稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 最終話 道しるべ(3)

  • 2018.11.30 Friday
  • 10:28

JUGEMテーマ:自作小説

長く眠っていると身体が言うことを聞かなくなるものだ。
カグラの本社に行き、女の霊獣に追いかけられたあの時から、俺は一週間近くも眠ったままだった。
理由はおそらく例の薬だろう。
子犬に変わることはなかったけど、その代わり強い目眩に襲われて意識を失ってしまった。
しかも寝ている間、ずっと同じ夢を見ていたのだ。
謎の男が現れ、次々に霊獣を撃ち殺していく夢を。
逃げ惑う霊獣たちもいれば、戦いを挑む霊獣もいた。
でも男の凶弾によって次々に倒れていった。
紫の弾丸はとても強力で、屈強な霊獣でさえ歯が立たない。
大きな龍も、大きな稲荷も、見るからに強そうな霊獣たちでさえ、男の凶弾の前には成す術がなかった。
血塗られた紫の弾丸。
無表情でそいつを撃ち続ける男の後ろには、真っ白に輝く狼がいた。
まるで男の守護霊であるかのように、ピタリと傍を離れない。
でも表情が対照的だった。
男が無表情であるのに対し、狼は笑っていたのだ。
いったい何が可笑しいのか?
最初は分からなかったけど、なんとなくその理由が見えてくるような気がした。
男が霊獣を撃ち殺す度、狼は大きくなっていたのだ。
代わりに男はやせ細り、立っていることすら出来なくなる。
そうなると狼は自分の血を飲ませるのだ。
自分の牙で自分を傷つけ、紫色の血を滴らせる。
男はその血を聖水のようにありがたがった。
やせ細った身体は力を取り戻し、また霊獣を撃ち殺していく。
・・・・これは夢だと分かっていた。
でも妙にリアルで恐ろしかった。
もしもこれが正夢だとしたら、俺は正気を保てないだろう。
だって俺には霊獣の仲間がたくさんいるのだ。
ウズメさん、アカリさん、チェリー君、そしてたまき。
なにより一番大切な婚約者、化けたぬきのマイちゃん。
このままでは凶弾の餌食になってしまう。
いくらたまきやウズメさんが強くても、あの弾丸の前では手も足も出ないだろう。
それに男を守っている光り輝く狼。
こいつも強そうだ。
どんどんどんどん大きくなっていって、恐竜と変わらないんじゃないかってくらいに巨大になっている。
このまま大きくなり続けたら、それこそ怪獣のようになってしまうだろう。
もしこの夢が現実になれば、この世から霊獣は消えてしまう。
それはつまり、大事な仲間も、尊敬する師匠も、愛する婚約者も失ってしまうということだ。
これはただの夢だ・・・・そのはずなのに、こうも不安になるのは、夢に出てくるこの男の存在感が生々しすぎるせいだろう。
あの晩、街灯の下で会った時、男は何も答えてくれなかった。
でもこうしてまた夢に現れた。
だから俺は問いかけたのだ。
何が理由で俺に会いに来る?
どうしてそんなに霊獣を憎んでいる?
なにか伝えたいことがあるから現れるんだろう?
だったら教えてほしい。
アンタはいったいどこの誰で、何を望んでいるのか。
男は口を開きかけた。
・・・・そこで目が覚めたのだ。
金色の眩い光が差し込んで、思わず目を細めた。
とても暖かい光だった。
さっきの悪夢を全て消し去ってしまいそうなほど・・・・。
それから一時間、俺は大きなお稲荷さんの尻尾の上で横になっていた。
ウズメさんだ。
「体調はどう?」
「おかげさまで・・・・。」
「まだ目がトロンとしてるわね。もうちょっと横になってなさい。」
八本ある尻尾のうちの一本に寝かせてもらっている。
一つ一つが出雲大社のしめ縄よりも太く、そして長い。
ウズメさんが立派な稲荷だってことは知ってるけど、この前よりもさらに巨大になっていた。
しかも金色に輝いているし・・・・。
「浮かない顔してるわね。」
「意識を失ってから変な夢を見ていたんです・・・・。ただの夢のはずなのにそうは思えなくて・・・・、」
「悪い夢だったの?」
「謎の男が霊獣を撃ち殺していくんです。そいつの背後には光り輝く狼がいて、霊獣を撃ち殺す度に笑っていました。」
「それは怖い夢ね。でも夢はしょせん夢よ。ただし正夢になるんじゃないかと思っていると、本当にそうなることがあるから気をつけてね。」
「そういうものなんですか?夢って・・・・・。」
「無自覚のうちに本人が夢に近い行動を取ってしまうことがあるのよ。もちろん予知能力のように未来の出来事を察知する夢もあるけどね。
でも君にそういう能力は備わっていないわ。だから心配しなくても大丈夫。」
大きな尻尾をふわふわと揺らしながら、いつもより威厳のある声で語りかけてくる。
俺は身体を起こし、じっくりと辺りを見渡した。
ここは金光稲荷神社の本殿の中だ。
天井には煌びやかな金色の装飾が施されていて、奥には立派な祭壇がある。
丸い鏡があるけど、あれが御神体のようだ。
その手前には小さな壺というか、おちょこみたいな入れ物があって、両脇には真っ白な狐の像が鎮座していた。
「ここ・・・ウズメさんの神社だったんですね。」
そう尋ねると、気恥ずかしそうに笑った。
「ずっとこがねの湯の近くの神社だったんだけど、稲荷の長なんだからもっといい所の祭神になれって、白髭ゴンゲン様がね。」
「白髭ゴンゲンか・・・・懐かしいな。一昨年にダキニと揉めた時に手を貸してくれた爺さんですよね?」
「そうよ。ダキニ様の前の稲荷の長。今は引退してただのエロじじ・・・・じゃなくて、気のいいおじいさんになってるけどね。」
「あいつ本当にエロかったからなあ・・・・。マイちゃんも口説こうとしてたし。今は何してるんですか?」
「隠居して好き勝手やってるわ。」
「どうせまた女の人ばっかり口説いてるんでしょ。」
「ふふ、そんなとこね。ここも以前はゴンゲン様の分霊が祭られていたんだけど、私に譲って下さったのよ。」
「そうなんですか?あのエロじじいがこんな立派な神社を持ってたなんて。」
「今は私が長なんだから代わりに住めってさ。けっこう気に入ってたはずなのに、気前よくポンとね。」
「そっかあ・・・・あのじいさん、やっぱりただのエロじじいじゃなかったんですね。」
ボーっとする頭で本殿の中を見つめる。
そしてふと大事なことを思い出した。
「そういえばみんなは?モンブランやアカリさんは?御神さんもいないみたいだし・・・・。」
「あれから一週間近く経ってるからね。みんなそれぞれのやることをやってるわ。」
「それぞれの・・・・?」
「君、カグラの本社に乗り込んだんでしょ?」
「俺はイヤだったんですけどね・・・・御神さんが強引に。」
「危険な行為だけど、そのおかげで事が動き始めたわ。」
「どういうことですか・・・?」
「自分たちの知らない所で薬が出回ってたわけだからね。回収しようと躍起になってるのよ。」
「遠藤さんがばら撒いてたから・・・・。」
「この前の岡山の件だって、とんでもない大事件なのに大したニュースになっていないわ。きっとカグラが手を回したのよ。
SNSなんかで拡散はしてるみたいだけど、オカルト話の域は出てないわ。」
「てことは俺たちを見つけようと必死になってるわけか・・・・。」
「奴らが動けば動くほどこっちにとっては好都合よ。追ってきた連中を生け捕りにして、色んな情報を引き出せるからね。君の無謀な突撃は功を奏したってわけ。」
「ならアカリさんたちは今・・・・、」
「戦ってるわ。狼男も。それに御神さんってジャーナリストもね。ちなみにモンブランちゃんたちも。」
「アイツらも!?また面倒を起こさなきゃいいけど・・・・、」
「あの子達の行動力には恐れ入るわ。すすんでオトリを買ってでてるんだから。マリナちゃんなんて一匹霊獣をやっつけたのよ、ドカンとバズーカを撃って。」
「マジで撃ったのかアイツ・・・・。ていうかどこでそんなモンを手に入れたんだ・・・・。」
「カグラの追っ手が持ってたのを奪ったみたいよ。君のところの動物、その辺の霊獣よりずっと逞しいかもね。」
「こういう時は頼りになるかもしれません。普段は手が付けられないけど。」
「ちなみにたまきも動いてるわ。」
「アイツも?」
「生け捕りにした相手から情報を引き出して、翔子ちゃんたちが監禁されていた場所を突き止めたのよ。」
「すごいな、さすがはたまきだ。」
こういうことをあっさりとやってのけるなんて、弟子として鼻が高いと同時に、アイツに手が届くのはまだまだ先だろうなと、多難な道を覚悟する。
「たまきが向かったってことは、翔子さんは無事に助け出されたんですよね?」
期待して尋ねると、「残念ながら・・・」と声を落とした。
「他に捕まってた子たちは救出されたんだけど、翔子ちゃんだけは無理だったみたい。カグラが必死に抵抗してせいで取り逃がしちゃったのよ。」
「たまきから逃げ切るなんて・・・やっぱりヤバい連中だな。」
「一筋縄ではいかないわ。私も直接カグラに乗り込もうとしたんだけど、いちおう白髭様にだけはお伺いを立てておこうと思ってね。
私を稲荷の長に推薦してくれた方でもあるから、勝手に喧嘩しに行っちゃ面子を潰しちゃうし。」
「ウズメさんらしいですね。でも俺たちがカグラに行った時、ウズメさんはいませんでしたよね?」
「白髭様に止められたのよ。私の立場で勝手なことをすると、稲荷の世界全体を巻き込む大争いになるからって。
その代わりに私の位を上げて下さったわ。だからほら、尻尾の数も増えてるでしょ?」
そう言って八本の尻尾を揺らす。
しかも一本一本が前よりも立派だ。
ものすごくフサフサしてるし、金色に光ってるし。
「前は七本でしたもんね。ということはもっと偉くなったってことですか?」
「白髭様の計らいでね。霊獣としての格は前よりもずっと上よ。だからこそこの神社の祭神に命じられたわけだし。」
「すごい立派な神社ですよここは。稲荷の長に相応しいです。」
「ここまで偉くなれば、神道系の稲荷のお偉いさんたちも話を聞いてくれるかもしれないわ。前は門前払いだったけど、次こそはチャンスがあるかも。」
「なるほど。喧嘩じゃなくて話し合いでケリを着ける為に、前より偉くなったってことですか。」
「そういうこと。君が目覚めるまで付き添ってたけど、もうそろそろ出かけなきゃ。立てる?」
「もちろんです!この尻尾のおかげで元気出ました。」
金色の尻尾は暖かい光で包まれている。
もしこれがなかったら、一週間近く続いた悪夢のせいで精神がおかしくなっていたかもしれない。
「ウズメさん、俺のことは気にせずに行ってきて下さい。」
「そうするわ。君もあまり無茶をしないようにね。相手は犯罪組織であり、しかも霊獣の集団よ。くれぐれも気をつけて。」
そう言って大きな尻尾を振ると、一瞬で周りの景色が変わっていた。
ウズメさんはいなくなり、俺は本殿の外に立っていた。
大きな社は背中を反って見上げるほど立派で、金光稲荷神社という名に相応しいほど、たくさんの金色の装飾が施されている。
屋根は赤く、それを支える柱も赤い。
壁は真っ白で、両脇にも真っ白な狐の像が建っていた。
砂利引きの広い境内は高い木立に囲われ、そのうちの二本は天を突くほど巨大だった。御神木だろう。
ここなら稲荷の長にとって不足のない神社だ。
鐘を鳴らし、手を合わせ、無事に翔子さんを救い出せますようにとお祈りする。
そして踵を返し、まっすぐ伸びる参道を歩いて行くと、鳥居の下で一人の女性が佇んでいた。
俺に気づくなり手を振って、「ようやくお目覚めね」と言った。御神さんだ。
「気分はどう?」
「悪夢を見てましたよ。正夢になるんじゃないかってくらいリアルなやつを。」
そう答えると眉を潜めていた。
「そういう夢はすぐに忘れた方がいいわよ。ずっと覚えてるとほんとに正夢になっちゃったりするから。」
「ウズメさんにも言われました。気にするなって。」
「一週間眠ったままなんて・・・・おそらく薬の副作用だと思うけど、ほんとに体調は平気なの?」
「まあまあってとこですかね。俺が寝てる間のこともウズメさんから聞きました。みんな頑張ってるって。だったら高熱があっても寝てられませんよ。」
「それだけガッツがあれば大丈夫ね。」
クスっと肩を竦め、「じゃ、行きましょ」と歩き出した。
「あの・・・、」
小走りにあとを追いかけながら、「アカリさんやモンブランたちはどこに?」と尋ねる。
「カグラの追っ手と戦ってるって聞いたけど。」
「みんな大活躍よ。狼男二人に、君の仲間のお稲荷さんたち。みんな霊獣だけあってかなりの腕っ節ね。あ、でも一人そうでもないお稲荷さんがいるけど。」
「誰ですか?」
「たしかツムギ君ってお稲荷さん。なんで俺が有川の為にってブツブツ言ってたわ。」
「口は悪いけど根は良い男なんですよ。」
「マリナちゃんに鼻の下伸ばしっぱなしだけどね。狼男たちはモンブランちゃんにゾッコンだし。」
「霊獣も女に弱いんだなあ・・・。」
「ていうかあなたの家の動物たち、動物にしとくには惜しいほどの逸材だわ。みんな霊獣顔負けなほど頑張ってるもの。」
「こういう時はある意味頼りになる奴らですから。」
「モンブランちゃんは狼男を従えて女王様みたいに振舞ってるし、マサカリ君は戦いそっちのけで犬缶を頬張ってるし。
チュウベエ君は追っ手にミミズを売りつけようとするし、マリナちゃんはバズーカ2丁持ちでカグラの本社に突撃しようとするし。」
「無茶苦茶だな・・・・。ていうか戦ってるのマリナだけじゃないですか。」
「でもみんなとにかく目立つから、良い意味でオトリになってくれてるわ。そして追っ手が迫ってきたところを霊獣たちが仕留めるってわけ。」
「まさかまた暴動みたいになってませんよね?」
「その心配は無用よ。カグラだってなるべく事を大きくしたくないんだもの。人目に付かない場所を選んで攻撃を仕掛けてきてるわ。」
「でもマリナの奴、バズーカをぶっ放したんでしょ?どう考えても大事になるんじゃ・・・・、」
「無人の廃工場におびき出して撃ったから安心して。」
「安心していいのかそれ・・・・。」
なんか色々不安になってくる。
二人ならんで神社の敷地を抜け、駐車場まで歩いていく。
そこには鮮やかな黄色をした値の張りそうなスポーツカーが。
「これ御神さんのですか?」
「カッコイイでしょ。」
「あの・・・ちなみに俺の車は?」
「残念ながら敵の襲撃でお亡くなりになったわ。」
「そんな!自家用車に続いて業務用までも・・・・、」
この前のカーチェイスで愛車が破壊され、そして次は仕事用までとは・・・。
まあ7万の中古で買ったいつ壊れてもおかしくない車だったけど。
「有川さんが襲われた時にひっくり返されちゃったでしょ?あれからウンともスンとも動かなかったわ。」
「まあいいですけど・・・・。」
「ちなみにあのあとしばらくしてからアカリさんが来てくれてね。遅いからって様子を見にきてくれたみたい。
その時に川原に隠してたわ、道でひっくり返ってちゃ邪魔だからって。あとから取りに行けば。」
「気乗りしないなあ・・・・。」
ショボンと項垂れながら車に乗る。
御神さんの運転は信じられないほど荒っぽいもので、まったく生きた心地がしなかった。
これでよく事故らないなと感心する。
あっという間に金光稲荷神社から遠ざかり、姫道市の市街地を抜けて高速に乗った。
「ちょっと飛ばしすぎじゃないですか・・・・。」
「モタモタしてたら追っ手が来るじゃない。今襲われたらアウトよ。」
それはその通りだけど、このスピードじゃ別の意味でアウトになりそうな気がする。
まあ最近はとんでもない事ばかりありすぎて、これくらいじゃどうってこともないけど。
「どこに向かってるんですか?」
「ん?ちょっと合わせたい人がいてね。」
「合わせたい人?もしかして協力者ですか?」
「というより共闘者ね。」
そう言ってニコリと微笑む。なんか含みのある笑顔でちょっと怖い。
「前にも言ったけど、カグラを相手にするのは有川さんだけじゃ無理があるわ。」
「身をもって理解しました。」
「そして彼等だけでも無理だわ。」
「彼等?」
「カグラに立ち向かってるのはあなた達だけじゃない。他にも懸命に戦ってる人たちがいる。彼等は企業を相手に戦うのは慣れてるけど、霊獣や動物のことは専門外よ。
そして有川さんはその逆。お互いが手を組めば打倒カグラも夢じゃないわ。」
相変わらず意味深というか、含みのある言い方をする。
簡単に核心を語らないのはジャーナリストとしての職業病か?それとも個人的なクセなのか?
どっちか分からないけど、今の時点では聞いても答えてくれないだろう。
車は更にスピードを上げ、縫うように他の車を追い抜いていく。
そして高速を降りたその先は・・・・、
「龍名町?」
俺の街である。
市街地を縦断する国道を抜け、交通量の多い交差点をスルリと左に曲がり、大きな川を渡す橋に差し掛かった。
その下には川原が広がっている。いつもマサカリの散歩をしている場所だ。
そこをさらにまっすぐ走ると稲松文具の本社が見えてくる。
田舎には不釣り合いな巨大なビルだ。
《翔子さん・・・必ず助けますからね。それまでどうか無事で。》
ギュっと胸に誓い、遠ざかるビルを眺める。
それからまたしばらく走り、さっきとは別の高速に乗った。
比較的新しい道路で、利用者は少ないものの、龍名町から北へ向かう時には便利な道だ。
御神さんはこの道路のインターを二つ目で下りた。
その先に広がるのは恐ろしく殺風景な、そしてアンバランスな景色だった。
「ここって・・・・、」
「ええ、開発に失敗した夢の都市よ。三つの街がお金を出し合って作ったんだけど、そのうちの一つがお金が足りなくて続けられなくなってね。
道路は立派だし、スポーツや研究の為の施設も揃ってるし、ヘリポートまである。なのにほとんど住民がいない。ある種のゴーストタウンね。」
そう、ここは街の外観だけが立派で、ほんとど人の気配がしない奇妙な街なのだ。
言葉は悪いが、綺麗な廃墟とでも言おうか。
でも一応マンションは建っているし、大学や高校もあるから、まったくの無人というわけではない。
ないんだけど、それでも奇妙な街であると感じる。
「こんな場所で誰かが待ってるんですか?」
「街の外れにパスタの専門店があるのよ。小高い丘の上にね。」
「そこで誰かと待ち合わせ?」
「ええ、ちなみに君も知ってる人よ。」
意地悪な笑みで言う。教えてくれればいいのに。
やたらと立派な道路をまっすぐ走り、街の外れまでやってくる。
この先は山になっていて、麓には民家が並んでいるはずだ。
御神さんはその手前でハンドルを切った。
大通りから外れて、右へ急旋回する細い道へ入り、なだらかな斜面を登っていく。
少しうねったその道を駆け上がると、右奥の方に一軒の店が見えてきた。
「さ、着いたわよ。」
少し手前にある駐車場に降りると、奇妙な街の光景が一望できた。
右手には開発に失敗した街、左手には遠くまで連なる山々、その向こうには龍名町へと続く街が横たわっている。
なんともちぐはぐな景色だ。
思わず見入っていると、「面白いでしょ?」と御神さんが言った。
「クッキリ形が分かれてますよね。まるでボードゲームみたいだ。」
「こうして高いとこから見下ろすと、いかにも開発に失敗しましたっていうのが分かるわよね。」
カメラを構え、パシャっと一枚撮っている。
そして「あれ?」と呟いた。
「どうしたんですか?」
「何かがこっちに飛んできてる。」
ズームをいっぱいに伸ばし、「あれは・・・」と眉と寄せている。
「インコ・・・・?」
「ああ、たまに捨てられて野生化したやつがいるんですよ。」
「そうなの?でもあのインコはたしか・・・・。有川さん見てちょうだい。」
そう言ってプロ仕様のゴツいカメラを渡される。
けっこう重いなと思いながら、「どれどれ?」と覗いてみた。
「・・・・あれ?なんにも見えない。」
ズームを動かしてみるけど何も映らない。
「なんで?」
レンズを確認してみるけど、特に問題はなさそうだ。
「おかしいな?」
もう一度覗いてみるけどやっぱり何も映らなかった。
「御神さん、これ何も見えませんよ。」
困った顔でカメラを渡そうとすると、なぜかクスクスと笑われた。
「どうしたんですか?」
「もう一度カメラを覗いてみて。」
「こうですか?・・・・やっぱり何も見えませんよ。」
「そのままレンズの先に手をやって。」
「レンズの先に?・・・・・・って、痛!」
手にブスっと何かが刺さった。
ファインダーから目を離し、「なんなんだよ」と手をフーフーしていると、目の前に一羽の鳥が飛んできた。
「よ。」
「チュウベエ!」
なんでコイツがここに?
ていうより・・・・、
「お前インコに戻ってるじゃないか!」
「ウィイ。」
「ウィイじゃないだろ。解毒剤を飲んだのか?」
「いや、勝手に戻った。」
「勝手に・・・・?」
「モンブランたちも元に戻ってるぞ。」
「マジか・・・・。なんで急に・・・・、」
「不安定ね。」
御神さんが言う。
「例の薬、まだ試験段階なんでしょ?だから狼男たちにバラ撒くように指示して、多くのデータを取ろうとしていた。」
「ええ。」
「ということはまだ完成してないのよ。だから強い副作用も出るし、突然元に戻ったりもする。有川さんもたしか心臓が二つになっちゃったとか言ってたわよね?」
「そうなんです。その症状が出たのは俺だけなんですけど。」
「薬が未完成だから予想もしない効果が出るんだと思うわ。まあ動物を人間に変えたり、人間を動物に変えたりする薬だもの、元々が無理のある話よね。
でも・・・・危険ね。早くどうにかしないと、もっと恐ろしい副作用が出る可能性もあるわ。」
「た、例えば・・・・?」
「分からない。とにかくモタモタしてられないわ。」
カメラを担ぎ直し、店へ向かって行く。
俺はあとをついて行きながら、「なあチュウベエ?」と尋ねた。
「お前どうしてここが分かったんだ?」
「ん?まあ・・・アレだ。超能力だ。」
「当ててやろうか?」
肩にとまってきたチュウベエにビシっと指を向ける。
「どうせミミズ食ってたんだろ?穴場を探してるウチにたまたま俺たちを見つけた。違うか?」
「無きにしもあらずだ。」
「素直にそうですって言えよ。」
「だって動物に戻ったんだから何も出来ないし、だったらミミズでも食ってようと思って。」
「他のみんなは無事なんだろうな?」
「モンブランには狼男が付いてるし、マリナにはツムギ君が付いてる。」
「じゃあマサカリは?」
「こがねの湯の事務所で寝てる。」
「良い根性だ、しばらく飯を半分にしてやる。」
「あのメタボはビビりだからな。それに一緒にいても危ないからって、アカリが連れてったんだよ。」
「さすがはアカリさん、俺も姐さんって呼ぼうかな。」
「ちょっと何してるの、早く。」
「あ、すいません・・・・、」
御神さんのあとを追いかけ、店に向かう。
するとドアが開いて一人の女が出てきた。
邪魔にならないよう少し脇によける。
「悠一もそういう気遣いが出来るようになったか。」
「ん?なにが?」
「女に道を譲る、こういうのレディーファーストっていうんだろ?」
「邪魔にならないようにどいただけだ。ていうか人前で話しかけるな。怪しい奴だと思われるだろ。」
チラっとその女性を見ると、案の定不思議そうな顔で振り返っていた。
「ほら見ろ・・・・。」
「別にいいじゃないか。頭のおかしな奴だと思われても。」
「いいわけないだろ・・・・。」
「何してるの、早く。」
御神さんに呼ばれて店に駆け込む。
「予約してあるのよ。こっちの窓側の席。」
案内されて座った席はとても見晴らしのいい所だった。
さっきのチグハグな景色が一望できる。
でもテーブルには俺たちだけだ。
「あの・・・会わせたい人っていうのは?」
「まだ来てないみたいね。ちょっと待ちましょ。」
そう言ってメニューを広げ、店員さんを呼んでいる。
でも来ない。
なぜならドアの辺りで、家族連れの客と揉めているからだ。
チュウベエが「客商売ってのは大変だな」なんて呟く。
「あれきっとクレーマーだぞ。」
「だとしたら修羅場だな。ていうかここって動物の連れ込みOKなのかな?」
「大丈夫大丈夫、ぬいぐるみのフリしてるから。」
「俺はこの前それでバレたけどな。」
「悠一ほどバカじゃないから平気だ。」
「バカで悪かったな。」
まったく口の減らない奴だ。
店員とクレーマーの悶着はしばらく続き、御神さんも注文を諦めていた。
「こんなんじゃ別のお店にすればよかったわね。」
「なんでこんな辺鄙なお店を選んだんですか?」
「辺鄙な場所なら誰にも見つからないと思って。」
「ああ、なるほど。」
「にしても遅いわね、あの子。まあ遅刻はいつものことだけど。」
腕時計を確認し、チラチラとドアの方を覗っている。
そして・・・・・、
「あ!来た来た。」
立ち上がり、「こっちこっち」と手を振っている。
「すいません!遅れちゃって!」
スーツ姿の青年が駆け寄ってくる。
「道に迷っちゃって」と人当たりの良さそうな笑顔を見せた。
「ちょっと分かりづらい場所だったかしら?」
「通り過ぎちゃったんですよ、途中で細い道に入るの分かんなくて。」
「久しぶりだけど元気そうじゃない。」
「祐希さんこそ。相変わらずアラフォーとは思えないくらいお美しいっす。」
「ありがと。」
クスっと笑い、「紹介するわ」と俺に手を向けた。
「君に会わせたかった人。」
そう言ってから、「で、彼が有川さんに会わせたかった人」と青年に手を向けた。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
無言で見つめ合ってしまう。
なぜならこの青年、以前に会ったことがあるからだ。
それは向こうも同じで、なんとも言えない顔で見つめて・・・・というより睨んでいた。
《なんだろう・・・・すごい敵意を感じる。》
睨んでくる、ものすごい睨んでくる。もはやメンチを切っている。
「ほら、お互いに挨拶して。」
「え?ああ・・・・、」
立ち上がり、「動物探偵の有川といいます」と手を差し出した。
青年はメンチを切りながら「冴木晴香っす」と手を握った。
「稲松文具で社長やってました、社長を!よろしく。」
「以前に一度会ってるよね?翔子さんが誘拐された時に・・・・、」
「翔子だとお!?」
なんか知らんがいきなりキレだした。
握られた手が痛い・・・・・。
「ええっと・・・・なんか機嫌が悪いみたいだね。」
ニコっと返すと、「機嫌、悪くないっす!」と斜め下から睨んできた。
《お前は昭和の不良か!》
「ま、まあ・・・とにかくよろしく。」
怒りの理由は分からないけど、とにかく俺に良い印象は持っていないみたいだ。
何かした覚えはないんだけど・・・・。
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・あのさ。」
「あん?」
「そろそろ離してくれないか、この手。」
どんどん握る力が強くなっている。
さっきよりも怒った顔でメンチ切ってるし・・・・・。
「まあまあお二人さん、喧嘩はよくありませんぞ。ここは不束者のインコに免じて、どうか溜飲を下げて頂きたい。」
チュウベエがパタパタと羽ばたいて、俺たちの手にフンを落とした。
「おい!」
「汚ね!」
慌てて手を離す。
「先が思いやられるわね」と御神さんが首を振った。
「これから一緒に戦うんだから、もうちょっと仲良くしてよ。」
「別に俺は喧嘩なんてしてませんよ。ただそっちの彼がいきなりメンチ切ってくるから。」
「アンタが翔子とか吐かすからだ!女神と敬え!もしくは天使!!」
「だって翔子さんは翔子さんだし。」
「だから名前で呼ぶなっての!」
「あ・・・・もしかして君は翔子さんの彼氏なの?ごめん、だったら名前で呼んじゃ気分悪いよな。」
「か、彼氏じゃないけどさ・・・・、」
「じゃあ何?」
「なんだっていいだろ!課長は俺の女神なんだ!もしくは天使!!」
「ああ、なるほど。翔子さんに惚れてるわけか。」
「わ、悪いかよ!」
「そんなこと言ってないだろ、いちいち突っかからないでくれよ。」
「お、俺はなあ・・・・ずっと前から課長に惚れてんだ!なのにアンタときたら・・・・アンタときたら・・・・。なんで課長の愛の一人占めできるのさ!?」
「愛を一人占め・・・・?なんのことだよ?」
「恍けるな!課長はアンタのこと・・・・アンタを・・・・・クソ!ちくしょおおおおお!!」
なんか分からんけど一人で叫んでいる。
チュウベエが「また変な奴が増えたな」と呟いた。
「悠一の周りにはこんなのばっかりだ。」
「お前に言われちゃ彼も可哀相だ。」
「ま、類は友を呼ぶってやつかな。とりあえず景気づけに乾杯でもしよう。へいマスター!ミミズのカクテルを四人分!」
「ねえよそんなもん!もしあってもお前だけで飲んでろ!」
「なんで課長はこんな男を・・・・。クソ!こんなの間違ってるぞ!ちくしょおおおお!!」
俺たちのテーブルだけやけに騒がしくて、周りから冷ややかな視線が突き刺さる。
「うんうん、中々いいコンビね。これなら翔子ちゃんを助けられるかも。」
「どこがですか?最初からこんなんじゃ先が思いやられる・・・・・。」
「反発するコンビほど後々に上手くいくものよ。」
「俺にはそう思えないけど・・・・。だってまだ叫んでますよ、彼。」
「いつものことだから気にしないで。」
「これが普段通り?彼と合わせる自信がないです。」
「正反対だからこそいいコンビになれるはずよ。だってお互いに持っていないものを持ってるわけだからね。
有川さんにとっても冴木君にとっても、互いの道を照らすいい道しるべになると思うわよ。」
「道しるべ・・・・。」
それこそは今俺が一番望んでるものだ。
最初の一歩をどこへ踏み出せばいいのか・・・・・果たしてこの青年は示してくれるのだろうか?
互いにってことは俺だって彼に道しるべを示さないといけないわけで・・・・やっぱり先が思いやられる。
俺は悩み、冴木君は叫び、チュウベエはしつこくミミズのカクテルを注文している。
周りの客から冷たい視線を向けられる中、御神さんだけが上機嫌に笑っていた。

 

 

     第二部  -完-

 

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第二十四話 道しるべ(2)

