稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 最終話 決断(2)
- 2019.05.15 Wednesday
- 11:27
JUGEMテーマ:自作小説
突然畑にやって来た課長と有川。
しかもマシローちゃんまで連れていた。
「こんにちわ。」
手を上げながらやって来る有川に「どうも」っと会釈を返す。
「なんでアンタがここに?・・・まさかその子が来たがってたのか?」
マシローちゃんを指差すと「無理矢理連れてきたんだ」と答えた。
「マサカリたちにそうした方がいいって言われてね。動物の気持ちは動物が一番分かってるだろうから、こうして連れて来たってわけ。」
「そっか。まあ・・・アレだよな。その子にとっちゃ辛い再会だよな。」
「ああ。でもいつまでも向き合わないわけにもいかない。」
そう言ってヘンテコな植物を振り返り、「今日はあの二人もいるんだね」と呟いた。
箕輪さんと美樹ちゃんもこっちに気づいたみたいで、ペコっと会釈した。
「こんにちわ。」
ニコっと笑顔を返す有川。
マシローちゃんを手に乗せると、二人は驚いた顔をしていた。
「有川さん。私は後でいいですから、先にその子の方を見てあげて下さい。」
「いいんですか?」
「ええ。」
「ならそうさせてもらいます。ほら、行くか。」
浮かない顔をしたマシローちゃんは、突然ピョンと有川の手から飛び降りた。
そしてユサユサとトゲを揺らしながら、ヘンテコな植物の方へ走っていく。
「あ!ちょっと・・・・、」
「有川さんは来ないで下さい!」
ダダっと走ってヘンテコな植物の前に立つ。
箕輪さんが「これどうしたらいいの?」みたいな目で訴えてくるけど、俺だって分からないので肩を竦めるしかなかった。
有川はしばらく立ち尽くしていたけど、何かを納得したように一人で頷いていた。
「部外者には入ってほしくないよな。」
そう呟いて「翔子さん」と言った。
「こっちは気にしないで下さい。」
「あ、ええ・・・・、」
「俺は邪魔にならない程度に傍にいますから。」
ニコっと笑ってから背中を向けている。
いったいなんなんだこの野郎は・・・・。
「冴木君。」
「は、はい!」
いきなり呼ばれてドキっとする。
実はここ最近、課長とはギクシャクしているのだ。
別に仲が悪いとか喧嘩しているとかじゃない。
そもそもこの俺が課長と喧嘩などするわけがないのだ。
じゃあなんでギクシャクしているかっていうと、俺と話す時だけいつもと様子が違うからだ。
もしかして嫌われたのかと、かなり不安である。
課長は自分の腕を抱くようにしながら、視線をキョロキョロさせている。
今日の課長もいつもと違う・・・・。
こんなにオドオドしているのは初めて見る。
「あの・・・・どうしたんですか?まさか体調でも悪いとか・・・・、」
「ごめん、なんだか冴木君を前にすると冷静じゃいられなくなって。」
「お、俺を前にすると・・・・ですって。」
なんてこった・・・・これはもうアレだろう、俺に惚れてるってことじゃないのか!
《そうか・・・・課長もいよいよ俺を男として認めてくれたんだな。》
長い道のりだった。
最初は平社員のスパイから始まり、手の掛かる弟のようにしか見てもらえなかった。
そのあと社長になって、ちょっとは俺の株も上がって、だけど賄賂のせいで急降下。
しかしここへ来てまた盛り返してきたんだろう。
今回の事件、俺はこれといって活躍してない。
していないんだけど、実は自分が思ってるより頑張ってたのかも。
そうだ・・・きっとそうに決まってる!
男、冴木晴香という存在が、課長の中で無視できないものになっているんだ。
《それで最近ギクシャクしてたわけか。まったく俺ってやつは・・・・なんで今まで気づかなかったんだ。》
そういえば今日は寝癖がひどかった。
ビシっとアホ毛を撫で付け、シャツの第一ボタンも留める。
緩んでいたネクタイもしっかりと直して気合を入れた。
「冴木君、君に話しておかなきゃいけないことがある。」
「待って下さい!」
手を向けて止める。
こういうのは女性から言わせちゃいけない。
男の俺から切り出さないと。
「課長、俺も大事な話があるんです。」
「え?君も?」
キョトンとしている。
まさかこっちから告白されるとは思っていなかったんだろう。
以前に気持ちを伝えた時は撃沈したけど、今回はイケる!
一歩前に出て「課長」と手を取った。
「結婚しましょう。」
・・・・しまった。
気持ちが走りすぎていきなりプロポーズしちまった!
有川がギョっとした顔で振り返る。
俺も自分で自分の言ったことにビビったけど、でも・・・・構うもんか!
なあに、ちょっとタイミングが早くなっただけのこと。
明日にでも婚約指輪を用意しよう。
「・・・・・・・。」
課長はキツネにつままれたみたいな顔をしている。
ここは一気に押すべきだ!
「俺、地方のとんでもない田舎の店に行くことになったけど、いつか必ず返り咲いてみせます!
ぜったいにまた社長の椅子に座って、今度こそ稲松文具を変えてみせる!だから俺と・・・・、」
「譲らないよ。」
「へ?」
「社長の椅子は譲らない。」
「え、ええっと・・・・、」
「あの会社は私が変えてみせる。」
「・・・・そ、そうですよね!だって稲松文具は代々北川一族が仕切ってきたんですから。次期社長は当然課長が・・・・、」
「父とは縁を切る。」
「はい?」
「稲松文具もいったん離れるわ。」
「離れるって・・・・辞めるってことですか?」
「そうよ。」
「ど、どうして・・・・?だってせっかく日本に戻ってきて出世したのに!なんで自分から手放しちゃうんですか!」
「このままだと父の言いなりだから。単に血が繋がってるからって理由だけで社長の椅子には座れない。
それを受け入れたら最後、私は死ぬまで父に逆らえなくなる。だったら社長になる意味なんてないわ。」
「でもだからって縁を切ることまでしなくても・・・・、」
「冴木君も知ってるでしょ?今回の事件の裏には父も関わってたこと。そもそも君を失脚させた黒幕は父なんだから。」
「知ってますよ・・・・。俺みたいなどこの馬の骨とも分からない奴のせいで、課長が変わっていくことが我慢できなかったんです。
でもだからって俺は諦めませんよ!いくら会長が相手でもへこたれたりは・・・・、」
「そうはいかない。私が娘である限り、父は必ず君の邪魔をしてくる。けどそんなの許されることじゃない。
だって君は一生懸命頑張ってるじゃない。なのに仕事とぜんぜん関係のないところで邪魔をしようとするなんて・・・・私はぜったい許さない。」
グっと拳を握り、「だから私は縁を切るの」と言った。
「そして会社も辞める。」
「課長・・・・。」
「でも勘違いしないでね。私はまた稲松文具に戻ってくる。社長になる夢を諦めるわけじゃないから。」
「だけど縁を切ったらそれこそ無理ですよ。稲松文具に戻ることを認めてくれないでしょうから。」
「認めさせるわ。というより私はあの人に勝ちたい。そうでなきゃいつまでも首根っこを掴まれたまま。私は本気で夢を追いかける。だから君には譲らない。」
さっきまでオドオドしていたのが、いつの間にか強気な目に変わっていた。
でもすぐに「ごめんね」と表情を崩した。
「こんな言い方しか出来なくて。」
「いいですよそんなの。課長は自分の気持ちを語っただけなんですから。」
「私は君にも負けたくない。だけど決して卑怯な手は使いたくないわ。
このまま稲松文具に残れば、あの人は必ず君の邪魔をしてくるし、私は娘だからってことでいつか社長になる。
だけどそうなると対等とは言えない。出来レースみたいな勝負にはしたくない。」
また拳を握り、「冴木君」と睨むような目つきに変わる。
「君はもう昔の君じゃない。手のかかる弟はとうに卒業して、私の前に立ちはだかるくらいになった。」
「いやいや!俺なんかまだまだですよ。」
「そんなことないわ。君は昔よりうんと成長した。そして君が成長していく度に、逞しいなと思うのと同時に、どこか怖さを感じていたわ。」
「怖さ?」
「だって私と君、似てるから。周りからそう言われても、今まではなんとも思わなかったけど・・・・でも今は違う。
伊礼さんや祐希さんが言う通り、私たちは似てるのかもしれない。
だからこそ君を怖いと感じるようになった。だって私と同じような人が、私よりも大きく成長しようとしている。
でもそうなったら私の居場所はどこにあるんだろうって。もし君がもう一度社長になったなら、私はもうあの会社で必要のない人間になってしまう。
君が私とはぜんぜん違う人だったらこんな風には思わなかった。似てるから・・・・色んなことが重なるからこそ、怖いって思う。」
「・・・・・・・・。」
なんて言えばいいのか分からなかった。
俺は課長を怖がらせる気なんてまったくないし、課長と肩を並べるほど成長したとも思ってない。
けど今はそんなことを言っても無駄なんだろうな。
課長の耳にはきっと届かない。
「勝手でごめんね。ほんとにいつも勝手で・・・・、」
「・・・・・・・・。」
「日本へ戻ってきた時、正直かなり疲れてた。誰か支えてくれる人がほしいって思うくらいに。
冴木君がもっと逞しくなってくれれば、私の支えになってくれるんじゃないかって。
だけどそれが一番勝手な考えだって気づいた。
だって私は知ってるもの。君の信念や情熱を。それを武器に社長にまでなったんだから。」
そう言って今日初めてニコリと笑った。
「冴木君。」
「はい。」
「私も君のことが好き。」
「え?」
「もし同じ夢を持っていなければ、君の気持ちを喜んで受け取っていたかもしれない。」
「そ、それはつまり・・・・、」
「でも君には君の夢が、私には私の夢がある。いつか必ず同じ道でぶつかる夢が。私は一歩も譲る気はない。冴木君は?私と結婚するのと引き換えに夢を捨ててもいい?」
「俺?俺は・・・・・、」
もちろんですよ!・・・・・とは言えなかった。
いくら課長が相手でも、これだけは素直に頷けない。
だってここで夢を捨ててしまったら、稲松文具へ戻ってきた意味がないじゃないか。
俺の胸にはまだ火がくすぶっているんだ。
これは誤魔化しの利かない正真正銘ほんとうの夢だから、それを捨てて課長と結婚して・・・・・果たして上手くやっていけるだろうか?
課長を幸せにしてあげられるだろうか?
・・・いや、そもそも課長は誰かに幸せにされることを望んでいないのかもしれない。
自由になり、自分の手で掴み取ろうと・・・・、
「無理・・・・ですね。」
ふと口から出てしまう。
なんていうかめちゃくちゃ正直な気持ちとして漏れてしまった。
すると課長は「私も同じ」と頷いた。
「似たもの同士だから。」
肩を竦めながらクスっと微笑んでいる。
俺はどう答えていいのか分からずに、畑に視線を逃がした。
耳を澄ましていると、どこからか泣き声が聞こえてくる。
声のする方に目を向けるとマシローちゃんがいた。
小さな背中を丸めてエグエグ泣いている。
変わり果てた飼い主の姿に我慢できなかったんだろうか。
箕輪さんと美樹ちゃんが慰めていた。
「なあ有川。」
「ん?」
「あの子、まだ人間としゃべれるのか?」
「ああ。もうバクの血は飲んでいないのに、なぜかその能力は残ってるんだ。」
「長い間飲み続けたせいで、そういう身体になっちまったのかなあ。」
「かもしれない。そもそもハリネズミとしてはとうの昔に寿命を迎えてるはずなんだ。
なのにバクの血がなくてもこうして生きてるってことは、身体そのものに変化が出たのかも。」
「それって要するに・・・・、」
「霊獣になりかけてる。」
「てことはこれから長生きするかもしれねえな。だったら今のうちに悲しい出来事に向かい合ってた方がいいのかも。」
「?」
「だから伊藤のことだよ。こうして会いに来なかったら、この先何十年も悲しみを引きずったままかもしれないだろ。」
「そうだね。無理にでも連れて来てよかったのかもしれない。」
「どんなに大事な相手でも、ずっと一緒にってわけにはいかないよなあ。辛くても切なくても、いつか別れなきゃいけない時が・・・・。」
「だけど新しい出会いだってある。もう会えない人や動物もいるけど、まだ会ったことのない人や動物との出会いだって待ってるんだ。
俺は責任を持ってマシローちゃんを持って飼うつもりだよ。伊藤の代わりにはなれないけど、俺やマサカリたちと出会ってよかたって思えるようにしてあげたい。」
マシローちゃんを見る有川の目は優しく、それでいて信念みたいなものを感じた。
なるほど、玉木さんの言ってた通り、コイツはただの優男じゃないみたいだ。
「課長。」
振り返ると「なに?」と小首を傾げた。
「俺も譲りませんよ。社長になる夢。」
「うん。」
「だけど課長のことも諦めません。」
「え?」
「仕事は仕事、恋は恋でしょ。俺、ぜったいに社長の座は勝ち取ってみせるけど、課長のことだって諦めるつもりはないっす。」
「冴木君・・・・。悪いけど私と君とじゃあまりに似すぎてるから・・・・、」
「だから?」
「だからって言われても・・・・、」
「俺は俺、課長は課長っす。似てたとしても別人っすよ。」
「そんなの分かってる。ただあまりに似過ぎてると衝突するから・・・・・、」
「課長は俺の女神なんす。課長の為なら例え火の中水の中!その気持ちはずっと変わらないっすから。」
「・・・・・・・。」
課長はなにか言いたそうに口を動かしたけど、すぐに首を振って飲み込んだ。
「稲松文具を離れる前に、こうしてきちんと話すことが出来てよかった。
君に出会ってから色んなことがあって、私自身大きく変わったと思う。
こうしてちゃんと話すことが出来て・・・・間に合ってよかった。」
そう言って「実は明日にはもうこの街を出て行くのよね」と肩を竦めた。
「そ、そんな急にっすか?」
「前に辞めた時はモタモタし過ぎてタイミングを伸ばしちゃったからね。今回はスパっと行動。」
「・・・・実は俺もこの街にいるのはあと少しなんですよ。」
「伊礼さんから聞いたわ。遠くのお店に配属になったんだってね。」
「ええ、ここよりずっと田舎の店ですよ。」
「でも自分から転属願いを出したんでしょ?どうしてまたそんな小さなお店に?」
「一つは箕輪さんと美樹ちゃんを安心させてあげたいからです。
俺はどうも無自覚のトラブルメーカーっぽいんで、これ以上ハリマ販売所にいたらあの二人を不安にさせちゃいます。
もう一つは一から出直すって意味で、自分を鍛え直したいんです。ド田舎の辺鄙な店から始めて、いずれ必ず本社に戻ってやりますよ。」
「私も負けないよ。また必ずここへ戻って来る。まずは自分の為に働いて、自分の為に生きてみる。
自分のことさえままならないんじゃ、社長になってみんなが働きやすい会社に変えるなんて無理だもん。」
課長は今まで自分を抑えていた。
だけど人生ってのは誰のものでもない、自分の為にあるんだ。
「課長、しばらくお別れっすね。」
「うん。寂しいけど仕方ない。私は頑張る。だから君も頑張って。」
「もちろんっすよ!」
課長は握手をしようと手を出してくる。
俺はその手を掴もうとしたけど、途中で止めて拳を握った。
課長は一瞬だけキョトンとしてから、すぐに自分も拳を握り、コツンと合わせた。
「課長、またいつか。」
「うん。次に会える日を楽しみにしてる。」
課長は手を後ろに回しながら、ゆっくりと離れていく。
「有川さん。こっちは終わりました。ワガママに付き合ってくれてありがと・・・・、」
そう言いかけて固まる。
さっきまで傍にいたはずなのに、いつの間にかマシローちゃんの所へ行っていたのだ。
「アイツ!課長の傍にいますからって言ってたクセに・・・・、」
「いいのいいの。」
ぜんぜん気にしてないって感じで首を振る。
「あれが有川さんの仕事だから。困ってる動物や悲しんでる動物を放っておけない、そういう強くて優しい人。」
有川を見る課長の目は優しく、そしてちょっとだけ切ない感じだった。
「有川さん、いつも助けてくれてありがとう。」
背中を向ける有川に呟きかける。
「お別れは言わない、だって友達だもん。また必ず会えるから。」
そして「悪いんだけど、有川さんを家まで送ってあげてもらっていい?」と言った。
「ええ、別にいいっすけど・・・・、」
「明日でこの街を離れるからね。帰ってすぐに準備しなきゃ。」
ポンと俺の肩を叩きながら「喧嘩はしちゃダメだからね」と釘を刺された。
「平気っす。もうそんな敵視してないっすから。」
「それとあんまり失礼な態度は取らないように。」
「まあ・・・・努力します。」
課長はクスっと苦笑いしてから、「それじゃ」と離れていく。
手を振りながら背中を向け、車のドアを開ける。
「課長!」
手を止めて振り返る。
「またいつか。」
「うん、またね。」
微笑みを残し、車を走らせて行く。
まさかこういう展開になるとは思わなかった。
ぶっちゃけ内心はかなりへこんでいる。
だってしばらく課長と会えないなんて・・・・・。
でも今は仕方ない。
歩き出さなきゃ後悔する瞬間ってのは誰にでもある。
そして気持ちを抑えなきゃいけない時だって。
遠ざかっていく課長の車を、見えなくなるまで見送っていた。
*****
『お久しぶりです。あの事件以来お会いしていませんが、いかがお過ごしでしょうか。
風の噂で耳にしたのですが、かなり遠くのお店へ異動されたそうですね。
従業員が冴木さんを含めて三人しかおらず、一週間で二人くらいしかお客さんがやって来ないようなお店だと聞きました。
どうしてそんなお店へ転属願いを出されたのか不思議ですが、冴木さんには冴木さんの考えがあるのでしょうね。
大丈夫、貴方の情熱とパワーならどんな場所でもやっていけるでしょう。
これからの活躍を期待しています。
話は変わりますが、私がお渡しした拳銃はまだお持ちでしょうか?
最初の予定では、鬼神川が見ている前で私を撃ち、死んだと思わせることで、影で動きやすくするはずでしたね。
しかし中々チャンスは訪れず、しかも私が霊獣であることがバレてしまったので、その作戦は使えなくなりました。
もう不要と思いますので、便箋の住所まで送って頂ければ回収いたします。
ただもし返したくないというのであれば、そのまま預けておきます。
あなたは正しく力を使える方です。
拳銃の力に負けて無闇に撃つことはないでしょう。
今回の事件、霊獣のせいで多くの人間に迷惑をかけてしまいました。
勝手ながら私が代表してお詫びさせて頂きます
申し訳ありませんでした。
今後二度と私が貴方と貴方の仲間に関わることはないでしょう。
霊獣がどうたらなんて事件、首を突っ込むのは私の弟子みたいな特殊な人間だけで充分です。
冴木さんには冴木さんの仕事があり、あなたにしか出来ない仕事もたくさんあります。
ご一緒に仕事をさせて頂いて、とても大きな器を持ってらっしゃる方だと感じました。
精進を怠らない限り、貴方ならいつか自分の描く理想にたどり着けるでしょう。
苦難は多いと思いますが、陰ながら応援させて頂きます。
それではお元気で。』 玉木千里
*
『もう春も終わって、梅雨が近くなってきましたね。
有川さんはいかがお過ごしでしょうか。
私の方はまた日本を出て海外に来ています。
今はシンガポールで知り合った人の仕事を手伝っています。
なかなかの激務だけど、経験と人脈を得られる仕事なのでやりがいはあります。
有川さんの方はどうですか?
ちゃんと仕事は取れていますか?
苦手かもしれないけど営業活動はした方がいいですよ。
有川さんにはちゃんと実力があるんだから、もっと自信を持てば上手くいくはずです。
婚約者のマイさんが帰って来た時、事務所が潰れていたなんてことがないように頑張って下さい。
私は信じています。
有川さんならもっともっと良い仕事をこなして、もっともっとたくさんの動物を助けてあげられるって。
私はこれから自分の為に生きていこうと思います。
必要以上に誰かを気遣うのはやめにして、自分の人生をもっと大事にするつもりです。
そしていつかはまた日本へ帰り、夢を実現させてみせます。
ライバルはあの冴木君、手強い相手だけど負けません。
有川さんはこれからもきっと誰かの為だったり、動物の為に生きていくんでしょうね。
あなたの優しさは心の底に根付いているから、意識しなくても困ってる人や動物の力になろうとするはずです。
そんな人からこそ、私にとって大事な友達です。
冴木君は私とよく似ているけど、有川さんは正反対です。
あなたと話していると、どうしてこんなに落ち着くんだろうって考えたことがあるけど、今なら分かります。
私にないものを持っている有川さんは、いつだって私を癒してくれたからです。
憧れたり羨ましいと思うこともありました。
だけど妬んだりコンプレックスを感じたりと、嫌な気持ちになることはありませんでした。
それはきっと、有川さんが勝ち負けにこだわる人ではないからです。
私はずっと競争の世界にいました。
だからこそ競争とは無縁の、勝ち負けにこだわらない有川さんが好きでした。
私はこれからもっともっと勝ち負けにこだわる生き方になっていくと思います。
そうしないとたどり着けない場所があるから。
だけど有川さんにはそうなってほしくありません。
これからもずっと競争なんて関係のない、勝ち負けにこだわらない人でい続けてほしい。
私たちはこれからもずっと友達です。
この世界中でたった一人でも心を許せる友達がいる。
それだけですごく救われます。
何年先かは分からないけど、必ずいつか日本に帰ります。
その時はまた一緒に散歩をしましょうね。
あのゆったりとした川原で犬のリードを引きながら。
これからも体に気をつけて頑張って下さい。
あとマサカリたちにもよろしく。
それじゃいつかまた。』 北川翔子
*
「おい有川!なんでお前にだけ課長から手紙が来てるんだよ!」
「冴木君こそなんでたまきから手紙が来てるんだよ?俺は弟子なのに。」
「知るかよ。多分ダメな弟子だって信用されてねえんじゃねえの?」
「言ってくれるね。君こそ翔子さんから愛想を尽かされてたりして。」
「な、なんだとこの野郎!」
「ムキになるってことは図星なんじゃ・・・・、」
「んなこと言うならお前だって玉木さんから愛想尽かされてんじゃねえのかよ。いつまで経っても成長しねえ弟子だって。」
「ぐッ・・・・、」
「おいおい、図星かよ。」
「心当たりはある。俺は冴木君みたいに自信過剰じゃないからね。」
「俺だってお前みたいに小心者じゃねえ。男ならもっと勇気を持たないと。」
「いやいや、君はただ無謀な性格をしてるだけで勇気とは違う。俺みたいにもっと慎重になった方がいいよ。」
「慎重?ふん、物は言いようだな。自信のないヘタレのクセに。」
「君こそ無鉄砲の単細胞だよ。だからいつも周りを巻き込んで迷惑をかける。」
「この野郎!ケンカ売ってんのか?」
「そんなつもりはないけど、やるっていうならやるよ。」
「上等じゃねえか・・・表出ろコラ!」
「いいよ。その代わりあとでどうなっても文句言うなよ。」
「お前なんざワンパンだこの野郎!」
「君なんか一発で蹴り飛ばしてやるよ。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「あのさ・・・・、」
「うん。」
「後ろからすげえ殺気を感じるんだけど・・・・。」
「俺もだ。多分人ん家でケンカするなって怒ってるんだろね。」
「キレてるっぽい?」
「顔は笑ってるよ。髪の毛が逆立つほど殺気を出してるけど。」
「ムクゲさん、久しぶりに進藤君に会えるって喜んでたからな。」
「タンク君の誕生日会だからって呼ばれて来たけど、なんか俺たちだけ浮いてない?」
「だな。箕輪さんも美樹ちゃんもケンカすんなって顔してるぜ。」
「伊礼さんと猛君も呆れ顔だよ。」
「アンタの動物たちもウザがってるみたいだし・・・・、」
「チェリー君も肩を竦めてるよ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「とりえず今日のところは・・・・、」
「仲良くしますか・・・・・。」
「席に戻る?」
「そうしよう。」
稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 -完-