ダナエの神話〜神樹の星〜 第一話 妖精の王女ダナエ

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 15:32

『海に浮かぶ樹』

 

ここです。私は遥か昔から、ずっとここにいます。
揺らめく青い宇宙の中に、ずっと浮かんでいます。
移り行く時代を超えて、私はここで生きています。
私の声が聞こえますか?私の言葉が届いていますか?
もしあなたがこの声を聞いているのなら、ここまで来て下さい。
深い深い海の底に浮かぶ、私の元まで来て下さい。
私はあなたを必要としています。あなたの力と、あなたの強い意志を必要としています。
今、この星は朽ち果てようとしています。命が消え、大きな暗い闇の中へと消えようとしています。残念ながら、私にはそれを止める力はありません。
人々が私を忘れた今となっては、私に力は残されていません。
だから、あなたの助けが必要です。あなたの力を私にかして下さい。
そして、どうかこの星に生きる命を守って下さい。救って下さい。
私は待っています。あなたが会いに来てくれるその時を。
揺らめく青い宇宙の中で、じっと待っています。
だから・・・会いに来て下さい。そして、私の願いを聞き届けて下さい。
大丈夫・・・・・私はあなたを傷つけたりしません。
そしてあなたが力をかしてくれるのなら、私もあなたに力を授けましょう。
私に残されたほんのわずかな力を、あなたに託しましょう。
そして出来ることなら・・・この星の人々に私のことを思い出させて下さい。
私を知ること、私を心の中に置くことが、この星の命を守る力になるでしょう。
・・・・・・・・・・・・。
銀河の空を旅する少女よ。月の女神の祝福を受けた、妖精の王女よ。
私はあなたの名前を知っています。
だから、私もあなたに名前を教えましょう。
私の名前はユグドラシル。
かつて神話の中で世界を見つめた、大きな大きな樹です。
現世を追われ、空の世界にやって来た神樹です。
そして空の世界でもまた、居場所を追われようとしています。
私と同じく、空の世界に生まれし妖精の王女よ。
どうか私に会いに来て下さい。宇宙を駆ける箱舟を漕いで、この星まで来て下さい。
私はあなたのことを待っています・・・・・ダナエ・・・・。

 

『妖精の王女 ダナエ』

 

かつて、現実と空想に境目はなかった。
あの世とこの世は繋がっていたし、神と人が交わることもあった。
人が頭に思い浮かべることは、何でも現実に起こりえた。そして空想の世界もまた、現実と同じように形を持っていた。
しかしある時、宇宙の中心に座る大きな神様が、現実と空想の世界を隔てる壁を創った。
この世とあの世は別れ、神と人は交われなくなった。
現実の世界からは不思議な力は失われ、空想の世界は実体を持たなくなった。
二つの世界はそれぞれの場所で生き続け、存在し、馬車の両輪のように回り続けている。
時折コンピューターのバグのように接触し合うことはあっても、二つの世界を隔てる壁が取り払われることはない。
妖精の王女ダナエは、空想の世界で生まれた。
妖精王の父と、その妃の間に生まれた美しい少女であった。明るく活発で、何にでも興味を示す好奇心旺盛な子だった。
彼女の生まれ故郷の月では、妖精から崇められる月の女神がいた。
それはそれは美しい女神で、流れる金色の髪に、透き通るような白い肌を持っていた。
その瞳は宝石のように澄んでいて、どんな空よりも綺麗な青色をしていた。
ダナエは、その月の女神にそっくりだった。月のどの妖精よりも美しく、力に満ち溢れた子であった。
月の女神は、そんなダナエのことを愛した。そして彼女の為に魔法の箱舟をこしらえ、誕生祝いとして贈ってくれた。
その箱舟は宇宙を駆けることが出来る特別な船で、月の女神の魔法によって守られていた。
ダナエはその箱舟に乗って月を飛び出し、宇宙の中心に座る大きな神様に会いに行こうと思った。父と母に旅立ちの別れを告げ、月の女神の祝福を受けて送り出された。
真っ暗な宇宙には、蛍のように綺麗な星が散りばめられていた。近くで見ると汚い星もあったが、そうでない星もあった。傍に寄ると、さらに美しさを感じさせる星もあった。
ダナエは過ぎゆく星に心を奪われながら、箱舟の舵を切っていく。
まず目指したのは、煌めく銀河の空であった。そこは無数の星が寄り集まって出来ている、どんな場所よりも壮大で美しい世界。
魔法の箱舟は宇宙の風を漕いで進んでいく。煌めく銀河の空は、ダナエを歓迎するように光を増した。周りに浮かぶ無数の星達は、そのほとんどが生き物の住んでいない星だった。
しかしその中に一つだけ、青く輝く綺麗な星があった。
月の傍にある、あの青い星とよく似た、アクアマリンのような美しい星。
魔法の箱舟でその星の近くを通る時、ダナエの頭の中に優しい声が響いてきた。
『神樹 ユグドラシル』
ダナエとは別の神話から生まれた世界樹が、頭の中に話しかけてきた。
『私のところまで来てほしい』
ユグドラシルは、この星が滅びかけていると言った。
ダナエはその言葉を無視出来なかった。目指すは大きな神様の座る宇宙の中心だが、そこへ向かう前にユグドラシルに会いに行こうと決め、舵をいっぱいに切って青い星へ降り立った。
箱舟を深い森の中に着陸させ、相棒の妖精コウと一緒に外へ繰り出した。
この時のダナエはまだ知らない。ここから大きな冒険と戦いが始まることを。
そして・・・世界樹ユグドラシルの本当の願いを・・・・・・。

            *

「なあダナエ。こんな所に寄り道してていいのかい?宇宙の中心に行くんだろう?」
やんちゃな妖精のコウが、小さな羽を動かしてダナエの周りを飛び回る。
「いいのよ。旅は楽しむ為にあるんだから。それに頭の中に響いてきた声が気になるんだもの。
一つの星が滅びるなんて、放っておけないでしょ?」
「別に俺はどっちでもいいや。退屈だからダナエの旅について来ただけだし。」
コウはダナエの肩に止まり、足を組んで周りの景色を睨みつけた。
「随分深い森に降りちゃったな。迷ったら大変だぜ?」
二人は青い緑に覆われた森の中に立っていた。荘厳さと清らかさを漂わせる不思議な森で、どこからともなく鳥の声が響いてくる。
ダナエは膝をついてブーツの紐を縛り、長い髪をポニーテールに結って歩き出した。
「大丈夫。ちゃんと目印を置いて行くから。」
そういって肩かけ鞄の中から魔法の筒を取り出し、箱舟の横に置いた。
「私が口笛を鳴らせば、この筒から黄色い煙が上がるの。これなら迷わないでしょ?」
「さあ、どうだかねえ・・・。ダナエはおっちょこちょいだから・・・。」
「何よ、ブツブツ文句言ってると船の中に置いて行くわよ。」
「へいへい、大人しくしてりゃいいんでしょ?
まったく・・・お前は女の子の癖に優しさが足りないっていうか・・・・。」
コウの愚痴を聞き流しながら、ダナエは深い森の中を歩いて行く。
白い布服に黒いキュロットパンツという格好は、森の中を歩くにまったく邪魔にならない。
首に巻いた短いマントを手で押さえ、倒れる大木を飛び越えて森の中を進んでいった。
「あのさ、一つ聞いていいかな?」
「なあに?下らない愚痴なら耳を塞ぐだけよ。」
「違うよ。お前さ、自信満々の足取りで歩いて行ってるけど、一体どこに向かってるの?
俺達ここに来るの初めてなんだぜ。」
「そうよ。それがどうかした?」
「どうかしたって・・・・・、いいか、ここは俺達の知らない星なんだ。なのになんでそんなに自信たっぷりに歩いてるんだよ。どこに行くかも決めてないのに。」
「あら?どこに行くかは決まってるわよ。」
ダナエはそう言って近くの大木によじ登り、遠くに見える水平線を指差した。
「今からあの海へ向かうの。私の頭に話しかけてきた神樹は、きっと海の中にいるもの。」
コウは馬鹿らしいという具合に首を振り、小さな指でダナエのおでこを弾いた。
「痛ッ!何するのよ!」
「何するのじゃないよ・・・まったく・・・。」
コウは綺麗な青色の服を翻して宙に舞う。
「ダナエに話しかけてきた神樹が海の中にいるのは分かる。でもな、どうやって海の中に潜るんだよ?あの神樹・・・・ええっと、ユグドラシルだっけ?あいつ言ってたじゃん。深い深い海の底に浮かんでるって。ダナエって確かカナヅチだろ?川の浅瀬でも溺れるような奴が、いったいどうやって海の底まで行くっていうんだよ?」
「さあ?」
「さあ?って何だよ?何も考えてないのか?」
「うん。だって細かいことはいいじゃない。きっと何とかなるわよ。」
「・・・はあ・・・悲しいくらいに前向きな奴・・・。計画性の無さもここまでくると立派なもんだよ・・・。」
「・・・船の中に閉じ込めようか?」
「へいへい、これ以上何も言いません。お好きなように・・・。」
コウはダナエの鞄を開けて中に入り、腕枕をして居眠りを始めた。
「そうそう。大人しくしといてね。ユグドラシルのところまで行ったら起こしてあげるから。」
ダナエは高い木の上から飛び降り、猫のようにクルッと回って着地した。
「さて、このまま真っすぐ行けば海ね。とりあえず浜辺まで出ないと。
そしたらその先は・・・・・まあなんとかなるわよね、きっと。」
細かいことを気にしないダナエは、何の迷いもなく深い森を歩いて行く。
「とってもいい空気。月の森と同じくらい澄んでる空気だわ。」
胸いっぱいに空気を吸い込み、木々の発する匂いを感じ取る。綺麗な空気が身体の中を駆け巡り、胸の中のワクワクが膨らんでいく。
「月を出てから初めての星だものね。きっと楽しい冒険が待ってるに違いないわ。」
軽い足取りはスキップに変わり、鳥の声を聞きながら倒木を飛び越えていく。
しかしふと妙な感覚に襲われ、ピタリと足を止めた。
「・・・・誰かに見られてる?」
深い森の中から視線を感じ、大きな瞳をキョロキョロさせて様子を窺う。
「・・・一人じゃないわね。たくさんの気配を感じる・・・。」
少々不安になり、金色の髪を二本抜いて魔法を唱える。
「鉄の精霊、そして風の精霊・・・。金になびく髪に力を与えて。」
すると抜いた髪の毛はパッと弾けて弓矢に変わり、ダナエの手に風の精霊が宿った。
「悪い奴ならやっつけてやるわ。私の矢は絶対に的を外さないんだから。」
ダナエは弓矢を構え、足を開いて周りの気配を窺う。森の中の視線は鋭さを増し、殺気さえ漂わせて緊張感が増していく。
「・・・・・・・・・・・。」
何かが後ろで動いた。がさがさと葉っぱが揺れ、その次にドシン!という大きな音が響く。
「そこね!」
ダナエは素早く後ろを振り向いて矢を放った。鉄の矢が空気を切り裂いて飛んでいく。
「わわわ!やばい!」
「お頭!待って下さいよ!」
二つの声が響き、森の中から黒い影が飛び出して逃げていった。しかしダナエの放った矢はそれを追いかけていく。そしてプスリ!と音を立てて風が巻き上がった。
「うわわああああああああ!」
「お頭あああああああ!」
ダナエの放った矢には、風の精霊の力が宿っていた。射抜かれた者はその風に巻き上げられ、ダナエの足元まで落ちてくるようになっていた。
黒い影は高く舞い上がり、クルクルと回りながら地面へ落ちて来る。ドシン!と大きな音が響き、小さく地面がゆれて煙を上げた。
「うう・・・・痛い・・・・。」
ダナエの矢で撃たれた者。それは黒い布服を着たカエルだった。長い舌をだらりと出して泡を吹き、仰向けに倒れて膨らんだ丸い腹を見せている。
「お頭ああああああ!」
森の中から十匹ほどのカエルが現れ、倒れたカエルに駆け寄った。
「お頭!死んじゃダメです!」
「そうですよ!まだ冒険の途中じゃないですか!」
「せめて死ぬ前に貸したお金を返して下さい!」
カエル達はわんわんと泣き始め、気の早い者は墓の穴を掘り始めていた。
「うう・・・お前達・・・俺はもう駄目だ・・・達者でな・・・。」
「お頭ああああ!」
「・・・俺抜きでも・・・頑張って生きてくれ・・・。」
「そんな・・・ダメですよ!諦めないで下さい!」
「ああ・・・それと・・・金は返せない・・・・すまんな・・・。」
「そんな!ひどいですよお頭!ちゃんと返してから死んで下さい!」
カエル達の喚きは森じゅうに響き渡り、鞄の中で眠っていたコウが目を覚ました。
「なんだなんだ・・・?」
眠い目を擦りながらカエル達を見下ろし、ポカンとした顔で呟いた。
「なんだこいつらは・・・。派手に泣いてるけど・・・・。」
カエルのお頭は白目を剥き、力を振り絞って最後の言葉を伝えた。
「お前達・・・今までありがとう・・・愛してるぞ・・・。」
「お頭あああああああ!」
カエルのお頭は目を閉じ、ガクリと倒れた。子分のカエル達はさらに泣き喚き、必死に抱きついて揺さぶっていた。
「あの・・・・・。」
黙って見ていたダナエが声をかけると、カエル達は一斉に睨みつけた。
「このお!よくもお頭を!」
「そうだ!お前が代わりに金を返せ!」
カエル達は黒い布服を翻して周りを取り囲み、短剣を手にしてダナエに向けた。
「ちょ、ちょっと待って!そのカエルさん死んでないわよ。」
「へ?死んでない?」
「そうよ。私が撃ったのは魔法の矢で、悪い奴を懲らしめる為のものなの。
でも命を奪ったりはしないわ。ほら、よく見てよ。」
そう言ってダナエはお頭を指差した。彼のお尻には鉄の矢が刺さっていたが、ボロボロと崩れて金色の髪に戻った。
「あの矢は悪い心に刺さる矢なの。だから身体を傷つけたりしないわ。」
「・・・・ほ、ほんとうか?」
「ほんとうよ。」
「・・・ど、どれ・・・。」
一匹のカエルが枝を拾ってツンツンとお頭を突く。するとお頭はくすぐったそうに笑い出した。
「お頭ああああ!」
子分達は一斉に抱きつき、またおいおいと泣き始めた。
「おいおい、これは何の喜劇だよ・・・?」
コウが呆れた顔で呟き、鞄の中から飛び上がった。
「このカエルさん達が、何か悪いことを企んでいたみたいなの。じゃないと私の矢は刺さったりしないわ。」
「なるほどね・・・。見るからに怪しい格好をしてるもんなあ。」
目を覚ましたお頭はブルブルと頭を振り、子分達を押し退けて立ち上がった。
「やいやい!この小娘!ほんとうに死ぬかと思ったじゃねえか!」
「いいじゃない、死んでないんだから。」
「え?いや・・・まあ・・・それはそうだが・・・・。」
「お頭!負けちゃダメです!」
「そうですよ!ここで引いたら盗賊の名が泣きますよ!」
「う・・・うむ・・・。そうだな・・・。」
お頭は気を取り直し、口の中に手を入れてもごもごと何かを取り出した。
「へへへ、これはどんな硬い物でも斬る魔法の剣なんだ・・・。
やい小娘!よくも俺に恥をかかせてくれやがったな!いったい誰に喧嘩を売ったか分かってるのか!」
「さあ?」
「・・・・さあ?・・・お前、俺の名前を知らないっていうのか?」
「ごめんなさい。この星には初めて来たから、あなたのことは何にも知らないわ。」
「ん?この星には初めてだと・・・?」
「そうよ。私は魔法の箱舟に乗って旅をしているの。宇宙の中心にいる大きな神様の所を目指してね。」
ダナエは明るい声で言い、ニコリと笑いかけた。カエル達は首を捻って顔を見合わせ、カエルにしか分からない言葉で何かを言い合っている。
「なあダナエ。こんな奴らほっといて先に行こうぜ。」
「ダメよ。なんだか一生懸命話し合ってるもの。置いて行ったら可哀想じゃない。」
カエル達は意味不明な言語で話し合い、納得したように頷いている。
お頭はコホンと咳払いをして、口の中にもごもごと剣を戻した。
「いや、これは失礼。まさか外の世界から来られた方だったとは・・・。」
お頭は急に態度を変え、畏まった顔で謝った。
「ううん、こっちこそ矢を撃ってごめんなさい。でも、あれが刺さるってことは、あなた達は何か悪いことを企んでいたんでしょ?」
「ええっと・・・いや、まあ・・・・こちとら盗賊なもんで・・・へへへ・・・。」
「盗賊?盗賊って人の物を盗む者のことでしょ?どうしてそんな悪いことをしているの?」
「それは・・・まあ・・・色々と事情があって・・・・。」
お頭はバツが悪そうに顔をそらし、ほっぺをもごもごさせて口ごもる。
「お頭!負けちゃダメですよ!」
「そうですよ!ここはビシッと言わないと!」
「う・・・うむ・・・。そうだな・・・・。」
お頭はまた咳払いをしてダナエを見つめた。
「実はな・・・俺達が盗賊をしているには深い事情があって・・・。」
「深い事情?」
「ああ・・・俺達は『世界樹ユグドラシル』を探しているんだ。」
「それほんとうッ?」
ダナエはお頭に駆け寄り、その手をギュッと握って顔を近づけた。
「い、いや・・・そんなに顔を近づけられると・・・なんだか照れるな・・・。」
「実は私もユグドラシルを目指しているの!」
「へ?あんたも?」
お頭は狐につままれたような顔で口を開け、後ろに控える子分達も同じ顔で驚いていた。
「で、でも・・・・どうしてこの星の者じゃないあんたが、ユグドラシルのことを知ってるんだ・・・?」
お頭がそう尋ねると、コウはひらひらと舞いながら腕組みした。そしてダナエの頭に止まり、口を尖らせて言った。
「あのことを話してやれば?」
「そうね。」
二人のやり取りを見ていたお頭は、大きな目をまばたきさせて「ゲコ?」っと鳴いた。
「あのこと?あのことって何だ?」
「ええっと・・・実はね・・・・・・、」
ダナエはユグドラシルの声を聞いたことを話した。この星が滅びかかっていることや、それを救う為に力をかしてほしいと言われたことを。
「むう・・・・、そんなことが・・・・。」
お頭は神妙な顔で唸り、腕を組んで何やら考え込んでいた。子分達もざわざわとざわめき、カエルにしか分からない言葉で話し合っている。
ダナエとコウは、じっとその様子を見つめていた。カエル達は真剣な表情で悩んでいて、一生懸命に何かを議論している。
そしてお頭は大きく頷き、今までで一番大きな咳払いをして口を開いた。
「お嬢さんのお話はよく分かりました。こうなっては、こちらもほんとうのことを言わねばなりますまい。」
難しい顔で言うお頭を見て、コウは「プッ」っと吹き出した。
「なんだよ、急にお嬢さんって。それに喋り方もカッコつけちゃってさ。」
「うるさい!俺は今から大事なことを話すんだ!チビの妖精は引っ込んでろ!」
「なんだと!このガマオヤジめ!爬虫類の分際で妖精を馬鹿にするな!」
「お前こそ虫モドキのくせに偉そうにするな!調子に乗ってるとこうしてやるぞ!」
お頭は長い舌を伸ばしてコウを巻き取った。
「うわ!やめろ汚い!」
「ちょっと!喧嘩はやめて!」
ダナエは二人を引き離し、興奮するお頭を宥めて謝った。
「ごめんなさい。この子、ちょっと口の悪いところがあって。でも根っこはいい奴なのよ。」
「ふん!俺は舐めた口をきく奴が大嫌いなんだ!次に偉そうにしたら本当に飲み込むぞ。」
「うるさいガマオヤジ!お前こそ魔法で黒焦げにしてやる!」
「だから、喧嘩はやめてって言ってるでしょ!」
ダナエの怒鳴り声に、二人はビクリと身を竦ませた。
「ねえカエルさん。私達はこの星に来たばかりで何も知らないの。よかったら、色々と教えてもらえないかな?」
お頭は腕を組んで「ふん!」と鼻を鳴らし、ダナエを指差して言った。
「お嬢さんになら何でも教えてあげよう。でもそっちのチビは駄目だ。」
「この!まだ言うか!」
ダナエはため息をついてコウを掴み、グイッと鞄に閉じ込めた。
「コラ!何するんだ!」
「いいから大人しくしといて。コウがいたら全然話が進まないから・・・。」
コウは鞄の中でバタバタと暴れるが、ダナエはそれを無視して話を続けた。
「ねえ、さっきあなたが言いかけていたことをきかせて。ほんとうのことを言わなきゃいけないって、どういうことなの?」
お頭は大きな目をグリグリと動かし、懐から煙管を取り出して咥えた。後ろにいた子分がサッと火を点け、足元に火鉢を置く。お頭はプカリと煙を吐き出し、煙管を咥えたまま答えた。
「・・・まずは名前を名乗っておこうか。俺はガマ盗賊団の頭領、カプネだ。
この辺りじゃ知らない者はいないほどの凄腕の盗賊だ。」
カプネは渋い顔で煙を吐き出し、短い足を広げて格好をつける。子分達が盛り上げるように拍手をし、カプネはさらに格好をつけて煙管を吹かした。
「・・・へえ・・・有名な盗賊なんだ・・・。」
「ああ、そうだ。この辺りの者なら、誰でも俺のことを知っている。泣く子も黙る盗賊カプネとはこの俺のことよ。」
カプネは自慢気に言って火鉢に灰を落とす。しかしダナエは首を傾げて尋ねた。
「でもさ・・・そんなに有名なら盗賊なんて出来ないんじゃない?あなたが来たら、みんな家に鍵をかけちゃうわけでしょ?」
「え?い、いや・・・まあ・・・それは・・・・。」
「それに盗賊っていう割には鈍くさいわよね。風に巻かれてお尻から落ちて来たし。」
「・・・う・・・うむ・・・。まあ・・・それはその・・・・。」
「それと、あなたからはそこまで悪い気は感じないのよね。私の矢で撃たれても、そこまで痛そうにしてなかったし。ほんとうの悪者だったら、もっと痛がるはずなんだけど?」
「う・・・うむむ・・・。それは・・・・・ぬううう・・・・。」
「もしかして・・・・実は全然有名じゃないとか?」
カプネは怒りと恥ずかしさで顔を真っ赤にして、煙管の煙を蒸気機関車のようにもくもくと吐き出す。
「お頭、落ち着いて!」
「そうですよ!ここはほんとうのことを言いましょう。」
「うむむむううう・・・・・。」
バキッと音を立てて煙管を噛み砕き、火鉢の中にポイっと捨てる。そして懐から新しい煙管を取り出し、子分に火を点けてもらって煙を吐いた。
「・・・あんた中々鋭いな・・・。そうさ、俺はちっとも有名じゃない。もっと正確に言うなら、盗賊を始めたのは一週間前だ。」
「じゃあつい最近じゃない・・・。どうりで鈍くさいわけだわ。」
「ええい!うるさい!俺には盗賊をやらなきゃいけない事情があるんだよ!」
カプネは子供の様に煙管を振り回して地団駄を踏む。ダナエは「まあまあ」と宥め、肩を叩いて落ち着かせた。
「ごめんなさい。別に馬鹿にして言ったわけじゃないの。ほら、私って思ってることはすぐ口に出ちゃう性格だから。」
「今日会ったばかりの奴の性格など知らん!だいたい名前も知らんのだぞ!
こっちはちゃんと名乗ったのに!」
「ああ、それはそうだったわね。ごめんなさい。」
ダナエはペコリと頭を下げ、ポニーテールの髪を揺らしてニコリと笑った。
「私はダナエ。月から来た妖精よ。」
「ダナエか・・・いい名前じゃないか。それに月って言葉を聞いたのも懐かしい・・・。」
カプネはしみじみとした目で遠い空を見つめる。その目には薄っすらと涙が光っていて、ズズっと鼻をすすっていた。
「あなた、月を知ってるの?」
「知ってるもなにも・・・・・俺は毎晩のように月を見上げていたんだ。」
「・・・どういうこと?ここからじゃ遠くて月は見えないはずだけど・・・。」
ダナエが首を傾げながら言うと、カプネは煙を吐き出してまた鼻をすすった。
「月の近くに青い星があるだろう?」
「ええ、確か地球っていうのよね。現実の世界の魂が住む星でしょ?」
「ああ、そうだ・・・。あの星は現実の世界の者しか住めない・・・。空想の世界の者は、あの星へ入ることを許されねえからな。」
「空想と現実の間には、大きな光の壁があるからね。こっちの世界の者がその壁を超えたら、消えて無くなっちゃうんでしょ?」
「よく知ってるじゃねえか。」
「えへへ、月の女神に教わったんだ。宇宙を旅するのはいいけど、絶対に光の壁を超えちゃダメって。」
「そうさ、あの壁は超えちゃならねえ。現実と空想は、決して交わったらいけないからな。
お互いの世界には行き来できないようになってるのさ。でも・・・・、」
「でも?」
カプネは悲しい顔で俯き、子供のようにすすり泣き始めた。煙管を足元に落とし、コロコロと転がってダナエの靴に当たった。
「どうしたの?何か悲しいことでもあったの?」
ダナエは煙管を拾い、カプネの顔を覗き込む。すると子分達が周りに集まって来て、ダナエの手から煙管を受け取った。
「なあ、この煙管に書かれた文字をよく見てくれ。」
「文字?」
子分の一人が煙管の柄の部分を指差す。するとそこには奇妙な文字が並んでいた。
「・・・何て書いてあるか分からない・・・。これってこの星の文字?」
そう尋ねうると、子分は黙って首を振った。
「違う。これはお頭の生まれ故郷の文字だ。」
「カプネの生まれ故郷・・・?」
不思議そうに煙管の文字を見つめるダナエ。カプネは鼻をすすって顔を上げ、彼女に向かって言った。
「俺はこの星の生まれじゃないんだ・・・。ほんとうは、もっと遠い星に住んでたんだ。」
カプネは子分から煙管を受け取り、その文字を懐かしそうに見つめた。
「ここに書かれている言葉。これはメイド・イン・ジャパンって読むんだ。」
「メイドインジャパン?それって何かの魔法の言葉?」
カプネは首を振り、その文字を指でなぞった。
「ジャパンってのは国の名前だ。メイド・インってのは、作られた場所を指す言葉だ。」
「・・・じゃあ、それはジャパンっていう国で造られたってこと?」
「そうさ。俺の生まれた星、俺の生まれた国、そこで作られた煙管だ。」
「ふ〜ん、ジャパンっていう国がカプネの故郷なのね。」
「ああ、でも正確にはニホンっていうんだ。ジャパンっていうのは、あの星の共通言語で言い表す言葉だからな。」
ふむふむと頷くダナエだったが、何かが頭に引っ掛かって首を傾げた。
「あれ?ニホン・・・?確かこの言葉をどこかで・・・・。」
記憶の奥深くに、ニホンという言葉に反応するものがあった。もっと小さな子供だった頃に、妖精王の父に聞かせてもらった話。あの時、確か父はこう言っていた。
『お父さんはね、元々は人間なんだよ。ほら、あそこに綺麗な青い星が見えるだろう?
あの星の、ニホンっていう国に住んでいたんだ。
あの星に住めるのは現実の魂だけだから、月に住む妖精達は向こうへは行けないんだよ。
でも向こうの魂も、こっちの空想の世界へ来ることは出来ないけどね。』
妖精王の父は、懐かしそうな顔でそう言っていた。
「ニホンは・・・地球にある国の名前よね?でもあそこは現実の魂しか住めない場所のはず。
・・・だったら、どうしてあなたがその煙管を持っているの?」
ダナエが不思議そうに尋ねると、カプネは煙管を回しながら答えた。
「簡単な話だ。俺は元々、地球に住んでいたんだ。」
「・・・ていうことは、現実の魂ってことよね?じゃあどうして空想の世界で生きているの?
しかもこんなに遠い星で・・・。」
「それは・・・・・。」
カプネは言いづらそうに口を噤み、じっと俯いて足元を見ていた。そして何かを決心したように顔を上げ、真剣な目を向けて言った。
「俺は・・・やっちゃならねえことをやったんだ・・・。だからこんな姿になって、こんな場所にいるのさ・・・。」
「やっちゃいけないこと?何をしたの?」
ダナエはカプネを見つめ返して尋ねる。カプネはしばらく黙りこんで煙管を吹かしていたが、遠い空に目を向けて呟いた。
「俺はな・・・神様を殺しちまったんだ・・・・。」
「神様を・・・殺す・・・?」
ダナエが怪訝な表情で眉を寄せる。カプネは目を閉じて何かを後悔した顔を見せていた。
閉じ込められていたコウは鞄から這い出し、難しい顔で黙りこむダナエ達を見つめて言った。
「なんだ、しんみりしちゃって。ここは葬式会場か?」

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< August 2020 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM