マーシャル・アクター 第一話 ジョシュとレイン

  • 2014.01.11 Saturday
  • 20:42
〜『双子の兄妹』〜 

「ねえ、やめようよ。お父さん帰って来ちゃうって。」
「大丈夫だって。ちょっと見るだけだから。」
幼い双子の兄妹が手を繋いで暗い地下室の階段を下りていく。
兄が持った懐中電灯の明かりだけを頼りに、そろりそろりと地下屋の扉を目指し、やがて頑丈な鎖で閉じられた扉が現れた。
「どうやって入るの?」
「へへっ、ちゃんと鍵を持って来てるんだ。」
兄が見せた扉の鍵に、妹は眉をひそめて言った。
「もう・・・、本当に見つかったら怒られるよ。」
そんな妹の注意もよそに兄は扉を覆う鎖の施錠を外し、重い鎖をなんとか退かして扉を開けた。
「えっと・・・、確かこの辺に明かりのスイッチが・・・。」
兄が電灯のスイッチを入れると、真っ暗だった部屋が明るく照らされた。
そして幼い兄弟は部屋の中央に位置する半透明の筒状の装置を覗き込んだ。
「・・・・・すげえ・・・。」
「もうこんなに出来てたんだ・・・。」
二人の目の前にある物、それは人の形をした機械人形だった。
「お父さん・・・、これが将来世界を変える道具になるって言ってたけど・・・。」
「うん。でもなんか怖いね・・・これ。」
大小様々なパイプで繋がれた半透明の筒状の装置の中から、今にも動き出しそうな機械人形がこちらを睨んでいた。
人の形をしているが、所々体の表面に機械部分が剥き出しになっており、幼い双子はだんだんと恐怖を覚えてきてそそくさと地下室を後にした。
そして帰宅した父に地下室に入ったことがバレて、二人は大きなカミナリと拳骨を落とされた。
以来幼い双子の兄弟はこの部屋へ入ることはなかった。
十年後、賊が家に押し入り、父に手をひかれてもう一度この部屋に入るまで・・・。
あの時の父の追い詰められた表情を二人は忘れたことはない。
そして悲しそうな顔で二人に言った言葉も・・・。
「生き延びてくれ。頼む・・・、生き延びてくれ。」




〜『ジョシュとレイン』〜

「ねえジョシュ、もうちょっとラジオの音小さくしてよ。」
「何言ってんだ。今歴史的な大ニュースが流れてんだぞ。もうちょっと音大きくするか。
レイン、お前もちゃんと聞いとけよ。」
「もう・・・。」
短い金髪に細身で引き締まった身体、青い瞳にやや幼い顔、そして旅人の服にベルトを締めた青年がラジオの前に座り込んでいる。
地面に置いたポケットラジオからアナウンサーが興奮気味に語るニュースが流れてくる。
『本日、午後二時二十分に正式に調印がなされました。
世界を支配する三大勢力の二つである世界武術連盟と、世界魔導協会が正式に休戦協定を結んだのです。これは終戦に向けた大きな一歩となります。
両者は長年泥沼の抗争を演じてきましたが、新しく世界武術連盟の会長となったグエン武術老子が魔導協会に歩み寄る姿勢をみせたことがきっかけです。
魔導協会の実質的代表であるマリオン魔導大師もこの姿勢を評価し、数回に渡る代表や幹部同士の話し合いで今回の休戦協定に至りました。』
「もうちょっと音大きくするか。」
ラジオの前に胡坐をかいている青年が音量のつまみをいじった。
「ちょっとジョシュ、これ以上ボリュームを上げないでよ!耳が痛くなっちゃうわ。」
おかまいなしに音量の上がったラジオからニュースが流れてくる。
『三大勢力の二つである世界武術連盟と世界魔導協会が休戦協定を結んだことにより、残るもう一つの勢力である次世代文明管理会の動向が注目されますが・・・、おっと、ここでそれぞれの代表から今回の休戦協定についてコメントがあったようです。』
一瞬ラジオから雑音が流れ、ジョシュと呼ばれた青年が前屈みなって耳を傾ける。
『それでは最初に世界武術連盟の新会長であるグエン武術老子のコメントをお聴き下さい。』
 〈この度、我々世界武術連盟は世界魔導協会と休戦協定を結びました。
  度重なる争いにより尊い命がいくつも失われ、また我々が住むこの母なる地球もか   
  つての美しい環境の多くが破壊されてしまいました。
  今争いをやめなければ、より多くの命と美しい自然が失われてしまいます。
  この休戦協定は終戦に向けた重要な足がかりです。
  いつの日か、再びこの世界に平和が訪れることを願って、終戦に向けてさらに努力を
  していきたいと思っております。〉
ラジオの前の青年はうーんと唸った。
「老子ってわりには若い声してるよなあ。」
「あのね、何回も説明したでしょ。
老子っていうのは優れた武術家の称号であって、実際に歳をとった人のことじゃないって。」
「ああ、そうだったな。相変わらず物知りだな、レインは。」
レインと呼ばれた女性は「はあっ・・・。」とため息をついた。
「どうして剣士のジョシュより魔導士の私の方が詳しいのよ・・・。しっかりしてよ。」
その言葉にジョシュは軽く笑い、またラジオに耳を傾けた。
『えー、続いて世界魔導協会の副代表であるマリオン魔導大師のコメントです。』
〈本日は実に喜ばしい特別な日となった。
 今まで醜く争い続けてきた我々であるが、グエン武術老子の武術連盟会長就任により、
 我々は新たなステージへと進むことができる。
 前武術連盟会長のフレイ剣聖は実に好戦的な人物であった。
 我々魔導協会に一方的に攻撃をしかけ、世界の覇権を獲る為ならば手段を選ばぬ非道な
 輩であった。
 しかし、グエン老子は違う。
 魔導協会との和平の道を模索するのにどれほど彼が苦労したかを私は知っている。
 私は今日この場で約束しよう!
 近い将来、必ずこの戦争を終わらせてみせると。
 武力による解決ではなく、話し合いとお互いの理解による解決をもってだ。
 この度の休戦協定は、その為の大きな礎となるだろう。〉
『それぞれの代表の素晴らしいコメントをお聴きいただきました。
 マリオン魔導大師の言葉通り、この休戦協定が終戦にむけての大きな礎になることに疑いの余地はないでしょう。
そして残る勢力の一つ、次世代文明管理会が世界武術連盟と休戦協定を結べば、さらに終戦に向けて大きく近づくことでしょう。
今のところ次世代文明管理会からは今回の休戦協定に対する正式なコメントはでていませんが、次世代文明管理会の議長であるヨシムラ氏は非常に喜ばしいことだと好意的に捉えているという情報が入ってきております。
今後の動向が注目されます。
えー、それでは次のニュースです。
絶滅したと思われていた旧世界の生物である柴犬という動物の生存を確認したと、ストーンヘッジ大学の教授であり、次世代文明管理会の役員でもあるザザ氏が・・・・・。』
ラジオの電源を切り、ジョシュは大きく草原に寝転んだ。
「なあレイン。もう一回聞いてもいいか?」
「何?」
「魔導協会って、なんで副代表がコメントしてんの?代表の人は何やってんの?」
レインはまた大きくため息をついた。
「だから、それも何回も説明したでしょ。
魔導協会の代表は病気の為に表に出られないの。
だからその人の一番弟子であるマリオン大師が実質的な代表を務めてるのよ。」
ジョシュは口を尖らせて眉根を寄せた。
「魔導士なんだったらとっとと魔法なり妖術なりで病気なんざ治しちまえばいいのになあ。」
レインはしばらく口籠ってから答えた。
「きっと普通の病気じゃないんでしょうね。
一流の魔導士が治せない病気となると限られてくるけど・・・。
何か深い理由があるのよ、きっと・・・。」
「そんなもんかねえ・・・。」
ジョシュはラジオを持って立ち上がり、それを肩かけ鞄にしまうとブーツの紐を結び直し、地面に置いていた剣を腰に差して歩き出した。
「朝から何度も同じニュースを聞いてよく飽きないわね、ジョシュ。」
「何言ってんだ。重要なニュースだからこそ何度も聴く価値があるんだよ。」
「へえ、そのわりには私が何度も説明したことを憶えてなかったみたいだけど?」
ジョシュは「ふんっ!」と鼻を鳴らした。
「俺はレインみたいに物覚えがよくないもんでね。」
「そんなに難しいことじゃないのに、ふふ。」
「うるせい、ほっとけ。」
目的地へ向かう道中、すれ違った商人がジョシュへ怪訝な目を向けて尋ねた。
「兄ちゃん、誰とぶつぶつ喋っとるんだ?」
ジョシュはニッコリと笑って答えた。
「妹さ。」
「妹?そんなもんどこにおる?」
するとジョシュは自分の胸をトントンと指で叩いて言った。
「この中さ。」
          *

「思ってたより大した街じゃないんだな。」
ジョシュは街の入り口に立ち、辺りを見回して言った。
「この街は古代魔法を管理するのが役目だからね。
あまり経済的に発展しすぎて人が増えるのを嫌ってるのよ。」
「へえ、お前は何でもよく知ってるな。」
今、ジョシュとレインがいる場所は最重要魔法都市に指定されているクラナドという街であった。
「ここにお前のお師匠さんがいるんだよな?」
「そうよ。さっきラジオでコメントをしていたマリオン魔導大師の一番弟子、ククリ魔導士がこの街にいるの。
クラナドの街の運営を任されている人でもあるのよ。」
「けっこうすごい人なんだな。」
ジョシュはレインの言葉を聞きながらしばらく街を歩いてみた。
街にいる人達は皆大人びていて、ジョシュとそう変わらない年齢の青年もちらほらいるが、やはり皆大人びた雰囲気を纏っていた。
街そのものも垢抜けた雰囲気があり、道端にゴミ一つ落ちていない様子は自分がいた町とはまるで違うと感じるジョシュであった。
「ううーん、いい街だと思うけど、俺はあんまりこういう場所は好きじゃあないな。」
「ここは歴史のある街だからね、街も人も洗練されているのよ。」
その言葉を聞いたジョシュはツンと鼻を尖らせた。
「ふーん、まあ要するにお高くとまってるわけだ。」
「ふふっ、何を機嫌悪くなってるの?」
「別に・・・。」
「ジョシュは年齢の割にちょっと子供っぽいからね。
もう十九なのに下らないことで駄々こねたりするし。
だからこの街の同年代の大人びた男の子を見てちょっとやきもちをを妬いてるんじゃない?」
「そんなことねえよ。」
レインにクスクスと笑われて、ジョシュは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「さて、冗談はこれくらいにして早く目的の場所に行きましょう。」
「だな。」
レインに促され、ジョシュは街の奥に見える大きな建物に足を向けた。
「でっかい建物だな。城とは違うけど、なんか威圧感のある建物だよな。」
「そうね。あの中には古代魔法の文献をたくさん保管してある図書館があるのよ。
というよりその図書館の為にある建物といってもいいんだけど、そこにある本はどれもこれも貴重な物ばかりだから、一級魔導士か、特別魔法図書士官じゃないと入ることすら許されないのよ。」
「そんな古臭い本がそんなに大事なのか?」
そう聞かれたレインは少し口調を強くして答えた。
「大事なんてものじゃないわ。あそこにある本や文献はいまだに解明されていない物が数多く存在するの。
世界大戦の勃発時、世界魔導協会は他の二大勢力に劣勢を強いられていたのよ。
特に鍛え抜かれた肉体と技、そしてオーラを駆使する世界武術連盟にはね。」
「そういや魔導協会の偉いさんがラジオで言ってたな。
武術連盟の側が一方的に攻撃を仕掛けてきたって。」
「そうよ。まあ正確にはフレイ剣聖とその門弟達だけどね。」
そこで一呼吸置いてから、レインはさらに口調を強くして言った。
「本当に魔導協会は危なかったのよ。
一時期は魔導協会の総本山であるセイント・パラスまで攻め込まれたんだから。
けどね、副代表のマリオン魔導大師がセイント・パラスを落とされる前に、ここの図書館にある古代魔法の文献のいくつかを解明することに成功したのよ。
そして古代より蘇らせた魔法の威力は凄まじかった。
劣勢を強いられていた世界魔導協会は一気に立場を逆転して、今や世界の覇権を獲るのに一番近い所まできているのよ。」
「そりゃあすげえな。」
そう呟きながら、ジョシュはいつものクセで左腰に手をかけようとした。
「ありゃ?剣が・・・・・って、そっか。
この街の入り口で取り上げられたんだった。」
「この街は魔導協会にとっても、他の二大勢力にとっても重要な場所だからね。
武器になるようなものは街へ持って入れないのよ。
でも心配しなくても、ここを出る時に返してもらえるわ。」
「けっこう警備が厳しいんだな。」
「それはそうよ。以前ここに武術連盟の・・・・!。」
レインが言いかけた時、二人の目の前に罵声の飛び交う人だかりが現れた。
「なんだ?」
ジョシュはすぐにその人だかりに駆け寄り、周りの人の間をぬいながら中へと入って行った。
「ごめんよ、はいごめんなさいよっと・・・・・、お!なんだなんだ、喧嘩か?」
ジョシュの目の前にはふらふらになりながら拳を構える男と、それを囲むようにジョシュと同年代の男女数人がいた。
「あの男性を取り囲んでいる人達、全員魔導士だわ!」
「見れば分かるよ。でもあの拳を構えてるおっさんは・・・。」
「彼は違うわね。けどあの人も相当強い人よ。体から出てる殺気が尋常じゃないわ・・・。」
「ああ、それは俺も分かるぜ・・・。」
じっと様子を見守っていると、拳を構えていた男が目の前の一人に殴りかかった。
ダメージを受けている様子はあるが、それでもかなりのスピードだった。
しかしその拳もあっさりとかわされ、周りの魔導士達はゲラゲラと下品な声で笑った。
「ダッセェーッ!おっさんダッセェーッ!」
「キャハハハハ、しっかりしなよおっさん!」
そしてそれに乗じて周りの野次馬達も笑う。
「おい!どうした?もう終わりかよ?」
「最初の威勢はどこいったんだ!」
野次馬の一人が石を投げ、それが頭にぶつかった男はギロリとそちらを睨んだ。
「おいおいどこ見てんだよ?」
彼の後ろにいた黒い法衣を纏った魔導士が、突き出した左手から小さな火球を放った。 
「ぐお!クソッ!」
火が服に引火し、男はごろごろと転げ回った。
そしてそれを見てまたもやゲラゲラと笑う魔導士達。
「何てことをッ!」
レインが大きく叫んだ。
「クソ!見てらんねえ!」
ジョシュが男の元に駆け寄ろうとするが、レインが制止した。
「ちょっとジョシュ!あなた今剣を持っていないのよ!」
「それがどうした!一方的に一人の人間が痛めつけられるのを黙って見てられるか!」
レインの制止を無視して。ジョシュは男に駆け寄った。
「オイ!大丈夫か?」
しかし男は駆け寄ってきたジョシュを手で振り払った。
「引っ込んでろ小僧!」
「はあ?引っ込んでろってあんた・・・。」
男はふらつきながらも立ち上がり、また拳を構えて闘う姿勢をみせた。
「オイオ〜イ、まだやる気だよこのおっさん。」
火球を放った魔導士が茶化すように言う。
「いいじゃん。殺さなきゃ問題ないでしょ。徹底的にやっちゃおうよ。」
緑の法衣を纏った女の魔導士が、手にしていた杖からつむじ風を放った。
さながら槍のようになったつむじ風が男に直撃する。
「ぐほあッ!ぐふうッ・・・。」
右の脇腹を押さえて男は苦しそうに倒れ込む。
「ほれもういっちょ!」
今度は反対側にいた青い法衣を纏った背の高い魔導士が、右の人差し指から凄まじい勢いの水流を撃った。
「ぐううあああああーッ!」
水は男の左肩を貫通し、そしてまるで蛇のように動きを変えて左足も貫いた。
「がああああああーッ!」
悲鳴をあげてのたうち回る男を見て、魔導士から大きな笑いが起きた。
「てめらいい加減にしろおッ!」
ジョシュが魔導士達に向かって叫ぶ。
「寄ってたかって一人の人間をいたぶりやがって。てめえらそれでも人間か!」
一瞬静まりかえった魔導士達だったが、さきほど石をなげた野次馬が前へ出て来た。
「兄ちゃん、よそ者だな。悪いこたあ言わねえ、引っ込んでろ、な?」
そう言ってジョシュの肩に手を置くが、その手にはグッと力が込められていた。
「言いたいことはそれだけか?」
ジョシュがすごむと、野次馬の男もまた色めき立った。
「あのな、これはおめえの為に言ってんだよ。」
ジョシュの肩を掴む手にさらに力が入る。
「・・・・・・。」
ジョシュは野次馬の男を無視し、倒れている男に駆け寄った。
「大丈夫かよあんた・・・。待ってろ、今手当して・・・・・。」
その時だった。
野次馬の男が拳を振り上げて殴りかかってきた。
「危ないッ!」
レインが叫ぶのと同時に、ジョシュは後ろを見もせずに殴りかかってくる男の手を掴むと、あっさりと数メートル先へ投げ飛ばしてしまった。
民家に激突した男は痛そうに背中を押さえながら悶えていた。
「て、てめえ・・・!この小僧が・・・。」
立ち上がった男は懐から短剣を取り出すと、ジョシュに目がけて突進してきた。
「くたばれ小僧ッ!」
傷つき倒れている男を肩に抱え上げながら、ジョシュは短剣を向けて突進をして来る男に対して、蚊でも払うように手を振った。
すると男の体は宙を舞いながら一回転して飛んで行き、黒い法衣を纏った魔導士の足元に背中ら落ちて行った。
「ぐぼおッ・・・。い、息が・・・、出来な・・・。」
「当たり前だろ。もろに背中から落ちてんだ。
頭から落とされなかっただけでもありがたく思うんだな。」
「クッ・・・、この・・・。」
男はなおも短剣を構えて闘う姿勢を見せた。
「やめとけよ。次は痛い程度じゃすまさねえぞ。」
「うるせえ!ぶっ殺してやるッ!」
男が駆け出そうとしたその時、後ろにいた黒い法衣の魔導士が静かに言った。
「やめとけって。あいつの言う通り、次はマジで大怪我するぞ。」
すると男は途端に大人しくなり、肩をすくめてその場に立ちすくんだ。
黒い法衣の魔導士は男の前に回り、短剣にやんわりと手を置きながらにこりと笑って顔を近づけた。
「あのさ、こんなもんで外から来た人間刺したら、お前しばらく檻の中から出られなくなっちゃうよ。
俺らは魔導士、特権階級。お前は一般市民、ただの市民階級。
おんなじように相手を傷付けても、罪の重さはまるで違うわけ。
この街の人間なら分かるよな。」
「・・・・・はい・・・すみません・・・。」
短剣を仕舞うように促し、男の肩をポンと叩く。
「これで人を刺そうとしたのは見なかったことにしてやるから、大人しく家に帰っとけ、な?」
「はい・・・。」
男は小さな声でもう一度謝り、短剣を仕舞うとそそくさとその場を後にした。
「はいはい、みなさーん。イベントはもう終わりー。解散解散―。」
緑の法衣の女がパンパンと手を叩きながら高らかな声で言った。
野次馬達はそれを合図に、今まで何事もなかったかのようにそれぞれ散って行った。
魔導士達はそれを見届けると一か所に集まり、なにやら話し込みだした。
「なんなんだよ、いったい・・・。いや、それより・・・、あんた大丈夫か?
随分ひどい怪我だぜ。早く手当しないと。」
ジョシュは傷ついた男を背中におぶって歩き出した。
「くそ・・・、あの程度の奴らに、クソったれが・・・。」
悪態をついていた男であったが、やがて傷がこたえはじめたのか気を失ってしまった。
「ひでえことしやがるぜ、一体どうなってんだこの街は。
おいレイン、この街の人間は洗練されてるんじゃなかったのか。どうなってんだよ?」
「その人多分外から来た人なんじゃないかな。この街の人達はちょっと貴族意識が高くてね、特に魔導士は。きっと何か気に障ることをしたんじゃないかしら。」
「ふん、やっぱお高くとまってるだけなんじゃねえか。」
「まあ確かにそういう所も・・・って、ちょっと待ってジョシュ。この男の人ってさ・・・、」
「ん?このおっさんがどうかしたか?」
「・・・・・間違いないわ。この人は・・・。
ジョシュ、あなた今とんでもない人をおぶってるわ。」
「んー?レインは知ってんのか?このおっさん。」
「知ってんのかって、あなた以前は武術連盟の一員だったでしょ。
だったらこの人を知らないわけが・・・。」
ジョシュはレインの言葉に首を傾げ、おぶっている男の顔を覗き込もうとした。
「おーい、何勝手にどっかに行こうとしてんだー?」
まじまじと男の顔を見つめ、何かを思い出しそうになっていたジョシュに、先ほどの魔導士達が声をかけてきた。
そして立ち止まったジョシュを素早く取り囲んだ。
「あんたさ、そのおっさんを勝手に連れていかれちゃ困るんだよ。
ちょっとこっちに渡してくんね?」
おどけた口調であったが、周りを囲む魔導士達からは殺気が漂っていた。
「渡してどうするつもりだ?また痛めつけようってのか?」
ジョシュはリーダー格であろう黒い法衣を纏った魔導士に詰め寄った。
「それ、あんたに言う必要無くね。これはこの街の問題であってさ、よそ者のあんたに関係ないよね?
てか俺ら魔導士はこの街じゃ特権が与えられてんだわ。
んでさ、治安の維持の為なら力を行使してもいいわけ。この意味分かるよな?」
黒い法衣の魔導士から顔を背け、明後日の方を見ながらジョシュは答えた。
「おう。要するにこのおっさんはあんたらにとっちゃ悪者で、おっさんを渡すのを拒否してる俺も悪者ってわけだ。
だから、大人しく言うこときかないと魔法を使って痛めつけちゃうぞってことでいいんだよな?」
「よくわかってんじゃん。」
ジョシュは魔導士に向き直ると、わずかに笑いながら顔を近づけた。
「お断りだな。特権だか何だか知らねえけど、魔法を使って人をいたぶるような奴らの言うことなんて聞きたかねえな。
俺の知ってる魔導士は、何があっても絶対にそんなことはしねえからよ。」
ジョシュを取り囲む魔導士達の殺気が一気に高まった。
「おい、ブレン兄弟!街に被害が出ないように結界張っとけ。」
黒い法衣の魔導士に言われ、ブレン兄弟と呼ばれた灰色の法衣を纏った魔導士二人が道の左右に分かれていき、手にしていた杖を振り上げて魔法の詠唱を始めた。
すると地面に巨大な魔法陣が現れ、その周りを光の膜が半球体のように覆い始めた。
「ギャラリーのみなさーん!これはさっきの小競り合いとはわけが違うから、とっとと結界の外に避難してねー。じゃないと死んでも知らないよー。」
緑の法衣の魔導士が、先ほどと同じように手を叩きながら高らかに叫ぶ。
ジョシュと魔法使い達のやりとりを眺めていた野次馬は、慌てるように結界の外へと逃げ出していった。
「馬鹿だな、死ぬぞあいつ。」
「この街で魔導士に逆らうってことが、どういう意味か分かってねえんだ。」
結界の外から野次馬がヒソヒソと声をあげた。
「さて、もう一度聞くけど、本当にその男を渡すつもりはないんだな?」
黒い法衣の魔導士の顔からおちゃらけた表情が消え、殺気を纏った眼光がジョシュを捉えていた。
「ないねえ。まったく。」
「あ、そ。さっきの動きを見る限り、あんた相当強いよね。
けどその筋肉のつき方、さっきの身のこなしからすると、体術家じゃなくて剣士だよな。
あんたの剣はこの街に入る時に取り上げられてるはずだ。それでも俺らとやろうって?」
ジョシュはその言葉を無視して、近くにあった露天の長椅子に男を寝かせた。
「大丈夫、俺体術もめちゃ得意だから。
だからさ、うだうだ言ってねえでさっさとかかってこいよ。」
そう言うやいなや、後ろにいた緑の魔導士が杖から巨大なかまいたちを放ってきた。
ジョシュは素早く振り向くと、右手を上段に、左手を下段に構えてその両腕を円を描くように交差させた。
すると巨大なかまいたちはコーヒーに垂らしたミルクのように、ジョシュの両腕の回りで歪められ、掻き消されていった。
「んなッ!素手で魔法を・・・!」
驚きの表情を見せる緑の魔導士。
「気をつけろ!こいつオーラを使うぞ!」
ジョシュを囲んでいた魔導士達が一斉に距離をとり、それぞれが魔法の詠唱を始めた。
「気をつけて!詠唱を必要とする魔法はとても強力よ!今のうちにあいつらを・・・、」
「分かってるって。心配すんな!」
レインの言葉を無視して、その場で構えたままジョシュは動こうとしなかった。
「ちょっとジョシュ!早くしないと詠唱が終わっちゃうわ!」
「いいから、俺に考えがあるんだよ。」
最初に詠唱を終えた青い法衣の魔導士が両手から水流の大蛇を放ってきた。
ジョシュが迎撃しようと構えると、大蛇は手前で三匹に分かれ、上、下、背後から同時に襲いかかってきた。
「器用なことするなあ。」
ジョシュは両手の指を鷹の爪のように曲げ、腹筋に力を込め、「コオオオーッ」っと息を吐きながら両手を胸の前に持ってきた。
すると途端に強力なオーラが彼の体を覆い、さながら鎧のように体を守り始めた。
襲いかかった三匹の大蛇はそのオーラの鎧に弾かれ、一匹はそのまま消し飛んでしまった。
「ハアアアアアアッ!」
後ろにいた緑の魔導士が竜巻を発生させて、その上に乗っていた。
「さっきのつむじ風とはケタ違いだな。」
軽く杖を振ると、竜巻は地面をえぐりながらジョシュに向かってきた。
そしてオーラに弾かれた二匹の大蛇は融合して一匹の大蛇に戻り、大きな口を開けて牙を剥き出しながら襲いかかってくる。
ジョシュは鷹の爪の構えを解くと、体を纏っていたオーラを流体のように両手に纏わせた。
そして襲い来る大蛇をかわしながら軽く頭を払った。
地面に激突して水しぶきをあげる大蛇。
ジョシュはくるりと向きを変え、迫りくる竜巻も同様に軽く払った。
進行方向を変えられた竜巻は、地面から顔を上げた大蛇に向かっていく。
「ギシャアアアアアアアーーッ!」
竜巻は水でできた大蛇をどんどん空中へと巻き上げていった。
両手に纏わせているオーラを人差し指と中指の二本に集中させ、ジョシュは交叉させながら水しぶきをあげる竜巻の中へと突っ込んだ。
「フンッ!」
かけ声とともにオーラを集中させた指で竜巻を引き裂くと、一瞬にして竜巻と大蛇は消え去った。
竜巻の上に乗っていた緑の魔導士は尻もちをついて落下し、唖然とした顔でジョシュを見上げていた。
その顔に戦意を喪失したことを確認したジョシュは、次の魔法の詠唱に入っている青の魔導士に距離をつめていく。
咄嗟に反応した青の魔導士は詠唱をやめて水のシールドを張った。
「こんなもんで俺の拳が防げるかよッ!」
お構いなしに殴りかかるジョシュであったが、水のシールドは貫通したジョシュの拳を水飴のように絡みとった。
そして両足、体、最後に頭へと纏わりついて来て、身動きどころか呼吸さえ出来なくなってしまった。
「ごぼぼ・・・。」
「ジョシュッ!大丈夫?私と代わる?」
レインに呼びかけられるが、ジョシュは首を振って拒否した。
「多少頑張ったみたいだけど、これで終わりだな。」
ジョシュの目の前には、黒の魔導士が杖を振りかざして宙に浮いていた。
その頭上には炎でできた灼熱の竜を従えている。
「ちょ、ちょっとちょっと、待ってよアレン!
そんなもんぶっ放したらこっちまで黒焦げになっちゃう!」
へたり込んでいた緑の魔導士が慌てて止めに入る。
「だったら結界の外へ避難しとけッ!」
アレンと呼ばれた黒の魔導士に怒鳴られて、緑の魔導士は慌てて結界の外へと逃げ出していった。
「モズ、お前も下がっといた方がいいぞ。」
青の魔導士はその言葉に頷き、ジョシュから離れていく。
「ぐぼぼ・・・。ひょ、ひょっとまっへ・・・。」
「やだね、灰も残らず消えてなくなれ。」
黒の魔導士がジョシュにめがけて杖を振り下ろす。
灼熱の竜は凄まじい熱風を放ちながらジョシュに向かってきた。
〈や、やばい!傷つけずに取り抑えようとかカッコつけすぎちまった!〉
体に力を込めるが、纏わりつく水飴のようなシールドは振りほどけない。
〈ああ、これで終わりか・・・・・〉
「バカッ!何やってんの!早く代わってッ!」
レインが叫ぶのと同時に、灼熱の竜は爆炎を放ちながらジョシュに直撃した。
「うわああああああッ!」
「あちちちちちちッ!」
「おい、結界の外にまで熱が来てるぞッ!」
野次馬が叫びながら逃げ惑う。
凄まじい熱と風、そして煙が結界の中に立ちこめる。
凄まじい熱が周囲の物を全て溶かしていった。
やがて炎の勢いも収まっていき、煙と、そして熱で溶けて溶岩のようになった地面だけが残った。
「おい、モズ!無事か?」
黒の魔導士が呼びかけると、モズと呼ばれた青の魔導士が結界の端の方から手を上げた。
「なんとかな。しかし相変わらず凄い威力だな。」
「あまり近づくなよ。まだ熱が残ってんだから。」
様子を確認する為に近づく黒の魔導士。
「痕かたもなく蒸発したか・・・・?」
青の魔導士が呼びかけると、黒の魔導士は驚愕の表情で後ずさりした。
「な、なんだ・・・?誰だ、お前は・・・?」
彼の目の前にいるのは、ピンクの長い髪を後ろで束ね、細身で太ももまでの短い法衣に、膝上までの黒いスパッツを履いた女だった。
色白の肌に少しだけ吊り上がった緋色の大きな目、一瞬目を奪われるほどの美人で、整ったその顔立ちが黒の魔導士を睨みつけていた。
彼女の周りにはポツポツと光が灯っており、その周りを小さな火竜が漂っていた。
女には火傷の跡一つすらなく、未だに灼熱が残る溶岩の地面の上を平気な顔で立っていた。
「ば・・・、バカな・・・。俺の魔法を分解して、その上支配を奪っている・・・。」
女はふわふわと飛び回る小さな火竜を手の上に乗せて、冷たい口調で語りかけた。
「可愛い竜ね。この程度の火竜をあそこまで大きく出来るんだから大したものだわ。」
