ダナエの神話〜神樹の星〜 第七話 半神半人の画家ドリュー(1)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 17:07
『半神半人の画家 ドリュー』1


ダナエ・・・。私の声が聞こえますか?私の声が届いていますか?
私はユグドラシル。あなたをこの星へ呼び寄せた、古き神樹です。
私はあなたに謝らなければいけません。ほんとうのことを話さず、あなたをここへ呼び寄せたのですから。
もし邪神と戦わなければならないと分かっていたら、あなたは私の願いを聞いてくれたでしょうか?この星に来てくれたでしょうか?
私は、あなたに希望を感じました。だからこの星へ呼び寄せました。
あなたならきっと、邪神の野望を砕いてくれると信じて・・・。
今日は私のことを語ろうと思います。私はあなたのことを知っているのに、あなたは私のことを知りませんからね。
北欧神話という物語を知っていますか?地球で生まれた、古い物語です。
オーディンやロキ、トールという名前は聞いたことがあるかもしれませんね。有名な神ですから、今でも人々の心に根付いています。
故に空想と現実が切り離されたあとでも、力を失わずに地球に残っています。
しかし・・・私は違いました。私が人々の記憶に蘇ることは、ほとんどありません。
私は誰かの心に住まわせてもらわないと、生きていけないのです。私はかつて北欧の神々を見つめ、神の世界に根を張って暮らしていました。
あの頃は、神も人も、私のことを見て、私のことを心に住まわせてくれていました。
しかし・・・時が経つに連れて、それは失われていきました。神も人も、私のことを忘れ始めたのです。
空想と現実が切り離され、人々は私を思い出さなくなりました。かつて世界を見つめた神樹がいたことを、心の中から消し去ってしまったのです。
そして、それは神々も一緒です。時代が過ぎ、世の中が変わると、神々もその在り方を変えました。空想に生きる神々は実体を持ちません。ゆえに、人々の心こそが、自分を支える力になっていたのです。
武勇のある神、美しい神、頭の良い神、魔術の得意な神、そういう神々は人々の支持を得て、今でも忘れ去られることはありません。
しかし・・・私はどうでしょう?神樹といっても、要は大きな霊力を宿した樹に過ぎません。
そんなパッとしない地味な神は、人々の心の隅に追いやられるのです。力を失くし、表から姿を消して、空想の世界の深い深い場所で、細々と生きていくしかないのです。
でも・・・そういう神こそが世界を支えていたということを、忘れないでほしいのです。
かつて私に力があった頃、地球の命を、そして地球という星を守っていました。
強い者も、弱い者も、良い者も、悪い者も、みな愛しい我が子のように思い、大きな力で守っていました。
しかし世界が変貌を遂げると、私は不要になりました。子が親の元から巣立つように、誰も私を頼らなくなりました。
みんな、自分の力で生きていくようになったのです。これはとても嬉しいことです。
しかし・・・寂しいことでもありました。誰もが自分のことだけを考え始め、辿った道を振り返らなくなったのです。
ダナエ・・・あなたは、父と母を愛していますか?きっと、愛していると答えるでしょうね。
あなたの心から、父と母が消えることはないでしょう。
でも私は違います。私の子らは、みんな私のことを忘れてしまったのです。会いに来ることはおろか、思い出すことさえ無くなってしまったのです。
これを孤独といいます。
そう・・・・私は今、孤独なのです。地球の者だけでなく、この星の者にまで、忘れ去られようとしているのです。
そうなれば、私はこの星にいられなくなるでしょう。次なる星を求め、旅に出なければいけません。
もし私がいなくなれば、この星の豊かな森や海は力を失うでしょう。命を育み、飢えを失くし、病を遠ざける力は無くなってしまうのです。そうなれば、この星はあっさりと邪神の手に落ちてしまうでしょう。私はこの星も、そして地球も愛していますから、邪神の企みに飲み込まれるのを黙って見てはいられません。
