ダナエの神話〜神樹の星〜 第七話 半神半人の画家ドリュー(2)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 17:09

『半神半人の画家 ドリュー』2


コドクの家を出ると、曇った空から冷たい風が吹いてきた。ダナエはブルリと腕をさすり、髪を掻き上げて歩いて行く。
「さっきまでは晴れてたのに・・・。なんだか一雨来そうね。」
「まあ海辺ってのは風が強いから、すぐに天気が変わるもんさ。」
ダナエは海岸沿いの道に向かい、強い風に逆らうように進んで行く。そしてふと立ち止まり、腕を組んで考えた。
「ねえ、なにか忘れてるような気がしない?」
「ん?そうか?別に忘れ物はないと思うけど・・・。」
「・・・・・・そうね!何も忘れてないわよね。大丈夫、大丈夫。」
そう言ってポンと手を叩き、再び歩き出して行く。すると後ろの方から自分を呼ぶ声が聞こえ、クルリと振り返った。
「ダナエちゃ〜ん!」
「置いてかないでくれ〜!」
「ああ・・・そういえばあの二人を忘れてた・・・。」
トミーとジャムは息を切らして走って来て、ぜえぜえと項垂れた。
「酷いよダナエちゃん・・・。俺達を置いて行くなんて・・・。」
「俺・・・てっきり昨日の夜に風呂を覗こうとしたのがバレて、嫌われたのかと思ったよ。」
「ごめんね、忘れてたわけじゃないのよ。ただちょっと思い出せなかっただけで。」
ダナエは「あはは」と苦笑いをみせる。
「ていうかお前達はどこにいたんだよ?朝から顔を見なかったけど。」
コウが尋ねると、二人は小さな布袋を掲げた。
「この辺は山菜が採れるらしくて、コドクの奥さんと一緒に行ってたんだよ。」
「山菜料理を作ったら、ダナエちゃん喜ぶかなと思ってさ。」
二人は布袋から色とりどりの山菜を取り出した。ダナエはそれを見て目を輝かせ、嬉しそうに手を叩いた。
「わあ、ありがとう!私こういうの大好き!」
「これって、料理だけじゃなくて薬にも使えるらしいんだ。」
トミーはゼンマイのような黄色い山菜を摘まみ、ダナエに差し出した。
「これなんか甘い匂いがするんだぜ。」
「どれどれ・・・・・・・。ああ!ほんとだ!」
「山菜のくせに、たっぷり糖分を含んであるんだ、ほら。」
トミーは黄色い山菜を齧り、それを見たダナエも山菜を口の中に入れた。
「ほんとだ、すごく甘いね。まるでサトウキビみたい。」
「おい、俺にもくれよ。」
コウはサッと手を伸ばし、ポリポリと齧って「確かにサトウキビみたいだ」と頷く。
するとジャムは黄色い山菜を摘まんで、誇らしそうに胸を張った。
「俺さ、こう見えても料理が得意なんだ。特にスイーツは自信ある。だから後でダナエちゃんの為に、ケーキを作ってあげるからね。」
「わあ、嬉しい!ありがとね。」
ダナエはニコニコと笑ってジャムの手を取り、笑顔を崩さずに低い声で言った。
「でもねジャム、女の子のお風呂を覗くなんて最低よ。次にやったらダレスに言うからね。」
「ひいいいいい!ご、ごめん!それだけは勘弁を!」
ジャムは土下座をして地面に頭をこすりつけ、必死に謝る。
「よし!それじゃ冗談はこれくらいにして、先へ行きましょう。ねえ、これからどこへ向かえばいいと思う?この近くに街や村はあるのかしら?」
そう尋ねると、トミーは腕を組んで首を捻った。
「う〜ん、ここから一番近い場所だと、渓谷の岬かな?」
「渓谷の岬?」
「ああ、深い谷底の岬に街があるんだよ。でもな〜、あそこはな〜。」
「どうしたの?何か問題でもあるの?」
「問題っていうか何ていうか・・・・。あそこの連中はみんなお高くとまってるから、他所者には厳しいんだよ。行っても相手にされなかったり、宿すらかしてもらえなかったり。」
「そうなんだ・・・。じゃあ他に何処かある?」
「岬の街を越えた所に小さな村があるけど、寄っても意味はないと思うよ。
それより向こうの街となると、かなり歩かなきゃいけないなあ。」
「そっかあ・・・・。ねえ、どうするコウ?」
「う〜ん、そうだな・・・・・。」
コウはダナエの肩に座って腕を組み、難しい顔で考える。
「とりあえずその渓谷の岬って所に行ってみようぜ。なんとなく、なんとなくだけど、何かありそうな気がするんだよな。」
「実は私もそう思うの。何があるのかよく分からないけど、何かがありそうな気がする。
ううん、その街に呼ばれてるって言った方が正しいのかな・・・。不思議な感覚だけど、そう感じるの。」
「よっし!じゃあ決まりだな。トミー、その渓谷の岬へ案内してくれ。」
「オッケー。じゃあこっちだ。」
トミーとジャムは先頭を歩き、海岸沿いの道を抜けていく。途中にある大きな吊り橋を渡り、何もない広い草原の道をひたすら歩いて行った。
すると道の遥か先に、山のように盛り上がった大きな岩があった。トミーはそれを指差して言う。
「あの岩の向こうに深い谷があるんだ。その中に岬の街がある。」
「へえ、でもどうやって中に降りるの?」
「あの近くに鳥人がいるんだよ。そいつに金を払えば街まで運んでもらえる。」
「お金かあ・・・・。コウ、持ってる?」
「いいや、この星のお金なんて持ってるわけないだろ。」
そう言うと、ジャムはゴソゴソと包帯の中を漁り出した。そして高そうな革の財布を取り出し、ニヤリと笑って中を見せた。
「ほれ、お金ならこの通り。」
財布の中には分厚い札束と、数枚の金貨が入っていた。
「うわあ!すげえ大金だ!お前・・・これどっから盗んで来たんだよ?」
「違うよ!ダレスさんが渡してくれたんだ。これからの旅の足しにしろって。」
「ほええ〜。あいつもいい所があるんだな。金の亡者だと思ってたのに・・・。」
コウはお札を一枚抜き、繊細に描かれた絵をしげしげと見つめた。
「あれ?この絵って・・・なんか見たことあるような・・・。」
「え?どれどれ?ちょっと私にも見せて。」
ダナエは横から覗き込み、お札に描かれた絵を睨んで、「ああ!」と声を上げた。
「これってほら!あれよ、あれじゃない!」
「なんだよあれって?ボケでも始まってるのか?」
「違うわよ!ほら、コドクからもらったこの絵よ。」
そう言って鞄の中からあの絵を取り出し、白い布を取り去った。
「よく見て。絵の内容は全然違うけど、雰囲気がそっくりじゃない?」
「んん・・・・、ああ、確かに似てるな。」
「どれどれ、俺達にも見せてくれよ。」
トミーとジャムが興味津々で覗き込む。
「・・・・分からない。同じか、これ?」
「お前は鈍い奴だなあ。俺には分かるぜ。これは同じ作者の絵だ。」
ジャムは胸を張って言い、トミーは「ほんとかよ」と肘で突いた。
「私も絶対に同じ人が描いた絵だと思う。ということは・・・・。」
ダナエはコウと目を合わせる。
「半神半人の画家、ドリューだな。」
「コドクの友達よね?ドリューっていう人、お札の絵まで描いてたんだ。」
ダナエはじっとお札を見つめる。そこには山羊の角を持ったくせ毛の男が、スーツを着た姿で描かれていた。横には水車の絵が描かれていて、滴る水まで繊細に描写してある。
「ほんとに綺麗な絵ね。私、これを描いたドリューっていう人に会ってみたいわ。」
ダナエはウットリとお札を見つめる。
「こんなにたくさんお金をもらって、ダレスに感謝しなくちゃね。
はい、ジャム。お財布にしまっておいて。・・・・・・・・・って、ジャム?」
「・・・・・・・・・・。」
ジャムはドリューの絵を見つめ、虚ろな表情でフラフラと立っていた。そして気絶したように倒れ込み、スヤスヤと寝息を立て始めた。
「ジャム!どうしたんだ、しっかりしろ!」
「う〜ん・・・ママ・・・・。」
「なんだよこいつ・・・いきなり眠っちまって。どうしたんだ?」
トミーは不思議そうに首を傾げる。
「なあダナエ・・・これって・・・。」
「うん、きっと絵の中に心が吸い込まれたんだわ。」
「絵の中に・・・吸い込まれる?」
トミーはさらに首を傾げ、「どういうこと?」と尋ねる。
「その絵には魔力が宿っていて、じっと見つめていると心が吸い込まれるの。でも心が癒されれば元に戻るはずだから大丈夫よ。」
「・・・そうなのか?しょうがねえなあ・・・まったく。」
トミーはブツブツ言いながらジャムを抱き起こし、「よいしょ」と背中におぶった。
「でもダナエちゃん、こんな不思議な絵をどこで手に入れたんだ?」
「コドクからもらったのよ。疲れた心を癒してくれるから、持っていけって。」
「そうなのか。あの蛇の妖怪もいいところがあるんだな。」
「あら、コドクは最初から良い妖怪じゃない。」
ダナエは白い布で絵をくるみ、鞄に戻して歩き始めた。
「しばらくしたら、きっと外に出て来るよ。今は岬の街へ行きましょ。」
「そうだな。それじゃ財布は俺が預かってと・・・。」
ジャムの手から財布を取り、包帯の中にしまう。そして大きな岩に向かって歩き続け、近くで本を読んでいた鳥人に声を掛けた。
「あの、すいません。」
タカの顔をした鳥人は、鋭い目を向けて「ああ?」と威嚇した。
「私達岬の街へ行きたいんだけど、乗せて行ってもらえないかしら。」
そう尋ねると、鳥人は「へッ!」と悪態をついた。
「お前らみたいな貧乏人を運ぶのはごめんだね。どうせ金なんか持ってないだろ?」
「ううん、そんなことないわよ。ほら。」
ダナエはトミーから財布を受け取り、分厚い札束と金貨をみせた。
「むほ!こりゃ失礼。すぐに街まで運んであげよう。」
鳥人は本を懐にしまい、大きな翼を広げた。
そして隣に置いてあった運搬用の籠を掴み、バサバサっと空に舞い上がった。
「さあ、さあ。この籠に乗ってくれ。街まで運んで行くから。」
「ありがとう。それじゃみんな、行こうか。」
ダナエ達は籠に乗り込み、鳥人に運ばれて深い谷を降りていった。
「すごい眺めだな。まるで奈落の底にいるみたいだ。」
コウは谷の周りを見つめて声を上げる。深い谷はゴツゴツした岸壁に囲まれていて、まるで燃えるような赤色をしていた。
「この岩は赤竜岩っていうんだ。まるで竜の鱗みたいに頑丈で、岬の街の資金源なのさ。」
鳥人は自慢気に説明し、ダナエは「へえ」っと赤竜岩に手を伸ばした。
「なんだか湿ってるわ。岩というより土みたい。」
「それが特徴なんだよ。でも凄く硬いんだぜ、ほれ。」
鳥人は足の鋭い爪で赤竜岩を蹴りつけるが、硬い音が響いて傷一つ付かなかった。
「岬の街にはこの岩を使った武具がたくさんあるんだ。どれも値段が高いけど、質はいいからよかったら買ってくれよ。」
「おお、そりゃいいや。旅の役に立つかもしれないから、良さそうな物があったら買っていこうぜ。」
コウは興奮気味に言い、ダナエは「そうね」と頷いた。
鳥人は翼を羽ばたかせて風を切り、谷の中を飛んでいく。そして海の方へ突き出した岬の上へ舞い下り、そっと籠を降ろした。
「へいご到着。」
「ありがとう。じゃあおいくら?」
「へへへ、金貨一枚。もしくは三万チョリス。」
するとトミーはジャムを落として叫んだ。
「おいおい!いくら何でも高すぎだろ!前に来た時は二千チョリスだったじゃねえか!」
「値上がりしたんだよ。いいからさっさと払えよ。」
「いいや、いくら何でもボッタクリだ。地球で言えば、タクシーで一キロ走って三万と一緒じゃねえか!」
「はあ?何をわけの分かんねえこと言ってんだよ。払えないってんなら、牢屋にぶち込むことになるぜ。」
鳥人は翼の中に隠していた剣を握り、トミーの喉元に突きつけた。
「待って待って!払うから剣を収めて!」
ダナエは財布から金貨を一枚取り出し、鳥人に渡した。
「へへへ、お嬢ちゃんの方が話が早いや。それじゃ毎度あり〜。」
鳥人は籠を掴んで飛び上がり、岩の向こうへと戻って行った。
「なんだよありゃあ・・・。いつからあんな値段になったんだよ。」
「まあまあ、文句を言っても始まらないから。とりあえず街へ入ろ。」
ダナエに促され、トミーは渋々頷いた。そしてジャムをおぶって街の入り口に向かう。
「うわあ!立派な門。まるで城門みたい。」
煌びやかな装飾が施されたアーチ状の門をくぐり、ダナエ達は街の中へ入った。
「うおお・・・。なんかどいつもこいつもオシャレな格好をしてるなあ。」
コウは目をキラキラさせて飛び回る。
街の中に様々な種族が溢れていた。魚人に精霊、レプラコーンに妖精。鬼や妖怪、それに怨霊までもが普通に歩いていた。
皆がオシャレな格好をしていて、中には虹色のアフロを極めているゾンビまでいた。
「すごい・・・。みんな綺麗でカッコイイなあ。」
ダナエはアフロのゾンビを見つめてウットリしていた。
「そうか・・・。あれはオシャレというより現代アートに近いんじゃ・・・。」
「いいじゃない。どんな服や髪型にしたって自由、それがオシャレってものよ!」
ダナエは嬉しそうに走り出し、街の中をスキップしていった。
「やれやれ・・・。やっぱこういうところは女の子だよなあ。」
コウはため息をついて後を追いかける。するとトミーが羽を摘まんで飛び止めた。
「俺は先に宿を探しておくよ。ジャムを寝かさないといけないし。」
「ああ、それもそうだな。泊るとこがなきゃ野宿になっちまうし、頼むよ。」
「OK!街の広場に噴水があるから、二時間後にそこで待ち合わせにしよう。ダナエちゃんと一緒にじっくり遊んできな。」
「サンキュ。それじゃまた後で。」
コウは手を振り、街の中に消えていったダナエを追いかける。すると大きな服屋の前で、じっとショーケースの中を眺めていた。
「ダナエ。何見てんだ?」
「コウ、見てこれ。すごくオシャレな服がある。」
コウはじっとショーケースの中を覗き込む。すると可愛いチュニックに、ブラウンのミニスカートを着けたマネキンが立っていた。
「へえ、お前こんなのが好みなのか。俺はてっきりこっちの方が好きかと思ってたよ。」
そう言ってコウが指差したのは、虎模様の巻きスカートに、赤と紫のコートを着たマネキンだった。その手には棍棒を持ち、頭は七色のアフロに輝いている。
「・・・んん、それも悪くないけど、やっぱりこっちかな。僅差で。」
「僅差かよ・・・。お前の美的センスはよく分からんわ。」
呆れた顔をして首を振り、チュニックの服の値段を見て声を上げた。
「な、何だこれ!三十万チョリス!スカートは一七万、中に着てるタンクトップは十二万!
何のブランドなんだよいったい!」
「えっと・・・・モロロン・サンチンって書いてあるよ。」
「ダセえ!」
「ちなみにブーツは二十万だって。」
「高けえ!」
コウはブルブルと首を振り、ダナエの服を引っ張った。
「ダメダメ、そんな高い服は。もちっと安い店があるだろ。」
「でもザッと見て回った限りじゃここが一番安かったよ。」
「なんだって!あの短時間に店を見て回ったのか?」
「うん。」
コウは呆れてため息を吐き、ダナエの肩を叩いた。
「いいかダナエ。オシャレしたい気持ちは分かるけど、この街で買うのはやめよう。いくら何でも高すぎる。ブランド名もダサいし。」
「・・・・やっぱり無理かあ。ダレスにもらったお金、ちょっとくらいなら使ってもいいかなて思ったんだけど・・・。」
「ちょっとってレベルじゃないよ。それよりさ、これからの旅のことを考えて武具を見に行こうぜ。」
「そうね。ちょっと残念だけど、服は諦めるわ。」
ダナエは財布を見つめ、鞄にしまおうとする。しかしコウは違和感を覚え、ガシっとその手を掴んだ。
「ちょっと待て!財布の金が減ってないか?」
「ん〜ん。減ってないよ。」
「いや、どう見ても札束の厚みが減ってるじゃん!」
「気のせいよ。」
「・・・・・ダナエ。俺の目を見ろ。」
「・・・・・・・・・・・。」
「お金・・・・使ったな?」
「・・・・・・・・うん。」
「ここで服を買ったな?」
「・・・・・・・・・多分。」
コウはがっくりため息を吐き、目を瞑って首を振った。
「はあ・・・・。ちょっと目を離した隙にこれだよ。」
「だって・・・・欲しかったんだもん・・・。」
ダナエの鞄からは買い物袋が覗いていて、コウはズルズルとそれを引きずり出した。
「これか。おい、レシート寄こせ。」
「なんで?」
「返品するからに決まってるだろ。」
「えええええ!やだああああああ・・・・・。」
ダナエは服を奪い取り、ギュッと抱えてブルブルと首を振った。そして捨てられた子猫のような目でコウを見つめる。
「そんな目えしたってダメだ。さあ、レシートを出せ!」
