ダナエの神話〜神樹の星〜 第八話 海底の廃墟(2)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 18:23

『海底の廃墟』2


小屋に戻った男は、テーブルの前に胡坐を掻き、またタバコを吹かし始めた。
「・・・大丈夫か、ダナエ?」
コウが心配そうに顔を覗き込む。ダナエは「平気」と答えて、ずかずかと小屋の中に上がりこんだ。
「おい、勝手に入ってくるな!」
「ねえ、お願いだから私達の話を聞いてくれないかな?」
「だから、俺は誰とも話したくねえつってんだろ!」
苛立たしく膝を揺らし、モクモクと煙を吐き出す。テーブルの上のウィスキーをつかみ、ボトルのままゴクゴクと呷り出した。
「・・・・じゃあ勝手に話すから聞いていて。」
ダナエは男の前に座り、まっすぐに見つめた。入り口で様子を窺っていたコウ達は、息を飲んで二人を見守る。そしていざという時はすぐに助けられるように、いつでも飛び出せる体勢でいた。
「あのね、私達ラシルの廃墟へ行きたいの。でも船は出てないって言うから、ペンギン船長さんに教えられてここへ来たわけ。あなたはラシルの廃墟へ行く方法って知ってるかな?」
ダナエの声は優しかった。それは僅かに男の心を揺さぶったが、それでもこちらを見ようとしなかった。
「あなたは地球から来たんでしょ?実はね、私もこの星の住人じゃないの。」
「・・・あんたも・・・・?」
男は興味を惹かれ、酒を置いてダナエを見つめた。
「私は妖精のダナエ。月から来たんだ。」
そう言って二コリと微笑みかける。男の肩がピクリと反応し、唾を飲む音が聞こえた。
「月から・・・。」
「そうよ。月の空想の世界からね。あなたは見たところ人間でしょ?だったら地球の現実の世界から来たのかな?」
男は頷き、タバコを消して外の景色を見つめた。
「あんたの言う通り、俺は地球から来た人間だ。ずっと漁師をやっていたんだが、俺のミスのせいで息子を死なせちまってよ。ダツって魚がいるんだが、知ってるか?」
「さあ・・・聞いたことのない魚だわ。」
「ダツってのは、口の先が針みたいに尖ってんだ。そんでもって、光に向かって泳いで来る。
だからダツのいる夜の海では注意しなきゃいけねえ。下手にライトで照らそうもんなら、急に海から飛んで来て刺されちまうんだ。」
「へえ・・・怖い魚なのね。」
「いいや、ダツは別に人間を刺そうなんて思っちゃいねえよ。夜の海ではダツに気をつけろってのは、漁師にとっちゃ常識だ。なのに俺と来たら・・・・。」
男は悔しそうに口元を歪め、拳を握って震わせた。
「俺ときたら、うっかり息子にライトを持たせちまってよ・・・。飛んで来たダツが首に刺さって死んじまった。何年も漁師やってんのに・・・・情けねえ・・・。」
男の目に薄っすらと涙が浮かぶ。ズズっと鼻をすすり、服の袖でゴシゴシと拭った。
「母ちゃんはショックで元気を失くしちまうし、俺はとにかく自分が許せなかった。何日も仕事をほったらかして、海沿いの公園をほっつき歩いてたんだ。そしたら・・・・。」
「そしたら?」
男は言いにくそうに喉を鳴らし、ウィスキーのボトルを掴んで足元に抱えた。
「そしたら、怪しい女が歩いて来てな。『息子さんを生き返らせたくない?』って聞くんだよ。」
その言葉を聞いた途端、ダナエは男に掴みかかる勢いで身を乗り出した。
「そ、それ詳しく聞かせて!」
「な、なんだよ急に!やろうってのか!」
「いいから聞かせて!ゴチャゴチャ言わずにその怪しい女のことを話すッ!」
ダナエはテーブルに叩きつけて怒鳴る。男はビクッと肩を竦め、驚いた様子で目を逸らした。
「な、なんか浮気がバレた時の母ちゃんみたいだな・・・。」
「いいから話す!早く!」
「わ、分かったよ・・・。落ち着けって・・・。」
外で見ていたコウ達はクスクスと笑う。ダナエはジロリと睨みつけて黙らせ、行儀よく座り直した。
「ごめんね、大きな声出しちゃって。」
「いいよ、俺もさっき手え出しちまったし・・・・。ええっと、怪しい女のことだったな。
