稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 最終話 決断(2)

  • 2019.05.15 Wednesday
  • 11:27

JUGEMテーマ:自作小説

突然畑にやって来た課長と有川。
しかもマシローちゃんまで連れていた。
「こんにちわ。」
手を上げながらやって来る有川に「どうも」っと会釈を返す。
「なんでアンタがここに?・・・まさかその子が来たがってたのか?」
マシローちゃんを指差すと「無理矢理連れてきたんだ」と答えた。
「マサカリたちにそうした方がいいって言われてね。動物の気持ちは動物が一番分かってるだろうから、こうして連れて来たってわけ。」
「そっか。まあ・・・アレだよな。その子にとっちゃ辛い再会だよな。」
「ああ。でもいつまでも向き合わないわけにもいかない。」
そう言ってヘンテコな植物を振り返り、「今日はあの二人もいるんだね」と呟いた。
箕輪さんと美樹ちゃんもこっちに気づいたみたいで、ペコっと会釈した。
「こんにちわ。」
ニコっと笑顔を返す有川。
マシローちゃんを手に乗せると、二人は驚いた顔をしていた。
「有川さん。私は後でいいですから、先にその子の方を見てあげて下さい。」
「いいんですか?」
「ええ。」
「ならそうさせてもらいます。ほら、行くか。」
浮かない顔をしたマシローちゃんは、突然ピョンと有川の手から飛び降りた。
そしてユサユサとトゲを揺らしながら、ヘンテコな植物の方へ走っていく。
「あ!ちょっと・・・・、」
「有川さんは来ないで下さい!」
ダダっと走ってヘンテコな植物の前に立つ。
箕輪さんが「これどうしたらいいの?」みたいな目で訴えてくるけど、俺だって分からないので肩を竦めるしかなかった。
有川はしばらく立ち尽くしていたけど、何かを納得したように一人で頷いていた。
「部外者には入ってほしくないよな。」
そう呟いて「翔子さん」と言った。
「こっちは気にしないで下さい。」
「あ、ええ・・・・、」
「俺は邪魔にならない程度に傍にいますから。」
ニコっと笑ってから背中を向けている。
いったいなんなんだこの野郎は・・・・。
「冴木君。」
「は、はい!」
いきなり呼ばれてドキっとする。
実はここ最近、課長とはギクシャクしているのだ。
別に仲が悪いとか喧嘩しているとかじゃない。
そもそもこの俺が課長と喧嘩などするわけがないのだ。
じゃあなんでギクシャクしているかっていうと、俺と話す時だけいつもと様子が違うからだ。
もしかして嫌われたのかと、かなり不安である。
課長は自分の腕を抱くようにしながら、視線をキョロキョロさせている。
今日の課長もいつもと違う・・・・。
こんなにオドオドしているのは初めて見る。
「あの・・・・どうしたんですか?まさか体調でも悪いとか・・・・、」
「ごめん、なんだか冴木君を前にすると冷静じゃいられなくなって。」
「お、俺を前にすると・・・・ですって。」
なんてこった・・・・これはもうアレだろう、俺に惚れてるってことじゃないのか!
《そうか・・・・課長もいよいよ俺を男として認めてくれたんだな。》
長い道のりだった。
最初は平社員のスパイから始まり、手の掛かる弟のようにしか見てもらえなかった。
そのあと社長になって、ちょっとは俺の株も上がって、だけど賄賂のせいで急降下。
しかしここへ来てまた盛り返してきたんだろう。
今回の事件、俺はこれといって活躍してない。
していないんだけど、実は自分が思ってるより頑張ってたのかも。
そうだ・・・きっとそうに決まってる!
男、冴木晴香という存在が、課長の中で無視できないものになっているんだ。
《それで最近ギクシャクしてたわけか。まったく俺ってやつは・・・・なんで今まで気づかなかったんだ。》
そういえば今日は寝癖がひどかった。
ビシっとアホ毛を撫で付け、シャツの第一ボタンも留める。
緩んでいたネクタイもしっかりと直して気合を入れた。
「冴木君、君に話しておかなきゃいけないことがある。」
「待って下さい!」
手を向けて止める。
こういうのは女性から言わせちゃいけない。
男の俺から切り出さないと。
「課長、俺も大事な話があるんです。」
「え?君も?」
キョトンとしている。
まさかこっちから告白されるとは思っていなかったんだろう。
以前に気持ちを伝えた時は撃沈したけど、今回はイケる!
一歩前に出て「課長」と手を取った。
「結婚しましょう。」
・・・・しまった。
気持ちが走りすぎていきなりプロポーズしちまった!
有川がギョっとした顔で振り返る。
俺も自分で自分の言ったことにビビったけど、でも・・・・構うもんか!
なあに、ちょっとタイミングが早くなっただけのこと。
明日にでも婚約指輪を用意しよう。
「・・・・・・・。」
課長はキツネにつままれたみたいな顔をしている。
ここは一気に押すべきだ!
「俺、地方のとんでもない田舎の店に行くことになったけど、いつか必ず返り咲いてみせます!
ぜったいにまた社長の椅子に座って、今度こそ稲松文具を変えてみせる!だから俺と・・・・、」
「譲らないよ。」
「へ?」
「社長の椅子は譲らない。」
「え、ええっと・・・・、」
「あの会社は私が変えてみせる。」
「・・・・そ、そうですよね!だって稲松文具は代々北川一族が仕切ってきたんですから。次期社長は当然課長が・・・・、」
「父とは縁を切る。」
「はい?」
「稲松文具もいったん離れるわ。」
「離れるって・・・・辞めるってことですか?」
「そうよ。」
「ど、どうして・・・・?だってせっかく日本に戻ってきて出世したのに!なんで自分から手放しちゃうんですか!」
「このままだと父の言いなりだから。単に血が繋がってるからって理由だけで社長の椅子には座れない。
それを受け入れたら最後、私は死ぬまで父に逆らえなくなる。だったら社長になる意味なんてないわ。」
「でもだからって縁を切ることまでしなくても・・・・、」
「冴木君も知ってるでしょ?今回の事件の裏には父も関わってたこと。そもそも君を失脚させた黒幕は父なんだから。」
「知ってますよ・・・・。俺みたいなどこの馬の骨とも分からない奴のせいで、課長が変わっていくことが我慢できなかったんです。
でもだからって俺は諦めませんよ!いくら会長が相手でもへこたれたりは・・・・、」
「そうはいかない。私が娘である限り、父は必ず君の邪魔をしてくる。けどそんなの許されることじゃない。
だって君は一生懸命頑張ってるじゃない。なのに仕事とぜんぜん関係のないところで邪魔をしようとするなんて・・・・私はぜったい許さない。」
グっと拳を握り、「だから私は縁を切るの」と言った。
「そして会社も辞める。」
「課長・・・・。」
「でも勘違いしないでね。私はまた稲松文具に戻ってくる。社長になる夢を諦めるわけじゃないから。」
「だけど縁を切ったらそれこそ無理ですよ。稲松文具に戻ることを認めてくれないでしょうから。」
「認めさせるわ。というより私はあの人に勝ちたい。そうでなきゃいつまでも首根っこを掴まれたまま。私は本気で夢を追いかける。だから君には譲らない。」
さっきまでオドオドしていたのが、いつの間にか強気な目に変わっていた。
でもすぐに「ごめんね」と表情を崩した。
「こんな言い方しか出来なくて。」
「いいですよそんなの。課長は自分の気持ちを語っただけなんですから。」
「私は君にも負けたくない。だけど決して卑怯な手は使いたくないわ。
このまま稲松文具に残れば、あの人は必ず君の邪魔をしてくるし、私は娘だからってことでいつか社長になる。
だけどそうなると対等とは言えない。出来レースみたいな勝負にはしたくない。」
また拳を握り、「冴木君」と睨むような目つきに変わる。
「君はもう昔の君じゃない。手のかかる弟はとうに卒業して、私の前に立ちはだかるくらいになった。」
「いやいや!俺なんかまだまだですよ。」
「そんなことないわ。君は昔よりうんと成長した。そして君が成長していく度に、逞しいなと思うのと同時に、どこか怖さを感じていたわ。」
「怖さ?」
「だって私と君、似てるから。周りからそう言われても、今まではなんとも思わなかったけど・・・・でも今は違う。
伊礼さんや祐希さんが言う通り、私たちは似てるのかもしれない。
だからこそ君を怖いと感じるようになった。だって私と同じような人が、私よりも大きく成長しようとしている。
でもそうなったら私の居場所はどこにあるんだろうって。もし君がもう一度社長になったなら、私はもうあの会社で必要のない人間になってしまう。
君が私とはぜんぜん違う人だったらこんな風には思わなかった。似てるから・・・・色んなことが重なるからこそ、怖いって思う。」
「・・・・・・・・。」
なんて言えばいいのか分からなかった。
俺は課長を怖がらせる気なんてまったくないし、課長と肩を並べるほど成長したとも思ってない。
けど今はそんなことを言っても無駄なんだろうな。
課長の耳にはきっと届かない。
「勝手でごめんね。ほんとにいつも勝手で・・・・、」
「・・・・・・・・。」
「日本へ戻ってきた時、正直かなり疲れてた。誰か支えてくれる人がほしいって思うくらいに。
冴木君がもっと逞しくなってくれれば、私の支えになってくれるんじゃないかって。
だけどそれが一番勝手な考えだって気づいた。
だって私は知ってるもの。君の信念や情熱を。それを武器に社長にまでなったんだから。」
そう言って今日初めてニコリと笑った。
「冴木君。」
「はい。」
「私も君のことが好き。」
「え?」
「もし同じ夢を持っていなければ、君の気持ちを喜んで受け取っていたかもしれない。」
「そ、それはつまり・・・・、」
「でも君には君の夢が、私には私の夢がある。いつか必ず同じ道でぶつかる夢が。私は一歩も譲る気はない。冴木君は?私と結婚するのと引き換えに夢を捨ててもいい?」
「俺?俺は・・・・・、」
もちろんですよ!・・・・・とは言えなかった。
いくら課長が相手でも、これだけは素直に頷けない。
だってここで夢を捨ててしまったら、稲松文具へ戻ってきた意味がないじゃないか。
俺の胸にはまだ火がくすぶっているんだ。
これは誤魔化しの利かない正真正銘ほんとうの夢だから、それを捨てて課長と結婚して・・・・・果たして上手くやっていけるだろうか?
課長を幸せにしてあげられるだろうか?
・・・いや、そもそも課長は誰かに幸せにされることを望んでいないのかもしれない。
自由になり、自分の手で掴み取ろうと・・・・、
「無理・・・・ですね。」
ふと口から出てしまう。
なんていうかめちゃくちゃ正直な気持ちとして漏れてしまった。
すると課長は「私も同じ」と頷いた。
「似たもの同士だから。」
肩を竦めながらクスっと微笑んでいる。
俺はどう答えていいのか分からずに、畑に視線を逃がした。
耳を澄ましていると、どこからか泣き声が聞こえてくる。
声のする方に目を向けるとマシローちゃんがいた。
小さな背中を丸めてエグエグ泣いている。
変わり果てた飼い主の姿に我慢できなかったんだろうか。
箕輪さんと美樹ちゃんが慰めていた。
「なあ有川。」
「ん?」
「あの子、まだ人間としゃべれるのか?」
「ああ。もうバクの血は飲んでいないのに、なぜかその能力は残ってるんだ。」
「長い間飲み続けたせいで、そういう身体になっちまったのかなあ。」
「かもしれない。そもそもハリネズミとしてはとうの昔に寿命を迎えてるはずなんだ。
なのにバクの血がなくてもこうして生きてるってことは、身体そのものに変化が出たのかも。」
「それって要するに・・・・、」
「霊獣になりかけてる。」
「てことはこれから長生きするかもしれねえな。だったら今のうちに悲しい出来事に向かい合ってた方がいいのかも。」
「?」
「だから伊藤のことだよ。こうして会いに来なかったら、この先何十年も悲しみを引きずったままかもしれないだろ。」
「そうだね。無理にでも連れて来てよかったのかもしれない。」
「どんなに大事な相手でも、ずっと一緒にってわけにはいかないよなあ。辛くても切なくても、いつか別れなきゃいけない時が・・・・。」
「だけど新しい出会いだってある。もう会えない人や動物もいるけど、まだ会ったことのない人や動物との出会いだって待ってるんだ。
俺は責任を持ってマシローちゃんを持って飼うつもりだよ。伊藤の代わりにはなれないけど、俺やマサカリたちと出会ってよかたって思えるようにしてあげたい。」
マシローちゃんを見る有川の目は優しく、それでいて信念みたいなものを感じた。
なるほど、玉木さんの言ってた通り、コイツはただの優男じゃないみたいだ。
「課長。」
振り返ると「なに?」と小首を傾げた。
「俺も譲りませんよ。社長になる夢。」
「うん。」
「だけど課長のことも諦めません。」
「え?」
「仕事は仕事、恋は恋でしょ。俺、ぜったいに社長の座は勝ち取ってみせるけど、課長のことだって諦めるつもりはないっす。」
「冴木君・・・・。悪いけど私と君とじゃあまりに似すぎてるから・・・・、」
「だから?」
「だからって言われても・・・・、」
「俺は俺、課長は課長っす。似てたとしても別人っすよ。」
「そんなの分かってる。ただあまりに似過ぎてると衝突するから・・・・・、」
「課長は俺の女神なんす。課長の為なら例え火の中水の中!その気持ちはずっと変わらないっすから。」
「・・・・・・・。」
課長はなにか言いたそうに口を動かしたけど、すぐに首を振って飲み込んだ。
「稲松文具を離れる前に、こうしてきちんと話すことが出来てよかった。
君に出会ってから色んなことがあって、私自身大きく変わったと思う。
こうしてちゃんと話すことが出来て・・・・間に合ってよかった。」
そう言って「実は明日にはもうこの街を出て行くのよね」と肩を竦めた。
「そ、そんな急にっすか?」
「前に辞めた時はモタモタし過ぎてタイミングを伸ばしちゃったからね。今回はスパっと行動。」
「・・・・実は俺もこの街にいるのはあと少しなんですよ。」
「伊礼さんから聞いたわ。遠くのお店に配属になったんだってね。」
「ええ、ここよりずっと田舎の店ですよ。」
「でも自分から転属願いを出したんでしょ?どうしてまたそんな小さなお店に?」
「一つは箕輪さんと美樹ちゃんを安心させてあげたいからです。
俺はどうも無自覚のトラブルメーカーっぽいんで、これ以上ハリマ販売所にいたらあの二人を不安にさせちゃいます。
もう一つは一から出直すって意味で、自分を鍛え直したいんです。ド田舎の辺鄙な店から始めて、いずれ必ず本社に戻ってやりますよ。」
「私も負けないよ。また必ずここへ戻って来る。まずは自分の為に働いて、自分の為に生きてみる。
自分のことさえままならないんじゃ、社長になってみんなが働きやすい会社に変えるなんて無理だもん。」
課長は今まで自分を抑えていた。
だけど人生ってのは誰のものでもない、自分の為にあるんだ。
「課長、しばらくお別れっすね。」
「うん。寂しいけど仕方ない。私は頑張る。だから君も頑張って。」
「もちろんっすよ!」
課長は握手をしようと手を出してくる。
俺はその手を掴もうとしたけど、途中で止めて拳を握った。
課長は一瞬だけキョトンとしてから、すぐに自分も拳を握り、コツンと合わせた。
「課長、またいつか。」
「うん。次に会える日を楽しみにしてる。」
課長は手を後ろに回しながら、ゆっくりと離れていく。
「有川さん。こっちは終わりました。ワガママに付き合ってくれてありがと・・・・、」
そう言いかけて固まる。
さっきまで傍にいたはずなのに、いつの間にかマシローちゃんの所へ行っていたのだ。
「アイツ!課長の傍にいますからって言ってたクセに・・・・、」
「いいのいいの。」
ぜんぜん気にしてないって感じで首を振る。
「あれが有川さんの仕事だから。困ってる動物や悲しんでる動物を放っておけない、そういう強くて優しい人。」
有川を見る課長の目は優しく、そしてちょっとだけ切ない感じだった。
「有川さん、いつも助けてくれてありがとう。」
背中を向ける有川に呟きかける。
「お別れは言わない、だって友達だもん。また必ず会えるから。」
そして「悪いんだけど、有川さんを家まで送ってあげてもらっていい?」と言った。
「ええ、別にいいっすけど・・・・、」
「明日でこの街を離れるからね。帰ってすぐに準備しなきゃ。」
ポンと俺の肩を叩きながら「喧嘩はしちゃダメだからね」と釘を刺された。
「平気っす。もうそんな敵視してないっすから。」
「それとあんまり失礼な態度は取らないように。」
「まあ・・・・努力します。」
課長はクスっと苦笑いしてから、「それじゃ」と離れていく。
手を振りながら背中を向け、車のドアを開ける。
「課長!」
手を止めて振り返る。
「またいつか。」
「うん、またね。」
微笑みを残し、車を走らせて行く。
まさかこういう展開になるとは思わなかった。
ぶっちゃけ内心はかなりへこんでいる。
だってしばらく課長と会えないなんて・・・・・。
でも今は仕方ない。
歩き出さなきゃ後悔する瞬間ってのは誰にでもある。
そして気持ちを抑えなきゃいけない時だって。
遠ざかっていく課長の車を、見えなくなるまで見送っていた。


     *****


『お久しぶりです。あの事件以来お会いしていませんが、いかがお過ごしでしょうか。
風の噂で耳にしたのですが、かなり遠くのお店へ異動されたそうですね。
従業員が冴木さんを含めて三人しかおらず、一週間で二人くらいしかお客さんがやって来ないようなお店だと聞きました。
どうしてそんなお店へ転属願いを出されたのか不思議ですが、冴木さんには冴木さんの考えがあるのでしょうね。
大丈夫、貴方の情熱とパワーならどんな場所でもやっていけるでしょう。
これからの活躍を期待しています。
話は変わりますが、私がお渡しした拳銃はまだお持ちでしょうか?
最初の予定では、鬼神川が見ている前で私を撃ち、死んだと思わせることで、影で動きやすくするはずでしたね。
しかし中々チャンスは訪れず、しかも私が霊獣であることがバレてしまったので、その作戦は使えなくなりました。
もう不要と思いますので、便箋の住所まで送って頂ければ回収いたします。
ただもし返したくないというのであれば、そのまま預けておきます。
あなたは正しく力を使える方です。
拳銃の力に負けて無闇に撃つことはないでしょう。


今回の事件、霊獣のせいで多くの人間に迷惑をかけてしまいました。
勝手ながら私が代表してお詫びさせて頂きます
申し訳ありませんでした。
今後二度と私が貴方と貴方の仲間に関わることはないでしょう。
霊獣がどうたらなんて事件、首を突っ込むのは私の弟子みたいな特殊な人間だけで充分です。
冴木さんには冴木さんの仕事があり、あなたにしか出来ない仕事もたくさんあります。
ご一緒に仕事をさせて頂いて、とても大きな器を持ってらっしゃる方だと感じました。
精進を怠らない限り、貴方ならいつか自分の描く理想にたどり着けるでしょう。
苦難は多いと思いますが、陰ながら応援させて頂きます。
それではお元気で。』 玉木千里


     *


『もう春も終わって、梅雨が近くなってきましたね。
有川さんはいかがお過ごしでしょうか。
私の方はまた日本を出て海外に来ています。
今はシンガポールで知り合った人の仕事を手伝っています。
なかなかの激務だけど、経験と人脈を得られる仕事なのでやりがいはあります。
有川さんの方はどうですか?
ちゃんと仕事は取れていますか?
苦手かもしれないけど営業活動はした方がいいですよ。
有川さんにはちゃんと実力があるんだから、もっと自信を持てば上手くいくはずです。
婚約者のマイさんが帰って来た時、事務所が潰れていたなんてことがないように頑張って下さい。
私は信じています。
有川さんならもっともっと良い仕事をこなして、もっともっとたくさんの動物を助けてあげられるって。


私はこれから自分の為に生きていこうと思います。
必要以上に誰かを気遣うのはやめにして、自分の人生をもっと大事にするつもりです。
そしていつかはまた日本へ帰り、夢を実現させてみせます。
ライバルはあの冴木君、手強い相手だけど負けません。
有川さんはこれからもきっと誰かの為だったり、動物の為に生きていくんでしょうね。
あなたの優しさは心の底に根付いているから、意識しなくても困ってる人や動物の力になろうとするはずです。
そんな人からこそ、私にとって大事な友達です。
冴木君は私とよく似ているけど、有川さんは正反対です。
あなたと話していると、どうしてこんなに落ち着くんだろうって考えたことがあるけど、今なら分かります。
私にないものを持っている有川さんは、いつだって私を癒してくれたからです。
憧れたり羨ましいと思うこともありました。
だけど妬んだりコンプレックスを感じたりと、嫌な気持ちになることはありませんでした。
それはきっと、有川さんが勝ち負けにこだわる人ではないからです。
私はずっと競争の世界にいました。
だからこそ競争とは無縁の、勝ち負けにこだわらない有川さんが好きでした。
私はこれからもっともっと勝ち負けにこだわる生き方になっていくと思います。
そうしないとたどり着けない場所があるから。
だけど有川さんにはそうなってほしくありません。
これからもずっと競争なんて関係のない、勝ち負けにこだわらない人でい続けてほしい。
私たちはこれからもずっと友達です。
この世界中でたった一人でも心を許せる友達がいる。
それだけですごく救われます。
何年先かは分からないけど、必ずいつか日本に帰ります。
その時はまた一緒に散歩をしましょうね。
あのゆったりとした川原で犬のリードを引きながら。
これからも体に気をつけて頑張って下さい。
あとマサカリたちにもよろしく。
それじゃいつかまた。』 北川翔子


     *


「おい有川!なんでお前にだけ課長から手紙が来てるんだよ!」
「冴木君こそなんでたまきから手紙が来てるんだよ?俺は弟子なのに。」
「知るかよ。多分ダメな弟子だって信用されてねえんじゃねえの?」
「言ってくれるね。君こそ翔子さんから愛想を尽かされてたりして。」
「な、なんだとこの野郎!」
「ムキになるってことは図星なんじゃ・・・・、」
「んなこと言うならお前だって玉木さんから愛想尽かされてんじゃねえのかよ。いつまで経っても成長しねえ弟子だって。」
「ぐッ・・・・、」
「おいおい、図星かよ。」
「心当たりはある。俺は冴木君みたいに自信過剰じゃないからね。」
「俺だってお前みたいに小心者じゃねえ。男ならもっと勇気を持たないと。」
「いやいや、君はただ無謀な性格をしてるだけで勇気とは違う。俺みたいにもっと慎重になった方がいいよ。」
「慎重?ふん、物は言いようだな。自信のないヘタレのクセに。」
「君こそ無鉄砲の単細胞だよ。だからいつも周りを巻き込んで迷惑をかける。」
「この野郎!ケンカ売ってんのか?」
「そんなつもりはないけど、やるっていうならやるよ。」
「上等じゃねえか・・・表出ろコラ!」
「いいよ。その代わりあとでどうなっても文句言うなよ。」
「お前なんざワンパンだこの野郎!」
「君なんか一発で蹴り飛ばしてやるよ。」
「・・・・・・・・。」
「・・・・・・・・。」
「あのさ・・・・、」
「うん。」
「後ろからすげえ殺気を感じるんだけど・・・・。」
「俺もだ。多分人ん家でケンカするなって怒ってるんだろね。」
「キレてるっぽい?」
「顔は笑ってるよ。髪の毛が逆立つほど殺気を出してるけど。」
「ムクゲさん、久しぶりに進藤君に会えるって喜んでたからな。」
「タンク君の誕生日会だからって呼ばれて来たけど、なんか俺たちだけ浮いてない?」
「だな。箕輪さんも美樹ちゃんもケンカすんなって顔してるぜ。」
「伊礼さんと猛君も呆れ顔だよ。」
「アンタの動物たちもウザがってるみたいだし・・・・、」
「チェリー君も肩を竦めてるよ。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「とりえず今日のところは・・・・、」
「仲良くしますか・・・・・。」
「席に戻る?」
「そうしよう。」

 

 

     稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜 -完-

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第三十四話 決断(1)