ダナエ、あなたは知っていますか?悪しき者の手に世界が委ねられれば、どういうことになるかを。神々の争い、人々の争い。私は、地球で嫌というほど見てきました。その度に皆が傷つき、多くの命が失われていくのです。そして悪神や独裁者が覇権を握ると、他の者を踏みにじり、散々に苦しめるのです。
私はもう・・・そういう光景は見たくありません。
だから・・・私のことを思い出させて下さい。皆の心に、私を住まわせて下さい。
そうすれば、私は力を取り戻し、再び邪神を討つことが出来ます。
そして・・・私を孤独から救い出して下さい。この寂しい一人の夜から、明るい陽の元へ連れ出して下さい。
ダナエ、あなたは希望の光。人を惹きつけ、神に愛される、希望の光そのものです。
私は多くの友を持つあなたが羨ましい・・・。だから、私もあなたの友達にして下さい。
・・・・・私は待っています。この揺らめく青い海の中で、あなたが会いに来てくれるのを待っています・・・・・。
        
            *

村に戻ったダナエは、皆に深く感謝された。
これで元いた場所へ帰れると泣く者や、手を取り合ってはしゃぐ者。色んな反応を見せる者がいたが、誰もが笑顔だった。
その夜は村人のもてなしで楽しい時間を過ごし、戦いの疲れもあって早々に眠りについた。
そして次の日の朝、コウと一緒に社の見える海岸に来ていた。
「波が穏やかになって、すごく綺麗ね。」
「ああ、もうブブカはここの守り神さ。海王星へ帰るまでの間だけど。」
「でもいいじゃない。しばらくこの村に残る人だっているみたいだし、悪い奴が来てもブブカが追い払ってくれるもの。」
気持ちのいい潮風がダナエの髪をなびかせ、コウの顔にかかる。
「お前髪伸びたよなあ。いい加減切ったら?」
「いいの、長いのが気に入ってるんだから。それよりさ、昨日話したことだけど・・・・。」
「ああ、ユグドラシルの夢のことか?」
「うん・・・。あの話を聞いて、なんだかユグドラシルが可哀想に思えてきて・・・。
みんなの為に一生懸命戦ったのに、地球でもこの星でも忘れられちゃうなんてさ。」
「まあそういうもんじゃないの?人も神様も、けっこういい加減なもんだから。」
「でも・・・この星にはきっと、ユグドラシルのことを大切に想っている人だっているはずよ。
旅を続けていれば、そういう人にだって出会えるかもしれないわ。その時は、私の旅に協力してくれないか頼んでみようと思うの。」
ダナエは、透き通る青い瞳を揺らして海を見つめる。
「あ〜あ、しんみりし始めた・・・。しばらくこのままだな、こりゃ。」
「何よ。しんみりしたっていいじゃない。」
「程度によるな。お前のしんみりやウットリは、日が暮れるくらい長いからさ。」
コウは悪戯っぽくデコピンを放ち、サッと逃げて行く。ダナエは怒って追いかけ、潮風に吹かれながら海岸を走って行った。
すると遠くの方から自分を呼ぶ声が聞こえ、足を止めて振り返った。
「あ!あれは・・・・。」
村の方から大きな人影が歩いて来る。そして手を上げ、朗らかな声で言った。
「お嬢さん、無事で何よりだったな。」
「魔人さん!」
ダナエはダンタリオンに向かって駆け出し、息を弾ませて彼の前に立った。
「お帰りなさい!いつ戻って来たの?」
「ついさっきいだ。村人から、お嬢さんがここにいると聞いてな。」
ダンタリオンは顔をほころばせ、ダナエの頭を撫でた。
「見事にブブカを倒したそうだな?」
「倒したわけじゃないわ。友達になったのよ。それに、私は何にも出来なかったし・・・。」
「ははは、そう自信のなさそうな顔をするな。君が村人の頼みを引き受けなかったら、時空の歪みが消えることはなかったのだから。」
「そうかな?」
「ああ、そうだとも。」
ダンタリオンはニコリと笑い、ダナエも釣られてニコリと笑った。そして何かを思い出したように声を上げ、ゴソゴソと内ポケットを漁った。
「魔人さん、これ余ったの。私はもういらないから、魔人さんにあげるわ。」
そう言ってガラスの棒に入った細菌兵器を差し出す。
「おお、まだ一本残っていたか。」
ダンタリオンはそれを受け取り、じっと見つめてから懐にしまった。
