虫の戦争 最終話 小さな王国(3)

  • 2017.12.03 Sunday
  • 12:48

JUGEMテーマ:自作小説

暑い夏のある日、卵から一人の妖精が孵った。
アビーとムーが残した子供だ。
見た目は完全に人間。
だが脳は以前より進化して、人間よりも高度な知能を備えていた。
進化した妖精は、さらに文明を発展させていく。
次々に生まれてくる新たな妖精も加わって、目覚しい発展を遂げていった。
槍に始まった武器は、弓矢、投石器、はては銃火器まで生み出した。
建物も増えた。
ハチの巣を利用して作った城は、いまや鋼の要塞に変わっている。
製鉄技術が進んだおかげで、鉄筋の建物が造れるようになったのだ。
しかし敵も黙ってはいない。
得意のスパイ攻撃を繰り返し、在来種の技術を盗んでいった。
アビーとムーが交わり、子を残してから100年後、妖精は19世紀時代の人間と同等の文明を手に入れていた。
人類が何千年とかけて発展させてきた文明。
それをわずか100で手に入れてしまったのだ。
かつてムーが言っていたように、虫は世代交代のサイクルが早い。
それは虫の遺伝子を引き継ぐ妖精も同じだ。
不死身ではなくなった妖精たちは、虫と同じくらいの寿命しか持たない。
それゆえに、新たな世代がどんどん誕生して、天才と呼ばれる頭脳を持つ者も、多数現れる。
そしてさらに100年後、とうとうかつての人類の文明を凌駕してしまった。
「サイボーグ」「一つの細胞から完璧な臓器を生み出すクローン技術」「自家用車の完全自動運転」
「脳内情報をデジタル化し、パソコンやスマホ無しで可能なインターネット」「青いバラ」「末期ガンやエイズを完治させる薬」
数え上げればキリがないほど、多くの技術が誕生した。
そしてここまで文明が発展しても、自然への悪影響は少ない。
何度も言うが、妖精は小さいからだ。
人類を凌駕する超文明は、いまなお進歩を続ける。
こちらが進歩すれば、敵も負けじと進歩する。
互いが地球での生存権をかけて、果てない争いを繰り返していた。
そのこともまた、急速に文明が発達した理由だった。
・・・・時代は進む。進歩と争いの中で。
アビーとムーがいた時代から500年後、ある事件が起きた。
なんと在来種と外来種が交配し、今までにない妖精が誕生したのだ。
いつだっていがみあっていた両者だが、中には理解し合うべきだという者もいた。
そういったオスとメスは、仲間の目を盗んで子孫を残していた。
在来種と外来種。
両者が交わった卵の中から、さらに進化を遂げた妖精が生まれる。
その姿は人間離れしていた。
目は複眼、背中には四枚の羽、手足は昆虫のように鋭い毛が生えて、頭には触覚がある。
人と虫を混ぜたようなその姿は、再び虫の遺伝子が発現してきた証だ。
新たに進化を遂げたその妖精は、他のどんな妖精よりも優れていた。
人類を超える知能、虫を超える身体能力。
さらに複数の虫の機能を備えていた。
クモの糸、ハチの毒針、昆虫特有の変態能力。
自身の身に危険が迫ると、サナギへと変態し、身を守るのだ。
硬いサナギの殻は、並みの武器を寄せ付けない。
弾丸、爆弾はもちろんのこと、毒や細菌兵器にも耐性がある。
撃ち抜けるのは高出力のレーザーか、電磁誘導で超高速の弾丸を飛ばすレールガンくらいだ。
ステルス機能も備えているので、そもそも発見することが困難だ。
サナギから羽化した妖精は、更なる進化を遂げる。
身体全体を高硬度の外骨格で多い、レーザーやレールガンさえ受け付けなくなる。
その代わりに内骨格を失うので、いったん外殻を破られると弱い。
知能は以前よりも高くなるが、過度なIQに精神がついて行かず、自殺やテロへ走りやすくなるデメリットもある。
あちらを立てればこちらが立たず。
進化は取捨選択という掟から逃れられないのだ。
アビーとムーがいた時代からさらに1000年後、妖精はほとんど完全な虫の姿へと戻った。
高い身体能力、様々な機能を備えた虫は、人間のような文明を必要としない。
便利な道具などなくても、自身の力だけで充分に生きていけるからだ。
ほぼ完全な虫形態となった今、あれだけ発展していた文明は、必要性の低下から衰退を始めた。
ビルが消え、リニアモーターカーが消え、兵器や医療さえも消えつつあった。
かつてムーたちが渇望した文明は、進化の果てに必要のないものと切り捨てられたのだ。
進化し、強く、逞しくなった妖精たち。
この頃には在来種と外来種の区別はほとんどなくなっていた。
お互いに交配する者が増えて、ハイブリッドな種族が溢れるようになったからだ。
もはや互いにいがみ合うことに意味はない。
未だに遺恨や差別感情を持つ者はいるが、すでにマイノリティとなっていた。
完全なる虫形態となったおかげで、文明に頼る必要もなくなった。
しかし強すぎる肉体は、ある能力の低下を招いた。
知能の減退・・・・脳が縮小し、ただの神経の塊に成り下がったのだ。
妖精は「ただの強い虫」に変わり果て、どこを探しても知性を感じさせるものは見当たらない。
長い年月の果てに、かつての文明の名残さえ消え去っていた。
それからさらに1000年後、再び人間の遺伝子が発現する。
知性の発達に伴って、死んだはずの文明が蘇ってきた。
しかし高すぎる知性は、快楽殺人や強姦といった、自然の法則から外れる悪行を生み出していく。
マイノリティだった他種族への差別感情まで復活して、歴史を遡ってまで怒りをぶつける者も少なくない。
それから何万年、何十万年と、同じことの繰り返したが続いた。
人から虫へ、虫から人へ。
しかし地球の自然は大した悪影響を受けない。
なぜなら妖精は小さいから。
人間型、虫型、その中間型。
どんな妖精になろうとも、小さいということに変わりはないのだ。
文明が発達しようが、戦争を起こそうが、強い肉体で傍若無人に暴れようが、それはミクロな世界での出来事。
かつてアビーたちが戦ったセイタカアワダチソウ。
あの規模の争いが、各地で散発的に起きているだけ。
偶然通りかかった宇宙人が、「綺麗な星だな」と呟くほど、地球の自然環境は保たれていた。
アビーが願った通り、ムーが望んだ通り、妖精は人類にはない進化を遂げた。
それは地球生命がまだ見ぬほどの進化であったが、生物の歴史を振り返れば、かつて辿った道と大差ない。
新しい文明が生まれようと、新しい種族が生まれようと、やっている事はただの生存競争。
争いと平和の繰り返しだ。
だがそれで構わない。
大事なのは、地球に生き物が溢れるということ。
その為には自然が欠かせない。
綺麗な水、空気、土。そして緑あふれる山や森。
アビーとムーがいた時代から3億年経っても、それらは守られている。
そして今のところ、地球環境を脅かすほどの巨大な知的生物は現れていない。
妖精が相変わらずの進化を繰り返しているだけで、人間と虫の狭間を延々とループしている。
蛍子さんに寄生していたあのハエは、目的を果たしたというわけだ。
宇宙広しといえど、生命が住める星は限られている。
地球は間違いなく宇宙の宝石なのだ。
しかし変化は突然訪れる。
人と虫・・・・永遠に繰り返すはずだった無限ループは、彗星の落下によって破られた。
かつて未知のウィルスが流行したように、この彗星にも宇宙からのウィルスが宿っていたのだ。
目に見えない小さな外来種は、瞬く間に地球生命のあり方を変えていく。
多くの生き物が死滅し、妖精も危うく絶滅寸前まで追い詰められた。
しかし妖精は世代交代のサイクルが早い。
滅ぶ前に耐性を獲得することが出来た。
さらにはウィルスを体内に取り込んで、今までにない進化が起きた。
なんと妖精の種類が、人型と虫型の二つに分かれてしまったのだ。
互いに行き来していたループは、進化の道を分かつことで断ち切られる。
その結果、それぞれの遺伝子の影響が色濃く出る羽目になってしまった。
人型は巨大化が始まり、虫型は知能の低下が始まる。
そして最も不幸なことは、お互いが地球の覇権を巡り、争いを始めてしまったことだ。
我らこそが地球の覇者に相応しい。
両者はいがみ合い、かつて在来種と外来種が争った時のように、果てない戦争を始めてしまった。

          *****
妖精種:人型  
メリット:高い知能を持ち、高度な社会性と、高度な文明を持つ。
     スポーツ、芸術など、文化的な面でも他に勝る種族はいない。
デメリット:ヒョウと同程度の大きさの為、数の増加と共に、食料、住居の問題が起こる。
      一つ一つの活動が自然環境に与える影響は計り知れず。自ら滅ぶ可能性も。

妖精種:虫型
メリット:多種多様な機能とデザインを持ち、あらゆる環境に適応できる。怪我や病気に強く、優れた免疫機能を持つ。
     人型よりも遥かに小さい為に、食料や住居の問題が起こらない。自ら滅ぶ可能性は小さい。   
デメリット:知能はあるが、人型には遥かに劣る。社会性も低く、文明や文化の発展に乏しい。
      短絡的で享楽的な面があり、危機感が薄い。その為に人型に遅れを取ることもしばしば。
 
          *****

冬が過ぎ、桜も散った春の中頃。
一匹の妖精が蓮華の上に座っていた。
トラマルハナバチのその妖精は、草で作ったストローで蜜を吸っていた。
「甘〜い!」
うっとりしながら、満腹になった腹を撫でる。
ゴロンと蓮華の上に寝そべって、高い空を見上げた。
するとスズメバチにも似た重低音の羽音が、西の空から近づいてきた。
「おっす!おらカナブン!」
カナブンの妖精がやって来て、隣に座る。
「また花の蜜なんか吸ってんのか?不味いだろそんなもん。」
「樹液より美味しいわ。」
「いいや、樹液の方が美味いね。」
「絶対に花の蜜よ。これを吸ったら樹液なんて飲めなくなるから。」
いつも交わすお決まりの挨拶。
二匹は空に舞い、近所の川原へ向かった。
「ねえ見て、また人型の建物が増えてる。」
「そうだな。あっちには電波塔もあるぜ。」
「今は虫型が劣勢なのよ。だからどんどん人型の建物が増えてるわ。」
「でもこの前は虫型が勝ったって噂だぜ。どっかの国で、街一つ潰すほど暴れまわったとか。」
「いいわね。人型が増えると、他の生き物が住みにくくなるから。」
「ていうかさ、人型と虫型、いったいいつまで戦争するんだろうな?」
「そんなのどっちかが滅ぶまででしょ。」
「あいつらさ、いい加減に目を覚ましてほしいよな。平和的な俺たち中間型を見習ってほしいよ。」
「どっちも馬鹿だからね。人型は猿モドキの末裔だし、虫型は知能が低すぎるわ。」
「俺たちが一番バランスが取れてるよな。」
「そうそう。もっと中間型が増えれば、この星だって良くなるはずなのに。」
遥か昔に始まった、人型と虫型の争い。
1000年経った今も続いていて、他の生き物たちにとってはいい迷惑だった。
「魚もトカゲも鹿も猪も、かなり怒ってるみたい。」
「人型は山や川を汚すし、虫型はわけの分からん病気を撒き散らすことがあるからな。」
「どっちも嫌われ者よね。やっぱり私たち中間型が一番だわ。」
ある程度の知能を備え、それでいて手のひらサイズ。
二匹は自分が中間型であることに誇りを持っていた。
しかし戦闘には不向きで、他の種族のように野心的でもない。
最もバランスが取れているクセに、もっともニッチな種族なのだ。
妖精種は自分たちだけで充分。
人型と虫型、どっちも滅んでくれないかと、本気で願っていた。
川原へ着くと、友達の妖精が集まっていた。
アゲハ蝶の妖精、ウスバアゲハの妖精、セミの妖精、蛍の妖精。みんな中間型だ。
「こんにちわ。今日は何して遊ぼうか。」
ハナバチの妖精はニコニコと話しかける。
カナブンの妖精は持ってきた樹液の塊を舐めていた。
ワイワイとお喋りをする中、アゲハ蝶の妖精がいつもの話題を振る。
「もしも人型と虫型、どっちかに味方するとしたら、どっちに付く。」
みんなは辟易とする。
何百回されたか分からない質問だ。
そして答えも決まっている。
もしもどちらかに付くとしたら・・・・・、
「強いて言うなら、私は虫型ね。知能は低いけど、人型ほど自然を破壊しないもの。」
「俺も。な〜んか猿モドキの末裔には味方したくないんだよな。」
「私も私も。きっと遺伝子レベルで嫌いだって刻まれてるのよ。」
「僕もです。歴史を調べれば、人間の血を引く人型は好きになれません。」
「私は・・・・人型もアリかな。だって服が好きだから。」
「みんないつもと同じ答えね。つまんないからたまには逆のこと言ってよ。」
他愛ない話で盛り上がるのもいつものこと。
中間型は寿命を持たない。
生殖機能がない代わりに、不死の機能を備えている。
だからもっぱら暇つぶしに勤しむ。
命に限りがないので、退屈で退屈で仕方ないのだ。
今日はゴイサギをからかって遊ぶことにした。
鳥は虫の天敵であり、そして大人しい中間型を狙うこともある。
たまにはこっちからイタズラしてやろうと思ったのだ。
「あいつら鳥のクセに釣りするみたいだぜ。水面に小石や小枝を投げて、魚をおびき寄せるんだ。」
「じゃあさ、その餌を奪っちゃおう。きっとマジ切れして面白いことになるわ。」
クスクスと笑いながら、川原を飛び立っていく。
遠い街には人型の建物がそびえ、反対側の山には虫型がはびこっている。
かつて人間が支配していた時代とは、まったく違った光景が広がっていた。
しかしどんなに時代が変わっても、空や大地は変わらない。
流れる雲も、たゆたう海も。
今からみんなで遊びに行く。
終わりのない時間の、暇つぶしの為に。
「遠い昔、今と似たようなことをしていた気がするわ。」
「デジャブってやつだろ?」
「違うわ。ずっとずっと昔、何億年も前・・・・私たちは今みたいに遊んでいた気がする。」
時代と共に変わるもの。
時代を経ても変わらないもの。
変わらない空を飛びながら、ハナバチの妖精は思い出していた。
            虫の戦争 -終-

虫の戦争 第二十二話 小さな王国(2)

  • 2017.12.02 Saturday
  • 15:09

JUGEMテーマ:自作小説

戦でものを言うのは数である。
戦術、武器、弾薬。
色んな要素があるので、工夫して戦えば、数で不利でも勝てないことはない。
しかし数が大いにことしたことはなく、数が多いというだけで大きなアドバンテージとなる。
地球在来種VS宇宙外来種。
今のところ、数は在来種が上回っている。
しかし個々の強さは外来種の方が上だ。
総大将を務めるアビーは頭を悩ませる。
数で勝るというアドバンテージ。
これを最大に活かすには、いったどうしたらいいか?
ムーに相談したところ、思いがけない答えが返ってきた。
「あの猿モノドキをお手本にしよう。」
この返事にアビーはブチ切れた。
「なんで奴らの真似なんかするのよ!」
「まあ落ち着け。あの猿モドキどもは、短い間だったけど地球の覇権を握った。その秘密はなんだと思う?」
「アホで野蛮だからでしょ?見境がないんだもん。他のどんな生き物でもやらないような無茶をするじゃない。
根こそぎ森を潰したり、金儲けの為にたくさんの生き物を絶滅させたり。」
「それは奴らが覇権を取ってからの話だろ?そこまでたどり着く前は、猛獣や毒蛇に怯える弱い猿だったんだ。」
「じゃあ脳が大きかったから。知能が高いから文明を持ったのよ。それで強くなったわ。」
「そうだな。幸い妖精には脳がある。人間ほどデカくないけど、ちゃんと考える頭があるんだ。
だったらさ、俺たちも文明を持とうぜ。そうすりゃ猿モドキがやってたみたいに、虫を抑えつけることが出来る。
宇宙からの虫をやっつけられるんだよ。」
「馬鹿言わないで。それじゃあなんの為に猿モドキを滅ぼしたのか分からないじゃない。
また文明なんか持ったら、それこそ自然は壊れて・・・・、」
「でも俺たちは小さい。」
「は?」
「人間はヒョウやジャガーなみにデカいのに、何十億といたんだ。そんな種族が文明を持ったら、そりゃ環境もヤバくなるよ。」
「じゃあ虫みたいに小さな私たちなら、文明を持っても平気ってこと?」
「多少は影響が出るだろうな。でも人間ほどじゃない。だって俺たちは小さいんだから。
小さいってことが、妖精や虫にとって最大の武器なんだ。」
ムーの言う通り、小さいという事こそが虫の武器だ。
よく「ノミが人間サイズならビルを飛び越える」とか、「ゴキブリが人間サイズなら新幹線と同じスピードで走る」と言うが、あれは嘘だ。
もし虫が人間と同等のサイズになったら、跳んだり走ったりなど出来ない。
人間のように頑丈な内骨格を持たない虫では、自分の重みに耐えられないからだ。
動くことはおろか、身体を支えることすら無理だろう。
そのうち自分の重さに負けて、自滅してしまう。
まるで浜に打ち上げられたクジラのように。
虫が多様な機能を持ち、多様なデザインをしているのは、小さいからこそだ。
「俺たちは元々すごい能力を持ってるんだ。自力で空を飛んだり、毒針を持ってたり。
クモなら網を張るし、昆虫には変態っていう特別な機能もある。それに加えて文明を持てば最強だよ。」
「そう言われればそんな気が・・・・・。」
「さっきも言ったけど、俺たちは人間よりずっと小さい。文明を持ったところで、自然環境に与える影響はしれてるよ。
それよりも宇宙の虫が増える方が問題だ。このままじゃいつ絶滅させられるか分かったもんじゃないぜ。」
「そうね・・・・一考の余地はなくもないかも。」
「文明を持つにはまず国を作らなきゃな。それぞれがバラバラに動いても仕方ない。」
「国かあ・・・ますます人間っぽくなっていくわね。」
「人間のように大きな国じゃなくていい。でも巣みたいな小規模なものではだめだ。
言うなれば小さな王国だな。それを作って、みんなの結束を固める。
まずは国づくりから始めよう。」
「いいけど・・・・でも私たちだけじゃ決められないわ。他のみんなにも相談しないと。」
アビーは思っていた。多くの虫や妖精が反対するだろうと。
しかしそうはならなかった。
外来種がのさばっていく昨今、もはや人間への遺恨がどうのと言っていられない。
消え去った敵への恨みよりも、目の前の敵の方が問題なのだ。
大勢の妖精や虫に量りをかけた結果、文明を持とうということで一致した。
その為にはまず国を作る必要がある。
アリやハチなど、社会性を持つ虫が中心となり、小規模ながらも国らしきものを作り上げた。
ベースはハチの巣。
それを幾つもつなぎ合わせ、外界との境目には高い壁(といっても彼岸花程度の高さだが)を築いた。
円状に作った国の大きさは、半径が20メートルほど。
巣に比べれば遥かに大きい。
しかし国としては小さく、かつてのギリシャ人が作り上げたポリス(都市国家)に似ていた。
人間の場合でも、島一つが国として統一されるまでに、長い時間がかかっている。
まずは都市レベルから始まり、その次に島、大陸と拡大していったのだ。
人間の歴史にならって、アビーやムーも同じようにして国を作り上げていった。
建国中にも敵からの攻撃は続いたが、それでも負けじと国を育てた。
そしてとうとう一つの川原を囲うほどの国が完成した。
長さが5キロ、幅300メートルの巨大な国だ。
かつてのポリスとは比べ物にならない。
虫にとっては、一つの島を国に作り変えたのと同じことだ。
この国では妖精が主導権が握る。
それも社会性を持つアリやハチの妖精が。
個々で生きてきた虫は、そのことに対して戸惑いを隠せなかった。
やっぱり国なんていらないと脱走する者もいれば、アリやハチに襲いかかる者もいた。
争いが頻発し、国は混乱した。
アビーは心を痛めたが、ムーは冷静だった。
「俺たちは人間の真似をしてるんだ。だったらこういう事が起きるのだって仕方のないことさ。」
国の在り方に従わない者、反乱を起こす者は必ず現れる。
ムーはここでも人間のやり方にならった。
「法律を作ろう。」
許可のない者は出入り禁止。
反乱も禁止だし、食べ物を奪い合うことも禁止した。
しかし大きな問題が残る。
「肉食の虫はどうするの?アリはほとんどが肉食で、他の虫を殺さないと生きていけないわ。」
「じゃあ肉食の虫は、生きる為なら捕食を認めよう。犠牲になる奴は可哀想だけど、そうしないと国が滅びる。」
高度な社会性を持つアリは、国家にとって重要な存在だ。
それを維持する為ならば、多少の犠牲はやむなしとした。
だが当然食われる側の虫は黙っていない。
被食者の多くが国を抜け、妖精の力を借りて、新しい国作りを始めた。
二つの国は対立し、時には戦争も起きた。
「ちょっとムー。一つにまとまるどころか、余計におかしなことになっていくじゃない。」
「だなあ、やっぱり人間の真似をしたのが悪かったのかな?」
「自分が言い出しっぺのくせに。」
「難しいよ、国を作るって。」
「ていうか最初の目的も果たせてないじゃない。いったいいつになったら文明が出来るのよ。」
国は建てたものの、文明と呼べるものはまだ生まれていない。
ただ領地を拡大し、ハチやアリが支配する地域が出来上がっただけだ。
そこにあるのは自然界のヒエラルキーとは別物。
食物連鎖というピラミッドではなく、国家を維持するうえで築かれた、支配者と奴隷の関係だった。
ハチやアリが特権を持ち、その他の者は隅へ追いやられる。
これについては妖精の間でも意見が分かれ、仕方がないことだと言う者もいれば、ついて行けないと離脱する者もいた。
誰もが理想の世界を夢見る。
自分だけの世界を持ちたがる。
すると国はどんどん増えていく。
虫は人間より小さいので、たくさん国を建てても土地は有り余る。
水棲昆虫にいたっては、水の中に国を作ってしまった。
ムーが国を作ろうと言い出してから10年後、地球上に100万以上の国家が誕生していた。
それぞれがそれぞれの決まり事を定め、他国の干渉を受けたくないという。
しかし衝突は免れない。
何度も戦争が起き、国が滅んでは、新たな国が建てられていった。
・・・皮肉なことに、アビーたちが辿っている道は、人間が辿った道そのものだ。
しかも人間より性質が悪い。
何度も言うが、虫は小さい。
それゆえに、数を増やしても土地は有り余る。
これがもし人間ならば、土地はすぐさま埋め尽くされるだろう。
これ以上国を建てる余地がないと分かれば、無意味な建国は止まる。
そして異なる国同士、良くも悪くも、どう付き合っていくべきかを考えるだろう。
しかし虫のサイズではそうはならない。
何千、何万と建国しても、まだまだ土地は余っているのだ。
人間と違って水中にも国を作れるので、もはや止めようがない。
地球在来の虫たちは、当初の目的を忘れつつあった。
本当の目的は、外来種に対抗する為の国作りだった。
文明を持ち、有利に戦いを進めようとした。
しかし気がつけば、いつの間にか身内同士の争いに替わっていた。
誰もが条件の良い場所で建国したがる。
傍に水源があるとか、豊かな森があるとか。
勝者は望んだ場所に国を建て、負けたものは新たな土地を探しに行く。
そうやって身内同士で争っている間に、とても恐ろしいことが起き始めていた。
なんと外来種の中から、妖精に進化する者が現れたのだ。
「うそお・・・・これヤバくない?」
アビーは危機感を募らせる。
ただでさえ外来種の虫は強いのに、そこに妖精が加わったら・・・・、
「どうして奴らも妖精に進化したの!?」
悔しかった・・・・妖精への進化は、在来種の特権だと思っていたから。
だがその背景には、在来種同士の諍いがあった。
無数に国が増え、食物連鎖とは関係のない争いを始める在来種たち。
それに嫌気がさしたマー君が、敵に寝返ってしまったのだ。
しかもナギサを説得し、彼女まで一緒について行ってしまった。
この事実を知ったアビーは、ショックのあまり寝込んだ。
「私たち友達じゃないの?どうして裏切るのよ・・・・。」
悲しむアビーだったが、ムーは冷静だった。
「アビー、これはある意味チャンスだぞ。」
「どこがよ!?友達が裏切ったのに、なんでチャンスなんて言えるの!」
「スパイを送るんだ。」
「スパイ?」
「マー君とナギサは敵に寝返った。その結果、向こうにも妖精種が誕生した。きっと妖精の蜜を与えたんだろう。」
「悲しいわ・・・・敵に塩を送るなんて。」
「でもそのおかげで、敵は油断してる。地球在来種を仲間に取り込めば、自分たちにも利益があると知ったんだから。
だからさ、その隙を突くんだよ。あなた達に協力しますよって風に見せかけて、スパイを送り込むんだ。」
「スパイなんて・・・・敵の情報を探ったって、どうにもならないわ。あいつら隠すような情報なんて持ってないでしょ。」
「分かってないなあ。スパイの仕事は諜報活動だけじゃない。」
「他に何があるのよ?」
「破壊工作。」
「破壊・・・・、」
アビーは固まる。顔を引きつらせながら、「それってまんま人間のやり方じゃない!」と怒鳴った。
「ムーの言う通りにやってきたせいで、今の私たちは人間みたいなバカに成り下がったわ。これ以上アンタの意見なんかいらない。」
「まあそう言うなよ。進化に犠牲は付き物だし、間違いだって起こる。」
「取り返しのつかない間違いが起きたらどうするのよ!」
「例えば?」
そう問われて、「それは・・・」と考え込んだ。
「・・・・もっともっと争いが大きくなって、自然が滅茶苦茶になっちゃうとか。」
「それはない。何度も言うけど、俺たちは小さいから。」
「またそれ・・・・。」
「とにかくさ、今は前に進むしかないんだ。お前が総大将なんだからしっかりしてくれよ。」
「総大将なんて・・・国はもうバラバラじゃない。」
「でも俺たちの国の女王様だ。お前がヘバってると、働きアリや働きバチの士気に影響が出る。見てくれだけでもいいから、女王様らしくしてくれよ。」
「じゃあムーが代わって。私はもう疲れたわ。」
「ダメだ。ハチやアリは母系社会だから、お前が頂点に君臨しないと。
オスの俺がてっぺんに立ったところで、誰も言うことなんか聞かないよ。」
「それ責任を押し付けてない?」
「まさか。お前の気持ちは分かるけど、これはお前にしか出来ない役目なんだ。」
ムーの言うことはいちいち理屈っぽく、それがアビーの癪に障った。
しかし彼の言う通り、母系社会のアリやハチの国では、ムーが王様を務めるのは無理がある。
アビーは嫌々ながら「分かったわ」と頷いた。
「そこまで言うなら、私は女王で居続ける。でも・・・・ほんとにアンタを信じていいの?」
「さあ?」
「はあ!?何よそれ!偉そうに言っときながら・・・・喧嘩売ってるの?」
「違うよ。先のことなんて誰にも分からないって言っただけ。でもだからって怠けていいわけじゃないんだ。
その時その時の自分に出来ることを、しっかりやるだけなんだよ。」
「じゃあ私が女王で居続けて、いちいちムーの屁理屈を聞くのが、その時その時の正しいことってわけ?」
「今はな。」
「そんなのバカげてる!私はムーの言いなりじゃないの。そんなこと言うんだったら、今すぐ女王なんて降りるわ。」
アビーは巨大な巣を出て行き、遠くへ飛び去ろうとする。
「さようなら。この国はムーが治めて。」
そう言って本当に飛び去ってしまった。
ムーは慌てて追いかけ、「落ち着けよ」と宥めた。
「そこどいて。」
「だから落ち着けって。そこの蓮華畑で話そう。」
嫌がるアビーを引っ張り、蓮華の上に座らせる。
「ちょっと言い方が悪かったよ、機嫌治してくれ。」
「イヤよ。だって女王のままいたら、ずっとムーの屁理屈聞いてなきゃいけないんでしょ?だったらもう友達をやめるわ。」
「俺の言うことを聞くのは今だけだ。これから先は状況が変わるよ。だって敵の中にも妖精種が現れたんだから。」
「どういうことよ?」
「敵は本格的に攻めてくるってこと。」
「今までだって攻めて来てたじゃない。」
「そうだけど、敵の中に妖精種はいなかった。要するに指揮官がいなかったってわけだな。
でもこれからは違う。妖精は脳を持ってるから、人間なみに賢くなって、あの手この手で攻めてくるはずだ。
そうなった時にな、国を作っておいてよかったと思うはずだぜ?」
「どこがよ?争いばっかりじゃない。」
「でも国があるおかげで、今まで敵の攻撃を凌いできたんだ。
あいつらはバラバラに動くけど、俺たちはそうじゃない。
少なくとも国の単位でまとまって動くんだ。
いくら敵が強かろうが、数はこっちが上だ。しかも国があるから統制の取れた動きをする。
だからこそ今まで戦えたんだよ。」
そう言われて、アビーは「まさか・・・」と呟いた。
「もしかしてさ、ムーはこれを狙ってたの?」
「ん?」
「だって数は私たちの方が勝ってるわ。でも上手くそれを活かせなかった。
だけど国を作ればそうはならない。みんな組織的に動くから。」
「そうだよ。文明を築こうなんてでっち上げた。」
「やっぱり・・・・。」
「文明なんてそんな簡単に手に入るかよ。だけどそうでも言わないと、他の妖精や虫が国作りに賛成しなかったはずだ。」
「要するに、文明を餌にしたわけね?」
「そういうこと。文明は便利なもんだって、この星の生き物はみんな知ってるよ。だって人間を見てきたんだから。
そんな便利なもんが手に入るなら、人間の真似して国作りくらい我慢してくれると思ってさ。」
「いつの間にそんなに嘘が上手になったのよ?アンタ人間に近づいてきたんじゃない?」
「かもしれない。妖精には人間のDNAも混ざってるから。」
「腹立たしいわね。人間が嫌いなのに、奴らの遺伝子を引き継いでるなんて。」
アビーは本気で悔しかった。
人間の力に頼らすに、妖精や虫だけで理想の世界を築きたかった。
しかし現実は酷なもので、人間の歴史、人間の知恵を参考にしないと、外来種に対抗できないのが現状だ。
「いいかアビー。人間は一時でも地球の覇権を握ったんだ。そして歴史上のどんな生き物よりも強く、地球に君臨した。
だったらさ、まずはそれをお手本にするしかないんだよ。」
「悔しい・・・・あんな猿モドキの真似しなきゃいけないなんて。」
感情が高ぶり、複眼から涙があふれる。
「・・・見てよムー。私泣いてるわ。」
「虫にはない機能だな。」
「人間の遺伝子を引き継いでるから、こんな物が流れるのよ・・・・。
今までに涙なんて出たことなかったのに・・・・・。
どんなに嫌だって思っても、私だって人間に近づいてるのかもしれない。」
アビーの悲しみは強くなる。
涙の次は何がくるのか?
キチン質の外骨格が、柔らかいタンパク質の皮膚に変わるんじゃないか?
涙があふれるこの目だって、複眼から単眼に変わるかもしれない。
そのうち何もかも人間に変わってしまって、自分自身が憎き猿モドキになるような気がした。
「怖い・・・・。」
せっかく人間を滅ぼしたのに、今度は自分自身が人間になってしまう。
悲しみを通り越し、笑いさえ出てくる。
泣いて笑って、その度に涙が溢れて・・・・。
こんなの正に人間じゃないかと、自殺したい気分になる。
しかし自殺願望もまた人間特有のもの。
どんな生き物であれ、生きるのが嫌だからと、死を選ぶことなどないのだ。
「アビーの言う通り、俺たちは人間に近づいてると思う。
国を作るとか、嘘をでっちあげてみんなを動かすとか、前の俺ならやらなかったと思うから。
それをやるようになったってことは、やっぱり人間に近づいてるんだろうな。
その原因は・・・多分だけど、脳にあるんじゃないかな?」
「脳・・・?」
「きっと今でも俺たちの脳は進化し続けてるんだと思うぜ。未知のウィルスに感染して、神経の塊だったものが脳に変わった。
大きさは人間ほどじゃないけど、小さくても知能が高くなるように進化してるのかもしれない。」
自分の頭を指さしながら、「アビーは知ってるか?」と尋ねる。
「頭の良い生き物ってさ、人間みたいに残酷なことするんだぜ。シャチは遊びでアシカを殺すし、ボノボは強姦をする。
知能が発達し過ぎると、やらなくてもいいことをやり始めるんだ。
そりゃあ虫だって寄生したり、他の巣を乗っ取って奴隷制を敷いたリするけど、それは遊びでやってるわけじゃない。
自分たちが生き抜く戦略としてやってるだけだ。
無意味な殺しとか、嫌がる相手と強引に交尾しようとするのは、無駄に脳が進化した結果なのかもしれない。
そう考えると、人間が酷い生き物っていうより、知能の発達した生き物が酷いことをし始めるんだ。
いつか俺たちだって人間みたいに・・・・、」
「やめてよ!そんなの聞きたくない!!」
大嫌いなあの猿モドキ。
本当にそんな生き物に近づいているとしたら、アビーは自殺しようと決めた。
しかし死んだところで復活してしまう。
これでは人間になるのを避けられない・・・・と思うと、また涙が溢れた。
「イヤよそんなの・・・・なんで人間になんかならなきゃいけないの?なんの罰ゲームよそれ・・・・。」
溢れる涙は人間へ近づいている証。
悔しいと思えば思うほど、とめどなく漏れてくる。
いっそのこと目を潰してやろうかとさえ思った。
しかしムーは「絶望すんな」」と言った。
「俺たちは人間に近づいてるけど、人間になるわけじゃないんだ。」
「でも似たような生き物になるんでしょ!?じゃあ同じじゃない!!」
「違う!だって俺たちは虫でもあるから。遺伝子に刻まれた虫のDNAは、絶対に消えたりしないんだ。
そのうち人間みたいになったとしても、同じような生き物になるとは限らない。
だってどこを探したって、虫の遺伝子を持つ人間なんていないんだから。
奴らとは違う方向に進化するはずなんだ。」
「でも実際に人間に近づいてる・・・・。」
「そうだな。でもそこが終着点じゃない。限りなく人間に近い生き物にはなるだろうけど、きっとその先があるはずさ。」
「その先ってなによ・・・・?」
「分からない。きっと妖精にしかない進化だよ。人間には無理なことが出来るはずなんだ。
そこへ到達するまでは、まず人間をお手本にしないといけない。
奴らの築いた文化とか文明とか歴史とか、それを踏み台にしてやるんだよ。
そうすることで、あの猿モドキじゃ到達できなかった未来へ行けるかもしれないんだ。」
そっとアビーの手を取り、「一緒に頑張ろう」と言った。
「こうやって手を握って、頑張ろうなんて言ってる時点で、もう人間だよな。
でも今は仕方ない。それを乗り越えた先に、本当の虫の楽園があるかもしれないんだから。」
ムーは本気だった。
せっかく人間を滅ぼし、まだ見ぬ世界が出来上がったのだから、今さら足を止められない。
前に進む為には、人間をお手本にすることもいとわないつもりだった。
アビーはまだ迷っている。
涙が流れる度に、自分の身体にさえ憎悪を抱く。
「どうしたらいいの・・・・。」
ムーに手を握られ、落ち着きを感じることさえ、苛立ちを覚えていた。
虫はドライだ。人間のようにウェットな感傷は持ち合わせていない。
友の手に心地良さを感じるということは、精神まで人間に向かっている証拠。
本当に、今すぐにでも命を絶ちたい気分だった。
二匹はしばらく蓮華の上にいた。
川原に広がるアビーの国は、今のところ虫界で最大の国家だ。
ハチとアリという社会性を持つ虫を中心にしたことで、他のどの国よりも強大になった。
しかしこれからは在来種同士で争っている場合ではない。
外来種は今まで以上に攻撃を強めてくるだろう。
それに負けない為には戦うしかなかった。
日が暮れかける頃、蓮華の上に一匹のハナバチが飛んできた。
「大変です女王様!敵の大軍が押し寄せてきます!」
「ウソ!」
アビーは慌てて空に舞う。
国の外には外来種の大軍が迫っていた。
「そんな・・・・今まではあそこまでの大軍で攻めてくることはなかったのに・・・。」
怯えるアビーの隣に、ムーが舞い上がる。
「だから言っただろ。妖精種が生まれるってことは、こういうことになるんだよ。
奴らは頭脳を得た。これからは戦略的な攻め方をしてくるはずだぜ。」
「こうしちゃいられないわ!すぐに戦の準備をしないと!」」
アビーは慌てて巣に戻ろうとする。
しかしムーが「待て!」と止めた。
「どうしたの?」
「あそこ・・・・ヤバいもんがある・・・・。」
ムーは遥か遠くの山を指さす。
その山の頂上は、雪が積もったように白くなっていた。
「なにあれ?春なのにどうして雪なんか・・・、」
「あれは雪じゃない。繭だよ。」
「繭?それってまさか・・・・、」
「そのまさかだと思う。前に山全体が繭に包まれたみたいに、また大きな虫を生み出そうとしてるんだ。」
「そんな!」
「俺たちは敵と戦う為に国を作った。なら向こうだって・・・・・、」
「私たちの国を潰す為に、大きな虫を生み出そうとしてるってわけ?」
「それしか考えられない。」
もしもあの繭が完成したら、山一つ分の巨大な虫が誕生する。
その虫は何千、何万と卵を産んで、一気に外来種を増やしていくだろう。
「きっと繭はあれだけじゃない。他にもあるはずだ。もしかたらすでに羽化して・・・・、」
そう言いかけた時、遠い空から地震のような羽音が聴こえた。
「なにこれ!耳が痛い!!」
「きっとどこかで生まれたんだ!あのデカいハエが!こりゃあ本当にヤバいぞ!」
空を揺らす風の波は、まるで宣戦布告のよう。
ムーが心配した通り、繭は幾つもあったのだ。
山という山が白い糸に覆われて、次々に巨大なハエが姿を現す。
幾千万の卵から宇宙の虫が孵り、瞬く間に在来種の数を上回ってしまった。
こうなってはまともに戦っても勝てない。
アビーは各国を回り、指導者の虫や妖精に共闘の話をもちかけた。
「今は在来種同士で喧嘩してる場合じゃないわ。ここは一時休戦ってことにして、連合を組みましょう。」
この提案に異論を唱える者はいなかった。
バラバラだった国々は、外来種駆逐の為に、一時的に統一国家となる。
そして数ある国の中に、なんと文明を生み出していた妖精がいたのだ。
「人間の時代、戦争は数ではなく、武器の質で勝敗が決まっていた。
これからは我々も文明の力を手にするのだ!」
そいつは人間の遺伝子が濃い妖精だった。
カブトムシの妖精だが、目は人間のように瞳があり、髪の毛らしき物まで生えている。
硬い外骨格は脆くなり、代わりに内骨格を持っていた。
その手には槍のような武器を持ち、身を守る為に鎧を着ていた。
「これはアリゲーターガーの鱗で作っだ鎧だ。虫の装甲とは比べ物にならないぞ。」
カブトムシの妖精は、みんなに武器と鎧の作り方を教えた。
「それと我々の国では農業をやっている。
ハキリアリの協力を得て、様々なキノコを増やすことに成功したのだ。」
ハキリアリは農業をすることで有名なアリだ。
葉っぱを持ち帰り、そこにキノコの菌を植え付ける。
そして巣の中でキノコを栽培していくのだ。
この方法なら、季節によって食料が左右される心配はない。
武器や鎧と共に、農業も虫の世界へと広まっていった。
初歩的ではあるが、虫は人間と同じように文明を持ち始めた。
その力は戦で大活躍して、在来種を何度も勝利へ導いた。
ムーの提案で国を作ったのも大きい。
壁を建て、城を建て、守りを強固にすることで、敵の進行を食い止めている。
しかし敵も馬鹿ではない。
在来種の中へスパイを送り込み、武器や農業の情報を盗んだのだ。
「クソ!こっちの技術をパクりやがって!」
ムーは怒りに燃える。
お返しとばかりに、こちらもスパイを送り込んだ。
盗んで役立つ情報はなかったが、それが目的ではない。
スパイを送り込んだ理由はただ一つ。
破壊工作である。
いくら敵を倒そうとも、繭がある限りは次々に生まれてくる。
これをどうにかしないと、いつかはアビーたちが負けてしまうだろう。
そこでムーが思いついたのは、繭を乗っ取ってしまおうという作戦だ。
ハチの中には、寄生を得意とするヒメバチという種類がいる。
例えばアゲハ蝶のサナギを育てていると、中からハチが生まれてくることがある。
このハチはアゲハヒメバチといって、その名の通りアゲハ蝶に寄生する虫だ。
アゲハが幼虫の頃、親バチが体内に卵を産み付ける。
何も知らないアゲハの幼虫は、いつしかサナギへと変わっていく。
しかしサナギの中からアゲハが現れることはない。
体内に寄生したアゲハヒメバチの幼虫が、サナギとなったアゲハを食べてしまうからだ。
見た目はアゲハのサナギ。
しかし中で育っているのは寄生蜂。
蝶のサナギからハチが生まれるというのは、なんとも不気味な光景である。
ムーは寄生を得意とするヒメバチの力を借りて、敵の繭を潰すつもりなのだ。
「妖精の蜜をお前たちに分け与える。その代わり、なんとしても繭を乗っ取ってくれ。」
蜜を食べたヒメバチは、すぐに妖精へと進化した。
そして戦の混乱に紛れて、巨大な繭の中に侵入。
敵は巣の中にヒメバチが入ったことに気づかなかった。
巨大なハエが生まれてくるものと思って、羽化の時を待ち続けた。
在来種と外来種の戦いの最中、また一つ繭が裂ける。
宇宙の虫たちは、ハエが出て出てくることを疑わない。
これでまた数が増えるぞと、ほくそ笑みながら眺めていたのだが・・・・、
「ほげええええええ!!」
繭を突き破ってきたのは、ハエではない。
小さなハチの大群だった。
まるで蕁麻疹のように、繭のあちこちから這い出てくる。
不気味だし、見ているだけで痒くなる光景だ。
山一つ分から生まれたハチは、その数1000万。
外来種は動きを止め、おぞましいその光景に見入った。
すると隣の繭からも新たな命が。
こちらもヒメバチに寄生されていて、またハチが現れる。
繭の中では、無残に食い殺されたハエが横たわっていた。
ムーは「よっしゃあああああ!」とガッツポーズを取る。
「見たかアビー!」
「うん!これならどんどん数を増やせるわ。」
「他にもたくさんの繭に寄生させといたんだ。次々に俺たちの仲間が生まれてくるぜ!」
「勝てる!これなら勝てるわ!」
二匹はハイタッチする。
その手はすでに人間に変わっていた。
目も単眼となり、身体も人間に近づいていた。
アビーは胸が膨らみ、ムーの股にはおちんちんらしき物まで。
「見てよムー!おっぱいが・・・・、」
「俺はチンチンが生えてきた・・・・。これってつまり・・・・、」
「妖精も交尾して数を増やせるってことよ!」
「俺たちの力で、地球の生態系を維持できるんだ!」
「じゃあ宇宙の虫なんてもう必要ないわ!」
「本当に・・・・本当に俺たちの世界が作れるかもしれないぞ!」
ムーの予想した通り、妖精は人間へと近づいていった。
しかし妖精は妖精、完全な人間ではない。
いつかまた、虫の遺伝子が強く発現するだろう。
その時、妖精は新たな進化を遂げる。
誰も見たことのない生き物へと。
「私・・・・見てみたくなったわ。ムーが言ってた妖精の未来を。」
「だろ?だからしばらくは人間でいるのを我慢しよう。」
「でもやっぱり腹が立つ。」
「なあに、そう長い時間じゃないはずさ。俺たちには虫の遺伝子だって入ってるんだ。世代交代のサイクルは早い。
人間の何十倍もの速さで進化するはずだ。」
「そうだね。今も小さいままだし。」
「そう、小さいことが俺たちの武器だ。」
「こりゃ何がなんでも外来種に勝たないとね。」
アビーの胸から悲しみが消え、まだ見ぬ未来への火が灯る。
ムーは空を見上げ、いつか訪れるであろう、新たな進化まで戦い抜くことを誓った。
今日、この日を境に、戦いは激化していった。
繭を乗っ取られた外来種が、報復として在来種の国を奪い始めたのだ。
奪っては奪われ、食っては食われる。
アビーもムーも何度も死んで、復活する度に人間へと近づいた。
大きさは妖精のままだが、姿かたち、それに思考、感情など、人間そのものになってしまったのだ。
背中の羽も退化して、飛ぶことさえできない。
その代わり生殖器が発達して、子孫を残す機能を備えた。
「アビー・・・・。」
「ムー・・・・・。」
二人は交わり、卵を産んだ。
透明な卵で、中には胎児が丸まっている。
二人は我が子を守る為、孵化するまで地中の巣に隠すことにした。
「すごいね、妖精が卵を産める日が来るなんて。」
「俺たちは自分で数を増やせるようになった。もっともっとたくさん産んで、妖精の国を大きくしていくんだ。」
二人はまた交わろうとする。
しかしその時、巣が襲撃を受けた。
守りが突破されて、二人のいる部屋まで敵が押し寄せる。
アビーもムーも戦ったが、あっさりと殺されてしまった。
人間の姿では、とてもではないが虫に太刀打ちできなかったのだ。
そしてもう二度と復活することはなかった。
生殖能力の獲得は、不死身という力を奪ってしまった。
生殖できないからこその不死という特権。
死なない生き物が繁殖すれば、いかに小さな妖精といえど、瞬く間に地球を覆ってしまう。
そうなれば住む場所も食べる物もなくなり、かつて人間が犯した間違いを辿ることになる。
妖精という種族を守る為、進化の過程で不死という能力は消え去ったのだ。
二人はこの世を去った。
しかし死ぬ前に卵を残した。
自分たちの分身ともいうべき、妖精の遺伝子を引き継いだ子孫だ。
アビーやムーの他にも、生殖可能な妖精が現れる。
次々に生まれる妖精の卵は、新たな進化へ繋がる希望。
人間に近づいたせいで、戦う力は弱まってしまった。
しかしそれでも子孫を残せるというのは大きい。
ただ妖精を増やすだけなら、妖精の蜜を与えればすむ。
しかしそこに進化はない。
同じような妖精が生まれるだけで、いわばコピーの量産だ。
雌雄が交わり、子を残す。
異なる遺伝子が重なることで、まだ見ぬ生命が誕生するのだ。
在来種の妖精たちは、懸命に子孫を残した。
そして在来種の虫たちも、その子孫が大きな希望であることを知っていた。
だから守った。
戦う力を無くしてしまった妖精の代わりに、命懸けで戦った。
敵は強い。
しかし繭の乗っ取りのおかげで、数では逆転できた。
文明は敵の手にも渡ってしまったが、数で上回るなら、いくらでも勝機はあるのだ。
戦いは終わらない。
いつかやって来るであろう明るい未来を信じて、今もなお争い続けている。

 

虫の戦争 第二十一話 小さな王国(1)

  • 2017.12.01 Friday
  • 11:18

JUGEMテーマ:自作小説

春、芽吹きの時。
一輪の蓮華の上で、一匹の妖精が空を見ていた。
「ずいぶん増えたわねえ。」
アビーは感心した様子で呟く。
人間にウィルスを感染させてから七年後、この世に戻ってきた。
『次に生まれ変わる頃には、猿モドキはいなくなっているはず!』
そう信じて、七年の眠りから覚めてきた。
結論から言うと、人間は絶滅していない。
いや、したといえばしたのだが、正確には別の種族へと進化を遂げていた。
人と虫。
二つを合わせた妖精という生き物に。
春の青空、大量の妖精が舞っている。
一昨日復活したばかりのアビーは、その光景に酔いしれていた。
「すごいわ、こんな日が来るなんて。」
憎き人間はいなくなり、その代わりに妖精が増えた。
人が作った文明は健在だが、それも時間と共に失われるだろう。
高層ビル、電線、ダム。
管理する者がいなければ、時間と共に朽ち果てるのだ。
建物だけではない。
学問も、芸術も、それにスポーツも、人が生み出したものは全て消えてなくなる。
今はまだ、遠くに人の遺産がそびえている。
ビル、送電線鉄塔、川の堰など。
これらもいつかは消え失せて、その時こそアビーが夢見た世界がやって来る。
早くそんな日が来てくれないかと、蓮華の上に寝転んだ。
空を見ていると、遠くから重低音の羽音が近づいてきた。
スズメバチにも似た威圧感のあるその音は、カナブンの羽音。
アビーは身を起こし、「ムー!」と手を振った。
「おっす!おらカナブン!」
「あんたも復活してきたのね!」
嬉しそうにはしゃぐアビー。
ムーは隣に舞い降りた。
「二時間くらい前に戻ってきた。さっきまでおチョウさんと話してたんだ。」
「じゃあ私たちが死んでる間のことは・・・・、」
「全部聞いた。」
頷き、空を見上げる。
「俺たちの望み通り、猿モドキはいなくなってくれたな。」
「そうよ!夢みたいよね!」
「しかも妖精がこんなに増えてる。これからは妖精の星になるな。」
「ムーもそう思うよね!」
二匹は新たな時代の到来を喜ぶ。
蓮華から蜜を取り、「乾杯!」と祝杯を挙げた。
「・・・・ぷはあ!美味しい!」
「たまには花の蜜も悪くないな。」
いつもと変わらない川原、いつもと変わらない空。
変わったのははびこる生き物だけ。
アビーもムーも、夢の時代の到来に喜ぶが、心配事もあった。
「人間だけじゃなくて、虫もどんどん妖精に変わってるの。このままだったら虫までいなくなっちゃうわ。」
「それは問題だな。」
人がいなくなるのは構わない。
人間は自然維持の役に立つどころか、根こそぎ自然を破壊していくのだから。
しかし虫がいなくなるのは困る。
花粉の媒介、腐葉土の分解、腐乱した動物死体の掃除など、重要な役割を担っている。
「もし虫がいなくなっちゃったら、今の自然がなくなっちゃうわ。」
「それだけじゃないぜ。下手したら俺たち妖精だって絶滅するかもしれない。」
「どうして?」
「だって妖精は繁殖が出来ないんだぜ?その代わりに不死身って特権を持ってるけど。
でもさ、虫がいなくなって、今の生態系が壊れていったら、食物連鎖だってどうなるか分からない。」
「ああ、なるほど。私たちは食物連鎖の果てに、この世に戻ってくるんだもんね。」
「こりゃあかなりピンチだぜ。」
空に舞う無数の妖精は、消えていった人間や虫の数に等しい。
人間はもういない。
しかし虫はまだ残っている。
アビーとムーは立ち上がり、ある妖精の元へ行くことにした。
「蛍子さんに相談しよう。」
「だな。でもおチョウさんが言うには、最近行方不明なんだとさ。」
「そうなの?」
「ナギサもマー君も会いたがってたらしいけど、どこ行ってもいなかったって。」
「どうしたんだろう?死んじゃったのかな?」
「う〜ん・・・・蛍子さんがそんなヘマするかな?」
「とにかく捜してみようよ。」
二匹は空に舞う。
目指すは蛍の舞う小川。
かつて服を作ってもらったあの場所だ。
もしかしたらと期待を込めて来たが、誰もいなかった。
「いないね。」
「ていうか水棲昆虫が減ってる。その分妖精が増えてるけど。」
「このままだと蛍は全滅しちゃうわ。仲間が消えかかってるのに、それをほったらかしにしてどこ行ったんだろう?」
川原を後にして、街の方へと行ってみる。
「なんか不思議ね。人間のいない街って。」
いつだって人がウヨウヨしていた場所。
高いビル、大きな駅、誰も乗っていない電車。
建物や乗り物は健在なのに、人間がいない光景というのは、なんとも奇妙だった。
アビーたちは一通り街を飛んでみる。
すでに自然界からの浸食が始まっていて、アスファルトを突き破って草花が生えている。
遠くに見えるマンションには、上の階の方までツタが這っていた。
変わり果てた街を眺めながら、しばらく飛び続ける。
しかし蛍子さんはどこにもいなかった。
その代わり、ばったりナギサと出くわした。
「ちょうどいい所で会ったわ。蛍子さんを知らない?」
そう尋ねると、「最近見てないわ」と答えた。
「実は私も捜してるのよ。だってこのままじゃ妖精が滅んじゃうかもしれないから。」
「ナギサもそれを心配してたのね。」
「マー君も心配してるみたい。まああの子は人間が消えたことの方を喜んでるけど。」
「野心家だもんね、マー君。望みが叶って嬉しいんだと思うわ。」
「そういうわけで、私は山の方を捜してくる。もし見つけたら教えるわ。」
「お願い。」
ナギサはパタパタと飛び去っていく。
以前ならば遠くへ飛び去るまで姿が見えたのに、今はすぐに見えなくなってしまう。
そこらじゅうに妖精が飛んでいるからだ。
「なあアビー、やみくもに捜したって無駄じゃないかな。」
ムーはへの字に口を曲げる。
アビーは「どこか心当たりがあるの?」と尋ねた。
「ちょっと気になる場所が・・・・、」
「どこ?」
「あの隕石が落ちてたところ。」
「あそこ?なんで?」
「ええっと・・・ちょっと気になることが。」
ムーは蛍子さんに対して、ある疑念を抱いていた。
「俺たちが隕石の所へ行った時、急に蛍子さんがやって来たよな?」
「ええ、それに触るなって怒られたわ。」
「あの後、妖精の蜜で隕石を包んで、ウィルスが広がらないようにしてただろ?」
「もし広がったら大変なことになるからね。」
「でもさ、本気でそれを心配してたんなら、どうして俺たちをほったらかして行ったんだろう?」
「どうしてって・・・・どうして?」
「だって俺とアビーだぜ。ウィルスをばら撒くなって言ったって、絶対やるに決まってるじゃん。」
「その結果がこれだからね。」
そう言って無数の妖精たちを見つめる。
「それにさ、隕石が落ちてた場所には、まだウィルスが残ってたはずなんだ。
もし俺たちがばら撒かなかったとしても、あの場所を通った奴が感染して、いずれは世界中に広まってたはずだ。」
「ああ!確かに・・・・。なら私たちが命懸けで特攻する必要なんてなかったじゃない!」
今さら気づいて、「死んで損したわ」と愚痴る。
「この目で猿モドキが消えていく所を見たかったのに。」
「俺もだ。」
力強く頷いて、「なあアビー」と神妙な顔になる。
「蛍子さんって、こうなることを狙ってたんじゃないかな?」
「こうなることって・・・・妖精だらけになって、人間と虫がいなくなることを?」
「だってあの蛍子さんが、こんなヘマするとは思えないんだ。
本当にウィルスを防ぐつもりなら、俺たちを殺して、それから隕石のあった場所だって綺麗に掃除してるよ。
でもそうしなかったのは、ウィルスが広がることを望んでたからじゃないかな?」
「う〜ん・・・・どうだろう?もしそうなら、わざわざ私たちを止めようとはしなかったんじゃない?
だって元々ウィルスをばら撒くつもりだったんだから。」
「そうだな。そうなんだけど・・・・どうもなあ。」
ムーは納得がいかない。
ボリボリと頭を掻いて、「結局は蛍子さんを見つけるしかないな」と言った。
「アビー、隕石のあった場所に行ってみよう。」
「そうね、他に行くあてもないし。」
二匹は隕石の落ちた山へ飛んでいく。
しかしそこまで辿り着くことは出来なかった。
なぜなら・・・・・、
「なにこれ・・・・・?」
隕石のあった山が、大きな繭に覆われていたのだ。
山全体が、真っ白な糸に包まれている。
その糸は麓まで伸び、川を越え、橋を越えて、人間の町まで押し寄せていた。
「大きな繭・・・・なんの虫かなあ?」
「あのな、こんなデカイ虫がいるわけないだろ。これは何か別の生き物だよ。」
「どんな生き物?」
「繭に包まってるんだから虫じゃないか?」
「じゃあやっぱり虫じゃない。」
山一つを覆う巨大な繭、なんとも不気味な光景だ。
二匹は傍の電柱へ降りて、マジマジと観察した。
「蚕の繭に似てるな。」
「じゃあ大きな蚕かな?」
「こんな大きな蚕はいないって。」
「もしかしたらウィルスで突然変異したのかも。」
「ああ、その可能性はあるな。人間が妖精になったんだ。だったら超デカイ蚕が出てきてもおかしくない。」
大きいということ以外に、特に変わった様子は見当たらない。
二匹の結論は「巨大な蚕」で一致した。
「人間がいたら大喜びだな。いっぱい絹糸が取れるって。」
「ほんとね。いっぱい儲けてウホウホはしゃいでるはずだわ。」
山を覆う繭からは、ウルトラマンやゴジラでさえ凌ぐ巨大な蚕が出て来るに違いない。
二匹は「人間がいなくなっててよかった」と口を揃えた。
「もし生き残ってたら奴隷にされてるわ。」
「絹糸の為だけにな。」
そんな話を続けていると、背後から声が響いた。
「今は合成繊維が主流よ。絹は昔ほどの価値はないわ。」
「こ・・・・、」
「この声は・・・・、」
二匹は振り向き、「蛍子さん!」と叫んだ。
「よかった、捜してたのよ。」
「実は俺たちピンチなんだ。このままいけば虫がいなくなって、生態系が破壊されて、妖精は復活できなくなって・・・・、」
「そうよ。だからこそのあの繭じゃない。」
「ん?」
「どういう意味?」
二匹は首を傾げる。
蛍子さんは繭を指さし、こう答えた。
「あの中から大きな虫が出て来るわ。たくさん卵を産んで、虫を増やしてくれる。」
「おお!そりゃすごい!」
「じゃあ妖精が絶滅する心配はないわね!」
「だけどその代わり、妖精は食べられるわ。」
「食べられる?」
「それって私たちが餌になっちゃうってこと?」
「そういうこと。」
「そういうことって・・・・、」
「サラっと言わないでよ。せっかく妖精の世界が誕生して、みんな平和に暮らせるのに。」
不満を漏らす二匹だったが、蛍子さんは「無理よ」と返した。
「生き物である以上、食う食われるの関係は避けられないわ。アンタたちだって知ってるでしょ?」
「でもせっかく猿モドキがいなくなったんだよ?」
「しばらくは俺たちの楽園が続いてほしいよな。」
「楽園ねえ。」
意味ありげな顔で笑う。
ムーは立ち上がり、「なあ?」と尋ねた。
「あの時なんで俺たちをそのままにして帰ったんだ?ウィルスの掃除もしなかったし。」
「ん?」
「だって俺たちがウィルスをばら撒くことは分かってただろ?仮にもし俺たちが何もしなくても、誰かがあそこを通れば感染するはずだ。
なのになんで何もしなかったんだよ?これじゃまるで、蛍子さんもウィルスが広がるのを望んでたみたいじゃないか。」
胸の中の疑問をぶつけると、蛍子さんは「そうよ」と頷いた。
「ウィルスが広がればいいと思ってたわ。」
「やっぱり。」
自分の疑念は正しかった。
ムーは納得するが、アビーは納得しなかった。
「じゃあなんであの時隕石を持っていったの?ウィルスを広めるなら、隕石は捨てなくてもよかったじゃない。」
「捨ててなんかないわ。」
「え?でも捨てるって言ってたでしょ?」
「あれは嘘。隕石は目の前にあるわ。」
そう言って巨大な繭を指さした。
「あの繭は隕石から生まれたものなの。だから私たちの目の前にあるわ。」
「は?」
固まるアビー。
ムーも「なんだそりゃ?」と驚いた。
「ちょっと待てよ蛍子さん。あの繭・・・・・隕石から出来たものなのか?」
「ええ。」
「なんで隕石から繭が?」
「あれは隕石じゃないの。本当は虫の卵なのよ。」
「卵?」
「別の星のね。」
「別の星?あれ宇宙の虫ってことか?」
「ええ。」
「ええって・・・・。」
「私はね、地球へ来る前は別の星にいたの。」
「そういえばおチョウさんが言ってたな。」
「その星には元々生き物はいなかったんだけど、バンスペルミアによって生き物が栄えたわ。」
「バンスペルミア・・・・それって彗星とかに乗って、微生物がやってくる現象だよな?」
「地球だって同じ。元々生き物はいなかった。」
「じゃあ蛍子さんが前にいた星って、地球と似たような星だったのか?」
「ほとんどそっくりよ。だって生き物が生きていける環境なんて決まってるもの。
水があって、空気があって、暑くも寒くもない温度で、傍に太陽のような星があって・・・・。
色んな条件が重なって、やっと生き物が住める星になるのよ。」
「へええ・・・他にも地球みたいな星があったなんて。すごいなアビー。」
「うん。でも蛍子さんはどうして地球へ来たの?前にいた星がダメになったとか?」
「そんなところ。」
「隕石が落ちたとか、火山が噴火したとか?」
「違うわ、未知のウィルスが大流行したの。そのせいでその星の生き物は全滅。」
「うわあ・・・切ない。」
悲しい顔をするアビー。蛍子さんは「ほんとにね」と答えた。
「でも仕方ないのよ。あの星には地球みたいな虫はいなかったから。誰もウィルスへの耐性を獲得できなかったの。」
「そうなの!?地球と似たような星なのに?」
「虫の祖先に当たる生き物が、早い段階で絶滅しちゃったのよ。」
「ああ、それで。」
「地球だって何度も大量絶滅が起こってる。その時、たまたま運よく虫や脊椎動物の祖先が残っただけなのよ。
そうでなければ、虫も人間も誕生してないわ。
私が前にいた星では、地球でいう所の虫はいなかった。」
「じゃあどんな生き物がいたの?」
アビーは目をランランとさせながら見つめる。
違う星の生き物たちがどうなっているのか?
くすぐったいほど胸が疼いた。
「その星の生き物はね・・・・、」
「うん。」
「ナマコみたいな生き物がたくさんいたわ。」
「ナマコ?ナマコって海にいるアレ?」
「そう。しかも人間よりも大きな脳を持ってるの。いわゆる知的生命体ね。」
「ナマコが!?」
「他には人間によく似た生き物もいたわ。でもトカゲやカエルみたいな下等生物なの。大きさは私たちと同じくらい。」
「ずいぶん小さいのね。」
「ナマコは人間くらいの大きさよ。」
「なんか変な生き物たちね。」
「あの星でも何度か大量絶滅が起きてね。その時にたくさんの生き物が滅んだの。
その結果、ナマコみたいな生き物が繁殖しやすい環境になったわけ。
そして突然変異で大きな脳を手に入れて、人間をしのぐ知的生命体になったのよ。」
「じゃあそのナマコみたいな奴らが星を支配してるから、人間みたいな生き物はカエルやトカゲみたいな扱いなのね?」
「そういうこと。」
「地球とは逆なのね。面白い。」
なんと変てこな生態系。
アビーは「見てみたかったなあ」と呟いた。
「話を戻すけど、私はしばらくその星に住んでいたわ。でも彗星に乗って未知のウィルスがやって来た。
あの星にはそのウィルスに勝てる生物はいなかったのよ。だから滅んだ。」
「なんか可哀想だね。」
「けどね、遅かれ早かれあの星はダメになってたと思うわ。ウィルスが来なくても。」
「なんで?」
「だってナマコみたいな生き物の数が増えすぎたから。文明を持って、天敵は誰もいない。
しかも人間なみに大きいから、食べる量や住む場所だって馬鹿にならない。
確か・・・・そうね。絶滅する前は400億匹くらいいたんじゃないかしら?」
「400億!!」
「アビー、考えてみて。もし地球に400億も人間がいたらどうなると思う?」
「そんなのすぐに食べ物がなくなっちゃうわ。住む場所だって。ていうか自然が滅茶苦茶になっちゃう。」
「その通り。あの星の自然はどんどん消えていって、生態系もボロボロ。
それでもナマコもどきは数を増やしていった。
だって天敵がいないんですもの。もしあのまま増えていたら、自然という自然は完全に崩壊したはずよ。
地球もそうだけど、文明っていうのは自然に依存しているからね。
それが消え去ったら、文明も同時に消え去る。
そうなれば食べ物も手に入らず、住む場所の環境だって悪くなる。ナマコもどきは絶滅ってわけ。」
「自分たちにとって大事なものを、自分たちで潰していったんだ。」
「だからって同族を間引くなんてことは、なかなか出来ないわ。
野菜を間引くのとは違うんだから。なんの手も打てないまま、ただただ数が増えていった。」
「そっかあ・・・・じゃあ地球はそうならずにすんだわけね。だってもう人間はいないんだもん!」
ニコっと微笑み、辺りを舞う妖精を見渡す。
蛍子さんは「その通り」と頷いた。
「これが私の目的だったんだもの。」
「え?」
「さっきも言ったでしょ。もしも人間の数が増え続ければ、地球はダメになる。だったらどうするか?」
「どうするの?」
「小型化させるしかないのよ。」
「小型化・・・・。」
意味が分からず、キョトンと目を丸くする。
「地球に人間みたいな大型哺乳類が増えたら、食べ物も住む場所もなくなってしまう。
だからといって、SF映画みたいに他の惑星を開拓したり、宇宙コロニーを作るなんて至難の業よ。
そこまで科学が発達する前に、人間が地球の自然を破壊してしまう。
だったら人間を進化させて、小型の生き物にすればいいのよ。
そうすれば食べる量は減るし、住む場所だって困らない。」
「ああ!なるほどね。」
「前にいた星では、人間と同等の大きさの生き物が増えすぎてしまった。ウィルスにやられなかったとしても、いつかは滅んだはずよ。
私は地球にも同じ運命をたどってほしくなかった。だから人間と虫を掛け合わせて、小型化することを思いついたってわけ。」
「へえ、そうだったんだ。なんかあれだね・・・・すごいね。」
「無理して分かったフリしなくてもいいのよ?」
「だってすごいじゃない。なんかすごいわ、ねえムー?」
「うん。すごいのはすごいけど、そうなると一つ疑問が・・・・、」
ムーは今までにないほど神妙な顔になる。
「あのさ、もしかして俺やアビーって・・・・、」
「ええ、アンタの考えてる通りよ。」
「人間と虫を混ぜて作ったのか・・・蛍子さんが。」
「そう。」
「てことはさ、あの未知のウィルスって、前から地球にいたってことだよな?
じゃないと妖精は生まれてこないんだから。」
「その通り。あのウィルス・・・・強力な毒性で生き物を殺すけど、その反面進化を促す力があるのよ。」
「進化を?」
「あのウィルスに感染した人間は、脳だけを残して死ぬでしょ?
それはなぜか?あのウィルスはどんな生き物に感染しても、最終的には脳を住処とするからよ。
住処を守る為に脳だけは残すわけ。
そして脳が死ぬ頃、ウィルスも同時に消えていく。
人間の場合は進化が起こる前に死んじゃうけど、虫はそうはならないわ。
脳に似た神経の塊を刺激されて、本当に脳に変化してしまう。
そうなると、今までにないホルモンが分泌されて、身体に変化が起こるわけ。
それが進化の促進剤になるのよ。」
「へえ、すごいわ。よく分からないけど。」
「前の星ではみんな滅んじゃったけど、地球には虫っていう面白い生き物がいた。
何百万種とか何千万種とか、正確には数が計れないほどの種類の多さ。
全世界のアリだけで人類の総重量に匹敵する数量。
しかも世代交代のサイクルが早いから、細菌やウィルスへの免疫を獲得するのも早い。
だから虫を使えば、あのウィルスに殺される前に、進化を遂げるんじゃないかって思ったわけ。
私の目論見通り、それは上手くいったわ。
ウィルスへの耐性を獲得した虫は、体内に特殊な粘液を作り出す。
それは空気に触れると結晶のように固まるの。
その結晶を人間に打ち込むと、人間の細胞とくっついてこれまた結晶を生み出す。
それを取り出し、再び虫に打ち込むと、いっちょ妖精の出来上がりってわけ。」
「なんか難しいわ。」
「人間はウィルスに対抗する為に、ワクチンを作りたがってた。
だから私はワクチンの生成方を伝授したの。
でも本当の目的は、ワクチンを作らせることじゃない。
ワクチンを作る過程で、虫と人間の細胞を混ぜさせることなの。
そうすれば人と虫の細胞が融合して、妖精が誕生するから。
人間を虫のサイズに小型化させることが可能ってわけよ。」
「・・・要するに、妖精は虫と猿モドキが合体した姿ってことよね?」
「そうよ。だけど虫の特性が色濃く出るみたい。アンタたちが異常に人間を恨むのも、それが理由かもね。」
「じゃあ蛍子さんは、地球を救う為にあのウィルスを持って来たってこと?」
「ええ。妖精を生み出したのもその為。アビーやムーやおチョウは、実験の為に生み出した妖精よ。
ちゃんとこの星の環境に馴染めるかどうか、それを観察する為に。」
「実験かあ・・・・嫌な響き。でも実験体にされなかったら、私もムーもおチョウさんもいないわけだから、結果オーライなのかな?」
「ポジティブ思考で助かるわ。」
「で、どうなの?妖精は上手く地球に馴染んでる?私は馴染んでるつもりだけど。」
「上手く馴染んでるわ。でも一つだけ欠点がある。」
そう答えると、ムーが「繁殖だな」と言った。
「妖精は繁殖出来ない。死んだら復活するけど、そうなるまでに妖精の蜜を三回飲まなきゃダメだ。」
「ええ。」
「それに虫まで全部妖精に変わってしまったら、生態系が維持できない。
そうなったら食物連鎖だってなくなるから、妖精は死んだら終わりになる。
繁殖できす、復活も出来ないんじゃ、いつかは滅んじゃうよな。」
「それを防ぐ為に、隕石のような虫の卵を持ってきたのよ。」
山を振り返れば、巨大な繭がそびえている。
あの中には、一つの山と同じ大きさの虫が眠っているのだ。
「あれが羽化したら、たくさん卵を生んで虫が増えるわ。この星の生態系は保たれる。」
「でも私たちが餌になっちゃうんでしょ?」
「復活できるからいいじゃない。」
「そういう問題じゃないのよね。ねえムー。」
「そうだよ。いくら復活するからって、死ぬのは嫌なもんだ。蛍子さんだって妖精なら分かるだろ?」
絶対に頷いてくれるだろうと思ったら、「まったく」と首を振った。
「だって私は妖精じゃないもの。」
「え?」
「へ?」
「言ったでしょ?私は別の星から来たって。その前は違う星にいて、そのまた前は別の星にいたの。」
「どれだけ星を旅してるのよ。」
「宇宙のホームレスか?」
「ていうか私は蛍子じゃないし。」
「ん?」
「お?」
「私の役目は、生き物がいない星に生命を増やすこと。この星はもう大丈夫だから、新しい星へ旅立つわ。」
そう言うと、蛍子の中からハエのような生き物が出てきた。
「それじゃまた。」
ハエは前脚を振って、高い空へ消えていく。
アビーとムーは呆気に取られ、つられるように手を振り返した。
「なにあれ?」
「ハエだったな。」
「でも普通のハエじゃなかったね。羽がいっぱいあったわ。」
「目も五つくらいあったしな。」
「まさか宇宙の虫?」
「かもな。」
じっと空を見上げていると、蛍子が「ああああ!」と叫んだ。
「なにあの繭は!?」
頬を押さえ、「デカ!」と叫ぶ。
「蛍子さん・・・・もしかしてあのハエに乗っ取られてたんじゃない?」
「俺もそう思う。」
「なんなのよあの大きな繭は!ていうかなんで妖精だらけになってるの!?」
「記憶がないみたい。」
「やっぱ乗っ取られてたみたいだな。」
「宿主を支配する寄生虫とかいるから、そのタイプの虫だったのかも。」
「ああ、いるな。カタツムリとか乗っ取る奴が。あれと似たような虫なのかな?」
「何よ!なんの話をしてるの!?」
いきなり現れた巨大な繭、そして無数に舞う妖精。
蛍子は「何がどうなってるのよ!」と悲鳴を挙げた。
「蛍子さん、けっこう前から寄生されてたみたいね。」
「じゃあ猿モドキが滅んだことも知らないんだな。」
「だからなんの話!?」
「いい蛍子さん。実はね、未知のウィルスがやってきて・・・・、」
記憶の穴を埋める為、今までの経緯を話す。
蛍子は「私が寄生されてたなんて・・・」と、目を剥いて気絶した。
「すっごいショックを受けてるわ。」
「普段はしっかり者だからなあ。まさか自分が寄生されるなんて思わなかったんだろ。」
「電柱の上じゃあれだから、蓮華の上にでも運んであげよう。」
二匹は蛍子を抱え、巨大な繭を後にする。
未知のウィルスを乗り越え、新たにやってきた時代。
人間がいなくなり、代わりに妖精がそこらじゅうにいる世界だ。
あのハエは、人間を虫のサイズにまで小型化させることで、地球の自然を守ろうとした。
その正体は不明だが、目論見通りに事が進んだ。
しかし生命とは、誰にも予想できない道へ転がるもの。
あのハエが去ってから二週間後、大きな繭から、大きな脚が出てきた。
鋭い毛が並び、ノコギリのようなギザギザが付いた脚だ。
その脚で繭を切り裂き、全身を露わにする。
「あ!」
「あれって・・・・、」
アビーとムーは呆気に取られる。
「あれってあのハエじゃない。」
「蛍子さんに寄生してた奴とそっくりだ。」
どこからやって来たのか分からない、あの謎のハエ。
あれとまったく同じ虫が現れた。
ただし前のハエと違って、大きさは山と同じくらい巨大。
羽化したハエはすぐに妖精を貪り始めた。
アビーとムーは慌てて逃げ出し、見つからないように地中に隠れた。
それから数日後、ハエはたくさんの卵を産んだ。
あの隕石とそっくりの卵を。
何千、何万と産卵して、パタリと息絶えてしまう。
卵からは次々に虫が孵化して、死んだハエの肉体を貪り始めた。
誕生してくる虫の種類は多種多様。
ハエ、カマキリ、ゴキブリ、ムカデ、クワガタ・・・・数え上がればキリがない。
しかもどの虫も、地球の虫とは微妙に違っていた。
やたらと目が多かったり、羽が何枚も付いていたり。
「あれ、私たちに似てるけど、全然違う感じがするわ。」
「そりゃ宇宙からやってきた虫だからな。地球のもんとは違うだろ。」
次々に孵っていく虫たちは、瞬く間に地球に広がった。
花粉を媒介したり、腐葉土を分解したりと、地球環境の維持に役立ってくれた。
それと同時に、地球在来の虫にとって、大きな障害にもなった。
宇宙から来た虫は、地球にいる妖精や虫を、次々に平らげていく。
このままでは地球在来の虫がいなくなる日も遠くない。
「ねえムー、あの虫たちがいてくれるおかげで、生態系は保たれてるわ。
だから私たち妖精は何度でも復活できる。」
「そうだな。でも・・・・癪だよな。なんで俺たち地球の妖精や虫が、宇宙から来た虫に怯えなきゃいけないんだ?」
かつて戦ったセイタカアワダチソウを思い出す。
あの時、悪質な外来種を追い払う為に、みんなで団結して戦った。
その結果、自分たちの住処から他所者を追い出すことに成功したのだ。
「ねえムー、また戦う時が来たのかも。」
「あの時は日本と外国の生き物の戦いだったけど、今度はもっと大規模だ。」
「なんたって宇宙の虫を追い払わなきゃいけないんだもんね。」
「地球の在来種、そして妖精たちみんなで戦うんだ。じゃないとこの星は外来種だらけになっちまう。」
アビーとムーが感じている危機感は、他の妖精や虫たちも同じだ。
魚や鳥、爬虫類や両生類や哺乳類も、宇宙の虫には手を焼いていた。
溜まりに溜まった在来種たちの怒りと不安は、もはや限界まできている。
これを解決する手段はただ一つ。
「もう一度戦争よ!私たちの地球を守るの!」
前回の戦いの総大将はおチョウさんだったが、今回はアビーが務めることになった。
補佐官はムー、参謀はナギサ、マー君は切込隊長だ。
「いまこの星で一番数が多いのは妖精、その次に虫よ。私たちが中心になって、悪い宇宙虫をやっつけよう!」
日本のとある川原から始まった戦いは、世界中へ伝播していく。
この日を境に、地球在来種VS宇宙外来種の、長い長い戦いが始まった。

 

虫の戦争 第二十話 未知のウィルス(2)

  • 2017.11.30 Thursday
  • 15:07

JUGEMテーマ:自作小説

生き物が進化する理由。
それは変わっていく環境に適応する為だ。
どんな場所でも、常に同じ状況ということはない。
最適だと思っていたデザイン、機能。
そんなものは、環境が変われば途端に通用しなくなる。
しかし生き物が進化するのには、もう一つ理由がある。
それは病気に対抗する為。
例えば血統書の付いている犬よりも、雑種の方が病気にかかりにくい。
人間の場合でも、近親交配を繰り返せば、奇形児が生まれる確率だけでなく、病気に対する抵抗力も衰えるのだ。
異なる血を混ぜることで、今までにない力を得る。
そうすることで、恐ろしい細菌やウィルスに打ち勝つことが出来るのだ。
今日、人類にとって未知のウィルスがばら撒かれた。
隕石に乗ってやってきた、宇宙からのウィルスだ。
人間が感染した場合の致死率は99.9%。
感染力も強く、小さな町なら一日で飲み込んでしまう。
アビーたちは、そんな恐ろしいウィルスを体内に宿していた。
中核都市の空に舞いながら、眼下を歩く人間たちを睨む。
「ムー、ちょっとしんどくなってきたわ・・・・。」
「俺も・・・・もう長くないみたいだ。」
隕石に触れてしまった為に、アビーたちの身体も蝕まれていく。
目眩、吐き気、そして脱力感。
気がつけば、関節の隙間から体液が漏れていた。
神経や血液が破壊されているのだ。
あと一時間もしないうちに、この世を去ってしまうだろう。
「私たちはまた復活できる。でも人間はそうはいかないわ・・・・。」
アビーは「みんな!」と叫ぶ。
「このウィルスを使って、人間たちを絶滅させてやるのよ。次に生まれ変わる頃、きっと人間はいなくなってるはずだわ。」
ムー、ナギサ、マー君。
みんなが頷き、街ゆく人間に目を向けた。
髪を赤く染めたおばちゃん。
何に怒っているのか知らないが、怒っていないと不安になる病気にでもかかっているような顔をして歩いている。
「あのメス猿は無防備ね・・・・・。私はアイツを狙うわ。」
そう言ってお尻の毒針を伸ばす。
「じゃあ俺はあっちの奴を。」
ムーはハゲ散らかした爺さんを狙う。
「じゃあ・・・・私はアイツ!」
ナギサは小学生くらいの子供に目を付ける。
マー君は「僕はアイツだ!」と、交番の前に立っている警官を睨んだ。
「それぞれターゲットは決まったわね・・・・。」
「いよいよ人間に鉄槌を下す時が来たんだ・・・・。」
「次にこの世に戻ってきたら、虫の世界が広がってるのね・・・・。」
「地球は僕らの楽園になるんだ。もう猿モドキの思い通りになんかさせるもんか・・・・。」
死ぬほど辛いのに、気持ちだけは燃え上がる。
アビーはみんなを見渡し、「じゃあ・・・また」と笑う。
目をつけたおばちゃんに向かっていき、毒針を突き刺した。
「痛ッ・・・・・・、」
首元にチクリと電気が走る。
今、毒針を通してウィルスが送り込まれた。
それと同時にアビーは力尽きる。
ポトリと地面に落ちて、道行く人に踏み潰されてしまった。
「俺も行くぜ・・・・。」
ムー、ナギサ、そしてマー君。
みんなそれぞれの獲物に特攻する。
ムーは爺さんの口の中に飛び込んだ。
ビックリした爺さんは思わず口を閉じてしまうが、そのせいでムーを噛み潰してしまった。
ブチュっと身体が潰れて、ウィルスまみれの体液が溢れる。
ナギサは子供の前に飛んでいき、ニコリと手を振った。
「なにこれ!カワイイ!」
喜ぶ子供。そっと手の平に乗せた。
しかしナギサの羽には、ウィルスの付着した鱗粉がついている。
それは子供の手を侵し、瞬く間に体内に入り込んでいった。
ナギサはニヤリと笑い、そのまま力尽きる。
排水溝へ落っこちて、どこかへ流されていった。
マー君は警官の背後に回り、気配を殺して近づいた。
暇なのか、大きな欠伸をしている。
その瞬間、口の中へと特攻した。
「むがッ・・・・、」
警官は慌てて取り出そうとする。
しかしマー君は奥歯にしがみつく。
警官は無理にそれを引っぱり出そうとしたもんだから、脚をちぎってしまった。
切断された脚の付け根から、ウィルスの宿った体液が滲み出す。
それと同時にマー君は引っこ抜かれ、警官に踏み潰された。
アビー、ムー、ナギサ、マー君。
みんなこの世を去ってしまう。
しかし作戦は大成功。
宇宙からやってきた未知のウィルスは、すべてのターゲットの中に入り込んだ。
・・・・・それから5日後、この街は封鎖された。
前代未聞の感染症・・・・人が死ぬほどの病気が広がって、街はほとんどの機能を停止するまでに至った。
その原因は未知のウィルス。
誰も見たことのない微生物のせいで、日本は一気に混乱してしまった。
この街へ繋がる道は、警察と自衛隊によって塞がれる。
すでに7000人以上の死者が出て、今もなお犠牲者は増え続けている。
そうなれば当然逃げようとする者が現れる。
それと同時に、内部の状況を探ろうと、メディアの人間が潜入を試みた。
制止してもキリがないので、政府はやむなくこんな決断を下した。
「無許可で出入りする者に対しては、射殺もやむなし。」
もしも外にウィルスが漏れたら、死者が増えるだけ。
非情な決断ではあるが、全ては被害の拡大を防ぐ為だった。
脱走者と侵入者、合わせて5名が射殺された。
あまりの殺傷力、あまりの感染力。
射殺された者がいるというニュースが流れても、大きな反論は起きなかった。
それよりも、何がなんでも被害の拡大を防いでくれとの声がほとんどで、中には核を落としてもいいから街ごと潰すべきだという意見もあった。
専門家によって、ウィルスの解明、そしてワクチンの開発が急がれているが、何もできずに死者だけが増えていく。
やがて海外にもニュースが流れて、ウィルスに対する恐怖は、世界中へと拡散していった。
そして感染から10日後、アメリカやフランスなど、複数の国で作った合同チームが、街へやって来た。
この時点で、街の生き残りは1500人ほど。
60万人もいた街の人たちは、そのほとんどがこの世を去ってしまっていた。
・・・・脳だけを綺麗に残して。
突然現れた未知のウィルス。
ありえない殺傷力と感染力と、脳だけが残るという奇怪な特徴。
優秀な専門家を集めた国際チームでさえ、まったくわけがわからずに悩むばかりだった。
宿主の特定も出来ず、ウィルスの解明も進まず、当然ワクチンなど作れるはずもない。
そして感染から二週間後、とうとう恐れていた事態が起きてしまった。
なんと隣の町、そして二つ離れた街でも感染者が出たのだ。
ウィルスは人間の囲いを飛び出して、勢力を拡大しようとしていた。
致死率は99.9%。
感染すればまず助からない。
このままでは日本だけでなく、他の国へ飛び火しておかしくなかった。
感染初期に挙がっていた、核を使ってでも拡大を止めるべきという意見。
それがだんだんと現実味を帯びてくる。
もちろん反対意見も多数ある。
核を使えばウィルスどころの騒ぎではないと。
しかし未知のウィルスは、明らかに核以上の脅威だった。
圧倒的な致死率と感染力は、人が作ったいかなる兵器をも凌ぐのだから。
ならば核の次に強力な気化爆弾はどうか?という意見が挙がった。
挙がったが・・・やるなら確実な方がいい。
国民には知らされない秘密裏の話し合いで、核使用の方向へと突き進んでいた。
すでに核弾頭を搭載した米潜水艦が、街から最も近い海に潜っている。
核が搭載可能な爆撃機も、いつでも出撃できるように控えていた。
未知のウィルスが相手といえど、核で街を焼き払うのは、誰でも抵抗がある。
しかしそうしないといけない状況は、すぐそこまで迫っていたのだ。
もはや世論がどうのと言っていられない。
人道的な問題はあっても、地球人類をウィルスから守る方が優先である。
感染から20日後、最初に感染者が出た街は、全ての人がウィルスによって亡くなった。
そして新たに感染が確認された街は、あれから2つも増えていた。
もはや日本だけの問題ではない。
これ以上の死者を出さない為、そして他国への拡大を防ぐ為に、大きな決断をせざるを得なかった。
・・・・感染から一ヶ月後、一つの街が灼熱に包まれた。
その半日後には、別の街の空にも、業火の閃光が炸裂した。
落とされた核爆弾は、全部で五発。
熱で対象物を焼き払う水爆だ。
原子爆弾を超えるその熱は、光が走るのと同時に、ほとんどの物が蒸発してしまう。
ウィルスはもちろんのこと、建物も、草木も、そして人間も。
後に残るのはまっさらな大地だけ。
感染が確認された五つの街すべてが、地上から消え去った。
しかし脅威は終わらない。
目に見えないウィルスは、着々と侵略を進めていく。
核爆弾の投下から一週間後、タイや中国でも感染者が現れたのだ。
その一ヶ月後には、ヨーロッパや中東、アメリカにも拡大していた。
理由は簡単で、街の封鎖を脱出した外国人が、祖国へ帰ってしまった為だ。
いったん外へ飛び火したウィルスは、もはや誰にも止められない。
未だウィルスの解析が終わらず、ワクチンも作れない。
全世界に飛び火した今となっては、核で焼き払うことも不可能だ。
・・・・このままでは人類が絶滅してしまう。
頭を悩ます人間たち。
恐怖と絶望と、いつかワクチンが出来るはずという僅かな希望。
暗い中に射す些細な光を信じて、どうか自分や家族には感染しないようにと、ただ祈るしかなかった。
・・・・感染から半年後、人類の数は三分の一にまで激減してしまった。
中には国を維持できない国もあったり、経済の麻痺で暴動が起きる国もあった。
しかしすべての人間が諦めたわけではない。
非常事態、必ずそれに立ち向かう者が現れるのだ。
大して有名でもない大学の昆虫学者が、コツコツと研究を続けていた。
学者としては誰にも見向きされず、家に帰れば「役たたず」と妻に罵られ、「昆虫オタク」と娘に敬遠される切ないおじさんだが、それでも研究を続けていた。
その結果、ある事を発見したのだ。
昆虫がこのウィルスに感染した場合、奇妙な進化が起きるのだ。
このウィルスにかかった昆虫は、僅か一ヶ月で進化の兆候が現れる。
例えばハチが感染した場合、100匹いたとしたら、80匹は二時間以内に死んでしまう。
残りの15匹は一日後に死んで、残った5匹は10日程度でウィルスに耐性を得てしまう。
人間が成す術がないこの悪魔に、わずか10日で打ち勝ってしまうのだ。
しかしそれで終わりではない。
体内にウィルスを取り込んだ昆虫は、ある部分が急速に進化していくのだ。
それは脳。
正確には脳に似た神経の集まりが、瞬く間に肥大化していく。
虫には人間のような脳はない。
それと似た神経の集まりがあるだけだ。
その部分が、人間の脳のように変化していき、やがて本物の脳へと変わってしまう。
ここまで来ると、ウィルスはなぜか死滅してしまう。
そして一度肥大化を始めた脳は、特殊なホルモンを分泌して、肉体にも変化をもたらす。
感染から一ヶ月後、六本ある脚のうち、二本が退化してしまう。
頭、胸、腹と三つに分かれていた体節は、関節部分が補強され、一つの塊へと変化する。
最終的には、人間と虫を混ぜたような、奇妙な生き物へと進化を遂げるのだ。
「・・・・・妖精?」
学者は信じられない思い出それを眺める。
おとぎ話に出てくるような、愛らしくも、どこか虫に似たあの生き物。
今までの実験で、すでに四匹の妖精らしき生き物が誕生した。
しかし一分ほどで姿を消してしまう。
まるで手品にかかったように、忽然と消え去ってしまうのだ。
「・・・・・どうなってる?」
何度も実験を繰り返しては、その様子を映像に収める。
だが何も映ってはいなかった。
肉眼では確認出来るのに、カメラには記録されないのだ。
学者は眠るのも忘れるほど興奮し、知り合いの学者にこの話をした。
研究室まで連れて行き、実際に妖精誕生の現場を目撃させた。
「なんだこりゃ?」
友人の学者も、開いた口がふさがらない。
虫が人間のような脳を獲得し、妖精に似た生き物になる。
いったい誰がこんな話を信じよう?
何匹も誕生させては、消えていく妖精を捕まえようとした。
しかし・・・・無理だった。
煙のように消え去ってしまうので、捕獲も飼育も無理。
無理だったが・・・・一つだけ消えないものがあった。
一匹のアリで実験をした時、消え去ってしまう前に、宝石のような美しい結晶を残したのだ。
「これは・・・?」
「さあ?」
「昆虫はすぐにウィルスへの耐性を獲得した。もしこの結晶が妖精の中から出てきたものだとしたら・・・・、」
「ワクチンが作れると?」
「可能性はある。」
二人は国際チームのメンバーを呼び寄せて、目の前で妖精誕生の実験をしてみせた。
虫が進化し、妖精・・・らしき生き物になる。
どう受け止めていいのか分からない現象に、誰もが呆気に取られ、ただ立ち尽くす。
二人の学者は結晶を差し出して、これを元にワクチンを作れないかと提案した。
こんな実験を見せられては、誰もNOとは言えない。
ただでさえ打つ手がない中、藁をもすがる思いで研究を始めた。
・・・・それからわずか六日後、ワクチンの開発に成功した。
あの結晶は、半分は地球の虫や植物の成分、もう半分は未知の成分で出来ていた。
これを湯に入れると、一瞬で溶けてしまう。
その結晶入りの溶液を、注射で昆虫に打ち込む。
昆虫は最初のうちは苦しむが、ものの数分で元気を取り戻す。
その虫にまた注射を刺し、体液を抜き取る。
たったこれだけでワクチンの完成だ。
未知の成分は謎のままだし、どうしてこれでワクチンが作れるのかは分からない。
分からないが、どこからかやってきた蛍を思わせるような女が、あの二人の学者にワクチンの生成法を伝えていったのだ。
地球人類の数は、三分の一にまで減ってしまった。
今でも感染者が増えているし、死者も増加の一途。
しかしワクチンができたとあれば、もう恐れる必要はない。
人類は絶滅してしまうのか?
いや、必ずワクチンが出来るはずだ。
暗い中で抱いていた僅かな希望は、人類滅亡より先にやってきた。
・・・この日を境に、大量のワクチンが生成されて、多くの命を救った。
人間だけではない。
植物、魚、トカゲや鳥や猿。
地球に住むあらゆる生き物は、絶滅を免れることが出来た。
人間としても、こんなウィルスは一匹たりとも残しておきたくない。
ワクチンは注射でも有効だが、農薬のように散布して使えば、予防にも役立つことが分かった。
ありとあらゆる場所に薬が散布され、徹底的にウィルスを駆逐していった。
宇宙から飛来した未知のウィルス。
ようやく人類は打ち勝つことが出来た。
人間を、この星の生き物たちを、自らの手で守ることに成功したのだ。
しかし二人の学者はふと思う。
突然現れ、ワクチンの生成法を伝えていったあの女。
もちろん人間ではあったが、どこか蛍のような雰囲気をまとっていて、人間とは違う神秘的な生き物に思えた。
あれはいったい誰だったのか?
名前も連絡先も全てがデタラメで、探る手がかりはない。
彼女の正体は、今となっては知る由もなかった。
人類を激減させるほどの恐怖のウィルス。
それを乗り越えたのだから、今はよしとするかと、勝利の喜びに浸ることにした。
人類未曾有の流行病は、半年と少しで幕を閉じたのだった。
しかし問題は残る。
あのウィルスはいったいなんだったのか?
どこから来て、どの生き物を宿主としているのか?
そしてあのウィルスに感染した虫は、どうして妖精のように進化するのか?
妖精が生み出す結晶は、どうしてウィルスを駆逐する薬になるのか?
すでにウィルスは絶滅した。
したが・・・・それは自然界での話。
人間は未知のものを完全に滅ぼしたりはしない。
危険なオモチャにほど惹かれるのが人間ならば、一つ残らず駆逐することはあり得ない。
しかるべき機関で、密かに研究が続けられている。
だがそれも束の間のこと。
ウィルスの脅威が去ってから一年後、日本で不思議な子供が生まれた。
その子は通常の乳児の10分の一の大きさで、体重は200gしかない。
目は虫の複眼のように大きく、手足には鋭い毛が生えていた。
背中には四つの膨らみがあり、しばらくすると翅のような物が生えてきた。
医者も親も驚いたが、もっと衝撃的なことが起きていた。
なんと虫の中からも、同じような生き物が出現し始めたのだ。
それはあの昆虫学者が発見した、妖精のような生き物にそっくりだった。
人から生まれる、虫に似た人間。
虫から生まれる、人間に似た虫。
どちらも非常に妖精に似ている。
そして日に日にその数は増えていった。
最初は奇形児と考えられていた、虫に似た子供。
今では世界中で生まれて、何十万人という数になっている。
虫も同じだ。
妖精みたいな可愛らしい虫が、あちこちで誕生するようになった。
ハチ、アリ、バッタ、それにクモやムカデの中からも。
それぞれの虫の特徴を残した、神話の中の生き物が溢れかえった。
これはいったいどういうことか?
鍵はきっとあのウィルスが握っている
人間たちは徹底的に未知のウィルスを調べたが、やはり詳しいことは分からない。
しかし一つだけ判明したことがあった。
これは地球上のものではないということ。
遺伝子解析の結果、地球上のどの生き物にも見られないDNAが見つかったのだ。
そのDNAがどんな意味を持っていて、どういう働きをするのかは分からない。
しかし地球上のものではないことは確か。
研究者たちはますます頭を悩ませ、それと同時に「良いオモチャを手に入れた!」と喜んだ。
真実を解明するのが楽しいのではない。
こういうオモチャを手に入れた時、答えにたどり着くまで弄るのが楽しいのだ。
未知なる部分には何があるのか?
人間の好奇は尽きない。
世間の人々は妖精のような生き物が増えることに戸惑いを覚え、学者はオモチャの研究に没頭する。
商人はこれをどう儲けに活かそうか考え、政治家は次の選挙での利用を考える。
人間の世界にも、自然の世界にも、大きな変化が起きているというのに、人間のやることは相変わらずだ。
変化の波は着実に押し寄せている。
増え続ける妖精のような生き物。
人の中から、虫の中から。
それはすなわち、人と虫の境目がなくなりつつあるということ。
・・・かつて蛍子は危惧した。
未知のウィルスの到来は、この星に今までにない変化をもたらすと。
そして最後は乗っ取られてしまうと。
その憂いは足音と共に近づいていた。

 

虫の戦争 第十九話 未知のウィルス(1)

  • 2017.11.29 Wednesday
  • 10:53

JUGEMテーマ:自作小説

地球には常に隕石が降り注いでいる。
しかし地表へ到達する物は少ない。
ほとんどは大気圏で燃え尽きてしまうからだ。
夜、空に尾を引く閃光は、蒸発した隕石の軌道。
アビーとムーは電線の上に座り、消えていく光の群れを眺めていた。
「あれがしし座流星群ってやつらしいぜ。」
「なにそれ?」
「知らない。蛍子さんが言ってたんだ。」
「物知りだもんね、蛍子さん。」
「なあ。」
「ねえ。」
アビーは花の蜜を、ムーは樹液の塊を舐めながら、空を走る光を眺め続けた。
「そういえばさ、俺らのご先祖様って、宇宙から来たって噂があるらしいぜ。」
「そうなの?なんで?」
「なんでって聞かれても知らないけどさ。でも俺らって他の生き物とは似ても似つかないじゃん?」
「私たちからすれば、他の生き物の方が変わってるんだけどね。特にあの猿モドキが。」
電線の下の自販機で、髪の薄いおじさんがジュースを買っている。
プシュっとタブを開け、ゴクゴク飲みながら、流星群を見上げた。
しかし興味もなさそうに、すぐに目を逸らす。
スマホをいじりながら、家へと消えていった。
「私たちの見た目が変だから、宇宙から来たってことになってるの?」
「人間はそう思ってるらしい。」
「それ逆じゃない?人間の方が宇宙から来たのよ、きっと。」
「となると猿も宇宙からってことになるな。」
「虫以外はみんなそうかもよ?」
空に走る無数の光は、地球の外からやってきた物。
あの隕石の中には、いったい何が潜んでいるのか?
もし・・・もしも燃え尽きずに落っこちてきたら、そこには他の星の生き物がくっついているのではないか?
アビーはそう考えて、「どれか一つくらい落ちてこないかしら?」と言った。
「無理だよ、あれは小さいから。」
「大きいやつなら落ちてくる?」
「多分な。今までに何回も落ちてるんだぜ。それこそ地球がヤバイくらいの奴が。」
月を見上げ、「あれだって隕石が落ちて、地球から千切れた一部だって説があるらしいから」と言った。
「へえ、元は地球の一部だったんだ。だったら月にも虫がいるかな?」
「いないだろ。水も空気も無いらしいから。」
「水も空気もなくて、でも生きてる虫もいるかもよ?」
想像することは尽きない。
アビーもムーも他愛ない話が好きで、暇つぶしの定番だ。
しかし二匹の思う先は違う。
ムーは意外とロマンチストで、「今日は月が綺麗ですね」と名作の一文を口ずさむ。
それに対してアビーは「月へ行こう」と立ち上がった。
「向こうにも仲間がいないか調べてみようよ。」
「無理だよ。月って滅茶苦茶遠いんだぞ。」
「なんで?」
「知らないよ。でも蛍子さんがそう言ってた。」
「でもさ、もし向こうにたくさん虫がいたら、これは私たちにとっていい事よ。」
「なんで?」
「地球の虫と月の虫で手を組んで、猿モドキを絶滅させるの。」
「いいなそれ!」
ムーも立ち上がる。
「善は急げ。人間どもを撲滅する為に、月へ行ってみるか?」
「急げばすぐよ。明日の朝には帰って来れるかも。」
二匹は無謀な旅に出る。
空に見えるあの月。
遠いという知識はあっても、どれほど遠いのかという実感がない。
何年か前に行った東京よりも近いだろうと思っていた。
二匹の虫が空に舞う。
天にそびえるあの光には、きっと仲間がいるはずと信じて。
しかし二時間ほど飛び続けて、やっと気づいたのだ。
向こうに仲間がいるかどうかは別にして、どうやってもたどり着けないと。
いくら頑張って飛ぼうが、目に映る月の大きさは変わらない。
しかも上空へ行けば行くほど、気温が下がって体力が奪われる。
変温動物の虫にとって、冷たい風は天敵だ。
「やっぱり帰ろうか?」
「そうだな。」
早々に人類撲滅作戦を諦める。
二匹は「バイバイ」と触覚を振って、それぞれの寝床へ戻った。
しかし次の日、再び人類撲滅作戦を掲げることになる。
なんと本当に隕石が落ちてきたのだ。
かなり小さな物だが、隕石は隕石。
第一発見者はおチョウさんで、山の中にみんなを集めた。
「今日のお昼頃、この山の中腹に隕石が落っこちたわ。暇なんで調べてみましょう。」
アビー、ムー、ナギサ、そして地元へ帰って来ていたマー君。
妖精種だけが集まって、大木の根元を貫通した隕石を取り囲む。
「この根っこの穴の中に隕石があるのね。」
アビーは興味津々に覗き込む。
おチョウさんが「悠長にしてる暇はないわ」と言った。
「いずれ人間が嗅ぎつけてくるはず。その前にいっぱい遊んでやりましょう。」
みんな乗り気で、「いやっほう!」と穴に飛び込もうとする。
しかし「待った!」と誰かの声が響いた。
「今の声は・・・・、」
アビーは振り返る。
そこには物知りの彼女が立っていた。
「蛍子さん!」
「その隕石に触っちゃダメよ。」
「どうして?」
「どうしても。それには宇宙のウィルスが潜んでいるのよ。」
「宇宙の・・・・・、」
「ウィルス・・・・。」
アビーとムーはゴクリと息を飲む。
「それもおっかないウィルスよ。もし地球で広がったら、たくさんの生き物が死んじゃうわ。」
「たくさんって・・・私たちも?」
「虫は助かるかもね。数も多いし、世代交代が早いから抗体を獲得する可能性もある。
だけど大きな生き物は無理よ。ウィルスに対抗できずに死ぬわ。」
「大きな生き物かあ・・・・。」
アビーは上目遣いに考える。
頭に浮かんだのはあの生き物。
「それって人間も?」
「ええ。」
「じゃあさ、そのウィルスが広まったら、人間は絶滅するってことね?」
「可能性はあるわ。」
「よっしゃああああああ!絶対に掘り出すわ!」
そんな事を聞いては黙っていられない。
一目散に穴に飛び込んで、隕石を引っ張り出そうとした。
しかしガッツリとめり込んでいるので、ハチ一匹の力ではビクともしなかった。
「誰か手伝って!」
「おう!」
ムーも穴に飛び込む。
しかし二匹でも持ち上がらない。
「私も!」とナギサが飛び込み、「僕も!」とマー君も手伝った。
「だから触っちゃダメだって!」
蛍子さんは鬼の形相で叫ぶ。
するとおチョウさんが「なんでそんなに慌てるのよ?」と尋ねた。
「この隕石があれば、人間を滅ぼせるかもしれないんでしょ?」
「それだけで終わらないから言ってるのよ。」
「未知のウィルスってそんなの恐ろしいの?」
「ええ。だって生き物が死滅するだけじゃすまないかもしれない。最悪は・・・・この星が乗っ取られるかも。」
「乗っ取る!?ウィルスが?」
おチョウさんは「そんなまさか」と首を振った。
「本当のことよ。だって生命は宇宙から来たんだもの。」
「嘘でしょ?みんな地球で生まれたんじゃないの?」
笑えない冗談だと思いながら、それでも気になる。
蛍子さんは真面目な顔でこう返した。
「パンスペルミア説って知ってる?」
「何それ?」
「地球にいる生き物は宇宙から来たって説よ。元々この星に生き物はいなくて、隕石に紛れてやって来たってこと。」
「隕石って・・・中に生き物がいたとしても、大気圏で燃え尽きるでしょ?」
「それがそうでもないのよ。」
蛍子さんは丁寧に説明した。
パンスペルミア説とは、星と星の間で起こる、生き物の移動のことである。
他の星からやって来た生き物が、別の星で定着し、数を増やしていくのだ。
何も宇宙人がUFOに乗ってやって来たという意味ではない。
例えば彗星が飛来し、地球へ落ちたとしよう。
その時、彗星の内部に微生物が宿っていたとする。
その微生物は地球に定着し、時間と共に進化していく。
やがて進化の枝分かれが起き、生き物の種類が増える。
長い長い時間の後、元々生き物のいなかった地球に、生命が溢れるというわけだ。
これは生命誕生の秘密を説明するものではない。
地球に生命が溢れた理由を説明する説だ。
宇宙には元々たくさんの生き物がいて、中には人間と同等か、それ以上の文明を持つ生命がいる。
地球に飛来した微生物が、偶然にやってきたのかどうか?
もしも他の惑星の住人が送り込んだものだとしたら、それは意図した生命の飛来になる。
これを意図的パンスペルミアという。
まるでSF映画のような話だが、これを真面目に提唱した学者もいるのだ。
今のところ、地球生命がどのようにして誕生したのかは分かっていない。
この星で生まれたのか?
それとも別の星から飛来したのか?
パンスペルミア説は、あくまで地球生命誕生の一説でしかない。
しかしこの物語では、パンスペルミア説が正しいという設定で話を進めていく。
蛍子さんはパンスペルミア説について説明を終える。
「・・・・というわけなのよ。隕石は頑丈だから、大きな物だと中まで燃え尽きないの。
もし微生物が宿っていたとしたら、死なずに落ちてくることもあるのよ。」
おチョウさんは「そうなの・・・・」と頷いた。
「じゃあこの隕石にも・・・・、」
「アンタたちが来る前に、私が確かめた。案の定危ないウィルスが宿っていたわ。」
「さっきこの星が乗っ取られるとか言ってたわね。ほんとにそんな事が起きるの?」
「ええ。これは本当に危ないウィルスなの。まあウィルスを生物とするかどうかは、色んな意見があるけど。」
ウィルスは細胞を持たない。
それゆえに、自己増殖することは不可能だ。
他の生き物の体内に宿り、その細胞を使うことでしか、数を増やせないのだ。
どんな生き物だって細胞を持ち、自らの力で増えることが出来る。
それが出来ないウィルスは、生命ではないという意見もある。
蛍子さんは服の中から妖精の蜜を取り出す。
紫色をした宝石のような蜜の塊だ。
「この蜜の中にウィルスがいるわ。」
「ちょっと!近づけないで!」
「今は閉じ込めてるから大丈夫。だけどもし野に放たれたら、すぐにこの星の生き物に宿るはずよ。」
「もしそうなったら・・・・、」
「未知の病気が流行って、たくさんの生き物が絶滅する。でも虫は数が多いし、耐性を獲得するのも早いわ。
だから私たちが滅ぶことはないと思う。だけど他の生き物はそうはいかない。
人間の力をもってしても、このウィルスに勝つことは無理ね。」
「・・・・・・・・・。」
おチョウさんの顔が引きつる。
人間が滅んでくれるのはありがたい。しかし・・・・・、
「もし地球で大量絶滅が起きたら、虫にとってもいい結果にならないわね。」
「たくさんの生態系が破壊されるわ。そうなれば虫の生きていける環境も少なくなる。
絶滅は免れても、今までのような生活は無理でしょうね。」
「もしそうなったら、この星はそのウィルスだらけってことよね?」
「ええ。でも一番怖いのはそこじゃないわ。」
「なに・・・・?もっと怖いことがあるっていうの?」
「一番怖いのは、ウィルスのせいでこの星の生き物が変わってしまうことよ。
遥か昔、この星に降り注いだ微生物。今ある生物群は、全てそこから発生しているの。
だけどそこへまったく別の生物が混じったらどうなると思う?」
「ど、どうなるの・・・・?」
「まったく見たこともない生き物や、地球の常識に当てはまらないような生き物が誕生するかもしれないの。
そうなったら私たちの知ってる地球じゃなくなる。
もちろん虫にとって良い結果になる可能性もある。だけどそうじゃなかったら・・・・。」
「・・・・・・。」
「アビーたちは人間が滅んでくれるって喜んでるけど、実際はもっと恐ろしいことになるかもしれないの。
ウィルスのせいで地球の環境は変わり果ててしまうかもしれない。そうなったら取り返しがつかないわ。」
蛍子さんの心配は、この星のありようが変わってしまうこと。
未知のウィルスが流行すれば、今までの生物群は消えてしまうかもしれないのだ。
そうなれば地球を乗っ取られたも同然。
それを恐れているのだ。
今までに何度も大量絶滅は起こっているし、それを乗り越える度に生き物は強くなってきた。
大昔、バージェス動物群という奇怪な生物たちがいた。
どれもこれも、神様が気まぐれでデザインしたような生き物たちだ。
有名なのはアノマロカリス。
ウミサソリという、今では絶滅してしまった種族だ。
他にもピンクのナマコにたくさんのトゲトゲを生やしたような生き物、ハルキゲニア。
恐竜図鑑などでよく出て来る、ダンゴムシを平べったくして、さらに巨大化させたような三葉虫。
カンブリア紀と呼ばれる、5億年以上も前の時代のことだ。
この時、なんらかの原因で大量絶滅が起きた。
なんと地球上の85%の種が死滅してしまったのだ。
火山煙による地球の冷却化や、超新星爆発の際に起こるガンマ線バーストの影響など、様々な説があるが、まだはっきりとした原因は分かっていない。
生き残った15%の生き物たちは、それぞれに異なる進化を遂げていった。
この中にミミズを平べったく引き伸ばしたような、ピカイアという生き物がいた。
これが現在のすべての脊椎動物の祖先と言われている。
もしピカイアが滅んでいたら、人類も誕生しなかったのだ。
カンブリア紀を含め、今までに五回の大量絶滅が起きたと言われている。
特にペルム紀という時代に起きた絶滅は、地球史上最大の絶滅とされている。
なんと地球上の生物の95%の種が死に絶えたのだ。
しかしそれらを乗り越え、激変してしまった環境でも生きていけるように、デザインも機能も変えてきた。
地球の歴史上で、生態系や生物群の変化は何度も起きているのだ。
しかしそれらは全て同じ祖先から誕生した生き物。
遥か昔、彗星に乗って降り注いだ、遠い宇宙からの来訪者なのだ。
今の地球の生物群は、過去を遡れば同じルーツにたどり着く。
もしそこへ、異なる星からの生き物が紛れたらどうなるか?
良い結果になるのか?
悪い結果になるのか?
誰にも予想はつかない。
地球の生命は、今のところ絶滅の危機には立たされていない。
であれば、大きなリスクを背負ってまで、別の星のウィルスを受け入れる必要はないのだ。
蛍子さんは「これは必要のないものだわ」と言い切った。
「だからたっぷり私の蜜をかけて、ウィルスが外へ出ないようにしようと思うの。
その後は誰にも分からない場所へ捨てるしかない。人間に見つかる前に。」
大昔から生きている蛍子さんは知っていた。
人間は危ないオモチャにほど惹かれることを。
もしもこの隕石に宇宙からのウィルスが宿っていると知れば、あの手この手で弄ぶはずである。
必要のない研究をし、お金の為にと無意味に増殖させて、欲しがる国や科学者に売るだろう。
だがこれは人間の手に負えるウィルスではない。
地球上に存在する、どんなウィルスよりもたちが悪いのだ。
人間が感染した場合だと、致死率は99.9%。
まず皮膚が侵され、その一時間後には腕や足の神経がやられる。
その二時間後には脊髄が侵され、免疫機能は打撃を受ける。
そして骨、筋肉と蝕まれ、その後は眼球や耳や鼻といった、感覚器官が侵されていく。
その次には胃や腸がやられて、ひどい嘔吐と下痢に襲われる。
わずか半日で満身創痍の状態になるのだ。
立つことも喋ることも出来ず、完全に寝たきりとなる。
その次には心臓が狙われる。
血液を送り出す強い筋肉が、じょじょに蝕まれていくのだ。
肺も同時期にやられていく。
肺の中の神経が破壊され、激痛と呼吸困難に喘ぐことになる。
一日が過ぎる頃には、中世の拷問を受けているような苦痛に見舞われるだろう。
しかし不思議なことに、ここまで来ても脳は無事だ。
骨や筋肉や神経は侵されても、脳だけは綺麗なまま残る。
痛みや苦しみをありありと感じながら、病魔に侵略されていくことになるのだ。
そして感染から二日目、脊髄が完全に破壊されて、免疫機能は無力化される。
ここまでくればもう助からない。
刻一刻と、死が近づいてくるのを待つしかなくなる。
そして感染から三日後、命はいつ尽きてもおかしくない状態となる。
しかし普通に死ぬことは出来ない。
全身に広がったウィルスは「この宿主はもうもたない」と判断すると、特殊な毒素を分泌するのだ。
その毒素は骨と筋肉を腐らせて、ヘドロのように溶かしていく。
血管も神経も内蔵も、シェイクされたようにペースト状へ変わってしまう。
やがて肉体は溶け去り、綺麗なままの脳だけが残るのだ。
ウィルスはしばらく脳内に寄生し、なぜか自然消滅してしまう。
だが脅威は終わらない。
このウィルスの感染力は、地球上のどんな細菌やウィルスよりも強力だからだ。
患者の呼吸、唾、そして触れたもの。
ありとあらゆる場所から他者へと移動していく。
小さな町ならば、一日で全ての人間に感染するほどだ。
蛍子さんは、このウィルスの脅威について説明した。
おチョウさんはますます怖くなって、自分の脚をさすった。
「怖いわ・・・・。ていうかなんでそんなに詳しいのよ?まるでその目で見てきたみたいじゃない。」
「実際に見たことがあるから言ってるの。」
「見たことがあるって・・・・このウィルスは前にも地球に?」
「いいえ、別の星。」
「別の・・・・、」
「私がまだ地球へ来る前の話よ。ここと似たような星で、このウィルスが猛威をふるってたわ。
あの星は地球より進んだ文明を持っていた。それでもこのウィルスには勝てなかったのよ。」
「ちょっと待ってよ!別の星ってどういうこと?アンタは地球の生き物じゃないの?」
思いもよらないことを聞かされて、おチョウさんは「どうなのよ?」と詰め寄る。
「アンタ・・・もしかして宇宙人とか?」
「それは追々ね。今はこのウィルスをどうにかしなきゃってこと。だから・・・・、」
穴の中からアビーたちが出て来る。
ムーとマー君がクワガタに変身して、えっちらおっちらと隕石を引っ張り出していた。
「ようし・・・これで猿モドキを退治できるぞ。」
目の前にあるのは、テニスボールほどの隕石。
表面は黒く、所々に茶色い斑点があった。
見た目よりも軽く、まるで軽石のようだった。
「じゃあこれを人間の街に持っていこう。そうすれば・・・・・ぶふッ!」
アビーは笑いを堪えられない。
自分自身もすでに感染しているのだが、死んでも復活できる身なので、まったく危機感がなかった。
蛍子さんは「だからコイツらをどうにかしなきゃ」と睨んだ。
「ちょっとナギサ、あんたは離れてた方がいいわ。感染したらあの世行きよ。」
「まだ触ってないから平気だけど?」
「もし触ったら終わりよ。まだ不死にはなってないでしょ?」
「もうなったよ。アビーとムーから蜜をもらったから。」
「・・・・馬鹿ガキども!ポンポンあげちゃダメでしょ。」
ゴツンとゲンコツを落とされて、二匹は「むうあああッ・・・」と悶えた。
「これは私が預かっておくわ。」
蛍子さんは大量の蜜を吐く。
それで隕石を包んで、ウィルスを封じ込めた。
そして人間の手のひらほどもある蛾に変身して、隕石を空へ運んでいった。
「あ!独り占めはスルイわよ!」
「そうだそうだ!俺たちが掘り起こしたんだぞ!」
怒るアビーたち。
しかしおチョウさんが「これでいいのよ」と宥めた。
先ほど聞いた恐ろしいウィルスの話。
それを伝えると、アビーたちは「マジで?」と青ざめた。
「あれは私たちがオモチャにしていいものじゃないの。蛍子に任せましょ。」
「せっかく人間をぶっ潰すチャンスだったのに。」
「もったいねえなあ。」
「人間だけですまなくなるから仕方ないわ。」
おチョウさんは背中を向け「私はこれで」と飛んでいく。
「帰っちゃうの?」
「やる事なくなっちゃったからね。どこかで蜜でも吸ってくるわ。」
そう言い残し、遠くへ飛んでいくが、ふと戻ってきた。
「どうしたの?」
「いま気づいたんだけど、アンタら死ぬまでここにいなさいよ。」
「なんで?」
「だって感染してるじゃない。死んで復活するまでは、ここを動かないように。」
「ああ、そういうこと。」
「アンタらみんな復活できるんだから、ちょっとの辛抱よ。それじゃ。」
優雅な羽をはばたいて、青い空の中へと消えていった。
アビーたちは「またね」と手を振る。
「・・・・じゃあ行こうか。」
誰一匹としてここにとどまる気はない。
今の自分たちには強力な武器がある。
これを使えば、憎き人間たちを撲滅することが出来るのだ。
「おチョウさんは危ないウィルスだって言ってたけど、このチャンスを逃さない手はないわ。」
「だな。」
アビーとムーはやる気満々だ。
しかしナギサは少し不安だった。
「でもさ、人間以外の生き物だって絶滅するって言ってたよ。」
そう言うと、マー君が「気にすることないよ」と答えた。
「可哀想だとは思うけど、僕ら虫の不遇を考えれば、そこまで同情しなくてもいいと思う。」
「そう言わればそうね。」
「虫は根っこで自然界を支えてるんだ。なのにいっつも食われたり害虫扱いされたりばっかりだ。」
「そろそろ反乱を起こす時ってことね。」
「虫は何億年も前から地球にいるんだ。最古の生き物の一つなんだ。
なのに後からでてきた生き物たちに、いいようにやられっぱなしだった。
だからさ、もうそろそろ僕たち虫が覇権を取ってもいいと思うんだよ。みんなはそう思わない?」
かつてドブネズミと手を組み、人間と戦おうとしたマー君。
彼の中に宿る野心と怒りは、今でも激しく燃えていた。
その炎はアビーたちにも燃え移る。
もう我慢の時はおしまい。
これからは、虫の虫による、虫の為の世の中に変えていくのだ!
と、一致団結の絆が生まれる。
目指すは人間の街。
いつも根城にしている町の隣に、中核都市に指定されている地方都市がある。
そこでこのウィルスをばら撒けば、甚大な被害は絶対!
「早く行きましょ。私たちだって感染してるんだから、モタモタしてたら死んじゃうわ。」
この世から人間を消し去る。
そして虫の王国を作る。
今までのような小さな世界ではない。
この星そのものが虫の楽園に変わるのだ。
四匹は同じ夢を見ながら、ひたすら街を目指す。
次に生まれ変わる頃には、人間がいなくなっているはずと信じて。

 

虫の戦争 第十八話 白銀ナイト(2)

  • 2017.11.28 Tuesday
  • 14:39

JUGEMテーマ:自作小説

対立、共存、寄生、共生。
一つの場所に複数の生き物が集まると、このどれかを選ぶことになる。
どの選択がベストであるかは、状況によって変わるだろう。
戦って勝てそうな相手なら、対立を選ぶのもいい。
相手が自分より強そうなら、上手く立ち回って寄生という手もあるだろう。
多くの生き物が集まる場所で生き抜くには、どういった選択をするのがベストなのか?
その見極めを誤ってしまうと、すぐさま地獄行きである。
春が終わり、木々に緑が宿る頃、一匹のイモムシが卵から顔を出した。
初めて見る空、初めて踏む土。
どれもこれも初めてのものであるが、イモムシは自分が何をすべきか知っていた。
「・・・・・・・。」
しばらく這いずりまわり、一本の木を見つける。
もそもそと細長い身体を動かして、大きな木に登り始めた。
身体の色は茶色く、樹皮に馴染む。
そのおかげで敵には見つかりにくいが、もし目に止まれば即アウトだ。
鳥か?トカゲか?はたまたムカデかクモか?
今日生まれたばかりの未知の世界には、数え切れないほどの敵が蠢いている。
それでも行動に迷いはない。
鈍間な動きではあるが、せっせと木を登っていった。
するとある生き物がイモムシの傍にやって来た。
アリだ。
アリは小さな身体をしているが、身体能力は高い。
力もあるし動きも早いし、大きさの割には頑丈だ。
中には毒針を持つ者もいる。
今、イモムシが出くわしたアリは毒針を持っていた。
このアリはサソリのように尻尾を持ち上げて、自慢の毒針を突き刺す。
離れた敵には毒液を飛ばすことさえある。
かなり獰猛な種類だ。
そんな恐ろしいアリが、2匹、3匹と群がって来る。
当然だろう。
いいご馳走を見つけたのだから。
アリはフェロモンを出し、さらに仲間を呼ぶ。
イモムシはあっという間に囲まれてしまった。
逃げ場はない。
かといって戦っても勝てない。
もはやイモムシの運命は決した。
美味しそうなご馳走を見つけたアリたちは、ヒタヒタと近寄ってくる。
大きな顎を見せつけながら、イモムシの背後へと回り込む。
そして・・・・・、
「・・・・甘〜い!」
恍惚とした表情で叫んだ。
「ほら、あんたも飲みなよ。」
「うん!」
アリはイモムシのお尻に顔を近づける。
そして・・・・、
「甘〜い!」
「ウチもウチも!」
一匹、また一匹と「甘〜い!」と叫ぶ。
「こんな甘味を出せるなんて、あんたは昆虫界の川越シェフや〜!」
感極まった一匹が叫び、「川越シェフは料理だけはしないのよ」と冷静な一匹がツッコんだ。(注 料理します)
「こんなご馳走が食べられるなんて、私たちアンタを守るわ!」
アリたちは「お家へどうぞ」とイモムシを連れていく。
その途中、イモムシを狙ってトカゲが現れたが、アリの猛攻によって撃退された。
毒針を受けたトカゲは、憐れ地面へ落ちていく。
「この子は私たちが飼うの。」
「そうそう、他の誰にも渡さないわ。」
毒針を持ったアリが護衛については、おいそれと手が出せない。
クモもムカデも、うらめしそうに眺めているしかなかった。
やがてイモムシはアリの巣の連れて行かれる。
「ここが私たちの家よ。」
「遠慮せずにどうぞ。」
アリの巣は木の中にあった。
樹皮の間や、穴の空いた隙間に営巣しているのだ。
巣の中にはたくさんのアリがいて、誰もが「甘〜い!」と虜になった。
「このイモムシ、お尻から濃密な甘い液を出すのね。」
「こんなご馳走他にないわ。」
「大人になるまで私たちが守ってあげましょう。」
「その見返りとして、あなたの甘い露をちょうだいね。」
イモムシはニヤリとほくそ笑む。
それからしばらくの間、イモムシはアリの巣で過ごした。
ここにいる限り、外敵に襲われる心配はない。
それに餌も貰える。
イモムシはすくすくと育っていった。
ある日、イモムシは外に出たくなった。
「・・・・・・・・・。」
「え?なに?散歩に行きたいって?」
「しょうがないなあ。」
アリたちは忙しい。冬に備えて食料を集めているのだ。
しかしイモムシたっての希望とあれば、無視するわけにはいかなかった。
お尻から出る甘い露は、何よりのご馳走だから。
「じゃあちょっとだけね。」
外出中に何かあってはまずい。
クソ忙しい最中だというのに、数十匹のアリが護衛についた。
巣の中から這い出て、久しぶりのシャバを堪能する。
辺りにはカマキリやクモがいるが、誰も手を出せない。
下手に近づけばアリの毒針の餌食だ。
イモムシはえっちらおっちらと木の上を這い回る。
「はい、もうおしまい。」
「外は危ないからね。」
アリたちはイモムシをせっつく。
全然帰りたがらないので、無理矢理に引っ張っていった。
それからさらに月日が経ち、イモムシに成長の兆しが現れた。
樹皮の隙間へ移動して、じっと動かなくなってしまったのだ。
アリたちが呼んでも、うんともすんとも返事をしない。
やがて姿たかちまで変わってしまった。
サナギになったのだ。
それからさらに時間が流れ、イモムシは殻の中から這い出てきた。
その姿は幼虫の時とは似ても似つかない。
身体はスラっと細くなり、頭には触覚を備えている。
短かった足は長く伸び、口はストローのように変化していた。
何もかも変わってしまったが、最も大きな変化は羽が生えてきたことだ。
身の丈を超える大きな羽。
黄色を基調として、幾つもの黒い筋が走っている。
その羽をパタパタと動かすと、風になびく凧のように、大空へと舞い上がっていった。
しばらく辺りを飛び回り、巣の傍へ戻ってくる。
「育ててくれてありがとう。私に子供ができたら、その時はまたよろしく。」
そう言い残し、遠い空へと旅立っていった。
アリたちは「元気でね」と触覚を振った。
・・・あのイモムシの名はキマダラルリツバメ(黄斑瑠璃燕)
美しい羽をもつチョウだ。
それを育てたアリの名はハリブトシリアゲアリ(針太尻挙蟻)
この二つの虫は共生関係にある。
キマダラルリツバメはアリにボディガードをしてもらい、ハリブトシリアゲアリはイモムシから甘い露をもらう。
アリとチョウ。
まったく異なる虫同士が手を組んで、Winwinの関係を築いているのだ。
そんな様子を遠くから眺めている者がいた。
「へええ・・・賢いチョウがいたものねえ。」
ウスバアゲハのナギサだ。
かつて蛍子さんに服を作ってもらったあのチョウだ。
今では立派な妖精になっている。
「チョウは大人になれば空を飛べるけど、幼虫の時は無防備だからね。別の生き物に守ってもらうのはアリかもしれないわ。」
ナギサは早速この事を仲間に伝えた。
「いいみんな?次に産卵したら、別の生き物に幼虫を守ってもらうの。そうすれば敵に食べられずにすむわ。」
この目で見たキマダラルリツバメとハリブトシリアゲアリの共生関係。
それをみんなに説くことで、いかに共生が素晴らしいか知ってもらおうとした。
「なるほどね。」
「そりゃいい考えだ。」
「でも私たちの幼虫を守ってくれる生き物なんているかしら?」
「探せばきっといるわよ。」
「だけどこっちだって、何らかの見返りをあげないとダメなんだろ?」
「そんなの俺たちには無いしなあ。」
「もう!やる前から諦めない。知恵を出し合って考えるのよ。」
ウスバアゲハたちは、あーでもないこーでもないと話し合う。
するとそこへムーがやって来た。
「オッス!おらカナブン。」
「あら、久しぶりね。悪いけど帰って。」
「んだよ。冷たい言い方するなよ。」
「今は大事なことを話し合ってるの。」
「へえ、なになに?」
「カナブンには関係のないこと。」
「聞かせてくれよ。」
「だからアンタには関係ないって。」
「関係ないから聞きたいんじゃん。」
「なんで?」
「責任がないから。」
「なるほど、冷やかしってわけね。」
「そうとも言う。で、何を話し合ってたんだ?」
ムーは「聞かせろ」としつこい。
やがてナギサの方が折れて、「実はね・・・」と話した。
「ほう、お前らも共生をしたいと?」
「だって幼虫の時は危ないから。」
「まあなあ・・・・確かに無防備ではあるよな。」
「カナブンは幼虫の時は土の中だし、アビーはハチだから大人に守ってもらえるでしょ?けど私たちには何もないのよ。」
「でも身体の中に毒持ってんだろ?ウスバアゲハは。」
「大した毒じゃないもの。大人になればけっこう強くなるけど。」
「でも共生っていったって、いったい誰とやるつもりなんだよ?」
「だからそれを話し合ってるの。」
ナギサはそっぽを向き、しっしと触覚を振った。
「冷やかしに付き合ってる暇はないの。そのうち遊んであげるから帰ってちょうだい。」
幼虫時代をどう生き延びるか?
これは大きな課題だ。
もしこの課題を解くことが出来たら、幼虫の生存率が上がるかもしれない。
ナギサを始め、他のチョウも真剣に話し合った。
気がつけばたくさんのチョウが集まって、ちょっとした会議になっていた。
しかし答えは出ない。
夕暮れに始まった会議は、月が昇る頃まで続いた。
「・・・・ダメね、結論が出ないわ。」
ナギサはうなだれる。
ゴロンと葉っぱの上に寝転ぶと、背中に硬い物が当たった。
「なにコレ・・・・・、」
「オッス!おらカナブン。」
「アンタまだいたの!?」
「暇だからさ。」
「アビーの所に行けばいいじゃない。」
「あいつこの前死んじゃってさ。まだ復活してないんだよ。」
「あっそ。とにかくアンタは帰って。今は遊んでる暇はないの。」
「・・・・・・・・。」
「なによ?じっと睨んで。」
「アビーに頼んでみるか?」
「は?」
「共生だよ共生。」
「なんでアビーに頼むのよ?」
「だってあいつはハチだぜ?マルハナバチっていうミツバチの親戚だ。」
「知ってるわよ。」
「じゃあハチとアリが親戚だってことも知ってるか?」
「そうなの?」
ナギサは目をパチクリさせる。
「ます最初にハチがいて、そこから進化の枝分かれで生まれたのがアリなんだよ。だからケツに毒針を持ってる奴がいるだろ?」
「へえ、そうだったんだ。そういえば見た目もちょっと似てるもんね。」
「お前の見たチョウはアリに守ってもらってたんだろ?だったらお前らはハチに守ってもらえばいいじゃん。」
「でも上手くいくかな?」
「スズメバチやアシナガバチみたいな肉食系だと無理だろうな。でもハナバチは大人しいハチだ。
肉食じゃないから、チョウの幼虫を食べたりしないだろうし。」
「だけど何にも見返りをあげられないわ。それじゃ守ってもらえないでしょ?」
「いいや、見返りならある。」
「どんな!?」
ナギサは身を乗り出す。
ムーはいじらしく脚の爪を立てた。
「毒だよ。」
「毒?」
「ウスバアゲハには毒があるだろ?それを見返りにやるんだよ。」
ムーはどうだと言わんばかりに胸を張るが、ナギサは「?」と口を尖らせた。
「毒ならハチにもあるでしょ。見返りになんかならないじゃん。」
「いいや、なる。」
「なんで?」
「種類が違う。」
「種類?」
「ハチの毒はタンパク毒っていうんだ。そんでもって、お前の持ってる毒はアルカロイドってやつだろ?」
「そうよ。幼虫の時にムラサキケマンっていう植物を食べるの。それが体内に溜まって毒になるのよ。」
ナギサは自慢気に言う。
「いいか?タンパク毒ってのは、簡単に言うと細胞をぶっ壊す毒なんだ。
ハチに刺された人間が痛がるのはその為なんだよ。
刺された場所が真っ赤に腫れて、ほっとくと壊疽することだってある。」
「怖いわね。」
「細胞をぶっ壊し、なおかつ強い痛みを与える。コブラとかの神経毒に比べると致死性は低いけど、その代わり苦痛を与える効果があるわけだ。
オオスズメバチなんかは強いタンパク毒を持ってるから、どの生き物からも恐れられてるってわけさ。」
「ふ〜ん。じゃあ私のアルカロイドは?」
「アルカロイドはタンパク毒と同じく、生き物によって生成される毒なんだ。
だけどタンパク毒とは全然違った効果がある。」
「例えば?」
「麻薬さ。」
「麻薬?」
「人間は麻薬を使うだろ?あれは植物から作ってるんだよ。ケシの実とか大麻とかな。」
「馬鹿よね。毒なのに好き好んで使うなんて。」
「そうだな。でも使いようによっては薬にもなるんだよ。」
「そうなの?」
「人間って痛みに弱いじゃん?ちょっとした怪我でも大げさに喚くし。」
「分かるわ、ほんっとにすぐ喚くもんね。情けない猿モドキどもは。」
「だから人間は病院に行って、治療を受けるわけさ。でも治療によってはすごく痛みがあるらしいんだ。そんな時どうすると思う?」
「どうするの?」
「アルカロイドを使うんだよ。」
ムーは腕を組み、「いいか?」と続ける。
「アルカロイドには色んな作用がある。代表的なのだと幻覚作用だな。麻薬を使うと幻覚を見るのはその為なんだ。」
「へえ、それで?」
「他にも効果がある。それは痛みを取り除く効果さ。」
「痛みを・・・・?」
「アルカロイドを元に作った薬に、モルヒネってのがあるんだよ。
これはアヘンから抽出して作るんだ。アヘンにはモルフィンってアルカロイドが含まれてて、これには痛みを取り除く効果がある。」
「うん。」
「このようにアルカロイドには色んな作用があるんだ。単に細胞をぶっ壊すだけのタンパク毒とは違うんだよ。」
「へえ。」
「だからさ、それを手土産にハチに共生を持ちかけるんだよ。アルカロイドは色んな効果を持っていて、きっと役に立ちますよって。」
「なるほどね。幻覚作用に痛みを取り除く効果か・・・・。」
ナギサは腕を組み、「う〜ん」と唸る。
しばらく悩み、考えがまとまった。
「・・・・いいわ、その方向で行ってみよう。」
「じゃあアビーが復活したら話を通しとくよ。あいつならきっと引き受けてくれるはずさ。」
「お願いね。」
ムーの協力により、ナギサは光明を得た。
もしハチと共生関係を築くことが出来れば、ウスバアゲハにとってこれほど有益なことはない。
・・・・それから一年後、アビーが復活してきた。
ムーは早速「かくかくしかじかで・・・」と話を通した。
「うん!いいわよ。友達の巣の女王に頼んでみる。」
「任せたぜ。」
「任せてちょうだい!」
アビーはドンと胸を張る。
その翌日、ナギサはマルハナバチの女王と会うことになった。
ハナバチ類は地面に巣を作る。
ネズミなどが使っていた古い巣を再利用するのだ。
いつもの川原から少し北に上がった所に、広大な草地がある。
ここにウスバアゲハの群れと、マルハナバチの群れが向かい合い、大規模な会議が行われた。
議長はナギサ。
徹夜で考えた演説により、仲間のみならず、ハナバチからも拍手が沸いた。
「これは良いアイデアね。」
ハチの女王も満更ではない。
しばらく話し合いが続き、結論へとたどり着いた。
ナギサが前に出る。
女王も前に出る。
二匹はガッチリと握手を交わした。
「これからよろしく。」
「こちらこそ。」
一斉に拍手が沸く。
アビーとムーも「やったね!」とハイタッチした。
今日、虫の世界に一つの革命が起きた。
ウスバアゲハとマルハナバチの共生。
今までにない新たな関係が築かれたのだ。
「歴史的瞬間だわ!」
ナギサは空を舞う。
雨が降りそうな曇り空ではあるが、心は快晴だった。
「共生!なんて素晴らしいのかしら!!」
歌うように、踊るように空を舞い続ける。
大衆からの拍手は鳴り止まなかった。

          *****

桜が散り、青い葉が色づく頃になった。
一匹のイモムシが孵化して、初めて見る世界を歩き始める。
そこへ数匹のマルハナバチがやって来た。
「こんにちわ。」
「早速だけど、あなたをウチの巣に案内するわ。」
「え?ああ・・・色々と大人の事情があるのよ。幼虫のあなたはまだ知らなくていいことなの。」
イモムシはわけも分からずハチに連れて行かれる。
「ここが私たちの家よ。」
「あなたの家でもある。」
「いつかチョウになるまで、ここで一緒に暮らすのよ。」
マルハナバチは草を掻き分け、イモムシを招き入れる。
ここにはたくさのハチがいる。
大人しいハチではあるが、ハチはハチだ。
もしも巣を襲撃されたら、毒針をもって応戦する。
この場所にいる限り、イモムシは安全な日々を過ごすことが出来るのだ。
しかしタダでというわけにはいかない。
お互いが得をしてこその共生なので、マルハナバチ側にもメリットが必要だ。
残念ながら、このイモムシに大したことは出来ない。
キマダラルリツバメのように、お尻から甘露を出すことは無理だ。
だったらどうするか?
なんと大人のチョウがやってきて、マルハナバチにあるプレゼントを贈るのだ。
イモムシがハチの巣へやって来てから二日後、ナギサがヒラヒラと空を舞ってきた。
「あなた達の仲間から聞いたわ、ここへウスバアゲハの幼虫がやって来たって。だから・・・ハイこれ。」
ナギサは大きな羽を振る。
鱗粉が舞い散って、たくさんのハチに降り注いだ。
「ああ・・・・。」
ハチは恍惚とする。
なぜならこの鱗粉には二つの作用があるからだ。
一つは麻薬としての作用。
気分を落ち着かせ、それと同時に快楽をもたらす。
二つめは鎮痛作用。
ハチは外を飛び回ることが多いので、生傷が絶えない。
その傷によるダメージがふわりと軽減されていった。
といっても、痛みが消えたわけではない。
虫には痛覚がないので、どんな傷を受けても痛がることはないのだ。
ただし反射作用によって、痛そうにもがくことはある。
いくら痛覚がなくても、怪我を追えば普段通りというわけにはいかないのだ。
しかしそれも鱗粉に含まれるアルカロイドによって癒えていく。
快楽をもたらす麻薬作用。
怪我を忘れさせてくれる鎮痛作用。
アルカロイドという毒は、使いようによって様々な効果を生み出すのだ。
ハチの毒にはない特殊な力。
ウスバアゲハと共生関係を組むことで、初めて手に入れた秘宝だ。
「いい・・・・気持ちよくなっていくわ。」
「身体が楽になる・・・・疲れも感じないし、いくらでも空を飛べるわ。」
ハチは働き者である。
巣のメンテナンスに蜜の収集。
それに子育てだってある。
ナギサがもたらした鱗粉は、それらの疲労や苦労を全て忘れさせてくれた。
「これならもっと働けるわ!」
ハチは普段の何倍も働いた。
あの日、ナギサが行った演説。
それはアルカロイドの作用によって、ハチの労働率を上げようというものだった。
精神的な疲労、肉体的な疲労。
アルカロイドを使えば、そんな煩わしいものから解放される。
その見返りとして、私たちの幼虫を育ててほしい。
労働を至上とするハチは、その演説に拍手喝采を送ったのだった。
ここに誕生した新たな共生関係。
それはお互いの種族に大きなメリットをもたらす・・・・はずだった。
・・・・事件が起こったのは、イモムシが巣へやって来てから一ヶ月後のことだ。
ウスバアゲハがくれる鱗粉のおかげで、ハチの労働率は何倍にも増した。
まだ梅雨にもなっていないというのに、冬を越せるだけの蜜が溜まっていた。
子供だってたくさん育ったし、巣だって大きくなった。
「みんな!もっと働こうぜ!」
バリバリゴリゴリ働くマルハナバチの群れ。
でもそんな生活は長く続かない。
ある日のこと、精力的に働いていた一匹のハチが、なんの前触れもなくこの世を去った。
集めた蜜を持ち帰る途中に、パタリと死んでしまったのだ。
それを皮切りに、ハチの突然死が増えるようになった。
一匹、また一匹と、仲間が消えていく。
溢れんばかりにいたハチの群れは、いつしか数匹にまで減ってしまった。
「なんてこと!これじゃ巣が破綻するわ!!」
女王は絶叫する。
立て続けに起こった突然死の原因は何か?
巣の回りをグルグル飛びながら、頭をひねった。
そして・・・・、
「・・・・イモムシ。あいつが来てからこの現象が起こり始めた。ということは・・・・、」
ある疑惑が首をもたげる。
そこへナギサがやって来て、「はい、いつもの」と鱗粉を撒こうとした。
「待って!」
「なに?」
「・・・・あなた、私たちを騙してない?」
「え?」
「見てよ、あれだけいた仲間が、ほんのちょっとに減ってしまったわ。」
悲しそうな顔をしながら、巣の上を歩き回る。
「多くの仲間がいきなり死んでしまったわ。なんの前触れもなく。」
「なにそれ・・・・病気でも流行ってるの?」
「違うわ、きっとこれのせいよ。」
そう言って巣に付着した鱗粉を睨んだ。
「これはアルカロイドという毒よね?」
「そうだけど・・・・まさか私たちを疑ってるの?」
「突然死が起こり始めたのは、あなた達のイモムシが来てからのことよ。となると、この鱗粉しか原因が考えられないわ。」
怒りを滲ませながら、ナギサを見上げる。
「ちょっと待ってよ!演説の時にも説明したけど、ハチが死ぬほどの毒は撒いてないわ。
あくまで怪我の苦しみを和らげたり、心を癒す程度の量で・・・・、」
「だったらなんで私の子供たちが死んでいったのよ!説明なさい!」
「説明なさいって・・・・私は知らないわ。」
いきなり水を掛けられた気分だった。
ナギサの頭は軽く混乱する。
「あのね女王様、考えてもみてよ。あなた達が死んでしまったら、いったい誰が私たちの幼虫の面倒を見るの?
あなた達を殺して得をすることなんて一つもないのよ。」
「それは・・・・確かにそうね。」
「私たちの幼虫は身を守る手段を持ってないわ。だからこそ共生関係を持ちかけたんじゃない。」
「じゃあなんで私の子供たちは死んでしまったの?なんの前触れもなくバタバタと。」
「そんなの私に聞かれても知らないわ。」
「このままじゃ巣は全滅。そうなったらこのイモムシだってどうなるか分からないわよ?クモやムカデに食べられちゃうかも。」
「そんな!ちゃんと守ってよ!」
「守れるだけの数がいないの!みんな死んでしまったから!」
二匹は激しく言い争う。
「やっぱりアンタが仕組んだんでしょ!」とか「そっちこそロクに蜜も食わせてなかったんでしょ!」とか。
そうやって言い争いをする中で、ナギサがこんな事を言った。
「だいたいね、アンタらハチは働きすぎなのよ!あんなに馬鹿みたいに働いてたら、疲れも溜まるし怪我もするわよ!」
「なんですってえッ・・・・・、」
女王は怒りに染まる。
「一生懸命働いて何が悪いのよ!」
労働の侮辱はハチへの侮辱。
毒針を伸ばし、「それ以上は許さないわよ」と睨んだ。
「な、何よ・・・・やろうっての・・・・。」
怯えるナギサ。
いきりたつ女王。
そこへムーがやってきた。
「おっす!おらカナブン。」
「るっさいわね・・・今はアンタにかまってる暇はないのよ。」
ナギサはシッシと追い払う。
女王は「ちょうどいい所に来たわ」と言った。
「ムー、アンタはどっちが悪いと思う?」
「何が?」
「最近私の仲間たちがバタバタ死んでいくの。」
「ふう〜ん、伝染病でも流行ってるのか?」
「違うわよ、それなら私も死んでるわ。きっとそのチョウの毒のせいだと思うの。」
そう言って今までの経緯を話した。
「・・・というわけなのよ。」
「う〜ん・・・・。」
「なのにそのチョウときたら、ベラベラと言い訳ばっかり。挙句の果てにはハチを侮辱するのよ。」
「侮辱?」
「私たちは働き過ぎだって。一生懸命働いて何が悪いのよ。」
憎しみを込めながらナギサを睨む。
するとムーは「働きすぎ・・・・」と唸った。
腕を組み、険しい顔で空を見上げる。
「あのさ、もしかしたらそれが原因なんじゃないの?」
「なにが?」
「だってさ、ナギサの毒をもらうようになってから、今までの何倍も働くようになったんだろ?」
「そうよ。疲れも辛さも吹っ飛ぶから、今までの10倍は働いたわね。」
「多分それだよ。それが原因でみんな死んでいったんだ。」
「・・・・どういうこと?」
女王は不思議そうに首をひねる。
ムーはこう説明した。
「人間の世界にはさ、過労死ってのがあるらしいぜ。」
「何よそれ?」
「働きすぎて死ぬこと。」
「意味が分からないわ。生きる為に働くのに、どうして働いて死ぬのよ。」
「限界を超えて働くからだよ。誰だって休息が必要だろ?働いたら疲れるから。
でもそれを無視して働きすぎるから、限界を超えた瞬間にパタっと逝っちゃうらしいんだよ。」
「そんなの初めて聞いたわ。」
虫の世界に・・・・いや、人間以外の世界に過労死などない。
疲れれば休むのが当然だからだ。
それを無視して働くのは人間・・・・いや、日本人くらいだろう。
「生きる為に働いてるのに、そのせいで死ぬ人間がいるんだ。」
「ハチはそんなことしないわ。いくら働くのが好きだからって、そこまでは・・・・、」
「普通はしないだろうな。でもアルカロイドのせいで普段より働いてたはずだろ?」
「・・・・・・あ。」
固まる女王。
ナギサも「なるほど」と頷いた。
「私の毒のせいで、疲れたら休むってことが出来なくなってたのね。」
「多分な。それ以外に突然死の理由が思いつかない。」
過労死。
虫の世界にはない現象。
というよりそんな概念自体がない。
女王はワナワナと震えだした。
「そんな・・・・いっぱい働けば、たくさん蜜も溜まるし、仲間だって増える。いい事ずくめのはずじゃないの!?」
「ないんだろうなあ。だって働きすぎて死ぬ人間がいるんだから。
俺らだって生き物だから、体力に限界はある。疲れたら休むし、睡眠だって取るし。」
そう、虫も睡眠を取る。
例えば夜行性の虫なら、昼間は草陰などで眠っている。
餌を取ったり巣を作る時など、働く時間帯は決まっていて、それ以外は休んでいるのだ。
中にはまったく寝ない虫もいるというが、睡眠を取る虫の方が圧倒的に多い。
「そんな・・・・そんなのって・・・・。」
働きすぎて死ぬ。
いい事だらけだと思っていた労働力の倍増は、死という危険と隣り合わせだったのだ。
働いたら、休む。
疲れたら、眠る。
あえて働かない時間を作った方が、結果的には労働率が上がる。
ムーの意見を聞いて、女王は仲間の死を申し訳なく思った。
「ごめんなさいみんな・・・・こんな事になるなんて思わなくて・・・・。」
ナギサも暗い顔で俯く。
「私のせいだったのね・・・・。」
「誰のせいでもないよ。」
「でも私がアルカロイドをあげたから・・・・、」
「それは俺の提案だから。」
「でも共生関係を作りたいって言いだしたのは私だもん!」
巣にはほんの数匹のハチしかいない。
もし敵が襲来したら、イモムシを守ることは不可能だろう。
「ハチはいっぱい死んで、私たちの幼虫だってどうなるか分からない・・・・。これじゃ失敗だわ。」
女王もナギサも途方に暮れる。
お互いにとって最高だと思った関係は、過労死という不幸な出来事のせいで幕を閉じた。
異なる種族が手を結ぶことで、生存率を上げる。
共生は理想的な関係だが、それはお互いが得をしてこそ。
噛み合わない利益の提供は、共生どころか不幸をもたらしてしまった。
この日を最後に、ウスバアゲハとマルハナバチの共生関係は終わった。
アルカロイドを摂取しなくなったハチは、突然死することがなくなった。
じょじょに数も増え、巣も破綻せずにすんだ。
ムーの言ったことは正しかったのだ。
イモムシは巣を追い出され、自分の力で生きていくことになった。
それ以来、ナギサは共生をしたいとは言い出さなくなった。
イモムシの頃は危険でも、それをどうにか生き抜くしないのだ。
アビーはムーからその話を聞いて、「大変だったのねえ」と呟いた。
「でも一回失敗したからって、諦めなくてもいいのにね。探せばウスバアゲハにとって最高の共生相手が見つかるかもしれないのに。」
「それを見つけるのが大変なのさ。」
キマダラルリツバメとハリブトシリアゲアリ。
両者の共生関係は、一朝一夕のものではないだろう。
手を組む相手を間違え、共生のつもりが寄生されてしまった生き物もいるだろう。
理想的に見えるその関係は、きっと多くの犠牲の上に成り立っている。
この先、ナギサがまた共生を求めるかどうかは分からない。
しかし今はゴメンだと思っていた。
虚ろな目をしながら、地面を這うイモムシを見つめていた。

 

虫の戦争 第十七話 白銀ナイト(1)

  • 2017.11.27 Monday
  • 12:11

JUGEMテーマ:自作小説

冬は死神の季節である。
少なくとも虫にとっては。
夏、あれほど涌いていた虫たちは、寒さの到来と共に消え失せた。
死ぬ者もいれば、越冬する者もいる。
どちらにせよ、暖かい季節のように、地表を動き回ることは出来ないのだ。
・・・・ある一部の虫を除いては。
冬、雪が積もった川原に行くと、せっせと歩いている虫を見ることができる。
カワゲラだ。
別名「雪虫」とも呼ばれ、俳句の季語にもなっている。
とても原始的な昆虫で、何億年も前からほとんど姿を変えていない。
大きさは一センチほどで、羽はあったりなかったりと、種類によって違う。
細長い体形をしていて、脚の生えたイモムシのように見えなくもない。
幼虫の時は水の中で過ごし、成虫になると陸へ上がる。
カワゲラは雪が積もる季節になると、寒さを我慢して地表を歩く。
なぜそんなことをするのかというと、幼虫時代に下流へ流されてしまうことがあるからだ。
普段は岩の裏側などにくっついているが、何かの拍子で流されてしまうことがある。
下流の環境はカワゲラにといって良いものではなく、酷い時などは海まで流れて死んでしまう。
大人になり、川から這い出たカワゲラは、流されてしまった分だけ登らないといけないのだ。
今年、アビーたちが暮らす町にも雪が降った。
夜中から降り続けた粉雪は、陽が昇る頃には10センチほどの嵩になっていた。
日曜日ということもあり、土手には人間の子供の姿が溢れている。
定番の雪だるま、正月にやりそびれた凧揚げなど、冬という季節を満喫していた。
「人間はいいなあ。冬でも自由に動けるんだから。」
捨ててあったパンを毛布にしながら、ムーが愚痴る。
「ほんとよねえ。恒温動物って羨ましいわ。」
拾ってきた手ぬぐいに包まって、アビーが頷く。
ちなみに恒温動物とは、体温が変わらない生き物のことだ。
哺乳類、鳥類がこれにあたる。
それ以外の生き物は、周りの環境によって体温が変化する。
これを変温動物という。
虫も含めた小動物たちは、寒い季節には行動に制約を受けるのだ。
ちなみに同じ変温動物でも、魚は制約を受けにくい。
なぜなら水温というのは、気温よりも変化が少ないからだ。
冬でも泳いでいる魚がいるのは、この為である。
いつでも自由に動き回れる人間は、虫たちにとって羨ましいことこの上ない。
しかしカワゲラは冬でも地表に出てくる。
そうしないと環境の悪い場所で産卵をしないといけないからだ。
アビーは雪の上を歩くカワゲラを見つけた。
クロカワゲラという、羽を持つ種類だ。
「こんにちわ。」
声をかけると、怪訝な目を向けられた。
「なによアンタたち。冬に動き回ってちゃ死ぬわよ?」
「だから毛布にくるまってるのよ。」
「どこが毛布よ。ただの薄汚れた手ぬぐいじゃない。」
「けっこうあったかいのよ、ねえムー?」
「そうだぜ。このロールパンの切れ端なんか、断熱性が抜群なんだ。」
「ちょっとカビが生えてるじゃない。」
「ん?まあ細かいことは気にしない主義なんだ。」
「どうでもいいけど邪魔はしないでね。私には目指す場所があるんだから。」
雪の上をせっせと這っていくカワゲラ。
アビーが「どうして飛ばないの?」と尋ねた。
「せっかく羽があるんだから、飛んだ方が早いでしょ?」
「寒いから。」
「え?」
「冬は風が強いでしょ?モロに冷気を受けるじゃない。」
「ああ、なるほど。」
「それに私はそこまで飛ぶのは得意じゃないから。ハチやカナブンが羨ましいわ。」
せっかく羽があっても、この寒さでは使えない。
過酷な道のりだろうと、歩いていくしかないのだ。
「ここから2キロほど上流が、私たちカワゲラの溜まり場なの。そこまで行けばゴールよ。」
「じゃあさ、一緒について行ってあげる。」
「おう、ボディガードだぜ。」
「アンタらなんか役に立つの?」
「こう見えても妖精種よ。」
「そりゃ見れば分かるけどさ。二匹ともチンチクリンって感じじゃない。」
「チンチクリンはムーだけ、私はしっかり者だから。」
「いいや、アビーこそチンチクリンだね。俺こそが賢者だ。」
「どっちも似たようなもんでしょ。」
うるさいアビーたちを無視して、先を歩いていく。
道のり自体は平坦だ。
何せ雪が積もっているので、歩きやすいことこの上ない。
体重が軽い虫は、いくら歩いても雪に沈むことはないのだ。
しかし2キロという距離は遠い。
飛んで行くならあっという間だが、徒歩でとなると行軍に近い。
道のりは平坦でも、たどり着くまでに幾つもの危険が待っているのだから。
「あ!危ない!!」
遠くからボールが飛んでくる。
アビーは手ぬぐいを脱ぎ捨て、カワゲラを抱えて空に舞った。
ドッゴン!!と大きな音を立て、野球ボールが雪にめり込む。
虫からすれば、戦艦大和の主砲を撃たれたような衝撃だ。
「危なかったあ・・・・大丈夫?」
「なんとか。それよりさ、このまま運んで行ってくれるとありがたいんだけど。」
「そうしたいんだけど、飛んでると寒くて。」
カワゲラの言った通り、冬の飛行はこたえる。
変温動物のアビーにとって、冷気は天敵なのだ。
そっとカワゲラを落とし、再び手ぬぐいにくるまる。
すると今度はムーが「危ない!」と叫んだ。
先ほどのボールを取りに、人間の子供が走ってきたのだ。
ズズン・・・ズズン・・・と辺りが揺れる。
アビーたちにとってはシン・ゴジラの襲来に近い。
「逃げるぞ早く!」
虫にとって人間の子供は天敵である。
殺されるだけではすまない。
脚や羽をちぎられて、散々弄ばれた後に、ポイっと捨てられてしまうのだ。
「こっち来んな!猿モドキの幼虫!」
冬の空は寒いが、懸命に羽ばたいて難を逃れた。
「寒う・・・・、」
ムーはブルっと震える。
急いで逃げ出したので、パンを捨ててしまったのだ。
それはアビーも同じで、手ぬぐいは子供の傍にある。
「死ぬ・・・・。」
二匹で身を寄せ合うが、変温動物なので暖まらない。
カワゲラは「だから言ったのに」と呆れた。
「とっとと巣に帰りなよ。」
「ここまで来たら最後まで付き合うわ。」
「どうせ帰っても暇だし。」
二匹は妖精の蜜を吐き出し、ピザ生地のように伸ばした。
「こうやって身体に巻いとけば、ちょっとは楽になるわ。」
「便利なもんだね、妖精は。」
カワゲラは気合で歩いていく。
身を切る寒さは堪えるが、過酷な自然に負けては生きていけない。
途中、また子供のボールが飛んできたが、臆することなく進み続けた。
・・・目的地まで、ようやくあと1キロの所までやってきた。
カワゲラは「もうちょっとだね」と、辿った足跡を振り返る。
しかし残念ながら、虫の体重では足跡は残らない。
頭の中に歩いた分を想像し、自分を励ます。
ゴールまであと半分、気合を入れて歩みだすが、思わぬ障害が立ちはだかった。
「なんだいこりゃ・・・・・。」
10メートルほど先に、コンクリートの段差が出現したのだ。
高さはざっと50センチ。
「去年はこんなもんなかったのに。」
「これ堰ね。」
「堰?」
「ほら見てよ、川の方まで伸びてる。」
段差は川を横切って、対岸まで続いている。
「去年に大雨があって、土手が水浸しになったのよ。」
「知ってるよ、それでアタイも流されたんだから。」
「だから人間が堰を作ったの。」
「また余計なことを。」
顔をしかめながら、コンクリートの壁を登っていく。
だが苦難は終わらない。
登りきったその先には、恐ろしい敵が待ち構えていたのだ。
なんと人間の子供が立ち小便をしていた。
カワゲラはその直撃を受けて、雪の中にめり込んでしまう。
「ちくしょおおおおお!」
子供の小便を受けながら、雪の最新部まで沈んでしまった。
やがて黄色い濁流はやみ、人間の子供が去っていく。
アビーは「大丈夫?」と雪の中を覗き込んだ。
「大丈夫なもんか・・・・こんだけ埋まってるのに。」
「ちょっと待ってて。」
アビーとムーはよっこらしょっと引っ張る。
辺りの雪は黄色く染まり、ツンと鼻をつく臭いがした。
「ほんとに人間め・・・・。」
オシッコにもめげることなく、目的地を目指していく。
しかしそこへ次なる刺客が。
オレンジ色の羽毛をした小鳥が襲いかかってきたのだ。
この鳥の名はジョウビタキ。
冬になると日本へやってくる渡り鳥だ。
オスは鮮やかなオレンジの羽毛をしていて、頭は白く、顔は黒い。
メスは褐色系で、オスほど鮮やかではない。
キジやカモ、クジャクの場合もそうだが、鳥はオスの方が鮮やかな色彩をしている。
派手な色でメスの注意を惹く為だ。
中にはダンスを踊ってメスにアピールする鳥もいる。
今、目の前に現れたのはオスのジョウビタキ。
この鳥は雑食性で、昆虫や木の実を食べる。
当然カワゲラも食事の中に含まれる。
「あ・・ああ・・・・・、」
天敵に睨まれて、慌てて逃げる。
しかし鳥の翼から逃げられるわけがない。
舞い上がったジョウビタキは、隕石のごとくカワゲラに飛びかかった。
「ムー!」
アビーが叫ぶ。
「任せろ!」」と叫んで、巨大なタランチュラに変身した。
人間の手の平ほどもあるこのクモの名は、ゴライアスバードイーター。
アマゾンに生息する世界最大のクモだ。
特別大きな個体になると、大人の両手の大きさを超える
毒はそう強くはないが、その巨体ゆえに牙の威力は絶大だ。
全身を鋭い体毛で覆っていて、この毛を撒き散らすことで、敵から身を守る。
ちなみにバードイーターとい名前がついているが、本当に鳥を食うわけではない。
その大きさゆえに、鳥さえも捕食してしまいそうな印象を与えているのだ。
性質は獰猛で、巨大なムカデと渡り合うこともある。
日本の野生下にはまずいない虫だが、その虫が目の前に現れて、ジョウビタキは「ぎゃあ!」と悲鳴を上げた。
「な、な、な・・・・なんだこりゃ・・・。クモか?」
「外国産のな。その気になれば、お前ていどの小鳥なら仕留められるぜ。」
そう言って「シュー!」という威嚇音を鳴らした。
歩けば音がするほどの大きなタランチュラ。
そんなものに睨まれては、さすがの鳥も退散するしかなかった。
「逃がすか!」
ムーは思い切り飛びかかる。
彼は今、鳥に恨みを抱いていた。
去年の初夏、ゴイサギに生餌として利用されてしまったからだ。
何度も何度も川に落とされて、最後の最後は食われてしまった。
『お前は奴隷だ。』
あの時ゴイサギに言われた一言は、怒りの炎となって胸に残っている。
ムーにとって、鳥は人間の次に憎い生き物なのだ。
「鳥なんざロクなもんじゃねえ!たまには虫に食われりゃいいんだ!!」
ゴライアスバードイーターの脚先は、硬い爪になっている。
俊敏なこのクモは、ジョウビタキが空へ逃げる前に、その爪で引っかけた。
「ひいい!やめろ!!」
「嫌だね。」
開脚20センチを超える脚で、ガッチリと抱え込む。
拘束具で縛り上げられたかのように、ジョウビタキは身動きが取れない。
ムーは上体を持ち上げ、小型犬ほどもある牙で、首元を突き刺した。
「ぎゃッ・・・・、」
短い悲鳴が響く。
いくらこのクモの毒性が強くないといっても、小鳥にとっては致命傷となる。
ムーはありったけの毒を注いで、哀れな小鳥の体内を溶かした。
溶けた肉はタランチュラにとって最高のスープ。
ゴクゴクと吸い上げて、「げふ」とげっぷをした。
恐ろしい天敵がいなくなり、カワゲラはほっとする。
人間に堰に鳥。
たった2キロの道のりだが、カワゲラにとっては過酷な冒険だ。
アビーとムーはそれからもカワゲラを守り続けた。
溶けた雪にはまったのを助けたり、危うく道を間違えそうになったり。
紆余曲折あったものの、どうにか目的地までたどり着くことが出来た。
「ありがとう。アンタらのおかげで安心して卵を産めるわ。」
最初は頼りなさそうな奴らだと思ったが、約束通りボディガードを務めてくれた。
「なんにもお返しはできないけど・・・・。」
「いいのそんなの。」
「虫だって助け合いが必要だぜ。俺たちは弱肉強食だけで成り立ってるわけじゃないんだから。」
カワゲラは「ほんとにもうね・・・言葉もないっていうか」と感極まる。
「アンタらがいなきゃとうに死んでたわ。この恩・・・・絶対に忘れないから。」
「じゃあね、カワゲラさん。」
「いつかまた。」
手を振り、カワゲラの元を後にする。
あのカワゲラがちゃんと卵を産み、その子が育つかは、誰にも分からない。
しかしまだ見ぬ可能性にこそ、大きな希望が詰まっている。
先ほどムーが言った通り、自然界は弱肉強食だけで成り立っているわけではない。
人間以外の生き物だって、時に割に合わない行動をすることがあるのだ。
ライオンのメスが小鹿を育てたり、シャチが遊びでアザラシを殺したり。
良くも悪くも合理的ではない行動をすることがある。
小鹿を育てるメスラインは母性のせい。
アザラシをいたぶるシャチは頭がいいからこその遊び。
理屈を付けることは可能だが、それでも合理的とは言えない。
今日、アビーとムーが行ったことは、合理的な事ではない。
多くの危険からカワゲラを守るのは、アビーたち自身にとっても危険なことだ。
それでも最後までカワゲラを守ったのはなぜか?
その答えはアビーたちにも分からない。
しかし生き物にはこういうことがある。
損得抜きに、なぜかこういう行動を取ってしまうことが。
合理的な自然界といえども、全てが理屈で成り立っているわけではないのだ。
その日の夜、また雪が降った。
今朝の雪とは違って大粒の雪だ。
暗い空から落ちてくる雪は、優雅に舞う白アゲハのよう。
アビーとムーは、手ぬぐいにくるまりながら眠った。
日中、二匹は散々に冷気を浴びてしまった。
無理して空を飛び、極端に体温を下げてしまった。
ずっと手ぬぐいにくるまっているが、いっこうに体温は上がらない。
夜に降り出した雪は、手ぬぐいをつつむほど降り注ぐ。
やがて次の朝が来る事、二匹はこの世を旅立っていた。
しかしこの世を旅立つ前に、二匹揃って同じ夢を見た。
それは今日のカワゲラのこと。
自分たちにとってなんの得もないのに、どうしてあんな行動を取ったのか?
理屈に合わないその行動に、奇妙な幸福を抱いていた。

 

虫の戦争 第十六話 狂気の光(2)

  • 2017.11.26 Sunday
  • 10:56

JUGEMテーマ:自作小説

午後九時前。
人間の女が自動販売機の前にやってきた。
100円を入れ、「阿蘇の天然水」を買う。
ボタンを押し、出てきたペットボトル拾う。
その瞬間、奇妙なことが起こった。
「あれ?」
自販機の電気が消えたのだ。
不思議に思ったが、節電の為かなと納得して、その場を後にする。
同時刻、別の自動販売機の光が消えた。
ジュースを買おうとしていた子供が、何度もボタンを押す。
しかし出てこない。
お金を入れた瞬間、うんともすんとも言わなくなった。
「なんで?」
100円を損してイライラする。
写真を取り、ラインで友達に送った。
その数分後、民家の近くの街灯が割れた。
パリンと音がして、窓の外が暗くなる。
家人は外へ出て、街灯を見上げた。
「割れてるのか?」
地面にはガラスの破片が散らばっている。
辺りを見ても誰もおらず、不思議そうに首を捻った。
それから一時間後、ファーストフード店の店先のライトが消えた。
しかし誰も気づかない。
客は備え付けのWi-Fiでゲームに夢中、店員は私語に勤しんでいた。
気づいたのは30分後で、客の一人が割れたガラスを踏んだ為だった。
「危ねえなオイ!どうなってんだこの店!」
店長を呼べと怒鳴るが、店長は不在。
代わりに学生のアルバイトが怒鳴り散らされた。
この日の夜、町のあちこちでトラブルが起こった。
半数以上の自動販売機の電源が抜かれ、多くの街灯が破壊された。
ライトを割られた店は、警察に被害届を出すほどだった。
しかし犯人は見つからない。
ほぼ同時刻に、散発的に起こった町の明かりの消失。
一人の犯行ではないと、警察も気合を入れて捜査した。
翌日、地元のローカル局でニュースが流れた。
お昼頃には全国区のニュースでもチラっと流れるほどだった。
いったい誰の犯行か?
困ると同時に、怯える人間たち。
そんな様子をおチョウさんが遠巻きに眺めていた。
「あはははは!上手くいったわ!」
パチパチと手を叩いて、戦果を喜ぶ。
アビーとムーもハイタッチした。
「やったね!」
「これほど上手くいくとはな。」
蜂蜜と樹液で祝杯を挙げる。
その後ろでは、数羽のゴイサギが疑似餌を咥えていた。
「いいもん貰った。」
「これで釣りが捗るわね。」
「虫もたまには良い事考えるな。」
ゴイサギは嬉しそうで、「そんじゃ」と去っていく。
おチョウさんは「手伝ってくれてありがとう」と手を振った。
「さあ、これで人間どもにギャフンと言わせたわ。」
満足そうに胸を張る。
アビーも「だね」と頷いた。
「でもさ、人間はすぐに直しちゃうんじゃないの?」
「でしょうね。」
「だったらやる意味あったのかな?」
「もう一回やるから平気よ。」
「また!?」
「いずれは直すでしょうけど、それまでは夜の光が減るわ。私たちを惑わす狂気の光が。」
「でもあんまり派手にやると・・・・ねえ?」
「そうだぜ。足がついたら終わりだ。それにもう鳥は協力してくれないし。」
一度成功したからといって、続けて上手くいくとは限らない。
どんな事であれ、浮かれている時が一番危ないのだから。
しかしおチョウさんは動じない。
「まだ武器があるのよ」と言って、草の中を漁った。
「はいこれ。」
「なにコレ?」
「疑似餌よ。」
「このイモムシみたいなのが?」
「ワームっていうのよ。川にいる虫に似せて作ってあるの。」
「また拾ったのか?」
「ううん、これは盗んだやつ。」
「人間から?」
「昨日いろんなお店の電気を割ったでしょ?あの時にこっそり釣具屋の中に入ったのよ。」
「ちゃっかりしてるなあ。じゃあこれでまた鳥に協力してもらおうってか?」
「そういうこと。ゴイサギはもう疑似餌をあげちゃったから、今度はササゴイね。」
「そいつも釣りをする鳥だよな?」
「そうよ。もう話はつけてあるから。」
「アンタの行動力には恐れ入るよ。なあアビー?」
おチョウさんはいつだってみんなの先陣を切る。
痛い目に遭うこともシバシバだが、やってよかったと思うことの方が多い。
「セイタカアワダチソウの時だって、おチョウさんがいなけりゃ戦えなかった。アンタはみんなのリーダーだよ。」
「やめてよもう・・・・否定しないけど。」
ムーは「いよ!女王様!」と拍手を送る。
通りかかったアリの行列も、「女王様!」と拍手した。
しかしアビーは喜べない。
おチョウさんが頼りになるリーダーなのは認めるが、これ以上人間を挑発することには反対だった。
「ねえおチョウさん。もうやめない?」
「何よアンタらしくない。いつもは一番やる気になるクセに。」
「だってこれ以上虫の数が減ったりしたらどうなるの?」
「大丈夫よ、また増やせばいいんだから。」
「増やす以上に減っていってるじゃない。最近なんかザリガニですらあまり見かけないんだから。」
ここ数年でパッタリと姿を見かけなくなってしまった。
それどころか、外来種の魚でさえ数が減っている。
「水は環境の変化に敏感よ。川や沼に生き物がいなくなるってことは、それだけこの辺りが汚れてきてるってことよ。
そうなったらいくら卵を産んだって、増える場所がくなるわ。
そんな状況で人間を挑発したら、いったいどうなるか・・・・。」
「弱気ね。」
「心配してるの。ムーは不安じゃない?」
「不安だけど、なるようにしかならないよ。人間に対する挑発をやめたところで、あいつらが俺たちのこと気にかけてくれるとは思わないし。」
「そうかもしれないけど・・・・。」
「どっちみち俺たちは虐げられる運命なんだ。だったらたまには人間にも痛い目みてもらわないと。
もちろんやり過ぎはよくないけど。」
おチョウさんとムーはやる気満々だ。
アビーは反対したが、二匹に押し切られてしまった。
「というわけで決行ね。明日、夜が明ける前に、またここに集まってちょうだい。」
「ん?夜明けにやるの?夜中じゃなくて?」
「ササゴイは薄明薄暮性なの。」
「なにそれ?」
「夜明けと日暮れに活動するってこと。」
「ああ、なるほど。」
「陽が昇り切る前なら、人間はまだ眠ってるわ。」
「OK!やってやろうぜアビー。」
「上手くいくといいけど・・・。」
アビーの不安は消えない。
それどころか、陽が暮れるにつれて大きくなっていった。
やがて夜が来て、昨夜と同じように作戦を開始する。
今回はササゴイが手伝ってくれた。
クチバシで自販機のコンセントを抜き、街灯を割り、店のライトを割った。
夜の街から消えゆく光。
あちこちに散乱する蛍光灯の破片。
もはやイタズラのレベルを超えて、ちょっとしたテロ行為になっていた。
作戦を完遂したおチョウさんたちは、小川の茂みに戻ってきた。
「はいお礼。」
ワームの疑似餌をササゴイに渡すと、「いやっほう!」とはしゃいだ。
「こいつがあれば大漁だ!」
「またいつでも声かけてくれよ。」
よくできたイモムシの模型を咥え、明け方の空へと消えていった。
「ふふふ、今頃人間たちは慌ててるわよ。」
口元に手を当てて、笑い噛み殺す。
しばらくの間、夜の町から余計な光が消えた。
おチョウさんもムーも、自分たちの戦果を疑わなかった。
しかしアビーの不安はまだ消えない。
作戦そのものは上手くいったが、果たして人間がこのまま大人しくしているだろうか・・・・。
「ねえみんな、ちょっとの間、身を隠さない?」
「どうして?」
「なんで?」
「嫌な予感がするの。不安が消えないのよ。」
「心配性ね。」
「平気だって。絶対に俺たちのせいだってバレないから。」
「・・・・・・・。」
おチョウさんもアビーもあっけらかんとしている。
おかしいのは自分の方なのかなと、それさえも不安になるアビーだった。
「何も起こらなきゃいいけど。」
おチョウさんたちに背を向けて、小川の流れを見つめる。
対岸には一羽のゴイサギがいて、ミミズの疑似餌で釣りをしていた。
鋭い目をしながら、水面を睨み付けている。
真っ赤なその瞳は、怒りにそまった狩人のよう。
わずかに映った魚影さえ見逃さない。
「そこおッ!」
折りたたんでいた首を、魚影に向かって発射する。
長いクチバシは吹き矢のごとく、いとも簡単に魚を捕えた。
「七匹目ゲット〜!」
大漁だった。
疑似餌の効果は石や木の枝とは大違い。
本物と勘違いした魚が、いくらでも寄ってくる。
俊敏なゴイサギにとって、射程内にやってきた魚を獲ることなど、造作もないことだった。
「この疑似餌がある限り、餌には困らないな。」
パクパクっと小魚を飲み込み、また釣りに勤しむ。
「ゴイサギは喜んでるわね。ああやって魚を狙ってくれるなら、虫は安心かも。」
今回の作戦、不安はまだ消えない。
しかし鳥の脅威から逃れられるなら、そう悪いことではなかったかもしれない。
いや、きっとそうであると自分に言い聞かせた。
そうしないと、膨れ上がる不安に対抗できなかった。
「人間が先に滅ぶのか?虫が先に滅ぶのか?どっちなんだろう?」
陽が昇りかけた空に、ぼそりと問いかける。
しかし誰も答えない。
人も、虫も、太陽でさえも、そんな答えは持ち合わせていなかった。

          *****

悪いことをすれば捕まる。
悪いことをすれば罰を与えられる。
当然のことであるが、犯人に逃げられてはそれも不可能である。
年々凶悪犯罪は減少している。
人の心が無い時代などと言われるが、犯罪者やヤクザが跋扈していたのは昔の方である。
現在、街中の至る所に防犯カメラがついている。
コンビニに、ガソリンスタンドに、子供たちの通学路に。
車にだってドライブレコーダーという、ある種の防犯カメラが付いている。
至るところに機械の目があるので、悪さをしても誰かが見ているのだ。
連日起こった不可解な事件。
自動販売機や街灯、店先のライトの破壊は、すぐに誰の仕業がバレてしまった。
人は眠っていても、機械の目がそれを捉えていたからだ。
警察署の一角で、二人の刑事がモニターを睨んでいる。
「鳥・・・ですか?」
「みたいだな。」
刑事が見ているのはガソリンスタンドの防犯カメラ。
そこには一羽の鳥が映っていた。
自販機の後ろをコソコソしながら、なにやらついばんでいる。
その直後、明かりが消えた。
また別の防犯カメラには、街灯を破壊する様子が映りこんでいた。
こちらはドライブレコーダーによるもの。
残業帰りのOLが、気分転換にといつもと違う道を通った。
その時、突然傍にあった街灯が消えた。
パリン!という破裂音、電柱の下に散らばった蛍光灯の破片。
空を見上げると、鳥らしき影が飛び去っていった。
家に帰ってからドライブレコーダーを確認すると、鳥が街灯を破壊する様子が映っていたのだ。
似たような映像は他にもあって、警察に届ける者もいれば、SNSに上げる者もいた。
ニュースでも扱われ、ネットでも拡散。
すると鳥に詳しい者達が、すぐに犯人を特定したのだった。
「犯人はゴイサギとササゴイという鳥」
ネットニュースの見出しにもなり、町はにわかに騒然とした。
今のところ人的被害はゼロだが、こうも街灯を割られては危ない。
それに自販機の所有者は大赤字の大損害。
「そんな鳥はすぐに駆除しろ!」
役所や警察署にはそんな声の電話がたくさんかかってきた。
それに対して「もう少し様子を見るべきだ」という意見もあった。
「鳥が好きこのんで悪さをするはずがない。これは何かの習性ではないのか?」
テレビでは専門家を交えて、色々な意見が飛び交った。
駆除か?
それとも様子を見るべきか?
議論は平行線をたどり、平行線をたどったまま、いつしか飽きられた。
なぜならあれ以来、街灯や自販機の被害はなくなったからだ。
続けて被害が出るならともかく、そうでないなら誰も興味を示さない。
それよりも大臣の失言や、芸能人の離婚問題の方が面白いという人が多勢である。
多くの人が世の中に無関心。
鳥がどうのと追いかけるより、有名人が失脚する様の方が良い娯楽であり、それすらも時間と共に忘れ去られる。
犯人がバレてしまい、虫や鳥が駆除されるのではないか?
そんなアビーの不安は露と消え去った。
「いい加減ねえ、人間って。」
心配していたのが馬鹿みたいに思えてくる。
それと同時に、自分たちのやったことに意味はあったのか?と、疑問で仕方なかった。
「すぐ忘れるなら、私たちのやったことだって無駄じゃない。自販機も街灯もすぐに直っちゃったしさ。」
そう言うと、おチョウさんはムスっとした。
「腹立つわね、あんなに頑張ったのに。」
「でも人間が忘れてくれたから、私たちは駆除されずにすんだのよ。」
「鳥や虫なんて眼中にないってわけね。猿モドキのクセに見下して。」
イライラしながら、ガブガブと花の蜜を飲む。
「・・・ぷはあ!こうなったら第三弾を仕掛けるわよ!」
「えええ!もうやめようよ。」
「いいえ、やってみせる!人間どもの世界に爪痕を刻んでやるわ!」
息巻くおチョウさんだったが、怒りと興奮のあまり「ふぎゅッ!」と倒れてしまった。
「言わんこっちゃない。」
葉っぱを千切り、気を失ったおチョウさんの上に掛ける。
「ねえムー。もうこんなのやめようね。」
そう言って振り返ると、「助けてくれ〜!」と空を飛んでいた。
「どうしたの!?」
「ゴイサギが追いかけてくるんだ!」
ムーは必死に羽ばたく。
その上には翼を開いたゴイサギが。
「ちょっとアンタ!なんでムーを襲うのよ!!」
「そうだよ!俺を食べなくたって、疑似餌で魚を捕まえればいいだろ!」
「疑似餌より本物の虫の方がいい。」
「なんだって?」
「疑似餌のミミズであれだけ魚が取れるんだ。だったら本物を使えば・・・・なあ?」
ゴイサギは賢かった。
疑似餌よりも生餌の方が効果的。
偽物のミミズで釣りをする中、その事に気づいてしまったのだ。
「今までは虫を採ったらすぐに食べてた。でもそれを生餌に使えば、より多くの餌が手に入る。」
「お、お前・・・・それって人間の考え方だぞ!」
「分かってる。人間が釣りをしているのを見て気づいたんだから。」
「そんな人間の真似して恥ずかしくないのか?鳥としてのプライドがなくなるぞ!」
「だからどうした?」
「どうしたって・・・・、」
「鳥は虫ほどバカじゃない。人間の真似だろうがなんだろうが、自分にとって有益ならそうするだけだ。」
「そんなッ!」
「お前ら虫は、いったいいつになったら賢くなるんだ?どんなに数が増えた所で、バカのままじゃ利用されるだけだぞ。」
ゴイサギはクルっと旋回して、ムーを咥えた。
「ぎゃあ!」
「さあ、生餌になれ。」
「嫌だ!」
ムーは遠くへ連れ去られていく。
そしてポチャっと川に落とされた。
「お、溺れる・・・・。」
ジタバタもがいていると、さっそく魚がやってきた。
ゴイサギは熟練のスナイパーのごとく、目にも止まらぬ速さで魚を仕留めた。
「・・・・う〜ん、美味い!」
ムーは何度も川に落とされる。
「こんなんだったら、一口で喰ってくれた方がマシだ!」
「まだまだ元気だな。死ぬまで働いでもらうぞ。」
「嫌だ!俺は奴隷じゃない!」
「奴隷なんだよ。お前らは虫は下等生物だからな。人間にも鳥にも利用される運命なんだ。」
ムーの悲鳴はゴイサギの喜び。
暴れれば暴れるほど、魚が寄ってくる。
アビーは「はあ・・・」とため息をつきながら、その様子を眺めた。
「やっぱりいい結果にならなかったわ。」
人間から駆除されることはなかった。
しかし鳥に余計な知恵を与えてしまった。
他の生き物に比べて、虫は敵が多い。
人間、イタチ、タヌキ、鳥、そしてヘビやカエルや魚。
「どうして私たちはこんなに敵だらけなんだろう。」
人間がいなくなっても、きっと虫の地位は向上しない。
自然界を根っこで支える生き物は、他のあらゆる生き物の糧になる運命なのだ。
アビーは二度目のため息つく。
彼女の頭上からササゴイ迫っていた。
活きのいい生餌を求めて。

 

虫の戦争 第十五話 狂気の光(1)

  • 2017.11.25 Saturday
  • 10:36

JUGEMテーマ:自作小説

光に引き寄せられる虫は多い。
蛾、カメムシ、カナブン、そしてカゲロウ。
夜、彼らは光を求めて彷徨う。
店先の蛍光灯、街灯、自動販売機。
人が生み出した文明の利器は、夜でも煌々と輝いている。
しかしその光は、虫が本当に求めている光ではない。
彼らが欲しがる光、それは月の光なのだ。
夜に行動する虫たちにとって、月は大事な道しるべになる。
月の光に対し、一定の角度を保って飛ぶことで、道に迷わずにすむからだ。
地球から月までの距離は約38万4千キロ。
虫たちがいくら飛んだところで、この距離は縮まらない。
ということは、どこへ飛んでいこうとも、月の見える位置は変わらないとうことだ。
月に対して一定の角度で飛べば、コンパスを見て歩くがごとし、方向を間違うことはない。
蛍光灯に、街灯に、そして自販機に集まる虫たちは、人が生み出した光を求めているわけではない。
人が生み出した光に惑わされているのだ。
街の中にあるたくさんの人工光。
それを月と勘違いして、一定の角度を保って飛行する。
しかし月と違って、人工光はすぐ傍にある。
飛んだ分だけ距離が近くなるのだ。
それでも角度を保ったまま飛ぼうとする。
虫はそれを月だと思っているから。
光の周囲をグルグル飛び回るのは、それが原因だ。
「ねえムー、いつまで回ってるつもりよ?」
アビーがムスっと尋ねる。
ムーは「んなこと言ったって・・・・」と困った。
「こういう習性なんだから仕方ないだろ。」
「さっきから二時間も回ってるじゃない。いい加減飽きないの?」
「飽きるとか飽きないとか、そういう問題じゃないんだ。虫の習性としてだな・・・・、」
ムーはコンビニの前の灯りをグルグル回る。
近くには電撃殺虫器もあるので、いつ死んでもおかしくない。
「またバチバチってなっちゃうよ?」
「なったらなった時だ。」
「でも一昨日復活したばかりだよ?ムーがいなきゃ遊び相手がいなくなるわ。退屈しちゃう。」
アビーは「もう行こ」と手を引っぱる。
しかしその時、大きな蛾が飛んできて、光の周囲を回り始めた。
アビーはその蛾にぶつかって、ムーを放してしまう。
そして・・・・、
「ぎゃああああああ!」
青い光にぶつかって、バチバチっと音が鳴る。
「ムー!」
憐れ、ムーは感電死してしまう。
ポトっと地面に落ちて、仰向けに倒れた。
そこへコンビニから人が出てきて、ムーの死骸を踏み潰した。
「あ!アイツッ・・・・、」
カッとなって、その人間を追いかける。
しかし後ろから「やめなさい」と声がした。
「あ!この声は・・・・・、」
振り返ると、そこにはおチョウさんがいた。
「アビー、久しぶりね。」
「おチョウさん!」
手を握り、「お帰り!」とはしゃぐ。
「やっぱり帰って来たのね!」
「色々とまわってみたんだけど、虫の王国はどこにもなかったわ。」
「そりゃそうよ。猿モドキがウヨウヨしてるんだもん。」
「はあ・・・人間のいない理想郷、いったいいつになったら訪れるのかしら。」
空を見上げ、目に月を映す。
「昔はねえ、夜になればよく月が見えたのよ。今よりもウンと輝いてたわ。」
「星だってよく見えたよね。」
「年々虫も減少してるし、私たちの方が先に滅んだりしてね。」
「そんなことないわ。虫は何億年も前からいるんだもん。新参者の猿モドキより、先に滅んだりなんかしないわ。」
「だといいけど。」
またため息をつき、疲れた表情を見せる。
ぺちゃんこになったムーを見下ろして、「最近死ぬ回数が多くなったわ」と言った。
「妖精は何度でも蘇る。けど死ぬのは気持いいものじゃないわ。」
「私も去年の夏から三回も死んだのよ。」
「大変だったのね、こっちも。」
「おチョウさん、もうどこにも行かないんでしょ?」
「分からないわ。また旅に出るかも。」
優雅に羽ばたき、パタパタと飛んでいく。
途中で右に曲がって、自販機に体当たりしていた。
「ああもう!人間は厄介なモンを作って!」
ガツンと蹴り飛ばし、「道に迷うじゃない!」と怒鳴った。
「夜くらい大人しく寝てなさいよ、まったく。」
ブツブツ言いながら、夜の闇に消えていった。
「確かにねえ、田舎にも人口の光が増えたわ。」
ここはコンビニの駐車場。
そして向かいにも別のコンビニが。
その先には24時間営業のスーパーがあって、さらにその向こうには深夜までやっているファーストフード店がある。
アビーたちがこの町に来たのは30年前。
その頃まもっと光が少なかった。
灯っているのは電柱の街灯か、たまにある自販機くらい。
夜になれば静かで暗くて、とても住みやすい場所だったのだ。
「どうして人間は住処を変化させるんだろ?落ち着かなくなったりしないのかな?」
アビーは夜空へ消えていく。
高い空から見ても、至る所に光があった。
「あれは恐ろしい光ね。虫を殺す魔性の光だわ。」
ムーはその光にやられた。
夜、人が灯す光は、アビーたちにとって狂気の光だ。
本当に求める光は、遠い空にある月の光。
それを遮るほどの輝きを生み出す人間は、憎いながらもすごいと思うしかなかった。
「ムーが戻ってくるまでは退屈ね。また蛍子さんに服でも作ってもらおうかな。」
もし虫が文明を持っていたらどうなっていたか?
ちょびっとだけ人間を羨ましく思った。

            *

夏が終わり、秋が過ぎ、冬が訪れる。
その冬もどこかへ去って、命芽吹く春がやってきた。
「・・・・・ぶはあ!」
ムーが土の中から顔を出す。
ブルブルっと頭を振って、土を振り払った。
「あ〜まったく・・・・油断したぜ。」
また電撃殺虫器で死んでしまった。
何度も引っかかっているのに、学習しない自分に腹が立った。
「おのれ人間め。こうなったらこっちも黙ってないぞ。」
復活を遂げたムーは、すぐにアビーを探しに行った。
飛び回ること二時間ほど。
かつてセイタカアワダチソウと戦った川原の向こうの、細い川の傍にアビーはいた。
「お〜い!」
手を振ると、「ムー!」と手を振り返してきた。
「おかえり!」
「まいったまいった、また死んじまうとは。」
照れながら肩を竦める。
すると「おつとめご苦労さん」とおチョウさんが言った。
「ああ!戻ってきたのか!」
嬉しそうに笑って、「いつだよ?」と肩を叩く。
「去年の夏ね。ちょうどアンタが死んだ日。」
「そうなの!?すごい偶然だな。」
「偶然ねえ・・・。」
「違うのか?」
「偶然といえば偶然だけど、そうとも言い切れないわ。だって夏から秋にかけて、たくさんの虫が死ぬもの。」
「そりゃ数が増えるからな。死ぬ奴も多くなるさ。」
「他の生き物に食われて死ぬのは仕方ないのよ。私が言ってるのは人間のこと。」
そう言って青い空を指差した。
「夜はお月様の光だけで充分なのに、人間は色んな光を生み出してる。」
「夜?今は昼だけど?」
「夜になったらの話。アンタだって人口の光で死んだじゃない。」
「ほんっとに迷惑な話だよなあ。自販機の光で惑わされるのはともかく、あんな電撃兵器を作るなんて。
夜行性の虫にとってはたまったもんじゃないよ。」
「そうよ、たまったもんじゃないわ。だからぶっ壊してやるのよ!」
「ぶっ壊す?」
物騒なことを言う。
アビーとムーは顔を見合わせた。
「ねえおチョウさん。」
「また何か企んでるのか?」
「ええ。町から狂気の光を無くすわ。」
「それってつまり・・・・、」
「人工光を破壊するってことか?」
「YES!」
ビシっと親指を立てる。
「もう仲間は募ってあるの。色んな虫が手を貸してくれることになってるわ。」
「さすがおチョウさん!すごい虫望!」
「俺たちとは虫徳が違うぜ。」
「まあね。妖精としての年季が違うから。」
ファサっと触覚をかき上げて、「アンタたちも手伝ってね」と言った。
「もちろん!」
「でも大丈夫かな?本気で人間を怒らせたらえらいことだぜ。」
ムーは恐れていた。人間の報復を。
「俺たちは死んでも復活できるからいい。でも他の虫はそうはいかないぜ。
虫が自販機や街灯を壊してるってバレたら、無関係な虫まで皆殺しにされるかもしれない。」
人間の駆除能力は、虫の繁殖力を遥かに上回る。
いくら虫の数が多かろうと、本気になった人間の前では無力なのだ。
「おチョウさんのことだから、何か作戦があるんだろうけど。」
そう尋ねると、「まあね」と頷いた。
「今回は虫以外にも手伝ってもらおうと思ってるの。」
「へえ?誰に?」
「ゴイサギ。」
「ゴイサギ?なんであの鳥に?」
意外な答えに眉を寄せる。
ゴイサギとはサギの一種である。
カラスと同じくらいの大きさで、真っ赤な目をしている。
頭から背中は濃い青色、羽は灰色、お腹は真っ白な羽をしている。
個体によっては、頭に羽飾りを持っている。
サギにしてはずんぐりした体型をしているが、これは長い首を折りたたんでいる為。
獲物を捕らえる時は、バネのようにビヨ〜ンと伸びるのだ。
漢字で書くと「五位鷺」
後醍醐天皇がこの鳥を気に入っており、五位の位を冠したという説がある。
この鳥にはもう一つ名前があって、別名「夜鴉」
夜行性の鳥で、「グワッ!」と独特な声で鳴くからだ。
夜、どこからか響いている不気味な鳥の声は、ゴイサギによるものだ。
「おチョウさん、なんでゴイサギなんかに手伝ってもらうんだ?
あの鳥が夜行性なのは知ってるけど、だからって何かの役に立つのか?」
「立つわよ。まず夜行性の鳥自体が珍しい。フクロウやミミズクはプライドが高いから手伝ってくれないわ。」
「猛禽類だしなあ。虫なんかに手え貸せるかって思うだろうな。」
「そこでゴイサギよ。例えば自販機の灯りを消すには、コンセントを抜く必要があるわ。
残念ながら、これは虫の力じゃ無理。」
「だからゴイサギに手伝ってもらうのか?」
「ええ。それに街灯だってゴイサギなら壊せる。長いクチバシを持ってるから、思い切りつつけば割れるはずよ。」
「でもそんなの引き受けてくれるかな?」
「すでにOKをもらってるわ。」
「マジかよ!どうやって交渉したんだ?」
おチョウさんは「ふふ」と微笑む。
草地を探って、「これよ」と何かを取り出した。
「それは・・・ミミズ?」
「の疑似餌。」
「は?」
「茂みの中に落ちてたのよ。きっと人間が捨てていったのね。」
「んなもん拾ってどうしようってんだ?」
「ゴサイギはね、この疑似餌を必要としているの。だってあの鳥は釣りをするから。」
「・・・・ああ!そういえば・・・、」
ムーはなるほどと頷く。
おチョウさんの言う通り、ゴイサギは釣りをするのだ。
石や木の枝を水面に落とし、虫だと勘違いしてやってきた魚を獲る。
こういった鳥は他にもいて、ササゴイという鳥が同じことをする。
ササゴイもサギの一種で、ゴイサギよりもスマートな体型の鳥だ。
「釣りは人間の専売特許じゃないってわけ。ゴイサギだって上手に魚を獲るわ。
だけど石や木の枝よりも、疑似餌を使った方がもっとたくさん魚が獲れるはず。」
「なるほどな。じゃあその疑似餌を見返りに手伝ってもらうわけだ。」
「そういうこと。決行は今日の夜よ。」
「また急だな。」
「思い立ったらすぐ行動。でなきゃいつかどうでもよくなっちゃうもの。」
ミミズの疑似餌を抱えながら、空に舞い上がる。
「日が沈んだらまたここへ来て。」
「ああ。人間どもにギャフンと言わせてやろうぜ。」
ムーは拳をにぎって応える。
おチョウさんは「それじゃ」と遠くへ飛び去っていった。
「ようし!こうなりゃ思う存分人間の光を消し去ってやる。夜はお月さんの光だけで充分なんだ。」
そう言って「頑張ろうぜアビー!」と振り返った。
「・・・どうした?浮かない顔して。」
「う〜ん・・・そんな上手くいくかなあと思って。」
「なんで?鳥が協力してくれるんなら、きっと上手くいくさ。」
「でもゴイサギって肉食性だよ?魚だけじゃなくて、虫だって食べるんだよ。」
「知ってるよ。だから見返りにミミズの疑似餌を用意してあるんだ。
事が終わるまでは俺たちを襲ったりはしないって。」
「そうだけどいいけど・・・・。」
アビーの不安は募る。
人間は憎い、ギャフンと言わせてやりたい。
しかしそれと同時に、鳥を恐れていた。
鳥は虫の天敵である。
というより小動物の天敵だ。
虫もトカゲもヘビさえも、鳥には敵わない。
ムクドリのような小さな鳥でさえ、大きなムカデを平気で食べてしまう。
またハチクマという猛禽類は、スズメバチの巣を襲うことがある。
巣を見つけると、猛スピードで飛んでいき、鋭い爪でキックをかますのだ。
ハチクマの一撃を受けたスズメバチはパニックを起こし、統率の取れた攻撃が出来なくなってしまう。
そして毒針で反撃しようにも、ハチクマの羽は硬い。
得意の噛み付き攻撃も、これまた羽によって防がれてしまう。
最強と名高いスズメバチの群れでさえ、ハチクマの前では成す術がないのだ。
虫にとって、鳥は人間に次ぐ強敵だ。
そんな生き物の手を借りるとなると、冷静ではいられなかった。
「ねえ。もし途中でゴイサギが裏切ったらどうするの?そりゃあ見返りの疑似餌は魅力的だろうけど、私たちを前にしてじっとしていられるかな?」
「さあなあ。」
「なによ、曖昧な返事。」
「だって分かんないもん。鳥と一緒に戦ったことなんてないから。」
「私たちが人間の光を壊す前に、全部ゴイサギに食べられちゃうかも。」
アビーは心配だった。
この作戦、果たして上手くいくのか?
年々虫は減少し、数で勝負すればいい理論が通用しなくなっている。
死んだ分は増やせばいいといっても、増える場所がないし、増えた以上に殺されてしまうのだ。
不安そうにするアビーを見て、ムーは「らしくないな」と言った。
「いつもならお前の方がやる気になるのにさ。」
「最近不安なのよね。いつか虫が消えちゃうんじゃないかって。」
「そうなったら人間も消えるよ。俺たちがいるから、この星の緑は栄えてるんだ。」
「そうだけどさ・・・。」
脚を組み、ツンと唇を尖らせる。
空を見上げ、まだまだ夜が静かだった頃を思い出した。
「この町へ来たとき、もっと暮らしやすい場所だったよね。」
「しょうがないさ、人間はすぐに景色を変えちゃうんだから。
例え自分たちが住みにくくなったとしても。一種の病気だぜありゃ。」
「月だけが光ってた夜・・・・いつかまたやってくるかな。」
満点の星の中、誰よりも強烈に輝く月。
その光は、夜を彷徨う虫たちを、正しい方向へ導いてくれる。
だが今の時代、月の光は人の光によってかき消される。
至る所に狂気の光が満ちているのだ。
「月と星明かりだけでいいのに。」
空に重ねた目に、懐かしい思い出が滲んだ。

 

虫の戦争 第十四話 ハチの巣コロリ(2)

  • 2017.11.24 Friday
  • 11:27

JUGEMテーマ:自作小説

この世にはたくさんの兵器がある。
銃、爆弾、戦車に戦闘機。
どれも強力な兵器だが、最も恐ろしいのは核兵器だ。
たった一発で街を吹き飛ばし、爆発後は放射能によって汚染される。
人類が生み出した最悪の火だ。
それに次ぐ恐ろしい兵器として、化学兵器と生物兵器がある。
化学兵器はスプーン一杯で何千人、何万人と殺すほどの力がある。
生物兵器は一度バラ撒けば、あとは勝手に増殖して、次々に感染していく。
どれもこれも人類に致命的な被害をもたらすので、NBC条約という国際ルールで使用が禁止されている。
Nはニュークリアボムの頭文字をとった核兵器、Bはバイオの生物兵器、Cはケミカルの化学兵器のことだ。
しかしこの条約は人間に対してのもの。
虫相手になら化学兵器の使用は許される。
そう、殺虫剤だ。
めでたくヒメスズメバチを撃退したアビーたちだったが、次なる敵が迫っていた。
そいつはこっそりと窓を開け、アシナガバチの巣に化学兵器を向ける。
遠く離れていても使える、ジェット式の「ハチの巣コロリ」だ。
ゆっくりと腕を動かし、照準を定める。
・・・まず最初に気づいたのはムーだった。
「人間が狙ってるぞ!」
変身を解き、一目散に空へ逃げる。
アビーとアシナガバチは呆気に取られた。
「ムー、どうしたの?」
「殺虫剤!そこの窓から狙ってる!」
アビーたちは慌てて振り向く。
それと同時に、恐ろしい猛毒ガスが発射された。
「いやあああああ!」
アビーは悲鳴を上げながら逃げる。
アシナガバチもそれに続いた。
有毒ガスは巣を直撃し、中に眠る幼虫とサナギの命を奪っていく。
「そんな!せっかく守ったのに・・・・、」
アビーは「猿モドキ!」と怒った。
「いっつもいっつも私たちの邪魔をして!今日こそ一匹くらい仕留めてやるわ!」
「よせアビー!馬鹿なことすんな!」
ムーが慌てて追いかけるが間に合わない。
アビーはチャイロスズメバチに変身したまま、お尻の針を突き刺そうとした。
人間は慌てて窓を閉める。
殺虫剤を持っていることすら忘れて、バタン!と窓を閉じた。
「一足遅かったわね、人間。」
アビーは家の中に入っていた。
人間は再び殺虫剤を向けてくるが、アビーには当たらない。
家の中をブンブン飛び回って、タンスの後ろに隠れた。
「おいアビー!出てこい!」
ムーはバンバン窓を叩く。
人間に喧嘩を売ったらどうなるか?
かつてのドブネズミのようになってしまうだろう。
「今のお前はスズメバチなんだぞ!もし人を刺したら、最悪は死んじまう!そうなったら人間たちは絶対に黙ってない!
おっかない駆除業者が来て、無関係なハチまで殺されるんだ!」
ムーは必死に叫ぶ。
自分とアビーは復活できるからいい。
しかし普通の虫はそうはいかない。
減った分は増やせばいい理論の虫たちだが、人間の駆除は虐殺レベル。
増える間もなく駆逐されてしまうのだ。
「アビーってば!余計なことすんな!ここのハチたちが迷惑すんだろ!」
何度呼んでもアビーは出てこない。
人間は殺虫剤片手に、恐る恐るタンスの裏へと近づいた。
その瞬間、アビーはいきなり飛び出して、人間の顔にとまった。
「いやあ!」
慌てて払いのけようとする人間。
アビーはサッとその手をかわして、服の中に入り込んだ。
「いや!いやあああああ!」
大きなハチがシャツの中に入り、背中をモゾモゾしている。
いてもたってもいられなくなって、慌てて服を脱いだ。
しかしアビーを追い払うことは出来ない。
服から飛び出して、人間の首にしがみつく。
そして・・・・・、
「痛っだッ・・・、」
大きな針をブスリと刺す。
そしてありったけの毒を注いだ。
人間は痛みと恐怖で暴れ狂う。
アビーはすでに離れていて、「バ〜カ」と舌を出した。
「地球はお前らのものじゃないんだ。バイ菌みたいに繁殖しちゃってさ。」
人間は苦しむ。
首を押さえ、辛そうにうずくまった。
手を伸ばし、手探りで受話器を探す。
救急車を呼ぶつもりだ。
「そうはさせるか!」
アビーは受話器を持つ手にとまる。
そしてもう一度ブスリ!
「あいッ・・・・、」
受話器を落とし、手を押さえる。
アビーはダメ押しとばかりに、もう一度首に突き刺した。
「おいやめろアビー!それ以上やったら・・・、」
ムーは叫ぶ。
しかし間に合わず・・・・アビーは残った毒液を全て注ぎ込んだ。
人間は声にならない声で悲鳴をあげる。
首を押さえ、プルプルと痙攣し始めた。
白目を向き、口からは泡と唾液を漏らした。
「まずい!」
ムーは辺りを見渡す。
すると換気用の窓が開いているのに気づいた。
慌てて中に入り、アビーを引っ張る。
「すぐ逃げるぞ!」
アビーはまだ針を刺そうとしていたが、「目え覚ませ!」と頬を叩いた。
「殺してどうすんだよ!」
そう言って倒れた人間を指差す。
痙攣は激しくなり、呼吸も荒くなり、子供みたいにヨダレを垂らしていた。
アナフィラキシーショックだ。
「いいじゃない死ねば。」
アビーはひと仕事やり終えた達成感があった。
ムーも「それは同感だけどさ」と頷くが、さすがにこれはまずい。
「いいかアビー。人間は俺たち虫の見分けなんかつかない。ハチは全部同じに見えてるんだ。
だからここら辺のハチというハチは皆殺しにされる。お前がこんな事するから。」
「だって腹が立ったんだもん。」
「それを堪えなきゃこの星で生きていけないんだ。分かってるはずだろ?」
「じゃあいつまで我慢してればいいの?蛍子さんが生まれる前から人間がはびこってるんだよ?」
「昔はそうひどくなかったんだ。だってここまで文明が発展してないから、人間は自然と共に生きてたんだよ。
でもここ100年前後で急に酷くなったんだ。特に蒸気機関車ってのが出来てからは。」
蒸気機関車の登場は、産業革命へと繋がることになる。
今までの輸送手段ではあり得ないほどの物資や人材を、短時間で、そして高速で運べるようになったからだ。
蒸気機関は、人間が初めて手にした「動力」
人や牛の力で動かすのではなく、機械の力で物を動かす。
そのパワーは人や牛とは比べ物にならず、走る距離だって桁違いだ。
動力を得てからの人間は、凄まじい勢いで文明を発展させた。
車が登場し、飛行機が登場し、タンカーが登場した。
物が、人が、一斉に世界各地へ広がっていった。
人間の勢力が拡大した分だけ、他の生き物は住処を追われた。
滅んだ生き物は数知れない。
人類誕生から500万年。
その5万分の一の時間で、地球の環境をガラリと変えてしまったのだ。
499万9900年は、いったい何をしていたのかというくらいに。
「大昔の人間は、必ずしも俺たちの敵じゃなかったんだ。」
「昔はどうだっていいわ。これからいつまで人間の時代が続くのかってことよ。
いつまで経っても滅ばないなら、いっそのこと私たちが・・・・、」
そう言いかけたとき、誰かが家に帰ってきた。
白いシャツに黒いズボン。
肩にはスポーツバッグ。
「あれはさっきの人間の子供か?」
高校生くらいの少年が、「ただいま」と家に入る。
靴を脱ぎ、居間に入り、ボトっとスポーツバッグを落とした。
「お母さん!」
慌てて傍に駆け寄る。
「どうしたん!?」
母は痙攣している。
素人目にも危険と分かる状態だ。
息子は受話器を持ち上げ、すぐに119番した。
やがて救急車がやって来て、急いで病院へ運ばれる。
救急治療室へ運ばれて、すぐにステロイドを打たれた。
息子がすぐに発見したおかげで、母は命を取り留める。
しかし三度も刺され、そのうちの二回は首ときている。
ショック症状は治まっても、大きなダメージが残った。
結果、一週間以上も入院する羽目になった。
この出来事を知った役所は、すぐに駆除を開始した。
ムーが懸念した通り、あの家の付近のハチたちは皆殺しにされてしまった。
アナフィラキシーショックはスズメバチだけが引き起こすわけではない。
アシナガバチ、ミツバチ、それにムカデでも起こりうる。
毒による抗体が引き起こす症状なので、この虫なら安全ということはないのだ。
近所の家の人間がアナフィラキシーショックで死にかけたとあっては、周りの家もじっとしていられない。
普段以上に害虫に目を光らせた。
いつもは軒下のアシナガバチの巣を放置していた隣人まで、この年はすぐさま駆除に当たった。
その様子を、アビーとムーは遠くから眺めていた。
「な?だから言っただろ。」
「ごめん・・・・。」
「謝ることはないよ。先に仕掛けてきたのは人間なんだ。でも喧嘩を売っちゃダメなんだよ。
何度も言うけど、奴らは賢いんだ。武器だって持ってるし、病院だってある。
いくら頑張ったって、俺たち虫に勝ち目なんかないんだ。」
しばらくの間、この辺りにハチは住めないだろう。
あのアシナガバチたちも、あれから姿を見かけていない。
駆除されてしまったのか?
それとも別の場所に巣を移したのか?
今となっては知る由がなかった。
本来、アシナガバチは危険なハチではない。
攻撃性は低く、巣に触れたりしない限りは、集団で襲ってくることもない。
ミツバチもハナバチも、多くのハチは穏やかで大人しい性格なのだ。
希にクマバチという、黒くてずんぐりした巨大なハチが追いかけてくることがあるが、これも攻撃をしようとしているわけではない。
クマバチはハナバチの仲間で大人しい。
ただ目が悪いので、近づかないとそれが仲間かどうか分からないのだ。
人を追いかけている時は、仲間だと誤解している時。
違うと分かれば去っていく。
ただ羽音はスズメバチにも負けないほどの重低音なので、恐怖は覚えるだろうが・・・・。
獰猛なのはオオスズメバチとキイロスズメバチ。
毎年20人以上がスズメバチに刺されて亡くなるが、犯人はこのどちらかだ。
民家にスズメバチの巣ができた場合、多くの自治体が無料、もしくは補助金を出して撤去してくれる。
特にキイロスズメバチの場合は、民家に巨大な巣を作る習性がある。
初めは洞窟や木の枝に作るのだが、働き蜂が増えると、新たな営巣地を探しに出かけるのだ。
その場合、雨風が凌げ、広いスペースが確保できる民家が対象になることが多い。
アシナガバチに比べて攻撃性が高く、毒も強力なので、とても危険なハチだ。
ちなみにオオスズメバチは民家に巣を作らない。
営巣地は山で、しかも土の中と決まっている。
その辺を一匹で飛んでいるオオスズメバチは、餌を探しているだけ。
刺激しなければ襲ってこないので、無理して駆除しようとするのは、かえって危険である。
しかしハチを恐れる人は多い。
攻撃性の低いハチであっても、絶対に刺さないというわけではない。
そしてどんなに毒性の低いハチでも、アナフィラキシーショックを起こす可能性はある。
もし隣人がハチに刺され、死にかけたとしたらどう思うか?
どんなハチであれ、危険とみなされて駆除される。
ムーはそのことをよく知っていた。
もちろんアビーも。。
今まではなるべく人間に手を出さないようにしてきた。
駆除されそうになったり、捕まえられそうになった時は反撃するが、こちらから攻撃を仕掛けることはなかった。
今回、アビーは感情的になって、人間に喧嘩を売ってしまった。
今となっては、そのことを後悔していた。
「あのアシナガバチたち、ちゃんと無事かな?」
「さあな。」
「私さ、間違ったことはしてないよね?」
「うん。でも正しいからって、なんでも許されるわけじゃないんだ。
俺たちの正義や怒りなんて、人間にとっちゃ興味もないだろうから。」
「ほんとに理不尽よね。いったいいつになったら滅んでくれるのかな?」
二度と同じ失敗はしたくないと思うアビーだったが、絶対にやらないとは言い切れなかった。
あの時、ムーだって手を貸したかった。
しかし自分たちだけの問題ではすまないので、どうにか堪えることができたのだ。
・・・・もし人間たちが文明を失い、武器も病院も無くしてしまったら、その時こそが復讐のチャンス。
アビーとムーの胸にある、人間への怒りと憎しみ。
それは人間が滅ぶまで消えることはないのだ。

 

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