竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(最終話)
- 2014.01.23 Thursday
- 19:51
竜人の里の空に、悪魔のような黒い風が渦巻いている。
恐ろしい細菌と、禍々しい呪術を孕んだ魔人の最後の足掻きは、美しい里を死の世界へ変えようとしていた。
それを食い止める為に、ケイトは腕輪に祈りを捧げる。
神に使えるシスターとして、この命に変えても皆を守ろうとしていた。
「ケイト・・・。」
ウェインは傷ついた両腕を押さえ、ケイトの傍に立つ。
「お前は本当に強くなったし、成長した。
今、この里と世界の危機を救えるのは、お前だけだ。」
いつも守られてばかりいたケイトが、今は誰かを守ろうとしている。
腕輪を通して自分の心を見つめ、神に使える意思、そして神の御心に耳を澄ませている。
ケイトは感じていた。今、自分は試されていると。
シスターとして、そして一人の人間として、強く、大きくならなければいけないと。
一切の雑念を捨て、精神を統一し、腕輪の中に全ての心を委ねていく。
すると、腕輪に填められた青い宝石から、涼やかな声が聞こえてきた。
ケイトはそっと耳を澄ます。小川の流れを聞くように、鳥のさえずりを聞くように、ただ無心で耳を傾ける。
《・・・・・お前の心・・・お前の愛・・・全てを・・・この腕輪と一つに・・・・。》
その声が聞こえた時、ケイトは目を開けた。
そして長い金色の神をなびかせ、空を覆う黒い風を見つめた。
「私は・・・この命に換えてもみんなを守りたい・・・。
里の人達も、この世界の人達も、そしてクレアや、彼女の世界の人達も・・・。
この身を捧げて慈愛を貫く・・・それこそが私の意思。それこそが、シスターの務め。
聖者の腕輪よ、私の祈りと願いに応え、悪魔の風を消し去る力を!皆を救う奇跡を!」
ケイトは腕輪を高く掲げる。
すると青い宝石から眩い光が放たれ、疾風のように広がっていった。
「これは・・・なんという力だ・・・。」
ウェインは息を飲んで空を見上げる。腕輪から放たれる光は、破壊の力ではなく、癒しの力であった。
魔を取り除き、光を降らせる神の雨であった。
降り注ぐ光の雨は、瞬く間に黒い風を消し去った。
そして細菌に倒れた者を復活させ、力を与えていった。
「これは・・・まさに奇跡だ・・・。
信じられないが・・・・これをケイトが・・・・。」
ふと見ると、ウェインの両腕も治っていた。
魔人と戦ったダメージや疲れも消え去り、どんどん力が漲ってくる。
「すごいものだ、これがケイトの本当の力か・・・。」
ウェインは感心して光の雨を受け止める。
そしてこの奇跡を起こしたケイトを見つめた。
「ケイト・・・お前はほんとうに凄いやつだ。見直したよ。」
そう言って肩を叩くと、ケイトはフラリト倒れそうになった。
「おい、しっかりしろ。」
腕を伸ばして抱きかかえ、心配そうに顔を見つめる。
するとケイトは薄っすらと目を開け、小さく笑ってみせた。
「ウェインさん・・・私・・・やりました・・・。
みんなを・・・助けることが・・・。」
「ああ、お前はよくやった。もう半人前などとは呼べないな。
ケイトは・・・本物のシスターだ。
ウェインは彼女の手を握って頷きかける。
「まさかウェインさんが、そんなに褒めてくれる日が来るなんて・・・。
ちょっと感動かも・・・。」
長い髪を揺らしながら、ケイトはウェインの肩を掴んで身を起こした。
光り輝く聖者の腕輪は、全ての魔を打ち払うと輝きを失くし、光の雨も消えていった。
倒れていたクレア達は目を開けて身を起こし、晴れ渡る空を見て声を上げた。
「ああ!あの黒い風が消えてるわ!」
「・・・これは・・・いったいどういうことだ?」
トリスは首を捻り、自分の身体を見て不思議そうにする。
「私は確かに細菌に感染したはずなのに、どうしてこんなに力が漲っているんだ?」
「それはケイトのおかげさ。」
ウェインはケイトの背中を押してトリスの前に立つ。
彼女は少し恥ずかしそうに、そして誇らしそうに笑った。
「おお・・・ケイトが我々を救ってくれたのか?」
「ええっと・・・そうみたいです・・・あんまりよく覚えてないんですけど・・。
でも腕輪の声に耳を澄まして、奇跡が起きたところまでは覚えています。
その後は・・・まるで夢を見ているようでした。」
「そうか・・・ケイトはそこまで成長していたか・・・。
これはいよいよ、ケイトを神官と認めて、教会の全てを任せなければいかんかな?」
「い、いえいえ!滅相もない!まだまだ私は未熟者ですから、神官だなんてそんな!」
ケイトは慌てて首を振る。確かに奇跡を起こして皆を救ったが、まだまだ自分は未熟であると自覚していた。
さっきと同じことをもう一度やれと言われても、まったく出来る自信もなかった。
「きっと・・・そんなに甘いことじゃないと思うんです、神に仕えるというのは。
シスターである前に、人間を磨かなきゃいけないし、いつだって落ち着いた心でいないといけないし。
でも・・・私はまだまだオッチョコチョイだし、すぐ怒るし、すぐ拗ねるし・・・。」
胸で手を組み、モジモジと動かして謙遜するケイト。
しかしクレアは首を振り、その手を握って微笑んだ。
「そんなことないわ。あなたがいたから、みんなは助けられた。
それに・・・ロビンだって助けてくれたわ。彼を天国に届けてくれたのはあなたでしょ?
恋人としてお礼を言うわ、ありがとう。」
クレアは真剣な目でじっと見つめ、小さく笑う。
ケイトは初めて彼女に会った時、とてもマリーンに似ていると思った。
顔立ち、綺麗な青い瞳、そして身に纏う雰囲気。
しかし、こうして真っすぐに向き合うと、やはりマリーンとは別人だと分かる。
マリーンはもっと柔和で、優しい表情をしていた。
そしてその奥に、タカの爪のような鋭い闘気を隠し持っていた。
クレアはその逆で、勇ましい軍人の気迫を備えているが、その奥には女性らしい優しさを感じられる。
「クローンじゃないんだから、同じ人間なんかいないよね。
いくら異界の人間でも・・・同じ人なんか二人もいない・・・。
形は似ていても・・・中身は人それぞれだもの・・・。」
ケイトは俯いて一人呟く。
「どうしたの?具合でも悪い?」
心配そうにクレアが顔を覗き、ケイトは「ううん、大丈夫」と手を振る。
そしてウェインの方を振り返り、長い髪を揺らして笑った。
「これで竜人と魔人の戦いは・・・本当に終わったんですよね?」
するとウェインは目を瞑り、腕を組んで遠くの山々を見つめた。
「・・・そう思いたいが、奴の本体はまだ地獄で生きているはずだ。
いつかまた・・・予想もつかない形で復活してくるかもしれない。」
「そんな・・・せっかく勝ったのに、不安になるようなことを言わないで下さいよ・・・。」
「可能性の話をしているだけだ。いくら平和が訪れようとも、気を抜けば一瞬でそれは崩壊する。
魔人だけがこの世に災いをもたらすわけじゃない。
人間でもエルフでも、そして異界の者でも、邪悪に魅入られれば途端に悪魔に変わる。
真に平和な時こそ、決して油断をしてはならないということさ。」
ウェインはケイトの肩を叩き、祠をあとにして里へ帰って行く。
ケイトはその背中を見つめ、嬉しいような、そして寂しいような気持ちでいた。
「心を開いてくれたんだか、それともまだまだ無愛想なんだか分からないな・・・。
でもまあ、ウェインさんらしいといえばウェインさんらしいけど。」
大剣を背中に掛け、堂々と歩いて行くウェインは、一年前と変わらずに逞しい。
しかし、その背中は少しだけ優しく見える。
ケイトはクレアと目を合わせ、「帰ろう」と呟いた。
「私は竜人の里に、クレアは自分の世界に。」
「・・・そうね。早く自分の世界に帰って、モンスターの大将を討ち取ったことを知らせなきゃ。」
クレアは強い目で前を見据え、一瞬祠を振り返ってから歩いて行った。
トリスと老剣士もそのあとを追い、山道へと消えていく。
「どうしたケイト?早く行くぞ。」
トリスに呼びかけられ、ケイトは小さく頷く。
そして遠くにそびえる山々を眺め、奇跡を起こしてくれた神に感謝の祈りを捧げた。
*
あれから二ヶ月、ケイトはウェインと一緒に古き神を祭った神殿に来ていた。
いち早く異界からの異変を感じ取った神殿は、今ではただ静かに佇んでいるだけだった。
「これが元通りになったということは、異界の騒ぎも治まったということですよね?」
ケイトは、隣で難しい顔で腕を組んでいるウェインに尋ねた。
「そういうことだろうな。トリスに言われて見に来てみたが、あいつの予想通り元の状態に戻っている。
魔人がいなくなったおかげで、異界に現れた魔物たちも力を失い、クレア達が駆逐したんだろう。」
ウェインはいつもと変わらぬ口調で言い、踵を返して帰って行く。
ケイトはじっと神殿を見つめ、忘れ去られた古き神に祈りを捧げ、でこぼことした荒い道を歩いてウェインを追いかける。
「クレアが次元の歪を通って帰る時、私達にこう言っていましたよね?
『この世界と、私の世界は、きっと兄弟みたいなもの。
二度と会えなくても、私達は繋がっている。
だから、あなた達のことは忘れないわ』って。」
「ああ、そんなことを言っていたな。」
「あれって、どういう意味で言ったんだと思いますか?
もしかしたら、またこの世界と異界が繋がるかもしれないってことなんですかね?」
ケイトは若干不安そうに眉を寄せる。もいもう一度クレアと会えるのなら嬉しいことだが、今回のような騒動はごめんだった。
するとウェインは小さく笑い、「分からん」と言った。
「現にこの世界と異界は繋がったんだ。だからもしまた異界と繋がることがあったとしても、まったく不思議ではない。」
「・・・可能性の話ってやつですね?」
「そうだ。あんたも随分物分かりがよくなったじゃないか。
以前ならチンプンカンプンの顔で首を捻っていたくせに。」
「私は成長したんです。もう以前の私とは一足違いますよ。」
ケイトは誇らしげに鼻を持ち上げて言う。しかし足元の石につまずき、思わず転びそうになった。
ウェインはサッと手を伸ばして支え、皮肉めいた口調で笑った。
「まだまだ隙だらけだな。神官になる日は遠そうだ。」
「・・・・・ちぇ。ちょっとカッコつけようと思っただけなのに。」
不満そうに唇を尖らせ、ケイトはスタスタと先を歩いていく。
ウェインはそんな彼女の後姿を見つめ、微笑ましく思いながら神殿を振り返った。
「古の神よ・・・。どうか、異界の騒動はこれっきりにしてほしいものだ。
まああんたに言っても仕方のないことだがな。」
ケイトと過ごした一年は、ウェインという男を少しずつ変えていた。
決して自分の本心を見せる男ではなかったが、今は少しだけ砕けた態度をみせ、本音を語ることがある。
それがいいことなのかどうかは分からないが、少なくとも彼自身は嫌だと感じることはなかった。
「ウェインさ〜ん、行きますよ。」
「ああ。」
あの日、ケイトが降らせた光の雨は、奇跡を起こした。
魔を打ち払い、仲間を癒し、ほんの微かに息のあったコルトとベインも復活を遂げていた。
この世界と異界も本来あるべき状態に戻り、とりあえずは全ての不安は取り除かれた。
しかしウェインは油断しない。
未だに自分の中から消えない戦いの鐘の音は、いつか来たるべき災いへの予兆だと感じていた。
しかし・・・今は束の間の平穏に身を委ね、この里でしばしの安息を楽しみたかった。
変わっていく自分。成長するケイト。
そして・・・かつて共に戦った仲間達が住むこの世界。
ウェインは決意する。
この身に流れる竜の血、この胸に宿る人の心、そして背中に背負う竜牙刀に誓って、己の大切なものを守ってみせると。
その想いはケイトも一緒で、シスターの名に誓って、必ず大切なものを守ってみせると決めていた。
僅かに成長した自分に誇りを持ち、これからも精進を続けて、もっと人の役に立てるシスターになろうと誓っていた。
そして・・・出来ることなら、ウェインが今よりもっと笑ってくれるようになったらと思っていた。
ウェインの笑顔、ウェインがたまにみせる自分の素顔、それらを見る度にケイトの心は弾む。
だがいまのところ、彼を男として意識しているのかどうかは、自分でも分からなかった。
しかしそれでいい。今は、この関係が幸せだった。
「ウェインさん!早くしないと置いて行きますよ。」
ケイトは後ろで手を組み、鼻歌まじりに軽快に歩いて行く。
それは嬉しいことがあった子供のようにも見え、ウェインは思わず苦笑する。
「大人なのか子供なのか、成長したのかしてないのか分からない奴だ。」
二人は並んで歩き、他愛無い会話を楽しみながら獣道を抜けていく。
竜人の里の教会から鐘の音が聴こえ、しばしの平穏を告げるように心地良く鳴り響いていた。
(完)
恐ろしい細菌と、禍々しい呪術を孕んだ魔人の最後の足掻きは、美しい里を死の世界へ変えようとしていた。
それを食い止める為に、ケイトは腕輪に祈りを捧げる。
神に使えるシスターとして、この命に変えても皆を守ろうとしていた。
「ケイト・・・。」
ウェインは傷ついた両腕を押さえ、ケイトの傍に立つ。
「お前は本当に強くなったし、成長した。
今、この里と世界の危機を救えるのは、お前だけだ。」
いつも守られてばかりいたケイトが、今は誰かを守ろうとしている。
腕輪を通して自分の心を見つめ、神に使える意思、そして神の御心に耳を澄ませている。
ケイトは感じていた。今、自分は試されていると。
シスターとして、そして一人の人間として、強く、大きくならなければいけないと。
一切の雑念を捨て、精神を統一し、腕輪の中に全ての心を委ねていく。
すると、腕輪に填められた青い宝石から、涼やかな声が聞こえてきた。
ケイトはそっと耳を澄ます。小川の流れを聞くように、鳥のさえずりを聞くように、ただ無心で耳を傾ける。
《・・・・・お前の心・・・お前の愛・・・全てを・・・この腕輪と一つに・・・・。》
その声が聞こえた時、ケイトは目を開けた。
そして長い金色の神をなびかせ、空を覆う黒い風を見つめた。
「私は・・・この命に換えてもみんなを守りたい・・・。
里の人達も、この世界の人達も、そしてクレアや、彼女の世界の人達も・・・。
この身を捧げて慈愛を貫く・・・それこそが私の意思。それこそが、シスターの務め。
聖者の腕輪よ、私の祈りと願いに応え、悪魔の風を消し去る力を!皆を救う奇跡を!」
ケイトは腕輪を高く掲げる。
すると青い宝石から眩い光が放たれ、疾風のように広がっていった。
「これは・・・なんという力だ・・・。」
ウェインは息を飲んで空を見上げる。腕輪から放たれる光は、破壊の力ではなく、癒しの力であった。
魔を取り除き、光を降らせる神の雨であった。
降り注ぐ光の雨は、瞬く間に黒い風を消し去った。
そして細菌に倒れた者を復活させ、力を与えていった。
「これは・・・まさに奇跡だ・・・。
信じられないが・・・・これをケイトが・・・・。」
ふと見ると、ウェインの両腕も治っていた。
魔人と戦ったダメージや疲れも消え去り、どんどん力が漲ってくる。
「すごいものだ、これがケイトの本当の力か・・・。」
ウェインは感心して光の雨を受け止める。
そしてこの奇跡を起こしたケイトを見つめた。
「ケイト・・・お前はほんとうに凄いやつだ。見直したよ。」
そう言って肩を叩くと、ケイトはフラリト倒れそうになった。
「おい、しっかりしろ。」
腕を伸ばして抱きかかえ、心配そうに顔を見つめる。
するとケイトは薄っすらと目を開け、小さく笑ってみせた。
「ウェインさん・・・私・・・やりました・・・。
みんなを・・・助けることが・・・。」
「ああ、お前はよくやった。もう半人前などとは呼べないな。
ケイトは・・・本物のシスターだ。
ウェインは彼女の手を握って頷きかける。
「まさかウェインさんが、そんなに褒めてくれる日が来るなんて・・・。
ちょっと感動かも・・・。」
長い髪を揺らしながら、ケイトはウェインの肩を掴んで身を起こした。
光り輝く聖者の腕輪は、全ての魔を打ち払うと輝きを失くし、光の雨も消えていった。
倒れていたクレア達は目を開けて身を起こし、晴れ渡る空を見て声を上げた。
「ああ!あの黒い風が消えてるわ!」
「・・・これは・・・いったいどういうことだ?」
トリスは首を捻り、自分の身体を見て不思議そうにする。
「私は確かに細菌に感染したはずなのに、どうしてこんなに力が漲っているんだ?」
「それはケイトのおかげさ。」
ウェインはケイトの背中を押してトリスの前に立つ。
彼女は少し恥ずかしそうに、そして誇らしそうに笑った。
「おお・・・ケイトが我々を救ってくれたのか?」
「ええっと・・・そうみたいです・・・あんまりよく覚えてないんですけど・・。
でも腕輪の声に耳を澄まして、奇跡が起きたところまでは覚えています。
その後は・・・まるで夢を見ているようでした。」
「そうか・・・ケイトはそこまで成長していたか・・・。
これはいよいよ、ケイトを神官と認めて、教会の全てを任せなければいかんかな?」
「い、いえいえ!滅相もない!まだまだ私は未熟者ですから、神官だなんてそんな!」
ケイトは慌てて首を振る。確かに奇跡を起こして皆を救ったが、まだまだ自分は未熟であると自覚していた。
さっきと同じことをもう一度やれと言われても、まったく出来る自信もなかった。
「きっと・・・そんなに甘いことじゃないと思うんです、神に仕えるというのは。
シスターである前に、人間を磨かなきゃいけないし、いつだって落ち着いた心でいないといけないし。
でも・・・私はまだまだオッチョコチョイだし、すぐ怒るし、すぐ拗ねるし・・・。」
胸で手を組み、モジモジと動かして謙遜するケイト。
しかしクレアは首を振り、その手を握って微笑んだ。
「そんなことないわ。あなたがいたから、みんなは助けられた。
それに・・・ロビンだって助けてくれたわ。彼を天国に届けてくれたのはあなたでしょ?
恋人としてお礼を言うわ、ありがとう。」
クレアは真剣な目でじっと見つめ、小さく笑う。
ケイトは初めて彼女に会った時、とてもマリーンに似ていると思った。
顔立ち、綺麗な青い瞳、そして身に纏う雰囲気。
しかし、こうして真っすぐに向き合うと、やはりマリーンとは別人だと分かる。
マリーンはもっと柔和で、優しい表情をしていた。
そしてその奥に、タカの爪のような鋭い闘気を隠し持っていた。
クレアはその逆で、勇ましい軍人の気迫を備えているが、その奥には女性らしい優しさを感じられる。
「クローンじゃないんだから、同じ人間なんかいないよね。
いくら異界の人間でも・・・同じ人なんか二人もいない・・・。
形は似ていても・・・中身は人それぞれだもの・・・。」
ケイトは俯いて一人呟く。
「どうしたの?具合でも悪い?」
心配そうにクレアが顔を覗き、ケイトは「ううん、大丈夫」と手を振る。
そしてウェインの方を振り返り、長い髪を揺らして笑った。
「これで竜人と魔人の戦いは・・・本当に終わったんですよね?」
するとウェインは目を瞑り、腕を組んで遠くの山々を見つめた。
「・・・そう思いたいが、奴の本体はまだ地獄で生きているはずだ。
いつかまた・・・予想もつかない形で復活してくるかもしれない。」
「そんな・・・せっかく勝ったのに、不安になるようなことを言わないで下さいよ・・・。」
「可能性の話をしているだけだ。いくら平和が訪れようとも、気を抜けば一瞬でそれは崩壊する。
魔人だけがこの世に災いをもたらすわけじゃない。
人間でもエルフでも、そして異界の者でも、邪悪に魅入られれば途端に悪魔に変わる。
真に平和な時こそ、決して油断をしてはならないということさ。」
ウェインはケイトの肩を叩き、祠をあとにして里へ帰って行く。
ケイトはその背中を見つめ、嬉しいような、そして寂しいような気持ちでいた。
「心を開いてくれたんだか、それともまだまだ無愛想なんだか分からないな・・・。
でもまあ、ウェインさんらしいといえばウェインさんらしいけど。」
大剣を背中に掛け、堂々と歩いて行くウェインは、一年前と変わらずに逞しい。
しかし、その背中は少しだけ優しく見える。
ケイトはクレアと目を合わせ、「帰ろう」と呟いた。
「私は竜人の里に、クレアは自分の世界に。」
「・・・そうね。早く自分の世界に帰って、モンスターの大将を討ち取ったことを知らせなきゃ。」
クレアは強い目で前を見据え、一瞬祠を振り返ってから歩いて行った。
トリスと老剣士もそのあとを追い、山道へと消えていく。
「どうしたケイト?早く行くぞ。」
トリスに呼びかけられ、ケイトは小さく頷く。
そして遠くにそびえる山々を眺め、奇跡を起こしてくれた神に感謝の祈りを捧げた。
*
あれから二ヶ月、ケイトはウェインと一緒に古き神を祭った神殿に来ていた。
いち早く異界からの異変を感じ取った神殿は、今ではただ静かに佇んでいるだけだった。
「これが元通りになったということは、異界の騒ぎも治まったということですよね?」
ケイトは、隣で難しい顔で腕を組んでいるウェインに尋ねた。
「そういうことだろうな。トリスに言われて見に来てみたが、あいつの予想通り元の状態に戻っている。
魔人がいなくなったおかげで、異界に現れた魔物たちも力を失い、クレア達が駆逐したんだろう。」
ウェインはいつもと変わらぬ口調で言い、踵を返して帰って行く。
ケイトはじっと神殿を見つめ、忘れ去られた古き神に祈りを捧げ、でこぼことした荒い道を歩いてウェインを追いかける。
「クレアが次元の歪を通って帰る時、私達にこう言っていましたよね?
『この世界と、私の世界は、きっと兄弟みたいなもの。
二度と会えなくても、私達は繋がっている。
だから、あなた達のことは忘れないわ』って。」
「ああ、そんなことを言っていたな。」
「あれって、どういう意味で言ったんだと思いますか?
もしかしたら、またこの世界と異界が繋がるかもしれないってことなんですかね?」
ケイトは若干不安そうに眉を寄せる。もいもう一度クレアと会えるのなら嬉しいことだが、今回のような騒動はごめんだった。
するとウェインは小さく笑い、「分からん」と言った。
「現にこの世界と異界は繋がったんだ。だからもしまた異界と繋がることがあったとしても、まったく不思議ではない。」
「・・・可能性の話ってやつですね?」
「そうだ。あんたも随分物分かりがよくなったじゃないか。
以前ならチンプンカンプンの顔で首を捻っていたくせに。」
「私は成長したんです。もう以前の私とは一足違いますよ。」
ケイトは誇らしげに鼻を持ち上げて言う。しかし足元の石につまずき、思わず転びそうになった。
ウェインはサッと手を伸ばして支え、皮肉めいた口調で笑った。
「まだまだ隙だらけだな。神官になる日は遠そうだ。」
「・・・・・ちぇ。ちょっとカッコつけようと思っただけなのに。」
不満そうに唇を尖らせ、ケイトはスタスタと先を歩いていく。
ウェインはそんな彼女の後姿を見つめ、微笑ましく思いながら神殿を振り返った。
「古の神よ・・・。どうか、異界の騒動はこれっきりにしてほしいものだ。
まああんたに言っても仕方のないことだがな。」
ケイトと過ごした一年は、ウェインという男を少しずつ変えていた。
決して自分の本心を見せる男ではなかったが、今は少しだけ砕けた態度をみせ、本音を語ることがある。
それがいいことなのかどうかは分からないが、少なくとも彼自身は嫌だと感じることはなかった。
「ウェインさ〜ん、行きますよ。」
「ああ。」
あの日、ケイトが降らせた光の雨は、奇跡を起こした。
魔を打ち払い、仲間を癒し、ほんの微かに息のあったコルトとベインも復活を遂げていた。
この世界と異界も本来あるべき状態に戻り、とりあえずは全ての不安は取り除かれた。
しかしウェインは油断しない。
未だに自分の中から消えない戦いの鐘の音は、いつか来たるべき災いへの予兆だと感じていた。
しかし・・・今は束の間の平穏に身を委ね、この里でしばしの安息を楽しみたかった。
変わっていく自分。成長するケイト。
そして・・・かつて共に戦った仲間達が住むこの世界。
ウェインは決意する。
この身に流れる竜の血、この胸に宿る人の心、そして背中に背負う竜牙刀に誓って、己の大切なものを守ってみせると。
その想いはケイトも一緒で、シスターの名に誓って、必ず大切なものを守ってみせると決めていた。
僅かに成長した自分に誇りを持ち、これからも精進を続けて、もっと人の役に立てるシスターになろうと誓っていた。
そして・・・出来ることなら、ウェインが今よりもっと笑ってくれるようになったらと思っていた。
ウェインの笑顔、ウェインがたまにみせる自分の素顔、それらを見る度にケイトの心は弾む。
だがいまのところ、彼を男として意識しているのかどうかは、自分でも分からなかった。
しかしそれでいい。今は、この関係が幸せだった。
「ウェインさん!早くしないと置いて行きますよ。」
ケイトは後ろで手を組み、鼻歌まじりに軽快に歩いて行く。
それは嬉しいことがあった子供のようにも見え、ウェインは思わず苦笑する。
「大人なのか子供なのか、成長したのかしてないのか分からない奴だ。」
二人は並んで歩き、他愛無い会話を楽しみながら獣道を抜けていく。
竜人の里の教会から鐘の音が聴こえ、しばしの平穏を告げるように心地良く鳴り響いていた。
(完)
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