勇気のボタン 二人の道 第二話

  • 2014.02.04 Tuesday
  • 16:41
勇気は誰にだってある。もし自分には勇気が無いと思っていたら、それは気づいていないだけだ。
自分の中に眠っている勇気に、気づいてないだけだ。
でも、その勇気を呼び起こすにはきっかけがいる。
最初から勇気を出せる人間もいるだろうけど、生憎俺はそんなに強くはない。
藤井に告白したあの日、俺は勇気を振り絞った。
自分の中の、ちっぽけで小さな小さな勇気だったけど、それでも振りしぼったんだ。
だから・・・藤井はそれを受け止めてくれた。
いや、伝わったと言った方が正しいかもしれない。
俺は女性に疎いから、どうして藤井が俺のことを好きになったのかは分からない。
あの暑い夏の夜に告白をした時、藤井は言っていた。
『私はずっと前から有川君のことが好きだった。』
そう・・・俺が藤井に惹かれる前から、藤井は俺に惹かれていたのだ。
こんな頼りなくて、情けない男に・・・。
そう、本当に俺は情けない男だ。
一番大切な人なのに、どうしてその気持ちを理解してやろうとしなかったのか?
どうしてもっと、あいつの話に耳を傾けようとしなかったのか?
半年前に大喧嘩したあの日、藤井は泣いていた。
あいつが泣くのは珍しいことじゃないけど、でもあの時の涙はいつもと違っていた。
普段あいつが流す涙は、たいてい他の誰かの為だ。
もっといえば、ほとんどの場合は動物の為に泣いている。
でも・・・あの時の涙は違った。
あいつは自分の為に泣いていた。
抑えられない自分の感情や、上手く伝えられない自分の気持ちのもどかしさに泣いていた。
俺は・・・その涙を受け止めようとしなかった。
言い訳ばかりして、何一つ藤井の気持ちを考えようとしなかった。
去年の夏の夜、あいつは俺を正面から受け止めてくれたのに、俺はあいつを受け止めようとはしなかった。
それはなぜか?答えは分かっている・・・。
俺は・・・いつの間にか自分のことしか考えていなかったからだ。
藤井と一緒にいる時の幸せ。それは藤井が傍にいてくれるからあるものなのに、俺はあいつを見ていなかった。
俺が大事にしていたのは藤井ではなく、幸せを感じる自分のことだけだった。
・・・俺はほとんど恋愛経験がない・・・。
藤井と付き合う前に、一人だけ女性と付き合っていたが、まったく長続きしなかった。
今となってはどうして付き合うことになったのかも思い出せないような相手だった。
でも藤井は違うのに・・・。俺はあいつが好きになって、俺から告白して付き合い始めたのに・・・。
恋愛経験に乏しい俺は、まったく分かっていなかったのだ。
恋は人を盲目にさせるということを・・・。
幸せに浮かれてばかりいる俺は、幻ばかり見て盲目になっていた。
俺の目は曇りまくって、目の前に立つ藤井を見ていなかった。
だから俺達は・・・別れることになってしまったんだ・・・。
責任は俺にある。それは分かっている。
しかしもう遅い。終わったことだ。今さら女々しいことを言っても仕方がない。
そう思っていたのに・・・あんなコンビニで再開するなんて思ってもいなかった・・・。
藤井を一目見た瞬間、俺の心は高鳴った。
初めてあいつと手を繋いで歩いた時のように、言いようの無い喜びが湧きあがった。
・・・ああ・・・俺はまだ藤井のこと・・・・好きなんだな・・・・。
心には鮮明に藤井の笑顔が残っていて、それは消えることのない刻印なのだと思い知らされた。
だから・・・・もう一度・・・あいつと・・・・・。
それが都合の良い考え方だと分かっているけど、そう思わずにはいられない。
そして、あの日自分の犯した愚行を後悔していた。
どうして俺は・・・藤井をほったらかして・・・・翔子さんと・・・・・。


            *


〜半年前〜

公園で会った次の日、俺はバイト帰りの道で考えていた。
「フェレットと野生動物の共存ってなあ・・・。
そう上手くいくかなあ・・・・。」
去年の秋に実家から持ってきた車を運転し、雨がぱらつく国道を走っていく。
蒸し暑さが車内を占領して、ボロいエアコンをかけて窓の外に目をやった。
「でもあいつは一度言い出したら聞かないから、やるしかないか。」
お気に入りの曲をかけて鼻歌を歌い、昨日の藤井とのやり取りを思い出してた。

         *******

寒空の下で土手に上がった俺達は、手を繋いで橋の方へと向かった。
藤井は拳を握って熱弁をふるい、いかに今回の活動が大事かを力説していた。
「フェレットってペットとして人気があるんだけど、捨てちゃう人もいるのよね。
それが野生化してこの辺りに住みついているんだけど、イタチやタヌキと揉め事を起こしてるらしいのよ。」
「揉め事?どんな風に?」
「一番多いのは餌の取り合いみたいね。虫とかトカゲとか、あとは人の捨てていったゴミとか。
ほら、前にカラスとトンビの縄張り争いに巻き込まれたのを覚えてる?」
「ああ、そういえばあったなあ。あの時はチュウベエが活躍したんだっけ?」
そう言って頭の上のチュウベエを見上げると、翼を広げて頷いた。
「そう。あの時、俺が活躍した。そのおかげで、カラスの群れは藤井のマンションから去っていった。」
「あの時のカラスはちょっと怖かったなあ。最終的に俺達の話を理解してくれたからよかったけど・・・。」
まだ藤井と恋仲になる前に、カラスとトンビの縄張り争いに巻き込まれたことがあった。
トンビの大群に縄張りを奪われたカラスが、藤井のマンションの周りに大挙してきたのだ。
しかしチュウベエが身体を張った活躍をしてくれたおかげで、なんとか大きなトラブルにならずに済んだのだった。
「野生に生きる動物って、すごく縄張り意識が強いでしょ?
だから元々この辺りにいた動物は、なんとしてもフェレットを追い払いたいみたいなの。
だからしょっちゅう喧嘩を起こしてるんだけど、そのとばっちりが他の動物達にもいっているみたいなのよ。」
「他の動物?」
「うん、例えば飼い猫とかね。実はうちのモモとココも、ちょっと被害に遭ってるんだ。」
「ほんとかよ!大丈夫なのか?」
「うん、そこまで大したことじゃなかったから。でもね、行き場を失くしたフェレットやイタチが他の場所に移動してるのよ。
だからその場所を縄張りにしてる野良猫たちと、揉めたり喧嘩したりしてて・・・。
これは何とか手を打たないとと思ったわけ。」
「そうか・・・そこまで深刻なのか・・・。」
俺は眉を寄せて考え込み、後ろをついてくるモンブランに尋ねた。
「お前は被害に遭ったことはないのか?」
「全然。なんかイタチもどきみたいな奴に喧嘩を売られたことはあるけど、お尻の毛を噛みちぎって追い払ってやったわ。」
モンブランは胸を張り、尻尾を振って自慢げに語る。
「お前にこんな心配は無用だったな。聞いた俺が悪かった。」
「ちょっと、何よそれ!私をレディ扱いしない気?」
モンブランは猫パンチをかまし、ぷりぷり怒ってそっぽを向いてしまった。
「だははははは!こいつにメスらしさの欠片もあるかってんだ!
玉と竿が無いだけで、中身は立派なオスなんだからよ!」
よせばいいのにマサカリが茶化し、「うっさいこのデブ犬!」と殴られていた。
「まあ冗談はともかくとして、どうやって問題を解決するんだ?
まさかフェレットを全部捕まえて、元の国に戻すとか言うんじゃないだろうな?」
「いくら私でもそんな無茶は言わないよ。」
藤井は頬を膨らませて怒ったように拗ねるが、すぐに元の表情に戻って続けた。
「ここは私達が間に立って、フェレットと野生動物の仲裁をするっていうのはどうかな?」
「仲裁だって?動物同士の喧嘩に首突っ込むってのか?」
「喧嘩じゃないよ。縄張り争いだから。」
「似たようなもんじゃないのか?」
そう言うと、藤井は「分かってないなあ」と首を振った。
「いい悠ちゃん。野生動物にとって、縄張りっていうのは命の次に大事なものなの。
もしそれが他の動物に奪われたら、食べる物も住む場所もなくなっちゃうんだよ。
縄張りを巡る戦いっていうのは常に命懸けで、ライオンだってそれで殺し合うこともあるんだから。」
「ほお・・・すいぶん詳しいな。」
「まあね!ペットだけじゃなくて、野生動物のことについても勉強してるから。」
藤井は誇らしげにVサインをするが、俺は乗り気になれずに顔をしかめた。
「でもさあ、そんな危険な戦いの仲裁に入って大丈夫かな?
下手すれば怪我するんじゃ・・・・。」
「普通の人ならそうかもしれないね。でも私達には動物と話せる力があるじゃない。
だから双方の言い分を聞いて、何とか共存の道を探そうって考えてるの。」
「う〜ん・・・でもフェレットって外来種だろ?それで共存っていうのはどうなんだろ?
生態系とかにも影響が出そうな気がするんだけど・・・・。」
「ああ・・・生態系か・・・・そこまでは考えてなかったな・・・・。」
あれだけ勢いが良かったのに、突然大人しくなって黙ってしまう藤井。
なんだかそれが可愛くて、握った手を引いて肩をくっつけた。
「あらまあ、デレデレしちゃって。ほんとに熱いわねえ。」
マリナが流し目をよこして茶化してくる。俺はコホンを咳払いし、藤井の顔を見つめた。
何やら真剣に考えているようで、急に「よし!」と叫んで顔を上げた。
「まあ色々問題はあるかもしれないけど、ここはとりあえずお互いの話を聞いてみようよ。」
「・・・良いアイディアが浮かんでこなかったんだな?」
意地悪そうに言うと、「細かいことはいいの!」と怒られてしまった。
「とにかく今度の休みに話を聞きに行ってみようよ。
夜にこの辺りを歩けば、きっとフェレットを見られるはずだから。」
その後も動物達が話しに加わってやいのやいのと言っていたが、結局良いアイデアが浮かばずに藤井案が採用されたのだった。

              *******

小雨を見つめながら昨日のことを思い出していると、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。
「ほんとに変わらないよなあ、藤井は・・・。出会った時のままだ。
それに比べて俺は変わったんだろうか?自分では変わったと思ってるけど、藤井の目から見たらどうなんだろうな。」
他人の目から自分を覗くことは出来ない。しかし相手に自分がどう映っているかは気になるものだ。
それが一番大切な人ならなおさらに・・・・・。
目の前の信号が赤に変わり、ゆっくりブレーキを踏んで止まる。
そしてふとマサカリの餌が少ないことを思い出し、近くのコンビニに寄っていくことにした。
「あいつカリカリだけだと怒るからな。もうちょっと食う量を減らしてくれたら、家計も楽なんだけど・・・。」
思わず愚痴が出るが、マサカリの大食いは今に始まったことじゃない。
あいつは食うことに人生をかけているから、もし餌の量を減らしたら何をしでかすか分からないのだ。
手間のかかる動物達だが、俺にとってはかけがえのない家族であり、一番の理解者達である。
あまり藤井にばかり熱を上げていると、またニヤニヤした顔で文句を言われてしまうかもしれない。
「手がかかるけど、やっぱり大事な存在なんだよな、俺にとっては。」
コンビニに近づき、ハンドルを切って駐車場に入る。
田舎の駐車場というのは店舗の五倍くらい大きくて、車の出し入れが楽なのでありがたい。
空いたスペースに駐車し、店に入ってペットフードのコーナーに向かう。
そして犬缶を三つほど掴み、レジで精算を済ませて店を出ようとした。
するとその時、後ろから声を掛けられて振り返った。
「あの・・・有川さん?」
「・・・ああ!翔子さん!」
淡い紫のワンピースを着た女性が、頭の後ろでアップに纏めた髪を揺らしながら近づいて来る。
「お久しぶりです。ワンちゃんのお買い物ですか?」
剥き出しで手に持った犬缶を見つめ、首を傾げて尋ねる。
「ああ・・・ええっと・・・マサカリの餌です。最近よく食べるもんだから。」
最近じゃなくて昔からよく食べるのだが、翔子さんを前に緊張して、わけの分からないことを言ってしまった。
「マサカリちゃんぽっちゃりしてますもんね。またお腹をプニプニしたいな。」
「ええ、もういつでもプニプニして下さい!そりゃもう、いつでも!ええ!」
俺はわけの分からない汗を掻き始め、意味不明に犬缶を振って笑う。
この人は北川翔子さん。去年の夏の初めくらいに、マサカリの散歩をしている時に知り合った。
見惚れるほど整った顔立ちに、つり目だが優しさを感じる愛嬌のある目。
そしてプロのモデルかと思うくらい抜群のスタイルをしていて、全身から美しいオーラが溢れ出ている人だ。
正直・・・俺は翔子さんに憧れていた時期があった。
もちろん藤井と付き合う前の話だが、今でも目の前に来られるとドキドキしてしまう。
卑しい下心など持ち合わせていない。持ち合わせていないが・・・この美しさには参ってしまう。
まとに目を合わせることが出来ずにはにかんでいると、翔子さんは可笑しそうにクスクスと笑って尋ねてきた。
「最近ほとんど会いませんよね?去年は犬の散歩をしてたらよく会ってたのに。」
「ええ!実はですね・・・ちょっと仕事の都合で散歩の時間帯が変わりまして・・・。」
「ああ、お仕事の都合で・・・。私はてっきりマサカリの調子でも悪いのかと心配してました。」
「いやいや、あいつはアホみたいに元気ですよ!だからほら、こうしてたっぷり犬缶も買って。」
「そっか、よかった・・・。コロンもきっと不思議に思っていたと思いますよ。
どうしてマサカリがいないんだろうって。でも元気ならよかった。」
コロンとは翔子さんの飼っているトイプードルの名前である。
俺はあの小生意気な犬の顔を思い出し、頭を掻きながら言葉を返した。
「ああ、いや・・・あはは・・・どうも・・・。大変ご愁傷さまで・・・・。」
またもや意味不明なことを言ってしまい、自分が恥ずかしくなって咳払いで誤魔化す。
翔子さんはニコニコと俺を見つめ、眩しいくらいに笑顔を輝かせて言った。
「それじゃ私はこれで。また犬のお散歩でお会い出来るといいですね。」
「ええ、そりゃあもう是非!キリンより首を長くして心待ちにしております、ええ!」
ああ、今日の俺はダメだ・・・。アホ丸出しで情けなくなってくる・・・。
しかし翔子さんは気に止める様子もなく、笑顔で手を振って去って行った。
ポーっとしながらその姿を見送っていると、ケータイが鳴ってポケットを漁った。
「おお、藤井からか。」
向こうも仕事を終えたようで、可愛い絵文字付きのメールが送られてきた。
「仕事終わったかな?私はさっき終わって家に帰る途中です。
家に帰ってモモとココに餌をやったら、悠ちゃんの家に行くね。
今度の同盟の活動のことで話し合いたいから。」
「これは昨日行ってたフェレットのやつだな。
相変わらず動物のことになると行動的だよなあ。」
苦笑いをしながら外に出ると、誰かの気配を感じて顔を上げた。
「あの・・・・ちょっといいですか?」
それは先ほど店を出ていったはずの翔子さんだった。
とても思い詰めた顔をしていて、悲しそうに俯いている。
いったいこんな美人が悲しむ理由って何だろうなどとどうでもいいことを考えていると、急に顔を上げて手を握ってきた。
「お願いです!今から相談に乗ってもらえませんか!」
「そ、相談・・・ですか?」
いきなり手を握られ、しかも鼻が触れるほど顔を近づけてくる翔子さん。
俺はパニックと興奮で頭がおかしくなり、「へ、へへえ・・・」などと妙な返事をしてしまった。
翔子さんは俺の手を強く握りしめ、じっと見つめてくる。そしてまた俯いて口を開いた。
「実は・・・今付き合ってる彼のことなんですけど・・・。」
「翔子さんの彼氏・・・ですか?」
以前に一度だけ、翔子さんが男の人とデートをしている時に会ったことがある。
この美人に負けず劣らすの美男子で、精悍で爽やかな雰囲気のナイスガイだった。
「実は私・・・今の彼のことでちょっと困ってることがあるんです・・・。
こんなの有川さんにしか相談出来なくて・・・・。」
「お、俺に・・・ですか?でも俺は恋愛には疎いから、誰か他の方に相談された方が・・・・。」
そう言うと、翔子さんはブルブルと首を振って俺を見つめた。
「違います!恋愛というよりかは・・・動物のことなんです・・・。」
「動物の・・・・・?」
「はい・・・。私の飼っている猫のことなんですけど・・・。」
「翔子さんの猫って・・・確かカレンっていう名前の綺麗な猫ですよね?」
「そうです!覚えてくれてたんですか?」
「もちろんですよ。あの時は大変でしかたからね。」
これも以前の話だが、モンブランに頼まれて、猫の派閥争いの仲裁に手をかしたことがある。
あの時のイザコザの原因になっていたのがカレンだった。
綺麗な毛並みをしたアメリカンショートヘアで、モンブランとは大違いの上品な猫だった。
「カレンは私にとって大切な家族なんです。でも・・・今の彼はあまりカレンのことが好きではないみたいで・・・。」
「そうなんですか。もしかして猫アレルギーとか?」
「・・・違います。私があまりにもカレンに構い過ぎるから、それが不満なんだと思います。」
「ははあ・・・なるほどねえ。ヤキモチですか?」
「内にはカレンの他にコロンもいますけど、彼は犬は好きだから、コロンには不満はないみたいなんです。
でも猫の方は元々好きじゃないみたいで・・・私に合わせてずっと我慢していたみたいです・・・。
でも最近ポツポツ不満を漏らし始めて、それから一気に不満が爆発していったんです。
そして・・・・この前カレンのことを・・・・。」
翔子さんは辛そうに唇を噛み、俺の手を痛いほど握りしめる。
そして目尻を濡らして、揺れる瞳で俺を見つめた。
「この前カレンのことを・・・ブッたんです!」
「ブッた・・・?叩いたってことですか?」
「そうです!そんなに強くじゃないけど、平手でパシン!と。
それを見た瞬間にカーッと頭に血が昇っちゃって、気がついたら私が彼をブッてました・・・・・。」
ううむ・・・。なんだか複雑な事情がありそうだが、翔子さんの気持ちはよく分かる。
いくら彼氏とはいえ、自分の猫を叩かれたらそりゃ腹が立つだろう。
しかし部外者の俺が偉そうに口を突っ込むのもアレだし・・・いったいここは何と言えばいいのか・・・。
すると翔子さんは俺の手を離し、胸の前でモジモジと指を動かして言った。
「もしよかったら・・・これからお時間を頂けませんか?
今から私の家で・・・ゆっくり相談させてほしいんです。」
「しょ、翔子さんの家!・・・いえいえ!そんな・・・滅相もない!」
「あ!やっぱり迷惑ですよね、こんな話は・・・。」
翔子さんは残念そうにガックリと項垂れる。
俺はすぐに首を振って「そうじゃありません」と強く否定した。
「相談に乗るのは構わないんですが・・・いきなり翔子さんの家というのは、いささか緊張するかなって・・・。」
「いえ、それには理由があるんです。」
「理由?」
翔子さんは頷き、足元に目を落として答えた。
「あの・・・何て言うか有川さんは・・・動物の心が分かるんじゃないかって思っているんです。」
「・・・・・・・・・・・。」
「だから・・・直接カレンに会ってもらった方が、相談しやすいかなって思って・・・。
彼はカレンのことを嫌っているけど、カレンは彼のことをどう思っているのか知りたくて。
・・・ごめんなさい、なんだかすごく変なこと言ってますね、私。」
いいえ、あなたは何も間違ったことは言っていませんよ。
なぜなら、俺は動物の言葉が分かるから。そして、会話も出来るから。
だからカレンの気持ちを知るのは容易いことです。さあ、翔子さんの家に行きましょう。
そう言いたい気持ちを堪え、グッと言葉を飲み込む。
そんな俺の顔を見た翔子さんは、「やっぱりご迷惑ですか?」と申し訳なさそうに尋ねる。
「・・・分かりました。翔子さんの家に行って、カレンに会ってみましょう。
ご期待にそえるかどうかは分かりませんけどね。」
そう言うと、翔子さんは手を叩いて喜んだ。
「ほんとですか!ありがとうございます!じゃ、じゃあ私の家に案内しますね!」
俺の手を掴み、コンビニの駐車場を横切って横断歩道を渡ろうとする翔子さん。
「ちょ、ちょっと待って下さい!よかったら車で行きませんか?」
俺は駐車場の端に止めてある古臭いクーペを指差した。
「ちょっと中は狭いですけど、この雨の中を歩いて行くよりはいいでしょう?」
「いいんですか?わざわざ車でなんて・・・。」
「もちろんですよ。その方が速いですしね。」
「分かりました。じゃあお言葉に甘えて・・・。」
翔子さんは小さく笑って頷く。
俺はエスコートするように車まで先導し、ドアを開けて「どうぞ」と笑った。
「それじゃ失礼します。」
翔子さんが助手席に乗り込み、俺は丁寧にドアを閉める。
そして反対側に回って運転席に乗り込み、キーを指してエンジンを掛けた。
「ボロい車なもんでエアコンが効きにくいですけど、ちょっと我慢して下さいね。」
「いいえ、お構いなく。暑いのは平気ですから。」
ああ・・・やっぱり笑顔が眩しい・・・。
俺は意気揚々とギアを入れて車を発進させ、国道へ滑り出していく。
まさか翔子さんの家に行く日が来るとは思いもよらず、ただただ浮かれてばかりいた。
そう・・・一番大切な人との約束を忘れて・・・。
翔子さんは家までの道のりを丁寧に教えてくれる。
その声が優しくて、俺は情けないまでに浮かれて車を走らせていく。
ポケットの中では、藤井からメールが届いてケータイが震えていた。
しかしそのことにまったく気づかずに、翔子さんの家へと向かって行った。

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