「・・・・・・。」
冷や汗を流しながら黒の魔導士はゴクリと唾を飲んだ。
「でもね、私ならもっと大きく出来るわよ。こんな具合に!」
彼女の周りの光が輝きを増し、小さな火竜は辺りに残っている熱を吸収してどんどん巨大化していく。
そして全ての熱を吸い取って巨大化した竜に、彼女はさらに魔力を注いだ。
「う、うおおおおおおおおーッ」
黒の魔導士は結界の端まで後ずさった。
持っていた杖を落とし、目の前にそびえる巨大な三つ首の火竜に恐れを抱いていた。
彼が最初に放った時より数倍の大きさにまで膨れ上がった火竜は、もはや竜というより地獄から這い出て来た魔獣のようであった。
「さて、この火竜をさっきあなたがやったようにぶつけたら、一体どうなるかしら?」
その言葉に黒の魔導士はぶるぶると首を振った。
「よ、よせ・・・。そんなバケモンを解き放ったら・・・、俺どころかこの街の半分が消えてなくなる・・・。」
「そうね。だったらどうする?これ以上勝ち目の無い戦いを続ける?
それとも大人しく降参する?あなたが選んで。」
黒の魔導士は慌てて頭を下げた。
「わ、悪かった!いくら特権階級だからって確かにやり過ぎた。
魔導士としてあるまじき行為だったと反省している。
だから・・・、どうかその火竜を引っ込めてくれ!」
「よく出来ました。」
女は火竜に手を向けると、短く魔法の詠唱をしてから「戻りなさい。」と言った。
すると火竜の体から大きな炎が放たれ、彼女の手に吸い込まれていった。
後には小さな火竜が残り、女は手の平の上にそれを乗せると黒の魔導士に歩み寄った。
「あなたに返すわ。もうひどい事に使っちゃダメよ。
聖獣や精霊は魔法使いの大事なパートナーなんだから。大切にしなきゃ。」
「はい・・・すみません・・・。」
周りを見渡すと、遠巻きに眺めていた野次馬が唖然としていた。
そして他の魔導士達もみな呆気にとられている。
「俺よりお前の方がよっぽどえげつないよな。みんな死人みたいな顔してるぜ。」
「仕方ないじゃない。魔法や聖獣をあんなことに使うなんて、魔導士として許せなかったのよ。」
「ほんと、怒らせると怖いよなあレインは。」
辺りを覆っていた結界はいつの間にか消えており、彼女は踵を返して目的の建物へと足を向けた。
「おい、ちょっと待ってくれ。」
黒の魔導士が呼び止める。
「何かしら?」
「あ、いや、あんたもしかして封魂の術をかけられているのか?」
「・・・・・・・。」
「その、さっきまで俺達と闘っていた男とあんたは、同じ肉体に魂を宿らせているんだろう?
封魂の術でもかけなきゃそんなことは起こり得ないからな。しかしその術は・・・・、」
「あなた達に答えるようなことじゃないわ。
申し訳ないけど、私は行かなきゃいけない所があるの。それじゃ。」
「・・・・・・・・。」
足早にその場を去る女。
野次馬は恐れを抱いた目で彼女の通る道を開けた。
「・・・・・ん?おい、ちょっと待てレイン!」
「・・・どうしたの?」
「あのおっさん忘れてるッ!元はといえばあれが原因なんだから!」
「あ!そうだった・・・、じゃあ悪いけどジョシュ・・・。」
「おう!俺が助けようって言い出したんだからな。」
一瞬彼女の体が光ると、さっきまで女がいた場所にはジョシュが立っていた。
「悪いなおっさん。すぐ手当してやるからよ。」
ジョシュは男をおぶると、唖然とした顔で見つめる魔法使い達に笑いかけた。
「そんな顔してんなよ。あいつは一流の魔導士なんだからお前ら程度じゃどうにもならないって。負けたって悔しがることはないんだからな。」
「あ、いや、それだけじゃなくて・・・。」
「ああ、それと。俺があいつより弱いなんて思うなよ。
剣さえありゃお前らなんて瞬殺だったぜ。まあ実際殺したりしないけどな。
ははは、じゃあな!」
呆然とする魔導士達に見送られながら、男をおぶったままジョシュはこの街の主の住む建物へと走って行った。

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< August 2020 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM