稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第一部最終話 社長の憂鬱(2)

  • 2018.09.05 Wednesday
  • 11:02

JUGEMテーマ:自作小説

《拝啓 トヨウケヒメ様 そちらの世界はいかがでしょうか?
人間たちは高いビルを建て、多くの店を並べ、多様な品を売り、飽くことのない欲望と退屈を貪っている事と思います。
そちらの世界にある多くの物は、人が生きていく上で必要のない物であり、それを自覚しながらも自らの手では止められないほどの愚かさに、辟易としておられるかもしれません。
人は根本が欲深く、飢えと渇きに満ちた哀れな生き物です。
貴女にとってはさぞ穢れた世界に見えることでしょう。
しかし私は元が妖怪ということもあり、そんな人間社会にどこか居心地の良さを感じております。
早く刑期を終え、そちらの世界に戻りたいと願っている毎日です。
地獄に幽閉されるのは苦痛です。
拷問はなんてことありません。
鬼の金棒も死霊の呪いも煮えたぎる血の釜も、私にとっては屁のつっぱりです。
この前など、いくら叩いても平然とする私に腹を立てた鬼が、辱めを与えようとしてきましたので、玉と竿をねじ切ってやりました。
鬼は赤子のように泣き喚き、今は下僕としてコキ使っております。
拷問も折檻も苦痛ではありません。
辛いのは退屈です。
頭の悪い鬼どもを買収し、豪邸を建築させ、賄賂を用いて贅沢品を揃えても、やはり退屈は凌げないものです。
地獄は弱者には恐ろしい場所ですが、強者には延々と温ま湯に浸かっているような、単調で刺激のない世界です。
それは稲荷の・・・・いえ、霊獣の世界も同じこと。
片や安寧と平穏、片や苦痛と退屈、実に単調で刺激のない世界です。
人間社会のような複雑怪奇さは持ち合わせておりません。
私は夢にまで欲することがあります。
あの混沌とした人間社会の、なんとも言いようのない刺激を。
美しく、醜悪で、善と悪が至るところに混在し、全てを一つで推し量ることが出来ない、混沌の極みのようなあの世界の、臭い、空気、痛み、そして快楽を。
つくづく思うのですが、神となった今でも、妖怪であった頃の性根は変わっていないようです。
そう、私は人間に近い性根なのだと、ここへ幽閉されてから自覚しました。
人間社会で暮らす霊獣は多くいますが、私ほどの欲を持った者はそうはいないでしょう。
人を哀れな生き物だと言っておきながら、その哀れさを愛おしいと思い、時に抱きしめたくなるほどです。
貴女にとっては理解でいない感覚でしょう。
古くからこの国の神の一柱であり、まだ人と自然が調和しながら生きていた時代を愛する貴女には、現代の人間社会は我慢ならないものかもしれません。
私が退屈を嫌うように、貴方は何よりも穢れを嫌う方です。
私の代わりに社長の椅子に座ること、さぞ苦痛であると察します。
しかしどうかその椅子を守って下さい。
人の世は欲にまみれています。
ほんの一時の油断が、全てを失う大きな怪我に繋がる場所です。
私の留守中、欲深い人間たちがその椅子を狙わぬよう、どうかよろしくお願いいたします。
特に注意しなければならないのが、カグラの社長である伊藤秀典です。
あの男は人間でありながら、霊獣を従える術を持っております。
そして命を絶つ術も・・・・・。
よもや貴女が命をとられることはないと思いますが、重々にお気をつけ下さい。
部下にも貴女のことを支えるようにと言っております。
社長の椅子に座っている間、どうぞ貴女の手足として使ってやって下さい。
刑期を終え、そちらに戻ったならば、私は今まで以上に働くつもりです。
全ては大いなる夢の為。
人の世の混沌を霊獣の世界にも根付かせれば、私は稲荷の世界においても退屈せずにすみます。
もちろん貴女の領域にご迷惑は掛けません。
仏教の稲荷たちが住まう世界を変えたいだけなのです。
それを成し遂げるには霊獣の密猟が欠かせません。
人と獣を入れ替える為に。
古い友の頼みと思い、どうか最後まで役目を全うして頂きたい。
ではまたお手紙を差し上げます。
貴女の古き友 荼枳尼天より


追伸 伊藤秀典以外にもう一人要注意の敵がいました。性悪な猫神が邪魔をしてくるかと思いますが、鼻であしらってやって下さい。
私がそちらに戻った時にトドメを刺しますので。》

 

     *****


この達筆な文字を読み返すのは何度目だろう。
あの子の代役として社長の椅子に座ってからすぐにこの手紙が届いた。
ダキニは古くからの友達で、彼女たっての頼みとあれば断るわけにはいかなかった。
けど今は後悔している。
ダキニの企む悪行にじゃない。
とことん穢れの深い人間の世界に来てしまったことを。
手紙にもあるけれど、あの子が退屈を嫌うように、私は何よりも穢れが嫌いだ。
私が知っている人の世は遥か昔のこと。
コンクリートの建物なんてどこを探してもなくて、人の欲望もここまで深くはなかった。
あの頃はちょくちょく浮世に来ては、正体を隠して人間と暮らすこともあった。
それがいつしか変わり始めていった。
豊臣秀吉という男が天下を取り、徳川家康という男がそれを奪った。
この頃からお金というものが世の中を支配するようになった。
そして今までにないほどの階級社会となり、現代の社会へと通じる基礎が出来上がったように思う。
私は人にも浮世にも興味を失くし、稲荷の世界から出ることはなくなった。
たま〜にどんなものかと覗くことはあったけど、その穢れっぷりに嫌気がさして、覗き見さえもしなくなっていった。
・・・・正直なところ、ダキニから頼みを受けた時、内心はとても嫌だった。
なんで私があんな穢れた世界にって。
でも彼女が何度も頼むなんて珍しいことだから、今はこうしてカマクラ家具の社長の座に就いている。
・・・・いや、もっと正直に言うと、それだけが理由で頼みを受けたわけじゃない。
私はあの子の夢を応援しているもだ。
もし上手くいけば、この穢れた人間社会も少しは綺麗になるかもしれない。
かつて人と自然が調和していたあの頃。
まったく同じには戻らなくても、少しでもそこに近づくなら・・・・。
手紙をしまい、流れる窓の景色に目を向ける。
ダキニはこの穢れを愛し、私はこの穢れを嫌い、じゃああの猫神はどうなんだろう。
いったいなんの為にこの世界にとどまり、人に味方をしているんだろう。
昔っから変わり者だったけど、どうやら今もまだ変わり者のままらしい。
一つ言えるのは、あの猫神はとても正義感が強いということだ。
ダキニが戻ってくれば、この二人は必ずぶつかる。
その時、大勢の霊獣や人間が巻き添えを食らうだろう。
・・・・いや、考えるのはやめよう。
私はもうすぐ帰るのだ。
汚れのない稲荷の世界へ。
あと三日も我慢すればダキニが戻ってくる。
それで私の役目はおしまい。
それまでどこかに身を隠していた方がいいかもしれない。
じゃないとあの猫神はしつこく追いかけてくるはずだ。
別にビビってるわけじゃないけど、厄介な相手なのは確か。
面倒を引きずるのは勘弁してほしいだけだ。
私は運転手にある場所へ向かうように言った。
高速に乗り、二つ目のインターで降りて、寂れた街に辿り着く。
田舎というわけじゃない。
再開発をしようとして失敗した街だ。
三つの市がお金を出し合い、新しい都市計画をしていたらしいけど、そのうちの一つの市が財政難で降りることになった。
そのせいで開発は中途半端なまま終わってしまって、なんとも奇妙な光景の街が出来上がっていた。
道路は立派だ。
さっきいた街よりも大きく、しかも綺麗だ。
街路樹もよく手入れされてるし、歩道も広く、とにかく道全体が美しい。
大学や高校もある。
どちらも理系の学校で、高校は大学の付属なので、エスカレーターで上がっていく子も多い。
大学の近くには巨大な粒子加速器なるものがあって、実験の為に東京や大阪から偉い学者が来ることもある。
それにサッカーが出来るほどの広さの公園や、巨大な天体望遠鏡を備えた天文台もある。
若手の芸術家を支援する為に格安で借りられる展示場や、あらゆるスポーツ設備を備えた大型の体育館。
ヘリの発着場もあるし、小型の飛行機を飛ばす滑走路まである。
この街には色んな物が揃っている。
なのに家がない。
道路の脇は殺風景なほど家がない。
ポツンとマンションが一棟建っているだけだ。おそらくほとんど人は入っていないだろう。
もう少し走れば山が出てきて、その麓には民家がたくさんある。
でもそこは街の外側。
要するに箱モノだけ揃えて住民がほとんどいないのだ。
これぞまさに開発に失敗した都市という感じがする。
街は整っているのに暮らす人間がいないというのは、どこか不気味だし、それでいて奇妙な魅力がある。
アンバランスなこの街の端っこには、洒落たパスタの専門店があって、私のお気に入りだ。
美味しいというのもあるけど、それ以上に立地が良い。
山へ続く小高い丘の上にあるんだけど、ここからの眺めが最高なのだ。
丘の上から見える光景は、右側が開発に失敗した都市、左側には山が連なり、その向こうには普通の街がある。
形だけは立派なゴーストタウン、手付かずの自然が残る山々、大勢の人間が暮らす街。
三つの景色が一度に見渡せる。
パスタを食べながらそれを眺めていると、昔と今とが時間を超えて共存しているような錯覚がするし、なにより失敗した都市が現代人の滑稽さを物語っているのがいい。
・・・・車に揺られながら目を閉じた。
角度が変わったのが分かる。
店へ続く丘の道を登っているんだろう。
やがてゆっくりと停車して、「到着いたしました」と運転手がドアを開けた。
「・・・・・・・・。」
目を開ければお気に入りの光景がそこに。
安心と不安と奇妙さが一気に押し寄せて、この世の穢れを憂う気分も、三つの感情に封じられていった。
「今日はもう帰っていいわ。」
運転手に伝えると、「お迎えは・・・」と上目遣いに言う。
「タクシーでも使うわ。」
「呼んで頂ければすぐにお迎えに上がりますが・・・・、」
「平気よ。」
財布を取り出し、収まっていた現金を全て渡した。
「あの、これは・・・・、」
「チップよ。」
「・・・・これがチップの額ですか?」
彼の給料の三ヶ月分以上は確実にあるだろう。
お金を握る手が震えていた。
「今日はもういいわ。明日も明後日も・・・迎えに来なくていい。」
「そ、それはどういう・・・・、」
「あ、私がここにいることだけは言わないでね。絶対に誰にも。」
一瞬だけ目を光らせると、小さく悲鳴を上げながら後ずさった。
私はヒラヒラと手を振りながら背中を向ける。
さて、もうあの穢れた会社に戻ることもない。
スウっと気分が晴れやかだ。
もう一度景色を見つめてからお店を振り返る。
ヨーロッパ風のレンガ作りみたいな外観、窓際にはオーナー自作のフェルト人形がたくさん並べられている。
狭い庭にはミニチュアのテーブルと椅子があって、そこにもフェルトで作った妖精みたいな人形が座っていた。
ドアを開けるとカランコロンと鐘が鳴り、「いらっしゃいませ」と控えめな声が響いた。
店内もレンガを積み上げたヨーロッパ風のデザインになっていて、派手すぎす地味すぎず良いセンスだ。
照明はやや薄明かり、窓から入ってくる日差しの方が強い。
夜の営業はしないので、太陽光だけで充分なんだろう。
曇っている時は薄暗いのが難点だけど。
アルバイトらしき女の子が「お一人様ですか?」と尋ねてくる。
見ない顔だ。最近入ったのだろう。
私は「ええ」と頷き、彼女が案内する奥のテーブルを拒否して、窓側の席へ向かった。
今日はそこそこお客がいて、窓側は一つしか空いていない。
静かな方が好みなんだけど、仕方ないなとそのテーブルに腰を下ろした。
「あ・・・・、」
アルバイトの子が困った顔をする。
私は「なに?」と目で尋ねた。
「そこは予約が入っておりまして・・・・、」
「あらそうなの。」
「・・・・・・・・。」
「キノコと旬野菜のクリームパスタ。それとガーリックトーストのガーリックを唐辛子に替えて持ってきて。
それと・・・・あら、新しいワインが入ってるのね。国産巨峰のスパークリングの赤、これを頂くわ。」
「いや、その席は予約が入っておりまして・・・・、」
「さっき聞いたわ。」
「ええっと・・・奥の席ではダメでしょうか。」
「お腹が減ってるの。早く持ってきてちょうだい。」
「でもそこは予約が入ってる席で・・・・、」
「予約予約って・・・・バカの一つ覚えみたいに。」
脅しじゃなくて、本気でイラっとして目を光らせた。
勢いで目まで狐に戻ってしまって、口からは牙も・・・・。
彼女は「いやあ!」と悲鳴を上げ、メモ帳とペンを落とし、その場に腰を抜かしてしまった。
私は立ち上がり、そっと手を差し出す。
「冗談よ。」
「お、オーナー!」
「そう怖がらないで。さっきのはただの冗談、手品みたいなものだから。」
「オーナー!変な人がいます!早く来て!」
腰を抜かしたまま這いずって行く。
するとレジの奥の厨房から一人の男が出てきた。
細身で背が低く、大きなメガネを掛けている。
アルバイトに駆け寄り、「どうしたの?」と尋ねた瞬間、私がいることに気づいた。
「あ、いらしてたんですか。」
「そんなことよりその子黙らせてくれないかしら?」
「ああっと・・・何かあったんですか?」
「私は窓際の席がいいの。なのにその子ったらここは予約だ予約だの一点張りで。教育が足りてないんじゃない?」
そう言った瞬間、彼女が「この人変なんです!」と指を向けた。
「予約の席に勝手に座るし、それに目が光るし!」
「え?目が・・・?」
「それに顔だってなんか変でした。牙とか生えてたし!」
「牙って・・・・・どこに?」
オーナーはマジマジと私の顔を見る。
「・・・・普通じゃんか。」
「さっきは生えてたんです!」
「そんなわけないだろ。なんで人に牙が生えるんだよ。目だって光ってないし。」
「でもさっき見たんです!その人絶対に人間じゃありません!」
「あのさあ・・・・お客さんに向かって失礼過ぎだろそれ。だいたい指さすんじゃないよ。」
「でもさっきは本当に・・・・、」
「もういいから。」
うんざりと首を振って、厨房に向かって「タクミちゃ〜ん!」と叫ぶ。
「この子つれてって。」
厨房から調理服を着た背の高い女が出てきて、「なに?」とイラついた様子で尋ねた。
「常連さんに失礼なことばっか言うんだよ。ちょっと叱ってやって。」
「アンタがやればいいでしょ。」
「昔ならそうしたよ。でもほら、今はうるさいでしょ?パワハラだとかなんとか。」
「いや、アタシだってそういう立場だし。」
「でも俺は男じゃん?余計にパワハラっぽくなるからさ。今はそういうのうるさいじゃん?」
「はあ・・・・面倒くせ。」
本気で面倒くさそうなため息をつき、「さっさと立ちな」と腕を掴んだ。
「ちょっと!痛い!」
「じゃあ自分で立ちなよ。」
「だってこの人が・・・・、」
「お客さんに指さすな。」
バシっと手を払うと、「だから痛いって!」と喚いた。
「叩かないでよ!」
「ああ?」
「それ暴力ですよね!」
「あのね、ウチは客商売なんだよ。お客さんに指さしたら怒るに決まってるだろ。」
「そんなんするんだったらこっちから辞める!」
「あっそう。じゃあとっとと出てけ。」
「だから痛いんだってば!」
ズルズルと引きずって店の外に放り投げている。
そしていったん厨房へ戻り、女物のバッグを掴んで出てきた。
「はい荷物。」
「投げないでよ!」
喚く彼女を無視して、バタンとドアを閉じる。
「あんがとタクミちゃん。」
「アンタさあ・・・・、」
「ん?」
「女の子の時は顔だけでバイト選ぶのやめろよな。」
「うん、まあ・・・。」
「可愛けりゃいいのかよまったく。」
「だよねえ、やっぱちゃんと面接しないとまずいよな。」
「なんならアタシが代わろうか?」
「タクミちゃんだとキツすぎるから、面接きた子がみんな逃げちゃうって。」
「そんなんで逃げる奴なんてハナっから雇わなきゃいいんだよ。どうせ甘やかされて育ったガキなんだ。」
「相変わらずキツいねえ。」
ふん!と鼻を鳴らし、厨房へ戻って行く。
オーナーは「すいませんね」と会釈した。
「まったくよ。」
気分が悪い。
食事をする気も失せる。
いつもなら店を後にするだろうけど、自宅や会社へ戻るわけにはいかない。
身を隠すというのも大変なものだ。
「とりあえずワインをちょうだい。この巨峰のやつ。」
「はい。他には?」
「なんでもいいわ。ワインに合いそうなやつ適当に見繕って。」
「了解です。」
わざとらしく敬礼して厨房へ消えていく。
まったく・・・・なんて日なんだろう。
日曜日ってだけで朝から憂鬱なのに、部下たちは厄介事を報告してくるし、情けない男が何度も泣きついてくるし。
気晴らしに出かけたショッピングは猫神に邪魔されるし、でもってついさっきの不愉快な出来事。
嫌なことっていうのは立て続けに起こるものなのかもしれない。
これってマーフィーの法則ってやつだっけ?違ったかな?
まあどっちでもいい。
どうかこれ以上不愉快な事が起こらないでほしい。
でないと怒りを我慢するにも限度がある。
ワインが運ばれてきて、一口飲む。
・・・・なかなか悪くない。
巨峰のワインなんて珍しいけど、フルーティーでクセになりそうだった。
「エビのガーリック炒め、ガーリック抜きで代わりに唐辛子で炒めてます。」
さすがオーナー、常連の好き嫌いをよく分かっている。
「ありがと」と一口摘む。
「でもいいの?」
「なにがです?」
「ここ予約席なんでしょ?」
「え?」
「だってさっきの子が言ってたじゃない。無理矢理座ってる私が言うのもアレだけど。」
「えっと・・・・俺はなんにも聞いてないんですけど。」
「え?」
「そこ、予約席なんですか?」
「お客に尋ねてどうするのよ。あなたオーナーでしょ。」
「・・・・ちょっとお待ちを。」
慌てて奥に引っ込んでいく。
さっきひと悶着あったせいか、周りの客の視線が刺さるけど、適当に笑顔を向けて誤魔化しておいた。
数分後、オーナーが困った顔をしながら戻ってきた。
「多分そこ・・・・予約が入ってます。」
「あらそう。」
「アイツなんで言わないんだよ。予約ん時は名簿に書いてから報告しろって言ったのに。」
ぶつくさボヤきながら紙の切れ端のような物を睨んでいる。
「それは?」
「電話の横にあったんですよ。多分アイツがメモ取ったんでしょうね。そのあと忘れてたみたいです。」
「要するにあなたの指導不足でしょ。そのせいで私は不愉快な思いをしたんだけど?」
「すみません・・・・。ていうかそこ予約席みたいなんで、別の席じゃダメですか?」
「今更なに言ってんのよ。こうしてワインと料理も運んできたくせに。」
「だってそりゃ知らなかったわけですから・・・・、」
「ここを譲る気はないわ。」
「どうしても?」
「だって外の景色が見えないじゃない。」
窓から見えるお気に入りの景色。
これがあるからこの店へ来ていると言っても過言じゃない。
それを取り上げられるなんてお断りに決まっている。
「ええっと・・・じゃあお代を半分にするからっていうのは?」
「イヤよ。」
「じゃあ今回だけは無料ってことで!」
「お金の問題じゃないの。」
「じゃあ・・・・、」
「しつこい男は嫌いよ。」
「そう言われましても・・・・。」
実に困った顔をしている。
けど私には関係ない。
指導不足によるミスなんだからオーナーに責任があるのだ。
困っているなら自分でどうにかすればいい。
「参ったな・・・・。」
テーブルに手を付きながら項垂れている。
その時、チラリとメモに書かれた名前が見えた。
「それ、良くないんじゃない?」
「はい?」
「お客さんの個人情報が見えてるわ。」
平仮名で「みかみゆうき」、これは客の名前だろう。
そのあとには動物探偵と書かれている。
電話と住所は手で隠れて見えなかったけど。
「ああ、すいません!」
「客商売なんだから気を付けないとダメよ。」
指導は出来ていないわ個人情報の管理が甘いわで、よくオーナーが務まるものだ。
もし私の部下だったらクビにしているだろう。
「とにかくこの席を譲る気はないわ。」
「どうしてもですか?」
「くどいわね。」
「でもこれ・・・多分俺の先生なんですよね。」
「あら、学校の先生だったの?」
「違いますよ。仕事の先生だったんです。昔はフリーのジャーナリストをやってましてね。その時に仕事のイロハを教えてもらったんです。」
「ふうん、興味ないわ。」
「たま〜にこの店使うんですよ。仕事の打ち合わせとかで。」
「人の話聞いてる?」
「これ絶対にあとから怒られるよ・・・・。ヤバいなもう。」
「愚痴ならよそでやってよ。それとワインお代わり。」
ガックリ項垂れながら奥へ消えていく。
ミスの責任なんて自分で取るもの。
客に理解してもらおうなんて神経を疑う。
二杯目のワインを飲み干し、三杯目を頼み、チーズの盛り合わせをつまみながら、頭を空っぽにして景色を眺めていた。
そして四杯目を頼んだ時、勢いよくドアが開いて、「おい!」と怒鳴り声がした。
「店長出せ!」
小太りの中年の男が喚いている。
その後ろにはさっきのアルバイトの女がいた。
さらに後ろには細身で背の高い中年の女がいて、「店長は!?」と同じように喚いた。
オーナーが慌てて飛び出してくる。
「大声出さないで下さい!他のお客さんの迷惑ですから。」
そう言って近づきながら、アルバイトの女がいることに気づいて「あ」と固まっていた。
どうやらすぐに状況を理解したらしい。
「お前店長か?」
男が詰め寄ると、「触ったら警察呼びますよ」と威嚇した。
「なんだと?」
「どうせアレでしょ?文句言いに来たんでしょ?」
「当たり前だ!ウチの娘を悪者扱いしてクビにしたんだろ!」
「いやいや、自分から言ったんですよ。辞めるって。」
「それはお前が理不尽に怒鳴ったからだろ!」
「怒鳴ってるのはオタクでしょ?」
「やかましい!娘が言うにはロクに話も聞かんと一方的に責めたそうじゃないか。しかも暴力まで振るわれたって・・・・、」
「はあ・・・・。」
「なにため息ついてんだ!」
「これだから今時はめんどくさいんだよな。なんでも暴力とかパワハラとかさ。腰抜かしてたから立たせてあげようと思っただけなのに。」
「嘘つけ!手を叩いて荷物を投げつけたんだろ!?」
「はいはい。」
「だからなんだその態度は!殴られたいのか?」
「好きにすれば?」
「・・・・やらんとでも思ってるのか?」
目はすわっているが手を出す気配はない。
娘の為なんて言いながら、お巡りさんが来るのは怖いようだ。
「情けない男。」
ボソっと呟く。
すると「あいつ!」とアルバイトの女が指をさした。
「あの人のせいよ!」
「お前を脅したって客か?」
「だって予約の席だからどいてって言っただけなのに!そうしたら物凄い怖い顔で睨んできたの!」
「見るからにワガママそうな女だな。」
男の悪態にカチンとくる。
さらに嫁と娘まで責めてきて、もはや我慢の限界だった。
《いったいなんなのよ今日は・・・・。もううんざりだわ。》
どうせあと三日で浮世からおさらばする身だ。
ちょっとくらい暴れたっていいかもしれない。
この店も壊れるだろうけど知ったことじゃない。
たかが人間風情にここまでされて黙っているのは、神獣の名に傷が付くというもの。
私は立ち上がり、うるさい人間どもに近づいて行った。
目を光らせ、牙を剥き、鋭い爪を伸ばしながら・・・・。
「ほらアレ!さっきもああだったのよ!!」
娘は父の後ろに隠れる。
そして父はオーナーの後ろに隠れていた。
母に至っては娘の後ろに避難している。
一番前に突き出されたオーナーは「アンタ・・・・」と引きつった。
「なんなんだよそれ・・・・手品かなにか?」
「さあね。」
「そ、それ以上近寄るな!」
「だって腹立つんだもの。どいつもこいつも馬鹿だから。」
「ちょ・・・タクミちゃん!タクミちゃ〜ん!」
「あんたも女に泣きつくのね。ほんっとに情けない男ばっかり。」
昔はもっと肚の据わった男がいたのに、いつのまにか軟弱化してしまったらしい。
それに女は女でその情けない男を盾にして猿みたいに喚く始末。
きっと人間そのものが情けなくなっているのだ。
こんな穢れた空気の中で生きていればそうなるのも仕方ない。
あの鬼神川だってこっちの世界が長い為に腑抜けになってしまったのだろう。
昔はもうちょっと骨のある男だったのに。
霊獣さえも堕落させる現代の穢れ。
人間も、人間の社会も、もはや救いがたい。
知らぬ事とはいえ、こいつらは神獣である私を侮辱した。
こんな進化に失敗した猿モドキども、何匹か殺したところで問題じゃない。
サっと手を振り上げ、まずはオーナーの首を掻っ切ろうとした。
「やめろ!」
誰かが飛びかかってくる。
タクミというあの女だった。
「アンタ!警察に電話!」
「へ?」
「早く!」
「わ・・・・分かった!」
慌てて駆けていくオーナー、タクミという女は私の手を下ろさせようと必死だった。
「指にこんな刃物仕込んで!」
「これは刃物じゃないわ、自前よ。」
「こんなナイフみたいな爪があるか!ていうかアンタらも逃げな!」
そう言って怯えきっている家族を蹴飛ばした。
自らが盾となり、少しでも彼女たちを遠ざけるその様は実に勇敢で健気だった。
《己を犠牲にしてでも他人を守る・・・・か。嬉しいじゃない、まだこういう人間がいるなんて。》
口と態度は悪いけど、心は穢れに犯されていないらしい。
私は手を下ろし、「悪かったわね」と微笑みかけた。
「もう帰るわ。これお代ね。」
三万ほどテーブルに置くと、「いらないよ!」と突き返された。
「その代わり二度と来んな!」
「心配しなくてももう来られないのよ。」
顔を元に戻し、牙も爪も引っ込め、ヒラヒラと手を振りながら店を出る。
それと入れ替わるようにして、ひと組の男女が店に入っていった。
一人はカメラをぶら下げたスレンダーな女。
もう一人は肩にオカメインコを乗せた男だった。
インコが男に話しかけている。
男は小声でそれに応えていた。
《なに?この男動物と喋ってる?》
頭がおかしいのではない。
なぜなら会話が成立しているからだ。
《・・・・そういえばダキニから聞いたことがあるわ。動物と話せる人間がいるって。しかもそいつのせいで地獄に幽閉される羽目になったって。
たしか名前は・・・・そう、有川悠一。》
振り返って顔を見ると、ダキニから聞いた特徴と一致する。
そこそこ背が高く、細身でも太っているわけでもない。
顔は穏やかな青年という感じで、若干気が弱そうにも見える。
しかし目は澄んでいて、強い信念を宿しているのが伝わってきた。
《なるほど、ダキニが嫌いそうな相手だわ。澄ました顔してるクセに正義感と使命感が強い。まるであの猫神にそっくりだもの。》
ダキニ曰く、この男と猫神のタッグに負けたそうだ。
おそらく師弟みたいなものなんだろう。
弟子は師匠に似ると言うし。
けどまあ・・・・それもどうだっていいこと。
稲荷の世界に帰れば関係ない。
さて・・・・落ち着くはずだった店は追い出された。
こうなれば山の中にでも潜んでいようか。
それともどこかの稲荷神社で匿ってもらうか。
小高い丘を降りながら、お気に入りの景色に口笛を吹かした。

 

 

       第一部 -完-

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第二十三話 社長の憂鬱(1)

