夏の終わりの倦怠

  • 2019.09.01 Sunday
  • 13:17

JUGEMテーマ:

缶コーヒーが温くなっている

 

一口舐め 喉の渇きを感じる

 

もう水がない また汲みに行こう

 

雨続きの空を見上げ

 

いやまだ先の方がいいかと缶コーヒーを飲む

 

暑くも寒くもない けど快適でも心地よくもない

 

また眠気が襲ってくる

勇気の証 第十五話 目を覚ましたら(1)

  • 2019.09.01 Sunday
  • 11:42

JUGEMテーマ:自作小説

セミの声が何重にも響く。
夏の暑さと相まって余計に耳に刺さる。
病院の外、緑の茂る中庭、ポツンとベンチに座りながら、足元を横切っていくアリの行列に目を落としていた。
瞼を閉じると端が濡れて、グイっと指の腹で拭った。
ハンカチなら持ってるのに、どうして指で拭ったんだろうなんて考えてしまう。
取り出すのが面倒だったから?・・・・違う。
いま治療を受けている彼のことを考えると、わざわざハンカチで拭うことに罪悪感を感じてしまったのだ。
あの時、もっとよく話を聞いてあげてれば。
そもそも最初から話しかけたりしなければこんなことには。
幾つもの「もし」が浮かんできて、考えても仕方ないのに考えてしまう。
『藤井ちゃん、落ち込まない方がいいよ。なあハチロー?』
『うん。だって死相が出てたんだもん。』
『そうそう、どうしようもないって。』
「・・・・・・・。」
慰めてくれようとしているのは分かる。
けど・・・・じゃあどうしてあの女性は助かった?
死相が出ていたはずなのに、車に撥ねられることなく無事に生きている。
そして今はもう死相は出ていない。
顔からバツ印が消えたと、事故の現場で立ち竦む私に向かって、ハチロー君がそう教えてくれた。
彼女は常沼君のおかげで助かった。
だったら私も出来たんじゃないか?
どうにかすれば、彼の命を守ることが出来たんじゃないか?
《お願いします神様!どうか彼を助けて下さい!》
目を閉じて祈る。ただひたすら。
それしか出来ないから。
「ちょっといいですか?」
声を掛けられ、顔を上げると警官がいた。
「現場におられた方ですよね?」
「はい。救急車にも同乗しました。」
「てことは彼女さん?」
「いえ、今日会ったばかりです。」
「そうなの?」
「悩みを聞いていたんです。ひょんなことからですけど。」
「てっきり付き合ってるのかと思ったけど、人が好いんだねあなた。」
「よく言われます。」
「けどよかったよ、あなたのおかげで犯人はすぐ捕まったんだから。」
そう、ひき逃げした犯人はすぐに逮捕された。
エル君が追いかけてくれたおかげで。
この子が犯人の特徴や車種、それにナンバーを覚えていてくれたのだ。
しかも犯人が車を隠した場所まで突き止めてくれた。
車は現場から離れた小さな工場の倉庫に隠されていたんだけど、エル君はそこで車から降りて、私のいる駐車場まで戻って来た。
私はそれを警察に伝えたというわけだ。
「でもよく車の隠し場所まで分かったもんだ。あなた駐車場にいたんでしょ?」
「信じてもらえないだろうけど、猫の幽霊が・・・・、」
気が動転しているせいか、素直に本当のことを話してしまった。
警官は険しい顔をしながら「あなたも参ってるね」と苦笑いした。
「病院の中で休んでた方がいいんじゃないか?」
「いいです、どうせ信じてもらえないだろうから。」
「実はウチの嫁さんも見えるんだよ、そういうのが。」
「そうなんですか?」
「俺はさっぱりなんだけどな。けど普通じゃ有り得ないようなことを言い当てたりすることがあるから、そういうこともあるのかなって。
ただそれだと調書は作れないから、適当に誤魔化しとくよ。パトロール中に見つけたとかなんとか。」
「いいんですか、そんなことして?」
「だって幽霊がどうのって書くわけにイカンでしょうが。でも実際にあなたの教えてくれた場所にあったわけだし、間違いなく常沼さんを撥ねたものだった。」
ニコっと笑ってから「他の人には内緒ね」と言った。
それからしばらく話を聴かれて、できる限り細かく説明した。
彼のおかげで撥ねられそうだった人が助かったことを伝えると、「若いのに立派なモンだ」と頷いていた。
「助けられた女性もずいぶん感謝してたよ。見舞いに来たいって。あの子が目覚めたら伝えといてあげてよ。」
「目覚めるんですかね・・・・。もしこのまま・・・・、」
「気持ちは分かるけど、まだ生きてるんだから。お医者さんも頑張ってる、諦めちゃいけないよ。」
クイっと帽子を直しながら「あんまり無理しないように」と励まされた。
「無理?」
「思いつめた顔してるもの。もしこうしていればとか、ああしてればとか考えてるんだろう?」
「考えても仕方ないのに浮かんでくるんです・・・・。」
「なにもあなたが悪いわけじゃない。むしろあなたが傍にいたおかげで助かったのかもしれないし。」
「でも私から声をかけなかったら、あのお店に行くこともなかった!だったら事故に遭わずにすんだんじゃないかって・・・・、」
「分かる、分かるよ。」
色々と慰めてくれるけど、彼が目を覚ますまでは気分が落ち着かない。
警官は「無理しないように」と言い残し、パトカーの停まる駐車場へと去って行った。
私は電話を取り出し、少し迷ってから東京で待つ友人に掛けた。
一回目は繋がらなくて、仕事中かなと諦める。
すると10分後くらいに折り返しがきた。
『どうしたのマナコ?』
聴き慣れた彼の声が、少しだけ気持ちを落ち着かせてくれる。
私は大変なことをしてしまった。
私のせいで一人の命が消えてしまうかもしれない。
話しているうちに涙が出てきて、なんだ、やっぱり自分のことを心配してるだけじゃないかと情けなくなってくる。
要は私が楽になりたいだけで、不安から解放されたいだけで、あれは私のせいなんかじゃないと言いたいだけなんだ。
そう伝えると、彼はいつものような穏やかな口調でこう答えた。
『自分の為に不安になって何が悪いんだい?』
そして『マナコと会わなくたって、彼は似たような出来事に遭ってたかもしれないよ』と。
「それは違う!だってあの場所に行かなかったら事故になんて遭わずにすんだのに。」
『事故にはね。けど自分で自分の命を絶っていたかもしれない。それが心配でマナコは相談に乗ったんだろう?』
「もっとちゃんと向き合えばよかった。それが出来ないなら最初から相談になんて乗るべきじゃなかった。中途半端な気持ちだったからこんなことに・・・・、」
『それは違うよ。未来のことなんて誰にも分からないんだから。いくら真剣に向き合っても変えられないことはある。』
「それも神様の思し召し?」
『かもしれないし、彼自身が抱えていた運命なのかもしれない。マナコは真剣に向き合ったはずだよ。
君が中途半端な気持ちで誰かに向き合うわけがない。そのことは僕がよく知ってるからね。そこまで世話を焼かなくてもって思うくらいお人好しだから。』
クスクスと笑われて「今は冗談なんて」と電話を握り締めた。
だけど彼は『冗談なんかじゃないさ』と言った。
『マナコは動物でも人でも真剣に向き合う、いつだってそうさ。もし僕が彼の立場だったら、きっと感謝してるね。』
「感謝?」
『ずっと抱えていた苦しみを誰かに聞いてもらう。これほど救われることはないよ。
見ず知らずの他人が親身になって相談に乗ってくれたんだ。感謝するのが普通だろ?』
そう言われても、常沼君がどう思っているのかなんて分からない。
なにより一番怖いのは・・・・・、
「ねえ?もし・・・・もしこのまま常沼君が目を覚まさなかったから、それも神様の思し召しだっていうの?」
『人の生き死には神様だけが知ってることだよ。今はただ祈るしかないさ。』
「ずっと祈ってるのよ。だってそうしないと不安が消えないから。」
『マナコ、祈りっていうのは誰かの為に捧げるものだよ。けどマナコは自分の為に祈ってる。それじゃ届かないよ。』
「分かってる!そんなの分かってるけど不安で仕方ないから・・・・、」
『自分の為に祈っていたら、祈りが届かなかった時に自分が一番傷つくのさ。神様、どうして私を助けてくれなかったのって。
でもそれは良くないことだ。だから彼の為に祈ろう。僕も一緒に祈るから。』
「ほんとに?」
『祈りが届くかどうかは神様にしか分からないけど、祈ってる時は信じなきゃダメだ。だから僕とマナコと二人で祈ろう。』
「ありがとう・・・・。」
目を閉じ、手を握り、どうか常沼君が助かりますようにと祈る。
その時、ふと人の気配を感じて目を開けた。
「常沼君!」
目の前に彼が立っていた。
「手術は!?もう終わったの?ここにいるってことは助かったってこと・・・・、」
言いかけて口を噤んだ。
なぜなら彼はスーツを着たままだ。
そしてどこにも怪我をしていないどころか、シャツには血の痕さえ付いていない。
私は言葉を失うしかなかった。
どう声を掛けていいか分からず、どう尋ねていいかも分からない。
黙って彼を見つめることしか出来なかった。
《藤井さん。》
すぐ目の前にいるのに、どこか遠くから声が聞こえている気がする。
私は俯き、「ごめんなさい・・・」と呟いた。
余計なことをしてしまった、私のせいでこんなことになってしまった。
そう言いたいけど続かずに、もう一度「ごめんなさい・・・」と呟いた。
すると彼は隣に腰を下ろして、《この子たちだったんですね》と言った。
《あの時、いったい誰と話してるんだろって不思議だったけど、この猫たちだったんですね。》
なにも答えられなくて、目を拭いながら彼を振り返る。
《泣かないで下さい。》
ハチロー君を抱き上げ、膝に乗せている。
《藤井さんってすごいですね。幽霊が見えるだけじゃなくて、猫とも話せるんだから。》
「知ってたの?動物と話せること。」
《あの時いきなり走り出したのは、この猫たちが何かを伝えたからでしょ?多分だけど、ほんとは俺じゃなくてあの女性が撥ねられるはずだったんだ。》
「・・・・・・・。」
《いいんです、そういう運命なら仕方ない。それに最後に人助けをしたんだから、悪い人生じゃなかったのかなあって思ってるんです。こんな俺でも人の役に立ったんだって。》
「違う・・・・・。」
《じゃあなんであの時走り出したんですか?あの女の人に向かって止まれ!って叫んでたじゃないですか。》
「そうじゃなくて!」
思わず大きな声が出てしまう。
常沼君は《どうしたんですか?》と驚いていた。
「だってせっかく変わろうとしたのに・・・・。あの時、会社に行くつもりだったんでしょ?辞めるつもりで。」
《そうです。藤井さんに話を聞いてもらって、そうした方がいいのかなあって。今まで誤魔化しつつやってきたけど、実はもう限界だったんだって。》
「人助けをするのはいいことよ。でもだからって命を落として悪い人生じゃなかったなんて、そんなはずない。
常沼君はそれでいいの?人の命を救っても、君の人生が終わってしまった。本当にそれでいいって思える?」
《分かりません。けどそう思った方がいいじゃないですか。最後に良いことしたんだし、天国とまではいなかくても、地獄に落ちる心配はないかなあって。》
「私は納得出来ない。あの女性は助かった、だったら君も助からなきゃ。」
彼に犯人が捕まったことを伝える。
かなりタチの悪いドライバーだったらしくて、今は免許停止処分を受けている最中だった。
あの場で捕まったらそれがバレてしまうから逃げ出したのだ。
こう言っては悪いけど、どうしてそんな人の為に常沼君が犠牲にならなければいないのだろう。
そんな人のせいで人生が終わって良いはずがない。
『マナコ?』
電話から友人の声が聴こえる。
私は「いま彼が目に前にいるの」と伝えた。
『目の前に?ということは助かったんだね!』
「ううん、信じられないかもしれないけど・・・・、」
そう言って隣を見ると、常沼君はいなくなっていた。
「あれ?」
『どうしたの?』
「さっきまで隣にいたのよ。どこ行ったの?」
ハチロー君に尋ねると、『戻っていった』と答えた。
「どこに?」
『病院の中に。』
「いつ!?」
『ついさっき。何か思い出したみたいに。』
「思い出す?」
いったい何を?
不思議に思っていると、エル君が『あの人さ』と病院を振り返った。
『元々今日死ぬつもりだったのかもしれない。』
「死ぬって・・・・自殺をってこと?」
『だって会った時から死相が出てたもん。事故がなくたって死んでたのかも。』
「死ぬつもりの人が仕事に行こうとするかな?」
『途中で嫌になって電車に飛び込んだりとか。』
「縁起でもないこと言わないでよ。」
『でも猫の俺より、人間の藤井ちゃんの方が気持ちが分かるんじゃない?だからきっと思い出したんだよ、ていうか気づいたって言った方が正しいかもしれない。
もうずっと前から限界が来てて、事故がなくても長生きはしなかっただろうなってことに。』
「もしそうだとして、どうして病院に戻るのよ?」
『まだ死んでないのかもよ。』
「え?生きてるってこと?」
『幽霊になったからって死んでるとは限らないからな。』
「ほんとに?」
『魂だけ抜けたりとかするんだぜ。』
「幽体離脱?」
『かもしれない。生きるか死ぬかギリギリの状態で、だから藤井ちゃんに会いに来たんだと思う。
お別れのつもりだったんだろうけど、藤井ちゃんと話してるうちに気づいたんだよ。事故がなくても自分は死んでたかもって。
病院へ戻ったのは、あんな最後に納得できなかったからじゃないかな。
もし藤井ちゃんが立派な最後だったねなんて言ったら、その瞬間にこの世から消えてたと思うよ。』
「じゃあ彼は・・・生きようとしてるってことなのね。」
『多分ね。全部ただの想像だけど。ハチローはどう思う?』
『分かんない。』
『だって。知りたいなら直接会いに行ってみれば?』
「直接・・・・。」
会えるんだろうか?
エル君の言う通りだとしたら、今も生死の境を彷徨っていることになる。
他人の私が行ったところで会わせてもらえるはずがないし、会ってもどうすることも出来ない。
『マナコ!大丈夫?』
「ごめん、ちょっと彼の所へ行ってくる。」
『行ってくるって、もう助かったんじゃないのかい?』
「助かってほしいから行ってくる。」
『なんだかよく分からないけど、そろそろ電話を切った方がよさそうだね。』
「ごめん、こっちから掛けたのに・・・・、」
『気にしないでいいさ。それより僕も祈ってるよ、マナコの願いが通じるようにって。』
「うん。一緒に祈ってくれてありがとう。また掛けるね。」
いつも助けてくれる友人に感謝しつつ、電話を切って立ち上がる。
『こっちだよ!』
エル君とハチロー君はもう走り出している。
追いかける私の背中に、セミの合唱が突き刺さっていた。

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