「確かにお嬢さんが持つには危険かもしれんな。これは私が預かっておこう。」
「うん、ていうかそれ、ブブカには効かなかったんだけどね。」
「そうなのか?強力な兵器なのに。」
「だって時間を戻して傷を治しちゃうんだもん。」
「ははは、さすがは異星の神。常識外れのことをする。」
ダナエとダンタリオンは笑い合い、並んで村の方に帰っていく。
「おいおい、俺を置いていくな!」
コウは慌てて追いかけ、ダナエの肩に止まってプリプリ怒っていた。
三人は蛇の妖怪の家に帰り、ドアを開けて中に入った。するといかつい顔をした狼が座っていて、「よう!」と手を上げた。
「ダレス!」
ダナエはダッと駆け寄り、彼の横に座った。
「あなたもここへ来てたのね。」
「ああ、そこの爺さんを送るついでにな。」
ダレスはいかつい顔を笑わせ、葉巻を咥えて火を点けた。
「さすがの俺も驚いたぜ。いきなりそこの爺さんがやって来て、邪神を倒すのに力をかせなんてぬかしやがるからよ。」
「じゃあ魔人さんを、ちゃんと地球に連れて行ってあげたのね?」
「もちろんだ。邪神をぶっ飛ばそうなんて馬鹿を追い返すわけにはいかねえからな。
いや・・・それより、俺が驚いたのはお前だ。」
「私?」
「ああ、泥の街を出て行って、すぐに仲間を見つけるなんてよ。しかも相手はソロモンの魔人ときたもんだ。やっぱり・・・お前を見込んだ俺の目に狂いはなかった。」
ダレスは満足そうに笑い、蛇の妖怪が運んで来たコーヒーをすすった。
「ダナエさんも飲みますか、コーヒー?」
「うん、ていうか自分で淹れるわ。お世話になってばかりじゃ悪いもの。」
ダナエは椅子から立ち上がって台所に向かい、馬鹿みたいに砂糖を入れて美味そうにすすった。
「蛇のようか・・・じゃなかった。コドクさん。あなたもコーヒー飲む?」
「いえ、私はいいです。これから何か大事なお話をするみたいだし、邪魔にならないようにこっちで座ってますから。」
「ごめんね、あなたの家なのに。」
コドクはニコリと笑ってチロチロと舌を出し、ダナエは甘ったるいコーヒーを持ってダレスの向かいに座った。
「詳しい話はゾンビどもから聞いたぜ。ずいぶんご苦労だったみたいだな?」
「うん、でもブブカとも友達になれたし、時空の歪みも消えたし。」
「ははは!おてんばなガキだ。」
ダレスは煙を吐き、苦いコーヒーをすすって指を立てた。
「今日俺がここへ来たのは、こんな与太話をする為じゃねえ。ちょっとやっかいなことになりそうなんで、一応伝えておこうと思ってな。」
「やっかいなこと?」
ダナエは首を傾げ、コウと顔を見合わせた。突っ立っていたダンタリオンはダナエの向かいに座り、「邪神のことだ」と呟いた。
「邪神・・・?邪神がどうかしたの?」
ダナエは不安そうに眉を寄せる。コウはダナエの肩から舞い上がり、テーブルに座って腕を組んだ。
「なんか重要な話らしいな。そういうのはちゃんと俺を通してもらわないと困るぜ。
なんたってダナエは鈍チンなんだから。」
「もう!怒るよ!・・・鈍チンなのは認めるけど・・・。」
「ははは!チビはガキんちょのマネージャー気取りか?まあいい、お前に話した方が早いかもな。」
「ダレスまで・・・。人を馬鹿みたいに言わないでよ。」
ダナエは唇を尖らせて拗ね、そっぽを向いてしまった。
「まあまあ、ちょっとお前らの冗談に乗っかっただけだ。気を悪くするな。」
ダレスは大きな身体を背もたれに預け、ミシミシと椅子を鳴らした。
そして彼の顔から笑顔が消え、険しい表情になって口を開いた。
「これはそこの爺さんを連れて地球に行った時のことなんだが、ちょっと有り得ない奴を見かけてな。」
「有り得ない奴?」
「ああ、そこのチビが以前に話してくれたんだ。カプネってカエルの盗賊のことをな。」
するとコウは思い出したように手を打ち、「酒場の時だ」と指を向けた。
「そうだ。あの時お前は言ったよな。俺と似たような境遇の奴がいるって。地球で邪神にそそのかされて神を殺し、この星に逃れて来た男のことを。」
「ジル・フィンを殺して、この星にやって来たのさ。で、カプネがどうかしたのか?
まさか地球にいたとかじゃないよな?」
恐る恐る尋ねると、ダレスは煙を吐きながら言った。
「そのまさかだよ。カプネは地球にいやがった。それも、邪神の手下になってな。」
「な、なんだってえええええええ!」
コウは頬を押さえて絶叫する。思わずテーブルから転げ落ちそうになり、ダナエがサッと受け止めた。
「それほんとう?」
「嘘言ってどうすんだよ?俺がそこの爺さんを連れて向こうに行った時、ちょうど邪神の奴がいやがったんだ。そんで慌てて爺さんをクローゼットに隠すと、話があるからついて来いって言われてな。何の話かと思ってついて行くと、デカイ湖に案内されたんだ。すると、そこにカプネって奴がいたわけさ、大勢子分を連れてな。」
「カプネが・・・地球に・・・。」
ダナエは口元に手を当て、ゴクリと息を飲んだ。
「邪心から『今日から仲間になった盗賊のカプネよ。仲良くしてやって』と紹介されたよ。
その時ピーンと思い出した。こいつは、そこのチビが言っていた盗賊のカエルだってな。」
「で、でも!」
ダナエはダレスの言葉を遮って立ち上がった。
「カプネは邪神を恨んでるのよ!どうして手下になんかなったの?」
するとダレスは首を振り、「知らねえ」と言った。
「紹介されただけで、カプネは子分を連れてすぐに出掛けちまったからな。・・・現実の世界に。」
「現実の世界?」
「地球は現実と空想が切り離されているだろ?でもこの二つを繋ぐ場所は、けっこうたくさんあるんだよ。教会や墓地、寺院や神社。他にも大きな気や霊気が集まる場所は、空想と現実の世界を結ぶ道があるんだ。だからそこを通れば、空想から現実の世界へ行ける。」
「え?でもそんなことをしたら、消えてなくなっちゃうんじゃ・・・。」
ダナエは首を傾げて不思議そうにする。するとコウはため息をつき、指を振って説明した。
「ほんっとにお前は鈍チンだなあ。今までに何回その説明を聞かされたんだよ・・・。」
「え?何が?私、何か変なこと言った?」
「ああ、言ってるよ。いいか、空想と現実、この二つの世界を行き来して消滅するのは、互いの世界に影響を及ぼす場合だけだ。だから現実の世界の者でも、肉体という実体を失えば空想の世界へ行けるし、空想の世界の者でも、実体を持たない者は現実の世界へ行ける。」
「・・・ええっと・・・そうだっけ?」
「そうだよ、今までに何回も聞いた話だろ。それでもって、今のダレスの話にはおかしなところがあるんだよ。そうだよな?」
コウに問いかけられ、ダレスは大きく頷いた。
「やっぱりお前は話が早い。さすがはマネージャーだ。」
「へへん、まあね。」
コウは腕を組んで胸を張り、偉そうに鼻を持ち上げる。ダナエはチンプンカンプンのまま、顔をしかめてコウを突いた。
「何を一人で納得してるのよ。詳しく教えて。」
「しょうがないなあ。」
コウはクルリと回って飛び上がり、ダナエの鼻を指で押した。
「いいか、ジル・フィンが言ってたことを思い出せ。この星の者達は、空想の世界の者であるにも関わらず、実体を持っているんだ。だったら、どうしてカプネの子分達が現実の世界へ行けるんだよ?」
「ああ・・・そういえば・・・。」
「カプネはいいさ、肉体を奪われてこの星へ来たんだから。でもな、子分達はそうじゃないぜ。
あいつらはこの星で生まれた命だ。だったら、現実の世界に行った途端に消えて無くなるはずなんだよ。なのに、どうしてカプネは子分達を現実の世界へ連れて行ったのか?」
「・・・消えることを忘れてたとか?」
ダナエは真剣な顔で答える。するとコウはまたため息を吐き、お手上げというふうに首を振った。
「もう、何よ!さっきから人を馬鹿にして!もったいぶらないで教えてよ。」
「・・・あのな、どうして俺達はこの星から出られないんだっけ?」
「それは・・・箱舟を盗まれたからよ。」
「だよな?そしてそれを盗んだのはカプネだ。だからあいつは箱舟に乗って、光の壁を越えて地球に行ったかもしれないってことなんだよ。」
「え?え?何で?そんなことしたら、消えて無くなっちゃうんじゃないの?」
「・・・だから、お前は何度同じ説明をすれば気が済むんだよ・・・。」
