虫の戦争 最終話 小さな王国(3)
- 2017.12.03 Sunday
- 12:48
JUGEMテーマ:自作小説
アビーとムーが残した子供だ。
見た目は完全に人間。
だが脳は以前より進化して、人間よりも高度な知能を備えていた。
進化した妖精は、さらに文明を発展させていく。
次々に生まれてくる新たな妖精も加わって、目覚しい発展を遂げていった。
槍に始まった武器は、弓矢、投石器、はては銃火器まで生み出した。
建物も増えた。
ハチの巣を利用して作った城は、いまや鋼の要塞に変わっている。
製鉄技術が進んだおかげで、鉄筋の建物が造れるようになったのだ。
しかし敵も黙ってはいない。
得意のスパイ攻撃を繰り返し、在来種の技術を盗んでいった。
アビーとムーが交わり、子を残してから100年後、妖精は19世紀時代の人間と同等の文明を手に入れていた。
人類が何千年とかけて発展させてきた文明。
それをわずか100で手に入れてしまったのだ。
かつてムーが言っていたように、虫は世代交代のサイクルが早い。
それは虫の遺伝子を引き継ぐ妖精も同じだ。
不死身ではなくなった妖精たちは、虫と同じくらいの寿命しか持たない。
それゆえに、新たな世代がどんどん誕生して、天才と呼ばれる頭脳を持つ者も、多数現れる。
そしてさらに100年後、とうとうかつての人類の文明を凌駕してしまった。
「サイボーグ」「一つの細胞から完璧な臓器を生み出すクローン技術」「自家用車の完全自動運転」
「脳内情報をデジタル化し、パソコンやスマホ無しで可能なインターネット」「青いバラ」「末期ガンやエイズを完治させる薬」
数え上げればキリがないほど、多くの技術が誕生した。
そしてここまで文明が発展しても、自然への悪影響は少ない。
何度も言うが、妖精は小さいからだ。
人類を凌駕する超文明は、いまなお進歩を続ける。
こちらが進歩すれば、敵も負けじと進歩する。
互いが地球での生存権をかけて、果てない争いを繰り返していた。
そのこともまた、急速に文明が発達した理由だった。
・・・・時代は進む。進歩と争いの中で。
アビーとムーがいた時代から500年後、ある事件が起きた。
なんと在来種と外来種が交配し、今までにない妖精が誕生したのだ。
いつだっていがみあっていた両者だが、中には理解し合うべきだという者もいた。
そういったオスとメスは、仲間の目を盗んで子孫を残していた。
在来種と外来種。
両者が交わった卵の中から、さらに進化を遂げた妖精が生まれる。
その姿は人間離れしていた。
目は複眼、背中には四枚の羽、手足は昆虫のように鋭い毛が生えて、頭には触覚がある。
人と虫を混ぜたようなその姿は、再び虫の遺伝子が発現してきた証だ。
新たに進化を遂げたその妖精は、他のどんな妖精よりも優れていた。
人類を超える知能、虫を超える身体能力。
さらに複数の虫の機能を備えていた。
クモの糸、ハチの毒針、昆虫特有の変態能力。
自身の身に危険が迫ると、サナギへと変態し、身を守るのだ。
硬いサナギの殻は、並みの武器を寄せ付けない。
弾丸、爆弾はもちろんのこと、毒や細菌兵器にも耐性がある。
撃ち抜けるのは高出力のレーザーか、電磁誘導で超高速の弾丸を飛ばすレールガンくらいだ。
ステルス機能も備えているので、そもそも発見することが困難だ。
サナギから羽化した妖精は、更なる進化を遂げる。
身体全体を高硬度の外骨格で多い、レーザーやレールガンさえ受け付けなくなる。
その代わりに内骨格を失うので、いったん外殻を破られると弱い。
知能は以前よりも高くなるが、過度なIQに精神がついて行かず、自殺やテロへ走りやすくなるデメリットもある。
あちらを立てればこちらが立たず。
進化は取捨選択という掟から逃れられないのだ。
アビーとムーがいた時代からさらに1000年後、妖精はほとんど完全な虫の姿へと戻った。
高い身体能力、様々な機能を備えた虫は、人間のような文明を必要としない。
便利な道具などなくても、自身の力だけで充分に生きていけるからだ。
ほぼ完全な虫形態となった今、あれだけ発展していた文明は、必要性の低下から衰退を始めた。
ビルが消え、リニアモーターカーが消え、兵器や医療さえも消えつつあった。
かつてムーたちが渇望した文明は、進化の果てに必要のないものと切り捨てられたのだ。
進化し、強く、逞しくなった妖精たち。
この頃には在来種と外来種の区別はほとんどなくなっていた。
お互いに交配する者が増えて、ハイブリッドな種族が溢れるようになったからだ。
もはや互いにいがみ合うことに意味はない。
未だに遺恨や差別感情を持つ者はいるが、すでにマイノリティとなっていた。
完全なる虫形態となったおかげで、文明に頼る必要もなくなった。
しかし強すぎる肉体は、ある能力の低下を招いた。
知能の減退・・・・脳が縮小し、ただの神経の塊に成り下がったのだ。
妖精は「ただの強い虫」に変わり果て、どこを探しても知性を感じさせるものは見当たらない。
長い年月の果てに、かつての文明の名残さえ消え去っていた。
それからさらに1000年後、再び人間の遺伝子が発現する。
知性の発達に伴って、死んだはずの文明が蘇ってきた。
しかし高すぎる知性は、快楽殺人や強姦といった、自然の法則から外れる悪行を生み出していく。
マイノリティだった他種族への差別感情まで復活して、歴史を遡ってまで怒りをぶつける者も少なくない。
それから何万年、何十万年と、同じことの繰り返したが続いた。
人から虫へ、虫から人へ。
しかし地球の自然は大した悪影響を受けない。
なぜなら妖精は小さいから。
人間型、虫型、その中間型。
どんな妖精になろうとも、小さいということに変わりはないのだ。
文明が発達しようが、戦争を起こそうが、強い肉体で傍若無人に暴れようが、それはミクロな世界での出来事。
かつてアビーたちが戦ったセイタカアワダチソウ。
あの規模の争いが、各地で散発的に起きているだけ。
偶然通りかかった宇宙人が、「綺麗な星だな」と呟くほど、地球の自然環境は保たれていた。
アビーが願った通り、ムーが望んだ通り、妖精は人類にはない進化を遂げた。
それは地球生命がまだ見ぬほどの進化であったが、生物の歴史を振り返れば、かつて辿った道と大差ない。
新しい文明が生まれようと、新しい種族が生まれようと、やっている事はただの生存競争。
争いと平和の繰り返しだ。
だがそれで構わない。
大事なのは、地球に生き物が溢れるということ。
その為には自然が欠かせない。
綺麗な水、空気、土。そして緑あふれる山や森。
アビーとムーがいた時代から3億年経っても、それらは守られている。
そして今のところ、地球環境を脅かすほどの巨大な知的生物は現れていない。
妖精が相変わらずの進化を繰り返しているだけで、人間と虫の狭間を延々とループしている。
蛍子さんに寄生していたあのハエは、目的を果たしたというわけだ。
宇宙広しといえど、生命が住める星は限られている。
地球は間違いなく宇宙の宝石なのだ。
しかし変化は突然訪れる。
人と虫・・・・永遠に繰り返すはずだった無限ループは、彗星の落下によって破られた。
かつて未知のウィルスが流行したように、この彗星にも宇宙からのウィルスが宿っていたのだ。
目に見えない小さな外来種は、瞬く間に地球生命のあり方を変えていく。
多くの生き物が死滅し、妖精も危うく絶滅寸前まで追い詰められた。
しかし妖精は世代交代のサイクルが早い。
滅ぶ前に耐性を獲得することが出来た。
さらにはウィルスを体内に取り込んで、今までにない進化が起きた。
なんと妖精の種類が、人型と虫型の二つに分かれてしまったのだ。
互いに行き来していたループは、進化の道を分かつことで断ち切られる。
その結果、それぞれの遺伝子の影響が色濃く出る羽目になってしまった。
人型は巨大化が始まり、虫型は知能の低下が始まる。
そして最も不幸なことは、お互いが地球の覇権を巡り、争いを始めてしまったことだ。
我らこそが地球の覇者に相応しい。
両者はいがみ合い、かつて在来種と外来種が争った時のように、果てない戦争を始めてしまった。
*****
メリット:高い知能を持ち、高度な社会性と、高度な文明を持つ。
スポーツ、芸術など、文化的な面でも他に勝る種族はいない。
デメリット:ヒョウと同程度の大きさの為、数の増加と共に、食料、住居の問題が起こる。
一つ一つの活動が自然環境に与える影響は計り知れず。自ら滅ぶ可能性も。
妖精種:虫型
メリット:多種多様な機能とデザインを持ち、あらゆる環境に適応できる。怪我や病気に強く、優れた免疫機能を持つ。
人型よりも遥かに小さい為に、食料や住居の問題が起こらない。自ら滅ぶ可能性は小さい。
デメリット:知能はあるが、人型には遥かに劣る。社会性も低く、文明や文化の発展に乏しい。
短絡的で享楽的な面があり、危機感が薄い。その為に人型に遅れを取ることもしばしば。
*****
冬が過ぎ、桜も散った春の中頃。
一匹の妖精が蓮華の上に座っていた。
トラマルハナバチのその妖精は、草で作ったストローで蜜を吸っていた。
「甘〜い!」
うっとりしながら、満腹になった腹を撫でる。
ゴロンと蓮華の上に寝そべって、高い空を見上げた。
するとスズメバチにも似た重低音の羽音が、西の空から近づいてきた。
「おっす!おらカナブン!」
カナブンの妖精がやって来て、隣に座る。
「また花の蜜なんか吸ってんのか?不味いだろそんなもん。」
「樹液より美味しいわ。」
「いいや、樹液の方が美味いね。」
「絶対に花の蜜よ。これを吸ったら樹液なんて飲めなくなるから。」
いつも交わすお決まりの挨拶。
二匹は空に舞い、近所の川原へ向かった。
「ねえ見て、また人型の建物が増えてる。」
「そうだな。あっちには電波塔もあるぜ。」
「今は虫型が劣勢なのよ。だからどんどん人型の建物が増えてるわ。」
「でもこの前は虫型が勝ったって噂だぜ。どっかの国で、街一つ潰すほど暴れまわったとか。」
「いいわね。人型が増えると、他の生き物が住みにくくなるから。」
「ていうかさ、人型と虫型、いったいいつまで戦争するんだろうな?」
「そんなのどっちかが滅ぶまででしょ。」
「あいつらさ、いい加減に目を覚ましてほしいよな。平和的な俺たち中間型を見習ってほしいよ。」
「どっちも馬鹿だからね。人型は猿モドキの末裔だし、虫型は知能が低すぎるわ。」
「俺たちが一番バランスが取れてるよな。」
「そうそう。もっと中間型が増えれば、この星だって良くなるはずなのに。」
遥か昔に始まった、人型と虫型の争い。
1000年経った今も続いていて、他の生き物たちにとってはいい迷惑だった。
「魚もトカゲも鹿も猪も、かなり怒ってるみたい。」
「人型は山や川を汚すし、虫型はわけの分からん病気を撒き散らすことがあるからな。」
「どっちも嫌われ者よね。やっぱり私たち中間型が一番だわ。」
ある程度の知能を備え、それでいて手のひらサイズ。
二匹は自分が中間型であることに誇りを持っていた。
しかし戦闘には不向きで、他の種族のように野心的でもない。
最もバランスが取れているクセに、もっともニッチな種族なのだ。
妖精種は自分たちだけで充分。
人型と虫型、どっちも滅んでくれないかと、本気で願っていた。
川原へ着くと、友達の妖精が集まっていた。
アゲハ蝶の妖精、ウスバアゲハの妖精、セミの妖精、蛍の妖精。みんな中間型だ。
「こんにちわ。今日は何して遊ぼうか。」
ハナバチの妖精はニコニコと話しかける。
カナブンの妖精は持ってきた樹液の塊を舐めていた。
ワイワイとお喋りをする中、アゲハ蝶の妖精がいつもの話題を振る。
「もしも人型と虫型、どっちかに味方するとしたら、どっちに付く。」
みんなは辟易とする。
何百回されたか分からない質問だ。
そして答えも決まっている。
もしもどちらかに付くとしたら・・・・・、
「強いて言うなら、私は虫型ね。知能は低いけど、人型ほど自然を破壊しないもの。」
「俺も。な〜んか猿モドキの末裔には味方したくないんだよな。」
「私も私も。きっと遺伝子レベルで嫌いだって刻まれてるのよ。」
「僕もです。歴史を調べれば、人間の血を引く人型は好きになれません。」
「私は・・・・人型もアリかな。だって服が好きだから。」
「みんないつもと同じ答えね。つまんないからたまには逆のこと言ってよ。」
他愛ない話で盛り上がるのもいつものこと。
中間型は寿命を持たない。
生殖機能がない代わりに、不死の機能を備えている。
だからもっぱら暇つぶしに勤しむ。
命に限りがないので、退屈で退屈で仕方ないのだ。
今日はゴイサギをからかって遊ぶことにした。
鳥は虫の天敵であり、そして大人しい中間型を狙うこともある。
たまにはこっちからイタズラしてやろうと思ったのだ。
「あいつら鳥のクセに釣りするみたいだぜ。水面に小石や小枝を投げて、魚をおびき寄せるんだ。」
「じゃあさ、その餌を奪っちゃおう。きっとマジ切れして面白いことになるわ。」
クスクスと笑いながら、川原を飛び立っていく。
遠い街には人型の建物がそびえ、反対側の山には虫型がはびこっている。
かつて人間が支配していた時代とは、まったく違った光景が広がっていた。
しかしどんなに時代が変わっても、空や大地は変わらない。
流れる雲も、たゆたう海も。
今からみんなで遊びに行く。
終わりのない時間の、暇つぶしの為に。
「遠い昔、今と似たようなことをしていた気がするわ。」
「デジャブってやつだろ?」
「違うわ。ずっとずっと昔、何億年も前・・・・私たちは今みたいに遊んでいた気がする。」
時代と共に変わるもの。
時代を経ても変わらないもの。
変わらない空を飛びながら、ハナバチの妖精は思い出していた。
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