・こっちは年寄りじゃぞ。ちょっとはいたわらんかい・・・・・。』
鼻血を拭きながら、『そういうことじゃから』と言う。
『どういうことだよ・・・・。』
呆れていると、カモンが『よう』と頭に乗ってきた。
『お前も行くか?』
『行くわけないだろ!』
『冗談だよ、本気で怒るな。』
小さな手で、ペシペシと俺の頭を叩く。
『孫の顔が見れないのは残念だけど、まあ仕方ない。』
『・・・・・本当に行っちゃうんだな。』
『まあなあ・・・さすがにこれ以上寿命を伸ばしてもらうのは悪いし。
それにさ、お前はもう一人前なんだろ?なんたってたまきが認めてくれたんだから。』
『・・・・ああ。』
『なら安心して向こうに行ける。これからは桃源郷をエンジョイだぜ!』
ちっこい親指を立てて、ニコっと笑う。
『ほれ、もう行くぞい。』
仙人が手を伸ばすと、カモンはピョンと飛び乗った。
『まあそういうわけで、これでお別れだ。達者でな。』
『カモン!』
思わず手を伸ばす。
すると龍が威嚇してきた。
『うおッ!』
『言っただろ、もう時間なんだよ。』
『でも・・・・でも・・・・やっぱ寂しいよ!
もう二度と・・・・みんなで騒ぐことが出来ないなんて・・・・、』
『泣くな馬鹿。辛気臭いのは嫌だぜ。』
『・・・・・ごめん。』
グイっと目を拭い、顔を上げる。
すると龍は空に昇っていくところだった。
『カモン!』
『悠一!俺は幸せだったぞ!お前やみんなと一緒にいられて!』
高い空から、小さな手を振る。
また涙が出てきて、まっすぐ上を向くことが出来なかった。
『だからお前も幸せになれ!コマチやあのバカ共と一緒に、楽しく生きろ!』
『カモ〜ン!』
『じゃあな。いつかまた。』
龍は空の中へ消えて行く。
カモンは見えなくなるまで手を振っていた。
『カモン・・・・・。』
四年間一緒に過ごした、大事な家族。
幸せだったと言ってくれて、何よりも嬉しい。
アイツは立派に生きた。
与えられた命を全うし、桃源郷へと旅立っていった。
俺はカモンが消えた空に手を振る。
またいつか、きっと会えると信じて。
『またな、カモン・・・・・。』

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第六十四話 戻る者と旅立つ者(2)

  • 2017.06.28 Wednesday
  • 09:29

JUGEMテーマ:自作小説

たまきは無事に一つに戻った。
これでようやく一件落着。
でもまだ大きな心配事が残っている。
《マイちゃん・・・・無事でいてくれよ!》
彼女は霊獣の世界にいる。
大怪我を負ったから、モズクさんが連れて帰ったのだ。
俺はウズメさんに頼んで、マイちゃんのいる世界まで運んでもらうことにした。
《今行くからな!》
光を失った金印を握りしめ、彼女の無事を祈る。
ウズメさんはあっと言う前に神社の前まで来て、「行くわよ!」と叫んだ。
彼女の巨体は、鳥居よりも遥かに大きい。
でも構わず突っ込んでいく。
すると突然鳥居が巨大化して、ウズメさんが通れるサイズになった。
「身を低くして、しっかりしがみ付いてて!」
「はい!」
鳥居を潜った瞬間、グニャリと空間が歪んだ。
すべての景色が捻れて、強烈な風が襲いかかってきた。
「うわああああああああ!!」
ギュっとしがみ付いても、あまりの突風に吹き飛ばされそうになる。
もう限界だ・・・・・。
そう思った時、突然風がやんだ。
「着いたわよ。」
「・・・・・・・・・。」
恐る恐る顔を上げる。
「ここは・・・・・。」
俺たちが出た場所。そこは岡山だった。
マイちゃんの家がある、山の麓の草むら・・・・。
「家がある・・・・。消えたはずなのに。」
ウズメさんは家の前に俺を下ろす。
それと同時に、ガラガラと玄関が開いた。
中から現れたのはモズクさん。そして・・・・・、
「ワラビさん!」
マイちゃんの両親が、じっと俺を睨む。
「あ、あの・・・・・、」
二人の視線に圧されて、ゴクリと息を飲む。
「・・・あの・・・・マイちゃんは・・・・?」
二人は俯く。そして・・・・・首を振った。
「まさか・・・・そんな!だってそんなこと・・・・、」
膝から力が抜ける・・・・その場に崩れ落ちそうになる・・・・・。
《そんな・・・・そんなのウソだ!》
思わす叫びそうになった時、家の中からダダダダ!と足音が聴こえた。
「悠一君!」
人間に化けたマイちゃんが飛び出してくる。
ガバっと抱きついてきて、とんでもないパワーで締め付けられた。
「よかった!無事だった!」
「ぐ・・が・・・・・ごうふッ!」
「心配してた!無事でよかったああああああ!!」
「ぎゃあああああああああ!!」
骨が鳴る・・・・内蔵を吐き出しそうになる・・・・。
意識が遠のいて、魂が抜けそうになる・・・・。
「悠一くうううううん!」
「あ、またお迎えが・・・・・、」
見上げた空には、仏さんと天使がいた。

            *

「大丈夫ですか?」
ワラビさんが包帯を巻いてくれる。
俺は「お構いなく・・・」と苦笑いした。
でも笑うとビキっと骨が鳴る・・・・・痛い!
《ついさっきまで仏さんの手に乗ってたからな・・・・。》
またしても死ぬところだった。
ワラビさんが助けてくれたおかげで、どうにか死なずにすんだけど。
「これでよし。」
包帯を巻き終えたワラビさんは「ごめんなさい」と謝る。
「マイのせいで、危うく故人にしてしまうところでした。」
「いえいえ、いいんですよ。いつものことだから。」
そう言って笑うと、またビキ!っと痛んだ。
「ごめんね悠一君・・・・嬉しくてつい。」
俺の隣でマイちゃんが申し訳なさそうにしている。
モズクさんが「まあ無事だったんだからよかったじゃねえか」と笑った。
「兄ちゃんが来るまで大変だったんだぜ。『悠一君の所に行くうううう!』ってよ。
おかげでほれ、家ん中がめちゃくちゃだ。」
タンスは逆さまになり、天井には穴が空き、床は抜けている。
辛うじて残っているのはちゃぶ台だけで、これにも爪痕が付いていた。
「怪我が治った途端に暴れ出してよ。『行くったら行く!』って聞きゃしねえ。
そこへちょうど母ちゃんがやって来て、どうにか宥めてくれたってわけだ。」
「大変だったんですね・・・・・。」
俺がここへやって来た時、二人は沈んだ顔をしていた。
そして悪いことでもあったかのように、首を振ったのだ。
俺はてっきちマイちゃんに何かあったのだと思った。
でもそうではなくて、あまりに暴れるマイちゃんに辟易としていたのだ。
そこへようやく俺がやって来て、これで大人しくなるとホッとしたのだった。
「悠一君・・・・ほんとに無事でよかった。」
グスっと泣いて、また抱きつこうとする。
「あ、ちょっとッ・・・・、」
慌てて仰け反り、「今は勘弁・・・・」と手を振る。
「マイ、いい加減にしなさい。これ以上やったら、本当に鬼籍に入ってしまいますよ。」
「ご、ごめんなさい・・・・。」
シュンと項垂れるマイちゃん。
俺は「そう落ち込まないで」と肩を叩いた。
「もう全て終わったんだ。アイツは・・・・ホワンはたまきの中に戻った。もう悪さをすることはないよ。」
「ホワンさん・・・・可哀想だね。ずっと長い間い一人ぼっちだったなんて・・・・。」
「ああ。でも最後には救われた。本人が言ってたんだから間違いないよ。」
たまきの言葉はホワンの言葉。
だからたまきが救われたと言うのなら、それはその通りなのだろう。
「それよりさ、こっちの方が問題だよ。」
俺は金印を見せる。
黄金の輝きは失われて、ただの鉄みたいになってしまった。
「どういうわけか分からないけど、急にこんな風になっちゃったんだ。
これがなきゃマイちゃんは人間の世界にいられないのに・・・・。」
沈んだ顔をしていると、「ちょっといいですか?」とワラビさんが手を出した。
俺は金印を預ける。
ワラビさんは真剣な目で睨んで、「力を失っていますね」と言った。
「なら・・・・もう役に立たないってことですか?」
「このままではね。だけど力を込めれば大丈夫。」
「力を込める・・・・?」
「この金印、霊力の貯蔵庫のような物だと思います。
そして溜まった霊力を使い果たすと、だたの金属に戻ってしまうのでしょう。」
「・・・・ということは、また力を込めれば・・・・、」
「ええ、マイを守ってくれるはずです。」
「ほ、ホントですか!?」
嬉しくなって立ち上がる。でもまた骨が鳴った・・・・。
「痛ッ・・・・、」
「悠一君!」
「大丈夫大丈夫、平気・・・・。」
アバラを押さえながら、「これで人間界に戻って来れるね」と笑いかけた。
しかしワラビさんは首を振る。
「霊力を込めれば力を発揮しますが、そうすぐにというわけにはいかないでしょう。」
「どういうことですか?」
「マイを守るほどの力を込めるとなると、しばらく時間がかかります。」
「しばらくって・・・・どれくらい?」
「100年ほど。」
「100年!!」
「ええ。」
「そんな・・・・・。」
大きな仕事を終え、たまきから一人前のお墨付きをもらい、俺の人生はこれからだと思っていた矢先に、なんてことだ・・・・。
「どうにかならないんですか!?」
「どうにもなりません。」
「そんな・・・・・。だって100年先って言ったら、俺はもう死んでますよ。
これじゃあ・・・・結婚なんて無理じゃないか。」
目の前が暗くなって、がっくりと項垂れる。
《人生って上手くいかないもんだ・・・・。仕事が充実しそうになったら、今度はプライベートで打撃を受けるなんて。》
成功者はプライベートで恵まれないというが、果たしてどっちがいいんだろう?
仕事を取るか、大事な人を取るか。
・・・・・そんなの決められるわけないじゃないか!
しかしがっくりする俺とは対照的に、マイちゃんはそう落ち込んでいなかった。
「ねえ悠一君。」
明るい顔で「100年も待つ必要ないよ」と言った。
「え?」
「私ね、前から考えてたことがあるんだ。」
「考えてたこと?」
「上手くいけば、金印なしで人間界にいられるかもしれない。」
「ほ、ホントに!?」
マイちゃんはコクっと頷く。
「私ね、聖獣を目指そうと思うんだ。」
「聖獣・・・・。」
「ほら、霊獣って格があるでしょ?霊獣、聖獣、そして神獣。
今の私は一番下の霊獣。だけど聖獣になれば、金印なしで人間界にいられるかもしれないの。」
そう言って「ね、お父さん?」と振り返った。
「ああ。聖獣は霊獣より遥かに力が強ええからな。霊的にも、そして肉体的にも。」
「肉体も・・・・・。」
「マイは幻獣だから肉体が弱ええ。腕力はあっても、穢れに対する免疫がねえんだ。
だが聖獣になれば話は別だ。肉体がパワーアップして、少々の穢れじゃ動じなくなるだろうぜ。」
「ほ、ホントですか!?」
「それに霊力も増すから、穢れを追い払う力も付く。そうなりゃそんなモンなしで人間界で暮らせるはずだ。」
「やった!だったら結婚出来るよ!」
俺はマイちゃんの手を握りしめる。
「だがすぐにってわけにゃいかねえ。」
「え?」
嫌な予感がする・・・・・。
「あの・・・・また100年とか言うんじゃ・・・、」
「1年。」
「1年・・・・?」
「そんだけありゃいけるはずだ。」
「・・・・・・・・ホントですか!」
100分の1に縮まった!これならじゅうぶん待てる。
「本当ならもっともっと時間が掛かるんだが、マイは幻獣だ。
潜在能力は神獣並だから、普通の霊獣よりも早く昇格できるはずだぜ。」
「おお・・・・ここへきて幻獣ってことがプラスに!」
一瞬そう思ったけど、そもそも幻獣でなかったらそのまま人間界にいられる。
俺、けっこうアホなんだな・・・・・。
「兄ちゃんよ。」
「はい・・・・。」
「おめえ・・・・さてはアホだな?」
「・・・・・ッ!」
ちょっと傷つく。
シュンと項垂れると、「お父さん!」とマイちゃんが怒った。
「悠一君はアホなんかじゃない!ちょっと的外れなところがあるだけだもん!」
「そう怒るない。」
煙管を咥え、先っぽに普通のタバコを挿す。
それをプカリと吹かして、話をつづけた。
「マイは幻獣だから、成長するのも早ええはずだ。それに加えて・・・・・、」
そう言ってワラビさんを見つめる。
「母ちゃんが直々に鍛えてくれるからよ。」
「ワラビさんが?」
「母ちゃんは神獣だ。しかも神主やってるから、弟子を鍛えるのも上手いしよ。」
「なるほど・・・・。マイちゃんの才能、そしてワラビさんの指導。この二つがあれば、一年で人間界で暮らせるようになると?」
「おうよ。兄ちゃんが一年間浮気をしなかったらの話だけどな。」
「しませんよ!」
「どうだか・・・・。独り身の所へ良い女が現れたら、コロっといくかもしれねえ。なあ母ちゃん?」
「いいえ、私はそうは思いません。
悠一さんは立派な殿方です。きっと一途にマイのことを待って下さいますよ。」
そう言って俺を振り返る。
「マイのこと、信じて待っていて下さい。私が必ずや聖獣にしてみせますから。」
「お、お願いします!」
手をつき、頭を下げる。
ワラビさんは立ち上がり、俺とマイちゃんの前に立った。
「これからの二人に幸運を願って、祈りを捧げます。」
手を合わせ、目を閉じるワラビさん。
俺とマイちゃんは背筋を伸ばした。
ワラビさんはパンパン!と手を叩き、カッと目を開いた。
「キイエエアアアアアア!」
「・・・・・・・ッ!」
「ヒイイエヤアアアアアアア!」
「え?いや・・・・・、」
「アアアアカアアアアアンンテエエエエエ!!」
「な・・・・え?」
「これでよし。」
《・・・・・なに今の?》
突然わけの分からない奇声を発した・・・・。
なんか怖くてドキドキする・・・・。
「お母さん・・・・ありがとう・・・・グス。」
「ええええ!?」
「久しぶりにお母さんのお祈りを見た・・・・。きっとこれで幸運間違いなし!」
《呪いの間違いじゃないのか・・・・。》
涙ぐむマイちゃん。
「幸せになるのよ・・・・」と鼻をすするワラビさん。
モズクさんはスポーツ新聞を読んでいた。
《・・・・・この家族と上手くやっていけるのかな・・・・・。》
まあ・・・・悪い人達ではない。どうにかなるだろう。
とにかくマイちゃんが戻って来れそうでよかった。
100年なんて言われた時はドキっとしたけど、一年ならあっという間だ。
忙しく仕事をこなしていれば、すぐに時間が経つんだから。
変わり者の家族を眺めていると、ウズメさんが入って来た。
「どんな感じ?」
「ええっと・・・・こんな感じです。」
手を向けると、ウズメさんはクスっと笑った。
「ハッピーエンドってわけね。」
「まあ・・・・一応は。」
「じゃあそろそろ帰りましょうか。人間があまりこっちの世界にいるとよくないから。」
「そうなんですか?」
「幻獣の逆バージョン。清浄過ぎる空気のせいで、人間には馴染めないのよ。」
ウズメさんは「それじゃモズクさん、今日はこれで」と手を上げる。
「おう!」
モズクさんはスポーツ新聞を見ながら頷く。
「母ちゃん、兄ちゃん帰るってよ。」
「え?・・・・ああ!ごめんなさい・・・・。」
グスっと涙を拭いて、「マイをよろしくね」と頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそ。ていうか早く聖獣になってくれるのを待ってます。」
「明日、一日だけそちらに向かわせます。
一年とはいえ離れ離れになるわけだから、一緒にいてやって下さい。」
「それは嬉しいですけど、金印がないのに大丈夫なんですか?」
「一日くらいでしたら。ねえマイ?」
「うん!平気平気!」
「そっか。じゃあ・・・・待ってるよ、マサカリ達と一緒に。」
ニコっと頷くと、「悠一君!」と抱きついてきた。
「ぎあッ!」
「私・・・・頑張るからね!絶対に聖獣になるから!」
「ちょッ・・・・やめて・・・・、」
「だから待ってて!いっぱい修行して、うんとパワーアップして、もっともっと強くなるから!」
「だあああああああああ!これ以上強くなんなくていいい!!」
メキメキっと骨が鳴る・・・・。
ワラビさんは「マイ・・・・」と鼻をすすっているし、モズクさんは新聞から顔を上げない。
《この一家とやっていくの・・・・命懸けかもしれない・・・・。》
天使と仏さんが見える頃、ようやく離れてくれた。
倒れる俺を抱えて、ウズメさんは「それじゃお暇します」と言った。
「ほら、悠一君もご挨拶。」
《出来るか!》
「じゃあまた明日!」と手を振るマイちゃん。
俺は白目を痙攣させて、「また・・・・」と気絶した。

