不思議探偵誌〜探偵危機一髪〜 第十一話 一人の二人
- 2020.08.13 Thursday
- 13:29
JUGEMテーマ:自作小説
鬱蒼とした山の中、小さな祠の周りに白い綿毛が舞う。
それは儚く雪のようで、何かに触れるのと同時に消えてしまう。
俺は手を広げ、どうにか受け止めようと試みるが無理だった。
祠の中にはこれでもかと綿毛が詰まっているが、外へ出た途端に儚く消えてしまうのであれば、持って帰ることは不可能。
つまり願いを叶えるには山の祠までやって来る必要があるということだ。
「姫月さんは嘘を吐いていたな。」
真っ白な綿毛の奇妙な生き物、ケセランパサラン。
俺が子供の頃にも流行ったものだ。
妖怪だとか未確認生物だとか言われるが、その正体はハッキリしていない。
動物の体毛が絡まったものだとか、タンポポのような植物の綿毛を見間違えたのだとか、とにかく諸説ある。
しかし今はコイツの正体は置いておこう。
大事なのはケセランパサランが実在したということだ。
「姫月さんもお姉さんも何かを隠していると思っていたが、おそらくコイツの事だろうな。」
由香里君も祠を覗き込み、「ほんとにいたなんて・・・」と驚いている。
「でも実在しても不思議じゃないかも。久能さんは超能力者だし、霊能力者や古代人だって実在したんだし。
よくよく考えればそう驚くことじゃないかもしれませんね。」
「そうだな。」
ケセランパサランを見つけて不思議じゃないと思える俺たちは、色々と感覚が麻痺しているのだろう。
まあいい。問題なのは姫月さんが嘘を吐いていたことである。
・・・彼女は言っていた。
子供の頃、噂を信じて祠を開けに来たけど、中には何もなかったと。
もしかしたら彼女が開けた時はいなかったのかもしれないが、どうもしっくりこない。
姫月さんはここでケセランパサランを見つけた。
そして『何か』を願った。
そう考えた方が自然な気がする。
すると由香里君が「でもさっきはいませんでしたよね?」と首を傾げた。
「姫月さんが開けた時、間違いなく中は空っぽでした。それがなんでいきなり出てきたんだろう?」
由香里君の疑問はまっとうなものである。
一匹いたものが二匹、三匹に増殖したというのならまだ分かる。
しかしいくら妖怪の類でも何もない場所から大量発生はしないだろう。
「そもそもこれって本当にケセランパサランなんですかね?」
「見た目はそれっぽいぞ。」
「見た目だけで判断するのは良くないですよ。何かお願いしてみません?」
「そうだな。」
もし願いが叶えば間違いなくケセランパサランである。
俺は祠に向かって手を合わせながら、ささやかな願い事をしてみた。
・・・・・・。
何も起きない。
「おかしいな。こんな奇妙な生き物、ケセランパサラン以外に考えられないのに。」
「やっぱり違うのかな。ちなみに何をお願いしたんですか?」
「大したことじゃないさ。」
「恥ずかしがらずに教えて下さいよ。」
「由香里君のオッパイが見たい。」
「へえ。」
すごい真顔になる。声から抑揚が消える。
だから言いたくなかったのだ。
「しかし何も起きなかった。だからもう一つ別のお願いをしてみたんだ。」
「どんな?」
「オッパイが無理ならパンツでもいいと。」
「・・・・・・。」
背中に殺気が突き刺さる。腕に鳥肌が立つほどだ。
目を合わせたら棺桶に入れられるだろう。
まだ生きていたいので振り返らないでおいた。
「せっかくだ。由香里君も何かお願いしてみたらどうだい?」
「そうですね。じゃあ・・・・、」
彼女は目を閉じ、何かを祈る。
数秒後、俺の頭に鳥のフンが降ってきた。
「クソッタレ!山の中でなんでいきなり鳥のフンが・・・・、」
「すごい!やっぱり本物ですよこれ!」
「ん?」
落ち葉で頭を拭き拭きしていると、「エッチな探偵に天罰をって願ったんです」と言った。
「頭に鳥のフンでも落としてほしいって。そうしたらほんとに鳥のフンが。」
「なるほど。だが偶然かもしれないぞ?」
「実はもう一個お願いしたんです。」
「ほう。なんだい?」
「久能さんが危ない目に遭いませんようにって。」
「由香里君・・・・。」
「だって良くない事が起きる気がして仕方ないんです。だからケセランパサランにお願いして守ってもらおうと・・・・、」
「由香里君!」
ガシっと手を握る。
本気で感動した。ジ〜ンと来た。
目が潤む。胸が熱くなる。
「君はなんて心優しい子なんだ!」
なんだか勢い余って抱きしめてしまう。
しまった!と思った。また正拳突きが飛んで来ると。もしくはカカト落としか。
だが拳も蹴りも飛んでこなかった。
それどころか・・・・、
「ゆ、由香里君・・・・。」
なんと俺の背中に手を回してきた。
ギュッとしがみついてくる。
そして顔を上げ、潤んだ瞳を向けてきた。
「久能さん・・・・、」
「ど、どうしたんだい由香里君・・・。いつもならぶっ飛ばされるのに。」
「私・・・・怖いんです・・・・。久能さんが危ない目に遭うこと・・・・。」
「平気さ。そうならないように君がお願いしてくれた。」
「でも・・・・もし何かあったらって・・・・、」
「危険な事なら今までに何度もあったさ。だけど俺たちは乗り越えてきた。そうだろ?」
「久能さん・・・・。」
彼女の目はどんどん潤んでいく。心なしか頬も赤く染まっている。
そしてゆっくりと目を閉じ、唇を向けた。
「・・・・・・。」
おかしい!これはどう考えてもおかしい!
由香里君は心優しい子ではあるが、その場の情に流されてこういう事をする子ではない。
今までの経験上、こういう時はロクな事がないのだ。
こっちまで情に流され、色香に誘われてしまったら最後、大抵は痛い目を見るのである。
だから俺は決して情に流されたりは・・・・、
「由香里君!」
流されてしまった。
思いっきり唇を重ねてしまった。
乙女が恥じらいながら目を閉じているのに、その気持ちに応えずになんとする。
据え膳食わぬは武士の恥!
久能司、ここに最愛の助手と結ばれる。
・・・・・・はずがなかった。
由香里君の唇がやたらと硬いと思って目を開けてみると、なんとそこにいたのは人間の骨だった。
「うおおおお!なんでいきなりこんなモンが!」
理科室にある骨格標本みたいな物と抱きしめ合っていたのである。
その力は凄まじく、いくら押しても離れなかった。
「おいコラ!離れろ!」
「・・・・・・・。」
「不気味に眼孔の奥を光らせるんじゃない!」
ガイコツはカチカチと骨を鳴らしながら笑っている。
俺は「由香里君は!?」と叫んだ。
最初はかなりビビったが、数秒経てばガイコツなどこれしきである。
こちとらUFOだのUMAだの古代人だの人間離れしたオカルト雑誌の編集長だのを相手にしてきたのだ。
ガイコツが抱きついてくるなどそう驚くことではない。
しかし由香里君が消えてしまったのは大問題だ。
「このガイコツ野郎め!彼女をどこへやった!」
逆に締め上げてやる。
相手はただの骨、サバ折りの効果は絶大で、カチカチと骨を鳴らしながら悶絶した。
「ほらほら、さっさと言わないとバラバラになってしまうぞ。」
骨など軽いものだ。
簡単に持ち上がる。
サバ折りをかましながらガクガク揺さぶっていると、『ちょっと待って・・・・』と呻いた。
『からかったことは・・・謝るから・・・・、』
「からかうだと?襲うつもりじゃないのか?」
またガクガク揺さぶると、『違う・・・・・』と首を振った。
『私は・・・・ここの・・・住人・・・・・・、』
「住人?どういう意味だ?」
『あの・・・・白い綿毛は・・・・ケセランパサランなんかじゃない・・・・。もっと・・・・危険な・・・・代物・・・・・。』
「なんだと?」
『・・・・・・。』
「おい黙るな!詳しく教えるんだ!」
『だったら・・・・サバ折りは・・・・もう勘弁・・・・、』
「これはすまん。」
サっと手を離すと『痛いわボケ!』と蹴飛ばされた。
『ちょっと脅かそうとイタズラしただけなのに!いきなりサバ折りをかますなんて。』
ものすごい流暢に喋る。
息も絶え絶えに喋っていたのはガイコツだからではなく、俺がサバ折りをかましていたせいらしい。
『骨だから効くわあ・・・・』と肩を揉んでいた。
いやそれよりもだ。よく聴くとガイコツの声は女のモノであった。
それも『あの人』によく似ている。
「なあ・・・・一ついいか?」
『なによ?』
「あんたのその声、ある人にそっくりなんだ。その人はついさっきまでここにいて・・・・、」
『姫月愛子でしょ?』
「知ってるのか!」
『知ってるも何も本人だし。』
「へ?本人?」
『そう。私が姫月愛子。』
「・・・・どう見ても違うぞ。」
彼女はガイコツではない。
当たり前のツッコミを入れるかどうしようか迷っていると、『あんたと一緒にいたのは恋花よ』と言った。
「恋花?それって・・・・、」
『そう、私の妹。』
「そんな馬鹿な。」
『ほんと。私が愛子であの子が恋花。』
「・・・・・・・。」
さて、どう返すべきか?
困った時は顔に出やすいもので、俺の心を見透かしたガイコツは『論より証拠だよね?』と言って手を広げた。
『ちょっと見ててね。』
ガイコツは手を広げたまま立ち尽くす。
すると白い綿毛が祠から飛び出し、ガイコツにまとわりついた。
「おお・・・これは・・・、」
見る見るうちにガイコツの姿が変わっていく。
白い綿毛が骨にまとわりつき、だんだんと人の形を作っていく。
そして・・・・、
「あんたは窓の外に立っていた男!」
オールバックにスーツを着た姫月さんそっくりの女がそこにいた。
「ということは、あの時窓の外にいたのは・・・・、」
『そう、私。』
「信じられない・・・・。」
『でもこれは本当の姿じゃないのよね。』
「本当の姿?」
『だって気づかない?ガイコツだった私と今の私。大きく違ってる所があるでしょ?』
大きく違っていると言われても、全てが違っているのだからどの部分のことを言っているのか分からない。
スーツを着ていること?オールバックになったこと?
いやいや、それ以前にガイコツではなくなっているわけで、いったいどこに正解があるというのか。
「分からないな。教えてくれ。」
『アンタって探偵なんでしょ?もっとこうさ、観察力とかないの?』
「それがあればもっとまともな探偵になってるだろうな。」
『それもそうね。』
あっさり頷かれてしまった。もはやとくに傷つきはしない。
『身長。』
「ん?」
『さっきと身長が違うでしょ。』
「・・・・ああ、言われてみればたしかに。」
ガイコツの時は由香里君と同じくらいの背の高さ、つまり俺の胸の辺りに顔があった。
しかし今は俺よりも背が高い。
「なぜ身長が変わってるんだ?」
『ガイコツの時は子供の骨格なのよ。今は化けてるから身長を誤魔化せるけど。』
「子供の骨格・・・・。」
『そうよ、14歳のね。』
「14歳といえばたしか・・・・、」
『私が亡くなった歳。』
「・・・・姫月さんは言っていた。14歳の時に妹を亡くしたと。だが君の話によれば姉妹の立場が逆転してしまう。
亡くなったのはお姉さんの愛子さんで、生きているのは妹の恋花さんということに・・・・。」
『だからそう言ってるでしょ。』
彼女は『見てて』と言い、再び姿を変えていく。
全身から真っ白な綿毛が飛び散り、ガイコツに戻ったかと思うと、また祠から綿毛を吸い寄せて姿を変えていった。
「これが君の本当の姿?」
『そうよ。14歳の私。』
現れたのは姫月さんによく似た顔の少女だった。
ニコっと笑うその顔にはたしかにあどけなさが残る。
しかし言われなければ14歳には見えない。
この年頃からすでにモデル並のスタイルと美貌である。
《あらかじめ14歳って聞いといてよかった。》
何も知らずに出逢えば口説いでしまうだろう。
お巡りさんに『ちょっと署まで来てくれるかな』と言われかねない。
しかしそれほどまでに大人びて見えるのだ。
『これで信じた?』
「信じたくても理解が追いつかない。いったい何がどうなっているのかサッパリだ。」
『簡単なことよ。私が死んであの子が生き残った。それだけ。』
「なら君たちは本当に双子だったんだな。一つの肉体に二つの魂が宿っていたのか。」
『まさか。』
彼女はあっけらかんと笑う。
そしてこう言った。
『魂は一つ。けど人格は二つだった。』
「ということは二重人格?」
『うん。』
「やはり俺の考えは当たっていたか。しかしそうなると一つ疑問がある。」
『なんでも聞いてよ。』
「二重人格ってのは生まれつきのモノではないはずだ。主人格が大きなストレスを感じた時、そこから逃避する為に別の人格を生み出す。
つまり君か妹さんのどちらかが後から生み出された人格ということになる。そして君は姉だ。ということは恋花さんは後から生まれた人格というわけだな?」
自信をもって尋ねると『逆だよ』と言われた。
『私は後から生まれた人格。だから主人格は恋花の方よ。』
「しかし君は姉だろう?だったら・・・・、」
『あの子が姉が欲しいって願ったから。』
「願う?それはストレスから逃れる為に、頼りになる人格を望んだってことか?」
『そうだよ。だけどどんなに望んだって別の人格は生まれなかった。みんながみんな違う人格を持つようになるわけじゃないからね。
だからここへ来たのよ。あの子はずっと孤独を感じてた。それが寂しくて優しくて頼りになる姉が欲しいってね。』
そう言って祠の前に行き、白い綿毛を掬い取った。
不思議なことに彼女が触れても綿毛は消えない。
「なあ?」
『なに?』
「さっきそれはケセランパサランじゃないと言ったな。」
『そうだよ。モドキみたいなもん。』
「モドキ・・・。いったいそいつは何なんだ?ただの綿毛ではないはずだ。」
尋ねると少しの間だけ沈黙があった。
そして真顔で『ねえ?』と振り返る。
『探偵さんが疑問に思ってること、全部教えてあげてもいいよ。』
「それはありがたい。正直もう何が何だかチンプンカンプンさ。」
『その代わりさ、一つだけお願いを聞いてくれない?』
「俺に出来ることなら。」
肩を竦めながらニヒルに頷いて見せる。
彼女は『実はさ・・・・』と語りだした。
俺は黙って耳を傾ける。
愛子さんのこと、恋花さんのこと、由佳子お姉さんのこと。
昔から今に至るまで何があって、どういう事が起きているのか。
祠の中にいるケセランパサランのような物体はなんなのか。
俺はじっと黙って耳を傾けていた。
そして全てを話し終えたあと、彼女はある『お願い』を口にした。
『こんな事を頼めるのは探偵さんしかいない。』
そう言って『あの子に本当の事を思い出させてあげて』と俺の手を握った。
『それが恋花の為だから。このままじゃあの子、ずっと間違った思い出のまま生きていく。幸せになれない。』
例えストレスからの逃避として生み出された人格であっても、この子は本物の姉なのだ。
だからこそ妹の身を案じている。
しかし俺はすぐに頷くことは出来なかった。
なぜならこの子の頼みを聞けば、俺は無事ではいられないからだ。
最悪は命に関わるだろう。
《これかあ・・・・俺の身に起きる良くない出来事っていうのは。》
気分が重い。乗り気になれない。
だが俺の返事を聞く前に彼女は消えてしまった。
白い綿毛を舞い上がらせながら、ふわりと霧散してしまう。
そしてどこからか声を響かせた。
『お願い探偵さん。私たちを一つに戻して・・・・・。』
とても切実な声だった。
それは妹への愛であり、自分の為でもある願いだ。
彼女の気配は完全に消え去る。
と同時に「久能さん!」と由香里君の声がした。
ふと横を見ると彼女がいた。
「由香里君!よかった・・・・無事だったか。」
「それはこっちのセリフですよ!久能さんこそ大丈夫ですか?」
「ん?大丈夫とは・・・・?」
「だっていきなり倒れたじゃないですか。ケセランパサランに包まれて、急に気を失って。」
「気を失う?」
「ごめんなさい。私のせいかもしれません。」
「何を言ってるんだ?なぜ由香里君が謝る?」
「だって鳥のフンの他に、もう一つケセランパサランにお願いしたんです。エッチな探偵にオバケでも見せて怖がらせてやってほしいって。
そうすればちょっとは反省してセクハラもマシになるかもしれないから。
けどそうお願いした途端にケセランパサランがたくさんまとわりついて、久能さんが気絶しちゃったんです。」
「・・・・なるほど。オバケを見せろか。」
「ごめんなさい!まさか気絶するなんて思ってなかったから・・・・。気を失ってる間もうなされてたし、よっぽど怖い夢でも見せられてるのかなと思って。」
「いいや、怖くはなかったさ。なかったけど・・・・これからそうなるかもしれない。」
ポンと由香里君の頭を撫でる。
「本当に大丈夫ですか?」と心配する彼女に「平気さ」と微笑みかける。
祠を振り返ると、白い綿毛はまだたくさん詰まっていた。
俺は迷った。コイツを使ってあの子の願いを叶えてやるべきかどうか。
しかし今さら後に引くのは探偵の名折れというもの。
俺は立ち上がり、祠の前に膝を着く。
そして由香里君を振り返ってこう言った。
「今から恋花さんに会いに行こう。」
「恋花さんに?でもその子はもう・・・・、」
「生きてるさ。大事なモノが欠けたまま。」
由香里君はキョトンとする。
しかし「そこに由佳子お姉さんもいるはずだ」と言うと、「ほんとですか!」と表情が変わった。
「ああ。だから行こう。このケセランパサランモドキを使って恋花さんのいる所へ。」
「モドキ?なんだかよく分からないけど・・・・でも行きます!久能さんがそう言うならきっと間違いないはずだから。」
「ならやるぞ。」
祠に息を吹きかけ、ケセランパサランモドキを宙に舞わせる。そして胸の中で願いを掛ける。
白い綿毛が雪のように俺たちを包んでいった。