コウは諦めたように首を振り、テーブルに座りこんだ。
「俺達が箱舟を奪われた時、カプネは光の壁を越えることが出来ないと思っていたよな?」
「うん、だってあれを越えたら消えちゃうから。」
「でもジル・フィンの話を聞いて、それは間違いだって分かったじゃんか?実体が無いなら、光の壁を越えても大丈夫だって。」
「さっきコウが説明してくれたことね。」
「そうだよ。でもな、ここでもおかしなことが起きてるんだよ。地球へ行く為には、光の壁を越えなきゃいけない。なのにどうしてカプネの子分達は、消滅することなく地球に辿り着いたのかってことさ?」
「・・・ああ・・・ええっと・・・・分からなくなってきた・・・。」
ダナエは頭を押さえ、熱が出たように呻き出す。
「難しく考えるなよ。いいか、ブブカが言ってたことを思い出すんだ。」
「ブブカが・・・・?」
「昨日の夜にお前が聞かせてくれただろ?ブブカがこの星へ来た理由を。」
「うん、光の壁に穴が開いて、海王星の空想と現実がごっちゃになったせいよ。」
「だったらさ、考えられることは一つ。カプネ達は箱舟に乗って宇宙に飛び出し、光の壁の穴を越えて現実の世界へ行ったんだ。」
「光の壁の穴を・・・・・。」
「あの穴は邪神が開けたものなんだろ?邪神はその穴を通って地球に行き、空想と現実、両方の世界で生きることが出来るようになった。これってさ、光の壁の穴を使えば、空想と現実の壁を越えられるってことなんだよ。
邪神は空想の世界の神で、しかも実体を持っている。なのに、地球の現実の世界でも消えることなく生きている。これは、空想や現実という世界に縛られる必要がなくなったからだよ。
何とかして光の壁を越えた者は、何の制約も無しに空想と現実を行き交うことが出来るんだ。
だから邪神は現実の世界でも不思議な力を使い、ダレスやカプネに神殺しをさせることが出来たんだ。」
「・・・・・・なるほどねえ。」
「お前絶対に分かってないだろ?」
「うん、まったく。」
コウは説明するのを諦め、ダレスの方に向き直った。
「ダナエにはあとで俺から説明するよ。先を続けてくれ。」
ダレスは可笑しそうに口元を歪め、煙を吐き出して頷いた。
「お前の言った通りだ。カプネの子分が現実の世界に行けるのは、光の壁を抜けたからさ。
邪神の奴に、そう聞かされたからな。」
大きく煙を吐いて葉巻をもみ消し、ポイっと灰皿に投げ捨てる。
「どうして邪神の奴が地球で思い通りに動けるのか、これで謎が解けた。こんな重要なことを教えてくれるなんて、それだけ俺が信頼されている証拠さ。
そして・・・お前達に伝えなきゃならんことはあの箱舟のことだ。」
「カプネが地球に行ったってことは、箱舟も地球にあるってことだよな?」
「ああ、そうだ。そして・・・あの箱舟は邪神の手に落ちた。」
「ええええ!邪神に盗られちゃったの!」
ダナエは目を向いて絶叫する。
「まあ当然だろうな。邪神の奴があんな便利なもんを放っておくはずがねえ。きっとあれを使って、他の星まで乗っ取るつもりなんだろうぜ。」
「そんな・・・。私達の箱舟が・・・・。」
「あれは宇宙を駆ける船なんだろ?邪神が嬉しそうに言ってたぜ。」
「・・・私の大事な箱舟が、邪神に利用されるなんて・・・・絶対に許せない!」
ダナエは拳を握り、ドンとテーブルに叩きつける。
「邪神が俺を湖に連れて行ったのは、その箱舟を見せる為だったのさ。特殊な魔法をかけて、深い深い湖の中に隠してやがったよ。」
「湖の底に?でもあの箱舟は水に浸かると壊れるはずだけど?」
コウが尋ねると、ダレスは首を振った。
「だから特殊な魔法をかけているって言っただろ。でかいシャボン玉みたいのに包まれて、湖の底に浮かんでるのさ。そして・・・あの箱舟は邪神の意志で操ることが出来るようになっていた。あいつがピュッと口笛を吹くと、湖の底から浮かんできたからな。」
「・・・・そんな・・・。私の船なのに・・・・。」
ダナエはシュンと俯き、泣きそうな目でコウを抱き寄せた。ダレスは新しい葉巻を吹かし、ダナエの頭をグリグリと撫で回した。
「そうショゲた顔をするな。この俺様が、何の手も打たずに帰って来たと思うか?」
ダレスはニヤリと笑いかける。ダナエは顔を上げ、ズズっと鼻をすすった。
「・・・どういうこと?」
「俺はな、これでも邪神に信頼されている部下なんだ。なんたって俺のおかげで会社は黒字続きなんだからな。」
「どうせ強引な取り立てをやってるからだろ?」
コウは唇を尖らせ、皮肉っぽい口調で言う。
「へッ!闇金なんかに手を出す方が悪いんだよ。こういう所に金を借りに来る連中にロクなのはいねえんだから。」
ダレスは不機嫌そうに顔を歪め、勢い良く煙を吐き出した。
「まあそんなことはどうでもいいんだ。要するに、俺は邪神からの信頼が厚いわけだ。
だから・・・あの船のことを任せてもらえないかと頼んでみたんだ。そしたら・・・邪神の奴はOKを出しやがった。近いうちにこの船を動かすから、その時はお前に任せるってな。」
「それほんとう!」
ダナエの顔はパッと明るくなり、ギュッとコウを抱きしめた。
「ほんとうだ。まったく、邪神も馬鹿な奴だよな。俺が裏切ろうとしていることも知らずによ。
だからもしあの船を動かす時が来たら、お前の所に持って来てやるよ。」
「ああ!ありがとうダレス!」
ダナエは椅子から立ち上がってダレスの手を握る。
「まあ上手くいくかどうかは分からんが、やれるだけはやってみるつもりだ。もし失敗したら、邪神の奴にぶっ殺されるだろうが・・・・。」
「・・・あんまり無茶しないでね。箱舟は取り返してほしいけど、そのせいでダレスが死んだら・・・・。」
「なんだ、俺のことを心配してくれるのか?」
「当然じゃない。あなたは私の仲間なんだから!」
ダナエはダレスの手をギュッと握りしめ、長い髪を揺らして笑いかけた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。やっぱり、あんたを見込んだ俺の目は正しかった。
信頼出来る仲間ほど頼りになるもんはないからな。」
ダレスはダナエの手を握り返し、煙を吹かしながら立ち上がった。
「俺が伝えたかったのそれだけだ。これからも、何か分かったら教えに来てやるよ。」
「ありがとう。私もダレスみたいな仲間がいて頼りになるわ。」
「もし何か困ったことがあったらいつでも来い。俺に出来ることなら力になってやるからよ。
じゃあな。」
ダレスは踵を返し、大きな手を振って去って行く。
「あんまり無茶はしないでね!それと、乱暴な取り立てをしちゃダメよ。」
「良い子にしてたら借金の取り立てなんか出来ねえよ。それじゃな。」
パタンとドアが閉じられ、ダレスはカツカツと足音を響かせて去って行った。ダナエはなんだか頭がボーっとしてきて、椅子に座ってため息をついた。
「カプネが邪神の手下になってるなんて・・・。あの夜に、私と一緒に戦おうって言ったのは嘘だったのかしら・・・・・。」
「だから盗賊の言うことなんて信じるなって。あいつはきっと、最初から箱舟が狙いだったんだよ。お前はすぐ人を信じるから、あっさりと騙されただけだ。」
「そんなことは・・・・、」
「無いって言える?実際にカプネは箱舟を盗んで、邪神に渡したんだぜ。」
「それはそうだけど・・・・・。」
何か言いかえしたいと思うダナエだったが、何も言葉が出て来ずに黙りこんだ。甘ったるいコーヒーをすすり、目を瞑って疲れた顔を見せる。
「お疲れだな、お嬢さん。」
黙って聞いていたダンタリオンが、ダナエの肩をポンと叩く。
「昨日はブブカと戦って、その前はウルズと戦って、そして今日は箱舟が邪神に盗られた話を聞かされて・・・・なんだか気が滅入っちゃうわ・・・。」
「ははは、確かに疲れること続きだな。ではここで一つ、良いニュースをやろう。」
「良いニュース?」
ダンタリオンはコクリと頷き、指を立てて言った。
「地球にいる儂の仲間なんだが、邪神を倒すことに手をかしてくれるそうだ。」
「ほんとに!」
「ああ、アスモデウスという仲間に邪神のことを話したら、快く引き受けてくれた。
地球でも邪神に怒りや恨みを持つ者は大勢いるらしくて、ソロモンの魔人達もシビレを切らしておったわ。もうあの邪神の蛮行には我慢出来ないとな。
そしてお嬢さんやこの星のことを話したら、是非一緒に戦いたいと言ってくれた。」
その言葉を聞いたダナエは、ふるふると瞳を震わせて飛び上がった。
「やった!一気に仲間が増えたわ!ありがとう魔人さん!」
満面の笑顔でダンタリオンに抱きつき、ピョンピョンと跳びはねる。ダンタリオンは苦笑いしながらダナエの頭を撫でた。
「これこれ、はしゃぎ過ぎだぞ。」
「いじゃない!嬉しい時は喜ばないと!」
「ははは、素直な子だな。」
ダンタリオンは孫をあやすように笑いかけ、大きな手でダナエの肩を叩いた。
「喜ぶのはいいが、そう楽観出来る状況ではないぞ。ソロモンの魔人達がシビレを切らすということは、それだけ地球が追い詰められている証拠だ。
地球の魔王や悪魔の中には、邪神と手を組む者もいるそうだからな。アスラやアーリマン、アバドンやテスカトリポカなど、名の知れる悪神達も邪神に与している。こちらもそれ相応の仲間を集めなければ、太刀打ちすることは出来んだろうな。」
「そうね、喜んでばかりはいられないわ。私は私のやるべきことをやらなきゃ・・・。」
「うむ、皆それぞれ自分の役割があるからな。だから儂はしばらくの間、あのダレスという男の元へ身を寄せようと思う。そして地球にいるソロモンの魔人達と連絡を取り合い、向こうでも仲間を集めようと思っているのだ。」
「ああ、それは名案ね!」
「地球にも、きっと儂らに手をかしてくれる者はいると思う。だから儂は地球で仲間を集め、お嬢さんはこの星で仲間を集める。そして何か困ったことがあった時は、お互いに助け合う。
これこそが一番良い方法だと思うのだが、どうかね?」
「うん、私もそう思う!じゃあ魔人さんも今からダレスの会社に戻るのね?」
「うむ、しばらくは厄介になろうと思う。」
ダンタリオンはダナエの頭に手を乗せ、顔を近づけて笑いかけた。
「お嬢さんは勇気のある強い子だ。しかし少々無茶をするところがある。だからその妖精の言うことをよく聞き、無事に旅を続けるのだぞ。」
「うん、魔人さんもあんまり無理しないようにね。邪神に見つかったら大変なことになっちゃうから。」
「分かっておるよ。さて、それでは儂もそろそろ行こうとするか。」
ダンタリオンはポンポンとダナエの頭を叩き、踵を返してドアに向かった。
「ではお嬢さん、また会おう。」
そう言って手を振り、パタンとドアを閉めて去っていった。
「たくさん仲間が増えたわね。なんだか心強いわ。」
ダナエはコウに笑いかけ、台所に行ってコドクに話しかけた。
「ごめんなさい、もう話は終わったから。」
「いえいえ、お気になさらず。」
コドクは嘗めていた蜂蜜を置き、ダナエの方に近づいて来た。
「ダナエさんのおかげで、村のみんなは元いた場所に帰ることが出来ます。ほんとうに、何とお礼を言ったらいいのか・・・。」
「もう、昨日から何回目よ、それ。」
「それくらい感謝しているってことですよ。」
コドクはチロチロと舌を出して笑う。
「コドクさんは、しばらくここに残るのよね?」
「ええ、妻が妊娠しているし、病気の神さえいなければここは悪い場所じゃありませんから。」
「そうね。緑は綺麗だし、海もあるし。それにこれからはブブカが守ってくれるから。」
「まさかブブカが守り神になるとは思いませんでしたよ。これも、やっぱりダナエさんのおかげですね。」
コドクは二つの頭を揺らして笑い、「ちょっと待っていて下さい」と言って、トタトタと二階へ上がっていった。そしてその手に一枚の絵を抱えて下りて来て、ダナエに差し出した。
「これ、よかったら持って行って下さい。何かの役に立つかもしれないから。」
「わあ、綺麗な絵。」
コドクが差し出した絵は、立派なお城を描いた美しい風景画だった。
「この絵はドリューという半神半人の画家が描いたものなんです。」
「半神半人?」
「ええ。父親が芸術の神様で、母親が地球から来た人間の魂なんです。私の昔からの友達で、誕生日にこの絵を贈ってくれたんですよ。」
「へえ、素敵な友達ね。」
「ドリューはとても良い奴なんです。繊細で優しくて、でもちょっと傷つきやすくて。
この村に連れて来られてから会ってないけど、きっと今も絵を描いていると思いますよ。」
