ダナエの神話〜神樹の星〜 第二話 盗賊カプネ

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 15:57

『盗賊カプネ』


ダナエはカエルの盗賊達と海辺の小屋に来ていた。
「今日は綺麗な夜だ・・・。星が歌ってるようだぜ。」
カプネは窓の前に立ち、煙管を吹かして夜空を見上げていた。短い手を後ろで組み、渋い顔でプルプルと肩を震わせている。
「なんだ?星を見ながら笑ってるぞあのカエル。」
「違わい!泣いてるんだ!」
コウの言葉にツッコミを入れ、カプネはテーブルの前の椅子に座った。
「おいてめえら!飯の準備はまだか?」
「もうすぐです、お頭!」
「さっさとしやがれ!こちとら腹が減ってるんだ!」
カプネは偉そうに言い、短い足をテーブルに乗せて貧乏ゆすりを始めた。
「そんなに腹が減ってるなら自分でやればいいのに。」
「へッ!盗賊の頭が料理なんざ出来るか。」
カプネはふんぞり返って顔をしかめ、もくもくと煙管を吹かす。丸い腹がグウ〜っと鳴り、吸盤の着いた手でさすっていた。
「やりたくても出来ないだけじゃない?なんだか不器用そうだから。」
「ああ、言えてる。」
ダナエとコウは馬鹿にしたように言い、カプネは「ふん!」と鼻息を荒くする。
子分達は忙しく動き回って料理を作り、ダナエはその光景を見つめながら呟いた。
「でも・・・まだ信じられないわ・・・。カプネの言ったこと・・・。」
「へッ!あんたが信じようと信じまいと、これは事実なんだ。そうでなけりゃ、俺はこんな所にはいねえさ。」
ダナエとコウは顔を見合わせ、困ったように唇を尖らせる。
ダナエが信じられないと言ったこと。それは昼間にカプネから聞いた話だった。
「ねえ、もう一回確認させて。カプネは・・・昔は人間だったのよね?」
「ああ、そうだ。」
「そして・・・地球に住んでいた。そこで神様を殺したから、カエルの姿になって空想の世界へやって来た・・・。」
「そう言ってるじゃねえか。」
「それで、神様を殺した理由っていうのが、死んだ奥さんを生き返らせたかったからよね?」
「・・・・・ああ。俺にとっちゃ女房が全てだったからな・・・。あいつがいなくなってから、俺は・・・・・。」
カプネはぐすりと鼻をすすり、吸盤の着いた指で涙を拭う。
「死んだ人間は生き返らない・・・。現実の世界では常識さ。でも・・・空想の世界なら可能かもしれない。だから俺は・・・・・。」
「神様を殺した。」
コウが小さな指でビシッと指す。
「ああ、そうだよ・・・。今思えば、あの時はどうかしてたな・・・。女房を生き返らせることだけを考えて、他のことは目に入らなかった。」
「そりゃあ神様を殺したら罰が当たって当たり前だよ。むしろこの程度ですんでよかったって感じだけど?」
「その通りさ・・・。俺は運が良い方なのかもしれねえ・・・。」
コウに言われて納得するカプネだったが、ダナエは首を振って否定した。
「それは違うわ。だって、一番悪いのはカプネじゃないもの。ほんとうの悪者は、あなたをそそのかした女の人よ。人の弱味につけ込んで、神様を殺させるなんて・・・・。」
ダナエは怒った顔で拳を握る。長い髪が怒りに同調するように揺れ、薄っすらと金色に輝き出した。
「・・・あの時は俺もどうかしてたからな・・・。普通なら絶対にあんな怪しげな奴に関わろうとは思わないけど、あの時は普通じゃなかったんだ・・・。
見るからにインチキ臭い女霊能者なのに・・・どうしてあんな奴の言葉を信じて・・・。」
ダナエは思い出していた。昼間にカプネが語ってくれたことを。

            *

妻を病気で亡くしたカプネは、全ての生き甲斐を失くして悲しみに暮れていた。仕事も辞め、家族とも縁を切り、一人であてもなくブラブラと公園を歩く毎日だった。
昼間から酒を飲み、タバコを吹かして公園のブランコに揺られていた。そして虚ろな目をして、ただ宙を見つめてばかりいた。死んだ妻のことばかり考え、本気で後を追おうかと真剣に悩んだこともあった。
しかしそんな彼の元に、一人の女が現れた。いつもと同じように公園のブランコに揺られていると、見知らぬ女に声を掛けられたのだった。
『奥さんに会いたい?』
カプネは顔を上げてその女を見つめた。真っ白い肌に、ウソ臭いほど赤い唇。鼻は高く、その目は獲物を探すタカのように鋭かった。しかし、とても美しい女だった。
長い黒髪を指でなびかせ、ゆったりとした紫のワンピースを着て、胸元の大きな数珠を触って微笑んでいた。
『奥さんに会いたい?』
女はまた尋ねた。カプネはブランコから立ち上がり、無意識のうちに頷いていた。
どうして心を読まれたのかと怪訝に思ったが、女には不思議な魅力があった。
人を惹きつけ、惑わせる怪しい魅力を纏っていた。カプネは女に案内されて、ある図書館に連れて行かれた。ボロボロの、そして電気も点いていない薄暗い図書館だった。
女はそこで一冊の本を手に取り、カプネに渡した。
『これをよく読むこと。そうすれば、あなたの奥さんは生き返る。』
女が渡した本。それは『空っぽの神話』という本だった。そして本の他に、もう一つある物を渡した。それは剣だった。艶々と黒光りする、禍々しい気を放つ細身の剣だった。
『これは何でも斬れる魔法の剣。この剣をどうやって使うかは、その本を読めば分かるはず。』
カプネは本と剣を受け取り、困ったように呆然と立ち尽くしていた。こんな物を受け取ったところで、何がどうなるのかまったく分からなかった。
女はカプネの困った顔を見て、押し殺した声でクスクス笑った。
『この図書館は、現実と空想が交わる場所。だから、常識では考えられない不思議な出来事が起こるのよ。現実の世界では無理なことでも、空想の世界でなら可能になる。
だから・・・あなたの奥さんもきっと生き返るわ・・・。』
カプネは女に背中を押されて図書館を出た。そして後ろを振り向いた時には、図書館は消えてただの荒れ地になっていた。不思議に思って辺りを見回すと、怪しげな女もいなくなっていた。
カプネは夢でも見たのかと首を傾げたが、その手にはしっかりと本と剣が握られていた。
家に帰ったカプネは、女に渡された本を開いてみた。しかしその本は、何にも書かれていない真っ白な本だった。どのページを捲っても、何も書かれていない真っ白な紙ばかり。
『俺はきっと、馬鹿にされたんだ。昼間からずっとブランコに座ってる親父を、面白半分にからかっただけなんだ・・・。』
怒りと恥ずかしさで本を叩きつけてやろうと思ったが、突然紙に文字が浮かび上がって手を止めた。真っ白な紙に次々と文字が浮かび上がり、気持ち悪さを感じながらも、思わず見入ってしまった。そして触れてもいないのに勝手に本が捲れ、あるページでピタリと止まった。
そのページの文字は紙を飛び出して宙に浮かび、カプネの頭の中に飛び込んで来た。
カプネは目を瞑り、頭の中に飛び込んで来た文字をじっくりと読んだ。
『妻を失くした男は、悲しみの中に心を閉ざしていた。あてもなく夜道をさ迷っていると、遠くの方に海が見えた。今宵は満月で、男は何かに惹かれるように海へと向かった。
月の輝く海に着くと、海面に淡い光が立ち昇っていた。それは海の底に鎮座する神の姿だった。この世の全てを知り、この世の全ての命を見つめる海神であった。
海神は大きな樹から生まれた。ユグドラシルという世界樹の枝から滴が落ち、それが海を漂ううちに命を持った。そして夜の月の魔力を受け、美しい海神へと姿を変えた。
海神を見た者は、自分の命と引き換えに一つだけ願いが叶えられる。しかし海神を殺した者は、その力を全て手に入れることが出来る。男は腰に携えた剣を握り、月に向かって高くかざした。
「俺はお前を殺し、妻を生き返らせて幸せに暮らすのだ。」
男の願いに応えるように、黒光りする剣は月の魔力を受けて輝き出した。それは神をも殺す、魔法の神器であった。
「さあ、お前の力を頂くぞ!」
男は叫び、風のような速さで海面を走っていった。光り輝く海神は、手を上げて男に語りかけた。
「やめなさい。君は悪い神に惑わされているのだよ。私を殺したら、きっと後悔するぞ。」
海神の声は、強く男の頭に響いてきた。しかし男は止まらない。妻を生き返らせることに取り憑かれ、もはや誰の言葉も聞き入れようとしなかった。
そして海神の前まで来ると、剣を構えて振り下ろした。光り輝く海神は、真っ二つに斬られて死んでしまった。
「愚かなり・・・。神を殺せば、末代まで続く呪いを受けることになるのだぞ。」
死んだ海神の声が響き、海面から泡が溢れてくる。その泡は男に纏わりつき、じゅわじゅわと溶けて身体の中に吸い込まれていった。
「この世界にお前のいる場所はない。幻なる世界へ行って、人ならざる姿で苦しむがいい。」
海神の魂は海の中に吸い込まれ、綿飴のように溶けて無くなった。
男は海神の力を手に入れた代償として、強力な呪いを受けることになってしまった。
妻を生き返らせることは出来たが、自分は別の世界へ飛ばされ、人ではない生き物へと姿を変えてしまった。』
カプネは頭の中に飛び込んで来た文字を読み、気がつけば剣を握って立ち上がっていた。
『なんとしても、あいつを生き返らせる。』
妻の復活だけを願うカプネは、何の迷いもなく海へと向かった。ベンチにじっと座り、剣を握りしめて夜になるのを待った。
今宵は満月で、海には不思議な力が満ちていた。海面には満月が映り、ゆらゆらと揺らめいて黄色く輝いている。するとそこから光が立ち昇り、神々しい光を纏った海神が姿を現わした。
カプネは剣をかかげ、月に向かって叫んだ。
『この剣に力をくれ!俺の女房を生き返らせる為に!』
黒光りする剣は、夜の月の魔力を受けて禍々しく輝き出す。カプネはその刃の光に心を奪われ、殺意と憎悪が溢れて海面を走っていった。
そして・・・・・その後はあの本の内容と同じだった。海神の警告を無視して、神を殺した。
力は得たが、その代償として呪いを受けた。
家に帰ると死んだはずの妻が座っていて、カプネを見てニコリと笑った。
『ただいま。』
一年ぶりに聞く妻の言葉に、カプネは涙を流した。そして愛しい妻を抱きしめようとした瞬間、突然カエルの姿に変わってしまった。
カエルとなったカプネは、自分の姿に驚いて家の外へと逃げ出した。そして通りかかった車に轢かれ、ぺちゃんこに潰れて死んでしまった。
死んだカプネは魂となって地球を離れ、現実と空想を遮る光の壁を超えた。そして今の星に流れ着き、空想の存在となって生きているのだった。

            *

「俺は・・・神様を殺すなんてとんでもないことをしたんだ・・・。あんな女の言葉を真に受けて、許されないことをした・・・・。」
カプネは悔やんだ顔で腕を組み、煙管の灰を落とした。
「でもその女ってのが気になるな。そいつ、どう考えても現実の魂じゃないぜ。地球じゃ不思議な力は使えないはずだし、神様が人前に姿を現すなんてこともないはずだし・・・。」
コウは難しい顔をして唸った。そしてダナエの方を向き、「お前はどう思う?」と尋ねた。
「・・・これは私の勘だけど、その女の人って邪神じゃないかな?」
「邪神・・・?」
コウは首を傾げる。
「うん・・・。だって現実の世界でそんなことが出来るなんて、どう考えても普通じゃないでしょ?だったら、特別な力を持った悪い神様なのよ、きっと。
そういう悪い神様は、人の弱味につけ込んでそそのかすの。どんな目的があってそんなことをしたのか分からないけど、でも許せないわ・・・。」
ダナエの髪は風を受けたように揺らめき、怒りに反応して金色に光っている。それを見たコウは怯えて離れていった。
「ガマのおっさん・・・。こうなったらダナエは恐ろしいんだぜ。こいつはこう見えても妖精の王女だからな。その身に宿す魔力はびっくりするくらい凄いんだ・・・。」
「・・・むむうう、こんな女の子がなあ・・・。」
低い声で唸るカプネの前に、子分が料理を運んで来た。
「お待たせしました!貝と海藻のバター風味炒めです!」
「おう、美味そうじゃねえか!ほれ、じゃんじゃん持って来い!あと酒もだ!」
「へい!かしこまりい〜ッ!」
子分達はいそいそと動き、小さなテーブルに次々と料理を並べていく。
「あ、私も手伝うわ。」
「いえいえ、客人にそんな真似はさせられません。どうかゆっくりしてて下さい。」
子分はダナエの手伝いを断り、キビキビと動いてお酒を持って来る。
「客人って・・・ここはあんたらの家じゃないだろ・・・。」
コウは貝をむしゃむしゃと食べながらカエルの子分を見渡す。
「みんなすごく働き者なのね。こんな子分がいたら、カプネは何もしなくても大丈夫ってわけね。」
「まあな。こいつらは俺に憧れてるから。」
カプネは酒をグイッと飲み干し、焼き魚を頬張る。料理を運び終えた子分達は、床に座って飯を食べ始めた。
「こんなガマオヤジのどこに憧れる部分があるんだよ?何か特別な力でも持ってるのか?」
コウは馬鹿にしたように魚の骨を向ける。
「ふん!口の悪い虫モドキめ・・・。いいか、こいつらは現実の世界に憧れてるんだ。だからそこからやって来た俺に憧れてるわけだ。」
「へえ・・・その気持ちは私も分かるわ。誰だって、ここじゃない世界へ行ってみたいと思うものね。」
「・・・そうだな。現実の世界の者は空想に憧れ、空想の世界の者は現実に憧れる・・・。
俺だって向こうにいた時は、こういう世界に来られたらどれほどいいだろうって思ったさ。
でもな、やっぱり自分の生まれた場所が一番シックリ来るんだよ。だから俺は・・・あの世界へ帰りたい・・・。俺のいた・・・あの地球へ・・・・。」
「カプネ・・・。」
ダナエは真っすぐにカプネを見つめた。
「へへへ・・・変な同情はいらねえぜ。こうなったのも自業自得だからな。」
「ううん、そうじゃなくて、口から魔法の剣がはみ出てる。食べる時はちゃんとしまっておかないと行儀悪いよ。」
「え?ああ!・・・また出て来やがった・・・。最近収まりが悪くてな・・・。」
カポネは口の中に手を入れて、魔法の剣をもごもごと押し入れた。
ダナエは野草のスープを飲みながら、長い髪を揺らして窓の外を見つめた。暗い空には星が輝いていて、じっと目を凝らすと、遠くの方に薄っすらと光の壁が見えた。
まるでオーロラのように揺らめき、不思議な力を放っているのがここからでも分かる。
「現実の世界へ戻る為には、あの光の壁を越えないといけないのよね。でも今のカポネじゃ、あの壁を越えた途端に消えて無くなっちゃうわ・・・。」
「そうさ・・・。このままじゃどう頑張ったって地球に戻れねえ。だからこそ、俺達は神樹を目指しているのさ。」
「ユグドラシルのことね。でも、その事と現実の世界へ戻ることと、何か関係があるの?」
そう尋ねると、カプネは食べる手を止めてまた煙管を咥えた。
子分がサッと火を点け、コップにお酒を足していく。
「あんたは言っていたな。ユグドラシルの声を聞いて、この星へやって来たと。」
「うん、頭の中に声が響いたの。この星を守る為に力をかしてくれって。」
「・・・ユグドラシルっていうのは、元々はこの星にいたわけじゃねえ。あれは地球で生まれた神話の世界にいたんだ。北欧神話って知ってるか?」
「さあ?それって地球の神話のこと?」
「そうさ。俺も神話に詳しいわけじゃねえが、あのユグドラシルってのは北欧神話における世界樹なんだ。神様だって教えを乞う、とても偉い神樹だ。でもさっき言ったように、元々はこの星にいなかった。地球の人間があの樹のことを忘れちまったから、住む場所を追われてここへやって来たのさ。」
「それって、まだ現実と空想の世界が繋がっていた時の話?」
「そうだ。神様ってのはいっぱいいるからな。新しい神様が出てきたら、古い神様は居場所を奪われることがある。ユグドラシルは現実の世界から空想の世界に逃げ込み、旅を続けてこの星に辿り着いたんだ。」
「なんかワクワクする話ね。他の星の神様が旅をしてここへ辿り着いたなんて。」
ダナエは目を輝かせて胸を押さえた。カプネは首を振り、お酒を飲んで話を続けた。
「ユグドラシルは自分を忘れてほしくなかったんだ。だから自分を求める者がいる星を探して旅を続けていた。そしてこの星を見つけたんだ。言っておくけど、ユグドラシルが来る前は、この星は荒れ果てた荒野だったそうだ。
どの生き物も病気や飢えに苦しんで、救いの手を求めていた。宇宙を旅するユグドラシルはその声を聞きつけて、この星に降り立った。そして荒れ果てた大地に根を張り、中に溜めこんでいた綺麗な水を使って、大地を潤していったのさ。」
「・・・素敵・・・。そういう話って大好き・・・・。」
ダナエはうっとりして目を輝かせる。コウは呆れたように彼女の頬をつねり、ぺしぺしとおでこを叩いた。
「ちょっと、何するのよ!せっかくうっとりしてたのに。」
「ダナエがうっとりしだしたら、半日はそのままだろ。放っておいたら夜が明けちゃうと思ってさ。」
「余計なお世話よ。いいところなんだから水を差さないで。」
ダナエはプリプリと怒り、再びうっとりした目で野草スープをすすった。
「で?で?それからどうなったの?」
ダナエは身を乗り出して顔を近づけ、カプネは恥ずかしそうに顔を逸らした。
「ええっと・・・どこまで話したっけ?・・・ああ、そうそう。ユグドラシルがこの星に辿り着いたところからだな。」
カプネは遠い目で窓の外を見つめ、プカリと煙管の煙を吹かした。
「この星に降り立ったユグドラシルは、大地に根を張り、蓄えていた水を使って荒野を潤した。
すると途端に草花が咲き始めて、豊かな草原が生まれたんだ。そこへたくさんの動物や虫が集まって来て、たくさんの命が飢えから救われたのさ。」
「すごいね、ユグドラシルって・・・。自分の力を使ってそんなことが出来るなんて。」
ダナエはうっとりしたまま感心する。カポネは煙管を揺らし、「ふふん」と鼻を鳴らした。
「こんな程度で驚いちゃいけねえ。」
「こんな程度って・・・、もっとすごいことがあるの?」
「ああ、豊かな草花のおかげで虫や動物は増えて、大地はますます豊になっていった。
そのおかげで飢えは無くなったけど、病は残っていた。だからユグドラシルは、大きな森を創ったのさ。」
「大きな森?」
「ああ、ユグドラシルはたくさんの種をばら撒いて、深い深い森を生み出した。その森に生える木々には不思議な力が宿っていて、とても綺麗な空気を作り出したんだ。そしてたくさんの水をろ過して、これまた綺麗な水を作り出した。森から生まれた空気と水は、瞬く間にこの星を覆い、どんな病気もたちどころに治していったんだ。そのおかげで病は消え去り、飢えもなくなってたくさんの命が芽生えた。昔のこの星は、まさに楽園だったそうだぜ。」
「すごい・・・・まるで神話みたい・・・・。」
「だから神話の話だよ・・・。ここは空想の世界なんだから、神話は実際に起こってる事なんだよ。あんただって、どこか別の神話から生まれたんだろ?」
「ええ、そうよ。月の女神の神話から生まれたの。私の住んでいた島だって、月の女神のおかげでとっても綺麗な場所になってるんだから。きっとこの星にだって負けないわ。」
「そうかい・・・。そりゃあさぞ美しい場所なんだろうなあ・・・。」
「うん、とっても!ねえコウ?」
「ん?まあ・・・綺麗といえば綺麗な場所だよ。ただ平和過ぎて退屈だけど。」
コウはムシャムシャと魚のソテーを頬張り、パンパンになったお腹を丸出しにして寝そべった。
「げふう・・・お腹いっぱい。なんか眠くなってきちゃったな・・・・。」
「もう・・・コウは食べることと寝ることしかしないんだから。あと悪戯と。」
「それが俺の生きる道さ〜。ああ・・・お腹いっぱい・・・・・・・・・・。」
コウはうとうと目を瞑り、すぐに寝息を立てて眠りに落ちた。
「まあこの方がいいかもね。起きてるとうるさいから。」
ダナエは鞄の中からコウ専用の小さな毛布を取り出し、そっと被せてあげた。
「で?で?そのあとはどうなったの?まだ続きがあるんでしょ?」
「・・・・ああ、あるよ。でもそれは・・・・。」
「何よ、急に口ごもって。今まであんなにペラペラ喋ってたくせに。」
「・・・・この先を聞きたいか?」
「うん、聞かせて!きっと素敵なお話なんでしょ?」
ダナエは宝石のように瞳を輝かせて見つめる。胸の中はワクワクと躍り、スプーンを握る手に力が入る。しかしカプネは浮かない顔をして煙管を吹かし、お酒を注いで一気に飲み干した。
「ユグドラシルのおかげで、この星からは飢えと病は消え去った。でも・・・最後に大きな問題が残っていたんだ・・・。」
「大きな問題?それって、飢えと病より大変な問題なの?」
「ああ・・・そもそも飢えも病も、アイツが引き起こしたことだからな。」
「アイツ?アイツって誰?」
「・・・邪神だよ。」
「邪神・・・・。」
「この星には、元々二人の神様がいたんだ。一人は優しさと勇気を持った勇ましい武神。
もう一人は、自分勝手で悪いことしか考えていない邪神。この二人はとても仲が悪くて、いつも喧嘩をしていたらしい。でも最終的に邪神が武神を倒しちまったんだ。そして大きな口で武神を飲み込んで、この星の神は邪神だけになった。
敵のいなくなった邪神は、好き放題に食べ物を食い尽くし、ほとんどの水を飲み干し、大地を荒れ果てさせた。」
「・・・ひどい・・・。そんなことをしたら、他のみんなが困るのに・・・。」
「邪神は自分のことしか考えていないからな。他の命なんてどうでもいいんだよ。とことんまで好き放題に暴れ回って、この星をボロボロにしちまったんだ。でもな、それだけじゃ終わらなかった。悪い気を放って、恐ろしい病を流行らせたんだよ。その病のせいで多くの命が奪われて、この星からどんどん生き物がいなくなっていった。」
「そんな・・・誰もその邪神を止めようとしなかったの?」
「そりゃあ無理だろ。いくら悪い奴っていったって、相手は神様だからな。そう簡単に倒したりできねえよ。中には戦いを挑んだ者もいるだろうけど、きっと返り討ちにされたんじゃないかな?」
「ひどい・・・。一つの星を自分のものだけにするなんて・・・。」
カプネは灰を落とし、煙管をテーブルに置いた。そして酒の入ったコップを掴み、暗い顔で中を覗き込んだ。
「この星に残った生き物は、救いの手を求めて毎晩祈っていた・・・。そして、偶然そこへ通りかかった別の神話の神様がその祈りを聞きつけた。それが・・・・。」
「ユグドラシルってわけね。」
「そうだ。ユグドラシルはこの星の命を救う為、大きな力を使って飢えと病を消し去った。
でもまだ終わりじゃない。その原因となった邪神が残っていたからな。そいつをどうにかしない限り、この星に真の平和は訪れない。だからユグドラシルは、この星からなんとか邪神を追い払おうとしたんだ。でも邪神の力は強くて、ユグドラシルだけじゃどうすることも出来なかった。」
「じゃ、じゃあ・・・・もしかしてやられちゃったとか?」
ダナエは不安そうに尋ねるが、カプネは「プッ」っと吹き出した。
「もしそんなことになってたら、あんたはユグドラシルの声を聞いていないだろ?」
「ああ!それもそうね・・・。じゃあユグドラシルは、その邪神を追い払うことが出来たってこと?」
「そうだよ。でもそれはユグドラシルだけの力じゃない。この星に住む、全ての生き物の協力があったからだ。」
「みんなが力を合わせて戦ったってことね。」
「まあ戦ったといえば、戦ったんだろうな。」
「・・・なんかハッキリしない言い方ね。何かあったの?」
「邪神と直接戦ったのは、ユグドラシルと一部の強者だけだ。」
「でもその邪心ってすごく強いんでしょ?じゃあみんなが協力しないと倒せないんじゃ?」
ダナエは不思議そうに眉を寄せる。するとカポネは指を振って言った。
「最後まで聞け。確かにユグドラシルの力は邪神に負けていた。でもな、それはユグドラシルがほんとうの力を出せなかったからだ。」
「ほんとうの力?・・・もしかして、飢えと病を消す為に力を使っちゃったから?」
「まあ・・・それもあるだろうな。でも、一番の理由はそれじゃない。」
「じゃあどんな理由?」
カプネはコップのお酒をチビリと飲み、食べかけの魚をフォークで突き刺した。
「俺はさっき言っただろ。ユグドラシルは、地球の人々に忘れられて住む場所が無くなったって。そして自分を求めてくれる者を探す為に、宇宙へ旅に出たんだ。
ということは、ユグドラシルは自分を信じる者がいなければ、どこにもいられないってことなんだ。誰もかれもユグドラシルのことを忘れると、きっとあの樹は存在できなくなるんだと思う。現実の世界にも、空想の世界にも・・・・。」
「・・・なんだか可哀想ね・・・・。」
「でも逆に言えば、自分を信じてくれる者がたくさんいれば、それだけ力を発揮するわけだ。
だからユグドラシルは、この星の生き物達にお願いしたのさ。どうか自分のことを信じてほしいと。そして自分のことを、みんなの心に住まわせてほしいと。」
「みんなの心に・・・住む?」
「この星の生き物すべての心に、自分のことを刻んでほしいっていう意味だ。そうすればユグドラシルが忘れられることはないだろう?」
「ああ、なるほど・・・。」
「みんなはその頼みを聞き入れて、心にユグドラシルを描いた。それはユグドラシルを信じる心に変わり、あの世界樹に大きな力を与えた。そしてそのおかげで、悪い邪神を追い払うことが出来たってわけさ。」
「へえ〜、この星も色々と大変だったのね・・・。でも今は邪神もいないし、ユグドラシルがこの星を守ってくれるから大丈夫よね!・・・・・あれ?じゃあなんでユグドラシルは、私に力をかしてほしいって言ったんだろ?この星には、もう何の問題もないはずなのに・・・。」
ダナエは不思議そうに眉を持ち上げる。貝のソテーを口に運び、もぐもぐ食べながら考えていた。カプネはそんなダナエを見つめながら、煙管の先を向けて言った。
「確かに邪神はこの星から追い払った。でも・・・その途端にみんながユグドラシルのことを忘れ始めたのさ。」
「忘れるって・・・・この星の恩人なのに?」
「邪神がいなくなってから、この星では飢えも病も無くなった。するとみんながユグドラシルのことを忘れ始めたんだ。あの神樹のおかげでこの星は救われたのに、平和が訪れた途端にどうでもよくなっちまったのさ。そのせいでユグドラシルの力は弱くなって、地上から姿を消した。今は深い海の底で、孤独にポツンと浮かんでいるはずさ。」
「そんな・・・ユグドラシルは一生懸命頑張ってこの星を守ったのに・・・。」
ダナエは悲しそうに俯いた。スープの中に映る自分の顔を見つめ、スプーンの先でちょんと突く。カプネは腕を組んで椅子にもたれ、大きな目を半分閉じて言った。
「ユグドラシルの力が弱くなったせいで、この星の森や草花も力を失くしつつある。
今まで不思議な力でこの星を守ってくれていたのに、その力が消えようとしているんだ。
そして・・・その隙を狙って悪いことをしようとしている奴がいる。」
カプネは怒った顔で窓の外を見つめ、忙しなく足を動かしている。何かに苛つくように、眉間に深い皺が寄っていた。
「・・・もしかして、悪いことをしようとしている奴って・・・・邪神のこと?」
ダナエが恐る恐る尋ねると、カプネはゆっくりと頷いた。
「邪神はこの星から追い払われただけで、死んだわけじゃない。今でも遠い星から、この星を乗っ取ろうと企んでいるんだ。そして、今邪神がいる星は・・・・地球だ。」
「地球・・・?それってカプネの生まれ故郷じゃない。」
「そうだよ。そしてその邪神っていうのは、俺を騙したあの怪しい女だ。」
「じゃあ私の勘は当たってたんだ・・・。」
「その通り。現実の世界の魂じゃ、あんな不思議なことは出来ないからな。
いったいどういうわけか知らないが、邪神は光の壁を越えて現実の世界に行ったんだ。
そして地球に辿り着き、じっとこの星へ戻って来るチャンスを窺っていた。
だから俺は・・・・何としても地球へ戻らなきゃならねえ。・・・この星を守る為に!」
カプネの声は真剣味と迫力が宿っていた。大きな目には強い意志が燃えていて、荒い鼻息が固い決意を感じさせる。
「それが地球に戻りたい理由だったのね。私はてっきり、故郷が懐かしくて戻りたいのかと思ってた。」
「もちろんそれもあるぜ。俺は地球で生まれて、地球で育ったんだ。だからあの星へ戻って、あの星の土に骨を埋めたいと思ってる。
けど・・・・この星だって、俺の第二の故郷みたいなもんなんだ。この星には長いことお世話になったし、俺の恩人だっていたんだ・・・・。」
「カプネの恩人?」
ダナエは興味深そうに見つめるが、カプネは口を閉ざしてテーブルに肘をついた。
「・・・まあ今はその話はいいだろう。それよりもっと大事なことがある。
あんたはさっきこう聞いたな。俺が地球に戻ることと、ユグドラシルに会うことが関係あるのかって。」
「うん、だってユグドラシルはこの星の神樹でしょ?だったらもう地球とは関係ないと思うんだけど?」
そう尋ねると、カプネは「分かってねえな」と首を振った。
「ユグドラシルは地球で生まれた神樹だぜ?それも現実と空想の世界が別れる前に生まれた古い神様だ。だったら、どうにかして地球に戻る方法を知っているはずだ。」
「どうにかって・・・・どうやって?」
「それは・・・まあ・・・色々とアレをナニしてだなあ・・・・。」
「・・・要するに、ユグドラシルに会えば、何とかなるんじゃないかって思ってるわけね。」
ダナエに的確な言葉を投げられ、カプネは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ふん!その通りだよ!この星で神様と呼べるやつは、ユグドラシルしかいねえ。
俺は何としてもユグドラシルに会って、地球に帰る方法を教えてもらう。そして邪神の野郎をぶっ殺すんだ!」
「随分殺気立ってるのね。でもあなたの力だけで邪神に勝てるの?」
「そりゃまあ・・・アレをナニしてだな・・・・。」
ダナエは大きくため息をつき、握っていたスプーンを置いた。
「カプネって計画性がないってよく言われない?」
「・・・まあ、言われることがあるような、ないような・・・。」
「私はよく言われるわ。いっつもコウに馬鹿にされるもの。
でも細かいことを気にしてたら何も出来ないわよね。だから私は、カプネみたいに勢いだけで突っ走る人は好きよ。」
「それは褒めてるのか?けなしてるのか?」
「ええっと・・・両方かな?」
「なんか複雑な気分だぜ・・・。でも俺だってあんたみたいなタイプは嫌いじゃねえ。
うじうじしてたって何も始まらないからな!」
「そうそう!コレと思ったら行動あるのみよ。結果は後からついてくるんだもの。」
「違いないぜ。」
二人は顔を見合わせてニッコリと笑い、窓の外を見つめた。
「どうにかしてあの光の壁を越えなきゃいけねえわけだが、ユグドラシルならきっとその方法を知っているはずだ。だから俺達はあいつを目指してるのさ。そして・・・あんたもユグドラシルを目指しているんだろ?」
「もちろん!その為にこの星に降りて来たんだから。」
ダナエは力強く頷いた。するとカプネは立ち上がり、短い手を差し出した。
「だったら俺達の目的は一緒ってわけだ。ここはお互いに手を組んで、助け合おうじゃねえか。」
カプネは格好をつけてウィンクを飛ばし、「ゲコ」と鳴いた。
ダナエも立ち上がってその手を握り、明るい笑顔を見せて言った。
「うん!私はこの星のことをほとんど知らないから、カプネが一緒だと心強いわ。よろしくね!」
握った手を小さく振り、ダナエはニコリと微笑む。カプネも笑って頷き、椅子に座って煙管に火を点け、プカリと輪っかの煙を吐き出した。
「問題は、どうやってユグドラシルを見つけるかなんだよ。深い海の底にいることは分かってるんだけど・・・。でも海っていっても広いからなあ・・・。」
「そうねえ・・・何か手掛かりがあればいいんだけど・・・。」
二人はじっと黙って考え込んだ。しかし目を閉じて考えていると、だんだんと眠たくなってきて顔を上げた。周りでは満腹になった子分達がイビキを掻いて眠っていて、むにゃむにゃと寝言を呟いている。コウも同じようにむにゃむにゃと寝言を呟き、グルンと寝返りをうった。
「なんだか俺も眠くなってきたな。」
「もう夜が遅いからね。今日は色々なことがあって、私も疲れちゃった。」
ダナエは背伸びをして大きなあくびをした。
「今日はこの辺にしとこうか。あんたはそこのベッドを使っていいぞ。」
「ありがとう。じゃあコウ、一緒に寝ようか。」
ダナエはむにゃむにゃと寝言を言うコウを抱きかかえ、部屋の隅にある小さなベッドに潜り込んだ。布団を被って横になると、すぐに眠気が襲ってきてまどろんでいった。
「・・・世界樹・・・ユグドラシル・・・・。大丈夫・・・きっとあなたの所まで行くわ。」
ダナエも寝言を呟き、夢の中へ落ちていく。
カプネはプカリと煙を吐き、遠い地球のことを思い浮かべて窓の外を見つめていた。

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