ダナエの神話〜神樹の星〜 第三話 海神ジル・フィン

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 15:59
『海神ジル・フィン』


次の日の朝、ダナエはコウの大声で目を覚ました。
「わうああああ!大変だあああ!」
コウは頭を抱えて部屋の中を飛び回り、布団を引っぺがしてダナエを叩き起こした。
「おい、起きろ!大変なことになってる!」
「なによ・・・そんなに慌てて・・・。」
ダナエは眠い目を擦りながら身体を起こし、ハシっとコウを捕まえた。
「朝からうるさくしないでよ・・・。後で遊んであげるから・・・。」
そう言ってまたベッドに横になる。コウを抱きかかえ、布団を被ってスヤスヤと寝息を立て始めた。
「コラ!寝てる場合じゃないんだってば!あの盗賊達がいないんだ!それに俺達の荷物も無くなってる!」
「何ですって!」
ダナエはベッドから飛び起き、両手でコウを揺さぶった。
「そういうことは早く言ってよ!危うく二度寝するところだったじゃない!」
「言う前に二度寝しようとしたんだろ!人のせいにするな!」
コウはダナエの手を振り払い、宙に浮かんで両手を広げた。
「見ろよ!テーブルの横に置いてたお前の鞄が無くなってるんだ!」
「そんな・・・。どこか別の場所に置いたんじゃないの?」
「違うよ!こんな狭い小屋で隠す場所なんかないだろ。それにほら!俺の腰に着けてた鞄も無くなってるんだ!きっとあのガマオヤジ達が盗んでいったんだよ!」
「まさか・・・。カプネはそんなことをするようなカエルじゃないわ!」
ダナエは首を振って強く否定するが、コウは腰に手を当ててため息を吐いた。
「何を言ってるんだよ。あいつらは盗賊なんだぜ?だったら人の物を盗むのが商売だろ?」
「そりゃあそうだけど・・・。でもカプネはそんなに悪いカエルじゃないわ。」
「だったら誰が俺達の荷物を盗んだんだよ?ここには俺達とあの盗賊しかいなかったんだぜ?」
「・・・・・・・・。」
ダナエはじっと部屋の中を見渡した。テーブルの上には昨日の食べ残しが散らばっていて、床には食べカスがボロボロとこぼれていた。
「まさか・・・ほんとうにカプネが・・・・。」
信じられない思いで小屋の外に出てみると、晴れた空と海が広がっていた。そして砂浜には点々とカエルの足跡が残っていた。それは昨日着陸した深い森の方へと続いていて、ダナエの胸に嫌なモヤモヤが浮かんでくる。
「な?絶対にあいつらが盗ったんだよ。こりゃあ早く追いかけないとまずいぜ・・・。」
「・・・カプネ・・・。ほんとうにあなたが盗んだの?昨日は一緒にユグドラシルを目指そうって約束したのに・・・・。」
ダナエは悲しい気持ちで俯き、砂浜に残る足跡を見つめていた。コウはそんなダナエの頭に止まり、おでこにデコピンに放った。
「痛ッ!何するのよ!」
「今はしんみりしてる場合じゃないだろ!お前の鞄が奪われたってことは、アレが奪われる可能性だってあるんだぞ!」
コウが焦るのには理由があった。ダナエの鞄には白銀でできた魔法の鍵が入っていて、それは箱舟の車輪を動かす為の道具だった。
「もし俺達の箱舟を奪われたら、ずっとこの星にいなきゃいけなくなるんだぞ!
宇宙の中心を目指すどころか、月に帰ることだって出来なくなっちゃうんだ!」
ダナエは腕を組んで森の方を見つめる。そして小屋の中に戻り、ブーツを履いて紐を縛った。
「あの箱舟はそう簡単には動かせないわ。鍵を持ってるだけじゃ飛ばすことは無理よ。」
「それは知ってるけどさ・・・。でも万が一ってことがあるだろ?もしあれを奪われたりしたら・・・・・。」
コウがそう言いかけた時、森の方から大きな風が吹いた。そして「ビュウウウウン」という低い音が響き、森の中から鳥が逃げ出していった。
「おいおい・・・・ウソだろ・・・。この音は・・・・。」
コウは青い顔をしてよろめき、ヒラリと地面に降りた。ダナエは外に出て真剣な顔で森の方を見つめ、息を飲んで見守った。
森から吹く風は強くなり、バキバキと木が倒れる音が響く。鳥は警報を鳴らすようにうるさく喚き、大きな魔法の力が空気を揺らした。
「ああ・・・・・なんてこった・・・・。」
コウは目眩がしてダナエの足にもたれかかった。森の中から箱舟が飛び上がり、ゆっくりと前に進んでいく。船体の横に着いた車輪が回り出し、風を漕いでじょじょにスピードを増していった。
「どうして・・・どうしてあの船を動かせるの!」
ダナエは浜辺に駆け出し、大きな瞳をさらに大きくして空を見上げた。
「あの船を動かすには特別な魔法が必要なのよ。盗賊のカプネじゃそんなことは出来ないはずなのに・・・・。」
ダナエの言う通り、あの箱舟を動かすには特別な魔法が必要だった。それは妖精だけが使える光の魔法で、他の者では絶対に唱えることが出来ない魔法だった。
呆然とするダナエの傍に、ゆらゆらとコウが飛んで来た。
「きっと・・・この星にも妖精がいるんだ。じゃないとあの船は動かせない。」
「でも・・・昨日あの小屋には妖精なんていなかったわ。」
「じゃああの森にでもいたんだろ?きっとその妖精はガマオヤジの仲間なのさ。」
箱舟は危なっかしく飛び回り、海面スレスレまで落ちていく。船の底が海にぶつかり、白い水しぶきが弾け飛ぶ。
「ああ!危ない!」
船体の車輪は水を巻き上げ、船はどんどん海の中へ落ちていく。
「まずいぞ!あの船は水の中を進むようには出来てないんだ。
もし完全に海の中へ落ちたら・・・。」
ダナエとコウはハラハラしながら箱舟を見守る。船は相変わらず危なっかしい運転で海の水を巻き上げ、横に傾きながら沈みそうになっている。
しかし船体の車輪が強く回転して体勢を立て直し、なんとか空へ浮き上がった。
「ああ・・・・よかった・・・・。」
ダナエはホッと胸を撫で下ろす。自分の宝物の船が壊されたらどうしようかと気が気ではなかった。
「おい、あいつら方向を変えてどこかへ飛んで行くぜ。」
コウは箱舟を指差す。ダナエは顔を上げて船の行き先を見つめた。
「どんどん上昇してる・・・。あのままじゃ宇宙へ出ちゃうわ。」
箱舟は高く舞い上がり、さらに上空を目指していく。その速さは音速を越えていて、ダナエを置き去りにしてこの星から離れようとしていた。
「クソッ!あのガマオヤジめ・・・。人の船をどうするつもりだ!」
コウは悔しそうに拳を握る。ダナエは浜辺を歩いて海の中に入り、空より青い瞳で船を見上げていた。
「きっと地球に帰るつもりなのよ。でも、あのままじゃ光の壁は越えられないのに・・・。」
空を上る箱舟は、もはや豆粒のように小さくなっている。そして青い空の中へ吸い込まれて、完全に見えなくなってしまった。
あまりの突然の出来事に、ダナエもコウも立ち尽くしていた。打ち寄せる波がダナエのブーツを濡らし、潮風がコウの羽をなびかせている。
二人はじっと空を見上げたまま、しばらく波の音を聞いていた。そして空から目を離し、足元に打ち寄せる波を見つめてダナエが呟いた。
「・・・どうしよう・・・。これじゃこの星から出られなくなっちゃう・・・。」
「・・・宇宙の中心にも行けない。月へ帰ることも出来ない。・・・お手上げだな。」
コウは困った顔で頭を掻き、じっとダナエを見つめた。
「ブーツが濡れてるぞ。海から上がろうぜ。」
「・・・・・・・・・。」
ダナエは言葉を失くして小屋の前まで戻った。そして膝を抱えてうずくまり、小さな声で呟いた。
「・・・私は馬鹿だ・・・。私が油断してたからこんなことに・・・・。」
長い髪が揺れ、細い腕が震え出す。ダナエは大きく息を吸ってグッと歯を食いしばった。
「今さらそんなこと言っても仕方ないだろ・・・。盗まれたもんは盗まれたんだから・・・。」
「・・・分かってるよ、そんなこと・・・。」
二人は黙ったまま小屋の前で座り込んでいた。箱舟を失って見知らぬ星に取り残され、何も出来ずに途方に暮れていた。
ダナエの目から悔し涙がポロリと落ち、じわっと砂に吸い込まれていく。コウは貧乏揺すりのように羽を動かし、唇を尖らせて海を睨みつけていた。
しばらくそうしていると、コウはふとあることに気がついた。
「なんだあれは・・・・?」
波打つ海の中に、小さく光るものがある。気になってじっと見ていると、突然淡い光が立ち昇って誰かが姿を現わした。
「・・・あれは・・・・・。」
コウは立ち上がり、宙に舞い上がって海へ近づいて行く。そして目を開いて息を飲み、海の光から現れたその者を睨んでいた。
「これは・・・神様か!」
コウは海の上を飛んで光の方へと近づき、小さく微笑んで周りをクルクルと飛び回った。
海から立ち昇る光の中には、神々しい輝きを放つ若い男が立っていた。
端整な顔立ちに勇ましい目をしていて、立派な絹の服を身に着けている。その手には銀で出来た槍を握っていて、コウの方を向いてニコリと笑った。
「ああ・・・やっぱり神様だ!何の神様か知らないけど、その力強い光は間違いなく神様のものだ!」
コウは神様の前に飛び、優雅に会釈をして名乗った。
「俺は妖精のコウ。月っていう星から来たんだ。あんたは間違いなく神様だろ?
いったい何の神様か教えてくれよ。」
すると光輝く神様は、ニコリと頷いて答えた。
「僕は海神だ。命が生まれし大海の主、ジル・フィンという。」
「へえ・・・この星にもこんな神様がいたんだなあ。」
コウが感心して呟くと、ジル・フィンは笑って首を振った。
「僕はこの星の神ではないよ。地球の神だ。」
「へ?地球?・・・じゃあなんでこんな所にいるのさ?」
首を捻って尋ねると、ジル・フィンは目を瞑って微笑んだ。
「ちょっと事情があってね。君はカプネという盗賊を知っているだろう?あそこの小屋で一緒にいたカエルのことを。」
「ああ、俺達の箱舟を盗みやがった野郎さ。でも何でそのことを知っているんだ?」
「そりゃあずっと見ていたからさ。海の中からね。」
「何いいいいいい!」
コウは驚いて声を上げ、怒った顔でジル・フィンに詰め寄った。
「見てたんなら、どうしてあいつらを止めてくれなかったんだよ?そのせいでこっちは月にも帰れなくなっちまったのに・・・。」
「それも事情があってのことさ。それよりさ、あそこで泣いている妖精の女の子を呼んできてくれないかな?ちょっと話したいことがあるんだ。」
そう言ってジル・フィンは、ダナエに槍を向けた。
「別にいいけど・・・。でもあいつは妖精のくせに羽がないから、ここまで来られないぜ?」
「ふふふ、心配ないよ。私が道を作るから。」
ジル・フィンは小さく息を吸い込み、海面に向かってフッと吐き出した。すると海面に岩が突き出して来て、一筋の道が出来た。
「おお、さすが神様!じゃあちょっとダナエを呼んで来るから待っててくれよ。」
「ああ、悪いね。」
コウは浜辺の小屋まで戻り、膝を抱えてうずくまるダナエの頭をペチペチと叩いた。
「ダナエ。海の神様がお前に会いたいってよ。」
ダナエは赤い目をして顔を上げ、グスンと鼻をすすった。
「ほら、海を見てみろ。岩の道があるだろ?その向こうに海の神様が立ってるんだ。」
ダナエはコウが指差した先を見つめ、瞳を揺らして立ち上がった。
「あれは・・・・この星の神様?」
「いいや、地球の神様だってさ。事情があってここにいるらしい。」
ダナエは遠くに立つジル・フィンをじっと見つめた。すると暗い顔に力が戻り、海へと向かって歩き出した。
「海に落っこちないように気をつけろよ。」
ゴツゴツした岩の道を歩き、ダナエはジル・フィンの前に立った。そして光り輝くその姿を見て、思わず声が漏れた。
「綺麗・・・。それにすごく逞しい力を感じるわ。」
ダナエはそっとジル・フィンを包む光に手を伸ばす。すると身体の中に潮の音が流れ込んできて、頭がクラクラして思わず倒れそうになった。
「おっと危ない。」
ジル・フィンはサッとダナエを支え、黄金色に輝く長い髪を揺らしてニコリと笑った。
「僕は海神のジル・フィン。地球にいた神だ。君は月から来た妖精だね?」
ダナエは驚いて目を丸くした。
「どうして分かるの?」
「分かるさ。僕と同じような気を感じるもの。地球と月は兄弟みたいなものだから、神も妖精も同じような気を持っているのさ。」
「地球と月は兄弟・・・・確かにそうかもね。」
ダナエは可愛らしく会釈をし、ジル・フィンを見つめて名前を名乗った。
「私はダナエ。月の妖精の王女よ。」
ジル・フィンはニコリと頷き、眉に皺を寄せて言った。
「ふふふ、今朝は散々だったね。大事な船を盗賊に盗られるなんて。」
「そうなのよ・・・。あれがないと月にも帰れない・・・・って、どうしてあなたがそのことを知ってるの?」
そう尋ねると、コウが意地悪そうな顔でジル・フィンを指差した。
「この人さ、ずっと俺達のことを見てたんだって。そのくせにガマオヤジ達を止めてくれなかったんだぜ。ひどいよな。」
「そうなの?」
ダナエに真剣な目で問われ、ジル・フィンは苦笑いして頷いた。
「ちょっと事情があってね。彼らに僕の姿を見られるわけにはいかなかったんだ。」
「どうして?」
「・・・それは、彼らに僕の存在を知られると、邪神にバレる可能性があるからさ。」
「邪神・・・。」
ダナエとコウは顔を見合わせて口を揃えた。
「君達も昨日あの盗賊から聞いただろう、邪神の話を。」
「ええ、カプネを惑わした悪い女の人でしょ?それとこの星をボロボロにした張本人。」
「そうさ。そして僕は・・・・あの盗賊に殺された海神だ。」
「・・・・・えええええええええ!」
ダナエは驚きのあまりバランスを崩し、また海に落ちそうになった。それをジル・フィンがさっと支える。
「ビックリすると思ったよ。地球で殺された神が、この星にいるなんて思いもよらないだろうからね。」
「そりゃそうよ・・・。でも、殺されたのにどうして生きてるの?しかもこんなに遠い星で。」
するとジル・フィンは笑い、指を立てて言った。
「ユグドラシルのおかげさ。あの樹は僕の生みの親だからね。
海に消えて無くなる寸前に、僕のことを助けてくれたんだよ。そしてこの星に飛ばしてくれたんだ。」
「ユグドラシルが・・・・。」
ダナエは口元に手を当ててじっと足元を見つめていた。ジル・フィンは槍を握りしめ、海に目を向けて話を続けた。
「ユグドラシルは今でも地球を愛しているんだよ。自分が生まれた場所だからね。
だから・・・地球を離れる時に、一つだけ種を残していったんだ。」
「種・・・?」
ダナエは首を傾げて尋ねる。
「そうさ、種を一粒だけ土に埋めたのさ。そこには小さな芽が生えて、少しずつ成長して細い木に育った。だからユグドラシルは今でも地球にいるんだよ。すごく小さな分身だけどね。
そしてその小さなユグドラシルの根っこには穴が空いていて、この星のユグドラシルの根っこと繋がっているんだ。僕はそこを通ってこの星に来たのさ。」
「へえ〜、この星と地球が繋がっているんだ・・・。」
ダナエは深く感心する。そしてコウは希望に溢れた顔で舞い上がった。
「てことはさ、ユグドラシルの所に行けば、俺達は月へ帰れるかもしれないぜ。なんたって地球から月は近いんだからな。」
「ああ!確かに・・・。これはますますユグドラシルに会わないといけなくなったわね。」
ダナエも希望に満ちた顔で頷き、腕を組んで瞳に光を宿した。
するとジル・フィンは肩を竦め、残念そうに言った。
「さあ、それはどうかな?」
喜んでいたダナエとコウはピタリと笑顔を止め、不安そうにジル・フィンを見上げた。
「なんか意味ありげな言い方だな・・・。ユグドラシルから地球へ帰ることは無理なのか?」
コウは唇を尖らせて尋ねる。
「いいや、無理じゃないよ。ユグドラシルの根っこを通れば、地球に帰れる。
でも・・・向こうの世界に出たら、君達はどうなるか分からない。」
「それはどういう意味?」
ダナエに尋ねられると、ジル・フィンは空を見上げて答えた。
「地球は現実の魂が住む世界だ。空想の世界の君達が行ったら、その途端に消えてしまうかもしれない・・・。」
ジル・フィンの視線は、宇宙に浮かぶ光の壁に向けられていた。今は青い空のせいで見えないが、夜になれば薄っすらとオーロラのように浮かび上がる。それは何人も越えることが許されない、現実と空想を遮る壁だった。
コウはジル・フィンの肩に止まり、難しい顔で尋ねた。
「でもさ、ジル・フィンは地球にいたんだろ?」
「ああ、そうだよ。」
「でもって、そこで人間に殺されたわけだ。」
「そうさ。だからユグドラシルにここへ連れて来られた。」
「でもそれは変じゃないか?遠い昔に、現実と空想は切り離されてるんだぜ?その時に、神様と人は交われなくなってるはずだ。なのにどうしてあんたは、人間に殺されそうになったんだよ?それにさ、地球は現実の魂が住む場所なのに、どうして空想の世界のあんたがいたんだよ?」
コウは眉を持ち上げて怪訝な顔を見せる。ジル・フィンはゆっくりと頷いて指を立てた。
「今は・・・全ての質問に答えることは出来ない。」
「なんでだよ?」
「・・・事情があるからさ。」
「またそれか・・・・。見た目は立派なくせに、中身はケチ臭い神様だぜ。」
コウは不機嫌そうに飛び上がり、ダナエの肩に舞い降りた。
「すまないね。でも今は何も知らない方がいいから・・・。」
ジル・フィンは申し訳なさそうに顔を背け、波打つ海を見つめた。そしてダナエの方に向き直り、コウに槍を向けて言った。
「でも一つだけ質問に答えるよ。さっき君はこう聞いたね、地球は現実の魂が住む星なのに、どうして空想の世界の僕があの星にいたのかと。」
「私もそれ興味あるわ。是非聞かせて。」
ダナエは興味津々でジル・フィンを見つめた。
「いいかい、空想の世界の魂は、形を持たないのであればどこにでも存在出来るんだよ。」
「・・・形を持たない・・・?」
「そうさ。遥か昔、宇宙に現実と空想の境目はなかった。現実の世界には不思議な力が満ち溢れていたし、空想の世界の者は実体を持っていた。でも宇宙の中心に座る大きな神様が、この二つの世界を光の壁で遮ったんだ。そのことは知っているね?」
「うん、そのせいでお互いの世界は行き交うことが出来なくなったのよね。」
「その通りだよ。現実の世界からは不思議な力は失われ、空想の世界からは実体という形が失われた。どうしてそんなことになったのかというと、この二つの世界が干渉し合わないようにする為さ。だから現実の世界の魂でも、肉体という実体を失えば空想の世界へ来ることが可能になる。」
ジル・フィンが指を向けて言うと、ダナエは手を叩いて大きく頷いた。
「それは知ってるわ。だって私のお父さんも、元々は現実の世界の魂だったんだもの。」
「知ってるよ。君のお父さんは妖精王のケンだろ?妃は妖精女王のアメルだ。」
「どうして知ってるの!」
「そりゃあ知ってるさ。僕だけじゃなくて、地球にいた空想の魂なら誰でも知っている。
だって君のお母さんの妹は、あの月の女神のダフネだろ?彼女は一度、光の壁を取り去って空想と現実を交わらせたからね。あの時はヒヤヒヤしたもんさ・・・。」
ジル・フィンは困ったように苦笑いをして腕を組んだ。ダフネも険しい顔で腕を組み、目を落として言った。
「そう言えば・・・確かダフネがそんなことを言ってたっけ?」
「まあ過去のことさ。今はまったく関係がないから話を戻そう。」
ジル・フィンはコホンと咳払いをして話を続けた。
「現実と空想の世界は、互いに干渉し合うことが許されない。でも逆に言えば、互いに干渉さえしないのなら交わってもいいわけだ。現実の世界の魂も、死んだら肉体という実体が滅ぶ。そうなれば空想の世界へ来てもいいわけさ。まあ大半の魂は空想の世界へは来ずに、別の世界へ行くわけだけど。」
「別の世界?」
「ああ、天国とか地獄とか・・・黄泉の国とか、まあ色んな呼び方があるけれど、あの世と呼ばれる世界へ行くわけさ。そこはまた、現実とも空想とも異なる世界なんだ。でもこれも今は関係がないから置いておこう。
とにかく・・・現実の魂でも、実体を捨てれば空想の世界へ来ることが出来る。そして空想の世界の魂もまた、形を持たないのなら現実の世界へ行けるのさ。なぜなら、いかに不思議な力を持っていようが、形を持たないのであれば現実の世界に干渉することは出来ないからね。
いくら凄い魔法が使えたとしても、実体がなければ現実の世界では何も起こらない。これなら現実の世界に干渉せずに済むだろう?」
「確かにそうね・・・。なんだか難しくて頭がこんがらがってきたけど・・・。」
「お前は鈍チンだからなあ。俺はちゃんと理解したぜ。」
「何よ偉そうに。私だってそれなりに理解してるもん!」
ダナエはプクッと頬を膨らまし、コウは可笑しそうに彼女の頬を突いていた。
「確かにちょっとややこしい話だよね。まあ要するに、空想の魂は実体さえ持たなければ、現実の世界では何も出来ないし、誰の目にも見えないわけさ。もちろん声も聞こえないし、触れ合うことも無理だ。空想の魂は、現実の世界においてはただそこにいるだけの存在なんだよ。」
「なるほどねえ・・・。だからジル・フィンは地球にいることが出来たわけだ。」
「そうだよ。でも残念ながら・・・・・君達が地球に行くのは危険すぎる。なぜなら、空想の世界の魂であるにも関わらず、実体を持っているんだからね。」
「え?・・・・・どういうこと?」
ダナエとコウは驚いて顔を見合わせた。
「君達は月から出たのはこれが初めてかい?」
「うん・・・。宇宙の中心に行こうと思って旅をしていたんだけど、ユグドラシルに呼ばれてこの星にやって来たの。それまでは月を出たことはないわ。」
「・・・そうか。だったら知らないのも無理はない・・・。君達がいる月の世界は、空想の世界でもかなり特殊な所で、現実の世界と同じように実体を持っているんだよ。だからあの光の壁を越えたら最後、魂ごと消滅して無くなる。そしてこの星も、月と同じく実体を持った空想の世界なんだ。広い宇宙には、いくつかこういった星があるんだよ。」
「・・・そんなの初めて知ったわ。お父さんもお母さんも教えてくれなかったから・・・。」
「でも光の壁は越えたらいけないって言われただろう?」
「うん、絶対にあの壁を越えて向こうへ行ったらダメだって・・・。それが宇宙の旅に出る時の約束だったから・・・。」
「光の壁さえ越えなければ、実体を持っていても問題は無いよ。でもユグドラシルの根っこを通って地球に行けば、その瞬間に消えて無くなる可能性は大いにある。こればっかりは、ユグドラシルに直接聞いてみないと分からないけどね。」
「・・・・・・・・・。」
ダナエは言葉を失くして項垂れる。せっかく月へ戻れるかもしれないと思ったのに、その希望があっさりと打ち消されたことはショックだった。
するとコウは、良いことを思いついたという風にニンマリと笑った。
「だったらさ、ジル・フィンがユグドラシルのいる所へ行って、直接聞いてきてくれればいいじゃないか。あんたは海の神様なんだから、そんなの簡単だろ?」
コウはこれで解決とばかりに一人で納得している。しかしジル・フィンは「無理だよ」と首を振った。
「残念だけど、今の僕にユグドラシルのいる場所まで行く力は無い。地球で死にかけた時、随分と力を失ってしまったからね・・・。」
「なんだい・・・。神様のくせに頼りないなあ。」
「・・・申し訳無いね。なにぶんユグドラシルのいる場所は、そう簡単に行ける場所じゃないんだ。色々と危険な場所を乗り越えないといけないから。」
ジル・フィンは険しい顔で眉を寄せる。ダナエは透き通る海の底を見ながら尋ねた。
「でも海にいるのは確かなんでしょ?」
「ああ、でも海だけを通ったんじゃ行けない場所にいるんだ。だから・・・君達に行ってもらいたい。その為に、僕はこうして姿を現わしたんだからね。」
ジル・フィンは腰に手を当ててニコリと笑った。そして海の中に向けて呪文を唱えると、金色の綺麗な腕輪が浮かび上がってきた。それは海面を飛び出してジル・フィンの手に収まった。
「ユグドラシルはマクナールという街の近くにある、荒々しい海の中にいるんだ。君達にはどうかそこまで辿り着いてほしい。
この腕輪は、そこへ行くまでの道中できっと役に立つはずさ。」
ジル・フィンはそう言って金色の腕輪を差し出した。
「これはコスモリングという魔法の腕輪だ。海という青い宇宙の力の結晶さ。」
「コスモリング・・・・。」
「どうしてかは分からないけど、君を初めて見た時に思ったんだ。この子には、海の力と心が宿っていると。だから是非これを受け取ってほしい。君ならきっと使えるはずだ。」
ダナエはコスモリングをじっと見つめた。それは綺麗な金で出来た腕輪で、三つの青い宝石が填められていた。そして何かの文字が刻んである。
「これは何て書いてあるの?」
「ああ、この文字は『海から生まれた魂へ』と書いてあるのさ。このコスモリングは、僕が生まれるずっと前からあった物で、ユグドラシルからもらったんだよ。」
「・・・海から生まれた魂へ・・・か。でもいいの?こんなに大事な物を貰っちゃって。」
「構わないよ。君には絶対にユグドラシルまで辿り着いてほしいんだ。その為なら、どんな協力も惜しまない。もし困ったことがあったら、またここまで戻ってくるといい。」
ジル・フィンはダナエの目の前にコスモリングを差し出す。ダナエは戸惑いながら手を伸ばし、そっとコスモリングを掴んだ。
「・・・暖かい・・・。それに鼓動まで感じるし。まるで生き物みたい・・・。」
「そうだよ。その腕輪は生きているんだ。海自体が多くの命を抱える生き物みたいなものだからね。そのリングはその海の力の結晶だから、生き物のように鼓動を刻んでいるのさ。」
「へえ・・・凄い・・・。」
ダナエは感心して腕輪を見つめ、そっと撫でてみた。そして早速左の手首に填めて、嬉しそうにコウに見せびらかした。
「えへへ、どう?似合ってる?」
「似合ってることは似合ってるけど・・・サイズが全然合ってないじゃん。ブカブカだぜ。」
「細かいことはいいの。私・・・この腕輪を大事にする。ありがとう、ジル・フィン!」
「喜んでもらえたなら幸いさ。」
ダナエはニコニコとコスモリングを触り、その鼓動を感じていた。多くの命を内包する母なる海の鼓動。それは幼い頃に、自分の母に抱かれているような心地よさだった。
「私は妖精のダナエ。これからよろしくね。」
そう言ってニコリと笑いかけると、コスモリングの青い宝石がピカリと光った。
「・・・あれ?コスモリングが縮んで・・・手首にピッタリ填まった・・・。」
「ははは!その腕輪も君のことが気に入ったんだろうね。」
「そっかあ・・・。私もあなたのこと気に入ったわ。何か名前を付けてあげようかしら。」
ダナエはウキウキと腕輪をさすり、瞳をとろけさせてうっとりとする。
するとコウは呆れたように肩を竦めた。
「ま〜た始まった・・・。このまま放っておいたら、夜までうっとりしてるな。」
「いいじゃない。感動はどんなものでも大事にしなきゃ!ねえ、プッチー。」
「はい?プッチーって誰だよ?」
「この腕輪のことじゃない。この子は小さなダナエって意味で、プチダナエって名付けたの。
だから略してプッチー。」
「どう略したらプチダナエがプッチーになるんだよ・・・まったく。」
「細かいことはいいの!この子はプッチー。コウも仲良くしてあげてね。」
ダナエは腕輪を掲げ、自慢気に見せつけた。
「へいへい・・・。それよりジル・フィン、このプッチーはどんな力があるの?
すごいお宝なんだから、きっと凄い魔法とか使えるんだろう?」
コウは期待に満ちた目でコスモリングを指差した。
「まあそれは追々分かると思うよ。それより、もう一つ君に渡しておきたい物がある。」
ジル・フィンは真剣な顔で一歩前に出て、持っていた銀の槍を差し出した。
「ユグドラシルに辿り着くには、色々な障害が待ち受けていると思う。だから戦う武器が必要だ。持って行くといい。」
ダナエはじっと銀の槍を見つめた。美しい銀の槍は、夜空を駆ける流れ星のように煌めいていた。真っすぐな柄に、真っすぐな刃が伸びているだけのシンプルな形だが、実に見事な槍だった。ダナエは気がつけば手を伸ばしていて、その槍に触れようとしていた。しかし途中でその手を止め、ブルブルと首を振って言った。
「ダメよ。プッチーをもらったのに、その槍までもらえないわ。」
「気を遣わなくていいさ。この槍だってきっと役に立つ。これは銀の隕石から作ったもので、強い力が宿っているんだ。コスモリングと同じように、きっと君を助けてくれる。
だから受け取ってくれ。」
ジル・フィンはズイっと槍を差し出す。ダナエは躊躇いながら頷き、銀の槍を受け取った。
そして手に握った瞬間に銀の砂に変わり、シュルシュルとコスモリングの中に吸い込まれていった。
「中に入っちゃった・・・・。」
驚いて見つめていると、ジル・フィンはダナエの肩をポンと叩いた。
「さて、これでとりあえず僕の役目は終わった。これから君は「泥の街」に向かうといい。
この浜辺を西へ歩いて、岩の坂道を登った先にあるから、まずはそこへ行ってごらん。
それじゃあ、僕はこれで・・・。」
ジル・フィンは手を振り、海面の泡の中へ消えていった。
「あ!ちょっと待って!まだ聞きたいことがあるの!」
ダナエは泡を見つめてジル・フィンに呼びかけるが、彼は海の中へと帰っていってしまった。
《まずは自分の足でこの星を歩いてみることさ。きっと色々なことが分かるから。
もしどうしようもなく困ったことがあったら、またここへ来るといい。それじゃあ。》
海面の泡は消え、そしてジル・フィンの声も聞こえなくなってしまった。
ダナエは金色の髪を揺らして顔を上げ、そっとコスモリングに触れた。
「色んな事が一気に起きて、何が何だか分からないわ・・・。でもせっかくプッチーをもらったんだから、必ず会いに行かないといけないわ・・・・ユグドラシルに。」
揺らめく海面に自分の顔が映り、瞳に固い決意を宿した。
「あのさ、感傷に浸るのもいいけど、早く浜辺に戻った方がいいと思うぜ。」
「どうして?」
「いや、だって・・・・。」
コウはダナエの足元を指差した。すると海面から突き出た岩の道が、だんだんと海に沈もうとしていた。
「きゃあ!足場が無くなっちゃう!」
「だから早く戻ろうって。ダナエはカナヅチなんだから。」
コウに急かされ、ダナエは岩の道を駆け出した。そして浜辺に飛び降りた時にバランスを崩して転び、顔じゅう砂まみれになってしまった。コウは大笑いし、ダナエは怒って砂をかけた。
そして服の砂を払うと、ジル・フィンの教えてくれた「泥の街」を目指して歩いて行った。

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