勇気のボタン 二人の道 第四話

  • 2014.02.06 Thursday
  • 18:15
言い訳というのは、時に自分を奈落の底へ叩き落とすものだ。
自分の身を守る為に言った言葉が、さらに自分を追い詰めていく。
誰が言ったかしらないが、「一つの嘘をつくためには、百の嘘を用意することになる」というのを聞いたことがある。
何もやましいところがないのなら、始めから素直に自分の気持ちを言うべきだ。
下手に嘘をつくと、かえって相手を傷つけることになるのだから・・・。
俺は嘘をつくのが下手だった。
いや、嘘というより、言い訳が下手といった方が正しいだろう。
それが自分にとって一番大切な相手ならなおさらだ。
藤井との約束を忘れ、翔子さんに家に行って浮かれていた自分が、ほんとうに情けなくなってくる。
だから藤井が怒るのは当たり前なのだ。
しかし・・・この時の俺は藤井が本当に怒っている理由を理解していなかった。
藤井は、俺が翔子さんと会っていたことに怒っていたのではない。
もっと別の・・・まったく違う理由で怒っていたのだ。
それはよくよく考えれば分かったことなのに、俺は藤井を理解しようとはしなかった。
自分だけのことを考えて・・・自分だけの幸せを考えて・・・。
恋は盲目になる。
俺はあの時、盲目どころか聴覚まで失っていたようだ。

〜半年前〜

俺の部屋に気まずい空気が流れている。
皆が俺を囲むように座り、痛いほどの厳しい視線を向けている。
そして俺の正面には藤井が座っていて、俯き加減で険しい表情をしていた。
チュウベエよ・・・俺はあれだけ誤解を招くようなことは言うなと釘を刺したのに・・・。
お前はどうしてここまでアホなんだ。
俺が車を飛ばしてアパートに帰って来るや否や、ドアを開けてモンブランが走って来た。
そして「この浮気者!」と思い切り猫パンチをかまされたのだった。
何のことか分からずに部屋に入ると、動物たちが藤井を囲って慰めるような言葉をかけていた。
いったい何をやっているのかと声をかけたら、全員が親の仇でも睨むような目を向けてきた。
その時俺はピーンと感じた。
チュウベエめ・・・絶対に余計なことをベラベラ喋ったなと・・・。
俺の考えは的中し、近くに寄ってきたマサカリが言った。
「ひでえぜ悠一。藤井というものがありながら、他の女とイチャつくなんて。」
ああ・・・思いっきり誤解されている。
話に尾ひれ胸びれがついて、あらぬ方向にいっている。
おのれチュウベエ!お前が余計なことを言ったからこんなことに!
憎しみと怒りをこめて睨みつけると、チュウベエはケロっとした顔で「よ!」と翼を広げた。
う〜ん、こいつは本気で焼き鳥にしてやろうか・・・・。
しかしながら、藤井も他の動物たちも、チュウベエの言葉を真に受けるほど馬鹿ではなかった。
テーブルの上に座っていたマリナが、「まあ座って」としっぽを向けた。
俺はテーブルをはさんで藤井の正面に座り、気まずい雰囲気に耐えながら回りを見渡していたのだった。
さて・・・いったい誰が最初に口を開くのか?
しばらく待ってみたが誰も喋らないので、仕方なく俺が口を開くことにした。
小さく咳払いをして、背筋を伸ばして皆を見渡す。
「ええっと・・・何か誤解をしているみたいだから言っておくけど、俺にやましいことは何もないからな。
藤井を待たせてたのは悪いと思ってるけど、ちょっと知り合いの相談を受けていただけだから。
だから・・・断じてチュウベエの言葉は信じるな。・・・以上です。」
俺は腕を組み、胸を張って言いきった。
そうさ、何もやましいことはないのだから、堂々としていればいいのだ。
そう思ってふんぞり返っていると、モンブランが口を開いた。
「ねえ悠一。あんた何か勘違いしてない?」
「勘違い?何がだよ?」
俺はじっとモンブランを睨みつける。するとモンブランは怖い目で睨み返してきた。
「あんたは私達を待たせていたのよ。でもまあ・・・それは許すわ。
この家の動物たちは、あんたが意外とチャランポランなところがあるって知ってるからね。
でも藤井さんはそうはいかないわ。
こうしてせっかく家まで来てくれたのに、何の連絡も寄こさずにほったらかすなんてどういうつもり?