  • 2018.09.04 Tuesday
  • 10:55

JUGEMテーマ:自作小説

日曜というのは鬱陶しい日に思う。
人という生き物が、抑圧されたストレスや欲求を発散させる為、あちこに沸いてくるのがこの日だから。
車に乗れば渋滞は当たり前で、こんな日は出かける気にもなれない。
唯一の楽しみであるショッピングをする気さえ失せてしまって、退屈な社長室で暇を持て余すばかりだった。
「社長!」
常務の豊川が駆け込んでくる。
ずいぶん焦ってるみたいだけど無視した。
どうせまたしょうもないトラブルでも起きたんだろう。
そんなのは自分たちだけで対処したらいい。
イヤホンを挿し、お気に入りの音楽に浸る。
目の前では豊川が何か喚いているけど、シッシと手を振った。
今日が鬱陶しい日曜日でなければ、せめて話くらいは聞いてあげたかもしれない。
これは私が悪いんじゃなく、人間があちこちに蠢く日曜日という今日が悪い。
だから延々と無視を決め込んでやった。
豊川は必死に何かを伝えようとしていたが、急に肩を落として項垂れる。
そしてトボトボと社長室を出て行った。
「しつこい男。」
イヤホンを外しながらボソっと呟く。
背伸びをしながら椅子の背もたれに身体を預け、普段は消している狐の尻尾を出して、枕がわりにした。
ガラス張りの壁面からは街の景色が一望できる。
ここは地上60メートル、250階建ての最上階の社長室。
この街ではどこよりも高いこのビルからの眺めに、最初は感動した。
でもいい加減飽きてきた。
人の世はあらゆる物で溢れていて、刺激には事足りるけど、空気の穢れがいけない。
早く自分の居場所に帰りたかった。
この部屋にはふんだんにお金を使った贅沢な調度品や飾り物があるけど、それも浮世の暇つぶし。
向こうに持って帰る気はない。
周りは私をワガママな放蕩女だというけれど、そうでもしなければこっちの世界にいる気になれないだけだ。
本当にワガママな女は前社長の九ノ尾吉音こと、前稲荷の長であるダキニの方だ。
あの女、浮世で下らない揉め事を起こしたばかりに、この国を治める神々の怒りを買って、しばらく地獄に幽閉されることになった。
これで少しは反省するかと思いきや、なんと地獄の鬼どもを従えて贅の限りを尽くしている。
閻魔の使いさえも買収して、地獄の底で豪邸を建てているのだ。
以前に面会に行った時なんて『良い別荘ができた』なんて喜んでいた。
困った閻魔が如来の一人に相談し、どうにか改心させてやってくれないかと頼んだんだけど、仏の説法さえ鼻であしらった。
それろこどかその如来まで買収しようとする始末で、こうなればもっとキツい折檻をと、温厚な如来がキレて明王に姿を変えた。
太い鎖でグルグルに縛られて、鬼でさえ一瞬で骨に変わるほどの血の煮えたぎる地獄釜に叩き込まれても、平気な顔で笑っていたっていうから呆れものだ。
・・・もうじきその女が帰ってくる。
残す刑期はあと二日、そうすれば晴れて自由の身となり、再び地上へ現れてこの椅子に座るだろう。
あの女の脅威に比べたら、私のワガママなんて可愛いもの。
三日後にはこの椅子に座り、独裁者も真っ青のワンマン経営を敷くだろう。
・・・・まあ私の知ったことじゃない。
この会社がどうなろうと、人の世がどうなろうと、私にはなんの関係もない。
どうせあと数日のことだし、いっそのこと今から自分の世界へ帰ったって問題ないような気もする。
経営は専務や常務がやっているし、荒事はカグラの連中がやってくれる。
私が必要とされるのは、たまきのような強敵が出てきた時だけだだ。
高位の神獣に立ち向かえるのは高位の神獣だけ。
たまきはセンリという猫神で、稲荷の長だったダキニに匹敵する。
そんな猛者が相手じゃ、いくら荒事が得意なカグラの連中でも尻尾を巻くしかない。
一昨日のこと、あの鬼神川が尻尾をまいて助けを求めに来た。
その日は軽くあしらったけど、次の日の朝一番にまた助けを求めに来たので、しつこくて情けない男だと嘲笑してやった。
鬼の狐火なんて異名を取りながら、何度も泣きついてきてカッコ悪いと思わないの?とあしらってやったのだ。
鬼神川は『どうか手を貸して頂きたい!』なんて頭を下げてたけど、笑いながら無視してやった。
あと数日で面倒な人の世からもおさらばだというのに、どうしてあんな強敵と事を構える必要があるのか。
そんなの断るに決まっている。
私が何もしなくても、ダキニが戻って来たら自分から喧嘩を売りに行くだろう。
鬼神川にはそれまで辛抱させておけばいい。
・・・・さて、あれこれ考え事をするのも飽きてきた。
他にすることもないし、渋滞覚悟でショッピングにでも行こうかなと、秘書に車を回すように言った。
今日は雲ひとつない青空。
それだけが鬱陶しい日曜日の唯一の救いだった。
社長室を出て、数人の秘書を従えながらエレベーターを降りていく。
一階につき、エントランスを歩き、受付の前を通った時だった。
「社長!」
しょうこりもなく豊川が駆けてくる。
その後ろには専務の瀞川と取締役の安志もいた。
「待って下さい!」と叫びながら、バタバタと足音を響かせる。
まったく・・・・これだからしつこい男は嫌いだ。
おまけに騒々しいとなれば、振り向く気にもなれない。
叫び声を無視し、会社の外へ出る。
艶やかに黒光りするロールスロイスのドアを運転手が開き、白手袋をサっと座席に向けた。
さっさと乗り込まないとあいつらが追いかけてくる。
「すぐに出して」と運転手に命じた瞬間、車の前に鬼神川が立ちはだかった。
両手を広げ、どこにも行かせないと睨んでくる。
運転手はオドオドと私を振り返った。
「出して。」
「いや、しかし・・・・、」
「轢いていいから。」
「そんなことをしたら・・・・、」
「タフな男よ、死にはしないわ。」
この運転手は人間である。
こんな大きな車で轢いて死なない人間がいるはずがないと、アクセルを踏むことを躊躇っていた。
そうこうしているうちに豊川たちが追いついてきて、コンコンとドアを叩いた。
心の中でため息をつく。
運転手に窓を開けるように言い、「なに?」と騒々しい男たちを睨んでやった。
「社長!大変です!」
「そうなの?じゃ。」
「あ、ちょっと・・・・、」
慌ててウィンドウを押さえている。
「お話を!」
「さっき聞いたじゃない。なに?って。そうしたら『社長!大変です!』って言うから、そうなんだって頷いてあげたでしょ。もう話は終わったわ。」
「どう大変なのか聞いて下さい!」
「じゃあさっさと言ってよ。鬱陶しい。」
「は!実はですね、たまきが人質を監禁しているコテージを襲撃してきまして。」
「たまきが?」
「つい先ほどのことです。」
「なんで報告しないのよ?」
「報告を申し上げようとしましたが、音楽を聴くのに夢中でいらしたので・・・・、」
「私が悪いの?」
「いえいえ!滅相もない!」
「私に聞いてもらおうとする努力が足りなかった。そうでしょ?」
「仰る通りでございます!」
「で?」
「・・・で?」
「こっちが聞いてるのよ。」
ペチンとおでこを叩く。
痛そうに押さえながら「申し訳ありません!」とペコペコしていた。
「見張りの者たちが応戦したのですが、いかんせん相手はあの猫神ですから・・・・、」
「人質は全部奪われたのね?」
「いえ!一人は残っております、はい!」
「誰?」
「北川翔子です。」
「あのお嬢様が?」
「残念ながらムクゲともう一人の女には逃げられてしまいましたが。」
「ふう〜ん。」
「あの・・・・社長?」
「いいんじゃない、別に。」
「と・・・申しますと?」
「ムクゲをさらったのはたまきへの牽制。でもその効果はなかったみたいね。あの女を抑え込むどころか、かえって火を点けただけじゃない。」
「仰る通りで・・・・。」
「だから私はやめときなさいって言ったのよ。その程度で大人しくなるようなタマじゃないんだから。」
「はあ・・・いや、しかしですね、ムクゲの誘拐は社長の提案で・・・・、」
「なに?私が悪いの?」
「いやいや!滅相もない!」
「私を止めようとする努力が足りなかった。そうでしょ?」
「仰る通りでございます!ええ!」
「常務失格ね。」
「精進いたします!」
「で?」
「・・・はい?」
「だからこっちが聞いてるのよ。」
「痛ッ!」
ペチンと良い音がする。
面白いのでもう一発叩くと、加減を間違えてバチコン!とすごい音がした。
「ぐぎょおッ・・・・、」
白目を剥き、泡を吹きながら倒れていった。
「豊川常務!」
安志が慌てて抱き起こす。
「しっかりして下さい!尻尾が出ていますよ!」
「ぐふう・・・・・、」
「ダメだこりゃ。」
大きな狐のしっぽが生えてきて、ピクピクと痙攣している。
安志はすぐにガードマンを呼び、常務室へ運ぶようにと預けていた。
「社長。」
今度は瀞川が私の前に立つ。
「ムクゲだけでなく、伊礼と親しくしている女にも逃げられてしまいました。」
「竹下なんとかって女のこと?」
「は!」
「そっちはカグラが勝手にさらったんでしょ。こっちには関係ないわ。」
「仰る通りです。」
そう言って鬼神川を睨んでいる。
すぐに私に視線を戻し、「北川翔子だけは奪われるわけにはいきません」と息巻いた。
「鬼神川の部下が必死に応戦したおかげで、多少の時間は稼げたそうです。その隙に北川翔子は別の場所へ移しました。」
「ならいいじゃない。」
「しかしたまきはまだ諦めていません。北川翔子を取り戻そうと、カグラの連中を追撃しているそうです。」
「執念深いわね、そういうの嫌いだわ。」
「こちらの兵隊も応援に向かわせましたが、そう長く足止めは出来ないでしょう。」
「そ。・・・・で?」
「ここはひとつ、社長のお力添えを。」
安志と並んで頭を下げる。
すると鬼神川もやって来て「ご助力を!」と叫んだ。
よく見ればスーツが乱れていて、顎から頬にかけて切り傷が走っていた。
じんわりと赤い血が滲んでいる。
「あなた怪我してるじゃない。」
「たまきとやり合ったもので。」
「そう、ご苦労様ね。」
この顔を見る限り、やり合ったよいうより一方的にやられたんだろう。
情けない男と笑ってやろうとしたが、そんなことをすれば余計に私の力をねだるだろう。
ここは一つ、おだててやる気を出させてみるのかもいいかもしれない。
「そんなペコペコしてちゃ鬼の狐火の名が泣くわよ。」
「お恥ずかしい限りで。しかしいかんせん相手が相手だけに・・・・、」
「頼りにしてるのよ。あなたみたいな男が頑張ってくれるのを。」
「・・・どういう意味で?」
「あなたは筋肉マッチョマンの武闘派、残念ながらオツムは鈍いわ。でも力は凄まじいものがある。
その腕力は敵対する霊獣を何匹も粉砕してきたし、その肉体は何度も仲間を守ってきた。
いついかなる時でも背中を見せずに、鬼のような形相で戦い抜いてきた男、それが鬼神川周五郎でしょ?」
「それはそうですが・・・。」
「相手はあの猫神、苦戦するのは分かるわ。でもそれはあなたが弱いからじゃない。ここが足りないからよ。」
「頭ですか・・・?」
「もう少しオツムがあれば充分に戦える相手よ。勝つまでとはいかなくても、互角には持っていけるでしょうね。」
「そ、それはどんな方法か!ぜひご教授を!」
カっと目を見開いて詰め寄ってくる。
武闘派は優秀な飼い主がいてこそ力を発揮するもの。
本人が一番よく分かっているからこそ、「ご教授を!」と必死だった。
「いいわ、教えてあげる。」
身を乗り出し、指を振りながら言った。
「マタタビを使えばいいのよ。」
「マタタビ?」
「たまきは猫だから。マタタビをあげればゴロニャンするわ。」
「からかっているのか?」
「ほんとよ。いくら神様でも猫の本能には逆らえない。」
「いやしかし・・・・・、」
「袋いっぱいのマタタビを持っていけば、ゴロゴロニャンニャンして普通の猫に成り下がる。あとは楽勝よ。」
「そんな方法が通用する相手だろうか?」
「単純だからこそ誰もやらなかったのよ。もし私が戦うなら絶対にそうするわね。」
「社長もですか。」
「でも普通の霊獣じゃそれでも勝てないはず。いくらマタタビに酔っ払っても相手は猫神。ダメージなんて与えられないわ。
けどあなたは違う。鬼の狐火と恐れられる男なら、無防備になったたまきなんて敵じゃない。」
「・・・・・・・・・。」
「力には自信があるんでしょ?」
「それなりには。」
「ならさっさとペットショップに行って来なさいな。たくさんマタタビを買ってから、もう一度たまきに挑めばいいわ。」
「本当にそんな方法で勝てるので?」
「あなたの力なら。」
ポンと太い腕を叩く。
筋肉が自慢の男というのは、何よりも筋肉を褒められることを喜ぶものだ。
特にこういうオツムのない男は。
「じゃ、私はこれで。」
「社長!」
「もう一度自分の力で挑みなさい。それでも無理だったら私が出てってあげるわ。」
「しかし・・・・、」
「それともなに?その筋肉は伊達なの?」
「まさか。」
「鬼の狐火、鬼神川周五郎の本当の強さ、あの女に見せつけてやりなさい。」
車を発進させ、ウィンドウ越しに手を振る。
鬼神川は思案気な顔で悩み、瀞川と安志は諦めのため息をついていた。
「どう頑張ってもあの男じゃ無理ね。」
たまきの強さは折り紙つき。
事あるごとに泣きついてくるような男じゃ太刀打ちできない。
けどまあ・・・あの男がどうなろうと知ったことじゃない。
勝っても負けても私には関係ないし、結果も気にならない。
浮世の出来事なんて興味の対象外だ。
予想通り道は混んでいて、鈍足な車の流れをあくびと共に眺める。
こんな光景を見るのもあと少し。
そう思えば心も晴れ晴れとしてきた。
ノロノロと動く車に揺られていると、行きつけのブランドショップの看板が見えてきた。
人間の作る服や靴はバラエティに富んでいて、それだけが唯一羨ましいと思える。
だからどうってことはないんだけど。
車は店の近くまでやって来て、中からイケメンの店員が駆け出してくる。
私に向かって深々とお辞儀してから、お得意様専用の駐車場へと案内してくれた。
いつものようにドアを開けてくれて、「ようこそお越し下さいました」とまたお辞儀をする。
「何かいい物は入ってるかしら?」
「葛之葉様お気に入りのブランドの新作が入荷しております。その他にも幾つかお気に召して頂けそうな物も。」
「なら見せて頂くわ。」
手を引かれて車から降りる。
その時、運転手が慌てて降りてきて「お電話です!」と差し出した。
社長専用のケータイだけど、しょっちゅう掛かってくるのが鬱陶しいので運転手に預けっぱなしだった。
「今忙しいの、切ってちょうだい。」
「しかし・・・・、」
「なんなら捨ててもいいわ。」
「相手はカグラの社長様からで・・・、」
「伊藤から?」
あの男が直接掛けてくるなんて珍しい。
別に話すことなんてないんだけど、少しだけ興味を引かれた。
「もしもし?」
わざとイラついた声で尋ねる。
もしつまらない話だったら許さないという意味で。
『どうも、お久しぶりです。』
「今忙しいの。さっさと用件を言ってくれる?」
『相変わらずの高飛車っぷりですね。』
「じれったい男は嫌いなの。用がないなら切るわよ。」
短く笑い声を響かせてから、『実はですね・・・』と切り出してきた。
『今ここにあの女が来ていまして。』
「誰?」
『たまきです。』
「あらそうなの。じゃ。」
プツっと電話を切る。
さっさと用件を言えといっているのに、こっちの言葉が伝わってないのだろうか。
中身のない男の電話ほど時間を無駄にするものはない。
グシャリとケータイを握り潰し、「捨てといて」と運転手に預けた。
すると今度は私のスマホが鳴った。
相手はさっきと同じ男・・・・少しだけ殺意が芽生える。
無視しようかと思ったが、きっとしつこく何度も掛けてくるだろう。
うんざりするけど、もう一度だけチャンスをあげることにした。
「もしもし?5秒以内に全ての用件を伝えて。でなきゃ首を刎ねてやるわ。」
『へえ、私の首を刎ねるつもりでいるとはね。』
女の声が帰ってくる。
聞き覚えのある声だ。
「たまき?」
『久しぶりね。』
「伊藤は?」
『目の前にいるわよ。』
「じゃあなんであなたが掛けてきてるのよ。」
『自分が掛けても出ないだろうからって。』
「情けない男。」
カグラには女に泣きつく男しかいないのだろうか。
呆れて怒りも失せてくる。
『あんた今どこにいるの?』
「どうして教えなきゃいけないの?」
『話したいがことがるから。』
「私は無いわ。」
『ならこっちから出向こうかしら。どうせ買い物にでも行ってるんでしょ?
たしかボッチってブランドが好きだったわよね。この辺だと大通りの傍にあるあの店かしら?』
相変わらず勘がいい。
だからこそ癪に障る。
「用があるなら今話せばいいじゃない。」
『あら?電話嫌いなのにちゃんと聞いてくれるの?』
「あなたに来られるよりマシだからね。せっかくのショッピングも気分悪くなりそう。」
『じゃあ言うわ。今すぐ翔子ちゃんを返して。』
「翔子ちゃん?・・・・ああ、あのお嬢様のこと。彼女のことなら鬼神川に聞けばいいじゃない。だって彼がさらったんだから。」
『さっきまた来たからボッコボコにしてやったのよ。あいつ私の所になにを持って来たと思う?』
「さあ?猫缶でも持ってきたのかしら?」
『マタタビを持ってきやがったのよ。しかもレジ袋一杯にね。そいつをこれみよがしに見せつけるもんだからブチっと来ちゃって。』
「怖いわあ。きっと無事じゃないんでしょうね、彼。」
『しばらくは立てないと思うわよ。今も私の足元で転がってるし。』
容易に想像がつく。
まさか本気でやるとは思わなくて、呆れるよりも可哀想と笑ってしまった。
『これ、どうせあんたの嫌がらせでしょ?』
「さあね。」
『ていうかそんなことはどうでもいいのよ。とっとと翔子ちゃんを返しなさい。さもなきゃほんとに今からそっちへ行くわよ。』
「やめてよ。もうすぐ任期が終わるっていうのに。あなたと事を構えたくなんてないわ。」
『ならすぐに翔子ちゃんを返してよ。』
「だからなんで私に言うのよ。彼女をさらったのはカグラでしょ?だったら伊藤に言えばいいじゃない。今目の前にいるんだし。」
『聞いても答えないのよ。どうしても知りたいならあんたに聞けばいいの一点張りでね。』
「伊藤がそう言ったの?」
『そうよ。』
「あ、そ。ならあとで殺すって伝えといて。」
明確な殺意が沸いてくる。
泣きついてくるだけならまだしも、この私に厄介事を押し付けようなんて・・・・。
イラ立ちを通り越して憎悪が溢れた。
『あとあんたらの目的を教えて。』
「目的?」
『どうして霊獣を密猟するのか?どうしてそれを売り飛ばすのか?あと誰に売り渡してるのかも教えて。』
「そんなことしてないわ。」
『あんたらが悪さをしてるのはもう分かってるのよ。カグラが霊獣をさらい、カマクラ家具がそれを誰かに売る。あんたらは協力関係にあるわけでしょ?』
「ライバル会社よ。以前に揉めたことだってあるし。」
『それは家具に関してでしょ。表向きの商売ではライバルかもしれないけど、裏ではそうじゃないはず。
そしてその目的が分からないのよ。しばらくカグラに潜入してたけど肝心な部分は掴めずじまい。
冴木社長の賄賂の件だってそう。元々持ってる技術の情報を横流ししてもらってもメリットなんてないじゃない。』
「ああ、それは冴木晴香が邪魔だったから。」
『邪魔?』
「だって彼、まだまだ青臭いチェリーボーイって感じでしょ?だから青臭い理想を振りかざしてたじゃない。
みんなが安心して働ける職場を作りたいとかなんとか。」
『いいことじゃない。』
「どこがよ。あの坊やはとにかくクリーンな職場を作ろうとしていた。でもさ、稲松文具みたいな大企業がクリーンなだけのやり方で回るわけないじゃない。
しかも本社だけでやるならともかく、グループ会社にまでクリーンな職場をなんて叫んでたし。」
『要するにクリーンな企業になっちゃったら悪さをしづらくなるから追い払っったってことね?』
「そんなとこね。あの坊や、優秀は優駿だけど、まだまだ世間知らずの子供だから。あっさりと罠にかかってくれて助かったわ。」
『じゃあやっぱり悪さをしてるんじゃない。』
「悪さっていうか、そういう商売もしてますってだけの話。それに最初に冴木晴香の失脚を狙ったのは私たちじゃないわ。」
『どういうこと?カグラとカマクラ家具が画策したんじゃないの?』
「違うわ。」
『じゃあ誰が最初に提案したの?』
「さあ。」
『惚けないで。』
「ていうか今は北川翔子の話でしょ?」
『そうね。いい加減に良い答えを聞かせてほしいんだけど?』
声に怒りが宿っている。
拒否すればすぐにここまですっ飛んできそうだ。
だからこう答えてやった。
「伊藤に任せるわ。」
『なんですって?』
「目の前にいるんでしょ?彼に全ての判断を任せる。」
『あんた逃げる気?』
「そうじゃないわ。私はもうじき社長の任期が終わる。だから後のことは伊藤社長に任せるってこと。」
『・・・ねえ?あいつ本当に近々帰って来るの?』
「ダキニのこと?」
『あいつ以外にいないでしょ。』
「刑期はあと二日、今頃ウキウキしてるんじゃないかしら。シャバに戻れるって。」
『だったら尚の事あんたに頼むわ。お願い、翔子ちゃんを返して。』
「だからあ〜・・・もうすぐ私は任期を終えて・・・・、」
『ダキニが社長に戻ったら話なんて通じなくなるわ。それこそまた命懸けの喧嘩をする羽目になる。事態は余計に悪くなるのよ。』
「でしょうね。でもそれは私のせいじゃない。」
『ねえお願い。あんたもうじき霊獣の世界に帰るんだったら、教えてくれてもいいじゃない。向こうへ帰ったらこっちのことなんて関係ないんだから。』
「まあね。でも後からダキニにグチグチ言われるのが嫌なのよ。あの子けっこう根に持つから。」
『あんたならダキニ相手でも負けないでしょ。なんなら私と手を組むってのはどう?私たち二人なら・・・・、』
「無茶言わないで。同じ稲荷神なんだから敵対関係になるつもりはないわ。」
『葛之葉公子・・・・いえ、トヨウケヒメ。貴女も誇りある稲荷神の一人なら、霊獣の密猟だなんてことに手を貸すのはやめて。
むしろ止めるべき立場にあるはずよ。あなたはダキニの部下でもなんでもない。同じ稲荷神という対等な立場なんだし、神様としての歴史は貴女の方がはるかに古い。
ダキニは元々が妖怪だからこういう悪さをすることもあるけど、あなたはそうじゃないはずよ。
ダキニがこの国へ渡ってくるずっと前から神様の一柱だったじゃない。どうか正しい判断をして。』
「そうね、考えとくわ。」
プツっと電話を切る。
たまきの言う通り、私はダキニと対等な立場にある稲荷神の一柱。それも彼女が妖怪から神へと変わるずっと前から。
だけど稲荷の世界も一枚岩じゃない。
ダキニは稲荷神ではあるけど、仏教に帰依した仏門の神でもある。
だからこそ如来の説法を鼻であしらってキレられたんだけど。
対して私は神道の稲荷神である。
ダキニと敵対するということは、仏教の稲荷神と神道の稲荷神の敵対にまで発展しかねない。
もしそんなことになったら、さらに上の神々からお叱りを受けるだけである。
こんな浮世の下らないいざこざの為に、どうして私がそんな目に遭わなきゃいけないのか。
あの子とは古知の誼で、ほんの一時だけ力を貸しているに過ぎない。
あと三日もすればそれも終わりで、私はまた稲荷の世界へ帰るだけである。
スマホには何度も電話が掛かってくる。
もうこのオモチャも必要ないと、粉々に握りつぶした。
もたもたしていたらたまきはここへ押しかけるだろう。
ショッピングはキャンセルするしかなく、「またのお越しを」と残念そうにする店員に手を振った。
渋滞はさっきよりマシになっていて、流れていくビルの景色をなんの感慨もなく見つめる。
多くもの物が溢れる現代の人間社会、最初はそこそこ楽しいと思えた。
しかし今は飽き飽きしている。
物はしょせん物でしかなく、一時の慰めにしかならない。
刺激の連続は退屈を生むだけだった。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第二十二話 仮初の家族(2)

  • 2018.09.03 Monday
  • 13:00

JUGEMテーマ:自作小説

ここはどこだろう?
マンションを出てから記憶がない。
ぼんやりする頭、霞む視界・・・・ゆっくりと目を開けると、知らない人の顔が飛び込んできた。
「よかった!目が覚めたみたい。」
黒髪のショートカットの女性が言う。
その隣にはもう一人女性がいて、少しウェーブの赤みがかった髪をしていた。
「大丈夫ですか?気分は悪くありませんか?」
心配そうに尋ねてくる。
私は瞬きを繰り返し、ぼやけた視界をハッキリさせようと必死だった。
鮮明になっていく景色の中、二人の顔がクッキリと見えてきた。
一人はまるで猫のような印象を受ける顔だった。
つり上がったアーモンド型の目に、やや幼く感じる丸い輪郭。
もう一人は細面だが顔立ちはハッキリしている。スーツを着ているがOLだろうか?
周りに目を向けてみると、軽井沢の別荘みたいな感じの部屋だった。(別荘なんて持ってないし軽井沢にも行ったことはないけど)
要するに避暑地のコテージみたいな感じで、丸太を合わせて作ったような壁に、木造りのテーブルや家具が並んでいる。
いったいどうしてこんな場所にいるのか分からない。
ハッキリしていることは二つ、私はマンションから出たあとの記憶が曖昧だということ、そして知らない部屋のベッドに寝かされているということだ。
《ええっと・・・・どうなってるんだっけ?マンション出てから何してたんだっけ?》
どうにか記憶をたぐり寄せる。
頭がまだぼんやりしていて、脳をシェイクされたような気分だ。
《・・・・脳をシェイク。なんか思い当たることが・・・・、》
何かが閃きかけて、すぐに「ああ!」と気づく。
「そうだ・・・あのプロレスラーみたいな男の人に顎をシュっとされたんだ。」
太い指を顎の先に当てられて、その後に衝撃が走った。
「だんだん思い出してきた・・・・。猛君を追いかけようとして、マンションの駐車場に行って、護衛の人が話しかけてきて・・・・、」
話しかけてきて、信じられない出来事が起こったのだ。
いきなり男性の声に変わって、そのあとは肉体まで変わってしまった。
ビリビリと女物のスーツが裂けていって、鍛え抜かれたすごい筋肉がむき出しになっていた。
今思い出してもあれがなんだったのか分からない。
手品?それとも目の錯覚?
意味不明な出来事を考えていると頭が痛くなってきた。
身体を起こそうとすると、スーツの女性が「無理しないで」と言った。
「平気です。それよりここって・・・・・。」
「私たちも分からないんです。どこかの山の中みたいだけど。」
そう言ってもう一人の女性を振り向くと、「私たちにもさっぱりなのよ」と首を振った。
「タカイデ・ココに警察が踏み込んできて、それを店のオーナーがぶっ飛ばして。
そのあとに鬼神川がやって来て気絶させられて、気がつけばここだもん。場所なんか分かりっこないわ。」
「あの・・・・もしかしてあなた達も誰かにさらわれたってことですか?」
「そうよ。カグラって会社の副社長、鬼神川って奴にね。」
「鬼神川・・・・その名前どこかで聞いたような・・・・、」
つい最近そんなインパクトのある名前を聞いた。
あれは確か・・・・・そう!伊礼さんからだ。
「もしかしてその鬼神川っていう人、プロレスラーみたいに大きな身体の人ですか?」
「そうそう。そんなに筋肉必要?ってくらいにガタイのいい男。」
「私・・・もしかしたらその人にさらわれたかもしれません。」
「もしかしたらじゃなくてさらわれたのよ。アイツの部下があなたをここへ運んで来たんだもん。」
「やっぱり!」
「ちなみに私たちは昨日ここへ連れてこられたのよ。けっこう頑張って抵抗したんだけどやっぱり強かったわ。」
そう言ってケロっと笑っている。
あんな人に抵抗だなんてよっぽど気が強いんだろう。
私だったら無理だ。
でも猛君を助ける為だったらどうだろう?
きっと・・・・いや、間違いなく飛びかかるだろう。
いくら鬼神川って人が大男だろうと関係ない。
ていうか猛君は今どうしているんだろう?
ここへ来てどれくらい経っているんだろう?
急いで出て来たから腕時計はしていない。
代わりにスマホで確認しようとポケットに手を突っ込むと・・・・。
「あれ?たしか持って出たはずなのに・・・・、」
「ケータイなら没収されてるはずよ。」
「そんな!じゃあ外と連絡を取るのは・・・・、」
「出来るならとっくにやってるわよ。それが無理だからじっとしてるの。」
向かいのベッドに腰掛け、「面倒なことになっちゃったなあ」呟いている。
でもその顔はあまり焦っているように感じられなかった。
誘拐されて知らない場所へ連れてこられたっていうのに、この落ち着きようはなんだろう。
「あの・・・・、」
「なに?」
「逃げ出すのは無理なんでしょうか?」
私はコテージの中を見渡した。
ここには私たち三人しかいないようである。
窓の外を見ても見張りはいないみたいだし、逃げ出そうと思えば逃げ出せるんじゃ・・・・、
「無理なんです。」
スーツの女性が言う。
「昨日私たちもここから逃げ出そうとしました。でもすぐに捕まえられちゃって。」
「じゃあ見張りの人がいるんですね。」
「山の中に身を隠しているんです。人間離れした五感と足の速さで追いかけてくるからどう頑張っても・・・・。」
「外と連絡は取れない、逃げ出すことも無理。これじゃ誰かが助けに来てくれない限りは無理か・・・・。」
ここがどこだか知らないけど、山の中であるのは間違いなさそうだ。
偶然通りかかった登山客が発見してくれれば望みはある。
それがいつになるのか分からないのが辛いけど。
「そういえばまだあなたの名前聞いてなかったよね。」
猫のような女性が言う。
私は佇まいを直し、「竹下結子といいます」と名乗った。
「会社員をやっています。」
「子供は?」
「え?」
「あなた子供がいるんじゃない?」
唐突に聞かれて「ええっと・・・」と困ってしまう。
「昔はいました。でも今は・・・・、」
「今は?」
「交通事故で亡くなりました。夫も。」
「・・・・・・・・。」
猫のような女性は険しい表情に変わる。
こういう時、普通は気を遣って謝ったりするものだと思うけど、そうはしなかった。
代わりにこんな質問が飛んできた。
「子供に当たるような人は?」
「はい?」
「実のお子さんは亡くなった。でも今はそれに近いというか、子供みたいな誰かがいるんじゃない?」
「どうして分かるんですか?」
「だってそういう雰囲気してるもの。ちなみに私も血の繋がりはないけど子供がいるのよ。今はもう一人立ちしちゃったけど。」
「そうなんですか。やっぱりそういう人には分かるものなんですね。」
「私はあの子のこと守ってあげようと思ってた。何かあったらいつでも助けてあげようって。
でも今はこのザマよ。助けるどころか自分が誘拐されたんじゃね。笑い話にもなんないわ。」
そう言いながら笑っている神経の太さに感心する。
「私はムクゲっていうの。これでも100歳超えてるのよ。」
真面目な顔で言う。
100歳なんて冗談を言われてもどう返せばいいのか・・・・。
「で、こっちが翔子ちゃん。」
そう言ってスーツの女性に手を向けた。
「大富豪の娘さんなのよ。ね?」
「そういう紹介の仕方はちょっと・・・・。」
困った顔をしながら「北川翔子といいます」と頷いた。
「稲松文具っていう会社ご存知ですか?」
ご存知もなにも、伊礼さんが勤めている会社だ。
それになにより・・・・、
「北川翔子さんって・・・・、」
「はい。」
「もしかして部長補佐をやってらっしゃる?」
「そうですけど・・・どうして知ってるんですか?どこかでお会いしましたっけ?」
「直接お会いするのは初めてです。ただ伊礼さんから名前を聞いたことがあって。」
「伊礼さん!彼のこと知ってるんですか?」
「知ってるも何も、彼の子供を預かってるんです。」
「伊礼さんの子供さん?・・・ということは猛君?」
「あの子のこと知ってるんですか!?」
「知ってるも何も、一緒に仕事をしたことがありますから。ただあの頃は別人の魂が宿っていたけど・・・、」
そう言いかけて、しまったという風に口元を押さえていた。
「それ、伊礼さんから聞いたことがあります。彼の親友の魂が宿っていたって。どうせ冗談だろうって思って聞いてたんですけど、まさかほんとのことじゃないですよね?」
「ええっと・・・冗談ですよ!冗談!」
慌てて手を振っている。
するとムクゲさんが「信じられないのも無理ないわよね」と言った。
「あなたそういうものとは無縁の人生を歩んできた感じだから。霊力もないみたいだし。」
「そういうのは信じないんです。だってもし神様とか守護霊がいるなら、どうしてあの時私の家族を守ってくれなかったんだろうって・・・・。」
「家族が亡くなった事故のこと?」
「そうです。どうして私だけ生き残ったのか・・・・今でも不思議でしょうがない。せめてあの子と代わってあげたかった。」
「酷な言い方だけど、過ぎたことは変えられないわよ。」
「そんなの分かってます!けどあの日からずっと嫌な気持ちが消えないままで・・・・。眠れば必ず悪夢を見るし。
だからたまに思うんです。息子も夫も成仏していないんじゃないかって。あの時運転していたのは私だから・・・・。」
「あなたを恨んでるから悪夢を見せてるって言いたいの?」
「そうです。」
「でもさっきはそういうの信じないって言ったじゃない。」
「それはそれ、これはこれです。」
「どう違うのよ?」
「だって私のせいなんですよ!私が運転してたから・・・・、」
「その事故ってあなたが起こしたものなの?」
「・・・違います。お酒を飲んだ車が突っ込んできて。」
「最低ねそのドライバー。」
怒っているのか目を釣り上げていた。
一瞬だけ光ったような気がするけど・・・・たぶん気のせいだろう。
「でもそれはあなたのせいじゃない。そのドライバーが悪いのよ。」
「だから分かってるんですそんなこと!理屈じゃ割り切れないから悩んでて・・・・、」
「割り切るしかないよ。あなたが悪くないのにどうして悩まなきゃいけないの?そのドライバーを恨むっていうなら分かるけどさ。」
「だって家族を亡くしたんですよ!私が運転してる時に!そんなの同じ目に遭った人じゃないと辛さは分からない!」
なんて無神経な人なんだろうと腹が立ってきた。
日常の些細な悩みならともかく、家族を失った悲しみは本人しか理解できない。
だんだんと感情が昂ぶってきて、思いっきり言い返してやりたくなる。
でも今は喧嘩している場合じゃないと、グっとベッドの端っこを握って堪えた。
「怒った?」
ムクゲさんはまっすぐに見つめながら言ってくる。
私は目を合わせずに話題を変えた。
「いま何時か分かりますか?」
「残念ながら。」
「北川さんは?」
「ごめんなさい、時計やスマホは取り上げられてるんです。このコテージにも時計はないし。」
「じゃあ・・・・私がここへ連れてこられてどれくらい経ってるか分かりますか?」
「多分だけど二時間くらいだと思います。」
「ここへ来てから二時間か・・・。じゃあつれて来られるまでの時間を考えたらもっと経ってるわね。」
窓の外はまだ陽が高い。
ということは猛君は出かけたままだろう。
《あの子が帰って来たら伊礼さんに知らせてくれるかもしれない。》
猛君はとても賢い子だ。
私がいなかったら不審に思うだろう。
しばらくは待つかもしれないが、夜遅くになっても戻って来なかったら、きっと伊礼さんに連絡を取ってくれるはずだ。
それまではここにいるしかない。
ムクゲさんの無神経な言い方のせいでまだ怒りはあるけど、こういう時に喧嘩なんてしちゃいけない。
三人で協力し合わないと乗り越えられないのだから。
気持を切り替える為にすうっと深呼吸をした。
「伊礼さんから聞いたの。今は危ない仕事に関わってるって。この前まで伊礼さん自身が誘拐されてたわ。
でも仲間の人が助けに来てくれてどうにか逃げ出せたって言ってた。だけどまだ一人捕まったままだとも言ってたわ。それって・・・・あなたのことよね?」
北川さんに目を向けると「ええ」と頷いた。
「カグラはウチのグループ会社なんですけど、どうも怪しい商売をしているみたいなんです。それを調べている途中で捕まっちゃって。」
「じゃあ本当に犯罪組織なのね?」
「密猟が本業のようなんです。けどまだまだ実態が掴めていなくて。色々と謎な部分も多いし。」
「あなたは稲松文具の娘さんなのよね?じゃあ身代金とかそういう目的で誘拐されたってこと?」
「いえ、カグラはお金を持っていますから。多分だけど脅しの為じゃないかな。」
「脅し?」
「本社を黙らせる為の。これ以上余計な詮索はするなってメッセージなんだと思います。
だけどウチの父はそんなことで大人しくなるような人じゃないから。
むしろ怒りに火がついて戦う気満々なはず。前に私たちが監禁されてたお店に警察が来たのもそれが理由だと思います。
残念ながら警察の人はみんなやられちゃったけど。」
「・・・・よっぽど恐ろしい組織なのね。」
警察を追い払うほどとなると、これはもうただの犯罪組織じゃない。
巨大なマフィアとかヤクザとかそういう組織なんじゃないだろうか。
だとしたらそんなのに関わるなんて危険すぎる。
もし猛君が伊礼さんに知らせてくれたとしても、私たちを助け出すなんて無理かもしれない・・・・。
「そう落ち込まないでよ。」
ムクゲさんが言う。
私は目を合わせずに「あなたは怖くないんですか?」と尋ねた。
「下手したらずっと帰れないままかもしれないのに。」
「んん〜・・・・ずっとってことはないと思うわよ。」
「どうして?警察でさえ歯が立たない相手なんでしょ。だったらもう・・・・、」
「いる、いるわ。カグラより強いのが。」
自信満々に言い切る。
「もしかして自衛隊とか?」
「こういう事件じゃ出てこないと思うわよ。」
「じゃあ・・・・機動隊とか?」
「それ警察じゃない。」
「分かった!あの特殊部隊のやつだ!ええっと・・・なんだっけ?さ・・・す・・・・スワット?」
「それも警察。しかもアメリカの。」
「じゃあ誰が助けに来てくれるのよ?」
「んふ。」
「笑ってないで答えて!」
こんな状況なんだからもったいぶらずに教えてほしい。
「ねえ、誰?誰が助けに来てくれるの?」
グっと詰め寄る。
するとクスっと笑いながらこう答えた。
「猫神様。」
「はい?」
「だから読んで字のごとく、猫の神様よ。」
「・・・・・・・。」
「別にいいわよ、信じなくても。」
不機嫌そうにそっぽを向く。ほんとは信じてほしいみたいだ。
だけど・・・・、
「ほんとなんです。」
北川さんが言う。
「まだ望みはあるんです。」
「ごめんなさい。冗談に付き合う気になれない・・・・。」
「気持ちは分かります。信じろっていう方が無理だって。でも私たちが捕まってる場所さえ気づいてくれれば絶対に来てくれるはず。」
希望に満ちた目で窓の外を見つめている。
このムクゲって人はともかく、北川さんまでこんなことを言うなんて・・・・。
「それに他にも仲間がいるから。冴木君に伊礼さんに・・・・きっとあの人だって。」
「あの人?」
「猫神様のお弟子さんです。」
「だからもうそういう冗談は・・・・、」
「ほんとですよ!だって私の友達でもあるから。」
「・・・・変わってるのね、あなた友達。」
嫌味のつもりで言い返したのに、「そうなんですよ」と嬉しそうだ。
「ほんとに色々変わった人なんです。タヌキと結婚するとか言い出すし。」
「?」
「あ!ええっと・・・・こっちの話です。気にしないで下さい。」
恥ずかしそうに手を振っている。
気にしなくても気にしたりしないのに。
でもこの二人は本気で信じているようだ。猫神様なるものが助けに来てくれるのを。
《こういう状況ならそういう物を信じたくなるのかな。私はそんなので希望なんて持てない。》
夢のある話は嫌いじゃないけど、時と場合による。
相手が子供なら「そうだね」と頷いて安心させてあげただろうけど。
・・・・しばらく無言が続く。
北川さんは窓際で外を見つめていて、ムクゲさんはベッドに寝転んでボーっとしている。
私はコテージの中をウロウロして、何か役立つ物はないか探してみた。
冷蔵庫の中には食料と水が入っている。
これならしばらく監禁されても心配なさそうだ。
トイレもちゃんとあるし、シャワーとバスタブもある。
ちゃんとお湯も出るみたいだから、夜になったら入ってみようか。
キッチンにはまな板と幾つかの調理器具だけで、包丁などの刃物はなかった。
武器になるような物は撤去してあるようだ。
入口から続く廊下には階段があった。
丸太を繋げただけのような勾配のキツい階段を上がっていく。
二階は・・・・屋根裏部屋のようだ。
窓は一つしかなく、光が霧のように差し込んでいる。
外を覗くと緑豊かな木立が見えるだけだった。
人がいそうな気配はない。
ここは一階よりもずっと狭くて、簡素なベッドとテーブルが置かれているだけだ。
《特に何もないみたいね。》
元いた部屋へ戻ってくると、北川さんが「探索はどうでしたか?」と尋ねてきた。
「何もなかったわ。電話もパソコンもないし、武器になるような物もない。食料と水が置いてあるのが幸いね。あとトイレとお風呂がしっかりしてる事と。」
「きっとしばらく監禁するつもりなんです。やっぱり外から救出が来るのを待つしかないですよ。」
「・・・ねえ、ちょっと試してみない?」
「なにをです?」
「ここから逃げ出せるかどうか。さっき二階の窓から見たら、見張りもいなかったみたいだし。」
「残念だけど無理です。カグラの人が潜んでますから。足も速いし力も強いし、なにより五感が鋭いからすぐに気づかれます。何もかも人間離れした身体能力の持ち主なんですよ。」
「はあ・・・まるで超人ね。カグラの人たちって何者なの?」
「・・・・・・・・。」
「どうしたの?」
「言っても信じてもらえないだろうと思って。」
「信じてもらえないって・・・・まさかまた猫の神様みたいな話?」
「それに近いです。」
「あのさ・・・ほんとは冗談で言ってるのよね?本気じゃないんでしょ?」
「本気ですよ。」
「だっていくらなんでも・・・・ねえ。猫の神様が助けに来てくれるなんてそんな・・・・、」
そう言いながら後ろを振り返ると、ムクゲさんがいなくなっていた。
ベッドに寝転んでいたはずなのに。
代わりにさっきまでいなかったモノがベッドの上にいた。
「猫?」
白黒模様の猫がベッドで寝ている。
顔は八割れになっていて、つぶらなピンクの鼻が可愛い。
でもどこから入って来たんだろう。
さっきまでどこにも猫なんていなかったのに。
「それムクゲさんです。」
「へ?」
「それが彼女の正体なんです。」
「からかってるの?」
「本当ですよ。」
北川さんは猫を抱き上げ、「ちょっと起きて」と言った。
「そろそろ見せてあげたらどうですか?ムクゲさんが猫又だってこと。」
そう言って軽く揺さぶると、「ミャア・・・」と眠そうに鳴いてから目を開けた。
「なによ、せっかく寝てたのに。」
「彼女に見せてあげたらどうですか?人間に化けるとこ。」
「なんでよ、眠いのに。」
「だって疑ってるから。」
「いいじゃない、信じるかどうかはその子次第でしょ。」
「そうだけど・・・・このままじゃからかってるだけだと思われちゃいます。それでもし喧嘩になっても険悪だし、良い機会だと思って。」
「はあ・・・・しょうがないなあ。」
大きなあくびをしてから、後ろ足で首を掻いている。
・・・・どうなってるんだろう、これ。
猫が普通に喋ってるし、北川さんは当たり前のように会話してるし・・・・。
「ええっと・・・竹下さんだっけ?今から人間に化けるから。ちゃんと見ててよ。」
しっぽが二つに分かれた!しかもどんどん膨らんでいく。
まるで洗車機の巨大なブラシのように。
そのしっぽで身体を包むと、ボワっと煙が上がった。
そして・・・・・、
「どう?これで信じるでしょ。」
人間の女性に変わったムクゲさんが、ニコっとウィンクを飛ばしてくる。
これ・・・これって・・・・、
《これってあの人にそっくりだ!あの鬼神川って人と・・・・・。》
一瞬でまったく別の姿に変わってしまうなんてこと、手品以外にあるだろうか?
このムクゲさんって人、実は一流のマジシャンなのかもしれない。
「あ、固まってる。」
「初めてだとビックリしますよ。私だってムクゲさんが猫又だって知った時はビックリしたし。」
「でもここまで驚かなかったじゃない。」
「だって以前にお稲荷さんや化けタヌキを見てますから。そういう超常的な動物に免疫があるっていうか。」
「竹下さんは予備知識なしだもんね。いやあ、新鮮な反応っていつ見ても面白いわ。」
ムクゲさんは嬉しそうに鼻をつついてくる。
私はなんのリアクションもできないまま、これは手品なんだと自分に言い聞かせていた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第二十一話 仮初の家族(1)

  • 2018.09.02 Sunday
  • 11:40

JUGEMテーマ:自作小説

眠る時は必ず悪夢を見る。
夜寝る時だけじゃない。
仕事の休憩中、家のソファで転がっている時、油断して睡魔に引きずられると、悪夢はいつでも襲ってくる。
目を閉じ、深い意識の中に吸い込まれていく度に、六年前のあの出来事が蘇ってくる。
夫と息子を亡くした事故の瞬間を。
そのせいで眠るのが怖かった。
どうして何度もフラッシュバックしなきゃいけないのか、自分で自分の記憶を恨めしく思う。
だけどこの記憶ばかりは消せない。
消してはいけない二人の記憶まで消してしまうことになるから。
だから極力夜以外は眠らないようにしているんだけど、そうもいかない時がある。
あまりに心労が祟ると、意に反して睡魔が襲ってくるから・・・・。
「結子さん。」
息子の声がする。
でもそれは本当の息子じゃない。
失った本当の息子の影を重ね合わせた、胸の空洞を埋める仮の息子だった。
目を開ければそこに顔が見える。
手を伸ばし、わざと本当の息子の名前を呼んでみる。
そうすればこの前みたいに「お母さん」と呼んでくれるんじゃないかと期待して。
でもそれは甘かった。
なぜならこの子は賢いから。
私のように失った家族の影を誰かに重ねたりはしない。
この前のあれは一時の感情のせいだろう。
なにせまだ14歳だ。
気持ちが高ぶって「お母さん」と呼んでしまっただけなんだろう。
「結子さん、昼ご飯出来たよ。」
伸ばした手でポンと頭を撫でてから、「ありがと」と起き上がる。
壁掛け時計を見ると午後一時、二時間ほど前にソファに寝転がって、いつの間にやら眠っていたみたいだ。
おかげで悪夢を見てしまったけど、目が覚めて真っ先に猛君の顔が飛び込んできたので、嫌な気分を引きずらずに済みそうだった。
とりあえず顔を洗い、まさか泣いたりしていなかっただろうなと、目が赤くなっていないか確認した。
・・・・今日は大丈夫みたいだ。
猛君にはそんな顔を見られたくない。
優しいあの子は人の痛みに敏感だ。
私のせいで余計なストレスを与えたくなかった。
もう一度顔を洗い、タオルで拭きながらテーブルに着く。
「簡単で悪いけど。」
食卓にはウィンナー入りのチャーハンが置かれていた。
その隣にはお味噌汁も。
真ん中には小皿に入った漬物。
私は「充分充分」と笑った。
「ごめんね、せっかくの土曜日にご飯作らせちゃって。出かける予定とかなかった?」
「別に平気。」
「起こしてくれたらよかったのに。部活は?もうじき試合があるんでしょ?」
「んん〜・・・なんか今は打ち込めそうな感じじゃないから。」
淡々と答えながらお味噌汁をすすっている。
きっとこの子の胸中は私よりも複雑だろう。
・・・・一昨日の朝、伊礼さんが帰って来た。
スーツはボロボロだし顔は痣だらけだし、絶対に無事じゃなかったんだって一目で分かる格好だった。
なのにあの人ときたら、何食わぬ顔で『よ』なんて手を挙げるのだ。
私はなんと言っていいのか分からなかったし、猛君は洗面所で目を腫らしていた。
泣き顔を見られたくなかったんだろうけど、いつまで経っても戻って来ないので、こっちから迎えに行った。
伊礼さんと一緒に、まだ華奢なその背中を見つめていたのだ。
猛君は振り返り、『おかえりなさい』とだけ言った。
その後は部屋にこもってしまい、呼びかけても出て来ようとしなかった。
『そのままにしといてやって下さい。』
伊礼さんはそう言った。
私は襖と彼を交互に見つめながら、今は伊礼さんと話をする方が先だと決めた。
『なにがあったんですか?猛君がどれだけ心配してたか・・・・。』
『まずお礼を言わせて下さい。猛の面倒を見て頂いてたみたいで・・・・助かりました。』
『そんなのはいいんです!なんで帰って来れなかったんですか?会社の人も詳しいことは誤魔化すし・・・・、』
『全部お話します。とりあえず座りましょう。』
伊礼さんの話は長かった。
要約すれば短くてすむ内容だったけど、私の為に丁寧に説明してくれた。
今はカグラというグループ会社の調査を行っていること。
その為に以前の社長だった冴木さんという人を呼び戻したこと。
調査を進めていくと、思っていたよりも大事になりそうなこと。
一瞬の油断をつかれて、カグラの副社長である鬼神川という人に誘拐されてしまったこと。
どこかのお店に閉じ込められて、拷問まがいの仕打ちをうけていたこと。
そこへ冴木さんが来てくれて、どうにか助かったこと。
だけどまだ仲間が捕まったままであること。
どれもこれも日常からかけ離れたことばかりで、頭では理解できても心までついていかなかった。
『これからが奴らとの本当の戦いです。だから申し訳ないんですが、もう少しの間だけ猛の世話をお願い出来ないでしょうか。』
話の内容は分かったけど、細かい事情までは理解できない。
けどそれでいいと思った。
誘拐だのスパイだのって・・・・そういうのに深くなんて関わりたくない。
なにより猛君を守らなきゃいけない。
あの子をこんな出来事に関わらせるのは絶対に嫌だった。
『伊礼さんが嫌だって言っても、猛君の面倒は私が見ます。』
『すみません、勝手なお願いで・・・・、』
『早くこんな仕事は終わらせて下さい。猛君が安心できるように。』
あの子がどれほど不安にしていたか・・・・考えるだけで胸が痛くなる。
一言くらい文句を言ってやりたかったけど、痣だらけの彼の顔がそれを思いとどまらせた。
『うちの会社の者に護衛を頼んでおきます。』
『護衛?』
『結子さんと猛の護衛です。』
『え?ちょ、ちょっと待って・・・・それってどういう・・・・、』
『万が一という意味です。』
『万が一って・・・・、』
『もし何かあったらすぐに私のケータイへ連絡を下さい。』
彼は立ち上がり、猛君がこもる部屋を睨んだ。
『すまん猛。しばらくお前と一緒にいられそうにいない。その間の面倒は結子さんにお願いする。ちゃんと言うことを聞いて賢くしてるんだぞ。』
襖の向こうから返事はない。
伊礼さんは『しばらくの辛抱だから』と呟き、返事のない襖に向かって『じゃあな』と手を挙げた。
そのまま出て行こうとするので『ちょっと!』と止めた。
『もう行くんですか!猛君あんなに心配してたのに・・・・、』
『早く終わらせないと一緒にいられませんから。』
『それはそうだけど・・・・、』
『仕事を終えて無事に戻って来ます。それまで猛をよろしくお願いします。』
頭を下げ、ボロボロのスーツをはためかせながら出て行った。
猛君には事情を話すべきかどうか迷ったけど、あれだけお父さんのことを心配していたのだ。
言わないわけにはいかないと思い、『落ち着いて聞いてね』と説明すると、襖の向こうから聞こえていたと答えた。
『僕は平気だから。そう心配しないで。』
気丈に笑っていたけど、それがかえって心配になる。
なにせまだ14歳、一番多感な年頃だ。
私が支えになってあげないと。
・・・・一昨日の出来事を思い出しながら、チャーハンをかき込む猛君を見つめる。
今いったい何を考えて、どんな気持ちでいるのか?
知りたいけどズカズカ踏み込むのもよくない。
会社には適当な理由をつけて、一週間ほど休みをもらっている。
その間にもっと距離を縮め、安心させてあげないと。
「前から思ってたけど、猛君って料理上手だよね。」
ありきたりな褒め言葉だけど、本当に上手なのだ。
「私より美味しいよこれ。」
「そんなことないよ。僕そんなに大したの作れないし。」
「なに作れるんだっけ?チャーハンとカレーとお味噌汁と炒め物と・・・・・、」
「オムレツと天ぷらも出来るよ。あとご飯も炊ける。」
「その歳でそれだけ出来たらすごいじゃない。」
「でも煮物は苦手なんだ。三回に一回は失敗する。」
「作れるだけでもすごいわよ。私が猛君くらいの頃にはせいぜい卵焼きがいいとこだったもん。これだけ料理が上手かったら将来お嫁さんになる人も喜ぶって!」
「そうかな?」
「うん、絶対に喜ぶ。もし私だったら嬉しいもん。ああ、良い旦那さん見つけたなあ〜って。」
一人で恍惚としてみる。
でも猛君は笑わなかった。
それどころか暗い顔で箸を止めてしまった。
何か気に障ることを言ってしまったかなと焦る。
「あ・・・ええっと、ごめんごめん。まだお嫁さんだとか結婚だとか言われてもピンとこないよね!」
「僕さ・・・・、」
「うん・・・・。」
「早く一人前になりたい。」
「一人前・・・・。」
「誰にも迷惑かけたくないから。」
「・・・・・・・。」
「お父さんにも結子さんにも。だから早く一人前になって、自分の力だけで生きていけるようになりたい。
それでずっと一人のままでいい。結婚もしないし子供もいらない。一人で生きて、一人でひっそり死にたい。」
「猛君・・・・。」
年頃の子供の言葉をそのまま受け取ることは出来ない。
思っている事と反対の言葉が出てくるものだから。
この子は寂しがっている。
本当は誰かが傍にいてほしいし、一人にされるのは嫌だと叫んでいる。
伊達に親のいない子供たちの先生をしてたわけじゃない。
言葉よりも、表情や仕草が本心を物る時があることくらい知っている。
猛君は辛そうにしていた。
止めていた箸を動かし、口の中へかき込む姿を見ていると、この前みたいに抱きしめたくなった。
でも今それをやると、この子はかえって辛くなるだろう。
なぜならこの子はこの子なりに探しているのだ。
不安や恐怖や孤独、そういったものとどう距離を取ればいいのか。
マイナスな気持ちは胸から消えることはない。
特に辛い経験をした人は。
きっと一生自分の中に残り続けて、油断すると暴れだす。
眠るたび、私が悪夢にうなされるように。
だったら共存していくしかないのだ。
消えない辛さは自分の一部と認め、どういう距離で付き合えばいいのかを。
猛君はとても賢い子だけど、こればっかりは理屈でどうにかなるものじゃない。
ちょうど良い距離を見つけるには、とにかく時間が必要である。
私がこの子にしてやれることは、その時間を守ってあげることだ。
これ以上の心労を背負わせないように、猛君に届く前に止められるように。
じゃあどうすればそれが出来るのか?
・・・・きっと普通に振舞うことなんだろう。
ありきたりな日常とか、退屈に思えるくらいの平和とか。
学校へ行く時は「いってらっしゃい」と見送り、帰って来たら「おかえり」と迎えてあげる。
朝起きたら「おはよう」だし、夜には「今日はどんな一日だった?」って聞いてあげること。
全て完璧にこなせるかどうかは分からない。
だけどもう決めたのだ・・・・この子を守ると。
それは亡くした家族への埋め合わせなんかじゃない。
もし息子が生きていたら、こんな風になっていたのかなと思う部分は確かにあるけど、それが全てじゃない。
猛君を守るということは、私を守るということでもあるのだ。
辛いことからどう距離を取ればいいのか分からないのは私も同じ。
六年経った今でも分からない。
だけどこの子と一緒なら・・・・。
一人では無理なことも、二人なら乗り越えられるかもしれない。
私もこの子も傷を抱えているのは同じで、でもこれは傷の舐め合いなんかじゃなくて、互いに支えて行くことなんだ。
もし猛君がどうしても私と一緒にいたくないなら、無理に引き止めることは出来ない。
伊礼さんが帰って来た時、お父さんと二人がいいというのなら、そこに私の入る余地はないのだから。
・・・・心のどこかで願っている。
伊礼さんが帰って来ないことを。
そうすれば猛君とずっと一緒にいられる。
この子がいつか大人になるまでは・・・・、
「結子さん。」
不意に話しかけられて「え?」と間抜けな返事をしてしまった。
「午後から遊びに行ってきてもいい?」
「あ・・・・ああ!もちろん、うん!ずっと家にいたら息が詰まるもんね。友達と遊んできなよ。」
「夕方にはちゃんと帰って来るから。心配しないで。」
「この前約束したもんね。」
「ここにいる間は結子さんに心配かけたりしないから。」
ニコっと笑ったその笑顔は、年相応の素直なもので、なんだか矢で射抜かれたような気分になった。
私はこの子を守るつもりでいるけど、もしかしたら守られる側なんじゃないかって。
でもそれはダメだ、絶対に。
「私のことは心配しなくていいから。門限は六時、それまで帰って来たらいいから。余計なこと考えずに遊んでおいで。」
これ以上この子に何かを背負わせたりしてはいけない。
ご飯を終え、食器を洗おうとするのを「いいからいいから」と止めて、遊びに行くように急かした。
一度部屋に戻った猛君は、上着だけ替えて出てきた。
デニム調の肩掛けカバンがよく似合っている。
「お小遣い持ってる?」
「いいよ、平気。」
「ちょっと待ってて。」
タンスの財布から三千円取り出し、「これで足りる?」と差し出した。
「いいよ別に。僕そんなに使わないし。」
「遠慮しなくていいのに。」
「そんなんじゃないって。」
「いいからいいから。」
ギュっと握らせる。
「じゃあ・・・・。」
中学生らしいマジックテープの財布にしまって、「行ってきます」と玄関へ向かっていく。
背は私より高い、でも身体つきはまだまだ華奢である。
腰を下ろし、靴を履くその背中を見ていると、言いようのない不安に駆られた。
このまま二度と戻って来ないんじゃないかって・・・・・。
「帰って来るよね?」
気がつけば尋ねていた。
猛君はキョトンとした目をする。でもすぐに「大丈夫だよ」と言った。
「ちゃんと六時までに帰って来るって。」
「ほんとに?」
「うん、絶対。」
ニコっと笑って見せる。まるで私を安心させるかのように。
「行ってきます。」
パタンとドアが閉じられる。
私はしばらく立ち尽くしたままで、膨れ上がる不安と格闘していた。
数分後、弾かれるようにドアの外へ駆け出した。
通路から下を見渡すと、猛君がちょうどマンションを出ていくところだった。
細い道をテクテク歩いて、西の方へと遠ざかっていく。
すると物陰から二人の男性が出てきて、尾行するかのようにあとをつけていった。
こうして見るとものすごく怪しいけど、あの二人は伊礼さんが頼んだ護衛の人たちだ。
あと二人マンションの近くに隠れていて、私が出かける時もこっそりついて来る。
護衛を付けるなんて言われた時は怖かったけど、今は良かったと思っている。
私はともかく猛君の心配をせずにすむ。
守ってくれる人がいるなら、伊礼さんみたいに誘拐されることはないだろう。
猛君は安全だ。
なのに不安はどんどん膨らんでいくばかりで、部屋に戻っても落ち着かない。
虫の知らせというか第六感というか、とにかく嫌な何かがこみ上げてくる。
「・・・・ダメだ!やっぱりこのままじゃ・・・・、」
きっと猛君は戻って来ない。
このまま放っておけば二度と会うことがないような気がした。
すぐに電話を掛ける。
しかし出なかった。気づかないのだろうか。
数回のコールの後に留守番電話サービスに繋がるだけで、すぐに帰って来るようにとメッセージを残しておいた。
しばらく待ってみたけど返信はない。
このままじっとしていられないので、自分から迎えに行くことにした。
あの子はマンションの西側へ向かっていった。
駅のある方角だ。
電車に乗るつもりなのかもしれない。
なら車で追いかけよう。
服を着替え、急いで部屋を出る。
エレベーターに乗り、マンションの外へ駆け出し、すぐ隣にある駐車場へ向かう。
すると植え込みの陰に一組みの男女がいた。
カップルではない、護衛の人たちだ。
女性の方がケータイを耳に当てながら神妙な顔をしている。
男性の方も腕を組んで険しい表情だ。
何かあったんだろうかと思いながら車に乗り込む。
発進させればあの人たちもついてくるだろう。
自分たちの車に乗って、少し離れてあとを追って来るのだ。
しかし今日は違った。
私が車に乗っても、向こうは乗ろうとしない。
神妙な顔のままケータイを耳に当てているだけだ。
・・・・少し気になる。
車の中から様子を窺っていると、女性は電話を切ってこちらに走って来た。
どうやら私がいることには気づいていたらしい。
コンコンとノックされてウィンドウを下ろす。
「はい?」
「すみません、ちょっといいですか?」
低い声色で話しかけてくるので、グっと身構えてしまう。
「もしかして伊礼さんに何かあったんですか?また誘拐されたとか・・・・、」
彼が戻って来なければずっと猛君といられると願っていたのに、もしまた誘拐なんてことになったら・・・と思うと、身が竦んできた。
身の周りでそういう犯罪が何度も起きるなんて認めたくないし、何より猛君が悲しむ。
あの子は感情を表に出さないだけで、中身は恐ろしいほど繊細なのだから。
自分だって辛い状況にありながら、私を気遣うのはそのせいだ。
どうかまた誘拐なんて起きていませんようにと願いながら、話の先を待った。
「竹下結子さんですよね?」
「え?」
なんで?と思った。
だってこの人たちは私のことを知っているはずだ。
護衛に来た日に挨拶しているんだから。
「あの・・・この前自己紹介しましたよね?」
「いえ、初対面ですよ。」
女性はニコリと笑う。
私は背筋が凍りそうだった。
なぜならいきなり男性の声に変わったからだ。
それどころか・・・・、
「い、いや!なに・・・・、」
女性の身体が見る見るうちに膨れていく。
そして・・・・・、
「悪いがしばらく身柄を預からせてもらうぞ。」
まるでプロレスラーみたいな体格の良い男性に変わっていた。
そのせいでスーツは引き裂け、彫刻みたいなすごい筋肉がむき出しになって・・・・。
「いや!誰か・・・・・、」
叫びかけた瞬間、男性の指が私の顎に当てられた。
そしてわずかに衝撃が走ったかと思うと・・・・、
「あ・・・・、」
頭の中がグラグラと揺れた。
まるでシェイクされているみたいに、奇妙なほど心地良くなってくる。
同時に意識が朦朧としてきて、視界が霞んでいった。
眠るように力が抜けて、また悪夢を見るんだって憂鬱になってくる。
いや、そんなことよりも怖いのは・・・・、
《これって・・・・今度は私がさらわれて・・・・、》
滲んでいく視界の中、プロレスラーみたいな男が般若のように睨んでいた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第二十話 鬼の怒り(2)

  • 2018.09.01 Saturday
  • 11:37

JUGEMテーマ:自作小説

ハリマ販売所はおそろしくボロい店だった。
貸ビルの一階に入っているこの店は、よく潰れないなと感心するほどの佇まいである。
私は少し離れた場所に車をとめ、存続理由が謎のこの店を見張っていた。
「いませんね冴木の奴。」
部下が助手席から言う。飯を食いながら。
こんな狭い場所でニンニク入りのカレーを食うとはどういう神経をしているのか?
「店には女二人だけか。」
「たしか箕輪って奴と栗川って奴ですね。」
「・・・・・・・。」
「どうしました?」
「・・・もう一人いるようだ。」
「え?どこ?」
「奥から出てきた。とんでもない奴がな。」
部下は「どれどれ」と首を伸ばす。そして「マジで・・・」と青ざめた。
「たまき・・・・。」
「アイツめ・・・・どうしてこんな場所に。」
「なんか仕事してますね。商品並べたり。」
「・・・・・・・。」
「鬼神川さん?なにムスっとしてるんですか?」
「たまきは・・・・向こうに組みしているというわけか。」
カグラを去ったあの女、稲松文具側に付いているらしい。
ということはつまり・・・・、
「伊礼や冴木と手を組んでいるというのか。神獣ともあろう者があんな人間風情に。」
苛立ちがこみ上げる。
馬鹿なサルどもに組みしていったいなんの益があるというのか?
やはりあの女は変わり者だ。
「ねえ鬼神川さん。」
「なんだ?」
「ここから離れましょう。すぐに気づかれますって。」
「そうだな。悔しいが奴がいる以上はどうにも出来ん。」
戦いになれば勝ち目はなく、追いかけられれば逃げ切ることも無理だろう。
俺たちの側で奴と対等に渡り合えるのはカマクラ家具の葛之葉公子しかいない。
いないのだが、俺たちの為に腰を上げるような女ではない。
こちらから土下座して、さらに大金を積んで、ようやく手を貸そうかというくらいのものだろう。
たまきはまだこちらに気づいていない。
今のうちに車を走らせ、ハリマ販売所から遠ざかった。
「どうします?次は冴木のアパートに行ってみますか?」
「いや。」
「じゃあ靴キングに?」
「そこにも行かん。」
「ええっと・・・じゃあ会社に戻りますか?」
「帰らん。」
「なんか駄々っ子みたいですよ鬼神川さん。」
「子供の頃そう言われていた。」
「じゃあ幼児退行ですか?」
「黙れ。」
うるさい部下を無視して車を走らせる。
バイパスに乗り、姫道市の隣にあるさらに大きな街へと向かう。
一時間後、ある会社へとやって来た。
新幹線が停まる大きな駅、そこから伸びる一本の国道、その真正面に巨大なビルがそびえている。
ここは我が社のライバルであり、同時に協力関係にもある大企業、カマクラ家具の本社。
地上60階、高さ250メートル、全面ガラス張り、嫌でも目につく巨大なこのビルには多くの霊獣が働いている。
何しろ社長の葛之葉公子からして人間ではないのだ。
それを支える重役たちも人間ではない。
専務の瀞川、常務の豊川、取締役の安志、会社のトップは全て霊獣である。
「なんでここに?」
部下が不思議そうに言う。
私は無言のままカマクラ家具の本社へと入った。
エントランスのような巨大な入口、その奥にはモデルのような美形の男が二人、受付にいた。
「カグラの鬼神川だ。葛之葉社長に取り次いでもらいたい。」
男たちは固まる。
どうやら私を怖がっているようだ。
《人間か。》
何も事情を知らない下っ端である。
もう一度「社長に取り次いでもらいたい」と言った。
「お、お名前はカグラの鬼神川様で・・・、」
「二度言わせるな。」
「申し訳ありませんがアポはの方は・・・・、」
「取っていない。」
「ではお取り次ぎは致しかね・・・・、」
「カグラの鬼神川と伝えれば分かる。さっさとしろ。」
軽くテーブルを叩く。
大きな音がして男はさらに竦み上がった。
すると部下が「脅してどうすんですか」と止めた。
「こいつただの人間でしょ・・・・。」
肘を引っ張りながら小声で言う。
「だからどうした」とその手を振り払った。
「早急に葛之葉公子に会わねばならん。」
「なんでです?」
「たまきだ。あの女がウロウロしているとなれば、こちらも迂闊には動けん。」
「そりゃまあね、あいつに対抗出来るとしたら葛之葉公子だけでしょうけど。でも俺たちだけ来たところで会っちゃくれませんって。
ウチの社長から取り次いでもらわないと・・・・、」
「うつけか貴様!」
またテーブルを叩く。
少々力んでしまったので、大理石のテーブルにヒビが入ってしまった。
受付の男は怯えきり、目も合わせようとしない。
「社長はご立腹だ。我々だけで失態を挽回せなばならん。」
「まあ今のこのこ戻ったらぶっ殺されるでしょうね。」
「我々だけで葛之葉公子に会うのだ。そしてどうにか説得し、たまきを抑え込んでもらう。」
「だから俺たちの言うことなんて聞いてくれるタマじゃないですって。」
「手ぶらならな。」
「ん?何か手土産でも?」
「ああ、大企業のご令嬢だ。」
「ええっと・・・まさかそれって・・・、」
言いかける部下の口を押さえ、「早く取り次げ」と受付の男に言う。
するとあろうことか警備員を呼び寄せた。
私より一回り小柄なガードマンが四人、こちらへ迫って来る。
「あんなものを呼べと言った覚えはないが?」
そう睨んでやると、テーブルの下に隠れてしまった。
《ふん!情けない。》
こんなガードマンごときどうということはないが、ここで暴れるのは避けたい。
どうしたものかと悩んでいるうちに取り囲まれてしまった。
「すいませんがちょっとこちらへよろしいですか?」
一人が外に手を向ける。
見たところ・・・・霊獣のようだ。
しかし私よりも遥かに位は低く、片手で捻り潰せるだろう。
「殺気出しすぎですよ。こんなとこで喧嘩しちゃマズいですって。」
「喧嘩などせん。向こうから手を出さん限りはな。」
こちらから詰め寄り、じっと目を見返してやる。
正面から視線がぶつかって数秒後、ガードマンは一歩後ずさった。
「あんた何者・・・?人間じゃあないよな。」
「カグラの副社長、鬼神川という。」
「え!あの鬼火の狐と呼ばれた武闘派の・・・・、」
「余計なことは口走るな。」
思わず手が出る。
コツンと殴っただけなのだが、数メートル先に吹っ飛んでいった。
唖然とする他の警備員たち。
慌てて警棒を抜き、「う、動くな!」と裏返った声で威嚇した。
私は近くにいた一人の警棒を掴み、少し力を入れて握り締めた。
手を離すとぺちゃんこにひしゃげており、その警備員は青ざめた顔で警棒を落とした。
すると別の一人が「抵抗すると痛い目に遭うぞ!」と銃を向けた。
実弾を発射する銃ではない。
電撃で相手を痺れさせるテーザー銃というやつだ。
はて、警備員がこんな物を所持してもいいのか?
少し考えたが、ここは葛之葉公子率いる巨大企業。
建物の中はある種の治外法権なのかもしれない。
震えながら銃を向ける警備員に向かって「撃たんのか?」と詰め寄る。
距離が近くなるにつれて震えが増し、そのせいで引き金を引いてしまっていた。
「あ・・・」と言った瞬間には有線式の針が発射され、私の首に刺さっていた。
そして電流が流れる。
スタンガンの一種であるこの銃、電圧は10万から20万ボルトというところだろう。
うむ、ビリっとくる。
しかしそれだけである。
私にダメージを与えるには温い。
首に刺さった針を抜き、銃を持つ警備員に突き刺す。
「ぎゃッ・・・・、」
短い悲鳴の後、額を押さえてうずくまっていた。
残るは一人、振り返ると一目散に逃げ出していった。
実に他愛ない。
仮にも霊獣ならもう少し根性を見せてほしいものだ。
「結局暴れてるじゃないですか。」
部下がため息をつく。
「成り行きだ」と返した。
「これじゃ絶対に葛之葉公子に会えないですよ。」
「そうとも限らんぞ。」
エントランスの奥にある階段を指差す。
その向こうには取り巻きを従える妖艶な美女がいた。
葛之葉公子である。
スーツなのか和服なのかよく分からない服を着ているのはいつものことだ。
長い髪を耳の後ろへかき上げながらヒラヒラと手を振った。
「誰が暴れてるのかと思えば、カグラの副社長じゃない。」
静かだが棘を感じさせる声もいつものことで、取り巻きの重役を引き連れてこちらへ下りてきた。
ノックアウトされた警備員を見つめながら、口元に手を当ててクスクスと笑う。
「いきなり人のお城へ来て暴れるなんて。鬼の狐火らしいわね。」
「成り行き上こうなってしまった。申し訳ない。」
「いいわよ別に。それ対人間用の警備員だから。あなたに敵うタマじゃないものね。」
なんでもないことのように言い、ふと表情を引き締める。
「で、なんの御用かしら?」
また髪をかき上げる。
両方の耳があらわになり、さらに妖艶さを増した。
「実は折り入って話が。」
「もしかして伊礼とかいう人間が逃げ出したこと?」
「ご存知だったのですか!」
「オタクの社長から電話があってね。ブチブチ愚痴ってたわ。」
部下と顔を見合わせる。
なぜ社長が?と思ったが、あの御方ならやりかねない。
私は「お恥ずかしい話で」と頭を下げた。
「嫌よね、使えない部下って。アタシならその場で殺しちゃうかも。」
今度は口元を隠さずに大笑いした。
「悪趣味ですよね、社長・・・・。」
「し!黙ってろ。」
部下の頭を抑え込む。
下の者が失態を犯した時、社長はわざとそれを煽ることがある。
恥をかかせる為に。
「オタクの社長、人間のクセにかなりのやり手だもの。きっと私より器が大きいのね。」
「あの御方は楽しんでおられるだけで・・・・、」
「楽しむ?」
「部下がもがくのを。」
「ああ、なるほど。良い趣味ね。」
クスっと微笑み、「それじゃ」と去って行く。
「好きなだけゆっくりしていって。でももう暴れないようにね。」
倒れた警備員を尻目に、ヒラヒラと手を振りながら去って行く。
「葛之葉社長。」
呼び止めると無言で振り返った。
わずかに微笑んでいるその目は、これから私が何を切り出そうとしているかを見透かしている目だった。
「実は困っていることがあります。」
葛之葉公子は笑みをたたえたまま私の言葉を待つ。
「どうか手を貸して頂きたい。」
「見返りは?」
私の言葉に重ねるように返してくる。
「伊礼には逃げられたが、もう一人の人質はまだ残っている。」
「北川翔子?」
「そうです。あの娘を譲ります。」
「・・・・・・・・。」
「その代わりたまきを抑え込んでほしい。」
「あの猫神をねえ・・・・。」
「奴は稲松文具に組みしています。伊礼たちに協力しているらしい。」
「要するにたまきが怖いから守ってくれってことね。」
「そう言われては身も蓋もない。」
「鬼と呼ばれた男も、さすがにあの猫神にはビビってるわけね。」
「奴は高位の神獣、私では太刀打ち出来ません。」
「強敵よね。私だって事を構えたくないんだけど?」
「その見返りとしての北川翔子です。」
「使い道はあるわね。」
「父である稲松文具会長は、目に入れても痛くないほど溺愛していると聞く。あの娘を手中に収めている限り、なんでも言うことを聞いてくれるでしょう。」
「ならあなたがやればいいじゃない。思い通りに稲松文具を動かして、敵対する者さえ掌握できるわ。」
「それが出来ればいいのですが、なにぶん私は・・・・、」
「分かってる、腕っ節は強くてもオツムの方がね。」
頭に指をさしながら馬鹿にしたようにほくそえむ。
「武闘派っていうのは飼い主がいてこそだもの。北川翔子なんていいオモチャを持ってても使いこなせない。」
「おっしゃるとおりです。」
「オタクの社長は冷たいから、部下が泣きついてきても知らん顔だろうし。」
「ですからあなたにお願いしたい。あの娘をお譲りします。その代わりどうかたまきを・・・・、」
「イヤ。」
「なぜ!」
てっきり引き受けてくれるものと思っていた。
この女は強欲だ。
あの娘を道具にすれば、稲松文具からいくらでも金を引き出せるだろうに。
納得のいかない私の顔を察してか、「前社長がね・・・」と呟いた。
「あんまり派手なことはするなって。」
「もう出獄したので?」
「あとちょっとね。でも手紙のやりとりくらいなら出来るわ。」
「九ノ尾吉音・・・・前社長であり、稲荷の頂点に君臨していた女、ダキニ。」
たまきに匹敵する神獣である。
だが今はとある事情で幽閉されていた。
それが戻って来るとなると・・・・、
「私はもうじき引退。やっとドブ臭い人間の世からおさらば出来るわ。」
うんざりしたように首を振っている。
「どうせ欲深い人間の世にいるんだもの。向こうに帰るまではこのドブ臭さを楽しむに限るわ。」
なるほど、この女は散財癖があると聞くが、あくまで浮世の暇つぶしらしい。
だが・・・・、
「葛之葉社長!」
彼女は無言のまま去っていく。
追いかけようとすると取り巻きが立ちはだかった。
「どけ!怪我をするぞ!」
「私たち相手に暴れると?」
専務の瀞川が言う。
「そこに転がっている警備員相手ならともかく、我々は社長直々の部下です。あなたが困ることになりますよ。」
嫌味な笑みで挑発する。
私は「貴様・・・」と詰め寄った。
「10年前までは私の部下だった分際で・・・・、」
「あの頃は技術主任、ですが今はここの専務です。偉くなったでしょう?」
「出世したならその嫌味な笑いを治したらどうだ?見ているだけで苛立ってくる。」
「それはこっちのセリフだ。」
「なんだと?」
タメ口と生意気な態度に怒りが沸いてくる。
部下が「ダメですよ!」と腕を引っ張った。
「さすがにそいつら相手に暴れちゃマズいです!」
「誰も暴れたりせん!」
「その割には顔のパーツが思いっきり真ん中に寄ってますって。お願いだから落ち着いて下さいよ。」
私をヤンチャ小僧とでも思っているのだろうか?
昔なら容赦なく叩き伏せたが今は違う。
相手を考えずに暴れるほど馬鹿ではない。
「鬼神川さん。」
瀞川は睨みながら顔を近づけてくる。
このヘラヘラした顔・・・・本気で叩きのめしたくなるが、グっと拳を堪える。
「俺がカグラにいた頃、ずいぶんコキ使ってくれましたよね。」
「それがどうした?」
「一年で売上を5倍にしろとか、そのクセにコストは3分の1に減らせとか。」
「だからそれがどうした?」
「あの時はなんちゅう無茶をってムカつきましたよ。でもアンタの命令とあっちゃっやるしかない。だから俺たちゃ頑張ったんですよ、なあ?」
そう言って後ろにいる取締役の安志を振り返った。
この男もかつてはカグラにいた。
瀞川の補佐役として。
「アンタの無茶な命令を実現する為に、俺たちゃ必死で頭を捻った。そして今までにない新しい技術を開発したんだ。」
「プラズマカッターのことか?」
「高性能、高品質、量産性に優れる画期的な木材加工技術です。これによってカグラの売上は前年の10倍超、コストは7分の1ですんだ。」
「その技術のおかげで従来の技術に頼る必要がなくなったからな。機材も人材もカットすることが出来た。あの時は社長も大喜びだったぞ。」
「そりゃそうでしょ。なのにアンタときたら・・・・、」
これみよがしにため息をつく。
安志も険しい目で睨んでいた。
「俺たちが苦労してやり遂げたことを自分の手柄にしやがった。そのおかげであんたは技術部長から一気に副社長へ昇進。
けど俺たちには大した見返りはなかった。気持ち程度のボーナスだけで、出世もなしだ。」
「ふん、それがどうしたというんだ。昔のことをグチグチと情けない。」
「情けないだと・・・・・。」
瀞川の目の色が変わる。
嫌味な笑みを消し、喧嘩でも売るかのように睨んでくる。
それは安志も一緒で、二人で俺を取り囲んだ。
「やる気か?私は構わんぞ。」
ネクタイを緩めると、「はいはいそこまで」と常務の豊川が手を叩いた。
「瀞川さん、安志さん、ちょっと落ち着きましょ。」
憤る二人を押し下げてから私を振り返る。
「あなたもそう挑発しないで。」
「私は何もしていない。そいつらが勝手に熱くなっているだけだ。」
後ろで「ウソばっか」と部下が呟く。
腕を組みながら「ふん」と鼻を鳴らしてやった。
「とりあえず今日のところはお引き取り下さい。」
「どうしても無理か?葛之葉社長の手を借りることは。」
「今朝から機嫌が悪いんですよ、オークションで欲しい宝石が落とせなかったらしくて。明日になれば少し落ち着くかと思うんで、今日のところはこれで。」
「・・・・仕方あるまい。日を改めるとしよう。」
「行くぞ」と部下に顎をしゃくる。
「どうもすいません」と豊川に会釈していた。
私は途中で立ち止まり、瀞川と安志を振り返る。
「貴様らが私を恨んでいることはよく分かった。そのせいでカグラを離れ、カマクラ家具へ移ったことも。
しかし気になるのはその間のことだ。カマクラ家具へ移るまで8年以上の時間が空いている。いったい何をしていた?」
「さあね。」
「言えない何かがあるようだな。」
「霊獣の世界へ戻っていたとだけ言っておきますよ。」
「詳しく語る気はないわけか。・・・・まあいい。なんにせよ今日は葛之葉社長に話を聞いてもらうのは難しいようだ。
明日の朝一番にまた来る。次は必ず取り次いでもらうぞ。」
しっかりと釘を刺し、カマクラ家具を後にする。
運転席に乗ろうとすると、「代わりますよ」と部下が言った。
「怒ってる時は運転が荒いから。」
「ふん。」
いつまで経っても上達しない部下の運転に揺られながら、今後のことを考える。
このまま伊礼たちを放っておけば、さらにこちらの腹を探ってくるだろう。
あの男、散々痛めつけてやったにも関わらず、どこまで我々のことを掴んでいるのか決して吐かなかった。
これ以上うろちょろされては面倒だ。
いつ我々の核心部分に触れられるか・・・・・。
最悪は力で叩きのめすことも考えていたが、たまきが味方しているとなればそれも難しい。
こんなことになるならば、最初から腕力で抹殺しておけばよかった。
たかが人間に力を振るうのはプライドが許さなかったが、ここまで来てはそうも言っていられない。
明日、なんとしても葛之葉公子の協力を取り付け、たまきへの当て馬としたい。
その間に私が邪魔な人間どもを・・・・・、
「ケータイ鳴ってますよ。」
部下が言う。
「分かっている」と不機嫌に返しながら懐に手を突っ込んだ。
表示を見ると管恒雄からで、《あの男、また何かやらかしたのか?》と眉間に皺が寄った。
良い予感はしないが無視するわけにもいかず、「なんだ?」と威圧的な声が出た。
『もしもし!大変です!』
「今度は何をやらかした?」
『け、警察が・・・・、』
「警察?」
『店を取り囲んでいるんです!』
「なんだと!?」
『おそらくここに北川翔子がいることがバレたみたいで。』
「・・・・・・・。」
ケータイを握り締めたまま固まる。
《私は大馬鹿者だ。伊礼を逃がしてしまったのだから、あの店に北川翔子を監禁していることが漏れるのは当然。
にも関わらず大事な人質をあそこに置いたままにするとは・・・・、》
葛之葉公子が言っていたことが蘇る。
私はオツムが弱いと・・・・。
部下が不安そうに「どうしたんですか?」と尋ねてくる。
「タカイデ・ココに警察が来ているようだ。すでに取り囲まれていると。」
「あちゃ〜!」
わざとらしく驚いている。
私は「どうすればいいのか・・・」と呟いた。
「私が行って警察を蹴散らすのは容易い。しかしそんな事をすれば・・・・、」
「さすがにそこを考えるオツムはあるんですね。」
「黙れ!貴様も案を出さんか。」
「そうですねえ・・・・とりあえず脅せばいいんじゃないですか?」
「脅す?誰を?」
「管恒雄を。なにがなんでも北川翔子を守れ。でなけりゃミンチにしてやるぞ!って。」
「なるほど・・・それは良い案だな。」
持つべきものは頭の回る部下。
私はすぐに管を脅した。
「いいかよく聞け!今からそちらに向かう。それまでなんとしても北川翔子を渡すな。」
『渡すなって・・・・もう警察が踏み込んできそうなんですが・・・、』
「警察だろうと相手は人間だ。お前なら充分叩き伏せられるだろう?」
『ちょっと待って下さい!そんなことしたら私はどうなっちゃうんですか!もうこっちの世界にいられなくなる!』
「それで?」
『それでって・・・・、』
「霊獣の世界へ帰ればいいだけだろう?」
『そんな!だって私はアンタの為にここまで付き合ったんですよ!人間の世界を霊獣の世界に変えようって言い出したのはアンタじゃないですか!
上手くいけば私を神獣の位に上げてやるからって・・・・、』
「もちろんだ。しかし今お前が踏ん張ってくれなければ北川翔子を奪われてしまう。
そうなれば再びさらうのは困難だろう。なにせ向こうにはたまきが付いているからな。」
『たまきが!』
「いいか管、私の言う通りにするんだ。そうすれば悪いようにはしない。とにかく北川翔子を守り抜け。
もし奪われるようなことがあったら、霊獣の世界まで追いかけて貴様を殺す。」
『殺すってそんな・・・・、』
「すぐにそちらへ向かう。それまでの辛抱だ、いいな。」
『ちょっと待って下さい!アンタはいっつもそうやって無理ばっかり言って・・・・、』
「泣き言は無用。私の命令は絶対だ。」
返事を聞かずに電話を切る。
部下が「これで大丈夫でしょう」と笑った。
「そんだけ脅せばなにがなんでも守りぬくはずです。」
「警察相手に大立ち回りをやるだろう。だがそれは奴が勝手にしでかしたこと。我々は関係ない。」
「その通りです。管はカグラの者じゃないですからね、表向きは。」
その通りだ。
奴はタカイデ・ココのオーナーであって、カグラの社員ではない。
全ての責任を押し付けてしまえばいい。
だが・・・・、
《奴も私に恨みを抱くだろうな、瀞川や安志のように。後々敵に回られても厄介だ。そうなる前に始末しておくか。》
使えない駒は処分するに限る。
敵に回りそうな者も潰しておくに限る。
全ては大いなる目的の為に。
「鬼神川さん、なに笑ってるんですか?」
言われてルームミラーを覗いてみる。
顔が般若になっていた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十九話 鬼の怒り(1)

  • 2018.08.31 Friday
  • 13:44

JUGEMテーマ:自作小説

「鬼神川さん、スーツが破けてますよ。」
部下が言う。
見ると脇の後ろに裂け目があった。
「またか。」
袖を掴み、ビっと引きちぎる。
今年に入ってこれで五着目。
仕立て屋には丈夫に作るように言ってあるのだが、毎度私の筋肉に力負けしてしまう。
この前などただしゃがんだだけで背中から裂けてしまった。
有名ブランドが聞いて呆れる。
片方だけ袖がないのはバランスが悪いので、もう片方も引きちぎる。
すると脇腹の辺りまで裂けてしまったので、全てゴミ箱に突っ込んだ。
「鬼神川さん、マッチョすぎます。」
部下が笑う。
「黙れ!」と怒鳴って、副社長室を出て行った。
廊下ですれ違う社員は、私を見る度に背筋を伸ばして挨拶をしてくる。
そんな風にしろと教育した覚えはないのだが、どうも私に怯えているらしい。
「鬼神川さん、顔が怖すぎます。」
「うるさい。」
「たまには笑ったらどうですか?」
「しょっちゅう笑っている。」
「え?あの般若みたいな顔で?」
「般若?お前には笑顔に見えないのか?」
「アレが笑顔に見える奴は目がおかしいと思いますよ。」
「ふん!どいつも見る目のない。」
エレベーターに乗り、一個上の社長室まで向かう。
秘書も私を見るなり立ち上がって背筋を伸ばした。
「鬼神川さん、顔が般若ですよ。」
「もう言うな。」
うるさい部下を受け流し、「入ります」と社長室のドアを開けた。
「お呼びでしょうか?」
こちらに背中を向けている社長に尋ねる。
すると椅子を回して、「うう・・・」と唸った。
「どうしました?」
「このアイテム・・・・課金すべきかどうか迷ってるんだ。」
カグラ社長、伊藤秀典は眉間に皺を寄せながら悩んでいた。
歳は50だが外見は30代にしか見えず、足が長いので160という実際の身長よりも高く見える。
インテリでありながらギャグ漫画を好み、社長でありながら課金をケチる守銭奴でもある。
何もかもちぐはぐな男ではあるが、経営者としての腕は超一流で、たった一代でカグラを興し、上場企業にまで育て上げた。
その辣腕ぶりは本社の会長でさえ舌を巻くほどだが、真面目に働くことは少ない。
「う〜ん・・・・やっぱガチャっとくか。」
どうやら課金するらしい。
このように常日頃遊びに興じ、仕事のほとんどは部下任せだ。
それでも皆が言うことを聞くのは、一度腰を上げれば他を寄せ付けないほどの力を発揮するからである。
実は一時間ほど前のこと、社長直々に電話が掛かってきた。
『ちょっと上まで来てチョンマゲ。』
向こうから呼び出すとは珍しい。
部下と顔を見合わせ、これは緊急事態だぞと気を引き締めている次第である。
「社長、ご用件は?」
「ちょっと待って!もっかいガチャるか考え中だから。」
しばらく待つ。
数分後、「クソゲーじゃねえか!」とスマホを叩きつけた。
どうやらお目当てのアイテムだかキャラクターが手に入らなかったらしい。
「社長、そのゲームって10万つぎ込んでもレアは出ないそうですよ。」
部下が助言を出す。
社長は「マジで?」と顔をしかめていた。
「マジです。ゲーム好きの友人が言ってましたから。」
「まだ1000円くらいしかつぎ込んでないや。200時間やってるけど。」
「レアが出ないと孤島のダンジョンは行けないそうですよ。」
「その友達はいくらつぎ込んだら出たの?」
「30万くらいと言っていました。」
「あ、そ。じゃあ他のやろ。」
引き出しから携帯ゲーム機を取り出し、再び遊びに熱中し始めた。
「社長、ご用件は?」
「え?」
「用があってお呼びになられたのでは?」
「・・・・ああ!あるよ、あるある。」
小用でも思い出したみたいに言うが、社長直々の呼び出しである。
急を要する事態が起きていることは間違いない。
「逃げちゃったんだって。」
「逃げる?」
「伊礼誠。」
「なんと!?」
「正確には仲間が助けに来たみたいよ。」
「仲間が・・・・いつですか?」
「今日の明け方。」
「まさか・・・たまきの仕業で?」
「アイツじゃないよ。」
「じゃあいったいどこの誰が・・・・、」
「冴木晴香。」
「冴木・・・・元社長?」
「そ。」
「あの男が一人で?」
「そう聞いてる。」
「馬鹿な・・・・あの無能が・・・・、」
「無能じゃない。超人的な記憶力を持ってる。」
「だからといってアイツ一人では・・・・、」
「可能だと思うよ。だってアイツあの店で接待受けてたんだろ?」
「・・・・間取りを覚えていたのか?防犯カメラの位置も。」
「拉致った奴はアホだよな。監禁するなら敵の知らない場所にすればいいのに。」
「・・・・・・。」
「指示したのはお前だろ?」
「ええ。」
「アホ。」
ゲーム機を投げつけてくる。
私の額に弾かれて床に転がっていった。
「面倒なことになるよこれ。」
「申し訳ありません。」
「司令塔の伊礼さえ確保しておけば問題ない。そう言ったのはお前だよ?」
「ええ。」
「逃げられちゃってんじゃん。一番大事な奴に。」
そう言って手を向けてくる。
私はゲーム機を拾い、恭しく差し出した。
「壊れてる。お前の石頭のせいで。」
「申し訳ありません。」
「今すぐゲームしたいなあ。」
「すぐに新しいものを。」
部下に目配せをすると、懐からまったく同じゲーム機を取り出した。
そいつにソフトを差し替え、「どうぞ」と差し出す。
「・・・・・・・。」
「社長?」
「お前さ・・・・、」
「はい。」
「3Dじゃないじゃんこれ。」
引き出しからリボルバー拳銃を取り出し、頭を目掛けて撃つ。
部下は「痛!」と額を押さえた。
「こんな骨董品いらねえよ。」
振りかぶって頭に投げつける。
「すぐ新しいの持ってこい。でないとこっちで撃つぞ?」
そう言って引き出しから紫色の弾丸を取り出した。
そいつを弾倉に込め、狙いを定める。
部下は青い顔をしながら固まるしかなかった。
「聞こえないの?早く持って来い。」
「は、はい!ただいま!」
いつもは軽い口調の奴が、軍人のように敬礼してから駆け出していった。
「ついでにお前。」
今度は私に銃口を向けてくる。
「なんでしょうか?」
「やること分かってるよな?」
「はい。」
「幸いまだ人質は残ってる。ボンボンの娘の方は。」
「北川翔子が?」
「伊礼を助け出すのが精一杯だったんだろうな。」
「彼女が残っているのであれば・・・・まだやり用が。」
「そうだよな。やり用がある。・・・・今度はよく考えて動けよ。」
引き金を引き、紫の弾丸を発射させる。
そいつは私の頬を掠め、皮膚と肉を抉っていった。
赤い血が足元に落ちていく。
「床が汚れる。さっさと出てけ。」
「・・・・・・・・。」
無言のまま頭を下げ、社長室を後にする。
入れ違いに部下がやってきて、ゲーム機片手に入っていった。
外で待っていると青い顔のまま出てきて、「ヤバかったですね」と肩を竦めた。
「危うく殺されるとこでした。」
「し!愚痴は私の部屋に戻ってからにしろ。」
エレベーターに乗り、一つ下の階へ下りていく。
副社長室に戻ると、とりあえずハンカチで頬を拭った。
「大丈夫ですか?」
「ああ。」
普通の弾丸ならなんてことないが、あの紫の弾丸は遠慮したい。
位の高い霊獣ですら殺せる力があるのだから。
鏡を見ると思っていたよりも抉れている。
完治するまでしばらく掛かりそうだ。
「社長がご立腹なのは当然だ。まさか伊礼が逃げ出すとは。」
「まさかまさかの展開ですね。しかも冴木のせいでって。」
「少し見くびっていたか。」
無能は無能でもただの無能ではないことは知っていたが、まさか一人で伊礼を助け出すとは。
馬鹿なのか勇敢なのか?
どちらにせよ恐れ入る。
「すぐにタカイデ・ココに行くぞ。状況を確認したい。」
「その前に社長の愚痴を・・・・、」
「あとにしろ。」
すぐに車を用意させ、隣街の姫道市へ向かった。
駅から伸びる一本道、その先にある商店街の奧にあるタカイデ・ココ。
ドアを開け、「鬼神川だ!」と叫ぶと、オーナーの管恒雄がすっ飛んできた。
「鬼神川さん!大変です!伊礼が逃げ出して・・・・、」
「社長から聞いた。いったいどういうことだ?」
「どうもこうも・・・・、」
うろたえながら店の中を振り返る。
「冴木晴香ですよ。奴が裏口の通気口から侵入してきたようなんです。そして地下まで降りて隠し階段へ・・・・、」
「しかしあの階段はキツネの像を置いて隠していたはずだろう?」
「そうなんです、ええ。しかしどういうわけか見破られてしまいまして。」
「見破る?あの能天気な男が?」
「・・・・おそらくですが、以前に少しだけズレていたことがあったんです。その時にバレたのかも・・・・、」
「バカモン!」
管は「ひい!」と竦み上がる。
「奴は超人的な記憶力の持ち主なんだぞ!一度見たことは決して忘れない。なのに階段を隠す像がズレていたなど・・・・どういう管理をしてるんだ!!」
「も、申し訳ありません!!」
「頭を下げてすむことか!貴様・・・・最悪は社長に殺されるぞ。」
「そんな!」
「貴様は口達者で人当たりがいい。この店のオーナーとしてはうってつけだと思って抜擢してやったのに・・・・、」
「鬼神川副社長の推薦があってこそです!感謝しています!」
「だったらなぜこんな失態を犯した!営業部長をやっていた頃の10倍の給料を払っているんだぞ!」
「ほんとうに申し訳ありません!」
ただただ平に頭を下げている。
もっと優秀な男かと思っていたが、しょせんは口が上手いだけの二流だったようだ。
使いものにならん兵隊は処分するに限るが、今はこんな男の失態を責めている場合ではない。
「伊礼は冴木の手引きによって逃げたわけだな?」
「は、はい!営業時間外に忍び込み、上手く防犯カメラの位置を避けながら・・・・。」
「何もできずに逃がしてしまったわけか。」
「いえいえ!すぐに異変に気づいて私が駆けつけました。仕事が溜まっていたもので事務所に残ってまして・・・、」
「なるほど。駆けつけておきながら何も出来なかったと?」
「もちろん捕まえようとしました、はい!しかし冴木が拳銃を持っていたもので・・・・、」
「拳銃だと?」
「二発も食らってしまいました。普通の弾丸だったので痛い程度で済みましたが。」
「貴様の無事などどうでもいい!要するに抵抗されて捕まえられなかったということだな?」
「一度は伊礼を確保したんです!あんまり暴れるものだから少々手荒に。しかしその時に銃弾を食らってしまって。」
「言い訳はいい。何も出来なかったということだろう?」
一歩詰め寄ると、管は怯えながら後ずさり、床に頭をこすりつけた。
「ほんっとおおおに申し訳ありません!!」
「今すぐ貴様を絞め殺してやりたい。」
「いや、あの・・・・もう一人の方は守りましたので!」
「もう一人・・・・あの女だな?」
「冴木は北川翔子も連れ出そうとしていました。しかしそちらはどうにか阻止しましたので!」
「今はどこに?」
「地下の隠し部屋です!」
「案内しろ。」
「は・・・はは!」
慌てて立ち上がり、手もみをしながら地下へ下りていく。
隠し階段を塞ぐキツネ像をどかして、「どうぞ!」と先導していった。
薄暗い階段を下りながら「カマクラの連中はこのことを?」と尋ねた。
「いえ、まだ何も。」
「それでいい。」
「葛之葉公子に出てこられると厄介ですからねえ。何しろあの女は・・・・、」
「余計なことは言わんでいい。」
「は・・・はは!」
地下二階へ続く階段を下りると、その先は監獄のようになっている。
狭い廊下が伸びていて、左右に鉄製の扉がある。
ここはカグラに楯突くならず者を閉じ込めておく場所だ。
我が社の本業は家具の製造販売などではなく、霊獣の密猟。
そして捕まえた霊獣を売買するのがカマクラ家具だ。
要するにこの二社は犯罪組織であり、利害一致の協力関係にある。
ゆえに敵対する霊獣も多く、その中でも最も厄介なのが「たまき」という猫神であった。
あろうことかこの女は我が社に潜入していたのである。
玉木千里という架空の人間に化けて。
より位の高い霊獣は、下の位の霊獣に変化を見破られることはない。
残念ながら我がカグラにはたまきよりも高位の霊獣はおらず、たまきのへ変化を見破ることは出来なかった。
しかしカマクラ家具にはいたのである。
現社長の葛之葉公子。
たまきに勝るとも劣らない高位の霊獣である。
もし彼女がその正体を見破っていなければ、たまきはまだ我が社に潜入したままになっていただろう。
《たまきめ・・・・必ず貴様をここへブチ込んでやる。》
怒りを宿しながら、北川翔子が監禁されている部屋へ案内された。
重いドアを開くと、手足を縛られた状態でソファに寝かされていた。
鋭い目でこちらを睨むが、明らかに怯えが混じっている。
「外にいろ。」
管を追い払い、重い扉を閉める。
「北川部長補佐。」
名前を呼びながら近づくと、身を起こして逃げようとする。
「来ないでよ!」
恐怖と怒りの混じった声はか弱く、それでも弱いところを見せまいと健気に睨みつけている。
「怖がらないで下さい。何もしやしません。」
「人をさらったクセに何言ってるのよ!」
「・・・・冴木が来たそうですね?おかげで伊礼を奪われてしまいました。」
「あの二人は必ず助けに来てくれる!その時どうなるか分かってるんでしょうね。」
「父上に言いつけますか?カグラの連中に酷い目に遭わされたと。」
「そうよ!言っとくけど父は恐ろしいわよ。本気で怒ったらどうなるか・・・・、」
「じゅうぶん承知しています。」
向かいのテーブルに腰を下ろす。
腕を組むとシャツの脇が裂けてしまった。
まったく・・・・ガタイが良すぎるのも考えものである。
「伊礼さえ捕らえればあなた方の動きを封じることが出来ると思った。しかしその伊礼に逃げられてしまっては・・・・。」
「賄賂の件を調べ直していたら、あなたたちが怪しい商売をしてるんじゃないかって疑いが出てきたわ。」
「玉木ですか?余計なことを吹き込まれたんでしょう。」
「彼女の言い分をどこまで信用していいのか分からなかった。でもあなたは実際に人をさらった。こんな場所に監禁までしてね!」
一流ホテルのスイートルームのような部屋を睨みつけている。
ここは一つの上の階にあるVIPルームとはわけが違う。
ここはただの監禁部屋ではない。
上の階は人間をもてなす場所、ここは高位の霊獣をもてなす場所だ。
人間社会で商売をする霊獣は意外に多く、そういう方々と秘密のやりとりをする為の部屋でもあるのだ。
「鬼神川副社長、あなた達のやってることは犯罪よ。となると玉木さんの言っていた動物の密猟だって・・・・、」
「ええ、やっていますよ。」
「やっぱり!」
「というよりそっちが本業です。」
「玉木さんは言ってたわ。珍しい動物を捕まえては売り飛ばしているって。・・・・一つ聞かせてほしいんだけど、あなた達ってもしかして・・・・、」
「それも想像通りです。」
「じゃあやっぱり・・・・お稲荷さんとか化けタヌキとか、そういった類の・・・・、」
「正体は明かせませんが、不思議な動物とだけ言っておきます。」
テーブルから立ち上がり、北川翔子に詰め寄る。
「来ないでよ!」
こちらに足を向け、いつでも蹴り飛ばせるように屈ませた。
しかし人間の女の蹴りなど蚊に刺されたようなもの。
気にせずに詰め寄って行くと、私の迫力に怯えたのか反撃はとまった。
「な、何する気よ・・・・。」
「そう怯えないでいただきたい。」
「怖いに決まってるでしょ!」
「怯え方が尋常じゃありませんね。もしや・・・・何かされましたか?」
「うるさい!近づかないでって言ってるでしょ!!」
甲高い声を上げ、引きつった顔をしながら呼吸を荒くしている。
よく彼女を観察すると、胸元のボタンが幾つか外れていた。
「それ・・・・誰にやられたのですか?」
指をさすと、身をよじって隠した。
「管ですか?」
「・・・・・・・・。」
「オーナーのことです。あの男が何か?」
「・・・・・・・・。」
「まさかとは思うが・・・・、」
「違う!そんなことされてない!」
「奴は少々手癖が悪いところがありましてね。実は他にもさらった女がいるのですが、そっちにも手を出そうとしていたので強く叱ったのですよ。」
「他にもさらった女の人がいるの・・・・?」
さらに怯えている。
私は首を振った。
「正確には女というよりメスです。」
「ちょっと!そんな酷い言い方・・・・、」
「誤解しないで下さい。女性をなじったわけではありません。奴は本当にメスなのですよ。」
そう言って見つめていると、「それってまさか・・・・」と呟いた。
「密猟したってこと?不思議な動物を・・・・。」
「猫又です。聞いたことくらいあるでしょう?」
「たしか尻尾が二つに分かれた妖怪のことよね・・・・。」
「ええ。ただし密猟の為にさらったわけではありません。」
「・・・・その猫又は無事なの?」
「もちろん。人質としてさらったので、下手に傷つけるわけにはいきません。管のうつけは手を出そうとしましたが・・・・、」
「最低!なんでそういう酷いことを・・・・、」
「もちろんやめさせました。しかしあなたにも手を出していたとは・・・・、」
「だから違う!私はそんなことされてない!」
「ええ、分かっています。最後まではいかなかったのでしょう。途中で冴木がやって来たから。」
管は言っていた。
仕事が溜まっていたから店に残っていたと。
しかし実はそうではないのだろう。
店が終わり、誰もいなくなるのを待っていたのだ。
この女を目当てに。
私が北川翔子をさらったのは、本社が本腰を入れて動き出した時の為の保険である。
あそこまでの大企業を敵に回すと色々やりづらい。
しかしこの女がいれば会長に脅しをかけられる。
今は警察が動いているようだが、まだここへはたどり着いていない。
やって来たところで返り討ちにするだけだが。
「冴木のおかげでピンチを脱したのでしょう?おそらくですが、あの男はまずあなたを助け出そうとしたんじゃありませんか?
冴木はあなたに惚れていると聞く。ならば鬼上司よりもあなたを連れ戻すことを優先したはずだ。」
「冴木君はそんな子じゃないわ!優先順位をつけて誰かを助たりしない!」
「では管に襲われそうになったことは認めるわけだ?」
「そ、それはッ・・・・、」
「いいんですよ、誰にも言いません。」
「私は何もされてない!本当に何も・・・・、」
「ご自分でシャツのボタンを外したので?」
「これは転んだ時にたまたま・・・・、」
「転んでもシャツのボタンは外れません。もしかして・・・・本当は最後まで襲われてしまったのでは?」
「違う!違うってば!」
必死に喚いて否定する。
しかしそれこそが何かあったという証だ。
この女は高いプライドを持っている。
だからこそ管のような下衆に何かされたなどと認めたくないのだろう。
《使えるな、この女。》
知られたくない秘密があるということは弱みである。
プライドが高いのなら尚更に。
「大人しくしていれば手荒な真似はしません。これ以上管にも手出しはさせない。」
「違う!私はほんとになにも・・・・、」
うっすらと涙を浮かべている。
これは・・・やはりそういうことなのだろう。
とにかくこの女一人では何も出来まい。
部屋をあとにし、重い扉を閉める。
管が手もみをしながら駆け寄ってきて、「生意気な奴だったでしょう?」と嫌味な笑みを浮かべた。
「大人しそうに見えて意外と凶暴でして。」
「だろうな。」
私は管に鼻を近づけた。
獣の鼻は人間よりも鋭い。
些細な臭いさえ嗅ぎ分ける。
「あ、あの・・・・副社長?」
うろたえる管、額に冷や汗が流れていた。
「貴様・・・・・やはりあの女に手を出したな?」
「あ、え・・・・、」
「べっとりとあの女の臭いが付いている。」
「そ、そりゃ付いてますよ!なにせ逃げようとしてたもんですから取り押さえて・・・・、」
「お前が取り押さえようとしたのは伊礼ではなかったか?」
「あ!や・・・その・・・あの女もです、ええ!」
「なあ管よ・・・・。」
ポンと肩を叩く。
管は「痛ッ・・・・」と飛び上がった。
「貴様を処分しようと思っていたが、気が変わった。」
「へ?」
「何かあったと証明するには、手を出した犯人の証言が必要だ。」
「いや、ですから・・・・私は何も・・・・、」
「どこまでやったのかは知らん。だが汚そうとしたのは事実だろう?」
「め、滅相もない!大事な人質に手を出すなんてそんな・・・・、」
「ムクゲには出そうとしていたはずだが?」
「あ、あれは人間ではありませんから・・・・、」
「しかし大事な人質だ。たまきを牽制する為のな。」
「あ・・・う・・・・、」
ますます狼狽えている。
その情けない顔を見ていると殴り飛ばしたくなったが、グっと拳を堪えた。
「いいか?次にくだらない真似をしたらどうなるか・・・・、」
「に、二度といたしません!」
背筋を伸ばし、直立不動で宣言する。
私は「それでいい」と肩を叩いた。
「ぎゃあ!骨が・・・・、」
「用が出来たので引き上げる。何かあったらすぐに報告しろ。」
「は、はいいいい!」
ここまで脅せばもうやるまい。
人質は傷つければつけるほど価値が下がる。
無傷のままチラつかせるからこそ効果的なのだ。
店を出ると、外で待っていた部下が「どうでした?」と尋ねてきた。
「社長の仰った通りだ。伊礼には逃げられた。」
「あちゃ〜!」
「しかしまだ北川翔子がいる。あの小娘を利用しない手はない。」
「まさか会長を脅しにかかるんで?」
「いや・・・・冴木に対して使う。」
「あの男に?」
「無能の能天気かと思っていたが、思わぬダークホースかもしれん。」
車に乗り、ハリマ販売所へ向かっていく。
もしそこにいなかったら自宅へ向かおう。
そこにもいなかったとしたら・・・・おそらく靴キングだろう。
冴木は思っていたよりも優秀な男のようで、ならば味方に引き込む方が得策である。
命懸けで仲間を助けに来た勇敢な男だ。
管よりよほど仕事が出来る。
北川翔子という人質がいる限り、いや・・・・あの女に惚れている限り、冴木は私たちの言うことを聞く羽目になるだろう。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十八話 心を開けない少年(2)

  • 2018.08.30 Thursday
  • 11:25

JUGEMテーマ:自作小説

夜の公園でブランコに揺られる。
僕と、若い男の人と二人で。
隣のブランコに座るこの人は冴木晴香さん、半年前まで稲松文具の社長だったらしい。
とてもそうは見えないけど・・・・。
でも前にお父さんが言ってたっけ。
晩酌をしながら『冴木社長がもっとしっかりしてくれないと会社がままならん・・・・』とかなんとか愚痴ってたような気がする。
僕はお茶を、冴木さんは缶コーヒーを飲みながら、さっきまで色んなことを話していた。
やっぱりお父さんは誘拐されていたこと、それを助ける為に冴木さんが頑張ってくれていること。
そして・・・・僕が眠っていた二年間のこと。
『絶対に俺から聞いたって言うんじゃないぞ。』
そう釘を刺してから、誰も教えてくれなかった僕の過去を教えてくれた。
・・・・信じられないことだけど、小四から小六までの二年間、僕の身体は他人の魂に乗っ取られていたらしい。
その人はお父さんの大親友だったそうだ。
でも悪い奴の罠にハマって、交通事故に見せかけて殺されてしまった。
その人は生前にドナー登録をしていたそうで、ある少年に腎臓が提供された。
・・・そう、僕だ。
僕はその人のおかげで病気から解放された。
だけどもらったのは腎臓だけじゃなかった。
なぜか魂まで乗り移ってしまって、そのせいで二年間の眠りにつくことになった。
僕が眠っている間、その人は靴キングの社長として活躍していた。
当時は小学生社長誕生って話題になったらしい。
その人は自分を罠にハメた相手に復讐する為と、靴キングという会社を守る為に、僕の身体を借りて悪い奴と戦っていた。
そしてお父さんと冴木さんもその人と一緒に戦っていたそうだ。
とにかく大変な戦いだったけど、悪い奴を倒すことが出来た。
その瞬間、その人の魂は成仏して、僕が目を覚ましたってことらしい。
・・・・こんなの全然信じられない。
冴木さんはたぶん僕をからかっているんだろう。
でも何度聞いても同じ答えだから、ほんとのことを言うつもりはないんだって諦めた。
僕の眠っていた二年間のことは謎のままで、きっとこれからも謎のままなんだろう。
いつかは真実を知りたいけど、いつになったら分かるのか・・・・。
でもそれはとりあえず置いておこう。
いま一番気になっていることはお父さんの事だ。
冴木さんが言うには、月曜の朝にお父さんと会って、仕事の話をしていたそうだ。
お父さんは先に切り上げて、靴キングの配送センターから出て行った。
そしてそこから行方が分からなくなってしまったらしい。
『ある犯罪組織に誘拐されちゃったんだ。』
冴木さんはそう言った。
ちなみに行方が分からないのはお父さんだけじゃない。
その時一緒にいた北川さんって人も行方不明になっているらしい。
北川さんは稲松文具の会長の娘だから、警察は営利誘拐じゃないかって疑っているそうだけど、冴木さんが言うにはそうじゃないらしい。
お金が目的でさらったんじゃなくて、脅しが目的でさらったんだろうって。
稲松文具がその犯罪組織のことを調べ始めたから、これ以上首を突っ込むなって意味でさらったんだろうって。
『これ、俺じゃなくて草刈さんの考えなんだけどね。』
最後にそう付け加えていた。
僕は『草刈さんってこの人ですか?』と、この前もらった名刺を見せた。
すると『おお、これこれ!』と驚いていた。
『なんで君がこんなモン持ってるの?』
『草刈さんって人が学校まで来て渡していったんです。』
『あの人学校にまで乗り込んだのか!?』
『なんかすごい先生がヘコヘコしてました。』
『マジかよ!学校の先生まで脅すなんて・・・・最低な奴だな。』
『別に脅してはなかったけど・・・・。』
『いいや、アイツはそういうことする奴なんだ。俺だって社長時代に何度ケツを蹴っ飛ばされたか。』
『社長なのに蹴っ飛ばされるんですか?』
『普通はありえないだろ?でもあのオッサンはそういうことするんだよ。ありゃパワハラの塊だ。いつか訴えてやる。』
なんか知らないけどすごく怒っていた。
でもこの人が社長だったら、お尻を蹴っ飛ばしたくなるのも分かる気がする。
だって頼りなさそうだもん。
適当なことして平気で会社を潰してしまいそうだ。
まあ初対面の人にそんなこと言えないけど。
とにかく僕たちは色々話をして、今はギシギシとブランコに揺られている。
冴木さんは言った。
お父さんはきっと無事だろうって。
相手も馬鹿じゃないので、無駄な暴力は振るわないはずだって。
でも僕は心配だった。
だって犯罪組織なんて何をしでかすか分からない。
「あの、ひとつお願いがあるんですけど・・・・、」
「電話鳴ってない?」
冴木さんが僕のポケットを見る。
言われるまで気づかなくて、慌てて電話に出た。
結子さんからで『今どこにいるの?』と心配そうに言った。
『ちょっとコンビニに。ていうか今日は帰りが遅いんじゃなかったの?』
『早めに帰らせてもらったのよ。猛君がいるから。』
『僕もうそこまで子供じゃないけど・・・・、』
『なに言ってんの。中学生の子を夜遅くまでほっとけないわよ。もうご飯も出来てるからすぐ帰って来なさい。』
まるで母親みたいに言う。
でもちょっとそれを嬉しいと感じている自分がいた。
お父さんも結子さんも、もしかしたら僕にとって大切な人なのかもしれない。
いなくなっても構わないなんてウソで、ほんとは傍にいてくれることが嬉しいのかも。
「すぐ帰るから」と電話を切ってブランコから飛び降りた。
「あ、帰る?」
僕は「はい」と頷いてから、冴木さんにあるお願いをした。
「僕も仲間に入れて下さい。」
なんのことか分からなかったみたいでキョトンとしている。
だからもう一度言った。「仲間に入れて下さい」って。
ちょっと間が空いてから、「ええ!」と驚いていた。
「仲間って・・・・君もスパイになりたいってか?」
「僕はお父さんに無事に帰って来てほしいだけです。その犯罪組織とかはどうでもいい。」
「でも伊礼さんを助け出すってことは、その犯罪組織とも戦うってことになるよ?」
「分かってます。」
「分かってますって・・・・。あのね、さっきも説明したけどすごく怖い組織なんだよ。警察でさえ手こずってるんだから。」
「それも分かってます。会長さんがコネを使って警察を動かしてるんでしょ?」
「腕利きの刑事に来てもらってね。でも全然上手くいかないんだ。
だってその犯罪組織は普通じゃないからさ。なんていうかな・・・・とにかく普通じゃないんだよ、うん。」
そんな一人で頷かれても困ってしまうけど、僕の決意は変わらない。
「このままだとモヤモヤして気持ち悪くて嫌なんです。僕はお父さんに帰って来てほしい。」
これはお父さんの為っていうより自分の為かもしれない。
今のままだとずっとお腹が痛いままで、どんな事さえ楽しいと思えない。
すると冴木さんは「それ伊礼さんに聞かせてやりたいよ」と言った。
「あの人って仕事の時は鬼だけど、それ以外の時はけっこうナイーブなんだよな。
多分だけど、猛君とお父さんって上手くいってないだろ?」
「分かるんですか・・・・?」
「なんとなくな。」
冴木さんもブランコから飛び降り、ポンと僕の肩を叩いた。
「大丈夫、絶対にお父さんは助けるから。」
「はい!だから僕も手伝って・・・・、」
「それはNG。」
「なんでですか!」
「子供に犯罪組織と戦わせるわけにはいかないよ。伊礼さんが戻って来たとき俺が殺される。」
「でもじっとしてられないんです!どうでもいいと思ってた人なのに、今は心配で仕方なくて・・・・、」
「わかるよ、俺だっておんなじ気持ちだから。」
「冴木さんも?」
「だって俺の大事な人もさらわれてるから。北川課長・・・・あの人の為なら死んだって構わない。」
「もしかして北川さんって人のこと好きなんですか?」
「人じゃない、女神だ。」
「女神?」
「もしくは天使。」
「はあ・・・・。」
なんかよく分からないけど、それだけ好きってことなんだろう。
「課長も伊礼さんも必ず助ける。だから気持ちだけ受け取っとくよ。」
「どうしてもダメですか?僕も一緒に・・・・、」
「だって俺が伊礼さんに殺されるから。」
「そんなことさせませんから!」
「庇ってくれるのは嬉しいけど、でもやっぱり子供を関わらせるわけにはいかないよ。
猛君がいつもと変わらずに元気でいること。それが伊礼さんが一番望んでることだと思う。
心配で怖いのは分かるけど、ここはお父さんの気持ちを考えてあげてよ。」
「お父さんの気持ち?」
「どうして伊礼さんが君を引き取ったのか?それは自分の手で守りたいって思ったからさ。
だからいつでも君が元気でいることが一番嬉しいに決まってる。」
「・・・・・・・・。」
「納得いかないかもしれないけど、こればっかりは無理だから。もう遅いし家に帰ろう。」
そう言って「家どっち?」と公園から出て行く。
僕はしばらく立ち尽くしたままで、冴木さんは急かすように「お〜い!」と呼んだ。
その時また電話が掛かってきた。結子さんからだ。
『ちょっと猛君!いつまで出歩いてるの?』
「・・・・ごめん、すぐ帰る。」
『まさか変な人に絡まれたりしてないでしょうね?』
「平気だよ、たぶん良い人だから。」
『良い人って・・・・まさかほんとに変な人に絡まれて・・・・、」
「すぐ帰るから。心配しないで。』
『ちょっと猛君!たけ・・・・、』
電話を切り、「こっちです」と公園を出て行く。
冴木さんはマンションの前まで送ってくれて、「じゃあ俺はこれで」と手を振った。
「お父さんは絶対に助ける。それじゃまた。」
ちょっとカッコつけた感じで去って行く。
そこへマンションから結子さんが出て来て、「どこ行ってたの!」と怒った。
「もう七時半よ!こんな遅くまでほっつき歩いて!」
「ごめん、ちょっと外の空気を吸いたくて。」
「無理してるとまたお腹が痛くなるわよ。」
「平気だって。良い人と話して色々楽になったから。」
「やっぱり変な人に絡まれてたのね!大丈夫?何もされてない?」
「だから平気だって。子供だけじゃ危ないからってここまで送ってくれたし。」
「送る!?てことはここにいたの?」
「さっきまで。」
「どこ!?」
「そこ。」
去りゆく冴木さんを指さす。
すると結子さんは「待ちなさい!」と追いかけていった。
「あんた猛君に何したの!?」
「ぐぎょッ・・・・、」
思いっきり襟を引っ張っている。
冴木さんは「ちょ、ギブッ・・・」とタップするけど、結子さんは離そうとしなかった。
「子供を狙うなんて許せない!警察に突き出してやるわ!」
「く、首・・・・苦し・・・・、」
本気で苦しがっている。
僕は慌てて止めに入った。
「結子さん違うから!」
「猛君は隠れてなさい!」
「だから違うって!その人は良い人だから!」
「こんな夜に子供に絡む人が良い人なわけないでしょ!」
「その人は僕から声を掛けたんだって!稲松文具の人なんだよ!」
「へ?稲松文具・・・・?」
結子さんの力が緩む。
冴木さんはその隙に逃げ出した。
「なんなんだよいったい・・・・。」
ゴホゴホと咳をしながら結子さんを睨む。
「こっちは親切で送ってやったのに・・・・乱暴なオバハンだな。」
「オバハンですって!」
「ちょ、タンマ!」
「私はまだ29よ!オバハンじゃない!」
「ほんとだ。よく見れば若いな。雰囲気はオバハンっぽいけど・・・・、」
「まだ言うか!」
「冗談冗談!首締めないで!」
結子さんの攻撃をサッとかわし、慌てて逃げて行く。
「猛君!お父さんは絶対に助けるから!男の約束だ!」
そう言い残し、ものすごい速さで遠くに消えていった。
「あ、待て!」
悔しそうにする結子さんに、「帰ろうよ」と手を引っ張った。
「あの人はほんとに良い人だから。心配しなくて平気だよ。」
「20代に向かってオバハンなんて言う奴が良い人なもんか!」
「だっていきなり首を絞めるから。」
「今度会ったらタダじゃおかないわ!」
まるで猪みたいに鼻息を荒くしている。
「とにかく落ち着いて」と宥めて、マンションの中へ引っ張っていった。
部屋に戻ると「猛君!」と怒られた。
「今まで何してたの!?」
「だからコンビニに・・・・、」
「ウソ言わない!コンビニ行ってたならなんであんな人に送ってもらうの?」
「それは・・・・、」
「稲松文具の人とか言ってたけど、まさかまた草刈って人が会いに来たんじゃ・・・・、」
「違うよ、スーパーに買い物に行ったらさっきの人とぶつかったんだ。
胸に社員バッジをつけてたから、稲松文具の人だと思って話しかけただけ。ほんとだから。」
「ほんとに?」
「ほんとのほんと。」
「だったらどうしてこんなに帰りが遅いの?今まであの人と何してたの?」
「何って・・・・ちょっと話をしてただけだよ。」
「なにを話してたの?」
「ええっと・・・忘れた。」
「そんなわけないでしょ。ついさっきのことなのに。」
「でも忘れちゃったんだって。ほんとだから。」
なにを話してたかなんて言えない。
そんなこと言ったら余計に心配させるだけだから。
結子さんは何度もしつこかったけど、僕は適当に誤魔化した。
「・・・まあいいわ。とにかくご飯食べなさい。」
ちょっとだけ怒りが収まったみたいだ。
僕は黙々とご飯を食べながら、結子さんの顔色を窺った。
「美味しい?」
「うん。」
「育ち盛りなんだから遠慮せずにどんどん食べて。」
「うん。」
そう言って自分の唐揚げを二つ分けてくれた。
それは嬉しいんだけど、その後に嬉しくないことを言われた。
「ここにいる間は夜の外出は禁止ね。六時以降は家にいること。」
「え?」
「当たり前でしょ。いつまたあんな変な人に絡まれるか分からないんだから。」
「でも僕もう中二だよ?夜でも一人で大丈夫・・・・、」
「大丈夫なわけないでしょ。最近は子供が狙われる事件も多いんだから。もし何かあったらって思うと・・・・、」
そう言いかけて急に黙る。
俯いて悲しそうな顔をしながら。
結子さんがこういう顔をする時は、決まって亡くなった家族のことを思い出しているんだ。
結子さんは大学生の時に結婚して子供を産んだ。
できちゃった婚ってやつだ。
親には反対されたけど、絶対に産むって言って、同級生の大学の彼氏と結婚した。
でもそれから二年後、事故で旦那さんと子供を亡くした。
三人で車に乗っていて、自分だけが助かった。しかも運転していたのは結子さんだった。
もちろん結子さんが悪いわけじゃない。
酔っ払った車が突っ込んできたんだ。
結子さんは悪くない。悪くないんだけどすごく責任を感じている。
もっと気をつけていれば、相手の車をかわすことが出来たんじゃないかって。
それは今から六年前のことだから、そんなに昔じゃない。
だから結子さんは今でも悲しいままなんだと思う。
僕はお父さんがさらわれて不安で堪らないけど、結子さんは六年間も不安で悲しいままなんだ。
そう思ったら・・・・、
「守るよ門限。」
「・・・・・・・・。」
「もう一人で夜に出歩かないから。」
「・・・・・・・・。」
「部活とかで遅くなる時は電話するし。」
「・・・・・・・・。」
「もう心配かけるようなことしないから。」
「・・・・ごめん。」
席を立って洗面所に消えていく。
きっと泣いている顔を見られたくないんだ。
いつもならすぐに戻ってくるのに、今日はやけに長くて、ちょっと心配になった。
「結子さん?」
洗面所に行くと、結子さんはサッと顔を逸らした。
「大丈夫だよ、ちゃんと約束守るから。」
そう言ってもこっちを向かない。
「結子さん」って呼んでも黙ったまんまで、僕まで不安になってきた。
気がつけば手を伸ばして、服の袖を掴んでいた。
「ほんとだよ。約束するから。」
結子さんにこっちを向いてほしかった。
もしこのままお父さんが帰ってこなくて、結子さんまでずっと振り向いてくれなかったら・・・・。
そんなわけないのに、そんな風に怖くなってしまう。
・・・もしかしたら自分で気づかないだけで、親がいないことを悲しんでいたのかもしれない。
まだ小さかったからピンと来なかったなんてウソで、思い出すと悲しいから記憶の底に封じ込めようとしていただけなのかも。
・・・・分からない。
でもとにかく結子さんにこっちを見てほしかった。
僕が悪いならいくらでも謝るし、結子さんが言うならどんなルールでも守る。
だからずっと背中を向けるのはやめてほしい。
いったいどう言えば振り向いてくれるんだろう?
手を引っ張ってもダメで、名前を呼んでもダメで、約束を守ると言ってもダメで・・・・、
「お母さん。」
考える前に呟いていた。
自分でもビックリして、でもそれ以上に結子さんがビックリしていた。
「僕どこにも行かないよ。だからお母さんもどこにも行かないで。」
なんでそんなこと言ってるのか自分でも分からないけど、ただとにかく傍にいてほしかった。
僕を見てほしいし、背中を向けたまま泣くのもやめてほしい。
結子さんはビックリしたまま固まっていて、僕は少し怖くなってきた。
変なこと言ったから嫌われたんじゃないかって。
「ごめんなさい。お母さんって言って。」
そう謝るのと同時に、結子さんは僕の手を握ってきた。
そのままギュっと抱きしめられて、「こっちこそごめんね」と逆に謝ってきた。
ちょっと苦しいくらに抱きしめられて、僕はどうしていいのか分からない。
結子さんが謝ることなんてないのに。
「・・・・もう大丈夫、ご飯食べよ。」
背中を押されてテーブルに戻る。
そのあと他愛ない話を色々したけど、何を喋ったのか覚えてない。
ご飯が終わってお風呂に入って、布団に寝転ぶ頃になって急に恥ずかしくなってきた。
《お母さんって・・・。いきなりお母さんって・・・・もう中二なのに。》
これじゃ明日顔を合わせるのが恥ずかしくなる。
でも言ったことは消せないから、明日「おはよう」って言ったあとにどんな顔をしようか悩んでしまった。
お父さんのこと、結子さんのこと、モヤモヤすることばかりが続いて、夜遅くになっても眠たくならなかった。
仕方ないからスマホをいじってやり過ごす。
気がつけば空は明るくなっていて、隣の部屋からゴソゴソと音が聞こえた。
《結子さん起きたんだ。》
時計は朝の六時半を指している。
今日から学校だ。
朝練は休むにしても、そろそろ起きないと授業まで遅刻してしまうかもしれない。
《どうしよう・・・どんな顔したらいいんだろう。》
答えの出ないまま布団から起き上がる。
とりあえずおはようって言って、あとは・・・・その場で考えよう。
ちょっと重い気分で襖を開けようとすると、いきなり結子さんの悲鳴が聞こえた。
短い悲鳴だったけど、耳に残るほどの声だ。
「どうしたの!?」
慌てて部屋を出ると、結子さんは口元を押さえて固まっていた。
足元には卵焼きが散らばっている。
まん丸に目を見開いて、まっすぐに廊下の方を見つめていた。
僕もそっちに目を向ける。
そして結子さんと同じように叫びそうになった。
「よ。」
お父さんだった。
軽く手を上げながら笑っている。
服はボロボロで、顔には痣が出来ていて、ちょっと痛そうに口元を曲げていた。
「悪かったな、心配かけちまって。」
ニコっと笑う。
僕は俯いて黙り込む。
昨日の結子さんみたいに、洗面所へ走って背中を向けた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十七話 心を開けない少年(1)

  • 2018.08.29 Wednesday
  • 13:15

JUGEMテーマ:自作小説

家族に関する記憶はほとんどない。
幼稚園の頃に事故で両親を失い、児童養護施設で育ってきた。
親の記憶がほとんどないので、親がいないことを気にしたこともほとんどない。
別にそのことでイジメに遭うとかもなかったし、友達の親がヒソヒソ言っているのを聞いたこともあるけど、「だから何?」って感じだった。
アンタの子供じゃないんだからほっときゃいいじゃん。
暇なオバチャンだなあってくらいにしか思わなかった。
親がいないことを除けば、可もなく不可もなくって感じの普通の子供だった。
だけど急に人生が変わる日がやってきた。
あれは小四になったばかりの頃、僕は大きな病気にかかってしまった。
そのせいで腎臓を悪くしてしまって、移植しないと完全に治らないって先生から言われた。
いつ自分に合うドナーが現れるか分からないから、それまでは人工透析ってやつを続けることになった。
身体にチューブを繋いだまま、何時間もベッドでじっとしてなきゃけいないのだ。
食べ物だって制限されるし、飲みたいものだって飲めない。
親がいないことよりもこっちの方が辛かった。
だけど僕の場合、奇跡的にすぐにドナーが見つかった。
そして手術も上手くいって、辛い透析や食事制限から解放されたんだ。
あの時は人生で一番嬉しかった。
まだ小四だったけど、これが人生の喜びだなんて、ずっと食べたかったカツカレーを頬張ったんだ。
いったいどんな人が腎臓を提供してくれたのか分からないけど(ドナーのことは絶対に秘密らしいから)、その人にはこれからもずっと感謝しないといけない。
そう、僕は病気から解放されて自由になったのだ。
だけどそれも束の間、僕の自由はいきなり奪われた。
・・・・今でも詳しいことは分からない。
ある日いきなり意識を失ってしまって、二年近くも眠ったままだったのだ。
目が覚めた時、周りには知らない大人ばかりで、その中の一人が今のお父さんだった。
いくら聞いても僕が眠っていた間のことは教えてくれない。
『いまはまだ言えない。でもいつか必ず話す。』
そう答えるばかりだった。
お父さんと一緒に暮らすようになって二年くらいになるけど、僕はまだ心を開けないままでいる。
だっていきなり知らないオジサンに引き取られて、『俺が新しいお父さんだ』って言われても困ってしまう。
何を話せばいいのか分からないし、一緒にいても気まずい感じがするし。
だからなるべく顔を合わせないようにしている。
お父さんは一緒にいる時間が少ないことを悩んでるみたいだけど、僕としては助かっているのだ。
このままあと何年かすれば、大人になって自分の力で生きていける。
そうなればもう会うこともない。
あの人は僕が生きていくお金を稼いでくれるだけの人で、それ以上の特別な人じゃない。
どちらかというと、孤児院の時の先生だった結子さんの方が好きだ。
たまたまスーパーでばったり会って、それ以来ちょくちょく家に来てご飯を作ったりしてくれる。
僕は学校も部活もあるので、結子さんが来てくれて助かっている。
だけどそれだって特別に大事ってわけじゃなくて、ある日いきなり来なくなったとしても、困ったり悲しんだりなんてしない。
結子さんも僕と同じで家族を亡くしている。
旦那さんと二人の子供を。
だからきっと僕とお父さんの世話をすることで、自分の悲しみを埋めているんだと思う。
別にそれは結子さんの自由なんだけど、だからって僕は結子さんの子供じゃないし、やっぱり今日から会いに来なくなっても何も思わない。
そんなに自分の家族が欲しいなら、新しい男の人でも見つけて再婚すればいいのだ。
お父さんも結子さんも、僕にとっては可もなく不可もなくって感じの人で、二人とも特別なんかじゃない。
そう・・・・特別なんかじゃないんだ。
だからお父さんがどうなろうと知ったことじゃないはずなのに、今はとても焦っていた。
三日前の月曜から、お父さんと連絡が取れなくなってしまったのだ。
家には帰って来ないし、会社にも行っていない。
とにかく緊急事態ってことで、今は結子さんのマンションでお世話になっている。
時計を見上げると午後四時、いつもならあと一時間もすれば結子さんが仕事から帰って来る。
でも今日は遅くなるって言ってたから、晩ご飯は作っておいた方がいいかもしれない。
戸棚から鍵を取り出し、ポケットに財布を突っ込み、トントンと靴を履く。
部屋を出て鍵を閉めて、エレベーターに乗ろうかと思ったけど、階段で下りていった。
空は少し曇っていて、洗濯物を入れておいた方がよかったかなと、五階の部屋を見上げる。
でも今さら戻るのも面倒くさいから、このまま行くことにした。
少し歩くと「スーパー玉入」が見えてきた。
自動ドアを潜り、カゴを片手にウロウロしながら、三日前から帰って来ないお父さんのことを考える。
とにかく真面目な人で、何も言わずに帰って来ないなんてことはありえない。
出張とかで泊まる時は必ずそう言うし、あんまり遅くなりそうな時も連絡を入れてくる。
最後に顔を合わせたのは月曜の朝で、いつもより早く起きてきたから学校へ行く前に出くわしてしまった。
気まずいから逃げるように家を出た。
あの時、お父さんは『気をつけてな』って言った。
僕は小さな声で『行ってきます』と答えた。
珍しい朝だった。
でもそれ以外に変わったことはなかった。
僕はいつものように部活の朝練に行って、退屈なのを我慢しながら授業を受けて、それが終わったらまた部活に行った。
家に帰ったのは午後六時くらい。
お父さんの帰りはもっと遅いから、学校から帰って来て一人なのはいつものことだ。
だけど夜中の12時を過ぎても帰って来なくて、ちょっと不思議に思った。
こんな時、いつもなら連絡してくるのにって。
でもたまにはこういうこともあるのかなって、その日は気にせずに寝た。
次の朝、帰って来てるか気になって玄関の靴を確認してみた。
けど・・・ない。
だからこっそり部屋を開けて見たんだけど、ベッドも空だった。
スマホにも連絡は入ってないし、出張で泊まるとかも言ってなかった。
そこで初めて不安になった。
僕があんまり心を開かないもんだから、いい加減見捨てられたのかもしれないって。
《会社にいるのかも。》
ちょっと緊張したけど、思い切って掛けてみた。
受付みたいなところに繋がって、事情を伝えると確認してみますって言ってくれた。
だけど今日は会社に来ていないし、出張の予定も入っていないらしい。
出社してきたら連絡するように伝えましょうか?って言われて、お願いしますと電話を切った。
その日は朝練は休んで、いつもより遅めに学校へ行った。
部活の先生からは休むなんて珍しいなと言われ、ちょっと体調が悪かったのでと言い訳をした。
どうしてお父さんは帰って来ないのか?
なんで連絡もないのか?
どうでもいいと思っていた人なのに、こんなに不安になるなんて自分でもビックリだった。
でもそれはあの人が大事だからじゃなくて、この先の生活のこととか、お金のこととか、そういう意味で不安を感じているんだろうと思っていた。
また施設に戻るのか?
それとも別の誰かに引き取られたりするんだろうか?
落ち着かないまま一時間目の授業を終え、休憩時間はボケっとしたまま、話しかけてくる友達の声を聞き流していた。
そして二時間目の授業が始まってすぐに、職員室に来るようにって担任から呼び出された。
直感的にピンときた。
お父さんのことだって。
会社に来たら電話してもらうように言っていたので、てっきりそのことだと思っていた。
だけど職員室に入るとスーツを着た知らない男の人がいて、ギロっと僕を睨んだ。
まるで蛇みたいなねちっこくて鋭い目で、ちょっと怖くなって先生の後ろに下がった。
『伊礼猛君?』
男の人のわりには高い声だった。
僕は『そうです』と頷いた。
『実はお父さんのことで聞きたいことがあるんだ。』
そう言ってポケットから名刺を取り出して、押し付けるように渡してきた。
《稲松文具本社取締役 草刈狩生》
お父さんの会社の人だ。
取締役って・・・たしか偉い人のことだ。
『朝に電話くれたね?』
『はい。』
『お父さん家に帰って来てないんだって?』
『はい。』
『実はこっちからも連絡が取れなくなってるんだ。昨日の朝に靴キングの配送センターへ行ったはずなんだが、その後から行方が分からなくなっている。』
『昨日の朝・・・・。』
『なにか変わったことはあったか?いつもと違う事とか、気になる事を言ってたとか?』
『・・・・特に。普段通りでした。』
『そうか。ちなみに君はお父さんに連絡は取ってみたのか?』
『まだです。』
『どうして?会社には掛けてきたのに。』
『・・・・・・・。』
『どうした?』
『あの・・・・あんまり仲がよくないんで・・・・、』
『喧嘩でもしたのか?』
『そういうわけじゃないけど・・・・、』
『君の事情は知ってるよ。義理とはいえ親子のことだもんな。そこに首を突っ込む気はない。』
『はい・・・・。』
『ただこっちとしてもお父さんと連絡が取れなくて困っている。彼は本社の課長という重要な立場だ。
それが何の連絡もなしに行方をくらますってのはなあ・・・・バイトがバックレるのとはわけが違う。なにかあったのかと心配でね。』
そう言いながら鋭い目で睨みつけてきた。
『悪いんだが今ここでお父さんに電話を掛けてみてくれないか?』
『僕がですか?』
『会社から掛けても繋がらないんだ。電源を切っているのか、それとも着信拒否にでもしているのか。』
『お父さんは真面目だから、仕事の着信拒否なんてしないと思うけど・・・・。』
『もちろん分かってる。ただ息子からの電話なら出るかもしれないだろ?一応でいいから掛けてみてくれないか?』
疑問形ではあるけど、何がなんでもすぐ掛けろってすごい圧力を感じた。
でもここでは掛けたくない。だって・・・・、
『心配しなくても先生は怒ったりしない。』
振り向きながら『ねえ先生?』と言うと、担任は『そりゃもう』と見たこともないような愛想笑いを浮かべていた。
そういえばこの学校は稲松文具からお金をもらってるって聞いたことがある。
別に悪いお金じゃなくて、寄付金みたいなやつを。
大きな会社の寄付だから、金額だってすごいんだろう。
先生がヘコヘコしてるのはきっとそのせいだ。
まあ怒られることがないならいいやと思って、ポケットからスマホを取り出す。
こっちから電話を掛けることなんてほとんどないから、けっこう緊張する。
だけど草刈って人はすごく怖い目で睨んでくるので、迷いながらもお父さんに掛けた。
・・・・・・・。
・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
出ない。
この電話は電源が入っていないか、電波の届かない場所にありますってアナウンスが流れるだけだった。
直進拒否にはこういうアナウンスもあるから、本当に電源が切れているのかどうかは分からない。
だけど会社からの電話も僕からの電話も拒否するなんてありえないので、間違いなくアナウンス通りなんだと思う。
僕の表情を見て、草刈さんは『ダメか』と呟いた。
『息子にすら何も言わずに消えるとはな・・・・。やっぱり誘拐の線で考えた方がいいか。』
そう言って『手間を取らせて悪かったな』と肩を叩いた。
『学校が終わったらそこに電話をくれ。』
名刺を指差しながら言う。
先生に『お邪魔してすいませんね』と軽く会釈してから、職員室を出ていった。
遠ざかっていく背中を見つめていると、『教室に戻れ』と先生が言った。
『あの、さっきの人が言ってたことって・・・・、』
『いいから教室に戻れ。』
背中を押され、職員室を追い出される。
窓から覗いてみると、先生は校長や教頭と一緒に奧の部屋へと消えていった。
《なんなんだ?》
しばらく待っても先生は出て来なかった。
教室に戻る途中、さっき草刈さんが言っていたことを考えた。
《誘拐がどうとかって言ってたよな。まさかお父さんが誰かに誘拐されたってこと?》
そんな馬鹿なって思いながら、渡された名刺をイジる。
学校が終わればここに連絡しろって言われたけど、またこの人が話を聞きに来るんだろうか?
あの人・・・・なんか苦手だからもう会いたくないんだけど。
心がモヤモヤしたまま教室に戻り、モヤモヤが晴れないまま一日の授業を終えた。
ていうか時間が経つにつれてモヤモヤが強くなっていく。
スポーツバッグを担ぎ、教室を出てテニスコートに向かう。
部活が終わったら草刈って人に電話をしてみよう。
そう思いながらコートに来ると、テニス部の先生から今日は帰るように言われた。
どうしてですか?って尋ねても、とにかく帰れの一点張りで、何も分からないままコートを追い出されてしまった。
ここまで来たらもう分かる。
なにかに普通じゃないってことくらい。
校門まで歩いてから、草刈さんの名刺を取り出した。
ここに掛けるのが不安になってくる・・・・・。
だってもし本当にお父さんが誘拐されてたらって思うと・・・・・。
不思議だった。
どうでもいいと思っていた人なのに。
お金の為だけだと思っていた人なのに。
今は心配で堪らなくなっていて、何があったのかを知るのが怖かった。
『・・・・・・・。』
しばらく悩んだあと、草刈さんにじゃなくて、結子さんに電話を掛けていた。
仕事中だから出ないかなと思ったけど、『もしもし?』と声が返ってきてホッとした。
『ごめん、いま仕事中?』
『いいっていいって。それより猛君から掛けてくるなんて珍しいじゃない。なにかあった?』
『その・・・・お父さんが帰って来ない。』
『へ?どういうこと?』
声が裏返っている。
僕は昨日の夜からのことを説明した。
お父さんが家にも会社にもいないことや、会社の人が学校までやって来たこと。
未だになんの連絡もなくて、どうしていいのか分からないこと。
結子さんは『すぐ行くから待ってて!』と電話を切り、その30分後くらいに校門の近くまでやって来た。
丸っこい感じの軽自動車から降りてきて、『猛君!』と駆け寄ってくる。
『どういうこと!何があったの?』
『ええっと・・・・電話で話した通りだけど・・・・、』
『帰って来ないってどういうこと!自分の子供をほったらかして!』
なんかすごい怒ってる。
多分だけど、お父さんが育児放棄したみたいに思ってるんだろう。
『ちょっと落ち着いて・・・・、』
そうじゃないってことを知ってもらうまでに、ちょっと時間がかかった。
結子さんは児童養護施設の先生だったから、身勝手な親のせいで辛い目に遭った子供もたくさん知っている。
だから反射的にカッとなってしまったんだろう。
とりあえず誤解は解いたけど、どうして帰って来ないのか分からない以上は、なんでいなくなったのかも分からない。
まだちょっと納得していない様子だったので、例の事を話すことにした。
『実は草刈さんって人が呟いてたんだけど・・・・、』
もしかしたらお父さんは誘拐されたかもしれない。
そう伝えると目を丸くしていた。
『誘拐って・・・なんで!?』
『分かんないよ。草刈って人がそう言ってただけだから。』
『その人の名刺もらってるって言ったわよね?』
『うん、学校が終わったら電話してくれって。』
名刺を見せると『貸して!』と奪われた。
結子さんは怒った顔で電話を掛ける。
『もしもし?稲松文具の方ですか?・・・・私?私は猛君の保護者です。
あなた今日学校まで来られたそうですが、いったいどういうことなんですか?
普通は会社の人が学校まで来たりしませんよね?・・・・だから私は保護者です!
ていうか私のことなんてどうでもいいんです!どうして伊礼さんが帰って来ないんですか!?
わざわざ学校まで来たってことは、なにか心当たりがあるんじゃないんですか?
・・・・ええ、はいはい。お迎えなんてけっこうです!こちらからお伺いしますから!
今から稲松文具に伺わせて頂きます。・・・・そうです、今からです!
あなた草刈さんとおっしゃるんですか?今から伺いますから待っていて下さい。』
ものすごい剣幕だった。
プチっと電話を切り、『行きましょ!』と車に乗り込む。
『結子さん・・・・なんでそんなに怒ってるの?』
『怒って当たり前でしょ!お父さんは帰って来ないわ、会社の人はいきなり学校へ来て猛君を問い詰めるわ!学校の先生だってどうして守ってあげないんだか。』
『なんか追い出されちゃったんだ。とにかく今日は帰れって。』
『は!?追い出す?』
『ウチの学校って稲松文具からたくさん寄付をもらってるみたいだから。先生もヘコヘコしてたし。だから面倒事に関わりたくないのかなって・・・・、』
『なにそれ!?ちょっと文句言ってやるわ!』
急ハンドルを切って学校に引き返していく。
僕は『いいっていいって!』と止めるのに必死だった。
『今から稲松文具に行くんでしょ?学校なんかどうでもいいよ。』
『でも・・・・・、』
『とにかくお父さんが心配なんだ。もし本当に誘拐されてたらって・・・・。』
さっきよりもモヤモヤが強くなって、気持ち悪くなってくる。
結子さんが『大丈夫?』と顔を覗き込んできた。
『体調でも悪い?』
『・・・・僕、どうでもいいと思ってた・・・・。』
『なにを?』
『お父さんのこと。別にいなくなったって構わないって。大人になって一人立ちしたら、もう会うこともないし、それまで面倒さえ見てくれたらいいって。
だけど本当に誘拐されてたらって思ったら怖い・・・・。もし殺されたりとかだったら・・・・。』
身近に犯罪が起きるなんて思ってもいなかったから、どう受け止めていいのか分からない。
両親が事故で亡くなった時、僕はまだ小さかった。
だから多少は悲しいって気持ちはあったんだろうけど、どこかピンとこなかった。
でも今は違う。
自分の傍にいる人が誘拐されたり殺されたりしたらって思うと、吐き気がするほど気分が悪くなってきた。
だってこんなのおかしい!
誘拐なんて身の回りで起きるなんて、一ミリも想像していなかったのに。
そんなのは自分には関係のない世界だと思っていたのに。
なのになんでお父さんが・・・・・、
泣きたいとか悲しいとかそういうことじゃなくて、なんか不気味で怖くて気持ちが悪いのだ。
そのうち本当に吐きそうになって、『止めて!』と叫んだ。
車から駆け下り、近くの側溝にゲロを吐いた。
結子さんが『大丈夫!?』と背中を撫でてくれるけど、胃の中が空っぽになっても吐き気が止まらなくて、酢っぽい胃酸がヨダレみたいに垂れていく。
結局僕は家に帰って、結子さんだけ稲松文具へ行った。
家に帰っても落ち着かなくて、外で素振りをしたり、スマホをいじったりしながら時間を潰した。
窓の外は暗くなり始めていて、いつになったら結子さんは戻って来るんだろうと、そわそわと部屋の中を歩きっぱなしだった。
夜になってもまだ帰ってこなくて、こっちから連絡しようかなと思ったけど、また気分が悪くなってきたのでやめた。
もう夕飯の時間だけど食欲は湧かない。
でもじっとしてるよりはマシだと思って、冷蔵庫の中をあさって適当に料理した。
シチューと焼き魚と肉炒め。
ボケっとしながらやっていたら変な組み合わせになってしまった。
でもどうせ食欲はないからいいやと、テーブルに並べたおかずを睨んでいた。
そういえばこの家に来たばかりの頃は料理なんて出来なかった。
ほとんど出前とか買ってきた惣菜ばかりだったんだけど、なんとなく自分でやってみたいなと始めてみて、二年後の今は普通に作れるようになっていた。
これなら大人になって一人暮らしをしても困らないだろうけど、たまにこれでいいのかなと思う時がある。
僕のやっていることって、息子というよりは奥さんみたいだからだ。
別に嫌じゃないんだけど、料理をしたりお父さんのシャツにアイロンを掛けたり、どうしてここまでやるんだろうって考える。
・・・・多分だけど、心のどこかでお父さんを大事に思っていたのかもしれない。
もし本当にどうでもいい人なら、誘拐されたってどうでもいいはずだから。
昼間から続くモヤモヤは今でも続いていて、時間と共に強くなっていく。
なんだか胃が痛くなってきて、せっかく作ったご飯も食べずにソファに寝転んだ。
・・・・でも眠れなかった。
それどころかどんどんお腹が痛くなってきて、そのうち立ち上がることさえ出来なくなった。
このままだとヤバイ・・・・。
スマホを掴み、結子さんに電話しようとした。
でもちょうどその時、『ただいま』と帰って来た。
『遅くなってごめんね!お腹減ってるでしょ?今ご飯作るから・・・・、』
そう言いかけて買い物袋を落とした。
『どうしたの!?』
ソファで苦しむ僕に慌てて駆け寄る。
『猛君!大丈夫?猛君!』
僕は何も答えられない。
だって胃がキリキリして、今にもねじ切れてしまいそうだったから。
結子さんは救急車を呼び、僕は一晩だけ病院で過ごすことになった。
ストレス性の胃炎だった。
次の日には家に帰ることが出来たけど、無理してるともっと酷くなるからと言われて、三日ほど学校を休むことになった。
・・・・そして今日がその三日目、お父さんはまだ帰って来ない。
僕はいま結子さんの所でお世話になっている。
お父さんがどこへ消えたのか?
本当に誘拐されたのか?
あの日、稲松文具から帰ってきた結子さんは何も教えてくれなかった。
病院のベッドの上でお腹を押さえる僕に向かって『心配しなくてもきっと戻って来るから』と答えただけだった。
でも僕はこう思っている。
絶対にお父さんは誘拐されたんだって。
考える度に気分が悪くなるので、あまり考えないようにしようと思っているんだけど、勝手に色々想像して落ち込んでしまう。
あの日から心のモヤモヤが晴れたことはない。
憂鬱な気分のまま買い物を続けていると、誰かと肩がぶつかった。
「あ、すいません・・・・。」
ボソっと謝ると、相手も「ごめんごめん」とチョップみたいに手を立てて謝ってきた。
若い男の人だった。
スーツを着ているので、仕事帰りに買い物に来ているのかもしれない。
だからどうだってことないんだけど、その人はしきりに独り言を呟いていた。
「まさか誘拐してくるとは・・・・。ほんっと稲松文具って次から次に事件が起こるよなあ・・・・。」
そう呟きながら、パンとコーヒーを持ってレジに並んでいる。
僕は「あの!」と叫んでいた。
若い男の人は振り向きながら「ん?」と言った。
「あの・・・すいません・・・。もしかして稲松文具の人ですか?」
「そうだけど・・・・君だれ?」
「僕は伊礼猛っていいます。伊礼誠の息子なんですけど・・・・、」
「・・・・・・えええ!?」
オーバーなほど目を見開き、「そういえば・・・」と言った。
「そうだよ!社長!・・・・加藤社長じゃん!」
「社長・・・・?」
「・・・・あ。」
なぜか固まっている。
そして「これ言ったらダメだったんだ!」と口を押さえていた。
「ごめん、今の聞かなかったことにして。じゃ。」
「・・・いやいや!ちょっと待ってよ!」
慌てて追いかけると、その人も慌てて逃げ出した。
「待ってよ!」
「ごめん!いま忙しいんだ!」
店の外まで逃げるので、僕も店の外まで追いかける。
店長さんが「金払え!」と追いかけて来た。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十六話 苦悩する猫又(2)

  • 2018.08.28 Tuesday
  • 13:30

JUGEMテーマ:自作小説

猫は孤独な生き物であると思われがちだが、実はそうでもなかったりする。
野良猫であれば、まず朝晩に猫の集会がある。
猫にとって重要な会議をすることもあれば、ただなんとなく集まることもあるのだが、圧倒的に後者の方が多い。
だってずっと一匹ってのは寂しいもんだ。
束縛されるのは嫌だけど、完全にほっとかれるのも嫌なのが猫という生き物なのだ。
家猫の場合でも、飼い主に与えたい時は甘え、気が乗らない時は撫でられるのも嫌だったりする。
要するにワガママなのだが、本当に一匹でいいと思うのであれば、そんなワガママも出てこないだろう。
つまりはワガママのさみしがり屋なのである。
今、俺は寂しかった。
緑深い山の麓にある猫神神社。
ここにポツンと一匹だけなのだから。
ここへ来て今日で三日目。
猫の姿で境内に寝そべっていた。
誰もお参りに来ないし、野良猫もうろついていない。
山から猪とか鹿でも下りてこないかなと期待するが、まったくそんな気配はなかった。
早くたまきに戻って来てほしい。
そして無事にムクゲを救い出したという報告を聞かせてほしい。
もし万が一二匹とも戻って来なかったら、俺は風来坊の野良猫に戻ってしまうだろう。
無断欠勤しているから仕事もクビだろうし、そうなれば行く宛てもやる事もなくなってしまう。
カグラへの復讐にしたって、俺だけじゃどう頑張っても無理だ。
もしムクゲもたまきも帰って来なかったら、俺はどうしたらいいんだろう?
この先ずっと一匹のままなんだろうか?
・・・・そう考えると怖くなって、この場所に身を隠していることが嫌になる。
たまきからは『神社の外へは出ないこと』と釘を刺されているけど、ちょっとくらいなら大丈夫なんじゃないだろうか。
これでも一応猫又なんだから、鈍感な人間と違って簡単に見つかったりはしない。
もしもカグラの連中が襲って来たら、ここへ逃げ込めばいいわけだし。
《ちょっくら出てみるかな。》
ピョンと境内から飛び降りて、長い階段を下りていく。
古びた石造りの鳥居の前で立ち止まり、ちょっとばかり緊張しながら外へと踏み出した。
誰もいないとは思うけど、念の為に辺りを確認してみる。
目の前には細い道路が伸びていて、向かいには平屋の民家が並んでいた。
ここはかつて城下町だったそうで、当時の風情を活かして観光客を呼び込もうと頑張っているらしい。
町並みは古く、風景の一部だけ切り取れば、時代劇に使えないこともなさそうなほどだ。
何度も左右を確認してみるが、今のところ怪しい奴はいなかった。
自転車に乗ったおばちゃんが通り過ぎていっただけで、あとは物静かなもんだ。
さて、外に出たはいいもののどうするか。
たまきの居場所は分からないし、ムクゲがどこに連れ去られたのかも分からない。
家に帰っても仕方ないし、だったら・・・・、
《ハリマ販売所に行ってみるか。》
箕輪さんや栗川さんがどうしているのかちょっと気になる。
俺が来ないからあたふたしているかもしれない。
ただでさえカツカツの人数で回しているから、かなり忙しいだろう。
トコトコ歩いて古い町並みを抜けていく。
しばらく行くと図書館が見えた。
今日は火曜日、時間は朝の10時くらいだろう。
図書館の前には暇そうな爺さん婆さんがいて、ベンチに座って談笑していた。
そこを通り過ぎると高級住宅地だ。
金のかかってそうな家がズラリと並んでいて、その中でも一番大きな家の前で足を止めた。
《すごいなこれ。》
屋敷と呼ぶのにふさわしい佇まいで、入口の門は自動になっているようだ。
庭も広く、綺麗に手入れされた花壇があった。
門のすぐ傍には車庫があって、高そうな車が二台も停まっていた。
そう車に詳しくないけど、これは分かる。ベンツってやつだ。
その隣にはバイクが二台、そしてバギーが一台あった。
《なんちゅう金持ちだよ。》
ここまで大きな家じゃなくても充分暮らしていけると思うのだが、必要以上に金や物を持ちたがるのが人間らしい。
死ぬまでに使いきれるわけじゃないし、死んであの世に持っていけるわけでもないのに、どうしてこんなにたくさん持ちたがるのか?
人間に化けられるようになった今でも、人間の心理は分からない。
不思議な生き物だなと改めて実感した。
するとその時、前からパトカーが走ってきた。
一台や二台じゃない。五台もである。
そのうちの一台は覆面パトカーで、中から刑事らしき男が降りてきた。
大きな家の前に立ち、門の横にあるインターホンを押してから、何やら話しかけている。
やけに神妙な顔をしているが・・・・事件でもあったのだろうか。
興味をそそられ、電柱の陰から様子を伺う。
刑事を筆頭に何人もの警官が家の前に並んでいる。
しばらくすると門が開いて、年老いた女が現れた。
ずいぶん疲れきった・・・というより、何かに怯えているような顔をしている。
刑事はその女に招かれ、家の中に入っていった。
残った警官は要人でも守るかのように家の周りを警護していた。
《物々しいな。こりゃ何か事件があったんだ。》
ますます興味を惹かれて、大きな家を見上げる。
その時だった。
窓から毛の長い猫が出てきて、塀を飛び越えてこっちに走ってきた。
この猫もさっきの女と同じように、引きつったような怯えたような、血の気が引いたような、そんな顔をしている。
慌ててダッシュしてきて、俺の横を通り過ぎていく時、「あのちょっと!」と呼び止めた。
毛の長い猫は鬱陶しそうな顔で振り返る。
「呼び止めてごめん。ちょっと聞きたいんだけど・・・・、」
「今忙しいの、ナンパならお断りよ。」
取り付く島もなくピュッと走り去ってしまう。
俺は「待ってくれって!」と追いかけた。
「君はあの家の猫か?」
「しつこいわね!ナンパはお断りって言ったでしょ!」
「だからナンパじゃないってば。あの家で何があったのか聞きたいだけ。」
大きな家を振り返ると、警官たちが鋭い目で周りを睨みつけている。
よほどのことがないとあんな状態にはならないだろう。
「君はあの家の猫なんだろ?じゃあ何があったか知ってるかなと思ってさ。」
「それ聞いてどうすんのよ。」
「そんな怖い顔しないでくれよ。」
「こっちは今大変なのよ!冷やかしならあっち行っててくれる!?」
シャーっと唸るので、「まあまあ」と宥めた。
「なんか困ってるみたいだけど、話によっちゃ手を貸すからさ。」
「あんたみたいな野良に何が出来るっていうのよ?」
「それは話を聞いてみないことには。」
「お断り!どっか行ってよしつこいわね!」
相手にしてられないとばかりにビュンビュン尻尾を振る。
《こんなに焦ってるってことは、よっぽど大きな事件なんだな。でも普通に聞いても答えてくれないだろうし、だったら・・・・、》
俺は猫又だ。
普通の猫にはない不思議な技が使える。
人間に化ける「変化の術」もそうだし、他にも特殊な技を持っているのだ。
《ほんとはやっちゃいけないことだけど、心の声を聞いてみるか。》
頭の中に細い針をイメージする。
そいつをピュっと相手に飛ばして、胸の辺りに突き刺した。
しかし彼女は無反応だ。
なぜならこの針が刺さっても痛くはない。
こいつは肉体じゃなくて心の壁に刺さる針だからだ。
こいつで穴を空けると心の声が漏れてくる。
俺はピンと耳を立て、穴から漏れる心の声を聴いた。
《なんなのよこの野良は!こっちは翔子ちゃんが行方不明で大変だっていうのに!》
・・・ほう、誰かがいなくなったらしい。
女の名前だから、あの家の奥さんとか娘さんだろうか。
《翔子ちゃんが黙っていなくなるなんて絶対におかしい!きっと誰かに誘拐されたんだ。飼い主のピンチなんだから私が助けなきゃ!》
なるほど、翔子って名前の飼い主が誘拐されたのか。
そりゃ飼い猫としては一大事だ。
彼女の声はまだ漏れてくる。
《あの人ならきっと力を貸してくれる》とか、《たしか公園の向こうのアパートに住んでるはず》とか。
盗み聞きはこの辺にしておこう。
もしたまきにバレたらどれほど怒られるか分からない。
猫又には猫又のルールがあって、特殊能力の悪用は厳禁なのである。
そんなことを続けていれば心が悪に染まり、化け猫という恐ろしい妖怪に変わってしまうからだ。
彼女の心の壁に空けた穴は小さい。
数時間ほどで消えるはずだから、ここでやめておけばバレる心配はないだろう。
「なんなのよアンタ、さっきからボーっとして。」
怪訝な目を向けてくるので、「なんでもないよ」と誤魔化した。
「あっそ。じゃあさっさとどっか行って。あんまりしつこいと本気で怒るわよ。」
そう言ってシュシュと猫パンチのシャドーボクシングをした。
「君を困らせる気はないよ。ただ俺は普通の猫じゃないんだ。こう見えても猫又ってやつでね。」
「猫又?それって化け猫のこと?」
「化け猫じゃない。猫又は良い霊獣だからな。」
「?」
「言葉じゃ伝わらないよな。ちょっと見てて。」
ササっと曲がり角まで走ってから、「こっち来て」と尻尾を振る。
「なによ?そんなとこ連れ込んで何しようっての?」
「そういう意味じゃないよ。俺が普通の猫じゃないってとこを見せたいだけ。いいからほら。」
彼女は鬱陶しそうにため息をつく。
俺は「見てくれたらすぐに終わるから」と言った。
「大丈夫だって、何もしないから。」
「・・・・分かったわよ。でもアレよ、もし変なことしたらタダじゃおかないからね。」
ニョキニョキっと鋭い爪を見せつける。
アレで引っかかれたら何日かはブルーになりそうだ。
彼女は曲がり角までやって来て、「さっさとしてよ」とうんざりした顔で言った。
俺は「よく見ててくれよ」と、頭の中に人間の姿をイメージした。
化けるのはハリマ販売所で働いている時の姿。
ご主人の高一の時の姿である。
気合を入れ、モコモコっと尻尾を膨らませた・・・・その時だった。
「なにやってんのバカタレ。」
ギュっと首根っこ持ち上げられる。
そのままクルっと後ろを振り向かされると、目の前にスーツを着た人間の女がいた。
「あ・・・・、」
「あ、じゃないわよ。神社に隠れてなさいって言ったでしょ。」
ものすごい怖い顔で睨んでくる。
思わず目を逸らしてしまった。
「ちょっと寂しかったもんでつい・・・・、」
「しかも猫又のルールを破ったわね。」
そう言って毛の長い猫を振り向く。
「読心の術で勝手に心を覗くなんて・・・盗聴と一緒よ?」
「はい・・・・。」
「やっちゃいけないって教えたでしょ。」
「・・・・・・。」
「分かった!?」
「はい!」
やっぱりバレてしまった。
こんな事なら神社で大人しくしておけばよかった。
たまきは俺を下ろすと、毛の長い猫に話しかけた。
「ごめんなさいね、ウチの子が邪魔しちゃって。」
微笑みながら謝ると、その猫はキョトンとした顔で固まった。
「言葉が分かる・・・・なんで?」
不思議そうに首を傾げる。
当然だろう。
普通の猫は親しい人間の言葉はなんとなく分かっても、赤の他人の言葉は理解できない。
なのに一言一句理解できることに驚いているのだ。
「ねえ、この人アンタの飼い主?」
俺に話しかけてくる。
するとたまきは「飼い主じゃないわ」と言った。
「なんていうか・・・・保護者みたいな感じかしら。」
そう答えた瞬間、さっきよりも驚いた顔で後ずさった。
「え?え?なんで?」
事態が飲み込めないようである。
たまきはクスっと笑った。
「この人・・・・動物の言葉が分かるの?」
「ええっと・・・分かると思うよ、うん。」
「ウソ!ほんとに!?」
「だってさっき話してたじゃん。」
「信じられない・・・・。そんな人が他にもいたなんて!」
全身の毛が逆立つほどビックリしているが、俺も彼女の言ったことにビックリしていた。
「他にもって・・・あんたも猫又に知り合いがいるのか?」
「いないわよそんなの。人間だけど動物としゃべれる人がいるの。」
「そんな馬鹿な。人間が俺たちと喋れるわけがないだろ。」
そう言って「なあ」とたまきを見上げると、「さあねえ」と意味深な笑みを浮かべていた。
「世の中は広いから。そういう人間がいても不思議じゃないかも。」
「もったいぶった言い方だな。でも俺は信じないぞ、人間が動物と喋れるなんて・・・・、」
「今はそんな話はどうでもいいの。とにかくアンタは神社に帰ってなさい。」
「なあ、ムクゲはどうなったんだ?無事なんだよな?それとももう助けたのか?」
「まだよ。」
「じゃあこんな所で油売ってないで、早く助けてやってくれよ。ムクゲは俺の母親みたいなもんなんだ。もし何かあったら・・・・、」
「分かってるわ。アンタのお母さんは必ず助ける。でも事件はそれだけじゃないのよ。奴らは人間までさらってるわ。」
「マジかよ!じゃあアレだ・・・・警察に通報しないと!」
「そうね、もう来てるみたいだけど。」
そう言って大きな家を振り返る。
門の前には警官が立っていて、怪しい奴がいないか見張っていた。
「たまき、もしかしてあの家の人も・・・・・、」
ヒソヒソ尋ねると「ええ」と頷いた。
「でもあの家の人は関係ないだろ。どうしてさらったりするんだよ。」
「関係ないわけないじゃない。あの家に誰が住んでるのか知らないの?」
「まったく。」
「はあ・・・・。」
大きなため息をつく。
そんなこと知らないからって何だっていうんだろう。
「アンタは仮にも稲松文具の社員でしょ?」
「そうだよ、それがどうかしたのか?」
「あの屋敷みたいな大きな家、あれは会長の家よ。」
「え?」
「稲松グループの総帥、北川六郎。」
「・・・・ごめん、全然知らなかった。」
「なんでこんな田舎町に大企業の本社があるのか?それは北川一族の故郷だからよ。
会長の家が本社の近くにあるのはほとんどの社員が知ってること。」
「んなこと言われても知らないモンは知らないんだからしょうがないだろ。」
ツンと開き直ってから、「てことはさ?」と尋ねた。
「もしかして会長がさらわれたのか?」
「いいえ、さらわれたのか娘さん。」
「娘さん?」
何か引っかかる・・・・。
会長の娘っていえば・・・・あの人しかいないじゃないか!
《そうか!それでこの猫は翔子ちゃんがさらわれたって言ってたんだ。》
毛の長い猫は不安そうな顔でこっちを見ている。
俺たちが何を話しているのか気になっているんだろう。
「なあ、君の飼い主って北川翔子って名前だよな?」
「そうよ。」
「稲松文具の部長補佐をやってる?」
「なんでアンタがそんなこと知ってるのよ?」
ギロっと睨んでくる。
「まさかアンタが翔子ちゃんをさらったんじゃないでしょうね?」
「え?なんで俺が・・・・、」
「だって化け猫なんでしょ!」
「違う!化け猫じゃなくて猫又・・・・、」
「どっちも同じよ!アンタ何か知ってるんでしょ?翔子ちゃんの誘拐に関わってるんじゃないの!?」
ものすごい剣幕で詰め寄ってくる。
するとたまきがヒョイっと彼女を抱き上げた。
「ちょっと!なにすんのよ!」
「この子は被害者よ。」
「はあ!?」
「悪い奴にお母さんを誘拐されたの。」
「え・・・お母さんを・・・・?」
急にトーンが落ちる。「大丈夫なの?」と心配そうな顔に変わった。
「たぶん無事だと思うけど、でもどこにいるか分からないんだ。」
「そうだったんだ。ごめん、疑って・・・・。」
「いいさ。それより君だって飼い主を誘拐されたんだろ?」
「そうなのよ!一昨日から連絡が取れないの。会社にも行ってないし、実家にもマンションにもいないし。」
「そりゃ心配だね。でも君の飼い主はもう大人なんだろ?ちょっとくらい帰って来ないからってそこまで心配しなくても・・・・、」
「なに言ってんの!翔子ちゃんは大企業の娘なのよ!それにとびきりの美人だし!だったら誘拐されたかもしれないじゃない!
翔子ちゃんのお父さんが心配して心配して大変なのよ!」
「それで警察を呼んだのか?」
「警察の偉い人とコネがあるから、腕利きの刑事さんに来てもらったのよ。」
「さすがは会長、色々人脈があるんだな。」
家の前には数人の警官、家には刑事。
大人がたった一日か二日帰って来ないだけでこの騒ぎとは・・・・とんだ親バカだ。
ひょっこり帰って来たら赤っ恥だろうに。
会長は娘を溺愛してるってハリマ販売所の人たちが言ってたけど、どうやら本当らしい。
「翔子ちゃんは絶対に誘拐されたに決まってる!私だってじっとしてられないわ!」
ピョンとたまきの腕から飛び降りて、どこかへ走って行く。
「おい!どこ行くんだ!?」
「動物と話せる人のところ!」
「それさっきも言ってたな。本当にそんな奴いるのか?」
「いるわよ!ていうかアンタになんか構ってられないの!これ以上邪魔しないでちょうだい!」
振り向いて「シャー!」っと唸る。
これ以上引き止めたら鋭い爪で猫パンチをお見舞いされそうだ。
《・・・・まあいいか。部長補佐が誘拐されようと知ったこっちゃないし。》
とりあえず無事に帰って来ることだけ祈ってやろう。
「さて、ハリマ販売所に行くかな。」
グイっと背伸びをしてから、トコトコ歩き出す。
「待ちなさい。」
また首根っこを持ち上げられる。
俺は「はいはい、分かってますよ」と首を振った。
「神社に帰ればいいんでしょ。」
「あの子を追って。」
「へ?」
「あの子、たぶん私の弟子のところに行く気だわ。」
「弟子?たまきに弟子なんかいたのか!」
「ちょっと変わった子でね、ずいぶん前から知ってるのよ。」
「すいぶん前ってどれくらい?」
「そうねえ・・・前世くらいから。」
「なんだそれ?」
たまきはクスっと笑う。
「いいからあの子を追いかけて。」
「それはいいけど・・・・神社に隠れてなくていいのか?」
「どうせ戻る気なんてないでしょ?」
「まあな。」
「じゃあいいじゃない。」
そう言って「ほら」と手を向ける。
なんだか分からないが、あそこでじっとしているよりかはよっぽど良い。
「たまき、ムクゲのことは必ず助けてくれるよな?」
「もちろん。」
「なら・・・・信じる。良い知らせを待ってるからな!」
尻尾を振ってから、さっきの猫を追いかける。
振り返るともうたまきはいなくなっていた。
「相変わらず神出鬼没だな。」
普段はどこにいるのか分からないくせに、ピンチになるとなぜか現れてくれる。
さすがは動物を守る神様だけある。
とにかくムクゲのことは任せて、俺はさっきの猫を追いかけよう。
金持ちの住宅地を抜け、その先にある商店街を通り過ぎ、坂道を上って大きな橋に出る。
「・・・いたいた。」
橋の中程を走っている。
俺は全速力で追いかけて「やあ」と隣に並んだ。
「あ!また邪魔しに来たの?」
「フー!」っと唸りながら毛を逆立てている。
「違う違う、君に手を貸そうと思ってさ。」
「いいいわよそんなの!アンタなんか役に立たないだろうし。」
「そんなことないって。俺は猫又なんだ、君が会いに行こうとしている人間より役に立つから。」
「どうだか。」
「ほんとだって、約束する。」
毛の長い猫は疑わしそうな目で見る。
しかしいつまでも俺が諦めないので、「分かったわよ」と頷いた。
「ついて来たいなら勝手にすれば。でも邪魔したら思いっきり引っ掻くからね。」
ニョキニョキっと鋭い爪を向ける。
本気で引っ掻かれたらかなり痛そうだ。
「俺は猫又のタンク。君は?」
「私はカレン。」
「君の模様、アメリカンショートヘアだよね?なのに毛が長い。」
「多分どこかで長毛の猫が混ざってるんだと思うわ。でも私は気に入ってるの。友達も綺麗な毛並みだって言ってくれるし。」
「うん、俺も綺麗だと思う。よく似合ってるよ。」
「ホント!?」
「初めて会った猫にウソ言わないよ。」
半分本気、半分お世辞で言ったのだが、カレンはとても喜んでいた。
「あなた意外と良い猫ね。よかったら友達にならない?」
「いいよ。」
互いに尻尾を絡ませて握手をする。
カレンが言うには、これから会いに行く人は動物探偵なる仕事をしているらしい。
自分もたくさん動物を飼っていて、そのうちの一匹の猫はカレンの親友なのだという。
《ほんとに動物と喋れる人間なんかいるのかな?》
そう思いつつも、猫又なんて不思議な生き物がいるんだから、人間にそういった変わり者がいてもおかしくないのかもしれない。
カレンと二匹、その人間へ会いに橋を渡っていった。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 第十五話 苦悩する猫又(1)

  • 2018.08.27 Monday
  • 11:42

JUGEMテーマ:自作小説

この世に生まれて34年。
楽しいこともあれば嫌なこともあった。
まだ俺が子供だった頃、親とはぐれて街をさまよっていた。
フラフラとたどり着いた先は民家の庭だった。
そう広くはないけど、端っこの方に家庭菜園なんかもあって、綺麗に手入れされていた。
玄関の傍には犬小屋があって、隣でゴールデンレトリバーが寝ていた。
そのすぐ近くには銀色のエサ入れがあって、まだカリカリが残っている。
親とはぐれてから丸一日、とにかく腹が減っていた。
犬が危険だというのは知っていたけど、空腹の辛さには耐えられない。
爪を引っ込めて足音を殺し、こっそりと忍び寄ってから、前足を伸ばしてカリカリを奪い取った。
エサ入れから数粒のカリカリが転がり落ちて、そいつを餓鬼のように貪る。
また前足を伸ばし、カリカリを奪い、貪り、また前足を伸ばして・・・・。
なんて事をやっていたら、突然犬が目を開けた。
『なにやってんだ!』と怒鳴られ、慌てて飛び退いたけど、あっさりと咥えられてしまった。
殺される!
そう思った・・・・。
だけどそうなる前に俺は助けられていた。
人間の子供の手によって。
その少年は犬の口から俺を奪い取り、家に連れて入った。
そして親に俺を見せながら何かを話しかけていた。
やがて少年は笑顔になって、自分の部屋に連れていった。
どこからかダンボールを持ってきて、中にタオルを敷いて、その中に俺を置く。
何度か頭を撫でてから、駆け足で部屋を出ていった。
数分後に戻ってきた時には、その手に何かを持っていた。
どうぞとばかりにそいつをダンボールの中に置く。
犬用のカリカリを細かく砕いたやつを、小皿に入れて持って来てくれたのだ。
空腹に耐えかねていた俺は飛びつくようにして貪った。
・・・・この日から俺は少年の家で飼われることになった。
月日が流れ、この家に来てからもうじき20年が経とうとしていた頃、少年は大人へと成長し、この家から出ていって自分の家庭を築いていた。
俺もとうに子供の時間は終えて、大人どころかおじいちゃんになっていた。
昔のように外をうろつくこともなくなり、一階の窓の傍で日向ぼっこに明け暮れる毎日だった。
あの日もいつもと同じように日向ぼっこをしていた。
歳を取ると微睡んでばかりで、暖かい日差しに晒されながら夢と現の間をさまよっていた。
誰にも邪魔されたくない、ある意味麻薬のような快楽の中、ふと誰かの気配を感じた。
こういうとき猫ってのはいけない。
鈍感な人間と違って、微睡みの中でさえ常に五感が研ぎ澄まされているからだ。
誰かが近づいてくれば無意識に反応してしまう。
パチっと目を開け、いったいどのどいつが眠りをさまたげやがったのかと、恨み節たっぷりに睨んでやった。
「初めまして。」
窓を一枚隔てた向こうに真っ白な猫がいた。
ふわりと毛が長いが、洋猫という感じではなく、まるで髭をたくわえている仙人のような威厳を感じさせる毛並みだった。
コイツがタダ者じゃないってことは一目で分かった。
猫ってのはよく生きても24、5くらいが限界なのに、もっともっと長い時間を生きてきたかのような、俺なんか遠く及ばないほど含蓄のある目をしている。
気が付けば恨み節は消え去り、代わりに敬礼する兵隊のようにビシっと背筋を伸ばしていた。
猫なもんで人間のようにまっすぐにはならないけど。
・・・・こちらから話しかけてはいけない。
そう思った。
相手が何か喋るまでは沈黙を貫かないと失礼に当たる。
俺って猫なのに、なんで犬みたいに上下関係を気にしているんだろうって、ちょっと悔しさを堪えながら。
「あんたもうすぐ猫又になるわよ。」
涼しい声で不思議なことを言った。
俺は首を傾げ、次の言葉を待つしかなかった。
「あと一ヶ月も経たないうちに二十歳でしょ?その時が来れば猫又になる。」
先ほどと変わらない涼しい声だけど、こっちは涼しい気持ちではいられなかった。
尻尾で敬礼していたのをやめて、「どういうこと?」と尋ねていた。
「猫又って化け猫のこと?」
「化け猫とは違うわ。不思議な力を宿しているって意味では同じだけど。」
「どう違うんだ?」
「猫又は良い霊獣、化け猫は悪い霊獣。いわば妖怪みたいなものね。」
「はあ・・・・。」
「私はアンタに用があって来たの。アンタには猫又の素質があるわ。そういう猫が二十歳を超えると霊力を宿すようになる。普通の猫じゃいられなくなるわ。」
「普通じゃなくなる・・・・。てことは怪物みたいになるかもってことか?」
「下手をすればね。不思議な力を使って人間や他の動物を傷つけることなんて容易いわ。
その大きな力のせいで勘違いして、悪さに走る猫もいる。そういうのを化け猫っていうわけね。
私はアンタがそうならないように指導しに来たってわけ。」
「指導?」
「もうすぐ猫又になりそうな猫を見つけては声を掛けてるのよ。間違った道に走らせない為に。
あともう少しで身体に変化が出てくるわ。そうしたら近所の公園の植え込みまで来て。」
それだけ言い残し、「じゃあまた」と去っていった。
俺にはなんのことかサッパリだった。
しかしあの猫の纏う不思議なオーラ・・・・きっと嘘じゃないのだろう。
それを証明するように、二十歳を迎えたその日、身体にある変化が起きた。
いつものように日向ぼっこをしていると、尻尾に違和感が走ったのだ。
振り向くと根元から二つに分かれていた。
驚きのあまり「ミギャ!」と飛び上がってしまった。
なんでいきなりこんな事に・・・・と思ったが、あの猫が言っていたことを思い出した。
『アンタもうすぐ猫又になるわよ。』
猫又というのは、尻尾が二つに分かれるから猫又なのだ、というのを近所の野良猫から聞いたことがある。
ということは、つまりそういうことなのだろう。
不思議なのは、人間にはもう一本の尻尾が見えてないということだ。
俺を拾ってくれたご主人は大人になって家を出ていったので、今は代わりにご主人の母親が世話をしてくれている。
いつものようにエサをくれる時間、これみよがしに二つの尻尾を振って見せたのだが、まるで反応がなかった。
気づいていないだけかと思い、もう一つの尻尾を足に絡ませてみたのだが、これも無反応。
野良猫の友達には見えていたのに。
『お前どうしたんだよそれ!』なんて驚いていた。
どうやらこれは猫にしか見えないモノらしい。
・・・変化は他にもあった。
人間の言葉がハッキリと理解出来るようになったのだ。
今までは親しい人間の言葉しか理解できなかったのに(ハッキリとじゃなくてなんとなくの雰囲気として)、今は言葉として理解できる。
テレビで喋っている人間の言葉まで。
それに身体の中から突き上げるような衝動がこみ上げて、全身が波打つ感覚があった。
もしかしたら人間に化けられるんじゃないか?
本能的にそう感じるような衝動だった。
しかし家の中で化けたらみんな腰を抜かすだろう。
だから我慢した。夜まで待った。
みんなが寝静まった頃、あの猫が言っていた近所の公園に向かう為に。
やがて夜が来て、みんなが寝たのを確認してから窓の傍に立った。
こみ上げる衝動は限界に達していて、早くこれを解放したかった。
窓の外を見上げながら、自分を抑える理性を解除する。
すると突然二つの尻尾が大きくなって、グルグルと巻きついてきた。
《間違いない!絶対に人間に化けられる!》
根拠はないが、何かが本能にそう告げていた。
その本能を外に向かって解放するのと同時に、身体の中から何かが弾けるような衝撃が走った。
・・・モワっと白い煙が上がる・・・かんしゃく玉みたいに。
その煙が消えていくと、俺は人間に変わっていた。
自由に動く指、直立できる長い足、猫とは違うむき出しの肌。
鏡で見てみると、俺を拾ってくれたご主人の姿に変わっていた。
それも時の少年の姿に。
《なんでこんな姿に!・・・・いや待て、そういえば・・・・・、》
体内から突き上げる大きな衝動を解放する瞬間、少年時代のご主人をイメージした。
人間に化けられると確信したその時、パッと頭に浮かんできたのだ。
《なるほど・・・化ける瞬間にイメージした人間に変わるんだな。》
面白いのでもう一度化けてみよう・・・・と思ったのだが、方法が分からない。
なぜなら人間に化けた状態では尻尾がないからだ。
これじゃ元に戻ることも出来ない。
いったいどうすればいいのかアタフタしていると、窓の外にこの前の白猫がやって来た。
前足で開けろとジェスチャーしてくる。
俺は素晴らしいほど器用に動く指を使い、猫のままなら至難の業である開錠を行なった。
クイっと鍵を下ろし、ゆっくりと開けていく。
白猫は中に入ってきて、「ふんふん」と一匹で頷いていた。
「初めてでここまで完璧に化けるなんて見事ね。アンタ才能あるわ。」
褒めてくれて嬉しいが、今の俺は困っている。
いったいどうすれば元に戻れるのか?
その悩みを見透かすかのように、白猫は「イメージよ」と言った。
「お尻の辺りから尻尾が生えてくるイメージをしてみなさい。」
なるほど、頭の中で二本の尻尾を思い描く。
するとニョロニョロっと生えてきた。
「あとは同じ。そいつを巻きつけて元に戻るイメージをするだけよ。」
言われた通りにやってみる。
さっきと同じようにボワっと煙が上がり、いつもの俺に戻っていた。
「そうそう、上手上手。」
子猫でもあやすみたいに褒めてくれる。
素直に喜んでいいのかどうか。
「やっぱりアンタには才能があるわね。だからこそ危険でもあるわ。もし間違った道に進んでしまったら取り返しのつかない事になる。
そうなる前に教えてあげるわ。猫又としての心得をね。」
クルっと踵を返し、窓の外へ走って行く。
「行きましょ、仲間が待ってるわ。」
「仲間?」
「アンタ一匹が特別じゃないってこと。ほら早く。」
ササっと庭を駆け抜け、ピョンと塀の上に飛び乗る。
俺は家の中を振り返りながら、「質問がある」と言った。
「俺は普通の猫じゃなくなったんだよな。ならもうここには帰って来れないのか?」
「そんなことないわ。どこで生きるかはアンタの自由。でも今まで通りこの家に住みたいのなら、尚のこと猫又について知ってもらわないと。」
「ほんとにほんとか?どこかに連れ去ったりしないだろうな?」
「心配しなくても大丈夫。怖がらないでほら。」
ついて来いと尻尾を振る。
最近会ったばかりの猫を信用してもいいものか?
少し迷ったが、それ以上に好奇心が勝った。
《俺は普通の猫じゃないんだ。これは誇るべきことだぞ。》
猫又ってやつについてもっと知りたい。
そうすれば色んなモノに化けたり、それ以上のことだって出来るかもしれない。いや、きっと出来るはずだ。
身体中にこみ上げる衝動は力強く、もっともっと大きな可能性を秘めているはずだ。
「腹を括った良い顔ね、それじゃ行きましょ。」
白猫は塀の向こうに消えていく。
俺はもう一度家の中を振り返ってから、白猫のあとを追いかけた。
塀を飛び越え、街灯と月明かりだけが照らす夜道を歩いていく。
トコトコと先を行く白猫の尻尾は一つだけで、「アンタは猫又じゃないのか?」と尋ねた。
「私?」
「尻尾が一つしかない。」
「そうね、昔は猫又だったわ。でも今は違う。」
「今は違うって・・・・もしかして化け猫になっちまったのか?」
「そうじゃないわ。猫又よりもちょっと偉い猫ってところかしら。」
「なんだいそりゃ?」
「例えるなら猫の神様ってところかしら。」
冗談で言っているのだろう・・・・そう思った。
タダ者じゃないからって、いくらなんでも神様ってのは信じられない。
「そういえばアンタの名前をまだ聞いてなかったわね。」
足を止めて振り返る。俺は胸を張って答えた。
「タンクっていうんだ。ご主人が付けてくれた。」
「良い名前じゃない。身体が大きいから似合ってるわ。」
「だろ!俺も気に入ってるんだ。そっちは?」
「私はたまきっていうの。よろしくね。ちなみにアンタのご主人様の名前は?」
「ご主人?進藤歩っていうんだ。ずっと昔に俺を拾ってくれた優しい人間だよ。今はもう一人立ちして家にいないけど。」
「そう。じゃあ・・・人間に化けてる時はそう名乗れば。」
「ご主人の名前を?」
「さっきアンタが化けてた人間、あれご主人様なんでしょ?」
「どうして分かるんだ?」
「最初は飼い主に化けることが多いのよ。きっとイメージしやすいからでしょうね。」
「なるほど・・・・それで無意識に化けてたのか。」
「最初のうちは何にでも化けられるわけじゃないわ。しばらくはご主人様の姿を借りることになるはず。だったら同じ名前の方がしっくりくるでしょ?」
「そう言われればそうかもしれない。」
妙に納得してしまう。
公園に着くと何匹も猫が集まっていて、植え込みの傍で雑談をしていた。
「猫の集会だな。」
「ええ。でもただの猫じゃない。みんなアンタと同じよ。」
「こんなにたくさん俺と同じような奴がいるのか。尻尾が一つしかないぞ?」
「慣れれば出したり消したり出来るからね。とにかくみんなに挨拶して来なさい。猫又の一年生としてね。」
尻尾でポンと背中を押される。
俺はトコトコと駆け寄っていって、「初めまして、猫又のタンクです!」と名乗った。
みんなが一斉にこっちを見る。
普通の猫とは違う魔性的な視線にちょっとだけ怯えてしまった。
しかしどの猫の優しく迎え入れてくれて、すぐに緊張はほぐれた。
俺が猫又としてデビューした忘れられない日だ。
・・・・あの日から20年、人間に化ける時は今でも進藤歩と名乗っている。
お店でポイントカードを作る時も、レストランで予約待ちの名前を書く時も、そして稲松文具で働く時も。
猫又になってから20年の間、本当に色んな事があった。
良い事も悪い事もたくさん。
あれは猫又になってから5年後のこと、ご主人の両親が事故で亡くなってしまった。
俺の世話をしてくれた人たちが亡くなってしまったことはとても悲しかった。
だから家を出た。
もうあそこに帰っても誰もいないし、一人立ちしたご主人の世話になるのも悪いから。
だけど同じ年に嬉しい事もあった。
あてもなく野良を続けていた俺に、声を掛けてくれた猫又がいたのだ。
ムクゲという100歳を超える大ベテランの猫又で、人間になることを夢見ている(変化ではなく完全に)変わった猫だった。
ムクゲは人間への憧れから、人間の擬似家族を作っていた。
自分は妻を演じ、恋猫には夫を演じさせ、他の猫にはおばあちゃんや娘を演じさせていた。
誰もが人間になりがたっている変わった猫又たちだった。
俺はそんな変わった猫又に声を掛けられ、よかったら一緒に暮らさないかと誘われた。
最初は断った。
だって人間に成りたいなんてちっとも思わなかったからだ。
だけどムクゲはそれでもいいから一緒に暮らそうとしつこかった。
後で分かったことだが、あてもなくフラフラしている俺を心配してのことだった。
しばらく悩んだ末、出て行きたくなったらいつでも出ていっていいという条件付きで、ムクゲの擬似家族に加わることになった。
最初の六年は人間として暮らす練習をして、その後は学校へ通い始めた。
小学校一年生から中学三年の間まで。
そして今年の春にめでたく卒業し、稲松文具に勤めることになったのだ。
それはムクゲの擬似家族を卒業した日でもあった。
今までありがとうとお礼を言い、いつでも会いに来てねと抱きしめられ、母親になってくれた彼女の元から旅立ったのだ。
本当に色んなことがあった20年で、良い事も悪い事も、今となっては過ぎた時間の中の事でしかない。
・・・・たった一つだけを除いて。
あれはムクゲに拾われてから10年後のことだった。
俺のいた街からどんどん猫又が消えていくという事件が起きたのだ。
やがて化けタヌキや人狼など、霊獣と呼ばれる不思議な動物たち全てが姿を消していった。
そんな物騒な事件が続いていたある日のこと、学校からの帰り道で一人の男が声を掛けてきた。
そいつはプロレスラーみたいな厳ついガタイをしていて、鬼みたいに怖い顔をしていた。
『私たちと一緒に来ないか?霊獣にとって理想の世の中を作る為に。』
そう言いながら手を差し出してきたので、ちょっと怖くなって後ずさった。
すると腕を掴まれて、強引に車の中に引きずり込まれそうになった。
抵抗はしたけどまったく歯が立たず、遂には車に押し込められてしまった。
暴れないようにと手足を縛られながら、ふとあることを考えていた。
街から霊獣が消えているのはコイツのせいなんじゃないかって。
だとしたら俺もどこかへ連れ去られてしまって、二度とこの街へ戻って来られないのかもしれない。
そう思うと怖くなって、大声で助けを呼んだ。
『ムクゲ!』
擬似家族のはずなのに、いつの間にやら本当の家族のようになっていた彼女に、無意識に助けを求めていた。
するとその願いが通じたのか、突然車のドアが開いた。
・・・・ムクゲだった。
俺を車から降ろし、手足を縛る鎖を引きちぎり(霊獣はとんでもなく腕力が強いので)、『間に合ってよかった!』と泣きそうな顔で言った。
『ムクゲ!ここにいたらマズい!またあの鬼みたいな奴に襲われて・・・・、』
『大丈夫よ、彼女が追い払ってくれたから。』
そう言って後ろを振り返ると、そこには綺麗な毛をした真っ白な猫がいた。
『たまき!』
『久しぶり。』
クスっと笑いながら、『危ないところだったわね』と尻尾を揺らした。
『もうアイツはいないから大丈夫よ。』
周りを見ると・・・・確かにいない。
車だけ残してどこかへ消えたらしい。
『たまきが追い払ったのか?』
『ええ。』
何でもないという風に頷く。
『ほんっとにカグラの連中は・・・・。』
イライラしながら言うたまきに、『カグラ?』と尋ねていた。
『霊獣を捕まえては密売する極悪組織よ。表向きは家具屋さんだけどね。』
『ちょ、ちょっと待って!じゃあこの街から霊獣が消えたのは・・・・、』
『奴らがさらったのよ。』
『やっぱり・・・・。』
『ちなみにさっきの男も霊獣。それもお稲荷さんよ。』
『お稲荷さんって・・・・あのキツネの神様の?』
『そう。』
『なんで神様がそんなことを・・・・。』
『神様は神様でもアイツは禍神(マガツカミ)っていう悪い奴。稲荷の世界でも鼻つまみ者よ。』
『じゃあ奴らにさらわれた霊獣たちは・・・・、』
『残念ながらどこかへ売り飛ばされたでしょうね。』
『・・・・・・・・・。』
『カグラはそうやってお金を稼いで、どんどん人間社会で力を増していってるわ。このまま放置しておけばさらに被害が出る。早くどうにかしないと。』
クルっと踵を返してどこかへ去って行く。
『たまき!ちょっと待って!もうちょっと話を聞かせて・・・・、』
追いかけようとした時、『ダメよ』とムクゲに止められた。
『もう帰りましょ。』
『でも・・・・、』
『街のみんなが消えてしまったことは悲しい。だけど下手に関わるとこっちまで危ないのよ。
いつ歩も連れ去られるか不安だったから、ここ最近はずっと見張ってたの。』
『だからすぐ助けに来てくれたのか。』
『うん。でもあの鬼みたいな男・・・・アイツ自身が位の高い霊獣だから、私だけじゃ勝てない。
どうしようって焦ってたら、偶然たまきが通りかかって・・・・。』
ムクゲは『今日のことはもう忘れようね』と言い、その日はおとなしく家に帰った。
だけどそれから一ヶ月後くらいに、今度はムクゲが襲われた。
どうにか逃げ切ったものの、とても大きな傷を負っていた。
最初は擬似家族だったけど、でも今は違う。
ムクゲは俺の母なのだ。
それを怪我させたことが許せなくて、どうにかしてカグラって連中に復讐できないか考えた。
放っておけばまた被害者が出るだろうし、同じ霊獣として怒りが湧いていたし。
だから俺は稲松文具へ就職した。
カグラの連中に一泡吹かせる為に。
この会社なら中卒でも正社員として雇ってくれるし、出世だってさせてくれる。
頑張って偉くなれば、グループの傘下であるカグラに復讐できると思ったから。
だけど中々上手くいくものじゃなかった。
せっかく出世が決まったというのに、ある出来事のせいで会社を離れなきゃいけなくなるかもしれないのだ。
ムクゲ・・・俺の母がまた襲われた。
鬼神川の奴に誘拐されてしまったのだ。
かつてムクゲをさらおうとした時、反撃されて傷を付けられたことを根に持っていたようだ。
その恨みを晴らそうと、ムクゲの家にまで襲撃してきた。
今は人質となって、たまきとの交渉材料に使われている。
コイツを無傷で返してほしいのなら、俺たちの邪魔をするのはやめろと。
たまきは激怒した。
霊獣を、いや動物を守る神様としてカグラをぶっ潰す!
そう息巻いていた。
だけどムクゲを人質に取られている以上、事は慎重に運ばないといけない。
多分カグラは俺の正体に気づいているだろう。
あの時さらおうとして失敗した霊獣だということ、そしてムクゲの家族だってことを。
だからしばらく表から身を隠すことにした。
たまきからそうしろと言われたのだ。
アンタまでさらわれたらややこしくなるからと。
悔しいけどたまきの言う通りだ。
今の俺にカグラと戦う力はない。
下手に動けばたまきの足を引っ張って、ムクゲを危険に晒してしまうだけだろう。
鬼神川たちに見つからないよう、今は猫神神社という所に身を隠している。
ここはセンリという猫の神様を祭った神社で、緑の深い山の麓にあるのだ。
ちなみに祭神のセンリとはたまきのことである。
ここにいる限りはカグラも手を出せないそうなので、今はおとなしく身を潜めているしかない。
賽銭箱の横に座りながら、ムクゲが無事に帰って来ることを祈っていた。

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