ダナエの神話〜神樹の星〜 第七話 半神半人の画家ドリュー(3)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 17:11

『半神半人の画家 ドリュー』3


ジャムは絵の世界をさ迷っていた。不思議なことに、彼の身体は地球にいた頃の人間の姿に戻っていた。
「懐かしいなあ・・・この身体。やっぱり人間の身体は最高だ。」
ジャムは中々の美形であった。柔らかい栗色の髪に、アイドルのような端整な顔立ち、そしてスラリとしたスタイルを持つ好青年だった。
「でも・・・絵の世界って不思議な所だな。まるで全ての時間が止まっているように感じる。
でも景色は美しいし、もう少しいてもいいかな。」
夕陽に輝く海を見つめながら、柔らかな潮風が吹く道を歩いて行く。遠くの方には立派なお城が建っていて、夕陽を反射して綺麗に輝いていた。
「あそこまで行ってみるか。」
海沿いの道を横に逸れ、お城へと続く深い森の中へ入っていく。すると途端に不気味な感覚に襲われ、思わず足を止めた。
「なんだ・・・何かいるのか?」
誰かに見つめられている視線を感じ、怯えて肩を竦める。すると森の奥から何かの影が飛び出し、ユラユラと歩きながらこちらへ近づいて来た。
「ひいえええええ!なんか出たああああああ!」
慌てて道を引き返し、ダッシュで逃げて行く。しかしいくら走っても、森の外へは出られなかった。
「なんで!なんで森から出られないんだ?道に迷ったのか?」
後ろを振り向くと黒い影が迫って来て、ジャムは絶叫して逃げ惑う。
「来るな!あっち行け!」
草をかき分け、木の枝を振り払って木立の中へ逃げて行く。木々の間からは海が見えていて、そちらに向かって全速力で駆けて行く。
「はあ・・・はあ・・・。なんだここは!どうやったら外に出られるんだ?」
海は近くに見えているのに、いくら走っても森からは出られなかった。そして遂に黒い影に追いつかれ、ポンと肩を叩かれた。
「ぎゃああああ!」
恐怖で飛び上がった勢いで枝に頭を打ちつけ、足元の石を踏んづけて転んでしまう。
「ひいいいいい!お助けえ〜!俺は喰っても美味くないから見逃してえ〜!」
地面に頭を擦りつけ、両手を合わせて必死に拝む。すると黒い影はそっとジャムの手を握り、「俊宏」と呼びかけた。
「・・・・え?なんで俺の本名を知ってるんだ?」
不思議に思って顔を上げると、そこにはジャムのよく知る人物がいた。
「マ・・・ママ!」
「俊宏、久しぶり。元気にしてた?」
栗色の長い髪をした女性は、口元に小さな皺を刻んで微笑みかけた。
「な・・・なんで?なんでママがここにいるの?ずっと昔に死んだはずなのに・・・。」
ジャムの目がウルウルと潤み、今にも泣きそうな顔で母を見つめる。
「ママ・・・会いたかった・・・。俺・・・会いたかったよお・・・。」
「よしよし・・・。ごめんね、俊宏を残して逝っちゃって。寂しかったね。」
母はジャムを抱き寄せ、小さな子供をあやすように背中をさすってやる。そして小さく唇を動かして、囁くように言った。
「ねえ俊宏。ずっとお母さんと一緒にいようか?」
その声は優しく、ジャムの心の幼い部分を強く揺さぶった。
「いいの?俺・・・ずっとママと一緒にいられるの?」
「もちろんよ。だって私達は親子でしょ?俊宏はお母さんの可愛い子供だもの。」
ジャムの目から滝のように涙が溢れ、ダラダラと鼻水が落ちていく。幼い頃の気持ちが蘇り、切なさと愛おしさが胸を満たして、強く母に抱きついた。
「ママ・・・俺、ずっとママと一緒にいたい!パパは俺のこと嫌ってるから、ママの方がいい!」
「じゃあお母さんと一緒に行こう。ずっと二人でいられる世界へ・・・。」
「うん・・・・。」
ジャムは母の胸に顔を埋め、わんわんと泣き続ける。しかし彼は気づいていなかった。
今自分が抱きついている相手が、恐ろしい死神だということを。
優しかった母の顔は消え、剥き出しの髑髏がジャムを見つめている。そして背中に背負った大きな鎌を振り上げ、ジャムの首に振り下ろした。
しかし死神の鎌がジャムの首を刎ねる寸前に、銀の槍が飛んで来て鎌を弾いた。
「ジャムッ!」
「この声は・・・ダナエちゃん?」
ジャムは顔を上げ、こちらに走って来るダナエを見つめた。
「早くその死神から離れて!じゃないと永遠にここから出られなくなるよ!」
「え?死神?」
ジャムは自分を抱く母の顔を見つめる。そして首を捻って言った。
「どこに死神がいるんだよ?これは俺のママだよ。」
「何言ってるの!髑髏の顔をして、大きな鎌を持ってるじゃない!」
ダナエは必死に叫ぶが、ジャムは首を捻ったまま不思議そうにしていた。するとドリューがダナエの後ろを走りながら言った。
「無理だよ!彼の目には、あの死神が最も愛しい者に映っているんだから。」
ドリューの言う通り、ジャムの目には死神が母の姿に映っていた。そしてしっかりと死神に抱きつき、その胸に顔を埋める。
「俺のママを死神呼ばわりするな!いくらダナエちゃんでも許さないぞ!」
「そうじゃない!それは本当に死神なのよ!」
ダナエは全速力で森を駆け抜け、死神に向かって飛び蹴りを放った。
「とおりゃああああッ!」
スニーカーの底が死神の顎にめり込み、遠くへ弾き飛ばしていく。
「ああ、ママ!なんてことするんだよ!」
ジャムは慌てて死神に駆け寄ろうとする。しかしコウが両手を広げて立ちはだかった。
「行くな馬鹿野郎!この絵から出られなくなってもいいのか?」
「構わない!ママと一緒にいられるのなら、ずっとここにいても構うもんか!」
「このわからずやめ・・・。ちょっと眠ってろ!」
コウは土の魔法を唱え、アッパーのように拳を振り上げる。すると地面の土が拳の形に盛り上がり、ジャムの顎を殴り飛ばした。
「ぐへえッ!」
強烈なパンチでノックアウトされ、ジャムは白目を剥いて気を失った。
「ごめんねジャム・・・。でもあなたを助ける為だから許して。」
ダナエはジャムの身体を抱え、銀の槍を拾って死神に向ける。
「彼は私の友達よ!手を出さないで!」
「・・・・・・・・・・・。」
死神は鎌を振り回して浮き上がり、じっとダナエを睨みつけた。
「・・・その者はアンデッド・・・。我はこの絵を守る為、死者の侵入は許さない・・・。」
死神の鎌が恐ろしい殺気を纏い、ギラリと光って威圧する。するとドリューはダナエの前に立ちはだかって、両手を広げて叫んだ。
「待て!僕はこの絵を描いた画家だ。」
「・・・お主が・・・?」
「そうだ。お前はさ迷える死神だろう?天国にも地獄にも行き場を失くし、勝手にこの絵に入り込んで住処としている。でもこの絵はお前だけの物じゃない。誰もが心を癒せる、安息の場所なんだ。だからこのゾンビを傷つけるのはやめてくれ!」
「・・・・それは無理な頼みだ。」
死神は低い声で言い、ゆらりと鎌を回した。
「我は死神。死を司り、死を守る神である。ならば死の掟に逆らうアンデッドを見過ごすわけにはいかぬ。死者は黄泉の国へ旅立つべきであり、この世界に留まることは許されぬのだ。」
「それはそうだけど・・・でも僕の絵の中で、好き勝手なことをしてもらっては困るんだ。
この絵は友達への誕生日祝いとして描いたものであって、死神に住処を与える為に描いたわけじゃない!さっさとここから出て行ってくれないか!」
「・・・・・・・・・・・・。」
ドリューに説得され、死神はだらりと鎌を降ろす。
「ああ・・・分かってくれたか。」
ドリューはホッと胸を撫で下ろすが、次の瞬間に死神が怒鳴りつけた。
「そんなことは知らぬ!ここは我の住処なり!いくら作者といえど、一度手放した絵にものを言う筋合いはないはず!これは私の絵、私の世界だ!」
「僕は著作権は放棄してないぞ!君はこの絵の権利を侵害しているんだ!」
「知らぬと言っておる!死神に著作権など関係ない!そして死ね!」
死神は黒い衣を翻し、鎌を振って襲いかかってきた。
「うわあああああ!殺されるう!」
ドリューは頭を抱えてしゃがみ込む。するとコウが魔法を使って死神を迎え撃った。
「お前だってアンデッドみたいなもんだろ!この絵から出ていきやがれ!」
荒ぶる竜巻が死神を飲み込み、空高く舞い上げていく。
「おのれこしゃくな!この程度の魔法でどうにか出来ると思うなよ!」
死神は髑髏の口を開き、一瞬にして竜巻を吸い込んでしまった。
「我は死を司る神なるぞ!妖精ごときが敵うものか!」
そう言って吸い込んだ竜巻を吐き出し、コウを吹き飛ばしていった。
「ぎゃああああああ!」
「コウ!」
「ふふふ・・・・さて、そのゾンビの首を狩り、永遠のこの絵の中に埋め込んでやろう。
誰も私の世界を汚すことは許さない!」
まるでカンフー映画のように華麗に鎌を振り回し、高速で飛びかかって来る。
「ごめんねジャム!ちょっとここで寝てて!」
ダナエはジャムを放り投げ、彼はゴチンと地面に頭を打ちつけた。
「さあ来い死神!空の彼方までぶっ飛ばしてやるわ!」
ダナエも華麗に槍を振り回し、高く飛び上がって死神に斬りかかった。
「ぬうん!」
「えい!」
銀の槍と死神の鎌がぶつかり、激しい火花が飛び散る。
「ぬうう・・・やるな娘。流派を聞いておこうか・・・。」
「りゅ、流派?ええっと、そうね・・・月影のダナエ流・・・・とか?」
「そうか、月影のダナエ流か。我の鎌は『次元流地獄殺法・二の太刀要らず流』なり!
いざ、尋常に勝負!」
「望むところよ!月までぶっ飛ばしてやるわ!」
ダナエの槍と死神の鎌が交差し、目にも止まらぬ速さで攻防を繰り広げる。
「ちょっと!どこが二の太刀要らずよ!何度も鎌を振ってるじゃない!」
「あれは敵を油断させる為の名前だ。我が鎌は流派にとらわれない!」
「あなたねえ・・・さっきから言ってることが滅茶苦茶じゃない!」
「滅茶苦茶でけっこう!要は勝てばいいのだ!そおれ、死ねい!」
死神は黒い衣の中からもう一本鎌を取り出し、二刀流の構えで襲いかかってくる。
「この卑怯者!武器を隠してるんじゃないわよ!」
「だから勝てばいいのだ!そして死ね!」
二本の鎌がダナエの頭上に迫る。
「遅いわ!」
ダナエは咄嗟にしゃがんでそれをかわし、クルリと回って蹴りを放つ。死神のこめかみに強烈なキックがヒットし、鈍い音が響いた。
「ぬう・・・。こしゃくな・・・。」
「まだまだ!喰らえ、月影の槍さばき!」
銀の槍が居合い斬りのように一閃し、死神の鎌を一本弾き飛ばした。
「ああ、我の鎌が!」
「それ、もういっちょ!」
返す刃で死神を斬りつけ、もう一本の鎌も宙に跳ね上げられる。
「しまった!我の武器が・・・・。」
「これでトドメ!」
ダナエは死神の頭上に飛び上がり、クルッと回って思い切り槍を叩きつけた。
「ふべしッ!」
硬い銀の槍がめり込み、死神の髑髏にヒビが入る。
「まだ意識があるのね。なら今度こそトドメよ!」
ダナエは両手をクロスさせ、パリパリと稲妻を発生させた。
「ぐぎゃああああああ!」
青白い電撃が死神を感電させ、白い髑髏から煙が上がる。しかし死神は倒れない。
最後の力を振り絞って、ダナエに掴みかかってきた。
「鎌はなくとも戦うことは出来る!我が衣の中に吸い込まれるがいい!」
死神の黒い衣が開き、中に蠢く無数の怨霊が呻き声を上げた。
「いやあああああ!怨霊は嫌い!」
「お前もこの怨霊の一人にしてやる!さあ、近こう、近こう寄れえええい!」
「やだやだ!絶対にやだ!離してよこの骸骨お化け!」
ダナエは両手を突っ張って抵抗し、何度も死神の顎を蹴り上げる。
「無駄だ!我が死の呪いを受け、衣の中に吸い込まれるがいい!」
蠢く怨霊達が手を伸ばし、ダナエに絡みついて中に引き込もうとする。
「さ、触らないで!コウ、助けてええええええ!」
するとその時、誰かがダナエの横を駆け抜けた。そして死神の顔を殴りつけ、ダナエを抱えて怨霊から引き離した。
「この野郎!ダナエちゃんに手を出すな!」
ダナエを助け出したのはジャムだった。膝を震わせて怯えながらも、目に闘志を燃やして死神を睨みつけている。
「ジャム!目を覚ましたの?」
「ああ、ダナエちゃんに投げられたとき、石に頭を打ちつけた衝撃でね。でもおかげで正気に戻ったよ。」
ジャムはニコリと笑い、ダナエを守るように立ちはだかる。
「コラ死神!よくもママに化けやがったな!許さねえぞ!」
勇ましく吠えて拳を構え、ボクシングのようにシュッシュとパンチを振る。
「おのれ・・・人間の分際で我の顔を殴りおって・・・。許さぬぞ!」
死神は鎌を拾って立ち上がり、髑髏の顔を怒らせて向かってくる。するとコウが死神の頭上で羽ばたき、両手を向けて叫んだ。
「そりゃこっちのセリフだぜ。怒りの鉄槌を喰らえ!」
コウは金属の魔法を唱えて巨大なハンマーを作り出し、死神を叩きつけた。
「ほげえッ!」
大地を揺るがす轟音が響き、死神は地面にめり込んだ。
「お、おのれえ・・・・。許さぬ、許さぬぞお・・・・・。」
「まだ意識があるのか・・・。しぶとい奴だな。」
コウは呆れた声で呟き、死神の傍に舞い降りる。そして小さなハンマーを作って、ポコンと殴りつけた。
「ぐふう・・・・。」
ついに死神はノックアウトされ、がっくりと倒れて意識を失った。
「終わったか・・・。」
コウはホッと胸を撫で下ろしてダナエの肩に止まる。竜巻で傷んだ羽をさすりながら、頭を抱えてうずくまるドリューに呼びかけた。
「おい、もう終わったぞ。」
「・・・・・ほんとに?」
ドリューは顔を上げてチラチラと様子を窺い、気を失っている死神を見て「おお!」と声を上げた。
「すごいですね!死神をやっつけるなんて。」
「へへへ、まあな。大したことなかったぜ。」
コウは自慢気に鼻をこすり、ジャムの前に舞い上がった。
「お前なかなかやるじゃん。死神を殴り飛ばすなんて。」
「あ、ああ・・・夢中だったから・・・。」
我に返ったジャムは、自分のやったことを思い出して青ざめていた。
「俺にもこんな勇気があるなんて・・・知らなかったな・・・。」
拳には死神を殴った感触が残っていて、少しだけ赤く腫れていた。
「ジャム、ありがとう。あなたのおかげで助かったわ。」
ダナエはニコリと笑ってジャムの拳を握り、ふっと輝く息を吹きかけた。すると腫れていたジャムの拳はたちまち治り、痛みはスッと引いていった。
「ダナエちゃん・・・俺、幻を見てたんだ。ずっと昔に死んだママが現れて、俺のことを抱きしめてくれた。でも・・・あれは偽物のママだったんだな・・・。」
「ジャム・・・。」
「俺ってさ、歳の割にガキっぽいだろ?なんだか俺の中の時間って、ママが死んだ時から止まったままなんだよ。身体だけ大きくなって、心は成長してないんだ。だから小さなことでもすぐビビるし、ダナエちゃんみたいな優しい女の子に惹かれるのも、ママの面影を追っかけてるからなんだ・・・。でも・・・・それじゃダメなんだよな。
いくらママが恋しくても、もうどこにもいない。それに俺はもう大人なんだから、いつまでも子供のままじゃダメなんだよな。」
ジャムは自分の拳を見つめ、ギュッと強く握りしめた。
「ママのことは今でも好きだけど、俺がこんなんじゃ浮かばれないだろうし、もっとしっかりしなきゃな!ダナエちゃん、俺、絵の外に戻るよ。ここにママはいない。ママがいるのは、きっと天国だから。」
ジャムはダナエを見つめて小さく笑った。その顔は少しだけ大人びていて、止まっていた心の時間が動き出していた。
「ジャム。私はあなたのことを大事な友達だと思ってるわ。だから、この先も一緒に戦っていきましょ!きっとジャムは強くなる。誰にも馬鹿にされないくらいに強くなれるわ。」
「・・・ありがとう、ダナエちゃん。」
二人は固い握手を交わし、屈託のない笑顔で笑い合った。
「でもさ、どうして俺がジャムだって分かったの?今は人間の姿をしているのに。」
「え?人間の姿?ずっと包帯を巻いたゾンビのままだけど・・・・?」
「いや、ちゃんと人間の姿に・・・・・・って、あれ?」
自分の身体を見ると、ゾンビの姿に戻っていた。ジャムは首を傾げ、「変だな?」と呟く。
するとドリューがその疑問に答えた。
「それはただの幻だったんですよ。あの死神が母親に見えたように、自分の姿も人間に見えたんでしょうね。ここは心を癒す絵の世界ですから、自分が一番望む姿に映るんですよ。」
「ははあ・・・それじゃ俺は、何としても人間に戻りたいと思ってるわけか。」
ジャムは人間だった頃の姿を思い出し、爛れたゾンビの身体をじっと見つめた。するとダナエが肩を叩き、二コリと笑いかけた。
「旅が終われば元に戻れるわよ。だって、ダレスがそう約束してくれたでしょ?」
「そうだな・・・。絶対にユグドラシルまで辿り着いて、肉体を返してもらわなきゃ。」
ジャムは強く拳を握り、胸の中に闘志が湧き上がるのを感じた。
「まあみんな無事でよかったよ。それでさ、この死神はどうするわけ?ずっとここに置いておくわけにもいかないだろ?」
コウは死神の頭に座り、ペシペシと髑髏を叩く。死神は「ううん・・・」と呻き声を出し、ピクピクと痙攣していた。
「きっともうすぐ目を覚ますぜ。とりあえず縛っとこうか。」
近くのツタを切り取り、グルグルと死神の手を縛りあげる。そして鎌を取り上げ、遠くへポイっと放り投げた。
「・・・おのれ・・・。貴様ら・・・許すまじ・・・・。」
「お、目を覚ましたか?」
コウはまたペシペシと髑髏を叩く。死神はじたばたと身をよじってハンマーの下から抜け出し、ふわりと宙に舞い上がった。
「この絵は誰にも渡さん!ここは我だけの世界だ!他所者は去れ!帰れ!出て行け!」
物凄い剣幕で捲し立て、「ペッぺッ」と唾を吐く。
「うわ、汚ね!死神のクセに下品だぞお前!」
「言っている意味が分からんわ!死神が上品だと誰が決めた?いや、そんなことはどうでもいい。この絵は我のものなり!貴様らは入ってくるでない!あっちいけ!」
「あっち行けって・・・・子供かよお前は・・・。」
コウは呆れた顔でお手上げのジェスチャーをする。そしてダナエと顔を見合わせ、「どうする?」と首を傾げた。するとダナエは死神の前に立ち、長い髪を揺らして尋ねた。
「ねえ死神さん。どうしてそこまでこの絵にこだわるの?」
「それは・・・この絵が好きだから・・・・。」
ゴニョゴニョと口ごもる死神。それはまるで、先生に問い詰められた子供のようであった。
「・・・何か知られたくないことでもあるの?」
「そんなことはない!我はただ・・・この絵の居心地がいいからだな・・・その・・・。」
オシッコを我慢する子供のようにウネウネと身体を動かし、サッと顔を逸らす。
するとジャムが「お前もしかして!」と指を差した。
「お前あれだろ?友達がいないんだろ?地獄にも天国にも、一人も友達がいないんだろ?
だからこうやって絵の中に閉じこってるんだ!違うか?」
「・・そ・・それは・・・・・。」
死神の顔がプルプルと震え、恥ずかしそうに赤くなっていく。その目は今にも泣き出しそうで、歯を食いしばって俯いた。
「だはははは!図星だ!お前あれだろ!いっつも部屋の隅っこにいて、便所で一人でメシ喰うタイプだろ、ええ?」
ジャムは勝ち誇ったように指を差し、ニヤニヤと顔を近づける。
「・・・・・・・ち・・・・ちがう・・・・・・・・。」
「いいや!違うくない!だいたいクラスに一人はいるタイプだ!お前は誰にも相手にされない、一人ぼっちの寂しい死神なんだろ!なあ、そうなんだろ!」
死神は言葉を失くして俯き、ジャムは馬鹿にしたように下から顔を覗き込む。
「あ〜、泣いてやんの!死神のくせに泣いてやんの!だははは!かっこわり・・・・、」
意地悪を続けるジャムの頭に、ダナエの拳骨がゴツンと落ちた。
「ふべしッ!」
ジャムは頭を押さえてうずくまり、涙目になってダナエを見上げた。
「いい加減にしなさい!」
ダナエは目をつり上げて、腰に手を当ててジャムを睨んでいた。
「ダナエちゃん・・・。」
「いい、ジャム?人は誰だって、言われたら嫌なことってあるのよ。そういう部分を面白半分にからかっちゃダメなの!」
「いや・・・こいつ人じゃなくて死神なんだけど・・・、」
「死神だって傷つくの!現に泣いてるでしょ?言い訳しないのッ!」
「は、はい・・・・。」
「人にはね、分かってても言っちゃダメなことってあるのよ。そういうのを口に出して言うと、相手は本気で傷つくんだから。ジャムだって、マザコンだとかロリコンだとか、意気地なしだとか弱虫だとか、ハゲてるとか言われたら嫌でしょ?」
「い、いや・・・俺は別にハゲてないけど・・・・。」
「例えばの話!分かったらちゃんと反省する、いいわね?」
「は、はい・・・ごめんなさい。」
「私じゃなくて、死神さんに謝る!」
ジャムは立ち上がり、泣きべそをかく死神に頭を下げた。
「悪かった・・・すまん。この通り・・・。」
「・・・・・・・・。」
死神はゴシゴシと目を擦り、振り向きざまにジャムを殴り飛ばした。
「ぶへッ!・・・・何すんだよ!」
「うるさい!我の心を抉りおって!貴様など泣かしてやる!」
「なんだ、やろうってのか!俺はもう弱虫じゃないぜ!かかってこいや!」
二人はボカボカと殴り合いを始める。ダナエは「まったく・・・」とため息を吐き、ドリューの方に振り向いた。
「ねえドリュー。この死神さんどうする?」
「う〜ん、そうだなあ・・・。もう悪さをしないっていうなら、ここへ置いてもいいけど。」
「そうね・・・。居場所を奪うのは可哀想だもんね。」
ダナエは喧嘩を続ける二人を振り向き、スッと槍を持ち上げた。
「えい!」
「ふべしッ!」
「ぶへえッ!」
「あなた達、もう喧嘩は終わりにしなさい。」
ダナエは地面に槍を突き立て、怖い顔で二人を睨んだ。
「おのれ・・・手を縛られていなければお前など・・・・。」
「なんだよ、良い訳か?ダサい死神だな・・・・、ぐへッ!」
またダナエに頭を叩かれ、ジャムは脳天を押さえてしゃがみ込む。
「いいからもう終わり!」
「なんで俺だけ・・・・。」
頭を押さえるジャムの横を通り抜け、ダナエは死神の前に立つ。そして手を縛るツタを斬り払い、青い瞳を真っすぐに向けて言った。
「ねえ死神さん。もう悪いことはしないって約束するなら、この絵の中にいてもいいわよ。」
「ぬうう・・・我は悪さなどしておらん!ただ死神としての使命を・・・・、」
「じゃあこの絵から出て行く?」
「そ、それは・・・・・・。」
死神は言葉に詰まり、プイッとそっぽを向く。まるで意地を張る子供の様に身体をゆすり、チラチラとダナエの様子を窺っていた。
「・・・我は・・・他に行く場所がないのだ。死神の中でも一番弱いし、ろくに死者の魂を狩ることも出来ん・・・。だから・・・その・・・アンデッドをいじめていい気になっておったのだ。」
「うん、多分そんなところだろうと思った。じゃあさ、こうしない?あなたはこの絵の守り神になるの。」
「絵の・・・守り神・・・?」
「そうよ。この絵に悪いゾンビや悪霊が入って来たら、鎌を使って追い払うの。そうでない者には手を出さない。例えアンデッドでもね。」
「むうう・・・・。それなら構わないか?いや、でもやっぱりこの絵は我の・・・・、」
死神はまだ納得がいかない。難しい顔で腕を組み、優柔不断にブツブツと独り言を呟いている。
ダナエはそんな死神の前に回って顔を見つめ、スッと手を差し出した。
「じゃあ私と友達になってくれない?この絵は私の絵だから、友達のあなたに守ってほしいの。
それならどうかな?」
すると死神は顔を上げ、驚いた表情で「友達とな?」と目を輝かせた。
「うん、友達。それならもうあなたは一人じゃないし、この絵を守る理由も出来るでしょ?」
「・・・それは、本気で言っているのか?」
「もちろん!嘘で友達になってくれなんて言わないわ。」
ダナエは笑顔で差し出した手を持ち上げる。死神はじっとダナエの目を見つめ、その瞳に嘘がないか見抜こうとする。
「うむむ・・・綺麗な目だ。決して嘘や悪さをする者の目ではないな。」
今までに散々他の者から馬鹿にされてきた死神は、人の目から嘘を見抜く術に長けていた。そうすることで、無駄に傷つくことがないように自分を守ってきた。
そして死神の目は、ダナエを信用の出来る人物だと判断し、差し出された手を握った。
「まさか死神と友達になりたがる者がいるとはな・・・。しかしお主の言葉に嘘はない。
ならば我はこの絵の守り神となり、お主との友情を守ろう。」
死神はがっちりと握手をして、その手を小さく揺さぶった。
「ありがとう。じゃあ友達なんだから名前を教えてくれない?私は妖精のダナエっていうの。
あなたは?」
「我は死神のペイン。まだ死神の子供であるが、いつかは偉大な死神の皇帝となるだろう。」
するとコウはペインの頭に乗っかり、可笑しそうに笑った。
「死神の皇帝か。すごいこと言うなお前。」
「夢は大きくあるべきだ。文句を言われる筋合いはない。」
「そうよね。夢は大きい方がいいもの。じゃあペイン、私達は外の世界へ帰るけど、この絵のことをよろしくね。」
「うむ。ダナエとの友情の務め、見事果たしてみせよう。」
ペインは宙に浮き上がり、落ちていた鎌を拾って海の方へ飛んでいった。
「ここは心を癒す静寂の場所。しばしの間この景色を楽しみ、心を潤していくがいい。では!」
ペインはカッコウをつけて去って行く。途中でカラスに突かれて落っこちそうになっていたが、手を振って遠くの空へ消えていった。
「なんだか可笑しな奴だったな。」
「そうね。でもジャムも無事だったし、友達も出来たし、これで安心して外へ帰れるわ。」
ダナエは槍を握って夕陽の海を見つめる。コウもダナエの肩にとまって同じように海を見つめ、ジャムもその横に並んで美しい景色を楽しんだ。
ドリューの描いた絵の世界は、時間が止まっているかと思うほど静寂で、鮮やかに広がる風景が三人の心を優しく包んでいった。
「・・・・・みんな僕の絵に感動している。・・・もう一度画家をやってみようかな。」
三人の後ろでドリューが小さな決心をする。
四人はしばらくの間美しい絵の世界を楽しみ、心が洗われる思いでいた。
するとふとコウが首を傾げ、ダナエに尋ねた。
「なあ、何か忘れてないか?」
「ん?そうだっけ?」
「・・・・なんか引っ掛かるんだけどなあ・・・・。ま、いっか!」
四人は再び景色を眺める。美しい絵の世界に心を奪われ、ひたすら心が癒されていた。
外の世界では、トミーが待ち合わせの噴水広場で待ちぼうけをくらっていることも知らずに。
「遅いなダナエちゃん達・・・どこ行ったんだろ?」

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