  • 2019.05.14 Tuesday
  • 11:15

JUGEMテーマ:自作小説

あの事件の終わりから一ヶ月。
季節は初夏を迎え、ふわりとカーテンを揺らしながら清々しい風が吹き込む。
事件が終わってからしばらくはバタバタしていたけど、ここ最近はいつものごとく平和・・・・というより、仕事がなくて暇な状態だ。
下手をすればまたバイト生活に逆戻りかもしれない。
そんな俺の心配とは裏腹に動物たちは元気である。
人間になった時のことがよほど楽しかったんだろう。
一ヶ月たった今でも毎日のように話題にしている。
「でも意外よねえ。猫又のタンク君、てっきりカレンに惚れてると思ったのに。」
鼻息荒く喋るのはモンブラン。
マリナが「そうよねえ」と頷いていた。
「兄妹に憧れてたから、妹が出来たみたいで嬉しかっただけなんてねえ。」
「カレンはカレンでお兄ちゃんが出来たみたいで喜んでるし。」
「私たちが期待してたのは、惚れた腫れたのそういう関係なのにね。」
「拍子抜けもいいところだわ。」
「ほんとよねえ。」
「あ、それで思い出したんだけどさ。」
「なあに?」
「これカレンから聞いたんだけど、あの時に伊礼さんっていうちょっといい男がいたじゃない。」
「いかにも仕事が出来そうな渋いオジサマね。あの人がどうかしたの?」
「あの日にみんなで街へ遊びに行ったじゃない?」
「とっても楽しかったわねえ。また人間になってみんなで遊びに行きたいわあ。」
「その時に人間の猛君って男の子がいたでしょ?」
「覚えてるわ。照れ屋さんで可愛い男子だったわね。」
「その猛君繋がりでさ、伊礼さんと結子さんっていう未亡人がいい感じになってたらしいのよ。」
「あらまあ。」
「タンク君が言うには、あの二人はぜったいにくっ付くと思ってたらしいのよ。だってどっちも猛君の親みたいなもんだし。」
「お似合いだと思うわあの二人。まあよくは知らないけど。」
「でね、あの日私たちと遊んだあと、猛君は伊礼さんと結子さんと三人でご飯を食べに行ったんだって。」
「うんうん。」
「その理由がさ、猛君がテニスの試合で優勝したからっていうのよ。」
「あらまあ。それじゃ本物の家族みたいじゃない。」
「でしょ!そう思うでしょ!これは独身貴族と未亡人の再婚かと思うじゃない?」
「え?まさか違うの?」
「それが違うのよ!実は結子さんには婚約者がいて、しかももう妊娠してるんだって!」
「ええ!なによそれ?だったらなんで三人でご飯なんか食べに行ったの?」
「これが最後になるからって。」
「最後?」
「結子さんの婚約者が貿易関係の仕事をしててね、しばらく海外へ行くことになったらしいのよ。」
「ということは結子さんも・・・・、」
「うん、一緒に行くってわけ。」
「ちなみにどこ?」
「アイルランドだって。」
「へえ、すごいじゃない!で・・・・アイルランドってどこ?」
「さあ?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「でもなんかすごいわよねえ!」
「うん、すごいわ!だってアイルランドだもの。」
「そうよ!なんたってアイルランドだもの。」
「まあとにかく、もう日本にはいられないわけよ。今までは猛君の面倒を見る為にちょくちょく伊礼さんの家に行ってたらしいんだけど、それももう無理になるってわけ。」
「ああ、だから最後なのね。」
「伊礼さんって人、今までは猛君にあんまり向き合わなかったんだけど、あの事件をキッカケに変わったってさ。
もっと猛と向き合うように努力しますって、結子さんに約束したんだって。」
「ということは・・・・、」
「うん、結子さんは安心して結婚できるってわけ。」
「いい話じゃない。他人の世話をするのもいいけど、やっぱり自分の幸せを掴まないと。」
「でもさ、ちょっと切ない結末でもあるのよね。」
「どうして?」
「猛君は結子さんの結婚のこと知ってたんだって。その日のうちに本人から聞いてたから。」
「結婚して日本からいなくなること?」
「うん。でも伊礼さんは晩御飯が終わった後に聞かされたらしいのよ。
だから今までお世話になったお礼にって、次は三人でどこかに遊びに行かないかって誘ったんだって。」
「え、ちょっと待って!それってつまり結子さんを好きだったってこと?」
「ねえ?そう思うでしょ?」
「でもただのお礼かもしれないし・・・・・、」
「それがけっこう落ち込んでたらしいのよ。」
「あらあ、じゃあやっぱりちょっと意識してたのねえ。可哀想に。」
「タンク君が猛君から根掘り葉掘り聞き出した情報よ。きっと間違いないわ。」
「ていうかモンブラン、あんたが聞けって言ったんでしょどうせ。」
「あ、バレた?」
「だって私でも同じことするもの。」
「ぶっちゃけタンク君は嫌がってたんだけどね。猛君は友達だからそういうのはちょっとって。
でも気になるじゃない。だからカレンも一緒に連れていって、どうにか説得して聞き出してもらったのよ。」
「ナイスだわカレン。」
「やっぱ持つべきものは親友よね!」
「いい友達に勝るものはないわねえ。」
キャッキャ言いながらものすごい盛り上がっている。
なんていうか・・・・ヒドイ奴らだ。
まあいつも通りではあるけど。
ちなみにオスたちは別の話題で盛り上がっている。
「おいおい、マジかよチュウベエ。」
「マジだって。パンダがそう言ってたから。」
「川向こうの公園の植え込みの裏に行けば、犬缶が好きなだけ食えるって・・・・そんなの信じられねえぜ。」
「もちろんタダってわけじゃない。だがパンダが言うには、これからは動物もビジネスをする時代なんだと。」
「ていうかお前は元々それっぽいことやってたじゃねえか。」
「まあな。でもパンダの方が上手だ。アイツに商売を教わればもっと色々手に入る。」
「要するにだ。パンダの持ってくる仕事をこなせば、いくらでも犬缶やカリカリが手に入るってわけだな?」
「うむ。そこでだマサカリ、俺とお前で商売を始めないか?」
「商売?」
「そうだ、自分たちでビジネスをやるんだ。パンダの言いなりになってるだけじゃ搾取されるだけだ。そういうのを人間の世界じゃ社畜っていうらしい。」
「なんだそれ?」
「現代の奴隷って意味だ。」
「おいおい、俺はそんなの嫌だぜ。いくら犬缶食い放題でもさすがにちょっと考える。」
「だろ?だったらさ、まずはパンダからビジネスのノウハウを学んでだな、それから俺たちで商売を始めるんだよ。そうすれば搾取される側からする側へ変わるわけだ。」
「おうおう!つまり社長ってことじゃねえか。」
「その通り。実は前々から目をつけてたビジネスがあるんだよ。」
「ほう?どんな?」
「ササゴイって鳥がいるんだけど、アイツら石とか小枝を使って釣りをするんだよ。」
「ほう、なかなか賢いじゃねえか。」
「いわゆる疑似餌ってやつだな。だったらさ、俺たちでもっといい疑似餌を作ってササゴイに売りつければいい。ぜったいに大ヒットするはずだ。
ただし見返りはもらう。疑似餌を提供する代わりに、美味いミミズの穴場を教えてもらうとか、なんなら獲ってきてもらうとか。」
「待て待て、俺はミミズなんていらねえぞ。だいたい疑似餌なんてもんどうやって作るんだよ?」
「まあそれは追々。」
「追々じゃダメだろ。一番大事なところじゃねえか。」
こっちはこっちで盛り上がっている。
人間の姿で寝そべっていたチェリー君が「アホな奴らだぜ」と吐き捨てた。
「他人の恋とか、出来もしねえ商売とか。んなもんで盛り上がってどうすんだよ。」
ボソっと言うのと同時に、全員から睨まれる。
「なによ?」
「恋の話で盛り上がっちゃ悪いの?」
「いや別に。」
「動物がビジネスしたっていいじゃねえか。」
「そうだそうだ。これからは多様性の時代だぞ。」
「多様すぎるだろ。」
四匹から冷たい視線が突き刺さる。
「おお怖・・・」と肩を竦めていた。
ガバっと起きて胡坐をかき、「なあよお」と俺を振り向いた。
「ん?」
「アンタがこの前言ってた話、マジなのかよ?」
「この前って・・・・ああ、もしかしてウズメさんたちのこと?」
「おう、ずっと気になってたんだよ。」
実は一週間前くらいにこんな話をしたのだ。
こがねの湯のお稲荷さんたちが自分の世界へ引き上げると。
俺は事前にアカリさんから聞いていたけど、チェリー君にとっては寝耳に水だった。
霊獣がいると人間に迷惑を掛けてしまう。
ならいったん自分の世界へ帰った方がいいかもしれないというアカリさんの意見は、ほんとのことになりそうなのだ。
大怪我を負っていたウズメさんが、完全に傷を癒して帰ってきたのが二週間ほど前。
その時にこがねの湯に呼ばれて話をされた。
『まずお礼を言っとくわね。君たちのおかげで助かった。ありがとう。』
すっかり元気になったウズメさんに会えたのが嬉しくて、お礼なんてと謙遜することしか出来なかった。
いったいどれほどこっちがお世話になってるか分からないのに。
『あれから色々考えたんだけど、やっぱり一度稲荷の世界へ引き上げることにするわ。
人間の世界は楽しいけど、深く関わりすぎるのは良くないかもって、今回の事件で思ってね。
それになによりダキニ様が戻って来られたから。
長の座はダキニ様に返上しちゃったけど、だからこそ常に稲荷の世界にいなきゃいけないわ。
あの御方のことだもの、ずっと大人しくしているはずがないからね。
傍で動向を窺っていないと心配で。ねえアカリちゃん?』
『私たちもけっこう悩んだんだけど、そうするのがいいんじゃないかって思ってさ。
ちなみに特例で私の子供たちも稲荷の世界へ連れていってOKってことになったわ。
ほんとは普通の動物はダメなんだけど、ウズメさんが白髭ゴンゲン様に掛け合ってくれて。
でもこれで安心して過ごせる。もう私の目を盗んで人里へ行くことも出来ないから。』
そう言う二人の隣では、ツムギ君がムスっとした顔で腕を組んでいた。
彼はこがねの湯のメンバーじゃないので、今後も人間の世界に留まる。
なのにどうしてこんなに不機嫌かというと・・・・、
『クソ!あの恩知らずどもめ。せっかく僕の神社に住まわせてやっていたのに、礼も言わずに出ていくとは・・・・。』
残念ながらロッキー君とヒッキー君は新しい神社をもらえなかった。
居候させてやる分にはともかく、どこの馬の骨とも分からない者に専用の神社を与える許可は降りなかったらしい。
ウズメさんが偉い神様たちに掛け合ってくれたらしいけど、結局は無理だったのだ。
『おい有川!元はと言えば貴様のせいだぞ!専用の神社をやるなんていい加減な約束をするからだな・・・・、』
しばらくブツブツと説教をくらってしまった。
もちろん俺にも責任はあるけど、あの時はああでも言わないと狼男たちが協力してくれなかったのだ。
だからとりあえず『ごめん』と謝っておいた。
『ほんっとに毎度毎度貴様という奴は・・・・。いいか有川!もう二度と俺の前に現れるなよ!次に会ったら呪ってやる・・・・、』
『ツムギ君、これマリナから。』
『ん?マリナさんからだと。どれ・・・・・はうあ!こ、これは・・・・、』
渡した封筒の中にはマリナのプロマイドが入っている。
イグアナが飯を食ってるところ、イグアナが窓際で日向ぼっこをしているところ、そして最後は人間になった時のマリナがモデルガンを構えているところだ。
最後の写真はあの事件のあと、みんなで街へ繰り出した時に、タンク君が撮影したものだ。
ツムギ君はプルプル震えながら感動していた。
『ツムギ君にも色々助けられたからね。それで許してくれるかな?』
『ま、マリナさん・・・・僕はもっと立派な稲荷になれるように精進します!あなたと結ばれる為に!!』
嬉し涙を流していたので、怒りを収めてくれたってことなんだろう。
ウズメさんはクスクスと笑いながら、『引き上げる準備もあるから、あと一ヶ月くらいはこっちにいるわ』と言った。
『悠一君とはほんとに色んなことがあったからね、最後にみんなでご飯でも行きましょ。』
『はい!喜んで。』
・・・・という出来事があったのだ。
この話をした時、チェリー君はずいぶん驚いていた。
彼が言うには、自分の世界へ引き上げる霊獣は他にもいるけど、人間に迷惑を掛けるからって理由は初めて聞いたらしい。
ほとんどの場合は身の危険があるからとか、こっちで住みづらくなったからとか、そういう理由だという。
お稲荷さんは神様だから、やっぱ俺みたいな下っ端の霊獣とは違う考え方してんだなあとも呟いていた。
と同時にこんなことも漏らしていた。
『俺もそろそろ身の振り方考えた方がいいのかもしんねえなあ。』
もしかして君も霊獣の世界へ帰っちゃうの?と尋ねようとしたけど、あえて聞かないでおいた。
彼は迷っているのだ。
下手に尋ねてしまえば、意地を張って『俺も帰るぜ!』なんて言い出しかねない。
チェリー君は我が家の一員、出来ればもう少しここにいてほしかった。
しかし・・・・、
「なあよお?」
思案気な顔で宙を見上げている。
こういう時、先を聞かずともピンときてしまうものだ。
思わず「君も帰るの?」と口にしそうになったけど、グっとこらえた。
「ウズメの姐さんたちが引き上げたあと、こがねの湯はどうなるんだ?」
「ああ、そのことまだ話してなかったっけ?」
「なんも聞いてねえよ。」
「ごめんごめん。実はウズメさんたちが引き上げたあとは、管とその部下たちが引き継ぐことになったんだ。」
「あ、アイツらが!なんで?」
「そう約束してたんだ。アナグマ病院で預かってもらってる動物たちの里親を見つけてくれたら、こがねの湯で雇ってあげるように計らってあげるって。」
「・・・ああ、そういやそうだったな。で、結局どうなったんだ?ウズメの姐さんはOKだって?」
「ああ。彼らはちゃんと里親を見つけてくれた。ぜんぶは無理だったけど、引き取り手のなかった動物は自分たちで飼うってさ。」
「そりゃよかった。あの野郎もなかなかやるじゃねえか。」
「だけど一つ条件があってね。それは完全な人間に変わることなんだ。」
「人間に?」
「だってウズメさんたちが引き上げるのに、そのあとを霊獣の管たちが引き継ぐのはおかしいだろ?だから薬で完全に人間に変わったらお店を任せてもいいとさ。」
「なるほどねえ。厄介だと思ってたあの薬も、そういう使い方があったか。」
「すでに管とその部下たちは人間に変わってる。今はアカリさんの下でビシバシしごかれてるはずだよ。」
「アカリの姐さんの指導か。考えただけでもおっかねえなあ。」
顔をしかめて苦笑いしている。
「どうしたのチェリー君?」
「ん?」
「この前からずっと悩んでるような顔してるからさ。なにかあったのかと思って。」
心配になってつい口にしてしまう。
チェリー君は「ちょっとなあ」と頭を掻いた。
「あの事件のあとから考えてたことなんだけど、なんか迷いが出てきたっていうか。」
「てことはやっぱり君も・・・・・、」
「俺、放浪してみようかなあって。」
「へ?放浪?」
思ってたのと違う答えに変な声が出てしまった。
「あの狼男たちを見てたらよ、自由で羨ましいなあって思ったわけさ。」
「まあ元々自由な気質だよね、チェリー君は。」
「そうなんだよ。それがいつの間にか誰かの為に戦うような感じになっちまってよお。
別に悪い気はしねえんだけど、なんかちょっと違うなあって・・・・んな大層に気にするもんでもねえのかもしんねえけど。」
そう言って「ちょっと出かけてくるわ」と立ち上がった。
「どっか行くの?」
「こがねの湯。姐さんたちがいる間に顔出しとこうと思ってよ。」
「うん、きっと喜ぶよ。」
ガチャガチャと音を鳴らしながらブーツを履き、「そんじゃな」と手を振って出て行く。
彼は彼で自分の生き方を考えているわけか。
冴木君や翔子さんのように誰かの為にって人もいれば、チェリー君や狼男たちのように自由を一番に考える人もいる。
どちらにせよ、自分の生き方が見えているというのはいいことだと思う。
一番辛いのは迷路を彷徨うがごとく、足を踏み出す場所さえ分からないことだろう。
今、我が家には一ヶ月たっても心を開いてくれない仲間がいる。
トゲトゲの背中を向けたまま、部屋の端っこで丸くなっていた。
「マシローちゃん。」
呼んでも返事をしない。
餌だけは辛うじて食べてくれるけど、マサカリたちがからかってもリアクション一つないのは心配だった。
《大事な飼い主を失ったんだ。一ヶ月やそこらで傷が癒えるわけないよな。》
伊藤の命は栗川さんの畑に息づいている。
でもそれはマシローちゃんが望んだ結果ではない。
以前、この家にはカモンというハムスターがいて、それはもうインパクトのある凄い奴だった。
だからこそカモンが亡くなってからというもの、俺もマサカリたちもどこか気の抜けた感じがしていた。
正直なところ、今でもよく思い出してしまうのだ。
もしカモンがいたらって。
《まだまだ時間が必要だよな。》
小さく丸まったトゲトゲの背中を見つめながら、どうにか心を開いてくれたらと思う。
だけど無理は禁物で、やっぱりここは時間に任せるしかない。
頑なになった心ほどデリケートで、強引に開くのは一番やってはいけないことだ。
時計を見ると昼前、特にやることもなく、今日はどうするかなと寝転んだ・・・・・時だった。
ピンポ〜ンとチャイムが鳴って、《もしかしてお客さんか!》と飛び起きた。
極上の営業スマイルを作りながら「有川動物探偵事務所に御用でしょうか?」とドアを開けた。
「こんにちわ。」
「翔子さん!」
ビシっとスーツに身を包んだ彼女が立っていた。
そしてニコっと微笑みながら「今大丈夫ですか?」と言った。
「ええ、今日は暇なもんで。ていうか最近ずっと暇なんですけど。」
「ダメですよ営業活動しないと。仕事は待っててもやって来ないんです。自分から取りにいかないと。」
「それは分かってるんですけど、どうも営業ってのが苦手で。」
この会話、以前にもしたような気がするけど・・・まあ気のせいだろう。
「いきなりお邪魔しちゃってすみません。」
「いえいえ、ぜんぜん平気ですよ。もしかして動物のことでまた依頼でも?」
「ううん、依頼ではないんです。ちょっと昼休みがてら抜け出してきただけで。もしお仕事中なら帰ろうと思ったんですけど・・・・、」
「さっきも言った通りとんと暇です。これじゃいつ潰れるか分かりません。」
冗談で言ったつもりだけど、ぜんぜん冗談になってないので自分でも笑えなかった。
「まあまあ、どうぞ上がって下さい。マサカリたちも喜びますから。」
「すいません、それじゃお言葉に甘えて。」
翔子さんと一緒に部屋に戻ると、マサカリたちが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「おうおう!翔子が来るなんて久しぶりじゃねえか!」
「ほんとねえ。ほら悠一、お茶淹れてあげて。」
「ちょうど昼飯時だな。よかったらミルワーム食うか?」
「ちょっとチュウベエ、人間はそんなの食べないわ。私のバナナを出してあげて。」
みんなの言葉を訳してあげると、可笑しそうに笑っていた。
「相変わらずですね。」
「ほんとですよ。こいつらだけはいつまで経っても変わりません。」
ニコニコと動物たちを見渡す翔子さんだったけど、ふと表情を変えた。
「なんだか不思議。」
「はい?」
お茶を淹れて戻ってくると、「変わってないようで変わっていくんですね」と呟いた。
「ええっと・・・どうかしたんですか?なにか悩みがあるなら、俺でよければ聴きますけど・・・・、」
「そうじゃないんです。カモンがいなくなって、今はマシローちゃんがここにいる。昔と同じ光景に見えてもそうじゃないんだなって。」
「俺もそう思うことがありますよ。あの頃はこことは別のアパートで、カモンがいたし藤井もいたし。」
「藤井さん、最近はもう・・・、」
「連絡を取っていません。」
「すいません、余計なことを・・・・、」
「いいんですよ。お互いに嫌って別れたわけじゃないから。ただそれぞれの道を歩くって決めただけです。」
「後悔とかは・・・・してないですか?」
「してません。そんな軽い考えで決断したわけじゃないし。きっと向こうも同じだと思いますよ。」
「そっか・・・。」
「どうかしたんですか?やっぱりなにか悩み事でもあるんじゃ・・・・、」
「・・・・・・・。」
「翔子さん?」
「あの・・・・、」
「はい。」
「情けないお願いなんですけど・・・・、」
「言って下さい。友達なんですから。」
「・・・・これから冴木君に会いに行こうと思うんです。それで・・・・有川さんも一緒に来て頂けませんか?」
「俺が?別にいいですけど。」
「彼に大事な話をしようと思ってるんです。ただあの事件以来、なぜか冴木君の前だと感情的になることが多くて・・・・。」
自分の手をさすりながら、明後日の方に目を逸らす。
モンブランとマリナがニヤニヤしていたので、足でシッシと追い払った。
「ちゃんと話さなきゃって分かってるんですけど、上手くいかないんです。
彼を見てると、まるで自分を見ているような気になって、なぜか焦ってイライラして・・・・・。」
「似た者同士だとそうなる気持ちは分かりますよ。俺も藤井とそういう感じになってたことがあるから。」
「そうなんですか?」
驚いたように目を開く。
俺は「大事な人だからこそ・・・・、」と続けた。
「モヤモヤしたり感情的になったりするんだと思います。
どうでもいい相手ならどう思われても気にならないけど、大事だからこそ相手の目に映る自分が気になるんですよね。」
「今の私がまさにそんな感じです。冴木君の目に私はどう映ってるんだろうって。
だからその・・・・子供っぽいお願いなんですけど、一緒に来てくれたら助かると思ってですね・・・、」
「そんな遠慮しないで下さい。俺でよければ付き合いますよ。」
「ありがとう。」
「ちなみに冴木君はどこに?」
「彼もお昼休みだろうから、もしかしたら栗川さんの畑かも。仕事の合間にちょくちょく行ってるみたいで。」
「よし、じゃあ行きますか。」
「た、助かります!」
上着を羽織り、「留守番頼むな」と動物たちを振り返る。
するとなぜかみんなで整列してこっちを見ていた。
「ん?どうした?」
マサカリが鼻を鳴らしながら「あの畑に行くんだろ?」と言った。
「じゃあアイツも連れてってやったらどうだよ?」
そう言ってマシローちゃんに顎をしゃくる。
モンブランも「賛成」と頷いた。
「ここに来て一ヶ月、ずっとあのままっていうのはちょっとねえ。」
「まだ悲しみが癒えてないんだよ。今はそっとしといてやろう。」
「私は逆だと思うわ。こういう時こそちゃんと構ってあげないと。」
「いや、無理に連れて行かない方が・・・・、」
「俺もモンブランに賛成だな。」
チュウベエが羽を上げながら言う。
「こういうのはタイミングを逃すとよくない。ズルズルこのままってこともあり得る。そうなったら半年たとうが一年たとうがずっとあのままだぞ。」
「う〜ん・・・・一理あるっちゃあるけど・・・・、」
迷っているとマリナもこう言った。
「ちょうどいいじゃない。一緒に連れてってあげれば。」
動物たちの意見が一致することは珍しい。
こういう時はだいたいこいつらの方が正しいのだ。
「そうだな、そこまで言うならそうするか。」
背中を向けているマシローちゃんに近づくと、サっと逃げ出した。
「逃がすか!」
マサカリが飛びかかるけど、あっさりかわされてちゃぶ台をひっくり返していた。
「ごほおッ・・・・、」
「なにやってんのよもう!」
今度はモンブランが飛びかかる。
先回りして逃げ道を塞ぎ、チュウベエと一緒に挟み撃ちにする。
「大人しくお縄をちょうだいするんだな。」
「う・・・・、」
狼狽えるマシローちゃんだったが、ボールみたいに丸まって強行突破していった。
「きゃあ!」
「うお!」
さすがにトゲトゲのボールは怖いらしい。
しかしその先には最後の砦であるマリナが待ち構えていた。
鱗で覆われたマリナはハリネズミのトゲなんて怖くない。
マシローちゃんもそのことは分かっているようで、ぶつかる寸前で「とうりゃ!!」とジャンプした。
「はいおかえり。」
「あ・・・・、」
飛び上がった瞬間にキャッチする。
そのまま腕に抱いて「それじゃ行ってくる」と部屋を後にした。
「私の車で行きましょう。」
「僕は行きたくない!」と暴れていたけど、翔子さんの車に乗ると観念したのか、シュンと大人しくなった。
「いいんですか?すごく嫌がってるみたいだけど。」
「マサカリたちがそうした方がいいって言ってたから、多分これでいいんです。人間より動物の気持ちを分かってると思うから。」
そう答えるとクスっと笑って車を発進させた。
今日は少し雲が多い。
マシローちゃんはわずかに顔を上げ、「雨が降らなきゃいいな・・・・」と呟いた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第三十三話 収束(2)

  • 2019.05.13 Monday
  • 11:10

JUGEMテーマ:自作小説

どんな事件であれ、過ぎてしまえば静けさが戻る。
まあみんな無事で何事もなかったから言えることなんだけど。
早いもので、あの事件の終結から一ヶ月が過ぎていた。
あれからの出来事を整理すると、まずカグラの悪事の証拠は全て刑事さんが押収した。
USBメモリの中には薬に関するデータがぎっしり詰まっていて、違法な薬物を使用していた情報が残っていたのだ。
これなら霊獣とか関係なしにカグラを追求できる。
できるんだけど、本社はそれを見送った。
だってグループ企業がそんな悪さをしていたとなると、本社の評判にまで影響が出る。
重役たちは散々議論を重ね、最終的には会長が『隠蔽せよ!』との命令を出したので、この件が公になることはなかった。
また刑事さんの方もこの件を公にするつもりはないと言った。
『内容が内容ですからな。あらぬ波風を立てるよりも、内々で処理した方が無難でしょう。
主犯の伊藤と鬼神川はもういないわけですし、この件はこれで終わりということに。
しかしカグラはこれからが大変ですな。経営を立て直さないとならんのですから。』
そう、カグラという企業はまだ残っていて、本社から出向してきた幹部たちが指揮を取ることになった。
まあその方がいいかもしれない。
カグラには大勢の社員がいて、潰してしまったらたくさんの人たちが路頭に迷ってしまう。
霊獣の社員は全て自分たちの世界へ引き上げさせたし、人間の社員には深い事情は伏せてある。
しつこく尋ねてくる社員もいたけど、そこは草刈さんが適当にあしらっていた。
ちなみにカマクラ家具の方だけど、こっちはちょっと面白いことになっている。
まず霊獣の社員が全て引き上げたのはカグラと一緒だ。
社長であったトヨウケヒメも自分の世界へ帰ってしまったし、ダキニはカマクラ家具を捨てた。
瀞川と安志ももういないし、豊川もいつの間にか消えていた。
有川によれば、アイツも稲荷の世界へ引き上げたらしく、ダキニに媚びを売るのに必死らしい。
今では下っ端の稲荷としてヘコヘコしている毎日だという。
周りから相当な恨みを買っていたらしく、かなりイビられてるらしい。
ざまあみろって感じだ。
カマクラ家具には人間の社員だけが残され、当然この人たちにも深い事情は伏せてある。
しかし社長を含めたトップの連中がいなくなってしまったことで、経営者不在という事態になってしまった。
カグラと違って親会社から誰かが出向してくるわけでもなく、かといって潰してしまえばこれまた路頭に迷う人たちが溢れてしまう。
早急に経営陣を揃えなければというわけで、なんと遠藤さんと紺野ちゃん、そして進藤君がこれに当たることになった。
とりあえず遠藤さんが社長、紺野ちゃんが専務、進藤君が常務である。
まあ遠藤さんは分かる。
カマクラ家具の社員だし、かなり優秀だし。
紺野ちゃんも分かる。鬼神川の一番の部下だったんだから優秀に違いない。
ほんとなら稲荷の世界へ帰らなきゃいけないんだけど、カマクラ家具を立て直すという条件付きで在留が認められることになった。
もちろん悪さをしたらすぐに逮捕するって刑事さんから釘を刺されてるけど。
でも進藤君が納得いかない。
そりゃ優秀なのはよく知ってる。
あの若さで店長だったし、赤字をすぐに黒字に変えてしまったし、本社への栄転も決まっていたし。
でもだからって・・・・だからってそりゃないだろう伊礼さん!
こうするしかカマクラ家具を立て直す方法はなかったのかもしれないけど、なんかすごい悔しい。
しかも『冴木さんも頑張って出世して下さい』なんて上から目線で言いやがるし。
アイツめ、会社に残ろうかどうしようか迷ってたはずなのに、カマクラ家具のトップにしてやるって言われたらすぐに頷きやがった。
げんきんな奴だ。
多少納得のいかない所はあるけど、これで一応カグラとカマクラ家具の件については一段落した。
で、問題はあのバクなんだけど・・・・、
「あ、こんにちわ冴木さん!」
麦わら帽子を被った美樹ちゃんが畑の野菜に水をあげている。
その隣には箕輪さんもいて、同じように麦わら帽子を被っていた。
首にはタオル、手には軍手、足には長靴。
めっちゃ似合ってる!どこからどう見ても農家のおばさ・・・・、
「誰がおばさんだ!」
「ふぎゃ!」
思いっきりシバかれる。
また顔に出てたみたいだ。
「あんた何しに来たのよ。今日は出勤のはずでしょ?」
「昼休みがてら様子見でもと思って。」
「ふん!あんたも相変わらずよね。どうにか戻してもられえたのはいいけど、また平社員からだもんね。しかも二週間前に入ったバイトの子たちの方がもう上達してるし。」
「いやあ、よかったっすよね。アルバイトが増えて。」
「進藤君のおかげよ。あちこち回って人を見つけてきてくれたんだから。
お世話になった店だから、恩返しもないまま去るのは悪いですからって。ほんとに素敵で最高な子だったわ。
それに比べてあんたは・・・・・、」
「まあまあ、俺がボンクラなのは今に始まったわけじゃないんで。」
「自分で言うんじゃないわよ、まったく。」
ブチブチ言いながら水をやっている。
でも箕輪さんが水を掛けているのは野菜じゃない。
ちょっと変わったヘンテコな植物だった。
ツンツンしたたくさんの草から、トゲのある茎が生えているのだ。
しかもトゲの先から紫の花を咲かせている。
しかもイバラのようにあちこちが絡まっているのでやっぱりヘンテコだ。
きっとどんな図鑑にもこんな植物は載ってないだろう。
なぜならこれ、バクの霊獣に頼んで、心臓を元に生み出した植物だからだ。
しかももう一人の伊藤の心臓まで混じっている。
なんでこんなことになったのかというと、一ヶ月前のあの日まで遡らないといけなかった。


     *****


バクに銃を向けるもう一人の伊藤。
その傍で言い争いを続けるムクゲさんとマシローちゃん。
俺はムクゲさんとマシローちゃんの方に、有川は伊藤とバクの方に向かって行った。
「ちょっといいですか?」
二人に声を掛けると同時に睨まれた。
「なに?」
「なんですか?」
「そんなおっかない目えしないで。ちょっと話を聞いてほしいんですよ。」
「まさか君も加わりたいって言うんじゃないでしょうね?」
「この役目は譲りませんよ!」
「金もらってもゴメンですよ!あのね、伊藤をお腹に宿して産むって話なんすけど、それ自体をやめにしませんか?」
「は!?」
「じゃあ伊藤さんはどうなっちゃうんですか!」
二人して詰め寄ってくる。
マシローちゃんのトゲが足に当たって痛い・・・・。
「いくら生きた心臓があるからって、死んだ人間を生き返らせるのはどうかと思うんだよ。それも霊獣やネズミのお腹に宿すなんて。」
「じゃあどうしろっていうのよ?」
「これしか手がないんですよ?それともあなたがもっといいアイデアでも出してくれるんですか?」
「いいアイデアかどうかは分からない。でも心臓を無駄にすることはないはずだ。」
箕輪さんを振り返るとコクリと頷いた。
「あんたの口から言ってあげてよ。」
俺も頷き返し、「別の命として復活させないか?」と言った。
「別の・・・・、」
「命・・・・?」
何言ってんだコイツ。
二人の目がそう言ってた。
「あの心臓、植物として復活させようと思うんだ。」
「は?」
「へ?」
同時に顔をしかめる。
俺は反論を受ける前にこう続けた。
「人を人として生き返らせるのは命の掟に反するんじゃないかと思うんだよ。かといってまだ生きてる心臓を捨てるわけにはいかない。だったら植物として復活させたらどうかな。」
「なんで植物?」
「他の命でいいなら僕と同じハリネズミでもいいじゃないですか。」
「あ、いや・・・それは・・・・、」
「人間がダメなら猫にしてよ。」
「いいえ、ハリネズミです!」
「猫!」
「ハリネズミ!」
「ちょっと落ち着いて・・・・、」
「君は黙ってて!」
「あなたは黙ってて下さい!」
「はい・・・・。」
大人しく引き下がってしまうと、箕輪さんが「なにやってんのよ」とため息をついた。
「だって別の生き物でもいいなら、必ずしも植物じゃなくていいかなあって・・・・、」
「植物じゃなきゃダメなのよ。動物にしたら自分が産むって喧嘩するじゃない。」
「ああ、そっか!」
「それに植物なら悪さも出来ないでしょ?」
「悪さ?」
「動物だと自分の意志を持って動くでしょ?もしまた悪さをしたらって考えるとね。」
「なるほど、植物ならその危険はないわけか。」
「そう。ほら、そうやって説得してよ。」
「了解っす!」
自分でやればいいのにと思いつつ、逆らえばどんな反撃を受けるか分からないので従っておこう。
美樹ちゃんが「冴木さん頑張って!」と応援してくれた。
「あの・・・お取り込み中悪いんですけど・・・・、」
「なによ?」
「なんですか?」
「だからそんな睨まないで。」
どうにか宥め、植物じゃないといけないことを説明する。
また怒るかなと思ったけど、意外にもムクゲさんは「じゃあしょうがないか」と納得してくれた。
あんなに意地張ってたのにえらくアッサリしてるなと思ったら、「だって霊獣のせいでまた誰かに迷惑を掛けるのはねえ」と腕を組んでいた。
「人間の赤ちゃんが産めるかもって舞い上がってたけど、よくよく考えたらリスクの方が大きいかも。」
「おお、さすがは霊獣っすね。話が分かる。」
「でもさ、私はいいけどそっちは納得しないんじゃない?」
そう言ってマシローちゃんに顎をしゃくった。
案の定というか、ぜんぜん納得してない様子だった。
「僕はイヤです。」
「マシローちゃん・・・・。飼い主のことなら有川に頼むからさ。あいつならきっと新しい飼い主を見つけてくれるって。
それに遠藤さんに飼ってもらう手もある。しばらくあの人に飼われてたんだろ?だったら・・・・、」
「冴木君。」
課長が俺の言葉を遮る。
「そんな簡単なものじゃないわ。」
「へ?」
「飼い主ってね、ただ餌をあげたり世話をしてくれる人のことじゃない。お互いに信頼し合ってないとダメなのよ。」
「信頼?でも人と動物なんだから信頼なんて・・・・、」
「動物に興味のない人には分からないかもしれない。でもちゃんとあるのよ。
マシローちゃんは伊藤さんのことを信頼してる。だからこそ簡単に諦められないのよ。」
課長は膝をつき、マシローちゃんを手に乗せた。
「あなたの気持ちはよく分かるわ。私だってカレンがいなくなって、じゃあ代わりの猫を用意しますって言われたら納得できないもの。」
「だったら伊藤さんを生き返らせて下さい!そうじゃないと僕は・・・・、」
「分かってる。もう一人の伊藤さんは霊獣の血がないと長生きできないから、近い将来に君は飼い主を失うわ。」
「そうですよ!僕はそんなのイヤなんです!彼が僕を助けてくれた。処分されかかっていた僕を・・・・・。」
マシローちゃんの目は悲しく、課長は切ない様子で俯いていた。
「ごめんね・・・私じゃどうにもしてあげられない。新しい飼い主を見つけるからって、はいそうですかなんて頷けないよね。
だったら・・・・たった一つだけ方法が・・・・、」
「ダメですよ翔子さん。」
有川が傍へやってくる。
隣には伊藤とバクの霊獣が立っていた。
「マシローちゃんは霊獣じゃないんです。種族を変えるわけにはいきません。」
「有川さん・・・でもそれしかこの子が納得する方法は・・・・、」
「あの薬は使っちゃいけないものです。」
「じゃあどうすればいいんですか?このままじゃこの子は納得しないし、なにより可哀想ですよ!」
「俺が引き取りますよ。」
「あ、有川さんが!」
「伊藤も納得済みです。」
そう言って伊藤に目を向けると、「分かってくれ」とマシローちゃんを撫でた。
「俺はずっとお前を飼ってやれない。」
「だから生き返ればいいじゃないですか!僕は待ちます、赤ちゃんになった伊藤さんが大きくなって、また僕を飼ってくれるのを。」
「お前はネズミだろう。そんなに長く生きられない。」
「それは・・・・、」
「お前を引き取ったのはもうずっと昔の話だ。本当ならとうに寿命を迎えているはずなのに、こうして生きているのはお前も霊獣の血を飲んでいたからだ。
しかしもう契約は終わったんだ。俺だけじゃなくてお前も長生きは出来ない。赤ん坊となった俺が大きくなる頃には、お前はこの世にはいないんだ。」
「そんなの分かってる!でもこのままだったら悲しいじゃないですか!だって僕たちにはなんにも残ってない・・・・。
ダキニへの復讐は失敗だし、カグラだってどうなるか分からないし。
そのうえ僕もあなたも死んじゃうっていうなら、今までの時間はなんだったんですか!
なんにも残らない戦いの為に僕らは生きてたんですか?そんなの悲しすぎるじゃないですか!!」
なるほど、マシローちゃんがここまで頑なになる理由はこれだったのか。
つまりは伊藤と自分が過ごした時間を無駄なものにしたくないんだ。
もっと言うなら、自分はどうなってもいい。
その代わりにせめて伊藤だけは生き残ってほしいと願ってるんだ。
《この子、俺と似てるかもしれない。自分のことよりも大切な人のことを一番に考えてるんだ。》
こういうタイプはそう簡単に自分の信念を曲げたりしない。
力で押せば余計に反発するだけだ。
俺は有川に目配せをする。
動物のことに関しては奴に任せるしかない。
「マシローちゃん。大事な人の気持ちを汲んであげてくれないか。」
課長の手からマシローちゃんを奪い、伊藤の手に預けた。
「君が伊藤さんのことを考えてるように、彼も君のことを心配してるんだ。
あの心臓を植物として生まれ変わらせることを提案したらこう言ったよ。出来るなら俺の心臓も使ってくれって。」
「俺もって・・・彼まで植物になっちゃうってことですか?そんなのぜったいにイヤ・・・・、」
「会えるよ。」
「え?」
「消えるわけじゃないんだ。また会える。」
「・・・・・・・。」
「それにこの世に残るんだ。君は僕たちにはなんにも残らないって言ったけど、そんなことはない。伊藤さんは新しい命としてこの世に残る。そして君は俺の家に来る。
会いたい時はいつでも言ってくれればいい。だって伊藤さんはいつでも君の近くにいるから。」
「僕の近く?」
「うん、ずぐ近くだ。」
そう言って美樹ちゃんを振り向くと、「そうだよ!」と叫んだ。
「生まれ変わった伊藤さんは、私の畑に住んでもらおうかなって思ってるの。」
「あなたの畑?なんでそんな所に・・・・。」
「なんでって言われると困るけど・・・・。でもあの畑は私にとって大事な場所で、自分の物になったら毎日ちゃんとお世話しようって決めてるの。
そうすればおじいちゃんとおばあちゃんも喜ぶかなって。」
「・・・・?」
「ああ、ええっと・・・・要するに誰だって居場所がいるでしょってことよ。そして大事な居場所はちゃんと守らないといけない。
幸い私の畑と有川さんのお家はそんなに遠くないから、伊藤さんに会いたくなったらいつでも来てよ。
私だって毎日雑草を抜いたりお水をあげたりして、ちゃんと畑を守るから。だから・・・どうかな?」
「どうかなって・・・・そんなの急に言われても・・・・、」
「私もナイスアイデアだと思うわ。」
遠藤さんだった。
証拠品の押収が終わったんだろう、刑事さんはたくさんの荷物を抱えていた。
「遠藤さん・・・・話を聞いてたんですか?」
「ちょっと前からね。割って入るタイミングが難しくてさ、盗み聴きみたいになっちゃったけど。」
ウフ!っと笑ってから「あんたと過ごした時間は短いけど・・・」と続ける。
「でも一緒にいられて楽しかったわ。荒んだ私の心を癒してくれた。もしマシロー君がいなかったらもっと荒んでたかもしれない。
ほんとならさ、私が新しい飼い主になればいいんだろうけど、でもダメ。
たぶん私はあんたに甘えちゃうだけだから。どっちが飼い主か分からなくなる。
だったらさ、有川さんに飼ってもらうのも悪くないんじゃない?彼は信用できる。あんただって分かってるでしょ。」
「遠藤さんまで・・・・。」
誰も味方がいない。
当の伊藤までもが人間として復活することを望んでいない。
追い詰められたマシローちゃんはかなり可哀想に見えた。
「悪い霊獣がいるからこんなことに・・・・、」
そう言ってバクを睨む。
「お前なんかいなきゃこんな事にはならなかった!」
『今更そんなこと言われても。』
バクに悪びれる様子はない。
有川が「彼を責めてもムダだよ」と言った。
「自分が面白ければなんでもいい奴なんだ。だったら責めるよりも利用した方がいい。」
『植物としてこの心臓を復活させる。けっこう面白そうじゃん。やってあげないこともない。』
「あ!返せそれ!!」
『おっと・・・これは僕がもらったんだよ。』
「そんなの認めない!その心臓は伊藤さんの・・・・、」
「俺から渡したんだ。」
「自分で!?なんで!どうして!!」
「植物として生まれ変わる為だ。有川に説得されて、そうすることに決めた。」
「僕は反対です!僕はそんなの・・・・、」
「お前の気持ちを考えれば、いきなりは納得出来ないだろう。しかしもう決めたんだ。
俺は植物に生まれ変わり、お前は有川のペットになる。それが一番いい方法なんだ。」
「イヤだ!僕はそんなのぜったいに・・・・、」
マシローちゃんはわんわんと泣き出す。
しかし伊藤は非情で、「すぐにやってくれ」とバクに頼んだ。
そして「有川」と向き直る。
「マシローのこと、よろしく頼む。」
「責任をもって面倒を見ます。」
「そんな!僕は納得しませんよ!!」
食い下がるマシローちゃんだったけど、彼の願いは通らなかった。
会社を出る時、マシローちゃんは伊藤の手ではなく、有川の手に抱かれていた。
背中を向けて去っていく伊藤に、悲鳴に近い声で泣き喚いていた。


     *****


運命ってのは残酷で、一人一人の意志なんて尊重してくれない。
大きな川の流れのように、傍にあるものをなんでも飲み込んでいく。
それが嫌なら川へ近づかなければいいだけ。
でもそうなると大海へ出ることは難しい。
夢や希望を抱くなら、危険を覚悟で激流に飲み込まれないといけないのだ。
あれから何度か有川に会ったけど、マシローちゃんは今でも心を開いてくれないらしい。
伊藤に会いに行こうと誘っても、決してうんとは言わないらしく、家にこもりっきりだという。
俺はマシローちゃんのことが他人事だとは思えないでいた。
とりあえず事件は解決し、不正の件も俺一人だけに責任があるわけじゃないと、本社のお偉いさんたちにも分かってもらえた。
だからこうして稲松文具に戻ることが出来たんだけど・・・・、
「なにボケっとしてんのよ。」
箕輪さんに肘をつつかれる。
「ちょっと考え事を。」
「へえ、あんたでも考えることがあるんだ。」
「失敬な。こう見えても俺は隠れた哲学者っすよ。」
「は?」
固まる箕輪さん。
一瞬遅れてから美樹ちゃんと大爆笑していた。
「あんたが哲学者!」
「あははははは!冴木さん面白い!」
「ぐッ・・・・。」
ほんとこの二人だけは・・・・。
けどまあこうして会えるのもあと数日なのだ。
なぜなら・・・・、
「あら?冴木君も来てたの?」
後ろから声がする。
振り返ると祐希さんが手を振っていた。
「久しぶりっす。」
ペコっとお辞儀すると、箕輪さんが「ちょっと冴木」とつついてきた。
「あの人追い払って。」
「なんでっすか?」
「この前からしつこいのよ。その植物を譲ってくれってさ。」
「このヘンテコなのを?なんで?」
「記事のネタにするつもりなのよ。」
「ああ、なるほど。」
カグラで撮影した写真はぜんぶ紺野ちゃんに破壊されんだけど、そこはさすがに祐希さん。
すでにネット上のストレージに保存していたのだ。
しかし残念ながら特ダネにはならなかった。
あまりに現実離れした内容に、世間はまともに相手をしてくれなかったからだ。
一部ネットで騒がれただけで、要するにB級のゴシップ記事にしかならなかったのだ。
このままではオカルト記者になってしまう。
それは祐希さんが一番嫌がることだった。
なにせ腹違いのお姉さんが「月間ケダモノ」とかいうF級くらいのオカルト雑誌を作っていて、ぜったいにそんなのと同じに扱われたくないからだ。
この汚名を返上するには、あの事件は本物だったという確たる証拠が必要だ。
だからこの植物を欲しがってるんだろうけど・・・・、
「祐希さん、もうやめた方がいいですよ。」
「あら?なによえらそうに。」
「だってあんな事件誰も信じないですって。この植物があっても無理です。」
「そうかしら?専門家の所へ持ち込んで徹底的に解剖してもらえば、普通の植物じゃないってことくらい分かるはずよ。あとはそれをネタにすれば・・・・、」
「一流のオカルト記者になるでしょうね。」
「・・・・ッ!」
すっごいビクっとした。
手にしたカメラを落としそうな勢いで。
「そんなことしたってオカルト信者を増やすだけですよ。祐希さんそういうの一番嫌うでしょ。」
まるで氷像みたいに固まってる。
けっこう面白いから写真に撮ろうかな。
「私・・・・ヤキが回っていたみたい・・・・。まさか冴木君に言われるまで気付かなかったなんて・・・・、」
プルプル震えながら悲しそうな顔をしている。
そしてクルっと背中を向けて、黄色いスポーツカーへと歩いていった。
「祐希さん?」
「あれだけ時間と労力をかけたんだから、何がなんでもネタにしてやるって決めてたけど・・・・君に言われて目が覚めたわ。」
そう言って険しい目で振り返る。
「そもそもがこんな事件に首を突っ込んだのが間違いだったのかも。冴木君、私がこの件に絡んでたのは忘れて。」
スポーツカーに乗り込み、「それじゃ」と手を振る。
「そこまでショックを受けなくても・・・・、」
「いいえ、これは私のジャーナリスト生命に関わるわ。世間を斬る社会派がモットーなのに・・・・最近いいネタがないからってオカルトに走るなんて。
これじゃいけない。ちょっと海外に行って鍛え直してくるわ。」
「海外・・・・?」
「友人がマフィアの経営してるカジノに潜入取材してるのよ。ちょっと私も手伝ってくる。」
「ええ!マフィアって・・・、」
「しばらく帰らないから。翔子ちゃんにもよろしく言っといて。」
「あ、ちょっと・・・・祐希さん!」
轟音と共に去っていくスポーツカーは、あっという間にに見えなくなってしまった。
いつも突然やって来て突然去っていく。
まんま嵐みたいな人だ。
《マフィアのカジノに潜入って・・・・。でもあの人なら大丈夫かもな。それどころかとんでもない特ダネを持って帰ってきたりして。》
ある意味霊獣よりタフな人だ。俺が心配するに及ばないだろう。
「ナイス冴木!」
ポンと肩を叩かれる。
箕輪さんと美樹ちゃんはホッとしたように胸をなで下ろしていた。
二人はまた畑の世話に戻っていく。
水をやったり雑草を抜いたり、土をいじったり。
平和な日常、平穏な毎日。
それを絵に描いたような光景がここにある。
箕輪さんは恐怖から解放されたせいか、いつもより穏やかな表情をしている。
美樹ちゃんも念願の畑が手に入ったせいか、活き活きと輝いて見えた。
二人は俺にとって大切な人だ。
こうやってずっと笑顔でいてほしい。
だから・・・・やはりここにはいられない。
稲松文具を去る気はないけど、ハリマ販売所にはもう俺の居場所はないのだ。
俺がここにいればまたいつか・・・・。
せっせと土の世話をする二人に背中を向け、畑を後にする。
ホームセンターで買った安物のママチャリに跨り、ペダルを漕ごうとした時だった。
「冴木君。」
この声は・・・・、
「課長。」
道路の向こうから小走りにやって来る。
その隣には、肩にマシローちゃんを乗せた有川がいた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第三十二話 収束(1)

  • 2019.05.12 Sunday
  • 12:24

JUGEMテーマ:自作小説

事の終わりは突然やってくるものだ。
ひしゃげたエレベーターのドアから課長が現れた。
「課長!」と駆け寄ると「心配かけてごめんね」と言った。
「無事でよかったあ・・・・。鬼神川は!?こうして無事に戻ってきたってことは・・・、」
「うん、もういない。」
「やっつけたんですか!」
「ううん、そうじゃないの。ただもうこっちにはいない。カマクラ家具の社長さんも。」
「あの人も!?いったい何があったんすか?」
「一言でいうのは難しいけど、とにかく自分たちの世界へ帰って行ったわ。だからもう心配ない。」
「伊藤は倒れ、鬼神川もいなくなった・・・・。これでとりあえずは終わったわけか。でも課長、すごく元気のない顔してるけど大丈夫ですか?」
「うん、平気。有川さんやたまき先生や、それにみんながいてくれたから。」
そう言って後ろにいるヘンテコな連中を振り返る。
一人はライダースーツを着たリーゼント、一人はムスっとした顔の神主。
それに野球帽をかぶったデブ、猫みたいな目をした気の強そうな女、パンクロッカーみたいなチャラい感じの男、そしてアンニュイな感じのゴスロリ女。
中でも一番目を引くのは犬人間だ。
たぶん霊獣なんだろうけど、なんかどこかで会ったことがあるような気がする。
「もしかして有川か?」
「おお、よく分かったね。」
「お前も霊獣になってたのかよ!」
「ちょっと薬を飲んで。」
ニコっと笑ってやがる。
どういう神経をしてんだコイツは・・・・。
「ついさっき尻尾が四本あるキツネが出てきたんだけど、あれお前の仲間か?」
「尻尾が四本・・・・ああ!アカリさんか。うん、俺の仲間だよ。」
「慌てて走り去ってったけどなんかあったのか?」
「まあちょっと怪我人が。」
「おいおい・・・大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。とっても強い霊獣だから。」
「ならいいけど・・・・。それよりもう人間に戻れよ。」
「戻りたいけど戻る方法が分からないんだよ。これ新薬だから解毒剤があるのかどうかも分からな・・・・、」
「あるよ。」
「ほんとに?」
「ちょっと待ってろ。」
遠藤さんが持ってたバッグから青と赤のカプセル剤を漁る。
「それが解毒剤?」
「この薬には霊獣の力を打ち消す効果があるから、飲めば元に戻れるらしいぞ。」
「ああ!そういえばそうだった。」
まずは課長にだ。
「どうぞ!」
「ありがとう。有川さん、お先にどうぞ。」
「は!?いやいや・・・そんな奴あとでいいでしょ!まずは課長が・・・、」
「それじゃ頂きます。」
「あ、テメッ・・・・、」
止める間もなく課長の薬を飲みやがった。
ボワっと煙が上がり、人間に戻った有川が現れる。
すると課長が「腕はどうですか?」と尋ねた。
「怪我してましたよね?もう平気?」
「ええ、霊獣の回復力は大したもんです。ほらこの通り!」
ニコニコしながら腕を振っている。
「こ、コラてめえ!課長にお渡ししたモンをなんでお前が・・・・、」
「ちょっとどいて!」
「ぐはッ・・・・、」
猫みたいな顔をした女に突き飛ばされる。
「・・・・あるある!まだまだたくさんあるわ!!」
勝手に薬を漁るので「ちょっと・・・、」と止めようとしたら「邪魔」とまた突き飛ばされた。
「ごはッ・・・・、」
「全員分余裕であるわ。はい。」
そう言って黄色と緑のカプセル剤を取り出し、野球帽の男、パンクロッカーの男、ゴスロリ女に渡していく。
「翔子ちゃんは赤と青のやつね、はい。」
「ありがとう。」
薬を受け取った課長はすぐには飲まなかった。
そこへカレンちゃんが駆け寄ってきて「よかった!」と抱きついた。
「翔子ちゃん!このままいなくなっちゃったらどうしようかって思ってた・・・・。」
「さっきはごめんね。」
ポンポンと頭を撫でると、猫が喉を鳴らすようにうっとりしていた。
すると猫顔の女がカレンちゃんの顔を覗き込み、クンクンと鼻を動かしてから「まさか・・・?」と呟いた。
「あんたもしかしてカレン!」
キョトンとするカレンちゃんだったが、彼女もクンクンと鼻を動かしてから「モンブラン!?」と叫んだ。
「やっぱカレンじゃない!」
「そっちこそモンブランじゃない!」
「あんたまで人間になっちゃったの!」
「そっちこそ!」
「うわあ、ウソみたい!人間同士の姿で合えるなんて!!」
手を取り合ってキャッキャはしゃいでいる。
「ねえ悠一!人間に戻るのはもうちょっと後でもいいわよね?」
「ん?まあ・・・そうだな。もうちょっとだけな。」
「じゃあ今日一日ってことで。ねえカレン、せっかく人間になったんだし、どっか遊びに行かない?」
「いいよ!あ、でもちょっと待ってて。」
そう言って伊礼さんに駆け寄っていく。
「お小遣いちょうだい。」
「な、なに・・・・?」
「だってお金持ってないんだもん。」
「なんで俺が・・・・、」
「猫同士の時はお金なんていらないけど、人間のまま遊ぶんだったらお金がいるでしょ?だからちょうだい。」
ニコニコしながら手を出している。
するとモンブランが「じゃあ私も」と手を出した。
翔子さんが「カレン!」と怒ると、「構いませんよ」と伊礼さんは財布を取り出した。
「この子達はただの動物なんでしょう?だったらこんな事件に巻き込んでしまったお詫びです。・・・・ほら、これで美味いモンでも食べてこい。」
「やった!」
「優しいおじさんね!カレンの知り合い?」
「まあちょっとね。」
「こらカレン!いい加減に・・・・、」
「ほんとにいいんですよ。」
「すみません・・・あとで立て替えますから。」
「気にしないで下さい。」
そう言って笑う伊礼さんだったけど、「俺にもくれよ」と野球帽の男が詰め寄った。
「そいつらだけなんてズルいぜ。」
パンクロッカーの男も「そうそう」と頷く。
「俺たちにも相応の労いをしてもらおうか。」
「な、なんだお前らは・・・・?」
「ブルドッグのマサカリ。」
「インコのチュウベエ。」
「ブルドッグにインコ?てことはお前らも・・・、」
「そう。」
「ただの動物だ。」
「こんなにたくさん人間に変わってたのか・・・・。」
唖然とする伊礼さん。
有川が「図々しいぞお前ら」と注意した。どうやらこいつのペットらしい。
「人にお願いをする時はちゃんと頭を下げないと。」
「お、そうだな。」
「優しい人間のおじさん、どうか万札を下さい。」
「うんうん、それでいい。」
《いいのかよ!》
どうやら貰うこと自体はOKらしい。
小声で「今日の餌代が浮くな」と呟いていた。
伊礼さんは引きつった顔をしながら「ぐむぅ・・・・」と狼狽えた。
「ま、まあ・・・・やらないとは言わないが・・・・、」
「おうおう!太っ腹だなあんた!」
「ほう、けっこう入ってるじゃないか。」
「勝手に覗くな!」
仕方なしにといった感じでお金を渡す。
すると今度は進藤君も手を出した。伊礼さんは顔をしかめる。
「・・・・なんだその手は?」
「せっかくだから俺もいいっすか?」
「お前は自分で稼いでるだろうが!」
「まあまあ、堅いこと言わずに。」
「ニコニコしやがって。読めたぞ、どうせあのカレンって子とデートするのが目的なんだろう?」
「ち、違いますよ!」
「照れるな照れるな。同じ猫同士なんだ。恋したって不思議じゃないさ。」
「だから違いますって!」
顔を赤くする進藤君に小遣いを渡し「楽しんでこい」と背中を押した。
「おお、マジっすか!あざっす。」
「それよりお前、これからどうするんだ?鬼神川はもういないんだ。復讐は終わったわけだが・・・・先のアテはあるのか?」
「う〜ん・・・そのことなんすけど。」
「モジモジするなんてお前らしくないな。言いたいことがあるならハッキリ言え。」
「実は悩んでるんす。まだ答えが出てなくて。」
「そうか。なら落ち着いたら伝えに来い。ウチに残るっていうなら俺が面倒見てやる。」
「伊礼さん・・・・。」
嬉しそうに俯きながら、「とりあえず今日はこれで!」と言った。
そして「俺も一緒に行っていい?」とカレンちゃんに駆け寄っていた。
いつの間にかマサカリとチュウベエも混じっていて、楽しそうに去っていく。
「あ、ちょっと待って!」
結子さんが呼び止める。
そして「猛君も混ぜてあげて」と言った。
「ええ!僕はいいよ別に・・・・、」
「遠慮しない。ねえ伊礼さん?」
「ああ。ここにいても仕方ないし、みんなと遊んでこい。」
そう言って「ほら」と小遣いを渡す。
「いいよ、僕持ってるから。」
「遠慮するな。」
「そういう意味じゃないけど・・・・、」
「もしかして知らない奴らばっかりで不安か?進藤は気さくな奴だ。仲良くしてくれるさ。まあ今日に限ってはそれどころじゃないかもしれんが。」
進藤君がカレンちゃんに惚れているのはバレバレで、すでに他のみんなからからかわれていた。
特に有川のペットたちは容赦ない。
ニヤニヤしながらネタにしまくっている。
「猛、ほら。」
小遣いを押し付け、カレンちゃんたちの方に顎をしゃくる。
「分かった・・・・。でもお父さん、今日は帰ってくるよね?」
「もちろんだ。遅くなるだろうがな。でも必ず帰る。」
「あ、じゃあ・・・、」
猛君はチラっと後ろを振り返る。
結子さんが「伊礼さん、この前の書き置きを覚えてますか?」と言った。
「書き置き?」
「猛君が試合で優勝したから、お祝いにステーキを食べに行くってやつ。」
「・・・・ああ!覚えてます、もちろん覚えてますよ。」
「もしよかったら今日三人で行きませんか?」
「今日ですか?さすがにそれはどうかな・・・・。こんな事件の後だからすぐには上がれそうにな・・・・、」
「じゃあ草刈さんって人に押し付けとけばいいじゃないですか。」
「残念ながら彼は融通の利かない上司でしてね。今日はすぐには解放してもらえないと思います。」
「なら私から言います。部下が誘拐された責任をどう取るおつもりですかって。」
「誘拐?」
「だって伊礼さん誘拐されたじゃないですか。あれは草刈って人が危険な仕事を命じていたからでしょう?」
「いえ、あれは俺が油断していたせいで・・・・・、」
「しかもそのあと猛君の学校にまで来て、連絡をくれなんて勝手なこと言い残して。」
目を釣り上げながら「まだ腹が立ってるんです」と息巻いた。
「いくら伊礼さんの上司だからって、この子の気持ちも考えずに・・・・、」
「まあまあ、それだけ仕事に熱心なんですよ彼は。しかし・・・・そうですね。一応頼んでみます。もし許可が降りなかったら・・・、」
「私から言ってあげます!今日は早く帰してあげ・・・・、」
「抜け出してきます。」
「へ?」
「今まで仕事仕事でしたからね。激務だったのは本当のことですが、それを都合の良い言い訳にしていたのも事実です。
本当はちゃんと猛と向き合わなきゃいけなかったのに。」
そう言って「一緒に行くか」と肩を叩いた。
「いいの?」
「ああ。」
「じゃ、じゃあ・・・ぜったいだよ?」
「約束する。」
伊礼さんが拳を握ると、猛君も拳を握ってコツンと合わせた。
「じゃあ・・・ちょっと行ってくる。」
「ああ、楽しんでこい!」
カレンちゃんたちの所へ向かっていくと、有川のペットたちが取り囲んで早速話しかけていた。
「お前ら!夜までには帰ってこいよ!」
有川が叫ぶと、ペットたちは「了解!」と敬礼した。
「それとあんまり羽目外しすぎるなよ。もう警察が出てくるようなことはゴメンだからな。」
猫顔の女が「努力しま〜す」と手を振る。
みんなでワイワイ言いながら去って行った。
「それじゃあ私もこれで。」
結子さんも手を振る。
「送っていきますよ。」
「平気です。それよりモタモタしてると帰る時間が遅くなっちゃうかもしれませんよ?せっかく猛君と約束したのに。」
「これくらいさせて下さい。」
そう言って慣れた感じで結子さんをエスコートしていく。
あの人、普段は真面目ぶってるけど、女相手だとけっこう変わる。
実は昔は遊び人だったのかも。
ていうか送ったあとどうすんだろ?まさかそのまま結子さんの部屋に上がって・・・・、
「なにを余計なこと考えてる。」
ギロっと睨まれる。顔に出てたみたいだ。
「冴木、すぐ会社に戻る。それまで頼んだぞ。」
「了解っす。」
ビシっと敬礼を返す。
そしてすぐにこう思った。
《伊礼さん、ここにいるのがめんど臭くなったな。》
伊藤は倒れ、鬼神川もいなくなった。
カグラの悪事の証拠は紺野ちゃんが持ってきてくれるし、そいつを吟味するのは刑事さんの仕事だ。
てことは後ここに残された問題は・・・・、
「だから私が産むって!」
「いいえ!僕です!」
《まだやってるよ・・・・。》
それもこれも全ての原因はバクの霊獣。
伊礼さんはこの手のものにはあまり関わりたくないらしい。
だからって俺に押し付けられてもって感じだけど。
《こういう問題は専門家に任せるに限るよな。》
後ろを振り返り、「なあ有川」と肩を叩いた。
「お前に仕事だ。あのバクの霊獣をどうにかしてくれ。」
そう言うと課長が「冴木君」と怒った。
「さっきから聞いてれば失礼じゃない。」
「え?」
「有川さんは君より年上なんだから敬語くらい使いなさい。」
「え?ああ・・・すいません!でもなんつうか・・・・どうしてもそいつのこと好きになれないっていうか・・・・、」
「また言った。『お前』とか『そいつ』なんて失礼だと思わないの?君も立派な社会人なんだから、好き嫌いだけで言葉遣いを変えないの。」
「はい・・・・。」
まさかこんな所で叱られるとは。
有川は「別にいいですよ」と言うけど、「ダメです、こういうことはちゃんとしとかないと」とまだ怒っていた。
「それに有川さんは私の友達なんですから。いくら冴木君だからって失礼な言葉遣いは許せません。」
苦笑いする有川だったが、リーゼント頭の男に「なあよお」と声を掛けられていた。
「ツムギのあんちゃんと狼男たちが喧嘩してるぜ。」
「なにい!」
慌てて振り返る有川。
いつの間にか狼男たちが戻ってきて、神主の男と言い争いをしていた。
「キサマら!せっかく僕の神社に祭ってやっていたのに・・・・それが気に入らないとはどういうことだ!」
「だってよお、アンタの神社狭いんだもんよ。そのせいで鳥居の向こうの家だって狭いじゃねえか。」
「うむ。あんな狭い家に男が三人。むさ苦しくてかなわん。」
「ぬうう・・・・放浪していた霊獣をわざわざ住まわせてやってるのに・・・・キサマらには義理というものがないのか!」
「んなこと言ったって。」
「あの家に三人は狭すぎる。」
「そうそう、アンタんとこの家じゃロクに女の子も誘えないし。」
「俺たちは有川と約束したのだ。助けを呼んできたら、見返りに俺たち専用の神社をくれると。」
「有川はただの人間だ!そんな権限はない!!」
「でもウズメさんに掛け合ってくれるって言ってたぜ。」
「彼女は稲荷の長だ。神社の一つや二つ用意してくれるはずだ。」
「馬鹿め。ウズメはもう長じゃないんだよ。」
「はあ!?」
「どういうことだ!」
「ダキニ様が戻って来られたからだ。ウズメはあくまで代理、これでまたダキニ様が頂点に君臨される。お前らの頼みなんか聞いて頂けるものか。」
「そんなあ・・・・、」
「おのれ!俺たちはいったいなんの為に助けを呼んできたのだ!」
「まったくだぜ。たまきが見当たらなくてその辺ウロウロしてたら妙な女に声を掛けられるし。」
「しかしあの女、まさかダキニに匹敵するほどの稲荷神だったとはな。名はトヨウケヒメだったか?」
「たしかカマクラ家具の社長だって言ってたぜ。」
「敵ではあるが、このさい強い霊獣なら誰でもいいと思って連れてきたんだが・・・・正解だったな。」
「ていうかあの女の方から来たがってたからな。伊藤と鬼神川はどこ?って。」
「お、お前らがトヨウケヒメ様を連れて来ただと・・・・・?」
「そうだぜ。」
「役に立っただろう?」
「バカ野郎!あの御方を誰だと思っている!?お前らなんかが気安く話しかけていい相手ではないんだぞ!」
「だから向こうから声かけて来たんだって。けっこういい女だから口説こうとしたんだけど、軽くあしらわれちゃって。」
「く・・・口説く・・・・トヨウケヒメ様を口説くだと!身の程をわきまえろ、この無礼者!」
「んな怒るなよ。」
「もういい、僕の神社から出ていけ!」
「だから出て行くって言ってんじゃん。」
「早く俺たちの神社を用意してもらおう。」
「誰がくれてやるか!」
なんかよく分からないけど揉めている。
「あれうるさいんだけど・・・」と指をさすと「ごめんごめん」と有川は謝った。
「チェリー君、悪いんだけど止めてきてくれない?」
「なんで俺なんだよ!」
「ここは霊獣同士の方が話がまとまるかなと思って。」
「アンタが狼男に約束したことだろが!」
「まあそうなんだけど。」
「責任もってアンタが止めてこい。」
「じゃあこう言えばいいよ。俺が呼んで来てくれってお願いしたのはたまきであって、トヨウケヒメじゃない。助かったことは助かったけど約束とは違う。」
「だから自分で言え!」
「約束した本人が言ったら角が立つかなあって。」
「他人が言った方が角が立つに決まってるだろ!」
「とりあえずウズメさんにはお願いしてみるよ。だからまあ上手く言っといてくれないかな。」
そう言って背中を押す。
リーゼントは「なんで俺が・・・・」とブツブツ言いながら「喧嘩すんなお前ら!」と仲裁に入った。
でも自分が一番喧嘩腰だから火に油を注いでいたけど。
「さっきよりうるさくなったぞ。」
「悪いね、ちょっとの間だけ我慢してよ。それよりあっちをどうにかしよう。」
バクを指差す。
「あの霊獣にはもうご退散願わないと。」
「俺だってとっとと消えてほしいよ。でもマシローちゃんとムクゲさんがなあ・・・・、」
「マシローちゃん?ずいぶん可愛い呼び方するね。」
「あのネズミ、実はメスらしいんだ。」
「ええ!?」
「あんたも知らなかったのかよ。」
「初耳だ。」
「本人がそう言ってたんだよ。でもって今はムクゲさんと喧嘩してる。伊藤をどっちが産むかどうかで・・・・、」
非常にめんど臭い事情だけど説明する。
有川は「なるほど」と頷いた。
「つまりあのバクがどっか行ってくれれば解決じゃないか。」
「そうなんだけど、もう一人の伊藤が銃を向けてるせいで動けないみたいなんだ。」
「分かった、ならこうしよう。伊藤の説得には俺が当たる。冴木君はマシロー君・・・・じゃないや、マシローちゃんとムクゲさんを宥めて・・・・、」
「ちょっと待って!」
黙って話を聞いていた箕輪さんが手を上げる。
「ちょっといいですか?」
「彼女は?」
「俺の先輩。その隣は・・・・、」
「・・・・おお、栗川さんじゃない!」
「お久しぶりです。」
ペコっと頭を下げる美樹ちゃん。
そういえばこの二人は知り合いだったんだ。
「どうして栗川さんがここに?」
「ええっと・・・それは色々あってえ・・・、」
口ごもる美樹ちゃんに代わって箕輪さんがこう言った。
「有川さんって動物に関するトラブルならなんでも引き受けてくれるんですよね?」
「ええ、まあ。」
「じゃあちょっとお願いしたいことがあるんです。あのバクを説得して、心臓を植物に宿らせてくれないかって?」
「はい?」
キョトンとしてる。
まあそうなるだろう。
「ねえ箕輪さん、それマジで言ってるんですか?」
「マジじゃなきゃ言わないわよ。」
「さっきも聞きましたけど、心臓を植物にって無理すぎないですか?」
「出来るわよ、あのバクなら。」
「でも契約がどうたらって持ちかけられますよ?」
「だから有川さんにお願いするんじゃない。彼は霊獣の扱いに慣れてるんでしょ?だったら平気平気。」
「いやでもなあ・・・・。だいたい美樹ちゃんの畑に植えるわけでしょ?それ嫌がるんじゃ・・・・、」
「私ならOKですよ。」
「ええ!だって気味悪くない?」
「別に。」
「軽いね・・・・。」
「あの畑は思い出を守る為に欲しかったんだけど、こうして何かの役に立つなら構いません。」
「うんうん、さすがは美樹ちゃん。」
喜ぶ箕輪さん。
えへ!っと笑う美樹ちゃん。
有川は「なんの話?」とキョトンとしたままだった。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第三十一話 自分の居場所へ(3)

  • 2019.05.10 Friday
  • 12:05

JUGEMテーマ:自作小説

力に取り憑かれた奴というのは恐ろしい。
このままではたまきに敵わないと見た鬼神川は、更なる力を求めた。
狼から大量の血をもらい、今までにないほど尻尾を燃え上がらせたのだ。
離れていても熱風が飛んでくるほどで、俺たちは狼の後ろに隠れるしかなかった。
『たまき・・・・許さん・・・許さんぞ・・・・。』
もはや鬼神川の顔に理性はない。
見るのも凶悪なほど殺意に歪んでいる。
しかし激しく燃える尻尾とは反対に、身体はどんどん痩せ細っていた。
まるで何日も食べてないみたいにガリガリになって、アバラが浮かんでいる。
ガッシリしていた四肢も細くなり、体毛もボロボロだ。
しかしそれでも殺意は衰えない。
それどころかどんどん強くなっている気がする。
狼の後ろに隠れていても、背筋がゾっとするような気配が伝わってくるほどだ。
『鬼神川、もう勝負はついたわ。終わりにしましょう。』
そう説得するたまきだったが、『許さん・・・・』としか答えない。
そして激しく輝く尻尾を振りかざした。
『もう終わりだって言ってるのよ!』
たまきは俊敏に飛びかかる。
前足一本であっさりと組み伏せてしまった。
『許さん・・・・許さんぞ・・・・、』
それでも怒りを吐き出す鬼神川。
すると狼が『もっといるか?』と尋ねた。
『どの道長くない。だったら死に花を咲かせみないか。』
『はあ・・・はあ・・・血を・・・・もっと力を・・・・、』
喋る度に口から泡を吹いている。
ていうかさっきまで輝いていた尻尾がもう萎み始めていた。
《本当に限界なんだ。あれだけ力をもらってもすぐに使い切ってる。》
いくら力をもらっても、弱りきった鬼神川を強くすることは出来ないようだ。
なぜなら消えかかっている命を維持するだけで精一杯だから。
こんなんじゃいくら力をもらっても意味がない。
死に花もクソもあったもんじゃないだろう。
しかしそれでも鬼神川は力を欲しがる。
『もっと血を寄こせ』と。
狼は『それでいい』と嬉しそうだ。
コイツにとっては鬼神川がどうなろうと知ったこっちゃないのだ。
ただ面白ければそれでいい。
自分の尻尾にガブリと噛み付き、鬼神川の上に血の雨を降らせた。
『戦える・・・・まだ・・・戦えるぞ・・・・、』
夕立のような血を浴びて紫に染まっていく。
しかしそれでも立ち上がることはなかった。
命は限界を迎えているようで、ボロボロと体毛が抜け落ち、ゾンビのように痩せていく。
ほとんど骨と皮だけの状態だが、それでも尻尾だけは激しく輝いていた。
いや、輝くっていうより膨らんでいく。
まるで風船のようにパンパンに。
『じゃ、俺はこれで。』
狼は紫色の風となってどこかへ消えていく。
悪い伊藤と一緒に。
「逃がすか!」
良い伊藤があとを追いかける。
マシロー君が「僕も行きます!」と肩に飛び乗り、エレベーターの中へ駆け込んでいった。
「悠一・・・・暑い・・・・、」
モンブランが背中を向けてしゃがむ。
狼がいなくなったせいで熱風が直撃してくる。
マサカリも「焼け犬になっちまう!」と叫んだ。
アカリさんが「私の後ろへ!」と前に出ようとした瞬間、大きな何かが目の前に降ってきた。
『隠れて!』
たまきだった。
巨大な身体を盾にして熱風を防いでくれる。
「お、俺たちも早く逃げねえと!」
マサカリがエレベーターへ走る。
するとたまきが『後ろにいて!』と尻尾で押し返した。
「グエッ・・・・何すんだ!」
『動いたら死ぬわよ。』
「なに言ってんでい!ここにいた方が死ぬじゃねえか!」
『爆発するのよ!』
「ば、爆発・・・・・?」
『鬼神川はもう限界なのよ。ああいうタイプはタダでは死なない。最期は自分の命を武器にしてでも一矢報いようとするわ。』
「それってつまり・・・・、」
『そう、自爆よ。』
「・・・・い、イヤだ!俺はまだ死にたくねえ!せめてたらふく食ってから・・・・、」
『だから動くんじゃない!』
「ぐへッ・・・・、」
自爆・・・・それを聞いてなるほどと思った。
戦いの最中、たまきは鬼神川の様子を窺う素振りを見せていた。
あれはきっと自爆を警戒していたんだろう。
『もうちょっと早くにやると思っだんだけど・・・・甘かった。めいっぱい力を蓄えてから、みんなまとめて吹き飛ばすつもりだったのね。』
「たまき・・・爆発に耐えられるのか?」
不安になって尋ねると『さあね』と答えた。
「怖いこと言うなよ・・・・。今からでも逃げた方がいいんじゃないか?」
『下手に逃げようとしたら、その瞬間に爆発させる気でいるわ。』
そう言って『あいつの目を見て』と尻尾を向けた。
『ずっとこっちの様子を窺ってる。』
「ほんとだ・・・・。」
骨と皮だけの状態なのに、殺意だけはまだまだ衰えていなかった。
目玉を動かして俺たちを睨んでいる。
かといってここままここにいても爆発に巻き込まれるだけだ。
いったいどうしたら・・・・、
『あいつは最大までパワーを溜めようとしてるわ。だったらこっちも同じことをするしかない。』
たまきは猫の鳴き声を響かせる。
そして全身の毛を逆立てながら目を光らせた。
「おお!すげえ・・・・。」
チュウベエがボソっと呟く。
たまきの体毛はどんどん伸びていって、わたあめのように膨らんでいく。
全身からすごい気迫を感じる・・・・・。
《もし・・・・もしそれでも防げなかったらどうする?・・・いや、ここはたまきを信じるしかない。
俺たちの為に命を張ってくれてるんだ。ぜったいに助かるって信じなきゃ。》
爆発の瞬間に備え、みんな目を閉じて耳を塞ぐ。
しかし翔子さんだけが虚ろな表情のままだった。
「翔子さん・・・・。」
彼女は断ったのだ。
狼からの誘いを。
血に濡れた手を見つめながら、『冴木君・・・・』と呟いて。
『私は・・・・彼に軽蔑されたくない・・・・。霊獣と契約なんかしたら・・・・、』
そう言って『いらない!』と叫んだのだ。
『優しさと引き換えにする力なんていらない!でも・・・・・、』
拳を握り締め、『このまま夢を追い続ける自信もない』と呟いた。
『もう潮時なのかも。』
狼を振り返り、『迷いはある。でもあなたと契約してしまったら、取り返しがつかないほど後悔しそうで・・・・。だから契約はしない。』
それを聞いた狼は『そうか』とだけ呟いたのだった。
狼の誘いを蹴ってくれたのは嬉しいけど、深く落ち込んだままなのは変わらない。
俺は翔子さんの友達だけど、このことに関しては力になれそうになかった。
唯一力になれるとしたら、それは冴木君だけだろう。
「翔子さん、今は無事に戻れることを祈りましょう。冴木君ならあなたに答えを与えてくれるかもしれない。」
「・・・・・・・・。」
励ましてもなにも答えない。
俺は無言のまま手を重ねた。
振り返れば、爆発に備えてたまきの体毛はどんどん膨らんでいた。
しかしそれ以上に鬼神川の尻尾の方が大きい。
紫に渦巻く灼熱の尻尾はもういつ破裂してもおかしくない。
ほんのちょっとの衝撃で限界を突破してしまうだろう。
『マズいかも・・・・。』
珍しく弱気なこと言うたまき。
アカリさんが「私も手伝う・・・・」と動いたけど、『じっとしてて!』と怒鳴った。
『私の後ろから一歩も出ないで。』
「だけど・・・・、」
『あんたはウズメを守ることだけ考えて。それと悠一!』
「え・・・あ、はい!」
『もし私が死んだらあとは頼むわよ。』
「縁起でもないこと言うなよ!」
『それほどまでに鬼神川のパワーが大きいのよ。狼の血をもらっただけじゃ説明がつかない。
おそらくだけどプラズマカッターを媒体にして、霊力を爆発のエネルギーに変えてるんだわ。』
「・・・・マジで無理そうなのか?」
『全身全霊で防いでみせる。あとは祈ってて。』
「たまき・・・・・。」
これは本気でマズいってことなんだろう。
マサカリたち、翔子さん、チェリー君、アカリさんにツムギ君、そしてウズメさん。
誰一人として死なせたくない。
もし俺が犠牲になることで守れるのならそれでもいい。
・・・・そう思った時だった。
ポケットから淡い光が漏れていることに気づいた。
「これは・・・・トヨウケヒメのイヤリング。」
なぜか勝手に輝いている。
そしてエレベーターに向かって強い光を放った。
「まさか・・・・、」
熱風で空気が歪む中、エレベーターの中から誰かが現れる。
たまきも気づいたようで、『なんで貴女がここに!』と驚いていた。
『トヨウケヒメ・・・・身を隠してたはずじゃないの?』
たまきの問いに、気だるそうな顔をしながらこう答えた。
「むさ苦しい狼男たちがやって来て助けを乞われたのよ。追い返そうかと思ったんだけど、稲荷の世界に帰る前に少しくらい良いことしといてあげようと思ってね。」
クスっと笑ったかと思うと、鬼神川を見て眉をひそめていた。
「自爆?」
熱風をものともせずに近づいていく。
「ほんとにオツムの弱いこと。たかが喧嘩の為に命まで捨てようなんて。」
自分の命を武器にしていること、その理由がたまきに負けた恨みであることを一瞬にして見抜いたようだ。
「あなたが死に花を咲かせるのは自由だけど、ほんとにそれでいいの?」
『・・・・・・・・。』
鬼神川はわずかに口を動かす。
声は掠れていて何を言ったのか聞き取れない。
トヨウケヒメは膝をつき、「哀れな男」とささやいた。
「稲荷の世界に居場所がないのは自業自得でしょ。あなたみたいな暴れん坊、誰からも好かれたりしないわよ。」
『・・・・・・・・。』
「生き様を貫くって?よく言うわ。自分の世界に居場所がないからって、人間の世界へ逃げてきたくせに。
挙句はこっちで霊獣の世界を築くだなんて・・・要するに自分に都合のいい世界がほしかっただけでしょう。」
怒っているでも呆れているでもなく、その声は本当に哀れんでいるように思えた。
そういえばトヨウケヒメは神道系の稲荷、鬼神川のことはよく知っているはずだ。
だからこそ彼の本音を見透かして哀れんでいるのかもしれない。
鬼神川はプライドの塊のような奴だ。
どんなに罵られるよりも、こういう風に言葉を掛けられた方が屈辱的だろう。
残った力を振り絞り、牙を剥き出して吠えた。
『貴女には分かるまい!そもそもが高貴な存在のあなたには・・・・・力だけで・・・這い上がってきた・・・下っ端の・・・誇りは・・・、』
途中で声が消え、ピクリとも動かなくなる。
そして・・・・、
『爆発するわよ!』
たまきが叫んだ。
いよいよ来る。ギュっと身が固くして、目を閉じて耳を塞いだ。
と同時に辺りに閃光が走る。
瞼を貫いて眩い光が飛び込んできた。
しかしなぜか爆発音はしなかった。
これだけの閃光、とんでもない爆発が起きたはずだから、耳を塞いでたって響くだろうに。
そもそも爆発したなら床だって揺れると思うんだけど、なんの振動も感じない。
「もう平気よ。」
たまきが言う。
目を開けると着物姿の人間に戻っていた。
「平気って・・・・爆発したんじゃないのか?」
「さあ?」
「さあって・・・・さっきすごい閃光が走って・・・・、」
「トヨウケヒメよ。」
「はい?」
「あの光はトヨウケヒメが放ったもの。」
「どういうこと?・・・・ていうか二人ともいないじゃんか!」
トヨウケヒメと鬼神川が消えている。いったいどこへ・・・・、
「連れて帰ったのよ、稲荷の世界へ。」
「帰るって・・・でも稲荷の世界へ帰るには鳥居を潜らないといけないんじゃないのか?」
「だから呼び出したのよ、鳥居を。さっきの光はその時のもの。」
「呼び出すって・・・・そんなこと出来るのか?」
「神道系稲荷の頂点の一人だからね。それくらいは。」
クスっと笑い「命があってよかったわね」と背伸びをしていた。
「鬼神川は・・・・どうなったんだ?爆発する寸前だったけど。」
「分からない。」
「もし爆発してたらトヨウケヒメは巻き添えを食らってるんじゃ・・・・・。」
「そんなドジしないわよ。鬼神川が生きてるかどうかは分からないけど、彼女は無事でしょう。とにかく何事もなくてよかったわ。」
「いやいや、何事もありすぎって感じだったけど・・・・。」
「悠一。」
「は・・・はい!」
いつになく厳しい目をするので背筋が伸びてしまった。
「あとはお願いね。」
「ええ!?」
「カグラ、カマクラ家具。両方の悪巧みはこれで潰えた。私の仕事はおしまい。」
クルっと背中を向け、エレベーターとは反対の廊下へ去っていく。
「あ・・・おい!」
「ウズメによろしく言っといて。」
「いやいやいや!そんな薄情な。親友なんだろ?助けてあげないのか?」
「すぐに稲荷の世界へ連れて帰れば大丈夫よ。アカリがもう連れてったみたいだし。」
後ろを振り返るとアカリさんはいなくなっていた。
いつの間に・・・・。
「あんたの仕事は翔子ちゃんを冴木君のとこまで送ってあげること。それが終わったらこの件からは手を引きなさい。」
「なんで!?こんな色々あったのにここで終わりにしろっていうのか?」
「ここから先は動物探偵の出番じゃないわ。後始末は稲松文具の面子に任せておけばいい。」
「でも・・・・、」
「助けを必要としている動物はまだまだいるわ。あんたじゃなきゃ出来ない仕事をしなさい。」
「分かってるよ。でもここまで関わったんだ。事の顛末くらい見届けたいじゃないか。」
「なら翔子ちゃんに聞けばいいじゃない。友達なんでしょ?」
振り返り、鋭い目で睨んでくる。
厳しい目を向けられたことはあっても、こんな目を向けられたことは初めてだ。
どこか敵意にも似た迫力を感じる。
「悠一。」
「なんだよ・・・・?」
「あまり他人のことに構ってる暇はないわよ。」
「どういうこと?」
「あんたもほんとに災難続きというか、穏やかな人生を送れないわよね。師匠として不憫に思うわ。」
「なんだよ急に。」
「しばらく先、あんたはまた大きな騒動に巻き込まれる。というよりあんたが鍵を握るわね。」
「なに言ってんだ?ぜんぜん話が見えないんだけど・・・・。」
「あんたとあの子、無事に結ばれるわけにはいかないかもしれない。」
「あの子って・・・・、」
「あんたの婚約者よ。」
「マイちゃん!?」
ここでマイちゃんの名前が出てくるとは思わなかった。
無事に結ばれるわけにはいかないなんて物騒なことを。
「もしかして種族の壁のことを言ってるのか?たしかに俺は人間で彼女は霊獣だ。だからすんなりってわけにはいかないかもしれない。
でも俺たちのことはマイちゃんの両親だって認めてくれてる。どうして不安になるようなこと言うんだよ?」
「あの子が普通の霊獣なら問題はなかった。でも知ってるでしょ?彼女は幻獣という珍しいタイプで、しかも神獣である私に匹敵するほどの力を秘めている。
修行を終え、聖獣になればさらに強くなるでしょう。だけどそれが問題になってくる。
事と次第によっては・・・・私はあんたと敵対することになるかもしれない。」
「はあ!?なんでたまきと俺が敵対するんだよ?仲間のはずだろ、師弟だろ俺たち!」
「仲間だからこそ、師弟だからこそよ。」
「ごめん・・・・ぜんっぜん意味が分からない。もっと詳しく話してくれよ。」
たまきには未来を予知する力がある。
一昨年の夏にも神託を授けてもらったのだ。
だからたまきが言うならウソじゃない。ウソじゃないから不安になる。
「なあたまき。俺とマイちゃんとの間に何が起こるっていうんだよ?なんでお前と敵対するかもしれないんだ?」
「その時が来れば分かるわ。」
踵を返し、背中を向けて去っていく。
「おい!思わせぶりなことだけってヒドイぞ!」
「焦らなくてもその時は来る。・・・・また会いましょ。」
そう言い残して遠ざかっていく。
ぼんやりと暗い地下の廊下、すぐに闇に紛れて見えなくなってしまった。
「おい待てって!」
追いかけようとすると「悠一!」とモンブランに腕を掴まれた。
「今はここから出よ。」
「いやでも・・・・、」
「チェリー君だって怪我してるし、ツムギ君だって気を失ったままよ。マサカリなんてオシッコちびってるし。」
マサカリを振り返ると「てやんでい!」と怒った。
「誰がチビるかってんだ!」
「だってオシッコ漏れたって言ってたじゃない。」
「それくらい怖かったって意味でい!」
「じゃあぜんぜん漏らしてないの?」
「そりゃまあちょっとは・・・・、」
「ぷふ!」
「わ、笑うな!」
喧嘩を始めるモンブランとマサカリ。
マリナは心配そうにツムギ君を見つめ「これ食べて」と口にバナナを突っ込もうとしている。
チュウベエは「平気か?」とチェリー君のリーゼントをつついていた。
そして翔子さんは・・・・、
「戻りましょう有川さん。」
「翔子さん・・・・大丈夫ですか?」
「私は平気です。それよりこんな事に巻き込んじゃってごめんなさい。」
「いえいえ!いいんですよ、これも仕事だし。」
「私はまだ自分がどうしたいのか分からない・・・・。でも冴木君なら・・・彼なら道しるべを示してくれるかもしれない。」
血に濡れていたはずの手が綺麗になっている。
弾丸の時もそうだったけど、あの狼の血は時間と共に消えるみたいだ。
もう血の痕すら残っていないのに、じっと手を見つめる翔子さん。
顔を上げ、空を臨むような遠い目をしていた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第三十話 自分の居場所へ(2)

  • 2019.05.09 Thursday
  • 10:57

JUGEMテーマ:自作小説

誰にだって夢はある。
そして夢を叶える為ならリスクを背負うことさえ厭わない人もいる。
マシロー君は伊藤を助けたい。
だから薬を飲んで人間に変わって、胎児となった伊藤をお腹に宿すといった。
しかしムクゲさんも譲らない。
人間の家庭を持つことが夢だった彼女は、その役目は自分にやらせてくれって一歩も引かないのだ。
他のみんなは呆れているし、祐希さんは嬉しそうにシャッターを切っているし、それに気づいた紺野ちゃんが「ダメだって」とスマホを奪う。
ていうかついさっきなんてカマクラ家具の社長、葛ノ葉公子がいきなり現れて、エレベーターの中に飛び込んでいった。
彼女を連れてきた狼男たちはなぜか満足そうな表情で喜んでいるし。
「たまきは見つからなかったけど、トヨウケヒメを連れてくることが出来た。これなら鬼神川にも勝てるだろう。」
「だな。俺たち専用のデッカイ神社が手に入るってわけだ。」
よく分からない会話をしながら、お互いに肩を叩いて笑っている。
もうこれ、全然状況が把握できない。
《こんなイザコザなんてどうでもいいんだよ!俺が心配なのは課長なんだ。》
鬼神川に連れ去られてからけっこう経っている。
玉木さんは必ず連れ戻すって約束してくれたけど・・・・不安だ。
《こうなったら俺も薬を飲んで霊獣になって、エレベーターの底に飛び込むしか・・・・、》
最愛の人がピンチなのだ。
俺が行かずしてなんとする!
もうこんな所でじっとしてられない。
そう思って薬を手に取ろうとした瞬間、「冴木!」と声がした。
「・・・・箕輪さん!?それに美樹ちゃんも!」
二人が走ってくる。
その後ろからは結子さんと猛君、それに進藤君もやってきた。
「みんな何してんの!こんな所に来ちゃ危ないって!」
「来たくて来たんじゃないわよ!」
いきなりキレる箕輪さん。
すると美樹ちゃんも「そうですよ!」と怒った。
「全然戻って来ないから心配になって・・・・、」
「ええ!そこまで俺のことを心配してくれて・・・・、」
「部長補佐が心配で来たんです!冴木さんの為じゃありません。」
「ひどい・・・・。」
そんな思いっきり否定しなくてもいいのに。
まあ慣れてるから平気だけど。
すると結子さんも「彼女は?」と尋ねた。
「冴木さんと人質交換するはずだったんでしょ?姿が見えないけど・・・・。」
「ええっと・・・色々ありまして。」
どこからどう説明していいのか分からない。
困りながら頭を掻いていると「さっきカマクラ家具に行ってたんすよ」と進藤君が言った。
「え?向こうに行ってたの?」
「だって人質交換の為にカマクラ家具へ行ったんじゃないっすか。なのにあっちに行ったら会社全体がすげえ混乱してたんすよ。
その辺の社員に事情を聞いてみたら、冴木さんらしき人が少し前に出て行ったっていうから。他に行きそうな場所を考えたらここしかなかったんす。」
「だからってわざわざ来なくても・・・・、」
「あ、俺は冴木さんの為でも部長補佐の為でもないっすよ。」
そう言ってムクゲさんを見つけ、「無事だったんだ」と駆け寄っていった。
「ぜんぜん帰って来ないから鬼神川にでも捕まったのかと思ったよ。」
「あら、私のこと心配して来てくれたの?」
「当たり前だろ。ムクゲは母親みたいなもんだし。親が危ない目に遭ってたらじっとしてられ・・・・、」
「んん〜、ありがと〜!」
抱きしめて頭をグリグリ撫でている。
「恥ずかしいからやめろよ!」と言う進藤君だったけど、満更でもなさそうに照れていた。
しかしカレンちゃんが見ているのに気づいて「ヤバ!」と離れた。
「タンクってほんとにムクゲのこと好きなんだね。」
「あ、いや・・・今のは・・・・、」
「別にいいじゃん。私だって翔子ちゃんに抱っこされたら嬉しいし。」
「む、ムクゲは飼い主じゃないし、別に嬉しくもなんとも・・・・、」
「照れない照れない。」
そう言ってカレンちゃんも頭を撫でる。
「子供扱いすんな!」と怒っていた。
「冴木さん。」
猛君が前に出てくる。
「君までこんな所に・・・・。危ないから帰った方がいいぞ。」
「そうだけど・・・でも気になっちゃって。」
箕輪さんと美樹ちゃんを振り返り、「結子さんと一緒に稲松文具に行こうとしたら、あの人たちに会ったんです」と言った。
「お父さんならお店にいるからって。お父さんにはすぐ家に帰るように言われてたんだけど、このまま帰っても落ち着かないし。」
不安そうな表情をしながら「悪い奴らはどうなったんですか?」と尋ねた。
「ええっと・・・そうね。とりあえずカグラの社長はそこにいる。」
指をさすと「あの人が?」と驚いていた。
「ていうか拳銃持ってるじゃないですか!誰か倒れてるけど、まさか撃たれたんじゃ・・・・、」
「違う違う。そもそも倒れてる方が社長なんだよ。」
「どういう状況なんですか?」
「ああ、いいのいいの。君は細かいことは気にしないで。ねえ?」
伊礼さんを振り返ると「猛」と怖い顔をしていた。
「なんでここへ来た?」
「なんでって・・・・、」
「結子さんと家にいろと言っただろう。」
「そうだけど・・・・、」
「これはお前が心配することじゃない。すぐに結子さんと一緒に帰・・・・、」
「伊礼さん。」
結子さんが猛君の隣に並ぶ。
「そういう言い方はないと思います。」
強気な口調に伊礼さんは顔をしかめた。
「そういう言い方も何も、猛の身を心配して言ってるんです。相手は平気で犯罪をやるような連中なんですよ。
しかもここは敵のアジトときてる。そんな場所に猛を来させるわけにはいきません。」
「気持ちは分かります。でも猛君の立場にもなってあげて下さい。」
「猛の立場?」
「この前あなたが誘拐されてどれほど心配してたか。この年頃の子は自分の気持ちを隠そうとするんです。特に猛君みたいなタイプは。」
「知っていますよ。猛が感情を表に出しにくいことくらい・・・・、」
「だったらもっと安心させてあげて下さい。」
「ですから言われなくても分かっています。ただ今はそういう状況ではないから・・・・、」
「自分で引き取ったんでしょう?この子をちゃんと育てるって。」
「ちゃんと育てていますよ。生活には何不自由させていないつもりです。ただ俺は独り身だから、多少は負担を強いているところがあるのは認めますよ。
しかし猛はもう中学生です。自分のことくらい自分で出来る年齢で・・・・、」
「そういうこと言ってるんじゃありません!」
キンと耳に刺さるくらい叫ぶ。
結子さんは切ない顔をしながら「もっと向き合ってあげてほしいんです」と続けた。
「私だってほんとならこんな場所に連れて来たくなかった。でもお父さんが心配だって聞かないから・・・・。」
猛君は「ごめん・・・・」と呟いた。
「来たら怒るって分かってたけど、また誘拐とかされてたらどうしようって・・・・。」
「俺はそんなにドジじゃない。」
「でも一度あることは二度あるっていうし・・・、」
「心配するな。俺なら大丈夫だ。」
「だけど!また帰って来なかったらどうしようって・・・・。あの時すごく嫌な気持ちだった。このままずっと帰って来なかったらって・・・・、」
「一人にさせたりしない。」
「え?」
「俺はどこにも行かない。お前を一人にさせたりなんかしない。」
「・・・・・・・。」
「今までは一人でいいと思ってたんだろう?早く家を出て、自分の力だけで生きていこうって。」
「・・・・うん。」
「そう思ってたことくらい分かってる。ただ俺は不器用で・・・・気持ちは分かっていても、どう接すればいいのかが分からなかった。
誰だって踏み込んで欲しくない領域はあるはずだ。例え子供だって・・・・。
でもほんとはやらなきゃいけないことだった。ちゃんとお前と向き合うこと、話をすること。なのについ彼女に甘えてばかりで・・・・。」
そう言って結子さんに目をやる
「悪いと思っています、いつもいつも猛のことを見てもらって。」
「そんなのはいいんです。私が好きでやってることだから。」
猛君の肩を抱き、「ただこの子とちゃんと向き合ってくれれば」と言った。
「お仕事が忙しいのは分かります。今だって色々大変なことが起きてるし。でもその代わり、これが終わったらもう少し猛君と向き合ってあげてほしいんです。」
肩を抱いていた手を背中に回して、ポンと叩く。
「伊礼さん、ちゃんと猛君の気持ち分かってたみたいね。」
「うん・・・・。」
「君は優しいから周りに気を遣いすぎる。でも無理して背伸びする必要はないのよ。
だからもうちょっと心を開いてみたら?大丈夫、伊礼さんはちゃんと気持ちを受け止めてくれるわ。」
頷きながら嬉しそうに微笑む結子さん。
そして伊礼さんも照れくさそうに頭を掻いていた。
「あの、ちょっといいですか?」
伊礼さんの背中をつつくと、「ん?」と振り返った。
「感動的な場面に申し訳ないんですけど、今はやらなきゃいけないことが・・・・、」
「・・・・ああ!すまん。」
ううん!と咳払いしてから、紺野ちゃんに近づいていく。
「なあアンタ。ここまできたらもういいんじゃないか?」
そう声を掛けると「なにが?」と言った。
祐希さんから奪い取ったスマホをバキ!っとへし折りながら。
「あああああ!なんてことをおおおお・・・・、」
真っ二つになったスマホを掴んでプルプルしている。
「ちょっと!スマホまで壊さなくてもいいでしょ!」
「写真は禁止。外に情報を持ち出されたら困るから。」
「ほう、どう困るんだ?」
伊礼さんが詰め寄る。
「どうって・・・そんなのバレたら社長と鬼神川に・・・・・、」
「社長はそこで死んでる。」
「でももう一人の伊藤がまだ・・・・、」
「そっちはカグラの社長じゃないだろう?」
そう言ってもう一人の伊藤に手を向ける。
ムクゲさんとマシロー君はまだ言い争いをしていて、進藤君とカレンちゃんが必死に宥めていた。
「あんたの親玉はもういない。」
「で、でもまだ鬼神川が・・・・、」
「あいつももうじき死ぬはずだ。そこの霊獣と契約したんだからな。」
今度はバクに手を向ける。
箕輪さんと美樹ちゃんが興味津々に見つめていた。
「社長と鬼神川。もうアンタが恐れる者はいない。だったら渡してもいいはずだ。カグラの悪事の証拠をな。」
サっと手を向けると「でも・・・・、」と狼狽えた。
すると遠藤さんが「渡しちゃった方がいいわよ」と肘をつついた。
「アンタ真面目すぎるわ。社長も鬼神川も・・・・ううん、カグラそのものがもう終わりなのよ。誰に対しても義理立てする必要はないんだから。」
「うう・・・・、」
「ここらで楽になっちゃいなさいよ。でもって自分の世界へ帰ればいいわ。こっちで起きたこと、綺麗サッパリ忘れてね。」
そう言って「いいでしょ?」と刑事さんを振り返った。
「紺野ちゃんは怖くて逆らえなかっただけなの。見逃してあげて。」
必死にお願いする遠藤さんだけど、刑事さんの顔は険しい。
「ねえお願い!どうか許してあげて・・・・、」
言いかける遠藤さんを押しのけ、「見たところ仏教の稲荷だな?」と尋ねた。
「ほんとに稲荷の世界へ帰るのか?」
「え?ああ・・・まあ。」
「それならばなぜ伊藤や鬼神川を恐れる?ここにいるのが嫌ならば、自分の世界に帰ってしまえばそれで済むはずだ。
伊藤はただの人間だから追いかけて来ることはできない。
鬼神川は神道系の稲荷で、ましてや自分の世界でも邪険にされている荒くれ者だ。
無断で仏教系の稲荷の世界へ来ることは不可能だろう?」
「うう・・・そ、それはあ・・・・、」
「お前、ほんとは帰るつもりなどないんだろう?人間の世界が気に入っているからこそこっちにいるんだろう?
人間の世界にはたくさんの刺激がある。稲荷の世界へ帰ってしまったら味わえないものだ。」
「そ、そりゃこっちの世界は嫌いじゃないけど・・・・、」
「人間の世界に留まるならば、伊藤や鬼神川を恐れるのは理解できる。しかし奴らはもう終わりだ。
お前が本当に稲荷の世界へ帰るなら見逃してやってもいいが、こっちに留まるつもりなら許さない。
例え脅されていたとしても、悪事に手を貸した霊獣を放置しておくことは出来んからな。」
そう言って手錠を取り出す。
普通の手錠とは違って、ヒスイみたいな色をした変わった手錠だった。
「お前を逮捕する。」
「ええ!?」
「そして正義の霊獣集団の元へ連行する。お前を人間の法律で裁くことは出来んのでな。」
紺野ちゃんの手を取り、手錠を掛けようとすると「分かった分かった!」と首を振った。
「刑事さんの言う通りです!まだこっちにいたいなあって思ってて・・・・、」
「そら見ろ。」
「うう・・・・だってこっちの世界は楽しいんだもん。でも逮捕はヤダ。」
「じゃあ自分の世界へ帰ると約束するな?」
「・・・・はい。あ、いやでももうちょっとだけこっちに・・・・、」
「約束するな?」
「うう・・・・・、」
「なら逮捕する。」
「ああ、待って待って!約束します!しますからそれだけは勘弁!!」
「ならば違法薬物を使用した証拠を渡してもらうおう。それが見逃す条件だ。」
「・・・・・はい。」
ガックリと項垂れている。
遠藤さんが「これでよかったのよ」と慰めた。
「紺野ちゃんは悪い子じゃない。でもずっとこっちにいたらまた悪い奴に利用されるかもよ?だってアンタ人が好すぎるから。」
「うう・・・・もうこれまでか。」
フラフラと立ち上がって部屋へ消えていく。
そしてUSBメモリを手に戻ってきた。
「これに薬を作った時の全てのデータが入ってる。」
刑事さんは無言で受け取る。
「それとまだ薬がたくさん残ってる。」
「どこだ?」
「壁の鳥居の奥。」
「遠藤が出てきた場所だな?」
「あそこは保管庫だから。プラズマカッターも置いてあるし。」
「全て押収する。」
「はい・・・・。」
紺野ちゃんは歩き出す。
すると刑事さんは「そっちの狼男たち」と声を掛けた。
「一緒に来てもらえるか?」
「ん?」
「どこに?」
「鳥居の奥だ。」
「おお!もう神社をくれるのか?」
「仕事が早いな。そういうのは嫌いじゃない。」
「何を言ってるのか分からんが、とにかく来てくれ。」
「ウィッス!」
紺野ちゃんが「うわ、信用されていない」と顔をしかめた。
「万が一だ。お前はそこそこ位のある稲荷だろう?もし暴れられたら猫又の私だけじゃ手に負えんのでな。」
「別に抵抗なんてしないよ。」
四人は壁の向こうへと消えていく。
すると祐希さんも「私も連れてって!」と追いかけていった。
「せめてどんな場所かくらい見とかないとリアルな記事が書けないわ。」
こんな出来事をリアルに書いたら逆にウソ臭くなると思うんだけど・・・・まあいいや。
だんだん状況が収まってきた。
あとは・・・・・、
「僕が産みます!」
「いいえ、私が産む。」
「まだやってるよ。」
マシロー君とムクゲさんの意地の張り合いは終わらない。
進藤君もカレンちゃんもいい加減うんざりしていた。
すると箕輪さんがこっちへやって来て「何がどうなってんだか」と首を振った。
「いったいなんなのあのバクは?」
「伊藤が契約していた霊獣ですよ。次の契約者を探してるらしいけど。」
「ていうかなんでムクゲさんとハリネズミが言い争ってるわけ?産むとか産まないとかなんのこと?」
「ええっと・・・このままじゃもう一人の伊藤も長く生きられないから、それをどうにかするにはまた伊藤を産まなきゃいけないんですよ。」
「意味が分からない。」
俺だって意味が分からない。
とりあえず一から説明すると、なんとも言えない顔で腕を組んでいた。
「心臓がもう一つあって、それを使って胎児を生み出す・・・・。しかも誰かのお腹に宿すなんて・・・・ついていけないわ。」
世の中どうなってんの?みたいな感じでため息をついている。
そこへ美樹ちゃんもやって来て「なんかすごい大変なことになってますね」と言った。
「でもあのバク可愛い。」
「見た目に騙されちゃダメだぞ。ああ見えて恐ろしい奴なんだから。契約しないかって言われても絶対に断って。」
「しませんよそんなこと。でも不思議ですよね。霊獣だとか変な薬だとか、世の中って私が思ってたよりおかしなことばっかり。
畑を買う為にお金を貯めるなんて変わってるって友達から言われたけど、私なんかぜんぜん普通ですよね。」
なぜか嬉しそうに笑っている。
たぶん変わり者扱いがイヤなんだろう。
俺から見ると美樹ちゃんもけっこう変わってるけど、最近は箕輪さん化してきてるから、下手なこと言ったら何されるか分からない。
グっと言葉を飲み込んだ。
すると箕輪さんがいきなり「ああ!」と叫んだ。
「な、なんですか!?俺は何も言ってないっすよ!」
ビクっと身構える。
箕輪さんはポンと手を打ちながら「それよ!」と美樹ちゃんの肩を掴んだ。
「それって・・・どれですか?」
「あんたの畑!もう自分の物になったんでしょ?」
「ううん、まだです。あと50万円くらい貯めないと。」
「50万か・・・・うん、なんとかなりそうね。」
そう頷いて「冴木!」」と叫んだ。
「アンタ伊礼さんに頼みな。」
「何をですか?」
「会社から50万貸してもらうのよ。」
「ええ!なんで・・・・、」
「ていうか払ってもらえばいいわ。」
「だからなんでっすか!」
「畑を買う為。」
「畑って・・・・美樹ちゃんの?」
「そう。」
「いやいや、無理でしょ。社員の畑の為に会社が金を出すわけないですよ。」
「普通ならね。でも・・・・・、」
なにやら思案気な顔で後ろを振り返る。
ムクゲさんとマシローちゃんはまだ言い争っている。
進藤君とカレンちゃんは二人の喧嘩に飽きたのか、端っこに座っておしゃべりをしていた。
もう一人の伊藤は無表情のままバクに銃を向けているし、そのバクは『どうするか早く決めてよ』と急かしていた。
「あんなのほっといたらいつまで経っても終わらないわ。」
「ていうかほっといたら伊藤がバクを撃ち殺しちゃいますよ。まあアイツはとんでもなく悪い奴だからそうなっても仕方ないけど。」
「私はもう撃ち殺すとか物騒なことはゴメンなの。超常現象みたいな不気味なこともね。心臓を使って人間の胎児をネズミや猫又のお腹に宿らせるなんて大反対。」
「俺もですよ。いくら色んな価値観を認めなきゃいけない時代だからって、さすがにこれはやりすぎかなあって。」
「だったらさ、美樹ちゃんの畑を使おうよ。」
「だからなんで畑なんすか?」
「あんたの説明を聞く限りじゃ、心臓を使って新しい命を生み出せるわけでしょ?」
「バクはそういう風なこと言ってましたよ。」
「てことは人間じゃなくてもいいわけじゃない。」
「はい・・・・?」
「社長の方の伊藤は死んじゃったんでしょ?」
「契約を後悔して自殺したらしいですよ。」
「可哀想といえば可哀想だけど、同情は出来ないわ。復讐の為だけに霊獣と契約するなんて。そんな人を生き返らせるのってどうかと思うのよ。」
「つまり死んだままでいいと?」
「私はそう思う。だって死んだ命は生き返らないものよ。もしそんなことが可能になったら、それこそ価値観がどうとかいうレベルじゃないわ。
命には曲げちゃいけない掟がある。死人を復活させるっていうのは反対よ。」
「言わんとすることは分かりますよ。でもそれだとマシローちゃんが納得しないと思うけど・・・・、」
「飼い主がいなくなるって話よね。だったらいいアイデアがあるわ。」
ニコっと笑いながら「ねえ美樹ちゃん」と振り返る。
「あんた動物探偵の有川さんって人と知り合いなのよね?」
「はい!こがねの湯でバイトしてた時の先輩ですから。私も一度だけ動物で困ってることを助けてもらったんですよ。」
「じゃあまたお願いすればいいわ。マシローちゃんの飼い主になってくれる人を見つけてくれって。」
「それは・・・有川さんに依頼するってことですか?」
「そう。お金なら会社に出してもらえばいい。畑のお金と探偵を雇うお金、それで面倒なことが片付くなら安いもんでしょ。」
「う〜ん・・・有川さんなら引き受けてくれると思うけど、会社が出してくれるかなあ?」
「出させればいいのよ。こっちはいっつも危ないことに巻き込まれてるんだから。嫌だって言ってもふんだくってやればいいのよ。」
「・・・・そうですね。私たち被害者ですもんね!」
納得したように頷きながら「もし断われたら、あることないことでっち上げて訴えるぞって脅してやりましょう!」と息巻いた。
うんうん、やっぱり美樹ちゃんは箕輪さん化してきてる。
まあそれはいいんだけど、肝心の部分がまだ分からない。
「箕輪さん、死人を生き返らせるのに反対なのは分かったんですけど、なんで畑なんか欲しがるんですか?」
「だってマシローちゃんの新しい飼い主が見つかったとしても、伊藤が持ってる心臓は残るわけでしょ?」
「ええ。」
「しかもまだ動いている。」
「そうなんですよ。信じられないですけど。」
「その心臓は子犬の物だから移植とかには使えないし、かと言って捨てるのもちょっとアレじゃない。」
「マシローちゃんが許さないでしょうね。あの子マジで伊藤を慕ってるみたいですから。」
「だったら畑に埋めるのよ。そして植物の命として復活させればいいわ。」
「しょ・・・・、」
「植物の命・・・・?」
美樹ちゃんと顔を見合わせる。
箕輪さんは「植物の命」とにんまり笑っていた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十九話 自分の居場所へ(1)

  • 2019.05.08 Wednesday
  • 11:31

JUGEMテーマ:自作小説

霊獣同士の戦いは激しい。
特に神獣クラスになると怪獣が戦っているような迫力だ。
たまきは巨大な猫・・・というより虎、鬼神川はそれより若干大きいくらいの稲荷。
二人の戦いは拮抗していた。
本当ならたまきの圧勝なんだけど、今の鬼神川はパワーアップしている。
なにせ自分の命を差し出してまであの狼と契約したのだ。
強くなるのは当然かもしれない。
それに加えてチェンーソーのような牙まで持っている。
あれは霊力を武器に変える道具だという。
つまり強い霊獣が使えばそれだけ威力が増すというわけだ。
さながらSFに登場するライトセーバーとかビームサーベルとか、そんな近未来の武器にさえ思えた。
力も武器も鬼神川の方が上。
さらには紫に燃え盛る巨大な尻尾まである。
ほんのひと振りするだけで辺りが灰塵と化すんだから、俺なんか近寄ることさえ出来なかった。
《こりゃいくらウズメさんでも勝てないわけだ。あまりに強すぎる。でもたまきなら・・・・、》
一見すると鬼神川が圧倒しているけど、実はそうではないように思う。
というのも鬼神川の攻撃はあまりに力任せで、戦術というか戦略というか、そういったものが微塵も感じられない。
ただただ怒りを爆発させている感じだった。
対してたまきの戦い方は老獪だ。
翔子さんを助ける時は正面からぶつかっていたけど、それ以降は決して正面に立たない。
猫の俊敏性を活かし、左右にステップを踏みながら直撃を避けている。
全てを灰塵にしてしまう尻尾の一撃も華麗なバックステップでかわし、マタドールのように鬼神川を翻弄している。
そして隙を見ては強烈な猫パンチをお見舞いしていた。
最初は圧倒的な勢いを誇っていた鬼神川も、やがて焦りを見せ始める。
パワーは衰えないが、思うように攻めきれないことにイラ立ちを感じているようだった。
『おのれ・・・。』
攻撃はどんどん雑になり、余計に当たりづらくなっている。
たまきは表情を変えずに淡々と翻弄し続けていた。
そして・・・・・、
『ぐおおおおおッ!』
鬼神川の悲鳴が響く。
なんとたまきは燃え盛る炎の尻尾に噛み付いたのだ。
「なッ・・・・、」
そんなことをしたら自分が燃えてしまうんじゃないか?
ていうかすでに燃えている。
口の周りに炎が移り、熱そうに顔を歪めていた。
『離せ!』
鬼神川はたまきの首に噛み付こうとする。
しかし間一髪でかわした。
尻尾を離し、サっと距離を取る。
口の周りがひどく焼けただれているが、見る見るうちに再生していく。
たまきは回復力も半端ではないらしい。
そしてなぜか不思議なことに、鬼神川の方がダメージを受けていた。
燃える尻尾を噛まれたところでダメージにはならないはずなのに・・・・、
『弱点を見抜かれた。』
狼が言う。
「弱点?」
『一番強い武器が一番の弱点。あそこに力が集中してるから傷を負うと良くない。』
「一番強い武器が弱点・・・・・?」
そういえば前にたまきが言っていた。
あれは古民家のカフェで会った時のこと、人間に化けていたたまきが、別れ際にこんなアドバイスをくれたのだ。
『どんな強敵でも急所を射抜けば倒れるもの。そして急所は必ずしも弱い部分とは限りません。』
あの時は意味が分からなかった。
だって強い部分が弱いわけないんだから。
だけど・・・・、
《長所と短所は紙一重ってことなのかも・・・・・。》
俺は動物とはすぐ打ち解けるが、人間はちょっと苦手だ。
それってつまり、動物と話せるがゆえに動物に対してのコミュニケーションに特化して、人間相手だと空回りするってことなのかもしれない。
だってこれだけ霊獣や動物の仲間がいるのに、人間の仲間はほとんどいないのだ。
今のところ俺と仲良くしてくれる人は翔子さんだけだ。
知り合いは何人かいるけど友達ってわけじゃないし。
《鬼神川の力の源はあの尻尾なのかも。だからこそあれだけの強力な攻撃が繰り出せるんだろう。だったら尻尾をどうにかしてしまえば弱くなるってことか。》
たまきは瞬時に見抜いたんだろう。
だから危険を承知で噛み付いた。
ていうかまた噛み付いている。
鬼神川は『貴様あッ!』とブチ切れて、尻尾の炎を激しく燃やした。
たまきはサっと離れ、火傷が回復するまで待つ。
そしてまた噛み付き、鬼神川は怒り・・・・、
これを何度か繰り返していると、だんだんと鬼神川が弱ってきた。
『ダメージ受けすぎ。それに激しく燃やしすぎ。あれじゃすぐガス欠になる。』
狼の言う通り、鬼神川は息が上がり始めていた。
ぜえぜえと肩を揺らしている。
なのに殺気は衰えない。
なにがなんでもたまきに復讐するんだって感じで、爛々と目が輝いていた。
逆にたまきは相変わらず冷静だ。
自分が有利になっても表情を変えない。
というより・・・・あれは何かを窺っているようにも見える。
《なんだ?いったいなにを警戒して・・・・、》
その時、背後から数発の銃声が響いた。
伊藤同士が撃ち合いを始めたのだ。
こっちはこっちで本気でやり合っている。
マシロー君が「やめて下さいああああい!」と叫ぶけど、二人の耳には入っていない。
廊下の角に隠れたり、トイレの入口に隠れたりしながら銃を撃ちまくっている。
互いにクリーンヒットはない。
ないんだけど、この戦いは良い方の伊藤に有利な気がする。
なぜなら悪い伊藤の銃はリボルバーだからだ。
あのタイプは五発か六発までしか弾を込められないはず。
そのせいか何発か撃つと物陰に隠れていた。
そしてまた撃ち返している。
対して良い伊藤の銃は、下からガチャっとマガジンを差し込むタイプのやつなのでたくさん撃てるようだ。
銃には詳しくないけど、あっちの方が弾は多く込められるはずだ。
だから撃ち合いの中で一度しかマガジンの交換をしていなかった。
同じくらいの威力の武器で戦うなら、当然たくさん撃てる方が有利になるので、悪い伊藤はジリジリと追い詰められていた。
《あいつらよくあんなにバンバン撃ち合えるな。霊獣じゃないんだから当たったらおしまいなのに。》
そう思ったけど、よく考えたらマサカリたちもド派手な銃撃戦をやっていた。
てことは銃を持つと気が大きくなって、普段より恐怖を感じにくくなるのかもしれない。
その証拠に・・・・、
「俺たちも行こうぜ!」
マサカリが拳銃を構える。
すると他のみんなも拳銃を取り出した。
《そういえばこいつら銃を持ってるんだったな。また撃ち合うつもりか?》
やはり銃は気を大きくさせるらしい。
みんな「うおおおお!」と突進していった。
「おい!待てお前ら・・・・・、」
「心配しないで。霊獣じゃないならこれでも勝てる!」
モンブランが勇ましく吠える。
マリナも「出来ればバズーカがよかったけどこれで我慢する」とやる気満々だ。
チュウベエなんてすでに一発撃っていた。
パアン!と音が響き、マシロー君が「危なッ!」と仰け反った。
「僕を撃たないで下さい!」
「悪い悪い、ちょっと狙いが外れて。」
謝ってすむ問題じゃないだろ・・・・。
ちなみにマサカリは「みんな俺様についてこい!」なんて言いながら一番後ろに隠れている。
それぞれ性格が出ていて面白いけど、今は笑う時じゃない。
加勢を得た良い伊藤は勝ち誇ったように笑った。
「もういいだろう。終りにしよう。」
そう言って悪い伊藤が隠れているトイレへ向かう。
「撃ち合ってもお前に勝ち目はない。」
銃を向けながら警告する。
すると悪い伊藤は突然トイレから飛び出してきた。
片手に銃、もう片手にはナイフのような物を握り締めている。
青白く光るそのナイフは、おそらく鬼神川の牙と同じような武器だろう。
銃だけじゃ勝ち目がないと悟り、接近戦を挑むつもりなのだ。
「今よみんな!」
モンブランの合図で一斉に銃を向ける。
しかし良い伊藤が「待て」と止めた。
「なによ!せっかく仕留めるチャンスなのに・・・・、」
「殺されちゃ困るんだよ。動けなくするだけでいいんだ。」
そう言って向かって来るもう一人の自分に銃を撃った。
弾丸は太ももを貫く。
しかし悪い伊藤は倒れなかった。
それどころか血も出ない。
「なんだアイツ・・・・。」
良い伊藤はもう一発撃つ。
狙いは肩、これも見事命中した。
しかし倒れない。そして血も出ない。
悪い伊藤は気にせずに突っ込んで、青白く光るナイフを振りかざした。
「いやあ!ゾンビ!!」
さすがのモンブランも慌てて逃げ出す。
マサカリなんてすでにこっちへ避難していた。
青白いナイフが良い伊藤に迫る。
しかしそのナイフが当たることはなかった。
なぜならマシロー君が咄嗟に相手の顔に飛びついたからだ。
「ダメです!自分を殺しちゃいけません!」
そう言って必死にしがみついているけど、悪い伊藤は意に介さずナイフを振った。
その攻撃は恐ろしいほど正確で、マシロー君に視界を塞がれているのに、ちゃんと相手の首を狙っている。
サっとこれをかわした良い伊藤だったが、二発三発と追撃が飛んでくる。
まるで前が見えているかのような正確な攻撃だった。
良い伊藤はなぜか悲しそうな表情をして、「やはりか」とだけ呟いた。
《なんだ?やけに神妙な顔してるけど。》
悪い伊藤はマシロー君を引き剥がし、ポイっと投げ捨てる。
そして再び切りかかってきた。
銃を使わないところを見ると、もう弾切れなんだろう。
良い伊藤は後ろへ距離を取り、ナイフめがけて銃を撃った。
しかしその弾はあっさりと防がれる。
なぜなら青白い刃が大きくなったからだ。
もはやナイフというより剣といった方が正しい。
《おかしい?あれって霊力を武器に変えてるんだよな。だったらどうして人間の伊藤があそこまでのパワーを出せるんだろう?》
伊藤は頭は切れるが霊能力者ってわけじゃない。
それとも狼の血を飲んで霊力をアップさせてるんだろうか?
『クスクス・・・・。』
背後で狼が笑う。
伊藤同士が殺し合うのがそんなに面白いのか?
良い伊藤は表情を変えずに相手の攻撃をかわす。
そしてほんの一瞬の隙をついて、こめかみに銃弾を浴びせた。
「あ・・・・、」
殺さないと言っていたのにやっちまった!
頭を撃たれたらいくらなんでも・・・・、
「生きてる!?」
こめかみに風穴を開けられても剣を振っている。
これじゃ本物のゾンビじゃないか!
「殺してくれ。」
悪い伊藤がふと呟いた。
とても悲しそうな顔で、悲しそうな声を出しながら。
でもそれは一瞬の出来事で、また凶悪な面構えに戻る。
良い伊藤は「もういい」と言って銃を下ろした。
「まさかとは思っていたが・・・・悪い予想が当たった。マシロー、もうそいつはダメだ。」
「そ、そんなことないですよ!まだ彼は生きて・・・・、」
「生きてるなら頭を撃たれた時点で終わりだ。こいつはもうただの傀儡なんだ。」
「さっき殺してくれって言ったんですよ!もし死んでるならそんなこと言いませんよ!」
「人の脳は高性能なコンピューターだと聞いたことがある。削除しきれなかったデータのように、ほんの僅かに生前の記憶が残っていたのかもしれない。」
「けどまだ生きてる可能性だって・・・・、」
「ない。こめかみに風穴を空けられても動いてるんだ。こいつはもう狼の傀儡でしかないんだよ。」
そう言って悪い伊藤に背中を向け、こっちに歩いてくる。
「おい!危ないぞ!!」
そんなことをしたら後ろから切りかかってくる。
そう思って俺も加勢しようとしたんだけど、悪い伊藤は何もしてこなかった。
剣を振り上げたまま石膏みたいに固まっている。
「あれ?」
さっきまでやる気満々だったのにどうして?
『クスクス・・・・。』
また狼が笑う。
良い伊藤は狼の前に立ち、「もういいだろう」と言った。
「充分楽しんだはずだ。」
『気づかれたらしょうがない。』
「俺を殺したいなら好きにすればいい。」
『そういう奴を殺しても面白くない。お前との契約はこれで終り。』
立ち上がり、踵を返す。
そして翔子さんを見つめて『答えは出たか?』と尋ねた。
『いつまでも迷ってても時間の無駄。お前は力を欲しがってる。素直になればいいだけ。』
翔子さんはさっきから座り込んだまま動かないでいた。
ウズメさんに言葉を掛けられてから、心ここにあらずといった感じだ。
『誰でも欲はある。自分の願いに忠実になるのは悪いことじゃない。』
狼の声は優しい。
巨大な姿に見合わないほどに。
「私は・・・・私が望むものは・・・・、」
『力。強さと言い換えてもいい。』
「・・・・・・・・。」
『どんな壁も乗り越えられる強さ。一人でも戦い続けられる強さ。それを可能にするのは力だけ。俺ならその力を与えられる。』
「そうね・・・・きっとそうだわ。あなたの言葉はウソじゃない。こうして近くにいるだけですごく強い力を感じるもの・・・・。」
『なら契約しよう。』
「・・・・・うん。」
翔子さんも立ち上がり、「どうすればいいの?」と尋ねた。
『報酬をくれればいい。』
「報酬?お金のことを言ってるの?それなら多少は蓄えがあるけど・・・・、」
『そうじゃない。契約してよかったと俺に思わせる報酬。』
「例えば?」
『優しさ。』
「優しさ?」
『お前の中にある優しさを俺に預けてくれればそれでいい。』
「そんなもの預けてどうするの?なんの報酬にもならないと思うけど・・・、」
『なる。だってお前は強い野心と情熱があるから。あと高い能力も。そこから優しさを抜けばどうなるか?クスクス・・・・考えただけでも面白い。』
「分からない・・・・なんで面白いの。」
『それはお前が気にすることじゃない。』
狼は自分の前足を噛む。
傷口から紫の血が滴り、床を濡らしていった。
『その血を飲めば契約成立。』
嫌味な顔でニヤリと笑う。
翔子さんは少し迷いを見せながらも、そっと手を伸ばして血を掬った。
「何してるんですか!」
俺は慌てて血を振り落とした。
「ダメですよ!こんな奴の言うことに騙されたら!!」
「じゃあ有川さんが私の夢を叶えてくれるの?」
「へ?」
「私は自分の力で稲松文具のトップに立ちたい。そして自分の思い描く経営をしてみたいの。」
「しょ、翔子さんならいずれ社長になれますよ!実力だってあるし、才能だってあるし、なにより・・・・、」
そう言いかけて口を噤んだ。
「なにより?」
「あ、いや・・・・、」
「会長の娘だから。そう言いたいんでしょ?」
「・・・・そう言おうとしました。」
下手に誤魔化すまい。ウソはかえって傷つける。
「有川さんの言う通り、何もしなくてもいつかは社長・・・ううん、会長にまでなれると思う。
でもそれは全て父の力。そうやって上に立っても何も変わらない。私は父の言いなりになるだけ。
例え父が亡くなったあとでも、自分の意志は自由にはなれない気がする。」
「すいません・・・そんなつもりじゃなかったんですけど・・・・、」
「いいんです。みんな言うことは同じだから。アイツは会長の娘だから出世できる、会長の娘だから大きな仕事も任される。
そういう目で見られることは慣れてます。世間ってそういうものだと思ってるから。」
「で、でも翔子さんは違いますよ!親の力なんてアテにしてないんでしょう?」
「もし父と縁を切ってしまったら稲松文具にはいられないです。そもそも縁を切ること自体許されないと思う。
だから力が欲しいの。この血を飲むのがダメだっていうなら、有川さんが代わりに力を与えてくれる?」
今までにないくらい澄んだ目で見つめられる。
俺は情けなくも狼狽えてしまった。
「俺には翔子さんの仕事をサポート出来るような力はありません。」
「そんなの求めていません。ただ支えてくれる人が欲しいんです。私はいつもいつも誰かを支える役目ばかり。
だったらいっそのこと優しさを差し出すのも悪くないかなって思って・・・・、」
「なに言ってるんですか!それが翔子さんの一番いいところじゃないですか。」
正面から目を見つめながら、「考え直して下さい」と言った。
「誰かの為に力になろうとする。それが翔子さんの一番素敵なところですよ。」
「でも私にだって夢があります!他人の為に生きてるわけじゃない!!」
「もちろんです。でも今の時代、自分が目立とうとする人が多い中で、翔子さんは違うじゃないですか。
心の底から他人の力になるのが嫌だと思ってるなら、最初からそうしてるはずです。」
「有川さんには分からないんですよ!大きな会社で頑張る大変さが。人の為人の為って言ってるとどんどん自分が疲れていくだけなんです。
消耗して、擦り切れて、疲れきって、なのに自分の手元に何かが残るわけじゃない。そんな甘い世界じゃ・・・・、」
「仕事のことについてはどうこう言えません。ただ俺が言いたいのは・・・・、」
「じゃあ黙っててよ!私の友達なんでしょ!?だったら邪魔しないで!!」
ここまで感情的になっている翔子さんは初めてだった。
耳が痛いほどの叫び声は、今までずっと溜めていた辛さの表れだろう。
だからこそ本気で止めたかった。
だってこの狼と契約なんてしてしまったら、それこそ暗い未来しか待っていないのだ。
「私には私の夢がある。いくら友達でも邪魔するのは許さない。」
澄んだ瞳が怒りを宿す。
俺はその視線を受け止めながらこう返した。
「翔子さんの言う夢は、優しさがなくても叶うものなんですか?」
そう尋ねるとキョトンとしていた。
「さっきから夢が夢がって言ってるけど、その夢はどんな夢なんですか?」
「だから稲松文具のトップに立って、自分の描く経営をして・・・・、」
「どんな経営を?」
「どんなって・・・・みんなが働きやすい職場にすることです。
ウチの会社は完全な実力主義で、年齢や性別や出身は出世に関係ないんです。
純粋に実力のみを評価するのが売りです。でも実際はなかなかそうはいかない部分もあって、現場では辛い思いをしている人もいました。
背負わなくてもいい痛みや、経験しなくてもいい恐怖や、とにかく安心して働ける職場からは程遠い。
それに実力主義だからこその問題もあります。結果を出す為ならなんでもしていいと思ってる人もいました。
アルバイトまで利用して、用がなくなったら捨てるような人がいたり・・・・。
私はもうそういうのは見たくない!箕輪さんや栗川さんのように一生懸命な社員が安心して働ける。そういう会社にしたいんです。」
強い口調で言い切り、「ほんとなら冴木君が・・・・」と続けた。
「彼がやるはずだったんです。みんなが安心して働ける職場にしたいって選挙に出て、そして社長になった。
私も彼に期待していたから支えようと努力した。なのに賄賂だなんて・・・・、」
「でもそれは騙されてただけなんでしょ?冴木君にも落ち度はあっただろうけど、彼は決して悪者じゃ・・・・、」
「そんなの知ってる!だけどそれでもショックだった。彼が賄賂で失脚だなんて・・・・。
だったら私がやるしかないと思ったんです。だって彼の理想は私の理想と同じだったから。このまま終わらせたくない!!」
「それが翔子さんの夢ですか?」
「悪い?」
「そんなこと一言もいってませんよ。」
「どうせ冴木君の夢の後追いと思ってるんでしょ?そうですよ、最初から自分で抱いてた夢じゃない。
ほんとは稲松文具を辞めて、全然関係のないところで生きていたかった。でも彼はいつも向こう見ずで情熱だけで突っ走るから・・・・。
そうやって結局誰かを心配して支えてばかり。だったら私の人生はどこにあるんだろうって・・・・。
色々考えたら、やっぱり稲松文具しかないんです。もう誰かの為じゃなく、自分の為に生きていたい。」
翔子さんの思いはとても正しいと思う。
自分の人生は他の誰でもない、自分の為にあるんだから。
でも翔子さんの言ってることには一つ矛盾があった。
『いつまでゴタゴタやってる?さっさと血を飲め。』
そう言って新しい血を滴らせる。
翔子さんは手を伸ばす。両手いっぱいに紫の血を溜め、ゆっくりと口を近づけていった。
「ほんとに覚悟があるならもう止めません。翔子さんの人生ですから。でも一つだけ言わせて下さい。」
そう言うと手を止めて振り返った。
「必ず後悔しますよ。」
「後悔?」
「優しさを失えば、みんなが安心して働ける職場なんて作れるわけないじゃないですか。」
「そ・・・そんなことない!経営は感情じゃなくて理屈だから。優しさなんてなくても、合理的に考えれば社員の為の職場づくりはできます。」
「そうですかね?」
「何も知らないくせに偉そうに・・・・。有川さんなんて、私と同じ立場だったら三日ももたずに逃げ出してますよ!」
「だと思います。俺は翔子さんみたいに優秀じゃないから。」
「嫌味な言い方・・・・馬鹿にしてるんでしょ!友達だなんて言いながら、ほんとは何をやっても上手くいかない奴だって思ってるんでしょ!?」
「はい。」
「なッ・・・・、」
「思ってますよ。」
「・・・・やっぱりそうなんだ。結局みんなそう思ってる。私なんて誰かに振り回されてばっかりで、結局自分のことは何も出来ないバカな奴だって・・・、」
「そうじゃありません。」
「じゃあどういう意味よ!返答次第じゃ許さない・・・・。今の私は霊獣なんだから。」
鼻面に皺を寄せ、鋭い牙を剥く。
俺は「霊獣なのはこっちも一緒です」と言い返した。
「でも翔子さんと戦うつもりはありません。」
「じゃあ挑発しないでよ!これ以上怒らせるなら本当に許さな・・・・・、」
「いいですけど、その前に契約を済ませたらどうですか?力を手に入れたいんでしょう?」
「じゃあ止めないでよ!さっきから邪魔して・・・・。」
そう言って「もうアンタなんか友達じゃない!」と吠えた。
「そうですか。ならやればいいじゃないですか。力と引き換えに大事なモノを失って苦しめばいいんです。」
「だからやるって言ってるでしょ!ぐちゃぐちゃうるさいな!!」
手に溜めた血はほとんど零れ落ちている。
狼に向かって「新しいのを!」」と叫んだ。
『いいよ。その代わりさっさと飲んで。』
また血を滴らせる。
しかしその時、紫に燃える炎が伸びてきて、滴る血を奪い取った。
『もっとだ!もっと力を!!』
鬼神川だった。
尻尾はボロボロに傷つき、炎も小さくなっている。
代わりに目は血走って殺気だけが増していた。
さっきから横目でチラチラと窺っていたんだけど、思った通り狼の血を欲しがってきた。
なぜならあのままじゃたまきに勝てないから。
もっとたくさんの力が必要になるはずだ。
「ちょっと!それ私の・・・・、」
『黙れ!』
「きゃッ・・・・、」
血を吸い取った鬼神川は力を取り戻す。
傷は再生し、炎も猛々しくなるけど・・・・、
「ねえ悠一、あの人なんかおかしいわ。」
マリナが言う。
たしかに鬼神川はおかしくなっていた。
尻尾の炎は激しく燃えているけど、身体そのものが縮んでいるのだ。しかも痩せていきながら。
さらに顔からは理性が消え、激しい感情に取りつかれて歪んでいる。
俺は「限界が近いんだと思う」と答えた。
「鬼神川は命を差し出して力を得たと言っていた。そしてこの狼は契約者が苦しむのを見て楽しんでいる。てことはあの力は自分自身を焼く炎なんじゃないかと思うんだ。」
「どういうこと?」
「命を差し出すっていっても、復讐のあとに魂をあげますよって意味じゃない。そんなモノもらってもこの狼は喜ばないから。
じゃあ命を差し出すってのはどういう意味か?それは力と引き換えに寿命を削るってことなんだろう。
大きすぎる力を宿したせいで、肉体がもたずに崩壊していくんだと思う。じわじわと壊れていくその様子を見て、この狼は楽しんでるんだ。」
そう言って狼を振り返ると、また『クスクス・・・・』と笑っていた。
どうやらすでに楽しんでいるようだ。
力を得た鬼神川は猛攻を繰り出す。
けどすぐにガス欠を起こし、『もっと力を!』と叫んだ。
狼は喜んで血を分け与える。
その度に鬼神川の炎は激しくなり、肉体は衰えていく。
まるで消える直前のロウソクのように。
『はあ・・・はあ・・・許さん・・・たまき・・・許さんぞ・・・・。』
それでも闘志が衰えないのは感服するけど、戦いは非情だ。
たまきは常に冷静を保ったままで、鬼神川を翻弄し続けていた。
「攻めてんのは鬼神川の方なのに、なんか滑稽に見えるな。」
マサカリが言うとチュウベエも「だな」と頷いた。
「一生懸命なぶんちょっと可哀想にも見えるよな。」
「おいおい・・・また血をもらいやがった。もう勝ち目なんてないのによ。」
マサカリたちからも呆れられている。
俺は翔子さんを振り返り「ああなってもいいんですか?」と尋ねた。
「あれが契約の代償です。力を得る代わりに、他のモノはどんどん壊れていく。あんなのが翔子さんの望む未来なんですか?」
「私は・・・・私はあの人みたいにバカじゃない・・・・。もっと上手くやれるはず。」
「いいえ、バカですよ。」
「まだ言う気!?」
「バカでいいんですよ。」
「はあ?なによそれ!下手なこと言って誤魔化そうって魂胆?ふざけないで・・・・、」
「だってバカじゃなきゃ夢は追えません。俺だってバカじゃなきゃ会社を辞めて動物探偵なんてやってませんよ。」
「そんなの屁理屈・・・・、」
「屁理屈じゃない。冴木君だってバカじゃなきゃ情熱を持って突っ走れないし、マサカリたちだってバカじゃなきゃこんな場所に来ない。
あそこで戦ってるたまきだって一緒です。偉い神獣なんだから、人間の世界で起きてるイザコザなんてほっとけばいいのに、こうして命懸けで戦ってるんです。
アカリさんだって、チェリー君だって、ツムギ君だってバカじゃなきゃここまで付き合ってくれなかった。
それはきっと翔子さんの仲間も同じですよ。あなたを信頼してついて来ようとする人は必ずいる。そういう人はきっとあなたを支えてくれる。
バカは損得勘定だけで動かないんですよ。夢だったり情熱だったり信念だったり、理屈じゃ割り切れないものを抱えているからです。
自分は損をしながらも、周りを助けてきた翔子さんみたいに。それは悪いことですか?心の底から嫌なことでしたか?」
「違う・・・・そんなのただの屁理屈・・・・違う・・・・、」
「もし優しさを失ったら、あなたはバカじゃなくなる。そうなれば働きやすい職場を作るどころか、結果と効率だけを重視して、周りをロボットのように扱うはずだ。
そしていずれは鬼神川のように力に取り憑かれる。そうなったら夢もクソもない。最期は伊藤のようにゾンビになるか、鬼神川のように狂ってしまうだけだ!
本当にそれでいいんですか?そんな未来が翔子さんの夢ですか?
ここまで言っても狼と契約をするって言うなら、もう俺は止めません。でもきっと後悔する。そして後悔した時にはもう遅いんだ。」
翔子さんは震えながら血の染み付いた手を握る。
震えているのは怒りのせいか、それとも別の感情か。
「翔子さんは誰よりも頑張ってますよ。あなたの周りはみんな知ってる。特に冴木君は。」
「冴木君・・・・。」
「彼とちゃんと話したのは一度だけです。でもその一回だけで伝わってきた。どれほど自分の不甲斐なさを情けなく思ってるのか。
それって翔子さん、あなたがいるからなんですよ。彼はあなたの為なら冗談抜きで命を懸ける。
なぜなら一番あなたの気持ちを理解しているからです。彼が社長を目指したのは自分の理想の為だけじゃない。きっとあなたの為でもあるはずだ。」
「私の為・・・・?」
意味が分からないといった顔をしている。
俺は「だってそうでしょ?」と続けた。
「彼の言う働きやすい職場には、あなただって含まれてるはずです。もっと言うなら、あなたにこそ一番安心して働ける職場にしたがっているのかもしれない。
もし自分がダメになっても、あなたが自由に安心して働けるようにしておけば、会社そのもが良くなるはずだから。」
「冴木君が・・・・私の為に・・・・。」
「翔子さんを支えてくれる人はずっと傍にいるじゃないですか。彼がいるなら大丈夫、どんな壁にぶつかっても負けない。」
翔子さんは無言で血に濡れた手を見つめる。
するとそこへ鬼神川が吹っ飛んできた。
壁にぶつかり、ズルズルと崩れ落ちていく。
血の混じった涎を吐きながら『もっと力を・・・・』と呟いた。
『私に力を・・・・・、』
『欲しいならいくらでもくれてやる。その代わり死ぬまで踊れ。』
牙で前足を切り裂き、大量の血を浴びせかける。
するとたまきが『そこまで!』と叫んだ。
『それ以上はもう・・・・、』
『ぐう・・・おおおお・・・・、』
鬼神川の尻尾が今までで一番激しく燃え上がる。
「きゃあああ!」
「あちちちち!」
凄まじい熱風が押し寄せる。
アカリさんが「狼の後ろに!」とみんなを避難させた。
倒れているチェリー君とツムギ君も慌てて運ぶ。
「・・・・・・・。」
翔子さんはまだ自分の手を見つめている。
さっきとは打って変わって力のない目をしながら。
汚れた手を握り締めながら、「冴木君・・・・」と囁いていた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十八話 助っ人(2)

  • 2019.05.07 Tuesday
  • 10:59

JUGEMテーマ:自作小説

骨を折ったのは初めてだった。
これでも身体はけっこう丈夫な方で、子供の頃は雲底の上から落ちてもかすり傷ですむくらいだった。
それが30歳になって初めての骨折。しかも両腕。
痛みは想像を絶するもので、まともに悲鳴さえ上げられない。
それどころか吐き気はしてくるし頭も痛くなってくるし、意識が遠のきそうなほどだった。
できれば失神してしまった方が楽なんだろう。
でも痛すぎて気を失うことさえ出来ない。
「悠一!」とモンブランたちの声が耳に届くけど、返事なんてしてられる状況じゃなかった。
頭の中さえぐちゃぐちゃになってまともに物も考えられない。
目を閉じながら襲いかかってくる激痛に耐える中、ふと誰かの顔が見えた。
「口を開けて。」
・・・・聴いたことのある声だ。
そういえば腕を折られる前、鬼神川たちはこう言っていた。
『奴が来る』
鬼神川と伊藤が恐れるほどの相手、それはもうあの猫神しかいない。
ということはつまり、この声の主は・・・・、
《来てくれたんだ・・・・。》
グイっと口を開けられ、何かを押し込まれる。
「飲み込んで。」
言われるままゴクンと飲み込む。
すると途端に痛みがマシになってきた。
それどころか身体の中からパワーがみなぎってくる。
いや、パワーだけじゃない。
なんか肉体そのものに違和感が・・・・、
《あ、これってもしかして。》
この感覚は知っている。
カグラの新薬である紫のカプセル剤を飲んだ時とまったく同じだ。
ということはつまり・・・・、
「やっぱり!」
身体を見ると毛むくじゃらになっていた。
またタヌキの霊獣に変わってしまったらしい。
「どう?」
後ろから声がする。
振り返ると・・・・・、
「たまき・・・・来てくれたのか!」
「ほんとにいっつも無茶ばかりするわね。命が幾つあっても足りないわよ?」
呆れたようにため息をついている。
「腕はどう?まだ折れてるけど痛みは?」
「けっこうマシだよ。それでもかなり痛いけど・・・・。」
「霊獣ならそれくらいすぐに治るわ。アンタは向こうでマサカリたちと大人しくしてなさい。」
たまきが顎をしゃくった先にはマサカリたち、そして翔子さんがいた。
《よかった・・・解放されたんだ。》
たまきが鬼神川をぶっ飛ばしてくれたおかげだろう。翔子さん無事だった。
それはよかったんだけど、まったく別のことで「なんで!」と叫んでしまった。
「もう一人の伊藤!?」
肩にマシロー君を乗せた伊藤が立っていた。
しかも背後には巨大な狼までいる。
「アイツらもいつの間に・・・・、」
「悠一!」
モンブランがひょこひょこ足を引きずりながらやってくる。
「大丈夫!?」
「ああ。ていうかお前こそ大丈夫か?足を撃たれてただろ。」
「平気平気、ちょっとかすっただけだから。」
ニコっと笑いながら傷を見せる。
どうやらほんとにかすっただけでのようで、血は出ているものの大した怪我じゃなさそうだ。
「よかった・・・。コラ!あんまり無茶するなよ。もし心臓でも撃たれてたらどうするつもり・・・・、」
そう言いかけたとき、背筋にゾクっと殺気が走った。
振り向くと鬼神川と伊藤が倒れていて、ゆっくりと起き上がろうとしていた。
「アイツらなんで倒れてるんだ?」
「たまきが蹴っ飛ばしたのよ。助走つけて思いっきり。鬼神川がブワーっと吹っ飛んで、伊藤はそれにぶつかったの。」
「さすがはたまき。鬼神川を一撃でダウンさせるなんて。」
「そのあとサっと翔子ちゃんを助けたの。まるで正義のヒーローみたいでカッコよかったわあ!」
相変わらずでたらめなほどの強さをしている。
だけど鬼神川も負けてはいなかった。
「許さん・・・」と殺気を撒き散らしている。
蹴られた痕だろうか?
頬の痣を押さえながら「許さんぞ・・・・」と立ち上がった。
「たまき・・・・。俺のプライドをズタズタに引き裂いてくれた憎き霊獣。二度の敗北は許されない!」
尻尾から巨大な炎が立ち昇る。
青い炎の六本の尻尾だった。
そいつは一本に束ねられ、紫の炎へと変わっていく。
「受けた痛みは万倍にして返す!」
火柱のような尻尾を振り上げ、叩きつける。
しかし間一髪でたまきはそれをかわし、一瞬で間合いをつめた。
そして右手を振り上げ、思いっきりビンタをかました。
まるで火薬が炸裂したような轟音が響く。
俺もモンブランたちも耳を塞いだ。
「ぐぇッ・・・・、」
情けない声を出しながらもんどりうって倒れる鬼神川。
たまきはナイフのように爪を伸ばし、トドメとばかりに首を掻き切ろうとした。
「動くな。」
寸前で社長の伊藤が銃を向けた。
たまきは動きを止め、凍るような目で「伊藤」と呟いた。
「もうやめなさい。」
伊藤は銃を向けたまま動かない。
いくらたまきといえど、アイツの銃弾を受けたら命が・・・・・、
「無駄よ。」
たまきは呟く。
伊藤は顔をしかめ、引き金を引いた。
しかしたまきが撃ち抜かれることはなかった。
なぜなら素手で銃弾を掴み取っていたからだ。
伊藤はフルオートで撃ち続けるが、たまきは涼しい顔で全ての弾丸を掴み取ってしまった。
「すげえ・・・・。」
マサカリが呟く。
モンブランも「さすが!」と手を叩いた。
《そっか・・・いくら強力な銃でもたまきレベルになると通用しないんだ。》
あの銃弾が広まれば霊獣がみんな死んでしまう。
そう思っていたけど杞憂だった。
いくら霊獣を殺傷できる弾丸でも、銃で撃つ以上は火薬で出せるスピードを超えられないんだから。
「これなら勝てる!」
ガッツポーズをすると、たまきは「そんなに甘くないわ」と言った。
「伊藤はまだ何か隠してるはず。鬼神川もね。」
「隠す?なにを?」
「私の予想だと特殊なカッター。」
「カッター?そんなもんでたまきを傷つけられるわけが・・・・、」
「悠一。」
「なに?」
「さっき大人しくしてろって言ったわけど撤回するわ。伊藤は任せる。」
「え?」
「私は鬼神川をやるわ。」
伊藤に背を向け、倒れる鬼神川に向かっていく。
後ろから銃を撃つ伊藤だったけど、たまきには当たらない。
まるで背中に目が付いてるかのように簡単にかわしていた。
「チッ。」
舌打ちする伊藤。
そして「いつまで寝てる!」と叫んだ。
「喧嘩しか能のない木偶の坊が。アレを使ってとっととそいつを仕留めろ。」
《アレ?》
いったいなにを言ってるんだろう?
鬼神川はビンタされた頬を押さえながら、「許さん・・・許さん・・・・」と立ち上がった。
「たまき・・・・何度この私に屈辱を与えれば・・・・、」
尻尾の炎が大きくなる。
そして・・・・・、
「きゃあ!」
「デカ!?」
マリナが叫び、チュウベエが腰を抜かす。
鬼神川はスーツを引きちぎり、本当の姿を現した。
まるで恐竜かと思うほど巨大なキツネに変わったのだ。
天井はひび割れ、壁も壊れていく。
全身が紫に燃え盛り、その眼光は狼のように鋭く獰猛だった。
もちろん燃え盛る尻尾も巨大化する。
そいつをブンとひと振りすると、周囲は一瞬で灰塵と化してしまった。
たまきは「やっぱり」と呟く。
「伊藤の霊獣と契約してたのね。いったい何を差し出したの?」
「自らの命!」
「馬鹿なことを・・・・。命捨ててまで喧嘩に買ってどうしようってのよ?」
「お前には分かるまい。私にとって喧嘩に負けることは最大の屈辱なのだ。それもいいようにあしらわれるなど・・・・、」
ギリっと歯を食いしばり、鋭い牙を見せつける。
「ん?あの牙なんか妙な形をしてるな。なんかノコギリみたいな・・・・、」
「プラズマカッター。」
たまきが言う。
「プラズマカッター?それってたしか・・・・、」
「カグラが開発した特殊なカッターよ。でもほんとはプラズマなんかじゃない。霊力を刃に変える特殊な機械。
おそらくだけど機械を小型化して体内にでも埋め込んでるんでしょう。」
「ええ!埋め込むってそんな・・・・、」
「そうまでして勝ちたいのよコイツは。」
「なんちゅう執念だよ・・・・。」
「ちなみに伊藤も持ってるはず。」
「アイツも!?」
「気をつけなさい。まともに喰らえば一刀両断よ。」
「・・・・・ごめん、ちょっとお腹が痛いっていうか・・・・、」
「悪いけどこっちは鬼神川で手一杯になると思うわ。いつものように助けてはあげられない。」
「うう・・・・。」
そんな怖い武器を持ってるなんて聞かされたら余計に戦う気がなくなってしまう。
尻込みしていると、たまきに「見せてよ」と言われた。
「少しは成長したんでしょ?だったら師匠である私に見せてみなさい。どれだけ逞しくなったかを。」
「たまき・・・・。」
小さく笑ってから背中を向け、自分もその正体を現した。
全身から真っ白な毛が生えてきて、どんどん巨大化していく。
そして鬼神川に負けないほど大きな猫に変わった。
実際は猫っていうより虎に近いほど厳つい姿だけど。
首には大きな鈴をぶら下げていて、神社の鐘のようにガランゴロン鳴っている。
この姿を見るのは一昨年の夏にダキニと揉めた時以来だ。
『本気になったか。』
鬼神川は牙を剥き出して唸る。
表面がガリガリと回転している様は、さながらチェーンーソーのようだ。
『悠一!戦いは長引かせられないわよ!』
「へ?」
『ウズメは瀕死の怪我を負ってる。早く霊獣の世界に連れてって治さないと。』
そうだ!ウズメさんがマズい状態なのだ。
「つまりまだ生きてるってことだよな?」
『位の高い稲荷だからね。そう簡単に死にはしないわ。でもさすがにあれだけの傷を負うのはマズい。早いとこケリつけないと。』
「ああ!ぜったいに死なせたりするもんか。」
ウズメさんには数え切れないほどの恩がある。
それを抜きにしたって俺にとっては大事な人なのだ。
《伊藤なんぞにビビってる場合じゃない。》
今の俺は霊獣だ。戦う力がある。
覚悟を決めてやるだけだ!
『社長、そっちは任せますよ?』
鬼神川が言うと、伊藤は小さく笑みを返した。
「相手はあのたまきだ。いくらプラズマカッターがあるとはいえ、まともにやり合うのは分が悪いぞ。」
『心配無用。』
「力は増してもお前はアホだからな。翻弄されてまた負けるかもしれん。」
『以前のような不覚は取らない!』
「念には念をだ。人質を取り返せ。」
『そんな必要はな・・・・、』
「また負けてもいいのか?」
殺気のこもった声で言う。
そしてたまきに向けて銃を撃った。
『だから無駄だって。』
巨体に見合わない俊敏さでサっとかわす。
しかしその隙を見て鬼神川は尻尾を伸ばした。
「ひえ!」
「こっち来たああああ!」
慌てて逃げ出すマサカリたち。
しかし狙いはコイツらじゃない。
鬼神川が狙っているのは・・・・、
「きゃあ!」
「翔子さん!」
なんてこった!
せっかくたまきが助けてくれたのに・・・・。
《クソ!油断した。》
翔子さんは尻尾に巻かれ、鬼神川の下へとさらわれていく。
「待ってて下さい!」と駆け出すと、後ろから銃声が響いた。
振り向くと伊藤が銃を向けていた。
しかし弾丸が俺を貫くことはなかった。
なぜならチェリー君が庇ってくれたからだ。
「チェリー君!」
「アンタがボケっとしてっから・・・・余計な怪我負ったじゃねえか。」
そう言って肩を押さえながら崩れ落ちる。
「チェリー君!」
「もう限界だ・・・・あと頼むぜ・・・・、」
ガクっと項垂れ、そのまま意識を失ってしまった。
「チェリー君・・・・。」
何度も何度も助けてもらって申し訳ないと思っていると、また銃声が響いた。
また撃ちやがった!・・・・と思ったのだが、撃ったのは社長の方じゃない。
もう一人の伊藤の銃が火を吹いたのだ。
狙いは自分、向こうに立つ伊藤。
しかしその弾丸は防がれた。
なぜなら巨大な狼がいつの間に社長の方に移動していたからだ。
前足に当たったようだけど、かすり傷でも負った程度に舐めている。
《そうか、自分の血で作ったやつだから効かないんだ。》
あの狼まで向こうの味方をするとなると・・・・これはかなりキツい。
たまきはすでに鬼神川とやり合っていて、翔子さんを助けようと必死だ。
『人質が気になって仕方ないだようだな。』
これみよがしに翔子さんを振る鬼神川。
たまきは『アンタいい加減にしときなさいよ』と唸り声を上げた。
『ウズメをボロボロにされたってだけでも腹わた煮えくり返ってんのよ。そのうえ私の弟子まで傷つけて、今度は翔子ちゃんまで・・・・、』
『怒ってくれた方がありがたい。復讐の甲斐があるのでな。』
翔子さんを盾にしつつ、牙を向いて飛びかかる。
たまきは太い前足で正面から受け止めた。
『馬鹿が。』
ほくそえむ鬼神川。
チェーンソーのような牙がたまきの手を切り裂いていく。
青白く光るその牙は、SFに出てきそうなレーザー兵器そのもので、さすがのたまきも痛そうに顔を歪めていた。
しかしまったく後ろへ引かない。
それどころか自分から手を突っ込み、牙に喰い込ませた。
「なにやってんだよ!そんなことしたら大怪我するだけ・・・・、」
『いいのよこれで!』
そう叫んでもう一方の前足を振り上げる。鋭い爪がギラリと光った。
鬼神川は慌ててかわそうとしたけど、たまきの腕が牙に食い込んで下がれない。
『ふん!ならばこうするまでだ。』
尻尾を動かし、翔子さんを盾にする。
するとたまきはニヤリと笑って『あんたやっぱりバカね』と言った。
『こうなるのを狙ったのよ!』
鋭い爪を引っ込め、肉球で鬼神川の尻尾を叩きつけた。
『しまった!』
慌てる鬼神川。
尻尾に巻かれていた翔子さんが弾き飛ばされた。
『アカリ!』
叫ぶたまき。
するとさっきまで倒れていたアカリさんが立ち上がり、稲荷に変身して飛び上がった。
四本の尻尾をクッションのように翔子さんを受け止めた。
「アカリさん!目え覚めてたんですか!?」
「ちょっと前にね。もうちょっと休んどこうと思ったのに。たまきの奴・・・・人使いが荒いわ。」
不機嫌そうに言う。
けど傍で倒れるウズメさんを見て、辛そうに顔を歪めていた。
「ウズメさん・・・・。」
翔子さんを下ろし、代わりにウズメさんを包み込む。
「ごめんなさい、ウズメさん一人に任せたからこんなことに・・・・。私も一緒に残っておけばよかった。」
大きな尻尾で包み、その姿を隠してしまう。
「有川君。」
「は・・・はい!」
「ウズメさんと翔子ちゃんを連れてここから逃げるわ。この二人のことは気にしないで戦って。」
「アカリさん・・・ありがとうございます。」
「別に礼を言われるようなことじゃないわよ。」
そう言ってエレベーターに向かおうとすると、巨大な狼が立ちふさがった。
「また邪魔する気か!?」
身構えると『決着がつくまで誰も出さない』と言った。
「なんだって?」
『伊藤と伊藤の勝負が終わるまでは誰も出さない。』
狼は顎をしゃくる。
その先では伊藤同士が銃を突きつけ合っていた。
マシロー君が「もうやめにしましょう!」と社長の伊藤に言うけど、二人の殺気は膨らむばかりだ。
『伊藤同士の長い因縁が終わる。二人の戦いに水を差すことは許さない。』
「水を差すって・・・・そんなことしないよ!やりたきゃ勝手にやればいい。ただ俺たちは仲間をここから逃がしたいだけで・・・・、」
『逃がしたら誰か呼んでくるかもしれない。』
「だからしないって!お願いだからそこを通してくれ。」
『イヤだ。』
「この野郎・・・・、」
助走をつけて思いっきり前足を蹴っ飛ばす。
でも全然ビクともしなかった。
『やめとけ。』
そう言われてコツンと腕を叩かれる。
「ぎゃあッ・・・・、」
飛び上がるほど痛い。
だってまだ折れたままなんだから・・・・って思ってると、肘の関節が動いだ。
「あれ?」
「もう治りかけてんのよ。」
アカリさんが言う。
「これが霊獣の回復力ですか?」
「そういうこと。でもその狼を相手にするのはやめた方がいいわ。腕を折られる程度じゃすまないだろうから。」
そう言って「こうなれば伊藤を仕留めるしかないわね」と振り返った。
「あいつはただの人間。私たちが本気を出せばすぐに倒せ・・・・、」
『邪魔はさせない。』
狼の尻尾が目の前に振り下ろされる。
「ちょっと!危ないわね!!」
『言ったはず。伊藤同士の戦いは誰にも邪魔させない。』
「なんでそんなにタイマンに拘るのよ?」
『面白いから。』
「は?」
『夢を持っていた人間が歪んで壊れる。最期は自分同士で殺し合い。こんな面白いのない。』
「あんた・・・・、」
アカリさんの表情が曇る。
鼻面に皺を寄せて「腐ってるわね」と罵った。
「そんなことさせて何が面白いのよ。」
『こういうのが大好き。笑い転げそうになる。』
ニヤっと笑ったあと、翔子さんを振り返って『俺と契約しないか?』と尋ねた。
「え?私・・・・?」
「お、お前なに言ってんだ!なんで翔子さんがお前なんかと・・・・、」
『お前には聞いてない。』
「ふぎゃ!」
前足で押さえつけられる。
もがいたけど全然逃げられない。
『この戦いが終わったら伊藤はおしまい。だから次の契約者が欲しい。お前どう?強い力が欲しくないか?夢を叶えたくないか?』
「夢・・・・。」
『お前には夢がある。でもそれを邪魔する壁もたくさんある。俺と契約すれば楽々乗り越えられる。どうだ?』
「私は・・・・、」
迷いを見せる翔子さん。
普段ならこんな誘いなんて絶対に断るはずなのに・・・・。
《きっと薬の副作用かなんかで正常な判断ができないんだ。この狼、それを見越して声をかけてやがるな。》
アカリさんは「ダメよ翔子ちゃん!」と止めるけど、「私は・・・・」と狼を見上げた。
「あなたの言う通り夢がある。でも思い通りにいかないことも多い。色んなものが邪魔をしてくるの。
私を思い通りにしたい父、私に嫉妬する会社の人たち、それに・・・・冴木君。
何かある度に彼のことを心配してる。でも・・・・もうそういうの疲れてきた。
いっそのこと夢なんて諦めて、無駄な意地張らないで楽に生きていこうかなって・・・・、」
「翔子さん・・・・・。」
芯の強くてしっかりした人だけど、それと同じくらいに繊細で傷つきやすい面もある。
でもだからって・・・・、
「ダメですよ!そんな誘いに乗ったら!」
「分かってる・・・・でも諦めたくないの。ここまで頑張ってきたのに無駄になっちゃう。
なっちゃうけど、今のままじゃいつかパンクしちゃいそうで怖い。私はただやりたいことがあるだけなのに・・・・、」
「そうですよ!今まで頑張ってきたじゃないですか!辛いことがあっても諦めずに。
だったら悪い奴の誘いに乗っちゃダメです。そんなことしたら翔子さんの周りだって悲しみますよ!」
「それがイヤなの!いつでも周りのことばっかり気にして・・・・。有川さんだってそうよ。
友達として何度も助けてあげたのに、私のことフってタヌキと結婚するなんて・・・・。」
「でもそれは認めてくれたはずじゃ・・・・、」
「だってそうするしかなかったから!好きで認めたわけじゃない!父も冴木君も有川さんもみんな勝手よ!誰も私のことなんて考えてくれない!
頑張れば頑張るほど息が詰まっていく!こんな気持ち有川さんには分からないでしょ!?いつだって周りに支えてくれる仲間がいて・・・・、」
そう言ってマサカリたちやアカリさんを見る。
「ピンチの時は助けてくれる人がいて・・・・、」
今度はたまきを見る。
パワーアップした鬼神川に手こずりながらも戦っているけど、ほんとは俺がやらなきゃいけないことだった。
「冴木君だって良い仲間に恵まれてる。箕輪さんはなんだかんだ言って彼を認めてるし、栗川さんだって同じ。
伊礼さんだってそう。彼の周りには彼を信じて支えようとする人たちがいる。
なのにどうして私だけいないの!?私だって誰かに支えてほしい・・・・もう疲れてきた。」
「翔子さん・・・・。」
俺は仕事をしている時の翔子さんを知らない。
翔子さんは仕事が大好きだけど、それと同じくらいに辛いことを隠していたんだろう。
だからこういう悩みを抱えていたとしても驚かない。
完璧な人間なんていないんだ。
誰だって痛みを抱えて生きているんだから。
狼はまた『契約しよう』と笑いかける。
翔子さんの迷いはどんどん強くなっていき、自分で自分を抱きしめている。
気持ちは分かるのにどう声を掛けていいのか分からない。
友達としてなら力になれても、仕事仲間としては力になれない。
翔子さんの夢は間違いなく仕事に関することだ。
だったら俺にどんなアドバイスが出来る?どう声を掛けたらいい?
情けないことに俺まで迷っていると、「翔子ちゃん」と誰かが呼んだ。
振り返るとそこには・・・・、
「ウズメ・・・・さん?」
いつの間にかアカリさんの尻尾から出てきていた。
痛々しい姿はそのままで、立っていることさえ辛いんだろう。
アカリさんに寄りかかっていた。
「ウズメさん!」
パンパンに腫れ上がった顔を見てショックなんだろう。翔子さんは口元を押さえる。
「翔子ちゃん。」
ウズメさんはまた名前を呼ぶ。
そして微笑んだ。
痛みを堪えながらしっかりと笑っている。
「自分だけが一人だなんて思わないで。みんな痛みを抱えながら生きている。だから一人だけど孤独じゃないのよ。」
そう言ってふっと倒れていく。
「ウズメさん!」
翔子さんは駆け寄り、床に落ちる前に受け止めた。
もう意識は失っているようで、半目を開けたまま動かない。
アカリさんは再び尻尾で包んだ。
「一人だけど孤独じゃない・・・・・。」
ウズメさんの言葉を呪文のように繰り返している。
狼はまた『契約しよう』と持ちかけてくる。
翔子さんは振り返り、「私は・・・・」と目を閉じていた。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十七話 助っ人(1)

  • 2019.05.06 Monday
  • 11:54

JUGEMテーマ:自作小説

人生、上手くいくかどうかの差は、意外と小さなものなんじゃないかと思う。
目に見えてハッキリと分かる違いじゃなくて、ほんとのちょっとの距離が足りないとでも言うか。
あと一ミリ、先へ手が届けば目的を達成できる。
いよいよのところで指先が届かずに、立ち直れない挫折を踏んでしまう。
もうそこにゴールは見えているのに・・・・・。
カグラという会社の悪事を暴くには証拠が必要で、それはもうちょっとの所で手に入りそうだった。
だけどあと一ミリの指先が届かなかった。
カグラの社長、伊藤秀典が現れたせいで。
マシロー君と一緒にいた伊藤より老けているから、社長の方で間違いないはずだ。
巨大な狼を従えながら拳銃を向けている。
遠藤さんは怯え、紺野ちゃんは部屋に隠れてしまった。
伊礼さんは信じられないとばかりに石になってしまったし、カレンちゃんはポカンと口を開けている。
ムクゲさんと刑事さんは冷や汗を垂らしながら狼狽えていた。
「伊藤。」
俺は固まるみんなを掻き分けて前に出る。
もちろん勝てるなんて思っちゃいない。
思っちゃいけないけど、それは戦ったらの話だ。
伊藤は霊獣と契約を交わしているだけの人間で、だったら話し合える余地はあるはずだ。
「お前、霊獣のいない世の中を望んでるんだってな。」
玉木さんから聞いた話を思い出す。
ダキニのせいで夢を壊され、復讐しようとしても返り討ち。
プライドの高い伊藤は今でも根に持っていて、全ての霊獣を憎んでいる。
たしかにダキニは狡猾な奴だ。傷つけられた恨みも分かる。
でもだからって・・・・、
「お前ってただのガキだよな。ゲームが好きならまた会社を建てればいいだけだろ。
こんな立派な会社を持ってんだ、新規事業として手を出すのもアリだし。
それを霊獣と契約してまでしょうもないこと企むなんて・・・・情けないつうかダサいっつうか。」
一歩前に出ながら睨みつける。
刑事さんが「下がって!」と言ったけど、無視してもう一歩進んだ。
「たった一代でここまでデカい会社を建てたんだ。あんた天才だよ。素直に羨ましいって思うくらいだ。
そこまでの商才があるのになんで悪事になんて手を染めるんだ?霊獣なんてほっときゃいいじぇねえか。
みんながみんな悪い奴らじゃない。俺の後ろにいる刑事さんやムクゲさんみたいに良い霊獣だってたくさんいるんだ。
人間だって同じだよな?良い奴と悪い奴がいて一括りになんて出来ない。
だからさ、もうやめにしないか?こんな下らないことに精を出すんじゃなくて、夢だったゲーム会社をやればいいじゃんか。」
こんな青臭い説得じゃ何も変わらないことくらい分かってる。
ただそれでも言いたかった。
こんだけの商才があるのに無駄遣いしている。
将来は稲松文具の社長になるのが夢の俺にとって理解しがたいことだった。
プラスに活かせば活躍できる才能を悪用するってのが許せない。
「こんな若僧に好き勝手言われて悔しくないのか?なんか言い返してみろよ。それとも黙ってその銃で撃つか?」
あえて反論するように挑発してみるけど何も返してこない。
ていうか俺の話を聞いてる感じがしなかった。
無視してるとかじゃない。
ほんとに耳に入っていないような感じだ。
「ねえ・・・・、」
カレンちゃんが口を開く。
「さっきから大きなオオカミの耳がピクピクしてるんだけど。」
「え?」
そう言うとムクゲさんも「なんか顔全体が震えてるわ」と言った。
「まるで笑いを堪えてるみたいに。」
「笑い?」
「だって見てよ、鼻面に皺を寄せてる。そのクセ目は笑ってる感じがしない?」
言われてみると、たしかにそう見えなくもない。
伊藤はまったく表情を変えていないのに、なぜか狼の方が変な表情になっていた。
「おいオオカミ、お前笑ってるのか?」
恐る恐る聞いてみると、『ブヒュ!』と声が漏れた。
「やっぱ笑ってるのか!」
『・・・フフ・・・クスクス・・・・、』
「気味悪いな・・・・なんだよ?なんか言いたいことあるのか?」
狼はギョロっと大きな目を向けた。
顔は横を向いたまま視線だけを投げかけてくる。
『そうかもしれない。』
「はい・・・・?」
『冴木晴香の言う通りかもしれない。伊藤は時間を無駄にした。』
「な、なに言ってんのアンタ・・・・?」
『すごい才能があるのにバカな道へ走った。だから俺に利用された。』
「利用って・・・・契約のこと言ってんのか?」
『俺と契約を結んで幸せになった奴はいない。最後は廃人のようになるか、自ら命を絶つかのどちらかだ。伊藤は命を絶った。哀れな奴。』
「おい・・・さっきからなにを言ってんだよ?伊藤が命を絶つってどういう・・・・、」
『こういうこと。』
狼は顔を上げ、口先を細める。
次の瞬間、腹に響くほど重い遠吠えが響き渡った。
「なんだこりゃあ!?」
伊礼さんが耳を押さえながら叫ぶ。
他のみんなも痛みに耐えるように身を屈めていた。
10秒くらいそのまま吠え続け、ピタリと音はやんだ。
すると伊藤は糸の切れた人形のように崩れ落ちてしまった。
『こういうこと。』
狼が言う。
みんな「?」みたいな顔をした。
『触ってみろ。』
「・・・・・・・・・。」
ちょっと近づいてみるけどぶっちゃけ怖い・・・・。
ムクゲさんが「気をつけて!」と言った。
俺はゆっくりと近づき、眉間に皺を寄せながら倒れる伊藤を見つめた。
うつ伏せなので顔は見えない。
膝をつき、そっと手を伸ばしてみた。
「冷たい。まさか・・・・、」
首の辺りを触ってみる。・・・・脈はなかった。
横に周り、ビクビクしながら顔を覗きこむと、目を見開いて口からヨダレが垂れていた。
舌もだらんと垂れてるし、何より顔に精気がない。
「死んでるのか・・・・。」
伊礼さんの声が飛んでくる。
俺は振り向きながら頷いた。
「てことはその狼が殺しちまったってのか?」
「いや・・・違うと思います。」
「でも死んでるんだろう?さっきまで生きてたのに・・・・、」
「もっと前から死んでたんだと思います。だって今死んだって感じじゃないですよこれ・・・・。」
祖母が亡くなった時、棺桶の中の顔がこんな感じだった。
亡くなってからしばらく時間が経っている表情だ。
まるで人形みたいというか無機質というか。
『伊藤は自分で命を絶った。』
「いつ?」
『契約を交わして一年後くらい。』
「てことは・・・・、」
『30年近く前のこと。』
「めっちゃ昔じゃないか!そもそもなんで自殺なんか・・・・。」
『二度と夢を追いかけられないから。』
「なに?」
『伊藤はダキニに復讐しようとして契約した。でも十日も経たないうちに後悔し始めた。大好きだったゲームのことが薄れていき、復讐しか考えられなくなっていたから。』
「復讐のことだけ・・・・?」
『ダキニを消そうとしたのは、傷つけられたプライドを取り戻す為、そして二度と自分の夢を邪魔されたくなかったから。
でも俺と契約を結んだことで気づいてしまった。もし復讐を果たしてもそれだけじゃ終わらない。
世の中の霊獣全てを抹殺しないと安心できない。そうじゃないと夜も眠れない。
これから先、必ずそうなると自分で分かっていた。そして自殺するまでの一年間、実際にその通りになった。
ダキニだけに抱いていた恨みは全ての霊獣に向けられた。この世から抹殺するんだって強迫観念にとりつかれていた。
でもそれは無理なことだと分かっていた。』
「自覚してたのか?全ての霊獣の抹殺なんて無理だってこと。」
『霊獣は人間よりも強い。数だってたくさんいるし、人間社会の深い所まで入り込んでる。全部抹殺なんて無理。でもやり遂げないと契約は終わらない。』
「終わらないって・・・・それはつまりアンタが離れていかないってことか?」
『契約する時に伊藤は言った。邪魔者を消す力が欲しいと。俺はその為に力を貸した。だから伊藤が目的を成し遂げるまで傍を離れない。』
「でもアンタが傍にいたって、伊藤が霊獣の抹殺をやめればすむ話じゃんか。」
『復讐には力だけじゃなくて、強い恨みや怒りが必要。やり遂げないと夜も眠れないというほどに。
伊藤の願いを叶える為に、力だけじゃなくてそういう感情も与えてやった。』
「要するに感情を支配してたってことか?」
『支配とまではいかない。ただ後ろ向きな気持ちを強くしてやっただけ。ほんのちょっとしたことで人間の感情はバランスを崩すから。』
「なんだよそれ・・・まるで悪霊に呪われるみたいじゃねえか。」
『俺が傍にいる限り、伊藤の魂は永遠に自由になれない。生きてる限り後ろ向きな気持ちに囚われたまま。命を絶つ半年も前から精神を病んでいた。』
「じゃあ・・・そのせいで自分の命を?」
『毎日毎日怒りや恨みだけで胸が満たされることに耐えられなかった。生きてる限りずっと続くと考えたら、そういう道を選ぶしかなかったのかもしれない。』
「だったらアンタから離れてやればよかったじゃないか!霊獣の抹殺なんて無理だって分かってるなら・・・・、」
『だって面白いから。』
「はあ!?」
『俺と契約する為にわざわざもう一つの心臓まで差し出したのに、願いが叶うことはない。それどころか毎日嫌な気持ちが続いて憂鬱になるばかり。
あれだけ大好きだったゲームでさえ気持ちを紛らわしてくれない。日に日に壊れていく伊藤を見るのはとても楽しかった。』
「お前・・・・、」
根っから腐ってやがる。
『伊藤にとって一番辛かったのはもう一人の自分の存在。』
「心臓を二つに分けた方か?」
『その心臓を使ってもう一人の伊藤を作ってみた。あっちはオリジナルと違って暗い感情に満たされていない。
元の伊藤にとっては昔の自分を見ているようで許せなかったはず。もう二度と取り戻せない自分がそこにいるから。』
「お前最悪だな。そうやってわざと伊藤を苦しめてたのか?」
『苦しんだのは伊藤の勝手。俺は契約通りに手を貸したにすぎない。』
「ほざけよ。お前は鬼神川とも契約してるんだろ?だったらアイツもいつか自殺しちまうってのか?」
『鬼神川はすでに命を差し出してる。』
「なんだって?」
『あいつも復讐したい相手がいる。大きな力を求めていたから血を分けてやった。代わりに10日くらいしか生きられないけど。』
「10日!じゃあ10日後にはほっといても死ぬのか?」
『死ぬ。』
「マジかよ・・・・でもアイツには夢があるはずだろ?この世を霊獣の世界に変えるって夢が。」
『別に諦めてはいない。ただ自分では無理だと悟ったから、別の奴に希望を託しただけ。』
「誰に?」
『ダキニ。』
「またダキニか・・・・。」
『伊藤と同じで、鬼神川も自分の力で目的を遂げるのは無理だと知った。思ったよりも敵が多くて予定通りに計画が進まないから。』
「それは俺たちのことか?」
『冴木たちも含めてという意味。たまきのように強い霊獣は他にもいて、鬼神川の行いをよく思っていない。
だけど鬼神川はバカだからこれ以上どうにも出来ない。後の望みは頭の良いダキニに任せることにした。
もっとも、ダキニが鬼神川が思い描いているのとまったく同じ形で目的を実現させるとは限らないけど。』
「ダキニが望んでるのは稲荷の世界に人間の刺激の持ち込むことだろ?鬼神川はそれを知らないのか?」
『知っているけど、それでも希望を託せるのはダキニしかいない。アイツは欲深いから稲荷の世界を変えるだけでは終わらないかもしれない。
もっともっと欲しがって、人間の世界にまで手を伸ばす可能性はある。鬼神川はそれに期待してる。』
「意味分かんねえ。だってここまでやったんだぞ?なのにあっさり他人に託すとは思えない。」
この会社の技術部は優秀だ。
実際に色んな薬だって開発してるわけだし。
霊獣の密売とかだってこの為の資金集めだったはずだ。
それを捨ててまでこんな狼と契約するなんて・・・・。
『冴木晴香。』
「なんだよ?」
『俺と契約しないか?』
「はあ?」
いきなり何を言ってんだ?
後ろを振り返るとみんなポカンとしていた。
『冴木晴香。』
「なんだよ・・・・?」
『お前は面白いな。』
「面白い?」
『今時珍しいくらい夢と希望に溢れてる。傷ついても痛い目に遭ってもへこたれないのはそのせい。』
「俺にはやりたいことがあるんでな。モタモタ立ち止まったりしてられねえんだよ。』
『実は北川翔子にも声を掛けた。』
「なにい!テメエいつだよ!!課長になんかしたんじゃねえだろうな!?」
『さっき鬼神川がさらって来た時。契約を持ちかけたけど断られた。』
「当たり前だ!課長はテエメみたいなクズ野郎と契約なんかするか!」
『お前も北川翔子と似ている。だから声を掛けてみたんだが・・・予想通り断れてしまったな。』
クスクスと笑いながら背中を向ける。
「お、おい・・・どこ行くんだ?」
『次の契約者を探しに。』
「また誰かにとり憑くつもりかよ?」
『情熱と夢を持った人間が大好き。じわじわと壊れていくのを見るのが一番楽しい。』
「笑ってんじゃねえよこの野郎!お前みたいなのはとっとと霊獣の世界に帰れ!」
『ヤダ。』
「ヤダじゃねえよ!子供かこの野郎!!でっけえ狼のクセして中身はガキンチョだな。」
『狼じゃない。』
「は?いやいや、どう見ても狼だろうが!!」
『これは伊藤の気性を表してるだけ。』
「気性?」
『俺は契約した相手の気性によって姿が変わる。喋り方も。』
「マジかよ・・・・。」
『大きな狼の姿は孤高と攻撃性の表れ。子供っぽい喋り方は幼稚性の表れ。。伊藤の精神そのもの。』
「でも鬼神川とも契約してるんだろ?だったらまた姿が変わるんじゃないのかよ?」
『あれはただのついで。ノリで契約しただけだから。』
「ノリでそんなことすんなバカ野郎!」
『・・・フフ・・・クスクス・・・・。』
「だから何がおかしい!?」
『フフフ・・・・ウフフフ・・・・。』
だんだんと声が変わっていく。
いや声だけじゃない。姿かたちそのものが・・・・、
どんどん縮んでいって、さっきとは似ても似つかない姿になった。
「な、なんだお前・・・・、」
『これが僕のほんとの姿。』
「なんだよその豚だかなんだか分からねえ生き物は・・・・、」
「バクね。」
ムクゲさんが言った。
「豚を細くしたみたいな体型に、鼻が短い象みたいな顔。あんたの正体はバクの霊獣だったのね。」
なるほど、言われてみれば。
昔に動物園で見たことがある。
模様も白と黒でクッキリ分かれているし。
『人の夢が僕のご馳走。大きければ大きいほど。』
「こんなのがお前の正体・・・・?」
『僕はどんな風にでも姿を変えるよ。相手の心を読み取って姿を変えて、夢の中にお邪魔するんだ。
悪夢を食べてあげる代わりに良い夢も一緒に食べちゃうけどね。冴木君、ほんとに僕と契約しなくていいの?』
この期に及んで何を言ってるんだろう。
そんなこと聞かされて頷くわけないだろう!
「お前、二度と俺たちの前に現れるな。」
懐から銃を抜く。
すると『ぎゃ!』と叫んで頭から血を噴き出した。
「え・・・・?」
俺は引き金なんて引いてない。ていうか霊獣に普通の銃は効かないはず。なのにどうして・・・・、
「貴様!」
刑事さんが叫ぶ。
バクの向こうから銃を構えた人影が現れ、その姿を露わにした。
「お前は・・・・、」
「・・・・・・・。」
「もう一人の伊藤だな?お前が撃ったのか?」
尋ねても答えない。
まっすぐに歩いてきて、苦しむバクにまた銃弾をブチこんだ。
『いぎゃッ・・・・、』
「俺はまだ生きてるぞ。」
そう言ってから肩に乗せたマシロー君に手を向けた。
「ちょっと待って下さいね。」
もにょもにょと呪文みたいに呟いてから、大きく口を開けて何かを吐き出す。
伊藤はそいつを手に乗せてバクに近づけた。
「心臓だ。こいつでまた俺を作ってもらう。」
心臓・・・・?
紫に濡れたその物体はたしかに心臓っぽい。
ていうかドクドクと脈打ってるような・・・・。
「まさかとは思っていたが、やはりもう死んでいたとは・・・・。心臓を一つ作っておいて正解だった。」
やっぱり心臓らしい。
ていうか作るっていったい・・・・・?
バクの霊獣は額から血を流しながら『フフ・・・』と笑った。
「俺が生きてる以上、契約は続いてるはずだ。破棄して逃げるなんて許さんぞ。」
今度は足を撃つ。
バクはよろけたが『バカだなあ』と微笑んだ。
『それ僕の血で作った弾丸でしょ?効くわけないじゃない。』
ニヤっと笑ったかと思うと、瞬く間に傷が塞がっていった。
けど『あれ?』とまたよろける。
『おかしい・・・・傷は塞いだのに・・・・、』
「弾丸に薬を混ぜてある。」
『薬?・・・・まさかカプセル剤?』
「霊獣の力を奪う効果があることは知ってるだろ?弾丸は10発ほど残ってる。全弾撃ち込めばどうなるか・・・・・、」
『分かった分かった。ちょっと落ち着いて。』
急に焦り始める。
伊藤は銃を向けたまま「さっさとしろ」と心臓を向けた。
「元の俺を生き返らせるんだ。そこにまだ肉体はある。」
そう言って倒れるもう一人の自分を振り返った。
「そして俺たちを一つに戻せ。」
『自分でそう望んだクセに・・・・ぎゃあ!』
「お前と契約さえしなければこんな事にはならなかった。俺を元に戻したら見逃してやる。選択の余地はないはずだ。」
『・・・・・・・・。』
「どうした?死にたいのか?」
『残念だけど死者は生き返らない。新しい伊藤を作ることなら出来るけど。』
「・・・・・・・。」
『別に生き返らなくてもいいじゃない。だって君はまだ生きてるんだから。』
バクはまた笑う。
伊藤はマシロー君を振り向き、「お前はどう思う?」と尋ねた。
「こいつの言うこと信用するか?」
「この期に及んでウソはつかないと思います。あとの判断はご自分でどうぞ。」
「そうか・・・・。」
伊藤は少しだけ迷いを見せる。
そして自分の頭に銃を突きつけた。
「お、おい・・・・、」
止める間もなく引き金を引く。
パアン!と銃声が響いたかと思うと、マシロー君が「何やってんですか!」と銃を掴んでいた。
「なんで自分を撃つんです!」
「なんでもなにも、俺はただのコピーみたいなもんだ。元が死んだなら生きてても仕方ない。」
「コピーなんかじゃないですよ!二つある心臓の一つから生まれたんですから。」
「欠陥品だ。」
「え?」
「二つあると言っても、俺はもう一つの心臓にくっついて生きてただけだ。小さいし力も弱い。この心臓だけなら長生きは出来なかった。」
そう言って胸に手を当てている。
「もう一人の俺は契約の見返りにこの心臓を差し出した。それはなぜか?別に必要ないからだ。
医者からは取った方がいいと勧められていたが、手術が面倒だからとそのままにしていただけなんだ。
本当なら俺はとっとと切除されて処分されてた命なんだよ。」
「で、でも・・・こうして生きてるじゃないですか!」
「そこの悪い霊獣のおかげでな。俺はそれが許せない。そいつのせいで元の俺は悪さに走り、最期は自殺しちまった。
そんな奴の力で俺は生きている。こんな肉体までを与えられちまって・・・・。」
両手を広げ、嬉しくないといった感じで首を振っている。
「今でも心臓は弱いままなんだ。だからそいつが離れていったら長生きは出来ない。
あの紫の血を飲み続けてないことには・・・・・、」
「だからって今死ぬことないでしょ!」
マシロー君は伊藤から心臓を奪い取り、シュタっと肩から飛び降りた。
「お願いです、これで彼の新しい心臓を作ってあげて下さい。長生きできる丈夫な心臓を。」
「おい・・・・、」
「だって飼い主が死ぬなんて嫌ですよ!僕を飼ってくれたのはあなたなんです。もう少し飼われるのが遅かったら処分されてたんです・・・・。
例え興味本位だったとしても、あなたが僕を飼ってくれたからこうして生きてるんです!」
そういえばマシロー君はペットショップで飼われたんだった。
売れない動物は処分されることがあるらしいけど、彼もそういう立場だったみたいだ。
「元の伊藤さんがいなくなったことは悲しいです。だからこそ、あなたまでいなくなってほしくありません!」
バクの前に心臓を突きつけながら「やって下さい!」と叫ぶ。
「できるでしょ?丈夫な心臓を作って、彼に与えることくらい。」
『ムリ。』
「なんで!?色んなことできる凄い力を持ってるのに。」
『丈夫な心臓を作ることは出来るけど、入れ替えることは無理なんだ。』
「ウソだ!一つの心臓から新しい人間を作れるくらいなのに・・・・、」
『僕は万能じゃないんだよ。出来る事と出来ない事がある。入れ替えはムリだよ。』
「じゃあ伊藤さんはどうなっちゃうんですか!」
「どうしてもっていうなら、その心臓を元に新しい伊藤を作るしかないよ。でもこの心臓かなり小さいから子供になっちゃうだろうけど。」
「子供・・・・。だってこれ、子犬から取り出した心臓なんです。小さいのは仕方ないじゃないですか。」
『うん、だから子供しか無理。それも赤ちゃん。』
「赤ちゃん!?」
『ていうか胎児かな。』
「そんなッ・・・・、」
『子犬の心臓は小さすぎるもん。胎児からじゃないとムリ。』
「でも胎児っていったって、お母さんがいなきゃどうにもならないじゃないですか!」
『そうだね。』
「・・・・・・・。」
『それに新しい伊藤を生み出したって、もう一人の伊藤が長生きできないことに変わりはないよ?
彼の心臓は僕の血がないと長くもたないから。』』
「ひどいですよそんなの!どうにかならないんですか?」
『だからムリだって。けどまあ・・・・新しく契約してくれるっていうなら別だけど?』
バクは伊藤を見る。
でも彼はすぐに首を振った。
「断る。」
『ほらね。』
「伊藤さん!このままじゃ僕・・・・僕どうしたらいいんですか!飼い主がいなくなっちゃう!!」
伊藤はマシロー君を手に乗せ、「すまない」と呟いた。
「そんな簡単に諦めないで!」
食い下がるマシロー君。
するとムクゲさんが「私でいいならやるけど」と手を上げた。
「私が契約者になるよ。その代わり胎児になった伊藤を私のお腹で預かる。」
全員が「ええ!」と驚く。
「ちょっとちょっと!何言ってんですか!」
「私は本気だよ。」
「いやいや、そういう問題じゃなくて・・・・、」
「だって私の夢なんだもん。人間になって人間の子供を持つのが。」
そういえばムクゲさんは猫又の擬似家族を持っていた。
たしか人間の家庭に憧れてるからだって聞いたけど、いくらなんでも伊藤をお腹に宿すなんて・・・・、
「僕がやる!」
今度はマシロー君が叫んだ。
「知らない人に任せるくらいなら僕のお腹に!」
「君まで何言ってるんだよ!」
「僕は本気です!」
「いやいや、そういう問題じゃなくてさ。君はネズミだから人間の赤ちゃんを宿すなんて無理だろ。」
「例の薬を飲めばいいだけです。」
「ま、まあ・・・そういう手はあるけど。いやでもさ!君はオスだろ?だったらやっぱり無理じゃ・・・・、」
「僕はメスですよ。」
「へ?」
「ヨツユビハリネズミのメスです。」
「マジで・・・・?」
「マジです。」
「だって名前からしてオスっぽいし、自分のこと僕って言ってるしてっきりオスかと・・・・。」
「それは勝手な思い込みです。オスじゃなきゃ僕って一人称を使っちゃいけない決まりなんてないでしょう?」
「うん・・・まあ・・・・、」
「だいたい冴木さんだって晴香っていう女性みたいな名前でしょ?」
「ごもっともで・・・・、」
「僕はれっきとしたメスです。だから薬を飲んで人間になれば赤ちゃんを宿すことに問題はありません。」
「そう・・・なのか?」
しばらく考える。
そして「イヤイヤ、大アリだから!」と止めた。
「なんかもうおかしいよこれ!人間が動物になったり動物が人間になったり。挙句の果てにはネズミが人間になって人間の赤ちゃんを宿すなんて。
いくら多様性のある世の中だと言ってもね、さすがにこれはやり過ぎだと思うんだ。」
「そんなことありません!」
「あるよ!」
「ないです!」
「いやあるって!」
「ないです!だって有川さんはタヌキと結婚するんですよ!」
「へ?」
「霊獣のタヌキの女性と。だったらその女性はタヌキでありながら人間の子供を宿すことになる。」
「・・・・それはアイツが変態なだけだろ。」
アイツはやっぱりどこかおかしい。
ていうかアイツのことなんてどうでもいい。
タヌキと結婚しようがミジンコと結婚しようが知ったこっちゃない。
「いいかいマシロー君?いくら飼い主の為だと言っても、さすがにこればっかりは・・・・、」
「だから私がやるって。」
「ムクゲさん・・・あなたもちょっと落ち着いて。」
「イヤよ!こんなチャンスは滅多にないわ!ねえあなた、私と契約してお腹に子供を・・・・、」
「いいえ!これは僕の役目です!!」
「ここは私に任せなさいって。」
「僕がやります!」
「私。」
「僕です!」
「ああもう!どうなってんだよこれ!!」
話がおかしな方へ転がっていく。
伊礼さんを振り返ると、俺に振るなみたいな感じで目を逸らした。
刑事さんもなんとも言えない顔で頭を掻いてるし、遠藤さんはまだ怯えているし。
カレンちゃんは意味が分からないのかポカンとしているし、祐希さんはスマホを取り出してパシャパシャ撮影しているし。
紺野ちゃんは未だに部屋に隠れたままだし、もうこれどうすりゃいいんだか・・・・・。
《俺はカグラの悪事を暴きたいだけなんだ!こんなわけの分からんことで揉めたくないのに。》
壁に頭を付けながらうんざりしていると、「ちょっといいかしら?」と誰かに声を掛けられた。
「ここに役者が揃ってるって聞いたんだけど?」
「はい?」
振り向くとそこには一人の女が立っていた。
この人なんか見たことある。
たしか・・・・・、
「・・・・ああ!もしかしてカマクラ家具の社長、葛ノ葉公子!?」
「指ささないでくれる?」
ツンとした顔で指を下ろされた。
《間違いない!社長時代に一度だけ写真を見たことがある。なんでこんなところに?ていうか横にいる狼男みたいなのはなんなんだ?》
二人の狼男が従者のようにヘコヘコしている。
「あの・・・・あなたカマクラ家具の社長ですよね?なんでここに・・・・、」
「こっちから臭うわね。」
俺を無視してエレベーターへ向かう。
中を覗き込み、「ここね」と呟いた。
そしてなんの迷いもなくスっと飛び込んでしまった。
「え!あ・・・ちょっとお!」
慌てて駆け寄るけどすでに姿は見えない。
《なんなんだよいったい・・・・。》
呆然としているとポンと肩を叩かれた。
「助っ人、連れて来たぜ。」
「これでデカイ神社に住めるな。」
「・・・・アンタら誰さ。」
笑っている狼男たち。
なんかよく分からないけど、事態がおかしな方向へ転がっていることだけは分かる。
この事件、無事に終わるんだろうか。

稲松文具店〜燃える平社員と動物探偵〜第三部 第二十六話 危機(2)

  • 2019.05.05 Sunday
  • 10:34

JUGEMテーマ:自作小説

地下三階ってのはどれくらいの深さなんだろう?
会社勤めをしていた時、何度か地下鉄に乗ったことがあるけど、ああいう場所は明るいからあまり地下って感じはしなかった。
でもここは違う。
カグラの地下三階は、エレベーターを降りるなり、気が引けてしまいそうな暗さと圧迫感があった。
「悠一・・・・怖えぜ。」
マサカリがエレベーターから出ようとしない。
「そんなに怖いなら帰ってていいぞ」と言うと、「てやんでい!」と叫びながら出てきた。
「お前らだけ残して帰れるかってんだ!俺様がいねえと締まらねえだろうが。」
そうは言うけど足が震えている。
「俺だけのけ者にしようったってそうはいかねえぜ!」
「お前がビビってるだけだろ。」
チュウベエにツッコまれている。
チェリー君が「グダグダ言ってねえぜ姐さんたちを捜すぜ」と先を歩いていった。
「堂々としてるね、こんな場所なのに怖くないの?」
俺は地下三階の景色を見渡す。
一応明かりは灯っているものの暗い。
薄い緑の光がぼんやりと照らしているだけだ。
閉店したお店の非常灯のような光である。
造り自体は上のフロアとそう変わりなさそうだ。
廊下があって、幾つかのドアがあって、脇にはソファも置いてあって、トイレもある。
でもなんだろう・・・・この身を潰されそうな圧迫感は。
たんに地下だからってだけじゃない気がする。
息は出来るんだけど息が詰まりそうというか・・・・・。
「いるな。」
チェリー君がボソっと呟く。
「なにが?」と聞き返して、ずいぶん間抜けな質問をしてしまったと恥ずかしくなった。
「鬼神川に決まってんだろ。」
「だよね、ごめん。」
「このイヤ〜な圧迫感、こりゃあの野郎の殺気だぜ。」
「殺気・・・・臨戦態勢ってことだな。」
「野郎は間違いなくパワーアップしてやがる。こりゃウズメの姐さん負けちまったのかもしれねえなあ。」
「怖いこと言うなよ・・・・。」
「でもそうじゃなきゃアカリの姐さんたちがいなくなったことに説明がつかねえ。鬼神川の野郎はウズメの姐さんを打ち負かし、そのあとにアカリの姐さんたちまでさらったのさ。」
チェリー君の言うことには一理あるどころか、反論の余地さえない。
こうなったらもうみんなの無事を願うことしか・・・・、
「ダメだ・・・・ちょっと便所!」
マサカリが駆け込んでいく。
「電気はどこだ?」
手探りでスイッチを探している。
上手く見つけたのか、トイレがパっと明るくなった。
そういえば俺もお腹の調子が悪かったのだ。
だってこんなシチュエーション、緊張するに決まっている。
「すまんチェリー君、俺もちょっと。」
そう言うとチュウベエも「あ、じゃあ俺も」と言い、チェリー君も「なら俺も」と駆け込んだ。
その瞬間、先に駆け込んでいたマサカリが「ぎゃあ!」と悲鳴をあげた。
「どうした!?」
「お、お化けがいやがる!」
「なにい!」
俺は背中を向け、逃げ出そうとした。
「待てコラ!それでも飼い主か!」
マサカリに襟首を掴まれる。
チュウベエはさっさと外に逃げていた。
「飼い主でも怖いもんは怖いんだ。ここはお前に任せる。」
「バッキャロイ!俺が先に逃げるんでい!」
「あ・・・・、」
俺を突き飛ばして駆け出していく。
チェリー君が「お前ら・・・・」と呆れていた。
「こんな時に喧嘩すんなよ。」
「だってさあ・・・・お化けって・・・・、」
「で、どこにいるんだ?」
マサカリが「うんこの部屋からすすり泣く声がするんだ!」と答えた。
「どこのウンコ部屋だ?」
「左から二つ目だ。」
「ほう。」
チェリー君はドアに耳を近づける。
そして「なんも聞こえねえぜ」と言ったのだが、その瞬間にドアが開いて、髪の長い女が飛び出してきた。
「出たあああああ!」
俺は急いで逃げ出す。
マサカリとチュウベエも「いやああああ!」と駆け出した。
「お、お前ら!俺を盾にするな!!」
「バッキャロウ!逃げ切るには犠牲が必要だろが!」
「悠一、骨は拾ってやるから頼む!」
「薄情すぎだろお前ら!」
必死に逃げるけど足がもつれる。
背後から気配が近づいてきて、ビクビクしながら振り返った。
すると・・・・・、
「待てええええええ!」
真っ黒な長い髪を揺らしながら追いかけてくる。
顔に髪がかかっているから余計に怖い。
きっとあの髪の向こうには、見るのも恐ろしい怨霊の顔が・・・・、
「悠一いいいいいい!」
幽霊はなぜか俺の名前を叫ぶ。
そしてとうとう捕まってしまった。
「ひいいい!見逃してくれえええ!!」
「助けて!」
「俺は何もしてやれない!潔く成仏してくれ!」
「バカバカ!幽霊じゃないわよ!」
なんだか聞き覚えのある声だった。
もしやと思ってよく見てみると・・・・、
「マ・・・・マリナ?」
「そうよ!飼い主のくせにお化け扱いなんて酷いじゃない!!」
「な、なんでお前がトイレに・・・・?」
「隠れてたのよ!きっと悠一が助けに来てくれると思って!!」
そう言ってグスグス泣いている。
マサカリとチュウベエは遠くで身を寄せ合い、怯えた目をしながら後ずさっていた。
「悠一の野郎・・・・幽霊に好かれてるぜ。」
「ほんとだな。負のオーラを放つ者同士、惹かれるもんがあるのかな?」
ずいぶん失礼なことを言ってくれる。
俺は「こいつはマリナだ」と返してやった。
「へ?マリナ?」
「マジで?」
「よく見ろ。」
垂れた前髪をかき分けてやる。
「ああ!ほんとにマリナじゃねえか!」
「ほっ。」
二人とも胸を撫で下ろしている。
「ちょっとマサカリ!いきなりお化けだなんて酷いじゃない!」
「だって男子トイレから女のすすり泣きが聞こえるからよ。てっきりお化けだと思っちまって。」
「私の声だってくらい分からないの!?」
「こんな状況じゃお化けだと思うだろ。なあ?」
チュウベエに同意を求めるけど、「マサカリが悪い」と突っぱねていた。
「人間になってもお前はバカのままだ。」
「んだとテメエ!自分だって逃げたくせに・・・・、」
「喧嘩はそこまでにしとけ。」
チェリー君がやってくる。
そして彼の後ろからまた女が飛び出してきた。
「悠一イイイイイイ!」
ここまできたらもう分かる。
赤みがかったショートヘア、こっちはモンブランだ。
なのにマサカリはまた「お化けが出たあああああ!」と逃げ出した。
「誰がお化けよ!」
吠えるモンブラン、俺も「もうお前は帰れ」と手を振った。
「そんなにビビってちゃ先に進めないぞ。」
エレベーターの近くでビクビクしている。
犬の姿のままなら尻尾が垂れ下がっているだろう。
チュウベエが「あのデブはほっとこうぜ」と言った。
「お前らなんで便所に隠れてたんだ?」
「私はトイレになんて隠れてないわ!ソファの下に隠れてたの!」
「場所なんてどうでもいい。理由を聞いてる。」
「怖いからに決まってるでしょ!エレベーターに乗って10階に行ったら、いきなり鬼神川が出てきたんだもん。
アカリさんが飛びかかったけどあっさり負けちゃって、そのまま地下まで連れて行かれたのよ。
そうしたらツムギ君が、私とマリナは関係ないから見逃してやってくれって言って。」
「じゃあアカリさんとツムギ君は・・・・・、」
「どっかに連れて行かれた。」
「マジか・・・・。なんでさっさと逃げなかったんだよ?」
「だってアカリさんとツムギ君がさらわれてんのよ!私たちだけ逃げられないじゃない!だから悠一たちが来るまで待とうって思って・・・・ねえ?」
そう言ってマリナに目配せをしている。
「そうよお。でもやっぱりここ怖いじゃない?だからトイレに隠れてようって言ったんだけど、モンブランがトイレはイヤだって言ってソファの下に行っちゃって。」
「トイレなんて余計怖いじゃない。お化けとか出るかもしれないし。」
「なるほどな、事情は分かった。で・・・・鬼神川はどこへ行ったんだ?」
「廊下のもっと奥。」
「そうか。なら・・・・行く?」
チェリー君を振り返ると「なんで疑問形なんだよ」と怒られた。
「その為にここまで来たんだろが。」
「まあそうだけど・・・・。でもさ、こっから先の圧力って半端ないよ。」
廊下の奥からは凄まじいプレッシャーが漏れている。
ここから先へ足を踏み入れるのは、落ちると分かっている崖へ進むような覚悟が必要だ。
「俺は行くぜ。」
チェリー君はまっすぐに先へ向かう。
なんて堂々としてるんだ・・・・男だけど惚れそうである。
するとモンブランとマリナも「行こ!」と腕を引っ張った。
「アカリさんとツムギ君を助けないと。」
「それにウズメさんもね。」
「ウズメさん、やっぱり負けちゃったのかな?」
「だと思うわ。」
「そうだよな、でなきゃ鬼神川が出てくるわけない。・・・・怖いけど腹を括るか。」
いつもお世話になってばかりのお稲荷さんたちである。
今日、その恩に報いる時なんだ。
チュウベエもやる気になって頷いている。
ちなみにマサカリはまだエレベーターの傍にいた。
「大丈夫かお前?」
「ば、バッキャロイ・・・・怖くなんか・・・・、」
「もう無理するな。家で大人しく待ってた方がいい。」
「イヤだ!」
「でも怖いんだろ?」
「うう・・・・、」
今にも泣き出しそうな顔で困っている。
するとモンブランが「ああもう!」と走って行った。
「行くのか帰るのかハッキリしなさいよ!」
「い、行くに決まってんだろ・・・・・、」
「足ガクガクじゃない。ほんとビビりなんだから。」
「だ、誰がビビりでい!」
「ビビりじゃない。メタボのヘタレ犬!」
「ん、んだとお〜・・・・、」
別の意味でプルプル震え出す。モンブランはさらに畳み掛けた。
「そんなんだからいつまで経ってもコロンとの仲が発展しないのよ!ああ〜、情けないオス。」
「言いやがったなこの野郎!」
「だってそうじゃない。口だけの大飯食らいのお肉たるたるのブルドッグ!あんたなんか家に帰って犬缶でも食べてればいいのよ!!」
「ぐぬおお〜・・・・言わせておけばあ!」
顔を真っ赤にしながら「許さねえ!」と飛びかかる。
しかしあっさりかわされてカウンターパンチを食らっていた。
「ぎはあ!」
「ふん!人間になっても弱っちいままね。」
腰に手を当てながら倒れるマサカリを見下ろしている。
まあいつもの光景なんだけど、こんな時に喧嘩しなくても・・・・、
「さ、こんなブルドッグほっといて行きましょ。」
「お、おい待てこら・・・・、」
もっさり立ち上がりながら、ヨロヨロと追いかけてくるマサカリ。
なるほど、挑発して気合を入れてやったらしい。
チュウベエが「お前らほんとに仲いいな」とからかった。
「本物の人間同士なら付き合ってんじゃないか?」
「はあ!なに言ってんのよ、こんな奴となんか絶対にありえないから!」
「こっちだって一緒でい!犬缶1000個もらってもお断りだ!」
「まるで昭和のラブコメ漫画みたいだ。なあマリナ?」
「お似合いだとは思うわ。」
「ちょっと!マリナまでなによ。」
「ていうかそんなことはどうでもいいの。なんかさっきから変じゃない?」
「変?なにが?」
キョトンするモンブラン。
チェリー君が「今更気づいたのかよ」と呆れた。
「お前らが喧嘩してるうちに空気が変わったぜ。」
「空気?」
「廊下の奥からイヤ〜な気配が近づいて来てる。こりゃ間違いなくあの野郎だ。」
そう言って霊獣に変身するチェリー君。
モンブランたちも気配を察知したようで、ゾワゾワっと髪の毛を逆立てていた。
「な、なんか来る・・・・?」
「ああ、鬼神川だ。」
「いやあ!」
みんなして俺の後ろに隠れる。
そして俺はチェリー君の後ろに隠れた。
「よし!頼むぞ。」
「頼むぞ!じゃねえだろ。お前も戦うんだよ!」
「いや、ここは任せる。俺たちはアカリさんたちの救出に向かうから。なあみんな?」
「うんうん」と頷くモンブランたち。
チェリー君は「んな上手くいくかよ」と言った。
「あの野郎をどうにかしなきゃ助けるなんて無理だぜ。」
そう言って霊獣に変身し、スウっと姿を消してしまった。
「おい!」
これでは後ろに隠れられないじゃないか!
「どうすんのよ!?」
「俺に聞くな!」
「もう終りだな。」
「短い命だったわ・・・・。」
絶望する動物たち。でも俺は希望は捨てなかった。
《ロッキー君とヒッキー君がたまきを呼んで来てくれるはずだ。それまでどうにか持ちこたえれば・・・・。》
真っ暗な廊下の奥から足音が響いてくる。
重々しい音だ。何より息が詰まるような圧迫感が増していく。
「みんな気をつけろよ。危ないと思ったらすぐに逃げて・・・・、」
言いかけて振り返ると、みんなエレベーターの中まで逃げていた。
「悠一ガンバレ!」
「負けないで!」
「お供え物はミルワームでいいか?」
「お金ないから墓石は無理よ。卒塔婆ならどうにか出来るかもしれないけど。」
「お前ら・・・・。」
さっきまでの威勢はなんだったのか?
足音はどんどん近づいてきて、暗闇の中からうっすらとシルエットが浮かぶ。
「ん?」
なにか妙だった。
歩いてくるシルエットはプロレスラーみたいなガタイで、まず鬼神川で間違いないだろう。
問題は両手に何かを引きずっているのだ。
人影のようにも見えるけど・・・・、
「有川悠一だな。」
闇の中から鬼神川が姿を現す。
相変わらず凄まじい威圧感だ。
俺もエレベーターに逃げたくなる。ていうかこの場から逃げ出したい・・・・。
でもそれ以上に怖いというか、ショックなことがあった。
鬼神川が引きずっていた人影は・・・・、
「アカリさん!ツムギ君!それに・・・・ウズメさん・・・・、」
みんなぐったりとして動かない。
暗いから分かりづらいけど、ポタポタと垂れているのは血のようだった。
「お、お前・・・・なんてことを・・・・、」
鬼神川は何も言わずにみんなを投げよこした。
三人が俺の足元に転がる。
アカリさん、ツムギ君は大きな痣が出来ていた。
顔の半分を覆うような酷い痣だ。
でもそれ以上に傷つけられていたのはウズメさんだった。
ボコボコなんてもんじゃない・・・・・全身に何十発も砲弾を受けたみたいに・・・・・。
「こんな・・・・・。」
言葉で説明するのも躊躇うような状態だった。
チュウベエが「どうしたんだ?」と、恐る恐る近づいて来ようとする。
俺は「来るな!」と止めた。
「そこにいろ。」
「それウズメだろ?ぐったりしてるけど大丈夫なのか?」
「いいから来るんじゃない!!」
ウズメさんを抱きかかえ、せめて顔だけでも見えないようにする。
《こんな・・・・こんなのやり過ぎだろ!いくら勝負だからって・・・・・、》
タイマンで決着をと言っていたけど、これはもう勝負なんてもんじゃない。
一方的にいたぶられたのだ。
砲弾を受けたかのようなこの痕は鬼神川の攻撃だろう。
これだけ酷い痣だ、きっと最初の2、3発でケリは着いていたはずだ。
なのに・・・・・、
《ウズメさん!》
たまきと同じくらいにお世話になったのがウズメさんだ。
困った時はいつでも相談に乗ってくれて、時に厳しく、時に優しくアドバイスをくれた。
こがねの湯のみんなからも慕われて、尊敬されていた。
すごく偉い霊獣なのにそれを鼻にかけることもなく、誰にでも分け隔てなく接して、堂々としてカッコよくて面倒見がよくて、みんなから頼りにされていた。
そのウズメさんがこんな姿にされてしまったことが・・・・こんな姿を見ることが・・・・悲しいというより悔しかった。
子供の頃、正義のヒーローが悪者に負けてしまった時は、なんとも言えない嫌な気持ちになった。
あの時の何倍・・・いや、何十倍も強いほど嫌な気持ちになってくる。
だって誰にだっているはずだ!この人の傷ついた姿だけは見たくないっていう人が。
尊敬や憧れが強いほどそう思うはずだ。
俺はウズメさんを抱きしめたまま、泣きそうになるのを我慢して鬼神川を睨んだ。
目にいっぱい涙を溜めて睨んでも迫力はない。
でも鬼神川を許せなかった。怖い気持ちよりも怒りが勝る。
抱きしめた腕からわずかに心音が伝わってくるので、生きてはいるはずだ。
命があることに安心しながらも、あえて殺さずに痛めつけたんだと思うと、怒りは激しくなっていった。
「このクソ野郎。」
自分でも気づかないうちに口走っていた。
鬼神川の目は殺気に満ちていて、しかし顔は笑っていた。
理由は分かっている。
俺がショックを受けているのが面白いのだ。
なぜなら俺はたまきの弟子だから。
俺は今すぐには殺されないだろう。
ウズメさんと同じように、口で説明するのも憚られるほどいたぶられるはずだ。
その方がたまきが怒るから。
ウズメさんという親友をここまで傷つけ、俺という弟子を同じように傷つければ、たまきは確実にブチギレる。
そうやってブチギレさせて本気にさせて、その上で完膚なきまでに勝ちたいのだ。
鬼神川はバリバリの武闘派だから、いいように負けてしまったのが何より悔しいのだろう。
コイツはコイツでプライドを傷つけられている。
だからこそ狼の霊獣と契約してまで力を得たんだ。
「これから自分がどんな目に遭うか分かっているな?」
厳つい手を見せつけ、太い指をゴキゴキと鳴らす。
「悠一!」
モンブランが叫ぶ。
俺は「マサカリ、モンブランを押さえとけよ」と言った。
あいつは感情で突っ走ることがあって、以前に俺を助けようとして大怪我をしたことがある。
もし鬼神川に飛びかかったりなんかしたら命はない。
「マサカリ!聞いてるのか!?」
「お、おう・・・・。」
モンブランの「離してよ!」という悲鳴が聞こえる。
「お前らさっさと逃げろ。今すぐに!」
そう叫んだが誰も逃げようとはしなかった。
こっちへ来ないものの、じっと固まって動かない。
「モタモタするな!早く・・・・、」
「たまきが来てくれる!」
チュウベエが叫んだ。
マリナも「そうよ!」と頷く。
「ロッキー君とヒッキー君を信じるのよ!」
「なに言ってんだ!もし間に合わなかったら・・・・、」
「だったら一緒に死ぬ!」
決してここから動くまいと、みんなで手を握り合っていた。
「私たち悠一に拾われなかったらどうなってたか分からない。ここで悠一が死ぬなら一緒でいい。」
マリナの言葉に他のみんなも頷く。
「お前ら・・・・違うだろ。こういう時こそ逃げろよ。」
いつもチャランポランなくせに・・・・思わず胸が熱くなるじゃないか。
気持ちは嬉しいけど、だからこそ死なせられない。
俺はともかくこいつらだけはどうにか逃がさないと。
そう思った時、どこからか銃声が響いた。
同時に「ぎゃ!」と短い悲鳴も。
鬼神川の背後にチェリー君が現れ、腹を押さえながら倒れていく。
「おいどうした!?」
「クソったれ!撃たれたみてえだ・・・・・。」
苦しそうに歯を食いしばっている。
すると廊下の奥からコツコツと足音が響いて、銃を構えた男が現れた。
「伊藤!」
さっきの銃声はこいつか。
「お前・・・・社長の方の伊藤だな?」
もう一人の伊藤より若干老けている。
顔つきも陰湿で凶悪だし。
「油断するなよ鬼神川。」
嗜めるように言うと「援護はいりません」と返していた。
「背後から奇襲を狙っていることくらい気づいていました。」
「あっそ。余計なお世話だったかな。」
ニヤっと笑いながら、チェリー君の頭を踏みつける。
「チェリー君!ちゃんと擬態してなかったのか?」
「してたさ!してたけどよお、マサカリたちが臭いこと言うから感動しちまって・・・・。普段は口が悪いくせに、根はこんなに飼い主想いなんだって・・・・グス。」
「え?もしかしてそのせいで集中力を乱しちゃったのか?」
「クソったれ・・・・。」
「あの・・・・なんかごめん。」
頼みの綱だったチェリー君があっさりやられてしまった。
もうこっちに武器はない。
鬼神川は俺の胸ぐらを掴み、軽々と持ち上げる。
「余計な物は捨てておけ。」
そう言ってウズメさんを奪おうとするので、しっかりと抱きしめた。
しかし霊獣の力には敵わず、あっさりと奪い取られてしまう。
「強くなったと言うわりには口ほどにもない奴だった。」
ポイと放り投げると、伊藤が銃を撃った。
ウズメさんの背中から赤い血が飛び散る。
「何してんだこの!」
叫ぶのと同時にモンブランが「このヤロウおおおおお!」と駆け出した。
マサカリの腕を振りほどき、伊藤に向かっていく。
「おいよせッ・・・・、」
目が血走っている。
マサカリとチュウベエが慌てて追いかけるけど、その前に伊藤の銃が火を吹いた。
「痛っだッ・・・・、」
「モンブラン!」
足を押さえて倒れている。
伊藤が「チッ」と舌打ちをした。
「これだから霊獣ってのは。いつもいいところで邪魔をしてくる。」
チェリー君が伊藤の顔を蹴飛ばそうとしていたのだ。
残念ながら不発に終わってしまったけど、そのおかげで狙いが逸れたようだ。
「これ以上好き勝手させるかよ!」
チェリー君は手を伸ばし、銃を奪おうとする。
しかし鬼神川がそれを許さなかった。
ゴツイ拳を振りかざし、ハンマーのように振り下ろしたのだ。
「かはッ・・・・、」
チェリー君の肩にめり込み、腕が外れる。
そしてそのままノックダウンしてしまった。
「チェリー君!」
鬼神川が「お前もじきにこうなる」と言った。
「ただし時間をかけてだがな。」
嬉しそうに笑っている。
顔を思いっきり蹴飛ばしてやったけどビクともしない。
まるで岩を蹴ったみたいにこっちの足が痛かった。
「なあ鬼神川?」
伊藤が口を開く。
「あんまり時間を掛けられないかもしれないぞ。」
「どういうことで?」
「上の階に奴の気配を感じる。」
「奴?」
「感覚を研ぎ澄ましてみろ。」
鬼神川は神経を集中させるように、ピリっと緊張感を纏う。
「こ・・・・この気配は!」
ギロっと目を剥き、天井を睨みつけている。
「すぐ近くまで来ていたのか。」
「遊びに興じて気付かなかったな。」
「・・・・いや、願ったり叶ったりだ。ここで前回の屈辱を晴らしてくれる!」
激しく息巻く鬼神川だったが、伊藤は冷静な口調でこんなことを言った。
「人質を取った方がいいぞ。」
「人質?」
「相手が相手だ。まっとうにやり合って勝てる見込みは低い。」
「何を。私は奴を倒す為にあなたの霊獣と契約を交わしたのです。もはや奴など敵では・・・・、」
「いいからさらってこい。」
「必要ありません。それに人質ならここにも大勢・・・・、」
「コイツらにそこまでの価値があるか。いいか?よく気配を感じてみろ、人質にうってつけの女が一人いるはずだ。」
「うってつけの女?」
鬼神川はまた感覚を研ぎ澄ましている。
そして「なるほど」と頷いた。
「豊川め、あの女を取り逃がしたか。」
「そういうわけだ。とっととあの女をさらってこい。」
「いえ、人質は必要ありません。そんなものに頼らずとも、私の力だけで奴を打ちのめして・・・・、」
「さらってこいって言ってんだよ。」
伊藤の目に殺気が宿る。
鬼神川は不服そうな顔をしながらも、「分かりました」と頷いた。
そして青く燃え盛る六本の尻尾を生やし、エレベーターの中へと突っ込んだ。
《人質って・・・いったい誰をさらうつもりなんだ?》
ご令嬢とかなんとか言ってたけど・・・・それってまさか・・・・、
《いやいや!翔子さんはすでに捕まってるはずだ。でも豊川が取り逃がしたとかなんとか言ってたから、まさか・・・・、》
不安になっていると、やがて鬼神川の尻尾に巻かれて誰かがさらわれてきた。
《あれは・・・・キツネの霊獣?》
一瞬お稲荷さんかなと思ったけど、仲間のお稲荷さんはみんな鬼神川にノックアウトされている。
ならあれはいったい・・・・、
「有川さん!」
キツネの霊獣が叫ぶ。
その声はよく聞き覚えのあるものだった。
大事な友達の声だ、聞き間違うわけがない。
「もしかして・・・・ほんとに翔子さん?なんでこんな所に・・・・、」
「有川さんこそどうしてこんな場所に・・・・。」
「それはこっちのセリフですよ!ていうかなんで霊獣になってるんですか?」
「カマクラ家具が開発した新薬を飲んでしまったんです。」
「カマクラ家具の新薬?てことは向こうも新しい薬を開発してたのか。いや、今はそんなことより・・・・、」
鬼神川を睨みながら「翔子さんを解放しろ!」と叫んだ。
「人質なら俺だけで充分だろ!なんたって俺はたまきの弟子なん・・・・・、」
言いかけた瞬間、右腕に激痛が走った。
「・・・・・ッ!」
痛すぎて声にならない。
吐き気さえしてくるほどだ・・・・。
鬼神川が俺の腕を掴み、本当なら曲がらない方向へ関節を曲げていた。
「悠一!」
モンブランが叫ぶ。
俺は気力を振り絞って「来るな!」と叫んだ。
「向こうへ行ってろ!」
「でも・・・・、」
「いいから!」
これ以上誰も傷ついてほしくない。
どうか誰も・・・・、
「鬼神川。」
伊藤が呟く。
「そろそろ奴が来るぞ。」
「分かっています。」
コクリと頷き「それまでにいたぶっておかないとな」と、今度は左腕を掴まれ・・・・、
「ぎうやあああああ!」
あまりの痛みに気を失いそうになる。
「悠一!」
「有川さん!」
両腕がダランと垂れ下がる。
痛みで意識が遠のきそうになる中、誰かが近づいてくる気配を感じた。
「たまき!」
鬼神川の雄叫びが聴こえる。
ぼんやりとした視界の中、うっすらと師匠の顔が浮かんでいた。

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