勇気のボタン〜ある日の珍夢〜

  • 2018.04.15 Sunday
  • 10:23

JUGEMテーマ:自作小説

ほんのりとしたオレンジ色の光が辺りを照らしている。
テーブルを、椅子を、そして料理やドリンクバーを。
そう、ここはファミレスである。
時刻は夜の11時。
客はまばらで、奥のテーブルに男が三人、レジから近いテーブルに女が二人座っているだけだ。
どの客もダラダラとダベっていて、いかにも夜のファミレスって感じがする。
ちなみに俺はというと、なぜか犬になっていた。
それも柴犬っぽい子犬だ。
なぜ俺は犬なのか?
どうしてファミレスにいるのか?
まったくチンプンカンプンだ。
《世の中には人間に化けられる動物もいるからなあ。もしかしたらその逆もあるのかも。
実は俺はすごい霊能力者で、動物に化けることが出来るとか。》
そんなことを考えていると店員が近づいてきた。
「子犬?可愛い!」
膝をつき、両手で抱きかかえる。
《マイちゃん!》
頭をお団子に結った女の子が「よしよし」と頭を撫でてくる。
《こんな所で何してるの!今はお母さんの元で修行中なんじゃ・・・、》
「ちょっとコマチ君!」
奥からメガネを掛けたおじさんの店員が出てくる。
「動物なんか持ち込んで何してんの!」
「違いますよ、どこかから入り込んできたみたいなんです。」
「入り込むだって?じゃあさっさと外に捨てといて。」
「ええ〜!だって可哀想ですよそんなの。」
「ウチは飲食店なんだよ。動物がいちゃマズいでしょうが。」
「そうですけど・・・・、」
「こんな世の中なんだから、もしなんかあったら訴えられるよ。そのとき君が責任取れるの?」
「それはあ・・・・、」
マイちゃんは困った顔で俯く。
メガネのおじさんは「とにかくさっさと捨てといてよ」と奥に戻っていった。
《う〜ん・・・そりゃそうだよな。》
おそらく店長さんなのだろう。
確かに飲食店で動物が入ってくるのはマズい。
けどマイちゃんは「そんなこと言ったって・・・・」と困っていた。
「あの〜!バイト上がるまでお店に置いてちゃダメですか?私が連れて帰りますから!」
奥に向かって叫んでいる。
おじさんは「ダメ!」の一言だった。
「だけど捨てるなんて可哀想ですよ!」
「じゃあ今から連れて帰ればいいじゃない!」
「いいんですか!?じゃあそうします!」
「あ、ただし代わりの子は呼んでね。」
「へ?」
「ホールに誰もいなくなっちゃうだろ。抜けるならちゃんと代役を立ててね。」
「分かりました!」
ポケットからスマホを取り出し、手当たり次第に掛けている。
しかし誰も来てくれないようだった。
マイちゃんはシュンと項垂れる。
するとそこへ「ちょっといいすか?」と誰かがやって来た。
顔を上げると金髪の男がいた。
しかも髪をツンツンに立てている。
セックスピストルズみたいなパンクロッカーのファッションで、その顔は馬鹿なのか間抜けなのか分からないほど締まりがなかった。
《誰だこいつ。ていうかどこかで見たことがあるような・・・・。》
男は手を向けて、「俺が預かりますよ」と言った。
「え!ほんとに!?」
「知り合いに犬を欲しがってる奴がいるから。そいつに聞いてみます。」
「あ・・・ありがとう〜!」
ウルウルしながら喜んでいる。
「じゃあお願いします!」
「うっす。」
俺を受け取った男は席に戻っていく。
マイちゃんが「幸せにね〜!」と手を振った。
《なんなんだいったい・・・・。》
わけの分からないことばかりで混乱する。
席に戻った男は「うい〜」と腰を下ろした。
「犬、ゲットしてきたぜ。」
そう言ってテーブルの上に俺を置く。
向かいに座る二人の男が顔をしかめた。
「んなもん貰ってきてどうすんだよ。」
細身でマッシュルームカットの男が言う。
ニヒルで不機嫌そうな顔をしているが・・・・こいつもどこかで見たことがあるような・・・、
「焼いたら食えるんじゃないか?」
もう一人の男が恐ろしいことを言う。
頭には野球帽を被り、どこかのチームの半被を着ている。
しかもメタボのくせにピチピチのTシャツを着てるもんだから、お腹がパツンパツンだった。
もぐもぐポテトを食いながら「店員に頼んだから調理してくれるかな」とヨダレを垂らす。
《なんだろう・・・こいつもどこかで見たことがあるような・・・・。》
ここにいる三人の男・・・・いったい誰なのか?
記憶を手繰り寄せても分からなかった。
分からなかったけど・・・・初対面じゃないような・・・、
「だってあの子が困ってたから。助けてあげようかな〜と思って。」
金髪が言う。
「でも引き取っても困るだろお前。犬飼う気とかあんの?」
マッシュルームが尋ねる。
金髪は「ないよ」と即答だ。
「じゃあどうすんだよ?」
「なあ。どうしよかなあ。」
「考えもなしに貰ってきたのかよ。ほんとアホだなお前は。」
そう言ってズルズルっとクリームソーダをすすっていた。
「やっぱり食わね?」
メタボが言う。
「犬って意外と美味いらしいぜ。」
「一人で食ってろデブ。」
「うっせえキノコ頭。俺みてえな美食家はなあ、とりあえずなんでもチャレンジしてみるんだよ。」
「そういやお前って小学生の頃にタニシ食ってたよな?」
「そうそう、お腹すいたとか言って。」
金髪が頷く。
「次の日学校で下痢してたよな。」
「しかも給食の時間にな。」
「あれで懲りたかと思いきや、次はその辺に生えてるキノコも食ってたよな。」
「揚げれば大丈夫とか言ってな。」
「二日後に入院してたよな。」
「しかも修学旅行の日にな。」
「でもって次は犬ですか?」
「絶対にまた腹壊すな。」
「次は入院だな。」
「るっせえ!」
メタボは立ち上がり、「そこまで言うなら食ってやらあ!」と叫んだ。
「そこまでって・・・・、」
「誰もススメてないけどな。」
「・・・・実は前から興味があったんだ。」
ベロっと舌なめずりして俺を見る。
恐怖とおぞましさで背筋が震えた。
「外国には犬鍋だってあるからな。それなりに美味いに決まってる。」
《やめてくれ!》
キャンキャン吠えるも逃げられない。
メタボは「店員さ〜ん!」と叫んだ。
「こいつを犬鍋にして・・・・、」
そう言いかけた時、「あんた達!」と誰かがやって来た。
「さっきから見てたらなに酷いことばっか言ってんの!」
ショートカットの目つきの鋭い女がこっちを睨んでいる。
デニムジャケットを羽織り、頭にはハット。
気の強そうなこの顔・・・・こいつもどこかで見たことがあるような・・・・、
「こっちおいで。」
釣り目の女は俺を奪い取った。
「犬を食べるなんて可哀想でしょ!」
男たちを見下ろしながらビシっと言う。
すると金髪、「食いたがってるのはそのデブだけだ」と言った。
「俺の知り合いに犬を欲しがってる奴がいるから、そいつに紹介しようかなと思ったんだ。」
「あんたらの知り合いなんかでちゃんと飼えるの?」
「う〜ん・・・本気で欲しがってたからちゃんと飼うんじゃないか?」
「どんな人よ?」
「グルメ通なんだ。一度犬を食べてみたいとか言ってた。」
《絶対イヤだ!》
そんなもん食う為に欲しがってるだけじゃないか。
金を貰ってもいくものか!
釣り目の女は呆れた顔で首を振った。
「この子は私が預かるわ。」
「いいよ。」
「いいぞ。」
「ええ〜!」
メタボだけがショックを受けている。
口に詰め込んだポテトをどうにかしろと言いたかった。
「私がちゃんと飼い主を探してあげるからね。」
《おお・・・まさに救いの女神!》
ありがたやありがたやと拝んでいると、後ろから「ねえ」と声がした。
振り向くとゴスロリの女が立っていた。
しかもなぜか店の中で日傘を差している。
なんとも言えないアンニュイな表情をしているけど・・・・、
《こいつもどこかで見たことがあるな。》
さっきからどこかで見覚えのある奴らが集まってくる。
しかも俺はなぜか犬だし。
本当にいったい何がどうなっているのか分からない。
ゴスロリ女はジロジロと俺を見る。
そしてこう呟いた。
「この子あの人の家の犬じゃない?」
「あの人?」
「ほら、なんて言ったっけ・・・・、」
日傘をクルクル回しながら思い出そうとしている。
「あ・・・あ・・・・、」
「あ?」
「あり・・・・・、」
顔をしかめて思い出そうとしている。
「あ・・・あり・・・・・。忘れた。」
「なによもう。」
「それ、多分飼い犬だよ。」
「でも首輪してないじゃない。」
「・・・・それもそうね。」
《もう頷くのか・・・・。》
釣り目女は「じゃあこの子預かっていくから」と立ち去る。
しかしメタボが「待て待てい!」と追いかけてきた。
「そいつぁ俺んだ!返しやがれ!」
「ちょっと!犬食べようとする奴に渡せるわけないでしょ!」
「食ったりしねえ!」
「嘘!めっちゃヨダレ垂らしてじゃん。」
「ポテト食ってたからだ。」
「この子も食べるんでしょ?」
「いいや、そいつは俺が飼う!」
「はあ?」
釣り目女は目を釣り上げる。
「あんたなんかに飼えるわけないでしょ!」
「なんでそんなことが言えるんでい!」
「俺もそう思う。」
金髪が頷く。
「そいつは間違いなく食うぞ。」
「てめッ・・・・そもそもお前が貰ってきたんだろうが!」
「だって店員さんが困ってたから。なんとなく。」
「無責任な野郎め!」
すろとキノコ頭が「じゃあ返そう」と言った。
「さっきのウェイトレス呼ぼうぜ。」
そう言ってピンポンを押した。
「はいただいま〜!」」とマイちゃんの声が返ってくる。
「こら!勝手に決めんな!」
怒るメタボ、するとゴスロリが「やっぱ人の犬だってそれ」と言った。
「飼い主のところに戻してあげようよ。」
「だからあ・・・その飼い主が分からないじゃない。」
「ええっと・・・確か・・・あ・・・あり・・・・。」
「あり?」
「・・・忘れた。」
「ほら。」
「この際ジャンケンで決めようぜ。」
「黙れ鳥頭!んな適当に決められっか!」
「犬食うつもりのデブにも渡せねえっての。」
「ちょっとそこのキノコ頭。ボケっとしてないでどうにかしてよ。」
「なんで俺なんだよ?」
「だってこの肥満体、あんたの友達でしょ?」
「誰が肥満体でい!」
「ああ!そうだ!」
「おお、ゴスロリが飼い主の名前を思い出したみたいだぞ!」
「あり・・・あり・・・・、」
「あり?」
「忘れた。」
「もうアンタは黙ってて!」
「だからジャンケンで決めればいいじゃんか。」
「ちょっと近づかないでよ鳥頭!髪の毛がチクチク刺さって痛いんだから!」
もはや収集がつかない。
いったい俺はどうなってしまうんだろう・・・・。
「お待たせしました〜!」
マイちゃんがやって来る。
しかしその姿は・・・・、
《なんで・・・?》
マイちゃんはタヌキになっていた。
トコトコ走ってきて、「ご注文は?」と尋ねる。
《なんで元の姿に戻ってんだよ!》
彼女の正体はタヌキの霊獣である。
けどバイト中にこの姿になってはマズいんじゃないだろうか。
しかしなぜか誰も気にしない。
彼女には目もくれずに言い争いを続けていた。
《もうなにがどうなってんだか・・・・。》
俺はテーブルの上に放置される。
するとマイちゃんが「ご注文は?」と尋ねてきた。
「ワン!」
「かしこまりました、ポテトの大盛りですね!」
《言ってないよ!》
助けてくれと言ったのにまったく伝わらない。
彼女はクルっと背中を向け、厨房の方へと走って行ってしまった。
俺はテーブルを飛び降り、喧嘩を続ける五人の脇を抜けて彼女を追いかけた。
通路を走り、レジを越え、奥の厨房へと駆け込む。
すると・・・・、
《な、なんだこれは!》
なんと全員動物だった!
肉を焼いているのも野菜を盛り付けているのも動物。
犬や猫やカラスやイタチ、それに猪やクマまでいる。
「ポテト大盛り入りました〜!」
大声で叫ぶマイちゃん。
するとメガネをかけたアナグマが「コマチ君!」とやって来た。
「そいつを連れて入っちゃイカンと言っただろ!」
指をさしながらプンプン怒っている。
マイちゃんは「え?」と振り向き、「あああ!」と叫んだ。
「ついてき来ゃったの!?」
「さっきも言っただろう。ウチは飲食店なんだからそういうのは困るんだよ。」
「でもでも!このまま捨てるなんて可哀想だし・・・・、」
「飲食店は衛生面が第一なんだよ。もしお客さんに何かあったら・・・・、」
ブツブツ言いながら俺を睨む。
「まったく・・・人間なんかに入って来られちゃ困るんだよ。」
《え?》
何を言ってるんだろう・・・・?人間?
「とにかくさっさと捨ててきてくれ。まったくもう・・・・。」
アナグマはプリプリしながら奥へ引っ込む。
マイちゃんは俺を振り向き、「ごめんね・・・」と言った。
「可哀想だけどここには置いてあげられないの。」
《いや、それはいいんだけど・・・人間ってどういう・・・、》
「でも大丈夫!私が必ず飼ってくれる動物を見つけてあげるからね!」
《飼ってくれる動物・・・・?》
さっきからいったい何を言っているんだろう?
だって俺は柴犬で・・・・、
《・・・・あれ?》
自分の身体を見ると人間に戻っていた。
「なんで?」
わけが分からずに固まっていると、頭に何かが乗ってきた。
「ぐおッ・・・・、」
「悠一君。」
「マイちゃん!」
モフモフのタヌキが頭にしがみついている。
「いったい何がどうなってんの!?」
「入れ替わってるの。」
「入れ替わる・・・?」
「動物が人間になって、人間が動物になって。」
「なんでそんなことに・・・・、」
「気をつけて。」
「え?」
「これが正夢になるかも。」
「正夢・・・・?」
「大きな影が迫ってきてる。気をつけて。」
「あの・・・いったい何を言って・・・・・、」
マイちゃんはグルンと尻尾を振って人間に化けた。
「お母さんが危険を知らせてきなさいって。」
「お母さんって・・・・マイちゃんの?」
「私はいま修業中でこっちへ来られない。
だからせめて危険だけでも知らせようと思って、夢の中に送ってもらったの。」
「ごめん、何を言ってるのかチンプンカンプンで・・・・、」
「すぐに分かるよ。」
俺はマイちゃんをおんぶしたまま顔をしかめる。
すると彼女は「もうそろそろ帰るね」と言った。
「え?帰るって・・・、」
「修行の途中に抜けてきたから。早く戻らないとお母さんに怒られちゃう。」
そう言って「ほんとは私も一緒に戦いたいけど・・・」と悔しそうにした。
「でもこれは悠一君の戦いだから。私には私の戦いがあって、今はそれぞれの道で頑張るしかない。」
彼女のお尻から大きな尻尾が生えてくる。
まるでぬいぐるみのようにモフモフだ。
「大丈夫、一人じゃないよ。」
ギュっと抱きついてくる。
俺はその手を握って「分かってるよ」と頷いた。
「離れてても一緒にいる。また来年には二人でいられるって。」
マイちゃんの言葉から察するに、どうやらこれは夢らしい。
けどそれでもいい。
こうして会えることが嬉しかった。
「前に送ってくれた手紙に書いてたよね。来年は一緒に桜を見ようって。その日を楽しみにしてる。」
握った手が暖かい。
これは夢のはずなのにとても不思議だった。
「俺たちは一人じゃない。だから辛いことがあってもお互いに頑張れるはずだ。」
そう言って「ね」と振り向くと、マイちゃんはいなくなっていた。
「あれ?」
握っていたはずの手もいつの間にか消えている。
「マイちゃん!」
大声で呼んでも返事がない。
キョロキョロ辺りを探していると、遠くから声がした。
《大丈夫、一人だけど一人じゃないよ。》
「マイちゃん!」
《悠一君には仲間がいる。一緒に戦ってくれる仲間が。》
「分かってる、俺の傍にはマサカリたちが・・・・、」
《マサカリたちだけじゃない。他にも戦ってくれる人がいる。》
「他にも?誰?」
《近所の文房具屋さんへ行って。》
《文房具屋さん?》
《その人も悠一君を必要としてる。衝突することもあるだろうけど、力を合わせて一緒に・・・・。》
そう言ったきり、声は聴こえなくなってしまった。
どうやら帰ってしまったようだ。
《マイちゃん・・・・ありがとう、例え夢でも会いに来てくれて。》
彼女の言った通り、今はまだちゃんと会う時じゃない。
来年また桜が咲く頃までは、それぞれの道を歩くしかないのだ。
周りにいた動物たちも消えていて、さっきの五人もいなくなっている。
振り向けばドアが開いていて、朝陽が昇るように淡い光が射していた。
《そろそろ起きろってことなのかな。》
ドアを潜り、一歩外へ出る。
その瞬間にパっと景色が変わった。
「・・・・・・・・。」
俺は布団の上にいた。
目に映るのは見慣れた自分の部屋。
カーテンのかかった窓から薄い光が漏れている。
どうやら朝が来たようだ。
身体を起こし、うんと背伸びをする。
隣では動物たちが寝ていた。
ちょっと大きめの犬用のベッドに、ねこ鍋のようにみんなで寄り添っている。チェリー君も一緒に。
彼が我が家へやって来て一週間、ようやく他の動物たちと馴染んできた。
相変わらずイジられまくっているけど。
でも彼が来てくれたおかげで上手くパワーバランスが取れている。
ギスギスした感じもなくなって、以前のようにみんな仲良しに戻った。
《ありがとな、チェリー君。》
時計を見ると午前七時。
いつもならとうに起きて、マサカリの散歩を終えて帰ってきている時間だ。
ちょっとでも遅れると「早く連れてけ!」と吠えるクセに、今日に限ってスヤスヤと寝ていた。
「まあいいか。おかげでぐっすり眠れたし。」
もう一度背伸びをしてから立ち上がる。
顔を洗いに洗面所へ向かおうとした時、後ろから動物たちの寝言が聴こえた。
「その犬は俺が飼うって言ってんだろ・・・・。」
「うるさいわね・・・・私が引き取るの・・・。」
「いやいや、俺の知り合いにだな・・・・、」
「その子飼い犬よ・・・。たしか飼い主は・・・あり・・・あり・・・・忘れた・・・・。」
俺は言葉をなくして立ち尽くす。
マイちゃんの手を握った感触がリアルなほど残っていて、ゴクリと喉を鳴らした。
『これが正夢になるかも。』
夢で彼女が言っていたことが蘇る。
「まさかな・・・」と笑いつつも不安が消えない。
洗面所に向かい、冷たい水で顔を洗う。
ゴシゴシっとタオルで拭ったあと、鏡を見て叫びそうになった。
《ウソだろ!》
なんと俺の顔が柴犬に変わっていたのだ。それも子犬の。
呆然としていると、またマサカリの寝言が。
「犬ってどんな味がすんだろな・・・・。」
背筋が寒くなる。
もう一度顔を洗い直すと、元の顔に戻っていた。
いったい何がどうなっているのか分からない。
分からないけど、ハッキリ言えることが一つある。
《マサカリよ・・・お前にだけは絶対に飼われないからな!》

 

 

     ある日の珍夢 -完-

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 最終話 空っぽの賽銭箱(3)

  • 2018.04.14 Saturday
  • 11:06

JUGEMテーマ:自作小説

梅の彩が終わり、桜の季節がやってくる。
四月の頭、俺は動物たちと一緒に近所の川原を歩いていた。
土手には見事な桜並木が伸びている。
空は快晴、日曜ということもあってたくさんの花見客で賑わっていた。
あちこちから漂ってくるバーベキューの香りが食欲をそそる。
案の定、マサカリがグウ〜っとお腹を鳴らした。
「悠一!俺たちもバーベキューしようぜ!」
「何言ってんだ、ちょっと前に朝飯食ったばかりだろ。」
「バッキャロイ!んなもんとうに消化しちまったぜ。」
なぜか偉そうに自慢する。
チュウベエが「そして肉に変わる」とダルダルのお腹を見つめた。
「メタボ犬は現在も巨大化中。遠からずパンパンになって破裂するものと思われる。」
「うるせえ!ニュース口調で言うな!」
「これ以上丸くなったら転がって進めるから楽かもね。」
モンブランにもからかわれ、マリナからも「氷河期が来ても生き残れるわ」と笑われた。
「ぬぐうう・・・・どいつもこいつも・・・、」
小刻みにプルプル震え出す。
俺は「みんなその辺にしとけ」と止めた。
最近ちょっとマサカリいじりが過ぎる。
これ以上いけばイジメになりかねない。
「マサカリだって傷つくことがあるんだ。あんまりヤイヤイ言ってやるな。」
「止めるのが遅せえんだよ悠一!俺のガラスのハートは粉々だぜ!」
「心配すんな、糊でくっつけてやるから。」
「黙れインコ!だいたいテメエが真っ先に俺を馬鹿にしやがるんだ!」
「そんなのいつもの事だろ。何を怒ってるんだか。」
「ふん!カモンがいりゃあなあ・・・鋭い毒舌で黙らしてくれたのに。」
遠い目をしながら呟く。
確かにアイツの毒舌は鋭かった。
しかも全方位に向けて撒き散らす。
ある意味とても平等な奴だった。
《カモンが抜けたことでパワーバランスが崩れかけてるのかもしれないな。》
いなくなって分かる故人の偉大さ。
ハムスターだけど。
「ねえ悠一。」
マリナが口を開く。
「ずっとこのままなの?」
「ん?」
「だから新しい仲間は来ないの?ってこと。」
「カモンが逝ってから二ヶ月半くらいしか経ってないからなあ。
さすがに新しい動物を飼うのは早すぎるよ。きっと向こうからツッコミに来る。
俺は消耗品か!って。」
「けどこのままじゃねえ・・・・。」
チュウベエはまだマサカリをからかっている。
モンブランは「いい加減にしなさい!」と止めに入るが、自分も馬鹿にされて怒っていた。
やがて三つ巴の戦いが始まって、さっきまでの和やかな空気はどこへやら。
せっかくの桜並木も台無しである。
「このままじゃどんどんギスギスしていって、いつか本当に仲が悪くなっちゃうかも。私そんなの嫌だわ。」
マリナの言うことはもっともである。
しかしこんな個性的な奴らのバランサーを務めるとなると、誰でもいいってわけにはいかない。
やっぱり亡くなって分かる故人の偉大さ。
ハムスターだけど。
結局喧嘩は治まらず、早々に花見を切り上げた。
家に帰る時も喧嘩が続いていて、思わず「いい加減にしろ!」と怒鳴ってしまった。
「チュウベエ、さっきから口が悪すぎるぞ。」
「思ったことを言ってるだけだ。」
「それが問題なんだ。マサカリも怒って当然だろ。」
「だよな!その馬鹿インコをもっと叱ってやってくれ。」
「マサカリ、お前もすぐにカッとなるのはよくないぞ。最近なにかにつけて噛み付きすぎだ、」
「ふん!元々そういう性格でい!」
「いや、明らかに前より酷くなってるよ。それとモンブラン、お前も一緒になって喧嘩してどうするんだ。
こういう時は上手く仲裁してくれてたのに。」
「だってこいつらがヒドイんだもん。」
「そういうこと言うからまた喧嘩になるんだ。メスなんだからもっとお淑やかにだな・・・・、」
「なによ!メスだからってメスらしくしなきゃいけないわけ?そんなの時代遅れだわ!」
「そうは言ってないよ、ただもうちょっと落ち着きを持ってだな・・・、」
「どうせ私はマリナほどお淑やかじゃないわよ、ふん!」
「いちいちむくれるなよバカ猫。」
「うっさいインコ!頭から齧ってやるわよ。」
「よせよせ、そんな奴食ったって不味いだけだ。病気になってますます毛艶が悪くなるぜ。」
「なによマサカリ、普段から毛艶が悪いっていうの?」
「そりゃ歳とってきたんだから当たり前だろ。いつまでも若いメスじゃあるまいし・・・・、」
「おだまり!」
「ふぎゃ!」
《ダメだこりゃ・・・・。》
ハアっとため息をつく。
マリナが「ね」と言った。
「やっぱりこのままじゃマズいわ。」
「だよなあ・・・・かといってカモンの代わりが務まる奴なんてそうそういないし。」
「亡くなって初めて分かるわよね、故人の偉大さって。」
「ハムスターだけどな。」
悩みを抱えたまま家路につく。
そしてアパートの前までやって来た時、部屋の前に一人の男が佇んでいた。
「あれは・・・・、」
立派なリーゼントに真っ赤なマフラー。
俺たちに気づくと「よう」と手を挙げた。
「しばらくだな。」
「チェリー君!」
「つっても一週間くらいしか経ってねえか。」
ニヤっと笑って肩を竦める。
「どうしたの急に?もしかしてまた依頼に?」
「いやいや、事後報告をと思ってな。」
相変わらずカッコをつけた表情で喋る。
俺はドアを開け、「立ち話もなんだから」と手を向けた。
部屋に上がり、一枚しかない座布団をポンと置くと、ドカっと胡座をかいた。
「お茶淹れるからちょっと待ってて。」
台所でお茶っ葉の蓋を開ける。
その間もマサカリたちは喧嘩を続けていた。
「あんたが悪い!」「いいやお前だ!」「どっちもバカ」などなど・・・・。
聞くに耐えない幼稚な言葉が飛び交っている。
《ったくもう・・・いつまでやってんだか。》
そのうちマリナまで参戦して、もはや泥試合の様相だ。
こりゃあ本気で対策を考えなきゃいけない。
・・・そう思った時、チェリー君がこんなことを言った。
「へ!普通の動物ってのは卑しいねえ。」
全員カチンときたようで、ギロっと睨んだ。
「テメエらのやってることなんてドングリの背え比べよ。狭い世界でマウンティングに明け暮れる・・・・霊獣の俺には理解できねえな。」
すっごい馬鹿にしている。
嫌味ったらしい顔で腕を組みながら。
《火に油注いでどうすんだよ・・・・。》
彼のせいでまた喧嘩が激しさを増す。
そう思ったんだけど・・・・、
「なんだコイツ?」
「バカなんじゃない?」
「疑問符はいらない、バカでいいと思うぞ。」
「はあ・・・・ウザいわ。」
みんな呆れた顔で毒を吐く。
するとチェリー君は「んだとお・・・」と眉間に皺を寄せた。
「やいテメエら!いったい誰がバカだってんだ!」
「だって・・・・なあ?」
「霊獣だからってなによ。偉そうに。」
「ていうかライダースーツ着てるクセにバイクに乗ってるの見たことないぞ。」
「三輪車ならあるけどね。キコキコ漕いでたわ。」
「だはははは!三輪車乗るのにライダースーツ!」
「きっとあれよ、バイクに乗りたいけど免許がないのよ。」
「かといって無免運転する度胸もなく、それで三輪車ってわけか。」
「はあ・・・・せめて自転車にしてほしいわ。」
「ぐうう・・・・テメエら・・・・、」
ガバっと立ち上がり、「馬鹿にすんな!」と叫んだ。
「俺は霊獣だぞ!テメエら普通の動物とは違うんだ!」
「そりゃ違うわな。」
「私たち人間に化けることなんて出来ないし。」
「分かりきったことを高らかに宣言する。う〜ん・・・・バカ丸出し!」
「はあ・・・・もうちょっと考えて喋ってほしいわ。」
「うっせえ!それ以上言うなら表出て俺とタイマン張れ!」
「いやいや、霊獣は強いからやめとくぜ。」
「私たち平和主義者なの。」
「争いごとはよくない。」
「ねえ・・・・乱暴者は嫌いだわ。」
「くああああ〜・・・・屁理屈ばっかこねやがって!」
顔を真っ赤っかにしながらピョンとジャンプする。
「どうだ?これなら対等な勝負になるだろ。」
ハクビシンの姿に戻っている。
そしてシャドーボクシングみたいにシュッシュとパンチを繰り出しながら、「かかってこいや!」と挑発した。
・・・・その一分後、チェリー君はフルボッコにされていた。
ハクビシンなら勝てる!と思われたのだろう。
全員から総攻撃を受けていた。
「ひ、卑怯だぞテメエら・・・・四対一なんて・・・、」
「だってかかってこいって言うから。」
「案外大したことなかったわね。」
「俺たちが強いのか?それともコイツが弱いのか?う〜ん・・・・・両方だな!」
「ほんとにねえ・・・・口だけだったわね。」
「くそう・・・・こうなりゃ人間に化けてもう一度・・・・、」
またジャンプして人間に化ける。
拳を構えて「リマッチだ!」と叫んだ。
「全員でかかってこ・・・・、」
「はいお茶どうぞ。」
湯呑を置くとキョトンと固まった。
「・・・・てめえ邪魔すんな。」
「まあまあ、今日は用があって来たんだろ。話を聞かせてくれよ。」
「・・・ふん!」
毒気を抜かれたのか、意外なほどあっさりと腰を下ろした。
ズズっとお茶をすすり、「実はよ・・・・」と切り出す。
「姉貴のことなんだけど・・・・、」
「また姉ちゃんのことか?」
マサカリがニヤニヤする。
モンブランも「ほんとにシスコンねえ」と笑った。
「うるせえ!ちょっと黙ってろ!」
顔を真っ赤にしている。
こんなの自分から認めてるようなものだけど、あえてツッコむまい。
「お前らが帰ったあと、とりあえず全部が丸く治まったんだ。
まずカラスの神主は嫁さんを見つけた。」
「へえ、結婚相手が見つかったんだ。よかったじゃないか。」
「姉貴にフラれてから二日後にな。」
「えらい早いな。」
「前から親戚の霊獣に見合いを持ちかけられてたんだとよ。
姉貴に惚れてるから断ってたらしいんだけど、いざ合ってみたら意気投合したらしくてな。
その日のうちに婚約したって。」
「なるほどなあ、これで神主さんはめでたしめでたしってわけだ。」
「それと親父とお袋も怪我が治った。今じゃかすり傷一つ残ってねえ。」
「さすがは霊獣、身体の出来が違うな。」
「元気になったのはいいんだけど、そのせいでまた口うるさくなっちまってよ。
神社の跡を継げって毎日毎日・・・・たまったもんじゃねえぜ。」
「それでここに逃げてきたのか?」
「それもある。」
そう言ってズズっとお茶を飲んだ。
「まだ何かあるのか?」
「ああ、これが一番ビックリするだろうけど・・・・、」
「なに?」
「実は姉貴・・・・コウモリ野郎とヨリを戻したんだ。」
「・・・・えええええ!マジで!なんで!?」
「ふん!突然ウチの神社に連れてきやがったんだよ。」
「神社に・・・まさか親に紹介する為?」
「違う、ウチに住まわせる為だ。」
「ど・・・同棲ってことか。」
「ああ。」
「・・・・・・・・。」
「まあそういう顔になるわな。俺もそう言われた時は貝になっちまったぜ。」
「ヨリを戻すのはまあ・・・二人のことだからいいとして、いきなり同棲ってどうなんだ?あんな事があった後なのに。」
「多分だけど、あんな事があった後だからだろうなあ。」
「どういうこと?」
「だってあの野郎、神様に見限られたろ?てことは奴の祠には何も祀られてねえってことだ。」
「それって霊獣としてはすごい恥なんだろ?」
「恥も恥、大恥だ。俺はあの日、お前らが帰った後にもう一度洞窟に行ったんだ。
そしたらあったぜ、ボロい祠がよ。もう何年も誰もお参りに来てねえんだろうなって感じだった。」
「そりゃあんな場所にあったら誰も来ないよ。」
「昔はそこそこ参拝者がいたらしいぜ。けど町の若者はどんどん減っちまって、残ってんのは歳寄りだけだ。
あんな洞窟までお参りに行く元気はねえわな。」
「てことは賽銭箱の中は・・・・、」
「空っぽだった。一円も入ってねえ。」
「切ないな・・・・。」
「誰も来ねえ祠の番人をずっと続けてたんだ。そりゃ心もひねくれちまうだろうなって、ちょっとばかし同情したぜ。」
「ツクネちゃんをさらうほどに追い詰められてたってわけか・・・・。」
「あのまま野郎をほっときゃどうなるか分からねえ。自棄を起こして自殺されちゃ寝覚めが悪りいし、また悪さに走られても困る。
これをどうにかするには・・・・、」
「ツクネちゃんが傍にいてあげるしかないと?」
「そう思ったんだろうな。ヨリを戻したのも恋愛的な感情じゃなくて、同情に近いんじゃねえかって思ってる。」
「前にそれで別れたのに・・・・情に厚いというか優しいというか・・・、」
「たんにお人好しなんだよ。そんなんだからいつも上手くいかねえんだ。もっと俺みてえに自由に生きりゃいいのによ。」
「君は自由すぎだよ。ヤクザの邸宅に住むなんて。」
そう言うと「ふん!」と鼻であしらわれた。
「まあとにかく、姉貴は野郎を家まで連れてきた。・・・新しい社を抱えてな。」
「新しい社?」
「ほら、カラス野郎の神社に小さな社があったろ?本殿の左側によ。」
「ああ、そういえば・・・。あれって何かの神様の分祀だろ。」
「そうなんだけど、あっちの社の神様はすでに去ってる。だってなんの気配も感じなかったからな。
おおかた分祀の神様に奉納するだけの金がなかったんだろうぜ。きっと本山へお帰り願ったんだろう。」
「なるほど。」
ここで分祀というのをちょっと説明しよう。
神社の神様は魂を分けることが出来る。
例えば稲荷神社。
稲荷の総本山といえば伏見稲荷だ。
しかし稲荷神社と名のついた神社はあちこちで見かけるはずだ。
あれは総本山の伏見稲荷から分祀しているのだ。
そういった神社は他にもあって、菅原道真を祀った天満宮、八幡神を祀った八幡神社など、日本中のあちこちに建っている。
これも分祀である。
分祀とは魂を分割し、別の場所に祀ることを意味するのだ。
要するに、全国津々浦々に建っている有名な神社の神様は、総本山の神様の分身というわけだ。
「カラスの神主さんの神社にも分祀の社があった。そしてもうそこに神様はいないっていうのも分かった。
けど・・・・なんでツクネちゃんがその社を?」
「決まってんだろ、コウモリ野郎の為だ。
祠の御神体を新しい社に移すんだとよ。そんでウチの神社に置くつもりなんだ。
いつかまた神様に戻って来てもらう為に。
その時こそコウモリ野郎が本当に立ち直る時だからな。
姉貴はその日が来るまで野郎の傍にいるつもりなんだろうぜ。」
そう言ってから「ほんと気に入らねえ」と吐き捨てた。
「お人好しにもほどがあるぜ。」
「まあまあ、それがツクネちゃんの良いところじゃないか。」
「他人事だと思ってよ。あんな野郎にかまってちゃ自分が損するだけだぜ。」
胡座を崩し、片膝を立てながら愚痴をこぼす。
マサカリが「やっぱりシスコ・・・」と言いかけたのを、「うるせ」と口を掴んで止めた。
「モゴゴ・・・・、」
「まあ自分の人生だから好きにすりゃいいんだけどよ。」
そんなこと全然思っていないクセに・・・と、笑いをこらえた。
「あ、そうそう。」
何かを思い出したように呟く。
「コウモリ野郎の金を盗んだ賽銭泥棒なんだけど・・・、」
「あの結局分からずじまいのやつか?」
「あれ、どうもカラスの野郎が犯人だったみたいでな。」
「カラスの野郎って・・・まさか神主さんが!?」
「違う違う、俺のバッジを狙ってたあのカラスだよ。」
「・・・・ええ!」
思わず叫んでしまう。「なんであいつが・・・」と顔をしかめた。
「あのカラスども・・・実は元々向こうに住んでたみてえでな。」
「そ、そうなの・・・・?」
「俺の神社の近くに森があんだけど、そこを根城にしてたらしい。
あの辺り一帯が奴らの縄張りでよ、だから当然あの洞窟も縄張りに入ってる。
けど事情があって出て行かなきゃならなくなったんだ。」
「事情・・・どんな?」
「コウモリだよ。野郎は仲間と一緒にあそこに住んでるだろ?
んでもってカラスとの縄張り争いでよく衝突してたんだと。
最終的にはカラスどもが追い払われる羽目になったんだ。」
「そりゃ向こうには霊獣がいるからな、勝ち目はないよ。」
「あのカラスどもは未だにそれを根に持ってんだ。いつか縄張りを奪い返そうと。
だから隙を見てはちょくちょく向こうに来てたみたいだぜ。
コウモリ野郎がいない時には洞窟の中まで入ったりな。」
「洞窟の中にまで・・・・。」
それを聞いてふと思うことがあった。
「あのさ、もしかしたらなんだけど・・・・、」
「分かってる。お前のインコが見たってカラス、奴らなんじゃねえかってことだろ。」
「それしか考えられない。だってあの場所でカラスといえば神主さんしかいない。けど彼にはアリバイがあった。
となると・・・・、」
「その通り、インコが見たカラスは奴らさ。ついでにコウモリ野郎の賽銭を盗んだのもな。」
「それは・・・・縄張りを追い出された復讐で?」
「いや、単に光り物を集めただけらしい。」
「どういうこと?」
「コウモリ野郎が借りたお金ってのが現金じゃねえんだ。」
そう言ってゴソゴソとポケットを漁る。
「こいつがそうだ。」
小さな二つの物体を寄越してくる。
受け取ってマジマジと見つめた。
縦長でいびつな形をしている。大きさは親指の先っぽほどだ。
ずいぶん汚れているけど、鈍い黄金の光を放っている。
「これって時代劇とかでよく見るやつだ。」
「一分金ってやつだな。」
「けっこうな価値じゃないのか?」
「それ四枚で小判と同じ価値だ。そいつが二つだから・・・・今だと4万くらいじゃねえかな。」
「4万・・・・けっこうな額だな。」
「神主の家に代々伝わるもんなんだとよ。
大昔の金持ちだかなんだかが、病気の娘を救う為に奉納したもんらしい。」
「まさかこれを貸したのか?」
「ああ。」
「そんな大事な物をなんで・・・・、」
「姉貴の為さ。結婚をちらつかせての借金だったからな。あの神主にしたら惜しくなかったんだろうぜ。」
「すごいな、そこまでツクネちゃんのことを好きだったんだ。」
「そこまで惚れてたからストーカー並のしつこさだったのさ。
まあとにかく、そいつがコウモリ野郎の借りた金だ。
そいつを持って洞窟に戻り、賽銭箱の中に入れておいた。
けどそれをカラスどもが見つけたんだよ。」
「でも賽銭箱の中に入ってたなら盗めるはずがないじゃないか。」
「あまりにもぼろくて、クチバシでつついているうちに壊れたらしいぜ。」
「切ないな・・・・賽銭箱すら買い換えることが出来ないほどだったなんて。」
「そりゃ神様にも見限られるわな。」
「ちなみにこれはどこで?」
「あのカラスどもの巣に決まってんだろ。こっちに戻ってきてお前ん家に来るまえに、奴らの所に行ってきたのさ。」
「どうして?」
「あれからまたウチの神社に来やがったからだ。バッジを返せって。」
「しつこすぎる・・・・。」
「いい加減とっちめてやろうと思ってよ。普通の動物に本気を出すなんざ気が引けるけど、これ以上つきまとわれちゃ堪らねえ。
だから怪物に変身してちょこっと脅しといたんだ。」
そう言って怖い顔に変化した。
《こんな怪物に脅されるなんて・・・・さぞ怖かっただろうな。》
チェリー君は顔を元に戻し、「いい気味だったぜ」と笑った。
「めちゃくちゃビビりやがってよ。もう二度と手は出しませんって。」
「そりゃそうなるよ。」
「そんで聞いてもいねえのにベラベラ喋り始めたんだ。元々は向こうに住んでた事とか、コウモリ野郎の金を盗んだ事とか。」
「よっぽど怖かったんだろうな・・・・どんだけ脅したんだよ。」
「なあに、ほんのちょっと吠えただけさ。」
「そのちょっとが怖いんだけど・・・。」
チェリー君が手を差し出すので、二枚の金を返した。
「こいつは神主んところに返しに行く。」
「どうして?もう借金は返したのに。」
「足りねえよ、あのバッジだけじゃ。」
そう言って二つの金を見せつけた。
「あの野郎・・・足りねえなら足りねえと言えばいいのによ。
バッジと交換に姉貴との結婚を諦めさせようとした俺が馬鹿みてえじゃねえか。」
「気にしなくても元々馬鹿だぞ。」
「うるせえインコ!」
「ぎゃふ!」
ムギュっとチュウベエを掴む。
「あの野郎にも迷惑掛けちまった。これ持ってって侘びの一つくらい入れねえとよ。」
ポーンと投げてからポケットにしまう。
「けどこれで全部丸く治まったじゃないか。君も晴れて自由の身だ。」
「まあな。」
「どうした?浮かない顔して。」
「まあ・・・ちょっとな。」
窓の外を見つめながら切ない顔をしている。
演技ではなさそうなので、何か落ち込む事があったんだろう。
「そんな顔するなんてらしくないな。俺でよければ聞くけど?」
チェリー君はチラっとこっちを見る。
そして少し戸惑いながら口を開いた。
「・・・・愛理がよ。」
「愛理ちゃん?」
「お前ん家に来る前に寄ったんだよ、愛理んとこに。」
「うん。」
「庭にいてよお・・・・楽しそうに遊んでたんだ。手乗り文鳥と。」
唇を尖らせて不機嫌な顔になる。
「事が終わったらまた愛理んとこに戻るつもりだった。けどよお・・・・あれを見ちまったらもう戻れねえ。」
「どうして?君が帰って来たら愛理ちゃんも喜ぶと思うぞ。」
「ふん!俺がいなくなってちょっとの間に新しい動物を飼ってやがんだ。それも楽しそうによ。あんなもん見たら・・・・。」
「ごめん、あれは俺が持ってったんだ。愛理ちゃんが寂しいだろうと思って。だからあの子は別に・・・・、」
「分かってるよ!けどお前には分からねえだろうなあ・・・飼い主だった奴が他の動物とイチャついてる所を見るのは。
もうあそこに俺の居場所はねえ。」
なるほど・・・どうやら拗ねているらしい。
けど彼の気持ちも分からないではない。
あれだけ仲のよかった飼い主が、その笑顔を他の動物に向けていたとしたら・・・嫉妬するなと言うほうが無理かもしれない。
「いい加減なモンだぜ、人間なんてよ。」
尖った口から出た不満は、愛理ちゃんへの未練だろう。
どうやらかなりへこんでいるようだ。
チェリー君は「よっこらしょ」と立ち上がり、ドアへ歩いていく。
「邪魔したな。」
「いや、話が聞けてよかったよ。」
外まで出て彼を見送る。
「ツクネちゃんにもよろしく言っといて。」
「おう。」
背中越しに手を振りながら去っていく。
その背中を見つめていると、ふと尋ねてしまった。
「行くあてはあるの?」
「ねえよ。」
「じゃあ実家に帰るのか?」
「まさか。」
背中を向けたまま遠ざかっていく。
俺は階段を駆け下り、彼の前に回り込んだ。
「あのさ、よかったらなんだけど・・・、」
「んだよ、モジモジしやがって。気色悪りいぞ。」
「いや、ごめん・・・。その・・・よかったらなんだけど、俺ん家に来ないか?」
そう尋ねると、引きつった顔をしながら後ずさった。
「悪い、俺はノンケなんだ。」
「え?」
「でもゲイの霊獣もいるからよ。なんなら紹介してや・・・・、」
「違うよ!そういう意味じゃなくて・・・・、」
「じゃあどういう意味だよ?」
「俺ん家で飼われてみないかってこと。」
「・・・・は?」
思いっきり顔をしかめている。
そんなに嫌なんだろうか・・・・。
「無理にとは言わないよ。」
「・・・・・・・・。」
「行くあてがないって言うからさ、つい・・・・。でも新しい住処が決まったなら、その時は出て行けばいい。それまでウチに来ないか?」
・・・なんだろう?動物として来てほしいだけなのに、下手な口説き文句のようになってしまった。
恥ずかしい・・・・。
チラっとチェリー君を見ると、ツンと口を尖らせていた。
「お前・・・それ本気で言ってんのか?」
「ああ・・・。」
「なんでわざわざ俺なんだよ?動物なんか他にいっぱいいるだろ。」
「そうなんだけど・・・・誰でもいいってわけじゃないんだ。」
俺は部屋を振り返る。
動物たちが興味津々にこっちを覗いていた。
「あんな個性的な奴らが揃ってるからさ、新しく迎える動物だって個性的じゃないとバランスが取れないんだよ。」
「個性的っていうより口が悪すぎだろ。」
「でも根はいい奴らなんだよ。前はカモンってハムスターがいてさ、上手くみんなのバランスを取ってくれてたんだ。
けど今はちょっとギスギスした感じになっちゃって。」
そう言うとチェリー君は「俺に奴らのまとめ役をやれってか?」と睨んできた。
「まあ・・・・平たく言えば。」
「・・・・・・。」
「あ!でもそれだけが理由じゃないぞ。行くあてがないなら手を貸そうかなと思っただけで。」
「ふう〜ん・・・。」
訝しそうな目で腕を組む。
むっつりと黙り込んで空を見上げた。
「あの・・・・どうしても嫌なら別に・・・・、」
「いいぜ。」
「本当に!?」
「けど条件がある。」
「う、うん!どんな?」
「まとめ役をやるのは構わねえ。その代わり俺がリーダーだ!」
そう言ってビシっと指をさす。
真っ赤なマフラーがパタパタとはためいた。
風もないのに。
「俺は霊獣だからな、普通の動物と同じ扱いは納得いかねえ。だからあの家のリーダーは俺だ!」
「ええ!家のリーダー・・・・。」
「お前より上ってことになるぜ。」
ニヤリと見下ろしてくる。
試すようなその目つきは、俺の本気度を疑っているのだろう。
愛理ちゃんという飼い主の所へ戻れなくなったショックは、人間への疑心を多少ながらも芽生えさせてしまったようだ。
その原因は・・・・・、
《俺だもんな。下手に気を利かせて文鳥なんて持っていかなければ・・・・。》
彼の居場所を奪ってしまったのは俺だ。だったら・・・・、
「分かった、君がリーダーでいいからウチに・・・・、」
そう言いかけた時、チェリー君の頭に何かが落ちてきた。
「ん?なんかヌルっとしたもんが・・・・、」
「それは俺の糞だ。」
「こ、このインコ野郎!俺の髪にウンコしやがったのか!」
「これから我が家の一員になるんだろ?だったらまずは上下関係を叩き込んでおかないと。」
「ば、バカ野郎!だからってウンコを落とす奴があるか!」
ハンカチを取り出し、「俺のトレードマークが・・・」と泣きそうになっている。
するとモンブランもやって来て、彼の前にちょこんと座った。
そしてスっと前足を差し出した。
「な、なんだ・・・?」
「ここにキスするのよ。」
「は?」
「ナイトはお姫様の手にキスをするでしょ?あれは愛と忠誠を誓ってるのよ。」
「ふざけんな!なんでテメエにそんな事しなきゃ・・・・、」
「あ、ちなみに愛の方はいらないからね。忠誠だけでいいから。」
「誰がするか!」
手を向けてシッシと追い払う。
すると今度はマサカリがやって来た。
背中にマリナを乗せて。
「やいテメエ!あの家のリーダーは俺様と決まってんだ!」
マサカリがプンプン怒っている。
「忠誠を誓うならまずは俺様からにしてもらおうか。」
「俺は誰にも忠誠なんか誓わねえ!」
「とりあえず犬缶20個献上してもらおうか。」
「誰がやるか!」
偉そうに踏ん反り返るマサカリ。
するとマリナが「ダメよみんな」と止めた。
「新しく入ってくる子に意地悪しちゃ。」
そう言って「みんな口は悪いけど根は優しいの、許してあげてね」と笑った。
「お前だけは唯一まともそうだな。ホッとしたぜ。」
笑顔を見せるチェリー君であったが、それも束の間。
マリナは他の奴らと違ってサラっと酷いをことを言うからだ。
「ウチに来てくれるのは大歓迎よ。でもそのライダースーツはやめてほしいわ。」
「なんで?」
「だってあなた、バイクの免許持ってないんでしょ?」
「そ、それはいつか取る!」
「いつかねえ・・・。三輪車に乗ってた子に言われても。」
「わ、悪いかよ・・・・。」
「その格好で三輪車って・・・・ちょっと変態っぽいっていうか。」
「へ、変態だと!」
「ライダースーツをやめるか、それともバイクに乗れるようにするか。二つに一つね。」
「だからバイクの免許は取るって言ってんだろ!それとあの三輪車はもう返した!」
「あら、そうなの?」
「ふん!愛理のことはもう忘れることにしたんだ。持っててもしょうがねえから、こっそり庭に戻してきた。」
「残念、その格好でアレに乗ってるの面白かったのに。」
「さっきはやめろって言ったクセに・・・・やってほしいのかやめてほしいのかハッキリしろ!」
「そう怒らないで、仲良くしましょうよ。」
「出来るか!」
カンカンに怒っている。
こめかみに血管が浮きまくっていた。
これじゃリーダーどころか新入りのバイトみたいだ。
「というわけでよろしくな、新入り君。」
ポンと肩を叩くと、「テメエこの野郎!」と掴みかかってきた。
「俺がリーダーじゃねえのかよ!」
「俺はリーダーだと認めてるよ。」
「ならこいつらに言い聞かせろ!俺が一番偉いんだってな。」
「地位は戦って勝ち取るものさ。」
「でも約束しただろ!俺がリーダーっていうのが条件だって・・・・、」
「ささ、立ち話もなんだから家に入ろう。新入りリーダー君。」
「中途半端な呼び方はやめろ!」
背中を押して部屋に戻っていく。
その後もずっと動物たちにからかわれて、「話とちが〜う!」と叫んでいた。
今日、我が家に新しい仲間が増えた。
ハクビシンの霊獣、チェリー君。
いつまでここにいてくれるか分からないけど、しばらくは一緒に過ごすことになるだろう。
ガラっと窓を開け、遠くの桜並木を見つめる。
その時、ふと誰かの気配がして振り向いた。
視線の先にはカモンの写真がある。
《これで一安心だな。》
ほんの一瞬だけそう聴こえた・・・ような気がした。
俺は肩を竦めて笑みを返した。

 

 

     勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 -完-

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第二十一話 空っぽの賽銭箱(2)

  • 2018.04.13 Friday
  • 10:21

JUGEMテーマ:自作小説

思いもしない事を聞かされると、リアクションというのはむしろ地味になるものだ。
ツクネちゃんはあのコウモリ野郎と付き合っていたという。
それを彼女の口から聞かされて、俺たちはキツネにつままれたみたいに固まっていた。
そしてその呪縛から最初に解き放たれたのはチェリー君だった。
「あんな野郎と付き合ってたって・・・どういうことだよ!」
「ごめん・・・あんたにも言ってなかったよね。」
「なんも聞いてねえぞ!」
「だって・・・・彼氏が出来たからって、いちいち遠くに暮らしてる弟に言う必要もないし。」
「そりゃそうだけどよ・・・・でもあいつは賽銭泥棒なんだぞ!そんな野郎と付き合ってたなんて・・・、」
「サッカー。」
「え?」
「実は彼・・・・ずっとサッカーやってたんだよね。しかも私と同じ夢を持ってたの。」
「夢?もしかしてサッカー選手になりたかったのか?」
「うん。けど霊獣はスポーツ選手にはなれない。だから彼も諦めるしかなかった。
私と似たような境遇だから同情を抱いちゃって。
それでちょくちょく会ううちに惹かれ合っていって・・・・。」
「かあああ〜・・・・姉貴がそんなセンチメンタルとは知らなかったぜ!
あんなイケ好かねえコウモリ野郎なんざ一番嫌うんじゃねえのかよ!」
「だって同じ夢を持ってた者同士、分かり合えることだってあるじゃない。」
「そうかもしんねえけどよ・・・・。」
チェリー君は納得がいかないようだ。
俺は「まあまあ」と宥めた。
「ツクネちゃんが誰と付き合おうと自由だよ。」
「お前は他人だからそう言えるんだ!」
「今はとりあえず彼女の話を聞こうよ。こうして秘密を打ち明けるってことは、何か言いたいことがあるんだろうし。」
ツクネちゃんを振り向き、目で話で促した。
「彼とは一年くらい付き合ってたんです。けど半年ほど前に別れました。」
「喧嘩でもしたの?」
「いえ、なんていうか・・・・一緒にいるうちに気づいたんです。
私たちにあるのは恋愛感情じゃなくて、ただの同情だって。
夢が敗れた者同士、ただ傷を舐め合ってるだけじゃないかって。」
切ない声で言う。
チェリー君が「そら見ろ」と言った。
「姉貴とあんな野郎と合うわけねえんだ。」
「まあまあ。で・・・・別れた後はどうしたの?」
「しばらくしてから彼が会いに来たんです。」
「まさかヨリを戻そうとか?」
「そうじゃなくて、相談したいことがあるって。」
「相談?」
「実は彼もお金に困っていたんです。私の神社よりさらに貧乏で、このままじゃ近いうちに神様が去ってしまうって。」
「実際にそうなっちゃったよね。可哀想だけど。」
「あの時はまだ神様がいたんですよ。だから・・・・お金を貸してくれって言われて。」
「借金のお願いか。けどツクネちゃんの家だって裕福じゃない。お金を貸すのは難しいんじゃないか?」
「そうです。だからそれは無理だって断りました。けど彼はどうしてもって頭を下げるんです。
サッカーっていう夢を失い、そのうえ神様にまで去られてしまったら、もう俺には何もない。
だからせめてあの祠だけは守りたいって。
別れた後に勝手なこと言ってるのは分かってるけど、頼めるのはツクネしかいないって・・・・。」
なるほど・・・と頷く。
モンブランが小声で「よくある話ね・・・」と言った。
「別れたあとのお金のトラブルって怖いのに・・・・。」
猫に言われたくない。
「お前は黙ってろ・・・」と追い払った。
「じゃあ結局お金を貸しちゃったわけだ。」
「いえ・・・・貸すのは無理でした。だって彼が必要としていたのは願いのこもったお金です。
となるとウチの賽銭箱に入ってるお金を貸すことになる。
そんなの親にお願いしたってOKしてくれるはずないし。」
「そりゃそうだろうね。だけど追い返したわけじゃないんだろ?
お金を貸すのは無理でも、どうにかして彼を助けてあげられないかって悩んだんじゃないか?」
「ええ、まあ・・・・。」
「ツクネちゃんってドライな印象を受けるけど、実はけっこう情に厚い子だ。
親身になって色々手を貸してあげたんじゃない?」
「・・・・・・・・。」
「参拝客を増やす方法を考えるとか、祠を目立つ場所に移そうとか。」
「・・・・・・・・。」
「あとはそうだな・・・・・もっとお金のある神社に借りるとか。」
「あ、あの・・・・有川さん・・・私は・・・・、」
「いっそのこと犯罪に手を染めるっていう方法もある。
彼と二人で協力して、賽銭箱の中からお金を盗むとか・・・・、」
「なッ・・・・、」
「もし盗みに入るならよく知ってる神社の方がいいよね。
例えば・・・・あえて自分の神社を狙うとか。」
イヤミな笑顔で彼女を睨む。
すると「違う!」と叫んだ。
「あれは私じゃない!」
カッと目を開いて怒る。
「彼が一人でやったことよ!いくら元彼から頼まれたからって、自分の家のモノを盗んだりなんかしない!」
顔を真っ赤にして怒鳴る。
怖いほど目がつり上がっていた。
でも俺は挑発を続けた。
「ほんとかな?一番手っ取り早い方法だと思うけど?」
「手っ取り早いとかそういう問題じゃない!自分の神社で盗みなんかするわけが・・・・、」
「実はまだ彼のことが好きで、情にほだされて手伝ったりして・・・、」
「ふざけないで!私はそんな女じゃない!」
耳がキンキンするほどの声で叫ぶ。
「私が手伝ったのは寛太さんからお金を借りることだけよ!それ以外のことはなんにもしてない!」
「ほう、あの神主さんから借りたのか。」
「だってそれしかなかったから!寛太さんは私に惚れてたし、頼めばいけると思ったから。
良くないことだって分かってたけど、それ以外に思いつかなくて・・・・、」
「なら借金は二度したわけだ?」
「え?」
「だってそうだろ?一度目は自分の神社を守る為、そして二度目は彼を助ける為に。」
そう言うとツクネちゃんの顔色が変わった。
「違う・・・・二回もなんてしてない・・・・、」
「なら一回の借金で全部借りたわけだ。500円以上のお金を。」
「そ、それは・・・・、」
「元々は神主さんから申し出たことだもんね。お金を貸してあげるって。
だったらツクネちゃんからお願いすれば、500円よりも多く借りることが出来たはずだ。」
「う・・・・。」
「けど神主さんのところだってそう儲かってるわけじゃないから、お金が返ってこないと困ることになる。
だから当然担保を要求してきたはずだ。そこで神社と土地を差し出すことにした。」
「・・・・・・・・。」
「ちょっとおかしいと思ってたんだよ。
いくら願いのこもったお金だからって、たかが500円で神社を担保にするわけがない。
だから実際はもっと多額のお金を借りてるんじゃないかって思ってたんだけど・・・・当たりだったみたいだね。」
「まあ・・・・・。」
「けど本気で神社を差し出すつもりはなかったはずだ。
元彼に協力したことで、親まで巻き込むわけにはいかないからね。
だから・・・・本当に担保として差し出したのは自分自身なんだろ?」
そう尋ねると、黙って目を逸らした。
「きっとご両親は本当のことは知らないはずだ。神社と土地が担保になってると思ってる。
だけど本当はそうじゃない。
もし借金が返せなかったら、君は神主さんと結婚する約束だったんだろ?」
「・・・・そうですよ。」
やや迷いながら答える。
俯いていた顔を上げ、睨むような目つきをしていた。
「有川さんの言いたいことは分かります。ひどい女だって言いたいんでしょ?」
「いや、そういうわけじゃ・・・・、」
「ていうかわざわざそんな言い方されなくたって、自分からちゃんと言うつもりだったのに。」
「・・・・・・・。」
「あなたの言う通り、彼の為に借金をしました。担保は私です。
けど本気で結婚するつもりなんてなかった。だからどうしても借金を返せないと困るんです。」
声に怒気がこもってくる。
けどその怒りは俺に向けられたものじゃない。
おそらく・・・・、
「あいつ・・・・お金を借りたその日から姿を見せなくなったんです。
必死に頼むから協力してあげたのに・・・音沙汰無しなんですよ。」
キっと目を釣り上げる。
「それからしばらくして賽銭泥棒が起こるようになりました。
絶対に捕まえてやろうって見張ってたけど、いくら頑張っても無理で・・・・。
その時ピンときたんです。これは彼の仕業に違いないって。」
「超音波だね。彼なら見張りくらい見抜くから。」
「お金を貸すのに協力した上に、ウチのお賽銭まで盗むなんて・・・・・。
もう我慢できないと思って、洞窟に乗り込みました。けど何度も行ってもいなかった。
きっと私が来る前に逃げてたんです。」
「超音波で探知して。」
「そうです。だったら探知できない方法で捕まえるしかない。それでチェリーを連れて帰ろうと・・・・、」
そう言って弟を見る。
「あんたには悪いと思ってる。全然関係ないのに巻き込んで・・・・。」
申し訳なさそうに口元を噛んでいる。
当のチェリー君はなんとも言えない顔で肩を竦めた。
「あいつは自分の為だけに私を利用したんだって思いました。だから絶対に懲らしめてやらないと気がすまなくて。
チェリーを連れて帰ったあの日、何がなんでも捕まえるつもりでした。
それが・・・逆に私が捕まっちゃって・・・・。」
歯がゆいのだろう。グッと拳を握っている。
しかし身体を覆うその力みはすぐに解けた。
「さらわれた後、彼のいる洞窟に連れて行かれたんです。
そこで目を覚ました私は、彼に飛びかかりました。
利用するだけして姿をくらますわ、お賽銭まで盗むわ、そのうえ家族にまで危害を加えるなんて・・・もう頭に血が昇っちゃって。」
「誰でもそうなるよ。その怒りは間違ってない。」
「けど・・・・その怒りもすぐに解けちゃったんです。」
怒っていた顔が元に戻る。
そして哀れみを抱くように目を閉じた。
「彼はすぐに謝ってきました。申し訳ないことをしたって。
そしてどうしてこんな事をしたのか教えてくれました。」
目を開け、「彼は・・・・」と続ける。
「お金を盗まれていたんです。」
「盗まれる・・・・?」
「寛太さんからお金を借りたその日のことです。
いったん祠の賽銭箱に入れて、そのあと餌を獲りに行ったそうです。
そして洞窟に戻って来ると・・・・賽銭箱は空っぽだったって。」
「そんな・・・いったい誰が・・・・、」
「分かりません。」
「分からない・・・・・?」
「だって彼がいない間の出来事だったから。」
「他のコウモリたちは見てないの?」
「一緒に餌を獲りに行ってたそうです。だからあの洞窟の中には誰もいなくて・・・・、」
「じゃあ結局犯人は分からずじまいってことか。」
「彼にとっては希望のお金でした。別れた彼女に頭まで下げて都合した物なのに・・・・。
このままじゃ本当に神様が去ってしまう。だから・・・・、」
「賽銭泥棒に走ったと?」
「そう言ってました。最初は寛太さんの神社から。
でもそれだけじゃ足りないから他の神社からもって・・・・。」
「その他の神社の中に、ツクネちゃんの神社も入ってたと?」
「はい。」
悲しそうな声で頷く。
「彼の能力を使えば見つからずに盗むなんて簡単だから。」
「う〜ん・・・・自分がされたことを、逆に他の神社にしちゃったのか。」
「そうしないと神様に奉納するお金がなくなります。
これ・・・人間には分からないだろうけど、神様の加護が消えるって霊獣にとってはすごく恥なんです。
その為に力を与えてもらってるのに、こいつは役に立たずだって見限られるわけだから。」
「霊獣にとっては辛いことなんだろうね。」
「とっても。」
力強く頷く。
「けどちまちま賽銭泥棒してたって埓があかなかったみたいです。
祠に祀っていた神様は、彼を見限って去ってしまったんです。」
「そうとう落ち込んだだろうね。」
「彼はもう私の知ってる彼じゃありませんでした。
自信も覇気も希望もない、死んだような目をしていましたから。
サッカーの夢が消えて、そして神様まで自分を見限った・・・・。」
「何も残されてなかったわけだ。けど・・・・変だよな。
君がさらわれた時はもう神様は去った後なんだろ?
じゃあなんて君のところに泥棒に来たんだろう?」
「違います。」
「ん?違うって・・・何が?」
「あの日・・・彼が盗みに来たのはお金じゃないんです。」
「え?じゃあいったいなんの為に・・・・、」
「私をさらう為です。」
「・・・・はい?」
素っ頓狂な声が出てしまう。
ツクネちゃんをさらう為とはいったい・・・・、
「さっきも言ったように、彼には何も残されてしませんでした。
希望も何もかもなくなって、このまま一人ぼっちなんだって思うと耐えられなかったみたいです。
だから私をさらったんです。ずっと傍にいてほしいって。
恋人じゃなくてもいいから、俺の傍にいてくれって。」
「なんて身勝手な・・・・、」
「そうです、身勝手です。身勝手なんだけど・・・・・。」
「もしかして・・・・断りきれなかった?」
「いえ、それは無理だって断りました。けどこのまま見捨てたらどうなるか分からない。
だから友達でいいなら、ちょくちょく会いに来るよって言いました。」
「やっぱり優しいね。普通なら知るかって怒りそうなもんだけど。」
「優しくなんかありません。優柔不断なだけです。」
まるで欠点だというように顔をしかめる。
「けど彼は納得しなかった。それなら新しい何かを手に入れて、この虚しさを誤魔化すしかないって・・・。」
「新しい何か?」
オウム返しに聞き返すと、「一番欲しがっていたもの」と答えた。
「彼は群れを率いて洞窟を出ていきました。
なんだか嫌な予感がしたから慌てて追いかけたんです。
そして辿り着いた先は・・・・寛太さんの神社でした。」
「神主さんの・・・・。」
「私にはすぐ目的が分かりました。彼はここを乗っ取るつもりなんだって。」
「乗っ取る・・・・。」
「だってもうそれしかないから。きっと手荒な事をしてでもやるつもりなんだって。
けど幸いなことにあの時寛太さんはいなかった。だからこんな事やめようって説得したんです。
悪さをして神社を乗っ取ったって、きっと神様は怒るだけだって。
でも聞いてくれなかった・・・・。このままじゃ寛太さんが戻ってきた時に襲いかねない。
そうなる前に力づくでも止めないとと思って、彼を蹴り飛ばしたんです。」
「け、蹴り飛ばす・・・・?」
「だって普通に連れて帰れないじゃないですか。だから気絶させようと思ったんです。
バコン!って叩き落としてから、思いっきり何度も蹴りました。」
《怖いよ・・・・。》
「彼はたまらず空に逃げていったけど、近くにあった小石を蹴って撃ち落とそうとしました。」
《だから怖いって!》
怯えていると、モンブランが「それ私が見た時の光景だわ!」と言った。
「あれってツクネちゃんの方から襲いかかってたんだ。」
「うん。他に良い方法が思いつかなくて。」
「でも逆にやられてたよね?超音波で操られて。」
「油断しちゃって。あの技って気をしっかり持ってれば効かないんだけど、あの時は私も焦ってたから。」
「最低なオスよね、メスを思い通りに操ろうなんて。」
「あの時は咄嗟にやったんだと思う。自分の身を守る為に。
それにあれってそう長続きしないのよ。2〜3時間くらいで解けちゃうから。」
「じゃあほっといてもツクネちゃんはすぐ元に戻ったってこと?」
「うん。」
「だったら私たちが助ける必要なかったじゃない。ねえ悠一。」
「そういう言い方をするな。」
俺たちの仕事が無駄になってしまうようなことをサラっと言う。
まあいつものことだけど。
「ツクネちゃんはコウモリ野郎に操られて、その後は洞窟へ戻ったわけだよね?」
「はい。」
「あの時俺やチェリー君に襲いかかってきたのもコウモリ野郎のせいで?」
「そうです。彼は洞窟の中に誰も入れたくなかったんです。
だって泥棒のせいでお金を取られちゃったから。」
「だから帰れ!って連呼してたんだね。ここはお前らの来るところじゃないって。」
「そんなこと言ってたんですか、私。」
「もちろん言わされてただけだって分かってる。あれは余所者を入れたくなかったからなんだね。」
「きっとそうだと思います。そしてその後のことは・・・・みんなが知ってる通りです。
私は暴れまくって大変だったんでしょ?」
「まあ・・・死ぬかと思うことが何度かあった。けどチェリー君が助けてくれたからさ。」
そう言って彼を振り返る。
「必死に俺たちを守ってくれたんだ。けど一番に守ろうとしてたのはツクネちゃんだよ。」
「私?」
「ほんとにお姉さんのことを心配してた。もし姉貴になんかあったらぶっ殺すって・・・コウモリ野郎を脅してたからね。」
「へえ〜・・・そんなことを。」
興味津々な目で見つめている。
チェリー君は「そ、そんなんじゃねえや!」と叫んだ。
「別に姉貴のことなんざ心配してねえ。ただもし身内になんかあったら目覚めが悪いだけで・・・、」
ツンデレ爆発である。
こういう所があるから憎めない。
「だいたい余計なこと言うんじゃねえよテメエは!」
「恥ずかしがるなよ。お姉さん思いなんて良いことじゃないか。」
「だからあ〜・・・違うっつってんだろ!」
顔を真っ赤にして否定している。
マサカリが「いよシスコン!」と叫んだ。
「うるせえな!」
モンブランも「美しい姉弟愛ねえ」とからかった。
「だから違う!別に姉貴なんかどうでも・・・、」
チュウベエも「いやいや、立派だ」と頷いた。
「身を賭してまでお姉ちゃんを助けようとしたんだ。お前は男だ。」
「だ〜か〜ら〜!違うって言ってんだろ!」
「あ、でもアレだぞ。どんなにお姉ちゃんが好きでも決して一線だけは超えないように・・・・、」
「ぶっ殺すぞ!」
子供みたいにグルグルパンチしながらマサカリたちを追いかけている。
「いい弟だね、チェリー君。」
ツクネちゃんを振り返りながら言うと、クスっと笑っていた。
「昔からああなんですよ。素直じゃないんです。」
「ツンデレを具現化したような子だよね。」
「でも身を挺して助けてくれたなんて・・・・ちょっと感動です。」
タタっと走っていって「よしよし」と頭を撫でていた。
「な、なんだよいきなり・・・・。」
「あんたにも迷惑かけちゃってごめんね。」
「んだよ・・・素直に謝りやがって。いつもは礼も言わねえくせに。」
「よしよし。」
「だからやめろって!」
嫌がりながらも思いっきり照れている。
ツンデレに加えてシスコンで間違いないだろう。
まあとにかく・・・・これで本当に終わりだ。
「帰るぞお前ら」と手をあげる。
動物たちはササっと走ってきて、俺の隣に並んだ。
「それじゃ二人共、俺たちはこれで。」
「はい、お世話になりました。」
「へ!とっとと帰れ。」
車に乗り込み、ゆっくりと発進させる。
ウィンドウ開け、「じゃあいつかまた」と手を振った。
ルームミラーには遠ざかる二人の姿が映っている。
チェリー君はまた頭を撫でられて、恥ずかしそうにツンデレを爆発させていた。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第二十話 空っぽの賽銭箱(1)

  • 2018.04.12 Thursday
  • 10:50

JUGEMテーマ:自作小説

遠くの空をカラスが飛んでいく。
周りは田んぼだらけで空を遮るものがなく、そのおかげで見失うことはない。
ないんだけど・・・・いくら走っても追いつくことが出来ない。
もしここで逃がしてしまったら、そのクチバシに加えている物は二度と取り戻せないだろう。
《クソ!どうすれば・・・・、》
あれがなければチェリー君の神社の借金は返せない。
悔しい思いで遠ざかるカラスを睨んでいると、神主さんが「とおりゃ!」とジャンプした。
空中で一回転し、次の瞬間にはカラスに変わっていた。
「待て待てい!そこのカラス!」
バタバタと羽ばたいて、見る見るうちに追いついていく。
これなら取り返せる。
そう思った時、別のカラスが割って入ってきた。
「クアアア〜!」と怒りながらガンガン蹴っている。
「こ、こら!やめろ!」
必死に応戦する神主さんであったが、援軍のカラスは次々にやってくる。
一羽、二羽、三羽・・・・・気がつけばちょっとした群れになっていた。
ボッコボコに蹴られまくって、真っ逆さまに墜落していく。
「ぬううううああああ・・・・、」
糸の切れた凧のように落ちていき、用水路にはまっていた。
「神主さん!」
なんてこった・・・彼がやられたら誰もバッジを取り返せない。
しかしその時、チュウベエが「俺に任せろ!」と羽ばたいた。
「追いかけて巣を特定してやる!」
「おいよせ!下手に近づいたら・・・・、」
果敢に飛び立ったチュウベエだったが、カラスたちに「クカアア!」と威嚇されていた。
「ごめん、やっぱ無理だわ。」
「気が立ってる時のカラスは凶暴だからな。下手に近づかない方がいい。」
「でもこのままだとバッジを取り返せないぞ。」
「・・・・・どうしよう?」
「さあ?」
困った顔で立ち尽くす。
するとチェリー君が「俺がやる!」と叫んだ。
「怪物に変身すれば、あの高さくらいまでなら跳べる!」
「バカ!こんな所で変身したら人目につくぞ!」
いくら田んぼばかりのド田舎とはいえ、まったく民家がないわけじゃない。
もし誰かに見られたりしたら、どえらい騒ぎになってしまう。
「落ち着くんだチェリー君!」
「離せ!あれがなきゃ借金が返せねえ!」
「けど・・・・、」
「人目についたからってなんだってんだ!霊獣は人に正体をバラしちゃいけねえって決まりはねえんだ!」
「知ってるよ。けどもし騒ぎになったら、ご両親やツクネちゃんが大変な思いをするぞ。
マスコミや野次馬が群がって来るかも。
そうなったら借金を返しても神社は今のままじゃいられない。」
「ぐッ・・・・クソ!」
どうすればいいのか彼も迷っていた。
するとその時、用水路から出てきた神主さんが「私がやろう!」と叫んだ。
「これ以上君たちに迷惑は掛けられない!例え世間にこの正体がバレようとも・・・・、」
と言いかけた時、俺たちの後ろから何かが飛んできた。
そいつは弾丸のように空を舞い、カラスの群れに突っ込んでいく。
「あれは・・・・、」
じっと目を凝らす。
あのトカゲのようなシルエット・・・・間違いない!あれは・・・・、
「マリナ!」
どうしてか分からないが、あいつが空を飛んでいる。
「見ろ悠一!イグアナが空を飛べるように進化したぞ!」
チュウベエがアホなことを言う。
だから「アホか!」とツッコんでやった。
「イグアナが飛べるわけないだろ。」
「でも実際に飛んでるぞ。」
「だな・・・。」
確かに飛んでいる。
もしあんな風に空を飛べるとしたら・・・・、
「カアアアアー!」
カラスが悲鳴を挙げる。
空を飛んでったマリナが、鋭い爪でしがみついたのだ。
仲間のカラスが助けに入るが、イグアナのウロコにカラスキックは効かない。
逆に尻尾でバチコン!と叩き落とされていた。
「意外と強いなアイツ・・・・。」
マサカリが感心する。
モンブランは「知らなかったの?」と笑った。
「普段はお淑やかだけどキレると怖いのよ。」
「みたいだな・・・・。」
「ストーカーされてた私の友達を助けてくれたのもマリナだもん。」
「それ、お前が追い払ったんじゃねえのか?」
「ううん、ボコったのはマリナ。私はそのあと高らかに説教してやっただけ。」
「そんなことしてるからオスにモテないんじゃ・・・・、」
「おだまり!」
「ふぎゃ!」
ほっぺに肉球がめり込む。脂肪がぶるんと揺れていた。
「カアアアアア!」
カラスは必死に羽ばたくが、マリナは決して離れない。
鎌のような爪でガッチリとホールドしている。
そして・・・・、
「カアアアア・・・・、」
遂に力尽きた。
地面へと真っ逆さまに落ちていく。
「マズい!」
あのまま落ちてはマリナが昇天してしまう。
俺は弾かれたように駆け出した。
しかし後ろから誰かがやってきて、俺より速く駆けていった。
それはハクビシンだった。
地を這うように猛ダッシュして、高く飛び上がる。
そして空中で一回転して人間の女に化けた。
彼女は両手を広げ、見事にマリナをキャッチした。ついでにカラスも。
「やるじゃんマリナ。」
「ふふふ、ツクネちゃんのおかげよ。」
ニコっとピースしている。
「大丈夫か!」
慌てて駆け寄ると「なんとか」とピースした。
ツクネちゃんからマリナを受け取る。
「お前なんて無茶なことを・・・・、」
「はいどうぞ。」
「え?」
「これが必要なんでしょ。」
「バッジ・・・。なんでお前がこれを・・・・、」
一緒に神社へついて来なかったマリナが、このバッジの重要性を知るはずがない。
いったいなぜ?・・・と思っていると、ツクネちゃんが答えた。
「ウチにカラスがやって来たんです。」
「カラスが・・・・。」
「チェリーを出せって。理由を聞けばバッジを奪われたからだって言ってました。」
「・・・・・・・。」
「ここにはいないって答えると、どこかへ飛んで行ったんですよ。
しばらくしたらバッジを咥えた飛んでるのが見えたから。」
「じゃあマリナが空を飛んでったのは・・・、」
「私がやりました。」
「やっぱり・・・・。」
「蹴飛ばすと怪我するから、足に乗っけてこう。」
小石を足に乗せ、そのままポンと蹴り上げる。
なんていうか・・・・見事というか無茶をするというか・・・・。
「私からやってって言ったのよ。」
「マリナから?」
「だって日向ぼっこしてばっかりじゃ悪いじゃない。ちょっとくらい役に立たないとと思って。」
鋭い爪でピースをする。
ちょっと怖い・・・・。
まあとにかくバッジを取り返せてよかった。
それよりもだ・・・・、
「このカラス、公園で俺たちに襲いかかって来たあいつか?」
「みたいね。」
マリナにやられたカラスは、ツクネちゃんの腕で気を失っている。
するとチェリー君が顔を覗き込んだ。
「どう?同じ奴?」
「間違いねえ、あん時しつこく追いかけてきたカラスだ。」
うんざりした目で睨んでいる。
するとカラスは目を開け、「カアアア!」と慌てた。
「おいコラてめえ!よくもこんなとこまで追いかけて来やがって!」
ガシっと掴んで締め上げる。
俺は「よせよせ」と止めた。
「あんまりやると死んじまうぞ。」
「へ!焼き鳥にして食ってやらあ!」
「カアアアア!」
カラスは慌てて空へ逃げる。
「覚えてろ!」と言い残し、仲間のカラスと一緒に飛び去っていった。
チェリー君は「いつでも来い!返り討ちにしてやんぜ!」とファックした。
「ったくよ・・・まさかこんな所まで追っかけて来るとはな。執念深いにもほどがあるぜ。」
「そのバッジ、自分たちの物だと思い込んでるんだよ。」
「へ!誰が渡すかってんだ。」
俺の手からバッジを奪い取り、「ほらよ」と神主さんに投げる。
カラスのままだった彼は、慌てて人間に化けて受け取っていた。
「おお、ありがとう!」
嬉しそうに頬ずりしている。
「本殿の補修工事をしたからお金が苦しかったんだ。これでどうにかなる。」
「釣りはいらねえ、全部取っときな。」
「ほんとにいいのかい?君のとこだって苦しいんじゃ・・・・、」
「タダってわけにはいかねえさ。さっきも言ったけど・・・・、」
「もうツクネさんには近づくなと?」
「ああ。」
神主さんはバッジを見つめる。
果たしてこれを受け取ってもいいものかどうか・・・かなり悩んでいるようだ。
するとツクネちゃんが「寛太さん」と呼んだ。
「え?あ・・・はい!」
「私を助けるのに手を貸してくれたそうですね。」
「い、いやあ・・・・そんな大したことは・・・、」
「ありがとう。」
珍しく笑顔を見せる。
神主さんはものすごく照れていた。こっちが恥ずかしくなるくらいに。
「つ、ツクネさんこそ無事でよかった・・・・。」
指をモジモジさせながらバッジをいじっている。
恥ずかしそうに顔をあげて、「ツクネさん!」と叫んだ。
「ほ、本殿を新しくしたんですよ!いつあなたがお嫁に来てもいいように。」
「・・・・・・・・。」
「僕は決してあなたを泣かせるような事はしません!だから・・・・僕と結婚して下さい。」
声が上ずっている。
でも真剣なんだろうなというのは伝わってきた。
チェリー君が「またしょうこりもなく・・・・」とボヤいた。
「僕はあなたが好きなんです。どうか・・・・よろしくお願いします!」
頭を下げて手を差し出す。
今時こういうのは珍しいんじゃなかろうか。
まるでバラエティの恋愛企画みたいだ。
「・・・・・・・。」
ツクネちゃんは黙ってその手を見つめる。
そしてゆっくりと口を開いた。
「ごめんなさい。」
「・・・・・・・・。」
「寛太さんが純粋で真面目だっていうのはよく分かってます。しつこいのが玉にきずだけど。」
「・・・・・・・・。」
「しょうじき気持ちは嬉しいです。でも・・・・タイプじゃないんです。
私はスポーツマンタイプの男性が好きで、特にサッカーやってる男性が好きなんです。
そうじゃないと恋愛対象にならないんです。」
「じゃ、じゃあ僕もサッカーを覚えて・・・・、」
言いかける神主さんの言葉を、首を振って遮る。
「そういう動機でやられるのは嫌なんです。」
「ぼ・・・僕は本気でサッカーを好きになりますよ!練習だってして上手くなって・・・・、」
「私のことなんて関係なしにサッカーをやってる人が好きなんです。
もし私と結婚したって、誕生日や記念日をほったらかしてでもサッカーに夢中な人がいいんです。」
「ど、どうしてそこまでサッカーにこだわるんですか?何か理由が・・・・、」
「私もサッカー選手になりたかったから。けど無理なんです。
霊獣の身体能力は人間を遥かに超えてるから、公平な戦いじゃなくなっちゃう。
そんなの格闘技の試合にヒグマが出るようなものだから。
スポーツそのものがダメになっちゃう。だから諦めざるをえなかった・・・・。
でもその代わり、彼氏や夫になる人に夢を見せてもらいたいんです。
自分が出来ないなら、せめて頑張ってる人を傍で応援してあげたいから。」
「ということは・・・・そもそも霊獣は恋愛対象外ということに・・・・、」
「そうなりますね。いま言われて気づきました。」
長い髪を揺らしながらニコっと笑う。
「寛太さんなら他にいい相手が見つかりますよ。」
「いや、僕はツクネさんが・・・・、」
「そのバッジを受け取ったなら、借金を返済したってことになります。だから・・・もう諦めて下さい。」
深々と頭を下げている。
神主さんは何かを言いかけたが、グっと言葉を飲み込んだ。
「・・・・・分かりました。」
実に残念そうな顔だ。
「これ以上アタックしても無理なんですね・・・・。ツクネさんの負担になるだけだ。」
自分の言葉に自分で頷く。
そしてクルっと背中を向けた。
「すぐには忘れられないだろうけど、もうあなたを困らせることはしません。
こんな僕の気持ちに真剣に答えてくれてありがとう。」
背中が泣いている。
ダダっと駆け出し、空中で一回転した。
「カアー!」
寂しい鳴き声が響く。
傷心のカラスが山へと飛び去っていった。
「ようやく終わったな。」
チェリー君はニヤっと肩を竦めた。
「こうして引き下がるってことは、あの野郎は黒幕じゃなかったのかもな。」
「だろうね。やっぱりコウモリ野郎の単独犯だよ。」
これで全て解決、ようやく終わったと背伸びをした。
「ああ、大変だった・・・。」
やっと帰れる。
グルっと首を回して、また背伸びをした。
「じゃあツクネちゃん、チェリー君。俺たちはこれで。」
そう言って手を振ると、ツクネちゃんは「待って下さい」と言った。
「ん?どうかしたの?」
「その・・・・実は黙っていたことがあって・・・・、」
「黙ってたこと?」
「私をさらったコウモリの霊獣なんですけど・・・・、」
「うん。」
「実は前に付き合ってた彼氏なんですよね・・・・。」
「・・・・・はいいい!?」
変な声が出てしまう。
チェリー君も「嘘だろ姉貴!」と目を丸くした。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第十九話 洞窟のコウモリ男(3)

  • 2018.04.11 Wednesday
  • 09:31

JUGEMテーマ:自作小説

オンボロの本殿の前に腰を下ろしていた。
隣にある賽銭箱をちょっと動かしてみると、中からお金の音は聞こえない。
一円も入っていないのだ。
なんだか切ない気持ちになっていると、社務所からチェリー君が出てきた。
「ツクネちゃんは?」
駆け寄って尋ねると、「大丈夫だ」と答えた。
「ちょっと気絶してるだけだ。怪我は大したことねえ。」
「よかった・・・。」
ホッと胸を撫で下ろす。
これで本当に依頼は完了、これ以上長居しても悪いので、「それじゃ」と手を挙げた。
「ツクネちゃんが良くなったらまた会いに来るよ。今日はこれで。」
そう言って神社を出て行こうとすると、「待て待て」と止められた。
「ん?どうした?」
「ちょっと付き合え。」
「どこに?」
「いいから。」
チェリー君は神社を出ていく。
目の前の道を右に曲がって、田んぼの用水路の傍を歩いていった。
「どこ行くんだ?」
マサカリが首を傾げる。
「さあ?とにかくついて行ってみよう。」
俺たちも鳥居をくぐる。
するとマリナが「私ここて待ってるわ」と言った。
「もうちょっと日向ぼっこしたいの。」
そう言って陽の当たる賽銭箱の隣に目を向けた。
「分かった、ならちょっとここで待っててくれ。」
陽だまりの中にマリナを下ろす。
「気持ちいい・・・」とウットリしていた。
神社を出てチェリー君を追いかけると、「遅せえぞ」と怒られた。
「ごめんごめん。それで・・・どこ行くの?」
「野暮用を済ませにな。」
「野暮用?」
「あんたには色々迷惑かけたからな。最後まで見届けさせてやろうと思って。」
「?」
何を言っているのか分からない。
動物たちと顔を見合わせ、眉をしかめた。
それから20分後のこと、枯れ草の畦道を歩いていると、山の麓に神社が見えてきた。
「あれは・・・・、」
「あれよあれよ!ツクネちゃんとコウモリ野郎がいた神社!」
モンブランが叫ぶ。
「あの神主さんの神社か。こんな場所になんの用だろう?」
「きっと文句を言いに来たのよ。いい加減ストーカーはやめろって。」
「そうなのかな?今回の事で懲りたからもうしないんじゃ・・・・、」
「甘いわね悠一。あの手のオスは目的を果たすまで諦めたりしないのよ。
私は何度もそういうオスに狙われた友達を助けたことがあるもん。」
「ほう、そりゃ大活躍だな。」
「まあね。」
自慢気に胸を張るモンブラン。
するとマサカリが「お前自身はストーカーされたことねえのか?」と尋ねた。
「無いわね。」
「そうか。ならお前はモテないんだな。」
「おだまり!」
「ぎゃふ!」
モンブランの肉球がマサカリの脂肪にめり込んだ。ぶよんって。
チェリー君が「何やってんだお前ら」と呆れた。
「さっさと行くぜ。」
鳥居を潜り、落ち葉の散らばる参道を歩いて行く。
するといきなりチュウベエが「そうだ!」と叫んだ。
「どうした?」
「思い出した。」
「なにを?」
「俺、あの神主のこと忘れてたんだ。」
「ん?」
「洞窟から帰る時、あいつだけいなかっただろ?ツクネに崖の下に落とされたから。」
「・・・・ああ!そういえばそうだったな。」
言われて気づく。
「でも大丈夫なんじゃないか。霊獣だからあの程度でどうにかなったりしないだろ。」
チュウベエはしばらく考えてから「それもそうだな」と頷いた。
俺たちも鳥居を潜り、参道を歩く。
正面には本殿がそびえていて、チェリー君のところよりもいささか立派だった。
「まだこっちの方が儲かってるみたいだな。」
マサカリが言う。
グルっと境内を見渡し、「お、あれかあ」と唸った。
「見ろよ悠一、狛犬の代わりにあんなもんがあるぜ。」
そう言って顎をしゃくった先には、カラスの像が二体建っていた。
狛犬のように本殿の前を守っている。
そしてその左側には小さな社があった。
どこかの神社の分祀だろうか。
その反対側、本殿の右の方には社務所がある。
こちらもチェリー君のところよりは立派だ。
「面白い神社だな、カラスの像があるなんて。」
するとチュウベエがまた「そうだ!」と叫んだ。
「今度はなんだ?」
「俺、もう一個忘れてることがあったんだ。」
「なにを?」
「あの洞窟でカラスを見たんだよ。」
俺の頭から飛び立って、カラスの像にとまる。
「暗くてハッキリとは見えなかったけど、なんかが飛んでる気配を感じたんだ。
目を凝らしてみると鳥だった。」
「ほんとに?」
「間違いない。細かいところまではハッキリ見えなかったけど、あのフォルムはカラスだ。」
「カラス・・・・。」
なんとなく嫌な感じがした。
「でもお前、洞窟の中には何もいなかったって言わなかったっけ?」
「だから忘れてたんだって。虫を食うのに夢中だったから。」
「まったく・・・お前は賢いんだか抜けてるんだか。」
あの場所でカラスと聞いてピンとくるものは一つしかない。
俺は「なあチェリー君」と話しかけた。
「実はチュウベエのやつがカラスを見たって・・・、」
「分かってる。」
「え?」
「どうせんな事だろうと思ったんだよ。」
怖い顔で振り向く。
「どうしたんだ?そんなに怒って。」
「実はな、さっきから気配を感じねえんだ。」
「気配?なんの?」
「神様のだよ。」
そう言って本殿を睨んだ。
「もうここに神様は祭られてねえみたいだ。」
「祭られてないって・・・・ここは君んとこより儲かってるんだろ?だったら神様がいなくなたったりしないんじゃ・・・・、」
「理由は分からねえ。けどいねえもんはいねえんだよ。あっちにもそっちにも。」
本殿と小さな社を指差す。
「これでようやく確信が持てたぜ。」
「なんの?」
「決まってんだろ。真犯人はあのカラス野郎だってことさ。」
チェリー君は本殿の右隣にある社務所へ近づいた。
ガラス戸をノックしながら「おい」と呼ぶ。
「ここにいるんだろ?出て来いよ。」
手荒くノックを続けていると、ガラっと引き戸が開いた。
「何か御用で?」
あの神主さんだ。
チェリー君は「よう」と手を挙げた。
「姉貴は無事に助け出したぜ。」
「それはよかった。明日にでもお見舞いに伺いま・・・・、」
「二度と姉貴には会わせねえ。」
「なんですと?」
「白々しい顔すんじゃねえよ。」
今にも胸ぐらを掴みそうなほど詰め寄る。
「賽銭泥棒したのも姉貴をさらったのも、全部テメエが黒幕なんだろ。」
「なにを馬鹿な。どうして私がツクネさんを苦しめるような真似を。」
「じゃあ逆に聞くけど、どうして苦しめないって言えるんだ?」
「そんなの当然じゃあないですか。私はツクネさんに惚れているんです。彼女と結ばれ、共にこの神社を支えていこうと・・・、」
「神様のいない神社をか?」
ニヤっと笑いながら言うと、神主さんの表情が変わった。
「俺だっていちおう霊獣だ。ここに神様がいるかどうかくらい分かる。」
「・・・・それで?」
今度は神主さんがニヤリと笑った。
「もしかして私を馬鹿にしに来たんですか?神様に愛想を尽かされるなんて情けない霊獣だと。」
「ふん、テメエを笑いに来るほど暇じゃねえ。」
「じゃあどんな御用で?」
顎を上げ、見下すような目つきで言う。
するとチェリー君はポケットから何かを取り出した。
「借りたモンを返しに来ただけさ。」
そいつをピンと指を弾くと、宙を舞って神主さんの手に落ちた。
「これは?」
「見りゃ分かんだろ?バッジだよ。」
俺も首を伸ばして見てみる。
《このバッジはあの・・・・、》
「借金は返した。だから二度と姉貴に・・・・いや、俺たちの神社に近づくな。」
チェリー君の顔が怪物のように歪む。
すると神主さんは「何を言ってるんだ」と笑った。
「こんなモノで借金の返済だと?バカバカしい。」
押し付けるようにしてバッジを返す。
しかしチェリー君は受け取らなかった。
「そいつはとあるヤクザの組のバッジでよ。」
「ヤクザだと?」
「ちょっとお世話になってたもんでな。」
「ほう、君がそんな場所にいたとは知らなかった。ご両親も悲しんでいるんじゃないのかい?」
「勘違いすんな、ペットとして飼われてただけだ。」
「ペット?」
「その組の孫が動物好きでよ。屋根裏に住み着いてた俺を飼ってくれたんだ。」
「だったらなんでバッジなんてモンを持ってる?こういうのは組員が付けるものだろう?」
「パクってきたんだ、借金の返済に当てる為に。」
バッジを指差しながら、「そいつは純金で出来てる」と言った。
「借りたのは500円だから充分な額だろ?」
そう言ってクスっと肩を竦める。
すると神主さんは「あのね・・・」と首を振った。
「そういう問題じゃないんだよ。君も霊獣なら知ってるだろ?
ちゃんと願いのこもったお金じゃないと・・・・、」
「こもってるぜ。」
「ウソをつくな。どうして組のバッジに願いなんか・・・・、」
「そいつは神棚に置いてあったもんだ。」
「神棚?」
神主さんの表情が変わる。
「それ、俺の飼い主が持ってたもんでな。あの子の父ちゃんは色々あって、今は遠い旅に出てるんだ。」
「塀の向こうってわけかい?ヤクザなんて稼業をやっていたら、そういう事もあるんだろうね。」
「あの子はそれを悲しんでる。だから親父さんが旅に出る前に置いてったバッジを形見みたいに大事にしてたんだ。」
「泣かせる話だけど、それがどうしたっていうんだい?まさか情に訴えて借金をチャラにしてもらおうなんて思ってないだろうね。」
バッジを弄びながら嫌味に笑う。
チェリー君は「まさか」と笑い返した。
「あの子はまだ小さいから、本当に親父さんが旅に出たもんだと思ってる。臭い飯食ってるなんて想像もしてないんだ。」
「そんな幼い子に辛い思いをさせるなんてね。仕事を変えた方がいいんじゃないのかい?」
「かもな。けど俺が言いたいのはそういう事じゃねえ。
あの子は一日も早く親父さんが帰って来るのを待ってるんだ。
だから神様に願いをかけた。早くお父さんが帰って来ますようにって。」
「そうかい。泣ける話だけどもう充分だ。」
鬱陶しそうに言って「ほら」とバッジを押し付ける。
「こんなモンはいらない。持って帰りたまえよ。」
チェリー君は相変わらず受け取ろうとしないので、手を掴んで無理やり握らせようとした。
しかし彼はその手を振り払う。そしてこう言った。
「もう一度言う、そのバッジは神棚にあったもんだ。」
「だからどうした?」
「か・み・だ・な・・・・にあったんだ。」
「だからそれがどうしたって・・・・、」
言いかけた神主さんの口が止まる。
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「まさか・・・・、」
瞳を揺らしながら、ゴクリと喉を鳴らした。
「もう分かっただろ。」
「・・・・・・・。」
「そいつはあの子が神棚に捧げたもんだ。早くお父さんが帰ってきますようにって願いをかけてな。」
バッジを見つめながら勝ち誇ったように笑うチェリー君。
するとさっきまでの余裕ぶった神主さんの表情はどこへやら。
眉間に皺を寄せ、グっと口元を噛んだ。
「神棚は神様を祀る場所だ。だから神棚へのお供え物は、神社へのお供え物と同じ意味を持ってる。」
「・・・・・・・。」
「そのバッジは愛理が神様に捧げたもんだ。強い願いをかけて。」
「・・・・・・・。」
「小さな子供が親の帰りを待ってるんだ。その願いは本物だぜ。」
「・・・・・・・。」
「しかもそいつは純金で出来てる。借金の500円に当てたとしても、何枚か万札が返ってくるだろうな。」
今度はチェリー君が余裕の表情になる。
またしても真っ赤なマフラーがはためいていた。
風もないのに。
「けど釣りはいらねえ。全部くれてやるよ。その代わり・・・・、」
ポンと神主さんの肩を叩く。
「俺たちの神社を乗っ取ろうとするのはやめろ。」
低くドスの利いた声で言う。
それはほとんど脅しのようだった。
「ちょ、ちょっと待って!」
俺は二人の間に割って入った。
「神社を乗っ取るってどういうことだ?」
「そのまんまの意味さ。こいつの狙いは姉貴じゃねえ、俺たちの神社なのさ。」
「チェリー君たちの神社・・・・。」
「もっと言うなら俺たちが祀ってる神様だ。」
そう言って本殿を振り返った。
「理由は分からねえが、ここには神様がいねえ。となるとこの神主にとってマズいことになる。」
「自分の代で終わっちゃうもんな。でもだからって、まさかチェリー君の神社を乗っ取ろうなんて・・・・、」
「それしか考えられねえ。こいつが黒幕だって考えると全部の辻褄が合うんだ。」
視線を神主さんに戻す。
「お前はなんらかの事情で神様を失った。このままじゃ代々続いてきた神社を潰すことになる。
となりゃ霊獣としていい恥さらしだ。
それを避ける為に俺たちの神社の乗っ取りを計画したんだ。
まずは最初は姉貴と結婚しようと企んだ。身内に取り入ることが出来れば、乗っ取りも容易くなるからな。」
「馬鹿な!私はそんなこと・・・・、」
「いいから黙って聞けよ。」
グイっと顔を近づけて威嚇する。
「けど姉貴はお前なんかタイプじゃねえ。何度アタックしても断られて、どうしたらいいのか困ったはずだ。
そこで思いついたのが融資の申し出だった。」
バッジを指差し「金を貸すことで借りを作ろうと考えたんだ」と言った。
「ウチが財政難だってことを知ってたお前は、頼んでもねえのに金を貸そうとしてきた。
けどウチみてえな貧乏な神社、返すアテなんざねえ。となりゃ担保がいる。
その担保が姉貴だったってわけだ。」
「違う!私はそんな・・・・、」
「いいや、お前はそう企んでたんだ。実際に金を返せなかったら姉貴と結婚させろって言ったじゃねえか。」
「だからそれはツクネさんに惚れていたからだ!卑怯なやり方だとは思ったが、それしか方法が思いつかなかったからで・・・・、」
「じゃあなんで姉貴を諦めた?」
「あ、諦める・・・・?」
「本気で姉貴を欲しがってるなら、その条件を曲げることはなかったはずだ。
なのに姉貴の代わりに神社と土地を担保に差し出すと頷いたよな?ありゃなんでだ?」
「そ、それは・・・・やっぱりこういうやり方で結ばれるのは良くないと思ったからで・・・・、」
「違うな、最初から神社そのものが目当てだったからだ。」
鼻に当たるほどビシっと指を突きつける。
神主さんは「ぐむ・・・」とうろたえた。
「あんたにとっちゃ棚からぼた餅だったろうな。姉貴と結婚なんて回りくどいことをせずに、簡単に神社が手に入るんだから。」
「だから違うと言ってるだろ!君が言ってることは全て誤解だ!」
鼻に当たった指をバシっと振り払う。
しかしチェリー君は怯まない。
今度はおでこに指を突きつけた。
「どうせ奴らに借金を返すアテなんかない。ほっとけば神社は自分のモンになる。そう思ったんだろ?」
「違う!そんなこと思ってなど・・・・、」
「ドアホ!黙って聞け!」
「自分から尋ねたクセに・・・・。」
「これで計画通りだと安心してたんだろうが、そうもいかなくなった。
なぜなら姉貴が賽銭泥棒を捕まえようとしたからだ。」
「ちょっと待ってくれ!賽銭泥棒に遭ってるのはウチも同じで・・・・、」
「うるせえ!んなもんどうせ自作自演だろ!」
グイっとおでこを押す。
神主さんの身体が仰け反った。
「あいつはお前が差し向けたもんだ。保険の為にな。」
「ほ、保険だと・・・・。」
「ウチはとんでもなく貧乏だが、それでも万が一ってことがある。
今はパワースポットブームとやらで、辺鄙な神社にも参拝に来たりするからな。
もしかしたら俺ん所だって参拝客が増えるかもしれねえ。
ただそうなると普通に借金を返してくる可能性がある。
その万が一の目を摘む為に、あのコウモリ野郎を差し向けやがったんだ。」
グイグイとおでこを押している。
神主さんはリンボーダンスみたいに背中を曲げていた。
「野郎は超音波を使ってどんな物でも探知出来る。となりゃ見張りを掻い潜って賽銭を盗むことなんざわけねえ。
実際に姉貴たちが何度待ち伏せをしても捕まえられなかったんだからな。」
「いい加減指をどけてくれ。背骨が折れる・・・・。」
「このままじゃ借金は返せず、神社はお前に取られることになる。
そこで姉貴は考えた。自分で賽銭泥棒を捕まえられないのなら、捕まえられる奴を連れてくればいいと。
そして幸いにもそいつは身内にいた。」
そう言って自分の胸を指差した。
「同じ山に神社を構えるお前なら知ってるだろ?俺にだって特殊な力があるってことを。」
「君の噂は耳にしたことがあるよ・・・・・。擬態を使うと誰にも見つからないと・・・・、」
「その通りだ。そんな奴に待ち伏せをされたら、いくらあのコウモリ野郎でも捕まる可能性がある。
となりゃそこから自分との繋がりがバレるかもしれない。
お前は相当焦ったはずだ。だからまた計画を変更した。
コウモリ野郎を使って、姉貴をさらうって計画にな。」
神主さんの背中が曲がりすぎて、頭が地面にくっついている。
意外と柔らかいんだななんて、余計なことを考えてしまった。
「姉貴を返してほしけりゃ神社を寄こせとでも言うつもりだったんだろう。
けど姉貴はさらわれたくらいでビビるタマじゃねえ。
手を焼いたあんたは、コウモリ野郎を使って思い通りに操ろうとしたんだ!」
おでこをグイグイ押して、神主さんの頭を押さえつける。
これで決まりか・・・・。
そう思ったんだけど、神主さんは「ふ・・・」と不敵に笑った。
「なかなかよく出来た作り話だ。」
「作り話じゃねえ!ずべてはお前の企みだ!」
「じゃあ尋ねるが、どうして私は君たちに協力したんだい?」
「なに?」
「もし仮に君の言う通りだとしたら、ツクネさんを救い出すのに手を貸すはずがないだろう。」
「それは俺たちの目を欺く為だ。」
「意味がない。」
「なんだと?」
「君たちの目を欺いてどうなるっていうんだい?」
そう言ってバシっとチェリー君の手を払った。
曲がっていた背中を反り起こし、トントンと腰を叩いている。
「ツクネさんを人質に脅しをかけるつもりなら、君たちを欺く必要なんてないじゃないか。」
「それは・・・・俺たちを油断させる為にだな・・・・、」
「逆だね。もし彼女を人質にとってるなら、山の中で君と会った時点で脅迫してるよ。」
「う・・・・ぬう・・・、」
「だいたいあの時ツクネさんは洞窟にいたんだ。もし人質に使うつもりなら、僕の神社で匿っていたよ。」
神主さんの顔に余裕が戻ってくる。
今度はチェリー君が追い詰められていた。
「じゃ・・・じゃあカラスはどう説明すんだ!?」
「カラス?」
「そこのインコは洞窟の中でカラスを見たって言ってるぜ。」
そう言ってチュウベエを振り返る。
「カラスがあんな洞窟の中になんかいるはずねえ。
てことはあれは普通のカラスじゃねえってことだ。」
「なるほどね。僕があの洞窟に潜んでいたと言いたいわけだ。」
「それしか考えられねえ。」
「じゃあ正直に言うよ。そのインコが見たカラスはきっと僕だ。」
意外なほどアッサリと認めた。
チェリー君は「やっぱりテメエじゃねえか」と胸ぐらを掴んだ。
「お前はコウモリ野郎と一緒にあの洞窟にいたんだ。だから姉貴もそこで匿ってた。」
「それは違う。」
「何が違うんだ?自分で認めたじゃねえか。」
「洞窟にいたことは事実だけど、それはちょっとした用事があっただけだよ。」
「用事だと?白々しいこと言いやがって。」
「ほんとのことさ。実はあの洞窟の中には奥宮があってね。」
「奥宮だと・・・・。」
チェリー君の顔が歪む。
「奥宮って・・・・本殿とは別に神様を分祀してる社のことか?」
「そうだよ。ウチの神社は洞窟の中に奥宮があるんだ。」
「でもここからじゃかなり離れてるじゃねえか。いくら分祀だからって遠すぎるだろ。」
「そんな事ないよ。奥宮はここからけっこう近い場所にあるんだ。」
そう言って社務所の奥を指差した。
そこには剥き出しになった岩肌があって、あちこちに草が茂っている。
「草のせいで見えにくいけど、あの中に洞窟への入口があるんだ。」
「な、なんだって?」
「要するにこの場所とあの洞窟は繋がってるってことさ。」
「・・・・マジで?」
チェリー君の目が点になる。
俺の目も同じになってるだろう。
「マジであの洞窟と繋がってんのか?」
「そうだよ。向こうまでかなりの距離があるけど、ちゃんと繋がってる。」
「知らなかった・・・・。」
「ウチの奥宮はこっちの入口から手前にあるんだよ。だからそう遠くない。」
「ほんとだろうな?」
「嘘だと思うなら確かめればいい。」
チェリー君は神主さんの胸ぐらを離し、「こいつ見張ってろよ」と岩肌へ駆けていく。
茂った草を掻き分け、「これか」と入口を見つけていた。
・・・・そして中に入ってから数分後、浮かない顔で出てきた。
「どうだった?」
尋ねると黙って首を振った。
「そいつの言う通りだった。」
「ほんとにあったのか・・・・。」
神主さんは「ね」と笑う。
「僕は奥宮に用があったんだ。毎日あの時間になると米や御神酒を取り替えに行くからね。
けど今日はたまたま御神酒を切らしてて、街まで買いに行ってたのさ。」
モンブランを振り返り「その子がここでの出来事を目撃したのはちょうどその頃だろうね」と言った。
「僕が戻って来た時には誰もいなかったから。」
「じゃあ・・・テメエはただ奥宮に行ってただけだと?」
「ああ。」
「けどそりゃおかしいじゃねえか。奥宮から向こうの出口まではかなりの距離がある。
なのになんでそこのインコがお前を目撃してんだよ?」
俺も同じことを思った。
奥宮へ行くだけなら向こうで目撃されるのはおかしいと。
それに何よりこの神社には神様がいないはずだ。
だったら分祀も出来ないわけで、奥宮に参る必要なんて・・・・、
「神様がいただろ?」
神主さんが言う。
チェリー君は「チッ」と舌打ちをした。
「ちょっと前に本殿の補修工事をしてね。その時に御神体を奥宮に移したんだよ。明日には戻すつもりだ。」
なるほど・・・神様はただ本殿をお留守にしていただけだと。
てことはつまり・・・・、
「ここには神様がいる。だから君のとこの神社を乗っ取る理由はない。」
最もなことを言われて、チェリー君は悔しがるしかなかった。
しかしまだ完全に沈黙するつもりはないようだ。
「じゃあなんで洞窟の奥まで行ったんだよ?奥宮に用があるだけなら向こうへ行くのはおかしいじゃねえか。」
「行ってないよ。」
「は?」
「奥までは行ってない。」
「嘘つくんじゃねえ!そこのインコがお前のこと見てんだよ!」
「そう言われても。」
「この期に及んで白を切ろうってのか?」
「そうじゃないよ。僕が言いたいのは、そのインコが僕を見たのは奥宮にいる時なのかなって思っただけさ。」
「・・・・どういうことだ?」
「洞窟は向こうからこっちまで続いてる。だから僕が想像したのは、そのインコがこっち側の入口から入って僕を見たのかなって思ったのさ。」
「それはつまり・・・・、」
チェリー君はチュウベエに目を向ける。
「おいインコ。」
「なんだ?」
「お前がカラスを見たのはどっちだ?」
「遠い方の入口だな。」
「ほら見ろ!テメエ嘘つきやがったな!」
怒るチェリー君だったが、モンブランがそれを止めた。
「ちょっと待って。」
「んだよ?」
「これってなんだかおかしいわ。」
「なにが?」
「だって時間が合わないじゃない。」
そう言ってチェリー君の前に躍り出た。
「ちょっと整理しましょ。まずチュウベエがカラスを見たっていう時間は、洞窟の中にコウモリはなかったのよね?」
「ああ、誰もいなかった。」
「ということは、もしチュウベエの見たカラスが神主さんだとしたら、コウモリたちが戻って来る前に向こうへ行ったってことよね?」
「そういうことになるな。」
「じゃあ今度は神主さんに質問。あなたが買い物から帰って来た時、ここには誰もいなかったのよね?」
「ああ、間違いない。」
「てことは、コウモリたちはツクネちゃんを連れて洞窟に戻った後ってことになるわ。」
「確かに。」
「これを時間別に並べるとこうなるわ。
まず神主さんが買い物に出かけた。
その時間と前後してチュウベエは洞窟にいた。
なぜならチュウベエが洞窟にいた時、コウモリはこの神社にいて、そして神主さんは買い物に出かけていたから。
それぞれの時間と居場所を考えると、こうならなきゃおかしいからね。」
自信満々に言うモンブランに、俺は「その通りだな」と頷いた。
「その次に私がここでツクネちゃんとコウモリ野郎を目撃してる。
その後、コウモリ野郎はツクネちゃんを連れて洞窟に戻っていった。
それから神主さんがここへ帰ってきて、洞窟の中の奥宮へ行った・・・・と。」
一匹でふむふむと頷いている。
「ねえチェリー君、チュウベエが見たカラスは神主さんじゃないと思うわ。」
「なんで?」
「だって時間が合わないもの。
もしチュウベエが向こうの入口で神主さんを見たっていうなら、それは神主さんが買い物から戻ってきた後ってことになるわ。」
「それがどうした?」
「でもチュウベエが洞窟にいた時、コウモリたちはそこにいなかった。なぜならこの神社にいたから。」
「だからそれがどうしたんだよ。」
「その時間、神主さんは買い物に出かけていた。だから向こうの洞窟に行くのは無理だわ。」
「そうだけど・・・でもこいつが嘘ついてるだけもしれねえだろ。買い物に行くとかぬかして、実は向こうの洞窟に行ってたのかも。
それならインコがこいつを目撃してもおかしくないだろ?」
「まあね。」
「まあねって・・・・からかってんのか?」
「その先の答えはあいつが知ってるんじゃない?」
モンブランは後ろを振り返る。
「ねえマサカリ。」
「え?俺?」
キョトンと固まっている。
「あんた山で迷子になって、この神社で泣いてたのよね?」
「ば、バカ野郎!泣いてなんいねえ。ただちょっと疲れて寝てただけでい。」
「泣いてましたね。」
すかさず神主さんが言う。
マサカリは「くそう・・・」と悔しがった。
「ならあんたは見てるはずよね?神主さんが戻ってきた瞬間を。」
「瞬間?」
「だって神主さんは買い物に行ってたのよ。
もしそれが本当なら、レジ袋でも提げながら人間の姿で戻ってきたはずよ。」
「まあそうなるな。」
「で、どうだった?神主さんはちゃんと人間の姿で戻ってきた?買い物袋は提げてた?」
「覚えてねえ。」
「へ?」
モンブランの声が裏返る。
「覚えてないって・・・・どういうことよ?」
「だって道に迷ってヘトヘトだったからよ。ちゃんとなんか見てねえんだ。」
「で、でも!神主さんが奥宮へ行ったかどうかくらいは覚えてるでしょ?
あんたその時ここにいたわけなんだから。」
「だから覚えてねえんだって。ここでシクシク泣いてたら、そいつが声かけてきてよ。」
「それは・・・人間の姿で?」
「おう。んでこの山で迷ってることを伝えたら、一緒に飼い主を捜してやるって言ってくれたんだ。」
「・・・・・・・。」
モンブランの目が白ける。
するとチュウベエが「モンブラン、これはお前が悪いぞ」と言った。
「なんでよ!マサカリがちゃんと覚えてれば解決だったのに。」
「こいつに知性を期待する方が悪い。」
「それもそうね。」
あっさりと頷いている。
マサカリは「馬鹿にしやがって!」と吠えた。
《ここまで来て何がなんだか分からなくなってきちゃったな。》
いったい真実はどこにあるのか?
誰の言っていることが正しいのか?
正直に言おう。
もうどっちでもよくなってきた。
だってツクネちゃんは無事だったんだし、借金だって返した。
だったらあとはもう・・・・なんでもいいんじゃないかな。
「帰るか?」
動物たちに言うと、「うん」と頷いた。
「それじゃチェリー君、俺たちこれで。」
「悪いけど私たちの仕事は終わったから。」
「これ以上は警察にでも頼んだ方がいいな。多分まともに取り合ってくれないだろうけど。」
「ていうか腹が減った。早く帰って飯にしようぜ。」
終わった終わったと帰っていく。
「おいおい!ちょっと待て!」
チェリー君が慌てて追いかけてきた。
「ここまで来といてそりゃあねえだろ。」
「いや、連れて来たのは君だし・・・、」
「だってあの野郎が真犯人だと思ったからさ。金を返すついでに問い詰めてやろうと思って。」
「でも結局どれが真実が分からない。だからもう帰るよ。」
「冷たいこと言うなって。最後まで付き合ってくれよ。」
さっきまですごいカッコよく見えたのに、今はいつも通りのツンデレだ。
《う〜ん・・・どうしようかな。》
金のことを考えるなら断った方がいいだろう。
もう依頼は終わったわけだし、これ以上となると追加料金をもらわないといけない。
けどそれもちょっと可哀想だし、かといって俺たちが手伝ったところで解決しそうにないし・・・・、
《どうすりゃいいのかなこれ。》
困ったなあと悩んでいると、「なあああああい!」と神主さんが叫んだ。
「ど、どうしたんですか・・・・?」
「ない!」
「なにが?」
「バッジが!」
「え?」
「君たちが帰るっていうから、掃除でもしようと思って箒を取りに行ったんだ。
落ち葉がいっぱい散らばってるから。」
そう言って年季の入った竹箒を振った。
「その時にバッジをカラスの像に置いてたんだよ。それがほんの数秒の間になくなってる・・・・。」
箒を投げ捨て、地面に手をつきながら探している。
「・・・・ない。どこにも落ちてない。」
必死にバッジを探す神主さん。
するとチュウベエが「ダメだぞチェリー」と言った。
「ん?なにが?」
「人にあげた物を盗んじゃ。」
「ば、バカ野郎!俺は盗ってねえ!」
「ほんとに〜?」
「当たり前だ!んなことするくらいなら最初から渡すか!」
「渡したあと盗むことで、借金を返しつつバッジを自分の物にするのが狙いだったんじゃ・・・・、」
「ドアホ!んな犯罪者みてえなことするか!」
するとモンブランが「そうよチュウベエ」と彼をかばった。
「チェリー君じゃないわ。」
「おお、俺の味方をしてくれるのか。」
「だってそんな知恵が回るような子じゃないもん。」
「ああ、確かに。」
「納得するな!」
動物たちはぎゃあぎゃあと喚いている。
神主さんは泣きそうな顔でバッジを捜しているし、これ・・・・どうしたらいいんだろう?
なんだか頭が痛くなってきて、腕を組んで空を見上げた。
《・・・・帰りたい。》
鳥居の向こう、田んぼの空にはカラスが舞っていて、「カアー」と鳴いている。
何気なくそれを見ていると、ピカっとクチバシが光った。
《なんだ今の?》
もう一度よく目を凝らす。
太陽の光を受けたカラスのクチバシが、またキラリと光った。
《何かを反射してるのかな?》
カラスは光り物が大好きである。
ビー玉だとか金属の破片だとか、そういう物を好んで集める。
この前だってチェリー君の純金のバッジが盗まれて・・・・、
「・・・・・あ!」
ピコンと閃く。
「バッジ!あそこにあるかもしれない!」
飛び去るカラスに指をさす。
みんな振り返り、石みたいに固まった。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第十八話 洞窟のコウモリ男(2)

  • 2018.04.09 Monday
  • 11:10

JUGEMテーマ:自作小説

「大丈夫かツクネちゃん!」
地面にめり込んだ彼女を引っ張り出す。
ズボっと抜いた後には、彼女と同じ形の穴が空いていた。
「おい姉貴!しっかりしろ!」
人間の姿に戻ったチェリー君が、パチパチと頬を叩く。
「ううん・・・・・。」
まだ怪物のままのツクネちゃんは、寝言のように何かを呟いた。
「やった・・・・日本代表・・・・優勝だ・・・・。」
幸せそうな顔で気絶している。
俺は後ろを振り向き、「もう洗脳は解けてるんだよな」と尋ねた。
「強い衝撃を受ければ元に戻る。」
コウモリ野郎はコクっと頷く。
チェリー君に蹴り飛ばされたせいで、こめかみに足跡が残っていた。
かなり痛々しい。
「とにかくみんな無事でよかったわね。」
モンブランが言う。
「俺様の必殺技のおかげだな。あれがなけりゃ今頃どうなってたか。」
自慢そうに言うマサカリ、チュウベエが「敵味方問わずの地雷技だけどな」とツッコんだ。
「しばらく鼻が利きそうにない。」
そう言って羽でゴシゴシとさすっている。
そしてチェリー君はツクネちゃんの傍で佇んでいた。
「まったく・・・・とんだ大暴れしてくれたぜ。」
うんざりしたような言い方だが、無事だったことにホッとしているようだ。
「それもこれも元はといえば・・・・、」
ギロっとコウモリ野郎を睨む。
「やいてめえ!よくも姉貴をこんな目に遭わせてくれやがったな。」
ガシっと胸ぐらを掴む。
「賽銭は盗むは姉貴を傷つけるわ・・・・事と次第によっちゃ生かしておかねえ。」
声に怒気がこもっている。
脅しではなく本気で言っているようだ。
だがコウモリ野郎は動じない。
冷めた視線で宙を睨んでいるだけだった。
「おい、なんとか言えよ。」
ガクガクと胸ぐらを揺さぶる。
俺は「まあまあ」と宥めた。
「とりあえずみんな無事だったんだし、いったん落ち着こう。」
「バカ野郎!危うく殺されるとこだったんだぞ。」
「そうだけど・・・彼にだって事情があるはずだよ。」
そっとチェリー君の手を下ろさせる。
コウモリ野郎は相変わらず冷めた目をしたままだった。
「あんた名前は?」
そう尋ねても知らん顔。
俺たちと話す気はないようだ。
「ずっとコウモリ野郎って言うのもアレだから、名前くらい教えてくれよ。」
「・・・・・・・。」
「そうか、言いたくないならいい。けど賽銭泥棒やツクネちゃんをさらった理由は答えてもらうぞ。」
「・・・・・・・。」
「今から質問をするから、合ってたら頷いてほしい。」
「・・・・・・・。」
だんまりのままである。
しかし言葉は届いているはずなので、「じゃあ聞くぞ」と切り出した。
洞窟を指差しながら、「あの奥に・・・」と尋ねる。
「祠があるんじゃないか?」
そう尋ねると、ピクっと目を動かした。
「あんたはその祠の番人なんだろ?」
「・・・・・・・。」
「もしそうだとしたら、あんたが賽銭を盗んでいた理由は分かる気がするんだ。」
「・・・・・・・。」
「この洞窟、コウモリの棲家になってるけど、元々は違う物なんだろ?
きっと祠に祀ってある神様の為のものだったんじゃないのか?」
また目を動かす。
さっきより落ち着きがなくなって、ゴクリと喉が動いていた。
「神社、お寺、教会・・・・神様に祈りを捧げる場所は色々ある。
けどこういった山の中じゃ大きな建物を建てるのは難しい。
そういう時は祠を建てるんだ。そうすることで神様を祀り、願いや祈りを捧げる場所にする。」
「・・・・・・・。」
「山の麓なんかにも時々見かけるよ。そしてそういう場所にはちょくちょくお供え物がしてある。
お酒だったりお菓子だったり、そして・・・・お賽銭だったり。」
コウモリ野郎は相変わらず無口だが、表情は明らかに変化していた。
落ち着き無く唇を舐めて、視線を彷徨わせている。
「チェリー君から聞いたんだ。神様を祀る為にはお供え物が必要だって。
お賽銭だってその一つだ。
けどどんなお金でもいいわけじゃない。願いや気持ちのこもったお金じゃないと、神様へのお供え物にはならない。
こう言っちゃなんだけど、ここは滅多に人が来るような場所じゃない。だから・・・・あんたも苦しんでたんだろ?
神様へ奉納するお賽銭がなくて。」
コウモリ野郎は俺を見る。
さっきとは違ってとても鋭い目つきだ。
するとチェリー君が「どういうことだよ?」と割って入ってきた。
「こいつも金に困ってるっていうのか?」
「俺はそう睨んでる。」
「んなアホなことあるかよ。」
「どうしてそう言える?」
「俺はこれでも霊獣だ。もしこの近くに神様を祀ってるならすぐに分かる。」
そう言ってクンクンと鼻を動かした。
「あの洞窟からはそういった気配を感じねえ。ここには何もいねえよ。」
「かもしれないな。」
「かもしれないって・・・・お前が言い出したことだろが。」
「もう遅かったのかも。」
「なに?」
「神様へ奉納するお金が用意できずに、祠を去ってしまったのかもしれない。」
「だったら盗む必要はねえじゃねえか。こいつはつい最近まで賽銭泥棒やってたんだぜ。」
「うん、だから新しい神様の為に用意したお金なんだと思う。」
「は?新しい・・・・、」
ポカンと口を開ける。
俺はツクネちゃんを見つめながらこう答えた。
「考えてほしい。どうしてツクネちゃんをさらったりしたのか。」
「それはあのストーカー野郎と手を組んでたから・・・・、」
「神主さんは無関係さ。でなけりゃ俺たちに協力はしなかっただろうから。」
「へ!あんなの俺たちを欺く為の演技だろ。」
「俺はそう思ってない。ツクネちゃんをさらったのはコウモリ野郎の単独犯だよ。
じゃあなんでそんなことをしたのかっていうと、あの神主さんの神社を乗っ取る為さ。」
「乗っ取る・・・・。」
またポカンと口を開ける。
チュウベエが「なかなか面白いアホ面だな」とからかった。
「うるせえ!おいテメエ、どういうことか説明しろ。」
ビシっと指を向けてくる。
俺は「そのまんまの意味さ」と答えた。
「祠へ参る人がいなくなってしまった今、コウモリ野郎は奉る神様を失ってしまった。
そうなると霊獣は彼の代で終わることになる。」
「そりゃ神様からの加護が受けられないからな。」
「それを避ける為に神社を乗っ取ろうとしたんだよ。自分が新たな神主になれば、あそこに祭ってある神様の加護が受けられるから。」
「いやいや、新しい神主になるって・・・・んなこと簡単に出来るわけねえだろ。」
「だろうね、だからツクネちゃんをさらったんだ。彼女を餌に使えば、あの神主さんも言うことを聞いてくれるんじゃないかと思って。」
俺はコウモリ野郎に目を向ける。
実に不機嫌そうな顔で遠くを睨んでいた。
「あんたはツクネちゃんの神社へ何度も泥棒に行っている間に気づいたんだろ?彼女があの神主さんからしつこく迫られてることを。」
「・・・・・・・。」
「だったら彼女を使えば、神主さんに言うことを聞かせられるかもしれないと考えた。
だからツクネちゃんをさらったんだ。違うか?」
少し強めに尋ねると、一瞬だけ俺を見た。
けどやっぱり何も答えない。
どうあっても黙秘を続けるつもりらしい。
「じゃあ勝手に続けるな。あんたは加護を与えてくれる新しい神様を欲しがっていた。
そして幸いなことに、この山には二つの神社がる。
チェリー君の所とあの神主さんの所。
この二つの神社のどちらを狙うか考えたはずだ。
そして神主さんの神社を選んだ。
なぜならチェリー君の所はあんたと一緒で、今にも神様が去ってしまうんじゃないかってほど経営難だから。」
「・・・・・・・。」
「狙うならもう一つの神社しかない。けど乗っ取るなんて簡単に出来るわけがないから、どうしようか考えたはずだ。
そこで閃いたのが、ツクネちゃんを利用することだった。
彼女をさらい、あの神主さんを落とせと命令したんじゃないか?
上手くいけば、お前んとこの借金だって返す必要がなくなるぞとか言って。」
何度も瞬きを繰り返して、口元を噛んでいる。
俺は「YESと受け取るぞ」と言った。
「上手くいけばあの神社はあんたの物になるんだから、借金だって帳消しに出来る。
そうすればツクネちゃんは自分の神社を守れるし、あんたは新しい神様の加護を手に入れることが出来る。
お互いにとってメリットのある事だ。」
「・・・・・・・・・。」
「きっと上手くいくはず・・・・そう思っていたんだろ?
けどツクネちゃんはすごく真面目な子だ。
いっつも不機嫌な顔だし、ぶっきらぼうな所もあるけど、根は純粋で優しい子だよ。
だからあんたの提案には乗ってこなかった。
彼女のことだから、あんたを蹴っ飛ばして帰ろうとしたんだろう。
けどあんたは諦めきれない。だから力づくで神主さんの神社まで連れて行ったんだ。」
「・・・・・・・。」
「けどその時、神主さんは買い物に出かけていなかった。
そこでまたツクネちゃんと喧嘩になったはずだ。実際に二人が揉めてるのをウチの猫が見てるからな。」
モンブランを振り返ると、「ばっちりね」とウィンクした。
「そこでとうとうツクネちゃんはキレた。いい加減しつこいあんたをガンガン蹴り飛ばした。
このままじゃ彼女に逃げられる。
そう思ったあんたは最後の手段に出た。特殊な音波で彼女を操ったんだ。」
ちょっとカッコをつけて指を向ける。
コウモリ野郎は「ふん」と小さく鼻を鳴らした。
「間抜けだなお前は。」
初めて口を開いた。
俺は「どうして?」と聞き返す。
「仮にお前の言う通りだったとしよう。だがそうなると、その女をさらうなんて回りくどい事をする必要はない。
最初からあの神主を操ればいいんだからな。」
そう言って音波を飛ばすように口を開いた。
マサカリが「確かに」と頷く。
「一番手っ取り早い方法だぜそりゃあ。」
「ほら見ろ、そのデブ犬もそう言ってる。」
「誰がデブでい!」
「ぐあッ!」
ガブっと噛みつく。
「次にデブって言ったら必殺技を食らわすぜ。」
クルっとお尻を向けて、米印の穴をヒクヒク動かした。
飼い主として恥ずかしいからやめてほしい・・・・。
「マサカリの言うことはもっともだよ。だったら逆に、なんで最初からそうしなかったのかって疑問が残る。」
「どういうことでい?」
「いいからお尻を引っ込めろ・・・・。」
「へ!みんな俺様の必殺技に恐れをなしてるようだな。」
ガハハハと笑うマサカリ。
それは恐れをなしているんじゃなくて、単に臭いから嫌なだけだ。
モンブランからも「下品なのよ」とツッコまれていた。
「とにかく・・・・なんで最初から神主さんを操らなかったのかって疑問が残るんだよ。
一番確実で手っ取り早い方法なのに。」
コウモリ野郎に目を向けると、またそっぽを向いてしまった。
「俺はこう思ってるんだ。あの技って異性にしか効かないんじゃないかって。」
そう答えると、チュウベエが「なんで?」と尋ねた。
「それはだな・・・・、」
「適当な答えだったら糞を落とすからな。」
そう言って頭にとまって来ようとするので、シッシと追い払った。
「それはチェリー君や神主さんには使わなかったからだよ。」
「・・・・・・。」
「だから頭にとまるな!」
「チッ・・・。」
「なんで舌打ちなんだよ・・・・。いいか?チェリー君も神主さんも霊獣だから、本気で戦えば強いはずだ。
実際にチェリー君はそいつを倒したわけだし。」
「不意打ちだけどな。」
「擬態を使ってたからな。けどそんな強敵だからこそ、普通なら真っ先に操ろうとするはずなんだ。
神主さんにしたってさ、さっきも言ったように最初から操れるならそうしてるはずなんだよ。
じゃあなんでそうしなかったのか?理由は異性にしか効かないからとしか考えられない。
俺たちの中で操られたのはツクネちゃんだけだからな。」
「じゃあツクネのお母さんは?あれだってメスだけど操られてないぞ?」
「だってお母さんを操っても仕方ないじゃないか。神主さんに言うことを聞かせる為のツクネちゃんなんだから。ていうかあれって言うな。」
「なるほどな。あんなに便利ですごい技なのに、確かにツクネにしか使ってない。じゃあやっぱり異性にしか効かないのか?」
チュウベエが尋ねると、コウモリ野郎は「間抜けめ」と罵った。
「これだから鳥は馬鹿なのだ。」
「言われてるぞ悠一。」
「俺はいつから鳥になったんだよ・・・。」
こいつと話してると気が抜けてくる。
コウモリ野郎は「お前も間抜けだ」と俺を睨んだ。
「もし俺がその女を操ったのなら、この洞窟へ戻って来るはずがないだろう。
神主が帰って来るまであの神社て待っていたはずだ。」
「それは・・・・、」
「わざわざ操ったのだから、ここへ戻って来る意味がないではないか。」
「そ・・・・そういう気分だったからとか?」
「?」
「いったん家に帰って落ち着きたいなあ・・・・みたいな?」
「間抜けめ。人間のクセに鳥と同じくらい阿呆だ。」
「また言われてるぞ悠一。」
「お前もだよ!」
ここまでいい感じで来てたのに詰まってしまう。
するとそんな俺を見てコウモリ野郎はこう言った。
「お前の言う通り、あの洞窟の中に祠がある。」
「やっぱり!」
「祀っていた神も去ってしまった。奉納する賽銭が足りずにな。」
「おお!」
「そして俺が操ることが出来るのは異性だけだ。」
「それも当たってたのか!じゃあやっぱり俺の考えは正しかっ・・・・、」
「いいや。」
これみよがしに首を振る。
「当たってるのはここまでだ。それ以外は全て的外れ、幼稚な探偵ごっこのようで聞くに堪えん。」
「そんな・・・・。」
また項垂れる・・・・。
チュウベエが「言われてるぞ」とからかってきたが、ツッコむ気にもなれなかった。
「じゃあ・・・教えてくれよ。どうしてツクネちゃんをさらったんだ?」
「さあな。」
「どうして教えてくれない?喋って困ることでもあるのか?」
「・・・・・・・・。」
「まだ・・・隠してることがあるとか?」
そう尋ねると、コウモリ野郎は首を振った。
そしてそれ以上は何も答えなかった。
「頼むよ、教えてくれ。なんでツクネちゃんをさらって・・・・、」
「もういいだろ。」
チェリー君が止めに入る。
「姉貴は助け出した。犯人だってシバいた。もう話すことはねえ。」
「さっきはあんなに怒ってたくせに。」
「許したわけじゃねえよ。ただ・・・・同情しちまってよ。」
「なにを?」
「祀る神様がいなくなったってことは、そいつの代で霊獣はおしまいだ。
つまり代々続いてきた祠を守れなかったってことだ。
祠の番人として力を授かっていたはずなのに・・・・霊獣としてこんなに恥ずかしいことはねえ。」
チェリー君は背中を向け、「よっと」とツクネちゃんを抱える。
「俺たちがどうこうしなくても、あの世へ行ったらたっぷりご先祖様に叱られるだろうぜ。
そん時まで恥を抱えて生きてくだけだ。」
コウモリ野郎に一瞥をくれ、「ふん!」と去っていく。
「・・・・・・・・。」
俺はどうしていいのか分からず、ポカンとその場に立ち尽くす。
するとモンブランも「帰りましょ」と言った。
「これ以上ここにいたって意味ないわ。」
「そうだけど・・・・、」
「ツクネちゃんが無事だったんだからいいじゃない。」
「けどこいつを引っ捕えないと借金がだな・・・・、」
そう返すと、マサカリが「それはチェリーたちが考えることだぜ」と言った。
「あいつがいいって言ったんだ。一件落着だ。」
「う〜ん・・・でも釈然としないような・・・・、」
「終わったこと気にしても仕方ねえぜ。たっぷり働いて腹が減った、帰って飯にしようぜ。」
マサカリとモンブランはチェリー君の後を追っていく。
俺はコウモリ野郎を振り返り、「あんた・・・」と話しかけた。
「何が目的だったのか分からないけど、二度とあの姉弟に手を出すなよ。」
「・・・・・・。」
「大事なモノを失う悲しみはあんただって知ってるはずだ。二度と賽銭泥棒なんてしないでくれ。」
そう言い残し、その場を後にする。
遠くに見えるチェリー君の背中を追いかけていると、チュウベエが「なんか忘れてるような・・・」と呟いた。
「ん?」
「なんだろな・・・・なんか忘れてないか?」
「そうか?ツクネちゃんは助け出したし、みんな無事だったんだから問題ないじゃないか。」
チュウベエは首を傾げる。
しばらく考えるような顔をしていたけど、「だな」と頷いた。
「悠一、今日はみんな頑張った。夕飯は奮発してくれよ。」
「ミルワームの甘酢かけを出してやるよ。」
「おおおお!さすがは我らが飼い主、太っ腹だ!」
興奮のあまり糞を落とすチュウベエ。
「いい加減にしろ!」と追い払った。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第十七話 洞窟のコウモリ男(1)

  • 2018.04.08 Sunday
  • 12:49

JUGEMテーマ:自作小説

罪を犯す者は一度きりではすまないという。
初犯で捕まえた容疑者が、実は何度も犯行を重ねている常習犯だったというのはよくあるらしい。
「実はウチも被害に遭ってましてな。少し前から賽銭箱が空になっているんです。」
松崎しげるなみの色黒のおじさんが、困った顔で頭を撫でている。
「ウチもそう参拝客が多いわけじゃありませんが、さすがにゼロってことはない。
こりゃ賽銭泥棒の仕業に違いないと思いました。」
険しい山の中を歩きながら、ポツポツと愚痴っている。
「こりゃなにがなんでも捕まえなけりゃならんと、何日か待ち伏せをしたんです。
しかしそういう時に限って現れないんですなあ。」
心底困った様子である。
そりゃそうだろう。
メインの収入源が断たれたわけだから。
「あなたの所も被害に遭ってたんですね。」
そう言うと「そちらこそ」と返してきた。
「まさかツクネさんとこの神社も被害に遭っていたとは。こりゃあもしかしたら他の所もやられてるかもしれませんな。」
松崎しげる色の神主さん曰く、賽銭を盗むのはものすごく簡単らしい。
だって警備もなければ見張りもいない。
賽銭箱の構造を知っている者ならば、誰でも簡単に盗めるのだという。
そのせいで防犯カメラを設置したり、警備会社と契約している所もあるという。
「しかしそういうことが出来るのは儲かっている所だけ。ウチみたいな細々とやっとる所はどうしようもないもんです。」
「大変なんですね。けど箱に鍵を掛けるとかすれば・・・・、」
「そういう手もありますが、結局は破られてしまうでしょうな。プロの手にかかっちゃ箱の鍵なんて無いも同然でしょうから。」
「確かに。」
「金がなければ金を守ることすら出来ない。嫌な世の中になったもんです。」
そう言って先を歩いていく彼の背中は、悲しさを宿しているように感じた。
俺は後ろを振り向き、チェリー君をつついた。
「おい。」
「んだよ。」
「なんかいい人っぽい感じじゃないか。君の言うようなストーカー変態野郎には見えないんだけど。」
「猫被ってんのさ。」
「猫?カラスの間違いだろ。」
「正体はな。」
そう、この神主さんは人間ではない。
彼もまたチェリー君と同じ霊獣である。
しかもカラスの霊獣だ。
「何度もしつこく姉貴に迫ってきたんだ。そいつが犯人に決まってる。」
「う〜ん・・・それだけで決めることは出来ないと思うけど・・・、」
「賽銭泥棒に遭ってるのだって嘘に決まってらあ。そうやって被害者面することで、容疑者から外れようとしてんだろうぜ。」
チェリー君の疑いは晴れない。
親の仇のように神主さんの背中を睨んでいた。
「あいつが姉貴をさらったのさ。絶対に許さねえ。」
今にも飛びかかりそうな彼を「まあまあ」と宥める。
するとマサカリが「おめえもしかして・・・、」と口を開いた。
「シスコンだな。」
「なッ・・・、」
「そうだろ?お姉ちゃん大好きなんだろ?」
ニヤニヤしながらからかう。
するとモンブランも乗っかってきた。
「やだあ〜、いい歳してお姉ちゃん大好きなんて。」
「ち、違わいボケ!家族を心配してるだけだ!」
「でもなんやかんや言ってツクネちゃんの事となると焦ってる感じがする。ほんとはシスコンなんでしょ?」
「だから違うっつってんだろ!」
否定すればするほど「シスコン」と攻撃を喰らっている。
やがてチュウベエまで乗っかってきた。
「そうかそうか、チェリーはお姉ちゃん大好きなんだな。」
「て、テメエらなあ・・・・、」
「いいじゃないか、お姉ちゃん想いで。恥ずかしがることじゃないぞ。」
「だから違うって言ってんだろ!」
「あ、でも一線は超えちゃダメだぞ。あくまで姉弟として仲良くだな・・・・、」
「ぶっ殺す!」
怒りのあまり顔を真っ赤にする。
俺は「落ち着けシスコン君」と肩を叩いた。
「誰がシスコンだ!」
「洞窟が見えてきたぞ。」
木立の向こうに先ほどの洞窟が現れる。
俺たちは立ち止まり、じっと息を潜めた。
「もしあの中にコウモリ野郎がいるなら、のこのこ近づいてもバレるだけだ。」
「分かってら。俺が擬態を使ってボコボコにしてやる。」
「いや、君にはツクネちゃんの相手をお願いしたいんだ。彼女が暴れたら洞窟へ入れないからな。」
「姉貴と喧嘩しろってのかよ?」
「悪いとは思ってるよ、でもそれしか方法がない。」
「へ!やだね喧嘩なんて。」
「なんだ?お姉ちゃんにビビってるのか?」
「誰がビビるか。」
「じゃあシスコンだから?」
「てめ!まだ言うか・・・・、」
胸倉に掴みかかってくる。
しかしすぐにその手を離してこう言った。
「どいつもこいつもシスコン扱いしやがって・・・・そこまで言うなら喧嘩でもなんでもしてやらあ!」
「おお、やってくれるか。」
「喧嘩なんざなんてことねえ。誰があんな姉貴を好きなもんか。」
まるで子供が拗ねるみたいにふてている。
するとマサカリが「でもやっぱりシスコンぽいよな」と言った。
モンブランも「私だったらこんな弟は嫌だわ」と首を振る。
チュウベエも「禁断の愛に発展しないといいけど」と不安そうだ。
「だ〜か〜ら〜!そうじゃないってことを今から証明してくるって言ってんだろ!」
顔を真っ赤っかにしながら、拳を握って吠える。
「見てろ!あんな姉貴なんざブッ飛ばしてやる!」
そう言って「ドラああああああ!」と駆け出していった。
「・・・・・・・・・。」
俺は黙ってその様子を眺める。
モンブランが「上手くいったわね」と頷いた。
「ああして煽ってやれば乗っかってくると思ったのよ。」
するとマサカリも「だな」と頷いた。
「ばっちり成功だな。」
するとチュウベエもうんうんと頷いた。
「しっかしここまで扱いやすいとはなあ。ある意味ものすごくピュアな奴だ。」
そう、チェリー君をシスコン呼ばわりしたのはわざとである。
洞窟の探索に反対してたから、どうにか出来ないかと悩んだ末の作戦だ。
ちなみに考案者はモンブランである。曰くあの手のオスは単純だからとのことだった。
果敢に向かっていったチェリー君は、洞窟の前で「姉貴!」と吠えた。
「隠れてねえで出て来い!」
両手でカモン!とアピールしている。
「さっさと出てこねえとコレクションのサッカーグッズを全部捨ててや・・・・、」
「ぶっ殺おおおおおおおおす!」
洞窟の中から勢いよくツクネちゃんが飛び出してくる。
タックルでテイクダウンを取り、背後に回ってチョークスリーパーを極めた。
「ちょ・・・・ギブギブ!」
たまらずタップするチェリー君。
戦いは一秒ほどで終わった。
《弱!》
これでは彼女を引き付けておくことが出来ない。
動物たちも首を振って呆れていた。
するとその時、サッと神主さんが立ち上がった。
「私が行きましょう。」
「ええ!?」
「あなた方の話を信じるなら、ツクネさんは操られているんでしょう?」
「ええ、賽銭泥棒のコウモリに。」
「だったらこのまま見過ごすことは出来ない。」
そう言ってバっと服を取り払う。
次の瞬間、真っ黒なカラスに変わっていた。
「私がツクネさんを引き付けます。あなた方はその隙に賽銭泥棒を捕まえて下さい。」
「いいんですか?」
「惚れた女の為ならば、この身を犠牲にすることなどたやすい!」
「意外と男気があるんですね・・・・。」
「賽銭泥棒を捕まえれば、ツクネさんも正気に戻るかもしれない。」
「ええ、彼女の為にも捕まえないと。」
「そしてツクネさんが正気に戻った時、必ずや私の胸に飛び込んでくるでしょう。
ああ、私の為に身を張ってくれるなんて・・・なんて逞しいオス!プロポーズお受けします!と。」
カラスは「カアー!」と鳴いてから、「すわ!」と羽ばたいていった。
《そっちが目的か・・・・・。》
あながちチェリー君の推理も外れてないのかも・・・なんて思ってしまう。
カラスは「ツクネさん!」と叫んで、彼女の前に立ちはだかった。
「さあ!ぞんぶんに私をシバくがいい!そして正気に戻った暁には、この烏丸寛太の求愛を受け入れてほし・・・・、」
「死ね!」
「ぐはあッ!」
一撃で叩き落とされている。
その後は散々に蹴られまくって、たまらず空に逃げていた。
しかしツクネちゃんの蹴った小石がヒットして、崖の下へと消えていった。
《あんたも弱いな!》
なんて頼りない奴らか。
チュウベエが「口だけだな」と呆れていた。
「悠一、このままだと洞窟の中に入れないぞ。」
「だな。誰かが囮にならないと・・・・、」
「悠一行けよ。」
「悠一お願い。」
「ここは飼い主の出番だ。」
「いや、ここは公平にジャンケンで決めよう。」
「最初はグー!」とジャンケンをする。
しかしその時、「早く行けええええ!」と声がした。
「姉貴は俺が抑える!その隙に洞窟へ行け!」
チェリー君がツクネちゃんを羽交い絞めにしている。
だがあっさり投げ飛ばされて、またチョークスリーパーを極められそうになっていた。
「クソ!何度も負けてたまるか!」
咄嗟に擬態を使って姿を消す。
そして・・・・・、
「ぎゃあああああああ!」
ツクネちゃんの悲鳴が響いた。
お尻を押さえながら苦しそうに倒れる。
彼女の後ろからチェリー君が現れ、ニヤリと笑った。
「へへへ、なかなかの威力だろ?」
そう言って鉄砲みたいに構えた指をフっと吹いた。
どうやらカンチョーをかましたらしい。
ピクピク痙攣するツクネちゃんを見て、チェリー君は嬉しそうだ。
「だははは!見たか姉貴!弟が下剋上を起こす時だぜえ!」
すっごい嬉しそうだ・・・・。普段の力関係がよく分かる。
だがその笑顔は一瞬にして消え去った。
なぜなら・・・・、
「てんめええ・・・・・、」
ツクネちゃんの顔がだんだんと変わっていく。
人とも獣ともつかない怪物のように・・・・・。
《出た!》
俺はサッと木陰に隠れた。
だぜかって?
怖いからさ!
ちょっとだけ覗いてみると、顔だけじゃなくて身体にも変化が起きていた。
ボディビルダーも真っ青のムキムキマッチョになり、全身から獣の体毛が生えてきた。
目は釣り上がり、牙は伸び、爪は鎌のように鋭くなっていく。
「ぐううう・・・・うううぐあああああおおおおお!!」
《ひいいいい!》
空気が震えるほどの雄叫びを上げる。
ツクネちゃんは狼男のような怪物へと変貌していた。
全身から殺気が満ち溢れ、近づく者すべてを切り裂きそうなほどである。
《ついに出たよ・・・・・霊獣の本当の姿が。》
人でもない、動物でもない。
お伽噺に出て来るような常識を超えた怪物・・・・それこそが霊獣という生き物だ。
強い霊力を宿したその獣は、一度力を解放すれば荒れ狂う嵐のようなパワーを発揮する。
正体を露わにしたツクネちゃんは、ギロリとチェリー君を睨んだ。
《マズい!》
早く逃げろと手を振る。
しかし彼は落ち着いていた。
余裕の笑みを浮かべながら、スウっと姿を消してしまう。
《そうだ!擬態してれば見つからない。》
ツクネちゃんはキョロキョロと辺りを捜す。
危うく目が合いそうになって、サッと身を隠した。
《危っぶねえ・・・・。》
心臓がバクバクいっている。
動物たちも足元で小さくなっていた。
《これじゃ絶対に近寄れないよ・・・・。》
彼女の怒りが解けるまで洞窟に入るのは無理だろう。
・・・・そう思っていたのだが、チャンスはすぐにやって来た。
「ブ〜スブ〜ス!万年不機嫌面のバカ姉貴!」
チェリー君が擬態を解いて挑発している。
《何やってんだ!殺されるぞ!》
悪口を言いまくって、お尻を向けてオナラをこいている。
「グウウガアアアアア!」
《言わんこっちゃない!》
ツクネちゃんは牙を剥き出して飛びかかる。
するとチェリー君、また擬態を使って隠れた。
「グウウ・・・・。」
辺りを探るツクネちゃん。するとまたチェリー君が・・・・、
「こっちだこっち!とろくさい奴だな。」
「グウオオオオオオ!」
爪を振り上げて飛びかかる。しかしチェリー君はまた擬態する。
そしてまた現れて挑発し、擬態して隠れ、また挑発・・・・。
「何やってんだアイツ?」
マサカリがしかめっ面で睨む。
「ついに頭がおかしくなったのか?」
「・・・・そうじゃない。見ろ、ツクネちゃんがどんどん洞窟から遠ざかっていく。」
ああやって挑発することで、俺たちから引き離してくれているのだ。
《行くなら今しかない!》
木陰から駆け出す。
「行くぞみんな!」
洞窟まで一気に駆け抜ける。
後ろを振り返ると、「グオオオオオオ・・・・・」と遠ざかる雄叫びが聴こえた。
「ナイスだチェリー君。」
伊達にカッコつけてるわけじゃないんだなと、ちょっとだけ見直した。
「さて、こっちはこっちで仕事をしないとな。」
懐中電灯のスイッチを入れ、洞窟の奥を照らしてみた。
天井も壁も足元も、ゴツゴツした岩肌がむき出しになっている。
ちょっと転んだだけでも怪我をしそうだ。
しかも奥へ行くほど狭くなっている。
光の届かない向こうからは、わずかに風が吹いていた。
「コウモリが一匹もいない。奥に隠れてるのかな?」
ゆっくり足を進めていく。
マサカリは「お化け屋敷みてえだ・・・」と怖がり、チュウベエは「ワクワクするな」と楽しそうだ。
そしてモンブランはというと、真剣な目つきで奥を睨んでいた。
「どうした?何か見つけたか?」
「・・・・・・・・。」
ピタっと足を止めて、注意深く睨んでいる。
猫は暗い所でも目が利くから、やはり何かを見つけたんだろう。
「モンブラン、何を見てるんだ?」
「たくさんの影が見える・・・・。」
「影?」
「あれ・・・・コウモリじゃない?」
「なに!」
ライトを向けるがまったく分からない。
モンブランほど夜目が利かないので、もう少し先まで進んでみた。
すると・・・・、
「ほんとだな・・・・なんかいっぱいいる。」
天井で何やら蠢いている。
遠いので分かりにくいが、何かが潜んでいることは間違いない。
「悠一い〜・・・・やっぱ引き返そうぜ。」
マサカリが泣きそうな声で言う。
出来ればそうしたいけど、そうもいかない。
「お前らは外で待ってろ。」
動物たちを残し、さらに進んでいく。
距離が近づくにつれ、天井に蠢く者の正体がハッキリと見えてきた。
モンブランの言った通り、あれはコウモリの群れだ。
そして群れの中に一際大きな奴がいる。
人の背丈の半分くらいはありそうなほどだ。
そいつはじっとこっちを睨んでいる。
真っ赤な目を光らせて・・・・・。
《おっかないなあ・・・。》
これ以上進むのはまずいと思い、いったん立ち止まった。
するとモンブランとチュウベエも隣に並んできた。
「危ないぞ・・・外にいろ。」
「コウモリなんかにビビる私じゃないわ。」
「いざとなったら悠一を置いて逃げるから安心しろ。」
この二匹はけっこう肚が座っている。
外で怯えるメタボ犬と違って。
「もし襲いかかってきたらすぐ逃げるんだぞ。」
動物たちと並んでゆっくり進む。
コウモリは射抜くような視線を向けて、それ以上近づくなと警告しているかのようだった。
《ビビるな・・・・こっちから話しかけるんだ。》
ふうっと深呼吸する。
「やあ、俺は動物探偵の有川悠一っていうんだ。人間なのに動物と話せる変わり者さ。」
なるべくフレンドリーに話しかける。
望むべきは話し合いであって、戦いではないのだ。
「勝手にお邪魔しちゃってごめん。どうしても君に尋ねたいことがあって・・・・、」
そう言いかけた時、モンブランが「あんた!」としゃしゃり出てきた。
「ツクネちゃんを元に戻しなさい!」
「お、おい・・・・いきなり喧嘩腰にいくな。」
「私は見たのよ!カラスの神社でツクネちゃんを操るところを!」
「だから喧嘩腰にいくなって!怒らせたらどうするつもり・・・、」
「彼女をさらった上に、思い通りに操ろうなんて・・・・コウモリの風上にも置けないわ!」
コウモリじゃないお前が言っても意味ないだろと思ったが、モンブランの怒声は止まらない。
「今すぐツクネちゃんを元に戻すのよ!そしてごめんなさいって謝りなさい!さもないと・・・・、」
怒ったように牙を向く。
まさか飛びかかるつもりだろうか?
「さもないと・・・・・悠一がアンタをぶっ飛すわよ!」
「・・・・え?俺?」
予想外の言葉に凍りつく。
「悠一はこう見えてもやる時はやるんだから!コウモリなんかボッコボコのメキョメキョよ!」
「おい!いきなり何を言い出して・・・・、」
「本気で怒ったら強いんだから!目からビームが出るわよ!」
「出るか!」
「痛い目に遭いたくなかったら、今すぐツクネちゃんを解放するように、以上!」
そう言って「あとよろしく」と逃げて行く。
「おい!」
「お膳立てはしたわ!あとは悠一次第よ!」
「こんなお膳を頼んだ覚えないぞ!」
シュタシュタっと逃げていき、マサカリの隣に並ぶ。
もう戻って来る気はないようだ。
「・・・・・・・。」
俺は恐る恐るコウモリを振り返った。
すると・・・・、
「ひい!」
さっきより近づいて来てる・・・・。
大きい奴だけじゃなくて、群れ全体がこっちへ・・・・。
「よし!次は俺の番だな。」
チュウベエはコウモリの方へと羽ばたいていく。
「危ないぞ!戻れ!」
引き止める間もなく飛んでいく。
そして・・・・、
「とりゃ!」
クルっとお尻を向ける。
次の瞬間、コウモリの顔にベチョっと糞がかかった。
「お、お前はなんてことを・・・・、」
「悠一!お膳立てしといてやったからな!」
「だからこんなお膳はいらん!」
「武運を祈ってるぞ。」
そう言ってマサカリたちの方へ逃げていった。
みんな何食わぬ顔をしている。
そりゃそうだろう・・・自分たちはいつでも逃げられる距離にいるんだから。
でも俺はというと・・・・、
「・・・ぎゃあ!また近づいてきてる!」
振り返ると10メートルくらい先にコウモリたちがいた。
もはや逃げることは不可能・・・。
そして話すら聞いてもらえないだろう。
「あ・・・その・・・・、」
めっちゃ怒った顔をしている。
相手は霊獣、戦っても勝ち目はない。
だったら・・・・いっそのこと謝ろうか?
土下座でもすれば命までは取られたりしな・・・・、
「さっきのはお前のペットか?」
ものすごくドスの利いた声で尋ねてくる。
俺はコクコクと頷いた。
「飼い犬が手を噛んだら、飼い主が責任を負うものだ。」
「・・・・・・・・・。」
「猫の暴言も同じ、そしてインコの糞も同じだ。」
「・・・・・・・・・。」
「お前がどこの誰だか知らんが、報いは受けてもらうぞ。」
大きなコウモリは羽を広げる。
すると他のコウモリたちが一斉に飛びかかってきた。
「ぎゃあああああ!」
「逃がさん。」
あっと言う前に先回りされて、道を塞がれてしまう。
後ろにはコウモリの大群、前にはコウモリの霊獣。
これぞ「前門の虎 後門の狼」ってやつだ。
どっちもコウモリだけど。
「コウモリの大群に噛まれて感染症に罹るか、俺の超音波で吹き飛ぶか・・・・好きな方を選べ。」
「どっちも嫌!」
頬を押さえて絶叫する。
病気になるのも大怪我を負うのもゴメンだ!
本日二度目の大ピンチ。
だがヒーローは遅れてやってくる。
大きなコウモリは突然「ごはあ!」と吹き飛んだ。
バチン!と壁に叩きつけられて、涎を垂らしながら倒れていく。
「待たせたな!」
何もない空間からチェリー君が現れる。
「見事に決まっただろ?俺の必殺キック。」
ビシっとカッコをつけている。
「ちぇ・・・チェリー君!」
思わずハグしてしまう。
「こら!気色悪いマネすんな!」
「君って奴あ・・・・二度も助けてくれるなんて!」
「離れろボケ!」
思いっきりケツを蹴飛ばされる。
でも嬉しいんだからしょうがない。
「まさかこのタイミングで助けに来てくれるなんて・・・・君はヒーローだ!」
「だから抱きつくな!」
男同士でイチャイチャしていると、「おのれ・・・・」とコウモリが立ち上がった。
「後ろから飛び蹴りとはやってくれる。」
大きな羽をマントのように広げる。
すると次の瞬間、人間とコウモリを足して2を掛けたような怪物に変わっていた。
「お前はあの神社にいたハクビシンだな?」
「おうよ!この前はよくもやってくれたな。」
「借りを返しに来たというわけか。いいだろう・・・・超音波で粉砕してくれる!」
コウモリ男は胸いっぱいに息を吸い込む。
「ヤバ!」
チェリー君は「逃げるぞ!」と駆け出した。
一目散に洞窟の出口に向かうと、今度は新たな敵が・・・・、
「グウガアアアアアア!」
「姉貴!もう戻ってきやがったのか!」
逃げ場を塞ぐように立ちはだかって、こっちに迫ってくる。
「いい加減に目え覚ませってんだ!」
「ガアアアアアア!」
狂ったように叫びながら襲いかかってくる。
鋭い爪を振り上げ、俺たちめがけてふり下ろそうとした。
しかしその時、何かが彼女の前を横切った。
「悠一!今のうちだ!」
「チュウベエ!」
クルクルと旋回して、ツクネちゃんの注意を逸らす。
俺たちはその隙に外へと逃げ出した。
「グウガアアアアア!」
「うわあああ!追いかけてきた!」
今度こそやられる。
そう思った時だった。
「臭ッ!」
洞窟の外から異臭が漂う。
俺もチェリー君も鼻をつまんだ。
「どうでい!?俺様の必殺技は!」
「マサカリ!?」
たるんたるんのお尻をこっちに向けて、圧縮したオナラを放っている。
その臭いこと臭いこと・・・・涙が出てくる。
だが俺たち以上に苦しんだのはツクネちゃんだ。
怪物と化した彼女は五感も鋭くなっている。
圧縮放屁弾を食らって、「オウヴェエエエエエ!」と悶えていた。
しかしそれも束の間、悪臭に負けじと立ち上がり、また飛びかかってきた。
「しつこいなクソったれ!」
チェリー君は近くの小石を蹴り飛ばす。
上手く眉間にヒットしたけどビクともしない。
そりゃそうだろう。銃弾でも跳ね返すほど頑丈なんだから。
「木立の中に逃げるぞ!」
みんなで慌てて走る。
しかしツクネちゃんは高く飛び上がり、俺たちの前に回り込んだ。
またも逃げ道が塞がれてしまった・・・・。
今度こそもうダメか・・・・と諦めかけた時、空から黒い塊が降ってきた。
そいつはツクネちゃんの前に立ちはだかって、大きな翼を広げた。
「さあ!存分に私をシバくがいい!」
人間とカラスを足して2で割ったような怪物が、「カモン!」と挑発する。
「あんたは・・・・神主さん?」
「カラスの霊獣、烏丸寛太見参!」
「やっぱり神主さん!」
彼も怪物に変身したらしい。
全身ずぶ濡れなのは渓流に落ちたせいだろう。
前髪がベチャっと張り付き、全身の羽毛もびちゃびちゃになっていて、なんともみすぼらしい姿だった。
「うっかり下流まで流されてしまいました。」
「よく戻って来られましたね・・・・。」
「愛するツクネさんの為ですから!さあツクネさん。存分に私をシバ・・・・ぐはあッ!」
言い終える前からシバかれている。
ラリアットを食らったあと、ボッコンボッコン蹴られまくっている。
こりゃたまらんとばかりに空に逃げていく。
しかしツクネちゃんの蹴った石がヒットして、そのまま崖の下へと落ちていった。
「無念!」
「あんた何しに来たんだ!」
期待外れもいいとこだ。
こうなってはいよいよツクネちゃんを抑え込む手段がなくなる。
いったいどうすれば・・・・、
「あんた先に逃げな。」
チェリー君が俺たちの前に立ちはだかる。
「先に逃げなって・・・・君はどうするんだ?」
「なあに、ちょっとばかし派手な喧嘩をするだけさ。」
「派手な喧嘩って・・・・まさか君も怪物になるつもりか?」
「それしかねえ。どっちが勝っても無事じゃすまねえだろうけど、このままくたばるよりかはマシだろうぜ。」
「ダメだそんなの!姉弟で本気の戦いなんて!」
霊獣同士が本気でやり合ったら、最悪は命を落としてしまう。
そんなのどっちが勝っても寝覚めが悪いだけだ。
「君も一緒に逃げるんだ!」
「離せ!姉貴を止められるのは俺しかいねえ!」
「でも家族だろ!殺し合いになるような戦いなんてしちゃダメだ!」
戦おうとする彼を必死に引き止める。
その時、洞窟からコウモリ野郎が飛び出してきた。
「逃がさん。」
ツクネちゃんの頭の上に乗って、俺たちを見下ろす。
思いっきり息を吸い込んだのだろう。
ハト胸なんて目じゃないほど胸がパンパンに膨らんでいた。
「木っ端微塵に粉砕してくれる!」
《ダメだ!今度こそやられる・・・・。》
南無三と目を閉じる。
するとその時、「させないわ!」誰かが走ってきた。
「モンブラン!」
俺を踏み台にして高くジャンプする。
「くたばれコウモリ男!」
爪を剥き出し、バリバリっと引っ掻きまくった。
「ぐおッ・・・・、」
体勢を崩したコウモリ野郎は、真下に向かって超音波を吐き出した。
「ギャガアアアッ!」
「姉貴!」
超音波がツクネちゃんを直撃する。
その衝撃波は俺たちにも押し寄せて、何メートルも後ろへ吹っ飛ばされる。
ゴロゴロっと転がって、ゴツンと木にぶつかった。
「痛たた・・・・、」
頭を押さえていると、何かが顔にぶつかってきた。
「痛ッ!」
「ああ、ビビった・・・。」
「モンブラン!」
「今のはけっこうヤバかったわ。」
「大丈夫か!?」
「なんとかね。」
「無茶しすぎだぞ。」
「でも助かったでしょ?」
「おかげ様で。」
ポンポンと頭を撫でると、嬉しそうに胸を張っていた。
「き、貴様らあ・・・・・、」
コウモリ野郎は痛そうに顔を押さえている。
モンブランに顔をやられたせいで、あみだくじみたいに傷らだけになっていた。
その隣ではツクネちゃんが倒れている。
半分くらい地面にめり込んで、ピクピクと痙攣していた。
「さすがの霊獣もあの直撃は効いたみたいだな。」
かなりダメージを受けているようで、しばらくは起き上がってこないだろう。
《逃げるなら今のうちだ!》
モンブランを抱え、急いで木立の中に隠れた。
「馬鹿め・・・逃がさんと言ったはずだ!」
一瞬だけ振り返ると、コウモリ野郎の顔が怒りに歪んでいた。
《本気にさせちゃったみたいだな・・・・。》
追いつかれたら今度こそ終わりだ。
とにかく必死に走り続ける。
するとチェリー君がモンブランに「やるじゃんお前」と言った。
「まあね。」
「他の奴らも見直したぜ。姉貴に挑むなんてよ。」
「俺様の必殺技が役に立ったな。」
「マサカリにしちゃナイスだった。危うくこっちまで昇天しそうになったけどな。」
動物たちの見事な活躍のおかげでどうにかピンチを切り抜けた。
しかしまだ終わりじゃない。
あのコウモリ野郎を倒すまでは・・・・。
「なあアンタ。」
チェリー君がヒソヒソ耳打ちをしてくる。
俺は「分かった・・・」と頷いた。
モンブラン下ろし、動物たちには茂みに隠れているようにと言った。
みんなあっさりと頷いて茂みの中へと消えていく。
相当怖かったんだろう。
それでも頑張ってくれたんだから、今夜は餌を奮発してやるか。
「じゃあアンタ、よろしく頼んだぜ。」
そう言ってチェリー君も俺から離れていく。
後ろを振り返ると、高い空にコウモリ野郎が舞い上がっていた。
あそこからじゃ木立に隠れる俺たちは見つけられない。
けど・・・・、
「何度も言う!逃げられると思うな!」
牙を剥き出し、大きく口を開けた。
その直後、一瞬だけキイイインと耳鳴りが響いた。
《今だ!》
俺はわざと大きな音を立てて走った。
力強く足を踏みつけながら、木立の中を駆け抜けていく。
「・・・・そこか!」
コウモリ野郎は一直線にこっちへ向かってくる。
木立に囲まれた視界の悪さなんてなんのその。
空からじゃまともに地面なんて見えないだろうに、得意のソナーでなんの迷いもなく突っ込んできた。
《怖ええ!》
背中を向けて逃げ出す。
決して後ろを振り返らず、とにかく走りまくった。
バキバキと枝が折れる音がする・・・・敵が迫ってくる気配がする。
それは瞬く間に距離を縮めて、ゾワっと背筋が波立つ恐怖に襲われた。
「吹き飛べ。」
すぐ後ろで息を吸い込む音がする。
振り返らなくても、奴の胸がパンパンに膨れ上がっているであろうことが伝わってくる。
恐怖に耐え切れなくなって、一瞬だけ振り返った。
「死ね!」
口を開け、喉の奥が震えるのが見えた。
俺は目を閉じる。
その直後、「ぎゃはあッ!」という大きな悲鳴が・・・・。
少し遅れてからバキバキっと木の倒れる音がする。
何かが遠くへ飛んでいった・・・・そんな音だった。
ギュッと目を閉じていると、「終わったぜ」と肩を叩かれた。
「・・・・・・・。」
ゆっくり瞼を開けると、そこにはツクネちゃんそっくりの怪物が立っていた。
「超渾身の飛び蹴りがクリーンヒットだ。完璧にノックアウトだぜ。」
怪物は顎をしゃくる。
大木がバキバキに折れていて、、その向こうにコウモリ野郎が倒れていた。
口を開け、ブクブクと泡を吹いている。
大の字に倒れたその様は、まさに完璧なノックアウトだった。
「ざまあみろ。」
ホッとして尻餅をつく。
目の前にいる怪物もニヤリと笑う。
彼の真っ赤なマフラーが、勝利の雄叫びのようになびいていた。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第十六話 獣達の思惑(3)

  • 2018.04.07 Saturday
  • 11:23

JUGEMテーマ:自作小説

冬の水は冷たい。
特に山の渓流は身も凍るほどだ。
「うう・・・寒い・・・・。」
俺は自分の身体を抱きながら、渓流の傍でブルブルと震えていた。
ちなみに今は素っ裸である。
だから余計に寒い・・・・・。
「・・・・えっくしょ!」
ついにくしゃみが出る。明日は間違いなく風邪だろう。
するとその時、急にぼんやりと背中が暖かくなった。
振り返るとチェリー君が焚火を起こしてくれていた。
「これでちっとは温まるだろ。」
「おお!ありがとう・・・・。」
砂漠にオアシスとはこのことだ。
焚火の熱は救世主のように寒さを吹き飛ばしてくれた。
「身体が温もったら仕事再開だぞ。」
「ああ。このまま引き下がれるか。」
俺とチェリー君は目を見合わせて頷いた。
・・・今から20分ほど前、俺は崖の下に投げ落とされた。
ツクネちゃんの手で。
迫る岩肌、スローモーションに変わる景色。
もうここで死ぬんだと諦めた。
しかし俺は生きている。
なぜならチェリー君が間一髪で助けてくれたからだ。
彼も崖の下で気を失っていたのだが、モンブランとチュウベエが駆け付けたおかげで気を取り戻した。
パッと目を開けた瞬間、崖から俺が落ちてくるのが見えたらしい。
彼はヒーローのごとく颯爽と飛び上がり、ギリギリのところでキャッチしてくれたのだ。
「ありがとう、君は命の恩人だよ。」
そう言うと、彼はやや黄ばんだ歯を見せつけながらニカっと笑った。
ちなみに彼も裸である。
俺と同じく沢に落ちていたから。
しかしなぜか真っ赤なマフラーだけは巻いていた。
裸にこんなモンを着けてたらただの変態にしか見えない。
まあとにかくお互いに無事でよかった。
けど・・・・、
「まさかなあ・・・ツクネちゃんが操られてたなんて。」
崖の上の見上げ、洞窟の中にいるであろう彼女を思い浮かべる。
チェリー君も同じように見上げて、「迂闊だったぜ」とぼやいた。
「元々凶暴なところはあるけど、あんなに凶暴になるなんておかしいと思ったんだ。
あんたはともかく、実の弟まで崖に投げ捨てるなんてよ。」
そう、彼が渓流に倒れていたのはツクネちゃんに投げ捨てられたからだ。
擬態を使って待ち伏せしていたチェリー君は、洞窟の中からツクネちゃんが出て来るのを見て驚いた。
彼は擬態を解いて、「姉貴!」と駆け寄った。
しかしいきなりチョークスリーパーを極められ、意識が朦朧とした。
そしてそのまま崖下へと投げ捨てられたわけだ。
その時俺はチュウベエと話し込んでいた為に、すぐ後ろで起きている出来事に気づかなかった。
それから数分後、俺もまたツクネちゃんにここへ投げられたのだった。
幸い命は助かったけど、問題はまだ解決していない。
コウモリ野郎の捕獲、そしてツクネちゃんの救出。
この二つを成し遂げないと、依頼を解決したことにはならない。
チェリー君は悔しそうな顔をしながら、「なあ」とモンブランに話しかけた。
「ほんとに間違いないんだよな?コウモリ野郎と姉貴が一緒にいたって。」
「ほんとよ、この目で見たもん。」
「姉貴が操られてるってのも間違いないんだよな?」
「それもほんと。大きなコウモリが口から変なを音を出して、そのせいでツクネちゃんはおかしくなっちゃったのよ。
それまではコウモリ野郎を蹴りまくってたのもの。」
モンブランは自信満々に言う。
実は俺たちと別れてから一時間後くらいに、ツクネちゃんと大きなコウモリを見つけたのだという。
場所は渓流を下ったところにある小さな神社。
狛犬の代わりにカラスの像が二つ並んでいる変わった神社だったという。
その神社の境内に、ツクネちゃんとコウモリ野郎がいた。
しかも神社の周りには大勢のコウモリが飛び回っていたという。
「私が見つけた時は、ツクネちゃんと大きなコウモリが向かい合ってたの。
ツクネちゃんは傷らだけで、そのコウモリに怯えてたわ。
助けようと思ったけど、さすがに私一匹じゃ無理だから、ちょっと様子を見てたのね。
そしたらいきなりツクネちゃんがそのコウモリを掴んで地面に叩きつけたの。
そんでガンガン蹴り始めたのよ。
コウモリは慌てて空に逃げてったわ。けどツクネちゃんの怒りは治まらないみたいで、小石を蹴ってコウモリに当てたの。
そりゃもう見事にヒットしてたわ、ビシ!って音がしてたもの。
その時よ、コウモリが変な音を出したのは。
ツクネちゃんは頭を抱えて苦しみ出して、気を失ったの。
それで次に目覚めた時には、コウモリの言いなりになってたわ。」
なるほど・・・と頷く。
操られていたのなら、俺たちを投げ飛ばしたのにも納得がいく。
「私は早くみんなに知らせなきゃって思った。けど途中で道が分からなくなっちゃって。」
そう言って苦笑いする。
「だから迷うなよって注意したのに。」
「だって仕方ないじゃない。あんなの見た後じゃ動揺しちゃって。」
「じゃあ山を迷ってるうちに、この渓流に出てきたってわけだな?」
「うん。遠くの方から水の流れる音が聞こえてね。渓流を下っていけば山から出られると思って。
でもまさかチェリー君が倒れてるとは思わなかったけど。」
素っ裸の彼を見上げて、「悠一を助けてくれてありがとね」と礼を言った。
「飼い猫としてお礼を言うわ。ほんとにもうどうしようもない飼い主で。」
「礼には及ばねえよ。」
またカッコをつけている。
風もないのにマフラーがはためいているのはなぜだろう・・・・?
「おいアンタ。」
急に俺を振り向く。
そしてビシっと指を突きつけた。
「俺は全てが分かっちまったぜ。」
「ん?なにが?」
「姉貴とコウモリ野郎がいたその神社・・・そいつは間違いなく俺の家が借金をしてる神社だ。」
「なんだって!?」
「だってカラスの像があったんだろ?」
そうモンブランに尋ねると、「間違いないわ」と頷いた。
「じゃあやっぱりそういうことなんだな。」
「どういうことなんだよ?」
「奴らの狙いは姉貴だったってことさ。」
「狙い?」
「謎が全て分かっちまったぜ。」
一人で頷き、腕を組みながら渋い顔をしている。
素っ裸のまま。
「ごめん、間をはしょりすぎてて話が見えない。」
「ああ、そういやこれ言ってなかったけな。」
「何か俺たちの知らないことがるのか?」
「まあな。実はその神社の神主、嫁さんを募集中なんだよ。」
「募集中って・・・・結婚したがってるってことか?」
「婚活ってやつだな。姉貴も求婚されたんだぜ。」
「ほんとに?で・・・・どうなったの?」
「断ってたよ。タイプじゃないって。」
「ほう。ちなみに彼女はどんな男がタイプなんだ?」
「スポーツマン系のイケメンで、サッカーが大好きな人。もしくはサッカー選手がいいって言ってたな。」
「ツクネちゃんサッカー大好きだもんな。」
「ちなみにその神主は野球派なんだ。ワールドカップも見ないってよ。」
「非国民とか言われたんだろうな・・・・。」
「アンタもか?」
「舌打ちまでされたよ。」
「姉貴はサッカーの事となると熱くなるからな、気にすんなよ。」
「でも断ったんならそれで終わりだろ。もしかしてまたしつこくプロポーズしてきたとか?」
「あの後200回くらい手紙を貰ったって言ってたな。」
「怖いなそれ・・・・ストーカーじゃないのか。」
「しつこい野郎さ。姉貴もうんざりしてたな。」
「彼女が一番嫌いそうなタイプだな。」
「さすがにあれだけしつこくされたらな、相当嫌がってたみたいだぜ。
けどある日パッタリ手紙が来なくなってホっとしてたんだ。」
「ようやく諦めてくれたわけか。」
「いや・・・チャンスを窺ってたんだ。」
「チャンス?」
「ああ、借りを作るチャンスをな。」
そう言ってビシっと指を向けてくる。
「俺ん家の神社が財政難ってことを、あいつは知ってやがった。だからこう言ってきたんだ。『よかったらお金を貸します』って。
けどよ、ウチみたいな貧乏な家、借金なんて返すアテはねえ。だから最初は断った。」
「けど今は借金をしてるんだろ?」
「賽銭泥棒のせいでな。」
さっきまでのカッコつけた表情が消えて、怒りの目に変わる。
「ただでさえ火の車なのに、賽銭まで持っていかれちゃもう終わりだ。神社を守る為に残された手段は一つしかねえ。」
「借金したってわけだな。」
「そうするしかなかったんだよ。姉貴はあんな奴に頼るなんて嫌がってたけど、親父とお袋はなんとしても神社を守りたかった。
だから最終的には姉貴が折れたんだよ。」
「そうか・・・。辛かっただろうな、ツクネちゃん。」
「けっこう悩んでたみたいだけど、親父とお袋に泣きつかれてな。頷くしかなかったんだ。
んで結局金を借りることになったわけなんだけど・・・・ここで一つ問題が。」
そう言ってピっと指を立てた。
「ウチには借金を返すアテがねえ。となりゃ担保が必要になる。」
「だな。その為に神社と土地を当てたわけだろ?」
「いや、最初は違ったんだ。」
「最初はって・・・どういうことだ?」
「向こうはあるモノを担保に要求してきた。もし金を返せなかったら・・・・。」
「返せなかったら・・・・?」
「あんたん所の娘さんを嫁にくれって。」
「・・・・・・。」
言葉を失う。だって・・・まさか・・・そんな・・・・、
「ビックリだろ?」
「なんていうか・・・・今時そんな話があるんだなって思って・・・・。」
「安物のドラマでも見ないよな。けどアイツは本当にそう言ってきたんだ。
とうぜん姉貴は断ったし、親父とお袋もそれは出来ないって首を振った。」
「そりゃそうだろ。娘を担保になんて出来るわけがない。」
「けど借金しなきゃ神社は守れねえ。だから・・・・、」
「神社と土地を担保にしたと?」
「ああ。それで納得したと思ってたんだけど、そうじゃなかったみてえだ。」
そう言いながらパンツを穿き、まだ乾いていないライダースーツに身を通した。
「あいつは姉貴のことを諦めてなかったんだ。だからコウモリ野郎と結託して今回の事を企てたんだろうぜ。」
「企てる?」
「考えてもみろ。姉貴はストーカー野郎の神社にいたんだ。んでもってそこには賽銭泥棒のコウモリ野郎も一緒にいた。
これはどう考えても怪しい。」
「どう怪しいの?」
「だからストーカー野郎とコウモリ野郎が手を組んでるってことだ。
俺たちは一度借金の申し出を断って、そのすぐあとに賽銭泥棒が始まった。
これはどう考えてもタイミングが良すぎるだろうが。」
「つまり・・・チェリー君たちが借金を頼んでくるように仕向けたと?」
「そうだ。その担保として姉貴を嫁さんに貰おうとしたんだ。けどそれも断られた。
代わりに神社と土地を差し出したわけだけど、本当の狙いはそれじゃなかったんだ。」
「要するにまだツクネちゃんのことを諦めきれないから、こうしてさらったと?」
「それしか考えられねえ。コウモリ野郎の力を使って、姉貴を操るのが目的だったんだ。
今なら結婚を申し込んだってOKしてくれるはずだぜ。いや、もしかしたらもうすでに・・・・、」
「う〜ん・・・だったら借金なんて回りくどいことをするかな?やるなら最初から操ってると思うんだけど・・・・。」
「だから〜・・・金を貸すことで借りを作りたかったんだって。そうすりゃ姉貴に会う口実も出来るし、向こうもそれを盾に強気に出られるし。
けど上手くいかなかったから、姉貴を操ることを考えたんだ。」
「けどツクネちゃんは怪我を負わされたんだぞ。好きな相手にそんなことするかな?」
「やったのはコウモリ野郎だ。ストーカー野郎じゃねえ。」
「そうだけど・・・・、」
「とにかくここで言い合ってても仕方ねえ。そいつの神社に行くぜ。」
「え?」
「なんだよ?」
「ツクネちゃんを助けるのが先じゃないのか?」
「操られてるんだから今行っても仕方ねえだろ。また崖に落とされるだけだ。」
「・・・・・・・・。」
「なんだよ?さっきから納得のいかねえ顔しやがって。」
チェリー君はイライラしている。
近くの小石を蹴り飛ばしながら、「ビビってんなら置いてくぜ」と言った。
「あのストーカー野郎が黒幕に決まってる。とっちめれば全部解決だ。」
「う〜ん・・・・、」
「だからなんなんだよ!言いたいことがあるならハッキリ言えよ。」
相当怒ってる。これ以上イラつかせたら殴りかかってきそうだった。
「実は俺がここへ落ちてくる前、たくさんのコウモリが洞窟に戻って来たんだよ。」
「なに?」
俺も立ち上がり、まだ乾いていない服に身を通した。
すごい冷たい・・・・・。
「悪いけど俺はチェリー君とは違ったことを考えてるんだ。」
そう言うとさらにイライラした顔になった。
けど何も言わないのは俺の意見を聞くつもりなのだろう。
だから遠慮なく答えた。
「もし君の言う通りだとしたら、ツクネちゃんがあの洞窟にいるのはおかしいよ。
だってストーカー野郎は彼女と結婚したがってたんだ。だったら神社から逃がさないはずだよ。」
「ふん!俺らの目を欺く為に洞窟へ隠そうとしたんだろうぜ。」
「かもしれないけど、それでも引っかかるんだよなあ。」
「だ〜か〜ら〜!何がだよ!」
怖い顔をしながら近づいてくる。
俺は「どうどう」と宥めた。
「ツクネちゃんが操られてるのは事実だと思う。けど黒幕はストーカー野郎じゃない。コウモリ野郎の単独犯だよ。」
「自信満々に言い切るじゃねえか。なにか根拠があんのかよ?」
「うん、実は俺が洞窟に入った時、彼女はこう言ったんだ。『帰れ、ここはお前らの来る場所じゃない』って。」
「そりゃそう言うだろ。あの洞窟はコウモリ野郎の棲み処なんだ。邪魔者が入って来たら追い払うに決まってらあ。」
「そうだね。そして邪魔者はツクネちゃんも同じだ。だって彼女のことが好きなのはストーカー野郎であって、コウモリ野郎じゃない。
俺やチェリー君が邪魔なら、ツクネちゃんだってあの洞窟に入れないはずなんだよ。」
「それは・・・・ストーカー野郎に頼まれたからじゃねえか?姉貴をここに匿ってくれって。」
「俺はそう思ってない。これはコウモリ野郎の単独犯だよ・・・・多分。」
「最後にメイビーを付けるなよ。説得力ねえぜ。」
「ごめん。でもきっとそうに違いないよ。」
「じゃあなんで姉貴はさらわれたんだよ?コウモリ野郎の単独犯ならさらう理由が無えじゃねえか。」
「けど実際にさらわれたんだ。そして今は洞窟にいる、コウモリ野郎に操られて。」
俺にはある一つの考えがあった。
それを裏付ける為には、あの洞窟の中に入ってみないといけない。
《もし・・・もしも洞窟の中にアレがあるなら、俺の考えは正しいってことになる。》
冷たい服に我慢しながら、崖の上を見上げる。
《神社、お寺、教会・・・・祈ったり願ったりする場所は色々ある。そして・・・・ああいう洞窟にもそういう場所はあるんだ。
もしアレがあるなら、コウモリ野郎が賽銭泥棒をした理由は納得できる。その他の出来事にだって辻褄が合うかも。》
クルっと背中を向け、山の中へ歩き出す。
「おい!どこ行くんだ?ストーカー野郎の神社はこっちだぞ。」
「もう一回洞窟へ行く。」
「やめとけって。また姉貴に投げ飛ばされるだけだぞ。」
「彼女の相手はチェリー君に任せる。俺はその間に洞窟を探索してみるよ。」
「おい!ちょっと待てって!おいってば!」
険しい木立の中を突き進んでいく。
道なき道だが、上へ登っていれば洞窟の方へ近づくだろう。
「おい悠一、こっちから行った方が安全だぞ。」
チュウベエが空から叫ぶ。
「その先は急な斜面になってる。こっちへ迂回しろ。」
こういう時チュウベエは頼りになる。
するとモンブランも「私が先導してあげるわ」と先を歩いた。
「悪いなお前ら。」
「いいのよ、悠一は何か考えがあって洞窟に行くんでしょ?」
「まあな。」
「こういう時の悠一はそこそこ頼りになるのよね。普段はしょうもない飼い主だけど。」
「しょうもないって言うな。」
「しょうもないを通り越して腑抜けだけどな。」
「うるさいぞインコ。」
どうして我が家の動物たちは口が悪いのか。
まあいつものことだけど。
「おい待てって!いま姉貴んとこ行ったって仕方ねえだろ。」
チェリー君が横に並んで来る。
「操られてるのに会ってどうすんだよ?」
「ツクネちゃんに会いに行くんじゃない。洞窟を調べるんだ。」
「調べるって・・・・どこまで続いてるか分からねえんだぞ。すっげえ深かったらどうすんだよ?」
「それも調べてみないと分からない。」
「んな楽観的でいいのかよ。」
「楽観的じゃないさ、ちゃんと目的がある。」
「へえ、どんな?」
「もしかしたらけど、あのコウモリもお金に困ってるんじゃないかと思ってさ。」
「あいつが?なんで?」
「それはあの洞窟にほこ・・・・、」
そう言いかけた時、木立の中からいきなり人が現れた。
「ぎゃあ!」
「いやあ!」
チュウベエとモンブランは慌てて俺の後ろに隠れる。
そして俺はチェリー君の後ろに隠れた。
「誰だお前は!?」
「後ろに隠れてるくせに偉そうに言うんじゃねえよ・・・。」
呆れるチェリー君。
しかし彼の表情はすぐに一変した。
木立の中から現れた人物を見て、「てめえは!」と怒鳴った。
「よくものこのこ現れやがったな!このストーカー野郎!」
拳を構えて睨みける。
俺たちの前に現れたのは、松崎しげるとタメを張りそうなほど色黒のおじさんだった。
神主の衣装を着ていて、頭には小さな四角い帽子を乗っけている。
やけに歯が白くて、歯磨き粉のCMにでも出られそうなほどだった。
「こ、この人が例の・・・・?」
「そうだ!俺たちに金を貸し、その見返りに姉貴を狙うストーカー野郎だ!」
チェリー君は「てめえが黒幕だな!」と飛びかかった。
「ボッコボコにして洗いざらい吐き出させてやるぜ!」
勢いをつけ、「ドラああああああ!」と飛び蹴りをかます。
しかしあっさりかわされて、木の枝で股間を突かれていた。
「ぴあッ!」
変な声を出しながら、もんどり打って倒れる。
膝をつき、股を押さえ、お尻を突き出しながら涙目になっていた。
「弱!」
俺とモンブランとチュウベエの全員でハモった。
「いきなり飛び蹴りなんて失敬な。」
神主は「成敗!」と木の枝でお尻を叩いた。
「ぴえッ!」
遂に倒れるチェリー君・・・・弱いにもほどがあった。
《こんなんでよくボコボコにしてやるとか言ってたな・・・・。》
彼の擬態はすごいけど、その他はてんでダメみたいだ。
みんなして呆れていると、「あの」と神主が口を開いた。
「この犬、おたくのじゃないですか?」
「へ?犬?」
何を言ってるのか分からず、キョトンとする。
すると次の瞬間、神主の後ろからメタボリックなブルドッグが飛び出してきた。
「悠一いいいいいい!」
ガバっと抱きつかれて倒れそうになる。
「悠一いいいいいい!もう二度と会えないかと思ってた!よかったあああ・・・・、」
「マサカリ!なんでお前がここに・・・・。」
ワンワン泣いている。いったいなんなんだ・・・・?
「迷子になってたんですよ。」
神主がマサカリの頭を撫でる。
「買い物から戻ってきたら神社の前にいましてね。悠一、悠一って泣いてたんです。」
「泣いてた?」
「話を聞けば、飼い主に置いて行かれて迷子になってしまったとのこと。」
「迷子・・・・。」
「可哀想に思って、一緒に捜してあげてたんですよ。」
そう言いながら、「見つかってよかったな」と笑いかけた。
「しかしおたくも酷いですな、犬を置き去りにするなんて。」
「・・・・してませんけど。」
「え?でもその犬はそう言ってましたよ。一匹で行くのは嫌だって言ったのに、『お前は別行動だ!』って山に放されたって。」
「・・・・・・・。」
「いけませんぞ、犬の面倒はしっかり看ないと。」
労わるようにマサカリを撫でる神主。
なんだろう・・・・言いようのないほどイラっとする・・・・。
「悠一いいいいい!お前はヒドイ奴だ!俺は迷子になって寂しかったのになんで迎えに来てくれねえんだよ!」
「お前が一匹で行くって言ったんだろ!あれほどやめとけって言ったのに。」
「そこでしつこく止めるのが飼い主ってもんだろが!この薄情モン!」
「いやいや、なんで俺のせいに・・・・、」
「そうですぞ、薄情です。」
「あんたもそう思うよな!こいつはヒドイ飼い主だ!」
「愛犬を見捨てるなんて最低ですな。」
「だよな!お詫びとして犬缶十個くらい請求してもいいよな!」
「十個どころか百個でも構いません。飼い主のクセに犬を泣かすなんて言語道断。」
「俺もそう思うぜ!というわけで悠一、今日から犬缶の量を増やしてくれ!心の傷を癒す為に!」
いったいこのメタボ犬はどういう思考回路をしているのか。
脳内メーカーにかけたら「食欲100%」となるのは間違いなさそうだ。
チェリー君が「まずは俺を助けろ・・・・」と悶えていた。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第十五話 獣たちの思惑(2)

  • 2018.04.06 Friday
  • 12:56

JUGEMテーマ:自作小説

山を登り始めてから一時間。
凸凹道には慣れてきたけど、その分体力を消耗していく。
ほとんど整備のなされていない道は、もはや完全に獣道だ。
木の枝が道を塞ぎ、落石があちこちに転がり、そこらじゅうに草が生えている。
それに道幅もだんだん狭くなってくるし・・・。
「なあチェリー君・・・・。」
「なんだ?」
「いったいどこに向かってるんだ?」
「洞窟だ。」
「洞窟?」
「あのコウモリ野郎はこっちへ飛んでった。でもってこの先には洞窟があるんだよ。」
「コウモリ野郎はそこにいるのか?」
「多分な。あそこは昔からコウモリが棲みついててよ。逃げたとしたらそこしか考えられねえ。姉貴もきっとそこにいる。」
そう言ってクルっと振り返った。
「コウモリ野郎とは俺が戦う。アンタはその隙に姉貴を助け出してほしいんだ。」
「それはいいけど・・・深い洞窟じゃないよな?もしそうだったら中々見つけられないかもしれないぞ。」
「どこまで続いてんのかは俺も分からねえ。そんな奥まで入ったことねえし。」
「けっこう大きな洞窟なのか?」
「ああ、入口はバスでもすっぽり入るくらいだ。けど光が届かねえから、中がどうなってんのか分からねえ。」
「それ先に言ってくれよ、懐中電灯でも持ってきたのに。」
「俺が持ってる、ほれ。」
真っ赤なマフラーの中から懐中電灯を取り出す。
そいつをポンと投げ寄こした。
「俺はある程度は夜目が利くからよ。アンタそれ使っていいぜ。」
「助かるよ。」
カチっとスイッチを入れる。
木立の中に向けると、かなり遠くまで照らし出した。
「これがあればどうにかなるな。」
懐中電灯を握りながら、再び山を歩き始めた。
《洞窟に行くって分かってたら、あいつらと別行動する必要もなかったな。》
こういうことは先に言っといてくれよと思ったが、聞く前に別れてしまったので仕方ない。
まあマサカリ達を危険な目に遭わせるのも良くないし、よかったとしとこう。
「あ、そうそう。」
チェリー君は急に振り返る。
「あんた囮をやってくれよ。」
「囮?」
「さすがに洞窟の中で戦ったんじゃ勝ち目がねえ。だからアンタが囮をやって、野郎をおびき出してほしいんだ。」
「おびき出すって言われても・・・・。」
「洞窟の前でよ、ちょっと野郎を挑発してくれりゃいいだけだ。」
「そんなことしたら俺に飛びかかってくるんじゃ・・・、」
「大丈夫だって。外に出てきたら俺ブッ飛ばしてやるから。」
「ほんとだろうな?」
「約束するぜ。」
やや黄ばんだ歯を見せながらニカっと笑う。
果たしてどこまで信用していいものか。
それからさらに一時間、俺たちは山を歩き続けた。
道はどんどん険しくなって、足が攣りそうだった。
「おい、さっさと歩けよ。」
「そうしたいけど、こうも険しいと・・・・。」
「もうちょっとだから頑張れ。」
そう言われてからさらに30分後、ようやく目的の場所に到着した。
「見ろ、あれがそうだ。」
チェリー君は前方を指さす。
30メートルくらい先の方、木立が開けて、岩肌が剥き出しになっている場所があった。
その岩肌のやや左の方に大きな穴が空いていた。
いや、穴というより亀裂だ。
岩が裂けて、ポッカリと口を開けているような感じである。
「なんか不気味だな・・・・。」
ゴクリと息を飲む。
なぜなら洞窟の入り口のすぐ横が崖になっていたからだ。
「ずいぶん危険な場所にあるんだな。」
「だからこそコウモリにとって絶好の棲み処なんだよ。人間が入って来ねえからな。」
「なるほど。」
「ちなみに崖の下は渓流になってる。岩がゴツゴツしてるし、流れも速いから危険だ。人間が落ちたら助からねえだろうな。」
「俺・・・そんな場所で囮になるのか?」
「なあに、崖の方に近づかなきゃ大丈夫だ。」
またニカっと笑う。
その自信の根拠はどこから来てるんだろう。
「じゃ、準備はいいか?」
「ええ!もう行くのか?」
「当たり前だろ。姉貴が待ってんだから。」
「ちょっと心の準備が・・・。」
「今さらビビんな。」
「いやあ・・・でも囮なんてやったことないから・・・、」
「大丈夫だって、いけるいける。」
「適当な・・・。」
俺の不安もよそに、チェリー君はスウっと姿を消してしまった。
「おい!どこ行ったんだ?」
「擬態だよ擬態。」
「なんで!」
「だってノコノコ近づいたらバレちまうだろ。」
「そりゃそうだけど・・・、」
「俺はあの辺で待機してるからよ。後は頼んだぜ。」
そう言ったきり何も答えなくなってしまった。
《あの辺って・・・・どの辺だよ?》
姿が見えないんじゃどこにいるか分からない。
いきなり一人ぼっちになったみたいで不安が増してきた。
《やるしかないか・・・。》
ゆっくりと洞窟の穴まで近づく。
すぐ傍は崖になっているので、そっちには近寄らないようにしよう。
《挑発って言ってもなあ・・・どうやればいいんだ?》
アホとかマヌケとかお前のかーちゃんデベソとか言っても意味ないだろう。
コウモリを怒らせるようなことっていったい・・・。
《とにかくなんでもいいから叫んでみるか。》
スウっと息を吸い込む。
そしてありったけの声で叫んだ。
「おまえのかーちゃんデ〜ベソ!!」
・・・・最悪だ、咄嗟に出てきた言葉がこれなんて。
誰も見ていないのに顔が真っ赤になる。
《ええい!こうなったらもうヤケだ!》
また息を吸い込む。そして・・・・、
「バカ!アホ!マヌケ!変態コウモリ野郎!」
とにかく罵声を連呼する。
「ボケ!ドアホ!陰湿野郎!」
とにかく思いつく限りの罵りを叫びまくる。
しかしまったく出て来ない。
《こうなったら・・・・、》
近くにあった石を掴む。
そいつを洞窟の中に投げ込んだ。
「コウモリの霊獣!ここにいるんだろ!ビビってないで出てこいや!」
仰け反って高田延彦風に煽る。
すると穴の中から何かが飛び出してきた。
「来たああああああ!」
慌てて逃げる。
しかしあっさりと追いつかれて、目の前に回り込まれた。
「ちぇ、チェリー君!来たぞ!敵が出てきたぞ!」
必死に呼ぶけど彼は来ない。
なぜだ・・・?
このままじゃ俺が戦う羽目になる。
そして間違いなく瞬殺されるだろう。
だって霊獣ってのはむちゃくちゃ強いのだ。
素手の人間じゃ逆立ちしたって敵わない。
「早く!早く来てくれ!!」
敵に背中を向け、とにかく逃げる。
すると頭の上に何かが降りてきた。
「ぎゃあああああ!襲わないでくれえええ!」
ぶんぶん手を振り回す。キレた子供がやるグルグルパンチみたいに。
「落ち着け悠一。」
頭の上から声が響く。
けどこれが落ち着いていられるか。
「離れろ!俺は食っても美味くないぞ!」
「飼い主を食べるわけないだろ。」
「俺はコウモリなんか飼った覚えはない!」
「誰がコウモリだ。俺はインコだ。」
「嘘つけ!コウモリの霊獣なんだろ!」
「はあ・・・・ほんとにビビりな奴だな。」
頭の上から何かが飛び立って、目の前に降りてくる。
「俺だ俺。」
「来るなああああ!」
「よく見ろ。」
「うわああああ・・・・・・・って、あれ?」
「よ。」
「チュウベエ・・・・。」
一瞬思考が停止する。
なんでこいつがここに・・・・。
「悠一、こんな所で何してんだ?」
「そりゃこっちのセリフだ!なんでお前がここにいるんだよ?」
「虫を食ってた。」
「虫・・・・?」
「あの洞窟の中、いっぱい虫がいるんだよ。おかげで余は満足じゃ。」
よく見ればお腹が膨れている。
俺の頭にとまって、「げふう」と腹を撫でていた。
「お前またサボってたのか・・・・?」
「いやいや、ちゃんと仕事してたぞ。」
「嘘つけ!そんな満腹になりやがって。」
「あの洞窟に入ったのはついさっきだ。それまではちゃんとコウモリを探してたんだぞ。」
「ほんとかよ?」
「ほんとほんと。」
なんか白々しい・・・・。
「それより悠一こそなんでここにいるんだ?」
「チェリー君に連れてこられたんだよ。あの洞窟に犯人がいるって。」
「犯人って・・・・コウモリの霊獣のことか?」
「そうだよ。あそこはコウモリの棲み処になってるから、犯人はここへ逃げてきた可能性が高いんだと。」
そう答えると、「そりゃないと思うぞ」と返された。
「さっきまで中で虫食ってたけど、コウモリなんていなかったからな。」
「そ、そうなの・・・?」
「一匹もいなかった。」
「じゃあ・・・・ここにはいないってことか?」
「俺が見た限りじゃな。けど洞窟はかなり奥まで続いてた。もしかしたらその先に潜んでるのかも。」
「なるほど・・・・じゃあ覗いてみるしかなさそうだな。」
奥に潜んでいるとなれば、挑発しておびき出すのは難しい。
こうなったら直接乗り込むしかないだろう。
「チェリー君!聞こえてるか?」
どこかに隠れているであろう彼に向かって叫ぶ。
「洞窟の入り口には誰もいないそうだ。奥まで入ってみよう!」
そう叫んで待つが、返事はない。
「おおい!どこにいるんだ?擬態を解いて出てきてくれ!」
何度も何度も呼びかけるけど、やっぱり返事はない。
「おかしいな、どこ行ったんだ?」
キョロキョロ捜していると、チュウベエが「空から見てきてやる」と舞い上がった。
「擬態してたら見つけられないぞ。」
「一応確認だ。」
パタパタと羽ばたき、大空から様子を窺っている。
「どうだ!いたか?」
「・・・・・・・・。」
チュウベエはじっと一点を見つめている。
何か見つけたみたいだ。
「チェリー君か?」
「モンブランがいる。」
「モンブラン?」
「渓流の傍だ。」
「そんな所まで行ってたのか。危ないから呼び戻してくれ。」
「ラジャー!」
ビシっと敬礼して下の方へ飛んでいく。
すると突然「ぬああ!」と叫んだ。
「どうした!?」
「チェリーが渓流で倒れてる!」
「なにいい!」
「沢から突き出た岩に引っかかってるみたいだ。」
「なんで!?」
「俺に聞かれても。」
いったいなぜ?と首を傾げてしまう。
《そんな馬鹿な・・・・この近くに身を隠していたはずなのに。》
「あのままモンブランが行けばチェリー君にでくわすぞ。」
「おお!・・・・って、モンブランだけじゃ助けられないな。」
「俺も行ってくる。」
スイっと崖の下へ消えていくチュウベエ。
俺も後を追い、そろりそろりと崖の下を覗いた。
「・・・・ほんとだ。チェリー君が倒れてる。いったいなんで・・・・、」
そう呟いた時、空の向こうから黒い塊が押し寄せてきた。
「今度はなんだ!」
次から次へと起こる不思議な出来事に、ちょっとパニックになる。
巨大な影のような黒い塊は、吸い込まれるように洞窟の中へ消えていった。
「あれは・・・・コウモリか。」
ものすごい大群だった。
まるで一つの生き物に見えるほどだった。
例えるなら小魚が群れを成し、大きな魚に見せかけることで天敵を追い払った「スイミー」のように。
まあそれはいいとして・・・こんな昼間っから飛んでいるなんて珍しい。
もちろん昼間に活動する種類もいるけど、それは目が発達した大型種の場合だ。
日本に生息するような小型のものは夜行性である。
「こんな明るい時間にどうして・・・・。」
なんだか気になって、洞窟の中を覗いてみた。
外の光は入口の周辺までしか届かない。
奥は真っ暗で、どんなに目を凝らしても見えなかった。
「こんな時の為の懐中電灯だな。」
カチっとスイッチを入れ、中を照らしてみる。
すると・・・・、
「な、なんで・・・?」
ライトが照らす先に、一人の女が立っていた。
彼女はゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「ツクネちゃん・・・・。」
まるで幽霊みたいな表情をしながら近づいてくる。
服のあちこちがボロボロになっていて、手や足には怪我を負っていた。
おそらくコウモリ野郎の超音波を喰らったせいだろう。
彼女の元へ駆け寄って、「大丈夫か!?」と尋ねた。
「やっぱりここにいたんだね。ずいぶん怪我してるみたいだけど無事でよかった。」
「・・・・・・・・。」
「みんな心配してたんだよ。とにかくここから出よう。」
彼女の手を引いて外に出る。
「今すぐ病院に連れてってあげたいんだけど、実はチェリー君もピンチでさ。
なぜか分からないけど崖の下に落ちちゃったんだ。霊獣だからあの程度で死んだりしないと思うけど・・・・。
とにかく彼を助けてくるまでの間、ここで待っててくれるかな。」
「・・・・・・・・。」
「あ、もし待ってるのが辛いならチュウベエに付き添わせるよ。呼べばすぐ戻ってくると思うから。」
「・・・・・・・・。」
「ツクネちゃん?」
「・・・・・・・・。」
「もしかしてそんなに辛いの?だったら・・・どうしようかな。」
チェリー君も心配だけど、ツクネちゃんの方が重症なら先に病院へ連れていかないといけない。
「帰って。」
突然ツクネちゃんが喋り出す。
「今すぐ帰って。」
「え?いや、帰ってって・・・・俺たちは君を迎えに来たんだよ。怪我してるみたいだしこのまま帰るわけには・・・、」
「帰れって言ってんでしょ!」
「ちょッ・・・・、」
いきなり胸倉を掴まれて持ち上げられる。
「ぐ・・・ぐるじい・・・、」
「帰れ!帰れ!」
「つ・・・ツクネちゃん・・・・どうしたの・・・?」
「ここはお前らの来る場所じゃない!今すぐ帰れ!」
物凄いパワーで振り回される。
俺の身体は人形みたいにブランブランと揺さぶられた。
「ちょっとツクネちゃん!落ち着いて!」
必死に抵抗するけどビクともしない。
霊獣の腕力は人間を遥かにしのぐ。
俺はただただ振り回されるばかりで、そのうち目が回ってきた。
「やめろ!なんでいきなりこんなこと・・・・・、」
「帰れ!帰れ!帰れえええええ!」
獣のような雄叫びを上げ、めいっぱい俺を振り回す。
そして・・・・、
「うわあああああああ!」
彼女の手がパっと離れる。
俺は孤を描きながら宙を飛んでった。
しかも・・・その先にあるのは崖。
周りは木立が開けているので、掴まる物すらない。
崖から落っこちるのを回避する術はなく、要するにあれだ・・・ご愁傷様ってことだ。
「NOおおおおおおお!」
遥か下の方にチェリー君が見える。
その隣にはチュウベエとモンブラン。
こんなに離れているのにしっかり見えるのは不思議だ。
それに景色もスローモーションだし・・・・。
《これテレビで見たことある・・・・絶体絶命の時は全てがゆっくりに見えるって・・・・。》
短い時間が何倍にも感じられて、その分だけ恐怖も増していく。
こうやってスローモーションになるのは、どうにか助かる方法はないかと脳が頑張っているかららしい。
はっきり言おう・・・無いよ!
こんなの余計に怖くなるだけだ。
《スローモーションにならなくていいから!どうせなら一瞬で楽にしてくれ!》
恐怖はじわじわと心を蝕んでいく。
いっそのこと走馬燈にしてほしかった。

勇気のボタン〜空っぽの賽銭箱〜 第十四話 獣たちの思惑(1)

  • 2018.04.05 Thursday
  • 10:49

JUGEMテーマ:自作小説

ド田舎の山の麓、オンボロの神社が建っている。
チェリー君から依頼を受け、車で二時間かけてここまでやってきた。
俺が住んでいる所と同じ県内ではあるが、あまりの田舎ぶりに感動さえ覚えていた。
「こんな場所があったなんて。」
見渡す限り山、山、畑、田んぼ、そして山。
一番近いコンビニでさえ、車で30分といった過疎ぶりだ。
「そりゃこんな所に建ってたんじゃ誰も来ねえぜ。」
マサカリが呆れたように言う。
神社は木立に囲まれていて、そのせいか鬱蒼と暗い。
多くの場合は神社は木々に囲まれているから普通といえば普通なんだけど、ここはなんていうか・・・・そう、とにかく暗いのだ!
木立に混じって竹林があり、歩道はまったく整備が行き届いていない凸凹の状態。
落ち葉が散乱しまくり、枝の燃えカスが散らかり、灯篭にはヒビが入り、鳥居までもが今にも崩れそうだった。
「いっそのこと借金取りに引き取ってもらった方がいいんじゃないか?」
チュウベエの言うことはもっともで、ちょっと大きめの地震が来たら倒壊してもおかしくない。
チェリー君は面白くなさそうに「ふん!」と鼻を鳴らした。
「だから嫌なんだよ、ここに帰って来るのは。」
「ちょっと同情するよ。」
「そうね、憐れみさえ覚えてくるわ。」
「ダメよモンブラン、チェリー君が傷つくから。・・・・でも私も可哀想になってきた。」
「うるせえ!いいからとっとと行くぞ。」
鳥居を潜り、鬱蒼とした暗がりの中へ入っていく。
チュウベエが「俺帰っていいか?」と言った。
「ダメだ。今回は全員出動なんだから。」
「んなこと言ったって、ここにいたら気分の底まで暗くなりそうだ。なあデブ犬。」
「デブじゃねえ、ぽっちゃりと言えぽっちゃりと。けどまあ・・・・バカインコの言うことも分かるぜ。」
「ねえ悠一、私みたいなレディにこういう場所は似合わないと思うの。」
「私もできればパスしたいわ。なんだか身体が冷えそうで・・・・。」
「はいはい、愚痴ってないで行くぞ。」
グチグチ言いながらついて来る動物たち。
おんぼろの参道を抜けていくと、これまた年季の入った本殿が見えてきた。
「見て悠一!お化け屋敷があるわ。」
「失礼だぞ。」
「いや、ほんとにお化けがいるぞ。」
チュウベエが羽を向ける。
するとその先には・・・・、
「ぎゃあああ!」
青白い顔をした男女が立っていた。
白装束を身にまとい、腕や足には包帯を巻いている。
本殿のすぐ隣に立ちながら、恨めしそうな目で睨んでいた。
《こんな昼間から幽霊かよ!》
背中を向け、一目散に逃げ出す。
しかし後ろから足音が近づいてきた。
《追いかけて来てる!》
俺も動物たちも必死に逃げる。
だが幽霊の足は速かった。
ガシっと襟首を掴まれて、後ろへ引き倒されてしまった。
「いやあああ!呪わないでくれええええ!」
「なに言ってんだボケ。」
パチンと頭を叩かれる。
見上げるとチェリー君がいた。
「何してるんだ!君も早く逃げろ!」
「なんで逃げなきゃいけねえんだよ。」
「だって幽霊がいるんだぞ!呪い殺されるぞ!」
「・・・・あのな、あれは幽霊じゃないから。」
グイっと顔を掴まれて、幽霊の方を振り向かされる。
「やめろおおお!」
「大人しくしろよ。」
「ああいうのは見ちゃダメなんだよ!きっと三日後くらいに死の呪いが・・・・、」
「ありゃ俺の親父とお袋だ。」
「・・・・・え?」
ピタっと固まる。
「君のご両親・・・もう亡くなってたのか?」
「だから幽霊じゃねえって!」
二人の幽霊はヒタヒタと近づいてくる。
マサカリは俺の後ろに隠れ、モンブランはさらにその後ろへ隠れ、マリナはさらにその後ろ、チュウベエはどこかへ飛び去ってしまった。
「呪うならコイツだけにしてくれ!」
「そうよ!私たちは無理矢理連れて来られたのよ!」
「酷い飼い主なの!私たちは無関係よ!」
「お前らなあ・・・・・、」
「ホ〜ホケキョ!」
「こらチュウベエ!ウグイスに混じって逃げようとするな!」
あっさり飼い主を見捨てるなんて・・・・こいつらとの信頼はいったいなんだったのか?
まあいつもの事ではあるけど。
幽霊らしき人達は俺の目の前までやってくる。
そしていきなり血を吐いた。
「ゴハアッ!」
「ひいい!」
「ゲバアッ!」
「ぎゃああ!」
膝をついてうずくまる二人。
チェリー君が背中を撫でている。
「無理すんなよ親父。肋骨と骨盤と大腿骨と腕を骨折してるんだから。」
「す、すまん・・・・ゴバアアッ!」
「お袋も寝てろよ。心臓と肺と胃と膵臓がズタズタなんだから。」
「でもお客様が見えるっていうから・・・・ゲバアアッ!」
二人の足元に血だまりが出来ていく・・・・。
「もういいから中に入って寝てろ。後でお粥作ってやるから。」
《それより病院に連れてけよ!》
二人はフラフラと立ち上がり、また血を吐きそうになる。
しかしどうにか堪えながら、ペコリと頭を下げた。
「有川さんですな・・・?」
親父さんが尋ねる。
「そ、そうですが・・・。」
「ツクネがお世話になりました・・・・。」
「いえ・・・こちらこそ。」
「不愛想な娘なもんで・・・・さぞ気を悪くされたでしょう。」
「と、とんでもない・・・・ツクネちゃんはとっても良い子でしたよ、ええ。」
そう答えると、今度はお袋さんが「すみません・・・・」と言った。
「私たちの為にわざわざお越し頂いて・・・・。」
「こ、これも仕事ですから・・・・。」
「大したおもてなしは出来ませんけど・・・・せめて中でお茶くらい・・・・ごふ!」
「いいです!いいですから寝てて下さい!」
ここで死なれちゃたまったもんじゃない。
チェリー君をせっつき、家に戻ってもらうように言った。
「どうか・・・・どうかツクネのことを頼みます。」
「不愛想だけど悪い子じゃないんです・・・・助けてやって下さい。」
「だ、大丈夫ですよ!僕とチェリー君で必ず助け出しますから。」
喋る度に血を吐くのでビクビクしてしまう。
おそらくあの二人も霊獣なのだろう。
でなきゃとうにあの世へ旅立っているはずだ。
二人は神社の脇にある平屋へ消えていく。
チェリー君は「悪いな驚かせて」と肩を竦めた。
「大人しくしとけって言ったのに、挨拶するって聞かなくてよ。」
「ある意味幽霊よりビビったよ・・・・。」
「まあとにかく姉貴を捜しに行かなきゃな。あのコウモリ野郎は向こうへ逃げてったんだ。」
そう言って神社の奥にある深い山を指さした。
「さ、行こうぜ。」
「待て待て。その前にもうちょっと詳しく話を聞かせてくれよ。」
「ん?」
「だって大まかな事しか聞いてないからさ。そのコウモリ野郎が現れた時、具体的にどんな状況だったのか教えてほしいんだ。」
「車の中で教えたじゃねえか。」
「いやいや、浮かない顔してなんにも答えてくれなかったじゃないか。なあみんな?」
動物たちを振り向くと、全員鳥居の外の逃げ出していた。
「悠一よお、悪いけど今回はマジでパスしたいぜ。」
「そうよ、いきなり目の前で血を吐かれるなんて・・・・正直泣きそうだったわ。」
「ありゃもうじき死ぬな。」
「実はもう死んでたりして・・・・。さっきのは未練を残した地縛霊で・・・・、」
「だから失礼だろ!」
なんと口の悪い奴らか。
呼んでも全然こっちに来ないし。
《まあいい。今は詳しい話を聞かないと。》
俺は尋ねた。
ツクネちゃんがさらわれた時、いったいここで何があったのかを。
チェリー君は「しゃあねえなあ」と面倒くさそうに喋り始めた。


        *****


実家に帰って来た次の日のことだよ。
俺は賽銭泥棒を待ち伏せしてたんだ。
近くの茂みに隠れてた。もちろん擬態してな。
時間?そうだな・・・陽は沈みかけてたな。日没までもうちょっとって所だ。
だんだん暗くなり始めてよ、今日は来ねえのかなって思ってたんだ。
俺の擬態は二時間しかもたねえから、その間に来なかったら引き揚げるしかねえ。
待ち伏せを始めて一時間半くらい経った頃かな。
あと30分待って来なかったら諦めようと思ってた。
けど・・・・奴は来やがった。
空から一匹のコウモリが飛んできたんだ。
あの日は満月だったからハッキリと姿が見えたぜ。
コウモリは神社の木にとまってよ、歯ぎしりみたいに口を動かしてた。
ああやって特殊な音波を出すんだろうな。
誰か見張ってねえか?罠はないか?
慎重に確かめてたぜ。
けど俺の擬態はそんなんじゃ見破れねえ。
誰もいないと思って油断した野郎は、そそくさと賽銭箱に近づいて来やがった。
そんで人間に化けやがったんだ。
細身の陰湿そうな野郎だったぜ。
そこの太ったブルドッグとは正反対だな。
・・・痛だだだだ!噛むな!
俺はデブじゃないだって?
何言ってんだ。どっからどう見ても脂肪の塊・・・・痛!
分かった!もう言わないから噛むな!
なんて犬だよまったく・・・・ちゃんと躾けくらいしとけ。
ええっと・・・どこまで話したっけ?
・・・そうそう!野郎が人間に化けたとこまでだ。
アイツは賽銭箱を掴んで、そんでああしてこうして中の金を盗みやがった。
え?どうやって盗んだのかって?
意外と簡単なんだよ、中身を取り出すのは。けど言わねえ、企業秘密だかんな。
奴は小銭をポケットにねじ込んで、意気揚々と引き揚げようとした。
そこで俺の出番ってわけだ!
茂みの中から飛び出して、後ろから飛びかかったわけさ。
野郎はビックリしてたぜ。
まさか茂みに誰かが潜んでるなんて思わなかったみたいでな。
俺は擬態を使ったままアイツを取り押さえようとした。
その方が反撃されにくいと思ってよ。
後ろから押し倒して、地面に組み敷いて、腕をねじり上げようとしたんだ。
・・・そん時だ。
野郎は180度首を回転させて、ガバっと口を開けた。
・・・その瞬間思ったよ、なんかヤバいって。
嫌な予感がして飛び退くと、野郎は超音波を出しやがったんだ。
その威力の凄まじいのなんのって・・・・。
空気が揺れて爆発みたいな音がしたからな。
もしかわすのが遅れてたら全身の骨がバキバキだったろうぜ。
焦った俺は心を乱しちまって、擬態が解けちまった。
野郎は立ち上がり、また超音波を撃とうとした。
今度はよけられねえ・・・・そう思った時だ。
親父が出て来て「コラあああ!」って叫んだんだ。
野郎はそっちに気を取られて、俺から目を逸らした。
その隙にまた擬態してよ、茂みの中に隠れたわけさ。
俺を見失った野郎は、親父とお袋に襲いかかった。
また爆発みてえな音がしてよ、親父とお袋は吹き飛ばされちまった。
二人とも一発でノックアウトだ。
けど野郎はまだ攻撃しようとしてた。
ゆっくり近づいて、ガバっと口を開けたんだ。
こりゃヤベえと思って助けに入ろうとしたよ。
茂みの中から飛び出して、後ろから飛び蹴りでも喰らわしてやろうとしたんだ。
けどその前に姉貴が助けに入った。
クルっとジャンプして人間に化けてから、足元の石を蹴り飛ばしたんだ。
姉貴はサッカーやってたからさ、物を蹴飛ばすのが得意なんだよ。
ほら、俺ん時だって見事に一発でおでこに当てたろ?
だから今回も見事にヒットしたわけさ。
コウモリ野郎のおでこにゴツン!と。
一瞬だけ「おうふ!」とか悲鳴をあげてたぜ。
こりゃ効いてると思って、姉貴はもう一発石を蹴飛ばしたんだ。
だけど野郎は超音波でそれを弾きやがった。
そんでそのまま姉貴に目がけて・・・・・。
姉貴はまともに喰らっちまったよ。
爆音と共に20メートルくらい吹き飛ばされてた。
その衝撃で気を失ってよ、全然立ち上がってこなかった。
このままじゃ姉貴も親父もお袋もやられちまう!だから俺は意を決して飛び蹴りをかましたわけさ。
でも残念ながら不発に終わった。
なんでかって?
動揺してたからさ!
目の前で家族がボッコボコにされちまってよ。
すんげえ焦ってた。
だから擬態を見破られちまったんだ。
野郎はサッと俺のキックをかわした。
そんで姉貴を抱えて、山の中に消えちまったってわけさ。


        *****


チェリー君は山を見つめている。
この山のどこかにいるであろうツクネちゃんを心配しているんだろう。
「詳しいことは分かった。要するにツクネちゃんは俺が思ってた以上にピンチみたいだな。」
「親父やお袋以上に大怪我してるはずだ。」
「なら一刻も早く助けないと。」
「だからそう言ってるだろうが。」
イラっとしながら睨んでくる。
「モタモタしてられねえんだ。今すぐ行くぜ。」
神社の横にある道を歩いて、奥の山へと登っていく。
俺は後ろを振り返り、鳥居の外に逃げている動物たちを呼んだ。
「いつまでビビってんだ、さっさと行くぞ。」
「怖い」だの「気味悪い」だの「行きたくない」だの「腹が減った」だのと喚いている。
最後のはマサカリだろう。
飯なら2時間前に食ったはずだ。
「嫌なら置いてくぞ。俺が戻るまでこの神社で待ってるんだな。」
そう言うと、「ええ〜・・・」と首を振った。
「またさっきの幽霊が出て来るかもしれねえじゃねえか。」
「私・・・ついて行く方を選ぶわ。」
「俺も。」
「私も。」
みんなトコトコと追いかけてくる。
モンブランが俺の横に並んで、「手伝うのは手伝うけどさ」と口を開いた。
「みんな固まって動いても意味ないんじゃない?」
「出来ればバラけて捜索したいけど、ここは初めての山だ。遭難したら大変だからまとまって行こう。」
「失礼ね、私は遭難するほどドジじゃないわ。」
モンブランは「別行動させてもらうわね」と道を逸れていく。
「おい!危ないぞ!」
「ピンチになったら助けに来てよ。私を拾ってくれた時みたいに。」
「あの時とは状況が違うだろ。」
言い終える前に山の中に消えてしまう。
「あ、じゃあ俺も別行動で。」
チュウベエが空へ羽ばたいていく。
「まあお前は遭難する心配はないだろうけど・・・・でも気をつけろよ。ワシとかタカがいたら喰われちまうぞ。」
「大丈夫だ、猛禽類の扱いは慣れてる。トンビやイヌワシの友達がいるからな。」
「相変わらずコミュ力が高いことで。」
「そんじゃ見つけたら知らせにくるから。バイ。」
「・・・・・おいコラ!なんで糞を落としてくんだ!」
頭が汚れてしまった・・・・最悪だ。
近くの葉っぱでゴシゴシと拭くが、なかなか取れなかった。
「悠一、俺も別行動で・・・、」
「お前はダメだ。」
「なんでだよ!俺には信用がねえのか!」
たぷんたぷんのお腹をブルブル揺らしながら抗議する。
「だってあいつらはこういうのに慣れてるだろ。でもお前はなあ・・・・すぐに弱音を吐くから。」
「やい!俺様をヘタレみたいに言うな!」
「ヘタレじゃなかったらなんなんだよ。すぐ疲れたとか怖いとか言うクセに。」
「へ!いつまでも俺様をただのブルドッグだと思ってたら大間違いだぜ。」
「なんだよその自信満々な顔は?なんか特技でも身に着けたのか?」
そう尋ねると、クルっとお尻を向けた。
「何してんだ?」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・臭っさ!」
鼻がもげそうな悪臭がする・・・・。
「へへへ、どうだ?」
「どうだ?じゃないだろ!なんでこっちに向けて屁をこくんだよ!」
「俺様の特技が見たいって言うからよ。」
「もしかして・・・特技ってオナラのことか?」
「おうよ!最近オナラをコントロールできるようになってよ。溜めて溜めて直腸の辺りで圧縮するんだよ。
そいつを一気に放出するとだな・・・・、」
「いいよ説明しなくて!」
「けどリスクもある。下手すると固形物まで一緒に飛び出して・・・・、」
「しなくていいって言ってるだろ!」
こんなの特技でもなんでもなく、ただオナラを我慢してるだけじゃないか。
しかもめちゃくちゃ臭いし・・・・。
「もし誰かが襲ってきたら、こいつで撃退してやるのさ。」
「頼むからドヤ顔で言うのはやめてくれ。飼い主として恥ずかしい。」
「こいつの直撃を喰らった日には、しばらく吐き気が止まらなくなるだろうぜ。」
「俺がすでにそうなりかけてるよ・・・・。」
「というわけで、俺も別行動をする。」
「ほんとに大丈夫か?迷ったりしたら大変だぞ?」
「へ!腐っても犬でい!この鼻がありゃなんとかならあ!」
丸っこい鼻をヒクヒクさせながら、「リードを外してくれ」と言った。
「俺だって一匹でやれるってとこ見せてやるぜ!」
「・・・・分かったよ。でも無理は禁物だぞ。危ないと思ったらすぐに神社まで引き返してくるんだ。」
「おうよ!」
カチャっとリードを外してやると、「ほうりゃ!」と駆け出していった。
しかしものの数分で息が上がっていた。
トボトボ歩きながら木立の中へ消えていく。
「大丈夫かあいつ・・・・。」
ちょっと不安になってくる。
するとマリナも「私は・・・・」と言い出した。
「言っとくけどお前はダメだぞ。」
「なによ、誰も別行動するなんて言ってないわ。」
「ならいいけど。」
「その代わりさっきの神社に置いてってくれない?」
「え?なんで?」
「本殿の前だけ陽が当たってたのよ。ゆっくりお昼寝できるかと思って。」
「でもあそこは怖いって言ってたじゃないか。」
「冷える方が嫌なの。もうほとんど春だけど、陽射しの届かない所はまだ寒いから。」
「けどお前だけ残してくってのはなあ・・・、」
「もしコウモリ野郎が来たらコイツで引っかいてやるわ。」
鋭い爪をニョキニョキ動かしている。
「ね、いいでしょ?」
「う〜ん・・・・心配だけどそこまで言うなら。」
俺は神社まで引き返し、本殿の前にマリナを置いた。
「ああ・・・あったかい。」
目を閉じてウットリしている。
もし誰かが参拝に来たら腰を抜かすだろう。
「じゃあここで大人しくしてろよ。」
「は〜い。」
行ってらっしゃいとばかりに尻尾を振る。
まったく・・・どうして我が家の動物たちはこうも自分勝手なのか。
まあいつもの事ではあるけど。
神社を後にして山道へ向かう。
するとチェリー君が怖い顔で走ってきた。
「おい!いつまでモタモタしてんだ!」
「ごめんごめん、ちょっと動物たちが・・・・、」
「いいからさっさと来い!」
グイっと背中を押される。
山道はほとんど整備がされていなくて、あちこちに石が転がっていた。
地面も凹凸だらけだし、ほとんど人が通らないのだろう。
気をつけないと転んでしまいそうだ。
さすがにチェリー君は慣れた様子で歩いていくけど。
「なあチェリー君。」
「なんだ?」
「一つずっと気になってたことがあるんだけど。」
「だからなんだよ?」
「賽銭泥棒のせいで収入が無くなって、それで借金を返せないって言ってたよな?」
「それがどうした?」
「ちょっと不思議だなと思って。お賽銭ってそう儲かるもんじゃないだろ?
伏見稲荷とか出雲大社とか、ああいう大きな神社ならそれなりの額だと思うけど・・・・、」
チラっと後ろを振り返る。
もう神社の姿は見えないが、あのボロっちい佇まいは目に焼き付いていた。
「こう言っちゃ悪いけど、あんまり人が来るような感じじゃないよな。だったら借金を返せるほどの収入があるのかなと思って。」
「要するに誰も来ないほどボロい神社だって言いたいんだろ。」
「オブラートを外すなら。」
「アンタの言ってることは事実だよ。賽銭は年間に5千円を超えればいい方だ。」
「年収が5千円・・・・それじゃどう頑張っても借金の返済は無理じゃないか。いくら借りてるのか知らないけどさ。」
「借りたのは500円だ。」
「へ?」
「なんだよ?」
「500円?500万じゃなくて?」
「500円だ。」
思わず足が止まってしまう。
そんなの一時間バイトでもすれば余裕で稼げる。
なのにどうしてこんなに困っているのか?
「あの・・・よかったら俺が立て替えようか?」
そう言って財布を盗り出すと、「無理だ」と言われた。
「おいおい、いくら俺が貧乏人でも500円くらい持ってるぞ。」
「そういう問題じゃねえ。」
「じゃあどういう問題なんだ?」
「ただの金じゃ無理なんだ。願いのこもった金じゃねえとよ。」
「願い?」
「神社に来て賽銭を入れるってことは、願い事があるってことだろ?」
「俺はそうじゃなくても入れることがあるぞ。あの静かな空間が好きでさ、ちょくちょく行くんだ。
でも毎回タダでお邪魔させてもらうのは悪いと思って入れたりする。」
「そういうのは稀だ。ほとんどは願い事があって賽銭を放り込むんだよ。
俺たちにとってそういう金は特別なんだ。」
彼も足を止め、ゆっくりと振り向く。
リーゼントを揺らしてカッコをつけるのを忘れずに。
「金は金でも、無心の金と祈りの金は違うんだ。」
「・・・どういうことだ?」
「ただなんとなく放り込んだ賽銭はただの金だ。けど願い事をして入れた賽銭は祈りの証なんだよ。」
「祈りの証・・・・。」
「それってつまり、どれだけその神社を必要としてるかってことなんだ。そういう金は俺たちにとって特別なんだよ。」
「俺たちって・・・・チェリー君の家族にってことか?」
「違えよ。神を祀る全ての霊獣にとってだ。」
真剣な顔で答える。カッコをつけた表情は相変わらずだけど。
「願いのこもった賽銭を神様に奉納することで、霊獣はその加護を受けることが出来るんだ。
ウチの神社は代々霊獣が氏子をやっててな、つまり俺のご先祖様みんな霊獣ってわけだ。
それもこれも神様からの加護で力を貰ってるからなんだよ。」
「なるほど。つまり願いのこもったお賽銭を奉納できなくなると、ご加護が消えてなくなると。」
「そういうこった。となると次に生まれてくる子はただの動物になる。先祖代々続いてきた霊獣の家系が途絶えちまうのさ。」
「なんとなく話が見えてきたよ。」
彼の横に並んで、一緒に神社のある方を見下ろした。
「人がほとんど来ないあの神社は、神様に奉納するお賽銭が足りなくなっていた。
だから他所から奉納できるお賽銭を借りたわけだ?」
「ああ。たかが500円ぽっちだけど、本気で願いをこめた賽銭はそうそうあるもんじゃない。
だってほとんどの奴らが儀式的に放り込んでるだけだからな。」
「ならその500円には相当な価値があるってことだな。」
「そういうこった。」
「そしてそんな特別なお金を貸してくれる相手となると、同業者ってことになるよな。」
「おお、なかなか鋭いじゃねえか。」
ドンと肩を突いて褒めてくれる。
「実はこっから少し離れた所にも神社があってよ。そっちはまだウチより参拝客が多いんだ。
だから無理言って貸してもらったわけさ。」
「じゃあその借金の担保が、君んところの神社と土地ってわけか。」
「ああ。今月中に返せないと差し押さえられちまう。」
「ちなみにその相手も霊獣なの?」
「当たり前だろ。人間の神主にこんな借金頼むと思うか?」
「ごもっともで。」
チェリー君は「もう細かいことはいいだろ」と歩き出す。
「うだうだ喋ってたって始まらねえ。犯人さえ捕まえりゃどうにかなるんだからよ。」
「あ、ちょっと待って。」
「なんだよ?」
俺は財布から500円玉を取り出した。
「これ、今から入れてくるよ。」
「なんで?」
「だって願いを込めたお賽銭ならいいんだろ?だったらこいつを入れてお願いをしてくるよ。そうすれば・・・・、」
「アホかお前は。」
「なんで?願いをこめたお賽銭なのに。」
「あのな・・・・、」
チェリー君は呆れたように首を振る。
「そんなんで入れたってダメなんだよ。」
「どうして?本気でお願いするのに。」
「それは俺の話を聞いたからそうするだけだろ。」
「いやいや、ちゃんと願いを掛けるよ。だって最近全然依頼が来なくて困ってるからさ。どうか仕事が来ますようにって・・・・、」
「でも俺に言われなきゃ賽銭を入れようとはしなかっただろ。」
「まあ・・・それはそうだけど・・・、」
「そういうのじゃダメなんだ。もっと純粋な気持ちじゃねえとよ。」
そう言ってまた神社を振り返る。
「誰かに言われたからとかじゃなくて、自分から願いをこめないとダメなんだ。
それも心の底から本気で願ってないと意味がねえ。
一円でも十円でもいいから、誰よりも強くってほどに気持ちを込めるんだ。
そういう金だからこそ、神さんへの奉納になるんだよ。」
彼の声はいつになく真剣で、じっと神社のある方を見つめている。
俺は取り出した500円玉をチャリンと財布にしまった。
「ごめん、安易な発想だった。」
「いいさ。」
クルっと踵を返し、荒れた山道を登っていく。
その背中はただカッコをつけているのではなく、本気で家族や神社のことを心配しているのだと伝わってきた。
《マジでツンデレだな。》
やっぱりこういうところは憎めない。
しかし途中でつまづき、盛大に転んでいた。
「大丈夫か!」
慌てて起こすと、トレードマークのリーゼントがぐしゃぐしゃになっていた。
「カッコいい髪型が台無しだぞ。」
サッと直してやると「悪いな」と立ち上がった。
「あんた良い奴だな。」
そう言ってニコッと笑う。
こんな素直な笑顔を見たのは初めてだ。
「けどよ・・・・、」
急に不満そうな顔になり、髪をかき上げる。
「直すならちゃんと直してくれねえか。」
必死に前髪をかき上げている。
リーゼントが崩れたせいで、貞子みたいな前髪になっていた。

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