竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(最終話)

  • 2014.01.23 Thursday
  • 19:51
竜人の里の空に、悪魔のような黒い風が渦巻いている。
恐ろしい細菌と、禍々しい呪術を孕んだ魔人の最後の足掻きは、美しい里を死の世界へ変えようとしていた。
それを食い止める為に、ケイトは腕輪に祈りを捧げる。
神に使えるシスターとして、この命に変えても皆を守ろうとしていた。
「ケイト・・・。」
ウェインは傷ついた両腕を押さえ、ケイトの傍に立つ。
「お前は本当に強くなったし、成長した。
今、この里と世界の危機を救えるのは、お前だけだ。」
いつも守られてばかりいたケイトが、今は誰かを守ろうとしている。
腕輪を通して自分の心を見つめ、神に使える意思、そして神の御心に耳を澄ませている。
ケイトは感じていた。今、自分は試されていると。
シスターとして、そして一人の人間として、強く、大きくならなければいけないと。
一切の雑念を捨て、精神を統一し、腕輪の中に全ての心を委ねていく。
すると、腕輪に填められた青い宝石から、涼やかな声が聞こえてきた。
ケイトはそっと耳を澄ます。小川の流れを聞くように、鳥のさえずりを聞くように、ただ無心で耳を傾ける。
《・・・・・お前の心・・・お前の愛・・・全てを・・・この腕輪と一つに・・・・。》
その声が聞こえた時、ケイトは目を開けた。
そして長い金色の神をなびかせ、空を覆う黒い風を見つめた。
「私は・・・この命に換えてもみんなを守りたい・・・。
里の人達も、この世界の人達も、そしてクレアや、彼女の世界の人達も・・・。
この身を捧げて慈愛を貫く・・・それこそが私の意思。それこそが、シスターの務め。
聖者の腕輪よ、私の祈りと願いに応え、悪魔の風を消し去る力を!皆を救う奇跡を!」
ケイトは腕輪を高く掲げる。
すると青い宝石から眩い光が放たれ、疾風のように広がっていった。
「これは・・・なんという力だ・・・。」
ウェインは息を飲んで空を見上げる。腕輪から放たれる光は、破壊の力ではなく、癒しの力であった。
魔を取り除き、光を降らせる神の雨であった。
降り注ぐ光の雨は、瞬く間に黒い風を消し去った。
そして細菌に倒れた者を復活させ、力を与えていった。
「これは・・・まさに奇跡だ・・・。
信じられないが・・・・これをケイトが・・・・。」
ふと見ると、ウェインの両腕も治っていた。
魔人と戦ったダメージや疲れも消え去り、どんどん力が漲ってくる。
「すごいものだ、これがケイトの本当の力か・・・。」
ウェインは感心して光の雨を受け止める。
そしてこの奇跡を起こしたケイトを見つめた。
「ケイト・・・お前はほんとうに凄いやつだ。見直したよ。」
そう言って肩を叩くと、ケイトはフラリト倒れそうになった。
「おい、しっかりしろ。」
腕を伸ばして抱きかかえ、心配そうに顔を見つめる。
するとケイトは薄っすらと目を開け、小さく笑ってみせた。
「ウェインさん・・・私・・・やりました・・・。
みんなを・・・助けることが・・・。」
「ああ、お前はよくやった。もう半人前などとは呼べないな。
ケイトは・・・本物のシスターだ。
ウェインは彼女の手を握って頷きかける。
「まさかウェインさんが、そんなに褒めてくれる日が来るなんて・・・。
ちょっと感動かも・・・。」
長い髪を揺らしながら、ケイトはウェインの肩を掴んで身を起こした。
光り輝く聖者の腕輪は、全ての魔を打ち払うと輝きを失くし、光の雨も消えていった。
倒れていたクレア達は目を開けて身を起こし、晴れ渡る空を見て声を上げた。
「ああ!あの黒い風が消えてるわ!」
「・・・これは・・・いったいどういうことだ?」
トリスは首を捻り、自分の身体を見て不思議そうにする。
「私は確かに細菌に感染したはずなのに、どうしてこんなに力が漲っているんだ?」
「それはケイトのおかげさ。」
ウェインはケイトの背中を押してトリスの前に立つ。
彼女は少し恥ずかしそうに、そして誇らしそうに笑った。
「おお・・・ケイトが我々を救ってくれたのか?」
「ええっと・・・そうみたいです・・・あんまりよく覚えてないんですけど・・。
でも腕輪の声に耳を澄まして、奇跡が起きたところまでは覚えています。
その後は・・・まるで夢を見ているようでした。」
「そうか・・・ケイトはそこまで成長していたか・・・。
これはいよいよ、ケイトを神官と認めて、教会の全てを任せなければいかんかな?」
「い、いえいえ!滅相もない!まだまだ私は未熟者ですから、神官だなんてそんな!」
ケイトは慌てて首を振る。確かに奇跡を起こして皆を救ったが、まだまだ自分は未熟であると自覚していた。
さっきと同じことをもう一度やれと言われても、まったく出来る自信もなかった。
「きっと・・・そんなに甘いことじゃないと思うんです、神に仕えるというのは。
シスターである前に、人間を磨かなきゃいけないし、いつだって落ち着いた心でいないといけないし。
でも・・・私はまだまだオッチョコチョイだし、すぐ怒るし、すぐ拗ねるし・・・。」
胸で手を組み、モジモジと動かして謙遜するケイト。
しかしクレアは首を振り、その手を握って微笑んだ。
「そんなことないわ。あなたがいたから、みんなは助けられた。
それに・・・ロビンだって助けてくれたわ。彼を天国に届けてくれたのはあなたでしょ?
恋人としてお礼を言うわ、ありがとう。」
クレアは真剣な目でじっと見つめ、小さく笑う。
ケイトは初めて彼女に会った時、とてもマリーンに似ていると思った。
顔立ち、綺麗な青い瞳、そして身に纏う雰囲気。
しかし、こうして真っすぐに向き合うと、やはりマリーンとは別人だと分かる。
マリーンはもっと柔和で、優しい表情をしていた。
そしてその奥に、タカの爪のような鋭い闘気を隠し持っていた。
クレアはその逆で、勇ましい軍人の気迫を備えているが、その奥には女性らしい優しさを感じられる。
「クローンじゃないんだから、同じ人間なんかいないよね。
いくら異界の人間でも・・・同じ人なんか二人もいない・・・。
形は似ていても・・・中身は人それぞれだもの・・・。」
ケイトは俯いて一人呟く。
「どうしたの?具合でも悪い?」
心配そうにクレアが顔を覗き、ケイトは「ううん、大丈夫」と手を振る。
そしてウェインの方を振り返り、長い髪を揺らして笑った。
「これで竜人と魔人の戦いは・・・本当に終わったんですよね?」
するとウェインは目を瞑り、腕を組んで遠くの山々を見つめた。
「・・・そう思いたいが、奴の本体はまだ地獄で生きているはずだ。
いつかまた・・・予想もつかない形で復活してくるかもしれない。」
「そんな・・・せっかく勝ったのに、不安になるようなことを言わないで下さいよ・・・。」
「可能性の話をしているだけだ。いくら平和が訪れようとも、気を抜けば一瞬でそれは崩壊する。
魔人だけがこの世に災いをもたらすわけじゃない。
人間でもエルフでも、そして異界の者でも、邪悪に魅入られれば途端に悪魔に変わる。
真に平和な時こそ、決して油断をしてはならないということさ。」
ウェインはケイトの肩を叩き、祠をあとにして里へ帰って行く。
ケイトはその背中を見つめ、嬉しいような、そして寂しいような気持ちでいた。
「心を開いてくれたんだか、それともまだまだ無愛想なんだか分からないな・・・。
でもまあ、ウェインさんらしいといえばウェインさんらしいけど。」
大剣を背中に掛け、堂々と歩いて行くウェインは、一年前と変わらずに逞しい。
しかし、その背中は少しだけ優しく見える。
ケイトはクレアと目を合わせ、「帰ろう」と呟いた。
「私は竜人の里に、クレアは自分の世界に。」
「・・・そうね。早く自分の世界に帰って、モンスターの大将を討ち取ったことを知らせなきゃ。」
クレアは強い目で前を見据え、一瞬祠を振り返ってから歩いて行った。
トリスと老剣士もそのあとを追い、山道へと消えていく。
「どうしたケイト?早く行くぞ。」
トリスに呼びかけられ、ケイトは小さく頷く。
そして遠くにそびえる山々を眺め、奇跡を起こしてくれた神に感謝の祈りを捧げた。

            *

あれから二ヶ月、ケイトはウェインと一緒に古き神を祭った神殿に来ていた。
いち早く異界からの異変を感じ取った神殿は、今ではただ静かに佇んでいるだけだった。
「これが元通りになったということは、異界の騒ぎも治まったということですよね?」
ケイトは、隣で難しい顔で腕を組んでいるウェインに尋ねた。
「そういうことだろうな。トリスに言われて見に来てみたが、あいつの予想通り元の状態に戻っている。
魔人がいなくなったおかげで、異界に現れた魔物たちも力を失い、クレア達が駆逐したんだろう。」
ウェインはいつもと変わらぬ口調で言い、踵を返して帰って行く。
ケイトはじっと神殿を見つめ、忘れ去られた古き神に祈りを捧げ、でこぼことした荒い道を歩いてウェインを追いかける。
「クレアが次元の歪を通って帰る時、私達にこう言っていましたよね?
『この世界と、私の世界は、きっと兄弟みたいなもの。
二度と会えなくても、私達は繋がっている。
だから、あなた達のことは忘れないわ』って。」
「ああ、そんなことを言っていたな。」
「あれって、どういう意味で言ったんだと思いますか?
もしかしたら、またこの世界と異界が繋がるかもしれないってことなんですかね?」
ケイトは若干不安そうに眉を寄せる。もいもう一度クレアと会えるのなら嬉しいことだが、今回のような騒動はごめんだった。
するとウェインは小さく笑い、「分からん」と言った。
「現にこの世界と異界は繋がったんだ。だからもしまた異界と繋がることがあったとしても、まったく不思議ではない。」
「・・・可能性の話ってやつですね?」
「そうだ。あんたも随分物分かりがよくなったじゃないか。
以前ならチンプンカンプンの顔で首を捻っていたくせに。」
「私は成長したんです。もう以前の私とは一足違いますよ。」
ケイトは誇らしげに鼻を持ち上げて言う。しかし足元の石につまずき、思わず転びそうになった。
ウェインはサッと手を伸ばして支え、皮肉めいた口調で笑った。
「まだまだ隙だらけだな。神官になる日は遠そうだ。」
「・・・・・ちぇ。ちょっとカッコつけようと思っただけなのに。」
不満そうに唇を尖らせ、ケイトはスタスタと先を歩いていく。
ウェインはそんな彼女の後姿を見つめ、微笑ましく思いながら神殿を振り返った。
「古の神よ・・・。どうか、異界の騒動はこれっきりにしてほしいものだ。
まああんたに言っても仕方のないことだがな。」
ケイトと過ごした一年は、ウェインという男を少しずつ変えていた。
決して自分の本心を見せる男ではなかったが、今は少しだけ砕けた態度をみせ、本音を語ることがある。
それがいいことなのかどうかは分からないが、少なくとも彼自身は嫌だと感じることはなかった。
「ウェインさ〜ん、行きますよ。」
「ああ。」
あの日、ケイトが降らせた光の雨は、奇跡を起こした。
魔を打ち払い、仲間を癒し、ほんの微かに息のあったコルトとベインも復活を遂げていた。
この世界と異界も本来あるべき状態に戻り、とりあえずは全ての不安は取り除かれた。
しかしウェインは油断しない。
未だに自分の中から消えない戦いの鐘の音は、いつか来たるべき災いへの予兆だと感じていた。
しかし・・・今は束の間の平穏に身を委ね、この里でしばしの安息を楽しみたかった。
変わっていく自分。成長するケイト。
そして・・・かつて共に戦った仲間達が住むこの世界。
ウェインは決意する。
この身に流れる竜の血、この胸に宿る人の心、そして背中に背負う竜牙刀に誓って、己の大切なものを守ってみせると。
その想いはケイトも一緒で、シスターの名に誓って、必ず大切なものを守ってみせると決めていた。
僅かに成長した自分に誇りを持ち、これからも精進を続けて、もっと人の役に立てるシスターになろうと誓っていた。
そして・・・出来ることなら、ウェインが今よりもっと笑ってくれるようになったらと思っていた。
ウェインの笑顔、ウェインがたまにみせる自分の素顔、それらを見る度にケイトの心は弾む。
だがいまのところ、彼を男として意識しているのかどうかは、自分でも分からなかった。
しかしそれでいい。今は、この関係が幸せだった。
「ウェインさん!早くしないと置いて行きますよ。」
ケイトは後ろで手を組み、鼻歌まじりに軽快に歩いて行く。
それは嬉しいことがあった子供のようにも見え、ウェインは思わず苦笑する。
「大人なのか子供なのか、成長したのかしてないのか分からない奴だ。」
二人は並んで歩き、他愛無い会話を楽しみながら獣道を抜けていく。
竜人の里の教会から鐘の音が聴こえ、しばしの平穏を告げるように心地良く鳴り響いていた。

                                          (完)


                                                             

竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(11)

  • 2014.01.22 Wednesday
  • 19:47
竜と悪魔、光と闇、そして科学と魔術。
相反する力は衝突を繰り返し、それでもなお力が尽きることはない。
ウェインの剣は魔人を切り裂き、魔人の爪はウェインを抉る。
しかし超絶の再生力と防御力により、いずれの攻撃も致命傷になることはなかった。
「ふふふ、どうしたウェイン。俺に引導を渡すんじゃなかったのか?」
「言われなくてもやってやるさ。しかしこの場所では・・・・。」
ウェインはチラリと竜王の石像を見る。
偉大なる竜族の長は、ウェインを見守るように赤い瞳を輝かせていた。
「お前も俺と一緒で、あの石像が気になるようだな。
それゆえに本気が出せない。」
「・・・・・・・・・・・・。」
魔人は竜王の石像に宿る力を欲している。
だからこそ、祠の中で本気を出すことは出来なかった。
下手をして竜王の石像を破壊してしまえば、お目当ての力は手に入らなくなる。
そして、ウェインもまた竜王の石像を守りたかった。
自分の祖先であり、かつて悪魔の軍勢を退けた誇り高き戦士に、傷を負わせたくなった。
しかし二人の持つ力は凄まじく、手加減をして戦っている以上は決め手に欠ける。
お互いが隙を窺い、最小限の力で敵を仕留めるタイミングを窺っていた。
「竜王の力は欲しい。しかしこのままではジリ貧だ。
ウェインよ、ここは一つ、戦う場所を変えてみないか?
お前とてあの石像は守りたいのだろう?」
「その提案に依存はないが、どうせまた何かを企んでいるんだろう?
・・・・だが、ここで戦えば決め手に欠けるのも事実。
お前の悪だくみに乗ってやろう!」
「ふふふ、それでいい。では俺について来い!」
魔人は翼を広げ、穴のあいた天井に飛び上がって行く。
ウェインもそれを追うように天井に舞い上がった。
「ウェインさん!私も行きます!」
「駄目だ!ケイトはここにいろ!これ以上は命に関わる。」
ウェインは剣を向けて険しい目で睨む。
しかしケイトは首を振り、聖者の腕輪を振りかざした。
「大丈夫・・・。今の私ならきっと役に立てる。
だって、この腕輪の真意を知ることが出来たから・・・。」
「聖者の腕輪の真意だと・・・・?」
「そうです!あの時、悪魔になったロビンを浄化したように、魔人だって浄化出来るかもしれない。
この腕輪は・・・神の御心に身を委ねる者に、真の光を与えてくれる神器なんです!
その時こそ・・・また奇跡が起こせる!」
ウェインは宙に浮きあがったまま、思慮深い目でケイトを見つめる。
ケイトの言葉は本気であり、魔人と戦う覚悟も決めている。
そのことは知っていたが、やはり迷いがあった。
大幅にパワーアップした魔人を相手に、ケイトを守りながら戦えるのか?
一抹の不安が胸をよぎり、素直に頷けないでいた。
するとケイトは、その心を見透かしたように叫んだ。
「私は誰にも守ってもらおうなんて思ってません!
いいえ・・・、それどころか、私が守りたいんです!
この里を、この世界を、クレアや仲間を。そして・・・・ウェインさんを!」
「ケイト・・・・。」
二人はじっと見つめ合う。しばらく沈黙が流れ、初めて出会った時のような、静かな時間が耳に響く。
「ウェインさん。」
ケイトはスッと手の伸ばす。ウェインは目を伏せ、天井の穴を見上げた。
「ふふふ、ウェインよ。こんな時に女と痴話喧嘩か?ずいぶん余裕があるのだな。
もし俺のことが邪魔なら、このまま忘れてもらってもけっこうだぞ。
お前達が恋人ごっこをしている間に、俺は竜王の力を頂くだけだ。」
「・・・・ぬかせ、お前にトドメを刺すまでは、忘れることなど出来ん。」
ウェインはケイトの傍に降りて、そっとその手を握った。
「あんたが俺を守るなんて言う日が来るとは、一年前には思いもしなかった。
しかし、あんたは強くなった。だから・・・また一緒に戦おう。
マルスやマリーン、フェイやリンがいた時のように。」
「・・・はい。今度こそ魔人を倒しましょう!」
ウェインはケイトの手を握って飛び上がり、魔人の待つ地上へと踊り出た。
「待たせて悪かったな。いま叩き潰してやる。」
「ふん、待ちぼうけをさせた奴の態度とは思えんな。
まあいい、今度こそケリを着けてやる。行くぞウェイン!」
魔人は翼のブレードを伸ばし、超高速で飛びかかって来る。
「むうんっ!」
ウェインは大剣を構えて正面から受け止め、すぐさま斬り返した。
魔人はスウェインバックでかわし、手の平の穴からレーザーを放ってくる。
「そんなものは効かんッ!」
片手でレーザーを弾き飛ばし、光の砲弾を撃って反撃する。
しかし光の砲弾は魔人の身体をスルリと抜け、後ろの岩場にぶつかって炸裂した。
「幻術か!」
足元に殺気を感じ、大剣を突き刺す。
すると地面が割れて魔人の爪が伸びてきて、しなる鞭のように襲いかかってきた。
「鈍い!遅い!」
竜巻のように剣を回転させ、一気に爪を斬り払う。
そして高く舞い上がり、離れた所に立つ小屋に向かって光の刃を放った。
「ぐうう・・・。見つかったか・・・。」
幻術で身を隠していた魔人は、ザックリと左の手足を斬りおとされた。
しかしすぐに再生させ、腕から剣を伸ばして飛びかかってくる。
「この程度で俺は倒せないッ!見よ、これぞ科学と魔術の融合だッ!」
両腕から伸びた二本の剣が、プラズマを纏って青く輝く。
そして陽炎のように揺らぎ、無数の刃に枝分かれして斬りかかってきた。
「この程度か?」
ウェインは剣を振り、余裕で捌いていく。
しかし剣のプラズマが放電し、一瞬だけ身体が痺れる。
「くッ・・・・・。」
「ははは、これで終わりだ。死ね!」
揺らめくプラズマブレードはウェインを囲むように六芒星を作りだし、グルグルと回転して高熱の火球を生み出した。
「ぐああああああああ!」
「ははははは!いくら竜人といえど、六万度の灼熱には耐えられまい?
そのまま蒸発するがいい!」
プラズマが生み出す火球は、さらに温度を上げていく。
あまりの高熱に回りの景色が歪んで見え、灼熱の熱風が辺り一面に吹き荒れる。
「きゃああああああ!」
ケイトは聖者の腕輪をかざして身を守る。
淡い光が膜のように身体を包み、灼熱の風を遮断してくれる。
「ウェインさん・・・・今助けます!」
火球に焼かれるウェインを見つめ、祈るように手を組む。
一切の雑念を捨て、ただ神の意志に心を委ねていく。
すると腕輪に填められた青い宝石から光の柱が立ち昇り、ウェインを優しく包んでいった。
「むう・・これはあの女の仕業か。小賢しい!」
魔人はケイトに向けてレーザーを放つ。
高熱のレーザーは光の膜を貫通し、ケイトの肩を撃ち抜いた。
「あああッ!」
「それ、もう一発。」
今度は左の太ももを撃ち抜かれる。
「きゃああああッ!」
激痛に耐えかねて膝をつき、祈りが消えて光の柱が消滅していく。
「はははは!大した力も無いくせに、出しゃばるからこういうことになる。
あの世でウェインが来るのを待っているがいい!」
魔人はケイトの頭に狙いを定め、レーザーを撃とうとする。
しかし銀色の龍が襲いかかり、その腕を喰いちぎっていった。
「ぐああああああ!おのれ、これはウェインの龍・・・・。」
後ろを振り向くと、プラズマの火球は跡かたもなく消し飛ばされていた。
「バースよ。科学という力を得たおかげで、確かにお前のパワーは格段に上がっている。
しかし、それこそが弱点となっているのだ!」
「な、なんだと・・・。今の俺に弱点だと・・・・。」
ウェインは剣を構え、金と銀の龍を刃に纏わせる。
そして最大級の竜気を放って魔人を睨みつけた。
「お前の本来の恐ろしさは、巧みな魔術と戦術だ。
パワーでは俺に劣るが、魔術と呪術を巧みに使うことで、幾度となく俺を苦しめてきた。
しかし、なまじ科学という力を手に入れたが為に、パワーに偏った戦い方をしている。
力と力でぶつかり合うなら、俺の方が上だッ!」
金と銀の龍が混ざり合い、竜牙刀に吸い込まれていく。
そして七色の竜が現れ、ウェインを包み込んで雄叫びを上げた。
「これが最後だバース!肉片一つ残さず粒子に砕かれるがいいッ!」
七色の竜は牙を剥き出して咆哮する。
そしてウェインは剣を突き出し、魔人に向かって突撃していった。
「おのれ、負けるかあッ!」
魔人はプラズマブレードをクロスさせ、黒い稲妻を纏って迎え撃った。
「うおおおおおおおおおおおッ!」
「ぬうううううううううううッ!」
ウェインの大剣と、魔人のブレードがせめぎ合う。
しかし圧倒的にウェインの力が勝り、七色の竜を纏った刃が魔人を貫いた。
「ぐおおおおおおおおおおお!馬鹿なあああああああッ!」
「このまま消え去れええええええええいッ!」
魔人を突き刺したまま、ウェインは空高く飛び上がって行く。
そして剣に力を込めて、七色の竜を解き放った。
「グオオオオオオオオオオオオンッ!」
魔人は七色の竜の牙に貫かれ、雲を突き抜けて舞い上がっていく。
「ぐあああああああああああ!おのれウェイイイイイィィン!」
七色の竜はトドメとばかりに魔人を噛み砕き、宇宙に達するほどの上空で炸裂した。
綺麗な虹色の光が飛び散り、まるで流星群のように降り注ぐ。
魔人は粒子のレベルに砕かれ、塵となって消えていった。
「やった!ついに魔人を倒した!」
ケイトは手を叩いて喜ぶ。
しかし何者かに首を掴まれ、ギリギリと締め上げられた。
「ああああああああ!」
「ケイト!」
ウェインは慌ててケイトの前に降り立つ。
そして彼女を締め上げる男に向かって剣を構えた。
「・・・ロビン・・・。またクローンで復活させられたのか・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
ロビンは虚ろな目でケイトの首を絞める。そしてニヤリと笑って目を光らせた。
「チッチッチ。なってないぞウェイン。俺を甘く見過ぎだ。」
「その声はバース・・・。貴様、どこまでしぶといんだ・・・。」
「ふふふ、さっきお前が言ったじゃないか。
俺の強さは、魔術と戦術の巧みさだと。だからほら、こうしてクローンを使って復活し、人質まで取ってやったぞ。」
「・・・貴様・・・。相も変わらず狡猾な奴だ。」
「おっと動くな。この女がどうなってもいいのか?」
ロビンの姿をした魔人は、ギリギリとケイトの首を締め上げる。
「ああああああああああ!」
「やめろ!そいつを放せ!」
「断る。もしこの女が大事なら、剣を引っ込めてもらおうか。
そして俺が竜王の力を頂くまで、そこで大人しく見ていろ。」
「くッ・・・・。俺としたことが迂闊だった。」
悔しそうに顔を歪め、ウェインはゆっくりと剣を下ろす。
するとケイトは首を振り、「ダメ・・・」と呟いた。
「竜王の・・・力を奪われたら・・・・地獄の門が・・・・開かれちゃう・・・。
それだけは・・・・絶対に・・・・、あああああああ!」
「やめろバース!」
「ふふふ、なかなか気の強い女だが、しょせんは人間。俺に抗う力などない。
さあ、ウェインよ。そこでじっとしていろ。下手な動きをみせたら、この女が死ぬぞ。」
「・・・くッ・・・。おのれバース、許さんぞ・・・・。」
何とか隙をみてケイトを助けようとするが、魔人はしっかりと彼女の首を掴んでいる。
下手に動けば一瞬でケイトは殺される。
ウェインは歯軋りをしながら、ただ黙って見ているしかなかった。
しかし、そこでふと考えた。
なぜ魔人は、ロビンの姿で復活したのかと。
竜王の力を得る為か?
いや、もしそうなら、まず自分の身体を復活させて、それからロビンのクローンを作るはず。
ならなぜロビンの姿で・・・・?そう考えた時、ふと閃いた。
「そうか・・・。クローンの力は完璧ではないんだな。
分割すればするほど、バースの魔力は弱くなっていく・・・。
本来ならば、ケイトを人質に取るなど姑息なことはしないはずだ。
あいつも相当追い詰められているということか・・・。」
ウェインは呟き、魔人を睨む。
しかしいくら力が弱まっているとはいえ、放っておけば何をしでかすか分からない。
今ここで確実にトドメを刺さなければ、いつか必ず力を取り戻し、災いを振りまく。
だがクローンの力がある限り、トドメを刺してもキリがない。
追い詰められているのは、魔人だけではなくウェインも一緒だった。
「さあ、それでは祠に戻ろうか。女よ、無駄な抵抗はするなよ。」
魔人はケイトの首に腕輪を回し、祠の入り口へ向かって行く。
しかしその時、「止まりなさい!」と高い声が響いた。
「お前は異界の女・・・。」
「ケイトを離すのよロビン!あなたはそんなことをする人じゃないでしょう?」
クレアは銃を構えて狙いを定める。
「待てクレア!あれはロビンではなく魔人なんだ!」
「分かってるわ。あれはロビンの気配じゃない。ロビンの皮を被った悪魔よ。
だからこそ、ここで仕留めないといけない。
ロビンの為にも、私達の世界の為にも!」
クレアは軍人の顔に戻っていた。
凛々しい表情は微塵の迷いもなく、戦いの覚悟を決めた戦士の目をしていた。
「ふふふ、異界の女よ。愛しい恋人を撃てるのか?
これはお前を愛した男だぞ。撃ってもいいのか?」
「ええ、撃てるわ。」
クレアは平然と答えた。
「ここへ来てからショックなことばかりで混乱していたけど、今は違う。
私はラーズの星を守る軍人!悪魔の戯言にはもう惑わされない!」
クレアは銃のスコープを覗き、魔人の額に狙いを定める。
すると彼女の後ろからトリスと老剣士が走って来た。
「ウェインよ!クレアが銃を撃ったら、灼熱の竜巻を放ってくれ!」
トリスは鬼気迫る声で叫ぶ。
「なぜだ?そんなことをしたらここにいる者達は・・・。」
「それでも構わん!クレアの銃に込められた銃弾は、細胞の分裂を無力化する細菌兵器なのだ!」
「細菌・・・兵器・・・?」
「もしその細菌がばら撒かれれば、この辺り一帯は死の世界になる!下手をすれば他の場所にまで被害が及ぶ。」
「なんだと!そんな危険な物を使わせる気か!」
「仕方がないのだ。これ以上魔人を分裂させるわけにはいかん・・・。
だから・・・・、クレアが銃を撃ったら炎の竜巻で細菌を焼き払ってくれ。」
ウェインは眉を寄せて険しい顔をする。そしてケイトの方を振り向き、大きく頷いた。
「確かに・・・それしか方法が無さそうだ。
ケイト、お前は絶対に助けてやる!だから・・・安心していろ。」
そう言って小さく笑いかけると、ケイトはコクリと頷いた。
「待て!この女がどうなってもいいのか!
そんな兵器を使えば、この女まで一緒に・・・・、」
「いいや、その前に俺が助ける。死ぬのはお前だけだ。」
ウェインは剣を構え、いつでも飛びかかれるように足を踏ん張る。
そしてクレアを見つめて言った。
「やれクレア!お前の手で、奴にトドメを刺してやれッ!」
「当然よ!あなたが犯した罪の報い、この銃弾で受けるがいいわッ!」
「やめろ!」
魔人はケイトを盾に身を隠す。
しかしクレアは構わず銃を撃った。
それは魔人とはまったく違う方向に飛んでいき、硬い岩に当たって跳ね返った。
「がはッ!」
細菌兵器を内蔵した弾丸は、跳弾となって魔人のこめかみを貫いた。
弾丸は魔人の頭の中で炸裂し、細胞の分裂を阻止する細菌が一気に溢れ出す。
それは瞬く間に身体じゅうに行き渡り、分裂の阻止と共に、細胞の破壊も始まる。
「・・・ごご・・・がはあああああ・・・・。」
魔人はケイト首を押さえて苦しみ、天を仰いで血を吐いた。
ウェインはその隙に一瞬で距離を詰め、魔人の腕を斬り落としてケイトを救い出した。
「ケイト!大丈夫か!」
「・・あ・・あああ・・・・・・。」
弾丸から放たれた恐ろしい細菌は、魔人の近くにいたケイトにも感染していた。
ガクガクと肩を震わせ、苦しそうに顔を歪めている。
「大丈夫だ!すぐに助けてやる!」
ウェインは右手に黄金の竜気を纏わせ、一点に収束させてケイトの胸に打ち込んだ。
「むうん!」
「ああ!」
ビクンとケイトの身体が跳ね、暖かい竜気が体内を駆け巡っていく。
竜の持つ強い生命力が身体を満たし、瞬く間に細菌を駆逐していった。
「ああ・・・・ウェインさん・・・。」
「よかった。無事でよかった・・・。」
「私・・・また守られちゃいましたね・・・。私が守るなんて、偉そうなこと言ったのに・・・。」
「いいさ、魔人さえ倒せれば問題ない。そして、お前が無事ならそれでいい。」
「ウェインさん・・・。」
ウェインの言葉に、ケイトは小さく微笑んで目を閉じた。
「さあ、お前はここにいろ。俺には最後の仕上げが残っている。」
ウェインは剣を振りかざし、大地を蹴って回転した。
「むうううんッ!」
灼熱の炎を纏う竜巻が立ち昇り、凄まじい熱風で細菌を吸い上げていく。
「これで終わりだ・・・・。」
ウェインはゆっくりと剣を下ろしながら呟く。
しかし魔人の黒い爪が伸びてきて、両腕を斬られてしまった。
「がはあッ!馬鹿な・・・。」
「ウェイイイイイン・・・・・。
このままでは終わらんぞ・・・。せめて・・・せめてお前らも道連れだ・・・・。」
魔人は最後の力を振り絞り、ゾンビのような姿で黒い息を吐き出した。
「ああ・・・なんてこと・・・・。」
魔人の放った黒い息は、炎の竜巻を飲み込んでいく。
そして辺りに漂う細菌を活性化させ、風に乗せてばら撒いていく。
「ダメ!そんなことしたらみんな死んじゃう!」
ケイトは手を伸ばして叫ぶ。
黒い風を吸い込んでしまったトリスや老剣士、そしてクレアは苦しそうに胸を押さえて倒れていく。
その風はさらに広がり、里じゅうの人間が細菌に侵されて倒れていった。
「ふははははは!ウェインよ、くやしかったらこの風を止めてみろ!
その傷ついた腕では無理だろうがな、ははははは!」
「バース・・・。おのれえええええッ・・・・。」
「ふふふ、これにて竜人と魔人の戦いは終わりだ。
ウェインよ、俺の最後のプレゼントを有難く受け取れ!
はははははは!」
魔人は再び黒い息を吐き出し、乾いた砂となって消えていった。
「バースめ・・・。最後の最後でこんな足掻きをみせるとは・・・。」
ウェインは立ち上がり、剣を握ろうとするが、手に力が入らなかった。
「くそッ・・・。あの爪には細菌と呪術がかかっていたか・・・・。
しばらく傷は治りそうにないな・・・。」
ウェインは悔しそうに黒い風を見つめる。細菌と呪術が混ざり合った風は、里を死の世界に変えようとしている。
このまま放っておけば、風は気流に乗って広がり、さらに大きな被害で出る。
しかし今の自分にはどうすることも出来ず、歯を食いしばって見ているしかなかった。
「・・・大丈夫です、ウェインさん。私が・・・私がみんなを助けてみせます。」
「ケイト・・・・。」
ケイトは長い髪を揺らし、二コリと笑いかけた。
「ウェインさんは竜人だからともかく、私も細菌には感染していません。
それはきっと、この腕輪のおかげ・・・・。」
聖者の腕輪は淡い光を放ち、ケイトを細菌から守っていた。
「だから、この力をもっともっと引き出せば、みんなは助かるはず。
私はもう一度この腕輪で奇跡を起こして、みんなを守ってみせる!」
ケイトは目を閉じ、聖者の腕輪を握って祈りを捧げる。
魔人の残した黒い風は、里の空で悪魔のように渦巻いていた。

竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(10)

  • 2014.01.21 Tuesday
  • 19:47
竜王が祭られる静寂な祠に、空気を切り裂く轟音が響き渡る。
竜人と魔人、大きな二つの力がぶつかり合い、巨大な竜王の石像が揺れている。
「むうう・・・なんと凄まじい戦いだ。
これがウェインと魔人の力か。とても人間が太刀打ち出来るものではないな。」
トリスは傷ついた身体を起こし、竜王の石像へ向かった。
「ふむ・・・まだ力は奪われていないな。今のうちになんとか魔封じの儀式を・・・。」
そう呟いた時、誰かがトリスの腕を掴んだ。
「誰だッ!」
慌てて飛び退き、剣を構える。
「お前は・・・魔人が呼び出した男・・・。」
「・・・・・・・・・。」
ロビンのクローンは虚ろな目でトリスを見つめる。
まるで死人のような顔でフラフラと立ち、小さく口を動かして呟いた。
「・・・オレハ・・・ダレダ・・・?
オレノ・・・ナマエヲ・・・オシエテ・・・クレ・・・。」
「お前は・・・・魂が入っていないのか?」
トリスは剣を下ろし、ゆっくりとロビンに近づいた。
「人でありながら、人成らざる雰囲気・・・。
しかしゾンビのようなアンデッドとは違うな・・・。
これは魔人が言っていた、異界のクローンという技術か。」
トリスはそっとロビンの胸に手を触れる。心臓の鼓動が手の平に伝わり、確かに生きていることを感じる。
しかしその鼓動は、機械的で、そして切ないほど悲しい音に聞こえた。
「・・・お前は、本当は天に召された人間なのだな。
無理矢理肉体を復活させられ、行き場を失くして嘆いている。
何とかしてやりたいが、私だけの力ではどうすることも出来ない。
・・・・・すまんな。」
「・・・・・・・・・・・・。」
ロビンの瞳が僅かに揺れ、トリスの横を通り過ぎて竜王の石像の前に立った。
そしてそっと手を触れ、目を閉じて天を見上げる。
「・・・オオキナ・・・チカラヲ・・・カンジル・・・・。
コノチカラヲ・・・・オレノ・・・タマシイ二・・・シタイ・・・・。」
切ない呟きは竜王の石像に宿る力を引き出し、ロビンの手に吸い込まれていく。
「よせ!その力を吸収してはならん!」
トリスは慌てて止めに入るが、ロビンに突き飛ばされて床に倒れ、頭を打って気を失ってしまった。
「・・・モット・・・チカラヲ・・・・。
オレニ・・・・タマシイヲ・・・・・・。」
竜王の石像から流れ込む力が、ロビンの胸に集まって行く。
神聖な竜王の力が、新たな魂を生み出して命を与えようとしている。
人の姿を持つ生き物から、本当の人間へと変えようとしている。
「・・・アア・・・・アタタカイ・・・・モット・・・ヒカリヲクレ・・・。
オレヲ・・・イノチアルモノ二・・・・ニンゲン二シテクレ・・・。」
ロビンの目から涙がこぼれ、分厚い胸板を伝っていく。
彼の肉体は熱を持ち、全身が鼓動を始めて魂の形成を促していく。
しかしその時、祠の扉が開いてケイト達が現れた。
「ウェインさんッ!」
部屋に入るや否や、ウェインと魔人の激しい戦いを見て叫び、聖者の腕輪をかざして駆け寄った。
「待てケイト!近づいていかん!」
「離して下さい!私も一緒に戦うんでうす!一年前みたいに、命を懸けて戦わなきゃ魔人は倒せない!」
老剣士の腕を振り払い、ケイトはウェインの元へと駆けて行った。
「まったく・・・無茶なことを・・・。」
老剣士は顔をしかめ、祠を見渡して仲間に指示を出した。
「おい、倒れている者を介抱してやれ!」
魔人の稲妻にやられた学者に駆け寄り、傷を癒していく魔術師たち。
老剣士は竜王の石像の方へ走り、トリスを抱き起こした。
「トリス殿!しっかしなされいッ!」
「う・・・うう・・・・。」
頭を振って顔を押さえ、トリスはゆくりと身体を起こした。
「おお、皆来てくれたのか!」
「ええ、ウェインが魔人を倒した後に、慌ててこちらに走って行ったものですから・・・。」
そう呟いて祠の中央を見つめ、「魔人、まだ生きていたか・・・」と口元を歪めた。
「奴は異界のクローンという技術によって、肉体を分割出来るのだ・・・。」
「クローン?」
「ああ、そしてそこに立つ男も、おそらくクローンだ。
早く竜王の力を吸収させるのを止めないと。」
老剣士の肩を掴んで立ち上がり、フラフラとロビンの元へ向かう。
すると誰かが肩を突き飛ばしてロビンの方へと走って行った。
「ロビンッ!生きてたのね!」
クレアが泣きながらロビンに抱きつき、逞しい胸板に頬を寄せる。
「よかった・・・。てっきり死んだと思ってた・・・・。
よかった・・・・・。」
指で涙を拭い、鼻をすすってロビンを見上げる。そして長い髪を揺らして二コリと微笑んだ。
ロビンはクレアの頬に手を触れ、そして顔を近づけて口を開いた。
「君は・・・・誰だ?」
「だ・・・誰って・・・クレアじゃない!あなたの恋人を忘れたの?」
「クレア・・・・?分からない。僕は・・・今さっき生を受けたばかりだ。
だから・・・誰も知らない。僕の名前すらも・・・。」
「そ、そんな・・・・。どういうこと!まさか記憶喪失に・・・・、」
そう言いかけた時、トリスが彼女の肩を叩いた。
「クレア、残念だが、彼は君の知る男ではない。」
「どういうことよ・・・。どう見たって、彼はロビンじゃない!」
「確かに外見はそうかもしれん。しかし、魂は違う。」
「魂が・・・違う・・・?」
「今の彼は、おそらくクローンとよばれるものだ。魔人が異界の技術を取り込み、その力を使って生み出したのだ。
そして竜王の石像から力を得ることで、新たな魂を得た。
だから・・・彼はロビンであってロビンではない。姿形の似た、まったくの別人だ。」
「そ、そんな・・・・クローンだなんて・・・・そんなこと・・・。」
クレアはよろめき、ロビンがサッと支える。
そして顔を近づけ、もう一度語りかけた。
「なあ、教えてくれないか?ロビンって誰だ?僕の名前か?そして君は誰だ?」
ロビンは真剣な目で真っすぐに見つめる。
クレアはその視線に耐えかねて顔を逸らし、口元を覆って泣き始めた。
「・・・ひどいわ・・・こんなの・・・・。
こんな、こんなことって・・・・。」
「君はどうして泣いているんだい?僕の恋人だって言ってたけど、それは本当なのかい?
なあ、教えてくれよ。僕は誰なんだ?君とはどういう関係なんだ?」
ロビンはクレアの肩をつかみ、小さく揺さぶる。
その目は恐ろしいほど真剣で、自分が誰なのかを本当に知りたがっていた。
「頼む、僕のことを知っているなら教えてくれ!」
「やめて!ロビンの顔で・・・ロビンの声で・・・私に語りかけないで!」
クレアはロビンを突き飛ばし、祠の出口へ走った。
すると魔人の放った黒い炎弾が、ウェインの剣に弾かれてこちらに飛んで来た。
「危ないッ!」
ロビンは咄嗟に駆け出し、クレアを突き飛ばした。
そして黒い炎弾の爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ロビンッ!」
クレアは身体を起こして駆け寄り、ロビンの肩を抱き起こした。
「ロビン!しっかりして!」
「・・・・ああ・・・力が・・・入らない・・・・。」
ロビンは重傷を負っていた。身体の半分が焼かれ、爆風によって右の手足が吹き飛んでいた。
大きな傷からダラダラと血を流し、そっと手を持ち上げてクレアに触れる。
「ロビン・・・・。」
クレアはその手を掴み、濡れる瞳でロビンの顔を抱き寄せた。
「・・・不思議だな・・・・僕は・・・・どうして君を・・・助けたんだろう・・・。
初めて会った女性なのに・・・・なぜか・・・勝手に身体が動いて・・・君を守っていた・・・。」
ロビンは虚ろな目で宙を見つめる。クレアは彼の手を握りしめ、首を振って答えた。
「ごめんなさい・・・ひどいことを言って・・・。私は・・・・あなたの恋人だったクレアよ・・・。
そして・・・あなたの名前はロビン・・・。誰よりも勇ましくて、堂々とした誇り高い軍人・・・。
私は・・・そんなあたなに惹かれて・・・恋人になった・・・。
あなたは・・・ラーズという星の、ロビンという男・・・。私の愛した男よ・・・。」
クレアの涙はロビンの頬に落ちる。そして、ゆっくりと伝って床に流れていった。
「そうか・・・僕の名前は・・・ロビンか・・・。
ラーズという星の軍人で・・・クレアの恋人・・・・。
・・・よかった・・・自分が誰なのか・・・知ることが・・・でき・・・・て・・・・・。」
そう呟いたきり、ロビンは動かなくなった。薄っすらと目を開け、小さく笑ってい天を見つめていた。
「ロビン!ねえロビン!嫌よ!もう私を置いていかないでよ!ねえロビン、ロビイイイイイイインッ!」
クレアは強くロビンを抱きしめる。死した彼は魔人の魔術が解けて、灰色の煙へと変わっていった。
その中から小さな白い骨が現れ、クレアはそっとその骨を拾い上げた。
「これは・・・ロビンの骨だわ・・・。
魔人は、これを使ってロビンのクローンを・・・・・。
許さない、絶対に許さないわッ!」
ロビンの骨を握りしめ、そっと胸のポケットにしまって魔人を見上げた。
「私・・・あなたの仇を討ちたい・・・。だから、絶対にやっちゃいけないことをやるわ!
あの魔人を滅ぼす為に、あの武器を使う!」
クレアは拳を握って立ち上がり、トリスに駆け寄った。
「ねえ、私から取り上げた武器を返して!あの中に魔人を倒せるかもしれない武器があるの!」
「それは本当か!」
クレアは頷き、そして躊躇いがちに目を伏せた。
「ほんとうは・・・・絶対に使ってはいけない武器なの・・・。
この世界へ来る時、万が一の為に渡された恐ろしい武器、それを使うわ!」
トリスと老剣士は顔を見合わせ、険しい顔で眉を寄せた。
「とりあえず話を聞こう、私の家に向かいながらな。
そして、その武器の使用を認めるかどうかは、それから判断させてもらう。いいな?」
「分かったわ・・・。」
トリスは小さく頷き、老剣士に指示を出した。
「ウェイン以外の者はここから避難させろ!我々がいては足手まといになるだけだ。」
「分かりました。しかし・・・ケイトはどうしますか?ウェインと一緒に戦うと言ってききませんが・・・。」
ウェインと魔人の繰り出す激しい戦いの傍で、ケイトは祈るように手を組んでいる。
いつ流れ弾が飛んで来て死ぬかも分からないのに、微塵の恐れも見せずにウェインを見守っている。
「・・・構わん。ケイトは一年前に、ウェインと共に魔人と戦ったのだ。
そして今回も、きっと彼の力なってくれるだろう。」
「・・・・そうですな。では我々はすぐにここを出ましょう!」
老剣士は大声で退避を呼び掛け、皆を先導して祠から出て行く。
「ウェイン、ケイト・・・頼むぞ。お前達なら、きっと魔人を倒してくれると信じている。」
トリスは入り口で振り向き、激しいを見つめて呟いた。
 

竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(9)

  • 2014.01.20 Monday
  • 16:47
竜王の祠に続く山道の前で、魔人と里の者達との戦いが繰り広げられていた。
老獪な剣士は巧みな技で敵を翻弄し、熟練の魔術師は多彩な魔術で攻め立てる。
「さすがはウェインを育てた者達・・・人間といえど一筋縄ではいかんか。」
「当然だ。これより先は偉大なる竜王が眠る神聖な場所。一歩たりとも進ませんぞ!」
老獪な剣士の刃が魔人を斬りつける。
「ぬうう・・・見事な技だが、しょせんは人間。
ウェインの足元には及ばんな。もうお前達に構っている暇はない。
まとめて消え去れ!」
魔人は地面に手を着き、呪いの吐息を吹きかける。
すると大地に東洋の呪殺文字が浮かび上がり、悪霊の手が伸びてきた。
「面妖な技をッ・・・・。」
老獪な剣士は悪霊を斬りつけるが、次から次へと湧いて来る亡者に身体を掴まれた。
「ぬおおおおおお!」
「はははは!そのまま地獄へ引きずり込まれるがいい!」
悪霊に続いて鬼や悪魔の手も伸びて来て、皆を地獄へ引きずり込もうとする。
「うおおおおおお!」
「この!離れろ!」
達人であるはずの剣士や魔術師は、成す術なく翻弄され、追い詰められていく。
そこへ魔人の爪が、しなる鞭のように襲いかかった。
「ぐはあッ!」
「ぐおおッ!」
鋭い爪が身体を抉り、赤い鮮血が飛び散る。
「ははははは!雑魚の分際で私に挑もうなどと、思い上がりも甚だしい。
地獄で永遠に苦しむがいいッ!」
魔人の手から黒い稲妻が放たれ、里の戦士達を苦しめていく。
「ぬあああああああああッ!」
「ぐおおおおおおおおッ!」
圧倒的な力の差と、限界を越える苦痛が襲い、老獪な剣士は堪らず膝をついた。
「すまん、トリス殿・・・。我々はここまでのようだ・・・・。
どうか・・・・竜王の石像を・・・守って・・・・・、」
諦めの入った声で呟こうとした時、一筋の銀色の光が大地に突き刺さった。
「これは・・・・。」
大地に刺さったのは、銀色に輝くウェインの大剣だった。
刀身から放たれる強力な竜気が、地面に広がる呪いを打ち消していく。
そして灼熱の業火を纏う竜巻が駆け抜け、魔人を飲み込んでいった。
「うおおおおおおお!おのれウェインッ!」
魔人は爪を伸ばして炎の竜巻を切り裂く。
すると次の瞬間、ウェインの拳が腹を貫いていた。
「がはッ・・・。貴様ッ・・・・!」
「これで終わりだバースよ。二度と復活出来ぬよう、塵に還れえッ!」
ウェインの拳から眩い竜気が放たれ、魔人の身体を吹き飛ばす。
「ぐおおおおおおおッ!まだだ!この程度でッ!」
魔人は黒い霧になって逃げようとする。
「逃がさんッ!」
ウェインは地面に手を向け、「戻れ!」と叫ぶ。
すると大地に刺さっていた大剣が宙に浮き、ウェインの手に飛んできた。
「バース!これで最後だッ!おおおおおおおうッ!」
大剣から黄金の光と銀の光が立ち昇り、龍に姿を変えていく。
「龍の牙と爪に貫かれ、永遠に消え去れいッ!」
頭上に構えた剣を振り下ろすと、二匹の龍が魔人に喰らい付いた。
そして螺旋状にうねって遥か上空まで舞い上がり、四方八方に光の筋を放ちながら炸裂した。
「うううおおおおおおおお!終わらん!俺はまだ終わらな・・・・・・・・、」
魔人は二匹の龍の光に焼かれ、砂塵となって消滅していく。
太陽が二個あるかと思うほど空は眩く光り、凄まじい爆音を響かせて大地を揺らした。
「・・・・・・終わったか。」
ウェインは大剣を背中に戻し、里の戦士達に駆け寄った。
「大丈夫か!しっかりしろ!」
倒れる老剣士を抱き起こし、身体を揺さぶる。
「・・・まったく・・・年寄りには堪える戦だ・・・・。」
老獪な剣士はニコリと笑い、ふらつきながらも自分で立ち上がった。
「儂らは大丈夫だ。お前が間一髪で助けてくれたからな。
しかしそこのお嬢さんがたは、ずいぶんグッタリしておられるようだが?」
老剣士が指差した先には、木の根音に寝かされたケイトとクレアがいた。
「あの二人なら大丈夫だ。しかしかなり疲弊しているから、トリスの家で休ませてやってほしい。」
「うむ、それは構わんが、お前はどうするつもりだ?
魔人を倒したというのに、ずいぶん浮かない顔をしているが?」
老剣士の言う通り、ウェインは眉間に皺を寄せて険しい表情をしていた。
「なんだか胸騒ぎがするんだ。なあ、トリスは竜王の祠を向かったのか?」
「ああ、山道の奥を通って祠に向かったぞ。封印を強化すると言ってな。」
「そうか・・・・・。」
ウェインは立ち上がって山道の奥を睨み、そちらに向かって走って行く。
「ケイトとクレアを頼む!俺は竜王の祠へ行く。」
「おいウェイン!どうしたんだ、そんなに慌てて?」
老剣士は手を伸ばして呼びかけるが、ウェインは振り向くことなく山道へ消えて行った。
「あいつめ・・・何かを感じているのか?」
ウェインの勘はよく当たる。しかも、悪い勘ほどよく当たっていた。
そのことをよく知っている老剣士は、表情を引き締めて皆に呼びかけた。
「お前達、いつまで寝ている!まだ終わっていないぞ。不測の事態に備え、準備を整えて祠へ向かうぞ!」
そう叫んで激を飛ばし、ケイトとクレアを担ぎ上げてトリスの家に入る。
二人をベッドに寝かせ、窓のから山道の奥を見つめた。
「このまま何事もなく終わってくれればいいが・・・・。」
不安な呟きは自分の耳にこだまし、さらに不安を掻き立てる。
老剣士のこめかみに一筋の汗が落ちていった。

              *

静寂に包まれた荘厳な祠の中に、見上げるほど巨大な竜の石像が鎮座している。
周りには、山から湧く透き通った水が流れていて、祠の中の空気を清めていた。
「ここへ来るのは久しぶりだ。いつ見ても石像の迫力に圧倒される・・・。」
竜王の石像は、高い天井に届くほど首を伸ばし、鋭い目を向けて宙を睨んでいる。
遥か昔に起きた竜と悪魔の大戦で、竜側の総大将を務めた誇り高き竜は、いまでも石像に力を残していた。
世界を見守るように、そして悪魔を威圧するように、猛々しい表情で牙を剥き、大きな翼を広げている。
身体に刻まれた無数の傷は、多くの悪魔をなぎ倒した勲章であった。
そして大戦の最後には悪魔の総大将である魔王と一騎打ちになり、相討ちとなってこの世から消え去った。
トリスは竜王の石像を見上げ、そっと目を閉じて祈りを捧げる。
「偉大なる竜族の王、ウルガムルよ。今あなたに魔人の手が迫っている。
その神聖なる力を我が物とし、地獄への扉を開こうと企んでいる。
我々は、断じてそれを見過ごすわけにはいかない!
あなたにの石像に宿った力を奪われぬ為、さらに強力な封印をかけさせて頂きます。」
そう言ってトリスはもう一度祈りを捧げ、後ろを振り返った。
「では皆の者、これより魔封じの儀式を執り行う。
精神を統一し、一切の雑念を抱くことなく、魔法陣の制作に取りかかってくれ。」
皆は頷き、竜王の石像の周りに散らばっていく。
しかしそのうちの一人が石像に駆け寄り、ニヤリと笑って手を触れた。
「おい、何をしている!」
学者の一人が肩を掴んで止めさせる。
すると次の瞬間、鈍い音が響いて、その学者の腹を剣が貫いていた。
「ぐはあッ・・・・。」
「貴様!何をする!」
トリスは剣を抜いて駆け寄る。
「ふふふ・・・、これが竜王の石像か。凄まじい力を感じる。」
「お前は・・・・。」
仲間を刺した学者は、トリスを突き飛ばして笑った。
そして血の滴る剣を投げ捨て、服を破いて禍々しい気を放つ。
「何ということだ・・・・。」
トリスは傷ついた仲間を抱えて後ずさり、床に寝かせて剣を構えた。
「ふふふ、ありがたいものだな、異界の科学技術というものは。
細胞から別の自分を生み出すことが出来るのだから・・・。」
そう言って顔を歪め、さらに禍々しい気を発して魔人に姿を変えた。
「なんと・・・私達の仲間に化けていたのか!」
トリスは青ざめた顔で剣を向ける。
すると魔人は指を立てて「チッチッチ」と首を振った。
「化けていたのではない。肉体を分割していたのだ。」
「分割・・・・だと?」
「異界にはクローンという科学技術があってな。我が身の一部から、もう一人の自分を創り出すことが出来るのだ。
私はその力をこの身に宿し、お前の仲間に自分の細胞を植え付けておいた。」
「そんな・・・・そんなことが・・・・。」
「貴様らの仲間が必死に俺と戦っている間、肉体の一部を飛ばしてさっきの学者に植え付けたのさ。
元の俺はウェインに倒されたが、ほれ、こうしてここに新たな俺が生まれた。
まったく・・・・異界の技術さまさまだよ、はははははは!」
「くッ・・・・私としたことが不覚だった。まさか異界にそのような技術があるとは・・・・。」
トリスは悔しそうに顔を歪め、仲間に指示を出した。
「皆の者よ!ここから逃げよ!そしてすぐにウェインを呼んで来るのだ!」
「し、しかしトリス殿は?」
「・・・私はここで戦う。いくら学者といえど、私は竜人の里の長なのだ。
いざという時に命を懸けて戦わなくてどうする!さあ、早く行け!」
「わ、分かりました!」
トリスに命令された学者達が、慌てて祠の外へ逃げていく。
しかし魔人の放った黒い稲妻に焼かれ、バタバタと倒れていった。
「くッ・・・。我々をここから出さないつもりか・・・。」
額に冷や汗を流し、トリスは剣を向ける。
そして意を決して魔人に斬りかかった。
「私もかつては軍人!一矢報いるぐらいのことはしてみせる!」
「馬鹿め・・・・。そんな鈍間な剣が当たるか。」
魔人はあっさりと剣をかわし、爪を伸ばしてトリスの肩を貫いた。
「ぬぐああああッ!」
「ほう、心臓を狙ったのにとっさにかわしたか。老体にしてはやるじゃないか。」
可笑しそうに笑ってトリスの顔を掴み、爪を喰い込ませて持ち上げる。
「ぐおおおおおおおおッ!」
「ふふふ、痛いか?」
「な、なんのこれしき!」
トリスは力を振り絞り、魔人の胸に剣を突き刺した。
しかし硬い音が響いて剣はヒビ割れ、パキリと折れてしまった。
「そんなナマクラで俺の身体を貫けるものか。」
魔人はさらに爪を喰い込ませ、ギリギリと締め上げていく。
「うぐああああああああッ!」
「ふふふ、このまま殺してもいいが、観客がいないのはちと寂しい。
竜王の力が奪われる瞬間を、そこで見ているがいい!」
魔人はトリスを持ち上げ、壁に向かって投げ飛ばした。
「がはあッ!」
「そこで大人しく見ていろ。お前達の崇める竜王の力が奪われる瞬間を。
そして、地獄の門が開かれる瞬間をな!」
「ぬぐッ・・・。くそ・・・・。」
魔人は大きく口を開け、濃い灰色の煙を吐き出す。
そして呪文を唱えて指を伸ばし、その煙に突き刺した。
すると灰色の煙はモクモクと人の形に変わっていき、やがて一人の男が現れた。
「ふふふ、ロビンよ。いや、ロビンのクローンか。
まあどっちでもいい。お前に竜王の力を宿し、地獄の門を開く為の鍵としよう。」
ロビンは虚ろな目で立っている。その顔に表情はなく、だらりと腕を下げていた。
「今のお前には魂が入っていない。天に召されたお前の魂を一時的に呼び戻し、再びその肉体に宿らせてやる。」
魔人は大きな魔力を蓄え、天に向かって両手を掲げた。
「さあ、天に召されしロビンの魂よ。
禍々しき呪術により、ほんのひと時ここへ戻り給えッ!」
魔人の手から黒い稲妻が放たれ、祠の天井に穴をあけていく。
その向こうから日の光が射し込み、何かが迫って来た。
「来い!ロビンの魂!ここへ降臨せよッ!」
天井の穴から眩い光が差し込み、轟音を響かせて何かが地面に突き刺さった。
そして次の瞬間、魔人の身体に亀裂が走り、灼熱の炎が立ち昇った。
「ぬッ・・・・・、ぬあああああああああ!」
「ロビンじゃなくて残念だったな、バースよ。」
「ウェイイイイイイイイインッ!どこまでも・・・・どこまでも俺の邪魔をしおってえええええええッ!」
極限まで高まった怒りで魔人の顔が歪む。
そして凄まじい邪気を放って炎を消し飛ばし、瞬く間に傷を再生させた。
「バースよ、お前との付き合いは長いからな。こういう展開になることは予想していた。
さあ、今度こそ消えてもらおうか!」
ギラリと竜牙刀を光らせ、刃を立てて魔人に向ける。
「・・・ふふ・・・・ふふふふふ・・・・・。」
怒りに歪んでいた魔人の顔が、馬鹿にしたような笑顔に変わっていく。
「やはり・・・やはり貴様をどうにかせん限りは、俺の目的は達成出来んか。
いいだろう、これが本当に本当の最後だ。
俺の持てる全ての力をもって、お前を叩きのめし、切り刻み、あの世へ送ってくれるッ!」
魔人の身体がブルブルと震え、黒い金属の肉体へと変わっていく。
頭の角は鋭く伸び、背中にブレードの翼が生えてくる。
瞳は怪しい紫に輝き、艶やかに光る黒いボディがウェインの姿を映した。
「これぞ科学と悪魔の融合。さて、お前の力が通用するか・・・・試してみるがいいッ!」
高らかに叫び、宙に浮き上がって両手を広げる。
ウェインは剣を目の前に立て、目を閉じて気を集中させた。
「バースよ、なにも力が増したのはお前だけではない。
俺もこの一年、竜人の里にて技と力に磨きをかけてきた。
今こそその奥義を解放し、お前を完全に消し飛ばしてやるッ!」
大剣から黄金と銀の光が立ち昇り、ウェインを包んでいく。
竜と人、そして磨かれた竜気が体内で混ざり合い、ウェインの姿を変えていった。
「ぬうああああああああああッ!」
ウェインの首から下は煌めく銀の鱗に覆われ、やがて鎧のように融合して硬質化した。
顔は竜の形に変化し、再び人の顔に戻ってゆく。
その目は燃えるような赤い瞳を宿し、目元から首筋に赤い線が走っていた。
「・・・・バースよ。竜王の石像が見守るこの祠で、今度こそ引導を渡してやる。」
「ふふふ、やってみろ。出来るものならな。」
二人は睨み合い、剣と拳を構えて突撃した。
「うおおおおおおおおおおッ!」
「ぬうううううううううううんッ!」
大きな力が激突して、祠の中が揺れる。
竜王の石像はその目を輝かせ、竜と悪魔の戦いを見守っていた。

竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(8)

  • 2014.01.18 Saturday
  • 19:35
トリスは家の窓から外を眺めていた。
「魔人・・・この世界へやってきたか・・・。」
ウェインと魔人の激しい戦いは、遠く離れたトリスの家からも見えていた。
里の重要な人物はいち早くトリスの家に集まり、魔人に対する策を練っているところだった。
「トリス殿、魔人の狙いはやはり竜王の石像でしょうか?」
白い髭を生やした学者が、椅子から立ち上がって尋ねる。
「だろうな。それ以外にこんな場所には用はないだろう。」
トリスは後ろで手を組んで振り向き、大きなテーブルに置かれたヒスイを見つめた。
それは竜人の里を全て映し出すことが出来る特殊なヒスイで、そこにはこちらに迫って来る魔人が映っていた。
「ウェインめ・・・取り逃がしたのか・・・。」
顔に傷を刻んだ老兵が口元を歪めて呟く。
「仕方あるまい。ウェインとて万能の超人というわけではないのだ。
あやつにばかり頼っていると、本当に竜王の石像を奪われてしまうぞ。」
「・・・そうですな。ここにいる者は皆、それぞれの分野の達人であります。
いくら相手が魔人といえど、指を咥えて見ているいるわけにはいかない。」
「その通りだ。だからなんとしても魔人を撃退し、竜王の石像を守らねばならない。
剣士や魔術師はこの場所にて魔人を迎撃、私と他の学者諸君は竜王の祠へ向かおう。
万が一魔人がやって来たとしても、竜王の石像に宿る力を奪われないように、封印を強化するのだ。」
トリスの言葉に皆が頷き、ドアを開けて外へ出て行く。
「いよいよとなれば、私も戦わねばならないかもしれないな。
大昔の相棒を持って行くか。」
トリスは二階の部屋に上がり、かつて軍人だったころの剣を腰に差した。
「では皆の者!それぞれの務めをよろしく果たすように!」
「おおうッ!」
トリスの掛け声に皆が拳を振り上げる。そして剣士と魔術師は家の前に陣を張り、トリスと学者たちは奥の山道へと向かった。
「魔人め・・・お前の好きなようにはさせんぞ。」
剣を腰に差したせいか、軍人だった頃の闘志が燃え上がってくる。
普段は温厚なトリスの顔が険しくゆがみ、土を踏みしめて竜王の祠へと向かった。

                   *

竜人の里に流れる小川が、赤い血で染まっていた。
「ケイト・・・絶対に傍を離れるなよ・・・。」
「ウェインさん・・・。」
ウェインは大剣を構えて、ケイトを守るように立ちはだかる。
彼の目の前には、完全に悪魔と化したロビンが牙を剥きだしてこちらを睨んでいた。
「・・・・おお・・・いい・・・おお・・・。」
ウェインの剣は、確かにロビンを真っ二つにしたはずだった。
悪魔になりたくないという彼の頼みに応え、大剣を振り下ろして一刀両断したはずだった。
しかしその瞬間、クレアがロビンに抱きついた。
「いや・・・一人にしないで!」
死にかけていたロビンは、クレアを体内に吸収することで復活した。
そこにはもはや人の心は無く、魔人の邪気に飲み込まれて完全な悪魔と化していた。
それはウェインの想像を上回るほど強力で、単純な力だけなら魔人よりも上に感じられた。
ウェインはロビンの猛攻を受けて胸から血を流し、小川の傍まで追い詰められていた。
ケイトは彼の背中に守られながら、強く腕を握りしめた。
「ウェインさん・・・私・・・間違ってますか?」
ケイトがそう尋ねるには理由があった。完全な悪魔と化したロビンは確かに強かったが、ウェインの敵となるほどではなかった。
パワー、スピード、魔力、頭脳、全てにおいてウェインが上回っている。
しかし今のウェインは追い詰められている。ケイトの頼みのせいで、ロビンを攻撃できないでいた。
「あの中にはクレアがいる・・・だから・・・傷つけないでって頼んだけど・・・。
でもそのせいでウェインさんが・・・・。」
自分のわがままのせいで、ウェインが傷つき、血を流している。
それなのに自分はこうして、ウェインの背中に守られている。
それを考えると、クレアを傷つけたくないという思いが揺らぎ始めた。
「ごめんなさい・・・。また私のわがままのせいで、ウェインが危ない目に・・・・。
もう・・・いいです・・・。これ以上ウェインさんが傷つくのは見たくないから・・・。
ロビンを・・・あの悪魔を倒して下さい!」
気持ちが焦り、思わず声が裏返ってしまう。
するとウェインはケイトの頭をポンと叩き、小さく笑いかけた。
「あんたがわがままなのは、今に始まったことじゃない。
一年前からずっとそうだったろう?」
「ウィンさん・・・。」
「いいさ、お前の頼み通り、クレアは絶対に傷つけない。
そして、何とかあの悪魔だを倒してみせる。」
「で、でも・・・そんなことが出来るんですか?ただでさえ相手は強いのに・・・。」
ウェインは「そうだな」と頷き、ケイトの右腕に嵌っている腕輪に触れた。
「確かに俺一人じゃ難しいが、あんたがこれを使って協力してくれればいけるかもしれない。」
「これって・・・聖者の腕輪ですか?」
「そうだ。それは聖職者の力で奇跡を起こす法具だから、うまくいけばクレアを助けられるかもしれない。」
「で、でも・・・上手くってどういう具合にですか?」
「それは俺より聖職者のあんたの方がよく知っているんじゃないか?
どうして自分が神に仕えているのか?どうして神の名の元に人を助けようとするのか?
きっと、答えはそこにあるはずだ。」
「どうして・・・神を・・・・?」
ケイトは腕輪を見つめて考える。どうして自分が神を信じ、人の役に立とうとしているのか。
捨て子だった自分を拾ってくれたのが、たまたま神父だったから?
それとも、他に理由が・・・・?
じっと考え込んでいると、突然ウェインに抱えられた。
「ボケっとしてるな!」
悪魔となったロビンが巨大な拳を振り下ろしてくる。
ウェインはケイトを抱えて飛び上がり、すれ違いざまに腕を斬りつけた。
「ぐおおおおおおおお!」
「ケイト!しっかりと自分を見つめろ!きっと答えは出る!
その時こそ、その腕輪は真の力を発揮するはずだ!」
「自分を・・・見つめる・・・。」
腕を斬られたロビンは、怒り狂って突っ込んで来る。
ウェインは足を踏ん張って大剣を構え、正面から受け止めた。
「ぬうううんッ!」
「ぐおおおおおおおお!」
「ウェインさん!」
ケイトは助太刀しようと腕輪を振りかざす。
「俺のことはいい!あんたはその腕輪の力を引き出すことに集中しろ!」
ロビンの尻尾がウェインを締め付け、ハンマーのように地面に叩きつける。
「ぐッ・・・。この程度!」
ウェインは身体を捻って剣を振り、太い尻尾を斬り落とす。
「ぐいええええええええ!」
「ロビンよ・・・・。人間のうちに死なせてやることが出来ずにすまなかった。
せめて、お前の恋人だけは助けてみせよう!」
大剣を地面に突き刺し、両手を前に突き出して竜気を溜める。
「喰らえいッ!」
二つの気弾が螺旋状に渦巻きながら飛んでいく。
「ぐうえええええええええ!」
それはロビンの胸を抉り、遥か遠くまで吹き飛ばした。
「まだまだ!極限まで弱らせてやる!」
ウェインは足を開いて大地を踏ん張り、弓矢のように剣を引いた。
すると黄金の大剣が槍のように伸びていき、刃の先端に大きな力が集まった。
「竜の牙よ、敵を穿てッ!竜牙の一閃!」
大地を蹴り、腰を回して剣を突く。
刃の先端に溜まった竜気がレーザーのように放たれ、ロビンの腹を貫いた。
「があああああああ!」
「この程度ではくたばらんだろう?さっさと立ってこい!」
ウェインは大剣を居合いに構えて突撃する。
ロビンは身体を起こし、背中から翼を生やして空に舞い上がった。
「逃がさんッ!」
大地を蹴って弾丸のように飛び上がり、居合いに構えた剣を一閃する。
ロビンの翼は一瞬にして斬り落とされ、叫び声を上げて地面に落下していった。
「まだまだこれからよ!」
黄金の大剣を振り、光の刃が放たれる。
ロビンは両手でそれを受け止め、凄まじい怪力で握りつぶした。
「おおおおおおおおう!クレアあああああああああ!」
「まだ人の意識が残っているのか・・・?」
ロビンは頭を抱え、激しい葛藤を起こしていた。
僅かに残った人の意識が、クレアを助けようともがいている。
「俺は・・・・俺はクレアを・・・・クレアを愛している・・・・。
だから・・・せめて・・・クレアだけは・・・クレアだけはあああああ!」
ウェインは剣を構えてロビンの前に立つ。そして僅かの憐れみを感じて剣を向けた。
「分かっている。クレアは傷つけない。俺の頼りになる相棒が、きっとクレアを助けてくれる。」
「おおお・・・・おお・・・もう・・・時間がない・・・・。
このままでは・・・クレアも・・・・悪魔の一部に・・・・。」
「もう少し、、もう少しの辛抱だ!きっとケイトはクレアを助けてくれる。
それまで俺と戦え!闘志を燃やし、拳を振って自我を保つんだ!」
「・・・ううううおおおおおおおおおお!」
ロビンは発狂したように暴れ回り、自分の顔を掻きむしった。
「戦い・・・・そう・・・俺は軍人だ・・・・。
戦って・・・・戦って・・・・守らなければ!」
「そうだ!さあ、俺に挑んで来い!お前の闘志を存分に引き出してやる!」
「うおおおおおおおおおおおッ!」
ロビンの咆哮が空気を揺らし、木々が揺れて葉っぱが落ちる。
小川の水面は波打ち、遠くの山に反射した声がやまびことなって返ってくる。
「行くぞロビンッ!」
「ううおおおおおお!来いッ!」
ウェインの大剣とロビンの拳がぶつかる。力と力がせめぎ合い、互いの肉体がミシミシと音を立てる。
「ぬうううううんッ!」
「おおおおおおおおうッ!」
両者の踏ん張る大地は、その力に耐えかねてビキビキとヒビ割れていく。
「こんなものか!お前の力はこんなものか!軍人が聞いて呆れるぞッ!」
「まだだ!もっと・・・・もっと戦える!」
ロビンのパワーが増し、じりじりとウェインの剣を押し返していく。
「ぬうううう・・・・。中々のパワーだ。ならこれはどうだ!」
ウェインの竜気が高まり、身を包む黄金の光が銀色に変わっていく。
パワーは何倍にも膨れ上がり、激しい竜気がロビンを吹き飛ばした。
「うおおおおおおおお!」
「手加減は無しだッ!俺の攻撃を防いでみろ!」
ウェインの剣がVの字を描き、燕返しが一閃する。
「ぐううあああああ!負けるかあああああ!」
ロビンは膝をつきながらもウェインを睨み、赤く目を光らせた。
すると灼熱の光線が放たれ、ウェインの身を焼いていく。
「ぐううう・・・・。」
「喰らえええええええいッ!」
ロビンは口を開け、怨霊の蠢く吐息を放つ。
憎悪に歪む悪霊達が、醜い手を伸ばしてウェインに纏わりついた。
「ぬうう・・・・。」
そこへロビンの体当たりが炸裂し、鋭い角がウェインを吹き飛ばした。
「うおおおお!」
岩を砕いて地面に叩きつけられ、巻き上がった瓦礫が落ちてくる。
「まだだ!まだ戦えるぞおッ!」
ロビンの硬い拳がウェインにめり込み、大地が割れていく。
「ぐうッ・・・。やるじゃないか・・・。」
ウェインは大剣を盾にして受け止め、ロビンの顎を蹴り飛ばした。
鈍い音が響いてロビンの身体が宙を舞い、背中から地面へ落ちていく。
「さあ立ち上がれ!まだ終わりではないぞッ!」
「ぐううう・・・・。」
ロビンは膝に手をついて立ち上がろうとする。
その目は闘志に燃えていて、真っ赤な輝きを放っていた。
「俺は・・・まだ戦える・・・まだ・・・終わりじゃな・・・・・、」
そう言いかけた時、地面に手をついて紫の血を吐いた。
「ぐぼあッ・・・・。」
「ロビンッ!」
「ああ・・・ああああ・・・まだ・・まだだ・・・。
もう少し・・・もう少し待ってくれ・・・。
ここで終わったら・・・クレアが・・・・。」
ロビンはもう限界に近づいていた。魔人の邪気が意識を覆い、激しい闘志を飲み込もうとしていた。
「立て!クレアが死んでもいいのか!」
「ぐうう・・・クレア・・・・死なせない・・・。
この身が砕けても・・・お前だけは・・・・、ごふうッ!」
またしても大量の血を吐き、たまらず倒れ込む。
そしてウェインに手を伸ばし、最後の力を振り絞って呟いた。
「たの・・・む・・・。もう・・・このまま・・・トドメを・・・・。
このままでは・・・・クレアまで悪魔に・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」
ロビンの鬼気迫る表情がウェインの胸に刺さる。
もうこれ以上時間を稼げないことを悟り、大きく頷いて剣を構えた。
「分かった。今楽にしてやろう。」
「・・・すまない・・・・。早く・・・やってくれ・・・・。」
ガチャリと大剣を鳴らし、ウェインは刃を向けて飛びかかる。
しかしその瞬間に青いレーザーが飛び抜けていき、ロビンの身体を貫いた。
「誰だッ!」
剣を構えて後ろを振り向くと、聖者の腕輪を掲げたケイトが立っていた。
「ケイト!」
ウェインは傍に走って呼びかける。
「やったな!間一髪で間にあったぞ!」
「・・・・・・・・・・・・。」
ケイトの肩を揺さぶるウェインだったが、彼女の雰囲気に違和感を覚えて顔を覗き込んだ。
「ケイト・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・。」
ケイトの目は虚ろで、まったくウェインの声に反応しない。
それは眠ったまま立っているような状態で、ゆらりと倒れそうになる。
「どうした!しっかりしろ!」
彼女の身を抱きかかえ、小さく揺さぶって必死に呼びかける。
「これはまさか・・・・魂が抜けているのか?」
ケイトの身体からは、まったく生気が感じられなかった。
ウェインはゴクリと息を飲み、そっとケイトの頬に触れた。
すると背後で光の柱が立ち昇り、雲を突き破って天に届いた。
「あれは・・・・ケイトの気?」
光の柱はロビンを包み、悪魔の肉体を砂に変えていく。
そしてその中からクレアが現れ、ぐったりと地面に倒れ込んだ。
「クレア!」
ウェインはケイトを抱えて駆け寄る。
するとクレアの傍に、一人の男が立っているのに気づいた。
「お前は・・・・ロビンか?」
ロビンはウェインと目を見合わせてコクリと頷き、膝をついてクレアの頬を撫でた。
「・・・・・クレア・・・。よかった、間にあって・・・・。
もう俺はいかなきゃならないが、君のことは決して忘れない。
だから・・・無事に自分の世界へ戻って、幸せに暮らしてくれ・・・・。
・・・・さよなら・・・・。」
ロビンは唇を重ね、そして目を瞑って天を仰いだ。
光の柱はドクンと脈打ち、稲妻のように炸裂して消え去っていった。
「・・・・ケイト、これがお前の力か。大したものだ・・・。」
光が消え去った後には、意識を失ったクレアだけが残されていた。
ウェインは彼女の傍に膝をつき、優しく肩をゆすって呼びかける。
「クレア・・・。大丈夫か?」
「・・・・・・・・。」
ウェインの声に反応するように、クレアの唇が微かに動いた。
そして閉じた目から涙を流し、「ロビン・・・」と囁く。
「・・・・よく戦った。お前も、ロビンも。
そして・・・・ケイトもだ。」
ケイトの身体には魂が戻っていて、顔に生気が漲っていく。
「・・ううん・・・・ウェイン・・・・さん・・・?」
「ケイト、クレアは無事だぞ。お前のおかげだ、よくやった。」
ウェインが手を握って笑いかけると、ケイトは嬉しそうに微笑み返した。
「・・・よかった・・・上手く・・・いって・・・・。」
「今は無理をせずに寝ていろ。後は・・・俺に任せておけ!」
ケイトとクレアを抱え、急いでトリスの家に向かう。
しかし遠く離れたトリスの家から不吉な気を感じ、慌てて走って行った。
「バースめ!これ以上好き勝手はさせん!今度こそお前との戦いを終わらせるッ!」
激しい竜気が身体を熱くして、心まで燃え盛っていく。
ウェインは大地を蹴りつけ、土埃を上げてトリスの家に向かって行った。

竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(7)

  • 2014.01.17 Friday
  • 18:26
ウェインの卓越した剣捌きが敵を凪ぐ。
重い大剣を軽枝のように振り回し、襲いかかる敵の攻撃を全て跳ね返していく。
「ぬうんッ!」
渾身の一撃がドラゴンゾンビの顎に突き刺さり、そのまま持ち上げて地面に叩きつけた。
「グオオオオン!」
続けて襲いかかってきたケルベロスゾンビの牙を素手で受け止め、口の中に光の砲弾を放つ。
聖なる竜人の闘気がゾンビの腐敗した身体を焼き払い、眩い光が飛び散った。
「さすがはウェイン!いくら強力でもゾンビでは相手にならぬか?」
「当然だ!高みの見物はやめて、さっさとかかって来い!」
ウェインは剣を八双に構え、足を広げて大地を踏ん張る。
魔人はニヤリと笑って飛び上がり、印を結んで呪術を放ってきた。
「まずい!さがれお前達!」
ウェインはケイトとクレアを抱えて飛び上がる。
すると地面に黒い染みが現れて、憎悪に歪む悪霊が飛び出て来た。
「この程度の呪術!」
黄金に光る大剣を一閃し、一撃で悪霊を吹き飛ばす。
しかし後ろから魔人の手が伸びてきて、クレアを奪われてしまった。
「クレア!」
ケイトは手を伸ばして叫ぶ。
「前に出るな!」
ウェインはケイトを抱えて着地し、魔人に向かって剣を構えた。
「ふふふ、さすがのお前でも、二人も守りながら戦うのは無理があったか?」
「・・・・貴様が相手ではな。で、その女をどうするつもりだ?」
「どうもせんよ。ただ盾になってもらうだけだ。」
魔人はクレアの首に爪を喰い込ませ、邪悪な瘴気を流し込む。
「あああああああああああ!」
「クレア!」
クレアの身体は見る見るうちに黒く変色し、青い瞳が灰色に変わって生気が失われていく。
「ああ・・・あああ・・・・・・。」
「クレア!ちょっと!クレアに何をしたのよ!」
ケイトは怒って魔人に詰め寄ろうとする。
「下がってろ!死にたいのか?」
「で、でも・・・クレアが・・・。」
クレアは魔人の呪いを受け、真っ黒な蝋人形に変えられてしまった。
その身体からは無数にイバラが伸びて来て、魔人を守るように囲っていった。
「ふふふ・・・俺を攻撃したければ、この女を殺すことだ。
まあ甘ちゃんのお前には無理だろがな、ははははは!」
「・・・・・・・・。」
ウェインは何も答えずに剣を構える。そして地面を蹴って飛びかかろうとした。
「ウェインさん!クレアを攻撃するつもりですか!」
「仕方ないだろう。魔人を倒すためだ。」
「で、でも・・・。クレアを攻撃するなんてあんまりです!」
「気持ちは分かるが仕方がないんだ。バースがああいう手段に出るということは、必ず何かを企んでいるんだ。
下手に時間を与えれば何をしでかすか分からない。それはお前もよく知っているだろう?」
「そうですけど・・・・、でも・・・・。」
ケイトは納得のいかない様子でウェインの腕を掴む。
そしてグッと唇を噛みしめ、険しい顔で呪いのかかったクレアを見つめた。
「・・・・・・あ!そうだ!」
突然何かを思いつき、法衣の長い袖をスルスルと捲る。するとそこには、青い宝石の填まった銀の腕輪が着けられていた。
「それは聖者の腕輪か・・・?」
「はい!トリスさんの家に行った時に持って来たんです。
この腕輪ならクレアの呪いを解けるかもしれない。」
「しかしそれを使うのは一年ぶりだろう?上手くいくのか?」
「・・・・・分かりません。でも、この一年でシスターとしては成長したつもりです!
だから・・・・必ずクレアを助けてみせます!」
ケイトの目は本気だった。青い瞳が熱い闘志を燃やしているのを感じて、ウェインはゆっくりと頷いた。
「いいだろう、お前に任せる。しかしあまり時間はないぞ。見ろ、バースの奴が何かを始めた。」
ウェインは魔人の方に剣を向けた。
するとイバラの檻の中で守られた魔人が、目を閉じてブツブツと呪文を唱えていた。
「あいつがそこまでの詠唱を必要とする魔法だ。きっととてつもない力を持った何かを召喚するつもりだろう。
だから奴の詠唱が終わる前に、お前はクレアの呪いを解除しろ。いいな?」
「はい!やってみせます!」
「じゃあ俺は後ろの雑魚どもを叩きのめす。お前は呪いを解くことに集中していろ。」
そう言ってケイトの肩を叩き、大剣を振って後ろを振り返る。
そこにはウェインにやられたゾンビ達が立ち上がっていて、牙を剥き出してこちらを睨んでいた。
「さすがにゾンビだけあって、しぶとさだけは大したものだな。が、しかし!」
ウェインは闘気を高め、湯気のように黄金の竜気を立ち昇らせた。
「しょせん雑魚は雑魚!まとめて叩き伏せてくれる!」
「グウオオオオオオオオオオンッ!」
二匹のゾンビは雄叫びを上げ、おそろしい形相で飛びかかって来た。
ウェインは目にも止まらぬ速さで横に回り、ケルベロスゾンビの頬を殴り飛ばした。
「ギュウウウウウウン・・・・。」
重たい音が響き、拳の一撃でケルベロスゾンビはノックアウトされる。
その後ろからドラゴンゾンビが飛びかかってくるが、ウェインは高く飛び上がって回し蹴りを放った。
強烈な蹴りがドラゴンゾンビのこめかみにめり込み、頭蓋骨にヒビが入る。
「ギュウウウウウウウ・・・・。」
二匹のゾンビは地面に倒れ、力無く呻いていた。
ウェインはその身体を踏みつけて高く飛び上がり、頭上に剣を構えた。
「肉片一つ残さず塵に還れ!おおおおおおおおうッ!」
黄金に光る剣は、銀色の光に変わって槍のように伸びていく。
ウェインは逆手に剣を構え、銀の刃をゾンビ達に突き刺した。
「ゴオオオオオオオオオ!」
「ギュウオオオオオオオオオォ!」
竜気で出来た銀の刃はゾンビの身体を貫通し、深く地面に突き刺さる。
そしてウェインが「炸裂ッ!」と叫ぶと、眩い光を放って竜気が炸裂した。
その光は一瞬にして二匹のゾンビを焼き払い、肉片一つ残らず塵へと消し去った。
「ゾンビにしては手強かった・・・。それだけ魔人の力が上がっているということか・・・。」
大地に刺さった剣を抜き、ウェインはケイトの方を睨んだ。
「どうだ?いけそうか?」
「・・・・はい、もう少しで・・・。」
ケイトの右腕に填められた腕輪からは、青白い光が放たれていた。
その光はクレアの身体を包み、魔人の呪いをじょじょに打ち消していく。
「・・・ああ・・・・。」
クレアは僅かに目を開け、小さく唇を動かして呟いた。
「・・・あたたかい・・・・。ロビン・・・・。」
クレアが呟いた「ロビン」という名は、魔人に殺された恋人の名前だった。
クレアの所属する中隊の指揮官で、人として軍人としても、そして男としても愛していた。
誰よりも祖国を愛するロビンは、先陣を切って魔物の軍勢に戦いを挑んだ。
しかし突如現れた黒い影によって惨殺され、その黒い影の中に吸い込まれてしまったのだった。
あの時、クレアは何も出来なかった。迫りくる魔物の軍勢に圧され、圧倒的な力を持つ黒い影に、自分の部隊を皆殺しにされていった。
恋人の死、仲間の死、そして蹂躙されていく祖国。クレアは成す術なく、それらを見ているしかなかった。
「・・・ごめんなさい・・・みんな・・・。何も出来なくて・・・私だけ生き残って・・・ごめんなさい・・・・。」
クレアの目に涙が浮かび、ポロリと頬を伝っていく。
ケイトの放つ聖なる光は、傷んだクレアの心を優しく包み込み、そして癒していった。
「クレア・・・大丈夫。必ず助けるから、もう少しだけ頑張って。」
「・・・・・・ロビン・・・みんな・・・・・。」
ケイトの放つ光は、確実に魔人の呪いを取り去っていく。
クレアの肌は元の色に戻り、美しい青い瞳も復活した。
蝋人形のように硬くなっていた身体は柔らかさを取り戻し、無数のイバラはボロボロと朽ちていった。
「もうすぐ・・・もうすぐよ・・・。」
ケイトの光は、完全に魔人の呪いを打ち消そうとしていた。そしてあともう一歩というところで、魔人の高らかな笑い声が響いた。
「ははははは!おい異界の女、これを見ろ!」
クレアは揺れる瞳を動かし、ぼやける視界で後ろを振り向いた。
するとそこには、クレアと同じ軍服を着た、精悍な顔つきをした逞しい男が立っていた。
「そんな・・・。ロビン!」
それは殺されたはずのクレアの恋人だった。生気の無い真っ白な顔で目を閉じ、クレアの声に反応して僅かに動いた。
「・・・ク・・・レア・・・・・・。」
「ロビン!どうしてあなたが!いいえ、そんなことはどうでもいい!生きて・・・生きていたのね・・・。」
クレアの目に涙が浮かび、小さく肩が震える。
「俺は・・・・どうなった?黒い影に襲われて・・・・それからどうなったんだ・・・?」
ロビンは半分目を開き、クレアを見つめる。すると魔人は彼の肩に手を置き、ニヤリと笑った。
「ふふふ、こいつはもう死んでいる。いわばゾンビと同じさ。」
「ゾンビ?ロビンが・・・・・?」
「こいつには生け贄になってもらおうと思ってな。」
「生け贄?なんのことよ!」
「ふふふ、この里にある竜王の石像から、竜気を受け取る生け贄さ。
こいつは異界の者のくせに、中々高い霊力と精神力を備えている。
だから私の持つ奈落の亜空間に縛り付け、アンデッドとして飼っておいたのだ。」
「そんな・・・。許さない!ロビンをそんなことに利用するなんて許さないわ!」
クレアは枯れたイバラを引き千切り、肩にかけていた銃を魔人に向けた。
「ロビンから離れなさい!」
「ふふふ、そんなオモチャで何をする気だ?」
魔人はロビンの首に爪を立て、邪悪な瘴気を注いでいく。
するとロビンの身体は、服が弾けて筋肉が盛り上がり、悪魔のように姿を変えていった。
「ぐおおおおおおおおおッ!」
「ロビンッ!」
クレアは引き金を引き、魔人に向けて銃を放った。
しかし悪魔となったロビンが銃弾を叩き落とし、クレアに向かって飛びかかって来た。
「・・・クレ・・・・ア・・・。逃げ・・・ろ・・・・。
邪悪な意志が・・・・俺を・・・・乗っ取って・・・・。」
ロビンの爪がクレアの喉元に迫る。そして彼女の命を絶とうとした瞬間、ウェインの大剣がそれを弾いた。
「バースよ。これ以上好き勝手な真似はさせん!この竜牙刀にて、再び地獄へ送ってやる!」
ウェインはロビンを蹴り飛ばし、高く飛び上がって魔人に斬りつける。
「おっと!これ以上お前達と遊んでいられん。あとはそこのロビンとかいう男が相手をしてくれるさ。」
魔人は黒い霧を吹き出し、ウェインの視界を遮る。そして自分も黒い霧へと姿を変え、竜王の石像が眠る里の祠へと飛んでいった。
「待て!逃がさん!」
後を追おうとするウェインだったが、ケイトの悲痛な叫び声に呼び止められた。
「ウェインさん!クレアが!」
悪魔となったロビンは、クレアの身体を握りしめ、深く爪を突き立てていた。
「がはッ・・・・。やめ・・・て・・・ロビン・・・・。」
「・・・駄目だ・・・。自分の・・・意志じゃ・・・抑え・・・られ・・・な・・・い・・・。」
ロビンの意志は、魔人の植え付けた邪悪な意志に支配されていた。
それは抗うことが出来ないほど強力な意志で、ロビンの心までもを悪魔に変えようとしていた。
「・・・俺・・は・・・お前を・・・殺したく・・・な・・・い・・・。
悪魔・・・に・・も・・・なりたく・・・ない・・・・。」
ロビンは血が出るほど歯を食いしばり、完全な悪魔になる一歩手前で踏みとどまっていた
そしてウェインの方に振り向き、血の涙を流しがら懇願した。
「たの・・・む・・・。お・・俺を・・・・殺して・・・くれ・・・・。」
「・・・・・・・。」
ロビンの目は本気だった。恋人を手にかけたくないという思い。
そして人として死にたいという思い。
ウェインはその強い思いを受け取り、小さく頷いて大剣を構えた。
「いいだろう。今楽にしてやる。」
「すま・・・な・・い・・・。もう・・・これ以上・・・もたない・・・・。
は・・・はやく・・・・やって・・・くれ・・・・。」
ロビンの目から流れる血の涙は、紫の血に変わっていく。それは悪魔の血の色であり、もう彼に残された時間はほとんどなかった。
ウェインは黄金の光を纏い、大剣を振り上げて飛びかかる。
しかしクレアは首を振り、「ダメえッ!」と叫んで銃を構えた。
「ロビンを殺さないで!お願い!」
「そいつはもう死んでいる!これ以上苦しませるな!」
「嫌よ!もう大事な人が傷つくところを見たくない!お願いだからやめて!」
クレアは狂ったように首を振り、ウェインに向けて銃を撃った。
しかしウェインに銃弾が通用するはずもなく、彼の大剣はロビンに振り下ろされた。
「ロビイイイイイイインッ!」
クレアの目の前で、ウェインの大剣がロビンを斬り裂いた。

竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(6)

  • 2014.01.16 Thursday
  • 19:42
「ぬうん!」
「おおおおう!」
竜人の里の中で、ウェインと魔人が激しい戦いを繰り広げている。
ウェインの大剣が竜巻のように魔人を斬りつける。そして魔人の鋭い爪がウェインを抉ろうとする。
硬い音が響いて両者の攻撃が激突し、眩い火花を散らしていた。
「ウェイン・・・。」
小川の傍まで駆けつけたケイトは、祈るような形で手を握る。
一年前に繰り広げられた竜人と魔人の戦いが、再び目の前で起こっている。
それはケイトの胸を不安で締めつけ、暗い闇の中へ落としていく。
「すごい戦いね・・・。私の入る隙間なんてなさそうだわ・・・。」
隣に立つクレアが息を飲んで戦いを見守る。
「ここでじっとしてた方がいいと思うわ。下手に手を出せば、かえって足手まといになるから。」
ケイトの言葉に頷き、それでもクレアの闘志は衰えない。
「ねえ、トリスって人の家に案内して。銃を取って来なきゃ。」
「ダメよ!下手に戦いに加われば、きっと魔人に殺されちゃうわ。」
「・・・それでもいいわ。じっとしているくらいなら、戦って死んだ方がマシよ。
さあ、トリスの家に案内してちょうだい!」
「クレア・・・・。」
クレアの透き通った青い瞳が、ケイトの胸に突き刺さる。
「・・・分かった。その代わり私も一緒に戦う!こう見えたって、一年前は戦いの旅をして・・・・、」
そう言いかけた時、クレアがケイトを押し倒した。
「危ないッ!」
次の瞬間、二人の頭上に黒い炎弾が駆け抜けていき、大木にぶつかって爆発を起こした。
「・・・すごい威力・・。でも、怖気づいていられないわ!」
クレアはケイトの手を引いて立ち上がり、木立の中へ続く道を走り出した。
「確かこの先だったわよね?」
「うん・・・。でも、やっぱりやめた方が・・・。」
「いいえ、戦うと決めたら戦うの。私は国を守る軍人なんだから、ここであいつを倒さないと・・・。
祖国は魔物に蹂躙されてしまう。」
クレアの声は鬼気迫っていた。ケイトは躊躇いながら頷き、先を走ってトリスの家に案内していった。


                   *

「ははははは!ウェインよ!久しぶりだな!」
「バース・・・。確か地獄に封印したはずだが、なぜ戻って来た?」
ウェインは大剣を斬りつけながら尋ねる。魔人は剣のような爪で受け止め、頭突きをかましてウェインを弾き飛ばした。
「俺の本体は地獄にいるさ。いうなれば、俺は本体の分身、影のような存在だ。」
「やはりそうか・・・。もし俺に負けた時のことを考えて、保険をかけておいたわけだ。」
「その通り。本体の魂の一部を切り離し、深い闇の祠に隠しておいた。
そして時を見て復活し、力を求めて異界へ旅立ったわけだ!」
魔人は両手をかざし、黒い稲妻を放って奈落の穴を呼び出す。
「ふふふ、分身だからといって力が衰えたわけではないぞ!
一年のうちに力を蓄え、そして異界にで新たな力を手に入れた。
それをお前にも見せてやろう!」
奈落の穴から風が吹き、かまいたちとなってウェインに襲いかかる
「この程度!ぬうん!」
大剣の一振りでかまいたちを斬り払い、地面を蹴って魔人に距離を詰めて行く。
「喰らえい!」
ウェインは身体を回転させ、灼熱の業火を纏った刃で斬りつけようとする。
しかし奈落の穴から現れた何者かがそれを防ぎ、金属同士がぶつかる硬い音が響いた。
「俺の剣を弾いた・・・?どんな魔物だ?」
「ふふふ、魔物じゃない。機械兵器、ロボットというやつさ。」
「ロボット・・・?」
奈落の穴からは金属で出来た大きな腕が覗いていて、その後ろから機械で造られた巨人が現れた。
「こいつは・・・・。初めて見る魔物だ。」
「何度も言わせるな、これは魔物ではない。異界の世界において科学と呼ばれるものが生み出した、殺戮兵器だ。
この世界で言うならゴーレムに近いかもしれんが、戦闘力はケタ違いだぞ。」
大きなロボットは三つの赤い目を光らせ、鈍く光るグレーの身体を動かした。そして肩の辺りから砲身が現れて、ウェインにめがけて砲弾を放つ。
「うおおおおおおおお!」
雷のような轟音が響き、ウェインの立っていた場所が大爆発を起こす。
「ふふふ、どうだ?素晴らしいだろう?まだまだ隠された武器があるぞ、ほら。」
魔人が指を鳴らすと、ロボットの胸が左右に開き、巨大なガトリングガンが伸びてきた。
「・・・・・くうう・・・。」
ウェインは膝をつきながら立ち上がり、大剣を構えた。
「確かに大した威力の攻撃だが、俺の身体は貫けん!」
「じゃあもっと試してやろう。おい、やれ!」
魔人が命令すると、胸のガトリングガンが火を吹いた。
「ぬおおおおおおおおおお!」
音速に等しい弾丸が嵐のように襲いかかり、ウェインを追い詰めて行く。
「ははははは!さすがウェイン、全ての弾丸を弾き返すとは!しかしこならどうだ」
今度はロボットの足と腕のハッチが開き、小型のミサイルが撃ち出される。
ウェインは高く飛び上がって回避するが、ミサイルは軌道を変えて追いかけて来た。
「これは・・・敵を追従するのか!」
「そうだ。ロックオンすればどこまでも追いかけるぞ。」
「クソッ・・・・。」
迫りくるミサイルを身体をひねってかわし、すれ違いざまに斬りつける。
すると凄まじい爆発が起きて、ウェインを空高く吹き飛ばした。
「ぐあああああああああ!」
「まだまだ!もっとミサイルを打ち込んでやれい!」
ロボットからありったけのミサイルが放たれ、宙を舞うウェインに直撃する。
「うおおおおおおおおおおおお!」
上空で巨大な爆発が起き、熱風と爆音が竜人の里に襲いかかる。
森の木々に火がつき、遠くから眺めていた者は爆風に吹き飛ばされた。
「ははははははは!慣れない攻撃に戸惑っているな!まあこんなオモチャにやられるなら、お前はしょせんそれまでだ。
私はやるべきことがあるんで、これで失礼させてもらおう。」
魔人は踵を返し、宙に舞い上がってトリスの家に向かう。
しかし背後に殺気を感じ、反射的に身を逸らした。
すると魔人のすぐ横を光の刃が駆け抜けていき、地面にぶつかって大地を切り裂いた。
「これは・・・ウェインの光刃・・・。まだ反撃する力があったか。」
光の刃は嵐のように降り注ぎ、魔人の身体を切り裂こうとする。
「甘い!こんなものは喰らわんぞ!」
剣のような爪が、鋭い鞭に変化する。それは蛇のようにしなり、迫りくる光の刃を弾き返していった。
しかしロボットの方はガトリングガンで迎撃するも、あっさりと細切れにされてしまった。
「ちッ・・・。しょせんは機械のオモチャか。攻撃はいいが防御がザルだな。」
魔人は悪態をついてロボットを蹴り飛ばし、魔力を高めて上空を睨む。
すると爆発の煙の中から、異形の姿に変化したウェインが現れた。
まるで竜と人が混ざったような顔、そして膨らんだ筋肉に、鱗を纏った硬い皮膚。
「ウェイン・・・本気になったか・・・。」
ウェインは煙の中から舞い降り、大剣に黄金の光を纏わせて魔人に向けた。
「魔人よ、お前の狙いは何だ?何の用があって竜人の里に現れた?」
二人の間に荒野のような乾いた風が吹き抜け、殺気がぶつかって緊張感が高まっていく。
「ふふふ・・・。敵にそれを尋ねられて、分かりましたと答える馬鹿がいると思うか?」
魔人は肩を竦め、お手上げのジェスチャーで苦笑いする。
「・・・何となくだが、想像はついている。この里に眠る竜王の石像が狙いだろう?
あれは今でも大きな気を宿しているから、それを利用してお前の本体を地獄から復活させるつもりなんだろう?」
魔人は何も答えず、高い鼻をポリポリと掻いた。
「お前がこだわりを持っているのは、この世界だけだ。だから異界で力を蓄え、再びこっちに戻ってきた。
本来の目的である、この世界を地獄に変える使命の為に!」
ウェインの声は高らかに響き渡る。魔人は口元を押さえてクスクスと笑い、「そうだよ」と頷く。
「異界は面白い場所だが、精神的、霊的な価値は低い。私はあんな児戯に等しい世界に用はない。
だから・・・やはりこの世界だ。この世界こそを地獄に変え、我が主、魔王の復活を叶えてみせる!
その為には・・・ウェインよ、やはりお前は邪魔になる存在だ。
一年越しの決着、ここで着けさせてもらおうか!」
魔人の顔が鬼神のように凶悪に歪み、黒い身体がミチミチと音を立てて筋骨隆々となっていく。
そして禍々しい黒い息を吐き、目を紫に輝かせて雄叫びを上げた。
「ウェインよ・・・おそらくこれが俺の最後の戦いとなる。
もしここでお前に討たれれば、もう後はないからな・・・。
だから・・・この魂を懸けて貴様を殺す!」
魔人の邪気が一気に膨らみ、大気を揺らして振動する。あまりの邪気に森の鳥達が逃げていき、川の魚も狂ったように恐怖に怯える。
ウェインは黄金の光で身体をつつみ、ガチャリと剣を鳴らして刃を立てた。
「望むところだ。今日ここで、お前を跡かたも無く消し去ってやる!行くぞ!」
「来い!嬲り殺してやる!」
ウェインの放った光の刃と、魔人の放った黒い炎弾が激突し、ミサイルの乱射よりも凄まじい爆発が起こる。
大地は地震のように揺れ、大気に舞う原始の精霊が怯えて逃げていく。
二人は激しい爆炎に飛び込み、剣と拳を交差させて激闘を繰り広げる。
ウェインの鋭い一太刀と、魔人の黒い稲妻がぶつかって火花が上がる。
しかし両者は退かない。さらに前に出て一撃必殺の攻撃を繰り出し、目にも止まらぬ速さで攻防を続ける。
そして一瞬の隙をついて、ウェインの剣が魔人の腕を斬り落とした。
「ぬうう・・・・前より鋭くなっているな。ならば!」
魔人は呪いの吐息を吹きかけ、ウェインの目をくらます。
そして再び奈落の穴を呼び出し、得意の召喚術を唱えた。
「来い、、魔獣と竜のゾンビよ!憎き竜人を噛み砕けえい!」
奈落の穴からドロドロに腐敗したケルベロスと竜が現れ、おぞましい叫び声を上げてウェインを睨みつけた。
「ドラゴンゾンビと、ケルベロスのゾンビか・・・。お前にはお似合いの召喚獣だな。」
ウェインは皮肉交じりに笑う。
「何とでも言え。こちつらはゾンビでありながら、高い戦闘力と素早い動きを持っている。
いくらお前でも、私の相手をしながら完全に捌くことは無理だ!」
魔人は身体じゅうから鋭い刃を伸ばし、爪を巨大な鉈に変えていく。
「いくら雑魚を呼び出そうと、俺には通用せん!いくぞ!」
ウィンは大剣を振り上げて二匹のゾンビに挑む。
しかし何かがドラゴンゾンビの頭を撃ち抜き、思わず後ずさった。
「誰だ!」
魔人は目をつり上げて回りを見渡す。すると銃を構えたクレアが、金色の髪を風になびかせて立っていた。
「よくも私の世界を!私の恋人や仲間を・・・・。あんたは許さない。絶対に許さないわ!」
「ああ・・・異界の女か。取るにも足らん愚図が。そんなオモチャで何が出来る?」
「あんたの頭に風穴を開けてやるわ!喰らいなさい!」
クレアは引き金に指を掛け、銃弾の嵐をお見舞いする。しかし魔人は豆鉄砲でもくらったように平気な顔をして立っていた。
「ははははは!なんだそれは?ろくに魔法も使えんから、そんなオモチャに頼ることになる!」
「そんな・・・・・。」
クレアは銃を握ったまま後ずさる。すると遅れてきたケイトがクレアの腕を掴んだ。
「ダメよ!もっと下がっていないと!」
「離して!私は死んだっていいの!何も出来ずに終わるくらいなら、戦って死んだ方がいいのよ!」
「そんなのダメ!命を捨てるのと、命を懸けて戦うのは違うわ!そんな投げやりじゃ、亡くなったあなたの仲間だって浮かばれない!」
「じゃあどうしろっていうのよ!」
「ふはははははは!なんだこの喜劇は!」
魔人は馬鹿らしそうに笑い、クレアとケイトを睨みつけた。
「くだらんお友達ごっこは見ていられんな。それに・・・そっちのシスターには見覚えがある。
確かウェインと手を組んで私を追い詰めた女だ。」
「そうよ!一年前、ウェインさんと一緒に戦ったシスターよ。
だから今回だって、私も戦う!」
「そうか、なら今ここで戦い、あっさりとと死ぬがいい。」
魔人はケルベロスゾンビの足をたたき、「やれ!」と合図する。
「グウオオオオオオン!」
「きゃあッ!」
「くッ・・・・・。」
腐敗した巨大な牙が、二人を噛み砕こうと迫りくる。
しかしウェインの大剣がそれを受け止め、弾き返していた。
ケルベロスゾンビの巨大な身体が宙を舞い、頭から地面に激突する。
「バースよ、相手を間違えるな!こいつらに構っている暇があったら、俺に挑んで来い!」
「ふふふ、相変わらず正義感の強い奴だ。まあいい。全員嬲り殺してくれるわ!」
魔人と二匹のゾンビが咆哮を上げて襲いかかってくる。
「俺から離れるなよ!」
ウェインは大剣を一閃して敵の攻撃を全て受け止める。
のどかな竜人の里の静寂を切り裂き、ウェインと魔人の力がぶつかりあった。

竜人戦記 番外編 クロスワールド(5)

  • 2014.01.11 Saturday
  • 19:47
 「不思議な世界ね、ここは。」
美しい金色の髪をかきあげながら、窓の外へ目をやる女性。
彼女の名前はクレア。
異界からの来訪者だ。
「あ、あの・・・。」
ウェインにすすめられてここへ来たものの、何を話していいか分からない。
あんなに聞きたいことがあったはずなのに。
ケイトの頭の中はすっかり真っ白になってしまっていた。
「どうしてあなたの方が緊張しているの?」
クレアが可笑しそうに言う。
「あ、はい!ごめんなさい・・・。」
里の離れにある小さな小屋に、先ほどまでトリスとウェインに質問を受けていた異界からの来訪者三人がいた。
武器になるものは全てとりあげられていて、お互いの意思をはかる翻訳機械だけが彼女達に携行を許可されていた。
部屋の隅の椅子に二人の男が憮然と腰掛けている。
一人はケイトを見据えるように、もう一人は宙に視線をさまよわせながら。
「でも呑気なものよね。
今ここで私達があなたを人質にして立て篭もったらどうするつもりなのかしら?」
そう言ってクレアはケイトに近づいて来る。
「その心配はありません。
だって・・・、今のあなた達からは邪悪な気は感じられませんから。」
ケイトがそう言うと、椅子に座っていた筋肉質で大柄な男、コルドが笑った。
「ははは、あんたらお得意の魔法ってやつか。
まったく泣けてくるね。
こんなろくに文明も発達していないような世界の猿どもにとっ捕まるとは。
おまけに魔法だの竜人だの、まるでお伽話だなこりゃ。」
するともう一人の男、細身で長身のベインが口を開いた。
「よせよ。そういう言い方は。」
「ふん!よくそんな冷静でいられるな。
なあ隊長!そいつを人質にとって武器を取り返そう。
こっちは一刻の猶予もねえんだ。
ぐずぐずしてると・・・。」
「分かってるわ。
でも今は無理よ。
見たでしょ、あのウェインという男の強さを。
例えを武器があっても同じ目に遭うだけよ。」
クレアにそう言われ、コルドはむっつりと黙ってしまった。
「ごめんなさい、気を悪くしないでね。」
「ああ、いえ、そんな・・・。」
ケイトはうつむき、床に目をやりながら尋ねた。
「あの、クレアさん達の世界は・・・、」
「クレアでいいわ。」
あ、はい。
そのクレアの世界の話だけど、さっき聞いたことが本当なら・・・。」
「本当なら?」
ケイトは一度唇を噛みしめ、ここへ来てからクレアに聞かされた話を思い出していた。
やはりウェインの言った通り、彼女達の世界は魔物に侵略をうけていた。
それもこの世界の魔物に。
彼女達の世界はケイト達のいる世界より遥かに文明が発達した世界であり、月まで乗り物を飛ばしたり、夜でも昼間のように世界を明るく照らすことが出来るという。
ケイトには想像もつかない世界だが、彼女達からするとこの世界の魔法だの魔物だのの方が理解出来ないそうである。
なんでも、彼女達の世界ではそういうことはお伽話や創作の世界の話であり、実在するなど有り得ないからだそうである。
しかし、その有り得ないはずの魔物がその世界を侵略してきた。
当初、彼女達の世界の軍隊は魔物に対して応戦したそうである。
優れた文明の強力な武器は瞬く間に魔物達を制圧していった。
しかし、あともう少しで魔物を殲滅出来るという所で、思わぬ事態がおこった。
なんと、一部の国の指導者達がその武器を魔物ではなく人間に向け始めたそうなのである。
予想外のことに彼女達の世界の軍隊は混乱をおこし、また次第に数を増やし始めた魔物も猛攻をしかけてきた。
クレア達のいる国はその世界でも有数の大国であり、他の同盟国とともに反乱をおこした国を鎮圧し、攻め来る魔物達を撃退していった。
しかしである、今度は同盟国の指導者がまたもや反乱をおこし、ついにはクレアの国の指導者の一部までもが同族に武器を向け始めた。
あまりの異様な展開に、世界はますます混乱をきたし、もはや魔物と人間同士の争いという泥沼状態になってしまったという。
そんな戦いが半年も過ぎたころ、彼女鯛の世界の科学者と呼ばれる人達が魔物が出現してきている場所の存在をつきとめ、詳しく調査したところどうやらこの向こうにもう一つ世界があるとわかったという。
そしてその世界にこそこの異常な事態を静める鍵があるのではないかと思い、まず斥候としてクレア達が送り込まれたそうだ。
にわかには信じ難い話だが、現に異世界の人間がこうして目の前に立っている。
ケイトは立ち上がってクレアの目を見てこう言った。
「あなた達の世界をそんな風にしてしまったのはこの世界の魔物です。
だから私達にも、その・・・、あなた達の世界を助けるのに協力させて下さい。」
そう言うと三人はお互いを見回し、そしてコルドが大笑いした。
「何を協力するってんだよ、ええ?俺達はあんたらの世界から来た化け物のせいで滅びかけてるんだぜ。
偽善者面するんじゃねえよ!」
「いえ、私はそんなつもりじゃなくて・・・・、」
ケイトがそう言いかけた時、突然部屋の中に恐ろしい邪気が立ちこめた。
「な、何・・・?この邪悪な気は?」
ケイトは立ち上がって胸に手を当てた。部屋を満たす邪気はさらに強くなり、吐き気を催すほど頭がクラクラしてきた。
「・・・これは・・・この感じは・・・・。」
「大丈夫?どうかしたの?」
「・・・もしかして、あなた達は感じないの?この邪悪な気配を・・・。」
「・・・何のことか分からないわ。でも気分が悪いならとにかく横になりなさい、ほら。」
クレアは膝をつき、ケイトの肩に手を回す。しかしその時だった!黒い影が頭上を駆け抜け、ケイトは思わず目を瞑った。
「今のは何!」
クレアは立ち上がって拳を構える。そして部屋の中を見渡して、口を覆って絶句した。
「そ、そんな・・・。コルド!ベイン!」
二人の首からは血が流れていて、白目を剥いて絶命していた。クレアは恐怖に固まり、じりじりと後ずさる。
しかし突然ケイトが飛びかかってきて、思い切り床に倒れ込んだ。
「危ない!」
黒い影はまた頭上を駆け抜け、「あはははははは!」と不気味な笑い声を響かせた。
そして窓を割り、風を巻き起こしてどこかへと飛び去っていった。
「い・・・今のは・・・間違いない!あいつだわ!」
ケイトは弾かれたように立ち上がり、ドアを開けて外へ駆け出した。そしてキョロキョロと辺りを見渡し、あの黒い影を探した。
「・・・いない・・・。どこへ行ったの?」
部屋から飛び出していった黒い影、それはケイトがよく知る恐ろしいあの敵だった。
「・・・魔人・・・。どうしてここに・・・。」
胸に手を当てて唾を飲み、恐怖と驚きで思わず力が抜けた。すると後ろからクレアに支えられ、「今のは何?」と顔を近づけてきた。
「あれは魔人・・・。あなた達の世界を無茶苦茶にしている張本人よ。」
「今のが・・・・。」
クレアは青い瞳で黒い影が飛び去った方を見つめ、ギリっと歯を食いしばった。
「じゃあ、あいつを倒せば何もかも解決ってことよね・・・?」
「そうだけど・・・でもあなたじゃ魔人を倒すのは無理よ!ウェインさんじゃないと。」
「あの竜人さん・・・?」
「そうよ。私達の世界も、一年前に魔人の脅威に晒されたの。でもウェインさんや、心強い仲間のおかでげ、何とか地獄に封じ込める
ことが出来た・・・。」
「・・・・地獄に・・・。なら、どうして私達の世界に魔人が現れたの?今は地獄にいるんでしょう?」
「分からない・・・。でも、今はとにかくウェインさんに知らせないと!」
ケイトはクレアの肩を掴んで立ち上がり、トリスの家に向かった。心臓がバクバクと鳴り響くのを感じ、息を切らせて走っていく。
「魔人・・・。そいつのせいで・・・私達の世界は・・・。」
クレアは仲間が殺された小屋を見つめ、そしてケイトの方を振り返った。言いようの無い怒りが湧き上がり、青い瞳を揺らして立ち上がる。
「許さない・・・許さないわ・・・。あいつのせいで・・・私の恋人や仲間は・・・。」
憎しみと怒りが身体を満たし、クレアは全力で駆け出した。そしてすぐにケイトに追いつき、横に並んで言った。
「私も戦うわ!ここで魔人を倒せば、私の世界は元の姿に戻れる!」
ケイトはクレアを見つめ、彼女の目に強い決意が宿っているのを感じた。そして強く頷き、長い金髪を揺らしてひたすら走って行った。
しかし石につまづいて転び、坂道をゴロゴロと転がっていった。
「ケイト!」
クレアはケイトに駆け寄り、肩を抱き起こして「大丈夫?」と心配そうな目を向ける。
「ご、ごめん・・・。私ってドジだから・・・。」
苦笑いを見せて擦りむいた肘を押さえ、何とか立ち上がる。
「痛たたた・・・。転んでる場合じゃないのに・・・・。」
そう言って顔をしかめた時、遠くの方で凄まじい雷鳴が鳴り響いた。まるで落雷のように空が明るくなり、僅かに地面が揺れる。
「これは・・・ウェインさんの稲妻!」
ケイトとクレアは息を飲んで稲妻を見つめる。すると、黒い影と戦っている一人の剣士が見えた。
「ウェインさん・・・魔人と戦っている・・・。」
突如現れた魔人。そして大剣を振って戦うウェイン。
一年前の激しい戦いの記憶が蘇り、ケイトはギュッと拳を握って走り出した。
 

竜人戦記 番外編 クロスワールド(4)

  • 2013.03.09 Saturday
  • 00:01
 曇りかけてきた空を眺め、ケイトはため息をついた。
心の中には言い様のない不安が立ち込め、気づかないうちにまたため息をついていた。
あの異界の者達。
ウェインが倒し、いや、制圧したと言った方が正しいのか。
三人いたその者達をすぐさまトリスの元へと連れていった。
男二人に女が一人。
確か、男達のほうはコルドとベインという名前だった。
筋肉質で大柄、赤髪のいかつい顔をした方がコルド。
細身で長身、切れ長の黒い髪の方がベインだったはずだ。
しかしケイトにとってはこの二人のことは正直どうでもよかった。
一番気になっていたのは・・・・・、そう、マリーンに似たあの女性。
名前はクレアといっていた。
輝くような金色の髪に、透き通るような白い肌。
そして何よりも印象的で力強い青い瞳。
見れば見るほどマリーンにそっくりだった。
ただ耳は長くないので、エルフではなく人間なのだろう。
ケイトは彼女のことが気になって仕方なかった。
今彼女達はトリスの家で質問を受けているはずだ。
ウェインもそれに立ち会っている。
だんだんと空の雲が厚くなってきて、ケイトが三度目のため息をつこうとした時、ウェインが後ろから声をかけてきた。
「あんたは何かあるとこの小川のそばに来るな。」
ケイトはウェインに振り返らず、ただ小川に視線をやっていた。
「落ち着くんです。川を眺めていると。
山間のこういう場所で生まれましたから。」
ウェインは僅かに微笑むと、ケイトの隣に腰を下ろした。
「あいつらの話だがな、まあ・・・、何というか・・・。」
ケイトは顔を上げてウェインを見た。
彼がこんな風に言いよどむなんて珍しいことだったからだ。
ケイトが目で先を促すと、ウェインは続きを話し始めた。
「奴等のいる世界が、未知の生物に侵略を受けているらしい。」
「未知の生物に・・・、侵略・・・?」
ウェインは頷くと、「魔物さ。」と呟いた。
「この世界にいる、俺達が魔物と呼んでいる者たち。
それがどういうわけか向こうの世界に現れているらしい。」
「え!?どういうことですか!?」
ウェインはケイトと同じようにため息をつくと、重々しく口を開いた。
「どうやら魔人が関係しているらしい。」
それをきいた途端、ケイトは川の中へ転げ落ちそうになった。
ウェインが法衣のフードを掴んで引き戻す。
「な・・・、な・・・、まじ・・・、まじ・・・、魔人ーーーーーーーッ!!!?」
開いた口が塞がらず、目はこれ以上ないくらい大きく見開かれたケイトの顔を見て、ウェインは笑った。
「予想通りの反応だ。」
「な、何を冷静に言ってるんですか!
魔人ですよ!
あの・・・、私達が命懸けで地獄に封印した・・・、あの・・・。」
「わかってる。」
ウェインはぽんとケイトの頭に手をのせた。
「俺も奴等の口からきいた時は耳を疑ったよ。
しかしどう考えても、奴等が言う未知の生物の総大将の特徴が魔人バースそのものなんだ。」
「そ、そんな・・・、どうして・・・。」
先ほどとはうって変わって、ケイトは全身の力が抜けてその場に座り込んでしまった。
「魔人が・・・。」
放心状態のケイトの顔を覗き込み、「大丈夫か?」とウェインが問いかける。
しばしそのままの状態であったケイトは、やがて立ち上がって小川のすぐ近くでしゃがみこんだ。
唇を震わせながら固く拳を握り締めて目を閉じる彼女の肩に、ウェインはそっと手を置いた。「そんなに思いつめた顔をするな。
人の話は最後まできくべきだ。」
「・・・、どういうことですか?」
泣きそうな顔をしたケイトに、ウェインは続きを話した。
「魔人といっても本体じゃない。」
「本体・・・?」
「ああ。奴は今地獄に押し込められているはずだからな。
もう一度地獄の門を開かないかぎりそこから出ては来れないさ。」
「じゃあ異界に現れた魔人は一体・・・?」
真剣な目で見つめるケイトに、軽く笑みを返しながらウェインは答えた。
「今異界にいる魔人は、いわば影のようなものさ。」
「影・・・・・ですか・・・?」
「ああ。どういうわけか、魔人は異界というものの存在に気づいていたらしい。
だから、もし自分に何かあった時の為に保険をかけてかけておいたのさ。
別の世界に自分の分身を送ることによってな。」
「そんなことが・・・・・。」
そんなことが出来るのかと問おうとしたケイトであったが、その言葉を飲み込んだ。
あの魔人のことだ。
こちらの想像を遥かに超えることをしていてもおかしくない。
「それで・・・?」
ケイトが先を促すと、ウェインは曇り空を見つめながら言った。
「過去に竜と悪魔の大戦があったことは知っているな?」
ケイトは強く頷いた。
「もちろんです。
その大戦によって竜と悪魔はこの世界からいなくなってしまったんですから。
そしてその後に残されたのが、ウェインさんと魔人でしょう?」
「そうだ。
竜の力を受け継いだのが、竜人である俺。
悪魔の力を受け継いだのが魔人だ。」
ケイトは膝を抱え、小川に視線を落とした。
「でも、そのことが何か関係があるんですか?
この世界ではウェインさんと魔人の戦いは決着がついたんですよ。
どうして今更そんな話を?」
ウェインは大きくため息をつくと、ケイトと同じように小川に視線を落とした。
「あんたの言うとおり、この世界では俺と魔人の決着はついた。
しかしだ、俺達の戦いの発端は一体何だったのかということさ。」
急な質問に、ケイトは首を傾げた。
ウェインと魔人の戦いの発端。
「魔人が地獄の門を開くのを阻止する為ってことだったはずです。」
「そうだな。
しかしそれは、俺が魔人と戦う理由の一つであって、・・・・・。
そうだな、なぜ俺と魔人が生み出されたのかを考えてみるといい。」
その言葉にまた首を傾げながら、ケイトは自分の記憶を辿っていった。
この二人が生み出された理由。
魔人は地獄の門を開こうとしていた。
なぜか?
この世を地獄に変える為である。
そしてウェインはその野望を阻止する為に竜が生み出した存在。
一体それ以上の何があるというのだろう?
深く考え込んでしまったケイトに、ウェインがヒントを出した。
「代理人さ。」
「代理人?」
何を言っているのかわからず詳しい説明を求めようとした時、ケイトの頭にある言葉が閃いた。
「代理人・・・って、もしかして・・・、代理戦争・・・?」
「ああ、その通りだ。」
ウェインは笑って頷いた。
「地獄の門を開き、この世を地獄に変えたいというのは魔人の存在理由でしかない。
それを阻止する為に生まれた俺もまた、その為だけの存在だ。
なら、俺達二人の背後にいるのは一体何者なのか?
もうわかるだろう。」
そこまで言われて、ケイトは自分の中に芽生えた考えに確信を持った。
「竜と悪魔ですね。」
「正解だ。
あんたも随分と物分りがよくなった。」
「もう、人を馬鹿みたいに言わないで下さい。」
頬を膨らませたケイトを見て、ウェインは軽く笑った。
「竜も悪魔のこの世界からはいなくなった。
しかし、だからといってその魂が消滅したわけではない。
あくまで肉体が滅んだだけであって、魂は別の世界で存在している。」
「・・・、悪魔は地獄ですよね?」
「そうだ。」
「じゃあ竜は・・・?」
ウェインはケイトを見て大きくため息をついた。
「さっきの言葉は訂正しよう。
やはりあんたは以前と変わっていない。」
「何がですか?」
「物分りが悪いってことさ。」
「もう、ウェインさん!」
また頬を膨らませて怒るケイトを見て、ウェインは可笑しそうに笑っていた。
「今は真剣な話をしているのにからかわないで下さい。」
頬を膨らませたままそっぽを向いてしまったケイトであったが、以前のウェインならこんな冗談を言うなど考えられなかった。
そう思うと僅かに笑みがこぼれるケイトであったが、そのことを悟られまいと表情を引き締めてからウェインに向き直った。
「それで、竜の魂は今どこにいるんですか?」
そう尋ねると、ウェインは空を指差した。
「空・・・・・、ああッ!
もしかして、天界ですか?」
ウェインは頷いた。
「竜とは元々この世界の秩序の番人のようなものだ。
そして大きな力を持っている。
肉体を失い、魂だけになった竜達を天界の神々が放っておくはずがないだろう。
竜は今でもこの世界を見つめ続けている。」
ケイトは空を見上げた。
遥か空の上からこの世を見守り続けている竜達。
そっと手を握り、祈りを捧げた。
「まだ竜と悪魔の戦いは終わっていない。
完全に悪魔の力を持った存在をこの世から消し去るまではな。」
そう言ってウェインは立ち上がり、大きく深呼吸をした。
「この世は無数にある。
異界という形で各々の世界は区切られているが、それでも根っこは一緒だ。」
ケイトも立ち上がり、空を見上げた。
「根っこは一緒。」
「そうだ。
俺達がいるのはトリスに言わせると物質界というのだそうだ。」
「何ですか、それは?」
「分かり易く言うならば、肉体を持つ者達がいる世界だ。
この世界にはこの世界の理がある。
まあ低級な悪霊なんかは肉体を持たずにこの世界にとどまることも出来るそうだが、大きな力を持つ者は肉体無しにはこの世界には存在することが出来ないらしい。」
「だから肉体を失った竜達は天界に行ったんですね。」
「ああ。しかし・・・・・、天界と地獄はそれぞれ一つずつしかないそうだ。」
ケイトは僅かに驚いてウェインを見た。
「そうなんですか?
でもどうして?
この世・・・、物質界ですか?
それは異界という形でたくさん存在しているんでしょう?」
「だからさっき言ったとおりさ。」
ケイトは首を傾げた。
「根っこは一緒。
それは魂の世界のことさ。
天界も地獄も、元々は同じ場所だったそうだ。
魂が集う黄泉の国というな。」
「黄泉の国・・・・・。」
ウェインは踵を返すとゆっくりと歩き始めた。
ケイトもその後をついて歩く。
「天界も地獄も一つだけ。
それは物質界の根源だ。
ならそこに住まう者達なら、なんらかの形で異界に接触することも可能というわけだ。
魔人はそのことを知っていたから、俺達に敗れ去る前になんらかの手を打っていたんだろうな。」
ケイトは竜を象った首飾りに手を当てた。
いくらこの世界で悪を倒そうとも、地獄が存在する限りは根本的に悪魔や魔人を滅ぼすことは出来ない。
ウェインの話をきいて、そう確信を抱いていた。
「ウェインさん・・・・・、私達の世界には・・・、いえ、この世には本当の平和っていつになったら訪れるんですかね?
私達が戦うことに意味なんて・・・。」
ケイトが言い終える前に、ウェインは口を開いた。
「気になっているんだろう?」
いきなり言われてケイトは小首を傾げた。
「あの異界の者達。
特にクレアという女が。」
見透かされていたのが恥ずかしくて、ケイトは顔を逸らした。
「似ているな。
俺達と一緒に戦ったあのエルフに。」
「はい・・・・・。」
ケイトはマリーンの顔を思い出していた。
「行って来たらどうだ?
うじうじ悩むのはあんたらしくない。
物分りが悪くとも、素直に自分の心に向き合うのがあんたのいいところだ。」
ケイトは今まで一番大きく頬を膨らませた。
「もう!ほんとに怒りますよ!
さっきからからかってばっかり。」
「もう怒っているように見えるがな。」
そう言うと、ウェインは背中を向けて軽く手を振りながら去って行った。
ケイトはウェインの背中を見ながら、自分の心の中にあるもやもやしたものを大きな息とともに吐き出した。
確かにウェインの言うとおりだ。
うじうじ悩んでいても仕方がない。
あのクレアという女性に会って話をしてみよう。
何を話すかなんて決めていないけど、ウェインの言ったように自分の心に正直でいるのが取得であることはわかっている。
彼女が気になる。
マリーンに似た、あの異界のクレアという女性が。
ケイトは雲の間から差し込んだ細い光を見上げ、天からこの世界を見守っているであろう竜達にもう一度祈りを捧げた。


竜人戦記 番外編 クロス・ワールド(3)

  • 2012.11.03 Saturday
  • 20:09
異界と繋がるという空間のひずみ。
ウェイン達がいる世界は今、異界の異変による影響を受けている。
その影響が具体化している一つが今目の前にある空間のひずみだ。
「ウェインさん・・・。」
ケイトは不安そうな面持ちで前にあるものを見つめている。
「俺の後ろにいろ。」
ウェインが大剣を構えて一歩前に出る。
ケイトは首飾りを強く握って空間のひずみを凝視する。
いや、正確には空間のひずみから出て来ようとしている何かを凝視しているのだ。
「あれは・・・・・、人?」
ひずみからは赤黒い何かに身を包んだ人型のような者が三体現れた。
頭にはおかしな面のような物をつけており、出てきたそれらは辺りを警戒するようにキョロキョロと見回している。
お互いに何か言葉のようなものを交わし、前に歩みだそうとしたときにこちらに気づいたようだ。
そしてケイトは今になって気づいたのだが、三体とも手に何かを持っている。
見たことも無い形をした、鉄でできた筒のような物。
あれが何かはケイトにはわからない。
しかし、確実に良くない物であることは直感で感じていた。
異界から現れた人型のような者は、その鉄の筒をこちらに向けて何やら叫んでいる。
「ウェインさん・・・。」
身を乗り出そうとするケイトをウェインは押し戻した。
「ここから動くな。」
そう言ってウェインはまた一歩前に出る。
異界の者達が何やら叫ぶが、何を言っているのか言葉が理解出来ない。
真ん中の者がお面の横側をしきりにいじっている。
一体何をしているのかはケイトにはわからなかったが、何やら焦っている感じは伝わってきた。
「何者だ?答えろ。」
ウェインが鋭い目で相手を威嚇した。
異界の者達はお互いに目配せをすると頷き、そして鉄の筒をウェインに向けた。
「あれは・・・!」
ケイトは短く叫んだ。
異界の者達の敵意が増している。
それと同時に鉄の筒の先が光り、そして・・・・・。
「きゃあっ!!」
何かが鉄の筒から飛んできた。
ケイトはウェインの後ろで身を硬くした。
次の瞬間に、ケイト達の横に生えていた木が衝撃音とともになぎ倒されていた。
「ウェインさん!」
ウェインは大剣を体の前を覆うように構えており、刀身からは煙が上がっていた。
「どうやらやるつもりのようだな。」
そう呟いたウェインは地面を蹴って異界の者達に素早く距離を詰めて行く。
ウェインに向けられた鉄の筒がまた光り、そこからはじき出された何かをウェインは大剣の一閃で叩き落した。
異界の者達が慌てたように何かを叫んでいる。
真ん中にいた者が横の二体に指示のようなものをだして、迫り来るウェインを取り囲むようなかたちになった。
膠着するウェインと異界の者達。
ウェインは力を抜いたようにだらりと剣を下げると、取り囲んでいた異界の者達は一瞬ひるんだ。
彼はその隙を見逃さず、真上へ大きく飛び上がった。
異界の者達は慌てて鉄の筒を上に向け、また何かを打ち出した。
それは凄まじい速さで、ケイトでは目で追うことさえできない。
しかしウェインにはそれが見えているようで、空中で大剣を竜巻のように旋回させると鉄の筒から打ち出された物を弾き飛ばした。
そして彼は右手を真下に向け、その手の平に光が集まっていく。
「フンッ!!」
ウェインの手から放たれた光の玉は地面に当たって炸裂し、凄まじい衝撃が異界の者達を襲った。
パニックになっている異界の者の一人がウェインを探すようにキョロキョロと辺りを見回す。
ウェインはその者の背後に立っていた。
異界の者はそのことに気づいたが、鉄の筒を向けようとしたところをウェインに殴り倒された。
残る二体が鉄の筒を向けて攻撃するが、ウェインは素早くしゃがんで一気に距離をつめた。
残る二体の異界の者は下りながら迎撃しようとするが間に合わず、ウェインは右側に立っていた異界の者を蹴り飛ばした。
ウェインに攻撃された異界の者二体は完全に気を失っており、彼は残る一体に刃を向けた。
すると残った異界の者は鉄の筒を地面に捨て、手を頭の後ろに組んで降参のポーズをした。
ウェインは近寄り、大剣の切っ先を異界の者の首筋に当てて言った。
「お前達は何者だ?
何の目的があってこの世界へ来た?」
異界の者が何か喋っているが、聞いたことのない言葉でウェインもケイトも内容が聞き取れない。
「言葉が通じないか・・・。」
ウェインは眉間に皺を寄せて舌打ちをした。
「ウェインさん・・・、大丈夫ですか?」
戦いを見守っていたケイトが心配そうに尋ねる。
「ああ、しかし言葉が通じないのではどうしようもないな。
全員縛り上げてトリスのもとへ連れて行くか。」
そんな乱暴なとケイトは思ったが、確かにそれ以外に異界の者達をどうすることも出来ないので頷いた。
「ケイト、こいつで木のツルでもでも切って持って来てくれ。
こいつらを縛る。」
そういってウェインは鞘に入った小刀を腰から外し、ケイトに渡そうとした。
その時、ウェインに剣を突きつけられている異界の者が言葉を放った。
「・・・・・・、通じているか?」
ウェインとケイトは驚いてその者を見た。
異界の者はしきりにお面の横にある何かをいじっていた。
「・・・通じているか?私の言葉は・・・。」
ウェインは渡そうとしていた小刀をケイトに放り投げると、険しい顔でこたえた。
「ああ、この世界の言葉がわかるのか?」
ウェインの問いに異界の者は頷き、続けて言った。
「すまない。
私達はあなた方の敵ではない。
危害を加えるつもりはないのでどうかその剣を下ろしてほしい。」
それを聞いたウェインは皮肉な笑顔を見せてこたえた。
「危害を加えるつもりがないだと?
笑わせるな。
先に仕掛けてきたのはそっちだろう。」
そういって大剣を持つ手に力を込めた。
「それは・・・、すまない。
ただ私達は任務を遂行しようとしていただけだ。
攻撃を加えたのは成り行きだった。
どうか許してほしい。」
任務?
任務とは何だ?
ケイトの頭に疑問が浮かんだ。
「色々と訊かなければいけないことがありそうだな。」
ウェインはそう言うと、相手の首筋に当てていた大剣を素早く上に持ち上げた。
「きゃあッ!!」
異界の者の首が宙に飛び、ケイトは思わず目を覆った。
「ウェインさん!許しを乞う相手を殺すなんて・・・。」
ケイトがそう叫ぶと、ウェインはふんと鼻を鳴らした。
「馬鹿が。よく見ろ。」
そう言って顎で異界の者の方をしゃくる。
ケイトは恐る恐るそちらを見た。
「え?・・・あれ!?」
飛んだと思った異界の者の首は繋がっていた。
首を飛ばしたわけではなかったのだと、ケイトは安心した。
いや、それより・・・・・。
「に、人間ですか・・・・・?」
ウェインが大剣できり飛ばした異界の者の頭を指した。
「あれは・・・、付けていた面・・・?」
ウェインは頷くと、大剣を背中に戻した。
「こいつらが俺達の世界でいうところの人間であることはすぐにわかった。
発している気が同じだからな。
というより、今まで気づかなかったあんたの方がどうかしている。
やはり、一人前のシスターにはまだほど遠いか・・・。」
ため息交じりにそう言われて少し腹を立てたケイトだったが、確かにウェインの言う通りケイトは相手が人間であると見抜くことは出来なかった。
「奇妙な服装と面、そしてこれまた奇妙な武器。
そんな外見に惑わされて、こいつらが人間であるとわからなかったんだろう?
しっかりと相手の気を感じていれば、今のあんたなら十分見抜けただろうに。」
「す、すいません・・・。」
なぜ怒られなければならないのかと、ケイトは少し口を尖らせた。
「もう危険はないだろう。
戦っても勝てないとわかっているようだからな。」
それを聞いてケイトは少し近寄って、異界から来た人間の顔をまじまじと見つめた。
金色の長い髪に青みがかった瞳。
整った美しい顔をして、透き通るような白い肌をしていた。
目はやや釣り上がっており、それが気が強そうな印象を与えるが、厚めの唇は優しさを感じさせるものだった。
間違いなく女性であると思われるその顔を、ケイトはじっと見つめた。
誰かに似ている。
誰だろうとケイトは記憶を探り、もう少しで出てきそうな時にウェインが言葉を発した。
「ケイト、ぼけっとしていないで木のツルを切ってこい。
そこに寝転がってる二人も一緒に縛り上げて、トリスのもとに連れて行く。」
「・・・はい。」
ウェインの言葉に記憶の捜索を中断し、ケイトは小刀を持って手ごろなツルを探し始めた。
誰だ?
誰に似ているんだろう?
木のツルを切りながら、ケイトは記憶を探り、そして思い当たる人物が浮かんだ。
そうだ、彼女に似ているのだ。
かつてウェインやケイトと一緒に魔人を討伐しにいった仲間。
ダークエルフとなった妹を捜すために旅をしていた、凛としていて優しく、とても美しい女性。
ケイトがまた必ず会いたいと願う友人。
そう、エルフのマリーンに似ているのだった。



                           続く

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