ダナエの神話〜神樹の星〜 第八話 海底の廃墟(4)

  • 2014.02.18 Tuesday
  • 18:27

『海底の廃墟』4


紫のワンピースを着て、恐ろしいまでに冷酷な気を纏う女。
その姿を見て、ダナエは思わず呟いてしまった。
「じゃ・・・邪神・・・・。」
その呟きを聞いた途端、女の表情が変わった。笑顔は消え、能面のように冷たい表情で威圧する。
「どうして知ってるのかしら?わたし、あなたに会った覚えはないはずだけど。」
ダナエはしまったと思い、口を閉じて俯いた。女はダナエの顎を掴み、無理矢理こちらを向かせてさらに顔を近づける。
「ねえ、どうしてあなたが私のことを知っているの?どこかで会ったことがある?
それとも・・・誰かに聞いたとか?」
ダナエは最後の言葉にピクリと反応し、肩が小さく揺れた。女はそれを見逃さず、しばらくダナエを睨んでから立ち上がった。
「なるほどね、これで謎が解けたわ。」
美しい黒髪をサラリと流し、踵を返してドリューの横に立つ。そしてクルリと振り向き、またニコニコと笑顔を向けた。
「最近私の部下がコソコソと動きまわっていたんだけど、あなたが原因だったのね。しばらく泳がせて尻尾を掴んでやろうと思っていたんだけど、その必要もなくなったわ。
あの金貸しは早急に処分して、裏切り者がどういう目に遭うか、見せしめとして痛めつけてやらなくちゃ。うふふ・・・。」
女は楽しそうに笑う。そして手の平からニュルニュルと剣を伸ばし、ダナエの首元に突きつけた。
「悪いけど、あなたはここで死んでね。この場所が地球と繋がっているだなんて知れたら、それこそ一大事だから。」
「ここが・・・地球と・・・?」
「そうよ。光の壁の穴を利用して、地球とこの星を繋げたの。この道を造るのに苦労したんだから。だから絶対にこの場所を誰かに知られるわけにはいかないの。目撃者には死んでもらわないとね。」
女は軽い用事でも済ませるように言い、ダナエの首元に剣を押し付けた。
「まあ運が悪かったと思って諦めてちょうだい。それじゃあ・・・さようなら。」
女の剣がダナエの首に押し込まれる。しかし寸前のところで首を捻ってかわし、銀の槍を握って立ち上がった。
「あなたが・・・あなたが邪神・・・。みんなを酷い目に遭わせて、この星と地球を乗っ取ろうと企んでいる悪魔。私は・・・絶対にそんなことは許さないわ!」
「うふふ、元気な子供ね。でも馬鹿だわ。親はどういう教育をしているのかしら?」
「私は馬鹿じゃない!月の妖精王ケンと、その妃アメルの子!そして、月の女神ダフネの祝福を受けて生まれた子よ!誰にも馬鹿にさせたりしないわ!」
ダナエは槍を構え、戦う気満々で睨みつける。すると女は言葉を失って目を開き、ゆっくりと剣を下ろした。
「ねえ、今の言葉は本当?妖精王ケンと、その妃アメルの子って・・・。」
「ほんとうよ!私は月の妖精の王女!魔法の箱舟に乗って月を旅立ち、ユグドラシルに呼ばれてこの星へやって来た。あなたをやっつける為に!」
ダナエの怒りは増し、金色の髪が光ってゆらゆらとざわめき出す。青い瞳は波のように揺れ、槍を握る手に力が入っていった。
女は腕の剣をシュルシュルと元に戻し、俯いて小さく笑いだす。可笑しそうに肩を震わせ、髪を掻き上げて天を見上げた。
「何がおかしいの!また馬鹿にするつもり?」
「いいえ、そうじゃないわ。まさかこんな偶然があるなんて思わなくて。」
その声は軽快に弾んでいて、口の端を歪めて微笑んだ。
「あなたの名前・・・ダナエというんじゃないかしら?」
「・・・そうよ、どうして知ってるの?」
「どうしても何も、私はあなたを探していたからよ。あの箱舟を手に入れたのはいいけど、自由に使いこなせなくて困ってるの。きっと持ち主じゃないと、完璧には扱えないようになってるのね?」
「当たり前じゃない。あれはお父さんとお母さんが、私の誕生を祝って贈ってくれた物なのよ。
そして月の女神が祝福の魔法をかけてくれた。だから、私以外の誰にも乗りこなすことは出来ないわ!」
「うんうん、きっとそうだと思った。だからね、あなたを誘拐して、あの船に縛りつけるつもりだったの。そして適当に拷問でもして、言うことをきかせようと考えていたのね。
それがこんな場所で手に入るだなんて、今日はとってもツイてるわ!」
女は髪を振り乱し、高らかに笑う。ダナエは女の言葉に腹を立て、槍を向けて突撃した。
「誰があんたなんかに捕まるもんか!ここで倒してやるわ!」
銀の槍が女の胸に迫る。しかし女はあっさりと素手で掴み、逆にダナエを殴り飛ばした。
「きゃあッ!」
「ダナエ!」
コウは慌てて飛び寄る。しかし女に叩き落とされて気を失ってしまった。
「コウ!」
地面に落ちたコウを拾い、胸に抱き寄せる。そして背中を向けて、身を呈して守った。
「うふふ、お馬鹿さん。私が欲しいのはあなただけ。そんな虫モドキに用は無いわ。」
女はダナエの頭を掴み、凄まじい怪力で持ち上げた。
「あああああああ!」
まるで万力で締めつけられているような痛みを感じ、意識が遠のきそうになる。しかしグッと歯を食いしばって堪え、怒りに満ちた目で女を睨んだ。
「そんな顔しちゃダメよ、せっかくの可愛い顔が台無しになっちゃうわ。うふふ。」
「うるさい!あんたのせいでどれだけたくさんの人が苦しんでると思ってるの!人も妖怪も、それに神様だって・・・・。みんなみんな、あんたのせいで苦しんでる!この自分勝手のわがまま邪神め!反省しなさい!」
身を捩ってガンガンと女を蹴りつける。怒りと憎しみに満ちた目で睨み、今までに出会った邪神の被害者を思い浮かべて涙が溜まっていく。
しかし女は、そんなダナエを見つめて面白そうに笑い、さらに頭を締め付けた。
「ああああああああッ!」
「さすが月の妖精の王女、気が強いこと。」
鼻が触れるほど顔を近づけ、指でそっとダナエの頬を撫でる。首に掛けた大きな数珠が怪しく光り、嘘臭いほど赤い唇が艶やかに輝く。
「私があなたを欲しがっていたのは、あの箱舟の為だけじゃないわ。この星と地球を乗っ取るうえで、月は必ず障害となる。あの星は大きな魔力を秘めているし、やっかいな月の女神や妖精がいるから、きっと私の邪魔をしてくるはず・・・。でもあなたを人質に取っておけば、月の連中も簡単に手が出せないはずよ。なんたって月の妖精の王女様なんだから。」
「うう・・・私を・・・利用しようっていうのね・・・。」
「その通りよ。あなたを地球へ連れていって、苦しい苦しい拷問にかけて、言うことを聞くようにしてあげるわ。さあ、それじゃ行きましょうか。」
紫のワンピースを翻し、クルリと回って穴の奥へ向かう女。ダナエは頭を締め付けられる痛みに耐えながら、何とかこの状況を打開しようと考えていた。
《ここで私が連れ去られたら、ドリューはあのまま死んじゃうかもしれない・・・。
やっぱりここは、プッチーの神様に頼るしかないわ。》
あの強い神様達なら、この邪神を何とかしてくれるかもしれない。ダナエは祈るような思いでコスモリングに語りかけた。
《プッチーに宿る神様よ、お願い!この悪い邪神をやっつけて、みんなを助けて!》
コスモリングに宿る神は、その想いに応えて姿を現わした。右の宝石から眩い光が放たれ、銀色の髪をなびかせてアリアンロッドが舞い下りる。
「これは・・・いったい何が起きたの?」
女は瞬きをしてアリアンロッドを見つめる。そしてダナエの左腕に注目し、「これね」と手を伸ばした。
「汚い手で触れるでない!」
アリアンロッドの剣が一閃し、女の腕を斬り落とす。そしてダナエを助け出して、そっと地面に寝かせた。
「大丈夫かダナエ?」
「うん・・・なんとかね・・・。」
「どうしてもっと早く呼ばない?危うく連れ去られるところだったんだぞ。」
「そうだけど・・・なるべく自分の力で戦いたかったから・・・。ごめんね。」
小さく笑うダナエを見つめ、アリアンロッドは呆れたように首を振った。
「相変わらず強情な子だ。しかし・・・だからこそお前を気に入っているのだがな。」
アリアンロッドも微笑みを返し、ダナエの頬を撫でてから立ち上がる。よく磨かれた細身の剣をピュッと振り、怖い目で女を睨んだ。
「貴様が邪神か・・・。美しい見た目とは裏腹に、禍々しい邪気を感じる。」
「あなたは・・・地球の神ね。たしかケルト神話の・・・、」
「アリアンロッドだ。今はわけあってこの星に身を寄せているが、地球の危機とあれば黙って見ていることは出来ん。今ここで、お前を成敗するッ!」
チャキっと剣を鳴らし、刃を立てて斬りかかる。目にも止まらぬ剣さばきが、あっという間に女を切り裂いた。
「ふん・・・ずいぶん呆気なかったな。しょせん異星の邪神などこの程度か。」
空を切り裂いて剣を振り、ゆっくりと鞘に収める。そしてダナエの元へ駆け寄ろうとした時、何かが腹を貫いた。
「がはあッ・・・これは・・・剣・・・・?」
「ふふふ、油断しちゃいけないわ。たかが地球の女神さん。」
アリアンロッドは腹を貫く剣を握り、その身から引き抜いた。そしてガクッと膝をついて血を吐く。
「ごふッ・・・・。これは・・・ただの剣ではないな・・・・。」
「これはラシルの星の呪われた剣、神殺しの太刀よ。これで斬られた者は、たとえどんな神であっても死に至る。さて、その首を頂きましょうか。」
女は黒光りする剣を握って近づいて来る。アリアンロッドは力を振り絞って立ち上がり、痛みに耐えながら剣を構えた。
「この程度でやられはしない!討てるものなら討って・・・・、がはあッ!」
今度は地面から矢が飛んで来て、またしても腹を貫かれてしまった。さすがのアリアンロッドもたまらず倒れ込む。
「相手の武器が一つとは限らない・・・。ほら、こんな具合に。」
女が両手を広げると、周りにいくつもの武器が浮かび上がった。弓矢に斧、槍に棍棒、そして指輪に杖。どれもが禍々しく黒光りしていて、恐ろしい邪気を発していた。
「これらは全て呪いの神器。どんな神でも殺せる忌まわしき武具よ。さあ、地球の女神よ、思う存分受け取りなさい。」
女は笑いながら剣をふりかざし、アリアンロッドに向けて振り下ろした。すると宙に浮かんでいた武器が一斉に飛んで来て、アリアンロッドの身体を切り裂き、痛めつけていった。
「あああああああああああああッ!」
「ふふふ、いい悲鳴だわ。そおれ、もっと舞いなさい。」
女は剣を掲げ、オーケストラの指揮者のように振り回す。呪われた神器は音楽を奏でるようにリズミカルに飛び周り、ひたすらアリアンロッドを攻め立てていく。鋭い刃が、硬い棍棒が、そして杖から放たれる呪術が、幾重にも襲いかかってアリアンロッドを痛めつけていく。
「ふうあああああああああああッ!」
絶叫を響かせて血を流し、たまらず倒れそうになる。しかし次々に襲いかかる武器のせいで、倒れることすら許されず、ただただ翻弄されて苦痛の踊りを舞わされる。
「アリアンロッド!」
ダナエは手を伸ばして叫び、再びコスモリングに願った。
「お願いプッチーッ!他の神様も全部呼び出して!」
悲痛な叫びはコスモリングの宝石を揺らし、他の二人の神も飛び出してくる。黒い風の中からスカアハが、稲妻の中からクー・フーリンが現れ、呪いの神器を打ち払ってアリアンロッドを助け出した。
「・・・無事か?」
スカアハが心配そうに呼びかけると、アリアンロッドは「なんとかな」と笑ってみせた。
「うおおおおおおおお!戦い!戦いだああああああああッ!」
クー・フーリンの顎がメキメキと割れ、鬼の形相へと変貌していく。身体は筋骨隆々と逞しくなり、もじゃもじゃと手足に毛が生えて長い髪がうねり出した。
「唸る!俺の槍が唸り狂っているぞおおおおおッ!」
猛獣のように雄叫びを上げ、ゲイボルグを振りかざして突進する。
「野蛮な神ね。あなたみたいなのはあまり好きではないわ。」
女は手を動かし、呪いの神器を操る。そしてクー・フーリンに向かって一斉に飛ばした。
「笑止千万!こんな児戯が通用するか!」
クー・フーリンは槍を逆手に持ち、女に向かって投げる。槍は無数の矢に変化し、呪いの神器を打ち払って女に突き刺さった。
「チャンス!このまま切り裂く!」
矢を槍に戻し、すれ違いざまに女を斬りつける。しかし斬られたのはクー・フーリンの方で、自慢の鎧が割れて血が流れ出した。
「ぬうう・・・面白い!それでこそ戦いがいあ・・・・、」
そう言いかけようとした時、背後から呪いの神器が飛んで来た。そして鈍い音を立てて背中を貫通し、「がはッ・・・」と血を吐いて倒れた。
「うふふ、勢いだけのお馬鹿さん。そのまま呪われてしまいなさい。」
呪いの神器が突き刺さったクー・フーリンは、身体にじわじわと黒い滲みが広がっていった。
あれだけ威勢のよかった荒ぶる神が、ピクリとも動かずに沈黙していた。
「うふふ、やはり地球の神は大したことがないわね。」
馬鹿にしたように言って髪を掻き上げると、頬に硬い物がめり込んで吹き飛ばされた。
「・・・隙だらけよな・・・異星の邪神よ・・・・。」
スカアハは拳を構えて足を広げ、黒い風を纏わせた。燃えるような赤い瞳は、その輝きを増して真紅に染まっていく。
「・・・不意打ちとはやってくれるわ・・・。私の顔を殴った代償、高くつくわよ。」
女は平気な顔で立ち上がり、全ての神器を集めて身体の中に吸い込んだ。そして高く右手を持ち上げ、指を立てて目を瞑る。
「矮小なる青き星の神よ・・・ラシルに眠る奈落の底へ沈みなさい。」
女の指からゆらゆらと糸が伸び、スカアハに纏わりつく。
「これしき・・・ふんッ!」
全身から気を発して吹き飛ばそうとするが、女の放った糸はビクともしない。それどころかさらに強く締め付け、皮膚から血が滲み出す。
「・・・ならば魔術で消し去るまで!・・・むうんッ!」
目を閉じて片手で印を結び、地獄から悪魔を呼び出して糸を断ち切ろうとする。
「そんなことでこの糸は切れないわ。私の呪術はそんなに甘くなくてよ。」
女はクイっと指を引っ張る。すると糸が生き物のように暴れ出し、一瞬にして悪魔達を切り裂いた。
そしてさらにスカアハの身体を締め付け、ハムのように縛り上げて骨に食い込んでいく。
「ぐうあああああああああああ!」
「ああ・・・いいわ・・・。その悲鳴をもっと聞かせて!」
恍惚としてゾクゾクと身を震わせ、うっとりとしながら糸を引っ張っていく。
スカアハはあまりの苦痛に耐えかね、思わず膝をついて倒れ込んだ。そして地面に渦巻き状の空間が現れ、蟻地獄のように中に引きずり込まれていく。
「スカアハ!」
アリアンロッドは剣を振って糸を切ろうとする。しかし強靭な糸はビクともせず、逆にアリアンロッドを締め上げてしまった。
「ああああああああああ!」
「ふふふ、馬鹿な女が二人・・・。仲良くラシルの奈落へ落ちるがいいわ。」
スカアハとアリアンロッドは、糸に縛られて成す術なく奈落におちていく。女は楽しそうに二人の苦しむ姿を見つめ、スカアハの頭に足を乗せて笑った。
「ほんとうに地球の神は脆弱ね。ユグドラシルが生まれた星だから、どれほど強力な神がいるのかと警戒してたけど・・・・誰もかれもが取るに足らない神ばかり。
力はあってもオツムのない者、オツムはあっても力のない者。果ては神のくせに誘惑や煩悩に負けたり、戦う前から逃げ出す者もいる。確かにあれじゃあ、ユグドラシルも嫌気がさすはずだわ。うふふふ。」
「おのれ・・・好き勝手なことを・・・・。」
故郷の神々を散々に馬鹿にされ、アリアンロッドの頭に血が昇っていく。持てる力の全てを注いで糸を切ろうとするが、皮膚に食い込んで血が流れるだけであった。
「無駄よ、あなた達ていどの力じゃそれは切れない。私は用があるからこれで失礼するけど、せいぜい心ゆくまで苦しみもがいてちょうだい。」
女は二人の顔を蹴り飛ばし、ダナエの髪を掴んで持ち上げる。そしてコスモリングを興味深く見つめ、力任せにむしり取ろうとした。
「痛いッ!やめて!」
「しっかり填まって取れないわね。じゃあ腕を斬り落としましょうか。」
アリアンロッドに斬られた腕を再生させて、手の平からシュルシュルと剣を伸ばす。そしてギラリと怪しく輝かせ、ダナエの腕に当てた。
「止めろ!その子を傷つけるな!」
アリアンロッドは身を捩って剣を振り、真空の刃で女の腕を斬り払う。
「あらら、また斬られちゃった。せっかく再生させたのに・・・。」
若干怒ったように目をつり上げ、弓矢を呼び出して呪いの矢を放つ。
「ぐッ・・・。」
それはアリアンロッドの胸を貫通し、ぐったりと項垂れて動かなくなってしまった。
「アリアン!しっかりせよ!」
スカアハは手を伸ばして助けようとするが、鋭い糸に手を絡め取られて激痛に叫んだ。
「ぐうあああああああ!」
「ほんとに馬鹿な女達。なんだか同情すらわいてくるわ・・・。」
冷たい瞳で見下し、また腕を再生させて剣を伸ばす。
「ちょっと痛いけど、我慢してね。」
「・・い・・・いやだ・・・・やめて・・・・。」
抗うことの出来ない恐怖に、ダナエの心は負けそうになる。ギュッと目を閉じて顔を逸らし、唇を噛んで必死に涙を堪えていた。
するとその時、目を覚ましたコウがダナエの腕から飛び上がった。
「手え離せこの野郎!」
鋭い羽が女の顔を切り裂き、赤い血が飛沫のように飛び散る。
「・・・ああ、まったく・・・。邪魔ばかりで嫌になっちゃう。」
ウンザリして首を振り、片手でコウを掴んで握りつぶそうとする。
「うぎゃああああああ!」
「コウ!やめて!」
「私ね、妖精って嫌いなのよ。虫モドキの分際で偉そうに人の形をしてるでしょ?しかも魔法なんて厄介なものまで使うし。地球に帰ったら、妖精によく効く殺虫剤でも開発しようかしら。」
ゴキブリでも見下ろすかのようにコウを睨み、ギリギリと握りしめて潰そうとする。
「やめて!お願いだからもうやめてよお・・・。プッチーならあげるから、もうやめて・・・。」
堪えていた涙が流れ落ち、頬を伝って地面に落ちていく。ダナエの絶望に呼応するようにコスモリングが輝き、三人の神を吸い込んで宝石の中に戻した。そしてドクンと脈打ち、ダナエの手からするりと抜け落ちた。女はゆっくりと屈んでコスモリングを掴み、良いオモチャを手に入れたとばかりにニヤリと笑う。
「これは中々面白い道具ね。何かの役に立つかもしれないからもらっておくわ。」
「お願い・・・それをあげるからコウを離して・・・・。」
悲痛な声で喉を詰まらせ、懇願するように見つめる。女はニコリと頷き、コウを目の前に差し出した。
「コウ・・・・・。」
ダナエは手を伸ばし、コウを受け取ろうとする。しかし女はズイっと顔を近づけ、意地悪く笑った。
「腕輪の代わりに、この妖精は返してあげる。・・・・・・死体でね。」
女はコウを握る手にグッと力を込める。ミキミキと嫌な音がして、コウは絶叫した。
「うぎゃあああああああ!」
「いやあ!やめて!お願いだから・・・・、」
コウの悲鳴に重なるようにダナエの叫びが響く。そしてその手がコウに触れようとした瞬間、女は力任せに彼を握りつぶした。
パシュっと鋭い音が響き、コウの小さな身体は光の粒子となって砕かれた。それは幻想的な蛍のように宙を舞い、キラキラとダナエの頭上に降り注ぐ。
「・・・コウ・・・・・・・。」
何が起きたのか分からず、ダナエはしばらく固まっていた。宙を舞う光は場違いなほど美しく、月から見た銀河の星空とよく似ていた。
しかし心の奥から声にならない声が湧きあがり、口を開けて叫んでいた。
「いやあああああああああ!コオオオオオオオウ!」
降り注ぐ光に手を伸ばし、コウを掴もうと必死に手繰り寄せる。しかし光の粒子はスルリと手をすり抜けるばかりで、小雨のように地面に落ちていく。
常軌を逸した泣き声は、まるで自分のものとは思えないほど根っこの穴の中にこだまする。泣いているのは自分なのに、それを冷静に見つめる別の自分がいることに驚き、それがまた悲しみの叫びを増幅させた。
「いやああああああ!コウ!いやだああああ!うわああああああああああん!」
「あらあ・・・まさかこんなふうになるなんてねえ。これは以外だったわ。」
てっきり死体が出来あがると思っていたのに、光の粒子に変わるとは思っていなかった。美しい光の雨は女にも降り注ぎ、それが腹立たしくて手で振り払う。
「なんだか羽虫が舞ってるみたいで気持ち悪いわ。やっぱり妖精なんてロクなものじゃないわね。」
鬱陶しく思いながらダナエの髪を引っ張り、地球へ通じる奥の道へと歩いていく。
「今日は収穫だらけだわ。妖精の王女は捕獲できたし、部下の裏切りの尻尾を掴むことも出来たし、それにこの腕輪と不思議な絵も手に入った。なんだか上手くいき過ぎて、ちょっと怖いくらいね。」
それでもご機嫌な足取りで地球へ繋がる穴に向かい、ルンルンと鼻歌を歌い出す。ダナエは手足をもがいて暴れ回り、ひたすらに女を罵った。
「この!許さない!あんたは絶対に許さないんだから!この馬鹿女!冷徹邪神!私は絶対にコウの仇を討ってやる!覚悟してろよこのウスラトンカチ!」
「あらあら、可愛い女の子がそんな言葉を使うものじゃないわよ。」
「うるさい!お前は喋るな!絶対に・・・絶対にコウの仇を討ってやる!私がこの手で八つ裂きにしてぶっ殺してやるわッ!うわああああああああ!」
「うるさい子供ね。あんまり喚くと、またお仕置きすることになるわよ?」
女は髪から手を離し、頭を締め付けて指を食い込ませる。
「ああああああああ!」
「痛いのが嫌なら大人しくしてなさい。まあどっちみち地球に戻ったら拷問するんだけどね。
ああ・・・考えただけでも胸が高鳴る。どんなふうに痛めつけてやろうかしら。」
女は宙を見上げて目をうっとりさせ、クリスマスプレゼントを待つ子供のようにキラキラと表情を輝かせる。ダナエは歯を食いしばって痛みに耐え、さらに暴れ回った。
「拷問なんかされたって、絶対にお前になんか協力しない!」
「うふふ、みんな最初はそう言うのよ。でもね、人でも神でも、限界を超えた痛みには耐えられなくってよ。特に私の拷問はね・・・・ふふふ。」
「うっとりして喋るなこの馬鹿女!殺す!お前は絶対にぶっ殺してやるわッ!」
目の前でコウを殺されたショックは、ダナエの心をぐちゃぐちゃにかき乱していた。言いようのない悲しみと怒りが混ざり合い、今にも燃え尽きそうなほど心と身体が熱くなる。
目から流れる涙は激しさを増し、雨に打たれたように顔を濡らしていった。
「好きなだけ吠えてなさい。いくら喚いても状況は変わらないんだから。」
女はズルズルとダナエを引っ張って行き、隕石でも衝突したかのような大きな穴に出た。
「ここはかつてユグドラシルが生えていた場所。今でもわずかに神樹の力が残っているわ。」
クレーターのような巨大な穴には頭上から光が射していて、波打つ海の光が地面に揺らいでいた。女はダナエを引きずって穴の奥に向かい、苔が密集している場所に向かって息を吹きかけた。すると苔がワサワサと逃げていき、その中から渦巻く空間の歪が現れた。
「ここを通れば光の壁を超えて地球に行けるのよ。これは現実と空想の境目を飛び越える、真なる神の掟に逆らう道。だからこそ、この秘密の穴には意味がある。地球とこの星、そして空想と現実、二つの世界を、完全に私のものにすることが出来るんだから。」
女は渦巻く歪みに指を入れ、金庫のダイヤルを回すようにクルクルと円を描く。すると歪の渦巻きが逆向きに回り始め、その奥に地球の姿が映し出された。
「さあ、地球に行きましょう。たっぷり可愛がってあげるから。」
女は渦の中に足を踏み入れる。ダナエは何とか抵抗しようともがいたが、凄まじい怪力の前にビクともしなかった。
「くそッ・・・。いやだ・・・こんな奴に利用されるなんて、絶対に嫌だあああああ!」
バタバタを足と叩きつけ、爪を立てて地面に指を食い込ませる。女はかまわずに力任せに引きずり、ダナエの爪はパキンと割れて血が流れ出した。
「こんな・・・こんな奴に好き勝手にされるなんて絶対に嫌だ!こんな勝手な奴に負けるなんて絶対に嫌だ!この手を離せ!そしてコウを・・・・コウを返せえええええええッ!」
ダナエの心の叫びは、街に張り巡らされた根っこの穴に響き渡る。
肺と喉から絞り出したその声は、あらゆる場所に反射して幾重にも共鳴する。女は足を止めて振り返り、泣き喚くダナエを怪訝な目で見つめた。
「これは・・・ただの泣き声じゃないわね。とても強い魔力を感じる・・・。」
ダナエの叫びは、波のようにビリビリと空気を揺らした。その声にとてつもなく不吉なものを感じ、女は急いで地球へ戻ろうとする。
「やっぱり月の王女だけあって、秘めた力は大きいわね。トラブルが起こらないうちにサッサと戻らなきゃ。」
女は焦って渦の中へ入っていく。しかしその背後から、女の危惧するトラブルの種がやってきた。
「コラアアアアアア!ココ二入ルナト言っダロウガアッ!」
女の背後から迫って来た者。それはラシルの街の番人、ニーズホッグだった。

 

                      (つづく)

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