ダナエの神話〜神樹の星〜 第四話 金貸しダレス(1)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 16:01

『金貸しダレス』1


ダナエの目の前には、墓がいくつも並んだ誰もいない街があった。
街の入り口には大きな赤い鳥居が建てられていて、その横の看板にこう書いてあった。
《ここより先、亡者の集う場所。泥より生まれし悲しみの街》
ダナエはその看板を見てぶるりと震え、コウを掴んで言った。
「ねえ・・・帰ろうか?」
「何言ってるんだよ。ジル・フィンにこの街へ行けって言われただろ。」
「でも・・・私こういうの苦手なのよね・・・。どこか他の街を探さない?」
ダナエは怯えた顔でガクガクとコウを揺さぶる。
「やめろ!頭がシェイクされる・・・。」
コウはダナエの手を振り払い、鳥居の前に舞い上がった。
「確かに気味悪い場所だけど、とりあえず中に入ってみようぜ。怖がるのはそれからでも出来るだろ?」
「どんな理屈よ、それ。怖いものは怖いんだから、中になんか入りたくないわ。」
ダナエは固く唇を結び、腕を組んで横を向いてしまった。
「まったく・・・世話が焼けるなあ・・・・。」
コウは短く呪文を唱え、両手をダナエに向ける。すると突然ダナエは笑い出し、身体をよじらせて転げ回った。
「あはははははは!くすぐったい!やめて!」
「いいや、やめない。」
そう言ってまた呪文を唱える。ダナエは涙を流して笑い転げ、バタバタと足を動かしている。
「あはははははは!分かった!分かったから!中に入るから!だからもうやめて!
笑い死にしちゃう!」
「よしよし、それでいい。」
コウは魔法を解き、ダナエの頭に止まった。
「ダナエは勇敢なんだか怖がりなんだか分からないところがあるから困るんだよ。
ここはいっちょ勇気を振り絞って、ビシッと街の中に入ろうぜ!」
「・・・・そうね。怖がってたら、前に進めないもんね。」
ダナエは立ち上がって服の汚れを払い、息を飲んで鳥居の門を見つめた。
「よし!じゃあ行くわよ!オバケでもゾンビでもドンと来なさい!」
パチンと頬を叩き、気合を入れて鳥居の門をくぐる。すると生温い空気が肌に絡みつき、ビュン!と空間が歪んだ。ダナエは頭がクラクラして膝をつき、目をパチパチさせて立ち上がった。
「何なの・・・今空間が歪んだような気がしたけど・・・・・。」
そう言って立ち上がり、街を見渡して呆然とした。
「え?なんで?お墓が・・・・消えてる・・・。」
街を埋め尽くしていた墓は消え、その代わりに多くの人が歩いていた。中にはカプネと同じようなカエルや、木で出来た人間、それに獣人や妖怪までいた。
「これは・・・どういうことだ・・・・。」
コウも目を丸くして驚いていた。すると誰かにツンツンと肩を突かれ、後ろを振り返って叫び声を上げた。
「ぎゃああああああああ!」
「どうしたの!」
ダナエも驚いて後ろを振り返り、同じように悲鳴を上げた。
「きゃああああああああ!」
そこにはゾンビとも悪霊ともつかない、朽ち果てた身体の化け物がいた。おぞましい顔でニコリと笑い、ダナエの方に手を伸ばして来る。
「きゃああああああ!来ないでええええええ!」
ダナエは立ち上がって逃げようとした。しかし振り向いた先にも同じ化け物がいて、腰を抜かして悲鳴を上げた。
「いやああああああ!来ないでええええええええ!」
ガクガクと肩を震わせ、青ざめた顔でコウをさがす。
「ちょっとコウ!どこにいるの!コウってば!」
ダナエが必死に呼びかけると、コウは鳥居の外から手を振った。
「ここだ!ここにいるぞ!」
「ちょっと!なに一人だけ逃げてるのよ!偉そうに言ってたくせに!」
「怖いもんは怖いんだから仕方ないだろ!ほら、早くこっちへ来い!ダナエの魔法ならやっつけられるだろ!」
「・・・そ、そんなこと言ったって・・・・。」
ダナエは震える瞳で化け物を見上げる。すると背後から冷たい手が回され、ギュッと首を掴んできた。
「いやああああああ!触らないでええええええ!」
ダナエの背中にゾワゾワと悪寒が走る。そして金色の髪が揺らめき、淡い光を放って身体を包んだ。
「触るなって言ってるでしょ!言うこと聞かないと・・・・・こうするわよ!」
長い金色の髪がモサモサと動き、低い羽音が響く。そして次の瞬間、ダナエの髪の中から無数の蜂が飛び出してきた。蜂は大きな顎をカチカチと鳴らし、お尻の針を鋭く伸ばして化け物に襲いかかった。
『ぎゅうああああああああああ!』
『ヴオオオオオオオオオオオオオ!』
二匹の化け物は蜂に襲われて悲鳴を上げる。振り払おうと必死に腕を振るが、蜂は容赦なく毒針を打ち込んでくる。
ダナエはその隙に逃げ出し、鳥居の門まで走った。そして門をくぐろうとした時に、化け物が膝をついて謝った。
「待て待て!悪かった!俺達が悪かった!」
「ちょっと脅かそうとしただけなんだよ!この蜂をなんとかしてくれ!」
二匹の化け物は、蜂から逃げ回って必死に謝っている。ダナエは足を止めてそれを見つめ、唇を尖らせて「ヒュッ!」っと口笛を吹いた。
すると暴れていた蜂は金色の髪に変わり、ダナエの頭に戻っていった。
「ああ・・・死ぬかと思った・・・。」
化け物の一人がホッとしたように息を吐く。
「いや・・・俺達もう死んでるから・・・・。」
もう一人の化け物がすかさず真面目な口調で言う。
ダナエは化け物をじっと見つめ、ゆっくりと近づいていった。
「あの・・・・・。」
すると化け物達は怖い顔をして立ち上がり、ダナエに襲いかかってきた。
「このガキめ!よくもこんな目に遭わせてくれやがったな!」
「とっ捕まえて売り払ってやる!」
「きゃあ!」
ダナエは化け物に捕まり、肩に担がれてさらわれていく。
「ちょっと!離してよ!」
「やだね!お前を売り飛ばせば、ちょっとは借金が楽になる!」
「そうそう。そうすりゃ生き返れるかもしれねえ!」
化け物はウヒャウヒャ笑いながら走っていく。ダナエは拳を握ってポカポカと殴りつけた。
「ちょっと!女の子をこんな風に扱うなんてひどいわよ!」
「知るか!この街にノコノコ入ったのが間違いなんだ!」
「そうそう。ここは死者が集まる街だぜ!お前の命も頂きさ!」
ダナエは必死に身をよじって逃げようとするが、化け物はしっかりと掴んで離さない。
「ちょっとコウ!見てないで助けてよ!」
ダナエは鳥居の門の外を睨んでコウに助けを求める。すると無理無理という風に首を振って断られてしまった。
「もう!男の子のくせに情けない!」
ダナエは足を振り上げて化け物の頭を蹴り飛ばした。
「痛ッ!大人しくしろこのガキ!」
「うるさい!さっさと離してよ!」
ダナエは化け物の頭を蹴り続け、拳で殴りつけて暴れ回る。すると化け物は怒ってダナエの首を絞めにかかってきた。
「調子に乗るんじゃねえぞ!」
「うう・・・・苦しい・・・・。」
呼吸が止まり、意識が薄れていく。しかしその時、コスモリングが光って銀の槍が飛び出してきた。そして化け物の背中に突き刺さり、悲鳴を上げてダナエを落とした。
「ぎゃあああああ!痛てええええええ!」
「おい相棒・・・。しっかりしろ!」
もう一人の化け物が心配そうに背中をさする。ダナエは高くジャンプして化け物の顔を蹴り飛ばした。
「ぐはあッ!」
強烈なキックに堪らず倒れる化け物。ダナエは銀の槍を握り、ズボっと引き抜いてクルクル回した。
「この悪党どもめ!私は妖精の王女ダナエよ!これ以上酷いことするなら、この槍が黙ってないわよ!」
そう叫んでカンフー映画のように華麗振り回す。しかし手が滑って槍は飛んで行き、残ったもう一人の化け物の頭を直撃した。
「ぎゃあ!」
二人の化け物は大の字に倒れて動かなくなり、ダナエは槍を拾って「ふん!」と鼻を鳴らした。
「どう?まだ続ける?」
腰に手を当てて見下ろすと、化け物はブルブルと首を振った。
「い・・・いや・・・もういいです・・・。」
「もういい・・・俺達の負けだ・・・。」
「よろしい!」
ダナエは満足そうに胸を張り、鳥居の門を振り返ってコウに手招きをした。
「コウ!もう大丈夫よ!こっちにおいで!」
コウは門をくぐって素早くダナエの元に飛んで来た。そして頭の上に止まり、腕を組んで偉そうに言った。
「なんだよ、大したことない奴らだな。俺が出るまでもなかったようだな。」
「ずっと怖がってたくせに偉そうに言うんじゃないわよ。」
ダナエは乱れた髪を直し、「ふう」と息をついて化け物の前に立った。
「ひいい・・・。悪気は無かったんだ、許してくれ!」
「そうそう。ちょっと脅かそうと思っただけで・・・・。」
「嘘を言うんじゃない!」
ダナエは槍をドン!と地面に突き立てる。
「ひいいいいいいい!」
化け物は身を寄せ合って怯え、ダナエは目をつり上がらせて言った。
「さっき私が蜂を放ったでしょ?あれは悪いことを考えている奴しか攻撃しないのよ!
ちょっと脅かすつもりじゃなくて、私をさらうのが目的だったんでしょ!」
二人の化け物は、王様の前に連れ出された平民のようにへこたれる。
「す、すいません!どうしても借金を返すあてがなくて、あとは犯罪に手を染めるしかないと思って・・・。」
「そうなんですよ。悪いのは俺達じゃなくて、ノストラ商会の金貸しなんです。
だから・・・どうか見逃して下さい!」
化け物は地面に頭を擦りつけて手を合わせる。ダナエとコウは顔を見合わせ、首を捻って尋ねた。
「さっきもそんなこと言ってたわね。借金ってどういうこと?」
「ええっと・・・それは・・・・。」
「さっさと答える!」
ダナエはさらに目をつり上げて、化け物の前に槍を突き立てた。
「ひいいいい!お、俺達はノストラ商会ってところから借金をしたんです!最初に借りた金は十万円程度だったのに・・・いつのまにか七千万円に膨らんでいて・・・。」
「そうなんです。目ん玉が飛び出るくらいの高い利子をつけられて、もうにっちもさっちも首が回らなくなって・・・・。それで・・・・・。」
「それで私をさらって売り飛ばそうとしたのね?」
「・・・す、すいません・・・。」
ダナエは鼻息を荒く吹き出し、鬼の形相で二人を睨みつける。しかしコウは首を捻って化け物に尋ねた。
「ちょっと待ってくれよ・・・。あんた達はさっきこう言ったな。十万円が、いつの間にか七千万円になったって・・・。」
「・・・は、はい・・・。とんでもない悪徳業者で、有り得ない利子をつけられて・・・。
最初はもっと低い利子でいいって言ってたのに・・・・。」
化け物が涙混じりに言うと、コウは指を立てて首を振った。
「いやいや、利子のことなんかどうでもいいのさ。俺が気になったのは、お金の呼び方だよ。
『円』っていうのは、確か地球のお金の単位だよな?」
「そ、そうです・・・。ニホンっていう国の通貨なんですけど・・・・。」
コウは難しい顔をしてじっと考え込み、ダナエの肩から宙に舞い上がって言った。
「・・・ということは、あんたらは地球で借金をしたってことか?」
「・・・そうです。」
「てことは・・・・あんたらは地球にいた現実の世界の者ってことだよな?どうしてこの星にいるんだよ?」
「ああ、それはですね・・・。」
化け物の一人が説明しようとすると、横にいた化け物が肘で突いて小声で言った。
「おい・・・余計なことを喋ると・・・・。」
「え?ああ!そうだな・・・。ここはうまいこと言い訳を考えて・・・。」
ダナエは怖い顔で二人の前に立ち、槍を向けて言った。
「全部聞こえてるわよ。コソコソ喋ってないで、正直に話す!」
「ひいいいい・・・。わ、分かりました!」
化け物は慌てて手を振り、ダナエを見上げて口を開こうとした。しかしその時、どこからか大きな怒鳴り声が聞こえた。
「コラてめらああああ!何をこんなとこで油売ってんだあ!」
「ひいいいいいい!」
「す、すいません!」
化け物はヒシっと抱き合い、ブルブル身を震わせて怯えている。ダナエとコウは怒鳴り声のした方に目を向け、口を開いて固まった。
「コラてめえら!いつになったら借金を返すんだコラアアア!そのままずっとゾンビのままでいいのか?ああ!」
怒鳴り声を上げてこちらに歩いて来たのは、見上げるほど巨大な狼の獣人だった。高そうなスーツに身を包み、派手なネクタイを締めて、テカテカと光る白い靴を履いている。胸には金のネックレスを着け、指には宝石のついた指輪をいくつも填めていた。
そして顔の真ん中には大きな切り傷が走っていて、怖い顔を怒らせて二人の化け物を掴み上げた。
「いつになったら借金を返すのか聞いてるんだよ!おおう、コラアアア!」
「ひいいいいい!」
「すんません!」
大きな獣人は化け物の頭を掴み、紙人形のようにブンブンと振っている。
ダナエとコウは言葉を失くしてその光景を見ていた。
「・・・なあダナエ。気づかれないうちに立ち去ろう。ここにいたら因縁をつけられるかもしれない。」
「・・・そうね。でも・・・ちょっとあの二人が可哀想・・・。」
ダナエは槍を握って狼の獣人を睨みつける。するとその視線に気づいた獣人は、怖い目を向けて怒鳴った。
「何見てんだガキ!殺すぞ!」
コウはビクッと身を竦めてダナエの後ろに隠れるが、ダナエは目を逸らさずに言い返した。
「あなたがノストラ商会のお金貸し?」
「・・・そうだ。それがどうした?」
「さっきその二人から聞いたの。高い利子を付けられて、借金が返せなくて困ってるって。」
そう言うと、獣人は「がはははは!」と笑った。
「そうだ!こいつらは借金が返せなくて困ってる。だから肉体を担保に入れて、借金の返済を待ってやってるんだ。もし金が返せなかったら、こいつらは永遠にゾンビのままだ。」
「・・・ひどい・・・。」
ダナエはギュッと槍を握りしめ、獣人の前に歩み寄った。そして青い瞳でジロリと睨みつける。
「なんだガキ?生意気な目えしやがって・・・。ほんとに殺された・・・・、」
獣人が言い終える前に、ダナエはプスリと槍を刺した。
「ぎゃあ!痛い!」
ダナエは無言のままもう一度プスリと槍を刺した。
「ぎゃあああ!何するんだこのガキ!」
獣人は恐ろしい牙を剥き出してダナエを睨みつける。しかしダナエは怯まずに槍を向けた。
「こ、こら!やめろ!」
「だったら二人を放してあげて。」
「ああ?何を言ってんだ?こいつらは借りた金も返せないクズなんだぞ?だったら俺がどうしようと問題な・・・・、痛い!」
またダナエの槍が突きささる。獣人はゾンビを放り投げ、スーツの上着を脱いで拳を構えた。
「このガキいいいい!甘い顔してたら図に乗りやがって!死ねやコラアアアアア!」
獣人は毛を逆立て、漬物石のような巨大な拳で殴りかかってくる。ダナエは短いマント翻してヒラリとかわし、思い切り槍を振った。
「うお!危ねえ!」
獣人はサッと身を屈めてかわし、また拳を構えた。そして小刻みに身体を揺らし、トントンとステップを踏み始めた。
「舐めんなよ!俺は元ボクサーなんだ!ガキの槍をかわすことくらいわけねえぜ!」
「ボクサー?ボクサーって何?」
「地球の格闘技だ!拳だけで戦うのがボクサーだ!おらガキ、かかってこいよ!」
ダナエは「地球」という言葉にピクリと反応し、槍を向けて尋ねた。
「また地球か・・・。あなたも地球からこの星へ来たの?」
すると獣人は「しまった」という風に顔を歪め、牙を剥き出して怒鳴った。
「ごちゃごちゃうるさいガキだ!とっとと死ね!」
獣人は巨体に見合わない速さで動き、「シュ!」と言いながら拳を振ってくる。身軽なダナエは高く飛び上がり、思い切り槍を振り下ろして獣人を叩きつけた。
「ぐはあッ!」
獣人は頭を押さえて倒れ込み、ダナエはトドメとばかりに固いブーツの底で顎を蹴り上げた。
「がはあああッ!」
狼の獣人は「キュウウウン・・・・。」と情けない声を出し、仰向けに倒れてノックアウトされた。二人の戦いを見ていたゾンビ達は、「うおおおお!」と歓声を上げてダナエに駆け寄った。
「すげえ!あんたすげえよ!」
「ダレスの野郎をぶっ飛ばすなんて凄すぎる!」
そう言ってダナエの手を握り、嬉しそうにブンブンと揺らした。
「まあね。あれくらいの敵なら何てことはないわ!」
ダナエはどうだと言わんばかりに胸を張り、満足そうに槍を握りしめた。ゾンビは倒れた獣人を睨み、ダッと駆け寄って蹴り飛ばした。
「この金の亡者が!くたばれ!」
「そうだ!俺達の肉体を返せ!」
ゾンビの二人は憎しみを込めて何度も蹴り続ける。
「ダメよ!もう勝負は着いてるんだから!それ以上やったらただの暴力になっちゃうわ!」
そう言って止めようとした時、狼の獣人は雄叫びを上げて立ち上がった。
「グオオオオオオオオウ!許さねええええええええ!」
牙を剥き出し、ハリネズミのように毛を逆立て、尻尾を太くして怒りに狂っている。そして血走った眼でダナエを睨みつけ、ゾンビ達を蹴り飛ばして叫んだ。
「このガキイイイイイイイイ!俺を誰だと思ってんだあああ!ノストラ商会のダレス様だぞ!
俺に手え出すってことがどういうことか分かってんのかあああ!ああコラアアアアア!」
血走った赤い目はさらに赤くなり、ぞわぞわと筋肉が膨れ上がった。白いシャツは弾けてボタンが飛び散り、ネクタイは音を立ててブチブチと千切れていった。
「・・・おいおい・・・これヤバイぞ・・・。」
コウはダナエの肩にしがみついて怯え出す。ゾンビ達は慌てて逃げ出し、遠くの民家の影に隠れてコッソリと顔を覗かせた。
「・・・ガキいいい・・・。死ぬほど後悔させてやる・・・。泣こうが喚こうが関係ねえ。
跡かたも無くぐちゃぐちゃの挽き肉にしてやるぜえええ・・・。」
ダレスと名乗った獣人は、地獄からやって来た魔獣のような姿になっていた。
牙はサーベルタイガーのように口からはみ出し、爪は鋭利なナイフのように尖っていく。
「ダナエ!早く逃げよう!いくら何でもこんな奴には勝てない!ほら、早く!」
コウはダナエの服を引っ張って逃げようとする。しかしダナエは臆することなくダレスと向かい合った。
「もしここで逃げたら、あのゾンビさん達はどうなるの?・・・きっと、この狼に酷い目に遭わされるわ。」
「何言ってるんだよ!あいつらはお前をさらって売り飛ばそうとしたんだぞ!」
「でもそうならなかったじゃない。」
「それは結果論だろ!あんな奴らに同情する必要はないって!ほら、早く!」
コウは必死にダナエの服を引っ張る。しかしダレスがずかずかと近づいて来て、慌てて遠くの木陰に隠れた。
「ガキ・・・。この姿を見てもビビらないとは、中々いい度胸だ・・・。」
「うん、全然怖くないわ。だって月の女神が言ってたもの。怒りで我を忘れる人は、とても弱い人だって。心が弱いから、怒りで自分を誤魔化すんだって。」
「てめえ・・・この期に及んでまだ舐めた口をきくのか・・・。」
「舐めてなんかいないわ。正直に言っただけ。あんたのことなんかちっとも怖くないもん!
べえ〜!」
ダナエは舌を出して馬鹿にした。ダレスの中で何かがプチっとキレて、雄叫びを上げてダナエに飛びかかっていた。
「グオオオオオオン!」
ダナエは槍を構えて、狼の口の中に思い切り突き刺した。しかし・・・・その槍が刺さることはなかった。
「グウウウウウ・・・。何度も刺されてたまるか・・・。」
ダレスは巨大な手で槍を掴んでいた。そして高く持ち上げ、力任せに振り回した。
ダナエの小さな身体は、槍を握ったまま風車のように回り始めた。
「ダナエ!槍を放せ!」
コウが木陰から叫ぶが、ダナエはブンブンと首を振った。
「これを放したら武器が無くなっちゃう!絶対に放すもんか!」
「がははははは!ガキのくせにいい根性してんじゃねえか!じゃあこれならどうだ?」
ダレスは足を踏ん張って高く飛び上がり、思い切り地面に槍を叩きつけた。大きく重たい音が響き、地面の土が抉れて砂埃を上げる。
「ダナエ!」
コウはたまらず木陰から飛び出し、もうもうと上がる土煙りの中へ飛び込んだ。そして抉れた地面の中に目を凝らすと、そこにダナエの姿はなかった。
「コウ!大丈夫よ、私はこっち!」
ダナエは地面に叩きつけられる前に、咄嗟にダレスの背中に飛び移っていた。
「この・・・すばしっこいガキめ!」
ダレスは背中に手を伸ばしてダナエを掴もうとするが、膨らんだ筋肉が邪魔をして手が届かない。
「べえ〜!誰があんたなんかに捕まるもんか!」
ダナエは金色の髪の毛を二本抜いて弓矢を作った。そして矢を番え、ダレスの頭を狙って撃ち放った。
「ぎゃああああ!」
ダレスは頭を抱えて苦しみ、もんどりうって倒れる。ダナエはサッと飛び降りて、コウを抱えて逃げていった。
「近くに来たら危ないじゃない!」
「だって・・・ダナエのことが心配で・・・。」
「だったら最初から手伝ってよ。」
ダナエはコウの隠れていた木陰まで走り、サッと身を潜めてダレスの様子を窺った。
「あれは悪い心に刺さる矢だから、あの狼はかなり苦しむことになるわ。」
「でもあの矢じゃ敵を倒すことは出来ないだろ?あいつは矢の力で改心するような奴じゃなさそうだし・・・。」
ダレスは胸を押さえて苦しんでいた。矢が刺さっているのは頭なのに、まるで胸に刺さったような痛みを感じて悶えていた。
「うおおおおおお!痛い!痛いぞおおおおおお!」
大きな身体でゴロゴロと転げ回り、民家や木にぶつかって身をよじっていた。気がつけば辺りには野次馬が集まっていて、何事かと興味津々な目で見つめていた。
「クソおおおおおお!痛い!痛い!胸が張り裂けそうだああああああ!」
ダレスの苦しみは止まらない。魔法の鉄の矢は、彼の歪んだ心に激痛を与えていた。しかしあまりに激しく転げ回るので、頭に刺さったが抜け落ちてしまった。
「あ!まずい!」
ダナエは叫び、髪を抜いてまた魔法の矢を作り出した。そして弓に番え、しっかりと狙いを定めて撃ち放った。鉄の矢は空気を切り裂いてダレスの眉間に飛んでいく。
しかしダレスは鋭い爪で叩き落とし、耳をつんざく咆哮を上げて立ち上がった。
「ウオオオオオオオオオ!もう許さねえ!何が何でもお前を喰い殺してやるううううう!」
そして胸がはち切れそうなほど息を吸い込み、大きな口を開けて一気に吐き出した。それは大気を揺らす超音波に変わり、地面を抉ってダナエに襲いかかった。
「危ないコウ!逃げて!」
ダナエはコウを遠くに放り投げ、素早く呪文を唱えて印を結んだ。
すると身を隠していた木が頑丈な鉄に変わり、盾のように広がって超音波を受け止めた。
「ダナエ!」
コウは空高く舞いがってダナエを見つめる。
「ううううう・・・・・。」
ダナエは苦しんでいた。魔法で作り出した鉄の盾は、超音波のせいで激しく揺れていた。その振動はあまりにも強力で、盾の後ろに隠れるダナエにも届いていた。
「ダナエ!しっかりしろ!」
コウが心配そうに飛び寄って来るが、ダナエは首を振って叫んだ。
「来ちゃダメ!バラバラになっちゃうよ!」
「で・・・でも・・・・・・。」
強力な超音波は徐々にダナエを蝕んでいく。頭が痛くなり、鼓動が乱れて息が荒くなる。骨が軋み、吐き気を感じて胸を押さえた。それでも歯を食いしばって何とか耐え、次の呪文を唱えようとして印を結ぶ。
しかしその時だった。とつぜん超音波が止み、ダレスが高く飛び上がって襲いかかってきた。
「がははははは!頂きいいいいいい!」
ダレスの大きな足がダナエを踏みつけようとする。ダナエは咄嗟に飛び退き、走って逃げようとした。しかし超音波で受けたダメージのせいで足がふらつき、よろよろと倒れてしまった。
ダレスは長い舌を出してニヤリと笑い、大きな手でダナエを鷲掴みにした。
「ぐへへへへへへ!捕まえたぞお〜。」
「・・・うう・・・放して・・・・・。」
ダレスは顔を近づけて恐ろしい笑みを浮かべ、力を入れて握りしめる。鋭い爪が身体に喰い込み、ダナエは思わず悲鳴を上げた。
「きゃああああ!放してよ!」
「おうおう、どうしたよガキ・・・。さっきまでの威勢はどこいったんだ?んん?」
ダレスは凶悪に顔を歪ませ、さらに爪を喰い込ませていく。見かねたコウが飛び出し、ダレスの頭に乗って魔法を唱えた。
「ダナエを放せ!この木偶の坊!」
羽を動かしてかまいたちを放ち、ダレスの頭を切りつける。しかしダレスの皮膚は固く、ほんのちょっとのかすり傷しか与えられなかった。
「うるさい虫め・・・。どっか行ってろ。」
ダレスはパチンと指を払い、コウを遠くへ弾き飛ばした。
「うわああああああああ!」
「コウ!」
ダナエは身をよじってコウに手を伸ばす。しかしダレスに締め上げられてまた悲鳴を上げた。
「きゃああああああ!」
「てめえは俺の顔に泥を塗った!殺すなんて生易しいもんじゃ済まさねえ!じっくりいたぶって、このダレス様に喧嘩を売ったことを後悔させてやるぜ!」
ダレスは腕を振り上げ、ダナエを思い切り地面にを叩きつけた。
「あああ!」
重い音が響いて地面に衝撃が走る。ダナエはぐったりとして、気を失いかけて半分目を閉じた。
「まだまだこんなもんで終わるか!お前の矢は、これよりもっと痛かったんだぞ!」
ダレスは足を持ち上げてダナエを踏みつける。「ズン!」と重い音が響き、ダナエの細い身体が悲鳴を上げる。
「・・あああああ!」
「いいかガキ!俺は地球では裏の世界の幹部として恐れられていたんだ!俺のことを知っている奴は、誰だって俺のことを怖がる!ほんとうは、お前らみたいな奴らが口を利けるような相手じゃないんだよ!そこんとこ分かってんのか!ええコラ!」
ダレスはまた大きな足で踏みつける。ダナエの身体は限界を迎え、意識が途切れそうになって闇の中へ落ちていく。
「俺はな・・・こんな星でくすぶるような人間じゃねえ。もう一度地球へ戻って、裏の世界に君臨するんだ!その為には・・・・あの化け物に実力を証明しなきゃならねえ!だからお前みてえな奴らと遊んでる暇はないんだよ!」
ダレスは拳を握り、腕に力を入れた。丸太のような太い腕がさらに太くなり、体毛の下に血管が浮き上がる。
「俺は誰にも馬鹿にされるような奴じゃねえ!舐めた奴は一人残らず叩き潰してやる!
もっともっと力と金を手に入れて、あの邪神のクソ女をぶっ殺してやるんだああああ!」
ダレスの顔が悪魔のように凶悪に歪み、握った拳が振り下ろされる。
「ダナエえええええ!」
コウは手を伸ばして叫ぶ。ゾンビは民家の影で目を覆う。そして・・・・ダレスの拳は振り下ろされた。「ドゴンッ!」と腹に響く重たい音が響き、大地が小さく揺れた。
ダレスの拳は地面に大きな穴を開け、もうもうと土埃が巻き上がる。
「・・ああ・・・そんな・・・。ダナエ・・・ダナエえええええええ!」
コウは地面に舞い降り、膝をついて泣き崩れた。小さな拳を握ってバンバンと叩きつけ、何度も何度もダナエの名前を叫んで泣いた。民家に隠れていたゾンビ達は辛そうな顔で俯き、ダレスの恐怖に怯えていた。周りを取り囲んでいた野次馬は、言葉を失くして立ち尽くしていた。
「・・・・・・・・・・・・。」
ダレスは地面に拳を打ち込んだまま動かなかった。
「・・・・妙だな・・・。手ごたえがねえ・・・・。」
殴りつけた拳には、地面を砕いた感触が残るだけで、ダナエにトドメを刺した手ごたえはなかった。
「あの状態から逃げたのか?・・・いや、まさかな・・・・。」
立ち上がって辺りを見回し、鼻をヒクヒクさせて臭いを探る。すると妙な臭いを感じ取って、ふと上を見上げた。
「な・・・なんだッ!誰だてめえは!」
ダレスは上を見上げたまま後ずさる。ゴクリと唾を飲み、本能的に拳を構えた。
彼の視線の先に浮かぶ者、それは長い銀髪をなびかせる、冷酷な雰囲気を纏った女だった。
「・・・・・醜い獣め・・・・。」
銀髪の女はそう言って地面に降り立った。鉄のブーツをカツンと響かせ、青い燕尾のコートを翻して、貴族のような華麗な白服を見せつけた。
その顔は美しくも冷淡で、切れ長の目に黒い瞳を持ち、ブルーの唇が真一文字に結ばれていた。
そして美しいスタイルを強調するように腰の剣に手を当てて立ち、スッと右手を前に出した。
「・・・宇宙の鉱物で作られし槍よ・・・・ここへ・・・。」
そう呟くと、ダナエの持っていた銀の槍が女の手に飛んで来た。女はそれを掴むと、ピュッと振って空気を切り裂いた。
「我が名は月の女神、アリアンロッド!今はわけあってこの星に身を寄せている。」
「・・・ア・・・アリアンロッド・・・・?」
ダレスは拳を構えたまま後ずさる。女の持つ冷酷で恐ろしい雰囲気に恐怖を抱き、顔を強張らせて息を飲んだ。
「私は暴力を好まない。ここで大人しく退散するならよし!もしそうでないのなら・・・。」
アリアンロッドは銀の槍を向け、鋭い眼光で威圧する。ダレスはその迫力に負けそうになったが、ブルブルと首を振って拳を構え直した。
「アリアンだか何だかしらねえがふざけんじゃねえ!さっきのガキをどこへ隠しやがった!
大人しくあのガキを出さねえと、てめえも痛い目に・・・い・・いたいめ・・・、あ、あれ?」
ダレスは首に違和感を覚えて固まった。すると目の前にいたはずのアリアンロッドが消え、背後から首元に槍を当てられていた。
「今・・・お前の首を斬った。少しでも動けば、ボトリと足元に落ちるぞ。」
「・・・・・ッ!」
ダレスは言葉を失って固まり、顎をガクガクと震わせて恐怖に怯えた。首の違和感はその恐怖を刺激し、さらに顎が震えて首元まで伝わっていく。
「心配するな。綺麗に斬ってあるから、じっと動かなければじきに元に戻る。」
ダレスの額に冷や汗が落ちていく。それは目に入ってジュンと染みるが、まばたきさえ出来ずに固まっていた。
アリアンロッドは敵が戦意を喪失したことを確認し、ゆっくりと槍を下げた。
周りでそれを見ていた者達は言葉を失くし、呆然と立ち尽くしていた。ゾンビ達は胸で拳を握ってハラハラとしながら顔を見合わせ、意味もなく頷き合っている。コウはしばらく茫然としていたが、我に返って弾かれたようにアリアンロッドの元へ飛んで来た。
「ダナエ!ダナエはどうなった!」
悲痛な顔でアリアンロッドの肩に止まり、なびく銀髪をギュッと握って尋ねる。
するとアリアンロッドはニコリと微笑み、冷淡な雰囲気を消して優しい声で答えた。
「あの子ならこの中にいる。」
そう言って左手を掲げ、コスモリングを見せた。
「これは・・・プッチー・・・。なんであんたがこれを・・・・。あ!もしかして!」
アリアンロッドは頷き、コスモリングの一番右の宝石を指差した。
「私はこの宝石の中に宿る魂だ。あのダナエという子の魂と入れ替わり、こうして表に出て来た。」
「そうだったのか・・・。で、ダナエは無事なのか?」
「ああ、無事だ。しかしかなり傷を負っている。今はこの宝石の中で休んでいた方がいいだろう。そうすればじきに回復するはずだ。」
「そうか・・・よかったあ・・・・。」
コウはホッと胸を撫で下ろし、アリアンロッドの肩に胡坐をかいて座りこんだ。
「しかし無茶な子だ。自分より格上の相手に臆することなく挑むとは・・・。勇敢というか、無謀というか。」
アリアンロッドは呆れたように呟き、苦笑いを見せた。そしてダレスの方に槍を向け、厳しい口調で言った。
「獣よ。あと一分もすれば首は繋がるだろう。これ以上痛い目をみたくなければ、大人しく引き下がることだな。」
ダレスは頷こうとして止めた。ここで首を動かせば、確実に死んでしまう。代わりに手を上げて分かったと合図する。
辺りはしんと静まりかえり、アリアンロッドは槍を砂に変えてコスモリングに戻した。
「さて・・・あの子が回復するまでどこかで時間を潰すか。おい、そこのゾンビ達。この街を案内しろ。」
アリアンロッドに命令され、二人のゾンビはへこへこ頭を下げながら近づいて来た。
「い、いやあ・・・へへへ・・・見事な腕前で・・・。」
「お、俺達見惚れたっす!弟子にして下さい!」
アリアンロッドは目を瞑って首を振り、「ゾンビの弟子はいらん」と冷たく言い放った。
「それにな、私は臆病者が嫌いなのだ。お前達はこの争いを招いた原因のくせに、ずっと物影に隠れていただろう?宝石の中から見ていたぞ。」
怖い顔で睨まれ、ゾンビ達はさらに恐縮してへこへこする。するとコウは怒った顔でアリアンロッドを指差した。
「見てたんならもっと早く助けてくれよ!まったく・・・ジル・フィンといいあんたといい、どうして神様はこうも呑気なのかねえ・・・。」
「悪いな。しかし指を咥えて見ていたわけじゃない。私が外に出たいと思っても、コスモリングが発動しなければ無理なのだ。」
「プッチーが発動・・・?それはどういうことだ?」
コウが首を傾げて尋ねると、アリアンロッドはニコリと笑って頷いた。
「いいだろう。あの子が回復するまでの暇つぶしに説明してやろう。おいゾンビ達、どこか店に案内しろ。」
「ああ、はい!」
「こっちに酒場がありますんで!」
二人のゾンビはへこへこしながら酒場へ案内していく。アリアンロッドとコウはそのあとをついて行き、街の中へと姿を消した。
一人残されたダレスは、頭の中で時間を数えていた。そして一分経ってから、恐る恐る首を突いてみた。
「・・・つ・・・繋がってる・・・よな?・・・もう大丈夫だよな?」
そう呟いてゆっくりと首を動かし、しっかりと繋がっていることを確認して安堵の息を吐いた。
「クソ・・・。なんなんだあの女は・・・。アリアンロッドだっけか?確か月の女神とか言ってたけど・・・・。」
ダレスは振り返って街の中を睨み、大きな鼻から荒い息を吹き出した。
「ムカツク奴だが・・・俺の力じゃ敵わねえ。クソったれが・・・。
でも、あれほどの強さならもしかしたら・・・。」
怒りで歪んでいたダレスの心に、一筋の希望の光が射す。そして顔を上げ、目を瞑って唸った。
「あのことを・・・話してみるか・・・。」
ダレスは何かを決意して頷き、野次馬を押し退けて酒場へと走って行った。

 

                            (つづく)

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