  • 2018.11.29 Thursday
  • 10:03

JUGEMテーマ:自作小説

敵は本能寺にあり。
明智光秀は織田信長に反旗を翻す為、敵のいる城に乗り込んだ。
普通なら無謀なことだけど、本能寺の守りは手薄。
対して明智光秀は大勢の兵士を連れていた。
そのおかげで焼き討ちに成功したわけだけど、じゃあ果たして戦力が逆だったらどうか?
光秀はぜったいに本能寺を襲撃しようとはしなかっただろう。
大きな敵に挑む時は、必ず勝てる状況じゃないといけない。
それこそ敵の本丸に乗り込むなら。
「あの・・・御神さん。いきなりここへ来るっていうのはどうかと思うんですが・・・・。」
目の前には大きなビルがそびえている。
ここはカグラの本社、俺の街から二つ隣にある都市に建っている。
なんでいきなりこんなとこへ・・・・。
「俺たち明智光秀じゃありませんよ。こんなデカイ城にいる信長には勝てませんって。」
「勝つ?どうして?」
「どうしてって・・・・だってカグラは敵じゃないですか。」
「敵だからって倒す必要なんかないわ。大事なのは私たちの目的を果たすこと。」
「目的って・・・・翔子さんの救出ですよね。」
「そうよ。」
「だったら尚のこと正面から挑むのは無謀なんじゃ・・・・、」
「そうかしら?下手な奇策を用いるより全然いいと思うけどな私は。」
クスっと笑い、正面の大きな入口へ向かっていく。
「あ、ちょっと・・・・、」
追いかけようとすると、「お先」とモンブランが駆け出した。
続いてチェリー君も走り出し、マサカリたちもそれに続いた。
「おい待てって!」
アイツらを自由にさせたら何をしでかすか分からない。
仕方なしに後を追い、カグラのビルに入った。
中はホテルのロビーのように広くて、たくさんの社員が行き交っている。
かなり上の方まで吹き抜けになっていて、外から見た時よりも大きな建物に感じた。
正面には受付があり、男女一人ずつ座っている。
そこから少し離れた場所には屈強な警備員が10人も立っていた。
御神さんはそんなことも気にせずにずかずかと近づいていく。
こんなわけの分からない連中が入ってきたことで、警備員から鋭い眼光を向けられた。
「ちょっといいかしら?」
受付の男に話しかけている。
開口一番「取材を申し込みたいんだけど」と切り出した。
「フリーのジャーナリストをやってる者でね。ぜひここを取材させてほしいの。」
そう言って名刺を渡すと、男は怪訝そうにこう答えた。
「アポのない取材はお断りしています。」
「なら今からアポを取るわ。誰か偉い人に繋いでくれない?」
「申し訳ありませんが、そういうことは致しかねます。」
「どうして?」
「社内規則ですので。お引取り下さい。」
男は強気に突っぱねる。
横にいた女も警備員に目配せをし、こいつらを追い払えと合図していた。
屈強な警備員が近づいてくる。
しかし御神さんは怯まなかった。
「これ、ご存知かしら?」
なんと例の薬を取り出したのだ。
「おたくの会社が開発したものらしいんだけど、どうも強い副作用があるのよね。これを飲んだ人は胸の痛みを訴えて入院しているらしいから。」
薬の詳しいことはすでに話してある。
それと今までの大まかな経緯も。
御神さんはこの薬を武器に、カグラの偉いさんを引っ張り出すつもりなんだろう。
しかし男は「なんですかそれは?」と相手にしなかった。
「当社は家具の製造販売が仕事です。薬の開発など行っていませんが?」
「あらそう。じゃあそっちのあなたはどう?これに見覚えない?」
隣の女に尋ねると、急に表情を曇らせた。
そして「少しお待ちを」と呟き、どこかに電話を掛けていた。
何やら小声で話していて、電話を切るのと同時に「ロビーのソファでお待ち下さい」と言った。
「まもなく重役の一人が下りてきますので。」
「そう、手間を掛けさせて悪いわね。」
満足そうに頷く御神さん。
女はまた警備員に目配せをして、待機していろと伝えていた。
俺たちはロビーのソファに座り、重役とやらが下りてくるのを待った。
御神さんはその間ずっと社内を見渡し、「あれは違う」とか「あっちはそうね」とか呟いていた。
「さっきから何をブツブツ言ってるんですか?」
「ん?選別。」
「選別・・・・?」
「君の話によれば、この会社はお稲荷さんが仕切ってるんでしょ?」
「ええ、鬼神川というおっかない稲荷がいるそうですよ。」
「でも全てが霊獣というわけじゃない。人間の社員も混じっているはず。」
「そりゃこんだけの人数みんながお稲荷さんってことはないでしょうけど。」
「さっき例の薬を出した時、受付の男は不思議そうにしていたわ。ということは彼は何も事情を知らないただの人間。
逆に女はすぐに反応を示した。上にまで取り付いてくれたし。ならあの女は霊獣ってことよ。
この会社の中核で何が行われているのかを知っているってことだから。」
「ああ、なるほど・・・・。」
「ただの人間なら敵じゃない。でも霊獣が相手だと私じゃ勝目がないわ。だからとりあえず選別してるの。さっきの薬を見て反応を示した奴がいないかをね。」
御神さんの目はとても険しく、まるで冷酷なハンターのようだ。
そして「あそことあそこ、あと向こうで書類を持ってる男も霊獣っぽいわね」と教えてくれた。
「もし奴らが襲いかかってきたら頼むわよ。」
ポンポンとチェリー君の肩を叩く。
「任せとけ。その辺をウロウロしてるってことは下っ端だ。何かあっても返り討ちにしてやるぜ。」
「頼もしいわ。」
「私も!私だってぶっ飛ばしてやるんだから!」
モンブランが息巻くと「あなたも気が強いわね」と褒めていた。
「まあね、情けない飼い主を守ってあげなきゃいけないから。」
「良い子ね。ねえ有川さん、猫に気遣われるってどんな気持ち?」
「モンブランの大口はいつものことですから。気にしてません。」
「ふふ、いい飼い主さんね。」
その後は他愛ない話を続けながら、重役が下りてくるのを待った。
しかしまったく来ない。
腕時計を見ると20分が経とうとしていた。
「これちょっと遅すぎません?」
「・・・・・・・。」
「御神さん?」
サっと立ち上がり、「帰るわよ」と言った。
「え?なんで・・・・、」
「このままここにいたら無事じゃすまない。」
そう言って「見てよ」と周りを指さした。
「明らかにさっきよりも社員の数が減ってるわ。」
「そう言われれば・・・・、」
たしかにさっきよりも人が減っている。
それを見て御神さんはこう言った。
「いなくなってるのは人間ね。」
「はい?」
「さっき選別したでしょ。あの時に人間だと思った社員がいなくなっている。残ってるのは霊獣だけよ。」
「受付を見て」と指さす。
男の方がいなくなっていて、女だけがこちらを睨んでいた。
「そういえば男の方はただの人間だって言ってましたよね?」
「ええ。ちなみに警備員もさっきと変わってるわ。」
「ほんとだ・・・いつの間に。」
屈強な警備員が四人いたはずなのに、今は細身の男が二人いるだけだ。
でもその眼光は鋭く、チェリー君が「ありゃ霊獣だな」と呟いた。
「見た目はガリガリの弱っちい野郎だけど、さっきの警備員なんかよりよっぽど強え。」
「マジで?」
「こりゃとっととズラからねえとヤバいことになるぜ。」
チェリー君も立ち上がり、出口へ歩いて行く。
「さ、私たちも。」
御神さんがモンブランたちの背中を押し、ロビーを後にする。
俺はわけが分からずにあとをついて行った。
すると出口付近でいきなりスーツ姿の男が二人現れ、行く手を塞がれた。
さらに後ろからは警備員が・・・・。
《囲まれた!》
なるほど・・・・ここにいたらマズいってのはこういうことか。
重役が下りてくるなんてウソっぱちで、俺たちを拘束するのが目的なのだ。
だから人間の社員は引っ込めて、霊獣だけで周りを固めていたのだろう。
理由はチェリー君がいるからだ。
人間じゃ彼には太刀打ちできないから。
スーツを着た屈強な男が二人、目の前に近づいてくる。
「どこへ行くつもりですか?」
威圧するような声で尋ねてくる。
するとモンブランが「どいてよ」と詰め寄った。
「私たち帰るんだから。」
「もうすぐ重役が下りてきます。中へお戻り下さい。」
「はあ!?散々待たせといて何言ってんの!」
マサカリも「おうおう!」と威嚇する。
「礼儀のなってねえ奴らだなオウ!」
続いてマリナが「だったらさっさとお偉いさんを呼んできなさいよ」と睨みつける。
最後にチュウベエが「これでも食って落ち着け」とミミズを投げつけた。
上手いこと口に入り、「ごぼッ・・・・」と飲み込んでいた。
「き、貴様あ・・・・、」
顔が獰猛な獣に変わっていく。
後ろの警備員たちもお尻から尻尾を生やし、唸り声を上げていた。
《ヤバッ・・・・・。》
霊獣四人に襲われたらひとたまりもない。
背中に冷や汗を流していると、突然チェリー君が姿を消した。
《擬態か!》
次の瞬間、スーツの男二人が股間を押さえて倒れ込んだ。
「ぐおおお・・・・、」
「ひゅぐぅ・・・・、」
苦しそうに呻いている。
さらに警備員二人も股間を押さえて倒れた。
チェリー君が姿を現し、「今のうちだ!」と叫ぶ。
御神さんは弾かれたように駆け出した。
俺も「行くぞ!」とモンブランたちの背中を押す。
振り返ると受付にいた女が追いかけてきている。
物凄い怖い顔をしながら・・・・、
「乗って!」
御神さんが俺の車のエンジンを吹かす。
慌ててみんなで乗り込んだけど、チェリー君だけがその場に残った。
「おい!早く乗れ!」
「いや、俺は残るぜ。」
「何言ってんだ!捕まっちまうぞ!」
「へ!そんな間抜けじゃねえって。それより奴らのビルに潜入して色々調べてやる。」
また擬態を使い、姿を消してしまった。
そうこうしているうちにも女が追いかけてくる。
その顔はさっきより恐ろしく、口から牙がはみ出ていた。
「飛ばすわよ!」
御神さんがアクセルを踏み込む。
車は急発進して、すさまじい勢いでカグラから遠ざかっていった。
ルームミラーを見ると、女がどんどん小さくなっていく。
やがて追いかけるのをやめて、恨めしそうな目で睨んでいた。
俺たちはカグラのある都市を抜け、逃げるように高速へと駆け込んだ。
「ふう、間一髪だったわね。」
あっけらかんと笑う御神さんに、「笑いごとじゃないでしょ!」とツッコんだ。
「危うく捕まるとこだった・・・・。だから正面からなんて無謀だって言ったんだ。」
「いいのよこれで。」
「どこが。完全にこっちの顔を覚えられたし、薬まで持ってることがバレちゃったし。あいつら絶対に追いかけてきますよ。」
「それが狙いよ。成功成功。」
「強がってません?」
「まさか。」
クスっと笑い、グングン車を飛ばしていく。
「俺の車なんであんまり無茶しないでくださいよ。この前もコイツらのせいでカーチェイスになったんだから。」
後部座席のモンブランたちを振り返ると、窮屈そうにギュウギュウ詰めになっていた。
「狭いわ!ちょっとマサカリ、あんた太り過ぎなのよ!」
「仕方ねえだろが。後ろは三人乗りなんだから。」
「いいや、お前が二人分取ってる。これじゃ実質五人乗ってるのと同じだ。」
「あ、じゃあ私チュウベエの膝に座るわ。」
「やめろ、前が狭くなる。」
「しゃあねえなあ。ほれモンブラン、お前も俺の膝に座れ。」
「イヤよ!ていうかあんたの前って隙間がないじゃない。お腹が爆発してるから。」
「爆発だと!ぽっちゃりと言えぽっちゃりと。」
相変わらずうるさい奴らだ。
御神さんが「賑やかね」と笑った。
「騒がしいだけですよ。」
「まあとにかく、これで奴らは食いついたわ。」
「食いつく?」
「私たちを追いかけてくるってこと。」
「だからそれが怖いんじゃないですか!」
「でも相手の守りはきっと固いわ。だったら向こうから攻めてくるように仕向けるしかないじゃない。」
「なんか怒らせただけのような気が・・・・。」
「いいのよそれで。怒った相手には必ず隙が出来る。迎え撃つ時にこそチャンスがあるのよ。」
さらにスピードを上げてグングン飛ばしていく。
オービスがピカっと光ったような気がするけど・・・・今のは見なかったことにしよう。
「さて、次はあなたの番ね。」
「はい?」
「強い仲間がいるんでしょ?」
「ええ。お稲荷さんと狼男が。」
「だったらすぐに連絡を取ってちょうだい。追っ手が迫ってきた時、返り討ちにして生け捕りにする為にね。」
「生け捕りって・・・そんなことしてどうするんですか?」
「決まってるでしょ。翔子ちゃんの居場所を聞き出すの。それとカグラの内情をね。」
「そう簡単に喋るかな?」
「喋るように仕向ければいいじゃない。どんな手を使ってでも。」
顔は笑っているけど言ってることが怖い・・・・。
まさか拷問とかしたりしないだろうな。
「と、とりあえず知り合いのお稲荷さんに連絡を取ってみます。あと頼りになる刑事もいるんですよ。」
「そ、じゃあお願い。」
すぐにアカリさんと源ちゃんに電話を入れようとした。
けど・・・・、
「そういえばスマホは家で充電してるんだった。」
「もう!だったらこれ使って。」
「すいません・・・・。」
御神さんのケータイを借りる。
普段はメモリーの中から掛けているから、アカリさんの番号を覚えていない。
代わりにこがねの湯に掛けてみることにした。
数回のコール音のあと、『はいこがねの湯です』とアカリさんの声がした。
「もしもし?有川です。」
『声で分かるわよ。ウズメさんなら今いないわよ。急用が出来たとかいって休みなの。おかげで私が出勤よ。
もっと子供たちの傍にいたかったのに。悪いんだけど有川君代わってくれない?』
「俺はもうこがねの湯のスタッフじゃないですから・・・・。それよりお願いがあるんです。実は今・・・・、」
ついさっきの出来事を伝えると、『はあ?アンタ馬鹿じゃないの!』と呆れられた。
『なんで敵の城に正面から乗り込むのよ。下手すれば殺されるわよ。』
「自分でもそう思います・・・・。でもとにかく手を貸してほしいんです。」
『まったく・・・・なんで毎回毎回こうなるんだか。』
しばらく説教を食らう。
そして『少し待ってて』と言った。
『相手が相手だから、こっちも準備しないと。あの狼男たちも連れてくわ。』
「お願いします!」
『それとツムギ君にもお願いしてみる。アンタのこと嫌ってるから断られるかもしれないけど。』
「だったらマリナが会いたがってるって伝えて下さい。またデートしたいって。」
『OK、じゃあまたあとで連絡するわ。』
なんだかんだ言いながら協力してくれるアカリさんには感謝しかない。
そして数分後、折り返しの電話が掛かってきた。
『もしもし?』
「アカリさんですか?狼男やツムギ君はどうでしたか?手を貸してくれるって?」
『どっちもOKよ。ただ・・・・、』
「ただ・・・・?」
『会ってから話すわ。ちなみにアンタ今どこ?』
「ええっと・・・・姫道市の端っこ辺りです。サファリパークの近くの。」
『ならそこから北に向かって。しばらく走ると大きな稲荷神社が見えてくるから。金光稲荷神社ってところ。知ってる?』
「知ってます。初詣で混むあそこですよね?」
『そうそう。私はワープして先に待ってるわ。』
「はい!じゃあまたあとで。」
電話を切り、「金光稲荷神社に向かって下さい」と伝えた。
「あの初詣の時に混雑する神社?」
「ええ、俺の仲間がワープして先に待ってるそうなんで。」
「ワープ?まるでSF映画ね。」
可笑しそうに笑いながら、グルっとハンドルを切ってドリフトをかます。
後ろの席でモンブランたちが叫んだ。
「ちょっとデブ犬!重いんだから寄りかからないでよ!」
「てやんでい!デブって言うなっつってんだろ!」
「俺は助かったぞ、良いクッションになって。」
「ねえ悠一、私またデートしなきゃいけないの?もう飽きたからバズーカがいいわ。」
騒々しい動物たちを無視して、今度は警察署に電話を掛けた。
少し緊張しながら繋がるのを待っていると、『はい?』と野太いオジサンの声が返ってきた。
「あ、すいません。そちらに源ちゃんという刑事さんはいるでしょうか?」
『はい?』
「わたくし有川という者なんですが、刑事課の源ちゃんという方に繋いで頂きたいんですが・・・・、」
『名前は?』
「ですから有川と申しまして・・・・、」
『そうじゃなくてあなたが繋いでほしい人の名前。』
「源ちゃんです。」
『ゲンちゃんだけじゃ分からないよ。そう呼ばれてる奴は五人はいるから。』
「ええっと・・・・椎茸みたいな髪型にでっぷりしたお腹。でもって190センチくらいはありそうな大柄な人です。名前は源氏の源に次っていう字です。」
『ああ、はいはい。で・・・・あなたは彼とどういう関係?』
「知り合いです。」
『知り合い?どんな?』
「どんなって・・・・・、」
『知り合いならどんな知り合いかくらい言えるはずでしょう。』
「それはあ・・・・・、」
どうしよう・・・・いきなり刑事に繋いでくれなんて言ったものだから、怪しい奴だと思われているみたいだ。
今は急いでいるから早くしてほしいのに。
「あの・・・・、」
『なに?』
「猫又です。」
自分でも何を言っているんだろうと思う。
焦った時は突拍子もない言葉が出るものだ。
《ああミスった・・・・。こんなこと言ったら知り合いだって信じてもらえないよ。》
下手に疑われても困る。
いったん切ってしまおうかと思った時、『それを早く言ってよ』と言われた。
『猫又の源ちゃんね。ちょっと待ってて。』
「・・・・・・・・。」
いったいどうなっているんだろう?
なんで猫又って言葉をあっさり受け入れるのか?
答えは実に簡単だった。
すぐに源ちゃんが代わって、『彼も猫又なんですよ』と言ったのだ。
『ウチの署には三匹いましてね。』
「そういうの先に教えといてよ・・・・。」
『で、どうしました?何かありましたか?』
「けっこう大変なことになってるんだ。実はさっきカグラの本社に行って・・・・・、」
事の経緯を説明すると、『軽率ですな』と注意された。
『相手は犯罪集団ですぞ。下手すりゃ無事じゃすまない。』
「俺もそう思ったんだけど、今組んでる人が強引で。」
『とにかく事情は分かりました。金光稲荷神社へ向かえばいいんですな?』
「うん、お願いできる?」
『パトカーをかっ飛ばしていきます。』
「ありがとう」と電話を切ると、御神さんが「君ってさ・・・」と呟いた。
「お稲荷さんだの狼男だの猫又だの、いったいどんな連中とつるんでるのよ?」
「まあ色々縁があって。」
「明らかに普通じゃないわね。翔子ちゃんが興味を持つはずだわ。」
そういう意味で仲良くしてくれてるわけじゃないと思うが・・・もしそうだとしたらちょっと複雑な気分だ。
だからって大事な友達であることに変わりはないけど。
頬杖をつきながら外を眺め、翔子さんは無事だろうかと考える。
その時、ふと見たサイドミラーに恐ろしいものが映っていた。
「さっきの女!」
カグラの受付にいた女が猛ダッシュしてきている。
お尻からは四本も尻尾が生え、目は完全に獣に変わっている。
「御神さん!」
「分かってる!飛ばすわよ!!」
険しい顔をしながらハンドルを握り、一般道を100キロ以上で飛ばしていく。
もし・・・もしも追いつかれたらアウトだ。
チェリー君がいない今、霊獣に襲われたら太刀打ちできない。
けど女はめちゃくちゃ足が速くて、あっという間に追いつかれてしまった。
「うわああ!来たあああああ!」
「慌てないで!もっと飛ばすわよ!」
そう言ってアクセルをベタ踏みするけど、突然車は走らなくなってしまった。
「あ、あれ・・・?どうして?」
エンジンは鳴っている。
なのに全然前に進まないのは・・・・、
「逃がさない。」
女が車の下に潜り込み、車体を持ち上げていたのだ。
「脱出して!」
我先に逃げ出す御神さん。
けど俺にはそんなことは出来ない。
だって後ろの席にはモンブランたちが・・・・、
「いない!」
いつの間にか逃げ出していたようだ。
御神さんの隣で「早く!」と手招きしている。
「悠一のバカ!鈍臭いんだから!!」
「そんなこと言ったって・・・・。」
女は車をひっくり返し、窓を割って俺を引きずり出した。
「ひいッ・・・・。」
恐ろしい形相で睨みながら、「薬は?」と尋ねてくる。
「さっきの薬はどこやった?」
「え、ええっと・・・・俺は持ってないよ。」
「ならどこで手に入れた?」
「それは言えない・・・・。」
「あっそ。じゃあここでくたばれ。」
首を掴まれ、万力のようなパワーで締められる。
骨がミキミキっと鳴って、《あ、折れる・・・・》と死を覚悟した。
でもその時、チュウベエが「これでも喰らえ!」と何かを投げつけた。
女はチュウベエを振り向く。
そしてゴクンと飲み込んでしまった。
「あ・・・・、」
短く悲鳴を上げる。
そして突然苦しみだした。
「あ・・ああ・・・・、」
胸を押さえ、息苦しそうに悶えている。
「あ・・・あの薬は・・・・霊獣は・・・飲んじゃ・・・いけない・・・・の・・・に・・・・、」
そう呟きながら動かなくなってしまう。
《まさか死んだのか・・・・?》
恐る恐るつついてみると、ビクンと痙攣した。
そして白い煙が上がり、キツネの姿に変わってしまった。
「ああ・・・なんてこと・・・・、」
ワナワナと震えている。
この世の終わりみたいな顔をしながら「私はもう・・・・」と呟いた。
「私は・・・稲荷じゃなくなっちゃう・・・。ただのキツネに・・・・、」
「ケエエエ〜ン!」と甲高く鳴いてから、「解毒剤いいいいい!」と叫んだ。
「早く!早くしないと間に合わない!!」
猛スピードで走り去り、あっという間に見えなくなってしまった。
《なんなんだいったい・・・・。》
呆然と尻もちをついていると、チュウベエが「どうよ?」とカッコをつけた。
「な、なにが・・・・?」
「俺のおかげで助かった。まず言うことは?」
「ありがとう・・・・。」
「ウィイ。」
「さっき投げたのは例の薬か?」
「ああ。だって近づくのが怖かったから。投げられそうなモンがこれしかなかったし。」
薬を取り出し、「こういう具合にも役に立つんだな」と感心していた。
「これは対霊獣用の武器として使えるな。まだ5個くらいあるから、1個ミミズ10匹で買わないか?」
「買わない。でも寄越せ。」
「あ、ドロボー!」
この薬、本当に謎が多い。
さっきの女、稲荷じゃなくなるとか、間に合わなくなるとか言ってたけど。
《これ、もしかして霊獣を普通の動物に戻すことが出来るのか?》
だとしたらこれほど心強い武器はない。
「俺のだぞ!返せ!!」
チュウベエが飛びかかってくる。
ぶつかった拍子に手から薬が舞い上がり、口の中に入ってしまった。
そしてゴクンと・・・・、
「ぬああああああ!飲んじまった!また子犬になる!!」
この前みたいに白い煙が上がってボワっと・・・・、
そう思ったんだけど、特に何も起きなかった。
「あれ?なんで?」
この前は子犬に変わったのに。
二度目は効かないのかなと思ったけど、モンブランたちはまた人間に変わっている。
だったらどうして俺だけが・・・・。
「大丈夫?あの薬を飲み込んでたけど。」
御神さんが心配そうに尋ねてくる。
俺は「今のところは」と答えた。
でも次の瞬間、強い目眩が襲ってきて、気を失いそうになった。
そのまま倒れこみ、だんだんと視界がぼやけていく。
「有川さん!ちょっと!しっかり・・・・、」
御神さんの声が遠く聴こえる・・・・。
薄れゆく意識の中、またあの夢を見た。
謎の男が霊獣に銃を向けている夢を・・・・。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第二十三話 道しるべ