しかも全然ケータイにも出ないし。」
「そ、それは悪かったと思ってるよ。」
「じゃあなんでケータイに出なかったの?いくら相談を受けてても、電話くらい気づくわよね?」
「そんなこと言ったって、気づかなかったんだからしょうがないだろ。
別にわざと出なかったわけじゃないんだから。」
「ふ〜ん・・・なんかいかにも浮気した男が言いそうな言い訳ね。」
モンブランはツンと鼻を持ち上げ、冷たい目で睨んでくる。
お前は俺の女房かよ・・・・・。
すると今度はマリナが口を開いた。
「あのね悠一、別に責めてるわけじゃないのよ。
ただきっちり説明してほしいだけなの。どうして藤井さんとの約束をほったらかして、翔子さんとやらの相談を受けていたのか。」
「い、いや・・・だからそれは・・・たまたまバイト帰りのコンビニで会って、相談したいことがあるって言われたから・・・。」
「じゃあ聞くけど、その翔子さんって人と、藤井さんのことはどっちが大切なの?
恋人との約束をほったらかしてまで、翔子さんの相談を受ける意味って何?」
マリナは落ち着いた声で問い詰めてくる。
こいつにはモンブランとは違った怖さがあるから、下手な受け答えは出来ない。
俺は顔をしかめて目を瞑り、細目を開けて言った。
「俺にとって大切なのは、もちろん藤井に決まってるさ。
でも・・・翔子さんはかなり切羽詰まってた感じだったんだよ。
今付き合ってる彼氏さんと、飼い猫のカレンが仲が悪いらしくてな。
しかも・・・カレンはその彼氏さんに叩かれたことがあるっていうから、相談を受けることにしたんだ。」
そう言った途端、藤井の顔色が変わった。
俯いて悲しい表情をしていたのに、突然怖い顔になって「猫を叩いた?」と呟く。
「翔子さんはそう言ってたけど、カレンによればちょっと手で払われただけだと・・・。
でももし俺が翔子さんの立場だったら、きっと怒ると思うから相談に乗っただけだよ。」
すると藤井は「そっか・・・」と納得した顔でで頷く。
そして口元に手を当てて、じっと何かを考え込んでいた。
・・・また気まずい沈黙が流れる。
動物のオス連中は神妙な顔で黙りこくっていて、下手に口を開くのをためらっているようだった。
まあ当然だろうな。うちのメス達はかなり気が強いから、下手に口を出せばかえって自分が攻撃を受ける可能性があるから。
じっと黙りこんだ部屋には、カチカチと時計の音だけが響く。
俺はその沈黙に耐えかねて、台所へ行ってお茶を飲もうとした。
「ねえ悠ちゃん。」
突然藤井が呼びかけて来た。
俺は中腰のまま固まり、「なんだ?」と振り向いた。
「・・・・・なんにもないよね?」
「何がだ?」
「だから・・・・その翔子さんって人と・・・なんにもないよね?」
藤井は不安そうな、そして問い詰めるような目で見つめてくる。
阿呆な俺は、素っ頓狂な声で「何が?」と聞き返していた。
その途端にモンブランの猫パンチが股間に炸裂し、思わず股を押さえてうずくまった。
「・・・お・・お前・・・いったい何するんだよ・・・・。」
「この馬鹿ッ!何が?じゃないわよ!素っ頓狂な声で間抜け面さらすな!」
「い、いや・・・だから何をそんなに怒って・・・・、」
「うるさい!今までの流れからしたら、藤井さんが何を心配してるか分かるでしょ?
あんたと翔子さんの間に、何もやましいことは無いのかって話よ!」
モンブランは目をつり上げて牙をむき出している。
その顔は般若のように恐ろしく、俺は思わず後ずさってしまった。
「あ・・・あるわけないだろ!なんにもないよ!
俺と翔子さんとの間に、全然やましいところなんかない!これは誓って約束する!」
「ほんと?」
「ほんとだよ!」
「じゃあ何で翔子さんの家まで行ったの?
相談を受けるだけなら、喫茶店とかでもよかったじゃない?」
ぬうう・・・鋭いツッコミばかりしやがって・・・。
だからお前は俺の女房かよ。
しかしここで怒れば俺の立場は不利になる。冷静にいかないといけない。
「翔子さんの家に行ったのは、カレンを見てほしいって頼まれたからだよ。
俺ならカレンの気持ちが分かるんじゃないかって言われてな。
まあそのおかげで、危うく動物と会話できるってことがバレそうになったけど・・・。
でも断じてやましいところはない!それは約束する!」
「ほんとに?」
「ほんとだとも!」
モンブランは疑わしそうな目で見つめ、藤井に振り返って尋ねた。
「ああ言ってるけど、藤井さんはどう思う?」
藤井はまた悲しい顔で俯き、じっと黙りこむ。
しかしすぐに顔を上げて、明るい顔で言った。
「うん、私は悠ちゃんの言葉を信じる。だからもうこの話はこれでいいよ。」
ニコニコ笑いながら手を叩き、一人で頷いて納得している。
「はあ・・・藤井さんはほんとにお人好しねえ。
こういうのは叩けばいくらでもホコリが出る話なのに・・・。」
モンブランは呆れて首を振るが、マリナが「まあまあ」と取り成した。
「藤井さんがいいって言ってるんだから、それでいいじゃない。
それによく考えてみれば、悠一に浮気ができるほどの甲斐性があるとも思えないし。」
「ああ!それもそうね。確かに悠一に二股なんて無理だわ。
私ったら何でこんな簡単なことに気づかなかったのかしら。ごめんね悠一。」
そんな謝り方をされても嬉しくない。でも元はといえば俺が原因なので、こちらも頭を下げて謝った。
「悪かったな藤井。ごめん。」
「いいよ、わざとじゃないんだし。それに動物の為に相談を受けたんだから。
私はもう気にしてないよ。」
藤井・・・ちょっと無理してるな。
俺は台所に行ってお茶を二つ入れ、テーブルに戻って藤井の前に置いた。
「次からは気をつけるよ。何かあって遅れる時は、必ず連絡を入れるから。」
「うん、ありがとう。それじゃこの話はもう終わりにして、同盟の活動の話をしようか。」
「そうだな。で、今回はフェレットと野生動物の仲裁だったな。
いったいどんなふうにして仲裁を・・・・、」
そう言いながらポケットのケータイを出した時、何かがスルリと落ちた。
「ん?なんか落ちたぞ悠一。」
マサカリがそれを咥えて持ち上げた。
「あ、悪い。ええっと・・・・、ああ!」
俺のポケットから落ちたのは、翔子さんからかしてもらったハンカチだった。
するとカモンがめざとくそれを見つけ「お前そんなハンカチ持ってたか?」と首を傾げた。
「どれどれ、私にも見せて。」
ここでまたモンブランがでしゃばり、ふんふんとハンカチの匂いを嗅いでいる。
「・・・これって、ちょっとだけカレンの匂いがする。っていうことは、まさか!」
しまった!モンブランとカレンは友達だったのだ。
俺は恐る恐る顔を逸らし、手を伸ばしてハンカチを奪い返そうとした。
しかしモンブランはサッと飛びのき、テーブルの上に乗ってしげしげとハンカチを見つめた。
「ねえ悠一。これってカレンの匂いがついてるんだけど、どういうこと?」
「な、なにがだよ・・・。」
「だから、このハンカチの持ち主は翔子さんってことでしょ!どうしてあんたがあの人のハンカチを持ってるのよ?」
「い、いや・・・それには事情があって・・・。」
「事情?何の事情よ?」
何度も言う。お前は俺の女房か!
「あのな、家を出るときに門にぶつかて鼻血を出したんだ。
だから翔子さんがそれをかしてくれた。それだけだ。」
「ほんとに?」
「お前もしつこいな。翔子さんとは何もないって言ってるだろ。
それはちゃんと洗って返さなきゃいけないんだから寄こせよ。」
俺はハンカチを奪い取り、膝の腕で丸めた。
モンブランはまだ納得のいかない様子で何かを言おうとしたが、「いいよ、モンブラン」と藤井が宥めた。
「鼻血が出たならハンカチをかりたって不思議じゃないよ。
私は悠ちゃんのことを信じてるし、もうこれ以上こんな話で騒ぎ合っても仕方ないから。
だから同盟の活動の話をしましょ、ね?」
「・・・まあ、藤井さんがそう言うなら。」
モンブランは渋々という感じでテーブルから下り、藤井の膝の上にチョコンと座った。
いつもなら俺の膝に座るくせに、今日は完全にご機嫌斜めだな・・・。
まあこういう時はそっとしておくに限る。
「で、藤井。同盟の活動の話ってのはなんだ?確か明日の土曜にやる予定なんだよな?」
「うん、明日の朝からの予定なんだけど、悠ちゃんは大丈夫?」
「もちろん。夕方からバイトだから、一日中は付き合えないけどな。」
「平気、平気。明日はとりあえず話を聞きに行くだけだから。
それでね、色々と考えたんだけど、先に話を聞きに行くのはフェレットの方から・・・・、」
今までのことを綺麗さっぱり忘れたように、藤井は明日の活動内容を説明していく。
その説明にはやはり熱がこもっていて、拳を握って力説していた。
俺は腕を組んで真剣に頷き、それから一時間ほど話し合って同盟会議は終わり。
時刻はちょうど七時になっていたので、俺が作った晩飯を一緒に食べながら談笑をしていた。
そして俺の車で藤井を家まで送り届け、マンションの植え込みの近くに停めた。
「お前もずっとこのマンションだよな。引っ越そうとか思わないの?」
「うん、気に入ってるんだ、ここ。」
俺はマンションの入り口まで藤井を送り、そして小さな声で謝った。
「今日は悪かったな・・・ごめん。」
「ううん、全然気にしてないから大丈夫。だから悠ちゃんもあんまり気にしないで。」
「ああ、わかった。それじゃ明日の朝九時に迎えに来るよ。」
「うん、待ってる。」
俺たちは少しの間見つめ合い、ほんの軽いキスを交わして笑い合った。
「それじゃ気をつけて帰ってね。」
藤井は手を振ってマンションの中へと入っていく。
俺も笑顔で手を振り返し、車に乗ってマンションを見上げた。
藤井の住んでいる二階の部屋にパッと明りが点く。
「藤井・・・今日は悪かった。また明日な。」
夜の路地を駆け抜け、街灯に目をやりながら考えた。
やっぱり浮かれすぎるとロクなことがない。
今日はどちらかといえば悪い日だろう。
でも・・・大して大事にもならなかったし、藤井も機嫌を直してくれてよかった。
あとはせいぜいモンブランに嫌味を言われるのを我慢すればいいだけで、俺の心のモヤモヤはすっかり晴れていた。
次の日に、俺の下手くそな言い訳のせいで大ゲンカになるとも知らずに。
そして・・・それが原因で二人の絆に亀裂が入ることになるとも知らずに・・・・・。

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