            *

マイちゃんは無事だった。
そして金印がなくても人間界にいられることになった。
一年は離れ離れになっちゃうけど、でもそれは仕方ない。
聖獣になってくれることを信じて、ただ待つのみ!
このことを動物たちに話したら、きっと喜ぶだろう。
俺はウキウキしながらウズメさんの車に乗っていた。
「嬉しそうねえ。」
「ええ、まあ。」
「顔がデレデレよ。この幸せ者。」
パチンとおでこを叩かれる。
「すいません」と笑いながら、「でもいいんですか?」と尋ねた。
「しばらくウズメさんのマンションにご厄介になって。」
「いいのいいの。ていうか君の家はもうないじゃない。」
「吹き飛んじゃいましたからね。ていうか・・・・テレビでもえらいことになってるな。」
車に付いているテレビから、今日の事件が流れていた。
粉々になった俺の部屋、現場検証する警察、群がる報道陣と野次馬。
こりゃあ城崎温泉の時よりも大事になる・・・・・。
「ああ・・・・どうしよう・・・。もしマンションを弁償しろとか言われたら・・・・。
いやいや!それより警察沙汰になるんじゃ・・・・。」
青い顔をしながら、頭を抱える。
するとウズメさんが「平気平気」と笑った。
「この件の対処は彼女に任せてるから。」
「彼女?」
「ん、鬼嫁。」
テレビを見ていると、どどめき庵の女将さんがマンションの前にいた。
「なんでこの人が!?」
鬼の龍と称される、正真正銘の鬼嫁。
あの時の記者会見と同じように、屁理屈で記者の質問を受け流している。
「ウズメさん!なんでこの人が!?」
「私からお願いしたの。この前あなたの旦那で大変なことになったから、ちょっと協力してって。
そうしたら二つ返事で引き受けてくれて。」
「いや。引き受けるって、全然関係ない人じゃないですか!!」
「でも人間界に顔が利くのよ。」
「そ、そうなんですか・・・・・?」
「強面だけど仕事の出来る人だから。色んな所にコネを持ってるのよ。」
「はあ・・・・・。」
「まあしばらくは騒がれるでしょうけど、君が責任を負うことじゃないわ。」
「いや、でもですねえ・・・・・、」
「マンションの補償はたまきがやってくれるし、迷惑を被った人は私が助けるし。」
「そんな!だって俺の依頼でこんな事になったのに・・・・、」
「いいのいいの。たまきがそう言ってるんだから。幸い怪我人もいなかったし、人脈とお金でどうにかなる問題だから。」
そう言ってのほほんと笑う。
《笑ってるよオイ・・・・・。やっぱ人間とは違う感覚の持ち主なんだなあ。》
ウズメさんの車に揺られながら、彼女のマンションへと向かう。
そこは金持ちしか住めないような高級マンションで、「すげえ・・・」と声が漏れてしまった。
「いい所に住んでるんですね・・・・。」
「見た目よりも安いのよ。」
「ていうか引っ越したんですね?」
「ん?」
「ほら、去年の夏に一度だけお邪魔したじゃないですか。怪我したマイちゃんを預かってもらう為に。」
「ああ、あのマンション?狭いから引っ越したわ。」
「そうですか?けっこう広かったですけど・・・・。」
「私には狭かったの。」
《う〜ん・・・・けっこうバブリーな人なんだなあ。人じゃないけど。》
大きな銭湯の経営者なんだから、それなりにお金を持ってるんだろう。
そもそも稲荷の長なわけで、お金なんてどうとでもなるのかもしれない。
車を降りた俺たちは、エレベーターに向かった。
部屋は最上階。
エレベーターに運ばれながら、「動物たちはもう来てるんですよね?」と尋ねた。
「ええ。」
「あ、ああ・・・・そうですか。」
「どうしたの?そわそわして。」
「いや、だって・・・・ねえ。気持ちはすごくありがたいですけど、でも・・・・やっぱりウズメさんのマンションにお世話になるっていうのは。」
「でも住む場所がないんだから仕方ないでしょ?」
「それはそいうですけど、僕は婚約中の身でして・・・・。
いくらご厚意とはいえですね、その・・・・別の女性の所にお世話になるというのは、かなりマズイような気が・・・・、」
「え!悠一君・・・・・私にマズイことするつもりなの?」
「へ?」
「だってエッチな顔してるから。」
「ち、違いますよ!そういうことじゃなくてですね、こういうのはその・・・・倫理的にいかがなものかと・・・・、」
「ふふふ、冗談よ。」
ペチンとおでこを叩かれる。
それと同時にチンとドアが開いて、「こっちよ」と歩いていく。
「ここね。」
そう言ってトントンと表札を指さす。
「・・・・・動物探偵、有川悠一事務所。なんですかコレ?」
「だから君の部屋じゃない。」
「・・・・・えええ!だってこれウズメさんの部屋でしょ?」
「違うわよ。」
「へ?」
「これは君の部屋。」
「俺の・・・・?」
「たまきからの成功報酬よ。」
「ほ・・・・報酬?」
「1000年の悩み事を解決してもらったんだから、部屋くらいは当然でしょ。・・・・だって。」
「・・・・ええっと、じゃあウズメさんの部屋は?」
「私は三つ向こう。」
離れた部屋を指さして、ニヤニヤと笑う。
「・・・・・・・・・。」
「あれえ?何その顔?」
「あ、いえ・・・・なんでも。」
「君・・・・もしかして私の部屋に住むと思ってたの?」
顔を近づけながら、さらにニヤニヤする。
「いや!だってウズメさんのマンションだって言うから・・・・、」
「でも私の部屋だなんて言ってないわよ?」
「う、や、それは・・・・・、」
「もしかして・・・・期待してた?私と一緒に住めるんじゃないかって。」
「ち、違いますよ!」
「じゃあなんでガッカリしてるの?」
「してません!その・・・・ちょっと勘違いしてただけです。」
俺は顔を真っ赤にしながら部屋を睨む。
「だってここに俺の部屋があるなんて思わないじゃないですか。
だからついですね・・・・てっきりウズメさんの部屋のことかと・・・・、」
「婚約者がいるのに、私の部屋に住めなんて言うはずないでしょ。」
「・・・・・ですよね。」
すっごく恥ずかしくなって、《俺、やっぱりアホなんだな》と項垂れた。
「やっぱり妙なこと期待してた?」
「してません!」
「でも勘違いしたままついて来たってことは、一緒に住むつもりだったってことでしょ?」
「う、あ、それは・・・・・・、」
「やっぱり下心があったんでしょ?」
「う、うむう・・・・・ぬううおお・・・・・、」
この人、なんでこんなに嬉しそうなんだ・・・・。
ニヤニヤして、まるで俺をからかう時のマサカリたちみたいだ。
「こ、これは誘導尋問だ!誰か弁護士を・・・・、」
「ふふふ、冗談よ。」
「冗談がキツいですよ・・・・。」
「はい、コレ鍵ね。」
「え?あ・・・・ありがとうございます。」
「お礼なんていいわよ。これはたまきが買ったもんだし。」
「買う!ここって分譲マンションなんですか?」
「当然よ。こんな所の家賃、君が払えるわけないでしょ。」
「・・・・・・・・・・。」
「そう恐縮しなくてもいいって。たまきはこれでも足りないと思ってるくらいなんだから。」
「アイツ・・・・なんでそんなに金持ってんだ?」
分譲マンションなんてもらって、恐縮しない方がおかしい。
するとウズメさんは「仕事よ仕事」と言った。
「ここは君の住居兼仕事場。」
そう言ってトントンと表札を指さす。
「動物探偵、有川悠一事務所。これはお礼でもあるけど、君への期待も込めてるのよ。」
「期待?」
「君は一人前になった。だからこれからはたまきの戦友ってわけ。
だったら仕事場もそれなりじゃないと。」
「はあ・・・・・。」
「気のない返事をしない。せっかく与えてもらった立派な仕事場なんだから、ビシっとしなさい!」
バシン!と背中を叩いて、「それじゃ」と去って行く。
「私はこがねの湯があるから。」
「あ、あの・・・・今回も助けてもらって、ありがとうございました!」
ペコっと頭を下げると、ヒラヒラと手を振りながらエレベーターに消えていった。
「俺の・・・新しい仕事場。」
ここは立派なマンションだ。
仮に賃貸だとしても、決して俺の給料じゃ払えないような場所だ。
「なんかオシャレだし、ドアも立派だな。・・・・どれ、ちょっと覗いてみるか。」
この向こうにはマサカリ達が待っている。
部屋を見るのも楽しみだけど、それ以上に動物たちの反応が楽しみだった。
《マイちゃんは無事で、一年後には戻って来れる。きっとみんな喜ぶぞ。》
ウキウキしながら鍵を挿す。
そして「ただいま!」とドアを開けた。
「お前ら喜べ!マイちゃんは無事だ!そして一年後には戻って来れ・・・・・、」
そう言いかけて、口を噤んだ。
「・・・・・・・・・・。」
動物たちは背中を向けている。
広い部屋の中で、中央に集まって佇んでいる。
でも・・・・一匹足りない。
マサカリ、モンブラン、チュウベエ、マリナ。
みんなは黙ったまま、ある一点を見つめていた。
「・・・・・・・・。」
俺は黙って部屋に入る。
ドアを閉め、靴を脱ぎ、ゆっくりとマサカリ達に近づいた。
「お迎え・・・・・・来たんだな。」
そう尋ねると、マサカリが「ああ・・・・」と答えた。
「逝っちまいやがった。」
「そっか・・・・・。」
「ついさっきだ。パタンと倒れて、そのまま眠るみてえに・・・・・、」
みんなの見つめる先に、カモンが倒れている。
眠っているように見えるけど、でも・・・・もう動かない。
どんなに呼んでも起きることはない。
俺は膝をつき、そっと手に乗せた。
「カモン・・・・・。」
小さな身体を撫でる。
微かに体温が残っていて、本当についさっき旅立ったようだ。
「ありがとう・・・・最後まで手伝ってくれて。お前がいなかったら、俺はどうなってたか。」
ホワンに連れ去られる時、コイツも一緒についてきた。
あの金印を持って。
もしもあれがなければ、ホワンは正気に戻ることはなかった。
そうなれば依頼は失敗、俺だってどうなっていたことか・・・・。
「とうに命のロウソクは尽きてたのに・・・・・。ほんとに・・・・ほんとにありがとう。」
残っていた体温は、ゆっくりと消えていく。
身体は硬くなり、無機物のように冷たくなっていく。
カモンの魂は、もうここにはいない。
きっと天使か仏さんの手に乗って、遠い世界へ旅立って行ったんだ。
悲しい・・・・・けど涙は出ない。
どうして分からないけど、泣くことが出来なかった。
それはカモンが天寿を全うしたからか?
それとも後から大きな悲しみがやってきて、その時に涙するのか?
どちらか分からないけど、なぜか妙に静かな気持ちだった。
動物たちも神妙な顔をしている。
普段はどんな事でも茶化すのに、この時だけは何も喋らない。
モンブランは俺を見上げ「なんで・・・・?」と言った。
「なんでもっと早く戻って来てくれなかったの!」
泣きながら猫パンチする。
「もうちょっと早く戻って来てくれたら、カモンを看取ってあげられたのに!」
「ごめん・・・・・。」
「コマチさんに会ってデレデレしてたんでしょ!」
「・・・・・・・・・・。」
「そんなのカモンが可哀想よ!もう・・・二度と会えないのに・・・・。」
モンブランは「うわあああああん!」と泣き出す。
「ヤだよおおおお!もう会えないなんて!戻って来てよおおおお!」
モンブランを抱え、「ごめんな」と謝る。
「最後の瞬間にいなくて悪かった。」
広い部屋が震えるほど泣く。
マリナもグスっと泣いて、マサカリも辛そうな顔をしていた。
チュウベエはカモンの所に飛んできて、そっと羽を伸ばした。
「餞別だ、持ってけ。」
羽に隠していたミルワームの切れ端。
それをカモンの傍に置く。
今日、一人の仲間がいなくなった。
我が家で一番の毒舌で、我が家で一番の小さな仲間が。
でも小さな身体とは反対に、気は大きかった。
みんながビビるような中でも、コイツだけは逃げなかった。
いったい今までどれほど助けてもらっただろう。
この小さな身体を張って、俺の為に、動物の為に、どれだけ頑張ってくれただろう。
「カモン・・・・俺な、たまきからお墨付きをもらったんだ。
これからは師弟じゃなくて、戦友だとさ。
だからもう何も心配しないでくれ。安心して・・・・・ゆっくり眠ってくれ。」
尽きたロウソクが燃え続けたのは、俺の心配してのこと。
それがなくなった今、手を振って旅立って行ったような気がした。
部屋の中は静かで、泣き声だけが響く。
俺も泣きたいけど、でも涙が出てこない。
動かなくなったカモンを抱いたまま、じっと座り込んでいた。
     ワラビとモズク

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第六十三話 戻る者と旅立つ者(1)

  • 2017.06.27 Tuesday
  • 11:20

JUGEMテーマ:自作小説
俺の腕に、綺麗な白猫がいる。
流れるような毛並みと、雪のように美しい体毛。
尻尾はフリフリと揺れて、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
「イー・・・・・。」
ウットリした顔で呟く。
俺はギュッと抱きしめて、「ホワン」と言った。
「ごめんな、長い間一人ぼっちにしちゃって。寂しかったよな。」
頭を撫で、背中を撫で、喉をくすぐる。
ホワンはゴロゴロと喉を鳴らしながら、「会いたかった」と言った。
「ずっとずっと会いたかった。」
「うん。」
「またあの家に戻って、イーと一緒に暮らしたかった。」
「うん。」
「でもイーはどこにもいない。どこにもいなかった・・・・。」
目を開け、俺を見つめる。
「ずっとずっと寂しかった。こうして抱きしめてほしくても、思い出の中にイーがいるだけ。
だから私は捜した。きっとどこかにイーがいるはずだって。」
「だから会いに来たんだろ?生まれ変わった俺を見つけて。」
「・・・・嬉しかった。でも・・・・。会うのが怖かった・・・・。
素直になれなくて、猫神神社で再会した時も・・・・ひどいことをしてしまった・・・・。
だって私は・・・・悪い化け猫になってしまったから。」
ホワンは俺の腕から飛び降りて、人間に化ける。あの家にいた頃の姿に。
「イー・・・・ごめんなさい。私はずっと誤解していた。
イェンは素晴らしい人だった。彼女が来てくれたおかげで、あなたは短い間だけど幸せを手に入れた。」
「そんなことないよ。お前が傍にいてくれた間、俺はずっと幸せだった。
子猫の時に拾ってきてから、どれだけお前との時間が大事だったか・・・・。」
手を伸ばし、ギュッと抱きしめる。
「また戻って来てくれてよかった。ありがとう・・・ホワン。」
ポンポンと背中を撫でて、よしよしと頭を撫でる。
「イー・・・・・。」
ホワンは何度も「ごめんなさい」と呟く。
「イーの記憶を見て、私はとんでもない馬鹿だったんだって気づいた。
私は・・・なんてことをしてしまったんだろうって・・・・、」
「もういいんだよ。」
「イェンを殺してごめんなさい・・・・。傍を離れてごめんなさい・・・・。」
「いいよもう。こうして戻って来てくれた。それでいい。」
ギュっと抱きしめて、ホワンの目を見つめる。
「俺は駄目な飼い主だったな。お前だって苦しかったのに、何も出来なくて。」
「・・・・・・・・・。」
ホワンはしばらく甘えていた。
お尻からポンと尻尾が生えてきて、また猫に戻る。
「イー・・・・大好き。」
「うん。」
「ずっとずっとこうしていたい。」
「うん。」
「でも・・・・・私は行かなきゃ。」
「どこに?」
「ここじゃない世界。だってもう死んでるから。」
そう言ってニコリと笑った。
「祠の戦いの後、私は死んだ。遼斗から受けた傷が開いて、そのまま海の中に沈んで・・・・・。
でもどうしてもこれで終わりにしたくなかった。
だからまた会いに来たの。イーのことだけを考えて・・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
「強い執念のおかげで、死んだ後でもこの世にとどまった。
でもそれは・・・・間違いだった。
執念は怨念に変わって、私は悪魔のようになってしまった。
この世に留まる代わりに、化け猫ですらなくなっちゃったわ。」
可笑しそうに笑って、「もしあのままだったら・・・」と俯く。
「イーへの想いを遂げるどころか、あなたを殺していたかもしれない。
そして本当の悪魔になって、延々とこの世を彷徨っていたかも・・・・・。」
後悔するように首を振り、「でもそうならずにすんだ」と頷く。
「もう怨念はない。イーの記憶が、私を正気に戻してくれたから。」
俺の手から飛び降りて、じっと見つめる。
「ありがとう、イー。もう私を縛る物は何もない。」
「ホワン・・・・。」
「イェンへの誤解も解けたし、イーがどれだけ私を大事に想っていてくれたのかも分かった。
それに・・・・最後の最後で、また抱きしめてもらえた。
あのボロっちい家にいた頃みたいに、幸せな時間をもらえた・・・・・。」
ホワンはニコっと笑う。
背後に人間の姿が浮かび、同じように微笑む。
「あなたに拾ってもらえて本当によかった。一緒に暮らせて幸せだったわ。」
「待てホワン!まだ逝くな!」
俺は慌てて手を伸ばす。
でもその手はスルリとすり抜けてしまった。
「今のあなたは新しい人生を歩んでる。動物探偵、有川悠一として。
これからも、たくさんの動物を助けてあげて。」
ホワンはゆっくりと消えていく。
陽炎のように、幻影のように。
「さようなら、イー。」
「待てホワン!せっかく怨念が消えたのに、このまま終わりなんて・・・・、」
いくら手を伸ばしても、ホワンには届かない。
だんだんと薄くなっていて、この世から消えようとした。
《嫌だ!だってそんなの・・・・このままじゃホワンが可哀想過ぎる!》
胸が熱くなって、消えゆくホワンを掴もうとする。
・・・・するとその時、誰かが空から降ってきた。
真っ黒な着物を翻し、ホワンの前に立つ。
「たまき!」
俺に背中を向けたまま、じっとホワンを見つめる。
手を伸ばし、そっと抱き上げた。
「戻りましょ、一つに。」
消えかかったホワンを、強く抱きしめる。
するとパッと弾けて、たまきの中に吸い込まれていった。
「・・・・・・・・・。」
俺は呆気に取られる。
たまきは背中を向けたまま、ポンポンと自分の胸を叩いた。
「お帰り、もう一人の私。」
二つに分かれていたたまきが、今一つに戻った。
一瞬だけ紫に光って、大きな力を感じた。
たまきは振り向き、ニコリと笑う。
「悠一。」
「え?あ・・・・はい。」
たまきは射抜くような視線を向けてくる。
その顔は真剣そのもので、周りの空気まで針のように震えた。
「依頼を果たしてくれてありがとう。感謝します。」
ビシっと手足を揃え、深く頭を下げる。
「あ、いや・・・・・、」
「あなたに頼んでよかった。これで1000年の心配事が消えました。」
顔を上げ、真剣な目で見つめる。
その目はいつもと違う。
俺を叱る時、俺を諭す時、そして俺に勇気を与えてくれる時。
そのどれとも違った、今までにないまっすぐな目だった。
なんていうか・・・・そう、対等に見てくれているような・・・・そんな感じがした。
「見事な仕事ぶりでした。このお礼は必ずさせて頂きます。」
「い、いやいや!お礼なんてそんな・・・・。だって元はと言えば俺だって悪いわけだし・・・うん。
あの時もっとホワンの気持ちを考えてあげていれば・・・・、」
そう言いかけると、たまきは首を振った。
「今のあなたは有川悠一。イーではない。」
「でもイーは俺の前世で・・・・・、」
「前世は前世。例え魂が同じでも、生まれ変わったなら別の人間。」
たまきの声には迫力がある。
でもそれは俺に向けられた迫力ではなく、自分を戒めるものに聴こえた。
「私から生まれたもう一人の私。本来なら、私がケリを着けなければいけなかった。
なのに1000年もの間、アイツをほったらかしにしていた。いや、逃げていた・・・・。
そのせいで、生まれ変わったあなたにまで迷惑をかけてしまった。
本当に・・・・心からお詫び致します。」
そう言ってまた頭を下げる。
「その・・・・なんていうか・・・上手くいってよかったよ、うん。」
どう答えていいのか分からず、ポリポリ頭を掻く。
「あのさ・・・・ホワンはその・・・・救われたんだよな?」
そう尋ねると、たまきは少しだけ表情を動かした。
「あいつはお前の中に戻った。ということは・・・・救われたんだよな?
誤解も解けて、恨みも消えて、一つに戻ることが出来た。
だったら・・・・、」
そう言いかけると、たまきは俺の口を押さえた。
「むぐッ!」
「言ったはずよ、前世は前世。」
「・・・・・?」
「イー、イェン、ホワン、そして私・・・・この四人の因縁は、本当ならばあなたに関係のないことだった。
だから・・・・もう忘れて。」
「いや、でも気になるじゃないか。だってホワンは・・・・可哀想だった。
アイツはただ寂しかったんだ・・・・。居場所を失くして、大事な人も亡くして、長い間寂しがっていた。
だったら最後には救われてほしい!」
そう叫ぶと、たまきは「はあ〜・・・」と首を振った。
「ほんとに・・・・相変わらずのお人好しね、あんたは。」
いつもの顔に戻り、クスっと肩を竦める。
「前世のことなんて首を突っ込むことじゃないのに。」
「でも依頼したのはお前だぞ。」
「・・・・・そうね。偉そうなこと言える身じゃないわ。」
ちょっとだけ俯いて、「ごめんなさい」と言う。
「私のせいで、本当に苦労をかけてしまった・・・・。」
「いいんだよそんなのは。それより・・・・どうなんだ?ホワンは救われたんだよな?」
そう尋ねると、たまきは胸に手を当てた。
目を閉じ、じっと耳を澄ます。
「・・・・・・・・・。」
「たまき・・・・・?」
「・・・・・ありがとう・・・・。」
「え?」
「・・・・・それだけ聞こえたわ。」
「それだけって・・・ならもう消えちゃったのか?」
「いいえ、私の中に戻っただけ。これからはずっとここにいるわ。」
ポンポンと胸を叩いて、小さく微笑む。
「そうか・・・・。なら・・・・良かったんだよな?」
「これ以上ないくらいにね。」
「・・・・・・・・。」
「納得いかない?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、でもやっぱり可哀想だったなあって・・・・。」
「そんなことはない。私は救われた。」
「え・・・・?」
「本人が言うんだから間違いないわ。」
そう言ってニコっと頷く。
「・・・・そうか、そうだよな。ホワンはお前なんだ。ならお前が言うなら間違いないよな。」
アイツが救われたなら、それでいい。
これでようやく1000年の孤独から解放されたんだから。
きっとたまきの中で喜んでるだろう。
「さて、これでようやく1000年越しの心配事が消えた。」
たまきはホッとしたように言う。ポンと俺の肩を叩いて、「お疲れ様」と笑った。
「これでもう立派な動物探偵ね。」
「いやあ・・・まだまだ食えないよ。もっと依頼が来ないことには。」
「それはこれからの頑張り次第よ。道はもう開けた。アンタは間違いなく一人立ちしたわ。」
そう言って「う〜ん・・・」と背伸びをした。
「これで私も楽になる。」
「楽?」
「だってアンタって戦友が出来たから。」
「戦友?」
「もう師弟じゃないわ。肩を並べる対等な存在。」
「いやいや!お前と対等だなんて、まだまだそんな・・・・、」
「困ったことがあったら、ちょくちょく依頼させてもらうわ。」
「い、依頼を!」
俺は飛び上がって喜ぶ。
「お前が俺を認めてくれるなんて・・・・・。しかも仕事までくれるなんて・・・・、」
「嬉しい?」
「当たり前だろ!師匠からお墨付きをもらったんだぞ!喜ばない弟子がいるか!」
ヒャッホウ!と叫んで、「やるどおおおおお!」と叫んだ。
「俺はやる!いまこそ我が人生が始まる時だ!」
ピョンピョン飛び回って、ガバっとたまきに抱きつく。
「ちょっと・・・・、」
「ホワン!見ててくれ!たまきの胸の中から、俺の頑張りを!」
そう言ってじっと見ていると、パチンとおでこを叩かれた。
「人の胸をガン見しない。」
「ご、ごめん・・・・。」
「それとも・・・そういうお礼を望んでるのかしら?」
「へ?」
「別にいいわよ。1000年越しの心配事を解決してもらったんだから。
アンタがそういうことを望むなら・・・・、」
胸元を開いて、色っぽい目で見つめてくる。
「・・・・・・ゴクリ。」
目が釘付けになるけど、《イカンイカン!》と首を振った。
《何を考えてるんだ俺は・・・・・。そんなことをするくらいだったら、前世でホワンと結ばれればよかったわけで、アホか俺は!》
ガツ!っと頭を殴り、自分を戒める。
たまきはクスクス笑って、「冗談よ」と言った。
「じょ、冗談・・・・?」
「あら?がっかりした?」
「いやいやいや!別にがっかりなんて・・・・、」
「気をつけなさいよアンタ。」
「はい・・・?」
「あんた婚約してるんだから、他の女に気を取られてどうするの。」
「と、取られてなんか・・・・、」
「エロい目えしてたじゃない。」
「それはまあ・・・・男の性というか、本意ではないにしろ、やっぱり反応しちゃうというか・・・・、」
「まだチラチラ見ちゃって。」
「いやいや!そんなことは・・・・、」
「人生に誘惑は付き物。浮気したらコマチさんに捨てられちゃうわよ。」
可笑しそうに笑って、胸元を戻す。
「それに彼女には怖いお父さんがいるはず。もしコマチさんを泣かせるような真似をしたら・・・・、」
「・・・・・・・・・。」
モズクさんの顔が思い浮かぶ。
あの迫力、鉄みたいな拳・・・・・もしマイちゃんを泣かすようなことがあれば、多分俺は殺されるだろう。
「ま、まあ・・・・俺はマイちゃん一筋だから、うん。」
バシっと頬を叩いて、エロくなった顔を戻す。
たまきはクスクスと笑った。
するとその時、遠くの空から「悠一く〜ん!」と声がした。
「なんだ?」
空を見上げると、大きな狐がこちらに迫っていた。
恐竜以上に大きくて、尻尾が七本もある。
「ウズメさん!」
風を纏いながら、空を走ってくる。
頭の上にはマサカリたちが乗っていた。
「おお!みんな!」
俺は手を振る。
ウズメさんは少し離れた場所に下りて、ギラっと牙を剥いた。
「そこの化け猫!悠一君から離れなさい!」
龍のような尻尾を動かしながら、怪獣みたいに吠える。
「ひいいいいいッ!」
俺は思わずたまきの後ろに隠れる。
「悠一君!今助けるからね!」
ウズメさんは「グウウオオオオオオ!」と飛びかかる。
でも途中でピタリと止まった。
「・・・・・・あれ?」
首をかしげながら、不思議そうにする。
「あんた・・・・・たまき?」
「ええ。」
「ならアイツは・・・・・・、」
「ここよ。」
たまきはトントンと胸を叩く。
「悠一が見事に解決してくれたわ。」
「そ、そうなの・・・・・・?」
「私たちは一つに戻り、無事解決。ね?」
「え?あ・・・・ああ!もう解決解決!」
俺はコクコクと頷く。
ウズメさんはしゅるしゅると萎んで、人間の姿になった。
「よかったあ〜・・・・心配したのよ!」
ダダっと駆け寄って、「よくやったわ!」と俺の肩を叩く。
「アイツの怨念を晴らすことに成功したのね!」
「ええ。でもそれは俺の前世のかげなんです。イーの想いが伝わったから・・・・、」
「何言ってんの!悠一君が頑張らなきゃ、その想いが伝わることもなかったでしょ。」
ウズメさんは「よかったよかった」とバンバン叩く。
「さすがはたまきの見込んだ男!やる時はやるわね。」
「あ、ありがとうございます・・・・。」
肩が痛い・・・・ていうか折れるよ!
ウズメさんはニコニコ笑いながら、たまきを振り向く。
「たまきい〜・・・・よかったあ無事で。」
目が潤んで、ギュッと抱きつく。
「あんたが大怪我したって聞いて、慌てて飛んできたのよ!」
「ごめんね、心配かけちゃって。」
「なんで私に言ってくれないのよ!」
「だってあんた忙しいじゃない。それにこれは私の問題だし。」
「もう!友達なのに水臭い。」
ツンとおでこをつついて、グスっと涙ぐんでいる。
そこへマサカリたちもやって来て、「悠一!」と叫んだ。
「無事だったかこの野郎!」
「心配だったのよ!これからは誰に餌を貰えばいいんだろうって・・・・。」
「ほんとだぜまったく。まあ俺はもうじき逝くから関係ないけど。」
「俺もミミズを獲るから関係ないけど。」
「ちょっとアンタ達!少しは心配そうな顔しなさいよ!・・・・・まあ私も餌のことは不安だったけど。」
動物たちは「よかったよかった」と肩を抱き合う。
「お前らな・・・・・・心配事は餌だけかよ!」
「当たり前だろバッキャロウ!俺は一日六食食わないと死んじまうんでい!」
「これはもう翔子さんの家にお世話になるしかないと思ったのよ。せめて私だけでも。」
「ならみんなまとめてお迎えに来てもらおうぜ!あの世は極楽一度はおいでってな。」
「行ったら戻って来れないだろ。俺はミミズが食えなくなるなんて嫌だぞ。」
「そういえば朝から何も食べてないわ。悠一、そろそろ餌にしない?」
「・・・・お前らな・・・・・。」
こいつらは頼りになるのかアホなのか分からない。
ツッコむのも面倒くさくなって、プイっとそっぽを向いた。
でも大事なことを思いだし、「お前ら!」と叫んだ。
「マイちゃんは!マイちゃんはどうなった!?」
彼女だけここに来ていない。
「マンションから投げ落とされてたけど、まさか・・・・、」
「無事よ。」
モンブランが答える。
「タヌキのおじさんが間一髪で助けたから。」
「そ、そうか・・・・よかった。」
「でも怪我をしてるから、おじさんと一緒に霊獣の世界へ帰ったわ。」
「また無理してたからな・・・・。」
自分の光に焼かれて、手足が崩れていた。
それでも俺を助けようと、必死に戦おうとして・・・・・。
「ウズメさん!」
まだたまきに抱きついているウズメさんを振り返り、「俺を霊獣の世界へ連れて行って下さい」と言った。
「マイちゃんが心配なんです。無理して大怪我を負ってたから・・・・。」
そう言うと、ウズメさんは「いいわよ」と頷いた。
「私も心配なの。一緒に行きましょ。」
ウズメさんはまた巨大な狐に化ける。
そして尻尾を向けて、「乗って」と言った。
「すぐに向こうまで運んであげる。」
「お願いします!」
俺は尻尾にしがみつく。
でも「ちょっと待って」と飛び降りた。
「どうしたの?」
「アレを持っていかないと。」
俺はゴソゴソと草村の中を探す。
「・・・・・あった!」
金印。
これがないと、マイちゃんは人間の世界で生きていけない。
「待ってろよマイちゃん。すぐに会いに行くからな。」
金印を首に駆け、ギュッと握り締める。
すると・・・・・
「あれ?なんで急に・・・・、」
金印から光が溢れる。
黄金色に輝いて、熱を帯びていく。
「なんだ?いったいどうなって・・・・・・って、なんじゃこりゃあああああ!」
金印は金印ではなくなっていた。
黄金の輝きは失われ、ただの鉄みたいになってしまった。
「なんで!どうして!?」
振っても叩いても元に戻らない。
もう一度握りしめても、もう光らなかった。
「そんな!これ・・・・どうなっちゃったんだ?なんで急にただの鉄みたいに・・・・。」
呆然としていると、たまきが手を伸ばしてきた。
金印を手に乗せ、「これ、力を失ってるわ」と言った。
「え?」
「もう何の霊力も感じない。」
「そんな・・・・・、」
俺は呆然とする。
だってこれがなければマイちゃんは・・・・、
「悠一君、とにかく行きましょう。コマチさんの元へ。」
ウズメさんは尻尾を伸ばす。
俺は金印を睨んだまま「クソ!」と叫んだ。
《どうしてこうなっちゃったんだ!これがないとマイちゃんは人間の世界にいられないのに。》
焦る気持ちを抱えながら、ウズメさんの尻尾を掴む。
すると頭の上に乗せられて、「しっかり掴まっててね」と言った。
・・・・次の瞬間、ウズメさんは弾丸のように駆け出した。
風を纏い、空を走る。
向かうはこがねの湯。
その近くにウズメさんの稲荷神社があるのだ。
ここを通れば、別の場所にワープ出来る。
離れた神社や、霊獣の世界に。
《マイちゃん・・・・すぐ行くからな!》
鋭い風を受けながら、光を失った金印を握りしめた。

 

 

 

     ホワン(たまき)

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第六十二話 思い出を生きる

  • 2017.06.26 Monday
  • 13:17

JUGEMテーマ:自作小説
記憶というのは誰にでもある。
そして過去というものだって誰にでもある。
でもそれは、あくまで自分の記憶や過去であって、他人の記憶や過去を持つ人間はいないだろう。
しかし今、俺は自分の物ではない記憶を見ている。
そしてその記憶を体験している。
俺は有川悠一、他の誰でもない。
でも今の俺は「イー」という中国人だ。
ボロい家の中で、猫を抱いている。
病に罹り、床に伏せている。
結核だ。
胸が苦しく、ゴホゴホと咳が出る。
ここは1000年以上昔の中国。
当然ながら、結核の治療法などない。
俺はホワンという白猫を抱きながら、ただ天井を見つめていた。
外からは笹の葉が揺れる音が響き、窓からは光が射す。
目を閉じ、ホワンの体温を感じながら、いつ死ぬのだろうということだけ考えていた。
するとその時、誰かの足音が近づいてきた。
顔を上げると、家の前に女が立っていた。
旅人の恰好をしていて、大きな荷物を背負っている。
そして俺の元へ来て、大丈夫?と話しかけた。
どうやら俺を心配しているようで、荷物の中から薬草を取り出した。
湯を沸かし、その薬草を煎じて飲ませてくれた。
《漢方か・・・・。助けてくれるのはありがたいけど、これじゃ結核は治らない。》
苦いお湯を飲み干し、また床につく。
女は自分の名前を名乗った。
『イェン』
それが女の名前だった。
イェンはここに病人がいると聞いてやって来た。
では誰から聞いたかというと、猫から聞いたという。
俺と同じく、彼女も動物と話す力を持っていた。
《これが藤井の前世か。・・・・・そっくりだな。》
少し垂れた目、丸い鼻、そして芯の強そうな口元。
顔全体には愛嬌があるけど、でも決して大人しい感じではない。
目の奥には鉄のような信念を持っているのが分かる。
《まあ前世なんだから似てるのは当たり前か。
コイツが似ているということは、俺もそっくりなんだろうな。
鏡があったら見てみたいな。》
イェンは俺の名前を教えてほしいと言った。
『イー。』
そう名乗ってから、自分も動物と話せることを伝えた。
イェンは知っていると答える。野良猫からそう聞いたからと。
そしてホワンを見つめて、綺麗な猫だねと言った。
ニコリと笑いかけるが、ホワンは何も答えない。
あなたは化け猫なんでしょう?と聞かれると、プイっとそっぽを向いてしまった。
イェンはクスクスと笑い、その日はそれで帰って行った。
また明日も来ると言い残して。
そこでいったん記憶が途切れた。
そして映画のように場面が変わって、一瞬のうちに次の日になった。
おはようとイェンがやって来る。
どこかで薬草を調達してきたようで、新しい薬を作ると言った。
プチプチと薬草を千切り、何かの粉末と混ぜている。
それを煎じて飲ませてくれた。
《苦い・・・・・。》
思わず吐きそうになる。
我慢してどうにか飲み干したけど、でもこれではやっぱり結核は治らない。
《昨日よりだるいな・・・・。不治の病に罹るってこんな大変なのか。》
日に日に近づいてくる死の足音。
残念ながら、そこから逃れる術はない。
しかしイェンは必死に看病してくれた。
次の日も、その次の日もやってきて、やがては泊まり込みで看てくれるようになった。
俺たちは一つ屋根の下で暮らすようになって、お互いに惹かれていった。
まあ俺が惚れるのは当然だろう。
見ず知らずの俺の為に、ここまで看病してくれる。
家族は猫だけで、友達も恋人もいない。
ならば惚れない方がおかしいというものだ。
でもイェンが俺に好意を持っているのは、動物と話せる力があるからだ。
きっと初めて自分と同じ人間に出会ったに違いない。
しかもお互いに若い男女で、うん・・・まあこれはやっぱり惹かれ合うだろう。
イェンは親身に看病してくれる。
だけど彼女と仲良くなればなるほど、ホワンが離れていった。
前は一緒に寝ていたのに、最近では外の茂みで寝ている。
ていうかイェンが家にいる間は、ほとんど入って来ない。
彼女はちゃんと餌をやってくれるが、ホワンは口にしなかった。
どこかでネズミでも獲っているらしく、イェンからは施しを受けようとしなかった。
《妬いてるんだろうな。》
イェンはたまに出かけていく。
町へ買い物に行ったり、薬草を採りに行ったり。
そういう時だけ、ホワンは俺の傍へやって来た。
そして人間に化けるのだ。
《なんか初々しいな。》
若い頃のたまきを見るのなんて初めてだから、すごく新鮮だった。
ホワンは俺の傍へ来て尋ねる。
イェンのことが好きかと。
俺は好きだと答えた。
だったら私はもう必要ないかと聞いてくる。
俺はそんなことはないと答えた。
ホワンは大事な友達であり、そして家族だ。
だからずっと傍にいてほしいと。
そう答えると、ホワンは悲しそうに目を伏せた。
じっと俺を見つめて、そっと手に触れてくる。
その時、小さな声でこう呟いた。
『イェンなんか来なければよかったのに・・・・・。』
その次の日、ホワンは姿を消した。
朝に出掛けたきり、戻ってくることはなかった。
イェンはホワンを捜してくれたが、どこにもいないと落ち込んで帰ってきた。
そしてこう言った。
ホワンはきっと、イーのことが好きだったのよと。
俺は知っていると答えた。
でもアイツは友達であり、そして家族だ。
何より俺は人間で、あいつは猫。
結ばれるわけにはいかないと。
イェンは首を振り、人間が人間以外の者と結ばれた例はあると言う。
人間と神様、人間と妖怪、そして人間と霊獣。
化け猫は霊獣だから、決して人間と結ばれないなんてことはないと。
でも俺は頷くことは出来ない。
例えそうだとしても、ホワンは俺にとってそういう存在ではないのだ。
アイツはたった一人の家族であり、そういう関係になることは出来ない。
愛してはいるけど、それは異性の愛とは違うものだ。
イェンは小さく頷く。でもやっぱりこのままではホワンが可哀想だと言った。
だから野良猫や鳥に声を掛けて、見つけたら知らせてくれるように頼んでおいたという。
でも結局ホワンは戻って来なかった。見つけたと知らせが入ることもなかった。
彼女が消えた代わりに、俺はイェンと二人で暮らすようになった。
病気は日に日に悪化して、医者に診てもらう金もない。
食べ物だってまともは物はないし・・・・前世の俺は相当な貧乏だったんだなあ。
イェンは懸命に看病してくれるけど、これ以上は悪い。
治る病気ではないし、一緒にいたらうつってしまうかもしれない。
だからもういいと言った。
俺のことはほっといて、旅を続けてくれと。
イェンは首を振った。
あなたが治るまで傍にいると。
そして出来ることなら、この先もずっと一緒にいたいと。
その気持ちはすごく嬉しかった。
だけどこれ以上はもう無理だ。
俺は立ち上がることすら出来ないし、イェンだって相当疲れてる。
だから言った。
俺の為に人生を無駄にしないでくれと。
もしイェンまで死んでしまったら、動物と話せる人間がいなくなってしまう。
そうなれば、君の助けを必要としている動物が困る。
だからもういい。
俺のせいで、イェンの人生を縛りたくはないんだと。
イェンは絶対に嫌だと言ったが、俺は彼女が頷くまで説得した。
そして陽が落ちる頃、ようやく頷いてくれた。
全然納得していない様子だが、これ以上ここにいたら、かえって俺を困らせると思ったようだ。
俺は今までのお礼にと、家宝の金印をあげることにした。
看病のせいで散々お金を使わせてしまったので、これからの路銀にしてほしいと。
部屋の右隅の床の、その下に金印を隠してある。
それを取り出すように言って、彼女の手に握らせた。
イェンはこんな大事な物は貰えないと言ったが、俺は強引に押し付けた。
もう死ぬ人間が持っていても仕方ないからと。
その日の夜、俺は初めてイェンと寝た。
寝たといっても俺は病気だから、そういうことをしたわけじゃない。
ただ手を繋いで、一緒に眠ったのだ。
そして次の日の朝、彼女は出ていった。
もし生まれ変わることがあったら、また会おうと言って。
俺に口づけを残し、一瞬だけ寂しそうに振り返る。
俺は頷き、ありがとうと言った。
イェンはまたねと言い、俺の元を去った。
足音が遠ざかり、孤独が家の中を包む。
もう誰もいない。イェンもホワンも・・・・。
看病もなく、食べる物もなく、でも眠ることも出来なくて、次の朝を迎えた。
その日も床に伏せたまま、ただ一日が過ぎた。
自分でも身体が弱っていくのが分かる。
視界がぼんやりして、全ての力が削げ落ちるような感覚だった。
・・・・・コツコツと死の足音を感じながら、命が終わるのを待つ。
その時、ふと誰かの気配を感じた。
目を開けると、そこには龍に乗った仙人がいた。
お前はもうじき死ぬ。
だが案ずるな。儂が良い所へ連れて行ってやる。
長い鬚を揺らしながら、ニコリと微笑んだ。
《ああ・・・・とうとうお迎えが来たか・・・・。これで・・・・楽になれる。》
怖いというより、ホッとしていた。
正直なところ、良い人生とは言えなかった。
貧乏だし、人付き合いも苦手だし、ようやく現れた運命の人らしき女も、病気の為に結ばれることはなかった。
・・・・でも、俺はずっと孤独というわけではなかった。
だって傍にはホワンがいたから。
子猫の時に拾ってきて、10年以上も一緒だった。
幼い頃に親を亡くした俺にとっては、たった一人の家族だ。
他の誰よりも長い時間を供にして、他の誰よりも言葉を交わした。
俺には動物と話せる力があったから、ホワンと過ごした時間は、いつだって孤独じゃなかった。
お互いの思っていること、考えていること、好きなことや嫌いなこと。
なんでもよく話したし、なんでもよく理解し合うことが出来た。
ある意味では、恋人や家族よりも深く、そして太い絆で結ばれていたと思う。
でもだからこそ、男女の関係になることは出来なかった。
もしそうなってしまったら、俺たちの絆が、別のものに変わってしまう気がしてならなかったから。
ホワンとの間にしか築けない絆、ホワンだからこそ生まれた絆。
だからホワンには悪いと思いながらも、彼女の愛を受け入れることは出来なかった。
・・・・・俺はもうじき死ぬ。
仙人と一緒に、ここではない遠い世界へ行く。
でも・・・・その前にもう一度だけホワンに会いたかった。
あの白い毛を撫でたかった、声を聴きたかった。
そしてありがとうとお礼を言いたかった。
ずっと一緒にいてくれて、心から感謝していると。
首を動かし、外を見つめる。
ホワン・・・・今はどこで何をしている?
俺はもうすぐ旅立つ。
その前に、もう一度お前に会いたい。
会ってこの手で抱きしめたい。
ずっとホワンのことを考えていると、仙人が言った。
もう時間だと。
杖を振って、龍に乗れと促す。
俺は仙人の後ろに乗って、空へ昇ろうとした。
でも・・・・途中で飛び降りた。
何しとんじゃい?と首を傾げる仙人。
俺は猫を待っているんですと答えた。
ずっと俺の傍にいてくれた猫なんです。
アイツにお別れを言うまでは、旅立つことは出来ません。
いやいや、出来ませんと言われても、お主の命はもう尽きとる。
見てみい、足元を。
息を引き取ったお主が寝転がっとるだろう?
仙人が杖を向ける。
俺の足元には、俺が横たわっていた。
目を開いたまま、ピクリとも動かない。
死んでいる・・・・そう思うと、少し怖くなった。
でも俺は首を振った。
もう一度ホワンに会うまでは、決して行けませんと。
てういか一緒にホワンを捜して貰えませんか?
仙人ならば、それくらい簡単でしょう?
ふん!小僧が何を言う。
儂は忙しいんじゃ。
今日だけで10件もお迎えに回らんといかん。
それに弟子の修行もあるし、龍に餌もやらんといかんし。
お主の猫に構もうとる暇なんぞないわい。
仙人はへそを曲げてしまった。
もうお前のことなんぞ知らん。
せっかく桃源郷へ連れて行ってやろうと思ったのに、そんなにワガママ言うなら好きにせい。
そう言い残して、龍に乗って去って行った。
俺は自分の傍に座り込み、ホワンが帰ってくるのを待った。
でも待てども待てども帰って来ず、こっちから捜しに行こうと立ち上がった。
でも家の外に出ることが出来ない。
まるで重りにでも縛られたかのように、外に出た途端に足が重くなるのだ。
一歩も前に進めず、家に引き返す。
ホワンはどこにいるのか?
もう二度と会うことは出来ないのか?
そう思いながら、何日も待った。
その願いが通じたのか、ある日ようやく戻って来てくれた。
人間の姿に化けて、俺の所へ帰って来てくれたのだ。
俺はホワン!と駆け出した。
よく帰って来てくれた!
俺はもう死んでしまったけど、でも旅立つ前にもう一度会いたかったんだ。
この腕で抱きしめて、お礼を言いたかった。
そう言ってホワンに手を伸ばす。
でもその手はスルリとすり抜けてしまった。
・・・・死人は生きている者に触れられない・・・・・。
今、そんな簡単なことに気づいた。
でも声なら届くはずと思い、ホワン!と呼んだ。
ここだ!俺はここにいる!
目の前で手を振って、大声で叫ぶ。
でもホワンは見向きもしない。
その代わり、金印のあった場所を捜して、ないわ・・・と唸った。
その後、じっと俺の死体を睨んでいた。
悲しそうな目で、そして憎そうな目で。
ホワンは膝をつき、俺の死体を抱きしめる。
そしてこう呟いた。
『イー・・・・傍を離れてごめんなさい。』
そう言って、そっと俺を寝かせた。
家の外に出て、一度だけ振り返る。
『・・・あの女、絶対に許さない・・・・。必ず仇を取る。』
猛獣のように顔が歪み、疾風のごとく去って行った。
俺はホワン!と追いかけたが、家の外には出られない。
これはまずいことになった・・・・。
ホワンは誤解をしている。
アイツはイェンが金印を盗んだと思っているのだ。
だから仇を取るなんてことを・・・・・。
いったいどうしたものかと、家の中でそわそわした。
するとその日の夜、イェンが戻って来た。
俺は驚き、どうして・・・・と呟く。
でももっと驚きだったのは、イェンには俺が見えていることだった。
・・・・生きている者に、死者は見えないはず・・・・。
化け猫のホワンでさえ見えなかったのに、どうしてイェンに・・・・・。
彼女はニコリと笑い、死んじゃったと言った。
ホワンを怒らせてしまい、その報いを受けたと。
・・・・俺は何も言えなかった。
ホワンはイェンを殺してしまったのだ。
彼女が金印を盗んだと誤解して・・・・・。
俺はすぐに謝った。
申し訳ない!ホワンのせいでイェンが・・・・・。
しかしイェンは首を振る。
悪いのは私だと言って。
ホワンはずっとイーの傍にいて、誰よりもあなたを愛していたはず。
なのに私が押しかけてしまったせいで、ホワンは居場所を失くしてしまった。
私が彼女の居場所を奪ってしまった。
居場所と愛しい人・・・・この二つを奪っては、報いを受けても仕方ない。
だからホワンを責めないでほしいと言った。
・・・・イェン・・・・。
頭を抱え、項垂れる俺に、イェンは言った。
あなたは待っているんでしょう?
またホワンが戻ってくるのを。
俺はそうだと答える。
イェンは俺の死体を見つめて、ギュッと目を細めた。
あなたの身体、もう変わり果てている。
それは死んでからかなり時間が経っている証。
それでもここにいたのは、ホワンを待っていたから。
私のせいで出て行ってしまった彼女を迎える為に。
そう言って、俺の隣に座った。
だったら私も待つ。
彼女に謝らないといけないから。
ニコリと微笑み、一緒に待とうと頷いた。
俺はいいのか?と尋ねた。
イェンは頷く。
それがホワンの為だと。
彼女は決して悪者じゃない。
時が経てば、罪の意識に苛まれ、きっと苦しくなるはず。
そうなった時、必ず戻ってくるはずだと。
そして私が謝罪を受け入れることで、その苦しみもなくなるはずだと。
俺は感心した。
自分を殺した相手なのに、救いの手を差し伸べようとするなんて・・・・・。
俺は彼女と共に待つことにした。
いつかホワンが戻って来るのを。
それから随分と長い時間が過ぎた。
俺の死体は骨になり、やがてボロボロに崩れ果てた。
家も同じだ。
茂みの草が伸びてきて、家のあちこちに侵入する。
床下からも草が生えてきて、数年後には完全に草木に覆われた。
それからさらに時間が過ぎて、骨も家も消えてなくなった。
あの時と変わらないのは、俺とイェンだけ。
草が茂った野原の中で、ずっと二人で待っていた。
ホワンが会いに来てくれるのを・・・・。
いったいどれほどの朝が来て、どれほどの夜が過ぎただろう。
数えきれないほどの陽を迎え、数えきれないほどの月を見送った。
気が遠くなるほどに、とてもとても長い時間だった。
俺たちは景色の一部と化したように、ずっとそこに座っていた。
言葉は交わさない。
手を握り、肩を寄せ合い、陽を迎えては、月を見送った。
永遠とも思える繰り返しの中、突然転機がやって来た。
月が顔を出し始めた夜のこと、あの仙人がやって来たのだ。
大きな龍に乗って、遠い空から飛んできた。
まだいたんかいな!
俺を見てびっくりしていた。
もしやと思って来てみたら、まだいるとはのお・・・と、鬚を撫でた。
俺は立ち上がり、お迎えはまだいいですと言った。
すると仙人は首を振り、ニコっと笑った。
お主の捜しておる猫の名前、確かホワンと言ったな?
はい。
真っ白な毛並みの化け猫だとな?
そうです。
ふむ・・・・ならば間違いない。あの妖怪のことじゃな。
妖怪?
しばらく前から、悪い化け猫の噂を聞くようになったんじゃ。
人を騙したり、物を盗んだり、時には暴れたりと、散々な悪さをしとるらしい。
はあ・・・・・。
その化け猫の名はホワンと言い、白い毛並みの猫だという。
まさか!
こりゃいっちょ懲らしめてやらねばならんと思ったんじゃが、ふとお主のことを思い出してのう。
そういえばあの若僧の捜していた猫も、白い毛並みの、ホワンという化け猫だったはずと。
ならばそいつを懲らしめる前に、お主に会いに行こう思ってな。
でも死んだのは100年前じゃから、とうに旅立っとるかもしれん。
まあ一応行くだけ行ってみるかと来てみたら、まだおったから驚きじゃ。
大きな声でがはは!と笑って、はて?と首を傾げる。
その女子・・・・確か見覚えが。
仙人はイェンを見つめる。
彼女は立ち上がって、ペコリと頭を下げた。
いつぞやに迎えに来ていただきました、イェンという者です。
おお!やっぱりか。確か化け猫に命を奪われたのだったな。
あの時、せっかく迎えに来てくださったのに、私はそれをお断りしてしまいました。
その理由は彼と同じです。
・・・・ほう。というと、お主も猫を待っていると。
はい、私を殺した化け猫を。
なんと!
ホワンは私のせいで居場所を失ったのです。
むむ!お主の命を奪ったのはホワンなのか?
はい。でもそれは私が悪いのです。私さえ来なければ、彼女は何も失わずにすんだはず。
だからそれを謝りたくて、ここで待っているのです。
ふうむ・・・・自分の命を奪った化け猫をのお・・・・。
仙人は長い鬚を撫でながら、がはは!と笑った。
お主らは、揃いも揃って変わり者のよう。
可笑しそうに笑いながら、よっしゃ!と頷く。
では儂が一肌脱いでやろうかの。
・・・・と申しますと。
ホワンという化け猫に、改心の機会を与えてやろう。
改心ですか?
あの化け猫・・・このままではいつまで経ってもお主たちに会いに来んじゃろ。
それでは永遠にこの場を離れることは出来まい?
まあ・・・・。
ねえ・・・・。
それに悪さをする妖怪を放っておくわけにもいかん。
だからいっちょ嘘をついて、改心のキッカケを与えてみるかの。
嘘・・・・・。
ですか・・・・・。
お主らの話を聞く限り、ホワンは根っからの悪者ではなさそうじゃ。
あいつは悪者なんかじゃありません。
本当はすごく良い子なんです。
うむうむ、だからこそ改心させてやらねばの。
お主には神獣の素質がある!だから心を入れ替え、修行に励むのじゃ!
・・・・とかなんとか言って。
そんなんで変わりますかね?
少し安直なような気が・・・・。
むうう・・・・なんじゃその態度は!誰の為に一肌脱ぐと思うておる!
プンプン怒る仙人。
わしゃもう帰る!と拗ねるので、慌てて謝った。
すみませんでした。
どうかお力をお貸し下さい。
じゃろ?そうじゃろ?
嬉しそうに笑って、儂に任せておけい!と胸を張る。
お主ら人間には分からんじゃろうが、獣にとって神獣とは神そのもの。
それに成れるというのじゃから、食いつかんわけがないわい。
がはは!と笑って、ほんじゃのと去って行く。
しばしここで待っておれ。必ずや会いに来させてやるでの。
俺たちはお願いしますと頭を下げた。
それから数日後、ホワンは本当に会いに来た。
地面に頭をつけて、ごめんなさいと謝る。
何度も何度も謝って、俺たちがもういいよと言った後でも、泣きながら謝っていた。
あの仙人・・・・本当に約束を守ってくれたね?
うん。あんな嘘で上手くいくなんて・・・・ちょっとびっくり。
なあ・・・・。
ねえ・・・・・。
ヒソヒソ話し合って、肩を竦める。
でもこうしてホワンが来てくれたのは嬉しい。
俺はありがとうとお礼を言い、イェンは恨んだりなんかしてないよと慰める。
でもホワンはまったく謝るのをやめないので、どうしたもんかと悩んだ。
これ、どうしようか・・・・。
すごく可哀想・・・・・・。
あの仙人に余計なことでも言われたかな?
・・・・・だとしたら、どうにかしてあげないと。
ヒソヒソと話し合って、これでいこう!と頷く。
ううん!・・・・ホワン、よく聞いてくれ。
私たちが死んでしまった今、動物と話せる人間はいなくなってしまったわ。
だから俺たちの代わりに、お前が困っている動物を助けてやってほしいんだ。
動物だけじゃなくて、動物のことで困っている人間も。
お前ならきっと出来る。なんたって神獣の素質を持ってるんだから。
ホワンなら、理不尽な目に遭う命を救ってあげられるはず。
だから顔を上げてくれ。
もう私たちのことで悩むのはやめて、前に進んでほしいの。
ホワンは顔を上げ、潤んだ目で見つめた。
『・・・イー・・・・イェン・・・・。』
俺はずっとお前を待っていた。俺のたった一人の家族だから。
でも私があなたの居場所を奪ってしまった。本当に・・・・ごめんなさい。
ホワンは俺にとって、一番大事な存在だった。だから今でも愛している。友として、家族として。
私たちはもういなくなる。でもあなたがいるなら、安心して向こうへ逝ける。
・・・・・・・・・・。
また頭を下げて、ごめんなさいと言う。
俺たちは傍に行き、ニコリと笑いかけた。
空からずっとお前のことを見守っているからな。
生まれ変わったら、また会えたらいいね。
・・・・・うん。
グスっと鼻を鳴らして、立派な神獣になってみせると頷く。
そして必ずや、多くの動物を助けてみせると。
俺たちは頷き、ゆっくりと傍を離れる。
じゃあなホワン、元気で。
ずっとずっと見守ってるからね。
ホワンはまた頭を下げる。
その時、俺とイェンの間に何かが降りてきた。
・・・・釣り糸?
みたいだね・・・・。
いったい誰がこんな物をと、二人して上を見上げる。
すると高い空に仙人がいた。
龍の上から釣り糸を垂らしている。
そしてその糸を掴めと、身振り手振りで伝えてくる。
・・・・なんだろ?
さあ・・・・・。
俺たちは釣り糸を掴む。
するとホワンが顔を上げて、さようならと言った。
『二人の意志を引き継いで、たくさんの動物を助けます。遠い空から見守っていて下さい。』
ああ、それじゃ。
さようなら、元気でね。
俺たちはニコリと頷く。
すると仙人が釣り糸を引いて、俺たちはシュルシュルと上に昇っていった。
ホワンはさようなら〜!と見送る。
俺たちは糸に引っ張られて、高い雲の中に消えていった。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
釣り糸を離し、あの・・・・と仙人を振り返る。
これ、なんなんですか?
どうして釣り糸なんか・・・・。
良い演出だったじゃろ?
え・・・・・・、
演出・・・・・?
ホワンは改心すると決めた。
そしてお主たちに会い、その心はますます強まったはずじゃ。
そこへこう・・・・バシ!っと感動の別れを持ってくれば、もう二度と悪さをすることはあるまい?
そう・・・・ですね。
ありがとう・・・・と言いたいけど、なんか釈然としないような・・・・。
なんじゃい!せっかくロマンチックに演出してやったのに。
西洋語は分かりません。
でも感謝します。手を貸して下さって。
俺たちは頭を下げる。
仙人はほっほっほ!と笑った。
これでもう思い残すこともなかろう?
ええ。
はい。
では旅立つか、桃源郷へ。
龍は高い空へ昇っていく。
山を越え、雲を追い抜き、風と一つになったみたいに、ビュンと進んでいった。
いったい桃源郷とはどんな所だろう?
期待を膨らませながら、イェンと手を握り合う。
・・・・あ、そうそう。
急に仙人が振り返る。
二つ忠告しておくことがある。
神妙な顔で言うので、俺たちは不安になる。
なんですか?
なんですか?
まず一つ、ホワンは二人に分かれた。
え?
え?
一人はさっき会った奴、もう一人はすごく執念深くて、多分来世まで関わってくる。
そんな!
そんな!
でもって、お主たちも来世で出会う。その時も愛し合うじゃろうが、上手くいかん。
どうして!
どうして!
呪われとるからじゃ。
呪い?
呪い?
お主らは動物と話せるじゃろ?ありゃ呪いが原因でそうなっとるんじゃ。
なぜなら前世で大きな過ちを犯したからのう。
前世で・・・・。
過ち・・・・・。
神獣を殺してしまったんじゃ。
ええええ!
どうして!
悪意はなかったんじゃがの。でも殺したことに変わりはない。
だからどうして!
教えて下さい!
よかろう。桃源郷に着くまでの間に話してやる。ちと長くなるがの。
仙人は呪いの原因について話してくれた。
俺とイェンはただ驚くばかりで、お互いに目を見合わせた。
お主らの運命は、呪いが解けるまで続く。
それまで結ばれることは出来ん。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・。
おそらく来世で呪いを解くのは無理じゃろう。
二世代で解くにはあまりに大変じゃからの。
なら・・・・・・。
私たちは・・・・・。
案ずるな、いつかは結ばれる。呪いさえ解ければな。
仙人はニコリと頷く。
俺たちは桃源郷へ運ばれて、そこで長い間暮らした。
いつでも花が咲いていて、水も空も大地も美しい、夢のような世界だった。
たくさんの生き物で溢れていて、ここへ来た人たちとも仲良くなった。
そして二人でホワンのことを見守り続けた。
アイツは神獣を目指し、いつでも修行を怠らなかった。
そして俺たちの意志を継いで、困っている動物や人間を助けていった。
何度も辛い目に遭い、何度も挫折しそうになっていた。でも決して諦めずに前に進んだ。
・・・・そして、いつしか本当に神獣になってしまった。
素質なんてなかったのに、努力と信念のみで成し遂げてしまった。
長い長い修行と、長い長い旅に鍛えられ、ホワンは立派な猫神になった。
すると仙人はこう言った。
ホワンはじゅうぶんに頑張った。
お主たちとの約束を守り、多くの動物や人間を救った。
しかも本当に神獣になってしまいよった。
これはホワンの努力の証、儂も驚いておるわい。
だから労いに行ってやれ。
もうじゅうぶんに罪滅ぼしは出来た。
これからは自分の為に生きろと。
そう言われて、俺たちはホワンの夢の中に降りた。
彼女の頑張りを褒め、努力を労り、そして自由に生きろと言った。
ホワンは嬉しそうに涙して、あの時みたいに頭を下げた。
『・・・・ずっと見守ってくれてありがとう・・・・・。』
俺たちはホワンの元を去り、また桃源郷に戻った。
仙人はほっほっほ!と笑って、これでもう心残りはないじゃろと言った。
これからもホワンの試練は続くが、それは奴自身の問題。
お主たちが関わることではない。
そして次に生を受けるまでの間、ここでゆっくり暮らすとよい。
来世ではお主たちにも試練が訪れる。
呪いを解く為の試練が。
それを乗り越えた時、お主たちは本当の意味で結ばれるのだ。
・・・それから何百年もの間、俺たちは幸せに暮らした。
何の苦しみもない、不自由もない、喜びと愛だけに満ちた、素晴らしい時間だった。
でもそれは、どこかふわふわとしていて、現実感のない幸せだった。
桃源郷は良い所だけど、ここは現世ではない。
だから・・・・本当にイェンと幸せになりたいのなら、呪いを解き、現世で結ばれるしかないのだ。
やがて生まれ変わりの時が来て、俺たちは再び現世へ旅立つことになった。
仙人は達者でな!と見送ってくれる。
・・・次は日本という国で生まれ変わる。
俺は有川悠一という人間に、イェンは藤井真奈子という人間に。
どちらも動物と話せる力を持っていて、その力を活かして、動物を助ける活動を始めた。
俺はだんだんと藤井に惹かれていって、勇気を出して告白した。
藤井も俺に惹かれていたらしく、俺たちは恋人同士となった。
すごく幸せな時間が続いたが、でも転機が訪れた。
俺たちは大喧嘩をしたのだ。もうやり直せないくらいの大変な喧嘩を。
でもまだ絆が切れたわけじゃなかった。
離れ離れになってしまったけど、また出会い、稲荷の揉め事なんてもんに巻き込まれて、お互いに危険な目に遭った。
その揉め事が終わる頃、俺たちはまた離れ離れになった。
俺は動物探偵をやる為に、藤井は海外で野生動物のボランティアをやる為に、袂を分けた。
俺はこの国で、藤井は遠いアフリカの大地で頑張っている。
今、俺たちは別々の道を歩んでいる。
だけどどこかで繋がっている。
歩む道が別でも、呪いのせいで結ばれなかったとしても、きっとどこかで繋がっている。
目に見えない絆で・・・・・。
俺は藤井に負けないように頑張った。
アイツだって頑張ってるはずだから、俺だって頑張った。
マイちゃんと動物たちと一緒に、動物探偵として依頼をこなしてきた。
でもそこへ、前世からの因縁が追いかけてきた。
・・・・もう一人のホワン、影のたまきだ。
1000年の時を超えて、生まれ変わった俺に会いに来た。
石よりも硬く、鉄よりも頑丈な愛を抱えて。
影のたまきは今、俺の腕の中にいる。
真っ白な猫になって、すりすりと頬を寄せながら。
「ホワン・・・・ずっと一人にして悪かった。長い長い間、ずっと寂しかったろうに。」
ギュッと抱きしめ、よしよしと撫でる。
綺麗な毛並みは流れるようで、撫でる度に尻尾が揺れる。
笑うように、喜ぶように。
「イー・・・・。」
目を閉じ、鳴き声のように呟く。
幸せそうな顔で、ウットリしている。
俺の腕の中で、ゴロゴロと喉を鳴らした。

 

 

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第六十一話 タヌキと猫の大喧嘩(3)

  • 2017.06.25 Sunday
  • 10:33

JUGEMテーマ:自作小説

金色に輝く獣と、真っ黒に染まった獣。
二匹の獣がスーパーバトルを演じている。
壁が粉砕され、床が抉れ、家具はバラバラに切り裂かれる。
雷鳴のような雄叫びが響き、真っ赤な血が飛び散る。
その速さは目で追うことが出来ず、金色の光と真っ黒な影が、シュシュっと部屋を飛び回っていた。
「・・・・・・・・・・。」
俺は呆然と立ち尽くす。
こんなの・・・・俺がどうこう出来るレベルじゃない!
ただただ立ち尽くしていると、入口から動物たちが覗いてきた。
「悠一・・・・どうだ?」
マサカリはビクビクしている。
「お前ら!入ってくるな!」
「でも心配でよお・・・・いったいどうなってんのかと・・・、」
そう言いながら部屋を見て、「ぬおわ!」と驚いた。
「みんな見ろ!悟空とベジータが戦ってる!」
「マジ!?」
「・・・・おおおおお!すげえ!」
「どっちが勝つか賭けようぜ!」
「もちろんコマチさんに決まってるでしょ!・・・・って言いたいけど、黒い方も強いわね。」
「お前らなあ・・・・あの戦いの中に投げ込むぞ!」
動物たちは興味津々で、「スマホで撮れ!」なんて言っている。
《このアホどもは・・・・・。もしマイちゃんが負けたら、俺たちだってどうなるか分からないんだぞ!》
息を飲みながら戦いを見つめる。
両者の力はほぼ互角で、殴っては殴られ、噛み付いては噛み付かれている。
・・・・・おっと!ここでマイちゃんがマウントポジションを取った!
馬乗りになって、ガツンガツン殴りかかる。
でも影のたまきも負けていない。
サッとパンチをかわし、マイちゃんの腕に足を絡める。
《ああ!危ないぞ!》
あの体勢は腕ひしぎ十字固めだ。
完全に決まれば腕が折れてしまう。
「ブリッジだ!ブリッジして抜け出せ!」
マイちゃんはググと背中をそらし、見事なブリッジを決める。
そして頭を中心に、クルっと身体の向きを変えた。
「ナイスだ!」
影のこまちは「チッ!」と舌打ちする。
再び技を掛けようと飛びかかるが、マイちゃんは膝蹴りで迎え撃った。
「おうぶッ!」
顔面に膝が直撃して、影のたまきは倒れる。
でもスタントマンみたいにバっと跳ね起きて、二人は取っ組み合った。
「頑張れマイちゃん!負けるな!」
両者は相撲みたいに力比べをする。
パワーは・・・・どうやらマイちゃんが勝っているようだ。
影のたまきを押し返して、そのまま一本背負いを掛ける。
しかし上手く決まらなかった。
影のたまきはジャンプして、器用に受け流したのだ。
《クソ!俊敏さは向こうの方が上か・・・・。》
さすがは猫、実にしなやかな動きをする。
「コマチ!ビームだ!ビームを出せ!」
「今こそかめはめ波よ!」
《出るわけねえだろ・・・・。》
マイちゃんはサッと拳を構えて、眩い光線を撃った。
「出るのかよ!」
信じられないことにビームが撃てるらしい・・・・。
しかしそれは影のたまきも一緒だった。
手を広げ、紫色の炎を撃ち出す。
「お前もかよ!」
光線と炎がぶつかり、部屋は吹き飛んだ。
「うわああああああ!」
「ぎゃあああああああ!」
衝撃波と爆炎が襲ってきて、俺たちは部屋の外に吹き飛ばされる。
「クソ・・・・冗談だろ・・・・こんなの・・・、」
「悠一いい・・・・・これ、やっぱり俺たちじゃどうしようも出来んぜ・・・。」
「ああ・・・・きっとこれは夢よ。終わったら起こして。」
「すまん、俺はもう逃げるわ。後はよろしく。」
「あ、だったら私も運んで!」
動物たちは怯えまくっている。
俺だってオシッコをちびりそうだ・・・・。
でも一匹だけそうじゃない奴がいた。
「情けねえ奴らだぜ。」
「カモン・・・・。」
部屋の前に仁王立ちして、腕を組んでいる。
爆発のせいで体毛はチリチリで、燃えかけのぬいぐるみみたいだった。
「悠一よお・・・・このままじゃヤベえぜ。」
「な、何が・・・・・?」
「たまきが言ってたんだろ?長時間の戦いは禁物だって。」
「ああ・・・自分のパワーに耐えられなくなるからな。」
「もうそうなりかけてる。」
カモンは部屋の中を指差す。
マイちゃんはさらに巨大化して、恐竜のように大きくなっていた。
しかし・・・・ボロボロと手足が崩れ出す。
「まずい!」
立ち上がり、部屋の中に駆け込む。
でもまたビームと炎がぶつかって、爆発が起きた。
「ううわあああああああ!」
ゴロゴロと部屋の外に投げ出され、手すりで頭を打つ。
「のおおおおお・・・・・・、」
割れるように頭が痛い・・・・・。
でもこのままじゃマイちゃんが死んでしまう。
どうにか金印を奪わないと。
「おい悠一!カモンが・・・・、」
マサカリが叫ぶ。
俺は顔を上げ「何してんだ!?」と叫んだ。
「戻れ!危ないぞ!」
カモンは部屋に入って、コソコソとマイちゃんに近づいていく。
「馬鹿!死ぬぞ!」
「もうじき死ぬんだ。なら死ぬ前に役に立たねえと。」
振り返り、ニヤリと笑う。
「悠一・・・・死んだら骨を拾ってくれ。」
「何言ってんだ!また爆発したら骨も残らないぞ!」
俺は部屋に駆け込む。
するとその時、影のたまきの手が伸びてきた。
首を掴まれ、グイっと引き寄せられる。
「ぐえッ・・・・・、」
「悠一!」
動物たちが叫ぶ。
マイちゃんも助けようとするが、手足が崩れて倒れてしまった。
「マイちゃん!」
「悠一・・・・くん・・・・、」
崩れた腕を伸ばし、悔しそうに顔を歪める。
「金印を!金印を外すんだ!」
「助けるから・・・・今すぐ・・・・・、」
マイちゃんの中から、大きな光が溢れる。
その光はさらに彼女を焼いた。
「よせ!死ぬぞ!」
「助けるから・・・・絶対に・・・・・、」
崩れた手足で這いずり、俺の方にやって来る。
しかしその時、カモンがマイちゃんの上によじ登った。
「金印は・・・・どこ!?」
キョロキョロしながら金印を捜す。
そして・・・・・、
「あった!」
マイちゃんの首元へ行って、体毛の中に潜り込む。
そして「取ったどおおおお!」と叫んだ。
「金印!ゲットだぜ!」
小さな腕で金印を掲げる。
マイちゃんは金色の光を失い、しゅるしゅると萎んでいった。
人間に戻り、そこからさらにタヌキに戻ってしまう。
「うう・・・・・。」
元に戻ったのはいいが、崩れた手足はそのまま。
「悠一君・・・・」と呟いた後、気を失ってしまった。
「マイちゃん!」
助けに行きたいけど、影のたまきに首を掴まれている。
俺は「おい離せ!」と振り返った。
でも・・・その異様な姿に言葉を失う。
人と猫を混ぜたような姿、真っ黒に染まった体毛、そして見ているだけで吐き気を覚える殺気・・・・。
すぐに目を逸らして、ブルブルと震えた。
《コイツやべえ・・・・マジで悪魔だ。》
たまきは言っていた、あれはもう禍神ではないと。
強い怨念を抱えた悪魔だと・・・・・。
「イー・・・・・。」
影のたまきは呟く。
顔を近づけ、「戻りましょ・・・・」とささやく。
「あなたの魂はまだ生きてる・・・・その胸の中に。」
そう言って俺の胸に手を当てる。
「ここにあなたの記憶が眠ってる・・・・・。だから目を覚まして・・・・。
こんな小僧なんてどうなってもいい・・・・・イーが蘇ってくれるなら・・・・。」
影のたまきは切ない声でささやく。
そして幽霊みたいに、ユラユラと揺れた。
《なんだコイツ・・・・まるでワラビさんみたいに精気を感じないぞ。》
生きているのか死んでいるのか分からない感じがする。
俺は《もしや・・・・》と思った。
「お前・・・・もう死んでるのか・・・・・?」
「イー・・・・・一緒に行きましょう・・・・・。遠い世界へ・・・・・。」
「祠の戦いの怪我が元で死んだのか?
でも彼への想いが強すぎて、現世にとどまり続けてるんじゃ・・・・。」
「・・・イー・・・・目を覚まして・・・・。私にはもう・・・・時間が・・・・、」
そう言って薄く透き通っていく。
それと同時に、殺気の激しさが増した。
近くにいるだけで気を失いそうで、ちょっとだけ漏らしてしまう。
《ヤバイぞこれ!このままいったら、とんでもない悪魔になっちまう!》
今の時点でも充分悪魔だが、これ以上パワーアップしたら本物の悪魔だ。
《ワラビさんと同じように、仮の肉体でこの世にとどまってるに違いない。
もしその肉体が壊れたら、魂が剥き出しになる・・・・・。
そうなってしまった時、こいつは確実に悪魔になる。
たまきでもウズメさんでも勝てない、恐ろしい悪魔に・・・・・。》
この窮地を脱するにはどうしたらいいのか?
・・・・・・分からん!
こんな化け物、俺じゃどうしようも出来ない!
「イー・・・・アイツの所に行きましょ・・・・・。アイツの力なら・・・・あなたの記憶を目覚めさせられる・・・・。」
しっかりと俺を抱えて、マンションから出て行こうとする。
「悠一いいいいいい!」
「ダメ!連れて行かないで!」
「なんてこった!影のたまきが勝つなんて!」
「ああ・・・・これで終わりだわ。もう誰も助けてくれない。」
動物たちはおいおいと嘆く。
でもやっぱりアイツだけは違った。
「この野郎!俺らの大事な飼い主に手え出すんじゃねえ!」
カモンは金印を投げつける。
でも一センチも飛ばすに、コロンと転がった。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「悠一・・・・俺と一緒に向こうへ行くことになりそうだな。」
「NOおおおおおおおお!」
影のたまきはマンションから飛び上がる。
俺は彼女の腕に捕まったまま、高い空を舞った。
《ああ・・・・今度こそ終わりだ・・・・。》
過ぎていく青い空が、遠いものに思える。
俺は前世の記憶を呼び起こされて、きっと消えてしまうだろう・・・・。
そう諦めかけたとき、奴の声が響いた。
あのトラブルメーカーの声が・・・・。
「オラオラオラあああああ!」
遠い空から、凄まじい勢いで飛んでくる。
分身しながら螺旋状に回転して。
「ボンクラ探偵めええええ!コマチは渡さねえぞおおおお!」
幻の魔球が直撃する。
影のたまきは「ぎゅえッ!」と叫んで、マンションまで吹き飛ばされた。
「おぎゃ!」
「ぐへえ!」
壊れた部屋に戻ってきて、俺たちは倒れる。
そこへ再び魔球が襲いかかってきた。
「死ねボンクラ!」
「ノズチ君!ナイスタイミング!」
俺はサッと影のたまきの後ろに隠れる。
また魔球が直撃して、「ひぎゅおッ!」と悶えた。
「なんだこの悪魔みてえな奴は!お前なんか用はねえ!どいてろ!」
ノズチ君はバッコンバッコン!体当たりする。
「・・・・・イーと私の愛を邪魔する奴は・・・・許さない!」
影のたまきはバチコン!と魔球を叩く。
「ぬうううあああああああ・・・・・・、」
う〜ん・・・・ホームラン・・・・。
これで三打席とも打ち取られた。
・・・なんて冗談かましてる場合じゃない!早く逃げないと。
俺は一目散に駆け出した。
「悠一!」
「お前らはついて来るな!」
「言われなくても行かねえよ。」
「ねえ?」
「別に俺らが狙われてるわけじゃねえし。」
「俺も限界・・・・後は自分でどうにかしてくれ。」
「ああ、カモン!ついにお迎えなの!?」
「冗談言ってる暇があるなら、マイちゃんを助けろ!」
俺はスマホを投げる。
マサカリがパクっと咥えて、「ウズメか!?」と叫んだ。
「ああ!すぐに来てもらってくれ!」
マサカリは「分かった!」と頷き、「ほいよ」とチュウベエに渡していた。
《奴の狙いは俺だ!俺さえ離れればみんなは守れる。》
そう思って走ったけど、あっさり捕まった。
「ぎゃああああ!」
「さあ・・・・行きましょう・・・・。アイツの所に・・・・・。
そして戻ってきて・・・・イー・・・・。愛しい・・・・イー・・・・。」
「俺は悠一だ!イーなんて奴は知らない!」
いくら叫んでも無駄で、影のたまきは俺を離さない。
そしてまたマンションから飛びさろうとした・・・・・・瞬間、ピタリと止まった。
「よう兄ちゃん、えらくピンチじゃねえか。」
鉢巻きをしたおじさんが、腕を組んで立ちはだかる。
「も、モズクさん!」
「ノズチが逃げ出しちまってよ。慌てて追いかけてきたんだ。
そしたらオメエ・・・・どえらいことになってんじゃねえか。」
煙管を咥えながら、ブッ壊れたマンションを見渡す。
「よくもまあこれだけ無茶するもんだ・・・・・。
しかも・・・・オイラの可愛い娘がえらいことになってんじゃねえか。」
倒れたマイちゃんを見つめて、こめかみに血管が浮く。
「モズクさん!コイツは恐ろしい化け猫なんです!まるで悪魔みたいに・・・・、」
「見りゃ分かる。」
プッと煙管を吐き捨てて、ゴキゴキっと拳を鳴らす。
「オメエ・・・・マイに金印を渡した化け猫だな?」
「・・・・・・・・・。」
「名前はたまきっつったか?」
「・・・・・・・・・。」
「感謝してたんだぜ、オメエには。あの金印のおかげで、マイはそこの兄ちゃんと一緒にいられるんだからよ。」
モズクさんは拳を鳴らしながら近づいてくる。
顔が猛獣みたいになって、拳も鉄のように変わっていく。
その迫力に圧倒されたのか、影のたまきはじりじりと後退した。
《すげえ!コイツがビビってる・・・・・。》
モスクさんの迫力は尋常ではなく、一歩進む度に、要塞が迫ってくるような威圧感だった。
「・・・・・・チッ!」
影のたまきは舌打ちする。
そして踵を返して駆け出した。
「逃がすかよ。」
モズクさん一瞬で前に回り込む。
「・・・・・・ッ!」
驚くたまき。
ニヤリと笑うモズクさん。
まるでバトル漫画みたいだ・・・・。
「死んどけや。」
そう言って鉄みたいな拳で殴りかかる。
でも・・・・当たらなかった。
影のたまきは俊敏にかわして、マイちゃんの元へと駆け寄った。
そして鋭い爪を向けて、「死ぬわよ・・・・?」と言った。
「私の邪魔をするなら・・・・・こいつを殺す・・・・・。」
「人質かよ。」
今度はモスクさんが舌打ちする。
拳を下ろし、「ほれ?」と肩を竦めた。
「これでいいか?」
ホールドアップするモズクさん。
それでも影のたまきは警戒を解かない。
怖い目で睨みながら、ニヤっと笑った。
「邪魔者は消えろ・・・・。」
マイちゃんを蹴り飛ばし、マンションの外に落としてしまった。
「てめッ・・・・・、」
モズクさんは慌てて駆け出す。
影のたまきはその隙に逃げ出した。
「悠一いいいいいい!」
マサカリが叫ぶ。
他の動物たちも呆然と見上げていた。
《ああ・・・・駄目だなこりゃ。》
ノズチ君のおかげで窮地を脱し、モズクさんのおかげで二度目のピンチを脱出した。
それでもコイツは止められない。
《執念の塊だな。俺の前世のこと・・・・・そこまで好きなのか。》
怖いはずなのに、ちょっと感心してしまう。
一途という言葉があるけど、ある意味コイツほど一途な奴もいないだろう。
やり方に問題はあるけど、根っこは愛そのものなのだ。
《これ以上抵抗したら、さらにみんなを傷つける。俺一人消えてみんなを守れるなら・・・・・仕方ないのかな。》
ぼんやりと諦めが入る。
影のたまきに抱えられながら、流れていく空を見上げた。
しかしその時、足元がもぞもぞした。
何かと思って見てみると、カモンがくっ付いていた。
「お、お前・・・・・、」
「しッ!」
大声を出すなと指を立てる。
「・・・・・お前・・・・何してんだよ・・・・。危ないぞ!」
「これ、最後の希望だ・・・・・。」
そう言ってアレ差し出した。
「金印・・・・・。」
「口づけしろ。」
「え?」
「こいつを持って、たまきにキスするんだ・・・・・。」
「いやいや、この状態じゃそんなこと出来ないだろ・・・・。」
がっちり抱えられているのに、キスなど出来るわけがない。
ましてや空を飛ぶかのように、颯爽と飛び跳ねているんだから。
「悠一、諦めるな・・・・・。ここで終わったら、今までの全てが水の泡だ。」
「そうだけど・・・・コイツはヤバすぎる。これ以上抵抗したら、周りに被害が及ぶだけだ・・・・。」
「なら俺はどうなる・・・・?」
「え?」
「俺が長生きしたのは、お前が心配だったからだ・・・・・。でももう時間がねえ・・・・・。」
「カモン・・・・・。」
「せっかく天使にもらった時間だ・・・・・。だから・・・・見せてくれよ。
お前はもう一人前だって・・・・。動物探偵としてやっていけるって・・・・。
俺が安心して逝けるように・・・・見せてくれよ。」
真剣な目で見つめながら、「ほれ」と金印を向ける。
「・・・・・・・・。」
俺は手を伸ばし、金印を掴む。
その瞬間、たまきが高く飛び上がった。
どうやらスピードを上げたらしい。
でもせのせいでカモンが落ちてしまった。
「悠一・・・・・、」
「カモン!」
カモンは真っ逆さまに落ちていく。
しかしそこへ相方が飛んできて、サッと受け止めた。
「ぎりぎりセーフ。」
「チュウベエ!」
背中にカモンを乗せて、ゆっくりと下りていく。
「悠一!後は任せたぞ!」
カモンが叫ぶ。
俺は「やってやる!」と頷いた。
金印を握り締め、「たまき!」と呼んだ。
「こっち向け!俺の前世がお前と話したいってよ!」
適当な嘘で気を引く。
するとギロっとこっちを睨んだ。
《怖いいいいいいッ!》
もうほとんど悪魔みたいな顔になってる・・・・。
なんか身体も波打ってるし、化け猫の要素がどこにもない。
「イー・・・・だっけ?そいつがお前と話したいとよ。
この金印を握ってたら、そんな声が聴こえた。」
「・・・・・・・・・。」
影のたまきは疑わしそうな目で見つめる。
でも気にはなるらしく、誰もいない茂みの中に下りて、顔を近づけてきた。
「俺の前世・・・・イーっていうんだろ?そいつがお前に言いたいことがあるらしい。」
「・・・・・・・・・・。」
「金印から声が聴こえるんだ。」
「・・・・・・・・・・。」
「もっと顔を近づけろよ。小さな声だから、耳をくっつないと聞き取れないぞ。」
「・・・・イー・・・・。」
ポロっと呟いて、金印を見つめる。
「・・・イー・・・・ここよ、私はここにいる・・・・。」
喋るたびに、身体がノイズのように波打つ。
俺は金印を向けて「ほら」と言った。
「愛してるなら直接言えよ。そして彼の答えを聞けばいい。」
「・・・・・・・・。」
「怖いのか?ここまで散々やったクセに、今さら怖気づくのか?」
「・・・・私は・・・・怖い・・・・。イーを・・・・愛してるから・・・・。」
かなり怯えている。
ザザっと波打って、不安定に揺れた。
「でも好きなんだろ?ここで逃げたら、もう彼と話せないかもしれない。」
「・・・・・・・・・・。」
「勇気を出せ!でないとずっと苦しいままだぞ。」
「イー・・・・・・。」
「本当に悠のことを愛してるなら、目を背けちゃダメだ。ここには俺とお前の二人だけ。
イーの魂と・・・・お前だけだ!」
目の前に金印を突きつける。
影のたまきはじっとそれを見つめ、ゆっくりと耳を近づけた。
「聞かせて・・・・・あなたの・・・・声を・・・・。」
金印に耳が触れそうになる。
その瞬間、俺は前に踏み出した。
顔を上げ、影のたまきに口づけをする。
悪魔のような恐ろしい顔・・・・それに唇を重ねるなんてかなり怖い・・・・。
ちょっとでも抵抗されたら、首が吹き飛ぶだろう。
でもそれと同時に、こいつの力になってやりたいって思いもあった。
こんな悪魔みたいになって、鬼みたいに暴れまわって、それでも俺の前世に会いたがっている。
やってることは異常でも、性根にある想いは純粋なはずだ。
《だったらコイツだって改心できるはずだ。
本物のたまきが改心したみたいに、コイツも悪者ではなくなるはずだ!》
俺は金印を握り締めたまま、口づけを続ける。
一分、二分・・・・いや、もっと長く口づけをしていた。
すると金印が輝きだして、手の中が熱くなった。
燃えるように、焼き付くように・・・・。
その瞬間、自分の中から誰かが出て来る感じがした。
心の奥の、もっと深い所から、俺によく似た誰かが・・・・・。
そいつは俺の身体を乗っ取るように、すべての神経を支配する。
そしてぼそりとこう呟いた。
「ホワン。」
俺の口から、俺ではない誰かがそう呟く。
まるで中国語みたいな発音で。
消えるほど小さな声だったけど、それは確かに耳に届いた。
俺の耳に、たまきの耳に・・・・。
「イー・・・・。」
影のたまきも呟く。
その瞬間、彼女の目から涙がこぼれた。
じわっと潤んで、一粒の雨のように流れていく。
すると悪魔のようだった姿が、元に戻っていった。
まるで憑き物が落ちるみたいに、恐ろしい姿はドロドロと溶けて、着物を来たいつもの姿に。
そこからさらに変化して、顔が幼くなっていった。
《これは・・・・昔のたまきか?》
垢抜けない表情が可愛らしく、目にも柔らかさがある。
黒い着物も消えて、代わりに昔の中国人みたいな服に変わった。
でもその顔は間違いなくたまきで、俺に向かって手を伸ばした。
俺の中の誰かは、その手を握る。
たまきの手は震えていて、崩れるように膝をついた。
両手で俺の手を握り締め、ギュッとおでこに当てる。
お尻から尻尾が生えてきて、甘える猫のように、ゴロゴロと喉を鳴らした。
「イー・・・・。」
もう一度呟いたその言葉は、俺の神経を駆け巡る。
その時・・・・見たこともない景色が見えた。
・・・・ボロい家の中に、真っ白な猫がいる。
とても綺麗な毛並みで、尻尾を揺らしている。
俺は手を伸ばし、その猫を抱き上げた。
「ホワン。」
俺はそう呟いた。
誰に支配されるでもなく、自然と口から出てきた。
それはこの白猫の名前、俺の大事な友であり、そして家族。
笹の葉が揺れる音が響き、窓から光が射す。
俺は猫を抱いたまま、布団の上に横たわっていた。
胸が苦しく、咳が出る。
身体がだるくて、まったく起き上がる気になれない。
ホワンは心配そうに俺を見つめていた。
《苦しい・・・・いつ死んでもおかしくないくらいに・・・・。》
ホワンを抱きしめ、迫り来る死に怯える。
・・・・その時、誰かが近づいてくる足音が聴こえた。
俺は顔を上げ、光に目を細めながら見つめる。
そこには一人の女が立っていた。
旅人のような格好で、大きな荷物を背負いながら。
ホワンも顔を上げ、その女を見つめる。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
目と目が合う・・・・。
光に照らされながら、女はニコリと笑った。
風が吹き、ざわざわと笹の葉が騒いだ。

 

 

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第六十話 タヌキと猫の大喧嘩(2)

  • 2017.06.24 Saturday
  • 11:54

JUGEMテーマ:自作小説

たまきの光を追って、俺たちの街に戻ってきた。
マイちゃんはまた金印を使って、目を黄金色に光らせる。
「どう・・・・?」
「・・・・海。」
「え?」
「カモメ公園の方に続いてる・・・・。」
「カモメ公園か。ここからだとそう遠くないな。」
ハンドルを切り、自宅のマンションへ向かう道を、右に曲がる。
大きな川が伸びていて、それに沿うように道が続く。
これをずっと走ると、カモメ公園という場所に出る。
海の傍の公園で、昼間は家族連れが賑わい、夜になるとカップルが多くなる。
でも今は冬だから、人はほとんどいないだろう。
あそこはよく冷たい風が吹くからだ。
《たまきの奴、もしかしたらわざとカモメ公園へ向かったのかもな。
今の時期なら人がいないだろうから、戦うのに向いてる。》
10分ほど川沿いを走って、大きな通りに出る。
その通りを越えると、工場地帯に差し掛かった。
大きな丸いガスタンクが、不気味にそびえている。
その手前を左に曲がり、橋を越えると、カモメ公園が見えてくる。
遊具と砂浜、それに芝生と遊歩道。
その先にはUFOでも降りてきそうな、小高い丘がある。
頂上は大きな石で囲まれていて、駐車場からでもよく見えた。
俺は車を停めて、公園を見渡した。
「いないな・・・・。」
振り返ると、マイちゃんはまた目を光らせていた。
「三回も使って大丈夫・・・・?」
「なんとか・・・・。」
そう言いながら、じっと目を凝らした。
「・・・・ここで光が途切れてる。」
「なら絶対にここにいるってことだな。」
辺りを見渡しながら、慎重に進む。
今日は誰もないようで、寒い風だけが吹いていた。
「うう、寒い・・・・。」
マサカリがブルっと震える。
モンブランが「脂肪だらけのクセに寒いの?」と言った。
「だって風が強いからよ・・・・凍えちまうぜ。」
「夏は暑くて、冬は寒い。なんのための脂肪なんだか。」
「うるせえカモン!俺の脂肪で温まってるクセによ。」
カモンはマサカリの首に乗っている。
ブヨブヨの脂肪に挟まれて、ちっとも寒くなさそうだ。
「良い乗り物だよな。これに乗って天国に行こうかな。」
「俺はフランダースの犬じゃねえ。」
「お前ら、グチグチ言ってないで捜せ。たまきはここにいるはずなんだ。」
「なら固まって動いても仕方ないな。俺は空から見てくる。」
「あ、じゃあ私は遊具の方に行くわ。」
「俺は・・・・車に戻りたい!」
「ダメに決まってんだろ。俺たちは砂浜の方に行くぞ。」
「ふん!お前は温かくていいよなあ。」
「じゃあ私も乗せてって。」
「マリナもかよ・・・・。俺は乗り物じゃねえってのに。」
動物たちは公園内に散っていく。
チュウベエは空に、モンブランは遊具に、マサカリとカモンとマリナは砂浜に。
「マイちゃん、俺たちは芝生の方に行ってみよう。」
「うん。」
寒い風に吹かれながら、遊歩道を歩く。
芝生を見渡すが、誰もいない。
「光はこの公園に伸びてたの。必ずどこかにいると思うんだけど・・・・。」
「あの小高い丘に登ってみるか?」
「そうだね。」
風に吹かれながら、小高い丘を登っていく。
すると頂上を囲う石が割れていた。
「こんなに大きな石がパックリ割れてる・・・・。これってもしかして・・・、」
「悠一君!丘の反対側に抉れた痕がある。」
「ホントか!?」
マイちゃんの指さす先には、ショベルカーで削ったみたいな痕があった。
「かなり荒れてるな・・・・。これはあの二人が戦った痕に違いない。」
「でも・・・・ここにはいないね。どこ行ったんだろう?」
丘の上から周りを見渡す。
するとチュウベエが飛んできて「大変だ!」と叫んだ。
「どうした!?」
「う、海で・・・・誰かが死んでる!」
「なあにいいいいいい!!」
「こっからでも見える!対岸の船が停まってる方。」
チュウベエは岸に羽を向ける。
そこにはレンタル用の船がたくさん停まっていた。
沖釣りをする人がよく借りていくのだ。
でも・・・遠くてよく分からない・・・・・。
「船と船の間に浮かんでるんだ!」
「どの辺?」
「真ん中あたり。船に挟まれる感じで。」
「・・・・・見えない。どんな感じの人だ?」
「空の上からだからよく分からなかった。」
「男か女かくらい分かるだろ。」
「分からないってば。だってちゃんと見てないし。」
「なんで?」
「だって怖いじゃんか。」
「インコでもそう思うのか?」
「だって水死体だぜ?事件の臭いがプンプンだ。ここは警察を呼んだ方が・・・・、」
そう言いかけた時、マイちゃんが「大変!」と叫んだ。
「どうしたの?」
「あれ・・・たまきさんだよ!」
「なにいいいいい!?」
「裸になって浮いてる。それに怪我してるみたい・・・・。」
「すぐ行こう!」
マイちゃんは鳩に化けて、チュウベエと共に飛んで行く。
俺は車に戻り、対岸へと向かった。
そして船着き場まで来ると・・・・、
「たまき!」
マイちゃんが水から引き揚げて、腕の中に抱いていた。
「しっかりして!」
パンパンと頬を叩くが、目を覚まさない。
「たまき!」
俺は胸元に耳を当てて、息があるか確認した。
「鼓動が鳴ってる・・・・まだ生きてるな。」
上着を脱いで、たまきに掛ける。
「おい!大丈夫か?しっかりしろ!」
肩を揺らしながら、大声で呼ぶ。
でも全然目を覚まさない。
「酷いな・・・身体じゅう傷だらけだ。」
あちこちに切り傷や噛みつかれたような痕がある。
白い肌に血が滲んで、見ているだけで痛々しい。
するとチュウベエが「これどっちだ?」と尋ねた。
「本物か?それとも影の方か?」
「分からない・・・・・。見た目はまったく同じだからな。」
「もしかして、もう一つに戻っちゃったとか?」
「それはないだろ。もし戻ったなら、海で浮かんでるはずがない。
これは戦いの果てに、どっちかのたまきが負けたんだ。」
このたまきは本物か?影の方か?
どちらか分からずに困っていると、マイちゃんが金印を当てた。
「・・・・・光らない。」
「え?」
「もしこれが影のたまきさんなら、きっと光ると思う。」
「ああ、なるほど。」
「影のたまきさんは前より強くなってるから、金印を当てただけで反応すると思うんだ。
そうならないってことは、これは本物のたまきさんだよ。」
「だとしたら・・・・影のたまきが勝ったってことか。」
俺はビビった・・・・。
本物のたまきが負けるなんて、いったいどれだけ強くなっているのか・・・・。
「とにかく助けないと。」
これはかなりの緊急事態だ。
ここはもうやっぱり、ウズメさんに頼るしか・・・・。
そう思ってスマホを取り出すと、たまきが目を開けた。
「悠一・・・・・、」
「たまき!」
「・・・・・負けちゃったわ・・・・この私が・・・・、」
悔しそうに言って、クスっと笑う。
「大丈夫か!?」
「大丈夫・・・・じゃないわね。」
「心配するな、すぐにウズメさんを呼んで助けてもらうから・・・・、」
そう言うと、「待って!」と腕を掴んできた。
「これは・・・・私の問題・・・・。ウズメを巻き込むわけには・・・・、」
「何言ってんだ!もうそんなこと言ってる場合じゃないだろ。」
「お願い・・・・知らせないで・・・・・。」
「でも・・・・・、」
「あの子に頼むなら・・・・最初からそうしてる・・・・・。
でもそれが出来ないから、アンタに依頼したのよ・・・・・。」
「それはそうだけど・・・・。」
「アイツ・・・・・予想より遥かに強かった・・・・・。
それに・・・アイツはもう・・・・ただの禍神じゃ・・・・ない・・・・。」
「なんだって?」
「・・・・ほとんど・・・・死人のような物だわ・・・・・。」
「どういうことだ?」
「・・・・あまりに・・・・彼への愛が強すぎて・・・・執念が・・・・怨念のようになっている・・・・。
もう・・・・あれは禍神じゃない・・・・。歪んだ感情だけを抱えた・・・・・恐ろしい・・・・悪魔だわ・・・・。」
たまきはゆっくりと首を振る。
目を閉じ、「私じゃ止められない・・・・」と嘆いた。
「どうにか・・・・乗っ取られることだけは・・・・避けたけど・・・・でも勝てなかった・・・・。」
「アイツは!今どこにいるんだ!?」
「・・・・分からない・・・・。私も・・・・それなりの傷を負わせてやったから・・・・どこかへ逃げたはず・・・・。」
「分かった!なら後は俺たちで捜す。お前は病院へ・・・・、」
「いい・・・・。」
「何言ってんだ!これだけ酷い怪我だぞ!ウズメさんに頼れないなら、もう病院へ行くしかないだろ。」
「・・・・病院じゃ・・・・無理よ・・・・・。
だって・・・・散々・・・・呪いを撃ち込まれたから・・・・・。」
「呪いを・・・・。」
「ふふふ・・・・もし・・・・今力が戻ったら・・・・本当に・・・・アンタと駆け落ちしちゃう・・・。」
「たまき・・・・・。」
「だから・・・・このままでいい・・・・・。」
「そんなわけにいくか!ほっといたら死んじまうぞ。」
たまきの怪我は深く、早くどうにかしないとまずい。
するとチュウベエが「マイの母ちゃんは?」と言った。
「まだ猫神神社にいるはずだろ?だったら助けてくれるんじゃないか?」
「・・・・どうだろうな。ワラビさんもけっこうヤバイ状態だったから・・・・、」
「行こう!」
「マイちゃん・・・。」
「お母さんの所に連れて行こう!それしかないよ!」
「でもワラビさんも相当参ってたぞ。たまきを治すなんて無理したら、それこそこの世から消えるかもしれない。」
「お母さんはそんなに弱くない。それに・・・・たまきさんをこのまま放っておいたら、きっと死んじゃう。」
マイちゃんはたまきを抱え、「早く!」と車に走る。
「・・・・そうだな。それしかないか。」
状況が状況だから、ここはワラビさんに頼るしかない。
俺は立ち上がり、車に駆け寄った。
その時、遠くからモンブランが走って来た。
「悠一!大変よ!」
「今度はなんだ!?」
「さっきカラスが飛んできて、たまきを見つけたって言うの。」
「どこで!?」
「私たちのマンション!」
「なんだってえええええ!!」
「しかも私たちの部屋の前で。」
「・・・・・・・・・・。」
「どうしたの?顔が青いけど。」
「いや、実は・・・・、」
俺は車に手を向ける。
モンブランはチラっと見て「たまきいいいいい!」と叫んだ。
「どうしたの!?酷い怪我じゃない!」
「今からワラビさんの所へ運ぶんだ。でもって、あれは本物の方だ。」
「本物・・・・?」
「影のたまきに負けたんだ。」
「ウソ!あのたまきが!?」
「だから俺の家にいるのは影の方だ。」
「・・・・・・・・・。」
「な?青くなるだろ?」
「・・・・もし家を出るのが遅かったら、今頃私たちは・・・・・、」
「いきなり襲われてただろうな。マイちゃんが戦う間もなく。」
モンブランはゾワゾワっと毛を逆立てる。
「とにかくワラビさんの所に向かうぞ。」
車に乗り込み、船着き場から離れて行く。
ぐんぐんスピードを上げて、公園を後にしていった。
するとその時、ルームミラーに何かが映った。
「お〜い!俺たちを置いてくなああああああ!」
カモンとマリナを乗せながら、マサカリの肉が揺れていた。

            *

「助かりますよね!?」
猫神神社に戻って来ると、すぐにワラビさんに事情を説明した。
「すぐに治します」と言って、たまきを抱えて本殿の中に消えていった。
「たまきは大丈夫ですよね!?死んだりしませんよね!」
「もちろんです。でもしばらく時間が掛かると思います。」
本殿の中から声が響く。
俺は「お願いします!」と頭を下げた。
「絶対に助けてやって下さい!」
本殿の中から、ぼんやりと光が漏れている。
きっとたまきを治してくれているのだ。
「・・・・・たまき。」
彼女が治るまで、ずっとここで待ちたい。
でも俺たちにはやらなきゃいけない事がある。
「マイちゃん・・・・今から影のたまきの所に行くよ。」
本殿を向いたまま話しかける。
すると横に並んできて、中から漏れる光を見つめた。
「戦う覚悟は出来てるよ。」
そう言って金印を握りしめる。
「でも勝てるかどうかは分からない・・・・。
だって本物のたまきさんが負けるほどだから、私の力でどこまでやれるか・・・・。」
不安そうに俯き、本殿を見上げる。
「だけど一人で戦うわけじゃない。悠一君もマサカリたちもいる。
だから怖くなんかない!精一杯、出来る限りのことをやる!」
その目に強い闘志が宿る。
俺は頷き、踵を返した。
「家に戻ろう。アイツが待ってる。」
たまきのことは心配だが、今はワラビさんに任せるしかない。
俺たちは再び街に戻った。
そしてマンションまでやって来ると、異様な気配を感じた。
「なんか・・・・上の方からすんごい殺気がするんだけど・・・・。」
「これ、きっと影のたまきさんだよ。」
「アイツ・・・・相当殺気立ってるな。」
車を降り、エレベーターに向かう。
すると何人かの人が降りてきて、怯えた様子で逃げて行った。
「あの人たちもこの殺気を感じてるのかな?」
「きっとね。でもその方が好都合だよ。人がいない方が戦いやすいもん。」
「だな。」
エレベーターに乗り、三階で降りる。
すると俺の階の住人も、エレベーターに駆け込んでいった。
若い男が「あんたの部屋、ヤバイのが来てるよ」と言った。
「え?」
「いや、さっきからさ・・・・あんたの部屋の方からすんごい嫌な感じがするんだよ。」
「・・・・・・・・・・。」
「まるで殺人犯に狙われてるみたいに、寒気が止まらないんだ。」
「それは・・・・怖いですね。」
「俺さ、オカルトとか信じない方だけど、でもアレはヤバイぜ。」
「あれって・・・・なんですか?」
「着物を着た女だよ!あんたの部屋の前にいて、力任せにドアをこじ開けたんだ。
アイツが来てからすんげえ嫌な感じがするんだよ・・・・・。
なんていうのかな・・・・本能が『ここにいちゃ駄目だ!』って警告してるみたいな・・・・。」
「・・・・・そうですか。でも俺はちょっと用があるんで。」
「行かない方がいいって。あれ、絶対に殺人犯か何かだぜ。そうでなきゃ悪魔とか悪霊とかそういう類いの・・・・、」
言い終える前に、他の人がエレベーターを閉じる。
「怖いから早く逃げよう・・・・」と言って。
俺は部屋を振り返り、ゴクリと息を飲んだ。
「・・・・確かに・・・・これはヤバイな・・・・・。」
まるで刃物を突き付けられているみたいに、ビシビシと殺気が伝わってくる。
一歩踏み出すのにも勇気がいって、なかなか前に進めない。
するとマイちゃんが金色に輝きだした。
金印を握りしめ、辺りを神々しく照らす。
その光に包まれた瞬間、あの嫌な殺気を感じなくなった。
「すごい・・・まるでバリアみたいに殺気が寄ってこない・・・・。」
動物たちも感心して「おお!」と唸る。
「さすがは未来の神獣だぜ!頼りになる。」
「ほんとにねえ。もうずっとここにいたい気分。」
「ここらで職務放棄も悪くねえな。」
「そうしたら慌てふためく悠一の顔が見れるな。」
「あ、私それがいい!悠一だけ行ってもらう?」
「お前ら・・・・まとめて部屋に投げ込むぞ。」
とは言いつつも、出来れば俺も先に進みたくない。
だってこんな殺気、生身の人間が耐えられるものじゃないから・・・。
「マイちゃん・・・・どうだ?奴の殺気を感じて、それでも戦えそうか?」
そう言って顔を見ると、すでに怪物のように変わっていた。
「ひいいッ・・・・。」
タヌキと狼を混ぜたような、恐ろしい獣の顔になっている。
牙が伸び、爪も伸び、ふさふさだった尻尾の毛は、剣山のようになっている。
そして手足にもそんな毛が生えてきて、身体もプロレスラーのように大きくなっていく。
ケンシロウのようにビリビリっと服が破れて、ズンズン歩き出す。
金色の光はより強くなり、三階全体を覆うほどだ。
「・・・・・・ゴクリ。」
もうここは彼女に任せるしかない。
俺たちはコソコソとマイちゃんの後をついて行った。
「・・・・・・・・・・。」
マイちゃんは何も喋らない。
意識の全てを戦いに向けているようだ。
大きな手を伸ばし、ドアノブを握る。
カモンが「戦いの動画を撮れば大儲けできるな」と言い、チュウベエが「それなら廃業しても困らない」などと言う。
だけど今はツッコミを入れている余裕などない。
部屋の中から溢れる殺気と、それを押し返すように広がるマイちゃんの光。
今日、ここで壮絶なバトルが繰り広げられることは間違いない。
《これ、マンションがブッ壊れたら、俺が修理費用を払うのかな・・・・・。》
いらぬ心配をしながら、息を飲んで見守る。
そして・・・・マイちゃんはドアを開けた。
ガチャリと音がして、中からおぞましい殺気が溢れてくる。
光に包まれていても、吐き気を覚えるほどだ・・・・。
マイちゃんは完全にドアを開き、中を睨む。
その瞬間、真っ黒な手が伸びてきて、マイちゃんの顔を鷲掴みにした。
「マイちゃん!」
彼女は一瞬で部屋の中に引きずり込まれる。
それから数秒遅れて、すさまじい雄叫びが聴こえた。
「ゴオオオアアアアアアア!!」
「プゴロモジャゴロオアヌアニャアアア!!」
「ぎゃああああああ!」
「怖ええええええええ!」
動物たちがパニックになる。
俺もパニックになる。
でも・・・・・逃げるわけにはいかない!
未来の嫁さんが戦っているのに、俺だけ尻込みしてられるか!
「お前らはここにいろ!入って来るんじゃないぞ!」
マサカリたちを残して、部屋に駆け込む。
そこでは凄まじいバトルが繰り広げられていた。
目にも止まらぬ速さで動く、二匹の怪物。
テーブルが吹き飛び、タンスが切り裂かれ、壁は粉砕される。
血しぶきが飛んで、雷のような咆哮が響き渡った。
「・・・・・・・・・・。」
こんな戦い・・・・俺が入る隙間なんてない・・・・。
息を飲みながら、ただマイちゃんが勝つことを願った。

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第五十九話 タヌキと猫の大喧嘩(1)

  • 2017.06.23 Friday
  • 10:10

JUGEMテーマ:自作小説
スマホのアラームが鳴っている。
俺はもそもそと手を伸ばし、アラームを解除した。
服を着替え、マサカリの散歩に行き、霜の降りた川原を眺める。
家に帰ると、みんなで朝食を食べた。
いつもならワイワイとはしゃぐのに、誰も口を開かない。
空は晴れているのに、家の中は暗かった。
飯を食べ終えると、こがねの湯に電話した。
アカリさんが出て、今日は出勤できないことを伝える。
すると『また休みい?』とイライラした声が返ってきた。
でも理由を伝えると納得してくれた。
『たまきには去年の夏に助けてもらったからね。彼女の依頼で忙しいなら仕方ないわ。』
ありがとうございますと言って、電話を切る。
ほんとなら昨日言えばよかったんだけど、色々とありすぎて、つい忘れていた。
スマホをしまいながら振り開けると、動物たちが一列に並んでいた。
「今から行くんだろ?たまきのとこ。」
マサカリが言う。
「ああ。」
「じゃあ俺らも行くぜ。」
「分かってる。これがみんなでやる最後の仕事になるだろう。
だから・・・その・・・・・アレだ。頑張ってくれ。」
「無理してカッコつけんなよ。」
マサカリは動物たちを睨んで、「テメエら気合入れろよ!」と叫んだ。
「今度の仕事は危ないぜ。下手したら命を落として・・・・、」
「はいはい、さっさと行きましょ。」
「真っ先に死にそうなのはこのデブだよな?」
「もし何かあったら、俺は飛んで逃げる。後のことはよろしく。」
「その時は私も運んで。」
「イグアナは重いから無理だ。そこのハムスターなら行けるけど、でもどっちみち死ぬわけだからなあ。だから俺だけ逃げるわ。」
チュウベエは堂々と逃亡宣言をする。
みんなに罵られていたけど、でもまったく気にしてない。
「さあお前ら!いつまでも漫才やってないで、猫神神社に向かうぞ。」
「おお〜!!」
動物たちは勇ましく叫ぶ。
その後ろでマイちゃんも叫んだ。
「悠一君!私・・・・・戦うからね!」
「ああ。でも・・・・本当に大丈夫?」
「平気平気!この金印があれば、影のたまきさんにだって勝てるよ。」
「いや、それが心配なんだよ。もしまたあの時みたいに死にかけたら・・・・、」
「その時は悠一君を信じる。」
「え?」
「私が死ぬ前に、この金印を取ってくれるって。」
「マイちゃん・・・・。」
「今度は仕事は危険だよ?だからお互いに信じてなきゃ上手くいかない。
私は悠一君を信じるから、悠一君も私を信じて。」
「・・・・そうだな。ならマイちゃん・・・・戦いは頼むよ。」
「任せて!」
拳を握り、シュッシュとシャドーボクシングをする。
「じゃあ行くか。」
家を出て、みんなで車に乗り込む。
朝の早い時間は道が空いていて、スイスイ進んでいける。
みんな緊張した面持ちで、ただ前を睨んでいた。
しばらく走り、猫神神社に着く。
階段を上り、鳥居の前までやって来た。
「たまき〜!来たぞ〜!」
白い息を吐きながら、たまきを呼ぶ。
「お〜い!いないのかあ〜!?」
全然返事がなくて、「変だな」と首をかしげた。
「今日の朝来るって言っといたのに・・・・。どっかに出かけてるのかな?」
「しばらく待ってみようか。」
「そうだな。」
境内に入り、石段に腰掛ける。
スマホをいじったり、お喋りをしたり、緊張を誤魔化しながら待ち続けた。
「・・・・・来ないな。」
一時間ほど待ったけど、たまきは現れない。
「おかしい。」
立ち上がり、鳥居の向こうを見つめる。
「アイツは約束を破るような奴じゃないのに。」
ボリボリと頭を掻きながら、「もうちょっと待ってみるか」と戻った。
するとその時、マイちゃんが「これ・・・・」と何かを見つけた。
「どうしたの?」
「これ・・・・たまきさんの煙管じゃない?」
「ほんとだ・・・・昨日アイツが咥えてたやつにそっくりだ。」
「たまきさんって、煙管をポイ捨てするようなことしないよね。」
「しないよ。だいたいここはアイツの神社だし、自分で汚すようなことはしないだろ。」
「ならどうして・・・・、」
マイちゃんはじっと煙管を睨む。
すると胸の金印が光って、「熱ッ!」と叫んだ。
煙管を落とし、手をふーふーしている。
「だ、大丈夫!」
「うん・・・・。」
「まだ火種が残ってたのか。」
「ううん、そうじゃない。金印が光った後に熱くなったの。」
「・・・そういえば一瞬だけ光ってたな。でもなんで急に・・・・、」
そう言いかけたとき、モンブランが「こっち来て!」と叫んだ。
「どうした?」
「神社の裏が荒らされてるの!」
「なんだって!」
慌てて神社の裏に回る。
すると・・・・、
「なんだこりゃあ・・・・。」
山の木々が倒れ、地面が抉れていた。
「まるで爆撃でも受けたみたいだ。どうしてこんな事に・・・・・、」
呆然としていると、マサカリが「むう!」と唸った。
「臭いが残ってる・・・・。」
「臭い?」
「二つの臭いが地面に残ってる。一つはたまき、もう一つは・・・・、」
スンスンと鼻を動かし、「こりゃアイツのじゃねえか!」と叫んだ。
「これもう一人のたまきの臭いだぞ!」
「なにいいいいい!?」
マサカリは臭いを嗅ぎながら「間違いねえ」と頷く。
「あの野郎、ここに来てたみたいだぜ。」
「そんな・・・・だってアイツは九女御霊神社にいるはずだぞ!マイちゃんのお母さんに封印されて・・・・、」
そう言いかけて、ハっと口を噤んだ。
「・・・・・・・・。」
恐る恐る振り返る。
するとマイちゃんの顔が目の前にあった。
「あッ・・・・、」
「今なんて言ったの?」
「え、あ、いや・・・・・、」
「いま・・・・私のお母さんって言った?」
「・・・・・言ってない。」
「ウソ!言ったよ!」
マイちゃんはググっと顔を近づける。
《しまったあ・・・・・つい口を滑らせて・・・・。》
マイちゃんにはお母さんのことは言ってない。
あの手紙に言うつもりはないって書かれていたから、お母さんがこの世にいることは内緒なのだ。
「ねえ教えて。お母さんはまだ生きてるの?」
「い、いやあ・・・・それはその・・・・、」
「どこ?どこにいるの?」
怖いほどの目で睨んで、「ねえ?」と尋ねる。
「悠一、もう話すしかないんじゃない?」
モンブランが言う。
他の動物たちも頷いた。
「コマチだけ真実を知らないのは可哀想だぜ。」
「いや、でもなあ・・・・、」
「だけど言わないとコマチさんは納得しないわよ。そうなれば仕事も進まなくなるわ。」
「そうだけど・・・・、」
「もう誤魔化すのは無理だろ。お前のせいで。」
「そうそう、ほんとに間抜けなんだから。」
「コマチ、泣きそうだぜ?」
「・・・・・・・。」
なんてこった・・・・俺がアホなせいで・・・。
でも口走ってしまった以上、もう誤魔化せないのは確か。
俺は「分かったよ・・・・」と頷いた。
「マイちゃん・・・・実はね・・・・・、」
ゴクリと息を飲み、お母さんのことを話そうとした。
でもその時、俺の声を遮るように誰かが叫んだ。
「たまきさん!いますか!?」
神社の表の方から、大きな声が聞こえる。
「アイツが・・・・アイツが逃げちゃったんです!今朝社を見たら、どこにもいなくなっていて・・・・。」
それを聞いた俺は、「まさか・・・・」と唸った。
「アイツ・・・・また自力で抜け出したのか?」
抉れた地面を睨み、「ならこれは・・・・戦いの痕か?」と呟いた。
「アイツ・・・・社を抜け出してここへ来たんだ・・・・。そしてたまきと戦いになったに違いない!」
アイツはもう一人のたまきと一つになりたがっている。
そして神獣の力を手に入れて、彼への愛を全うしようとしている。
ならばきっと、ここで激しい戦いがあったに違いない。
「こうしちゃいられない!早くたまきを捜さないと!」
もしたまきが乗っ取られてしまったら、それこそ大変なことになる。
アイツは神獣の力を手に入れて、より手の付けられない怪物に・・・・。
「行こうみんな!たまきを捜しに!」
俺は慌てて駆け出す。マサカリたちもそれに続いた。
でもマイちゃんだけはその場に立ち尽くす。
カっと目を見開いて、ギュッと拳を握って。
その目からはスっと涙がこぼれていた。
「マイちゃん・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
どうして彼女が泣いているのか、俺には分かる。
なぜならさっき叫んでいた声、あれは間違いなくあの神主だからだ。
遠い昔に別れた母の声、死んだと思っていたのに、すぐそこまで来ている。
マイちゃんは立ち尽くし、ゴクリと息を飲んだ。
「・・・・・こうなったらもう隠せない。行こう。」
そう言って手を差し出す。
しばらく迷っていたけど、やがて俺の手を掴んだ。
俺はマイちゃんの手を引きながら、神社の表に回る。
そこにはあの神主がいた。
相変わらず死んでいるのか生きているのか分からないようか表情だけど、かなり焦っているみたいだった。
「ワラビさん!」
「ああ、悠一さん!大変です!もう一人のたまきさんが逃げてしまって・・・・、」
そう言いながら走って来て、ピタリと固まる。
「あ・・・・・、」
短く叫んで、目を見開く。
「・・・・・お母さん。」
「・・・・・・・・・。」
二人はじっと見つめ合う。
そして・・・・、
「お母さん!」
マイちゃんはダっと駆け出す。
ワラビさんに抱きついて、「うわあああああん!」と泣いた。
「死んだと思ってた!ずっと死んだと思ってた!」
わんわんと泣きながら、ギュッと抱きつく。
お尻から尻尾が生えてきて、嬉しそうに揺れた。
「うああああああ!お母さあああああん!」
「マイ・・・・・。」
ワラビさんもマイちゃんを抱きしめる。
うっすらと涙を浮かべながら「ごめんね・・・」と呟いた。
「会いに来れなくてごめん。」
「会いたかった!ずっと会いたかった!」
「私も会いたかった。でも・・・・それは出来なかった。だって私はもう死んでるから。」
そっとマイちゃんを離して、頭を撫でる。
「お母さんはもう死んでるの。だから・・・・生きている家族に会うことは出来なかった。」
「どうして!?こうして生きてるじゃない!」
「これは仮初の肉体。本当はとうの昔に死んでるのよ。」
「でもまだこの世にいるじゃない!だから・・・・もうどこにも行かないで!傍にいてよ!」
「それは出来ないの。死者は生きている者に関わるべきではないから。」
「でもッ・・・・・、」
「私が会い行けば、余計にマイやお父さんを辛くさせてしまうだけ。
本当なら・・・・二度と会うことはなかったはずなのに・・・・。」
そう言いながら俺を見る。
「マイが婚約したって聞いて、いてもたってもいられなくなった。
いったい相手はどんな殿方なんだろうって・・・・それをこの目で確かめたかったの。」
ワラビさんは小さく笑う。
マイちゃんの頭を撫でながら、「良い殿方だわ」と頷いた。
「優しくて、動物想いで、ちょっと気の弱い所はあるけど、でも芯は強い。
この方なら、マイを預けても大丈夫だわ。」
「ワラビさん・・・・。」
そんな風に言われて、嬉しくないわけがない。
マサカリたちはニヤニヤしながら俺を見上げていた。
「お母さん・・・・私は悠一君と結婚する。だから・・・・傍にいて。
私がお嫁さんになるところを、その目で見てほしい。」
「・・・・そうね。こうして会ってしまった以上、もう隠れることは出来ない。
マイが大事な人と結ばれる瞬間・・・・私も見てみたいわ。」
「お母さん!」
マイちゃんはまた抱きつく。
ワラビさんは幼い子供をあやすように、よしよしと頭を撫でた。
「マイ、嬉しいのは分かるけど、今は大事なことがあるでしょ?」
「・・・・うん。」
涙を拭い「たまきさんのことだよね?」と尋ねる。
「今日の明け方、いつものように社に祈りを捧げようとしたの。
でもまったくもう一人のたまきさんの気配を感じなかった。
もしやと思って、社の中を覗いてみたわ。そうしたら・・・・消えていた。
しっかりと封印しておいたはずなのに、どこにもいなかった。」
眉間に皺が寄って、不安そうにする。
「昨日の夜まではいたのよ。だからきっと逃げ出したんだと思って、辺りを探したわ。
でも全然見つからない・・・・。
カラスや野良猫にも手伝ってもらったけど、もう近くにはいないみたいだった。
だったら考えられることは一つしかない・・・・。」
「たまきの所へ向かったわけですね?」
俺はワラビさんに近づき、「どうやらここへ来ていたみたいです」と言った。
「やっぱり!」
「神社の前にこれが落ちていました。」
「煙管・・・・?」
「ええ。金印の光を受けて熱くなったので、邪悪な力が宿っていたんだと思います。
となると、これはもう一人のたまきが落としていった物でしょう。」
「・・・・・・・・・。」
「それに神社の裏が荒らされていました。ここでたまきと戦ったんだと思います。」
「そんな!ならたまきさんは・・・・本物のたまきさんは無事なんですか?」
「いえ、二人はここにいません。」
「なら・・・・いったいどこへ・・・・、」
「分かりません。今から捜しに行くところだったんです。」
ワラビさんの顔から血の気が引く。
元々死人みたいな顔だけど、さらに幽霊みたいになった。
「お母さん!」
「ああ・・・・そんな・・・・。私のせいで・・・・こんな大変なことに・・・。」
引きつった顔をしながら、「もっとちゃんと封印していれば!」と叫んだ。
「私が不甲斐ないせいで、もう一人のたまきさんを逃がしてしまった・・・・。
これでもし最悪な結末になったら、私はどう罪を償えばいいのか・・・・。」
「お、お母さん!大丈夫?」
ワラビさんはどんどん薄くなっていく。
陽炎のように揺らいで、今にも消えそうだった。
「しっかりして!」
「ごめんねマイ・・・・。これは霊力で作った仮の肉体だから・・・・気持ちが揺らぐと保てないの。」
「大丈夫だよ!私と悠一君で、あの二人を見つけ出すから!そして・・・・必ず依頼を果たす!」
そう言って「そうでしょ?」と俺を振り返った。
「困ってる動物を助けるのが動物探偵だもん。たまきさんだって動物だから、私たちが助けないと。」
「ああ、その通りだ。」
ワラビさんはもはや幽霊同然で、地面に足がついていない。
それだけ不安になっているんだろう。
「ワラビさん、ここは俺とマイちゃんに任せて下さい。」
「悠一さん・・・・・。」
「マイちゃんの言う通り、俺たちは困ってる動物を助けるのが仕事なんです。
それが普通の動物であれ、化け猫であれ。」
そう言ってマイちゃんを振り向くと、ニコっと頷いた。
「お母さん、私たちは今までにたくさんの依頼を解決してきたんだ。
だから今回だって必ず解決してみせる!」
「マイ・・・・・。」
「お母さんは心配しないで待ってて。必ずたまきさんを助けて帰るから。」
さっきまで泣いていたのに、今度はワラビさんを励ましている。
「マイ・・・・もう立派な大人になったのね。」
その顔は嬉しそうでもあり、ちょっと寂しそうでもあった。
「出来るなら・・・マイが大人になっていく姿を見たかった。」
手を握り、「お願い」と頷く。
「もう一人のたまきさんを見つけ出して。」
「うん!必ず!」
俺も動物たちを振り向き、「行くぞ!」と叫んだ。
「行くぞ!って言ったって、どこを捜すんだ?」
「そうよ。ここにもいない。九女御霊神社にもいない。他に心当たりはあるの?」
「え?いや・・・・それはあ・・・・・、」
「んだよ、勢いだけかよ。」
「場の空気に乗せられて、カッコつけてみたかったんだろ。」
「はあ・・・・こんなんで本当に捜せるのかしら?」
「・・・・・まあ・・・お前らの言うことはもっともだ。」
せっかく気合を入れようとしたのに、逆に萎れてしまう。
《コイツらの言う通り、たまきの居場所なんて分からない。
こうなったらもう・・・ウズメさんの手を借りるしか・・・・、》
そう思いかけた時、ワラビさんが「私も手伝います」と言った。
「え?いやいや、それは無理ですよ。今にも消えそうになってるのに。」
「でもこうなってしまったのは私の責任です。だから力にならせて下さい。」
そう言って、空に向かってパンパンと手を叩いた。
目を閉じ、お参りするみたいに一礼する。
するとたくさんの動物たちが集まってきた。
空からは鳥が、山の中からは鹿や猪が。
そして階段の向こうからは、たくさんの野良猫たちが。
「な、なんだこりゃあ・・・・。」
「私が呼んだのです。」
「ワラビさんが?」
「この動物たちにも手伝ってもらいましょう。」
ワラビさんは手を広げ、「化け猫を捜してちょうだい!」と叫んだ。
「一人は猫神、もう一人は禍神。二人の化け猫がどこかにいるはず。
もし見つけたら、すぐに私に知らせて。」
動物たちは頷き、一斉に散っていく。
空に、山に、そして街に。
「悠一さん。もし何か分かったら、鳥を飛ばせて知らせます。」
「ワラビさん・・・・大丈夫なんですか?顔色が悪いですけど・・・・。」
「平気です。娘とその婚約者が頑張っているのに、私だけじっとしていられませんから。」
ニコリと頷き、「行って下さい」と言う。
「あの二人を助けられるのは、悠一さんとマイだけです。」
「・・・・それはそうなんですが、でもどこを捜せばいいのか・・・・、」
当てもないのに、捜しようがない。
するとワラビさんは「これがあるじゃないですか」と金印を指さした。
「これはもう一人のたまきさんが大事にしていた物。そして彼女の愛する殿方の形見です。
これを使えば、彼女の元へ導いてくれるかもしれません。」
「この金印が・・・・?」
「マイ、ちょっとそれを貸して。」
ワラビさんは金印を持ち、強く握りしめる。
すると一瞬だけ眩く光った。
「今、この金印に力を込めました。」
そう言ってマイちゃんの手に返す。
「マイ、その金印を握りしめて、たまきさんを思い浮かべてみなさい。」
「うん。」
マイちゃんはじっと目を閉じる。
すると金印が光って、「熱い!」と目を押さえた。
「目が焼けちゃう!」
瞼を押さえながら、ゆっくりと目を開ける。
すると瞳が金色に染まっていた。
「マイちゃん、目が・・・・・、」
「え?目がどうかしてる・・・・?」
「金色だ。まるで力を解放した時みたいに・・・・。」
「ウソ!」
アイちゃんはパチパチ瞬きする。
ワラビさんはクスっと笑って「心配いらないわ」と言った。
「マイの中に眠ってる力が、瞳に集中しているの。
その状態でたまきさんを思い浮かべてみなさい。
きっと何か分かるはずだから。」
「う、うん・・・・。」
マイちゃんは眉間に皺を寄せて、ギュッと目を細める。
すると・・・・・、
「あああ!」
「どうした!?」
「見える・・・・・紫色の光が・・・・。」
「紫の光?」
「これ、きっとたまきさんの光だ・・・・。遠くに向かって伸びてる。」
そう言って俺たちの街がある方を指した。
「きっと向こうへ行ったんだよ。」
「なるほど・・・アイツの通った跡が見えるってわけか。」
「でも・・・・目が熱い!もう限界・・・・。」
金印から手を離し、ギュギュっと瞼を押さえる。
「これ・・・何度も使えない。目が見えなくなっちゃう・・・・。」
「無理しなくていいよ。とにかく光が伸びてる方に向かおう。」
俺はワラビさんを振り向き、「行ってきます」と言った。
「必ず連れ戻して来ますから。」
「たまきさんのこと、そして・・・・マイのことをよろしくお願いします。」
「任せて下さい。」
俺は鳥居に向かって駆け出す。
マイちゃんは「お母さん・・・」と見つめた。
「ここで待っててね。後で絶対に戻ってくるから。それで・・・・私がお嫁さんになる姿を見て。」
ワラビさんはニコリと頷き、「行ってきなさい」と俺に手を向けた。
「じゃあね、お母さん。また後で。」
俺たちは階段を駆け下り、車に乗り込む。
「光は俺たちの街へ伸びてたんだよね?」
「うん。でもそこから先は分からない。街まで戻ったら、またこれを使って捜すよ。」
「金印か・・・・。でも目は大丈夫?あんまり無理したらまた酷いことに・・・、」
「あと一回くらいなら平気だよ。」
「分かった。でも無理はしないでね。」
車を走らせ、街に向かう。
なんだか予想もしない急展開で、ちょっと混乱してきた。
それは他のみんなも一緒で、硬い表情をしている。
《たまき・・・・すぐ行くからな!今度は俺がお前を助ける番だ!》
陽が高くなり、車も多くなる。
信号待ちにイライラして、「クソ!」とクラクションを叩いた。

勇気のボタン〜タヌキの恩返し〜 第五十八話 猫神の告白(2)

  • 2017.06.22 Thursday
  • 12:09

JUGEMテーマ:自作小説

「やる!絶対にやる!」
マイちゃんは拳を握って叫ぶ。
「そんなの私たちにしか出来ないもん!頑張ろう悠一君!」
「あ、ああ・・・・。」
さっきまで気絶していたとは思えないほど元気だ・・・・。
家に帰ってから、マイちゃんはしばらく横になっていた。
金印の力で潜在能力を引き出し、挙句には自分のパワーに耐えかねて死にかけた。
なのに凄まじい元気だ。
最初は暗い顔をしていたけど、たまきから聞いた話を伝えると、目の色を変えた。
「たまきさんは、悠一君のことを信頼してるんだよ!」
そう言って俺の手を握る。
「痛ッ!」
「神獣が人間に頭を下げるなんてあり得ないことだもん。
でも悠一君なら信頼できるから、頭を下げてまでお願いしたんだよ!」
「ちょ、手が、指が・・・・・・、」
「たまきさんにとっては、悠一君は誰よりも信頼できる人なんだよ。
だから昔のことや、胸の内を聞かせてくれたんだと思う。」
「わ、分かったから!手え離して!!」
「だったら絶対にこの依頼は成功させなきゃ!
そうすれば、もう一人のたまきさんだって救われるはずだから。
これ以上辛い気持ちを抱えずにすむもん!」
「ぎゃあああああ!手が!指があああああああ!!」
「もう一人のたまきさんは可哀想だと思う・・・・・・。
だって本当は悪者じゃないのに、悪者みたいに扱われて・・・・。」
「マイちゃあああああん!手!手がああああああああ!!」
「この金印だってもう一人のたまきさんがくれた物・・・・・。
これがなかったら、私は人間の世界にいらなくなるところだった。」
「NOおおおおおおおお!」
ベキっと音が鳴って、ブチっと何かが切れる感触がした。
指があらぬ方向に曲がって、「ひいいいいいい!」と叫ぶ。
「私はもう一人のたまきさんに恩返しがしたい。
だから・・・・・戦う!この金印で力を解放して、シバき倒す!
それがもう一人のたまきさんへの恩返しになるはずだから。」
手を離し、大事そうに金印を握りしめる。
「ねえ悠一君!頑張ろうね!!」
「・・・・・・・・。」
「どうしたの?」
「手・・・・手が・・・・・・、」
小指が変な方向に曲がっている。
マイちゃんは「あああああ!」と叫んだ。
「ごめんなさい!すぐ治してあげるからね!」
「え!ちょ・・・・、」
「うん、折れてはないみたい。関節が外れてるだけだから平気平気。」
そう言ってグッと小指を掴む。
「ちょっと痛いけど我慢してね。」
「いやいやいや!そんな力任せに・・・・・、」
「えい!」
「おうはッ!」
電気が走ったみたいに、ビキっと激痛が襲う。
「うん、これで大丈夫!」
「・・・・・・・・・。」
「治ったでしょ?」
「・・・・これ、逆じゃない?」
「え?」
「だって爪が手の平の方に向いてるぞ・・・・・。」
「・・・・・あああ!ごめんなさい!すぐ治すから!」
「いいって!明日病院行くから!!」
「平気平気、私を信じて。」
「信じてこうなっちゃったんだろ!」
「次は大丈夫だから。・・・・・えい!」
「ひぎゃあッ!」
小指が抜けて、グルんと回る。
・・・・・どうにか元に戻ったけど、気を失いそうなほど痛かった・・・・・。
「ま、マイちゃん・・・・・。」
「なに?」
「そろそろ力加減を覚えてくれ・・・・じゃないと身がもたない・・・・。」
「うん!頑張って覚えるよ!だって悠一君のお嫁さんになるんだもん!」
元気いっぱいに頷くけど、それが逆に怖い・・・・・。
力加減を覚えてくれるまで、あと何回脱臼するんだろう・・・・。
痛む小指をふーふーしていると、目の前に動物たちがやって来た。
みんな一列に並んで、ビシっと背筋を伸ばす。
「な、なんだ・・・?」
「悠一よお・・・・。」
マサカリが渋い顔で喋り出す。
「今回の依頼、俺たちはみんなついて行くぜ。」
「いや、みんなで来られても困るんだけど・・・・、」
「いいや、絶対について行く。なんたって今まで一番の大仕事になるだろうからな。お前とコマチだけじゃ不安だ。」
「お前らが全員ついて来る方が不安なんだけど・・・・。」
「でもそれだけが理由じゃねえ。」
「はい・・・?」
「カモン、お前の口から言ってやれ。」
マサカリはカモンに目を向ける。
すると一歩前に出て、星を見るように遠い目をした。
「悠一、俺はもうすぐお別れだ。」
「それ去年から言ってるじゃないか。」
「そうだな・・・・。なんだかんだで、けっこう長生きしちまった。」
「じゃあこれからも長生きしてくれよ。まだまだ元気そうだし。」
そう言うと、カモンは小さく首を振った。
「実はな・・・・、」
「うん。」
「お前が帰ってくるちょっと前に、お迎えが来たんだ。」
「またかよ!」
「天使と仏さんがやって来て、どっちがお迎えをするかでジャンケンしてた。」
「お前もか!?」
「んで天使が勝って、俺を天国に連れて行こうとしたんだ。
でもよお・・・・俺はまだ死ぬわけにはいかねえ。
だって今回の依頼者はたまきからだからな。アイツがお前を頼るなんてよっぽどだ。
だからこの依頼が解決するまでは、まだ向こうに逝くわけにはいかねえ。
俺はどうにか天使を説得して、時間をもらったんだ。」
カモンは小さい腕を組んで、さらに遠い目をした。
「天使が言うには、俺は去年の春には死んでたらしい。」
「そ、そうなの・・・・?」
「でもお前のことが心配で、その気持ちがあまりに強すぎて、だからお迎えに来るのを遠慮してたんだと。
だけどこれ以上はもう限界で、命のロウソクはとうに尽きてるって言われた。」
「尽きてるって・・・・まだ生きてるじゃないか。」
「溶けたロウだけで燃えてる状態らしい。でもそんなのいつ消えてもおかしくない。
だから・・・・もうじきお別れだ。天使からもらったほんのちょっとの時間が過ぎれば、俺は向こうへ旅立つ。」
ビシっと渋い顔になって、俺を見つめる。
「悠一よ、これは俺の最後の仕事だ。
たまきからの依頼を見事に解決すれば、もうお前は一人前だ。
それを見届けたら、俺は死ぬ。」
「カモン・・・・・。」
手の平にカモンを乗せて、「そんなこと言うなよ・・・・」と頭をつついた。
「なんだかんだで今まで生きてたじゃないか。だったらこれからも・・・・・、」
「もう無理なんだよ。」
「でも孫の顔が見たいんだろ?なら旅立つのはそれからでもいいじゃないか。」
「俺だってそうしたいさ。でも時間がないんだ。今の俺は、人生のロスタイムを生きてるようなもんなんだ。
本当ならとうに終わってるんだよ。」
カモンは厳しい顔で言う。
コイツがこんなに真剣な顔をするのは初めてかもしれない。
するとモンブランが「カモンの気持ちを汲んであげて」と言った。
「わざと面白おかしく言ってるけど、でもホントにヤバかったの。
倒れたまま動かなくなって、息もしてなかった。」
「マジかよ・・・・・。」
「あの時みんな思ったもん。ああ、これでお別れなんだって。
でも急に息を吹き返して、『ありがとよ、天使さん』って渋い顔で言ったの。
最初は頭がおかしくなったのかと思ったけど、そうじゃなかった。
カモンが『窓の外見てみろ』って言うから、カーテンを開けてみたの。
そしたら・・・・・、」
「そしたら?」
「雲に乗った仏様が、『チッ』って舌打ちしてた。」
「まかたかよ!」
「天使もムスっとした顔でラッパを投げてた。」
「最低にもほどがあるだろ!」
「空に帰った後も、チラチラこっち見てたし。」
「あいつら執念深すぎだろ!」
とてもお迎えに来る者がする事とは思えない・・・・。
今度来たら文句の一つでも言ってやらないと。
「そういうことがあって、カモンは決心したの。悠一が今回の依頼を果たすまでは、絶対に死なないって。
だからお願い!今回はみんなでやりましょ!
だって・・・・カモンがいなくなったら、みんな揃って何かをするなんて出来なくなっちゃうから・・・・。」
モンブランはグスっと泣く。
マサカリも「えぐふッ!」と泣いて、マリナも涙目になっている。
みんな悲しそうに泣いて、チュウベエも「ウッウッウ・・・・・」と俯いていた。
カモンは「みんな・・・・」と見つめる。
「ありがとな、俺の為に泣いてくれて。」
「バッキャロウ!そんなんじゃねえや!これはちょっと目にゴミが入っただけで・・・・・ぐふう!」
「デブは相変わらず素直じゃねえな。」
「うっせえ!お前・・・・お前この野郎!天国に行ったって、たまには会いに来いよバカ野郎!
幽霊でもなんでもいいから、会いに来い!」
「気が向いたらな。」
カモンはニコっと肩を竦める。
「私イヤよ!カモンがいなくなっちゃうなんて!
そりゃしょっちゅう喧嘩してたし、アホだのバカだのネズミだのってボロクソ言い合うけど、でもやっぱり寂しい!」
「モンブラン・・・・お前はもうちょっとお淑やかになれよ。
そうすりゃすぐに良いオスが見つかる。だって美人なんだから。」
「カモン・・・・・。そういうのはもっと早く言ってよ!こんな時に言われたら・・・・余計悲しくなるじゃない!」
モンブランはギュッと抱きつく。
カモンは「よしよし」と撫でていた。
「それとマリナ。俺たちは留守番が多かったから、よく窓際でお喋りしたよな。
俺の毒舌をいっつも笑顔で聞いてくれてさ・・・・感謝してる。」
「ふうう・・・・・やめてよ・・・・。あんたがお礼を言うなんて・・・・そんなの・・・そんなのあんたらしくないわ!」
「最近俺の毒舌がうつっちゃったみたいだけど、よかったらぜひ二代目を襲名してくれ。」
「馬鹿・・・・・私は癒し系なのよ・・・・。でも・・・・たまにはあんたの真似して思い出してあげるわ。」
マリナは寂しそうに目を伏せる。
そして・・・・・・、
「ウッウッウ・・・・・。」
「チュウベエ・・・・お前とは良いコンビだったよな。
お前がボケれば俺がツッコミ、俺がボケればお前がツッコム。
もし人間なら、きっと売れっ子に漫才師になってただろうぜ。」
「ウッウッウ・・・・・。」
「もうお前と馬鹿をやれなくなるのは寂しいけど、たまには俺のこと思い出してくれよな。
お前がボケたら、天国からツッコんでやるからよ。」
カモンは寂しそうに笑う。
チュウベエは顔を上げ「ウッウッウ・・・・・」と唸った。
「美味い!このミミズ!!」
「は?」
「さっき猫神神社で捕まえたんだ。土の中ほじったら出て来た。」
「・・・・・・・・・。」
「こっそりコマチのポケットに入れて持って帰ってきたんだ。いやあ、あそこのミミズも捨てたもんじゃないな。」
「・・・・・・・・・。」
動物たちはみんな白い目で見る。
チュウベエは「なんだ?」と、くちゃくちゃミミズを頬張った。
「なんでそんな暗い顔してんだ?誰かの葬式でもあったのか?」
「バッキャロウ!お前はどこまでバカなんだ!」
「え?」
「カモンは死にかけたのよ!なのになんでミミズなんか食べてるのよ!」
「そうなの?」
「あんたらが出かけてる時、お迎えが来たのよ。でもちょっとだけ時間をもらって、こうして生きるの。
それなのに・・・・・なんてアホなの!」
みんな一斉に責め立てる。
カモンは「OKOK」と首を振った。
「こいつが泣くなんておかしいと思ったんだ。あんなセリフを吐いた自分が恥ずかしいぜ。」
みんなから責められて、チュウベエは首を傾げる。
「んなこと言ったって、俺がいない間の出来事だったんだろ?」
「さっきちゃんと説明してただろうが!」
「そうよ!このアホインコ!」
「みんな、仕方ないわよ。だってチュウベエは鳥だから。一分前のことすら覚えてないんだもの。」
「だよなあ。コイツにとっちゃ、俺のお迎えよりミミズが大事なんだ。悲しい気持ちになって損したぜ。」
「おいおい、なんで俺が悪者なんだ?・・・・あ、そうか!ミミズを独り占めしてたから怒ってんだな。」
ニコッと笑って、「ほらよ」と齧りかけのミミズを差し出す。
「食え、ハムスター。」
「・・・・・・・・・。」
「どうした?美味いぞ?」
「・・・・・・・・・。」
「もうじき死ぬってんなら、その前に美味いモン食っとけ。天国に行ったからって、ご馳走があるとは限らないぞ。」
「・・・・・やっぱお前はバカだな。」
カモンはミミズを掴み、ちょっとだけ齧る。
「・・・・・美味いな。」
「だろ!」
バシバシ背中を叩くチュウベエ。
もぐもぐミミズを食べるカモン。
やっぱりこいつらは良いコンビだ。
俺はミミズを頬張るカモンを手に乗せる。
「本当に・・・・これが終わったらお別れしちまうのか?」
「まあな。」
「そうか・・・・・。」
「んな悲しい顔すんなよ。」
「・・・・・・・・。」
「俺は感謝してんだぜ。悪質なペットショップから助けてくれてよ。
もしあのままあそこにいたら、俺はとうに死んでた。
でもお前がやって来て、俺を助けてくれたんだ。」
「前から気になってたペットショップだったんだ。
動物の声が外に漏れててさ。助けてくれって・・・・。
ある日中を覗いてみたら、酷い有様だった。
とにかく汚れまくってるわ、餌もちゃんとやってないわで。」
「お前は店主に食ってかかったよな。『売り物とはいえ、命を預かってるんだからちゃんとしろ!』って。
でもあそこの店主はほんとにクソだったからな・・・・。
逆ギレして、お前の方がボコボコに殴られたっけ。」
「ちょっと怖い感じの人だったよな・・・・。でもあの時は俺もカッとなっちゃってさ。」
「通りかかった人が警察を呼んで、店主は連れて行かれたっけ。
その後は店をほったらかして、どこかへ消えちまいやがった。」
「無責任にもほどがあるよ。もしまた会うことがあったら、一発くらい殴ってやりたい。」
「お前は残された動物を引き取って、全部里親を見つけてくれた。
でも俺だけが余って、しょうがないからってお前が引き取ってくれたんだ。」
ミミズを食べ終え、「ああ、美味かったあ」と腹を撫でる。
「あの時お前が助けてくれなきゃ、こんな美味い物を食うことだってなかった。ありがとな、悠一。」
「・・・・・・・・・。」
「良い四年間だった。お前と、それにコイツらと一緒に過ごせて、本当に楽しかった。
この思い出は死んでも忘れないぜ。」
「・・・・・・・・・・。」
「泣くなよバカ。」
視界が滲んで、カモンの姿が歪む。
「カモン・・・・最後の仕事、一緒にやろうな。」
「おうよ!あんな化け猫なんざ、チョチョっとやっつけてやろうぜ!」
短い指を立てて、ニコっと笑う。
「コマチ。」
マイちゃんの方を向いて、「こいつを頼んだぞ」と言った。
「お前も知っての通り、コイツは一人じゃ何も出来ない奴だ。
でもガッツはあるし、悪い男じゃない。それに誰よりも動物想いだしな。」
「カモン・・・・。」
マイちゃんは「任せて!」と頷く。
「もう悠一君の傍を離れない。力を合わせて動物探偵をやっていくから。」
「頼んだぜ。」
この日、カモンのお別れ会を開いた。
まだ生きてるのにお別れ会をやるのはどうかと思ったが、カモンたっての希望だ。
「生前葬ってやつだ。今日は俺を敬い、褒めちぎり、そして崇めろ!いいなポンコツども!」
みんな始めは敬い、褒めちぎり、崇めていたけど、あまりに調子に乗りすぎるので、最後にはシバかれていた。
「おいコラ!今日は俺の為の日だぞ!もっと大事に扱え!」
「うっせえこのバカ!フォークで浣腸かましやがって!」
「そうよ!ちょっとチヤホヤするとすぐこれなんだから。」
「まあまあ、こいつなりの照れ隠しなんだよ。生前葬が終わったら即効で埋めてやろうぜ。」
「いいわねそれ。後からゾンビになって出てきたりして。」
騒ぐ動物たちを見つめながら、寂しい気持ちになる。
いつもの光景、有川家の日常、これがもうすぐ見られなくなる。
そう思うと、みんなと一緒に騒ぐ気にはなれなかった。
《いつかはみんな離れていく。それは分かってるけど・・・・。》
俯きながら、チビリとお茶を飲む。
するとマイちゃんが「みんな楽しそうだね」と言った。
「ああ・・・・コイツらなりの照れ隠しなんだろうけど・・・・。」
「でも寂しくお別れするよりいいじゃない。
事故とか病気で死ぬなから悲しいけど、カモンは寿命を全うして天国に行くんだもん。」
「それは分かってるさ。でも・・・・やっぱり寂しいんだよ。
もうこのメンバーで馬鹿ができなくなるかと思うと。」
動物たちはいつもと変わらず陽気だ。
でもそれが寂しさを掻きてて、その和に加わることが出来なかった。
《カモン・・・・お前の気持ち、無駄にはしない。
たまきからの依頼は必ず解決してみせる。》
コイツが長生きしたのは、俺を心配してのこと。
ならば立派な姿を見せることでしか、安心させてやれない。
今度の仕事は、色んな意味で命懸けになるだろうと思った。

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