コドクは誇らしそうに友達を自慢する。ダナエはもらった絵を見つめ、その美しい色使いに見惚れていた。
「これは印象画って奴だな。オレンジの夕焼けに立派なお城。手前には深い森。遠くには海も描いてるな。」
コウは絵の近くに舞い降り、顎に手を当てて見つめる。ダナエは美しいその絵に心を奪われそうになり、まるで魂まで絵の中に吸い込まれそうになった。
「・・・ずっと見ていられる。綺麗・・・・。」
だんだんとダナエの目がうっとりしてくる。そして絵に顔を近づけ、トロンとした表情でフラフラと倒れそうになった。
「おいダナエ!どうしたんだ、しっかりしろよ!」
「・・・・・・・・。」
「おい、ダナエって!」
コウはペチペチとダナエの頬を叩く。するとコドクは懐から白い布を取り出し、サッと絵の上に掛けた。
「・・・・・・ほえ?・・・あれ、なんか私・・・・ぼーっとしてた?」
「思いっきりしてたよ。いったいどうしたんだ?」
コウは心配そうにダナエの顔を見つめる。鼻を突き、耳を引っ張り、唇を持ち上げた。
「もう、やめてよ!」
「いや、意識はしっかりしてるかなと思って・・・・。」
ダナエはプリプリ怒り、コウを掴んで脇をくすぐる。
「だははははは!やめろ!」
コドクは二人のやり取りを見て笑い、絵を指差して言った。
「その絵には不思議な力があるんですよ。見た者の心を奪い、絵の中に誘う魔力が宿っているんです。」
「この絵に・・・魔力が?」
ダナエはコウを放し、白い布のかかった絵を見つめた。
「ドリューは半神半人の画家ですから、普通の画家にはない力を持っているんです。
彼の絵には魔力が宿っていて、見た者の心を吸い込む力があるんですよ。でもドリューの絵に心が吸い込まれることは、決して悪いことじゃないから安心して下さい。
その絵に吸い込まれた者は美しい絵の世界に心が癒されて、嫌なことをすっかり忘れてしまうんです。そして、心が元気になったらちゃんと外に戻って来られるんですよ。」
「へえ、絵の中の世界か・・・。なんかロマンチック。」
ダナエはウットリして白い布を取ろうとする。しかしコウはその手を掴んで止めさせた。
「よせよ。お前はただでさえウットリしたら元に戻らないのに、絵の中に入ったりなんかしたら、一生戻って来られないかもしれないよ。」
「大丈夫よ、ちゃんと戻って来られるってコドクが言ってるじゃない、ねえ?」
「はい、心配はいりません。私も今までに何度もその絵に助けられました。いつ病気の神の実験台にされるか不安で仕方のない夜を、その絵のおかげで乗り切ることが出来ましたから。」
コドクは俯き、しみじみとした目で絵を見つめる。
「でもいいの?そんなに大切な絵をもらっちゃって。」
「構いません。病気の神がいなくなった今、もう私に心配事はありませんから。
ダナエさんの心が疲れた時、是非その絵を見て下さい。きっと元気になれますよ。」
「・・・・分かった。そこまで言うなら頂くわ。大事にするね。」
ダナエはニコリと笑い、白い布で絵を包んだ。コドクはついでに肩かけ鞄も渡し、布で包んだ絵をその中に入れてくれた。
「これ結構丈夫な鞄なんですよ。持って行って下さい。」
「何から何まで悪いわ・・・・。ほんとうにもらっていいの?」
「ええ、ブブカを鎮めてくれたお礼です。受け取って下さい。」
「ありがとう、コドク。」
ダナエは鞄を肩に掛け、コウと顔を見合わせて頷いた。
「それじゃ、私達もそろそろ行こうか?」
「だな、あんまり長居しちゃ悪いし。」
ダナエはコドクの手を取り、別れの握手をする。
「じゃあねコドク。奥さんと、産まれてくる子供を大切にね。」
「はい、ダナエさんも気をつけて旅を続けて下さい。」
「うん、それじゃ。」
ダナエはドアを開け、手を振ってコドクの家をあとにした。
ブブカとの戦いは熾烈なものだったが、それでもなんとか村人を助けることが出来た。
海の風に髪をなびかせながら、新たな旅路へつくダナエだった。


                      (つづく)

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM