勇気のボタン〜ある日の珍夢〜
- 2018.04.15 Sunday
- 10:23
JUGEMテーマ:自作小説
ほんのりとしたオレンジ色の光が辺りを照らしている。
テーブルを、椅子を、そして料理やドリンクバーを。
そう、ここはファミレスである。
時刻は夜の11時。
客はまばらで、奥のテーブルに男が三人、レジから近いテーブルに女が二人座っているだけだ。
どの客もダラダラとダベっていて、いかにも夜のファミレスって感じがする。
ちなみに俺はというと、なぜか犬になっていた。
それも柴犬っぽい子犬だ。
なぜ俺は犬なのか?
どうしてファミレスにいるのか?
まったくチンプンカンプンだ。
《世の中には人間に化けられる動物もいるからなあ。もしかしたらその逆もあるのかも。
実は俺はすごい霊能力者で、動物に化けることが出来るとか。》
そんなことを考えていると店員が近づいてきた。
「子犬?可愛い!」
膝をつき、両手で抱きかかえる。
《マイちゃん!》
頭をお団子に結った女の子が「よしよし」と頭を撫でてくる。
《こんな所で何してるの!今はお母さんの元で修行中なんじゃ・・・、》
「ちょっとコマチ君!」
奥からメガネを掛けたおじさんの店員が出てくる。
「動物なんか持ち込んで何してんの!」
「違いますよ、どこかから入り込んできたみたいなんです。」
「入り込むだって?じゃあさっさと外に捨てといて。」
「ええ〜!だって可哀想ですよそんなの。」
「ウチは飲食店なんだよ。動物がいちゃマズいでしょうが。」
「そうですけど・・・・、」
「こんな世の中なんだから、もしなんかあったら訴えられるよ。そのとき君が責任取れるの?」
「それはあ・・・・、」
マイちゃんは困った顔で俯く。
メガネのおじさんは「とにかくさっさと捨てといてよ」と奥に戻っていった。
《う〜ん・・・そりゃそうだよな。》
おそらく店長さんなのだろう。
確かに飲食店で動物が入ってくるのはマズい。
けどマイちゃんは「そんなこと言ったって・・・・」と困っていた。
「あの〜!バイト上がるまでお店に置いてちゃダメですか?私が連れて帰りますから!」
奥に向かって叫んでいる。
おじさんは「ダメ!」の一言だった。
「だけど捨てるなんて可哀想ですよ!」
「じゃあ今から連れて帰ればいいじゃない!」
「いいんですか!?じゃあそうします!」
「あ、ただし代わりの子は呼んでね。」
「へ?」
「ホールに誰もいなくなっちゃうだろ。抜けるならちゃんと代役を立ててね。」
「分かりました!」
ポケットからスマホを取り出し、手当たり次第に掛けている。
しかし誰も来てくれないようだった。
マイちゃんはシュンと項垂れる。
するとそこへ「ちょっといいすか?」と誰かがやって来た。
顔を上げると金髪の男がいた。
しかも髪をツンツンに立てている。
セックスピストルズみたいなパンクロッカーのファッションで、その顔は馬鹿なのか間抜けなのか分からないほど締まりがなかった。
《誰だこいつ。ていうかどこかで見たことがあるような・・・・。》
男は手を向けて、「俺が預かりますよ」と言った。
「え!ほんとに!?」
「知り合いに犬を欲しがってる奴がいるから。そいつに聞いてみます。」
「あ・・・ありがとう〜!」
ウルウルしながら喜んでいる。
「じゃあお願いします!」
「うっす。」
俺を受け取った男は席に戻っていく。
マイちゃんが「幸せにね〜!」と手を振った。
《なんなんだいったい・・・・。》
わけの分からないことばかりで混乱する。
席に戻った男は「うい〜」と腰を下ろした。
「犬、ゲットしてきたぜ。」
そう言ってテーブルの上に俺を置く。
向かいに座る二人の男が顔をしかめた。
「んなもん貰ってきてどうすんだよ。」
細身でマッシュルームカットの男が言う。
ニヒルで不機嫌そうな顔をしているが・・・・こいつもどこかで見たことがあるような・・・、
「焼いたら食えるんじゃないか?」
もう一人の男が恐ろしいことを言う。
頭には野球帽を被り、どこかのチームの半被を着ている。
しかもメタボのくせにピチピチのTシャツを着てるもんだから、お腹がパツンパツンだった。
もぐもぐポテトを食いながら「店員に頼んだから調理してくれるかな」とヨダレを垂らす。
《なんだろう・・・こいつもどこかで見たことがあるような・・・・。》
ここにいる三人の男・・・・いったい誰なのか?
記憶を手繰り寄せても分からなかった。
分からなかったけど・・・・初対面じゃないような・・・、
「だってあの子が困ってたから。助けてあげようかな〜と思って。」
金髪が言う。
「でも引き取っても困るだろお前。犬飼う気とかあんの?」
マッシュルームが尋ねる。
金髪は「ないよ」と即答だ。
「じゃあどうすんだよ?」
「なあ。どうしよかなあ。」
「考えもなしに貰ってきたのかよ。ほんとアホだなお前は。」
そう言ってズルズルっとクリームソーダをすすっていた。
「やっぱり食わね?」
メタボが言う。
「犬って意外と美味いらしいぜ。」
「一人で食ってろデブ。」
「うっせえキノコ頭。俺みてえな美食家はなあ、とりあえずなんでもチャレンジしてみるんだよ。」
「そういやお前って小学生の頃にタニシ食ってたよな?」
「そうそう、お腹すいたとか言って。」
金髪が頷く。
「次の日学校で下痢してたよな。」
「しかも給食の時間にな。」
「あれで懲りたかと思いきや、次はその辺に生えてるキノコも食ってたよな。」
「揚げれば大丈夫とか言ってな。」
「二日後に入院してたよな。」
「しかも修学旅行の日にな。」
「でもって次は犬ですか?」
「絶対にまた腹壊すな。」
「次は入院だな。」
「るっせえ!」
メタボは立ち上がり、「そこまで言うなら食ってやらあ!」と叫んだ。
「そこまでって・・・・、」
「誰もススメてないけどな。」
「・・・・実は前から興味があったんだ。」
ベロっと舌なめずりして俺を見る。
恐怖とおぞましさで背筋が震えた。
「外国には犬鍋だってあるからな。それなりに美味いに決まってる。」
《やめてくれ!》
キャンキャン吠えるも逃げられない。
メタボは「店員さ〜ん!」と叫んだ。
「こいつを犬鍋にして・・・・、」
そう言いかけた時、「あんた達!」と誰かがやって来た。
「さっきから見てたらなに酷いことばっか言ってんの!」
ショートカットの目つきの鋭い女がこっちを睨んでいる。
デニムジャケットを羽織り、頭にはハット。
気の強そうなこの顔・・・・こいつもどこかで見たことがあるような・・・・、
「こっちおいで。」
釣り目の女は俺を奪い取った。
「犬を食べるなんて可哀想でしょ!」
男たちを見下ろしながらビシっと言う。
すると金髪、「食いたがってるのはそのデブだけだ」と言った。
「俺の知り合いに犬を欲しがってる奴がいるから、そいつに紹介しようかなと思ったんだ。」
「あんたらの知り合いなんかでちゃんと飼えるの?」
「う〜ん・・・本気で欲しがってたからちゃんと飼うんじゃないか?」
「どんな人よ?」
「グルメ通なんだ。一度犬を食べてみたいとか言ってた。」
《絶対イヤだ!》
そんなもん食う為に欲しがってるだけじゃないか。
金を貰ってもいくものか!
釣り目の女は呆れた顔で首を振った。
「この子は私が預かるわ。」
「いいよ。」
「いいぞ。」
「ええ〜!」
メタボだけがショックを受けている。
口に詰め込んだポテトをどうにかしろと言いたかった。
「私がちゃんと飼い主を探してあげるからね。」
《おお・・・まさに救いの女神!》
ありがたやありがたやと拝んでいると、後ろから「ねえ」と声がした。
振り向くとゴスロリの女が立っていた。
しかもなぜか店の中で日傘を差している。
なんとも言えないアンニュイな表情をしているけど・・・・、
《こいつもどこかで見たことがあるな。》
さっきからどこかで見覚えのある奴らが集まってくる。
しかも俺はなぜか犬だし。
本当にいったい何がどうなっているのか分からない。
ゴスロリ女はジロジロと俺を見る。
そしてこう呟いた。
「この子あの人の家の犬じゃない?」
「あの人?」
「ほら、なんて言ったっけ・・・・、」
日傘をクルクル回しながら思い出そうとしている。
「あ・・・あ・・・・、」
「あ?」
「あり・・・・・、」
顔をしかめて思い出そうとしている。
「あ・・・あり・・・・・。忘れた。」
「なによもう。」
「それ、多分飼い犬だよ。」
「でも首輪してないじゃない。」
「・・・・それもそうね。」
《もう頷くのか・・・・。》
釣り目女は「じゃあこの子預かっていくから」と立ち去る。
しかしメタボが「待て待てい!」と追いかけてきた。
「そいつぁ俺んだ!返しやがれ!」
「ちょっと!犬食べようとする奴に渡せるわけないでしょ!」
「食ったりしねえ!」
「嘘!めっちゃヨダレ垂らしてじゃん。」
「ポテト食ってたからだ。」
「この子も食べるんでしょ?」
「いいや、そいつは俺が飼う!」
「はあ?」
釣り目女は目を釣り上げる。
「あんたなんかに飼えるわけないでしょ!」
「なんでそんなことが言えるんでい!」
「俺もそう思う。」
金髪が頷く。
「そいつは間違いなく食うぞ。」
「てめッ・・・・そもそもお前が貰ってきたんだろうが!」
「だって店員さんが困ってたから。なんとなく。」
「無責任な野郎め!」
すろとキノコ頭が「じゃあ返そう」と言った。
「さっきのウェイトレス呼ぼうぜ。」
そう言ってピンポンを押した。
「はいただいま〜!」」とマイちゃんの声が返ってくる。
「こら!勝手に決めんな!」
怒るメタボ、するとゴスロリが「やっぱ人の犬だってそれ」と言った。
「飼い主のところに戻してあげようよ。」
「だからあ・・・その飼い主が分からないじゃない。」
「ええっと・・・確か・・・あ・・・あり・・・・。」
「あり?」
「・・・忘れた。」
「ほら。」
「この際ジャンケンで決めようぜ。」
「黙れ鳥頭!んな適当に決められっか!」
「犬食うつもりのデブにも渡せねえっての。」
「ちょっとそこのキノコ頭。ボケっとしてないでどうにかしてよ。」
「なんで俺なんだよ?」
「だってこの肥満体、あんたの友達でしょ?」
「誰が肥満体でい!」
「ああ!そうだ!」
「おお、ゴスロリが飼い主の名前を思い出したみたいだぞ!」
「あり・・・あり・・・・、」
「あり?」
「忘れた。」
「もうアンタは黙ってて!」
「だからジャンケンで決めればいいじゃんか。」
「ちょっと近づかないでよ鳥頭!髪の毛がチクチク刺さって痛いんだから!」
もはや収集がつかない。
いったい俺はどうなってしまうんだろう・・・・。
「お待たせしました〜!」
マイちゃんがやって来る。
しかしその姿は・・・・、
《なんで・・・?》
マイちゃんはタヌキになっていた。
トコトコ走ってきて、「ご注文は?」と尋ねる。
《なんで元の姿に戻ってんだよ!》
彼女の正体はタヌキの霊獣である。
けどバイト中にこの姿になってはマズいんじゃないだろうか。
しかしなぜか誰も気にしない。
彼女には目もくれずに言い争いを続けていた。
《もうなにがどうなってんだか・・・・。》
俺はテーブルの上に放置される。
するとマイちゃんが「ご注文は?」と尋ねてきた。
「ワン!」
「かしこまりました、ポテトの大盛りですね!」
《言ってないよ!》
助けてくれと言ったのにまったく伝わらない。
彼女はクルっと背中を向け、厨房の方へと走って行ってしまった。
俺はテーブルを飛び降り、喧嘩を続ける五人の脇を抜けて彼女を追いかけた。
通路を走り、レジを越え、奥の厨房へと駆け込む。
すると・・・・、
《な、なんだこれは!》
なんと全員動物だった!
肉を焼いているのも野菜を盛り付けているのも動物。
犬や猫やカラスやイタチ、それに猪やクマまでいる。
「ポテト大盛り入りました〜!」
大声で叫ぶマイちゃん。
するとメガネをかけたアナグマが「コマチ君!」とやって来た。
「そいつを連れて入っちゃイカンと言っただろ!」
指をさしながらプンプン怒っている。
マイちゃんは「え?」と振り向き、「あああ!」と叫んだ。
「ついてき来ゃったの!?」
「さっきも言っただろう。ウチは飲食店なんだからそういうのは困るんだよ。」
「でもでも!このまま捨てるなんて可哀想だし・・・・、」
「飲食店は衛生面が第一なんだよ。もしお客さんに何かあったら・・・・、」
ブツブツ言いながら俺を睨む。
「まったく・・・人間なんかに入って来られちゃ困るんだよ。」
《え?》
何を言ってるんだろう・・・・?人間?
「とにかくさっさと捨ててきてくれ。まったくもう・・・・。」
アナグマはプリプリしながら奥へ引っ込む。
マイちゃんは俺を振り向き、「ごめんね・・・」と言った。
「可哀想だけどここには置いてあげられないの。」
《いや、それはいいんだけど・・・人間ってどういう・・・、》
「でも大丈夫!私が必ず飼ってくれる動物を見つけてあげるからね!」
《飼ってくれる動物・・・・?》
さっきからいったい何を言っているんだろう?
だって俺は柴犬で・・・・、
《・・・・あれ?》
自分の身体を見ると人間に戻っていた。
「なんで?」
わけが分からずに固まっていると、頭に何かが乗ってきた。
「ぐおッ・・・・、」
「悠一君。」
「マイちゃん!」
モフモフのタヌキが頭にしがみついている。
「いったい何がどうなってんの!?」
「入れ替わってるの。」
「入れ替わる・・・?」
「動物が人間になって、人間が動物になって。」
「なんでそんなことに・・・・、」
「気をつけて。」
「え?」
「これが正夢になるかも。」
「正夢・・・・?」
「大きな影が迫ってきてる。気をつけて。」
「あの・・・いったい何を言って・・・・・、」
マイちゃんはグルンと尻尾を振って人間に化けた。
「お母さんが危険を知らせてきなさいって。」
「お母さんって・・・・マイちゃんの?」
「私はいま修業中でこっちへ来られない。
だからせめて危険だけでも知らせようと思って、夢の中に送ってもらったの。」
「ごめん、何を言ってるのかチンプンカンプンで・・・・、」
「すぐに分かるよ。」
俺はマイちゃんをおんぶしたまま顔をしかめる。
すると彼女は「もうそろそろ帰るね」と言った。
「え?帰るって・・・、」
「修行の途中に抜けてきたから。早く戻らないとお母さんに怒られちゃう。」
そう言って「ほんとは私も一緒に戦いたいけど・・・」と悔しそうにした。
「でもこれは悠一君の戦いだから。私には私の戦いがあって、今はそれぞれの道で頑張るしかない。」
彼女のお尻から大きな尻尾が生えてくる。
まるでぬいぐるみのようにモフモフだ。
「大丈夫、一人じゃないよ。」
ギュっと抱きついてくる。
俺はその手を握って「分かってるよ」と頷いた。
「離れてても一緒にいる。また来年には二人でいられるって。」
マイちゃんの言葉から察するに、どうやらこれは夢らしい。
けどそれでもいい。
こうして会えることが嬉しかった。
「前に送ってくれた手紙に書いてたよね。来年は一緒に桜を見ようって。その日を楽しみにしてる。」
握った手が暖かい。
これは夢のはずなのにとても不思議だった。
「俺たちは一人じゃない。だから辛いことがあってもお互いに頑張れるはずだ。」
そう言って「ね」と振り向くと、マイちゃんはいなくなっていた。
「あれ?」
握っていたはずの手もいつの間にか消えている。
「マイちゃん!」
大声で呼んでも返事がない。
キョロキョロ辺りを探していると、遠くから声がした。
《大丈夫、一人だけど一人じゃないよ。》
「マイちゃん!」
《悠一君には仲間がいる。一緒に戦ってくれる仲間が。》
「分かってる、俺の傍にはマサカリたちが・・・・、」
《マサカリたちだけじゃない。他にも戦ってくれる人がいる。》
「他にも?誰?」
《近所の文房具屋さんへ行って。》
《文房具屋さん?》
《その人も悠一君を必要としてる。衝突することもあるだろうけど、力を合わせて一緒に・・・・。》
そう言ったきり、声は聴こえなくなってしまった。
どうやら帰ってしまったようだ。
《マイちゃん・・・・ありがとう、例え夢でも会いに来てくれて。》
彼女の言った通り、今はまだちゃんと会う時じゃない。
来年また桜が咲く頃までは、それぞれの道を歩くしかないのだ。
周りにいた動物たちも消えていて、さっきの五人もいなくなっている。
振り向けばドアが開いていて、朝陽が昇るように淡い光が射していた。
《そろそろ起きろってことなのかな。》
ドアを潜り、一歩外へ出る。
その瞬間にパっと景色が変わった。
「・・・・・・・・。」
俺は布団の上にいた。
目に映るのは見慣れた自分の部屋。
カーテンのかかった窓から薄い光が漏れている。
どうやら朝が来たようだ。
身体を起こし、うんと背伸びをする。
隣では動物たちが寝ていた。
ちょっと大きめの犬用のベッドに、ねこ鍋のようにみんなで寄り添っている。チェリー君も一緒に。
彼が我が家へやって来て一週間、ようやく他の動物たちと馴染んできた。
相変わらずイジられまくっているけど。
でも彼が来てくれたおかげで上手くパワーバランスが取れている。
ギスギスした感じもなくなって、以前のようにみんな仲良しに戻った。
《ありがとな、チェリー君。》
時計を見ると午前七時。
いつもならとうに起きて、マサカリの散歩を終えて帰ってきている時間だ。
ちょっとでも遅れると「早く連れてけ!」と吠えるクセに、今日に限ってスヤスヤと寝ていた。
「まあいいか。おかげでぐっすり眠れたし。」
もう一度背伸びをしてから立ち上がる。
顔を洗いに洗面所へ向かおうとした時、後ろから動物たちの寝言が聴こえた。
「その犬は俺が飼うって言ってんだろ・・・・。」
「うるさいわね・・・・私が引き取るの・・・。」
「いやいや、俺の知り合いにだな・・・・、」
「その子飼い犬よ・・・。たしか飼い主は・・・あり・・・あり・・・・忘れた・・・・。」
俺は言葉をなくして立ち尽くす。
マイちゃんの手を握った感触がリアルなほど残っていて、ゴクリと喉を鳴らした。
『これが正夢になるかも。』
夢で彼女が言っていたことが蘇る。
「まさかな・・・」と笑いつつも不安が消えない。
洗面所に向かい、冷たい水で顔を洗う。
ゴシゴシっとタオルで拭ったあと、鏡を見て叫びそうになった。
《ウソだろ!》
なんと俺の顔が柴犬に変わっていたのだ。それも子犬の。
呆然としていると、またマサカリの寝言が。
「犬ってどんな味がすんだろな・・・・。」
背筋が寒くなる。
もう一度顔を洗い直すと、元の顔に戻っていた。
いったい何がどうなっているのか分からない。
分からないけど、ハッキリ言えることが一つある。
《マサカリよ・・・お前にだけは絶対に飼われないからな!》
ある日の珍夢 -完-