マーシャル・アクター 第七話 孤独

  • 2014.01.12 Sunday
  • 19:18
〜『孤独』〜

レインは夢を見ていた。
幼い日、ジョシュと手を繋いで野山で遊んだ夢を。
あの時ジョシュは、すみれで作った花冠をくれた。
不器用なジョシュが作った花冠はとても上手とはいえない出来だったが、レインは心の底から喜んで頭に飾った。
レインもお返しにと花の首飾りを作ってあげた。
綺麗なすみれの首飾りを見て、ジョシュは落ち込んだ。
どうしてレインと同じように上手く作れないのかと。
あの時も、やはりジョシュは拗ねた。
駄々っ子のように悔しがり、目に涙を浮かべてそっぽを向いた。
レインが指で背中をつつくとさらに拗ねて口を聞かなくなった。
しかしレインがぎゅっとその体を抱きしめると、やがてジョシュも抱きついてくるのだ。
駄々をこね、拗ね、泣き声をあげて強く抱きついてくる。
そんなジョシュとの日々が、レインにとっての宝物だった。
きっと二人はこの先もこうやって生きていくのだと思っていた。
ジョシュと自分は二人で一つであり、ずっと手を繋いで、下らないことで喧嘩して、仲直りをして抱きしめ合うのだと。
幼い日の確信に満ちた記憶が、夢の中で鮮明に蘇っていた。
しかし、映画のように突然その場面が切り替わる。
二人が少し大きくなった頃、突然ジョシュがいなくなった。
父が武術連盟の知り合いに預けたのだ。
心の弱いジョシュを鍛え直す為だと言って。
レインはその時だけは父を恨んだ。
自分も武術連盟へ行くと駄々をこね、泣き喚いた。
父が初めて自分に手を上げた日でもあった。
赤く腫れる頬を押さえて、どれだけ自分の部屋のベッドの中で泣いただろう。
しばらくしてレインも魔導協会にいる父の知り合いに預けられた。
ククリというその魔導士は、とても優しかった。
今までに会ったどんな人よりも優しく、そしてレインのことを理解してくれた。
夢の中でククリが語りかける。
君はとても強い子だと。
しかし、それと同時にすごく弱い子だと。
そして、僕はそれが心配だと。
そんな君が心の底から信頼するジョシュ君に、ぜひ一度会ってみたいと。
ククリの元にいた時間は短かった。
すぐに才能を開花させたレインは、教えることはもうないと言われて家に帰って来た。
父が抱きしめてくれた、お帰りと。
レインは嬉しかったが、それよりも早くジョシュに会いたかった。
残念ながら、彼はまだ戻って来ていなかった。
また夢の中の場面が切り替わる。
ジョシュに会えない寂しさを押し殺していたレインに、父が言った。
明日、ジョシュが帰って来ると。
レインは歓喜のあまり部屋の中を跳ねまわった。
ジョシュが帰って来る日の朝、レインは何も手がつかなかった。
朝食の用意が遅れて父に怒られたことなど気にもとめなかった。
待ち遠しくてずっと家の前で待っていると、遠くから来る人影が手を振った。
レインは駆け出し、会いたくて会いたくて仕方がなかったその人影に向かって行った。
夢にまで見たジョシュがそこにいた。
レインは飛びつき、抱きしめていた。
自分でも耳が痛くなるくらいに声をあげて泣いていた。
力強く、逞しくなったジョシュが抱き返してくる。
わんわんと泣きじゃくるレインの頭を、ジョシュが撫でてくれた。
その時、レインの心に何かがちくりと刺さった。
今抱きしめているのはジョシュの方だ。
抱きついているのは自分の方だと。
逞しく成長したジョシュは、以前とは変わっていた。
拗ねるのも、喧嘩をするのも同じだったが、手を繋ぐのを嫌がるようになったし、何より抱きしめるのを強く拒否した。
レインの中の幼い日の確信に、小さくヒビが入った瞬間だった。
次に切り替わった場面は、それからしばらくしてからの夏の日だった。
二人で海に行った時、武術家崩れのガラの悪い男達に囲まれた。
彼らが絡んでいたレインと同い年くらいの少女を助けた為であった。
レインにはどうということのない相手であったが、ジョシュがさんざんに痛めつけられた。
一方的にやられるだけで、まったく手を出さないジョシュの口から鮮血が飛び散った。
レインが助けようとすると、ジョシュは強く拒んだ。
結局我慢のならなくなったレインが男達を追い払った。
自分の魔法の力に怯えきった男達の表情がなぜか記憶に焼き付いていた。
次に切り替わる場面で、どんな記憶が映し出されるかをレインは知っていた。
今までに何度も見た夢を、レインは事細かに記憶していたからだ。
そして次に浮かぶ記憶の映像こそ、レインが最も見たくないものだった。
生涯で一度だけ、本物の殺意が芽生えたあの瞬間。
あの女だけは許さない。
愛しいジョシュを奪い、傷付けたあの女。
海での出来事から数日後、ジョシュに初めての恋人ができた。
男達から助けたあの少女だった。
いつものようにレインの部屋で他愛無い話をしていた時、唐突にジョシュが言った。
恋人ができたと。
嬉しそうに、頬を赤らめて語っていた。
レインの幼い日の確信が、大きく音をたててヒビ割れた。
目の前が暗くなり、そのあと何を話したのか憶えていなかった。
それからしばらくの間、レインは死人のような顔をして暮らした。
ジョシュと口を利くこともなかった。
部屋に籠り、父の食事を作る時以外は部屋から出なかった。
全てが真っ黒に見えていた。
何の夢も希望もない世界。
もし明日、神様から世界が滅びると言われても何の感情も湧かないようになっていた。
ジョシュはそんなレインを心配したが、レインは決して口を利かなかった。
やがて冬を迎えようとした頃、ジョシュががっくりと項垂れて帰って来た。
それからしばらくの間、ジョシュもレインと同じように部屋から出ようとしなかった。
さすがに心配になってきたレインは、ジョシュの部屋を訪れた。
ノックをしても返事がなく、ドアを開けて中に入ると背中を向けて座り込むジョシュがいた。
小さく震えるその背中を見て、泣いているのだと確信した。
レインはジョシュの前に座り、流れる涙をそっと指で拭った。
途端にジョシュが抱きついてきた。
今までにないほど強く抱きしめられ、レインは息が苦しくなった。
しかしそれと同時に昔の喜びが蘇ってきた。
レインはあのすみれの花冠の時のようにジョシュを抱きしめた。
散々に泣いたあと、ジョシュはぽつりぽつりと語り出した。
今日、あの少女から別れを告げられたと。
そして、ジョシュと付き合い始めたあの頃、すでに別の恋人がいたのだと。
それも一人ではなく、複数の男達が。
それを聞いた途端、レインの中にドス黒い感情が芽生えた。
あの時海で少女に絡んでいた男達の中の一人が、しばらく前にその少女と付き合っていたらしい。
しかし結局は彼も数いる恋人の中の一人でしかなく、そのことに腹を立てて文句を言いに来ていただけだったのだと聞かされた。
ジョシュがあの時男達に反撃しなかったのは、少女を守る為だった。
自分が手を出したせいであの子に危害が及ぶのを防ぐ為だったと。
ジョシュは本気であの少女に恋をしていた。
初めてできた恋人。
しかし、終わりはあっけないものだった。
「もう飽きた」と。
あなたには飽きた、新しい男が増えたし、これ以上は面倒くさいと。
その言葉はジョシュの心を抉った。
全てを聞き終え、レインはジョシュの顔を自分の胸に埋めた。
幼いあの日のようにしっかりと抱きしめ、自分の胸の中で泣くジョシュとともに眠りについた。
翌朝、横で眠るジョシュの頬に口づけをし、レインはあの少女の元へ向かった。
最初は驚いた顔を見せた少女だったが、レインが問い詰めると悪びれる様子もなく言った。
あの子は飽きた。
だから捨てたと。
レインの心が殺意で満たされた。
灼熱の炎が少女を取り巻き、その頭上には雷が鳴り響いていた。
燃えさかって死ぬのと、雷に打たれて死ぬのとどっちがいい?
自分でも耳を疑うような言葉が出てきた。
少女は泣きじゃくる顔で首を振った。
助けと許しを懇願し、恐怖のあまり発狂し、やがて失禁して気を失った。
横たわる彼女を業火で焼き尽くそうとした時、不意にククリの言葉が蘇った。
君は強いが、とても弱い子だ。
僕はそれが心配だ。
その言葉がレインに正気を取り戻させた。
業火と雷を消し去り、失神する少女に駆け寄った。
やがて目を覚ました彼女は、叫び声を上げて逃げ出した。
以来、レインもジョシュも、その少女と会うことはなかった。
家に帰ると、ジョシュはまだ寝ていた。
レインはもう一度頬に口づけをし、ジョシュを抱きしめてベッドに横たわった。
目を腫らして眠るジョシュの手を握り、その顔を見つめた。
その時初めて自分の気持ちに気づいた。
私はジョシュのことが好きなのだと。
兄妹としてではなく、一人の男性としても愛しているのだと。
そしてそれが叶わぬ恋であることも自覚した。
ならば、せめて妹としてでもいいからずっとそばにいたいと。
この先も、こうして手を取とり、抱きしめ合える存在でいたいと。
ジョシュはレインの全てだった。
彼女の世界の全てはジョシュの上に成り立っていた。
ジョシュを失うこと、ジョシュと離れること。
それはレインにとって孤独を意味していた。
いつもならここで目が覚めるのだが、今は違っていた。
ぷつりと終わった夢の後には、ただまっ黒な世界が広がっているだけだった。
それはレインが最も恐れていた、孤独そのものだった。

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