  • 2018.11.28 Wednesday
  • 10:32

JUGEMテーマ:自作小説

古民家を再利用した喫茶店は風情があっていいものだ。
ここは朧という店。
古いものをただ古いものとして切り捨てるんじゃなくて、人が手を入れることで新しい形になって復活したレトロなお店だ。
昨今は空家が増えているから、こういった古い家屋を利用したお店が流行っているらしい。
いま俺がいるお店も歴史を感じさせる佇まいだった。
照明はわざと裸電球を使い、テーブルや椅子もあえて古びた物を揃えている。
外から新しい物を持ち込むんじゃなくて、なるべくそこにあった物を利用しているようだ。
でもお店としての体裁もちゃんと整っていて、落ち着いてお茶やお菓子を楽しめる。
それが口に合えばの話だけど・・・・。
《なんだよこのマタタビパウダーのクッキーって・・・。もさもさしてて美味しくない。
それにねこじゃらし風味のコーヒー、なんか喉がイガイガするんだけど・・・・。》
俺はちっとも美味しいと思わないけど、隣に座っているタンク君は「これウマ!」と絶賛していた。
そして向かいに座る女性も。
「ここはちょっと変わったメニューを出すんです。なかなか他では味わえないでしょう?」
「うん!マジでウマいよ!」
そう言って「これいらないならもらうよ」と俺のマタタビクッキーを頬張っていた。
好きなだけ食べればいい。もう食う気になれないから。
ちなみにカレンも「美味しいこれ!」と絶賛している。
猫の持ち込みOKの喫茶店とは珍しいが、カレンが喜んでくれるならそれでいい。
ちなみにチュウベエは「おえ!」と吐いていた。
「不味いぞこれ。」
「人の頭の上で吐くな!」
「へいマスター!ミミズの羊羹プリーズ!!」
「置いてねえよそんなもん!」
「どうぞ。」
白髪まじりの渋いマスターが置いていく。
心の中で《あるのかよ!》とツッコんでしまった。
ていうかチュウベエの言葉が分かるなら、このマスターも霊獣なんだろう。
世の中霊獣のバーゲンセールをやっているらしい。
「う〜ん・・・・これは美味!ほら悠一、お前も食え。」
「いるか!」
「ミミズの粒つぶ入りだぞ。」
「余計に食いくないっての・・・・。」
アホなインコはほっといて、そろそろ本題に入ろう。
目の前に座るこの女性は玉木千里さんという霊獣だ。
どう考えてもたまきなんだけど、今はそのことは忘れよう。
「お話があるとのことですが、いったいどんなお話なのか・・・・そろそろ聞かせて頂けませんか?」
妖艶な微笑みを向けてくる。
けどその目は厳しい。まるで面接の試験官のように。
《とりあえず話は聞いてもらえることになったけど、ここからが本番だな。》
店先で出会って、『力を貸してほしいことがあるんです』と頼むと、『お話を伺ってから』と言われたのだ。
とりあえず門前払いを食らうことはなかったけど、この先の受け答えによっては、力を貸してもらえない可能性もある。
要するにこれはたまきから俺への試験なのだ。
動物探偵としてちゃんと腕を磨いているか?
成長はしているか?実力を付けているか?
妖艶な笑みの向こうに厳しい眼差しが浮かんでいる。
「申し訳ないけどそう時間がありません。なにもお話にならないのであればこれで。」
そう言って立ち上がろうとするので、「ちょっと待って!」と止めた。
「今から話します!」
「では手短に。」
「手短に言うのは難しい内容なんですけど・・・・、」
「要点を簡潔に伝えられないのなら、人を引き止めてお願い事をするものじゃありません。ましてや初対面の人に向かって。」
「そ、そうですよね・・・すいません。」
必死に考える。
翔子さんを助ける為、力を貸してもらうにはどうすればいいのか。
すると俺がお願いする前に、カレンがテーブルに飛び乗り、「助けてほしいの!」」と叫んだ。
「私の飼い主が誘拐されちゃったの!あなたは正義の味方の霊獣なんでしょ?だったら翔子ちゃんを助けてあげて!」
カレンの叫びは魂がこもっていて、玉木さんは少しだけ表情を変えた。
「誘拐・・・・あなたの飼い主が?」
「だってぜんぜん帰ってこないんだもん!翔子ちゃんが勝手にどっか行っちゃうなんてありえない!きっと誰かに誘拐されたのよ。」
そう言って「ほら、タンクもお願いして!」と促した。
「アンタだってお母さんを誘拐されてるんだから。それにこの霊獣はアンタの知り合いでしょ?」
「え?ああ・・・・うん。」
なんだか歯切れが悪い。どうしたんだろう?
タンク君はチラチラと玉木さんを見ながら、何かを言いたそうに口ごもっていた。
しかし何も言わない。
俺は「どうしたんだよ?」と尋ねた。
「なんでそわそわしてるんだ?」
「いや、ちょっと・・・・、」
「ていうかこの霊獣、君の知り合いなのか?」
「まあ・・・・。」
オドオドと頷く。
別に俺は驚かない。
だって玉木さんはたまきなのだ。
俺も彼もたまきのことは知っているわけで、だったら人間に化けた時のたまきだってタンク君は知っているんだろう。
「有川さんさ、この女の人、実は・・・・、」
そう言いかけた時、玉木さんの目が一瞬だけ光った。
タンク君はビクっとして、俯いたまま黙り込んでしまう。
《なるほど・・・・目で圧力をかけてたのか。》
この人はたまきですなんて言ってしまったら、俺に正体を隠している意味がなくなってしまう。
余計なことは口走るなとプレッシャーを掛けていたようだ。
でもそんな事情を知らないカレンは「お願い!」と頼み続ける。
「翔子ちゃんが心配で仕方ないの!だってきっと怖がってるもん。誘拐するなんて悪い奴に決まってるから、何されるか分からないし。」
「そうね、たしかに怖いことだわ。」
「でしょ!だから力を貸して。ほら、悠一さんからもお願いしてよ!」
「あ、ああ・・・・。」
そうしたいのは山々なんだけど、要点を簡潔にって釘を刺されている。
どう切り出すべきか悩んでいると、チュウベエが「俺たちだけでいいだろ」と言った。
「こんな今日あったばかりの霊獣に頼らなくたって、俺たちだけでどうにか出来るはずだ。」
「簡単に言うなよ。あんな薬をバラ撒く連中だぞ、俺たちだけじゃ太刀打ちできない。」
「でも霊獣の味方ならこっちにもいるじゃないか。ウズメにアカリにチェリー。あと狼男たちも。」
「あ、あいつらもか・・・・?」
「それにツムギだっている。」
「彼は手を貸したりはしてくれないよ。俺のこと嫌ってるし。」
「でもマリナに惚れてる。アイツから頼んでもらえば動いてくれると思うぞ?」
「そ、そうかな・・・・?」
「見知らぬ霊獣を頼るより、よく知った霊獣に頼んだ方がいいって。」
「・・・・・・・・。」
そう言われてハっとする。
たしかにその通りかもしれない。
「玉木さん。」
「なにかしら?」
「その・・・・こっちから呼び止めておいてアレなんですけど、俺たちだけでどうにかしてみせます。」
「どうにかって?」
「翔子さんやムクゲさんを誘拐した犯人は分かっています。ただあまりに敵が強大だから尻込みしちゃってたみたいで。
でもそんなのダメなんですよね。俺の友達なんだから俺が助けに行かないと。
それにチュウベエの言う通り、こっちにだって霊獣の仲間がいます。まずは彼らに相談してみようかなって。」
玉木さんは笑みを消し、険しい表情で頬杖をつく。
この顔、この仕草、たまきそのものである。
アイツはいつだって俺が何か言い出すたびにこんな感じになるのだ。
《ほんとにアンタに出来るの?》
そう尋ねている目だ。
チュウベエが頭から飛び上がり、「よく言ったぞ悠一!」と叫んだ。
「信頼できる仲間こそ頼りになる。遠くの仏より近くの鬼ってやつだ。」
「別にみんな鬼じゃないけど・・・・。」
「細かいことはいい。お前の友達の為なんだ、みんな手を貸してくれるはずだ。」
そう言って「行くぞ!」と外に飛んでいってしまった。
けどすぐに戻ってきてミミズの羊羹を平らげていた。
「げふう・・・おかわり!」
「言ってることとやってることが違うだろ!」
チュウベエの言うことにちょっと感心してしまった自分が情けない。
でも・・・・、
《たしかにコイツの言う通りだ。ここでたまきの手を借りようとすること自体が間違いだったのかもしれない。》
厳しい目で見つめていたのは、俺の受け答えを試す為なんかじゃなくて、また自分を頼ろうとする俺の根性に怒っていたんだろう。
大事な友達の為ならまずは自分で動いてみろ。
そう言いたかったのかもしれない。
立ち上がり、一礼する。そして店を出ようとした。
タンク君が「待ってよ!」と引き止めにくる。
「相手はあのカグラだぞ!ほんとに自分たちだけで挑むつもりかよ?」
「ああ。」
「あのさ、今まで黙ってたけどこの人は・・・・、」
言いかけるタンク君を遮って、玉木さんが「分かりました」と頷いた。
「特に用もないようですし、帰らせていただきます。」
そう言って伝票を摘んでいく。
そして一度だけ振り返り、こう言った。
「自分よりも強い敵と戦うコツ、ご存知かしら?」
「いえ。」
「なら一つアドバイスを。」
射抜くような視線で語りかけてくる。
思わず背筋が伸びた。
「どんな強敵でも急所を射抜けば倒れるもの。そして急所は必ずしも弱い部分とは限りません。」
ニコっと微笑み「ではこれで」と去って行った。
タンク君が「ちょっと待ってよ!」と慌てて追いかけて行く。
カレンはわけが分からずにキョトンとしていた。
「ねえ、なにがどうなってるの?なんであの霊獣に手を貸してもらわなかったの?」
不満そうに言うけど、俺はこう返した。
「もしここで手を借りようとしたら、それこそアドバイスすら貰えなかったと思う。だからこれでいいんだ。」
俺も店を出て行く。
カレンが後ろからついて来て「私も行く!」と叫んだ。
「翔子ちゃんを助けに行くんでしょ?だったら私も行く!」
「ありがとう。でもカレンを危険に巻き込むわけにはいかないよ。そんなことしたらきっと翔子さんが心配する。」
「私だって翔子ちゃんが心配よ!大事な飼い主なんだから。」
「分かってるさ。でもカレンに何かあったらモンブランだって黙ってない。きっと猫パンチでボコボコにされちゃうよ。」
「モンブランはそんなことしないわ。」
「冗談だよ。でもカレンはモンブランの親友だ。だったらやっぱり危険には巻き込めない。」
「でも・・・・、」
「大丈夫、必ず翔子さんを連れて帰る。俺たちを信じて待っててくれ。」
カレンを抱き上げ、ポンと頭を撫でる。
チュウベエもカレンの頭にとまって「心配するな」と言った。
「こういう時の悠一はなかなか頼りになる。いつもはどうしようもないほど情けないけどな。」
「そりゃ余計だ。」
シッシと追い払うと、「先帰ってるぞ」と飛んでいった。
「なあカレン、約束するよ。ぜったいに君の飼い主を傷つけさせたりしない。」
「ほんと?」
「ほんとだ。」
カレンの尻尾を小指で掴む。
指切りげんまんならぬ尻尾切りげんまんをすると、「分かった・・・・」と呟いた。
「でもほんとに約束よ。ぜったいに助け出してね。」
「ああ、約束する。」
カレンは「なら信じる」と言って、ピョンと俺の腕から飛び降りた。
「助けたらすぐに知らせにきてね!」
「もちろん。」
力強く頷いてみせると、少しだけ安心したように尻尾を振った。
そこへタンク君がやって来て「クソ!」と舌打ちをした。
「逃げられたよ。」
「玉木さん?」
「そうだよ!アンタに教えてあげるよ。実はさっきの女の人って・・・・・、」
「知ってるよ。」
「え?気づいてたの?」
「まあね。」
「だったらなんで手を貸してもらわなかったんだよ?」
「これでいいから。」
「意味分かんねえ・・・・。でもまあ別にいいけどさ。アイツは元々ムクゲを助けようとしてくれてるんだ。アンタなんかアテにしなくても平気さ。」
「強いし頼りになるからな、あの猫神は。それよりカレンを追いかけてあげなよ。」
ポンとタンク君の背中を押す。
「女の子が帰るんだ。送ってあげなよ。」
「なんだよ、カッコつけたこと言って。」
ツンと拗ねているけど満更でもなさそうだ。
「まあアンタなんかに何か出来ると思わないけど、あんまり無茶するなよ。」
そう言い残し、カレンのあとを追いかけて行った。
「さて・・・・、」
偉そうに見栄を切ったものの、ぶっちゃけ不安の方が大きい。
しかしやると決めたからにはやるしかない。
車まで戻り、エンジンを掛ける。
すると「よう」とチェリー君がドアを叩いた。
「アンタもこっちに来てたのか?」
「そりゃこっちのセリフだよ。散髪に行ってたんじゃないのか?」
「おう、さっき行ってきたぜ。そこの床屋によ。」
そう言っていかにも床屋って感じの店を指さした。
「あそこっておっちゃんとかが利用する店じゃないか。」
「悪いかよ。」
「ていうかぜんぜん変わってないじゃんか。」
「バカいえ。いつもより尖ってんだろがよ。」
両手でシュっとリーゼントを撫でている。
でもまったくいつもと同じだった。
「それどこが変わったの?」
「全部変わってんだろうが。」
「ごめん、前と同じにしか見えない。」
「かあ〜!これだから素人は。」
リーゼントに素人とかプロとかあるんだろうか?
まあどうでもいいけど。
「アンタ今から帰るのか?」
「ああ、乗ってくか?」
「もちろん。」
ドカっと助手席に乗って、「俺もついに全国デビューか」なんて呟く。
「ん?なんの話?」
「だって雑誌に載るんだぜ?これでいよいよメジャーだぜ。」
「でも超マイナーなオカルト雑誌だぞ。チュパカブラとかネッシーと同じ扱いにされてもいいのか?」
「実はどっちも見たことがあるんだ。」
「ウソ!マジで?」
「UFOもあるしな。いよいよ俺もその仲間入りってわけだ。そうすりゃアンタ、テレビとかにバンバン出て大金持ちだぜ。」
「そうなったら俺のことも養ってくれ。」
「おう!まとめて面倒見てやるぜ!」
これは期待しよう。
マイちゃん、君が帰って来る頃には豪邸に住んでるかもしれないよ。
結婚指輪も給料三年分くらいのやつが買えるかも。
なんて妄想を膨らませながら家に帰る。
そしてドアを開けた瞬間、モンブランが飛び出してきた。
「悠一!翔子ちゃんが大変なんだって?」
「チュウベエから聞いたのか?」
「誘拐されちゃったんでしょ?」
「カレンが言うには。」
「カレンはウソをついたりしないわ。あの子が言うならきっと間違いない!」
「もちろん疑ってなんかないよ。これからみんなで翔子さんを助けに行くつもりだ。」
そう答えると「それでこそ悠一よ!」と尻尾を振った。
「聞いたみんな?全員出動で翔子ちゃんを助けに行くわよ!」
マサカリが「がってんでい!」と気合を入れ、マリナが「さらった奴らをボッコボコにしてやりましょ!」と息巻く。
そしてチュウベエが「またこいつの出番だな」と何かを咥えてきた。
「ん?お前・・・・それはまさか・・・・、」
「例の薬。」
「なんで持ってんだ!」
「パンダがくれたんだよ。街をウロウロしてる時に拾ったって。」
「アイツが?」
「マサカリの犬缶をやるっていったらくれたんだ。」
「そういうことは早く言えよ!」
おそらく以前に遠藤さんが落としたものだろう。
まさかパンダに回収されていたとは。
「まあいい。そんなモンはとっとと処分しないとな。」
そう言って手を出すと、「てい!」とつつかれてしまった。
「痛!何すんだよ・・・、」
「これは俺のモンだ。」
「はあ!?」
「パンダから犬缶10個で買ったんだからな。」
「アホか。それはお前が持ってていいモンじゃないんだ。とっとと寄越せ・・・・、」
手を伸ばして奪おうとした瞬間、マサカリが「おうおう!」と割って入ってきた。
「この野郎!勝手に俺様の犬缶を売るとはどういうつもりでい!」
「こういうつもり。」
ポイっと薬を投げる。
マサカリはゴクンと飲み込んでしまい、ボワっと白い煙が上がった。
「あ、また人間になっちまった。」
「ほらマリナも。」
「あ〜ん。」
チュウベエが薬を放り込む。
マリナまで人間に変わってしまい、「今度こそバズーカを撃ってやるわ!」と息巻いた。
「こらチュウベエ!お前なんてことを・・・、」
「どいて!」
「ぐはあ!」
モンブランに体当たりされてよろける。
「チュウベエ!私にも!」
「ほい。」
「・・・・いよっしゃあああ!これなら翔子ちゃんを助けられるわ!」
銃を撃つ真似をしながら「待っててねカレン」と言った。
「大親友の飼い主、ぜったいに助け出してみせるわ!」
「じゃあ俺も。」
チュウベエもゴクンと飲み込み、みんな人間に変わってしまった。
「お、お前らあああああ!せっかく元に戻ったのになんてことを・・・・、」
「悠一も飲むか?」
「いるか!」
「じゃあアンタは?」
チュウベエは御神さんにも薬を差し出す。
すると険しい顔をしながら受け取った。
「あ、ダメですよ!それを飲んだら・・・・、」
「これ・・・いったいなんなの?」
「はい?」
「動物たちがみんな人間に・・・・。」
信じられないといった様子で睨んでいる。
そして「チェリー君、ごめんなさい」と言った。
「悪いけど雑誌のネタはこれでいくわ。」
「な、なんでだよ!?」
「だってこっちの方が面白そうじゃない。」
「そんな・・・・。散髪までしてきたんだぜ!」
「前と変わってないわ。」
「んなことねえって。リーゼントが尖ってんだろうがよ。」
両手でシュっと撫で付けている。
でも御神さんは見向きもしなかった。
「どう考えてもこっちの方が面白そうじゃない。」
「いやいや!考え直してくれよ。」
「姉に電話するわ。ネタを変更しないかって。」
「そ、そんなあ・・・・・俺の全国デビューが・・・・。」
すごい落ち込んでいる。
ていうかオカルト雑誌で全国デビューは無理があるだろう。
御神さんはお姉さんに電話を掛けようとして、けどピタリと手を止めた。
「どうしたんですか?」
「お、やっぱ俺でいく気になったか?」
「この薬・・・・オカルト雑誌のネタにするのはもったいないかも。」
薬を摘み、仕事人の表情に変わる。
「これ、私がネタにするわ。」
「ええ!だって御神さんって社会派のカメラマンでしょ?なんでそんな物を・・・・、」
「てことはオカルト雑誌の方は俺で決まりか?」
「すごく興味があるわ。いったいどこの誰が作ったの?」
「それはちょっと・・・・、」
「カグラって会社だ。稲松文具グループのな。」
「おいチェリー君!勝手にベラベラ・・・・、」
「さっき翔子ちゃんの誘拐がどうとか言ってたけど、ほんとに誘拐されたの?」
「みたいです。」
「彼女も稲松文具の人間よ。ということは・・・まさかこの薬絡み?」
「まだなんとも言えません。ただ誘拐された可能性は高いと思います。」
「なあ?俺の全国デビューはどうなんだ?」
「翔子ちゃんから依頼されてたのよ。半年前に起きた稲松文具社長の不正事件を調べてくれないかって。これは私の勘だけど、この薬が関わってるんじゃないかと思う。」
マジマジと薬を見つめがら「決めたわ!」と立ち上がった。
「この薬の件を追いかける。カグラって会社の内情を暴いてやるわ。」
「ま、マジですか・・・・?」
「おい!俺は雑誌に載れるのか?」
「それに翔子ちゃんの誘拐、犯人はカグラなんでしょ?社長不正の件を追いかけているうちに、カグラの内情を知ってしまい、それで連れ去られてしまった。」
「ええっと・・・やっぱ鋭いですね。さすがジャーナリスト。」
「おい答えてくれ!俺は雑誌に載れるんだよな?」
「だったらやることは決まりね。私たちで翔子ちゃんを助け出す。そしてカグラを叩きのめす!」
パソコンを閉じ、カメラバッグを持って立ち上がる。
「有川さん。」
「なんですか?」
「あなたも多少の事情は知っているんでしょ?カグラがどういう組織なのか。」
「まあ少しは・・・。でも無闇に他言はできません。それにその薬の話は広めたくないんですよ。ぜったいに欲しがる連中が出てくるだろうから。」
「悪いけどこういう出来事を暴くのが私の仕事なの。あなたの知ってること、詳しく教えてくれないかしら?」
そう言って「これは前金で」とお金を渡してきた。
「事が終わればもっと払うわ。」
「いやいや、こんなお金渡されても・・・・、」
「これは正式な依頼よ。あなたも探偵なら引き受けてくれるわよね。」
「俺は動物専門の探偵ですから・・・・・、」
「大事な友達が懸かってるのに?」
「もちろん翔子さんは助け出します。仕事とか関係なしに。」
「無理ね。」
「なんでですか?」
「動物専門のあなたが企業を相手に戦えるはずがないわ。私のような人間の協力がなければね。」
そう言ってニヤリとほくそえむ。
「悪いけど俺にも心強い味方がいるんですよ。わざわざあなたの手を借りる必要は・・・・、」
「お稲荷さんのこと?」
「そうです。みんな強いし頼りになるんです。チェリー君だって霊獣だし。」
「な?」と肩を叩くと「俺は雑誌に載れないのか!?」とまだ言っている。
「だったら協力しねえ!」
「ええ!なんでだよ?」
「翔子とかいう奴なんて俺にとっちゃ関係ねえからな。どうなろうと知ったこっちゃねえ。」
「冷たいこと言うなよ。仲間だろ?」
「いつからそうなったんだよ。」
「この家に来た時から。」
「今月の頭だからつい最近じゃねえか。」
「時間は関係ない。大事なのは絆だよ、うん。」
「臭せこと言いやがって。悪いが俺はゴメンだぜ。雑誌にも載れないってんじゃ、見ず知らずの他人の為に手を貸す気にゃなれねえ。」
腕を組みながらツンとそっぽを向いてしまう。
すると御神さんが「あなたでいいわ」と言った。
「え?マジで!」
「薬の件は私で扱う。姉のオカルト雑誌にはあなたが出ればいい。」
「約束だぜアンタ!」
ひゃっほうと飛び上がり、リーゼントを揺らしまくっていた。
「チェリー君、じゃあ手伝ってくれるよね?」
「いいぜ。さらわれたお姫さんを颯爽と助け出す霊獣。・・・・雑誌に載れば一躍人気者だぜ!!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら外へ駆け出していく。
「俺の擬態があればカグラへの潜入なんざ簡単だ!さっさと行こうぜ。」
カッコつけて顎をしゃくっている。
するとモンブランたちもそれに続いた。
「グダグダ言ってないで行きましょ!カレンを安心させてあげないと。」
「そうだぜ悠一。翔子だって助けを待ってるはずだ。」
「数少ない人間の友達、しかも女ときてる。悠一、ここは男を見せる時だぞ。」
「私もそう思うわ。なんならこれを機に翔子さんに乗り換えて逆玉を狙いましょ。そうすればお金持ちになってバズーカ撃ち放題よ。」
みんなが俺を急かす。
理由はともあれじっとしていられないみたいだ。
ていうか不安だな・・・・また人間になっちゃったんだから。
「ねえ有川さん。」
「なんですか・・・・?」
「長年ジャーナリストをやってる経験から言わせてもらうと、こういう不可解な出来事は早急に対処するに限るわ。」
「どういう意味ですか?」
「誰だって中身の分からない箱には怖がって手を出さない。だから慎重になって事を長引かせてしまうものよ。
けどそれは良くない選択だわ。真っ暗な中に手を突っ込む時は、思い切ってズバっとやっちゃった方がいいのよ。」
「つまり・・・・どういうことで?」
「決断が必要ってこと。有川さんは私のような人間と組むのは初めてでしょ?」
「ジャーナリストなんて普段は関わり合いがないですから。」
「けど今回の相手は動物じゃなくて企業よ。それもこんな不可解な薬を作ってる。」
そう言って例の薬を睨んだ。
「ハッキリ言って有川さんとその仲間だけじゃ対処のしようがないと思うわ。返り討ちに遭うのがオチでしょうね。」
「お言葉ですけど、俺の仲間はめちゃくちゃ強いですよ。警察でも簡単に蹴散らしちゃうくらいには。」
「力だけで物事は解決しないわ。だから・・・・今回は私と組まない?
ほぼ初対面の人間と組むのは不安でしょうけど、私はあなたの力を信じてみるわ。」
「上手いこと言って。この件に一枚噛もうとしてません?」
「もちろん自分の利益は考えてるわ。プロなんだから当然でしょ。
でもそれだけじゃない。翔子ちゃんは私にとっても大事な友達だし、それに彼女が信頼するあなたにも興味がある。」
「翔子さんが俺を信頼だなんて。友達でいさせてもらってるだけですよ。こんなうだつの上がらない男なのに・・・・。」
「いいえ、彼女は本当に有川さんを信頼しているわ。あの子、仲間は大事に想うけど、誰かを頼りにするってことがほとんどないのよ。
いつも一人で背負い込もうとして、いつも一人で気を張ってるわ。まあ似たような男の子がもう一人傍にいるんだけどね。
あまりに似すぎてるせいでぜんぜん距離が縮まらないのが難点だけど。老婆心でつい背中を押したくなるわ。」
「?」
「こっちの話よ」とクスっと笑う。
「だからこそあなたに興味がある。あの翔子ちゃんが精神的支柱にしているほどの人物、いったいどれほどの器なのか。この目で見極めさせてもらうわ。」
なんだか分からないけど、一つハッキリしていることがある。
この人、確実に俺を買いかぶってる。
眉間に皺を寄せていると、「行きましょ」と歩き出した。
「翔子ちゃんが待ってるわ、二人のうちどちらかのナイトが迎えに来てくれるのを。」
「二人のうちのナイト?なんですかそれ?」
「それもこっちの話。」
またクスっと笑う。
御神祐希さん・・・・なんだか掴みどころのない人だけど、翔子さんの友達なら悪い人じゃないだろう。
でも一つだけ問題が。
「それ、俺のジーパンのままですよね?」
「ええ。」
「じゃあもっとベルトを締めて下さい。」
さっきからずり落ちそうになっていて、目のやり場に困っていたのだ。
「あらやだ」と言って俺のを脱ぎ、干してあった自分のジーパンを取り入れている。
「だから目の前で着替えないでください!」

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第二十二話 困った依頼者(2)

  • 2018.11.27 Tuesday
  • 09:59

JUGEMテーマ:自作小説

車で一晩過ごすというのは久しぶりだ。
自家用車はこの前のカーチェイスでお亡くなりになったけど、業務用の安物(いつ壊れてもおかしくないほどの)の自動車だ。
朝陽が瞼を刺激して、目を開けた時にはスズメがさえずっていた。
サラリーマン時代、こうして車で夜を明かすことは珍しくなかった。
終業とともにドっと疲れが出て、座席を倒して横になったが最後、そのまま朝を迎えてしまうのだ。
家に帰らずにそのまま出社して、油断しているとまた車で一晩・・・・なんて日々を過ごした時代が懐かしい。
とりあえず外に出て背伸びをする。
「う〜ん・・・背中が痛いな。」
ググイっと背筋を伸ばしながら二階の部屋を見上げる。
なにも望んで車で一晩明かしたわけじゃない。
こうなったのは御神さんのせいなのだ。
勝手に人の部屋に泊まっていくもんだから、同じ部屋で過ごすのはまずいと思い、こうして車に避難した次第である。
別にやましい気持ちなんてない。
ただマイちゃんが帰って来たとき、モンブランやマリナが何を吹き込むか分かったもんじゃない。
あることないこと吹き込んで、俺が困るのを楽しむに違いないんだから。
近くの自販機でコーヒーを買い、ズズっとすすりながら腕時計を見る。
午前6時50分。
寝過ごした・・・・。
きっとマサカリは怒っているだろう。
いつもは5時半に散歩に連れていき、帰ってくるのと同時に餌をねだるので、『悠一の野郎は何してんでい!』なんて息巻いているに違いない。
申し訳ないなと思いつつ、コーヒーをすすりながら昨日の晩のことを思い出した。
御神さんに頼まれてビールを買いに行った夜道でのこと、またあの男と出くわした。
無言で俺を睨み、しかもいきなり銃を撃ってきたのだ。
狙ったのは俺じゃない。
俺を探しにやって来たチェリー君だ。
幸い掠っただけですんだけど、男はいつの間にか消えていた。
俺は薬莢を拾い、家に帰ってから源ちゃんに電話を掛けるつもりだった。
あの紫の薬莢、そして霊獣を傷つけることが可能な弾丸。
普通じゃありえない代物だけど、これとよく似た話を源ちゃんから聞いた。
伊藤秀典・・・・カグラの社長にして、狼の霊獣と契約を結んだ男。
その男もまた、霊獣を殺傷できる銃を持っているという。
しかもその弾丸は紫色。
昨日のあの男の銃と一緒ではないか。
これは偶然?
それとも何かの繋がりがあるのか?
ここは源ちゃんに相談するしかないと思った。
けど家に帰ってくるなり御神さんが寝ていたもんだから(おそらく裸で)、とりあえず車に避難をと思って、夜を明かしてしまったけど。
まあいい。もう夜は明けたんだから。
部屋に戻ってスマホを充電して、すぐに電話を掛けよう。
ポケットに手をつっこみながら、アパートの階段を上っていく。
残念ながらあの薬莢はもうない。
ポケットに入れていたはずなのに、いつの間にか消えてしまったのだから。
代わりに紫色の液体が滲んで、ポケットとスマホを汚していた。
その液体を舐めてみると、鉄臭い血の味が広がった。
つまりあの薬莢は血で出来ていたということになる。
ということは弾丸だって同じだろう。
俺はポケットをひっくり返し、紫の滲みを確認してみた。
薬莢はなくても、これがあれば何か分かるかもしれない。
アナグマ医師のところに持っていて、詳しい成分を調べてもらえば・・・・・って、
「ありゃ?なんで・・・・、」
消えている。
ベットリとポケットを汚していたはずなのに・・・・。
スマホに付いていた血も消えているみたいで、舐めても味がしなかった。
一晩で乾くことはあっても、綺麗さっぱり蒸発してしまうなんて考えられない。
つまりあの血は普通の血じゃないってことだ。
人間やただの動物ではなく、特別な生き物の血。
考えられるとしたら霊獣しかない。
「分からないな。とにかく源ちゃんに電話だ。」
ガチャリとドアを開け、部屋に入る。
「あらおはよう。」
御神さんが出迎えてくれる。
それはいいんだけど・・・・、
「なんて格好してんですか!」
「ん?なにか変?」
「ズボン穿いて下さい!」
「だってまだ乾いてないんだもの。あ、ちなみに犬の散歩はもう連れてったわよ。」
「え?御神さんが・・・?」
「陽が昇る前からギャンギャンうるさいんだもの。有川さんはいないし仕方ないわねと思って。ついでに餌もあげておいたから。」
「あ、ありがとうございます・・・・。」
「散歩の時だけあなたのジーパンを借りたけど、いいわよね?」
「それは構いませんよ。ていうか部屋でも穿いてて下さい。」
隅っこにたたんで置かれていたジーパンを渡す。
御神さんは「照れちゃって」っと笑っていた。
「そんなウブな年頃じゃないでしょうに。」
「ぜんぜん話が違うでしょ・・・・。」
こんなに目のやり場に困っては話も出来ない。
御神さんがズボンの穿くまでの間、シャワーでもしていよう。
熱いお湯で疲れを癒し、サッパリした気分で風呂場を出る。
するとモンブランとマリナが駆け寄ってきた。
「はいはい、また俺をからかうんだろ。好きなだけどうぞ。」
まともに相手をしてちゃ損をする。
適当にあしらうと「もういいって」とモンブランが言った。
「なにが?」
「だから悠一をネタをするのは諦めるって。」
「そうなの!よかったあ。」
「その代わりチェリー君でいくみたいよ。」
「へ?チェリー君・・・・?」
「あの子ね、御神さんの前で動物に化けちゃったのよ。そしたら『もうアナタで決まり!』って喜んでたわ。」
「そ、そうなのか・・・・。で。チェリー君はなんて?」
「別にいいぜって。」
「軽いな・・・・。」
「お金も貰えるみたいだし即OKしてたわ。」
「なるほど、まあ彼がいいって言うならそれでいいんじゃないか。」
ホっと一安心だ。
これでようやく帰ってくれるんだから。
ドライヤーで頭を乾かしながら、「御神さん」と呼ぶ。
「チェリー君のこと、よろしくお願いしますね。」
「え?なに?」
「だからチェリー君のこと・・・・って、さっさとズボン穿いて下さい!」
「だってサイズが合わないんだもの。」
「でもそれ穿いてマサカリの散歩に行ったんでしょ?」
「ずり落ちて大変だったわ。」
「ベルトすればいいじゃないですか。」
棚から取り出し、「どうぞ」と渡す。
「ありがと。」
ガチャガチャとベルトを巻いて、ようやくズボンを穿いてくれた。
そしてすぐにパソコンに向かい、昨日と同じようにキーボードを叩いていた。
《仕事熱心な人だな。》
ちょっと強引なところはあるけど、悪い人ではないだろう。
マサカリの散歩も連れて行ってくれたし。
俺はコーヒーを淹れ、「どうぞ」と置いた。
「あら、ありがとう。」
ニコっと笑ってからまた仕事に取り掛かる。
用は済んだんだしもうじき帰ってくれるだろう。
あまり刺激せずに放っておくことにした。
部屋を見渡すとチェリー君がいない。
「どこ行った?」と尋ねると、マリナが「散髪」と答えた。
「雑誌に載るんだからカッコよくしなきゃって。」
「ノリノリだな。チュウベエもいないようだけど?」
「昨日から帰って来ないのよ。」
「なんだって!」
「ずっと窓を開けておいたんだけど戻って来なかったわ。きっとトンビにでも食べられたんじゃないかしら。」
「サラっと酷いことを言うな。ていうかマサカリもいないじゃないか!」
「いるわよそこに。」
「どこ?」
「そこ。」
マリナは尻尾で指す。
そこには御神さんの膝の上で丸くなっているマサカリが。
「何してんだアイツ・・・・。」
「散歩に連れてってもらってからすっかり懐いちゃってるのよ。出来れば飼ってほしいって。」
「薄情な・・・・俺はいつも散歩に連れてってるのに。」
ほんとに我が家の動物たちはどうなっているのか。
元に戻って大人しくなるかと思いきや、いきなりこれである。
まあとにかくチュウベエを探しに行かないと。
近所でミミズを食べてくるって言っていたから、探せばすぐに見つかるだろう。
「すいません御神さん、ちょっと家を空けます。」
「どこか出かけるの?」
「インコが帰ってこないんですよ。探してきます。」
「いいわよ、お留守番しててあげるわ。」
パソコンの画面を見つめながらヒラヒラと手を振る。
俺は玄関に向かい、「おっとその前に・・・・」とスマホの充電をした。
「帰ってきたら源ちゃんに電話しないとな。」
昨晩のことが気になって仕方ない。
あの男はまた必ず現れるだろうから、それまでに相談しておきたかった。
「じゃあお前ら、大人しくしてろよ。御神さんに迷惑掛けるんじゃないぞ。」
「は〜い。」
モンブランとマリナが尻尾を振る。
御神さんが「ほんとに動物としゃべれるのね」と驚いていた。
「翔子ちゃんが気に入るはずだわ。彼女も動物好きだもの。」
クスっと笑い、またパソコンに目を戻している。
俺はペコっと会釈してから部屋を駆け出した。
「たしかアパートの植込みにいるって言ってたな。」
駐車場を回り込み、ツツジの植込みを探していく。
しかしどこにもいなかった。
念の為アパートの周辺をくまなく探したけど見つからない。
「どこ行ったんだアイツ?」
もし調子に乗って遠くへ行っていたとしたらマズい。
なんたってチュウベエは鳥だ。夜になると何も見えない。
どこかで迷子になっているんじゃないかと不安になる。
「アイツの行きそうな場所っていったら・・・・たくさんありすぎるな。」
鳥だから行動範囲は広い。
しかも友達も多いので、見当を付けるだけでも大変だった。
だったらどうするか?
「他の鳥に聞いてみるか。」
友達が多いということは、誰かがアイツの居場所を知っているかもしれない。
とりあえず近くの電柱にとまっていたスズメに話しかけた。
「おはよう、ちょっといいかな?」
「ん?あんたはチュウベエの飼い主の変態。」
「誰が変態だ!」
「動物としゃべれるんだろ?この辺りの動物はみんな知ってるぞ。アイツは変わり者の変態だって。」
「嫌な評価をしないでくれ。いや、そんなことよりチュウベエを見てないか?昨日の夜から帰ってこないんだ。」
「さあ?」
「行きそうな場所に心当たりは?」
「ありすぎて分からない。」
「だよな・・・・。」
「でも仲の良い友達なら知ってるぞ。」
「おお、教えてくれ!」
「川を渡ったところにあるカマド公園に変わり者の犬がいるんだ。全身真っ白で、目の周りだけ黒い模様をしてる。まるでパンダみたいな犬だ。」
「それは飼い犬?」
「野良っぽいけど首輪はしてるんだ。とにかくいつもカマド公園をウロウロしてる。チュウベエと大の仲良しだから聞いてみれば?」
そう言ってどこかへ飛び去ってしまった。
「ありがとう、助かったよ」と手を振り、急いでカマド公園まで向かった。
いったんアパートへ戻り、車に乗って行く。
川の向こうは城下町の風情を残していて、景観保護地区に指定されている。
だから今でも細い道が網の目のように行き交っているのだ。
橋を渡り、信号を右に曲がり、少し進んだところでまた交差点が出てくるので、左に曲がる。
そのまままっすぐ行くと市民図書館が出てきて、さらに進むと三叉路の突き当たりに出る。
このすぐ近くに公民館の駐車場があるので、こっち側へ来る時はいつもここに停めるのだ。
そして徒歩で少し道を引き返し、寂れた商店街へ入ると、カマド公園が見えてくる。
そこへ向かう途中、一匹の野良猫がダダっと駆け抜けていった。
続けて綺麗な毛並みをした洋猫があとを追いかけていく。
「あ!あれは・・・・、」
サっと駆け抜けて別の路地へ消えてしまった。
チラっと見えただけだけど、さっきのはカレンに間違いない。
翔子さんの飼い猫で、モンブランの大親友でもある。
声を掛けようとしたけど、すでに姿は見えなかった。
「まあいいか、今は忙しいし。」
商店街を駆け、目的地のカマド公園までやってくる。
入口は屋敷の門構えのようになっていて、右にはトイレ、左にはちょっとした地元の資料室がある。
そこをまっすぐ抜けると広場が見えてくる。
公園といっても遊具はなく、地元の祭りの時にお店が並んだり、フリーマーケットの時に使われるような場所だ。
あのスズメはここに変わった犬がいるって言っていたけど・・・・、
「・・・・ん?あれっぽいな。」
全身真っ白で、目の周りだけが黒模様の犬がいた。
まんまパンダである。
真っ赤な首輪をしているけどリードは付けていない。
公園の傍には民家もないので、おそらく野良犬だろう。
パンダみたいな犬は公園の端っこで何かを見つめていた。
その先には草の茂った植込みがある。
《何を見つめてるんだ?》
じっと観察しているとすぐに答えが分かった。
植込みの陰から一羽のインコが出てきて、犬に何かを渡していたのだ。
《あれはチュウベエ!》
どうやら食べ残しのチキンを渡しているようだ。
誰かが植込みに捨てたのだろう。
犬は美味そうにチキンを平らげ、ゲフ!とゲップを放っていた。
そして植込みの近くの土を掘り返し、その場所をトントンと叩いた。
チュウベエは犬の掘り返した土をつつき、「うます!」と叫んだ。
どうやらミミズを食っているらしい。
《ははあ・・・チキンを取ってきたお返しに、土の中のミミズを掘り返してもらったのか。》
相変わらず知恵の回る奴である。
《たぶんここへ来るのが目当てだったんだろうな。》
アパートの植込みに行くなんてウソもいいところである。
夜に遠くへ行くと言ったら絶対に外へ出してもらえないから、あんなしょうもないウソをついたんだろう。
《チュウベエめ、年々ずる賢さが増してやがる。》
小鳥にとって夜の遠出は危険である。
このままでは他の動物の餌食になりかねない。
ここは飼い主として一発かましておくべきだろう。
《いつだって甘い顔してるわけじゃないってこと、教えてやらないとな。》
スウっと息を吸い込み、こらチュウベエ!と怒鳴ってやろうとした。
しかしその時、公園の反対側から二匹の猫がやってきた。
《あ!あれはさっきの・・・・、》
カレンともう一匹の猫が犬の所へ近づいて行く。
そしてカレンが・・・、
「チュウベエじゃない!アンタ何してんの?」
「よ。」
翼をあげて返事している。
「なんでアンタがここにいるのよ!」
「なんでって見れば分かるだろ。ミミズを食ってる。」
「そうじゃないわよ!今までどこ行ってたのか聞いてるの。」
怒るカレン、チュウベエは首を傾げていた。
「何をそんなにムキになってんだ?」
「一昨日アンタの家に行ったのよ。悠一さんに用があるから。」
「おお、そうだったのか。悪いけどこっちも色々忙しくてな。」
「また動物探偵の依頼?」
「依頼っちゃあ依頼だけど、いつもの依頼とは違うな。口で言っても信じてもらえないような話だから。」
「そんなに大変な依頼だったの?」
「まあな。ちょっと岡山まで行って銃をぶっ放してたから。」
「銃!?そんなに危ない依頼なの?それじゃあ家にいなくても仕方ないか。」
納得したように頷くカレン、そして「今はもう帰って来たの?」と尋ねた。
「おお、もう終わったからな。」
「てことは悠一さんもいるわよね?」
「いるぞ。出かけてなければな。」
「実は相談したいことがあるのよ。」
「カレンも依頼か?だったら俺から悠一に伝えといてやるぞ。」
「ほんとに?じゃあ今すぐ呼んできて。翔子ちゃんがピンチなの!」
聞き捨てならないことを言う。
チュウベエが返事をする前に「どういうことだ!」と駆け出していた。
「ああ!悠一さん!!」
「カレン、今の話は本当なのか?」
「ほんとよ、誘拐されちゃったの。」
「誘拐!誰に?」
「分からない。でもこの子が言うには・・・・、」
そう言ってもう一匹の猫を振り返る。
目つきの鋭いキジトラ模様の猫だった。
「カグラって会社が怪しいんじゃないかって。」
「カグラだって!?」
「悠一さん知ってるの?」
「ええっと・・・まあ。名前くらいは。」
危ない危ない・・・・下手に話をすれば薬の噂が広まってしまう。
そうなれば欲しがる動物も出てくるだろうから気をつけないと。
「カグラは翔子ちゃんの会社のグループなの。タンクが言うにはそのカグラが怪しいんじゃないかって。ね?」
「うん。ていうか・・・・この人ほんとに動物と話せるんだな。霊獣でもないのにビックリだよ。」
「君も知ってるのか?霊獣のこと。」
「知ってるもなにも・・・・ほら。」
タンクから白い煙が上がる。次の瞬間には人間に変わっていた。
高校生か中学生くらいの男の子に。
「まさか・・・君は猫又?」
「まあね。ちなみにアンタのことはカレンから聞いた。部長補佐のお友達なんだって?」
「部長補佐って・・・・翔子さんのことか?」
「そうだよ。あの人、何日か前から行方が分からなくなってるんだ。警察が必死に捜してるけど全然見つからなくて。だから俺たちで捜そうってことになったんだ。」
そう言ってカレンを見つめる。
「ちなみにタンクのお母さんも誘拐されちゃったの。」
「君もか!」
「血の繋がりはないんだけど母親だと思ってる。間違いなくカグラに誘拐されたはずだ。なんたって奴らは犯罪組織だからな。表向きは家具屋だけど、裏じゃ酷いことやってるんだ。」
少し考える。
このタンクって猫又、カグラの事情を知っていそうな口ぶりだ。
だったらこっちのことも話しておいた方がいいかもしれない。
しれないが・・・・もう少し様子を見てからにしよう。
でないとどこからどう漏れて薬の噂が広まるか分からない。
「あの・・・・、」
いきなりパンダみたいな犬が話しかけてくる。
「さっきから何話してんですか?」と不思議そうだ。
「ああ、ええっと・・・・、」
「カグラがどうとか言ってましたけど、もしかして例の薬の件ですか?」
「なんで知ってるの!?」
「チュウベエから聞いたもんで。」
「なにい・・・・。」
ギロっとチュウベエを睨む。
「ウィイ。」
「ウィイじゃないだろ!」
「イェイ。」
「しばくぞ!」
「それは困る。」
「困るのはこっちだ!なんでベラベラ喋るんだよ!」
「でもこの街の動物はほとんど知ってるぞ。」
「なんで!?」
「だって遠藤のオッサンがバラ撒いてたから。」
「そういえば・・・・、」
「まあ俺が言いふらしたせいでもあるんだけどな。」
「やっぱりお前のせいじゃないか!」
「ウィイ。」
「ほんとにしばきたい・・・・。」
いったいこいつの思考回路はどうなっているのか。
脳ミソが詰まっているのかどうかも怪しい。
「まあまあ、チュウベエはおしゃべりなんで。大目に見てやって下さい。」
犬がフォローする。
チュウベエも「そうだぞ」と頷いた。
もはや相手にするまい。こいつはアホなのだ。
「ねえ悠一さん、力を貸してくれるよね?」
カレンが懇願するような目で見つめてくる。
そしてタンクも「俺からも頼む」と言った。
「アイツから言われたんだ。カレンと一緒にアンタのところへ行けって。」
「アイツ?アイツって誰?」
「たまき。」
「たまきだって!君もたまきのこと知ってるのか?」
「知ってるもなにも、猫又でアイツのことを知らない奴の方が少ないんじゃないか?なんたって猫の神様なんだから。」
「まあたしかに。猫の霊獣の元締めみたいな感じなんだろうな。」
「たまきが言ってたんだ。アンタは私の弟子だって。」
「その通りだよ。俺はたまきの弟子だ。まだまだ師匠には及ばないけどな。」
「でもたまきが認めるほどの人間ならきっと力になってくれるはずだ。お願いだから手を貸してくれ!俺だってムクゲを助けたいんだ!!」
「それは君のお母さんの名前?」
「そうだよ。ムクゲも猫又なんだ。」
「もはや猫又のオンパレードだな。」
「カグラは危険な連中だから何をするか分からない。特に鬼神川って奴は・・・・。」
「その名前は知ってるよ、カグラの副社長なんだろ?」
「鬼の狐火って異名をとる稲荷なんだ。めちゃくちゃ喧嘩が強くて、たまきレベルじゃないと勝てない。」
「相当なだそりゃ。」
「でもたまきが認めた人間ならどうにかなるかもしれない。手を貸してくれるよな?」
タンクも懇願するような目で見つめる。
もちろん異論はない。でも相手がカグラとなると・・・・、
《敵が大きすぎるよ。でもこのまま翔子さんをほっとくなんて絶対に出来ない。どうにかして助けないと。》
腕を組み、険しい顔で明後日の空を見上げる。
翔子さんは大事な友達だ。
一昨年の夏だって誘拐されて、今年もまただなんて・・・・。
《翔子さんはあんなに頑張ってるのに、どうしてこんな目にばっかり遭うんだ。俺に・・・俺にもっと力があれば・・・・。》
大事な友達がピンチなのに何も出来ないなんて・・・なんて情けない。
「パンダ帰るってよ。」
いきなりチュウベエが言う。
見るとパンダみたいな犬がどこかへ去っていくところだった。
「アイツ飼い犬なのか?」
「飼い犬っていうか居候だな。一人暮らしの婆ちゃんの家に住み着いてるんだ。」
「なるほど。それで首輪付けてもらってるのか。」
「いいや、あれは元々だ。」
「なら捨てられたのか?」
「らしいぞ。あんまり昔のことは話したがらないけどな。」
「犬も色々あるもんだ。気安く詮索は出来ないな。」
「あいつは色んなとこウロウロしてるから情報通なんだ。」
「へえ、なら仲良くしておいた方がいいかな。動物探偵として情報屋は貴重だから。」
「見返りに餌でもあげれば喜ぶと思うぞ。なんなら声掛けてみたらどうだ?」
「そうしたいけど、今はどれどころじゃ・・・・、」
「遠慮すんな、俺から話してやる。」
「あ、おい・・・・、」
チュウベエが飛んでいき、何やら話しかけている。
パンダという名の犬は「喜んで!」と駆け寄ってきた。
「けっこうげんきんな奴だな。」
「好きなだけ餌を食わしてくれるんですって?なんでも協力しますぜ旦那。悪い奴をお縄にする為なら。」
「俺は岡っ引きか。まあいいや、せっかく協力してくれるっていうなら何か聞いてみようかな。」
何を尋ねるべきか迷う。
するとカレンが「翔子ちゃんを助けたいの」と言った。
「パンダは情報通でしょ。だったら何か知ってるかと思って相談しに来たのよ。」
「俺もお願いしたい!ムクゲを助けたいんだ!!」
「たしか誘拐がどうとか言ってましたね。実はちょっとばかし気になる噂を耳に挟んだんですが・・・・聞きますかい?」
「お願い!」
「教えてくれ!」
「じゃあ犬缶10個で手を打ちましょう。」
「いいわよ。ねえ悠一さん?」
「それくらい余裕だよな。」
「まあいいけど・・・・。後払いでもいいか?」
「ほんとは前払いがいいんですが、チュウベエの飼い主さんですからね。信用しましょ。」
「助かる。ならその噂とやらを教えてくれ。」
「いいですぜ、耳を貸しておくんない。」
俺たちはパンダに耳を近づける。
周りには誰もいないのにこれをやる必要があるのか?・・・・というのはツッコまないでおこう。
「実はですね、ちょくちょく動物が消えるって噂があるんでさあ。」
「消える?」
「どっかの連中が密猟してるらしくてね。動物をさらっていくそうなんですよ。しかも狙いは霊獣だと。」
「霊獣・・・・。ていうかパンダ君も霊獣を知ってるんだな。」
「知ってなきゃタンクさんが化けるのを見て腰を抜かしてまさあ。旦那が思ってるより霊獣の存在を知ってる動物は多いんですぜ。」
「そうなの?俺が無知なだけなのか・・・・。」
「話を戻しますが、その密猟集団を追いかけている霊獣がいるそうなんでさあ。そいつに会うことが出来れば手がかりが掴めるかもしれません。」
「なるほど。で・・・・その霊獣の居場所は?」
「氷ノ山ってご存知ですかい?」
「もちろん。兵庫県と鳥取県にまたがる大きな山だろ?この県の北にあるはずだ。」
「その通りでさあ。でもってそこに正義の味方の霊獣が集まる場所があるらしいんですが、そのうちの一人が密猟集団を追っかけてるって噂でね。
ちょくちょくこの街にも来てるみたいですぜ。」
「どこだ!どこに行けば会える?」
「知り合いの猫又の話じゃ、古民家の喫茶店によく来てるみたいで。こっから一キロほど西に行ったところに朧って名前の店があります。」
「朧か。ネットで検索すれば出るかな?」
「そんなことしなくても、この商店街を抜けて西に向かえば看板が見えてくるはずですぜ。
妖艶な気配を放つ超美人の霊獣だそうです。ただいつもいるとは限らないそうですが。」
「ならとりあえず行ってみるよ。有益な情報をありがとう。」
「あくまで噂ですから信用されすぎても困りますけどね。」
そう言って「犬缶は忘れないで下さいよ」と舌なめずりをした。
「この公園の植込みにでも隠しといて下さい。」
「分かった、必ず置いておくよ。」
「約束ですぜ。それじゃあっしはこれで。」
軽快な足取りでひょこひょこ去って行く。
俺たちは顔を見合わせ、「行くか」と頷いた。
パンダ君の言った通り、商店街を抜けて西に歩いていく。
城下町の風情を残す細い道には、古い家がたくさん並んでいた。
最近は古民家を利用したお店が増えているそうで、朧もその一つなんだろう。
注意深く看板を探していると、チュウベエが「あれじゃないか?」と見つけた。
「ええっと・・・・おお!あれだあれ。」
年季の入った民家の軒先に、切り株みたいなデザインの看板が立っている。
そこには達筆な字で「朧」と書かれていた。
「チュウベエ、お前また読める字が増えたな。」
「賢いだろ。」
「賢すぎて困ることもあるけどな。」
こいつは以前にも店の看板を読み当てたことがある。インコのクセに恐ろしい奴だ。
「じゃあちょっと中に入ってくるから。みんなはその辺で待っててくれ。」
動物たちを残し、暖簾を潜る。
石畳の通路に、苔と砂利引きの庭。
古民家というより小さな料亭という感じだ。
玄関も立派なもので、和の風情を感じさせる洒落た造りだった。
入口の近くには木の板にメニューが書かれていて、本日オススメが貼り出されていた。
「どれどれ・・・。マタタビパウダーのクッキーに煮干の羊羹。ねこじゃらし風味のコーヒーにマタタビ入りの紅茶か。・・・・どんなメニューなんだこれは。」
味の想像がつかないけど・・・・まあいい。
お茶を飲みに来たわけじゃないんだから。
「ここに正義に味方の霊獣がいるのか。」
一つ深呼吸をする。
たしか妖艶な気配を放つ超美人の霊獣と言っていた。
もしいたらすぐに分かるだろう。
ちょっと緊張しながら引き戸に手を伸ばす。
するとその瞬間、ガラっと戸が開いて誰かが出てきた。
「今日のお茶も美味しかったわマスター。また近いうちに来るから。」
スーツに白衣をまとった女が出てくる。
ぶつかりそうになって脇によけると、「あらごめんなさい」と言った。
「いえいえ」と言って店に入ろうとした瞬間、ピンときてその女を振り返った。
するとなぜか向こうも俺のことを見ていて、思わず目が会ってしまった。
《ぜったいにこの人だ!》
一瞬で分かる。
だって妖艶な気配を放っているし、ものすごく美人だし。
パンダ君が言っていた霊獣で間違いないだろう。
いきなり会えるとはラッキーだ。だからまずは喜ぶべきなんだろうけど・・・・、
《なんだろう・・・・この感じどこかで・・・・、》
「何かご用かしら?」
「へ?」
「じっと見てらっしゃるから。」
「いやその・・・ちょっと知り合いに似た雰囲気を感じたから。」
この女、俺の知ってるアイツにそっくりだ。
そう、猫神たまきに。
たまきは色んなものに化けられるから、人間に化けて街をウロウロしていたとしてもおかしくはない。
けど・・・・・、
《もし正体を明かすつもりなら自分から言うよな。》
俺は確信していた。
この女はぜったいにたまきだって。
根拠はない。ただの勘なんだけど・・・・・うん、でもこの気配、雰囲気、間違いなくたまきだ。俺には分かる。なんたって弟子なんだから。
けど今はまだたまきとして会う時じゃないんだ。
だって自分自身の力で見つけないといけないから。
こんな偶然みたいな出会いじゃ絶対に認めてもらえないだろう。
だったら・・・今は忘れるしかない。
この女はたまきじゃなくて、正義の霊獣っていうだけなのだと。
「あの・・・・ぶしつけなお願いで申し訳ないんですが。」
「なんでしょう?」
ニコっと微笑むその顔は、まるで俺を試しているかのようだ。
下手な受け答えをしたら力は貸さない。そう言っているかのような目だった。
「実はですね・・・・、」
背中に冷や汗が流れる。
だって翔子さんの無事が懸かっているのだ。
もし俺が情けない受け答えをしたら・・・・。
そう思うと喉が乾いてくる。
たまきはもう一度「なんでしょうか?」と笑みを向けてくる。顔は笑っているけど目は厳しい。
俺は覚悟を決め、「力を貸して頂きたいことがあるんです」と切り出した。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第二十一話 困った依頼者(1)

  • 2018.11.26 Monday
  • 11:28

JUGEMテーマ:自作小説

仕事の依頼はいつでも緊張するものだ。
これは何度やっても慣れない。
でもそれでいいんだろうと思っている。
やりたいことを実現させた時、一番怖いのは慣れだ。
そうなったら刺激も興奮もあったもんじゃないし、やりがいも充実感もなくなってしまう。
いい仕事には緊張感が必要なのだ。
けどその緊張がいつもと違うものだとしたら、不安の度合いは大きくなり、仕事を楽しめなくなる。
いま目の前に座っている依頼者は、いつもとは違う緊張を感じる人だった。
正確にはその依頼内容である。
まず言っておかなければならないのは、俺は動物探偵であって、オカルト探偵ではないということだ。
世の中には超能力を使える探偵がいて、オカルトまがいの仕事ばかりこなしているという。
本日の依頼者、フリーカメラマンの御神祐希さん曰く、お姉さんはいつもそんな人とばかり仕事をしているのだという。
そしてそのお姉さんからオカルトチックな仕事を依頼され、ほとほと困り果てているというのだ。
「ツチノコだのチュパカブラだの、そんなモノの特集ばかりやっている雑誌なのよ。」
「はあ・・・・。」
「姉はその雑誌の編集長でね。月間ケダモノっていうんだけど知ってる?」
「いえ・・・・、」
「それでいいわ。あんなの読んだら確実にIQが下がるから。」
「たぶん今後もぜったいに読まないと思います。」
「賢明ね。」
ニコっと微笑み、ズズっと昆布茶をすすっている。
「問題なのは、そんなオカルトチックな依頼を受けてしまったということなのよ。
これでも社会派のカメラマン兼ジャーナリストのつもりなんだけど、ツチノコだのチュパカブラだのなんて仕事・・・・どうして引き受けちゃったのか今でも謎なのよ。」
「でも自分でOKしたんですよね?」
「腹違いとはいえ血の繋がった姉だからね。断りきれなくて。でもどう頑張っても私には無理よ。」
「ツチノコとかチュパカブラの写真を撮るって、普通なら無理ですよ。」
「そう、普通ならね。でも有川さんはツチノコを飼ってたはずでしょ?だからあなたに頼めば万事解決かと思ったんだけど・・・・。」
そう言って「はあ・・・」とため息をついている。
「期待してやって来たのに、ツチノコはもういないなんて・・・・。」
「山に帰っちゃったんですよ。」
「他に飼ってる動物はいないの?猫とか犬とか普通の動物じゃなくて、例えばチュパカブラとか・・・・、」
「ぜったいに飼いませんよそんなの。」
「生息してる場所とかは・・・・、」
「知りません。」
「困ったわね、どうしようかな?」
「お稲荷さんなら何人も知ってるんですけどね。」
「お稲荷さんねえ・・・・。」
またため息をつき、遠い目をしながら窓の外を見ている。
ついさっきのこと、お稲荷さんなら紹介できると言ったら、『ちょっと姉に聞いてみるわ』と電話を掛けていた。
しかし結果はNOとのこと。
理由はウチの雑誌とは方向性が違うからだそうだ。
「姉が言うにはそういう方面のネタは扱ってないんだって。」
「そういう方面って・・・・どういう方面ならOKなんですか?」
「宇宙人とか未確認生物とか。」
「要するに矢追純一とか藤岡弘の探検隊みたいな感じのやつですか?」
「みたいね。お稲荷さんだと神様になっちゃうわけでしょ?そういう高尚なものを扱う雑誌じゃないからって。
もっとウソ臭くてバカっぽくて真面目に読む気にならないようなネタがいいそうなのよ。」
「普通逆でしょ。」
「それが姉のポリシーなのよ。」
「どんな編集長なんですか・・・・。」
「ほんとにねえ、困ったものだわ・・・・。」
本日三度目のため息が出る。
ズズっとお茶をすすりながら、チラチラと俺を見ていた。
《うわあ・・・・やだなあ。》
思わず目を逸らす。
さっきから感じているいつもとは違う緊張感の理由・・・・それは御神さんのこの視線のせいなのである。
「ねえ有川さん・・・・、」
「イヤです。」
「そんな即答しなくても。」
「そりゃたしかに俺は動物と話せますけどね、なんでそんな怪しげな雑誌で特集を組まれなくちゃいけないんですか?」
「だって姉にあなたのことを話したらOkだって。」
「お稲荷さんがダメで俺がOKって・・・・判断基準がおかしくないですか?」
「私に言われても。」
「それはこっちだって同じですよ。俺は動物探偵であって、奇妙な雑誌のネタじゃないんですよ。」
「けどもし引き受けてくれたらギャラは弾むって言ってたわよ。」
「お金の問題じゃないです。」
「いつも一緒に仕事をしている超能力探偵とのコラボ企画とか言ってたけど・・・・どう?」
「ぜったいお断りです!」
まったく・・・・こんな依頼は初めてだ。
なんで俺が怪しげなオカルト雑誌でネタにされないといけないのか。
そんなもんに載ったら最後、まともな依頼は来なくなるだろう。
だけど御神さんは諦めない。
チラチラ俺を見てばかりで、ぜんぜん帰ってくれないのだ。
時計を見ると午後11時。
あと一時間で明日になってしまう。
「すいませんけどもう帰ってくれませんか?」
「・・・・チラ。」
「チラチラ見たってダメです。」
「引き受けてくれないと私が困るのよ。」
「それ御神さんの都合じゃないですか。」
「そうよ。」
「そうよって・・・・、」
「じゃあ分かった。他になにか面白いネタない?」
「はい?」
「有川さんの特集は諦めるから、代わりになりそうなネタをちょうだいよ。」
「例えばどんな?」
「ウソ臭くてバカっぽくて真面目に読む気にならないようなネタ。」
「帰って下さい。」
「そう言わないで。」
「動物に関する依頼なら引き受けます。でもそれ以外のことはお断りです。」
「どうしても無理?」
「無理です。」
「・・・・・チラ。」
「だから無理ですって!」
「ケチ。」
ツンと拗ねている。
《なんてしつこい人なんだ・・・・・。》
いい加減うんざりしてくる。
そしてこともあろうに・・・・、
「引き受けてくれるまで帰らないわ。」
「はあ!?」
「今晩は泊まっていくから。」
「困りますよ!」
「私だって困ってるのよ。さっさとこんな下らない仕事からオサラバして、社会派の仕事に戻りたいんだから。」
「要するに面倒事を押し付けたいだけじゃないですか!」
「そうよ。」
「そうよって・・・・・、」
「翔子ちゃんから聞いてるのよ。有川さんはとっても良い人で、困った時はいつも助けてくれるって。」
「そりゃ翔子さんは友達ですから。ていうか最近はどうしてるんですか?まだシンガポールに?」
「つい最近帰ってきたわ、出世してね。」
「さすがだな、どんどん遠い世界へ行っちゃう。」
「彼女は優秀だしやる気もあるからね。有川さんもモタモタしてると会うことすら出来なくなるかもよ?」
そう言ってクスクス笑っている。
「とにかく今日は泊まるから。」
「だから困りますって。」
「とりあえずシャワー借りるわね。」
「あ、ちょっと!勝手に・・・・、」
有無を言わさず風呂場に向かっていく。
バタンとドアが閉じられて、シャワーの音が聴こえてきた。
《本気だよあの人・・・・参ったな。》
強引にも程がある。
どうしたもんかと頭を掻いていると、モンブランがニヤニヤしていた。
「ねえ悠一・・・・、」
「はいはい分かってる。どうせまた下らない妄想してるんだろ?」
「なによ下らない妄想って。」
「女の人が来た時はいつも言うじゃないか。三角関係がどうとか、浮気がどうとか。」
「まあね。」
「こっちにその気はないっての。俺にはマイちゃんという婚約者がいるんだから。」
「だからこそ面白いんじゃない、ねえマリナ?」
「ほんとにねえ。このことをコマチさんが知ったらどう思うのかしら?」
「頼むからそういうのはやめてくれ。」
「でも泊まっていくのよあの人。」
「男女が一晩屋根の下、何もない方がおかしいわ。」
「お前らの思考はエロオヤジと一緒だ。」
「そんなことないわ。もしあの人と何かあったって、私は悠一を責めたりしないもん。」
「いくら婚約者とはいえ、一年も待ちぼうけは辛いものね。一つくらい間違いを犯しても目を瞑っててあげるわ。」
「お前らから煽ってるクセに何言ってんだ。」
二匹は下らない妄想で盛り上がっている。
こうなったらもう何を言っても無駄で、好きなようにさせておくしかない。
オスたちはグーグー寝ているし、俺もこのまま寝てしまいたい気分だ。
ゴロンと畳に寝転ぶと、「シャワーありがと」と御神さんが出てきた。
「ありがとも何も勝手に使ったんじゃないですか。」
そう言って振り向くと、バスタオルだけを巻いて立っていた。
「ちょ、ちょっと!何してるんですか!」
「何って?」
「服を着て下さい!」
「だって洗濯機に入れちゃったし。」
「はあ!?」
「泊まることになるなんて思ってなかったから、着替えを持ってきてないのよ。乾くまでこれ借りておくわね。」
「いや、あの・・・・、」
「ごめん、ちょっと電気も借りるわね。」
パソコンを取り出し、勝手にコンセントを挿している。
そしてカタカタとキーボードを叩き始めた。
「・・・・帰ってくれませんか?」
「依頼を引き受けてくれたらね。」
「だからそれは無理ですって。」
「じゃあ帰らない。」
「子供みたいなこと言わないで下さい・・・・。」
「あ・・・・、」
「なんですか?」
「ビールある?」
「ないです。酒は飲まないんで。」
「なら買ってきてくれない?」
「自分で行けばいいでしょ。」
「バスタオル一枚なのよ?こんな格好で夜道を歩いたら確実に襲われるわ。」
「だからってなんで俺が・・・・・、」
「500のやつお願いね。メーカーはなんでもいいから。」
財布から1000円取り出し、強引に押し付けてくる。
「お釣りはあげるから。」
「誰も行くなんて言ってないんですけど・・・・、」
「・・・・・・・・。」
「御神さん?」
「・・・・・・・・。」
「・・・・無視かよ。」
ずっとキーボードを叩いている。
モンブランとマリナはニヤニヤ見つめているし、オスたちはグーグー寝ているし。
この状況、俺一人で耐えなきゃいけないらしい。
せめてチェリー君が起きていてくれたらな。
今は人間の姿で寝ているけど、彼が化けるのを見たら、御神さんは腰を抜かすだろう。
ていうか・・・・チェリー君を紹介してみようかな?
彼なら御神さんもOKしてくれるかもしれない。
人間に化けられるし、擬態で姿を消せるし。それにただの霊獣だから神様でもないし。
《・・・・いや、ダメだダメだ。仲間を売るようなことしちゃイカン。》
千円を握り締めたまま黙って立ち上がる。
アパートを出て近所のコンビニに向かうことにした。
田舎の道は夜になると寂しい。
街灯の光に虫が集まるくらいだ。
細い路地を抜け、大通りを右に曲がればすぐなんだけど、気晴らしに散歩でもと思って、いつもとは違うコンビニへ行くことにした。
ちょっと距離はあるけど、考え事をするにはちょうどいい。
《こうして無事に人間に戻れたけど、まだ全てが終わったわけじゃないんだよな。》
カグラという会社をどうにかしない限り、あの薬は増え続けるだろう。
そしてダキニが帰ってくる以上、ウズメさんだけではどうにも出来ない。
《こんな時にアイツがいてくれたら・・・・、》
見上げた夜空は雲に覆われ、月も星も見えない。
そこに重ねたのはたまきの顔だ。
あの猫神がいてくれればダキニが相手でも負けないのに。
今どこで何をしているんだろう?
俺はいつかアイツに手が届くんだろうか?
なあたまき、教えてくれ。
俺はちゃんと成長しているか?
正しい道を歩んでいるか?
もしかしたらどこかで俺のことを見ているのか?
それとも遠いどこかへ行ってしまったのか?
・・・・いや、案外近くにいるような気がするな。
神出鬼没ではあるけど、いつだって近くにいる気がするんだ。
そう思うのは、まだお前に頼ろうとしているせいかな?
一人立ちできない子供のように、お前を母親のように思って、ただ甘えているだけなんだろうか?
もしそんなマザコン野郎だとしたら、マイちゃんを幸せにすることなんて出来るのかな。
自分のことさえままらない男が、好きになった女を幸せに出来るかな。
俺は色んな人や動物にお世話になりっぱなしで、まともに恩返しすらしたことがないよ。
もう子供じゃない、いい大人だ。
なのに一人前だと自信が持てないのは、誰かに頼りっぱなしのせいなんだろうか?
教えてくれ、たまき。
今の俺にはなにが出来るんだろう?
俺はカグラのやっていることをやめさせたい。
ウズメさんの力になりたい。
でもそう出来るだけの力も自信もないんだ。
ダキニが戻ってくるって聞いて、正直ビビりまくってるよ。
もしかしたらアイツの方から関わってくるんじゃないかって。
なにせアイツを地獄へ落としたのは俺だ。
もし復讐なんてされたら、俺だけじゃなくてマサカリたちまで巻き込んでしまう。
下手をすればマイちゃんだって。
それが一番怖いよ・・・・・。
自分の大事なものが傷ついていくのが一番怖い。
その時、何もできない自分を直視するのも同じくらいに怖い。
なあたまき、手を貸してくれとは言わないよ。
代わりに神託を授けてほしい。
一昨年の夏、お前は猫神のご神託を授けてくれたよな。
藤井と別れるか?
それともどちらかが動物と話せる力を消すか?
そうでなければ不幸になるって。
あの時はそんな馬鹿なって思ったけど、今は正しかったと思ってる。
藤井は藤井で強烈な信念があって、それは俺とは比べ物にならないほど激しく燃え上がってたよ。
なにせ日本を飛び出してアフリカまで行っちゃうんだから。
自分の全てを懸けてでもやりたい道に邁進してる。
文字通り動物たちの為に命を懸けてるよ。
俺にはそこまでの覚悟は・・・・胸を張ってあるとは言えないかも。
もし藤井と一緒にいたままだったら、俺の方がアイツの信念に焼かれていたと思う。
でもって確実に足を引っ張っていたはずだ。
だからアイツと別れた選択は正しいと思ってるんだ。
もちろん藤井を嫌いになったわけじゃなくて、別れた今でも戦友のように思ってる。
遠く離れていても、お互いに動物に関わる道を歩いているから。
それにアイツとの出会いがなかったら、こうして動物を助ける道に進むこともなかっただろうから。
でもやっぱりずっと一緒ににはいられなかった。
だからお前の神託は正しかったんだ。
・・・・お願いだたまき、もう一度だけでいいから神託を授けてくれ。
ほんの少しでもいいから、道しるべを照らしてほしい。
力のない俺が、巨大な敵を相手にするにはどうすればいいのか?
大事な仲間を助けるにはどうしたらいいのか?
些細なキッカケでいいから教えてほしいんだ。
そうすれば俺も覚悟を決める。
最初の一歩はここだって分かれば、そのあとは藤井にも負けないほどの信念で最後まで貫き通してみせる。
・・・・・なんて考えてる時点で、やっぱり俺は甘ちゃんなんだろうな。
だってさ、結局お前を頼ろうとしているんだから。
最初の一歩なんて自分で見つけるものなのに。
少しでいいから頼ろうなんてしてる時点で、まだお前に甘えてるんなんだろうな。
でもさ、俺はこのまま逃げ出したくないんだ。
どんなに大変な道でも、踏ん張って戦わなきゃいけない時は誰にでもあるはずだろ?
もしここで放り投げてしまったら、俺は周りの全てから置いて行かれるような気がするよ。
そしてもちろん、永遠にお前に手が届かないままだろう。
いつか自分の力で見つけ出すなんて言っておきながら、そんな日はぜったいにやってこない。
だからいいさ、例え最初の一歩が分からなくても、とりあえず踏み出してみるよ。
行き先は天国か地獄か知らないけど、同じ場所で悩んでるよりかはずっとマシだ。
ていうか一人で夜道を歩いてると、ほんとに色んなことを考えちゃうな。
・・・・立ち止まり、曇った夜空を見上げていると、ふと誰かの気配を感じて振り向いた。
「あ・・・・・・、」
路地の街灯の下、またあの男が立っていた。
真っ白に照らされて・・・・というより、自ら輝いている感じだ。
しかもその手には小さな心臓を持っていた。
ドクンドクンと鼓動を刻みながら、紫色の血を滴らせている。
「・・・・・・・。」
男の目は鋭い。
まるで野生の狼のようだ。
でも不思議と恐怖は感じなかった。
「・・・・・・・・・。」
どうしようか迷った・・・・。
このまま立ち去ろうか?
それとも近づいてみようか?
敵なのか味方なのかも分からないし、そもそもどこの誰かすら分からない。
でも一つ感じることがあった。
《アイツ、わざと俺の前に現れてる。》
その目的はなんなのか・・・・直接アイツの口から聞きたかった。
少し怖いけど足を進めてみる。
男は微動だにせずに睨んでいて、以前と同じように、普通の人間とは思えない気配を放っている。
幽霊か?それとも霊獣か?
正体不明の男の思惑を知るべく、「やあ」と声を掛けた。
「ちょくちょく俺の前に現れるけど、なにか用かな?」
声が上ずっていたと思う。
冷静を装ってもやっぱり緊張する。
「この前病院の前で会ったよな?それに今日は俺の心臓を持ち去っていったし。その・・・・用があるなら話を聞くよ。」
男は答えない。
一ミリも表情を変えずに睨んでいるだけだ。
「実はさ、夢の中にまでアンタが出てきたんだ。とても奇妙な夢だった。だって銃で霊獣を撃ち殺していく夢だったんだ。
あの時のアンタの目、霊獣を憎んでいるような気がした。いや、もちろんただの夢なんだけど・・・・。」
俺がどんな夢を見たかなんて、この男には関係ない。
だけどあれはただの夢ではないような気がしてきたのだ。
こうして何度も目の前に現れるってことは、伝えたい何かがあるってことなんだろう。
ということは不思議な力を使って、夢の中にまで現れたってこともありうる。
「俺はアンタのことは何も知らない。名前も歳も。見た感じ若そうだけど、俺より年上な感じもする。
それになんていうのかな・・・・不思議な気配を感じるんだ。アンタ、ぜったいに普通の人間じゃないんだろ?」
どう聞いても何も答えてくれない。
それならどうして目の前に現れるのか?
怖いけどもう一歩近づいてみる。
すると初めてアクションを起こした。
懐から銃を取り出し、俺に向けたのだ。
「ちょッ・・・・、」
逃げる暇もなく撃たれる。
乾いた音が弾け、頭を抱えてしゃがみこんだ。
「・・・・・・ッ!」
当たったのか・・・・?
どこも痛くないけど、痛すぎると何も感じないっていうし・・・・。
「大丈夫か!?」
誰かが駆け寄ってくる。
恐る恐る顔を上げると、そこにはチェリー君がいた。なぜか霊獣の姿で。
「大丈夫か?」
「・・・・・・・・・。」
「心配すんな、もうアイツはいねえ。」
言われて街灯を振り返ると、男は消えていた。
「どこ行ったんだ・・・・?」
「さあな。俺を見るなりいきなり撃ってきやがった。しかも・・・・、」
痛そうに肩を押さえている。
「血・・・・弾が当たったのか!?」
「いや、掠っただけだ。」
「でもけっこう出てるじゃないか!すぐ病院に・・・・、」
「んな大したモンじゃねえよ、舐めときゃ治る。それよりこんなの初めてだぜ。銃で傷つくなんてよ。」
驚いた顔で傷口を睨んでいる。
「俺たち霊獣にあんなモン効きゃしねえはずなのに。どうなってんだいったい。」
「ほんとに平気なのか?」
「ああ。しっかしなんなんださっきの野郎は。いきなり撃ってくるなんてよ。通り魔か何かか?」
そう言って人間の姿に戻る。
「さっきの知り合いか?」
「いや・・・・。」
「アンタの帰りが遅いんで様子見て来いって言われてよ。」
「御神さんに?」
「叩き起されたんだ。人間に化けたままだったからよ。あなたちょっと様子見てきてよって。」
「ごめん、ちょっと考え事してたから。」
「近所のコンビニに行ってもいねえし、電話かけても出ねえし。どこ行きやがったんだって探してたら、この近くで嫌な気配を感じてよ。」
「嫌な気配?」
「さっきの野郎さ。血に飢えた猛獣みたいな気配がしてたぜ。こりゃナンかとんでもねえモンがいると思ってよ、ゆっくり近づいてみたんだ。
そしたらアンタがいたから慌てて助けに入ってってわけさ。」
「それで霊獣の姿になってたのか。」
「しかし迂闊だったぜ。もし頭でも撃たれてたらオシャカだったな。」
あっけらかんと笑っている。なんて神経が太いんだか。
「ま、とりあえず帰ろうぜ。またあんな野郎に襲われちゃたまんねえからよ。」
ポケットに手を突っ込み、ブラブラと歩いて行く。
撃たれた肩の血はもう止まっていて、さすがは霊獣だと感心した。
「・・・・あ、ちょっと待って。」
「なんだ?」
「チェリー君を撃った弾丸、どこに行ったか分かる?」
「さあな。貫通したから後ろにでも落ちてるんじゃねえか?」
「ちょっと探してみるよ。」
「ほっとけよそんなもん。」
「ちょっと気になることがあるんだ。」
チェリー君の立っていた後ろを探してみるけど、曇った夜空の下ではよく分からなかった。
「お〜い、さっさと帰ろうぜ。」
「・・・・・薬莢。」
「あん?」
「薬莢なら落ちてるかも。」
さっきの男が持っていた銃、あれはリボルバーではなかった。
たしかマガジン式?の銃というか、とにかく薬莢が落ちるタイプのやつだ。
街灯の下に駆け寄り、地面を探してみる。
「・・・・・あった!」
少し離れた場所に薬莢らしき物が転がっていた。
そいつを摘み、街灯に照らしてみる。
「なんだそりゃ?」
チェリー君が顔を近づけてくる。
俺は「銃を撃ったあとだよ」と答えた。
「これが?」
「どう見ても薬莢だろ。」
「でもこれ、紫色だぜ。こういうのって銀色とか鉛色とか、そんなんじゃねえの?」
「普通はね。」
「普通はねって・・・・これ特殊な弾丸なのか?」
「だと思う。なんたって霊獣を撃ち抜くくらいだから。」
「物騒なモンだな。」
険しい顔をするチェリー君を尻目に、スマホを取り出す。
「なんだ?110番でもすんのか。」
「ああ。」
「やめとけよ。面倒くせえことになるだけだ。」
「でも立派な事件じゃないか。君だって撃たれてるわけだし。」
「それが面倒くせえって言ってんの。だいたいもう傷は治りかけてるしよ。薬莢だってオモチャみてえな色してるし。呼んだって相手にされねえよ。」
「大丈夫、源ちゃんなら話を聞いてくれるよ。」
「さいですか。まあ好きにしろよ。」
そう言って「ふあ〜あ」とあくびをしながら帰って行く。
俺は薬莢を見つめながら電話を掛けようとした。
けど・・・・、
「あら、電源が切れてる。」
ボタンを押しても起動しない。どうやらバッテリー切れのようだ。
「しばらくほったらかしだったからな。家に帰ってからにするか。」
スマホと一緒に薬莢もポケットにねじ込む。
アパートに帰ると御神さんはもう寝ていた。
勝手に俺の布団に潜り込み、しかもその隣には巻いていたバスタオルが・・・・。
《まさか裸で寝てるわけじゃないだろうな。》
チェリー君は「んだよ、人のこと起こしたクセに」とブツブツ言いながら、横になってすぐ寝てしまった。
モンブランとマリナも妄想に飽きたのか寄り添って寝ている。
せっかく人間に戻ったってのに落ち着かない夜だ。
今夜も安眠できそうにない。
まあとにかく源ちゃんに電話しないと。
そう思ってポケットに手を入れると、いつの間にか薬莢が消えていた。
「ありゃ?」
ちゃんとポケットに入れたはずだ。
穴でも空いているのかと裏返してみたけど、そういうわけでもない。
スマホはあるのに薬莢だけが消えている。
でもその代わり・・・・、
「濡れてる・・・・紫色に。」
ポケットとスマホに紫の液体が滲んでいた。
・・・・まさかとは思いつつ、臭いを嗅いでみる。
けどよく分からないので、思い切って舐めてみた。
指で拭い、舌の先で軽く。
「やっぱり・・・・。」
ゾワっと背筋が波打つ。
口の中に鉄臭い血の味が広がった。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第二十話 念願の解毒剤(2)

