マーシャル・アクター 第十六話 激闘

  • 2014.01.16 Thursday
  • 19:56
〜『激闘』〜

「はあ・・はあ・・・急に大人しくなりおった。」
口から血を流しながら、フレイはだらりと剣を下げた。
「きっと中で何か変化があったんでしょう。
こっちとしては止まってくれてありがたいですけどね。」
死神形態のククリが杖を立てて膝をつく。
女神と死闘を演じていた二人はホッとしたように息をついた。
ククリのおかげで根源の世界からの力の供給は断たれたが、それでも女神の力は強大なものだった。
もう少し戦いが長引いていれば、確実にあの世行きになっていたことを二人は痛感していた。
フレイは目を細めて女神を見上げた。
血の涙を流し、形容しがたいほどの恐怖を感じさせる表情で、腕を振り上げたまま止まっている。
「小僧・・・いったい中で何があった?」
フレイは我が子を心配するように呟いた。
ククリが女神に近づき、ジョシュとレインの気を探ってみた。
「いつ動き出すやもしれぬぞ。気をつけろ。」
「分かっていますよ。」
目を閉じて女神の中から二人の気を探すククリ。
じっと研ぎ澄ました神経の中に、かすかな反応があった。
「どうやら妹を助けるのに成功したようだな。
この化け物の中から奴らの気が迫って来る。」
ククリと同様に二人の気を探っていたフレイが確信を持って言った。
「ですね。どうやらマリオンの妨害をかいくぐってレインの元まで辿り着いたようです。」
そう言ってククリは腰に手を当てて手を持ち上げた。
「正直この作戦は成功率一割以下だったんですけどね。
上手くいったのはあの二人の強い絆があったからでしょう。
まったく・・・若い子達は予想を裏切る結果をもたらしますよ、もちろんいい意味でね。」
「当たり前だ、俺とお前の弟子だぞ。そんじょそこらの若造と一緒にされては困る。」
相変わらず素直に喜びを表現しないフレイに笑みを返し、ククリは女神の胸元にじっと目を向けた。
しばらくすると、強烈な光と共に二人が女神の中から飛び出して来た。
レインが幽体となったジョシュの手を引き、導くようにククリの前に降り立った。
「レイン!」
ククリは駆け寄ってレインを抱きしめた。
頭に頬を擦り寄せ、彼女が生きていることを確かめると、うっすらと涙を浮かべた。
「ただいま、先生。」
「よかった、よかった・・・。
君にまでもしものことがあったら、本気で死のうかと思っていたくらいだよ。
生きていてくれてよかった・・・。」
ククリが強く抱きしめて嗚咽する。レインはそっと手を回して顔を埋めた。
「大袈裟ですよ先生。
私、信じてましたから。きっとジョシュが、ククリ先生達が助けてくれるって。」
剣を収めたフレイが、身に纏うマントを脱いでレインの肩にかけた。
「年頃の娘がはしたないぞ。さっきから小僧が目のやり場に困っとるわ。」
ククリと同じく、フレイも優しい目でレインを見つめた。
「よく一人で堪えていたな・・・。偉いぞ。」
そう言ってレインの頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「フレイ剣聖・・・ありがとう・・・。」
目尻を拭いながらフレイの手を取り、レインは微笑みを向ける。
フレイとククリは顔を見合わせ、安心の笑みを浮かべて頷き合った。
「あのう・・・俺のこと忘れてないっすか?」
ジョシュが指で自分を差した。
「ああ!ごめんごめん。わざとじゃないんだよ、許してくれ。」
慌ててジョシュの元に駆け寄るククリ。
レインの時と同様に優しい目を向けてジョシュの健闘を労った。
「よかったね、マリオンに邪魔されやしないかと心配だったんだ。」
「ああ、マリオンね・・・。」
ジョシュは目元だけを笑わせてレインを指差した。
「こいつが一撃で吹き飛ばしたんですよ。俺だって苦労したってのに・・・。
あのマリオンをあっさり倒すなんて、ほんとに末恐ろしい奴ですよ。」
ククリは眉を持ち上げて驚いた顔を見せた。
「そりゃすごい!いくらジョシュ君との闘いで弱っていたとはいえ、一撃でマリオンを倒すなんて。
昔に剣聖がマリオンに闘いを挑んだけど、その時にレインがいればとっくに決着はついていたかもね。」
ベタ褒めするククリに、レインは恥ずかしそうに手を振って否定した。
「違いますよ!あれは私の精神世界の中だったから。
それに向こうは魂だけだったし、私のことを見くびって油断していたし・・・。
ジョシュが大袈裟に言い過ぎなんですよ。」
そう言うとフレイは大笑いしてジョシュの横に立った。
「いいや、お前の力は本物と見た。
なんせあのマリオンがそこのデカブツを動かす魂として選んだくらいだからな。
どう考えてもこのボンクラとは出来が違う。」
フレイは可笑しそうに笑い、ジョシュの頭を小突いた。
「もう、何なんすか、自分の弟子なのに!
ま〜た昔みたいにお前と比べられちゃってるよ、悲しいなあ〜俺。」
おどけるジョシュを見て、レインは口元に手を当てて笑った。
そしてジョシュの頭に手を置いて二ッコリと微笑みかけた。
「そういう子供みたいに拗ねるとこは変わってないよね。
大丈夫、何かあったら私が守ってあげるよ。」
「かあ〜、すぐこれだよ。もう俺はお前の助けなんかいらないの。
ここに来てからの戦いで成長したんだから、俺は。
お前にもマリオンとの死闘を見せてやりたかったぜ。」
「私は一撃で倒したけどね。」
悪戯っぽく言うレインに、顔を歪めて唇を尖らせるジョシュ。
子供じみたその仕草にまたレインの茶々が入り、二人はしばらく馬鹿を言い合っていた。
微笑んで見ていたククリだが、やがてパンパンと手を叩いて二人の間に割って入った。
「はいはい、冗談はそこまで。
そろそろジョシュ君の魂を元に戻さないと死んでしまうからね。」
ククリは言われて、ジョシュは自分の幽体を見て「ああ!」と叫んだ。
「な、なんか薄くなってきてる・・・。」
「当り前さ。魔導士でもない君が長い時間魂だけでいたら死んでしまうよ。
そうなる前に肉体に戻すから、手を出して。」
ジョシュは慌ててククリに手を差し出した。
ククリはジョシュの手を握り、魔法の詠唱を行って封魂の術を施した。
杖をジョシュのマーシャル・スーツに向け、魔力を放出してジョシュの魂と同調させていく。
そして眩い光が弾け、ククリの身体を通じてジョシュは自分の肉体へと戻っていった。
戦闘形態のまま待機していたマーシャル・スーツの目が青く光り、項垂れていた顔を持ちあげてレインの元へと歩いて来る。
「これがジョシュのマーシャル・スーツ・・・。」
一歩前に踏み出し、レインはジョシュの身体に触れた。
「すごい・・・物凄く大きな力を感じる。これがマーシャル・スーツの本当の姿・・・。」
レインは自分もこの身体を有していることを思い出し、いかに強大な力がジョシュと自分に宿っているのかを感じた。
「へへ、凄いだろ。こいつの中には俺以外の人格も宿ってるんだ。
おいレイド、俺の妹だぜ。」
ジョシュがそう言うとマーシャル・スーツの目が紫に変わり、レイドが表の人格として現れた。
そしてレインに向かって手を差し出す。
《レイドだ、よろしく。》
レインはそっとその手を握り、顔を見上げて微笑んだ。
「レインよ。あなたがマーシャル・スーツに宿った人格なのね。
ジョシュが迷惑かけたりしてない?」
レイドは一瞬目を光らせて言った。
《ジョシュの性格は把握している。
彼が年齢の割に落ち着きが無く、無鉄砲な所があるのは計算済みだ。
その上で行動しているので問題ない。》
淡々と言うレイドにレインは大笑いした。
「あははははは!ジョシュ、聞いた?
レイドがいればもう私が守ってあげなくても大丈夫だね。」
「おい、レイド!余計なこと言いやがって。さっさと代われ!」
表に出て来たジョシュは腰に手を当ててそっぽを向いた。
「まったく・・・。さっきからどいつもこいつも・・・。
俺はガキじゃねえってんだ・・・。」
「そうやって拗ねる所が子供っぽいのよ。やっぱりまだ私が必要?」
そう言うとさらに拗ねるジョシュ。レインはまた可笑しそうに笑った。
「お前らの兄妹漫才はけっこうだが、このデカブツをどうにかせん限り安心出来んのではないか?」
フレイは目で女神の方を示した。
三人が女神を見上げ、その恐ろしい形相に息を飲んだ。
「なんつう怖え顔だよ・・・。師匠達はこんな化け物と闘ってたんですね。」
「そうだよ。もう少し君達が出て来るのが遅かったら、僕たちは確実にあの世行きだっただろうね」
「うむ・・・。このような怪物を外に出させずに済んだのはよかった。
しかしまだ完全に死んだわけではあるまい。微かに気が残っているからな。」
女神は今にも拳を振り下ろさんと睨んでいた。
荒れた部屋の様子からも壮絶な闘いが展開されたことが容易に想像出来た。
「けどこんなもんを完全に消し去るとか無理じゃないですか?
下手なことしてまた動き出したら大変だし・・・。」
不安そうにそう言うジョシュに、フレイは腕を組んで唸った。
そしてククリの方に目をやって尋ねた。
「どうすればこいつをこの世から消し去ることが出来る?
お前なら何か思いつかんか?」
「そうですねえ・・・。」
顎に手を当てて考えるククリだったが、これといって良い案が浮かばずに唸っていた。
するとレインが三人の前に歩み出て言った。
「私に任せて下さい。」
ジョシュ達は顔を見合わせ、疑問符の浮かぶ顔でレインを見つめた。
「任せるって言ったって具体的にどうすんだよ?」
その問いに、レインはジョシュの身体を指差しながら答えた。
「それ、私も持ってるのよ。
私のマーシャル・スーツを発動させて、この偽りの女神を消滅させるの。
多分、それしか方法がないと思う。」
レインの言葉は説得力を感じさせるものだったが、ジョシュは首を傾げて不満そうな声を出した。
「んな簡単に言うけどな・・・。
マーシャル・スーツってのはそう簡単に扱える代物じゃないんだぜ。
これを自在に操るには、マーシャル・アクターっつって戦いに対する覚悟をしっかり持たないと・・・、」
ジョシュの言葉を遮るようにレインの身体が輝き、三人は眩しさに目を細めた。
一瞬にしてレインの魔力が何十倍にも膨れ上がり、光の中から何かが飛び出して来た。
「うおお・・・すげえ。」
ジョシュが感嘆の声を上げた。
湯気のように赤く立ち昇る魔力を纏いながら、マーシャル・スーツを発動させたレインが宙に浮いていた。
光沢を放つエナメル質な表面なジョシュと同じだが、全体のフォルムは人間に近くて女性的だった。
赤地の表面にシルバーの線が肩から太ももにかけて入っている。
頭と胸には魔法の紋章が入っており、赤い目を光らせて白い羽衣を纏っていた。
「これがレインのマーシャル・スーツか。僕が造ったのとは大分違うけど、見た目とは裏腹にすごい力を秘めているのが分かるよ・・・。」
好奇心を膨らませて見つめるククリ。フレイは「ふん」と唸って顔をしかめた。
「やはり俺はこういうものは好かん。力とは己の鍛錬のみで身に付けるべきだ。
それが分からん輩が増えるから、世の中はどんどんおかしくなって・・・、」
「まあまあ、今は緊急事態ですし、とりあえずあの女神を破壊しないと。」
ククリが苦笑いしながら取り成し、レインに目配せをした。
レインは頷き、女神の方に身体を向けて六つの宝玉を召喚した。
それぞれが人の頭くらいの大きさで、一つ一つに紋章が刻んである。
レインを囲うように浮いた宝玉が光り出し、大きな魔力を溜めていった。
「みんな、少し離れていて。」
「分かった。剣聖、ジョシュ君。」
ただならぬ魔力がレインの周りに集まり、ジョシュ達は壁際まで下がって行った。
レインは胸の前に手を持って来て女神の方に向けた。
「我が宝玉に宿りし偉大なる精霊達よ!
我が敵を打ち砕く為、その力をここに解き放ちたまえ!」
六つの宝玉の紋章が輝きだし、溜め込んだ魔力をレインの身体に送り始めた。
胸の前に構えたレインの両手の中に大きなエネルギーが集まり、凝縮されて小さな魔力の球体となった。
「来るぞ!」
フレイが叫び、ジョシュは二人の前に立ってシールドをフルパワーで展開させた。
レインは両手を持ち上げ、女神に向かって振り下ろした。
「消え去れ、偽りの女神よ!破滅の威光ッ!」
レインの手から放たれた魔力の球体は、音も無く女神の額から体内へと入っていった。
そして数秒後には女神の表面を突き破っていくつもの光の柱が飛び出し、閃光と轟音を響かせながら大爆発を起こした。
「うおおおおおおおッ!」
爆発の衝撃はジョシュ達にも襲いかかったが、フルパワーのシールドが彼らの身体を守っていた。
部屋全体が大きく揺れ、しばらくしてから光と音は消えていった。
「ど、どうなったんだ・・・?」
シールド越しに様子を窺うジョシュ。
レインは先ほどと同じ位置に浮いており、宝玉は光を失いながら消えていった。
「あの化け物はやったのかッ?」
フレイに問われて目をやると、ボロ雑巾のようになった女神が倒れていた。
皮膚は全て焼き払われ、骨の大半が剥き出しになって爛れた筋肉が僅かに残っていた。
頭の半分以上が剥き出しの骨になっていて、腐ったスライムのような醜い表情になっている。
「あの攻撃をくらってまだ形が残っているとは・・・恐るべき化け物だな・・・。」
フレイの言葉に共感するジョシュだったが、それ以上にレインの力に驚いていた。
幼い頃から神童と呼ばれたレインの力は、年齢と共に成長していたのだと痛感した。
またマーシャル・スーツの力も相まって、もはや誰も肩を並べることが出来ない強さなのではいかと若干の恐怖が湧き上がってきた。
もし、もし仮にこの力が暴走したら、いったい誰がレインを止められるというのか?
マリオンや偽りの女神よりも、もっと恐ろしい者がここにいる。
愛する妹のはずなのに、ジョシュは言いようのない恐怖と不安を抱えていた。
そして心の中で、自分と同じく恐怖に震えるレイドを感じていた。
「レイド・・・お前もやっぱり・・・。」
《ああ。私もジョシュと同じ考えだ。はっきり言ってあの力は危険すぎる。
もしあれが暴走したら・・・あの女神とは比べ物にならない被害が出るだろう。
そしてレインの精神は、あの力を完全にコントロール出来るほど強靭とは思えない。》
「だよな・・・いくら成長したからって一九の女の子だぜ・・・。
レインの奴、絶対に無理してやがんな。」
《いや、彼女自身はそう危機感は持っていないだろう。
しかしそれこそが危険だ。
油断すれば、力というのはあっさりと人の心を飲み込むものだ。
だからこそククリはマーシャル・スーツに私という人格を宿らせ、宿主の魂をサポート出来るようにしたのだ。しかしレインのマーシャル・スーツには・・・。》
「お前みたいな人格は宿ってねえもんな・・・。」
心配そうに呟くジョシュの方を振り向き、レインはふわりと彼の前に降り立った。
「どう、すごいでしょ?」
自慢気にポーズを決めるレインは、ジョシュとレイドの危惧など気づくこともなく誇らしげにしていた。
「ああ・・・マジですげえよお前は・・・けど・・・。」
「けど、何?」
レインは俯くジョシュの顔を覗き込んだ。
後ろに立つ二人は、ジョシュと同様にレインの異常なまでの力に不安を抱いていた。
しかしそれを表には出さず、レインの横に立って笑顔を向けた。
「たった一発であの化け物を仕留めるとは大したものだ。」
「そうだよ、さすがは天才魔導士。師匠の僕も鼻が高いね。」
そう言われてレインはさらに満足そうに赤い目を輝かせた。
「私一人の力じゃないわ、みんなのおかげよ。
さあ、全ては終わったわ、みんなで一緒に帰ろう。
もう何も心配事はなくなったんだし、これからはきっと平和に暮らせるわ。
ね、ジョシュ?」
「ああ・・・そうだな。」
顔を上げて頷くジョシュ。
フレイとククリも黙ったまま眉を寄せていた。
「どうしたの?もうマリオンも女神もいないし、私達を苦しめる悪い奴らはいなくなったのよ。なのに浮かない顔して、みんな変だよ・・・。」
「いや、そういうわけじゃ・・・、」
そうジョシュが言いかけた時、巨大な手がレインを鷲掴みにした。
「ッ!」
巨大な手は女神のものだった。レインを握りしめ、高く持ち上げていく。
「クソッ!あの化け物め・・・まだくたばっていなかったか!」
咄嗟に反応したフレイが剣を抜いて女神の腕に斬りかかった。
フレイの刃が一閃し、レインを掴んでいた腕が斬り落とされる。
「危ないッ!」
突然ククリが叫んで駆け出した。
走りながら印を結び、呪文を唱えて古代の魔王を呼び出そうとしていた。
「剣聖!後ろです!」
ククリに言われて振り向くと、女神の拳がフレイの目前に迫っていた。
「チィッ!」
咄嗟に剣を構えて拳を受け流すフレイ。しかし女神が吐いた瘴気が直撃する。
「がはあッ!」
邪悪な瘴気で身体を侵され、フレイは苦痛に顔を歪めて倒れた。
「師匠ッ!」
ジョシュは陽炎の歩を使って一気に駆け寄り、フレイの身体を抱きかかえて女神から遠ざかる。
追いかけて来て拳を振り上げる女神に向かって、ジョシュはブレードから稲妻を放ち、槍で眉間を貫いた。
「オオオオオオオッ!」
頭を押さえて苦しむ女神に、ククリの召喚した魔王が迫って行く。
「行け、ヴァサーゴ!」
タコを逆さまにしたような身体を持ち、濁った紫の皮膚を振動させている。
大きな一つ目に鎌の生えた複数の腕を振り上げながら、ヴァサーゴが襲いかかった。
何本もの鎌が身体に突き刺さり、女神は顔を歪ませて苦悶の叫びを上げた。
しかし負けじと瘴気の吐息を吹きかけ、ヴァサーゴの腕を引き千切る。
怪物同士が争っている隙に、ジョシュは離れた所にフレイを寝かせた。
「師匠!大丈夫っすかッ?今すぐ活泉の気を・・・、」
そう言いかけるジョシュの言葉を遮り、フレイは彼の腕を掴んだ。
「俺のことはいい!お前の妹を・・・先に・・・。」
レインに目を向けると、彼女はぐったりと倒れ込んでいた。
「レインッ!」
「俺はいいからさっさと妹のところにいってやれ・・・。」
フレイの必死の形相に気圧され、ジョシュはレインの元へと駆け寄った。
「レイン!しっかりしろ!」
レインを抱きかかえると、その身体には五つの爪痕が残っていた。
そして爪痕から邪悪な黒い気が溢れている。
「まさか、体内に瘴気を注入されたのか・・・。
待ってろよ、今すぐに治してやる!」
レインを膝に寝かせて活泉の気を練り、両手に集めて叩き込んだ。
癒しのオーラがレインの身体から瘴気を追い払い、傷付けられた身体を治していく。
「・・・う・・ジョシュ・・・。」
目を覚ましたレインに、ジョシュはホッとしたように力を抜いた。
「ったく・・・油断してるから・・・。」
「・・・ごめんね。ちょっと強くなったからって、調子に乗ってたみたい・・・。」
「立てるか?」
「うん・・・大丈夫・・・。」
ジョシュの身体に掴まりながらレインは身体を起こし、女神の方に目をやった。
怪物同士の争いはヴァサーゴに分が悪く、ほとんどの腕を千切られて身体に噛みつかれていた。
そこから直に瘴気を注入され、ヴァサーゴの身体が黒く変色していく。
「こりゃ長くはもたねえな・・・。」
そう呟くジョシュの元にククリが駆け寄って来た。
「大丈夫かレイン!」
「はい、ジョシュのおかげでなんとか・・・。」
「そうか・・・。」
安心するククリの肩に手を置き、ジョシュは倒れるフレイを指差した。
「師匠が危ないんです!」
ククリは倒れるフレイを見て頷き、杖を構えて走っていった。
「こっち任せろ!君達は・・・。」
そう言って女神に目をやるククリ。ジョシュとレインは顔を見合わせて頷いた。
「大丈夫です。今度こそあの化け物にトドメを刺してやりますよ。」
「私も闘うわ。ジョシュと二人ならきっと勝てる、任せて下さい。」
フレイの元に腰を下ろし、ククリは治癒の魔法をかけながら言った。
「頼んだよ・・・。僕たちもサポートするから。」
女神と闘っていたヴァサーゴが悲痛な叫び声を上げた。
大きな一つ目が女神の手で掴み取られ、ブチブチと嫌な音を立てながら引き千切られていた。
手に握ったその目玉をグシャリと握りつぶすと、崩れ落ちるヴァサーゴに向かって拳を振り下ろした。
血を吹きあげながらヴァサーゴの身体は肉片になって飛び散り、原型を留めずに粉砕されてしまった。
「古代の魔王が一方的にやられるとは・・・。」
ククリの言葉は女神の化け物じみた強さを表していた。
ヴァサーゴの肉片を食い漁り、女神はその力を体内に取り込むと、傷ついた身体を再生させた。
背骨は剥き出しになり、胸の周りの肋骨にだけ僅かな肉が付いていた。
翼だった部分は骨と皮だけの腕に変わり、髑髏に薄皮だけを纏わせた恐怖の顔に変形していく。
黒紫の身体からは瘴気が立ち昇り、巨大な身体を起こして雄叫びを上げた。
そこにはもはや女神の面影は無く、悪魔のミイラのような姿をした怪物がいた。
「レイン、これが本当の最後の戦いだぜ。
なんとしてもコイツをぶっ倒して俺達の家に帰ろうぜ。」
「うん、ジョシュと一緒なら私、何にも怖くない。絶対に生きて二人の家に帰る。
そして・・・そこからそれぞれの人生を始めよう。」
女神は両手を振り上げて大きく叫んだ。
そしてレインに目を向け、その手を伸ばしてくる。
「・・・欲しい・・・魂が・・・、心が欲しい・・・。」
ジョシュはシールドを展開させて槍を構えた。
「行くぜ!」
「うん!」
ブースターを噴射させ、ジョシュは高く飛び上がって女神の腕を斬り払う。
そしてそのまま突進して女神の額にブレードを突き立てた。
「くらえ化け物ッ!」
ブレードから稲妻を放射して女神の顔を焼いていくジョシュ。
「ヴォオオウウウウッ!」
女神の長い髪がジョシュの身体を巻き取り、地面に叩きつけた。
そして目を光らせて光線を放つが、ジョシュのシールドがそれを跳ね返す。
自身の熱線で顔を焼かれて怯んだところに、レインの魔法が炸裂した。
「風よ、あいつの動きを封じて!」
女神の周りに風が集まって竜巻のように渦を巻き、その身体を締め上げていく。
ジョシュはその隙に身体に巻き付く髪を斬り払い、槍を伸ばした。
女神の胸に刃が突き刺さり、魔力を吸収していく。
「自分の力で焼かれるがいいぜ。」
胸部のハッチを開けて、吸収した女神の魔力を倍増させて撃ち出した。
「ガアアアアアアッ!」
ジョシュの熱線に焼かれ、女神は腕を振り回して悶えた。
「これも追加してあげるわ。遠慮なく受け取って。」
左右に伸ばしたレインの手から、光る螺旋状の槍が出現し、女神に向かって投げつけた。
槍は高速で回転しながら女神を貫き、床に刺さって彼女の動きを封じる。
レインが指から炎を放つと、槍に引火して爆発した。
もうもうと上がる煙の中で、女神は踊り狂うように苦しんでいた。
「ちったあ効いたか?」
槍を向けながら煙の中の様子を窺うジョシュ。
すると煙のシルエットの中で、女神は背中の二本の腕を持ち上げて魔力を溜めた。
闇のエネルギーが増大していくのを感じ、レインは身の周りに結界を張った。
「ジョシュ、強力な呪術が来るわ。気をつけて!」
「気をつけてって言われても・・・。」
とりあえずシールドを構えるジョシュであったが、レインが「それじゃダメ!」と叫んだ。
《ジョシュ、私と代われ》
青い目が紫に変わり、レイドが表に出て来て左手の穴を突き出した。
「ヴォオオオオオオンッ!」
雄叫びとともに女神の手から呪術が放たれた。
レインとレイドの周りに黒い魔法陣が現れ、そこから悪魔が出て来て二人の魂を奪い獲ろうとする。
レインの方は結界に阻まれて悪魔の手が届かず、逆にレインが放った封魔の術で悪魔は消滅していった。
レイドの方にも悪魔の手が伸びるが、左手の穴が強力な引力を発生させて悪魔を吸い込んでしまった。
そして吸い込んだ悪魔を黒い弾丸に変えて女神に撃ち返す。
女神は口を開けて瘴気を放ち、弾丸を溶かすと飛び上がってレイドを踏み潰そうとした。
咄嗟にバックステップでかわすレイド。しかし追撃の拳を喰らって壁に叩きつけられ、巨大な足で踏みつけられてしまった。
《・・・・・ッ!》
強烈な力で踏みつけられ、ミシミシと音をたてて装甲が軋んでいく。
女神が手を伸ばしてレイドを掴み、口を開けて飲み込もうちした。
しかし突然女神の身体に白い羽衣が巻き付いてきて、その動きを封じた。
「今のうちに逃げて!」
《了解!》
背中まで伸びる頭飾りの刃を振り回して女神の手を斬りつけ、開いた指の隙間からブースターを噴射させて宙に舞い上がるレイド。
レインは羽衣を動かして女神を持ち上げ、合掌した両手を前に突き出して魔法を唱えた。
すると大きなシャボン玉が現れて女神を包み、、その中に強力な魔法の酸が充満していった。
黄色く濁る酸の球体に閉じ込められ、表面が溶けていく女神。
「オオオオオオオ!」
雄叫びを上げて稲妻を放ち、女神はシャボン玉を吹き飛ばした。
《隙だらけだぞ》
レイドはシールドを弓に変え、光の矢を三本番えて上に向かって撃ち出した。
放たれた矢は空中で飛散し、矢の雨となって女神に降り注ぐ。
酸で爛れた身体に無数の矢が突き刺さるが、女神はまったくダメージを受けていない様子で反撃してきた。
背骨が伸びて尻尾が出現し、背後にいるレインを捉えて締め上げた。
「きゃああああああッ!」
レインのマーシャル・スーツは、魔法には強いが物理的な力には弱いようで、ミシミシと音をたてながら身体にヒビが入っていった。
女神は尻尾の先を毒針に変え、苦しむレインの胸元に打ち込んだ。
尻尾がドクドクと脈打って、瘴気の毒が注がれていく。
「あああああああああッ!」
毒と尻尾の力で苦しみ悶えるレイン。女神は身体に巻き付いた羽衣を引き千切ると、口を開けてレインに瘴気を放った。
「ああッ!いやああああああッ!」
「代われレイドッ!」
マーシャル・スーツの目が再び青の輝きに戻り、ジョシュは陽炎の歩を使って距離を詰め、
オーラのこもった槍を一閃させて尻尾を斬り落とした。
さらに槍を伸ばして女神の首に巻きつけ、力任せに地面に叩きつけた。
「レイン!」
床に投げ出されたレインを抱え、女神から距離を取るジョシュ。
「大丈夫かッ?」
「うん・・・なんとか・・・。」
強がりを見せるレインだったが、彼女の身体は深刻なダメージを受けていた。
身体じゅうにヒビが入り、毒針を打たれた胸は穴が開いて黒く変色し、さらに瘴気のせいで全身が痺れているようだった。
「すぐに治してやるからな。」
活泉の気を練ろうとするジョシュだったが、突然レインが立ち上がり、彼の身体を突き飛ばした。
次の瞬間、女神の口から放たれた光線がジョシュのすぐ横を飛んでいった。
「な・・・ッ!」
光線はそのまま壁を貫き、激しい煙を上げていた。
「レインッ!」
ジョシュが駆け寄ると、レインは左の肩から腹の辺りまでが消し飛ばされていた。
力を失くしたようにぐったりと倒れるレインを抱き起こし、ジョシュはその大声でその名を呼んだ。
「おいレイン!しっかりしろ!レインってば!」
「・・・・ジョ・・・シュ・・・。」
かろうじて生きていることにホッとしたジョシュだったが、深い傷はすぐにでも治さなければならなかった。
背後に殺気を感じて振り向くと、女神が再び呪術を放ってきた。
魔法陣の中から悪魔が現れ、ジョシュに掴みかかって魂を奪おうとしてくる。
「この・・・ッ!」
槍で斬り払おうとするが、刃は悪魔の身体をすり抜けてしまった。
「・・・ダメ・・・。物理的な力じゃ・・・。」
レインは手を伸ばして小さく叫んだ
女神は黒い魔力を纏って、強力な呪術を乱発してくる。
ジョシュの周りには無数の魔法陣が出現し、何匹もの悪魔がジョシュの身体に纏わりついてきた。
「やべえ・・・!レイド、代わってくれ!」
《無理だ・・・何か特別な力が・・・私を抑え込んでいる・・・。》
「特別な力って・・・・?・・・ん、なんだありゃ・・・?」
真上に不気味な気配を感じて見上げてみると、能面のような顔が笑いながら浮かんでいた。
真っ白な肌に真っ黒な細い目、そし不気味に笑う口元は見ているだけで恐怖を感じた。
《・・・おそらくあれだ・・・呪術の一種だと思うが・・・あれが私を封じている・・・。》
「ちくしょう・・・。あれも女神の仕業かよ・・・。」
纏わりつく悪魔達がジョシュの身体に手を入れて魂を抜き取ろうとする。
一匹の悪魔が魂を探り当て、強く握って身体から引き離そうとした。
「うわあああああああッ!」
堪え難い苦痛がジョシュの身体を襲い、悪魔達が奇声を上げて笑った。
「・・・ジョ・・・ジョシュ・・・。
誰か・・・ジョシュを・・・助けて・・・。」
涙を流して手を伸ばすレインだったが、彼女は立ち上がることもままならなかった。
《すまないジョシュ・・・。この戦い、お前に勝利をもたらすことは・・・。》
歓喜に沸く悪魔達だったが、突然現れた光の魔法陣に気づいて動きを止めた。
ジョシュの足元、そして頭上に二つの魔法陣が浮かび、光の柱となって繋がっていく。
頭上の魔法陣は不気味な顔を押し下げながら、足元の魔法陣は悪魔を押し上げながら圧縮するように閉じていく。
二つの魔法陣がピタリと重なると、不気味な顔も、悪魔達もその中に押し込められて魔法陣とともに消えていった。
「・・・助かった・・・。」
ジョシュはガクリと体勢を崩して膝をついた。
「でもこれは・・・?」
「大丈夫か二人とも!」
杖を構えたククリが慌てて駆けて来る。
「ククリさん・・・。今のはククリさんが・・・?」
「ああ、そうだ。遅れてすまなかった。
それよりレインは?」
「レインは・・・・・。」
ジョシュは横に倒れるレインに目をやった。
「なんて酷い傷だ・・・。」
ククリはレインを抱え起こし、杖の先に癒しの魔力を集めた。
それをそっとレインの身体に当て、毒と瘴気を打ち消していく。
「傷が大きすぎる。治すのに少し時間がかかるな。」
顔をしかめて治癒の魔法をかけ続けるククリに、レインは震えながら手を伸ばした。
「私はいいですから・・・あの化け物を・・・。」
レインの手を握り、ククリは優しく微笑んで言葉を返した。
「いや、レインを治す方が先さ。心配しなくても君には心強い仲間がいるんだから。
ねえ、ジョシュ君。」
「そうだぜ。お前はそこでちょっと休んでりゃいいさ。
傷が治る頃にはあの化け物もこの世からいなくなってらあ。」
ジョシュは槍を構え直して女神を振り向いた。
その視線の先には黄金のオーラを纏う剣を振りかざして、フレイが女神と闘っていた。
「ククリさん。レインのこと頼みます。」
「ああ、僕もすぐに行くからしばらく頼む。」
力強く頷き、ジョシュは飛び上がって女神に挑みかかった。
「ジョシュ・・・無茶しないでね・・・。」
レインの視線の先には、女神に槍を振り下ろすジョシュと、剣で女神を斬り払うフレイの姿があった。
「師匠!助けに来ましたよ!」
「ぬかせ!弟子に助けられるほど落ちこぼれておらんわ。」
相変わらずのかけ合いを見せながら、二人は女神を挟み打ちするように前後から攻撃を仕掛けた。
ジョシュの槍が炎を纏い、女神の背中に突き刺さる。
そして内部から爆炎を上げて女神を前方へ弾き飛ばした。
その反対側ではフレイが居合いの構えで待ち受けていた。
「喰らえい!陽炎の太刀、龍の風!」
鞘から抜かれた剣が龍の雄叫びと共に女神を斬りつけた。
「ヴォオオオオオッ!」
女神の胸に大きな傷が入る。
怒り狂った形相で痛みに耐え、女神はフレイにめがけて四本の腕を振り下ろした。
「危ない師匠!」
咄嗟に駆け出すジョシュだったが、急に女神の身体から黄金の光が放たれ、あまりの眩さに立ち止まった。
「な、なんだ・・・?」
フレイが斬りつけた傷から空気中のオーラが大量に流れ込み、女神の皮膚を破って一匹の龍が姿を現した。
「なんだ、あれは・・・?銀色の・・・龍・・・?」
銀色に輝く東洋の龍が女神の頭上まで舞い上がり、牙を剥き出して咆哮した。
フレイは銀の龍の頭に飛び乗り、再び居合いの構えをとった。
「行けい!我が剣に宿る銀の龍よ。その爪で敵を引き裂けい!」
銀の龍は雄叫びを上げて女神に向かっていった。
「陽炎の太刀が一つ、銀龍の爪!」
銀龍が爪を振りかざし、それと同時にフレイも居合い斬りを放った。
一瞬辺りが暗くなり、その中に銀に光る三日月の剣閃が走った。
そして次の瞬間、女神の身体に一筋の光が走り、頭から一刀両断されて倒れていった。
銀の龍は雄叫びを上げて姿を消し、着地したフレイは素早く剣を構え直して女神に向き合った。
「すげえ!何すかコレ?師匠こんなこと出来たんですかッ?」
興奮するジョシュにフレイは剣をかざして見せた。
「粋な神獣がこの剣に力を残してくれたようだ。
これがなければお前が妹を助けに行っている間に、とうに俺は死んでおったわ。」
「はああ・・・なんか分からんけどすごいですね。」
感心するジョシュに向かって、フレイは声を張り上げて言った。
「ボケっとするな。まだ終わっておらんぞ!」
一刀両断された女神はもぞもぞと腕を動かして自分の身体を引き寄せ、瞬く間に再生して立ち上がった。
「マジかよ・・・あれだけ強力な技を喰らって・・・。」
「どうやらコイツは威力があるだけの攻撃では死なんようだ。
完全に仕留めるには何か特別な力がいるのだろう。」
「特別な力・・・?」
復活した女神は背中の腕を翼に変え、大きく羽ばたいてジョシュの頭上に舞い上がった。
「気をつけろ!何かしかけてくるぞ!」
フレイとジョシュは武器を構えて迎撃の態勢をとった。
女神は翼を大きく広げると、一枚一枚の羽根を立たせて羽ばたいた。
翼から抜けた羽が黒い弾丸となってジョシュ達に降り注ぐ。
「これしき!」
ジョシュはシールドを展開させて弾丸を跳ね返し、フレイは風に揺れる柳のように軽やかにかわしていった。
女神は身を屈ませてもう一度羽ばたき、ジョシュ目がけて頭から突っ込んで来た。
「馬鹿が!隙だらけだぜ!」
ジョシュは女神に向かって飛び上がり、衝突する直前で方向を変えてフレード突き刺そうとした。
「いかん!離れろ小僧ッ!」
何かに気づいたようにフレイが叫ぶが、ジョシュは間に合わなかった。
身体の右側に凄まじい衝撃を受けて装甲を破壊され、そのまま地面に叩きつけられた。
大きな音が響いて床が揺れ、もうもうと煙があがっていた。
「馬鹿め!お前が迎撃しようとしたのは幻術だというのに・・・。」
女神は翼から羽の弾丸を放ち、床に埋もれるジョシュに容赦なく打ち込んだ。
床が砕かれて破片が飛び散り、黒い炎が上がって爆発する。
「小僧おおおおおッ!」
フレイは叫びながら飛び上がり、突きの構えをとってオーラを溜めた。
「喰らえい!銀龍の咆哮!」
突きを放つと剣から螺旋状のオーラが放たれ、龍の姿に変わって女神を直撃した。
「吹き飛べい!」
フレイはさらにオーラを込めて吹き飛ばそうとするが、女神は翼を羽ばたかせて力で押し返した。
「馬鹿な・・・神獣の力が圧倒されているだと・・・。」
二度、三度と羽ばたき、螺旋の龍は吹き飛ばされて消滅していった。
女神は雄叫びを上げてフレイに向かって突撃してくる。
「チィッ!化け物が!」
陽炎の歩を使って避けようとしたが、女神のスピードは予想以上だった。
「がはあッ!」
フレイは巨大な拳をくらい、血を吐きながら壁に叩きつけられた。
大きな音を響かせて壁にめり込み、頭から血を流して気を失ってしまった。
二人を倒した女神は、部屋の隅に屈んでいるククリとレインに目を向けた。
「くそッ・・・。まだ治癒の魔法は終わってないのに・・・。」
鬼気迫る目で女神を睨むククリ。
レインは手を伸ばして彼の肩を掴んだ。
「先生・・・私はいいから逃げて下さい・・・。このままじゃ全員が・・・。」
「何を言っているんだ。例えこの命に代えても、愛しい弟子を死なせやしない。」
一旦治癒の魔法を中断し、ククリは地獄から魔王を召喚した。
「出でよ、飽食の魔王アバドン!」
床の魔法陣から巨大な口を開けた化け物が現れた。
ヘドロのように腐敗した身体を持ち、顔の半分以上もある口を開いて咆哮を上げる。
そして濃い紫の舌が、蛇のようにうねって女神に向かっていった。
ククリは続けざまにもう一体召喚した。
「出でよ、貪欲の蛇龍ニーズホッグ!」
アバドンと同様に大口を開けた蛇龍が魔法陣から這い出て来た。
全身が灰色の頑丈な鱗で覆われ、大きな顔の上に不気味に光る小さな目が付いていた。
アバドンの舌に巻き取られてもがいている女神に、ニーズホッグは蛇のように顎の関節を外し、大口を開けて襲いかかっていった。
女神は腕力で舌を引き千切り、翼を腕に変えてニーズホッグに掴みかかった。
凄まじい雄叫びをあげながら、三体の化け物が取っ組み合いを始める。
「あの二体もそう長い時間稼ぎは出来ないだろう・・・。
その間になんとか君を治してみせる。」
持てる魔力の全てを注いでレインの回復にあたるククリ。
しかし連戦続きで強力な魔法を使い過ぎた為に、ククリの身体は限界に達していた。
魔力の酷使で魂への負担が増し、口から血を吐いた。
しかしレインへの回復魔法はやめようとしなかった。
「先生!もういいです!それ以上力を使ったら先生が・・・。」
「ははは、なあに、これくらい軽いもんさ。
もし僕が死んでも、レインとジョシュ君が生き残ってくれればそれでいい。
剣聖だってそう思っているはずさ。」
背後から苦痛を叫ぶ獣の声が響いた。
女神の拳がニーズホッグの身体を貫通し、足が尻尾を踏み砕いていた。
アバドンが吠えながら体当たりをかまし、女神の腕に噛みつく。
しかし背中の拳がアバドンの目玉を抉り出し、女神は口から灼熱の業火を拭いてアバドンを焼いていく。
「もってあと二、三分ってところか・・・。」
ククリはレインの顔を持って自分の額に当て、目を閉じて自分の生命エネルギーの全てを注ぎ込んだ。
「がは・・・ッ!」
力を使い果たしたククリは血を吹き出してレインの膝に倒れた。
「先生ッ!」
傷の癒えたレインがククリを抱きかかえる。
「先生、しっかりして下さい!死んじゃダメですよ。死んだら許さないからッ!」
回復の魔法を苦手とするレインは、瀕死のククリを救う術を持っていなかった。
強く彼の身体を抱きかかえ、立ち上がってフレイの名を呼んだ。
「フレイ剣聖!ククリ先生が・・・このままじゃ先生が死んじゃう!
どうしたら・・・私はどうしたら・・・。」
レインのか細い泣き声がこだまし、気を失っていたフレイの意識を呼び覚ました。
めり込んだ壁の中で目をあけ、フレイは剣を握りしめて這い出て来た。
「まったく・・・どいつもこいつも・・・。
死ぬのは年長の者からと決まっているのに。
どうして俺より先に死の淵に立とうとするのか・・・困ったもんだ・・・。」
フレイは壁の中から部屋を見下ろした。
「小僧、ククリ・・・。すまんな、俺が不甲斐ない為に・・・。
例えこの身が砕かれようと、俺はこれ以上愛する者達を死なせたりせんぞ・・・。」
壁の中で剣を構え、最大のオーラの練って気を高めていくフレイ。
剣から眩い黄金のオーラが溢れだし、光の剣となって伸びていく。
左手でそのオーラを少しだけ吸い取り、フレイはククリに目を向けた。
「ククリよ、俺は先にいくぞ。後のことは任せた!」
そう言って左手からオーラを放ち、ククリに打ち込んだ。
フレイのオーラを受けたククリの身体が跳ねるように飛び上がり、床に落下していく。
「先生!」
咄嗟にレインが受け止め、不安そうに見つめた。
しかしククリの身体から大きな気が満ち溢れてくるのを感じ、安堵のため息をついた。
「先生・・・。」
ククリはうっすらと目を開け、手を伸ばしてレインの頭を撫でた。
「ははは・・・さすが剣聖の渾身のオーラ。どんな魔法よりもよく効くね。」
ククリはレインの腕から飛び降り、壁の中に立つフレイを見つめた。
フレイの剣に纏う特大のオーラは、彼自身の命を燃やしているものだった。
ククリは真っすぐにフレイを見つめた。
「剣聖・・・。」
フレイは僅かに笑って頷き、女神に目を向けた。
ニーズホッグは口から胴体を引き裂かれて、そしてアバドンは頭を叩きつぶされて葬られていた。
「醜い化け物め。この世界はお前など必要としていない。
マリオンが倒れた今、お前は新世界の神でもなんでもない。ただの悪魔だ!」
フレイの剣がさらに輝きを増して伸びていく。
そのオーラは彼の身体も包み込み、龍の幻影が背後に浮かんでいた。
「残された者達が必ずお前を倒すだろう。
その礎となる為、我が命の刃がお前を切り裂く!
受けてみよ、陽炎の太刀、黄色の牙ッ!」
壁を砕く勢いで飛び出し、フレイは剣を突き出して女神に向かっていった。
剣とフレイ、そして龍の幻影が一体化して黄龍の姿となり、咆哮をあげて女神に直撃した。
「ヴォウオオオオオオッ!」
身体から瘴気を放ってフレイの技を受け止める女神。
四本の腕が黄龍の頭を抑え込もうとするが、神々しいオーラがその腕を粉砕していった。
口を開けて、牙を剥き出した黄龍が女神の頭に食らいつく。
「グゴヴォオオオオオッ!」
女神は必死に身体を動かして振り解こうとする。
しかし強力な呪術も、瘴気の吐息も、全身から放つ衝撃波も、黄龍にはまったく効かなかった。
尻尾の毒針を打ち込むも黄龍の鱗を貫通することは出来ず、逆にポキリと折れてしまった。
黄龍の牙から大きな自然の気が流れ込み、女神の身体をボロボロと砕いていく。
「ヴウアアアアアアアアッ!」
発狂して踊り狂うように女神は暴れ、耳を塞ぎたくなるような奇声で叫んでいた。
突き立てた牙をさらにめり込ませ、黄龍はトドメとばかりに頭を噛み砕いた。
そして全身から黄金のオーラを放ち、凄まじい閃光と共に女神の身体を吹き飛ばした。
「うわああああ!」
「きゃああああああ!」
光が部屋じゅうに溢れ、強力なオーラの波動が広がっていく。
「くッ・・・どうなった・・・?」
徐所に光が弱まっていき、部屋が見渡せるようになると黄龍の姿は消えていた。
「女神はッ?」
レインが部屋を見渡すと、女神は燃えカスのようにバラバラに飛び散っていた。
「す・・・凄い・・・。」
驚く顔を見せて、レインはククリを振り返った。
「先生!剣聖が、フレイ剣聖が・・・自分の命と引き換えに・・・。」
女神を倒したことの喜びと、フレイが命を落としたことの悲しみが入り混じり、複雑な気持ちになっていた。
ククリはじっと女神の残骸を見つめた。
そしてこめかみに冷や汗を流しながら呟く。
「まだだ・・・まだ生きている・・・。」
ククリは感じていた。飛び散った肉片から女神の邪悪な鼓動が響くのを。
そんな馬鹿なと思って残骸に目をやるレイン。
しかしすぐにククリと同様のことを感じて後ずさった。
「そ、そんな・・・。せっかく剣聖が命を懸けたのに・・・そんな・・・。」
床に散らばった肉片から邪悪なオーラが伸びていき、お互いの肉片同士が引き合うように寄り集まっていく。
集まった肉片はスライムのようにグネグネと融合し、蠢きながらに元の姿に戻ろうとしていた。
レインは言葉を失ってその光景を見ていた。
ククリが杖を構えてレインの横に立ち、覚悟を決めた顔で彼女の肩に手を置く。
「あれは普通の化け物じゃない。古代の魔法の力と、もう一つ禍々しい力が宿っている。
よく女神の気を探ってごらん。」
ククリに言われて、レインは恐る恐る女神の気を注意深く感じてみた。
そしてとてつもなく大きな力の奥に、言いようの無い禍々しい何かが蠢いているのが分かった。
「いやあ!怖い・・・。何、この禍々しい思念は?」
頭を押さえてぶるぶると身体を震わせるレイン。ククリは一歩前に出て説明した。
「恐らくあれはマリオンに逆らって処刑された者達の思念だろう。」
「処刑された思念・・・。でもどうしてそんなものが?」
不思議そうに尋ねるレインに、ククリは辛そうに目を閉じて上を向いた。
「マリオンはね、自分の野望の為なら手段を選ばないんだよ。
マリオンの行いを正そうと諭した者、戦いを挑んだ者、そういう者達は彼女に傷一つつけることも出来ずに処刑されていった。
その無念がどれほどのものか、マリオンは知っていた。
だからこそ強力な力になると思ってそれを女神の中に取り込んだのさ。
自分の野望の為なら、死んでいった敵の無念の思いまでをも利用する。
マリオンとはそういう奴さ。」
「そんな・・・。じゃあ処刑された人達がマリオンの野望そのものになっているってことじゃないですか!」
「そうだよ。だからこそあの女神は憎くて仕方ないんだろうね、目に映るもの全てが。
古代魔法と無念の思念体達。
これが混ざり合った女神を葬るには普通の手段じゃ駄目だ。
何か特別な力じゃないと。」
「特別な力?それっていったい何ですか?」
「分からない。それさえ分かれば突破口はあるんだけど・・・。」
ククリは無理に笑っておどけて見せた。
しばらく女神を見て考え込むレインだったが、ハッとして顔を上げた。
「ジョシュはッ?ジョシュはどうなったの!」
焦ったように辺りの気を探るレイン。
女神が立つ傍に砕かれた床があり、そこから微かにジョシュの気が漏れていた。
「ジョシュ!」
駆け出そうとしたレインの腕をククリが掴んだ。
「待て!不用意に近づくな!」
「放して下さい!ジョシュを助けないと!」
「彼なら大丈夫だ。恐らく今は気を失っているだろうけど、代わりにレイドが傷の修復を行っているはずだ。」
ククリは杖で女神を差してレインを見つめた。
「いいかい、もう少しすればジョシュ君は復活してくる。
僕はそれまで時間を稼がなければいけない。その為にはレインの力が必要だ。
僕をサポートしてくれ。」
強い意志の宿った目でククリに見つめられ、レインは俯いて口を開いた。
「まさか先生まで死ぬつもりじゃないですよね・・・。」
ククリはその質問には答えず、杖を振って女神の方に歩いて行った。
「レインとジョシュ君がマーシャル・スーツの力を合わせて闘えば、必ず突破口が開けると信じている。
だから僕は僕に出来ることをやるだけさ。」
「先生・・・。」
女神の身体は完全に復活しつつあった。
「化け物め。効くかどうかは分からないが、僕の奥義をその身に味あわせてやるさ。」
完全に復活した女神の雄叫びが響き、ククリ達に顔を向けて襲いかかってきた。
「来い!偽りの女神よ!」
身体の前で杖を回転させて防壁魔法を張り、女神の突進を受け止めるククリ。
「ぐう・・・ッ!なんというパワーだ・・・。」
「先生!」
飛び上がったレインが両手から光の縄を放って女神を縛りつけ、電流を流した。
低く呻いて女神は動きを止め、腕を振り払って縄を振りほどいた。
「来たれ!地獄の墓標よ!」
ククリが魔法を唱えると、女神の周りに五つの墓標が出現した。
「墓標に封じられし悪魔達よ。その魔力と憎悪をもって敵を滅せよ!」
墓標に記された紋章から角と翼を持つ黒い悪魔達が現れ、口を開けて苦痛の叫び声を上げた。
「ゴウヴウウウウウオオオッ!」
悪魔達の叫びは魔力を帯びた超音波となって女神に襲いかかり、その身体にヒビを入れていく。
「こっちも喰らいなさい!」
レインは指を二本立てて腕を振りかざし、溜めた魔力を放出した。
「敵を貫け!インドラの槍!」
女神の頭上に槍を構えた東洋の鬼神が現れ、手に持った槍を女神に向かって投げ下ろした。
「ヴォアアアアアッ!」
槍は女神の身体を貫通して床に突き刺さり、レインは指を一本立てて上に向かって突き上げた。
「鬼神よ、我が敵を打ち滅ぼし給え!帝釈天の雷光!」
レインの指から雷が放たれ、女神に突き刺さった槍に落ちた。
凄まじい雷鳴と閃光が広がり、女神は腕を持ち上げて苦悶の表情を見せた。
ククリも負けじと印を結ん呪術を放つ。
「醜悪なる屍よ、その欲望と怒りと吐き出すがいい!死屍の晩餐!」
女神の足元に邪悪な気が渦巻き、黒く滲む液体が広がっていく。
その中からドロドロに溶けた肉体を持つ無数の餓鬼が現れ、女神の身体に纏わりついていく。
歓喜の声を上げて女神の身体に齧りつき、爪を立てて肉を喰いちぎっていった。
「ヴォオオオグウオオオオオッ!」
身体を捩じらせて女神は悶えていた。
墓標の悪魔、雷神の槍と雷、そして無数の凶暴な餓鬼どもが女神に苦痛を与えていく。
女神は堪りかねたように四本の腕を振りまわして墓標を破壊していった。
悪魔達が声を上げながら消えていき、女神は身体に刺さった槍を抜いて餓鬼どもを叩き潰していった。
「ゴウアアアアアアッ!」
そして顔を歪めて口を開け、背中の腕を翼に変えて羽ばたかせた。
黒い風が巻き起こって餓鬼は粉々に吹き飛ばされ、槍をへし折ってレイン達に投げつけた。
「クソッ!まったくダメージを受けていないのか?」
女神は多少傷ついていたものの、何事もなかったかのように襲いかかってくる。
「このおッ!」
レインは握った手を交差させ、二本の指を立てて冷却魔法を放った。
「芯まで凍りなさい!」
女神の周りに雪の結晶が輝き、次の瞬間には巨大な氷柱が出来あがっていた。
冷気が辺りに吹き抜け、女神はその中で凍っている。
「このまま次元の彼方に吹き飛べ!」
ククリは杖で円を描き、亜空間への扉を開いた。
ぽっかりと開いた黒い穴から強力な引力が発生し、女神は凍ったままその中へと吸い込まれていった。
「ふん!」
印を結んで杖を振りかざし、ククリは亜空間への扉を閉じた。
「どうだ・・・。」
注意深く見守るククリの横にレインが降り立った。
「お願い、これで決まって・・・。」
一旦は完全に消え去った女神の気が、だんだんと大きさを増して二人のいる空間に近づいて来る。
「駄目か・・・。」
バキバキと音をたてて空間がヒビ割れ、そこから四本の腕が伸びて来て強引に空間のヒビ割れを押し広げていった。
「ヴヴォオオオオオオオッ!」
怒りの形相で女神が現れ、手を伸ばしてレインに掴みかかろうとした。
素早く後ろへ飛んでかわすレインだったが、腕が伸びて来て捕えられてしまう。
「うう・・・。」
間一髪で防御結界を張ったレインだったが、女神の力は今にも結界を砕かんとしていた。
「これ以上僕の弟子を傷つけさせるか!」
ククリは地獄の魔獣ガルムを呼び出し、自らに憑依させて女神の身体に突進していった。
硬い物同士がぶつかる乾いた音が響き、女神はレインを手放して後退した。
「うおおおおッ!」
ククリは女神に杖の先を向けて飛び上がり、胸元に突き刺して毒を流し込んだ。
「どうだ化け物、死神特製の毒の味はッ!」
女神は怒りの声をあげてククリを掴み、握りつぶそうとした。
「ぐあああああッ!」
「先生ッ!」
レインは手に光を集めて弧を描き、光のチャクラムを作って投げつけた。
「ヴォオウウウッ!」
女神は口を開けて瘴気を放ち、光のチャクラムを溶かして尻尾を伸ばす。
レインは素早く横に飛んでそれをかわし、六つの宝玉を呼び出した。
「炎の精霊よ、ククリ先生を助けて!」
六つの宝玉の一つが光り、紋章から輝きを放って燃え盛る巨大な虎が現れた。
「グオオオオオンッ!」
虎は雄叫びをあげて女神に飛びかかっていった。
爪が腕の一本を斬り落とし、牙が肩を抉るように噛み千切った。
女神は口を開けて炎の虎に襲いかかるが、炎弾を吐かれて顔を吹き飛ばされてしまった。
虎は尻尾でククリを絡み取り、女神の手の中から助け出した。
「大丈夫ですかッ?」
レインか近くに飛び寄ると、ククリは「チャンスだ!」と叫んで虎の尻尾から飛び降りた。
「レイン!もう少しの間女神を抑え込んでくれ!」
ククリは女神の足元で精神を集中させ、目を閉じて瞑想を始めた。
「先生・・・まさかあの魔法を・・・。」
ククリが最大最凶の呪術を使うつもりであることを感じて、レインは結界を張ってその場から離れていった。
「はああああッ!」
手を上げて宝玉から虎に力を送り、顔を再生させていく女神に攻撃を加えた。
目を赤く光らせて虎が唸り、燃え盛る爪で女神の身体を引き裂いた。
そして二発、三発と炎の爪を叩きこんでいく。
再生した顔も叩き潰され、女神はたまらず膝から崩れ落ちていった。
「もういいわ、戻って!」
虎を宝玉に戻し、レインは呪術防御の結界を張ってさらに離れていった。
女神の足元では、恐ろしいほどの邪気を纏ったククリが杖を振り上げていた。
陰の気が杖の先端に集まり、揺らめく髑髏の幻影が浮かび上がる。
「我が最大の奥義、フルパワーで受けてみよ!骸の宴!」
ククリは渾身の力で床に杖を突き刺した。
すると途端に杖の先から邪悪な渦が広がり、部屋の半分ほども覆っていった。
そこから東洋の怨霊や餓鬼、腐敗した鬼が無数に現れた。
グリムの時と同様に歓喜の声を上げながら踊り狂い、虎によって傷付けられた女神に一気に群がっていった。
虎の爪によって燃え盛るミイラのような身体を貪り始め、嫌な音を立てながら噛み砕いていく。
「ぬううううう・・・。」
強力な魔法の連続使用、そして最大奥義の二度目の使用は確実にククリの魂を削っていく。
目と耳から血を流し、食いしばった口元からも血が流れていた。
鼓動が異常なまでに早くなり、もはや気力だけで闘っている状態だった。
しかし彼の奥義は今までのどの魔法よりも女神にダメージを与えていた。
「先生!」
レインが声を上げてククリの元へと飛んできた。
「先生、もういいです!それ以上やったら先生は・・・。」
ククリの袖にしがみ付くレイン。
彼女の防御結界の周りには、怨霊どもが集まって結界を破壊しようとしていた。
しかしそんなことも気にせず、レインはククリの傍から離れようとしなかった。
「レイン・・・君は僕の一番の愛弟子だよ。」
ククリは血の流れる目でレインを見つめた。
レインはその目をまともに見れず、悲しげに俯いてしまった。
「嘘です・・・。一番弟子はシーナだって言ってたじゃないですか・・・。」
「ははは、レインもシーナも僕にとっての一番弟子だよ。
どっちが上かなんてない。二人とも僕の可愛い弟子さ。
残念ながら、シーナを守ってやることは出来なかったけどね・・・。」
ククリは俯くレインの頭に手を置いて笑った。
「だからこそ、君まで死なせるわけにはいかないんだよ。
弟子が師匠より先に死ぬなんてあってはならないことだ。
君は僕や剣聖の意志を継いで、ジョシュ君と共にこの化け物をぶっ飛ばしてくれ。
いつだって・・・未来を紡ぐのは君達若者なんだから。」
「・・・・・・先生・・・。」
レインの頭をぐしゃぐしゃっと撫で回し、ククリは彼女の身体を突き飛ばした。
「きっともうすぐジョシュ君が復活してくる。
必ずこの化け物を倒してくれ・・・じゃあね、僕の最愛の弟子よ。」
「先生ッ!」
ククリは残る全ての力を杖に込めた。
床に広がる邪気の渦が力を増し、より強力な、そしてより多くの怨霊や鬼が溢れ出て来た。
その凄まじい波動にレインは壁まで吹き飛ばされた。
「むうううううんッ!」
身体じゅうから血を吹き上げ、ククリが最後の力を込めた。
床に広がる邪気が浮き上がって球状になり、地獄の亜空間となってククリとともに女神を飲み込んでいった。
「ククリ先生えええええーーーーッ!」
黒い風を放って空気を揺らし、地獄の亜空間は収縮して消えていった。
そしてその後には、何事も無かったかのような静寂だけが残された。
「そ、そんな・・・先生まで・・・。」
膝をついてがっくりと項垂れるレイン。
力無く腕を下げ、大きな叫びと共に顔を上げた。
「わああああああああんッ!先生えええーーッ!」
魔力のこもった拳で何度も床を殴りつけ、六つの宝玉がレインの悲しみに呼応するように光を放っている。
まるで子供のようになきじゃくり、行き場を失った魔力が乱射するレーザーのように部屋じゅうを破壊していく。
そして泣くだけ泣いて泣き止んだ頃、フラフラと立ち上がってジョシュの埋まる床の方へと歩いていった。
「ジョシュ・・・ジョシュ・・・早く目を覚まして・・・。
私・・・また一人ぼっちになっちゃう・・・ジョシュ・・・。」
大きな穴の開いた床には瓦礫が積り、まったく中が見えなかった。
しかしジョシュの気を頼りに、レインは瓦礫を掴み捨ててジョシュを捜していった。
「・・・ふうう・・・ヒック・・・。ジョシュ・・・どこ、どこにいるの・・・。」
涙も枯れて虚ろな顔でひたすら瓦礫を取り除いていくレイン。
しかし突然背後に強い邪気を感じて振り返った。
見ると床に大きな黒い滲みが浮き上がっている。
そしてそこから巨大な力を持った何かが迫って来るのを感じた。
レインは無言のまま立ち上がり、黒い滲みをただ見つめていた。
滲みは徐々に広がっていき、そこからヌッと巨大な手が出て来た。
続いて三本の腕が現れて床に爪を立て、黒い滲みの中から女神が飛び出して来た。
「・・・・・・・・・。」
レインは無表情でその光景を眺めていた。
そして虚ろな目で女神を見上げる。
「ヴォオオオオオオオッ!」
雄叫びを上げて手を伸ばし、棒立ちになっているレインを掴みあげる女神。
醜い顔を近づけて口を開いた。
「・・・欲しい・・・心・・・魂・・・・・・欲しい・・・。」
女神の声には悲しみがあった。
それはまるで、母親に乳をねだる子供のようにも感じられた。
ひたすら欲しいを繰り返し、地団駄を踏む女神。
レインは俯いて目を逸らし、消え入りそうな声で呟いた。
「あげない・・・。私の大切な人達を奪ったあんたんなかに・・・何もあげたりしない・・・。」
レインの拒絶を感じた女神は怒りの形相で力を込めた。
巨大な手に握られたレインの身体がミシミシと音を立てる。
しかしレインは表情一つ変えることなく叫んだ。
「あんたにあげるものなんてないッ!」
「ヴォゴウウウオオッ!」
女神はさらに怒って地団駄を踏み、「ホジイイイイイイッ!」と泣き喚く。
「うるさいのよ!この化け物ッ!」
虚ろな目が憎しみの色に変わり、レインは女神に向けて叫んだ。
「あんたさえいなきゃ・・・先生も・・・剣聖も死ぬことはなかった・・・。
ジョシュも酷い目に遭わずに済んだし・・・シーナだってあんたの犠牲者よッ!」
六つの宝玉が光り出し、レインの魔力が増大していく。
「許さないッ!私はあんたを絶対に許さないッ!
あんたなんか、消えてなくなればいいんだああああああッ!」
溜まった魔力が放出され、女神の腕が吹き飛ばされた。
レインは女神の頭上に舞い上がり、宝玉の魔力を両手に溜めて解き放った。
「消えてなくなれえええッ!破滅の威光ッ!」
女神の内部から光の柱が突き出て、閃光を放って大爆発を起こした。
無数の肉片になって飛び散る女神。
しかしすぐに肉片同士が寄り集まって再生を始める。
「分かってるわ、復活するんでしょ?
だったら何度でも葬ってやる!
生き返るのが嫌だってくらいに、何度でも消し飛ばしてやるッ!」
留まるところを知らないレインの魔力が何度も女神を破壊していく。
しかしその度に女神の身体は再生され、それをまたレインが破壊するという状態が延々と続いた。
もはや魔導核施設の巨大な部屋は原型をとどめておらず、レインの魔法は天井を突き破って数キロ離れた地上まで達していた。
ジョシュは朦朧とする意識の中で、怒りと悲しみで泣いているレインの叫びを聴いていた。

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