風のない夜 最終話 風よ吹け(2)

  • 2017.09.13 Wednesday
  • 10:02

JUGEMテーマ:自作小説

夏が過ぎ、夕暮れに秋の風情が漂う頃、初めて東京という街へやって来た。
頭の中ではとんでもない大都市をイメージしていたが、あんがい大阪と大差ないのだなと、無駄な緊張がほぐれた。
「お父さん、何してんの?」
嫁が手招きをしている。
「早よ行くで。」
「おお。」
立ち並ぶビル、行きかう人。
どれもが新鮮に感じて、しばらく眺めていたい気分だった。
「お父さん方向音痴なんやから。はぐれたら迷うで。」
「珍しいてな。ずっと田舎の川原におったから。」
「あんな所に15年もおったら、なんでも珍しい見えるがな。」
クスっと笑いながら、「早よ早よ」と先を歩く。
今日、東京へ来たのは先生の墓参りの為だ。
慣れない街を歩きながら、会ったら何を話そうかと悩んでいた。
電車を乗り継ぎ、先生の眠る町までやって来る。
実家から少し離れた場所に菩提寺があるというが、土地勘がないので分からない。
「お父さん、こっちや。」
嫁がスマートフォンをいじっている。
どうやらあれで地図が見られるらしい。
「進んでんねんな、最近は。」
「そやで、お父さんの知らん間にな。」
「便利になったもんやなあ。」
嫁はスマホと道を交互を睨み、「こっちやな」と交差点を曲がっていく。
道は長く伸びている。
遠くには山がそびえ、田んぼの向こうに送電線鉄塔が建っていた。
その鉄塔から少し離れた所に、民家が密集している。
細い路地を歩き、民家の間を抜けていった。
すると大きな松の木に囲まれた、古い寺が現れた。
「ここやな。」
嫁はスマホを閉じて、門を潜っていく。
俺も後に続き、狭い境内を見渡した。
かつて鹿威しであっただろう、ボロボロになった竹と、雑草にまみれた岩。
その隣には小さな慰霊碑があって、さらにその隣には稲荷神社があった。
門から続く参道の正面には寺が建っていて、かぜかここだけ真新しい。
火事か何かで建て替えたのだろうか?
「お父さん、ボケっとせんと。」
「おお。」
お寺の横には民家がある。
チャイムを押すと、トタトタを足音が近づいてきた。
ガラリと引き戸が開き、袈裟を着た坊さんが現れる。
頭はフサフサの黒髪で、顔立ちから見るにまだ若い。
「すいません、お電話で言うてた登和です。」
そう名乗ると、住職らしき男は「ああ、はい」と会釈した。
「窺っております。遠い所をわざわざ。」
「いえ、こちらこそ無理言いまして。」
「無理だなんて。お参りしてくれる人がいるというのは、仏様にとって一番嬉しいことですから。」
そう言って表に出てきて、寺の後ろ側へ歩いていった。
「どうぞ。」
柔和な顔で手を向ける。
嫁と二人で後ろを歩きながら、「なんで死んだ人間の気持ちなんか分かるんやろな?」と呟いた。
「ん?」
「仏さんって死んだ人間のことやろ?ほならなんで仏さんが嬉しいなんて分かるんやろな?」
「そういうこと言うたらあかんの。葬式に来た子供やないんやから。」
「そやけど不思議やなあ思て・・・・。」
赤の他人だった死人の気持ちを代弁するなんて、死んだ者に無礼なのではないかと思うが、これ以上は口に出すまい。
今日は坊主に議論を吹っ掛けに来たのではないのだから。
寺の裏側には生垣があって、右端に小さな門がある。
その先には学校の教室三つ分ほどの広さの墓地があった。
どの墓石にも苗字が掘られている。
後ろには卒塔婆が幾つも立っていて、どこかから線香の香りが漂っていた。
「こちらが太刀川家の墓地になります。」
坊さんが手を向けた先には、先生の苗字が掘られた墓石があった。
真新しい卒塔婆が立っているので、ちゃんと戒名も付いているようだ。
「お電話でもお話しましたが、遠縁の方がお葬式を出して下さいました。ただほとんど面識のない方なので、お参りには来られていませんが。」
「いや、葬式出してくれただけでもありがたいもんです。」
「ご本人は葬儀も墓も望んでおられなかったようですが、何もしないというのは、かえって周りに迷惑になるんじゃないかと思われていたようで。
もし自分が亡くなることがあったら、遠縁の者に連絡するようにと言われていたんですよ。費用は全て自分が持つからと。」
「ほなお坊さんがその親戚の方に連絡を?」
「ええ。」
「そうでしたか。えらいすんまへん。」
深く頭を下げると、「それも坊主の仕事ですから」と笑った。
「仏様になられた後では、現世の方と語り合うことは出来ません。気になることがある場合、生前に伝えに来られる方もいらっしゃるんです。」
「ほう・・・ほな先生も死後のことは心配してはったんでんな。」
「ここへ来られた時、ほとんど覇気がありませんでした。まさかこのような形でここへ入られるとは・・・・、」
そう言ってから、余計なことを呟いたと思ったのか、あからさまな咳払いで誤魔化していた。
「私は寺の方におりますので、何かあればお声かけ下さい。」
去りゆく坊さんに、嫁が頭を下げる。
そして俺を振り向き、「お花活けてあげよ」と、手にした袋を掲げた。
色とりどりの仏花を、墓前に添えていく。
線香を立て、数珠を握り、そっと手を合わせた。
《先生、こんな形で再会するなんて思いませんでした。こうなると知っとったら、殴ってでも引き止めたのに。》
あの日川原で一杯やったことを思い出す。
先生から会いに来てくれるなんて、ほとんどない事だった。
今思い返せば、いつもより辛そうな顔をしていた。
独り身が寂しいと言っていたが、その寂しさは、命の火を消すほどだったのだなと、悔しい思いに駆られる。
《散々お世話になって、最後は遺産まで頂いて・・・・。この金がなかったら、嫁も隣にはおらんかったと思います。
ほんまにもう・・・先生にはどうお礼を言うてええんか。》
隣で手を合わせる嫁は、今俺と一緒に住んでいる。
籍は入れていない。
苗字だって別々だし、寝る部屋も違う。
共に暮らしてはいるが、男と女の関係ではないのだ。
それはお互いに歳だからということもあるが、それ以上に男女の関係に戻ってはいけないという、ある種の危機感があったからだ。
俺はこの15年、先生という理解者がいた。
嫁には子供たちがいた。
しかし先生は天へ旅立ち、子供たちは社会へ旅立っていく。
俺も嫁も一人になるのが辛かった、だから手を繋ぐことにしたのだ。
しかし男女としてではない。
傍に誰かがいてくれる。
そんな安心感が欲しかったのだ。
嫁は再婚する予定だったが、相手の男が気変わりしてしまって、籍を入れることはなかった。
やっぱり結婚出来ないと言われた時、多少は落ち込んだが、それ以上にどこかホッとしたそうだ。
結婚ということは、男と女の関係になるということ。
いくら独り身が寂しいとはいえ、今さらそういう関係を築くことに、抵抗もあったらしい。
相手は60前だったそうだが、夜になればそういうことも求めてくるだろう。
それが億劫だと言っていた。
しかし結婚する以上、多少は受け入れなければなるまいと、その事については肚を括っていた。
最も危惧していたのは、いつか終わりが来るのではないかという危機感だった。
男女の愛ほど苛烈なものはないが、男女の愛ほど脆いものもない。
これから先、年老いていく中で、かつて俺と別れた時のような思いをするのは、もうごめんだと言っていた。
嫁が最も欲しかったのは、年老いていくまで、傍にいてくれるパートナーだ。
克也も晋也もそのことを見抜いていた。
母が求めているのは男ではなく、共にいて落ち着ける相棒だと。
だからこそ克也は俺に会いに来た。
そして晋也も。
《ほんまに母親思いな息子らですわ。嫁と育ててくれた親父に感謝せなあきません。
俺みたいなもんの為に、こうしてチャンスもくれたわけで・・・・・。
でもね先生、先のことって誰にも分かりませんわ。
先生が自殺するなんて思わへんかったし、また嫁と暮らすことになるとも思わへんかった。
そう考えるとね、この先に大きい不幸が待ってるんちゃうかと、不安になることもあるんです。
考えても仕方のないことやのに・・・・・。》
目を開けると、線香の煙が風にまかれていた。
それを目で追いかけていくと、ふと先生の姿が見えた。
幽霊か?それとも幻か?
どちらか分からないが、じっと俺のことを見ている。
しかしそれはほんの束の間。
ものの数秒で消えてしまった。
俺は立ち上がり、先生の姿が見えた空中に頭を下げた。
《先生は待っててくれたんですか?俺が夢を諦めるのを。
俺がもっと早うにまっとうな道に進んでいれば、先生はどうされてました?
もっと早くにこの世を去っていましたか?それとも誰かええ人見つけて、幸せになっていましたか?
先生は俺にとっての救いでした。先生がおらんかったら、俺が先にくたばってたでしょう。
先生はどうです?俺が救いになってましたか?それとも邪魔者でしたか?
いつでもええんで、また目の前に出て来て下さい。そん時、こいつで一杯やりましょう。》
頭を上げてから、足元に置いた紙袋に手を突っ込む。
店員に勧められて買った、なんとかいう高いワイン。
そして瓶に詰まった本物のキャビア。
墓前に添えて、もう一度手を合わせた。
「・・・・・・行くか。」
目を開けると、嫁が「もうええの?」と尋ねた。
「さっきな、そこに先生が出てきたんや。」
「うそ!どこ?」
「そこらへんの宙に浮かんでた。ほんでな、また飲もうって約束したんや。」
「先生、まだアンタのこと心配してはんねんで。またしょうもない夢掲げるんちゃうかって。」
「やっぱりお前もしょうもない夢やと思ってたか?」
「どうやっても叶いっこないやん。でもあの時のアンタは本気やったから、そんなん言えるわけない。先生かておんなじやったんちゃうか?」
「先生は早よう諦めろって言うてはったわ。そうは言いながらも、毎回ちゃんと向き合ってくれんねん。」
「私らの結婚式の時にお見えになってたけど、優しそうな方やったね。」
「そうや、優しい人やねん。その分だけ傷ついてる人やった。
いつでも自分の弱さを見せへん人やったけど、今思えば無理してはったんやなあ。」
墓前のワインとキャビアを見つめ、《今日はそいつでやって下さい》と語りかけた。
《また必ず来ます。今日はこれで。》
頭を下げ、墓地を出る。
坊さんに礼を言って、先生の眠る寺を後にした。
その日、本当なら東京に泊まるはずだったのだが、家へ帰ることにした。
嫁が「やっぱり家の布団じゃないと寝られそうにない」と言い出した為だ。
「昔は全然平気やったんやけどな、歳いってから家の布団やないと落ち着かんようになって。」
「ええってええって、俺もいつもの川原やないと寝る気せえへんかったからな。」
新幹線の窓に流れる景色を見つめながら、他愛ない話で笑う。
やがて陽が落ち、景色が街明かりの光線に変わる頃、肩に嫁の頭が乗っかってきた。
顔を覗くと、小さな寝息を立てている。
少し迷ったが、そっと手を重ねた。
再び景色に目を戻すと、流れていく光が走馬灯のように見えた。
今から俺は死ぬわけではない。
それなのに、流れる光の中に死別した者たちの顔が浮かんだ。
母に殺された父、俺に殺された母、そして自らを殺してしまった先生。
他にも船の中で亡くなっていたあの爺さんや、死の縁に立たされていた松本さんまで。
さらには自殺しようとしていた、子供の頃の自分まで浮かんできた。
どうしてこうも俺の傍には、「死」がまとわりつくのだろう。
もしかすると、俺自身が「死」を運ぶ死神なんじゃないかと、暗いことまで考え始める。
死別が怖いから始めた不死身の研究。
いつしか「死」そのものを恐れるようになり、それを克服するのが夢であると、目的がすり替わっていた。
しかしこうも景色の中に「死」にまつわる人物が流れていくと、やはり「死」そのものを恐れていたんじゃないかと、疑問が浮かび上がる。
今、隣で寝ている嫁も、いつかは死ぬ。
克也も晋也も、そしてこの俺も。
そう思い始めると、手が震えてきた。
腕、肩と伝播して、最後は痙攣に似た震えが全身を襲った。
嫁が目を開け、「どうしたん?」と尋ねる。
「震えてるで。寒いん?」
「寒い・・・怖あなって・・・・、」
「何が怖いん?」
「・・・・なんでもない。平気や。」
立ち上がり「タバコ吸ってくる」と言い残して、席を離れた。
車両を仕切るドアの窓には、怪訝そうに見つめる嫁の顔が映っていた。
その顔から目を逸らし、逃げるように喫煙ルームへ駆け込む。
一服つけ、ふうと煙を吐き出した。
窓に当たった煙は、幕を張るように四方へ拡散していく。
その向こうには走馬灯に似た光がある。
タバコのせいで煙った光の線は、空を駆ける死神の鎌のよう。
怖くなり、ポイとタバコを投げ捨てて、背中を向けた。
喫煙ルームを出ようと、取っ手に指をかける。
するとドアの窓に死者の顔が浮かび上がった。
・・・・みんなが口を揃えて言っている。
いつかお前もこっちへ来るんだよと。
嫁、克也、晋也の顔まで浮かんできて、足のコブが全身に広がった松本さんの姿も浮かんでくる。
振り返ると、外の窓には俺の顔が写っていた。
その周りに、死者や家族の顔が浮かんで、ボソボソと口を動かしている。
「・・・・・・・・。」
こちらを睨む大勢の目を睨み返しながら、そっと外へ逃げ出した。
『・・・・夢を諦めてはいけない。家族まで捨て、15年も追いかけてきたのだから・・・・。
人生の目的を捨てるなんて、血迷ったことをしてはいけない。再び夢を追いかけないと・・・・・。』
そう思った瞬間、窓に浮かぶ顔は消えていった。
最後まで残っていたのは先生の顔で、なぜか悲しそうな目をしていた。
俺が再びその道を歩くことを、良く思っていないのだろうか?
だったらどうして俺の前に現れたのか?
わざわざ俺を怯えさせるようなことをしなくてもいいのに。
席に戻ると、「大丈夫?」と嫁が心配そうにした。
俺は無言のまま外を睨んだ。
高速で駆ける新幹線は、次々に光の線を走らせる。
過ぎていくビル、民家、鉄塔。
様々な線が走る中、田んぼの傍に木々のシルエットが見えた。
枝も葉も揺れている様子はない。
今日は風がないのだろう。
「嵐でも来たらええのに。こんな夢連れ去ってくれれば・・・・。」
恐怖から生まれた歪んだ夢は、また俺を間違った道へ引き込もうとしている。
こんな物さえなければ、俺はもっとまっとうに生きていたはずだ。
また震えが戻ってくる。
目眩さえするほどの震えが・・・・。
あの川原へ戻る日は、そう遠くないような気がした。
「寒いんやったらこれ掛けとき。」
嫁のカーディガンが、俺の膝に掛けられる。
しかしこれは、俺が着ていたカーディガンではなかったか?
振り向くと、隣の席には誰もいなかった。
            風のない夜-終-

 

風のない夜 第十一話 風よ吹け(1)

  • 2017.09.12 Tuesday
  • 10:23

JUGEMテーマ:自作小説

釣竿は貧乏人の命を繋ぐ、大事な道具である。
金がなくとも、これさえあれば簡単に食料が手に入るからだ。
財布に残っていたなけなしの金。
そいつでスルメを買って、釣り針の先にくっ付けた。
目の前にはそこそこ大きな川がある。
俺は水面ギリギリの傍に立ち、岩の隙間を狙って餌を落とした。
するとものの数分で手応えがあった。
大きなアメリカザリガニが、スルメを離すまいとしがみついている。
釣り上げた獲物を掴み、青いバケツに放り込んだ。
さっきので五匹目。
この倍は釣りたい。
いつもならその辺の石をどかせばいるのに、今日に限って見つからなかった。
きっと俺が食い過ぎたせいだろう。
アメリカザリガニにとっては、俺は憎き敵に違いない。
どうにか目標の10匹を釣り上げ、ホッと一息つく。
タバコを吸いたいが、あいにく切らしている。
代わりに飴を舐めて気を紛らわせた。
バケツの中ではザリガニがうごめいている。
どうにか脱出しようと必死だ。
俺はこいつらを食う。
死ぬ者がいるから、俺が生きながらえる。
二日ほど綺麗な水に浸しておけば、泥が抜けて美味くなるだろう。
いつもの岩に腰掛け、お気に入りの本を開く。
人工生命をテーマにしたSF小説だ。
もう何百回読んだか分からない。
二十歳の頃に買って以来、小説はこれしか読んだことがない。
紙は茶ばんで、端もボロボロになっている。
雑に扱うと、ゴッソリと背表紙から抜けてしまうほどボロい。
三日前に接着剤でくっつけたばかりなので、丁寧にページを捲っていった。
「オトン。」
後ろから声が掛かる。
振り向くと晋也が立っていた。
「おう。」
本を置き、手を挙げる。
今日の晋也は釣竿を持っていなかった。
代わりに一枚の封筒を手に、俺の傍へやってくる。
その目は判決を下す判事のように険しかった。
「答え出た?」
「あれからよう考えた。」
「ほな聞かせて。先生の遺産を受け取るんか、それとも夢を追うんか。」
「どっちも捨てる。」
「は?」
「金もいらん。夢ももう必要ない。」
「なんやそれ?どういうこっちゃ?」
怪訝な顔をしながら、隣に腰を下ろす。
驚きとも呆れともつかないその目は、返事を催促していた。
「どっちもいらんってどういうことやねん。」
「そのままの意味や。別に金なんかいらん。」
「ほななんで夢まで捨てんねん?」
「必要ないからや。昨日な、じっくり考えて答えを出した。迷いはない。」
「・・・・先生の遺書は?読んだ?」
「いいや。」
「まだ読んでないんかいな?」
「捨てた。」
「は?」
「読む気になれんでな。晩飯のカスと一緒に燃やした。」
「燃やすって・・・なんでそんなことすんねん?大事な人からの手紙やぞ?」
「内容はお前から聞いたし、別に読む必要はない。」
「せやかて先生が自分の手で書いたもんや。読むのが筋ちゃうんか?」
「そやな。でもええねん。そんなもん読んでもたら、気が変わってまうかもしれへんから。」
「何の気が変わるねん?」
晋也の目がさらに険しくなる。
怒っているのか?
それとも訝っているのか?
「なんで読まんと捨てたんや?」
「昨日の夜な、じっくり考えてん。俺の今までの人生を。ほなようやく気づいたわ。
俺が欲しがってたのは、不死身の身体やないって。」
「じゃあ何を欲しがってたんや?」
「傍におってくれる人や。」
そう答えると、晋也は今まで一番怪訝な顔をした。
「何を言うてんねん。それやったらなんで家族を捨てたんや?さっさと夢を諦めて、オカンと一緒におったらよかったやないか。」
「その通りや。でもあん時は気づいてなかった。手段が目的に替わってることを。
俺が怖かったのは自分が死ぬことやない。大事な人との死別や。不死身の身体ができたら、それが無くなると思ってな。
でもいつの間にか死ぬっちゅうことだけに怯えて、ほんまの目的を忘れてた。」
脇に置いた小説をパラパラ捲る。
もう何度も読んだ小説なので、どこに何が書いてあるか覚えている。
チラリと見えたページ数は80。
人工生命誕生の瞬間だ。
「大事なもんはすぐ傍にあったのに、それに気づかんなんて情けない男や。」
「・・・・結局オトンはどうしたいんや?金も夢もいらん言うけど、ほなこの先どうするつもりやねん?」
「どうもせんよ。」
「はあ?」
「強いて言うならここにおるだけや。」
「死ぬまで?」
「そや。」
「なんもせんと、こんなとこで乞食みたいな生活続けるんか?」
「そや。」
「オトンさ・・・それはアカンで。」
晋也はゆっくりと首を振る。
それは最悪な答えだとでもいう風に。
「ほなオトンは、その決意が揺らぐのが嫌で遺書を読まへんかったんか?」
「先生の手紙なんか読んだら、絶対に気持ちが揺らぐ。
あれだけ俺のこと心配してくれとってん。その気持ちに報いなあかんと、夢だけ捨てて金をもらおうとするやろ。
でもそれはアカン。この先食うに困らん金をもらうなんて、俺にそんな資格はない。そんなんアホらしいやないか。」
「乞食続ける方がアホらしいないか?」
「乞食とちゃう。ただここにおるだけや。」
本を手に取り、先ほどのページを開く。
苦労の末に、主人公が人工生命を誕生させた瞬間だ。
晋也は「それでええんか?」と顔をしかめる。
「一生食える額やで?」
「いらん。」
「後悔せえへんか?」
「せえへん。」
「分からんわ。なんでどっちも捨てるねん。」
納得いかない様子で、「なあ?」と尋ねてくる。
「意地張ってもええことないで。それともカッコつけてんのか?」
「違う。」
「ほななんでやねん。理由聞かせてえや。」
「理由なんてない。今までの人生を振り返って、それで決めたことや。
勘違いした夢ぶら下げて、家族まで捨てた。それやのに今さら良え思いなんか出来るかい。」
「ほな夢は捨てんでもええやんか。」
「もうええねん。俺の傍に大事な人はおらん。死別を恐れる必要はないんや。後はただ生きるだけや。」
「それを意地張るって言うんやろ・・・・。」
呆れた顔で言いながら、「変わっとらんなオトンは」と立ち上がった。
「もうええ。せっかく大事な恩師が心配してくれてんのに、またそんな態度や。俺らを捨てた時と一緒やな。」
「・・・・・・・・。」
「オカンとお兄がな、オトン丸くなってたでって言うから、俺も会いに来たんや。
でもなあんも変わってへん。これ以上顔会わせてたら殴ってまいそうや。」
「すまんな、わざわざ会いに来てくれたのに。」
「時間の無駄やったな。素直に金もろとけば、また違う未来があったかもしれへんのに。」
演技臭く顔を作りながら、これみよがしな声で言う。
違う未来とはなんのことか?
興味はないが、晋也は「それでええんかなあ?」と必死に興味を引こうとしている。
無視するのは悪いだろう。
「・・・違う未来ってなんや?」
「オカンな、再婚無しになってん。」
「は?」
思いもよらないことを聞かされて、声が裏返ってしまう。
「なんでや?」
「相手から一緒にはなれへんと言われたから。」
「なれへんって・・・・お互いに好きやったんと違うんか?」
「そやで。でも相手の気が急に変わってな、やっぱり息子夫婦の所に厄介になるって。」
「なんじゃそら?確か子供の世話にはならんと言うてたはずやろ?」
「そうやけど、やっぱ身内と一緒がよかったんと違う?孫もおるみたいやし、寂しい思いせんですむやろうから。」
「・・・・お母さんはなんて言うとんや?」
「なんも。それやったらしゃあないなあって顔やわ。」
「サッパリしたもんやな。昔からそこら辺の男より男らしい女やった。」
「もしオトンが金を受け取るなら、オカンかて養える。一緒になれる可能性があったのになあ。」
これみよがしに言いながら、「ほな」と背を向ける。
「あ・・・・・、」
「ん?」
「・・・・考えさせてくれ。」
そう言ったあと、我ながらなんと情けないと思った。
しかし一度出た言葉は引っ込められない。
誤魔化す方がかえって情けないだろう。
「もうちょっと時間をくれんか?」
「即決せえや。意地張ってないで。」
「そやけど・・・・一緒になるいうたって、お母さんの気持ちもあるやろ。15年も離れとったわけやし。」
「この前会うたやん。それにオカンの気持ちは直接会って確かめたらすむやろ。」
「せやかてなあ・・・・そんな情けないこと・・・・、」
「そんなん気にする身分ちゃうやろ。なんも持ってへん乞食のクセに。」
「・・・・夢まで捨てたらそうなるな。俺にはもうなんも残ってないんや。」
本当に欲しかったものが分かった今、夢は必要ない。
そしてお世話になってばかりだった先生から、これ以上の施しを受けることも出来ない。
二つを拒否し、残されたのは死ぬまで余った寿命だけ。
だったら俺も、松本さんと同じように、生きれるだけ生きてみようと決めたのだ。
しかしこんな話を聞かされては迷ってしまう。
「一人は寂しい・・・・分かり合える人がほしかったんや・・・・。でも死別が怖あて、だから・・・・・、」
「もうええから。グチグチ言わんと答えだけ聞かせてえや。でないと帰るで。」
封筒から小切手を取り出し、目の前に振る。
今の俺はニンジンをぶら下げられた馬のようだった。
他の物が目に入らず、目の前の小切手だけが・・・・・。
金が欲しいのではない。
また誰かと一緒に過ごす時間が欲しいだけだ。
でもそれはなかなかに難しい。
特にこの歳になると、別れの方が多くなる。
なのに今目の前に・・・・、
「情けないと分かっとる。せやかて一人は寂しい・・・・。」
手を伸ばし、小切手を掴む。
晋也は「それでええねん」と笑った。
「ほなもうこんな所に用はないな。オカンのとこ行くで。」
「いや、ちょっと待ってくれ。」
川を振り返り、「一日だけ」と言った。
「もう一日だけ、ここにおりたいんや。」
「なんで?」
「お前らと離れてから、ずっとここにおった。15年も。」
「意外と近い場所やんな。すれ違わへんかったのが不思議やわ。」
「なんもない15年やった。でも怠けて生きてきたわけと違う。俺は俺なりに、真剣に生きてきた。
だからな、ここで一杯やりたいんや。先生を思い出しながら。」
岩を振り返ると、ふと先生の姿が思い浮かぶ。
ついこの前ここで飲んだばかりなのに・・・・。
「分かった、ほな明日また迎えに来るわ。」
そう言って晋也は小切手を奪い取った。
「こんな大金持ってたら危ないやろ?強盗にでも襲われたらアウトやで。」
「・・・・そやな。ほなそれは預けとくわ。」
「せいぜい思い出に浸り。」
ヒラヒラと手を振り、遠くへ去って行く。
俺は岩に腰掛けて、「先生」と呟いた。
「なんやよう分からんけど、一人にならんですむかもしれません。」
思いもよらない出来事に、まだ頭がついていかない。
小切手を掴んだあの瞬間、この15年は恐ろしく虚しいものだったんだと、認めざるをえなかった。
しかしそれと同時に、真剣に生きたのだという自負もあった。
空虚な15年ではあったが、後悔ばかりではないのは、きっと先生がいたからだろう。
論文とも呼べない素人の落書きに、いつも正面から向き合ってくれた。
それはどんなに嬉しく、心の支えになったことか。
先生はもういない。
一人のまま逝ってしまった。
代わりに俺が孤独から抜け出すなんて、バチが当たりそうな気さえした。
川の流れは緩やかだが、水面は波打っている。
風が吹いているからではない。
水底にゴツゴツとした石が並んでいるからだ。
今日もまた風はない。
空も曇り気味だ。
愛読書を抱え、車に戻る。
窓を全開にしてから、シートを倒した。
腕枕をしながら、また人生を振り返る。
いつかどこかで、俺は道を間違った。
その道が、回りまわって元の道へ繋がるなんて、いったい誰が想像できよう?
今、俺の胸に夢はない。
あるのは重荷から解放された安堵感と、先生を失った喪失感だけ。
複雑な気持ちだった。
窓から手を伸ばし、外の空気を感じてみる。
シオカラトンボが指先をかすめていった。

 

風のない夜 第十話 先生と金(2)

  • 2017.09.11 Monday
  • 13:35

JUGEMテーマ:自作小説

一月は行く、二月は逃げる、三月は去るというが、まさにその通りだ。
年が明けてからの三ヶ月というのは、あっという間に過ぎていく。
四月、桜が咲く頃になって、ようやく新年を迎えた気になるのは俺だけだろうか?
先生は去った。
二月が終わる頃、故郷である東京へ帰ってしまった。
川原で一杯やったあの日、先生はとても疲れた顔をしていた。
先生にはいったいどんな過去があるのか?
尋ねようかと思ったが、やめた。
先生が大学を去るまで、一度も会いに行くことはなかった。
・・・怖かったのかもしれない。
俺にとってはスーパーマンのようだった先生にも、辛い過去があるのを知ることが。
家族に恵まれなかったと言っていたが、虐待でも受けていたのだろうか。
先生の口から、先生にとっての辛かった出来事を聞くのは勇気のいることだ。
もしそこに人間の弱さを見てしまったら、もう先生をスーパーマンとは思えなくなる。
俺も55だから、この世にスーパーマンのような人間がいないことくらい知っている。
完全無欠に見えてもしょせんは人間。
どこかに痛々しい傷があるものだ。
しかし憧れの人というのは、心のどこかで完全無欠であってほしいと願っている。
要するに俺は、先生に対して偶像崇拝に似た感情を抱いていたのだろう。
ありもしない人物像を描き、それを信じ込むことで、心の支えにしていた。
先生が傍にいてくれるなら、いつか必ず不死身の夢が叶うと信じて。
しかし先生はもういない。
俺を支える人も、俺の論文を見てくれる人もいない。
それはすごく寂しいことで、心に力が入らなくなっていた。
年が明けてから一度も論文を書いていない。
気力も体力もアイデアも湧いてこず、白紙の束から目を逸らしていた。
これから先、夢さえもどうでもよくなって、ただただ昔を懐かしむジジイになるのだろうか?
そして松本さんと同じように、生きることだけに執着して、死ぬまで物乞いのような生活を送るのだろうか?
過去に抱いていた熱い情熱は、歳と共に冷えていく。
これが歳を取るということならば、どうして人は何十年も生きたりするのだろう?
多くの生き物は、子を産み、その子が大人になる頃には死を迎えるという。
新たな命を世界へ送り出したなら、それ以上生きている意味などないということなのだろうか。
昔、テレビである学者が言っていた。
人間の役目は50歳で終わっていると。
それ以降の人生はオマケみたいなものであると。
そういえば織田信長も「人間50年〜」と詠っていたはずだ。
子を産み、その子が大人になる頃、親はちょうど50くらい。
もしも野生の生き物のように、人間も子の成長と共に死ぬようになれば、未来に対する余計な気苦労は消えるだろう。
年金の心配も、寝たきりや痴呆の心配もなくなり、ある意味楽な人生になるかもしれない。
しかしそれは俺の夢と矛盾する。
俺が追い求めるのは「不死身の身体」
要するに永遠の命だ。
人間の寿命は100年を超えるようになった。
今現在100歳を超えている老人が子供の頃には、考えられなかったことだろう。
そういう人たちは、果たして恵まれた人生を送っているのだろうか?
長く生きてよかったと、自分は幸せだと言えるのだろうか?
土手に並ぶ桜の木を見上げ、「知りたいな」と呟いた。
「死」に対する恐怖。
そこから始まった不死身への研究。
未だ完成を見ないこの夢だが、今、その研究が本当に必要かどうか、俺は判断を迫られていた。
「死」が最も不幸なことなら、「不死身」は最も幸せなこと。
当たり前の理屈だと思い込んでいた。
しかし自分が歳を取り、先生さえいなくなってしまった今、幸せとはなんなのだろうかと、この足が立ち止まってしまった。
薄汚れたスラックスのポケットに手を突っ込む。
最近悩んでばかりいたせいで、ロクに洗濯もしていない。
傍を通る人は鼻を曲げるだろう。
桜並木を見上げながら、終わらない独り言が虚しかった。

            *****

桜が新緑に変わる頃、川でズボンを洗っていた。
最近は仕事をする気も起きず、金がないので水洗いしか出来ない。
それでも洗濯すればスッキリするもので、鼻を近づけないと臭いは分からない。
下着、上着も洗って、岩の上に干した。
三ヶ月ほど前、この岩に座りながら、先生と一杯やったことを思い出す。
ワインとキャビアはとても美味くて、死ぬまでに是非もう一度味わいたい。
『登和さんが望むなら、どっか連れて行ってあげるよ。なんなら本物のキャビアを食べるかい?』
あの時、ご馳走になっておけばよかったと後悔する。
車の中から日本酒を取り出し、へこんだコップにチョロチョロと注いだ。
そいつを舐め続けていると、肴が欲しくなってきた。
トランクから釣竿を出し、小麦粉を水で溶かして団子を作る。
そいつを針に付けて投げ込むと、ものの数分でフナが上がった。
しかしそれ以降はパッとせず、獲物を切り替えることにした。
川原の石を持ち上げて、何匹かのザリガニを捕獲する。
小枝を集め、石でかまどを作り、その上に鍋を乗せた。
しかし水がない。
せっかく茹でようと思ったのに、ペットボトルは空だった。
公園まで徒歩5分。
汲みに行こうかと思ったが、面倒くさいのでやめた。
フナの鱗と内蔵を取り、棒切れに刺して火にくべる。
ザリガニは・・・・本当は泥を吐かせた方がいいのだが、早く食べたいのでそのまま焼いた。
あずき色の甲羅が、見る見るうちに鮮やかな朱色に変わっていく。
食べ頃になり、ザリガニを一匹摘んだ。
殻を向き、腹の肉にかぶりつく。
しかし泥臭さのあまり、吐きそうになった。
「あかん・・・・。」
ペっと吐き捨て、酒で口を洗う。
面倒くさいからと泥抜きを怠ったが、手抜きは失敗の元だ。
元々がそう綺麗な川ではないので、とても食えたものではなかった。
せっかく焼いたザリガニを放り投げ、フナにかぶりつく。
しかしこれも不味い・・・・。
ザリガニ同様、フナにも泥を吐かせることが必要だ。
必要な処理を怠ると、食えるものも食えなくなってしまう。
しょうがないので肴は諦め、チビチビと酒を舐め続けた。
このままでは飢え死にしてしまう。
そろそろ仕事をしなければなと、軽くなった財布を叩いた。
川を眺めながら、酒に酔いしれる。
眠気が襲ってきて、岩の上に寝転んだ。
・・・・気がつけば寝ていたようで、目を覚ますと夕暮れだった。
釣りをしていたのは昼前なので、随分と長い昼寝だった。
「最近よう眠れへんかったからな・・・・。」
悩み事があると安眠出来なくなる。
シバシバする目を瞬き、グンと背伸びをした。
「釣れますか?」
突然後ろから声を掛けられる。
振り向くと、釣竿を抱えた男がいた。
「ああ、いや・・・どうやろ?寝とったもんで。」
眠い目をこすりながら、残った酒を呷る。
男は少し離れた場所に立ち、竿を投げていた。
すぐに当たりが来たようで、竿を持つ腕の筋が浮き上がっていた。
しばらく格闘の後、大きな鯉を釣り上げる。
手繰り寄せ、針を外すと、そのままリリースしていた。
《スポーツフィッシングか。》
こっちは生きる為に釣っているというのに、呑気なものだ。
男に背中を向け、また背伸びをする。
天気がいいせいか、洗濯物はとうに乾いていた。
丁寧に畳み、車の中にしまい込む。
岩に戻り、眠気覚ましにと川を眺めた。
男は次々に魚を釣り上げ、その都度リリースしていた。
食べないのに魚を釣る感覚は、俺には分からない。
魚との格闘が楽しいらしいが、それも食べるという目的があってこそのものではないのか?
しばらく眺めていると、向こうもこちらを振り返った。
なぜかニコリと笑う。
かなり若い。
鼻筋の通ったいい顔をしている。
しかしこの顔、どこかで見たことがあるような・・・・・。
「・・・・・・。」
じっと考え込む。
しばらく迷ってから、思い切って尋ねた。
「晋也か?」
遠慮がちに尋ねると、竿を下げてこう答えた。
「今頃気づいた?」
「やっぱりそうか。昔の面影があるからそうなんちゃうかと。」
嬉しくなり、傍へ寄る。
「デカあなったな。克也より全然大きいで。」
「まあな。あと2センチで190やねん。もうちょっとやのに残念やわ。」
「じゅうぶんデカいやないか。あんまり大きいなったら着るもんに困るで。」
嬉しさのあまり頬が緩む。
克也も晋也も、俺が思っていたよりずっと逞しい男になっている。
まくった袖から覗く腕は、惚れ惚れするほど鍛え上げられていた。
「バスケットやってたんやってな。」
「今でもやってるで。ほんまにプロになりたかったんやけど、壁は厚いわ。」
「いや、でもほんまにええ男になったやないか。女の子が放っとかんやろ?」
「自分で言うのもなんやけど、そこそこモテるで。」
「そらそうやろ。ほんまに立派になった。」
喜びのあまり饒舌になる。
心の底から湧き上がるこの嬉しさは、いったいなんなのか?
二度と会えないと思っていた家族に会えたからか?
それとも俺のような男から、こんな立派な子が誕生したからか?
理由はどうあれ、言葉には出来ない嬉しさに満たされていた。
「今日はどうした?釣りに来たんか?」
「オトンに会いに来た。」
「俺に?わざわざ会いに来てくれたんか?」
余計に嬉しくなる。
何か振舞ってやりたいが、何もないでのそわそわするしかなかった。
「いや、でも・・・なんで俺がここにおると知ってんねや?」
ふと素朴な疑問が出る。
晋也は竿を置き、「先生から聞いた」と言った。
「先生?」
「俺のダチが行ってる大学の先生。オトン、えらい世話になったんやろ?」
「先生って・・・・太刀川先生か?」
「そや。お兄を連れてきたメガネの奴がおるやろ?アイツ俺のダチでもあんねん。」
「そうなんか!せやかてなんで先生がお前にこの場所を?」
「遺言や。オトンを助けてやってくれんかって。」
「なに?遺言ってなんや?」
「先生亡くなりはったんや。」
「は?」
「一ヶ月前に自殺しはった。」
「・・・・・・。」
何も言葉が出てこなくなる。
人はショックを受けた時、目の前が真っ白になるというが、まさにその状態だった。
足元から体重が消えて、そのクセやたらと身体が重く感じた。
晋也は「座って話そ」と俺の背中を押す。
岩の上に腰を下ろし、「なんか飲むか?」と尋ねた。
「お茶あるで。」
足元のバッグから、ペットボトルのお茶を取り出す。
俺はそれを握り締めたまま、キャップを開けることさえ出来ないでいた。
「ごめん、いきなり言うことじゃなかったな。」
ペットボトルを奪い、キャップを開ける。
それを俺の手に握らせると、「もうちょっと落ち着くまで待とか?」と言った。
「いや、ええ・・・・話してくれ。」
ひと口お茶を飲み、先ほど捨てたフナの丸焼きを見つめた。
「なんで自殺しはったんや?」
「色々悩んではったみたいやで。遺書に書いてあった。」
「遺書?お前読んだんか?」
「送られてきたんや。ほんまはオトン宛てにしようと思ったらしいけど、いきなり読んだらショックを受けるかもと心配してはったんや。
だからまず大学に送ってきた。それをメガネ・・・・水津っていうんやけど、水津が読んで、俺に送ってきた。」
「なんて書いてあったんや?」
「色々や。昔にお婆ちゃんから虐待を受けてたこととか、仲の良かった妹が事故で亡くなったこととか。」
「・・・・・・・・。」
「学校でも上手くいってなかったみたいでな。虫が好きやから昆虫博士になりたくて、虫を収集してたんやと。
ほんなら気持ち悪いとか臭いとかイジメられたみたいで。辛くて親に相談しても、なんにもしてくれへんかったと。
妹だけは心配してくれたみたいやけど、その妹も亡くなって。
家にも学校にも居場所が無うなって、ずっと一人で悩んでたそうや。」
「そら・・・・、」
「だから高校卒業したらすぐに家を出て、働きながら大学に通ったらしいで。
先生、歳取ってもカッコよかったやろ?若い頃は夜の仕事して学費稼いだって書いてあった。
そんで大学院まで行って、一生懸命勉強したらしい。
そのおかげか、教授にえらい気に入られてな。学者への道が開けたって。」
「・・・・・・・・・。」
「あの時、その先生だけが頼りやったって。まあオトンで言うところの太刀川先生やんな。
自殺を考えた時期もあったみたいやけど、その先生がおったから乗り越えられたって書いてたわ。」
「先生も自殺をしようとしてたんか・・・・。」
ショックだった。
俺の自殺を止めた先生が、同じことをしようとしていたなんて・・・・。
「地元を離れて、勉強に勤しんでても、辛いことって蘇るらしいわ。
虐待にイジメに、妹さんが亡くなってもたこと。何度死のうと思ったか分からへんって。」
「・・・・えらい傷ついてはったんやな。そんな風には見えへんかったけど。」
「人は見た目で分からんもんや。せやけど先生は、目えかけてくれる教授のおかげで生きようと決めた。
でもその先生も亡くなってもたみたいで・・・、」
「なんでまた!」
思わず大きな声が出る。
晋也は「落ち着け」と宥めた。
「茶あ飲みいや。」
「・・・・・・・・・。」
半ば無理矢理な感じで飲まされる。
早く続きが知りたくて「なんで亡くなりはったんや?」と詰め寄った。
「自殺やと。」
「その先生もかいな!」
「奥さんのこと、すごい大事にしてたみたいでな。でも子供が一人立ちするのと同時に、別れを切り出されたらしい。」
「なんでや!?」
「だから落ち着けって。」
「これが落ち着いてられるかい!俺の大事な先生の話やぞ!その先生が自殺して、その先生の先生も自殺やなんておかしいやないか!!」
立ち上がり、「どうなっとんねん!」と叫んだ。
「なんでどいつもこいつも自殺やねん!なんでそんなようさん人が死ぬんや!」
「だから落ち着けって。」
晋也は俺の肩を押さえる。
抵抗しようと思ったが、あまりの腕力に何も出来なかった。
「もっぺんお茶飲み。」
「・・・・・・。」
ゴクリと飲み干し、「なんでや・・・」と頭を抱えた。
「なんで死ぬねん・・・・。」
「だから奥さんから別れを切り出されたからや。その教授は奥さんのこと大事にしとったらしいんやけどな。
でも奥さんは前から別の男がおったらしいて。」
「なんやそれ!不倫しとったんか!」
「そういうこっちゃな。そんで子供が一人立ちするのと同時に、その男と一緒になるつもりにしたらしい。
教授はえらいショックを受けて、別れてから何日か後に亡くなりはったって。」
「なんでや・・・・なんでそんな・・・・・・、」
「オトン以上に太刀川先生の方がショックやったと思うで。信頼してた先生が自殺したんやから。」
「当たり前や!なんじゃいその話は!そんな女、俺が殺したあのクズと変わらんやないか!!」
憎き母のことを思いだし、拳が硬くなる。
「そんなん自殺と違う!その嫁が殺したんや!あのクズが親父を殺したんと一緒や!目の前におったら俺がこの手で殺したる!!」
硬くなった拳を岩に打ち付ける。
すると晋也は「だから直接オトンには送らんかったんや」と言った。
「そうやって感情的になるやろ?」
「これが怒らんとおれるかい!」
「はい、もっぺんお茶飲んで。」
「いらんわ!」と払おうとしたが、晋也の腕力には敵わない。
いくらこいつがガタイの良いスポーツマンだからといって、こうも抵抗出来ないとは・・・・。
おそらくだが、俺の体力が衰えているのだろう。
加齢、荒んだ生活、それらが確実の俺の身体から力を奪っていた。
「話を戻すけど、太刀川先生はえらいショックを受けた。でもその後に好きな人が出来てな。
その人と結婚して、すごい幸せやったみたいやで。」
「結婚してはったことは知っとる・・・・。せやけど別れた言うてはった。」
「まあな。その嫁さんも他に男がおったらしいて。」
「はあ?なんやそれは・・・・、」
「ええから落ち着け。最後まで聴き。」
ゴツイ手でポンと叩き、話を続ける。
「自分の先生の時と一緒や。結婚して何年か経って、いきなり別れを切り出されたんやと。
アンタいっつも家におらへんし、私のこと見てくれへん。それやったら、私のこと大事にしてくれる人の方がええと。
太刀川先生は嫁さんのこと大事にしとったつもりやけど、上手く伝わってなかったんやろなあ。
出世して楽させたろと仕事に励んどったら、家をほったらかしにしたと思われたらしい。」
「・・・・・・・。」
「大丈夫かオトン?ちょっと休憩しよか?」
晋也が心配そうに言う。
というのも、全身に殺意がみなぎって、拳のみならず全身が強ばっていたからだ。
今すぐその女を追いかけて殺してやりたいほどに・・・・。
「なんやそれ・・・・どいつもこいつもあのクズと一緒か?自分のことだけ考えて、相手はどうなってもええっちゅうんか?」
「でもオトン、人のこと言えへんで?俺らとオカンを捨てたんやから。」
「それはそうやけどやな、俺はお前らを傷つけるつもりなんて・・・・、」
「あの後、オカンはたまたまええ男と再婚出来たからよかったけど、そうじゃなかったら大変やったな。俺ら運が良かっただけや。
最初にオカンとの約束を破ったんもオトンやし。」
「・・・・それはすまんと思うとる。でも俺は断じてそんなクズ共とは違う・・・・。」
「まあまあ、話が逸れてるから。何回も言うけど落ち着いてくれ。」
またお茶を飲まされ、憐れむように肩を叩かれた。
「先生はまた一人になってもたわけや。
幼い頃、たった一人仲の良かった妹を亡くした。
自殺を考えてる中、手を差し伸べてくれる恩師に出会ったけど、その人も亡くなってもた。
その後、好きな女が出来て一緒になったけど、その人まで去ってもうたわけや。
それ以来、誰も信用出来へんようになったと書いてあった。ただ一人、オトンだけ除いて。」
意外なことを言われ、「俺?」と顔をしかめる。
「俺が・・・・先生に信用されとったんか?」
「遺書にはそう書いてあった。教育実習で自殺しようとしてた生徒を見つけて、一瞬立ちすくんだらしい。
でも気がついたら助けてたと。その頃はまだ自殺したい気持ちを抱えてたから、他人事に思えへんかったって。
その後に恩師を亡くして、嫁さんにも逃げられるわけやけど、オトンという存在があったから、どうにか耐えられたって。」
「なんでや?なんでこんなアホみたいな男が助けになんねん?」
「ええっとな・・・・同調効果やと書いてあったわ。」
「それってアレか?暗い気持ちの時に、暗い曲を聞いたら良えっていうあれか?」
「そうや。よう知ってるな。」
「先生から教わったんや。でもあれ嘘やで。暗い気持ちの時、暗いもんに触れたらアカン。余計に気が滅入るからな。」
「でも先生はそうじゃなかったみたいやで。オトンと話したりすることで、自分の方が慰められてたって書いてたから。
ここに昔の自分がおる。それを励まそうとすることで、自分も励ましてたって。」
「・・・・・・・・。」
「オトンがな、先生の命を繋いでたんや。恩師を亡くして、嫁さんに逃げられたあとも、オトンと話すことで自分を励ましてたらしい。
それはついこの前まで続いてたってさ。」
「ほな・・・・俺が先生の支えになってたってことか?」
「そういうことやな。せやけど歳と共に過去の辛さが募ってきたみたいで。だからいっぺん故郷に帰ってみたんやと。
今この目で見たら、あの場所から何を感じるんやろうって。」
「・・・・・・・。」
「辛い思い出の場所やのに、案外落ち着いたらしいわ。だから思い切って帰ることにしたわけや。」
「ほならほんまやったんやな。再婚とかやのうて、ほんまに故郷が懐かしいなって・・・・。」
「でも帰った所で身寄りはおらん。落ち着くと思ったのは最初だけで、だんだんと過去の辛さが蘇ってきたらしい。
オトンの言う通り、同調効果は嘘やったわけやな。
辞めた大学に戻ろうにも、60過ぎたジジイを再雇用なんてしてくれへん。
周りも知らん人間ばっかりになってて、どんどん孤独が募っていったって。
そんである日、急に生きる気力がなくなったと。
もう生きることは諦めて、楽になろうと決めたんや。」
「そんな・・・・あの先生が・・・そんな追い詰められてたなんて・・・・。」
言葉が詰まる。
怒りとは別の意味で拳が硬くなった。
「せやけどオトンのことだけが気がかりやった。今まで自分の支えになってくれたのに、急に別れを告げてもた。
オトンが自分のこと頼りにしてたのは知ってたし、もう論文も見てやれへん。」
「・・・・・・・・。」
「あの歳じゃ定職に就くのも無理や。それやったらせめて、生活のことだけはどうにかしてやりたいと思ったんやと。」
晋也はバッグを漁り、一枚の封筒を取り出す。
中から遺書らしき手紙、そして数字が書かれた紙切が出てきた。
「これが遺書、そんでこっちが小切手な。」
「小切手?」
「金は全部オトンに譲るって。」
「はあ?なんでや!?」
「だからオトンを心配してたからや。急におらんようになって申し訳ないって。」
「でもなんでそんな財産を俺になんか・・・・、」
「それは俺に聞かれても困る。先生がそう決めたんやから。」
「せやけど・・・・、」
「先生身寄りがおらんから、ほっといても誰の手に渡るわけでもない。ていうか最悪は国に没収されるんやで。」
「そうなんか?人の金やのに?」
「滅多にないケースらしいけどな。だいたいは家裁が財産を相続するに相応しい人を探すらしいで。
それが見つからへんかった場合、国のもんになるわけや。
そうなるくらいやったら、オトンの手に渡そうと思ったんかもしれんな。」
「・・・・・・・。」
まだ理解できない。
どうして俺に財産を譲ろうとするのか?
こんなロクでもない男の為に・・・・・。
俯く俺を見て、晋也はこう呟いた。
「一つだけ条件がある。」
「条件・・・?」
「これを受け取る代わりに、夢は諦めてくれ。」
「それは不死身の研究をやめろってことか?」
「そう書いてあった。その夢を抱えてる限り、失うもんの方が大きい。
登和さんの一番の不幸は、極端に「死」を恐れるようになったことやと。」
「・・・・・・・・・。」
「ショックかもしれんけど、それはみんなが思ってることや。俺もお兄もオカンも。
口には出さへんだけど、ほとんどの人は思うことやろ。」
「・・・・・・・・・。」
「もしもそうじゃなかったら、今頃俺らと暮らしてたかもしれん。まあ今さら言うてもしゃあないけど。
でもな、この先もその夢を抱えたままやったら、俺の二の舞になるんちゃうかと、先生は心配してたみたいや。
だからこの金を受け取る代わりに、もう夢は諦めろいうのが、先生の一番言いたかったことや。」
そう言って俺の手に遺書を握らせる。
「詳しいことは遺書を読んでみ。」
「・・・・・・・。」
「もし夢を捨てるんやったら、この先の生活は安泰や。先生独り身やったさかい、けっこうな額を溜め込んではるわ。
贅沢さえせえへんのやったら、この先一生食えるで。」
晋也は立ち上がり、バッグを担ぐ。
足元の竿も拾って、ピュンとしならせた。
「また明日ここに来る。その時に答え聞かせてや。」
小切手を振りながら、「ほな」と去って行く。
俺は遺書を握ったまま、何も言えずに座り込んでいた。
先生が自殺・・・・もうこの世にいない。
色々と話を聞かされた中で、それが一番ショックだった。
「なんでですか先生・・・・。一言くらい相談してくれたらよかったのに・・・・。」
俺の存在が助けになっていたというのなら、どうして俺に何も言わなかったのか?
先生から受けた恩は、相談に乗るくらいでは足りないというのに。
「俺がこんな体たらくやからですか?叶いそうもない夢ぶら下げた、行き場のないオッサンやから・・・・。」
渡された遺書はずっしり重い。
今は読む気にはなれなかった。
「俺が欲しいのは金とちゃいまっせ・・・・。人が・・・・分かり合える人が欲しいて・・・・、」
先生と金。
天秤に掛けるまでもなく、答えは出ている。
先生は夢を諦めろというが、大事な人の死を聞かされては、余計に諦められなくなってしまう。
・・・・その日の夜、覚えている限り、自分の過去を振り返ってみた。
いったいどこで道を間違えたのだろう?
母を殺したあの日か?
それとも自殺をしようとしたあの日か?
家族を捨てたあの日か?
全てが正解のようで、どれもが間違いのような気がした。
しかし一つだけ、ぼんやりと見えてきたことがある。
きっと俺が本当に望んでいたのは、不死身の身体ではない。
目の前から大事な人が消えるという、その不幸を無くしたかったのだ。
父の死、母の殺害、そして自殺。
「死」が存在しなければ、どれも起こりえない事だ。
「俺は人が欲しかった、傍におってくれる人が。
やのにどっかで道を間違えて、手段が目的に変わって・・・・・。」
夜空は曇っていて、月も星も見えない。
それどころか風さえ吹いていない。
車の窓は開けているのに、澱んだ空気だけが漂ってくる。
手に握った先生の遺書。
これを抱いたまま、俺も澱んだ空気の中に溶けてしまいたかった。

 

風のない夜 第九話 先生と金(1)

  • 2017.09.10 Sunday
  • 11:34

JUGEMテーマ:自作小説

車の中で一升瓶を呷る。
背もたれを限界まで倒して、酒を含みながら寒空を見上げた。
今は二月。
あと一ケ月もすれば、俺は55になってしまう。
この歳になると一年なんてあっという間だ。
去年は色々なことがあったが、過ぎてみるとやはり早かったなと思う。
このまま10年、20年と時間が過ぎ、何も変わらないまま歳を取っていくのだろうか?
叶わない夢を抱えたまま・・・・・。
狭い車内で寝がえりをうち、酒を舐める。
年が明けてから、一度も論文を書いていない。
気力が沸かず、アイデアも出てこなくなったのだ。
これが歳を取るということなら、あと10年生きようが20年生きようが何も変わらない。
いや・・・それどころか気力も体力も脳ミソも衰えて、いつかし自分の名前さえ忘れるかもしれない。
一人で小便にも行けなくなり、助けてくれる人間もいやしない。
そんな未来へ突っ走るくらいなら、いっそのこと・・・・などとつまらない事まで考えてしまう。
「冬はアカンな・・・・嫌なことばっかり考えてしまう。」
寒く、暗く、そして陰鬱なこの季節は、家を持たない中年には堪える。
過去を嘆いても仕方ないが、自然と愚痴っぽくなってしまうのも、歳のせいなのだろう。
しかしその愚痴の聞いてくれる相手さえいない。
三分の一に減った一升瓶を抱きながら、ふて寝を決め込んだ。

          *****

翌日、川で洗濯していると、珍しい来客があった。
レジ袋を片手に、「登和さん」と手を挙げる。
「先生!」
ギュっとシャツを絞りながら、「珍しいでんな」と迎えた。
「先生の方から会いに来はるなんて。」
「最近顔を見せなかったからさ。どうしてるのかなと思って。」
そう言って「これ」と袋を掲げた。
「それは?」
「一杯やろうと思って。」
「おお!酒でっか。」
ありがたく受け取ると、中には高そうなワインが入っていた。
「・・・・・・・。」
「どうしたの?」
「すんまへん・・・・俺ワイン苦手で・・・、」
「そうなの?じゃあ別の買ってくるよ。」
「いやいや!そんな・・・飲ませてもらいます。」
「苦手なんでしょ?無理しなくていいよ。」
「せっかく先生が持って来てくれはったもんですさかい。」
余計なことを言ってしまったなと、「美味そうでんな」と笑って見せた。
「どうぞ座っとくんなはれ。」
いつも座る川原の岩に手を向ける。
先生はコートを翻し、ゆっくりと腰を下ろした。
「紙コップ入ってるからね。」
「はい。」
「それとキャビアも。」
「キャビアでっか?えらい高いもんを・・・・。」
「安もんだよ。気い遣わないで。」
袋から紙コップを取り出し、キャビアの瓶も横に置く。
「これがキャビアでっか・・・・。なんか高級な感じがしまっせ。」
丸い瓶には、気位の高そうなラベルが貼ってある。
「底にスプーンもあるから。コンビニで貰ったやつだけど。」
ワイン、紙コップ、キャビア、スプーン。
岩の上に、丁寧に並べる。
先生はワインを掴み、グリュと蓋をこじ開けた。
「ワインってそうやって開けるもんなんですか?なんかこう・・・ドリルみたいなもん使うんと違うんでっか?」
「だから安物だって言ったじゃない。」
「安いやつはそうやって開けるんでっか?」
「なに?ワインのウンチクを知りたい?」
「いやいや、飲み慣れてないもんで、ちょっと気になっただけで。」
金輪際飲むことのないであろう酒の知識など必要ない。
キャビアも今日限りのご馳走だろう。
「こっちも開けてもよろしいでっか?」
「いいよ。」
ビンの蓋を回すと、濃いグレーの小さなツブツブが現れた。
初めて見るキャビア。
正直なところ、あまり美味そうに思えなかった。
《日本酒とイクラの方がよかったなあ。》
ワインだのキャビアだの、そんな物より日本の方が美味いに決まっている。
しかし先生がくれた物に文句など付けられない。
「美味そうでんな」とおべっかを使った。
「美味くはないと思うよ。」
「そうなんでっか?高級やのに?」
「珍味と思った方がいいね。」
「はあ。」
先生はコップにワインを注いでいく。
一つを俺に手渡し、「乾杯」と掲げた。
俺もコップを掲げ、ひと口飲んでみる。
すると意外なことに美味いと感じた。
「先生!これいけますわ。」
「安い方が飲みやすかったりするんだよ。」
「ほおお、そういや昔に飲んだやつは、奮発して高いの買うたんですわ。あれは不味かった。」
「いいやつほど渋かったりするからね。安いやつはアルコールの入ったジュースだと思えば飲みやすい。」
「・・・・うん、これはいけますわ。」
先生の言う通り、確かにジュースに近い。
しかしジュースほど甘くなく、高いワインほど渋くない。
「先生、これも食べてええでっか?」
スプーンを持ち、キャビアを見つめる。
「どうぞ。」
「ほな・・・・。」
軽く掬い、恐る恐る口へ運ぶ。
するとこれも美味かった。
「先生、これもいけまっせ。」
「塩加減がいいだろ?本場のやつはもっとしょっぱいんだよ。」
「ほな日本人向けに作ってあるんでっか?」
「ていうか本物じゃないんだ。」
「え?」
「それ人口キャビアなんだ。魚介類のエキスを使って作ってあるの。色も後から着けたものだし。」
「ほおお・・・・人の手でキャビアが作れるんでっか。科学は進歩してまんねんなあ。」
「いやいや、だから偽物だよ。本物はチョウザメの卵。それは卵に似せた人工物だから。」
「ほうほう・・・・でも美味いでんがな。」
本物だろうが人工だろうが、美味いならそれでいい。
このワインも安物らしいが、人工キャビアによく合った。
「すんませんなあ、こんなええもん頂いて。」
「登和さんが思ってるほど高くないよ。貸した金の方が遥かに高い。」
「いつか必ず返しますよって。」
美味い酒と美味い肴。
家も持たない貧乏人にとって、これほどの楽しみがあろうか。
気がつけば自分ばかり酒がすすんでいた。
「まあまあ、先生も飲んどくんなはれ。」
ワインを注ぐと、グイと呷った。
「ねえ登和さん。」
「はい。」
「悪いんだけど、もう会ってあげられなくなる。」
「は?」
「貸した金は返さなくていい。その代わり、もう論文は見てあげられないんだ。」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
もう会わないとはどういうことか?
「それはつまりアレでっか?俺がいつまで経ってもまともな論文を書かかへんから、見限るっちゅうことでっか?」
「違うよ。大学を辞めるの。」
「辞める?なんでまた?」
「そろそろ一人が辛くなってきたから。」
「一人がって・・・・ほなどなたかと再婚なさるんで?」
「こんなジジイを拾ってくれるお人好しな女はいないよ。」
「ほな・・・・なんで辞めるんでっか?」
「田舎に帰る。それだけだよ。」
「田舎にはご家族がおるんで?」
「いないよ。親はとうに死んだし、妻ともずっと昔に別れた。子供もいないしね。」
「じゃあご兄弟は?」
「それもいない。」
「ほな帰っても一人ぼっちやないですか。」
「そうだね。でもここにいるよりはいい。生まれ育った場所なら、ちょっとは寂しさも紛れるかと思ってね。」
そう言って酒の少なくなったコップを見つめた。
俺はお酌をしながら、「故郷が恋しいなったってことでんな?」と尋ねた。
「ホームシックってやつでっしゃろ?」
「ああ。この前ね、20年ぶりに故郷に帰ったんだよ。あんまり良い思い出がある場所じゃないから、今まで避けてたんだけど・・・。
でもね、この歳になると、嫌な思い出よりも懐かしさがこみ上げるんだ。」
「先生の生まれは確か・・・・、」
「東京の多摩ってところ。それも奥多摩に近い所だから、ここよりずっと田舎だよ。
東京って言っても信じてもられないようなほどね。」
「はあ・・・・東京にもそんな場所があるんでっか。」
「別に向こうに帰ったからってさ、何かがあるわけじゃない。でもずっとここにいたいとは思わないんだ。
幸い独り身が長かったから、貯えだけはある。だから田舎にでも引っ込んでさ、ゆっくり余生を送ろうかなって。」
「余生って・・・・まだ60幾つでっしゃろ?隠遁するには早いんと違いまっか?」
「いつ隠遁するかは俺が決めることだよ。生まれ育った場所でゆっくり過ごしたいんだ。」
「せやかて先生・・・・、」
俺は必死に引き止めた。
この人だけが唯一の理解者なのだ。
かつて俺の命を救い、今でも助けてもらっている。
そもそも先生がいなくなったら、いったい誰に論文を見てもらえばいいのか。
「頼んますわ先生。俺の夢が完成するまで、ここにおってもらえまへんか?」
「それだと死ぬまでいないといけなくなる。」
「いつか完成させますがな。先生が生きてるうちに。」
「期待できないな。」
「せやかていきなりそんな・・・・。」
「寂しいのは分かるよ。でも俺だって自分の人生がある。ずっと登和さんに構ってあげるわけにはいかないんだよ。」
ひと口キャビアを頬張り、「やっぱり偽物だな」と不味そうに言い捨てる。
「今月末までは大学にいるから。」
「そんな!あと二週間もありまへんがな。なんでもっと早よう言うてくれまへんねん。」
こうなると分かっていたら、寝る間も惜しんで論文を作ったのに。
悔しそうにする俺を見て、先生は「疲れてるんじゃないか?」と尋ねた。
「はい・・・・。最近気力も体力も衰えてきたっちゅうか。アイデアも浮かばんし。
せやけど先生がおらんようになるって分かってたら、身体に鞭打ってでも・・・・、」
「やめときなって。もう歳なんだ。無理してると祟るよ。」
「ほな俺はどないしたらええんですか!不死身の夢の為に今まで頑張ってきたんでっせ。
家族まで捨てたのに・・・・・。」
「どんなに頑張ったって、叶わない夢はある。」
「でも死にたあないんですわ。この前かて、知り合いが死にかけてるのを見て辛あなって。
幸い助かったけど、死んでても全然おかしいなかったんですわ。あの時たまたま俺が見つけたから・・・・、」
「その人だっていつか死ぬよ。俺も登和さんも。」
「そんなん言わんといて下さい!俺はやってみせまっせ!不死身の研究を完成させて、ノーベル賞総なめにしたりますわ。」
そう、諦めることなど出来ない。
一瞬の閃が道を開くこともあるのだから。
しかし俺の為だけに先生を引き止めるのも、野暮なことかもしれない。
しれないが・・・・この人を失ってしまったら、俺はこの先どうしたらいいのか?
最近よく頭に浮かぶ暗い未来が、絵の中から抜け出てくるように現実味を帯びてきた。
「先生・・・・ほんまは誰かと再婚するんでっしゃろ?」
ふとそんな言葉が出てきた。
意識したものではない。
先生を引き止めたいという思いから、皮肉でもいいから何か言わないとと口が動いたのだ。
「ジジイいうたかて、60幾つやったら再婚する人もいますやろ。ほんまは良え人が見つかったんでっしゃろ?
でも家族に捨てられた俺に気い遣て、そんな言い訳してまんねやろ?」
「再婚なんかしないよ。」
「いいや、そうに決まっとる。身寄りのおらん田舎に帰ったかて、楽になれるとは思えまへん。
ほんまに一人が辛い言うんやったら、大学におった方が気い紛れますやろ?
先生仲間もおるし、生徒だっておる。俺かてちょくちょく会いに行ってるんでっせ。」
酒を置き、先生に向き直る。
「俺、先生におらんようになられたら困るんですわ。そらずっとここにってわけにはいかんやろけど、そんな急はあんまりやおまへんか。
せめてもう一年だけでも大学におってくれまへんか?」
「無理だよ。」
「ほなやっぱり再婚でんな?それしか理由が考えられまへん。俺に気い遣て嘘ついとるんでしょ?」
「違うよ。もしそうならちゃんとそう言ってる。本当に田舎へ帰りたいだけなんだ。」
「先生ともあろう人がホームシックになるんでっか?」
「なるんだろうねえ。じゃないと帰ろうなんて思わないから。子供の頃、俺も家族には恵まれなかった。
だから本当は辛い場所なんだ、あそこは。けど今は懐かしさの方が上でね。」
「そういえば先生の昔話はほとんど聞いたことがありまへんな。」
「良い思い出がないんだよ。登和さんほど過酷なものじゃないけどね。」
「そらねえ・・・俺ほどの奴はそうそうおらんでしょ。おるんやったら会うてみたいですわ。」
「今度大学に来なよ。知りたいなら聞かせてあげるから。」
「今から聞かせてくれたらよろしいがな。」
「今はそんな気分じゃない。今日は飲みに来ただけなんだから。」
「最後の晩餐のつもりで来たんでっか?」
「登和さんが望むなら、どっか連れてってあげるよ。なんなら本物のキャビアを食べるかい?」
「そらええでんな。せやけど最後の晩餐してもたら、先生を送り出すことになるし・・・・難しいですわ。」
腕を組みながら、流れゆく川を睨む。
俺のたった一人の理解者が去ろうとしている。
しかもその理由がどうも嘘くさい。
おそらく誰かと再婚するのだろう。
もしそうだとしたら、俺は先生を祝ってあげないといけないわけだが・・・・。
「今日は飲みましょか。」
先生が昔話をする気になれないように、俺もどんな答えを返していいのか分からない気分だった。
こういう時は考えるだけで損で、飲んで気持ちよくなるに限る。
互いのコップにワインを注ぎ、乾杯し直す。
偽物のキャビアが、口の中で弾けた。

 

風のない夜 第八話 甘酒の匂い(2)

  • 2017.09.09 Saturday
  • 11:33

JUGEMテーマ:自作小説

仕事があるというのはありがたいものだ。
特に日雇いはありがたい。
俺のような住所不定の者にとっては、命を繋ぐ糧となる。
昨今、なんでもかんでもキチっとし過ぎて、そこから溢れた者は生きづらくなっている。
俺が若い頃はもっと自由で大らかな空気が流れていた。
今の時代と比べると不便なところもあったが、それを不便と感じなかったあの頃は、それなりの幸せで満たされていたのだろう。
はっきり言って、今は生きづらい。
なんでもかんでもキチっとし過ぎて、何かに縛られているような息苦しさがある。
俺は一輪車でガレキを運びながら、今日で終える職場を振り返った。
そこにあるのは真っ平らな更地。
所々にガレキが散乱しているが、かつて工場があった場所とは誰も思うまい。
潰れた漁港が再開することはなく、代わりに化学工場が建つにことになる。
ただでさえ澱んだこの海が、さらに汚くなるというわけだ。
遠くに見える強固な堤防は、災害から港を守る為のもの。
そのせいで漁港が潰れたわけだが、もしも災害を危惧するなら、化学工場を建てようとは思うまい。
ここが潰れたのは、議員とゼネコンの癒着というのが正しいように思えた。
ポケットに突っ込んだ時計を見ると、午後五時前。
現場監督から声がかかり、日雇い労働者はここでお払い箱となった。
日当を受け取り、港を後にする。
ここで働いたのは四日間。
本当は一週間くらいやりたかったのだが、俺が予想していたよりも早くにカタがついてしまった。
「けっこうデカい工場やったのに、潰す時はアッサリしたもんや。」
重くなった財布を叩きながら、どこかで一杯やろうかと鼻歌を歌う。
しかし今日の国道は混んでいて、少しイライラしながらタバコを吹かした。
「昔に比べて車が増えたな。」
どこもかしこも人で溢れていく。
この前祭りに行った時のように、毎日が人で溢れる町に変わってしまうかもしれない。
おそらく都会から人が流れてきているのだろうが、必要以上の人の多さは、余計に息苦しさを感じさせた。
ここから少し行った所に良い飲み屋があるのだが、この渋滞ではイライラが増すだけだ。
途中で脇道に逸れて、遠回りではあるが、別の国道へ向かうことにした。
するとその途中、バス停のベンチに座る、汚いジャンバーを羽織った男を見つけた。
「松本さん?」
ガックリと項垂れ、足をさすっている。
その姿は今にも死にそうなほど力がなく、この前よりも覇気が衰えていた。
《知らん知らん。俺には関係ない。》
気にはなるが、声など掛けてしまったらたかられるだけ。
俺はもう誰にも施すつもりはないのだ。
ないのだが・・・ルームミラーに映るその姿が、後ろ髪を引く。
近くの100円ショップに車を停めて、結局声を掛けてしまった。
「辛そうやな。」
松本さんは顔を上げずに「登和さん・・・」と呟いた。
「声に力がないな。飯食うてないんか?」
「この足やさかいな・・・・仕事ができへん・・・・。飯なんぞ食えるかいな。」
松本さんの隣には、空になった弁当箱がある。
しかし本人が買ったものではないだろう。
あちこち汚れていて、端の方が割れている。
おそらくゴミ箱から拾ってきたのだろう。
「そんなんじゃ腹膨れへんやろ。」
「この前の甘酒から・・・まともなもん口にしてないねん・・・。」
大きなため息は、削られていく命そのもののように感じた。
こうやって項垂れているのも、落ち込んでいるからではなく、頭を上げるのも辛いほど疲弊しているのだ。
もう二度とすまいと思っていた施しを、気がつけば行っていた。
「これ、よかったら。」
財布から2千円を取り出す。
目の前に振ると、「ああ・・・・」と手を伸ばした。
「ええんか・・・・?」
「さすがに見殺しは後味が悪い。」
「すまん・・・・恩に切るわ・・・・。」
ありがたそうに札を握り締める。
しかし立ち上がる力がないのか、ずっと項垂れたままだった。
「俺が代わりになんか買うて来たろか?」
「頼めるか・・・・。」
金を受け取り、近くのコンビニまで向かう。
おにぎりとパンを幾つかと、お茶と飴を一袋買って、ベンチまで戻った。
「ほれ。」
「すまん・・・・。」
おにぎりを取り出し、モソモソと頬張る。
瞬く間に三つも平らげ、パンも胃袋へと消えていった。
「あんまり焦って食べなや。空きっ腹に悪いで。」
「美味あてな・・・・なんぼでも入る・・・・。」
少し涙声になっている。
よほど腹が減っていたのだろう。
あっさりと全てを平らげて、お茶を飲み干した。
しかしまだ足りないようで、袋の底にある飴を取り出した。
「これは・・・?」
「飴や。腹へった時にええで。」
「そうなんか?」
「飴は砂糖の塊みたいなもんやからな。すぐに糖分が補給できるんや。」
「へえ・・・・。」
「それに甘いもんは満腹中枢を刺激すんねん。空腹がマシになるで。」
「登和さんは物知りやなあ。さすがは不死身の研究しとるだけある。」
腹が満たされた松本さんは、先ほどとは別人のように力を取り戻す。
飴を口に入れ、コロコロと転がしていた。
「えらい甘いな。」
「その方がええねん。」
ガリっと噛み砕き、二個目を口に放り込んでいる。
俺もベンチに腰を下ろし、「解体工事に行ってきたで」と言った。
「四日間や。3万8千になった。」
「そらよかったな。ちょっと間は安泰やないか。」
「贅沢さえせえへんかったら、これだけの金でも充分や。ただ俺の場合はガソリン代がかかるからなあ。」
「車持ちのホームレスか。ええ身分やな。」
「ホームレスとは違うで。俺は夢追い人や。」
「俺かて夢はあったんや。昔は役者に・・・・、」
「もうなんべんも聞いたがな。」
ポンと肩を叩き、「ほな行くわ」と立ち上がった。
「登和さん。」
「悪いけど病院代は勘弁やで。そこまでは出してやれへん。」
「それはええねん。一つだけ頼みがあるんや。」
「金以外やったらええけど。」
「チラっと他のもんから聞いたんやけど・・・・、」
言いにくそうに口ごもるので、「なんや?」と尋ねた。
「アンタが気い遣うなんて珍しいやないか。」
「登和さん・・・・別れた嫁さんと息子さんに会うたんやって?」
「おお、ちょっとな。」
「・・・・その時のこと教えてくれんか?」
「なんでや?」
「参考にしよう思て・・・・、」
「なんの?」
「今度な、また娘と会うんや・・・・。」
「ほお。」
興味を惹かれ、ベンチへ戻る。
腰を下ろしながら、「いつや?」と尋ねた。
「明日や。」
「そうか。ほな俺の話を聞いて、それを参考にしよういうわけやな?」
「この前会うた時はほとんど相手にしてもらえんかった。」
「どんな風に?」
「金・・・・借りに行ったんや。これの為に。」
そう言ってジーンズの裾を捲くる。
足元のコブは相変わらずで、本当にピンポン玉が入っているのではないかと思うほどだ。
「痛あてしゃあいない・・・。」
「この前も言うてたな。断られたって。」
「俺が悪いんや・・・・。ずうっと役者なんてもん続けて、家のことなんか顧みんかった。
ロクに娘を抱いてやったこともない。」
「それで女房と別れたんか?」
「外に女作ってな。貢いでるうちに借金まで作ってしもて・・・・、」
「そらアカンわ。捨てられて当然や。」
「全部芸の為や言うて、アイツの言うことなんか聞く耳もたんかった。」
「いつの時代の人間や。そんなもん言い訳にもならへん。」
「ある日家に帰ったら、離婚届と指輪が置かれててな。それから二年後にアイツは死んでもうた。」
「亡くなったんかいな?なんでまた。」
「元々身体が強うない方でな。俺のせいで、体も心も疲れ切ってたみたいや。
これ以上一緒におって、ほんまに病気にでもなったら、それこそ娘二人を育てられへん。
そう思って俺を捨てたわけや。」
「なるほどな。そら俺ん所とちょっと似てるわ。アイツも子供の為にと俺と別れたんや。」
「だからアンタに聞きたいねん。娘は俺を恨んどる・・・それはしゃあない。
母親を亡くしてから親戚の家に引き取られたんやけどな。かなりの苦労があったみたいで。
せやけど俺・・・まだ死にとうないんや。」
足のコブを睨み、「なんでこんなもんが・・・」と歯ぎしりをした。
「最初はすぐ治るやろ思とった。でも日に日に大きいなっていくねん。
これもしかしたら・・・・アイツに苦労かけた罰なんかもしれへん。」
「それはそうかもしれんな。あの世で怒ってはるんやで。」
「せやかてまだ死にとうない!こんな人生やけど、まだ生きてたいんや・・・・。」
俯き、「死にたあない」と繰り返す。
「こんな人生死んだも同然やと、いつも思うとる。でもいざ死ぬかもしれんとなると、怖あてしゃあないねん。
仕事がないと飯も食えん。・・・・例え飯に困らんかったとしても、このコブのせいで死ぬんちゃうかと怖いねん・・・。
もっと大きいなって、なんぞ悪い病気に罹るんちゃうかと。」
堪らなくなったのか、まだ涙声に変わる。
俺はポンと肩を叩き、「分かるで」と頷いた。
「誰かて死ぬのは怖い。俺もアンタと一緒や。だからこそ不死身の研究をしてんねや。
もしそれが完成したら、俺も松本さんも、こうやって怯えんですむようになるはずや。」
「それ・・・いつ完成すんねん・・・。」
「分からん。先生はダメ出しばっかりやし、俺もええアイデアは思いつかんし。」
「アンタの夢を笑う気はない。でも俺は今すぐ助けてほしいんや・・・。この足のモンをどうにかしたい。
痛あて夜も眠れへんねん・・・・。」
「えらいやつれてるもんな。飯はないわ不眠やわで、そら心労も溜まるわな。」
死にたくない、生きていたい。
人間なら・・・いや、生き物なら誰でも思うことだ。
しかし残念ながら、俺には金がない。
財布にあるこの金は、俺の命を繋ぐ為のものだ。
保険証も持たない松本さんに病院代を貸したら、今持っている分だけでは足りないだろう。
となればやはり他の誰かから借りるしかない。
「治療の為に金貸してくれるいうたら、身内しかおらんわなあ。」
俺も暗い気持ちになってく。
もし俺が松本さんの立場なら、おそらくアイツを頼ってしまうだろう。
命が懸かっているのだから、なりふり構っている暇はない。
過去の懺悔もつまらないプライドも、何もかも捨ててすがるに違いない。
「松本さん、アンタの苦しみはよう分かった。」
俺は頷き、捨てた家族と会った時の話をした。
何が参考になるか分からないので、覚えている限り事細かに説明した。
しかし松本さんはイマイチ要領を得ない。
当然だろう。
俺も松本さんも家族に見放されたのは同じだが、その後の境遇が違う。
アイツはすぐに良い男を見つけ、克也も晋也も幸せに育った。
それに対して松本さんの家族は辛い道を歩んだ。
女房は亡くなり、娘は親戚の家で苦労を重ねた。
であれば、俺の話など何の役に立つだろう。
「俺ん所はな、アイツも息子らも俺を恨んでなかった。それは俺と別れたあと、幸せになったからや。
でも松本さんは・・・・、」
「アイツは苦労を抱えたまま逝ってもだ。娘らはそのせいで俺を恨んどる。
自分らが辛い思いをしたことよりも、大事な母親が亡くなってしもたことを・・・・。
だから謝って許してもらおうなんて思ってへん。
でもやっぱり死にたあない。この足治して、もっと生きたいんや・・・・。」
その声は切実で、死への恐怖というより、生への執着に満ちていた。
『死んでたまるか!生きてやる!例え過去がどうあっても・・・・。』
そんな気持ちが伝わってくる。
彼もまた俺と同じで、だからこそ見捨てる気にはなれなかった。
施しは二度としないと決めたのに、「力になるわ」と呟いていた。
「俺から娘さんに話したる。アンタらのお父さんはそら酷かったかもしれん。
せやけど生きる希望を与えたってくれんかと。
何も許されたいなんて思ってへん。。
ただ足のコブをどうにかしたいだけなんやと。
俺が保証人になったるさかい、どうか治療代を貸してやってくれと。」
そう励ますと、「それは・・・」と首を振った。
「ありがたいけど、そこまでは・・・・、」
「ほなどうする?一人で会いに行ってもまたおんなじやで。」
「俺の勝手で迷惑かけたんや。やのに人の口から助けを求めてもらうなんて、さすがにそこまでは出来へん。」
痛そうに顔を歪めながら、ベンチに掴まって立ち上がる。
「話は俺がする。その代わり、登和さん車出してくれへんか?カメダ珈琲で会うことになってんねんけど、この足ではな・・・・。」
「そらええけど・・・・ほんまにええんか?アンタ一人で会いに行って。」
「かまへん。もしそれで断られるんやったら、それが俺の運命なんやろ。」
厳しい表情で言うが、その顔にはあきらかに迷いがある。
だがこれは松本さんと娘の問題。
本人が拒否するなら、俺から無理強いは出来ない。
「ほな車出すわ。今から娘さんの家行こ。」
「いや、会うんは明日やで。」
「善は急げや。その足のコブ、悪いもんやったらすぐに治療せなあかん。」
「でも明日やいう約束やのに、今日会いにいったらそれこそ断られるんと違うか・・・・?」
「いや、今からの方がええ。こういうのは早い方がええねん。今から行こ。」
まだ迷っている松本さんに肩を貸す。
車に乗せて、「どこや?」と尋ねた。
「案内してくれ。」
「ああ・・・・。」
松本さんに案内されながら、自分の家族について思い出す。
もし俺が彼と同じ状態ならば、きっと捨てた家族に頼ろうとするだろう。
身勝手ではあるが、命には代えられない。
しかしそこには大きな代償を伴う。
見ないようにしていた過去に、正面から向き合わなければならないのだから。
プライド、意地、そして恥。
捨てた過去と向き合うということは、ひた隠しにしてきた、胸底にあるコンプレックスを引っ張り出すのに等しい。
それに正面から向き合った時、今の自分を支えている僅かな意地さえも、崩壊する可能性がある。
ボキリと折れた心の柱は、命を支えるつっかえにはならない。
自ら死を選ぶ危険も充分にあるのだ。
娘と会う決断をするまで、松本さんはさぞ悩んだことだろう。
相手にとっては迷惑でしかないと知りつつ、それでも会うしかない。
助手席の松本さんの表情は、今まで見た中で一番憂鬱そうだ。
どんな顔をして会えばいいのか?
どう言えば助けてもらえるのか?
自らの命を繋ぐ為に、途中からは案内さえおろそかになっていた。
娘さんは三つ離れた街に住んでいるという。
手をもじもじさせながら、「この前の甘酒、美味かったなあ」と子供のように甘えた声で呟いている。
高速に乗る頃、松本さんの顔は幽霊のように虚ろだった。

 

風のない夜 第七話 甘酒の匂い(1)

  • 2017.09.08 Friday
  • 08:44

JUGEMテーマ:自作小説

冬が近づいてきた。
カレンダーは11月だが、残暑の終わりと共に一気に寒さが押し寄せる。
そのおかげで紅葉が色づくが、朝晩は寒くて仕方ない。
俺は車の中で生活をしているので、暑さと寒さは大敵だ。
金がないのでエアコンも自由に使えない。
夏と冬は貧乏人を苦しめる季節なのだ。
さて、こんな季節をどう乗り切るか?
先生の所へ行くという手もある。
あそこならエアコンが効いている。
ゆっくりと暖を取れるだろう。
しかし先生に会うと、ついつい夢の話に夢中になってしまう。
その度に先生は鬱陶しそうな顔をして、「邪魔するなら帰ってくれ」と機嫌を悪くしてしまう。
先生に嫌われるのはよくない。
俺のただ一人の理解者なのだから。
では・・・どうするか?
答えは簡単で、スーパーや図書館に避難するのだ。
金がある時なら、スーパーのフードコートで時間を潰す。
図書館ならば科学の本を読みながら勉強も出来る。
自分の家などなくても、快適に過ごす方法はいくらでもあるのだ。
しかし今日はスーパーにもコンビニにも行く気はない。
目指すは神社。
それもかなり大きな神社だ。
毎年11月になると、町の中央にある神社で祭りをしている。
大きな神輿を担ぎ、町内を一周するのだ。
最初は大人の神輿が出て、次に子供神輿が出る。
そして境内にはたくさんの出店が並ぶ。
長い参道には長蛇の列が出来て、脇にある駐車場では甘酒を振る舞ってくれる。
俺と同じような身分の人間が、その甘酒目当てにちょくちょく群がってくるのだ。
もちろん俺も行く。
ただしあまりに身なりが汚いと、不審者として追い出されてしまうこともあるので、前日には洗濯が必要になる。
昨日の昼、スラックスと襟付きのシャツを、公園の水道で洗った。
ちゃんと石鹸を使って。
おかげで臭いは取れ、汚れも目立たなくなった。
準備は万端。
俺はよく行くスーパーに車を停めて、神社に向かった。
歩くこと10分、遠くに大きな鳥居が見えてきた。
鮮やかな朱色の鳥居だ。
ここまで来ると、大勢の人だかりが出来ていた。
家族連れ、子供の集団など、そこかしこで賑やかにしている。
《祭りっちゅうのはええな。》
大勢の人が楽しそうにしている。
それを見ているだけで、こっちまで楽しくなってくるから不思議だ。
鳥居の前で一礼して、参道へ入る。
所狭しと並んだ出店には、歩くのも困難なほどの人だかりが出来ていた。
今、財布には千円が二枚と、五百円が一枚。
あとは幾らかの五円や十円。
近々仕事をしなければと思いながら、出店でイカ焼きを買った。
クチャクチャとそいつを頬張りながら、甘酒を振舞っている駐車場へ向かう。
すると案の定、定職に就いていないような風貌の男が何人かいた。
そのうちの一人に、やたらと背の高い奴がいる。
俺は「おう」と手を挙げながら近づいた。
「松本さん。」
「・・・・おお、登和さん。」
のっぽの松本さんは、紙コップ片手に近づいてくる。
すでに甘酒を堪能しているようだ。
「久しぶりやな、元気しとった?」
ポンと腕を叩くと、「ぼちぼちやな」と笑った。
ほとんど歯が抜けているので、笑うとオバケのような不気味な顔になる。
「登和さんこそどうや?元気しとったか?」
「ぼちぼちやな。」
「不死身の研究は進んでるか?」
「相変わらずや。今日もダメだし喰らってきたとこや。」
そう言ってカバンを叩いてみせると、「登和さんはえらいなあ」と言った。
「えらい?なんで?」
「夢を諦めへんのはええこっちゃ。俺かて昔はなあ・・・・、」
「役者になりたかったんやろ?」
「全然目が出えへんかったけどな。でもあと一年、あと一年だけって続けとるうちに、いつの間にか40手前やった。
転職しようにもマトモな所は採ってくれへんし、かといってこのまま役者続けてもなあと思て。迷っとるウチにこれや。」
手を広げ、ボロボロのジャンバーを見せつける。
「仕事もない、夢も叶わん。でもいつかどうにかなるやろうと油断してたらこのザマや。
役者と乞食は三日やったらやめられへん言うけど、あれはホンマのことやで。」
甘酒を呷り、またオバケみたいな顔で笑う。
その顔には、ここまで落ちてしまった後悔よりも、気楽な生活に満足している安堵感があった。
「もうなんべんも聞いた話や。耳にタコが出来てまうで。」
「こういう生活しとったら、なんにも無いからなあ。昔の思い出くらいしか喋ることあらへん。」
「確かにな。」
何にも縛られない生活は楽である。
しかしそれと同時にハリがないのも事実だ。
だからこそ松本さんは、いつだって昔話をするのだろう。
夢があり、輝いてた時の話を。
「登和さんももろたら?」
そう言って紙コップを向けてくるので、「そやな」と貰いに行った。
しばらく並んだ後、温かい紙コップを受け取った。
上品に白く濁った甘酒は、鼻をくすぐる良い香りを立たせている。
一口すすると、鼻の奥まで甘い匂いが広がった。
「ああ〜・・・寒い日はこれに限るな。」
二口目をすすっていると、松本さんが羨ましそうに見つめていた。
「どうした?」
「それ・・・よかったら貰えんか?」
「甘酒?さっきアンタ飲んだやろ?」
「もう一杯欲しいてな。」
「そら無理や。一人一杯までやさかい。」
目を逸らし、また甘酒をすする。
松本さんは近づいてきて、ボロボロの腕時計を差し出した。
「これと交換してくれへんか?」
「はあ?いらんがなそんなボロ時計。俺かて時計くらい持ってねんで。」
松本さんのよりはマシな時計を見せると、「予備で持ってたらええやないか」と諦めない。
「だからいらんがな。これは俺の甘酒や。」
背中を向け、ズズっとすする。
すると「ケチくさいガキやの」と言われた。
「はあ?」
「甘酒くらいええやんけ。」
「・・・お前な、さっきからなんや?喧嘩売ってんのか?」
普段は決してこんな口の利き方をする奴ではない。
よほど腹が減っているんだろうと思ったが、こんな態度ではカチンとくる。
「松本さん、アンタ昔からの知り合いや。しょうもないことで喧嘩したあないねん。それ以上いらんこと言わんといてくれるか。」
怒りを抑えながら言うと、「三日前からなんも食べてないねん」と答えた。
「なんやて?」
「この三日、なんも口にしとらん。」
「でもアンタ、ちょっと前まで原発の仕事に行ってたんと違うんか?」
「そや。」
「あれええ日当やろ?住み込みで飯もつくし。」
「一日で辞めた。」
「なんでまた?放射線が怖かったんか?」
「それが怖いんやったら、元々行ってへんがな。これのせいや。」
そう言って薄汚れたジーンズの裾を捲くる。
そこには大きなコブが出来ていた。
右足のくるぶしの近くが、ピンポン玉を入れたように盛り上がっている。
「どうしたんやそれ!仕事中に打ち身でもしたんか?」
「ちゃう。原発に行く前から出来ててな。」
「あんたその足で作業する気やったんか?」
「そや。」
「よう雇てもろたな?」
「見せへんかったからな。でもいざ始まったらキツイのなんのって・・・・。
歩くたびにズキズキして、半日もする頃には立てへんようになってな。」
「そら仕事は無理やわ。」
「だから困ってんねん。これじゃおまんまの食い上げや。」
空腹を我慢するように、グッと唾を飲んでいる。
《それで甘酒をそこまで欲しがって・・・・。》
三日の間なにも食べていないというのは、さすがに堪えるだろう。
俺は少し迷ったが、「ええで」と紙コップを差し出した。
「事情が事情や。飲みいな。」
「ええんか!おおきに。」
両手で受け取り、美味そうに飲んでいる。
本当は俺が飲むはずだった甘酒なのに・・・・。
《アカンな。この前の爺さんのことがあってから、妙な施し癖がついてもた。》
実はつい四日前にも似たようなことがあった。
スーパーでロールパンの袋詰めを買った後、ばったりと知り合いのホームレスに出くわしてしまったのだ。
そいつはやつれた顔をしながら、『それ一個貰えへんか?』と寄ってきた。
いつもなら突っぱねるのだが、あの爺さんの死に様が頭から離れないでいた。
あの歳で何もかも失い、最後は誰にも看取られることなく逝ってしまった。
それを思うと、いつものように突っぱねることが出来なくなってしまったのだ。
結局、一つどころか三つも持って行かれ、俺のは半分になってしまった。
もしあの爺さんのことさえなければ、その甘酒だって俺の胃袋に・・・・。
「ごっそさん。」
松本さんは空になった紙コップを差し出す。
「美味かったか?」と尋ねると、「美味かったわあ」と笑った。
「ごっそさん。」
「自分で捨てんかい。」
シッシと手を払い、その場を後にする。
これ以上傍にいたら、何をねだられるか分かったもんじゃない。
「登和さん。」
そら追いかけてきた。
次は何をねだるつもりか?
焼きイカか?
それともトウモロコシか?
俺は無視して歩き続けた。
すると突然「痛ッ!」と叫び声が聴こえた。
振り向くと、松本さんが足を押さえて倒れていた。
「大丈夫か!?」
慌てて駆け寄ると、「足が・・・・」と呻いた。
「痛いんか?」
「ズキズキして・・・・。」
「そこのベンチで休め。」
肩を貸し、ベンチまで運んでいく。
祭りの客たちが何事かと目を向けてくるので、「すんまへん」と愛想笑いを振りまいた。
「ほれ、ここに座れ。」
「すまん・・・・。」
腫れた足を撫でながら、辛そうに顔を歪めている。
「登和さん・・・・。」
「なんや?」
「この足じゃ仕事できへん・・・・。」
「やろな。」
「すまんけど病院代貸してくれんか・・・・?」
「病院代て・・・・そんなもん持ってへんど。」
「明日な、港で解体工事があんねん・・・・。」
「解体工事?」
「ほら、一昨年に潰れた漁港あるやろ?あの廃工場を潰すらしいんや。」
「そうなんか?持ち主は再開を目指してるって聞いたけど?」
「諦めたんやろ。あんなもん持ってても、税金で損するだけや。潰して駐車場にでもするんと違うかな・・・・。」
「あんなとこに駐車場作って誰が借りるねん。」
「例えばの話や。とにかく明日、そこで解体工事があるわけや。登和さんもうどうや?仕事が貰えるで。」
そう言って歯のない口で笑う。
俺は立ち上がり、「アホぬかせ」と突っぱねた。
「要するにアレか?アンタの病院代の為に、俺に稼いでこい言うつもりやろ?」
「もちろん返すがな。でも足がこれやさかい・・・・、」
「あのな、いくら知り合い言うたかて、そこまでする義理はないど。身内でもあるまいし。」
「頼むわ登和さん、アンタしか頼りがおらへんねん。」
手を合わせ、拝むように頭を下げる。
辟易としてきて、「付き合うてられるか」と突き放した。
「俺は忙しいねん。不死身の研究という夢があるんやからな。」
「頼むわ!この通りや!!」
「知らんもんは知らん。せやけどええ話聞いたわ。」
軽い財布をポンと叩く。
「あの工場デカイからな。あれを解体するとなると、一週間やそこらじゃ無理やろ。ええ稼ぎになるわ。」
踵を返し、「ええ情報ありがとう」と手を振った。
「おい!それ俺が教えたった仕事やぞ!ほんなら見返りくらい寄こさんかい!」
「見返りやったらあげたやろ。さっきの甘酒を。」
「あんなもんで割りに合うかい!」
「何を吐かしとんねん。あんなに飲みたそうにしとったクセに。」
コイツの病院代を払うなんてまっぴらゴメンだ。
仕事が出来ないのは可哀想だが、俺だって余裕のある身じゃない。
善人ぶって施しをしている暇などないのだ。
「ほなな松本さん。早よ足治しや。」
「その金が無いから頼んでんのやろがい!」
「他の誰かから借りてくれ。俺はアンタの親兄弟でもないでな。」
「みんなから断られたから頼んどんじゃい!娘にも突っぱねられたから。」
「なんや?アンタ娘おんのかいな?」
「昔に女房と別れた言うやたろ。」
「そやったかな?」
「娘が二人おるんじゃい。どっちからもアンタなんか親やないと言われて・・・・・、」
「そら大変やな。せやけどしゃあないで。捨てた家族は味方にはならへん。自分が悪いんやから。」
「だからアンタに頼んでんねや!」
「俺はそんなお人好しと違うど。他当たれ。」
「この薄情もん!仲間が死んでもええんかい!」
何か喚いているが、もう相手にする気はない。
背中で聞き流し、賑わう神社を後にした。
「何が仲間や。ただの顔見知りやないか。」
甘い顔を見せると、いくらでもつけ上がってくる奴がいる。
松本さんはその典型だろう。
娘がいるとは初耳だったが、捨てた家族に頼ろうというその根性からして、とても仲間だとは思えない。
少なくとも俺は、アイツや息子たちに頼ろうとしたことなど一度もないのだから。
《捨てた家族は戻って来えへんねん。全部自分が悪いんやで。》
まだ神社で嘆いているであろう松本さんに語りかける。
正直なところ、彼がどうなろうと知ったことではない。
あの爺さんのことがなければ、甘酒すら振舞わなかっただろう。
「無駄な善意は身を滅ぼすだけや。」
車に乗り込みながら、ボソっと呟く。
人は誰でも自分の人生に責任がある。
それが自分で選んだ道なら尚更だ。
俺だって夢は上手くいかないし、未来の想像なんてしたくないほど辛い状況に置かれている。
しかしそれもまた自分で選んだ道。
いつかあの爺さんのように死んでしまったとしても、言い訳出など出来ないのだ。
「・・・・まあええ。仕事にありつける話が聞けたんや。甘酒も無駄やなかったな。」
金があれば食い物には困らない。
そうなれば論文にも身が入るというもの。
傑作を仕上げ、先生の所へ持って行くのだ。
次こそはギャフンと言わせてやると、白紙の紙束に誓った。

 

風のない夜 第六話 船のない港(2)

  • 2017.09.07 Thursday
  • 11:51

JUGEMテーマ:自作小説

海はいい。
特に波の音がいい。
かつて漁港だったこの港。
一昨年に潰れたそうだが、それ以前は賑わっていた。
あれはいつだったか、牡蠣を食いに来たことがある。
日当が入ったので、ちょっとばかり贅沢をしようと、港近くの店でカキフライを食ったのだ。
大ぶりな牡蠣の身には、旨味と苦味が凝縮されていた。
あの時、大勢の人間がここで賑わっていた。
それが今では閑散としている。
遠くに築かれた堤防のせいで、海が濁ったからだ。
主な収入源だった牡蠣は大打撃を受けた。
どうにか細々と漁をしていたみたいだが、潮の流れの関係で、そこまで魚が獲れないと聞いた。
それでも頑張って港を守ろうとしていたようだが、まさか潰れていたとは・・・・。
港の人たちはさぞ怒っただろう。
あんな堤防が必要なのかと。
無駄な公共事業だとか、地元の議員とゼネコンが癒着しただとか、色んな噂が流れていた。
しかし過去に大きな災害に見舞われたこともあり、強固な堤防が必要だろうという意見もあった。
南海トラフの大地震が起きれば、ここにも津波が押し寄せる。
東北の津波を見ては、海の怖さを実感せずにはいられない。
あの堤防が生まれたのはなぜか?
議員とゼネコンの癒着か?
それとも災害に対する備えか?
理由はどうあれ、この港は廃れてしまった。
かつてカキフライを食った店はもうない。
雑草の茂る空き地に変わっていた。
牡蠣を卸していた工場も、夜になれば幽霊が出そうな廃墟に変わっている。
人がいなくなると、たった二年余りでこうも朽ち果てるのかと思うと、奇妙な哀愁がこみ上げた。
人が賑わっていた港に背を向け、海を見つめる。
するとそこにも哀愁がこみ上げる物があった。
もう誰も乗らないであろう船が、三つほどプカプカと揺らいでいたのである。
碇にロープが巻き付けられてはいるが、主のいないその船は、行き場を失くして彷徨っているように見えた。
建物も船も、人が管理してこそ。
人の手が入らなくなった人工物は、人が消えるのと同時に、魂まで抜かれてしまうのかもしれない。
船へ近づき、窓の中を覗いてみる。
当たり前だが誰もいない。
隣の船も誰もおらず、三つ目の船も覗いてみた。
すると人影らしきものが見えて、思わず目を凝らした。
《オバケ?》
そう思ったが、今は昼前だ。
オバケが出るには早い。
じっと中を覗いていると、人影は視線から逃れるように姿勢を低くした。
「・・・・・・・。」
廃墟となった港の船に人がいる・・・・・。
考えられることは一つしかない。
《ホームレスか?》
俺も似たような身分なので気になってしまう。
このまま去るか?
それとも声を掛けてみるか?
迷っていると、後ろから「何してるんです?」と声がした。
振り向くとパトカーが停っている。
若い警官が顔を覗かせ、怪訝な目を向けていた。
「何って・・・・海を見に来ただけです。」
そう答えると、助手席側の警官が降りてきた。
白髪交じりの、いかにもベテラン警官といった風情だ。
「ちょっと幾つかお伺いしてもいいですか?」
口調は柔らかいが、目は笑っていない。
俺は「職質ですか?」と尋ねた。
「そんな所です。ちょっと最近この辺に不審者がいるって話があってね。」
「不審者?なんぞ悪いことした人がおるんですか?」
「いやいや、そうじゃないんだけど。ここに居ついてる人がいるんですよ。」
「ああ、船の中の?」
そう言って指差すと、「また・・・」と警官は顔をしかめた。
「お爺ちゃん、そこ入っちゃダメって言ってるでしょ。」
船に近づき、中を覗き込んでいる。
「それ人の持ち物だから。許可なしに入っちゃダメなんだよ。」
警官は中腰になって、中に隠れる人物に語りかける。
「ほら、早く出てきて。」
クイクイっと手を動かすと、中から腰の曲がった爺さんが出てきた。
小動物のように怯えながら、俺たちを見渡している。
「ほら、上がって。」
警官が手を伸ばすと、それを掴んで船から上がった。
「すんまへん。」
爺さんは曲がった腰をさらに曲げる。
そして「行くとこあらへんもんで」と言った。
「見逃したって下さい。」
「気持ちは分かるけど、これ人の物だから。勝手に入っちゃダメなんだよ。」
「でも住むとこあらへん・・・・。」
泣きそうな顔で訴える。
警官はなんとも言えない顔で俺を振り返った。
「あなたは知り合い?」
「いえ、たまたまここに来ただけで。」
「ふうん・・・・。」
「俺、もう行ってもええですか?」
「ちょっと待って。」
壮年の警官は、運転席の若い警官を呼ぶ。
彼に爺さんを預けると、「ちょっと幾つか質問させてね」と笑顔になった。
嘘くさい表情だが、職質する時はだいたいこういう顔をする。
俺は「なんでも聞いて下さい」と言った。
「免許証ある?」
「はい。」
財布を差し出すと、獲物を狙うような目で睨んでいた。
「車は?」
「あ、そこに。」
空き地を指差すと、しっかりとナンバーを確認していた。
「車検証も見ていいかな?」
「ええ。」
ダッシュボードを開け、車の説明書に挟んだ車検証を渡す。
警官は鋭い目でそれを睨みながら、「お仕事は?」と尋ねた。
「日雇いです。」
「家は?」
「ありません。」
「ん?でもここに住所があるじゃない。」
「ああ、それはお世話になっとる大学の先生ですわ。」
「大学の?」
「昔の恩師なんです。色々事情があって、今は居候させてもろとるんですわ。」
嘘をついた。
俺は先生の家になど住んでいない。
しかし住所がなければ色々と困るので、何かある時は先生の家の場所を書かせてもらっているのだ。
「じゃあその先生の連絡先って教えてもらっていいかな?」
「ええっと・・・・080の・・・・・、」
年に何回かはあることなので、もし警察から連絡がいっても、先生は上手く切り返してくれる。
警官はメモを取りながら、「よくこの辺に?」と尋ねた。
「今日はたまたまですわ。ちょっと落ち込んでたんで、海見て癒されよかなと。」
「ふうん・・・・。ここより隣町の浜の方がいいんじゃない。あっちの方が綺麗でしょ?」
「そうなんですけど、先生が言うには同調効果があるそうで。」
「何それ?」
「落ち込んだ時は、暗い曲の方が癒されるそうなんですわ。だから落ち込んだ時は、あえてこういう港の方が癒されるいうてくれて。
自分の気持ちと似たようなもんの方が、リラックス出来るらしいんですわ。」
「へええ、そうなんだ。」
少し驚いた顔をしながら、「でもアレだよ?」と笑顔を消す。
「この辺って私有地が多いからね。今あなたが車を停めてる所だって、人の持ち物だから。」
「え?そうなんですか?こんな荒地やのに。」
「ここが好きだからって、手放さない人も多いんだよ。いつかまた漁港を再開したいからって。」
「ああ、その気持ちは分かります。俺にもずっと追いかけとる夢があるから。」
「それいいことじゃない。夢があった方が人生楽しいよ。」
「お巡りさんもそう思いますか!」
思わず声が弾む。
「俺はね、夢の為に家庭まで捨てたんですわ。」
「そりゃまた。」
「でも全然上手くいかんでね。それで落ち込んでたんですわ。」
「それでここへ来たと?」
「はい。」
「う〜ん・・・・出来れば隣町の浜の方へ行って欲しいんだけどねえ。」
わざとらしく帽子を取って、演技臭く髪の毛を撫で付ける。
「ここ・・・入ったらあかんのですか?」
「そういうわけじゃないけど、私有地が多いから。漁港の再開を目指す人がいるから、土地を荒らされるのを嫌がるんだよ。」
「はあ・・・すでに荒れてますけど?」
どう見ても廃墟な港。
空き地だって草が茂っているし、店のあった場所だって荒野に変わっている。
「今さら荒れるもクソもないんと違いますか?」
「持ち主にとってはそうは思わないんだろうね。」
「でも港そのものは出入り禁止じゃあないんですよね?」
「まあね。でも余計なトラブルになることも多いから。」
「持ち主が文句言うて来たりとかですか?」
「そんなところ。」
また演技臭く帽子を被る。
パトカーに目をやると、若い警官が困った顔をしていた。
「すいません、泣き出しちゃって・・・・。」
爺さんはパトカーに寄りかかるように立っている。
目を押さえながら、「刑務所入れて下さい」と訴えた。
「行くとこも食いもんもない・・・・。」
「悪いことしてないのにそれは無理だから。」
「ほな悪いことします・・・・万引きでもなんでも・・・・、」
「またそういうこと言う。」
若い警官は辟易としている。
助けを求めるように壮年の警官を振り返った。
「あの人、ずっとここに住みついとるんですか?」
そう尋ねると、「今年の初めくらいからかなあ」と答えた。
「一度船の持ち主にすごい怒られてね。首根っこ掴まれて署に連れて来られたんだよ。」
「そこまでせんでええのに。あんな腰の曲がった爺さんを・・・・。」
「次に見つかったら殴られかねないなあ。」
心配そうに呟いて、「お爺ちゃん」と寄って行く。
「ここにいたらね、また怒られちゃうよ。前みたいに怒鳴り散らされるの嫌でしょ?」
「でも行くとこない・・・・。」
「あれは人の船だから。勝手に入っちゃダメなの。」
「ほなどうしたらええんや・・・・。せめて食うもん買うたって下さい。」
「そういうのは出来ないの。どうにかしてあげたいけど、警官がそういうことするとまずいから。」
「もうお金もない・・・・。」
ポケットに手を突っ込み、いくらかの小銭を取り出す。
あれでは今日一日で食費が尽きるだろう。
しばらく爺さんと警官の押し問答が続く。
助けてほしい爺さん。
助けてやりたいけど、助けられない警官。
じっと見ていると、痛ましい思いがこみ上げてきた。
「あの、ちょっとええですか・・・・。」
財布を開きながら、千円札を取り出す。
「これ・・・ちょっとしかないけど。」
爺さんの目の前に差し出すと、ギョッとした目で睨まれた。
「食うもんないんでしょ?」
「ない・・・・。」
「ていうか今までどうやって生きてきましたんや?」
「食べられる草とか、釣りしたりとか・・・。」
そう言って船を指差す。
「針とか糸とか残ってたから、それ使って。」
「でも餌がないでしょ?」
「ゴミ箱からパンくずとか弁当の残りカスとか持ってくるんや・・・・・。それ撒いてサビキして・・・・。
小アジとかやったら釣れるから、焼いて食うてた。」
「そんなんやったら腹膨れへんでしょ?」
「だから食うもんない言うてるんや・・・・。」
目を押さえ、嗚咽する。
俺は爺さんの手を取って、千円を握らせた。
「ちょっとしかないけど、よかったら生活の足しにして下さい。」
「・・・・ええんか?」
「そら俺も苦しいけど、お巡りさんとのやり取り見てたらね。胸になんかこみ上げて。
ここで会うたのもなんかの縁やし、遠慮せんと。」
渡した千円を、グッと握らせる。
爺さんは「貰ろてもええんかな・・・?」と警官に尋ねた。
「それはお爺ちゃんが決めることだから。」
「ほな・・・・ありがたく。」
千円を見つめ、仏様でも拝むように頭を下げた。
「ほな・・・・俺はもう帰っても?」
「いいよ。でもあんまりここへは来ないようにね。」
会釈を返し、港を後にする。
国道へ出るとき、ルームミラーにはまだ千円を拝む爺さんが映っていた。
「大変やなあ、あの歳であんな生活せなあかんとは。」
おそらく80は回っているだろう。
ああなるまでにどんな事情があったのか?
知りたいが詮索するわけにはいかない。
長く生きていれば、誰だって喋りたくないことの一つや二つはあるのだから。
「落ち着くつもりが、かえって妙な気持ちになってもたな。」
口直しに隣町の浜へ行く。
遠浅の干潟は穏やかで、いつまでも見ていられるほど心が安らいだ。
「同調効果より、やっぱ綺麗なもん見た方が落ち着くわ。」
先生もたまには間違うんだなと、ちょっとした優越感に浸る。
浜のベンチに座りながら、軽くなった財布を叩いた。

            *****

あの港へ行ってから三日間、軽くなった財布をどうにかする為に、仕事に精を出した。
と言っても日雇いなので、定職に就いたわけではない。
しかしそのおかげで財布は重みを増した。
論文の作成は進まなかったが・・・・。
まあこういう事もある。
人は持ちつ持たれつ。
困ったときはお互い様だ。
思いもよらない出来事ではあったが、おかげで気は紛れた。
・・・それからさらに一ヶ月、残暑が薄まる頃まで論文に勤しむことが出来たので、結果オーライとするべきだろう。
仕上がった新たな理論を引っさげ、大学へ向かう。
しかし結果はいつものごとく撃沈。
まあいい。
これも慣れている。
諦めずに続けている限りは、いつか道は開けるはずなのだ。
大学を後にして、ファミレスで赤魚の煮付け定食を頼む。
箸で魚をついばんでいると、ふとあの爺さんのことを思い出した。
「あれからどうしてるやろ。」
あの時の所持金は千円と小銭が幾らか。
とうに食費は尽きて、また小アジでも釣っているのだろうか。
「財布も重うなったし、もう千円くらいならあげてもええかな。」
ずっと面倒を看るつもりなどないが、もう一度くらいならと思った。
さっと飯を平らげて、あの港へ向かうことにした。
今日も国道は空いていて、赤信号でしか足止めをくらうことはない。
人生もこれくらい平坦ならば、あの爺さんのような人間もいなくなるのに・・・・現実は酷なものだ。
やがて港へ近づいて、手前で車を停めた。
また警官がいたら面倒臭い。
ザっと辺りを見渡して、パトカーがいないことを確かめた。
「おらんな。」
ホっとしながら船のある場所まで歩く。
そして窓の中を覗き込むと、この前と同じように爺さんがいた。
腕枕をして横になっている。
「爺さん!」
大きな声で呼ぶが、返事がない。
俺は周りを見渡し、誰もいないことを確認する。
そして船へと降りた。
ドアは開いていて、中が丸見えになっている。
千円を取り出しながら、「爺さん」と入ろうとした。
「これな、もういっぺんだけやけど、生活の足しに・・・・、」
そう言いかけて固まった。
中へ入ろうとしていた足が、重りを付けられたように動かなくなる。
ゆっくりと後ずさり、ヒクヒクと鼻を動かした。
「臭・・・・。」
部屋の中は異様な臭いが漂っていた。
何かが腐ったような臭いだ。
千円を握り締めたまま、恐る恐る中を覗く。
「・・・・・・・・。」
爺さんはこちらに背中を向けている。
一見するとおかしな様子はないが、前を覗き込む気にはなれない。
先ほどから鼻をつく腐敗臭。
部屋の中に腐るようなものはない。
ただ一つ、爺さんを除いては・・・・。
「爺さん。」
もう一度呼びかける。
やはり返事はない。
俺は船から上がって、吐き気のする胸を押さえた。
・・・・生きている人間が腐るはずがない。
爺さんから腐敗臭がするいうことは、つまりそういうことなのだ。
暦は秋、カレンダーは10月の半ば。
しかしまだ残暑は続いている。
以前にここへ来た時よりはマシだが、それでも長袖を着る気分にはなれない暑さだ。
当たり前のことだが、暑い中ではそれなりに腐敗も早いわけで・・・・。
「最近やな、亡くなったの・・・・。」
吐き気のする胸を押さえながら、車に戻る。
「どうしよ・・・・警察に言おか。」
遠くにある船を見つめながら、イライラと足踏みをした。
俺には前科がある。殺人という前科が。
しかも今はホームレスという身分。
免許証に書かれた住所は俺のものではない。
・・・もし警察に通報すれば、色々と話を聞かれるだろう。
その時、根掘り葉掘りと掘り起こされて、あらぬ疑いを掛けられる可能性は大いにある。
俺は何もやっていなが、面倒なことになるのは間違いない。
「・・・・・放っとくか。」
ボソっと呟いた一言は、そのまま決定事項となる。
脳ミソの中では、早くここから立ち去れ!と警報が鳴っていた。
俺は車を反転させて、急いで港を後にした。
「俺が通報せんでも、そのうちパトカーが見つけるやろ。」
ちょっとばかしの罪悪感はあるが、死んだ他人より自分の身が大事だ。
荒い呼吸を落ち着かせながら、信号の続く国道を睨んだ。
しばらく走り、港から離れる。
別れた嫁と会ったあの喫茶店へ入って、熱いコーヒーを流し込んだ。
「これやから不死身の研究は早く実現させんとあかんねん。
もし俺の夢が叶ってたら、あの爺さんかてまだ生きてたはずや。」
これで四度目の「死」の遭遇。
迷いが生じていた夢への道は、迷いのないまっすぐな道へと戻り始めた。
しかしそこでふと思う。
もし夢が叶わないまま、10年、20年と時間が過ぎたら?
いつか俺もあの爺さんと同じような末路を辿るのではないか?
・・・・俺は死にたくない。
だからこそ始めた不死身への夢。
もし・・・もしこの身が滅びる前に実現しなかったら、そこに待っている未来は・・・・。
「やめよ!そんなん考えたらあかん。」
また迷いが出て来る。
それを振り払うように、コーヒーに大量の砂糖をぶち込んだ。
夢が叶うかどうかは誰にも分からないが、続けている限りは可能性がある。
かつて先生が言っていたように、一瞬の閃で道が開けることもあるのだから。
とにかく迷うなと言い聞かす。
それでも消えない迷いは、数日の間俺を苦しめた。
これを払拭するには、また気を紛らわせるしかない。
俺は浜のある海へ行くことにした。
しかし気がつけば、なぜかあの港へ来ていた。
警察はもう爺さんを見つけただろうか?
それとも・・・・、
過呼吸になりそうなほど、心臓が波打つ。
鼓動が聴こえてきそうなほどだ。
ここで引き返せば何も見ないですむ。
早く浜のある海へ行って、余計なことは忘れよう。
・・・・そう思いながらも、足は港へと進んでいく。
まるで独立した生き物のように。
しかし途中まで来た時、「あれ?」と立ち止まった。
「無い・・・・。」
港には三つの船があったはずだ。
その一番右の船で爺さんは死んでいた。
だが今はどこにもない。
黒く澱んだ海水が、岸壁に打ち付けているだけだ。
「・・・・もう警察が見つけたんか。」
俺はこの前ここへ来た時のことを思い出す。
あの時、警官はこう言っていた。
爺さんが勝手に入るから、船の持ち主が困っていると。
もし警察が爺さんを見つけたなら、当然船の持ち主に連絡が行っているはずだ。
だとしたら、ここから船を撤去したとしてもおかしくない。
というより、それしか考えられなかった。
「なんにも失くなったわけか。」
後ろには廃工場がそびえているが、海には何もない。
魂を抜かれたようなあの船は、恐らくだが処分されたのだろう。
そして爺さんの肉体も、煤となって空へ消えたはずだ。
「なんにも失くなってしもたんか・・・・。」
人も物も、いつかは消えてなくなる。
自分がこの世にいたということを全否定されるかのように、姿かたちを残さずに葬られる。
・・・・また嫌な考えが首をもたげる。
10年、20年先の俺の未来。
あの爺さんは、それを映したものだったのではないか?
もうこの港には何もない。
漁港は潰れ、人は去り、船さえも消えてしまった。
いつか俺も、見果てぬ夢と共に、ここから消えてしまう・・・・。
別れた嫁も、克也や晋也も、そして先生も、みんな同じように消えて・・・・。
「死」は避けられないもの。
その死から逃れる為に始めた不死身への夢は、無駄な徒労に終わるのではないか?
馬鹿な夢を追い、家庭を捨てた間抜けな男という肩書きだけが、この首にぶら下がったまま・・・・。
「そんなんは・・・・嫌やな。」
同調効果を求めて、この港へやって来た。
しかし結果はどうだ?
癒されるどころか、かえって辛い気持ちになっただけだ。
足元から力が抜けて、碇の上に腰掛ける。
荒廃した港の光景は、さらに暗い気持ちへと引きずり込んでいく。
「先生・・・間違えてまっせ・・・・。暗い気持ちの時は、暗い場所に来たらあかん。
もう一回おんなじ事があったら、俺は首括るかもしれませんわ。」
ゴソゴソとポケットを漁る。
メモ帳を取り出し、同調効果という言葉を消し去る。
立ち上がることも出来ないまま、船のない港を見つめていた。

 

風のない夜 第五話 船のない港(1)

  • 2017.09.06 Wednesday
  • 10:38

JUGEMテーマ:自作小説

科学には根拠が必要で、それを理解する頭がなければ、論文など作成できない。
しかし世の中には、専門的な教育を受けていなくても、学者以上の頭脳を持つ天才はいる。
だったら俺も・・・・、
「これは無理だよ登和さん。」
先生はいつものごとく首を振る。
せっかく頭をひねったアイデアなのに、ものの五分ほどで否定されてしまった。
「なんでですか?今回のは特別よう考えて作ったんですよ?」
「何度も言ってるけど、科学には根拠が必要なんだ。これじゃ仮説にもなりゃしないよ。」
そう言って論文を突き返す。
「専門的な教育を受けてなきゃ、きちんと科学を理解するのは難しいよ。」
「でも先生、素人でも数学者になった人がおるんでしょう?前に言うてはったやないですか、インドのほら・・・ラマ・・・ラジャ・・・・、」
「ラマヌジャンね。」
「そう、それ!その人、証明の方法とか知らんのに、大学の先生より賢かったって言うてはったやないですか。」
「ラマヌジャンは特殊な例だよ。ああいうのと自分を比べちゃいけない。」
「せやけどそういう人がおるのはおるんでしょ?」
「いるにはいるけど、登和さんは違うよ。」
「そら俺は勉強は出来ませんけどね。せやかて科学はアイデアでしょ?一番大事なのは閃やって、そう教えてくれはったやないですか。」
俺は思い出す。
自殺しようとしていた中学生の頃、先生はこう言って励ましてくれたのだ。
『登和君、どんなものにだって可能性があるんだ。
今まで無理だって思っていたことが、一瞬の閃で道が開けることもあるんだよ。
だから希望を捨てちゃいけない。』
あの時の言葉は今でも残っている。
というより人格の一部にまでなっているのだ。
「どんなもんでも可能性がある。一瞬の閃が道を開くって、先生そう教えてくれたやないですか。」
「よく覚えてるね。」
「あの言葉でどれだけ勇気をもろたか・・・・。もうどうでもええと思ってた人生に、光が射したんですわ。」
「そう言ってもらえるのはありがたいよ。けどね、ちゃんと現実も見ないと。
登和さん、もう多感な中学生じゃないんだから。」
ポンと肩を叩いて、背中を向ける。
「それじゃ俺は仕事があるから。ここにいたかったらいてもいいけど、邪魔だけはしないようにね。」
いつもの通りの反応、いつも通りの言葉。
いったい何十年このやり取りをしてきただろう。
「先生・・・・。」
声を落として呼ぶと、「またお金かい?」と振り向いた。
「この前貸したばっかりだろ?そうそう融資はしてあげられないよ。」
「金の無心やありません。」
「じゃあ何?」
「俺ね、この前別れた女房に会うたんですわ。」
「言ってたね。一ヶ月前だっけ?」
「別れて15年・・・・アイツは俺を恨むどころか、ずっと心配やったと言うてました。俺を捨てて悪かったと。」
「悪いのは登和さんなのにね。」
「ほんまその通りです。もっと罵ってくれたらよかったのに。」
アイツの顔を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。
どうしてこんな良い女を捨ててしまったのかと。
記憶の中にはまだアイツがいるが、その表情はピクリとも動かない。
まるで亡骸のように・・・・。
「アイツの顔を思い出しても、まるで化石みたいに動かんのです。これって未練ですかね?」
「だろうね。」
「俺は情けない男です。せやかて自分で決めた道やから、今さら後に引けんのですよ。」
「でも後悔してるんだろ?あの時家庭を捨てなければよかったって。」
「はい・・・・。」
「別れた嫁さん、再婚するって言ってたね。」
「子供も一人立ちしてしまうし、旦那には先立たれるし・・・・。この先一人ぼっちは寂しいみたいで。」
「登和さんと同い年だっけ?」
「二つ上です。場末のスナックで知り合いまして。」
「すぐに仲良くなったんだっけ?」
「そうなんです。ポツっと身の上話したら、自分もおんなじ境遇やったから同情したみたいで。
出会ってなんぼも経たんうちに結婚しましてん。」
「綺麗な人だったよね。俺も式に行ったから覚えてるよ。」
「器量はよし、中身もよし。それやのに俺と来たら・・・・、」
「後悔先に立たずだよ。終わったことを嘆いても仕方ない。前に進まないと。」
「分かっとります・・・・。せやけどこうも論文を突き返されると・・・・気落ちするというか・・・。」
肩を落とし、ダメだしを喰らった論文を見つめる。
夢のこと、捨てた家族のこと。
色んなことが重なって、身体に力が入らないでいた
「先生・・・・俺はこれからどうしたら・・・・。」
「俺に聞かれても。」
「先生は俺の恩師です。人生の道しるべみたいなもんです。」
「重いからやめてくれ。」
「でも俺の命を助けてくれはった。」
「目の前で生徒が死のうとしていたら、誰だってそうするよ。」
「俺、これからどうしたらええんでっしゃろ?」
痛いほど論文を握り締める。
自分のやっていることは無駄な努力なのだろうかと、悔しさが溢れてきた。
「俺・・・死にとうないんですわ・・・。」
「自殺未遂、殺人の目撃、そして自分自身が犯した殺人。多感な時期にそんな事を経験したら、死を恐るようになっても仕方ないよ。」
「人間は・・・いつか死ぬっちゅうことから解放されるんでっしゃろか?」
「無理だね。」
「無理でっか・・・・。」
「どんな生き物だって、限りある時間の中を生きてるんだ。それは生命が誕生してから変わらない掟だよ。」
「科学の力をもってしても無理でっか?」
「現時点では無理だよ。ていうかこの先も無理だろうね。やるべきじゃないとも思うし。」
「ほな先生は不死身にはなりたあないんでっか?」
「ゴメンだよ。死ねない人生なんて拷問じゃないか。」
「拷問・・・・・。」
「ずっと生きててごらんよ。きっと辛いことの方が多い。」
「いや、一番辛いのは死ぬことでしょ?」
「じゃあ登和さんは今までの人生を思い返して、良い思い出と嫌な思い出、どっちが多い?」
「どっちが・・・・、」
そう問われて顔をしかめた。
良い思い出と悪い思い出の数。
そんなもの悪い方が多いに決まっている。
苦い表情をしていると、先生は俺の心を見透かすようにこう言った。
「そもそも不死身の研究だって、嫌な思い出が重なったからだろう?」
「ええ、それは・・・・、」
「仮に死なない身体が出来たって、不幸がなくなるわけじゃないんだ。生きてれば辛い事の方が多い。
だからいつか死ぬように出来てるんだよ。」
「・・・・それ科学者の答えにしては情緒的すぎませんか?」
「科学者だって人間だよ。なんでも理屈で考えてるわけじゃない。
だいたいね、俺は二流大学の教授だよ?給料が出ないことに対して、いちいち理屈で考えたりしないよ。」
「ほな一流大学の先生やったら変わるんでっか?」
「変わると思うよ。金だけじゃなくて権威や名声も欲しがる。」
「そんなことないでしょ?科学の発展の為とか、好きが高じてやってはる人もおるでしょ?」
「そういう人だって、なんでも理屈で考えてるわけじゃあない。
例えば数学だって、なんでも理詰めじゃないからね。レベルが上がるほど、抽象的な考え方ってのが大事になるんだ。」
「抽象的・・・・。」
「さっき言ったラマヌジャンがそうだよ。専門的な教育も受けていないのに、歴史に名を残すほどの数学者になった。
普通の人にはない閃があったんだろうね。」
「ほら!やっぱり閃が大事なんでしょ?知識とか理屈がどうこうやのうて。」
「そうだね。登和さんが納得するならそれでいいよ。」
「いや、してまへんがな。」
慌てて首を振る。
先生はこうやって質問を煙に巻くのだ。
「この論文がアカンことは分かりました。ほな・・・・これからどないしたら・・・・。」
「海にでも行ってみればいいじゃないか。」
先生は椅子を回し、背中を向ける。
いい加減俺に付き合うのが面倒くさくなったのだろう。
「なんで海でっか?」
「仕事の邪魔。」
「へ?」
「ここにいてもいいけど、邪魔はしないでねって言ったでしょ?」
「ああ、早よ帰れと。」
「そういうこと。それに海を眺めるのはいいことだよ。余計な考えが消えてさ、頭がスッキリしてさ、よしやるか!って気分になるから。」
「それはそうでんな。ほないっちょ海に行ってみますわ。」
立ち上がり、「ほな」と頭を下げる。
「隣街の港がオススメだよ。」
出て行く途中にそう言われて、「は?」と振り返る。
「あの港はすごくいいんだ。人がいなくてさ。」
「確かあそこの漁港・・・・潰れたんでっしゃろ?」
「一昨年にね。いい感じに荒廃してるんだ。」
「荒廃した港見て、気持ちが安らぎますかいな?」
「辛い時はそういう景色の方がいいと思うよ。
例えば落ち込んでる時、明るい曲よりも暗い曲の方がいいっていうからね。」
「ほう、そうなんでっか?」
「同調効果っていってね、自分の気持ちと似たような物の方が、かえって癒されるんだ。」
「同調効果・・・そら始めて聞きましたわ。」
メモを取り出し、ササっとペンを走らせる。
「新しい単語が増えた分、一個賢こうなりました。」
「それはよかった。」
小さく笑って、また背中を向ける。
「ほな、お邪魔しました。」
先生はヒラヒラと手を振る。
俺はドアを閉じ、「同調効果なあ」と呟いた。
「今の自分とおんなじ物の方が、気持ちは安らぐわけか。そらええこと聞いたで。」
メモを読み返し、「同調効果」と繰り返す。
「やっぱり先生はえらい人やな。色んなこと知ってはる。」
俺はこれからどうすればいいのか?
どうやれば夢が叶うのか?
答えはまだ出ない。
しかし落ち込んだままでは良い論文だって書けないだろう。
ここは先生のアドバイスに従って、隣街の港へ向かうことにした。
大学近くのコンビニへ行き、車に乗り込む。
暦は秋でも、九月はまだまだ夏だ。
年々残暑が伸びているから、そのうち秋は消滅するかもしれない。
「四季がのうなって、夏と冬だけになったりしてなあ。」
今の俺は落ち込んでいる。
もしもこの状態がずっと続けば、いったいどうなるのだろう?
夏のような明るい季節は苦しみ、冬のような辛い季節は楽になるのだろうか?
地球は温暖化しているというが、もしも冬さえ失くなってしまったら、一年中明るい季節に苛まれ、また自殺に走るという可能性も・・・・。
「かなんな・・・そうなったら。せやかて冬だけになっても困るなあ。
どんなに気持ちが楽でも、身体が辛いやろからなあ。」
サイドブレーキを下ろし、ハンドルを切りながら国道へ出る。
今日は空いていて、信号待ち以外で足止めを喰らうことがない。
スイスイ走っていけるというのは、なんとも気持ちいいものだ。
人生もこれくらい平坦であれば苦労しないですむだろう。
もしもこの道の先に、不死身の夢が待っていたとしたら?
なんの障害もなく、なんの危険もない先に、一番欲しい宝があったら?
俺はもっとまっとうな人生を歩んでいただろうか?
早々に夢を叶え、家族を捨てることもなかっただろうか?
国道はまっすぐ伸びていて、点在する信号は人生の分岐点のよう。
この国道のように、寄り道さえしなければ、夢にたどり着ける道があったら・・・・、
「俺はまっすぐ歩いてるんかな?実は寄り道してて、それが原因でたどり着けてないだけかもしれへんな。」
自分ではまっすぐ走っているつもりでも、思わぬ所で蛇行している可能性がある。
海を眺め、頭をスッキリさせれば、多少はまっすぐ走れるかもしれない。
そう思うと、アクセルを踏む力が強くなってきた。
赤信号さえ突っ切りたい気分だった。

 

風のない夜 第四話 妻の亡骸(2)

  • 2017.09.05 Tuesday
  • 12:57

JUGEMテーマ:自作小説

最近めっきりと個人の喫茶店が減った。
その代わり、チェーン店のファミレスだの定食屋だのが増えてきた。
俺はレンガ作りの喫茶店でタバコを吹かしていた。
ここもチェーン店の喫茶店で、「カメダ珈琲」という店だ。
去年くらいに俺の住んでいる町にオープンした。
昼間からたくさんの客が入っていて、ガヤガヤと喧しい。
「今はちょうど夏休みか。そら五月蝿さあもなるわな。」
客の半分は若者だった。というより高校生か中学生くらいの子供だ。
あとは休憩中のサラリーマン、家族連れやアベックがチラホラといる。
ストローでアイスコーヒーを啜りながら、雲行きの怪しい空を見上げた。
「一雨きそうやな。」
北の方から分厚い雲が流れてきている。
目を凝らしていると、一瞬ピカリと光ったのが見えた。
俺は腕時計を確認し、「大丈夫かな」と眉を寄せた。
「迎えに行った方がええかな。」
タバコを消し、また空を見上げた。
今日、ここで別れた嫁と会うこになっている。
時刻は午後一時半。
あと30分ほどで来るはずだ。
《アイツは・・・ほんまに俺に会いたがってるんかな?》
一週間前、俺は再び大学に行った。
一日かけてじっくりと考え、答えを出したのだ。
『克也、お母さんに伝えてくれるか?俺も会いたいと。』
アイツは『分かった』と頷いてくれた。
その顔はホッとしたような、それでいて不安の混じったものだった。
『オトン、分かってると思うけど、昨日俺にしたようなことをオカンにやったら許さへんで。』
鋭い目で睨まれた。
本気で怒っているのが伝わってきた。
『昨日は悪かった。手荒なことしてほんまにすまん!』
膝に手をつき、頭を下げる。
克也は『信じるで』と頷いてくれた。
そして今日、客の多いこの喫茶店で待っているというわけだ。
この一週間、緊張のしっぱなしで、論文の作成が進まなかった。
いつも持ち歩いているカバンには、ほとんど白紙の紙の束が入っている。
そいつをポンポンと叩きながら、「しばらく待っといてくれ」と言った。
「お前を捨てる気はない。心配すな。でも今日は過去にケジメをつけなアカンのや。まずはアイツに謝らな。」
少なくなったアイスコーヒーを啜りながら、暗くなっていく雲を眺めた。
それから30分後、店に一人の女が入ってきた。
その顔を見るなり、俺は立ち上がった。
背中に電気でも流されたかのように。
アイツはキョロキョロしている。
俺は声を掛けようとしたが、緊張のあまり上手く喋れなかった。
代わりに手を挙げ、大きく振って見せる。
「・・・・・・ああ!」
アイツがこっちを振り向く。
ニコっと笑い、小走りにやってきた。
「すごい雨やわほんま。」
窓の外は夕立。
ハンカチで肩を払いながら、「克也に送ってもらって正解やった」と言った。
「自転車で行く言うたらな、そんなんアカンって車出してくれて。」
「・・・・そうか。ほんま母親思いやなアイツは。」
目を見ることが出来ず、俯いたまま答える。
「何しとん。」
「え?」
「立ったままボーっとして。」
「あ、ああ・・・・そやな。」
短く息を吐きながら、ソファに腰掛ける。
まだ目を会わせることが出来なくて、ほとんど空になったコーヒーを啜った。
「もうないやん。お代わり頼んだら?」
「そ、そやな・・・・。」
「私はあったかいのがええわ。紅茶にしよかな。」
ピンポンを押し、店員を呼ぶ。
アイスコーヒーのお代わりと紅茶を頼んでから、ようやく目を合わせた。
夏だというのに、寒そうに腕を抱いている。
「・・・・どうした?」
「ん?」
「えらい腕さすっとるから。」
「冷え性でな。ここクーラー効きすぎやわ。」
「冷え性?どっちかいうたら暑がりやったんちゃうんか。」
「人って歳によって体質が変わるんやて。5年ほど前からかな・・・・夏でも寒う感じるようになったんは。」
そう言って薄いカーディガンを羽織った。
「ほな冬はもっと大変やな。」
「地獄やでほんま。朝から熱いシャワー浴びんと動けへんほどやから。」
しばらく他愛ない話が続く。
運ばれてきたコーヒーを啜りながら、どう言葉を繋ごうかと必死だった。
そんな俺とは対照的に、コイツはよく喋った。
俺と別れてから15年のことを、合間もないほど矢継ぎ早に。
そのほとんどは克也と晋也のことだ。
子育ての苦労は多々あったが、再婚した相手がよく面倒を見てくれたこと。
克也も晋也も素直で良い子に育ってくれて、それが何よりも嬉しいこと。
自分が背負った苦しみを、あの子達に感じさせることがなくて、本当によかったこと。
子供達はよく笑い、その笑顔を見ている時が、一番幸せだったこと。
この15年、嘘なんじゃないかと思うほど、とにかく幸福だったらしい。
俺はただ頷くことしか出来なかった。
俺の知らない15年。
それを聞くのは新鮮だったし、何より俺への不満がたっぷり篭った口調だった。
でもその方がいい。
そうやって皮肉混じりに罵ってくれた方が、下手に気を遣われるより楽だ。
一通り喋り終え。冷めた紅茶に口をつける。
「それ冷たいやろ?あったかいの頼も。」
店員を呼び、紅茶のお代わりを伝える。
するとコイツは可笑しそうに笑った。
「なんや?」
「昔はそんな気い利く人やなかったのに。」
「・・・・申し訳ないと思うとる。お前にも子供らにも。」
「もうええんよ。アンタと別れたおかげで、あんなにええ人と出会えた。
そのおかげで克也も晋也もええ子に育ってくれたんやから。他の人じゃああはいかんかったと思う。」
「克也にも聞いた。ほんまにええ親父さんやったって。」
「持病さえなかったら、もっと長いこと一緒におられたのに・・・・。」
「残念やったな。」
辛そうにするその顔は、本当にその男を愛していたんだろうと思う。
克也は男として見ていなかったと言うが、きっとそれは間違いだ。
いくら子供の為とはいえ、なんの愛情も沸かない男と一緒になることはないだろう。
《まだまだガキやなアイツらも。》
新しいタバコに火を点ける。
ふっと煙を吐くと、窓を這うように昇っていった。
「まだあの夢追いかけてるんやってな?」
唐突に問われて、少し身構える。
火を点けたばかりのタバコを消して、真っ直ぐに向かい合った。
「お前に会うたら、最初に謝らなあかんと思うてたんや。」
立ち上がり、「すまんかった」と頭を下げる。
「自分の夢の為に、お前にも子供らにもえらい迷惑をかけてしもた。堪忍や。」
「謝らんでええがな。アンタと別れたおかげで、あんなええ人に出会えたんだやから。」
「でも俺はお前らを捨てた。あのままおっても俺がええ親父になれるとは思えんかったけど、申し訳ないとはずっと思ってた。」
「だからもうええって。済んだ話や。」
「せやけど・・・・、」
「さっき皮肉も込めていっぱい愚痴ったから。だからもうええ。」
「・・・・・・・。」
何も言えないまま、しばらく頭を下げ続けた。
「・・・夢は・・・まだ捨ててないんや。」
「うん。」
「これを捨てたら、お前らを捨てた意味もなくなってしまうさかい。」
「うん。」
「でもこの前・・・・克也にオモチャやと罵られて、ついカッとなってしもた。俺は最悪な親父や。」
「克也より晋也が怒ってたわ。俺が一緒やったら殴り飛ばしとるって。」
「そうしてくれて構へん。久しぶりに会うた息子に手え挙げようとするなんて・・・・。」
「あの子も悪いんよ。ちょっと言い過ぎや。」
「そんなことあらへん!ちょっと罵られたくらいで喧嘩するなんて・・・・ほんまアホや俺は。」
「ええから座りって。他のお客さんも見てはるから。」
顔を上げると、チラチラと好奇の目が向けられていた。
俺は構わないが、コイツが恥を掻くのはよくない。
腰を下ろし、残ったコーヒーを啜った。
「ほんまはな・・・・今日会うのが怖かった。」
「ごめんな、あの子らが私にいらん気い遣うから。」
「ええんや。あいつらなりに、お前の為になんかしたいと思ったんやろ。」
「でもあんまり母親母親言うてると、彼女からマザコンや言われへんか心配やわ。」
「二人共彼女がおるんか?」
「もちろん。だってええ男やろ?」
「おお、一目見てええ男や思た。きっとモテるやろな。」
「バレンタインにはようさんチョコ貰ってくんねん。でもあんまりにも私のこと大事にしようとし過ぎて、彼女を怒らせたこともあるみたい。
気持ちは嬉しいけど、それで喧嘩いうのは彼女が可哀想やわ。」
「自分を育ててくれた母親や。大事にして何が悪いねん。」
「悪いとは言うてないよ。でもあんまり行き過ぎるとよくない言うてんの。
あの子らかていつか自分の家庭を持つんや。親を大事にするのはええけど、もっと大事な人が出来るんやから。」
本気で心配しているようで、苦い顔をしながら紅茶を飲んでいる。
《ほんまに子供思いやな。》
それからしばらく言葉が途切れた。
コーヒーも空になり、お冷で口を湿らす。
五分、十分と時間が過ぎていく。
何か喋るべきか?
向こうから口を開くまで待つべきか?
悩んでいると、「会えてよかったわ」と呟いた。
「もうアンタとは会わんて決めてた。」
「そらそうやろ。子供らのこともあるし、新しい親父もおるんやし。」
「でも子供らはもうじき一人立ちや。ええ子に育ってくれたのはありがたいけど、子はいつか親の元を離れるもんや。
それにあの人も亡くなってしもたし・・・・。」
「寂しいな・・・・。でも子供らは一人立ちしても、ずっとお母さんのことは助けていく言うてたで。
一人になるわけと違うんや。」
「・・・・さっきも言うたけど、いつか親より大事な人が出来る。その時にあの子らのこと縛りたあないんや。
親孝行もええけど、ちゃんと自分のことを考えて生きてほしい。」
「そらそうやけど、親思いはええこっちゃ。」
「気持ちは嬉しいんやで。でもやっぱりな、あんまりお母さんお母さんいうのはな・・・・あの子らの人生に差し支えると思う。
ボケようが寝たきりになろうが面倒見てくれるいうけど、そんなこと望んでないねん。
いつか自分の家族が出来たんやったら、私のことなんか放っといてって言うてあんねん。」
小さく笑い、紅茶から手を離す。
「あの子らはこれから自分の人生を歩くんや。私が親として出来る限りのことはしてやったし、恩返しなんて望んでへん。
夢やったあったかい家庭は、あの子らとあの人のおかげで叶ったから。」
「ほな・・・・これからどないするんや?旦那も亡くして、あいつらも遠ざけてもたら、それこそ一人やないかい。」
「そやな。さすがにそれは寂しいわ。だから・・・・もういっぺん再婚しよか思ってな。」
そう言ってまっすぐ俺を見る。
また動悸が速まる。
そんな事など期待していなかったはずなのに、心のどこかに隠れていた微かな期待が膨らんできた。
「お前・・・再婚ってまさか・・・・俺とか?」
そう尋ねると、「違うがな」と笑われた。
「最近な、仲良うしてくれる人がおんねん。向こうも何年か前に奥さん亡くしはったみたいでな。」
「ああ・・・・・。」
「子供さんらはもう立派な大人やし、年に何回かしか会わへんそうでな。
最初はどうってことなかったけど、歳取るに連れて寂しさが募ってきたみたいで。」
「・・・・・・・・。」
「次男の息子さんが一緒に住まへんか言うてくれてるらしいけど、自分の家庭があるのに、転がり込んだら悪いって断ったらしくて。」
「・・・・ええやないか。子供がそう言うてるんやったら甘えたら。」
「真面目な人やねん。どっかあの人に似てるわ。」
そう言って夕立がやみ始めた窓に目を向ける。
「ほんまはな、あの人との間に子供が欲しかった。でも40幾つで出産となると、色々と考えてまうから・・・・。
だからあの人とも相談して、今おる子供をとことん可愛がろうって決めたんや。」
「・・・・・・・・。」
「もう子供は望まへん。それにあの子らに余計な負担は掛けたあない。世話になるのはゴメンや。」
窓から目を逸らし、俺に視線を戻す。
やや演技臭い仕草ではあったが、昔からそういう所はあった。
意識せずにやっているのだろう。
「・・・・その人がな、いつかは一緒になりたいなって言うてくれはって。迷いはあるけど、前向きに考えよかなって思ってんねん。」
「・・・・そうか。またそういう相手が見つかったんやったら・・・・ええこっちゃ。」
「あの子らが勝手に気い利かせて、こうしてまたアンタと会うことになった。ちょっとだけ感謝しとるんや。」
「感謝・・・・?」
何が言いたいのか分からず、やたらと声が低くなってしまった。
息を飲んで返事を待っていると、そっとテーブルの伝票を引き寄せた。
「ずっと気になってたんや。とんでもない夢を掲げて、家族まで捨てて・・・・今頃どうしてるんやろうって。」
「・・・・・・・・。」
「アンタのことが好きやった。せやけど・・・私はなんでもかんでも子供らを優先して、アンタの気持ちを汲むことが出来へんかった。」
「そんな・・・・俺の勝手やのに・・・・、」
「自分で選んだ男や。」
「約束を破ったんは俺の方やから・・・・、」
「そうなるんちゃうかと、ちょっとは予想しとった。それでも選んだんは私や。
アンタが出来へんことは、私がしっかりやればすむって覚悟してた。
でもな、実際に子供が出来たらそうもいかへんようになって・・・・、」
「子供のことは全部お前に押し付けてた。ようさん負担かけて悪かった。」
二度目の謝罪。
また頭を下げると、「そうやない」と言われた。
「そういう事とちゃうねん。」
「ほなどういうことや?」
「別に私は構へんねん。ただな、子供が出来たら、とにかくこの子らを幸せにしてやりたいって思ったんや。
でも私だけじゃ足りへん。だって両親がおるのに、片親みたいになるなんて・・・・子供らにとって良くないって・・・・。」
「俺は知らんオジサン扱いやったからな、空気も同然や。」
「それが嫌やったんよ。そんな家庭で育ったら、いつかあの子らもそうなってしまうかもしれへん。
生まれてくる子供に向き合わへんような大人に。
別にな、アンタの手伝いなんてなくても、私は子育てはやるつもりやったよ。
正直な所、あんたに器用なことは期待してなかったから。」
「すまん・・・・。」
「でもそれは私の理屈やん?あの子からからしたら、父親がおるのに相手にしてもらえへんとなると、まっとうな大人になれるかどうか不安やった。
だから別れたんや。アンタが嫌いやったわけと違うで。」
そう言ってもらえるのはありがたかった。
それと同時に、居心地の悪い妙な気持ちもあった。
罵ってくれた方がもっと楽だ・・・。
「もうあの人もおらん、子供らも一人立ちしていく。そうなった時、急にアンタに申し訳なくなって・・・・、」
「そんな・・・・そんな言い方せんといてくれ。悪いのは俺なんやから。」
「自分から別れた男や。今さらヨリ戻そうなんて都合のええこと思ってへん。」
「都合がええのは俺の方やないか・・・・。」
「でもずっと気にはなってた。大きな夢持ったまま、ちゃんと生きていけるんやろかって。
それにお義母さんのこともあるから、まっとうな仕事は見つかるかな、ええ人はちゃんと見つかるかなって。」
「・・・・・・・。」
「ずっと心配やった。それがふと口に出るようになってもてな。それをあの子らに聞かれて、こうして気い遣われて・・・・。
アンタかて15年も前に別れた女に会いたあなかったやろうに。」
「そんな!嫌ちゅうことはない。俺は嫌々来たんと違うで。」
「分かってる。分かってるけど・・・・でもわざわざ会うてくれてありがとう。」
今度はコイツが頭を下げる。
俺は「そんなことせんといてくれ」と止めた。
「そんなんされたら・・・・俺はどうしたらええんか・・・・。ずっと恨まれてる思ってたのに。」
「一人にさせてもて悪かったね・・・・ほんまにごめん。」
もう何も言えなかった。
再婚のこと、そして俺に対して申し訳ないと思っていたこと。
どれもが予想外で、何も言葉を返せない。
「今でも大事な夢なんやろ?」
そう言ってカバンを見つめる。
「あの時とおんなじカバンや。中には論文が入ってるんやろ?」
「・・・・そや。」
「アンタは自分の夢を選んだ。不死身の身体なんてとんでもない夢やけど、それはアンタが決めや道や。誰も文句は言われへん。」
「・・・・・・・・。」
「私はこれから自分の為に生きる。アンタも自分の夢を大事にな。」
「ああ・・・・。」
「心配せんでも、もう会いに来たりせえへんから。アンタの夢を邪魔するわけにはいかへん。
今日・・・・こうして会ってくれて、ほんまにありがとう。」
伝票を持ったまま立ち上がる。
俺もつられるように立ち上がった。
「ここは俺が・・・・、」
「ええって、会ってもらったんやから。」
「そんな・・・・これは克也らが勝手に・・・・、」
「あの子らに気い遣わせたんは私や。だから私が会いに来たようなもんや。」
「・・・・・・・・・。」
「元気な顔が見れてホッとした。アンタの夢が叶うように祈ってるから。」
仏か菩薩か?
優しすぎるその心遣いに、かえって胸が締め付けられる。
夢を選んだことに後悔はないが、果たして家庭を捨てたことは正しかったのか?
あの時、別の答えを選んでいれば、俺は今でもコイツと・・・・・。
「ほなな、元気で。」
微笑みを残しながら去って行く。
カランと鳴るドアの音は、寂しさよりも後悔を感じさせた。
「俺は・・・・アホやな。あんなええ女を捨てたなんて・・・・。」
アイツの言う通り、もう二度と会うことはないだろう。
いや、元々会えるとは思っていなかったので、今日の再会は喜ぶべきなのかもしれないが・・・・、
「タイムマシン・・・・あったらええのにな。」
じんわりと、ゆっくりと後悔が滲んでくる。
ジワリジワリと広がって、ほんの少しだけ夢の部分を侵食していった。
夢を選んだことに悔いはない・・・・・はずだった。
しかしそう言い聞かせることで、自分を慰めていたのだろうか?
広がり続ける後悔の波は、夕立雲のように夢を覆っていく。
いい女だった、いい母親だった。
もう二度と会うことはないのだと思うと、家族を捨てた過去の自分に、焼けるほどの怒りが湧いてくる。
さっきまで見ていたアイツの顔。
記憶の中にあるその顔が、亡骸のように動かなくなっていた。

 

風のない夜 第三話 妻の亡骸(1)

  • 2017.09.04 Monday
  • 09:24

JUGEMテーマ:自作小説

昔に捨てた家族。
15年もの間会っていなかった。
親に恵まれなかった俺と嫁。
結婚する時、子供に辛い思いだけはさせないでおこうと約束した。
しかし俺はその約束を破った。
自分のことにばかりかまけて、家庭をほったらかしにした。
かつてこの手で殺した、どうしようもないダメ親。
俺自身があのお袋と同じような親になっていたのだ。
《血は争えんのやな・・・・。》
ここは理工系の大学・・・・の、ロボットアニメ同好会の部屋。
壁にはアニメのポスターが所狭しと貼られている。
棚にはプラモデルやロボットの本、ゲーム機などが並んでいる。
目の前の机には、かつて息子に買ってやったのと似たような恐竜型のロボットが立っていた。
金髪の生徒がスイッチを入れると、目を光らせながら歩き出した。
《懐かしいな。》
上の息子がまだ四歳の頃、誕生日にプラモデルをせがまれた。
子供から何かをせがまれるなんて、初めてのことだった。
知らないおじさんと思われていた俺だが、なぜかあの時だけは「お父さん」と呼んでくれた。
きっと嫁が言わせたのだろう。
何一つ父親らしいことをしていなかったので、誕生日くらいはきちんと向き合えというメッセージだったに違いない。
俺は二人の息子と出かけた。
近所の電気屋へ行き、オモチャのコーナーへ引っ張られた。
『これがええ。』
息子が手にしたのは、息子の半分ほどもある大きな箱だった。
恐竜型のロボットで、電池を入れると動くという。
子供用のオモチャにしては中々の値段だったが、普段の俺の行いを顧みれば、高いことはない。
『これでええんやな?』と受け取ると、当然のように下の息子もオモチャを差し出してきた。
こっちはヒーロー物の人形だ。
まだ三歳だったが、ニコっと笑うその顔は、兄に便乗する強かさを備えた、憎めない笑顔だった。
二つを抱え、レジへ向かう。
家に帰ると、二人してオモチャに没頭していた。
兄は難しい顔をしながら、プラモデルを組み立てている。
弟は人形片手に、戦闘音を口ずさみながら、架空の敵と戦っていた。
しばらくはオモチャの虜になっていた息子たちだったが、弟の方はひと月ほどで飽きてしまった。
対して兄はずっとオモチャにハマっていた。
貯めた小遣いで新しいプラモデルを買い、接着剤を使って、様々なパーツを組み合わせていた。
自分流のロボットが欲しかったらしい。
嫁と共に家を出て行く時も、大事そうに抱えていた。
今、目の前にあれと似たオモチャが歩いている。
懐かしさがこみあげ、思わず手を伸ばすと、「あ、触るのはちょっと・・・」と止められた。
「あかんのか?」
「素手はちょっと・・・・。汗の塩分で痛むんですよ。」
「えらい細かいこと言うんやな。」
「それもう売ってない奴なんです。15年前に出たやつで、再販もされてないんですよ。」
「プレミアもんちゅうことやな。」
「オークションで売ったら5万とかいくんですよ。」
「こんなオモチャに5万かいな?」
「もう手に入らないですから。」
「マニアっちゅうのはそういうモンを好むんやなあ。」
よく見れば、金髪の男は手袋を填めていた。
ポリ製の透明な手袋を。
《たかがオモチャにようここまで真剣になれるもんやで。》
子供がハマるなら分かる。
しかし大学生ともなれば、もうほとんど大人だ。
それが嬉しそうな目でオモチャが歩く姿を見ているのは、なんとも違和感があった。
《これが最近の若いモンなんかな。》
歩くオモチャを見つめながら、時計に目をやる。
時刻は午前11時50分。
あと一時間ほどでここに息子がやって来る。
窓に目を向けると、雨が横殴りに走っていた。
部屋の中にいても、駆け抜ける風の音が響くほどだ。
「予報より早いこと来たな。」
立ち上がり、吹き荒れる風を見つめる。
キャンパスには傘を差した学生がいて、慌てて建物の中へ避難していた。
「足は速いらしいからな、じきに過ぎるやろ。」
パイプ椅子に腰掛けて、ダメだしを喰らった論文を読み返す。
よく出来た理論だと思うのだが、先生から見ればてんでダメらしい。
「金属生命・・・・できたらどエライ発明やと思うんやけどなあ。」
不死の肉体が誕生すれば、人は死に怯えなくてすむ。
銃で撃たれようがナイフで刺されようが、カスリ傷程度ですむのだから。
《問題は寿命やな。殺されても死なへん身体にはなるけど、年取るとどうなるか・・・・。
全身に錆びが回って、いつかはあの世行きになるんやろか?》
事故、病気、事件で死ぬのは避けられるだろう。
しかし寿命を超越できるかどうかは分からない。
《どないしよか・・・・。不死の身体ちゅうても、寿命でさえ死なへんとなると考えもんやなあ。
どんどん人が増えていくだけになる。住む場所も食うモンものうなってまうで。》
肉体に永遠の寿命を加えるか?
これも大きな課題だった。
《目指すのは不死やから、寿命を受け入れるわけにはいかんわな。でも増えすぎても困るし・・・・難儀やで。》
論文を睨みながら頭を掻く。
どうしたものかと悩んでいると、いつの間にか時間が経っていた。
・・・・コンコンとノックが響く。
「ただいま。」
背の低いメガネの男が顔を出す。
髪も服もずぶ濡れで、「たまらんわ・・・・」と顔をしかめた。
「予報めっちゃ外れとるやん。二時くらいに来るいうてたのに。」
窓を睨み、台風に恨み言を呟いている。
上着を絞り、びしょ濡れになった靴を脱いでいた。
するとその後ろから、やたらと背の高い男が入ってきた。
よく焼けた肌をしていて、見るからにスポーツマンという風貌だ。
やや面長で、鼻筋がピンと通っている。
いい男だ。
そしてその表情には、俺の知る息子の面影があった。
「克也か?」
立ち上がり、遠慮がちに尋ねる。
男は近づきながら「久しぶりやな」と言った。
少し笑みをたたえながら、「オトン、まったく変わってないからすぐ分かったわ」と頷いた。
「俺らがあの家出ていってから15年か。元気しとった?」
「そこそこやな。」
努めて平静を装うが、動悸は速くなっていた。
久しぶりに見る息子は、俺が思っていたよりもずっと逞しくなっていた。
恐竜のロボットを大事に抱えていた印象しかないので、思わず面食らってしまう。
「大きいなって・・・・。」
「まあな。晋也はもっとデカイで。」
「ほんまかいな!」
「190近くあるからな。」
「俺もお母さんもそんなに背え高い方と違うのに。ようそこまで伸びたな。」
「どっかで背え高い人の血い混じってるんやろな。中学ん時から伸び始めて、俺も晋也もずっとバスケしとった。」
「そら活躍したやろな。」
「晋也はな。俺はアカン。デカイだけで運動音痴でな。ずっと補欠やったわ。」
緊張する俺に対し、克也は平然としていた。
しばらく会話が途切れ、曖昧な視線のまま立ち尽くす。
「まあ座ろ。」
克也が椅子を引く。
「おお、すまん。」
俺が腰掛けるのと同時に、克也も腰掛けた。
大きな身体のせいか、ギシギシとパイプ椅子が鳴った。
「晋也は・・・・どうしとる?」
「元気してるで。」
「そうか、そらよかった。」
「ほんまはプロの選手になりたかったみたいやけど、さすがにそこまでは無理でな。
でもスポーツが好きやからって、今は生理学の勉強しとる。将来はスポーツジム建てたいんやと。」
「あいつは子供の頃からしっかりしとったさかいな。お前の誕生日に乗っかって、自分もちゃっかりオモチャねだってたし。」
「あったな。よう覚えとるなあ。」
克也は声を出して笑う。
俺は「今でもよう覚えとる」と頷いた。
「あの時だけや。父親らしいことしたったのは。」
「俺ら完全にお母さん子やったからな。ぶっちゃけオトンのことは知らんオッサンやと思ってたし。」
「お母さんから言われたわ。情けない思わんのかって。」
そう答えると、また声を出して笑った。
「お母さんはどうしとる?元気しとるか?」
「しとるよ。オトンと別れて二年後くらいに再婚してな。」
「おお、ええ相手が見つかったんやな。」
「ええ親父やったで。俺が大学に上がる前に亡くなってもたけどな。」
「そらまた・・・・。」
「元々持病があった人でな。でもほんまにええ人やった。」
「ほな・・・・お母さんは幸せそうやったか?」
「オトンとおる時より断然な。」
皮肉っぽい口調で言われる。
しかし俺は「よかった」とホッとした。
アイツは親に恵まれず、その反動で誰よりも温かい家庭を望んでいた。
あれからいい男に巡り合えたなら、それは俺にとっても救いだった。
「お母さんにはほんまに迷惑かけた。いくら謝っても足りんほどや。」
「再婚するまでは、ちょいちょいオトンのこと愚痴ってたんや。」
「いくらでも罵ってくれたらええ。悪いのは俺なんやから。」
「でもな、最近はちょっと変わってきててな。」
克也の声のトーンが落ちる。
俺は固く身構えた。
「変わるって・・・・どうしたんや?身体でも悪いんか?」
「さっき元気やって言うたやん。」
「ああ、そやな・・・・。ほんならどうした?また気になる男でも出来たか?」
冗談で聞いただけなのに、「近いな」と答えた。
「おお、そうか。ほなまた結婚するっちゅうことか?」
「それはないやろ。一回別れた男やのに。」
「は?どういうことや?再婚相手以外にも男がおったんか?」
「おるやん、目の前に。」
声のトーンだけでなく、目つきも変わる。
俺は口を開きかけたが、克也がそれを遮るようにこう言った。
「オカンな、オトンに会いたがってんねん。」
「んなアホな。俺はお前らを捨てたのに。」
「正直なところ、俺と晋也はオトンのこと恨んでへんよ。だって知らんオッサンやと思ってたし。」
「そら・・・そうか。」
「それに新しい親父はほんまにええ人やったから。俺にとっても晋也にとっても、親父はあの人だけや。」
「そこまで言うんやったら、ほんまにええ人やったんやな。」
「聖人君子みたいな人やったで。ええ人過ぎて、一人では生きていけへんタイプやったな。
でもオカンはそういう人やからこそ選んだみたいや。この人やったら俺らをしっかり見てくれるって。」
「お母さん・・・子供のことを一番に考えとったからな。自分が感じた苦しみを、子供らにも味あわせたあなかったんやろなあ。」
「ぶっちゃけ言うと、男としてはそこまで魅力のある人ではなかったわ。
顔かてええわけとちゃうし、稼ぎがあるわけでもないし。
でもオカン、知ってたんやろな。ええ親父になる男は、金や顔じゃないってことを。」
そう言ってから、「これ絶対にオカンには言わんといてや」と顔を近づけてきた。
「オカンな、別に親父のこと好きやったわけと違うと思うねん。」
「そうなんか?ほななんで再婚なんか・・・・、」
「だから俺と晋也の為やん。」
「ああ・・・・。」
「俺と晋也が笑ってる時が、一番幸せそうにしてたから。」
「ほんまお前らのこと宝もんに思ってたんやな。」
「再婚してからオカンが幸せそうにしてたんは、俺らの笑顔が増えたからや。
そらな、人としては親父のこと好きやったと思うで。家族揃ってよう出かけたし、二人でおる時もよう笑ろてたみたいやし。
でもな、ぶっちゃけ男としては見てなかったと思うわ。その証拠に新しい弟も妹も出来てないからな。」
そう言って肩を竦める。「別に親父の悪口言うてるわけとちゃうで」とフォローしながら。
「とにかく俺と晋也のことが一番やったみたいや。だからこれ以上子供はいらんかったみたいでな。」
「意外やな。あれだけ子供が好きなんやから、新しい家族が増えてもおかしいないと思うけど。」
「だから言うたやん。俺と晋也が一番やったって。なんでかっていうと、それはオトンとの子供やからやんか。」
含みのある笑みを浮かべながら、「もう何が言いたいかわかるやろ?」と言った。
「・・・・何が言いたいんや?」
「オカンがオトンと別れたんは、俺と晋也のことがあったからやん。オトンとおったら、俺と晋也が可哀想やと思ったんや。
でも俺らももう大学生や。俺は今年三回で、ありがたいことにもう就職先も決まってな。
晋也は晋也で、ちゃんと将来設計を立てとる。あと1、2年もしたら、俺らは完全に一人立ちや。」
背もたれに身体を預けながら、「そうなったらオカンは自由や」と言った。
「もう俺らに縛られることはあらへん。」
「・・・・・・・・。」
「ちょっと前からな、ようオトンのこと口にすんねん。今までは全然そんなことなかったのに。
それもきっと俺らに気い遣こてのことやたんやろなあ。新しい親父がおるのに、前の親父の名前なんか出せへんから。」
「・・・・・・・・。」
「せやけど俺も晋也ももうじき大人になる。オカンかて肩の荷が降りるはずや。
ほなポロっと本心が出てきてもおかしいないやろ。」
「それは・・・・まだ俺に未練があるいうことか?」
恐る恐る尋ねる。
動悸は今日一番速くなった。
なにも寄りを戻したいとか、そういう期待をしているわけではない。
ただ・・・・、
「俺はずっと恨まれてると思ってたんや。お母さんにもお前らにも。」
「ほんま自分勝手やったからな。オカンに負担かけすぎやわ。」
「そや・・・・やのになんで今さら・・・・、」
「オカンに会ったってくれんか?」
「・・・・・・・・。」
「オトンに断る権利はないと思うけどなあ。」
「それは分かっとる。全部悪いのは俺や。せやけど会わせる顔がないやんか・・・・。」
いきなり会ってくれと言われても、どう答えていいのか分からない。
克也の言う通り、もちろん俺に断る権利などない。
しかしこの15年の間、捨てた家族のことを考えないわけではなかった。
というより、油断していると頭をもたげてくる。
その度に恨みの声が聴こえてきそうで、それが嫌で極力思い出さないようにしていた。
「・・・・俺はどうしようもない男や。」
「知っとる。」
「やのになんで・・・・・、」
「誤解のないように言うとくけど、これはオカンに頼まれてのこととちゃうねん。」
「え?」
「俺と晋也で相談して決めたことや。」
「・・・・・・・・。」
「ずっとオカンの傍におったんや、俺らは。ほなな、オカンが何を我慢してるかくらい分かるで。」
久しぶりに会う息子は、俺の想像以上に男らしい顔をするようになっていた。
恐竜のロボットを抱えていたあの頃が嘘のように。
それはきっと、母親の愛情と、新しい父親の愛情があったからこそだろう。
もしも俺と一緒にいたら、今でもオモチャを愛する子供のままだったかもしれない。
返す言葉に窮していると、克也はこう言った。
「正直なところ、俺も晋也もオトンのことはどうでもええねん。」
「・・・・・・・。」
「恨みもしてないし、かと言うて会いたいとか寂しいなんて思ったことはいっぺんもない。
血の繋がりがあるっちゅうだけで、それ以外は赤の他人や。」
「そやろな・・・・。」
「でもオカンは違う。いつだって俺らのこと一番に考えてくれた。その為に好きでもない男とまで結婚したんや。
だからな、俺も晋也も、この先オカンに何があっても助けるって誓ってるんや。
寝たきりになろうが、ボケて俺らのこと忘れようが、オカンが死ぬまで助けるって。」
「・・・・・・・・。」
「ほんまはな、晋也も一緒に来る予定やった。アイツかてオトンのことは恨みも愛情も持ってへん。
でもオカンのこと考えたら、顔見た瞬間に殴りたあなるかもしれん言うてな。」
「・・・・・・・・。」
「あんなデカイ奴にどつかれたら大怪我するわ。だから俺だけで来たわけや。」
そう言われては、余計に返事に窮してしまう。
子供たちが勝手にやっていることなら、アイツが本当に望んでいることかどうかは分からない。
表には出さないだけで、心の底では俺を憎んでいるのではないか?
そう思うと、簡単に返事など出来ない。
俯き、黙り込んでいると、「なあ?」と尋ねられた。
「オトンはまだ不死身の夢追いかけてんの?」
「そや、これだけはやめられへん。」
「その為に家庭を捨てたんやもんな。」
「なんぼでも罵ってくれ。俺に言い返す権利はない。」
「だから俺は恨んでないって。ただなあ・・・・。」
面倒臭そうな顔をしながら、これみよがしにため息をついてみせる。
「さっきオモチャを買うてくれた話したよな?」
「ああ、あれだけは今でもよう覚えとる。俺にとって唯一の思い出かもしれん。」
「俺はな、オモチャはとうに卒業したで。」
「・・・・?」
「あのオモチャもどこ行ったか分からへん。」
「そうか。」
「オトンはさ、いつになったらオモチャを捨てるんや?」
そう問われて、「どういうことや?」と顔を上げた。
「だから不死身の身体とかいう夢。いつまでそんなオモチャ抱えてねん。」
「これはオモチャと違うど。俺が人生を懸けてでも・・・・、」
言いかける俺の言葉を、「アホくさ」と切り捨てられた。
「なんやて?」
「ええかげん卒業しいな。」
「・・・・・・・。」
「オカンがな、会いたがってんねん。」
「・・・それはお前らが勝手にそう思ってるだけと違うんか?」
「あのな、俺らはずっとオカンの傍におったんや。いくら隠してても、まだオトンに未練をもっとることくらい分かるから。」
「ガキがいっちょ前に・・・・お前ら結婚したこともないクセに、ええ口の利き方してくれるな?」
「約束破って離婚したクセに、よう偉そうな口利けるな?」
「それに関してはどうこう言えへん。でもな、俺の夢を馬鹿にすることは許さへんで。」
立ち上がり、「もっぺん言うてみい」と睨み付ける。
「久しぶりに会うた息子や。しょうもない喧嘩はしたあない。」
「いや、喧嘩売ってるんそっちやし?」
克也も立ち上がる。
180を越えるであろう長身は、軽く俺を見下ろす。
それでも俺は「オモチャと違うど」と詰め寄った。
「俺を罵りたいんやったら、どれだけ罵ってくれてもええ。でもこれだけは馬鹿にしたら許さんで。」
拳が硬くなる。
家庭を捨ててまで追いかけている夢だ。
いくら久しぶりに会った息子だろうが、これ以上の侮辱は許さない。
「んな怒るなよ。」
「怒るに決まっとるやろがい。」
「たかがオモチャを馬鹿にされたくらいで・・・・、」
「俺の夢のどこがオモチャじゃいッ!!」
パイプ椅子を蹴り飛ばす。
胸倉を掴み、顔を近づけた。
「もういっぺん言うてみい、おお?」
克也はほんの一瞬だが狼狽えた。
顔は平静を装っているが、掴んだ胸倉から震えが伝わってくる。
《コイツ・・・ガタイはええけど、喧嘩慣れはしてないな。》
向こうも掴みかかってくると思っていたので、一気に気概が削がれる。
怯える家族に手を挙げるなど、それこそあのクズのお袋と変わらなくなってしまう。
「いや、すまん・・・・ちょっとカッとなってな。」
手を離し、ポンと腕を叩く。
「今のは俺が悪い。殴りたかったら殴ってくれ。」
「ええわもう。アホくさ。」
乱れた胸倉を直しながら、「会うだけ損やったわ」と背中を向ける。
「いや、すまんかった・・・・。」
「今日晋也連れて来んで正解やったわ。アイツ俺みたいに大人しいないでな。」
「ほんますまん・・・。急やからビックリしてな。一日でもええから考える時間をくれへんか?」
いきなり別れた嫁に会えと言われても、すぐに答えなど出せない。
克也は振り向き、「ほな明日またここに来てえな」と言った。
「今日はもうええ。」
「分かった。ちゃんと考えて、また明日ここに来るわ。」
息子に頭を下げる。
喧嘩腰になってしまったこと、危うく手を挙げそうになってしまったこと・・・・全て俺が悪い。
「ほなまた明日。」
克也は不機嫌な足取りで部屋を出て行く。
メガネの男がオロオロしながら、後を追いかけていった。
「・・・・あかんな俺は。」
蹴り飛ばした椅子を直して、ガックリと座り込む。
「なんであんな感情的に・・・・。」
今年で54、すでに更年期が始まっているのかもしれない。
昔は家族に手を挙げようなんて絶対にしなかったのに・・・。
落ち込み、項垂れていると、金髪の男が「最悪や・・・」と呟いた。
「何がや?」
「アンタがさっき椅子蹴飛ばした時、テーブルに当たってん。ほらこれ。」
悲しそうな顔で、恐竜のロボットを見せる。
「テーブルから落ちて、角が折れてもた・・・。これもう手に入らんのに・・・・。」
この世の終わりみたいな顔でオモチャを見つめている。
そんなもんええ加減に卒業せい!・・・・と言いたかったが、さっき克也に言われた言葉が、それを止めた。
『オトンの夢なんてオモチャ』
かなりショックな一言で、今でも頭の中を回っている。
《俺もコイツと一緒なんか?オモチャ片手に悲しそうな顔してる男と・・・・。》
折れた角を見つめ、泣きそうな金髪の男。
自分もこれと同じなのかと思うと、余計に気が滅入ってきた。

 

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