ダナエの神話〜神樹の星〜 第六話 魚神パラパラ・ブブカ(1)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 16:41
『魚神パラパラ・ブブカ』1

暗い夜の海が、岸壁を打ちつけて白波を立てている。ダナエ達は蛇の妖怪に案内されて、村の海岸に来ていた。
「この村がウルズの実験場だったって、どういうこと?それに邪神の手下ってほんとうなの?」
「ええ、私達は実験の為だけに集められたんです。昔はもっと大勢いたんですよ。でも実験の為に殺されたりして、ずいぶん数を減らしました。」
蛇の妖怪は後ろを振り向き、不安そうな顔をした村人を見つめた。
「邪神はあらゆる力を求めていますから、ウルズの研究にも興味があったんです。だから彼をスカウトして、様々な材料を与えて実験をさせていたんですよ。」
「そうなんだ・・・。ウルズの実験のせいで、たくさんの命が・・・・。」
ダナエは悲しそうに俯く。腕の中で眠るコウを抱きしめ、海風で揺れる髪を払った。
「みんなそれぞれの居場所があったのに、無理矢理ここへ連れて来られたんです。抵抗した者は、家族を皆殺しにされたりしました。だから誰も逆らえなかったんです。今日、あなた達がここへ来るまでは。」
「私達が・・・。どういう意味?」
「そのままの意味ですよ。あの病気の神を倒してくれたでしょう?これで晴れて私達は自由の身です。何と感謝したらいいか・・・・。」
蛇の妖怪はチロチロと舌を出し、瞼の無い丸い目を潤ませた。後ろにいた村人達も、グスグスと鼻をすすって泣いている。
「やったなダナエちゃん!何か俺達、知らず知らずのうちに人助けをしてたみたいだぜ!」
「さすがは俺のアイドル!いや、女神だ!一生ついて行くよ!」
ダナエは戸惑っていた。トミーとジャムは褒めてくれるが、ウルズのせいで命を落とした者が大勢いることを知ると、とても喜べる気分ではなかった。
「お嬢さん、胸を張りなさい。君はいいことをしたのだから。」
「魔人さん・・・。」
「それに感傷的になっている場合ではないぞ。あの妖怪は、何か伝えたいことがありそうだ。」
ダンタリオンがそう言うと、蛇の妖怪は涙を拭って頷いた。
「ウルズがここを実験場に選んだのには理由があるんです。あの海の向こうを見て下さい。」
蛇が指差した先には、大きな石造りの社が浮かんでいた。荒波がぶつかって水飛沫を上げ、星の明かりに照らされて怪しく光っていた。
「あの社は、魚神を祭る為に造られたものです。」
「魚神?」
「そうです。海王星という星から来た神様で、魚の姿に似ているのでそう呼ばれているんです。
名前はパラパラ・ブブカといいます。」
蛇の妖怪がそう言うと、トミーとジャムは腹を抱えて笑った。
「ははは!だっさい名前だなあ!」
「俺のジャムの方がまだマシだぞ!なあ、ダナエちゃん?」
「ううん、ジャムも大概だと思う。それに神様を笑っちゃダメよ。」
「・・・・はい。」
「・・・すみません。」
蛇の妖怪はコホンと咳払いし、「先を続けてもいいですか?」と尋ねた。
「うん、ごめんね。それで、そのパラパラ・ブブカっていう神様がどうかしたの?」
「はい。ブブカは波を操る力を持っているんです。」
「波?波って・・・この海の波?」
「なんというか・・・海の波も、です。もっと分かりやすくいえば、波動とでもいうのかな?」
すると、ダンタリオンが指を立てて助け舟を出した。
「要するに、力の波のことだな?」
「ああ!そうそう、なんかそういう感じです。海だけじゃなくて、時間とか空間の波も操るんです。だから遠い遠い海王星から、この星まで一瞬でやって来たそうなんですが・・・。」
蛇の妖怪は二つの頭で海を見つめ、長い尻尾を動かして社を睨んだ。
「ブブカのいる近くは、色んなものがその影響を受けるんです。だから海もこんなに荒れているし、空間や時間だって歪みやすくなる。それは病気の神にとって、実験をするのに好都合だったんです。」
蛇の妖怪の言葉を聞いて、ダンタリオンは大きく頷いた。
「なるほど・・・。それであの厄病神は、空間に穴を開けたり、時空を歪めて黄泉から死者の魂を呼び出したりすることが出来たのだな。細菌の神のくせに、どうしてあんな力を持っているのか疑問に思ったが、これで謎が解けたわい。」
「彼はブブカの力も欲しがっていたから、いずれブブカを殺してその力を手に入れるつもりだったんです。その為の研究も熱心にやっていました。」
蛇の妖怪がそう言うと、ウルズの家の方から二人の村人が走ってきた。その手には三つのガラスの棒が握られていて、中には緑色のドロっとした液体が入っていた。蛇の妖怪はそれを受け取ると、ダナエに向かって差し出した。
「これこそが、ブブカを殺す為に作っていた細菌兵器です。危険な細菌に強力な呪いがかかっていて、これに感染したものは身体が腐り、自我が崩壊してしまうんです。」
「・・・これが細菌兵器?ただの液体にしか見えないけど・・・。」
ダナエをじっとガラスの棒を見つめた。緑の液体は薄く光っていて、中から漏れないようにしっかりと金属の蓋が閉められていた。
「私の仲間も、この液体の実験道具にされました。そうしたら・・・ゾンビのように身体が腐って、自分が誰だか分からなくなってしまったんです。」
「・・・怖い・・・。自分が誰だか分からなくなってしまうなんて・・・。」
「自我が崩壊すれば、その者の心は真っ白になってしまいます。そこに洗脳をかければ、あとは自分の思い通りに操れるというわけなんですが・・・。」
「どうしたの、口ごもって?」
「・・・この細菌兵器は、まだ完成はしていないようなんです。相手が意志の強い者である場合、自我を壊すことは出来ないみたいで・・・。」
「じゃあ身体だけ腐っちゃうってこと?」
「そういうことです。そして・・・これを使って、あなた達にあることをお願いしたいんです。」
蛇の妖怪は真剣な目でダナエを見つめる。そして一歩前に出て、その細菌兵器を差し出した。
「これを使って、ブブカの力を弱めてほしいんです。」
「ブブカの力を・・・?」
「病気の神がいなくなったおかげで、私達は実験の材料にされることはなくなりました。でもこのままじゃ自分達の居場所へ帰れないんです。なぜなら・・・・。」
蛇の妖怪は悲しそうに俯き、晴れた夜空を見上げた。
「見て下さい、天に浮かぶ星を。」
「星?星がどうかしたの?」
ダナエはじっと夜空の星を見上げた。それは何の変哲もない夜空だったが、かすかに星の明かりが歪んで見えた。まるで波打つ水面のように、小さく揺らめいているのが分かる。
「なにあれ?どうして夜空が波打っているの?」
「この辺り一帯は、ブブカのせいで時空が歪んでいるんです。それをどうにかしない限り、私達はここから出ることは出来ないんです。」
「・・・なるほど、だからその細菌兵器を使って、ブブカの力を弱めようというのね?」
「そうです。そうすればここから抜け出して、みんなは元いた場所に帰ることが出来る。でも私達の力では、ブブカの力を弱める前に殺されてしまいます。だから・・・どうかあなたにやって頂きたいんです!あの病気の神を倒したあなたなら、ブブカの力を弱めることだって出来るかもしれない!」
蛇の妖怪は真剣な目で訴える。ダナエはガラスの棒を受け取り、吸い込まれるような淡い緑の液体をじっと見つめた。
「・・・ウルズをやっつけたのは、私の力じゃないわ。この腕輪に宿っていた神様の力よ。
私は何も出来なかった。ただやられるばかりで、コウを守ることも出来ずに・・・。」
ダナエは、腕の中で眠るコウをそっと撫でた。するとダンタリオンは、ダナエの肩に手を置いて言った。
「お嬢さん、もし君が弱い子なら、その腕輪の神は力をかしたりしなかっただろう。」
「・・・この腕輪のことを知っているの?」
「もちろんだ。その腕輪はコスモリング。青い海が生み出した、宇宙と自分を繋ぐ光の輪だ。」
「宇宙と・・・自分を・・・。」
「我々のいる世界は広い。煌めく星が旅を続けるこの宇宙は、ある大きな意志と繋がっているのだ。そしてその大きな意志とは、宇宙の中心に座する真なる神である。」
「真なる神様・・・。それって、私が会いに行こうとしていた神様だわ。」
「宇宙の中心は、ここより遥か遠くにある。それは物理的な意味だけではなく、精神的な意味でも遠い場所なのだ。私のように学術を追求する者や、芸術や宗教、哲学を極めんとする者は、その真なる神に触れたがっている。それこそが、この世界の真理を知る手掛かりなのだから。」
「・・・・難しいことは分からないけど、私はただ宇宙の中心の神様に会いたいから旅に出ただけよ・・・。でも、そのことと、この腕輪が何か関係あるの?」
そう問いかけると、ダンタリオンは大きく頷いた。
「その腕輪は、海という青い宇宙が生み出した結晶だ。そして海と宇宙はよく似ている。
その広い世界の中で多くの命が生まれ、そして死んでいく。様々な命が海の一部となり、その世界を創り上げているのだ。まるで、あの夜空に見える宇宙と同じように・・・。」
「この腕輪をくれた神様も、似たようなことを言ってたわ。」
「その腕輪には秘密があってな、あらゆる魂を吸収してしまうのだ。例え相手が強い神様であったとしてもな。きっとその腕輪に宿る神は、危険な目に遭って死にかけたのだろう。その時にタイミングよくその中に吸い込まれたのだ。そしてその腕輪は、持ち主の魂と繋がっている。だからもし君が弱い子なら、腕輪の神はすぐにそれを見抜き、力をかしたりはしなかっただろう。」
「でも私は・・・何も出来なかったのに・・・。」
「私が言っているのは、心の強さのことだ。君は心の強い子だった。だから腕輪の神を呼び出し、皆を助けることが出来た。胸を張ればいい。」
ダンタリオンはポンと肩を叩き、コスモリングを見つめた。
「その腕輪には他にも秘密があってな。自分と自分でない者とを繋ぐことが出来るのだ。」
「・・・どういうこと?」
「分かりやすく言えば、魂と魂をコンタクトさせることが可能だ。そうすれば、互いの本当の意思を知ることが出来る。それに上手く使えば、どんなに強大な敵でも倒すことが出来る。」
「上手く使うって・・・・どんな風に?」
「魂と魂のコンタクトというのは、お互いの意思だけをもって触れ合うことだ。ならばその身に宿る力や魔力、身体の大きさは一切関係なくなる。分かりやすく説明すると、ロボットに乗るパイロットが、そのロボットを降りて、話し合ったり触れあったりするようなものだ。
しかしそれを行うには勇気がいる。もし相手がロボットから降りて来なければ、自分だけ生身の身体のまま、巨大なロボットの前に立つことになるのだから。だからそれを使って魂のコンタクトを取る時は、まずはこちらが魂を見せなければいけない。恐れず、怖がらず、一切の邪念を払って、自分の魂を見せる必要がある。そうでなければ、相手も自分の魂を見せてはくれないだろう。」
「・・・恐れず、怖がらず・・・自分を見せる・・・。」
「コスモリングには自分の意思がある。そしてもしその意思を知ることが出来たら、もっと大きな力を引き出せるだろう。」
「もっと大きな力・・・・?それってどんな力?」
「それは・・・・、いや、今は説明して仕方あるまい。もしその腕輪の意思を知ることが出来たら、きっとその腕輪自身が教えてくれるだろう。」
「・・・プッチーの・・・意思を・・・・。」
ダナエは透き通る青い瞳を揺らし、じっと腕輪を見つめた。するとダンタリオンが横から手を伸ばし、液体の入ったガラスの棒をつまみ上げた。
「ふうむ・・・細菌兵器か。あの厄病神め、こんなものを作っていたとは。」
そう言って小さくガラスの棒を振り、険しい顔で睨んだ。
「出来ることとやっていいことは違うというのに・・・。しかし、そのブブカという神をどうにかするには、これが鍵になりそうだな。」
ダンタリオンは残る二本の細菌兵器もつまみ上げ、ダナエに向かって言った。
「これを少しの間だけ儂に預けてくれんか?細菌兵器などあまりに危険すぎるからな。もう少し呪いの力を弱めて、周りの者へ感染しないように魔術を施そう。」
「うん、私もそんなの持っていたくないもの。よかったらあげるわ。」
ダンタリオンは首を振り、ガラスの棒を懐にしまった。
「お嬢さん、これは儂がもらうわけにはいかん。なぜなら、君はこれを持ってブブカの所へ行かなければならないのだから。そうしなければ、我々はここから出ることは出来ない。」
そう言うと、蛇の妖怪もダナエの手を握って懇願した。
「お願いです!どうかブブカの所へ行って、あいつの力を弱めて下さい。そうでないと、私達はずっとここから出られない・・・。」
蛇の妖怪も、そして後ろの村人も悲しそうに俯く。ダナエは少し戸惑ったが、やがて大きく頷いて笑顔を見せた。
「分かったわ。私に出来ることならやってみる。」
「ほ、ほんとうですか?」
「うん、上手くいくかどうかは分からないけど、困ってる人を見捨てられないもの。」
「ああ!ありがとうございます!みんな、やったぞ!ここから出られるかもしれない!」
蛇の妖怪は嬉しそうに叫び、村人から歓声が沸き起こる。すると後ろで黙っていたトミーが、指を立てて言った。
「ちょっといいかな?」
「なあに?」
「わざわざブブカとかいう神様の所へ行かなくたって、俺達が通ってきたあの穴を使えば、ここを出られるんじゃないか?」
「ああ!そうだわ!どうにかしてあの穴を開ければ、もしかしたら・・・・、」
しかしダナエの言葉を遮って、ダンタリオンは「それは無理だ」と首を振った。
「あの穴は亡者しか通れないのだ。生きている者が通れば、中を蠢く怨霊に殺されてしまうだろう。」
「でも私もゾンビさん達も、あの穴を通って来たのよ?」
「君はコスモリングに守られていたから無事だったのだろう。そこのゾンビ達は、元々死んでいるから問題ない。」
「じゃあコウは?この子も無事だったけど、どうしてなの?」
そう言ってコウを見せると、ダンタリオンは「ふうむ」と唸った。
「もしかしたらだが・・・この妖精はそれなりの力を秘めているのかもしれない。怨霊程度では殺されないほどの力を・・・。まあ進化を終えて目を覚ませば、ハッキリするだろう。」
「そっか・・・。コウ、早く目を覚ましてね・・・。」
ダナエはコウに頬ずりをして、小さな頭を優しく撫でた。蛇の妖怪はみんなを見渡し、チロチロと舌を出して言った。
「今日はもう夜なので、どうか私の家に泊っていって下さい。お風呂もご飯もありますから。」
「お、マジか!」
「やった!それじゃ遠慮なくお邪魔させてもらおう!さ、さ、ダナエちゃん、行こう!」
トミーとジャムは笑顔ではしゃぐ。ダナエは頷き、ギュッとコウを抱きしめた。
「コウ、久しぶりのお風呂だよ。一緒に入ろうね。」
ダナエは蛇の妖怪に案内されて村へ向かった。
「・・・一緒にお風呂・・・羨ましい・・・。」
「おいジャム!このロリコンめ!覗いたらぶっ殺すぞ!」
「誰がそんなことするか!それに俺はロリコンじゃない!マザコンだ!」
ゾンビ達は喧嘩を始め、ダンタリオンは「やめんか!」と拳骨を落とした。
「明日はお前達もブブカの所へ向かうのだ。今日はゆっくり休んで、力を蓄えておくように。」
「ええ!俺達も?」
「当たり前だ。お前達はもう死んでいるから、何も恐れる必要はなかろう?いざとなったら、あの子の盾となってやるがよい。」
「そ、そんな・・・・。」
トミーは泣きそうな顔で怯えるが、ジャムは拳を握って頷いた。
「ダナエちゃんの為なら、例え火の中水の中!喜んで盾になるぞ!」
「その意気だ。さあ、私達も行こう。」
ダンタリオンはトミーとジャムの背中を押し、ダナエの後を追っていく。
みんなが去った暗い海で、魚神の社が怪しく揺らめいていた。

            *

空から降り注ぐ眩しい光が、部屋の窓を通ってダナエの顔を照らす。
「ううん・・・。」
ダナエは眠たい目をゴシゴシとこすり、ベッドから起き上がって大きく背伸びをした。
「ふああ〜あ・・・。よく寝た。」
大きな欠伸をして目尻をこすり、横で寝ているコウを見つめて大声を上げた。
「きゃああああああ!コウ!」
その叫び声を聞きつけて、隣の部屋からトミーとジャムが駆けつけて来た。
「どうしたダナエちゃん!」
「何かあったのか!」
勢い良くドアが開かれ、二人はドタドタと部屋に入って来た。
「・・・コウが・・・・コウが・・・・。」
ダナエが指差すと、そこには真っ白な糸に包まれた繭があった。枕の横で大きな卵のように丸まっている。
「なんだ・・・これ?」
「まるで昆虫のサナギみたいだ・・・。」
三人が呆然と見つめていると、フリルの付いたパジャマを着たダンタリオンが入って来た。
「どうかしたのか?」
「ああ、魔人さん!これ見て!コウが・・・・。」
ダンタリオンは繭に包まれたコウを見つめ、「ふむ」と頷いた。
「これはサナギだな。もうじき進化が終わる証拠だ。」
「じゃ、じゃあ・・・コウは大丈夫なのね?」
「うむ。しかし今は、この繭の中でドロドロに溶けているはずだ。決して乱暴に扱ってはいかんぞ。」
ダンタリオンはそっと繭を撫でながら言う。
「分かった。無事に出て来るまで、絶対に私が守ってみせるわ!」
ダナエは両手で繭を包み、大切そうに抱き寄せた。
「さ、それでは部屋から出よう。ほれ、行くぞゾンビ達よ。」
「ああ。ほら、行くぞジャム。」
「・・・え?あ、ああ!そうだな・・・。」
ジャムは鼻の下を伸ばし、じっとダナエを見つめていた。するとトミーは拳を握り、思い切り拳骨を落とした。
「コラ!じろじろ見てんじゃねえ!やっぱロリコンじゃねえか!」
「違う!違うけど・・・・ダナエちゃん・・・・。」
ダナエは優しくコウの繭を抱きしめている。その姿は、シャツ一枚と下着だけだった。目を瞑ってコウを抱きしめていたダナエは、ジャムの視線に気づいて自分の姿を見た。
「きゃあ!エッチ!ジロジロ見ないで!」
ジャムの顔に枕が飛んで来て、続いて硬いコップも飛んで来た。
「ぶへえッ!」
トミーはジャムの首根っこを掴み、ズルズルと引きずって部屋を出ていった。
「お嬢さん、下の部屋で朝食が用意されているから、君も早く降りて来なさい。」
「うん、分かった。ありがとう魔人さん。」
みんなが出て行ってパタンとドアが閉まる。ダナエはササっと着替え、コウの繭を抱き寄せた。
「大丈夫よ、コウ。目を覚ますまで傍にいてあげるからね。」
ダナエは長い髪をポニールにくくり、部屋を出てトタトタと階段を降りていった。
「お待たせ!」
下の部屋には、蛇の妖怪とその奥さんがいた。
「おはよう。よく眠れた?」
「うん、とっても。わあ、いい匂い!」
「大したものじゃないけど、たくさん食べていってね。」
「うん、ありがとう!」
ダナエは蛇の妖怪の奥さんにニコリと笑いかけ、ダンタリオンの隣に座った。
「ああ、お腹減ってたんだあ・・・。それじゃ頂きま〜す!」
手を合わせ、こんがり焼けたパンを齧り、熱いコーヒーをすする。ダンタリオンは目玉焼きをつつきながら、もぐもぐと口を動かしてダナエを見つめた。
「お嬢さん、これを渡しておこう。」
フォークを片手にパジャマのポケットに手を入れ、あの細菌兵器を取り出した。
「昨日の夜に魔術を施し、感染力を弱めた。この液体に触れなければ、細菌に感染することはないだろう。」
そう言ってガラスの棒をダナエの前に置く。
「これを使ってブブカの力を弱めないといけないのね。でも・・・なんか気が進まないな。
こんなものを使うなんて・・・・。」
「気持ちは分かるが、それは絶対に必要になるだろう。おそらくブブカという神は、かなり強い力を持っているはずだ。普通に戦っても太刀打ち出来んだろう。」
「それは分かってるけど・・・・でもなんか嫌だな・・・。」
ダナエは嫌そうな顔でガラスの棒を見つめる。そして指でピンと突いて、自分から遠ざけるように転がした。
「それともう一つ残念な知らせがある。」
「なあに?」
「儂は君達と一緒に、ブブカの所へ行くことは出来ん。」
ダンタリオンは申し訳なさそうに眉を寄せる。するとトミーとジャムは、怒った顔で詰め寄った。
「おいおい爺さん!そりゃないぜ!」
「そうだよ!昨日は俺達に偉そうなことを言ったくせに!」
「まあまあ・・・人の話は最後まで聞くものだ。」
ダンタリオンは落ち着いた顔で言い、ベーコンをゴクリと飲み込んだ。
「儂には儂のやらねばならんことがあるのだ。ほら、昨日お嬢さんが説明してくれただろう?この星と地球の支配を企む、恐ろしい邪神の話を。」
「うん・・・。恐ろしい邪神が二つの星を乗っ取ろうと企んでいるの。私は説明が下手だから、上手く伝わったかどうか分からないけど・・・。」
「いや、充分伝わったよ。だからこそ、儂はやらねばならぬことがある。」
ダンタリオンはカップを置き、大きな手を組んで険しい顔をした。
「邪神は地球とこの星を乗っ取る為に力を集めておる。ならば、こちらも力を集めねばなるまい?」
ニコリと笑ったダンタリオンに、ダナエはコクリと頷いた。
「私が旅をしているのも、それが目的だもの。そして私自身がもっと強くなって、邪神と戦わなきゃいけないから。」
「ふむ。ならば仲間は多い方がよかろう?だから儂は、自分の仲間に声をかけてみようと思う。
ソロモン七二柱の魔人達にな・・・・。」
「ソロモンの・・・魔人達?」
「そうだ。全部で七二人いる魔人達なのだが、みんな儂の仲間だ。それに魔人などと呼ばれておるが、実際はそんなに凶悪な存在ではない。」
そう言うと、ダナエはニコリと笑って頷いた。
「それは知ってるわ。だって、魔人さんはとても良い人だもの。」
「そう言ってもらえるとありがたい。だから儂は、邪神に対抗する為に他の魔人に声をかけてみる。おそらく、みんなは力をかしてくれるだろう。」
「そっか。なら一緒に行けないのは仕方ないね。でもさ、ソロモンの魔人って地球にいるんでしょ?どうやって地球まで行くの?」
そう尋ねると、ダンタリオンはトミーとジャムを指差した。
「昨日このゾンビ達から話を聞いたのだ。ダレスという金貸しの会社へ行けば、地球に戻れるとな。だから儂は、あの暗い穴を通って泥の街へ行く。そしてダレスとやらの会社から地球へ戻り、仲間に協力を呼びかけようと思う。」
「ああ!それは名案ね!」
ダナエは手を叩いて喜んだ。そしてキュロットパンツのポケットから、ダレスの名刺を取り出した。
「ここに住所が書いてあるから渡しておくわ。私の友達だって言えば、きっと力をかしてくれるはずよ!」
「そうか、では遠慮なく受け取ろう。」
ダレスは名刺を受け取り、パジャマのポケットにしまった。そしてゾンビ達の方を向き、コーヒーカップを傾けて言った。
「よいか、お前達はきちんとこのお嬢さんを守るのだ。少々の怪我なら、後で儂が治してやるから。」
「・・・・分かったよ。そういう事情じゃ仕方ねえ。」
「ダナエちゃんのことは俺達に任せてくれ。絶対に守ってみせるから!」
「ふむ。ではさっさと朝食を平らげよう。何事も、行動は迅速に限るでな。」
みんなは頷き、パクパクと朝食を平らげていった。そして食事を終えると、蛇の妖怪に案内されて、昨日の海岸へやって来た。
「ではあの社までご案内します。ふん!」
蛇の妖怪は大きく息を吸い込み、ブツブツと呪文を唱えた。するとニョキニョキと身体が伸びて、まるでアナコンダのような巨大な蛇に姿を変えた。
「さあ、私の背中に乗って下さい。あの社までお連れします。」
ダナエとゾンビ達は顔を見合わせて頷き、大きな蛇の背中に乗った。
「それじゃあお嬢さん。気をつけてな。」
「うん、魔人さんも気を付けて地球に帰ってね。邪神に見つかったら、どんな目に遭わされるか分からないから。」
「分かっておるよ。それでは行きたまえ。無事に戻って来ることを祈っておるぞ。」
ダナエはニコリと笑って頷き、金の髪の毛を一本抜いて、小さく魔法を唱えた。
「光輝く妖精の吐息・・・コウを守って・・・。」
ダナエは金の髪を持ち上げ、コウの繭に向かってふっと吹きかけた。すると金の髪は長く伸びていき、絹糸のような美しい衣になって繭を包んだ。それを腰に巻き付けると、蛇の妖怪を見つめて「いいわよ。」頷いた。
「では行きますよ。準備はいいですか?」
蛇の妖怪がチロチロと舌を出して尋ねる。ダナエ達は力強く頷き、「お願い」と言った。
「では参りましょう。そりゃ!」
蛇の妖怪はスルスルと岸壁を下り、音も無くスイっと海に入った。そして長い身体を器用に動かし、荒波を乗り越えて魚神の社に向かった。
「どうか無事にな・・・。」
ダンタリオンは高い岸壁からダナエ達を見送り、そっと祈りを捧げた。

            *

魚神の社の周りは、波が荒れ狂っていた。まるで近づかれるのを拒否するように、高い波がぶつかって水しぶきをあげている。
「おいおい・・・どうやって近づくんだ?」
トミーが不安そうに呟く。すると蛇の妖怪は尻尾を持ち上げ、パシンと海面を叩いた。
「みなさん、私の尻尾に乗って下さい。あそこまで放り投げますから。」
「ほ、放り投げる!そんな乱暴な・・・。」
ジャムはブルブルと首を振り、ダナエの後ろに隠れる。
「ジャム、私を守ってくれるんじゃなかったの?」
ダナエは可笑しそうにジャムを振り返る。
「い、いや・・・そうだけど・・・。でも俺、こういうアトラクションは苦手で・・・。」
「情けねえなあ。いざとなったらダナエちゃんの盾になるって言ったじゃんか。ぼらぼら、ビビるなよ。」
トミーはジャムの首根っこを掴み、尻尾の方へ移動していく。
「ま、待て!俺はジェットコースターどころか、メリーゴーランドでさえ怖いと思うくらい、こういうのは苦手なんだ。だからこの先はお前が・・・・、」
「大丈夫よ、私が守ってあげるから。じゃあ蛇さん、やっちゃって。」
蛇の妖怪は頷き、ググっと尻尾を持ち上げた。
「ひいい!」
「うるさいぞジャム!腹を括れ!」
怖がるジャムを無視して、ダナエは蛇の妖怪に尋ねた。
「この鍵で、あの社の扉が開くのよね?」
そう言って、昨日の夜にウルズの家から取って来た鍵を見せた。
「そうです。でもその奥はブブカの力で空間が歪んでいますから、簡単にはブブカの所まで辿り着けないと思います。危険もたくさんあるだろうし、注意して行って下さい。」
「分かった。ありがとう!」
「ではいきますよ・・・・・・そおおおおおおい!」
蛇は身体を捻り、尻尾を鞭のようにしならせた。ダナエ達はその尻尾に弾かれ、高く舞い上がって社に投げ出された。ダナエは空中で身軽に一回転し、スタッと社の上に舞い降りた。
トミーも手足を開いて上手くバランスを取り、見事に着地を決める。しかしジャムは、ギュッと蛇の尻尾にしがみついたままだった。
「お前何やってんだよ!」
「だって・・・やっぱり怖いんだもん・・・・。」
ジャムは目に涙を浮かべて訴える。ブルブルと身体を震わせ、強く目を瞑った。
「大丈夫よジャム!怖がらないで!」
「うう・・・ダナエちゃん・・・。」
ジャムは涙を拭き、覚悟を決めて頷いた。
「蛇の妖怪さんよお・・・悪いけど、もう一回尻尾を振ってくれないか?」
「分かりました。では行きますよ!」
長い蛇の尻尾が、再び鞭のようにしなる。ジャムは足を踏ん張り、タイミングを合わせて思い切り飛び上がった。
「とおりゃああああああ!」
ジャムの身体は、見事に宙に舞い上がる。しかし彼の飛び方は間違っていた。
「馬鹿!上に飛んでどうすんだよ!」
「・・・・・しまったああああああああ!」
ジャムはそのまま落下し、ポチャンと海の中へ落ちていった。
「ジャム!」
ダナエは助けようと身を乗り出すが、自分がカナヅチであることを思い出して、グッと踏みとどまった。するとトミーが迷わず海の中に飛び込み、荒波の中を泳いでいった。
「ダナエちゃん!先に行っててくれ!俺はあの馬鹿を助けてから行く!」
「で、でも・・・・・。」
「ここは俺に任せて!あんな馬鹿でも俺の大事な友達なんだ。だから先に行ってくれ!」
「トミー・・・・。」
ダナエはトミーを見つめる。彼はグッと親指を立て、「大丈夫」と笑った。
「・・・分かった。絶対にジャムを助けてあげてね!中で待ってるから!」
トミーは頷き、器用に身体をよじって海の中へ潜っていった。
それを見ていた蛇の妖怪も、彼の後を追って海に潜っていく。
「ダナエさん!どうかブブカの力を弱めて下さい。私はここで待っていますから!」
「みんな・・・・・。私、絶対にブブカの所まで辿り着くわ!そして、この村を覆う時空の歪みを消してみせる!」
ダナエは鍵を使って扉を開き、社の中へと入っていった。
魚神の社に打ちつける波は、怒りを増したように荒々しくうねっていた。


                      (つづく)

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