勇気のボタン 二人の道 第八話

  • 2014.02.08 Saturday
  • 18:26
荒涼とした河原の向こうに、手つかずの原生林が残る山がそびえている。
昔から地元の人々に親しまれ、戦国時代には大名の城が建っていたそうだ。
俺はマサカリとモンブラン、そしてカモンを連れてその山に来ていた。
「昨日ここへ来てたんだ。この辺りの野生動物と話をする為にな。」
マサカリは山道の入り口を見つめ、フンフンと鼻を動かしている。
「この辺りの野生動物は、ほとんどがこの山に住んでるみたいなの。
だからフェレットとの仲裁の話をする為に来たんだけど・・・。」
モンブランも山道の入り口を見つめ、重々しい息を吐いた。
「昨日は思うような成果は上がらなかったわ。
みんなフェレットを敵だとみなして、こっちの話を聞こうともしなかった。
マサカリなんか鹿の角で突き飛ばされたんだから。」
モンブランはその時の光景を思い出すように目を細め、「ぷぷ!」と噴き出していた。
「おうおう!何がおかしいんでえ!」
マサカリが腹の肉をタルンタルン揺らして怒りを露わにする。
「だって・・・あの時すっごく可笑しかったから。
鹿の角がマサカリのお腹に刺さった時、ブヨン!っていって脂肪で跳ね返してさ。
鹿も『そ、そんな馬鹿な・・・』って驚いてたじゃない。
私達だけじゃなくて、イタチやタヌキも笑いを堪えてたわよ。」
モンブランはニヤニヤとしながらその時のことを想像し、また「ぶふ!」と吹き出す。
「てめえ・・・俺は危うく崖から落ちそうになったんだぞ!」
「そうそう!あれも可笑しかったわ。崖から落ちそうになった瞬間、木の間に挟まってさ。
あんたの脂肪がムニ!ってなってたわよね、ムニ!って。
・・・・・ぶふ!ダメだわ!笑いを堪えられない!あははははは!」
モンブランは漫画のように涙を流しながら爆笑する。
「お・・・おのれ・・・俺の災難を笑いやがって・・・。
お前も同じ目に遭わせてやる!」
マサカリは牙を剥き出して突進する。
しかしモンブランはあっさりとかわし、マサカリはそのまま石の柱に激突した。
「ぐふうッ!」
勝手に突っ込んで、勝手に自爆するマサカリ。
モンブランと喧嘩をする時は、だいたいこんな感じで決着する。
「元気出せよデブ犬。お前が面白いネタをばら撒く駄犬ってのは今に始まったことじゃないんだから。」
カモンが毒舌交じりの慰めを掛け、ニヒルな顔でウィンクを飛ばした。
「昨日もそうやってウィンクを飛ばしてたな。
最近流行ってるのか?」
俺がそう尋ねると、カモンは「テレビドラマさ」と答えた。
「最近くっそ下らねえ恋愛ドラマをやっててさ。
そこで主人公の男が決めゼリフの時にこうやってウィンクをするのさ。
でもだいたいそのせいでフラれるんだけどな。」
それは恋愛ドラマじゃなくてギャグドラマなんじゃ・・・。
「でも以外とモテるんだよその男が。
ほら、真剣にやってるのにギャグにしかならない奴っているだろ?
ああいうのって、笑いを取る気がないから逆に面白いんだよな。
場を和ませるには一番だぜ。」
そう言ってまたウィンクをするカモン。
まあ・・・笑えるというよりなんだか腹がたつけど・・・。
「さあさあ、冗談はこれくらいにして山に登ろうぜ。
じゃないといつまで経ってもフェレットと野生動物の争いは終わらないからよ。」
カモンは偉そうに言い、パチパチとウィンクを飛ばしてくる。
そして俺の胸ポケットに顔をツッコミ、丸っこいお尻を出してイビキを掻き出した。
「また寝たのかよ・・・。まあ起きてても役に立たないからいいけどさ。」
本当は昨日のスターティング・メンバーであるチュウベエを連れてくるはずだったのだが、今日は用事があるらしくて断られた。
その代わりに手を上げたのがカモンで、「きっと何かの役に立つから!」と何の役にも立たなさそうな言葉で胸ポケットによじ登ってきたのだ。
「ねえ悠一、早く行きましょ。ずっとこんなことやってると陽が暮れちゃうわよ。」
「そうだな。おいマサカリ、さっさと立てよ。山に登るぞ。」
「むうう・・・覚えてろよお前ら・・・。」
俺たちは気を引き締めて山道に入り、石で出来た階段を上りはじめた。
「昨日はフェレットと話し合ったあと、この山へ来たんだよな?」
俺が尋ねると、モンブランは「そうよ」と尻尾を振った。
「あれからフェレットと話し合ったんだけど、まったくラチがあかなくてね。
だから野生動物と話をする為にここへ来たってわけ。
しばらく悠一を待ってたんだけど、いつまで経っても来ないから置いて行ったのよ。」
「それで、その野生動物との話し合いはどんな具合だったんだ?
今までの話を聞いてる限りじゃ、上手くはいっていないみたいだけど。」
「そうねえ、フェレットよりは多少話は通じたわ。
でも気の荒い鹿がいて、何かにつけて怒ってくるのよ。
だからマサカリが襲われたわけなんだけど・・・。」
そう言ってまたマサカリの方を見つめ、「ぷぷ!」と吹き出す。
「ふん!あの鹿野郎・・・今度会ったらタダじゃおかねえからな。」
今度会ったらタダじゃおかねえ・・・今までに何度そのセリフを聞いたことか。
しかしタダじゃおかないことが実行されたことは一度もなく、だいたいは尻尾を下げてビビっている。
「あの鹿野郎は馬鹿丸出しだったけど、他のタヌキやイタチはそうでもなかったぜ。
意外とフェレットに同情的な奴もいてな、上手く話せばなんとかなるんじゃないかと思ったよ。」
「そうか・・・じゃあ今回の話し合いで納得してくれるといいけどなあ。」
淡い期待を抱きつつ、石造りの階段を上って行く。
山登りなんて久しぶりなもんだから、もう息が上がり始めてしまった。
それでもなんとか踏ん張って階段を上り終えると、今度はゴツゴツとした獣道が現れた。
「ここを上るのか・・・けっこうしんどいな。」
「でも距離は短いからすぐに山頂に着くわよ。
ただ横が崖になってるから、落ちないようにだけ気をつけてね。」
モンブランは俺達を先導するようにスタスタと歩いていく。
さすがは猫・・・身が軽いことで。
階段で堪えた足に鞭を打ち、険しい獣道を上っていく。
「はあ・・・はあ・・・さすがに堪えるよ・・・・。」
ぜえぜえと息があがり、プルプルと足が震えだす。
それでも何とか力を振り絞って上っていくと、意外に早く山頂の近くまで辿り着いた。
「ああ、もうすぐだな・・・。」
「だから言ったでしょ、距離は短いって。」
確かに大した時間をかけずに登ることが出来た。
でもよく考えみれば当たり前か。昔は山頂に城が建っていたんだから、上り下りに時間がかかるとまずいもんな。
葉を落とした木々の隙間から青い空が見え、もうすぐ山頂であることを知らせる。
そして岩のゴツゴツした細い道を通り抜けると、落ち葉で覆われた石畳が現れた。
「おお!これは昔の城跡だな。」
天守閣はないが、石畳や石の階段はまだ残っている。
永い時の重みに感心しながら見入っていると、マサカリにリードを引っ張られた。
「今は歴史に感心してる場合じゃないぜ。この上の山頂に動物たちが待ってるはずなんだからよ。」
「そうだったな。よし、じゃあ行くか!」
俺は気合を入れ、白い息を吐きながら山頂へ続く道を上った。
「おお!こりゃすごい・・・。」
かつて城が建っていた山頂は、僅かな石畳を残して平地になっていた。
そしてその場所に多くの動物たちが群れを成していて、一斉にこちらを振り向いた。
「あんたらは昨日の・・・・。」
立派な角を持つ鹿がツカツカとこちらに寄って来る。
「あれが昨日マサカリを突き飛ばした鹿よ。気をつけて。」
気をつけてって言われても、いったい何をどう気をつければいんだ?
鹿はこちらにお構いなしにどんどん近付いてくる。
するとグン!リードが引っ張られ、思わず転びそうになった。
「おいマサカリ!なんだよ急に。」
振り返って見てみると、マサカリは尻尾を垂れて怯えていた。
やっぱりただのヘタレじゃないか・・・・。
俺は鹿に向き直り、軽く手を上げて「こんにちわ」と挨拶をする。
しかし鹿は無言のままツカツカ歩いて来るので、少しだけ怖くなって後ずさった。
「そう怯えるな。何もしない。」
鹿は耳に響くダンディーな声で喋りかける。
そして俺の手前で足を止め、顎をしゃくって後ろを示した。
「あんたらの仲間が来てるぞ。フェレットと一緒にな。」
「俺達の・・・仲間・・・?」
もしやと思って動物の群れを覗き込むと、タヌキと話し込む藤井がいた。
その横には昨日のフェレット達がいて、何かを喚き立てている。
「藤井・・・やっぱり一人で来てたのか?」
昨日はメールで『フェレットの件は私一人でやる』と言っていたが、本当に一人で来るところが凄まじい。
もしかしたらまた危険な目に遭うかもしれないのに、やはり動物のことになると人が変わるようだ。
「おい悠一、どうすんだ?藤井はまだこっちに気づいてないけど。」
マサカリが尻尾を垂らしたまま尋ねてくる。
そしてモンブランも俺の足元で藤井を見つめながら言った。
「私はちゃんと謝った方がいいと思うわ。
こういうのは長引かせると良くないもの。今なら傷が浅くて済むわよ?」
マサカリとモンブランにせっつかれ、俺は躊躇いがちに横を向いた。
「確かに謝りたいけど・・・許してくれるかな?」
ボソリとそう呟くと、胸ポケットがゴソゴソ動いてカモンが顔を出した。
「話は聞かせてもらったぜ。」
「お前いつから起きてたんだよ?」
「ついさっきだ。それより俺もモンブランの意見に同感だな。
お前みたいな賞味期限の切れたスルメのような男を好きになってくれる女なんて、きっとこの先現れないぜ?
ジュラ紀から白亜紀へ移り変わるくらい時間が経っても、きっと現れないはずさ。」
そう言ってまたウィンクを飛ばす。
例えの意味も分からないし、ウィンクは腹立たしいし、俺はムギュッとカモンを押し入れた。
「でもまあ・・・確かにお前達の言うとおりだよな。悪いのは俺なんだから、ちゃんと謝らないと。」
「そうよ、変な意地張ってちゃダメよ。ここは男らしくビシッと決めなさい。」
「だな。同盟の活動はそれからでも出来るってもんだ。」
モンブランとマサカリに励まされ、俺は強く頷いて藤井の方へ向かった。
「藤井。」
遠くから呼びかけると、藤井はビクッと顔を上げて回りを見渡していた。
「こっちこっち。」
俺は手を上げて近付いて行く。
集まっていた動物たちが「誰だこいつ?」と怪訝な目を向けてくる。
「やっぱり一人で来てたんだな。あんまり無茶してると危ないぞ。」
「・・・悠ちゃん・・・・・。」
藤井は立ち上がり、意外そうな目で俺を見つめる。
そして少しだけ笑い、目を逸らして俯いた。
少し気まずい感じはあったが、俺は動物たちの間を抜けて藤井の前に立った。
いざ藤井を前にすると、心の中で用意していた謝罪の言葉が出てこなくなる。
それは意地を張っているからではなくて、言いようのない緊張からくるものだった。
「悠一、がんばって。」
モンブランが俺の足を叩き、小声で呼びかけてくる。
俺は頷き、藤井を見つめて口を開いた。
「その・・・昨日は悪かった・・・。
あれは俺の本心じゃなくて、ついつい意地を張って言ってしまったんだ。
だから・・・・ごめん。許してくれないか?」
藤井は俺の言葉を無表情で受け取る。
その顔からは、いったい何を考えているのか分からなかった。
「私は・・・・・。」
小さな声で呟き、顔を逸らしてタヌキの前にしゃがみこむ。
「私は怒ってないよ。ただ悲しかっただけ。
いくら意地を張ったからって、あんな言葉は聞きたくなかった。
謝ってくれたのは嬉しいけど、そんなに簡単に割り切れるものじゃないから・・・。
だから・・・もう少し時間をちょうだい。」
「藤井・・・。」
これでもう話し合いは終わりとばかりに、藤井はフェレットの方を向いて話しかける。
「ねえ、タヌキさんもこう言ってることだし、縄張りの件はもう納得してもいいんじゃないかな?
お互いが時間帯や場所をずらすことで衝突を避ける。
それ以外に方法はないと思うんだけど?」
「うむむ・・・でもな〜んかそっちの言い分が一方的に通っているような・・・。」
鼻の頭に傷のあるフェレットが、納得のいかない様子で腕を組む。
「でもさっきタヌキさんが言ってたじゃない。
ここに暮らす外来種はあなた達だけじゃないって。
ヌートリアもいれば、川の中にはミドリガメだっているわけだし。
それにそこのハクビシンさんなんかは、大昔に日本へ入って来て、今じゃすっかり日本の動物として定着してるのよ。
元々日本にいた動物達と上手く共存することは、絶対に無理なわけじゃないと思うの。
そりゃああまりにも生態系が滅茶苦茶になったらアレだけど、元はといえば人間のせいなんだし、それに関しては偉そうなことは言えない。
だからここは一つ、タヌキさん達の提案に納得して、みんなで仲良く暮らしてみないかな?」
藤井は諭すように優しく語りかける。
フェレット達は難しい顔で何やら話し合い、意見が決まったように頷いた。
「まあ考えてみよう。俺たちも巣に戻って仲間たちに意見を聞かないとな。」
「そうだね、それがいいと思う。」
じゃあ来週のこの時間に、またここに集合っていうのはどうかな?」
「いいぜ。こっちも良い答えを用意出来るように努めるよ。」
フェレット達はなぜか偉そうにふんぞり返る。
お前らはどこの政治家だよ・・・。
しかしとりあえず話は纏まったようで、タヌキの差し出した手をフェレット達は握りしめた。
「まあ何やかんやと色々あるけど、上手くやっていこうじゃないか。」
「いいだろう。あんな事やこんな事の問題があるが、一旦は争いをやめよう。」
両者の間でしか分からない言葉が交わされ、納得したように頷き合う。
ここにフェレットと野生動物の争いは一応の決着をみたことになる。
いやあ、よかったよかった。
そう思いながらみんなが笑っていると、ただ一人だけ納得していない者がいた。
「ちょっと待て。俺はそんなイタチもどきなんて認めんぞ。
ただでさえ今は生活が苦しいんだ。
季節は冬だし、ハンターだってうろついてるし。
なのに何でそんな奴らを受け入れる必要がある?」
鹿はフンフンと鼻息荒く近づいて来る。
「そもそも生存競争とは、生き残りをかけた戦いなのだ。
その小っこいげっ歯類モドキが飢えて死ぬのなら、それもまた自然の定め。
人の手を離れて暮らす以上、野生のルールに従うべきだと思うが?」
だから・・・お前らはどこの政治家だよ!
ここは野生動物の国会か?
鹿は怒りが収まらない様子で角を持ち上げる。
そして猛々しく鳴いてフェレットに突進して来た。
「ここは俺達の縄張りだ!他所者は去るか死ぬのみ!」
フェレット達は一目散に逃げ出し、残された藤井の方へ鹿の角が迫る。
「危ない!」
俺は藤井を守るた為に駆け出し、鹿の前にはだかった。
しかし石畳につまづいた鹿はバランスを崩し、マサカリの方へ突っ込んでいった。
「うわあああああ!」
たっぷりと肉のついたお腹に、鹿の角がプスリと刺さる。
「マサカリ!」
そこでムニ!っと変な音が聞こえ、鹿の角がビヨンと跳ね返された。
「くそ!またお前か・・・。」
鹿は悔しそうに顔を歪め、前足を踏み鳴らしてまた突進しようとする。
俺はマサカリを守るように抱きかかえ、鹿に向かって叫んだ。
「おい落ち着け!暴れても問題の解決にはならないぞ!」
「黙れ人間!元はといえばお前らが悪いのだ!何でもかんでも動物を捨ておって!」
鹿の怒りはさらに増し、「ぶふん!」荒い鼻息を吹き出した。
その時、俺の胸ポケットからカモンが顔を出して「待ちな!」とカッコをつけた。
「おいおい鹿さんよお。お前のオツムは石ころ以下のようだな。」
「なんだと・・・。げっ歯類が何を偉そうに・・・。」
「はん!げっ歯類こそが全ての哺乳類の祖先なのさ!
鹿も犬もフェレットも、それに人間だってそうだ。
ここは一つ、俺の顔に免じて事を丸く収めてくれよ、な?」
そう言って胸ポケットに肘をかけ、ニヒルな笑顔でウィンクを飛ばした。
「ば、馬鹿・・・・そんなことしたら余計に怒るだろ!」
俺は無理矢理カモンを引っ込めるが、モンブランは「見て!」と言って前足を指した。
するとさっきまで怒っていた鹿が、身体をプルプルと震わせて俯いている。
そして「ぶふ!」と笑いを堪える声が聞こえた。
「げ・・・げっ歯類がウィンクって・・・駄目だ・・・。腹筋が・・・・。」
鹿は堪りかねたように笑いだし、大きな角を揺らしていた。
「だはははは!ネズミがウィンクでカッコをつけるなんて初めて見たぞ!
いったいどこでそんなマネを覚えたんだ!」
高らかな笑い声が響き、周りの動物たちは呆気に取られる。
カモンはポケットから顔を覗かせ、「人間のテレビドラマだよ」とまたカッコをつけて言った。
「そうか、人間のテレビか。お前はネズミのクセにそんなものを見ているのか?」
「悪いかよ?俺は一日中家にいることが多いから、クルクルで回るかテレビを見るくらいしか楽しみがないんだよ。」
「そうか・・・。人に飼われている動物も大変だな・・・。」
鹿は同情するように頷き、怒りを鎮めてフェレット達を見つめた。
「お前ら、怒って悪かったな。今日はこのネズミみ免じて許してやるぞ。」
ずいぶん偉そうな言い方だが、フェレット達はホッと安心して前に出て来た。
「まああんたらの気持ちも分かるよ。縄張りが取られたら生きていけないもんな。」
「でも俺達だって生きていかなくちゃいけないんだ。とりあえず巣に戻って仲間に話してみるよ。」
争いの緊迫感はどこかへ消え去り、ようやくお互いの和解が成立したようだ。
ここから先は動物たちの問題であって、人間が首を突っ込むのは野暮というものだろう。
「マサカリ、モンブラン、帰ろうか。」
俺は踵を返してリードを引っ張り、登山道に向かう。
「藤井、もうこいつらは大丈夫さ。これ以上ここにいたら邪魔になるぞ。」
俺の言葉に藤井は頷き、立ちあがってフェレット達に手を振った。
「きっと上手く話し合いが纏まるって信じてるわ。
それじゃ・・・また来週ここへ来るから。」
フェレット達は頷いて手を振り返し、他の動物たちも自分たちの住処へ散らばっていった。
「下りは危ないから慎重にね。」
モンブランが獣道を先導し、俺達が歩きやすい道を選んでくれている。
俺は後ろを振り返り、ヨタヨタと獣道を下る藤井に手を伸ばした。
「転ぶと危ないぞ、掴めよ。」
いつもなら「ありがとう」と笑って俺の手を取るのだが、今日は違った。
「いいよ、平気だから。」
その声は妙によそよそしく、俺とまったく目を合わそうとしなかった。
なんだよ・・・ちゃんと謝ったのに・・・・。いつまで怒ってるんだよ。
心の中で悪態を吐き、「さいですか」とぶっきら棒に言って山道を下っていく。
そして石造りの階段まで辿り着くと、藤井は俺達とは反対の道へ下り始めた。
「おい、どこ行くんだよ?」
「どこって・・・家に帰るに決まってるじゃない。
こっちから下りた方が駅に近いから・・・。」
「俺の車で送っていってやるよ。一緒にこっちから下りよう。」
「・・・やめとく。私は一人で帰るから。」
藤井は背中を向けて山道を歩き出す。
それはまるで、昨日の俺と同じだった。
こいつも意地を張ってんだな・・・。しばらくそっとしとくか。
俺は藤井の背中を見送り、動物たちと並んで階段を下りていった。
「ねえ、このままでいいの?」
モンブランが心配そうに尋ねてくる。
「藤井のやつ相当怒ってるな。まあ昨日の悠一の態度を考えれば当たり前だけど。」
カモンも俺を責めるように言い、嫌味ったらしい目で睨んでくる。
「でも昨日の今日で簡単に機嫌は直らねえわなあ。
俺はしばらく時間を置いた方がいいと思うぜ。」
こういう時、マサカリは意外と冷静な意見に言う。
俺は何も返事をせず、黙々と歩いて山を下りていった。

         *******

あの日から一週間、藤井からは何の連絡もなかった。
俺から一度だけ電話とメールを入れたことがあるが、返事は戻ってこなかった。
いったいいつまで怒ってるのかと気になったが、あいにく恋愛経験の少ない俺には対処の方法が分からなかった。
このまま時間が経って、怒りが解けるのを待つべきか?
それともこちらから行動を起こすべきか?
やきもきしながら過ごしていると、ある出来事が起こった。
それは・・・またしても翔子さんに関係する事だった。
朝にマサカリの散歩をしていると、翔子さんと出会った。
「有川さん!」
翔子さんは笑いながら駆け寄ってくる。
そして、その隣には元気になったコロンがいた。
「この前はありがとね。おかげで命拾いしたわ。」
コロンはニコリと笑って言う。
俺は目だけで頷き、翔子さんに向き直った。
「よかったですね、コロンが元気になって。」
「はい!多少の傷痕は残っていますけど、今はもうピンピンしてます。」
満面の笑顔で嬉しそうにコロンを撫で、ポケットから餌を取り出してマサカリにあげていた。
「おう!気が利くじゃねえか。」
遠慮という言葉を知らないマサカリは、ヨダレまみれの口で翔子さんの手を舐める。
「ちょっとあんた。うちのご主人の手を汚さないでよね。
汚ったない顔してからに。」
「んだとお!俺のどこが汚いんでえ?」
「全体的に汚いわよ。見た目も中身も、あと雰囲気もね。」
「な・・・雰囲気まで汚い・・・・だと・・・。」
マサカリはショックを受けて俯き、それでも餌だけはしっかりと食べている。
コロンの毒舌ぶりは健在で、ここまで元気になればもう大丈夫だろう。
翔子さんは手を広げて「もう無いよ、お終い」と笑った。
「ち・・・もっとくれよ・・・。」
もらえるだけでもありがたいと思え。どこまで意地汚いんだか・・・。
翔子さんはベタベタに汚れた手を気にする様子もなく、相変わらず眩しい笑顔で笑いかけた。
「この時間にお散歩だなんて珍しいですね?今日はお仕事は休みなんですか?」
「ええ、まあ仕事っていってもバイトなもんですから、コロコロと時間が変わるもんで。」
「そうなんですか?私はアルバイトってしたことないから、どういうものかいまいち分からないんですよね。」
むう・・・これが金持ちと庶民の差か。
そこで俺はふと疑問に思って尋ねた。
「あ、あの・・・・前から思ってたんですけど、翔子さんってお幾つなんですか?」
そう尋ねてからしまったと思った。
女性に対していきなり年齢を聞くなんて失礼だったか・・・・。
しかし翔子さんはまったく気にするそぶりもなく答えた。
「今は二十四です。あと二か月でもう一個歳を取っちゃいますけど。」
そう言って可笑しそうに笑っていた。
「大学を卒業してから父の仕事を手伝ってまして、いつかは自分の会社を持つのが夢なんです。」
「へえ・・・お父さんはどんなお仕事を?」
「文具メーカーを経営しているんです。あと靴や家具も造ってるんですよ。
稲松文具っていう会社なんですけど。」
「い、稲松文具って・・・あの有名な?」
「有名かどうかは知らないですけど、うちの文具を使っている人は多いと思いますよ。
靴もそこそこ買って頂いているみたいだし。」
「ははあ・・・・そりゃまた大きな会社で・・・・。」
稲松文具の文房具なら、俺もよく使っていた。
ライオンが噛んでも穴が開かない筆箱とか、ヤシガニが挟んでも折れない鉛筆とか、あとは非常食にもなる消しゴムとか。
実際にそんな状況になる事があるのかどうかは別として、ユニークで性能の良い文具が揃っていることは確かだ。
「私はそこで商品の開発に関わっているんです。
この前発売された、空気に触れると消えるボールペンは私が開発したんですよ。
まあ書いてるそばから消えていくのが難点なんですけどね。」
それはボールペンとしての機能を果たしていないような気もするが、そのユニークさこそが稲松文具の魅力だろう。
「もっともっと良い商品を開発出来るようになって、いつかは自分のメーカーを持ちたいんです。」
「すごいですね、その若さでしっかりした夢を持っているなんて。」
「ふふふ、褒めても何も出ないですよ。」
翔子さんは照れ臭そうに笑い、俺達は並んで歩き出した。
「あ、そうだ!これからお時間はありますか?」
何かを思い出したように声を上げ、窺うような目で俺を見つめてくる。
「ええ、今日は空いてますけど・・・どうかしたんですか?」
「実はこの前のお礼をしようと思って。今から私の家に行きませんか?
お渡ししたいものがあるんです。」
「いやいや、いいですよお礼なんて。そんなつもりでコロンを助けたわけじゃないし・・・。」
「いいえ、是非お礼をさせて下さい。じゃないと父に叱られてしまうし。」
「お父さんに?」
翔子さんは頷き、自分の父親にこの前の出来事を伝えたと笑った。
すると彼女の父は「きちんとその人にお礼をするように」と言ったという。
「父は褒めてましたよ、有川さんのこと。若いのに立派な行動だって。
出来ることなら、一度家に連れて来なさいとも言ってました。」
「い、いや・・・そんな大層なことをしたわけじゃ・・・・、」
「何言ってるんですか。有川さんのおかげでコロンは助かったんですよ。
だからもし時間があるなら・・・これから私の家に来て頂きたいんですけど・・・ダメですか?」
翔子さんは上目遣いに俺を見つめる。
別に行っても構わないのだが、どうも乗り気がしない・・・。
ここのところのトラブルは、ほとんどが翔子さん絡みの事なのだから。
もちろん翔子さんが悪いわけじゃないけど、それでもなあ・・・・。
眉を寄せて迷っていると、翔子さんは躊躇いがちに俺の顔を覗き込んできた。
「もしかして・・・あの後何かありました?」
「え?あの後というのは・・・?」
「この前有川さんのアパートにお邪魔したじゃないですか。
あの時すごく藤井さんが怒ってましたよね?
だから・・・・喧嘩をしちゃったとか・・・?」
ううむ・・・やはり女性はこういうことには鋭いようだ。
しかし俺はこの質問をありがたいと思っていた。
なぜなら恋人と喧嘩をした時の対処法を、ぜひ女性の視点から教えてもらいたかったからだ。
俺は正直にあの日の出来事を話し、今は藤井と上手くいっていないことを伝えた。
慣れない説明なのでたどたどしくなってしまったが、翔子さんは真剣に聞いてくれていた。
もちろん動物と話せるということは秘密にしておいたが、きっともうバレてるんだろうな・・・。
しかし翔子さんは一切そのことにはツッコミを入れず、ただ黙って聞いてくれていた。
そして俺の話を聞き終えて、開口一番に「それは有川さんが悪いです」と言われてしまった。
「前にも言ったけど、有川さんは動物のことには敏感だけど、女性のことには鈍いと思います。
それじゃ藤井さんが可哀想だし、怒るのも当たり前ですよ。」
「はあ・・・やっぱりそうですか・・・。」
「会社を辞めた有川さんをわざわざ追いかけてくるくらいだから、よっぽど好きだったんだと思いますよ。
それなのに・・・その時の思い出を『そんなの知らない』で済ますなんて、はっきり言ってかなりヒドイです。
もし私が藤井さんの立場だったら、きっと怒ると思うな。」
ぐむうう・・・・痛烈なKOパンチを食らった気分だ。
確かに自分でも悪いと思っていたが、他人から言われるとグサっとくるもんだな・・・。
「じゃ、じゃあですね・・・こういう時はどういうふうに謝ればいいんでしょうか?
この前に謝った時は、全然許してくれなくて・・・・。」
「許してもらおうと思ってるからダメなんですよ。
それって結局自分のことを考えているわけでしょう?
そうじゃなくて、きちんと藤井さんのことを考えて謝ってあげないと。」
「藤井のことを・・・考えて・・・。」
「そうです。喧嘩の原因になったのは、二人の思い出や絆でしょう?
それをどうでもいいって言っちゃったんだから、傷はかなり深いでしょうね。
こういう時は小細工をせず、堂々と自分の気持ちを語らないと。
有川さんは、本当はどう思っているんですか?
藤井さんと再会した時のことや、付き合い始めた時のことを。」
「そ、そりゃあもちろん大事に思ってますよ。
ていうか、今までに忘れたことなんて一度もありませんからね。
あの夜の公園の出来事は・・・きっと俺の中から一生消えないと思う。」
俺は真剣な声で語った。やや熱い感じになってしまったが、これこそが俺の本心なのだから。
すると翔子さんはバシっと俺の背中を叩き、励ますように笑いかけた。
「だったらそれを言ってあげればいいんですよ。
あれやこれやと言い訳を考えるんじゃなくて、自分の気持ちを素直に伝えればいいんです。
そうすれば、きっと藤井さんの心に届くと思いますよ。
ああ、有川さんも、あの時の思い出や絆を大事に想っててくれたんだって。」
「ははあ・・・素直な自分の気持ちをねえ・・・。」
じゃあ俺は自分の本心を語ればいいということか。
それなら藤井は許してくれると・・・・・、いかんいかん!この許してほしいと思い気持ちがダメなんだ。
そうじゃなくて、藤井のことを考えて、それでいて素直に自分の気持ちを伝えて・・・。
なんか難しいな。果たして俺に出来るのか?
そもそも素直な気持ちっていったい・・・・。
「ふふふ、その顔は困ってますね。」
「ええ、もう・・・かなり・・・。」
「でも行動を起こすのは早い方がいいですよ。もう喧嘩をして一週間ほど経ってるんでしょ?
なら藤井さんの方も、少しは落ち着いて話を聞いてくれると思いますから。」
「・・・なるほど。やっぱり早い方がいいですか?」
「もちろんですよ。時間が必要な場合もありますけど、仲直りは早いにこしたことはありません。
ズルズルと無駄に引き延ばしていると、本当に修復出来ないくらい険悪になることもありますからね。」
そうか・・・早い方がいいのか・・・。
なら、今日にでも連絡を取って、もう一度謝るべきかもな。
俺だって藤井とは早く仲直りしたいし、あいつに傍にいてほしいし。
ああ、これも素直な気持ちってやつか?
考えた言葉じゃなくて、こういうふうに心の中からスッと出て来た言葉を伝えればいいのか。
なるほどねえ・・・なかなか奥が深いな。喧嘩をしている動物を説得する方がよっぽど簡単かもしれない。
「あれから一週間・・・そろそろ藤井も俺の話を聞いてくれるかもな。」
そう言ってふとあることに気づいた。
確か一週間前にあの山へ行った時、藤井はまた来週ここへ来ると言っていた。
あの時も今と同じくらいの時間帯だったから、今から行けば会えるかもしれない。
善は急げというし、マサカリの散歩のついでに行ってみるか。
「翔子さん、申し訳ないんですが、今日はちょっと家に伺うのは無理みたいです。」
「どうしてですか?さっきは予定は空いてるって。」
「ええ、でも今さっき用事が出来まして・・・。」
そう言うと、翔子さんは「もしかして藤井さんのことですか?」と尋ねた。
「はい。実は川を渡った先にある山に、藤井が来ているはずなんです。
だから今から謝りに行こうかと思って・・・。」
「そうなんですか・・・。だったら仕方ないですね。
早く謝った方がいいって急かしたのは私だし、お礼はまた今度にさせて頂きます。」
「すいません、せっかく誘ってもらったのに。」
「いいんですよ、気にしないで下さい。
でも川を渡るなら私の家と同じ方向だから、途中まで一緒に帰りましょう。」
俺は小さく笑って頷き、川沿いの道を歩いて行く。
空はどんより曇ってきて、今にも雨が降り出しそうだった。
そして土手を上って橋を渡り、山の方へ続く細い道に入った。
しばらく歩くと図書館が出てきて、その向こうにある突き当りの電気屋で立ち止まった。
二つに分かれる道の前で翔子さんと向かい合い、俺は頭を掻きながら礼を言った。
「ありがとうございます、相談に乗ってもらって。」
「いえいえ、きちんと謝って藤井さんと仲直りして下さい。」
「はい、それじゃあ・・・。」
そう言って去ろうとした時、マサカリが翔子さんの方に走っていった。
「おいおい、なんだよいきなり・・・。」
「翔子よお、まだ餌持ってるんだろ?別れの餞別にもうちょっとくれよ。」
マサカリはヨダレを垂らし、フンフンと翔子さんのポケットの匂いを嗅ぐ。
「ちょっと馬鹿犬、うちの主人を困らせるんじゃないわよ。」
「うるせえ、餌があったら食う、山があったら登る。それが男ってもんだ。」
「意味分かんないわ・・・。やっぱりアホだわこいつ。」
コロンは呆れた顔でため息を吐き、マサカリはお構いなしに翔子さんのポケットに鼻を突っ込む。
「おいコラ!いい加減にしろよ。」
俺は強引にマサカリを引き離そうとするが、なかなか離れてくれない。
むうう・・・さすがに腐ってもブルドッグだ、力だけは一人前にある。
「離れろって言ってるだろ!このデブ犬め!」
「うるさい!餌をくれるまでは離れない!」
俺とマサカリの取っ組み合いが続き、翔子さんは困った顔でポケットを押さえている。
「餌がほしいの?だったらあげるからちょっと待って・・・・、」
そう言ってポケットの中に手を入れた時、マサカリが腹の肉を揺らして飛びかかった。
「きゃあ!」
翔子さんはバランスを崩して倒れそうになり、俺は咄嗟に腕を伸ばして抱きかかえた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、はい・・・・。すみません・・・。」
マサカリはまだ餌に向かって飛びかかろうとしている。
俺は足で顔を押しのけ、マサカリを遠ざける。
「お前いい加減にしろよ!あんまり調子に乗ってると本気で怒るぞ!」
「うるせえ!お前が藤井と喧嘩してるから悪いんだ!
飼い主のイライラってのは動物に伝わるんだぜ。
みんな口には出さないけど、ほんとはイライラを隠してるんだよ。
さっさと藤井と仲直りして、俺達を安心させろってんだ!」
「はあ?何で藤井が関係あるんだよ。
お前らは何でもかんでも藤井、藤井ってうるさいな!」
「だって俺達は藤井が好きなんだよ!
あいつが一緒にいると、悠一も他の動物たちも明るくなるんだ。
翔子なんかどうでもいい!早く藤井と仲直りしろこのスルメ男!」
「この野郎・・・黙って聞いてりゃ調子にのりやがって・・・・。」
不穏な空気に怯え、翔子さんは不安そうな目で呟く。
「あ、あの・・・マサカリどうしちゃったんですか?
なんだかすごく怒ってますけど・・・。」
「なんでもないですよ、馬鹿犬の戯言です。」
俺は翔子さんを抱えたままマサカリを睨み、大きく息を吸い込んでから怒鳴った。
「藤井が何だってんだよ!今はあいつは関係ないだろ!
何でもかんでも藤井、藤井って・・・うっとうしいんだよお前らは!
思い出だの絆だの・・・そんなもんが何だってんだ!今さら知るかよそんなこと!」
ああ・・・なんてこった・・・。また始まっちまった。
本心を押しのけて、怒りと意地がしゃしゃり出て来やがった。
本当はこんなこと思っていなくても、一時の感情ってやつは止めようがないくらい強力だった。
曇っていた空からパラパラと雨が落ち、じょじょに勢いをましていく。
まるで今の俺みたいに・・・・。
「だいたいな、藤井はいちいち細かくてうるさいところがあるんだよ。
あいつの動物に対する情熱はすごいけど、ちょっと行き過ぎなところがあるんだよ!
でも恋人だから我慢して付き合ってやってたのに、こんなしょうもないことでイチイチ怒られてたまるかってんだ!」
あまりに大きな声で怒鳴ってしまい、マサカリや翔子さんは怯えていた。
俺・・・なんでこんなに怒ってるのかな?
なんでこんなに腹が立って、なんでこんなに必死になってるんだろう?
その時、ピンと気づいた。
ああ・・・俺は・・・藤井と一緒なんだ。
伝えたいことがあるのに、上手く言葉に出来なくて・・・・。
本当の気持ちが相手に伝わらないもどかしさを感じて・・・だからこんなに怒ってるのか。
なんだ、俺も藤井と一緒なのか。
でも・・・だからこそ怒りは止まらなかった。
言ってはいけないことを、この口から大声で言ってしまった。
「あいつは・・・・・きっと誰でもいいんだよ・・・。
動物と話せて、自分の言うことに素直にうんうんって聞いてくれる男なら誰でもいいんだ。
きっと俺のことを好きになったのは、気が弱くて大人しい男だったからだ。
その方が言うことを聞いてくれやすいと思って・・・。
・・・何が同盟の活動だよ・・・。そんなもん一人でやってりゃいいんだ。
別の男と・・・動物と喋れる男を捕まえて・・・そいつとやってりゃいいんだ。
下らねえ・・・もう動物のことなんかうんざりだよ。
俺には俺の人生があって、動物ばっかりに構ってる暇なんかないんだ。
あいつとの絆だの思い出だの、そんなもんはクソっ食らえだ!
別の男とまた・・・絆だの思い出だのを作れば済む話だ!
藤井の動物に対する情熱とか・・・俺との絆とか・・・全部うっとうしいんだよ!」
取り繕うことも出来ない最低な言葉を発し、今まさにこの瞬間、俺はクズに成り下がった。
そう・・・この時の俺は、どうしようもない馬鹿だった。
マサカリも翔子さんもただ黙りこみ、、辺りがシンと静まりかえる。
図書館から出て来た親子が何事かと目を向け、自転車に乗った通りすがりのおばちゃんも怪訝な目を向けていた。
そして・・・・・山へ続く細い道に、藤井が立っていた。
じっとこちらを見つめながら、怒ったように瞳を震わせている。
「藤井・・・いつからいたんだ・・・?」
背中にブワっと嫌な汗が滲む。
口の中が渇き、リードを握る手の平にも汗が滲んできた。
「・・・・・・・・・・・・・。」
俺は翔子さんを抱えたまま固まり、藤井はじっとその光景を睨んでいた。
「藤井!戻って来てくれよ!悠一の代わりに俺が謝るからさ!」
マサカリは勢い良く駆け出し、俺の手からスルリとリードが抜ける。
「なあ藤井!みんなお前に会いたがってるんだよ。
お前がいてくれないと、悠一がギスギスするもんだからみんなイライラしてんだ。
だから頼むよ、あのバカを許してやってくれ、この通り!」
マサカリは頭を下げ、目を瞑って尻尾を震わせる。
「マサカリ・・・。」
藤井は膝をついてマサカリの頭を撫で、悲しそうに見つめて呟いた。
「ごめんね・・・ごめん・・・・・。」
それだけ言って立ち上がり、濡れる目から涙をこぼした。
そして背中を向けてスタスタと去って行く。
「おい藤井!待ってくれよ!ちゃんと悠一にも謝らせるからさ。
だから許してやってくれよ。お願いだから戻って来てくれえ!」
マサカリの叫びも虚しく、藤井は振り返ることなく去って行く。
その背中は、明らかに俺のことを拒絶していた。
「あの・・・・ごめんなさい・・・また私のせいで・・・。」
翔子さんは俺から離れ、険しい表情で言う。
俺は首を振り、遠ざかる藤井の背中を見つめて呟いた。
「翔子さんは何も悪くありませんよ。
・・・俺が・・・俺が悪いんです・・・・。」
藤井は遠くの角を曲がって消え去り、辺りには静けさだけが残された。
降り出した雨は夕立のように激しく打ち付け、目の前の景気をぼやけさせていく。
冷たい風が一瞬だけ吹き抜け、俺はマサカリのリードを握って言った。
「帰ろう・・・。」
マサカリはがっくりと項垂れてのそのそと歩きだし、一度だけ後ろを振り返っていた。
俺は呆気に取られて立ちつくす翔子さんに頭を下げ、重い足取りで家路についた。
マサカリはみんなにこの出来事を話し、俺は動物たちから散々に罵られた。
いいさ、好きに言ってくれ。もう何も言い訳はしないから。
その日、夜遅くに藤井からメールが届いた。
その内容は、たった一行だけのシンプルなものだった。
『別れよう、さようなら。』
色んな思い出が詰まった一年半は、俺が一瞬にして砕いてしまった。
悲しみが胸に押し寄せ、ホロリと涙がこぼれる。
幸せに浮かれて、自分のことだけを考えて・・・最も大切なものをこの手で潰してしまった、最低の日だった。

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