えらい美人だったのを覚えてるんだ。でもどこか冷たい感じの雰囲気で、紫のワンピースを着てたなあ。」
「やっぱり・・・・。」
ダナエがぼそりと呟くと、男は「何がやっぱりなんだ?」と怪訝な目を向けてきた。
「今はあなたの話を聞かせて。そしたら、私の知ってることを教えてあげるから。」
男はハテナマークの浮かぶ顔で首を傾げ、ボトルの酒をグイッと呷った。
「まあいいや。とにかく、海辺の公園でボケっとしていると、その怪しい女が声を掛けて来たんだ。『息子を生き返らせたいか?』なんて、答えは決まってるじゃねえか。俺は迷わず生き返らせたいって答えたよ。そしたら後をついて来いっていうから、その女について行ったんだ。
しばらく歩くと見たこともない場所に出て、こんな場所あったっけ?と不思議に思ってると、ボロい図書館に案内されたんだ。」
あの時のことを思い出しながら、男は遠い目で海を見つめる。
新しいタバコに火を点け、チビチビと酒を嘗めて先を続けた。
「図書館の中もボロかったなあ。とっくの昔に廃館になってるような感じだった。俺の地元にこんな場所があったっけって疑問に思ってると、一冊の本を渡されたんだ。何にも書かれていない真っ白な本で、タイトルだけ書いてあったな。ええっと、どんなタイトルだったか・・・。」
男はタイトルが思い出せないのを苛立たしく思い、トントンと膝を叩く。
「空っぽの神話ってタイトルじゃない?」
ダナエが言うと、男は「そうそう!それだ!」と大きく頷いた。
「でも何であんたが知ってるんだ?」
「ちょっとね。ま、ま、気にせず先を続けて。」
「おかしな奴だな・・・・・。」
眉に皺を寄せて煙を吐き、また海の方を向いて話を続ける。
「あの真っ白な本を渡して、女はこう言ったんだ。『神様を殺せば、あなたの息子は生き返る』ってな。その時、本と一緒に弓矢も渡されたな。これで神様を殺せるって。」
「・・・それで、神様を殺したの?」
そう尋ねると、男は「馬鹿言っちゃいけねえ!」と怒鳴った。
「そんな罰あたりな事が出来るか!俺は漁師として、海に敬意を払って生きて来たんだ。
それをあの女は、『この弓矢で海の神様を殺せ』なんてぬかしやがるから、『そんなこと出来るか!』って本を押し付けて帰って来たんだよ!」
「その怪しい女の人は、海の神様を殺せって言ったのね?」
「ああ、ワダツミっていう海の神様だ。俺達漁師にとっちゃ、海の神様は守り神と一緒だ。
それを殺すなんて出来るわけがねえ。いくら息子を生き返らせる為だったとしてもな。」
「けっこう信心深いのね。」
「そんなんじゃねえや。俺はただ海に感謝してるだけだ。海のおかげで漁師をやってるわけだし、海のおかげでおまんまが食えるわけだ。それに、生まれた時からずっと海の近くで育ってきたから、俺にとっちゃ育ての親も同然なのさ。」
海を語る男の目は優しかった。荒い口調はなりを潜め、敬意と優しさに満ちた目で遠くの海を見つめている。
「海が好きなのね。」
「ああ、好きで好きでしょうがねえ。だから・・・絶対に海の神様を殺したりなんか出来ねえ。
俺はきっぱり断って家に帰って来たんだ。でもそれからすぐに、母ちゃんが倒れちまってよ。
病院に運ばれたんだけど、ポックリ逝っちまった。俺は息子と母ちゃんを失くして、一人ぼっちになっちまった。しばらく落ち込んでたんだけど、漁師の仲間が色々と励ましてくれて、仕事を再開することにしたんだ。それで久しぶりに漁に出た時に、運悪く船から落ちて死にそうになった。ああ、俺はこのまま母ちゃんと息子の所に行くんだなあ。でも、それも悪くねえかなあって思ってると、海の底からゴボゴボ泡が上がって来てよ。俺を包んでそのまま海底に連れて行ったんだ。そしたらなんと、どうなったと思う?」
男は真剣な顔で身を乗り出し、酒臭い息を吹きかける。ダナエは身を反らして鼻を摘まみ、「どうなったの?」と聞き返した。
「なんと・・・海の底にワダツミがいたんだよ!ほら、昔の人が着る白い服あるだろ?弥生時代の服みたいなさ?」
「さあ・・・ちょっと分からないけど・・・。」
「それを着た凛々しい神様が、俺の前に現れたんだよ!それで長い矛を向けてこう言ったんだ。『お前は今、悪い神の怒りを買って狙われている。事が済むまでの間、別の星で身を隠すがいい』ってな。そのあと意識が遠のいていって、気が付いたらこの海岸に倒れてたわけだ。」
話に一息つけるように、男は足を崩して背伸びをした。ダナエは口元に指を当ててじっと考え込み、「それっていつのこと?」と尋ねた。
「今から半年くらい前かな。あれ以来ずっとこの星に住んでる。いったいいつまでここにいればいいのやら・・・。」
男は幼い子がホームシックにかかったように寂しげな声を出す。遥か遠くの故郷を思い、寂しさを紛らわすように酒を呷った。
「俺はな、この星が気に入ってるんだ。素直で真面目な奴が多いし、一応仕事だってさせてもらってるしな。それになんていっても、海が綺麗だ。地球じゃ汚れまくってる場所が多いけど、この星の海はダイアモンドみたいに輝いてらあ。
でも・・・それでもよ・・・やっぱり地球に帰りてえ・・・。俺は地球の海で生まれて、地球の海で育ったんだ。だから、やっぱり最後は地球の海で死にてえ・・・。」
「故郷が恋しいのね?」
「・・・あたりめえだろ?自分の故郷が懐かしくない奴なんているかよ。でもどうやって帰ったらいいのか、さっぱり分からねえんだ。こりゃあいよいよ、この星に骨を埋める覚悟をしなきゃいけねえかもしれねえなあ・・・・。」
諦めの混じった声で、男はタバコを吹かす。『故郷は遠くにありて想うもの』有名なフレーズを心の中で響かせ、無理矢理自分を納得させようとしていた。
ダナエはそんな男を見つめ、やはり自分の勘が間違っていなかったことを確信した。荒っぽい態度とは裏腹に、男は繊細で純粋な心の持ち主だった。そしてコウの方を見つめ、チョイチョイと手招きをした。
「なんだよ?」
「ねえ、このおじさんに邪神のことを話してもいいかな?」
「う〜ん、どうだろう?このおっさんにはショックが強すぎるんじゃないかなあ?」
コウは険しい顔で首を捻る。すると男は「何をコソコソ話してんだ?」と怒った目を向けた。
「この星と地球の間で起きていることを、あなたに話そうかどうしようか相談してたの。」
「この星と地球の・・・・?なんだよそれ、詳しく聞かせろい。」
グリグリとタバコを灰皿に押し付け、ズイっと身を乗り出す。コウは唇を尖らせ、困った顔で天井を見上げた。
「いや、でもなあ・・・。わざわざあんたに話しても・・・・。」
「はあ?なんだよそりゃ?俺はベラベラ自分のこと喋ったんだぞ!てめえらも話せよ、ほら早く!」
男は貧乏揺すりを始め、トントンとテーブルを叩いた。これ以上機嫌を損ねると、またいつ怒りだすか分からないので、コウはため息交じりに頷いた。
「分かったよ。でもショックを受けても知らないぜ?」
「へッ!ガキが何言ってやがんだ!俺はずっと海で戦ってきたんだぜ。明日お月さんが落っこちてきてもビビりゃしねえよ。」
「そうか、なら安心だな。実はこの星と地球はな・・・・・、」
コウは身振り手振りを交え、分かりやすく丁寧に説明した。それは鈍チンのダナエでも、一瞬で理解出来るほど噛み砕いた説明だった。
「・・・・というわけさ。分かったか?」
「・・・・・・・・・・。」
コウの話を聞き終えた男は、鼻水を鳴らして放心していた。吸いかけのタバコの火が指に触れ、「あちッ!」灰皿に投げ捨てる。
「めちゃくちゃショック受けてんじゃん。月が落ちてもビビらないんじゃなかったのか?」
「・・・ば、馬鹿野郎!これは持病のリュウマチがだな・・・・。」
「リュウマチで鼻水が垂れて肩が震えるかってんだよ・・・。あんたけっこう気が小さいな?」
「ち、違わい!ただ・・・ちょっとビックリしただけで・・・・。」
新しいタバコに火を点け、落ち着かない様子でモクモクと煙を吐く。それを見たダナエはクスクスと笑った。
