勇気のボタン 二人の道 第一話

  • 2014.02.03 Monday
  • 15:15

蒸し暑い風が雲を運び、晴れた空をどんよりと覆っていく。
頬に冷たい滴が当たって空を見上げると、瞬く間に目も開けられない程の雨が襲ってきた。
「やべえ!ずぶ濡れになっちまう!」
近くのコンビニ避難し、ガラス窓から土砂降りの外を睨んで顔をしかめた。
「こりゃしばらく出られそうにないな。ちょっと立ち読みでもして時間を潰すか。」
コミック雑誌を手に取り、適当に内容を読みとばしていく。
「あの漫画、連載終わったのか。なんだよ、けっこう好きだったのに。」
お気に入りの漫画が載っていないことに腹を立て、パラパラとページを捲っていく。
すると誰かが後ろを通り過ぎ、よく知る匂いが鼻をくすぐった。
「・・・・・・・・・・・・・。」
俺は心臓が爆発するほど緊張して、漫画に顔を向けたままチラチラとその人物を見た。
「・・・やっぱり藤井・・・。」
どうやら向こうは俺に気づいていないらしい。
猫缶とジュースを手に取り、足早にカウンターへ向かって行く。
ポケットからボロボロの茶色い財布を取り出し、小銭をカウンターに並べて店員に相槌を打っていた。
「・・・相変わらずだな、あの腰の低い態度。ボロい財布もそのままだし・・・・。」
漫画から顔を上げ、思わず藤井に見惚れる。
店員と話す声が聞こえて来て、俺は思わず熱いものが込み上げて目を伏せた。
あの声、あの顔、あの雰囲気、そして・・・あの笑顔。
どれもこれもが、鮮明に俺の心に残って離れない。
もっと見ていたいと思うが、これ以上は堪えられなくなって店を出ることにした。
「こんな所で泣いたら馬鹿らしいしな。見つからないうちに退散だ・・・。」
漫画を元に戻し、気づかれないように俯きながら自動ドアへ向かう。
しかし誰かが近づく気配を感じて思わず顔を上げると、ドンとぶつかってしまった。
「ああ!ごめんなさい!」
ぶつかって来た相手は申し訳なさそうに頭を下げ、伏し目がちに俺を見上げた。
そしてその瞳に俺が映った瞬間、「あ!」と素っ頓狂な声を出して固まった。
「・・・ああ・・・・、よう。・・・久しぶり・・・。」
俺は苦笑いを見せながら手を上げる。背中に冷たい汗が流れ落ち、鼓動が跳ね上がって口から心臓が飛び出しそうになる。
「・・・・あ・・・・ええ・・・・。」
藤井は一瞬で顔を真っ赤にして、サッと目を逸らす。
まるで見知らぬ土地にやって来たかのように困り果て、オロオロとレジ袋を握りしめていた。
二人の間に気不味い空気が漂う。
半年ぶりの再会は、二人の間に空いた溝をさらに広げていたようだ。
何か喋らないと思い、必死に言葉を探すが何も出てこない。
ただ気不味い時間だけが流れ、俺は堪え切れなくなってもう一度手を上げた。
「そ・・・・それじゃ・・・・。」
緊張のあまり声が裏返り、逃げるようにドアへ向かう。
そして、自動ドアのガラスに映る藤井が、躊躇いがちに手を伸ばしてきた。
そっと俺のTシャツの裾を掴み、ガチガチに緊張した顔で何かを言おうとしている。
・・・なんだ?何を言うつもりだ藤井?散々言い争って、散々傷つきあって別れたはずなのに、今さら何を言おうとしている?
もう一度やり直そうとか?それとも借りた金を返してないとか?いや、もしかしたらまだ文句を言い足りないだけか?
ほんの一瞬で様々なことが浮かび、俺は藤井の言葉を聞くのが怖くなって息を飲んだ。
ガラスに映る藤井が、震える唇を動かして何かを伝えようとしている。
俺は全ての感覚を聴覚だけに研ぎ澄まし、藤井の口から出て来る言葉を聞き取ろうとした。
・・・・しかし、肝心の俺の肝っ玉は、まったく準備が出来ていなかった。
緊張と恐怖で顔が引きつり、もはや心拍数が限界まで達している。
藤井がクイっと俺のTシャツの裾を引っ張り、かすれるほど小さな声で喋りかけてきた。
「・・・あ・・・あの・・・お願いが・・・・・。」
その瞬間、俺は店から出て逃げ出していた。
シャツを掴んでいた藤井の指が外れ、「あ!」と何かを言いたそうな声が追いかけてくる。
いいよもう!何も話すことなんかないんだからやめてくれ!
ようやく最近心が落ち着いてきたのに、また苦しめないでくれ!
もう・・・もうお前とのことで傷つきたくないんだ!
心の叫びを必死に押し殺し、ダッシュで家路へと駆け抜ける。
さらに勢いを増した夕立が襲いかかってきて、服も靴もグショグショに濡れていくが、そんなことはお構いなしに走った。
・・・俺はまだ・・・藤井のことを・・・。
半年ぶりの再会が、またしても傷心を刺激し、藤井のことを思い出させていく。
あんなに仲が良かったのに。
動物と話せるなんて不思議な力を持った者同士が、こうして巡り会えたのに。
二人で協力して、色んな動物を助けて来たのに。
ほんの・・・ほんの些細なことが、俺達をダメにした。
タバコの残り火から家が燃え上がるように、ほんの小さな亀裂が、俺達を引き裂いた。
お互いに罵り会い、お互いに傷つきあい、泣きながら別れたあの日。
そう、あの日もちょうど、こんな風に雨が降っていたんだ。
季節外れの、夕立のような大雨が・・・・・・・。
 

            *
 

〜半年前〜

季節は冬。ほんの束の間の秋があっさりと通り過ぎ、冷たい木枯らしが枯葉を揺らしている。
俺は動物達と一緒に公園のベンチに座り、暖かい缶コーヒーをすすっていた。
「うう、寒い・・・。こんなに寒いと凍っちまうぜ。」
たっぷりと太ったブルドッグのマサカリが、肉に顔をめり込ませてブルブルと震える。
「そんだけ太ってどこが寒いのよ。いつでも脂肪のコートを着てるくせに。」
白猫のモンブランが呆れた顔で言い放ち、猫パンチでマサカリの背中を叩く。
「こいつは我慢ってのが出来ないんだよ。食う、寝る、ウンコする。
それ以外の道から外れると、顔を肉にめり込ませて愚痴を言うしか出来ないんだから。」
ハムスターカモンが俺のダウンジャケットの隙間から顔を覗かせて毒を吐く。
「でも寒いもんは寒いぞ。こう寒くちゃミミズだって獲れなくなる。」
俺の頭の上で、オカメインコのカモンが翼を広げる。
「私は寒いのは苦手だわあ。あんた達は恒温動物だからいいわよねえ。
爬虫類に冬は堪えるのよ、まったく・・・・・。」
イグアナのマリナはトカゲ用のセーターを着て寒さに身を縮めている。
「でもこれ暖かいわあ。さすが藤井さん、気が利くわよねえ。」
マリナが着ているセーターは、藤井が編んでくれたものだった。
変温動物のマリナが、寒い思いをしないように秋の終わりにプレゼントしてくれたものだった。
「ほんとにいい彼女を持ったよなあ、悠一は。料理も上手いしセーターも編めるし。
それに人間にも動物にも優しいしよ。」
マサカリがニヤけた顔で頭を突いていくる。
「でもまあ、藤井だって好きで悠一と付き合ってんだ。
こんな甲斐性無しの馬鹿のどこがいいのか分からねえけど、こいつと付き合うっていうだけで、けっこうな変わり者だと思うぜ?」
カモンの毒舌にみんなが頷く。
「そうよねえ、あんなに良い子ならもっとマシな男と付き合えるはずなのに、どうして悠一なのかしら?」
モンブランも不思議そうに首を捻り、寒さに堪えかねて俺の膝に乗ってくる。
そして真っすぐに俺を見上げ、尻尾を振って尋ねてきた。
「悠一と藤井さん、付き合ってどれくらいだっけ?」
「そうだなあ。去年の夏の終わり頃からだから、もう一年以上経つことになるな。」
「けっこう長く続いてるわね。大きな喧嘩もないし、浮気もないし、悠一けっこう頑張ってるじゃない。」
モンブランがマセた顔で肘を突いてくる。
するとすかさずカモンがツッコミを入れた。
「違う違う、喧嘩がないんじゃなくて、喧嘩する度胸がコイツにないだけだ。
それと浮気をしないんじゃなくて、浮気出来るだけの甲斐性がないだけだ。」
「ああ、言えてる。じゃあさっきの褒め言葉は無しね。」
カモンの毒舌にまたもやみんなが頷き、俺はいささか腹が立って拗ねた顔をした。
「まったく・・・お前らの口の悪さはいつまで経っても治らんよなあ。
いったい誰のおかげで生きていけるんだか・・・。」
俺は腕を組み、顔をしかめて言った。
すると動物達は急に怖い顔で詰め寄って来て、ギャアギャアと抗議を始めた。
「そういう言い方はどうかと思うぜ。飼い主の肩書きを振りかざすなんて卑怯だ!」
「そうよ!悠一サイテー!そんなんだといつか藤井さんに振られるわよ!」
「中身がない奴に限って肩書きに頼るのさ・・・。こいつはクズなんだ。」
「俺、悠一を見損なった。ここでウンコする。」
「今のはちょっと大人げない言い方よねえ。私・・・悲しくなっちゃう。」
「お前らな・・・人を散々罵ったくせに、自分が何か言われるとそれかよ!」
俺は立ち上がって文句を言う。しかし誰もまともに聞いておらず、暇そうに枯葉を眺めていた。
「ぐううッ・・・。いったい誰がこいつらを躾けたんだ。飼い主の顔が見てみたいよ。」
「お前が飼い主だろ。躾けたのもお前だ。」
マサカリがすかさずツッコミを入れ、勝ち誇った顔で笑う。
クソ!顔が肉にめり込んでいる分際で偉そうに・・・。いったいお前一匹の食費だけで、どれだけ金がかかってると思ってやがる!
そう言い返したかったが、また一斉に反撃を喰らうことが分かっているのでやめておいた。
するとモンブランがピョンとベンチから飛び下り、前足で公園の入り口を指した。
「ほら、藤井さんが来たわよ。機嫌直して。」
そう言ってペシペシと俺の足を叩き、嬉しそうに藤井の元へ駆け寄って行く。
他の動物達も一斉に駆け寄り、キャッキャと楽しそうに喜んでいる。
「お前らの飼い主は俺だぞ、まったく・・・・・。」
ジャケットのポケットに手を突っ込み、ゆっくりと藤井の元へ歩いて行く。
俺の姿に気づいた藤井は、二コリと笑って手を振った。
「おはよう悠ちゃん。今日も寒いね。」
「ああ、まったくだ。カイロでも持って来ればよかったよ。」
俺も笑顔を返し、白い息を吐いて藤井を見つめる。
付き合い始めて一年と四ヶ月くらい。ありゃ、もうちょっとで一年半になるのか?
なんだかアッという間に時間が過ぎて、付き合いだしたのがほんの昨日のことのように感じられた。
去年の夏の終わりに、この公園で俺の気持ちを伝えた。
なけなしの勇気を振り絞り、藤井に対する素直な気持ちを伝えたのだ。
恐ろしいほど怖かったが、藤井は俺の言葉を正面から受け止めてくれた。
そして・・・私も有川君のことが好きだったと言ってくれた。
彼女を駅まで送っていく途中、星の輝く夜でキスをした。
あの時の感触、あの時の息づかい、あんなに近くに藤井を感じたのは初めてのことで、今でも心をくすぐることがある。
気がつけば一年半も恋人として過ごし、その間に退屈したことなど一度もなかった。
お互いが動物と話せるという力を持っていて、力を合わせて困っている動物達を助けてきた。
上手くいくこともあれば、そうでない時もあったけど、藤井と出会ってからの時間は、人生で一番充実していた。
だから今でも一緒にいて楽しいし、こいつを好きな気持ちにまったく変化はない。
いや、それどころかますます惹かれていく。今の俺には、藤井のいない人生なんて考えられなかった。
きっと・・・きっとこれからもこんな幸せな時間が続くに違いない。
そして・・・藤井はずっと傍にいてくれるに違いない。
俺達の間に、何の心配ごともないのだから。
「どうしたの悠ちゃん?じっと見つめて。」
「え?ああ・・・いや、今日の服似合ってるなと思って。」
「ほんと?これ新しく買ったコートなんだ。着るのは初めてだけど、似合ってるって言ってもらえてよかった。」
藤井は嬉しそうに笑ってコートを見せつける。
薄いグリーンの明るいコートは、藤井によく似合っていた。
そしてブラウンのロングスカートを翻し、動物達と並んで公園の奥へと歩いていく。
「じっとしてたら寒いから、歩きながら話そ。」
「そうだな。」
カモンをジャケットの中に入れ、落ちないようにジッパーを上げる。そしてマリナを首に巻いて俺達は歩きだした。
「それいいね、イグアナのマフラー。」
「お前が作ったセーターのおかげで、けっこう暖かいよ。」
藤井は嬉しそうに笑い、公園の奥の林へと向かう。
後ろで手を組んでバッグを揺らし、枯れた葉を揺らす木々を見上げて目を細める。
「何度も来ても思い出すね、あの日の夜を。」
懐かしそうに表情を緩め、どこか遠い目で藤井は喋る。
「悠ちゃんが忘れていったイグアナの飼育本を届けに来て、ここでモンブランと出会った。
そしたらそこへ悠ちゃんがやって来て・・・・・。」
「俺もよく覚えてるよ。いきなりお前が林の中から出て来た時はビックリしたけどな。
でも・・・もっとビックリしたのはその後だよ。」
そう、会社を辞めてから藤井と再開したあの日の夜・・・・。
俺は度肝を抜かれることを言われたのだ。
『私も有川君と同じで、動物と喋れる力を持っている。』
まさかこんなに身近に、俺と同じ力を持つ人間がいるとは思わなかった。
しかし・・・それだけでは終わらなかった。
こともあろうに藤井は、俺と同盟を組もうと言い出したのだ。
私達のこの力を使って、困っている動物を助ける同盟を組もうと。
暇が欲しいという下らない理由で会社を辞めた俺は、めんどくさいことは御免だと断ろうとした。
しかし、結局は引き受けてしまったのだ。
そして一夏の間、藤井と共に同盟の活動に勤しんだ。
迷い犬を飼い主の元へ届けたり、子猫を抱えて腹を空かした母猫を説得したり・・・。
まあほとんどの場合は、上手く解決出来なかった。
動物には動物の事情があり、こちらの想いだけでどうにかなるほど甘くはないと思い知らされることもあった。
でも、藤井と同盟を組んだことは全然後悔はしていない。
いや、それどころか、あの日の夜にこいつと再開しなければ、俺は今でも下らない人間のままだっただろう。
自分に自信が持てず、勇気も出せない退屈な人間だったはずだ。
今の俺があるのは藤井のおかげだ。
こいつと出会ったこと、そしてこいつと一夏を過ごしたことで、俺は変わり始めたのだから。
あの日の淡い感傷に浸っていると、藤井がそっと手を握ってきた。
「素手で寒くない?霜焼になっちゃうよ。」
藤井は手袋を填めた指を絡め、以前より伸びた髪を揺らして微笑みかける。
「平気だよ、寒いのには強いんだ。」
俺はその手を握り返し、微笑みを返す。
動物達はニヤニヤと俺達を見つめ、マサカリがドンと頭突きをかましてきた。
「イチャイチャしやがってこの野郎。だらしない顔がさらにだらしなくなってるぞ。」
「・・・・うるさいな。余計なチャチャを入れるな。」
唇を尖らせて反論すると、動物達からドッと笑いが起きる。
俺は少し恥ずかしくなって顔を逸らすと、藤井も可笑しそうに笑っていた。
「照れ屋だよね、悠ちゃんは。」
繋いだ手を小さく振りながら、藤井は軽快な足取りで林を抜けていく。
そして川の見える土手に上った時、真剣な表情になって口を開いた。
「それじゃ今回の同盟の活動を説明するね。
実は最近、捨てられたフェレットがこの辺りに増えててね、元々住んでいたイタチやタヌキが・・・・・、」
藤井は深刻な顔で、今回の活動の内容を説明していく。
いつもはホンワリと優しい雰囲気と表情をしているのに、動物のこととなると一変する。
真剣な目で宙を睨み、熱のこもった声で力説する。
その姿を見る度に、こいつは本当に動物のことが好きなんだなあと思わされる。
もちろん俺も動物は好きだが、藤井の動物に対する想いはもっと凄まじい。
繋いだ手に力を込め、拳を握って語りかける。
俺は真剣に頷き、相槌を打ったり質問をしたりしながら話し合っていく。
時に動物達も合いの手を入れて、藤井の声はさらに熱を帯びていく。
俺は幸せだった。藤井と笑い合う瞬間、動物達に囲まれて楽しく過ごす時間、そして真剣に同盟の活動に取り組むこの情熱。
今・・・俺は全てが満たされていた。
何も心配事はないし、悩み事だって取るに足らないものばかり。
動物達と、そして藤井と笑い合うこの時間があれば・・・俺は何もいらない。
そして、この幸せはずっとなくならない。
そう信じて、ただただ藤井と過ごす時間を幸せに感じていた。
しかし・・・それはただの幻想であるとは、この時の俺は知らなかった。
不幸がずっと続くことが無いように、幸せがずっと続くことも無い。
近いうちに、俺と藤井の間に些細なトラブルが起こることになる。
その些細な出来事は二人の絆にヒビを入れ、やがて大きな亀裂となって弾けてしまう。
俺達の仲をかき乱すトラブルは、足音が聞こえるくらいに近くまでやって来ていた。
しかし今は気づかない。この幸せがずっと続くと信じて、ただ笑い合っていた。

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