  • 2018.11.25 Sunday
  • 09:49

JUGEMテーマ:自作小説

激しい戦いの末、ようやく解毒剤が手に入った。
おかげで俺は人間に戻れたし、モンブランたちも動物に戻った。
集落の人たちも無事に戻り、警察に拘束されていた暴徒たちにも無理矢理飲ませて動物に戻した。
警官はみんな唖然として、拘束することさえ忘れていた。
大変なのは暴動の後始末なんだけど、「僕に任せろ」とツムギ君が引き受けてくれた。
「このまま放置したらぜったいにエボシの奴に文句言われる。これ以上田舎に飛ばされるのはゴメンなんでな。」
おお、なんて頼りになる男と思ったけど、頬を染めているのを見てピンときた。
「マリナさん、ここは僕がなんとかします。安心してお帰り下さい。」
イグアナに戻ったマリナに愛を囁いている。
「僕があなたを守ってみせます。」
真剣な顔で言っているけど、マリナはバナナを食っていた。
「貴女はすぐにこの場を引き上げて下さい。お義父さんと一緒に。」
「誰がお義父さんだ!」
「それと結婚式は私の神社でと考えているんですが、マリナさんがご希望ならチェペルでも構いません。最近この近くに式場が出来たので・・・・、」
「気が早すぎだろ!」
「もうじき警察の応援がやってくるはずです。私が足止めをしますので、すぐに安全な場所まで避難を。」
そう言って「アディオス!」と去って行った。
「なんだアレは・・・・思い込みが激しすぎだろ。」
マリナはずっとバナナを食っていて、「げふ」とゲップをしていた。
「デートは堪能したか?」
「まあね。」
「ツムギ君が結婚式はどこがいいか尋ねてたぞ。」
「結婚式?そんなのよりバナナが欲しいわ。」
「今度会ったら伝えとくよ。」
残念ながらこの恋は実らないだろう。
俺もお義父さんと呼ばれずにすみそうで、しょうじきホっとしていた。
「さ、今のうちに逃げましょ。」
アカリさんが先導していく。
その後ろを俺たちがついて行き、ヒッキー君とロッキー君、集落の人たちと動物たちがついて来た。
一番後ろにはチェリー君がいて、追っ手が来た時の為に殿を務めてくれた。
「あ〜あ、もっと人間でいたかったなあ。」
モンブランが言う。
後ろの方で「あの・・・・、」とヒッキー君が声を掛けようとするが、「話しかけないで」と突っぱねていた。
「もうあなたとの恋は終わりよ。」
「そんな!」
「チェリー君なんかに負けるなんて情けない。」
「でもあれは二対一だったし、奇襲をされたし・・・・、」
「言い訳する男なんてもっと嫌い。」
「うぐ・・・・。」
無念、ここにも破局したカップルが。
ロッキー君に至っては「俺なんて一つもいいとこがねえ・・・」と落ち込みっぱなしだった。
マサカリが「まあなんつうか、元に戻れてよかったよな」と笑う。
「人間は人間で楽しかったけど、やっぱり犬の方がしっくり来るぜ。」
「あんたは犬でも人間でも太ったままね。」
「んだとこのバカ猫!」
「おい喧嘩すんな。お前らはほんとに人間でも動物でもバカのままだな。」
「インコに言われたくねえ!」
「そうよ!こんな時にまでミミズなんか食べて。」
「まだ半分残ってる、欲しいならやるぞ。」
「いるか!」
「いらないわよ!」
「やあねえ、みんな喧嘩ばっかりして。私なんかいつだっておっとりのマイペースなのに。」
「バンバン銃撃ってたクセになに言ってんだ。」
「マリナが一番最初に撃ってたな。」
「私なんか思いっきり顎を蹴り飛ばされたんだけど。」
「だって人間になるなんて滅多にないことじゃない。だったら銃を撃ったりブーツで蹴ったりデートしたり、色々楽しまなきゃ。」
「で、どれが一番楽しかったんだ?」
「そりゃ銃よ。次こそはバズーカを撃ちたいわあ。」
「お前が一番怖いっての・・・・。」
こいつらは元に戻っても相変わらずだ。
まあそれはいいんだけど、一つ気になることがあった。
「誰かマシロー君を見てないか?」
「さあ?」
「知らないな。」
「私も見てないわ。」
「さっきまでいたのにねえ。」
「アカリさんは?」
「そういえば見てないわね。せっせと薬を煎じてたところまでは覚えてるんだけど。」
誰に聞いても知らないという。
いったいどこへ行ってしまったんだろう?
遠藤さんから預かっている大事な動物なのに。
「やっぱ探した方がいいかな。」
そう言って立ち止まると、チェリー君が「おいヤベえぞ!」と叫んだ。
「向こうからパトカーが来てるぜ!」
街の遠くから赤いランプが迫ってくる。けたたましいサイレンを鳴らしながら。
ツムギ君が走り出し、「止まれ!」と手を広げていた。
「僕はマリナさんを守ってみせる!誰一人通さないぞ!!」
愛の為に身を捧げるツムギ君だったが、マリナはあくびをしていた。
「マシロー君のことは気になるけど仕方ない、みんな急いで逃げるぞ!」
慌てて街を駆け抜けるが、追っ手が迫ってくる。
チェリー君が「お前ら先に行け!」と叫んだ。
警察の前に立ちはだかり、擬態を使って翻弄する。
目に見えない敵を相手に、警察隊はパニックになっていた。
「モタモタしてたら埓があかない!狼男ども、手を貸して!」
アカリさんが稲荷に変身する。
そして人間や動物を抱えられるだけ抱えて、颯爽と駆け出した。
ヒッキー君とロッキー君も渋々という感じてみんなを担ぎ上げる。
「ほらアンタたちも!」
アカリさんの尻尾に巻かれて、一気に街から離れていく。
そして山間の集落まで戻ってくると、みんなホっとした様子で座り込んでしまった。
「よかった・・・人間としてここに戻って来られた。もうハンターに狙われる心配はないんだ。」
「私たちやっぱり動物の方がいい。ままこの山で暮らしたいわ。そうすれば警察に捕まらずにすむし。」
人間と動物、それぞれがお互いの立場を経験したことで、少し距離が縮まってくれたら嬉しい。
けどそれは理想論で、また喧嘩を始めてしまった。
「みんな、もう二度と動物どもが入って来ないように、高い柵で集落を囲もう。」
「ねえみんな、これ以上山を削られたら住処を失うわ。ここで人間どもをやっつけちゃいましょ。」
ぜんぜん距離が縮まっていなかった。
それどころか以前より仲が悪くなっている気がする。
このままじゃまた暴動が起きかねない。
どうしたもんかと悩んでいると、モンブランが「ねえ」と狼男たちに言った。
「あの薬のせいでみんなが迷惑したわ。あなた達にはその責任があるはず!」
ビシっと尻尾を突きつけると、狼男たちは狼狽えた。
「お、俺たちはただ頼まれただけで・・・・、」
「そうそう。依頼してきたのはカマクラ家具だ。」
「また言い訳するの?」
「言い訳のつもりはないが・・・・、」
「全部俺たちに押し付けられても困るぜ。なあ相棒?」
「ああ。悪いのはカマクラ家具の瀞川と安志だ。」
「俺たちはただの使いっぱしり。主犯は奴らだぜ。」
たしかにその通りだが、モンブランは納得しない。
キっと目を釣り上げたかと思うと、急に微笑んだ。
「もし責任を取ってくれるなら、ちょっとだけあなた達のこと見直してあげるわ。」
「え?」
「マジで?」
「この集落の人たちと動物、これ以上喧嘩したりしないように、二人で守ってあげてよ。」
「守るって・・・・、」
「ずっとここにいろっていうのか?」
「だってこのままじゃまた揉めるし。」
「しかし・・・なあ?」
「俺たちは風来坊の流れモンだ。こんな辺鄙なとこにずっといられるかってんだ。」
「あっそ。じゃあ稲荷の長にチクっちゃお。」
「なに!?」
「ちょっと待てよ!そんなのに出て来られちゃいくら俺らでも・・・・、」
「やられちゃうわよね?それが嫌なら責任取ってよ。」
「うう・・・・ぐむう!」
「お、俺はイヤだぜ!ずっとこんな場所になんか・・・・、」
「たまにはデートしてあげるわ。」
「え?」
「お?」
「退屈したら私の家まで来たらいいじゃない。気が向いたらデートしてあげるから。」
「お、おお・・・・、」
「ほんとか!」
「その代わりこの山の人間と動物たちを守ってあげて。霊獣のあなた達ならそれができるはず。だってお互いの気持ちを知ってるんだもん。」
ヒッキー君とロッキー君は顔を見合わせ、少しの間悩んでいた。
するとアカリさんも「私からもお願い」と言った。
「アンタたち強いからさ、きっとこの山を守ってくれると思うのよね。」
「まあ強いことは認める。」
「ちなみに俺は頭脳派だ。」
「この国では狼は神様として崇められていたのよ。狼は大神って意味から来てるくらいだからね。」
「ほう、俺たちが神とはな。」
「でも堅苦しいなあ。俺らそういうのはイヤなんだけどなあ。」
「けどいつまでも放浪ってのもどうかと思うわよ。ここらで一つ腰を落ち着けてみたら?」
そう言って奥にあるツムギ君の神社を見つめた。
「神社は複数の神を祭ることが出来る。もしあんた達にその気があるなら、私からこの国の神々に掛け合ってあげるわ。
流れ者の狼男二人を、この神社で祭ってあげてくれないかって。そうすればあんた達は本物の神様になる。
そしてこの集落の人たちや動物を守る存在になるのよ。ツムギ君と一緒にね。」
「あの弱っちい稲荷とか?」
「それは気が進まないっていうか。」
「だからこそ手を貸してあげてほしいのよ。ツムギ君は戦いは弱いけど、根は真面目で優しいんだから。
あなた達が力を貸してくれたら、きっと良い関係になれると思う。その時、放浪してるだけじゃ見えなかった新しい世界が見えるかもよ。」
ニコっと微笑みを飛ばすと、二人は険しい顔で悩んだ。
「まあ・・・・神様っていうのは悪くない気もするな。」
「今までに経験したことのないことだからな。興味がないわけじゃない。」
悩む二人にモンブランがトドメを刺しに行く。
「わあ!それいいじゃない!神様とデート出来るんなら私もすっごく嬉しいわ。」
「ほんとか!」
「マジで?」
「初詣はここに来てあげるわ。それで新年一発目からデートしましょ!」
「お・・・・おおお!」
「やる!俺たちここで神様やる!」
なんて単純なんだ・・・・。こいつらが神様で大丈夫なんだろうか?
喜ぶ狼男たち。モンブランとアカリさんはニヤリとほくそえんでいた。
《恐ろしい女たちだ・・・・。》
上手く乗せられてるだけとも知らず、狼男たちはやる気になっている。
「よし!この山は俺たちで守るぞ。」
「だな。ここは任せてアンタらは帰っていいぞ。あ、でもモンブランちゃんはまた会いに来てね。」
げんきんな奴らだ。
でも彼等がこの山を守ってくれるなら安心だ。
ロッキー君はともかくヒッキー君は強いから。
俺たちもずっとここにはいられないし、お言葉に甘えて帰ることにした。
「それじゃみんな、仲良く暮らせよ。」
手を振って集落をあとにする。
そしてアカリさんの神社まで向かい、ワープして俺の街まで戻ってきた。
空は明るくなり始めていて、どこからか雲が流れてくる。
「今日は雨らしいわよ。」
アカリさんが言う。
「天気が崩れる前に病院に行きましょ。あそこのお医者さんもきっとこれを欲しがってるはずだし。」
そう言って解毒剤を振る。
そして空が完全に明るくなる頃、病院にいた人間たちも無事に動物へと戻った。
「でかしたぞ!これで家に帰れる。」
ずっと泊まり込みで面倒を見てくれたアナグマ医師には感謝しかない。
人間に変わっていた動物たちも、どこかホっとした様子だった。
でも彼らは人間に捨てられた動物たちだ。
その恨みや怒りまでは解毒剤で消せない。
「ねえ悠一、せっかく人間に戻ったんだから、困ってる動物たちの為にひと肌脱ぎましょうよ。」
モンブランに言われ、「そうだな」と頷いた。
「俺たちで引き取り手を探してみるか。全部は無理かもしれないけど、何もしないで諦めるよりマシだ。」
すでに大人になった犬や猫の引き取り手を探すのは並大抵じゃない。
けどチェリー君はこう言っていた。
やる前から決めつめるのは嫌いだって。
その信念のもと、彼は狼男に勝ったのだ。
アカリさんの協力があったとはいえ、普通の奴ならあそこまで戦えないだろう。
だったら俺も見習わないといけない。
「じゃあみんなでこの動物たちの里親を探すか。でも暴動の後だからちょっと休みたいし、もう一晩だけ預かってもらおう。」
そう言うとアナグマ医師は「家に帰れると思ったのに・・・」と落ち込んでいた。
「すいません、あと一日だけ。」
「・・・・いいさ。家に帰っても録画したドラマを見ることくらいしかやることないしな。」
「それは・・・・なんとも言えないですね。」
「笑いたきゃ笑え。」
「そんな・・・。あ、それよりもちょっと聞いてほしいことがあるんですよ。どうしてか分からないけど、もう一つの心臓を吐き出しちゃったんです。」
「なに?吐き出すってどういうことだ?」
「俺にも分かりません。いきなり気分が悪くなって、オエ!って感じで。」
「ふうむ・・・・詳しく検査してみないとなんとも言えんな。で、吐き出した心臓は?」
「妙な男に持って行かれちゃいました。」
「なんだそりゃ?」
「この前も病院の前にいたんですよ。けっこう男前なんだけど、どうも普通の人間っぽくないっていうか。」
「まさか霊獣か?」
「分かりません。でも普通の人間じゃないことは確かだと思います。」
「吐き出した心臓を持ち去るなんて・・・相当な変わり者だな。まあとにかくこれでアンタの心臓は一つに戻ったわけだ。発作の心配はもうないだろう、安心したまえ。」
ポンポンと肩を叩き、「今晩も泊まり込みかあ」とあくびをしながら奥の部屋へ消えていった。
アカリさんが「待って」と追いかけていく。
きっと子供さんの体調を尋ねているんだろう。
早く退院して一緒に帰りたいだろうから。
「じゃあ俺たちも帰るか。」
「だな。」
頷くマサカリ。「みんな元に戻ったお祝いに犬缶パーティーやろうぜ!」なんて浮かれていた。
「ダメよ、今夜はモンパチでお祝いよ。もしくはコルカン。」
「いいや、ここはミミズ鍋にしよう。」
「私はバナナの刺身がいいわ。」
「元々刺身みたいなもんだろ・・・・。」
とにかくこれで一件落着・・・ってわけでもないけど、とりあえず今日は家に帰ってゆっくりしたい。
こうして人間に戻れたんだし、慣れ親しんだ自分のアパートでぐっすり眠りたかった。
そう思ってアパートまで帰って来ると先客がいた。
「あら、おかえり。」
ウズメさんと源ちゃんがお茶をすすっていた。
「ごめん、勝手に頂いちゃってるけど。」
「ぜんぜん構いませんよ。」
「さっきアカリちゃんから連絡があってね。暴動は無事に治まって、しかも解毒剤まで手に入ったって。」
そう言って「なんか人間の有川君を見るのは久しぶりな気がするわ」と笑った。
「俺もですよ。長いこと子犬のままだった気分です。」
「まあまあ、立ち話もなんだから座って座って。」
ポンと座布団を敷いて、トポトポとお茶を淹れてくれる。
「おうコラ悠一!俺たちの飯が先だぜ!」
「はいはい。」
「私テレビが見たいわ。注目してる若手俳優が主演のやつやってるのよ。」
「たしか10チャンだよな。」
「俺はちょっと出かけてくる。ミミズの良い穴場があるんだ。」
「さっきまで戦ってたのに・・・・大人しく休んどけよ。」
「いんや、このアパートの植え込みだから平気だ。窓開けてくれ。」
「仕方ないな、ほれ。」
「私やっぱりバズーカが撃ちたくなってきたわ。買ってきていい?」
「売ってないし金もないだろ。」
人間の時でも動物の時でもにぎやかな奴らだ。
ていうか今はこいつらに構ってる場合じゃない。
「ウズメさんの方はどうだったんですか?収穫はありましたか?」
そう尋ねるとプクっと頬を膨らませた。
「かなり頭に来てるのよ。」
「どうして?派閥の違うお稲荷さんに腹立つことでも言われたんですか?」
「それならまだいい方かも。神道系の稲荷の偉いさんたちに会いに行ったんだけど、通してもらえなかったのよ。」
「通してもらえないって・・・じゃあ会うことすらできなかったんですか?」
「そ。」
「どうしてまた?」
「お前はダキニの代理でしかないだろってさ。」
「うわ、それ腹立ちますね。」
「長いことダキニ様が長をやってたからね。私はただの穴埋めだと思われてるみたい。まあ実際そうなんだけど。」
「そんなことないですよ!ウズメさん以外に稲荷の長が務まるお稲荷さんなんていません。」
「そう言ってくれて嬉しいんだけど、事実といえば事実なのよね。ダキニ様は元々が有名な妖怪だもの。そのあと稲荷になって、長い間頂点に君臨していたわ。
とうぜん神道系の稲荷たちも一目置いてる。でも私は名もない代打だもん。」
「そんな・・・・。俺はダキニなんかよりウズメさんの方がよっぽど長に相応しいと思います。あんな身勝手な奴なんかより・・・・。」
「身勝手だけどカリスマ性のある御方よ。それに上手くみんなをまとめてたし。どんなクセ者でもダキニ様の言うことなら聞いてたわ。
けど私の場合はそうはいかない。なんでアイツがって陰口も叩かれてるし、ずっとウズメが長なら神道系に移ろうかなんて言ってる子もいるし。」
「そんなの酷いですよ!だってウズメさん、こんなに頑張ってるのに。」
「残念だけど、私にはみんなをまとめられるだけの力はないわ。ツムギ君だってそう言ってたんじゃない?」
「ええっと・・・・そんなことは決して言ってませんでした、はい。」
「いいのよ気を遣わなくても。」
クスっと笑い、すぐに肩を落とす。
「そんなに落ち込まないで下さい!だって俺は尊敬してるし、それにたくさんお世話になってるし・・・・。
俺は大好きですよ、ウズメさんのこと。いや、もちろん変な意味じゃなくて。」
「ありがと。」
また微笑むけど、その目はどこか悲しい。
「でも私が落ち込んでるのは自分のことだけじゃないのよ。」
「違うんですか?じゃあなんで・・・・、」
「向こうのお偉いさんたちに会えないってことは、カグラのやってることをやめさせてることが出来ないってことよ。
このままじゃどんどん薬がバラ撒かれて、あちこちで今日みたいな暴動が起きるわ。それを止められないことが悔しいの。
もちろんこのまま見過ごすつもりなんてないけど。」
「まさかカグラに人脈があるんですか?奴らを止められるほどの強い人脈が。」
「ん〜ん、ないわそんなの。」
あっけらかんと言う。
「じゃあどうやって?」と尋ねると、「力づくで止めに行く」と立ち上がった。
「そんな物騒な・・・・。」
「じゃあこのまま放っておいていいの?また暴動が起きたり副作用で苦しむ人や動物が出てくるかもしれないのよ。」
「だからって力づくっていうのはよくないですよ。稲荷同士の争いになったりしたら大変です。」
そう言うとウズメさんはムっとした。
「私じゃ力不足だって言いたいの?」
「そうじゃありません。ウズメさんが心配だから言ってるんです。」
「気持ちは嬉しいけど、君に心配されるほど落ちぶれてないわ。何かあっても自分で責任を取る。君やアカリちゃんに迷惑は掛けないから安心して。」
「だからそういうことじゃなくて・・・・、」
ウズメさんにだってプライドがあるから、大人しく引き下がれないのは分かる。
普段なら止めたりしないけど、今回ばかりは嫌な予感がするのだ。
「やめときな。」
窓の向こうから声がする。
誰かと思ったらチェリー君だった。
ハクビシンの姿に戻っていて、スルスルっと中に入ってくる。
「おお、おかえり!」
「お前ら無事に帰れたんだな。」
「そっちこそ大丈夫だったのか?たくさんパトカーが来てたみたいだけど・・・・、」
「あんなもんどうってことねえ。ツムギのあんちゃんも無事に帰ってったぜ。」
「ならよかった。でもあれだけの大混乱だったんだ。何事もなく終わりってわけにはいかないだろうな。」
「さあねえ、事後のことは俺に聞かれても。」
ボンと煙が上がり、リーゼント頭の人間に化ける。
「まあそれはともかく、単身でカグラに乗り込むのは俺も賛成しねえな。」
「なによ、チェリー君まで私じゃ力不足だって言いたいの?」
「ウズメさんの姐さんが強いのは知ってるけど、さすがに相手が相手だろ。」
「そんなの分かってるわ。だからって何もしないで見過ごすなんて出来ない。下手をしたら稲荷の世界からおわれるかもしれないけど覚悟の上よ。」
「姐さんらしくねえな。いつもはもっと冷静なのに。なにかあったのか?」
「別に・・・・大したことじゃないわ。」
たしかにいつものウズメさんらしくない。
よっぽどのことがないと、ここまで熱くなったりしないはずなのに。
「ウズメさん、なにか隠してませんか?」
「隠すってなにを?」
「だっていつものウズメさんらしくありませんよ。すごく焦ってるように見えます。」
「私だってたまにはこういう時もあるわよ。」
「でも・・・・・、」
「あんまり他人のこと詮索してると嫌われるわよ?」
普段見せないようなちょっと怖い顔で睨んでくる。
これは絶対に何かある。
でもいくら尋ねたところで答えてくれないだろう・・・・・と思っていたんだけど、代わりに源ちゃんが答えてくれた。
「ダキニが帰って来るかもしれんのですよ。」
「え?帰って来るって・・・・あいつは地獄に幽閉されてるんだろ?」
「今はね。だがもうじき出てくるはずだ。信頼できる筋からの情報です。」
「そんな!だってかなり悪いことしてたんだぞ、なのにどうして・・・・、」
「それがダキニという女です。奴を甘く見るとどうなるか、有川さんならご存知じゃありませんか?」
《ダキニ・・・またあいつが戻ってくるのか。》
想像しただけでも寒気がする・・・・・。
それはきっと俺だけじゃないはずだ。
ウズメさんだってきっと・・・・、
《だからこんなに焦ってるのか。》
ダキニが戻って来るということは、ウズメさんは長の座を明け渡さなくてはいけない。
でもそうなるとカグラを止めるのは難しくなる。
「ウズメさん、もしダキニが戻ってきたら・・・・、」
「君が気にすることじゃないわ。」
「でもあいつが絡んできたらもっと大変なことになりますよ!それこそ手のつけられない事態にかるかもしれ・・・・、」
「言ったでしょ、君が気にすることじゃないの。」
怒っている・・・・。
静かだけど苛立ちと焦りを感じる声だった。
「悠一君。」
「は・・・はい。」
「この件のことはもう忘れなさい。」
「ええ!忘れろってどういう・・・・、」
「君は無事に人間に戻った。そしてマサカリたちも。あとのことは君が関わることじゃないわ。」
そう言い残し、部屋を出て行ってしまった。
「あ、ウズメさん・・・・、」
追いかけようとすると、「まあまあ」と源ちゃんに止められた。
「ウズメさんの気持ちも汲んであげて下さい。」
「なんだよ、分かったようなこと言って。」
「彼女は不安なんでしょう、自分の仲間が危険に巻き込まれるのが。」
「危険なんて今までにもいっぱいあったよ。今日の暴動だって・・・・、」
「ダキニと比べても?」
「え?」
「奴と比べても危険といえるほどのことですかな?」
「それは・・・・・、」
「一昨年の夏、あなたはダキニに命を狙われている。周りの者たちも危険な目に遭ったはずだ。」
「そうだよ・・・・アイツはとんでもない奴なんだ。稲荷の長のクセにワガママで自分勝手で。まさに独裁者って感じだったよ。」
「あのたまきさんでさえ不覚を取りそうになったほどの相手です。そんな奴と関わればどうなるか?次は命の保証はないでしょうな。」
言われなくても分かってるよ!と返したかったけど、言葉に出来なかった。
そう、アイツと関わるってことは、また危険だらけの日々に晒されるってことだ。
もしそうなったらって思うと、胸の奥に岩を置かれたみたいに重たい気分になった。
「ウズメさんはあなたを危険な目に遭わせたくないんですよ。いや、あなただけじゃない。こがねの湯の仲間たちも。
もしまたダキニが悪さを始めたら、命懸けで止める覚悟でいるんです。」
「そんな!いくらウズメさんでも一人じゃ勝てっこないよ!」
「百も承知でしょうな。しかし有川さんがこの件に関わり続ければ、ダキニが戻ってきた時にどうなるか分からない。
人が動物に、動物が人に変わる薬。あの女がこんなオモチャを放っておくわけがありませんからな。
あなたが望もうと望むまいと、奴と揉めることになるでしょう。もしそうなった時、残念ながらウズメさんに仲間を守りきれる力はない。だから冷たくあしらったんですよ。」
「俺の身を案じてってこと・・・・?」
「ええ。」
「ウズメさん・・・・。」
なんて言っていいのか分からなくなる。
だっていつもお世話になりっぱなしで、今回だってまた守られている。
《このまま放っておいたらウズメさんだって無事じゃすまないはずだ。でも俺には稲荷のトラブルを止める力なんてない。
どうしたら・・・・どうしたらいいんだ!?》
悶々と悩んでいると、「そういえば・・・」と源ちゃんが呟いた。
「今日有川さんを尋ねて来られた方がいましてな。」
「ほんとに?もしかして依頼かな?」
「そのようでしたな。頼みたい仕事があるとかなんとか。」
「おお!人間に戻ってすぐに仕事の話とは嬉しいな。」
「夜にまた来ると言っていましたが。」
「で、どんな人?」
「女性です。綺麗な方でしたな。フリーのカメラマンだそうです。名前はたしか・・・・、」
「たしか・・・?」
「忘れました。」
「おいおい、源ちゃん刑事だろ。しっかりしてくれよ。」
「ちょっとばかりこれをやっていたもので。」
ポケットからマタタビ取り出し、匂いを嗅いでウットリしている。
「今晩来るでしょうから、名前はその時にでも聞いて下さい。」
「源ちゃんもけっこう適当なとこがあるな・・・・。」
「気張ってばかりじゃすぐに疲れてしまいますからな。適当なところで手を抜くのも仕事のコツです。」
そう言って「では私はこれで」と立ち上がった。
「ありがとな源ちゃん、いろいろ助けてくれて。」
「たまきさんのお弟子さんとあれば、助力しないわけには参りません。なにかあったらいつでも警察署を尋ねてきて下さい。」
「気が進まないけど・・・。でもありがとう。」
「ああ、あとこれをお返ししておきます。」
ポケットからマタタビを取り出し、「間違えた」と言って別の物を取り出した。
「スマホ?」
「有川さんのです。」
「おお、すっかり忘れてた。なにか連絡とか入ってた?」
「いやいや、中は見ておりません。」
「ほんとに?。」
「有川さんが犯罪者なら洗いざらい見たでしょうな。」
可笑しそうに言いながら「どうぞ」と渡してくる。
「ではこれにて失礼。」
ペコリと会釈してから去って行く。
俺は外まで見送り、「ありがとな!」と手を振った。
「お気遣いなく。お金さえ返して頂ければ礼はいりません。」
「あ・・・・、」
そういえばすっかり忘れていた。
マサカリたちが一万円借りているんだった。
「利子は・・・・付けなくてもいいよな?」
去りゆく源ちゃんに呟く。
そしてこの日の夜、一人の来客があった。
コンコンとノックされたので、「はいただいま」と愛想よく返事をした。
《源ちゃんの言ってた依頼者かもしれないからな。ここは営業スマイルだ。》
「有川動物探偵事務所にご用でしょうか?」
満面の笑みで出迎える。
するとそこにはスレンダーな美人が立っていた。
首からはカメラをぶら下げ、「依頼をお願いしたいのですが」と言った。
《ビンゴ!》
営業スマイルのまま「中へどうぞ」と手を向けようとした。
しかし・・・・、
《なんだろう?この人どっかで見たことが・・・・。》
記憶の中にぼんやりと浮かぶ。
あれは・・・・そうだ!一昨年の夏、ダキニと揉めた時のことだ。
俺はこの人と会ったことがある。たしか名前は・・・・・、
「フリーのカメラマンをやっております、御神祐希と申します。」
「ああ、そうだった!たしか翔子さんの知り合いの。」
「あら、覚えていて下さったんですね。」
「もちろんですよ。あの時のことは今でも忘れません。」
「大変な事件でしたわね。翔子ちゃんもさらわれたりして。」
「ええ、ほんとにもう・・・・。」
「まあそれはともかく、依頼をお願いしたんですが・・・・引き受けて下さいますか?」
「動物に関することならなんでも。」
「じゃあ是非お願いします、ツチノコの写真を。」
「つ、ツチノコ・・・・?」
「前に会った時ツチノコが一緒にいたでしょう?アレを撮らせて頂きたいの。」
そう言ってニコリとカメラを向ける。
「ええっと・・・・残念ながら今はいません。」
「あらそうなの?じゃあ・・・どうしよっかな。」
眉間に皺を寄せながら悩んでいる。
そして・・・・、
「ならチュパカブラでもいいわ!」
「はい?」
「ツチノコを飼ってるくらいだから、チュパカブラだって見つけられるでしょ?お願いだから写真を撮ってきてほしいの。なんならこのカメラを貸すから。」
プロ仕様のゴツいカメラを「どうぞ」と押し付けてくる。
《この人、俺を矢追純一か何かと勘違いしてるんじゃないか?》
人間に戻って一発目の仕事がこれとは・・・・しょうじきガッカリだ。
「なんなら宇宙人でもネッシーでもいいわ。とにかくオカルトチックなものならなんでもいいから。引き受けて下さるわよね?」
疑問形で尋ねてくるけど、ぜったいに引き受けろってプレッシャーがハンパない。
これが赤の他人なら断っただろう。
でもこの人は翔子さんの知り合いだ。無碍にするのは胸が痛む。
俺は少し悩んだあと、カメラを受け取ってこう答えた。
「お稲荷さんでいいなら。」

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十九話 念願の解毒剤(1)

  • 2018.11.24 Saturday
  • 11:08

JUGEMテーマ:自作小説

霊獣同士の戦いは激しい。
狼男を倒す為、アカリさんとチェリー君は共闘していた。
といっても狼男と戦っているのはアカリさんだけだ。
チェリー君は擬態で姿を隠し、奇襲を仕掛けるつもりでいる。
それを成功させるにはアカリさんの奮闘が必要不可欠だ。
どうにかして狼男に隙を作らないと奇襲は成功しないだろう。
でもそれはとても難しいことだった。
なぜなら狼男は強いから。
アカリさんは本気で戦っているけど、ずっと押されっぱなしだ。
牙も爪も通用せず、自慢の尻尾はその一つが食い千切られていた。
殴られ、蹴られ、投げられて、もはやボロボロの満身創痍位である。
「はあ・・・はあ・・・ったく・・・・たかが狼男の分際で・・・。」
辛そうに顔を歪める。
これ以上やられたら立っていることすら出来ないだろう。
狼男はほそくえみ、ボキボキと拳を鳴らした。
「世界中を旅して色んな霊獣と喧嘩してきた。その中にはお前より強い奴もたくさんいたが、全部ぶっ倒してきた。もう諦めるんだな。」
「ふざけんな!大事な子供をあんなに目に遭わされて降参なんか出来るか!!」
残された力を振り絞り、狼男に飛びかかる。
しかし無駄だった。
渾身の尻尾の一撃もあっさりとかわされ、逆に噛み付かれてしまう。
「ああッ・・・・、」
「もう一本食い千切ってやろう。」
鋭い牙を突きたて、嫌な音を立てながら引き裂いていく。
アカリさんはグっと歯を食いしばり、ひたすら痛みに耐えていた。
そして残った尻尾を叩きつける。
狼男はその尻尾まで掴み、牙を突き立てた。
「あああ!」
「ひょへんほはへへははへん!」
口いっぱいに尻尾を咥えているから何を言っているのか分からない。
もし全ての尻尾を失ってしまったら、それこそ戦い様がなくなってしまう。
絶体絶命のピンチ!・・・・のはずなのに、なぜかアカリさんは笑っていた。
「いくら強くてもしょせんは狼男ね。」
「はんはほ?」
「オツムが弱いって言ってんのよ!」
「へはほうひ。はっはらほへほはほひへひほ!」
偉そうに、だったら俺を倒してみろ!・・・と言ったんだろう、多分。
すると次の瞬間、狼男の背後にチェリー君が現れた。
上手く死角を取ったようだ。
そして「くたばれやあ!」と狼男の尻尾に噛み付いた。
「ひぎゃ!」
「どうだ?いくら強くてもここは効くだろ。」
「ひ、ひはまあ・・・・、」
狼男はチェリー君を捕まえようとする。
しかし擬態で姿を消してしまった。
「ひへへほふはは!ほへひはほへはあふははな!」
逃げても無駄だ!俺にかこれがあるからな!・・・・と言ったはずだ、おそらく。
アカリさんの尻尾を離し、遠吠えをしようとする・・・・が、上手くいかなかった。
なぜならアカリさんの方から口の中に尻尾を突っ込んだからだ。
「ほら、私の尻尾を食い千切るんでしょ?さっさとやりなさいよ。」
「ムググ・・・・、」
これでは遠吠えが出来ない。
その隙にまたチェリー君が奇襲を仕掛ける。
「今度はここだぜ!」
思いっきり股間を蹴り上げる。
狼男は「ひゃあ!」と悶絶した。
「ひはは!ゆふはん!」
「許さねえってか?だったら捕まえてみろや。」
また消える。
しかし尻尾で口を塞がれている以上、遠吠えは出来ない。
「ふはへふは!まぶはほはへほひっほをふいひひってはふ!」
どうやら先に尻尾を食い千切るつもりらしい。
しかしその前にチェリー君が奇襲を仕掛ける。
今度は目を狙った。
鋭い爪が狼男の瞼を切り裂く。
「むおッ・・・・、」
「へへ!鬼さんこちらってな。」
瞼を傷つけられたせいで視界を奪われたようだ。
赤い血が垂れて目を覆っている。
チェリー君は「ついでにこっちも頂くぜ!」と、狼男の耳に何かを詰め込んだ。
そして・・・・、
「むぐあああああッ・・・・、」
何かが炸裂した。
パン!と弾けて火花が飛ぶ。
「耳ん中で銃弾が弾けたらさすがに効くだろ?」
「むう・・・ひひは・・・ひほへはい・・・、」
「耳が聴こえないってか?じゃあ次はここも潰してやるぜ!」
そう言って何かを握り締めて鼻にぶつけた。
「ぐおおおお・・・、」
「どうだよ大将?」
「ぶ・・・ぶええええくっしょおおお!」
「唐辛子入りの胡椒だ、効くだろ?」
何度も大きなくしゃみをする。
そのせいでアカリさんの尻尾を吐き出してしまった。
このままじゃまた遠吠えを放つだろう。
そう思ったんだけど、狼男は遠吠えをしなかった。
それどころか顔を押さえて悶え苦しんでいる。
チェリー君は勝ち誇ったようにニヤリとした。
「狼男は他の霊獣より感覚が鋭いんだろ?てことは目や耳や鼻が弱点ってわけだ。痛くて痛くて堪んねえだろ。」
「ぐう・・・・お前え・・・・最初から感覚器官を狙うつもりだったのか!」
「だってアンタ頑丈なんだもんよ。まともにやってもダメージが通らねえ。だったらこういう嫌がらせでもしねえと勝負になんねえだろ。なあアカリの姐さん?」
そう言って顎をしゃくると、アカリさんが唸った。
「よくも大事な尻尾を噛み千切ってくれたわね。ツケは高く付くわよ!!」
狼男に尻尾をからませ、扇風機みたに振り回す。
「やめろ!目が回る・・・・、」
「喧嘩の最中にやめろって言われてやめる馬鹿なんかいないっての!」
狼男を振り回したまま、近くのビルを駆け上がっていく。
一瞬で屋上まで登り、「覚悟はいいわね」と言った。
狼男の耳には届いていないだろうけど。
アカリさんは10階建てのビルから高く飛び上がり、地面に向かって急降下していく。
そして思いっきりアスファルトに叩きつけた。
まるで爆発のような轟音が響き、ちょっとだけ地面が揺れる。
アスファルトはバキバキにひび割れ、もうもうと土煙が上がった。
風が吹き、煙が晴れていくと、そこには地面に突き刺さった狼男が。
頭からプッスリと刺さっていて、ピクピクと痙攣している。
チェリー君が「よっしゃあ!」とガッツポーズをした。
「アカリの姐さん、良いバックドロップだったぜ。」
さっきのあれ、バックドロップだったのか。
速くてよく見えなかったけど。
アカリさんは狼男を引っこ抜き、尻尾で胸ぐらを掴んだ。
「どう?まだ続ける?」
「・・・・・・・・・。」
「聞こえてないか。」
狼男は完全に失神している。
この勝負、アカリさんとチェリー君の勝ちだ。
狼男は大の字に倒れ、口を開けたまま天を仰いでいる。
婚約者が負けてしまったのだ。
これでモンブランも大人しくなるだろうと思ったんだけど、そんなタマじゃなかった。
「野郎!ぶっ殺してやる!!」
コマンドーのベネットばりに叫びながら銃を振り回している。
どうやら弾が尽きたようだ。
それでも戦おうとするその気迫には感服する。
マサカリたちも「かかって来いやあ!」と銃を振り回して応戦した。
お互いに弾切れなのによくやる。
ていうか婚約者が負けたことはどうでもいいのか?
まあとにかく、狼男がやられたことで暴動の鎮圧は時間の問題だろう。
警察は次々に暴徒を捕まえていく。
応援のパトカーも到着して、数分後には全ての暴徒が捕らえられていた。
これでひとまず安心だ。
でもまだ問題は残っている。
ハンターたちが動物を狙っているのだ。
ツムギ君が必死に止めようとしているけど、遂に警察に取り押さえられた。
「コラ!僕を誰だと思ってる!」
誰もお稲荷さんだとは気づかないだろう。
引っ張られていくツムギ君。
ハンターたちは動物に銃を向けた。
「このままじゃ撃たれる!」
俺は急いで駆け出した。
しかし「待って下さい!」と誰かが止めに入った。
「マシロー君!」
そういえばこの子もチェリー君と一緒だったんだ。
「大丈夫か?怪我とかしてないか?」
「物陰に隠れていたので平気です。それよりハンターの前に行ったらダメですよ。有川さんも撃たれてしまいます。」
「でもこのままじゃ・・・・、」
「ここは彼に任せましょう。」
そう言ってハンターたちを振り返ると、なんと銃が勝手に宙に浮いていた。
ハンターたちの手から離れ、一箇所に集まっていく。
「あれは・・・・、」
「チェリーさんです。擬態しながら銃を奪っているんですよ。」
次から次へと銃を奪われ、ハンターたちは慌てふためく。
宙に浮いた銃は遠くへ飛んでいく。
ハンターたちは「おい待て!」とどこかへ行ってしまった。
しかしまだ警官が残っている。
彼等も銃を持っているわけで、いつ動物が撃たれるか分からない。
「お前ら・・・・いい加減にしないと天罰が下るぞ。」
ツムギ君が静かな声で怒鳴る。
押さえつけていた警官を振りほどき、怪しく目を光らせた。
するとその眼光に当てられた警官たちは、金縛りにあったみたいに動けなくなっていた。
辺りにいた全ての警官は石みたいに固まり、微動だに出来なくなる。
《優しいなツムギ君。》
彼なら警官たちをぶっ飛ばすことくらいわけないだろうに、なるべく傷つかない方法で封じてしまった。
さすがはお稲荷さん、やる時はやる。
残った警官は暴徒の拘束で手一杯なので、もう動物たちが撃たれることはないだろう。
とにかくこれで暴動は終わった。
と思ったのだが、まだ争っている奴らがいた。
「よくもやったわね!」
「テメエこそいい加減降参しやがれ!」
モンブランたちである。
銃を振り回してチャンバラしている。
マサカリが「隙ありいいいい!」と飛びかかるが、「甘い!」とカウンターの面を打った。
「ぐはあ!」
「ふん、まだまだね。」
倒れるマサカリ、見下ろすモンブラン。
そこへチュウベエが襲いかかる。
「喰らえ!五月雨突き!!」
ライフルを槍みたいに構えて突きまくる。
モンブランは「とおりゃああ!」とそれを蹴り上げた。
チュウベエのライフルは宙を舞い、頭の上に落っこちて「無念・・・・」と撃沈された。
残るはマリナ。
動きは鈍いが力は強く、たった一撃でモンブランのガードを打ち崩す。
「これしき!」
すぐに体勢を立て直し、銃を振りかぶるモンブラン。
しかし・・・・、
「今だ!」
「やれ!」
マサカリとチュウベエがモンブランの足にしがみついた。
「ちょっと!離してよ!!」
ガンガン二人を叩きまくる。でも決して離れない。
そしてマリナの攻撃が目前に迫っていた。
「あちょー!」
「た、タンマ!」
銃を持ち上げてガードしようとする。
しかしマリナの方が一枚上手だった。
銃で殴りかかると見せかけて、思いっきり蹴り飛ばしたのだ。
ブーツの底がモンブランの顎を捉える。
「ぐげぇ・・・・、」
見事にクリーンヒット。
モンブランは変な声を出しながら宙を舞った。
大地に叩きつけられ、「く、悔しい・・・」と呟きながらノックアウトされた。
「これでイグアナが最強ということが証明されたわね。」
嬉しそうに髪をかき揚げるマリナ。
ボコボコに叩かれまくってボロボロになったマサカリとチュウベエ。
顎を蹴り飛ばされて仰向けに倒れるモンブラン。
我が家の動物たちの戦いはここに決着を見た。・・・・どうでもいい勝負だったけど。
「なんか知らんがこれで終わりだな。」
暴動は鎮圧。
街の混乱は消え去り、静けさが戻った。
しかしそれも束の間だろう。
きっと警察の応援が駆けつけてヤバいことになる。
それまでにとっとと退散しないと。
「有川さん。」
マシロー君がつついてくる。
「なんだ?」と振り向くと、「モンブランさんの周りを見て下さい」と言った。
「あいつの周りがどうかしたのか?」
「有川さんの欲しがっている物が落ちています。」
モンブランの周りを見ると、カプセル剤が散らばっていた。
黄色と緑のツートンカラー、あの薬は・・・・・、
「解毒剤!」
急いで拾いに行く。
舌で掬い取り、そのまま飲み込もうとすると、「ダメダメ」とマシロー君に止められた。
「そのまま飲んだら副作用が出てしまいます!」
「・・・・あ、そうだった。」
「それは煎じて飲まなきゃいけないんです。そこに狼男さんが倒れているから、ちょっとだけ血を拝借しましょう。」
危ないところだった。
間違った飲み方をすれば発作が出てしまうかもしれない。
マシロー君、君はほんとに頼りになる奴だ。
でも・・・・一つ疑問が浮かんだ。
「なあ?」
「なんですか?」
「どうして君が薬の正しい飲み方を知ってるんだ?」
「はい?」
「だって君はアナグマ病院にはいなかった。なのにどうして薬の正しい飲み方を知ってるんだ?」
「ど、どういうことですか・・・・?」
「俺たちはアマグマ医師から正しい飲み方を聞いたんだ。なのにあの場にいなかった君がどうして・・・・、」
「ああ、ええっと・・・・それはたまたまっていうか・・・・、」
「何を動揺してるんだよ?いつもの君らしくない。」
「と、とにかく今は薬を煎じましょう!モタモタしてたら狼男が目を覚ましてしまいます。」
「なんでそんなに焦ってるんだ?」
マシロー君は逃げるように走って行く。
アカリさんのところへ行って、「手伝って下さい」と言った。
それから数分後、近所の家から拝借した鍋とガスコンロで、狼男の血をグツグツと似た。
マシロー君はカプセル剤から中身を取り出し、沸騰する血の中に放り込んだ。
血の色がだんだんと紫に変わっていく。
なぜならカプセル剤の中身は紫色をした何かの結晶だったからだ。
「マシロー君、カプセルの中身って何で出来てるんだ?」
「ど、どうして僕に聞くんですか・・・・?」
「なんとなく。」
「僕も知りません・・・・。」
すごい冷や汗を流している。
これはぜったいに何かを隠している。
「ほら、もうすぐ飲み頃ですよ。」
長い箸で器用にかき混ぜ、「もうそろそろいいでしょう」とお椀に掬った。
「では有川さんから。」
「ありがとう。」
目の前に置かれたお椀には、ドロリとした紫色の液体が入っている。
《これを飲むのか・・・・・。》
はっきり言って気が進まない。
でも飲まなきゃ戻れないわけで、迷う余地はない。
恐る恐る口を近づけ、ペロリと舐めた。
《うわ!鉄臭い・・・・・、》
口の中いっぱいに嫌な味が広がる。
マシロー君が「我慢して飲み干して下さい」と言った。
「分かってる」と頷き、ペチャペチャ舐める。
そしてお椀を空っぽにした瞬間、身体の中から稲妻が炸裂するような衝動がこみ上げた。
《この感覚は動物に変わった時にそっくりだ・・・・。》
鋭い衝動が全身を駆け巡り、ボワっと白い煙が上がった。
「・・・・・・・。」
煙が晴れた後、地面に着いていた前足が人間の手に戻っていた。
足も胴体も、そして・・・・、
「マシロー君、俺の顔・・・・人間?」
「ええ、良い意味で優しそう、悪い意味でちょっと頼りなさそうな顔をした人間です。」
自分で自分の顔を触る。
するとアカリさんも「元に戻ってるわ」と言った。
「良い意味で頼りなさそう、悪い意味でも頼りなさそうな顔に。」
「どっちも悪い意味じゃないですか。」
「冗談よ。」
クスっと笑い、アカリさんも人間に化ける。
「自分で見てみ。」
割れた窓ガラスの破片を拾ってきてくれる。
そこにはたしかに元の俺が映っていた。
「や・・・・やった・・・。元に戻れたあ!!」
これで動物探偵を再開できる!マイちゃんとも結婚できる!
感極まるってのはまさにこのことだ。
「喜ぶのはまだ早いわよ。他にも元に戻さないといけないのがたくさんいるんだから。」
そう、薬の被害者は俺だけじゃないのだ。
まずはモンブランたちを戻すことにしよう。
人間のままだと何をしでかすか分からないから。
幸いマリナ以外はみんな気絶している。
飲ませるなら今のうちだ。
「どうぞ。」
マシロー君がお椀を差し出してくれる。
「解毒剤はまだまだありますから。」
「でもそんなにたくさん血を抜いて大丈夫かな?」
「この狼男さんは立派な体格ですから。どうってことないでしょう。」
「そ、そうか・・・。」
「もし足りないならロッキーさんからも血を抜けばいいし。」
「じゃあどんどん煎じてくれ。俺はみんなに飲ませていくから。」
「あ、私も手伝うわ。」
アカリさんと二人で解毒剤を飲ませていく。
モンブラン、マサカリ、チュウベエは気絶している間に口の中に注ぎ込んだ。
「ゲボ、ゴホ!」と呻いていたけど、無理やり押し込んで飲ませる。
すると白い煙が上がり、元の姿に戻ってくれた。
「よかった・・・・。あとはマリナだけだ。」
あいつはモンブランほどオテンバじゃないから素直に飲んでくれるはずだ。
「マリナ!解毒剤が手に入ったぞ。」
「ほんとに?」
そう言って駆け寄ってくる。
「コラ!ライフルを捨てろ!」
「平気よ、まだ弾が入ってるんだから。」
「余計危ないじゃないか!」
「私バズーカ撃ちたかったんだけど、どこにも落ちてないのよね。」
「いくら警察でもそんなモン持ってないよ。」
「人間に戻るのはバズーカ撃ってからでもいい?」
「ダメに決まってるだろ・・・・。」
「ケチ。」
ツンと唇を尖らせながらブチブチ言っている。
そこへツムギ君がやって来て、「こら貴様!」」と怒鳴った。
「お前が絡むと毎回毎回ロクな目に遭わない!どう責任取ってくれるんだ!?」
「うん、ごめん。」
「謝って許されるか!」
めちゃくちゃになった街を見渡し、「ぜったいに上から怒られる・・・」と嘆いた。
「え?ここってツムギ君の管轄なの?」
「いや違う。違うけど・・・・奴から因縁をつけられるかもしれない。」
「ああ、エボシって奴か?」
「俺はアイツに目を付けられてるからな。今度はもっと田舎に飛ばされるかもしれない・・・・。」
すんごい落ち込んでいる。
嫌な上司を持つと気苦労が絶えないのは稲荷も同じようだ。
するとマリナが「元気出しなさいよ」と肩を叩いた。
「お稲荷さまって神様なんでしょ?だったらそんな顔してちゃダメよ。」
「うるさいな、お前なんかに何が分か・・・・、」
言いかけて固まる。
なぜなら振り向けばすぐ近くにマリナの顔があったからだ。
「悠一は悪い人じゃないけど、ちょっと頼りないところがあるのよ。今回のことは私たちへの監督不行届ってことで許してあげて。」
はっきり言おう。
モンブランも美人だったが、マリナもかなりの美人である。
片や気の強いオテンバ、片やアンニュイでおっとりした感じ。
そしてツムギ君はこういうおっとりした女に弱い。
以前にマイちゃんに一目惚れしていたからだ。
「あ、あの・・・・アンタは有川の・・・・、」
「飼いイグアナよ、マリナっていうの。」
長い髪を揺らしながらニコリと微笑む。
ツムギ君の頬が赤く染まった。
「・・・・ゴクリ。」
「こらエロギツネ。」
「だ、誰がエロギツネだ!」
「人のペットに惚れてる場合か。」
「惚れてなんかいない!誰がイグアナなんかに・・・・、」
「え?ツムギ君って私のこと好きだったの?」
キョトンとするマリナ、その表情にまた頬を赤らめるツムギ君。
「ねえ悠一、一つお願いがあるんだけど。」
「バズーカなら無理だぞ。」
「そんなのはもういいの。私、一回でいいから人間のデートをしてみたいわ。」
「で、デート・・・・?」
「だってこんな機会は二度とないじゃない。今からちょっとだけツムギ君とデートしてきていい?」
「それは・・・・彼に聞いたらどうだ?」
そう言って目を向けると、顔を真っ赤にして茹でダコみたいになっていた。どうやらOKらしい。
「だそうだ。」
「やった!じゃあ行きましょ!」
腕を組み、嬉しそうにルンルン歩いて行く。
ツムギ君は緊張のあまりお地蔵さんみたいにカチコチになっていた。
「あんまり遠くに行くなよ!」
「は〜い!」
「あと腕を組む以上はダメだからな!」
「りょ〜かい!」
マリナはギュっと腕を組み、本物の恋人のようにピタリとくっ付く。
あいつにしてみればただデートというのを体験したいだけなんだろうけど、ツムギ君はすっかりその気になっている。
キリっと表情を引き締め、「マリナさん!僕がエスコートします」と舞い上がっていた。
「ちょっと悠一君、サボってないでさっさと解毒剤を飲ませていってよ。・・・・・って、なに渋い顔してんの?」
「ああアカリさん。ちょっと感傷に浸ってたんです。」
「感傷?」
「知らない間に娘が育つって、こんな気持ちなのかなあって。」
「はあ?」
「俺もいつか本物の娘ができたら、いま以上に切ない気持ちになるのかなって。」
「あの薬、頭にも副作用が出るの?」
アカリさんは手を当てて熱を計る。
マシロー君に向かって「なんか変な副作用が出てるんだけど」と言っていた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十八話 人間と動物と霊獣(2)

  • 2018.11.23 Friday
  • 10:28

JUGEMテーマ:自作小説

混乱というのはこういうことを言うのだろう。
俺たちはアカリさんと一緒に岡山までやって来た。
そして目にしたのだ。
人間に変わった動物たちが暴れまわり、動物に変わった人間たちがハンターに狙われているのを。
警察まで出動してえらい騒ぎになっていた。
混乱極まる街の中、警察の護送車の上に立って、女王様みたいに振舞う女がいた。
モンブランだ。
その横には狼男がいて、怖い顔をしながら街を見下ろしていた。
一人の警官が護送車を取り返そうとするが、狼男に蹴っ飛ばされて「ぬああああ・・・」と吹っ飛んでいった。
「この街の女王は私よ!みんな言うことを聞きなさい!」
フワフワの毛がついた扇子で煽っている。
今にも「お〜っほっほっほ!」と笑いだしそうだ。
あちこち店が破壊されているから、あの扇子もどこかから盗んできたんだろう。
「バカ猫め!なんてことを・・・・。」
もはやトラブルなんてレベルじゃない。
これは暴動である。
マサカリたちも呆れ果てていた。
「なあ悠一、いっそのことアイツだけハンターに仕留めてもらった方がいいんじゃねえか。」
「その方が我が家も平和になるな。俺、ちょっとライフル買ってくるわ。」
「みんな、なんてひどいこと言うの!・・・・でも撃つ時は私にやらせて。」
「落ち着け。狼男がいる以上はライフルも効かない。ここはどうにかモンブランを説得してだな・・・・、」
そう言いかけたとき、アカリさんが「あそこ!」と指さした。
「見て!動物とハンターが睨み合ってる場所。ツムギ君がいるわ!」
アカリさんの指さした先にはたしかに彼がいた。
両手を広げ、警察とハンターに何かを喚いている。
「遠くて聞き取れないな。アカリさんなら聴こえますか?」
「・・・・撃つのを止めようとしているみたいね。こいつらは人間だから撃つなって。でも信じてくれないみたい。そこをどけ!って怒られてるわ。」
「まあそうなりますよね。けど彼のおかげでまだ誰も撃たれてないみたいだ。」
「それと向こうにはチェリー君もいる。こっちは暴れてる奴らを止めようとしてるみたい。警察に味方してる感じね。」
「・・・・ほんとだ。きっとアレですよ、自分が思った以上に大事になって焦ってるんですよ。」
「自分の責任だから必死なわけね。」
「だから止めとけって言ったのに。」
お互いの気持ちを知るいい経験になるとか言ってたけど、現実はそんなに甘くない。
このままだと暴れてる奴らはみんな警察に捕まってしまうだろう。
実際に何人かの暴徒が警察に拘束されていた。
しかしその瞬間、「ヒッキー!」とモンブランが叫んだ。
「あの子達を助けてあげて!」
狼男は頷き、警察隊に飛びかかる。
そして圧倒的な強さであっさりと蹴散らしてしまった。
暴徒は解放され、また暴れだす。
建物を壊し、店の商品を強奪し、逃げ惑う人に襲いかかろうとする。
「させるか!」
チェリー君が駆け出し、人々を安全な場所まで避難させた。
彼のおかげでどうにか一般人には被害が出てないようである。
モンブランは「また邪魔して!」と叫んだ。
「ちょっとチェリー君!なんで人間の味方をするのよ!」
「味方なんかしてねえ!お前らを止めようとしてるだけだ!」
「邪魔するなら容赦しないわよ!」
「へ!高い所から吠えるだけの情けない女が。」
「な、なんですってえ!!」
「狼男がいなきゃテメエなんざひと捻りなんだ。いつまでも調子に乗ってると痛い目見るぜ!」
そう言ってスウっと消えてしまう。
「また擬態ね。ヒッキー、あいつを見つけて!」
狼男は遠吠えを放つ。
一瞬だけキイインと耳が痛んだ。
しかしすぐに何も聴こえなくなり、代わりにアカリさんが苦しそうに呻いた。
「頭が・・・・、」
「大丈夫ですか!」
「平気よ・・・・。それよりあの子が・・・・、」
遠吠えの超音波でダメージを受けているのはアカリさんだけじゃない。
当然彼も・・・・、
「クソ・・・・、」
チェリー君の擬態が解けてしまう。
頭を押さえながら苦しんでいた。
「そこか。」
狼男が飛びかかる。
チェリー君は咄嗟に身を捻り、どうにか最初の一撃はかわした。
しかし二発目のキックは無理だった。
脇腹にめり込み、近くのビルに叩きつけられる。
「がはッ・・・・、」
血を吐き、それでも立ち上がる。
狼男は鋭い牙をむき出し、四つん這いになって構えた。
「マズい!」
アカリさんが駆け出していく。
一陣の風のように駆け抜けて、狼男の背後に飛びかかった。
「いつまでも好き勝手やってんじゃないわよ!」
クルっと回って尻尾を叩きつける。
しかし狼男はあっさりとそれを掴み、ジャイアントスイングのように振り回してから投げ飛ばした。
「危ねえ!」
チェリー君がアカリさんを受け止める。
「大丈夫か!」
「目が回る・・・・。」
「あんたが戻って来たってことは、ウズメの姐さんを連れて来てくれたんだな。」
「ええっと・・・・助っ人を連れて来ることは連れて来たんだけど・・・・、」
「姐さんがいりゃあんな奴はイチコロだぜ!」
そう言って「やい狼野郎!」と睨みつけた。
「テメエの悪行もここまでだ!稲荷の長からキツ〜イお仕置きが待ってるぜ!」
「稲荷の長だと・・・・。」
わずかに怯む狼男。
チェリー君は「で、どこにいるんだ?」とアカリさんに尋ねた。
「早くこいつをやっつけてもらわねえとよ。姐さんはどこだ?」
「助っ人ならあそこに・・・・、」
「おお、護送車の向こう側か。どれどれ。」
期待した目でこっちを見つめる。
俺は「やあ」と尻尾を振った。
「・・・・・・・・。」
「加勢しに来たぞ。」
「アカリの姐さん・・・・助っ人ってまさか・・・、」
「そのまさか。」
「う、ウズメの姐さんは・・・・?」
「急用で来られなくなっちゃって。」
「代わりがアイツら?」
「悪いとは思ってるわよ。」
チェリー君の耳がシュンとうなだれる。
そこまでガッカリしなくても。
狼男は俺たちを見てニヤリと笑った。
「あの子犬が稲荷の長?」
馬鹿にしたようにクスクス笑っている。
「たいそうな助っ人だな。怖くてチビりそうだ。」
「馬鹿にしやがって。」
悔しそうに歯噛みするチェリー君。
アカリさんが「四の五の言ってられないわ」と立ち上がった。
「私たちだけでなんとかするしかない。」
「なんとかって言ってもよお・・・・あの狼野郎、めっぽう強いぜ。」
「まともにやり合ったら勝てないでしょうね。」
「何か作戦でもあるのか?」
「私が正面から挑む。どうにか隙を作ってみせるから、アンタは擬態を使ってトドメ刺して。」
「なるほど、奇襲ってわけか。」
チェリー君はニヤリと頷く。
しかし狼男もニヤリと笑った。
「丸聴こえだぞ。」
そう言って立派な耳を動かした。
「だからなんだってんだ?」
「奇襲はバレてしまったら意味がない。お前たちの作戦は成功しない。」
「へ!やる前から決めつけるのは嫌いでね。」
「弱いクセに偉そうに。」
狼男はボキボキと拳を鳴らす。
そこへアカリさんが立ちはだかり、「私も賛成」と言った。
「やる前から決めつけるのはよくないわ。」
「稲荷か。ハッキリ言ってお前らは大したことがない。」
「何言ってんのよ。さっき稲荷の長が来たって聞いてビビってたクセに。」
「ダキニは別格だ。あいつには手も足も出なかった。」
「は?ダキニ様は今は長じゃないわよ。」
「なに!?」
「ちょっと事情があってね。でも今の長だってすごく強いわよ。あんたが100人いたって勝てやしないほどにね。」
「ふん!いない奴の話をされてもな。」
またボキボキと拳を鳴らし、アカリさんに近づいていく。
「戦うのはお前らだろう?だったら楽勝だ。」
それを聞いたアカリさんはニヤっとほくそえんだ。
「油断大敵って知らない?」
アカリさんの四本の尻尾がヘビのように絡まっていく
そして巨大な一本の尻尾へと変わった。
「楽勝ってんなら正面から受け止めてみろ!」
クルっと回転して思い切り叩きつける。
狼男は「受けて立つ!」と尻尾を掴もうとした。
しかしあまりの威力に受け損ねてしまう。
「ぐむ・・・・、」
「ほらもう一発!」
「舐めるなよ!」
アカリさんと狼男の力比べが始まる。
そして気がつけばチェリー君はいなくなっていた。
擬態を使っているんだろう。
狼男に隙が出来たとき、死角から飛びかかるはずだ。
「向こうはあの二人に任せるしかないな。俺たちはモンブランを説得してこんなことをやめさせるんだ!」
そう言って振り返ると誰もいなかった。
「あれ?あいつらまた勝手に消えて・・・・、」
どこ行った?と探していると、モンブランが「悠一!」と叫んだ。
「まさかみんなも来てたなんてね。」
「モンブラン、これはやり過ぎだぞ。いくらオテンバだからって許される事と許されない事がある。」
「ふん!なに言ってるのよ。人間はいつだって動物に許されないことしてるじゃない。遊びで銃を撃ったり、薬の為に実験したり。」
「ま、まあそれは・・・・、」
「捨てられたペットをたくさん殺したり、道路を作るからって住処の森を奪ったり。
ニワトリは卵を産む為だけに一生狭いゲージの中だし、お店で売られてる動物だってそう。
こんなの許せない!ぜったいに許せないわ!!」
「そうだな・・・・。お前の言う通り、人間はたくさんひどいことをしてるよ。それについては言い訳できない。」
「ほらね、それに比べたら私のやってることなんて屁でもないじゃない。」
「かもしれないな。でも・・・・どいしていきなりそこまで変わったんだ?前はそこまで人間を憎んでなかったし、街をめちゃくちゃにするほど暴れたりしなかったのに。」
「だってロッキー君が教えてくれたんだもん。世界中を旅してるとき、いろんな酷いことを目撃したって。
そもそもヒッキーだって元々は動物園にいたのよ。でもそこは酷いところでロクに餌も貰えなかったみたい。
部屋は汚いし病気になっても治してもらえない。だからたくさん仲間が死んだって言ってたわ。」
「あの狼男が・・・・。」
「けどロッキー君のおかげでどうにか逃げ出して、そのあとは引きこもりになっちゃったのよ。」
「だからヒッキーって名前なのか・・・・。」
「そうよ!人間への憎しみを忘れない為にね!」
なるほど、だんだんと読めてきた。
モンブランはとても直情的な性格をしているから、こういう話に影響されて突っ走ってしまったんだろう。
それに自分自身も人間に捨てられた身だ。
狼男に同情してしまい、そのせいで暴走したとしてもおかしくない。
なによりヒッキー君は婚約者だ。
恋に落ちると周りが見えなくなるのはいつものことで、それに加えて人間の怒りが爆発してしまったんだろう。
これはちょっとやそっとじゃ止まらない。
下手に抑えつけようとすればもっと暴走する可能性もある。
いったいどうずれば・・・・どう説得すれば怒りを鎮めてくれるのか?
いい考えが浮かばないまま悩んでいると、隣にマリナがやって来た。
「あ、お前らどこ行ってたんだ!」
「ちょっと探し物を。」
「探し物って・・・・おい、お前それって・・・・、」
マリナはライフルを構えていた。
そしてモンブラン目掛けて引き金を引く。
ズドン!と重い音が響き、マリナはズっこけた。
「きゃ!」
「おいおい・・・・大丈夫か。」
マサカリが抱き起こす。
「これすごい反動なのよ。」
「だから俺様が撃つって言っただろ、貸せ。」
またズドンと撃つ。マサカリも倒れた。
「ぐはあ!」
「あ〜あ、見てらんねえな。俺に任せろ。」
今度はチュウベエが構える。
「昔の刑事でドラマで見たんだ。こうやって撃つってな。」
そう言って片手で構えて引き金を引いた。
もちろん反動に耐えられない。
弾は明後日の方へ飛んでいき、銃口は俺の方に向いた。
「おい!危ないだろ!」
「悪い悪い、でもおかしいな。ドラマじゃこうやって撃ってたのに。」
「あ、分かったわ!きっとこう撃つのよ。」
マリナが銃を奪い、しっかりと両手で構える。
銃の後ろの部分を肩に当て、足をしっかりと踏ん張った。
そしてズドン!
モンブランの立っている護送車の窓を撃ち抜いた。
「見て見て!ちゃんと撃てたわ!」
「おお、やるじゃねえか。」
「次は俺な!」
みんなで銃を奪い合っている。
銃口がまた俺の方を向いて、「だから危ないって!」と逃げた。
「お前らいい加減にしろ!ていうかなんでそんなモン持ってんだ!?」
「そこに落ちてたの。」
マリナが指さした先にはハンターが倒れていた。
きっと狼男にノックアウトされたんだろう。
その隣には警官も倒れていて、チュウベエが「じゃあ俺は拳銃でいいや」と抜き取った。
「やめろって!怒られるぞ!」
「そん時はこれで撃つのさ。ズドンってな。」
「刑務所行きになるぞ・・・・。」
コイツらはコイツらで無茶苦茶だ。
マサカリが「あ、こっちにも落ちてるぜ」と散弾銃を拾っていた。
みんな銃を構えてモンブランを狙う。護送車が穴だらけになった。
「ちょ、ちょっとアンタたち!私を殺す気!?」
モンブランは慌てて護送車の後ろに隠れる。
「私たち家族でしょ!銃で撃つなんてヒドイじゃない!」
「だって面白れえんだもんよ、コレ。」
「う〜ん、クセになるこの快感!」
「ねえ、もっと大きな銃ないの?私バズーカとか撃ってみたいわ。」
《あるわけないだろ!》
バンバン撃ちまくっては新しいのを拾ってくる。
モンブランも大概だけど、コイツらもぜんぜん負けていない。
「次は拳銃撃たせてくれよ。」
「いいぞ、俺のと交換だ。」
「ねえ、バズーカないの?」
コイツらの勢いはとどまるところを知らない。
バンバンバンバン撃ちまくっていると、とうとうモンブランがキレた。
「ぐうう〜・・・・あんた達!もう許さない!!」
なんとモンブランも銃を拾ってきた。
片手にライフル、片手に散弾銃、腰には拳銃を差し、「ハチの巣にしてやる!」と撃ちまくった。
反動ですっ転んでいたけど。
それでも立ち上がって撃つ、撃ちまくる。
そのうちコツを掴んだのか、片手でも平気でも撃てるようになっていた。
「うお危ねえ!」
「おいバカ猫!当たったらどうするんだ!?」
「あんたらが先に撃ってきたんでしょ!」
「ねえ、バズーカはどこ?」
《無茶苦茶だなこいつら・・・・・。》
市街地で繰り広げられる銃撃戦。
どうか一般市民に被害が出ませんように・・・・。
ていうか・・・・俺はどうすればいいんだろう?
あっちではアカリさんと狼男が戦い、こっちではマサカリたちとモンブランが銃撃戦をやっている。
街では暴徒が暴れているし・・・・残念だが俺に出来ることはない。
「仕方ない。その辺にマーキングでもするか。」
すっかり犬の習性が身についてしまって、こんな時でも縄張りを示そうとしてしまう。
手頃な電柱を見つけ、シーっとおしっこを掛けた。
「お、向こうにもいい感じの電柱が。」
順番に電柱を周り、おしっこを掛けていく。
すると途中で「冷た!」と声がした。
「ん?なんだ今の声。」
「こらお前!よくも俺に小便掛けやがったな!」
「あ、ロッキー君!」
ヒッキー君より一回り小さな狼男が立ち上がる。
そして「おお痛え・・・」と頬を押さえた。
「チクショウ・・・・あのチェリーって野郎、思いっきり蹴飛ばしてくれやがって。」
どうやらノックアウトされていたらしい。
俺を摘み上げて「こんな所まで追いかけてくるとはな」と睨んだ。
「残念だがこの街は俺たちがもらった。お前らはどっか他所へ行け!」
「そんなのハイそうですかって認められるわけないだろ。」
「だったらこうしてやるまでだ。」
口を開け、俺を飲み込もうとした。
しかし頭に何かが当たって「痛!」と叫んだ。
「なんなんだチクショウ!」
どうやら銃撃戦の流れ弾のようである。
「アイツら・・・・こんな所でバンバン撃ちまくりやがって。おいテメエ、どんな躾してんだ!」
「最近よく言われるよ。実は俺も困ってるんだ。」
「だったらあんなに飼うな!」
もっともな意見だが、飼ってしまった以上は責任がある。
「あとで注意しとくよ」と返しておいた。
「なあロッキー君、もうそろそろ終わりにしないか?」
「なにがだよ?」
「こんな馬鹿げた騒動だよ。」
「はあ?なんでテメエの言うことなんて聞かなきゃならねえんだよ。」
「そう凄むなよ。俺には君たちが本当の悪者には思えないんだ。」
「はん!そりゃお前、希望的観測ってやつだぜ。俺とヒッキーは極悪非道の霊獣コンビなのさ。」
そう言ってカッコをつけるが、また流れ弾が飛んできて「痛!」と叫んだ。
「もし君たちが本気なら、この街にいる人たちとっくに殺されてるはずだ。警察や猟友会だって。」
「そりゃ買いかぶりだな。俺たちは人間だって何度も殺ってるぜ。」
「じゃあモンブランに逆らえなかったんだ。そうだろ?」
「バカ言うな。あんな猫にビビるかっての。」
「でもモンブランを怒らせたらヒッキー君も怒らせることになる。」
「あいつもバカな奴だ。昨日今日会ったばっかのメスに入れ込んでよ。これだから引きこもりは嫌なんだ。メスに免疫がないから。」
「でも君だってモンブランを口説いてたじゃないか。」
「あ、あれは良いサンプルになると思ってだな・・・・、」
「ほんとは気があったりして。」
「バカ言うな!あんなオテンバで高飛車なメス・・・・、」
「実はタイプなんじゃないの?」
「・・・・・・・・・。」
「モンブランをさらったのはサンプルになるから、それは間違いないだろうさ。でも気があったんだろ?君も一目惚れしちゃったんだろ?」
「違う!俺はアイツを売り渡す為にだな・・・・、」
「じゃあさっさと売ればよかったのに。ヒッキー君には黙ってさ。」
「ヒッキーはいちおう相棒だから・・・・、」
「相棒に好きなメスを奪われて悔しいんだろ?だからどうしていいか分からなくて、とりあえずモンブランの言うことに従っていた。俺はそう思ってるんだ。」
「だから違うって!あんまりいい加減なこと言ってると・・・・、」
「もし俺に協力してくれるなら、モンブランとの仲を取り持とうか?」
「え?」
急に態度が変わる。
なんて分かりやすい奴なんだ・・・・。
「これでもモンブランの飼い主だからな。だから俺が間に入れば、君にだってチャンスはあるぞ。」
「マジで?」
「マジで。」
「じゃあ・・・・やめようかな、街を乗っ取るの。」
なんという変わり身の早さ。
単純とは彼の為にある言葉かもしれない。
「じゃあ話は決まりだ。君から説得して、人間に変わった動物たちを止めてくれ。」
「でもここまできて言うこと聞くかな?」
「大丈夫だって。彼らは君たちのことを神様のように崇めてるからな。きっと素直に従うはずさ。」
「じゃあ・・・・ちょっとやってみようかな。」
そう言ってチラリとモンブランを見て「あの子が俺の彼女に・・・」と息を飲んでいた。
「あんた、約束だぞ!ちゃんと俺たちが付き合えるように計らえよ。」
「もちろん。」
「ひゃっほう!」
嬉々として街中へ飛び込んでいく。
しかし流れ弾の嵐を喰らい、「ぐああああ!」と倒れた。
そこへ狼男に投げ飛ばされたアカリさんがぶつかる。
「ちょっと邪魔よ!あっち行ってて!!」
「痛!」
尻尾で弾き飛ばされる。
そのまま壁にめり込んで気絶していた。
「なんて役に立たない奴なんだ・・・・。」
あれじゃどう頑張ってもモンブランは振り向いてくれないだろう。
仲を取り持ったところで結果は見えている。
「さて・・・・どうしよかな、これ。」
またもや何も出来なくなってしまう。
このままだと事態がどんどん悪くなる一方だ。
そのうち本当に死者が出るかもしれない。
どうにか出来ないかと考えていると、突然胸が苦しくなった。
「い、息が・・・でき・・な・・・、」
恐れていたことが起きた。
発作である。
その場に倒れ、ヒューヒューと息が漏れた。
心臓が握りつぶされそうなほど痛い。
肺が圧迫されて呼吸も出来ない。
《苦しい・・・・誰か・・・たすけ・・・・、》
本当に死ぬんだと思うと、冗談すら言えなくなる。
もう限界だ・・・・痛みも苦しみも・・・・。
いっそのこと早く楽になりたい。
そう思うほど辛くて、叫び声さえ出てこない。
・・・・しかし急に痛みは治まった。
フっと胸が楽になり、息も出来るようになる。
代わりに強い吐き気が襲ってきた。
何かがこみ上げてくる・・・・。
喉の奥から熱いものがせり上がって、「おうえ!」と嘔吐した。
口からポタポタとヨダレが落ちる。
ヨダレには紫色をした血が滲んでいた。
「はあ・・・はあ・・・これ・・・なんで・・・?どういうことだよ・・・・。」
自分が吐き出した物を見て驚く。
「心臓・・・・。」
とても小さな心臓が鼓動している。
でも俺はこうして生きてるわけだから、つまりこれはもう一つの心臓なんだろう。
問題はどうしてこんな物を吐き出したのかってことだ。
二つも必要ないから?
いや、だからって吐き出したりはしないだろう。
しかもまだ鼓動を刻んでいるし。
呆然と見つめていると、突然あの男が現れた。
夜の街灯の下に立っていたあの男が。
そいつは無言で俺を見下ろす。
そして吐き出した心臓を手にして、背中を向けて歩み去った。
「お、おいアンタ・・・・、」
追いかけようとしたら、すぐ目の前に流れ弾が飛んできた。
バチンと地面が弾け、慌てて飛び退く。
「危ないだろ!」
まだバンバン銃を撃ち合っている。
あれでよくお互いに無事でいられるものだ。
「・・・・って、あれ?男がいない。」
いつの前にか消えている。
辺りを見渡してもどこにもいない。
まるでこの前の夜のように・・・・。
「まさか・・・・幽霊?それとも霊獣か?ていうかなんで俺の心臓なんか持ち去ったんだ?」
あの男は夢にも出てきた。
たしか霊獣を撃ち殺していた。
さっきの心臓とその事と何か関係があるんだろうか?
胸に残ったもう一つの心臓がドクンドクンと高鳴っていた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十七話 人間と動物と霊獣(1)

  • 2018.11.22 Thursday
  • 11:51

JUGEMテーマ:自作小説

世の中には詳しく解明されていない病気がまだまだある。
でもそんなのは自分とは無縁のものだと思い込んでいた。
ついさっきまでは・・・・・。
心臓から心臓が生える。
そんな奇妙な現象が俺自身に起きてしまった。
今のところ特に問題はないそうだけど、精密検査の為に入院することになった。
最初はからかっていたマサカリたちも、入院となった途端に顔色を変えていた。
マサカリは「大丈夫なのかよ?」と心配し、チュウベエは「葬式が冗談じゃなくなるかもしれない」と真っ青になっていた。
マリナは「元気出すのよ、毎日お見舞いに来てあげるから」と励ましてくれて、どうしてか分からないけど「これ食べて元気出して」とバナナを置いていった。
源ちゃんも「気を落とさずに」と言ってくれたけど、ぶっちゃけかなり凹んでいる。
今は異常がないにしても、そのうち苦しみ出すかもしれない。
そう思うと気が気じゃなかった。
時計を見ると午後7時過ぎ。
とりあえず今日はCTだけ撮って、経過観察ということらしい。
明日じっくり検査して、それでも詳しいことが分からなければ、知り合いの学者に診てもらうとアナグマ医師は言っていた。
「今晩はここで我慢してくれ」と入院用のゲージに入れられている。
辛い・・・・一匹だけにされると寂しいものだ。
隣の部屋からは動物たちの鳴き声が聴こえる。
さらにその向こうからは人間の声も。
動物の声はおそらくアカリさんの子供たちだろう。
「腹減った」とか「早く帰りたい」とか愚痴っている。
人間の声はチェリー君の仲間たちだ。
「猫に戻りたい」とか「散歩連れてってくれ」とか不満を漏らしている。
出来れば俺も大部屋がよかった。
「あんたは元が人間だから」とアナグマ医師が気を遣ってくれたんだけど、やっぱり一匹だけってのは寂しすぎる。
誰か話し相手がいてくれれば気も紛れるんだけど・・・・、
マサカリたちはもう帰ってしまったし、源ちゃんも俺のアパートへ一緒に帰ったはずだ。
アイツらだけにするのは不安だから、今日一日だけ様子を見ててくれないかと頼んだのだ。
「困った時はお互い様です」と快く引き受けてくれたけど、元に戻ったら何かをお礼をしないとな。
とにかく色んなことを考えて気を紛らわす。
元に戻ったらまず何をしようとか、マサカリたちは源ちゃんの言うことを聞いて大人しくしているだろうかとか。
いや、ぜったいに手を焼かせるだろうなとか、晩飯で出された犬の缶詰美味しかったなとか。
それに婚約者のマイちゃんのことも考えていた。
聖獣を目指して修行を頑張ってるかなとか、早く会いたいなとか、結婚式はどこでして誰を呼ぼうかなとか。
ああ、早く元に戻りたい!
俺にはやりたいことがいっぱいあるのだ。
こんな狭いゲージの中で寝ている場合じゃないってのに。
とにかく色々考えて気を紛らわすけど、そろそろネタも尽きてきた。
頭の中がぼんやりして、でも眠気はぜんぜんなくて、とにかく退屈を持て余すばかりだった。
頼む!誰でもいいか見舞いに来てくれ!
・・・・なんて思っていると、その願いが通じたのか「こんばんわ」と誰かが入ってきた。
「ウズメさん!」
「さっき君んちのアパートに寄ったのよ。そこで源ちゃんから事情を聞いてね。急いで飛んできたのよ。」
「う、ウズメさあ〜ん・・・・・、」
なんて良い人、いや良い霊獣なんだろう。
「これ差し入れね」といって犬用のボールをくれた。
「ありがとうございます!」
さっそく遊ぶ。
寝転がってコロコロするととても楽しい。
「君もすっかり犬になっちゃったわねえ。」
可笑しそうに笑って、向かいの椅子に座る。
「アナグマさんから聞いたわ、心臓が二つあるんですってね。」
「そうなんですよ、自分でもビックリで・・・・。」
「でも今のところは大丈夫なんでしょ?」
「らしいですけど、この先どうなることやら。いつか発作が起きるんじゃないかって不安で・・・・、」
「入院したら誰でも不安になるものよ。」
ニコっと微笑み、頭を撫でてくれる。
俺は尻尾を振り、その手にじゃれついた。
「まんま子犬ね。」
また可笑しそうに笑って、でもすぐに真剣な表情に変わった。
「心臓のことはアナグマさんに任せるしかないけど、もう一つの方は気になるわね。」
そう言って「血の色、紫になっちゃったんだって?」と尋ねた。
「そうなんです。最初に検査した時には赤だったのに、その30分後くらいには・・・・。」
「何か心当たりはあるの?」
「いえ、特に。」
「急に血の色が変わるだなんて初めて聞いたわ。」
「俺だってビックリですよ。それに紫ってのが引っかかるんです。だってこの色は・・・・、」
「伊藤秀典が契約を結んでいる狼の血の色だから?」
「源ちゃんから聞いたんですか?」
「ええ。アカリちゃんと一緒に岡山にも行ったんでしょ?そこでも色々と大変だったみたいね。」
「もうてんてこまいでしたよ。モンブランは駆け落ちするし、集落の人間と動物は入れ替わるし。」
「ほんとに迷惑な薬よねえ、あれ。」
大きなため息をつきながら、「しかも・・・・」と続ける。
「あの薬を開発したのが私と同じ稲荷だなんて。」
「霊獣がこの世を支配する為に作ったらしいですよ。カグラの鬼神川って奴と、そいつの部下たちが。」
「カグラは神道系の稲荷だから手え出しにくいのよね。」
「ウズメさんは仏教系の稲荷の長ですもんね。下手に動けば派閥同士の問題に繋がるって源ちゃんが言ってました。」
「そうなのよまったく。これだから稲荷の長なんてゴメンなのに。」
そう、ウズメさんはやりたくて稲荷の長をやっているわけじゃない。
他に適任者がいないから務めているだけなのだ。
「でもここまできたらそうも言ってられないわ。悠一君たちも色々あったみたいだけど、私だってサボってたわけじゃないのよ。」
「稲荷の世界へ帰ってたんですよね。向こうで何をしてたんですか?」
「実は以前から良くない噂を耳にしててね。それが本当なのかどうか確かめに・・・・、」
そう言いかけたとき、「有川さん」とアナグマ医師が入って来た。
「ついさっきあの薬の調査結果が届いてな。詳しいことが分かったぞ。」
「ほんとですか!」
「ほんとに!?」
ウズメさんと同時に叫ぶ。
するとどこからか「ほんと!?」ともう一つ声がした。
「薬のことが分かったって!?」
そう駆け込んできたのはアカリさんだ。
「あらアカリちゃん。」
「あ、ウズメさん!」
アカリさんは「よかった」と駆け寄る。
「ついさっきまで岡山にいたんですけど、もう大変なんですよ!手を貸して下さい!」
「どうしたのそんなに慌てて。」
「チェリーですよ!アイツが薬で変わった人間と動物を街に連れて行ったせいで大騒ぎなんです!」
そういえばチェリー君のことを忘れていた。
お互いの気持ちを知る良い経験だとか言っていたけど、100%トラブルになるだろそりゃ。
「人間に変わった動物たちが街で好き放題やってるんです!勝手にお店の商品を持ってくわ、線路のど真ん中で酒盛りを始めるわ。」
「あらまあ。」
「平気で電車を止めたり、挙句にはパトカーを奪ってカーチェイスしたり。」
「けっこう楽しそう。私も参加してこようかしら?」
「冗談言ってる場合じゃありませんってば!動物に変わった人間たちだってピンチなんです。街じゅうウロウロするもんだから、警察が出動してるんですよ。
でもぜんぜん捕まえられないから、このままじゃ猟友会が出てくるかも。」
「みんな戸惑ってるのね、あの薬のせいで。」
「どうにかして元に戻さないと大変なことになりますよ!いや、もうなってるけどもっと大変なことに!」
物凄い勢いでまくし立てて、「あ、そういえばアンタ!」と俺を振り向く。
「アカリさんもお見舞いに来てくれるなんて・・・・一匹で寂しかったから嬉しいです!」
「アンタのお見舞いなんてどうでもいいのよ!」
「え?じゃあなんでここに?」
「アンタのアパートに行ったら猫又の刑事が教えてくれたの!ウズメさんがここにいるはずだって。」
「なんだ、俺の為に来たわけじゃないんですね・・・・。」
「アンタにも用があって来たのよ!モンブランが大変なことになってるんだから。」
「大変なことって・・・・まさかサンプルとして売り飛ばされたとか!?」
「違うわよ!狼男と一緒に街を乗っ取っちゃったの!」
「・・・・え?」
「人間に変わった動物たちの親玉みたいな感じで、我が物顔で街を歩いてるわ。警察だろうがなんだろうが歯向かう奴は狼男に命令してやっつけちゃうし・・・・。
アンタいったいどんな躾してんのよ!オテンバどころの騒ぎじゃないわよこれ!」
「・・・・・すいません。」
あのアホ猫め・・・・ちょっと目を離すとすぐこれだ!
だいたいアイツが結婚だとかなんだとか吐かす時はロクなことにならない。
クソ・・・・こんな子犬の身じゃなかったら今すぐ止めに行くのに。
「もうとにかく大変で私じゃどうしようもないのよ!お願い、ウズメさんも悠一君も手伝って!」
「もちろん手伝いますよ!モンブランの飼い主ですから。」
「私も行くわ。稲荷の長としてこれ以上見過ごせないもの。」
「よかった!あ、じゃあちょっとだけ子供の様子を見てきていいですか?それが一番気になっちゃって。」
「分かったわ、じゃあ外で待ってるから。」
アカリさんは子供がいる部屋へ駆け込んでいく。
ウズメさんはゲージから俺を出して病院を出ようとした。
「こらこら!勝手に患者を連れていくな。」
アナグマ医師が俺を奪う。
「心臓に異常が見つかったんだ。精密検査を受けるまではここにいてもらう。」
「ちょっとくらいいいじゃない。」
「ダメダメ。いつ発作が起きるか分からないんだから。」
それを聞いた瞬間、目の前が真っ暗になった。
「や、やっぱり発作が起きるんですね・・・・。」
「もしもの話だ。」
「いいや、医者がそう言う時は決まってヤバい時だ!」
「噛むんじゃない!ちょっと落ち着け。」
「どれくらいだ!?」
「なにが?」
「俺はあとどれくらい生きられるんだ!?」
「だから今すぐどうこうなったりはせん。しかしこの先に何があるか分からんから検査をしてだな・・・・、」
「ウソだ!きっと俺はもう助からないんだ!」
「だから噛むなって!」
「もう長くないんだろ!?そうなんだろ!!」
恐れていたことが現実になる。
医者が患者をかばう時、それはぜったいにヤバい状態なのだ。
《ごめんみんな・・・・俺はここまでみたいだ。》
今までお世話になった人間や動物に別れを呟く。
そしてなにより俺との結婚を待っているマイちゃんに対して。
《マイちゃん・・・・俺のことは忘れてくれ。俺に縛られて不幸になるくらいなら、俺の存在なんて消し去ってくれ。
そして新しい人を見つけて幸せになってくれ。大丈夫、君ならきっとすぐにいい人が見つかるさ。》
今までの俺の人生にありがとう。そしてさようなら。
長くないのなら人間に戻る意味もない。
このまま目を閉じ、あの世へ逝ってしまおう。
そう思った時、「話は聞かせてもらったぜ」と声がした。
「悠一よお、水臭えじゃねえか。」
マサカリが入ってくる。
黄昏た目で見つめながら、「そんな大事なこと黙ってるなんて」と呟く。
「俺たちは家族みたいなもんだろ。だったら・・・・なんで先が長くねえってこと言わねえんでい!」
顔は鬼のようだが、目には涙が溜まっている。
すると後ろから「そうだぜ」とチュウベエがやって来た。
「お前は俺たちの飼い主だ。最期を看取る義務がある。なあ、そうだろ?」
アーバンポリス24時の京本政樹みたいな顔をしながら言う。
すると今度は「その通りよ」とマリナまでやって来た。
「イヤって言っても最期まで傍にいるからね。私たちみんな、悠一に拾われた恩を一瞬たりとも忘れたことなんてないんだから。」
そう言いながらバナナを食っている。
俺への思いより食欲の方が勝っていそうな気もするが、この際気にしないでおこう。
俺は・・・・俺は嬉しかった。
普段はいい加減で口が悪くてとんでもないアホな奴らなのに、こういう時は誰よりもまっとうなことを言う。
ほんと・・・お前らはズルいぜ。
「泣くなよ悠一、男だろ?」
「男が泣いていいのはハチに刺された時と財布を落とした時と犬のウンコを踏んだ時だけだって、今日から俺はの三橋も言ってたぞ。」
「いいのよ、男だろうが女だろうが泣きたい時は泣けばいい。そのあと思いっきり笑えばいいのよ。晴れのち曇り、人生ってそうでしょ?」
晴れのち曇りか・・・・。それだと希望は持てないけど、この際気にしないでおこう。
「悠一、俺たちでモンブランを止めに行こうぜ。」
「でもって解毒剤を手に入れて元に戻るんだ。」
「先が短いからってなんなのよ。悠一はまだ生きてるじゃない。」
「お、お前ら・・・・・、」
とめどなく溢れる涙、止めることのできない嗚咽。
マサカリが手を伸ばし、俺はその手を握った。お手みたいになってしまったけど。
「行くか。」
「ああ。」
みんなで病院を出て行く。
すると「だから待てと言ってるだろ!」とアナグマ医師が追いかけてきた。
「勝手に患者を連れ出すんじゃない!」
「うるせえ!これは最期の仕事なんだ!」
「そうだ!誰にも邪魔はさせない!」
「もし邪魔するなら穴という穴にバナナをツッコむわよ!」
「だったらせめて薬の調査結果だけでも聞いていけ!」
言われて思い出す。
そういえばさっきそんなことを言っていた。
今さら聞いたところで寿命が伸びるわけじゃないけど、せっかくだから聞いておこう。
「さっさとしてくれよ」と言うと、「物を聴く態度か」と怒られてしまった。
「いいか、あの薬の本当の効果は人間と動物を変えてしまうことじゃない。」
「なに言ってるんだ。現にこうして変わってるじゃないか。なあみんな?」
マサカリたちもコクコクと頷く。
するとアナグマ医師は「それはただの副作用だ」と言った。
「副作用?またまたそんな。」
「本当のことだ。」
「副作用は胸が苦しくなるやつだろ。そのせいでこの病院に大勢入院してるじゃないか。」
「それは副作用じゃなくて、そっちが本当の効果なんだ。」
「苦しむことは本当の効果?バカバカしい、そんな薬があるか。まるで毒じゃないか。」
「あのな、薬と毒ってのは同じモンなんだ。正しい使い方をしないと害を及ぼす。」
「正しい使い方って・・・・いったいどんな使い方だよ?」
アナグマ医師は「ちょっと待ってろ」と言って、一枚の書類を持ってきた。
「これは?」
「知り合いの学者から送られてきた報告書だ。薬の詳しい成分が書いてある。」
「化学式ばっかりで分からない。」
「だろうな。」
「じゃあなんで見せるんだよ?」
「今から分かりやすく説明してやる。」
そう言ってコホンと咳払いをした。
そこへアカリさんもやって来て「私にも聞かせて」と言った。
「子供たちはどうだったんですか?」
「もう平気みたい。早く帰りたいって喚いてるわ。」
嬉しそうに胸を撫で下ろしている。
「あの薬のせいで私の子供たちは死にかけた。だから・・・・教えて。その薬っていったいどういうものなの?」
「私も知りたいわ。稲荷の長として知らなきゃいけない義務がある。」
「俺も知りたい。なんでこんな姿にならなきゃいけないのか?なんで動物たちが人間に変わらなきゃいけないのか?
しかもそれはただの副作用だなんて・・・・。だったらあの薬の本当の効き目ってなんなんだ?もしかして人間と動物が変わること以上に恐ろしいことが起きるのか?」
みんなでズイっと詰め寄る。
アナグマ医師は「近い近い」と突き放した。
「そう興奮せんでも教えてやる。」
「じゃあさっさとしろよ。」
「もったいぶってないで早く言え。」
「モタモタしてる男はモテないわよ。」
「どいつも口の悪い。おいアンタ!躾くらいちゃんとしておけ。」
「後で注意しときます。それより早く薬の説明を!」
「この薬の本当の効果は霊獣を生み出すことなんだ。」
「霊獣を・・・・、」
「生み出す?」
アカリさんと二人、首を傾げる。
アナグマ医師はクイっと眼鏡を上げた。
「本来、霊獣は資質を持った動物が条件を満たした時にだけ成れるものだ。例えば猫又の場合だと、資質を持った猫が20年生きるとそうなる。」
「それは知ってます。幾つもの難しい条件が揃わないと成れないって。」
「そいつを人工的に生み出すのがこの薬だ。」
「人工的にって・・・・具体的にどうやって?」
「具体的に説明しても分からんだろ。」
そう言って化学式の並んだ書類を叩いた。
「大雑把に言えば、この薬じたいに霊獣になる条件が詰まっているわけだ。だからこいつを飲めば誰でも霊獣になれる・・・・はずだった。」
「はずだったってことは、失敗作ってことですか?」
「期待した通りの効果は出てないようだ。なぜならこいつを飲んだ動物は、霊獣ではなく人間に変わってしまうからな。それは人が飲んだ場合も同様だ。」
俺やマサカリを見つめながら言う。
「霊獣には様々な力が備わっているが、一番の能力は化けられるってことだ。それゆえに霊獣は種族の壁を越えることが出来る。
中には人間と結婚し、子供をもうけた者もいるらしいからな。」
「あ、俺もその一人です。まだ子供はいませんけど。」
「霊獣と結婚してるのか。もの好きな奴だな。」
「まだ婚約中ですけど。」
「おんなじだろそんなもん。」
なぜかイライラしている。
「俺だっていずれは・・・」とブツブツ言っているところを見ると、たぶん嫉妬しているんだろう。
「まあとにかく、霊獣として一番の能力は化けるってことだ。これはずべての霊獣に共通する能力だからな。
この薬はただの動物を霊獣に変えてしまう。その第一歩が種族の変更なのだ。」
「だから薬を飲んだ動物や人間は種族が変わってしまうってことですか?」
「ああ。本来ならそこで終わらずに霊獣まで変化するはずなんだ。しかしこの薬は完璧ではなかったようだ。最初の効果だけ発現して、霊獣になるには至らない。それはなぜか?」
「なぜなんです?」
「さっきも言ったが薬と毒は同じものだ。正しい使い方をしないと害を及ぼす。種族だけ変わってしまって元に戻れないとかな。」
「そのせいで俺は困ってるんです。他にもたくさん犠牲者がいるし。」
「みんな間違った使い方をしているんだ。あんた、この薬をどうやって飲んだ?」
「どうやってって・・・・普通に口から飲みましたよ。」
「普通にってどんな風だ?」
「だからそのままゴクンと。そんなのみんな一緒でしょ?」
「残念ながらそれは間違った使い方だ。」
「じゃあどう使うのが正解なんですか?漢方みたいに煎じて飲むとかじゃないですよね?」
「お、近いな。」
「冗談で言っただけですよ。カプセル剤を煎じて飲む奴なんかいないでしょ。」
そう言うと「そこなんだよ!」と指をさしてきた。
「カプセル剤はそのままゴクンと飲むのが当たり前。その思い込みが間違った使い方をさせてしまったんだ。」
アナグマ医師はポケットからカプセル剤を取り出した。
「こいつは人間用の風邪薬だ。カプセルの中には粒状の薬が詰まっている。」
「そんなの知ってますよ。カプセルは飲みやすくする為のものであって、中の粒つぶが薬なんでしょ?」
「その通り。じゃあこっちの薬はどうだ?」
そう言ってもう一つカプセル剤を取り出した。
「こっちも風邪に効く薬だ。あんたこれをどう飲む?」
「どうって・・・・口に入れてから水で飲み込みますよ。」
「本当にそんな使い方でいいのか?」
「だってカプセル剤ってそうやって飲むもんでしょ?」
アナグマ医師はニヤリと笑う。
そしてカプセル剤を開けた。
中身を取り出し、目の前に突きつける。
「これを水でゴクンと飲むのか?」
「これは・・・・?」
「漢方だ。」
「漢方?これが?」
カプセル剤の中から出てきたのは、茶色をした小さな破片だった。
まるで何かを粉々に砕いたかのような。
「こいつは葛根湯という漢方だ。聞いたことあるだろ?」
「ええ。」
「漢方というのは、本当は煎じて飲むものなんだ。でもそれだと手間が掛かるから、錠剤やカプセル剤の物が主流になってるがな。
カプセル剤に入ってたこいつは煎じて飲むタイプの物で、私がさっき入れ替えたんだ。」
「なんでそんなことを?」
「本当なら煎じて飲む薬でも、カプセルに入っていたら水でゴクンと飲んでしまうだろ?」
「まあカプセル剤ってそういうもんですから。いちいち中身なんて確認しないし。」
「しかしそれだと煎じて飲むタイプの漢方は効果を発揮しない。それどころか物によっては害を及ぼすだろうな。」
「う〜ん・・・・さっきからなにが言いたいんですか?」
アナグマ医師の意図が見えない。
するとアカリさんが「まさか・・・」と言った。
「例の薬ってゴクンと飲んじゃいけないってこと?漢方みたいに煎じて飲まないといけないってことなんじゃない?」
「その通り。」
「ゴクンと飲んじゃいけない物をゴクンと飲んじゃったから、本当の効果を発揮しなかったってことでいいのよね?」
「うむ。あれは漢方と同じく、煎じて飲まないと意味がない。ただし煎じるのには使うのはお湯ではなく、霊獣の血なのだ。」
「霊獣の・・・、」
「血?」
またアカリさんと首を傾げる。
「漢方の場合、湯で煎じることで薬草などの成分が染み出し、効果を得ることが出来る。例の薬も同じだ。霊獣の血で煎じてこそ本当の効果を発揮する。」
「じゃあなんでカプセルに入ってたのよ?あれじゃ誰だってゴクンと飲んじゃうわよ。」
「俺もそう思います。もしかして誰かが間違って入れちゃったとか?」
正しい使い方をさせたいのなら、カプセルなんかに入れるはずがない。
いったいなんでカプセル剤なんかにしたのか?
頭を捻っていると、ウズメさんが「もしかして・・・・、」と呟いた。
「わざと?」
「え?」
「ああやってカプセルに入れておけば、誰だって間違った飲み方をするわ。でもそれはわざとなのかもしれない。」
「どういうことですか?」
「薬の開発者がわざとそしたのよ。間違った飲み方をさせる為に。」
「わざとって・・・・おかしくないですか?なんでわざわざ効果を発揮しない飲み方をさせるんですか?」
「効果を発揮しないわけじゃないわ。だって副作用が出るじゃない。」
「副作用って・・・・まさか!?」
「ええ、副作用が出る飲み方をさせる為に、わざとカプセル剤にしたんだと思うわ。
理由はみんなも知っての通り、人間と動物を入れ替えてしまう為。そして霊獣がこの世を支配する為に。」
ウズメさんが珍しく怒った表情をしている。
眉間に皺を寄せ、爪の先を噛みながら「アイツら・・・」と言った。
「カグラの稲荷たちは副作用が出ることを狙ってカプセル剤にしたのよ。鬼神川め・・・・いくら派閥が違うからって、同じ稲荷として許せないわ。」
殺気のせいか一瞬だけ髪の毛がふわりと浮く。
目もほんの一瞬だけ光っていた。
「アカリちゃん、悪いけど私は岡山には行けないわ。」
「ええ!だってさっきは手伝ってくれるって・・・・、」
「こんな事を知ってしまったらもう黙っていられない。私はまた稲荷の世界に戻るわ。そして神道系の稲荷をたばねる者たちに会ってくる。
あなたたちの仲間がこんなことしてるわよって。これを見過ごしていいのかって。」
「け、けど!派閥が違うのに口出しなんてして大丈夫なんですか?いくらウズメさんでもマズいんじゃ・・・・・。」
「かもね、しょせん私はダキニ様の代理みたいなもんだし。」
「だったらやめた方が・・・・。」
「いいえ、この件は見過ごすことは出来ない。すでに派閥がどうとかっていう問題を超えてるもの。
下手をすれば全ての霊獣を巻き込む可能性だってある。そうなってからじゃ遅いのよ。」
「たしかにそうですけど・・・・。でももし向こうの稲荷たちが知らん顔したら?それどころか勝手に口出すなって怒ってくるかもしれませんよ。」
「そうなった時はそうなった時よ。私がこの手でカグラの稲荷たちを叩きのめす。」
「それこそ稲荷同士の大喧嘩になっちゃいますよ!もしそうなったら他の偉い霊獣たちが黙ってないです。
八大竜王様や、麒麟や鳳凰や霊亀や応龍の四霊様たちだってお怒りになるかも。そんなことになったらウズメさんが責められることになる。私はぜったいに反対です!」
アカリさんは心配なのだろう。
大恩あるウズメさんが、名だたる神獣たちから罰を受けるんじゃないかと。
しかしウズメさんの決意は変わらない。
踵を返し、病院を出て行く。
「ちょっとウズメさん!」
「心配しないで、私なら平気だから。それよりも君たちは岡山に行ってあげて。きっとツムギ君が頑張ってるはずだから。」
そう言い残し、夜の街へ消えていった。
遠くから狐の鳴き声が響く。
きっと稲荷に変身したんだろう。
ウズメさんは本気で怒っている。
これは血の雨が降るかもしれない。
いや、今はそれよりも・・・・・、
「たしか岡山にはツムギ君がいましたよね?彼はどうしてるんですか?」
「分からない、神社にはいなかったから。」
「ウズメさん、彼のことけっこう評価してるんですよ。だから今頃ツムギ君一人で狼男たちを止めてるって意味なのかも。」
「でも彼弱いじゃない。」
「たしかに弱いけど、意外と男気があるんですよ。それにチェリー君だっているはずでしょ?
いくら破天荒なチェリー君でも、さすがにモンブランの暴走を黙って見てるわけがない。
今頃ツムギ君とチェリー君の二人で狼男と戦ってるのかもしれない。だったら早く行ってあげないと。」
アカリさんは唇をすぼめ、子供たちがいる部屋を振り返る。そしてすぐにこう言った。
「・・・・そうね。ここでゴチャゴチャ言ってる間にも街は大変なことに・・・。」
そう言って外へ駆け出していく。
そして稲荷の姿に変わった。
「私が運ぶわ、早く!」
夜の中に浮かぶ稲荷の姿はとても綺麗だった。
いや、神々しいといった方が正しいか。本物の神様なんだし。
俺はアナグマ医師を振り返る。行っていいですよね?と目で問いかけると「無茶はするなよ」と釘を刺された。
「事が終わったらすぐに戻ってくること、いいな?」
「はい!」
マサカリたちと顔を見合わせ、「行くか」と頷く。
外へ出ると、アカリさんが大きな尻尾で包んでくれた。
稲荷に抱かれたまま夜の街を駆けていく。
疾風のように夜風を切っていく。
今夜は満月、月に向かって狐の鳴き声が響いた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第二部 第十六話 紫に染まる(2)

  • 2018.11.21 Wednesday
  • 11:07

JUGEMテーマ:自作小説

動物は夢を見るのか?
それは動物にしか分からないが、子犬になった俺は夢を見ていた。
この世の全ての人間と動物が入れ替わって、霊獣が支配する世の中になってしまった夢を。
これは夢だと夢の中で自覚している。
でも妙にリアルで恐怖を感じていた。
動物に変わった俺たち人間は虐げられていた。
住処を奪われ、スポーツとして銃に撃たれ、金の為に捕まえられて、見ず知らずのところへ売り飛ばされる。
それをやっているのは人間に変わった動物たちだ。
今までの恨みを晴らすように、みんな嬉しそうに元人間のことを虐めている。
そして彼等の後ろでそれを眺める者たちがいた。
稲荷、狼男、そして・・・・若い人間の男だ。
男は銃を抜き、霊獣たちに向ける。
鋭い炸裂音が響き、火花が飛び散る。
一匹の稲荷が銃弾に倒れ、動かなくなってしまう。
さらにもう一匹撃たれ、また一匹、一匹と、次々に銃弾に倒れていった。
そして狼男たちも・・・・・。
霊獣たちは死に絶え、残ったのは人間に変わった動物たちと、動物に変わった人間だけ。
男は銃をしまい、背中を向けて去って行く。
一瞬だけこちらを振り返り、俺と目が合った。
この男はどこかで見たことがある。
細面の整った顔立ち、この顔を見たのは・・・・・そうだ!昨日の夜だ。
街灯に照らされ、じっと俺のことを見つめていた。
あの時と同じ男が霊獣を撃ち殺し、あの時と同じような表情で佇んでいる。
その目は何かを言いたそうで、でも決して口を開こうとはしない。
ただ一つだけその目から感じることがあった。
この男は霊獣を憎んでいる。
理由は分からないけど、強い怒りと恨みが伝わってきた。
男はまた銃を抜き、空に向かって撃った。
乾いた炸裂音が響き、俺の夢は弾ける。
「・・・・・・・・・。」
ゆっくりと目を開けると、木目模様の天井が目に映った。
あちこちシミだらけで、雨漏りの跡もある。
「あれ?ここって・・・・、」
起き上がって周りを見渡すと、「お目覚めですかな?」と野太い声がした。
「源ちゃん!」
「よく寝ておられましたな。」
「あの・・・ここって・・・、」
「有川さんのアパートです。」
そう言って手を広げる。
ボロいタンス、爪痕だらけの畳、あちこち傷んだちゃぶ台、申し訳程度のキッチンに、動物たちのトイレ。
間違いなく俺の家だ。
「なんでここに・・・・?」
「カーチェイスの件、どうにかなりそうでしてな。」
「ほんとに!?」
「交通科の課長にちょっとばかし猫又の術をかけまして。あの件の捜査は終了するようにと暗示をかけたんです。」
「そんなこと出来るのか。すごいな源ちゃん。」
「ほんとは掟に反することなんですが、ウズメさんから猫又の長老に掛け合ってもらいました。今回は特例ということで。」
「助かったよ!ありがとう。」
フリフリ尻尾を振っていると、「いやいや」と苦笑いしていた。
「それより昨晩は大変だったそうですな。」
「そうなんだよ。狼男に襲われるわ、モンブランは駆け落ちするわ。それに薬の副作用で動物たちが病院に運ばれるわで。目が回るくらい大変だったよ。」
「マサカリさんたちから聞きました。そのあと病院へ行き、アカリさんという稲荷からも。」
「そういえばアカリさんの子供たちは?大丈夫なのか?」
「医者によれば快方に向かっているそうです。他の動物たちも命に別状はないようで。」
「よかった・・・・それが一番心配だったんだ。」
「しばらくは入院する必要があるそうですが、もう平気でしょう。問題は有川さんたちの方ですぞ。」
「ん?なにが?」
「副作用です。今のところ異変はないようですが、いつ発症するか分かりません。マサカリさんたちには病院で検査を受けてもらっています。」
「それでアイツらいないのか。」
部屋には俺と源ちゃんだけなのでおかしいと思ったのだ。
でも・・・・、
「遠藤さんは?」
「逮捕しました。」
「ええ!なんでいきなり・・・・。」
「なんでも何も、奴は盗撮をしていますから。」
「でもそれは別件でしょ。本命は薬のはずだよね。こればっかりはカグラを調査しないと分からないんじゃ。」
「だからしました。」
「いつの間に!?」
「有川さんが寝ている間にです。」
そう言って壁の時計を指す。
「夕方の四時!半日も眠ってたのか・・・・。」
「最近は気の休まる時がなかったでしょう?そして昨日は徹夜。そりゃ泥のようにも眠りますよ。」
「おかげでスッキリしたよ。話を戻すけど、カグラを調査したって言ったよね?たった一日で出来るもんなの?」
「私一人じゃ無理だったでしょうな。」
「なら協力してくれた人がいるんだな。」
「ええ。元カグラの社員が。」
「いつの間にそんな人と接触してたんだ?」
「ずっと前からですよ。もっとも彼女がカグラにいたのを知ったのは昨日のことですが。」
「彼女?なら女性?」
「そうです。有川さんもよくご存知の方です。」
「でも俺はカグラに知り合いなんていないぞ。」
「会えば分かりますよ。」
「誰だろう?まさか・・・翔子さん?」
「いえ、彼女は本社の人間ですから。」
「他に思いつかない。」
「正確には社員のフリをして潜入していたんです。カグラを調べる為に。」
「まるでスパイじゃないか。」
「あの会社はガードが固くね。外からだと手が出せんのですわ。そこで身分を隠し、社員として採用されることで潜入していたんです。
技術部へ潜入していたから、カグラの秘密をたくさん知っておるわけですな。」
「そんな人が協力してくれるなら心強いよ。俺も会ってみたいな。」
「そのうち顔を会わすことになるでしょう。」
そう言ってズズっとお茶をすすった。
「あ、これ勝手に淹れさせてもらいました。」
「好きなだけ飲んでよ。それより教えてくれないか?その人のおかげで何が分かったの?」
「遠藤の正体です。」
「正体?まさか彼も霊獣っていうんじゃ・・・・、」
「いやいや、奴は紛れもない人間です。」
「なら正体ってどういうこと?」
「あの男、その日暮らしのオカマのように見せかけて、実はカマクラ家具の社員だったんですよ。」
「えええ!無職じゃなかったの?」
「無職の期間があったのは事実でしょう。しかしカグラを辞めたあと、カマクラ家具に入社しておるんです。」
「なんで!?」
「身を守る為でしょうな。」
「それは・・・薬の開発に関わったせいで、カグラから狙われるかもしれないから?」
「だと思います。よほどカグラの鬼神川を恐れているんでしょう。身を守る為にはライバル会社に行くしかないと思ったんでしょうな。
ただ普通に行ったところで現場の社員がせいぜい。それじゃ身を守ることは出来ない。」
「鬼神川って奴から逃れるには、それなりのポストに就かなきゃダメってことか?」
「そうです。そこである物を手土産にしたんですわ。何か分かりますかな?」
「・・・・例の薬?」
「薬じゃありません。あれは厳重に管理してあるそうですから、そう簡単に持ち出しは出来んでしょう。」
「じゃあ何を手土産にしたのさ?」
「とある情報です。」
「情報?」
「ええ、カグラの中でもトップシークレットの。」
「そ、それはどんな!?」
「社長、伊藤秀典に関する情報です。」
「伊藤秀典・・・。なにか秘密のある人?」
「カグラは神道系の稲荷が仕切っている会社です。筆頭は鬼神川ですな。しかし奴は副社長、その上に社長の伊藤秀典がおるわけです。」
「ということはその伊藤って人もお稲荷さん?」
「いえ、遠藤が言うにはただの人間だそうです。」
「人間って・・・ただの人間がお稲荷さんの上に立てるもんなの?」
「普通は無理でしょうな。しかし遠藤の話によれば、拳銃で脅していたのを見たことがあると。」
「拳銃?そんなのお稲荷さんに効かないでしょ。」
「どうも通常の弾丸ではないようでしてな。紫色をした特殊な弾丸のようです。」
「紫って珍しいな。普通はもっと金属っぽい色じゃないの?」
「ええ。拳銃なら鉛色が普通です。紫の弾丸など聞いたこともない。しかし遠藤はたしかに見たと言っておりましてな。
鬼神川と一緒に社長室に呼ばれた時、伊藤が紫色の弾丸をいじっているのを。
そいつを銃に込め、鬼神川に突きつけると顔が強ばっていたそうです。」
「自分の部下に銃を突きつけるって・・・その人も大概だな。」
「部下がミスをする度に銃で脅していたそうです。そしてこんなことを口走ることもあったとか。」
「どんなこと?」
「霊獣なんてみんないなくなっちまえと。」
「それは・・・霊獣を恨んでるってこと?」
「そういう口ぶりで話すこともあったようですな。しかし一番の問題は紫の弾丸だ。鬼神川を脅せるほどとなると、これは相当に恐ろしい武器です。
私も長年猫又をやっておりますが、そんな弾丸は初めて聞いた。」
「源ちゃんでも知らないってかなりレアな物なんじゃない?」
「おそらく伊藤のオリジナルかと思います。これは霊獣にとって脅威です。その弾丸が量産されれば、人間は霊獣を恐れなくなる。」
「でもそんな弾丸どうやって作ったんだろう。ただの人間には作れない気がするけど?」
「だからこそ伊藤には秘密があるんです。そして遠藤はその秘密を知っているという。それを手土産にカマクラ家具へ身を寄せたわけです。おかげで奴のポストは取締役だ。」
「取締役!それってめちゃくちゃ偉いんじゃないの?」
「重役の一人です。ただし経営には関わっていないでしょう。身を守る為に与えてもらったポストでしょうな。」
「そういえば遠藤さん、怖くて夜も眠れないって言ってたからな。そうまでしてカグラから逃げたかったんだ。」
彼の身になると少し可哀想になってくる。
自業自得な部分があるとはいえ、まったく同情できないわけじゃない。
「で・・・・肝心の伊藤って人の秘密は?」
これが一番気になる。
もしそんな弾丸が作れるなら、人間は霊獣と対等な立場になれる。
霊獣にとってこれほど脅威なことはないだろう。
「そんな弾丸どうやって作るんだ?伊藤って人の秘密っていったい?」
源ちゃんはズズっとお茶をすする。
そして険しい顔でこう言った。
「無闇に他言しないと約束してくれますかな?」
「約束する。」
「では教えましょう。奴はある霊獣と契約を結んでいるんです。」
「霊獣と契約って・・・どういう意味?」
「伊藤自身はただの人間です。しかし力のある霊獣と契約を結ぶことで、人ならざる力を手に入れたということです。」
「そんなこと出来るの?」
「霊獣には様々な能力を持つ者がおりましてな。中には自分の力を他人に与えることが出来る霊獣もいます。」
「じゃあその力を受け取った人間は、霊獣と同じような力を持つってこと?」
「そういうことです。」
「人間でありながら霊獣と同じ力って・・・・それ無敵に近いじゃん。だって霊獣の掟を気にすることなく力を使えるってことだろ?」
「そうです。制約のない大きな力ほど恐ろしいものはない。しかし契約はタダでというわけにはいきません。人間側も見返りを差し出さなければいけない。」
「例えば?」
「契約相手の霊獣次第ですな。命を見返りに取る者もいれば、運気を吸う者もいる。莫大な金を要求する者もいるし、契約者の愛する者を差し出せと言う者もいる。」
「どれも酷いな。でも霊獣の力が手に入るなら契約しちゃう奴もいるんだろうな。」
「伊藤もその一人です。そして契約相手は狼の霊獣である可能性が高い。」
「狼?それも遠藤さんが言ってたの?」
「ええ。たまたま目撃したそうです。ある日のこと、仕事に追われて深夜まで残業していたそうです。
気晴らしにと途中で会社を抜け、近所のコンビニに出かけたらしいんですが、帰り道で奇妙な光景を見たというんです。」
「どんな?」
「人通りのない路地で伊藤を見たそうなんです。ポツンと街灯の下に立って、まるで誰かと話している風だったと言っていました。
その時は独り言を呟いているようにしか見えなかったそうなんですが、よく目を凝らすと、街灯の光の中に何かがいることに気づいたそうです。
それは光と同じくらいに真っ白に光る狼だったと言っていました。」
「光る狼・・・・。」
「最初は犬かと思ったようですが、それにしては身体も大きく、顔つきも鋭かったと。狼は伊藤に何かを話しかけあと、自分の血を飲ませたそうです。」
「ええ!自分の血って・・・・どうやって!」
「自分で自分の前足に噛み付いたと言っていました。伊藤はひざまづき、狼の前足から流れ落ちる血を飲んでいたと。
遠藤は呆気に取られながらその光景を眺めていたそうなんですが・・・・、」
「なにかあったの?」
「狼がこちらを向いたそうなんです。目が合った瞬間、ヘビに睨まれたカエルのように動けなくなったと言っていました。
全身に鳥肌が立つほど鋭い眼光で、殺されると竦んだそうです。
そして伊藤も振り返ったと言っていました。奴の顔を見て、遠藤はさらに竦み上がったそうです。」
「そりゃ怖いでしょ。俺もぜったいにビビるよ。」
「でしょうな。しかし目が会っただけが理由で竦み上がったんじゃないです。」
「もしかして脅されたとか?」
「いえ、伊藤の目が紫に染まっていたというんです。」
「紫に?」
「しかも怪しく光っていたと。そして狼の目も紫に光り、更には血の色も紫だと言っていました。」
「血って・・・・その狼の血?」
「ええ。きっとその血のせいで伊藤の目も同じ色に染まったんだろうと。」
「ということは、狼の血を飲むことで霊獣の力を手に入れたと?」
「私はそう考えとります。なぜなら伊藤が持っていた弾丸の色も紫だ。おそらくその霊獣の力を使って特殊な弾丸を作り出しているんでしょう。
これはあの薬の件と同じくらい・・・・いや、それ以上に大きな問題です。我々霊獣にとっては。」
「その弾丸があれば人間でも霊獣に勝てるわけだもんな。源ちゃんたちにとっては由々しき問題だよな。」
「遠藤はとんでもない現場を目撃してしまった。しかし伊藤は何も言ってこなかったそうです。
翌日、会社で顔を会わせてもいつも通りだったとか。それが逆に怖かったと言っていました。」
「目撃者が遠藤さんだと気づかなかったのかな?」
「分かりません。しかし遠藤が重大な秘密を目撃してしまったことは確かです。これは薬以上にヤバい事実なんじゃないか?もし目撃者が自分だとバレたら消されるんじゃないか?
取り調べで話している時、遠藤は自分で自分の腕を抱くほど震えていました。なぜなら伊藤は会社のトップ、鬼神川よりも上の立場です。
副社長ですら恐ろしいのに、その上の社長の秘密を知ってしまった。しかも薬の件は鬼神川から指示されてやっていたことだが、伊藤の件はたまたま目撃してしまっただけ。
となるといつ殺されてもおかしくない。早くカグラを離れないとと決心したそうです。
遠藤が本当に怖がっていたのは伊藤の秘密です。ライバル会社のカマクラ家具に庇護を求めたのは、それが一番の理由でしょうな。」
一息に話し終え、ずずっとお茶をすする。
そしてポケットからカリカリを出して頬張っていた。
「調べれば調べるほど複雑な事情が明らかになっていきます。事件の解明が進むどころか、困難になっていくだけですな。」
「俺もそう思うよ。でも全ての出来事がバラバラなわけじゃないはずだ。」
「どんなに複雑な事件も、一つの根っこで繋がっているものです。そこに辿り着けるかどうかが問題ですな。」
「でもたった一日でここまで分かるなんてすごいな。さすがウズメさんが信頼する刑事だよ。」
「いやいや、私は大したことはしとりません。全てはあのお方のおかげです。」
「それってさっき言ってたカグラに潜入してた人のこと?」
「そうです。技術部に潜入していたので、遠藤のこともよく知っておったんですわ。しかし薬のことは知らなかったようですな。」
「ごく一部の社員だけの秘密だもんな。かなり厳重にガードしてたんだな。」
「あのお方でも情報が掴めなかったわけですから、ガードが固いどころの話じゃありませんよ。こっちが持っている薬の情報を渡したらとても喜んでおられました。」
「源ちゃんもタダで情報を得たわけじゃないわけか。」
「こういうのはギブアンドテイクですから。ただあのお方は薬の件についてはしばらく知らないフリをすると言っていました。
すでに潜入捜査は終えて、いよいよカグラを追い詰めようとしている時です。いざという時の為に、切り札としてとっておきたいんでしょう。」
「なんかすごい人だな。でも・・・・やっぱり俺の知り合いにそんな人は思い当たらない。元カグラの社員で、そこまで優秀で・・・・そんな人いたっけ?」
翔子さん以外でそんな知り合いや友達はいない。
けど翔子さんがカグラに潜入なんて考えられないから、やっぱり違うんだろう。
いったい誰なのかと考えていると、源ちゃんが「じゃ、行きますかな」と立ち上がった。
「あ、帰る?」
「いえ、病院に行くんです。」
「病院って・・・どっか体調でも悪いのか?」
「何言っとるんです、有川さんがです。」
「俺?俺はどこも悪くないけど?」
「今は平気でも、いつ副作用が出るか分からんでしょう。病院へ行って検査を受けましょう。」
「じゃあアナグマ病院へ行くのか?」
「マサカリさんたちも待っています。本当なら一緒に行くはずだったんですが、ぐっすり眠ってるんで起きてからにしようということになったんですよ。」
俺を抱え、アパートを出て行く。
「あ、ちゃんと鍵かけてね。」
「分かっとります。」
アパートの階段を下り、源ちゃんの車へ歩いて行く。
黒のBMWだった。
車には詳しくないけど、これが高い車だってことくらいは分かる。
「良い車乗ってるね。もしかして源ちゃんってけっこう偉い刑事さんなんじゃ・・・・、」
「とんでもない。安月給の下っ端ですよ。こいつは唯一の趣味でしてな、ちょっとばかり金掛けとるんですわ。」
ポンポンと車を叩き、嬉しそうに笑っている。
源ちゃんにもこんな人間臭いところがあったとは。猫又だけど。
それから俺たちは病院へ向かい、30分ほど検査を受けた。
すでに検査を終えていたマサカリたちが「どうだった!」と駆け寄ってくる。
「うん、今のところ問題ないって。」
「おお!俺たちと一緒でよかったぜ!」
「悠一くらいは副作用が出るかと思ってたんだけどな。チッ!面白くない。」
「ちょっとチュウベエ、ひどいこと言うもんじゃないわよ。・・・・ちょっと期待してたけど。」
「うんうん、お前らは相変わらずで大丈夫そうだな。」
モンブランにしろコイツらにしろ、いつどんな時でも変わりがないっていうのは、ある意味すごいことだ。
たまにイラっとくるけどそんなの慣れっこだし。
みんなでホっとしていると、「有川さん」とアナグマ医師がやって来た。
「ちょっと診察室まで来てくれ。」
「え?ああ・・・はい。」
なんかドキっとする。
チュウベエが「やっぱ問題があったのか?」とニヤニヤした。
「悠一、もしなんかあっても骨は拾ってやるからな。」
「縁起でもないこと言うな。」
「ほんとにねえ、さっきからひどいわよチュウベエ。あ、でもお葬式の場所くらいは決めておいた方がいいかも。万が一ってことがあるし。」
「なら俺様に任せとけ!散歩コースの途中にデッケエ葬式場があるんだ。ちょっと予約しといてやるぜ。」
飼い主の葬式の話で盛り上がるとは・・・・元に戻ったら覚えとけよ。
「有川さん。」
「あ、はいはい!すぐ行きます。」
俺の葬式の話題を背中で聞きながら、「なんですか?」と診察室へ入った。
アマグマ医師はレントゲン写真を見せながら、「実はちょっと気になる影が・・・・」と言った。
「あの・・・・、」
「はい?」
「見えないんですけど。」
「これは失礼。」
子犬のままじゃ低くてよく見えない。
診察台の上にあげてもらった。
「これで見えるかな?」
「バッチリ。」
「じゃあちょっとここを見てほしい。」
そう言って細長い棒でレントゲンの真ん中を指した。
「実は心臓の辺りに気になる影が見つかってな。」
「気になる影って・・・・検査に問題はなかったんでしょ?」
「そう思ってたんだが、よくよく見ると違ってたみたいでな。」
「いい加減な・・・・。」
こっちは命が掛かってるっていうのに・・・・ちゃんとしてほしいものだ。
「で、その影がどうかしたんですか?まさか腫瘍とか言わないですよね?」
「ご心配なく。そういう類の物ではない。」
「ほ。」
「ただ・・・・、」
「ただ・・・・?」
なんだろう?
腫瘍じゃないのに医者がすごく気になることって・・・・。
まさか他の重大な病気とか?
アナグマ医師はミリオネアのみのもんたばりに溜める。
俺はその視線に圧倒され、思わずファイナルアンサーと呟きそうになってしまった。
「この影は・・・・、」
「この影は・・・・・?」
「おそらく・・・・・、」
「おそらく・・・・・?」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・ゴクリ。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「・・・・・もう一つ心臓があるものと思われる。」
「・・・・・・・・え?」
「有川さんの心臓の外側に、もう一つ小さな心臓があると思われる。」
「・・・・・なんで?」
「さあ。」
「さあって・・・・・、」
「とにかく今すぐ命に影響はないので安心してよろしい。」
「いやいやいや!出来るわけないでしょ!」
心臓の外側にもう一つ心臓って・・・・どう考えてもおかしいじゃないか。
「あの・・・・なんでそんなことになってるんですか?」
「影の写り方を見るに、心臓から心臓が発生している。こんな例は初めてだ。」
「俺もビックリですよ。だって普通はそんなことにならないでしょ?」
「以前からこういう病気を持っていたとかは?」
「ありません。健康そのものでしたから。」
「となれば考えられることは一つ・・・・あの薬だな。」
「例の薬のことですか?」
「あれの副作用は胸が苦しくなるというものだ。もしかしたらだが、心臓になんらかの影響を与えるのかもしれない。」
「そういえば薬の検査はどうなったんですか?知り合いの霊獣の学者さんに頼んだんですよね?」
「今日中には報告が上がることになっている。ま、詳しくはそいつを見てからだな。」
そう言って「もう帰ってよろしい」と診察台から下ろした。
その時、肉球に何かが当たって「痛!」と叫んだ。
「どうかしたか?」
「なんか地面に落ちてたみたいで・・・・、」
「どれ。・・・・ああ、さっき検査した奴らが暴れたせいだ。」
「マサカリたちですか?」
「血液検査で針を刺そうとしたら大暴れでな。あちこち備品が落ちてしまった。その時に割れたガラスか何かの破片だろう。」
「あいつらめ・・・人間になってもほんと変わらないな。」
「押さえつけるのが大変だった。あんた、もうちょっとしっかり躾をしといてくれないと。」
ヒョイっと俺を抱き上げ、肉球に刺さった破片を抜いてくれる。
しかし・・・・、
「あ、アンタこれは・・・・、」
「どうしたんですか?」
「自分で見てみるといい。」
指で俺の血を拭う。
「ほら。」
「え、なんで・・・・?」
「血の色が変わってるぞ。」
「・・・・・・。」
「さっき検査した時は赤だったのに。」
アナグマ医師は興味深そうに見つめている。
俺は開いた口が塞がらないまま自分の血を睨む。
傷口からにじみ出た血は、今まで見たことのない色をしていた。
「紫の血・・・・。」

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