「でもさっきの説明で分かったでしょ?どうして私達がラシルの廃墟へ行きたがってるのか。
あそこはユグドラシルのいた場所だから、きっと手掛かりになるものがあると思うの。」
「・・・あんたらの話は分かったよ。そういう事情があるなら、協力してやらんこともない。」
「ほんと?やったねコウ!」
ダナエはパチパチと手を叩いて喜ぶ。男は「ふん」と鼻を鳴らし、入口のトミー達を押し退けて外へ出た。
「でもな、言っとくけどあそこは危ない場所なんだぞ。それなりの覚悟がなきゃ、行っても後悔すると思うぜ。」
「危ないって・・・・どういうふうに危ないの?」
「・・・あそこはな、心の弱い奴や、自分に嘘を吐く奴が行くと発狂するんだ。俺みたいに正直者なら別だけど、そうじゃない奴にとっては廃人になることだってある。」
「廃人に・・・・?」
「そうだ。あの場所は、魂と魂が直接会話をする場所なんだよ。だから一切の嘘や誤魔化しは利かないし、常に自分の心が剥き出しになるんだ。もしあんたに魂と魂で会話をする覚悟が無いなら、行くのはやめた方がいい。」
「魂と魂が・・・・。それって、確かプッチーの持つ力だったはず・・・。」
ダナエは思い出していた。病の村でダンタリオンが教えてくれた、コスモリングに隠された秘密のことを。あの時彼は言っていた。魂と魂をコンタクトさせることは、どんなに強い敵でも倒せる武器になる。しかし、とても危険な行為でもあると。
一歩間違えば命取りに成りかねない。ダンタリオンの言葉には、確かにそういうニュアンスが含まれていた。
「魂と魂か・・・・。ちょっと怖いけど、ここで怖気づくわけにはいかないわ。私は先へ進まなきゃいけないんだから。」
コスモリングを触りながら頷き、立ち上がって男に駆け寄った。
「お願い、私をラシルの廃墟へ連れて行って!覚悟ならあるから。」
「・・・そうかい。なら連れて行ってやるよ。後悔しても知らねえけどな。」
男はそう言って岩場を駆け下り、海面ギリギリの波打ち際に立つ。
「それじゃちょっと呼ぶから待ってろ。」
「呼ぶ?呼ぶって何を・・・・、」
ダナエが問いかけようとした時、男は指を咥えて口笛を鳴らした。それは鼓膜がビリビリ震えるほど高い音で、キリキリと頭が痛んできた。
「なんだよこの音・・・。口笛というより超音波じゃねえか・・・。」
トミーとジャムは耳を押さえてうずくまる。ダナエも顔をしかめて甲高い口笛に耐えていた。
すると遠くの海面が盛り上がり、ザバッと白波が立ち上がった。
「なんだ・・・何かこっちに来るぞ・・・。」
コウは警戒して羽を動かす。盛り上がった海面はじょじょに押し寄せてきて、水柱が立ち昇って巨大な龍が現れた。
「うわあああああ!怪獣だああああああ!」
ジャムはトミーの後ろに隠れてブルブルと震える。すると男は「怪獣じゃねえ」と一喝し、龍に向かって手を伸ばした。
「こいつはミズチってんだ。海ヘビの妖怪さ。」
「ミズチ・・・?」
よく見ると、ミズチは水で出来ていた。中にはポツポツと光る真珠が浮いていて、身体じゅうに海藻を巻き付けている。そして鋭い目を向けてコクリと首を捻っていた。
ダナエはコウと共にミズチを見上げ、そっと岩場を下りて近づいてみた。
「やめろダナエちゃん!危ないぞ!」
「そうだよ!喰われちまうぞ!」
トミーとジャムは冷や汗をかきながらコソコソと岩場の陰に隠れる。しかしダナエは怯えることなくミズチに近づいていった。
「初めまして。私は妖精のダナエよ、よろしくね。」
二コリと笑って手を差し出すと、ミズチは口からプッと水を吐き出した。
「きゃあ!」
慌てて飛び退くと、硬い岩場を貫通して穴が空いた。
「おいおい、あんまり近づくとミズチが怖がるだろ。こいつは見た目のわりに臆病なんだから。」
「なら先に言えよ。危うく頭に穴が空くところだったぜ・・・。」
コウはプリプリと怒って頬を膨らませる。
「わりいわりい。でもこいつに悪気はねえんだ。なんたってこいつは言葉が分からないから、近づく者はとりあえず攻撃しちまんだよ。」
「言葉が分からないの・・・?」
「ああ、こいつは元々は地球にいたんだが、別の妖怪と喧嘩して死にかけたんだよ。そこをワダツミに助けられて、この星へ飛ばされたんだ。それでまあ、死にかけた時のショックで言葉が話せなくなっちまって、ついでに他人の言葉も分からなくなっちまったわけだ。」
「そうなんだ・・・なんだか可哀想ね。」
「こいつは俺と一緒で、心に傷を負ってんだ。だから協力して生きていこうって約束したんだよ。なあミズチ?」
ミズチは身体を波打たせて、下手くそなピアニカのように気の抜けた声を出す。
「だったらあなたとミズチは友達ってわけね?」
「そうだよ。俺はこいつの力を借りて漁師をやってんだ。そんで儲けた金で、こいつの好物のスイーツを買ってやる。これぞ共存共栄ってやつだろ?」
男は可笑しそうに笑ってポンポンとミズチを叩く。
「でもさ、ミズチは言葉が分からないのに、どうしてあんたはそんなに親しくなれたんだ?」
コウが尋ねると、男は「ふふん」と自慢そうに鼻を持ち上げた。
「俺はな、こうみえてもちょっとした特技があるんだ。」
「特技?もしかして、ペンギン船長さんが言ってたテレパシーのこと?」
「なんだよ、知ってんのかよ・・・。驚かせてやろうと思ったのに。」
不満そうに口を曲げ、男はミズチを見上げながら言った。
「まあテレパシーなんてたいそうなもんじゃねえけど、何となくお互いの考えてることが分かるんだよ。こうして手を触れると特にな。」
男はミズチに触れ、話を聞くようにうんうんと頷いている。
「ミズチは何て言ってるの?」
「ちょっと怯えてるな。でもあんたのことは嫌いじゃないみたいだぜ。きっと悪い奴じゃないって見抜いたんだろうな。」
「そっか、私もミズチのこと嫌いじゃないよ。見た目は大きくて怖いけど、中身はいい子だって分かるもの。よろしくね。」
ダナエはもう一度手を出し出す。ミズチは躊躇いがちに顔を近づけ、プッと海藻を吹き出した。
「だはははは!顔に昆布がくっついてるぞ!」
コウは指を差して大笑いする。ダナエは昆布を剥ぎ取り、コウの顔にペチっと投げつけた。
「なんだか今日はご機嫌ななめみたいだな。いつもならもっと愛想がいいんだけど・・・。」
ミズチは不機嫌そうに鳴き声を上げ、空に向かって海藻を吐き出した。
「う〜ん、困ったなあ。ミズチがこれだと、ラシルの廃墟に行けねえぞ。」
男はガシガシと頭を掻きむしり、難しい顔で海を睨む。
「もしかして、ミズチにラシルの廃墟まで連れて行ってもらうつもりだったの?」
「そうだよ。それ以外に方法はねえからな。なあ、ミズチよ、いったい何をそんなにヘソ曲げてんだよ。何か嫌なことでもあったのか?」
男は腕を組んでミズチを見上げる。そしてゆっくりと手を伸ばし、ミズチの声を聞いてみた。
「・・・ふむふむ、ほおほお・・・。ああ、そうだったか。そりゃ悪かったなあ・・・。」
「今度は何て言ってるの?」
「最近スイーツを食ってないから機嫌が悪いらしい。そういやここんとこ、あんまりあげてなかったからなあ・・・。あんた、何か甘い物を持ってるか?」
「甘い物かあ・・・。ちょっと持ってな・・・・・、」
そう言いかけてあることを思い出し、岩場を振り返って叫んだ。
「ジャム!確かサトウキビみたいに甘い山菜を持ってたわよね?あれ持って来て!」
岩場に隠れていたジャムはヒョコっと顔を覗かせ、腰に着けた袋をゴソゴソと漁って黄色い山菜を取り出した。
「これだね?はい、どうぞ。」
ポイっとその山菜を投げ、また岩場に隠れてしまった。
「もう、ほんとに臆病なんだから・・・。」
ダナエはミズチを見上げ、受け取った山菜をそっと差し出した。
「はい、これあげる。サトウキビみたいに甘いのよ。」
山菜を千切ってぽりぽりと齧り、二コリと笑ってみせる。ミズチは興味を惹かれて鼻を近づけ、クンクンと匂いを嗅いで舌を伸ばした。
「どう、甘いでしょ?」
「・・・・・キュルウウウウウ・・・・・。」
ミズチは不満そうな声を出す。そしてまたダナエの顔に海藻を吐きつけた。
「だはははは!お前ずいぶん気に入られてんじゃん。その昆布も似合ってるぞ。」
ダナエはぺリぺリと海藻を剥ぎ取り、細い目でコウを睨む。そして後ろを振り返って、大声で叫んだ。
「ジャム!ありったけの甘い山菜をちょうだい!」
「え?でもそんなことしたら、ダナエのちゃんのスイーツが作れなくなっちゃうよ?」
「いいからちょうだい!この子に全部あげるの。」
ジャムは袋ごと山菜を投げて寄こした。ダナエはその中にある全ての黄色い山菜を取り出し、ミズチの口に近づけた。
「まだ食べ足りないんでしょ?これ、全部食べていいわよ。」
屈託の無い笑顔で二コリと笑いかけ、スッと山菜を差し出す。ミズチはヒクヒク鼻を動かし、長い舌でペロリと平らげた。
「美味しい?」
「クックックックック!」
今度はニワトリみたいな声を出して大喜びする。しかし急に顔をしかめ、ペッペと何かを吐き出した。
「あはははは!引っ掛かった!苦い山菜を一個だけ混ぜといたんだ。」
「・・・・グエッ・・・。」
不味そうに何度もペッぺと唾を吐き出し、コホコホと咳き込んで口を開ける。
「ミズチも昆布をぶつけたから、これでお合いこね。」
ダナエはピョンと岩場を下り、波打ち際に立ってミズチに触れた。
「ねえ、私達はどうしてもラシルの廃墟に行きたいの。連れて行ってくれないかな?」
ミズチは顔を持ち上げ、ダナエの青い瞳をじっと見つめる。そして男の方に振り向き、何かを伝えるように「キュッキュ」と鳴いた。
「お?うんうん、そうかそうか。」
男は頷き、ミズチに手を触れる。そして何度も「ふむふむ」と頷き、「ああ、頼むわ」と手を上げた。
「今度は何?」
「こいつがさ、ずいぶんあんたのこと気に入ったんだよ。こんなふうに悪戯をやり返されたのは初めてだって。だから困ってることがあるなら何でも協力してやるって言うもんだから、こいつらをラシルの廃墟へ連れて行ってやってくれって頼んだんだ。そしたらOKだってよ。」
「ほんと!やったあ!」
これでやっとラシルの廃墟に行けると喜び、後ろに隠れているトミー達に手招きした。
「二人とも、ミズチがラシルの廃墟へ連れて行ってくれるって。出ておいで。」
岩場の陰からチョロチョロと包帯の切れはしが覗き、二人はゆっくりと顔を出した。
「・・・・食べない?」
ジャムが怯えた顔で尋ねる。
「食べない食べない。せいぜい昆布を吐かれるくらいだから。」
ダナエは明るく言う。トミーとジャムは顔を見合わせ、岩場を下りてミズチを見上げた。
「・・・でけえ。長さだけならブブカよりあるんじゃ・・・。」
「俺、怪獣苦手なんだよ。デカイし怖いし・・・。」
「怪獣が得意な人なんて滅多にいないわ。それにミズチは怪獣じゃなくて妖怪よ。ほら、二人も挨拶して。」
ダナエに背中を叩かれ、二人はボソボソと呟いた。
「トミーです。」
「ジャムです。よろしく・・・。」
ミズチはまた変な声を出してトミーに海藻を吐きつけ、ジャムを咥えて持ち上げた。
「ぎゃあああああ!食べないって言ったのにいいいいい!」
「大丈夫よ、きっと遊んでるだけだから。」
シャチがボールで遊ぶように、ミズチはポンポンとジャムを突き上げる。ダナエはニコニコとしてその光景を見つめ、後ろを振り返って首を傾げた。
「あれ、ドリューは?」
彼は小屋の前から姿を消していて、辺りを捜しても見つからなかった。
「お〜い!ドリュー。どこにいるの〜?」
キョロキョロと見渡しながら大声で叫ぶと、小屋のすぐ後ろにある高い木にドリューはいた。
「ドリュー。何してるの?」
「ああ、絵を描いているんです。ダナエさんとコウさんの絵を。海をバックにしてね。」
ドリューは一心不乱に絵を描き続ける。それは普段の気弱なドリューと違い、鋭い目で戦いに赴く戦士のような表情だった。
「そういや朝一番に画材を買ってたもんなあ。」
コウはドリューの所まで飛び上がり、横から絵を覗き込んだ。
「おほ!こりゃ上手い。ミズチもよく描けてるじゃん。」
「ええ、あんな妖怪中々見られないですからね。しっかり描かないと。」
「でもいつまでも待ってられないぜ。今からラシルの廃墟に行くんだから。」
「分かってますよ。もう少し・・・ここをこうして、こういう具合にして、フィニッシュ!」
パシッと筆を走らせ、自分のサインを書き込んで仕上げを済ませる。
「うん、中々良い出来だ。それじゃ行きましょうか?」
ドリューは鞄に絵をしまいこみ、画材をギュウギュウに詰め込んで木から飛び降りた。
「すいません、お待たせしました。」
「ふふふ、ドリューはほんとに絵が好きなのね。どれ、私にも見せて。」
ダナエは鞄から絵を抜き取り、目をキラキラさせてうっとりする。
「うわあ、綺麗・・・。すごいねドリュー。」
絵は鮮やかな海のブルーと、岩場の渋い茶色がマッチした見事なものだった。ダナエは髪をなびかせて山菜を持ち、ミズチはそれに向かって舌を伸ばしている。
コウは横から興味深そうに見つめ、輝く海の光が三人を優しく照らしている。
トミーとジャムも興味を惹かれて覗き込み、「おお!」と感嘆の声を上げた。
「上手いなあ・・・。でも俺達が入ってないぞ。」
「ほんとだ、ここの岩場にいるはずなのに・・・。」
「いいえ、ちゃんといますよ、ほら。」
ドリューが指差した先に、岩場から頭だけを覗かせる二人がいた。
「おいおい、なんだよこれ?もっとカッコよく描いてくれよ。」
「これじゃ俺の良い男が台無しじゃん。」
ドリューとゾンビ達はぎゃあぎゃあと言い争いを始め、コウが余計なチャチャを入れてバトルを加熱させる。
「元気な奴らだな。地球の漁師仲間を思い出すぜ。」
男は懐かしそうに目を細め、ラシルの廃墟が眠る海を見つめた。
「ねえ漁師さん。あなたの名前は何ていうの?」
「ん?俺は坂田金次郎ってんだ。」
「へえ、キンジロウか。いい名前ね。」
ダナエは金次郎に並んで海を見つめ、青い瞳に水平線を映して言った。
「ねえキンジロウさん。あなたはきっと地球へ帰れるわ。私が約束する。」
そう言って、二コリと笑いながら小指を向ける。
「へッ・・・。そういうのは偉そうに断言しちゃいけねえよ。もし約束が守れなかった時、相手はすげえ傷つくんだぜ。」
「ううん、私は本気で言ってるの。悪い邪神をやっつけて、必ずキンジロウが地球に帰れるようにしてあげる。妖精の女王の名に誓って、約束するわ。」
金次郎は驚いた顔でダナエを見つめ、思わずタバコを落としそうになった。
「あ、あんた・・・妖精の王女様だったのか?」
「そうよ。月の妖精の王女なの。でもただのオテンバだってよく言われるけどね。」
ダナエは何でもないことのようにサラリと言う。
すると金次郎は急に畏まって頭を下げ、ダラダラと冷や汗を流した。
「こ、これは、大層に偉そうな口を聞いて・・・その・・・ご愁傷さまでした!」
「あはは、やめてよ。そんなふうにペコペコしないで。」
「い、いや・・・そんな偉い方だと知っていれば、まんじゅうの一つもお出ししてですな、その、えっと、なんだ・・・・へへえ!」
金次郎は岩場に手をつき、平民のように頭を下げる。
「だからやめてってば!そういうつもりで言ったんじゃないんだから・・・。」
恐縮しきりの金次郎を立たせ、二コリと微笑んでまた小指を差し出す。
「せっかくこうして出会えたんだから、お友達になりましょ。そして、あなたが安心して地球に帰れるように約束するわ、ね?」
ダナエは金次郎の目の前に小指を持ち上げる。
「そ、そんな・・・俺みたいなのが、月の妖精の王女様の友達だなんて・・・。そんなのバチが当たっちまう・・・・。」
金次郎はプルプルと肩を震わせ、鼻を赤くして目に涙を溜めていく。ダナエはそんな彼を微笑んで見つめ、その手を掴んで指切りげんまんをさせた。
「はい、これで金次郎さんと私は友達ね。」
「うう・・・こんな俺のバッチイ指を・・・。酒とヤニで汚れた薄汚い初老のこの指を・・・。」
滝のように涙が流れ出し、アメーバのように鼻水を垂らし、金次郎は海に向かって叫ぶ。
「勉造おおおおおおお!かあちゃああああああん!俺は妖精の王女様とお友達になったぞお!
俺みてえなロクに九九が言えない人間でも、軽トラにハイオク入れちまうような人間でも、こんなに凄い人と友達になれるんだああああ!」
金次郎の叫びは海に響き渡り、なぜかミズチまで吠え出す。そしてしばらく海を眺めて佇んだあと、ダナエに振り向いて言った。
「王女さん。この坂田金次郎、命に変えてもラシルの廃墟までお連れして、中をご案内差し上げます。」
金次郎は膝をついてダナエを見上げ、ミズチを叩いて言った。
「おいミズチ。今からラシルの廃墟に行くから、王女さん達を中に入れて差し上げろ。」
ミズチは返事をするように鳴き、口を開けてダナエを飲み込んだ。
「きゃあああ!」
「ダナエ!」
そして慌てて飛んで来たコウもペロリと飲み込み、ついでにドリューも飲み込んだ。
「おいおい、何してんだよお前!みんな食われちまったじゃないか!」
トミーがガクガクと金次郎の胸ぐらを揺さぶる。
「離せこのゾンビが!ミズチをよく見ろ!」
金次郎はトミーを突き飛ばし、ミズチの腹の中を指差す。するとそこには、飲み込まれたダナエ達が大きな泡につつまれてふよふよと浮いていた。
「おお・・・食われたんじゃなかったのか・・・。」
「当たり前だ!俺はいつもああやって漁に出掛けるんだ。」
ふんと鼻を鳴らし、トミーに一瞥をくれてからミズチに近づいていく。そして長い舌にくるまれ、金次郎もミズチの腹の中へ入っていった。
「悪いがこれ以上は定員オーバーだ。お前らはそこの小屋で留守番してろ。」
「はあ?何を勝手なことを言ってんだよ!」
トミーは拳を振り上げて怒る。ジャムも同じように拳を振り上げ、岩場を跳びはねながら抗議した。
「お前なんかにダナエちゃんを任せられるか!何かあったらぶっ殺してやるぞ。」
「うるせえな。ミズチにビビって岩場に隠れてた奴が偉そうに言うんじゃねえ。」
金次郎が指を振って合図を出すと、ミズチは口を開けてゾンビ達に吠えた。
「シャアアアアアアアアッ!」
「ぎゃあああああああ!」
「怖ええええええええ!ママああああ!」
「はははは!お前らは大人しく留守番してろ。もうすぐ商人が魚を買い付けに来るはずだから、小屋の隅にある箱を渡しとけ。」
金次郎はまた合図を飛ばし、ミズチは一声鳴いて海中に潜っていく。
「トミー、ジャム!悪いけど今回は我慢して。あとで肩もんであげるから。」
トミーとジャムは唇を尖らせ、渋々頷いて手を振った。
「OK、今回は大人しく留守番してるよ。気をつけてな。」
「なんなら俺がダナエちゃんをマッサージして・・・・、ぐげッ!」
トミーの拳がジャムの頬にめり込み、ダナエ達は可笑しそうに笑う。
「それじゃまたあとでね!」
ダナエは手を振り、コウやドリューと楽しそうにはしゃぐ。トミーとジャムは羨ましそうにそれを見つめ、がっくりと肩を落として小屋に戻って行く。
ミズチは口から潮を吹き上げ、ダナエ達を乗せてラシルの廃墟に泳いでいった。

 

                      (つづく)

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