「・・・・・・もらってない。」
「嘘つけ!」
「ほんとだもん!もらうの忘れたんだもん!」
ダナエは服の入った袋を抱きしめて背中を向ける。コウは腕を組んで睨みつけたが、やがて諦めたように店のドアに向かった。
「分かった。じゃあ俺が店員さんにもらってくる。」
「ええ!ちょっと待ってよ!」
「いいや、待たない。旅の重要な資金を、こんなダサい名前のブランドに使うなんて許さない。」
コウは怒った顔でドアノブに手を掛ける。すると急に勢いよくドアが開き、ガツンとおでこをぶつけてしまった。
「痛い!」
「ああ、すみません!大丈夫ですか?」
ドアの奥から出て来た店員が、申し訳無さそうにコウの頭を撫でる。
「ああ、ちょっとタンコブが出来てる。どうしよう・・・・・。」
羊の角を持つクセ毛の男は、オロオロと慌てている。コウはおでこを押さえてその男を見つめ、ズイっと詰め寄った。
「あんたなあ、どこ見てドア開けてるんだよ!」
「ひいい・・・すいません。」
「まあちょうどいいや。さっきダナエが買った服を返品したいから、レシートをくれよ。」
「さっきの・・・・もしかしてそこのお嬢さんのお客様のことですか?」
「そうだけど・・・・なんで知ってるんだよ?」
すると山羊の角を持つ男は、ポケットからレシートを取り出して頭を下げた。
「さっきお買い物をされたお客様に、これをお渡しするのを忘れてしまったんです。だから今から届けようと思って・・・・。」
「ああ、これがダナエの買った服のレシートか。どれどれ・・・・。」
コウはレシートを受け取って内訳を見つめる。
そこには、インナー三点、トップス二点、スカート二点、ボトムスが三点、そして靴とアクセサリーがそれぞれ一点ずつとなっていた。
「こ、これは・・・・・・。」
コウは恐る恐る合計金額を見つめる。すると計十二点のお買い上げで、102万2400チョリスとなっていた。
「高けえッ!買い過ぎにもほどがあるだろ!」
コウはダナエから買い物袋を奪い取り、逆さまにして中身をぶちまけた。するとたくさんの服やスカート、そして靴が出て来た。
「おいおい・・・。なんでこんな小さい袋に、これだけの服が入ってるんだよ・・・。」
すると山羊の角の男は、いそいそと服を拾い上げて言った。
「特殊な魔法で中身を圧縮出来るようになっているんですよ。でも外に出せば、ほら、この通り元に戻ります。」
「見せびらかさなくていいよ。とにかくこれ全部返品ね。」
するとダナエが泣きながらコウに飛びついて、ガクガクと揺さぶった。
「おねがい!服とズボンと靴を、一つずつでいいから残して!」
「ダメだよ!どっか別の街で買ってやるからな、今は我慢しろ。」
「そんなあ・・・・。」
ダナエはがっくりと項垂れ、そして服とボトムスと靴を素早く奪い取った。ついでにアクセサリーも。
「あ、コラ!返せ!」
「嫌よ!これだけは譲れない!」
ダナエはしっかりと服を抱きかかえ、意地でも放さない。コウは諦めて首を振り、残った服を指差して男に言った。
「じゃあこれは返品ね。まだ着てないからいけるでしょ?」
「は、はい!じゃあすぐに代金をお返ししますんで!」
男は服を抱えて立ち上がり、店の中に戻って行った。
「まったく・・・・こんなワガママは今回だけだからな。」
「・・・・ごめんなさい。」
コウは袋を差し出し、ダナエはいそいそと服をしまう。そこへヤギの角の男が戻ってきて、頭を下げながら代金を手渡した。
「じゃ、じゃあ、これが代金です。」
「・・・・すごい厚みの札束だな。よくもこれだけ買おうとしたもんだ。」
コウはお金を受け取り、ふと男の顔を見つめた。
「あ、あの・・・・・何か?」
「・・・いや、最近どこかであんたの顔を見たなあと思って・・・。どこだったっけかな?」
コウは腕組みをして首を捻り、「ああ!」と手を打った。
「これじゃん!このお札じゃんか!これに描かれてる男の人って、あんたとそっくりじゃんか!」
山羊の角にクセ毛、そしてどこか気の弱そうな男の顔は、お札の顔にソックリだった。
「ああ、それ僕が描いたんですよ。モデルは僕の父です。」
「やっぱりそうか・・・。じゃああんたがドリューなんだな?」
「そうですけど・・・・どうして知ってるんですか?」
不思議そうな顔を見せるドリューにニヤリと笑いかけ、コウはダナエの鞄からあの絵を取り出した。
「実はな、コドクからあんたの描いた絵をもらったんだ。」
「コドクから?それほんとうですか!」
「ほんと、ほんと。ほら。」
白い布を取り去って絵を見せると、ドリューは「おお・・・」と呟いた。
「これは間違いなく僕が描いたものです。でも、どうしてコドクの絵をあなた達が?」
「まあ・・・それには深い事情があってな。」
コウは今までの事情を掻い摘んで説明した。話を聞き終えたドリューは青ざめた顔で震え、コウを握って揺さぶった。
「コドクは!コドクは無事なんですか!」
「ぶ、無事だよ!ちゃんと説明しただろ!今は結婚もしてるし、子供も出来る予定なんだよ。」
「そうか・・・。結婚してから音沙汰が無いから心配してたけど、そんな事情があったのか。」
ドリューはコウを放し、自分の描いた絵を見つめた。
「これは昔に僕が住んでいた家の絵なんです。懐かしいなあ・・・。」
「え?それあんたの家?どう見てもお城だけど?」
「父は有名な画家で、一枚二億チョリスから取り引きされていたんですよ。」
「に、二億チョリス!」
「まだ僕が子供の頃の話ですけどね。そしてコドクはこの景色が好きだったから、誕生日プレゼントに描いてあげたんですよ。あの時はすごく喜んでたなあ。」
ドリューはしみじみと絵を見つめる。薄っすらと目に涙を浮かべ、袖で鼻水を拭っていた。
「ほんとに懐かしいなあ・・・。またコドクに会いたいよ。」
「会いに行けばいいじゃん。ここから近い場所に住んでるんだから。」
そう言うと、ドリューはぶるぶると首を振った。
「今は無理なんです。とにかく働いて、お金を貯めないといけないから。」
「え?なんで?あんたの家は金持ちじゃないの?」
「・・・昔の話です。父は・・・もういませんから・・・。」
「いない・・・?どうしてさ?」
するとドリューは空を見上げ、さらに涙を浮かべた。
「ずっと前に亡くなったんです。神様だけがかかる病気になっちゃって・・・。その時の治療費の為に全ての絵を売っちゃったから、今は貧乏なんですよ。」
「・・・そうなのか。なんか悪いこと聞いちゃったな。」
「いいんですよ。ずっと昔の話だから。それにね、今度は僕がパパになるかもしれないから。」
「おお!あんたも結婚してるのか?」
「ええ、だから一生懸命働いてお金を貯めないといけないんです。」
「ふうん・・・。でもさ、こうやってお札の絵を描くくらいだから、画家として儲けてるんじゃないの?」
「ははは、そんなに甘いものじゃありませんよ。色んなシガラミとか、足の引っ張り合いとかあってね。芸術の世界って、外から見るのと中から見るのじゃ大違いなんですよ。」
「そうか・・・なんか色々大変なんだなあ。」
ドリューはじっと昔の絵を見つめ、一瞬悲しそうな顔を見せてから背中を向けた。
「もう絵のことは忘れることにしたんです。今は産まれて来る子供のことが一番だから。」
切ない背中を見せながら、ドリューはドアを開けて店に戻っていった。コウは後ろを振り向き、ダナエに呼びかけた。
「おいダナエ。お前は何か話さなくていいのか?この絵を描いた人に会いたいって言ってたじゃんか。・・・・・・・って、あれ?あいつどこ行った?」
いつの間にかダナエはいなくなっていて、コウは辺りを見回した。
「お〜い!ダナエ!どこ行ったんだ〜?」
大声で呼びかけると、ダナエはドリューの店から現れた。
「えへへ!どう、似合ってる?」
ダナエは買ったばかりの服を着て、嬉しそうにクルリと回った。
「お前何してたんだよ?」
「何って・・・・店の試着室で着替えてたのよ。ほら、けっこういい感じでしょ?」
ラベンダー色のノースリーブのブラウスに、若草色のハーフ丈のカーゴパンツ。そして歩きやすそうなオシャレなスニーカー。それらはダナエの活発なイメージによく似合っていた。
「ほら、この星型のペンダントも可愛いでしょ。ねえねえ、似合ってる?」
「うん、まあ似合ってるのは似合ってるけど・・・。いや、それよりさ、さっきの店員の男って、この絵を描いたドリューなんだぜ。」
「ええ!あの人が?」
「子供が産まれるから、ここで働いて金を貯めてるらしいんだ。
お前この絵を描いた人に会いたいって言ってただろ?何か話してくれば?」
そう言うと、ダナエはコウの手を掴んで店に入った。
「ドリューさん!」
店内に響く大声で呼びかけ、客や他の店員が何事かと振り向く。
「あなたはさっきの・・・。僕、また何かミスをしましたか?」
「ううん、そうじゃなくて、この絵を描いた人に会いたかっただけ。」
ダナエはコウの手から絵を奪い取り、ニコニコと掲げてみせた。
「これすごいね!絵の中に入れるなんて!」
「ああ、それね。ただ見るだけじゃなくて、中に入れたら面白いと思ってそうしたんです。
もしかして、もう絵の中に入ったとか?」
「いいえ、私はまだだけど、ゾンビの友達が入っちゃったの。」
「えええええ!ゾンビが!そりゃまずい!」
ドリューは頭を押さえて大声で叫ぶ。
「まずいって・・・、何がまずいの?心が癒されたら外に出て来られるんでしょ?」
「それは生きている者が入った場合です。アンデッドがその中に入ると、恐ろしい魔物に呪われてしまうんですよ。」
「ええ!そうなの!じゃ、じゃあどうしたら・・・・・。」
「中の者を助け出すには、別の人が絵に入って外に連れ出すしかないんです。
もしこのまま放っておくと、そのゾンビは絵の一部になって永遠に出られなくなる・・・。」
「そんな・・・・。じゃあ今すぐ助けに行かないと!」
ダナエはじっと絵を見つめ、中の世界へ行こうとした。
「待って下さい!多分あなた一人じゃ無理です。絵の中の世界は複雑だから、簡単にそのゾンビを見つけ出すことは出来ない。」
「じゃああなたも一緒に来て!私の友達を助ける為に力をかして。」
「そうしたいのは山々なんですが、今は仕事中だから・・・・・・。」
ドリューは肩を竦め、店内を見渡す。高飛車そうな客達がヒソヒソと話し合い、冷たい目を向けている。そしてカウンターの奥からスーツを着たナメクジの妖怪が出て来て、ドリューの肩を叩いた。
「ちょっとドリュー君・・・・。そんな大声出したら他のお客様に迷惑じゃないか。」
「す、すみません・・・・・。」
「ここは高級ブランドショップなんだから、印象が第一なんだよ。だいたい君は仕事のミスも多いし、お客のウケも良くない。もしこれ以上店に迷惑をかけるなら、もう来なくていいからね。」
「そ、それだけはご勘弁を!今はお金が必要なんです!」
「じゃあきちんと働くように。いいね!」
「は、はい!すみませんでした。」
ナメクジの妖怪はプンプンと怒りながらカウンターの奥に戻っていく。ドリューはシュンと落ち込み、ダナエを見て苦笑いした。
「・・・まあ、見ての通りです。今ここで勝手に抜けたらクビになってしまう・・・。
申し訳無いけど・・・・あなたに協力は出来ません。」
「・・・・そんな。じゃあジャムはどうなるの・・・?」
ダナエは悔しそうに唇を噛み、じっと絵を睨みつける。するとコウはヒソヒソとダナエに耳打ちして、ニヤリと笑いかけた。
「これならドリューも頷いてくれるんじゃないか?」
「・・・確かに。でも上手くいくかな?」
「大丈夫だって。あいつ言ってたじゃん、困った時はいつでも来いって。どうせアコギな商売して稼いでるんだから、たまに良いことに金を使わせてやろうぜ。」
「・・・そうだね。」
ダナエは迷いながら頷き、ドリューに話しかけた。
「ねえドリュー。お金のことだけど、何かとなるかもしれないわ。」
「どういうことです?」
「あのね、私の仲間にたくさんお金を持ってる人がいるの。その人に頼めば、赤ちゃんを産んで育てるくらいのお金は用意してくれるかもしれない。」
「ほんとですか!」
「うん、困った時は力をかしてくれる約束だから。それに顔の広い人だから、ここをクビになったとしても、何か仕事を見つけてくれるかもしれないし・・・。だからどうかな?
私の友達を助ける為に、力をかしてくれない?」
ダナエに真剣な目で見つめられ、ドリューの心が動く。しかしブルブルと首を振り、「やっぱり無理です」と俯いた。
「美味い話には騙されるなって、父からよく言われたんです。そんなに都合よくお金を用意出来るなんて、ちょっとどうかなと・・・・・。」
「まあ・・・俺も逆の立場だったらそう思うわな。」
コウは納得するように頷き、ドリューの肩に止まった。
「でもこの絵の中に閉じ込められてるゾンビは、そのアコギな商売をしている奴の子分なんだよ。だからそいつを助ければ、きっとお金の都合はしてもらえると思うぜ?」
コウはドリューの顔を覗き込んで言う。そして彼の目に迷いがあるのを感じ、トドメとばかりにさっき返してもらった大金を見せつけた。
「ほれ、この金を用意したのは俺達の仲間だ。言っとくけど、財布の中にはもっと金が入ってるぞ。金貨だってあるんだ。」
「ほ、ほんとうですか・・・・」
「ほんと、ほんと。この金をくれた奴、ダレスっていうんだけど、もしそいつがあんたの為に金を用意してくれなかったら、俺達の持ってる金を全部やるよ。何なら今渡したっていい。
だからさ、俺達の友達を助けるのを手伝ってくれよ、な?」
コウはいやらしく金をチラつかせる。ドリューの喉がゴクリとなり、そっと金に手を伸ばしてきた。
「あ!触った!今触ったな!この金を掴もうとしたよな?」
「え?い、いや・・・つい手が伸びて・・・・、」
「言い訳は無用!それこそがお前の本心だ!さあ、迷うことなくこの金を受け取れ!そして俺達と一緒に絵の中に行くんだ!さあ!」
「・・・・・・・・・、ゴクリ。」
ドリューは金の誘惑に負け、コウの手から札束を奪い取った。そしてササっと懐にしまうと、カウンターの奥に行って大声で叫んだ。
「オーナーッ!今日で辞めさせていただきます!今までありがとうございました!」
そして鞄を掴んで戻って来て、ダナエ達と一緒に外へ出た。
「辞めるって言ったら、『あ、そ。ご苦労さん』で終わりました。」
「あんた・・・よっぽど仕事が出来なかったんだなあ・・・。」
コウが憐れみの目を向けて肩を叩く。するとダナエはドリューを見つめて、申し訳無さそうな顔で言った。
「ごめんね、無理言って・・・。次の仕事はちゃんと見つけるから・・・。」
「いいんですよ、どうせあの仕事は向いてなかったんです。きっと近いうちにクビになってましたから。」
ドリューは少し寂しそうな顔で俯き、強がるように苦笑いをみせた。
「ねえ、ちょっと尋ねたいことがあるんだけど?」
「なんですか?」
「私ね、なんだかこの街に呼ばれているような気がしたの。これって、あなたの絵と関係あるのかなと思って。」
そう尋ねると、ドリューは「う〜ん・・・」と首を捻った。
「きっとその絵に宿る魔力が、私に引かれたんだと思います。」
「じゃあコドクからこの絵をもらって、この街に来たのって運命かな?」
「さあ・・・。偶然じゃないですか?」
すると、ダナエはつまらなさそうな顔で「そうなんだ・・・」と俯いた。
「ははは、ダナエはロマンチストだから、これは運命ですって言ってほしかったんだよな?」
コウに肩を叩かれ、ダナエはさらに俯く。
「でも今はそんなことより、ジャムを助け出さないとな。早く絵の中に入ろうぜ。」
「そうですね。だったら私の家へ行きましょう。絵の中に心が吸い込まれている間は、身体は眠ったままになりますから。」
「でもいいのか?あんたの家には妊娠した奥さんがいるんだろ?」
「いえ、僕は一人でこの街に住んでいるんです。妻は少し離れた村にいるんですよ。」
「ああ、単身赴任ってやつ?」
「まあそんな感じです。」
お喋りをしている間に、三人はドリューの家の前に着いた。
「この街にしては質素な建物だよなあ。木造の一階建てで、しかもツタが生えてる。」
「出稼ぎの人はこんなものですよ。お金を持っているのは街の人だけです。さあ、どうぞ。」
ドリューに案内され、ダナエとコウは「お邪魔します」と言って中に入る。
「中はもっと質素だな。テーブルに椅子、ベッドに箪笥だけか・・・。」
「奥にキッチンもありますよ。小さいですけどね。」
ドリューはパンパンとベッドの埃を払い、「さ、どうぞ」と二人を促した。
ダナエはベッドの端に腰かけ、あの絵を取り出す。そして白い布を取り去り、じっとその絵を見つめた。
「ジャム、今助けに行くからね。」
ドリューも隣に腰掛け、じっと絵を見つめる。コウはダナエの肩に止まり、目を細めて絵を睨んだ。
三人の心は徐々に絵の中に吸い込まれ、眠るようにベッドの上に倒れ込んだ。
絵はダナエの手からカランと音を立てて床に落ち、その中に三人の姿が浮かび上がっていた。

                         (つづく)

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

GA

にほんブログ村

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM